黄輪雑貨本店 新館

蒼天剣 第4部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    • 226
    • 227
    • 228
      
    晴奈の話、第160話。
    祝勝会。

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    1.
     黒炎教団との戦いが終わり、黄海にもようやく平和な空気が戻ってきていた。
     これで晴奈の物語も終わり――とは、行かない。

     またしても晴奈は、騒乱に巻き込まれることとなる。
     落ち着けない生活、あわただしい日々――それもまた、彼女が英雄たる所以だろうか。



     双月歴518年、7月。
     戦争勝利を祝うため黄屋敷に将が集められ、宴が催された。
    「皆、ご苦労さま。これでもう、脅威は去った。しばらくは平和な日々が続くだろうし、安心して酔っぱらっちゃってください。
     では、乾杯!」
     エルスが簡単な挨拶で皆を労い、ささっと席に着く。
    「あら、お早いですね」
     右隣に座る明奈が驚いた感じでそう尋ねてきたので、エルスは小声で返す。
    「ご馳走が目の前に並んでるのに、長々と演説聴きたい?」
    「……ふふっ、いいえ。それじゃ、いただきますね」
    「うんうん」
     仲が良さそうに談笑するエルスたちを見て、左隣に座っていたリストが不機嫌そうな顔になり、エルスの耳をつねってきた。
    「フン、何ヘラヘラしてんのよ」
    「いててて」
     エルスは耳をつねられたまま、平然を装って箸を進める。
    「いくら引っ張っても君みたいに伸びないよ、リスト」
    「あら、そう。じゃ、もっと強くしてあげる」
     リストが力を込め、エルスの耳をさらに引っ張る。
    「何でそんなに怒ってるのかな?」
    「本気で言ってんの?」
    「折角の祝勝会じゃないか。もっと楽しもうよ、リスト」
     そう言いながら、エルスは明奈に目配せする。その意図に気付いた明奈は、そっとリストの背後に回る。
    「……えいっ」
     明奈もリストの耳を引っ張り、リストを止めようとした。
    「ひゃん!?」
     ところがちょっと触っただけで、リストは変な声を出して手を引っ込めた。
    「何すんのよ!? へ、変な声出ちゃったじゃない!」
    「ぷっ、くくく……」
     リストの反応が面白く、今度はエルスがリストの耳を触り、合わせて息も吹きかける。
    「こちょこちょ、……ふーっ」「ひゃ、ああん!?」
     甘い声を出してきたリストを見て、エルスは笑い転げた。
    「あは、あはは……。やっぱりリスト、君はからかいがいがあるなぁ、ふっ、ふふふ……」
    「あ、アンタ、いい加減にしなさ……」「えいっ」「ひゃーん!?」
     リストが怒鳴ろうとしたところで、また明奈が耳を触る。
    「クスクス、リストさん面白い」
    「あ、もしかしてメイナ酔ってるでしょ!?」
    「うふふふ……、ふー」
    「ひぁー!?」
     リストは宴の間中、エルスたちのおもちゃにされていた。



     一方、晴奈は宴の場から離れ、自分の部屋で一人、酒を飲んでいた。どうしても騒いで呑む気にはなれなかったからである。
    「赤の満月、白は新月。今宵は片月、か」
     このところ、晴奈の心にはいつもあの死闘の記憶――ウィルバーと川の中で戦った時の、彼の姿が居座っている。
    (ウィル、お主は本当にあのまま死んだのか? もう既に、冥府の住人と成り果ててしまったのか?)
     考えれば考えるほど、重苦しい気持ちが募る。やがて晴奈は杯を窓辺に置き、顔を両手でこする。
    「ふー……。少し、飲みすぎたかな。……外に出るか。心地良さそうだし」
     窓から見る街の景色を眺めながら、晴奈は外への身支度を簡単に整えた。

     宵も過ぎ、街は静まり返っている。明かりもまばらにしかない。月明かりに照らされた道を、晴奈はゆらゆらとした足取りで歩く。
    (また紅蓮塞に戻って修行するかな……。特にこの街でやりたいことも無いし)
     酔った頭にぼんやりと、師匠の顔や修行場の風景が浮かんでくる。
    (それにしても2年半か。長かったな……)
     護身のために持って来た刀の柄を撫でながら、色々なことを取り留めもなく考える。
     とは言えこの2年半、ずっと戦に没頭していた分、騒々しさに慣れた頭は街の静けさを、敏感に感じ取っている。
     だから――どこかからガシャ、と何かの割れる音を、晴奈の猫耳は聞き逃さなかった。
    「……うん?」
     不審に思った晴奈は、音のした方に向かう。
    (確か、こちらの方角から聞こえてきたような?)
     路地を曲がり、無人の大通りを横切る。そしてまた路地に入ったところで、見慣れた建物が目に入る。
    (まさか、ナイジェル邸からではあるまいな?)
     向かった先にはエルスとリストが、ナイジェル博士亡き後もそのまま住んでいる屋敷――ナイジェル邸があった。
    「……! やはり、ここか」
     玄関の扉がバッサリと切られており、異状が起きていることは明白だった。
    (もしや、賊か?)
     このまま傍観していては、エルスたちは被害に遭ってしまう。そしてそれを、晴奈がよしとするわけも無い。
    「……よし」
     晴奈は着物の袖と裾をまくり上げ、髪を束ね直し、刀に手をかけて屋敷に近寄る。
     破られた扉から中を覗き見ると、大柄な熊獣人の男、中背のエルフの男、小柄な兎獣人の女が輪を作り、何か話している。
     そして輪の中心には灰色の洋巾(フード)のついた外套をかぶった者と、左目に眼帯をはめた、虎獣人の青年が確認できた。
    蒼天剣・悔恨録 1
    »»  2008.12.06.
    晴奈の話、第161話。
    はるかな国からの侵入者たち。

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    2.
     ナイジェル邸に侵入している者たちは、央南ではエルスたち以外に見かけたことの無い、異国の服を着ている。また髪や目の色、顔つきも、およそ央南人とは思えない。ただ、虎獣人だけは黒髪に灰縞の虎耳と尻尾で、その顔立ちも含め、央南風と見えなくもない。
    (彼奴ら、何者だ?)
     晴奈はじっと扉の陰に潜み、中の様子と彼らの会話を探る。
     片目の「虎」が、エルフに向かって怒鳴っているのが聞こえてきた。
    「彼には手を出すなよ、スミス!」「……ヒノカミ中佐、何を?」
    「虎」――日上中佐と呼ばれた青年は、彼よりずっと年上らしい、周りの者たちに威張り散らしている。
    「王国中の人間から嫌われようと、彼は俺の恩師だ! 出会っても手を出すんじゃないッ!」
    「……了解しました」
     エルフは日上に叱られ、憮然とした顔で引き下がった。ほぼ同時に、日上の後ろにいた茶髪に白い垂れ耳の「兎」が、手をポンと打って声をあげる。
    「そー言えばヒノカミ君は、エルスと組んでたんだよね」
     見知らぬ女の口から出た親友の名前に、晴奈は目を丸くした。
    (な……!? エルス、だと? エルスとは、あのエルス・グラッドか?)
     晴奈の動揺など知るわけも無く、日上は「兎」の言葉にうなずく。
    「そうだ。彼に受けた恩義も非常に大きい。俺の前で彼を悪く言う奴は、例え身内でも許さないぞ」
     そう言って日上がにらむが、「兎」は媚びるような甘ったるい声で顔を赤らめ、頬に手を当てて日上に答える。
    「アタシは言いやしないよー? アタシだってリロ、……エルスとは、色々アレコレ楽しーい思い出あるし、悪くなんてねーぇ」
    (何だ、あのけばけばしい『兎』は? ……私の中の、兎獣人の思い出が汚れてしまいそうだ)
     憤慨する晴奈に気付くはずも無く、日上は肩をすくめて返す。
    「ま、アンタは暴走恋愛狂だもんな」
    「あ、ひっどーい。そんなコト言っちゃうと、もう相手したげないわよー?」
     日上の鼻を人差し指でトンと叩き、上目遣いで甘ったるい仕草を見せる「兎」に、日上は苦笑する。
    「ははっ、そりゃ困るな」
    (彼奴ら、一体……)
     と、これまでじっと黙り込んでいた「熊」も、ぼそぼそとした口ぶりでエルスのことを言及する。
    「俺も、格闘術の指導、受けたことが、何度もあります。感謝、してます」
    「だよな。俺も何度か、教えてもらったことがある。貫手とか通打とかな」
     そう言って日上は嬉しそうに、掌底を打つ仕草を「熊」に見せる。それを見て、「熊」はのそのそと首を振って同意する。
    「ああ、通打は、エルス教官の得意技、でしたね。あれは本当に、痛かった」
    「分かる分かる、はは……」
     日上たちの会話をそっとうかがいながら、晴奈は思案する。
    (一体、彼奴ら何者なのだ? こんな胡散臭い輩がまさか、エルスの知り合いだと言うのか?
     いや、それよりも――良く考えれば、私はエルスについて詳しいことを一切知らぬ。一体、エルスは何者だったのだ? この黄海を訪れる前、何をしていたのだ?)
     と、一人意見を違え、孤立したエルフは、不満そうに顔をしかめる。
    「何だよ、みんな反逆者に肩入れかよ? ……くそっ」
     エルフは肩を怒らせ、その場を離れていった。それをきっかけにして、他の者もバラバラと居間を離れる。
     一人居間に残った日上は、床に落ち、粉々になった壷――どうやら、先ほど音を立てたのはこれらしい――を眺め、ぽつりとつぶやいた。
    「エルフの癖に短気な奴だな。まるでリストだ」
     少し間を置いて日上も居間を離れる。晴奈は刀を抜き、そっと中に入る。
    (エルスだけではなく、リストのことも知っているとは。
     何にせよ、他人の家に忍び込む輩だ。常識ある、まともな相手では無いだろう。ならば容赦は無用。
     一人ずつ、倒していくか)

     音を極力立てずに晴奈は廊下を進み、部屋を見回っていく。客間に「兎」がいるのを見つけ、素早く中に入り込む。
    「……とうッ!」「ひ、あぅ!?」
     背中を見せていた「兎」に峰打ちを入れ、気絶させる。
    (後ろからは少々卑怯ではあるが、……まずは1人)
     気を失った「兎」を縛り、一旦廊下に出て隣の部屋を覗くと、「熊」が部屋を探っているのが見える。
    (よし……)
     晴奈が部屋に入ろうとしたその時、運悪く階段からエルフの男が降りてきた。
     そのまま鉢合わせしてしまい、晴奈は舌打ちする。
    「……しまった!」
    「誰だ、お前は!」
     居丈高に怒鳴るエルフに、晴奈も怒鳴り返す。
    「こっちの台詞だ、賊め!」
     エルフが反応するより一瞬早く、晴奈は斬りかかる。エルフは剣を抜いて構えたが、階上から誰かが叫ぶ。
    「スミス、受けるな! かわせ!」
     だが、その指示にエルフが応じるより早く、晴奈は斬撃を叩き込む。
     エルフの構えた剣に、晴奈の刀自体は止められてしまうが――。
    「甘いッ! 焔流はこれしきのことでは止まらんッ!」
     刀から炎が噴き出し、エルフの剣を貫通して襲い掛かる。
    「う、うわあああっ!?」
     晴奈の「火刃」を正面から食らい、エルフの左肩から右脇腹に火が燃え移り、そのまま悶絶する。
     と、洋巾姿の男が現れ――どうやら、先程叫んだのはこの男であるらしい――周囲に怒鳴る。
    「フー、ドール、バリー! 見つかったか!?」
    「まだ、だ!」
     晴奈の背後で「熊」が答える。
     そしてほぼ同時に、日上の声も返って来た。
    「あった! 見つけたぞ!」
     それを聞くなり洋巾は、晴奈に向かって飛び掛かってきた。
    「逃げるぞ!」
     洋巾は晴奈のすぐ側まで踏み込み、同時に右手を後ろに引く。次の瞬間、ガキン、と言う音と共に、晴奈に向かって洋巾の掌底が放たれた。
    「……っ!」
     晴奈は剣を構えて防ごうとするが、予想以上に重たい掌を受け止めきれず、廊下の端まで弾き飛ばされた。
    「な、ッ……!?」
     勢い良く壁に叩き付けられ、晴奈はそのまま、気を失った。
    蒼天剣・悔恨録 2
    »»  2008.12.07.
    晴奈の話、第162話。
    エルスの過去。

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    3.
    「セイナ……、セイナ! しっかりして!」
    「……う、うう? ……エルス? エルスか?」
     晴奈はエルスに抱き起こされた状態で、目を覚ました。
    「一体どうしたんだ!? こんなところで、君が倒れているなんて!?」
     エルスの問いに応じず、晴奈はフラフラと起き上がり、ナイジェル邸の様子を確かめる。
     そして既に賊たちの姿が無いことを確認し、晴奈はエルスの前に土下座した。
    「ちょっ、ちょっと、セイナ? どうしたんだよ、一体? 説明してほしいんだけど」
    「すまない、エルス! 屋敷に賊が押し入ったのを見ておきながら、逃してしまった!」
    「何だって!? 賊!?」
     エルスは驚き、慌てて2階に上がる。戻ってきたエルスは、額に汗を浮かべていた。
    「うん、確かに、君の言う通り、賊に侵入されてたみたいだね。『剣』が、無くなってる」
    「賊を撃退しようとしたのだが、……くっ」
     晴奈は自分のふがいなさに肩が震え、それ以上言葉を続けられない。
     だが、エルスはいつものように笑みを浮かべながら、晴奈を慰めてくれた。
    「剣なんかより君の方が大事だよ。セイナ、君が無事で良かった」
    「エルス……! すまない! 本当に、すまない……っ」
     それでも晴奈は顔を伏せ、謝り続けていた。

     エルスは晴奈を居間に座らせて落ち着かせ、何があったのかを聞き出した。
    「状況は大体分かった。それで、他に何か覚えていることは無いかな? 例えば、何か話をしてたとか、そう言うの」
     晴奈はしばらく考え込んでいたが、何も出てこない。
    「すまぬ、良く覚えていない。さっき話した通りだ」
    「そっか。セイナ、ともかく今日はゆっくり休んで。今日のことは気にしなくていいから」
    「……」
     何も言えず、セイナはヨロヨロと立ち上がる。
     と、居間を出ようとしたところで、晴奈は洋巾のことを思い出した。
    「あ……、確か洋巾をかぶっていた者がいたのだが、他の者の名を呼んでいた覚えがある。確か『バリー』、『ドール』、『スミス』、それから、『フー』と。
     そうだ、それに確か、片目の虎獣人は『日上』と呼ばれていた」
     名前を告げた瞬間、エルスは椅子を倒して立ち上がった。
    「本当に、そう言ってたの?」
    「あ、ああ」
    「そんな……、そう、か、……いや、でも」
    「知っているのか?」
     恐る恐る尋ねた晴奈に対し、エルスは引きつった笑顔を浮かべながら、コクリとうなずいた。
    「ああ……。4人とも、僕が北方にいた時の知り合いだ。
     特にフー、日上風とは1年ほど、一緒にチームとして行動していたんだ」

     エルスは過去、北方にいた時のことを説明してくれた。
    「僕は元々、北方の軍事大国――ジーン王国の諜報員をしていた。ある国や組織に忍び込んで、情報や強力な武器を奪うのが主な仕事だったんだ。
     僕と一緒に行動していたのは2人。情報収集と援護を担当するリスト・チェスター。そして戦闘要員の日上風。そこに僕がリーダーとして入り、チームで活動していた。
     僕がここ、央南に来たきっかけもその仕事がらみだった。黒炎教団の総本山、黒鳥宮にあのタイカ・カツミを撃退できると言われている剣が運び込まれたと言う情報をつかみ、乗り込んだんだ。
     剣はあった。古代の戦争でカツミを刺し、瀕死の重傷を負わせた魔剣、『バニッシャー』――教団はカツミの弱点と見なし、破壊しようと企んでいた。長年にわたってカツミ討伐を目論んでいた王国側も、この剣をカツミ討伐の切り札だと考え、何としてでも奪うよう、僕たちに命じた。
     で、何とかその剣を奪った僕らは、首尾よく王国に帰還した。そこまでは何の問題も無かった。メイナも助けられたし、上々の成果だった。
     だけどそこで、王国軍は暴挙に出ようとした。剣が手に入っただけでカツミを倒せると判断し、討伐チームを組もうとしたんだ。
     確かに『バニッシャー』は教団も破壊できない魔剣だったし、魔力を封じる効果があることも分かっていたから、魔術師であるカツミに有効な打撃を与えうる武器なんだろう。だけど剣は剣、単なる刃物だ。カツミに並ぶかそれ以上か、それくらい腕のある剣の達人でもいなけりゃ、倒せるわけが無い。
     そのまま討伐に向かえば確実に返り討ちにされるし、カツミは間違い無く報復に出る。カツミの逆鱗に触れた王国は最悪、滅亡しかねない。僕も博士も流石にその作戦を実行させるのはまずいと思ったから、僕らは作戦の要である剣をもう一度奪い、ここに逃げてきたんだ。
     だけどリストと博士、メイナは連れて来られたけど、フーは無理だった。彼には祖母がいて、フーの収入と介護無しには生活できなかったからね。
     でも今振り返ってみれば、無理矢理にでも連れて来るべきだった。剣が盗まれたことはすぐ分かることだったし、いなくなった僕たちが犯人だってことも容易に推理できることだ。
     そうなればずっと一緒に行動してきたフーが素性を疑われないわけは無いし、相当の報復も受けることになる。恐らくは、フーの身に全部、その嫌疑も恨みも押し付けられただろうね。
     悪いことを、したよ」
     話し終えたエルスの顔には、悔恨の色が浮かんでいた。
    蒼天剣・悔恨録 3
    »»  2008.12.08.
    晴奈の話、第163話。
    長い旅の始まり。

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    4.
     黄屋敷に戻った晴奈はそのまま部屋に閉じこもり、自分の不覚を恥じた。
    (ああ……! 賊の存在に気付いておきながら、むざむざ取り逃がすとは! 何が剣士だ、何が免許皆伝だ! 情けない、本当に情けなさ過ぎる……)
     延々と自分を罵り、なじる。晴奈はうずくまり、自分を呪っていた。
    (この愚か者が、一体どうして許されようか……!)《あのさ》
     不意にどこからか、声が聞こえてくる。男とも女ともつかぬ、中性的な声だ。
    《いつまで、そーしてる気なのさ?》
    「え……」
    《いつまでそんな、ムダなコトするのさ? キミの悪いトコだよ、セイナ》
     いつの間にか、声の主――いつか、明奈と共に見たあの白猫が、目の前にいた。

    《いつもは勇敢なお侍さんなのに、失敗するとすぐ、ウジウジ悩む。誰かが引っ張ってやらなきゃ立ち上がれない、前に進めない。そこがキミの、一番悪いトコ》
    「む……」
     白猫に指摘され、晴奈は顔をしかめる。
    (しかし、言われてみれば確かに、白猫の言う通りでは、……ある。否定出来ない)
     その様子を見て、白猫はニヤニヤ笑っている。
    《キミ、自分に滅茶苦茶自信持ってるでしょ、いっつも》
    「……ああ」
     素直にうなずいた晴奈に、白猫はため息をつきつつ、彼女の肩に手を置いた。
    《身の程わきまえたら? キミはそんな簡単に自信満々になれるほど、強くて偉いの?》
    「な、に?」
     突然の罵倒に、晴奈は面食らう。
    《確かに剣の腕はいいよ。運にも恵まれてる。人柄もまあ良し。それなりの実績も持っている。ま、評価はできるよ。でもソレで偉いって? はっ、バカじゃないの?
     今、こうして落ち込んでるキミの姿を見て、昨日までキミを慕ってきた人たちはどう言う反応をするだろう? ボクはきっと、ガッカリしちゃうんじゃないかと思うんだ。
    『ああ、この人は安っぽい自尊心しか持ってなかった、薄っぺらい人だったんだな』ってね》
    「き……、貴様ッ!」
     白猫の挑発じみた話に晴奈は憤り、胸倉をつかもうとするが――。
    《フン》
     つかもうとした手を、白猫は事も無げにくるりとひねり、晴奈の背に回って腕を極める。
    「あ、だ……っ!?」
     腕を極めたまま、白猫は晴奈の背後で話を続ける。
    《キミは確かに良く似てるよ、あの『狼』に。キミがもし違う道を歩んでいたなら、あの時流されていったのはウィルバーじゃなく、キミだったかも知れない。
     キミは何も変わってないし、何も成長してないんだ。免許皆伝試験の際、家元に己の慢心をたしなめられた、あの時と。
     いくら強くなっても、いくら奥義を会得しても。心の中はまだ、19歳の小娘。心は全然、成長してない。
     キミは自分の中に巣食う『幼い修羅』に、心をつかまれたままなんだ》
    「……!」
     白猫のその言葉に、晴奈は雷に打たれたような衝撃を受けた。
    《もういっこ、言うとくとな》
     と――白猫に手を離されたところで、白猫とは違う声が聞こえてくる。
    《ただただ栄養を注がれるだけやったら、作物は腐るもんや。厳しい日照や風雨があるから、たくましい作物が出来上がるんやで》
     晴奈の目の前に、金色の装飾具をまとった豪奢な身なりの、金髪に赤毛が所々混じった狐獣人が現れた。
    《失敗した、負けてしもた、ソレでただ凹んで打ちひしがれるだけやったら、何もならへんわ。ソコから何が悪いんか、何したらよーなるんか、糧にせなアカンで》
     金狐も妙な口調で語りつつ、晴奈を諭す。
     晴奈はこの時、この二人が人間ではない、別の何か――神か仙人の類では無いかと感じ始めていた。
    《セイナの精神っちゅう土壌はコレまで成功っちゅう栄養ばっかりで、グズグズに腐りそうになっとった。その上にある自信なんて作物、すぐダメになって当然や。
     アンタくらい力量あるんやったらな、その心も、もっと苦しい目に遭うても揺るがへんような、たくましいもんに鍛えなアカンよ》
     金狐に続いて、白猫も諭しだす。
    《そう言うコトさ。
     だからコレはチャンスかも知れないよ、セイナ。キミの中にいる修羅を御するための、そしてキミがもっと、成長するための、ね。
     さあ、そろそろ現実的に考えよう、セイナ。今キミは、何をするべき?》
    「何、……を?」
     唐突に尋ねられ、晴奈は戸惑う。
    《今起きている問題を解決するには、どうしたらいいのかってコトさ》
    「それは……」
     言われて晴奈は、頭の中を整理する。
     何が起こったのか、今何が起こっているのか、そして、これから何が起きるのかを考える。
    (賊は逃げた。だが逃げて、すぐ北方に戻れるものだろうか? いや、黒炎殿ではあるまいし、一瞬で戻ることなどできぬ。何らかの手段を以って逃走しているだろう。
     では、何を使って? 可能であるのは2つ。陸路か海路だが、後者は無理だ。夜の港は閉まっているし、明日発つとしてもエルスが手を回し、港を封鎖するだろうからな。敵もそれを予測できぬような、愚かな奴らではあるまい。
     それよりも陸路だ。黄海とは別の港から逃走する可能性の方が、ずっと高い。今から探せば、追いつけるかも知れぬ)
     結論を出し、晴奈は答えた。
    「追いかける」
    《よし。じゃあ、そろそろ起きようか。
     いい旅を、セイナ》



     旅立つ旨を手紙にしたため、次に晴奈は身支度を整えた。
     昨夜から着ていた着物を脱ぎ捨て、動きやすい袴姿になる。刀も大小二本腰に差し、帽子をかぶり、外套を羽織る。少し大きめの袋を肩から提げ、丈夫な靴を履く。
    (……よし)
     手紙を持って部屋を出て、隣の明奈の部屋にそれを差し込み、晴奈はそのまま、外へと向かった。
    「後は頼んだ、明奈」
     玄関の前でそうつぶやきながら、晴奈は家を出る。
     まだ日も差さぬ早朝、庭の空気はひんやりと澄み切っている。晴奈の好きな、夏の景色だ。
    (しばらく、この景色を拝むことはあるまい)
     晴奈はその景色に向かって、一礼する。
    (昔発った時はこう言うこともできなかったな、そう言えば)
     顔を上げ、今度は家に向かって一礼した。
     顔を挙げ、そのまましばらく庭でじっと佇んだ後、大きく息を吸い、拳を握りしめ――そして、背を向けて歩き出した。
    「待っていろ、日上風。絶対に、追いついてやる」



     これより、晴奈の2年に渡る長い旅が始まる。

    蒼天剣・悔恨録 終
    蒼天剣・悔恨録 4
    »»  2008.12.09.
    晴奈の話、第164話。
    先行き、いまいち不安。

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    1.
     エルスの剣を奪い逃げ去った北方の虎獣人、日上中佐を追い、晴奈は黄海から南西にある街、弧月に来ていた。
     早朝、黄海で情報を集めたところ、それらしい集団が南西の街道へ走っていくのを見た者がいたのだ。

     弧月は央南でも歴史ある街の一つで、あちこちに古い建物や遺跡がある。中には紀元前10世紀以上を裕に越えるものもあるそうだ。
    「ほう」
     晴奈は石造りの、苔むした遺跡の前に立っていた。遺跡の前に掲げてある案内札によると、1~2000年ほど昔に造られたものではないかと言う。
    「嘘か、真か。まあ、どちらにしても……」
     その建物を見渡して、率直な感想を述べる。
    「ただの石くれだな」
     歴史ある町並みも、他に目的のある晴奈にとってはかび臭い路地でしかない。
     晴奈は遺跡探訪を早々に切り上げ、市街地へと戻った。

    「まったく、……ほこりっぽいな」
     街道を歩いていると、あちこちで古びた遺跡の補修や掃除をしている姿が目に付く。
     この街は遺跡を観光資源にして収入を得ている。そのため、金の元を失わぬように皆、一所懸命に建物を磨いているのだ。
     そこから大量に出るほこりを観光客は敬遠しているらしく、晴奈の他に、道を歩く者の姿は見られなかった。
    「ケホ……。やれやれ、見せるための街で出歩きがしにくいとは。何がなにやら」
     ほこりのせいか、歩いていると次第に目と鼻がかゆくなってきた。晴奈はたまらず、近くの食堂に駆け込んだ。
    「いらっしゃい! お、べっぴんさんだねぇ! その格好、旅人さんかい?」
     店に入るなり、虎獣人の店主が明るく声をかけてくる。
    「ああ、そんなところだ。良ければ少し、物を尋ねてもいいか?」
    「いいけど、メシも食ってよ。うちは食べ物屋だからさー」
     メシ、と聞いて思わず晴奈の腹が鳴る。
    「おっ、丁度良かったかな?」
     腹の音を聞かれ、晴奈は恥ずかしさをごまかしつつ、どうにか受け答えする。
    「う……、む。まあ、では、何かいただこうか。お勧めは何だ、大将?」
    「へへ、どうも。そうだなー、今日は焼鯖定食かな」
    「では、それを」
    「まいどっ。えーと、30クラムだね。作ってる間に用意しといてねっ」
     店主の流れるような弁舌に、晴奈はつられて金を出そうとした。
     が――。
    「あー、と。……くらむ、とは?」
    「へ? ああ、お客さん央南人っぽいし、玄銭しか持ってないのかな?
     いいよ、玄銭でも。えーと、今のレートだと、30クラムは150玄くらいになるね」
     聞いたことの無い単語が飛び出し、晴奈の眉が曇る。
    「れ……、れー、と?」
     どうやら晴奈の旅は、前途多難のようだった。

     晴奈が世俗に疎いことを見抜いたらしく、店主は親切に、「お金」について講義してくれた。
    「ふむふむ、つまりレートとはある地方の金と、別の地方の金がいくらで交換できるかと言う、換金の率のことなのだな」
    「そーゆーこと、そーゆーこと。クラムは基軸通貨だから、世界中どこでも使えるはずだよ」
    「そうなのか……」
    「でもねー、今、全額クラムに換えると損するかもねぇ」
    「え? どこでも使えるから、得なのでは?」
     事情通らしい店主は、パタパタと手を振って否定する。
    「いやいや、レートっていつでも同じじゃないしさ、政治情勢とか地域の景気に影響されやすいんだよ。
     例えば今だと、クラムを管理してる央北の中央政府ってところが、北方の、えーと……」
    「ジーン王国か?」
    「あー、そうそう、それそれ。そのジーン王国と戦ってるからさ、インフレが激しいんだよ」
    「いん、ふれ?」
     晴奈の知らない単語が、次々に店主の口から流れ出る。晴奈の手元にある紙は既に、ぐちゃぐちゃとした走り書きでいっぱいになっていた。
    「簡単に言うと、その地域のお金が増えてるってことだよ。戦争中は物入りだからね、中央政府はお金が欲しいわけさ。だからお金をたっぷり発行して、急場をしのいでるってわけだ。
     でも、これは応急処置みたいなもんでね、お金は一時的に増やせるけど、その分一枚、一枚の価値が下がっていっちゃう」
    「何故に?」
    「お金には金や銀、その他貴重な金属が含まれてる。大雑把に言うと、その含有率がそのお金の価値ってことになるんだけど、この量を増やすとなると、相応の貴金属が必要になってくる。でも貴金属はその名の通り、貴重な金属だからそう簡単には手に入らないし、原料が無ければ通貨は発行できない。じゃあ、どうやってお金を増やすか?」
    「うーむ……?」
    「ズバリ、金貨や銀貨の質を下げる。貨幣に含まれる金銀の量を減らし、代わりに何か別の、安い金属を混ぜて発行する」
    「あ、なるほど。それで通貨の価値が下がる、と……」
    「その通り。でも中央政府が通貨の価値を下げたって、他の国も一様に価値を下げるわけじゃない。他の通貨の純度や価値はそのままだから、相対的に量の増えた通貨が安く扱われるようになる、ってわけさ」
     店主の経済学講義を聞き終え、晴奈はとても感心していた。
    「ふーむ……。なるほど、大変勉強になった。つまり戦争の影響で、粗悪なクラムが大量に出回っているから……」
    「世界的にクラム安が起こってるってわけだ。まあ、世界中どこでも使えるのは確かだし、今はこまめに、必要最低限だけ換えた方がいいかもね。
     幸い、央南連合はこの前戦争に勝って羽振りがいいみたいだから、玄銭も高レートで換えてもらえるはずだよ」
     話を聞くうちに、晴奈の脳裏に小さい時の記憶がぼんやり蘇る。
    (ああ、そう言えば父上も時折、『クラム安が激しくて貿易は儲けにならん』とか何とか言っていた気がするな。なるほど、そう言う意味だったのか)
    「ふむ……。ありがとう、店主。おかげでいい知恵を仕入れられた」
     晴奈はにっこりと会釈し――続いて鼻を鳴らし、眉をひそめた。
    「いささか焦げ臭いのだが、飯は大丈夫なのか?」
    「……あっ!?」
     そこで店主はようやく、調理場に鯖の煙が充満していることに気が付いたらしい。
    蒼天剣・世俗録 1
    »»  2008.12.11.
    晴奈の話、第165話。
    双月世界の経済情勢。

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    2.
     何とか無事に出された焼鯖定食を食べた後、話好きの店主に色々と聞き込み、晴奈は世界情勢について学んだ。
     まず今、世界の命運を左右している戦争のこと。
     中央大陸の北中部にその勢力を誇る政治組織、中央政府が大火の傀儡であるとして、反大火姿勢を採る北方、ジーン王国が516年に宣戦布告。
     今なお北方と央北を結ぶ海――北海で、戦いが続いているのだと言う。

     続いて央南の隣、央中の情勢。
     以前に師匠から「狐と狼の世界」とは聞いていたが、店主はその中で最も力ある富豪、ゴールドマン家とネール家についてより詳しい話をしてくれた。この二大名家は現在、小競り合いを続けているらしい。
     昨今はネール家が密かに北方へ協力することで莫大な利益を上げており、それを良しとしないゴールドマン家は央北、つまり中央政府に対して大規模な貿易を展開していると言う。この二大富豪の競争が激化しているため、央中の経済は非常に活発化、加熱している。
     また、央南に玄銭があるように、央中にも地域通貨「エル」が存在する。央中経済に比例してエルもまたその価値を高めており、このこともクラム安、ひいては中央政府の弱体化に拍車をかけている。
     二大名家のケンカは、世界全体をも巻き添えにするほど激しいようだ。



    「央中もなかなか、立て込んでいるのだな」
    「ああ、それだけに胡散臭い奴らも良く、雲隠れするのにそこを選ぶ」
    「そうか……」
     店主の話に、晴奈は日上のことを考える。
    (もしかすれば、日上もそこに立ち寄るか……? いや、もしかしたら)
     晴奈に直感が働き、店主にこう質問した。
    「大将、この店に灰縞の『虎』が来なかったか?」
    「ん? うーん、虎獣人ねぇ。央南には、わりと多い人種だからねー。俺も『虎』だし。ま、赤縞だけど」
    「左目に眼帯をはめた、若い男なのだが……」
    「片目ねー……? ああ、そういやいたな、そんな客」
     店主の言葉に、晴奈は立ち上がり、問いつめる。
    「本当か! いつだ? この店に来たのか? どこへ行ったか知らないか?」
    「お、おいおいお客さん、いっぺんに聞かれても答えきれないよ~。
     えーとね、うん。来たのは一昨日くらい。兎獣人のやかましい女と、もう一人やかましい長耳と、あと熊獣人のでっかい男、それからいかにも胡散臭いフードを被った奴と、その虎獣人の5人組だったな。割と羽振りが良くて、結構儲けさせてもらったなー。
     そう言や話してた時に、『俺、央中にも女いるんすよ』とか、『しばらく遊んでくのもいいかなって』とか言ってたし、もしかしたら央中に行ったかもねぇ」
    「かたじけない、大将! おかげで奴の手がかりがつかめた!」
     晴奈は深々と頭を下げ、礼を言う。その様子を見て、店主がきょとんとする。
    「……お客さん、ワケアリだね。ま、一介の店主風情が口出しすることじゃないし、詳しくは聞かないさ。
     でも、まあ。お客さん美人だから、応援の意味を込めてサービスしたげるよ」
     店主は調理場から、ほこほこと湯気を立てる桃まんじゅうを持って来た。
    「さーびす?」
    「オマケ、ってことさ。食っちゃってくれ」



     店主のもてなしを受けた後、晴奈はまた街へと繰り出した。店主の助言に従い、手持ちの玄銭を、いくつか中央通貨のクラムに換えようとしたのだ。
    (……とは言え、どこで換えればいいのだ?)
     街を見渡しても、それらしい施設が見当たらない。と言うよりも、どこがそれを請け負っているのか、旅人になったばかりの晴奈には見当が付かなかった。
    「むぅ……」
     観光都市なので、世界中から人が集まってくる。そのためここでは基軸通貨、クラムを持っておく方が何かと便利であり、よってクラムを取り扱う施設が、どこかに必ず、あるはずなのだが――。

    「いらっしゃ……、あれ、お客さん?」
    「すまぬ……。クラム、どこで換えれば良いのだ?」
     侍の晴奈にはそれがどこであるか、分かるわけも無かった。



     見かねた食堂店主により、ふたたび講義が始まった。(ちなみ晴奈は授業料代わりに、桃まんじゅう2個と茶を注文した)
    「まあ、銀行ってのが世界中にあるんだ。ここが、玄銭とクラムを換金してくれる。って言うか、それが奴らの金儲けの方法の一つなんだ」
    「どう儲けるのだ?」
    「ま、さっきも言ったようにレートは変動する。今日1クラム5玄だったのが、明日には1クラム8玄になることもある。この時、今日1000玄を200クラムに換えて、次の日また玄銭に換えれば、どうなる?」
    「え、と……。1000玄が、200クラムになる。で、次の日1クラム8玄のレートだから、1600玄に?」
    「そーゆーこと。たった一日で600玄も儲けることができる。ま、次の日1クラム4玄になったりとか、逆の場合もありえるけどな。世界中のお金を取引して、その利ざやで儲かってる。
     ま、他に儲け方って言うと、預金だな」
     まるで先生と生徒のように、晴奈がぽん、と手を挙げる。
    「あ、それは分かる。人々から金を預かって、それを一時的に何らかの事業に回す。で、利益が出たらそれを銀行に還元して、差し引いた利益を自分たちの懐に……、と言うことだろう?」
    「そーそー、それだよ。でな、これとさっき言った両替の金儲けを組み合わせて、とんでもない稼ぎ方もしてるらしい。
     世界中に支店を持ってる銀行とかあるんだけど、あちこちからかき集めた金を使って両替する。さっきと同じレートの動きで、預金で集めた1億玄を今日、2千万クラムに換える。で、次の日玄銭に戻せば……」
    「6千万玄の儲け、か」
     晴奈は額の大きさに、目を丸くした。
    「ま、そんな感じだな。
     今の世界情勢はかなり流動的だし、レートの動きも激しい。この数年で何十億、何百億も稼いだり、反対に失ったりしてる奴は一杯いる。央南とか央北も戦争してるけど、『こっち』の方でも大戦争の真っ只中なんだよ。
     ま、ともかく。央中に行くなら気を付けなよ? 夕べまで大金持ちだったのに、次の日になったら一文無し、って事態も少なくないから」
    「ああ、うん」
     店主の壮大な話に、晴奈は若干呑まれ気味になっている。
    「んで、良かったら俺の友達が勤めてる銀行、紹介するよ。ついでに預金もしといてくれれば、そいつも喜ぶし」
    「はは、かたじけない」
    蒼天剣・世俗録 2
    »»  2008.12.12.
    晴奈の話、第166話。
    あの人とあの人の関係。

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    3.
     店主に案内してもらい、晴奈は銀行にたどり着くことができた。
    「ほれ、ここが友達の勤めてる金火狐銀行、弧月支店だ」
    「金火狐?」
    「ゴールドマン家の通称だよ。一族みんな金毛の『狐』だから、そんな呼び名が付いたらしい」
    「ほう」
     その後、晴奈は店主の友人と会い、早速クラム交換と多少の預金を行った。
    「これで世界中の金火狐銀行で、金が引き出せるようになった。これで旅の途中、何万クラムもかばんに入れてうろつかなくて良くなったわけだ」
    「いやいや……。本当に、何から何まで助けていただき、ありがたい限りだ。
     あ、申し遅れた。私の名は黄晴奈。良ければ大将、お主の名前を伺いたいのだが……」
     店主はその仰々しい言い方に吹き出し、笑いながら自己紹介した。
    「ぶっ、ははは……。いやいや、ご丁寧にどーも。へーぇ、アンタがあの猫侍か……。
     俺は風木(カザキ)って言うんだ。また弧月に来ることがあったら、ぜひとも立ち寄ってくれよな」
     風木はにっこり笑って、晴奈の手を握った。



     風木と別れた後、晴奈は央中へ向かう旅支度をするべく、商店街を歩いていた。
     その途中、手に持ったクラム銀貨を眺めながら、思索をめぐらせている。
    (ふむ、この女性がクラムと言う名の由来か)
     クラム銀貨の表面には金額が、裏面には美しいエルフの女性が彫像されている。
     偽造防止も兼ねているのか、かなり小さな字で「クラム・タイムズ 双月暦35年の肖像を基に意匠作成 ……」などと彫られていた。
    (まずは登山具か。
     店主から聞いた日上の情報が正しければ、奴らは央中へ向かったはずだ。ここから央中へ向かうとなれば、あの黒炎教団の総本山、黒鳥宮のある屏風山脈を越えねばならぬ。
     ……彼奴らに因縁はないからすんなり通れるだろうが、私は散々、教団とやり合ってきた身であるからな。果たして通してくれるものだろうか)
     今後の道中を考え、晴奈の気は重くなる。
     ともかく登山具と山道の地図を買い、他に揃えるものは無いかと思案していると――しゃらん、と言う鈴の音と共に、自分に声をかけてくる者がいた。
    「あれ……? 晴奈ちゃん?」
    「え?」
     振り向くとそこには、かつて父に自分の道を示す時に、その(大きな)胸を借りたエルフの魔術師、橘小鈴の姿があった。
    「橘殿?」
    「やっぱり晴奈ちゃんだ。ひっさしぶりー」
    「お、お久しぶりです。一体何故、ここに?」
     小鈴はクスクス笑い、同じ質問を返す。
    「それはこっちの台詞よ。晴奈ちゃんこそ、何でココにいんの?」
    「そ、その……」
     口ごもる晴奈を見て、小鈴はぱたぱたと手を振ってさえぎる。
    「あ、いいのいいの、言いたくなかったら言わなくても」
    「は、はぁ」
    「あたし、ココの出身なのよ。あっちこっち旅して、久々に帰ってみようかなーと思ってココに来たら、晴奈ちゃんと会ったってワケ」
     と、ここで小鈴が何か思い付いたらしく、ポンと手を打った。
    「あ、そうそう晴奈ちゃん、お腹空いてない?」
    「え? えー、まあ多少、小腹は空いております」
    「それなら丁度いいかも。美味しいお店、連れてってあげる。あたしの兄さんがやってるトコなんだけどね」
    「ほう……。では、お言葉に甘えて」
     小鈴は嬉しそうに、晴奈の手を引いて促す。
    「そう来なくっちゃ! さ、行こっ」
     小鈴に手を引かれるまま、晴奈は市街地を北に上がっていく。
    (あれ……? ここはさっき、通ったような?)
    「こっち、こっち。あの道を右に曲がったトコ」
    「え」
     その先へ進んだところで晴奈は驚き、立ち止まる。小鈴が店の戸を開けたところで、店主の驚くような声が返って来た。
    「いらっ……、あれ? 今度はどうしたの、黄さん?」
    「ん? 晴奈ちゃん、兄さんと知り合い?」
    「まあ、その。……何と言うか、まあ」
     風木と小鈴のきょとんとした顔を見て、晴奈は気恥ずかしさを覚えた。



    「だははは……、まさか、小鈴と知り合いだったとはなー」
     風木は妹と晴奈を前にし、大笑いしていた。
    「まさか、一日に三度も同じ店に立ち寄るとは」
    「ホント面白い子ねー、晴奈ちゃんって」
     小鈴の言葉に、風木はまた笑い出す。
    「ぶ、くくく……。面白いのはお前だよ、小鈴。俺の上客、引っ張ってくるとはなー」
    「偶然よ、偶然」
     口をとがらせる小鈴を見て、晴奈も思わず、クスッと笑ってしまう。
    「それにしても、兄妹だとは思いもよらなかった」
    「『虎』とエルフだしね、顔もあんまり似てないし」
    「血、つながってんのになー」
     そう言ってまた、2人は笑う。
    「んで、旅はどうだった?」
    「うん、大変だったわー」
     小鈴はコキコキと首を鳴らしながら、しみじみと語る。
    「もーね、日上関係がうざいのうざくないのって!
     央中も央北も、酒場や食堂、喫茶店や宿でちょっと耳を傾ければすぐ、北方がどーの、北海でこーの……!
     持ってたクラムもどインフレで一時期ゴミみたいになっちゃうし、克が日上中佐をボコボコにしてなきゃ、絶対クラム安、止まってなかったわよ!」
    「日上が、やられた!?」
     晴奈は仇の情報に、猫耳をピンと立てる。
    「やられたっつっても1年前のコトだし、死んでないわよ。
     北海で王国軍と中央軍が衝突して、最初は王国側の日上中佐が大活躍してたのよ。で、ずっと王国軍が優勢だったんだけど、そこで中央軍が克を呼んで、日上を倒すように依頼したらしいのよ。
     んで、日上は左目を潰される重傷を負って敗走、王国側は北海の大部分から撤退。今は膠着状態が続いてるって話よ。
    ま、そんなだから風向きが変わってクラムの価値も大分戻ってきてるし、央中・央北を旅するなら、今が行き時かもね」
    「ふむ……」
     晴奈は懐から銀貨を取り出して机の上でコロコロと転がし、眺める。
    「まったく、世俗と言うのはややこしいな」
    蒼天剣・世俗録 3
    »»  2008.12.14.
    晴奈の話、第167話。
    まじゅつし こすずが なかまになった!

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    4.
     その後も小鈴から仇の日上について聞き出し、敵についておおよその事情がつかめた。

     日上風中佐、北方に帰化した央南人の孫で、虎獣人の男性。
     元は軍の諜報部で戦闘要員として活動していたが、後に軍の特殊強化訓練を経て、尉官、佐官と異例の昇格。中央政府との戦争で頭角を表し、対大火の急先鋒として活躍していると言う。
     事実、それまで誰も歯が立たなかったと言う「黒い悪魔」と互角に渡り合い、重傷を負うも大火を退かせることに成功し――小鈴によればこれは北方側の誇張であり、実際のところは大火が日上を倒したところで大火の興が冷めたらしく、そのまま「契約履行」として帰ってしまったそうだ――今や北方では、英雄として名が通っている。



    「何が英雄だ!」
     小鈴の話を聞き終えた途端、晴奈は憎々しげにつぶやいた。その様子を見た橘兄妹は顔を見合わせ、風木が尋ねる。
    「なあ、黄さん。アンタの旅の目的って、もしかして日上か?」
    「そうだ。彼奴は私の友人、エルスが持っていた剣を盗み、黄海から逃げたのだ」
    「ま、日上らしいっちゃ、らしい話ねー」
     小鈴の言葉に、風木もうなずく。
    「うんうん。日上中佐って北方じゃ英雄って言われてるけど、ぶっちゃけ大陸じゃ評判悪いもんな。
     無類の女好きで、暇さえありゃあっちこっちで口説いたり遊んだりしてるらしいし。奴が使ってる鎧にしても、ネール家から奪ったとか、言いくるめて譲り受けたとか言われてるし。
     あんまり、まともな人間じゃ無さそうだなー」
    「うーん……」
     と、小鈴は心配そうな顔で、晴奈に尋ねてくる。
    「ねー、晴奈ちゃん。もし日上に追いついたら、どーすんの?」
    「どうすると言っても……、奪い返すしか」
    「できると思う? 相手は克と張り合った実力を持ってんのよ?」
    「……うーむ。確かに問題無いとは言えません。(黒炎殿には戦わずして負けているし)ですが……」
     反論しかける晴奈を、小鈴は人差し指をピンと立てて制する。
    「勿論あたしも、晴奈ちゃんの噂は聞いてるわよ。19で焔流免許皆伝、黒炎教団との戦争でも大活躍した。すごいわ、確かにそう思う。
     でも、たった一人で立ち向かうには、あまりにも強い敵でしょ?」
    「それは、そうですが……。しかし、やらねばならぬのです」
     晴奈は強い語調で返す。
     それを聞いて、小鈴は「うんうん」と首を振る。
    「そー言うと思ったわ。良かったら、あたしが手伝ってあげるわよ。あたしもまだ、旅しようと思ってたしね」
    「本当ですか!?」
     思いもよらない小鈴の言葉に、晴奈は目を丸くした。
    「ホント、ホント。あたしもそれなりに腕には自信があるし、この杖がある限り負けたりしないわ」
     そう言って小鈴は杖をしゃらん、と鳴らす。
    「以前から思っていたのですが、その杖、相当な業物のようですね。何と言うか、強い力を感じておりました」
    「んふふ……、そりゃそうよ。この『橘果杖 鈴林』は『神器』なんだからね」
     風木も腕を組み、自慢げに首を振る。
    「橘家に伝わる家宝だ。そいつと小鈴の魔術がありゃ、並の兵士くらいじゃ相手にならん。
     ま、それに小鈴が付いてりゃ、黄さんも旅先で困ったりしないだろ。人間、そうそう『旅の賢者』や『白猫の夢』なんて言う吉兆、お導きに出会えたりしないからな」
    「賢者と、白猫……」
     脳裏にモールの憎たらしげな笑顔や、夢の中で会った「猫」の姿が蘇るが、残念ながらそれらの話については、聞く機会を逸してしまった。
    「見知らぬ土地への旅は慣れてる奴と一緒じゃないと、危険だからな。
     その点、小鈴が付いてりゃ超安心だぜ」
    「ってコトでよろしくね、晴奈ちゃん」



     その晩、晴奈は小鈴と風木の家、橘家に泊まらせてもらうことになった。
     晴奈は床に就く前、小鈴に尋ねてみた。
    「橘殿は、何故ずっと旅を?」
    「ん? まあ、この杖が理由かな」
     そう言って小鈴は、傍らに置いていた杖、「橘果杖 鈴林」を手に取った。
    「ずーっと昔にひいばあちゃんが、この杖をもらったのよ。ある人に貢献した、そのお礼ってコトで。
     この杖、さっきも言ったけどすごい杖なのよ。あたし一人じゃせいぜい、小石を飛ばすくらいしかできないけど、この杖があれば岩だって飛ばせる。
     ソレだけでも十分すごいけど、も一つこの杖だけが持つ、不思議な力があるの」
     そこで小鈴は言葉を切った。妙な間が置かれ、晴奈は困惑する。
    「橘殿?」
    「ま、持ってみて」
     橘はそれだけ言って、杖を晴奈に差し出す。晴奈は言われるがまま、杖を握ってみた。
    《……》
    「……む?」
     すると一瞬だが、声のようなものが聞こえた気がした。
    「聞こえた?」
    「は、い」
     ぎこちなくうなずく晴奈に苦笑しつつ、小鈴が続ける。
    「これが杖の、本当の力。意思を持っているのよ、杖が。
     旅好きな子でね、何年か、何十年かに一度、『連れてって』って夢に出てくんのよ。ソレを見たウチの人間が、その役目を務めるってワケ。だから、あたしは旅をしてるの。この杖を楽しませてあげるために、ね。
     あ、そうそう。実はね、この杖をくれたのは……」
     晴奈には何となく、誰がこの杖を作ったのか察していた。
     こんな「神器」を創れる人間は晴奈の知る限り、この世に一人しかいないからだ。



     晴奈は夢を見た。
     白猫の夢ではない。手首や足首に鈴を山ほど付けた、エルフの少女の夢だ。
    《こんにちはっ、晴奈》
    「こんにちは、……?」
     一体この子は誰なのだろうと考え、すぐに思い当たった。
    「杖、か?」
    《当たりっ。ちょっとだけ、話をしようと思ってねっ。
     昔、アタシを刀で思いっきし叩いたでしょっ? 痛かったんだよっ、あれっ》
    「あ」
     晴奈の脳裏に、小鈴と戦った時の記憶が蘇る。
    「そう言えばそんなことも……。大変、失礼した」
     杖はケラケラ笑い、手を振る。それに合わせて、手首の鈴がシャラシャラと鳴る。
    《まあ、謝ってもらうだけでいーよっ。これから一緒に旅するんだし、それだけ言っときたかったんだっ。
     よろしくね、晴奈っ》
     そこで目が覚め、晴奈は自然と笑みを浮かべた。
    (杖の夢、か。……ふふっ)
     笑っていると、小鈴の傍らにあった杖がちり、と鳴った。

    「それじゃ、元気でな」
    「うん、兄さんもお店、頑張ってね」
    「それでは、行って参ります」
     風木に別れを告げ、晴奈と小鈴は弧月を後にした。
     次の目的地は屏風山脈、その頂上部にある黒炎教団の総本山、黒鳥宮である。

    蒼天剣・世俗録 終
    蒼天剣・世俗録 4
    »»  2008.12.14.
    晴奈の話、第168話。
    克大火の昔話。

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    1.
    「しつこい奴だ」
     大火は毒づきながら、その急坂を滑るように下る。いや、まさに立て板に水のごとく流れ落ちているのだ。飛翔の術、「エアリアル」の応用である。
     彼の背後から、いかにもと言った風体の戦士が追いかけてくる。大火とは違い、己自身の脚力をもって追っているのだが、魔術の達人である大火の強力な術に離されること無く、じりじりと追い上げている。
    「ただの人間では、ないな。……面倒だ。『テレポート』」
     呪文を唱えた途端、大火の姿は消え始める。追いかけていた男は一瞬動きを止めたが――。
    「『フォースオフ』! 逃がさんぞ!」
    「何……!?」
     消えかけていた大火がふたたび現れ、地面に着地した。
    「俺の術を破っただと?」
    「お前のやりそうなことは、すべてアレフから聞いている! 観念しろ、タイカ!」
    「アレフ? ……ああ、あのフードの男か? まったく何十年もかけて、くだらないことばかりしてくれるものだ」
     大火はまた毒づき、刀を抜いた。
    「そんなに相手をしてほしいなら、存分にしてやろう。……容赦せんぞ、リュークとやら」
     大火の体から、あの煤のような闘気が噴き出した。

    「く、……やるな」
     数時間後。
     大火は思わぬ劣勢に立たされていた。相手の力量を読み違えたのだ。
     左腕の肘から先が、無残に断たれている。敵のリュークが無理矢理に、素手で引き千切ったのだ。
    「度し難い馬鹿力だ。まさか『漆黒のコート』ごと、俺を千切るとは」
     リュークはコートの袖が絡まったままの大火の左腕を投げ捨て、勝ち誇ったように笑う。
    「さあ、そろそろ死んでもらうぞ……!」
    「フン。左腕を奪ったくらいで、俺に敵うと思うのか?」
    「思うさ。……さあ解体してやる、『黒い悪魔』!」
     リュークが叫び、両手を挙げたその瞬間――。
    「たーッ!」
     リュークの背後から、棍棒が飛んできた。
    「ぐあ!?」
     リュークの集中が一瞬、棍棒を投げた「狼」に飛ぶ。
    「だ、誰だ!? いきなり、何をする!?」
     その油断を、大火は見逃さなかった。
    「お前な。敵と対峙する、生きるか死ぬかの瀬戸際で……」
     残っている右腕で、後ろを向いたリュークの頭をつかむ。
    「な、何を」
    「……油断するような阿呆が、俺に勝てると思うな。『ショックビート』」
     リュークは一瞬ビク、と震え、耳、鼻、そして目と口から、血を垂れ流した。
    「百年早いぜ」

    「助かった。礼を言うぞ」
     10分後、自身の腕を魔術で完全に治した大火は、助太刀した「狼」に礼を述べた。猟師風のその狼獣人は、照れくさそうに笑みを返す。
    「いえ、そんな……、へへ」
    「一つ聞く」
     大火は使い物にならなくなったコートを脱ぎ捨てながら、狼獣人に尋ねた。
    「あ、はい」
    「何故俺の方を助けた? あの状況なら俺ではなく俺の敵に加勢したとしても、不思議は無いが」
    「えーと、そのー……、はは」
    「狼」はまた、恥ずかしそうに笑う。
    「何だ?」
    「あなたの方が、かっこよかったから」
    「クッ」
     思いもよらない答えに、大火は吹き出した。
    「クククク、ハハハ……、俺は人気俳優か? そんなことを言った奴は、今までお前だけだぞ」
    「いえ、でも。本当に、かっこいいですよ。何か、迫力あるし。超大物、って雰囲気がプンプンしてますもん」
    「ククク……」
     大火は初対面のこの狼獣人を、すぐに気に入った。
    「俺は克大火と言う。お前の名は?」
    「あ、はい。ウィリアム・ウィルソンと言います。あ、ちなみにオレの家系、皆W2個なんですよ。代々ずーっと」
     それを聞いて、大火はまた破顔する。
    「ククク……、まったく面白い奴だな、ウィリアムとやら」
     ウィリアムと呼ばれ、「狼」はチ、チ、と指を振る。
    「ウィルと呼んでください、カツミさん」
     狼獣人ウィルは、人懐っこそうに笑った。



    「……と、コレが黒炎教団の開祖、ウィリアム1世と克大火の出会いだそうよ」
    「ほう……。やはり何と言いますか、おとぎ話のようですね」
    「ま、そりゃねぇ」
     屏風山脈を登る道中、晴奈は小鈴から、黒炎教団の起源とされる逸話を教えてもらっていた。
    「んで、この山がウィリアムと克の出会った場所。
     元々ウィリアムはこの山で猟師をしていたんだけど、克と出会い、彼を助けたコトでその人生は一変。
     その後は克の親友として彼を支え続け、出会ってから10年後の双月暦340年、この山脈の頂上部に――」
     小鈴は杖で、山頂の黒い建物を指し示した。
    「あの黒鳥宮を建立し、黒炎教団を創設したの」
    蒼天剣・黒峰録 1
    »»  2008.12.15.
    晴奈の話、第169話。
    天空の霊園。

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    2.
     晴奈は前に一度、大火に連れられて中に入り、その広さに辟易したことがあったが、外側から改めて眺めると、その巨大さが良く分かる。
     宮を囲む壁が、山の端から端まで続いているのだ。
    「山頂部でこの壁の長さと高さとは、驚嘆に値しますね。一つの街と言っても、過言ではない」
    「そうねー。何しろ屏風山脈の一角、黒狼山を丸々覆っているから。あたしも中に入ったコト無いけど、割と快適みたいよ。こーんな山のてっぺんなのにね」
     小鈴はぐるりと辺りを見回し、ため息をつく。
    (中に入れば黒炎殿やウィルのことが何か、分かるかも知れぬが……)
     晴奈もため息をつき、その考えを自ら却下した。
    (休戦したとは言え、焔と黒炎は仲が悪い。障らぬ神に祟りなし、だ。
     それに黒炎は密教と聞く。焔と関係の無い橘殿であってもすんなり入らせてくれるとは、到底思えぬ)
     晴奈の予想通り、黒鳥宮の入口には門番が2名、矛を持って立っており、目が合うと、彼らはギロリとにらんでくる。
     彼らの後ろにある扉も堅く閉ざされており、誰でも入れるような気配はまるで無かった。
    「どしたの、晴奈? 行きましょ」
    「あ、はい」
     晴奈はもう一度ため息をつき、その場から去った。

     黒鳥宮を過ぎた二人は、そのまま道を下っていく。
     やがて右手一面に、広々とした平原と、そこに林立する石碑群が見えてきた。
    「あれは……」
     小鈴が短く、答える。
    「お墓ね。教団の霊園ってトコかしら」
    「そう、ですか」
     そこでまた、晴奈は立ち止まった。
    「さっきからどしたの、晴奈?」
    「あ、いえ。……あの、戦争で戦った相手も大勢いるでしょうから、少し、参ってきます」
    「は?」
     目を丸くする小鈴に一礼し、晴奈は霊園に足を踏み入れた。
     風の強いこの山では、始終口笛のような風の音が、途切れること無く吹き続けている。
     その強い音はまるで――。
    (死者の囁きのようだ)
     ごうごう、びゅうびゅうと絶え間なく鳴り続ける風は確かに、誰かの話し声のようなざわめきをはらんでいる。
     晴奈は背筋にひやりと、冷たいものを感じた。
    (私を、拒んでいるのか)
     そう思った瞬間、急に風が強くなる。
    「わ……」
     その風に、晴奈がかぶっていた帽子が飛ばされる。
    「あっ」
     晴奈は帽子を追いかけ、霊園をさらに奥へと進んで行く。
     少し歩いたところで不意に風がやみ、帽子はすとんと地面に落ちた。
    「まったく。……本当に、死者のいたずらか?」
     体を屈めて地面に落ちた帽子を手に取り、ほこりを払う。
     と――。
    「あなた……、旅の方? ここで、何をしているの?」
     屈んでいた晴奈に、影が落ちる。
     晴奈は帽子を被って立ち上がり、前に立ったその人物に軽く頭を下げた。
    「いかにも、旅の者です。
     先の戦争で、央南側として戦っておりました。央南人は戦い、死んだ者に敬意を表する習慣がある故、一応の弔いをせねばと思い立ち、ここに足を踏み入れた次第です」
     前に立っていた、眼鏡をかけた「狼」の女性は、晴奈の言葉に複雑な顔をする。
    「そう。……そう言う気持ちなら、ここには来ないで欲しい。
     敵に弔われるなんて、彼らには耐えがたい屈辱だろうし」
     冷たくそう返され、晴奈は帽子を取って深々と頭を下げた。
    「失敬しました。あなた方がこの行為を冒涜とされるならば、速やかにここを離れます」
     と、帽子を取った晴奈の顔を見て、「狼」は驚いた様子を見せた。
    「あなたは……? どこかで会ったわね?
     ……そう、思い出した。テンゲンの、講和会議。大将さんの後ろに立っていらした方ね?」
    「え?」
     そう問われ、晴奈はこの女性が誰だったか記憶を探る。
     そしてすぐに、ある者の名が浮かんできた。
    「あなたは確か、……ウェンディ司教? ウェンディ・ウィルソン台下でしょうか」
     女性はやはり冷たい表情のまま、静かにうなずいた。
    蒼天剣・黒峰録 2
    »»  2008.12.16.
    晴奈の話、第170話。
    黒炎教団の「活動」。

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    3.
     困っている者を助けることも布教、つまり宗教組織の活動の一環である。
     黒炎教団も宗教組織であるから勿論、そうした救済活動を行っている。ただし「助ける代わりに何らかの寄進、もしくは入信を……」と言う名目の元に行われており、救済に対しはっきりとした見返りを要求する点は、他の宗教と大きく異なっている。
     こうした性格を持つためか商売事も手広く行っており、その質と手際も、大抵の店や商会と引けを取らない。



     宮内には入れないものの、山を少し下ったところには教団が運営する宿があった。
     陸路を利用するのは海路を利用できない者、即ち公的機関に目を付けられている者や、貧しい者が多い。そう言った者たちが集まると場は決まって雑然とし、きな臭くなるものだ――と、晴奈は思っていた。
     ところが――。
    (……ふむ? これは意外だった)
     確かに少し騒がしくはあるが、どこの席も落ち着いた雰囲気で、食事を楽しんでいる。
    「もっと騒々しいと思った?」
    「あ、いえ」
     ウェンディは近くの席に座り、コーヒーを注文する。
    「ここも教団の管轄だから、騒ぎは控えているのよ、みんな。騒げばうちの僧兵が黙っていないから」
    「なるほど」
     すぐに運ばれてきたコーヒーをすすりながら、ウェンディはこの飲み物について語る。
    「コーヒーはこの山系の特産物で、黒炎様も大のお気に入りだそうよ。猊下と話される時はいつも、口にされるの。本当にあの人は、黒い物が大好きらしくて。
     でもね、私たちは黒炎様のお姿を拝見したことが無いの。猊下は良く、『宮内を練り歩いていらっしゃる』と仰っているのだけれど」
    「ふむ」
     ウェンディは少し上を向き、大火についての想像を語る。
    「きっととても、恐ろしい姿をしたお方なんでしょうね。神話やおとぎ話では良く、悪鬼羅刹の如く描かれていらっしゃるから」
     実際の大火を見知っている晴奈は、ウェンディの認識と実像があまりにもかけ離れていることに――南海の島で見た、料理と茶を振る舞ってくれた彼の姿を思い出して――危なく笑ってしまいそうになった。
    「ふ、……ごほっ」
     慌てて咳をし、ごまかした晴奈を見て、ウェンディがじっと見つめてくる。
    「大丈夫?」
    「え、ええ。あ、それではいただきます」
     晴奈と小鈴も、コーヒーに口を付けてみる。
    「……ぅ」
    「苦かったかしら?」
    「あ、いえ。……熱くて」
    「ああ、そうね。『猫』だものね」
    「美味しいです、すごく」
    「それは良かった」
     晴奈はチラ、と横の小鈴を見る。小鈴は複雑な表情を浮かべており、いかにも苦そうにしている。
    「悪いけれど砂糖は無いわよ」
     顔をしかめる小鈴に対し、ウェンディはやはり冷淡ともとれる、素っ気無い態度を見せる。
    「存じてます。教義の一つですよね、確か。甘いものは厳禁、だとか」
    「ええ」
     ウェンディは晴奈に向き直り、眼鏡を中指で直しつつ、一際冷たい視線を向ける。
    「それで、コウさん。ウィルバーは、どうなったの?」
     鋭い目に見つめられ、晴奈も態度を堅くする。
    「どう、とは?」
    「2ヶ月近く前、あなたと勝負しに行くと言って離れたきり、彼は戻って来ない。
     弟は死んだの? あなたが、殺したの?」
    「殺してはおりません、が……」
     晴奈はどう説明していいか迷い、言葉を選びながら話す。
    「……分かりません。
     勝負の途中で、ウィルバーは、その、川に流されました。それきり発見されておらず、その、……死んだ、と言う可能性は、少なく、ないかと」
    「そう」
     ウェンディはそこでまた、眼鏡を直した。
     その後は静かに、3人のコーヒーをすする音だけが続いた。

    「コウさん」
     一足先にコーヒーを飲み終えたウェンディが、晴奈にまた、あの鋭い目を向けた。
    「何でしょうか」
     晴奈は半分ほど残ったコーヒーを置き、顔を上げる。
    「あなたの力量が知りたい」
    「力量?」
    「私の弟は粗暴な子だったけれど、確かに強いはずだった。
     あの子を惹きつけ、打ち倒したあなたの力を、私はこの目でじっくり見てみたい」
    「それは、つまり」
     ウェンディは眼鏡を外し、一層きつい視線を向けてきた。
    「勝負、仕合うと言うこと。私と勝負していただけるかしら」
     晴奈はコーヒーを飲み干し、はっきりと応えた。
    「望むところです」
     それを受け、ウェンディは席を立ちつつ、こう続けた。
    「勝負は今宵、6時。黒鳥宮の門番に、私からと言えば入れてくれるわ。中にある北修練場で待っているわ。
     あと、ここはサービスしておくわ。宿も無料で利用できるよう言っておくから」
     それだけ言って、ウェンディは宿を後にした。



     小鈴はぶすっとした顔で、ウェンディの態度を非難していた。
    「あの女、めちゃくちゃ冷たかったわね。あたしなんかほとんど無視されてたし」
    「確かにそうですね。ずっと私の方を見ていたような」
     ウェンディの口添えで借りた部屋で、晴奈は刀の手入れを、小鈴は杖の手入れをしていた。
    「ウィルバーって確か、10年くらい前に晴奈と戦ったあの『狼』よね。風のうわさではライバル同士だって聞いてたけど」
    「ええ。2ヶ月ほど前、彼奴と最後の一騎打ちになり、結果、先程話したように彼奴は川に流され、それきり消息が……」
    「そっか。……ソレであのお姉さんが仇を、かなぁ」
     小鈴のその言葉に、晴奈の猫耳がピク、と揺れた。
    「仇?」
    「でしょ?」
     晴奈はこの時始めて、全身に冷たいものを感じた。
    (そうだった……! そうだな、確かに。あの女にとって、私はウィルの仇なのだ。
     この勝負果たして、勝って良いものなのか?)
     晴奈の心にじわ、と迷いが生まれた。
    蒼天剣・黒峰録 3
    »»  2008.12.17.
    晴奈の話、第171話。
    女戦士V.S.女戦士。

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    4.
     時刻は6時になり、夏でも肌寒い屏風山脈の風が、より冷たく吹き始めていた。
     宮内に通された晴奈は、宮内の至るところで怒りと恨み、好奇の視線を向けられていた。焔に対する怒り。ウィルバーを初めとする、彼らの同胞たちを討った恨み。
     そして「なぜウェンディ卿が、この女を呼んだのだろうか?」と言う好奇の目である。
    (息が詰まりそうだ)
     晴奈はひたすら黙ったまま、ウェンディのいる北修練場へと進んでいった。

    「よく来たわね」
     北修練場に着いてすぐ、ウェンディが出迎えた。
     昼頃に見た司教の祭服ではなく、ウィルバーと同列の、高位の僧兵が身にまとう戦闘服を着込んでいる。
     そしてその脇には、矛が突き立てられていた。
    「あなたは焔流の剣士と言うことだから当然、刀使いね。私は矛を使うわ」
     ウェンディが矛を手に取り構えた瞬間、晴奈はぞっとした。
    (この殺気――相当な腕前か)
     晴奈も刀を抜くが、その身のこなしに精彩を欠いているのが、自分でもはっきり分かる。
     対するウェンディも晴奈の動揺を見透かしたらしく、侮った口調で尋ねられる。
    「どうしたの? 臆した?」
    「……まさか」
     晴奈はウェンディとの間を詰めながら、ぽつりと尋ねる。
    「何故、私をここに呼んだのです?」
    「言ったはずよ。あなたの力量を知りたいの」
    「それだけ、ですか?」
    「他に何があると?」
    「私を、ここに……」「ここに閉じ込めて、袋叩き?」
     晴奈の言葉を先読みして、ウェンディは笑う。
    「あはは、そんなわけ無いじゃない。
     確かにあなたは焔だし、敵よ。でも休戦した今、わざわざリンチする理由は無いわ。もしそんなことをして焔から恨みを買えば、また戦争になるかも知れない。そうなれば教団に多大な危険が及ぶことになる。
     黒炎教団員50万の命を取るに足らない私情で振り回し、無碍に扱うほど、私たちウィルソン家の人間のほとんどは、愚かでも残酷でも無いわ。
     だからコウさん、あなたの命は保障してあげる。……誇りまでは、保障しないけれど」
     そこで言葉を切り、ウェンディは矛を振り上げて襲いかかってきた。

     ウィルバーの戦い方を「烈」とするならば、ウェンディのそれは「轟」であった。
     手先だけではない、腕や肩、脚、腰と言った体全体の回転を加えることにより、一撃、一撃が強烈なうなりを上げて、防御を貫く。
    「が……ッ」
     攻撃を刀で受けるも、その衝撃はそのまま刀を通り抜け、晴奈自身に流れてくる。一撃受ける度に晴奈の体が一瞬浮き、押され、弾かれて、晴奈の体力を確実に削り取っていく。
    「ほら、どうしたの!?」
     ウェンディが体を大きくひねり、矛をぐるんと、縦に半回転させる。矛の柄がしなるほどの猛烈なその威力を、晴奈は余すところなくぶつけられた。
    「くっ、う……」
     自分より頭半分背の低い相手から到底出てくると思えないような、猛烈で鋭いその攻撃に、晴奈は翻弄されていた。
     だが、何度も得物を交えるうち、晴奈の心は次第に冷静さを取り戻していく。
    (ともかく、だ。ともかく、恨みつらみの勝負ではなかった、それは確かだ。ならば何も、気を使う必要は無い。
     遠慮も、配慮も、思慮も――慮ること、一切無用!)
     また、ウェンディの回転払いが来る。それが届く直前、晴奈は飛び上がった。矛はゴウ、と音を立てて空を切るが、晴奈はその上、空中でやり過ごす。
     矛をそのままぐるんと一回転させたところで、ウェンディがニヤッと笑う。
    「そう来なくちゃ、……ねッ!」
     平面的に流れていた矛が、今度は垂直に跳ねる。
     矛の先端がそのまま真上にいた晴奈へ向かい、伸びていくが――。
    「まだ、まだあッ!」
     晴奈は矛を刀で受け、その衝撃を上に逃がす形でいなす。
     晴奈の体はさらに上へ跳び、ウェンディの頭上高くへと舞う。
    「なッ……!?」
     晴奈の跳躍した距離はウェンディの予想を上回ったらしく、彼女の目が一瞬、点になる。
    「く、この……!」
     それでもウェンディは即応し、矛を頭上の晴奈へ向かって突き出す。その先端が晴奈に達しようかと言う、その瞬間――。
    「あなたの……」
     晴奈は刀の鍔元を矛の先とがぢ、とかみ合わせ、柄と刀身の背を持ってぐりっとひねる。
    「あ……っ!」
     刀と矛が絡まり、上に向かって伸ばしていたウェンディの手から、矛の柄が離れる。
     完全に空中に浮いた矛を伝って、晴奈はその柄を滑る。矛が地面に落ちたその瞬間、晴奈は柄を蹴ってウェンディとの距離を一瞬で詰め――。
    「……あなたの負けだ」
     文字通り、あっと言う間に決着は付いた。
     晴奈の刀が、ウェンディの首筋に当たっていた。
    蒼天剣・黒峰録 4
    »»  2008.12.18.
    晴奈の話、第172話。
    晴奈のきもち。

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    5.
     ウェンディが言った通り、晴奈はそのまま何事も無く、黒鳥宮の外へと退出できた。
    「晴奈っ」
     門前で待っていた小鈴が、心配そうな顔で駆け寄ってくる。
    「小鈴殿、ご心配をおかけしました」
    「大丈夫? ケガしてない? 変なコトされてない?」
    「心配ご無用。五体無事に帰ってまいりました」
    「そう、……良かった」
     と、ここまで晴奈を送ってきたウェンディが、二人の様子にため息をついた。
    「コウさん。あなたのことを、じっくりと観察させていただきました。
     技量は申し分無し。いいえ、それどころか感服しました。『エアリアル』も使わず、あのように宙を舞って戦う者がいるとは、思いもよりませんでした。
     そしてあなたの人柄も、決して悪いものでは無いと分かります。少なくともそんな風に心配される方が、悪人とは思えませんから」
    「え、と……、はぁ」
     晴奈はウェンディが何を言いたいのか見当が付かず、曖昧な返事を返す。その心中を見抜いたらしく、ウェンディはこう続けた。
    「あなたに恨みを向けることは今後、一切無いと約束します。いいえ、そもそも弟の件で恨みを誰かにぶつけると言うこと自体が、筋違いなのでしょう。
     先程も申し上げた通り、私たちウィルソン家は、大勢の教団員を庇護すべき立場にあります。ですから普通の家庭より、家族に対してかける情はどうしても薄くならざるを得ません。少なくとも私は、公における兄弟や親族たちとの関係は、他人のようでした。
     ウィルバーにきつく当たることも多く、その結果あんな風に、弟の性格をねじ曲げてしまったのかも知れません。
     ……ですが、これだけは確か。私たちは、多少なりともあの子を愛していました。早くに母を失ったあの子を、私たちなりのやり方で、愛情をかけたつもりでした」
     ウェンディは眼鏡を外し、晴奈たちから顔を背ける。既に辺りは暗くなっており、顔をはっきり見るのは難しかったが、それでも涙を浮かべているのは確認できた。
    「私が、原因なのです。ウィルソン家からあの子を勘当したのは、他ならぬ私。
     私がもし、普段からもっと優しい言葉をかけ、勘当などしなければ、あの子は死ななかったはず」
    「ウェンディ卿……」
    「……コウさん、あなたは知らないでしょうが、1年半くらい前から、あの子の話に良く、あなたが出てきていました。
    『セイナと言う猫獣人が、とても強いんだ』『セイナは焔の剣士でつっけんどんな奴だけど、本当にかっこよくって』『セイナがオレの相棒だったらなぁ』……、と。
     周りの上下関係が厳しく、友達のいないあの子にとって、あなたは唯一対等に語り合えた、親友同然の存在だったのでしょう」
    「……そうですか」
     晴奈は複雑な思いで、ウェンディの独白をただ聞いていた。
    「もし、焔と黒炎の間で争いが無く、今回の戦争も無かったなら――もしかしたら私は、あなたを義妹と呼んでいたかも知れませんね」
     ウェンディはそれだけ言って涙を拭い、黒鳥宮に戻っていった。



    「晴奈」
     宿に戻った晴奈は、小鈴と話をしていた。
    「はい?」
    「アンタはどうだったの?」
    「何がです?」
     小鈴は杖の鈴をいじりながら、いたずらっぽく尋ねる。
    「ウィルバー君のコト、好きだった?」
    「……分かりません。敵とは言え、憎からず思っていたのは確かです。でも、それが色恋の感情なのか、それは私にも度し難い」
    「そう」
     小鈴はまだ鈴をいじっている。
    「アンタさ、恋ってしたコトあったっけ」
    「……無かったと思います」
    「そっかー」
     鈴をいじる手が止まる。
    「あたしは、色々あったなー。
     ……ほら、エルフって若い時代、すっごく長いじゃん? あと15、6年はさ、同じように生きられるとしてさ、通算30年くらい、今の晴奈とカラダ的にはタメでいられるんだよね。
     ……だからさ、えっと、何言いたいかって言うと、えーと」
     また、鈴をいじり出す。
    「そんだけ時間があっても、あたしは全部、恋愛に使える気がすんのよ。ホント、恋愛ゴトは楽しいわよ。……ちょこっと、苦しい時もあるけどさ。
     断言しちゃうけどさ、アンタのその気持ち、やっぱ恋だと思うんだ」
    「そう、……でしょうか?」
    「絶対そーよ。ウィルバー君のコト思うと、楽しさと苦しさが一緒に来ない?」
     晴奈は自分の胸に手を当て、内省してみる。
    「……、そう、ですね。語り合ったり、戦ったりしていた時、本当に楽しかった。
     でも逆に、ののしり合う時、にらみ合っている時、何故だか苦しい気持ちにもなっていました。私は……」
     晴奈は顔に手を当て、ゴシゴシとこする。
    「……どうなのでしょう? やはり、恋、だったのでしょうか?」
    「あたしは、そうだと思う。ま、晴奈が『絶対違う』って言うなら、反論しないけど」
    「……」
     晴奈はそれきり、黙りこくる。
     しばらく様子を見ていた小鈴は杖を置き、優しくつぶやいた。
    「死んでないといいね、ウィルバー君」
    「……私も、そう願っています」
     日中、様々なことがあったその日の夜は、静かに更けていった。

    蒼天剣・黒峰録 終
    蒼天剣・黒峰録 5
    »»  2008.12.19.
    晴奈の話、第173話。
    世界最大級の街。

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    1.
     その昔、ゴールドマン家――いわゆる金火狐一族は央中の北東部、カレイドマインと言う街に住んでいた。
     その街には巨大な鉱脈があり、「ゴールドマン」の名は、黄金を初めとする莫大な量の貴金属を掘り出し、加工して売っていたことに由来する。
     ところが3世紀の終わり頃になって、その鉱脈が尽きた。金はおろか、錫や鉛すら出なくなってしまったのだ。鉱業を主軸産業としていた金火狐一族は新たな鉱脈を求め、カレイドマインを捨てた。
     そして移り住んだのが、カレイドマイン以上の金鉱が存在する砂浜の街――ゴールドコーストだった。



     高台に登った途端、晴奈の目が点になる。
    「お、……わ」
     黄海も、青江も、天玄も、黒鳥宮さえかすむほどの、巨大さ。
    (み、見えない)
     どこまで続いているのか、どこで終わるのか。端が、どこにも見当たらない。
     横にいた小鈴が、嬉しそうに笑っている。
    「ビックリした?」
    「し、しました」
     晴奈はその街のあまりの大きさに、絶句するしか無かった。
    「これが、ゴールドコースト……」

     晴奈がこれまで訪れたどの街よりも、ゴールドコーストは巨大で雑多な都市だった。
     まず驚いたのは、街を護る壁の存在。黄海などにもこうした街壁はあったが、それはもう少しくっきりと、街と、街の外とを区切っていた。
     ところがゴールドコーストの壁は、幾重にも重なって備え付けられ、その半分ほどが街に食い込んでいるかのように、ぶつりと断たれて立っていた。
    「この壁は何故、まばらに?」
    「壁を作るスピードより、街が成長するスピードの方が早かったのよ。
     何年もかけて壁を築いたトコで、その内側の街が収まりきらなくなって、もっかい壁を作り直してるトコに、また新たな都市計画が持ち上がって、……って繰り返しの名残ね」
    「ほう……」
     その一事だけでも、この街がどれほど栄えているのかが、晴奈には良く分かった。

     やがて二人は、一際ざわめく場所――市場にたどり着いた。
    「ココから市場になるんだけど、晴奈」
     小鈴はぎゅっと、晴奈の手を堅く握りしめた。
    「離れちゃダメよ。離れたら大人でも迷子になるからね」
    「は、はい」
     小鈴の言う通り市場の混み方は尋常ではなく、あちこちから来る人の波に呑まれそうになることが、何度もあった。
    「はいはい寄ってらっしゃい寄ってらっしゃーい」「わ、っとと」
     客引きに肩をつかまれる。
    「おねーさんおねーさん、可愛いアクセ入ってるよー」「い、いらぬ」
     アクセサリを無理矢理付けさせられそうになる。
    「ご飯食べてかない? 食べるだけ、お酒とかはサービスするから」「遠慮するっ」
     いかにも怪しげな店に連れて行かれそうになる。
    「……ぷは、やっと抜けたー」「ま、参りますね、これは」
     15分ほどで騒がしい場所を抜けた小鈴は、小さな飲食店に晴奈を連れて行った。
    「晴奈、ココなら」「ん?」
     店の奥に座り、小鈴がメニューを手に取った。程なくして店主と思われる、頭巾を被ったくわえ煙草の、赤毛の「虎」の女性が、二人の元にやってきた。
    「おう、久しぶりだねぇ小鈴。そっちの『猫』さんは?」
    「ココなら色んな情報、入ってくるわよ」「もしかして、ここは……」
     小鈴は店主に会釈し、晴奈に紹介した。
    「そう。コイツはあたしの従姉妹で、橘朱海(あけみ)って人。
     で、ココは食堂兼、情報屋」
    「情報……、屋?」

     食堂や酒場、宿、賭場など、人が集まって話をする場所には一つの「お宝」が発生する。それは即ち、「情報」である。
     商人であれば儲け話の、職人や傭兵であれば雇用口の、追う者、追われる者は互いの居場所の――情報はあらゆる職種、あらゆる人間にとって、資金や資材に並ぶ大切な資源である。
     だが不特定多数の人間がでたらめに集まる場所で発生するモノであるし、金銀などの現物的な資源と違って、そこへ行けば求めるものが必ず手に入るとは限らない。
     その不安定な需要・供給を少しでも安定させ、補完しようとするのが、情報屋である。情報屋は自分たちの経営する宿や食堂などで「誰が何をしている」と言う情報を集め、それを欲しがる者に販売することで「手数料」や「仲介料」として、利益を得ているのだ。

    「と言うワケで、このおねーさんに聞けば大抵の情報は売ってくれるわよ」
    「ほう……」
     晴奈は小鈴から情報屋について聞いている最中、虎獣人の朱海とエルフの小鈴とを見比べていた。
     しかし耳目の形も、背も違うため、二人が本当に近しい親戚なのかどうか、晴奈には判別しきれなかった。
    (似ている、と言えば似ているかもしれないが、……うーむ?
     橘家は人相の似ない人間が多いのか? 小鈴殿兄妹も、さして似ているように見えなかったし)
     と、朱海が二人に水を差し出しながら尋ねてくる。
    「で、ウチに連れてきたってことは何か、ワケアリか?」
    「そ、そ。日上中佐を追ってるのよ、晴奈」
    「ヒノカミ? ってあの日上か? また、けったいなヤツを……。ちょっと待ってな」
     朱海はそう返し、一旦厨房の奥へ消える。
     1分ほどして、朱海は小箱を抱えて戻って来た。
    「ほれ、これが日上関連のメモ。最新のヤツほど高いけど、小鈴の友達ってコトでオマケしたげるから」
     朱海は小箱を開け、卓上にぱらぱらと、メモの入った便箋を並べていく。
    「ふむ……。一番新しいのはいかほどでしょうか?」
    「んー、ピンキリになるけど、一番安いので200クラムかな」
     晴奈は財布を開け、所持金を確認する。
    「では、それを買ってみます」
    「はい、まいどっ」
     朱海は青い便箋を晴奈に手渡す。
    「他に欲しいものがあったら言ってくれよ」
    「あ、はい。
     ……ふむふむ、……ふむ、……、……むぅ」
     読み進めるほどに、晴奈の猫耳と尻尾、眉が垂れていく。
    「……これを、聞いてもなぁ」
     晴奈の様子を見ていた小鈴が、ひょいとメモを取って中を見る。
    「確かにゴシップなんか聞いてもねぇ」
     結局、晴奈は大枚5000クラムを支払って、もっといい情報を買うことにした。
    蒼天剣・繁華録 1
    »»  2008.12.20.
    晴奈の話、第174話。
    日上追跡のための下準備。

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    2.
     晴奈たちが5000クラムで得た情報は、次の通り。

     まず、日上の有する軍事力、「日上軍閥」の存在。
     元々、ジーン王国は大まかには山間部と沿岸部の二地域に大別される。王国の首都は山間部にあるのだが、それ故に沿岸部への影響力が弱い。
     そのため歴史上、何度も首都や王室の意向から離れて独断専行する軍の派閥、「軍閥」が発生・勃興してきた。
     そして今現在、日上を英雄視する者たちによって軍閥が結成され、沿岸部・ウィンドフォートに新たな基地を築き、我が物顔で振舞っているのだと言う。

     次に、日上の側近たちの存在。
     日上は軍閥の中から優秀な人材を集め、側近に置いていると言う。その数はおよそ10名にも満たないが、どれも一騎当千の兵であるらしい。
     中でも日上が参謀として外部から招きいれた洋巾(フード)の男、アランは一際異彩を放っており、その異様な見た目も相まって、「日上に与する悪魔なのでは」とするうわさも流れていると言う。

     そして、日上自身の情報。
     日上は若干20歳にして中佐、そして軍閥の宗主と言う、現在の地位を確立した。その実力は大火と数十分に渡って戦い抜くと言う偉業を成し――もっとも、結果的には片目を失うほどの重傷を負う、手痛い敗北だったわけだが――今や世界の軍事バランスに多大な影響を与えるほどの重要人物となっている。
     また、若くして多大な権力を得たためか、日常生活の面では非常に退廃、堕落しており、非常に好色な面を見せているそうだ。



    「……そして、その方面に詳しい関係者筋によれば、現在日上は央中にお忍びで滞在しているらしく、現ネール公国大公、ランニャ・ネール6世との熱愛も噂されていることから、ネール公国首都、クラフトランドを目指しているのでは……、ないだろうか、か。ふむ……」
     晴奈は地図を机の上に広げ、クラフトランドの位置を確認した。
    「ここ、が、ゴールドコーストで、そこから、北……、北西に、ふむ……、央中を、対角線上に端から端か。随分と遠いな」
    「そりゃ、『狐』の本拠地と、『狼』の本拠地だもん。伝統的に仲が悪い家同士だから、テリトリーも遠いのよ」
    「なるほど。小鈴殿、ここからクラフトランドまでは、どれくらいかかりますか?」
     小鈴は指で地図をなぞりながら、計算する。
    「えーと、んー、ココから北西のリトルマイン、……フォルピア湖で、ミッドランドを抜けて、んで、ココで関所が2つ、ソコからルーバスポートに立ち寄ってー……、うん。
     この街から船に乗って海路って方法もあるけど、バカ高いし管理も厳重だから、北方からお忍びで来てるよーなヤツが使う可能性は低いわ。陸路で進む方が、可能性高いでしょうね。
     んで陸路だけど、手続き的に一番早いのはココから北西の街に進み、さらに西へ進んだところで湖を越え、ソコから北上するルート。途中で関所が3ヶ所あるけど、警備も管理もぬるめだから、ちょこっと金さえ払えば簡単に進めるわ。
     このルートを取れば、問題なきゃ大体半月くらいでクラフトランドに到着するわ」
    「ふむ。では早速、追いかけましょう」
     席を立ち上がりかけた晴奈を、小鈴が引っ張る。
    「ちょい待ち、晴奈」
    「何です?」
    「今日はもう、日が落ちかけてるわ。慌てて行っても、あんまり進めやしないわよ。ソレより一泊して旅の疲れを取って、朝から出る方がいいわ」
     旅慣れた小鈴の指摘に、晴奈は素直に従った。
    「……確かに。疲れていないと言えば嘘になります。では今日はこの街で一泊、ですね」
    「うんうん」
     と、話を聞いていた朱海がニッコリ笑って、提案する。
    「ソレならさ、ウチに泊まっていきなよ。あんまり広くないけど、小鈴のよしみだ。
     お代は晴奈ちゃんの武勇伝で。アタシも聞いてるからね、『央南の猫侍』の武勇伝は」
     朱海の目がキラリと光る。明らかに商売人の目つきをしており、どうやら晴奈から聞いた話を情報屋として、どこかに売るつもりなのだろう。
    「はは……。私の、拙い話で良ければ」

     晴奈からの話を聴き終え、朱海はぺら、とメモを見せた。
    「締めて、12000クラムってトコだねぇ」
    「そんなにですか? 私が買った情報以上の額ですが、よろしいのですか?」
    「そんだけの価値があるからさ。
     そもそも猫侍サマの体験談だって時点で既にプレミアものだし、その中でも特に値が付きそうなのは、『黒い悪魔』と対峙したって時の話だね。
     克大火の目撃例は少ないし、話自体もちょっとした伝説じみてて面白い。売ってみりゃ、晴奈ちゃんに提示した数倍の値が付いてもおかしくない。
     いやー、いい話聞かせてもらったよ、ホント」
     満足げにうんうんと首を振る朱海を見て、小鈴がその頬をプニプニとつつく。
    「ちょっとー、ソレならもうちょっと色付けなさいよー」
     朱海は「鈴林」の鈴をピシ、と弾きながら答える。
    「えー、売れるっつったけども、ホントに売れるかどうかは分かんないしなー」
    「じゃ、マジで売れたらもうちょい分け前よこしなさいよ」
    「まあ、いいよ、うん。……10%くらい?」
     朱海の提示した率を、小鈴は「はっ」と笑い飛ばし、朱海の虎耳を引っ張る。
    「なーにが10%よ。提供元なんだし、もっともらわなきゃ。50%でどーよ?」
     朱海も負けじと、小鈴の長耳を引っ張る。
    「アタシが買わなきゃ、ただの思い出話じゃん。15%」
    「晴奈を連れてきたのは誰だっけー? 45%」
    「18」「40」「25」「35」「27」「30」
     小鈴と朱海はしばらくうなりあい、やがて同時に叫んだ。
    「28!」「28!」
    「よし! 商談成立!」
     がっちり握手している二人を見て、晴奈はため息をついた。
    (あ、あほらしい)
     人の「モノ」で皮算用をしている小鈴たちを放って、晴奈は街に出た。
    蒼天剣・繁華録 2
    »»  2008.12.21.
    晴奈の話、第175話。
    異邦人、晴奈。

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    3.
     時刻は黄昏時になり、晴奈は黄金色に染まった街をぶらついていた。
    (『ごーるど』は、金のことだったな。で、『こーすと』は確か、湾岸だった。
     ゴールドコーストとは『黄金の湾岸』、か)
     街の名前をあれこれ類推しながら、晴奈は市街地を離れて港に向かう。
     港町出身のためか、このような海の見える場所に来ると、晴奈の心は何故か躍る。
    「ん……」
     港湾部も観光地の一部であるらしく、夕方と言うのに人が多い。市街地ほどではないが、それでも大分騒がしい。
    (流石に観光都市と称されるだけはあるな)
     港には遊覧用の船が係留されており、沖の方にはいかにも宴を催していそうな雰囲気の豪華絢爛な船が数多、泳いでいる。
    (本当に華やかな街だ。用事が済んだらまた、ここに来てみようかな)
    ――にぎやかで騒がしいところだったけれど、ついつい半年ほど、長居してしまったわね。晴奈、あなたももし旅に出ることがあれば、絶対行ってみた方がいいわよ――
     かつて師匠、雪乃が言っていた言葉を思い出しながら、晴奈は港を散策していた。



    「はぁ」
     ほぼ同時刻、晴奈がいる辺りからほんの十数メートル後ろ。
     茶色い髪と毛並みの狐獣人で、可憐な身なりの少女が、背後に金髪と黒髪の熊獣人2名を引き連れて港を歩いていた。
     少女はチラ、と後ろを向いて、もう一度ため息をつく。
    「……はぁ」
    「どうされたのですか、殿下?」「どこか具合を悪くされましたか?」
     殿下と呼ばれた少女は「熊」たちの方を振り向き、ため息をついた理由を遠まわしに説明する。
    「わたくしの後ろに背後霊がぴったり、憑いていらっしゃいますもの。気分も重くなると言うものですわ」
    「霊!? モンスターですか!」「一体、どこに!?」
    「熊」たちは少女を囲み、きょろきょろと辺りを見回す。
     二人の頭と勘の悪さに、少女はもう一度ため息をついた。
    「はぁ……。もう結構ですわ」
    「そうですか」「ご無事なようで」
    「旅をしている気分が、まったくいたしませんわ」
     少女は憮然とした顔で「熊」たちに向き直る。
    「ねえ、二人とも。少しの間、わたくしを一人にしてくださらないかしら?」
     その言葉に、「熊」二人はブルブルと首を振り、即座に却下する。
    「いけませんいけません!」「殿下の御身に何か遭っては一大事です!」
    「……そうでしょうね。そうでしょうとも」
     少女は二人から離れることを諦め、前を向いた。
    「あら?」
     少女の目に、この近辺では見慣れない姿の猫獣人が映った。言うまでも無く、晴奈である。
    「あれは?」
    「何ですか?」「どれでしょう?」
    「ほら、少し先にいらっしゃる『猫』の方。不思議な格好をしていらっしゃいますけれど」
    「ふむ」「確かに、妙な服ですね」
    「一体どこの国の方なのでしょう?」
     少女は晴奈に興味を持ち、近付いてみようとする。
     ところが「熊」二人が少女の前に立ち、行く手を阻む。
    「危ないですぞ、殿下!」「あのような怪しい身なりの者に近付いてはなりません!」
     二人の言い草に少女は面食らい、憤った。
    「何てことを言うのですか、あなたたちは? 普通に歩いていらっしゃるだけでしょう」
    「いいえ、あれは恐らく央南人!」「ゼンだのジンギだの、よく分からないものを崇拝する怪しい者共です!」
     金髪の方の熊獣人の説明に、少女は眉をひそめた。
    「あなたたち。『よく分からないから』と言う理由だけで何故怪しいと言い切り、遠ざかるのです? 分からないものなら、何でも悪だと言うのですか?」
    「いえ、そう言うわけでは」「我々は、ただ殿下の安全を……」
     今度は黒髪の熊獣人の言葉に突っかかる。少女のその口調と態度は、まるで母親が小さな子を叱るようだった。
    「安全ですって? あの方がわたくしに何かしてくると言うのですか?
     あなたたちはわたくしの周りにいる者が皆、わたくしを襲うと悪漢だとでも言うのですか!?」
    「いや、しかし」
    「まさか、あなたは道行く人を意味無く殴った経験でもあるのですか!?」
    「あ、ありませんが、その」
    「無いのでしたら何故、そんな失礼なことを考えるのです!? 自分以外は皆、悪逆非道の輩だとでも言うのですか!?」
    「い、いえっ」
    「他人をいたずらに貶めるものではありません! 反省なさい!」
    「は、はあ……」「それは、はい、まあ……」
    「『まあ』、何ですか?」
    「……失礼いたしました」「反省しております」
     二人を叱り飛ばしたところで、少女は晴奈の姿をもう一度見ようと前方に目を向けた。
    「……ああ、見失ってしまいましたわ」
     少女はとても、がっかりした声を出した。



     夕闇が深くなってきたので、晴奈はそろそろ朱海の店に戻ることにした。
    「えー、と。この道、だったか」
     市街地へ戻る道を思い出しながら、晴奈は辺りを見回した。
     と――。
    「……ん?」
     小さな「狼」の女の子が、既に閉店した店の前でうずくまっている。辺りはもう暗くなっていたし、その子は泣いているようにも見える。
    「……うーむ」
     そんな状況で放っておくわけにも行かず、晴奈はその子に声をかけた。
    「あー、と。一体どうした?」
    「え?」
     晴奈の予想通り、その女の子はべそをかいていた。
    「あ、あのっ、えっと」
    「迷子になったのか?」
    「う、うん」
     女の子はコクコクとうなずく。
    「名前は何と言う?」
    「プレア」
     晴奈はプレアの頭を優しく撫で、泣き止ませようとする。
    「そうか。プレア、家はどこだ?」
    「えっとね、その、あの」
     言葉が続かない。見たところ7、8歳程度であるし、よく分かっていないのだろう。
    「むう……。まあ、とりあえず一緒に来るか? 私の知り合いなら情報通だし、知っているかも知れぬぞ」
    「え、でも……。知らない人には、ついてっちゃだめって」
    「ふむ」
     困った顔をするプレアをじっと見ながら、晴奈は人差し指を立てた。
    「私の名は黄晴奈、旅の剣士だ。これで、プレアは私のことを知っているわけだ」
    「うん」
    「これなら、一緒に来られるかな?」
    「うん、分かった。ついてく」
     にこっと笑ったプレアに、晴奈は彼女のことがちょっとだけ、心配になった。
    (自分でやっておいてなんだが、こんな詭弁にだまされてはダメだろう……)
    蒼天剣・繁華録 3
    »»  2008.12.22.
    晴奈の話、176話。
    夫婦喧嘩。

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    4.
     晴奈はプレアを連れ、朱海の店に戻ってきた。
    「あ、晴奈ちゃん。おかえり」
     朱海がカウンターから身を乗り出し、声をかけてきた。
    「あれ? どした、その子?」
    「迷子になったようでして、放っておくのもまずいかと思い、連れてきた次第です」
    「あー、なるほどね。
     ……ん? キミ、もしかしてチェイサー商会さんトコの子か?」
     朱海の問いに、プレアは目を丸くしてコクコクとうなずいた。
    「なんで分かったの、おばちゃん?」
     おばちゃんと呼ばれ、朱海は憮然とした顔をする。
    「おば……っ!? ……コホン、おねーさんと呼びなさい、お嬢ちゃん。まあ、チェイサーとは商売柄、付き合いがあるしな。すぐ呼んできてやるよ。
     小鈴、店番頼むー」
     店の奥から小鈴が、のたのたとした足取りで現れる。どうやらうたた寝をしていたようだ。
    「ふあ、ぁ、……ん。はいはい、やっとくわ」
     朱海と入れ替わりに、小鈴がカウンターに立つ。
    「ふあー」
     立ちながら眠っているのではないかと思うほど、小鈴はうつらうつらと頭を揺らしている。
    「小鈴殿、起きていますか?」
    「ん、だいじょぶだいじょーぶ。起きてる起きてる。……ふあー」
     そうは言いつつも、見ていて心配になるほどフラフラしている。
    「……まあ、自分で大丈夫と言っているから、いいか」
     晴奈はとりあえず、店の奥にある居間にプレアを連れて行き、そこで朱海とプレアの親を待つことにした。プレアもようやく安心したのか、ほっとした表情を見せている。
    「何か飲むか、プレア」
    「うん」
     晴奈は小鈴に声をかけ、茶を出してもらう。
     まだ眠たげにしていた小鈴が運んできた茶を飲みながら、プレアは晴奈に色々と質問してくる。
    「セイナさんって、なんかへんだね」
     いきなりの言葉に、晴奈は目を丸くする。
    「ん? 変、とは?」
    「ほかの人と、ふくもしゃべり方もちがう」
    「ああ、それは私が央南の出身だからだろう」
    「おーなん?」
    「中央大陸の、南部地方だ。こことは大分、趣が違う」
    「へえー。ねえねえセイナさん、良かったらおーなんのお話、聞かせて?」
     晴奈は少し苦笑しながら、自分の故郷の話を聞かせた。
    (今日は何故こんなに、話をする機会が多いのだろうか……)
     話しながら、晴奈は何となくそんなことを考えていた。



     30分ほど後、朱海がプレアの親と思われる「狐」と「狼」の二人を伴って戻ってきた。
    (ん……? 確か、『狼』と『狐』は仲が悪いと聞いたが)
     一瞬晴奈はいぶかしがったが、その二人はすぐに、そのうわさが本当だと証明してくれた。
    「まったく本当に、ご迷惑をおかけして……。で、何でアンタ見てないのよ!」
    「狼」が「狐」にまくし立てる。
    「忙しいんだから、君がやれよ!」
    「狐」も怒り気味に答える。
    「そんなのあたしだって同じでしょ!?」
    「じゃ、何で僕に押し付けるんだよ!? やれよ、君が!」
    「ふざけたこと言ってんじゃないわよ! あたしが忙しい時、アンタがやる約束でしょ?」
    「聞いてないぞ、そんな約束……」「うるせえ! いいかげんにしろ、ピース、ボーダ!」
     ケンカを始めた二人を、朱海が怒鳴ってさえぎった。
    「子供の前でくだらないケンカすんなよ! それでも親か、お前ら!」
    「う……」「ご、ごめん」
     ケンカしていた二人は同時に、朱海に向かって謝る。
    「アタシに謝ってどうすんだ。謝るなら、あっちだろ?」
     朱海は憤慨しつつ、すっとプレアを指差す。プレアを見た二人はさらに、ばつの悪そうな顔をした。
    (……うん。師匠の言った通りだったな)
     晴奈はしみじみと、師匠の話を思い出していた。

    「本当に、ご迷惑をおかけしまして……」
     プレアの父親、「狐」のピースが深々と頭を下げる。続いて母親の、「狼」のボーダがセイナに会釈する。
    「助かりました、えーと……」
    「あ、黄晴奈と申します」
    「コウ、セイナ、さんですか。ひょっとして、央南の方?」
    「はい、そうですが」
     晴奈の返事を聞くなり、ボーダは嬉しそうな顔をして握手してきた。
    「あら、ホントに~! いやね、あたしたち央南人には思い入れあるのよ! ねっ、ピース!」
     ボーダの言葉に、ピースは腕を組みながらうんうんとうなずく。
    「ああ、本当になぁ、色々と思い出が……、っと」
     ピースは思い出したように、名刺を差し出した。
    「今度の件は、本当に助かりました。いつか恩返しさせていただきますので、こちら、連絡先を載せておりますので……」
    「いや、礼を言われるほどのことは、何も……」
    「いえいえ! 人さらいも少なくないこのご時世、幼い子を守ってくれる方など、なかなかいませんよ。私たちの大切な子供を助けてくれたのですから、何としてもお礼はしないと。
     私たちにできることがあれば、何でも仰ってください」
     顔を上気させてまくしたてるピースに、晴奈は戸惑いつつも固辞しておく。
    「は、はあ。まあ、その。また、何か用件が、できれば、と言うことで」
    「はい、是非!
     さあ、プレア。父さん、母さんと一緒に帰ろうね」
    「うんっ」
     プレアとピース、ボーダは手をつないで、そのまま帰っていった。
    「……心配だな」
    「ん?」
     ぽつりとつぶやいた晴奈に、朱海が振り返る。
    「あれほどの剣幕ですし、プレアが怯えやしないだろうか、と」
    「ああ、うん。ま、心配無いよ。チェイサー商会の社長夫婦のケンカっぷりは有名だけど、お互いに相手が好きで、できる奴だって認めてるからこそ、ケンカしてんだから。
     プレアもソレは分かってるさ」
     朱海はパチ、と晴奈に向かってウインクする。
    「じゃなきゃ、あんな風に手をつないで帰ったりしないって」
    蒼天剣・繁華録 4
    »»  2008.12.23.
    晴奈の話、第177話。
    朝のラッシュ。

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    5.
     その夜、とある宿にて。
    「はぁ……」
     港で晴奈を見かけたあの少女は、彼女の姿をぼんやりと思い出していた。
    (あの方……。遠めで見ただけでしたけれど、りりしい顔をしていたわ。何だかすごく、気になってしまいました。
     央南の方ではないかと、オルソーたちが言っていたわね。央南……、わたくしの知識では確か、『仁徳と礼節の世界』だと聞いたことがあるけれど、一体どんなところなのか想像も付かないわ。ジントクとかレイセツって、一体何なのかしら?)
     少女は部屋の外で立番をしている「熊」たちに聞いてみようかと思ったが、少し考えてみてやめた。
    (オルソーとグリーズでは、文字通り『話にならない』わね)
     少女はすっかり真っ暗になった窓の外を眺め、もう一度晴奈の姿を思い浮かべた。
    (もう一度、会ってみたいわ。でも、オルソーたちがそう簡単に許してくれるとも思えないし。
     ……そうだ! 朝早くにそっと宿を抜け出せば、二人は気付かないかも知れないわね。あの二人、わたくしの前では偉そうに『殿下のことは四六時中お守りしております!』なんて言っていたけれど、夜中に部屋の外を見てみた時、ぐっすり眠っていたもの。早朝ならきっと、知られずに抜け出せるわ。
     そのまま宿を出て、あの方を探しに行きましょ。……うふふっ)
     もう一度晴奈の姿を思い返し、少女は胸に手を合わせて微笑んだ。

    「……む?」
    「どしたの、晴奈?」
     小鈴と共に寝床を用意していた晴奈は、何かを感じてきょろきょろと辺りを見回した。
    「……いえ。今何か、呼ばれたような気がしたのですが」
    「そう? あたしには、何も聞こえなかったけど」
    「そうですか。……気のせい、ですね」
     晴奈は枕を置き、後ろで束ねていた髪をほどいた。
    「さて、寝ますか」
    「そーね。あ、そうだ。明日は早めに街へ出ましょ。結局、旅支度してなかったし」
    「承知しました。それでは、おやすみなさい」
    「はーい、おやすみー」



     ゴールドコーストは、眠らない。
     夜が更けてからも、歓楽街は依然騒々しくきらびやかだ。そして東の空が明るくなる頃、ようやくそこの灯りは消える。
     だがその1時間、2時間前には既に朝市が開かれており、もう2時間も経てば街は本格的に動き出す。
     まさに、不夜城と呼ぶにふさわしい街なのだ。

     朝になって、「狐」の少女は部屋を出た。彼女の思った通り、あの二人は部屋の前で爆睡している。
    (護衛に来た意味が無いわね、この二人は)
     二人を起こさないよう、少女はそっと廊下を進み、階段を下りる。
    「おや、お嬢さん」
     が、1階に降りたところで、店主に声をかけられた。
    「随分早いですね。よく眠れましたか?」
    「ええ、ぐっすりと」
     少女は一瞬動揺したが、平静を装って店主に応える。
    (どうしましょう? お店の方、こんなに早くから働いていたとは予想していなかったわ)
    「お付きの方は、まだ眠ってらっしゃるんですか?」
    「ええ。夕べは遅くまで、わたくしの部屋の前で立番してくれていたようですから」
    「ほうほう。……いやいや、物々しくて息苦しいでしょう、お嬢さん」
    「ええ、とても」
     店主には、前もって自分の素性を明かしてある。店主も職業柄、少女が抱く不満を把握しているのか、優しく、そして親切に振舞ってくる。
    「どうです? 朝少しだけ、お散歩してきては?」
     まさか店主の方から自由行動を提案されるとは思わず、少女は目を丸くした。
    「よろしいのですか?」
    「いやぁ、ウチに来た時からお嬢さん、すごく暗い顔なさってるんですもん。確か、グラーナ王国でしたっけ」
    「ええ……」
    「この『狐と狼の世界』じゃ、お国でも気苦労が絶えんでしょう。お国から離れていらっしゃるこう言う時こそ、羽を伸ばさなくちゃ」
     少女はじっと店主の顔を見て、それからぺこりと頭を下げた。
    「ありがとうございます。……それでは、少しだけ」
    「お付きの方にはうまく言っておきますから、気兼ねなくどうぞー」
     少女はもう一度頭を下げ、宿を抜け出した。

     一方、こちらは晴奈と小鈴。
    「やはり市場は、朝から活気がありますね」
    「ふあ……、そーねぇ」
     二人は朝の市場に、旅支度を整えに来ていた。
     朝早くに起きる習慣が身に付いている晴奈とは違い、小鈴はいつも眠たそうにしている。どうやら軽度の低血圧であるらしく、小鈴と旅をするようになってからずっと、晴奈が小鈴を起こしていた。
    「小鈴殿、荷車が……」
    「ふあー、……おっとと」
     向かってきた荷車と、危うくぶつかりそうになる。
     起こしてからずっとフラフラとしているため、晴奈は市場に来てからずっと小鈴の手を引いていた。
    「……んう~」
    「小鈴殿、人がっ」
    「ほえ?」
     眠気覚ましに伸びをした小鈴の腕が、後ろからやって来た者を突き飛ばしそうになる。
    「おわっ!?」
    「……あー、ごめんなさぁい」
    「気を付けろ!」
     危うく殴られそうになった商人らしき男は、小鈴を怒鳴りつけてそのまま歩き去る。
    「小鈴殿。先程からいささか危なげですが、どこかで休みますか?」
    「ふああ、あ……。だいじょぶ、だいじょーぶ」
    「本当ですか?」
    「うんうん、だいじょぶ。……ふああ」
     小鈴はもう一度、伸びをする。
    「……くう~」
    「きゃっ!」
    「ん? あ……」
     今度は人にぶつかってしまった。
     小鈴が振り向いた先には、頭を抑えてうずくまる茶髪の、「狐」の少女がいた。
    蒼天剣・繁華録 5
    »»  2008.12.24.
    晴奈の話、第178話。
    思いを馳せる。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「ゴメンゴメン、大丈夫?」
    「は、はい……」
     晴奈たちは静かなところまで少女を連れて行き、手当てをした。
     手当てと言っても額に小さなコブができた程度であり、今は濡らした手拭でコブを冷やしている。
    「あたし、朝が弱くて……」
    「いえ、大丈夫ですから。……あの、それよりも、あの」
     少女は晴奈の顔と服をじっと見て、なぜか頬を染めた。
    「……どうした?」
    「あの、昨日の夕頃、港の方を歩いていらっしゃいませんでしたか?」
    「ああ、歩いていたが。何故それを?」
    「実はわたくし、あなたのすぐ後ろにおりまして。珍しい格好をしていらっしゃったので、お声をかけようかと思っていたのですが……」
    「はあ?」
     少女はいきなり、晴奈の手をつかんできた。
    「あ、あのっ。わたくし、フォルナ・ブラウンと申します。よ、よろしければ、あなたのお名前を、お聞かせ願いたいのですけれど」
    「構わぬ、が……」
     晴奈は少女、フォルナの顔と、背後でぱたぱた揺れている尻尾を見て、首をかしげている。
    「……まあいい。私は黄晴奈と申す」
    「コウ・セイナさんですか。……りりしいお名前ですね、コウさん」
     この時、横で二人の様子を見ていた小鈴はいくつかの誤解・間違いに気付いていた。
    (この子、もしかして晴奈のコト、男だと思ってんの? 『りりしい』って……。いくら背が高くて、ちょっと声が低くて、ムネが無いからって、普通は間違えないでしょーに。
     あと晴奈、名字と名前、名乗る順番が逆っ。『コウ』が名前で、『セイナ』が名字だと思ってるわよ、この子。余計、女だって気付かれなくなっちゃうじゃん)
     呆れる小鈴に気付く様子も無く、フォルナは晴奈と会話を続けようとする。
    「あの、コウさん。よろしければ、あの……」
    「うん?」
    「わたくしと、あの、お茶でも」
     フォルナの言葉に、小鈴はたまらず吹き出した。
    「ぷ、くくく……」
     突然笑われ、フォルナはきょとんとしている。
    「あの、どうかなさいました?」
    「い、いやね、あの……」
     間違いを正そうとして、小鈴の遊び心がうずいた。
    (……あ、このまま訂正しないで二人のコトを眺めるのも、面白いかも)
    「あの……?」
    「……ん、ああ。まだ9時前だし、喫茶店開いてるのかなって」
    「あ、……開いているかしら?」
    「どうだろうな。……うーむ」
     晴奈と小鈴は通りの方を眺めてみたが、小売店、卸売店は開いていても、食堂や喫茶店は扉が閉まったままだ。
    「ま、開いてないみたいだから。代わりにさ、フォルナちゃん」
    「ちゃ、ちゃん?」
    「一緒にお買い物するって言うのは、どう?」
     ちゃん付けされたフォルナは目を丸くしていたが、小鈴の提案を魅力的に感じたらしく、すぐにコクコクと頭を振った。
    「は、はい! ご一緒させていただきます!」
    「あたしは、コスズ・タチバナ。よろしくねー、フォルナちゃん」
    「よろしくお願いいたします、コスズさん」
     小鈴は一応、晴奈に聞こえるように、央中式に名乗っておいた。
     だが残念ながら、この時の晴奈は気付くことなく、そのまま聞き逃してしまったらしい。



     晴奈と2時間ほど市場を回った後、フォルナは宿に戻ってきた。
    「おっ。お嬢さん、お帰んなさい」
    「はい……。ただいま、戻りました」
     宿に戻ったフォルナを、店主がにっこりと笑って出迎えた。
    「どうでした、朝市は?」
    「ええ……。とっても、活気がありまして。堪能、いたしましたわ」
    「そっかそっか、うんうん。いい気分転換になったみたいで何より、……お嬢さん?」
     フォルナの頬は赤く染まり、目は店主に向けられてはいるが、視線はどこか遠くに飛んでいる。
    「はあ……」
    「お嬢さーん?」
    「コウさま……」
     フォルナはフラフラとした足取りで、階段を上っていった。
    「……いい人に、出逢いでもしたのかな?」
     店主はニヤニヤしながら、その後姿を見送った。

     フォルナの部屋の前では、まだ護衛二人が爆睡している。
    「……本当に、役立たずね。わたくしがいなかったことも気付かないわね、きっと」
     部屋の中に入り、ベッドに横たわる。
    「はあ……」
     まぶたを閉じると、あの「りりしい」猫侍の顔が浮かんでくる。一目見た時から、フォルナはあの央南人に恋をしてしまったらしい。
    (コウさま……)
     心の中でつぶやくだけで、フォルナの心にかっと火が灯る。
    「もう一度、お逢いしたい……」
     元からフォルナは思ったら即、行動するタイプである。
     ゴールドコーストへ旅行に来たのも、本国、グラーナ王国における政争が疎ましくなり、少しでも息抜きしようと思い立ってのことである。
    (お姉さまもお兄さまも、やれ家柄だ、やれ資産だと、央中各地の金満家の方たちと無理矢理に結婚させられようとしているし、わたくしがこの街に来たのだって……。
     ああ……! 浅ましいこと! それよりもわたくし、もっと自分のために生きたいわ。そうよ、わたくしはお城のいざこざに巻き込まれるのは、もう嫌!
     そんな人生よりわたくし、あの方と……)
     そう思った時にはもう、フォルナは身支度を整えて部屋を飛び出していた。



     旅支度を整えた晴奈と小鈴は、朱海と別れの挨拶をしていた。
    「いやー、久々に話ができて楽しかったよ、小鈴。また用事済んだら、来てくれよな」
     街の外まで送ってくれた朱海に、小鈴は親指を立てて応える。
    「もちろんよ。また晴奈から、面白い話を送ってあげるわ」
    「はは、期待してるよ」
    「それでは、また」
     晴奈はぺこりと、朱海に頭を下げる。朱海は笑って、ポンポンと晴奈の肩を叩いた。
    「はっは、英雄サマがそんなかしこまらなくっていいよ。今度来た時は、もっと気軽に来てくれていーから。
     じゃ、またな」
     晴奈たちはもう一度頭を下げ、朱海の店を後にした。

     晴奈たちはすぐに街門を抜け、関所を通り、ゴールドコーストを後にした。とは言え、まだ街の喧騒は壁を越え、晴奈たちのところへ響いてくる。
    「改めて、騒々しい街でしたね。まだ、余韻がある」
    「そーね。最初っから最後まで、騒がしかったわね。……あの狐っ子とか」
    「いや、まったく。……終始手を握って、騒いでいましたからね」
    「見てて飽きなかったわ、ホント」
     街の思い出を語りながら街道を進むうちに、ようやく周囲が静まっていく。
    「……」
     だが、静かなその道に、晴奈は妙な物足りなさを感じる。
    「こんなに」
    「ん?」
    「こんなに、静かでしたっけ」
     小鈴はクスクスと笑い、晴奈に微笑みかける。
    「晴奈もあの街に惹かれた?」
    「……かも、知れません」
     後ろを向くと、あの黄金の街がまだ、小さく見えている。たった1日、2日いただけなのに、妙に寂しさが募ってくる。
    「また……」
    「ん?」
    「……また、行きましょう」
    「うん、そうね」
     晴奈と小鈴は正面に向き直り、クラフトランドへの旅路を急いだ。

    蒼天剣・繁華録 終
    蒼天剣・繁華録 6
    »»  2008.12.25.
    晴奈の話、第179話。
    おてんば恋姫の冒険。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ゴールドコーストを後にした晴奈と小鈴は央中北部の国、ネール公国への道を進んでいた。
    「もう一度確認しても、よろしいですか?」
    「ん?」
     晴奈が地図を眺めながら、小鈴に質問する。
    「ゴールドコーストを抜け、この街道を北上した後に、えっと……」
    「リトルマイン、ね。ゴールドコーストほどじゃないけど、ちっちゃい鉱山がある街よ」
    「はい、それでそのリトルマインを抜け、西の関所を越えて、次は湖を越える、でしたっけ」
    「そうそう。フォルピア湖を船で越えて、その真ん中にあるミッドランド島で一休み。んで、その後また船に乗って西岸に降りて、そのまま西へ進む」
    「そこには港がある、と」
    「うんうん。ルーバスポートって言う、ネール公国公有の港。そこで一泊して、そこから2日ほど北に進めば……」
    「我々の目的地、ネール公国の首都であるクラフトランドに到着する、と」
    「そーゆーコト。……コレで4回目だけどね、確認するの」
    「はは……、失敬。どうも、見知らぬ土地は不安なもので。それに……」
     晴奈は立ち止まって地図をたたみ、それから後ろをチラ、と見た。
    「……何なのか、一体」
    「ん?」
    「いえ……」
     晴奈は進む方向に向き直り、また歩き始めた。



    (み、見つかってしまったかしら)
     晴奈の後方、約20メートル後ろにいたフォルナは慌てて身を隠した。晴奈を男だと勘違いしたまま一目ぼれしてしまったフォルナは、護衛たちに無断でゴールドコーストを飛び出し、晴奈たちを追いかけていた。
    (……大丈夫、よね?)
     木の陰からそっと晴奈たちの様子を伺ってみると、二人は既に歩き出していた。
    (あら、急がなくては)
     フォルナは街道から若干それ、木々に姿を隠しながら晴奈たちの後を追いかける。フォルナの目には、晴奈の姿がまるで物語に登場する騎士の如く映っている。
    (ああ……! 何て綺麗な後姿でしょう!
     威風堂々として、それでいて『猫』らしい軽やかな足取り。上に束ねられた、真っ黒な長い髪。エキゾチックな異国のお召し物。そして優雅に揺れる尻尾!
     ああ、コウさま……!)
     晴奈が女だとは少しも疑わず、フォルナは勝手に妄想を膨らませていく。
     と、ここでようやく晴奈の横に並んで歩く小鈴に気付いた。
    (……あら? そう言えばあの赤毛のエルフの方、ずっとコウさまと一緒にいるわね。確か、コスズさんと言うお名前、だったような。
     お二人で、旅をされているのよね? ……まさか、コスズさんはコウさまの恋人? ……い、いえ。まだそうと決まったわけでは無いわ。もしかしたら単なる従者かも知れないし)
     フォルナの想いを知らない晴奈は、何の気なく小鈴と話をしている。
    「小鈴殿、リトルマインと言うのはどんな街なのですか?」
    「さっきもちょっと触れたけど、鉱山の街ね。
     屏風山脈西側には金や銀、その他色んな金属の鉱床が多いのよ。一番有名なのはゴールドコースト。その名の通り、金がザクザク掘れるトコだって言うのは前に言った通り。
     んで、リトルマインも同じように錫とか黒炭、亜鉛が採れるのよ。ま、ゴールドコーストみたいに貴金属は出ないから、そんなに人気は無いけどね」
    「ふむ。ゴールドコーストとは違って、落ち着いて過ごせそうですね」
    「そーね。あ、そうそう。ココもね、温泉あんのよ。鉱山近くの温泉だから、効能もけっこーあるらしいわよ」
    「ほう、温泉ですか」
    「硫黄とか燐も出るらしいから、ここ数年では鉱山よりもむしろ、温泉を軸にした観光業を押し出そうとしてるみたい。ま、今のところそんなに儲かってないみたいだから、ゆっくりはできると思うけどね」
     温泉と聞いて晴奈は昔、紅蓮塞で小鈴に出会った時のことを思い出した。
    「そう言えば昔も、紅蓮塞へ温泉目的でいらしてましたね」
    「あー、うんうん。あそこのお湯も気持ち良かったわぁ。お酒も美味しかったし」
    「ふむ。温泉に入ったら、酒でも飲みますか」
    「いーわねぇ、もう秋めいてきたし。ワインを熱燗にしてもらって、ホットワインをぐいー、っと」
     その言い方が5年前、紅蓮塞の温泉内で小鈴が見せた動作とまったく一緒だったので、晴奈は笑い出した。
    「ふふ、あはは」
    「ん? どしたの、晴奈?」
    「いえ、紅蓮塞の時も……」
     楽しそうに笑う晴奈と小鈴を見て、フォルナは焦る。
    (あっ、あっ……。あんなに楽しそうに笑っているわ。やっぱり、お二人は付き合っていらっしゃるのかしら?)
     そんな風に、木陰で気を揉んでいると――。

     フォルナは突然口をふさがれ、森の奥へと引きずり込まれた。
    蒼天剣・恋慕録 1
    »»  2008.12.28.
    晴奈の話、第180話。
    金に目がくらむ愚か者たち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「!?」
     フォルナは何が起こったのか、そして何をされているのか把握できなかった。
    「むっ、むぐ!?」
    「うるせえ。静かにしやがれ」
     がっちりと口、肩、そして首をつかまれているため身動きが取れないが、背後から男の声がする。
    「騒ぐんじゃねえぞ」
     フォルナを捕まえているのとは別の男らしい声がする。フォルナはまだ状況が飲み込めず、しきりにうなる。
    「うー、うー」
    「俺の言ってることが分かんねえのか、お嬢さんよお?」
     男が一人、フォルナの目の前に回ってギラリと光るナイフを取り出す。
    「うぅ!?」
    「黙ってくんねーとよ、オシゴトできねーのよ」
    「……」
     ここでようやく、フォルナは状況を理解した――今、自分は襲われているのだと。

    「よしよし……」
     フォルナは盗賊たちに持ち物を奪われ、猿ぐつわを噛まされて木に縛り付けられた。
    「金は、クラムが現金で12000と。で、こっちはエル金貨2枚に、銀貨が、えーと……、62枚。なあ、今1クラムって何エルだっけ?」
    「確か、25か26」
    「いや、こないだ中央政府がかなりクラムを発行してたから、いいとこ22じゃねーか?」
    「そっか。……てことは、金貨が10000エル、銀貨100エルだから、合計26200エルで、割ることの……」
    「1200クラムってところだな」
    「じゃ、合わせて13200か。……ヒュー、金持ってたな、やっぱり」
     盗賊たちはフォルナの財布からジャラジャラと金を出し、ほくそ笑んでいる。と、盗賊の一人がフォルナの鞄から通帳を取り出した。
    「ん? これ、通帳か? えーと、お嬢ちゃんのお名前は、と……。『金火狐銀行 ブラウンガーデン支店 フォルナ・ブラウンテイル・グラネル』。
     ……へ?」
     通帳に記載されている名前を読み上げた瞬間、盗賊たちは凍りついた。
    「グラネル家って、アレ、だよな?」
    「あ、ああ」
    「グラーナ王国の、王家……」
     盗賊4人は一斉に、木にくくりつけたフォルナを見つめる。一人が立ち上がり、フォルナの猿ぐつわを取って質問する。
    「……聞くけどよ、お嬢ちゃん」
    「はい」
    「アンタの名前は、この通帳に書いてあるフォルナ・ブラウンテイル・グラネルでいいのか?」
    「ええ」
    「マジか?」
    「はい」
     盗賊たちは顔を見合わせ、たどたどしい口調で相談する。
    「つまり、これはあれか」
    「俺たちは、王族の、お嬢ちゃんを、縛り付けて、金も奪った、と」
    「い、いや。まだやってねえ。このまま離れりゃ、問題ない。多分。きっと。恐らく」
    「……でもよ、13000クラムだぜ?」
     その一言で相談の声がやみ、全員がもう一度フォルナの顔を見る。
    「……だな」
    「ほしいよな、13000」
    「13000あったらさ、しばらく遊べるよな」
    「それどころじゃねえぜ」
     盗賊の一人が、先ほどの通帳を手にとって調べている。
    「預金残高、1682798クラムだってよ」
    「ひゃ、168万クラム!?」
    「どっ、どんだけ遊べるよ?」
    「てめーは遊ぶことしか頭にねえのか。こんだけあったらよ、あっちこっちの事業債権がしこたま買えるぜ?」
    「他人の借金背負ってどうしようってんだよ?」
     盗賊の中で一番頭の良さそうな男が、ニヤリと笑う。
    「バーカ、借金ったって使い道は商売の元手だぜ?
     こう言う債権にゃ、配当ってもんが付くんだよ。オマケに優良債権を押さえときゃ、色んな理由つけて買いたいってヤツも出てくる。
     俺たちが安値で大量に仕入れて、後々奴らが一儲けすりゃ、それだけで10倍、20倍に膨れ上がる」
    「ひゃ、168万が10、いや20倍になるってのか!?」
    「計算してみろよ、3000万くらいにゃなるぜ」
    「……うっひょー」
     欲にまみれた男たちの妄想は止まらない。そして線の細い、弱気そうな男が物騒なことを言ってのけた。
    「3000万もありゃ、もうこんな薄暗いところで人を殺さなくてもいいんだよな……」
    「そうだ。今、王女様を手放してチャンスを逃し、人を襲い続けるか。
     それともたった一回、ここで手を汚すか」
     盗賊たちはそこで、しばらく黙る。フォルナは男たちの間に渦巻く狂気を感じ取り、恐る恐る声をかける。
    「あ、あの。お金がほしいのなら、差し上げます。国にも盗られたことは言いません。ですから、このまま解放して……」「お嬢さぁん」
     盗賊たちは一斉に立ち上がり、フォルナの顔を見つめた。
    「俺たちゃだまされてだまされて、色んなもん搾り取られてさ。こんな最下層にまで堕っこちたのよ」
    「今さらさぁ、『何もチクらないから』って言われてもさ」
    「信じる気にゃ、さーっぱりなれんのよ」
    「そう言うことでね。……せめて苦しまないようには、しておいてやるからな」
     盗賊たちは一斉にナイフを抜いて、フォルナを囲む。
     彼らの目は欲と殺人に対する倦怠感で、ドロドロに濁っていた。
    「ひっ……!」
     フォルナは短く悲鳴を上げ、目をつぶった。
    蒼天剣・恋慕録 2
    »»  2008.12.29.
    晴奈の話、181話目。
    女騎士のような。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     その時だった。
    「まだ20にも満たぬ少女を4人がかりで惨殺か。それだからお前らは堕ちるのだ」
     盗賊たちの背後から、鋭い一喝が飛んできた。
    「だ、誰だッ!?」
     盗賊たちは一斉に振り向く。フォルナも目を開け、声のした方を見る。
    「お前らに名乗るような下賎な名前など、持ち合わせて……」「コウさま!」「……」
     そこには口上を邪魔されて憮然としている晴奈と、後ろを向いて肩を震わせる小鈴がいた。
    「く、くっく……。晴奈、かっこよく登場したのに台無しね、……ぷふっ、くくく」
    「ま、まあ、いいです。……コホン」
     晴奈は刀を抜き、盗賊たちを威嚇する。
    「まあ、そこの少女に名乗られてしまったから、名乗っておく。
     私は黄晴奈。央南出身の旅の者だ。お前らの非道、許すわけには行かぬ」
    「ゆ、許さなきゃどうだってんだ」
    「大人しく投降し、縛に付けば命は助けてやろう。だが、私やその少女に刃を向けるとあらば……」
     晴奈は刀を正眼に構えた。
    「返り討ちにしてくれるぞ」
     この脅しだけで、盗賊4人の士気は大幅に下がる。百戦錬磨の晴奈と、4人がかりで弱者をいたぶる彼らとでは、勝負になるわけが無かった。
     だが――。
    「う、うるせえ! さ、さ、さ、3000万を諦めてたまるかってんだ!」
     いかにも粗暴そうな男が、ナイフを腰だめに構えて向かってきた。
    「……愚か者め」
     次の瞬間、男の顔をほとんど縦に割るように、晴奈の刀が走った。
    「ぎゃ、……ッ」
     向かってきた男はナイフを落とし、のた打ち回る。
    「致命傷では無い。が、今すぐ手当てをしなければ命に関わる」
     晴奈は残った3人に刀を向ける。
    「どうする? 来るか? それとも投降するか?」
    「……お侍さんよお」
     頭の良さそうな男が、すい、と前に出る。
    「こいつの言った通り、この子から3000万が取れるんだ。3000万だぜ? な、ここでさ、山分けしないか? アンタに1500、俺たちに1500。悪い話じゃねーよな?」
    「貴様の性根が最も腐っているな」
     晴奈は刀を構え直し、男に一歩詰め寄る。
    「この黄晴奈、金では買えぬ」
    「またまたぁ。どーせ俺たちを皆殺しにして、3000万独り占めする気だろ? 言っとくけどな、俺たちにゃまだまだ仲間がいるんだ。アンタが俺たち殺したら、そのうわさ広めるぜ」
    「何を馬鹿な」
     晴奈はもう一歩、間合いを詰める。
    「嘘や方便は通用しない。他に仲間がいれば、こうして刀を向けられている今、出てくるべきだろう? それにな、私の実家は央南随一の大商家だ。そんな金など、塵や芥に等しい」
    「それこそ嘘だろ? 何で大金持ちが、こんな森の中をテクテク歩いて……」
    「お前はとんだ愚か者だな。たった今、その少女が3000万を持っていると言ったばかりでは無いか」
     愚か者とののしった瞬間、男の顔色が変わった。
    「……んだと? 俺が、愚か者?」
    「そうでなければ何だと言うのだ。人を襲い金と命を奪うことを繰り返す――性根が捻じ曲がった愚者でなければ、とてもできぬことだ」
     この一言に、男は逆上した。
    「バカに……、バカにすんなーッ!」
     男はナイフを振り上げ、晴奈に向かって投げる。だが、晴奈は顔色一つ変えずに刀でそれを弾く。弾かれたナイフは回転しながら弧を描き、男の肩に突き刺さった。
    「ひっ……!」
    「そうやってすぐに怒り狂うのは、己が愚かである証拠だ。……さあ、どうする?」
     晴奈は残った2人をギロリとにらむ。2人は顔を真っ青にして、ナイフを捨てた。

     晴奈に刃向かい怪我をした2人は手当てを受け、そのまま縛られた。残った2人も同様に縛られ、街道の途中にあった小屋に放り込まれた。
    「外から戸を封じておく。後程警吏をよこすから、来るまでしばらく反省するがいい」
    「……」
     盗賊4人は魂が抜けたような顔をするだけで、晴奈の言葉には反応しなかった。
    「さてと、フォルナだったか」
    「は、はい」
     助けられたフォルナは、晴奈を見て縮こまっている。
    「何故、付いてきた?」
    「その、えっと……」
    「危険だとは思わなかったのか?」
     晴奈の口調は盗賊たちを威嚇した時とは違い、幼い子を諭すような、優しげなものに変わっている。
    「……考えておりませんでした」
    「無茶にもほどがある。このようなこともあるのだから、もっと考えて行動しなければ」
    「……クス」
     背後で小鈴が笑っているが、晴奈は構わず説教を続ける。
    「歳はいくつだ?」
    「16です」
    「16でこんな、人里離れた場所を一人でうろつくなど……」
    「……クスクス」
     なぜか、小鈴は晴奈が何か言う度に笑っている。
    「……何ですか、小鈴殿」
    「んふふ……、晴奈。あたし、アンタの子供の頃の話、雪乃から聞いてるんだけど」
    「え」
    「13歳で、黄海から飛び出して弟子入りを頼み込んだって言う……」
    「う……」
     偉そうに説教していた晴奈は、ばつが悪くなって赤面する。
     きょとんとするフォルナを見た小鈴は、フォルナに耳打ちした。
    「あのね、このコウさんは13歳の頃、街で出会った剣士に弟子入りするために、一人でこーんな山道を……」「聞こえてます、小鈴殿」
     晴奈は顔をしかめ、腕組みをしてそっぽを向く。
    「……それはまあ、確かに私にも、似た経験がありますけども」
    「気持ちも一緒よ? この子、アンタと一緒に旅がしたくて、ココまで付いてきたんだから」
    「あっ」
     小鈴に秘めていた想いをばらされ、フォルナも顔を真っ赤に染める。
    「私と旅を?」
     晴奈はけげんな顔をして、フォルナに向き直る。
    「何故?」
    「そ、その……、わたくし、あなたのことを、お慕い申しておりまして」
    「は?」
     この時小鈴にまた、イタズラ心が沸いたらしく、ニヤニヤしながらこう付け足してきた。
    「つまりね、フォルナちゃんは晴奈のコトが気になって仕方無いのよ。あんまり、かっこいいから。
     連れてってあげなさいよ、晴奈」
    「いや、しかし旅慣れていない者を連れて行くのは」
    「あら、それじゃこの森の中を一人で帰させる気?」
     そう言って小鈴は森を指差す。
    「む……」
    「いいじゃん。三人旅も楽しいわよ、きっと」
    「いや、楽しいとかそう言う問題ではなく、私は日上を……」
    「大丈夫だって。このまま進めばゴールドコーストへの便があるルーバスポートに行けるんだし、そこで送り返せばいいじゃないの。ソレまでは一緒に、ってコト。
     コレならアンタの邪魔にならないでしょ?」
    「ふむ」
     小鈴の提案を聞き、晴奈はうつむき考え込む。その間に、小鈴はフォルナにまた耳打ちした。
    「アンタもソレでいい?」
    「ええ。それまでにコウさまを惚れさせて、『離れたくない』と言わせてみせますわ」
    「アハハ、頑張って」
     二人がささやき合っている間に、晴奈は顔を上げ、同意した。
    「分かりました。ではルーバスポートまでは、一緒に行くと言うことで」
    「よしよし。……よろしくね、フォルナちゃん」
    「はいっ。よろしくお願いします、コスズさん、それから」
     フォルナは晴奈の手を取り、最大限とも言える満面の笑顔を見せ付けた。
    「よろしくお願いします、コウさま」
    「ああ、よろしく」
     晴奈は相変わらず、フォルナが自分に惚れているなどとは考えもしなかった。
    蒼天剣・恋慕録 3
    »»  2008.12.30.
    晴奈の話、第182話。
    お姫様、はじめての野宿。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     晴奈たちとフォルナが合流してから6時間ほどが経過し、流石に夕闇が濃くなってきた。
    「コレ以上は進めそうに無いわねー。今日はココで休もっか」
    「そうしましょう」
     二人の会話を聞いたフォルナは驚いた顔をする。
    「え? ここで、と言うと?」
     晴奈は地面を指差し、フォルナの問いに答える。
    「ここ、だ。野宿になる」
    「の、野宿、ですの?」
    「ああ」
     フォルナはきょろきょろと辺りを見回し、眉を曇らせる。
    「あ、あの。外ですわよ」
    「そうだが?」
    「そ、外でなんて……」「あのねーフォルナちゃん」
     小鈴が胸の前で腕を組み、フォルナに言い放つ。
    「あたしらの旅は野宿多いよ、徒歩で進んでるから。それが嫌ならー……」「い、いえっ! 大丈夫です!」
     フォルナはブンブンと首を振り、慌ただしく袖をまくった。
    「えっと、野宿の準備は、何をすればよろしいのかしら!?」
    「よーしよし。んじゃ、そこら辺に落ちてる木の枝、拾ってきて。しけってるのはダメよ。乾いてるヤツね」
    「はいっ」
     小鈴は晴奈にも同じ指示を送る。
    「晴奈も枝集めお願い。あたしは寝床確保するから」
    「承知しました」
    「さ、フォルナ。晴奈と一緒に集めてきて」
    「あ……、はい! 頑張ります!」
     フォルナは小鈴にぺこりと頭を下げ、晴奈の手を引く。
    「さ、コウさま! 一緒に集めましょう!」
    「あ、ああ」
     晴奈はフォルナに手を引かれるまま、森の奥へと入っていった。

     フォルナはずっとニコニコと微笑んだまま、晴奈の側を離れない。
    「コウさま、こちらの枝はどうでしょう?」
    「ああ、これなら使えそうだな。持っておいてくれ」
    「はい」
     フォルナはいそいそと枝をまとめる。
    「ねえ、コウさま」
    「うん?」
    「コウさまは、あの、……えっと」
     小鈴と付き合っているのか、と聞こうかと考えたが、率直に聞くのは少し怖い。
    「どうした?」
    「……その、独身、でいらっしゃいますか?」
    「は?」
     晴奈はけげんな顔をする。
    「まあ、独り身だ。想っている相手もおらぬ」
    「そうですか、良かった」
    「良かった? ……何が?」
    「あ、いえ。こちらの話ですわ」
     独身と聞き、フォルナは嬉しくなった。
    「あ、あのー」
    「なんだ?」
    「……コウさまって」「すまぬが、フォルナ」
     晴奈がうざったそうな顔を向けてくる。
    「様付けは勘弁願いたい。どうにも耳がかゆくなる」
     そう言って、晴奈は猫耳をカリカリとかいた。
    「あ、すみませんコウ……、さ、ん、でよろしいでしょうか」
    「単に、コウと呼んでもらって構わぬ」
    「あ、はい。……で、では、コウ」
    「なんだ?」
    「あの、コウはどのような異性が好みでしょうか?」
    「はあ?」
     晴奈がもう一度、けげんな視線を向けてきた。
    「先ほどからお主、妙なことばかり聞くな?」
    「あ、すみません」
    「……まあ、答えるのにはやぶさかではない。そうだな、どちらかと言うと、粗暴で荒々しい奴は好まぬ」
    「では、落ち着いた雰囲気の方が好み、と言うことでしょうか」
    「まあ、そうなる」
    「……わたくし、淑女として育てられて良かったと、今初めて教育係に感謝いたしましたわ」
    「……?」
     晴奈とはフォルナの想いに気付くことなく、そしてフォルナは晴奈の性別に気付くことなく、二人は微妙にずれた会話を続けていた。

     枝集めも終わり、二人は小鈴のところに戻ってきた。
    「おっ、おかえりー」
    「ただいま戻りました。これくらいでいいでしょうか?」
    「ん、よしよし。んじゃ早速、火を起こそうかなー」
     そう言って小鈴は鞄からマッチを取り出した。それを見たフォルナが、不思議そうな顔で質問する。
    「コスズさんって、魔術師でしたわよね?」
    「ん? そーだけど?」
    「魔術で、火を点けたりはいたしませんの?」
     小鈴は「あー」と声を出し、額をポリポリかいた。
    「あたし、火の魔術は苦手なのよ。得意なのは土と、風の術。後は幻術、そんだけかな」
    「そうなのですか。わたくしも少々魔術はたしなんでおりますけれど、あまり詳しくありませんので……」
    「まー、魔術は向き不向きがすっごく出るもんね。良かったら、あたしがちょっと教えたげよっか? こーゆー旅路で役に立つヤツとか」
    「よろしいのですか?」
     小鈴はマッチに火を点けながら、「いーよー」と返した。
    「……ん、よし。くすぶってきた。……えいっ」
     小鈴が早口で呪文を唱え、種火の点いたかまどに風を送る。空気を送られたかまどは、勢いよく燃え始めた。
    「よしよし、コレで野宿の準備は完了っと。んじゃ、ご飯の用意しよっか」
     晴奈は「はい」と短く答え、鞄の中から食糧を取り出した。
    蒼天剣・恋慕録 4
    »»  2008.12.31.
    晴奈の話、第183話。
    歌劇団風な夢。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     夕食も終わり、三人はちょっと話を交わしてから、すぐに眠った。
    「寝冷えしちゃうといけないから、固まって寝ましょ」
    「あ、はい」
    「それでは、おやすみなさい」
     焚き火に向かって左からフォルナ、晴奈、小鈴の順に座り込み、毛布に包まって目を閉じる。
    「……すう」
     すぐに小鈴の寝息が聞こえる。
    「早いですね。旅慣れているからでしょうか」
    「いや、小鈴殿はいつでも寝るのが早い。しかも長くて、寝起きが悪い」
    「あら……」
     苦笑する晴奈を見て、フォルナもクスクスと笑う。
    「明日も多分、私が起こすことになる」
    「コウは寝覚めが良いのですか?」
    「ああ。睡眠自体も短い方でな、明日の4時には起きているだろう」
    「まあ……。わたくし、いつも起きるのは、早くても7時くらいですわ。よく、そんなに早く起きられますわね」
     驚くフォルナに、晴奈はまた苦笑しつつ返す。
    「13の時から、早寝早起きが習慣だからな。それも修行の一環だった」
    「へぇ……。サムライって、色んな修行がありますのね」
    「それは少し違うな」
    「え?」
     晴奈はフォルナに顔を向け、静かに語る。
    「私は侍の修行など、したことがない。やったのは、剣士としての修行だ。侍と剣士は似て非なるものだ」
    「どう、違いますの?」
    「剣士は単に、剣を学んだ者だ。侍と言うのは剣を学んだ上で、高い志と仁徳を得た者を言う、……と、私は思っている。
     単に剣術の腕があると言うだけでは、ただの乱暴者。そこに礼儀、仁徳、その他正しいと信じられる、誇ることができる心情が胸のうちに無ければ、侍とは呼べぬ。
     私は何度か、確かに剣の腕がある者と戦ったことがある。だが、侍と呼べる者はいなかった」
     そうして晴奈は、師匠と央南を旅した時に出会った道場破りの話や、抗黒戦争で戦った「魔剣」の話を聞かせていた。
    「……それでな、怪物たちを入れていた檻の間から、突然その剣士が、……おっと」
     話の途中で、晴奈はフォルナがすうすうと寝息を立てていることに気付く。フォルナは眠ったまま、晴奈の手を握っていた。
    「むにゃ……、コウさま……」
    「……おやすみ」
     晴奈も目を閉じ、護りは小鈴の杖、魔杖「鈴林」に任せて眠りに就いた。



     夢の中。
     フォルナは故郷、グラーナ王国の宮殿にいた。
    「殿下……」
     どこかで自分を呼ぶ声がする。
    「陛下がお呼びですぞ、殿下」
    「嫌ですわ。また、お小言でしょう?」
     フォルナはその声に応じない。
    「いいえ殿下」
     声は止まらない。
    「殿下にお会いしたい方がいると、陛下から託っております」
    「わたくしに会いたいと? どなたかしら?」
     フォルナは興味を持ち、その声のする方に歩いていく。
    「どのような方ですの?」
    「猫獣人の方です。央南人のようで……」
    「まあ!」
     フォルナの脳裏に晴奈の顔が浮かぶ。フォルナは思わずドレスの裾をつまみ、走り出していた(いつの間にか旅装から、おしとやかそうなドレス姿に変わっている)。
    「ただいま参りました、父上!」
    「おお、フォルナ」
     玉座の間に着くと、父と央南風の猫獣人が向かい合っていた。
    「コウさま!」
     フォルナが呼ぶと、その猫獣人はくるりと振り返った(なぜか振り返った瞬間、騎士風の鎧姿に変わる)。
    「ああ、フォルナ!」
     猫獣人はフォルナの元に向かい、フォルナをひしっと抱きしめた。
    「ああ、コウさま……」
     フォルナも猫獣人を抱きしめ、そのままじっとしていた。すると――。
    「さあ、婚礼の準備を!」
     父が大きな声をあげ、臣下の者に命じる(なぜか天帝教の教会内に場面転換。フォルナは花嫁風のドレスを身にまとい、猫獣人は純白の礼服を着ている)。
    「フォルナ殿下、おめでとうございます!」
     城の者たちが皆集まり、フォルナと猫獣人を祝う(なぜか教会の建物が、どんどん広くなっている。城内のものすべてを集めれば絶対に入りきらないはずだが、きっちりと収まった)。
    「ありがとう、みんな、ありがとう!」
     フォルナは(なぜか衣装換えしている。今度は真っ赤で、とても派手なドレスだ)涙を流しながら、祝ってくれた皆にお辞儀をする(またドレスが変わる。今度は優雅な青いレースがついている)。そこでとなりにいた猫獣人が、フォルナの手首をつかんだ。
    「え……」
    「さあ、フォルナ。夫婦の誓いを……」
     そう言って猫獣人(実際の晴奈よりもっと男らしく、それでいて耽美な顔立ちになっている)はフォルナの腰に手を回し、目を閉じて顔を近づけてきた(なぜか、なぜか……、辺りは色とりどりのバラの花で満ちあふれている)。
    「は、はい……」
     フォルナは顔を真っ赤にして(また衣装が変わる。今度はどこで知ったのか、央南風の振袖をまとっている)、猫獣人に顔を近づけ――。



    「わわわわわわ、ちょ、ちょい待ち! フォルナ、起きて起きて起きてーっ!」
    「……ふにゃ?」
     目の前5センチのところに、小鈴の驚いた顔があった。
    蒼天剣・恋慕録 5
    »»  2009.01.01.
    晴奈の話、184話目。
    ようやく気付いたお姫様。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「ふあ、あー……。ああ、ビックリした」
     小鈴はまだ眠たそうにしながら、焚き火を片付けている。
    「ごめんなさい、コスズさん」
    「まあ、悪気があってやったワケじゃないから、いーけど。ところで、晴奈知らない?」
    「コウですか? ……いませんね?」
     フォルナの隣で眠っていたはずの晴奈の姿が無い。小鈴は巫女服の袖から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。
    「今は、6時ちょい前か。んじゃ、朝の修行でもしてるのかな」
    「朝からですか?」
     目を丸くするフォルナに、小鈴はち、ち、と指を振る。
    「それが剣士ってもんよ。休日でも朝と昼、きっちり素振りしてるし」
    「へぇ……」
     感心しているフォルナに、小鈴はそっと耳打ちしてきた。
    「ね、フォルナちゃん」
    「はい?」
    「アンタ、『麦穂狐』よね?」
     小鈴の言葉に、今度は目を丸くする。
    「え、えっと」
    「アンタが盗賊に捕まってた時にさー」
     小鈴は時計を出した袖口から、今度は通帳を取り出す。
    「あ、それは……」
    「そ、アンタの通帳。あの盗賊たちが3000万なんて言ってたけど、実際の残高は170万弱だったわね。ま、あいつらが変な勘定回してたんだろーけども、それでも普通の小娘が持つ額じゃないわよ、コレは。それに名義が『フォルナ・ブラウンテイル・グラネル』になってるし」
     通帳をフォルナに返し、小鈴は話を続ける。
    「グラネル家、通称『麦穂狐(ブラウンテイル)』一族。その起源は黒白戦争の英雄、ニコル・ゴールドマン3世の子供たちの造反にさかのぼる。主要産業は小麦を初めとする農業で、央中・央北の小麦市場に強い影響を持つ。
     最近は豊作続きなのと、北方との戦争で物価が上がってるコトもあってかなり儲けてるみたいだけど、30年以上続くお家騒動はまだ収まる気配が無い。……で、間違いないかしら?」
    「……ええ。概ね、相違ありませんわ」
     フォルナは通帳をしまいながら、小鈴に答える。
    「現在国王の座に就いている父上は真面目で厳格な方なのですが、先王、つまり私の祖父は非常に好色な方だったそうで、正室、側室合わせて7人の子が生まれました。当然、ここに後継者争いが起こったのですが、その時は何とか長男であり、正室の子だった父上が王位を継ぎました。
     問題は、その次。父上ももうお年ですし、過去の後継者争いで対立した方たちはほぼ、自分が王位に就くことを放棄しています。その代わり、子供たちを就かせようとしていまして。各個に資産を蓄えたり、国内の主要産業と手を結んだりと、権益、利権を押さえようと画策しています」
    「んー、つまり経済的に優位に立つコトで、王様が崩御した後に起きるであろう後継者争いを有利に進めたい、ってワケ?」
    「その通りです。そして現在、傍家のいくつかは我々本家以上の財を蓄えている、と言ううわさも入るようになりまして。自分が亡くなった後の争いに不安を感じた父上は、央中各地の名家と太いパイプをつなぎ、対抗しようとしております」
    「あー、そこは聞いたコトあるわね。こないだもネール家の誰かと見合いしたとか、そんな話も聞いたわ。んじゃ、アンタがゴールドコーストにいたのも……」
    「ええ、一度お目通りをと言うことで。会ってはみたのですが、あまり品がよろしそうな方には見えなくて」
    「アハハ……。んでその帰りに晴奈を見て、惚れちゃったワケね」
     フォルナは顔を赤くして、コクリとうなずいた。
    「わたくし、本当にあの方のことをお慕いしているのです。あの方と添い遂げられるのならば、家や財産など惜しくはありません」
    「そっか……」
     小鈴は流石に、心がチクリと痛んだ。
    「(これ以上、だましちゃ悪いわよね)あのさ、フォルナちゃん……」
    「はい?」
     フォルナは顔を上げ、小鈴の目を見た。
     そこに晴奈が戻ってきた。やはり朝の日課、素振りを終えたところらしく、髪を解き、手拭で顔を拭いている。
    「ただいま戻りました」
    「あっ、晴奈」
    「え……?」
     髪を肩まで垂らした晴奈の姿を見て、流石にフォルナも気付いたらしい。
    「あれ、あの、……?」
     フォルナは半信半疑の顔で、晴奈に近付く。
    「どうした、フォルナ?」
    「……嘘でしょう?」
     フォルナは愕然とした顔で、晴奈の胸に手を当てた。
    「な、何を?」
     フォルナの手に鍛えられた筋肉の硬さと、男ではありえない脂肪の軟らかさが伝わる。
    「……ッ!」
     フォルナは顔を真っ青にして、晴奈の道着を無理矢理はだけさせた。
    「わ、わっ!? 何をする!?」
    「じょ……、じょ、女性では無いですかッ!」
     わずかながらも道着の胸元に見えた谷間を見て、フォルナは硬直した。
    「……お主、先ほどから一体何なのだ? わめくわ、剥くわ、……何を考えているのだッ!」
     晴奈も顔を真っ赤にしながら、道着を着直す。
    「わ、わたくし、何の、ため、に……」
     フォルナはそのまま、仰向けに倒れた。
    蒼天剣・恋慕録 6
    »»  2009.01.02.
    晴奈の話、第185話。
    おうじょ フォルナが なかまになった!

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    7.
     フォルナはユラユラとした振動を感じ、目を覚ました。
    (え……?)
    「呆れましたよ、まったく」
    「ホント、ゴメンね~」
     すぐ前方で、晴奈と小鈴の声が聞こえる。
    「しかし、ずっと男だと思われていたとは」
    「今度からさ、ムネに詰め物しといたら?」
    「勘弁してくださいよ。動きにくい」
    「そーよね、アハハ」
     どうやら、晴奈がフォルナを背負ってくれているらしい。
    (コウ……。まさか、女だったなんて)
     フォルナはあまりのショックで、目を覚ましても動けないでいる。
     と、フォルナが目を覚ましたことに気付かず、晴奈がこんなことを言った。
    「しかしフォルナを見ていると、何だか心配になります」
    「なんで?」
    (何故ですの?)
    「小鈴殿も言っていたように、昔の自分に良く似ているからです。あの頃の私を省みると、よくもまあ情熱だけで旅立てたものだ、と呆れてしまう」
    (あら、ひどいわね)
     一向に背負ったフォルナの様子に気付くことなく、晴奈は話を続ける。
    「心配になると言いましたが、同時に何と言うか、守ってやりたい気持ちにもなりますね」
    「ふーん」
     フォルナは薄目で小鈴の方を見てみると、小鈴と目が合った。が、小鈴は何も言わない。
    「どうも私は、年下の者に弱いらしい。この子も何だか、妹のように思えてしまうのです」
    (妹、ですって?)
    「あー、うんうん。晴奈はお姉さんって感じだもんね」
     どうやら、小鈴はまた黙殺するつもりらしい。
    「ちょっとくらいなら、一緒に旅をするのも悪くないかも知れないですね」
    (わたくしも、コウが男だったら一緒に旅を、と思っていたのに)
    「あーら、日上を追うのに邪魔だなんて言ってたくせに」
    「ええ、まあ。……つくづく思うのですが」
     晴奈はため息混じりに答える。
    「やはり、旅の仲間は多い方がいい。一人で黙々と進むより、二人で。二人で淡々と進むより、三人で。
     フォルナの目が覚めたら、頼んでみようかと」
    (お断りよ。わたくし、あなたが男だと思ったからここまで来たのよ)
     フォルナは晴奈に分からないよう、ツンとそっぽを向く。
    (……でも)
     しかし背負われ、密着している背中からは、頼りになるぬくもりを感じる。
    (いいかも知れないわね。どうせ、お城での生活にうんざりしていたもの。それに、悪い人たちでは無さそう。
     そうね、楽しいかも知れないわ)
     フォルナはぎゅっと、晴奈の肩を抱きしめた。
    「ん? フォルナ、起きたか?」
    「あっ、……はい。降ろしていただけます?」
    「ああ」
     晴奈はそっとしゃがみ、フォルナを降ろす。
    「はい、コレあんたの荷物ね」
     フォルナは小鈴から荷物を受け取りながら、晴奈に声をかける。
    「コウ。……話は、聞いておりました。
     その、まあ、一緒に行きたいと言うのであれば、わたくしもやぶさかではありませんわ。付いていっても、よろしいかしら?」
    「ああ、こちらからもお願いする。よろしくな、フォルナ」
    「ええ、よろしくコウ。……でも、女性にしては妙なお名前ね?」
    「ああ、ソレなんだけどねー」
     小鈴が割り込み、晴奈に耳打ちする。3秒ほどで、晴奈の顔が真っ赤になる。
    「……そうでしたか。道理で」
    「どうしたのですか?」
    「あのね、このコウさんは名前と名字を逆に名乗っちゃってたのよ」
    「まあ」
     真相を聞き、フォルナは口に手を当てて笑い出す。
    「うぅ、不覚だ。作法を間違えていたとは。……早く言って下さいよ、小鈴殿」
    「クスクス……」
     小鈴は最後までイタズラ心たっぷりに、晴奈をいじっていた。

    蒼天剣・恋慕録 終
    蒼天剣・恋慕録 7
    »»  2009.01.03.
    晴奈の話、第186話。
    軽くSな小鈴。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     晴奈たちとフォルナが共に旅をするようになって、早3日目。
     2日かけて森を抜けた晴奈一行は現在、小高い丘を越えていた。
    「この丘を越えたトコが、リトルマインよ」
    「ふむ」
    「意外と早く着きますのね」
     小鈴は杖をつきながら、ゆっくりと坂を上っていく。
    「もう3日くらいかかるかなーと思ってたけど、意外にフォルナちゃん、脚が強いのね」
    「ええ。セイナほどではありませんが、わたくしも毎日運動していますもの」
     フォルナは晴奈の素性を理解してから、「セイナ」と呼ぶようになった。
    「それは感心だな」
     三人の中で最も体力のある晴奈は、何の苦もなく坂道を上っている。他の二人が額に汗を浮かべているのに比べ、晴奈は息切れすらしていない。
    「この分だと、大体あと1時間くらいで着きそうね。ちょうど、お昼時ってトコかしら」
    「美味しいご飯が、いただけそうですわね」
    「そうだな」
    「んふふー、それはどーかなぁ」
     同意する晴奈に対して、小鈴はニヤニヤしながら答えを濁す。
    「鉱山の近くにある温泉地だから、水はかなりの硬水よ。オマケに地下水の大半は炭酸入り。何にも考えずに飲んだら……」



    「ごぶ、ゲホッ!? し、舌が割れる!」
    「んひゃ、ひゃ、……鼻が痛ぁい!」
    「だーから言ったでしょ、んふふふ」
     リトルマインの南側に沸いていた炭酸水の鉱泉を見つけ、晴奈とフォルナは一気にあおってみた。結果は前述の通りである。
    「はー、はーっ、……くは、のどがただれるようだ」
    「涙が出てきてしまいますわ……」
    「あたしもちょっとくらいパチパチする程度の、軟水の炭酸水なら好きだけど、コレはやり過ぎよね。あたしも昔飲んでみて悶絶したわ。……んふふふふふ」
     小鈴は悶える晴奈たちを見て、口に手を当てて笑っている。
    「ひどい方、コスズさん」
     フォルナはハンカチを鼻に当てながら、グスグスと涙を流している。晴奈も腹と口に手を当てながら、げっぷを押さえようとする。
    「げふ、失敬。……ゲプ」
    「んふふふ、アハハハ……」
     二人の真っ赤な顔を見て、小鈴は笑い転げていた。
    「……くっくく、くく。あー、ゴメンねぇ、ホントに。おわびにさ、この街で美味しいご飯ご馳走したげるから」
    「げふ、……あるのですか?」
    「水が悪いと、グス、言っていたのに」
    「ま、普通に飲むのはきついけど、料理に使うと美味しいのよ、硬水って」
    「ほう、……げふ」
    「ま、付いてきて付いてきて」
     小鈴はまだ涙目の二人に手招きし、街の中心へと歩いていった。

     三人はリトルマインの食堂に入り、小鈴が注文する。
    「ミートソースのパスタ、3人前」
    「かしこまりましたー。ミート3、お願いしまーす」
     田舎に似合わない、フリルつきのエプロンをかけた短耳のウエイトレスがきびきびと注文をメモし、厨房へ指示を送る。
    「ぱすた、とは?」
    「麺類のことですわ、セイナ」
    「ほう。そばとか、うどんと似たようなものか」
    「ま、そんな感じ。ココはさっきの炭酸水を使って、麺をゆでてるの」
     晴奈とフォルナは先ほどの激痛を思い出し、揃って鼻を抑える。
    「それは……、また口や鼻が痛くなりそうな」
    「本当に、美味しいんですの?」
    「ま、食べてみて食べてみて」
     10分ほどして運ばれてきたパスタを見て、晴奈とフォルナは顔を見合わせる。
    「……」「……」
    「ほら、食べなって」
    「は、はい」「では、いただきます」
     二人は恐る恐る、パスタを口に運ぶ。
    「……あら?」「お?」
     ちゅるりと飲み込み、二人は目を輝かせた。
    「美味しい!」「驚いたな、確かにうまい」
    「でしょー? 硬水で麺をゆでると、超美味しいのよ」
    「へぇ……、知りませんでしたわ」
    「同じく。これほどうまいとは」
     晴奈はもう一口、パスタを口に運ぶ。と、そこで小鈴が唖然とした。
    「……晴奈ぁ。もうちょっと教えなきゃいけないコト、あるわね」
    「ずずー。……え?」
    「セイナ、音を立てては……」
     ズルズルと音を立てて麺をすする晴奈に、小鈴とフォルナは小声で注意した。
    「まずいのか?」
    「ええ」「うん」
     晴奈がふと店の奥に目をやると、先ほどのウエイトレスが背を向けて笑っていた。
    蒼天剣・湯治録 1
    »»  2009.01.05.
    晴奈の話、第187話。
    橘家の歴史と事業展開。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「ふむ……、色々あるのだな」
     晴奈は小鈴たちから小一時間ほど、食堂で央中の作法について講義を受けた。
    「あとセイナさん、フォークは握っちゃダメですよ。こうやって持つんです」
     相当暇なのか、途中から食堂の店員たちも加わってきた。
    「こう、か?」
    「そうそう」
     ウエイトレスが晴奈にフォークを持たせ、ニコニコと笑いながらうなずく。その様子を見ていた猫獣人のコックが珍しげな視線を向けてくる。
    「でも、サムライさんなんて初めて見たなぁ」
    「うんうん。央南出身って人はゴールドコーストとかで時々見かけますけど、ここまでコテコテした『いかにも央南人』って言うのは、あんまり見ませんね」
    「あら、あたしは? ホラ、巫女服よ、巫女服」
     袖をピラピラと振って主張する小鈴に、店員2人は揃って「うーん」とうなる。
    「いや、コスズさん央中語かなり話せるし、髪の毛真っ赤だし」
    「ピアスしてますし、目鼻立ちもはっきりしてますしね」
    「何て言うか、『央南かぶれの央中人』って感じ。巫女服姿だとなーんか、逆に浮いてるような」
    「えー、そお?」
     店員たちの反応に小鈴は苦笑いしている。
    「ま、確かにあたしのお母さんとひいおばーちゃん、央中の人だったし。まだそっちの血が濃いのかもしれないわねー。
     あ、そうそう、うちが情報屋始めたのも、ひいおばーちゃんがきっかけなのよね」
     央中作法の講義は橘家の昔話へと移っていく。
    「央南は今でも、央中とか央北にとっては別世界だしね。昔から色んな話、知りたいって人がホントに多くて。それを商売にできないかって、ひいおばーちゃんは一人で央南へ何度も渡航して、それで一財産築いたんだからすごい人よ、ホント」
    「ですよねー。何度聞いても、たくましい人だなって思いますよ」
     ウエイトレスは小鈴の話にコクコクとうなずいている。そこでフォルナが尋ねてみた。
    「あの、もしかしてコスズさん、こちらの方とお知り合いですの?」
    「あ、言ってなかったっけ? そ、知り合い。去年まで、朱海の店で働いてた子なのよ」
     小鈴に紹介され、ウエイトレスはもう一度頭を下げる。
    「コレットと言います。アケミさんのお店では、すごくお世話になってました。コスズさんとも、何度か会ったことがあります」
    「朱海から『リトルマインに行ったら、絶対ここで食べてけよ』って言われてたし、アンタらを招待したげようって思ってたのよ。いやー、美味しかったわホント」
    「ありがとうございます」
     コレットと隣にいたコックは同時に、嬉しそうに頭を下げた。その様子を見たフォルナが勘を働かせる。
    「もしかしてコレットさん、そちらのコックさんと一緒に?」
    「ええ、ボレロ……、彼がどうしても、故郷のここでお店を開きたいと言っていたので。アケミさんのお店にいた時から付き合ってたんです」
    「へぇ……」
     フォルナは胸の前で手を組み、うらやましそうにため息をついた。
    「素敵な話ですわね」
    「えへへ、まあ、はい」
     コレットは顔を真っ赤にしてうなずいた。

     この食堂で宿も営んでいると言うことで、三人はここに宿泊することにした。コレットは簡単な観光案内もしてくれた。
    「今はもう廃坑になってしまったところに、温泉が湧いてるんですよ。街の観光資源にしようって、こないだ整備されたところなので、良かったらコスズさんたちも入浴されてみてはどうでしょう?」
     コレットがニコニコと笑いながらバスローブや洗面器、スポンジなど入浴用のセットを用意してくれた。
    「あら、ありがと」
    「後で私も行きますね。良かったらもう少し、央南のお話を聞かせてくれますか?」
    「ええ、構いませんよ」
     晴奈もにっこりと笑い返し、入浴セットを受け取る。
    「それではまた、後ほど」
     フォルナも入浴セットを受け取り、コレットに軽く頭を下げた。

     三人は店を後にし、ほのかに暮れ始めた夕空の下をてくてくと歩く。
    「ああ……、涼しい風ですわね」
     旅装を脱ぎ軽装になった三人の間を、秋の風が吹き抜ける。
    「そうか、もう秋になるのだな」
    「いい時期に来たもんね、ホント。央南と違って、央中は春と秋が短いから」
    「旅をするには丁度良かった、と言うべきか。まあ、望んだ旅ではないのだが」
    「まあ、無粋ですわねセイナ。理由がどうあれ、旅は楽しまないと行けませんわ。……でないと、わたくしがここにいる意味がございませんわ」
    「はは、そうだったな」
     フォルナに軽く頬をつつかれ、晴奈は苦笑しながら応える。
    「これも何かの縁だ。存分に、楽しむとしよう」
    「そーそー、その意気その意気。とりあえず……」
     小鈴はぶら下げていたワインの瓶を、嬉しそうに掲げる。
    「温泉に着いたらコレちょこっとあっためて、ホットワインを」「きゅーっと、ですね」「そゆコト」
     三人はまた、クスクスと笑いあった。



     ところがこの後、思いもよらない事件が起きてしまう。
     どうもこの三人の中に、トラブルメーカーがいるらしい。晴奈、小鈴、フォルナは三人とも、そんな風に考えた。
     それが誰なのか、彼女らには結論は出せなかったが――ともかく、事件は起きた。
    蒼天剣・湯治録 2
    »»  2009.01.06.
    晴奈の話、第188話。
    温泉とお酒をこよなく愛する女、小鈴。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「つーいた、ついたっ」
     温泉に着くなり、小鈴は嬉しそうに更衣室へと進んでいった。
    「イキイキしていらっしゃいますわね、コスズさん」
    「ああ。まったく本当に、旅を満喫している人だよ」
     晴奈とフォルナが更衣室に入ると、小鈴は既にタオル一枚の姿になっている。
    「ホラ、早く着替えた着替えたっ」
    (は、早い)
     晴奈たちは慌てて着ているものを脱ぐ。と、ここで小鈴がイタズラっぽく声をかける。
    「全部脱いで入らないよーに」
     晴奈は口をとがらせ、反論する。
    「承知しております。先程、じっくりと教わりましたから」
     晴奈も体にタオルを巻き、小鈴と同じ姿になる。その間に、小鈴は陶製のグラスとワイン瓶を手に浴場へと入って行った。
     2人になったところで、フォルナが話しかけてくる。
    「コスズさんって、温泉が好きなのかしら」
    「ああ、そうらしい。昔、私の修行場に来た時も、良く温泉につかっていた」
    「お酒もお好きみたいですわね」
    「なかなかの酒豪だ。あの人が酒に呑まれたところを見たことがない」
    「へぇ……」
     話しているうちに、浴場から小鈴の鼻歌が聞こえてきた。そしてふわりと、浴場で温められたワインの香りが漂ってきた。

     ワインの香りは浴場の外、廃坑の入口まで流れて行く。
     それは普通の人間には嗅ぎ取れないくらいの微弱な香りだが、外にいる兎やリスと言った小動物たちには感じられた。
     とは言え、酒の香りである。大抵の動物はうまい匂いだとは感じられず、かと言って嫌な臭いでも無い。特に反応することも無く、地面の草を食んでいた。
     だが突然、そこにいた動物たちは一様にビクッと震え、どこかへと逃げ去った。

    「ふんふふーん、ふふふふーん……」
     湯船につかった小鈴は上機嫌な顔で、ワインをグイグイと呑んでいる。
    「っはー、んまいっ!」
     既に瓶の中のワインは3分の2になっている。体を洗い終えた晴奈とフォルナが浴槽につかり、小鈴の横に座る。
    「楽しんでますね」
    「もっちろんよー。ホラ晴奈、アンタも呑んだ呑んだ」
     小鈴はグラスを手渡し、ワインをなみなみと注ぐ。
    「お、っとと」
    「さ、行っちゃいなー」
    「では……」
     晴奈はワインに口を付け、くいと呑む。
    「……ふーむ、じわりと来ますね。胃の中からほこほこと、体が温まる」
    「でしょ? コレはなかなかいいお酒よ」
    「へぇ……」
     晴奈の呑む姿を見ていたフォルナが、感心した声を上げる。
     それを見て、小鈴がニヤニヤしながら、フォルナにグラスを差し出した。
    「ホラ、フォルナちゃんも一献どうぞ」
    「え、でも、わたくしお酒、呑んだことが……」
    「あら、そーなの? ……んふふ、ソレじゃ今日がお酒の初体験ってワケね」
     小鈴はグラスを半ば無理矢理に渡し、晴奈にやったのと同じように、ワインをたっぷり注ぎ込む。
    「ほれほれ、呑んじゃいなって」
    「は、はい。それでは、……えいっ」
     フォルナは困った顔でグラスと小鈴の顔を交互に見ていたが、やがて意を決したように、ぐいっとあおった。
    「……んにゃあぁ」
     そしてすぐに、涙目になる。
    「だ、大丈夫かフォルナ?」
    「エグ味があって、変な匂いですわ……。何と言うか、その、ブドウが腐ったような……」
    「ま、ワインはブドウを醗酵させたもんだしね。まだちょっと、早かったかな」
    「い、いえ。……もう少し、味を見させていただいてもよろしいかしら?」
    「お?」
     フォルナは苦そうな顔をしながらも、グラスを差し出してきた。
    「美味しい気もしないではありませんので」
    「だいじょぶ?」
    「ええ、何とか。……さあ、お願いします」
    「んじゃ、注ぐけど」
     小鈴は多少心配そうな様子を見せつつも、フォルナに2杯目を注ぐ。
     それをフォルナがもう一度、一気に飲み下す。その仕草を見た小鈴が、「ちがうちがう」と声を上げた。
    「フォルナ、お酒はそーやって呑むもんじゃないわよ。もっとゆーっくり、味わって呑まなきゃ」
    「そ、そうなのですか? でもセイナはさっき、こうやって呑んでいたような」
    「いや、そーじゃなくて。そんな『これから死地に飛び込みます』みたいな顔で呑んじゃダメだってば。お酒に失礼よ」
    「あ……、はい」
     小鈴にそう注意され、フォルナは3杯目をゆっくりと口に含む。
    「……あ、いい香り、かも」
    「舌、慣れてきたかな?」
    「ふぁい……」
     フォルナがおかしな返事をしたので、晴奈と小鈴は同時にフォルナの顔を覗き込んだ。
    「ろーいたしましらろ、せいな、こすずさん?」
    「酔ってるわね。呂律がグチャグチャ」
     小鈴の指摘にうなずきつつ、晴奈は立ち上がった。
    「私、先に上がってフォルナを運んでおきます。放っておいたら、湯船に沈んでしまう」
    「そーね。お願い、せ……」
     頼みかけて、小鈴は口をつぐんだ。
    「どうしました?」「しっ」
     小鈴は浴場の、いや、温泉の入口に注意を向けている。それを見て、晴奈も同じように外の様子を伺う。
     夕暮れを強く感じさせる虫の声に混じり、人間大の「何か」が四足でと、とと……、と足音を立てて入口前をうろついているのが、わずかに聞こえてくる。
    「何か、……いますね」「ええ、下手に出ない方が良さそうよ」
     小鈴は素早く、呪文を唱える。
    「来て、『鈴林』!」
     唱え終わったところで、脱衣所に立てかけておいた小鈴の魔杖がひゅん、と飛んできた。
     小鈴はそれをつかみ、湯船から立ち上がる。
    「よし、準備万端っ。……さあ、かかってらっしゃい」
     晴奈は後ろに下がり、フォルナを抱きかかえている。流石の晴奈も刀が無くてはどうしようもなく、小鈴に任せるしか無い。
    「小鈴殿、お気をつけください」
    「分かってるって」
     入口にいた「何か」は脱衣所まで入ってきたようだ。衝立があるので姿は分からないが、相当大きな獣のようだ。
    「獣と言うより、……怪物、でしょうか」
    「かもね。
     ちょっとお湯減っちゃうけど、風邪引かないでね」
    「え?」
     晴奈に詳しく説明せず、小鈴は呪文の詠唱を始める。
     すると浴場の湯水がぱしゃぱしゃと音を立てて揺れ始めた。
    「もっと後ろ下がって、晴奈!」
    「は、はい!」
     晴奈は既に酔い潰れているフォルナを抱きかかえ、湯船の一番奥まで下がる。
     と同時に、黒っぽい「何か」が衝立を倒してこちらに向かってきた。
    「狼!?」「でっか!?」
     それは全長2メートル以上はある、巨大な狼のような生物だった。その大きさに、晴奈と小鈴は戦慄する。
    「こっち向かってくる! 攻撃するわよ! 後ろ下がった!?」
    「はい!」
    「んじゃ行くわよ、『ウォータードロップ』!」
     湯船から拳大の水が浮き上がり、球状に固まる。そして向かってきた狼に向かって、勢い良く飛んでいく。
    「ギャウッ!?」
     重たい水の弾は狼の眉間に当たり、狼は短い叫び声を上げてのけぞった。小鈴は続けて3、4発、水の弾を放つ。
    「それッ!」「ギャ!?」
     水の弾に何度もぶたれ、狼はひんひんと鳴きながらくるりと向きを変え、浴場から出て行った。
    「はぁ。……何なのよアレ!?」
     危機が去り、小鈴は『鈴林』は湯船につけないよう上に掲げながら、ぽちゃんと湯船の中に入る。
    「狼の、……よう、でしたね」
    「にしたってデカすぎよ! こうしちゃいられないわ、もしかしたら村に向かうかも」
     小鈴はまた立ち上がり、急いで浴場を後にする。
     晴奈もフォルナを背負いながら、小鈴を追った。
    蒼天剣・湯治録 3
    »»  2009.01.07.
    晴奈の話、第189話。
    慌て損。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     晴奈がワインで酔っぱらったフォルナを着替えさせている間に、小鈴は狼を追いかけていた。狼は何故か、一直線にコレットの店目指して走っている。
     先程小鈴から受けた攻撃が効いているらしく、その足取りは少々おぼつかないが、見た目はほとんど、野生の狼そのものであり、その脚力は人間が追いつける速度では無かった。
     そのため、小鈴がようやく狼に追いつけたのは、相手が店に入ってからだった。
    「きゃーっ!」
     コレットの悲鳴が聞こえ、小鈴は慌てて中に飛び込む。
    「こっ、来ないでーっ!」「グルルル……」
     狼は厨房に逃げ込んだコレットとの距離を、じりじりと詰めている。
    「コラぁ! その子たちに手ぇ出したら、あたしが許さないわよ!」
     小鈴は狼の気を引こうと、大声を出して威嚇する。狼はチラ、と小鈴を見て鼻をクンクンと鳴らす。
    「……」「……」
     狼の仕草を、コレットも小鈴も、緊張した面持ちで見つめている。
     やがて狼は鼻を鳴らすのをやめ、小鈴の方に寄ってきた。
    「よーし、相手したげるからこっちに来なさい」
     小鈴はゆっくりと後ろに下がりながら、杖を構えて牽制する。応じるように、狼もじわじわと小鈴の方へ歩いてきた。
    「コレット、今のうちに逃げなさい」
    「で、でも……」
    「あたしはいいから、早くっ」
    「は、はいっ」
     コレットは慌てて厨房の奥に消える。どうやら夫のボレロを呼びに行ったらしい。
    (さーて、どうしようかしらねー……)
     小鈴は後ずさりしつつ、店から出る。一定の距離を保ち、狼も店から出てきた。そこで小鈴は呪文を唱えようと、息を吸い込んだ。
     と、そこに丁度よく晴奈が(いまだ酔っぱらっている)フォルナを背負って追いついた。
    「小鈴殿!」
    「あっ、晴奈! 早く来て来てっ」
    「はい、ただいま!」
     晴奈は辺りを見回し、近くにあった木に立てかけるようにフォルナを寝かせ、小鈴の側に立った。
     すると――。
    「えっ」「あら?」
     何故か狼は、小鈴を無視してフォルナの方に足を向けてきた。
    「ちょ、ちょっと!? こっちよ、相手は!」
     小鈴が叫ぶが、狼はまったく反応しない。クンクンと鼻を鳴らしながら、フォルナの方にゆっくりと歩いていく。
    「させるかッ!」
     晴奈が走り、狼の前へと回り込む。進路をふさがれ、狼は怒りの咆哮を上げる。
    「ガアアアッ!」
    「りゃあッ!」
     晴奈は刀に火を灯し、狼の眉間を狙って斬りつけようとした。
     だが狼の反応は早く、刀が来る前に飛びのいてかわす。
    「くそ……!」
     狼は晴奈の横をすり抜け、またもフォルナに近付いていく。先程と同様、晴奈は狼の前へと走って、行く手をさえぎる。
    「……?」
     晴奈と狼がぐるぐると追いかけっこをしている間、小鈴は狼の妙な行動を観察していた。
    (何で敵意むき出しの晴奈に噛み付こうとしないの?)
     この場合、狼が晴奈に攻撃してくれれば、晴奈は返り討ちにできる。言い換えれば、狼が晴奈を相手にすれば、簡単に片がつくのだ。
     ところが、狼はしつこくフォルナを狙ってくる。邪魔をしてくる晴奈を、まったく相手しようとしていない。狼は邪魔する晴奈を避け、何故かフォルナばかりを狙っているのだ。
    (えーと……)
     小鈴は狼の行動を、一つ一つ思い出してみる。
    (浴場に現れた時は、あたしたちを狙ってきたわよね。んで、コレットの店に行った時、あたしが呼びかけたらついてきた――飛び掛かったりせずに。いや、そもそもなんでコレットんトコに?
     んー……、もしかして)
     小鈴はある仮説に行き当たり、コレットの店へと引き返した。
    「あっ、コスズさん!」
     店に入るなり、コレットが声をかける。
    「アンタ、まだ逃げてなかったの? ……まあいいや、お酒ある!?」
    「え? お酒? 呑むんですか? こんな時に?」
    「あたしじゃないわよ、あの狼に呑ますの!」
    「へ?」
     小鈴は厨房に駆け込み、コレットに再度指示する。
    「ホラ、お酒早く持ってきて!」
    「はっ、はいっ!」
     コレットはパタパタと足音を立て、地下の酒蔵に降りていった。と、小鈴は厨房の奥で料理に没頭しているボレロを見て驚いた。
    「ちょ、アンタもまだいたの!?」
    「……」
     だが、ボレロは返事をしない。背を向けたまま、黙々と鍋をにらんでいる。
    「すみません、彼、今、新しい料理を考えてて……」
     その間に、コレットがワインの瓶を持って上がってきた。
    「……いーい根性じゃない。
     っと、持って行くわよ!」
     小鈴は呆れつつもコレットからワインを受け取り、近くにあった皿もつかんで店を飛び出た。
    「しつこいッ!」「ギャウッ!」
     晴奈と狼はまだ、追いかけっこを続けていた。
     何太刀か「燃える刀」を振るったらしく、地面にはいくつもの焦げ跡が着いている。だが、一度も狼には当たって様子も無く、狼はピンピンしている。
     小鈴は持って来た皿にワインを注ぎ、狼に声をかけた。
    「そこのケモノっ! コレがほしいんでしょっ!?」
    「グル、ル……?」
     晴奈と対峙していた狼は、その香りに気付く。あれだけ執着していたフォルナに尾を向け、一目散に小鈴の方へと向かってきた。
    「こ、小鈴殿!」
    「大丈夫よ! ……多分」
     小鈴の予想通り、狼はワインを注いだ皿の前に座り込み、ぴちゃぴちゃとなめ始めた。
    「……え?」
    「コイツは最初っから酒を狙ってたのよ」
     小鈴はワインの瓶をコンコンと叩き、ため息をついた。
    「温泉に現れたのも、コレットの店に来たのも、フォルナを狙ったのも、全部酒を狙ってたせいよ。
     衝立はあるけど、温泉は入口まで戸も扉も無かったから、酒の香りが外までしてたんでしょうね。んで、あたしらに追い返されたから、近くにある酒の香りがきつい場所――コレットの店まで行ったのよ。
     んで今、フォルナを狙ってたのは……」「えへへへ……、もう呑めませんわぁ」「……ソコの酔っ払い、話の腰を折るなっ」
    「……つまりフォルナの、酒の臭いにと言うわけですか」
     一連の事情を理解し、晴奈はへたり込んで脱力した。
    「あ、あほらしい」
     話しているうちに狼は皿のワインを呑み尽くし、酔っぱらってしまったらしい。
     その場でぐでっと横になり、伸びてしまった。
    蒼天剣・湯治録 4
    »»  2009.01.08.

    晴奈の話、第160話。
    祝勝会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     黒炎教団との戦いが終わり、黄海にもようやく平和な空気が戻ってきていた。
     これで晴奈の物語も終わり――とは、行かない。

     またしても晴奈は、騒乱に巻き込まれることとなる。
     落ち着けない生活、あわただしい日々――それもまた、彼女が英雄たる所以だろうか。



     双月歴518年、7月。
     戦争勝利を祝うため黄屋敷に将が集められ、宴が催された。
    「皆、ご苦労さま。これでもう、脅威は去った。しばらくは平和な日々が続くだろうし、安心して酔っぱらっちゃってください。
     では、乾杯!」
     エルスが簡単な挨拶で皆を労い、ささっと席に着く。
    「あら、お早いですね」
     右隣に座る明奈が驚いた感じでそう尋ねてきたので、エルスは小声で返す。
    「ご馳走が目の前に並んでるのに、長々と演説聴きたい?」
    「……ふふっ、いいえ。それじゃ、いただきますね」
    「うんうん」
     仲が良さそうに談笑するエルスたちを見て、左隣に座っていたリストが不機嫌そうな顔になり、エルスの耳をつねってきた。
    「フン、何ヘラヘラしてんのよ」
    「いててて」
     エルスは耳をつねられたまま、平然を装って箸を進める。
    「いくら引っ張っても君みたいに伸びないよ、リスト」
    「あら、そう。じゃ、もっと強くしてあげる」
     リストが力を込め、エルスの耳をさらに引っ張る。
    「何でそんなに怒ってるのかな?」
    「本気で言ってんの?」
    「折角の祝勝会じゃないか。もっと楽しもうよ、リスト」
     そう言いながら、エルスは明奈に目配せする。その意図に気付いた明奈は、そっとリストの背後に回る。
    「……えいっ」
     明奈もリストの耳を引っ張り、リストを止めようとした。
    「ひゃん!?」
     ところがちょっと触っただけで、リストは変な声を出して手を引っ込めた。
    「何すんのよ!? へ、変な声出ちゃったじゃない!」
    「ぷっ、くくく……」
     リストの反応が面白く、今度はエルスがリストの耳を触り、合わせて息も吹きかける。
    「こちょこちょ、……ふーっ」「ひゃ、ああん!?」
     甘い声を出してきたリストを見て、エルスは笑い転げた。
    「あは、あはは……。やっぱりリスト、君はからかいがいがあるなぁ、ふっ、ふふふ……」
    「あ、アンタ、いい加減にしなさ……」「えいっ」「ひゃーん!?」
     リストが怒鳴ろうとしたところで、また明奈が耳を触る。
    「クスクス、リストさん面白い」
    「あ、もしかしてメイナ酔ってるでしょ!?」
    「うふふふ……、ふー」
    「ひぁー!?」
     リストは宴の間中、エルスたちのおもちゃにされていた。



     一方、晴奈は宴の場から離れ、自分の部屋で一人、酒を飲んでいた。どうしても騒いで呑む気にはなれなかったからである。
    「赤の満月、白は新月。今宵は片月、か」
     このところ、晴奈の心にはいつもあの死闘の記憶――ウィルバーと川の中で戦った時の、彼の姿が居座っている。
    (ウィル、お主は本当にあのまま死んだのか? もう既に、冥府の住人と成り果ててしまったのか?)
     考えれば考えるほど、重苦しい気持ちが募る。やがて晴奈は杯を窓辺に置き、顔を両手でこする。
    「ふー……。少し、飲みすぎたかな。……外に出るか。心地良さそうだし」
     窓から見る街の景色を眺めながら、晴奈は外への身支度を簡単に整えた。

     宵も過ぎ、街は静まり返っている。明かりもまばらにしかない。月明かりに照らされた道を、晴奈はゆらゆらとした足取りで歩く。
    (また紅蓮塞に戻って修行するかな……。特にこの街でやりたいことも無いし)
     酔った頭にぼんやりと、師匠の顔や修行場の風景が浮かんでくる。
    (それにしても2年半か。長かったな……)
     護身のために持って来た刀の柄を撫でながら、色々なことを取り留めもなく考える。
     とは言えこの2年半、ずっと戦に没頭していた分、騒々しさに慣れた頭は街の静けさを、敏感に感じ取っている。
     だから――どこかからガシャ、と何かの割れる音を、晴奈の猫耳は聞き逃さなかった。
    「……うん?」
     不審に思った晴奈は、音のした方に向かう。
    (確か、こちらの方角から聞こえてきたような?)
     路地を曲がり、無人の大通りを横切る。そしてまた路地に入ったところで、見慣れた建物が目に入る。
    (まさか、ナイジェル邸からではあるまいな?)
     向かった先にはエルスとリストが、ナイジェル博士亡き後もそのまま住んでいる屋敷――ナイジェル邸があった。
    「……! やはり、ここか」
     玄関の扉がバッサリと切られており、異状が起きていることは明白だった。
    (もしや、賊か?)
     このまま傍観していては、エルスたちは被害に遭ってしまう。そしてそれを、晴奈がよしとするわけも無い。
    「……よし」
     晴奈は着物の袖と裾をまくり上げ、髪を束ね直し、刀に手をかけて屋敷に近寄る。
     破られた扉から中を覗き見ると、大柄な熊獣人の男、中背のエルフの男、小柄な兎獣人の女が輪を作り、何か話している。
     そして輪の中心には灰色の洋巾(フード)のついた外套をかぶった者と、左目に眼帯をはめた、虎獣人の青年が確認できた。

    蒼天剣・悔恨録 1

    2008.12.06.[Edit]
    晴奈の話、第160話。祝勝会。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 黒炎教団との戦いが終わり、黄海にもようやく平和な空気が戻ってきていた。 これで晴奈の物語も終わり――とは、行かない。 またしても晴奈は、騒乱に巻き込まれることとなる。 落ち着けない生活、あわただしい日々――それもまた、彼女が英雄たる所以だろうか。 双月歴518年、7月。 戦争勝利を祝うため黄屋敷に将が集められ、宴が催された。「皆、...

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    晴奈の話、第161話。
    はるかな国からの侵入者たち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ナイジェル邸に侵入している者たちは、央南ではエルスたち以外に見かけたことの無い、異国の服を着ている。また髪や目の色、顔つきも、およそ央南人とは思えない。ただ、虎獣人だけは黒髪に灰縞の虎耳と尻尾で、その顔立ちも含め、央南風と見えなくもない。
    (彼奴ら、何者だ?)
     晴奈はじっと扉の陰に潜み、中の様子と彼らの会話を探る。
     片目の「虎」が、エルフに向かって怒鳴っているのが聞こえてきた。
    「彼には手を出すなよ、スミス!」「……ヒノカミ中佐、何を?」
    「虎」――日上中佐と呼ばれた青年は、彼よりずっと年上らしい、周りの者たちに威張り散らしている。
    「王国中の人間から嫌われようと、彼は俺の恩師だ! 出会っても手を出すんじゃないッ!」
    「……了解しました」
     エルフは日上に叱られ、憮然とした顔で引き下がった。ほぼ同時に、日上の後ろにいた茶髪に白い垂れ耳の「兎」が、手をポンと打って声をあげる。
    「そー言えばヒノカミ君は、エルスと組んでたんだよね」
     見知らぬ女の口から出た親友の名前に、晴奈は目を丸くした。
    (な……!? エルス、だと? エルスとは、あのエルス・グラッドか?)
     晴奈の動揺など知るわけも無く、日上は「兎」の言葉にうなずく。
    「そうだ。彼に受けた恩義も非常に大きい。俺の前で彼を悪く言う奴は、例え身内でも許さないぞ」
     そう言って日上がにらむが、「兎」は媚びるような甘ったるい声で顔を赤らめ、頬に手を当てて日上に答える。
    「アタシは言いやしないよー? アタシだってリロ、……エルスとは、色々アレコレ楽しーい思い出あるし、悪くなんてねーぇ」
    (何だ、あのけばけばしい『兎』は? ……私の中の、兎獣人の思い出が汚れてしまいそうだ)
     憤慨する晴奈に気付くはずも無く、日上は肩をすくめて返す。
    「ま、アンタは暴走恋愛狂だもんな」
    「あ、ひっどーい。そんなコト言っちゃうと、もう相手したげないわよー?」
     日上の鼻を人差し指でトンと叩き、上目遣いで甘ったるい仕草を見せる「兎」に、日上は苦笑する。
    「ははっ、そりゃ困るな」
    (彼奴ら、一体……)
     と、これまでじっと黙り込んでいた「熊」も、ぼそぼそとした口ぶりでエルスのことを言及する。
    「俺も、格闘術の指導、受けたことが、何度もあります。感謝、してます」
    「だよな。俺も何度か、教えてもらったことがある。貫手とか通打とかな」
     そう言って日上は嬉しそうに、掌底を打つ仕草を「熊」に見せる。それを見て、「熊」はのそのそと首を振って同意する。
    「ああ、通打は、エルス教官の得意技、でしたね。あれは本当に、痛かった」
    「分かる分かる、はは……」
     日上たちの会話をそっとうかがいながら、晴奈は思案する。
    (一体、彼奴ら何者なのだ? こんな胡散臭い輩がまさか、エルスの知り合いだと言うのか?
     いや、それよりも――良く考えれば、私はエルスについて詳しいことを一切知らぬ。一体、エルスは何者だったのだ? この黄海を訪れる前、何をしていたのだ?)
     と、一人意見を違え、孤立したエルフは、不満そうに顔をしかめる。
    「何だよ、みんな反逆者に肩入れかよ? ……くそっ」
     エルフは肩を怒らせ、その場を離れていった。それをきっかけにして、他の者もバラバラと居間を離れる。
     一人居間に残った日上は、床に落ち、粉々になった壷――どうやら、先ほど音を立てたのはこれらしい――を眺め、ぽつりとつぶやいた。
    「エルフの癖に短気な奴だな。まるでリストだ」
     少し間を置いて日上も居間を離れる。晴奈は刀を抜き、そっと中に入る。
    (エルスだけではなく、リストのことも知っているとは。
     何にせよ、他人の家に忍び込む輩だ。常識ある、まともな相手では無いだろう。ならば容赦は無用。
     一人ずつ、倒していくか)

     音を極力立てずに晴奈は廊下を進み、部屋を見回っていく。客間に「兎」がいるのを見つけ、素早く中に入り込む。
    「……とうッ!」「ひ、あぅ!?」
     背中を見せていた「兎」に峰打ちを入れ、気絶させる。
    (後ろからは少々卑怯ではあるが、……まずは1人)
     気を失った「兎」を縛り、一旦廊下に出て隣の部屋を覗くと、「熊」が部屋を探っているのが見える。
    (よし……)
     晴奈が部屋に入ろうとしたその時、運悪く階段からエルフの男が降りてきた。
     そのまま鉢合わせしてしまい、晴奈は舌打ちする。
    「……しまった!」
    「誰だ、お前は!」
     居丈高に怒鳴るエルフに、晴奈も怒鳴り返す。
    「こっちの台詞だ、賊め!」
     エルフが反応するより一瞬早く、晴奈は斬りかかる。エルフは剣を抜いて構えたが、階上から誰かが叫ぶ。
    「スミス、受けるな! かわせ!」
     だが、その指示にエルフが応じるより早く、晴奈は斬撃を叩き込む。
     エルフの構えた剣に、晴奈の刀自体は止められてしまうが――。
    「甘いッ! 焔流はこれしきのことでは止まらんッ!」
     刀から炎が噴き出し、エルフの剣を貫通して襲い掛かる。
    「う、うわあああっ!?」
     晴奈の「火刃」を正面から食らい、エルフの左肩から右脇腹に火が燃え移り、そのまま悶絶する。
     と、洋巾姿の男が現れ――どうやら、先程叫んだのはこの男であるらしい――周囲に怒鳴る。
    「フー、ドール、バリー! 見つかったか!?」
    「まだ、だ!」
     晴奈の背後で「熊」が答える。
     そしてほぼ同時に、日上の声も返って来た。
    「あった! 見つけたぞ!」
     それを聞くなり洋巾は、晴奈に向かって飛び掛かってきた。
    「逃げるぞ!」
     洋巾は晴奈のすぐ側まで踏み込み、同時に右手を後ろに引く。次の瞬間、ガキン、と言う音と共に、晴奈に向かって洋巾の掌底が放たれた。
    「……っ!」
     晴奈は剣を構えて防ごうとするが、予想以上に重たい掌を受け止めきれず、廊下の端まで弾き飛ばされた。
    「な、ッ……!?」
     勢い良く壁に叩き付けられ、晴奈はそのまま、気を失った。

    蒼天剣・悔恨録 2

    2008.12.07.[Edit]
    晴奈の話、第161話。はるかな国からの侵入者たち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ナイジェル邸に侵入している者たちは、央南ではエルスたち以外に見かけたことの無い、異国の服を着ている。また髪や目の色、顔つきも、およそ央南人とは思えない。ただ、虎獣人だけは黒髪に灰縞の虎耳と尻尾で、その顔立ちも含め、央南風と見えなくもない。(彼奴ら、何者だ?) 晴奈はじっと扉の陰に潜み、中の様子と彼らの会話を...

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    晴奈の話、第162話。
    エルスの過去。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「セイナ……、セイナ! しっかりして!」
    「……う、うう? ……エルス? エルスか?」
     晴奈はエルスに抱き起こされた状態で、目を覚ました。
    「一体どうしたんだ!? こんなところで、君が倒れているなんて!?」
     エルスの問いに応じず、晴奈はフラフラと起き上がり、ナイジェル邸の様子を確かめる。
     そして既に賊たちの姿が無いことを確認し、晴奈はエルスの前に土下座した。
    「ちょっ、ちょっと、セイナ? どうしたんだよ、一体? 説明してほしいんだけど」
    「すまない、エルス! 屋敷に賊が押し入ったのを見ておきながら、逃してしまった!」
    「何だって!? 賊!?」
     エルスは驚き、慌てて2階に上がる。戻ってきたエルスは、額に汗を浮かべていた。
    「うん、確かに、君の言う通り、賊に侵入されてたみたいだね。『剣』が、無くなってる」
    「賊を撃退しようとしたのだが、……くっ」
     晴奈は自分のふがいなさに肩が震え、それ以上言葉を続けられない。
     だが、エルスはいつものように笑みを浮かべながら、晴奈を慰めてくれた。
    「剣なんかより君の方が大事だよ。セイナ、君が無事で良かった」
    「エルス……! すまない! 本当に、すまない……っ」
     それでも晴奈は顔を伏せ、謝り続けていた。

     エルスは晴奈を居間に座らせて落ち着かせ、何があったのかを聞き出した。
    「状況は大体分かった。それで、他に何か覚えていることは無いかな? 例えば、何か話をしてたとか、そう言うの」
     晴奈はしばらく考え込んでいたが、何も出てこない。
    「すまぬ、良く覚えていない。さっき話した通りだ」
    「そっか。セイナ、ともかく今日はゆっくり休んで。今日のことは気にしなくていいから」
    「……」
     何も言えず、セイナはヨロヨロと立ち上がる。
     と、居間を出ようとしたところで、晴奈は洋巾のことを思い出した。
    「あ……、確か洋巾をかぶっていた者がいたのだが、他の者の名を呼んでいた覚えがある。確か『バリー』、『ドール』、『スミス』、それから、『フー』と。
     そうだ、それに確か、片目の虎獣人は『日上』と呼ばれていた」
     名前を告げた瞬間、エルスは椅子を倒して立ち上がった。
    「本当に、そう言ってたの?」
    「あ、ああ」
    「そんな……、そう、か、……いや、でも」
    「知っているのか?」
     恐る恐る尋ねた晴奈に対し、エルスは引きつった笑顔を浮かべながら、コクリとうなずいた。
    「ああ……。4人とも、僕が北方にいた時の知り合いだ。
     特にフー、日上風とは1年ほど、一緒にチームとして行動していたんだ」

     エルスは過去、北方にいた時のことを説明してくれた。
    「僕は元々、北方の軍事大国――ジーン王国の諜報員をしていた。ある国や組織に忍び込んで、情報や強力な武器を奪うのが主な仕事だったんだ。
     僕と一緒に行動していたのは2人。情報収集と援護を担当するリスト・チェスター。そして戦闘要員の日上風。そこに僕がリーダーとして入り、チームで活動していた。
     僕がここ、央南に来たきっかけもその仕事がらみだった。黒炎教団の総本山、黒鳥宮にあのタイカ・カツミを撃退できると言われている剣が運び込まれたと言う情報をつかみ、乗り込んだんだ。
     剣はあった。古代の戦争でカツミを刺し、瀕死の重傷を負わせた魔剣、『バニッシャー』――教団はカツミの弱点と見なし、破壊しようと企んでいた。長年にわたってカツミ討伐を目論んでいた王国側も、この剣をカツミ討伐の切り札だと考え、何としてでも奪うよう、僕たちに命じた。
     で、何とかその剣を奪った僕らは、首尾よく王国に帰還した。そこまでは何の問題も無かった。メイナも助けられたし、上々の成果だった。
     だけどそこで、王国軍は暴挙に出ようとした。剣が手に入っただけでカツミを倒せると判断し、討伐チームを組もうとしたんだ。
     確かに『バニッシャー』は教団も破壊できない魔剣だったし、魔力を封じる効果があることも分かっていたから、魔術師であるカツミに有効な打撃を与えうる武器なんだろう。だけど剣は剣、単なる刃物だ。カツミに並ぶかそれ以上か、それくらい腕のある剣の達人でもいなけりゃ、倒せるわけが無い。
     そのまま討伐に向かえば確実に返り討ちにされるし、カツミは間違い無く報復に出る。カツミの逆鱗に触れた王国は最悪、滅亡しかねない。僕も博士も流石にその作戦を実行させるのはまずいと思ったから、僕らは作戦の要である剣をもう一度奪い、ここに逃げてきたんだ。
     だけどリストと博士、メイナは連れて来られたけど、フーは無理だった。彼には祖母がいて、フーの収入と介護無しには生活できなかったからね。
     でも今振り返ってみれば、無理矢理にでも連れて来るべきだった。剣が盗まれたことはすぐ分かることだったし、いなくなった僕たちが犯人だってことも容易に推理できることだ。
     そうなればずっと一緒に行動してきたフーが素性を疑われないわけは無いし、相当の報復も受けることになる。恐らくは、フーの身に全部、その嫌疑も恨みも押し付けられただろうね。
     悪いことを、したよ」
     話し終えたエルスの顔には、悔恨の色が浮かんでいた。

    蒼天剣・悔恨録 3

    2008.12.08.[Edit]
    晴奈の話、第162話。エルスの過去。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「セイナ……、セイナ! しっかりして!」「……う、うう? ……エルス? エルスか?」 晴奈はエルスに抱き起こされた状態で、目を覚ました。「一体どうしたんだ!? こんなところで、君が倒れているなんて!?」 エルスの問いに応じず、晴奈はフラフラと起き上がり、ナイジェル邸の様子を確かめる。 そして既に賊たちの姿が無いことを確認し、晴奈...

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    晴奈の話、第163話。
    長い旅の始まり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     黄屋敷に戻った晴奈はそのまま部屋に閉じこもり、自分の不覚を恥じた。
    (ああ……! 賊の存在に気付いておきながら、むざむざ取り逃がすとは! 何が剣士だ、何が免許皆伝だ! 情けない、本当に情けなさ過ぎる……)
     延々と自分を罵り、なじる。晴奈はうずくまり、自分を呪っていた。
    (この愚か者が、一体どうして許されようか……!)《あのさ》
     不意にどこからか、声が聞こえてくる。男とも女ともつかぬ、中性的な声だ。
    《いつまで、そーしてる気なのさ?》
    「え……」
    《いつまでそんな、ムダなコトするのさ? キミの悪いトコだよ、セイナ》
     いつの間にか、声の主――いつか、明奈と共に見たあの白猫が、目の前にいた。

    《いつもは勇敢なお侍さんなのに、失敗するとすぐ、ウジウジ悩む。誰かが引っ張ってやらなきゃ立ち上がれない、前に進めない。そこがキミの、一番悪いトコ》
    「む……」
     白猫に指摘され、晴奈は顔をしかめる。
    (しかし、言われてみれば確かに、白猫の言う通りでは、……ある。否定出来ない)
     その様子を見て、白猫はニヤニヤ笑っている。
    《キミ、自分に滅茶苦茶自信持ってるでしょ、いっつも》
    「……ああ」
     素直にうなずいた晴奈に、白猫はため息をつきつつ、彼女の肩に手を置いた。
    《身の程わきまえたら? キミはそんな簡単に自信満々になれるほど、強くて偉いの?》
    「な、に?」
     突然の罵倒に、晴奈は面食らう。
    《確かに剣の腕はいいよ。運にも恵まれてる。人柄もまあ良し。それなりの実績も持っている。ま、評価はできるよ。でもソレで偉いって? はっ、バカじゃないの?
     今、こうして落ち込んでるキミの姿を見て、昨日までキミを慕ってきた人たちはどう言う反応をするだろう? ボクはきっと、ガッカリしちゃうんじゃないかと思うんだ。
    『ああ、この人は安っぽい自尊心しか持ってなかった、薄っぺらい人だったんだな』ってね》
    「き……、貴様ッ!」
     白猫の挑発じみた話に晴奈は憤り、胸倉をつかもうとするが――。
    《フン》
     つかもうとした手を、白猫は事も無げにくるりとひねり、晴奈の背に回って腕を極める。
    「あ、だ……っ!?」
     腕を極めたまま、白猫は晴奈の背後で話を続ける。
    《キミは確かに良く似てるよ、あの『狼』に。キミがもし違う道を歩んでいたなら、あの時流されていったのはウィルバーじゃなく、キミだったかも知れない。
     キミは何も変わってないし、何も成長してないんだ。免許皆伝試験の際、家元に己の慢心をたしなめられた、あの時と。
     いくら強くなっても、いくら奥義を会得しても。心の中はまだ、19歳の小娘。心は全然、成長してない。
     キミは自分の中に巣食う『幼い修羅』に、心をつかまれたままなんだ》
    「……!」
     白猫のその言葉に、晴奈は雷に打たれたような衝撃を受けた。
    《もういっこ、言うとくとな》
     と――白猫に手を離されたところで、白猫とは違う声が聞こえてくる。
    《ただただ栄養を注がれるだけやったら、作物は腐るもんや。厳しい日照や風雨があるから、たくましい作物が出来上がるんやで》
     晴奈の目の前に、金色の装飾具をまとった豪奢な身なりの、金髪に赤毛が所々混じった狐獣人が現れた。
    《失敗した、負けてしもた、ソレでただ凹んで打ちひしがれるだけやったら、何もならへんわ。ソコから何が悪いんか、何したらよーなるんか、糧にせなアカンで》
     金狐も妙な口調で語りつつ、晴奈を諭す。
     晴奈はこの時、この二人が人間ではない、別の何か――神か仙人の類では無いかと感じ始めていた。
    《セイナの精神っちゅう土壌はコレまで成功っちゅう栄養ばっかりで、グズグズに腐りそうになっとった。その上にある自信なんて作物、すぐダメになって当然や。
     アンタくらい力量あるんやったらな、その心も、もっと苦しい目に遭うても揺るがへんような、たくましいもんに鍛えなアカンよ》
     金狐に続いて、白猫も諭しだす。
    《そう言うコトさ。
     だからコレはチャンスかも知れないよ、セイナ。キミの中にいる修羅を御するための、そしてキミがもっと、成長するための、ね。
     さあ、そろそろ現実的に考えよう、セイナ。今キミは、何をするべき?》
    「何、……を?」
     唐突に尋ねられ、晴奈は戸惑う。
    《今起きている問題を解決するには、どうしたらいいのかってコトさ》
    「それは……」
     言われて晴奈は、頭の中を整理する。
     何が起こったのか、今何が起こっているのか、そして、これから何が起きるのかを考える。
    (賊は逃げた。だが逃げて、すぐ北方に戻れるものだろうか? いや、黒炎殿ではあるまいし、一瞬で戻ることなどできぬ。何らかの手段を以って逃走しているだろう。
     では、何を使って? 可能であるのは2つ。陸路か海路だが、後者は無理だ。夜の港は閉まっているし、明日発つとしてもエルスが手を回し、港を封鎖するだろうからな。敵もそれを予測できぬような、愚かな奴らではあるまい。
     それよりも陸路だ。黄海とは別の港から逃走する可能性の方が、ずっと高い。今から探せば、追いつけるかも知れぬ)
     結論を出し、晴奈は答えた。
    「追いかける」
    《よし。じゃあ、そろそろ起きようか。
     いい旅を、セイナ》



     旅立つ旨を手紙にしたため、次に晴奈は身支度を整えた。
     昨夜から着ていた着物を脱ぎ捨て、動きやすい袴姿になる。刀も大小二本腰に差し、帽子をかぶり、外套を羽織る。少し大きめの袋を肩から提げ、丈夫な靴を履く。
    (……よし)
     手紙を持って部屋を出て、隣の明奈の部屋にそれを差し込み、晴奈はそのまま、外へと向かった。
    「後は頼んだ、明奈」
     玄関の前でそうつぶやきながら、晴奈は家を出る。
     まだ日も差さぬ早朝、庭の空気はひんやりと澄み切っている。晴奈の好きな、夏の景色だ。
    (しばらく、この景色を拝むことはあるまい)
     晴奈はその景色に向かって、一礼する。
    (昔発った時はこう言うこともできなかったな、そう言えば)
     顔を上げ、今度は家に向かって一礼した。
     顔を挙げ、そのまましばらく庭でじっと佇んだ後、大きく息を吸い、拳を握りしめ――そして、背を向けて歩き出した。
    「待っていろ、日上風。絶対に、追いついてやる」



     これより、晴奈の2年に渡る長い旅が始まる。

    蒼天剣・悔恨録 終

    蒼天剣・悔恨録 4

    2008.12.09.[Edit]
    晴奈の話、第163話。長い旅の始まり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 黄屋敷に戻った晴奈はそのまま部屋に閉じこもり、自分の不覚を恥じた。(ああ……! 賊の存在に気付いておきながら、むざむざ取り逃がすとは! 何が剣士だ、何が免許皆伝だ! 情けない、本当に情けなさ過ぎる……) 延々と自分を罵り、なじる。晴奈はうずくまり、自分を呪っていた。(この愚か者が、一体どうして許されようか……!)《あのさ》 ...

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    晴奈の話、第164話。
    先行き、いまいち不安。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     エルスの剣を奪い逃げ去った北方の虎獣人、日上中佐を追い、晴奈は黄海から南西にある街、弧月に来ていた。
     早朝、黄海で情報を集めたところ、それらしい集団が南西の街道へ走っていくのを見た者がいたのだ。

     弧月は央南でも歴史ある街の一つで、あちこちに古い建物や遺跡がある。中には紀元前10世紀以上を裕に越えるものもあるそうだ。
    「ほう」
     晴奈は石造りの、苔むした遺跡の前に立っていた。遺跡の前に掲げてある案内札によると、1~2000年ほど昔に造られたものではないかと言う。
    「嘘か、真か。まあ、どちらにしても……」
     その建物を見渡して、率直な感想を述べる。
    「ただの石くれだな」
     歴史ある町並みも、他に目的のある晴奈にとってはかび臭い路地でしかない。
     晴奈は遺跡探訪を早々に切り上げ、市街地へと戻った。

    「まったく、……ほこりっぽいな」
     街道を歩いていると、あちこちで古びた遺跡の補修や掃除をしている姿が目に付く。
     この街は遺跡を観光資源にして収入を得ている。そのため、金の元を失わぬように皆、一所懸命に建物を磨いているのだ。
     そこから大量に出るほこりを観光客は敬遠しているらしく、晴奈の他に、道を歩く者の姿は見られなかった。
    「ケホ……。やれやれ、見せるための街で出歩きがしにくいとは。何がなにやら」
     ほこりのせいか、歩いていると次第に目と鼻がかゆくなってきた。晴奈はたまらず、近くの食堂に駆け込んだ。
    「いらっしゃい! お、べっぴんさんだねぇ! その格好、旅人さんかい?」
     店に入るなり、虎獣人の店主が明るく声をかけてくる。
    「ああ、そんなところだ。良ければ少し、物を尋ねてもいいか?」
    「いいけど、メシも食ってよ。うちは食べ物屋だからさー」
     メシ、と聞いて思わず晴奈の腹が鳴る。
    「おっ、丁度良かったかな?」
     腹の音を聞かれ、晴奈は恥ずかしさをごまかしつつ、どうにか受け答えする。
    「う……、む。まあ、では、何かいただこうか。お勧めは何だ、大将?」
    「へへ、どうも。そうだなー、今日は焼鯖定食かな」
    「では、それを」
    「まいどっ。えーと、30クラムだね。作ってる間に用意しといてねっ」
     店主の流れるような弁舌に、晴奈はつられて金を出そうとした。
     が――。
    「あー、と。……くらむ、とは?」
    「へ? ああ、お客さん央南人っぽいし、玄銭しか持ってないのかな?
     いいよ、玄銭でも。えーと、今のレートだと、30クラムは150玄くらいになるね」
     聞いたことの無い単語が飛び出し、晴奈の眉が曇る。
    「れ……、れー、と?」
     どうやら晴奈の旅は、前途多難のようだった。

     晴奈が世俗に疎いことを見抜いたらしく、店主は親切に、「お金」について講義してくれた。
    「ふむふむ、つまりレートとはある地方の金と、別の地方の金がいくらで交換できるかと言う、換金の率のことなのだな」
    「そーゆーこと、そーゆーこと。クラムは基軸通貨だから、世界中どこでも使えるはずだよ」
    「そうなのか……」
    「でもねー、今、全額クラムに換えると損するかもねぇ」
    「え? どこでも使えるから、得なのでは?」
     事情通らしい店主は、パタパタと手を振って否定する。
    「いやいや、レートっていつでも同じじゃないしさ、政治情勢とか地域の景気に影響されやすいんだよ。
     例えば今だと、クラムを管理してる央北の中央政府ってところが、北方の、えーと……」
    「ジーン王国か?」
    「あー、そうそう、それそれ。そのジーン王国と戦ってるからさ、インフレが激しいんだよ」
    「いん、ふれ?」
     晴奈の知らない単語が、次々に店主の口から流れ出る。晴奈の手元にある紙は既に、ぐちゃぐちゃとした走り書きでいっぱいになっていた。
    「簡単に言うと、その地域のお金が増えてるってことだよ。戦争中は物入りだからね、中央政府はお金が欲しいわけさ。だからお金をたっぷり発行して、急場をしのいでるってわけだ。
     でも、これは応急処置みたいなもんでね、お金は一時的に増やせるけど、その分一枚、一枚の価値が下がっていっちゃう」
    「何故に?」
    「お金には金や銀、その他貴重な金属が含まれてる。大雑把に言うと、その含有率がそのお金の価値ってことになるんだけど、この量を増やすとなると、相応の貴金属が必要になってくる。でも貴金属はその名の通り、貴重な金属だからそう簡単には手に入らないし、原料が無ければ通貨は発行できない。じゃあ、どうやってお金を増やすか?」
    「うーむ……?」
    「ズバリ、金貨や銀貨の質を下げる。貨幣に含まれる金銀の量を減らし、代わりに何か別の、安い金属を混ぜて発行する」
    「あ、なるほど。それで通貨の価値が下がる、と……」
    「その通り。でも中央政府が通貨の価値を下げたって、他の国も一様に価値を下げるわけじゃない。他の通貨の純度や価値はそのままだから、相対的に量の増えた通貨が安く扱われるようになる、ってわけさ」
     店主の経済学講義を聞き終え、晴奈はとても感心していた。
    「ふーむ……。なるほど、大変勉強になった。つまり戦争の影響で、粗悪なクラムが大量に出回っているから……」
    「世界的にクラム安が起こってるってわけだ。まあ、世界中どこでも使えるのは確かだし、今はこまめに、必要最低限だけ換えた方がいいかもね。
     幸い、央南連合はこの前戦争に勝って羽振りがいいみたいだから、玄銭も高レートで換えてもらえるはずだよ」
     話を聞くうちに、晴奈の脳裏に小さい時の記憶がぼんやり蘇る。
    (ああ、そう言えば父上も時折、『クラム安が激しくて貿易は儲けにならん』とか何とか言っていた気がするな。なるほど、そう言う意味だったのか)
    「ふむ……。ありがとう、店主。おかげでいい知恵を仕入れられた」
     晴奈はにっこりと会釈し――続いて鼻を鳴らし、眉をひそめた。
    「いささか焦げ臭いのだが、飯は大丈夫なのか?」
    「……あっ!?」
     そこで店主はようやく、調理場に鯖の煙が充満していることに気が付いたらしい。

    蒼天剣・世俗録 1

    2008.12.11.[Edit]
    晴奈の話、第164話。先行き、いまいち不安。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. エルスの剣を奪い逃げ去った北方の虎獣人、日上中佐を追い、晴奈は黄海から南西にある街、弧月に来ていた。 早朝、黄海で情報を集めたところ、それらしい集団が南西の街道へ走っていくのを見た者がいたのだ。 弧月は央南でも歴史ある街の一つで、あちこちに古い建物や遺跡がある。中には紀元前10世紀以上を裕に越えるものもあるそうだ...

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    晴奈の話、第165話。
    双月世界の経済情勢。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     何とか無事に出された焼鯖定食を食べた後、話好きの店主に色々と聞き込み、晴奈は世界情勢について学んだ。
     まず今、世界の命運を左右している戦争のこと。
     中央大陸の北中部にその勢力を誇る政治組織、中央政府が大火の傀儡であるとして、反大火姿勢を採る北方、ジーン王国が516年に宣戦布告。
     今なお北方と央北を結ぶ海――北海で、戦いが続いているのだと言う。

     続いて央南の隣、央中の情勢。
     以前に師匠から「狐と狼の世界」とは聞いていたが、店主はその中で最も力ある富豪、ゴールドマン家とネール家についてより詳しい話をしてくれた。この二大名家は現在、小競り合いを続けているらしい。
     昨今はネール家が密かに北方へ協力することで莫大な利益を上げており、それを良しとしないゴールドマン家は央北、つまり中央政府に対して大規模な貿易を展開していると言う。この二大富豪の競争が激化しているため、央中の経済は非常に活発化、加熱している。
     また、央南に玄銭があるように、央中にも地域通貨「エル」が存在する。央中経済に比例してエルもまたその価値を高めており、このこともクラム安、ひいては中央政府の弱体化に拍車をかけている。
     二大名家のケンカは、世界全体をも巻き添えにするほど激しいようだ。



    「央中もなかなか、立て込んでいるのだな」
    「ああ、それだけに胡散臭い奴らも良く、雲隠れするのにそこを選ぶ」
    「そうか……」
     店主の話に、晴奈は日上のことを考える。
    (もしかすれば、日上もそこに立ち寄るか……? いや、もしかしたら)
     晴奈に直感が働き、店主にこう質問した。
    「大将、この店に灰縞の『虎』が来なかったか?」
    「ん? うーん、虎獣人ねぇ。央南には、わりと多い人種だからねー。俺も『虎』だし。ま、赤縞だけど」
    「左目に眼帯をはめた、若い男なのだが……」
    「片目ねー……? ああ、そういやいたな、そんな客」
     店主の言葉に、晴奈は立ち上がり、問いつめる。
    「本当か! いつだ? この店に来たのか? どこへ行ったか知らないか?」
    「お、おいおいお客さん、いっぺんに聞かれても答えきれないよ~。
     えーとね、うん。来たのは一昨日くらい。兎獣人のやかましい女と、もう一人やかましい長耳と、あと熊獣人のでっかい男、それからいかにも胡散臭いフードを被った奴と、その虎獣人の5人組だったな。割と羽振りが良くて、結構儲けさせてもらったなー。
     そう言や話してた時に、『俺、央中にも女いるんすよ』とか、『しばらく遊んでくのもいいかなって』とか言ってたし、もしかしたら央中に行ったかもねぇ」
    「かたじけない、大将! おかげで奴の手がかりがつかめた!」
     晴奈は深々と頭を下げ、礼を言う。その様子を見て、店主がきょとんとする。
    「……お客さん、ワケアリだね。ま、一介の店主風情が口出しすることじゃないし、詳しくは聞かないさ。
     でも、まあ。お客さん美人だから、応援の意味を込めてサービスしたげるよ」
     店主は調理場から、ほこほこと湯気を立てる桃まんじゅうを持って来た。
    「さーびす?」
    「オマケ、ってことさ。食っちゃってくれ」



     店主のもてなしを受けた後、晴奈はまた街へと繰り出した。店主の助言に従い、手持ちの玄銭を、いくつか中央通貨のクラムに換えようとしたのだ。
    (……とは言え、どこで換えればいいのだ?)
     街を見渡しても、それらしい施設が見当たらない。と言うよりも、どこがそれを請け負っているのか、旅人になったばかりの晴奈には見当が付かなかった。
    「むぅ……」
     観光都市なので、世界中から人が集まってくる。そのためここでは基軸通貨、クラムを持っておく方が何かと便利であり、よってクラムを取り扱う施設が、どこかに必ず、あるはずなのだが――。

    「いらっしゃ……、あれ、お客さん?」
    「すまぬ……。クラム、どこで換えれば良いのだ?」
     侍の晴奈にはそれがどこであるか、分かるわけも無かった。



     見かねた食堂店主により、ふたたび講義が始まった。(ちなみ晴奈は授業料代わりに、桃まんじゅう2個と茶を注文した)
    「まあ、銀行ってのが世界中にあるんだ。ここが、玄銭とクラムを換金してくれる。って言うか、それが奴らの金儲けの方法の一つなんだ」
    「どう儲けるのだ?」
    「ま、さっきも言ったようにレートは変動する。今日1クラム5玄だったのが、明日には1クラム8玄になることもある。この時、今日1000玄を200クラムに換えて、次の日また玄銭に換えれば、どうなる?」
    「え、と……。1000玄が、200クラムになる。で、次の日1クラム8玄のレートだから、1600玄に?」
    「そーゆーこと。たった一日で600玄も儲けることができる。ま、次の日1クラム4玄になったりとか、逆の場合もありえるけどな。世界中のお金を取引して、その利ざやで儲かってる。
     ま、他に儲け方って言うと、預金だな」
     まるで先生と生徒のように、晴奈がぽん、と手を挙げる。
    「あ、それは分かる。人々から金を預かって、それを一時的に何らかの事業に回す。で、利益が出たらそれを銀行に還元して、差し引いた利益を自分たちの懐に……、と言うことだろう?」
    「そーそー、それだよ。でな、これとさっき言った両替の金儲けを組み合わせて、とんでもない稼ぎ方もしてるらしい。
     世界中に支店を持ってる銀行とかあるんだけど、あちこちからかき集めた金を使って両替する。さっきと同じレートの動きで、預金で集めた1億玄を今日、2千万クラムに換える。で、次の日玄銭に戻せば……」
    「6千万玄の儲け、か」
     晴奈は額の大きさに、目を丸くした。
    「ま、そんな感じだな。
     今の世界情勢はかなり流動的だし、レートの動きも激しい。この数年で何十億、何百億も稼いだり、反対に失ったりしてる奴は一杯いる。央南とか央北も戦争してるけど、『こっち』の方でも大戦争の真っ只中なんだよ。
     ま、ともかく。央中に行くなら気を付けなよ? 夕べまで大金持ちだったのに、次の日になったら一文無し、って事態も少なくないから」
    「ああ、うん」
     店主の壮大な話に、晴奈は若干呑まれ気味になっている。
    「んで、良かったら俺の友達が勤めてる銀行、紹介するよ。ついでに預金もしといてくれれば、そいつも喜ぶし」
    「はは、かたじけない」

    蒼天剣・世俗録 2

    2008.12.12.[Edit]
    晴奈の話、第165話。双月世界の経済情勢。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 何とか無事に出された焼鯖定食を食べた後、話好きの店主に色々と聞き込み、晴奈は世界情勢について学んだ。 まず今、世界の命運を左右している戦争のこと。 中央大陸の北中部にその勢力を誇る政治組織、中央政府が大火の傀儡であるとして、反大火姿勢を採る北方、ジーン王国が516年に宣戦布告。 今なお北方と央北を結ぶ海――北海で、戦...

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    晴奈の話、第166話。
    あの人とあの人の関係。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     店主に案内してもらい、晴奈は銀行にたどり着くことができた。
    「ほれ、ここが友達の勤めてる金火狐銀行、弧月支店だ」
    「金火狐?」
    「ゴールドマン家の通称だよ。一族みんな金毛の『狐』だから、そんな呼び名が付いたらしい」
    「ほう」
     その後、晴奈は店主の友人と会い、早速クラム交換と多少の預金を行った。
    「これで世界中の金火狐銀行で、金が引き出せるようになった。これで旅の途中、何万クラムもかばんに入れてうろつかなくて良くなったわけだ」
    「いやいや……。本当に、何から何まで助けていただき、ありがたい限りだ。
     あ、申し遅れた。私の名は黄晴奈。良ければ大将、お主の名前を伺いたいのだが……」
     店主はその仰々しい言い方に吹き出し、笑いながら自己紹介した。
    「ぶっ、ははは……。いやいや、ご丁寧にどーも。へーぇ、アンタがあの猫侍か……。
     俺は風木(カザキ)って言うんだ。また弧月に来ることがあったら、ぜひとも立ち寄ってくれよな」
     風木はにっこり笑って、晴奈の手を握った。



     風木と別れた後、晴奈は央中へ向かう旅支度をするべく、商店街を歩いていた。
     その途中、手に持ったクラム銀貨を眺めながら、思索をめぐらせている。
    (ふむ、この女性がクラムと言う名の由来か)
     クラム銀貨の表面には金額が、裏面には美しいエルフの女性が彫像されている。
     偽造防止も兼ねているのか、かなり小さな字で「クラム・タイムズ 双月暦35年の肖像を基に意匠作成 ……」などと彫られていた。
    (まずは登山具か。
     店主から聞いた日上の情報が正しければ、奴らは央中へ向かったはずだ。ここから央中へ向かうとなれば、あの黒炎教団の総本山、黒鳥宮のある屏風山脈を越えねばならぬ。
     ……彼奴らに因縁はないからすんなり通れるだろうが、私は散々、教団とやり合ってきた身であるからな。果たして通してくれるものだろうか)
     今後の道中を考え、晴奈の気は重くなる。
     ともかく登山具と山道の地図を買い、他に揃えるものは無いかと思案していると――しゃらん、と言う鈴の音と共に、自分に声をかけてくる者がいた。
    「あれ……? 晴奈ちゃん?」
    「え?」
     振り向くとそこには、かつて父に自分の道を示す時に、その(大きな)胸を借りたエルフの魔術師、橘小鈴の姿があった。
    「橘殿?」
    「やっぱり晴奈ちゃんだ。ひっさしぶりー」
    「お、お久しぶりです。一体何故、ここに?」
     小鈴はクスクス笑い、同じ質問を返す。
    「それはこっちの台詞よ。晴奈ちゃんこそ、何でココにいんの?」
    「そ、その……」
     口ごもる晴奈を見て、小鈴はぱたぱたと手を振ってさえぎる。
    「あ、いいのいいの、言いたくなかったら言わなくても」
    「は、はぁ」
    「あたし、ココの出身なのよ。あっちこっち旅して、久々に帰ってみようかなーと思ってココに来たら、晴奈ちゃんと会ったってワケ」
     と、ここで小鈴が何か思い付いたらしく、ポンと手を打った。
    「あ、そうそう晴奈ちゃん、お腹空いてない?」
    「え? えー、まあ多少、小腹は空いております」
    「それなら丁度いいかも。美味しいお店、連れてってあげる。あたしの兄さんがやってるトコなんだけどね」
    「ほう……。では、お言葉に甘えて」
     小鈴は嬉しそうに、晴奈の手を引いて促す。
    「そう来なくっちゃ! さ、行こっ」
     小鈴に手を引かれるまま、晴奈は市街地を北に上がっていく。
    (あれ……? ここはさっき、通ったような?)
    「こっち、こっち。あの道を右に曲がったトコ」
    「え」
     その先へ進んだところで晴奈は驚き、立ち止まる。小鈴が店の戸を開けたところで、店主の驚くような声が返って来た。
    「いらっ……、あれ? 今度はどうしたの、黄さん?」
    「ん? 晴奈ちゃん、兄さんと知り合い?」
    「まあ、その。……何と言うか、まあ」
     風木と小鈴のきょとんとした顔を見て、晴奈は気恥ずかしさを覚えた。



    「だははは……、まさか、小鈴と知り合いだったとはなー」
     風木は妹と晴奈を前にし、大笑いしていた。
    「まさか、一日に三度も同じ店に立ち寄るとは」
    「ホント面白い子ねー、晴奈ちゃんって」
     小鈴の言葉に、風木はまた笑い出す。
    「ぶ、くくく……。面白いのはお前だよ、小鈴。俺の上客、引っ張ってくるとはなー」
    「偶然よ、偶然」
     口をとがらせる小鈴を見て、晴奈も思わず、クスッと笑ってしまう。
    「それにしても、兄妹だとは思いもよらなかった」
    「『虎』とエルフだしね、顔もあんまり似てないし」
    「血、つながってんのになー」
     そう言ってまた、2人は笑う。
    「んで、旅はどうだった?」
    「うん、大変だったわー」
     小鈴はコキコキと首を鳴らしながら、しみじみと語る。
    「もーね、日上関係がうざいのうざくないのって!
     央中も央北も、酒場や食堂、喫茶店や宿でちょっと耳を傾ければすぐ、北方がどーの、北海でこーの……!
     持ってたクラムもどインフレで一時期ゴミみたいになっちゃうし、克が日上中佐をボコボコにしてなきゃ、絶対クラム安、止まってなかったわよ!」
    「日上が、やられた!?」
     晴奈は仇の情報に、猫耳をピンと立てる。
    「やられたっつっても1年前のコトだし、死んでないわよ。
     北海で王国軍と中央軍が衝突して、最初は王国側の日上中佐が大活躍してたのよ。で、ずっと王国軍が優勢だったんだけど、そこで中央軍が克を呼んで、日上を倒すように依頼したらしいのよ。
     んで、日上は左目を潰される重傷を負って敗走、王国側は北海の大部分から撤退。今は膠着状態が続いてるって話よ。
    ま、そんなだから風向きが変わってクラムの価値も大分戻ってきてるし、央中・央北を旅するなら、今が行き時かもね」
    「ふむ……」
     晴奈は懐から銀貨を取り出して机の上でコロコロと転がし、眺める。
    「まったく、世俗と言うのはややこしいな」

    蒼天剣・世俗録 3

    2008.12.14.[Edit]
    晴奈の話、第166話。あの人とあの人の関係。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 店主に案内してもらい、晴奈は銀行にたどり着くことができた。「ほれ、ここが友達の勤めてる金火狐銀行、弧月支店だ」「金火狐?」「ゴールドマン家の通称だよ。一族みんな金毛の『狐』だから、そんな呼び名が付いたらしい」「ほう」 その後、晴奈は店主の友人と会い、早速クラム交換と多少の預金を行った。「これで世界中の金火狐銀行で...

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    晴奈の話、第167話。
    まじゅつし こすずが なかまになった!

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     その後も小鈴から仇の日上について聞き出し、敵についておおよその事情がつかめた。

     日上風中佐、北方に帰化した央南人の孫で、虎獣人の男性。
     元は軍の諜報部で戦闘要員として活動していたが、後に軍の特殊強化訓練を経て、尉官、佐官と異例の昇格。中央政府との戦争で頭角を表し、対大火の急先鋒として活躍していると言う。
     事実、それまで誰も歯が立たなかったと言う「黒い悪魔」と互角に渡り合い、重傷を負うも大火を退かせることに成功し――小鈴によればこれは北方側の誇張であり、実際のところは大火が日上を倒したところで大火の興が冷めたらしく、そのまま「契約履行」として帰ってしまったそうだ――今や北方では、英雄として名が通っている。



    「何が英雄だ!」
     小鈴の話を聞き終えた途端、晴奈は憎々しげにつぶやいた。その様子を見た橘兄妹は顔を見合わせ、風木が尋ねる。
    「なあ、黄さん。アンタの旅の目的って、もしかして日上か?」
    「そうだ。彼奴は私の友人、エルスが持っていた剣を盗み、黄海から逃げたのだ」
    「ま、日上らしいっちゃ、らしい話ねー」
     小鈴の言葉に、風木もうなずく。
    「うんうん。日上中佐って北方じゃ英雄って言われてるけど、ぶっちゃけ大陸じゃ評判悪いもんな。
     無類の女好きで、暇さえありゃあっちこっちで口説いたり遊んだりしてるらしいし。奴が使ってる鎧にしても、ネール家から奪ったとか、言いくるめて譲り受けたとか言われてるし。
     あんまり、まともな人間じゃ無さそうだなー」
    「うーん……」
     と、小鈴は心配そうな顔で、晴奈に尋ねてくる。
    「ねー、晴奈ちゃん。もし日上に追いついたら、どーすんの?」
    「どうすると言っても……、奪い返すしか」
    「できると思う? 相手は克と張り合った実力を持ってんのよ?」
    「……うーむ。確かに問題無いとは言えません。(黒炎殿には戦わずして負けているし)ですが……」
     反論しかける晴奈を、小鈴は人差し指をピンと立てて制する。
    「勿論あたしも、晴奈ちゃんの噂は聞いてるわよ。19で焔流免許皆伝、黒炎教団との戦争でも大活躍した。すごいわ、確かにそう思う。
     でも、たった一人で立ち向かうには、あまりにも強い敵でしょ?」
    「それは、そうですが……。しかし、やらねばならぬのです」
     晴奈は強い語調で返す。
     それを聞いて、小鈴は「うんうん」と首を振る。
    「そー言うと思ったわ。良かったら、あたしが手伝ってあげるわよ。あたしもまだ、旅しようと思ってたしね」
    「本当ですか!?」
     思いもよらない小鈴の言葉に、晴奈は目を丸くした。
    「ホント、ホント。あたしもそれなりに腕には自信があるし、この杖がある限り負けたりしないわ」
     そう言って小鈴は杖をしゃらん、と鳴らす。
    「以前から思っていたのですが、その杖、相当な業物のようですね。何と言うか、強い力を感じておりました」
    「んふふ……、そりゃそうよ。この『橘果杖 鈴林』は『神器』なんだからね」
     風木も腕を組み、自慢げに首を振る。
    「橘家に伝わる家宝だ。そいつと小鈴の魔術がありゃ、並の兵士くらいじゃ相手にならん。
     ま、それに小鈴が付いてりゃ、黄さんも旅先で困ったりしないだろ。人間、そうそう『旅の賢者』や『白猫の夢』なんて言う吉兆、お導きに出会えたりしないからな」
    「賢者と、白猫……」
     脳裏にモールの憎たらしげな笑顔や、夢の中で会った「猫」の姿が蘇るが、残念ながらそれらの話については、聞く機会を逸してしまった。
    「見知らぬ土地への旅は慣れてる奴と一緒じゃないと、危険だからな。
     その点、小鈴が付いてりゃ超安心だぜ」
    「ってコトでよろしくね、晴奈ちゃん」



     その晩、晴奈は小鈴と風木の家、橘家に泊まらせてもらうことになった。
     晴奈は床に就く前、小鈴に尋ねてみた。
    「橘殿は、何故ずっと旅を?」
    「ん? まあ、この杖が理由かな」
     そう言って小鈴は、傍らに置いていた杖、「橘果杖 鈴林」を手に取った。
    「ずーっと昔にひいばあちゃんが、この杖をもらったのよ。ある人に貢献した、そのお礼ってコトで。
     この杖、さっきも言ったけどすごい杖なのよ。あたし一人じゃせいぜい、小石を飛ばすくらいしかできないけど、この杖があれば岩だって飛ばせる。
     ソレだけでも十分すごいけど、も一つこの杖だけが持つ、不思議な力があるの」
     そこで小鈴は言葉を切った。妙な間が置かれ、晴奈は困惑する。
    「橘殿?」
    「ま、持ってみて」
     橘はそれだけ言って、杖を晴奈に差し出す。晴奈は言われるがまま、杖を握ってみた。
    《……》
    「……む?」
     すると一瞬だが、声のようなものが聞こえた気がした。
    「聞こえた?」
    「は、い」
     ぎこちなくうなずく晴奈に苦笑しつつ、小鈴が続ける。
    「これが杖の、本当の力。意思を持っているのよ、杖が。
     旅好きな子でね、何年か、何十年かに一度、『連れてって』って夢に出てくんのよ。ソレを見たウチの人間が、その役目を務めるってワケ。だから、あたしは旅をしてるの。この杖を楽しませてあげるために、ね。
     あ、そうそう。実はね、この杖をくれたのは……」
     晴奈には何となく、誰がこの杖を作ったのか察していた。
     こんな「神器」を創れる人間は晴奈の知る限り、この世に一人しかいないからだ。



     晴奈は夢を見た。
     白猫の夢ではない。手首や足首に鈴を山ほど付けた、エルフの少女の夢だ。
    《こんにちはっ、晴奈》
    「こんにちは、……?」
     一体この子は誰なのだろうと考え、すぐに思い当たった。
    「杖、か?」
    《当たりっ。ちょっとだけ、話をしようと思ってねっ。
     昔、アタシを刀で思いっきし叩いたでしょっ? 痛かったんだよっ、あれっ》
    「あ」
     晴奈の脳裏に、小鈴と戦った時の記憶が蘇る。
    「そう言えばそんなことも……。大変、失礼した」
     杖はケラケラ笑い、手を振る。それに合わせて、手首の鈴がシャラシャラと鳴る。
    《まあ、謝ってもらうだけでいーよっ。これから一緒に旅するんだし、それだけ言っときたかったんだっ。
     よろしくね、晴奈っ》
     そこで目が覚め、晴奈は自然と笑みを浮かべた。
    (杖の夢、か。……ふふっ)
     笑っていると、小鈴の傍らにあった杖がちり、と鳴った。

    「それじゃ、元気でな」
    「うん、兄さんもお店、頑張ってね」
    「それでは、行って参ります」
     風木に別れを告げ、晴奈と小鈴は弧月を後にした。
     次の目的地は屏風山脈、その頂上部にある黒炎教団の総本山、黒鳥宮である。

    蒼天剣・世俗録 終

    蒼天剣・世俗録 4

    2008.12.14.[Edit]
    晴奈の話、第167話。まじゅつし こすずが なかまになった!- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. その後も小鈴から仇の日上について聞き出し、敵についておおよその事情がつかめた。 日上風中佐、北方に帰化した央南人の孫で、虎獣人の男性。 元は軍の諜報部で戦闘要員として活動していたが、後に軍の特殊強化訓練を経て、尉官、佐官と異例の昇格。中央政府との戦争で頭角を表し、対大火の急先鋒として活躍していると...

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    晴奈の話、第168話。
    克大火の昔話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「しつこい奴だ」
     大火は毒づきながら、その急坂を滑るように下る。いや、まさに立て板に水のごとく流れ落ちているのだ。飛翔の術、「エアリアル」の応用である。
     彼の背後から、いかにもと言った風体の戦士が追いかけてくる。大火とは違い、己自身の脚力をもって追っているのだが、魔術の達人である大火の強力な術に離されること無く、じりじりと追い上げている。
    「ただの人間では、ないな。……面倒だ。『テレポート』」
     呪文を唱えた途端、大火の姿は消え始める。追いかけていた男は一瞬動きを止めたが――。
    「『フォースオフ』! 逃がさんぞ!」
    「何……!?」
     消えかけていた大火がふたたび現れ、地面に着地した。
    「俺の術を破っただと?」
    「お前のやりそうなことは、すべてアレフから聞いている! 観念しろ、タイカ!」
    「アレフ? ……ああ、あのフードの男か? まったく何十年もかけて、くだらないことばかりしてくれるものだ」
     大火はまた毒づき、刀を抜いた。
    「そんなに相手をしてほしいなら、存分にしてやろう。……容赦せんぞ、リュークとやら」
     大火の体から、あの煤のような闘気が噴き出した。

    「く、……やるな」
     数時間後。
     大火は思わぬ劣勢に立たされていた。相手の力量を読み違えたのだ。
     左腕の肘から先が、無残に断たれている。敵のリュークが無理矢理に、素手で引き千切ったのだ。
    「度し難い馬鹿力だ。まさか『漆黒のコート』ごと、俺を千切るとは」
     リュークはコートの袖が絡まったままの大火の左腕を投げ捨て、勝ち誇ったように笑う。
    「さあ、そろそろ死んでもらうぞ……!」
    「フン。左腕を奪ったくらいで、俺に敵うと思うのか?」
    「思うさ。……さあ解体してやる、『黒い悪魔』!」
     リュークが叫び、両手を挙げたその瞬間――。
    「たーッ!」
     リュークの背後から、棍棒が飛んできた。
    「ぐあ!?」
     リュークの集中が一瞬、棍棒を投げた「狼」に飛ぶ。
    「だ、誰だ!? いきなり、何をする!?」
     その油断を、大火は見逃さなかった。
    「お前な。敵と対峙する、生きるか死ぬかの瀬戸際で……」
     残っている右腕で、後ろを向いたリュークの頭をつかむ。
    「な、何を」
    「……油断するような阿呆が、俺に勝てると思うな。『ショックビート』」
     リュークは一瞬ビク、と震え、耳、鼻、そして目と口から、血を垂れ流した。
    「百年早いぜ」

    「助かった。礼を言うぞ」
     10分後、自身の腕を魔術で完全に治した大火は、助太刀した「狼」に礼を述べた。猟師風のその狼獣人は、照れくさそうに笑みを返す。
    「いえ、そんな……、へへ」
    「一つ聞く」
     大火は使い物にならなくなったコートを脱ぎ捨てながら、狼獣人に尋ねた。
    「あ、はい」
    「何故俺の方を助けた? あの状況なら俺ではなく俺の敵に加勢したとしても、不思議は無いが」
    「えーと、そのー……、はは」
    「狼」はまた、恥ずかしそうに笑う。
    「何だ?」
    「あなたの方が、かっこよかったから」
    「クッ」
     思いもよらない答えに、大火は吹き出した。
    「クククク、ハハハ……、俺は人気俳優か? そんなことを言った奴は、今までお前だけだぞ」
    「いえ、でも。本当に、かっこいいですよ。何か、迫力あるし。超大物、って雰囲気がプンプンしてますもん」
    「ククク……」
     大火は初対面のこの狼獣人を、すぐに気に入った。
    「俺は克大火と言う。お前の名は?」
    「あ、はい。ウィリアム・ウィルソンと言います。あ、ちなみにオレの家系、皆W2個なんですよ。代々ずーっと」
     それを聞いて、大火はまた破顔する。
    「ククク……、まったく面白い奴だな、ウィリアムとやら」
     ウィリアムと呼ばれ、「狼」はチ、チ、と指を振る。
    「ウィルと呼んでください、カツミさん」
     狼獣人ウィルは、人懐っこそうに笑った。



    「……と、コレが黒炎教団の開祖、ウィリアム1世と克大火の出会いだそうよ」
    「ほう……。やはり何と言いますか、おとぎ話のようですね」
    「ま、そりゃねぇ」
     屏風山脈を登る道中、晴奈は小鈴から、黒炎教団の起源とされる逸話を教えてもらっていた。
    「んで、この山がウィリアムと克の出会った場所。
     元々ウィリアムはこの山で猟師をしていたんだけど、克と出会い、彼を助けたコトでその人生は一変。
     その後は克の親友として彼を支え続け、出会ってから10年後の双月暦340年、この山脈の頂上部に――」
     小鈴は杖で、山頂の黒い建物を指し示した。
    「あの黒鳥宮を建立し、黒炎教団を創設したの」

    蒼天剣・黒峰録 1

    2008.12.15.[Edit]
    晴奈の話、第168話。克大火の昔話。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「しつこい奴だ」 大火は毒づきながら、その急坂を滑るように下る。いや、まさに立て板に水のごとく流れ落ちているのだ。飛翔の術、「エアリアル」の応用である。 彼の背後から、いかにもと言った風体の戦士が追いかけてくる。大火とは違い、己自身の脚力をもって追っているのだが、魔術の達人である大火の強力な術に離されること無く、じりじりと...

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    晴奈の話、第169話。
    天空の霊園。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     晴奈は前に一度、大火に連れられて中に入り、その広さに辟易したことがあったが、外側から改めて眺めると、その巨大さが良く分かる。
     宮を囲む壁が、山の端から端まで続いているのだ。
    「山頂部でこの壁の長さと高さとは、驚嘆に値しますね。一つの街と言っても、過言ではない」
    「そうねー。何しろ屏風山脈の一角、黒狼山を丸々覆っているから。あたしも中に入ったコト無いけど、割と快適みたいよ。こーんな山のてっぺんなのにね」
     小鈴はぐるりと辺りを見回し、ため息をつく。
    (中に入れば黒炎殿やウィルのことが何か、分かるかも知れぬが……)
     晴奈もため息をつき、その考えを自ら却下した。
    (休戦したとは言え、焔と黒炎は仲が悪い。障らぬ神に祟りなし、だ。
     それに黒炎は密教と聞く。焔と関係の無い橘殿であってもすんなり入らせてくれるとは、到底思えぬ)
     晴奈の予想通り、黒鳥宮の入口には門番が2名、矛を持って立っており、目が合うと、彼らはギロリとにらんでくる。
     彼らの後ろにある扉も堅く閉ざされており、誰でも入れるような気配はまるで無かった。
    「どしたの、晴奈? 行きましょ」
    「あ、はい」
     晴奈はもう一度ため息をつき、その場から去った。

     黒鳥宮を過ぎた二人は、そのまま道を下っていく。
     やがて右手一面に、広々とした平原と、そこに林立する石碑群が見えてきた。
    「あれは……」
     小鈴が短く、答える。
    「お墓ね。教団の霊園ってトコかしら」
    「そう、ですか」
     そこでまた、晴奈は立ち止まった。
    「さっきからどしたの、晴奈?」
    「あ、いえ。……あの、戦争で戦った相手も大勢いるでしょうから、少し、参ってきます」
    「は?」
     目を丸くする小鈴に一礼し、晴奈は霊園に足を踏み入れた。
     風の強いこの山では、始終口笛のような風の音が、途切れること無く吹き続けている。
     その強い音はまるで――。
    (死者の囁きのようだ)
     ごうごう、びゅうびゅうと絶え間なく鳴り続ける風は確かに、誰かの話し声のようなざわめきをはらんでいる。
     晴奈は背筋にひやりと、冷たいものを感じた。
    (私を、拒んでいるのか)
     そう思った瞬間、急に風が強くなる。
    「わ……」
     その風に、晴奈がかぶっていた帽子が飛ばされる。
    「あっ」
     晴奈は帽子を追いかけ、霊園をさらに奥へと進んで行く。
     少し歩いたところで不意に風がやみ、帽子はすとんと地面に落ちた。
    「まったく。……本当に、死者のいたずらか?」
     体を屈めて地面に落ちた帽子を手に取り、ほこりを払う。
     と――。
    「あなた……、旅の方? ここで、何をしているの?」
     屈んでいた晴奈に、影が落ちる。
     晴奈は帽子を被って立ち上がり、前に立ったその人物に軽く頭を下げた。
    「いかにも、旅の者です。
     先の戦争で、央南側として戦っておりました。央南人は戦い、死んだ者に敬意を表する習慣がある故、一応の弔いをせねばと思い立ち、ここに足を踏み入れた次第です」
     前に立っていた、眼鏡をかけた「狼」の女性は、晴奈の言葉に複雑な顔をする。
    「そう。……そう言う気持ちなら、ここには来ないで欲しい。
     敵に弔われるなんて、彼らには耐えがたい屈辱だろうし」
     冷たくそう返され、晴奈は帽子を取って深々と頭を下げた。
    「失敬しました。あなた方がこの行為を冒涜とされるならば、速やかにここを離れます」
     と、帽子を取った晴奈の顔を見て、「狼」は驚いた様子を見せた。
    「あなたは……? どこかで会ったわね?
     ……そう、思い出した。テンゲンの、講和会議。大将さんの後ろに立っていらした方ね?」
    「え?」
     そう問われ、晴奈はこの女性が誰だったか記憶を探る。
     そしてすぐに、ある者の名が浮かんできた。
    「あなたは確か、……ウェンディ司教? ウェンディ・ウィルソン台下でしょうか」
     女性はやはり冷たい表情のまま、静かにうなずいた。

    蒼天剣・黒峰録 2

    2008.12.16.[Edit]
    晴奈の話、第169話。天空の霊園。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 晴奈は前に一度、大火に連れられて中に入り、その広さに辟易したことがあったが、外側から改めて眺めると、その巨大さが良く分かる。 宮を囲む壁が、山の端から端まで続いているのだ。「山頂部でこの壁の長さと高さとは、驚嘆に値しますね。一つの街と言っても、過言ではない」「そうねー。何しろ屏風山脈の一角、黒狼山を丸々覆っているから。あた...

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    晴奈の話、第170話。
    黒炎教団の「活動」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     困っている者を助けることも布教、つまり宗教組織の活動の一環である。
     黒炎教団も宗教組織であるから勿論、そうした救済活動を行っている。ただし「助ける代わりに何らかの寄進、もしくは入信を……」と言う名目の元に行われており、救済に対しはっきりとした見返りを要求する点は、他の宗教と大きく異なっている。
     こうした性格を持つためか商売事も手広く行っており、その質と手際も、大抵の店や商会と引けを取らない。



     宮内には入れないものの、山を少し下ったところには教団が運営する宿があった。
     陸路を利用するのは海路を利用できない者、即ち公的機関に目を付けられている者や、貧しい者が多い。そう言った者たちが集まると場は決まって雑然とし、きな臭くなるものだ――と、晴奈は思っていた。
     ところが――。
    (……ふむ? これは意外だった)
     確かに少し騒がしくはあるが、どこの席も落ち着いた雰囲気で、食事を楽しんでいる。
    「もっと騒々しいと思った?」
    「あ、いえ」
     ウェンディは近くの席に座り、コーヒーを注文する。
    「ここも教団の管轄だから、騒ぎは控えているのよ、みんな。騒げばうちの僧兵が黙っていないから」
    「なるほど」
     すぐに運ばれてきたコーヒーをすすりながら、ウェンディはこの飲み物について語る。
    「コーヒーはこの山系の特産物で、黒炎様も大のお気に入りだそうよ。猊下と話される時はいつも、口にされるの。本当にあの人は、黒い物が大好きらしくて。
     でもね、私たちは黒炎様のお姿を拝見したことが無いの。猊下は良く、『宮内を練り歩いていらっしゃる』と仰っているのだけれど」
    「ふむ」
     ウェンディは少し上を向き、大火についての想像を語る。
    「きっととても、恐ろしい姿をしたお方なんでしょうね。神話やおとぎ話では良く、悪鬼羅刹の如く描かれていらっしゃるから」
     実際の大火を見知っている晴奈は、ウェンディの認識と実像があまりにもかけ離れていることに――南海の島で見た、料理と茶を振る舞ってくれた彼の姿を思い出して――危なく笑ってしまいそうになった。
    「ふ、……ごほっ」
     慌てて咳をし、ごまかした晴奈を見て、ウェンディがじっと見つめてくる。
    「大丈夫?」
    「え、ええ。あ、それではいただきます」
     晴奈と小鈴も、コーヒーに口を付けてみる。
    「……ぅ」
    「苦かったかしら?」
    「あ、いえ。……熱くて」
    「ああ、そうね。『猫』だものね」
    「美味しいです、すごく」
    「それは良かった」
     晴奈はチラ、と横の小鈴を見る。小鈴は複雑な表情を浮かべており、いかにも苦そうにしている。
    「悪いけれど砂糖は無いわよ」
     顔をしかめる小鈴に対し、ウェンディはやはり冷淡ともとれる、素っ気無い態度を見せる。
    「存じてます。教義の一つですよね、確か。甘いものは厳禁、だとか」
    「ええ」
     ウェンディは晴奈に向き直り、眼鏡を中指で直しつつ、一際冷たい視線を向ける。
    「それで、コウさん。ウィルバーは、どうなったの?」
     鋭い目に見つめられ、晴奈も態度を堅くする。
    「どう、とは?」
    「2ヶ月近く前、あなたと勝負しに行くと言って離れたきり、彼は戻って来ない。
     弟は死んだの? あなたが、殺したの?」
    「殺してはおりません、が……」
     晴奈はどう説明していいか迷い、言葉を選びながら話す。
    「……分かりません。
     勝負の途中で、ウィルバーは、その、川に流されました。それきり発見されておらず、その、……死んだ、と言う可能性は、少なく、ないかと」
    「そう」
     ウェンディはそこでまた、眼鏡を直した。
     その後は静かに、3人のコーヒーをすする音だけが続いた。

    「コウさん」
     一足先にコーヒーを飲み終えたウェンディが、晴奈にまた、あの鋭い目を向けた。
    「何でしょうか」
     晴奈は半分ほど残ったコーヒーを置き、顔を上げる。
    「あなたの力量が知りたい」
    「力量?」
    「私の弟は粗暴な子だったけれど、確かに強いはずだった。
     あの子を惹きつけ、打ち倒したあなたの力を、私はこの目でじっくり見てみたい」
    「それは、つまり」
     ウェンディは眼鏡を外し、一層きつい視線を向けてきた。
    「勝負、仕合うと言うこと。私と勝負していただけるかしら」
     晴奈はコーヒーを飲み干し、はっきりと応えた。
    「望むところです」
     それを受け、ウェンディは席を立ちつつ、こう続けた。
    「勝負は今宵、6時。黒鳥宮の門番に、私からと言えば入れてくれるわ。中にある北修練場で待っているわ。
     あと、ここはサービスしておくわ。宿も無料で利用できるよう言っておくから」
     それだけ言って、ウェンディは宿を後にした。



     小鈴はぶすっとした顔で、ウェンディの態度を非難していた。
    「あの女、めちゃくちゃ冷たかったわね。あたしなんかほとんど無視されてたし」
    「確かにそうですね。ずっと私の方を見ていたような」
     ウェンディの口添えで借りた部屋で、晴奈は刀の手入れを、小鈴は杖の手入れをしていた。
    「ウィルバーって確か、10年くらい前に晴奈と戦ったあの『狼』よね。風のうわさではライバル同士だって聞いてたけど」
    「ええ。2ヶ月ほど前、彼奴と最後の一騎打ちになり、結果、先程話したように彼奴は川に流され、それきり消息が……」
    「そっか。……ソレであのお姉さんが仇を、かなぁ」
     小鈴のその言葉に、晴奈の猫耳がピク、と揺れた。
    「仇?」
    「でしょ?」
     晴奈はこの時始めて、全身に冷たいものを感じた。
    (そうだった……! そうだな、確かに。あの女にとって、私はウィルの仇なのだ。
     この勝負果たして、勝って良いものなのか?)
     晴奈の心にじわ、と迷いが生まれた。

    蒼天剣・黒峰録 3

    2008.12.17.[Edit]
    晴奈の話、第170話。黒炎教団の「活動」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 困っている者を助けることも布教、つまり宗教組織の活動の一環である。 黒炎教団も宗教組織であるから勿論、そうした救済活動を行っている。ただし「助ける代わりに何らかの寄進、もしくは入信を……」と言う名目の元に行われており、救済に対しはっきりとした見返りを要求する点は、他の宗教と大きく異なっている。 こうした性格を持つため...

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    晴奈の話、第171話。
    女戦士V.S.女戦士。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     時刻は6時になり、夏でも肌寒い屏風山脈の風が、より冷たく吹き始めていた。
     宮内に通された晴奈は、宮内の至るところで怒りと恨み、好奇の視線を向けられていた。焔に対する怒り。ウィルバーを初めとする、彼らの同胞たちを討った恨み。
     そして「なぜウェンディ卿が、この女を呼んだのだろうか?」と言う好奇の目である。
    (息が詰まりそうだ)
     晴奈はひたすら黙ったまま、ウェンディのいる北修練場へと進んでいった。

    「よく来たわね」
     北修練場に着いてすぐ、ウェンディが出迎えた。
     昼頃に見た司教の祭服ではなく、ウィルバーと同列の、高位の僧兵が身にまとう戦闘服を着込んでいる。
     そしてその脇には、矛が突き立てられていた。
    「あなたは焔流の剣士と言うことだから当然、刀使いね。私は矛を使うわ」
     ウェンディが矛を手に取り構えた瞬間、晴奈はぞっとした。
    (この殺気――相当な腕前か)
     晴奈も刀を抜くが、その身のこなしに精彩を欠いているのが、自分でもはっきり分かる。
     対するウェンディも晴奈の動揺を見透かしたらしく、侮った口調で尋ねられる。
    「どうしたの? 臆した?」
    「……まさか」
     晴奈はウェンディとの間を詰めながら、ぽつりと尋ねる。
    「何故、私をここに呼んだのです?」
    「言ったはずよ。あなたの力量を知りたいの」
    「それだけ、ですか?」
    「他に何があると?」
    「私を、ここに……」「ここに閉じ込めて、袋叩き?」
     晴奈の言葉を先読みして、ウェンディは笑う。
    「あはは、そんなわけ無いじゃない。
     確かにあなたは焔だし、敵よ。でも休戦した今、わざわざリンチする理由は無いわ。もしそんなことをして焔から恨みを買えば、また戦争になるかも知れない。そうなれば教団に多大な危険が及ぶことになる。
     黒炎教団員50万の命を取るに足らない私情で振り回し、無碍に扱うほど、私たちウィルソン家の人間のほとんどは、愚かでも残酷でも無いわ。
     だからコウさん、あなたの命は保障してあげる。……誇りまでは、保障しないけれど」
     そこで言葉を切り、ウェンディは矛を振り上げて襲いかかってきた。

     ウィルバーの戦い方を「烈」とするならば、ウェンディのそれは「轟」であった。
     手先だけではない、腕や肩、脚、腰と言った体全体の回転を加えることにより、一撃、一撃が強烈なうなりを上げて、防御を貫く。
    「が……ッ」
     攻撃を刀で受けるも、その衝撃はそのまま刀を通り抜け、晴奈自身に流れてくる。一撃受ける度に晴奈の体が一瞬浮き、押され、弾かれて、晴奈の体力を確実に削り取っていく。
    「ほら、どうしたの!?」
     ウェンディが体を大きくひねり、矛をぐるんと、縦に半回転させる。矛の柄がしなるほどの猛烈なその威力を、晴奈は余すところなくぶつけられた。
    「くっ、う……」
     自分より頭半分背の低い相手から到底出てくると思えないような、猛烈で鋭いその攻撃に、晴奈は翻弄されていた。
     だが、何度も得物を交えるうち、晴奈の心は次第に冷静さを取り戻していく。
    (ともかく、だ。ともかく、恨みつらみの勝負ではなかった、それは確かだ。ならば何も、気を使う必要は無い。
     遠慮も、配慮も、思慮も――慮ること、一切無用!)
     また、ウェンディの回転払いが来る。それが届く直前、晴奈は飛び上がった。矛はゴウ、と音を立てて空を切るが、晴奈はその上、空中でやり過ごす。
     矛をそのままぐるんと一回転させたところで、ウェンディがニヤッと笑う。
    「そう来なくちゃ、……ねッ!」
     平面的に流れていた矛が、今度は垂直に跳ねる。
     矛の先端がそのまま真上にいた晴奈へ向かい、伸びていくが――。
    「まだ、まだあッ!」
     晴奈は矛を刀で受け、その衝撃を上に逃がす形でいなす。
     晴奈の体はさらに上へ跳び、ウェンディの頭上高くへと舞う。
    「なッ……!?」
     晴奈の跳躍した距離はウェンディの予想を上回ったらしく、彼女の目が一瞬、点になる。
    「く、この……!」
     それでもウェンディは即応し、矛を頭上の晴奈へ向かって突き出す。その先端が晴奈に達しようかと言う、その瞬間――。
    「あなたの……」
     晴奈は刀の鍔元を矛の先とがぢ、とかみ合わせ、柄と刀身の背を持ってぐりっとひねる。
    「あ……っ!」
     刀と矛が絡まり、上に向かって伸ばしていたウェンディの手から、矛の柄が離れる。
     完全に空中に浮いた矛を伝って、晴奈はその柄を滑る。矛が地面に落ちたその瞬間、晴奈は柄を蹴ってウェンディとの距離を一瞬で詰め――。
    「……あなたの負けだ」
     文字通り、あっと言う間に決着は付いた。
     晴奈の刀が、ウェンディの首筋に当たっていた。

    蒼天剣・黒峰録 4

    2008.12.18.[Edit]
    晴奈の話、第171話。女戦士V.S.女戦士。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 時刻は6時になり、夏でも肌寒い屏風山脈の風が、より冷たく吹き始めていた。 宮内に通された晴奈は、宮内の至るところで怒りと恨み、好奇の視線を向けられていた。焔に対する怒り。ウィルバーを初めとする、彼らの同胞たちを討った恨み。 そして「なぜウェンディ卿が、この女を呼んだのだろうか?」と言う好奇の目である。(息が詰まりそう...

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    晴奈の話、第172話。
    晴奈のきもち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ウェンディが言った通り、晴奈はそのまま何事も無く、黒鳥宮の外へと退出できた。
    「晴奈っ」
     門前で待っていた小鈴が、心配そうな顔で駆け寄ってくる。
    「小鈴殿、ご心配をおかけしました」
    「大丈夫? ケガしてない? 変なコトされてない?」
    「心配ご無用。五体無事に帰ってまいりました」
    「そう、……良かった」
     と、ここまで晴奈を送ってきたウェンディが、二人の様子にため息をついた。
    「コウさん。あなたのことを、じっくりと観察させていただきました。
     技量は申し分無し。いいえ、それどころか感服しました。『エアリアル』も使わず、あのように宙を舞って戦う者がいるとは、思いもよりませんでした。
     そしてあなたの人柄も、決して悪いものでは無いと分かります。少なくともそんな風に心配される方が、悪人とは思えませんから」
    「え、と……、はぁ」
     晴奈はウェンディが何を言いたいのか見当が付かず、曖昧な返事を返す。その心中を見抜いたらしく、ウェンディはこう続けた。
    「あなたに恨みを向けることは今後、一切無いと約束します。いいえ、そもそも弟の件で恨みを誰かにぶつけると言うこと自体が、筋違いなのでしょう。
     先程も申し上げた通り、私たちウィルソン家は、大勢の教団員を庇護すべき立場にあります。ですから普通の家庭より、家族に対してかける情はどうしても薄くならざるを得ません。少なくとも私は、公における兄弟や親族たちとの関係は、他人のようでした。
     ウィルバーにきつく当たることも多く、その結果あんな風に、弟の性格をねじ曲げてしまったのかも知れません。
     ……ですが、これだけは確か。私たちは、多少なりともあの子を愛していました。早くに母を失ったあの子を、私たちなりのやり方で、愛情をかけたつもりでした」
     ウェンディは眼鏡を外し、晴奈たちから顔を背ける。既に辺りは暗くなっており、顔をはっきり見るのは難しかったが、それでも涙を浮かべているのは確認できた。
    「私が、原因なのです。ウィルソン家からあの子を勘当したのは、他ならぬ私。
     私がもし、普段からもっと優しい言葉をかけ、勘当などしなければ、あの子は死ななかったはず」
    「ウェンディ卿……」
    「……コウさん、あなたは知らないでしょうが、1年半くらい前から、あの子の話に良く、あなたが出てきていました。
    『セイナと言う猫獣人が、とても強いんだ』『セイナは焔の剣士でつっけんどんな奴だけど、本当にかっこよくって』『セイナがオレの相棒だったらなぁ』……、と。
     周りの上下関係が厳しく、友達のいないあの子にとって、あなたは唯一対等に語り合えた、親友同然の存在だったのでしょう」
    「……そうですか」
     晴奈は複雑な思いで、ウェンディの独白をただ聞いていた。
    「もし、焔と黒炎の間で争いが無く、今回の戦争も無かったなら――もしかしたら私は、あなたを義妹と呼んでいたかも知れませんね」
     ウェンディはそれだけ言って涙を拭い、黒鳥宮に戻っていった。



    「晴奈」
     宿に戻った晴奈は、小鈴と話をしていた。
    「はい?」
    「アンタはどうだったの?」
    「何がです?」
     小鈴は杖の鈴をいじりながら、いたずらっぽく尋ねる。
    「ウィルバー君のコト、好きだった?」
    「……分かりません。敵とは言え、憎からず思っていたのは確かです。でも、それが色恋の感情なのか、それは私にも度し難い」
    「そう」
     小鈴はまだ鈴をいじっている。
    「アンタさ、恋ってしたコトあったっけ」
    「……無かったと思います」
    「そっかー」
     鈴をいじる手が止まる。
    「あたしは、色々あったなー。
     ……ほら、エルフって若い時代、すっごく長いじゃん? あと15、6年はさ、同じように生きられるとしてさ、通算30年くらい、今の晴奈とカラダ的にはタメでいられるんだよね。
     ……だからさ、えっと、何言いたいかって言うと、えーと」
     また、鈴をいじり出す。
    「そんだけ時間があっても、あたしは全部、恋愛に使える気がすんのよ。ホント、恋愛ゴトは楽しいわよ。……ちょこっと、苦しい時もあるけどさ。
     断言しちゃうけどさ、アンタのその気持ち、やっぱ恋だと思うんだ」
    「そう、……でしょうか?」
    「絶対そーよ。ウィルバー君のコト思うと、楽しさと苦しさが一緒に来ない?」
     晴奈は自分の胸に手を当て、内省してみる。
    「……、そう、ですね。語り合ったり、戦ったりしていた時、本当に楽しかった。
     でも逆に、ののしり合う時、にらみ合っている時、何故だか苦しい気持ちにもなっていました。私は……」
     晴奈は顔に手を当て、ゴシゴシとこする。
    「……どうなのでしょう? やはり、恋、だったのでしょうか?」
    「あたしは、そうだと思う。ま、晴奈が『絶対違う』って言うなら、反論しないけど」
    「……」
     晴奈はそれきり、黙りこくる。
     しばらく様子を見ていた小鈴は杖を置き、優しくつぶやいた。
    「死んでないといいね、ウィルバー君」
    「……私も、そう願っています」
     日中、様々なことがあったその日の夜は、静かに更けていった。

    蒼天剣・黒峰録 終

    蒼天剣・黒峰録 5

    2008.12.19.[Edit]
    晴奈の話、第172話。晴奈のきもち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ウェンディが言った通り、晴奈はそのまま何事も無く、黒鳥宮の外へと退出できた。「晴奈っ」 門前で待っていた小鈴が、心配そうな顔で駆け寄ってくる。「小鈴殿、ご心配をおかけしました」「大丈夫? ケガしてない? 変なコトされてない?」「心配ご無用。五体無事に帰ってまいりました」「そう、……良かった」 と、ここまで晴奈を送ってきたウ...

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    晴奈の話、第173話。
    世界最大級の街。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     その昔、ゴールドマン家――いわゆる金火狐一族は央中の北東部、カレイドマインと言う街に住んでいた。
     その街には巨大な鉱脈があり、「ゴールドマン」の名は、黄金を初めとする莫大な量の貴金属を掘り出し、加工して売っていたことに由来する。
     ところが3世紀の終わり頃になって、その鉱脈が尽きた。金はおろか、錫や鉛すら出なくなってしまったのだ。鉱業を主軸産業としていた金火狐一族は新たな鉱脈を求め、カレイドマインを捨てた。
     そして移り住んだのが、カレイドマイン以上の金鉱が存在する砂浜の街――ゴールドコーストだった。



     高台に登った途端、晴奈の目が点になる。
    「お、……わ」
     黄海も、青江も、天玄も、黒鳥宮さえかすむほどの、巨大さ。
    (み、見えない)
     どこまで続いているのか、どこで終わるのか。端が、どこにも見当たらない。
     横にいた小鈴が、嬉しそうに笑っている。
    「ビックリした?」
    「し、しました」
     晴奈はその街のあまりの大きさに、絶句するしか無かった。
    「これが、ゴールドコースト……」

     晴奈がこれまで訪れたどの街よりも、ゴールドコーストは巨大で雑多な都市だった。
     まず驚いたのは、街を護る壁の存在。黄海などにもこうした街壁はあったが、それはもう少しくっきりと、街と、街の外とを区切っていた。
     ところがゴールドコーストの壁は、幾重にも重なって備え付けられ、その半分ほどが街に食い込んでいるかのように、ぶつりと断たれて立っていた。
    「この壁は何故、まばらに?」
    「壁を作るスピードより、街が成長するスピードの方が早かったのよ。
     何年もかけて壁を築いたトコで、その内側の街が収まりきらなくなって、もっかい壁を作り直してるトコに、また新たな都市計画が持ち上がって、……って繰り返しの名残ね」
    「ほう……」
     その一事だけでも、この街がどれほど栄えているのかが、晴奈には良く分かった。

     やがて二人は、一際ざわめく場所――市場にたどり着いた。
    「ココから市場になるんだけど、晴奈」
     小鈴はぎゅっと、晴奈の手を堅く握りしめた。
    「離れちゃダメよ。離れたら大人でも迷子になるからね」
    「は、はい」
     小鈴の言う通り市場の混み方は尋常ではなく、あちこちから来る人の波に呑まれそうになることが、何度もあった。
    「はいはい寄ってらっしゃい寄ってらっしゃーい」「わ、っとと」
     客引きに肩をつかまれる。
    「おねーさんおねーさん、可愛いアクセ入ってるよー」「い、いらぬ」
     アクセサリを無理矢理付けさせられそうになる。
    「ご飯食べてかない? 食べるだけ、お酒とかはサービスするから」「遠慮するっ」
     いかにも怪しげな店に連れて行かれそうになる。
    「……ぷは、やっと抜けたー」「ま、参りますね、これは」
     15分ほどで騒がしい場所を抜けた小鈴は、小さな飲食店に晴奈を連れて行った。
    「晴奈、ココなら」「ん?」
     店の奥に座り、小鈴がメニューを手に取った。程なくして店主と思われる、頭巾を被ったくわえ煙草の、赤毛の「虎」の女性が、二人の元にやってきた。
    「おう、久しぶりだねぇ小鈴。そっちの『猫』さんは?」
    「ココなら色んな情報、入ってくるわよ」「もしかして、ここは……」
     小鈴は店主に会釈し、晴奈に紹介した。
    「そう。コイツはあたしの従姉妹で、橘朱海(あけみ)って人。
     で、ココは食堂兼、情報屋」
    「情報……、屋?」

     食堂や酒場、宿、賭場など、人が集まって話をする場所には一つの「お宝」が発生する。それは即ち、「情報」である。
     商人であれば儲け話の、職人や傭兵であれば雇用口の、追う者、追われる者は互いの居場所の――情報はあらゆる職種、あらゆる人間にとって、資金や資材に並ぶ大切な資源である。
     だが不特定多数の人間がでたらめに集まる場所で発生するモノであるし、金銀などの現物的な資源と違って、そこへ行けば求めるものが必ず手に入るとは限らない。
     その不安定な需要・供給を少しでも安定させ、補完しようとするのが、情報屋である。情報屋は自分たちの経営する宿や食堂などで「誰が何をしている」と言う情報を集め、それを欲しがる者に販売することで「手数料」や「仲介料」として、利益を得ているのだ。

    「と言うワケで、このおねーさんに聞けば大抵の情報は売ってくれるわよ」
    「ほう……」
     晴奈は小鈴から情報屋について聞いている最中、虎獣人の朱海とエルフの小鈴とを見比べていた。
     しかし耳目の形も、背も違うため、二人が本当に近しい親戚なのかどうか、晴奈には判別しきれなかった。
    (似ている、と言えば似ているかもしれないが、……うーむ?
     橘家は人相の似ない人間が多いのか? 小鈴殿兄妹も、さして似ているように見えなかったし)
     と、朱海が二人に水を差し出しながら尋ねてくる。
    「で、ウチに連れてきたってことは何か、ワケアリか?」
    「そ、そ。日上中佐を追ってるのよ、晴奈」
    「ヒノカミ? ってあの日上か? また、けったいなヤツを……。ちょっと待ってな」
     朱海はそう返し、一旦厨房の奥へ消える。
     1分ほどして、朱海は小箱を抱えて戻って来た。
    「ほれ、これが日上関連のメモ。最新のヤツほど高いけど、小鈴の友達ってコトでオマケしたげるから」
     朱海は小箱を開け、卓上にぱらぱらと、メモの入った便箋を並べていく。
    「ふむ……。一番新しいのはいかほどでしょうか?」
    「んー、ピンキリになるけど、一番安いので200クラムかな」
     晴奈は財布を開け、所持金を確認する。
    「では、それを買ってみます」
    「はい、まいどっ」
     朱海は青い便箋を晴奈に手渡す。
    「他に欲しいものがあったら言ってくれよ」
    「あ、はい。
     ……ふむふむ、……ふむ、……、……むぅ」
     読み進めるほどに、晴奈の猫耳と尻尾、眉が垂れていく。
    「……これを、聞いてもなぁ」
     晴奈の様子を見ていた小鈴が、ひょいとメモを取って中を見る。
    「確かにゴシップなんか聞いてもねぇ」
     結局、晴奈は大枚5000クラムを支払って、もっといい情報を買うことにした。

    蒼天剣・繁華録 1

    2008.12.20.[Edit]
    晴奈の話、第173話。世界最大級の街。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. その昔、ゴールドマン家――いわゆる金火狐一族は央中の北東部、カレイドマインと言う街に住んでいた。 その街には巨大な鉱脈があり、「ゴールドマン」の名は、黄金を初めとする莫大な量の貴金属を掘り出し、加工して売っていたことに由来する。 ところが3世紀の終わり頃になって、その鉱脈が尽きた。金はおろか、錫や鉛すら出なくなってしまっ...

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    晴奈の話、第174話。
    日上追跡のための下準備。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     晴奈たちが5000クラムで得た情報は、次の通り。

     まず、日上の有する軍事力、「日上軍閥」の存在。
     元々、ジーン王国は大まかには山間部と沿岸部の二地域に大別される。王国の首都は山間部にあるのだが、それ故に沿岸部への影響力が弱い。
     そのため歴史上、何度も首都や王室の意向から離れて独断専行する軍の派閥、「軍閥」が発生・勃興してきた。
     そして今現在、日上を英雄視する者たちによって軍閥が結成され、沿岸部・ウィンドフォートに新たな基地を築き、我が物顔で振舞っているのだと言う。

     次に、日上の側近たちの存在。
     日上は軍閥の中から優秀な人材を集め、側近に置いていると言う。その数はおよそ10名にも満たないが、どれも一騎当千の兵であるらしい。
     中でも日上が参謀として外部から招きいれた洋巾(フード)の男、アランは一際異彩を放っており、その異様な見た目も相まって、「日上に与する悪魔なのでは」とするうわさも流れていると言う。

     そして、日上自身の情報。
     日上は若干20歳にして中佐、そして軍閥の宗主と言う、現在の地位を確立した。その実力は大火と数十分に渡って戦い抜くと言う偉業を成し――もっとも、結果的には片目を失うほどの重傷を負う、手痛い敗北だったわけだが――今や世界の軍事バランスに多大な影響を与えるほどの重要人物となっている。
     また、若くして多大な権力を得たためか、日常生活の面では非常に退廃、堕落しており、非常に好色な面を見せているそうだ。



    「……そして、その方面に詳しい関係者筋によれば、現在日上は央中にお忍びで滞在しているらしく、現ネール公国大公、ランニャ・ネール6世との熱愛も噂されていることから、ネール公国首都、クラフトランドを目指しているのでは……、ないだろうか、か。ふむ……」
     晴奈は地図を机の上に広げ、クラフトランドの位置を確認した。
    「ここ、が、ゴールドコーストで、そこから、北……、北西に、ふむ……、央中を、対角線上に端から端か。随分と遠いな」
    「そりゃ、『狐』の本拠地と、『狼』の本拠地だもん。伝統的に仲が悪い家同士だから、テリトリーも遠いのよ」
    「なるほど。小鈴殿、ここからクラフトランドまでは、どれくらいかかりますか?」
     小鈴は指で地図をなぞりながら、計算する。
    「えーと、んー、ココから北西のリトルマイン、……フォルピア湖で、ミッドランドを抜けて、んで、ココで関所が2つ、ソコからルーバスポートに立ち寄ってー……、うん。
     この街から船に乗って海路って方法もあるけど、バカ高いし管理も厳重だから、北方からお忍びで来てるよーなヤツが使う可能性は低いわ。陸路で進む方が、可能性高いでしょうね。
     んで陸路だけど、手続き的に一番早いのはココから北西の街に進み、さらに西へ進んだところで湖を越え、ソコから北上するルート。途中で関所が3ヶ所あるけど、警備も管理もぬるめだから、ちょこっと金さえ払えば簡単に進めるわ。
     このルートを取れば、問題なきゃ大体半月くらいでクラフトランドに到着するわ」
    「ふむ。では早速、追いかけましょう」
     席を立ち上がりかけた晴奈を、小鈴が引っ張る。
    「ちょい待ち、晴奈」
    「何です?」
    「今日はもう、日が落ちかけてるわ。慌てて行っても、あんまり進めやしないわよ。ソレより一泊して旅の疲れを取って、朝から出る方がいいわ」
     旅慣れた小鈴の指摘に、晴奈は素直に従った。
    「……確かに。疲れていないと言えば嘘になります。では今日はこの街で一泊、ですね」
    「うんうん」
     と、話を聞いていた朱海がニッコリ笑って、提案する。
    「ソレならさ、ウチに泊まっていきなよ。あんまり広くないけど、小鈴のよしみだ。
     お代は晴奈ちゃんの武勇伝で。アタシも聞いてるからね、『央南の猫侍』の武勇伝は」
     朱海の目がキラリと光る。明らかに商売人の目つきをしており、どうやら晴奈から聞いた話を情報屋として、どこかに売るつもりなのだろう。
    「はは……。私の、拙い話で良ければ」

     晴奈からの話を聴き終え、朱海はぺら、とメモを見せた。
    「締めて、12000クラムってトコだねぇ」
    「そんなにですか? 私が買った情報以上の額ですが、よろしいのですか?」
    「そんだけの価値があるからさ。
     そもそも猫侍サマの体験談だって時点で既にプレミアものだし、その中でも特に値が付きそうなのは、『黒い悪魔』と対峙したって時の話だね。
     克大火の目撃例は少ないし、話自体もちょっとした伝説じみてて面白い。売ってみりゃ、晴奈ちゃんに提示した数倍の値が付いてもおかしくない。
     いやー、いい話聞かせてもらったよ、ホント」
     満足げにうんうんと首を振る朱海を見て、小鈴がその頬をプニプニとつつく。
    「ちょっとー、ソレならもうちょっと色付けなさいよー」
     朱海は「鈴林」の鈴をピシ、と弾きながら答える。
    「えー、売れるっつったけども、ホントに売れるかどうかは分かんないしなー」
    「じゃ、マジで売れたらもうちょい分け前よこしなさいよ」
    「まあ、いいよ、うん。……10%くらい?」
     朱海の提示した率を、小鈴は「はっ」と笑い飛ばし、朱海の虎耳を引っ張る。
    「なーにが10%よ。提供元なんだし、もっともらわなきゃ。50%でどーよ?」
     朱海も負けじと、小鈴の長耳を引っ張る。
    「アタシが買わなきゃ、ただの思い出話じゃん。15%」
    「晴奈を連れてきたのは誰だっけー? 45%」
    「18」「40」「25」「35」「27」「30」
     小鈴と朱海はしばらくうなりあい、やがて同時に叫んだ。
    「28!」「28!」
    「よし! 商談成立!」
     がっちり握手している二人を見て、晴奈はため息をついた。
    (あ、あほらしい)
     人の「モノ」で皮算用をしている小鈴たちを放って、晴奈は街に出た。

    蒼天剣・繁華録 2

    2008.12.21.[Edit]
    晴奈の話、第174話。日上追跡のための下準備。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 晴奈たちが5000クラムで得た情報は、次の通り。 まず、日上の有する軍事力、「日上軍閥」の存在。 元々、ジーン王国は大まかには山間部と沿岸部の二地域に大別される。王国の首都は山間部にあるのだが、それ故に沿岸部への影響力が弱い。 そのため歴史上、何度も首都や王室の意向から離れて独断専行する軍の派閥、「軍閥」が発生...

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    晴奈の話、第175話。
    異邦人、晴奈。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     時刻は黄昏時になり、晴奈は黄金色に染まった街をぶらついていた。
    (『ごーるど』は、金のことだったな。で、『こーすと』は確か、湾岸だった。
     ゴールドコーストとは『黄金の湾岸』、か)
     街の名前をあれこれ類推しながら、晴奈は市街地を離れて港に向かう。
     港町出身のためか、このような海の見える場所に来ると、晴奈の心は何故か躍る。
    「ん……」
     港湾部も観光地の一部であるらしく、夕方と言うのに人が多い。市街地ほどではないが、それでも大分騒がしい。
    (流石に観光都市と称されるだけはあるな)
     港には遊覧用の船が係留されており、沖の方にはいかにも宴を催していそうな雰囲気の豪華絢爛な船が数多、泳いでいる。
    (本当に華やかな街だ。用事が済んだらまた、ここに来てみようかな)
    ――にぎやかで騒がしいところだったけれど、ついつい半年ほど、長居してしまったわね。晴奈、あなたももし旅に出ることがあれば、絶対行ってみた方がいいわよ――
     かつて師匠、雪乃が言っていた言葉を思い出しながら、晴奈は港を散策していた。



    「はぁ」
     ほぼ同時刻、晴奈がいる辺りからほんの十数メートル後ろ。
     茶色い髪と毛並みの狐獣人で、可憐な身なりの少女が、背後に金髪と黒髪の熊獣人2名を引き連れて港を歩いていた。
     少女はチラ、と後ろを向いて、もう一度ため息をつく。
    「……はぁ」
    「どうされたのですか、殿下?」「どこか具合を悪くされましたか?」
     殿下と呼ばれた少女は「熊」たちの方を振り向き、ため息をついた理由を遠まわしに説明する。
    「わたくしの後ろに背後霊がぴったり、憑いていらっしゃいますもの。気分も重くなると言うものですわ」
    「霊!? モンスターですか!」「一体、どこに!?」
    「熊」たちは少女を囲み、きょろきょろと辺りを見回す。
     二人の頭と勘の悪さに、少女はもう一度ため息をついた。
    「はぁ……。もう結構ですわ」
    「そうですか」「ご無事なようで」
    「旅をしている気分が、まったくいたしませんわ」
     少女は憮然とした顔で「熊」たちに向き直る。
    「ねえ、二人とも。少しの間、わたくしを一人にしてくださらないかしら?」
     その言葉に、「熊」二人はブルブルと首を振り、即座に却下する。
    「いけませんいけません!」「殿下の御身に何か遭っては一大事です!」
    「……そうでしょうね。そうでしょうとも」
     少女は二人から離れることを諦め、前を向いた。
    「あら?」
     少女の目に、この近辺では見慣れない姿の猫獣人が映った。言うまでも無く、晴奈である。
    「あれは?」
    「何ですか?」「どれでしょう?」
    「ほら、少し先にいらっしゃる『猫』の方。不思議な格好をしていらっしゃいますけれど」
    「ふむ」「確かに、妙な服ですね」
    「一体どこの国の方なのでしょう?」
     少女は晴奈に興味を持ち、近付いてみようとする。
     ところが「熊」二人が少女の前に立ち、行く手を阻む。
    「危ないですぞ、殿下!」「あのような怪しい身なりの者に近付いてはなりません!」
     二人の言い草に少女は面食らい、憤った。
    「何てことを言うのですか、あなたたちは? 普通に歩いていらっしゃるだけでしょう」
    「いいえ、あれは恐らく央南人!」「ゼンだのジンギだの、よく分からないものを崇拝する怪しい者共です!」
     金髪の方の熊獣人の説明に、少女は眉をひそめた。
    「あなたたち。『よく分からないから』と言う理由だけで何故怪しいと言い切り、遠ざかるのです? 分からないものなら、何でも悪だと言うのですか?」
    「いえ、そう言うわけでは」「我々は、ただ殿下の安全を……」
     今度は黒髪の熊獣人の言葉に突っかかる。少女のその口調と態度は、まるで母親が小さな子を叱るようだった。
    「安全ですって? あの方がわたくしに何かしてくると言うのですか?
     あなたたちはわたくしの周りにいる者が皆、わたくしを襲うと悪漢だとでも言うのですか!?」
    「いや、しかし」
    「まさか、あなたは道行く人を意味無く殴った経験でもあるのですか!?」
    「あ、ありませんが、その」
    「無いのでしたら何故、そんな失礼なことを考えるのです!? 自分以外は皆、悪逆非道の輩だとでも言うのですか!?」
    「い、いえっ」
    「他人をいたずらに貶めるものではありません! 反省なさい!」
    「は、はあ……」「それは、はい、まあ……」
    「『まあ』、何ですか?」
    「……失礼いたしました」「反省しております」
     二人を叱り飛ばしたところで、少女は晴奈の姿をもう一度見ようと前方に目を向けた。
    「……ああ、見失ってしまいましたわ」
     少女はとても、がっかりした声を出した。



     夕闇が深くなってきたので、晴奈はそろそろ朱海の店に戻ることにした。
    「えー、と。この道、だったか」
     市街地へ戻る道を思い出しながら、晴奈は辺りを見回した。
     と――。
    「……ん?」
     小さな「狼」の女の子が、既に閉店した店の前でうずくまっている。辺りはもう暗くなっていたし、その子は泣いているようにも見える。
    「……うーむ」
     そんな状況で放っておくわけにも行かず、晴奈はその子に声をかけた。
    「あー、と。一体どうした?」
    「え?」
     晴奈の予想通り、その女の子はべそをかいていた。
    「あ、あのっ、えっと」
    「迷子になったのか?」
    「う、うん」
     女の子はコクコクとうなずく。
    「名前は何と言う?」
    「プレア」
     晴奈はプレアの頭を優しく撫で、泣き止ませようとする。
    「そうか。プレア、家はどこだ?」
    「えっとね、その、あの」
     言葉が続かない。見たところ7、8歳程度であるし、よく分かっていないのだろう。
    「むう……。まあ、とりあえず一緒に来るか? 私の知り合いなら情報通だし、知っているかも知れぬぞ」
    「え、でも……。知らない人には、ついてっちゃだめって」
    「ふむ」
     困った顔をするプレアをじっと見ながら、晴奈は人差し指を立てた。
    「私の名は黄晴奈、旅の剣士だ。これで、プレアは私のことを知っているわけだ」
    「うん」
    「これなら、一緒に来られるかな?」
    「うん、分かった。ついてく」
     にこっと笑ったプレアに、晴奈は彼女のことがちょっとだけ、心配になった。
    (自分でやっておいてなんだが、こんな詭弁にだまされてはダメだろう……)

    蒼天剣・繁華録 3

    2008.12.22.[Edit]
    晴奈の話、第175話。異邦人、晴奈。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 時刻は黄昏時になり、晴奈は黄金色に染まった街をぶらついていた。(『ごーるど』は、金のことだったな。で、『こーすと』は確か、湾岸だった。 ゴールドコーストとは『黄金の湾岸』、か) 街の名前をあれこれ類推しながら、晴奈は市街地を離れて港に向かう。 港町出身のためか、このような海の見える場所に来ると、晴奈の心は何故か躍る。「ん...

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    晴奈の話、176話。
    夫婦喧嘩。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     晴奈はプレアを連れ、朱海の店に戻ってきた。
    「あ、晴奈ちゃん。おかえり」
     朱海がカウンターから身を乗り出し、声をかけてきた。
    「あれ? どした、その子?」
    「迷子になったようでして、放っておくのもまずいかと思い、連れてきた次第です」
    「あー、なるほどね。
     ……ん? キミ、もしかしてチェイサー商会さんトコの子か?」
     朱海の問いに、プレアは目を丸くしてコクコクとうなずいた。
    「なんで分かったの、おばちゃん?」
     おばちゃんと呼ばれ、朱海は憮然とした顔をする。
    「おば……っ!? ……コホン、おねーさんと呼びなさい、お嬢ちゃん。まあ、チェイサーとは商売柄、付き合いがあるしな。すぐ呼んできてやるよ。
     小鈴、店番頼むー」
     店の奥から小鈴が、のたのたとした足取りで現れる。どうやらうたた寝をしていたようだ。
    「ふあ、ぁ、……ん。はいはい、やっとくわ」
     朱海と入れ替わりに、小鈴がカウンターに立つ。
    「ふあー」
     立ちながら眠っているのではないかと思うほど、小鈴はうつらうつらと頭を揺らしている。
    「小鈴殿、起きていますか?」
    「ん、だいじょぶだいじょーぶ。起きてる起きてる。……ふあー」
     そうは言いつつも、見ていて心配になるほどフラフラしている。
    「……まあ、自分で大丈夫と言っているから、いいか」
     晴奈はとりあえず、店の奥にある居間にプレアを連れて行き、そこで朱海とプレアの親を待つことにした。プレアもようやく安心したのか、ほっとした表情を見せている。
    「何か飲むか、プレア」
    「うん」
     晴奈は小鈴に声をかけ、茶を出してもらう。
     まだ眠たげにしていた小鈴が運んできた茶を飲みながら、プレアは晴奈に色々と質問してくる。
    「セイナさんって、なんかへんだね」
     いきなりの言葉に、晴奈は目を丸くする。
    「ん? 変、とは?」
    「ほかの人と、ふくもしゃべり方もちがう」
    「ああ、それは私が央南の出身だからだろう」
    「おーなん?」
    「中央大陸の、南部地方だ。こことは大分、趣が違う」
    「へえー。ねえねえセイナさん、良かったらおーなんのお話、聞かせて?」
     晴奈は少し苦笑しながら、自分の故郷の話を聞かせた。
    (今日は何故こんなに、話をする機会が多いのだろうか……)
     話しながら、晴奈は何となくそんなことを考えていた。



     30分ほど後、朱海がプレアの親と思われる「狐」と「狼」の二人を伴って戻ってきた。
    (ん……? 確か、『狼』と『狐』は仲が悪いと聞いたが)
     一瞬晴奈はいぶかしがったが、その二人はすぐに、そのうわさが本当だと証明してくれた。
    「まったく本当に、ご迷惑をおかけして……。で、何でアンタ見てないのよ!」
    「狼」が「狐」にまくし立てる。
    「忙しいんだから、君がやれよ!」
    「狐」も怒り気味に答える。
    「そんなのあたしだって同じでしょ!?」
    「じゃ、何で僕に押し付けるんだよ!? やれよ、君が!」
    「ふざけたこと言ってんじゃないわよ! あたしが忙しい時、アンタがやる約束でしょ?」
    「聞いてないぞ、そんな約束……」「うるせえ! いいかげんにしろ、ピース、ボーダ!」
     ケンカを始めた二人を、朱海が怒鳴ってさえぎった。
    「子供の前でくだらないケンカすんなよ! それでも親か、お前ら!」
    「う……」「ご、ごめん」
     ケンカしていた二人は同時に、朱海に向かって謝る。
    「アタシに謝ってどうすんだ。謝るなら、あっちだろ?」
     朱海は憤慨しつつ、すっとプレアを指差す。プレアを見た二人はさらに、ばつの悪そうな顔をした。
    (……うん。師匠の言った通りだったな)
     晴奈はしみじみと、師匠の話を思い出していた。

    「本当に、ご迷惑をおかけしまして……」
     プレアの父親、「狐」のピースが深々と頭を下げる。続いて母親の、「狼」のボーダがセイナに会釈する。
    「助かりました、えーと……」
    「あ、黄晴奈と申します」
    「コウ、セイナ、さんですか。ひょっとして、央南の方?」
    「はい、そうですが」
     晴奈の返事を聞くなり、ボーダは嬉しそうな顔をして握手してきた。
    「あら、ホントに~! いやね、あたしたち央南人には思い入れあるのよ! ねっ、ピース!」
     ボーダの言葉に、ピースは腕を組みながらうんうんとうなずく。
    「ああ、本当になぁ、色々と思い出が……、っと」
     ピースは思い出したように、名刺を差し出した。
    「今度の件は、本当に助かりました。いつか恩返しさせていただきますので、こちら、連絡先を載せておりますので……」
    「いや、礼を言われるほどのことは、何も……」
    「いえいえ! 人さらいも少なくないこのご時世、幼い子を守ってくれる方など、なかなかいませんよ。私たちの大切な子供を助けてくれたのですから、何としてもお礼はしないと。
     私たちにできることがあれば、何でも仰ってください」
     顔を上気させてまくしたてるピースに、晴奈は戸惑いつつも固辞しておく。
    「は、はあ。まあ、その。また、何か用件が、できれば、と言うことで」
    「はい、是非!
     さあ、プレア。父さん、母さんと一緒に帰ろうね」
    「うんっ」
     プレアとピース、ボーダは手をつないで、そのまま帰っていった。
    「……心配だな」
    「ん?」
     ぽつりとつぶやいた晴奈に、朱海が振り返る。
    「あれほどの剣幕ですし、プレアが怯えやしないだろうか、と」
    「ああ、うん。ま、心配無いよ。チェイサー商会の社長夫婦のケンカっぷりは有名だけど、お互いに相手が好きで、できる奴だって認めてるからこそ、ケンカしてんだから。
     プレアもソレは分かってるさ」
     朱海はパチ、と晴奈に向かってウインクする。
    「じゃなきゃ、あんな風に手をつないで帰ったりしないって」

    蒼天剣・繁華録 4

    2008.12.23.[Edit]
    晴奈の話、176話。夫婦喧嘩。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 晴奈はプレアを連れ、朱海の店に戻ってきた。「あ、晴奈ちゃん。おかえり」 朱海がカウンターから身を乗り出し、声をかけてきた。「あれ? どした、その子?」「迷子になったようでして、放っておくのもまずいかと思い、連れてきた次第です」「あー、なるほどね。 ……ん? キミ、もしかしてチェイサー商会さんトコの子か?」 朱海の問いに、プレアは...

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    晴奈の話、第177話。
    朝のラッシュ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     その夜、とある宿にて。
    「はぁ……」
     港で晴奈を見かけたあの少女は、彼女の姿をぼんやりと思い出していた。
    (あの方……。遠めで見ただけでしたけれど、りりしい顔をしていたわ。何だかすごく、気になってしまいました。
     央南の方ではないかと、オルソーたちが言っていたわね。央南……、わたくしの知識では確か、『仁徳と礼節の世界』だと聞いたことがあるけれど、一体どんなところなのか想像も付かないわ。ジントクとかレイセツって、一体何なのかしら?)
     少女は部屋の外で立番をしている「熊」たちに聞いてみようかと思ったが、少し考えてみてやめた。
    (オルソーとグリーズでは、文字通り『話にならない』わね)
     少女はすっかり真っ暗になった窓の外を眺め、もう一度晴奈の姿を思い浮かべた。
    (もう一度、会ってみたいわ。でも、オルソーたちがそう簡単に許してくれるとも思えないし。
     ……そうだ! 朝早くにそっと宿を抜け出せば、二人は気付かないかも知れないわね。あの二人、わたくしの前では偉そうに『殿下のことは四六時中お守りしております!』なんて言っていたけれど、夜中に部屋の外を見てみた時、ぐっすり眠っていたもの。早朝ならきっと、知られずに抜け出せるわ。
     そのまま宿を出て、あの方を探しに行きましょ。……うふふっ)
     もう一度晴奈の姿を思い返し、少女は胸に手を合わせて微笑んだ。

    「……む?」
    「どしたの、晴奈?」
     小鈴と共に寝床を用意していた晴奈は、何かを感じてきょろきょろと辺りを見回した。
    「……いえ。今何か、呼ばれたような気がしたのですが」
    「そう? あたしには、何も聞こえなかったけど」
    「そうですか。……気のせい、ですね」
     晴奈は枕を置き、後ろで束ねていた髪をほどいた。
    「さて、寝ますか」
    「そーね。あ、そうだ。明日は早めに街へ出ましょ。結局、旅支度してなかったし」
    「承知しました。それでは、おやすみなさい」
    「はーい、おやすみー」



     ゴールドコーストは、眠らない。
     夜が更けてからも、歓楽街は依然騒々しくきらびやかだ。そして東の空が明るくなる頃、ようやくそこの灯りは消える。
     だがその1時間、2時間前には既に朝市が開かれており、もう2時間も経てば街は本格的に動き出す。
     まさに、不夜城と呼ぶにふさわしい街なのだ。

     朝になって、「狐」の少女は部屋を出た。彼女の思った通り、あの二人は部屋の前で爆睡している。
    (護衛に来た意味が無いわね、この二人は)
     二人を起こさないよう、少女はそっと廊下を進み、階段を下りる。
    「おや、お嬢さん」
     が、1階に降りたところで、店主に声をかけられた。
    「随分早いですね。よく眠れましたか?」
    「ええ、ぐっすりと」
     少女は一瞬動揺したが、平静を装って店主に応える。
    (どうしましょう? お店の方、こんなに早くから働いていたとは予想していなかったわ)
    「お付きの方は、まだ眠ってらっしゃるんですか?」
    「ええ。夕べは遅くまで、わたくしの部屋の前で立番してくれていたようですから」
    「ほうほう。……いやいや、物々しくて息苦しいでしょう、お嬢さん」
    「ええ、とても」
     店主には、前もって自分の素性を明かしてある。店主も職業柄、少女が抱く不満を把握しているのか、優しく、そして親切に振舞ってくる。
    「どうです? 朝少しだけ、お散歩してきては?」
     まさか店主の方から自由行動を提案されるとは思わず、少女は目を丸くした。
    「よろしいのですか?」
    「いやぁ、ウチに来た時からお嬢さん、すごく暗い顔なさってるんですもん。確か、グラーナ王国でしたっけ」
    「ええ……」
    「この『狐と狼の世界』じゃ、お国でも気苦労が絶えんでしょう。お国から離れていらっしゃるこう言う時こそ、羽を伸ばさなくちゃ」
     少女はじっと店主の顔を見て、それからぺこりと頭を下げた。
    「ありがとうございます。……それでは、少しだけ」
    「お付きの方にはうまく言っておきますから、気兼ねなくどうぞー」
     少女はもう一度頭を下げ、宿を抜け出した。

     一方、こちらは晴奈と小鈴。
    「やはり市場は、朝から活気がありますね」
    「ふあ……、そーねぇ」
     二人は朝の市場に、旅支度を整えに来ていた。
     朝早くに起きる習慣が身に付いている晴奈とは違い、小鈴はいつも眠たそうにしている。どうやら軽度の低血圧であるらしく、小鈴と旅をするようになってからずっと、晴奈が小鈴を起こしていた。
    「小鈴殿、荷車が……」
    「ふあー、……おっとと」
     向かってきた荷車と、危うくぶつかりそうになる。
     起こしてからずっとフラフラとしているため、晴奈は市場に来てからずっと小鈴の手を引いていた。
    「……んう~」
    「小鈴殿、人がっ」
    「ほえ?」
     眠気覚ましに伸びをした小鈴の腕が、後ろからやって来た者を突き飛ばしそうになる。
    「おわっ!?」
    「……あー、ごめんなさぁい」
    「気を付けろ!」
     危うく殴られそうになった商人らしき男は、小鈴を怒鳴りつけてそのまま歩き去る。
    「小鈴殿。先程からいささか危なげですが、どこかで休みますか?」
    「ふああ、あ……。だいじょぶ、だいじょーぶ」
    「本当ですか?」
    「うんうん、だいじょぶ。……ふああ」
     小鈴はもう一度、伸びをする。
    「……くう~」
    「きゃっ!」
    「ん? あ……」
     今度は人にぶつかってしまった。
     小鈴が振り向いた先には、頭を抑えてうずくまる茶髪の、「狐」の少女がいた。

    蒼天剣・繁華録 5

    2008.12.24.[Edit]
    晴奈の話、第177話。朝のラッシュ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. その夜、とある宿にて。「はぁ……」 港で晴奈を見かけたあの少女は、彼女の姿をぼんやりと思い出していた。(あの方……。遠めで見ただけでしたけれど、りりしい顔をしていたわ。何だかすごく、気になってしまいました。 央南の方ではないかと、オルソーたちが言っていたわね。央南……、わたくしの知識では確か、『仁徳と礼節の世界』だと聞いたこと...

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    晴奈の話、第178話。
    思いを馳せる。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「ゴメンゴメン、大丈夫?」
    「は、はい……」
     晴奈たちは静かなところまで少女を連れて行き、手当てをした。
     手当てと言っても額に小さなコブができた程度であり、今は濡らした手拭でコブを冷やしている。
    「あたし、朝が弱くて……」
    「いえ、大丈夫ですから。……あの、それよりも、あの」
     少女は晴奈の顔と服をじっと見て、なぜか頬を染めた。
    「……どうした?」
    「あの、昨日の夕頃、港の方を歩いていらっしゃいませんでしたか?」
    「ああ、歩いていたが。何故それを?」
    「実はわたくし、あなたのすぐ後ろにおりまして。珍しい格好をしていらっしゃったので、お声をかけようかと思っていたのですが……」
    「はあ?」
     少女はいきなり、晴奈の手をつかんできた。
    「あ、あのっ。わたくし、フォルナ・ブラウンと申します。よ、よろしければ、あなたのお名前を、お聞かせ願いたいのですけれど」
    「構わぬ、が……」
     晴奈は少女、フォルナの顔と、背後でぱたぱた揺れている尻尾を見て、首をかしげている。
    「……まあいい。私は黄晴奈と申す」
    「コウ・セイナさんですか。……りりしいお名前ですね、コウさん」
     この時、横で二人の様子を見ていた小鈴はいくつかの誤解・間違いに気付いていた。
    (この子、もしかして晴奈のコト、男だと思ってんの? 『りりしい』って……。いくら背が高くて、ちょっと声が低くて、ムネが無いからって、普通は間違えないでしょーに。
     あと晴奈、名字と名前、名乗る順番が逆っ。『コウ』が名前で、『セイナ』が名字だと思ってるわよ、この子。余計、女だって気付かれなくなっちゃうじゃん)
     呆れる小鈴に気付く様子も無く、フォルナは晴奈と会話を続けようとする。
    「あの、コウさん。よろしければ、あの……」
    「うん?」
    「わたくしと、あの、お茶でも」
     フォルナの言葉に、小鈴はたまらず吹き出した。
    「ぷ、くくく……」
     突然笑われ、フォルナはきょとんとしている。
    「あの、どうかなさいました?」
    「い、いやね、あの……」
     間違いを正そうとして、小鈴の遊び心がうずいた。
    (……あ、このまま訂正しないで二人のコトを眺めるのも、面白いかも)
    「あの……?」
    「……ん、ああ。まだ9時前だし、喫茶店開いてるのかなって」
    「あ、……開いているかしら?」
    「どうだろうな。……うーむ」
     晴奈と小鈴は通りの方を眺めてみたが、小売店、卸売店は開いていても、食堂や喫茶店は扉が閉まったままだ。
    「ま、開いてないみたいだから。代わりにさ、フォルナちゃん」
    「ちゃ、ちゃん?」
    「一緒にお買い物するって言うのは、どう?」
     ちゃん付けされたフォルナは目を丸くしていたが、小鈴の提案を魅力的に感じたらしく、すぐにコクコクと頭を振った。
    「は、はい! ご一緒させていただきます!」
    「あたしは、コスズ・タチバナ。よろしくねー、フォルナちゃん」
    「よろしくお願いいたします、コスズさん」
     小鈴は一応、晴奈に聞こえるように、央中式に名乗っておいた。
     だが残念ながら、この時の晴奈は気付くことなく、そのまま聞き逃してしまったらしい。



     晴奈と2時間ほど市場を回った後、フォルナは宿に戻ってきた。
    「おっ。お嬢さん、お帰んなさい」
    「はい……。ただいま、戻りました」
     宿に戻ったフォルナを、店主がにっこりと笑って出迎えた。
    「どうでした、朝市は?」
    「ええ……。とっても、活気がありまして。堪能、いたしましたわ」
    「そっかそっか、うんうん。いい気分転換になったみたいで何より、……お嬢さん?」
     フォルナの頬は赤く染まり、目は店主に向けられてはいるが、視線はどこか遠くに飛んでいる。
    「はあ……」
    「お嬢さーん?」
    「コウさま……」
     フォルナはフラフラとした足取りで、階段を上っていった。
    「……いい人に、出逢いでもしたのかな?」
     店主はニヤニヤしながら、その後姿を見送った。

     フォルナの部屋の前では、まだ護衛二人が爆睡している。
    「……本当に、役立たずね。わたくしがいなかったことも気付かないわね、きっと」
     部屋の中に入り、ベッドに横たわる。
    「はあ……」
     まぶたを閉じると、あの「りりしい」猫侍の顔が浮かんでくる。一目見た時から、フォルナはあの央南人に恋をしてしまったらしい。
    (コウさま……)
     心の中でつぶやくだけで、フォルナの心にかっと火が灯る。
    「もう一度、お逢いしたい……」
     元からフォルナは思ったら即、行動するタイプである。
     ゴールドコーストへ旅行に来たのも、本国、グラーナ王国における政争が疎ましくなり、少しでも息抜きしようと思い立ってのことである。
    (お姉さまもお兄さまも、やれ家柄だ、やれ資産だと、央中各地の金満家の方たちと無理矢理に結婚させられようとしているし、わたくしがこの街に来たのだって……。
     ああ……! 浅ましいこと! それよりもわたくし、もっと自分のために生きたいわ。そうよ、わたくしはお城のいざこざに巻き込まれるのは、もう嫌!
     そんな人生よりわたくし、あの方と……)
     そう思った時にはもう、フォルナは身支度を整えて部屋を飛び出していた。



     旅支度を整えた晴奈と小鈴は、朱海と別れの挨拶をしていた。
    「いやー、久々に話ができて楽しかったよ、小鈴。また用事済んだら、来てくれよな」
     街の外まで送ってくれた朱海に、小鈴は親指を立てて応える。
    「もちろんよ。また晴奈から、面白い話を送ってあげるわ」
    「はは、期待してるよ」
    「それでは、また」
     晴奈はぺこりと、朱海に頭を下げる。朱海は笑って、ポンポンと晴奈の肩を叩いた。
    「はっは、英雄サマがそんなかしこまらなくっていいよ。今度来た時は、もっと気軽に来てくれていーから。
     じゃ、またな」
     晴奈たちはもう一度頭を下げ、朱海の店を後にした。

     晴奈たちはすぐに街門を抜け、関所を通り、ゴールドコーストを後にした。とは言え、まだ街の喧騒は壁を越え、晴奈たちのところへ響いてくる。
    「改めて、騒々しい街でしたね。まだ、余韻がある」
    「そーね。最初っから最後まで、騒がしかったわね。……あの狐っ子とか」
    「いや、まったく。……終始手を握って、騒いでいましたからね」
    「見てて飽きなかったわ、ホント」
     街の思い出を語りながら街道を進むうちに、ようやく周囲が静まっていく。
    「……」
     だが、静かなその道に、晴奈は妙な物足りなさを感じる。
    「こんなに」
    「ん?」
    「こんなに、静かでしたっけ」
     小鈴はクスクスと笑い、晴奈に微笑みかける。
    「晴奈もあの街に惹かれた?」
    「……かも、知れません」
     後ろを向くと、あの黄金の街がまだ、小さく見えている。たった1日、2日いただけなのに、妙に寂しさが募ってくる。
    「また……」
    「ん?」
    「……また、行きましょう」
    「うん、そうね」
     晴奈と小鈴は正面に向き直り、クラフトランドへの旅路を急いだ。

    蒼天剣・繁華録 終

    蒼天剣・繁華録 6

    2008.12.25.[Edit]
    晴奈の話、第178話。思いを馳せる。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「ゴメンゴメン、大丈夫?」「は、はい……」 晴奈たちは静かなところまで少女を連れて行き、手当てをした。 手当てと言っても額に小さなコブができた程度であり、今は濡らした手拭でコブを冷やしている。「あたし、朝が弱くて……」「いえ、大丈夫ですから。……あの、それよりも、あの」 少女は晴奈の顔と服をじっと見て、なぜか頬を染めた。「……どう...

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    晴奈の話、第179話。
    おてんば恋姫の冒険。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ゴールドコーストを後にした晴奈と小鈴は央中北部の国、ネール公国への道を進んでいた。
    「もう一度確認しても、よろしいですか?」
    「ん?」
     晴奈が地図を眺めながら、小鈴に質問する。
    「ゴールドコーストを抜け、この街道を北上した後に、えっと……」
    「リトルマイン、ね。ゴールドコーストほどじゃないけど、ちっちゃい鉱山がある街よ」
    「はい、それでそのリトルマインを抜け、西の関所を越えて、次は湖を越える、でしたっけ」
    「そうそう。フォルピア湖を船で越えて、その真ん中にあるミッドランド島で一休み。んで、その後また船に乗って西岸に降りて、そのまま西へ進む」
    「そこには港がある、と」
    「うんうん。ルーバスポートって言う、ネール公国公有の港。そこで一泊して、そこから2日ほど北に進めば……」
    「我々の目的地、ネール公国の首都であるクラフトランドに到着する、と」
    「そーゆーコト。……コレで4回目だけどね、確認するの」
    「はは……、失敬。どうも、見知らぬ土地は不安なもので。それに……」
     晴奈は立ち止まって地図をたたみ、それから後ろをチラ、と見た。
    「……何なのか、一体」
    「ん?」
    「いえ……」
     晴奈は進む方向に向き直り、また歩き始めた。



    (み、見つかってしまったかしら)
     晴奈の後方、約20メートル後ろにいたフォルナは慌てて身を隠した。晴奈を男だと勘違いしたまま一目ぼれしてしまったフォルナは、護衛たちに無断でゴールドコーストを飛び出し、晴奈たちを追いかけていた。
    (……大丈夫、よね?)
     木の陰からそっと晴奈たちの様子を伺ってみると、二人は既に歩き出していた。
    (あら、急がなくては)
     フォルナは街道から若干それ、木々に姿を隠しながら晴奈たちの後を追いかける。フォルナの目には、晴奈の姿がまるで物語に登場する騎士の如く映っている。
    (ああ……! 何て綺麗な後姿でしょう!
     威風堂々として、それでいて『猫』らしい軽やかな足取り。上に束ねられた、真っ黒な長い髪。エキゾチックな異国のお召し物。そして優雅に揺れる尻尾!
     ああ、コウさま……!)
     晴奈が女だとは少しも疑わず、フォルナは勝手に妄想を膨らませていく。
     と、ここでようやく晴奈の横に並んで歩く小鈴に気付いた。
    (……あら? そう言えばあの赤毛のエルフの方、ずっとコウさまと一緒にいるわね。確か、コスズさんと言うお名前、だったような。
     お二人で、旅をされているのよね? ……まさか、コスズさんはコウさまの恋人? ……い、いえ。まだそうと決まったわけでは無いわ。もしかしたら単なる従者かも知れないし)
     フォルナの想いを知らない晴奈は、何の気なく小鈴と話をしている。
    「小鈴殿、リトルマインと言うのはどんな街なのですか?」
    「さっきもちょっと触れたけど、鉱山の街ね。
     屏風山脈西側には金や銀、その他色んな金属の鉱床が多いのよ。一番有名なのはゴールドコースト。その名の通り、金がザクザク掘れるトコだって言うのは前に言った通り。
     んで、リトルマインも同じように錫とか黒炭、亜鉛が採れるのよ。ま、ゴールドコーストみたいに貴金属は出ないから、そんなに人気は無いけどね」
    「ふむ。ゴールドコーストとは違って、落ち着いて過ごせそうですね」
    「そーね。あ、そうそう。ココもね、温泉あんのよ。鉱山近くの温泉だから、効能もけっこーあるらしいわよ」
    「ほう、温泉ですか」
    「硫黄とか燐も出るらしいから、ここ数年では鉱山よりもむしろ、温泉を軸にした観光業を押し出そうとしてるみたい。ま、今のところそんなに儲かってないみたいだから、ゆっくりはできると思うけどね」
     温泉と聞いて晴奈は昔、紅蓮塞で小鈴に出会った時のことを思い出した。
    「そう言えば昔も、紅蓮塞へ温泉目的でいらしてましたね」
    「あー、うんうん。あそこのお湯も気持ち良かったわぁ。お酒も美味しかったし」
    「ふむ。温泉に入ったら、酒でも飲みますか」
    「いーわねぇ、もう秋めいてきたし。ワインを熱燗にしてもらって、ホットワインをぐいー、っと」
     その言い方が5年前、紅蓮塞の温泉内で小鈴が見せた動作とまったく一緒だったので、晴奈は笑い出した。
    「ふふ、あはは」
    「ん? どしたの、晴奈?」
    「いえ、紅蓮塞の時も……」
     楽しそうに笑う晴奈と小鈴を見て、フォルナは焦る。
    (あっ、あっ……。あんなに楽しそうに笑っているわ。やっぱり、お二人は付き合っていらっしゃるのかしら?)
     そんな風に、木陰で気を揉んでいると――。

     フォルナは突然口をふさがれ、森の奥へと引きずり込まれた。

    蒼天剣・恋慕録 1

    2008.12.28.[Edit]
    晴奈の話、第179話。 おてんば恋姫の冒険。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ゴールドコーストを後にした晴奈と小鈴は央中北部の国、ネール公国への道を進んでいた。「もう一度確認しても、よろしいですか?」「ん?」 晴奈が地図を眺めながら、小鈴に質問する。「ゴールドコーストを抜け、この街道を北上した後に、えっと……」「リトルマイン、ね。ゴールドコーストほどじゃないけど、ちっちゃい鉱山がある街よ」「...

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    晴奈の話、第180話。
    金に目がくらむ愚か者たち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「!?」
     フォルナは何が起こったのか、そして何をされているのか把握できなかった。
    「むっ、むぐ!?」
    「うるせえ。静かにしやがれ」
     がっちりと口、肩、そして首をつかまれているため身動きが取れないが、背後から男の声がする。
    「騒ぐんじゃねえぞ」
     フォルナを捕まえているのとは別の男らしい声がする。フォルナはまだ状況が飲み込めず、しきりにうなる。
    「うー、うー」
    「俺の言ってることが分かんねえのか、お嬢さんよお?」
     男が一人、フォルナの目の前に回ってギラリと光るナイフを取り出す。
    「うぅ!?」
    「黙ってくんねーとよ、オシゴトできねーのよ」
    「……」
     ここでようやく、フォルナは状況を理解した――今、自分は襲われているのだと。

    「よしよし……」
     フォルナは盗賊たちに持ち物を奪われ、猿ぐつわを噛まされて木に縛り付けられた。
    「金は、クラムが現金で12000と。で、こっちはエル金貨2枚に、銀貨が、えーと……、62枚。なあ、今1クラムって何エルだっけ?」
    「確か、25か26」
    「いや、こないだ中央政府がかなりクラムを発行してたから、いいとこ22じゃねーか?」
    「そっか。……てことは、金貨が10000エル、銀貨100エルだから、合計26200エルで、割ることの……」
    「1200クラムってところだな」
    「じゃ、合わせて13200か。……ヒュー、金持ってたな、やっぱり」
     盗賊たちはフォルナの財布からジャラジャラと金を出し、ほくそ笑んでいる。と、盗賊の一人がフォルナの鞄から通帳を取り出した。
    「ん? これ、通帳か? えーと、お嬢ちゃんのお名前は、と……。『金火狐銀行 ブラウンガーデン支店 フォルナ・ブラウンテイル・グラネル』。
     ……へ?」
     通帳に記載されている名前を読み上げた瞬間、盗賊たちは凍りついた。
    「グラネル家って、アレ、だよな?」
    「あ、ああ」
    「グラーナ王国の、王家……」
     盗賊4人は一斉に、木にくくりつけたフォルナを見つめる。一人が立ち上がり、フォルナの猿ぐつわを取って質問する。
    「……聞くけどよ、お嬢ちゃん」
    「はい」
    「アンタの名前は、この通帳に書いてあるフォルナ・ブラウンテイル・グラネルでいいのか?」
    「ええ」
    「マジか?」
    「はい」
     盗賊たちは顔を見合わせ、たどたどしい口調で相談する。
    「つまり、これはあれか」
    「俺たちは、王族の、お嬢ちゃんを、縛り付けて、金も奪った、と」
    「い、いや。まだやってねえ。このまま離れりゃ、問題ない。多分。きっと。恐らく」
    「……でもよ、13000クラムだぜ?」
     その一言で相談の声がやみ、全員がもう一度フォルナの顔を見る。
    「……だな」
    「ほしいよな、13000」
    「13000あったらさ、しばらく遊べるよな」
    「それどころじゃねえぜ」
     盗賊の一人が、先ほどの通帳を手にとって調べている。
    「預金残高、1682798クラムだってよ」
    「ひゃ、168万クラム!?」
    「どっ、どんだけ遊べるよ?」
    「てめーは遊ぶことしか頭にねえのか。こんだけあったらよ、あっちこっちの事業債権がしこたま買えるぜ?」
    「他人の借金背負ってどうしようってんだよ?」
     盗賊の中で一番頭の良さそうな男が、ニヤリと笑う。
    「バーカ、借金ったって使い道は商売の元手だぜ?
     こう言う債権にゃ、配当ってもんが付くんだよ。オマケに優良債権を押さえときゃ、色んな理由つけて買いたいってヤツも出てくる。
     俺たちが安値で大量に仕入れて、後々奴らが一儲けすりゃ、それだけで10倍、20倍に膨れ上がる」
    「ひゃ、168万が10、いや20倍になるってのか!?」
    「計算してみろよ、3000万くらいにゃなるぜ」
    「……うっひょー」
     欲にまみれた男たちの妄想は止まらない。そして線の細い、弱気そうな男が物騒なことを言ってのけた。
    「3000万もありゃ、もうこんな薄暗いところで人を殺さなくてもいいんだよな……」
    「そうだ。今、王女様を手放してチャンスを逃し、人を襲い続けるか。
     それともたった一回、ここで手を汚すか」
     盗賊たちはそこで、しばらく黙る。フォルナは男たちの間に渦巻く狂気を感じ取り、恐る恐る声をかける。
    「あ、あの。お金がほしいのなら、差し上げます。国にも盗られたことは言いません。ですから、このまま解放して……」「お嬢さぁん」
     盗賊たちは一斉に立ち上がり、フォルナの顔を見つめた。
    「俺たちゃだまされてだまされて、色んなもん搾り取られてさ。こんな最下層にまで堕っこちたのよ」
    「今さらさぁ、『何もチクらないから』って言われてもさ」
    「信じる気にゃ、さーっぱりなれんのよ」
    「そう言うことでね。……せめて苦しまないようには、しておいてやるからな」
     盗賊たちは一斉にナイフを抜いて、フォルナを囲む。
     彼らの目は欲と殺人に対する倦怠感で、ドロドロに濁っていた。
    「ひっ……!」
     フォルナは短く悲鳴を上げ、目をつぶった。

    蒼天剣・恋慕録 2

    2008.12.29.[Edit]
    晴奈の話、第180話。 金に目がくらむ愚か者たち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「!?」 フォルナは何が起こったのか、そして何をされているのか把握できなかった。「むっ、むぐ!?」「うるせえ。静かにしやがれ」 がっちりと口、肩、そして首をつかまれているため身動きが取れないが、背後から男の声がする。「騒ぐんじゃねえぞ」 フォルナを捕まえているのとは別の男らしい声がする。フォルナはまだ状況が飲...

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    晴奈の話、181話目。
    女騎士のような。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     その時だった。
    「まだ20にも満たぬ少女を4人がかりで惨殺か。それだからお前らは堕ちるのだ」
     盗賊たちの背後から、鋭い一喝が飛んできた。
    「だ、誰だッ!?」
     盗賊たちは一斉に振り向く。フォルナも目を開け、声のした方を見る。
    「お前らに名乗るような下賎な名前など、持ち合わせて……」「コウさま!」「……」
     そこには口上を邪魔されて憮然としている晴奈と、後ろを向いて肩を震わせる小鈴がいた。
    「く、くっく……。晴奈、かっこよく登場したのに台無しね、……ぷふっ、くくく」
    「ま、まあ、いいです。……コホン」
     晴奈は刀を抜き、盗賊たちを威嚇する。
    「まあ、そこの少女に名乗られてしまったから、名乗っておく。
     私は黄晴奈。央南出身の旅の者だ。お前らの非道、許すわけには行かぬ」
    「ゆ、許さなきゃどうだってんだ」
    「大人しく投降し、縛に付けば命は助けてやろう。だが、私やその少女に刃を向けるとあらば……」
     晴奈は刀を正眼に構えた。
    「返り討ちにしてくれるぞ」
     この脅しだけで、盗賊4人の士気は大幅に下がる。百戦錬磨の晴奈と、4人がかりで弱者をいたぶる彼らとでは、勝負になるわけが無かった。
     だが――。
    「う、うるせえ! さ、さ、さ、3000万を諦めてたまるかってんだ!」
     いかにも粗暴そうな男が、ナイフを腰だめに構えて向かってきた。
    「……愚か者め」
     次の瞬間、男の顔をほとんど縦に割るように、晴奈の刀が走った。
    「ぎゃ、……ッ」
     向かってきた男はナイフを落とし、のた打ち回る。
    「致命傷では無い。が、今すぐ手当てをしなければ命に関わる」
     晴奈は残った3人に刀を向ける。
    「どうする? 来るか? それとも投降するか?」
    「……お侍さんよお」
     頭の良さそうな男が、すい、と前に出る。
    「こいつの言った通り、この子から3000万が取れるんだ。3000万だぜ? な、ここでさ、山分けしないか? アンタに1500、俺たちに1500。悪い話じゃねーよな?」
    「貴様の性根が最も腐っているな」
     晴奈は刀を構え直し、男に一歩詰め寄る。
    「この黄晴奈、金では買えぬ」
    「またまたぁ。どーせ俺たちを皆殺しにして、3000万独り占めする気だろ? 言っとくけどな、俺たちにゃまだまだ仲間がいるんだ。アンタが俺たち殺したら、そのうわさ広めるぜ」
    「何を馬鹿な」
     晴奈はもう一歩、間合いを詰める。
    「嘘や方便は通用しない。他に仲間がいれば、こうして刀を向けられている今、出てくるべきだろう? それにな、私の実家は央南随一の大商家だ。そんな金など、塵や芥に等しい」
    「それこそ嘘だろ? 何で大金持ちが、こんな森の中をテクテク歩いて……」
    「お前はとんだ愚か者だな。たった今、その少女が3000万を持っていると言ったばかりでは無いか」
     愚か者とののしった瞬間、男の顔色が変わった。
    「……んだと? 俺が、愚か者?」
    「そうでなければ何だと言うのだ。人を襲い金と命を奪うことを繰り返す――性根が捻じ曲がった愚者でなければ、とてもできぬことだ」
     この一言に、男は逆上した。
    「バカに……、バカにすんなーッ!」
     男はナイフを振り上げ、晴奈に向かって投げる。だが、晴奈は顔色一つ変えずに刀でそれを弾く。弾かれたナイフは回転しながら弧を描き、男の肩に突き刺さった。
    「ひっ……!」
    「そうやってすぐに怒り狂うのは、己が愚かである証拠だ。……さあ、どうする?」
     晴奈は残った2人をギロリとにらむ。2人は顔を真っ青にして、ナイフを捨てた。

     晴奈に刃向かい怪我をした2人は手当てを受け、そのまま縛られた。残った2人も同様に縛られ、街道の途中にあった小屋に放り込まれた。
    「外から戸を封じておく。後程警吏をよこすから、来るまでしばらく反省するがいい」
    「……」
     盗賊4人は魂が抜けたような顔をするだけで、晴奈の言葉には反応しなかった。
    「さてと、フォルナだったか」
    「は、はい」
     助けられたフォルナは、晴奈を見て縮こまっている。
    「何故、付いてきた?」
    「その、えっと……」
    「危険だとは思わなかったのか?」
     晴奈の口調は盗賊たちを威嚇した時とは違い、幼い子を諭すような、優しげなものに変わっている。
    「……考えておりませんでした」
    「無茶にもほどがある。このようなこともあるのだから、もっと考えて行動しなければ」
    「……クス」
     背後で小鈴が笑っているが、晴奈は構わず説教を続ける。
    「歳はいくつだ?」
    「16です」
    「16でこんな、人里離れた場所を一人でうろつくなど……」
    「……クスクス」
     なぜか、小鈴は晴奈が何か言う度に笑っている。
    「……何ですか、小鈴殿」
    「んふふ……、晴奈。あたし、アンタの子供の頃の話、雪乃から聞いてるんだけど」
    「え」
    「13歳で、黄海から飛び出して弟子入りを頼み込んだって言う……」
    「う……」
     偉そうに説教していた晴奈は、ばつが悪くなって赤面する。
     きょとんとするフォルナを見た小鈴は、フォルナに耳打ちした。
    「あのね、このコウさんは13歳の頃、街で出会った剣士に弟子入りするために、一人でこーんな山道を……」「聞こえてます、小鈴殿」
     晴奈は顔をしかめ、腕組みをしてそっぽを向く。
    「……それはまあ、確かに私にも、似た経験がありますけども」
    「気持ちも一緒よ? この子、アンタと一緒に旅がしたくて、ココまで付いてきたんだから」
    「あっ」
     小鈴に秘めていた想いをばらされ、フォルナも顔を真っ赤に染める。
    「私と旅を?」
     晴奈はけげんな顔をして、フォルナに向き直る。
    「何故?」
    「そ、その……、わたくし、あなたのことを、お慕い申しておりまして」
    「は?」
     この時小鈴にまた、イタズラ心が沸いたらしく、ニヤニヤしながらこう付け足してきた。
    「つまりね、フォルナちゃんは晴奈のコトが気になって仕方無いのよ。あんまり、かっこいいから。
     連れてってあげなさいよ、晴奈」
    「いや、しかし旅慣れていない者を連れて行くのは」
    「あら、それじゃこの森の中を一人で帰させる気?」
     そう言って小鈴は森を指差す。
    「む……」
    「いいじゃん。三人旅も楽しいわよ、きっと」
    「いや、楽しいとかそう言う問題ではなく、私は日上を……」
    「大丈夫だって。このまま進めばゴールドコーストへの便があるルーバスポートに行けるんだし、そこで送り返せばいいじゃないの。ソレまでは一緒に、ってコト。
     コレならアンタの邪魔にならないでしょ?」
    「ふむ」
     小鈴の提案を聞き、晴奈はうつむき考え込む。その間に、小鈴はフォルナにまた耳打ちした。
    「アンタもソレでいい?」
    「ええ。それまでにコウさまを惚れさせて、『離れたくない』と言わせてみせますわ」
    「アハハ、頑張って」
     二人がささやき合っている間に、晴奈は顔を上げ、同意した。
    「分かりました。ではルーバスポートまでは、一緒に行くと言うことで」
    「よしよし。……よろしくね、フォルナちゃん」
    「はいっ。よろしくお願いします、コスズさん、それから」
     フォルナは晴奈の手を取り、最大限とも言える満面の笑顔を見せ付けた。
    「よろしくお願いします、コウさま」
    「ああ、よろしく」
     晴奈は相変わらず、フォルナが自分に惚れているなどとは考えもしなかった。

    蒼天剣・恋慕録 3

    2008.12.30.[Edit]
    晴奈の話、181話目。 女騎士のような。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. その時だった。「まだ20にも満たぬ少女を4人がかりで惨殺か。それだからお前らは堕ちるのだ」 盗賊たちの背後から、鋭い一喝が飛んできた。「だ、誰だッ!?」 盗賊たちは一斉に振り向く。フォルナも目を開け、声のした方を見る。「お前らに名乗るような下賎な名前など、持ち合わせて……」「コウさま!」「……」 そこには口上を邪魔されて...

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    晴奈の話、第182話。
    お姫様、はじめての野宿。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     晴奈たちとフォルナが合流してから6時間ほどが経過し、流石に夕闇が濃くなってきた。
    「コレ以上は進めそうに無いわねー。今日はココで休もっか」
    「そうしましょう」
     二人の会話を聞いたフォルナは驚いた顔をする。
    「え? ここで、と言うと?」
     晴奈は地面を指差し、フォルナの問いに答える。
    「ここ、だ。野宿になる」
    「の、野宿、ですの?」
    「ああ」
     フォルナはきょろきょろと辺りを見回し、眉を曇らせる。
    「あ、あの。外ですわよ」
    「そうだが?」
    「そ、外でなんて……」「あのねーフォルナちゃん」
     小鈴が胸の前で腕を組み、フォルナに言い放つ。
    「あたしらの旅は野宿多いよ、徒歩で進んでるから。それが嫌ならー……」「い、いえっ! 大丈夫です!」
     フォルナはブンブンと首を振り、慌ただしく袖をまくった。
    「えっと、野宿の準備は、何をすればよろしいのかしら!?」
    「よーしよし。んじゃ、そこら辺に落ちてる木の枝、拾ってきて。しけってるのはダメよ。乾いてるヤツね」
    「はいっ」
     小鈴は晴奈にも同じ指示を送る。
    「晴奈も枝集めお願い。あたしは寝床確保するから」
    「承知しました」
    「さ、フォルナ。晴奈と一緒に集めてきて」
    「あ……、はい! 頑張ります!」
     フォルナは小鈴にぺこりと頭を下げ、晴奈の手を引く。
    「さ、コウさま! 一緒に集めましょう!」
    「あ、ああ」
     晴奈はフォルナに手を引かれるまま、森の奥へと入っていった。

     フォルナはずっとニコニコと微笑んだまま、晴奈の側を離れない。
    「コウさま、こちらの枝はどうでしょう?」
    「ああ、これなら使えそうだな。持っておいてくれ」
    「はい」
     フォルナはいそいそと枝をまとめる。
    「ねえ、コウさま」
    「うん?」
    「コウさまは、あの、……えっと」
     小鈴と付き合っているのか、と聞こうかと考えたが、率直に聞くのは少し怖い。
    「どうした?」
    「……その、独身、でいらっしゃいますか?」
    「は?」
     晴奈はけげんな顔をする。
    「まあ、独り身だ。想っている相手もおらぬ」
    「そうですか、良かった」
    「良かった? ……何が?」
    「あ、いえ。こちらの話ですわ」
     独身と聞き、フォルナは嬉しくなった。
    「あ、あのー」
    「なんだ?」
    「……コウさまって」「すまぬが、フォルナ」
     晴奈がうざったそうな顔を向けてくる。
    「様付けは勘弁願いたい。どうにも耳がかゆくなる」
     そう言って、晴奈は猫耳をカリカリとかいた。
    「あ、すみませんコウ……、さ、ん、でよろしいでしょうか」
    「単に、コウと呼んでもらって構わぬ」
    「あ、はい。……で、では、コウ」
    「なんだ?」
    「あの、コウはどのような異性が好みでしょうか?」
    「はあ?」
     晴奈がもう一度、けげんな視線を向けてきた。
    「先ほどからお主、妙なことばかり聞くな?」
    「あ、すみません」
    「……まあ、答えるのにはやぶさかではない。そうだな、どちらかと言うと、粗暴で荒々しい奴は好まぬ」
    「では、落ち着いた雰囲気の方が好み、と言うことでしょうか」
    「まあ、そうなる」
    「……わたくし、淑女として育てられて良かったと、今初めて教育係に感謝いたしましたわ」
    「……?」
     晴奈とはフォルナの想いに気付くことなく、そしてフォルナは晴奈の性別に気付くことなく、二人は微妙にずれた会話を続けていた。

     枝集めも終わり、二人は小鈴のところに戻ってきた。
    「おっ、おかえりー」
    「ただいま戻りました。これくらいでいいでしょうか?」
    「ん、よしよし。んじゃ早速、火を起こそうかなー」
     そう言って小鈴は鞄からマッチを取り出した。それを見たフォルナが、不思議そうな顔で質問する。
    「コスズさんって、魔術師でしたわよね?」
    「ん? そーだけど?」
    「魔術で、火を点けたりはいたしませんの?」
     小鈴は「あー」と声を出し、額をポリポリかいた。
    「あたし、火の魔術は苦手なのよ。得意なのは土と、風の術。後は幻術、そんだけかな」
    「そうなのですか。わたくしも少々魔術はたしなんでおりますけれど、あまり詳しくありませんので……」
    「まー、魔術は向き不向きがすっごく出るもんね。良かったら、あたしがちょっと教えたげよっか? こーゆー旅路で役に立つヤツとか」
    「よろしいのですか?」
     小鈴はマッチに火を点けながら、「いーよー」と返した。
    「……ん、よし。くすぶってきた。……えいっ」
     小鈴が早口で呪文を唱え、種火の点いたかまどに風を送る。空気を送られたかまどは、勢いよく燃え始めた。
    「よしよし、コレで野宿の準備は完了っと。んじゃ、ご飯の用意しよっか」
     晴奈は「はい」と短く答え、鞄の中から食糧を取り出した。

    蒼天剣・恋慕録 4

    2008.12.31.[Edit]
    晴奈の話、第182話。 お姫様、はじめての野宿。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 晴奈たちとフォルナが合流してから6時間ほどが経過し、流石に夕闇が濃くなってきた。「コレ以上は進めそうに無いわねー。今日はココで休もっか」「そうしましょう」 二人の会話を聞いたフォルナは驚いた顔をする。「え? ここで、と言うと?」 晴奈は地面を指差し、フォルナの問いに答える。「ここ、だ。野宿になる」「の、野宿、...

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    晴奈の話、第183話。
    歌劇団風な夢。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     夕食も終わり、三人はちょっと話を交わしてから、すぐに眠った。
    「寝冷えしちゃうといけないから、固まって寝ましょ」
    「あ、はい」
    「それでは、おやすみなさい」
     焚き火に向かって左からフォルナ、晴奈、小鈴の順に座り込み、毛布に包まって目を閉じる。
    「……すう」
     すぐに小鈴の寝息が聞こえる。
    「早いですね。旅慣れているからでしょうか」
    「いや、小鈴殿はいつでも寝るのが早い。しかも長くて、寝起きが悪い」
    「あら……」
     苦笑する晴奈を見て、フォルナもクスクスと笑う。
    「明日も多分、私が起こすことになる」
    「コウは寝覚めが良いのですか?」
    「ああ。睡眠自体も短い方でな、明日の4時には起きているだろう」
    「まあ……。わたくし、いつも起きるのは、早くても7時くらいですわ。よく、そんなに早く起きられますわね」
     驚くフォルナに、晴奈はまた苦笑しつつ返す。
    「13の時から、早寝早起きが習慣だからな。それも修行の一環だった」
    「へぇ……。サムライって、色んな修行がありますのね」
    「それは少し違うな」
    「え?」
     晴奈はフォルナに顔を向け、静かに語る。
    「私は侍の修行など、したことがない。やったのは、剣士としての修行だ。侍と剣士は似て非なるものだ」
    「どう、違いますの?」
    「剣士は単に、剣を学んだ者だ。侍と言うのは剣を学んだ上で、高い志と仁徳を得た者を言う、……と、私は思っている。
     単に剣術の腕があると言うだけでは、ただの乱暴者。そこに礼儀、仁徳、その他正しいと信じられる、誇ることができる心情が胸のうちに無ければ、侍とは呼べぬ。
     私は何度か、確かに剣の腕がある者と戦ったことがある。だが、侍と呼べる者はいなかった」
     そうして晴奈は、師匠と央南を旅した時に出会った道場破りの話や、抗黒戦争で戦った「魔剣」の話を聞かせていた。
    「……それでな、怪物たちを入れていた檻の間から、突然その剣士が、……おっと」
     話の途中で、晴奈はフォルナがすうすうと寝息を立てていることに気付く。フォルナは眠ったまま、晴奈の手を握っていた。
    「むにゃ……、コウさま……」
    「……おやすみ」
     晴奈も目を閉じ、護りは小鈴の杖、魔杖「鈴林」に任せて眠りに就いた。



     夢の中。
     フォルナは故郷、グラーナ王国の宮殿にいた。
    「殿下……」
     どこかで自分を呼ぶ声がする。
    「陛下がお呼びですぞ、殿下」
    「嫌ですわ。また、お小言でしょう?」
     フォルナはその声に応じない。
    「いいえ殿下」
     声は止まらない。
    「殿下にお会いしたい方がいると、陛下から託っております」
    「わたくしに会いたいと? どなたかしら?」
     フォルナは興味を持ち、その声のする方に歩いていく。
    「どのような方ですの?」
    「猫獣人の方です。央南人のようで……」
    「まあ!」
     フォルナの脳裏に晴奈の顔が浮かぶ。フォルナは思わずドレスの裾をつまみ、走り出していた(いつの間にか旅装から、おしとやかそうなドレス姿に変わっている)。
    「ただいま参りました、父上!」
    「おお、フォルナ」
     玉座の間に着くと、父と央南風の猫獣人が向かい合っていた。
    「コウさま!」
     フォルナが呼ぶと、その猫獣人はくるりと振り返った(なぜか振り返った瞬間、騎士風の鎧姿に変わる)。
    「ああ、フォルナ!」
     猫獣人はフォルナの元に向かい、フォルナをひしっと抱きしめた。
    「ああ、コウさま……」
     フォルナも猫獣人を抱きしめ、そのままじっとしていた。すると――。
    「さあ、婚礼の準備を!」
     父が大きな声をあげ、臣下の者に命じる(なぜか天帝教の教会内に場面転換。フォルナは花嫁風のドレスを身にまとい、猫獣人は純白の礼服を着ている)。
    「フォルナ殿下、おめでとうございます!」
     城の者たちが皆集まり、フォルナと猫獣人を祝う(なぜか教会の建物が、どんどん広くなっている。城内のものすべてを集めれば絶対に入りきらないはずだが、きっちりと収まった)。
    「ありがとう、みんな、ありがとう!」
     フォルナは(なぜか衣装換えしている。今度は真っ赤で、とても派手なドレスだ)涙を流しながら、祝ってくれた皆にお辞儀をする(またドレスが変わる。今度は優雅な青いレースがついている)。そこでとなりにいた猫獣人が、フォルナの手首をつかんだ。
    「え……」
    「さあ、フォルナ。夫婦の誓いを……」
     そう言って猫獣人(実際の晴奈よりもっと男らしく、それでいて耽美な顔立ちになっている)はフォルナの腰に手を回し、目を閉じて顔を近づけてきた(なぜか、なぜか……、辺りは色とりどりのバラの花で満ちあふれている)。
    「は、はい……」
     フォルナは顔を真っ赤にして(また衣装が変わる。今度はどこで知ったのか、央南風の振袖をまとっている)、猫獣人に顔を近づけ――。



    「わわわわわわ、ちょ、ちょい待ち! フォルナ、起きて起きて起きてーっ!」
    「……ふにゃ?」
     目の前5センチのところに、小鈴の驚いた顔があった。

    蒼天剣・恋慕録 5

    2009.01.01.[Edit]
    晴奈の話、第183話。 歌劇団風な夢。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 夕食も終わり、三人はちょっと話を交わしてから、すぐに眠った。「寝冷えしちゃうといけないから、固まって寝ましょ」「あ、はい」「それでは、おやすみなさい」 焚き火に向かって左からフォルナ、晴奈、小鈴の順に座り込み、毛布に包まって目を閉じる。「……すう」 すぐに小鈴の寝息が聞こえる。「早いですね。旅慣れているからでしょうか」「...

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    晴奈の話、184話目。
    ようやく気付いたお姫様。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「ふあ、あー……。ああ、ビックリした」
     小鈴はまだ眠たそうにしながら、焚き火を片付けている。
    「ごめんなさい、コスズさん」
    「まあ、悪気があってやったワケじゃないから、いーけど。ところで、晴奈知らない?」
    「コウですか? ……いませんね?」
     フォルナの隣で眠っていたはずの晴奈の姿が無い。小鈴は巫女服の袖から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。
    「今は、6時ちょい前か。んじゃ、朝の修行でもしてるのかな」
    「朝からですか?」
     目を丸くするフォルナに、小鈴はち、ち、と指を振る。
    「それが剣士ってもんよ。休日でも朝と昼、きっちり素振りしてるし」
    「へぇ……」
     感心しているフォルナに、小鈴はそっと耳打ちしてきた。
    「ね、フォルナちゃん」
    「はい?」
    「アンタ、『麦穂狐』よね?」
     小鈴の言葉に、今度は目を丸くする。
    「え、えっと」
    「アンタが盗賊に捕まってた時にさー」
     小鈴は時計を出した袖口から、今度は通帳を取り出す。
    「あ、それは……」
    「そ、アンタの通帳。あの盗賊たちが3000万なんて言ってたけど、実際の残高は170万弱だったわね。ま、あいつらが変な勘定回してたんだろーけども、それでも普通の小娘が持つ額じゃないわよ、コレは。それに名義が『フォルナ・ブラウンテイル・グラネル』になってるし」
     通帳をフォルナに返し、小鈴は話を続ける。
    「グラネル家、通称『麦穂狐(ブラウンテイル)』一族。その起源は黒白戦争の英雄、ニコル・ゴールドマン3世の子供たちの造反にさかのぼる。主要産業は小麦を初めとする農業で、央中・央北の小麦市場に強い影響を持つ。
     最近は豊作続きなのと、北方との戦争で物価が上がってるコトもあってかなり儲けてるみたいだけど、30年以上続くお家騒動はまだ収まる気配が無い。……で、間違いないかしら?」
    「……ええ。概ね、相違ありませんわ」
     フォルナは通帳をしまいながら、小鈴に答える。
    「現在国王の座に就いている父上は真面目で厳格な方なのですが、先王、つまり私の祖父は非常に好色な方だったそうで、正室、側室合わせて7人の子が生まれました。当然、ここに後継者争いが起こったのですが、その時は何とか長男であり、正室の子だった父上が王位を継ぎました。
     問題は、その次。父上ももうお年ですし、過去の後継者争いで対立した方たちはほぼ、自分が王位に就くことを放棄しています。その代わり、子供たちを就かせようとしていまして。各個に資産を蓄えたり、国内の主要産業と手を結んだりと、権益、利権を押さえようと画策しています」
    「んー、つまり経済的に優位に立つコトで、王様が崩御した後に起きるであろう後継者争いを有利に進めたい、ってワケ?」
    「その通りです。そして現在、傍家のいくつかは我々本家以上の財を蓄えている、と言ううわさも入るようになりまして。自分が亡くなった後の争いに不安を感じた父上は、央中各地の名家と太いパイプをつなぎ、対抗しようとしております」
    「あー、そこは聞いたコトあるわね。こないだもネール家の誰かと見合いしたとか、そんな話も聞いたわ。んじゃ、アンタがゴールドコーストにいたのも……」
    「ええ、一度お目通りをと言うことで。会ってはみたのですが、あまり品がよろしそうな方には見えなくて」
    「アハハ……。んでその帰りに晴奈を見て、惚れちゃったワケね」
     フォルナは顔を赤くして、コクリとうなずいた。
    「わたくし、本当にあの方のことをお慕いしているのです。あの方と添い遂げられるのならば、家や財産など惜しくはありません」
    「そっか……」
     小鈴は流石に、心がチクリと痛んだ。
    「(これ以上、だましちゃ悪いわよね)あのさ、フォルナちゃん……」
    「はい?」
     フォルナは顔を上げ、小鈴の目を見た。
     そこに晴奈が戻ってきた。やはり朝の日課、素振りを終えたところらしく、髪を解き、手拭で顔を拭いている。
    「ただいま戻りました」
    「あっ、晴奈」
    「え……?」
     髪を肩まで垂らした晴奈の姿を見て、流石にフォルナも気付いたらしい。
    「あれ、あの、……?」
     フォルナは半信半疑の顔で、晴奈に近付く。
    「どうした、フォルナ?」
    「……嘘でしょう?」
     フォルナは愕然とした顔で、晴奈の胸に手を当てた。
    「な、何を?」
     フォルナの手に鍛えられた筋肉の硬さと、男ではありえない脂肪の軟らかさが伝わる。
    「……ッ!」
     フォルナは顔を真っ青にして、晴奈の道着を無理矢理はだけさせた。
    「わ、わっ!? 何をする!?」
    「じょ……、じょ、女性では無いですかッ!」
     わずかながらも道着の胸元に見えた谷間を見て、フォルナは硬直した。
    「……お主、先ほどから一体何なのだ? わめくわ、剥くわ、……何を考えているのだッ!」
     晴奈も顔を真っ赤にしながら、道着を着直す。
    「わ、わたくし、何の、ため、に……」
     フォルナはそのまま、仰向けに倒れた。

    蒼天剣・恋慕録 6

    2009.01.02.[Edit]
    晴奈の話、184話目。 ようやく気付いたお姫様。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「ふあ、あー……。ああ、ビックリした」 小鈴はまだ眠たそうにしながら、焚き火を片付けている。「ごめんなさい、コスズさん」「まあ、悪気があってやったワケじゃないから、いーけど。ところで、晴奈知らない?」「コウですか? ……いませんね?」 フォルナの隣で眠っていたはずの晴奈の姿が無い。小鈴は巫女服の袖から懐中時計を取り...

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    晴奈の話、第185話。
    おうじょ フォルナが なかまになった!

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     フォルナはユラユラとした振動を感じ、目を覚ました。
    (え……?)
    「呆れましたよ、まったく」
    「ホント、ゴメンね~」
     すぐ前方で、晴奈と小鈴の声が聞こえる。
    「しかし、ずっと男だと思われていたとは」
    「今度からさ、ムネに詰め物しといたら?」
    「勘弁してくださいよ。動きにくい」
    「そーよね、アハハ」
     どうやら、晴奈がフォルナを背負ってくれているらしい。
    (コウ……。まさか、女だったなんて)
     フォルナはあまりのショックで、目を覚ましても動けないでいる。
     と、フォルナが目を覚ましたことに気付かず、晴奈がこんなことを言った。
    「しかしフォルナを見ていると、何だか心配になります」
    「なんで?」
    (何故ですの?)
    「小鈴殿も言っていたように、昔の自分に良く似ているからです。あの頃の私を省みると、よくもまあ情熱だけで旅立てたものだ、と呆れてしまう」
    (あら、ひどいわね)
     一向に背負ったフォルナの様子に気付くことなく、晴奈は話を続ける。
    「心配になると言いましたが、同時に何と言うか、守ってやりたい気持ちにもなりますね」
    「ふーん」
     フォルナは薄目で小鈴の方を見てみると、小鈴と目が合った。が、小鈴は何も言わない。
    「どうも私は、年下の者に弱いらしい。この子も何だか、妹のように思えてしまうのです」
    (妹、ですって?)
    「あー、うんうん。晴奈はお姉さんって感じだもんね」
     どうやら、小鈴はまた黙殺するつもりらしい。
    「ちょっとくらいなら、一緒に旅をするのも悪くないかも知れないですね」
    (わたくしも、コウが男だったら一緒に旅を、と思っていたのに)
    「あーら、日上を追うのに邪魔だなんて言ってたくせに」
    「ええ、まあ。……つくづく思うのですが」
     晴奈はため息混じりに答える。
    「やはり、旅の仲間は多い方がいい。一人で黙々と進むより、二人で。二人で淡々と進むより、三人で。
     フォルナの目が覚めたら、頼んでみようかと」
    (お断りよ。わたくし、あなたが男だと思ったからここまで来たのよ)
     フォルナは晴奈に分からないよう、ツンとそっぽを向く。
    (……でも)
     しかし背負われ、密着している背中からは、頼りになるぬくもりを感じる。
    (いいかも知れないわね。どうせ、お城での生活にうんざりしていたもの。それに、悪い人たちでは無さそう。
     そうね、楽しいかも知れないわ)
     フォルナはぎゅっと、晴奈の肩を抱きしめた。
    「ん? フォルナ、起きたか?」
    「あっ、……はい。降ろしていただけます?」
    「ああ」
     晴奈はそっとしゃがみ、フォルナを降ろす。
    「はい、コレあんたの荷物ね」
     フォルナは小鈴から荷物を受け取りながら、晴奈に声をかける。
    「コウ。……話は、聞いておりました。
     その、まあ、一緒に行きたいと言うのであれば、わたくしもやぶさかではありませんわ。付いていっても、よろしいかしら?」
    「ああ、こちらからもお願いする。よろしくな、フォルナ」
    「ええ、よろしくコウ。……でも、女性にしては妙なお名前ね?」
    「ああ、ソレなんだけどねー」
     小鈴が割り込み、晴奈に耳打ちする。3秒ほどで、晴奈の顔が真っ赤になる。
    「……そうでしたか。道理で」
    「どうしたのですか?」
    「あのね、このコウさんは名前と名字を逆に名乗っちゃってたのよ」
    「まあ」
     真相を聞き、フォルナは口に手を当てて笑い出す。
    「うぅ、不覚だ。作法を間違えていたとは。……早く言って下さいよ、小鈴殿」
    「クスクス……」
     小鈴は最後までイタズラ心たっぷりに、晴奈をいじっていた。

    蒼天剣・恋慕録 終

    蒼天剣・恋慕録 7

    2009.01.03.[Edit]
    晴奈の話、第185話。 おうじょ フォルナが なかまになった!- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. フォルナはユラユラとした振動を感じ、目を覚ました。(え……?)「呆れましたよ、まったく」「ホント、ゴメンね~」 すぐ前方で、晴奈と小鈴の声が聞こえる。「しかし、ずっと男だと思われていたとは」「今度からさ、ムネに詰め物しといたら?」「勘弁してくださいよ。動きにくい」「そーよね、アハハ」 どうやら、晴...

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    晴奈の話、第186話。
    軽くSな小鈴。

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    1.
     晴奈たちとフォルナが共に旅をするようになって、早3日目。
     2日かけて森を抜けた晴奈一行は現在、小高い丘を越えていた。
    「この丘を越えたトコが、リトルマインよ」
    「ふむ」
    「意外と早く着きますのね」
     小鈴は杖をつきながら、ゆっくりと坂を上っていく。
    「もう3日くらいかかるかなーと思ってたけど、意外にフォルナちゃん、脚が強いのね」
    「ええ。セイナほどではありませんが、わたくしも毎日運動していますもの」
     フォルナは晴奈の素性を理解してから、「セイナ」と呼ぶようになった。
    「それは感心だな」
     三人の中で最も体力のある晴奈は、何の苦もなく坂道を上っている。他の二人が額に汗を浮かべているのに比べ、晴奈は息切れすらしていない。
    「この分だと、大体あと1時間くらいで着きそうね。ちょうど、お昼時ってトコかしら」
    「美味しいご飯が、いただけそうですわね」
    「そうだな」
    「んふふー、それはどーかなぁ」
     同意する晴奈に対して、小鈴はニヤニヤしながら答えを濁す。
    「鉱山の近くにある温泉地だから、水はかなりの硬水よ。オマケに地下水の大半は炭酸入り。何にも考えずに飲んだら……」



    「ごぶ、ゲホッ!? し、舌が割れる!」
    「んひゃ、ひゃ、……鼻が痛ぁい!」
    「だーから言ったでしょ、んふふふ」
     リトルマインの南側に沸いていた炭酸水の鉱泉を見つけ、晴奈とフォルナは一気にあおってみた。結果は前述の通りである。
    「はー、はーっ、……くは、のどがただれるようだ」
    「涙が出てきてしまいますわ……」
    「あたしもちょっとくらいパチパチする程度の、軟水の炭酸水なら好きだけど、コレはやり過ぎよね。あたしも昔飲んでみて悶絶したわ。……んふふふふふ」
     小鈴は悶える晴奈たちを見て、口に手を当てて笑っている。
    「ひどい方、コスズさん」
     フォルナはハンカチを鼻に当てながら、グスグスと涙を流している。晴奈も腹と口に手を当てながら、げっぷを押さえようとする。
    「げふ、失敬。……ゲプ」
    「んふふふ、アハハハ……」
     二人の真っ赤な顔を見て、小鈴は笑い転げていた。
    「……くっくく、くく。あー、ゴメンねぇ、ホントに。おわびにさ、この街で美味しいご飯ご馳走したげるから」
    「げふ、……あるのですか?」
    「水が悪いと、グス、言っていたのに」
    「ま、普通に飲むのはきついけど、料理に使うと美味しいのよ、硬水って」
    「ほう、……げふ」
    「ま、付いてきて付いてきて」
     小鈴はまだ涙目の二人に手招きし、街の中心へと歩いていった。

     三人はリトルマインの食堂に入り、小鈴が注文する。
    「ミートソースのパスタ、3人前」
    「かしこまりましたー。ミート3、お願いしまーす」
     田舎に似合わない、フリルつきのエプロンをかけた短耳のウエイトレスがきびきびと注文をメモし、厨房へ指示を送る。
    「ぱすた、とは?」
    「麺類のことですわ、セイナ」
    「ほう。そばとか、うどんと似たようなものか」
    「ま、そんな感じ。ココはさっきの炭酸水を使って、麺をゆでてるの」
     晴奈とフォルナは先ほどの激痛を思い出し、揃って鼻を抑える。
    「それは……、また口や鼻が痛くなりそうな」
    「本当に、美味しいんですの?」
    「ま、食べてみて食べてみて」
     10分ほどして運ばれてきたパスタを見て、晴奈とフォルナは顔を見合わせる。
    「……」「……」
    「ほら、食べなって」
    「は、はい」「では、いただきます」
     二人は恐る恐る、パスタを口に運ぶ。
    「……あら?」「お?」
     ちゅるりと飲み込み、二人は目を輝かせた。
    「美味しい!」「驚いたな、確かにうまい」
    「でしょー? 硬水で麺をゆでると、超美味しいのよ」
    「へぇ……、知りませんでしたわ」
    「同じく。これほどうまいとは」
     晴奈はもう一口、パスタを口に運ぶ。と、そこで小鈴が唖然とした。
    「……晴奈ぁ。もうちょっと教えなきゃいけないコト、あるわね」
    「ずずー。……え?」
    「セイナ、音を立てては……」
     ズルズルと音を立てて麺をすする晴奈に、小鈴とフォルナは小声で注意した。
    「まずいのか?」
    「ええ」「うん」
     晴奈がふと店の奥に目をやると、先ほどのウエイトレスが背を向けて笑っていた。

    蒼天剣・湯治録 1

    2009.01.05.[Edit]
    晴奈の話、第186話。 軽くSな小鈴。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 晴奈たちとフォルナが共に旅をするようになって、早3日目。 2日かけて森を抜けた晴奈一行は現在、小高い丘を越えていた。「この丘を越えたトコが、リトルマインよ」「ふむ」「意外と早く着きますのね」 小鈴は杖をつきながら、ゆっくりと坂を上っていく。「もう3日くらいかかるかなーと思ってたけど、意外にフォルナちゃん、脚が強いのね」「...

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    晴奈の話、第187話。
    橘家の歴史と事業展開。

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    2.
    「ふむ……、色々あるのだな」
     晴奈は小鈴たちから小一時間ほど、食堂で央中の作法について講義を受けた。
    「あとセイナさん、フォークは握っちゃダメですよ。こうやって持つんです」
     相当暇なのか、途中から食堂の店員たちも加わってきた。
    「こう、か?」
    「そうそう」
     ウエイトレスが晴奈にフォークを持たせ、ニコニコと笑いながらうなずく。その様子を見ていた猫獣人のコックが珍しげな視線を向けてくる。
    「でも、サムライさんなんて初めて見たなぁ」
    「うんうん。央南出身って人はゴールドコーストとかで時々見かけますけど、ここまでコテコテした『いかにも央南人』って言うのは、あんまり見ませんね」
    「あら、あたしは? ホラ、巫女服よ、巫女服」
     袖をピラピラと振って主張する小鈴に、店員2人は揃って「うーん」とうなる。
    「いや、コスズさん央中語かなり話せるし、髪の毛真っ赤だし」
    「ピアスしてますし、目鼻立ちもはっきりしてますしね」
    「何て言うか、『央南かぶれの央中人』って感じ。巫女服姿だとなーんか、逆に浮いてるような」
    「えー、そお?」
     店員たちの反応に小鈴は苦笑いしている。
    「ま、確かにあたしのお母さんとひいおばーちゃん、央中の人だったし。まだそっちの血が濃いのかもしれないわねー。
     あ、そうそう、うちが情報屋始めたのも、ひいおばーちゃんがきっかけなのよね」
     央中作法の講義は橘家の昔話へと移っていく。
    「央南は今でも、央中とか央北にとっては別世界だしね。昔から色んな話、知りたいって人がホントに多くて。それを商売にできないかって、ひいおばーちゃんは一人で央南へ何度も渡航して、それで一財産築いたんだからすごい人よ、ホント」
    「ですよねー。何度聞いても、たくましい人だなって思いますよ」
     ウエイトレスは小鈴の話にコクコクとうなずいている。そこでフォルナが尋ねてみた。
    「あの、もしかしてコスズさん、こちらの方とお知り合いですの?」
    「あ、言ってなかったっけ? そ、知り合い。去年まで、朱海の店で働いてた子なのよ」
     小鈴に紹介され、ウエイトレスはもう一度頭を下げる。
    「コレットと言います。アケミさんのお店では、すごくお世話になってました。コスズさんとも、何度か会ったことがあります」
    「朱海から『リトルマインに行ったら、絶対ここで食べてけよ』って言われてたし、アンタらを招待したげようって思ってたのよ。いやー、美味しかったわホント」
    「ありがとうございます」
     コレットと隣にいたコックは同時に、嬉しそうに頭を下げた。その様子を見たフォルナが勘を働かせる。
    「もしかしてコレットさん、そちらのコックさんと一緒に?」
    「ええ、ボレロ……、彼がどうしても、故郷のここでお店を開きたいと言っていたので。アケミさんのお店にいた時から付き合ってたんです」
    「へぇ……」
     フォルナは胸の前で手を組み、うらやましそうにため息をついた。
    「素敵な話ですわね」
    「えへへ、まあ、はい」
     コレットは顔を真っ赤にしてうなずいた。

     この食堂で宿も営んでいると言うことで、三人はここに宿泊することにした。コレットは簡単な観光案内もしてくれた。
    「今はもう廃坑になってしまったところに、温泉が湧いてるんですよ。街の観光資源にしようって、こないだ整備されたところなので、良かったらコスズさんたちも入浴されてみてはどうでしょう?」
     コレットがニコニコと笑いながらバスローブや洗面器、スポンジなど入浴用のセットを用意してくれた。
    「あら、ありがと」
    「後で私も行きますね。良かったらもう少し、央南のお話を聞かせてくれますか?」
    「ええ、構いませんよ」
     晴奈もにっこりと笑い返し、入浴セットを受け取る。
    「それではまた、後ほど」
     フォルナも入浴セットを受け取り、コレットに軽く頭を下げた。

     三人は店を後にし、ほのかに暮れ始めた夕空の下をてくてくと歩く。
    「ああ……、涼しい風ですわね」
     旅装を脱ぎ軽装になった三人の間を、秋の風が吹き抜ける。
    「そうか、もう秋になるのだな」
    「いい時期に来たもんね、ホント。央南と違って、央中は春と秋が短いから」
    「旅をするには丁度良かった、と言うべきか。まあ、望んだ旅ではないのだが」
    「まあ、無粋ですわねセイナ。理由がどうあれ、旅は楽しまないと行けませんわ。……でないと、わたくしがここにいる意味がございませんわ」
    「はは、そうだったな」
     フォルナに軽く頬をつつかれ、晴奈は苦笑しながら応える。
    「これも何かの縁だ。存分に、楽しむとしよう」
    「そーそー、その意気その意気。とりあえず……」
     小鈴はぶら下げていたワインの瓶を、嬉しそうに掲げる。
    「温泉に着いたらコレちょこっとあっためて、ホットワインを」「きゅーっと、ですね」「そゆコト」
     三人はまた、クスクスと笑いあった。



     ところがこの後、思いもよらない事件が起きてしまう。
     どうもこの三人の中に、トラブルメーカーがいるらしい。晴奈、小鈴、フォルナは三人とも、そんな風に考えた。
     それが誰なのか、彼女らには結論は出せなかったが――ともかく、事件は起きた。

    蒼天剣・湯治録 2

    2009.01.06.[Edit]
    晴奈の話、第187話。 橘家の歴史と事業展開。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「ふむ……、色々あるのだな」 晴奈は小鈴たちから小一時間ほど、食堂で央中の作法について講義を受けた。「あとセイナさん、フォークは握っちゃダメですよ。こうやって持つんです」 相当暇なのか、途中から食堂の店員たちも加わってきた。「こう、か?」「そうそう」 ウエイトレスが晴奈にフォークを持たせ、ニコニコと笑いながらうなず...

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    晴奈の話、第188話。
    温泉とお酒をこよなく愛する女、小鈴。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「つーいた、ついたっ」
     温泉に着くなり、小鈴は嬉しそうに更衣室へと進んでいった。
    「イキイキしていらっしゃいますわね、コスズさん」
    「ああ。まったく本当に、旅を満喫している人だよ」
     晴奈とフォルナが更衣室に入ると、小鈴は既にタオル一枚の姿になっている。
    「ホラ、早く着替えた着替えたっ」
    (は、早い)
     晴奈たちは慌てて着ているものを脱ぐ。と、ここで小鈴がイタズラっぽく声をかける。
    「全部脱いで入らないよーに」
     晴奈は口をとがらせ、反論する。
    「承知しております。先程、じっくりと教わりましたから」
     晴奈も体にタオルを巻き、小鈴と同じ姿になる。その間に、小鈴は陶製のグラスとワイン瓶を手に浴場へと入って行った。
     2人になったところで、フォルナが話しかけてくる。
    「コスズさんって、温泉が好きなのかしら」
    「ああ、そうらしい。昔、私の修行場に来た時も、良く温泉につかっていた」
    「お酒もお好きみたいですわね」
    「なかなかの酒豪だ。あの人が酒に呑まれたところを見たことがない」
    「へぇ……」
     話しているうちに、浴場から小鈴の鼻歌が聞こえてきた。そしてふわりと、浴場で温められたワインの香りが漂ってきた。

     ワインの香りは浴場の外、廃坑の入口まで流れて行く。
     それは普通の人間には嗅ぎ取れないくらいの微弱な香りだが、外にいる兎やリスと言った小動物たちには感じられた。
     とは言え、酒の香りである。大抵の動物はうまい匂いだとは感じられず、かと言って嫌な臭いでも無い。特に反応することも無く、地面の草を食んでいた。
     だが突然、そこにいた動物たちは一様にビクッと震え、どこかへと逃げ去った。

    「ふんふふーん、ふふふふーん……」
     湯船につかった小鈴は上機嫌な顔で、ワインをグイグイと呑んでいる。
    「っはー、んまいっ!」
     既に瓶の中のワインは3分の2になっている。体を洗い終えた晴奈とフォルナが浴槽につかり、小鈴の横に座る。
    「楽しんでますね」
    「もっちろんよー。ホラ晴奈、アンタも呑んだ呑んだ」
     小鈴はグラスを手渡し、ワインをなみなみと注ぐ。
    「お、っとと」
    「さ、行っちゃいなー」
    「では……」
     晴奈はワインに口を付け、くいと呑む。
    「……ふーむ、じわりと来ますね。胃の中からほこほこと、体が温まる」
    「でしょ? コレはなかなかいいお酒よ」
    「へぇ……」
     晴奈の呑む姿を見ていたフォルナが、感心した声を上げる。
     それを見て、小鈴がニヤニヤしながら、フォルナにグラスを差し出した。
    「ホラ、フォルナちゃんも一献どうぞ」
    「え、でも、わたくしお酒、呑んだことが……」
    「あら、そーなの? ……んふふ、ソレじゃ今日がお酒の初体験ってワケね」
     小鈴はグラスを半ば無理矢理に渡し、晴奈にやったのと同じように、ワインをたっぷり注ぎ込む。
    「ほれほれ、呑んじゃいなって」
    「は、はい。それでは、……えいっ」
     フォルナは困った顔でグラスと小鈴の顔を交互に見ていたが、やがて意を決したように、ぐいっとあおった。
    「……んにゃあぁ」
     そしてすぐに、涙目になる。
    「だ、大丈夫かフォルナ?」
    「エグ味があって、変な匂いですわ……。何と言うか、その、ブドウが腐ったような……」
    「ま、ワインはブドウを醗酵させたもんだしね。まだちょっと、早かったかな」
    「い、いえ。……もう少し、味を見させていただいてもよろしいかしら?」
    「お?」
     フォルナは苦そうな顔をしながらも、グラスを差し出してきた。
    「美味しい気もしないではありませんので」
    「だいじょぶ?」
    「ええ、何とか。……さあ、お願いします」
    「んじゃ、注ぐけど」
     小鈴は多少心配そうな様子を見せつつも、フォルナに2杯目を注ぐ。
     それをフォルナがもう一度、一気に飲み下す。その仕草を見た小鈴が、「ちがうちがう」と声を上げた。
    「フォルナ、お酒はそーやって呑むもんじゃないわよ。もっとゆーっくり、味わって呑まなきゃ」
    「そ、そうなのですか? でもセイナはさっき、こうやって呑んでいたような」
    「いや、そーじゃなくて。そんな『これから死地に飛び込みます』みたいな顔で呑んじゃダメだってば。お酒に失礼よ」
    「あ……、はい」
     小鈴にそう注意され、フォルナは3杯目をゆっくりと口に含む。
    「……あ、いい香り、かも」
    「舌、慣れてきたかな?」
    「ふぁい……」
     フォルナがおかしな返事をしたので、晴奈と小鈴は同時にフォルナの顔を覗き込んだ。
    「ろーいたしましらろ、せいな、こすずさん?」
    「酔ってるわね。呂律がグチャグチャ」
     小鈴の指摘にうなずきつつ、晴奈は立ち上がった。
    「私、先に上がってフォルナを運んでおきます。放っておいたら、湯船に沈んでしまう」
    「そーね。お願い、せ……」
     頼みかけて、小鈴は口をつぐんだ。
    「どうしました?」「しっ」
     小鈴は浴場の、いや、温泉の入口に注意を向けている。それを見て、晴奈も同じように外の様子を伺う。
     夕暮れを強く感じさせる虫の声に混じり、人間大の「何か」が四足でと、とと……、と足音を立てて入口前をうろついているのが、わずかに聞こえてくる。
    「何か、……いますね」「ええ、下手に出ない方が良さそうよ」
     小鈴は素早く、呪文を唱える。
    「来て、『鈴林』!」
     唱え終わったところで、脱衣所に立てかけておいた小鈴の魔杖がひゅん、と飛んできた。
     小鈴はそれをつかみ、湯船から立ち上がる。
    「よし、準備万端っ。……さあ、かかってらっしゃい」
     晴奈は後ろに下がり、フォルナを抱きかかえている。流石の晴奈も刀が無くてはどうしようもなく、小鈴に任せるしか無い。
    「小鈴殿、お気をつけください」
    「分かってるって」
     入口にいた「何か」は脱衣所まで入ってきたようだ。衝立があるので姿は分からないが、相当大きな獣のようだ。
    「獣と言うより、……怪物、でしょうか」
    「かもね。
     ちょっとお湯減っちゃうけど、風邪引かないでね」
    「え?」
     晴奈に詳しく説明せず、小鈴は呪文の詠唱を始める。
     すると浴場の湯水がぱしゃぱしゃと音を立てて揺れ始めた。
    「もっと後ろ下がって、晴奈!」
    「は、はい!」
     晴奈は既に酔い潰れているフォルナを抱きかかえ、湯船の一番奥まで下がる。
     と同時に、黒っぽい「何か」が衝立を倒してこちらに向かってきた。
    「狼!?」「でっか!?」
     それは全長2メートル以上はある、巨大な狼のような生物だった。その大きさに、晴奈と小鈴は戦慄する。
    「こっち向かってくる! 攻撃するわよ! 後ろ下がった!?」
    「はい!」
    「んじゃ行くわよ、『ウォータードロップ』!」
     湯船から拳大の水が浮き上がり、球状に固まる。そして向かってきた狼に向かって、勢い良く飛んでいく。
    「ギャウッ!?」
     重たい水の弾は狼の眉間に当たり、狼は短い叫び声を上げてのけぞった。小鈴は続けて3、4発、水の弾を放つ。
    「それッ!」「ギャ!?」
     水の弾に何度もぶたれ、狼はひんひんと鳴きながらくるりと向きを変え、浴場から出て行った。
    「はぁ。……何なのよアレ!?」
     危機が去り、小鈴は『鈴林』は湯船につけないよう上に掲げながら、ぽちゃんと湯船の中に入る。
    「狼の、……よう、でしたね」
    「にしたってデカすぎよ! こうしちゃいられないわ、もしかしたら村に向かうかも」
     小鈴はまた立ち上がり、急いで浴場を後にする。
     晴奈もフォルナを背負いながら、小鈴を追った。

    蒼天剣・湯治録 3

    2009.01.07.[Edit]
    晴奈の話、第188話。 温泉とお酒をこよなく愛する女、小鈴。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「つーいた、ついたっ」 温泉に着くなり、小鈴は嬉しそうに更衣室へと進んでいった。「イキイキしていらっしゃいますわね、コスズさん」「ああ。まったく本当に、旅を満喫している人だよ」 晴奈とフォルナが更衣室に入ると、小鈴は既にタオル一枚の姿になっている。「ホラ、早く着替えた着替えたっ」(は、早い) 晴奈た...

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    晴奈の話、第189話。
    慌て損。

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    4.
     晴奈がワインで酔っぱらったフォルナを着替えさせている間に、小鈴は狼を追いかけていた。狼は何故か、一直線にコレットの店目指して走っている。
     先程小鈴から受けた攻撃が効いているらしく、その足取りは少々おぼつかないが、見た目はほとんど、野生の狼そのものであり、その脚力は人間が追いつける速度では無かった。
     そのため、小鈴がようやく狼に追いつけたのは、相手が店に入ってからだった。
    「きゃーっ!」
     コレットの悲鳴が聞こえ、小鈴は慌てて中に飛び込む。
    「こっ、来ないでーっ!」「グルルル……」
     狼は厨房に逃げ込んだコレットとの距離を、じりじりと詰めている。
    「コラぁ! その子たちに手ぇ出したら、あたしが許さないわよ!」
     小鈴は狼の気を引こうと、大声を出して威嚇する。狼はチラ、と小鈴を見て鼻をクンクンと鳴らす。
    「……」「……」
     狼の仕草を、コレットも小鈴も、緊張した面持ちで見つめている。
     やがて狼は鼻を鳴らすのをやめ、小鈴の方に寄ってきた。
    「よーし、相手したげるからこっちに来なさい」
     小鈴はゆっくりと後ろに下がりながら、杖を構えて牽制する。応じるように、狼もじわじわと小鈴の方へ歩いてきた。
    「コレット、今のうちに逃げなさい」
    「で、でも……」
    「あたしはいいから、早くっ」
    「は、はいっ」
     コレットは慌てて厨房の奥に消える。どうやら夫のボレロを呼びに行ったらしい。
    (さーて、どうしようかしらねー……)
     小鈴は後ずさりしつつ、店から出る。一定の距離を保ち、狼も店から出てきた。そこで小鈴は呪文を唱えようと、息を吸い込んだ。
     と、そこに丁度よく晴奈が(いまだ酔っぱらっている)フォルナを背負って追いついた。
    「小鈴殿!」
    「あっ、晴奈! 早く来て来てっ」
    「はい、ただいま!」
     晴奈は辺りを見回し、近くにあった木に立てかけるようにフォルナを寝かせ、小鈴の側に立った。
     すると――。
    「えっ」「あら?」
     何故か狼は、小鈴を無視してフォルナの方に足を向けてきた。
    「ちょ、ちょっと!? こっちよ、相手は!」
     小鈴が叫ぶが、狼はまったく反応しない。クンクンと鼻を鳴らしながら、フォルナの方にゆっくりと歩いていく。
    「させるかッ!」
     晴奈が走り、狼の前へと回り込む。進路をふさがれ、狼は怒りの咆哮を上げる。
    「ガアアアッ!」
    「りゃあッ!」
     晴奈は刀に火を灯し、狼の眉間を狙って斬りつけようとした。
     だが狼の反応は早く、刀が来る前に飛びのいてかわす。
    「くそ……!」
     狼は晴奈の横をすり抜け、またもフォルナに近付いていく。先程と同様、晴奈は狼の前へと走って、行く手をさえぎる。
    「……?」
     晴奈と狼がぐるぐると追いかけっこをしている間、小鈴は狼の妙な行動を観察していた。
    (何で敵意むき出しの晴奈に噛み付こうとしないの?)
     この場合、狼が晴奈に攻撃してくれれば、晴奈は返り討ちにできる。言い換えれば、狼が晴奈を相手にすれば、簡単に片がつくのだ。
     ところが、狼はしつこくフォルナを狙ってくる。邪魔をしてくる晴奈を、まったく相手しようとしていない。狼は邪魔する晴奈を避け、何故かフォルナばかりを狙っているのだ。
    (えーと……)
     小鈴は狼の行動を、一つ一つ思い出してみる。
    (浴場に現れた時は、あたしたちを狙ってきたわよね。んで、コレットの店に行った時、あたしが呼びかけたらついてきた――飛び掛かったりせずに。いや、そもそもなんでコレットんトコに?
     んー……、もしかして)
     小鈴はある仮説に行き当たり、コレットの店へと引き返した。
    「あっ、コスズさん!」
     店に入るなり、コレットが声をかける。
    「アンタ、まだ逃げてなかったの? ……まあいいや、お酒ある!?」
    「え? お酒? 呑むんですか? こんな時に?」
    「あたしじゃないわよ、あの狼に呑ますの!」
    「へ?」
     小鈴は厨房に駆け込み、コレットに再度指示する。
    「ホラ、お酒早く持ってきて!」
    「はっ、はいっ!」
     コレットはパタパタと足音を立て、地下の酒蔵に降りていった。と、小鈴は厨房の奥で料理に没頭しているボレロを見て驚いた。
    「ちょ、アンタもまだいたの!?」
    「……」
     だが、ボレロは返事をしない。背を向けたまま、黙々と鍋をにらんでいる。
    「すみません、彼、今、新しい料理を考えてて……」
     その間に、コレットがワインの瓶を持って上がってきた。
    「……いーい根性じゃない。
     っと、持って行くわよ!」
     小鈴は呆れつつもコレットからワインを受け取り、近くにあった皿もつかんで店を飛び出た。
    「しつこいッ!」「ギャウッ!」
     晴奈と狼はまだ、追いかけっこを続けていた。
     何太刀か「燃える刀」を振るったらしく、地面にはいくつもの焦げ跡が着いている。だが、一度も狼には当たって様子も無く、狼はピンピンしている。
     小鈴は持って来た皿にワインを注ぎ、狼に声をかけた。
    「そこのケモノっ! コレがほしいんでしょっ!?」
    「グル、ル……?」
     晴奈と対峙していた狼は、その香りに気付く。あれだけ執着していたフォルナに尾を向け、一目散に小鈴の方へと向かってきた。
    「こ、小鈴殿!」
    「大丈夫よ! ……多分」
     小鈴の予想通り、狼はワインを注いだ皿の前に座り込み、ぴちゃぴちゃとなめ始めた。
    「……え?」
    「コイツは最初っから酒を狙ってたのよ」
     小鈴はワインの瓶をコンコンと叩き、ため息をついた。
    「温泉に現れたのも、コレットの店に来たのも、フォルナを狙ったのも、全部酒を狙ってたせいよ。
     衝立はあるけど、温泉は入口まで戸も扉も無かったから、酒の香りが外までしてたんでしょうね。んで、あたしらに追い返されたから、近くにある酒の香りがきつい場所――コレットの店まで行ったのよ。
     んで今、フォルナを狙ってたのは……」「えへへへ……、もう呑めませんわぁ」「……ソコの酔っ払い、話の腰を折るなっ」
    「……つまりフォルナの、酒の臭いにと言うわけですか」
     一連の事情を理解し、晴奈はへたり込んで脱力した。
    「あ、あほらしい」
     話しているうちに狼は皿のワインを呑み尽くし、酔っぱらってしまったらしい。
     その場でぐでっと横になり、伸びてしまった。

    蒼天剣・湯治録 4

    2009.01.08.[Edit]
    晴奈の話、第189話。 慌て損。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 晴奈がワインで酔っぱらったフォルナを着替えさせている間に、小鈴は狼を追いかけていた。狼は何故か、一直線にコレットの店目指して走っている。 先程小鈴から受けた攻撃が効いているらしく、その足取りは少々おぼつかないが、見た目はほとんど、野生の狼そのものであり、その脚力は人間が追いつける速度では無かった。 そのため、小鈴がようやく狼...

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