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黄輪雑貨本店 新館

双月千年世界 2;火紅狐

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    フォコの話、99話目。
    四大軍閥。

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    2.
     反乱軍を実質的に支配・掌握していたアルコンが消え、名実共にリーダーとなったイールは、フォコたち三人を快く迎え入れてくれた。
    「まあ、アルコンに指示されなくっても、今やあたしたちは四大軍閥の、最大の敵だもん。反乱軍は解散しないし、あたしたちはやるとこまでやるわよ」
    「それについて聞いておきたいんだけどさ」
     と、ランドが手を挙げる。
    「四大軍閥って、何なの?」
    「あ、そうよね。中央から来たって言ってたもんね。
     えっと、あんた頭良さそうだし、今この大陸がどんなことになってるかは、どのくらい知ってる?」
    「どうも。……僕が知る限り、王室政府と軍部との間に軋轢が生じていて、山間部・沿岸部の各拠点を中心にして、軍の重鎮たちが勝手な政治体制を敷いて、好き放題やってるくらい、かな」
    「そう、その通り。それだけ知ってれば話がしやすいわ。
     その重鎮、中でも特に強い影響力と、私情で動かせる軍隊を持ってるのが、ギジュン准将、イドゥン少将、スノッジ少将、ロドン中将の4人。こいつらが率いてるのを、四大軍閥って呼んでるのよ。
     他にもこいつら系列の小軍閥がゴロゴロしてて、大小合わせて10以上の軍閥がそれぞれ独断専横を決めてるのよ。もうほとんど、無政府状態もいいところね」
     話を聞き、フォコは腕を組んで「うーん……」とうなる。
    「ひどいですねぇ。何でそこまでなってて、王室政府は動き出さないんでしょうか? いくらなんでも、王室寄りの将軍だっているはずじゃ……?」
    「あんたこの国を、地図でしか見たこと無い口でしょ」
     イールにビシ、と鼻を指差され、フォコは口ごもる。
    「あ、はい、まあ」
    「標高差5000メートル。一日ヘトヘトになってようやく100万グラン稼ぐ人がいる一方で、あごでポイと命令するだけで十兆、二十兆グランを動かす奴もいるくらいの所得格差。
     軍の階級だって二等兵から一等兵、上等兵、伍長、軍曹、曹長、士官が准尉から大佐まで7階級、その上に准将、少将、中将、大将、司令に総司令と、全部合わせて22階級。
     この国の沿岸部と山間部の標高の格差は、そのまんま上と下の格差になってるのよ」
    「……な、なるほど」
    「その『標高差』が、この大陸で一番の問題なのよ。物資も交通も、通るところはガンガンに通ってるけど、通んないところは本当に通んないのよ、ここはね。
     昔、まだ他の大陸との交流が無い頃は、沿岸部の資源は魚だけだったし、山間部の肥沃な土地で取れる食糧は、そのまま山間部の強さにつながってたわ。
     でも貿易網の発達した今じゃ、その強さは逆転してきてるのよ。沿岸部は貿易で潤ってるし、山間部はその潤いを一割、二割、細々と吸ってる程度。しかもそれも、峠封鎖と軍閥の横取りで余計に細っていってる。
     それでも王室政府が持ってる鉱山から金銀は出るから何とかお金は発行できてるし、それで政治をギリギリ賄ってるけど、それを超える量のお金が沿岸部からドバドバ流れ込んでくるから、価値は無いも同然。
     このままじゃ王室も、王室付きの将軍も、共倒れになるでしょうね」
    「話を聞いてる感じだと、君は王室側なの?」
     そう尋ねたランドに、イールはぷるぷると首を振る。
    「違うわ。あたしたちは王室政府の、ある大臣さんの側に付いてるの。
     その人は王室に対して批判的な立場を執っているし、ゆくゆくはその人にこの国を統べさせたいと思ってるわ。
     ま、アルコンがいなくなった今だから、そう素直に言えるけど」
     ある大臣、と聞いてランドに直感が走る。
    「それ、もしかしてエルネスト・キルシュ卿かい?」
    「え? あんた、キルシュのおじいさんと知り合い?」
    火紅狐・猫姫記 2
    »»  2010.12.11.
    フォコの話、100話目。
    フォコの叱咤。

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    3.
     ランドの事情を聞き、イールは深々とうなずいた。
    「なるほどねー……。元中央政府の大臣さん、ね。でもちょっと、頼ってくるにはタイミングが悪すぎたわね」
    「確かに。よりによって、峠封鎖で山間部が孤立している時に来てしまうなんて、運が悪いにもほどがあるよ」
    「とにかく、いくらあんたがキルシュじいさんと知り合いでも無理よ、会わせるのは。あたしたちだって、そう簡単に山を登ったり下りたりできる状態じゃないもの。
     実を言えば、あたしたちは密かに峠を一つ抑えてるの。だから山間部へ行くのは可能と言えば可能よ。だけど今はイドゥン軍閥と戦ってる最中だし、ここでこの砦を離れたら、勢力を盛り返されることもありうる。折角軍港を潰したのが無駄になっちゃうわ」
    「だよねぇ……」
     ランドは眼鏡を服の裾で拭きながら、ぽつりと漏らした。
    「じゃあどうしようかな……? 他に、頼れるところって言ったら……」
     その一言に、フォコは心の中で引っかかるものを感じた。
    「頼る、って何ですか?」
     フォコは思わず、そう尋ねてしまった。
    「え?」
    「ランドさん、何のためにこの国に来たんです?」
    「言ったじゃないか、キルシュ卿のところに匿ってもらって……」「それから?」
     続けてそう尋ねられ、ランドは肩をすくめる。
    「それも言ったはずだよ。態勢を立て直して、中央政府と……」「そんな偉そうなこと言うんやったら!」
     フォコはランドをキッとにらみ、こう怒鳴りつけた。
    「頼る頼るばっかり言ってたって仕方ないでしょう!? ランドさん、ずーっとそればっかりやないですか!
     タイカさん頼って、キルシュ卿頼って、イールさん頼ってって、自分は結局口しか出してないやないですか!」
    「……それは、まあ」
    「何で自分で頑張ろうとせえへんのですか! 口だけ出しとって、自分は十分頑張りましたー、って言えますか!?
     そんなん『やった』って言いませんで! 血も汗も流さんと、他人にわーわー言うて唾撒き散らしとるだけやないですか! 汚いわ、そんなん!」
    「う……」
     思わぬ攻撃に、流石のランドも言葉を失ってしまう。
    「『やる』『やる』て口で言うだけやったら誰にでもできますで!? 『やる』言うんやったら、ちょっとは自分でどうにかしようとせなあきませんよ!」
    「……」
     ランドは黙り込み、そのまま座り込んだ。
    「……イールさん」
     フォコは呆気に取られていたイールに声をかける。
    「は、はい? ……あ、うん、何?」
    「僕、協力させてもらいます」
    「え? あたしたちに?」
    「はい。僕も格差がひどく、強者が弱者をいじめる世界で暮らしてた経験があります。そこで見てきた仕打ちは、本当にひどかった。
     ここでまた、同じことが起こってる。それを知っておいて、そんなのを黙って見ているほど、僕は冷淡でも臆病でも無いです」
    「……ありがとう。協力してくれるって言うなら、とっても助かるわ」
     イールはぺこりと頭を下げ、フォコを歓迎した。
     と、渋い顔をしていたランドがようやく口を開く。
    「僕も協力するよ」
    「ランドさん」
     ランドはフォコに顔を向け、困ったような笑顔を向ける。
    「確かに君の言う通りだ。僕は口出ししかしてない。それで中央政府を倒そうなんて、虫が良すぎる話だ。
     僕にも何かさせてくれないか、イール?」
     真摯な顔を向けてきたランドを見て、イールはうれしそうに微笑み返した。
    「……ありがとう。2人も協力してくれる人が増えるなんて、大歓迎よ」
    「2人? ……あ、そうか」
     ランドは大火に向き直り、尋ねてみた。
    「タイカ、君は協力してくれるかい?」
    「ああ、吝かではない」
    「これで3人だ。特にタイカは一騎当千の腕を持ってる。役に立つ人材だよ」
    「よろしくね、みんな」
     イールは深々と、三人に頭を下げた。
    火紅狐・猫姫記 3
    »»  2010.12.12.
    フォコの話、101話目。
    未来の進め方。

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    4.
     フォコたち三人を迎え入れ、イールは改めて、現在自分たちが戦っている相手について説明してくれた。
    「今、あたしたちが相手してるイドゥン少将の本拠地は、大陸沿岸部からちょっと南に行った島、北海諸島第5島のフロスト島にあるの。
     イドゥン少将の軍閥は、沿岸部方面艦師団――ま、中央軍とかで言うところの海軍を主軸とした一個旅団で編成されてるわ。だから少将の本拠地も、北海上にあるってわけ。で、そこからグリーンプールや他の港町にある軍港及び駐屯地に命令を飛ばして、沿岸部を牛耳ってるの。
     ま、牛耳るって言っても、ここしばらくは弟分だったギジュン准将との取引を優先させるため、港町の治安が悪くなるようなことはしてこなかったんだけど、つい二ヶ月前に仲違いしちゃったのよ」
    「仲違いって?」
     ランドの質問に、イールは肩をすくめる。
    「准将の妹さんを自分の砦に招待した少将が、そのまま彼女を軟禁しちゃったのよ。どうしても奥さんにしたいっつって」
    「下衆だな」
    「で、准将の襲撃に備えて峠を封鎖し、武具を大量に買い付けて迎撃態勢を整えてるとこなのよ。
     あんたたちが見た兵士の乱暴ってのも、それが原因ね」
    「って言うと?」
    「さっきは沿岸部に金が入ってきてるって言ったけど、イドゥン軍閥の経済状況は割と厳しいのよ。封鎖と買い付けのせいで、ここ最近の懐具合はかなり寂しいみたい。
     兵士一人ひとりに出す給料も、三ヶ月前の半分以下になってるらしいわよ」
    「それで生活苦のために、巷で強盗まがいの騒ぎを起こしてるってわけか。……責任ある人間のやることじゃないな」
    「まったくですよ。自分の欲望のために、軍閥2つと沿岸部を巻き込んでるわけですしね」
    「それだけじゃないさ」
     ランドは眼鏡を拭きながら、悲しそうな顔をした。
    「本来不必要な峠の封鎖や迎撃準備やらさせられた上に給料まで減らされたら、兵士たちの制御が利かなくなるって、ちゃんと管理のできる人間なら分かるはずだ。
     それを、仮にも大組織のリーダーである人間が配慮の一つもせず、代わりに今熱心なのは異性を口説くこと、……だなんて、呆れるよ。
     放っておいても潰れるよ、そんな組織」
    「ま、あたしもそう思うけどね」
     イールは軽く首を振り、こう結論付けた。
    「放っておいたら放っておいた分、力の無い人たちが嫌な目に遭うのよ?
     毒で全体が冒されて死ぬより、毒の回ったところだけ切り落として命をつなぎとめた方が、それこそ懸命でしょ」
    「ま、そりゃそうだね」
    「だから近いうち、あたしたちはイドゥン軍閥を襲撃し、壊滅させる予定よ」
     拳を固め、そう宣言したイールを見て、ランドはイールを眺めたまま黙り込んだ。

    「……な、何?」
     じっと見つめられ、イールは顔を赤くする。
    「一つ、聞かせて欲しい」
     ランドは眼鏡を外し、イールに真剣な眼差しを向けた。
    「な、何を?」
    「君は……、と言うか、キルシュ卿は、この国をどうしたいんだろう?」
    「何言ってんのよ」
     イールはフン、と鼻で笑い、表情を戻してこう返す。
    「この国を立て直すのよ。この国を弱らせてる原因、軍閥の独断専横を解消することで」「それなんだよね」
     ランドは眼鏡をかけ直し、あごに手を当てながらぽつぽつと話す。
    「確かに言わんとすること、理念は分かる。納得行くし、賛同もできる。
     でもその方法は、果たして戦うことが最善だろうか?」
    「はい?」
    「君はさっき、沿岸部は外国との貿易で潤ってるって言ったよね。ここで反乱軍が海に出張って軍閥と交戦したら、その貿易はどうなる?」
    「まあ、止まるでしょうね。港町の目と鼻の先で戦闘するんだし」
    「だろう? それはこの国にとってプラスになるだろうか?」
    「なるわよ。外国からのお金が来なくなれば、沿岸部と山間部のバランスが元に戻る。そうすれば沿岸部付近の軍閥は、みんな資金繰りが悪くなって瓦解するわ。そうなれば……」
    「軍閥だけじゃない。沿岸部、いや、この国全体が痩せ細ることになる」
    「はあ?」
     ランドはイールに歩み寄り、強い口調で主張する。
    「君はこの国の内部にだけ焦点を当てて考えてるみたいだけど、もっと広い視点で考えてみてくれ。
     沿岸部での貿易拡大によって――そりゃ、軍閥にピンハネされてはいるだろうけど――そこに住む人たちの懐は暖まっている。豊かになってるってことだ。
     それが止まってしまったらどうなる? 君の言う通り、沿岸部に入って来ていたお金はストップするだろう。沿岸部に住む人たちは、それで喜ぶと思うかい?」
    「……それは……」
    「それにそのお金は、仮に軍閥が無ければ、いずれは山間部にも入ってくるはずだ。そうなれば山間部も豊かになる。
     それを君たちの都合で止めてしまったら、皆は喜ぶだろうか? 君たちのことを、この国に住む多くの、一日100万グランしか稼げない人たちは賞賛すると思うかい? 『もっと稼げたはずだったのに』と恨んでこないと、断言できるのかい?」
    「……」
    「もっと皆のことを考えるべきだ。今君たちが溺れているのは、ただのヒロイズム――自分たちが英雄になることばかり考えた、自分本位の欲望でしかない」
     イールは苦い顔をし、椅子に座る。
    「……じゃあ、どうするのよ? 折角軍港も潰したって言うのに、尻尾巻いて逃げろって言うの?」
    「そうとも言ってない。僕に、考えがあるんだ」
     ランドはイールの手を取り、真剣な眼差しで頼み込んだ。
    「会わせてくれないか、キルシュ卿に」
    火紅狐・猫姫記 4
    »»  2010.12.13.
    フォコの話、102話目。
    とっておきの隠し峠。

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    5.
     ランドの言い分に納得したイールは、フォコたち三人を伴って沿岸部南端のある村に来ていた。
    「ここはブラックウッド。表向きは、杉の伐採と麦農業で細々と生計を立ててる村よ」
    「ふーん」
     確かにイールの言う通り、傍目にはのどかな農村にしか見えない。
     が、かつて海賊と造船所員を兼業し、武具のカモフラージュに精通しているフォコの目はごまかされなかった。
    「……多いですね、農具」
    「えっ?」
    「あんなちっちゃな納屋一つ一つに、何で鍬や鎌が7つも8つもかかってるんです? しかも刃が妙にギラギラ尖ってますし。
     あれってもしかして、『いざと言う時』には形を組み替えて、曲刀とか槍とかにできたりしません?」
    「す、鋭いわね」
     看破されたイールは、驚いた目を向けてくる。
    「そう、その通りよ。ここはあたしたち反乱軍の拠点の一つでもあるの。前に言ってた隠し峠を発見されないように、こうして農村を装ってるってわけ」
    「じゃ、あそこでのんびり畑を耕してる人たちも……」
    「そう、あたしたちの同志」
     イールはそう答えつつ、畑を耕す老夫婦に手を振る。老夫婦は嬉しそうに、手を振り返してくれた。
    「あの人たちも? 言い方は悪いかも知れないけど、戦闘の役に立つとは思えないけど……?」
     そう尋ねたランドに、イールはほんの少し顔をしかめた。
    「そりゃ、戦えないわよ。
     でも戦争って、前線に出てる兵士だけの問題じゃないでしょ? 兵糧とか後方支援、司令塔もあって、それでちゃんと戦えるようになるってもんでしょ。
     あの人たちはあたしたちの休める場所と食べれるご飯を守り、管理してくれてるのよ。……それに、戦いで犠牲になった同志の子供の世話も、ね」
    「……なるほど。そっか、ごめんね」
    「いいわよ、別に」
     話しているうちに、一行は崖を背にして建てられた納屋の前に到着した。
    「これもカモフラージュ。見た目も中も、ただの納屋」
     中に入ると、確かにどこにでもありそうな納屋にしか見えない。
     が、イールは納屋の壁の前で立ち止まり、格子上に組まれた木板の一枚を剥ぎ取り、中にあったレバーを引く。
    「でもこの裏には……」
     ガタンと音を立て、壁の一部が外向きに開く。
    「あたしたちの切り札の一つ、山間部への隠し峠の道があるってわけ。
     さ、行きましょ。結構険しいから、気を付けてね」

     確かにイールの言う通り、峠道は険しかった。
     四人の中で最も体力の無いランドが、真っ先にへばる。
    「きゅ、きゅう、けい……」
    「何言ってんの。まだ30分も登ってないわよ」
    「嘘だろぉ……。僕の中じゃもう、2時間は経ってるよ……」
    「……はぁ」
     イールが呆れた様子で、ランドの背中に手をやる。
    「背中押してあげるから、もうちょっと頑張んなさいよ」
    「うぐうぅ……」
    「もお……。まったく、こんなんじゃ半月くらいかかるわよ。あたしたちの脚でも、3、4日はかかるのに」
    「うへぇ」
     辛そうにしているランドを見て、フォコはふと、大火に尋ねてみた。
    「タイカさんなら空飛ぶとか瞬間移動とか、ホイホイっとできそうな気しますけどね」
    「……」
     と、そう言ってみた途端、大火がほんのわずかにではあるが、ニヤリと笑みを返してきた。
    「そう思うか?」
    「え? ええ、はい」
    「そうか。ならば見せてやろう」
     大火はそう言うなり、へばっているランドの襟をぐい、とつかむ。
    「へ、何……っ、わあああぁぁぁぁ……」
     次の瞬間、大火とランドの姿は空高くに移る。
    「少し行ったところで待っている。ゆっくり来るがいい」
    「はーい」
    「……」
     素直に返事するフォコの横で、イールが憮然とした顔をしていた。
    「何よアイツ……。調子乗りすぎでしょ」
    「ま、ま。……おだてたら予想以上にノってくるタイプなんですね、タイカさん」



     その後、大火を散々おだてたフォコの働きにより、一行はイールの見立てより随分早く、山間部に到着することができた。
    「あれがノルド王国の首都、フェルタイルよ」
    「首都? 本当に? ……なんだか静かな気がするんだけど。活気が無さすぎるって言うか」
    「ま、ね。……到着したからって、気を抜いちゃダメよ。この国の政情は、ホントに不安定なんだからね」
    「ああ。……行こう」
     一行は街に向かい、歩を進めた。

    火紅狐・猫姫記 終
    火紅狐・猫姫記 5
    »»  2010.12.14.
    フォコの話、103話目。
    荒んだ街。

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    1.
     何度か触れた話だが――北方大陸は山間部と沿岸部の二地域に大別される。

     寒冷地である北方大陸なので、沿岸部に面している海岸のほとんどは、一年に渡ってほぼ氷が張り、他の地域のように船舶の通行はできない。
     わずかにグリーンプールやその他、いくつかの港町が、年間を通してほぼ凍らない港、不凍港として重宝され、そこを軸とした社会が形成されている。とは言え貿易が活発化するまで、北方がいわゆる「鎖国状態」にあった頃は、資源に乏しい土地として、あまり重要視されてはいなかった。
     だが、海外との交流が活発化するにつれ、その地位は逆転の一途を辿った。沿岸部には冬を除き、毎日のように物資と外貨が入ってくる。その量は、山間部で発行・生産される量を大幅に上回っており、北方内の通貨、グランを駆逐し始めた。
     王室は自国通貨が駆逐され、国内市場が操作不能になることを回避しようと、それを上回る額の通貨を無理矢理に発行。それを皮切りに、王室政府の財政はみるみる悪化していき、双月暦3世紀の中頃、1クラム当たり100000グラン以上と言う凶悪な水ぶくれ――ハイパーインフレが発生し、ついにパンクした。
     さらにはその危機的状況を打開しようと、王室政府があの手この手を繰り返して疲労していくうちに、北方の地方自治も連動して停滞・破綻。
     無秩序となった地域をまとめたのは、武力と組織力を持つ軍閥であった。



     そして4世紀、307年現在。
     政治機能が壊れた首都フェルタイルは、荒れ果てていた。
    「おわっ!?」
     ランドがひび割れたレンガ道に足を取られ、勢いよく前のめりに倒れる。
    「あいたた……」
    「気を付けてね。もう半世紀は、道の舗装なんてしてないもの」
    「そ、そんなに?」
    「余裕ないもの。道や建物の補修までやってらんないわ」
    「ひどいですねぇ」
     イールの言う通り、街のあちこちには亀裂やひび割れが生じ、一見しただけでは廃墟なのかさびれた街なのか、見分けがつかないほどだった。
    「……ランド、あなたの言う通りかもね」
     と、イールがしんみりした声を出す。
    「って言うと?」
    「もしあたしたちが無理矢理に軍閥を叩きのめしても、お金はどこにも入ってこない。
     そしたらずーっと、街はこのまんまなのよね」
    「そうだね。大事なのはトップ同士の勝ち負けじゃないよ。みんなが豊かになることだ」
    「そう、ね」

     やがて一行は、小ぢんまりした家に到着した。
    「ここがあたしの、フェルタイルでの家。さ、入って」
     そう促し、イールは中へと入る。
    「見た目は、ただの家ですね」
     フォコの言う通り、家の中には特に、目を引くようなものはない。
    「ここもブラックウッドみたいに、隠し通路とかが?」
    「そうよ。こっち来て」
     イールは三人を連れ、地下室に降りた。
    「この本棚をどかして、……と」
     本棚の裏に、扉が現れる。
    「この地下道が、キルシュ卿の屋敷に通じてるの」
     地下道を進みつつ、イールはキルシュ卿について話してくれた。
    「キルシュ卿は、反王室派として広く知られているわ。それでも大臣職に就いてるのは、彼以上のまとめ役と、金ヅルがいないから」
    「金ヅル?」
    「実業家でもあるのよ、キルシュ卿は。
     山間部にミラーフィールドって州があるんだけど、そこで取れる野菜とか塩とかを、キルシュ卿の家が卸してるの。ギリギリで首都を維持してられるのは、卿の流通網のおかげってわけ。
     それに交渉事もうまいから、ただでさえ武力介入されかねない首都を、卿は商業取引で守ってるの。
     もし卿がいなくなれば、首都は三ヶ月と持たないでしょうね」
     話しているうちに、一行は地下道を抜けた。
    「ここは、屋敷の納屋ね。ここを出たところが、屋敷の庭よ」
     と、納屋を出たところで、一行は草木に水をやる、エルフの老人と出くわした。
    「うん? ……おお、君は」
     そのエルフはにっこりと、柔らかく微笑みかけた。
    「お久しぶりです、キルシュ卿」
    「うん、うん。元気にしていたかね、イール」
     イールは老人――ノルド王国の要、エルネスト・キルシュ卿にぺこりと頭を下げた。
    「おかげさまで。……あの、今日は客人を連れて来ました」
    「客人? ……おや、あなたは」
     キルシュ卿はランドに目を留め、驚いた顔を見せた。
    「ご無沙汰しておりました」
    「ええ、ええ、こちらこそ。確か、以前にお会いしたのは……、そう、305年度貿易協定会議の時、でしたね」
    「そうです。その節はどうも……」
     互いに堅い挨拶を交わした後、ランドの方から話を切り出した。
    「実はキルシュ卿、私は……」
    「ええ、聞いています。新しい天帝陛下のご機嫌を損ねた、とか」
    「その通りです。その後投獄されたのですが、その……、脱獄に成功し、こちらまで向かった次第です」
    「ふむ……?」
     キルシュ卿はランドの真意を測りかねたらしく、戸惑った顔をする。
    「ともかく……、私の屋敷まで、どうぞお入りください」
    火紅狐・合従記 1
    »»  2010.12.16.
    フォコの話、104話目。
    統治論。

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    2.
     ランドの経緯を聞き終えたキルシュ卿は、腕を組んでうなった。
    「ふうむ……、なるほど、それで私のところに」
    「ええ。しばらく、サンドラ氏と行動を共にするつもりです」
    「ほう……。つまり、彼女の率いる反乱軍に参加する、と言うことですか。しかし……」
     キルシュ卿は口ひげをもみながら、ランドに質問をぶつけてくる。
    「あなたほどの英才が、何故そのような道を?
     話の是非はともかくとして、私の口添えで側近になってもらい、政治面でこの国を立ち直させる。そうした手も、無いわけではないのですが」
    「ええ。恐らくそちらの方が、私に似つかわしく、かつ、適した手法でしょう。
     ですが、その手段は何年の時を費やすことになるでしょうか?」
     問い返され、キルシュ卿は「ううむ……」とうなる。
    「サンドラ氏に連れられ、私はこの国の中核を観察させていただきました。
     以前お会いした時、その時は沿岸部の、そこそこには豊かな場所での会談でした。その街は道も整備され、木々も青々としており、すれ違う人々の顔は活力に満ちていました。
     ところがどうでしょう、この国の中核、この街の惨状ときたら。道は割れ、家々の壁は崩れ、人々は皆何かにもたれかかるようにして歩いている。
     キルシュ卿、あなたが今の職、商政大臣と言う地位に就いて、何年になりますか?」
    「6年、……ですな」
    「優秀な卿でも、この現状を覆しきれていない。あなたの言に従い、私が政治面で活躍しようとも、恐らくもう10年、20年はかかるでしょう。
     それを待っていてくれるでしょうか、人民は?」
    「……」
     キルシュ卿は渋い顔をし、顔の前で腕を組んでうなった。
    「確かに、確かに……。あなたの言う通りでしょうな、何もかも。
     私ももう80近い身ですし、私自身もそこまで持ちはしますまい。いや、むしろ年波に押されて、現状の維持すらできなくなるでしょうな。確かに、時間はもういくらも、待ってはくれんでしょう。
     しかし……、これもまた、あなた自身が仰ったことです。反乱軍に入って戦うなど、あなたの執るべき策ではないはずだ」
     と――ランドは、その言葉に首を振った。
    「いいえ、キルシュ卿。私は戦いません」
    「……うむ?」
     ランドの発言に、キルシュ卿も、イールも、そしてフォコも目を丸くする。
    「ちょ、ちょっとランドさん? 話、違うやないですか?」
    「そうよ! 散々偉そうなこと言って、戦わないってなんなのよ!?」
     騒ぐ周囲に、ランドはパタパタと手を振ってなだめる。
    「聞いてくれ、皆。もう一度言うけど、僕は戦わない。何故なら、僕には力も度胸もないからだ。魔力もないし。
     でもその代わり、僕には知恵がある。この北方の戦乱を収められるだけの、知恵がね」
    「……?」
    「それを検討しに、僕はここまで来たんだ。
     キルシュ卿に、こう進めていいかと。イールに、反乱軍の皆をこう使っていいかと、尋ねるためにね」

     周りが落ち着いたところで、ランドは己の考えを説明し始めた。
    「まず、反乱軍の認識――イールの主張をそれと仮定して、話を進めるけど――北方、ノルド王国は四大軍閥とその下っ端により、王国の支配を外れて好き勝手している。だから彼らは悪者であり、それを何とかしなければ平和は訪れない。
     これで合ってるかな?」
    「ええ。大体みんな、そう思ってるでしょうね」
    「それが間違いの元だと思うんだ。いや、間違いと言うより、泥沼化した原因かな」
    「え……?」
     ランドは椅子を持ち上げ、説明を続ける。
    「これは椅子だ。四本の脚で支えている」
    「見りゃ分かるわよ」
    「でもこれだけを椅子とは呼ばない。太い一本足で支えられていても、皆はそれを椅子と認識している。違うかい?」
    「まあ、そうでしょうね」
    「でも君たちは、そうしているんだ。『一本足じゃなきゃ椅子じゃない。四本足なんて認められない』、と主張している」
    「はい?」
     ランドは椅子を下ろし、立ち上がったまま語り続ける。
    「つまりは、ノルド王室とか、自分たちの軍とか、どこか一つの組織の独裁でなきゃこの国は成り立たない、成立・維持し得ないと主張しているんだ。
     でも現状はどうだろうか? 四大軍閥なり、これまで築かれていた軍閥なりが、地方を統治していた。それで北方大陸の政治・経済は維持されてきたはずだ」
    「……!」
     この説明に、キルシュ卿は目を見開いた。
    「それでうまく行ってたって言うなら、これからもそうさせればいいんだ。
     一つの地域を支配している組織を『敵』と見なして攻撃するよりは、『この国を共同で統治する協力者』と扱えばいい。
     相手だって、周りのみんなが全部敵であるよりも、協力者であってくれた方がどれだけ安心するだろうか? 少なくとも、これまでのようにいがみ合ったりはしないはずだ。
     事実、沿岸部においても、イドゥン軍閥とギジュン軍閥とが協力関係にあった時は、それなりに平和だったんだろう?」
    「それは……、確かに」
     複雑な表情を浮かべながらも、イールはうなずく。
    「それが敵対したから、平和じゃなくなった。この因果関係は、他の軍閥に対しても通用するんじゃないだろうか?」
    「確かに」
     キルシュ卿は深々とうなずき、ランドの主張に同意する。
    「私と取引関係にある軍閥は、攻めてこようとはしない。協力する価値のある相手、と見ているからでしょうな」
    「そう。その関係を、北方全域に応用すればいいんだ」
    火紅狐・合従記 2
    »»  2010.12.17.
    フォコの話、105話目。
    砦乗っ取り計画。

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    3.
     ランドの主張に、イールは反論する。
    「できるわけないじゃない!」
    「なぜ?」
    「だって、王室は絶対納得しないわよ? 反発して、全域を支配したいって軍閥もあるし、まとまりっこないわ!」
    「そうさせたいなら、させればいい。僕らだけで、新しく国を作ればいいんだ」
     自分の常識の範疇を飛び越えた発想に、イールは唖然とした。
    「く、国を作る?」
    「そう。ノルド王国が同意しないなら、同意した者同士で国を抜けて、新しく立国すればいいんだ。
     冷静に考えれば、手を組むメリットが非常に大きく、デメリットが非常に小さいことは誰にでも分かる。敵対して余計な戦費を使うよりも、協力して取引関係を築く方が、どれだけ得になるか――必ず、協力してくれるはずだ。
     そして万一、協力できないところがあれば、その国、その共同体から締め出す。好きなだけ敵対させとけばいい。そうすればそのうち疲弊して、僕たちに協力を願い出るようになるさ。
     この策が実れば、きっと『皆が』幸せになる」
    「でも……、今さら敵対してきた奴らが、納得なんて」
    「それを達成させるために、僕はこれからお願いするんだ。反乱軍を、そのために使ってもいいか、と」
     ランドはキルシュ卿とイールに、深々と頭を下げた。
    「お願いします。この策を、実行させていただけませんか?」
     壮大な戦略に言葉を失ったイールを置いて、キルシュ卿は静かに尋ねてきた。
    「その策には、……大きな問題がありますな」
    「何でしょうか?」
    「我々の国、と言えば聞こえはいい。ですが、国を構成するには、国王、人民、そして領土が必要になる。
     人民は、反乱軍とすればよろしいでしょう。国王も、……まあ、イールや、私の息子なりを据えればいいでしょう。
     ですが、領土は? まさか、この屋敷を領土と主張すると言うのですか?」
    「……ふむ」
     ランドはそこでもう一度、椅子に座り込んだ。
    「確かにその点は、憂慮すべきではある。……ですが、手は無いわけではない。
     イール」
     ランドは呆然としたままのイールに声をかける。
    「……え、な、なに?」
    「どうやっても、間違いなく、絶対、この提案に乗らないだろう軍閥って、どこか無いかい?」
    「何個もあるわよ」
    「この近くだと?」
    「そうね……、例えば四大軍閥の、ロドン中将。ここから西の、ミラーフィールド大塩湖北部を牛耳ってる、超が付くほどの野心家。絶対、協力なんてしやしないわ」
    「そりゃいいや」
     思いもよらない反応に、イールはまた呆然とする。
    「何がいいのよ?」
    「潰すには持って来い、ってことさ」
    「潰すって……。反乱軍を使って? 無理よ、まだノルド峠は封鎖されたままだし、みんな登って来られないわ」
    「いや、反乱軍の皆は別のことに使う。……タイカ、ちょっといいかな?」
     ランドはくい、と顔を傍観していた大火に向けた。
    「なんだ?」
    「無理だと思うけどさ」



    「言っただろう? 俺に無理なことなどない」
     半日後、フォコたち一行はミラーフィールドと呼ばれる土地に立っていた。
    「そっか、それなら良かった。流石だよ、タイカ」
    「……」
     どことなく得意げな大火を背に、ランドは眼下にそびえる砦を指差した。
    「あれが、中将の本拠地?」
    「そう、通称イスタス砦。2世紀くらいに造られた砦だけど、中将が金に飽かせて整備したおかげで、今じゃ難攻不落の場所よ。
     どうやって陥とすつもり?」
    「まあ、やりようによっては、たった一名の犠牲を出すだけで済むかな」
    「一名? ……あんたまさか」
     イールはランドが考えていることを推察する。
    「中将を暗殺しようってんじゃないわよね!?」
    「最悪の場合、そうしなきゃいけなくなるだろうけど、それよりももっと穏やかに事を済ませるつもりさ」
    「あたしが言ったこと、忘れてないわよね? ここ、警備が半端じゃなく厳重なのよ? 何百人、いいえ、千、二千を超える兵士たちにガッチガチに守られてるのに、暗殺なんてできるわけないじゃない」
    「だから、それは最悪の場合だってば。
     僕だって何度も言うけどさ。力も度胸もないんだ、僕には。実力行使で押し通そうとするには、命が何個あったって足りやしない。
     だからもっと別の、得意な方面から内部を切り崩す。……そのためには、やっぱり僕の、なけなしの度胸を使わなきゃいけないけど」

     大火の術を使って内部に侵入した四人は、密かに倉庫へ押し入った。
    「武器と食糧、か。金に飽かせて、って言ってただけはあるな。いっぱいある」
    「どうするの、ここで?」
     イールの問いに、ランドはすぐには答えず、腕を組んでしばらく考え込む。
    「ねえ?」
    「……そうだな、……タイカ」
    「なんだ?」
    「こんなことってできる? ここと、別の場所を瞬時に行き来できる方法、あるかな?」
    「ある」
    「そりゃいい」
     ランドはいたずらっぽく、イールに笑いかけた。
    「……あ!」
     イールは辺りを見回し、思わず大声を出しかける。
    「あんた、ここの備蓄を全部……」「しー」「むぐ」
     それを抑えつつ、ランドは話を続ける。
    「大体その通り。君が何度も教えてくれたように、ロドン中将の強みはこの堅固な砦と、大量の備蓄にある。
     それをそっくり奪わせてもらうんだ。……と言っても、ただ単に、物理的にここから奪うって話じゃない。ちょっと、効果的な手を盛り込ませてもらう」
    火紅狐・合従記 3
    »»  2010.12.18.
    フォコの話、106話目。
    上兵無兵。

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    4.
     フォコたち一行がキルシュ卿と会ってから、2ヶ月ほどが経った頃。

    「横流し……、だと?」
     イスタス砦の主、熊獣人のロドン将軍の耳に、不穏な噂が入った。
    「はい。ここしばらくの間、倉庫からちょくちょく、物資が消えていると言う情報をお伝えしましたが……」
    「ああ、覚えている。小麦や芋が一袋、二袋など、非常にわずかずつではあるが、毎日のように消えていると言うことだったな」
     側近は短くうなずき、報告を続ける。
    「はい。それで調べましたところ、どうも近辺の町村に、その消えた物資が出回っているようでして……」
    「むう」
     将軍は渋い顔をし、側近にこう命令した。
    「事実ならば、我が軍閥の規律を大きく歪ませる由々しき事態だ。その近隣町村に出向き、真否を確認しろ」
    「了解です」

     一方、ノルド王国の首都、フェルタイル。
    「塾では色んなこと学んだけど……」
     イールの家で彼女と話していたランドが、こんな話をし始めた。
    「一番衝撃的だったのは、戦略理論だったな」
    「せん……りゃく?」
     イールは聞いたこともない、と言うような顔をする。
    「簡単に言うと、戦いをどう持っていくかって言う考え方だよ」
    「あの、さ、ランド。あんたの言うこと、あたしはいっつも、よく分かんないって気持ちで聞いてるんだけど」
     イールは肩をすくめ、自分の考えを述べる。
    「戦いをどう持っていくって、どう考えても、結局は相手を倒して、自分が生き残るようにするもんでしょ?」
    「それがもういけない。落第点だよ」
    「はい?」
     ランドも肩をすくめ、こう返した。
    「戦いにおいて『戦う』『相手を潰す』って選択がもう既に、最低の方策なんだよ。ま、僕も最初、先生からこれを尋ねられた時は、そう返したけどさ」
    「何それ……?」
    「戦えばお金やモノを使うし、人も使う。消耗品、って意味で。
     でもそれが何を生み出す? モノや金、人を消費しつくして、その先に何が生まれるだろうか?
     『自分たちの軍が勝利した』、と言う達成感の他に、何を得られるだろう?」
    「そりゃ、相手の陣地とか、お金とかでしょ?」
    「相手も疲労してるんだ。ましてや、負けてボロボロになってる。豊かな土地や有り余るお金なんて、あるだろうか?」
    「……そうね、そう言われたら、確かに」
     深くうなずいたイールに、ランドはさらに自説を語る。
    「だから戦いにおける最良の策は、『戦わずして勝つ』。無闇に争うことなく、ただ、勝利と利益のみを手にする」
    「……ずっるー」
     口をとがらせたイールに、ランドは「はは……」と苦笑した。
    「そうだね、戦略って時にはずるいものだ。でも殴り合って互いに大ケガするよりは、随分マシな話だろ?」
    「まあ、そう考えればそうだけど。
     じゃあ、2か月前からあんたがやってることも、そう言うつもりなの?」
    「うん」
     そこでイールが、さらに深く尋ねてくる。
    「それもあたし、よく分かんないのよ。なんで全部、一度に奪わないの? しかもあたしたちの懐に一切入れず、あの砦の周りの街にバラ撒いたりして……。
     それもセンリャクなの?」
    「そうだよ」

    「調査した結果、やはり近隣に物資が出回っていたのは確かでした。ただ、横流しをしたのが何者か、までは……」「決まっている!」
     側近の報告を、ロドン将軍は途中で遮った。
    「この砦は堅固だ! 外からの侵入者など有り得ん!
     犯人は我が軍の者以外になかろう!? それも下級の兵士どもだ!」
    「そう、でしょうか……?」
    「それ以外に誰が、こんな汚いことをすると言うのだ!?
     わしか? お前か? せんだろう!? しなくとも、金をたんまり持っている! そんな下衆なことをするのは、金のない下の者だ!
     徹底的に調べ上げるぞ! 下衆者を、我が軍に居させてたまるかッ!」
     こうしてロドン将軍の主導により、イスタス砦中に監査が入った。
     が、当然これは空振りに終わる。犯人はランドたちであり、砦内の兵士ではないのだ。犯人の見当がまるで外れているのに、監査の成果が挙がるわけもない。
     そのうちに――砦内の空気に、不穏・不和の色が現れ始めた。
    火紅狐・合従記 4
    »»  2010.12.19.
    フォコの話、107話目。
    内部の亀裂。

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    5.
    「また監査だよ……」
    「またかよ」
     毎日のように持ち場や自室をほじくり返され、イスタス砦の兵士たちはうんざりしていた。
    「ねーっつーの、横流し品なんて」
    「あいつら目の敵にして、俺たちを追い回して……」
    「そんなに俺たちが信用できないのかっつーの」
     監査を行う士官と、監査される兵士たちとの間には、いつしか軋轢が生じていた。
    「俺、思うんだけどさ」
    「ん?」
    「俺たちを犯人にして、実はあいつらが横流ししてんじゃねーか?」
    「まさか」
    「まさか、と思うか? いくら俺たちの部屋やら何やらを荒らし回っても、何にも出てこねーんだぞ。じゃあもう、俺たちの中に犯人、いねーってことじゃねーのか?
     でも中将や側近がこんなことするわけねーし、じゃあ、残る容疑者って言ったら」
    「……士官組ってこと、か?」
    「だと思うんだよ、俺は」
     こうした考えは、次第に砦内の兵士たちに伝播していった。

     そしてじわじわと、その対立は深まりつつあった。
    「これより諸君らの持ち場監査を行う! 各自作業を止め、両手と、尻尾のある者は尻尾も挙げ、壁に直立! 監査が終わるまで、待機せよ!」
     が、兵士たちはいぶかしげな視線を監査役の士官たちに向けてくる。
    「……どうした? 早く並べ!」
    「思うんスけど」
     と、兵士の一人が士官をにらむ。
    「なんだ」
    「まさかまだ、俺たちが軍備ちょろまかしてるなんて思ってないでしょうね?」
    「何を寝ぼけているかッ! 実際に軍備は消え、横流しされているのだ! お前たちの中にいるはずだ、犯人が!」
    「なんで俺たちなんですか?」
     その一言に、場がざわめく。
    「俺たちが犯人って、誰が言ってました? 誰か自白でも? それとも証拠があるって?」
    「馬鹿者、それを今から……」「誰がバカだと、おい!」
     兵士が声を荒げ、士官を非難し始めた。
    「証拠の一つもないってのに、俺たちみんな悪者かよ!? 出てから言えよ、んなこたぁ!
     それに俺たちも疑ってんだよ、アンタらをなぁ!」
    「なっ……!?」
    「何度も何度も監査、監査、監査! それでも何も出なかっただろうがよ、え!? いい加減、俺たちじゃねーって分かれや!? どっちがバカだか分かんねーなぁ!?」
    「き、貴様……ッ」
    「むしろ俺たちゃ、アンタら士官の中に犯人がいると思ってんだよ! だからそのごまかしに、何べんも監査してんだろ? 俺たちをどーしても犯人に……」「貴様ァッ!」
     突然、士官が兵士を殴り倒した。
    「私を愚弄するかッ! これは軍法会議ものだぞッ!」
    「……いきなり殴るってことは、図星なのか?」
     と、別の兵士が口を開く。
    「なに……?」
    「図星なのか? 本当にアンタらが?」
    「そんなわけがあるか!」
    「じゃあなんで殴った? 反論できないから殴ったんじゃないのか?」
    「違う! 軍規を乱す者が……」
    「それはアンタじゃないのかッ!?」
     場がしんと静まり返り、士官たちと兵士たちの間に、ただならぬ空気が漂い始めた。
    「……」
    「……」
     と、殴られた兵士が立ち上がり、士官をにらむ。
    「出てけよ」
    「……っ」
    「俺たちは真偽がちゃんと分かるまで、アンタらの指示には従わねーぞ」
    「ぐっ……」
     士官たちはしばらく周囲をにらみ付けていたが、やがてその場を後にした。

     こんな小競り合いが幾度となく続き――ついには、決定的に破綻することとなった。
    「なんだ、騒がしいぞ!」
    「暴動です! 南監視塔の兵士たちが、監査に来た士官たちに反発し、乱闘騒ぎを起こしているそうです!」
    「何だと……! すぐに鎮圧しろ! 片っ端から拘束するんだ!」
     士官と兵士との対立は深刻化し、砦の防衛機能が満足に動かなくなるところまで来ていた。



    「そっか。今がチャンスかな」
     その話を反乱軍の斥候から聞いたランドは、次の手を打ち出した。
    「どうする気なの?」
     イールに尋ねられ、ランドはにやっと笑ってこう答えた。
    「いよいよ収穫の時さ。イスタス砦、そっくりいただいちゃおう」
    火紅狐・合従記 5
    »»  2010.12.20.
    フォコの話、108話目。
    千里眼鏡の夜討ち。

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    6.
     双月暦307年、暮れ。
     反乱軍が密かに、ミラーフィールドに集結しつつあった。
    「ねえ、ランド」
     それを指揮するイールが、ランドに尋ねた。
    「集めるのはできたけど……、ここからどうすんの? いくらイスタス砦の中が混乱してるからって、そう簡単に破れるような門じゃないわよ」
    「門は破らないさ。向こうから開けてもらう」
    「え?」
    「イール、皆が集まったら、数名ほど中に忍び込ませて、獄舎に拘束されている兵士たちを解放してやってほしいんだ。
     ……そっちには、僕も一緒に付いていく」
    「え? あんたが?」
     ランドは額にじんわりと浮かぶ汗を拭き、小さくうなずいた。
    「そうしなきゃ、この作戦の成功は無いから」



     監査に抗い拘束された兵士たちは皆、獄舎の中で押し黙っていた。
    「……」
    「……」
     誰の顔にも、不満が見て取れる。
    「ふざけてるよな」
     と、兵士の一人が口を開く。
    「……ああ」
     誰ともなく、それに同意する。
    「なんで俺たちが悪者なんだよ、なぁ?」
    「その通りだ!」
    「俺たちゃ中将閣下のために、汗水垂らして働いてたんだぜ? それが何だよ、こうして反逆者扱いだ! やってられっかよ、全く!」
     一人が不満をぶちまけたところで、他の者もそれに同調する。
    「そうだそうだ!」
    「もううんざりだ!」
    「こうなりゃ本格的に反乱起こしてやる!」
     獄舎で騒ぎ立てるうち、一人がふと気付いた。
    「……あれ?」
    「どうした?」
    「誰も……、来ないな」
    「……そう言えば」
     兵士たちは牢から首を出し、辺りの様子を伺う。
     だが、騒げば止めに入ってくるはずの牢番が、一人もやって来ないのだ。
    「何かあったのか……?」
     不気味な静寂に、兵士たちはまた、押し黙った。

     と、牢の外から声がかけられた。
    「君たち、ちょっと」
    「……?」
     兵士たちは、声のした方へ一斉に振り返った。
     そこには、緊張で顔を蒼くしたランドの姿があった。
    「だ、誰だお前は!?」
    「一言で言うと、侵入者だ。その……、最近話題の、反乱軍の者なんだけど」
    「何……!?」
     にらみつけてくる兵士たちに辟易しつつ、ランドは話を続ける。
    「ま、ま、ちょっと話だけでも。
     今さ、君たち、『こうなりゃ反乱してやる』って言ったよね」
    「……ああ、まあ、そう言った、けど」
    「手伝ってくれるなら、そこから出してあげるよ」
    「手伝うって……」
     ランドは一歩、牢に近付き、声を潜めて話す。
    「このイスタス砦、僕たち反乱軍が乗っ取ろうと思ってるんだ。『キルシュ王国』建国のために」
    「キルシュ? ……商政大臣のキルシュ卿のことか!?」
     牢の中の兵士たちは、一様にざわめいた。
    「まさか反乱軍って……」
    「ま、ま。その議論は後にしてほしいんだ」
     ランドは自分の考え――ノルド王国を離れ、自分たちで別個に国を作る計画を兵士たちに伝えた。
    「……考えもしなかったな」
    「まさか、ノルド王国を捨てて、新たな国を建国するとは。……でも確かに」
    「ああ。悪くない。……じゃあアンタは、その足掛かりに」
     兵士たちに向かって、ランドは深くうなずく。
    「そうなんだ。まずはイスタス砦とその周辺、つまりロドン中将の所有地を奪って、僕たちの国にしようかと」
    「……協力してくれ、と言ったな」
     兵士の一人が、ランドに手を差し出した。
    「俺は協力する。『ノルド離反』と『中将一派追い出し』、おまけに『国作り』なんて、ワクワクさせてくれるじゃねーか……!」
    「お、俺も!」
    「同じく! 同じく!」
     一人、また一人と牢の中から手を伸ばし、全員がランドに協力する姿勢を示した。

    「大変です!」
     さらに時間は進み、深夜過ぎ。
     ロドン将軍の寝室に、側近たちが駆け込んできた。
    「むにゃ……うう、む……なんだ、騒々しい」
    「謀反です! 拘束していた兵士たちが反乱軍と共謀し、我が砦を襲撃しています!」
    「……む、むにゃっ!?」
     この報せに、夢うつつだったロドン将軍は飛び起きた。
    「げ、現状はどうなっている!?」
    「現在正門と西門が破られ、……と言うか、中から開放され、続々と反乱軍が押し寄せてきております!
     さらに下級の兵士たちが次々に反旗を翻し、反乱軍に合流! 既に南・西兵舎と全ての倉庫が制圧されております!」
    「な……」
     ロドン将軍は慌てて軍服を羽織りつつ、怒鳴りつけた。
    「兵の残りは!? わしに従う意思のある兵士はどれだけいる!?」
    「お、……恐らく、……100に満たないかと」
    「……バカな……っ」
     ロドン将軍は舌打ちし、兵士たちをなじる。
    「何故わしに刃を向けるのだ、愚か者どもめがッ!
     このわしが、散々世話をしてきてやったでは、……っ!」
     そこまで口にしたところで、将軍は自分がこの数か月の間兵士たちに向けてきた、辛辣な態度を思い出した。
    「……く、そっ! 何と間の悪い……っ!
     まさかこんな、……こんな、兵士の心が冷え込んでいた丁度その時に、攻め込んでくるとは……!」
     自分の失態と敵のタイミングの良さを呪ったところで――開け放たれたままだった寝室のドアから、多数の兵士がなだれ込んできた。

     こうして襲撃から一晩のうちに、難攻不落のはずだったイスタス砦は陥落。ロドン将軍とその側近たちは放逐された。
     これが後の世に伝わる、「千里眼鏡の夜討ち」である。
    火紅狐・合従記 6
    »»  2010.12.21.
    フォコの話、109話目。
    活動基盤の完成。

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    7.
     308年の初め。
     イスタス砦とその周辺、ミラーフィールド大塩湖北部を掌握したキルシュ卿と反乱軍は、その地を領土として、新たに国を作ることを宣言した。
     国王には、当初キルシュ卿が立てられるものと思われていたが、卿はこれを、高齢のために辞去。自分の息子、クラウスを擁立することで、話はまとまった。
     そして、その国の名は――。

    「ジーン王国?」
    「ああ。皆、二天戦争を知っているかね?」
     キルシュ卿の問いに、イールたちはうなずく。
    「ええ。大昔、中央大陸の『天帝』と、この北方大陸を支配してた『天星』とが戦った戦争ですよね」
    「その通り。……実は、私の家系は、その『天星』の末裔なのだ」
     この告白に、ランドと大火、フォコを除く反乱軍の皆、北方人たちはざわめいた。
    「そうだったんですか?」
    「でも確か、『天星』レン・ジーンって……」
    「そう。一般には、二天戦争で討たれ、死亡したと伝えられている。しかし実際には落ち延び、子孫を作ったと、私の家には伝わっているのだ。
     実を言えば、私がずっと反ノルド王室派だったのは、それに起因する。言わば、ご先祖様を失脚させ、追い回した家だからな、ノルド家は。
     だからこの機に、息子にはジーン姓を名乗らせ、今再びジーン王朝を復活させてもらおうと思っているのだ」

     こうして二天戦争から2世紀半を経て、再びジーン王国がよみがえることとなった。



     時間は少し戻るが――。
    「ふむ……。ファスタ卿も素晴らしい頭脳を持っていらっしゃるが、君もなかなか」
    「どもども」
     ランドたちがイスタス砦から軍備を盗んで横流ししている間、フォコはキルシュ卿としきりに議論を交わしていた。
     キルシュ卿は元々、商人である。そしてフォコにも大商人の血が流れているし、南海時代にもジョーヌ海運総裁・クリオの手伝いをしていた経験がある。
     経営術や商売の計画・手法など、共通の話題には事欠かなかったのだ。
    「いや……、君に相談して正解だったよ。これでまた、新たな経国済民の道が拓けそうだ」
    「そんな、僕なんて……」
     謙遜するフォコに、キルシュ卿はゆるやかに首を振った。
    「いやいや、君ほどの若さでその頭脳と知識は、非常に価値の高いものだ。それこそ、巨額の財産に等しい人材だ。
     ……どうだろう、ソレイユ君。今後も私の手助けを、してくれないか?」
    「へ……?」
    「恐らく、今イールやファスタ卿が進めている計画が実れば、私の息子が国王になる、と言う話になるだろう。
     しかし私の息子が王になった場合、一つの、困る問題が起こる。私の商会、『キルシュ流通』の跡継ぎがいなくなってしまうんだ。とはいえ、まさか王と商人とを、一人二役でこなさせるわけにも行かない。
     そうなった時、もし君が良ければの話なんだが――今後の経営は、君と私、二人で進めたいんだ。で……、私も歳だから、いずれは隠居し、君に全権を委ねるつもりだ。どうだろうか?」
    「え、え……、ええ?」
     困惑するフォコを見て、キルシュ卿は苦笑した。
    「まあ、もし……、イールが女王にと言う話になったら、この件は忘れてほしい。その時はこれまで通り、跡継ぎはクラウス。君は単なる、相談役のままだね」
    「はあ、はい」

     そしてキルシュ卿が懸念していた通り、跡継ぎになる予定だった息子、クラウスが王になることが決定し――。
    「よろしく頼むよ、ソレイユ君」
    「は、はあ……」
     いつの間にかキルシュ卿の商会のナンバー2、大番頭に据えられたフォコは、困惑するばかりだった。



     転落ばかりだったフォコ。
     絶望に沈んでいたランド。
     どん底だった二人に、大きな転機が訪れた。
     これより二人は、この砦と国を軸に、波乱万丈の快進撃を繰り広げることになる。

    火紅狐・合従記 終
    火紅狐・合従記 7
    »»  2010.12.22.
    フォコの話、110話目。
    活気付く、新しい国。

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    1.
    「そうか」
     自分たちの本拠地から追い出され、その窮状を訴えてきたロドン将軍たちの話を聞き終えたノルド国王、虎獣人のバトラー・ノルドはそれだけ言って返した。
    「そうか、ではございません! すぐに兵を集め、反乱軍と逆臣キルシュを皆殺しに……!」
    「ああ、うむ」
     猛々しく怒鳴り散らすロドン将軍に対し、バトラー王はぼんやりした返事を返すばかりだった。
    「聞いておりますか、陛下ッ!」
    「うむ。聞いている、が……」
     バトラー王は眉をひそめ、ロドンにこう返した。
    「3つの理由から、それは延期せざるを得ないのだ」
    「なんですか、その理由とは!?」
    「一つ、我が国の国庫はいつも通りの緊縮財政にあり、余計な挙兵はできぬ」
    「余計ですと!? 領土が奪われたのですぞ!?」
    「二つ、その奪われた領土は元々将軍、お前が私物化していたではないか。取り返さずとも、余にとっては今まで通りと言うことだ」
    「う……、ぬ」
    「そして三つ、その領土と資産を奪われたお前に、利用価値なぞない。最早将軍として飼っておく理由はない。ゆえに、お前に手を貸す気はさらさら無い。
     即刻、去れ」
    「なんと……! それはあんまりではないですか!」
     そう叫んだロドン将軍に、バトラー王が怒鳴り返した。
    「『あんまり』、だと!? その言葉、余が何度お前に投げかけたか覚えているのか!?
     貸し与えた領土を私物化した時も! ギジュン准将やスノッジ少将らと共謀し、ノルド峠へ勝手に関所を作って通行料を徴発し始めた時も!
     さらには得た利益を我が国へろくに献上せず、ぬけぬけと懐に蓄えた時も! 余は何度も何度も、『それはあんまりであろう』と諌めたであろう! そしてお前は、それらすべてにのらりくらりと言い訳を立てて誤魔化し、無視を通したではないかッ!
     それが何だ、いざ自分が窮地に陥ったら、恥も外聞もなく助けを乞うのか、仮にも将軍の地位にあった者が!? 恥を知れ、恥をッ!
     もうお前の顔なぞ見たくもない! 去らねばここで、その猪首をはねるぞッ!」
    「……う、ぐうう」
     これ以上嘆願は無駄と悟ったのか、ロドン将軍はすごすごと謁見の間を離れていった。
    「……ふう」
     ロドン将軍が消えたところで、バトラー王は玉座にしなだれかかる。
    「金はない、将も兵もろくに言うことを聞かぬ、さらにはキルシュ卿の離反と別の王朝の台頭、か。窮地などと言う言葉では、足らぬ足らぬ」
     バトラー王は頭を抱え、ぼそ、とつぶやいた。
    「……俺には分からん。この先どうすれば、この全てを解決できるか」



     ノルド王国とは対照的に、ジーン王国は活気づいていた。
    「さーさー安いよ安いよ、塩湖で取れた塩だよ、肉の臭み取りと味付けには持って来いだよ!」
    「北の狩場で今朝獲ったばっかり! 新鮮な兎肉! 食べなきゃ力付かないよー!」
    「これであんたも今日から狩人! この弓さえあれば、獲物が狩り放題だ!」
     元々、ミラーフィールド塩湖周辺の土は栄養分が豊富であり、動植物が多かった。そして塩湖自身も、良質の塩を産出している。土地の面で言えば、かなり恵まれていたのだ。
     そして軍閥を挙げて独断専横を行っていたロドン将軍が消えた今、あちこちから人が集まりつつあった。
    「とは言え、税率はかなり高くしないと、追いつかないでしょうね」
     フォコは街の活気を砦の窓から眺めながら、キルシュ卿と財政の相談をしていた。
    「うむ……。折角集まってくれた皆には重荷になるかも知れん。しかし、我々の国庫もそう潤沢ではないからな」
     ロドン将軍の資産を丸ごと手に入れた王国だったが、あくまでも一将軍が贅沢できる程度の資産である。国家予算として見れば到底、足りる額では無かった。
     そのため、資金の確保を急がねばならなかったが――。
    「王室政府が十分回転できるくらいの額を一年で徴収するとなったら、商業税は多分30%以上、住民税も40%近くに設定しないといけませんが……」
    「それは無理だろう。折角集まった民が、悲鳴を上げて逃げてしまう」
    「現実的に見れば、10%が限界ですよね。……となると、活動が十分にできるまで、4年はかかる計算になりますね」
    「もっとかかるだろう。その間、収支も変動するだろうし、今は貧窮しているノルド王国も、いつ攻めに入るか分からんからな」
    「ともかく、早くお金を貯めないと。それが第一の課題ですね」
    火紅狐・創星記 1
    »»  2010.12.25.
    フォコの話、111話目。
    裏切りと蹂躙。

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    2.
     ジーン王国の財政大臣となったキルシュ卿の片腕として本格的に活動し始めたフォコは、初っ端から大きな問題と向き合わねばならなかった。
    「とりあえず、税金は10%前後で推移させるとして……。その上で早急に動ける程度の額を貯めなきゃいけない、ってなると……」
     自分に割り当てられた執務室で、フォコは壁にかけてある大きな黒板にチョークで数字を書き連ね、計算を重ねていく。
     だが、何度やっても出てくる額は、年単位の辛抱を必要とする大きさだった。
    「アカンなぁ……。どこをどう引っ張ってきても足りひん」
     フォコは真っ白になった左手――金火狐一族にはなぜか、左利きが多い。フォコもその例に漏れず、左利きなのだ――をローブの裾ではたき、「うへ」と声を出した。
    「しもた、服が真っ白になってもた」
     フォコはローブを脱ぎ、バサバサと揺すって、チョークの粉を落とそうとした。
     と――。
    「ソレイユ君、入るよ」
    「へっ」
     キルシュ卿が、ひょいと部屋の中に入ってきてしまった。
    「わ、わわわ」
     フォコは慌ててローブを被り直そうとしたが、キルシュ卿はばっちりフォコの髪と狐耳、尻尾を見てしまったらしい。
    「うん? ……もしかして、君?」
    「あ、あわわわ、見てませんよね? 見てはりませんよね?」
    「いや……、悪いが確認できてしまった」
     キルシュ卿は後ろ手にドアを閉め、そっと尋ねてきた。
    「私も商売人だし、大臣として、諸外国の視察も何度か行っている。それほど特徴的な髪と耳尾は、央中の『あそこ』以外で目にかけたことはない。
     君は、金火狐一族の者、かな」
    「……はい」
     フォコは観念し、被りかけていたローブを脱いだ。
    「ソレイユ、と言う姓は偽名かな」
    「ええ」
    「何故身分を?」
    「諸事情がありまして」
     その答えに、キルシュ卿は「ふうむ……」とうなった。
    「良ければ聞かせてほしい。私としては、あまり……、その、金火狐にはいい印象を持っていないのだ」
    「そう、ですか」
     キルシュ卿はばつの悪そうな顔を向け、こう続ける。
    「彼らのために、ここ数年の経済状況は加速的に悪化したと言っても過言ではないからな」
    「『ここ数年』、ですか。……じゃあ、誤解のないように、そこだけ釈明します。
     僕はここ数年、金火狐とは縁が切れています。14から17まで南海にいましたし、その後は央北をぐるぐる回ってましたから」
    「それは何故かね?」
    「……現、金火狐一族の、……当主。彼には、……僕の親しい人を、次々に殺されましたから」
    「殺された? ……思っていたような話ではないな。詳しく、聞かせてはくれないか?」
    「でも……」
     言いよどむフォコに、キルシュ卿は表情を崩した。
    「どうせ老い先短い身だ。どんな話を聞かされたとしても、数年のうちに秘密は守られる」
    「……そう言われては、話さないわけには行きませんね」

     フォコの事情を聞いたキルシュ卿は、悲しそうに目を細めた。
    「何とむごい……! そうか、ジョーヌ海運の経営縮小も、ケネス・ゴールド……、いや、ケネス・エンターゲート氏のせいだったか」
    「ええ。……って、縮小ってことはまだ、ジョーヌ海運はあるんですか?」
    「一応は、ある。だが、経営者が奥方に代わった後、まったくうわさを聞かなくなってしまった。恐らく、業績は芳しくないだろうな。
     まあ、経営悪化の理由はジョーヌ氏の死だけではないだろうが」
    「と言うと?」
    「3年ほど前、エール商会を半分以上、まるで食いちぎるようにして買収した、スパス産業と言う商会が現れた。
     以降、西方の商工業網はほとんど、そこ一店に牛耳られてしまっているのだ。それとジョーヌ海運の凋落は、無関係とは言えまい」
    「す、……スパス、ですって」
     フォコの脳裏に、クリオを裏切った造船所の若頭、アバント・スパスの顔がよみがえる。
    「……どうしたのかね?」
    「そいつは……、そいつが裏切ったせいで、おやっさんは拉致されて、死んだって言うのに……! そいつは、のうのうと西方に居座っている、なんて……ッ」
    「そうか……。ではあのうわさも、恐らく真実なのだろうな」
    「うわさ?」
    「その、スパスと言う商会主。金火狐当主とつながっていて、彼の指示のもと、あちこちの買収を続けている。そう言ううわさが流れているのだ。
     エンターゲート氏は何を考えているのか……? 金と権力に任せ、あちこちで非道な商売を展開している。
     北方の経済危機にも、彼は一枚噛んでいるし……」
    「それ、詳しく聞かせてくれませんか?」
    「うむ」
    火紅狐・創星記 2
    »»  2010.12.26.
    フォコの話、112話目。
    恐喝金融。

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    3.
     ケネスが中央軍と通じて世界各地で紛争を起こし、長引かせるとともに、武具を大量に売りつけることでマッチポンプ式に荒稼ぎしていると言ううわさは、既に広く知られるところとなっていた。
     が、それを知りつつも、中央政府は何も言わない。言ったところで、中央政府には何のメリットも無いし、そもそも中央政府の主、オーヴェル帝は今一つ、その因果関係が分かっていないからだ。ケネスに「領土拡大、ひいては世界再平定を成すための行為」と誤魔化され、諌めるどころか嬉々として奨励している有様である。
     それをいいことに、ケネスはますます増長していた。



    「いやいや……、私も女には汚い性質と自負してはおりますが、閣下も相当ですな」
    「そんな言い方はよしてくれ、当主殿」
     北方大陸と中央大陸の間にある海、北海。その第5島、フロスト島にあるイドゥン少将の本拠地、フリメア砦にて。
     ケネスがイドゥン将軍と、密かに会談していた。
    「どうしても、振り向いてほしくての行動なのだ。せめて純情と言ってほしい」
    「どちらでもよろしいことです。
     それよりも、依頼してあった件。あちらは、どうなりましたかな?」
     ケネスの問いに、イドゥン将軍は顔をしかめた。
    「どうにもならん。レブの奴めが峠を閉じてしまったからな。首都との連絡は止まったままだ」
     レブ、と言うのはギジュン准将の名前である。
     元々イドゥン将軍とギジュン准将は兄弟分だったのだが、将軍が准将の妹、イリアを娶りたいと自分の砦に軟禁したために、その仲を悪化させていた。
    「それは困りますな、閣下。覚えていらっしゃるとは思いますが……」
     ケネスは懐から、証文書をチラ、と見せた。
    「む……」
    「あなたに5000万クラムを無利子でお貸しする代わりに、山間部における鉱山を売却するよう、王室に働きかけてもらう。それが契約の内容でしたがね」
    「分かっている。だが奴も頑として、『妹はやらん。無傷で返してもらうぞ』と突っぱねていてだな……」
    「まどろっこしいですな」
     ケネスは口の端を歪ませ、イドゥン将軍を鼻で笑う。
    「さっさと既成事実を作れば、准将も諦めがつくでしょう」
    「そ、そんなわけに行くか! 吾輩は少将だ! 大軍を任された将軍なのだ! そんな、下卑た真似をするわけには……」「それなら」
     ケネスは拳骨でゴツゴツと机を叩きながら、脅しにかかる。
    「准将が動かず、首都と連絡が取れない以上、この証文は不履行となりますな。であれば無利子、とは行きますまい」
    「うぐ……」
     ケネスは先程見せた証文書を、イドゥン将軍の鼻先に突きつける。
    「ほら、ここ。ここに、不履行の際の処置を書いていますでしょう? 不履行の場合、年35%複利で、きっちりと、返済していただく、と。
     私が閣下に貸し付けたのは3年前、すると複利計算はどうなりますかな? ……おおっと、これは大変な額だ」
     サラサラとメモに書きつけた額は、とんでもない額に膨れ上がっていた。
    「ん、がっ」
    「おやどうしました、間抜けな音を鼻から出して? それほど望外の額だと?
     ご納得いただけないなら、もう一度計算いたしましょうか? 5000万が1年で6750万に。そしてもう1年で9112万。
     そしてさらに1年、計3年でほら、1億2301万クラムです。計算に間違いがございますかな、閣下?」
    「こ、こんな額、払えるわけが……」
    「払えない? おやおやおやおや? そうですか、払えないと。いやぁ、困りましたなぁ」
     ケネスはすい、と席を立つ。
    「ど、どこへ」
    「これ以上議論の余地はありますまい。私も何かと忙しい身ですからな。本国に帰り、中央軍のバーミー卿と会談しなくてはなりません。
     なにせ、1億2000万もの大金を踏み倒す不敬な方がおりますからな。制裁を受けてもらわねば、世界に示しが付かぬと言うもの」
    「まままま、待て待て、待て!」
    「なんですか? まだ何か?」
    「分かった! 何としてでも、吾輩はレブを倒す! そうすれば首都との連絡も回復するし、イリアも諦めてくれるだろう!」
    「そうなれば、私との契約も履行できる、と。そう言うお考えですな。……で?」
     ケネスはイドゥン将軍の言わんとすることを察し、こう尋ねた。
    「そのためにはいかほどご入り用です、閣下?」
    火紅狐・創星記 3
    »»  2010.12.27.
    フォコの話、113話目。
    経済復興案。

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    4.
    「なるほど……。つまり、『ノルド王室側の将軍』と『野心を持ち独断専横を続ける将軍』、そして『ケネスに債権を握られて侵略活動を行う将軍』との3種類の軍閥で、対立が続いているわけですか」
    「その通り。性質が悪いのは、2番目よりもむしろ、3番目に当たる将軍だ。2番目のタイプはまだ、自身の活動を抑制できる。自分の意思で、軍閥を動かせる。
     だが3番目、これはもう自分で動けない。エンターゲート氏に多額の借金をしているために、催促されれば簡単に兵を動かしてしまう。
     そして二次災害的に、もう一つ問題が発生する。その、莫大な借金だ。その返済を行うには、ノルド王国の国庫からでは到底支払えない。当然、何らかの税を設け、民から徴収することとなる」
    「それがみんなの首を絞め、さらに経済が悪化。そうなればまた借金をして……、と言うわけですか」
    「その通りだ。このままではいずれ中央軍、もしくは中央政府が本土に攻め込んでくるだろう。その違いは武器で攻めるか、債権で攻めるか、だ」
     話を聞いたフォコは、もう一度黒板に向かった。
    「問題は、……とてつもなく大きく、そして、絶対に解決しなければいけない問題は」
     フォコは黒板に、「北方の経済復興と独立」と書き込んだ。
    「これです、ね」
    「その通りだ。中央の経済圏から独立しなければ、そう遠くない将来、北方は滅ぶ」
    「……」
     フォコは黒板の前に座り込み、腕を組んで考え込んだ。
    「中央の経済圏から離れるには……。それはすなわち、『クラム』と言う通貨から離れなきゃいけない、ってことですよね」
    「ふむ」
    「このままクラムが、ただ流れ込むだけじゃ、こっちで使われてるグラン通貨はどんどん価値を失ってしまう。
     でも北方に出回ってるクラムのほとんどは、大商人や軍閥に流れ込むばかりで、多くの人には行き渡らない。価値が日を追うごとに下がっていくグランだけが、みんなの手元に残るばかりですよね」
    「確かにそうだ」
     フォコは立ち上がり、黒板にカリカリと問題点を書き連ねていく。
    「つまり、逆に言えば――北方の通貨の価値が上がれば、いわば『底上げ』が起こる。みんなの裕福度が、一斉に上がる。
     そうなればクラム通貨は相対的に価値を失い、撤退していってくれる。それで、北方の経済独立が達成できるはずですよね」



     と、大風呂敷を広げたはいいものの――。
    「……ちゅうても、アイデアなんてあらへんよなぁ」
     妙案がすぐに浮かぶわけもなく、フォコは街へ繰り出していた。
     往来のにぎわいを座って眺めつつ、フォコは自分の懐から、クラム銀貨とグラン銀貨とを取出し、見比べる。
    「クラム、か。……この『お嬢さま』も災難やなぁ。人によっては、ホンマに汚く扱われて……」
     銀貨の裏面に刻まれたエルフの女性――初代天帝の娘、クラム・タイムズと言うそうだ――を見て、フォコはため息をつく。
    (ホンマに、僕はお金に悩まされるなぁ。それも、明日パンやらパスタやら買う金がない、っちゅう次元やなくて、もっと別の、ヘンテコな次元で。
     ナラン島ん時は、レヴィア兵から奪ったガニー使うてええんかって逡巡しとったし、ノースポートとかグリーンプールとかでは、寸借詐欺がバレたりせーへんかって、持っとって逆に苦しかったし。
     ほんで今は、『あの外道』がバラ撒いとる金をどうやって駆逐するか、や。……もっと庶民的に悩みたい、っちゅうか、庶民的に暮らしたいもんやけどなぁ)
     何の気なく、フォコはその銀貨二枚をぽいぽいと宙に投げ、ジャグリングをする。
    「ほい、ほい、ほい、……っと」
     そうして空虚に時間を潰していると――。
    「おい、兄ちゃん」
    「ふえ?」
     いつの間にか、フォコの前に中年の短耳と虎獣人が立っていた。
    「金、大事にしなきゃ」
    「遊ぶなよ、金で」
    「あ、すんません」
     フォコはジャグリングをやめ、銀貨を懐にしまう。が、中年二人は立ち去らない。
    「兄ちゃん、器用だな」
    「あ、ども。昔、船造ってましたから」
    「兄ちゃん、船乗りなのか? こんな山奥で何してんだよ、ははは……」
     中年二人はフォコの横にしゃがみ込み、親しげに話しかけてくる。フォコもそれに、なんとなく応じてみた。
    「いや、船乗りじゃなくて造船所にいたんですよ。ジョーヌ海運ってとこ」
    「じょーぬ? 知らんなぁ」
    「西方とか南海じゃ、結構でっかいところだったんですけどねー」
    「あー、西方かぁ。兄ちゃん、西方人なのか?」
    「えーと、まあ、そんな感じです」
    「西方の奴ら、おしゃれしてるとかキザなやつが多いって聞いたけど……」
     虎獣人はフォコの服装を眺め、鼻で笑う。
    「だっせえな」
    「へへ……、すんません。貧乏なもんで」
    「と……、火打石、あるかい? どっか行っちまって」
     いつの間にか短耳が、煙草をくわえている。
    「あ、魔術かじってたんで、……はい」
     フォコは魔術を唱え、指先に小さな火球を作った。
    「お、悪いな。……ふー」
     短耳はにっこり笑いながら、煙草の煙を吹く。
     と――虎獣人が、妙なことを短耳に言った。
    「おい、もったいねえぞ。グランよりよっぽど金になるんだし」
    火紅狐・創星記 4
    »»  2010.12.28.
    フォコの話、114話目。
    金銀でなくとも。

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    5.
    (煙草が……、金になる?)
     フォコはその言葉の意味が何を示しているのか分からなかったが、とりあえず聞き耳を立ててみた。
    「いいじゃねえか、一本くらいよ」
    「10本ありゃ、セムノフじいさんが野菜いっこくれるんだぜ。とっとけよ」
    「お前は煙草吸わないからそんなこと言えんだよ。じいさんだって煙草好きだから、煙草と野菜交換してくれるんだし」
    「俺には分かんねーなー、煙吸って何がうまいんだか。そんなのより食い物だろ」
     ピンときたフォコは、二人に尋ねてみた。
    「そのおじいさん、煙草で野菜を売ってくれるんですか?」
    「ま、そんな感じだな。ほら、普通に蕪やらほうれん草やら買うと、30万グランとか余裕で超えるだろ? 俺たちの稼ぎが、捌いた兎やら鳥やら売って、ようやく100万行くか行かないかだしな。まともに買ってらんねーしよ。
     で、セムノフのじいさん、自分で畑持っててよ。自分ひとりじゃ食うには困るってことはねーけど、煙草好きでな。でも煙草も、普通に買うと高い。10巻き一まとめで、50万くらいだ。じいさんだから体力ねーし、商売はできない。金、持ってねーんだよ」
    「でもな、俺たち煙草売りの奴とも友達でよ、俺たちの獲ってきた肉と交換で、100巻き分くらいばーっとくれるんだ。で、それをじいさんに渡す。そしたら代わりに、野菜をくれるってわけだ」
     その説明に、短耳が得意げにこう付け足す。
    「ま、セムノフじいさん以外にも、煙草でモノ売ってくれるって奴は結構いるんだ。この世の中、金はむしろ回んなかったりするんだよな。
     他にも俺たちみたいに、煙草でモノの売り買いしてる奴は何人かいるぜ」
    「……なるほど」
     二人の話を聞いて、フォコの頭にあるアイデアが浮かんだ。



    「現状の問題としては、資金難も大きいけど、交通網も気になるな」
     イスタス砦の会議室で、ランドとイール、他数名が、反乱軍改めジーン王国の、今後の行動を検討していた。
    「そうね。いずれ、他の勢力とも戦う時が来るでしょうし、自分たちの行動範囲は広げておきたいところだけど……」
    「ノルド王国の財政破綻が長すぎたね。峠や街道は荒れに荒れて、けもの道も同然だ。これじゃ行軍しても、ほとんど進めないだろうな。
     だから、できる限り道の整備をして行きたいところなんだけど……」
     そこで全員が、同時にため息をついた。
    「……金かかるよなぁ、それ」
    「うんうん、かかるねー……」
    「今の財政じゃ、兵士の給料だけで一杯一杯だし」
    「どうしようかしらね……」
     と、全員で悩んでいたところに、フォコが飛び込んできた。
    「ランドさんランドさん! 今、僕、めっちゃいいアイデアできたんですよ!」
    「おわっ!? ……な、なんだホコウか。驚かせないでくれよ」
     目を白黒させるランドに構わず、フォコは嬉しそうにまくし立てた。
    「これがあれば、金なんていらないって言うアイデアがあるんです!
     あ、いや、金はいらないって言うか、グランはいらないって言うか、やっぱり金みたいなものはいるんですけども」
    「な、何? どう言うこと?」

     フォコは皆に、街で会った中年二人の話をした。
    「つまり……、物々交換で賄うってこと? ……ホコウ、それは無理だよ」
     話を聞いたランドは、がっかりした顔になる。
    「物々交換は、『自分がほしいモノを相手が持っていて、なおかつ、相手がほしいモノを自分が持っている』ことが前提だ。
     僕たちがほしいのは――勿論お金だけど、そのお金で買うものは何かって言えば――兵士の装備や周辺の整備に使う道具や石材、その他諸々。それを持ってる人と交渉して、成立するかどうかは難しいところだと思うよ。
     それに王室政府である以上、大量に人を使う。人件費と言う名目で、やっぱりお金はいるんだ。物々交換じゃ、この問題をクリアすることは不可能だよ」
    「ちゃいますて」
     が、フォコは得意満面にそれを否定した。
    「誰も物々交換で解決するって言うてませんよ。僕がさっきの話で言いたいのんは、『金はそれ自体に価値が無くてもええ』っちゅうことですわ」
    「え……?」
     これには、イールが反発した。
    「そんなわけないじゃない。そんな理屈通るんだったら、そこら辺の石を相手に渡して『これでパンくれ』って言っても通るってことでしょ?
     でもそんなの、誰もくれないに決まってるじゃない。石は石なんだし」
    「そら、ただの石使たらそうなりますけども。……それもちゃうんですって。
     じゃあ、まあ、その例えをそのまま使いますけども、その石を、僕が『後でちゃんとしたお金に換えるって約束します』って言って渡したら、どうですか?」
     この理屈には、何人かうなずいてくれた。
    「それを信用するなら、パンをくれるかもねー」
    「でも信じない人だっているだろう? ただの石じゃ……」
     これについても、フォコはこう説明する。
    「そら、僕かて単なる石渡されたら、嫌やって言いますよ。
     でも、……例えば、証文みたいなん渡して、『この紙と引き換えに、キルシュ流通の品物が買えますよ』って言う約束を付けたらどうでしょう?」
    「ああ、なるほど」
    「ほんで、例えば証文1枚やったらパン1個、5枚やったら野菜一かご、10枚やったら……、っちゅう感じに渡していくんです」
     それを聞いて、ランドは首をかしげた。
    「……それ、結局は、お金ってこと?」
    火紅狐・創星記 5
    »»  2010.12.29.
    フォコの話、115話目。
    「星」の席巻。

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    6.
     フォコはランドの問いに、深くうなずいた。
    「突き詰めていけば、そうなります。
     さっきも言いましたけど、『お金自体が価値あるもんで無くてもええ』んです。何かと交換できるとしっかり約束されていれば、どんなものでもお金にできるはずです」
    「金や銀無しに、約束によって金を作る、……か」
     いつの間にか、会議室にキルシュ卿の姿があった。
    「全く考えもよらなかった。なるほど、確かにその考えなら、貴金属を持たない我々が通貨を作ることができる」
    「しかし……」
     依然、ランドは納得しかねているようだ。
    「その約束・契約が信用されなければ、まったく意味がないだろうね。いや、この辺り一帯に販売網を持つキルシュ流通なら、信用されるだろうけど。
     よしんば、その新しく作ったお金が信用されたとしても。キルシュ流通以外のものは、買えないんだろう? 他に使い道がないんじゃ、お金としては無価値じゃないかな」
    「だから、僕は煙草の話をしたんですよ」
     この意見にも、フォコはきっちりと反論した。
    「虎獣人の方は、自分で吸わへんのに煙草を貯めていました。それは、野菜と交換できるから。つまり『煙草で野菜を買える』と言う、約束みたいなもんがあったからです。
     また、彼らは他にも交換できるものがあると言っていました。そして、同じようなことをしている人も何人かいる、と。
     なぜかって言えば、煙草が確実に野菜に換えられる、と言う約束があるからです。他の何とも取引できなくなっても、それだけは確実に守られるだろう、と考えているから、煙草との交換に応じるんだと思います。
     なら――その人たちの間では、煙草は単なる野菜との交換材料と言うだけではない、ちゃんとしたお金としての機能を持っているんじゃないでしょうか?」
    「つまり君は、確実に何かと交換できる約束・保証があるなら、どんなものでもお金として通用するはずだ、と言いたいわけだね」
    「そうです。
     僕らが作ったお金は、最初はキルシュ流通の品を買う価値しかないでしょう。でも、これはさっきの煙草のように、キルシュ流通が関係しない取引においても、使われるようになると思います。
     これらが実現すれば、僕たちは――まあ、無限にとは言いませんが――お金をいくらでも作れるようになるはずです」
    「うーん……」
     ランドはまだ納得した顔をしなかったが、小さくうなずいた。
    「まあ……、ともかく、キルシュ流通が取引できる間は、お金として扱ってもらえるかもなぁ」

     一応の可決を見て、フォコとキルシュ卿は、安価な真鍮で作った新たな通貨「ステラ」――北方の言葉で「星」を意味する――を、王室政府で働く者たちに支給することにした。
     と同時に、懸念されていた交通整備の問題にも、新通貨を以って対処することとなった。この工事のために雇った人夫への日当に、このステラを使ったのだ。
    「なんだこれ?」
    「軽っ」
    「コドモのオモチャか?」
     新しく見る貨幣に、人夫たちは首をかしげる。
    「我々ジーン王国が新たに発行した通貨です。あ、ご不満ならグランで支給しますよ」
     とフォコが説明したが、人夫たちは納得しない。
    「新しい通貨ぁ?」
    「こんなオモチャが金になるかっつーの」
    「ちゃんとした金寄こせや」
     が、続けてこう言うと、半数程度は納得してくれた。
    「あ、キルシュ流通の加盟店で使うとですね、オマケ付きますよ。
     1ステラ辺り、10000グランで換金できますけども、今なら加盟店で使うと500グラン分のオマケ、付けます。ちゃんと話、通してありますので」
    「……ふーん」
    「じゃあ試しにもらってみるか」
    「ちゃんと交換できるんだろうな?」
    「お釣り出ないとかないよな?」
     まだ半信半疑そうな人夫たちに、フォコはこれまたにっこりと笑って対処した。
    「もちろん。これは我々ジーン王国とキルシュ流通が、正式なお金であると保証します」

     初めはグランでの支給を望む声が多かったが、日を追うごとにステラを好む者が増えてきた。
     と言うのも、グランでは凶悪なインフレにより、一度の買い物に使う額が10万、20万とかさばる上、かなり純度は低いもの金や銀が含まれているため、重たい。それよりも同じ買い物が数枚程度で済むステラの方が、非常に持ち歩きやすかったのだ。
     そして、皆がステラを手にし始めたことで、フォコの読み通り、ステラを一度グランに戻して取引、もしくはグランを受け取りグランで取引、と言う流れは次第に消え、代わりにステラを受け取り、ステラのまま取引を行う、と言う流れになり始めた。

     次第にイスタス砦周辺に出回るグランの量は減り始め、ステラが席巻していった。
    火紅狐・創星記 6
    »»  2010.12.30.
    フォコの話、116話目。
    大番頭の快挙。

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    7.
    「何です、これは……?」
     ミラーフィールド大塩湖南部一帯を支配するソーリン砦の主、スノッジ将軍は提示された金袋を見て、首をかしげた。
    「あ。……すみません、閣下。こちらではまだ、使われておりませんでしたね」
    「使われていない、と言うのは?」
     塩湖北部、イスタス砦から食糧を卸しに来た商人は、ステラが入った金袋をそそくさとしまいながら、自分たちの国でこの通貨が使われ始めたことを説明した。
    「つまり、キルシュ卿がこれを使うようにと広めたのですか?」
    「あ、いえ。指示したのは大番頭です。今年の初めに入った、ソレイユって狐獣人がいまして」
    「ほう」

    「そりゃ楽だな。いちいち何千億も用意しなくて済む」
     一方、こちらはノルド峠とミラーフィールドとを結ぶ街道の中間にあるアーゼル砦。
     ここを守るギジュン将軍もスノッジ将軍同様、ステラの存在を商人から聞きつけていた。
    「んー」
    「どうされました、閣下?」
    「その、ソレイユって商人、こっちに呼べるかな……」
    「いや……、申し訳ございませんが、大番頭は王室の財政を切り盛りしている状態でして、こちらへ参らせることはできかねます」
    「そうか。……じゃあ、俺から出向くとするか」
     それを聞いて、商人は首をかしげる。
    「何かご入り用で?」
    「ああ。近く、俺たちはフリメア砦に侵攻しようと考えている。
     イリア……、俺の妹がさらわれて随分経つし、イドゥン卿も、近々攻めてくるかも知れないと聞く。この膠着した状況が、いつ崩れてもおかしくない。
     そこで対策として、……まあ、借り入れを行おうかと」
    「なるほど。……あ」
     と、話を聞いた商人はぺち、と額を叩いた。
    「申し訳ございません、閣下。その申し出は恐らく、……本当に申し訳ございませんが、断られてしまうかも知れません」
    「何故だ?」
    「大番頭は現在、金融業を全面的に凍結、禁止しているのです」



     ステラの発行と流通が進み、ジーン王室の資金繰りは日を追うごとに順調になっていた。
    「分かりました。そちらへは、5百億グランでお支払いすると言うことで話を進めます。で、南西の鉱山についてもグランで支払いする方向で押してください。それから……」
     懸命にステラを広め、グランを回収した結果、ミラーフィールド近隣に出回っていたグランは人々の手を離れ、王室とキルシュ流通の懐に流れ込むようになっていた。
     そのため、ミラーフィールド周辺ではステラで支払いを行いグランを回収、ステラがまだ通用しない地域では、その大量に回収したグランで支払う、と使い分けることができ、キルシュ流通はその事業をどんどんと拡大し、ステラ通貨の信用をさらに確固たるものにしていた。
     通貨の価値が増し、支払い能力が増大することで、それがさらに通貨の力を強める――経済拡大のスパイラルを築き、王国は急速に力を付けていた。
    「……ふう。これで今日の仕事は、しまいにしときますか」
    「そうだな。わたしも流石にへとへとだ」
     商売と財政が順調なため、最近のフォコたちはほとんど休む間もなく執務に追われていた。
    「どうかな、ソレイユ君。たまには休みを取っては」
    「いやいや、まだまだですわ。それより卿の健康が心配ですよ」
    「はは、わたしのことなら心配しなくともいい。ノルド王国の時に比べて、やることがすべて好調だからな。苦にならんよ」
     そう言って笑い飛ばした後、キルシュ卿は冗談めかしてこう述べた。
    「が、懸念することが一つ、あると言えばある。金庫がもう、グランでパンパンなのだ」
    「あー……、ですよねぇ。今いくら入ってましたっけ」
    「確か、150兆ほどだったはずだ」
    「150兆、ですか。……額だけ聞いたら、ものすごい気ぃするんですけどねぇ」
    「いや……、それでもクラム換算で、15億ほどにはなる。……これなら各地の、借金であえぐ軍閥を救済し、我々の側に引き込めるな」
    「ええ。パンパンになりそう、っちゅうことでしたら、それで消化してしまいましょう」
    「いや、それよりもステラとグラン、この両方で為替取引をしていけば……」
     商人らしく、そうつぶやいたキルシュ卿に、フォコは首を振った。
    「あきませんよ、それは」
    「……ははは、分かっている。折角我々の手で馬鹿げたインフレが終息しそうだと言うのに、また火を点けてはな」
    「ええ。せやから、貸し付けも全面禁止にしとりますし、今後峠が開けた後の貿易でも、クラム建てで取引していこか、って話でしたしな」
    「うん、うん。分かっている、分かっている」

     1クラム辺り10万グランと言う「馬鹿げたインフレ」が起こった背景には、金融業の存在も深く関わっている。
     まだインフレが激化する前にグランをクラムに換えた商人たちは、インフレが進んだ後にクラムからグランに戻して、その利鞘を荒稼ぎしていたのだ。
     例えば、1クラム500グランだった頃、1000万グランをクラムに換えれば2万クラムとなる。そしてインフレが進み、1クラム800グランとなった頃にまたグランへと戻せば、その額は1600万グランとなり、何もしないうちに600万グランの利益が生まれるのだ。
     そんなマネーゲームが何度となく繰り返され、その結果、グランの価値は異様に安くなってしまったのだ。

    「ジーン王国はまだ、立国したばっかりですしな。今ここで不用意な金儲けしたら、間違いなく大コケしますで」
    「うんうん、分かる、分かるよ」
     キルシュ卿は深くうなずき、この大番頭の手腕と見識に安心していた。



     後に、フォコが金火狐の総帥となり、商会を「金火狐財団」として再編することになるのだが、彼はこのキルシュ流通をはじめとして、他の商会数店をもこの傘下に収めた。
     と言っても、ケネスやその手下のように暴力的な買収を行ったわけではない。すべて、彼の人柄と経営手腕に惚れ込んだオーナーからの、好意的な譲渡によるものである。
     もしも――フォコがケネスのように、利己的で身勝手な振る舞いを執っていれば、金火狐財団を立ち上げるどころか、このジーン王国で立身することも無かっただろう。

    金火狐・創星記 終
    火紅狐・創星記 7
    »»  2010.12.31.
    フォコの話、117話目。
    バッティング。

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    1.
     順風満帆に地域経済を立て直していくジーン王国に転機が訪れたのは308年、極寒の北方大陸山間部に、ようやく春の兆しが仄見えようかと言う頃だった。
    「え……? どっちなの?」
    「両方です」
    「両方って……、ギジュン准将とスノッジ少将が、同時に?」
     連絡を受けたイールは、非常に驚いた。
     なんと、残る四大軍閥のトップ2名が、同時にジーン王国を訪れたと言うのだ。
    「じゃあ、今この砦に、二人が来てるって言うの?」
    「はい。……それでサンドラ閣下、あの」
    「何よ?」
    「間違えて、お二方を同じ待合室に案内してしまったんです。……どうか、仲立ちを」
    「あたしが? えー……」
     イールは猫耳を伏せ、嫌そうな声を漏らした。

    「……」
    「……」
     その待合室にて。
     四大軍閥、とくくられてはいるが、全員の仲がいいわけではない。元々反発して、個別に領土を牛耳った者たちである。
     待合室の空気は、険悪そのものだった。
    「……なんです?」
     先に口を開いたのは、スノッジ将軍の方だった。
    「何も言ってねーだろ、おばはん」
    「……」
     それきり、両者ともそっぽを向いてしまう。
    「……ったく、なんでこの俺がこんな年増と相席しなきゃなんねーんだか」
     と、今度はギジュン将軍がぼそ、とつぶやく。
    「わたくしも、あなたのような野蛮人と同席など、したくもありません」
     じわじわと、両者の間に火花が散り始める。
    「あ……? 誰が野蛮人だ? 気取りやがって」
    「おお、なんと口汚いことでしょう。耳が腐ってしまいますわ」
    「いいじゃねーか。長すぎるくらいだし、腐らせちまえよ」
    「あなたの尻尾も少しは整えらしては? まるで古びたモップのようですし」
    「ケンカ売ってんのか、おばはん」
    「それはあなたの方でしょう? まったく、気は短い、口は汚い、尻尾も汚い。よく将軍などと名乗れますね」
    「……てめえ」
     ガタ、と椅子を倒し、ギジュン将軍が立ち上がる。と同時に、スノッジ将軍が魔杖を構える。
    「そのケンカ、買ってやる!」
    「望むところです」
     と、今にもつかみかかろうとしたところで――。
    「やめなさいよ、あんたたち! 人の砦で、そんなことさせないわよ!」
     イールが仲裁に入り、高まっていた二人の緊張が解けた。
    「……フン」「……」
     席に着き直した両者を確認し、イールは彼らに尋ねた。
    「で、何の用なの? 宣戦布告でもしに来たの?」
    「なわけねーだろ。……内々で話したいことがあって尋ねた。人払いを頼む」
     と、この言葉にスノッジ将軍が反発した。
    「人払い? わたくしのことですか? お断りします。
     サンドラ、……卿、わたくしも密かに伺いたいことがあるので、人払いを」
    「俺の方が先だ。すっこんでろ、ババア」
    「わたくしの方が年長ですよ。従いなさい、お坊ちゃん」
    「ざけんな!」
     またも飛びかかろうとしたギジュン将軍に、イールは平手打ちを食らわせた。
    「バカじゃないの、あんたたち」
    「何すんだよ!」
    「こんなケダモノと一緒にしないでください」
    「もっかい言うわよ、バカなのねあんたたち。
     ここはソーリン砦でも、アーゼル砦でもないわ。あんたらのお家じゃないのよ? それなのにまあ、ギャーギャー騒いで。んなことやりたいなら、外でやんなさいよ。
     で、話って何よ? 今ここで説明しなきゃ、二人とも追い出すわよ」
    「……」
     イールの剣幕に、二人は黙り込んだ。
    「話しなさいよ。それとも日が暮れるまでずーっと、あたしをにらむつもり?」
    「……では、わたくしから」
     ようやくスノッジ将軍が折れ、口を開いた。
    「サンドラ卿もご存じの通り、わたくしの守る砦はミラーフィールド南岸部にあります。そして同時に、ノルド王国首都であるフェルタイルにも近い場所です。
     そのフェルタイルにて、最近また、グランの増発が行われたようなのです」
    「ふうん……?」
    「つまり、まとまったお金が必要になる行動を執ろうとしている、ってわけさ」
     と、そこにランドがやってきて、助け舟を出してくれた。
    「それは何か? 半世紀やってない道路の整備? 困ってる人民の救済?
     いや、それよりも、最近裕福になりつつあるミラーフィールド、即ちこのジーン王国への侵攻、と考えた方が自然だ」
    「あら、お分かりになる方がいらっしゃったのですね」
    「あまり我々を愚弄しないでいただきたいですね、将軍閣下。
     で、つまるところは閣下、あなたも資金繰りのためにいらっしゃったのでしょう?」
    「そうです。概ねは」
     スノッジ将軍は含みのあるセリフとともに、こくりとうなずいた。
    火紅狐・融計記 1
    »»  2011.01.02.
    フォコの話、118話目。
    腹黒おばはん。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ランドたちとスノッジ将軍は場を変え、ギジュン将軍に聞かれないよう、密談に進んだ。
    「名目上、ソーリン砦もノルド王国の領地ですし、首都の本軍がやってくれば、我々のところに駐留することになるでしょう。
     が、通貨を増発しているとは言え、相手は極貧の大軍。となると我々が何かと面倒を見なければならなくなるのは、明白。試算の結果、我々の資産だけでは足りなくなるだろう、と言う意見が出たので、わたくし自らがこうして、あなた方のところに出向いたわけです」
    「ほう。しかしそう言うことであれば、あなたがこちらへいらっしゃるのは、まずいことなのでは? ジーン王国は、ノルド王国にとって敵になりますし」
    「名目上は、です。実質的には敵でも味方でもなく、ただの取引相手です。
     万が一ノルド王国があなた方を倒すなら、そのままノルド王国に付いていればいい。このまま順当にジーン王国が成長を続けるなら、そのままジーン王国と取引を続ければいい。
     ただそれだけの話です」
     スノッジ将軍は、にべもなくそう言ってのけた。
    「では今回、こちらへいらっしゃったのは、単に無心だけではない、と言うことですね」
     ランドの問いに、スノッジ将軍はうなずいた。
    「ええ。今リークした通り、近々ノルド王国は軍を率いて、あなた方のところに侵攻してきます。これは値千金の情報でしょう?」
    「確かに」
    「これに千金でなくとも、いくらかの値をつけていただきたいのですが」
    「ふむ」
     スノッジ将軍の慇懃無礼な態度と、あまりの厚かましさに、イールは目を吊り上らせる。
    「あんたねぇ……。こっちは別に、そんな情報ほしいって言って……」「イール、いいよ」
     が、ランドはそれを遮り、同意した。
    「分かりました。我々の財務担当を呼んでまいりますので、少々お待ちを」
    「いいの?」
    「ああ。確かに今聞いた情報の価値は高い。対価を要求されるのならば、応じないわけには行かない」

     数分後、フォコがその場にやってきた。
    「すみません、お待たせしまして」
    「いえいえ」
    「情報料を、ちゅうことでしたね。お支払いは何でさせてもらいましょうか? グランで? それともステラにしましょか?」
     そう問われ、スノッジ将軍はこう返した。
    「クラムでお願いいたします。確かな価値がありますし」
     これには普段は温厚なフォコも、内心カチンと来た。
    (どこまで失礼なおばはんやねん……。ステラ通貨圏のド真ん中で、それを言うんか)
     が、後々のことを考え、平静を装ってうなずいた。
    「かしこまりました。それでは1000万クラムを」
    「そんなに……!?」
     驚くイールに、フォコはにっこりと笑って返す。
    「ええ。敵さんが攻めてくる、ちゅうのんは早めに知っておけば知っておくほど、色々と対策が打てますし。1000万の価値はあります」
    「ありがとうございます」
    「すぐにご用意させていただきます。これからもどうぞ、良い取引相手と言うことで、ごひいきに」
     フォコはぺこりと頭を下げ、スノッジ将軍との話を切り上げようとした。
     ところが――。
    「ああ、まだお話は終わりではないですよ」
    「はい?」
    「もう一つ、耳寄りな提案があります。
     その、攻め込んでくるノルド軍。当然、わたくしの軍もそれに参加することになりますが、もしあなた方が何らかの誠意を見せてくれるのならば、その侵攻を妨害できます」
     この提案に、イールとフォコはそれぞれ、嫌なものを感じた。
    (どこまで腹黒いねん、このおばはん……。そら、将軍になれるわな)
    (攻めてこさせないように取引って……。あくまでも、敵じゃないって言うのね、ジーン王国は。どんだけなめてんのよ、あたしらを)
     が、確かに魅力的な案だと言える。ランドはこの提案に、即座に応じた。
    「なるほど。……そうですね、ではこうしましょう。
     まず、前渡しで1000万クラム。妨害に成功し、ノルド王国軍が撤退すれば、もう1000万。
     そして……」
     ランドはわずかに口の端を歪ませ、こう提案し返した。
    「妨害だけではなく、戦闘中に我々に寝返っていただければ――1億」
    「お、く……っ!?」
     この提案に、イールは目を丸くする。そしてふてぶてしい態度を執っていたスノッジ将軍も、流石に面食らったらしい。
    「それは……、本当に、1億を? 1億クラムで? 確約していただけますか?」
    「ええ、勿論。構わないよね、ホコウ」
    「は、い。本当に、我々の完全な味方になってもらえるちゅうことでしたら、まあ……」
     それを聞いて、スノッジ将軍はゴクリと喉を鳴らす。
    「……寝返る、と言うことは、つまり戦闘中に、ノルド王国軍を攻撃しろ、と、そう言うことですね?」
    「はい」
    「そして、それはつまり、ジーン王国の傘下に収まれ、と?」
    「いいえ」
     ランドはこの質問に、横に首を振る。
    「私たちはあくまで取引相手、でしょう? ノルド王国に反旗を翻した後は、スノッジ王国でも何でもお作りになればいい。
     勿論、我々の傘下に収まっていただいても、それはそれでありがたいことですが」
    「……」
     スノッジ将軍はしばらくして、ニヤッと笑った。
    「……引き受けましょう。念のため、証文もお願いします」
    「ええ」
    火紅狐・融計記 2
    »»  2011.01.03.
    フォコの話、119話目。
    金融と計略。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     スノッジ将軍との会談を終え、フォコたちは続いてギジュン将軍の話を聞くことにした。
    「頼む! 金、貸してくれ!」
     スノッジ将軍と違い、ギジュン将軍は熱血漢の、直情径行な性質だった。
    「え、と。閣下、今我々が行っている政策、経営方針はご存じですよね? でなければ閣下自らが、こちらへお越しになるわけがない、……と思うんですけども」
    「分かっている。……承知で、言ってる」
     ギジュン将軍は、深々と頭を下げた。
    「この通りだ!」
    「……何や、事情がありそうな感じしますね? 良かったら、聞かせてもろてもええですか?」
     そう問いかけたフォコに、ギジュン将軍は妙な顔をして頭を上げた。
    「アンタ……、変なしゃべり方だな。妙な訛りがあると言うか。……ああ、関係のないことだな、すまん」
    「いえいえ」
    「その、つまりだな。サンドラ、……卿は知っているよな、俺に妹がいることを」
    「あんたらね……。一々あたしにケンカ売らないと話できないの?」
     取って付けたような敬称に、イールはいらだたしげに尻尾を震わせる。
    「すまん。だってあの『猫姫』が、よもや将軍になるなんて思いも、……す、すまん。俺は口が悪いんだ」
    「いいけどさ……。
     まあ、知ってるっちゃ知ってるわよ。あんた、妹がいるのよね。で、その子はイドゥン少将に軟禁されて、もう半年以上経ってる。そうよね?」
    「そうだ。……もしかしたらもう手籠めにされて、無理矢理結婚させられているかも分からん。それでも俺のたった一人の肉親、大事な妹だ。助けられるなら、何としてでも助けてやりたいんだ。
     そう思っていたところに、イドゥン卿の動向について、情報が飛び込んできた。どうも俺を打ち負かし、峠の封鎖を解かせたいらしい。そしてイリア……、妹にとってたった一人の肉親である俺を亡き者にして、諦めを付けさせたいらしい、とも」
    「それだけやないでしょうね。聞くところによれば、中央の商人から多額の借金をしてて、その形にあれやこれや指図されとるらしいですし、これも恐らくは……」
    「それも関係しているだろうな。……何にせよ、イドゥン卿は攻めてくる。
     地の利は俺にあるが、人の利、すなわち兵士の数や装備は、イドゥン卿に大きく分がある。激戦、泥沼になることは必至だ。
     長引けば資金や備蓄の多寡が勝敗を分ける。借金まみれにはなるが、イドゥン卿には金ヅルがいるからな。俺の方が不利になるのは明白なんだ。だからこうして、無心に来たんだ。
     頼む! これ以上イドゥン卿に下衆な振る舞いはしてほしくないし、妹の身も気がかりなんだ。少しだけでもいいから、貸してくれ」
    「振る舞いは……、してほしくない?」
     尋ねたフォコに、イールが代わりに答える。
    「ギジュン卿がこの若さで准将になれたのは、その武勲も大きいけど、イドゥン将軍の根回しがあったからなのよ。借金まみれになる前は、それなりに気骨のあった人だし。
     さっきのスノッジ将軍や、あたしたちが追い出したロドン将軍みたいな、ろくでもない奴らばっかりだったノルド王国軍の立て直しを、数年前の彼は真面目に考えてたのよ」
    「だけど、立て直しには金がいる。それで借金したら、そいつに縛られたってわけさ」
     ギジュン将軍はもう一度、深々と頭を下げた。
    「頼む……! もうこれ以上、俺の恩人が最低の奴になっていくのを見るのは、耐えられないんだ……!」
    「……」
     フォコはしばらく自分の尻尾を撫でながら思案していたが、意を決した。
    「……分かりました。お貸ししましょう」
    「いいのか? ……恩に着る!」
    「でも、条件があります」
    「……やっぱり、そうだよな」
     ギジュン将軍は開き直ったように椅子に座り、ばし、と自分の両膝を叩いた。
    「煮るなり焼くなり好きにしてくれ! 俺は妹を助け、イドゥン卿の暴走を止められるなら、何でもする!」
    「じゃあ、これです」
     フォコはピンと指を立て、条件を提示した。
    「アーゼル砦とその周辺、つまり閣下が現在私有している土地。それから閣下が率いている兵と、閣下自身。
     それをすべて持って、我々の傘下に下ってください。その代わりに、我々は全軍を挙げてイドゥン軍閥に対抗します」
    「……やっぱ、そう来たか。まあ……、そうだよな。俺が持ってる財産って言えば、それくらいだもんな」
     ギジュン将軍はガリガリと虎耳をかき、うなずいた。
    「分かった。今日から俺は、あんたたちの軍門に下る」
    「……ダメ元で言うてみたんですけど、ホンマにええんですか?」
    「ああ。どっちみち、ノルド王国からは半分抜けてたんだ。
     と言って、俺の采配じゃ回り切ってなかったし、そんならもっと、しっかりした奴に委ねた方がいい」
    「……じゃ、ま。よろしくね、ギジュン卿」
     はにかみながら手を差し出したイールに、ギジュン将軍はこう返して手を握った。
    「レブでいい。下ったって言うなら、アンタとは同輩なんだし、卿って言われるのも、言うのも気恥ずかしかったしな」
    火紅狐・融計記 3
    »»  2011.01.04.
    フォコの話、120話目。
    卑劣な死の商人たち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     レブと、彼の持つ軍閥と土地を併合したジーン王国は、すぐにイドゥン軍閥への対抗措置を執ることにした。
    「まず、ノルド峠ですけども、306年以降に建てられた関所は全部、撤廃しときましょか。
     もうアーゼル砦との間に壁は不要ですし、それでなくてもあんな、6つも7つもいりません。関税と交通税を絞り取るより、自由に行き来して商売してくれた方が、よっぽど金になりますしな」
    「そうだね。だけど、まだ沿岸部との関所は維持しないといけない。関所本来の役割――不審者と敵軍の侵入を阻んでもらわないといけないし」
     敵軍、と聞き、レブの表情は暗くなる。
    「……決着付けなきゃな」
     その発言に対し、ランドは肩をすくめる。
    「付けるにしても、それが戦いによって、とも限らない。君も言ってただろ、イドゥン将軍は借金漬けでおかしくなっちゃったって。
     幸い、僕たちにはかなりの額の蓄えがある。ホコウの尽力で、7~80億クラム程度の支払い能力はあるのさ。
     借金をきっちり清算できたら、イドゥン将軍も立ち直れるかも知れない」
     途方もない額を聞かされ、レブの尻尾は毛羽立った。
    「80だと……!? お前ら、そんなに持ってたのか……!?」
    「ええ。ちゅうても、クラム通貨自体はせいぜい4、5億程度ですけどもね。
     僕たちが発行してきたステラ通貨と、それと交換で集めてきたグラン通貨を全部両替したら、総額でそんくらいにはなります。
     まあ、問題はありますけどな」
    「問題って?」
     イールに尋ねられ、ランドが眼鏡を拭きながら答える。
    「ステラとグランが両替できないんだよ。
     さっきの試算は、あくまでもまだ、まともな交易があった頃のレートだし、今はもっと価値を下げている可能性が高い。ステラ通貨もまだ、対外的には全く知られてないから、国外での信用度は無い。
     もしイドゥン将軍の借金が5億クラム以上、つまり僕らの支払い能力分を超えていたら、その不足分をグランやステラで……、と提案しても、相手は受け取ってくれないだろう」
    「そこまで増えてないことを祈るしかないわね」
    「ああ。それに、場合によればスノッジ将軍へも、1億1000万の支払いをしなければいけないだろうし、実質、僕たちが支払える額は、3億ちょっとくらいさ。
     それに借金してるのは、イドゥン将軍だけじゃない。他の軍閥も、細々と借金があるだろうし、その総額がいくらになるか……」
    「5億持ってても、カッツカツなんだな……」
    「まあ、あれこれ対策は講じてみるけど。……もし実らなければ、直接対決になる。それは、心しておいてほしい」



    「手筈は整ったかね、スパス総裁」
     西方の工業都市、スカーレットヒル。
     ケネスはあの裏切り者――クリオの拉致に加担し、ジョーヌ海運とエール商会を貶めた男、アバントと会っていた。
    「整えてあります、ゴールドマン様」
     彼は南海で何とか命拾いした後にケネスと改めて手を組み、彼の身代として西方で猛威を奮っていた。
     ここ、スカーレットヒルの軍事工場も、彼の管轄である。
    「直剣、短槍、短弓各2000単位、大剣、長槍、魔杖各1200単位、そして火薬4トン、既に用意してございます。
     また、設営用の資材も、予定の500セットのうち、既に400弱が完成しております」
    「完成はいつかね?」
    「もう間もなく。来週の配送までには、十分に間に合います」
    「よろしい。……その件に関しては、問題なさそうだな」
     ケネスは工場の天井近くに張られた金属製の空中通路を、カツカツと威圧的な音を立てて歩いていく。その後ろからアバントの、卑屈そうなコンコンとした足音が続く。
     眼下に広がる製造ラインを楽しそうに望みながら、ケネスはアバントに尋ねる。
    「追加発注を頼みたいのだが、今、聞けるかね?」
    「少しお待ちを」
     アバントはそそくさとメモを取り出――そうとして、通路に落としてしまった。
    「あ……」
    「まだ指は不自由なのか?」
    「え、ええ。……忌々しいことです。あのゴミどものせいで」
     アバントは微妙に曲がったままの指で、足元に落ちたメモをヨタヨタとつかむ。
    「発注でございましたね。どうぞ、お申し付けください」
    「うむ。……そうだな、今回の2倍ほど、用意してほしい。納期は二ヶ月以内だ」
    「2倍、でございますか」
    「ああ。今回のイドゥン軍閥への配送を皮切りに、そろそろ沿岸部にいる奴隷……、おっと、軍閥宗主たちに揺さぶりをかけていこうかと、そう考えているのだ」
     奴隷、と言う言葉に、アバントは引きつったように笑う。
    「はは、は……」
    「奴らはもう、進退窮まっている。ここでちょっと『金を返せ』と怒鳴れば、簡単に言うことを聞かせられる」
    「進退窮まる、ですか。一体、どれほどの額で……?」
     そう尋ねたアバントに、ケネスはクックッと笑いながら答えた。
    「総額……、ざっと、14億クラムと言うところだな。もうどこにも、払ってもらうアテなぞないだろう。
     そろそろ北方を丸ごと、買い叩く時が来たと言うわけだ」
    火紅狐・融計記 4
    »»  2011.01.05.
    フォコの話、121話目。
    仕組まれる同士討ち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     レブが参入して、半月後。
    「来たか……」
     ノルド峠の麓に、イドゥン軍閥と、その他いくつかの小さな軍閥数点とで混成された軍が集まっていると言う情報が入った。
    「どうする?」
     レブの問いに、ランドは渋い顔をした。
    「間に合ってくれるかと期待してたんだけどな……」
    「あん?」
    「いや、こっちの話だ。……そうだな、地の利を活かし、防衛に努めてほしい」
    「分かった」
     ランドはイールとフォコに振り向き、顔をこわばらせつつ指示を出す。
    「僕たちも、一緒に向かおう」
    「分かったわ」
    「あのー」
     と、ここでフォコが手を挙げる。
    「何かな?」
    「タイカさんは? ずーと、姿見てませんけど。あの人、半端なく強いんですし、こう言う時にいてへんと意味無いやないですか」
    「それなんだよね」
     ランドは眼鏡を外し、服の裾で拭きながらつぶやいた。
    「間に合わなかったみたいだ」
    「何がです?」
    「いや、こっちの話」

     ともかく、一行はさらに一週間をかけ、防衛の最前線である、ノルド峠の関所へ到着した。
    「もう、門の向こうは兵士だらけです」
     門番の言葉に、フォコは門の隙間から、そっと覗いてみた。
    「……うへぇ」
     確かに門の向こう、沿岸部側には、関所を囲むように、扇状に軍営が立ち並んでいる。
    「よぉ、かき集めたもんやなぁ」
    「斥候の情報によれば、イドゥン閣下が号令をかけ、集めたそうです。表向きは」
    「じゃ、裏向きは?」
     イールはそう尋ねてはみたが、これまでの話の流れで、答えは大体分かっている。
    「それぞれ、借金の形に軍を動かさせられている、との情報が入っています」
    「でしょうね」
    「と言うことは、ここに借金持ちの軍閥宗主が集合してる、ってわけか。……うーん」
     ランドは顎に手を当て、しばらく逡巡していたが、やがて意を決したようにうなずいた。
    「……彼らと交渉の場を設けたい。相手にそう、打診できるかな」
    「可能です」
    「それは良かった」
    「交渉って……」
     イールは不安げな顔を、ランドに向けた。
    「借金の肩代わりをする代わりに、兵士をここから撤退させてくれないか、ってね」
    「この前言ってたアレね。……でも、5億で足りるかしら」
    「分からない。……でも、難しいかも知れない」
     ランドも門の隙間から、相手を観察する。
    「装備が新調されているグループが、いくつかある。恐らくまた借金を重ねて、整えたんだろう。となるとその額は、想定していたものより高くなっている可能性が、非常に高い」
    「……ひでえよ、マジひでえ」
     レブは地面を蹴り、悔しそうにうなった。
    「借金背負わせて、北方人同士で戦わせるのかよ! ひどすぎんだろ、んなの……ッ!」
    「ホンマですわ。
     ……ホンマに、怖気が走りますわ。自分たちは一切手を汚さんと、一滴の血ぃも流さんと、金に物言わせて、海の向こうで行われる同士討ちを、高みの見物。
     外道にも程があるで、ケネス――こんな悪魔みたいなこと、どんな神経してたらやり通せるんや……ッ!」
     フォコも全身を震わせ、ケネスへの怒りを吐露した。

     と――。
    「待たせたな」
     どこからか、声が飛んできた。
    「え……?」
    「ギリギリじゃないか、タイカ。ヒヤヒヤさせないでくれよ」
    「集めるのに苦労していたようだ。
     伝言も託っている。『流石にこの額は、お前の頼みでも苦しかったぞ。……頼ってくれて、うれしいのは本当だけどな』だそうだ」
     いつの間にか、陣中に大火の姿があった。
     その両脇には、ジャラジャラと音を立てる大きな箱が抱えられている。
    「そっか。……後で、できれば顔を見せに行きたいな」
    「事が一通り済んだら、連れて来てやろう」
    「ありがとう。……よし、交渉の場をすぐ、立ててくれ!」
     先程の不安げな様子をガラリと変え、ランドはハキハキとした口調で命令した。



    「とうとう……、やる時が来たのか……」
     一方、こちらは沿岸部側の陣中。
     イドゥン将軍は、沈痛な面持ちで本営の椅子に座っていた。
    「許せ、レブ……。せめてイリアは、幸せに、……ああ、くそっ!」
     自分でつぶやいた言葉に、自分で憤る。
    「何がせめて幸せに、……だ! これから彼女の兄を、たった一人の肉親を殺そうとしている、この吾輩に! この吾輩に、そんなことを言う資格など……!」
     そしてまた、落ち込んでいく。
    「……許してくれ、許してくれ、レブ。この戦いが終わったら、吾輩も後を追うからな……!」
     イドゥン将軍は震える手で、胸に隠しているナイフを服の上からさすった。
     と――本営内に、伝令が飛び込んできた。
    「閣下! ギジュン准将より、『交渉したい』との連絡が入りました!」
    「む、こ、交渉? そ、そうか。……分かった、すぐに応じると伝えてくれ!」
     その伝達に、イドゥン将軍は心底ほっとした。
    火紅狐・融計記 5
    »»  2011.01.06.
    フォコの話、122話目。
    借金完済。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     交渉の場は、門のちょうど中間で行われることとなった。
     門を開き、周囲を天幕で覆った簡単な部屋に机と椅子が設置され、両軍の将軍が同時に席に着いた。
    「レブ、その……、久しいな」
     イドゥン将軍がカチコチと挨拶をする一方、レブは単刀直入に話を切り出した。
    「兄貴、……いや、イドゥン卿。すぐ、撤退してくれ」
    「ああ、そうだろうな、そうだろうよ。……だが、吾輩は決心したのだ。どうあっても、吾輩はイリアを……」「んな話は今、いいよ」「……何?」
     てっきりイリアをめぐる問題に触れると思っていたイドゥン将軍は、完全に虚を突かれてしまった。
    「お前、その、妹のこと……」
    「そんなことより、兄貴よ。金に、困ってんだろ?」
    「な、何故それを」
    「誰でも知ってるっつの。……いくらいるんだ?」
    「い、言えるわけなかろうが」
     顔を赤くするイドゥン将軍に対し、レブはそれを笑い飛ばしてやる。
    「ははっ……、見栄張らないでくれよ、兄貴。俺は、あんたを助けたいんだよ」
    「……その気持ちは、ありがたい。本当に、ありがたい」
     イドゥン将軍は、悲しそうな顔で首を横に振る。
    「だが、もう遅すぎたのだ。とても、お前に払える額ではなくなって……」「20億ある」
     と、イドゥン将軍の言葉を遮り、レブはそう告げる。だがそれでも、イドゥン将軍の表情は沈んだままだ。
    「……そんなはした金では、無理なのだ。とても20億グランやそこらでは……」「ちげーって」
     レブはまた、クスクスと笑う。
    「20億、クラムだ。グランでも、ステラでもない。20億クラム、俺たちは用意している」
    「……」
     何を言っているのか分からず、イドゥン将軍は硬直した。
    「……に? く? ……に、にじゅ、にじゅうおくッ!? クラムでかッ!?」
    「ああ」
     と、そこに先程大火が持ってきた木箱が運ばれてきた。がしゃんと音を立てる木箱に、イドゥン将軍は思わず立ち上がって中身を確かめる。
    「……な、な、ななな、なん、と……っ」
    「この通り、20億クラムある。俺の同輩たちが、集めてきてくれたんだ。
     そうだ、他の宗主も呼んできてくれよ。そいつらも、金に困ってんだろ? きれいさっぱり、返してやるよ」
    「……れ、レブ……っ」
     突然、イドゥン将軍はレブに向かって土下座した。
    「お、おいおい」
    「すまなかった! 本当にすまなかった!
     借金で首が回らなくなった吾輩は、とんでもないことばかりしてしまった! 不安で不安でたまらず、その挙句にイリアを軟禁するなど……!
     許してくれレブ、この通りだ……!」
     謝り倒すイドゥン将軍に、レブはしゃがみ込み、ポンポンと肩を叩きつつ、優しく声をかけた。
    「いいって。それより、みんなを呼んできてくれよ。
     もうこれ以上、同じ北方人同士で争うの、よそうぜ」



     ノルド峠麓での一件から、一か月後。
    「どう言うことか、詳しく説明していただきたいですな」
     イドゥン将軍や他の沿岸部軍閥が突然、ノルド峠から撤退したと言う話を聞きつけ、ケネスが大慌てで北方へ飛んできた。
    「……」
     居丈高に振る舞うケネスに対し、イドゥン将軍は口を真一文字に結び、黙り込んでいる。
    「将軍閣下、あなたは確約したはずですな? 私どもからの借金を返済する代わりに、ギジュン軍閥を倒し、首都との連絡を回復、そして山間部の鉱山を渡すように働きかける、と」
    「……」
    「ところが何です? 突然、撤退ですって? 何故です!? 怖気づいたのですか、そんな土壇場で! なんとまあ、意気地のない! 軍人失格ですな、イドゥン将軍閣下殿!」
    「……」
    「それとも何ですか、まさか『吾輩、やはり皆に祝福されて婚姻に臨みたいのである』とでも仰るおつもりで?」
    「……」
     前回同様に、ケネスはすい、と立ち上がり、交渉が決裂したかのように振る舞おうとする。
    「どこへ行こうというのだ、当主殿?」
    「契約を履行する気がないと判断させていただきました。即刻、中央軍に働きかけ、あなたを抹殺させていただきます」
     前回と違い、ケネスの言動には直接的な表現が多い。流石に狼狽しているようだ。
    「く、くくっ……」
     それに気付き、イドゥン将軍は思わず笑ってしまった。
    「……なんです、その態度は?」
     憤った顔を見せたケネスに、イドゥン将軍は立ち上がり、こう尋ねた。
    「確か当主殿、吾輩が負った借金の額は、1億2301万、いいや、端数まで入れれば1億2301万8750クラム。
     そして追加の借り入れの2000万に利子を加えた、合計1億4901万8750クラムであったな?」
    「はい? まさか払うとでも言うおつもりですか? 一体どこから? 本国に泣き付いてグランでも発行しましたか? 足りない分はそれで、などと言うおつもりではないでしょうな? そんな不確かな通貨、私は願い下げですよ」
    「まさか」
     イドゥン将軍はフン、と鼻を鳴らし、パンパンと手を叩いて側近を呼び寄せた。
    「……っ!?」
     ケネスの目に、有り得ないものが映る。
    「この通り、1億4901万8750クラム、確かに用意したぞ!
     さあ、とっととこれを持ってお引き取り願おうか、当主殿ッ!」
    「バカな……!?」
     流石の老獪なケネスも、これには唖然とする。
    「どうした!? まさか受け取りを拒否するつもりか!? そうなればそちらが、契約不履行になるな?
     かっか、これは大珍事であるな! 大商人たるケネス・ゴールドマンが、まさか受け取りを拒否、契約を守ろうとせぬとは!」
    「ぐ、っ」
    「そう言うわけには行きますまい、当主殿? 商人であるならば、契約は確固として守らねば沽券に係わると言うもの。
     さあ、とっとと受け取るがいい! そして即刻立ち去り、二度とその下卑た眼鏡面を吾輩の前に見せるなッ!」
    「ぬ、ぐ、くく、くううう……ッ」
     ケネスの顔が、怒りで真っ赤に染まる。
     だが確かに、イドゥン将軍の言う通り――契約を守らねば、それはもう商人ではない。「契約を自ら破棄し、金を受け取るのを拒否した」などと言ううわさが広まれば、ケネスの商人としての信用は地に墜ちる。
    「……分かり、ました。それでは、お受け取り、致しま、しょうか、な」
     ケネスは折れ、その1億5000万近い額のクラムを受け取った。
    火紅狐・融計記 6
    »»  2011.01.07.
    フォコの話、123話目。
    大金の出所。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     イドゥン軍閥と同様のことが沿岸部の、借金を負っていた軍閥すべてで起こった。どの軍閥も、綺麗さっぱり借金を返済してしまったのだ。
     ケネスは利息で膨れ上がった借金、総額14億クラムを回収しはしたものの、本懐――借金の形に沿岸部の軍を操って北方を攻め、ノルド王国と北方全土を隷属させる計画は完全に瓦解、水泡に帰した。

     ケネスは北方隷属計画が成功していればケネスに次ぎ、最も利権を得られるはずだった人物――バーミー卿からの糾弾を受けていた。
    「どう言うことだ、ケネス」
    「私にも、……皆目見当が付きません」
    「まさか、北方の奴らがクラムを偽造したか?」
     その問いに、ケネスは首を振る。
    「確かに、本物でした。詳しく調べてみましたが、体積、比重、含有物、意匠……、どれをとっても、間違いなく中央政府発行のクラム通貨に間違いありませんでした」
    「ならば、どこかと取引をしたか」
    「それもあり得ません。クラムが余分に流入しないよう、あちこちで制御していたはずですから」
     答えの出ない会話に、いよいよバーミー卿が怒り出す。
    「では、どう言うわけなのだ!? 返答によっては、ただでは済ますまいぞ!」
    「『ただでは』? それは私に言っているのですか?」
     ケネスも反発する。
    「それは、私の過去、現在、そして未来の貢献を無視しての発言ですか?」
     その一言に、バーミー卿はばつの悪そうな顔をした。
    「……ゴホン、ゴホン。いや、……まあ、うむ。
     とにかく、調べておいてくれ。二度と、こんなわけのわからぬ大失態が起こらぬよう」
    「言われずとも。原因が判明し次第、報告させていただきます。
     あいつらに多額の資金を供給した、そのふざけた富豪には、それ相応の制裁を加えていただかねばなりますまい……!」
     ケネスは怒りに満ちた顔で、そう答えた。



     時間と場所は、衝突が回避され、安堵の雰囲気が漂うノルド峠に戻る。
    「で、説明してもらわな、僕には何が何やらさっぱりなんですけども。
     どうやって、20億クラムを用意したんです?」
     帰途の途中、そう尋ねてきたフォコに、ランドはニコニコしながら答えた。
    「実質的にさ、僕たちは時価80億クラムの資産を持ってた。だろ?」
    「ええ」
    「でもそのほとんどは、グランやステラと言った通貨であり、この一件を解決するためには、どうしてもクラムに換える必要があった。
     だけども沿岸部との交通は封鎖されてたし、為替取引ができる状況じゃなかった。このままじゃ僕たちは、クラムを手にできない。
     そこでタイカに、協力してもらってたんだ」
     その説明を、大火が継ぐ。
    「ランドからグラン通貨とステラ通貨を預かった俺は『テレポート』――一言で言うと、世界を自在に飛び回れる術だ――を使い、こいつの生家を訪問した」
    「また掟破りな技、持っとりますな。……って、生家?」
    「あれ、言ってなかったっけ。僕のとこ、央中じゃ結構大きな商家なんだよ」
    「聞いてまへん」
    「じゃ、今言った。ま、それはともかく。
     僕の母が商家の当主をやってるんだけど、彼女に両替をお願いしたんだ。流石に市場に出回ってない通貨だし、了承してくれるかどうか分からなかった。
     了承してくれたとしても、流石に20億も集めてくれるか。不安要素はかなりいっぱいだったんだけど……」
    「結果は、良しですな」
     事の顛末を聞き、フォコの疑問はようやく晴れた。
    「ほんなら、もう沿岸部との問題は解決して、次はいよいよ、ノルド王国との対決になりますな」
    「ああ。……だけどきっと、これも僕たちの勝ちになるよ」
    「なんや策でも?」
    「うん。もう講じてある。
     ほら、今さ、ここにジーン王国の主要人物のほとんどが集まってるだろ?」
    「そうですね。……って、まずいんやないですか、それ?」
     そう尋ねたフォコに、ランドはまたにっこり笑った。
    「普通はね。だけど、事前に一つの楔を打ってある。覚えてるかな?」
    「ん……?」
     フォコは自分たちがここ最近取った行動を思い返してみる。
    「……ああ、もしかしてアレですか」
    「そう、それ」
    「何だ?」
     尋ねた大火に、フォコとランドは同時にニヤッと笑った。
    「腹黒おばはんの金汚さのせいで、ノルド王国軍は困ったことになる、ちゅうことですわ」
    「……?」
     北方を離れていた大火には、何が起ころうとしているのか、皆目分からなかった。

    火紅狐・融計記 終
    火紅狐・融計記 7
    »»  2011.01.08.
    フォコの話、124話目。
    でまかせ兵法。

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    1.
     フォコたちがノルド峠へ出向き、沿岸部との衝突回避に努めていた頃。
    「何故だ、スノッジ卿? 何故今、イスタス砦を落とさぬ?」
     首都からやってきた本軍の最高幹部たちが並ぶ会議室にて、あの「腹黒おばはん」、スノッジ将軍が質問攻めに遭っていた。
     ブレーンであるランドとフォコや、将軍のイール、レブらと言った主要人物が離れ、手薄になっているはずのジーン王国へ攻め込むことに、彼女が強く反対しているからだ。
    「何故かと? いえいえ、これは少し落ち着いて考えていただければ、自ずと見えてくること。ご同輩一同、今一度、よくよくご検討のほどを」
    「何度もやった! 砦が今、もぬけの殻であることは明白!
     今、イスタス砦には王を僭称(せんしょう)するクラウス・キルシュ、そして元商政大臣のエルネスト・キルシュ親子しかいないのは分かり切っている!
     奴らにはまったく、戦闘経験はない! さらには相手軍の半数以上、ノルド峠へ向かっている! 兵も、将も手薄! 紙細工同然の相手に、何を逡巡する必要があるのか!?」
    「で、ございましょう? それが却って、怪しゅうございます」
     そう返したスノッジ将軍に、一同は首をかしげる。
    「どう言うことだ?」
    「『空城計』と言う言葉をご存じですか?」
    「くう、じょう……?」
     スノッジ将軍は何とか軍を留めさせようと、ランドからあらかじめ吹き込まれていた方便を伝える。
    「敵があえて、わざと我々に攻め込ませようと、いない振りをすると言う策のことです。
     こうして我々がすぐ、目の前にいるこの状況で、敵は今、本陣にいないことを、隠し立てもせず、あからさまに広く報せています。
     これが罠でなくて、なんでしょうか?」
    「何をバカな……!」
     大半はスノッジ将軍の意見を鼻で笑ったが、それでも数人は納得し始めた。
    「いや、そうとも言い切れんよ」
    「何ですと?」
    「あのイスタス砦、元々はロドン元将軍が持っていたものだったが、キルシュ卿ら、現在のジーン王国の中心人物らに陥落させられたそうではないか。
     そして陥落のタイミングも、異様に良かったと聞く。降って湧いたように軍備の横流し騒ぎが起き、その犯人探しで砦内の空気が険悪になったところで、その不仲を狙ったように攻め込んだと言うではないか。
     これはあまりにもできすぎた流れと思わんかね――ブレーンになっていると言うファスタ卿の仕業ではないかと、わしは思うのだ」
    「むう……」
    「そしてノルド峠でいざこざが起こっているとは言え、今まさに、我々が迫っていると言うのに。相手は砦を留守にしておいて、それを隠そうともしない。
     この防御のなさは、余りにも不気味だ。罠の可能性は、捨てきれんだろう」
    「確かにそうかも……」
    「しかし……、そのファスタ卿も、砦にはいないと」
    「そこがまた怪しい。戦闘に参加しないはずの人間が何故、戦地の最前線に向かうと言うのか? 冷静に考えれば、そんな行動は理屈に合わん。
     例えば影武者を立てるなどして、実際のところはあの砦に籠っており、そして、我々がノコノコ襲ってくるのを、手ぐすね引いて待っているのではなかろうか?
     罠の臭いを、感じずにはいられん」
    「そう考えれば、そうとも取れなくは……」
    「いやしかし、兵がいないのは間違いなく……」
    「だがそれも引っかけ、と思えなくも……」
     会議は煮詰まり、結論は一向に出ない。

     この流れに、スノッジ卿は心の中で、ほっと溜息をついた。
    (これなら思惑通り、本軍の足止めができそうね)
     何しろ、1億クラムの取引である。
     スノッジ将軍としては、1億の獲得のため、何としてでも成功させなければならなかったし、何より相手はポンと1億を出せる「お客」なのだ。
     ここで本軍に潰されてしまっては、1億の取引は丸つぶれになるし、さらに今後の取引を考えれば、相手に残ってもらわなければならない。
    (こいつらの戦果や利権など、どうでもいい。肝心なのは、わたくし。
     わたくしの、利益。わたくしの、権利。わたくしの、お金。それがちゃんと確保されなければ、何にもなりはしないもの)
     膠着した会議の中、スノッジ将軍は自分の懐を潤わせることに、考えを巡らせていた。
    火紅狐・挟策記 1
    »»  2011.01.10.
    フォコの話、125話目。
    白熱するだけの会議。

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    2.
     一方、こちらはノルド峠を上る、フォコたち一行。
    「うまく行けば、敵はソーリン砦で硬直したままのはずさ。
     万一、攻め込んだとしても、キルシュ卿とクラウス陛下、あと、資産とかはアーゼル砦まで撤退、移送できるように、手筈は整えてる。
     相手がどう動こうとも、こちらの負けは無い。この防衛戦は、実を言えばそんなに重要でもないし、痛手もない。
     本当に重要なのは、彼らが僕らに対しどう動くのか、見せてもらうことにある」
     ランドの言葉に、レブが噛みつく。
    「重要じゃねーって……、砦いっこ落とされてもか?」
    「うん。そりゃ確かに、一時的にせよ、ミラーフィールドと言う裕福な領地を失うのは痛いさ。でもそんな損失よりも、敵の動きを観察して得るものの方が、非常に大きい。
     お金や土地は現在の価値でしか測れないけど、敵の情報は後々になればなるほど、その価値を高めていく。これは言い換えれば、投資なんだ」
    「投資ぃ……?」
     まだ納得の行かない顔をするレブに、ランドはニコニコ笑いながら説明する。
    「例えばさ、カードゲームで、相手の持ってるカードが全部見えてたらさ、負けると思う?」
    「いやぁ……、そりゃ勝つだろ。んなもん分かってたら、相手が何切ってくるか、丸わかりだし」
    「だろ? 今回狙ってるのは、それさ。
     この一件で、僕たちは敵の手持ちカードをすべて、確認させてもらうのさ」



     結局、ソーリン砦に集まったノルド王国軍は、攻め込むこともせず、かと言って撤退して態勢を整え直す、と言うこともせず、ソーリン砦に駐留したままだった。
    「まったく……! 無駄な論議の間に、敵は戻ってきてしまったぞ! どうするおつもりか、各々方!」
     まったく成果が挙がらず、苛立っていた将軍の一人が声を荒げる。
    「どうするもこうするもない。機が悪かったと言うことだ。ここは一旦戻って……」
    「馬鹿な! 敵を目の前にして、すごすご引き下がれるかッ!」
    「落ち着け落ち着け! これは敵の罠だ!」
     憶測に憶測が重なり、会議は混沌とし始める。
    「罠、罠、罠! 何でもかんでも罠だと言うのか! そんなもの、最初からありはしなかったのだ! 我々は踊らされたのだ、無様にな!」
    「そんな証拠がどこにある! 我々は賢明だった! 罠にかからなかったのだからな!」
    「だったら罠があったと証明してみせろ! あったのなら謝罪してやる!」
    「何でそんな話になる!? そんなことを論じて何になるのだ!?」
    「いいから証明だ! 敵が罠を張ってたなら、今後も張る! それなら今度こそ看破して攻められると言うもの!」
    「無い無い無い! そんなものは、無い! いいからもう、さっさと攻め込むぞ!」
    「何でお前に命令されなきゃならんのだ!」
     混沌とした会議は、次第に険悪な様相を呈していく。
    「して悪いか!? お前ら全員、グズグズしてるからこんな体たらくなんだぞ! 誰かが音頭取って進めなきゃ、どうしようもないだろう!?」
    「だからって、なんでお前が指図する!? 黙ってろ!」
    「黙れ!? 一体誰に向かってものを言って……」「『グレイブファング』ッ!」
     突然、ドス、と言う音を立て、円卓の中心に石柱が突き立てられた。
    「な、なんだ……!?」
    「お静まりください! どうか、お静かに!」
     石柱を突き立てたのは、スノッジ将軍だった。
     自分の砦でこれ以上いさかいが起きるのを嫌った彼女は、場を無理矢理にまとめる。
    「ともかく、会議は一旦、ここでおしまいになさってください! これ以上続ければ、会議ではなく殴り合いになってしまいます!
     また後日、各自冷静になってから、対応を考えることにいたしましょう! 異議、異論はございますか、みなさん!?」
     魔杖を振り上げるスノッジ将軍の剣幕に、他の将軍たちは一斉に沈黙し、円卓を後にした。

     思わぬ事態になり、スノッジ将軍は自室で頭を抱えていた。
    (もう……! 誰も彼も愚か者、愚か者! 何と言う愚か者だこと!
     攻めるにしても攻めないにしても、みんなわがままに口出しするものだから、会議を行えば行うほど、空気がおかしくなるだけ。
     まあ、そうよね……、それが北方の気質なのよね。権力者層がみんな、我が強くてわがままなんだもの。目的が一致すれば、一丸となって兵士をグイグイ精力的に引っ張っていくけれど、こうして意見が割れたら、もうどうしようもない。とことん対立して、関係が崩れていくばかり。
     ……こんなことを考えてる場合じゃないわよね。ともかく意見をまとめて、攻めるか戻るかしてもらわないと。
     もうジーン王国からもらった1000万、半分以上が溶けてきているし……。本軍があんまりにも長居するものだから、その接待のせいで、折角のお金がどんどん無くなってしまうわ。
     さっさと追い出さなきゃ、1億どころではなくなってしまう)
    火紅狐・挟策記 2
    »»  2011.01.11.
    フォコの話、126話目。
    視点の違い。

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    3.
    「なるほど……、貴重な情報、ありがとうございます」
     本軍に知られないよう、密かにイスタス砦を訪れ、砦で行われた会議の様子を伝えたスノッジ将軍に、ランドは深々と頭を下げた。
    「それで、その……、できれば、もう少しばかり……」
    「ええ、情報料と言うことで。ホコウ、いいよね?」
     ランドに尋ねられ、フォコも大きくうなずく。
    「ええ、勿論。結構ご入り用みたいですし、ここはドンと、2000万ほどお渡ししときましょか」
    「そ、そんなに? ……あ、いえ、いただけるならもう、いくらでもありがたいので」
     スノッジ将軍は半ば卑屈なほどに、ぺこぺこと頭を下げた。

     スノッジ将軍が帰った後、ランドはイールたち将軍を呼び寄せた。
    「そろそろ攻め頃だ。準備を整えて、首都を陥落させよう」
    「な、何ぃ!? ソーリン砦じゃなくて、いきなり首都かよ!? 正気かよ、ランド?」
     面食らうレブに対し、ランドはコクリとうなずく。
    「勿論正気さ。理由もある。ソーリン砦に本軍が集まり、結論の出ない会議に終始している今がチャンスなんだ。
     本軍の大部分が離れているから首都の守りは手薄なはずだし、敵が砦防衛組と首都攻略組とで割れたら、相手はどちらを攻めるかでまた一悶着。結論の出ないまま……」
    「……敵軍の大部分が動けないまま、首都陥落ってことね。まったく、悪魔みたいな策をよく考え付くわね、ランド」
     イールの言葉に、ランドは肩をすくめる。
    「悪魔とは人聞きが悪い。イスタス砦の時も、ノルド峠の時も。そして今も、僕は犠牲の出ない方法を採ってるだけさ。
     本当に悪魔的って言うなら、スノッジ将軍を借金漬けにして、彼女の砦内で将軍たちで同士討ちにさせる方が、よっぽど効果的ってもんさ」
     沿岸部での一件を皮肉ったランドに、フォコは苦笑した。
    「はは……。
     でもランドさん、いっこ問題あるんとちゃいます、その作戦?」
    「うん?」
    「ここから首都へ行く道、細いのんも入れたら何本かはありますけど、こっちの兵隊さんが一気に通れるような大きな道って、スノッジ卿のいてはるソーリン砦の裏手にありますよね?
     いくらなんでも、首都には何百、何千かくらいはまだ、兵隊さんいてはると思うんですけど、どうやってそれを突破して、陥落させるんですか?
     まさかまた、タイカさん頼みなんやないですよね……?」
     話を聞いていた大火が、顔をしかめる。
    「無理を言うな。数人程度なら、『テレポート』なり『エアリアル』で運んではいける。
     だが、数千人単位を運ぶとなると、それなりの規模の魔法陣が、ここと、移送先に必要になる。
     まさか敵の目の前で、怪しげな魔法陣をのんきに描いていろと言うのか? とんだ間抜けになるぞ」
    「あ、いやいや。僕たちはあくまでも、平和的解決をしたいからさ。
     君たちだって、わざわざ同郷の人間と戦いたくないだろ?」
    「まあ……」「そりゃ、ねぇ」
     うなずくイールとレブにほんのり得意げな表情を向けつつ、ランドは策を明かした。
    「ソーリン砦の大軍と言う、巨大な壁。それが動けば、後には何にも障害はない」



     数日後に再開された会議は、またも紛糾した。
    「いい加減、どちらかだ! どちらかに、スパッと決めろ! 攻め込むか! それとも尻尾を巻いて逃げるか!」
    「言い方を考えろよ……。逃げる、じゃなくて、態勢を整え直す、だろう?」
    「どちらでも同じだ! 敵前逃亡もいいところだろうが!」
    「もうごねるのやめろよ……」
     と、こんな風に進展のないまま会議が続く中、スノッジ将軍はぼんやり、ジーン王国との取引に思いを巡らせていた。
    (情報提供で2000万……。多少のリスクは伴うけれど、その額は大きいわ。ここでもう少し場を引っ張って、もっと出してもらおうかしら?
     ああ、でもあの眼鏡のエルフ、……そう、ファスタ卿。彼は切れ者だし、嘘をついたり、どうでもいい情報を流したりしたとしても、きっと報酬は寄こさないわね。
     となると有益な情報を、『作る』必要があるわね)
    火紅狐・挟策記 3
    »»  2011.01.12.
    フォコの話、127話目。
    口先の力業。

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    4.
     スノッジ将軍はいまだ結論の出ない会議をまとめるべく、口を開いた。
    「皆様方、ひとまず、現時点での結論をまとめてはいかがでしょうか?」
    「うん?」
    「ともかく、行動が必要です。でなければいつまでも、こんな会議を延々続けなければなりません。
     まずは現時点での、全員の意見を取りましょう。さ、皆様お立ちになって」
     スノッジ将軍は自分の左右を指差し、多数決を取った。
    「ともかく攻めよう、と言う方はわたくしの右に。罠かも知れない、態勢を整え直そうと言う方は左にどうぞ」
    「ふ、む……」
    「まあ、そうだな。このまま言い合っていても仕方がない」
    「よし並ぶか」
     これ以上の揉め合い、罵り合いに飽き飽きしていた将軍たちは、スノッジ将軍の案に従って席を立ち、彼女の左右に並ぶ。
    「……現時点では、攻める方が大多数ですね。
     どうでしょう、皆さん? ここは肚を決めて、攻勢に出てみると言うのは?」
     この意見に、撤退派が反発する。
    「スノッジ卿、あなたは何を言っているのか分かっているのですか!?」
    「罠かも知れないからと言ったのは君だろう!?」
    「ええ、ええ。重々承知しております」
     反発意見に対し、スノッジ将軍はぺこりと頭を下げて弁解した。
    「ですが、例え罠があったとして、その効果はいかほどでしょうか?
     まさか我々全軍を壊滅しうるほど? そんな馬鹿な話はないでしょう! 恐らくは、最悪でも一個中隊が犠牲になる程度。もっと現実的に考えれば、さほどの痛手にもならないはず。
     彼らの戦力は確かに小さなものではないでしょうが、それでも元民間人の反乱軍が半分、残り半分ははぐれ者のギジュン軍閥のもの。『烏合の衆』と言う言葉がこれほど似合う敵もいないでしょう!
     そんな半端者の敵が攻めてきたとして、どれほどの痛手になるでしょうか? 相手も自分が半端者の軍であることを、重々承知しているはず――でなければ、目と鼻の先にいる我々に、何のちょっかいも出してこないと言う説明が付かないでしょう?」
     場を散々混乱させた意見をぬけぬけと翻してみせたが、その理屈には説得力が無いわけでもない。
    「そう言われてみれば……」
    「我々がこちらに出張ってもう何週間も経つが、無反応もいいところだ」
    「本当に卿の言う通り、あまりにも無力で身動きが取れない、……のか?」
     場の意見が、じわじわと攻める方向へ動いていく。それを感じ取ったスノッジ将軍は、一気にたたみかけた。
    「ここはもう、突いてみる他ございませんでしょう! 案外、突いた瞬間にぱぁんと、氷細工の如く、あっけなく砕け散ってしまうかもございませんよ?」
    「……そうだな」
    「まかり間違っても、この大軍が敗走することなど有り得んわけだし」
    「一回、仕掛けてみるか」
     場がまとまり、即座に攻めようと言う空気が流れ始める。
     が――スノッジ将軍は、それを抑えようとする。
    「そうですね、そう致しましょう。……日は、そうですね、3日後の朝から、と言うことでいかがでしょうか?」
    「3日後……?」
    「間を置きすぎでは? 明日でも十分……」
    「情報収集のためです。万一、もし、本当に、相手が罠を仕掛けていた場合、多少ながら、痛手を被るでしょう。
     力のない相手に対して、多少なりともそんなものを負うなど、あまりにも馬鹿馬鹿しい、あまりにも恥ずかしい! そうは思いませんか?」
    「……うー、む」
     余りにも強引で、最早暴論に近い誘導だったが、場の空気を支配するスノッジ将軍に押される形で、侵攻は3日後の朝となった。



    「と、こうなりました。……で、そのー」
     会議がまとまった次の日の未明、今度はフォコがスノッジ将軍に応対した。
    「2000万です。まいど」
    「どうもどうも」
     話を一通り聞き、スノッジ将軍を追い返したところで、フォコは欠伸混じりにつぶやいた。
    「ふあ、ああ……。あのおばはん、頭良く回しとる振りしよるけど、結局アホやな。
     こんなアコギで恥知らずで明け透けなことしとって、それでもまだ、『自分だけが美味しい思いを』とか思うてる顔やで、あれ。
     ……そんなもん、うまく行くわけないやん」
     フォコのこの言葉は2日後、即ちソーリン砦から本軍が侵攻するその日に、現実となった。
    火紅狐・挟策記 4
    »»  2011.01.13.
    フォコの話、128話目。
    三流策士、策に挟まれる。

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    5.
     ノルド王国本軍、侵攻の日。
    「……やはり……」
    「……でしょうね……」
     行軍のあちこちで、各将軍とそれぞれの側近たちが、ひそひそと言葉を交わしている。
    「……じゃあ……」
    「……恐らくは……」
     だが、周囲のそんな素振りに、金に目を眩ませるスノッジ将軍は、まったく気が付く様子はない。
    「ぐふ、ふふ、うふふ……」
     彼女の頭の中には、この行軍を邪魔して1億をぶんどることしかない。
    「……いつ頃……?」
    「……中間くらい……」
    「……いや少し後か……」
     彼女は馬鹿にしていたのだ。
     いつまでも紛糾し、進むことも戻ることもせず、いがみ合うだけの将軍たちを。
    「……では……」
    「……そうしよう……」
     そして自分たちより力がないと軽んじていた、ジーン王国の軍を。

     そのため――彼女は簡単に、罠にはまった。



     ミラーフィールド大塩湖を迂回し、ソーリン砦とイスタス砦の中間から、少し北寄りに進んだほとりで。
    「スノッジ卿……、スノッジ卿!」
     金のことで頭がいっぱいになっていたスノッジ将軍は、何度か声を掛けられて、ようやく顔を挙げた。
    「あ、はい。何でしょうか?」
    「何を考えていらっしゃった、卿? そんなにやけた顔で……」
    「え、……ああ、いえ。……え?」
     いつの間にか、スノッジ将軍の率いる一個小隊の周りを、他の将軍たちが率いる数個小隊が囲んでいる。
    「あの……? 皆さん、どうされたのです?」
    「もうそろそろ、敵の姿が見えるかと言うところで、よくそれほど、笑みを浮かべていらっしゃいますね」
     将軍の一人にそう言われ、スノッジ将軍は思わず、顔に手を当てた。
    「あ、えっと、……いえ、どう攻めようかと、そう考えるうちに、勝利を確信したもので」
    「攻める? 誰をですか?」
    「えっ?」
     囲んでいた小隊が、じわじわと歩を詰めてくる。
    「誰、ですって? 決まっているでしょう、ジーン王国……」「嘘や方便はそこまでにしてもらおうか、卿」「……っ」
     将軍数名が、スノッジ将軍の乗る馬を取り囲んだ。
    「降りていただこう」
    「……何故です? まだ先は長いですよ?」
     まだジーン王国との密約がばれていないと高をくくっている彼女は、それに応じない。
    「二度も言わせるでない、卿。方便はもう、十分だ」
    「……」
    「おかしいと思っていたんです。何故、数日前にご自分で仰ったことを、いきなり引っくり返すようなことをしたのかと。あまりにも不可思議だ」
     将軍たちが、静かに武器を手に取った。
    「そう、そして不可思議なことが、もう一つ。卿は夜中に出歩くのが、どうもお好きらしいな」
    「……!」
    「跡をつけてみれば、これまた不可思議。敵方の陣取る、イスタス砦に入っていくではないですか」
    「そして出た時には、いかにも重たそうな袋が腰に提げられていた、とのこと。
     ……説明していただこうか、スノッジ卿ッ!」
     将軍の一人が、スノッジ将軍の乗る馬の尻を引っぱたいた。
     当然、馬は暴れ出し、前脚を高々と上げる。
    「わ、……わ、わわっ!?」
     ごろんと仰向けに落下するスノッジ将軍を、他の将軍数名が支え、そのまま拘束する。
    「な、何をなさいます!?」
    「白々しい! もういい加減、すべてを吐いたらどうだ、この売国奴め!」
    「う……」
     自分を囲む将軍たちににらまれ、スノッジ将軍はようやく観念した。

    「なるほどなるほど」
    「つまり我々を足止めし、情報提供することで、1000万、2000万の金を得ていたわけか」
    「いやいや、まったくぼろい商売だな」
    「呆れてものも言えませんね!」
    「……」
     洗いざらい白状したスノッジ将軍は、ここで拘束を解かれる。
    「え……?」
     きょとんとしている間に、続いて刃を向けられた。
    「さっさと消えろ、雌豚」
    「これ以上、我々と同行せんでもらおうか」
    「立ち去りなさい! 即刻、我々の前から!」
    「それとも罪を償うつもりか? それならそれで、介錯してやるが」
    「ひぇ……っ」
     スノッジ将軍は顔色を変え、バタバタともがくように、その場から逃げ去って行った。



     結局――スノッジ将軍は自分の弄した策と、それを上回るランドの策とに挟まれ、自滅した形となった。

    火紅狐・挟策記 終
    火紅狐・挟策記 5
    »»  2011.01.14.
    フォコの話、129話目。
    巨壁を動かす。

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    1.
     本軍を散々惑わせていたスノッジ卿が陣から去ったことで、一同の意見は完全に、イスタス砦を攻める方向に収束した。
    「よし、多少のゴタゴタはあったが、とにかくこれで、皆の気持ちは一つになった! もう迷わず、攻めに徹するぞッ!」
    「おうッ!」
     反対意見を言う者もいなくなり、全軍の勢いは加速度的に上がっていく。
     これまでミラーフィールド大塩湖の岸、南半分を一日近くかけて進んでいたのだが、勢いづいた軍は残りの北半分を、たったの数時間で駆け抜けた。
    「よし、見えてきたぞ! あそこがイスタス砦だッ!」
    「全軍、止まるな! 一気に押しつぶせーッ!」
     まるで雪崩のように、本軍は一気に砦の門を破り、飛び込んでいった。



     時間は、フォコがスノッジ将軍を応対し終えた、その直後に戻る。
    「みなさん、起きてください! 作戦開始ですよ!」
     フォコは砦中の人間を起こし、計画が次の段階に進んだことを連絡した。
     と、その途中で眠たげに目をこするランドと顔を合わせる。
    「ふあっ、……ああ、うん。やっぱり予想通りだったね、ホコウ」
    「……ランドさん。それ、僕やなくて置物ですよ」
    「え? ……ああ、失礼。色合いが似てた」
     ランドは苦笑しつつ、ようやく眼鏡をかけてから、改めてフォコに向き直った。
    「やっぱりスノッジ卿、来たんだね。で、内容はもしかして……」
    「ええ、3日……、と、もう日が変わってますから、2日後ですね。2日後に、王国本軍が来るそうです」
    「そっか」
     と、そこへイールたち将軍も駆けつけてきた。
    「もう移動の準備は整ってるわよ」
    「ありがとう。陛下やキルシュ卿も準備できてるかな」
    「ええ。あともうちょっとすれば、国庫の中は全部持ち出せるわ」
     その回答に、フォコとランドはにっこり笑った。
    「ええですね」
    「ああ。じゃ、そろそろ僕らも準備して出ようか」
    「はいー」

     イスタス砦をこっそりと抜けたところで、ランドとフォコはまた、クスクスと笑う。
    「それにしてもランドさん、ホンマにうまいこと考えましたね」
    「はは……」
     ランドの考えた作戦は、こうだった。
     そもそも、ノルド王国打倒には、スノッジ将軍とノルド王国本軍の将軍たち、そして、それらが首都、フェルタイルへ至る道の手前に陣取っていることが、最大のネックとなっていた。
     とは言え、まともにぶつかっては、いかに「猫姫」イールや百戦錬磨のレブがいようと、兵力の上で圧倒的に不利である。どうにか戦わず、かつ、相手を回避する作戦が必要だったのだ。
     そこで目を付けたのが、スノッジ将軍の欲深さと、他の将軍たちの、自分の意見を曲げようとしない我の強さだった。
    「あのおばはんやったら、1億のために適当に話を取り繕って足止めするくらい、簡単にしてくれはるでしょうしね」
    「うん。そして彼女が動くことで、僕らにもう一つ、大きなメリットができる」
    「っちゅうと……、この『2日』の獲得、ですか?」
     そう尋ねるフォコに、ランドは深々とうなずく。
    「そう言うことさ。大軍が駐留すれば、いずれは1000万だろうが2000万だろうが、使い果たすことになる。かと言って、僕らから引き出す額も限度がある。
     財政事情が逼迫すれば、彼女はいずれ、将軍たちの意見を無理矢理にでもまとめて、攻める方に転じるさ。でも、それはすぐに行われない。
     いや、行われては困るわけさ、彼女にとっては」
    「万一僕らがやられてしもたら、1億の話は消えてしまいますもんね」
    「そう。だから彼女は、数日程度の時間稼ぎを企む。それがこの『2日』だ。
     そして話が決まらない限り、ずっといがみ合い、揉めていた将軍たちは、この意見の一致によって、今度は迷わなくなる。言い換えれば攻め一辺倒になり、他の可能性を考慮しなくなる。
     ……と言うよりも、したくなくなる、かな。ここでまた余計なこと――意見を翻して、前のように散々揉めるなんて泥沼は、誰だって避けたいだろうからね。
     だから一旦決まってしまえば、もう僕らを攻めることしか、念頭に置いてこない。こうして僕らが、もぬけの殻になった砦をパスして首都へ向かうなんて、思いもしないだろうさ。
     彼らにしてみれば、自分たちが固めていた陣地に飛び込まれ、さらにその先へ……、なんて、まともに考えれば常識はずれ、荒唐無稽の戦法だからね。
     まあ、この作戦も、時間の猶予が無かったらどうしようも無かった。もしスノッジ将軍がすぐにでも攻めるって通達してきたら、本当に困ったことになったけど……」
     そこでランドは、肩をすくめつつ苦笑した。
    「2日もくれるなんてね。割とのんびり、行軍できそうだ」



     イスタス砦の門を力任せに破った本軍は、バタバタと砦中に散らばる。
    「どうした、雑兵どもッ!? 臆したか!?」
    「無駄な抵抗はやめろ! とっとと出てきて投降するんだ!」
    「出てきなさい! 隠れても無駄よッ!」
     だが、砦の上から下までぐるりと回ってみても、敵の姿は一名も見当たらない。
    「いない……?」
    「……どう言うことなの?」
    火紅狐・地星記 1
    »»  2011.01.16.
    フォコの話、130話目。
    いつのまにやら。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     困惑したままの将軍たちは、とりあえずイスタス砦の外に出て、検討を始める。
    「スノッジ卿の言では、ここには10億、20億クラムは金があったと言うことだったが……」
    「あんな守銭奴の意見なんか、……いや、金の話だけに、それは信憑性があるか」
    「国庫には、1グランもありませんでしたね」
    「そしてジーン王以下、砦内にいると思われた人間は、一人もいない、……か」
     そして、結論に至った。
    「逃げられた、……か」
    「それ以外、考えられない。……くそ、3日も猶予を与えるから!」
    「俺たちとしたことが、あんな守銭奴の意見に耳を傾けてしまうとは」
    「済んだことを論じても、仕方あるまい。今後の展開を考えておかなくては」
     将軍たちは消えたジーン王国の首脳と将兵の行方を探ろうと、市街地に住んでいる者たちに話を聞いて回った。
     だがそれも空振りに終わり、将軍たちは次に打つべき一手を見失ってしまった。
    「どうします?」
    「……帰るか。ここにいても意味はない。とりあえず将軍1、2名は駐留するとして……」
     と、とりあえずの対策を立てていたその時だった。
    「お話の途中、失礼いたします……」
     将軍たちの話の輪に割って入ろうとする者が現れた。
    「なんだ、お前は?」
    「ジーン王国からの使いでございます」
    「なんだと?」
     将軍たちに一斉ににらまれつつも、その伝令は用件を伝えてくれた。
    「その……、大変、申し上げにくいのですが」
    「なんだ、と聞いている」
    「昨日を持ちまして、ノルド王国はジーン王国に、その……、併合、されました」
    「……なんだと?」
    「ノルド王国が持つ領地はすべて、ジーン王国領となりました」
     この言葉に、全員の目が点になった。
    「……嘘だ」
    「本当、です。……あの、こちらが併合宣言書です」
     伝令が恐る恐る取り出した書簡をひったくるようにして受け取り、読み進めた将軍たちは、一様に膝を着き、脱力した。
    「……そんな、ばかな……」



     昨日、明け方。
    「制圧、……完了できたね」
     この時点で既に、ジーン王国軍はノルド王国の首都、フェルタイルに攻め入っていた。
     とは言え、敵軍の半数以上はイスタス砦に向かっている最中である。敵の兵力は通常の半分以下であり、さらには指揮する将軍、指示できる人材も、非常に少ない。その上、はるか遠くにいるはずの敵であり、対策など講じているわけがない。
     イールを初めとする精鋭と、ランドの卓越した戦略・戦術の前には、あまりにも想定外の襲撃を受けて困惑していたノルド軍が対抗できる術は、何も無かった。
     ジーン軍は瞬く間に城下町と、軍本部などの主要拠点を制圧し、残るは王族の住む城のみと言う状況になっていた。
    「こうなるのに、何年かかるかって思ってたのになー……」
     制圧した今も、イールは信じられないと言う顔をしている。
    「確かに……、ホコウの資金創出やタイカの魔術が無かったら、10年、20年の長い戦いになってたと思う。……本当に、感謝するよ」
    「へへ、ども」
    「……」
     褒めちぎられたフォコと大火は――片方はヘラヘラと、もう片方はニヤリと――笑って返した。
    「……で、残るは城だけど。どうやって投降してもらおうかな」
     そうつぶやいたランドの背後から、声がかけられた。
    「ファスタ卿。私に、任せてくれないか」
    「……クラウス陛下?」
     背後に立っていたのはキルシュ卿の息子であり、ジーン王国の首長に担ぎ上げられたエルフ、クラウス・ジーンだった。
    「その……、君たちにばかり、重要な仕事をさせるわけには行かないよ。……仮にも、王だから」
    「……そうですね。王への交渉・説得、となると、同じ高さにいる、こちらの王が出てこないと話にならないでしょうし」
    「ああ。それに現国王のバトラー・ノルドとは、若い頃に良く話を交わした間柄なんだ。彼のことは、良く知っているつもりだ。
     この交渉には、君やソレイユ君よりも、私の方がうってつけのはずさ」
    「なるほど。……そう言う事情でしたら、確かにお任せしないわけには行きませんね。
     では、僕とイールが補佐に付きます」
    「いや、しかし……」
    「いえ、あくまでも交渉は陛下お一人にお任せするつもりです。しかし単身、中に飛び込ませるわけには行きませんから」
    「……分かった。では、ノルド王に会うまでは、付いてきてくれ」
    火紅狐・地星記 2
    »»  2011.01.17.
    フォコの話、131話目。
    静かな政権交代。

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    3.
     ノルド側に交渉の意向を伝え、間もなく城門が開かれた。
    「案外すんなり応じてくれたようで、ほっとした」
    「油断はできないわよ」
     安堵した顔をするクラウスに、イールが釘を刺す。
    「護衛はランドとあたしだけなんだし、隙を突いて暗殺される可能性は大きいわ」
    「……そうだな」
     しかし、そんな警戒とは裏腹に、城内に立つ近衛兵たちは疲れ切った顔で出迎えてくる。
    「陛下は奥におわします」
    「ありがとう」
     どの兵士たちも、ほぼ同じことしか言わず、表情もほとんど変わらない。それを眺めていたランドは、ぽつりとこう漏らした。
    「……何だかな。みんな、人形か何かみたいだ」
    「私が昔、この城を訪れた時も、同じような応対を受けた。恐らく彼らは、昔からあれしか仕事が無かったのだろう」
    「だから、……こんな時でも、戦いもせず、挨拶しかできないってことなのかしら」
    「かもね」

     間もなく三人は――近衛兵の言った通り――謁見の間に通された。
    「……久しいな、クラウス。いや、ジーン王と呼んだ方がいいか?」
    「クラウスでいい。私も砕けた雰囲気で話がしたい」
    「そうか。……皆、下がってくれ。余はクラウスと、二人のみで話をする」
     ノルド王、バトラーの言葉に従い、玉座の周囲にいた従者たちは部屋を後にする。
    「ファスタ卿、サンドラ将軍。君たちも……」
    「はい」「分かったわ」
     ランドたちも部屋を去り、謁見の間にはクラウスとバトラーだけになった。
    「……それでクラウス。余、……コホン、俺に何を望むんだ? 命か?」
    「馬鹿な。そんな野蛮なことはしたくない」
    「……ほっとした。見せしめに、さらし首にでもされるかと思って、不安だったんだ」
    「そんなこと、するわけないじゃないか。親友だった、君に」
     クラウスはバトラーのすぐ前の床に、ひょいと座り込む。
    「さっき金髪の、眼鏡の青年がいただろう? 彼が今回の制圧作戦を初めとして、ジーン王国建国の、一連の戦略を立ててくれていたんだ。
     彼は平和に対して、強い思いを抱いてくれていた。できる限り、北方人同士で戦うことなく、平和裏に解決できるよう、尽力してくれたんだ」
    「そうだったのか。……そうだな、俺の方にも、この制圧戦で死んだ兵はいないって聞いてた。せいぜい、頭にコブを作ったくらいらしいし」
    「ああ。無論、僕らの方にも死者はいない。
     ……本当に、難しいことだったと思うよ。死者を出さずに、首都を制圧だなんて。僕にはこんな作戦を推し進めるなんて、とてもできないし、作戦を思いつくことさえできなかっただろう。
     だけど、平和を愛する気持ちは同じだ。こうして無血で、この城内に入れたことを、非常にうれしく思っている」
    「……ああ。俺もほっとしてる。こんな何もできない奴のために誰かが死ぬなんて、……あってほしくなかった」
    「僕も同じだ。実は、僕も特に、何もしてなかったりするんだ。書類にサインするくらいしか。……はは」
     自然に、二人の間に笑いが込み上げてきた。
    「ふふ、ははは……」
    「くっく、くくく……」
     それは周囲の重圧から解放された、さわやかさを感じる笑いだった。
    「……ああ、何だかすっきりした。
     クラウス、これ、受け取ってくれ」
     バトラーは玉座から立ち上がり、自分の頭に載っていた王冠を、クラウスの頭にポンと載せた。
    「いいのか? こんな、簡単に」
    「いいよ。……お前の話を聞いて、これを載せるのは俺じゃないなって分かったんだ。
     俺の周り……、って言うか、俺の国はもう、みんな自分の利益を追いかける奴ばっかりで、立ち直れるような雰囲気じゃなかった。もう、この国はおしまいなんだよ。
     逆にお前の国は、これからどんどん活気づいてくるはずだ。この北方大陸が立ち直るには、お前の国が治めるしかないよ」
    「……」
     バトラーは玉座には座らず、クラウスの前に屈み込んだ。
    「俺がこんなこと、言えた義理じゃないけど。
     頼んだぜ、北方大陸を」
    「……ああ」
    火紅狐・地星記 3
    »»  2011.01.18.
    フォコの話、132話目。
    北方統一の実現。

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    4.
     併合宣言書を読み終えた将軍たちは、一様に地べたに座り込み、呆然としていた。
    「……どうします?」
     不意に、将軍の一人が、ぽつりと質問を投げかける。
    「……帰ろう」
    「そうじゃな」
     意外にも、年配の将軍たちは冷静に振る舞っている。
    「ま、……もうノルド王国の将軍でなくなったのじゃから、言うてしまうが。
     疲れとったんじゃ、わし。もう、領土だの金だの権力だのメンツだの、やいのやいの言うのも言われるのも、うんざりしとった」
    「ああ、……うむ。私もそうだな。親の、親の、そのまた親の代から、何が何でも成り上がれ、成り上がろう、成り上がってやれと、したくもない争いをしていた。もうやらんでいい、となれば」
    「すっきりするってもんだ。……あーあ、疲れた疲れた」
     それに応えるように、若手の将軍たちも武具を脱ぎ始めた。
    「帰りますか、ね」
    「ああ、そうしよう」



     こうして308年、短い夏が終わるかと言う頃、何十年と続けられた北方の内乱は収められた。
     各地で独断専行を続けていた将軍たちには、ジーン王室政府から正式に領地を認められ、各領地ごとで政治を執り行い、王室政府がそれを統括する連邦制が敷かれることとなった。
     さらに新通貨、ステラが北方全域に流通したことと、フォコとキルシュ卿が適切に各地の取引・税制を指導したことにより、何十年も続いていたインフレと経済崩壊は、ようやく終息に向かった。
     この処遇と処置により、「好き勝手に統治することが認められた上に、金まで融通してくれるとは」と、各地の軍閥や権力者たちは、この新しい国に嬉々として従った。
     北方の権力者たちの人気と信頼を得たジーン王国は、それまでの荒れ果てた北方大陸の様相を一変させた。

     情勢が落ち着き始めた、309年の春。
    「おめでとう!」
    「おめでとうございます!」
     こじれていたレブとイドゥン将軍の関係が修復した後、改めてイリアとの縁談が進められていた。
    「ありがとう、ありがとう……」
     莫大な借金のために、一時は見る影もないほど覇気を落とし、木偶同然に振る舞っていたイドゥン将軍だったが、ノルド峠での衝突以降、かつての威厳と男気を取り戻していた。
     皮肉なことに――借金漬けで半錯乱状態だった時には、まったくイドゥン将軍になびかなかったイリアは、彼が立ち直って以降は積極的に接するようになり、そしてこの日、ようやく結婚へ至ったのだ。
    「みなさん、ありがとうございます!」
     イドゥン将軍に肩を抱かれた彼女は、幸せそうに微笑んでいた。
    「……うぐ、ぐすっ」
     反面、レブはボタボタと涙をこぼしている。
    「ちょっとあんた、泣き過ぎじゃない?」
     呆れるイールに、レブは鼻声で小さく返す。
    「うっせぇ、……ぐす」
    「……ま、これでもう、ホントに、平和になったって実感できるわね。去年、一昨年の情勢のままだったら、絶対こんな結果には、ならなかったんだし」
    「だなぁ、……ぐすっ」
    「……はい」
     イールは見るに見かね、ハンカチを差し出した。

     幸せな雰囲気に包まれた式場の中、フォコはその様子をぼんやりと見つめながら、一人沈んでいた。
    (ティナ……。
     僕がもし、無事に、おやっさんを連れてナラン島に戻って来られてたら、結婚してたはず、……やったんやな、そう言えば)
     昔の記憶にかかっていた霞を拭いながら、フォコは訪れなかった未来を描く。
    (そうやんな……。もしもあの時、僕が帰ってたら、僕は今頃、あの素敵なティナを奥さんにして、幸せな家庭を築いてたかも知れへんのやんな。
     もしかしたら、子供もできてたかも知れへんし。もしかしたら、おやっさんのお子さんたちと、その子とで、仲良う遊んでるとこ、おやっさんとおかみさんと、ティナとで、のんびり眺めとった、かも、……っ)
     不意に、フォコの目からボタボタと涙が流れる。
    「……ぐ、……うう」
     思わず漏れた嗚咽に、フォコは口を抑えた。
    (アカン、アカンて……。こんな日に、こんなとこで泣いとったら、変に思われるわ。しゃっきり、せな)
     と、無理矢理に涙をこらえ、顔を乱暴に拭いて立ち上がった、その時だった。
    「ホコウ、ここにいたんだ」
    「ぅへ? ……ああ、ども、ランドさん」
     フォコはフードを深めにかぶって顔を隠しつつ、ランドの方に向き直った。
    「……?」
     彼の横に、どこかで見た覚えのある、一人の狼獣人が立っていた。
    「あれ?」
     と、その「狼」の女性が驚いた声を上げた。
    「お前、もしかして……」
    「……っ!?」
     次の瞬間、フォコはその場から逃げだした。
    「お、おい!? 待てよ!?」
     背後からかけられた声にも構わず、フォコは逃げ去ってしまった。
    (な、……な、なんで? なんで僕は、……なんで、あの人が、……なんでやねん!?)
     自分がどこに行くのかも分からないまま、フォコは式場から逃げ去った。

    火紅狐・地星記 終
    火紅狐・地星記 4
    »»  2011.01.19.
    フォコの話、133話目。
    再び巡り合う。

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    1.
     走り去っていった狐獣人を眺めながら、彼女は隣に立つ息子に尋ねた。
    「……なんなんだ、ありゃ」
    「さ、さあ? 一体どうしたんだろうね?」
    「私が聞いてるんだっつの。……なあ、ランド。ちょっと聞くが」
     その狼獣人――世界最大の職人組合(ギルド)を率いる女丈夫、ルピア・ネールは、何の気なしにこう尋ねてみた。
    「あの狐っ子、昔ウチに来た子だよな?」
    「え?」
     ルピアは自分の髪をくしゃ、と撫でながら、腑に落ち無さそうな顔をする。
    「『ホコウ』ってなんだ? まるで中央語がド下手くそな央南人が付けたようなあだ名だな」
    「いや……? 彼がそう名乗ってたんだ。ホコウ・ソレイユって」
    「はぁ? いやいや、私の記憶が確かなら、あいつは……」
     と、そこへ大火がやってくる。
    「どうした? こんなところに突っ立って」
    「おう、カツミ君」
     仏頂面の大火に、ルピアはニコニコしながら手を振る。
    「君じゃないよな、あだ名付けたのって」
    「何のことだ?」
    「……ああ、いや。あいつがそう名乗ったって言ったな。……カツミ君、ホコウ君のところに連れてってもらえるか? どこかへ行ってしまってな」
    「構わん」
    「あ、じゃあ僕も……」
     言いかけたランドに、ルピアは首を振る。
    「いや、二人で話をしてみたい。悪いな」
    「……そっか。じゃあ僕、式場に戻ってるよ。折角のごちそう、食べ逃しちゃいそうだし」
    「おう」



     フォコはいつの間にか、結婚式が行われていた沿岸部の街、グリーンプールの港まで逃げていた。
    「……はぁ、はぁ」
     走り疲れ、桟橋の縁にぺたんと座り込む。
    (……なんか、この匂い嗅ぐと、落ち着くわぁ)
     3年嗅いできた潮の香りが、ようやくフォコを落ち着かせる。
    (ずーっと、山奥でなんやかやとやっとったしなぁ。久々やな、この匂い嗅ぐのんは)
     南海の陽気な海とは違う、静かな、しかし厳しさがあちこちににじむ北海の風景に、フォコは思わず、ぼそ、とつぶやいた。
    「……みんな、どうしてんねやろ」
    「みんなって?」
     遠い昔に聞いた覚えのある、張りと威厳のある、しかし、どこか優しさが見え隠れする女性の声に、フォコの狐耳は逆立った。
    「……っ」
    「よう」
     声をかけてきたのは、ルピアだった。
    「元気してたか?」
    「……」
     ルピアはフォコの隣に座り、親しげに話しかけてくる。
    「何年振りだっけ? 10年ぶりくらいか? 大きくなったなぁ、君」
    「あ……、う……」
     何も言えず、フォコは困った顔を向けることしかできない。
    「何だよ、そんな顔して。ほれ、笑えって」
     ルピアはさわ、とフォコの尻尾をくすぐった。
    「ぅひひゃあ!?」
    「ぷ、……あはははっ」
     妙な声を出したフォコを見て、ルピアは楽しそうに笑った。
    「……と、いじるのはこんくらいにしておいて、だ。
     君、フォコ君だろ? 昔ウチに来てた、ニコル・フォコ・ゴールドマン君」
    「……」
     フォコは首を振り、否定しようとする。
    「ちがいま……」「ちがわない」
     だが、それをルピアが遮る。
    「私の目は確かだよ。何年経とうが、一度会った人間の顔は、忘れたりしない。
     ほれ、もうこんなフード取っちゃえよ」
     そう言って、ルピアはフォコが被っていたフードを無理矢理はぎ取った。
    「わっ、ちょ、ルピアさん」
    「おーや?」
     フォコの発言に、ルピアはニヤッと笑う。
    「私はいつ、自己紹介したっけかなぁ?」
    「……う」
    「やっぱりフォコ君だった、な。
     ……元気そうで、本当に良かったよ」
     そう言うとルピアは、フォコをぎゅっと抱きしめた。
    「え、ちょ……?」
    「嘘、もう付かなくていいからさ。お疲れさん、フォコ君」
    「……ぅ、っ」
    「10年ドコにいて、ナニしてたのか知らないけどさ。
     ……君は何だか、とっても悲しそうな目をするようになっている。とんでもなく嫌な目にばっかり遭ったんだろうな。
     だけどさ、これ以上嘘付いて誤魔化したら、もっと嫌な気分になってしまうぞ。本音を全部吐き出して、楽になった方がいい」
    「……うう、うううー……」
     たまらず、フォコは泣き出してしまった。
    火紅狐・再逅記 1
    »»  2011.01.22.
    フォコの話、134話目。
    10年振りの会話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ようやくフォコが落ち着いたところで、ルピアはくしゃくしゃとフォコの頭を撫でてきた。
    「ふふ、あの頼りなさげな狐っ子が、こう成長したか。ま、外見は予想通りだな」
     ルピアはひょい、と立ち上がり、フォコに手を差し伸べる。
    「腹も減ったし、そこら辺の店で飯でも食べよう。ここ、クラム使えるよな?」
    「あ、はい」
     フォコが手をつかんだところで、ルピアはまたニヤッと笑った。
    「ほい」「ふぇ!?」
     ルピアより断然若い、男のフォコが、彼女の片手で簡単に持ち上げられてしまった。
    「軽いなぁ、君。ちゃんと飯食ってるのか?」
    「い、一応は」
     ここでようやくフォコは気付いたのだが、ルピアはかなり身長が高かった。
    (あれぇー……。そら確かに僕、そんな身長高い方やないけど……)
     腕をぐい、と上に掲げられ、フォコは軽く爪先立ちになっている。
    (子供の時も確かに高いなーて思てたけど、……大人になった今でも、負けるとは思わへんかった)
    「ははは」
     フォコの手首をつかんだままのルピアは、しっかりとかかとを地面につけている。
    「る、ルピアさんて」
    「うん?」
    「身長、思ってたより高かったんです、……ね」
    「おう。181だ」
    「でかっ。シロッコさんよりでかいんやないですか?」
    「いやー、まだちょっとダンナの方が、……って君」
     ようやくここで手を放したルピアが、意外そうな目を向けてきた。
    「シロッコに会ったのか?」
    「ええ、まあ」
    「どこで?」
    「南海で。えーと、6、7年くらい前やったと思いますけど」
    「あ、もしかして」
     今度は納得した顔になる。
    「そう、5年前になるかな。あいつ、突然戻ってきたんだよ」
    「ホンマに?」
    「ああ。んでその時、『実は旅先で、君を知っている人に会ってね。絶対帰ってやれ、って諭されてしまって』って言ってたんだ。もしかして君か?」
    「多分そうです」
    「そうかー……」
     ルピアはまた表情を変え、嬉しそうにフォコの頭をクシャクシャとかき混ぜた。
    「ありがとよ、フォコ君。本当に嬉しかった、あの時は。……嬉しすぎて色々あったりしたけどな」
    「色々?」
    「……ランニャに妹ができたり、……な」
    「ぶっ、……あは、はははは」
     恥ずかしそうにはにかむルピアに、フォコもたまらず笑い出した。

    「え、じゃあ」
    「ああ。その後まーた、いなくなってしまった」
     二人は食堂に移り、話を続けていた。
    「また、子供が生まれたところで旅に出るとか……。ホンマにあの人、放浪癖ひどいですねぇ」
    「ま、それもあいつの長所だよ。いつ会っても若いままだ」
    「ルピアさんかて若いですよ。昔会った、そのまんまです」
    「おいおい、こんなおばちゃんをつかまえて何言ってる、ははは……」
     と、和んだ雰囲気の中、またフォコの胸中に寂しさが募る。
    「……はぁ」
    「ん? どうした?」
    「あ、いえ」
     濁そうとしたフォコに、ルピアはデコピンをぶつけてきた。
    「えい」「いてっ」
     額をさするフォコに対し、ルピアは唇を尖らせる。
    「あのな、さっきも言っただろう。全部吐き出せ、フォコ君。溜め込むな溜め込むな、腹に溜めるのは飯だけで十分だよ」
    「……まあ、そのですね。……どうしてるんかなって、ランニャちゃん」
    「会ってみるか?」
    「え」
    「ほら、カツミ君がいるだろ? 彼に頼めば、クラフトランドまでひとっとびだ」
    「あ、……そうですね」
     可能である、と気付き、フォコは考え込んだ。
    (そやな……、会いたいなぁ、ランニャちゃん。僕のいっこ下やったから、今は21になっとるんやんな。
     昔はよー、引っ張られとったなぁ。あっち行き、こっち行きして、……そう、ティナも結構先に進むタイプで……)
     そこまで考えて、フォコの胸にずきんと来るものがあった。
    「……ティナ」
    「ん?」
    「……すんません、ルピアさん。やっぱ、会えません」
    「はぁ?」
     ティナを思った途端、フォコの心の中に、冷たく、黒く、重たいものが流れ込んでくる。
    「僕には会う資格が無いです」「ふざけろ」
     フォコの反応に、ルピアは声を荒げた。
    「何べん言わせるつもりだ、フォコ。何でも話せって、何度も言っただろ。自分の中に何でもかんでも溜め込むなよ。
     もうその溜め込んだもの、溜め過ぎて壁になってるんじゃないか? その壁、越えられる気がしないから、いきなり『やめます』なんて言ってしまったんだろう?
     君、いつまでその壁から逃げるんだ? 壁はいつか越えるものだぞ。逃げてどうする」
    「……」
     ルピアに諭され、フォコは机に視線を落とし、黙り込んだ。
    「……そうですね。ルピアさんの言う通り、ですよね」
    「ティナってのは、君の恋人か?」
    「……恋人、だった子です。5年前に、生き別れになりまして」
    「今どうしてるのか、分かんないってわけか。で、その子に未練があるから、央中には帰れない、と。そう言うことか?」
    「……はい」
    「じゃ、会って来いよ。別にさ、『ランニャと付き合え』なんて、私言ってないぞ。好きな子がいるんなら、その子に会って、改めて交際しな」
    「……はい」
    「で、さ」
     ルピアはデザートの、ブルーベリーのタルトに手を付けつつ、尋ねてきた。
    「そろそろ聞かせてくれよ、フォコ君。この10年、君がドコで、ナニをしてたのかを、さ」
    火紅狐・再逅記 2
    »»  2011.01.23.
    フォコの話、135話目。
    もう一度、因縁の海へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     デザート片手に話を聞き終えたルピアは、フォークをくわえつつ、小さくうなった。
    「うはぁ……。そうか、エンターゲートの奴、そこまで滅茶苦茶していたのか」
    「ええ……」
    「にしても君、ジョーヌのトコにいたのか。あいつ、うるさかっただろ」
    「まあ、はい」
    「それにしちゃ最近、まったくうわさを聞かなくなったとは思ってたが……、そうか、死んでたのか」
     ルピアはフォークを置き、腕を組んで考えこむ様子を見せる。
    「……おかしいな」
    「何がです?」
    「何故、私はその話を聞いてないのかな、と。
     ジョーヌ海運って言や、一時は西方の急先鋒として、商人たちの話題によく上ってたトコだ。その総裁が亡くなったなんて、話に上らない方がおかしい。
     いや、ジョーヌ総裁が死んだところを見たのは君だけなんだし、公には行方不明だってことになってるだろう。だとしても、それはどこのうわさにも上ってないんだ。
     世界最大のギルドを持ってるウチにさえ、その情報が入って来ないってことは情報源、つまりジョーヌ海運側からその情報を遮断、公表してないってことになる。気になるな、それは」
    「確かに……。キルシュ卿も、経営縮小した話はご存じだったんですけど、行方不明になったとは言ってなかったですし。妙、ですよね」
    「ああ。……いや、公表できない理由は考えられる」
    「なんですか?」
     ルピアは店員に紅茶を頼みつつ、その理由を説明した。
    「君は直にジョーヌ総裁と会ってるから分かると思うが、彼にはカリスマ性があった。極端に言ってしまえば、彼のカリスマ性でジョーヌ海運の経営は成り立ってたんだ。
     そんな彼が、行方不明になったなんて知れ渡ったら……」
    「傾くでしょうね。……おやっさんも自分でそう言ってましたし」
    「とは言え、もう傾いてる。それでも頑なに言わないのは、……何故だろうな?」
     ルピアは運ばれてきた紅茶に口をつけ、考え込む仕草を見せる。
    「……ジョーヌ総裁の、南海での本拠、ドコって言ってたっけ」
    「ナラン島です。南海東部の小島ですね」
    「そうか」
     ルピアは一息に紅茶を飲み干し、続いてこう提案した。
    「行ってみるか」
    「へ?」
    「その、ナラン島さ。5年も経ってるから相当様変わりしてるだろうが、まだ造船所は残ってるだろう。行って、話を聞いてみよう」
    「……」
     フォコも紅茶に手を付けつつ、もう一度思案に暮れる。
    「……そうですね。行ってみようかな」
    「おう」
    「……ん?」
     と、ここでフォコは、ルピアの発言に気が付く。
    「行って、って、ルピアさんも来るんですか?」
    「まずいか?」
    「いや、まずいちゅうことはないですけど、いいんですか? ギルドの方……」
    「ああ、大丈夫さ。
     ……と言うか、まあ、あんまりうまいこと行ってないんだ。ゴールドマン商会との利権争いに負けてしまってな、実を言えばジリ貧なんだ」
    「えぇ? そんな時やのに、いいんですか?」
     ルピアは肩をすくめ、冗談混じりに笑い飛ばす。
    「だからこそ、かな、この提案は。商売相手を開拓するって狙いもある。
     そう言えば言いそびれてたが、こっちへ来たのもただ単に、再就職した息子の顔を見に来ただけじゃない。これも、同じ狙いだったんだ。
     商売の基礎・基本は人づきあいだ。極端な話で例えれば、この世に自分ひとりじゃいくらモノを作っても買ってもらえないし、大掛かりな計画も進められんからな。
     人の出会いは不可思議で、心躍るものだ――こうして別口の商人に会うことや、本拠地から離れたところに出向くことは、決してただの遊び、物見遊山じゃない。新しい発見、新しい商売の糸口につながることは、十分にあるさ。
     現にこうして、10年ぶりに君に会えたんだ。それだけでも私にとっては、大きな収穫になったよ」
    「はは……、ども」



    「ふむ、ふむ」
     フォコから南海に戻る旨を伝えられたキルシュ卿は、にっこりと笑ってそれに応じた。
    「構わんよ。君の自由にすればいい」
    「ありがとうございます」
    「と言うよりも、だ。ネール女史と同意見、と言った方が正しいだろうね。
     これから君は、どんどん頭角を現していくはずだ。北方大陸に収まる器ではない。急成長していくこの時期に、こんな山奥に留まっていては、宝の持ち腐れになってしまう。
     商人として成長期にある今のうちに、色んなコネクション、つながりを築いておくことは、君にとって決して、マイナスになることは無い。
     ましてや、これから会おうとしているのは、西方・南海で一時ながらも権勢を奮った大商会だ。いくら今は落ち目といえども、プラスにならないはずは無いだろう。
     キルシュ流通の大番頭の地位は保たせておくから、どんどん外へ向かって行きなさい」
    「……はい!」
     こうしてフォコは北方を離れ、ルピアと共に南海へ向かうこととなった。
    火紅狐・再逅記 3
    »»  2011.01.24.
    フォコの話、136話目。
    ネール一家の優しさ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     南海へ旅立つことが決まった、その夜。
    「あの……、ランドさん」
     フォコは改めて、自分のたどってきた経歴と本名を、ランドに明かそうとした。
    「やあ、ホコウ。……と、フォコって言った方がいいのかな」
    「あ、……ルピアさんから聞いたんですか?」
    「名前はね。後、経歴も簡単に聞いた。……ごめんね、すっかり君のこと、忘れてたよ」
    「いえ、僕もです」
     互いに照れ笑いしたところで、ランドの方から話を切り出してくれた。
    「それと、もう一つ。北方を離れて、南海へ行くんだってね」
    「ええ、はい」
    「元、中央政府の政務大臣として言わせてもらえば、……死にに行くようなもんだ」
    「……」
     ランドはしかめっ面で、現在の南海事情を語ってくれた。
    「306年までの情報しかないけど、治安情勢は悪化の一途をたどっている。
     特に304年、南海最大の国だったベール王国が本土決戦で敗走し、ベール本島を追われて西へ後退してからは、レヴィア王国がやりたい放題に戦線を拡大している状態だ。
     その時点からもう、3年経ってる。今はもう、どこまで泥沼と化しているか……」
    「それでも、行かなあきませんのんです」
    「……だろうね。……協力したいのはやまやまだけど」
    「あきませんよ、そんなの。……ものっすごい泥沼になりますで」
    「ああ。……直接の関係が無い北方が南海に介入したりしたら、話がおかしくなる。下手すれば中央政府まで巻き込んだ、世界的な戦争に発展しかねない。
     ……協力できないのが、本当に残念だ。友人が戦地の真っ只中に飛び込んでいくと言うのに、何もできないなんて」
    「……大丈夫です。僕は、生きて帰ってきます」
     沈んだ顔のランドに対し、フォコはにっこりと笑って返した。
    「僕、ここ数年でどんどん運が太くなってますもん。せやから今回も、死ぬどころやないですって。もっとすごい儲け話、持って帰ってきますわ」
    「……はは。期待してる」



     2日後――央中、クラフトランド近郊の港、ルーバスポート。
    「よう」
    「ども」
     いくら大火が超一流の魔術師、不可能を可能にする悪魔といえども、「テレポート」は行ったことのある土地へしか飛ぶことができない。
     大火の助けにより央中までは戻れるのだが、そこから先、南海へは、海路で向かうしかなかった。
     そのため一旦、この街へ寄ったのだが――。
    「やあ、フォコくん」
     ルピアの隣には、フォコと同じく成長した、ランニャの姿があった。
    「……ランニャちゃん」
    「久しぶりだね。元気してたかな?」
     ランニャは大きなかばんを背負いながら、フォコに握手を求めてきた。
    「え、と」
    「あたしも行くよ」
    「へ」
    「なんで、って顔してるね。そりゃ、行くよ。
     ずっと気になってた人のカノジョさん、どんな人だったんだろうって、気にならないわけないだろ?」
     成長したランニャは、ルピアのような言葉遣いをしていた。かつてルピアが言っていた通り、これは央中北部の「訛り」なのだろう。
    「いや、でも危険なところ行くんやで?」
    「危険? じゃ、なおさらじゃないか。まさかお母さんと君と、たった二人で行かせる? そうはさせないよ」
    「ランニャは案外やる子だ。昔っから色んなことに興味持ってたからな。武器も割と使えるし、危険勘も利く」
    「えへへっ」
    「ただ、アホだから魔術はてんでダメだけどな。じっくり物を考えられないタイプだ」
    「……まーたそーゆーこと言う」
     むくれるランニャに対し、フォコは唖然とするばかりだった。
     と、その間に母娘はフォコの後ろへ周り、船へと足を向ける。
    「ほら、フォコくん。そろそろ行こう」
    「……はい」
     フォコは反対しようと一瞬考えたが、昔の記憶を思い起こし、それは無理だろうと悟った。
    「まあ、行くしかあらへんな、このメンツで。……はぁ」
     フォコはこの先の旅路に、ほんのりと、不安なものを感じた。



     しかし――この時の彼には、この旅の終わりに、その程度の不安感では到底足りることのない、一つの悲劇が待っていたとは、知る由も無かった。
     彼は改めて、人間の醜さを知ることになる。

    火紅狐・再逅記 終
    火紅狐・再逅記 4
    »»  2011.01.25.
    フォコの話、137話目。
    ケネスの腹心たち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     南海へと向かう、大海洋の途上。
    「おっと、17だ。親の一発アガリ」
    「うげぇ」
     2ヶ月の船旅の間、フォコはネール母娘とカードゲームに興じながら、色々な話を交わしていた。
    「この辺にしておくか。流石に飽きた」
    「そうだね」
    「あ、お金賭けてなかったですね」
     と、フォコがそうつぶやいたところ、母娘はしょんぼりした顔になった。
    「……賭ける気にならん」
    「え?」
    「うちが傾きかけてる原因の一つは、そこにあるからね。
     ほら、ガルフくんっていただろ? あたしの従兄弟の」
    「あー、と、……いたような」
    「ほら、『7オブ7』で一緒に卓を囲んだ」
    「……ああ、はい。思い出しました」
     ランニャはカードをぱらぱらとテーブルに撒きながら、ため息をつく。
    「ガルフくんをはじめとして、うちの職人の半分以上が、カジノ漬けになってしまってるんだ。
     エンターゲートが、クラフトランドのかなり近いところに、でっかいカジノを作っちゃったせいで」
    「え……」
     ルピアは苦々しい顔で、経緯を説明してくれた。
    「何しろ、超が2つ3つ付く大金持ちだ。胴元が破綻することは、まずない。どれだけ『子』が大勝しようと、いずれはその勝ち分を吸収されてしまう。
     最初は目と鼻の先に出張ってきた金火狐を一丁揉んでやろう、あるいは単に楽しもうと、うちの奴らが向かって行ったんだが、完璧に中毒になってしまった。
     で、職人の半分以上がまともに働けなくなってしまったんだ。そうなりゃ、職人たちで構成されてるギルドの操業なんて、ままならない。
     結果、この2年でガクッと業績が落ち込んだんだ」
    「またケネスの仕業か……」
     フォコも苦虫を噛み潰したような顔をしたところで、ランニャが首を振った。
    「違う。ケネスの腹心がやってるんだよ」
    「へ?」
    「ケネスはあくまでも、カジノ運営の元手を出しただけだよ。まあ、多分命令はしてるだろうけどね。
     実質的なカジノのオーナーは、……誰だったっけ?」
    「ヨセフ・トランプって言う奴だ。元は央北の、片田舎の大地主だったが、その土地をケネスに買い取ってもらった後、代わりにカジノを任されたんだ。
     そんな経歴だから、はっきり言って経営能力は三流だが、……何しろ、客は自分から飛びついてくる奴ばっかりだからな。経営難に陥ることは、まずない。自分の利益が守られるならいいやって性格だから、ケネスに楯突くことも無い。
     反発も反抗もせず、黙々と金を献上する、言いなりの傀儡――腹心としちゃ、適材ってわけだ」
    「腹心、……ですか」
     フォコの脳裏に、北方のキルシュ卿がかつて言っていた言葉がよみがえってくる。
    ――その、スパスと言う商会主。金火狐当主とつながっていて、彼の指示のもと、あちこちの買収を続けている。そう言ううわさが流れているのだ――
    「腹心って、どんだけいるんでしょうね」
    「うわさ半分だが、4人いるらしいな。
     今言ったトランプに、君も知っていると言っていた、西方のスパス。それから南海の、レヴィア女王。あと央南にも、西方から出張ってる奴がいるとかいないとか。
     今じゃもう、世界全域にあいつの手が伸びているんだ」
    「……何だかそれもう、世界の王様、天帝さん気取りですね」
    「だな。人が神の真似など、……反吐が出る」
     ルピアはカードをしまいながら、重々しいため息をついた。
    「が、流石のあいつも、北方では下手を打ったらしいな」
     と、そのため息に続いてくっくっと笑いが聞こえてくる。
    「北方の将軍たちを借金漬けにして、奴隷にしようとしてたらしいな」
    「ええ、恐らくは」
    「なめすぎなんだ、あいつは。他人も、他の商会も、本拠地以外の地域も、……いいや、自分以外のすべてを、虚仮にして生きている。
     だから20億クラムを用意されて追い払われるなんて、思ってもいなかったろうな。あの後、奴はかなり怒り狂っていたらしい。憂さ晴らしに、しばらく南海へ籠っていたそうだ」
    「南海に?」
    「ああ。さっき言ってたレヴィア女王。実は、ケネスの愛人、と言うか、二人目の女房になってるらしい」
    「はぁ?」
     思いもよらない話に、フォコの目が点になる。
    (おやっさん助けに行った時、女王さん、なんやケネスの後ろでおびえとったけど、……そこから何やかや口説いて、重婚しよったんか? なんちゅう奴や!)
     フォコが憤る横で、ルピアも憎々しげに鼻を鳴らした。
    「フン……。天帝気取りと君は言ったが、その通りかも知れんな。
     金と権力に任せ、自分の欲望のまま、何もかもむさぼる。まさにやりたい放題。暴君が如し、だな。
     そんな奴が、未来永劫のさばれるはずがない。いいや、のさばらせてたまるものか」
     ルピアは怒りに満ちた目で、水平線を眺めていた。
    火紅狐・玉銀記 1
    »»  2011.02.06.
    フォコの話、138話目。
    太陽のような思い出。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     夕暮れになり、洋上は金色に染まる。
     フォコとランニャは、甲板の先でそれを眺めていた。
    「わあ……! まるで金が熔けてるみたいだ!」
    「はは、そやねぇ」
     職人らしい例えをしたランニャに、フォコはクスリと笑った。
    「フォコくんはさ、3年くらい南海にいたんだよね?」
    「ん? うん、おったよ」
    「こんな夕日、毎日見れたんだよね」
    「あー、……そやねぇ。ほとんど晴ればっかりやったし、ホンマに毎日見とったなぁ」
    「飽きたりしなかったの?」
     そう問われ、フォコはこの会話に既視感を覚える。
    「あー、……えーと」
     そして、その時「彼女」が答えたことを、ほぼそのままランニャに返した。
    「ま、飽きたっちゅうたら飽きてたかもやけど、それでも嫌や、もう見たないってことはあらへんかったわ。
     見る度に、なんか感動させられるもん、あったしな」
    「そうなんだ。
     ……じゃあ、さ」
     唐突に、ランニャはフォコの手を握ってきた。
    「へ?」
    「こーやってさ、ティナさんと夕日を見ながらデートなんかしてた?」
    「……ん、うん」
    「あははは」
     フォコの顔を見たランニャは、手を振り払って笑い出す。
    「な、なんよ?」
    「夕日の中でもフォコくん、顔が真っ赤って分かるよ。……君って、不思議だね」
    「え?」
    「17で結婚を約束した恋人がいたくらいだって言うのに、なんでこんなに純情くんなんだろうな、ってさ。
     ううん、それにさ。君も――比較されたらイヤかもだけどさ――エンターゲートも、どこからともなくお金を生み出す不思議な才能を持ってる。
     なのに、あいつと君とは、まるで正反対。あいつのせいで両親が殺されて、お師匠さんも殺されて、おまけに3年浮浪者になってたって言うのに。
     なんで君は、そんなにまっすぐでいられる?」
    「……」
     その問いに、フォコは静かに首を振った。
    「僕も、ねじけとった時期はあったんよ。
     ホンマに何もかもが嫌で嫌でたまらんかって、何もやる気せえへん、何やっても無駄にしか思えへん。そう言う時期、あってん。
     でもな、僕の大先祖さんがこんな言葉、残しとるねん。『卓に付く者は生ける者なり。卓から離れる者は死せる者なり』――生きてる限りは、勝負できるんや。それもせんと逃げたら、もう死んでるんもおんなじや。
     それを、……思い出して、僕は立ち上がったんや。もっかい、ケネスと勝負したらなと思って。ほんで、今度こそは、……何としてでも、勝ってやろうって」
    「そっか」
     ランニャはそう返し、自分の尻尾をくしゃ、と撫でた。
    「それが君の強さなんだな。仇、討とうって言う気持ちが」
    「……それだけやないよ」
     フォコは手すりにひょいと座り、黄金色の海に目を向けながらつぶやいた。
    「僕がただ、仇討ちしたいってだけやったら、そんなん簡単や。さっさと央中のイエローコースト行って、ケネスの家に乗り込んだったらええねん。
     でもな、そんなんして、後はどうなるやろ? ケネスには腹心がおる、ってルピアさん、言うてたやん」
    「そだね」
    「もし今ここで、ケネスが死んだら。……その後、その腹心がその椅子に座ろうとするやろ、きっと」
    「そだね、多分」
    「そんなことが起こるとして、世界は平和やろか?」
    「……なんなさそうだ」
     フォコはため息をつき、続けてこう言った。
    「せやったら、僕がその椅子に座る。いや、その椅子を潰して、もっとでかい、自分の椅子を置く。誰も座られへんように、ガッチリ固定してな。
     僕は喰うつもりなんや、ケネスを。ひとかけらも残さずな」
    「……フォコくん?」
     不安そうなランニャの声に、フォコは振り向いた。
     ランニャは狼耳と尻尾を毛羽立たせ、何か恐ろしいものを見るかのような目を向けていた。
    「……おわ、わわわととととおおおっ!?」
     それに虚を突かれ――フォコは手すりから落っこちた。
    「ちょ、……フォコくーんっ!?」

     この後、何とか甲板のへりにつかまっていたフォコを、ランニャがひょいと助けてくれた。
     グリーンプールの時と同様、この時もフォコは、ネール母娘の腕力の強さと体格の良さに、目を白黒させていた。
    火紅狐・玉銀記 2
    »»  2011.02.07.
    フォコの話、139話目。
    ネール家の新しい顔。

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    3.
    「そう言えばルピアさん」
    「うん?」
     ある夜、船室の中でカードゲームに興じていた最中、フォコはふと気になっていたことを尋ねてみた。
    「グリーンプールん時、子供さんできたって聞きましたけど」
    「ああ、ラノマのことか?」
     名前を聞いて、フォコは首をかしげた。
    「ええ。……あの、ルピアさん?」
    「なんだ?」
    「なんでお子さんみんな、名前がRANから始まってるんです?」
    「え? ……えーとだな」
     困った顔をするルピアに、ランニャが助け舟を出した。
    「お母さん、名前付けるのが下手なんだ。
     お父さんがお兄ちゃん連れて来た時、もうランドって名前が付いてたからさ、あたしが生まれた時も、ラノマん時も、そのまんま付け加えて名前を付けてるんだよ。
     もし今度、またあたしに妹が生まれたら、その時はあたしが名付け親になってやろうと思ってる」
    「おいおい。いい名前だと思うがなぁ、ランドもランニャも、ラノマも。
     つーか、もうこれ以上子供はいいよ」
     ルピアはくしゃ、とランニャの髪を撫でながら、イタズラっぽくささやく。
    「私ももう40半ばなんだぞ。子供より孫だろ、そろそろ」
    「孫ぉ?」
     ランニャはそう返し、チラ、とフォコを見て、肩をすくめた。
    「まだ無理だって。10年くらい待たないと」
    「そっか。ま、そんでも50半ばだ。まだ生きてるな」
    「目付けてた相手にもう相手いるし、他探さないといけないからな」
    「相手、てもしかして……」
     フォコはそろそろと自分を指差したが、ランニャはころりと話題を変えてしまった。
    「元気してるかな、ラノマ」
    「ま、大丈夫だろ。ガルフがダメ人間になっても、ボーラはいい子だから」
    「ボーラ?」
    「ガルフくんの奥さん。あたしたちが旅してる間、ラノマを預けてるんだ」
    「ちなみに見合わせたのは私だ」
     そう言ってニヤリと笑っておいて、ルピアは話を続ける。
    「ガルフのバカが博打に溺れて、家に帰って来なくなってしまってな。嫁に来た身で一人寂しく過ごしていたし、今回、丁度いいかなと思って預けることにしたんだ。
     ま、旅は半年ちょっとくらいの予定だし、何とかなるだろう」
    「カジノ、……ですか」
    「それも潰すつもりかい?」
     そうランニャに尋ねられ、フォコはうなずく。
    「そら、そこもいずれは潰さなあかんでしょう」
    「穏やかじゃないな」
    「元から穏やかに事を運んでへんのは、相手の方です。ネール職人組合の縄張りにガンガン侵入して、職人みんなを骨抜きにしとるんですから。
     そんなん、絶対放ったままにはしておけません」
    「……おい、フォコ君」
     熱っぽく語ったフォコに対し、ルピアは冷めた目で見つめてくる。
    「勘違いしちゃ困る。これはネール職人組合の問題だ。君がいくらケネスと因縁があるからって、この件に関しちゃ筋違いだ。
     それはいずれ、私がやるべきことだ。君は別のことをやってくれ」
    「……はい」
     しゅんとなったフォコを見て、ランニャが彼の肩を持つ。
    「いいじゃない、母さん。手伝ってもらっても。そんな邪険にすることないじゃないか」
    「そうは言うがな、彼に何でもかんでもさせるのは、私のプライドと老婆心が許さんよ」
    「老婆心?」
    「20そこらの若者が、巨悪と戦うなんて言う、重い運命を背負ってるんだ。こんな小悪党の件にまで一々付き合わせちゃ、早々に参ってしまうぞ」
    「そう、……だね」
     ルピアの言い分に納得し、ランニャは矛を収める。
    「まずは、目先の問題だ。ジョーヌ海運がどうなったか、を確認しなきゃならん」
    「ですね。何でもかんでもいっぺんに、なんて、無理ですもんね」
    「そう言うことだ。まだまだ先は長い。無理はしないに越したことはない。
     ……ほれ、そろそろカードを選んでくれ」
    「あ、はい」
     止まったままだったゲームを進めながら、フォコはルピアの言った言葉を反芻する。
    (巨悪と戦う、……か。『あいつ』と僕、今、どのくらい差が開いとるんやろな)
    火紅狐・玉銀記 3
    »»  2011.02.08.
    フォコの話、140話目。
    変わり果てた、第二の故郷。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     フォコとケネスの、「差」。
     それを端的に示すものは南海東地域の玄関口、シャルク島ですぐに見つけることができた。
    「……」
     シャルク島は南海地域の、人の住む島の中で最も東に位置している。そのため、南海と他地域との交易地となっているのだが――。
    「……どこを見ても」
    「ええ」
    「スパス産業、レヴィア王立、そしてエンターゲート製造に、ゴールドマン商会。……知らない奴が見れば、それぞれ別のところだと思うんだろうけど、な」
     街中に並ぶ店舗の半分以上が、ケネスの息がかかったところばかりである。そして特に目立ったのが、レヴィア王国国営の商店、商会だった。
    「5年前まで、あの国ってどこにも見向きされへんくらい、めちゃめちゃ嫌われとったはずなんですけどね。こんなに出店しとるとは思ってませんでした」
    「5年だろ? それだけあれば変わるさ」
     店の一つに立ち寄り、棚に並ぶ商品を手に取る。
    「刻印が違うだけで、エンターゲートが造ってるな、この曲刀」
    「そんなに、特徴あります? 僕には……、よく分からへんのですが」
    「ああ。あたしだって、もう職人になって6年だもん。
     まあ、造ってるって言っても、現地生産だろうな。エンターゲートからは、製造方法と設備だけもらってるんだ、多分」
    「恐らくその通りだろう。目が肥えたな、ランニャ」
    「えへへ」
    「ウチが採っている生産方式とは大分違うな。
     ウチは自分のところで集中的に作って、それを卸して捌く方式だ。これなら技術の流出が防げるし、製造のコストも少なくて済む、……が、遠くに運ぼうとすればするほど、輸送コストがかさむし、遠隔地でのニーズに答えにくい。
     エンターゲートのやり方なら輸送コストはずっと安く抑えられるし、当地での需要にも簡単に答えられる。……なるほど、業績を伸ばせるわけだ。
     伊達に全世界へ展開してるわけじゃないな、エンターゲートも」
     ルピアは感心した顔で、店の中を覗いていた。

     と――。
    「……ん?」
     フォコは店の向かい側に、掲示板があるのに気付く。そして、その中に目立つ赤文字で、こう書かれている広告が目に付いた。



    「指名手配! 情報求む!
     以下の人物は南海、取り分けレヴィア王国領下において著しく平和を乱す、許すべからざる奸賊である。
     見かけた者、拘束した者、殺害しその証拠を提示した者、当局にとって有益な情報を提供した者、その他当局に貢献した者には、その働きに見合った賞金を授与する。

     指名手配者 一覧

     海賊団『砂狼』頭目 アミル・シルム
     その他、海賊団『砂狼』団員

    レヴィア王国軍 治安維持部隊」



    「なん……やて……」
     この広告に、フォコは強いめまいを覚えた。
    (アミルさんが、指名手配? しかもまだ、海賊を?
     ……ああ、そうやろうな。きっとおやっさんがいなくなった後、みんなバラバラになってしもたんや。……ほんで、……きっと、……海賊をやる以外に、どうしようもなくなったんや。
     ……しかも、や。5年前、こんな風に追い回されるんは、レヴィア側やったはずや。ほんで、……それを追い回してたんは、僕らや。
     そら、当然の成り行き言うたら、当然って言えるけども、確かにそうなるやろなとしか思えへんけども、……逆転してしもたんやな。今はもう、レヴィア側が追い回す側に、『砂嵐』は追い回される側に)
    「どうした、フォコ君」
     フォコの様子に気付いたネール母娘が、声をかける。
    「……いえ」
     フォコはそう答えたが、ルピアは見抜いたらしい。
    「知り合いか?」
    「……」
     あっさりと見抜かれ、フォコは仕方なく白状した。
    「ええ、昔一緒に働いてました。まさか……、こんなことになってるなんて」
    「そうか……」
    「あれ?」
     と、しんみりした雰囲気の中、ランニャが何かを見つけたらしい。
    「フォコ君、フォコ君。これ見てみ」
    「え?」
    「確かさ、ナラン島って言ってたよね、君が居たところ」
    「ああ、うん」
    「これ……、かな?」
     ランニャが指差した広告を見て、フォコはまた、強いめまいを覚えた。



    「地上の楽園! 天国を、感じさせます。

     鮮やかな青い海。穏やかな高い空。
     地元の方は日頃の疲れを癒しに。遠方から来た方は旅の思い出に。
     どなた様も、こぞってお越しくださいませ。

     スパス産業 ナラン島観光協会」

    火紅狐・玉銀記 終
    火紅狐・玉銀記 4
    »»  2011.02.09.
    フォコの話、141話目。
    極悪カルテル。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「どうですか?」
    「……小型船と中型の間くらいか。人もそんなに乗ってない。襲うだけ損だな」
    「はあ……」
     南海の洋上。
     黒く塗り潰された船の上で、垢じみたコートに身を包んだ狼獣人が、周辺の船を単眼鏡で観察していた。
    「あっちはどうです?」
    「……あれは、……やめておこう。……子供ばかり乗ってるし」
    「……了解です」
     狼獣人の様子に、彼らの背後にいた手下たちは肩をすくめる。
    「親分……。いい加減、何か襲いましょうよ」
    「このまんまボーっとしてたら、来ますよ、レヴィアの奴らが」
    「アレなんかどースか」
     手下の一人が指差した船に、狼獣人は単眼鏡を向けた。
    「……ああ、いいかもな」
    「じゃあ、あれで」
     狼獣人は、甲板に集まっていた手下たちに命令する。
    「あの赤い船を襲うぞ!
     分かってるな!? 刃向ってくる奴以外、誰も傷つけるな! 奪うのは金だけだ! 奪うだけ奪ったら、とっとと撤収! 分かったか、お前らッ!」
    「おうッ!」
     手下たちは曲刀をかざし、ときの声を挙げた。



     ナラン島へ向かう船に乗ったフォコたち一行は、船室の中で、パンフレットに目を通していた。
    「ねえ、フォコ君。君の言ってたナラン島って、ホントに、ここなの?」
     ランニャの問いに、フォコは力なくうなずく。
    「うん、多分、そうやと思う、……多分」
    「頼りないなぁ。……分かるけどさ、気持ちは」
     パンフレットには派手な文字や、異様に布地の少ない水着をまとった男女の絵が、所狭しと散りばめられている。
    「それにしても、……なんだかな。このパンフレット作った奴ら、とてもじゃないが、まともな品性がありそうには見えん。
     こいつらの頭の中には、金儲けとエロいことしか無いんじゃないかとまで思ってしまうな」
    「はは……」
     フォコは苦笑しつつ、そのパンフレットを手に取った。
    「……スパス産業、ナラン島観光協会、か。
     恐らくは、アバントがケネスに下った後で、島を買い取ったんやろうな。んで、造船所をたたんで、観光地に作り替えてしもたんやな。
     でも、普通はこんなもん、うまく行くわけないのに」
    「うまく行ってるみたいに見えるけど……? この船も、かなり人が多いし」
     そう返したランニャに、ルピアがため息をつく。
    「お前はつくづく、目の前のことしか見えてないなぁ。
     いいか、平和に見えても今は、レヴィア王国があちこちに侵略している、戦争の真っ最中なんだ。そんな危険地域に遊興目的の観光地なんぞのんきに構えて、需要もへったくれもあるものか。設備投資する時点で、人もモノも集まるわけがない。
     が、現状はこの通りの大賑わいだ。恐らくは、レヴィア王国の支配下にある地域は、スパス産業との結託や密約なんかによって、それなりに治安が行き届いているんだろう」
    「じゃ、レヴィア王国って悪者じゃ無いんじゃない? 平和にしてるって言うなら……」
     そうつぶやいたランニャに、フォコはがっくりとした声で答える。
    「今現在、襲う必要も謂れもないところを襲っとる奴が、ええ奴なわけないやんか……。
     戦争しとるとこはものっすごい危険な所なんは言うまでもないし、支配下に置いたところも、政治・軍事と経済とを全部、ケネス系列が握りしめとるんやで。
     忘れてへんやろ、シャルク島の店の並び方。大通りとかの、人の集まりやすい場所は全部、あいつの息がかかっとる店やった。ちゅうことは、あいつに従わへんと、ええところに出店でけへんし、つまりは順調、順当な商売なんかでけへんってことや」
    「あー……、そっか」
     フォコの解説に、ルピアも付け加える。
    「そして多分、息のかかってる店は全部、何らかの形でエンターゲートやその腹心へと、金を納めているんだろうな。
     それが奴らの手口であり、従った人間たちの末路なんだ――従わなければ暴力と圧力とで責め立て、従えば延々と金とモノを巻き上げていく。
     フォコ君、君やランドたちが北方で行動を起こしていなければきっと、北方もいずれはこうなっていただろう。レヴィア王国軍がノルド王国軍、南海の人間が北方の人間、と言う構図で、な」
     それを聞いて、フォコの脳裏に北方の将軍たちの顔が浮かぶ。
    「……想像したら、薄ら寒い話ですね」
    「ああ。君たちはよくやったよ、本当に」
     ルピアがフォコをねぎらった、その時だった。
     がくん、と船が揺れた。
    火紅狐・砂狼記 1
    »»  2011.02.11.
    フォコの話、142話目。
    クール系剛腕姉御。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「うわっ!?」「なんだ!?」「きゃあ!?」
     ほんの一瞬だが、船が15度ほど傾き、フォコたち三人は机と椅子ごと部屋を滑る。
    「ち……ッ」
     ルピアは器用に椅子から飛び上がり、机の上をごろんと転がってすたっと床に着地し、やり過ごす。
    「大丈夫か、二人とも!?」
    「あいたたた……、はい」「だ、だいじょぶ」
     一方、フォコとランニャはべちゃりと壁にぶつかっている。
     いや、良く見ればフォコは半ば、ランニャの下敷きになる形で壁にへばりつき、反対に、ランニャは何の怪我もなく、ひょい、と立ち上がっている。
    「大丈夫、フォコ君?」
    「うー……、ちょっと鼻打ってしもたけど、何とか、うん」
    「うわ、鼻血」
     ランニャは慌てた様子で、フォコの鼻に布を当てた。
    「大丈夫? 止まった?」
    「ああ、うん。ちょっと切ったくらい、みたいや」
    「良かった。……良くない」
     ランニャは布を千切り、フォコの鼻に押し込んだ。
    「ふが」
    「血、止まってないじゃないか。大丈夫って言わないでよ」
    「ご、ごべん(ごめん)」
     そのやりとりを見ていたルピアが、クスっと笑った。
    「可愛らしい漫才してるとこ悪いが、お二人さん」
    「はひ?」
    「今の揺れは穏やかじゃなさそうだ。上も何だか騒がしいし、な。様子を見に行こう」
    「ほうれふね(そうですね)」

     部屋の外に出たところで、騒ぎはさらに大きくなる。
    「……! ……!」
    「……~っ」
    「……!?」
     三人の頭上何層か上、甲板の方で怒鳴り声と、それに対する困惑した声が交差している。ルピアは上を見上げ、いぶかしげにつぶやいた。
    「……襲われた、か?」
    「え……」
     目を丸くするランニャとは反対に、フォコも鼻栓を抜きつつ、それに同意する。
    「みたいですね。明らかに上の方、出港した時より人が多く乗ってるみたいです。多分、十数人か、もうちょっと多いくらい」
    「ほう……? 何故分かる?」
    「最初、この階って水面すれすれの辺りにあって、波の音が聞こえてましたけど、今はその音、半ばくぐもってますし、どうもこの階、水面下に沈んだみたいです。
     この大きさの船なら多分1トンくらい、大体14、5人以上が乗り込んでこないと、そこまで沈まないです」
    「なるほど。そして何のアポイントメントも無しに、いきなり海上で乗り込んできて騒ぐ奴ら、となると……」
    「海賊、でしょうね」
     そう推測したところで、「答え」の方から姿を現した。

    「おい、お前ら!」
    「ん?」
     曲刀を手にし、海水と垢で色あせた服を着た、いかにも海賊と分かる猫獣人の男が、フォコたちに向かって、ドスドスと乱暴な音を立ててやって来る。
    「この船は乗っ取った! 無駄な抵抗はやめて、大人しく付いてこい!」「うん?」
     制圧の口上を述べてきた海賊に対し、ルピアは冷たくにらみ付けた。
    「良く聞こえなかったな。もう一度言ってくれるか、君?」
    「ざけんな! いいか、俺たちがこの船を……」「知らんなぁ」
     素直にもう一度口上を述べようとした海賊に、ルピアが歩み寄る。
    「……っ、てめ、お、大人しく」「しない」
     次の瞬間、ルピアは右手を伸ばし、海賊の猫耳を乱暴につかむ。
    「ぎにゃ、っ、い、いてっ、な、なにしやがっ」「静かにしてくれるかな、君」
     ルピアは猫耳をつかんだまま、通路の壁に腕を振った。
     ごす、と鈍い音を立て、海賊の頭が通路にめり込む。
    「うげぁ……っ」
     海賊は白目をむき、そのまま通路に倒れ込んでしまった。
    「ちょっ……、お母さん?」
    「フォコ君、君の見立てだと」
     ルピアは倒れた海賊にも、青ざめた顔の娘にも構わず、こう尋ねてきた。
    「あと15人くらいだと言ったな?」
    「はい、多分ですけども」
    「よし。それなら、相手にできる数だな」
    「や、……やる気ですか」
    「おう。いきなり無作法、無調法に乗り込んでくる輩だ。この流れなら、どうせ金なり何なりせびってくるだろう。
     私は払わんぞ、そんな不当請求」
     そう言ってのけたルピアに、フォコとランニャは絶句するしかなかった。
    火紅狐・砂狼記 2
    »»  2011.02.12.
    フォコの話、143話目。
    女丈夫V.S.海賊船長。

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    3.
     ルピアは――とても大商会主、40半ばの女とは思えないほど――喧嘩強かった。
    「おい、そこのお前ら!」「なんだ?」「大人しくしろ!」「ふざけろ」「ふぎゃ」
     拘束しようと船内をうろつく海賊を、一人ひとり、まるでモグラ叩きでもするように倒していく。
    「いたぞ! 捕まえろ!」
     やがて騒ぎを聞きつけたらしい、残りの海賊たちがやってくるが――。
    「おいおい、なんだなんだ? 海賊やってるくらいだし、屈強な奴らかと思ったら……」
    「ごふぅ!?」「ひーっ、ひーっ……」
     ルピアのパンチを腹や顔面に食らい、次々に倒れていく。
    「軟弱だなぁ。腹筋はふっにゃふにゃだし、鼻っ柱はすぐ折れるし」
     結局ルピアは、フォコたちの助けを借りることなく、10人近い海賊を一人で叩きのめしてしまった。

    「……おかしいな」
     甲板で手下が船内の人間を引きずり出してくるのを待っていた海賊団の船長は、首をかしげていた。
    「いくらなんでも遅すぎる。……念のため、現時点でかき集めた金品、今から運んじまおう」
    「へい」
     そう命じたところで――。
    「ぎゃあっ……!」
     船内へと続いている扉から、手下が悲鳴と共に、宙を舞って飛び出してきた。
    「おっとっと。ちょっとお前らにゃ、蹴りが強すぎたか」
     挑発的な含みのある声と共に、ルピアが破られた扉から顔を出す。
    「な……!?」
     甲板に叩きつけられ気絶した手下を見て、船長は言葉を失う。
    「お前がこいつらの頭か? ……ふうん、少しはやりそうな肉付きだな」
     ルピアは蹴っ飛ばした手下をまたいで、船長に近寄る。
    「……お前、何のつもりだ?」
     船長は曲刀を構え、ルピアと対峙する。
    「俺たちを全滅させてレヴィア軍にでも引き渡すつもりか? 悪いが、そうはさせねーぞ」
    「じゃあ、どうしたい? このまま金を置いて逃げるか? 私としては、それでも構わないが」
    「……金は渡せない。俺たちにも生活がある」
     二人は構えたまま、話を続ける。
    「生活? 笑ってしまうな、生活と来たか」
    「何だと……っ」
    「いいか『狼』くん、生活(Life)と言うのは生きる活動だ。
     こんなリスクばっかり高い、襲う相手を間違えりゃ即破綻するような死にかけスレスレの稼業で、何が『生きる(Life)』だ。
     生活を口にするのなら、もっとましなことで稼げよ」
    「う……、うるせえッ!」
     ルピアの言葉に激昂した船長は、曲刀を振り上げてルピアに襲いかかった。
    「……っ、と」
     ルピアは初太刀をかわし、左膝を蹴り入れる。
    「ぐ、……っ、効くかよぉ!」
    「おお、っと」
     ルピアの膝蹴りをまともに受けたはずの船長は、顔をしかめつつも曲刀を振り回す。
    「フン」
     ルピアはそれをすれすれで避け、もう一度蹴りを浴びせる。
    「……っ、効かねえ、って、……言ってんだろうがああッ!」
     船長は後ろにのけ反りつつも、同じように蹴りを放ってきた。
    「あーあー、失着だな、『狼』くんよ」
     が、ルピアはその足をつかみ、そのまま両手で上に振り上げた。
    「……ッ!?」
     のけ反ったところに揚げ足をさらに振り上げられ、当然、船長の体勢は崩れる。
     ぐるんと半回転し、船長は頭からごつ、といかにも痛そうな音を立てて、甲板に叩きつけられた。
    「……っ、……こ、……このっ」
     船長は曲刀を杖にして立ち上がろうとするが――。
    「……ぐ、ぐ、……ぐえ、ごぼぼぼっ」
     がくりと膝を着き、胃の中のものを滝のように吐き出して、そのまま倒れ込んでしまった。
    「頭を打った上に二度も腹を蹴られてりゃ、そりゃ、そうなるだろうさ。
     ……と、そうだ。フォコ君、ランニャ。もういいぞ」
     ルピアは扉の裏側で成り行きを見守っていたフォコたちに声をかける。
    「あ、はい」
     フォコがそれに応じ、ランニャと共に甲板へ出てきた。
     と――。
    「あれ? ……あのー」
     フォコが倒れたままの船長に近寄り、声をかける。
    「間違ってたら、ホンマにすいません。……アミルさん?」
    火紅狐・砂狼記 3
    »»  2011.02.13.
    フォコの話、144話目。
    不自然な懇願。

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    4.
     フォコの声に、船長は顔を挙げた。
    「……! ほ、……ホコウ!?」
    「……やっぱりでしたか」
     船長の正体は、かつてフォコがジョーヌ海運特別造船所で働いていた時の同僚、アミルだった。
    「海賊続けてるって聞きましたが、……本当だったんですね」
    「ああ。……いや、俺のことよりも。
     ホコウ、お前、生きてたのか……!」
    「ええ。……話せば、長くなりますけど」
    「……じゃあ、詳しくは聞けないな。
     俺たちは失敗した。早いとこ、この船、この海域から離れなきゃいけない」
    「あ……」
     いつの間にか、ルピアが叩きのめした海賊たちが、ヨロヨロとした足取りで、自分たちの船に乗り込もうとしていた。
    「……ホコウ。……覚えてるか?」
     と、アミルが声をかけてくる。
    「何でしょ……?」
    「俺とマナの、初めての子」
    「ええ、ムニラちゃんですよね」
    「明後日、誕生日なんだ」
    「え? ……ああ、そう、でしたね」
    「お祝い、してあげたかったんだ。……だから、金がほしかった。……悪いな。
     ……俺たちの負けだ。金は返す。だからこのまま、逃がしてくれ」
     アミルの懇願に、ルピアはコクリとうなずいた。
    「ああ、いいぞ。とっとと帰れ」
    「……恩に着る」
     アミルは手下たちと同じように、ヨタヨタとした足取りで、自分の船に戻って行った。



     海賊たちを退けたフォコたちは、他の船客たちから感謝を受けた。
    「ありがとうございます!」
    「おかげで助かりました!」
     ルピアとランニャがその厚意に辟易する一方で、フォコは一人、テーブルにぽつんと掛けていた。
    「あの、あちらの方は一体……?」
    「ああ、さっきの海賊の中に、数年前に知り合った奴がいたそうだ。ちょっと見ない間に、あんなになってしまうなんて、……と嘆いてる」
    「そうでしたか……。いや、確かに近年、貧富の差は激しくなる一方ですからな。
     特にレヴィア王国軍に敗北した国の人たちは、散々な目に遭っているとか……」
    「どこでも禍福は隣り合わせだ、と言うことだろうな」
     ルピアが他の客たちと話している一方で、フォコは頬杖を突いて黙り込んでいる。それを見かねたらしく、ランニャが声をかけてきた。
    「ねー、フォコくん」
    「ん?」
    「そんなに落ち込んじゃダメだよ。そりゃ、ショックかも知れないけどさ」
    「落ち込む? ……ああ、いや、そう言うわけちゃうんよ」
    「え?」
     きょとんとするランニャに、フォコは自分の考えを述べた。
    「あの時、ランニャちゃんもアミルさんの話、聞いとったやんな?」
    「うん。子供さんに、お祝いしてあげたかったって」
    「それなんやけどな、……誕生日、春頃やったはずなんやけどなー、思て。もうちょっと後やったはずなんやけど……」
    「フォコくんの勘違いじゃないのか? いくらなんでも、親御さんが間違うわけ……」
     フォコは頬杖を突きながら、もう一方の手でピンと人差し指を立てる。
    「それやねん。間違うはずのないものを、わざと間違えた。ちゅうことは、そこに何かある、ちゅうことやないかなって」
    「日付を間違うはずがないのに、間違えた……? 日付が、何か大事なこと、なのかな?」
    「そうやろな、多分。……で、何で明後日って言うたか。ムニラちゃんの誕生日のお祝い、って方便使ったんは、何でか。
     ……あ」
     フォコの頭に、かつて自分とティナが、アミル夫妻にプレゼントを贈った時の記憶がよみがえった。
    「……あーあー、そう言うことか」
    「何が?」
    「つまり、明後日自分らに、昔僕がやったように、ムニラちゃんへの誕生日プレゼントを贈ってくれ、ちゅうことか」
    「無理じゃない、そんなの。だってそもそも、相手がどこにいるかも……、あ」
    「そう言うことやろな」
    火紅狐・砂狼記 4
    »»  2011.02.14.
    フォコの話、145話目。
    人格を歪めた5年。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     一悶着あったものの、フォコたち一行は無事、ナラン島へ到着した。
    「……見る影もあらへんな」
     かつて簡素な船着き場だったところは、無駄にきらびやかなマリーナとなっており、造船所のあったところには商店が立ち並んでいる。
     そして、特別造船所の象徴でもあった砂猫楼は跡形もなく取り壊され、これまた無駄に装飾されたホテルになっていた。
    (モーリスさんが見たら卒倒するな、こんな何の役にも立たへん過剰装飾。邪魔すぎるわ)
     実際、マリーナの装飾にはあちこちに、修繕された跡が見られる。
    「何べんもぶつけとるんでしょうね、ここ。取っ払ったらええのに」
    「とりあえず飾り付ければ客の目を引く、そう思ってるんだろうよ。客にとっちゃ、うざったいだけなのにな」
     商人二人の目には、これらの装飾は単に、無用なコストの発生にしか見えなかった。

     ナラン島の現状を把握した三人は、さっさと島を離れることにした。アミルが指定した日にちに、確実に着いておくためである。
    「ちょっとくらい遊んで行ってもいいじゃない、って思ったんだけどなー」
    「そうしてもいい。が、……それはフォコ君が嫌だろ?」
    「ええ、まあ。とてもじゃないですけど、自分が働いてた島で遊ぶ気にはなれないです」
    「……だよね。あたしもそれは、そう思うかも」
    「昔、仕事場で遊んで死にそうになったしな、お前」
    「言わないでよぉ」
     ぺたりと狼耳を伏せ、照れるランニャをよそに、ルピアはフォコに尋ねる。
    「しかし……、本当に、昔はそんなに強かったのか、あいつは?」
    「ええ。こないだのルピアさんみたいな」
    「ふうん……? そうは思えなかったけどな。そりゃ確かに筋肉ムキムキだったし、曲刀の構え方、敵との接し方には、堂に入ったものがあるなとは思った。
     だが何と言うか、精神面で妙に弱く感じた。よっぽど暮らし向きが良くないんだろうな。キャンキャン吠えるくせして、妙におどおどしてる雰囲気が、……っと、悪いな。悪く言ってしまって」
     ぺこりと頭を下げたルピアに、フォコは首を振る。
    「いえ、……確かに、ルピアさんの言う通りです。
     昔のアミルさんは、もっと活き活きとしてました。船の時みたいに、切羽詰まった感じは全然なくて。追い詰められてるって言う、そんな感じでした。
     昔は、あんなじゃなかった。今のアミルさんは、まるで別人ですよ」
    「5年前、だからな。人は変わるさ」
    「ですよね……」



     二日後、サラム島。
     フォコたちは、玩具屋の前にいた。
    「ここか? 君がシルム夫妻に贈ったプレゼントを買ったと言う店は」
    「ええ。ケネスの手が伸びとるかもと思ってましたけど、残ってて良かった」
     昔から中立主義を貫くサラム島らしく、ここにレヴィア軍の手は及んでいないようだった。
    「昔のままで、ほっとしてます」
    「俺もだよ」
     と、フォコたちの後ろから声がかけられる。
     振り返ると、そこには少し前のフォコのように、フードで顔を隠したアミルが立っていた。
    「あ、……ども」
     中立地帯とは言え、うかつに名前を呼ぶのはまずいと判断し――だからこそ、アミルは他に人がいた先日の船上で、直接的な説明を避けたのだ――フォコはぺこりと頭を下げるだけに留める。
    「ありがとよ。俺の言葉の裏、ちゃんと読んでくれて」
    「いえ。……その、えっと」
    「付いてきてくれ」
     アミルは踵を返し、フォコたちに促した。

     歩きながら、アミルは5年間の出来事を話してくれた。
    「お前がいなくなった後、アバントのおっさんが戻って来たんだ」
    「あいつが……?」
    「あいつ、って呼んだってことは、本性を知ってるんだな。なら話は早い。
     アバントは『おやっさんが死んだ。殺したのはジャールとホコウだ。俺は守ろうとしたんだが、逃げるしかなかった』と俺たちに告げた」
    「なっ……」
     面食らい、憤るフォコに、アミルは笑って話を続ける。
    「安心しろ、信じてない。おやっさんが行方知れずになったその後に、お前らが消えたんだからな。今にして思えば、どう考えても矛盾してる。おまけにその後でアバントは、俺たちをナラン島から追い出したからな。
     おやっさんが死んだと聞かされ、おかみさんは倒れちまった。俺たちもどうしたらいいか分からなくなって、そのまま砂猫楼で何にもせず、沈んでた。
     そしたら西方のあっちこっちから、債務の取り立てがやって来た。そいつらは、おやっさんが死んだとか、そう言う話は聞いてなかったみたいだが、どこかからそそのかされた感じだった」
    「そそのかされた……?」
    「ああ。何故か債権者は全員、エール商会の系列だった。『新しく商会主になったご次男様の命令で、回収に伺った』ってな。
     だけども、商売が軌道に乗ってりゃ返せたはずのその額は、操業の止まってたジョーヌ海運にはどうしても払えなかった。砂猫楼の中にあった金を全部使ったところで、到底足りる額じゃなかったんだ。
     ところが、それを処理したのがアバントだ。俺たちと同じ素寒貧だったはずのあいつは、何故か、その債権を全部払えるだけの大金を持ってた。
     そして払ってなお、島を買い取れるくらいの金持ちだった」
     そこで言葉を切り、アミルはため息をついた。
    「で、弱ったおかみさんを説得して、島と商売を買い取った。
     そしてこう言ってのけやがった――『ここは俺の島になった。悪いが、お前らは引っ越してくれ』ってな」
    火紅狐・砂狼記 5
    »»  2011.02.15.
    フォコの話、146話目。
    海賊へ堕ちる。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     アミルと共に歩くうち、一行は街外れの林に入った。
    「島を出るしかなくなって、俺たち特別造船所のメンバーはバラバラになった。おかみさんとモーリス、それからティナは、西方に戻った」
    「西方に、ですか」
     目的の人物がいないと分かり、フォコは内心、ひどくがっかりする。
    「俺とマナは、故郷の島に戻った。……だけど、そこも追われた。レヴィア軍の侵攻でな」
    「そんな……」
    「俺は戦おうとしたけど、マナはその時、2人目ができてた。逃げるしか無くてな。
     で、故郷の何人かと一緒に逃げて、別の島でも同じように追われて、……気が付いたら、この体たらくだ。
     俺は、……俺たちは負けたんだ。レヴィア軍にも、アバントにも、エール商会にもな」
    「……」
     話が終わったところで、一行は林を抜け、海岸に到着した。
    「乗ってくれ。今の、俺たちの本拠地に行く」
    「分かりました」
     フォコが乗り込もうとしたところで、ルピアがアミルに声をかける。
    「私らもいいのか?」
    「……いいよ。……今度は腹、蹴るなよ」
    「分かってるさ。招待主を蹴ったりせんよ」

     船が沖に出たところで、アミルはフォコをまじまじと見つめてきた。
    「ホコウ、……変わんねーなー、お前は」
    「そ、そうですか?」
    「5年経ったってのに、背ぇちっちゃいし、ひょろひょろだし。
     ……俺が変わりすぎたのかな。まともに生きてたら、こんな風に変わんなかったのかな」
    「僕だって」
     フォコは口を尖らせ、反論する。
    「この5年、色々ありましたよ。3年浮浪者になってましたし、その後は北方で一稼ぎしましたし」
    「そうなのか? ……へぇ」
     アミルはもう一度フォコを眺め、不思議そうに尋ねる。
    「どうやって稼いだんだ? ってか、本当に稼いでたのか? お前、5年前と服装のレベル、ぜんっぜん変わってないぞ。
     おかみさんはあんなにおしゃれだったのに、お前本当に西方系なのか?」
    「あ、それなんですけど」
     フォコはここで、自分の出自と、北方で起こった出来事をアミルに話した。
    「……そっちの方が余計信じられねーよ。お前、金火狐だったのか? しかもキルシュ流通の大番頭になった?
     冗談すぎるだろ、いくらなんでも」
    「ところが本当なんだから、驚くしかない」
     ルピアにそう言われ、アミルは余計けげんな顔になる。
    「しかもあんたが、ネール職人組合長? ……ありえねー強さだったぞ」
    「くく……、昔は少々、やんちゃをしていたもので、な」
     そう返したルピアに、アミルは何も言えなくなってしまった。



     船は6時間半ほど航行し、辺りがほんのり夕闇に迫る頃、とある小島に着いた。
    「この島は地図にも載ってない、無人島だった。そこに俺たちが住み込んで、本拠地にしてるんだ。
     名前のない島だけど、とりあえず俺たちは、ハイミン島って呼んでる」
    「マナさんの苗字ですね」
    「ああ。昔のおかみさんみたいに、今のマナは俺たちの心の拠り所になってる。島もそうなってきてるから、そう呼ぶことにしたんだ」
    「なるほど」
     船を降りたところで、海賊たちがアミルの前に並ぶ。
    「おかえりなさい、親分!」
    「おう。異常はなかったか?」
    「はい。おかみさんも元気にされてます」
    「そうか。……こいつらのこと、覚えてるか」
     アミルは船から降りてきたルピアを示し、ニヤッと笑う。
    「え? ……ひいっ」
     海賊たちはルピアの顔を見るなり、一様に後ずさる。
    「お、お助け……」「阿呆」
     ルピアは苦笑し、海賊たちに手を振る。
    「今日は客として来た。襲ったりせんから、安心しろ」
    「へ、へえ」
     恐縮する海賊たちを引き連れながら、アミルは島を案内してくれた。
    「海賊って言っても、元は俺たちと同じ、あちこちの島の島民だ。家族もいるし、ここで結ばれて、子供も生まれてる。
     俺んとこも今、子供が2人いるからな。もうすぐ3人になるところだ」
    「へぇ。……そんななのに、海賊やってるんですね」
    「昔は義賊気取りでやってた海賊も、今じゃ生活、……のためにやってる状態だ。
     ネールの姉(あね)さんの言う通り、死にかけスレスレの、生活とも言えん生活なんだ。奪わなきゃ、早晩俺たちは餓死しちまう」
    「……」
    「だからって俺たちのやってることは正当化できない。それは、分かってる。……でも、他にどうしようもない。
     今さら堅気に戻ろうったって、レヴィア軍に狙われてる今、できることじゃないからな」
    「……うーん……」
     話を聞きながら、フォコは思案する。
     そのうちに一行は、アミルたちの暮らす家に着いた。
    「ちょっと中で話す。お前らは持ち場に戻れ」
    「うっす」
     海賊たちはほっとした表情で、その場から去って行った。
    「……そんなに私が怖いか」
    「そりゃこえーよ」
     玄関で話していると、中から声が聞こえてきた。
    「おかえり、ホコウくんには会えた?」
    「ああ。……それから、ほら、……ボコられたって言ってただろ? あん時の姉さんも一緒に来た」
    「え?」
     扉がそっと開かれ、マナの目が、憮然としたルピアの顔を捉えた。
    「……あ、どうも。その節は」
    「おう」
    火紅狐・砂狼記 6
    »»  2011.02.16.
    フォコの話、147話目。
    堕落の原因。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     散々へこまされた張本人を前にし、アミルは恐縮している。
     一方で、マナもよほどアミルから恐ろしげな話を聞かされたのだろう。ルピアにおずおずと、茶を差し出した。
    「お茶です。あの、お口に合わないかも知れなませんけど」
    「ありがとう」
    「えーと、何から話せばいいでしょうか」
    「聞かれても困る」
    「そう、だな」
     と、奥の部屋からひょい、と狼耳が覗く。
    「あ、ムニラ」
    「どうしたの?」
     やって来たのは、アミルに毛並みの良く似た、赤毛の女の子だった。
    「んーん、なんでも。……わぁ」
     ムニラはとてて……、とルピアに近寄り、キラキラした目で彼女の尻尾を見る。
    「きれい」
    「ウチの家系は『玉銀狼(プラチナテイル)』って呼ばれてるからな。その名の通り、プラチナみたいにほんのり青白みを帯びて光る銀色の尻尾は、私たちの自慢なんだ。
     ムニラちゃんと言ったか、君の尻尾もルビーのようで素敵だよ」
    「ありがとー」
     にっこりと笑うムニラに、ルピアは彼女の頭をくしゃくしゃと撫でながら、優しく微笑んだ。
    「可愛い子じゃないか」
    「……ありがとう」
     ここでようやく、アミルはほっとした顔になった。

     ルピアの膝の上にムニラが抱えられたまま、アミルの話が始まった。
    「どこまで話したっけ……。そうだ、俺たちが海賊になった、ってところまでか。
     堕ちるところまで堕ちて、って言い方が、これだけ似合う状況もない。だけど、それ以外に生きていられる道はなかった。
     そりゃ、一時はレヴィア軍に反発しようと、『砂嵐』らしく戦おうともしたんだ。だけどあいつら、とんでもなく強くなっちまったんだ。俺たちの攻撃が全く届かないところから、バンバンわけの分からん攻撃してくるし」
    「全く届かないところから……、魔術ですか?」
    「いや、それならそれで、まだ対応策はある。俺たちの中にも、初歩の初歩くらいの魔術を使える奴はいるから。
     だが、奴らの攻撃はそうじゃないんだ。魔術すら届かない距離から、攻撃してこれる」
     その話に、ルピアは神妙な顔になった。
    「うん……? その話、どこかで聞いたな」
    「え?」
    「そうだ……、エンターゲート製造が中央政府軍に、密かに卸してると言われてる兵器の売り文句だ。『何物も寄せ付けず、何物も敵わず、何物も残さず。究極の兵器とは、まさしくこれだ』みたいなことを言ってたっけ。
     レヴィア王国がエンターゲートとつながってるって言うなら、恐らくそれは、エンターゲートが卸した兵器だろうな」
    「一体、それは……?」
     アミルが興味津々に尋ねてきたが、ルピアは肩をすくめる。
    「残念ながら、話の肝については部外秘でな。詳しいことは、私にも分からん」
    「そうか……。
     まあ、ともかく。まともに戦おうとしても、手も足も出ない。現状じゃ、姿を見かけたら全速力で逃げるしか手がない。
     そんなだから、レヴィアを相手にすることなんか到底出来やしないし、かと言って海で悪いことをしてる奴を叩いても、俺たち同様のド貧乏人。
     自然と俺たちは、堅気に手を出すようになっちまったってわけさ」
     そう話を締めたアミルに、フォコは苛立ちを覚えた。

    「……」
     むすっとした顔で黙るフォコに気付いたアミルが、何の気なしに声をかける。
    「ん? どうした、ホコウ……?」
    「……アミルさん。あなたたちは、間違ってる」
    「ああ、知ってるよ。でも……」「でも、やないですよ」
     フォコはアミルに、真剣な目を向ける。
    「どうしてやめへんのです、悪いことしとるって自覚しとって、その上、死に体の稼業やって分かっとるんやったら!
     そんなん、どんどん先細りしてって、ジリ貧になってって当然やないですか! なーんも生み出さへん仕事なんやから! 奪うばっかり、食べるばっかり、潰すばっかり!
     何が『堅気に手を出すようになっちまった』ですか! レヴィア軍が悪い、世間が悪い、そんなんベラベラ並べたかて、結局は自分たちのせいやないですか! 自分たちがなんもせーへんから、堕ちていったんや! 全部、当たり前の話でしょう!?」
    「……それ以上言うな。いくら俺たちでも怒るぜ」
     アミルの顔に険が浮かぶが、フォコは口を閉じない。
    「怒るんやったらいくらでも怒ったらええですわ。でもそれで、何か得るもんなんかありますか? せいぜい僕を殴って、鬱屈した気分が10分の1、100分の1くらいスッとするだけでしょう?
     それがアミルさんの5年ですわ――正攻法を諦めて、回り道に回り道重ねて、鬱憤溜めるだけの5年間や! 何にも築いてへん!」
    「てめえ……ッ!」
     アミルはフォコにつかみかかり、拳を振り上げる。だが、しばらく硬直したまま、やがて拳を下ろした。
    「……畜生、その通りだよ……ッ!」
     アミルは悔しそうに、地面を殴りつけた。
    「そうだよ、俺たちは作っても築いてもいない、何にもだ! 今ここで立ち止まったら、一発で全員飢え死にしちまうような、1ガニーの貯蓄もできない生活だよ!
     でも、……じゃあ、どうしたらいいってんだよ!? 今さらまともな職にも就けないし、レヴィアの奴らを相手にもできない! もう俺たちには、これ以外何もできねーんだよ……ッ!」
    「……」
     涙をボタボタと流すアミルを見て、フォコは立ち上がった。
    「じゃあ、アミルさん」
    「……なんだよ」
    「僕に付いてきませんか?」
    「……ああ?」
     アミルはその言葉が何を意味するのか分からず、ぼんやりと顔を挙げた。

    火紅狐・砂狼記 終
    火紅狐・砂狼記 7
    »»  2011.02.17.

    フォコの話、99話目。
    四大軍閥。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     反乱軍を実質的に支配・掌握していたアルコンが消え、名実共にリーダーとなったイールは、フォコたち三人を快く迎え入れてくれた。
    「まあ、アルコンに指示されなくっても、今やあたしたちは四大軍閥の、最大の敵だもん。反乱軍は解散しないし、あたしたちはやるとこまでやるわよ」
    「それについて聞いておきたいんだけどさ」
     と、ランドが手を挙げる。
    「四大軍閥って、何なの?」
    「あ、そうよね。中央から来たって言ってたもんね。
     えっと、あんた頭良さそうだし、今この大陸がどんなことになってるかは、どのくらい知ってる?」
    「どうも。……僕が知る限り、王室政府と軍部との間に軋轢が生じていて、山間部・沿岸部の各拠点を中心にして、軍の重鎮たちが勝手な政治体制を敷いて、好き放題やってるくらい、かな」
    「そう、その通り。それだけ知ってれば話がしやすいわ。
     その重鎮、中でも特に強い影響力と、私情で動かせる軍隊を持ってるのが、ギジュン准将、イドゥン少将、スノッジ少将、ロドン中将の4人。こいつらが率いてるのを、四大軍閥って呼んでるのよ。
     他にもこいつら系列の小軍閥がゴロゴロしてて、大小合わせて10以上の軍閥がそれぞれ独断専横を決めてるのよ。もうほとんど、無政府状態もいいところね」
     話を聞き、フォコは腕を組んで「うーん……」とうなる。
    「ひどいですねぇ。何でそこまでなってて、王室政府は動き出さないんでしょうか? いくらなんでも、王室寄りの将軍だっているはずじゃ……?」
    「あんたこの国を、地図でしか見たこと無い口でしょ」
     イールにビシ、と鼻を指差され、フォコは口ごもる。
    「あ、はい、まあ」
    「標高差5000メートル。一日ヘトヘトになってようやく100万グラン稼ぐ人がいる一方で、あごでポイと命令するだけで十兆、二十兆グランを動かす奴もいるくらいの所得格差。
     軍の階級だって二等兵から一等兵、上等兵、伍長、軍曹、曹長、士官が准尉から大佐まで7階級、その上に准将、少将、中将、大将、司令に総司令と、全部合わせて22階級。
     この国の沿岸部と山間部の標高の格差は、そのまんま上と下の格差になってるのよ」
    「……な、なるほど」
    「その『標高差』が、この大陸で一番の問題なのよ。物資も交通も、通るところはガンガンに通ってるけど、通んないところは本当に通んないのよ、ここはね。
     昔、まだ他の大陸との交流が無い頃は、沿岸部の資源は魚だけだったし、山間部の肥沃な土地で取れる食糧は、そのまま山間部の強さにつながってたわ。
     でも貿易網の発達した今じゃ、その強さは逆転してきてるのよ。沿岸部は貿易で潤ってるし、山間部はその潤いを一割、二割、細々と吸ってる程度。しかもそれも、峠封鎖と軍閥の横取りで余計に細っていってる。
     それでも王室政府が持ってる鉱山から金銀は出るから何とかお金は発行できてるし、それで政治をギリギリ賄ってるけど、それを超える量のお金が沿岸部からドバドバ流れ込んでくるから、価値は無いも同然。
     このままじゃ王室も、王室付きの将軍も、共倒れになるでしょうね」
    「話を聞いてる感じだと、君は王室側なの?」
     そう尋ねたランドに、イールはぷるぷると首を振る。
    「違うわ。あたしたちは王室政府の、ある大臣さんの側に付いてるの。
     その人は王室に対して批判的な立場を執っているし、ゆくゆくはその人にこの国を統べさせたいと思ってるわ。
     ま、アルコンがいなくなった今だから、そう素直に言えるけど」
     ある大臣、と聞いてランドに直感が走る。
    「それ、もしかしてエルネスト・キルシュ卿かい?」
    「え? あんた、キルシュのおじいさんと知り合い?」

    火紅狐・猫姫記 2

    2010.12.11.[Edit]
    フォコの話、99話目。四大軍閥。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 反乱軍を実質的に支配・掌握していたアルコンが消え、名実共にリーダーとなったイールは、フォコたち三人を快く迎え入れてくれた。「まあ、アルコンに指示されなくっても、今やあたしたちは四大軍閥の、最大の敵だもん。反乱軍は解散しないし、あたしたちはやるとこまでやるわよ」「それについて聞いておきたいんだけどさ」 と、ランドが手を挙げる...

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    フォコの話、100話目。
    フォコの叱咤。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ランドの事情を聞き、イールは深々とうなずいた。
    「なるほどねー……。元中央政府の大臣さん、ね。でもちょっと、頼ってくるにはタイミングが悪すぎたわね」
    「確かに。よりによって、峠封鎖で山間部が孤立している時に来てしまうなんて、運が悪いにもほどがあるよ」
    「とにかく、いくらあんたがキルシュじいさんと知り合いでも無理よ、会わせるのは。あたしたちだって、そう簡単に山を登ったり下りたりできる状態じゃないもの。
     実を言えば、あたしたちは密かに峠を一つ抑えてるの。だから山間部へ行くのは可能と言えば可能よ。だけど今はイドゥン軍閥と戦ってる最中だし、ここでこの砦を離れたら、勢力を盛り返されることもありうる。折角軍港を潰したのが無駄になっちゃうわ」
    「だよねぇ……」
     ランドは眼鏡を服の裾で拭きながら、ぽつりと漏らした。
    「じゃあどうしようかな……? 他に、頼れるところって言ったら……」
     その一言に、フォコは心の中で引っかかるものを感じた。
    「頼る、って何ですか?」
     フォコは思わず、そう尋ねてしまった。
    「え?」
    「ランドさん、何のためにこの国に来たんです?」
    「言ったじゃないか、キルシュ卿のところに匿ってもらって……」「それから?」
     続けてそう尋ねられ、ランドは肩をすくめる。
    「それも言ったはずだよ。態勢を立て直して、中央政府と……」「そんな偉そうなこと言うんやったら!」
     フォコはランドをキッとにらみ、こう怒鳴りつけた。
    「頼る頼るばっかり言ってたって仕方ないでしょう!? ランドさん、ずーっとそればっかりやないですか!
     タイカさん頼って、キルシュ卿頼って、イールさん頼ってって、自分は結局口しか出してないやないですか!」
    「……それは、まあ」
    「何で自分で頑張ろうとせえへんのですか! 口だけ出しとって、自分は十分頑張りましたー、って言えますか!?
     そんなん『やった』って言いませんで! 血も汗も流さんと、他人にわーわー言うて唾撒き散らしとるだけやないですか! 汚いわ、そんなん!」
    「う……」
     思わぬ攻撃に、流石のランドも言葉を失ってしまう。
    「『やる』『やる』て口で言うだけやったら誰にでもできますで!? 『やる』言うんやったら、ちょっとは自分でどうにかしようとせなあきませんよ!」
    「……」
     ランドは黙り込み、そのまま座り込んだ。
    「……イールさん」
     フォコは呆気に取られていたイールに声をかける。
    「は、はい? ……あ、うん、何?」
    「僕、協力させてもらいます」
    「え? あたしたちに?」
    「はい。僕も格差がひどく、強者が弱者をいじめる世界で暮らしてた経験があります。そこで見てきた仕打ちは、本当にひどかった。
     ここでまた、同じことが起こってる。それを知っておいて、そんなのを黙って見ているほど、僕は冷淡でも臆病でも無いです」
    「……ありがとう。協力してくれるって言うなら、とっても助かるわ」
     イールはぺこりと頭を下げ、フォコを歓迎した。
     と、渋い顔をしていたランドがようやく口を開く。
    「僕も協力するよ」
    「ランドさん」
     ランドはフォコに顔を向け、困ったような笑顔を向ける。
    「確かに君の言う通りだ。僕は口出ししかしてない。それで中央政府を倒そうなんて、虫が良すぎる話だ。
     僕にも何かさせてくれないか、イール?」
     真摯な顔を向けてきたランドを見て、イールはうれしそうに微笑み返した。
    「……ありがとう。2人も協力してくれる人が増えるなんて、大歓迎よ」
    「2人? ……あ、そうか」
     ランドは大火に向き直り、尋ねてみた。
    「タイカ、君は協力してくれるかい?」
    「ああ、吝かではない」
    「これで3人だ。特にタイカは一騎当千の腕を持ってる。役に立つ人材だよ」
    「よろしくね、みんな」
     イールは深々と、三人に頭を下げた。

    火紅狐・猫姫記 3

    2010.12.12.[Edit]
    フォコの話、100話目。フォコの叱咤。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ランドの事情を聞き、イールは深々とうなずいた。「なるほどねー……。元中央政府の大臣さん、ね。でもちょっと、頼ってくるにはタイミングが悪すぎたわね」「確かに。よりによって、峠封鎖で山間部が孤立している時に来てしまうなんて、運が悪いにもほどがあるよ」「とにかく、いくらあんたがキルシュじいさんと知り合いでも無理よ、会わせるのは...

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    フォコの話、101話目。
    未来の進め方。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     フォコたち三人を迎え入れ、イールは改めて、現在自分たちが戦っている相手について説明してくれた。
    「今、あたしたちが相手してるイドゥン少将の本拠地は、大陸沿岸部からちょっと南に行った島、北海諸島第5島のフロスト島にあるの。
     イドゥン少将の軍閥は、沿岸部方面艦師団――ま、中央軍とかで言うところの海軍を主軸とした一個旅団で編成されてるわ。だから少将の本拠地も、北海上にあるってわけ。で、そこからグリーンプールや他の港町にある軍港及び駐屯地に命令を飛ばして、沿岸部を牛耳ってるの。
     ま、牛耳るって言っても、ここしばらくは弟分だったギジュン准将との取引を優先させるため、港町の治安が悪くなるようなことはしてこなかったんだけど、つい二ヶ月前に仲違いしちゃったのよ」
    「仲違いって?」
     ランドの質問に、イールは肩をすくめる。
    「准将の妹さんを自分の砦に招待した少将が、そのまま彼女を軟禁しちゃったのよ。どうしても奥さんにしたいっつって」
    「下衆だな」
    「で、准将の襲撃に備えて峠を封鎖し、武具を大量に買い付けて迎撃態勢を整えてるとこなのよ。
     あんたたちが見た兵士の乱暴ってのも、それが原因ね」
    「って言うと?」
    「さっきは沿岸部に金が入ってきてるって言ったけど、イドゥン軍閥の経済状況は割と厳しいのよ。封鎖と買い付けのせいで、ここ最近の懐具合はかなり寂しいみたい。
     兵士一人ひとりに出す給料も、三ヶ月前の半分以下になってるらしいわよ」
    「それで生活苦のために、巷で強盗まがいの騒ぎを起こしてるってわけか。……責任ある人間のやることじゃないな」
    「まったくですよ。自分の欲望のために、軍閥2つと沿岸部を巻き込んでるわけですしね」
    「それだけじゃないさ」
     ランドは眼鏡を拭きながら、悲しそうな顔をした。
    「本来不必要な峠の封鎖や迎撃準備やらさせられた上に給料まで減らされたら、兵士たちの制御が利かなくなるって、ちゃんと管理のできる人間なら分かるはずだ。
     それを、仮にも大組織のリーダーである人間が配慮の一つもせず、代わりに今熱心なのは異性を口説くこと、……だなんて、呆れるよ。
     放っておいても潰れるよ、そんな組織」
    「ま、あたしもそう思うけどね」
     イールは軽く首を振り、こう結論付けた。
    「放っておいたら放っておいた分、力の無い人たちが嫌な目に遭うのよ?
     毒で全体が冒されて死ぬより、毒の回ったところだけ切り落として命をつなぎとめた方が、それこそ懸命でしょ」
    「ま、そりゃそうだね」
    「だから近いうち、あたしたちはイドゥン軍閥を襲撃し、壊滅させる予定よ」
     拳を固め、そう宣言したイールを見て、ランドはイールを眺めたまま黙り込んだ。

    「……な、何?」
     じっと見つめられ、イールは顔を赤くする。
    「一つ、聞かせて欲しい」
     ランドは眼鏡を外し、イールに真剣な眼差しを向けた。
    「な、何を?」
    「君は……、と言うか、キルシュ卿は、この国をどうしたいんだろう?」
    「何言ってんのよ」
     イールはフン、と鼻で笑い、表情を戻してこう返す。
    「この国を立て直すのよ。この国を弱らせてる原因、軍閥の独断専横を解消することで」「それなんだよね」
     ランドは眼鏡をかけ直し、あごに手を当てながらぽつぽつと話す。
    「確かに言わんとすること、理念は分かる。納得行くし、賛同もできる。
     でもその方法は、果たして戦うことが最善だろうか?」
    「はい?」
    「君はさっき、沿岸部は外国との貿易で潤ってるって言ったよね。ここで反乱軍が海に出張って軍閥と交戦したら、その貿易はどうなる?」
    「まあ、止まるでしょうね。港町の目と鼻の先で戦闘するんだし」
    「だろう? それはこの国にとってプラスになるだろうか?」
    「なるわよ。外国からのお金が来なくなれば、沿岸部と山間部のバランスが元に戻る。そうすれば沿岸部付近の軍閥は、みんな資金繰りが悪くなって瓦解するわ。そうなれば……」
    「軍閥だけじゃない。沿岸部、いや、この国全体が痩せ細ることになる」
    「はあ?」
     ランドはイールに歩み寄り、強い口調で主張する。
    「君はこの国の内部にだけ焦点を当てて考えてるみたいだけど、もっと広い視点で考えてみてくれ。
     沿岸部での貿易拡大によって――そりゃ、軍閥にピンハネされてはいるだろうけど――そこに住む人たちの懐は暖まっている。豊かになってるってことだ。
     それが止まってしまったらどうなる? 君の言う通り、沿岸部に入って来ていたお金はストップするだろう。沿岸部に住む人たちは、それで喜ぶと思うかい?」
    「……それは……」
    「それにそのお金は、仮に軍閥が無ければ、いずれは山間部にも入ってくるはずだ。そうなれば山間部も豊かになる。
     それを君たちの都合で止めてしまったら、皆は喜ぶだろうか? 君たちのことを、この国に住む多くの、一日100万グランしか稼げない人たちは賞賛すると思うかい? 『もっと稼げたはずだったのに』と恨んでこないと、断言できるのかい?」
    「……」
    「もっと皆のことを考えるべきだ。今君たちが溺れているのは、ただのヒロイズム――自分たちが英雄になることばかり考えた、自分本位の欲望でしかない」
     イールは苦い顔をし、椅子に座る。
    「……じゃあ、どうするのよ? 折角軍港も潰したって言うのに、尻尾巻いて逃げろって言うの?」
    「そうとも言ってない。僕に、考えがあるんだ」
     ランドはイールの手を取り、真剣な眼差しで頼み込んだ。
    「会わせてくれないか、キルシュ卿に」

    火紅狐・猫姫記 4

    2010.12.13.[Edit]
    フォコの話、101話目。未来の進め方。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. フォコたち三人を迎え入れ、イールは改めて、現在自分たちが戦っている相手について説明してくれた。「今、あたしたちが相手してるイドゥン少将の本拠地は、大陸沿岸部からちょっと南に行った島、北海諸島第5島のフロスト島にあるの。 イドゥン少将の軍閥は、沿岸部方面艦師団――ま、中央軍とかで言うところの海軍を主軸とした一個旅団で編成さ...

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    フォコの話、102話目。
    とっておきの隠し峠。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ランドの言い分に納得したイールは、フォコたち三人を伴って沿岸部南端のある村に来ていた。
    「ここはブラックウッド。表向きは、杉の伐採と麦農業で細々と生計を立ててる村よ」
    「ふーん」
     確かにイールの言う通り、傍目にはのどかな農村にしか見えない。
     が、かつて海賊と造船所員を兼業し、武具のカモフラージュに精通しているフォコの目はごまかされなかった。
    「……多いですね、農具」
    「えっ?」
    「あんなちっちゃな納屋一つ一つに、何で鍬や鎌が7つも8つもかかってるんです? しかも刃が妙にギラギラ尖ってますし。
     あれってもしかして、『いざと言う時』には形を組み替えて、曲刀とか槍とかにできたりしません?」
    「す、鋭いわね」
     看破されたイールは、驚いた目を向けてくる。
    「そう、その通りよ。ここはあたしたち反乱軍の拠点の一つでもあるの。前に言ってた隠し峠を発見されないように、こうして農村を装ってるってわけ」
    「じゃ、あそこでのんびり畑を耕してる人たちも……」
    「そう、あたしたちの同志」
     イールはそう答えつつ、畑を耕す老夫婦に手を振る。老夫婦は嬉しそうに、手を振り返してくれた。
    「あの人たちも? 言い方は悪いかも知れないけど、戦闘の役に立つとは思えないけど……?」
     そう尋ねたランドに、イールはほんの少し顔をしかめた。
    「そりゃ、戦えないわよ。
     でも戦争って、前線に出てる兵士だけの問題じゃないでしょ? 兵糧とか後方支援、司令塔もあって、それでちゃんと戦えるようになるってもんでしょ。
     あの人たちはあたしたちの休める場所と食べれるご飯を守り、管理してくれてるのよ。……それに、戦いで犠牲になった同志の子供の世話も、ね」
    「……なるほど。そっか、ごめんね」
    「いいわよ、別に」
     話しているうちに、一行は崖を背にして建てられた納屋の前に到着した。
    「これもカモフラージュ。見た目も中も、ただの納屋」
     中に入ると、確かにどこにでもありそうな納屋にしか見えない。
     が、イールは納屋の壁の前で立ち止まり、格子上に組まれた木板の一枚を剥ぎ取り、中にあったレバーを引く。
    「でもこの裏には……」
     ガタンと音を立て、壁の一部が外向きに開く。
    「あたしたちの切り札の一つ、山間部への隠し峠の道があるってわけ。
     さ、行きましょ。結構険しいから、気を付けてね」

     確かにイールの言う通り、峠道は険しかった。
     四人の中で最も体力の無いランドが、真っ先にへばる。
    「きゅ、きゅう、けい……」
    「何言ってんの。まだ30分も登ってないわよ」
    「嘘だろぉ……。僕の中じゃもう、2時間は経ってるよ……」
    「……はぁ」
     イールが呆れた様子で、ランドの背中に手をやる。
    「背中押してあげるから、もうちょっと頑張んなさいよ」
    「うぐうぅ……」
    「もお……。まったく、こんなんじゃ半月くらいかかるわよ。あたしたちの脚でも、3、4日はかかるのに」
    「うへぇ」
     辛そうにしているランドを見て、フォコはふと、大火に尋ねてみた。
    「タイカさんなら空飛ぶとか瞬間移動とか、ホイホイっとできそうな気しますけどね」
    「……」
     と、そう言ってみた途端、大火がほんのわずかにではあるが、ニヤリと笑みを返してきた。
    「そう思うか?」
    「え? ええ、はい」
    「そうか。ならば見せてやろう」
     大火はそう言うなり、へばっているランドの襟をぐい、とつかむ。
    「へ、何……っ、わあああぁぁぁぁ……」
     次の瞬間、大火とランドの姿は空高くに移る。
    「少し行ったところで待っている。ゆっくり来るがいい」
    「はーい」
    「……」
     素直に返事するフォコの横で、イールが憮然とした顔をしていた。
    「何よアイツ……。調子乗りすぎでしょ」
    「ま、ま。……おだてたら予想以上にノってくるタイプなんですね、タイカさん」



     その後、大火を散々おだてたフォコの働きにより、一行はイールの見立てより随分早く、山間部に到着することができた。
    「あれがノルド王国の首都、フェルタイルよ」
    「首都? 本当に? ……なんだか静かな気がするんだけど。活気が無さすぎるって言うか」
    「ま、ね。……到着したからって、気を抜いちゃダメよ。この国の政情は、ホントに不安定なんだからね」
    「ああ。……行こう」
     一行は街に向かい、歩を進めた。

    火紅狐・猫姫記 終

    火紅狐・猫姫記 5

    2010.12.14.[Edit]
    フォコの話、102話目。とっておきの隠し峠。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ランドの言い分に納得したイールは、フォコたち三人を伴って沿岸部南端のある村に来ていた。「ここはブラックウッド。表向きは、杉の伐採と麦農業で細々と生計を立ててる村よ」「ふーん」 確かにイールの言う通り、傍目にはのどかな農村にしか見えない。 が、かつて海賊と造船所員を兼業し、武具のカモフラージュに精通しているフォコの...

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    フォコの話、103話目。
    荒んだ街。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     何度か触れた話だが――北方大陸は山間部と沿岸部の二地域に大別される。

     寒冷地である北方大陸なので、沿岸部に面している海岸のほとんどは、一年に渡ってほぼ氷が張り、他の地域のように船舶の通行はできない。
     わずかにグリーンプールやその他、いくつかの港町が、年間を通してほぼ凍らない港、不凍港として重宝され、そこを軸とした社会が形成されている。とは言え貿易が活発化するまで、北方がいわゆる「鎖国状態」にあった頃は、資源に乏しい土地として、あまり重要視されてはいなかった。
     だが、海外との交流が活発化するにつれ、その地位は逆転の一途を辿った。沿岸部には冬を除き、毎日のように物資と外貨が入ってくる。その量は、山間部で発行・生産される量を大幅に上回っており、北方内の通貨、グランを駆逐し始めた。
     王室は自国通貨が駆逐され、国内市場が操作不能になることを回避しようと、それを上回る額の通貨を無理矢理に発行。それを皮切りに、王室政府の財政はみるみる悪化していき、双月暦3世紀の中頃、1クラム当たり100000グラン以上と言う凶悪な水ぶくれ――ハイパーインフレが発生し、ついにパンクした。
     さらにはその危機的状況を打開しようと、王室政府があの手この手を繰り返して疲労していくうちに、北方の地方自治も連動して停滞・破綻。
     無秩序となった地域をまとめたのは、武力と組織力を持つ軍閥であった。



     そして4世紀、307年現在。
     政治機能が壊れた首都フェルタイルは、荒れ果てていた。
    「おわっ!?」
     ランドがひび割れたレンガ道に足を取られ、勢いよく前のめりに倒れる。
    「あいたた……」
    「気を付けてね。もう半世紀は、道の舗装なんてしてないもの」
    「そ、そんなに?」
    「余裕ないもの。道や建物の補修までやってらんないわ」
    「ひどいですねぇ」
     イールの言う通り、街のあちこちには亀裂やひび割れが生じ、一見しただけでは廃墟なのかさびれた街なのか、見分けがつかないほどだった。
    「……ランド、あなたの言う通りかもね」
     と、イールがしんみりした声を出す。
    「って言うと?」
    「もしあたしたちが無理矢理に軍閥を叩きのめしても、お金はどこにも入ってこない。
     そしたらずーっと、街はこのまんまなのよね」
    「そうだね。大事なのはトップ同士の勝ち負けじゃないよ。みんなが豊かになることだ」
    「そう、ね」

     やがて一行は、小ぢんまりした家に到着した。
    「ここがあたしの、フェルタイルでの家。さ、入って」
     そう促し、イールは中へと入る。
    「見た目は、ただの家ですね」
     フォコの言う通り、家の中には特に、目を引くようなものはない。
    「ここもブラックウッドみたいに、隠し通路とかが?」
    「そうよ。こっち来て」
     イールは三人を連れ、地下室に降りた。
    「この本棚をどかして、……と」
     本棚の裏に、扉が現れる。
    「この地下道が、キルシュ卿の屋敷に通じてるの」
     地下道を進みつつ、イールはキルシュ卿について話してくれた。
    「キルシュ卿は、反王室派として広く知られているわ。それでも大臣職に就いてるのは、彼以上のまとめ役と、金ヅルがいないから」
    「金ヅル?」
    「実業家でもあるのよ、キルシュ卿は。
     山間部にミラーフィールドって州があるんだけど、そこで取れる野菜とか塩とかを、キルシュ卿の家が卸してるの。ギリギリで首都を維持してられるのは、卿の流通網のおかげってわけ。
     それに交渉事もうまいから、ただでさえ武力介入されかねない首都を、卿は商業取引で守ってるの。
     もし卿がいなくなれば、首都は三ヶ月と持たないでしょうね」
     話しているうちに、一行は地下道を抜けた。
    「ここは、屋敷の納屋ね。ここを出たところが、屋敷の庭よ」
     と、納屋を出たところで、一行は草木に水をやる、エルフの老人と出くわした。
    「うん? ……おお、君は」
     そのエルフはにっこりと、柔らかく微笑みかけた。
    「お久しぶりです、キルシュ卿」
    「うん、うん。元気にしていたかね、イール」
     イールは老人――ノルド王国の要、エルネスト・キルシュ卿にぺこりと頭を下げた。
    「おかげさまで。……あの、今日は客人を連れて来ました」
    「客人? ……おや、あなたは」
     キルシュ卿はランドに目を留め、驚いた顔を見せた。
    「ご無沙汰しておりました」
    「ええ、ええ、こちらこそ。確か、以前にお会いしたのは……、そう、305年度貿易協定会議の時、でしたね」
    「そうです。その節はどうも……」
     互いに堅い挨拶を交わした後、ランドの方から話を切り出した。
    「実はキルシュ卿、私は……」
    「ええ、聞いています。新しい天帝陛下のご機嫌を損ねた、とか」
    「その通りです。その後投獄されたのですが、その……、脱獄に成功し、こちらまで向かった次第です」
    「ふむ……?」
     キルシュ卿はランドの真意を測りかねたらしく、戸惑った顔をする。
    「ともかく……、私の屋敷まで、どうぞお入りください」

    火紅狐・合従記 1

    2010.12.16.[Edit]
    フォコの話、103話目。荒んだ街。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 何度か触れた話だが――北方大陸は山間部と沿岸部の二地域に大別される。 寒冷地である北方大陸なので、沿岸部に面している海岸のほとんどは、一年に渡ってほぼ氷が張り、他の地域のように船舶の通行はできない。 わずかにグリーンプールやその他、いくつかの港町が、年間を通してほぼ凍らない港、不凍港として重宝され、そこを軸とした社会が形成さ...

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    フォコの話、104話目。
    統治論。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ランドの経緯を聞き終えたキルシュ卿は、腕を組んでうなった。
    「ふうむ……、なるほど、それで私のところに」
    「ええ。しばらく、サンドラ氏と行動を共にするつもりです」
    「ほう……。つまり、彼女の率いる反乱軍に参加する、と言うことですか。しかし……」
     キルシュ卿は口ひげをもみながら、ランドに質問をぶつけてくる。
    「あなたほどの英才が、何故そのような道を?
     話の是非はともかくとして、私の口添えで側近になってもらい、政治面でこの国を立ち直させる。そうした手も、無いわけではないのですが」
    「ええ。恐らくそちらの方が、私に似つかわしく、かつ、適した手法でしょう。
     ですが、その手段は何年の時を費やすことになるでしょうか?」
     問い返され、キルシュ卿は「ううむ……」とうなる。
    「サンドラ氏に連れられ、私はこの国の中核を観察させていただきました。
     以前お会いした時、その時は沿岸部の、そこそこには豊かな場所での会談でした。その街は道も整備され、木々も青々としており、すれ違う人々の顔は活力に満ちていました。
     ところがどうでしょう、この国の中核、この街の惨状ときたら。道は割れ、家々の壁は崩れ、人々は皆何かにもたれかかるようにして歩いている。
     キルシュ卿、あなたが今の職、商政大臣と言う地位に就いて、何年になりますか?」
    「6年、……ですな」
    「優秀な卿でも、この現状を覆しきれていない。あなたの言に従い、私が政治面で活躍しようとも、恐らくもう10年、20年はかかるでしょう。
     それを待っていてくれるでしょうか、人民は?」
    「……」
     キルシュ卿は渋い顔をし、顔の前で腕を組んでうなった。
    「確かに、確かに……。あなたの言う通りでしょうな、何もかも。
     私ももう80近い身ですし、私自身もそこまで持ちはしますまい。いや、むしろ年波に押されて、現状の維持すらできなくなるでしょうな。確かに、時間はもういくらも、待ってはくれんでしょう。
     しかし……、これもまた、あなた自身が仰ったことです。反乱軍に入って戦うなど、あなたの執るべき策ではないはずだ」
     と――ランドは、その言葉に首を振った。
    「いいえ、キルシュ卿。私は戦いません」
    「……うむ?」
     ランドの発言に、キルシュ卿も、イールも、そしてフォコも目を丸くする。
    「ちょ、ちょっとランドさん? 話、違うやないですか?」
    「そうよ! 散々偉そうなこと言って、戦わないってなんなのよ!?」
     騒ぐ周囲に、ランドはパタパタと手を振ってなだめる。
    「聞いてくれ、皆。もう一度言うけど、僕は戦わない。何故なら、僕には力も度胸もないからだ。魔力もないし。
     でもその代わり、僕には知恵がある。この北方の戦乱を収められるだけの、知恵がね」
    「……?」
    「それを検討しに、僕はここまで来たんだ。
     キルシュ卿に、こう進めていいかと。イールに、反乱軍の皆をこう使っていいかと、尋ねるためにね」

     周りが落ち着いたところで、ランドは己の考えを説明し始めた。
    「まず、反乱軍の認識――イールの主張をそれと仮定して、話を進めるけど――北方、ノルド王国は四大軍閥とその下っ端により、王国の支配を外れて好き勝手している。だから彼らは悪者であり、それを何とかしなければ平和は訪れない。
     これで合ってるかな?」
    「ええ。大体みんな、そう思ってるでしょうね」
    「それが間違いの元だと思うんだ。いや、間違いと言うより、泥沼化した原因かな」
    「え……?」
     ランドは椅子を持ち上げ、説明を続ける。
    「これは椅子だ。四本の脚で支えている」
    「見りゃ分かるわよ」
    「でもこれだけを椅子とは呼ばない。太い一本足で支えられていても、皆はそれを椅子と認識している。違うかい?」
    「まあ、そうでしょうね」
    「でも君たちは、そうしているんだ。『一本足じゃなきゃ椅子じゃない。四本足なんて認められない』、と主張している」
    「はい?」
     ランドは椅子を下ろし、立ち上がったまま語り続ける。
    「つまりは、ノルド王室とか、自分たちの軍とか、どこか一つの組織の独裁でなきゃこの国は成り立たない、成立・維持し得ないと主張しているんだ。
     でも現状はどうだろうか? 四大軍閥なり、これまで築かれていた軍閥なりが、地方を統治していた。それで北方大陸の政治・経済は維持されてきたはずだ」
    「……!」
     この説明に、キルシュ卿は目を見開いた。
    「それでうまく行ってたって言うなら、これからもそうさせればいいんだ。
     一つの地域を支配している組織を『敵』と見なして攻撃するよりは、『この国を共同で統治する協力者』と扱えばいい。
     相手だって、周りのみんなが全部敵であるよりも、協力者であってくれた方がどれだけ安心するだろうか? 少なくとも、これまでのようにいがみ合ったりはしないはずだ。
     事実、沿岸部においても、イドゥン軍閥とギジュン軍閥とが協力関係にあった時は、それなりに平和だったんだろう?」
    「それは……、確かに」
     複雑な表情を浮かべながらも、イールはうなずく。
    「それが敵対したから、平和じゃなくなった。この因果関係は、他の軍閥に対しても通用するんじゃないだろうか?」
    「確かに」
     キルシュ卿は深々とうなずき、ランドの主張に同意する。
    「私と取引関係にある軍閥は、攻めてこようとはしない。協力する価値のある相手、と見ているからでしょうな」
    「そう。その関係を、北方全域に応用すればいいんだ」

    火紅狐・合従記 2

    2010.12.17.[Edit]
    フォコの話、104話目。統治論。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ランドの経緯を聞き終えたキルシュ卿は、腕を組んでうなった。「ふうむ……、なるほど、それで私のところに」「ええ。しばらく、サンドラ氏と行動を共にするつもりです」「ほう……。つまり、彼女の率いる反乱軍に参加する、と言うことですか。しかし……」 キルシュ卿は口ひげをもみながら、ランドに質問をぶつけてくる。「あなたほどの英才が、何故そのよ...

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    フォコの話、105話目。
    砦乗っ取り計画。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ランドの主張に、イールは反論する。
    「できるわけないじゃない!」
    「なぜ?」
    「だって、王室は絶対納得しないわよ? 反発して、全域を支配したいって軍閥もあるし、まとまりっこないわ!」
    「そうさせたいなら、させればいい。僕らだけで、新しく国を作ればいいんだ」
     自分の常識の範疇を飛び越えた発想に、イールは唖然とした。
    「く、国を作る?」
    「そう。ノルド王国が同意しないなら、同意した者同士で国を抜けて、新しく立国すればいいんだ。
     冷静に考えれば、手を組むメリットが非常に大きく、デメリットが非常に小さいことは誰にでも分かる。敵対して余計な戦費を使うよりも、協力して取引関係を築く方が、どれだけ得になるか――必ず、協力してくれるはずだ。
     そして万一、協力できないところがあれば、その国、その共同体から締め出す。好きなだけ敵対させとけばいい。そうすればそのうち疲弊して、僕たちに協力を願い出るようになるさ。
     この策が実れば、きっと『皆が』幸せになる」
    「でも……、今さら敵対してきた奴らが、納得なんて」
    「それを達成させるために、僕はこれからお願いするんだ。反乱軍を、そのために使ってもいいか、と」
     ランドはキルシュ卿とイールに、深々と頭を下げた。
    「お願いします。この策を、実行させていただけませんか?」
     壮大な戦略に言葉を失ったイールを置いて、キルシュ卿は静かに尋ねてきた。
    「その策には、……大きな問題がありますな」
    「何でしょうか?」
    「我々の国、と言えば聞こえはいい。ですが、国を構成するには、国王、人民、そして領土が必要になる。
     人民は、反乱軍とすればよろしいでしょう。国王も、……まあ、イールや、私の息子なりを据えればいいでしょう。
     ですが、領土は? まさか、この屋敷を領土と主張すると言うのですか?」
    「……ふむ」
     ランドはそこでもう一度、椅子に座り込んだ。
    「確かにその点は、憂慮すべきではある。……ですが、手は無いわけではない。
     イール」
     ランドは呆然としたままのイールに声をかける。
    「……え、な、なに?」
    「どうやっても、間違いなく、絶対、この提案に乗らないだろう軍閥って、どこか無いかい?」
    「何個もあるわよ」
    「この近くだと?」
    「そうね……、例えば四大軍閥の、ロドン中将。ここから西の、ミラーフィールド大塩湖北部を牛耳ってる、超が付くほどの野心家。絶対、協力なんてしやしないわ」
    「そりゃいいや」
     思いもよらない反応に、イールはまた呆然とする。
    「何がいいのよ?」
    「潰すには持って来い、ってことさ」
    「潰すって……。反乱軍を使って? 無理よ、まだノルド峠は封鎖されたままだし、みんな登って来られないわ」
    「いや、反乱軍の皆は別のことに使う。……タイカ、ちょっといいかな?」
     ランドはくい、と顔を傍観していた大火に向けた。
    「なんだ?」
    「無理だと思うけどさ」



    「言っただろう? 俺に無理なことなどない」
     半日後、フォコたち一行はミラーフィールドと呼ばれる土地に立っていた。
    「そっか、それなら良かった。流石だよ、タイカ」
    「……」
     どことなく得意げな大火を背に、ランドは眼下にそびえる砦を指差した。
    「あれが、中将の本拠地?」
    「そう、通称イスタス砦。2世紀くらいに造られた砦だけど、中将が金に飽かせて整備したおかげで、今じゃ難攻不落の場所よ。
     どうやって陥とすつもり?」
    「まあ、やりようによっては、たった一名の犠牲を出すだけで済むかな」
    「一名? ……あんたまさか」
     イールはランドが考えていることを推察する。
    「中将を暗殺しようってんじゃないわよね!?」
    「最悪の場合、そうしなきゃいけなくなるだろうけど、それよりももっと穏やかに事を済ませるつもりさ」
    「あたしが言ったこと、忘れてないわよね? ここ、警備が半端じゃなく厳重なのよ? 何百人、いいえ、千、二千を超える兵士たちにガッチガチに守られてるのに、暗殺なんてできるわけないじゃない」
    「だから、それは最悪の場合だってば。
     僕だって何度も言うけどさ。力も度胸もないんだ、僕には。実力行使で押し通そうとするには、命が何個あったって足りやしない。
     だからもっと別の、得意な方面から内部を切り崩す。……そのためには、やっぱり僕の、なけなしの度胸を使わなきゃいけないけど」

     大火の術を使って内部に侵入した四人は、密かに倉庫へ押し入った。
    「武器と食糧、か。金に飽かせて、って言ってただけはあるな。いっぱいある」
    「どうするの、ここで?」
     イールの問いに、ランドはすぐには答えず、腕を組んでしばらく考え込む。
    「ねえ?」
    「……そうだな、……タイカ」
    「なんだ?」
    「こんなことってできる? ここと、別の場所を瞬時に行き来できる方法、あるかな?」
    「ある」
    「そりゃいい」
     ランドはいたずらっぽく、イールに笑いかけた。
    「……あ!」
     イールは辺りを見回し、思わず大声を出しかける。
    「あんた、ここの備蓄を全部……」「しー」「むぐ」
     それを抑えつつ、ランドは話を続ける。
    「大体その通り。君が何度も教えてくれたように、ロドン中将の強みはこの堅固な砦と、大量の備蓄にある。
     それをそっくり奪わせてもらうんだ。……と言っても、ただ単に、物理的にここから奪うって話じゃない。ちょっと、効果的な手を盛り込ませてもらう」

    火紅狐・合従記 3

    2010.12.18.[Edit]
    フォコの話、105話目。砦乗っ取り計画。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ランドの主張に、イールは反論する。「できるわけないじゃない!」「なぜ?」「だって、王室は絶対納得しないわよ? 反発して、全域を支配したいって軍閥もあるし、まとまりっこないわ!」「そうさせたいなら、させればいい。僕らだけで、新しく国を作ればいいんだ」 自分の常識の範疇を飛び越えた発想に、イールは唖然とした。「く、国を作...

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    フォコの話、106話目。
    上兵無兵。

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    4.
     フォコたち一行がキルシュ卿と会ってから、2ヶ月ほどが経った頃。

    「横流し……、だと?」
     イスタス砦の主、熊獣人のロドン将軍の耳に、不穏な噂が入った。
    「はい。ここしばらくの間、倉庫からちょくちょく、物資が消えていると言う情報をお伝えしましたが……」
    「ああ、覚えている。小麦や芋が一袋、二袋など、非常にわずかずつではあるが、毎日のように消えていると言うことだったな」
     側近は短くうなずき、報告を続ける。
    「はい。それで調べましたところ、どうも近辺の町村に、その消えた物資が出回っているようでして……」
    「むう」
     将軍は渋い顔をし、側近にこう命令した。
    「事実ならば、我が軍閥の規律を大きく歪ませる由々しき事態だ。その近隣町村に出向き、真否を確認しろ」
    「了解です」

     一方、ノルド王国の首都、フェルタイル。
    「塾では色んなこと学んだけど……」
     イールの家で彼女と話していたランドが、こんな話をし始めた。
    「一番衝撃的だったのは、戦略理論だったな」
    「せん……りゃく?」
     イールは聞いたこともない、と言うような顔をする。
    「簡単に言うと、戦いをどう持っていくかって言う考え方だよ」
    「あの、さ、ランド。あんたの言うこと、あたしはいっつも、よく分かんないって気持ちで聞いてるんだけど」
     イールは肩をすくめ、自分の考えを述べる。
    「戦いをどう持っていくって、どう考えても、結局は相手を倒して、自分が生き残るようにするもんでしょ?」
    「それがもういけない。落第点だよ」
    「はい?」
     ランドも肩をすくめ、こう返した。
    「戦いにおいて『戦う』『相手を潰す』って選択がもう既に、最低の方策なんだよ。ま、僕も最初、先生からこれを尋ねられた時は、そう返したけどさ」
    「何それ……?」
    「戦えばお金やモノを使うし、人も使う。消耗品、って意味で。
     でもそれが何を生み出す? モノや金、人を消費しつくして、その先に何が生まれるだろうか?
     『自分たちの軍が勝利した』、と言う達成感の他に、何を得られるだろう?」
    「そりゃ、相手の陣地とか、お金とかでしょ?」
    「相手も疲労してるんだ。ましてや、負けてボロボロになってる。豊かな土地や有り余るお金なんて、あるだろうか?」
    「……そうね、そう言われたら、確かに」
     深くうなずいたイールに、ランドはさらに自説を語る。
    「だから戦いにおける最良の策は、『戦わずして勝つ』。無闇に争うことなく、ただ、勝利と利益のみを手にする」
    「……ずっるー」
     口をとがらせたイールに、ランドは「はは……」と苦笑した。
    「そうだね、戦略って時にはずるいものだ。でも殴り合って互いに大ケガするよりは、随分マシな話だろ?」
    「まあ、そう考えればそうだけど。
     じゃあ、2か月前からあんたがやってることも、そう言うつもりなの?」
    「うん」
     そこでイールが、さらに深く尋ねてくる。
    「それもあたし、よく分かんないのよ。なんで全部、一度に奪わないの? しかもあたしたちの懐に一切入れず、あの砦の周りの街にバラ撒いたりして……。
     それもセンリャクなの?」
    「そうだよ」

    「調査した結果、やはり近隣に物資が出回っていたのは確かでした。ただ、横流しをしたのが何者か、までは……」「決まっている!」
     側近の報告を、ロドン将軍は途中で遮った。
    「この砦は堅固だ! 外からの侵入者など有り得ん!
     犯人は我が軍の者以外になかろう!? それも下級の兵士どもだ!」
    「そう、でしょうか……?」
    「それ以外に誰が、こんな汚いことをすると言うのだ!?
     わしか? お前か? せんだろう!? しなくとも、金をたんまり持っている! そんな下衆なことをするのは、金のない下の者だ!
     徹底的に調べ上げるぞ! 下衆者を、我が軍に居させてたまるかッ!」
     こうしてロドン将軍の主導により、イスタス砦中に監査が入った。
     が、当然これは空振りに終わる。犯人はランドたちであり、砦内の兵士ではないのだ。犯人の見当がまるで外れているのに、監査の成果が挙がるわけもない。
     そのうちに――砦内の空気に、不穏・不和の色が現れ始めた。

    火紅狐・合従記 4

    2010.12.19.[Edit]
    フォコの話、106話目。上兵無兵。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. フォコたち一行がキルシュ卿と会ってから、2ヶ月ほどが経った頃。「横流し……、だと?」 イスタス砦の主、熊獣人のロドン将軍の耳に、不穏な噂が入った。「はい。ここしばらくの間、倉庫からちょくちょく、物資が消えていると言う情報をお伝えしましたが……」「ああ、覚えている。小麦や芋が一袋、二袋など、非常にわずかずつではあるが、毎日のよう...

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    フォコの話、107話目。
    内部の亀裂。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「また監査だよ……」
    「またかよ」
     毎日のように持ち場や自室をほじくり返され、イスタス砦の兵士たちはうんざりしていた。
    「ねーっつーの、横流し品なんて」
    「あいつら目の敵にして、俺たちを追い回して……」
    「そんなに俺たちが信用できないのかっつーの」
     監査を行う士官と、監査される兵士たちとの間には、いつしか軋轢が生じていた。
    「俺、思うんだけどさ」
    「ん?」
    「俺たちを犯人にして、実はあいつらが横流ししてんじゃねーか?」
    「まさか」
    「まさか、と思うか? いくら俺たちの部屋やら何やらを荒らし回っても、何にも出てこねーんだぞ。じゃあもう、俺たちの中に犯人、いねーってことじゃねーのか?
     でも中将や側近がこんなことするわけねーし、じゃあ、残る容疑者って言ったら」
    「……士官組ってこと、か?」
    「だと思うんだよ、俺は」
     こうした考えは、次第に砦内の兵士たちに伝播していった。

     そしてじわじわと、その対立は深まりつつあった。
    「これより諸君らの持ち場監査を行う! 各自作業を止め、両手と、尻尾のある者は尻尾も挙げ、壁に直立! 監査が終わるまで、待機せよ!」
     が、兵士たちはいぶかしげな視線を監査役の士官たちに向けてくる。
    「……どうした? 早く並べ!」
    「思うんスけど」
     と、兵士の一人が士官をにらむ。
    「なんだ」
    「まさかまだ、俺たちが軍備ちょろまかしてるなんて思ってないでしょうね?」
    「何を寝ぼけているかッ! 実際に軍備は消え、横流しされているのだ! お前たちの中にいるはずだ、犯人が!」
    「なんで俺たちなんですか?」
     その一言に、場がざわめく。
    「俺たちが犯人って、誰が言ってました? 誰か自白でも? それとも証拠があるって?」
    「馬鹿者、それを今から……」「誰がバカだと、おい!」
     兵士が声を荒げ、士官を非難し始めた。
    「証拠の一つもないってのに、俺たちみんな悪者かよ!? 出てから言えよ、んなこたぁ!
     それに俺たちも疑ってんだよ、アンタらをなぁ!」
    「なっ……!?」
    「何度も何度も監査、監査、監査! それでも何も出なかっただろうがよ、え!? いい加減、俺たちじゃねーって分かれや!? どっちがバカだか分かんねーなぁ!?」
    「き、貴様……ッ」
    「むしろ俺たちゃ、アンタら士官の中に犯人がいると思ってんだよ! だからそのごまかしに、何べんも監査してんだろ? 俺たちをどーしても犯人に……」「貴様ァッ!」
     突然、士官が兵士を殴り倒した。
    「私を愚弄するかッ! これは軍法会議ものだぞッ!」
    「……いきなり殴るってことは、図星なのか?」
     と、別の兵士が口を開く。
    「なに……?」
    「図星なのか? 本当にアンタらが?」
    「そんなわけがあるか!」
    「じゃあなんで殴った? 反論できないから殴ったんじゃないのか?」
    「違う! 軍規を乱す者が……」
    「それはアンタじゃないのかッ!?」
     場がしんと静まり返り、士官たちと兵士たちの間に、ただならぬ空気が漂い始めた。
    「……」
    「……」
     と、殴られた兵士が立ち上がり、士官をにらむ。
    「出てけよ」
    「……っ」
    「俺たちは真偽がちゃんと分かるまで、アンタらの指示には従わねーぞ」
    「ぐっ……」
     士官たちはしばらく周囲をにらみ付けていたが、やがてその場を後にした。

     こんな小競り合いが幾度となく続き――ついには、決定的に破綻することとなった。
    「なんだ、騒がしいぞ!」
    「暴動です! 南監視塔の兵士たちが、監査に来た士官たちに反発し、乱闘騒ぎを起こしているそうです!」
    「何だと……! すぐに鎮圧しろ! 片っ端から拘束するんだ!」
     士官と兵士との対立は深刻化し、砦の防衛機能が満足に動かなくなるところまで来ていた。



    「そっか。今がチャンスかな」
     その話を反乱軍の斥候から聞いたランドは、次の手を打ち出した。
    「どうする気なの?」
     イールに尋ねられ、ランドはにやっと笑ってこう答えた。
    「いよいよ収穫の時さ。イスタス砦、そっくりいただいちゃおう」

    火紅狐・合従記 5

    2010.12.20.[Edit]
    フォコの話、107話目。内部の亀裂。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「また監査だよ……」「またかよ」 毎日のように持ち場や自室をほじくり返され、イスタス砦の兵士たちはうんざりしていた。「ねーっつーの、横流し品なんて」「あいつら目の敵にして、俺たちを追い回して……」「そんなに俺たちが信用できないのかっつーの」 監査を行う士官と、監査される兵士たちとの間には、いつしか軋轢が生じていた。「俺、思うん...

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    フォコの話、108話目。
    千里眼鏡の夜討ち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     双月暦307年、暮れ。
     反乱軍が密かに、ミラーフィールドに集結しつつあった。
    「ねえ、ランド」
     それを指揮するイールが、ランドに尋ねた。
    「集めるのはできたけど……、ここからどうすんの? いくらイスタス砦の中が混乱してるからって、そう簡単に破れるような門じゃないわよ」
    「門は破らないさ。向こうから開けてもらう」
    「え?」
    「イール、皆が集まったら、数名ほど中に忍び込ませて、獄舎に拘束されている兵士たちを解放してやってほしいんだ。
     ……そっちには、僕も一緒に付いていく」
    「え? あんたが?」
     ランドは額にじんわりと浮かぶ汗を拭き、小さくうなずいた。
    「そうしなきゃ、この作戦の成功は無いから」



     監査に抗い拘束された兵士たちは皆、獄舎の中で押し黙っていた。
    「……」
    「……」
     誰の顔にも、不満が見て取れる。
    「ふざけてるよな」
     と、兵士の一人が口を開く。
    「……ああ」
     誰ともなく、それに同意する。
    「なんで俺たちが悪者なんだよ、なぁ?」
    「その通りだ!」
    「俺たちゃ中将閣下のために、汗水垂らして働いてたんだぜ? それが何だよ、こうして反逆者扱いだ! やってられっかよ、全く!」
     一人が不満をぶちまけたところで、他の者もそれに同調する。
    「そうだそうだ!」
    「もううんざりだ!」
    「こうなりゃ本格的に反乱起こしてやる!」
     獄舎で騒ぎ立てるうち、一人がふと気付いた。
    「……あれ?」
    「どうした?」
    「誰も……、来ないな」
    「……そう言えば」
     兵士たちは牢から首を出し、辺りの様子を伺う。
     だが、騒げば止めに入ってくるはずの牢番が、一人もやって来ないのだ。
    「何かあったのか……?」
     不気味な静寂に、兵士たちはまた、押し黙った。

     と、牢の外から声がかけられた。
    「君たち、ちょっと」
    「……?」
     兵士たちは、声のした方へ一斉に振り返った。
     そこには、緊張で顔を蒼くしたランドの姿があった。
    「だ、誰だお前は!?」
    「一言で言うと、侵入者だ。その……、最近話題の、反乱軍の者なんだけど」
    「何……!?」
     にらみつけてくる兵士たちに辟易しつつ、ランドは話を続ける。
    「ま、ま、ちょっと話だけでも。
     今さ、君たち、『こうなりゃ反乱してやる』って言ったよね」
    「……ああ、まあ、そう言った、けど」
    「手伝ってくれるなら、そこから出してあげるよ」
    「手伝うって……」
     ランドは一歩、牢に近付き、声を潜めて話す。
    「このイスタス砦、僕たち反乱軍が乗っ取ろうと思ってるんだ。『キルシュ王国』建国のために」
    「キルシュ? ……商政大臣のキルシュ卿のことか!?」
     牢の中の兵士たちは、一様にざわめいた。
    「まさか反乱軍って……」
    「ま、ま。その議論は後にしてほしいんだ」
     ランドは自分の考え――ノルド王国を離れ、自分たちで別個に国を作る計画を兵士たちに伝えた。
    「……考えもしなかったな」
    「まさか、ノルド王国を捨てて、新たな国を建国するとは。……でも確かに」
    「ああ。悪くない。……じゃあアンタは、その足掛かりに」
     兵士たちに向かって、ランドは深くうなずく。
    「そうなんだ。まずはイスタス砦とその周辺、つまりロドン中将の所有地を奪って、僕たちの国にしようかと」
    「……協力してくれ、と言ったな」
     兵士の一人が、ランドに手を差し出した。
    「俺は協力する。『ノルド離反』と『中将一派追い出し』、おまけに『国作り』なんて、ワクワクさせてくれるじゃねーか……!」
    「お、俺も!」
    「同じく! 同じく!」
     一人、また一人と牢の中から手を伸ばし、全員がランドに協力する姿勢を示した。

    「大変です!」
     さらに時間は進み、深夜過ぎ。
     ロドン将軍の寝室に、側近たちが駆け込んできた。
    「むにゃ……うう、む……なんだ、騒々しい」
    「謀反です! 拘束していた兵士たちが反乱軍と共謀し、我が砦を襲撃しています!」
    「……む、むにゃっ!?」
     この報せに、夢うつつだったロドン将軍は飛び起きた。
    「げ、現状はどうなっている!?」
    「現在正門と西門が破られ、……と言うか、中から開放され、続々と反乱軍が押し寄せてきております!
     さらに下級の兵士たちが次々に反旗を翻し、反乱軍に合流! 既に南・西兵舎と全ての倉庫が制圧されております!」
    「な……」
     ロドン将軍は慌てて軍服を羽織りつつ、怒鳴りつけた。
    「兵の残りは!? わしに従う意思のある兵士はどれだけいる!?」
    「お、……恐らく、……100に満たないかと」
    「……バカな……っ」
     ロドン将軍は舌打ちし、兵士たちをなじる。
    「何故わしに刃を向けるのだ、愚か者どもめがッ!
     このわしが、散々世話をしてきてやったでは、……っ!」
     そこまで口にしたところで、将軍は自分がこの数か月の間兵士たちに向けてきた、辛辣な態度を思い出した。
    「……く、そっ! 何と間の悪い……っ!
     まさかこんな、……こんな、兵士の心が冷え込んでいた丁度その時に、攻め込んでくるとは……!」
     自分の失態と敵のタイミングの良さを呪ったところで――開け放たれたままだった寝室のドアから、多数の兵士がなだれ込んできた。

     こうして襲撃から一晩のうちに、難攻不落のはずだったイスタス砦は陥落。ロドン将軍とその側近たちは放逐された。
     これが後の世に伝わる、「千里眼鏡の夜討ち」である。

    火紅狐・合従記 6

    2010.12.21.[Edit]
    フォコの話、108話目。千里眼鏡の夜討ち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 双月暦307年、暮れ。 反乱軍が密かに、ミラーフィールドに集結しつつあった。「ねえ、ランド」 それを指揮するイールが、ランドに尋ねた。「集めるのはできたけど……、ここからどうすんの? いくらイスタス砦の中が混乱してるからって、そう簡単に破れるような門じゃないわよ」「門は破らないさ。向こうから開けてもらう」「え?」「イ...

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    フォコの話、109話目。
    活動基盤の完成。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     308年の初め。
     イスタス砦とその周辺、ミラーフィールド大塩湖北部を掌握したキルシュ卿と反乱軍は、その地を領土として、新たに国を作ることを宣言した。
     国王には、当初キルシュ卿が立てられるものと思われていたが、卿はこれを、高齢のために辞去。自分の息子、クラウスを擁立することで、話はまとまった。
     そして、その国の名は――。

    「ジーン王国?」
    「ああ。皆、二天戦争を知っているかね?」
     キルシュ卿の問いに、イールたちはうなずく。
    「ええ。大昔、中央大陸の『天帝』と、この北方大陸を支配してた『天星』とが戦った戦争ですよね」
    「その通り。……実は、私の家系は、その『天星』の末裔なのだ」
     この告白に、ランドと大火、フォコを除く反乱軍の皆、北方人たちはざわめいた。
    「そうだったんですか?」
    「でも確か、『天星』レン・ジーンって……」
    「そう。一般には、二天戦争で討たれ、死亡したと伝えられている。しかし実際には落ち延び、子孫を作ったと、私の家には伝わっているのだ。
     実を言えば、私がずっと反ノルド王室派だったのは、それに起因する。言わば、ご先祖様を失脚させ、追い回した家だからな、ノルド家は。
     だからこの機に、息子にはジーン姓を名乗らせ、今再びジーン王朝を復活させてもらおうと思っているのだ」

     こうして二天戦争から2世紀半を経て、再びジーン王国がよみがえることとなった。



     時間は少し戻るが――。
    「ふむ……。ファスタ卿も素晴らしい頭脳を持っていらっしゃるが、君もなかなか」
    「どもども」
     ランドたちがイスタス砦から軍備を盗んで横流ししている間、フォコはキルシュ卿としきりに議論を交わしていた。
     キルシュ卿は元々、商人である。そしてフォコにも大商人の血が流れているし、南海時代にもジョーヌ海運総裁・クリオの手伝いをしていた経験がある。
     経営術や商売の計画・手法など、共通の話題には事欠かなかったのだ。
    「いや……、君に相談して正解だったよ。これでまた、新たな経国済民の道が拓けそうだ」
    「そんな、僕なんて……」
     謙遜するフォコに、キルシュ卿はゆるやかに首を振った。
    「いやいや、君ほどの若さでその頭脳と知識は、非常に価値の高いものだ。それこそ、巨額の財産に等しい人材だ。
     ……どうだろう、ソレイユ君。今後も私の手助けを、してくれないか?」
    「へ……?」
    「恐らく、今イールやファスタ卿が進めている計画が実れば、私の息子が国王になる、と言う話になるだろう。
     しかし私の息子が王になった場合、一つの、困る問題が起こる。私の商会、『キルシュ流通』の跡継ぎがいなくなってしまうんだ。とはいえ、まさか王と商人とを、一人二役でこなさせるわけにも行かない。
     そうなった時、もし君が良ければの話なんだが――今後の経営は、君と私、二人で進めたいんだ。で……、私も歳だから、いずれは隠居し、君に全権を委ねるつもりだ。どうだろうか?」
    「え、え……、ええ?」
     困惑するフォコを見て、キルシュ卿は苦笑した。
    「まあ、もし……、イールが女王にと言う話になったら、この件は忘れてほしい。その時はこれまで通り、跡継ぎはクラウス。君は単なる、相談役のままだね」
    「はあ、はい」

     そしてキルシュ卿が懸念していた通り、跡継ぎになる予定だった息子、クラウスが王になることが決定し――。
    「よろしく頼むよ、ソレイユ君」
    「は、はあ……」
     いつの間にかキルシュ卿の商会のナンバー2、大番頭に据えられたフォコは、困惑するばかりだった。



     転落ばかりだったフォコ。
     絶望に沈んでいたランド。
     どん底だった二人に、大きな転機が訪れた。
     これより二人は、この砦と国を軸に、波乱万丈の快進撃を繰り広げることになる。

    火紅狐・合従記 終

    火紅狐・合従記 7

    2010.12.22.[Edit]
    フォコの話、109話目。活動基盤の完成。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 308年の初め。 イスタス砦とその周辺、ミラーフィールド大塩湖北部を掌握したキルシュ卿と反乱軍は、その地を領土として、新たに国を作ることを宣言した。 国王には、当初キルシュ卿が立てられるものと思われていたが、卿はこれを、高齢のために辞去。自分の息子、クラウスを擁立することで、話はまとまった。 そして、その国の名は――。...

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    フォコの話、110話目。
    活気付く、新しい国。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「そうか」
     自分たちの本拠地から追い出され、その窮状を訴えてきたロドン将軍たちの話を聞き終えたノルド国王、虎獣人のバトラー・ノルドはそれだけ言って返した。
    「そうか、ではございません! すぐに兵を集め、反乱軍と逆臣キルシュを皆殺しに……!」
    「ああ、うむ」
     猛々しく怒鳴り散らすロドン将軍に対し、バトラー王はぼんやりした返事を返すばかりだった。
    「聞いておりますか、陛下ッ!」
    「うむ。聞いている、が……」
     バトラー王は眉をひそめ、ロドンにこう返した。
    「3つの理由から、それは延期せざるを得ないのだ」
    「なんですか、その理由とは!?」
    「一つ、我が国の国庫はいつも通りの緊縮財政にあり、余計な挙兵はできぬ」
    「余計ですと!? 領土が奪われたのですぞ!?」
    「二つ、その奪われた領土は元々将軍、お前が私物化していたではないか。取り返さずとも、余にとっては今まで通りと言うことだ」
    「う……、ぬ」
    「そして三つ、その領土と資産を奪われたお前に、利用価値なぞない。最早将軍として飼っておく理由はない。ゆえに、お前に手を貸す気はさらさら無い。
     即刻、去れ」
    「なんと……! それはあんまりではないですか!」
     そう叫んだロドン将軍に、バトラー王が怒鳴り返した。
    「『あんまり』、だと!? その言葉、余が何度お前に投げかけたか覚えているのか!?
     貸し与えた領土を私物化した時も! ギジュン准将やスノッジ少将らと共謀し、ノルド峠へ勝手に関所を作って通行料を徴発し始めた時も!
     さらには得た利益を我が国へろくに献上せず、ぬけぬけと懐に蓄えた時も! 余は何度も何度も、『それはあんまりであろう』と諌めたであろう! そしてお前は、それらすべてにのらりくらりと言い訳を立てて誤魔化し、無視を通したではないかッ!
     それが何だ、いざ自分が窮地に陥ったら、恥も外聞もなく助けを乞うのか、仮にも将軍の地位にあった者が!? 恥を知れ、恥をッ!
     もうお前の顔なぞ見たくもない! 去らねばここで、その猪首をはねるぞッ!」
    「……う、ぐうう」
     これ以上嘆願は無駄と悟ったのか、ロドン将軍はすごすごと謁見の間を離れていった。
    「……ふう」
     ロドン将軍が消えたところで、バトラー王は玉座にしなだれかかる。
    「金はない、将も兵もろくに言うことを聞かぬ、さらにはキルシュ卿の離反と別の王朝の台頭、か。窮地などと言う言葉では、足らぬ足らぬ」
     バトラー王は頭を抱え、ぼそ、とつぶやいた。
    「……俺には分からん。この先どうすれば、この全てを解決できるか」



     ノルド王国とは対照的に、ジーン王国は活気づいていた。
    「さーさー安いよ安いよ、塩湖で取れた塩だよ、肉の臭み取りと味付けには持って来いだよ!」
    「北の狩場で今朝獲ったばっかり! 新鮮な兎肉! 食べなきゃ力付かないよー!」
    「これであんたも今日から狩人! この弓さえあれば、獲物が狩り放題だ!」
     元々、ミラーフィールド塩湖周辺の土は栄養分が豊富であり、動植物が多かった。そして塩湖自身も、良質の塩を産出している。土地の面で言えば、かなり恵まれていたのだ。
     そして軍閥を挙げて独断専横を行っていたロドン将軍が消えた今、あちこちから人が集まりつつあった。
    「とは言え、税率はかなり高くしないと、追いつかないでしょうね」
     フォコは街の活気を砦の窓から眺めながら、キルシュ卿と財政の相談をしていた。
    「うむ……。折角集まってくれた皆には重荷になるかも知れん。しかし、我々の国庫もそう潤沢ではないからな」
     ロドン将軍の資産を丸ごと手に入れた王国だったが、あくまでも一将軍が贅沢できる程度の資産である。国家予算として見れば到底、足りる額では無かった。
     そのため、資金の確保を急がねばならなかったが――。
    「王室政府が十分回転できるくらいの額を一年で徴収するとなったら、商業税は多分30%以上、住民税も40%近くに設定しないといけませんが……」
    「それは無理だろう。折角集まった民が、悲鳴を上げて逃げてしまう」
    「現実的に見れば、10%が限界ですよね。……となると、活動が十分にできるまで、4年はかかる計算になりますね」
    「もっとかかるだろう。その間、収支も変動するだろうし、今は貧窮しているノルド王国も、いつ攻めに入るか分からんからな」
    「ともかく、早くお金を貯めないと。それが第一の課題ですね」

    火紅狐・創星記 1

    2010.12.25.[Edit]
    フォコの話、110話目。活気付く、新しい国。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「そうか」 自分たちの本拠地から追い出され、その窮状を訴えてきたロドン将軍たちの話を聞き終えたノルド国王、虎獣人のバトラー・ノルドはそれだけ言って返した。「そうか、ではございません! すぐに兵を集め、反乱軍と逆臣キルシュを皆殺しに……!」「ああ、うむ」 猛々しく怒鳴り散らすロドン将軍に対し、バトラー王はぼんやりした返...

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    フォコの話、111話目。
    裏切りと蹂躙。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ジーン王国の財政大臣となったキルシュ卿の片腕として本格的に活動し始めたフォコは、初っ端から大きな問題と向き合わねばならなかった。
    「とりあえず、税金は10%前後で推移させるとして……。その上で早急に動ける程度の額を貯めなきゃいけない、ってなると……」
     自分に割り当てられた執務室で、フォコは壁にかけてある大きな黒板にチョークで数字を書き連ね、計算を重ねていく。
     だが、何度やっても出てくる額は、年単位の辛抱を必要とする大きさだった。
    「アカンなぁ……。どこをどう引っ張ってきても足りひん」
     フォコは真っ白になった左手――金火狐一族にはなぜか、左利きが多い。フォコもその例に漏れず、左利きなのだ――をローブの裾ではたき、「うへ」と声を出した。
    「しもた、服が真っ白になってもた」
     フォコはローブを脱ぎ、バサバサと揺すって、チョークの粉を落とそうとした。
     と――。
    「ソレイユ君、入るよ」
    「へっ」
     キルシュ卿が、ひょいと部屋の中に入ってきてしまった。
    「わ、わわわ」
     フォコは慌ててローブを被り直そうとしたが、キルシュ卿はばっちりフォコの髪と狐耳、尻尾を見てしまったらしい。
    「うん? ……もしかして、君?」
    「あ、あわわわ、見てませんよね? 見てはりませんよね?」
    「いや……、悪いが確認できてしまった」
     キルシュ卿は後ろ手にドアを閉め、そっと尋ねてきた。
    「私も商売人だし、大臣として、諸外国の視察も何度か行っている。それほど特徴的な髪と耳尾は、央中の『あそこ』以外で目にかけたことはない。
     君は、金火狐一族の者、かな」
    「……はい」
     フォコは観念し、被りかけていたローブを脱いだ。
    「ソレイユ、と言う姓は偽名かな」
    「ええ」
    「何故身分を?」
    「諸事情がありまして」
     その答えに、キルシュ卿は「ふうむ……」とうなった。
    「良ければ聞かせてほしい。私としては、あまり……、その、金火狐にはいい印象を持っていないのだ」
    「そう、ですか」
     キルシュ卿はばつの悪そうな顔を向け、こう続ける。
    「彼らのために、ここ数年の経済状況は加速的に悪化したと言っても過言ではないからな」
    「『ここ数年』、ですか。……じゃあ、誤解のないように、そこだけ釈明します。
     僕はここ数年、金火狐とは縁が切れています。14から17まで南海にいましたし、その後は央北をぐるぐる回ってましたから」
    「それは何故かね?」
    「……現、金火狐一族の、……当主。彼には、……僕の親しい人を、次々に殺されましたから」
    「殺された? ……思っていたような話ではないな。詳しく、聞かせてはくれないか?」
    「でも……」
     言いよどむフォコに、キルシュ卿は表情を崩した。
    「どうせ老い先短い身だ。どんな話を聞かされたとしても、数年のうちに秘密は守られる」
    「……そう言われては、話さないわけには行きませんね」

     フォコの事情を聞いたキルシュ卿は、悲しそうに目を細めた。
    「何とむごい……! そうか、ジョーヌ海運の経営縮小も、ケネス・ゴールド……、いや、ケネス・エンターゲート氏のせいだったか」
    「ええ。……って、縮小ってことはまだ、ジョーヌ海運はあるんですか?」
    「一応は、ある。だが、経営者が奥方に代わった後、まったくうわさを聞かなくなってしまった。恐らく、業績は芳しくないだろうな。
     まあ、経営悪化の理由はジョーヌ氏の死だけではないだろうが」
    「と言うと?」
    「3年ほど前、エール商会を半分以上、まるで食いちぎるようにして買収した、スパス産業と言う商会が現れた。
     以降、西方の商工業網はほとんど、そこ一店に牛耳られてしまっているのだ。それとジョーヌ海運の凋落は、無関係とは言えまい」
    「す、……スパス、ですって」
     フォコの脳裏に、クリオを裏切った造船所の若頭、アバント・スパスの顔がよみがえる。
    「……どうしたのかね?」
    「そいつは……、そいつが裏切ったせいで、おやっさんは拉致されて、死んだって言うのに……! そいつは、のうのうと西方に居座っている、なんて……ッ」
    「そうか……。ではあのうわさも、恐らく真実なのだろうな」
    「うわさ?」
    「その、スパスと言う商会主。金火狐当主とつながっていて、彼の指示のもと、あちこちの買収を続けている。そう言ううわさが流れているのだ。
     エンターゲート氏は何を考えているのか……? 金と権力に任せ、あちこちで非道な商売を展開している。
     北方の経済危機にも、彼は一枚噛んでいるし……」
    「それ、詳しく聞かせてくれませんか?」
    「うむ」

    火紅狐・創星記 2

    2010.12.26.[Edit]
    フォコの話、111話目。裏切りと蹂躙。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ジーン王国の財政大臣となったキルシュ卿の片腕として本格的に活動し始めたフォコは、初っ端から大きな問題と向き合わねばならなかった。「とりあえず、税金は10%前後で推移させるとして……。その上で早急に動ける程度の額を貯めなきゃいけない、ってなると……」 自分に割り当てられた執務室で、フォコは壁にかけてある大きな黒板にチョークで...

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    フォコの話、112話目。
    恐喝金融。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ケネスが中央軍と通じて世界各地で紛争を起こし、長引かせるとともに、武具を大量に売りつけることでマッチポンプ式に荒稼ぎしていると言ううわさは、既に広く知られるところとなっていた。
     が、それを知りつつも、中央政府は何も言わない。言ったところで、中央政府には何のメリットも無いし、そもそも中央政府の主、オーヴェル帝は今一つ、その因果関係が分かっていないからだ。ケネスに「領土拡大、ひいては世界再平定を成すための行為」と誤魔化され、諌めるどころか嬉々として奨励している有様である。
     それをいいことに、ケネスはますます増長していた。



    「いやいや……、私も女には汚い性質と自負してはおりますが、閣下も相当ですな」
    「そんな言い方はよしてくれ、当主殿」
     北方大陸と中央大陸の間にある海、北海。その第5島、フロスト島にあるイドゥン少将の本拠地、フリメア砦にて。
     ケネスがイドゥン将軍と、密かに会談していた。
    「どうしても、振り向いてほしくての行動なのだ。せめて純情と言ってほしい」
    「どちらでもよろしいことです。
     それよりも、依頼してあった件。あちらは、どうなりましたかな?」
     ケネスの問いに、イドゥン将軍は顔をしかめた。
    「どうにもならん。レブの奴めが峠を閉じてしまったからな。首都との連絡は止まったままだ」
     レブ、と言うのはギジュン准将の名前である。
     元々イドゥン将軍とギジュン准将は兄弟分だったのだが、将軍が准将の妹、イリアを娶りたいと自分の砦に軟禁したために、その仲を悪化させていた。
    「それは困りますな、閣下。覚えていらっしゃるとは思いますが……」
     ケネスは懐から、証文書をチラ、と見せた。
    「む……」
    「あなたに5000万クラムを無利子でお貸しする代わりに、山間部における鉱山を売却するよう、王室に働きかけてもらう。それが契約の内容でしたがね」
    「分かっている。だが奴も頑として、『妹はやらん。無傷で返してもらうぞ』と突っぱねていてだな……」
    「まどろっこしいですな」
     ケネスは口の端を歪ませ、イドゥン将軍を鼻で笑う。
    「さっさと既成事実を作れば、准将も諦めがつくでしょう」
    「そ、そんなわけに行くか! 吾輩は少将だ! 大軍を任された将軍なのだ! そんな、下卑た真似をするわけには……」「それなら」
     ケネスは拳骨でゴツゴツと机を叩きながら、脅しにかかる。
    「准将が動かず、首都と連絡が取れない以上、この証文は不履行となりますな。であれば無利子、とは行きますまい」
    「うぐ……」
     ケネスは先程見せた証文書を、イドゥン将軍の鼻先に突きつける。
    「ほら、ここ。ここに、不履行の際の処置を書いていますでしょう? 不履行の場合、年35%複利で、きっちりと、返済していただく、と。
     私が閣下に貸し付けたのは3年前、すると複利計算はどうなりますかな? ……おおっと、これは大変な額だ」
     サラサラとメモに書きつけた額は、とんでもない額に膨れ上がっていた。
    「ん、がっ」
    「おやどうしました、間抜けな音を鼻から出して? それほど望外の額だと?
     ご納得いただけないなら、もう一度計算いたしましょうか? 5000万が1年で6750万に。そしてもう1年で9112万。
     そしてさらに1年、計3年でほら、1億2301万クラムです。計算に間違いがございますかな、閣下?」
    「こ、こんな額、払えるわけが……」
    「払えない? おやおやおやおや? そうですか、払えないと。いやぁ、困りましたなぁ」
     ケネスはすい、と席を立つ。
    「ど、どこへ」
    「これ以上議論の余地はありますまい。私も何かと忙しい身ですからな。本国に帰り、中央軍のバーミー卿と会談しなくてはなりません。
     なにせ、1億2000万もの大金を踏み倒す不敬な方がおりますからな。制裁を受けてもらわねば、世界に示しが付かぬと言うもの」
    「まままま、待て待て、待て!」
    「なんですか? まだ何か?」
    「分かった! 何としてでも、吾輩はレブを倒す! そうすれば首都との連絡も回復するし、イリアも諦めてくれるだろう!」
    「そうなれば、私との契約も履行できる、と。そう言うお考えですな。……で?」
     ケネスはイドゥン将軍の言わんとすることを察し、こう尋ねた。
    「そのためにはいかほどご入り用です、閣下?」

    火紅狐・創星記 3

    2010.12.27.[Edit]
    フォコの話、112話目。恐喝金融。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ケネスが中央軍と通じて世界各地で紛争を起こし、長引かせるとともに、武具を大量に売りつけることでマッチポンプ式に荒稼ぎしていると言ううわさは、既に広く知られるところとなっていた。 が、それを知りつつも、中央政府は何も言わない。言ったところで、中央政府には何のメリットも無いし、そもそも中央政府の主、オーヴェル帝は今一つ、その因...

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    フォコの話、113話目。
    経済復興案。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「なるほど……。つまり、『ノルド王室側の将軍』と『野心を持ち独断専横を続ける将軍』、そして『ケネスに債権を握られて侵略活動を行う将軍』との3種類の軍閥で、対立が続いているわけですか」
    「その通り。性質が悪いのは、2番目よりもむしろ、3番目に当たる将軍だ。2番目のタイプはまだ、自身の活動を抑制できる。自分の意思で、軍閥を動かせる。
     だが3番目、これはもう自分で動けない。エンターゲート氏に多額の借金をしているために、催促されれば簡単に兵を動かしてしまう。
     そして二次災害的に、もう一つ問題が発生する。その、莫大な借金だ。その返済を行うには、ノルド王国の国庫からでは到底支払えない。当然、何らかの税を設け、民から徴収することとなる」
    「それがみんなの首を絞め、さらに経済が悪化。そうなればまた借金をして……、と言うわけですか」
    「その通りだ。このままではいずれ中央軍、もしくは中央政府が本土に攻め込んでくるだろう。その違いは武器で攻めるか、債権で攻めるか、だ」
     話を聞いたフォコは、もう一度黒板に向かった。
    「問題は、……とてつもなく大きく、そして、絶対に解決しなければいけない問題は」
     フォコは黒板に、「北方の経済復興と独立」と書き込んだ。
    「これです、ね」
    「その通りだ。中央の経済圏から独立しなければ、そう遠くない将来、北方は滅ぶ」
    「……」
     フォコは黒板の前に座り込み、腕を組んで考え込んだ。
    「中央の経済圏から離れるには……。それはすなわち、『クラム』と言う通貨から離れなきゃいけない、ってことですよね」
    「ふむ」
    「このままクラムが、ただ流れ込むだけじゃ、こっちで使われてるグラン通貨はどんどん価値を失ってしまう。
     でも北方に出回ってるクラムのほとんどは、大商人や軍閥に流れ込むばかりで、多くの人には行き渡らない。価値が日を追うごとに下がっていくグランだけが、みんなの手元に残るばかりですよね」
    「確かにそうだ」
     フォコは立ち上がり、黒板にカリカリと問題点を書き連ねていく。
    「つまり、逆に言えば――北方の通貨の価値が上がれば、いわば『底上げ』が起こる。みんなの裕福度が、一斉に上がる。
     そうなればクラム通貨は相対的に価値を失い、撤退していってくれる。それで、北方の経済独立が達成できるはずですよね」



     と、大風呂敷を広げたはいいものの――。
    「……ちゅうても、アイデアなんてあらへんよなぁ」
     妙案がすぐに浮かぶわけもなく、フォコは街へ繰り出していた。
     往来のにぎわいを座って眺めつつ、フォコは自分の懐から、クラム銀貨とグラン銀貨とを取出し、見比べる。
    「クラム、か。……この『お嬢さま』も災難やなぁ。人によっては、ホンマに汚く扱われて……」
     銀貨の裏面に刻まれたエルフの女性――初代天帝の娘、クラム・タイムズと言うそうだ――を見て、フォコはため息をつく。
    (ホンマに、僕はお金に悩まされるなぁ。それも、明日パンやらパスタやら買う金がない、っちゅう次元やなくて、もっと別の、ヘンテコな次元で。
     ナラン島ん時は、レヴィア兵から奪ったガニー使うてええんかって逡巡しとったし、ノースポートとかグリーンプールとかでは、寸借詐欺がバレたりせーへんかって、持っとって逆に苦しかったし。
     ほんで今は、『あの外道』がバラ撒いとる金をどうやって駆逐するか、や。……もっと庶民的に悩みたい、っちゅうか、庶民的に暮らしたいもんやけどなぁ)
     何の気なく、フォコはその銀貨二枚をぽいぽいと宙に投げ、ジャグリングをする。
    「ほい、ほい、ほい、……っと」
     そうして空虚に時間を潰していると――。
    「おい、兄ちゃん」
    「ふえ?」
     いつの間にか、フォコの前に中年の短耳と虎獣人が立っていた。
    「金、大事にしなきゃ」
    「遊ぶなよ、金で」
    「あ、すんません」
     フォコはジャグリングをやめ、銀貨を懐にしまう。が、中年二人は立ち去らない。
    「兄ちゃん、器用だな」
    「あ、ども。昔、船造ってましたから」
    「兄ちゃん、船乗りなのか? こんな山奥で何してんだよ、ははは……」
     中年二人はフォコの横にしゃがみ込み、親しげに話しかけてくる。フォコもそれに、なんとなく応じてみた。
    「いや、船乗りじゃなくて造船所にいたんですよ。ジョーヌ海運ってとこ」
    「じょーぬ? 知らんなぁ」
    「西方とか南海じゃ、結構でっかいところだったんですけどねー」
    「あー、西方かぁ。兄ちゃん、西方人なのか?」
    「えーと、まあ、そんな感じです」
    「西方の奴ら、おしゃれしてるとかキザなやつが多いって聞いたけど……」
     虎獣人はフォコの服装を眺め、鼻で笑う。
    「だっせえな」
    「へへ……、すんません。貧乏なもんで」
    「と……、火打石、あるかい? どっか行っちまって」
     いつの間にか短耳が、煙草をくわえている。
    「あ、魔術かじってたんで、……はい」
     フォコは魔術を唱え、指先に小さな火球を作った。
    「お、悪いな。……ふー」
     短耳はにっこり笑いながら、煙草の煙を吹く。
     と――虎獣人が、妙なことを短耳に言った。
    「おい、もったいねえぞ。グランよりよっぽど金になるんだし」

    火紅狐・創星記 4

    2010.12.28.[Edit]
    フォコの話、113話目。経済復興案。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「なるほど……。つまり、『ノルド王室側の将軍』と『野心を持ち独断専横を続ける将軍』、そして『ケネスに債権を握られて侵略活動を行う将軍』との3種類の軍閥で、対立が続いているわけですか」「その通り。性質が悪いのは、2番目よりもむしろ、3番目に当たる将軍だ。2番目のタイプはまだ、自身の活動を抑制できる。自分の意思で、軍閥を動かせる...

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    フォコの話、114話目。
    金銀でなくとも。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    (煙草が……、金になる?)
     フォコはその言葉の意味が何を示しているのか分からなかったが、とりあえず聞き耳を立ててみた。
    「いいじゃねえか、一本くらいよ」
    「10本ありゃ、セムノフじいさんが野菜いっこくれるんだぜ。とっとけよ」
    「お前は煙草吸わないからそんなこと言えんだよ。じいさんだって煙草好きだから、煙草と野菜交換してくれるんだし」
    「俺には分かんねーなー、煙吸って何がうまいんだか。そんなのより食い物だろ」
     ピンときたフォコは、二人に尋ねてみた。
    「そのおじいさん、煙草で野菜を売ってくれるんですか?」
    「ま、そんな感じだな。ほら、普通に蕪やらほうれん草やら買うと、30万グランとか余裕で超えるだろ? 俺たちの稼ぎが、捌いた兎やら鳥やら売って、ようやく100万行くか行かないかだしな。まともに買ってらんねーしよ。
     で、セムノフのじいさん、自分で畑持っててよ。自分ひとりじゃ食うには困るってことはねーけど、煙草好きでな。でも煙草も、普通に買うと高い。10巻き一まとめで、50万くらいだ。じいさんだから体力ねーし、商売はできない。金、持ってねーんだよ」
    「でもな、俺たち煙草売りの奴とも友達でよ、俺たちの獲ってきた肉と交換で、100巻き分くらいばーっとくれるんだ。で、それをじいさんに渡す。そしたら代わりに、野菜をくれるってわけだ」
     その説明に、短耳が得意げにこう付け足す。
    「ま、セムノフじいさん以外にも、煙草でモノ売ってくれるって奴は結構いるんだ。この世の中、金はむしろ回んなかったりするんだよな。
     他にも俺たちみたいに、煙草でモノの売り買いしてる奴は何人かいるぜ」
    「……なるほど」
     二人の話を聞いて、フォコの頭にあるアイデアが浮かんだ。



    「現状の問題としては、資金難も大きいけど、交通網も気になるな」
     イスタス砦の会議室で、ランドとイール、他数名が、反乱軍改めジーン王国の、今後の行動を検討していた。
    「そうね。いずれ、他の勢力とも戦う時が来るでしょうし、自分たちの行動範囲は広げておきたいところだけど……」
    「ノルド王国の財政破綻が長すぎたね。峠や街道は荒れに荒れて、けもの道も同然だ。これじゃ行軍しても、ほとんど進めないだろうな。
     だから、できる限り道の整備をして行きたいところなんだけど……」
     そこで全員が、同時にため息をついた。
    「……金かかるよなぁ、それ」
    「うんうん、かかるねー……」
    「今の財政じゃ、兵士の給料だけで一杯一杯だし」
    「どうしようかしらね……」
     と、全員で悩んでいたところに、フォコが飛び込んできた。
    「ランドさんランドさん! 今、僕、めっちゃいいアイデアできたんですよ!」
    「おわっ!? ……な、なんだホコウか。驚かせないでくれよ」
     目を白黒させるランドに構わず、フォコは嬉しそうにまくし立てた。
    「これがあれば、金なんていらないって言うアイデアがあるんです!
     あ、いや、金はいらないって言うか、グランはいらないって言うか、やっぱり金みたいなものはいるんですけども」
    「な、何? どう言うこと?」

     フォコは皆に、街で会った中年二人の話をした。
    「つまり……、物々交換で賄うってこと? ……ホコウ、それは無理だよ」
     話を聞いたランドは、がっかりした顔になる。
    「物々交換は、『自分がほしいモノを相手が持っていて、なおかつ、相手がほしいモノを自分が持っている』ことが前提だ。
     僕たちがほしいのは――勿論お金だけど、そのお金で買うものは何かって言えば――兵士の装備や周辺の整備に使う道具や石材、その他諸々。それを持ってる人と交渉して、成立するかどうかは難しいところだと思うよ。
     それに王室政府である以上、大量に人を使う。人件費と言う名目で、やっぱりお金はいるんだ。物々交換じゃ、この問題をクリアすることは不可能だよ」
    「ちゃいますて」
     が、フォコは得意満面にそれを否定した。
    「誰も物々交換で解決するって言うてませんよ。僕がさっきの話で言いたいのんは、『金はそれ自体に価値が無くてもええ』っちゅうことですわ」
    「え……?」
     これには、イールが反発した。
    「そんなわけないじゃない。そんな理屈通るんだったら、そこら辺の石を相手に渡して『これでパンくれ』って言っても通るってことでしょ?
     でもそんなの、誰もくれないに決まってるじゃない。石は石なんだし」
    「そら、ただの石使たらそうなりますけども。……それもちゃうんですって。
     じゃあ、まあ、その例えをそのまま使いますけども、その石を、僕が『後でちゃんとしたお金に換えるって約束します』って言って渡したら、どうですか?」
     この理屈には、何人かうなずいてくれた。
    「それを信用するなら、パンをくれるかもねー」
    「でも信じない人だっているだろう? ただの石じゃ……」
     これについても、フォコはこう説明する。
    「そら、僕かて単なる石渡されたら、嫌やって言いますよ。
     でも、……例えば、証文みたいなん渡して、『この紙と引き換えに、キルシュ流通の品物が買えますよ』って言う約束を付けたらどうでしょう?」
    「ああ、なるほど」
    「ほんで、例えば証文1枚やったらパン1個、5枚やったら野菜一かご、10枚やったら……、っちゅう感じに渡していくんです」
     それを聞いて、ランドは首をかしげた。
    「……それ、結局は、お金ってこと?」

    火紅狐・創星記 5

    2010.12.29.[Edit]
    フォコの話、114話目。金銀でなくとも。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.(煙草が……、金になる?) フォコはその言葉の意味が何を示しているのか分からなかったが、とりあえず聞き耳を立ててみた。「いいじゃねえか、一本くらいよ」「10本ありゃ、セムノフじいさんが野菜いっこくれるんだぜ。とっとけよ」「お前は煙草吸わないからそんなこと言えんだよ。じいさんだって煙草好きだから、煙草と野菜交換してくれるん...

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    フォコの話、115話目。
    「星」の席巻。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     フォコはランドの問いに、深くうなずいた。
    「突き詰めていけば、そうなります。
     さっきも言いましたけど、『お金自体が価値あるもんで無くてもええ』んです。何かと交換できるとしっかり約束されていれば、どんなものでもお金にできるはずです」
    「金や銀無しに、約束によって金を作る、……か」
     いつの間にか、会議室にキルシュ卿の姿があった。
    「全く考えもよらなかった。なるほど、確かにその考えなら、貴金属を持たない我々が通貨を作ることができる」
    「しかし……」
     依然、ランドは納得しかねているようだ。
    「その約束・契約が信用されなければ、まったく意味がないだろうね。いや、この辺り一帯に販売網を持つキルシュ流通なら、信用されるだろうけど。
     よしんば、その新しく作ったお金が信用されたとしても。キルシュ流通以外のものは、買えないんだろう? 他に使い道がないんじゃ、お金としては無価値じゃないかな」
    「だから、僕は煙草の話をしたんですよ」
     この意見にも、フォコはきっちりと反論した。
    「虎獣人の方は、自分で吸わへんのに煙草を貯めていました。それは、野菜と交換できるから。つまり『煙草で野菜を買える』と言う、約束みたいなもんがあったからです。
     また、彼らは他にも交換できるものがあると言っていました。そして、同じようなことをしている人も何人かいる、と。
     なぜかって言えば、煙草が確実に野菜に換えられる、と言う約束があるからです。他の何とも取引できなくなっても、それだけは確実に守られるだろう、と考えているから、煙草との交換に応じるんだと思います。
     なら――その人たちの間では、煙草は単なる野菜との交換材料と言うだけではない、ちゃんとしたお金としての機能を持っているんじゃないでしょうか?」
    「つまり君は、確実に何かと交換できる約束・保証があるなら、どんなものでもお金として通用するはずだ、と言いたいわけだね」
    「そうです。
     僕らが作ったお金は、最初はキルシュ流通の品を買う価値しかないでしょう。でも、これはさっきの煙草のように、キルシュ流通が関係しない取引においても、使われるようになると思います。
     これらが実現すれば、僕たちは――まあ、無限にとは言いませんが――お金をいくらでも作れるようになるはずです」
    「うーん……」
     ランドはまだ納得した顔をしなかったが、小さくうなずいた。
    「まあ……、ともかく、キルシュ流通が取引できる間は、お金として扱ってもらえるかもなぁ」

     一応の可決を見て、フォコとキルシュ卿は、安価な真鍮で作った新たな通貨「ステラ」――北方の言葉で「星」を意味する――を、王室政府で働く者たちに支給することにした。
     と同時に、懸念されていた交通整備の問題にも、新通貨を以って対処することとなった。この工事のために雇った人夫への日当に、このステラを使ったのだ。
    「なんだこれ?」
    「軽っ」
    「コドモのオモチャか?」
     新しく見る貨幣に、人夫たちは首をかしげる。
    「我々ジーン王国が新たに発行した通貨です。あ、ご不満ならグランで支給しますよ」
     とフォコが説明したが、人夫たちは納得しない。
    「新しい通貨ぁ?」
    「こんなオモチャが金になるかっつーの」
    「ちゃんとした金寄こせや」
     が、続けてこう言うと、半数程度は納得してくれた。
    「あ、キルシュ流通の加盟店で使うとですね、オマケ付きますよ。
     1ステラ辺り、10000グランで換金できますけども、今なら加盟店で使うと500グラン分のオマケ、付けます。ちゃんと話、通してありますので」
    「……ふーん」
    「じゃあ試しにもらってみるか」
    「ちゃんと交換できるんだろうな?」
    「お釣り出ないとかないよな?」
     まだ半信半疑そうな人夫たちに、フォコはこれまたにっこりと笑って対処した。
    「もちろん。これは我々ジーン王国とキルシュ流通が、正式なお金であると保証します」

     初めはグランでの支給を望む声が多かったが、日を追うごとにステラを好む者が増えてきた。
     と言うのも、グランでは凶悪なインフレにより、一度の買い物に使う額が10万、20万とかさばる上、かなり純度は低いもの金や銀が含まれているため、重たい。それよりも同じ買い物が数枚程度で済むステラの方が、非常に持ち歩きやすかったのだ。
     そして、皆がステラを手にし始めたことで、フォコの読み通り、ステラを一度グランに戻して取引、もしくはグランを受け取りグランで取引、と言う流れは次第に消え、代わりにステラを受け取り、ステラのまま取引を行う、と言う流れになり始めた。

     次第にイスタス砦周辺に出回るグランの量は減り始め、ステラが席巻していった。

    火紅狐・創星記 6

    2010.12.30.[Edit]
    フォコの話、115話目。「星」の席巻。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. フォコはランドの問いに、深くうなずいた。「突き詰めていけば、そうなります。 さっきも言いましたけど、『お金自体が価値あるもんで無くてもええ』んです。何かと交換できるとしっかり約束されていれば、どんなものでもお金にできるはずです」「金や銀無しに、約束によって金を作る、……か」 いつの間にか、会議室にキルシュ卿の姿があった。...

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    フォコの話、116話目。
    大番頭の快挙。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「何です、これは……?」
     ミラーフィールド大塩湖南部一帯を支配するソーリン砦の主、スノッジ将軍は提示された金袋を見て、首をかしげた。
    「あ。……すみません、閣下。こちらではまだ、使われておりませんでしたね」
    「使われていない、と言うのは?」
     塩湖北部、イスタス砦から食糧を卸しに来た商人は、ステラが入った金袋をそそくさとしまいながら、自分たちの国でこの通貨が使われ始めたことを説明した。
    「つまり、キルシュ卿がこれを使うようにと広めたのですか?」
    「あ、いえ。指示したのは大番頭です。今年の初めに入った、ソレイユって狐獣人がいまして」
    「ほう」

    「そりゃ楽だな。いちいち何千億も用意しなくて済む」
     一方、こちらはノルド峠とミラーフィールドとを結ぶ街道の中間にあるアーゼル砦。
     ここを守るギジュン将軍もスノッジ将軍同様、ステラの存在を商人から聞きつけていた。
    「んー」
    「どうされました、閣下?」
    「その、ソレイユって商人、こっちに呼べるかな……」
    「いや……、申し訳ございませんが、大番頭は王室の財政を切り盛りしている状態でして、こちらへ参らせることはできかねます」
    「そうか。……じゃあ、俺から出向くとするか」
     それを聞いて、商人は首をかしげる。
    「何かご入り用で?」
    「ああ。近く、俺たちはフリメア砦に侵攻しようと考えている。
     イリア……、俺の妹がさらわれて随分経つし、イドゥン卿も、近々攻めてくるかも知れないと聞く。この膠着した状況が、いつ崩れてもおかしくない。
     そこで対策として、……まあ、借り入れを行おうかと」
    「なるほど。……あ」
     と、話を聞いた商人はぺち、と額を叩いた。
    「申し訳ございません、閣下。その申し出は恐らく、……本当に申し訳ございませんが、断られてしまうかも知れません」
    「何故だ?」
    「大番頭は現在、金融業を全面的に凍結、禁止しているのです」



     ステラの発行と流通が進み、ジーン王室の資金繰りは日を追うごとに順調になっていた。
    「分かりました。そちらへは、5百億グランでお支払いすると言うことで話を進めます。で、南西の鉱山についてもグランで支払いする方向で押してください。それから……」
     懸命にステラを広め、グランを回収した結果、ミラーフィールド近隣に出回っていたグランは人々の手を離れ、王室とキルシュ流通の懐に流れ込むようになっていた。
     そのため、ミラーフィールド周辺ではステラで支払いを行いグランを回収、ステラがまだ通用しない地域では、その大量に回収したグランで支払う、と使い分けることができ、キルシュ流通はその事業をどんどんと拡大し、ステラ通貨の信用をさらに確固たるものにしていた。
     通貨の価値が増し、支払い能力が増大することで、それがさらに通貨の力を強める――経済拡大のスパイラルを築き、王国は急速に力を付けていた。
    「……ふう。これで今日の仕事は、しまいにしときますか」
    「そうだな。わたしも流石にへとへとだ」
     商売と財政が順調なため、最近のフォコたちはほとんど休む間もなく執務に追われていた。
    「どうかな、ソレイユ君。たまには休みを取っては」
    「いやいや、まだまだですわ。それより卿の健康が心配ですよ」
    「はは、わたしのことなら心配しなくともいい。ノルド王国の時に比べて、やることがすべて好調だからな。苦にならんよ」
     そう言って笑い飛ばした後、キルシュ卿は冗談めかしてこう述べた。
    「が、懸念することが一つ、あると言えばある。金庫がもう、グランでパンパンなのだ」
    「あー……、ですよねぇ。今いくら入ってましたっけ」
    「確か、150兆ほどだったはずだ」
    「150兆、ですか。……額だけ聞いたら、ものすごい気ぃするんですけどねぇ」
    「いや……、それでもクラム換算で、15億ほどにはなる。……これなら各地の、借金であえぐ軍閥を救済し、我々の側に引き込めるな」
    「ええ。パンパンになりそう、っちゅうことでしたら、それで消化してしまいましょう」
    「いや、それよりもステラとグラン、この両方で為替取引をしていけば……」
     商人らしく、そうつぶやいたキルシュ卿に、フォコは首を振った。
    「あきませんよ、それは」
    「……ははは、分かっている。折角我々の手で馬鹿げたインフレが終息しそうだと言うのに、また火を点けてはな」
    「ええ。せやから、貸し付けも全面禁止にしとりますし、今後峠が開けた後の貿易でも、クラム建てで取引していこか、って話でしたしな」
    「うん、うん。分かっている、分かっている」

     1クラム辺り10万グランと言う「馬鹿げたインフレ」が起こった背景には、金融業の存在も深く関わっている。
     まだインフレが激化する前にグランをクラムに換えた商人たちは、インフレが進んだ後にクラムからグランに戻して、その利鞘を荒稼ぎしていたのだ。
     例えば、1クラム500グランだった頃、1000万グランをクラムに換えれば2万クラムとなる。そしてインフレが進み、1クラム800グランとなった頃にまたグランへと戻せば、その額は1600万グランとなり、何もしないうちに600万グランの利益が生まれるのだ。
     そんなマネーゲームが何度となく繰り返され、その結果、グランの価値は異様に安くなってしまったのだ。

    「ジーン王国はまだ、立国したばっかりですしな。今ここで不用意な金儲けしたら、間違いなく大コケしますで」
    「うんうん、分かる、分かるよ」
     キルシュ卿は深くうなずき、この大番頭の手腕と見識に安心していた。



     後に、フォコが金火狐の総帥となり、商会を「金火狐財団」として再編することになるのだが、彼はこのキルシュ流通をはじめとして、他の商会数店をもこの傘下に収めた。
     と言っても、ケネスやその手下のように暴力的な買収を行ったわけではない。すべて、彼の人柄と経営手腕に惚れ込んだオーナーからの、好意的な譲渡によるものである。
     もしも――フォコがケネスのように、利己的で身勝手な振る舞いを執っていれば、金火狐財団を立ち上げるどころか、このジーン王国で立身することも無かっただろう。

    金火狐・創星記 終

    火紅狐・創星記 7

    2010.12.31.[Edit]
    フォコの話、116話目。大番頭の快挙。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「何です、これは……?」 ミラーフィールド大塩湖南部一帯を支配するソーリン砦の主、スノッジ将軍は提示された金袋を見て、首をかしげた。「あ。……すみません、閣下。こちらではまだ、使われておりませんでしたね」「使われていない、と言うのは?」 塩湖北部、イスタス砦から食糧を卸しに来た商人は、ステラが入った金袋をそそくさとしまいなが...

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    フォコの話、117話目。
    バッティング。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     順風満帆に地域経済を立て直していくジーン王国に転機が訪れたのは308年、極寒の北方大陸山間部に、ようやく春の兆しが仄見えようかと言う頃だった。
    「え……? どっちなの?」
    「両方です」
    「両方って……、ギジュン准将とスノッジ少将が、同時に?」
     連絡を受けたイールは、非常に驚いた。
     なんと、残る四大軍閥のトップ2名が、同時にジーン王国を訪れたと言うのだ。
    「じゃあ、今この砦に、二人が来てるって言うの?」
    「はい。……それでサンドラ閣下、あの」
    「何よ?」
    「間違えて、お二方を同じ待合室に案内してしまったんです。……どうか、仲立ちを」
    「あたしが? えー……」
     イールは猫耳を伏せ、嫌そうな声を漏らした。

    「……」
    「……」
     その待合室にて。
     四大軍閥、とくくられてはいるが、全員の仲がいいわけではない。元々反発して、個別に領土を牛耳った者たちである。
     待合室の空気は、険悪そのものだった。
    「……なんです?」
     先に口を開いたのは、スノッジ将軍の方だった。
    「何も言ってねーだろ、おばはん」
    「……」
     それきり、両者ともそっぽを向いてしまう。
    「……ったく、なんでこの俺がこんな年増と相席しなきゃなんねーんだか」
     と、今度はギジュン将軍がぼそ、とつぶやく。
    「わたくしも、あなたのような野蛮人と同席など、したくもありません」
     じわじわと、両者の間に火花が散り始める。
    「あ……? 誰が野蛮人だ? 気取りやがって」
    「おお、なんと口汚いことでしょう。耳が腐ってしまいますわ」
    「いいじゃねーか。長すぎるくらいだし、腐らせちまえよ」
    「あなたの尻尾も少しは整えらしては? まるで古びたモップのようですし」
    「ケンカ売ってんのか、おばはん」
    「それはあなたの方でしょう? まったく、気は短い、口は汚い、尻尾も汚い。よく将軍などと名乗れますね」
    「……てめえ」
     ガタ、と椅子を倒し、ギジュン将軍が立ち上がる。と同時に、スノッジ将軍が魔杖を構える。
    「そのケンカ、買ってやる!」
    「望むところです」
     と、今にもつかみかかろうとしたところで――。
    「やめなさいよ、あんたたち! 人の砦で、そんなことさせないわよ!」
     イールが仲裁に入り、高まっていた二人の緊張が解けた。
    「……フン」「……」
     席に着き直した両者を確認し、イールは彼らに尋ねた。
    「で、何の用なの? 宣戦布告でもしに来たの?」
    「なわけねーだろ。……内々で話したいことがあって尋ねた。人払いを頼む」
     と、この言葉にスノッジ将軍が反発した。
    「人払い? わたくしのことですか? お断りします。
     サンドラ、……卿、わたくしも密かに伺いたいことがあるので、人払いを」
    「俺の方が先だ。すっこんでろ、ババア」
    「わたくしの方が年長ですよ。従いなさい、お坊ちゃん」
    「ざけんな!」
     またも飛びかかろうとしたギジュン将軍に、イールは平手打ちを食らわせた。
    「バカじゃないの、あんたたち」
    「何すんだよ!」
    「こんなケダモノと一緒にしないでください」
    「もっかい言うわよ、バカなのねあんたたち。
     ここはソーリン砦でも、アーゼル砦でもないわ。あんたらのお家じゃないのよ? それなのにまあ、ギャーギャー騒いで。んなことやりたいなら、外でやんなさいよ。
     で、話って何よ? 今ここで説明しなきゃ、二人とも追い出すわよ」
    「……」
     イールの剣幕に、二人は黙り込んだ。
    「話しなさいよ。それとも日が暮れるまでずーっと、あたしをにらむつもり?」
    「……では、わたくしから」
     ようやくスノッジ将軍が折れ、口を開いた。
    「サンドラ卿もご存じの通り、わたくしの守る砦はミラーフィールド南岸部にあります。そして同時に、ノルド王国首都であるフェルタイルにも近い場所です。
     そのフェルタイルにて、最近また、グランの増発が行われたようなのです」
    「ふうん……?」
    「つまり、まとまったお金が必要になる行動を執ろうとしている、ってわけさ」
     と、そこにランドがやってきて、助け舟を出してくれた。
    「それは何か? 半世紀やってない道路の整備? 困ってる人民の救済?
     いや、それよりも、最近裕福になりつつあるミラーフィールド、即ちこのジーン王国への侵攻、と考えた方が自然だ」
    「あら、お分かりになる方がいらっしゃったのですね」
    「あまり我々を愚弄しないでいただきたいですね、将軍閣下。
     で、つまるところは閣下、あなたも資金繰りのためにいらっしゃったのでしょう?」
    「そうです。概ねは」
     スノッジ将軍は含みのあるセリフとともに、こくりとうなずいた。

    火紅狐・融計記 1

    2011.01.02.[Edit]
    フォコの話、117話目。バッティング。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 順風満帆に地域経済を立て直していくジーン王国に転機が訪れたのは308年、極寒の北方大陸山間部に、ようやく春の兆しが仄見えようかと言う頃だった。「え……? どっちなの?」「両方です」「両方って……、ギジュン准将とスノッジ少将が、同時に?」 連絡を受けたイールは、非常に驚いた。 なんと、残る四大軍閥のトップ2名が、同時にジーン...

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    フォコの話、118話目。
    腹黒おばはん。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ランドたちとスノッジ将軍は場を変え、ギジュン将軍に聞かれないよう、密談に進んだ。
    「名目上、ソーリン砦もノルド王国の領地ですし、首都の本軍がやってくれば、我々のところに駐留することになるでしょう。
     が、通貨を増発しているとは言え、相手は極貧の大軍。となると我々が何かと面倒を見なければならなくなるのは、明白。試算の結果、我々の資産だけでは足りなくなるだろう、と言う意見が出たので、わたくし自らがこうして、あなた方のところに出向いたわけです」
    「ほう。しかしそう言うことであれば、あなたがこちらへいらっしゃるのは、まずいことなのでは? ジーン王国は、ノルド王国にとって敵になりますし」
    「名目上は、です。実質的には敵でも味方でもなく、ただの取引相手です。
     万が一ノルド王国があなた方を倒すなら、そのままノルド王国に付いていればいい。このまま順当にジーン王国が成長を続けるなら、そのままジーン王国と取引を続ければいい。
     ただそれだけの話です」
     スノッジ将軍は、にべもなくそう言ってのけた。
    「では今回、こちらへいらっしゃったのは、単に無心だけではない、と言うことですね」
     ランドの問いに、スノッジ将軍はうなずいた。
    「ええ。今リークした通り、近々ノルド王国は軍を率いて、あなた方のところに侵攻してきます。これは値千金の情報でしょう?」
    「確かに」
    「これに千金でなくとも、いくらかの値をつけていただきたいのですが」
    「ふむ」
     スノッジ将軍の慇懃無礼な態度と、あまりの厚かましさに、イールは目を吊り上らせる。
    「あんたねぇ……。こっちは別に、そんな情報ほしいって言って……」「イール、いいよ」
     が、ランドはそれを遮り、同意した。
    「分かりました。我々の財務担当を呼んでまいりますので、少々お待ちを」
    「いいの?」
    「ああ。確かに今聞いた情報の価値は高い。対価を要求されるのならば、応じないわけには行かない」

     数分後、フォコがその場にやってきた。
    「すみません、お待たせしまして」
    「いえいえ」
    「情報料を、ちゅうことでしたね。お支払いは何でさせてもらいましょうか? グランで? それともステラにしましょか?」
     そう問われ、スノッジ将軍はこう返した。
    「クラムでお願いいたします。確かな価値がありますし」
     これには普段は温厚なフォコも、内心カチンと来た。
    (どこまで失礼なおばはんやねん……。ステラ通貨圏のド真ん中で、それを言うんか)
     が、後々のことを考え、平静を装ってうなずいた。
    「かしこまりました。それでは1000万クラムを」
    「そんなに……!?」
     驚くイールに、フォコはにっこりと笑って返す。
    「ええ。敵さんが攻めてくる、ちゅうのんは早めに知っておけば知っておくほど、色々と対策が打てますし。1000万の価値はあります」
    「ありがとうございます」
    「すぐにご用意させていただきます。これからもどうぞ、良い取引相手と言うことで、ごひいきに」
     フォコはぺこりと頭を下げ、スノッジ将軍との話を切り上げようとした。
     ところが――。
    「ああ、まだお話は終わりではないですよ」
    「はい?」
    「もう一つ、耳寄りな提案があります。
     その、攻め込んでくるノルド軍。当然、わたくしの軍もそれに参加することになりますが、もしあなた方が何らかの誠意を見せてくれるのならば、その侵攻を妨害できます」
     この提案に、イールとフォコはそれぞれ、嫌なものを感じた。
    (どこまで腹黒いねん、このおばはん……。そら、将軍になれるわな)
    (攻めてこさせないように取引って……。あくまでも、敵じゃないって言うのね、ジーン王国は。どんだけなめてんのよ、あたしらを)
     が、確かに魅力的な案だと言える。ランドはこの提案に、即座に応じた。
    「なるほど。……そうですね、ではこうしましょう。
     まず、前渡しで1000万クラム。妨害に成功し、ノルド王国軍が撤退すれば、もう1000万。
     そして……」
     ランドはわずかに口の端を歪ませ、こう提案し返した。
    「妨害だけではなく、戦闘中に我々に寝返っていただければ――1億」
    「お、く……っ!?」
     この提案に、イールは目を丸くする。そしてふてぶてしい態度を執っていたスノッジ将軍も、流石に面食らったらしい。
    「それは……、本当に、1億を? 1億クラムで? 確約していただけますか?」
    「ええ、勿論。構わないよね、ホコウ」
    「は、い。本当に、我々の完全な味方になってもらえるちゅうことでしたら、まあ……」
     それを聞いて、スノッジ将軍はゴクリと喉を鳴らす。
    「……寝返る、と言うことは、つまり戦闘中に、ノルド王国軍を攻撃しろ、と、そう言うことですね?」
    「はい」
    「そして、それはつまり、ジーン王国の傘下に収まれ、と?」
    「いいえ」
     ランドはこの質問に、横に首を振る。
    「私たちはあくまで取引相手、でしょう? ノルド王国に反旗を翻した後は、スノッジ王国でも何でもお作りになればいい。
     勿論、我々の傘下に収まっていただいても、それはそれでありがたいことですが」
    「……」
     スノッジ将軍はしばらくして、ニヤッと笑った。
    「……引き受けましょう。念のため、証文もお願いします」
    「ええ」

    火紅狐・融計記 2

    2011.01.03.[Edit]
    フォコの話、118話目。腹黒おばはん。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ランドたちとスノッジ将軍は場を変え、ギジュン将軍に聞かれないよう、密談に進んだ。「名目上、ソーリン砦もノルド王国の領地ですし、首都の本軍がやってくれば、我々のところに駐留することになるでしょう。 が、通貨を増発しているとは言え、相手は極貧の大軍。となると我々が何かと面倒を見なければならなくなるのは、明白。試算の結果、我...

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    フォコの話、119話目。
    金融と計略。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     スノッジ将軍との会談を終え、フォコたちは続いてギジュン将軍の話を聞くことにした。
    「頼む! 金、貸してくれ!」
     スノッジ将軍と違い、ギジュン将軍は熱血漢の、直情径行な性質だった。
    「え、と。閣下、今我々が行っている政策、経営方針はご存じですよね? でなければ閣下自らが、こちらへお越しになるわけがない、……と思うんですけども」
    「分かっている。……承知で、言ってる」
     ギジュン将軍は、深々と頭を下げた。
    「この通りだ!」
    「……何や、事情がありそうな感じしますね? 良かったら、聞かせてもろてもええですか?」
     そう問いかけたフォコに、ギジュン将軍は妙な顔をして頭を上げた。
    「アンタ……、変なしゃべり方だな。妙な訛りがあると言うか。……ああ、関係のないことだな、すまん」
    「いえいえ」
    「その、つまりだな。サンドラ、……卿は知っているよな、俺に妹がいることを」
    「あんたらね……。一々あたしにケンカ売らないと話できないの?」
     取って付けたような敬称に、イールはいらだたしげに尻尾を震わせる。
    「すまん。だってあの『猫姫』が、よもや将軍になるなんて思いも、……す、すまん。俺は口が悪いんだ」
    「いいけどさ……。
     まあ、知ってるっちゃ知ってるわよ。あんた、妹がいるのよね。で、その子はイドゥン少将に軟禁されて、もう半年以上経ってる。そうよね?」
    「そうだ。……もしかしたらもう手籠めにされて、無理矢理結婚させられているかも分からん。それでも俺のたった一人の肉親、大事な妹だ。助けられるなら、何としてでも助けてやりたいんだ。
     そう思っていたところに、イドゥン卿の動向について、情報が飛び込んできた。どうも俺を打ち負かし、峠の封鎖を解かせたいらしい。そしてイリア……、妹にとってたった一人の肉親である俺を亡き者にして、諦めを付けさせたいらしい、とも」
    「それだけやないでしょうね。聞くところによれば、中央の商人から多額の借金をしてて、その形にあれやこれや指図されとるらしいですし、これも恐らくは……」
    「それも関係しているだろうな。……何にせよ、イドゥン卿は攻めてくる。
     地の利は俺にあるが、人の利、すなわち兵士の数や装備は、イドゥン卿に大きく分がある。激戦、泥沼になることは必至だ。
     長引けば資金や備蓄の多寡が勝敗を分ける。借金まみれにはなるが、イドゥン卿には金ヅルがいるからな。俺の方が不利になるのは明白なんだ。だからこうして、無心に来たんだ。
     頼む! これ以上イドゥン卿に下衆な振る舞いはしてほしくないし、妹の身も気がかりなんだ。少しだけでもいいから、貸してくれ」
    「振る舞いは……、してほしくない?」
     尋ねたフォコに、イールが代わりに答える。
    「ギジュン卿がこの若さで准将になれたのは、その武勲も大きいけど、イドゥン将軍の根回しがあったからなのよ。借金まみれになる前は、それなりに気骨のあった人だし。
     さっきのスノッジ将軍や、あたしたちが追い出したロドン将軍みたいな、ろくでもない奴らばっかりだったノルド王国軍の立て直しを、数年前の彼は真面目に考えてたのよ」
    「だけど、立て直しには金がいる。それで借金したら、そいつに縛られたってわけさ」
     ギジュン将軍はもう一度、深々と頭を下げた。
    「頼む……! もうこれ以上、俺の恩人が最低の奴になっていくのを見るのは、耐えられないんだ……!」
    「……」
     フォコはしばらく自分の尻尾を撫でながら思案していたが、意を決した。
    「……分かりました。お貸ししましょう」
    「いいのか? ……恩に着る!」
    「でも、条件があります」
    「……やっぱり、そうだよな」
     ギジュン将軍は開き直ったように椅子に座り、ばし、と自分の両膝を叩いた。
    「煮るなり焼くなり好きにしてくれ! 俺は妹を助け、イドゥン卿の暴走を止められるなら、何でもする!」
    「じゃあ、これです」
     フォコはピンと指を立て、条件を提示した。
    「アーゼル砦とその周辺、つまり閣下が現在私有している土地。それから閣下が率いている兵と、閣下自身。
     それをすべて持って、我々の傘下に下ってください。その代わりに、我々は全軍を挙げてイドゥン軍閥に対抗します」
    「……やっぱ、そう来たか。まあ……、そうだよな。俺が持ってる財産って言えば、それくらいだもんな」
     ギジュン将軍はガリガリと虎耳をかき、うなずいた。
    「分かった。今日から俺は、あんたたちの軍門に下る」
    「……ダメ元で言うてみたんですけど、ホンマにええんですか?」
    「ああ。どっちみち、ノルド王国からは半分抜けてたんだ。
     と言って、俺の采配じゃ回り切ってなかったし、そんならもっと、しっかりした奴に委ねた方がいい」
    「……じゃ、ま。よろしくね、ギジュン卿」
     はにかみながら手を差し出したイールに、ギジュン将軍はこう返して手を握った。
    「レブでいい。下ったって言うなら、アンタとは同輩なんだし、卿って言われるのも、言うのも気恥ずかしかったしな」

    火紅狐・融計記 3

    2011.01.04.[Edit]
    フォコの話、119話目。金融と計略。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. スノッジ将軍との会談を終え、フォコたちは続いてギジュン将軍の話を聞くことにした。「頼む! 金、貸してくれ!」 スノッジ将軍と違い、ギジュン将軍は熱血漢の、直情径行な性質だった。「え、と。閣下、今我々が行っている政策、経営方針はご存じですよね? でなければ閣下自らが、こちらへお越しになるわけがない、……と思うんですけども」「...

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    フォコの話、120話目。
    卑劣な死の商人たち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     レブと、彼の持つ軍閥と土地を併合したジーン王国は、すぐにイドゥン軍閥への対抗措置を執ることにした。
    「まず、ノルド峠ですけども、306年以降に建てられた関所は全部、撤廃しときましょか。
     もうアーゼル砦との間に壁は不要ですし、それでなくてもあんな、6つも7つもいりません。関税と交通税を絞り取るより、自由に行き来して商売してくれた方が、よっぽど金になりますしな」
    「そうだね。だけど、まだ沿岸部との関所は維持しないといけない。関所本来の役割――不審者と敵軍の侵入を阻んでもらわないといけないし」
     敵軍、と聞き、レブの表情は暗くなる。
    「……決着付けなきゃな」
     その発言に対し、ランドは肩をすくめる。
    「付けるにしても、それが戦いによって、とも限らない。君も言ってただろ、イドゥン将軍は借金漬けでおかしくなっちゃったって。
     幸い、僕たちにはかなりの額の蓄えがある。ホコウの尽力で、7~80億クラム程度の支払い能力はあるのさ。
     借金をきっちり清算できたら、イドゥン将軍も立ち直れるかも知れない」
     途方もない額を聞かされ、レブの尻尾は毛羽立った。
    「80だと……!? お前ら、そんなに持ってたのか……!?」
    「ええ。ちゅうても、クラム通貨自体はせいぜい4、5億程度ですけどもね。
     僕たちが発行してきたステラ通貨と、それと交換で集めてきたグラン通貨を全部両替したら、総額でそんくらいにはなります。
     まあ、問題はありますけどな」
    「問題って?」
     イールに尋ねられ、ランドが眼鏡を拭きながら答える。
    「ステラとグランが両替できないんだよ。
     さっきの試算は、あくまでもまだ、まともな交易があった頃のレートだし、今はもっと価値を下げている可能性が高い。ステラ通貨もまだ、対外的には全く知られてないから、国外での信用度は無い。
     もしイドゥン将軍の借金が5億クラム以上、つまり僕らの支払い能力分を超えていたら、その不足分をグランやステラで……、と提案しても、相手は受け取ってくれないだろう」
    「そこまで増えてないことを祈るしかないわね」
    「ああ。それに、場合によればスノッジ将軍へも、1億1000万の支払いをしなければいけないだろうし、実質、僕たちが支払える額は、3億ちょっとくらいさ。
     それに借金してるのは、イドゥン将軍だけじゃない。他の軍閥も、細々と借金があるだろうし、その総額がいくらになるか……」
    「5億持ってても、カッツカツなんだな……」
    「まあ、あれこれ対策は講じてみるけど。……もし実らなければ、直接対決になる。それは、心しておいてほしい」



    「手筈は整ったかね、スパス総裁」
     西方の工業都市、スカーレットヒル。
     ケネスはあの裏切り者――クリオの拉致に加担し、ジョーヌ海運とエール商会を貶めた男、アバントと会っていた。
    「整えてあります、ゴールドマン様」
     彼は南海で何とか命拾いした後にケネスと改めて手を組み、彼の身代として西方で猛威を奮っていた。
     ここ、スカーレットヒルの軍事工場も、彼の管轄である。
    「直剣、短槍、短弓各2000単位、大剣、長槍、魔杖各1200単位、そして火薬4トン、既に用意してございます。
     また、設営用の資材も、予定の500セットのうち、既に400弱が完成しております」
    「完成はいつかね?」
    「もう間もなく。来週の配送までには、十分に間に合います」
    「よろしい。……その件に関しては、問題なさそうだな」
     ケネスは工場の天井近くに張られた金属製の空中通路を、カツカツと威圧的な音を立てて歩いていく。その後ろからアバントの、卑屈そうなコンコンとした足音が続く。
     眼下に広がる製造ラインを楽しそうに望みながら、ケネスはアバントに尋ねる。
    「追加発注を頼みたいのだが、今、聞けるかね?」
    「少しお待ちを」
     アバントはそそくさとメモを取り出――そうとして、通路に落としてしまった。
    「あ……」
    「まだ指は不自由なのか?」
    「え、ええ。……忌々しいことです。あのゴミどものせいで」
     アバントは微妙に曲がったままの指で、足元に落ちたメモをヨタヨタとつかむ。
    「発注でございましたね。どうぞ、お申し付けください」
    「うむ。……そうだな、今回の2倍ほど、用意してほしい。納期は二ヶ月以内だ」
    「2倍、でございますか」
    「ああ。今回のイドゥン軍閥への配送を皮切りに、そろそろ沿岸部にいる奴隷……、おっと、軍閥宗主たちに揺さぶりをかけていこうかと、そう考えているのだ」
     奴隷、と言う言葉に、アバントは引きつったように笑う。
    「はは、は……」
    「奴らはもう、進退窮まっている。ここでちょっと『金を返せ』と怒鳴れば、簡単に言うことを聞かせられる」
    「進退窮まる、ですか。一体、どれほどの額で……?」
     そう尋ねたアバントに、ケネスはクックッと笑いながら答えた。
    「総額……、ざっと、14億クラムと言うところだな。もうどこにも、払ってもらうアテなぞないだろう。
     そろそろ北方を丸ごと、買い叩く時が来たと言うわけだ」

    火紅狐・融計記 4

    2011.01.05.[Edit]
    フォコの話、120話目。卑劣な死の商人たち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. レブと、彼の持つ軍閥と土地を併合したジーン王国は、すぐにイドゥン軍閥への対抗措置を執ることにした。「まず、ノルド峠ですけども、306年以降に建てられた関所は全部、撤廃しときましょか。 もうアーゼル砦との間に壁は不要ですし、それでなくてもあんな、6つも7つもいりません。関税と交通税を絞り取るより、自由に行き来して商...

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    フォコの話、121話目。
    仕組まれる同士討ち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     レブが参入して、半月後。
    「来たか……」
     ノルド峠の麓に、イドゥン軍閥と、その他いくつかの小さな軍閥数点とで混成された軍が集まっていると言う情報が入った。
    「どうする?」
     レブの問いに、ランドは渋い顔をした。
    「間に合ってくれるかと期待してたんだけどな……」
    「あん?」
    「いや、こっちの話だ。……そうだな、地の利を活かし、防衛に努めてほしい」
    「分かった」
     ランドはイールとフォコに振り向き、顔をこわばらせつつ指示を出す。
    「僕たちも、一緒に向かおう」
    「分かったわ」
    「あのー」
     と、ここでフォコが手を挙げる。
    「何かな?」
    「タイカさんは? ずーと、姿見てませんけど。あの人、半端なく強いんですし、こう言う時にいてへんと意味無いやないですか」
    「それなんだよね」
     ランドは眼鏡を外し、服の裾で拭きながらつぶやいた。
    「間に合わなかったみたいだ」
    「何がです?」
    「いや、こっちの話」

     ともかく、一行はさらに一週間をかけ、防衛の最前線である、ノルド峠の関所へ到着した。
    「もう、門の向こうは兵士だらけです」
     門番の言葉に、フォコは門の隙間から、そっと覗いてみた。
    「……うへぇ」
     確かに門の向こう、沿岸部側には、関所を囲むように、扇状に軍営が立ち並んでいる。
    「よぉ、かき集めたもんやなぁ」
    「斥候の情報によれば、イドゥン閣下が号令をかけ、集めたそうです。表向きは」
    「じゃ、裏向きは?」
     イールはそう尋ねてはみたが、これまでの話の流れで、答えは大体分かっている。
    「それぞれ、借金の形に軍を動かさせられている、との情報が入っています」
    「でしょうね」
    「と言うことは、ここに借金持ちの軍閥宗主が集合してる、ってわけか。……うーん」
     ランドは顎に手を当て、しばらく逡巡していたが、やがて意を決したようにうなずいた。
    「……彼らと交渉の場を設けたい。相手にそう、打診できるかな」
    「可能です」
    「それは良かった」
    「交渉って……」
     イールは不安げな顔を、ランドに向けた。
    「借金の肩代わりをする代わりに、兵士をここから撤退させてくれないか、ってね」
    「この前言ってたアレね。……でも、5億で足りるかしら」
    「分からない。……でも、難しいかも知れない」
     ランドも門の隙間から、相手を観察する。
    「装備が新調されているグループが、いくつかある。恐らくまた借金を重ねて、整えたんだろう。となるとその額は、想定していたものより高くなっている可能性が、非常に高い」
    「……ひでえよ、マジひでえ」
     レブは地面を蹴り、悔しそうにうなった。
    「借金背負わせて、北方人同士で戦わせるのかよ! ひどすぎんだろ、んなの……ッ!」
    「ホンマですわ。
     ……ホンマに、怖気が走りますわ。自分たちは一切手を汚さんと、一滴の血ぃも流さんと、金に物言わせて、海の向こうで行われる同士討ちを、高みの見物。
     外道にも程があるで、ケネス――こんな悪魔みたいなこと、どんな神経してたらやり通せるんや……ッ!」
     フォコも全身を震わせ、ケネスへの怒りを吐露した。

     と――。
    「待たせたな」
     どこからか、声が飛んできた。
    「え……?」
    「ギリギリじゃないか、タイカ。ヒヤヒヤさせないでくれよ」
    「集めるのに苦労していたようだ。
     伝言も託っている。『流石にこの額は、お前の頼みでも苦しかったぞ。……頼ってくれて、うれしいのは本当だけどな』だそうだ」
     いつの間にか、陣中に大火の姿があった。
     その両脇には、ジャラジャラと音を立てる大きな箱が抱えられている。
    「そっか。……後で、できれば顔を見せに行きたいな」
    「事が一通り済んだら、連れて来てやろう」
    「ありがとう。……よし、交渉の場をすぐ、立ててくれ!」
     先程の不安げな様子をガラリと変え、ランドはハキハキとした口調で命令した。



    「とうとう……、やる時が来たのか……」
     一方、こちらは沿岸部側の陣中。
     イドゥン将軍は、沈痛な面持ちで本営の椅子に座っていた。
    「許せ、レブ……。せめてイリアは、幸せに、……ああ、くそっ!」
     自分でつぶやいた言葉に、自分で憤る。
    「何がせめて幸せに、……だ! これから彼女の兄を、たった一人の肉親を殺そうとしている、この吾輩に! この吾輩に、そんなことを言う資格など……!」
     そしてまた、落ち込んでいく。
    「……許してくれ、許してくれ、レブ。この戦いが終わったら、吾輩も後を追うからな……!」
     イドゥン将軍は震える手で、胸に隠しているナイフを服の上からさすった。
     と――本営内に、伝令が飛び込んできた。
    「閣下! ギジュン准将より、『交渉したい』との連絡が入りました!」
    「む、こ、交渉? そ、そうか。……分かった、すぐに応じると伝えてくれ!」
     その伝達に、イドゥン将軍は心底ほっとした。

    火紅狐・融計記 5

    2011.01.06.[Edit]
    フォコの話、121話目。仕組まれる同士討ち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. レブが参入して、半月後。「来たか……」 ノルド峠の麓に、イドゥン軍閥と、その他いくつかの小さな軍閥数点とで混成された軍が集まっていると言う情報が入った。「どうする?」 レブの問いに、ランドは渋い顔をした。「間に合ってくれるかと期待してたんだけどな……」「あん?」「いや、こっちの話だ。……そうだな、地の利を活かし、防衛に...

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    フォコの話、122話目。
    借金完済。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     交渉の場は、門のちょうど中間で行われることとなった。
     門を開き、周囲を天幕で覆った簡単な部屋に机と椅子が設置され、両軍の将軍が同時に席に着いた。
    「レブ、その……、久しいな」
     イドゥン将軍がカチコチと挨拶をする一方、レブは単刀直入に話を切り出した。
    「兄貴、……いや、イドゥン卿。すぐ、撤退してくれ」
    「ああ、そうだろうな、そうだろうよ。……だが、吾輩は決心したのだ。どうあっても、吾輩はイリアを……」「んな話は今、いいよ」「……何?」
     てっきりイリアをめぐる問題に触れると思っていたイドゥン将軍は、完全に虚を突かれてしまった。
    「お前、その、妹のこと……」
    「そんなことより、兄貴よ。金に、困ってんだろ?」
    「な、何故それを」
    「誰でも知ってるっつの。……いくらいるんだ?」
    「い、言えるわけなかろうが」
     顔を赤くするイドゥン将軍に対し、レブはそれを笑い飛ばしてやる。
    「ははっ……、見栄張らないでくれよ、兄貴。俺は、あんたを助けたいんだよ」
    「……その気持ちは、ありがたい。本当に、ありがたい」
     イドゥン将軍は、悲しそうな顔で首を横に振る。
    「だが、もう遅すぎたのだ。とても、お前に払える額ではなくなって……」「20億ある」
     と、イドゥン将軍の言葉を遮り、レブはそう告げる。だがそれでも、イドゥン将軍の表情は沈んだままだ。
    「……そんなはした金では、無理なのだ。とても20億グランやそこらでは……」「ちげーって」
     レブはまた、クスクスと笑う。
    「20億、クラムだ。グランでも、ステラでもない。20億クラム、俺たちは用意している」
    「……」
     何を言っているのか分からず、イドゥン将軍は硬直した。
    「……に? く? ……に、にじゅ、にじゅうおくッ!? クラムでかッ!?」
    「ああ」
     と、そこに先程大火が持ってきた木箱が運ばれてきた。がしゃんと音を立てる木箱に、イドゥン将軍は思わず立ち上がって中身を確かめる。
    「……な、な、ななな、なん、と……っ」
    「この通り、20億クラムある。俺の同輩たちが、集めてきてくれたんだ。
     そうだ、他の宗主も呼んできてくれよ。そいつらも、金に困ってんだろ? きれいさっぱり、返してやるよ」
    「……れ、レブ……っ」
     突然、イドゥン将軍はレブに向かって土下座した。
    「お、おいおい」
    「すまなかった! 本当にすまなかった!
     借金で首が回らなくなった吾輩は、とんでもないことばかりしてしまった! 不安で不安でたまらず、その挙句にイリアを軟禁するなど……!
     許してくれレブ、この通りだ……!」
     謝り倒すイドゥン将軍に、レブはしゃがみ込み、ポンポンと肩を叩きつつ、優しく声をかけた。
    「いいって。それより、みんなを呼んできてくれよ。
     もうこれ以上、同じ北方人同士で争うの、よそうぜ」



     ノルド峠麓での一件から、一か月後。
    「どう言うことか、詳しく説明していただきたいですな」
     イドゥン将軍や他の沿岸部軍閥が突然、ノルド峠から撤退したと言う話を聞きつけ、ケネスが大慌てで北方へ飛んできた。
    「……」
     居丈高に振る舞うケネスに対し、イドゥン将軍は口を真一文字に結び、黙り込んでいる。
    「将軍閣下、あなたは確約したはずですな? 私どもからの借金を返済する代わりに、ギジュン軍閥を倒し、首都との連絡を回復、そして山間部の鉱山を渡すように働きかける、と」
    「……」
    「ところが何です? 突然、撤退ですって? 何故です!? 怖気づいたのですか、そんな土壇場で! なんとまあ、意気地のない! 軍人失格ですな、イドゥン将軍閣下殿!」
    「……」
    「それとも何ですか、まさか『吾輩、やはり皆に祝福されて婚姻に臨みたいのである』とでも仰るおつもりで?」
    「……」
     前回同様に、ケネスはすい、と立ち上がり、交渉が決裂したかのように振る舞おうとする。
    「どこへ行こうというのだ、当主殿?」
    「契約を履行する気がないと判断させていただきました。即刻、中央軍に働きかけ、あなたを抹殺させていただきます」
     前回と違い、ケネスの言動には直接的な表現が多い。流石に狼狽しているようだ。
    「く、くくっ……」
     それに気付き、イドゥン将軍は思わず笑ってしまった。
    「……なんです、その態度は?」
     憤った顔を見せたケネスに、イドゥン将軍は立ち上がり、こう尋ねた。
    「確か当主殿、吾輩が負った借金の額は、1億2301万、いいや、端数まで入れれば1億2301万8750クラム。
     そして追加の借り入れの2000万に利子を加えた、合計1億4901万8750クラムであったな?」
    「はい? まさか払うとでも言うおつもりですか? 一体どこから? 本国に泣き付いてグランでも発行しましたか? 足りない分はそれで、などと言うおつもりではないでしょうな? そんな不確かな通貨、私は願い下げですよ」
    「まさか」
     イドゥン将軍はフン、と鼻を鳴らし、パンパンと手を叩いて側近を呼び寄せた。
    「……っ!?」
     ケネスの目に、有り得ないものが映る。
    「この通り、1億4901万8750クラム、確かに用意したぞ!
     さあ、とっととこれを持ってお引き取り願おうか、当主殿ッ!」
    「バカな……!?」
     流石の老獪なケネスも、これには唖然とする。
    「どうした!? まさか受け取りを拒否するつもりか!? そうなればそちらが、契約不履行になるな?
     かっか、これは大珍事であるな! 大商人たるケネス・ゴールドマンが、まさか受け取りを拒否、契約を守ろうとせぬとは!」
    「ぐ、っ」
    「そう言うわけには行きますまい、当主殿? 商人であるならば、契約は確固として守らねば沽券に係わると言うもの。
     さあ、とっとと受け取るがいい! そして即刻立ち去り、二度とその下卑た眼鏡面を吾輩の前に見せるなッ!」
    「ぬ、ぐ、くく、くううう……ッ」
     ケネスの顔が、怒りで真っ赤に染まる。
     だが確かに、イドゥン将軍の言う通り――契約を守らねば、それはもう商人ではない。「契約を自ら破棄し、金を受け取るのを拒否した」などと言ううわさが広まれば、ケネスの商人としての信用は地に墜ちる。
    「……分かり、ました。それでは、お受け取り、致しま、しょうか、な」
     ケネスは折れ、その1億5000万近い額のクラムを受け取った。

    火紅狐・融計記 6

    2011.01.07.[Edit]
    フォコの話、122話目。借金完済。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 交渉の場は、門のちょうど中間で行われることとなった。 門を開き、周囲を天幕で覆った簡単な部屋に机と椅子が設置され、両軍の将軍が同時に席に着いた。「レブ、その……、久しいな」 イドゥン将軍がカチコチと挨拶をする一方、レブは単刀直入に話を切り出した。「兄貴、……いや、イドゥン卿。すぐ、撤退してくれ」「ああ、そうだろうな、そうだろう...

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    フォコの話、123話目。
    大金の出所。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     イドゥン軍閥と同様のことが沿岸部の、借金を負っていた軍閥すべてで起こった。どの軍閥も、綺麗さっぱり借金を返済してしまったのだ。
     ケネスは利息で膨れ上がった借金、総額14億クラムを回収しはしたものの、本懐――借金の形に沿岸部の軍を操って北方を攻め、ノルド王国と北方全土を隷属させる計画は完全に瓦解、水泡に帰した。

     ケネスは北方隷属計画が成功していればケネスに次ぎ、最も利権を得られるはずだった人物――バーミー卿からの糾弾を受けていた。
    「どう言うことだ、ケネス」
    「私にも、……皆目見当が付きません」
    「まさか、北方の奴らがクラムを偽造したか?」
     その問いに、ケネスは首を振る。
    「確かに、本物でした。詳しく調べてみましたが、体積、比重、含有物、意匠……、どれをとっても、間違いなく中央政府発行のクラム通貨に間違いありませんでした」
    「ならば、どこかと取引をしたか」
    「それもあり得ません。クラムが余分に流入しないよう、あちこちで制御していたはずですから」
     答えの出ない会話に、いよいよバーミー卿が怒り出す。
    「では、どう言うわけなのだ!? 返答によっては、ただでは済ますまいぞ!」
    「『ただでは』? それは私に言っているのですか?」
     ケネスも反発する。
    「それは、私の過去、現在、そして未来の貢献を無視しての発言ですか?」
     その一言に、バーミー卿はばつの悪そうな顔をした。
    「……ゴホン、ゴホン。いや、……まあ、うむ。
     とにかく、調べておいてくれ。二度と、こんなわけのわからぬ大失態が起こらぬよう」
    「言われずとも。原因が判明し次第、報告させていただきます。
     あいつらに多額の資金を供給した、そのふざけた富豪には、それ相応の制裁を加えていただかねばなりますまい……!」
     ケネスは怒りに満ちた顔で、そう答えた。



     時間と場所は、衝突が回避され、安堵の雰囲気が漂うノルド峠に戻る。
    「で、説明してもらわな、僕には何が何やらさっぱりなんですけども。
     どうやって、20億クラムを用意したんです?」
     帰途の途中、そう尋ねてきたフォコに、ランドはニコニコしながら答えた。
    「実質的にさ、僕たちは時価80億クラムの資産を持ってた。だろ?」
    「ええ」
    「でもそのほとんどは、グランやステラと言った通貨であり、この一件を解決するためには、どうしてもクラムに換える必要があった。
     だけども沿岸部との交通は封鎖されてたし、為替取引ができる状況じゃなかった。このままじゃ僕たちは、クラムを手にできない。
     そこでタイカに、協力してもらってたんだ」
     その説明を、大火が継ぐ。
    「ランドからグラン通貨とステラ通貨を預かった俺は『テレポート』――一言で言うと、世界を自在に飛び回れる術だ――を使い、こいつの生家を訪問した」
    「また掟破りな技、持っとりますな。……って、生家?」
    「あれ、言ってなかったっけ。僕のとこ、央中じゃ結構大きな商家なんだよ」
    「聞いてまへん」
    「じゃ、今言った。ま、それはともかく。
     僕の母が商家の当主をやってるんだけど、彼女に両替をお願いしたんだ。流石に市場に出回ってない通貨だし、了承してくれるかどうか分からなかった。
     了承してくれたとしても、流石に20億も集めてくれるか。不安要素はかなりいっぱいだったんだけど……」
    「結果は、良しですな」
     事の顛末を聞き、フォコの疑問はようやく晴れた。
    「ほんなら、もう沿岸部との問題は解決して、次はいよいよ、ノルド王国との対決になりますな」
    「ああ。……だけどきっと、これも僕たちの勝ちになるよ」
    「なんや策でも?」
    「うん。もう講じてある。
     ほら、今さ、ここにジーン王国の主要人物のほとんどが集まってるだろ?」
    「そうですね。……って、まずいんやないですか、それ?」
     そう尋ねたフォコに、ランドはまたにっこり笑った。
    「普通はね。だけど、事前に一つの楔を打ってある。覚えてるかな?」
    「ん……?」
     フォコは自分たちがここ最近取った行動を思い返してみる。
    「……ああ、もしかしてアレですか」
    「そう、それ」
    「何だ?」
     尋ねた大火に、フォコとランドは同時にニヤッと笑った。
    「腹黒おばはんの金汚さのせいで、ノルド王国軍は困ったことになる、ちゅうことですわ」
    「……?」
     北方を離れていた大火には、何が起ころうとしているのか、皆目分からなかった。

    火紅狐・融計記 終

    火紅狐・融計記 7

    2011.01.08.[Edit]
    フォコの話、123話目。大金の出所。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. イドゥン軍閥と同様のことが沿岸部の、借金を負っていた軍閥すべてで起こった。どの軍閥も、綺麗さっぱり借金を返済してしまったのだ。 ケネスは利息で膨れ上がった借金、総額14億クラムを回収しはしたものの、本懐――借金の形に沿岸部の軍を操って北方を攻め、ノルド王国と北方全土を隷属させる計画は完全に瓦解、水泡に帰した。 ケネスは北方...

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    フォコの話、124話目。
    でまかせ兵法。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     フォコたちがノルド峠へ出向き、沿岸部との衝突回避に努めていた頃。
    「何故だ、スノッジ卿? 何故今、イスタス砦を落とさぬ?」
     首都からやってきた本軍の最高幹部たちが並ぶ会議室にて、あの「腹黒おばはん」、スノッジ将軍が質問攻めに遭っていた。
     ブレーンであるランドとフォコや、将軍のイール、レブらと言った主要人物が離れ、手薄になっているはずのジーン王国へ攻め込むことに、彼女が強く反対しているからだ。
    「何故かと? いえいえ、これは少し落ち着いて考えていただければ、自ずと見えてくること。ご同輩一同、今一度、よくよくご検討のほどを」
    「何度もやった! 砦が今、もぬけの殻であることは明白!
     今、イスタス砦には王を僭称(せんしょう)するクラウス・キルシュ、そして元商政大臣のエルネスト・キルシュ親子しかいないのは分かり切っている!
     奴らにはまったく、戦闘経験はない! さらには相手軍の半数以上、ノルド峠へ向かっている! 兵も、将も手薄! 紙細工同然の相手に、何を逡巡する必要があるのか!?」
    「で、ございましょう? それが却って、怪しゅうございます」
     そう返したスノッジ将軍に、一同は首をかしげる。
    「どう言うことだ?」
    「『空城計』と言う言葉をご存じですか?」
    「くう、じょう……?」
     スノッジ将軍は何とか軍を留めさせようと、ランドからあらかじめ吹き込まれていた方便を伝える。
    「敵があえて、わざと我々に攻め込ませようと、いない振りをすると言う策のことです。
     こうして我々がすぐ、目の前にいるこの状況で、敵は今、本陣にいないことを、隠し立てもせず、あからさまに広く報せています。
     これが罠でなくて、なんでしょうか?」
    「何をバカな……!」
     大半はスノッジ将軍の意見を鼻で笑ったが、それでも数人は納得し始めた。
    「いや、そうとも言い切れんよ」
    「何ですと?」
    「あのイスタス砦、元々はロドン元将軍が持っていたものだったが、キルシュ卿ら、現在のジーン王国の中心人物らに陥落させられたそうではないか。
     そして陥落のタイミングも、異様に良かったと聞く。降って湧いたように軍備の横流し騒ぎが起き、その犯人探しで砦内の空気が険悪になったところで、その不仲を狙ったように攻め込んだと言うではないか。
     これはあまりにもできすぎた流れと思わんかね――ブレーンになっていると言うファスタ卿の仕業ではないかと、わしは思うのだ」
    「むう……」
    「そしてノルド峠でいざこざが起こっているとは言え、今まさに、我々が迫っていると言うのに。相手は砦を留守にしておいて、それを隠そうともしない。
     この防御のなさは、余りにも不気味だ。罠の可能性は、捨てきれんだろう」
    「確かにそうかも……」
    「しかし……、そのファスタ卿も、砦にはいないと」
    「そこがまた怪しい。戦闘に参加しないはずの人間が何故、戦地の最前線に向かうと言うのか? 冷静に考えれば、そんな行動は理屈に合わん。
     例えば影武者を立てるなどして、実際のところはあの砦に籠っており、そして、我々がノコノコ襲ってくるのを、手ぐすね引いて待っているのではなかろうか?
     罠の臭いを、感じずにはいられん」
    「そう考えれば、そうとも取れなくは……」
    「いやしかし、兵がいないのは間違いなく……」
    「だがそれも引っかけ、と思えなくも……」
     会議は煮詰まり、結論は一向に出ない。

     この流れに、スノッジ卿は心の中で、ほっと溜息をついた。
    (これなら思惑通り、本軍の足止めができそうね)
     何しろ、1億クラムの取引である。
     スノッジ将軍としては、1億の獲得のため、何としてでも成功させなければならなかったし、何より相手はポンと1億を出せる「お客」なのだ。
     ここで本軍に潰されてしまっては、1億の取引は丸つぶれになるし、さらに今後の取引を考えれば、相手に残ってもらわなければならない。
    (こいつらの戦果や利権など、どうでもいい。肝心なのは、わたくし。
     わたくしの、利益。わたくしの、権利。わたくしの、お金。それがちゃんと確保されなければ、何にもなりはしないもの)
     膠着した会議の中、スノッジ将軍は自分の懐を潤わせることに、考えを巡らせていた。

    火紅狐・挟策記 1

    2011.01.10.[Edit]
    フォコの話、124話目。でまかせ兵法。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. フォコたちがノルド峠へ出向き、沿岸部との衝突回避に努めていた頃。「何故だ、スノッジ卿? 何故今、イスタス砦を落とさぬ?」 首都からやってきた本軍の最高幹部たちが並ぶ会議室にて、あの「腹黒おばはん」、スノッジ将軍が質問攻めに遭っていた。 ブレーンであるランドとフォコや、将軍のイール、レブらと言った主要人物が離れ、手薄にな...

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    フォコの話、125話目。
    白熱するだけの会議。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     一方、こちらはノルド峠を上る、フォコたち一行。
    「うまく行けば、敵はソーリン砦で硬直したままのはずさ。
     万一、攻め込んだとしても、キルシュ卿とクラウス陛下、あと、資産とかはアーゼル砦まで撤退、移送できるように、手筈は整えてる。
     相手がどう動こうとも、こちらの負けは無い。この防衛戦は、実を言えばそんなに重要でもないし、痛手もない。
     本当に重要なのは、彼らが僕らに対しどう動くのか、見せてもらうことにある」
     ランドの言葉に、レブが噛みつく。
    「重要じゃねーって……、砦いっこ落とされてもか?」
    「うん。そりゃ確かに、一時的にせよ、ミラーフィールドと言う裕福な領地を失うのは痛いさ。でもそんな損失よりも、敵の動きを観察して得るものの方が、非常に大きい。
     お金や土地は現在の価値でしか測れないけど、敵の情報は後々になればなるほど、その価値を高めていく。これは言い換えれば、投資なんだ」
    「投資ぃ……?」
     まだ納得の行かない顔をするレブに、ランドはニコニコ笑いながら説明する。
    「例えばさ、カードゲームで、相手の持ってるカードが全部見えてたらさ、負けると思う?」
    「いやぁ……、そりゃ勝つだろ。んなもん分かってたら、相手が何切ってくるか、丸わかりだし」
    「だろ? 今回狙ってるのは、それさ。
     この一件で、僕たちは敵の手持ちカードをすべて、確認させてもらうのさ」



     結局、ソーリン砦に集まったノルド王国軍は、攻め込むこともせず、かと言って撤退して態勢を整え直す、と言うこともせず、ソーリン砦に駐留したままだった。
    「まったく……! 無駄な論議の間に、敵は戻ってきてしまったぞ! どうするおつもりか、各々方!」
     まったく成果が挙がらず、苛立っていた将軍の一人が声を荒げる。
    「どうするもこうするもない。機が悪かったと言うことだ。ここは一旦戻って……」
    「馬鹿な! 敵を目の前にして、すごすご引き下がれるかッ!」
    「落ち着け落ち着け! これは敵の罠だ!」
     憶測に憶測が重なり、会議は混沌とし始める。
    「罠、罠、罠! 何でもかんでも罠だと言うのか! そんなもの、最初からありはしなかったのだ! 我々は踊らされたのだ、無様にな!」
    「そんな証拠がどこにある! 我々は賢明だった! 罠にかからなかったのだからな!」
    「だったら罠があったと証明してみせろ! あったのなら謝罪してやる!」
    「何でそんな話になる!? そんなことを論じて何になるのだ!?」
    「いいから証明だ! 敵が罠を張ってたなら、今後も張る! それなら今度こそ看破して攻められると言うもの!」
    「無い無い無い! そんなものは、無い! いいからもう、さっさと攻め込むぞ!」
    「何でお前に命令されなきゃならんのだ!」
     混沌とした会議は、次第に険悪な様相を呈していく。
    「して悪いか!? お前ら全員、グズグズしてるからこんな体たらくなんだぞ! 誰かが音頭取って進めなきゃ、どうしようもないだろう!?」
    「だからって、なんでお前が指図する!? 黙ってろ!」
    「黙れ!? 一体誰に向かってものを言って……」「『グレイブファング』ッ!」
     突然、ドス、と言う音を立て、円卓の中心に石柱が突き立てられた。
    「な、なんだ……!?」
    「お静まりください! どうか、お静かに!」
     石柱を突き立てたのは、スノッジ将軍だった。
     自分の砦でこれ以上いさかいが起きるのを嫌った彼女は、場を無理矢理にまとめる。
    「ともかく、会議は一旦、ここでおしまいになさってください! これ以上続ければ、会議ではなく殴り合いになってしまいます!
     また後日、各自冷静になってから、対応を考えることにいたしましょう! 異議、異論はございますか、みなさん!?」
     魔杖を振り上げるスノッジ将軍の剣幕に、他の将軍たちは一斉に沈黙し、円卓を後にした。

     思わぬ事態になり、スノッジ将軍は自室で頭を抱えていた。
    (もう……! 誰も彼も愚か者、愚か者! 何と言う愚か者だこと!
     攻めるにしても攻めないにしても、みんなわがままに口出しするものだから、会議を行えば行うほど、空気がおかしくなるだけ。
     まあ、そうよね……、それが北方の気質なのよね。権力者層がみんな、我が強くてわがままなんだもの。目的が一致すれば、一丸となって兵士をグイグイ精力的に引っ張っていくけれど、こうして意見が割れたら、もうどうしようもない。とことん対立して、関係が崩れていくばかり。
     ……こんなことを考えてる場合じゃないわよね。ともかく意見をまとめて、攻めるか戻るかしてもらわないと。
     もうジーン王国からもらった1000万、半分以上が溶けてきているし……。本軍があんまりにも長居するものだから、その接待のせいで、折角のお金がどんどん無くなってしまうわ。
     さっさと追い出さなきゃ、1億どころではなくなってしまう)

    火紅狐・挟策記 2

    2011.01.11.[Edit]
    フォコの話、125話目。白熱するだけの会議。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 一方、こちらはノルド峠を上る、フォコたち一行。「うまく行けば、敵はソーリン砦で硬直したままのはずさ。 万一、攻め込んだとしても、キルシュ卿とクラウス陛下、あと、資産とかはアーゼル砦まで撤退、移送できるように、手筈は整えてる。 相手がどう動こうとも、こちらの負けは無い。この防衛戦は、実を言えばそんなに重要でもないし...

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    フォコの話、126話目。
    視点の違い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「なるほど……、貴重な情報、ありがとうございます」
     本軍に知られないよう、密かにイスタス砦を訪れ、砦で行われた会議の様子を伝えたスノッジ将軍に、ランドは深々と頭を下げた。
    「それで、その……、できれば、もう少しばかり……」
    「ええ、情報料と言うことで。ホコウ、いいよね?」
     ランドに尋ねられ、フォコも大きくうなずく。
    「ええ、勿論。結構ご入り用みたいですし、ここはドンと、2000万ほどお渡ししときましょか」
    「そ、そんなに? ……あ、いえ、いただけるならもう、いくらでもありがたいので」
     スノッジ将軍は半ば卑屈なほどに、ぺこぺこと頭を下げた。

     スノッジ将軍が帰った後、ランドはイールたち将軍を呼び寄せた。
    「そろそろ攻め頃だ。準備を整えて、首都を陥落させよう」
    「な、何ぃ!? ソーリン砦じゃなくて、いきなり首都かよ!? 正気かよ、ランド?」
     面食らうレブに対し、ランドはコクリとうなずく。
    「勿論正気さ。理由もある。ソーリン砦に本軍が集まり、結論の出ない会議に終始している今がチャンスなんだ。
     本軍の大部分が離れているから首都の守りは手薄なはずだし、敵が砦防衛組と首都攻略組とで割れたら、相手はどちらを攻めるかでまた一悶着。結論の出ないまま……」
    「……敵軍の大部分が動けないまま、首都陥落ってことね。まったく、悪魔みたいな策をよく考え付くわね、ランド」
     イールの言葉に、ランドは肩をすくめる。
    「悪魔とは人聞きが悪い。イスタス砦の時も、ノルド峠の時も。そして今も、僕は犠牲の出ない方法を採ってるだけさ。
     本当に悪魔的って言うなら、スノッジ将軍を借金漬けにして、彼女の砦内で将軍たちで同士討ちにさせる方が、よっぽど効果的ってもんさ」
     沿岸部での一件を皮肉ったランドに、フォコは苦笑した。
    「はは……。
     でもランドさん、いっこ問題あるんとちゃいます、その作戦?」
    「うん?」
    「ここから首都へ行く道、細いのんも入れたら何本かはありますけど、こっちの兵隊さんが一気に通れるような大きな道って、スノッジ卿のいてはるソーリン砦の裏手にありますよね?
     いくらなんでも、首都には何百、何千かくらいはまだ、兵隊さんいてはると思うんですけど、どうやってそれを突破して、陥落させるんですか?
     まさかまた、タイカさん頼みなんやないですよね……?」
     話を聞いていた大火が、顔をしかめる。
    「無理を言うな。数人程度なら、『テレポート』なり『エアリアル』で運んではいける。
     だが、数千人単位を運ぶとなると、それなりの規模の魔法陣が、ここと、移送先に必要になる。
     まさか敵の目の前で、怪しげな魔法陣をのんきに描いていろと言うのか? とんだ間抜けになるぞ」
    「あ、いやいや。僕たちはあくまでも、平和的解決をしたいからさ。
     君たちだって、わざわざ同郷の人間と戦いたくないだろ?」
    「まあ……」「そりゃ、ねぇ」
     うなずくイールとレブにほんのり得意げな表情を向けつつ、ランドは策を明かした。
    「ソーリン砦の大軍と言う、巨大な壁。それが動けば、後には何にも障害はない」



     数日後に再開された会議は、またも紛糾した。
    「いい加減、どちらかだ! どちらかに、スパッと決めろ! 攻め込むか! それとも尻尾を巻いて逃げるか!」
    「言い方を考えろよ……。逃げる、じゃなくて、態勢を整え直す、だろう?」
    「どちらでも同じだ! 敵前逃亡もいいところだろうが!」
    「もうごねるのやめろよ……」
     と、こんな風に進展のないまま会議が続く中、スノッジ将軍はぼんやり、ジーン王国との取引に思いを巡らせていた。
    (情報提供で2000万……。多少のリスクは伴うけれど、その額は大きいわ。ここでもう少し場を引っ張って、もっと出してもらおうかしら?
     ああ、でもあの眼鏡のエルフ、……そう、ファスタ卿。彼は切れ者だし、嘘をついたり、どうでもいい情報を流したりしたとしても、きっと報酬は寄こさないわね。
     となると有益な情報を、『作る』必要があるわね)

    火紅狐・挟策記 3

    2011.01.12.[Edit]
    フォコの話、126話目。視点の違い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「なるほど……、貴重な情報、ありがとうございます」 本軍に知られないよう、密かにイスタス砦を訪れ、砦で行われた会議の様子を伝えたスノッジ将軍に、ランドは深々と頭を下げた。「それで、その……、できれば、もう少しばかり……」「ええ、情報料と言うことで。ホコウ、いいよね?」 ランドに尋ねられ、フォコも大きくうなずく。「ええ、勿論。結構...

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    フォコの話、127話目。
    口先の力業。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     スノッジ将軍はいまだ結論の出ない会議をまとめるべく、口を開いた。
    「皆様方、ひとまず、現時点での結論をまとめてはいかがでしょうか?」
    「うん?」
    「ともかく、行動が必要です。でなければいつまでも、こんな会議を延々続けなければなりません。
     まずは現時点での、全員の意見を取りましょう。さ、皆様お立ちになって」
     スノッジ将軍は自分の左右を指差し、多数決を取った。
    「ともかく攻めよう、と言う方はわたくしの右に。罠かも知れない、態勢を整え直そうと言う方は左にどうぞ」
    「ふ、む……」
    「まあ、そうだな。このまま言い合っていても仕方がない」
    「よし並ぶか」
     これ以上の揉め合い、罵り合いに飽き飽きしていた将軍たちは、スノッジ将軍の案に従って席を立ち、彼女の左右に並ぶ。
    「……現時点では、攻める方が大多数ですね。
     どうでしょう、皆さん? ここは肚を決めて、攻勢に出てみると言うのは?」
     この意見に、撤退派が反発する。
    「スノッジ卿、あなたは何を言っているのか分かっているのですか!?」
    「罠かも知れないからと言ったのは君だろう!?」
    「ええ、ええ。重々承知しております」
     反発意見に対し、スノッジ将軍はぺこりと頭を下げて弁解した。
    「ですが、例え罠があったとして、その効果はいかほどでしょうか?
     まさか我々全軍を壊滅しうるほど? そんな馬鹿な話はないでしょう! 恐らくは、最悪でも一個中隊が犠牲になる程度。もっと現実的に考えれば、さほどの痛手にもならないはず。
     彼らの戦力は確かに小さなものではないでしょうが、それでも元民間人の反乱軍が半分、残り半分ははぐれ者のギジュン軍閥のもの。『烏合の衆』と言う言葉がこれほど似合う敵もいないでしょう!
     そんな半端者の敵が攻めてきたとして、どれほどの痛手になるでしょうか? 相手も自分が半端者の軍であることを、重々承知しているはず――でなければ、目と鼻の先にいる我々に、何のちょっかいも出してこないと言う説明が付かないでしょう?」
     場を散々混乱させた意見をぬけぬけと翻してみせたが、その理屈には説得力が無いわけでもない。
    「そう言われてみれば……」
    「我々がこちらに出張ってもう何週間も経つが、無反応もいいところだ」
    「本当に卿の言う通り、あまりにも無力で身動きが取れない、……のか?」
     場の意見が、じわじわと攻める方向へ動いていく。それを感じ取ったスノッジ将軍は、一気にたたみかけた。
    「ここはもう、突いてみる他ございませんでしょう! 案外、突いた瞬間にぱぁんと、氷細工の如く、あっけなく砕け散ってしまうかもございませんよ?」
    「……そうだな」
    「まかり間違っても、この大軍が敗走することなど有り得んわけだし」
    「一回、仕掛けてみるか」
     場がまとまり、即座に攻めようと言う空気が流れ始める。
     が――スノッジ将軍は、それを抑えようとする。
    「そうですね、そう致しましょう。……日は、そうですね、3日後の朝から、と言うことでいかがでしょうか?」
    「3日後……?」
    「間を置きすぎでは? 明日でも十分……」
    「情報収集のためです。万一、もし、本当に、相手が罠を仕掛けていた場合、多少ながら、痛手を被るでしょう。
     力のない相手に対して、多少なりともそんなものを負うなど、あまりにも馬鹿馬鹿しい、あまりにも恥ずかしい! そうは思いませんか?」
    「……うー、む」
     余りにも強引で、最早暴論に近い誘導だったが、場の空気を支配するスノッジ将軍に押される形で、侵攻は3日後の朝となった。



    「と、こうなりました。……で、そのー」
     会議がまとまった次の日の未明、今度はフォコがスノッジ将軍に応対した。
    「2000万です。まいど」
    「どうもどうも」
     話を一通り聞き、スノッジ将軍を追い返したところで、フォコは欠伸混じりにつぶやいた。
    「ふあ、ああ……。あのおばはん、頭良く回しとる振りしよるけど、結局アホやな。
     こんなアコギで恥知らずで明け透けなことしとって、それでもまだ、『自分だけが美味しい思いを』とか思うてる顔やで、あれ。
     ……そんなもん、うまく行くわけないやん」
     フォコのこの言葉は2日後、即ちソーリン砦から本軍が侵攻するその日に、現実となった。

    火紅狐・挟策記 4

    2011.01.13.[Edit]
    フォコの話、127話目。口先の力業。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. スノッジ将軍はいまだ結論の出ない会議をまとめるべく、口を開いた。「皆様方、ひとまず、現時点での結論をまとめてはいかがでしょうか?」「うん?」「ともかく、行動が必要です。でなければいつまでも、こんな会議を延々続けなければなりません。 まずは現時点での、全員の意見を取りましょう。さ、皆様お立ちになって」 スノッジ将軍は自分の...

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    フォコの話、128話目。
    三流策士、策に挟まれる。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ノルド王国本軍、侵攻の日。
    「……やはり……」
    「……でしょうね……」
     行軍のあちこちで、各将軍とそれぞれの側近たちが、ひそひそと言葉を交わしている。
    「……じゃあ……」
    「……恐らくは……」
     だが、周囲のそんな素振りに、金に目を眩ませるスノッジ将軍は、まったく気が付く様子はない。
    「ぐふ、ふふ、うふふ……」
     彼女の頭の中には、この行軍を邪魔して1億をぶんどることしかない。
    「……いつ頃……?」
    「……中間くらい……」
    「……いや少し後か……」
     彼女は馬鹿にしていたのだ。
     いつまでも紛糾し、進むことも戻ることもせず、いがみ合うだけの将軍たちを。
    「……では……」
    「……そうしよう……」
     そして自分たちより力がないと軽んじていた、ジーン王国の軍を。

     そのため――彼女は簡単に、罠にはまった。



     ミラーフィールド大塩湖を迂回し、ソーリン砦とイスタス砦の中間から、少し北寄りに進んだほとりで。
    「スノッジ卿……、スノッジ卿!」
     金のことで頭がいっぱいになっていたスノッジ将軍は、何度か声を掛けられて、ようやく顔を挙げた。
    「あ、はい。何でしょうか?」
    「何を考えていらっしゃった、卿? そんなにやけた顔で……」
    「え、……ああ、いえ。……え?」
     いつの間にか、スノッジ将軍の率いる一個小隊の周りを、他の将軍たちが率いる数個小隊が囲んでいる。
    「あの……? 皆さん、どうされたのです?」
    「もうそろそろ、敵の姿が見えるかと言うところで、よくそれほど、笑みを浮かべていらっしゃいますね」
     将軍の一人にそう言われ、スノッジ将軍は思わず、顔に手を当てた。
    「あ、えっと、……いえ、どう攻めようかと、そう考えるうちに、勝利を確信したもので」
    「攻める? 誰をですか?」
    「えっ?」
     囲んでいた小隊が、じわじわと歩を詰めてくる。
    「誰、ですって? 決まっているでしょう、ジーン王国……」「嘘や方便はそこまでにしてもらおうか、卿」「……っ」
     将軍数名が、スノッジ将軍の乗る馬を取り囲んだ。
    「降りていただこう」
    「……何故です? まだ先は長いですよ?」
     まだジーン王国との密約がばれていないと高をくくっている彼女は、それに応じない。
    「二度も言わせるでない、卿。方便はもう、十分だ」
    「……」
    「おかしいと思っていたんです。何故、数日前にご自分で仰ったことを、いきなり引っくり返すようなことをしたのかと。あまりにも不可思議だ」
     将軍たちが、静かに武器を手に取った。
    「そう、そして不可思議なことが、もう一つ。卿は夜中に出歩くのが、どうもお好きらしいな」
    「……!」
    「跡をつけてみれば、これまた不可思議。敵方の陣取る、イスタス砦に入っていくではないですか」
    「そして出た時には、いかにも重たそうな袋が腰に提げられていた、とのこと。
     ……説明していただこうか、スノッジ卿ッ!」
     将軍の一人が、スノッジ将軍の乗る馬の尻を引っぱたいた。
     当然、馬は暴れ出し、前脚を高々と上げる。
    「わ、……わ、わわっ!?」
     ごろんと仰向けに落下するスノッジ将軍を、他の将軍数名が支え、そのまま拘束する。
    「な、何をなさいます!?」
    「白々しい! もういい加減、すべてを吐いたらどうだ、この売国奴め!」
    「う……」
     自分を囲む将軍たちににらまれ、スノッジ将軍はようやく観念した。

    「なるほどなるほど」
    「つまり我々を足止めし、情報提供することで、1000万、2000万の金を得ていたわけか」
    「いやいや、まったくぼろい商売だな」
    「呆れてものも言えませんね!」
    「……」
     洗いざらい白状したスノッジ将軍は、ここで拘束を解かれる。
    「え……?」
     きょとんとしている間に、続いて刃を向けられた。
    「さっさと消えろ、雌豚」
    「これ以上、我々と同行せんでもらおうか」
    「立ち去りなさい! 即刻、我々の前から!」
    「それとも罪を償うつもりか? それならそれで、介錯してやるが」
    「ひぇ……っ」
     スノッジ将軍は顔色を変え、バタバタともがくように、その場から逃げ去って行った。



     結局――スノッジ将軍は自分の弄した策と、それを上回るランドの策とに挟まれ、自滅した形となった。

    火紅狐・挟策記 終

    火紅狐・挟策記 5

    2011.01.14.[Edit]
    フォコの話、128話目。三流策士、策に挟まれる。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ノルド王国本軍、侵攻の日。「……やはり……」「……でしょうね……」 行軍のあちこちで、各将軍とそれぞれの側近たちが、ひそひそと言葉を交わしている。「……じゃあ……」「……恐らくは……」 だが、周囲のそんな素振りに、金に目を眩ませるスノッジ将軍は、まったく気が付く様子はない。「ぐふ、ふふ、うふふ……」 彼女の頭の中には、この行軍...

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    フォコの話、129話目。
    巨壁を動かす。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     本軍を散々惑わせていたスノッジ卿が陣から去ったことで、一同の意見は完全に、イスタス砦を攻める方向に収束した。
    「よし、多少のゴタゴタはあったが、とにかくこれで、皆の気持ちは一つになった! もう迷わず、攻めに徹するぞッ!」
    「おうッ!」
     反対意見を言う者もいなくなり、全軍の勢いは加速度的に上がっていく。
     これまでミラーフィールド大塩湖の岸、南半分を一日近くかけて進んでいたのだが、勢いづいた軍は残りの北半分を、たったの数時間で駆け抜けた。
    「よし、見えてきたぞ! あそこがイスタス砦だッ!」
    「全軍、止まるな! 一気に押しつぶせーッ!」
     まるで雪崩のように、本軍は一気に砦の門を破り、飛び込んでいった。



     時間は、フォコがスノッジ将軍を応対し終えた、その直後に戻る。
    「みなさん、起きてください! 作戦開始ですよ!」
     フォコは砦中の人間を起こし、計画が次の段階に進んだことを連絡した。
     と、その途中で眠たげに目をこするランドと顔を合わせる。
    「ふあっ、……ああ、うん。やっぱり予想通りだったね、ホコウ」
    「……ランドさん。それ、僕やなくて置物ですよ」
    「え? ……ああ、失礼。色合いが似てた」
     ランドは苦笑しつつ、ようやく眼鏡をかけてから、改めてフォコに向き直った。
    「やっぱりスノッジ卿、来たんだね。で、内容はもしかして……」
    「ええ、3日……、と、もう日が変わってますから、2日後ですね。2日後に、王国本軍が来るそうです」
    「そっか」
     と、そこへイールたち将軍も駆けつけてきた。
    「もう移動の準備は整ってるわよ」
    「ありがとう。陛下やキルシュ卿も準備できてるかな」
    「ええ。あともうちょっとすれば、国庫の中は全部持ち出せるわ」
     その回答に、フォコとランドはにっこり笑った。
    「ええですね」
    「ああ。じゃ、そろそろ僕らも準備して出ようか」
    「はいー」

     イスタス砦をこっそりと抜けたところで、ランドとフォコはまた、クスクスと笑う。
    「それにしてもランドさん、ホンマにうまいこと考えましたね」
    「はは……」
     ランドの考えた作戦は、こうだった。
     そもそも、ノルド王国打倒には、スノッジ将軍とノルド王国本軍の将軍たち、そして、それらが首都、フェルタイルへ至る道の手前に陣取っていることが、最大のネックとなっていた。
     とは言え、まともにぶつかっては、いかに「猫姫」イールや百戦錬磨のレブがいようと、兵力の上で圧倒的に不利である。どうにか戦わず、かつ、相手を回避する作戦が必要だったのだ。
     そこで目を付けたのが、スノッジ将軍の欲深さと、他の将軍たちの、自分の意見を曲げようとしない我の強さだった。
    「あのおばはんやったら、1億のために適当に話を取り繕って足止めするくらい、簡単にしてくれはるでしょうしね」
    「うん。そして彼女が動くことで、僕らにもう一つ、大きなメリットができる」
    「っちゅうと……、この『2日』の獲得、ですか?」
     そう尋ねるフォコに、ランドは深々とうなずく。
    「そう言うことさ。大軍が駐留すれば、いずれは1000万だろうが2000万だろうが、使い果たすことになる。かと言って、僕らから引き出す額も限度がある。
     財政事情が逼迫すれば、彼女はいずれ、将軍たちの意見を無理矢理にでもまとめて、攻める方に転じるさ。でも、それはすぐに行われない。
     いや、行われては困るわけさ、彼女にとっては」
    「万一僕らがやられてしもたら、1億の話は消えてしまいますもんね」
    「そう。だから彼女は、数日程度の時間稼ぎを企む。それがこの『2日』だ。
     そして話が決まらない限り、ずっといがみ合い、揉めていた将軍たちは、この意見の一致によって、今度は迷わなくなる。言い換えれば攻め一辺倒になり、他の可能性を考慮しなくなる。
     ……と言うよりも、したくなくなる、かな。ここでまた余計なこと――意見を翻して、前のように散々揉めるなんて泥沼は、誰だって避けたいだろうからね。
     だから一旦決まってしまえば、もう僕らを攻めることしか、念頭に置いてこない。こうして僕らが、もぬけの殻になった砦をパスして首都へ向かうなんて、思いもしないだろうさ。
     彼らにしてみれば、自分たちが固めていた陣地に飛び込まれ、さらにその先へ……、なんて、まともに考えれば常識はずれ、荒唐無稽の戦法だからね。
     まあ、この作戦も、時間の猶予が無かったらどうしようも無かった。もしスノッジ将軍がすぐにでも攻めるって通達してきたら、本当に困ったことになったけど……」
     そこでランドは、肩をすくめつつ苦笑した。
    「2日もくれるなんてね。割とのんびり、行軍できそうだ」



     イスタス砦の門を力任せに破った本軍は、バタバタと砦中に散らばる。
    「どうした、雑兵どもッ!? 臆したか!?」
    「無駄な抵抗はやめろ! とっとと出てきて投降するんだ!」
    「出てきなさい! 隠れても無駄よッ!」
     だが、砦の上から下までぐるりと回ってみても、敵の姿は一名も見当たらない。
    「いない……?」
    「……どう言うことなの?」

    火紅狐・地星記 1

    2011.01.16.[Edit]
    フォコの話、129話目。巨壁を動かす。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 本軍を散々惑わせていたスノッジ卿が陣から去ったことで、一同の意見は完全に、イスタス砦を攻める方向に収束した。「よし、多少のゴタゴタはあったが、とにかくこれで、皆の気持ちは一つになった! もう迷わず、攻めに徹するぞッ!」「おうッ!」 反対意見を言う者もいなくなり、全軍の勢いは加速度的に上がっていく。 これまでミラーフィー...

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    フォコの話、130話目。
    いつのまにやら。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     困惑したままの将軍たちは、とりあえずイスタス砦の外に出て、検討を始める。
    「スノッジ卿の言では、ここには10億、20億クラムは金があったと言うことだったが……」
    「あんな守銭奴の意見なんか、……いや、金の話だけに、それは信憑性があるか」
    「国庫には、1グランもありませんでしたね」
    「そしてジーン王以下、砦内にいると思われた人間は、一人もいない、……か」
     そして、結論に至った。
    「逃げられた、……か」
    「それ以外、考えられない。……くそ、3日も猶予を与えるから!」
    「俺たちとしたことが、あんな守銭奴の意見に耳を傾けてしまうとは」
    「済んだことを論じても、仕方あるまい。今後の展開を考えておかなくては」
     将軍たちは消えたジーン王国の首脳と将兵の行方を探ろうと、市街地に住んでいる者たちに話を聞いて回った。
     だがそれも空振りに終わり、将軍たちは次に打つべき一手を見失ってしまった。
    「どうします?」
    「……帰るか。ここにいても意味はない。とりあえず将軍1、2名は駐留するとして……」
     と、とりあえずの対策を立てていたその時だった。
    「お話の途中、失礼いたします……」
     将軍たちの話の輪に割って入ろうとする者が現れた。
    「なんだ、お前は?」
    「ジーン王国からの使いでございます」
    「なんだと?」
     将軍たちに一斉ににらまれつつも、その伝令は用件を伝えてくれた。
    「その……、大変、申し上げにくいのですが」
    「なんだ、と聞いている」
    「昨日を持ちまして、ノルド王国はジーン王国に、その……、併合、されました」
    「……なんだと?」
    「ノルド王国が持つ領地はすべて、ジーン王国領となりました」
     この言葉に、全員の目が点になった。
    「……嘘だ」
    「本当、です。……あの、こちらが併合宣言書です」
     伝令が恐る恐る取り出した書簡をひったくるようにして受け取り、読み進めた将軍たちは、一様に膝を着き、脱力した。
    「……そんな、ばかな……」



     昨日、明け方。
    「制圧、……完了できたね」
     この時点で既に、ジーン王国軍はノルド王国の首都、フェルタイルに攻め入っていた。
     とは言え、敵軍の半数以上はイスタス砦に向かっている最中である。敵の兵力は通常の半分以下であり、さらには指揮する将軍、指示できる人材も、非常に少ない。その上、はるか遠くにいるはずの敵であり、対策など講じているわけがない。
     イールを初めとする精鋭と、ランドの卓越した戦略・戦術の前には、あまりにも想定外の襲撃を受けて困惑していたノルド軍が対抗できる術は、何も無かった。
     ジーン軍は瞬く間に城下町と、軍本部などの主要拠点を制圧し、残るは王族の住む城のみと言う状況になっていた。
    「こうなるのに、何年かかるかって思ってたのになー……」
     制圧した今も、イールは信じられないと言う顔をしている。
    「確かに……、ホコウの資金創出やタイカの魔術が無かったら、10年、20年の長い戦いになってたと思う。……本当に、感謝するよ」
    「へへ、ども」
    「……」
     褒めちぎられたフォコと大火は――片方はヘラヘラと、もう片方はニヤリと――笑って返した。
    「……で、残るは城だけど。どうやって投降してもらおうかな」
     そうつぶやいたランドの背後から、声がかけられた。
    「ファスタ卿。私に、任せてくれないか」
    「……クラウス陛下?」
     背後に立っていたのはキルシュ卿の息子であり、ジーン王国の首長に担ぎ上げられたエルフ、クラウス・ジーンだった。
    「その……、君たちにばかり、重要な仕事をさせるわけには行かないよ。……仮にも、王だから」
    「……そうですね。王への交渉・説得、となると、同じ高さにいる、こちらの王が出てこないと話にならないでしょうし」
    「ああ。それに現国王のバトラー・ノルドとは、若い頃に良く話を交わした間柄なんだ。彼のことは、良く知っているつもりだ。
     この交渉には、君やソレイユ君よりも、私の方がうってつけのはずさ」
    「なるほど。……そう言う事情でしたら、確かにお任せしないわけには行きませんね。
     では、僕とイールが補佐に付きます」
    「いや、しかし……」
    「いえ、あくまでも交渉は陛下お一人にお任せするつもりです。しかし単身、中に飛び込ませるわけには行きませんから」
    「……分かった。では、ノルド王に会うまでは、付いてきてくれ」

    火紅狐・地星記 2

    2011.01.17.[Edit]
    フォコの話、130話目。いつのまにやら。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 困惑したままの将軍たちは、とりあえずイスタス砦の外に出て、検討を始める。「スノッジ卿の言では、ここには10億、20億クラムは金があったと言うことだったが……」「あんな守銭奴の意見なんか、……いや、金の話だけに、それは信憑性があるか」「国庫には、1グランもありませんでしたね」「そしてジーン王以下、砦内にいると思われた人間は...

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    フォコの話、131話目。
    静かな政権交代。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ノルド側に交渉の意向を伝え、間もなく城門が開かれた。
    「案外すんなり応じてくれたようで、ほっとした」
    「油断はできないわよ」
     安堵した顔をするクラウスに、イールが釘を刺す。
    「護衛はランドとあたしだけなんだし、隙を突いて暗殺される可能性は大きいわ」
    「……そうだな」
     しかし、そんな警戒とは裏腹に、城内に立つ近衛兵たちは疲れ切った顔で出迎えてくる。
    「陛下は奥におわします」
    「ありがとう」
     どの兵士たちも、ほぼ同じことしか言わず、表情もほとんど変わらない。それを眺めていたランドは、ぽつりとこう漏らした。
    「……何だかな。みんな、人形か何かみたいだ」
    「私が昔、この城を訪れた時も、同じような応対を受けた。恐らく彼らは、昔からあれしか仕事が無かったのだろう」
    「だから、……こんな時でも、戦いもせず、挨拶しかできないってことなのかしら」
    「かもね」

     間もなく三人は――近衛兵の言った通り――謁見の間に通された。
    「……久しいな、クラウス。いや、ジーン王と呼んだ方がいいか?」
    「クラウスでいい。私も砕けた雰囲気で話がしたい」
    「そうか。……皆、下がってくれ。余はクラウスと、二人のみで話をする」
     ノルド王、バトラーの言葉に従い、玉座の周囲にいた従者たちは部屋を後にする。
    「ファスタ卿、サンドラ将軍。君たちも……」
    「はい」「分かったわ」
     ランドたちも部屋を去り、謁見の間にはクラウスとバトラーだけになった。
    「……それでクラウス。余、……コホン、俺に何を望むんだ? 命か?」
    「馬鹿な。そんな野蛮なことはしたくない」
    「……ほっとした。見せしめに、さらし首にでもされるかと思って、不安だったんだ」
    「そんなこと、するわけないじゃないか。親友だった、君に」
     クラウスはバトラーのすぐ前の床に、ひょいと座り込む。
    「さっき金髪の、眼鏡の青年がいただろう? 彼が今回の制圧作戦を初めとして、ジーン王国建国の、一連の戦略を立ててくれていたんだ。
     彼は平和に対して、強い思いを抱いてくれていた。できる限り、北方人同士で戦うことなく、平和裏に解決できるよう、尽力してくれたんだ」
    「そうだったのか。……そうだな、俺の方にも、この制圧戦で死んだ兵はいないって聞いてた。せいぜい、頭にコブを作ったくらいらしいし」
    「ああ。無論、僕らの方にも死者はいない。
     ……本当に、難しいことだったと思うよ。死者を出さずに、首都を制圧だなんて。僕にはこんな作戦を推し進めるなんて、とてもできないし、作戦を思いつくことさえできなかっただろう。
     だけど、平和を愛する気持ちは同じだ。こうして無血で、この城内に入れたことを、非常にうれしく思っている」
    「……ああ。俺もほっとしてる。こんな何もできない奴のために誰かが死ぬなんて、……あってほしくなかった」
    「僕も同じだ。実は、僕も特に、何もしてなかったりするんだ。書類にサインするくらいしか。……はは」
     自然に、二人の間に笑いが込み上げてきた。
    「ふふ、ははは……」
    「くっく、くくく……」
     それは周囲の重圧から解放された、さわやかさを感じる笑いだった。
    「……ああ、何だかすっきりした。
     クラウス、これ、受け取ってくれ」
     バトラーは玉座から立ち上がり、自分の頭に載っていた王冠を、クラウスの頭にポンと載せた。
    「いいのか? こんな、簡単に」
    「いいよ。……お前の話を聞いて、これを載せるのは俺じゃないなって分かったんだ。
     俺の周り……、って言うか、俺の国はもう、みんな自分の利益を追いかける奴ばっかりで、立ち直れるような雰囲気じゃなかった。もう、この国はおしまいなんだよ。
     逆にお前の国は、これからどんどん活気づいてくるはずだ。この北方大陸が立ち直るには、お前の国が治めるしかないよ」
    「……」
     バトラーは玉座には座らず、クラウスの前に屈み込んだ。
    「俺がこんなこと、言えた義理じゃないけど。
     頼んだぜ、北方大陸を」
    「……ああ」

    火紅狐・地星記 3

    2011.01.18.[Edit]
    フォコの話、131話目。静かな政権交代。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ノルド側に交渉の意向を伝え、間もなく城門が開かれた。「案外すんなり応じてくれたようで、ほっとした」「油断はできないわよ」 安堵した顔をするクラウスに、イールが釘を刺す。「護衛はランドとあたしだけなんだし、隙を突いて暗殺される可能性は大きいわ」「……そうだな」 しかし、そんな警戒とは裏腹に、城内に立つ近衛兵たちは疲れ切っ...

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    フォコの話、132話目。
    北方統一の実現。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     併合宣言書を読み終えた将軍たちは、一様に地べたに座り込み、呆然としていた。
    「……どうします?」
     不意に、将軍の一人が、ぽつりと質問を投げかける。
    「……帰ろう」
    「そうじゃな」
     意外にも、年配の将軍たちは冷静に振る舞っている。
    「ま、……もうノルド王国の将軍でなくなったのじゃから、言うてしまうが。
     疲れとったんじゃ、わし。もう、領土だの金だの権力だのメンツだの、やいのやいの言うのも言われるのも、うんざりしとった」
    「ああ、……うむ。私もそうだな。親の、親の、そのまた親の代から、何が何でも成り上がれ、成り上がろう、成り上がってやれと、したくもない争いをしていた。もうやらんでいい、となれば」
    「すっきりするってもんだ。……あーあ、疲れた疲れた」
     それに応えるように、若手の将軍たちも武具を脱ぎ始めた。
    「帰りますか、ね」
    「ああ、そうしよう」



     こうして308年、短い夏が終わるかと言う頃、何十年と続けられた北方の内乱は収められた。
     各地で独断専行を続けていた将軍たちには、ジーン王室政府から正式に領地を認められ、各領地ごとで政治を執り行い、王室政府がそれを統括する連邦制が敷かれることとなった。
     さらに新通貨、ステラが北方全域に流通したことと、フォコとキルシュ卿が適切に各地の取引・税制を指導したことにより、何十年も続いていたインフレと経済崩壊は、ようやく終息に向かった。
     この処遇と処置により、「好き勝手に統治することが認められた上に、金まで融通してくれるとは」と、各地の軍閥や権力者たちは、この新しい国に嬉々として従った。
     北方の権力者たちの人気と信頼を得たジーン王国は、それまでの荒れ果てた北方大陸の様相を一変させた。

     情勢が落ち着き始めた、309年の春。
    「おめでとう!」
    「おめでとうございます!」
     こじれていたレブとイドゥン将軍の関係が修復した後、改めてイリアとの縁談が進められていた。
    「ありがとう、ありがとう……」
     莫大な借金のために、一時は見る影もないほど覇気を落とし、木偶同然に振る舞っていたイドゥン将軍だったが、ノルド峠での衝突以降、かつての威厳と男気を取り戻していた。
     皮肉なことに――借金漬けで半錯乱状態だった時には、まったくイドゥン将軍になびかなかったイリアは、彼が立ち直って以降は積極的に接するようになり、そしてこの日、ようやく結婚へ至ったのだ。
    「みなさん、ありがとうございます!」
     イドゥン将軍に肩を抱かれた彼女は、幸せそうに微笑んでいた。
    「……うぐ、ぐすっ」
     反面、レブはボタボタと涙をこぼしている。
    「ちょっとあんた、泣き過ぎじゃない?」
     呆れるイールに、レブは鼻声で小さく返す。
    「うっせぇ、……ぐす」
    「……ま、これでもう、ホントに、平和になったって実感できるわね。去年、一昨年の情勢のままだったら、絶対こんな結果には、ならなかったんだし」
    「だなぁ、……ぐすっ」
    「……はい」
     イールは見るに見かね、ハンカチを差し出した。

     幸せな雰囲気に包まれた式場の中、フォコはその様子をぼんやりと見つめながら、一人沈んでいた。
    (ティナ……。
     僕がもし、無事に、おやっさんを連れてナラン島に戻って来られてたら、結婚してたはず、……やったんやな、そう言えば)
     昔の記憶にかかっていた霞を拭いながら、フォコは訪れなかった未来を描く。
    (そうやんな……。もしもあの時、僕が帰ってたら、僕は今頃、あの素敵なティナを奥さんにして、幸せな家庭を築いてたかも知れへんのやんな。
     もしかしたら、子供もできてたかも知れへんし。もしかしたら、おやっさんのお子さんたちと、その子とで、仲良う遊んでるとこ、おやっさんとおかみさんと、ティナとで、のんびり眺めとった、かも、……っ)
     不意に、フォコの目からボタボタと涙が流れる。
    「……ぐ、……うう」
     思わず漏れた嗚咽に、フォコは口を抑えた。
    (アカン、アカンて……。こんな日に、こんなとこで泣いとったら、変に思われるわ。しゃっきり、せな)
     と、無理矢理に涙をこらえ、顔を乱暴に拭いて立ち上がった、その時だった。
    「ホコウ、ここにいたんだ」
    「ぅへ? ……ああ、ども、ランドさん」
     フォコはフードを深めにかぶって顔を隠しつつ、ランドの方に向き直った。
    「……?」
     彼の横に、どこかで見た覚えのある、一人の狼獣人が立っていた。
    「あれ?」
     と、その「狼」の女性が驚いた声を上げた。
    「お前、もしかして……」
    「……っ!?」
     次の瞬間、フォコはその場から逃げだした。
    「お、おい!? 待てよ!?」
     背後からかけられた声にも構わず、フォコは逃げ去ってしまった。
    (な、……な、なんで? なんで僕は、……なんで、あの人が、……なんでやねん!?)
     自分がどこに行くのかも分からないまま、フォコは式場から逃げ去った。

    火紅狐・地星記 終

    火紅狐・地星記 4

    2011.01.19.[Edit]
    フォコの話、132話目。北方統一の実現。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 併合宣言書を読み終えた将軍たちは、一様に地べたに座り込み、呆然としていた。「……どうします?」 不意に、将軍の一人が、ぽつりと質問を投げかける。「……帰ろう」「そうじゃな」 意外にも、年配の将軍たちは冷静に振る舞っている。「ま、……もうノルド王国の将軍でなくなったのじゃから、言うてしまうが。 疲れとったんじゃ、わし。もう、...

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    フォコの話、133話目。
    再び巡り合う。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     走り去っていった狐獣人を眺めながら、彼女は隣に立つ息子に尋ねた。
    「……なんなんだ、ありゃ」
    「さ、さあ? 一体どうしたんだろうね?」
    「私が聞いてるんだっつの。……なあ、ランド。ちょっと聞くが」
     その狼獣人――世界最大の職人組合(ギルド)を率いる女丈夫、ルピア・ネールは、何の気なしにこう尋ねてみた。
    「あの狐っ子、昔ウチに来た子だよな?」
    「え?」
     ルピアは自分の髪をくしゃ、と撫でながら、腑に落ち無さそうな顔をする。
    「『ホコウ』ってなんだ? まるで中央語がド下手くそな央南人が付けたようなあだ名だな」
    「いや……? 彼がそう名乗ってたんだ。ホコウ・ソレイユって」
    「はぁ? いやいや、私の記憶が確かなら、あいつは……」
     と、そこへ大火がやってくる。
    「どうした? こんなところに突っ立って」
    「おう、カツミ君」
     仏頂面の大火に、ルピアはニコニコしながら手を振る。
    「君じゃないよな、あだ名付けたのって」
    「何のことだ?」
    「……ああ、いや。あいつがそう名乗ったって言ったな。……カツミ君、ホコウ君のところに連れてってもらえるか? どこかへ行ってしまってな」
    「構わん」
    「あ、じゃあ僕も……」
     言いかけたランドに、ルピアは首を振る。
    「いや、二人で話をしてみたい。悪いな」
    「……そっか。じゃあ僕、式場に戻ってるよ。折角のごちそう、食べ逃しちゃいそうだし」
    「おう」



     フォコはいつの間にか、結婚式が行われていた沿岸部の街、グリーンプールの港まで逃げていた。
    「……はぁ、はぁ」
     走り疲れ、桟橋の縁にぺたんと座り込む。
    (……なんか、この匂い嗅ぐと、落ち着くわぁ)
     3年嗅いできた潮の香りが、ようやくフォコを落ち着かせる。
    (ずーっと、山奥でなんやかやとやっとったしなぁ。久々やな、この匂い嗅ぐのんは)
     南海の陽気な海とは違う、静かな、しかし厳しさがあちこちににじむ北海の風景に、フォコは思わず、ぼそ、とつぶやいた。
    「……みんな、どうしてんねやろ」
    「みんなって?」
     遠い昔に聞いた覚えのある、張りと威厳のある、しかし、どこか優しさが見え隠れする女性の声に、フォコの狐耳は逆立った。
    「……っ」
    「よう」
     声をかけてきたのは、ルピアだった。
    「元気してたか?」
    「……」
     ルピアはフォコの隣に座り、親しげに話しかけてくる。
    「何年振りだっけ? 10年ぶりくらいか? 大きくなったなぁ、君」
    「あ……、う……」
     何も言えず、フォコは困った顔を向けることしかできない。
    「何だよ、そんな顔して。ほれ、笑えって」
     ルピアはさわ、とフォコの尻尾をくすぐった。
    「ぅひひゃあ!?」
    「ぷ、……あはははっ」
     妙な声を出したフォコを見て、ルピアは楽しそうに笑った。
    「……と、いじるのはこんくらいにしておいて、だ。
     君、フォコ君だろ? 昔ウチに来てた、ニコル・フォコ・ゴールドマン君」
    「……」
     フォコは首を振り、否定しようとする。
    「ちがいま……」「ちがわない」
     だが、それをルピアが遮る。
    「私の目は確かだよ。何年経とうが、一度会った人間の顔は、忘れたりしない。
     ほれ、もうこんなフード取っちゃえよ」
     そう言って、ルピアはフォコが被っていたフードを無理矢理はぎ取った。
    「わっ、ちょ、ルピアさん」
    「おーや?」
     フォコの発言に、ルピアはニヤッと笑う。
    「私はいつ、自己紹介したっけかなぁ?」
    「……う」
    「やっぱりフォコ君だった、な。
     ……元気そうで、本当に良かったよ」
     そう言うとルピアは、フォコをぎゅっと抱きしめた。
    「え、ちょ……?」
    「嘘、もう付かなくていいからさ。お疲れさん、フォコ君」
    「……ぅ、っ」
    「10年ドコにいて、ナニしてたのか知らないけどさ。
     ……君は何だか、とっても悲しそうな目をするようになっている。とんでもなく嫌な目にばっかり遭ったんだろうな。
     だけどさ、これ以上嘘付いて誤魔化したら、もっと嫌な気分になってしまうぞ。本音を全部吐き出して、楽になった方がいい」
    「……うう、うううー……」
     たまらず、フォコは泣き出してしまった。

    火紅狐・再逅記 1

    2011.01.22.[Edit]
    フォコの話、133話目。再び巡り合う。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 走り去っていった狐獣人を眺めながら、彼女は隣に立つ息子に尋ねた。「……なんなんだ、ありゃ」「さ、さあ? 一体どうしたんだろうね?」「私が聞いてるんだっつの。……なあ、ランド。ちょっと聞くが」 その狼獣人――世界最大の職人組合(ギルド)を率いる女丈夫、ルピア・ネールは、何の気なしにこう尋ねてみた。「あの狐っ子、昔ウチに来た子だ...

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    フォコの話、134話目。
    10年振りの会話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ようやくフォコが落ち着いたところで、ルピアはくしゃくしゃとフォコの頭を撫でてきた。
    「ふふ、あの頼りなさげな狐っ子が、こう成長したか。ま、外見は予想通りだな」
     ルピアはひょい、と立ち上がり、フォコに手を差し伸べる。
    「腹も減ったし、そこら辺の店で飯でも食べよう。ここ、クラム使えるよな?」
    「あ、はい」
     フォコが手をつかんだところで、ルピアはまたニヤッと笑った。
    「ほい」「ふぇ!?」
     ルピアより断然若い、男のフォコが、彼女の片手で簡単に持ち上げられてしまった。
    「軽いなぁ、君。ちゃんと飯食ってるのか?」
    「い、一応は」
     ここでようやくフォコは気付いたのだが、ルピアはかなり身長が高かった。
    (あれぇー……。そら確かに僕、そんな身長高い方やないけど……)
     腕をぐい、と上に掲げられ、フォコは軽く爪先立ちになっている。
    (子供の時も確かに高いなーて思てたけど、……大人になった今でも、負けるとは思わへんかった)
    「ははは」
     フォコの手首をつかんだままのルピアは、しっかりとかかとを地面につけている。
    「る、ルピアさんて」
    「うん?」
    「身長、思ってたより高かったんです、……ね」
    「おう。181だ」
    「でかっ。シロッコさんよりでかいんやないですか?」
    「いやー、まだちょっとダンナの方が、……って君」
     ようやくここで手を放したルピアが、意外そうな目を向けてきた。
    「シロッコに会ったのか?」
    「ええ、まあ」
    「どこで?」
    「南海で。えーと、6、7年くらい前やったと思いますけど」
    「あ、もしかして」
     今度は納得した顔になる。
    「そう、5年前になるかな。あいつ、突然戻ってきたんだよ」
    「ホンマに?」
    「ああ。んでその時、『実は旅先で、君を知っている人に会ってね。絶対帰ってやれ、って諭されてしまって』って言ってたんだ。もしかして君か?」
    「多分そうです」
    「そうかー……」
     ルピアはまた表情を変え、嬉しそうにフォコの頭をクシャクシャとかき混ぜた。
    「ありがとよ、フォコ君。本当に嬉しかった、あの時は。……嬉しすぎて色々あったりしたけどな」
    「色々?」
    「……ランニャに妹ができたり、……な」
    「ぶっ、……あは、はははは」
     恥ずかしそうにはにかむルピアに、フォコもたまらず笑い出した。

    「え、じゃあ」
    「ああ。その後まーた、いなくなってしまった」
     二人は食堂に移り、話を続けていた。
    「また、子供が生まれたところで旅に出るとか……。ホンマにあの人、放浪癖ひどいですねぇ」
    「ま、それもあいつの長所だよ。いつ会っても若いままだ」
    「ルピアさんかて若いですよ。昔会った、そのまんまです」
    「おいおい、こんなおばちゃんをつかまえて何言ってる、ははは……」
     と、和んだ雰囲気の中、またフォコの胸中に寂しさが募る。
    「……はぁ」
    「ん? どうした?」
    「あ、いえ」
     濁そうとしたフォコに、ルピアはデコピンをぶつけてきた。
    「えい」「いてっ」
     額をさするフォコに対し、ルピアは唇を尖らせる。
    「あのな、さっきも言っただろう。全部吐き出せ、フォコ君。溜め込むな溜め込むな、腹に溜めるのは飯だけで十分だよ」
    「……まあ、そのですね。……どうしてるんかなって、ランニャちゃん」
    「会ってみるか?」
    「え」
    「ほら、カツミ君がいるだろ? 彼に頼めば、クラフトランドまでひとっとびだ」
    「あ、……そうですね」
     可能である、と気付き、フォコは考え込んだ。
    (そやな……、会いたいなぁ、ランニャちゃん。僕のいっこ下やったから、今は21になっとるんやんな。
     昔はよー、引っ張られとったなぁ。あっち行き、こっち行きして、……そう、ティナも結構先に進むタイプで……)
     そこまで考えて、フォコの胸にずきんと来るものがあった。
    「……ティナ」
    「ん?」
    「……すんません、ルピアさん。やっぱ、会えません」
    「はぁ?」
     ティナを思った途端、フォコの心の中に、冷たく、黒く、重たいものが流れ込んでくる。
    「僕には会う資格が無いです」「ふざけろ」
     フォコの反応に、ルピアは声を荒げた。
    「何べん言わせるつもりだ、フォコ。何でも話せって、何度も言っただろ。自分の中に何でもかんでも溜め込むなよ。
     もうその溜め込んだもの、溜め過ぎて壁になってるんじゃないか? その壁、越えられる気がしないから、いきなり『やめます』なんて言ってしまったんだろう?
     君、いつまでその壁から逃げるんだ? 壁はいつか越えるものだぞ。逃げてどうする」
    「……」
     ルピアに諭され、フォコは机に視線を落とし、黙り込んだ。
    「……そうですね。ルピアさんの言う通り、ですよね」
    「ティナってのは、君の恋人か?」
    「……恋人、だった子です。5年前に、生き別れになりまして」
    「今どうしてるのか、分かんないってわけか。で、その子に未練があるから、央中には帰れない、と。そう言うことか?」
    「……はい」
    「じゃ、会って来いよ。別にさ、『ランニャと付き合え』なんて、私言ってないぞ。好きな子がいるんなら、その子に会って、改めて交際しな」
    「……はい」
    「で、さ」
     ルピアはデザートの、ブルーベリーのタルトに手を付けつつ、尋ねてきた。
    「そろそろ聞かせてくれよ、フォコ君。この10年、君がドコで、ナニをしてたのかを、さ」

    火紅狐・再逅記 2

    2011.01.23.[Edit]
    フォコの話、134話目。10年振りの会話。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ようやくフォコが落ち着いたところで、ルピアはくしゃくしゃとフォコの頭を撫でてきた。「ふふ、あの頼りなさげな狐っ子が、こう成長したか。ま、外見は予想通りだな」 ルピアはひょい、と立ち上がり、フォコに手を差し伸べる。「腹も減ったし、そこら辺の店で飯でも食べよう。ここ、クラム使えるよな?」「あ、はい」 フォコが手をつかんだ...

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    フォコの話、135話目。
    もう一度、因縁の海へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     デザート片手に話を聞き終えたルピアは、フォークをくわえつつ、小さくうなった。
    「うはぁ……。そうか、エンターゲートの奴、そこまで滅茶苦茶していたのか」
    「ええ……」
    「にしても君、ジョーヌのトコにいたのか。あいつ、うるさかっただろ」
    「まあ、はい」
    「それにしちゃ最近、まったくうわさを聞かなくなったとは思ってたが……、そうか、死んでたのか」
     ルピアはフォークを置き、腕を組んで考えこむ様子を見せる。
    「……おかしいな」
    「何がです?」
    「何故、私はその話を聞いてないのかな、と。
     ジョーヌ海運って言や、一時は西方の急先鋒として、商人たちの話題によく上ってたトコだ。その総裁が亡くなったなんて、話に上らない方がおかしい。
     いや、ジョーヌ総裁が死んだところを見たのは君だけなんだし、公には行方不明だってことになってるだろう。だとしても、それはどこのうわさにも上ってないんだ。
     世界最大のギルドを持ってるウチにさえ、その情報が入って来ないってことは情報源、つまりジョーヌ海運側からその情報を遮断、公表してないってことになる。気になるな、それは」
    「確かに……。キルシュ卿も、経営縮小した話はご存じだったんですけど、行方不明になったとは言ってなかったですし。妙、ですよね」
    「ああ。……いや、公表できない理由は考えられる」
    「なんですか?」
     ルピアは店員に紅茶を頼みつつ、その理由を説明した。
    「君は直にジョーヌ総裁と会ってるから分かると思うが、彼にはカリスマ性があった。極端に言ってしまえば、彼のカリスマ性でジョーヌ海運の経営は成り立ってたんだ。
     そんな彼が、行方不明になったなんて知れ渡ったら……」
    「傾くでしょうね。……おやっさんも自分でそう言ってましたし」
    「とは言え、もう傾いてる。それでも頑なに言わないのは、……何故だろうな?」
     ルピアは運ばれてきた紅茶に口をつけ、考え込む仕草を見せる。
    「……ジョーヌ総裁の、南海での本拠、ドコって言ってたっけ」
    「ナラン島です。南海東部の小島ですね」
    「そうか」
     ルピアは一息に紅茶を飲み干し、続いてこう提案した。
    「行ってみるか」
    「へ?」
    「その、ナラン島さ。5年も経ってるから相当様変わりしてるだろうが、まだ造船所は残ってるだろう。行って、話を聞いてみよう」
    「……」
     フォコも紅茶に手を付けつつ、もう一度思案に暮れる。
    「……そうですね。行ってみようかな」
    「おう」
    「……ん?」
     と、ここでフォコは、ルピアの発言に気が付く。
    「行って、って、ルピアさんも来るんですか?」
    「まずいか?」
    「いや、まずいちゅうことはないですけど、いいんですか? ギルドの方……」
    「ああ、大丈夫さ。
     ……と言うか、まあ、あんまりうまいこと行ってないんだ。ゴールドマン商会との利権争いに負けてしまってな、実を言えばジリ貧なんだ」
    「えぇ? そんな時やのに、いいんですか?」
     ルピアは肩をすくめ、冗談混じりに笑い飛ばす。
    「だからこそ、かな、この提案は。商売相手を開拓するって狙いもある。
     そう言えば言いそびれてたが、こっちへ来たのもただ単に、再就職した息子の顔を見に来ただけじゃない。これも、同じ狙いだったんだ。
     商売の基礎・基本は人づきあいだ。極端な話で例えれば、この世に自分ひとりじゃいくらモノを作っても買ってもらえないし、大掛かりな計画も進められんからな。
     人の出会いは不可思議で、心躍るものだ――こうして別口の商人に会うことや、本拠地から離れたところに出向くことは、決してただの遊び、物見遊山じゃない。新しい発見、新しい商売の糸口につながることは、十分にあるさ。
     現にこうして、10年ぶりに君に会えたんだ。それだけでも私にとっては、大きな収穫になったよ」
    「はは……、ども」



    「ふむ、ふむ」
     フォコから南海に戻る旨を伝えられたキルシュ卿は、にっこりと笑ってそれに応じた。
    「構わんよ。君の自由にすればいい」
    「ありがとうございます」
    「と言うよりも、だ。ネール女史と同意見、と言った方が正しいだろうね。
     これから君は、どんどん頭角を現していくはずだ。北方大陸に収まる器ではない。急成長していくこの時期に、こんな山奥に留まっていては、宝の持ち腐れになってしまう。
     商人として成長期にある今のうちに、色んなコネクション、つながりを築いておくことは、君にとって決して、マイナスになることは無い。
     ましてや、これから会おうとしているのは、西方・南海で一時ながらも権勢を奮った大商会だ。いくら今は落ち目といえども、プラスにならないはずは無いだろう。
     キルシュ流通の大番頭の地位は保たせておくから、どんどん外へ向かって行きなさい」
    「……はい!」
     こうしてフォコは北方を離れ、ルピアと共に南海へ向かうこととなった。

    火紅狐・再逅記 3

    2011.01.24.[Edit]
    フォコの話、135話目。もう一度、因縁の海へ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. デザート片手に話を聞き終えたルピアは、フォークをくわえつつ、小さくうなった。「うはぁ……。そうか、エンターゲートの奴、そこまで滅茶苦茶していたのか」「ええ……」「にしても君、ジョーヌのトコにいたのか。あいつ、うるさかっただろ」「まあ、はい」「それにしちゃ最近、まったくうわさを聞かなくなったとは思ってたが……、そうか、...

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    フォコの話、136話目。
    ネール一家の優しさ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     南海へ旅立つことが決まった、その夜。
    「あの……、ランドさん」
     フォコは改めて、自分のたどってきた経歴と本名を、ランドに明かそうとした。
    「やあ、ホコウ。……と、フォコって言った方がいいのかな」
    「あ、……ルピアさんから聞いたんですか?」
    「名前はね。後、経歴も簡単に聞いた。……ごめんね、すっかり君のこと、忘れてたよ」
    「いえ、僕もです」
     互いに照れ笑いしたところで、ランドの方から話を切り出してくれた。
    「それと、もう一つ。北方を離れて、南海へ行くんだってね」
    「ええ、はい」
    「元、中央政府の政務大臣として言わせてもらえば、……死にに行くようなもんだ」
    「……」
     ランドはしかめっ面で、現在の南海事情を語ってくれた。
    「306年までの情報しかないけど、治安情勢は悪化の一途をたどっている。
     特に304年、南海最大の国だったベール王国が本土決戦で敗走し、ベール本島を追われて西へ後退してからは、レヴィア王国がやりたい放題に戦線を拡大している状態だ。
     その時点からもう、3年経ってる。今はもう、どこまで泥沼と化しているか……」
    「それでも、行かなあきませんのんです」
    「……だろうね。……協力したいのはやまやまだけど」
    「あきませんよ、そんなの。……ものっすごい泥沼になりますで」
    「ああ。……直接の関係が無い北方が南海に介入したりしたら、話がおかしくなる。下手すれば中央政府まで巻き込んだ、世界的な戦争に発展しかねない。
     ……協力できないのが、本当に残念だ。友人が戦地の真っ只中に飛び込んでいくと言うのに、何もできないなんて」
    「……大丈夫です。僕は、生きて帰ってきます」
     沈んだ顔のランドに対し、フォコはにっこりと笑って返した。
    「僕、ここ数年でどんどん運が太くなってますもん。せやから今回も、死ぬどころやないですって。もっとすごい儲け話、持って帰ってきますわ」
    「……はは。期待してる」



     2日後――央中、クラフトランド近郊の港、ルーバスポート。
    「よう」
    「ども」
     いくら大火が超一流の魔術師、不可能を可能にする悪魔といえども、「テレポート」は行ったことのある土地へしか飛ぶことができない。
     大火の助けにより央中までは戻れるのだが、そこから先、南海へは、海路で向かうしかなかった。
     そのため一旦、この街へ寄ったのだが――。
    「やあ、フォコくん」
     ルピアの隣には、フォコと同じく成長した、ランニャの姿があった。
    「……ランニャちゃん」
    「久しぶりだね。元気してたかな?」
     ランニャは大きなかばんを背負いながら、フォコに握手を求めてきた。
    「え、と」
    「あたしも行くよ」
    「へ」
    「なんで、って顔してるね。そりゃ、行くよ。
     ずっと気になってた人のカノジョさん、どんな人だったんだろうって、気にならないわけないだろ?」
     成長したランニャは、ルピアのような言葉遣いをしていた。かつてルピアが言っていた通り、これは央中北部の「訛り」なのだろう。
    「いや、でも危険なところ行くんやで?」
    「危険? じゃ、なおさらじゃないか。まさかお母さんと君と、たった二人で行かせる? そうはさせないよ」
    「ランニャは案外やる子だ。昔っから色んなことに興味持ってたからな。武器も割と使えるし、危険勘も利く」
    「えへへっ」
    「ただ、アホだから魔術はてんでダメだけどな。じっくり物を考えられないタイプだ」
    「……まーたそーゆーこと言う」
     むくれるランニャに対し、フォコは唖然とするばかりだった。
     と、その間に母娘はフォコの後ろへ周り、船へと足を向ける。
    「ほら、フォコくん。そろそろ行こう」
    「……はい」
     フォコは反対しようと一瞬考えたが、昔の記憶を思い起こし、それは無理だろうと悟った。
    「まあ、行くしかあらへんな、このメンツで。……はぁ」
     フォコはこの先の旅路に、ほんのりと、不安なものを感じた。



     しかし――この時の彼には、この旅の終わりに、その程度の不安感では到底足りることのない、一つの悲劇が待っていたとは、知る由も無かった。
     彼は改めて、人間の醜さを知ることになる。

    火紅狐・再逅記 終

    火紅狐・再逅記 4

    2011.01.25.[Edit]
    フォコの話、136話目。ネール一家の優しさ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 南海へ旅立つことが決まった、その夜。「あの……、ランドさん」 フォコは改めて、自分のたどってきた経歴と本名を、ランドに明かそうとした。「やあ、ホコウ。……と、フォコって言った方がいいのかな」「あ、……ルピアさんから聞いたんですか?」「名前はね。後、経歴も簡単に聞いた。……ごめんね、すっかり君のこと、忘れてたよ」「いえ、僕...

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    キャラ紹介;イール、レブ

    2011.01.29.[Edit]
    キャラ紹介。将軍二名。頭が良さそうに見えて、実は案外直情径行型。名前イール・サンドラ / Eil Sandora性別・種族・生年身体的特徴女性 / 猫獣人 / 290年髪:緑 瞳:緑 耳・尻尾:黒中背、中肉職業反乱軍リーダー / ジーン王国将軍北方で「猫姫」と恐れられた、強い魔力を持つ猫獣人。北方の平和獲得という名目で「鉄の悪魔」アルに操られていたが、ランドたちの思わぬ助けにより、その支配から逃れることができた。根が明るく...

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    フォコの話、137話目。
    ケネスの腹心たち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     南海へと向かう、大海洋の途上。
    「おっと、17だ。親の一発アガリ」
    「うげぇ」
     2ヶ月の船旅の間、フォコはネール母娘とカードゲームに興じながら、色々な話を交わしていた。
    「この辺にしておくか。流石に飽きた」
    「そうだね」
    「あ、お金賭けてなかったですね」
     と、フォコがそうつぶやいたところ、母娘はしょんぼりした顔になった。
    「……賭ける気にならん」
    「え?」
    「うちが傾きかけてる原因の一つは、そこにあるからね。
     ほら、ガルフくんっていただろ? あたしの従兄弟の」
    「あー、と、……いたような」
    「ほら、『7オブ7』で一緒に卓を囲んだ」
    「……ああ、はい。思い出しました」
     ランニャはカードをぱらぱらとテーブルに撒きながら、ため息をつく。
    「ガルフくんをはじめとして、うちの職人の半分以上が、カジノ漬けになってしまってるんだ。
     エンターゲートが、クラフトランドのかなり近いところに、でっかいカジノを作っちゃったせいで」
    「え……」
     ルピアは苦々しい顔で、経緯を説明してくれた。
    「何しろ、超が2つ3つ付く大金持ちだ。胴元が破綻することは、まずない。どれだけ『子』が大勝しようと、いずれはその勝ち分を吸収されてしまう。
     最初は目と鼻の先に出張ってきた金火狐を一丁揉んでやろう、あるいは単に楽しもうと、うちの奴らが向かって行ったんだが、完璧に中毒になってしまった。
     で、職人の半分以上がまともに働けなくなってしまったんだ。そうなりゃ、職人たちで構成されてるギルドの操業なんて、ままならない。
     結果、この2年でガクッと業績が落ち込んだんだ」
    「またケネスの仕業か……」
     フォコも苦虫を噛み潰したような顔をしたところで、ランニャが首を振った。
    「違う。ケネスの腹心がやってるんだよ」
    「へ?」
    「ケネスはあくまでも、カジノ運営の元手を出しただけだよ。まあ、多分命令はしてるだろうけどね。
     実質的なカジノのオーナーは、……誰だったっけ?」
    「ヨセフ・トランプって言う奴だ。元は央北の、片田舎の大地主だったが、その土地をケネスに買い取ってもらった後、代わりにカジノを任されたんだ。
     そんな経歴だから、はっきり言って経営能力は三流だが、……何しろ、客は自分から飛びついてくる奴ばっかりだからな。経営難に陥ることは、まずない。自分の利益が守られるならいいやって性格だから、ケネスに楯突くことも無い。
     反発も反抗もせず、黙々と金を献上する、言いなりの傀儡――腹心としちゃ、適材ってわけだ」
    「腹心、……ですか」
     フォコの脳裏に、北方のキルシュ卿がかつて言っていた言葉がよみがえってくる。
    ――その、スパスと言う商会主。金火狐当主とつながっていて、彼の指示のもと、あちこちの買収を続けている。そう言ううわさが流れているのだ――
    「腹心って、どんだけいるんでしょうね」
    「うわさ半分だが、4人いるらしいな。
     今言ったトランプに、君も知っていると言っていた、西方のスパス。それから南海の、レヴィア女王。あと央南にも、西方から出張ってる奴がいるとかいないとか。
     今じゃもう、世界全域にあいつの手が伸びているんだ」
    「……何だかそれもう、世界の王様、天帝さん気取りですね」
    「だな。人が神の真似など、……反吐が出る」
     ルピアはカードをしまいながら、重々しいため息をついた。
    「が、流石のあいつも、北方では下手を打ったらしいな」
     と、そのため息に続いてくっくっと笑いが聞こえてくる。
    「北方の将軍たちを借金漬けにして、奴隷にしようとしてたらしいな」
    「ええ、恐らくは」
    「なめすぎなんだ、あいつは。他人も、他の商会も、本拠地以外の地域も、……いいや、自分以外のすべてを、虚仮にして生きている。
     だから20億クラムを用意されて追い払われるなんて、思ってもいなかったろうな。あの後、奴はかなり怒り狂っていたらしい。憂さ晴らしに、しばらく南海へ籠っていたそうだ」
    「南海に?」
    「ああ。さっき言ってたレヴィア女王。実は、ケネスの愛人、と言うか、二人目の女房になってるらしい」
    「はぁ?」
     思いもよらない話に、フォコの目が点になる。
    (おやっさん助けに行った時、女王さん、なんやケネスの後ろでおびえとったけど、……そこから何やかや口説いて、重婚しよったんか? なんちゅう奴や!)
     フォコが憤る横で、ルピアも憎々しげに鼻を鳴らした。
    「フン……。天帝気取りと君は言ったが、その通りかも知れんな。
     金と権力に任せ、自分の欲望のまま、何もかもむさぼる。まさにやりたい放題。暴君が如し、だな。
     そんな奴が、未来永劫のさばれるはずがない。いいや、のさばらせてたまるものか」
     ルピアは怒りに満ちた目で、水平線を眺めていた。

    火紅狐・玉銀記 1

    2011.02.06.[Edit]
    フォコの話、137話目。ケネスの腹心たち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 南海へと向かう、大海洋の途上。「おっと、17だ。親の一発アガリ」「うげぇ」 2ヶ月の船旅の間、フォコはネール母娘とカードゲームに興じながら、色々な話を交わしていた。「この辺にしておくか。流石に飽きた」「そうだね」「あ、お金賭けてなかったですね」 と、フォコがそうつぶやいたところ、母娘はしょんぼりした顔になった。「……...

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    フォコの話、138話目。
    太陽のような思い出。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     夕暮れになり、洋上は金色に染まる。
     フォコとランニャは、甲板の先でそれを眺めていた。
    「わあ……! まるで金が熔けてるみたいだ!」
    「はは、そやねぇ」
     職人らしい例えをしたランニャに、フォコはクスリと笑った。
    「フォコくんはさ、3年くらい南海にいたんだよね?」
    「ん? うん、おったよ」
    「こんな夕日、毎日見れたんだよね」
    「あー、……そやねぇ。ほとんど晴ればっかりやったし、ホンマに毎日見とったなぁ」
    「飽きたりしなかったの?」
     そう問われ、フォコはこの会話に既視感を覚える。
    「あー、……えーと」
     そして、その時「彼女」が答えたことを、ほぼそのままランニャに返した。
    「ま、飽きたっちゅうたら飽きてたかもやけど、それでも嫌や、もう見たないってことはあらへんかったわ。
     見る度に、なんか感動させられるもん、あったしな」
    「そうなんだ。
     ……じゃあ、さ」
     唐突に、ランニャはフォコの手を握ってきた。
    「へ?」
    「こーやってさ、ティナさんと夕日を見ながらデートなんかしてた?」
    「……ん、うん」
    「あははは」
     フォコの顔を見たランニャは、手を振り払って笑い出す。
    「な、なんよ?」
    「夕日の中でもフォコくん、顔が真っ赤って分かるよ。……君って、不思議だね」
    「え?」
    「17で結婚を約束した恋人がいたくらいだって言うのに、なんでこんなに純情くんなんだろうな、ってさ。
     ううん、それにさ。君も――比較されたらイヤかもだけどさ――エンターゲートも、どこからともなくお金を生み出す不思議な才能を持ってる。
     なのに、あいつと君とは、まるで正反対。あいつのせいで両親が殺されて、お師匠さんも殺されて、おまけに3年浮浪者になってたって言うのに。
     なんで君は、そんなにまっすぐでいられる?」
    「……」
     その問いに、フォコは静かに首を振った。
    「僕も、ねじけとった時期はあったんよ。
     ホンマに何もかもが嫌で嫌でたまらんかって、何もやる気せえへん、何やっても無駄にしか思えへん。そう言う時期、あってん。
     でもな、僕の大先祖さんがこんな言葉、残しとるねん。『卓に付く者は生ける者なり。卓から離れる者は死せる者なり』――生きてる限りは、勝負できるんや。それもせんと逃げたら、もう死んでるんもおんなじや。
     それを、……思い出して、僕は立ち上がったんや。もっかい、ケネスと勝負したらなと思って。ほんで、今度こそは、……何としてでも、勝ってやろうって」
    「そっか」
     ランニャはそう返し、自分の尻尾をくしゃ、と撫でた。
    「それが君の強さなんだな。仇、討とうって言う気持ちが」
    「……それだけやないよ」
     フォコは手すりにひょいと座り、黄金色の海に目を向けながらつぶやいた。
    「僕がただ、仇討ちしたいってだけやったら、そんなん簡単や。さっさと央中のイエローコースト行って、ケネスの家に乗り込んだったらええねん。
     でもな、そんなんして、後はどうなるやろ? ケネスには腹心がおる、ってルピアさん、言うてたやん」
    「そだね」
    「もし今ここで、ケネスが死んだら。……その後、その腹心がその椅子に座ろうとするやろ、きっと」
    「そだね、多分」
    「そんなことが起こるとして、世界は平和やろか?」
    「……なんなさそうだ」
     フォコはため息をつき、続けてこう言った。
    「せやったら、僕がその椅子に座る。いや、その椅子を潰して、もっとでかい、自分の椅子を置く。誰も座られへんように、ガッチリ固定してな。
     僕は喰うつもりなんや、ケネスを。ひとかけらも残さずな」
    「……フォコくん?」
     不安そうなランニャの声に、フォコは振り向いた。
     ランニャは狼耳と尻尾を毛羽立たせ、何か恐ろしいものを見るかのような目を向けていた。
    「……おわ、わわわととととおおおっ!?」
     それに虚を突かれ――フォコは手すりから落っこちた。
    「ちょ、……フォコくーんっ!?」

     この後、何とか甲板のへりにつかまっていたフォコを、ランニャがひょいと助けてくれた。
     グリーンプールの時と同様、この時もフォコは、ネール母娘の腕力の強さと体格の良さに、目を白黒させていた。

    火紅狐・玉銀記 2

    2011.02.07.[Edit]
    フォコの話、138話目。太陽のような思い出。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 夕暮れになり、洋上は金色に染まる。 フォコとランニャは、甲板の先でそれを眺めていた。「わあ……! まるで金が熔けてるみたいだ!」「はは、そやねぇ」 職人らしい例えをしたランニャに、フォコはクスリと笑った。「フォコくんはさ、3年くらい南海にいたんだよね?」「ん? うん、おったよ」「こんな夕日、毎日見れたんだよね」「あ...

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    フォコの話、139話目。
    ネール家の新しい顔。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「そう言えばルピアさん」
    「うん?」
     ある夜、船室の中でカードゲームに興じていた最中、フォコはふと気になっていたことを尋ねてみた。
    「グリーンプールん時、子供さんできたって聞きましたけど」
    「ああ、ラノマのことか?」
     名前を聞いて、フォコは首をかしげた。
    「ええ。……あの、ルピアさん?」
    「なんだ?」
    「なんでお子さんみんな、名前がRANから始まってるんです?」
    「え? ……えーとだな」
     困った顔をするルピアに、ランニャが助け舟を出した。
    「お母さん、名前付けるのが下手なんだ。
     お父さんがお兄ちゃん連れて来た時、もうランドって名前が付いてたからさ、あたしが生まれた時も、ラノマん時も、そのまんま付け加えて名前を付けてるんだよ。
     もし今度、またあたしに妹が生まれたら、その時はあたしが名付け親になってやろうと思ってる」
    「おいおい。いい名前だと思うがなぁ、ランドもランニャも、ラノマも。
     つーか、もうこれ以上子供はいいよ」
     ルピアはくしゃ、とランニャの髪を撫でながら、イタズラっぽくささやく。
    「私ももう40半ばなんだぞ。子供より孫だろ、そろそろ」
    「孫ぉ?」
     ランニャはそう返し、チラ、とフォコを見て、肩をすくめた。
    「まだ無理だって。10年くらい待たないと」
    「そっか。ま、そんでも50半ばだ。まだ生きてるな」
    「目付けてた相手にもう相手いるし、他探さないといけないからな」
    「相手、てもしかして……」
     フォコはそろそろと自分を指差したが、ランニャはころりと話題を変えてしまった。
    「元気してるかな、ラノマ」
    「ま、大丈夫だろ。ガルフがダメ人間になっても、ボーラはいい子だから」
    「ボーラ?」
    「ガルフくんの奥さん。あたしたちが旅してる間、ラノマを預けてるんだ」
    「ちなみに見合わせたのは私だ」
     そう言ってニヤリと笑っておいて、ルピアは話を続ける。
    「ガルフのバカが博打に溺れて、家に帰って来なくなってしまってな。嫁に来た身で一人寂しく過ごしていたし、今回、丁度いいかなと思って預けることにしたんだ。
     ま、旅は半年ちょっとくらいの予定だし、何とかなるだろう」
    「カジノ、……ですか」
    「それも潰すつもりかい?」
     そうランニャに尋ねられ、フォコはうなずく。
    「そら、そこもいずれは潰さなあかんでしょう」
    「穏やかじゃないな」
    「元から穏やかに事を運んでへんのは、相手の方です。ネール職人組合の縄張りにガンガン侵入して、職人みんなを骨抜きにしとるんですから。
     そんなん、絶対放ったままにはしておけません」
    「……おい、フォコ君」
     熱っぽく語ったフォコに対し、ルピアは冷めた目で見つめてくる。
    「勘違いしちゃ困る。これはネール職人組合の問題だ。君がいくらケネスと因縁があるからって、この件に関しちゃ筋違いだ。
     それはいずれ、私がやるべきことだ。君は別のことをやってくれ」
    「……はい」
     しゅんとなったフォコを見て、ランニャが彼の肩を持つ。
    「いいじゃない、母さん。手伝ってもらっても。そんな邪険にすることないじゃないか」
    「そうは言うがな、彼に何でもかんでもさせるのは、私のプライドと老婆心が許さんよ」
    「老婆心?」
    「20そこらの若者が、巨悪と戦うなんて言う、重い運命を背負ってるんだ。こんな小悪党の件にまで一々付き合わせちゃ、早々に参ってしまうぞ」
    「そう、……だね」
     ルピアの言い分に納得し、ランニャは矛を収める。
    「まずは、目先の問題だ。ジョーヌ海運がどうなったか、を確認しなきゃならん」
    「ですね。何でもかんでもいっぺんに、なんて、無理ですもんね」
    「そう言うことだ。まだまだ先は長い。無理はしないに越したことはない。
     ……ほれ、そろそろカードを選んでくれ」
    「あ、はい」
     止まったままだったゲームを進めながら、フォコはルピアの言った言葉を反芻する。
    (巨悪と戦う、……か。『あいつ』と僕、今、どのくらい差が開いとるんやろな)

    火紅狐・玉銀記 3

    2011.02.08.[Edit]
    フォコの話、139話目。ネール家の新しい顔。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「そう言えばルピアさん」「うん?」 ある夜、船室の中でカードゲームに興じていた最中、フォコはふと気になっていたことを尋ねてみた。「グリーンプールん時、子供さんできたって聞きましたけど」「ああ、ラノマのことか?」 名前を聞いて、フォコは首をかしげた。「ええ。……あの、ルピアさん?」「なんだ?」「なんでお子さんみんな、名...

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    フォコの話、140話目。
    変わり果てた、第二の故郷。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     フォコとケネスの、「差」。
     それを端的に示すものは南海東地域の玄関口、シャルク島ですぐに見つけることができた。
    「……」
     シャルク島は南海地域の、人の住む島の中で最も東に位置している。そのため、南海と他地域との交易地となっているのだが――。
    「……どこを見ても」
    「ええ」
    「スパス産業、レヴィア王立、そしてエンターゲート製造に、ゴールドマン商会。……知らない奴が見れば、それぞれ別のところだと思うんだろうけど、な」
     街中に並ぶ店舗の半分以上が、ケネスの息がかかったところばかりである。そして特に目立ったのが、レヴィア王国国営の商店、商会だった。
    「5年前まで、あの国ってどこにも見向きされへんくらい、めちゃめちゃ嫌われとったはずなんですけどね。こんなに出店しとるとは思ってませんでした」
    「5年だろ? それだけあれば変わるさ」
     店の一つに立ち寄り、棚に並ぶ商品を手に取る。
    「刻印が違うだけで、エンターゲートが造ってるな、この曲刀」
    「そんなに、特徴あります? 僕には……、よく分からへんのですが」
    「ああ。あたしだって、もう職人になって6年だもん。
     まあ、造ってるって言っても、現地生産だろうな。エンターゲートからは、製造方法と設備だけもらってるんだ、多分」
    「恐らくその通りだろう。目が肥えたな、ランニャ」
    「えへへ」
    「ウチが採っている生産方式とは大分違うな。
     ウチは自分のところで集中的に作って、それを卸して捌く方式だ。これなら技術の流出が防げるし、製造のコストも少なくて済む、……が、遠くに運ぼうとすればするほど、輸送コストがかさむし、遠隔地でのニーズに答えにくい。
     エンターゲートのやり方なら輸送コストはずっと安く抑えられるし、当地での需要にも簡単に答えられる。……なるほど、業績を伸ばせるわけだ。
     伊達に全世界へ展開してるわけじゃないな、エンターゲートも」
     ルピアは感心した顔で、店の中を覗いていた。

     と――。
    「……ん?」
     フォコは店の向かい側に、掲示板があるのに気付く。そして、その中に目立つ赤文字で、こう書かれている広告が目に付いた。



    「指名手配! 情報求む!
     以下の人物は南海、取り分けレヴィア王国領下において著しく平和を乱す、許すべからざる奸賊である。
     見かけた者、拘束した者、殺害しその証拠を提示した者、当局にとって有益な情報を提供した者、その他当局に貢献した者には、その働きに見合った賞金を授与する。

     指名手配者 一覧

     海賊団『砂狼』頭目 アミル・シルム
     その他、海賊団『砂狼』団員

    レヴィア王国軍 治安維持部隊」



    「なん……やて……」
     この広告に、フォコは強いめまいを覚えた。
    (アミルさんが、指名手配? しかもまだ、海賊を?
     ……ああ、そうやろうな。きっとおやっさんがいなくなった後、みんなバラバラになってしもたんや。……ほんで、……きっと、……海賊をやる以外に、どうしようもなくなったんや。
     ……しかも、や。5年前、こんな風に追い回されるんは、レヴィア側やったはずや。ほんで、……それを追い回してたんは、僕らや。
     そら、当然の成り行き言うたら、当然って言えるけども、確かにそうなるやろなとしか思えへんけども、……逆転してしもたんやな。今はもう、レヴィア側が追い回す側に、『砂嵐』は追い回される側に)
    「どうした、フォコ君」
     フォコの様子に気付いたネール母娘が、声をかける。
    「……いえ」
     フォコはそう答えたが、ルピアは見抜いたらしい。
    「知り合いか?」
    「……」
     あっさりと見抜かれ、フォコは仕方なく白状した。
    「ええ、昔一緒に働いてました。まさか……、こんなことになってるなんて」
    「そうか……」
    「あれ?」
     と、しんみりした雰囲気の中、ランニャが何かを見つけたらしい。
    「フォコ君、フォコ君。これ見てみ」
    「え?」
    「確かさ、ナラン島って言ってたよね、君が居たところ」
    「ああ、うん」
    「これ……、かな?」
     ランニャが指差した広告を見て、フォコはまた、強いめまいを覚えた。



    「地上の楽園! 天国を、感じさせます。

     鮮やかな青い海。穏やかな高い空。
     地元の方は日頃の疲れを癒しに。遠方から来た方は旅の思い出に。
     どなた様も、こぞってお越しくださいませ。

     スパス産業 ナラン島観光協会」

    火紅狐・玉銀記 終

    火紅狐・玉銀記 4

    2011.02.09.[Edit]
    フォコの話、140話目。変わり果てた、第二の故郷。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. フォコとケネスの、「差」。 それを端的に示すものは南海東地域の玄関口、シャルク島ですぐに見つけることができた。「……」 シャルク島は南海地域の、人の住む島の中で最も東に位置している。そのため、南海と他地域との交易地となっているのだが――。「……どこを見ても」「ええ」「スパス産業、レヴィア王立、そしてエンターゲート...

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    フォコの話、141話目。
    極悪カルテル。

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    1.
    「どうですか?」
    「……小型船と中型の間くらいか。人もそんなに乗ってない。襲うだけ損だな」
    「はあ……」
     南海の洋上。
     黒く塗り潰された船の上で、垢じみたコートに身を包んだ狼獣人が、周辺の船を単眼鏡で観察していた。
    「あっちはどうです?」
    「……あれは、……やめておこう。……子供ばかり乗ってるし」
    「……了解です」
     狼獣人の様子に、彼らの背後にいた手下たちは肩をすくめる。
    「親分……。いい加減、何か襲いましょうよ」
    「このまんまボーっとしてたら、来ますよ、レヴィアの奴らが」
    「アレなんかどースか」
     手下の一人が指差した船に、狼獣人は単眼鏡を向けた。
    「……ああ、いいかもな」
    「じゃあ、あれで」
     狼獣人は、甲板に集まっていた手下たちに命令する。
    「あの赤い船を襲うぞ!
     分かってるな!? 刃向ってくる奴以外、誰も傷つけるな! 奪うのは金だけだ! 奪うだけ奪ったら、とっとと撤収! 分かったか、お前らッ!」
    「おうッ!」
     手下たちは曲刀をかざし、ときの声を挙げた。



     ナラン島へ向かう船に乗ったフォコたち一行は、船室の中で、パンフレットに目を通していた。
    「ねえ、フォコ君。君の言ってたナラン島って、ホントに、ここなの?」
     ランニャの問いに、フォコは力なくうなずく。
    「うん、多分、そうやと思う、……多分」
    「頼りないなぁ。……分かるけどさ、気持ちは」
     パンフレットには派手な文字や、異様に布地の少ない水着をまとった男女の絵が、所狭しと散りばめられている。
    「それにしても、……なんだかな。このパンフレット作った奴ら、とてもじゃないが、まともな品性がありそうには見えん。
     こいつらの頭の中には、金儲けとエロいことしか無いんじゃないかとまで思ってしまうな」
    「はは……」
     フォコは苦笑しつつ、そのパンフレットを手に取った。
    「……スパス産業、ナラン島観光協会、か。
     恐らくは、アバントがケネスに下った後で、島を買い取ったんやろうな。んで、造船所をたたんで、観光地に作り替えてしもたんやな。
     でも、普通はこんなもん、うまく行くわけないのに」
    「うまく行ってるみたいに見えるけど……? この船も、かなり人が多いし」
     そう返したランニャに、ルピアがため息をつく。
    「お前はつくづく、目の前のことしか見えてないなぁ。
     いいか、平和に見えても今は、レヴィア王国があちこちに侵略している、戦争の真っ最中なんだ。そんな危険地域に遊興目的の観光地なんぞのんきに構えて、需要もへったくれもあるものか。設備投資する時点で、人もモノも集まるわけがない。
     が、現状はこの通りの大賑わいだ。恐らくは、レヴィア王国の支配下にある地域は、スパス産業との結託や密約なんかによって、それなりに治安が行き届いているんだろう」
    「じゃ、レヴィア王国って悪者じゃ無いんじゃない? 平和にしてるって言うなら……」
     そうつぶやいたランニャに、フォコはがっくりとした声で答える。
    「今現在、襲う必要も謂れもないところを襲っとる奴が、ええ奴なわけないやんか……。
     戦争しとるとこはものっすごい危険な所なんは言うまでもないし、支配下に置いたところも、政治・軍事と経済とを全部、ケネス系列が握りしめとるんやで。
     忘れてへんやろ、シャルク島の店の並び方。大通りとかの、人の集まりやすい場所は全部、あいつの息がかかっとる店やった。ちゅうことは、あいつに従わへんと、ええところに出店でけへんし、つまりは順調、順当な商売なんかでけへんってことや」
    「あー……、そっか」
     フォコの解説に、ルピアも付け加える。
    「そして多分、息のかかってる店は全部、何らかの形でエンターゲートやその腹心へと、金を納めているんだろうな。
     それが奴らの手口であり、従った人間たちの末路なんだ――従わなければ暴力と圧力とで責め立て、従えば延々と金とモノを巻き上げていく。
     フォコ君、君やランドたちが北方で行動を起こしていなければきっと、北方もいずれはこうなっていただろう。レヴィア王国軍がノルド王国軍、南海の人間が北方の人間、と言う構図で、な」
     それを聞いて、フォコの脳裏に北方の将軍たちの顔が浮かぶ。
    「……想像したら、薄ら寒い話ですね」
    「ああ。君たちはよくやったよ、本当に」
     ルピアがフォコをねぎらった、その時だった。
     がくん、と船が揺れた。

    火紅狐・砂狼記 1

    2011.02.11.[Edit]
    フォコの話、141話目。極悪カルテル。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「どうですか?」「……小型船と中型の間くらいか。人もそんなに乗ってない。襲うだけ損だな」「はあ……」 南海の洋上。 黒く塗り潰された船の上で、垢じみたコートに身を包んだ狼獣人が、周辺の船を単眼鏡で観察していた。「あっちはどうです?」「……あれは、……やめておこう。……子供ばかり乗ってるし」「……了解です」 狼獣人の様子に、彼らの背後...

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    フォコの話、142話目。
    クール系剛腕姉御。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「うわっ!?」「なんだ!?」「きゃあ!?」
     ほんの一瞬だが、船が15度ほど傾き、フォコたち三人は机と椅子ごと部屋を滑る。
    「ち……ッ」
     ルピアは器用に椅子から飛び上がり、机の上をごろんと転がってすたっと床に着地し、やり過ごす。
    「大丈夫か、二人とも!?」
    「あいたたた……、はい」「だ、だいじょぶ」
     一方、フォコとランニャはべちゃりと壁にぶつかっている。
     いや、良く見ればフォコは半ば、ランニャの下敷きになる形で壁にへばりつき、反対に、ランニャは何の怪我もなく、ひょい、と立ち上がっている。
    「大丈夫、フォコ君?」
    「うー……、ちょっと鼻打ってしもたけど、何とか、うん」
    「うわ、鼻血」
     ランニャは慌てた様子で、フォコの鼻に布を当てた。
    「大丈夫? 止まった?」
    「ああ、うん。ちょっと切ったくらい、みたいや」
    「良かった。……良くない」
     ランニャは布を千切り、フォコの鼻に押し込んだ。
    「ふが」
    「血、止まってないじゃないか。大丈夫って言わないでよ」
    「ご、ごべん(ごめん)」
     そのやりとりを見ていたルピアが、クスっと笑った。
    「可愛らしい漫才してるとこ悪いが、お二人さん」
    「はひ?」
    「今の揺れは穏やかじゃなさそうだ。上も何だか騒がしいし、な。様子を見に行こう」
    「ほうれふね(そうですね)」

     部屋の外に出たところで、騒ぎはさらに大きくなる。
    「……! ……!」
    「……~っ」
    「……!?」
     三人の頭上何層か上、甲板の方で怒鳴り声と、それに対する困惑した声が交差している。ルピアは上を見上げ、いぶかしげにつぶやいた。
    「……襲われた、か?」
    「え……」
     目を丸くするランニャとは反対に、フォコも鼻栓を抜きつつ、それに同意する。
    「みたいですね。明らかに上の方、出港した時より人が多く乗ってるみたいです。多分、十数人か、もうちょっと多いくらい」
    「ほう……? 何故分かる?」
    「最初、この階って水面すれすれの辺りにあって、波の音が聞こえてましたけど、今はその音、半ばくぐもってますし、どうもこの階、水面下に沈んだみたいです。
     この大きさの船なら多分1トンくらい、大体14、5人以上が乗り込んでこないと、そこまで沈まないです」
    「なるほど。そして何のアポイントメントも無しに、いきなり海上で乗り込んできて騒ぐ奴ら、となると……」
    「海賊、でしょうね」
     そう推測したところで、「答え」の方から姿を現した。

    「おい、お前ら!」
    「ん?」
     曲刀を手にし、海水と垢で色あせた服を着た、いかにも海賊と分かる猫獣人の男が、フォコたちに向かって、ドスドスと乱暴な音を立ててやって来る。
    「この船は乗っ取った! 無駄な抵抗はやめて、大人しく付いてこい!」「うん?」
     制圧の口上を述べてきた海賊に対し、ルピアは冷たくにらみ付けた。
    「良く聞こえなかったな。もう一度言ってくれるか、君?」
    「ざけんな! いいか、俺たちがこの船を……」「知らんなぁ」
     素直にもう一度口上を述べようとした海賊に、ルピアが歩み寄る。
    「……っ、てめ、お、大人しく」「しない」
     次の瞬間、ルピアは右手を伸ばし、海賊の猫耳を乱暴につかむ。
    「ぎにゃ、っ、い、いてっ、な、なにしやがっ」「静かにしてくれるかな、君」
     ルピアは猫耳をつかんだまま、通路の壁に腕を振った。
     ごす、と鈍い音を立て、海賊の頭が通路にめり込む。
    「うげぁ……っ」
     海賊は白目をむき、そのまま通路に倒れ込んでしまった。
    「ちょっ……、お母さん?」
    「フォコ君、君の見立てだと」
     ルピアは倒れた海賊にも、青ざめた顔の娘にも構わず、こう尋ねてきた。
    「あと15人くらいだと言ったな?」
    「はい、多分ですけども」
    「よし。それなら、相手にできる数だな」
    「や、……やる気ですか」
    「おう。いきなり無作法、無調法に乗り込んでくる輩だ。この流れなら、どうせ金なり何なりせびってくるだろう。
     私は払わんぞ、そんな不当請求」
     そう言ってのけたルピアに、フォコとランニャは絶句するしかなかった。

    火紅狐・砂狼記 2

    2011.02.12.[Edit]
    フォコの話、142話目。クール系剛腕姉御。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「うわっ!?」「なんだ!?」「きゃあ!?」 ほんの一瞬だが、船が15度ほど傾き、フォコたち三人は机と椅子ごと部屋を滑る。「ち……ッ」 ルピアは器用に椅子から飛び上がり、机の上をごろんと転がってすたっと床に着地し、やり過ごす。「大丈夫か、二人とも!?」「あいたたた……、はい」「だ、だいじょぶ」 一方、フォコとランニャはべち...

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    フォコの話、143話目。
    女丈夫V.S.海賊船長。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ルピアは――とても大商会主、40半ばの女とは思えないほど――喧嘩強かった。
    「おい、そこのお前ら!」「なんだ?」「大人しくしろ!」「ふざけろ」「ふぎゃ」
     拘束しようと船内をうろつく海賊を、一人ひとり、まるでモグラ叩きでもするように倒していく。
    「いたぞ! 捕まえろ!」
     やがて騒ぎを聞きつけたらしい、残りの海賊たちがやってくるが――。
    「おいおい、なんだなんだ? 海賊やってるくらいだし、屈強な奴らかと思ったら……」
    「ごふぅ!?」「ひーっ、ひーっ……」
     ルピアのパンチを腹や顔面に食らい、次々に倒れていく。
    「軟弱だなぁ。腹筋はふっにゃふにゃだし、鼻っ柱はすぐ折れるし」
     結局ルピアは、フォコたちの助けを借りることなく、10人近い海賊を一人で叩きのめしてしまった。

    「……おかしいな」
     甲板で手下が船内の人間を引きずり出してくるのを待っていた海賊団の船長は、首をかしげていた。
    「いくらなんでも遅すぎる。……念のため、現時点でかき集めた金品、今から運んじまおう」
    「へい」
     そう命じたところで――。
    「ぎゃあっ……!」
     船内へと続いている扉から、手下が悲鳴と共に、宙を舞って飛び出してきた。
    「おっとっと。ちょっとお前らにゃ、蹴りが強すぎたか」
     挑発的な含みのある声と共に、ルピアが破られた扉から顔を出す。
    「な……!?」
     甲板に叩きつけられ気絶した手下を見て、船長は言葉を失う。
    「お前がこいつらの頭か? ……ふうん、少しはやりそうな肉付きだな」
     ルピアは蹴っ飛ばした手下をまたいで、船長に近寄る。
    「……お前、何のつもりだ?」
     船長は曲刀を構え、ルピアと対峙する。
    「俺たちを全滅させてレヴィア軍にでも引き渡すつもりか? 悪いが、そうはさせねーぞ」
    「じゃあ、どうしたい? このまま金を置いて逃げるか? 私としては、それでも構わないが」
    「……金は渡せない。俺たちにも生活がある」
     二人は構えたまま、話を続ける。
    「生活? 笑ってしまうな、生活と来たか」
    「何だと……っ」
    「いいか『狼』くん、生活(Life)と言うのは生きる活動だ。
     こんなリスクばっかり高い、襲う相手を間違えりゃ即破綻するような死にかけスレスレの稼業で、何が『生きる(Life)』だ。
     生活を口にするのなら、もっとましなことで稼げよ」
    「う……、うるせえッ!」
     ルピアの言葉に激昂した船長は、曲刀を振り上げてルピアに襲いかかった。
    「……っ、と」
     ルピアは初太刀をかわし、左膝を蹴り入れる。
    「ぐ、……っ、効くかよぉ!」
    「おお、っと」
     ルピアの膝蹴りをまともに受けたはずの船長は、顔をしかめつつも曲刀を振り回す。
    「フン」
     ルピアはそれをすれすれで避け、もう一度蹴りを浴びせる。
    「……っ、効かねえ、って、……言ってんだろうがああッ!」
     船長は後ろにのけ反りつつも、同じように蹴りを放ってきた。
    「あーあー、失着だな、『狼』くんよ」
     が、ルピアはその足をつかみ、そのまま両手で上に振り上げた。
    「……ッ!?」
     のけ反ったところに揚げ足をさらに振り上げられ、当然、船長の体勢は崩れる。
     ぐるんと半回転し、船長は頭からごつ、といかにも痛そうな音を立てて、甲板に叩きつけられた。
    「……っ、……こ、……このっ」
     船長は曲刀を杖にして立ち上がろうとするが――。
    「……ぐ、ぐ、……ぐえ、ごぼぼぼっ」
     がくりと膝を着き、胃の中のものを滝のように吐き出して、そのまま倒れ込んでしまった。
    「頭を打った上に二度も腹を蹴られてりゃ、そりゃ、そうなるだろうさ。
     ……と、そうだ。フォコ君、ランニャ。もういいぞ」
     ルピアは扉の裏側で成り行きを見守っていたフォコたちに声をかける。
    「あ、はい」
     フォコがそれに応じ、ランニャと共に甲板へ出てきた。
     と――。
    「あれ? ……あのー」
     フォコが倒れたままの船長に近寄り、声をかける。
    「間違ってたら、ホンマにすいません。……アミルさん?」

    火紅狐・砂狼記 3

    2011.02.13.[Edit]
    フォコの話、143話目。女丈夫V.S.海賊船長。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ルピアは――とても大商会主、40半ばの女とは思えないほど――喧嘩強かった。「おい、そこのお前ら!」「なんだ?」「大人しくしろ!」「ふざけろ」「ふぎゃ」 拘束しようと船内をうろつく海賊を、一人ひとり、まるでモグラ叩きでもするように倒していく。「いたぞ! 捕まえろ!」 やがて騒ぎを聞きつけたらしい、残りの海賊たちがやって...

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    フォコの話、144話目。
    不自然な懇願。

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    4.
     フォコの声に、船長は顔を挙げた。
    「……! ほ、……ホコウ!?」
    「……やっぱりでしたか」
     船長の正体は、かつてフォコがジョーヌ海運特別造船所で働いていた時の同僚、アミルだった。
    「海賊続けてるって聞きましたが、……本当だったんですね」
    「ああ。……いや、俺のことよりも。
     ホコウ、お前、生きてたのか……!」
    「ええ。……話せば、長くなりますけど」
    「……じゃあ、詳しくは聞けないな。
     俺たちは失敗した。早いとこ、この船、この海域から離れなきゃいけない」
    「あ……」
     いつの間にか、ルピアが叩きのめした海賊たちが、ヨロヨロとした足取りで、自分たちの船に乗り込もうとしていた。
    「……ホコウ。……覚えてるか?」
     と、アミルが声をかけてくる。
    「何でしょ……?」
    「俺とマナの、初めての子」
    「ええ、ムニラちゃんですよね」
    「明後日、誕生日なんだ」
    「え? ……ああ、そう、でしたね」
    「お祝い、してあげたかったんだ。……だから、金がほしかった。……悪いな。
     ……俺たちの負けだ。金は返す。だからこのまま、逃がしてくれ」
     アミルの懇願に、ルピアはコクリとうなずいた。
    「ああ、いいぞ。とっとと帰れ」
    「……恩に着る」
     アミルは手下たちと同じように、ヨタヨタとした足取りで、自分の船に戻って行った。



     海賊たちを退けたフォコたちは、他の船客たちから感謝を受けた。
    「ありがとうございます!」
    「おかげで助かりました!」
     ルピアとランニャがその厚意に辟易する一方で、フォコは一人、テーブルにぽつんと掛けていた。
    「あの、あちらの方は一体……?」
    「ああ、さっきの海賊の中に、数年前に知り合った奴がいたそうだ。ちょっと見ない間に、あんなになってしまうなんて、……と嘆いてる」
    「そうでしたか……。いや、確かに近年、貧富の差は激しくなる一方ですからな。
     特にレヴィア王国軍に敗北した国の人たちは、散々な目に遭っているとか……」
    「どこでも禍福は隣り合わせだ、と言うことだろうな」
     ルピアが他の客たちと話している一方で、フォコは頬杖を突いて黙り込んでいる。それを見かねたらしく、ランニャが声をかけてきた。
    「ねー、フォコくん」
    「ん?」
    「そんなに落ち込んじゃダメだよ。そりゃ、ショックかも知れないけどさ」
    「落ち込む? ……ああ、いや、そう言うわけちゃうんよ」
    「え?」
     きょとんとするランニャに、フォコは自分の考えを述べた。
    「あの時、ランニャちゃんもアミルさんの話、聞いとったやんな?」
    「うん。子供さんに、お祝いしてあげたかったって」
    「それなんやけどな、……誕生日、春頃やったはずなんやけどなー、思て。もうちょっと後やったはずなんやけど……」
    「フォコくんの勘違いじゃないのか? いくらなんでも、親御さんが間違うわけ……」
     フォコは頬杖を突きながら、もう一方の手でピンと人差し指を立てる。
    「それやねん。間違うはずのないものを、わざと間違えた。ちゅうことは、そこに何かある、ちゅうことやないかなって」
    「日付を間違うはずがないのに、間違えた……? 日付が、何か大事なこと、なのかな?」
    「そうやろな、多分。……で、何で明後日って言うたか。ムニラちゃんの誕生日のお祝い、って方便使ったんは、何でか。
     ……あ」
     フォコの頭に、かつて自分とティナが、アミル夫妻にプレゼントを贈った時の記憶がよみがえった。
    「……あーあー、そう言うことか」
    「何が?」
    「つまり、明後日自分らに、昔僕がやったように、ムニラちゃんへの誕生日プレゼントを贈ってくれ、ちゅうことか」
    「無理じゃない、そんなの。だってそもそも、相手がどこにいるかも……、あ」
    「そう言うことやろな」

    火紅狐・砂狼記 4

    2011.02.14.[Edit]
    フォコの話、144話目。不自然な懇願。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. フォコの声に、船長は顔を挙げた。「……! ほ、……ホコウ!?」「……やっぱりでしたか」 船長の正体は、かつてフォコがジョーヌ海運特別造船所で働いていた時の同僚、アミルだった。「海賊続けてるって聞きましたが、……本当だったんですね」「ああ。……いや、俺のことよりも。 ホコウ、お前、生きてたのか……!」「ええ。……話せば、長くなりますけ...

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    フォコの話、145話目。
    人格を歪めた5年。

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    5.
     一悶着あったものの、フォコたち一行は無事、ナラン島へ到着した。
    「……見る影もあらへんな」
     かつて簡素な船着き場だったところは、無駄にきらびやかなマリーナとなっており、造船所のあったところには商店が立ち並んでいる。
     そして、特別造船所の象徴でもあった砂猫楼は跡形もなく取り壊され、これまた無駄に装飾されたホテルになっていた。
    (モーリスさんが見たら卒倒するな、こんな何の役にも立たへん過剰装飾。邪魔すぎるわ)
     実際、マリーナの装飾にはあちこちに、修繕された跡が見られる。
    「何べんもぶつけとるんでしょうね、ここ。取っ払ったらええのに」
    「とりあえず飾り付ければ客の目を引く、そう思ってるんだろうよ。客にとっちゃ、うざったいだけなのにな」
     商人二人の目には、これらの装飾は単に、無用なコストの発生にしか見えなかった。

     ナラン島の現状を把握した三人は、さっさと島を離れることにした。アミルが指定した日にちに、確実に着いておくためである。
    「ちょっとくらい遊んで行ってもいいじゃない、って思ったんだけどなー」
    「そうしてもいい。が、……それはフォコ君が嫌だろ?」
    「ええ、まあ。とてもじゃないですけど、自分が働いてた島で遊ぶ気にはなれないです」
    「……だよね。あたしもそれは、そう思うかも」
    「昔、仕事場で遊んで死にそうになったしな、お前」
    「言わないでよぉ」
     ぺたりと狼耳を伏せ、照れるランニャをよそに、ルピアはフォコに尋ねる。
    「しかし……、本当に、昔はそんなに強かったのか、あいつは?」
    「ええ。こないだのルピアさんみたいな」
    「ふうん……? そうは思えなかったけどな。そりゃ確かに筋肉ムキムキだったし、曲刀の構え方、敵との接し方には、堂に入ったものがあるなとは思った。
     だが何と言うか、精神面で妙に弱く感じた。よっぽど暮らし向きが良くないんだろうな。キャンキャン吠えるくせして、妙におどおどしてる雰囲気が、……っと、悪いな。悪く言ってしまって」
     ぺこりと頭を下げたルピアに、フォコは首を振る。
    「いえ、……確かに、ルピアさんの言う通りです。
     昔のアミルさんは、もっと活き活きとしてました。船の時みたいに、切羽詰まった感じは全然なくて。追い詰められてるって言う、そんな感じでした。
     昔は、あんなじゃなかった。今のアミルさんは、まるで別人ですよ」
    「5年前、だからな。人は変わるさ」
    「ですよね……」



     二日後、サラム島。
     フォコたちは、玩具屋の前にいた。
    「ここか? 君がシルム夫妻に贈ったプレゼントを買ったと言う店は」
    「ええ。ケネスの手が伸びとるかもと思ってましたけど、残ってて良かった」
     昔から中立主義を貫くサラム島らしく、ここにレヴィア軍の手は及んでいないようだった。
    「昔のままで、ほっとしてます」
    「俺もだよ」
     と、フォコたちの後ろから声がかけられる。
     振り返ると、そこには少し前のフォコのように、フードで顔を隠したアミルが立っていた。
    「あ、……ども」
     中立地帯とは言え、うかつに名前を呼ぶのはまずいと判断し――だからこそ、アミルは他に人がいた先日の船上で、直接的な説明を避けたのだ――フォコはぺこりと頭を下げるだけに留める。
    「ありがとよ。俺の言葉の裏、ちゃんと読んでくれて」
    「いえ。……その、えっと」
    「付いてきてくれ」
     アミルは踵を返し、フォコたちに促した。

     歩きながら、アミルは5年間の出来事を話してくれた。
    「お前がいなくなった後、アバントのおっさんが戻って来たんだ」
    「あいつが……?」
    「あいつ、って呼んだってことは、本性を知ってるんだな。なら話は早い。
     アバントは『おやっさんが死んだ。殺したのはジャールとホコウだ。俺は守ろうとしたんだが、逃げるしかなかった』と俺たちに告げた」
    「なっ……」
     面食らい、憤るフォコに、アミルは笑って話を続ける。
    「安心しろ、信じてない。おやっさんが行方知れずになったその後に、お前らが消えたんだからな。今にして思えば、どう考えても矛盾してる。おまけにその後でアバントは、俺たちをナラン島から追い出したからな。
     おやっさんが死んだと聞かされ、おかみさんは倒れちまった。俺たちもどうしたらいいか分からなくなって、そのまま砂猫楼で何にもせず、沈んでた。
     そしたら西方のあっちこっちから、債務の取り立てがやって来た。そいつらは、おやっさんが死んだとか、そう言う話は聞いてなかったみたいだが、どこかからそそのかされた感じだった」
    「そそのかされた……?」
    「ああ。何故か債権者は全員、エール商会の系列だった。『新しく商会主になったご次男様の命令で、回収に伺った』ってな。
     だけども、商売が軌道に乗ってりゃ返せたはずのその額は、操業の止まってたジョーヌ海運にはどうしても払えなかった。砂猫楼の中にあった金を全部使ったところで、到底足りる額じゃなかったんだ。
     ところが、それを処理したのがアバントだ。俺たちと同じ素寒貧だったはずのあいつは、何故か、その債権を全部払えるだけの大金を持ってた。
     そして払ってなお、島を買い取れるくらいの金持ちだった」
     そこで言葉を切り、アミルはため息をついた。
    「で、弱ったおかみさんを説得して、島と商売を買い取った。
     そしてこう言ってのけやがった――『ここは俺の島になった。悪いが、お前らは引っ越してくれ』ってな」

    火紅狐・砂狼記 5

    2011.02.15.[Edit]
    フォコの話、145話目。人格を歪めた5年。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 一悶着あったものの、フォコたち一行は無事、ナラン島へ到着した。「……見る影もあらへんな」 かつて簡素な船着き場だったところは、無駄にきらびやかなマリーナとなっており、造船所のあったところには商店が立ち並んでいる。 そして、特別造船所の象徴でもあった砂猫楼は跡形もなく取り壊され、これまた無駄に装飾されたホテルになってい...

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    フォコの話、146話目。
    海賊へ堕ちる。

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    6.
     アミルと共に歩くうち、一行は街外れの林に入った。
    「島を出るしかなくなって、俺たち特別造船所のメンバーはバラバラになった。おかみさんとモーリス、それからティナは、西方に戻った」
    「西方に、ですか」
     目的の人物がいないと分かり、フォコは内心、ひどくがっかりする。
    「俺とマナは、故郷の島に戻った。……だけど、そこも追われた。レヴィア軍の侵攻でな」
    「そんな……」
    「俺は戦おうとしたけど、マナはその時、2人目ができてた。逃げるしか無くてな。
     で、故郷の何人かと一緒に逃げて、別の島でも同じように追われて、……気が付いたら、この体たらくだ。
     俺は、……俺たちは負けたんだ。レヴィア軍にも、アバントにも、エール商会にもな」
    「……」
     話が終わったところで、一行は林を抜け、海岸に到着した。
    「乗ってくれ。今の、俺たちの本拠地に行く」
    「分かりました」
     フォコが乗り込もうとしたところで、ルピアがアミルに声をかける。
    「私らもいいのか?」
    「……いいよ。……今度は腹、蹴るなよ」
    「分かってるさ。招待主を蹴ったりせんよ」

     船が沖に出たところで、アミルはフォコをまじまじと見つめてきた。
    「ホコウ、……変わんねーなー、お前は」
    「そ、そうですか?」
    「5年経ったってのに、背ぇちっちゃいし、ひょろひょろだし。
     ……俺が変わりすぎたのかな。まともに生きてたら、こんな風に変わんなかったのかな」
    「僕だって」
     フォコは口を尖らせ、反論する。
    「この5年、色々ありましたよ。3年浮浪者になってましたし、その後は北方で一稼ぎしましたし」
    「そうなのか? ……へぇ」
     アミルはもう一度フォコを眺め、不思議そうに尋ねる。
    「どうやって稼いだんだ? ってか、本当に稼いでたのか? お前、5年前と服装のレベル、ぜんっぜん変わってないぞ。
     おかみさんはあんなにおしゃれだったのに、お前本当に西方系なのか?」
    「あ、それなんですけど」
     フォコはここで、自分の出自と、北方で起こった出来事をアミルに話した。
    「……そっちの方が余計信じられねーよ。お前、金火狐だったのか? しかもキルシュ流通の大番頭になった?
     冗談すぎるだろ、いくらなんでも」
    「ところが本当なんだから、驚くしかない」
     ルピアにそう言われ、アミルは余計けげんな顔になる。
    「しかもあんたが、ネール職人組合長? ……ありえねー強さだったぞ」
    「くく……、昔は少々、やんちゃをしていたもので、な」
     そう返したルピアに、アミルは何も言えなくなってしまった。



     船は6時間半ほど航行し、辺りがほんのり夕闇に迫る頃、とある小島に着いた。
    「この島は地図にも載ってない、無人島だった。そこに俺たちが住み込んで、本拠地にしてるんだ。
     名前のない島だけど、とりあえず俺たちは、ハイミン島って呼んでる」
    「マナさんの苗字ですね」
    「ああ。昔のおかみさんみたいに、今のマナは俺たちの心の拠り所になってる。島もそうなってきてるから、そう呼ぶことにしたんだ」
    「なるほど」
     船を降りたところで、海賊たちがアミルの前に並ぶ。
    「おかえりなさい、親分!」
    「おう。異常はなかったか?」
    「はい。おかみさんも元気にされてます」
    「そうか。……こいつらのこと、覚えてるか」
     アミルは船から降りてきたルピアを示し、ニヤッと笑う。
    「え? ……ひいっ」
     海賊たちはルピアの顔を見るなり、一様に後ずさる。
    「お、お助け……」「阿呆」
     ルピアは苦笑し、海賊たちに手を振る。
    「今日は客として来た。襲ったりせんから、安心しろ」
    「へ、へえ」
     恐縮する海賊たちを引き連れながら、アミルは島を案内してくれた。
    「海賊って言っても、元は俺たちと同じ、あちこちの島の島民だ。家族もいるし、ここで結ばれて、子供も生まれてる。
     俺んとこも今、子供が2人いるからな。もうすぐ3人になるところだ」
    「へぇ。……そんななのに、海賊やってるんですね」
    「昔は義賊気取りでやってた海賊も、今じゃ生活、……のためにやってる状態だ。
     ネールの姉(あね)さんの言う通り、死にかけスレスレの、生活とも言えん生活なんだ。奪わなきゃ、早晩俺たちは餓死しちまう」
    「……」
    「だからって俺たちのやってることは正当化できない。それは、分かってる。……でも、他にどうしようもない。
     今さら堅気に戻ろうったって、レヴィア軍に狙われてる今、できることじゃないからな」
    「……うーん……」
     話を聞きながら、フォコは思案する。
     そのうちに一行は、アミルたちの暮らす家に着いた。
    「ちょっと中で話す。お前らは持ち場に戻れ」
    「うっす」
     海賊たちはほっとした表情で、その場から去って行った。
    「……そんなに私が怖いか」
    「そりゃこえーよ」
     玄関で話していると、中から声が聞こえてきた。
    「おかえり、ホコウくんには会えた?」
    「ああ。……それから、ほら、……ボコられたって言ってただろ? あん時の姉さんも一緒に来た」
    「え?」
     扉がそっと開かれ、マナの目が、憮然としたルピアの顔を捉えた。
    「……あ、どうも。その節は」
    「おう」

    火紅狐・砂狼記 6

    2011.02.16.[Edit]
    フォコの話、146話目。海賊へ堕ちる。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. アミルと共に歩くうち、一行は街外れの林に入った。「島を出るしかなくなって、俺たち特別造船所のメンバーはバラバラになった。おかみさんとモーリス、それからティナは、西方に戻った」「西方に、ですか」 目的の人物がいないと分かり、フォコは内心、ひどくがっかりする。「俺とマナは、故郷の島に戻った。……だけど、そこも追われた。レヴィ...

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    フォコの話、147話目。
    堕落の原因。

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    7.
     散々へこまされた張本人を前にし、アミルは恐縮している。
     一方で、マナもよほどアミルから恐ろしげな話を聞かされたのだろう。ルピアにおずおずと、茶を差し出した。
    「お茶です。あの、お口に合わないかも知れなませんけど」
    「ありがとう」
    「えーと、何から話せばいいでしょうか」
    「聞かれても困る」
    「そう、だな」
     と、奥の部屋からひょい、と狼耳が覗く。
    「あ、ムニラ」
    「どうしたの?」
     やって来たのは、アミルに毛並みの良く似た、赤毛の女の子だった。
    「んーん、なんでも。……わぁ」
     ムニラはとてて……、とルピアに近寄り、キラキラした目で彼女の尻尾を見る。
    「きれい」
    「ウチの家系は『玉銀狼(プラチナテイル)』って呼ばれてるからな。その名の通り、プラチナみたいにほんのり青白みを帯びて光る銀色の尻尾は、私たちの自慢なんだ。
     ムニラちゃんと言ったか、君の尻尾もルビーのようで素敵だよ」
    「ありがとー」
     にっこりと笑うムニラに、ルピアは彼女の頭をくしゃくしゃと撫でながら、優しく微笑んだ。
    「可愛い子じゃないか」
    「……ありがとう」
     ここでようやく、アミルはほっとした顔になった。

     ルピアの膝の上にムニラが抱えられたまま、アミルの話が始まった。
    「どこまで話したっけ……。そうだ、俺たちが海賊になった、ってところまでか。
     堕ちるところまで堕ちて、って言い方が、これだけ似合う状況もない。だけど、それ以外に生きていられる道はなかった。
     そりゃ、一時はレヴィア軍に反発しようと、『砂嵐』らしく戦おうともしたんだ。だけどあいつら、とんでもなく強くなっちまったんだ。俺たちの攻撃が全く届かないところから、バンバンわけの分からん攻撃してくるし」
    「全く届かないところから……、魔術ですか?」
    「いや、それならそれで、まだ対応策はある。俺たちの中にも、初歩の初歩くらいの魔術を使える奴はいるから。
     だが、奴らの攻撃はそうじゃないんだ。魔術すら届かない距離から、攻撃してこれる」
     その話に、ルピアは神妙な顔になった。
    「うん……? その話、どこかで聞いたな」
    「え?」
    「そうだ……、エンターゲート製造が中央政府軍に、密かに卸してると言われてる兵器の売り文句だ。『何物も寄せ付けず、何物も敵わず、何物も残さず。究極の兵器とは、まさしくこれだ』みたいなことを言ってたっけ。
     レヴィア王国がエンターゲートとつながってるって言うなら、恐らくそれは、エンターゲートが卸した兵器だろうな」
    「一体、それは……?」
     アミルが興味津々に尋ねてきたが、ルピアは肩をすくめる。
    「残念ながら、話の肝については部外秘でな。詳しいことは、私にも分からん」
    「そうか……。
     まあ、ともかく。まともに戦おうとしても、手も足も出ない。現状じゃ、姿を見かけたら全速力で逃げるしか手がない。
     そんなだから、レヴィアを相手にすることなんか到底出来やしないし、かと言って海で悪いことをしてる奴を叩いても、俺たち同様のド貧乏人。
     自然と俺たちは、堅気に手を出すようになっちまったってわけさ」
     そう話を締めたアミルに、フォコは苛立ちを覚えた。

    「……」
     むすっとした顔で黙るフォコに気付いたアミルが、何の気なしに声をかける。
    「ん? どうした、ホコウ……?」
    「……アミルさん。あなたたちは、間違ってる」
    「ああ、知ってるよ。でも……」「でも、やないですよ」
     フォコはアミルに、真剣な目を向ける。
    「どうしてやめへんのです、悪いことしとるって自覚しとって、その上、死に体の稼業やって分かっとるんやったら!
     そんなん、どんどん先細りしてって、ジリ貧になってって当然やないですか! なーんも生み出さへん仕事なんやから! 奪うばっかり、食べるばっかり、潰すばっかり!
     何が『堅気に手を出すようになっちまった』ですか! レヴィア軍が悪い、世間が悪い、そんなんベラベラ並べたかて、結局は自分たちのせいやないですか! 自分たちがなんもせーへんから、堕ちていったんや! 全部、当たり前の話でしょう!?」
    「……それ以上言うな。いくら俺たちでも怒るぜ」
     アミルの顔に険が浮かぶが、フォコは口を閉じない。
    「怒るんやったらいくらでも怒ったらええですわ。でもそれで、何か得るもんなんかありますか? せいぜい僕を殴って、鬱屈した気分が10分の1、100分の1くらいスッとするだけでしょう?
     それがアミルさんの5年ですわ――正攻法を諦めて、回り道に回り道重ねて、鬱憤溜めるだけの5年間や! 何にも築いてへん!」
    「てめえ……ッ!」
     アミルはフォコにつかみかかり、拳を振り上げる。だが、しばらく硬直したまま、やがて拳を下ろした。
    「……畜生、その通りだよ……ッ!」
     アミルは悔しそうに、地面を殴りつけた。
    「そうだよ、俺たちは作っても築いてもいない、何にもだ! 今ここで立ち止まったら、一発で全員飢え死にしちまうような、1ガニーの貯蓄もできない生活だよ!
     でも、……じゃあ、どうしたらいいってんだよ!? 今さらまともな職にも就けないし、レヴィアの奴らを相手にもできない! もう俺たちには、これ以外何もできねーんだよ……ッ!」
    「……」
     涙をボタボタと流すアミルを見て、フォコは立ち上がった。
    「じゃあ、アミルさん」
    「……なんだよ」
    「僕に付いてきませんか?」
    「……ああ?」
     アミルはその言葉が何を意味するのか分からず、ぼんやりと顔を挙げた。

    火紅狐・砂狼記 終

    火紅狐・砂狼記 7

    2011.02.17.[Edit]
    フォコの話、147話目。堕落の原因。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 散々へこまされた張本人を前にし、アミルは恐縮している。 一方で、マナもよほどアミルから恐ろしげな話を聞かされたのだろう。ルピアにおずおずと、茶を差し出した。「お茶です。あの、お口に合わないかも知れなませんけど」「ありがとう」「えーと、何から話せばいいでしょうか」「聞かれても困る」「そう、だな」 と、奥の部屋からひょい、と...

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