FC2ブログ

蒼天剣 第4部


    Index ~作品もくじ~

    • 194
    • 195
    • 196
    • 197
    • 199
    • 200
    • 201
    • 202
    • 203
    • 204
    • 205
    • 206
    • 207
    • 208
    • 209
    • 210
    • 211
    • 212
    • 213
    • 216
    • 217
    • 218
    • 220
    • 221
    • 222
    • 223
    • 225
    • 226
    • 227
    • 228
    • 229
    • 231
    • 232
    • 233
    • 234
    • 236
    • 237
    • 238
    • 239
    • 240
    • 242
    • 243
    • 244
    • 245
    • 246
    • 247
    • 248
      
    晴奈の話、第160話。
    祝勝会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     黒炎教団との戦いが終わり、黄海にもようやく平和な空気が戻ってきていた。
     これで晴奈の物語も終わり――とは、行かない。

     またしても晴奈は、騒乱に巻き込まれることとなる。
     落ち着けない生活、あわただしい日々――それもまた、彼女が英雄たる所以だろうか。



     双月歴518年、7月。
     戦争勝利を祝うため黄屋敷に将が集められ、宴が催された。
    「皆、ご苦労さま。これでもう、脅威は去った。しばらくは平和な日々が続くだろうし、安心して酔っぱらっちゃってください。
     では、乾杯!」
     エルスが簡単な挨拶で皆を労い、ささっと席に着く。
    「あら、お早いですね」
     右隣に座る明奈が驚いた感じでそう尋ねてきたので、エルスは小声で返す。
    「ご馳走が目の前に並んでるのに、長々と演説聴きたい?」
    「……ふふっ、いいえ。それじゃ、いただきますね」
    「うんうん」
     仲が良さそうに談笑するエルスたちを見て、左隣に座っていたリストが不機嫌そうな顔になり、エルスの耳をつねってきた。
    「フン、何ヘラヘラしてんのよ」
    「いててて」
     エルスは耳をつねられたまま、平然を装って箸を進める。
    「いくら引っ張っても君みたいに伸びないよ、リスト」
    「あら、そう。じゃ、もっと強くしてあげる」
     リストが力を込め、エルスの耳をさらに引っ張る。
    「何でそんなに怒ってるのかな?」
    「本気で言ってんの?」
    「折角の祝勝会じゃないか。もっと楽しもうよ、リスト」
     そう言いながら、エルスは明奈に目配せする。その意図に気付いた明奈は、そっとリストの背後に回る。
    「……えいっ」
     明奈もリストの耳を引っ張り、リストを止めようとした。
    「ひゃん!?」
     ところがちょっと触っただけで、リストは変な声を出して手を引っ込めた。
    「何すんのよ!? へ、変な声出ちゃったじゃない!」
    「ぷっ、くくく……」
     リストの反応が面白く、今度はエルスがリストの耳を触り、合わせて息も吹きかける。
    「こちょこちょ、……ふーっ」「ひゃ、ああん!?」
     甘い声を出してきたリストを見て、エルスは笑い転げた。
    「あは、あはは……。やっぱりリスト、君はからかいがいがあるなぁ、ふっ、ふふふ……」
    「あ、アンタ、いい加減にしなさ……」「えいっ」「ひゃーん!?」
     リストが怒鳴ろうとしたところで、また明奈が耳を触る。
    「クスクス、リストさん面白い」
    「あ、もしかしてメイナ酔ってるでしょ!?」
    「うふふふ……、ふー」
    「ひぁー!?」
     リストは宴の間中、エルスたちのおもちゃにされていた。



     一方、晴奈は宴の場から離れ、自分の部屋で一人、酒を飲んでいた。どうしても騒いで呑む気にはなれなかったからである。
    「赤の満月、白は新月。今宵は片月、か」
     このところ、晴奈の心にはいつもあの死闘の記憶――ウィルバーと川の中で戦った時の、彼の姿が居座っている。
    (ウィル、お主は本当にあのまま死んだのか? もう既に、冥府の住人と成り果ててしまったのか?)
     考えれば考えるほど、重苦しい気持ちが募る。やがて晴奈は杯を窓辺に置き、顔を両手でこする。
    「ふー……。少し、飲みすぎたかな。……外に出るか。心地良さそうだし」
     窓から見る街の景色を眺めながら、晴奈は外への身支度を簡単に整えた。

     宵も過ぎ、街は静まり返っている。明かりもまばらにしかない。月明かりに照らされた道を、晴奈はゆらゆらとした足取りで歩く。
    (また紅蓮塞に戻って修行するかな……。特にこの街でやりたいことも無いし)
     酔った頭にぼんやりと、師匠の顔や修行場の風景が浮かんでくる。
    (それにしても2年半か。長かったな……)
     護身のために持って来た刀の柄を撫でながら、色々なことを取り留めもなく考える。
     とは言えこの2年半、ずっと戦に没頭していた分、騒々しさに慣れた頭は街の静けさを、敏感に感じ取っている。
     だから――どこかからガシャ、と何かの割れる音を、晴奈の猫耳は聞き逃さなかった。
    「……うん?」
     不審に思った晴奈は、音のした方に向かう。
    (確か、こちらの方角から聞こえてきたような?)
     路地を曲がり、無人の大通りを横切る。そしてまた路地に入ったところで、見慣れた建物が目に入る。
    (まさか、ナイジェル邸からではあるまいな?)
     向かった先にはエルスとリストが、ナイジェル博士亡き後もそのまま住んでいる屋敷――ナイジェル邸があった。
    「……! やはり、ここか」
     玄関の扉がバッサリと切られており、異状が起きていることは明白だった。
    (もしや、賊か?)
     このまま傍観していては、エルスたちは被害に遭ってしまう。そしてそれを、晴奈がよしとするわけも無い。
    「……よし」
     晴奈は着物の袖と裾をまくり上げ、髪を束ね直し、刀に手をかけて屋敷に近寄る。
     破られた扉から中を覗き見ると、大柄な熊獣人の男、中背のエルフの男、小柄な兎獣人の女が輪を作り、何か話している。
     そして輪の中心には灰色の洋巾(フード)のついた外套をかぶった者と、左目に眼帯をはめた、虎獣人の青年が確認できた。
    蒼天剣・悔恨録 1
    »»  2008.12.06.
    晴奈の話、第161話。
    はるかな国からの侵入者たち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ナイジェル邸に侵入している者たちは、央南ではエルスたち以外に見かけたことの無い、異国の服を着ている。また髪や目の色、顔つきも、およそ央南人とは思えない。ただ、虎獣人だけは黒髪に灰縞の虎耳と尻尾で、その顔立ちも含め、央南風と見えなくもない。
    (彼奴ら、何者だ?)
     晴奈はじっと扉の陰に潜み、中の様子と彼らの会話を探る。
     片目の「虎」が、エルフに向かって怒鳴っているのが聞こえてきた。
    「彼には手を出すなよ、スミス!」「……ヒノカミ中佐、何を?」
    「虎」――日上中佐と呼ばれた青年は、彼よりずっと年上らしい、周りの者たちに威張り散らしている。
    「王国中の人間から嫌われようと、彼は俺の恩師だ! 出会っても手を出すんじゃないッ!」
    「……了解しました」
     エルフは日上に叱られ、憮然とした顔で引き下がった。ほぼ同時に、日上の後ろにいた茶髪に白い垂れ耳の「兎」が、手をポンと打って声をあげる。
    「そー言えばヒノカミ君は、エルスと組んでたんだよね」
     見知らぬ女の口から出た親友の名前に、晴奈は目を丸くした。
    (な……!? エルス、だと? エルスとは、あのエルス・グラッドか?)
     晴奈の動揺など知るわけも無く、日上は「兎」の言葉にうなずく。
    「そうだ。彼に受けた恩義も非常に大きい。俺の前で彼を悪く言う奴は、例え身内でも許さないぞ」
     そう言って日上がにらむが、「兎」は媚びるような甘ったるい声で顔を赤らめ、頬に手を当てて日上に答える。
    「アタシは言いやしないよー? アタシだってリロ、……エルスとは、色々アレコレ楽しーい思い出あるし、悪くなんてねーぇ」
    (何だ、あのけばけばしい『兎』は? ……私の中の、兎獣人の思い出が汚れてしまいそうだ)
     憤慨する晴奈に気付くはずも無く、日上は肩をすくめて返す。
    「ま、アンタは暴走恋愛狂だもんな」
    「あ、ひっどーい。そんなコト言っちゃうと、もう相手したげないわよー?」
     日上の鼻を人差し指でトンと叩き、上目遣いで甘ったるい仕草を見せる「兎」に、日上は苦笑する。
    「ははっ、そりゃ困るな」
    (彼奴ら、一体……)
     と、これまでじっと黙り込んでいた「熊」も、ぼそぼそとした口ぶりでエルスのことを言及する。
    「俺も、格闘術の指導、受けたことが、何度もあります。感謝、してます」
    「だよな。俺も何度か、教えてもらったことがある。貫手とか通打とかな」
     そう言って日上は嬉しそうに、掌底を打つ仕草を「熊」に見せる。それを見て、「熊」はのそのそと首を振って同意する。
    「ああ、通打は、エルス教官の得意技、でしたね。あれは本当に、痛かった」
    「分かる分かる、はは……」
     日上たちの会話をそっとうかがいながら、晴奈は思案する。
    (一体、彼奴ら何者なのだ? こんな胡散臭い輩がまさか、エルスの知り合いだと言うのか?
     いや、それよりも――良く考えれば、私はエルスについて詳しいことを一切知らぬ。一体、エルスは何者だったのだ? この黄海を訪れる前、何をしていたのだ?)
     と、一人意見を違え、孤立したエルフは、不満そうに顔をしかめる。
    「何だよ、みんな反逆者に肩入れかよ? ……くそっ」
     エルフは肩を怒らせ、その場を離れていった。それをきっかけにして、他の者もバラバラと居間を離れる。
     一人居間に残った日上は、床に落ち、粉々になった壷――どうやら、先ほど音を立てたのはこれらしい――を眺め、ぽつりとつぶやいた。
    「エルフの癖に短気な奴だな。まるでリストだ」
     少し間を置いて日上も居間を離れる。晴奈は刀を抜き、そっと中に入る。
    (エルスだけではなく、リストのことも知っているとは。
     何にせよ、他人の家に忍び込む輩だ。常識ある、まともな相手では無いだろう。ならば容赦は無用。
     一人ずつ、倒していくか)

     音を極力立てずに晴奈は廊下を進み、部屋を見回っていく。客間に「兎」がいるのを見つけ、素早く中に入り込む。
    「……とうッ!」「ひ、あぅ!?」
     背中を見せていた「兎」に峰打ちを入れ、気絶させる。
    (後ろからは少々卑怯ではあるが、……まずは1人)
     気を失った「兎」を縛り、一旦廊下に出て隣の部屋を覗くと、「熊」が部屋を探っているのが見える。
    (よし……)
     晴奈が部屋に入ろうとしたその時、運悪く階段からエルフの男が降りてきた。
     そのまま鉢合わせしてしまい、晴奈は舌打ちする。
    「……しまった!」
    「誰だ、お前は!」
     居丈高に怒鳴るエルフに、晴奈も怒鳴り返す。
    「こっちの台詞だ、賊め!」
     エルフが反応するより一瞬早く、晴奈は斬りかかる。エルフは剣を抜いて構えたが、階上から誰かが叫ぶ。
    「スミス、受けるな! かわせ!」
     だが、その指示にエルフが応じるより早く、晴奈は斬撃を叩き込む。
     エルフの構えた剣に、晴奈の刀自体は止められてしまうが――。
    「甘いッ! 焔流はこれしきのことでは止まらんッ!」
     刀から炎が噴き出し、エルフの剣を貫通して襲い掛かる。
    「う、うわあああっ!?」
     晴奈の「火刃」を正面から食らい、エルフの左肩から右脇腹に火が燃え移り、そのまま悶絶する。
     と、洋巾姿の男が現れ――どうやら、先程叫んだのはこの男であるらしい――周囲に怒鳴る。
    「フー、ドール、バリー! 見つかったか!?」
    「まだ、だ!」
     晴奈の背後で「熊」が答える。
     そしてほぼ同時に、日上の声も返って来た。
    「あった! 見つけたぞ!」
     それを聞くなり洋巾は、晴奈に向かって飛び掛かってきた。
    「逃げるぞ!」
     洋巾は晴奈のすぐ側まで踏み込み、同時に右手を後ろに引く。次の瞬間、ガキン、と言う音と共に、晴奈に向かって洋巾の掌底が放たれた。
    「……っ!」
     晴奈は剣を構えて防ごうとするが、予想以上に重たい掌を受け止めきれず、廊下の端まで弾き飛ばされた。
    「な、ッ……!?」
     勢い良く壁に叩き付けられ、晴奈はそのまま、気を失った。
    蒼天剣・悔恨録 2
    »»  2008.12.07.
    晴奈の話、第162話。
    エルスの過去。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「セイナ……、セイナ! しっかりして!」
    「……う、うう? ……エルス? エルスか?」
     晴奈はエルスに抱き起こされた状態で、目を覚ました。
    「一体どうしたんだ!? こんなところで、君が倒れているなんて!?」
     エルスの問いに応じず、晴奈はフラフラと起き上がり、ナイジェル邸の様子を確かめる。
     そして既に賊たちの姿が無いことを確認し、晴奈はエルスの前に土下座した。
    「ちょっ、ちょっと、セイナ? どうしたんだよ、一体? 説明してほしいんだけど」
    「すまない、エルス! 屋敷に賊が押し入ったのを見ておきながら、逃してしまった!」
    「何だって!? 賊!?」
     エルスは驚き、慌てて2階に上がる。戻ってきたエルスは、額に汗を浮かべていた。
    「うん、確かに、君の言う通り、賊に侵入されてたみたいだね。『剣』が、無くなってる」
    「賊を撃退しようとしたのだが、……くっ」
     晴奈は自分のふがいなさに肩が震え、それ以上言葉を続けられない。
     だが、エルスはいつものように笑みを浮かべながら、晴奈を慰めてくれた。
    「剣なんかより君の方が大事だよ。セイナ、君が無事で良かった」
    「エルス……! すまない! 本当に、すまない……っ」
     それでも晴奈は顔を伏せ、謝り続けていた。

     エルスは晴奈を居間に座らせて落ち着かせ、何があったのかを聞き出した。
    「状況は大体分かった。それで、他に何か覚えていることは無いかな? 例えば、何か話をしてたとか、そう言うの」
     晴奈はしばらく考え込んでいたが、何も出てこない。
    「すまぬ、良く覚えていない。さっき話した通りだ」
    「そっか。セイナ、ともかく今日はゆっくり休んで。今日のことは気にしなくていいから」
    「……」
     何も言えず、セイナはヨロヨロと立ち上がる。
     と、居間を出ようとしたところで、晴奈は洋巾のことを思い出した。
    「あ……、確か洋巾をかぶっていた者がいたのだが、他の者の名を呼んでいた覚えがある。確か『バリー』、『ドール』、『スミス』、それから、『フー』と。
     そうだ、それに確か、片目の虎獣人は『日上』と呼ばれていた」
     名前を告げた瞬間、エルスは椅子を倒して立ち上がった。
    「本当に、そう言ってたの?」
    「あ、ああ」
    「そんな……、そう、か、……いや、でも」
    「知っているのか?」
     恐る恐る尋ねた晴奈に対し、エルスは引きつった笑顔を浮かべながら、コクリとうなずいた。
    「ああ……。4人とも、僕が北方にいた時の知り合いだ。
     特にフー、日上風とは1年ほど、一緒にチームとして行動していたんだ」

     エルスは過去、北方にいた時のことを説明してくれた。
    「僕は元々、北方の軍事大国――ジーン王国の諜報員をしていた。ある国や組織に忍び込んで、情報や強力な武器を奪うのが主な仕事だったんだ。
     僕と一緒に行動していたのは2人。情報収集と援護を担当するリスト・チェスター。そして戦闘要員の日上風。そこに僕がリーダーとして入り、チームで活動していた。
     僕がここ、央南に来たきっかけもその仕事がらみだった。黒炎教団の総本山、黒鳥宮にあのタイカ・カツミを撃退できると言われている剣が運び込まれたと言う情報をつかみ、乗り込んだんだ。
     剣はあった。古代の戦争でカツミを刺し、瀕死の重傷を負わせた魔剣、『バニッシャー』――教団はカツミの弱点と見なし、破壊しようと企んでいた。長年にわたってカツミ討伐を目論んでいた王国側も、この剣をカツミ討伐の切り札だと考え、何としてでも奪うよう、僕たちに命じた。
     で、何とかその剣を奪った僕らは、首尾よく王国に帰還した。そこまでは何の問題も無かった。メイナも助けられたし、上々の成果だった。
     だけどそこで、王国軍は暴挙に出ようとした。剣が手に入っただけでカツミを倒せると判断し、討伐チームを組もうとしたんだ。
     確かに『バニッシャー』は教団も破壊できない魔剣だったし、魔力を封じる効果があることも分かっていたから、魔術師であるカツミに有効な打撃を与えうる武器なんだろう。だけど剣は剣、単なる刃物だ。カツミに並ぶかそれ以上か、それくらい腕のある剣の達人でもいなけりゃ、倒せるわけが無い。
     そのまま討伐に向かえば確実に返り討ちにされるし、カツミは間違い無く報復に出る。カツミの逆鱗に触れた王国は最悪、滅亡しかねない。僕も博士も流石にその作戦を実行させるのはまずいと思ったから、僕らは作戦の要である剣をもう一度奪い、ここに逃げてきたんだ。
     だけどリストと博士、メイナは連れて来られたけど、フーは無理だった。彼には祖母がいて、フーの収入と介護無しには生活できなかったからね。
     でも今振り返ってみれば、無理矢理にでも連れて来るべきだった。剣が盗まれたことはすぐ分かることだったし、いなくなった僕たちが犯人だってことも容易に推理できることだ。
     そうなればずっと一緒に行動してきたフーが素性を疑われないわけは無いし、相当の報復も受けることになる。恐らくは、フーの身に全部、その嫌疑も恨みも押し付けられただろうね。
     悪いことを、したよ」
     話し終えたエルスの顔には、悔恨の色が浮かんでいた。
    蒼天剣・悔恨録 3
    »»  2008.12.08.
    晴奈の話、第163話。
    長い旅の始まり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     黄屋敷に戻った晴奈はそのまま部屋に閉じこもり、自分の不覚を恥じた。
    (ああ……! 賊の存在に気付いておきながら、むざむざ取り逃がすとは! 何が剣士だ、何が免許皆伝だ! 情けない、本当に情けなさ過ぎる……)
     延々と自分を罵り、なじる。晴奈はうずくまり、自分を呪っていた。
    (この愚か者が、一体どうして許されようか……!)《あのさ》
     不意にどこからか、声が聞こえてくる。男とも女ともつかぬ、中性的な声だ。
    《いつまで、そーしてる気なのさ?》
    「え……」
    《いつまでそんな、ムダなコトするのさ? キミの悪いトコだよ、セイナ》
     いつの間にか、声の主――いつか、明奈と共に見たあの白猫が、目の前にいた。

    《いつもは勇敢なお侍さんなのに、失敗するとすぐ、ウジウジ悩む。誰かが引っ張ってやらなきゃ立ち上がれない、前に進めない。そこがキミの、一番悪いトコ》
    「む……」
     白猫に指摘され、晴奈は顔をしかめる。
    (しかし、言われてみれば確かに、白猫の言う通りでは、……ある。否定出来ない)
     その様子を見て、白猫はニヤニヤ笑っている。
    《キミ、自分に滅茶苦茶自信持ってるでしょ、いっつも》
    「……ああ」
     素直にうなずいた晴奈に、白猫はため息をつきつつ、彼女の肩に手を置いた。
    《身の程わきまえたら? キミはそんな簡単に自信満々になれるほど、強くて偉いの?》
    「な、に?」
     突然の罵倒に、晴奈は面食らう。
    《確かに剣の腕はいいよ。運にも恵まれてる。人柄もまあ良し。それなりの実績も持っている。ま、評価はできるよ。でもソレで偉いって? はっ、バカじゃないの?
     今、こうして落ち込んでるキミの姿を見て、昨日までキミを慕ってきた人たちはどう言う反応をするだろう? ボクはきっと、ガッカリしちゃうんじゃないかと思うんだ。
    『ああ、この人は安っぽい自尊心しか持ってなかった、薄っぺらい人だったんだな』ってね》
    「き……、貴様ッ!」
     白猫の挑発じみた話に晴奈は憤り、胸倉をつかもうとするが――。
    《フン》
     つかもうとした手を、白猫は事も無げにくるりとひねり、晴奈の背に回って腕を極める。
    「あ、だ……っ!?」
     腕を極めたまま、白猫は晴奈の背後で話を続ける。
    《キミは確かに良く似てるよ、あの『狼』に。キミがもし違う道を歩んでいたなら、あの時流されていったのはウィルバーじゃなく、キミだったかも知れない。
     キミは何も変わってないし、何も成長してないんだ。免許皆伝試験の際、家元に己の慢心をたしなめられた、あの時と。
     いくら強くなっても、いくら奥義を会得しても。心の中はまだ、19歳の小娘。心は全然、成長してない。
     キミは自分の中に巣食う『幼い修羅』に、心をつかまれたままなんだ》
    「……!」
     白猫のその言葉に、晴奈は雷に打たれたような衝撃を受けた。
    《もういっこ、言うとくとな》
     と――白猫に手を離されたところで、白猫とは違う声が聞こえてくる。
    《ただただ栄養を注がれるだけやったら、作物は腐るもんや。厳しい日照や風雨があるから、たくましい作物が出来上がるんやで》
     晴奈の目の前に、金色の装飾具をまとった豪奢な身なりの、金髪に赤毛が所々混じった狐獣人が現れた。
    《失敗した、負けてしもた、ソレでただ凹んで打ちひしがれるだけやったら、何もならへんわ。ソコから何が悪いんか、何したらよーなるんか、糧にせなアカンで》
     金狐も妙な口調で語りつつ、晴奈を諭す。
     晴奈はこの時、この二人が人間ではない、別の何か――神か仙人の類では無いかと感じ始めていた。
    《セイナの精神っちゅう土壌はコレまで成功っちゅう栄養ばっかりで、グズグズに腐りそうになっとった。その上にある自信なんて作物、すぐダメになって当然や。
     アンタくらい力量あるんやったらな、その心も、もっと苦しい目に遭うても揺るがへんような、たくましいもんに鍛えなアカンよ》
     金狐に続いて、白猫も諭しだす。
    《そう言うコトさ。
     だからコレはチャンスかも知れないよ、セイナ。キミの中にいる修羅を御するための、そしてキミがもっと、成長するための、ね。
     さあ、そろそろ現実的に考えよう、セイナ。今キミは、何をするべき?》
    「何、……を?」
     唐突に尋ねられ、晴奈は戸惑う。
    《今起きている問題を解決するには、どうしたらいいのかってコトさ》
    「それは……」
     言われて晴奈は、頭の中を整理する。
     何が起こったのか、今何が起こっているのか、そして、これから何が起きるのかを考える。
    (賊は逃げた。だが逃げて、すぐ北方に戻れるものだろうか? いや、黒炎殿ではあるまいし、一瞬で戻ることなどできぬ。何らかの手段を以って逃走しているだろう。
     では、何を使って? 可能であるのは2つ。陸路か海路だが、後者は無理だ。夜の港は閉まっているし、明日発つとしてもエルスが手を回し、港を封鎖するだろうからな。敵もそれを予測できぬような、愚かな奴らではあるまい。
     それよりも陸路だ。黄海とは別の港から逃走する可能性の方が、ずっと高い。今から探せば、追いつけるかも知れぬ)
     結論を出し、晴奈は答えた。
    「追いかける」
    《よし。じゃあ、そろそろ起きようか。
     いい旅を、セイナ》



     旅立つ旨を手紙にしたため、次に晴奈は身支度を整えた。
     昨夜から着ていた着物を脱ぎ捨て、動きやすい袴姿になる。刀も大小二本腰に差し、帽子をかぶり、外套を羽織る。少し大きめの袋を肩から提げ、丈夫な靴を履く。
    (……よし)
     手紙を持って部屋を出て、隣の明奈の部屋にそれを差し込み、晴奈はそのまま、外へと向かった。
    「後は頼んだ、明奈」
     玄関の前でそうつぶやきながら、晴奈は家を出る。
     まだ日も差さぬ早朝、庭の空気はひんやりと澄み切っている。晴奈の好きな、夏の景色だ。
    (しばらく、この景色を拝むことはあるまい)
     晴奈はその景色に向かって、一礼する。
    (昔発った時はこう言うこともできなかったな、そう言えば)
     顔を上げ、今度は家に向かって一礼した。
     顔を挙げ、そのまましばらく庭でじっと佇んだ後、大きく息を吸い、拳を握りしめ――そして、背を向けて歩き出した。
    「待っていろ、日上風。絶対に、追いついてやる」



     これより、晴奈の2年に渡る長い旅が始まる。

    蒼天剣・悔恨録 終
    蒼天剣・悔恨録 4
    »»  2008.12.09.
    晴奈の話、第164話。
    先行き、いまいち不安。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     エルスの剣を奪い逃げ去った北方の虎獣人、日上中佐を追い、晴奈は黄海から南西にある街、弧月に来ていた。
     早朝、黄海で情報を集めたところ、それらしい集団が南西の街道へ走っていくのを見た者がいたのだ。

     弧月は央南でも歴史ある街の一つで、あちこちに古い建物や遺跡がある。中には紀元前10世紀以上を裕に越えるものもあるそうだ。
    「ほう」
     晴奈は石造りの、苔むした遺跡の前に立っていた。遺跡の前に掲げてある案内札によると、1~2000年ほど昔に造られたものではないかと言う。
    「嘘か、真か。まあ、どちらにしても……」
     その建物を見渡して、率直な感想を述べる。
    「ただの石くれだな」
     歴史ある町並みも、他に目的のある晴奈にとってはかび臭い路地でしかない。
     晴奈は遺跡探訪を早々に切り上げ、市街地へと戻った。

    「まったく、……ほこりっぽいな」
     街道を歩いていると、あちこちで古びた遺跡の補修や掃除をしている姿が目に付く。
     この街は遺跡を観光資源にして収入を得ている。そのため、金の元を失わぬように皆、一所懸命に建物を磨いているのだ。
     そこから大量に出るほこりを観光客は敬遠しているらしく、晴奈の他に、道を歩く者の姿は見られなかった。
    「ケホ……。やれやれ、見せるための街で出歩きがしにくいとは。何がなにやら」
     ほこりのせいか、歩いていると次第に目と鼻がかゆくなってきた。晴奈はたまらず、近くの食堂に駆け込んだ。
    「いらっしゃい! お、べっぴんさんだねぇ! その格好、旅人さんかい?」
     店に入るなり、虎獣人の店主が明るく声をかけてくる。
    「ああ、そんなところだ。良ければ少し、物を尋ねてもいいか?」
    「いいけど、メシも食ってよ。うちは食べ物屋だからさー」
     メシ、と聞いて思わず晴奈の腹が鳴る。
    「おっ、丁度良かったかな?」
     腹の音を聞かれ、晴奈は恥ずかしさをごまかしつつ、どうにか受け答えする。
    「う……、む。まあ、では、何かいただこうか。お勧めは何だ、大将?」
    「へへ、どうも。そうだなー、今日は焼鯖定食かな」
    「では、それを」
    「まいどっ。えーと、30クラムだね。作ってる間に用意しといてねっ」
     店主の流れるような弁舌に、晴奈はつられて金を出そうとした。
     が――。
    「あー、と。……くらむ、とは?」
    「へ? ああ、お客さん央南人っぽいし、玄銭しか持ってないのかな?
     いいよ、玄銭でも。えーと、今のレートだと、30クラムは150玄くらいになるね」
     聞いたことの無い単語が飛び出し、晴奈の眉が曇る。
    「れ……、れー、と?」
     どうやら晴奈の旅は、前途多難のようだった。

     晴奈が世俗に疎いことを見抜いたらしく、店主は親切に、「お金」について講義してくれた。
    「ふむふむ、つまりレートとはある地方の金と、別の地方の金がいくらで交換できるかと言う、換金の率のことなのだな」
    「そーゆーこと、そーゆーこと。クラムは基軸通貨だから、世界中どこでも使えるはずだよ」
    「そうなのか……」
    「でもねー、今、全額クラムに換えると損するかもねぇ」
    「え? どこでも使えるから、得なのでは?」
     事情通らしい店主は、パタパタと手を振って否定する。
    「いやいや、レートっていつでも同じじゃないしさ、政治情勢とか地域の景気に影響されやすいんだよ。
     例えば今だと、クラムを管理してる央北の中央政府ってところが、北方の、えーと……」
    「ジーン王国か?」
    「あー、そうそう、それそれ。そのジーン王国と戦ってるからさ、インフレが激しいんだよ」
    「いん、ふれ?」
     晴奈の知らない単語が、次々に店主の口から流れ出る。晴奈の手元にある紙は既に、ぐちゃぐちゃとした走り書きでいっぱいになっていた。
    「簡単に言うと、その地域のお金が増えてるってことだよ。戦争中は物入りだからね、中央政府はお金が欲しいわけさ。だからお金をたっぷり発行して、急場をしのいでるってわけだ。
     でも、これは応急処置みたいなもんでね、お金は一時的に増やせるけど、その分一枚、一枚の価値が下がっていっちゃう」
    「何故に?」
    「お金には金や銀、その他貴重な金属が含まれてる。大雑把に言うと、その含有率がそのお金の価値ってことになるんだけど、この量を増やすとなると、相応の貴金属が必要になってくる。でも貴金属はその名の通り、貴重な金属だからそう簡単には手に入らないし、原料が無ければ通貨は発行できない。じゃあ、どうやってお金を増やすか?」
    「うーむ……?」
    「ズバリ、金貨や銀貨の質を下げる。貨幣に含まれる金銀の量を減らし、代わりに何か別の、安い金属を混ぜて発行する」
    「あ、なるほど。それで通貨の価値が下がる、と……」
    「その通り。でも中央政府が通貨の価値を下げたって、他の国も一様に価値を下げるわけじゃない。他の通貨の純度や価値はそのままだから、相対的に量の増えた通貨が安く扱われるようになる、ってわけさ」
     店主の経済学講義を聞き終え、晴奈はとても感心していた。
    「ふーむ……。なるほど、大変勉強になった。つまり戦争の影響で、粗悪なクラムが大量に出回っているから……」
    「世界的にクラム安が起こってるってわけだ。まあ、世界中どこでも使えるのは確かだし、今はこまめに、必要最低限だけ換えた方がいいかもね。
     幸い、央南連合はこの前戦争に勝って羽振りがいいみたいだから、玄銭も高レートで換えてもらえるはずだよ」
     話を聞くうちに、晴奈の脳裏に小さい時の記憶がぼんやり蘇る。
    (ああ、そう言えば父上も時折、『クラム安が激しくて貿易は儲けにならん』とか何とか言っていた気がするな。なるほど、そう言う意味だったのか)
    「ふむ……。ありがとう、店主。おかげでいい知恵を仕入れられた」
     晴奈はにっこりと会釈し――続いて鼻を鳴らし、眉をひそめた。
    「いささか焦げ臭いのだが、飯は大丈夫なのか?」
    「……あっ!?」
     そこで店主はようやく、調理場に鯖の煙が充満していることに気が付いたらしい。
    蒼天剣・世俗録 1
    »»  2008.12.11.
    晴奈の話、第165話。
    双月世界の経済情勢。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     何とか無事に出された焼鯖定食を食べた後、話好きの店主に色々と聞き込み、晴奈は世界情勢について学んだ。
     まず今、世界の命運を左右している戦争のこと。
     中央大陸の北中部にその勢力を誇る政治組織、中央政府が大火の傀儡であるとして、反大火姿勢を採る北方、ジーン王国が516年に宣戦布告。
     今なお北方と央北を結ぶ海――北海で、戦いが続いているのだと言う。

     続いて央南の隣、央中の情勢。
     以前に師匠から「狐と狼の世界」とは聞いていたが、店主はその中で最も力ある富豪、ゴールドマン家とネール家についてより詳しい話をしてくれた。この二大名家は現在、小競り合いを続けているらしい。
     昨今はネール家が密かに北方へ協力することで莫大な利益を上げており、それを良しとしないゴールドマン家は央北、つまり中央政府に対して大規模な貿易を展開していると言う。この二大富豪の競争が激化しているため、央中の経済は非常に活発化、加熱している。
     また、央南に玄銭があるように、央中にも地域通貨「エル」が存在する。央中経済に比例してエルもまたその価値を高めており、このこともクラム安、ひいては中央政府の弱体化に拍車をかけている。
     二大名家のケンカは、世界全体をも巻き添えにするほど激しいようだ。



    「央中もなかなか、立て込んでいるのだな」
    「ああ、それだけに胡散臭い奴らも良く、雲隠れするのにそこを選ぶ」
    「そうか……」
     店主の話に、晴奈は日上のことを考える。
    (もしかすれば、日上もそこに立ち寄るか……? いや、もしかしたら)
     晴奈に直感が働き、店主にこう質問した。
    「大将、この店に灰縞の『虎』が来なかったか?」
    「ん? うーん、虎獣人ねぇ。央南には、わりと多い人種だからねー。俺も『虎』だし。ま、赤縞だけど」
    「左目に眼帯をはめた、若い男なのだが……」
    「片目ねー……? ああ、そういやいたな、そんな客」
     店主の言葉に、晴奈は立ち上がり、問いつめる。
    「本当か! いつだ? この店に来たのか? どこへ行ったか知らないか?」
    「お、おいおいお客さん、いっぺんに聞かれても答えきれないよ~。
     えーとね、うん。来たのは一昨日くらい。兎獣人のやかましい女と、もう一人やかましい長耳と、あと熊獣人のでっかい男、それからいかにも胡散臭いフードを被った奴と、その虎獣人の5人組だったな。割と羽振りが良くて、結構儲けさせてもらったなー。
     そう言や話してた時に、『俺、央中にも女いるんすよ』とか、『しばらく遊んでくのもいいかなって』とか言ってたし、もしかしたら央中に行ったかもねぇ」
    「かたじけない、大将! おかげで奴の手がかりがつかめた!」
     晴奈は深々と頭を下げ、礼を言う。その様子を見て、店主がきょとんとする。
    「……お客さん、ワケアリだね。ま、一介の店主風情が口出しすることじゃないし、詳しくは聞かないさ。
     でも、まあ。お客さん美人だから、応援の意味を込めてサービスしたげるよ」
     店主は調理場から、ほこほこと湯気を立てる桃まんじゅうを持って来た。
    「さーびす?」
    「オマケ、ってことさ。食っちゃってくれ」



     店主のもてなしを受けた後、晴奈はまた街へと繰り出した。店主の助言に従い、手持ちの玄銭を、いくつか中央通貨のクラムに換えようとしたのだ。
    (……とは言え、どこで換えればいいのだ?)
     街を見渡しても、それらしい施設が見当たらない。と言うよりも、どこがそれを請け負っているのか、旅人になったばかりの晴奈には見当が付かなかった。
    「むぅ……」
     観光都市なので、世界中から人が集まってくる。そのためここでは基軸通貨、クラムを持っておく方が何かと便利であり、よってクラムを取り扱う施設が、どこかに必ず、あるはずなのだが――。

    「いらっしゃ……、あれ、お客さん?」
    「すまぬ……。クラム、どこで換えれば良いのだ?」
     侍の晴奈にはそれがどこであるか、分かるわけも無かった。



     見かねた食堂店主により、ふたたび講義が始まった。(ちなみ晴奈は授業料代わりに、桃まんじゅう2個と茶を注文した)
    「まあ、銀行ってのが世界中にあるんだ。ここが、玄銭とクラムを換金してくれる。って言うか、それが奴らの金儲けの方法の一つなんだ」
    「どう儲けるのだ?」
    「ま、さっきも言ったようにレートは変動する。今日1クラム5玄だったのが、明日には1クラム8玄になることもある。この時、今日1000玄を200クラムに換えて、次の日また玄銭に換えれば、どうなる?」
    「え、と……。1000玄が、200クラムになる。で、次の日1クラム8玄のレートだから、1600玄に?」
    「そーゆーこと。たった一日で600玄も儲けることができる。ま、次の日1クラム4玄になったりとか、逆の場合もありえるけどな。世界中のお金を取引して、その利ざやで儲かってる。
     ま、他に儲け方って言うと、預金だな」
     まるで先生と生徒のように、晴奈がぽん、と手を挙げる。
    「あ、それは分かる。人々から金を預かって、それを一時的に何らかの事業に回す。で、利益が出たらそれを銀行に還元して、差し引いた利益を自分たちの懐に……、と言うことだろう?」
    「そーそー、それだよ。でな、これとさっき言った両替の金儲けを組み合わせて、とんでもない稼ぎ方もしてるらしい。
     世界中に支店を持ってる銀行とかあるんだけど、あちこちからかき集めた金を使って両替する。さっきと同じレートの動きで、預金で集めた1億玄を今日、2千万クラムに換える。で、次の日玄銭に戻せば……」
    「6千万玄の儲け、か」
     晴奈は額の大きさに、目を丸くした。
    「ま、そんな感じだな。
     今の世界情勢はかなり流動的だし、レートの動きも激しい。この数年で何十億、何百億も稼いだり、反対に失ったりしてる奴は一杯いる。央南とか央北も戦争してるけど、『こっち』の方でも大戦争の真っ只中なんだよ。
     ま、ともかく。央中に行くなら気を付けなよ? 夕べまで大金持ちだったのに、次の日になったら一文無し、って事態も少なくないから」
    「ああ、うん」
     店主の壮大な話に、晴奈は若干呑まれ気味になっている。
    「んで、良かったら俺の友達が勤めてる銀行、紹介するよ。ついでに預金もしといてくれれば、そいつも喜ぶし」
    「はは、かたじけない」
    蒼天剣・世俗録 2
    »»  2008.12.12.
    晴奈の話、第166話。
    あの人とあの人の関係。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     店主に案内してもらい、晴奈は銀行にたどり着くことができた。
    「ほれ、ここが友達の勤めてる金火狐銀行、弧月支店だ」
    「金火狐?」
    「ゴールドマン家の通称だよ。一族みんな金毛の『狐』だから、そんな呼び名が付いたらしい」
    「ほう」
     その後、晴奈は店主の友人と会い、早速クラム交換と多少の預金を行った。
    「これで世界中の金火狐銀行で、金が引き出せるようになった。これで旅の途中、何万クラムもかばんに入れてうろつかなくて良くなったわけだ」
    「いやいや……。本当に、何から何まで助けていただき、ありがたい限りだ。
     あ、申し遅れた。私の名は黄晴奈。良ければ大将、お主の名前を伺いたいのだが……」
     店主はその仰々しい言い方に吹き出し、笑いながら自己紹介した。
    「ぶっ、ははは……。いやいや、ご丁寧にどーも。へーぇ、アンタがあの猫侍か……。
     俺は風木(カザキ)って言うんだ。また弧月に来ることがあったら、ぜひとも立ち寄ってくれよな」
     風木はにっこり笑って、晴奈の手を握った。



     風木と別れた後、晴奈は央中へ向かう旅支度をするべく、商店街を歩いていた。
     その途中、手に持ったクラム銀貨を眺めながら、思索をめぐらせている。
    (ふむ、この女性がクラムと言う名の由来か)
     クラム銀貨の表面には金額が、裏面には美しいエルフの女性が彫像されている。
     偽造防止も兼ねているのか、かなり小さな字で「クラム・タイムズ 双月暦35年の肖像を基に意匠作成 ……」などと彫られていた。
    (まずは登山具か。
     店主から聞いた日上の情報が正しければ、奴らは央中へ向かったはずだ。ここから央中へ向かうとなれば、あの黒炎教団の総本山、黒鳥宮のある屏風山脈を越えねばならぬ。
     ……彼奴らに因縁はないからすんなり通れるだろうが、私は散々、教団とやり合ってきた身であるからな。果たして通してくれるものだろうか)
     今後の道中を考え、晴奈の気は重くなる。
     ともかく登山具と山道の地図を買い、他に揃えるものは無いかと思案していると――しゃらん、と言う鈴の音と共に、自分に声をかけてくる者がいた。
    「あれ……? 晴奈ちゃん?」
    「え?」
     振り向くとそこには、かつて父に自分の道を示す時に、その(大きな)胸を借りたエルフの魔術師、橘小鈴の姿があった。
    「橘殿?」
    「やっぱり晴奈ちゃんだ。ひっさしぶりー」
    「お、お久しぶりです。一体何故、ここに?」
     小鈴はクスクス笑い、同じ質問を返す。
    「それはこっちの台詞よ。晴奈ちゃんこそ、何でココにいんの?」
    「そ、その……」
     口ごもる晴奈を見て、小鈴はぱたぱたと手を振ってさえぎる。
    「あ、いいのいいの、言いたくなかったら言わなくても」
    「は、はぁ」
    「あたし、ココの出身なのよ。あっちこっち旅して、久々に帰ってみようかなーと思ってココに来たら、晴奈ちゃんと会ったってワケ」
     と、ここで小鈴が何か思い付いたらしく、ポンと手を打った。
    「あ、そうそう晴奈ちゃん、お腹空いてない?」
    「え? えー、まあ多少、小腹は空いております」
    「それなら丁度いいかも。美味しいお店、連れてってあげる。あたしの兄さんがやってるトコなんだけどね」
    「ほう……。では、お言葉に甘えて」
     小鈴は嬉しそうに、晴奈の手を引いて促す。
    「そう来なくっちゃ! さ、行こっ」
     小鈴に手を引かれるまま、晴奈は市街地を北に上がっていく。
    (あれ……? ここはさっき、通ったような?)
    「こっち、こっち。あの道を右に曲がったトコ」
    「え」
     その先へ進んだところで晴奈は驚き、立ち止まる。小鈴が店の戸を開けたところで、店主の驚くような声が返って来た。
    「いらっ……、あれ? 今度はどうしたの、黄さん?」
    「ん? 晴奈ちゃん、兄さんと知り合い?」
    「まあ、その。……何と言うか、まあ」
     風木と小鈴のきょとんとした顔を見て、晴奈は気恥ずかしさを覚えた。



    「だははは……、まさか、小鈴と知り合いだったとはなー」
     風木は妹と晴奈を前にし、大笑いしていた。
    「まさか、一日に三度も同じ店に立ち寄るとは」
    「ホント面白い子ねー、晴奈ちゃんって」
     小鈴の言葉に、風木はまた笑い出す。
    「ぶ、くくく……。面白いのはお前だよ、小鈴。俺の上客、引っ張ってくるとはなー」
    「偶然よ、偶然」
     口をとがらせる小鈴を見て、晴奈も思わず、クスッと笑ってしまう。
    「それにしても、兄妹だとは思いもよらなかった」
    「『虎』とエルフだしね、顔もあんまり似てないし」
    「血、つながってんのになー」
     そう言ってまた、2人は笑う。
    「んで、旅はどうだった?」
    「うん、大変だったわー」
     小鈴はコキコキと首を鳴らしながら、しみじみと語る。
    「もーね、日上関係がうざいのうざくないのって!
     央中も央北も、酒場や食堂、喫茶店や宿でちょっと耳を傾ければすぐ、北方がどーの、北海でこーの……!
     持ってたクラムもどインフレで一時期ゴミみたいになっちゃうし、克が日上中佐をボコボコにしてなきゃ、絶対クラム安、止まってなかったわよ!」
    「日上が、やられた!?」
     晴奈は仇の情報に、猫耳をピンと立てる。
    「やられたっつっても1年前のコトだし、死んでないわよ。
     北海で王国軍と中央軍が衝突して、最初は王国側の日上中佐が大活躍してたのよ。で、ずっと王国軍が優勢だったんだけど、そこで中央軍が克を呼んで、日上を倒すように依頼したらしいのよ。
     んで、日上は左目を潰される重傷を負って敗走、王国側は北海の大部分から撤退。今は膠着状態が続いてるって話よ。
    ま、そんなだから風向きが変わってクラムの価値も大分戻ってきてるし、央中・央北を旅するなら、今が行き時かもね」
    「ふむ……」
     晴奈は懐から銀貨を取り出して机の上でコロコロと転がし、眺める。
    「まったく、世俗と言うのはややこしいな」
    蒼天剣・世俗録 3
    »»  2008.12.14.
    晴奈の話、第167話。
    まじゅつし こすずが なかまになった!

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     その後も小鈴から仇の日上について聞き出し、敵についておおよその事情がつかめた。

     日上風中佐、北方に帰化した央南人の孫で、虎獣人の男性。
     元は軍の諜報部で戦闘要員として活動していたが、後に軍の特殊強化訓練を経て、尉官、佐官と異例の昇格。中央政府との戦争で頭角を表し、対大火の急先鋒として活躍していると言う。
     事実、それまで誰も歯が立たなかったと言う「黒い悪魔」と互角に渡り合い、重傷を負うも大火を退かせることに成功し――小鈴によればこれは北方側の誇張であり、実際のところは大火が日上を倒したところで大火の興が冷めたらしく、そのまま「契約履行」として帰ってしまったそうだ――今や北方では、英雄として名が通っている。



    「何が英雄だ!」
     小鈴の話を聞き終えた途端、晴奈は憎々しげにつぶやいた。その様子を見た橘兄妹は顔を見合わせ、風木が尋ねる。
    「なあ、黄さん。アンタの旅の目的って、もしかして日上か?」
    「そうだ。彼奴は私の友人、エルスが持っていた剣を盗み、黄海から逃げたのだ」
    「ま、日上らしいっちゃ、らしい話ねー」
     小鈴の言葉に、風木もうなずく。
    「うんうん。日上中佐って北方じゃ英雄って言われてるけど、ぶっちゃけ大陸じゃ評判悪いもんな。
     無類の女好きで、暇さえありゃあっちこっちで口説いたり遊んだりしてるらしいし。奴が使ってる鎧にしても、ネール家から奪ったとか、言いくるめて譲り受けたとか言われてるし。
     あんまり、まともな人間じゃ無さそうだなー」
    「うーん……」
     と、小鈴は心配そうな顔で、晴奈に尋ねてくる。
    「ねー、晴奈ちゃん。もし日上に追いついたら、どーすんの?」
    「どうすると言っても……、奪い返すしか」
    「できると思う? 相手は克と張り合った実力を持ってんのよ?」
    「……うーむ。確かに問題無いとは言えません。(黒炎殿には戦わずして負けているし)ですが……」
     反論しかける晴奈を、小鈴は人差し指をピンと立てて制する。
    「勿論あたしも、晴奈ちゃんの噂は聞いてるわよ。19で焔流免許皆伝、黒炎教団との戦争でも大活躍した。すごいわ、確かにそう思う。
     でも、たった一人で立ち向かうには、あまりにも強い敵でしょ?」
    「それは、そうですが……。しかし、やらねばならぬのです」
     晴奈は強い語調で返す。
     それを聞いて、小鈴は「うんうん」と首を振る。
    「そー言うと思ったわ。良かったら、あたしが手伝ってあげるわよ。あたしもまだ、旅しようと思ってたしね」
    「本当ですか!?」
     思いもよらない小鈴の言葉に、晴奈は目を丸くした。
    「ホント、ホント。あたしもそれなりに腕には自信があるし、この杖がある限り負けたりしないわ」
     そう言って小鈴は杖をしゃらん、と鳴らす。
    「以前から思っていたのですが、その杖、相当な業物のようですね。何と言うか、強い力を感じておりました」
    「んふふ……、そりゃそうよ。この『橘果杖 鈴林』は『神器』なんだからね」
     風木も腕を組み、自慢げに首を振る。
    「橘家に伝わる家宝だ。そいつと小鈴の魔術がありゃ、並の兵士くらいじゃ相手にならん。
     ま、それに小鈴が付いてりゃ、黄さんも旅先で困ったりしないだろ。人間、そうそう『旅の賢者』や『白猫の夢』なんて言う吉兆、お導きに出会えたりしないからな」
    「賢者と、白猫……」
     脳裏にモールの憎たらしげな笑顔や、夢の中で会った「猫」の姿が蘇るが、残念ながらそれらの話については、聞く機会を逸してしまった。
    「見知らぬ土地への旅は慣れてる奴と一緒じゃないと、危険だからな。
     その点、小鈴が付いてりゃ超安心だぜ」
    「ってコトでよろしくね、晴奈ちゃん」



     その晩、晴奈は小鈴と風木の家、橘家に泊まらせてもらうことになった。
     晴奈は床に就く前、小鈴に尋ねてみた。
    「橘殿は、何故ずっと旅を?」
    「ん? まあ、この杖が理由かな」
     そう言って小鈴は、傍らに置いていた杖、「橘果杖 鈴林」を手に取った。
    「ずーっと昔にひいばあちゃんが、この杖をもらったのよ。ある人に貢献した、そのお礼ってコトで。
     この杖、さっきも言ったけどすごい杖なのよ。あたし一人じゃせいぜい、小石を飛ばすくらいしかできないけど、この杖があれば岩だって飛ばせる。
     ソレだけでも十分すごいけど、も一つこの杖だけが持つ、不思議な力があるの」
     そこで小鈴は言葉を切った。妙な間が置かれ、晴奈は困惑する。
    「橘殿?」
    「ま、持ってみて」
     橘はそれだけ言って、杖を晴奈に差し出す。晴奈は言われるがまま、杖を握ってみた。
    《……》
    「……む?」
     すると一瞬だが、声のようなものが聞こえた気がした。
    「聞こえた?」
    「は、い」
     ぎこちなくうなずく晴奈に苦笑しつつ、小鈴が続ける。
    「これが杖の、本当の力。意思を持っているのよ、杖が。
     旅好きな子でね、何年か、何十年かに一度、『連れてって』って夢に出てくんのよ。ソレを見たウチの人間が、その役目を務めるってワケ。だから、あたしは旅をしてるの。この杖を楽しませてあげるために、ね。
     あ、そうそう。実はね、この杖をくれたのは……」
     晴奈には何となく、誰がこの杖を作ったのか察していた。
     こんな「神器」を創れる人間は晴奈の知る限り、この世に一人しかいないからだ。



     晴奈は夢を見た。
     白猫の夢ではない。手首や足首に鈴を山ほど付けた、エルフの少女の夢だ。
    《こんにちはっ、晴奈》
    「こんにちは、……?」
     一体この子は誰なのだろうと考え、すぐに思い当たった。
    「杖、か?」
    《当たりっ。ちょっとだけ、話をしようと思ってねっ。
     昔、アタシを刀で思いっきし叩いたでしょっ? 痛かったんだよっ、あれっ》
    「あ」
     晴奈の脳裏に、小鈴と戦った時の記憶が蘇る。
    「そう言えばそんなことも……。大変、失礼した」
     杖はケラケラ笑い、手を振る。それに合わせて、手首の鈴がシャラシャラと鳴る。
    《まあ、謝ってもらうだけでいーよっ。これから一緒に旅するんだし、それだけ言っときたかったんだっ。
     よろしくね、晴奈っ》
     そこで目が覚め、晴奈は自然と笑みを浮かべた。
    (杖の夢、か。……ふふっ)
     笑っていると、小鈴の傍らにあった杖がちり、と鳴った。

    「それじゃ、元気でな」
    「うん、兄さんもお店、頑張ってね」
    「それでは、行って参ります」
     風木に別れを告げ、晴奈と小鈴は弧月を後にした。
     次の目的地は屏風山脈、その頂上部にある黒炎教団の総本山、黒鳥宮である。

    蒼天剣・世俗録 終
    蒼天剣・世俗録 4
    »»  2008.12.14.
    晴奈の話、第168話。
    克大火の昔話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「しつこい奴だ」
     大火は毒づきながら、その急坂を滑るように下る。いや、まさに立て板に水のごとく流れ落ちているのだ。飛翔の術、「エアリアル」の応用である。
     彼の背後から、いかにもと言った風体の戦士が追いかけてくる。大火とは違い、己自身の脚力をもって追っているのだが、魔術の達人である大火の強力な術に離されること無く、じりじりと追い上げている。
    「ただの人間では、ないな。……面倒だ。『テレポート』」
     呪文を唱えた途端、大火の姿は消え始める。追いかけていた男は一瞬動きを止めたが――。
    「『フォースオフ』! 逃がさんぞ!」
    「何……!?」
     消えかけていた大火がふたたび現れ、地面に着地した。
    「俺の術を破っただと?」
    「お前のやりそうなことは、すべてアレフから聞いている! 観念しろ、タイカ!」
    「アレフ? ……ああ、あのフードの男か? まったく何十年もかけて、くだらないことばかりしてくれるものだ」
     大火はまた毒づき、刀を抜いた。
    「そんなに相手をしてほしいなら、存分にしてやろう。……容赦せんぞ、リュークとやら」
     大火の体から、あの煤のような闘気が噴き出した。

    「く、……やるな」
     数時間後。
     大火は思わぬ劣勢に立たされていた。相手の力量を読み違えたのだ。
     左腕の肘から先が、無残に断たれている。敵のリュークが無理矢理に、素手で引き千切ったのだ。
    「度し難い馬鹿力だ。まさか『漆黒のコート』ごと、俺を千切るとは」
     リュークはコートの袖が絡まったままの大火の左腕を投げ捨て、勝ち誇ったように笑う。
    「さあ、そろそろ死んでもらうぞ……!」
    「フン。左腕を奪ったくらいで、俺に敵うと思うのか?」
    「思うさ。……さあ解体してやる、『黒い悪魔』!」
     リュークが叫び、両手を挙げたその瞬間――。
    「たーッ!」
     リュークの背後から、棍棒が飛んできた。
    「ぐあ!?」
     リュークの集中が一瞬、棍棒を投げた「狼」に飛ぶ。
    「だ、誰だ!? いきなり、何をする!?」
     その油断を、大火は見逃さなかった。
    「お前な。敵と対峙する、生きるか死ぬかの瀬戸際で……」
     残っている右腕で、後ろを向いたリュークの頭をつかむ。
    「な、何を」
    「……油断するような阿呆が、俺に勝てると思うな。『ショックビート』」
     リュークは一瞬ビク、と震え、耳、鼻、そして目と口から、血を垂れ流した。
    「百年早いぜ」

    「助かった。礼を言うぞ」
     10分後、自身の腕を魔術で完全に治した大火は、助太刀した「狼」に礼を述べた。猟師風のその狼獣人は、照れくさそうに笑みを返す。
    「いえ、そんな……、へへ」
    「一つ聞く」
     大火は使い物にならなくなったコートを脱ぎ捨てながら、狼獣人に尋ねた。
    「あ、はい」
    「何故俺の方を助けた? あの状況なら俺ではなく俺の敵に加勢したとしても、不思議は無いが」
    「えーと、そのー……、はは」
    「狼」はまた、恥ずかしそうに笑う。
    「何だ?」
    「あなたの方が、かっこよかったから」
    「クッ」
     思いもよらない答えに、大火は吹き出した。
    「クククク、ハハハ……、俺は人気俳優か? そんなことを言った奴は、今までお前だけだぞ」
    「いえ、でも。本当に、かっこいいですよ。何か、迫力あるし。超大物、って雰囲気がプンプンしてますもん」
    「ククク……」
     大火は初対面のこの狼獣人を、すぐに気に入った。
    「俺は克大火と言う。お前の名は?」
    「あ、はい。ウィリアム・ウィルソンと言います。あ、ちなみにオレの家系、皆W2個なんですよ。代々ずーっと」
     それを聞いて、大火はまた破顔する。
    「ククク……、まったく面白い奴だな、ウィリアムとやら」
     ウィリアムと呼ばれ、「狼」はチ、チ、と指を振る。
    「ウィルと呼んでください、カツミさん」
     狼獣人ウィルは、人懐っこそうに笑った。



    「……と、コレが黒炎教団の開祖、ウィリアム1世と克大火の出会いだそうよ」
    「ほう……。やはり何と言いますか、おとぎ話のようですね」
    「ま、そりゃねぇ」
     屏風山脈を登る道中、晴奈は小鈴から、黒炎教団の起源とされる逸話を教えてもらっていた。
    「んで、この山がウィリアムと克の出会った場所。
     元々ウィリアムはこの山で猟師をしていたんだけど、克と出会い、彼を助けたコトでその人生は一変。
     その後は克の親友として彼を支え続け、出会ってから10年後の双月暦340年、この山脈の頂上部に――」
     小鈴は杖で、山頂の黒い建物を指し示した。
    「あの黒鳥宮を建立し、黒炎教団を創設したの」
    蒼天剣・黒峰録 1
    »»  2008.12.15.
    晴奈の話、第169話。
    天空の霊園。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     晴奈は前に一度、大火に連れられて中に入り、その広さに辟易したことがあったが、外側から改めて眺めると、その巨大さが良く分かる。
     宮を囲む壁が、山の端から端まで続いているのだ。
    「山頂部でこの壁の長さと高さとは、驚嘆に値しますね。一つの街と言っても、過言ではない」
    「そうねー。何しろ屏風山脈の一角、黒狼山を丸々覆っているから。あたしも中に入ったコト無いけど、割と快適みたいよ。こーんな山のてっぺんなのにね」
     小鈴はぐるりと辺りを見回し、ため息をつく。
    (中に入れば黒炎殿やウィルのことが何か、分かるかも知れぬが……)
     晴奈もため息をつき、その考えを自ら却下した。
    (休戦したとは言え、焔と黒炎は仲が悪い。障らぬ神に祟りなし、だ。
     それに黒炎は密教と聞く。焔と関係の無い橘殿であってもすんなり入らせてくれるとは、到底思えぬ)
     晴奈の予想通り、黒鳥宮の入口には門番が2名、矛を持って立っており、目が合うと、彼らはギロリとにらんでくる。
     彼らの後ろにある扉も堅く閉ざされており、誰でも入れるような気配はまるで無かった。
    「どしたの、晴奈? 行きましょ」
    「あ、はい」
     晴奈はもう一度ため息をつき、その場から去った。

     黒鳥宮を過ぎた二人は、そのまま道を下っていく。
     やがて右手一面に、広々とした平原と、そこに林立する石碑群が見えてきた。
    「あれは……」
     小鈴が短く、答える。
    「お墓ね。教団の霊園ってトコかしら」
    「そう、ですか」
     そこでまた、晴奈は立ち止まった。
    「さっきからどしたの、晴奈?」
    「あ、いえ。……あの、戦争で戦った相手も大勢いるでしょうから、少し、参ってきます」
    「は?」
     目を丸くする小鈴に一礼し、晴奈は霊園に足を踏み入れた。
     風の強いこの山では、始終口笛のような風の音が、途切れること無く吹き続けている。
     その強い音はまるで――。
    (死者の囁きのようだ)
     ごうごう、びゅうびゅうと絶え間なく鳴り続ける風は確かに、誰かの話し声のようなざわめきをはらんでいる。
     晴奈は背筋にひやりと、冷たいものを感じた。
    (私を、拒んでいるのか)
     そう思った瞬間、急に風が強くなる。
    「わ……」
     その風に、晴奈がかぶっていた帽子が飛ばされる。
    「あっ」
     晴奈は帽子を追いかけ、霊園をさらに奥へと進んで行く。
     少し歩いたところで不意に風がやみ、帽子はすとんと地面に落ちた。
    「まったく。……本当に、死者のいたずらか?」
     体を屈めて地面に落ちた帽子を手に取り、ほこりを払う。
     と――。
    「あなた……、旅の方? ここで、何をしているの?」
     屈んでいた晴奈に、影が落ちる。
     晴奈は帽子を被って立ち上がり、前に立ったその人物に軽く頭を下げた。
    「いかにも、旅の者です。
     先の戦争で、央南側として戦っておりました。央南人は戦い、死んだ者に敬意を表する習慣がある故、一応の弔いをせねばと思い立ち、ここに足を踏み入れた次第です」
     前に立っていた、眼鏡をかけた「狼」の女性は、晴奈の言葉に複雑な顔をする。
    「そう。……そう言う気持ちなら、ここには来ないで欲しい。
     敵に弔われるなんて、彼らには耐えがたい屈辱だろうし」
     冷たくそう返され、晴奈は帽子を取って深々と頭を下げた。
    「失敬しました。あなた方がこの行為を冒涜とされるならば、速やかにここを離れます」
     と、帽子を取った晴奈の顔を見て、「狼」は驚いた様子を見せた。
    「あなたは……? どこかで会ったわね?
     ……そう、思い出した。テンゲンの、講和会議。大将さんの後ろに立っていらした方ね?」
    「え?」
     そう問われ、晴奈はこの女性が誰だったか記憶を探る。
     そしてすぐに、ある者の名が浮かんできた。
    「あなたは確か、……ウェンディ司教? ウェンディ・ウィルソン台下でしょうか」
     女性はやはり冷たい表情のまま、静かにうなずいた。
    蒼天剣・黒峰録 2
    »»  2008.12.16.
    晴奈の話、第170話。
    黒炎教団の「活動」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     困っている者を助けることも布教、つまり宗教組織の活動の一環である。
     黒炎教団も宗教組織であるから勿論、そうした救済活動を行っている。ただし「助ける代わりに何らかの寄進、もしくは入信を……」と言う名目の元に行われており、救済に対しはっきりとした見返りを要求する点は、他の宗教と大きく異なっている。
     こうした性格を持つためか商売事も手広く行っており、その質と手際も、大抵の店や商会と引けを取らない。



     宮内には入れないものの、山を少し下ったところには教団が運営する宿があった。
     陸路を利用するのは海路を利用できない者、即ち公的機関に目を付けられている者や、貧しい者が多い。そう言った者たちが集まると場は決まって雑然とし、きな臭くなるものだ――と、晴奈は思っていた。
     ところが――。
    (……ふむ? これは意外だった)
     確かに少し騒がしくはあるが、どこの席も落ち着いた雰囲気で、食事を楽しんでいる。
    「もっと騒々しいと思った?」
    「あ、いえ」
     ウェンディは近くの席に座り、コーヒーを注文する。
    「ここも教団の管轄だから、騒ぎは控えているのよ、みんな。騒げばうちの僧兵が黙っていないから」
    「なるほど」
     すぐに運ばれてきたコーヒーをすすりながら、ウェンディはこの飲み物について語る。
    「コーヒーはこの山系の特産物で、黒炎様も大のお気に入りだそうよ。猊下と話される時はいつも、口にされるの。本当にあの人は、黒い物が大好きらしくて。
     でもね、私たちは黒炎様のお姿を拝見したことが無いの。猊下は良く、『宮内を練り歩いていらっしゃる』と仰っているのだけれど」
    「ふむ」
     ウェンディは少し上を向き、大火についての想像を語る。
    「きっととても、恐ろしい姿をしたお方なんでしょうね。神話やおとぎ話では良く、悪鬼羅刹の如く描かれていらっしゃるから」
     実際の大火を見知っている晴奈は、ウェンディの認識と実像があまりにもかけ離れていることに――南海の島で見た、料理と茶を振る舞ってくれた彼の姿を思い出して――危なく笑ってしまいそうになった。
    「ふ、……ごほっ」
     慌てて咳をし、ごまかした晴奈を見て、ウェンディがじっと見つめてくる。
    「大丈夫?」
    「え、ええ。あ、それではいただきます」
     晴奈と小鈴も、コーヒーに口を付けてみる。
    「……ぅ」
    「苦かったかしら?」
    「あ、いえ。……熱くて」
    「ああ、そうね。『猫』だものね」
    「美味しいです、すごく」
    「それは良かった」
     晴奈はチラ、と横の小鈴を見る。小鈴は複雑な表情を浮かべており、いかにも苦そうにしている。
    「悪いけれど砂糖は無いわよ」
     顔をしかめる小鈴に対し、ウェンディはやはり冷淡ともとれる、素っ気無い態度を見せる。
    「存じてます。教義の一つですよね、確か。甘いものは厳禁、だとか」
    「ええ」
     ウェンディは晴奈に向き直り、眼鏡を中指で直しつつ、一際冷たい視線を向ける。
    「それで、コウさん。ウィルバーは、どうなったの?」
     鋭い目に見つめられ、晴奈も態度を堅くする。
    「どう、とは?」
    「2ヶ月近く前、あなたと勝負しに行くと言って離れたきり、彼は戻って来ない。
     弟は死んだの? あなたが、殺したの?」
    「殺してはおりません、が……」
     晴奈はどう説明していいか迷い、言葉を選びながら話す。
    「……分かりません。
     勝負の途中で、ウィルバーは、その、川に流されました。それきり発見されておらず、その、……死んだ、と言う可能性は、少なく、ないかと」
    「そう」
     ウェンディはそこでまた、眼鏡を直した。
     その後は静かに、3人のコーヒーをすする音だけが続いた。

    「コウさん」
     一足先にコーヒーを飲み終えたウェンディが、晴奈にまた、あの鋭い目を向けた。
    「何でしょうか」
     晴奈は半分ほど残ったコーヒーを置き、顔を上げる。
    「あなたの力量が知りたい」
    「力量?」
    「私の弟は粗暴な子だったけれど、確かに強いはずだった。
     あの子を惹きつけ、打ち倒したあなたの力を、私はこの目でじっくり見てみたい」
    「それは、つまり」
     ウェンディは眼鏡を外し、一層きつい視線を向けてきた。
    「勝負、仕合うと言うこと。私と勝負していただけるかしら」
     晴奈はコーヒーを飲み干し、はっきりと応えた。
    「望むところです」
     それを受け、ウェンディは席を立ちつつ、こう続けた。
    「勝負は今宵、6時。黒鳥宮の門番に、私からと言えば入れてくれるわ。中にある北修練場で待っているわ。
     あと、ここはサービスしておくわ。宿も無料で利用できるよう言っておくから」
     それだけ言って、ウェンディは宿を後にした。



     小鈴はぶすっとした顔で、ウェンディの態度を非難していた。
    「あの女、めちゃくちゃ冷たかったわね。あたしなんかほとんど無視されてたし」
    「確かにそうですね。ずっと私の方を見ていたような」
     ウェンディの口添えで借りた部屋で、晴奈は刀の手入れを、小鈴は杖の手入れをしていた。
    「ウィルバーって確か、10年くらい前に晴奈と戦ったあの『狼』よね。風のうわさではライバル同士だって聞いてたけど」
    「ええ。2ヶ月ほど前、彼奴と最後の一騎打ちになり、結果、先程話したように彼奴は川に流され、それきり消息が……」
    「そっか。……ソレであのお姉さんが仇を、かなぁ」
     小鈴のその言葉に、晴奈の猫耳がピク、と揺れた。
    「仇?」
    「でしょ?」
     晴奈はこの時始めて、全身に冷たいものを感じた。
    (そうだった……! そうだな、確かに。あの女にとって、私はウィルの仇なのだ。
     この勝負果たして、勝って良いものなのか?)
     晴奈の心にじわ、と迷いが生まれた。
    蒼天剣・黒峰録 3
    »»  2008.12.17.
    晴奈の話、第171話。
    女戦士V.S.女戦士。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     時刻は6時になり、夏でも肌寒い屏風山脈の風が、より冷たく吹き始めていた。
     宮内に通された晴奈は、宮内の至るところで怒りと恨み、好奇の視線を向けられていた。焔に対する怒り。ウィルバーを初めとする、彼らの同胞たちを討った恨み。
     そして「なぜウェンディ卿が、この女を呼んだのだろうか?」と言う好奇の目である。
    (息が詰まりそうだ)
     晴奈はひたすら黙ったまま、ウェンディのいる北修練場へと進んでいった。

    「よく来たわね」
     北修練場に着いてすぐ、ウェンディが出迎えた。
     昼頃に見た司教の祭服ではなく、ウィルバーと同列の、高位の僧兵が身にまとう戦闘服を着込んでいる。
     そしてその脇には、矛が突き立てられていた。
    「あなたは焔流の剣士と言うことだから当然、刀使いね。私は矛を使うわ」
     ウェンディが矛を手に取り構えた瞬間、晴奈はぞっとした。
    (この殺気――相当な腕前か)
     晴奈も刀を抜くが、その身のこなしに精彩を欠いているのが、自分でもはっきり分かる。
     対するウェンディも晴奈の動揺を見透かしたらしく、侮った口調で尋ねられる。
    「どうしたの? 臆した?」
    「……まさか」
     晴奈はウェンディとの間を詰めながら、ぽつりと尋ねる。
    「何故、私をここに呼んだのです?」
    「言ったはずよ。あなたの力量を知りたいの」
    「それだけ、ですか?」
    「他に何があると?」
    「私を、ここに……」「ここに閉じ込めて、袋叩き?」
     晴奈の言葉を先読みして、ウェンディは笑う。
    「あはは、そんなわけ無いじゃない。
     確かにあなたは焔だし、敵よ。でも休戦した今、わざわざリンチする理由は無いわ。もしそんなことをして焔から恨みを買えば、また戦争になるかも知れない。そうなれば教団に多大な危険が及ぶことになる。
     黒炎教団員50万の命を取るに足らない私情で振り回し、無碍に扱うほど、私たちウィルソン家の人間のほとんどは、愚かでも残酷でも無いわ。
     だからコウさん、あなたの命は保障してあげる。……誇りまでは、保障しないけれど」
     そこで言葉を切り、ウェンディは矛を振り上げて襲いかかってきた。

     ウィルバーの戦い方を「烈」とするならば、ウェンディのそれは「轟」であった。
     手先だけではない、腕や肩、脚、腰と言った体全体の回転を加えることにより、一撃、一撃が強烈なうなりを上げて、防御を貫く。
    「が……ッ」
     攻撃を刀で受けるも、その衝撃はそのまま刀を通り抜け、晴奈自身に流れてくる。一撃受ける度に晴奈の体が一瞬浮き、押され、弾かれて、晴奈の体力を確実に削り取っていく。
    「ほら、どうしたの!?」
     ウェンディが体を大きくひねり、矛をぐるんと、縦に半回転させる。矛の柄がしなるほどの猛烈なその威力を、晴奈は余すところなくぶつけられた。
    「くっ、う……」
     自分より頭半分背の低い相手から到底出てくると思えないような、猛烈で鋭いその攻撃に、晴奈は翻弄されていた。
     だが、何度も得物を交えるうち、晴奈の心は次第に冷静さを取り戻していく。
    (ともかく、だ。ともかく、恨みつらみの勝負ではなかった、それは確かだ。ならば何も、気を使う必要は無い。
     遠慮も、配慮も、思慮も――慮ること、一切無用!)
     また、ウェンディの回転払いが来る。それが届く直前、晴奈は飛び上がった。矛はゴウ、と音を立てて空を切るが、晴奈はその上、空中でやり過ごす。
     矛をそのままぐるんと一回転させたところで、ウェンディがニヤッと笑う。
    「そう来なくちゃ、……ねッ!」
     平面的に流れていた矛が、今度は垂直に跳ねる。
     矛の先端がそのまま真上にいた晴奈へ向かい、伸びていくが――。
    「まだ、まだあッ!」
     晴奈は矛を刀で受け、その衝撃を上に逃がす形でいなす。
     晴奈の体はさらに上へ跳び、ウェンディの頭上高くへと舞う。
    「なッ……!?」
     晴奈の跳躍した距離はウェンディの予想を上回ったらしく、彼女の目が一瞬、点になる。
    「く、この……!」
     それでもウェンディは即応し、矛を頭上の晴奈へ向かって突き出す。その先端が晴奈に達しようかと言う、その瞬間――。
    「あなたの……」
     晴奈は刀の鍔元を矛の先とがぢ、とかみ合わせ、柄と刀身の背を持ってぐりっとひねる。
    「あ……っ!」
     刀と矛が絡まり、上に向かって伸ばしていたウェンディの手から、矛の柄が離れる。
     完全に空中に浮いた矛を伝って、晴奈はその柄を滑る。矛が地面に落ちたその瞬間、晴奈は柄を蹴ってウェンディとの距離を一瞬で詰め――。
    「……あなたの負けだ」
     文字通り、あっと言う間に決着は付いた。
     晴奈の刀が、ウェンディの首筋に当たっていた。
    蒼天剣・黒峰録 4
    »»  2008.12.18.
    晴奈の話、第172話。
    晴奈のきもち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ウェンディが言った通り、晴奈はそのまま何事も無く、黒鳥宮の外へと退出できた。
    「晴奈っ」
     門前で待っていた小鈴が、心配そうな顔で駆け寄ってくる。
    「小鈴殿、ご心配をおかけしました」
    「大丈夫? ケガしてない? 変なコトされてない?」
    「心配ご無用。五体無事に帰ってまいりました」
    「そう、……良かった」
     と、ここまで晴奈を送ってきたウェンディが、二人の様子にため息をついた。
    「コウさん。あなたのことを、じっくりと観察させていただきました。
     技量は申し分無し。いいえ、それどころか感服しました。『エアリアル』も使わず、あのように宙を舞って戦う者がいるとは、思いもよりませんでした。
     そしてあなたの人柄も、決して悪いものでは無いと分かります。少なくともそんな風に心配される方が、悪人とは思えませんから」
    「え、と……、はぁ」
     晴奈はウェンディが何を言いたいのか見当が付かず、曖昧な返事を返す。その心中を見抜いたらしく、ウェンディはこう続けた。
    「あなたに恨みを向けることは今後、一切無いと約束します。いいえ、そもそも弟の件で恨みを誰かにぶつけると言うこと自体が、筋違いなのでしょう。
     先程も申し上げた通り、私たちウィルソン家は、大勢の教団員を庇護すべき立場にあります。ですから普通の家庭より、家族に対してかける情はどうしても薄くならざるを得ません。少なくとも私は、公における兄弟や親族たちとの関係は、他人のようでした。
     ウィルバーにきつく当たることも多く、その結果あんな風に、弟の性格をねじ曲げてしまったのかも知れません。
     ……ですが、これだけは確か。私たちは、多少なりともあの子を愛していました。早くに母を失ったあの子を、私たちなりのやり方で、愛情をかけたつもりでした」
     ウェンディは眼鏡を外し、晴奈たちから顔を背ける。既に辺りは暗くなっており、顔をはっきり見るのは難しかったが、それでも涙を浮かべているのは確認できた。
    「私が、原因なのです。ウィルソン家からあの子を勘当したのは、他ならぬ私。
     私がもし、普段からもっと優しい言葉をかけ、勘当などしなければ、あの子は死ななかったはず」
    「ウェンディ卿……」
    「……コウさん、あなたは知らないでしょうが、1年半くらい前から、あの子の話に良く、あなたが出てきていました。
    『セイナと言う猫獣人が、とても強いんだ』『セイナは焔の剣士でつっけんどんな奴だけど、本当にかっこよくって』『セイナがオレの相棒だったらなぁ』……、と。
     周りの上下関係が厳しく、友達のいないあの子にとって、あなたは唯一対等に語り合えた、親友同然の存在だったのでしょう」
    「……そうですか」
     晴奈は複雑な思いで、ウェンディの独白をただ聞いていた。
    「もし、焔と黒炎の間で争いが無く、今回の戦争も無かったなら――もしかしたら私は、あなたを義妹と呼んでいたかも知れませんね」
     ウェンディはそれだけ言って涙を拭い、黒鳥宮に戻っていった。



    「晴奈」
     宿に戻った晴奈は、小鈴と話をしていた。
    「はい?」
    「アンタはどうだったの?」
    「何がです?」
     小鈴は杖の鈴をいじりながら、いたずらっぽく尋ねる。
    「ウィルバー君のコト、好きだった?」
    「……分かりません。敵とは言え、憎からず思っていたのは確かです。でも、それが色恋の感情なのか、それは私にも度し難い」
    「そう」
     小鈴はまだ鈴をいじっている。
    「アンタさ、恋ってしたコトあったっけ」
    「……無かったと思います」
    「そっかー」
     鈴をいじる手が止まる。
    「あたしは、色々あったなー。
     ……ほら、エルフって若い時代、すっごく長いじゃん? あと15、6年はさ、同じように生きられるとしてさ、通算30年くらい、今の晴奈とカラダ的にはタメでいられるんだよね。
     ……だからさ、えっと、何言いたいかって言うと、えーと」
     また、鈴をいじり出す。
    「そんだけ時間があっても、あたしは全部、恋愛に使える気がすんのよ。ホント、恋愛ゴトは楽しいわよ。……ちょこっと、苦しい時もあるけどさ。
     断言しちゃうけどさ、アンタのその気持ち、やっぱ恋だと思うんだ」
    「そう、……でしょうか?」
    「絶対そーよ。ウィルバー君のコト思うと、楽しさと苦しさが一緒に来ない?」
     晴奈は自分の胸に手を当て、内省してみる。
    「……、そう、ですね。語り合ったり、戦ったりしていた時、本当に楽しかった。
     でも逆に、ののしり合う時、にらみ合っている時、何故だか苦しい気持ちにもなっていました。私は……」
     晴奈は顔に手を当て、ゴシゴシとこする。
    「……どうなのでしょう? やはり、恋、だったのでしょうか?」
    「あたしは、そうだと思う。ま、晴奈が『絶対違う』って言うなら、反論しないけど」
    「……」
     晴奈はそれきり、黙りこくる。
     しばらく様子を見ていた小鈴は杖を置き、優しくつぶやいた。
    「死んでないといいね、ウィルバー君」
    「……私も、そう願っています」
     日中、様々なことがあったその日の夜は、静かに更けていった。

    蒼天剣・黒峰録 終
    蒼天剣・黒峰録 5
    »»  2008.12.19.
    晴奈の話、第173話。
    世界最大級の街。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     その昔、ゴールドマン家――いわゆる金火狐一族は央中の北東部、カレイドマインと言う街に住んでいた。
     その街には巨大な鉱脈があり、「ゴールドマン」の名は、黄金を初めとする莫大な量の貴金属を掘り出し、加工して売っていたことに由来する。
     ところが3世紀の終わり頃になって、その鉱脈が尽きた。金はおろか、錫や鉛すら出なくなってしまったのだ。鉱業を主軸産業としていた金火狐一族は新たな鉱脈を求め、カレイドマインを捨てた。
     そして移り住んだのが、カレイドマイン以上の金鉱が存在する砂浜の街――ゴールドコーストだった。



     高台に登った途端、晴奈の目が点になる。
    「お、……わ」
     黄海も、青江も、天玄も、黒鳥宮さえかすむほどの、巨大さ。
    (み、見えない)
     どこまで続いているのか、どこで終わるのか。端が、どこにも見当たらない。
     横にいた小鈴が、嬉しそうに笑っている。
    「ビックリした?」
    「し、しました」
     晴奈はその街のあまりの大きさに、絶句するしか無かった。
    「これが、ゴールドコースト……」

     晴奈がこれまで訪れたどの街よりも、ゴールドコーストは巨大で雑多な都市だった。
     まず驚いたのは、街を護る壁の存在。黄海などにもこうした街壁はあったが、それはもう少しくっきりと、街と、街の外とを区切っていた。
     ところがゴールドコーストの壁は、幾重にも重なって備え付けられ、その半分ほどが街に食い込んでいるかのように、ぶつりと断たれて立っていた。
    「この壁は何故、まばらに?」
    「壁を作るスピードより、街が成長するスピードの方が早かったのよ。
     何年もかけて壁を築いたトコで、その内側の街が収まりきらなくなって、もっかい壁を作り直してるトコに、また新たな都市計画が持ち上がって、……って繰り返しの名残ね」
    「ほう……」
     その一事だけでも、この街がどれほど栄えているのかが、晴奈には良く分かった。

     やがて二人は、一際ざわめく場所――市場にたどり着いた。
    「ココから市場になるんだけど、晴奈」
     小鈴はぎゅっと、晴奈の手を堅く握りしめた。
    「離れちゃダメよ。離れたら大人でも迷子になるからね」
    「は、はい」
     小鈴の言う通り市場の混み方は尋常ではなく、あちこちから来る人の波に呑まれそうになることが、何度もあった。
    「はいはい寄ってらっしゃい寄ってらっしゃーい」「わ、っとと」
     客引きに肩をつかまれる。
    「おねーさんおねーさん、可愛いアクセ入ってるよー」「い、いらぬ」
     アクセサリを無理矢理付けさせられそうになる。
    「ご飯食べてかない? 食べるだけ、お酒とかはサービスするから」「遠慮するっ」
     いかにも怪しげな店に連れて行かれそうになる。
    「……ぷは、やっと抜けたー」「ま、参りますね、これは」
     15分ほどで騒がしい場所を抜けた小鈴は、小さな飲食店に晴奈を連れて行った。
    「晴奈、ココなら」「ん?」
     店の奥に座り、小鈴がメニューを手に取った。程なくして店主と思われる、頭巾を被ったくわえ煙草の、赤毛の「虎」の女性が、二人の元にやってきた。
    「おう、久しぶりだねぇ小鈴。そっちの『猫』さんは?」
    「ココなら色んな情報、入ってくるわよ」「もしかして、ここは……」
     小鈴は店主に会釈し、晴奈に紹介した。
    「そう。コイツはあたしの従姉妹で、橘朱海(あけみ)って人。
     で、ココは食堂兼、情報屋」
    「情報……、屋?」

     食堂や酒場、宿、賭場など、人が集まって話をする場所には一つの「お宝」が発生する。それは即ち、「情報」である。
     商人であれば儲け話の、職人や傭兵であれば雇用口の、追う者、追われる者は互いの居場所の――情報はあらゆる職種、あらゆる人間にとって、資金や資材に並ぶ大切な資源である。
     だが不特定多数の人間がでたらめに集まる場所で発生するモノであるし、金銀などの現物的な資源と違って、そこへ行けば求めるものが必ず手に入るとは限らない。
     その不安定な需要・供給を少しでも安定させ、補完しようとするのが、情報屋である。情報屋は自分たちの経営する宿や食堂などで「誰が何をしている」と言う情報を集め、それを欲しがる者に販売することで「手数料」や「仲介料」として、利益を得ているのだ。

    「と言うワケで、このおねーさんに聞けば大抵の情報は売ってくれるわよ」
    「ほう……」
     晴奈は小鈴から情報屋について聞いている最中、虎獣人の朱海とエルフの小鈴とを見比べていた。
     しかし耳目の形も、背も違うため、二人が本当に近しい親戚なのかどうか、晴奈には判別しきれなかった。
    (似ている、と言えば似ているかもしれないが、……うーむ?
     橘家は人相の似ない人間が多いのか? 小鈴殿兄妹も、さして似ているように見えなかったし)
     と、朱海が二人に水を差し出しながら尋ねてくる。
    「で、ウチに連れてきたってことは何か、ワケアリか?」
    「そ、そ。日上中佐を追ってるのよ、晴奈」
    「ヒノカミ? ってあの日上か? また、けったいなヤツを……。ちょっと待ってな」
     朱海はそう返し、一旦厨房の奥へ消える。
     1分ほどして、朱海は小箱を抱えて戻って来た。
    「ほれ、これが日上関連のメモ。最新のヤツほど高いけど、小鈴の友達ってコトでオマケしたげるから」
     朱海は小箱を開け、卓上にぱらぱらと、メモの入った便箋を並べていく。
    「ふむ……。一番新しいのはいかほどでしょうか?」
    「んー、ピンキリになるけど、一番安いので200クラムかな」
     晴奈は財布を開け、所持金を確認する。
    「では、それを買ってみます」
    「はい、まいどっ」
     朱海は青い便箋を晴奈に手渡す。
    「他に欲しいものがあったら言ってくれよ」
    「あ、はい。
     ……ふむふむ、……ふむ、……、……むぅ」
     読み進めるほどに、晴奈の猫耳と尻尾、眉が垂れていく。
    「……これを、聞いてもなぁ」
     晴奈の様子を見ていた小鈴が、ひょいとメモを取って中を見る。
    「確かにゴシップなんか聞いてもねぇ」
     結局、晴奈は大枚5000クラムを支払って、もっといい情報を買うことにした。
    蒼天剣・繁華録 1
    »»  2008.12.20.
    晴奈の話、第174話。
    日上追跡のための下準備。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     晴奈たちが5000クラムで得た情報は、次の通り。

     まず、日上の有する軍事力、「日上軍閥」の存在。
     元々、ジーン王国は大まかには山間部と沿岸部の二地域に大別される。王国の首都は山間部にあるのだが、それ故に沿岸部への影響力が弱い。
     そのため歴史上、何度も首都や王室の意向から離れて独断専行する軍の派閥、「軍閥」が発生・勃興してきた。
     そして今現在、日上を英雄視する者たちによって軍閥が結成され、沿岸部・ウィンドフォートに新たな基地を築き、我が物顔で振舞っているのだと言う。

     次に、日上の側近たちの存在。
     日上は軍閥の中から優秀な人材を集め、側近に置いていると言う。その数はおよそ10名にも満たないが、どれも一騎当千の兵であるらしい。
     中でも日上が参謀として外部から招きいれた洋巾(フード)の男、アランは一際異彩を放っており、その異様な見た目も相まって、「日上に与する悪魔なのでは」とするうわさも流れていると言う。

     そして、日上自身の情報。
     日上は若干20歳にして中佐、そして軍閥の宗主と言う、現在の地位を確立した。その実力は大火と数十分に渡って戦い抜くと言う偉業を成し――もっとも、結果的には片目を失うほどの重傷を負う、手痛い敗北だったわけだが――今や世界の軍事バランスに多大な影響を与えるほどの重要人物となっている。
     また、若くして多大な権力を得たためか、日常生活の面では非常に退廃、堕落しており、非常に好色な面を見せているそうだ。



    「……そして、その方面に詳しい関係者筋によれば、現在日上は央中にお忍びで滞在しているらしく、現ネール公国大公、ランニャ・ネール6世との熱愛も噂されていることから、ネール公国首都、クラフトランドを目指しているのでは……、ないだろうか、か。ふむ……」
     晴奈は地図を机の上に広げ、クラフトランドの位置を確認した。
    「ここ、が、ゴールドコーストで、そこから、北……、北西に、ふむ……、央中を、対角線上に端から端か。随分と遠いな」
    「そりゃ、『狐』の本拠地と、『狼』の本拠地だもん。伝統的に仲が悪い家同士だから、テリトリーも遠いのよ」
    「なるほど。小鈴殿、ここからクラフトランドまでは、どれくらいかかりますか?」
     小鈴は指で地図をなぞりながら、計算する。
    「えーと、んー、ココから北西のリトルマイン、……フォルピア湖で、ミッドランドを抜けて、んで、ココで関所が2つ、ソコからルーバスポートに立ち寄ってー……、うん。
     この街から船に乗って海路って方法もあるけど、バカ高いし管理も厳重だから、北方からお忍びで来てるよーなヤツが使う可能性は低いわ。陸路で進む方が、可能性高いでしょうね。
     んで陸路だけど、手続き的に一番早いのはココから北西の街に進み、さらに西へ進んだところで湖を越え、ソコから北上するルート。途中で関所が3ヶ所あるけど、警備も管理もぬるめだから、ちょこっと金さえ払えば簡単に進めるわ。
     このルートを取れば、問題なきゃ大体半月くらいでクラフトランドに到着するわ」
    「ふむ。では早速、追いかけましょう」
     席を立ち上がりかけた晴奈を、小鈴が引っ張る。
    「ちょい待ち、晴奈」
    「何です?」
    「今日はもう、日が落ちかけてるわ。慌てて行っても、あんまり進めやしないわよ。ソレより一泊して旅の疲れを取って、朝から出る方がいいわ」
     旅慣れた小鈴の指摘に、晴奈は素直に従った。
    「……確かに。疲れていないと言えば嘘になります。では今日はこの街で一泊、ですね」
    「うんうん」
     と、話を聞いていた朱海がニッコリ笑って、提案する。
    「ソレならさ、ウチに泊まっていきなよ。あんまり広くないけど、小鈴のよしみだ。
     お代は晴奈ちゃんの武勇伝で。アタシも聞いてるからね、『央南の猫侍』の武勇伝は」
     朱海の目がキラリと光る。明らかに商売人の目つきをしており、どうやら晴奈から聞いた話を情報屋として、どこかに売るつもりなのだろう。
    「はは……。私の、拙い話で良ければ」

     晴奈からの話を聴き終え、朱海はぺら、とメモを見せた。
    「締めて、12000クラムってトコだねぇ」
    「そんなにですか? 私が買った情報以上の額ですが、よろしいのですか?」
    「そんだけの価値があるからさ。
     そもそも猫侍サマの体験談だって時点で既にプレミアものだし、その中でも特に値が付きそうなのは、『黒い悪魔』と対峙したって時の話だね。
     克大火の目撃例は少ないし、話自体もちょっとした伝説じみてて面白い。売ってみりゃ、晴奈ちゃんに提示した数倍の値が付いてもおかしくない。
     いやー、いい話聞かせてもらったよ、ホント」
     満足げにうんうんと首を振る朱海を見て、小鈴がその頬をプニプニとつつく。
    「ちょっとー、ソレならもうちょっと色付けなさいよー」
     朱海は「鈴林」の鈴をピシ、と弾きながら答える。
    「えー、売れるっつったけども、ホントに売れるかどうかは分かんないしなー」
    「じゃ、マジで売れたらもうちょい分け前よこしなさいよ」
    「まあ、いいよ、うん。……10%くらい?」
     朱海の提示した率を、小鈴は「はっ」と笑い飛ばし、朱海の虎耳を引っ張る。
    「なーにが10%よ。提供元なんだし、もっともらわなきゃ。50%でどーよ?」
     朱海も負けじと、小鈴の長耳を引っ張る。
    「アタシが買わなきゃ、ただの思い出話じゃん。15%」
    「晴奈を連れてきたのは誰だっけー? 45%」
    「18」「40」「25」「35」「27」「30」
     小鈴と朱海はしばらくうなりあい、やがて同時に叫んだ。
    「28!」「28!」
    「よし! 商談成立!」
     がっちり握手している二人を見て、晴奈はため息をついた。
    (あ、あほらしい)
     人の「モノ」で皮算用をしている小鈴たちを放って、晴奈は街に出た。
    蒼天剣・繁華録 2
    »»  2008.12.21.
    晴奈の話、第175話。
    異邦人、晴奈。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     時刻は黄昏時になり、晴奈は黄金色に染まった街をぶらついていた。
    (『ごーるど』は、金のことだったな。で、『こーすと』は確か、湾岸だった。
     ゴールドコーストとは『黄金の湾岸』、か)
     街の名前をあれこれ類推しながら、晴奈は市街地を離れて港に向かう。
     港町出身のためか、このような海の見える場所に来ると、晴奈の心は何故か躍る。
    「ん……」
     港湾部も観光地の一部であるらしく、夕方と言うのに人が多い。市街地ほどではないが、それでも大分騒がしい。
    (流石に観光都市と称されるだけはあるな)
     港には遊覧用の船が係留されており、沖の方にはいかにも宴を催していそうな雰囲気の豪華絢爛な船が数多、泳いでいる。
    (本当に華やかな街だ。用事が済んだらまた、ここに来てみようかな)
    ――にぎやかで騒がしいところだったけれど、ついつい半年ほど、長居してしまったわね。晴奈、あなたももし旅に出ることがあれば、絶対行ってみた方がいいわよ――
     かつて師匠、雪乃が言っていた言葉を思い出しながら、晴奈は港を散策していた。



    「はぁ」
     ほぼ同時刻、晴奈がいる辺りからほんの十数メートル後ろ。
     茶色い髪と毛並みの狐獣人で、可憐な身なりの少女が、背後に金髪と黒髪の熊獣人2名を引き連れて港を歩いていた。
     少女はチラ、と後ろを向いて、もう一度ため息をつく。
    「……はぁ」
    「どうされたのですか、殿下?」「どこか具合を悪くされましたか?」
     殿下と呼ばれた少女は「熊」たちの方を振り向き、ため息をついた理由を遠まわしに説明する。
    「わたくしの後ろに背後霊がぴったり、憑いていらっしゃいますもの。気分も重くなると言うものですわ」
    「霊!? モンスターですか!」「一体、どこに!?」
    「熊」たちは少女を囲み、きょろきょろと辺りを見回す。
     二人の頭と勘の悪さに、少女はもう一度ため息をついた。
    「はぁ……。もう結構ですわ」
    「そうですか」「ご無事なようで」
    「旅をしている気分が、まったくいたしませんわ」
     少女は憮然とした顔で「熊」たちに向き直る。
    「ねえ、二人とも。少しの間、わたくしを一人にしてくださらないかしら?」
     その言葉に、「熊」二人はブルブルと首を振り、即座に却下する。
    「いけませんいけません!」「殿下の御身に何か遭っては一大事です!」
    「……そうでしょうね。そうでしょうとも」
     少女は二人から離れることを諦め、前を向いた。
    「あら?」
     少女の目に、この近辺では見慣れない姿の猫獣人が映った。言うまでも無く、晴奈である。
    「あれは?」
    「何ですか?」「どれでしょう?」
    「ほら、少し先にいらっしゃる『猫』の方。不思議な格好をしていらっしゃいますけれど」
    「ふむ」「確かに、妙な服ですね」
    「一体どこの国の方なのでしょう?」
     少女は晴奈に興味を持ち、近付いてみようとする。
     ところが「熊」二人が少女の前に立ち、行く手を阻む。
    「危ないですぞ、殿下!」「あのような怪しい身なりの者に近付いてはなりません!」
     二人の言い草に少女は面食らい、憤った。
    「何てことを言うのですか、あなたたちは? 普通に歩いていらっしゃるだけでしょう」
    「いいえ、あれは恐らく央南人!」「ゼンだのジンギだの、よく分からないものを崇拝する怪しい者共です!」
     金髪の方の熊獣人の説明に、少女は眉をひそめた。
    「あなたたち。『よく分からないから』と言う理由だけで何故怪しいと言い切り、遠ざかるのです? 分からないものなら、何でも悪だと言うのですか?」
    「いえ、そう言うわけでは」「我々は、ただ殿下の安全を……」
     今度は黒髪の熊獣人の言葉に突っかかる。少女のその口調と態度は、まるで母親が小さな子を叱るようだった。
    「安全ですって? あの方がわたくしに何かしてくると言うのですか?
     あなたたちはわたくしの周りにいる者が皆、わたくしを襲うと悪漢だとでも言うのですか!?」
    「いや、しかし」
    「まさか、あなたは道行く人を意味無く殴った経験でもあるのですか!?」
    「あ、ありませんが、その」
    「無いのでしたら何故、そんな失礼なことを考えるのです!? 自分以外は皆、悪逆非道の輩だとでも言うのですか!?」
    「い、いえっ」
    「他人をいたずらに貶めるものではありません! 反省なさい!」
    「は、はあ……」「それは、はい、まあ……」
    「『まあ』、何ですか?」
    「……失礼いたしました」「反省しております」
     二人を叱り飛ばしたところで、少女は晴奈の姿をもう一度見ようと前方に目を向けた。
    「……ああ、見失ってしまいましたわ」
     少女はとても、がっかりした声を出した。



     夕闇が深くなってきたので、晴奈はそろそろ朱海の店に戻ることにした。
    「えー、と。この道、だったか」
     市街地へ戻る道を思い出しながら、晴奈は辺りを見回した。
     と――。
    「……ん?」
     小さな「狼」の女の子が、既に閉店した店の前でうずくまっている。辺りはもう暗くなっていたし、その子は泣いているようにも見える。
    「……うーむ」
     そんな状況で放っておくわけにも行かず、晴奈はその子に声をかけた。
    「あー、と。一体どうした?」
    「え?」
     晴奈の予想通り、その女の子はべそをかいていた。
    「あ、あのっ、えっと」
    「迷子になったのか?」
    「う、うん」
     女の子はコクコクとうなずく。
    「名前は何と言う?」
    「プレア」
     晴奈はプレアの頭を優しく撫で、泣き止ませようとする。
    「そうか。プレア、家はどこだ?」
    「えっとね、その、あの」
     言葉が続かない。見たところ7、8歳程度であるし、よく分かっていないのだろう。
    「むう……。まあ、とりあえず一緒に来るか? 私の知り合いなら情報通だし、知っているかも知れぬぞ」
    「え、でも……。知らない人には、ついてっちゃだめって」
    「ふむ」
     困った顔をするプレアをじっと見ながら、晴奈は人差し指を立てた。
    「私の名は黄晴奈、旅の剣士だ。これで、プレアは私のことを知っているわけだ」
    「うん」
    「これなら、一緒に来られるかな?」
    「うん、分かった。ついてく」
     にこっと笑ったプレアに、晴奈は彼女のことがちょっとだけ、心配になった。
    (自分でやっておいてなんだが、こんな詭弁にだまされてはダメだろう……)
    蒼天剣・繁華録 3
    »»  2008.12.22.
    晴奈の話、176話。
    夫婦喧嘩。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     晴奈はプレアを連れ、朱海の店に戻ってきた。
    「あ、晴奈ちゃん。おかえり」
     朱海がカウンターから身を乗り出し、声をかけてきた。
    「あれ? どした、その子?」
    「迷子になったようでして、放っておくのもまずいかと思い、連れてきた次第です」
    「あー、なるほどね。
     ……ん? キミ、もしかしてチェイサー商会さんトコの子か?」
     朱海の問いに、プレアは目を丸くしてコクコクとうなずいた。
    「なんで分かったの、おばちゃん?」
     おばちゃんと呼ばれ、朱海は憮然とした顔をする。
    「おば……っ!? ……コホン、おねーさんと呼びなさい、お嬢ちゃん。まあ、チェイサーとは商売柄、付き合いがあるしな。すぐ呼んできてやるよ。
     小鈴、店番頼むー」
     店の奥から小鈴が、のたのたとした足取りで現れる。どうやらうたた寝をしていたようだ。
    「ふあ、ぁ、……ん。はいはい、やっとくわ」
     朱海と入れ替わりに、小鈴がカウンターに立つ。
    「ふあー」
     立ちながら眠っているのではないかと思うほど、小鈴はうつらうつらと頭を揺らしている。
    「小鈴殿、起きていますか?」
    「ん、だいじょぶだいじょーぶ。起きてる起きてる。……ふあー」
     そうは言いつつも、見ていて心配になるほどフラフラしている。
    「……まあ、自分で大丈夫と言っているから、いいか」
     晴奈はとりあえず、店の奥にある居間にプレアを連れて行き、そこで朱海とプレアの親を待つことにした。プレアもようやく安心したのか、ほっとした表情を見せている。
    「何か飲むか、プレア」
    「うん」
     晴奈は小鈴に声をかけ、茶を出してもらう。
     まだ眠たげにしていた小鈴が運んできた茶を飲みながら、プレアは晴奈に色々と質問してくる。
    「セイナさんって、なんかへんだね」
     いきなりの言葉に、晴奈は目を丸くする。
    「ん? 変、とは?」
    「ほかの人と、ふくもしゃべり方もちがう」
    「ああ、それは私が央南の出身だからだろう」
    「おーなん?」
    「中央大陸の、南部地方だ。こことは大分、趣が違う」
    「へえー。ねえねえセイナさん、良かったらおーなんのお話、聞かせて?」
     晴奈は少し苦笑しながら、自分の故郷の話を聞かせた。
    (今日は何故こんなに、話をする機会が多いのだろうか……)
     話しながら、晴奈は何となくそんなことを考えていた。



     30分ほど後、朱海がプレアの親と思われる「狐」と「狼」の二人を伴って戻ってきた。
    (ん……? 確か、『狼』と『狐』は仲が悪いと聞いたが)
     一瞬晴奈はいぶかしがったが、その二人はすぐに、そのうわさが本当だと証明してくれた。
    「まったく本当に、ご迷惑をおかけして……。で、何でアンタ見てないのよ!」
    「狼」が「狐」にまくし立てる。
    「忙しいんだから、君がやれよ!」
    「狐」も怒り気味に答える。
    「そんなのあたしだって同じでしょ!?」
    「じゃ、何で僕に押し付けるんだよ!? やれよ、君が!」
    「ふざけたこと言ってんじゃないわよ! あたしが忙しい時、アンタがやる約束でしょ?」
    「聞いてないぞ、そんな約束……」「うるせえ! いいかげんにしろ、ピース、ボーダ!」
     ケンカを始めた二人を、朱海が怒鳴ってさえぎった。
    「子供の前でくだらないケンカすんなよ! それでも親か、お前ら!」
    「う……」「ご、ごめん」
     ケンカしていた二人は同時に、朱海に向かって謝る。
    「アタシに謝ってどうすんだ。謝るなら、あっちだろ?」
     朱海は憤慨しつつ、すっとプレアを指差す。プレアを見た二人はさらに、ばつの悪そうな顔をした。
    (……うん。師匠の言った通りだったな)
     晴奈はしみじみと、師匠の話を思い出していた。

    「本当に、ご迷惑をおかけしまして……」
     プレアの父親、「狐」のピースが深々と頭を下げる。続いて母親の、「狼」のボーダがセイナに会釈する。
    「助かりました、えーと……」
    「あ、黄晴奈と申します」
    「コウ、セイナ、さんですか。ひょっとして、央南の方?」
    「はい、そうですが」
     晴奈の返事を聞くなり、ボーダは嬉しそうな顔をして握手してきた。
    「あら、ホントに~! いやね、あたしたち央南人には思い入れあるのよ! ねっ、ピース!」
     ボーダの言葉に、ピースは腕を組みながらうんうんとうなずく。
    「ああ、本当になぁ、色々と思い出が……、っと」
     ピースは思い出したように、名刺を差し出した。
    「今度の件は、本当に助かりました。いつか恩返しさせていただきますので、こちら、連絡先を載せておりますので……」
    「いや、礼を言われるほどのことは、何も……」
    「いえいえ! 人さらいも少なくないこのご時世、幼い子を守ってくれる方など、なかなかいませんよ。私たちの大切な子供を助けてくれたのですから、何としてもお礼はしないと。
     私たちにできることがあれば、何でも仰ってください」
     顔を上気させてまくしたてるピースに、晴奈は戸惑いつつも固辞しておく。
    「は、はあ。まあ、その。また、何か用件が、できれば、と言うことで」
    「はい、是非!
     さあ、プレア。父さん、母さんと一緒に帰ろうね」
    「うんっ」
     プレアとピース、ボーダは手をつないで、そのまま帰っていった。
    「……心配だな」
    「ん?」
     ぽつりとつぶやいた晴奈に、朱海が振り返る。
    「あれほどの剣幕ですし、プレアが怯えやしないだろうか、と」
    「ああ、うん。ま、心配無いよ。チェイサー商会の社長夫婦のケンカっぷりは有名だけど、お互いに相手が好きで、できる奴だって認めてるからこそ、ケンカしてんだから。
     プレアもソレは分かってるさ」
     朱海はパチ、と晴奈に向かってウインクする。
    「じゃなきゃ、あんな風に手をつないで帰ったりしないって」
    蒼天剣・繁華録 4
    »»  2008.12.23.
    晴奈の話、第177話。
    朝のラッシュ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     その夜、とある宿にて。
    「はぁ……」
     港で晴奈を見かけたあの少女は、彼女の姿をぼんやりと思い出していた。
    (あの方……。遠めで見ただけでしたけれど、りりしい顔をしていたわ。何だかすごく、気になってしまいました。
     央南の方ではないかと、オルソーたちが言っていたわね。央南……、わたくしの知識では確か、『仁徳と礼節の世界』だと聞いたことがあるけれど、一体どんなところなのか想像も付かないわ。ジントクとかレイセツって、一体何なのかしら?)
     少女は部屋の外で立番をしている「熊」たちに聞いてみようかと思ったが、少し考えてみてやめた。
    (オルソーとグリーズでは、文字通り『話にならない』わね)
     少女はすっかり真っ暗になった窓の外を眺め、もう一度晴奈の姿を思い浮かべた。
    (もう一度、会ってみたいわ。でも、オルソーたちがそう簡単に許してくれるとも思えないし。
     ……そうだ! 朝早くにそっと宿を抜け出せば、二人は気付かないかも知れないわね。あの二人、わたくしの前では偉そうに『殿下のことは四六時中お守りしております!』なんて言っていたけれど、夜中に部屋の外を見てみた時、ぐっすり眠っていたもの。早朝ならきっと、知られずに抜け出せるわ。
     そのまま宿を出て、あの方を探しに行きましょ。……うふふっ)
     もう一度晴奈の姿を思い返し、少女は胸に手を合わせて微笑んだ。

    「……む?」
    「どしたの、晴奈?」
     小鈴と共に寝床を用意していた晴奈は、何かを感じてきょろきょろと辺りを見回した。
    「……いえ。今何か、呼ばれたような気がしたのですが」
    「そう? あたしには、何も聞こえなかったけど」
    「そうですか。……気のせい、ですね」
     晴奈は枕を置き、後ろで束ねていた髪をほどいた。
    「さて、寝ますか」
    「そーね。あ、そうだ。明日は早めに街へ出ましょ。結局、旅支度してなかったし」
    「承知しました。それでは、おやすみなさい」
    「はーい、おやすみー」



     ゴールドコーストは、眠らない。
     夜が更けてからも、歓楽街は依然騒々しくきらびやかだ。そして東の空が明るくなる頃、ようやくそこの灯りは消える。
     だがその1時間、2時間前には既に朝市が開かれており、もう2時間も経てば街は本格的に動き出す。
     まさに、不夜城と呼ぶにふさわしい街なのだ。

     朝になって、「狐」の少女は部屋を出た。彼女の思った通り、あの二人は部屋の前で爆睡している。
    (護衛に来た意味が無いわね、この二人は)
     二人を起こさないよう、少女はそっと廊下を進み、階段を下りる。
    「おや、お嬢さん」
     が、1階に降りたところで、店主に声をかけられた。
    「随分早いですね。よく眠れましたか?」
    「ええ、ぐっすりと」
     少女は一瞬動揺したが、平静を装って店主に応える。
    (どうしましょう? お店の方、こんなに早くから働いていたとは予想していなかったわ)
    「お付きの方は、まだ眠ってらっしゃるんですか?」
    「ええ。夕べは遅くまで、わたくしの部屋の前で立番してくれていたようですから」
    「ほうほう。……いやいや、物々しくて息苦しいでしょう、お嬢さん」
    「ええ、とても」
     店主には、前もって自分の素性を明かしてある。店主も職業柄、少女が抱く不満を把握しているのか、優しく、そして親切に振舞ってくる。
    「どうです? 朝少しだけ、お散歩してきては?」
     まさか店主の方から自由行動を提案されるとは思わず、少女は目を丸くした。
    「よろしいのですか?」
    「いやぁ、ウチに来た時からお嬢さん、すごく暗い顔なさってるんですもん。確か、グラーナ王国でしたっけ」
    「ええ……」
    「この『狐と狼の世界』じゃ、お国でも気苦労が絶えんでしょう。お国から離れていらっしゃるこう言う時こそ、羽を伸ばさなくちゃ」
     少女はじっと店主の顔を見て、それからぺこりと頭を下げた。
    「ありがとうございます。……それでは、少しだけ」
    「お付きの方にはうまく言っておきますから、気兼ねなくどうぞー」
     少女はもう一度頭を下げ、宿を抜け出した。

     一方、こちらは晴奈と小鈴。
    「やはり市場は、朝から活気がありますね」
    「ふあ……、そーねぇ」
     二人は朝の市場に、旅支度を整えに来ていた。
     朝早くに起きる習慣が身に付いている晴奈とは違い、小鈴はいつも眠たそうにしている。どうやら軽度の低血圧であるらしく、小鈴と旅をするようになってからずっと、晴奈が小鈴を起こしていた。
    「小鈴殿、荷車が……」
    「ふあー、……おっとと」
     向かってきた荷車と、危うくぶつかりそうになる。
     起こしてからずっとフラフラとしているため、晴奈は市場に来てからずっと小鈴の手を引いていた。
    「……んう~」
    「小鈴殿、人がっ」
    「ほえ?」
     眠気覚ましに伸びをした小鈴の腕が、後ろからやって来た者を突き飛ばしそうになる。
    「おわっ!?」
    「……あー、ごめんなさぁい」
    「気を付けろ!」
     危うく殴られそうになった商人らしき男は、小鈴を怒鳴りつけてそのまま歩き去る。
    「小鈴殿。先程からいささか危なげですが、どこかで休みますか?」
    「ふああ、あ……。だいじょぶ、だいじょーぶ」
    「本当ですか?」
    「うんうん、だいじょぶ。……ふああ」
     小鈴はもう一度、伸びをする。
    「……くう~」
    「きゃっ!」
    「ん? あ……」
     今度は人にぶつかってしまった。
     小鈴が振り向いた先には、頭を抑えてうずくまる茶髪の、「狐」の少女がいた。
    蒼天剣・繁華録 5
    »»  2008.12.24.
    晴奈の話、第178話。
    思いを馳せる。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「ゴメンゴメン、大丈夫?」
    「は、はい……」
     晴奈たちは静かなところまで少女を連れて行き、手当てをした。
     手当てと言っても額に小さなコブができた程度であり、今は濡らした手拭でコブを冷やしている。
    「あたし、朝が弱くて……」
    「いえ、大丈夫ですから。……あの、それよりも、あの」
     少女は晴奈の顔と服をじっと見て、なぜか頬を染めた。
    「……どうした?」
    「あの、昨日の夕頃、港の方を歩いていらっしゃいませんでしたか?」
    「ああ、歩いていたが。何故それを?」
    「実はわたくし、あなたのすぐ後ろにおりまして。珍しい格好をしていらっしゃったので、お声をかけようかと思っていたのですが……」
    「はあ?」
     少女はいきなり、晴奈の手をつかんできた。
    「あ、あのっ。わたくし、フォルナ・ブラウンと申します。よ、よろしければ、あなたのお名前を、お聞かせ願いたいのですけれど」
    「構わぬ、が……」
     晴奈は少女、フォルナの顔と、背後でぱたぱた揺れている尻尾を見て、首をかしげている。
    「……まあいい。私は黄晴奈と申す」
    「コウ・セイナさんですか。……りりしいお名前ですね、コウさん」
     この時、横で二人の様子を見ていた小鈴はいくつかの誤解・間違いに気付いていた。
    (この子、もしかして晴奈のコト、男だと思ってんの? 『りりしい』って……。いくら背が高くて、ちょっと声が低くて、ムネが無いからって、普通は間違えないでしょーに。
     あと晴奈、名字と名前、名乗る順番が逆っ。『コウ』が名前で、『セイナ』が名字だと思ってるわよ、この子。余計、女だって気付かれなくなっちゃうじゃん)
     呆れる小鈴に気付く様子も無く、フォルナは晴奈と会話を続けようとする。
    「あの、コウさん。よろしければ、あの……」
    「うん?」
    「わたくしと、あの、お茶でも」
     フォルナの言葉に、小鈴はたまらず吹き出した。
    「ぷ、くくく……」
     突然笑われ、フォルナはきょとんとしている。
    「あの、どうかなさいました?」
    「い、いやね、あの……」
     間違いを正そうとして、小鈴の遊び心がうずいた。
    (……あ、このまま訂正しないで二人のコトを眺めるのも、面白いかも)
    「あの……?」
    「……ん、ああ。まだ9時前だし、喫茶店開いてるのかなって」
    「あ、……開いているかしら?」
    「どうだろうな。……うーむ」
     晴奈と小鈴は通りの方を眺めてみたが、小売店、卸売店は開いていても、食堂や喫茶店は扉が閉まったままだ。
    「ま、開いてないみたいだから。代わりにさ、フォルナちゃん」
    「ちゃ、ちゃん?」
    「一緒にお買い物するって言うのは、どう?」
     ちゃん付けされたフォルナは目を丸くしていたが、小鈴の提案を魅力的に感じたらしく、すぐにコクコクと頭を振った。
    「は、はい! ご一緒させていただきます!」
    「あたしは、コスズ・タチバナ。よろしくねー、フォルナちゃん」
    「よろしくお願いいたします、コスズさん」
     小鈴は一応、晴奈に聞こえるように、央中式に名乗っておいた。
     だが残念ながら、この時の晴奈は気付くことなく、そのまま聞き逃してしまったらしい。



     晴奈と2時間ほど市場を回った後、フォルナは宿に戻ってきた。
    「おっ。お嬢さん、お帰んなさい」
    「はい……。ただいま、戻りました」
     宿に戻ったフォルナを、店主がにっこりと笑って出迎えた。
    「どうでした、朝市は?」
    「ええ……。とっても、活気がありまして。堪能、いたしましたわ」
    「そっかそっか、うんうん。いい気分転換になったみたいで何より、……お嬢さん?」
     フォルナの頬は赤く染まり、目は店主に向けられてはいるが、視線はどこか遠くに飛んでいる。
    「はあ……」
    「お嬢さーん?」
    「コウさま……」
     フォルナはフラフラとした足取りで、階段を上っていった。
    「……いい人に、出逢いでもしたのかな?」
     店主はニヤニヤしながら、その後姿を見送った。

     フォルナの部屋の前では、まだ護衛二人が爆睡している。
    「……本当に、役立たずね。わたくしがいなかったことも気付かないわね、きっと」
     部屋の中に入り、ベッドに横たわる。
    「はあ……」
     まぶたを閉じると、あの「りりしい」猫侍の顔が浮かんでくる。一目見た時から、フォルナはあの央南人に恋をしてしまったらしい。
    (コウさま……)
     心の中でつぶやくだけで、フォルナの心にかっと火が灯る。
    「もう一度、お逢いしたい……」
     元からフォルナは思ったら即、行動するタイプである。
     ゴールドコーストへ旅行に来たのも、本国、グラーナ王国における政争が疎ましくなり、少しでも息抜きしようと思い立ってのことである。
    (お姉さまもお兄さまも、やれ家柄だ、やれ資産だと、央中各地の金満家の方たちと無理矢理に結婚させられようとしているし、わたくしがこの街に来たのだって……。
     ああ……! 浅ましいこと! それよりもわたくし、もっと自分のために生きたいわ。そうよ、わたくしはお城のいざこざに巻き込まれるのは、もう嫌!
     そんな人生よりわたくし、あの方と……)
     そう思った時にはもう、フォルナは身支度を整えて部屋を飛び出していた。



     旅支度を整えた晴奈と小鈴は、朱海と別れの挨拶をしていた。
    「いやー、久々に話ができて楽しかったよ、小鈴。また用事済んだら、来てくれよな」
     街の外まで送ってくれた朱海に、小鈴は親指を立てて応える。
    「もちろんよ。また晴奈から、面白い話を送ってあげるわ」
    「はは、期待してるよ」
    「それでは、また」
     晴奈はぺこりと、朱海に頭を下げる。朱海は笑って、ポンポンと晴奈の肩を叩いた。
    「はっは、英雄サマがそんなかしこまらなくっていいよ。今度来た時は、もっと気軽に来てくれていーから。
     じゃ、またな」
     晴奈たちはもう一度頭を下げ、朱海の店を後にした。

     晴奈たちはすぐに街門を抜け、関所を通り、ゴールドコーストを後にした。とは言え、まだ街の喧騒は壁を越え、晴奈たちのところへ響いてくる。
    「改めて、騒々しい街でしたね。まだ、余韻がある」
    「そーね。最初っから最後まで、騒がしかったわね。……あの狐っ子とか」
    「いや、まったく。……終始手を握って、騒いでいましたからね」
    「見てて飽きなかったわ、ホント」
     街の思い出を語りながら街道を進むうちに、ようやく周囲が静まっていく。
    「……」
     だが、静かなその道に、晴奈は妙な物足りなさを感じる。
    「こんなに」
    「ん?」
    「こんなに、静かでしたっけ」
     小鈴はクスクスと笑い、晴奈に微笑みかける。
    「晴奈もあの街に惹かれた?」
    「……かも、知れません」
     後ろを向くと、あの黄金の街がまだ、小さく見えている。たった1日、2日いただけなのに、妙に寂しさが募ってくる。
    「また……」
    「ん?」
    「……また、行きましょう」
    「うん、そうね」
     晴奈と小鈴は正面に向き直り、クラフトランドへの旅路を急いだ。

    蒼天剣・繁華録 終
    蒼天剣・繁華録 6
    »»  2008.12.25.
    晴奈の話、第179話。
    おてんば恋姫の冒険。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ゴールドコーストを後にした晴奈と小鈴は央中北部の国、ネール公国への道を進んでいた。
    「もう一度確認しても、よろしいですか?」
    「ん?」
     晴奈が地図を眺めながら、小鈴に質問する。
    「ゴールドコーストを抜け、この街道を北上した後に、えっと……」
    「リトルマイン、ね。ゴールドコーストほどじゃないけど、ちっちゃい鉱山がある街よ」
    「はい、それでそのリトルマインを抜け、西の関所を越えて、次は湖を越える、でしたっけ」
    「そうそう。フォルピア湖を船で越えて、その真ん中にあるミッドランド島で一休み。んで、その後また船に乗って西岸に降りて、そのまま西へ進む」
    「そこには港がある、と」
    「うんうん。ルーバスポートって言う、ネール公国公有の港。そこで一泊して、そこから2日ほど北に進めば……」
    「我々の目的地、ネール公国の首都であるクラフトランドに到着する、と」
    「そーゆーコト。……コレで4回目だけどね、確認するの」
    「はは……、失敬。どうも、見知らぬ土地は不安なもので。それに……」
     晴奈は立ち止まって地図をたたみ、それから後ろをチラ、と見た。
    「……何なのか、一体」
    「ん?」
    「いえ……」
     晴奈は進む方向に向き直り、また歩き始めた。



    (み、見つかってしまったかしら)
     晴奈の後方、約20メートル後ろにいたフォルナは慌てて身を隠した。晴奈を男だと勘違いしたまま一目ぼれしてしまったフォルナは、護衛たちに無断でゴールドコーストを飛び出し、晴奈たちを追いかけていた。
    (……大丈夫、よね?)
     木の陰からそっと晴奈たちの様子を伺ってみると、二人は既に歩き出していた。
    (あら、急がなくては)
     フォルナは街道から若干それ、木々に姿を隠しながら晴奈たちの後を追いかける。フォルナの目には、晴奈の姿がまるで物語に登場する騎士の如く映っている。
    (ああ……! 何て綺麗な後姿でしょう!
     威風堂々として、それでいて『猫』らしい軽やかな足取り。上に束ねられた、真っ黒な長い髪。エキゾチックな異国のお召し物。そして優雅に揺れる尻尾!
     ああ、コウさま……!)
     晴奈が女だとは少しも疑わず、フォルナは勝手に妄想を膨らませていく。
     と、ここでようやく晴奈の横に並んで歩く小鈴に気付いた。
    (……あら? そう言えばあの赤毛のエルフの方、ずっとコウさまと一緒にいるわね。確か、コスズさんと言うお名前、だったような。
     お二人で、旅をされているのよね? ……まさか、コスズさんはコウさまの恋人? ……い、いえ。まだそうと決まったわけでは無いわ。もしかしたら単なる従者かも知れないし)
     フォルナの想いを知らない晴奈は、何の気なく小鈴と話をしている。
    「小鈴殿、リトルマインと言うのはどんな街なのですか?」
    「さっきもちょっと触れたけど、鉱山の街ね。
     屏風山脈西側には金や銀、その他色んな金属の鉱床が多いのよ。一番有名なのはゴールドコースト。その名の通り、金がザクザク掘れるトコだって言うのは前に言った通り。
     んで、リトルマインも同じように錫とか黒炭、亜鉛が採れるのよ。ま、ゴールドコーストみたいに貴金属は出ないから、そんなに人気は無いけどね」
    「ふむ。ゴールドコーストとは違って、落ち着いて過ごせそうですね」
    「そーね。あ、そうそう。ココもね、温泉あんのよ。鉱山近くの温泉だから、効能もけっこーあるらしいわよ」
    「ほう、温泉ですか」
    「硫黄とか燐も出るらしいから、ここ数年では鉱山よりもむしろ、温泉を軸にした観光業を押し出そうとしてるみたい。ま、今のところそんなに儲かってないみたいだから、ゆっくりはできると思うけどね」
     温泉と聞いて晴奈は昔、紅蓮塞で小鈴に出会った時のことを思い出した。
    「そう言えば昔も、紅蓮塞へ温泉目的でいらしてましたね」
    「あー、うんうん。あそこのお湯も気持ち良かったわぁ。お酒も美味しかったし」
    「ふむ。温泉に入ったら、酒でも飲みますか」
    「いーわねぇ、もう秋めいてきたし。ワインを熱燗にしてもらって、ホットワインをぐいー、っと」
     その言い方が5年前、紅蓮塞の温泉内で小鈴が見せた動作とまったく一緒だったので、晴奈は笑い出した。
    「ふふ、あはは」
    「ん? どしたの、晴奈?」
    「いえ、紅蓮塞の時も……」
     楽しそうに笑う晴奈と小鈴を見て、フォルナは焦る。
    (あっ、あっ……。あんなに楽しそうに笑っているわ。やっぱり、お二人は付き合っていらっしゃるのかしら?)
     そんな風に、木陰で気を揉んでいると――。

     フォルナは突然口をふさがれ、森の奥へと引きずり込まれた。
    蒼天剣・恋慕録 1
    »»  2008.12.28.
    晴奈の話、第180話。
    金に目がくらむ愚か者たち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「!?」
     フォルナは何が起こったのか、そして何をされているのか把握できなかった。
    「むっ、むぐ!?」
    「うるせえ。静かにしやがれ」
     がっちりと口、肩、そして首をつかまれているため身動きが取れないが、背後から男の声がする。
    「騒ぐんじゃねえぞ」
     フォルナを捕まえているのとは別の男らしい声がする。フォルナはまだ状況が飲み込めず、しきりにうなる。
    「うー、うー」
    「俺の言ってることが分かんねえのか、お嬢さんよお?」
     男が一人、フォルナの目の前に回ってギラリと光るナイフを取り出す。
    「うぅ!?」
    「黙ってくんねーとよ、オシゴトできねーのよ」
    「……」
     ここでようやく、フォルナは状況を理解した――今、自分は襲われているのだと。

    「よしよし……」
     フォルナは盗賊たちに持ち物を奪われ、猿ぐつわを噛まされて木に縛り付けられた。
    「金は、クラムが現金で12000と。で、こっちはエル金貨2枚に、銀貨が、えーと……、62枚。なあ、今1クラムって何エルだっけ?」
    「確か、25か26」
    「いや、こないだ中央政府がかなりクラムを発行してたから、いいとこ22じゃねーか?」
    「そっか。……てことは、金貨が10000エル、銀貨100エルだから、合計26200エルで、割ることの……」
    「1200クラムってところだな」
    「じゃ、合わせて13200か。……ヒュー、金持ってたな、やっぱり」
     盗賊たちはフォルナの財布からジャラジャラと金を出し、ほくそ笑んでいる。と、盗賊の一人がフォルナの鞄から通帳を取り出した。
    「ん? これ、通帳か? えーと、お嬢ちゃんのお名前は、と……。『金火狐銀行 ブラウンガーデン支店 フォルナ・ブラウンテイル・グラネル』。
     ……へ?」
     通帳に記載されている名前を読み上げた瞬間、盗賊たちは凍りついた。
    「グラネル家って、アレ、だよな?」
    「あ、ああ」
    「グラーナ王国の、王家……」
     盗賊4人は一斉に、木にくくりつけたフォルナを見つめる。一人が立ち上がり、フォルナの猿ぐつわを取って質問する。
    「……聞くけどよ、お嬢ちゃん」
    「はい」
    「アンタの名前は、この通帳に書いてあるフォルナ・ブラウンテイル・グラネルでいいのか?」
    「ええ」
    「マジか?」
    「はい」
     盗賊たちは顔を見合わせ、たどたどしい口調で相談する。
    「つまり、これはあれか」
    「俺たちは、王族の、お嬢ちゃんを、縛り付けて、金も奪った、と」
    「い、いや。まだやってねえ。このまま離れりゃ、問題ない。多分。きっと。恐らく」
    「……でもよ、13000クラムだぜ?」
     その一言で相談の声がやみ、全員がもう一度フォルナの顔を見る。
    「……だな」
    「ほしいよな、13000」
    「13000あったらさ、しばらく遊べるよな」
    「それどころじゃねえぜ」
     盗賊の一人が、先ほどの通帳を手にとって調べている。
    「預金残高、1682798クラムだってよ」
    「ひゃ、168万クラム!?」
    「どっ、どんだけ遊べるよ?」
    「てめーは遊ぶことしか頭にねえのか。こんだけあったらよ、あっちこっちの事業債権がしこたま買えるぜ?」
    「他人の借金背負ってどうしようってんだよ?」
     盗賊の中で一番頭の良さそうな男が、ニヤリと笑う。
    「バーカ、借金ったって使い道は商売の元手だぜ?
     こう言う債権にゃ、配当ってもんが付くんだよ。オマケに優良債権を押さえときゃ、色んな理由つけて買いたいってヤツも出てくる。
     俺たちが安値で大量に仕入れて、後々奴らが一儲けすりゃ、それだけで10倍、20倍に膨れ上がる」
    「ひゃ、168万が10、いや20倍になるってのか!?」
    「計算してみろよ、3000万くらいにゃなるぜ」
    「……うっひょー」
     欲にまみれた男たちの妄想は止まらない。そして線の細い、弱気そうな男が物騒なことを言ってのけた。
    「3000万もありゃ、もうこんな薄暗いところで人を殺さなくてもいいんだよな……」
    「そうだ。今、王女様を手放してチャンスを逃し、人を襲い続けるか。
     それともたった一回、ここで手を汚すか」
     盗賊たちはそこで、しばらく黙る。フォルナは男たちの間に渦巻く狂気を感じ取り、恐る恐る声をかける。
    「あ、あの。お金がほしいのなら、差し上げます。国にも盗られたことは言いません。ですから、このまま解放して……」「お嬢さぁん」
     盗賊たちは一斉に立ち上がり、フォルナの顔を見つめた。
    「俺たちゃだまされてだまされて、色んなもん搾り取られてさ。こんな最下層にまで堕っこちたのよ」
    「今さらさぁ、『何もチクらないから』って言われてもさ」
    「信じる気にゃ、さーっぱりなれんのよ」
    「そう言うことでね。……せめて苦しまないようには、しておいてやるからな」
     盗賊たちは一斉にナイフを抜いて、フォルナを囲む。
     彼らの目は欲と殺人に対する倦怠感で、ドロドロに濁っていた。
    「ひっ……!」
     フォルナは短く悲鳴を上げ、目をつぶった。
    蒼天剣・恋慕録 2
    »»  2008.12.29.
    晴奈の話、181話目。
    女騎士のような。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     その時だった。
    「まだ20にも満たぬ少女を4人がかりで惨殺か。それだからお前らは堕ちるのだ」
     盗賊たちの背後から、鋭い一喝が飛んできた。
    「だ、誰だッ!?」
     盗賊たちは一斉に振り向く。フォルナも目を開け、声のした方を見る。
    「お前らに名乗るような下賎な名前など、持ち合わせて……」「コウさま!」「……」
     そこには口上を邪魔されて憮然としている晴奈と、後ろを向いて肩を震わせる小鈴がいた。
    「く、くっく……。晴奈、かっこよく登場したのに台無しね、……ぷふっ、くくく」
    「ま、まあ、いいです。……コホン」
     晴奈は刀を抜き、盗賊たちを威嚇する。
    「まあ、そこの少女に名乗られてしまったから、名乗っておく。
     私は黄晴奈。央南出身の旅の者だ。お前らの非道、許すわけには行かぬ」
    「ゆ、許さなきゃどうだってんだ」
    「大人しく投降し、縛に付けば命は助けてやろう。だが、私やその少女に刃を向けるとあらば……」
     晴奈は刀を正眼に構えた。
    「返り討ちにしてくれるぞ」
     この脅しだけで、盗賊4人の士気は大幅に下がる。百戦錬磨の晴奈と、4人がかりで弱者をいたぶる彼らとでは、勝負になるわけが無かった。
     だが――。
    「う、うるせえ! さ、さ、さ、3000万を諦めてたまるかってんだ!」
     いかにも粗暴そうな男が、ナイフを腰だめに構えて向かってきた。
    「……愚か者め」
     次の瞬間、男の顔をほとんど縦に割るように、晴奈の刀が走った。
    「ぎゃ、……ッ」
     向かってきた男はナイフを落とし、のた打ち回る。
    「致命傷では無い。が、今すぐ手当てをしなければ命に関わる」
     晴奈は残った3人に刀を向ける。
    「どうする? 来るか? それとも投降するか?」
    「……お侍さんよお」
     頭の良さそうな男が、すい、と前に出る。
    「こいつの言った通り、この子から3000万が取れるんだ。3000万だぜ? な、ここでさ、山分けしないか? アンタに1500、俺たちに1500。悪い話じゃねーよな?」
    「貴様の性根が最も腐っているな」
     晴奈は刀を構え直し、男に一歩詰め寄る。
    「この黄晴奈、金では買えぬ」
    「またまたぁ。どーせ俺たちを皆殺しにして、3000万独り占めする気だろ? 言っとくけどな、俺たちにゃまだまだ仲間がいるんだ。アンタが俺たち殺したら、そのうわさ広めるぜ」
    「何を馬鹿な」
     晴奈はもう一歩、間合いを詰める。
    「嘘や方便は通用しない。他に仲間がいれば、こうして刀を向けられている今、出てくるべきだろう? それにな、私の実家は央南随一の大商家だ。そんな金など、塵や芥に等しい」
    「それこそ嘘だろ? 何で大金持ちが、こんな森の中をテクテク歩いて……」
    「お前はとんだ愚か者だな。たった今、その少女が3000万を持っていると言ったばかりでは無いか」
     愚か者とののしった瞬間、男の顔色が変わった。
    「……んだと? 俺が、愚か者?」
    「そうでなければ何だと言うのだ。人を襲い金と命を奪うことを繰り返す――性根が捻じ曲がった愚者でなければ、とてもできぬことだ」
     この一言に、男は逆上した。
    「バカに……、バカにすんなーッ!」
     男はナイフを振り上げ、晴奈に向かって投げる。だが、晴奈は顔色一つ変えずに刀でそれを弾く。弾かれたナイフは回転しながら弧を描き、男の肩に突き刺さった。
    「ひっ……!」
    「そうやってすぐに怒り狂うのは、己が愚かである証拠だ。……さあ、どうする?」
     晴奈は残った2人をギロリとにらむ。2人は顔を真っ青にして、ナイフを捨てた。

     晴奈に刃向かい怪我をした2人は手当てを受け、そのまま縛られた。残った2人も同様に縛られ、街道の途中にあった小屋に放り込まれた。
    「外から戸を封じておく。後程警吏をよこすから、来るまでしばらく反省するがいい」
    「……」
     盗賊4人は魂が抜けたような顔をするだけで、晴奈の言葉には反応しなかった。
    「さてと、フォルナだったか」
    「は、はい」
     助けられたフォルナは、晴奈を見て縮こまっている。
    「何故、付いてきた?」
    「その、えっと……」
    「危険だとは思わなかったのか?」
     晴奈の口調は盗賊たちを威嚇した時とは違い、幼い子を諭すような、優しげなものに変わっている。
    「……考えておりませんでした」
    「無茶にもほどがある。このようなこともあるのだから、もっと考えて行動しなければ」
    「……クス」
     背後で小鈴が笑っているが、晴奈は構わず説教を続ける。
    「歳はいくつだ?」
    「16です」
    「16でこんな、人里離れた場所を一人でうろつくなど……」
    「……クスクス」
     なぜか、小鈴は晴奈が何か言う度に笑っている。
    「……何ですか、小鈴殿」
    「んふふ……、晴奈。あたし、アンタの子供の頃の話、雪乃から聞いてるんだけど」
    「え」
    「13歳で、黄海から飛び出して弟子入りを頼み込んだって言う……」
    「う……」
     偉そうに説教していた晴奈は、ばつが悪くなって赤面する。
     きょとんとするフォルナを見た小鈴は、フォルナに耳打ちした。
    「あのね、このコウさんは13歳の頃、街で出会った剣士に弟子入りするために、一人でこーんな山道を……」「聞こえてます、小鈴殿」
     晴奈は顔をしかめ、腕組みをしてそっぽを向く。
    「……それはまあ、確かに私にも、似た経験がありますけども」
    「気持ちも一緒よ? この子、アンタと一緒に旅がしたくて、ココまで付いてきたんだから」
    「あっ」
     小鈴に秘めていた想いをばらされ、フォルナも顔を真っ赤に染める。
    「私と旅を?」
     晴奈はけげんな顔をして、フォルナに向き直る。
    「何故?」
    「そ、その……、わたくし、あなたのことを、お慕い申しておりまして」
    「は?」
     この時小鈴にまた、イタズラ心が沸いたらしく、ニヤニヤしながらこう付け足してきた。
    「つまりね、フォルナちゃんは晴奈のコトが気になって仕方無いのよ。あんまり、かっこいいから。
     連れてってあげなさいよ、晴奈」
    「いや、しかし旅慣れていない者を連れて行くのは」
    「あら、それじゃこの森の中を一人で帰させる気?」
     そう言って小鈴は森を指差す。
    「む……」
    「いいじゃん。三人旅も楽しいわよ、きっと」
    「いや、楽しいとかそう言う問題ではなく、私は日上を……」
    「大丈夫だって。このまま進めばゴールドコーストへの便があるルーバスポートに行けるんだし、そこで送り返せばいいじゃないの。ソレまでは一緒に、ってコト。
     コレならアンタの邪魔にならないでしょ?」
    「ふむ」
     小鈴の提案を聞き、晴奈はうつむき考え込む。その間に、小鈴はフォルナにまた耳打ちした。
    「アンタもソレでいい?」
    「ええ。それまでにコウさまを惚れさせて、『離れたくない』と言わせてみせますわ」
    「アハハ、頑張って」
     二人がささやき合っている間に、晴奈は顔を上げ、同意した。
    「分かりました。ではルーバスポートまでは、一緒に行くと言うことで」
    「よしよし。……よろしくね、フォルナちゃん」
    「はいっ。よろしくお願いします、コスズさん、それから」
     フォルナは晴奈の手を取り、最大限とも言える満面の笑顔を見せ付けた。
    「よろしくお願いします、コウさま」
    「ああ、よろしく」
     晴奈は相変わらず、フォルナが自分に惚れているなどとは考えもしなかった。
    蒼天剣・恋慕録 3
    »»  2008.12.30.
    晴奈の話、第182話。
    お姫様、はじめての野宿。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     晴奈たちとフォルナが合流してから6時間ほどが経過し、流石に夕闇が濃くなってきた。
    「コレ以上は進めそうに無いわねー。今日はココで休もっか」
    「そうしましょう」
     二人の会話を聞いたフォルナは驚いた顔をする。
    「え? ここで、と言うと?」
     晴奈は地面を指差し、フォルナの問いに答える。
    「ここ、だ。野宿になる」
    「の、野宿、ですの?」
    「ああ」
     フォルナはきょろきょろと辺りを見回し、眉を曇らせる。
    「あ、あの。外ですわよ」
    「そうだが?」
    「そ、外でなんて……」「あのねーフォルナちゃん」
     小鈴が胸の前で腕を組み、フォルナに言い放つ。
    「あたしらの旅は野宿多いよ、徒歩で進んでるから。それが嫌ならー……」「い、いえっ! 大丈夫です!」
     フォルナはブンブンと首を振り、慌ただしく袖をまくった。
    「えっと、野宿の準備は、何をすればよろしいのかしら!?」
    「よーしよし。んじゃ、そこら辺に落ちてる木の枝、拾ってきて。しけってるのはダメよ。乾いてるヤツね」
    「はいっ」
     小鈴は晴奈にも同じ指示を送る。
    「晴奈も枝集めお願い。あたしは寝床確保するから」
    「承知しました」
    「さ、フォルナ。晴奈と一緒に集めてきて」
    「あ……、はい! 頑張ります!」
     フォルナは小鈴にぺこりと頭を下げ、晴奈の手を引く。
    「さ、コウさま! 一緒に集めましょう!」
    「あ、ああ」
     晴奈はフォルナに手を引かれるまま、森の奥へと入っていった。

     フォルナはずっとニコニコと微笑んだまま、晴奈の側を離れない。
    「コウさま、こちらの枝はどうでしょう?」
    「ああ、これなら使えそうだな。持っておいてくれ」
    「はい」
     フォルナはいそいそと枝をまとめる。
    「ねえ、コウさま」
    「うん?」
    「コウさまは、あの、……えっと」
     小鈴と付き合っているのか、と聞こうかと考えたが、率直に聞くのは少し怖い。
    「どうした?」
    「……その、独身、でいらっしゃいますか?」
    「は?」
     晴奈はけげんな顔をする。
    「まあ、独り身だ。想っている相手もおらぬ」
    「そうですか、良かった」
    「良かった? ……何が?」
    「あ、いえ。こちらの話ですわ」
     独身と聞き、フォルナは嬉しくなった。
    「あ、あのー」
    「なんだ?」
    「……コウさまって」「すまぬが、フォルナ」
     晴奈がうざったそうな顔を向けてくる。
    「様付けは勘弁願いたい。どうにも耳がかゆくなる」
     そう言って、晴奈は猫耳をカリカリとかいた。
    「あ、すみませんコウ……、さ、ん、でよろしいでしょうか」
    「単に、コウと呼んでもらって構わぬ」
    「あ、はい。……で、では、コウ」
    「なんだ?」
    「あの、コウはどのような異性が好みでしょうか?」
    「はあ?」
     晴奈がもう一度、けげんな視線を向けてきた。
    「先ほどからお主、妙なことばかり聞くな?」
    「あ、すみません」
    「……まあ、答えるのにはやぶさかではない。そうだな、どちらかと言うと、粗暴で荒々しい奴は好まぬ」
    「では、落ち着いた雰囲気の方が好み、と言うことでしょうか」
    「まあ、そうなる」
    「……わたくし、淑女として育てられて良かったと、今初めて教育係に感謝いたしましたわ」
    「……?」
     晴奈とはフォルナの想いに気付くことなく、そしてフォルナは晴奈の性別に気付くことなく、二人は微妙にずれた会話を続けていた。

     枝集めも終わり、二人は小鈴のところに戻ってきた。
    「おっ、おかえりー」
    「ただいま戻りました。これくらいでいいでしょうか?」
    「ん、よしよし。んじゃ早速、火を起こそうかなー」
     そう言って小鈴は鞄からマッチを取り出した。それを見たフォルナが、不思議そうな顔で質問する。
    「コスズさんって、魔術師でしたわよね?」
    「ん? そーだけど?」
    「魔術で、火を点けたりはいたしませんの?」
     小鈴は「あー」と声を出し、額をポリポリかいた。
    「あたし、火の魔術は苦手なのよ。得意なのは土と、風の術。後は幻術、そんだけかな」
    「そうなのですか。わたくしも少々魔術はたしなんでおりますけれど、あまり詳しくありませんので……」
    「まー、魔術は向き不向きがすっごく出るもんね。良かったら、あたしがちょっと教えたげよっか? こーゆー旅路で役に立つヤツとか」
    「よろしいのですか?」
     小鈴はマッチに火を点けながら、「いーよー」と返した。
    「……ん、よし。くすぶってきた。……えいっ」
     小鈴が早口で呪文を唱え、種火の点いたかまどに風を送る。空気を送られたかまどは、勢いよく燃え始めた。
    「よしよし、コレで野宿の準備は完了っと。んじゃ、ご飯の用意しよっか」
     晴奈は「はい」と短く答え、鞄の中から食糧を取り出した。
    蒼天剣・恋慕録 4
    »»  2008.12.31.
    晴奈の話、第183話。
    歌劇団風な夢。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     夕食も終わり、三人はちょっと話を交わしてから、すぐに眠った。
    「寝冷えしちゃうといけないから、固まって寝ましょ」
    「あ、はい」
    「それでは、おやすみなさい」
     焚き火に向かって左からフォルナ、晴奈、小鈴の順に座り込み、毛布に包まって目を閉じる。
    「……すう」
     すぐに小鈴の寝息が聞こえる。
    「早いですね。旅慣れているからでしょうか」
    「いや、小鈴殿はいつでも寝るのが早い。しかも長くて、寝起きが悪い」
    「あら……」
     苦笑する晴奈を見て、フォルナもクスクスと笑う。
    「明日も多分、私が起こすことになる」
    「コウは寝覚めが良いのですか?」
    「ああ。睡眠自体も短い方でな、明日の4時には起きているだろう」
    「まあ……。わたくし、いつも起きるのは、早くても7時くらいですわ。よく、そんなに早く起きられますわね」
     驚くフォルナに、晴奈はまた苦笑しつつ返す。
    「13の時から、早寝早起きが習慣だからな。それも修行の一環だった」
    「へぇ……。サムライって、色んな修行がありますのね」
    「それは少し違うな」
    「え?」
     晴奈はフォルナに顔を向け、静かに語る。
    「私は侍の修行など、したことがない。やったのは、剣士としての修行だ。侍と剣士は似て非なるものだ」
    「どう、違いますの?」
    「剣士は単に、剣を学んだ者だ。侍と言うのは剣を学んだ上で、高い志と仁徳を得た者を言う、……と、私は思っている。
     単に剣術の腕があると言うだけでは、ただの乱暴者。そこに礼儀、仁徳、その他正しいと信じられる、誇ることができる心情が胸のうちに無ければ、侍とは呼べぬ。
     私は何度か、確かに剣の腕がある者と戦ったことがある。だが、侍と呼べる者はいなかった」
     そうして晴奈は、師匠と央南を旅した時に出会った道場破りの話や、抗黒戦争で戦った「魔剣」の話を聞かせていた。
    「……それでな、怪物たちを入れていた檻の間から、突然その剣士が、……おっと」
     話の途中で、晴奈はフォルナがすうすうと寝息を立てていることに気付く。フォルナは眠ったまま、晴奈の手を握っていた。
    「むにゃ……、コウさま……」
    「……おやすみ」
     晴奈も目を閉じ、護りは小鈴の杖、魔杖「鈴林」に任せて眠りに就いた。



     夢の中。
     フォルナは故郷、グラーナ王国の宮殿にいた。
    「殿下……」
     どこかで自分を呼ぶ声がする。
    「陛下がお呼びですぞ、殿下」
    「嫌ですわ。また、お小言でしょう?」
     フォルナはその声に応じない。
    「いいえ殿下」
     声は止まらない。
    「殿下にお会いしたい方がいると、陛下から託っております」
    「わたくしに会いたいと? どなたかしら?」
     フォルナは興味を持ち、その声のする方に歩いていく。
    「どのような方ですの?」
    「猫獣人の方です。央南人のようで……」
    「まあ!」
     フォルナの脳裏に晴奈の顔が浮かぶ。フォルナは思わずドレスの裾をつまみ、走り出していた(いつの間にか旅装から、おしとやかそうなドレス姿に変わっている)。
    「ただいま参りました、父上!」
    「おお、フォルナ」
     玉座の間に着くと、父と央南風の猫獣人が向かい合っていた。
    「コウさま!」
     フォルナが呼ぶと、その猫獣人はくるりと振り返った(なぜか振り返った瞬間、騎士風の鎧姿に変わる)。
    「ああ、フォルナ!」
     猫獣人はフォルナの元に向かい、フォルナをひしっと抱きしめた。
    「ああ、コウさま……」
     フォルナも猫獣人を抱きしめ、そのままじっとしていた。すると――。
    「さあ、婚礼の準備を!」
     父が大きな声をあげ、臣下の者に命じる(なぜか天帝教の教会内に場面転換。フォルナは花嫁風のドレスを身にまとい、猫獣人は純白の礼服を着ている)。
    「フォルナ殿下、おめでとうございます!」
     城の者たちが皆集まり、フォルナと猫獣人を祝う(なぜか教会の建物が、どんどん広くなっている。城内のものすべてを集めれば絶対に入りきらないはずだが、きっちりと収まった)。
    「ありがとう、みんな、ありがとう!」
     フォルナは(なぜか衣装換えしている。今度は真っ赤で、とても派手なドレスだ)涙を流しながら、祝ってくれた皆にお辞儀をする(またドレスが変わる。今度は優雅な青いレースがついている)。そこでとなりにいた猫獣人が、フォルナの手首をつかんだ。
    「え……」
    「さあ、フォルナ。夫婦の誓いを……」
     そう言って猫獣人(実際の晴奈よりもっと男らしく、それでいて耽美な顔立ちになっている)はフォルナの腰に手を回し、目を閉じて顔を近づけてきた(なぜか、なぜか……、辺りは色とりどりのバラの花で満ちあふれている)。
    「は、はい……」
     フォルナは顔を真っ赤にして(また衣装が変わる。今度はどこで知ったのか、央南風の振袖をまとっている)、猫獣人に顔を近づけ――。



    「わわわわわわ、ちょ、ちょい待ち! フォルナ、起きて起きて起きてーっ!」
    「……ふにゃ?」
     目の前5センチのところに、小鈴の驚いた顔があった。
    蒼天剣・恋慕録 5
    »»  2009.01.01.
    晴奈の話、184話目。
    ようやく気付いたお姫様。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「ふあ、あー……。ああ、ビックリした」
     小鈴はまだ眠たそうにしながら、焚き火を片付けている。
    「ごめんなさい、コスズさん」
    「まあ、悪気があってやったワケじゃないから、いーけど。ところで、晴奈知らない?」
    「コウですか? ……いませんね?」
     フォルナの隣で眠っていたはずの晴奈の姿が無い。小鈴は巫女服の袖から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。
    「今は、6時ちょい前か。んじゃ、朝の修行でもしてるのかな」
    「朝からですか?」
     目を丸くするフォルナに、小鈴はち、ち、と指を振る。
    「それが剣士ってもんよ。休日でも朝と昼、きっちり素振りしてるし」
    「へぇ……」
     感心しているフォルナに、小鈴はそっと耳打ちしてきた。
    「ね、フォルナちゃん」
    「はい?」
    「アンタ、『麦穂狐』よね?」
     小鈴の言葉に、今度は目を丸くする。
    「え、えっと」
    「アンタが盗賊に捕まってた時にさー」
     小鈴は時計を出した袖口から、今度は通帳を取り出す。
    「あ、それは……」
    「そ、アンタの通帳。あの盗賊たちが3000万なんて言ってたけど、実際の残高は170万弱だったわね。ま、あいつらが変な勘定回してたんだろーけども、それでも普通の小娘が持つ額じゃないわよ、コレは。それに名義が『フォルナ・ブラウンテイル・グラネル』になってるし」
     通帳をフォルナに返し、小鈴は話を続ける。
    「グラネル家、通称『麦穂狐(ブラウンテイル)』一族。その起源は黒白戦争の英雄、ニコル・ゴールドマン3世の子供たちの造反にさかのぼる。主要産業は小麦を初めとする農業で、央中・央北の小麦市場に強い影響を持つ。
     最近は豊作続きなのと、北方との戦争で物価が上がってるコトもあってかなり儲けてるみたいだけど、30年以上続くお家騒動はまだ収まる気配が無い。……で、間違いないかしら?」
    「……ええ。概ね、相違ありませんわ」
     フォルナは通帳をしまいながら、小鈴に答える。
    「現在国王の座に就いている父上は真面目で厳格な方なのですが、先王、つまり私の祖父は非常に好色な方だったそうで、正室、側室合わせて7人の子が生まれました。当然、ここに後継者争いが起こったのですが、その時は何とか長男であり、正室の子だった父上が王位を継ぎました。
     問題は、その次。父上ももうお年ですし、過去の後継者争いで対立した方たちはほぼ、自分が王位に就くことを放棄しています。その代わり、子供たちを就かせようとしていまして。各個に資産を蓄えたり、国内の主要産業と手を結んだりと、権益、利権を押さえようと画策しています」
    「んー、つまり経済的に優位に立つコトで、王様が崩御した後に起きるであろう後継者争いを有利に進めたい、ってワケ?」
    「その通りです。そして現在、傍家のいくつかは我々本家以上の財を蓄えている、と言ううわさも入るようになりまして。自分が亡くなった後の争いに不安を感じた父上は、央中各地の名家と太いパイプをつなぎ、対抗しようとしております」
    「あー、そこは聞いたコトあるわね。こないだもネール家の誰かと見合いしたとか、そんな話も聞いたわ。んじゃ、アンタがゴールドコーストにいたのも……」
    「ええ、一度お目通りをと言うことで。会ってはみたのですが、あまり品がよろしそうな方には見えなくて」
    「アハハ……。んでその帰りに晴奈を見て、惚れちゃったワケね」
     フォルナは顔を赤くして、コクリとうなずいた。
    「わたくし、本当にあの方のことをお慕いしているのです。あの方と添い遂げられるのならば、家や財産など惜しくはありません」
    「そっか……」
     小鈴は流石に、心がチクリと痛んだ。
    「(これ以上、だましちゃ悪いわよね)あのさ、フォルナちゃん……」
    「はい?」
     フォルナは顔を上げ、小鈴の目を見た。
     そこに晴奈が戻ってきた。やはり朝の日課、素振りを終えたところらしく、髪を解き、手拭で顔を拭いている。
    「ただいま戻りました」
    「あっ、晴奈」
    「え……?」
     髪を肩まで垂らした晴奈の姿を見て、流石にフォルナも気付いたらしい。
    「あれ、あの、……?」
     フォルナは半信半疑の顔で、晴奈に近付く。
    「どうした、フォルナ?」
    「……嘘でしょう?」
     フォルナは愕然とした顔で、晴奈の胸に手を当てた。
    「な、何を?」
     フォルナの手に鍛えられた筋肉の硬さと、男ではありえない脂肪の軟らかさが伝わる。
    「……ッ!」
     フォルナは顔を真っ青にして、晴奈の道着を無理矢理はだけさせた。
    「わ、わっ!? 何をする!?」
    「じょ……、じょ、女性では無いですかッ!」
     わずかながらも道着の胸元に見えた谷間を見て、フォルナは硬直した。
    「……お主、先ほどから一体何なのだ? わめくわ、剥くわ、……何を考えているのだッ!」
     晴奈も顔を真っ赤にしながら、道着を着直す。
    「わ、わたくし、何の、ため、に……」
     フォルナはそのまま、仰向けに倒れた。
    蒼天剣・恋慕録 6
    »»  2009.01.02.
    晴奈の話、第185話。
    おうじょ フォルナが なかまになった!

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     フォルナはユラユラとした振動を感じ、目を覚ました。
    (え……?)
    「呆れましたよ、まったく」
    「ホント、ゴメンね~」
     すぐ前方で、晴奈と小鈴の声が聞こえる。
    「しかし、ずっと男だと思われていたとは」
    「今度からさ、ムネに詰め物しといたら?」
    「勘弁してくださいよ。動きにくい」
    「そーよね、アハハ」
     どうやら、晴奈がフォルナを背負ってくれているらしい。
    (コウ……。まさか、女だったなんて)
     フォルナはあまりのショックで、目を覚ましても動けないでいる。
     と、フォルナが目を覚ましたことに気付かず、晴奈がこんなことを言った。
    「しかしフォルナを見ていると、何だか心配になります」
    「なんで?」
    (何故ですの?)
    「小鈴殿も言っていたように、昔の自分に良く似ているからです。あの頃の私を省みると、よくもまあ情熱だけで旅立てたものだ、と呆れてしまう」
    (あら、ひどいわね)
     一向に背負ったフォルナの様子に気付くことなく、晴奈は話を続ける。
    「心配になると言いましたが、同時に何と言うか、守ってやりたい気持ちにもなりますね」
    「ふーん」
     フォルナは薄目で小鈴の方を見てみると、小鈴と目が合った。が、小鈴は何も言わない。
    「どうも私は、年下の者に弱いらしい。この子も何だか、妹のように思えてしまうのです」
    (妹、ですって?)
    「あー、うんうん。晴奈はお姉さんって感じだもんね」
     どうやら、小鈴はまた黙殺するつもりらしい。
    「ちょっとくらいなら、一緒に旅をするのも悪くないかも知れないですね」
    (わたくしも、コウが男だったら一緒に旅を、と思っていたのに)
    「あーら、日上を追うのに邪魔だなんて言ってたくせに」
    「ええ、まあ。……つくづく思うのですが」
     晴奈はため息混じりに答える。
    「やはり、旅の仲間は多い方がいい。一人で黙々と進むより、二人で。二人で淡々と進むより、三人で。
     フォルナの目が覚めたら、頼んでみようかと」
    (お断りよ。わたくし、あなたが男だと思ったからここまで来たのよ)
     フォルナは晴奈に分からないよう、ツンとそっぽを向く。
    (……でも)
     しかし背負われ、密着している背中からは、頼りになるぬくもりを感じる。
    (いいかも知れないわね。どうせ、お城での生活にうんざりしていたもの。それに、悪い人たちでは無さそう。
     そうね、楽しいかも知れないわ)
     フォルナはぎゅっと、晴奈の肩を抱きしめた。
    「ん? フォルナ、起きたか?」
    「あっ、……はい。降ろしていただけます?」
    「ああ」
     晴奈はそっとしゃがみ、フォルナを降ろす。
    「はい、コレあんたの荷物ね」
     フォルナは小鈴から荷物を受け取りながら、晴奈に声をかける。
    「コウ。……話は、聞いておりました。
     その、まあ、一緒に行きたいと言うのであれば、わたくしもやぶさかではありませんわ。付いていっても、よろしいかしら?」
    「ああ、こちらからもお願いする。よろしくな、フォルナ」
    「ええ、よろしくコウ。……でも、女性にしては妙なお名前ね?」
    「ああ、ソレなんだけどねー」
     小鈴が割り込み、晴奈に耳打ちする。3秒ほどで、晴奈の顔が真っ赤になる。
    「……そうでしたか。道理で」
    「どうしたのですか?」
    「あのね、このコウさんは名前と名字を逆に名乗っちゃってたのよ」
    「まあ」
     真相を聞き、フォルナは口に手を当てて笑い出す。
    「うぅ、不覚だ。作法を間違えていたとは。……早く言って下さいよ、小鈴殿」
    「クスクス……」
     小鈴は最後までイタズラ心たっぷりに、晴奈をいじっていた。

    蒼天剣・恋慕録 終
    蒼天剣・恋慕録 7
    »»  2009.01.03.
    晴奈の話、第186話。
    軽くSな小鈴。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     晴奈たちとフォルナが共に旅をするようになって、早3日目。
     2日かけて森を抜けた晴奈一行は現在、小高い丘を越えていた。
    「この丘を越えたトコが、リトルマインよ」
    「ふむ」
    「意外と早く着きますのね」
     小鈴は杖をつきながら、ゆっくりと坂を上っていく。
    「もう3日くらいかかるかなーと思ってたけど、意外にフォルナちゃん、脚が強いのね」
    「ええ。セイナほどではありませんが、わたくしも毎日運動していますもの」
     フォルナは晴奈の素性を理解してから、「セイナ」と呼ぶようになった。
    「それは感心だな」
     三人の中で最も体力のある晴奈は、何の苦もなく坂道を上っている。他の二人が額に汗を浮かべているのに比べ、晴奈は息切れすらしていない。
    「この分だと、大体あと1時間くらいで着きそうね。ちょうど、お昼時ってトコかしら」
    「美味しいご飯が、いただけそうですわね」
    「そうだな」
    「んふふー、それはどーかなぁ」
     同意する晴奈に対して、小鈴はニヤニヤしながら答えを濁す。
    「鉱山の近くにある温泉地だから、水はかなりの硬水よ。オマケに地下水の大半は炭酸入り。何にも考えずに飲んだら……」



    「ごぶ、ゲホッ!? し、舌が割れる!」
    「んひゃ、ひゃ、……鼻が痛ぁい!」
    「だーから言ったでしょ、んふふふ」
     リトルマインの南側に沸いていた炭酸水の鉱泉を見つけ、晴奈とフォルナは一気にあおってみた。結果は前述の通りである。
    「はー、はーっ、……くは、のどがただれるようだ」
    「涙が出てきてしまいますわ……」
    「あたしもちょっとくらいパチパチする程度の、軟水の炭酸水なら好きだけど、コレはやり過ぎよね。あたしも昔飲んでみて悶絶したわ。……んふふふふふ」
     小鈴は悶える晴奈たちを見て、口に手を当てて笑っている。
    「ひどい方、コスズさん」
     フォルナはハンカチを鼻に当てながら、グスグスと涙を流している。晴奈も腹と口に手を当てながら、げっぷを押さえようとする。
    「げふ、失敬。……ゲプ」
    「んふふふ、アハハハ……」
     二人の真っ赤な顔を見て、小鈴は笑い転げていた。
    「……くっくく、くく。あー、ゴメンねぇ、ホントに。おわびにさ、この街で美味しいご飯ご馳走したげるから」
    「げふ、……あるのですか?」
    「水が悪いと、グス、言っていたのに」
    「ま、普通に飲むのはきついけど、料理に使うと美味しいのよ、硬水って」
    「ほう、……げふ」
    「ま、付いてきて付いてきて」
     小鈴はまだ涙目の二人に手招きし、街の中心へと歩いていった。

     三人はリトルマインの食堂に入り、小鈴が注文する。
    「ミートソースのパスタ、3人前」
    「かしこまりましたー。ミート3、お願いしまーす」
     田舎に似合わない、フリルつきのエプロンをかけた短耳のウエイトレスがきびきびと注文をメモし、厨房へ指示を送る。
    「ぱすた、とは?」
    「麺類のことですわ、セイナ」
    「ほう。そばとか、うどんと似たようなものか」
    「ま、そんな感じ。ココはさっきの炭酸水を使って、麺をゆでてるの」
     晴奈とフォルナは先ほどの激痛を思い出し、揃って鼻を抑える。
    「それは……、また口や鼻が痛くなりそうな」
    「本当に、美味しいんですの?」
    「ま、食べてみて食べてみて」
     10分ほどして運ばれてきたパスタを見て、晴奈とフォルナは顔を見合わせる。
    「……」「……」
    「ほら、食べなって」
    「は、はい」「では、いただきます」
     二人は恐る恐る、パスタを口に運ぶ。
    「……あら?」「お?」
     ちゅるりと飲み込み、二人は目を輝かせた。
    「美味しい!」「驚いたな、確かにうまい」
    「でしょー? 硬水で麺をゆでると、超美味しいのよ」
    「へぇ……、知りませんでしたわ」
    「同じく。これほどうまいとは」
     晴奈はもう一口、パスタを口に運ぶ。と、そこで小鈴が唖然とした。
    「……晴奈ぁ。もうちょっと教えなきゃいけないコト、あるわね」
    「ずずー。……え?」
    「セイナ、音を立てては……」
     ズルズルと音を立てて麺をすする晴奈に、小鈴とフォルナは小声で注意した。
    「まずいのか?」
    「ええ」「うん」
     晴奈がふと店の奥に目をやると、先ほどのウエイトレスが背を向けて笑っていた。
    蒼天剣・湯治録 1
    »»  2009.01.05.
    晴奈の話、第187話。
    橘家の歴史と事業展開。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「ふむ……、色々あるのだな」
     晴奈は小鈴たちから小一時間ほど、食堂で央中の作法について講義を受けた。
    「あとセイナさん、フォークは握っちゃダメですよ。こうやって持つんです」
     相当暇なのか、途中から食堂の店員たちも加わってきた。
    「こう、か?」
    「そうそう」
     ウエイトレスが晴奈にフォークを持たせ、ニコニコと笑いながらうなずく。その様子を見ていた猫獣人のコックが珍しげな視線を向けてくる。
    「でも、サムライさんなんて初めて見たなぁ」
    「うんうん。央南出身って人はゴールドコーストとかで時々見かけますけど、ここまでコテコテした『いかにも央南人』って言うのは、あんまり見ませんね」
    「あら、あたしは? ホラ、巫女服よ、巫女服」
     袖をピラピラと振って主張する小鈴に、店員2人は揃って「うーん」とうなる。
    「いや、コスズさん央中語かなり話せるし、髪の毛真っ赤だし」
    「ピアスしてますし、目鼻立ちもはっきりしてますしね」
    「何て言うか、『央南かぶれの央中人』って感じ。巫女服姿だとなーんか、逆に浮いてるような」
    「えー、そお?」
     店員たちの反応に小鈴は苦笑いしている。
    「ま、確かにあたしのお母さんとひいおばーちゃん、央中の人だったし。まだそっちの血が濃いのかもしれないわねー。
     あ、そうそう、うちが情報屋始めたのも、ひいおばーちゃんがきっかけなのよね」
     央中作法の講義は橘家の昔話へと移っていく。
    「央南は今でも、央中とか央北にとっては別世界だしね。昔から色んな話、知りたいって人がホントに多くて。それを商売にできないかって、ひいおばーちゃんは一人で央南へ何度も渡航して、それで一財産築いたんだからすごい人よ、ホント」
    「ですよねー。何度聞いても、たくましい人だなって思いますよ」
     ウエイトレスは小鈴の話にコクコクとうなずいている。そこでフォルナが尋ねてみた。
    「あの、もしかしてコスズさん、こちらの方とお知り合いですの?」
    「あ、言ってなかったっけ? そ、知り合い。去年まで、朱海の店で働いてた子なのよ」
     小鈴に紹介され、ウエイトレスはもう一度頭を下げる。
    「コレットと言います。アケミさんのお店では、すごくお世話になってました。コスズさんとも、何度か会ったことがあります」
    「朱海から『リトルマインに行ったら、絶対ここで食べてけよ』って言われてたし、アンタらを招待したげようって思ってたのよ。いやー、美味しかったわホント」
    「ありがとうございます」
     コレットと隣にいたコックは同時に、嬉しそうに頭を下げた。その様子を見たフォルナが勘を働かせる。
    「もしかしてコレットさん、そちらのコックさんと一緒に?」
    「ええ、ボレロ……、彼がどうしても、故郷のここでお店を開きたいと言っていたので。アケミさんのお店にいた時から付き合ってたんです」
    「へぇ……」
     フォルナは胸の前で手を組み、うらやましそうにため息をついた。
    「素敵な話ですわね」
    「えへへ、まあ、はい」
     コレットは顔を真っ赤にしてうなずいた。

     この食堂で宿も営んでいると言うことで、三人はここに宿泊することにした。コレットは簡単な観光案内もしてくれた。
    「今はもう廃坑になってしまったところに、温泉が湧いてるんですよ。街の観光資源にしようって、こないだ整備されたところなので、良かったらコスズさんたちも入浴されてみてはどうでしょう?」
     コレットがニコニコと笑いながらバスローブや洗面器、スポンジなど入浴用のセットを用意してくれた。
    「あら、ありがと」
    「後で私も行きますね。良かったらもう少し、央南のお話を聞かせてくれますか?」
    「ええ、構いませんよ」
     晴奈もにっこりと笑い返し、入浴セットを受け取る。
    「それではまた、後ほど」
     フォルナも入浴セットを受け取り、コレットに軽く頭を下げた。

     三人は店を後にし、ほのかに暮れ始めた夕空の下をてくてくと歩く。
    「ああ……、涼しい風ですわね」
     旅装を脱ぎ軽装になった三人の間を、秋の風が吹き抜ける。
    「そうか、もう秋になるのだな」
    「いい時期に来たもんね、ホント。央南と違って、央中は春と秋が短いから」
    「旅をするには丁度良かった、と言うべきか。まあ、望んだ旅ではないのだが」
    「まあ、無粋ですわねセイナ。理由がどうあれ、旅は楽しまないと行けませんわ。……でないと、わたくしがここにいる意味がございませんわ」
    「はは、そうだったな」
     フォルナに軽く頬をつつかれ、晴奈は苦笑しながら応える。
    「これも何かの縁だ。存分に、楽しむとしよう」
    「そーそー、その意気その意気。とりあえず……」
     小鈴はぶら下げていたワインの瓶を、嬉しそうに掲げる。
    「温泉に着いたらコレちょこっとあっためて、ホットワインを」「きゅーっと、ですね」「そゆコト」
     三人はまた、クスクスと笑いあった。



     ところがこの後、思いもよらない事件が起きてしまう。
     どうもこの三人の中に、トラブルメーカーがいるらしい。晴奈、小鈴、フォルナは三人とも、そんな風に考えた。
     それが誰なのか、彼女らには結論は出せなかったが――ともかく、事件は起きた。
    蒼天剣・湯治録 2
    »»  2009.01.06.
    晴奈の話、第188話。
    温泉とお酒をこよなく愛する女、小鈴。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「つーいた、ついたっ」
     温泉に着くなり、小鈴は嬉しそうに更衣室へと進んでいった。
    「イキイキしていらっしゃいますわね、コスズさん」
    「ああ。まったく本当に、旅を満喫している人だよ」
     晴奈とフォルナが更衣室に入ると、小鈴は既にタオル一枚の姿になっている。
    「ホラ、早く着替えた着替えたっ」
    (は、早い)
     晴奈たちは慌てて着ているものを脱ぐ。と、ここで小鈴がイタズラっぽく声をかける。
    「全部脱いで入らないよーに」
     晴奈は口をとがらせ、反論する。
    「承知しております。先程、じっくりと教わりましたから」
     晴奈も体にタオルを巻き、小鈴と同じ姿になる。その間に、小鈴は陶製のグラスとワイン瓶を手に浴場へと入って行った。
     2人になったところで、フォルナが話しかけてくる。
    「コスズさんって、温泉が好きなのかしら」
    「ああ、そうらしい。昔、私の修行場に来た時も、良く温泉につかっていた」
    「お酒もお好きみたいですわね」
    「なかなかの酒豪だ。あの人が酒に呑まれたところを見たことがない」
    「へぇ……」
     話しているうちに、浴場から小鈴の鼻歌が聞こえてきた。そしてふわりと、浴場で温められたワインの香りが漂ってきた。

     ワインの香りは浴場の外、廃坑の入口まで流れて行く。
     それは普通の人間には嗅ぎ取れないくらいの微弱な香りだが、外にいる兎やリスと言った小動物たちには感じられた。
     とは言え、酒の香りである。大抵の動物はうまい匂いだとは感じられず、かと言って嫌な臭いでも無い。特に反応することも無く、地面の草を食んでいた。
     だが突然、そこにいた動物たちは一様にビクッと震え、どこかへと逃げ去った。

    「ふんふふーん、ふふふふーん……」
     湯船につかった小鈴は上機嫌な顔で、ワインをグイグイと呑んでいる。
    「っはー、んまいっ!」
     既に瓶の中のワインは3分の2になっている。体を洗い終えた晴奈とフォルナが浴槽につかり、小鈴の横に座る。
    「楽しんでますね」
    「もっちろんよー。ホラ晴奈、アンタも呑んだ呑んだ」
     小鈴はグラスを手渡し、ワインをなみなみと注ぐ。
    「お、っとと」
    「さ、行っちゃいなー」
    「では……」
     晴奈はワインに口を付け、くいと呑む。
    「……ふーむ、じわりと来ますね。胃の中からほこほこと、体が温まる」
    「でしょ? コレはなかなかいいお酒よ」
    「へぇ……」
     晴奈の呑む姿を見ていたフォルナが、感心した声を上げる。
     それを見て、小鈴がニヤニヤしながら、フォルナにグラスを差し出した。
    「ホラ、フォルナちゃんも一献どうぞ」
    「え、でも、わたくしお酒、呑んだことが……」
    「あら、そーなの? ……んふふ、ソレじゃ今日がお酒の初体験ってワケね」
     小鈴はグラスを半ば無理矢理に渡し、晴奈にやったのと同じように、ワインをたっぷり注ぎ込む。
    「ほれほれ、呑んじゃいなって」
    「は、はい。それでは、……えいっ」
     フォルナは困った顔でグラスと小鈴の顔を交互に見ていたが、やがて意を決したように、ぐいっとあおった。
    「……んにゃあぁ」
     そしてすぐに、涙目になる。
    「だ、大丈夫かフォルナ?」
    「エグ味があって、変な匂いですわ……。何と言うか、その、ブドウが腐ったような……」
    「ま、ワインはブドウを醗酵させたもんだしね。まだちょっと、早かったかな」
    「い、いえ。……もう少し、味を見させていただいてもよろしいかしら?」
    「お?」
     フォルナは苦そうな顔をしながらも、グラスを差し出してきた。
    「美味しい気もしないではありませんので」
    「だいじょぶ?」
    「ええ、何とか。……さあ、お願いします」
    「んじゃ、注ぐけど」
     小鈴は多少心配そうな様子を見せつつも、フォルナに2杯目を注ぐ。
     それをフォルナがもう一度、一気に飲み下す。その仕草を見た小鈴が、「ちがうちがう」と声を上げた。
    「フォルナ、お酒はそーやって呑むもんじゃないわよ。もっとゆーっくり、味わって呑まなきゃ」
    「そ、そうなのですか? でもセイナはさっき、こうやって呑んでいたような」
    「いや、そーじゃなくて。そんな『これから死地に飛び込みます』みたいな顔で呑んじゃダメだってば。お酒に失礼よ」
    「あ……、はい」
     小鈴にそう注意され、フォルナは3杯目をゆっくりと口に含む。
    「……あ、いい香り、かも」
    「舌、慣れてきたかな?」
    「ふぁい……」
     フォルナがおかしな返事をしたので、晴奈と小鈴は同時にフォルナの顔を覗き込んだ。
    「ろーいたしましらろ、せいな、こすずさん?」
    「酔ってるわね。呂律がグチャグチャ」
     小鈴の指摘にうなずきつつ、晴奈は立ち上がった。
    「私、先に上がってフォルナを運んでおきます。放っておいたら、湯船に沈んでしまう」
    「そーね。お願い、せ……」
     頼みかけて、小鈴は口をつぐんだ。
    「どうしました?」「しっ」
     小鈴は浴場の、いや、温泉の入口に注意を向けている。それを見て、晴奈も同じように外の様子を伺う。
     夕暮れを強く感じさせる虫の声に混じり、人間大の「何か」が四足でと、とと……、と足音を立てて入口前をうろついているのが、わずかに聞こえてくる。
    「何か、……いますね」「ええ、下手に出ない方が良さそうよ」
     小鈴は素早く、呪文を唱える。
    「来て、『鈴林』!」
     唱え終わったところで、脱衣所に立てかけておいた小鈴の魔杖がひゅん、と飛んできた。
     小鈴はそれをつかみ、湯船から立ち上がる。
    「よし、準備万端っ。……さあ、かかってらっしゃい」
     晴奈は後ろに下がり、フォルナを抱きかかえている。流石の晴奈も刀が無くてはどうしようもなく、小鈴に任せるしか無い。
    「小鈴殿、お気をつけください」
    「分かってるって」
     入口にいた「何か」は脱衣所まで入ってきたようだ。衝立があるので姿は分からないが、相当大きな獣のようだ。
    「獣と言うより、……怪物、でしょうか」
    「かもね。
     ちょっとお湯減っちゃうけど、風邪引かないでね」
    「え?」
     晴奈に詳しく説明せず、小鈴は呪文の詠唱を始める。
     すると浴場の湯水がぱしゃぱしゃと音を立てて揺れ始めた。
    「もっと後ろ下がって、晴奈!」
    「は、はい!」
     晴奈は既に酔い潰れているフォルナを抱きかかえ、湯船の一番奥まで下がる。
     と同時に、黒っぽい「何か」が衝立を倒してこちらに向かってきた。
    「狼!?」「でっか!?」
     それは全長2メートル以上はある、巨大な狼のような生物だった。その大きさに、晴奈と小鈴は戦慄する。
    「こっち向かってくる! 攻撃するわよ! 後ろ下がった!?」
    「はい!」
    「んじゃ行くわよ、『ウォータードロップ』!」
     湯船から拳大の水が浮き上がり、球状に固まる。そして向かってきた狼に向かって、勢い良く飛んでいく。
    「ギャウッ!?」
     重たい水の弾は狼の眉間に当たり、狼は短い叫び声を上げてのけぞった。小鈴は続けて3、4発、水の弾を放つ。
    「それッ!」「ギャ!?」
     水の弾に何度もぶたれ、狼はひんひんと鳴きながらくるりと向きを変え、浴場から出て行った。
    「はぁ。……何なのよアレ!?」
     危機が去り、小鈴は『鈴林』は湯船につけないよう上に掲げながら、ぽちゃんと湯船の中に入る。
    「狼の、……よう、でしたね」
    「にしたってデカすぎよ! こうしちゃいられないわ、もしかしたら村に向かうかも」
     小鈴はまた立ち上がり、急いで浴場を後にする。
     晴奈もフォルナを背負いながら、小鈴を追った。
    蒼天剣・湯治録 3
    »»  2009.01.07.
    晴奈の話、第189話。
    慌て損。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     晴奈がワインで酔っぱらったフォルナを着替えさせている間に、小鈴は狼を追いかけていた。狼は何故か、一直線にコレットの店目指して走っている。
     先程小鈴から受けた攻撃が効いているらしく、その足取りは少々おぼつかないが、見た目はほとんど、野生の狼そのものであり、その脚力は人間が追いつける速度では無かった。
     そのため、小鈴がようやく狼に追いつけたのは、相手が店に入ってからだった。
    「きゃーっ!」
     コレットの悲鳴が聞こえ、小鈴は慌てて中に飛び込む。
    「こっ、来ないでーっ!」「グルルル……」
     狼は厨房に逃げ込んだコレットとの距離を、じりじりと詰めている。
    「コラぁ! その子たちに手ぇ出したら、あたしが許さないわよ!」
     小鈴は狼の気を引こうと、大声を出して威嚇する。狼はチラ、と小鈴を見て鼻をクンクンと鳴らす。
    「……」「……」
     狼の仕草を、コレットも小鈴も、緊張した面持ちで見つめている。
     やがて狼は鼻を鳴らすのをやめ、小鈴の方に寄ってきた。
    「よーし、相手したげるからこっちに来なさい」
     小鈴はゆっくりと後ろに下がりながら、杖を構えて牽制する。応じるように、狼もじわじわと小鈴の方へ歩いてきた。
    「コレット、今のうちに逃げなさい」
    「で、でも……」
    「あたしはいいから、早くっ」
    「は、はいっ」
     コレットは慌てて厨房の奥に消える。どうやら夫のボレロを呼びに行ったらしい。
    (さーて、どうしようかしらねー……)
     小鈴は後ずさりしつつ、店から出る。一定の距離を保ち、狼も店から出てきた。そこで小鈴は呪文を唱えようと、息を吸い込んだ。
     と、そこに丁度よく晴奈が(いまだ酔っぱらっている)フォルナを背負って追いついた。
    「小鈴殿!」
    「あっ、晴奈! 早く来て来てっ」
    「はい、ただいま!」
     晴奈は辺りを見回し、近くにあった木に立てかけるようにフォルナを寝かせ、小鈴の側に立った。
     すると――。
    「えっ」「あら?」
     何故か狼は、小鈴を無視してフォルナの方に足を向けてきた。
    「ちょ、ちょっと!? こっちよ、相手は!」
     小鈴が叫ぶが、狼はまったく反応しない。クンクンと鼻を鳴らしながら、フォルナの方にゆっくりと歩いていく。
    「させるかッ!」
     晴奈が走り、狼の前へと回り込む。進路をふさがれ、狼は怒りの咆哮を上げる。
    「ガアアアッ!」
    「りゃあッ!」
     晴奈は刀に火を灯し、狼の眉間を狙って斬りつけようとした。
     だが狼の反応は早く、刀が来る前に飛びのいてかわす。
    「くそ……!」
     狼は晴奈の横をすり抜け、またもフォルナに近付いていく。先程と同様、晴奈は狼の前へと走って、行く手をさえぎる。
    「……?」
     晴奈と狼がぐるぐると追いかけっこをしている間、小鈴は狼の妙な行動を観察していた。
    (何で敵意むき出しの晴奈に噛み付こうとしないの?)
     この場合、狼が晴奈に攻撃してくれれば、晴奈は返り討ちにできる。言い換えれば、狼が晴奈を相手にすれば、簡単に片がつくのだ。
     ところが、狼はしつこくフォルナを狙ってくる。邪魔をしてくる晴奈を、まったく相手しようとしていない。狼は邪魔する晴奈を避け、何故かフォルナばかりを狙っているのだ。
    (えーと……)
     小鈴は狼の行動を、一つ一つ思い出してみる。
    (浴場に現れた時は、あたしたちを狙ってきたわよね。んで、コレットの店に行った時、あたしが呼びかけたらついてきた――飛び掛かったりせずに。いや、そもそもなんでコレットんトコに?
     んー……、もしかして)
     小鈴はある仮説に行き当たり、コレットの店へと引き返した。
    「あっ、コスズさん!」
     店に入るなり、コレットが声をかける。
    「アンタ、まだ逃げてなかったの? ……まあいいや、お酒ある!?」
    「え? お酒? 呑むんですか? こんな時に?」
    「あたしじゃないわよ、あの狼に呑ますの!」
    「へ?」
     小鈴は厨房に駆け込み、コレットに再度指示する。
    「ホラ、お酒早く持ってきて!」
    「はっ、はいっ!」
     コレットはパタパタと足音を立て、地下の酒蔵に降りていった。と、小鈴は厨房の奥で料理に没頭しているボレロを見て驚いた。
    「ちょ、アンタもまだいたの!?」
    「……」
     だが、ボレロは返事をしない。背を向けたまま、黙々と鍋をにらんでいる。
    「すみません、彼、今、新しい料理を考えてて……」
     その間に、コレットがワインの瓶を持って上がってきた。
    「……いーい根性じゃない。
     っと、持って行くわよ!」
     小鈴は呆れつつもコレットからワインを受け取り、近くにあった皿もつかんで店を飛び出た。
    「しつこいッ!」「ギャウッ!」
     晴奈と狼はまだ、追いかけっこを続けていた。
     何太刀か「燃える刀」を振るったらしく、地面にはいくつもの焦げ跡が着いている。だが、一度も狼には当たって様子も無く、狼はピンピンしている。
     小鈴は持って来た皿にワインを注ぎ、狼に声をかけた。
    「そこのケモノっ! コレがほしいんでしょっ!?」
    「グル、ル……?」
     晴奈と対峙していた狼は、その香りに気付く。あれだけ執着していたフォルナに尾を向け、一目散に小鈴の方へと向かってきた。
    「こ、小鈴殿!」
    「大丈夫よ! ……多分」
     小鈴の予想通り、狼はワインを注いだ皿の前に座り込み、ぴちゃぴちゃとなめ始めた。
    「……え?」
    「コイツは最初っから酒を狙ってたのよ」
     小鈴はワインの瓶をコンコンと叩き、ため息をついた。
    「温泉に現れたのも、コレットの店に来たのも、フォルナを狙ったのも、全部酒を狙ってたせいよ。
     衝立はあるけど、温泉は入口まで戸も扉も無かったから、酒の香りが外までしてたんでしょうね。んで、あたしらに追い返されたから、近くにある酒の香りがきつい場所――コレットの店まで行ったのよ。
     んで今、フォルナを狙ってたのは……」「えへへへ……、もう呑めませんわぁ」「……ソコの酔っ払い、話の腰を折るなっ」
    「……つまりフォルナの、酒の臭いにと言うわけですか」
     一連の事情を理解し、晴奈はへたり込んで脱力した。
    「あ、あほらしい」
     話しているうちに狼は皿のワインを呑み尽くし、酔っぱらってしまったらしい。
     その場でぐでっと横になり、伸びてしまった。
    蒼天剣・湯治録 4
    »»  2009.01.08.
    晴奈の話、第190話。
    空騒ぎの後。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「お疲れ様でした、皆さん」
     晴奈たちはもう一度温泉に入り直していた。コレットも緊張で汗をびっしょりかいてしまったので、一緒に湯船へつかっている。
     なお、狼は酔い潰れて眠ってしまったので、そのまま檻に入れておいた。また、フォルナも狼同様酔い潰れてしまったため、コレットの店で寝かせてある。
    「ホント、どーなるかと思ったわ」
    「しかし、何と言うか……」
     晴奈は湯船の淵に体を預けながら、ぼんやりと話す。
    「巷で怪物、モンスターと言われているものは大抵こんな風な、『ただの大型獣』だったりしますね。
     神話やおとぎ話に出てくるような、知恵と異能を持った邪悪な存在、などと言うのは滅多にいないような気がします」
    「そーね。あたしも何度かモンスターに分類されるよーなのには遭ったコトあるけど、凶暴なだけで魔術を使ってきたりとかとんでもない技持ってるとか、そんなのに出くわすコト滅多に無いわねぇ」
    「こんなことがある度、私は思うのです」
     晴奈は目を閉じ、静かに語った。
    「モンスターは結局のところ、人の空想、妄想の中にしかいないのではないか、と。現実の獣を勝手に『凶暴』『害を及ぼす』と決めつけ、こちらだけが暴れ回る。
     今回も己の軽薄な判断で無駄に戦ったことに、反省するばかりですよ」
    「そーね、今回は確かに無駄な戦いだったわ。……まあ、でも」
     小鈴は晴奈の肩をポンと叩き、イタズラっぽく付け加えた。
    「いないとも限らないわよ、『本物』のモンスターも」
    「ええ、そうですね。いました、確かに」
    「え、……本当に、いるんですか?」
     こちらの話には、コレットが食いついてきた。
    「ああ。例えば数年前に、私と師匠がとある寒村を訪ねた時……」
     晴奈と小鈴はこれまでに出会った怪物たちの話を肴に、温泉と酒を楽しんだ。



    「むにゃ……」
     ようやく酔いが醒め、フォルナはコレットの店の2階、宿泊室で目を覚ました。
    「セイナ? コスズさん? ……どちらにいらっしゃるのかしら」
     きょろきょろと辺りを見回すが、二人の姿は無い。
    (えーと? わたくし、……何故一人で?)
     酔っていたせいで記憶が抜けており、フォルナはきょろきょろとするしかない。
     と、美味しそうな匂いが漂ってくる。
    「下からかしら?」
     フォルナは部屋を出て1階に降り、厨房を覗くが、誰もいない。
     と、外から犬のような鳴き声が聞こえてくる。
    「キャン、キャン」「騒がないでくれよ……」
     店の外、庭の方からボレロの声がする。
    「きゃ……」
     庭に出たフォルナの目に、檻に入れられた巨大な狼の姿が映る。
     フォルナの悲鳴を聞き、檻の前でしゃがんでいたボレロがビックリした顔で振り返る。
    「お、お客さん」
    「そ、そちら、一体何ですの?」
    「……ああ、お客さんは眠ってらしたんですよね」
     ボレロはしゃがんたまま、狼の方に視線を戻す。
    「さっき、温泉の方にこいつが出たらしいんですよ。で、俺たちの店にも入ってきちゃったらしいんです」
    「らしい、とは?」
    「俺、料理に集中してて全然気付かなくて」
     ボレロは恥ずかしそうに、ポリポリと猫耳をかいている。
    「まあ、料理が完成した時にはもう、終わっちゃってたらしくて。コレットもコスズさんたちと一緒に温泉行っちゃって。
     したら、こいつがきゅーきゅー鳴いてたんで、エサでもやろうかなーって」
    「そうなのですか」
     目の前にいる狼は嬉しそうに尻尾を振りながら、ボレロの出したエサを食べている。
    「何と言えばよろしいのかしら、……普通の、犬さんみたいですわね」
    「そうですねぇ。襲ってきたらしいですけど、お酒がほしいだけだったみたいだし。
     もしコレットがいいって言ったら、飼おうかなぁ」
    「それがよろしいですわね。このまま放すのも周りの方が驚いてしまわれますし、殺してしまうのも可哀想ですから」
     フォルナもボレロの横に座り、無心にエサを食べる狼の様子を眺めていた。

     その後、この狼は村おこしに燃える村人たちによって、新しい名物として手厚く飼われることになったそうだ。



    「何つーか、ドタバタだったわねぇ」
    「そうですわね」
     リトルマインを離れ、晴奈たちはふたたび旅路に就いた。
    「でも、これぞ旅の醍醐味と言う感じがいたしますわね。わたくし、とっても楽しかったですわ」
    「そりゃ、ご飯食べて温泉入って酒呑んでただけだし」
     小鈴の言葉に、晴奈はぷっと吹き出した。
    「はは、確かに」
    「まあ! ……まあ、そうなのですけれど」
     赤面するフォルナを見て、小鈴はイタズラっぽく笑う。
    「んふふ、コレでまた、フォルナをいぢるネタが増えたわねーぇ」
    「え、……もう、コスズさんったら!」
     手をバタバタ振って恥ずかしがるフォルナを見て、小鈴はさらに大笑いした。

    蒼天剣・湯治録 終
    蒼天剣・湯治録 5
    »»  2009.01.09.
    晴奈の話、第191話。
    央中風土史。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     地質学的見地によれば、中央大陸は年々「裂けている」のだと言う。

     中央大陸を3地域に分割している二大山系、ウォールロック山脈とカーテンロック山脈(央南名:屏風山脈)はそれぞれ年5~10ミリずつ隆起しており、逆にそのふもと付近が年0.001度程度傾き、さらに央中の中央部においては0.4~0.5ミリずつ海抜が減少しているそうだ。
     この調子で数万年経てば、やがて中央大陸は央北・央中北部と、央中南部・央南の2つに分断されることになるだろうとする学説もある。その論拠として、央中における水域面積の多さが挙げられている。央中には他地域に比べ、非常に河川や湖が多い。この恵まれた水運環境は央中の経済発展を支えてきたのだが、この水域の多さこそ大地が裂けつつある前兆であり、いずれは南北分断が起こるだろう――と言うことらしい。

     そしてこの現象の代名詞とも言われているのが央中最大の湖、フォルピア湖に浮かぶ島国、ミッドランドの環境である。
     この島もほんのわずかながらではあるが、年々海抜が減少し、ジワジワと湖に沈みつつあるそうだ。



    「ふん、ふふーん……」
     珍しく晴奈は、ご機嫌な様子を見せている。
     鼻歌に合わせて猫耳がピクピク震え、尻尾もゆらゆら揺れている。
     横にいる小鈴とフォルナは、珍しいものを見るような目で晴奈を眺めていた。
    「ふんふーん、ふーん……」
     三人は今、フォルピア湖南岸を連絡船で移動している。
    「ご機嫌ねー」
    「ふふーん、……え?」
    「今まで一緒に旅してきた中で一番、楽しそうにされてますわね。船、お好きなのですか?」
     晴奈はようやく我に返り、顔を赤くした。
    「あっ。……あ、ああ。実家が水産業をしているからかな、船や水を見ると、何故だか楽しくなって」
    「今のは何の曲でしたの?」
    「え、っと……。幼い頃、舞踊をたしなんでいたのだが、その時教わった曲だ。『桜坂の狐舞』、だったかな」
    「へぇ。どんな内容なのですか?」
    「央南中部が舞台の歌だ。中野某とか言う、央南八朝時代の狐獣人の出世を謳ったものだな」
    「央南八朝、ねぇ。確か、黒白戦争直後の話よね。あ、そう言えばミッドランドも、その頃が発祥なのよね」
     小鈴は湖に視線を落とし、ミッドランドについて説明する。
    「黒白戦争で名を挙げたニコル・ゴールドマン3世って人が何と、ネール家の人間と恋に落ちちゃってね」
    「ゴールドマン家の方が、ネール家の方と?」
     両家の仲違いを良く知るフォルナは、いぶかしげに聞き返す。
    「その頃はまだ、両家もそんなに仲悪くなかったらしいから。
     んで戦争で勝利した後、そのネール家の人と結婚したんだけど、奥さんは一族の会議に出なきゃいけなかったから、何度かクラフトランドに戻る必要があったのよ。でも、当時はまだクラフトランドの近くに港は無いし、陸路も今ほど整備されてなかったから、戻るのがすごく大変だったのよ。
     奥さんが何ヶ月も不在になるのを悲しんだニコル卿は、まるで央中全域を掘り返すように、20年近くもかけて大規模な交通整備を行ったのよ」
    「ほう……。愛する女性のために央中全土を開発、ですか。何とも胆の大きな男ですね」
     晴奈の感心した言葉に、小鈴はクスクス笑いながらうなずく。
    「大人物は愛も大きいのね、んふふ……。
     んで、このミッドランドって街もその央中開発の一環なのよ。ソレまでこの湖を突っ切るって言う手段が無かったもんだから、みんな湖の側を回って行き来してたらしいの。でもそれだけで、2週間も3週間もかかっちゃう。ゴールドマン夫人も同じように回ってたから、ニコル卿はココに大掛かりな港を作って、交通の便を良くしたのよ。
     ついでに湖の真ん中にある島に交易用の街も作って、湖の『真ん中にある島』だから、ミッドランドって名付けたの」
    「なるほど」
     晴奈は船の進行方向に目をやったが、ミッドランド島の姿はまだ見えない。
    「ちなみにね、フォルピア湖って言うのもニコル卿が名付けたって話。
     ネール公国地方の言葉で、『狼』の女性名をルピア、『狐』の男性名をフォルクスって言うから、その両方から取って……」
    「フォル・ルピア、……で『フォルピア』と」
    「そーゆーコト。ニコル卿は相当、愛妻家だったらしいわ」
     小鈴の話に、フォルナが付け足す。
    「元々ニコル卿は、相当の実業家でもいらしたとか。央中開発に関しても、いくつか逸話が残っておりますわ」
    「ほう」
     小鈴もフォルナも晴奈同様に船の行き先へと視線を移しつつ、話を続ける。
    「克大火のお話にも関わってくるんだけど、ニコル卿と克は戦争で協力した者同士で、戦後も交流が深かったとか。
     でも戦争に勝利して得た、いくつかの利権に関しては徹底的に対立。ニコル卿にものすごく強硬な姿勢を執られてたらしくって、克はニコル卿の没後に『ある意味、最も敵対した男だった』ってこぼしたとか何とか」
    「黒炎殿相手に交渉を通すとは、なかなかの傑物だったのですね」
    「それだけではありませんわよ。
     奥さんのために行ったと言われる交通整備ですけれども、整備する際、沿線にゴールドマン系列の店をたくさん配置して、旅人や行商人相手にかなり稼いだそうですわ。
     相当、抜け目の無い人物だったようですわね」
    「流石は金火狐一族、と言うわけか。……お」
     ようやく島の端が、三人の視界に入ってきた。
    蒼天剣・湖島録 1
    »»  2009.01.11.
    晴奈の話、第192話。
    晴奈の逆鱗。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ミッドランドは湖の東西南北の端にある港と連絡されており、央中南部から中西部の主要な交通路となっている。
     そのため国際的な色合いの強いゴールドコーストよりも、非常に多くの「狼」と「狐」を見かけた。
    「『狼と狐の世界』のエキスが詰まってるよーなもんね」
    「なるほど」
     その「狼」と「狐」も、地方によって様々な種族に分かれるらしい。
    「狼」だけをとっても、まるで大火やウィルソン家のように全身真っ黒な狼獣人もいれば、逆に雪を思わせるような銀髪・銀毛の白狼もいる。ぱっとしない赤茶けた狼の横を、息を呑むような美しい毛並みの金狼が通り過ぎて行ったりもする。
    「まるで博覧会ですわね、狼獣人の」
    「あっちには『狐』が固まってるわよ」
     向こうの通りには、天原家を思わせる桃色の狐獣人、いかにも賢しげな銀狐、そして――。
    「……おぉ、ど金髪に赤メッシュ。あれきっと、金火狐一族ね」
     小鈴の言う通り、金色の毛並みをした尻尾と耳に、金髪に所々赤い毛筋の走った狐獣人が歩いている。
    「……ん?」
     晴奈はその毛並みに、既視感を覚えた。
    「どうなさったの、セイナ?」
    「いや、少し前、夢にあんな毛並みをした『狐』が……」
     説明しかけたところで、晴奈はある者たちがたむろしていることに気付いた。
    「……む?」
    「晴奈、どしたのってば。フォルナがきょとんとしてるわよ」
    「いえ、あそこに……」
     晴奈が指差す先に、3人の男たちがいる。その向こうには初老の、「兎」の男性がいた。

     茶髪に白い兎耳と尻尾を持ち、丸眼鏡をかけた老人を酔っ払い3人が囲み、何か叫んでいる。
    「よー、じーさんよぉ」
    「いきなりらけろ、かねかしてくんね?」
    「やっべ、すっげもってそーだよな、おい」
     酔っ払いの言う通り、老人の服装は多少くたびれているものの、それなりに身なりがいい。ざっと見た感じでは、どこかの学者風に見える。
    「困るよ、君たち……」
     おどおどしている老人に対し、酔っ払いたちはゲラゲラ笑いながら脅している。
    「げへへ、こまるよー、だってよ!」
    「わるいけろさ、おれたちもかねがないろこまんのよ」
    「なー、ひとらすけらろ、おもっれよー」
     3人の酔っ払いを見て、小鈴とフォルナは眉をひそめる。
    「まあ、何て下劣な方たちでしょう!」
    「ココも治安が悪くなったもんねぇ」
    「……捨て置けぬな」
     その様子を見ていた晴奈は、酔っ払いと老人の方へと歩いていく。
    「あっ、セイナ!?」
     フォルナが止めようとするが、晴奈は片手を挙げてそれをさえぎりつつ、そのまま輪に割って入った。
    「おい、お前ら」
     晴奈が酔っ払いたちに声をかけた途端、彼らは一斉に晴奈の方へと振り返った。
    「だーらさー……、ああん? なんらー、このアマ?」
    「じゃますんなよ、ねこおんなぁ」
    「うるせえ、あっちいけ!」
     酔っ払いたち三人は口々に晴奈をののしる。それでも幾分冷静に、晴奈は説得してみた。
    「悪いことは言わぬ。さっさと去って、水でも飲んで寝ろ」
     が、晴奈の言葉に男たちは耳を貸さない。
    「あっちいけっつっれんらろが、おとこおんな!」
    「てめーみらいら、むねのねーのっぽ、あいてするかよ!」
    「じゃまだじゃま、このひんぬーが!」
    「……何だと?」
     男たちの罵倒に、晴奈の顔が引きつる。
    「さっさろ、きえろ!」
     酔っ払いの一人が声を荒げ、晴奈を突き飛ばそうとした。
     が――。
    「へぶぅ!?」
     相手の腕が届く前に、晴奈の拳が酔っ払いの顔にめり込んでいた。
    「貴様ら……」
     鼻血を噴いて倒れた酔っぱらいに目もくれず、晴奈は残った二名をにらむ。
    「去れと言ったのが聞こえぬのか! その役に立たぬ耳、両方そぎ落としてやろうかッ!」
     そう言って晴奈は拳を振り上げる。
     それでも、まだ状況が把握しきれていないらしい酔っ払いが、おどけた声で晴奈を抑えようとする。
    「……な、なんらよー、おこんらよ、ひんぬー」「くどいッ!」
     晴奈の拳がもう一度、酔っ払いを粉砕する。
    「あひゅ!?」
     鳩尾を殴られた男はくの字に曲がり、そのまま倒れ込む。
    「あ、あ……」
    「これ以上私を怒らせる前に、さっさと伸びている無礼者どもを担いで立ち去れ」
    「……はひ」
     残った男は慌てて倒れた仲間を引きずって、その場から逃げていった。



    「いや、助かったよ。ありがとう、本当に」
     晴奈に助けられた初老の兎獣人は、ぺこりと頭を下げた。
    「いえ、礼など。お怪我はありませんか、ご老人?」
    「ああ。この通り、何とも無い」
     老人はニコリと笑い、両手を広げて元気な様子をアピールする。
    「それは何より。では、失礼いたします」
     晴奈も軽く頭を下げ、その場から立ち去ろうとした。
     ところが――。
    「ああ、待ちたまえ、君」
    「おっ……?」
     老人がいきなり、晴奈の手首をつかんできた。
    「このまま助けられて終わり、では私の気が済まんよ。良ければ近くの店で、ご馳走させてくれないか?」
    「は、はあ……」
     そこへタイミングよく、小鈴とフォルナがやってきた。
    「いいじゃない晴奈。コレも何かの縁よ」
    「そうですわ。折角ですからいただきましょう」
    「……まあ、二人がそう言うのであれば」
    「お連れさん、かな?」
    「ええ、はい。私はセイナ・コウ。赤毛のエルフはコスズ・タチバナで、茶髪の『狐』がフォルナ・ブラウンです」
     自己紹介を受け、老人も身分を明かす。
    「おお、これはご丁寧に。私の名前はラルフ・ホーランド。北方ジーン王国の大学で、教授をしておりました」
     聞き捨てならない国名を聞き、晴奈は目を丸くした。
    「ジーン王国!?」
    「ええ、北方の。……それが何か?」
     事情を知らないラルフは、きょとんとしていた。
    蒼天剣・湖島録 2
    »»  2009.01.12.
    晴奈の話、第193話。
    話の長い兎先生。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「ほほう、あのヒノカミ中佐を仇と……」
     近くのカフェでラルフにご馳走になりながら、晴奈は旅の目的を話していた。
     事情を聞き終えたラルフは、眼鏡を直しながらうなずいている。
    「確かに、彼については良くないうわさも多い。特に女性遍歴に関しては、非常に目に余るものがあると聞いているね」
    「まあ、追う理由はそれとは無関係なのですが」
    「うんうん、その、エルス・グラッド君とか言う青年の持っていた剣を奪って逃げた、と言うことだったね。
     ……うーん?」
     ラルフはあごに手をあて、考え込む仕草を見せる。
    「どしたの、ラルフさん」
    「いや……、違うな、あれはリロイ君だったか」
    「え?」
    「いや、私の古い知り合いの教え子に、グラッドと言う姓の子がいたんだ。……ふふ、師弟揃って頑固者でね、先生の方は囲碁をやって私が勝つと、いっつも不機嫌になる。グラッド君の方は、割と冷静だったけどねぇ」
     ラルフが長くなりそうな思い出話を始めかけたので、小鈴は止めようとした。
    「えっと、それじゃ……」「あの、ラルフ殿」
     ところが、晴奈は続きを聞こうとする。
    「うん?」
    「その友人と言うのは、エルフですか?」
    「へ? ああ、そうだよ。エドムント・ナイジェルって言う、私より15、6ほど上の学者だけども」
    「やはり、そうでしたか。囲碁をたしなむ北方の知識人、と言うとナイジェル博士しか知らないもので、もしかと思ったのですが……」
    「ほう? セイナ君もナイジェル博士を知ってたのか。……へぇ、不思議なもんだ」
     話が弾み出し、ラルフは饒舌になる。
    「いや、懐かしいなぁ。そう言えば彼は愛妻家で、子供も孫も結構いたな。今ならもう、曾孫がいてもおかしくないかな。
     そうそう、彼の孫と言えば一人、非常に優秀な子がいたな。とても頭が良かったから、私も色々教えたもんだよ」
     晴奈はまたピンと来て、指摘してみる。
    「その孫と言うのは、リストでしょうか?」
     ところがラルフは、今度の指摘に対してはけげんな顔をした。
    「うん? リスト? ……いやいや違う、そんな名前じゃ無かった。何と言ったかな、えーと、……ははは、年寄りは記憶がぼやけて困る」
     そうこぼしながら、ラルフは掌をトントンと叩きながら思い出そうとする。
    「えーと、確か、エドの長男が、エリックで、……その息子が、えーと、……いやいや違う違う、エリックは次男だ、長男はベアトリクス、ってこれは長女じゃないか、……そうだ、そうそう、オスカー君だった!」
    「その優秀なお孫さんが、ですか?」
     フォルナが尋ねたが、ラルフはブンブン手を振る。
    「違う違う、そのお父さんだよ。そうそう、思い出した思い出した! オスカー君の一人息子が、トマス。そう、トマス・ナイジェル君だ。……あー、すっきりした」
     一人でブツブツ言っている間、小鈴は非常につまらなそうに毛先をいじっていた。
    「……んで、そのトマスくんはどんな子だったの?」
    「ああ、何と言うか、エドをそのまんま若くしたような子だった。まあ、でも割と素直な子だったかな、エドに比べれば」
    「そう言えばラルフさん、大学ではどのような学問を教えていらしたのですか?」
     また話が長くなりそうだったので、フォルナがさりげなく話題を変えた。
    「ああ、歴史学を教えていたんだ。主に中央大陸の政治経済史を研究していてね、ここに来たのもそれが理由なんだ。
     そうだ、皆はこの街の歴史をどれだけ知っているかな?」
     ラルフの出した問題に、小鈴が答える。
    「元々は黒白戦争終結後、ゴールドマン家の総帥だったニコル・ゴールドマン3世が奥さんのランニャ・ネール1世が帰省しやすいようにと、央中全土の交通整備の一環として港を作ったのが始まり。
     んで、交易の要所になると考えたニコル氏がこの湖の中にあった島に集積地兼取引所を作ったことにより、央中各地からの移民が増え、その結果ココに街が作られた。
     ……で、いいかしら?」
     これ以上長話をされたくないためか、小鈴は一息に説明を終えた。ところが、ラルフは気分を害するどころか、ニコニコしている。
    「うむ、よく知っているね。概ね、その通りだ。でもね……」
     ラルフは急に、小声になる。
    「この街を作った理由は、他にもあるんだ。それはね……」「ニコル3世の子供たちの反乱でしょう?」
     今度はフォルナが応戦する。
    「愛妻家であり、優れた経営者でもあったニコル3世ですけれども、やはりゴールドマンとネールの両家は『狐狼』の仲。その家庭はあまり、幸福なものではなかったそうですわ。
     両家から何度も、別れて縁を切るように勧められたと聞いています。当然、二人の間に生まれた子供たちも家同士のいさかいに巻き込まれ、幼い頃から辛い思いをしてきたとか。
     ですから彼らは成人するとすぐ、両家に対して反旗をひるがえし、両家の資産のいくらかを持って央中各地に分散し、個々に国を創ったそうですわ。このミッドランドもその一つで、ニコル3世が作ったこの街をその娘、ニコラが占拠し、国王を名乗って居座り、そのままなし崩しに独立を果たしたとか。
     その点を考えれば、ニコラがこの街を創ったとも言えますわね」
     これだけ解説すればぐうの音も出ないだろうとフォルナは高をくくったが、ラルフは依然気を悪くせず、ニコニコ笑っている。
    「ほう、ほう、なかなかお詳しい。だが、それとも違う。
     この街は間違い無く、ニコル・ゴールドマン3世が創ったものだ。だがそれは、子供にプレゼントするためでも、奥さんを喜ばせるためでも、商売のためでも無い。
     あるものを隠すための大規模なカムフラージュとして、この街は創られたんだ」
     それを聞いて、小鈴とフォルナの苛立ちは消え去った。
     自分たちがまったく聞いたことの無い、不思議なにおいのする話をしてくれそうだったからである。
    蒼天剣・湖島録 3
    »»  2009.01.13.
    晴奈の話、第194話。
    ミッドランドの伝説。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     晴奈たち三人の関心を集めたところで、ラルフは嬉しそうに語った。
    「20年ほど前に、ニコルと『黒い悪魔』の取引内容を記した文書が見つかったんだ。
     取引はほとんど、中央大陸開発に関する利権に関するものだった――当時からカツミは、全盛期の中央政府と太いつながりがあったからね――が、その中にいくつか不自然で、不可解な条文があったんだ。
     その条文とは央中開発に関することなんだが、明らかに沿線や主要な街道から離れた地域ばかりを、ニコル3世は開発したがっていたんだ。
     このミッドランド自体も沿岸に港を作れば、それで済む話だった。交易のため、と称してこの街を作ってはいるけども、そう言った都市機能は既に、当時のゴールドコーストが備えていたし、だからわざわざ巨額の投資をして街まで作る必要は無かったんだ。
     なのに何故、優れた実業家であったはずのニコル3世はこんな金のかかる、費用対効果の低い開発を強行したのか――この疑問を我々は何年もかけて、解析・解釈した。
     ある者は『ニコルの子供たちの反乱は、ニコル自身が両家への経済的、社会的攻撃として密かに計画、指示していたのではないか』と論じ、またある者は『央中開発は次の戦争を意図的に起こすための伏線だったのではないか』と考え――そして私は、『ミッドランドを要塞化し、両家に対する新勢力を築こうとしていたのではないか』と主張した。
     とは言え、これらの説は今のところ確かな物証が乏しいから、結局はすべて仮説なんだけどね」
    「でも、言われてみれば確かにココなら湖の真ん中だし、小高い丘の上には王様の屋敷があるし、その話を聞いてアレを眺めてみると、確かに要塞って話も考えられるわよね」
     小鈴はカフェテラスから見える丘の、その上に建つ荘厳な屋敷を指差す。
    「その丘だけどね」
    「ん?」
    「……ああ、いや、順を追って話そう。
     ニコル3世はゴールドマン、ネールの両家に対する反乱、独立を企て、ミッドランドやブラウンガーデンなど各所に、己の資産や私兵を大量に配備していた、……とする。
     しかし彼も、その妻ランニャも、その反乱の準備が整う前に亡くなってしまった。この反乱計画は結局、不胎化――準備すら整うことも無く、消滅してしまった。
     その後、彼の子供たちはこれらの街を手にし、どこもそれなりに成長した。だが、このミッドランドだけはその成長の度合いが少し、いびつだったんだ。他の国は特に緩急無くこう、直線的に成長してたんだけども、このミッドランドだけ、妙な成長曲線を描いてたんだ。
     何と言うか、ニコラの次の代は他と同じように直線的な成長だったんだけども、ニコラの代だけ曲線的な――逓増的と言うか、末広がりと言うか――成長をしていた。継いだ直後はどうも、相当な資金難だったらしい」
    「え? でも、ニコル3世が資金を残してくれてたんじゃないの? それともニコラは商売下手だったとか?」
     小鈴の反応に、ラルフはまたニヤッと笑う。
    「後年の驚異的な成長率の伸びが商売下手では無いと証明している。そもそも、その資金にすら手をつけていない節もある。そしてどうやら、ニコラ以降の国王も皆、資金の存在に気付いていないらしい。
     そして、さっき言っていた丘だけども、あれは元々、この島には無かったんだ。屋敷を作る際に造成したらしい」
    「……え、じゃあもしかして、アレは」
    「屋敷の下に造られた丘――その中には、色々ありそうじゃないか」
     ラルフの話はここで終わり、彼は話すだけ話して、自分から席を立ってしまった。

     残された晴奈たちは茶を飲みながら、ラルフの仮説について意見を交わした。
    「ニコル3世の遺産、ねぇ」
    「わたくしには信じられませんわ。ゴールドマン家ゆかりの者は家族の情より、利益を優先する人々ですもの。資産に手をつけない、なんて考えられませんわ」
    「ほう……」
     ここで小鈴は丘を指差し、提案する。
    「ま、そーゆー話は抜きにしてさ、一度行ってみない?
     せっかくこの街に来たんだから、名所は回っとかないと。今日はココで一泊する予定だったしね」
    「ふむ。……そうですね、折角ですから行ってみましょう」
    「ええ、旅は楽しまなくては」
     全員一致で、晴奈たちは丘の上にあるラーガ邸を観光することにした。
     ラーガ邸はその名の通り、かつてニコラ・ネール――独立後はニコラ・ナルキステイル・ラーガと名乗っている――が居城としていた屋敷である。
     現在ではその1階と2階部分を観光客のために開放しており、晴奈たちが訪れた午後3時過ぎでも、客の入りは多かった。
    「人ごみが激しいですね」
    「ま、観光地だししゃーないわ。……んでも確かに、こんだけでっかい屋敷ならありそうっちゃありそうよね、その隠し資産って」
     小鈴の言う通り、屋敷は非常に大きく、そこら中に隠し扉や隠し部屋があってもおかしくない雰囲気をかもし出している。
    「でも、探すのは不可能ですわね。あちこちに警備兵の方がいらっしゃるもの」
    「そうだな。無用な騒ぎを起こす理由も無いし、そんなものを探す必要も無し。我々は観光だけに留めておこう」
    「ソレがいーわね。……あのじーさんみたいなコト、できないし」
     小鈴が晴奈とフォルナの肩をポンと叩き、廊下の方を指し示す。
    「……まあ!」「度し難いな」
     そこには警備兵に腕をつかまれ怒られている、ラルフの姿があった。
    「だからね、君、私は怪しい者じゃ……」「はいはい、言い訳は警備員室で聞きますから」
     ラルフはそのまま引っ張られていく。
     晴奈たち三人はその後姿を見送り、同時にため息をついた。
    「……あほらしい」「ですわね」「うんうん」
     結局三人は、ミッドランドで普通に観光を楽しんだ。
     その後ラルフに会うことは無く、彼がどうなったのかは、三人とも知る由も無かった。



     しばらく後に晴奈は、もう一度この島に戻ってくることになる。
     が、それはまた、別の機会に――。

    蒼天剣・湖島録 終
    蒼天剣・湖島録 4
    »»  2009.01.14.
    晴奈の話、第195話。
    ついに現れた、フォルナの追っ手。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     最近、晴奈の機嫌はすこぶる良い。彼女が好きな、水辺にある街に立ち寄る機会が続いたからだ。
    「ふーん、ふ、ふーん」
     道中、またも鼻歌を歌っている。尻尾も耳も、ミッドランドを訪れた時と同じように、楽しげに揺れている。
    「ふっふーん」
     あまりに楽しそうだったので、フォルナが尋ねてきた。
    「今度は何の曲ですの?」
    「ふふーん、……ん? ああ、また歌っていたか。えーと、今のは……」「『千里眼鏡の夜討ち』でしょ?」
     小鈴が口を挟む。
    「黒白戦争時、ファスタ卿が克と協力し、北方の砦を落とした事件を謳ったものよね?」
    「ええ、そうです。
     小鈴殿は本当に博識ですね。何でもご存知だ」
    「へっへーん」
     晴奈にほめられ、小鈴は嬉しそうに胸を反らす。
    「ま、ウチの一家は情報集めるのが仕事だもん」
    「そうでしたね」
    「こーして旅をしてんのも、情報収集なのよ」
    「そうなのですか。わたくし、単純に楽しんでいらっしゃるものだとばかり思っていたのですけれども」
    「ん、もちろん楽しんでるわよ? ソレにホラ、『鈴林』が旅したがってるってのもあるしー」
     そう言って小鈴は「鈴林」をシャラシャラと鳴らす。
     フォルナは不思議そうな顔で、その杖を眺める。
    「前にも伺いましたけれど、本当にその杖に精霊が? まだ信じられませんわ」
    「んなコト言ったって、ホントにいるんだけどなー。ね、晴奈?」
    「え、ええ。一度確認しましたから、私もいると信じていますよ」
    「信じてる、ねぇ。……ま、いるから、ホントに」
     小鈴の気持ちを代弁するかのように、「鈴林」はシャラ、と鳴った。

     そんな風にのんびりとしゃべりながら話すうち、三人は次の街、ルーバスポートに到着した。
    「ココはもうネール公国領だから、流石に職人っぽいのが一杯いるわね」
     小鈴の言う通り、街と港をつなぐ街道を、資材や製品を持った職人がせわしなく行き来している。
    「この街はネール公国最大の……、って言うか唯一の港町だから、ホントに人通りが多いのよ。二人とも、はぐれないように注意してね」
    「はい」
    「もちろんですわ」
     三人は離れないよう、できるだけ近付いて街を歩く。
    「っと、コレも見とかないと」
     小鈴は街道沿いの大きな掲示板の前で立ち止まる。
    「コレは首都とか、大きな街によく立てられてる広域掲示板なのよ。結構、詳しい世界情勢とか載ってたりするから、ちゃんと見ておかないと。
     ……へー、やっぱり戦争は中央政府優勢かー。そりゃ、日上がいなきゃね。他に残ってる兵士じゃ代わりにならないだろうし、そろそろ日上が戻んないとヤバいんじゃないかしらね」
    「ふむ。では、日上が央中を発つ前に追いつかなければなりませんね」
    「ま、ネール公国の港はココだけだし、ココで待つって手もあるけど」
     小鈴の策を聞き、晴奈は「ふむ……」と感心した声を漏らす。
    「なるほど。確かに行き違いになっては元も子もありませんし、良策ですね」
    「ま、他の情報も見てから決めましょ、今後の方針は。
     ……あら、中央政府も無駄にイケイケねぇ。クラム、また大量発行するんだって。知らないわよー、日上が戻ってきたらまた、北方の経済短観が大幅に盛り返すでしょーに。
     ホントに今の中央政府って、後先考えてないわね」
    「やはり黒炎殿による傀儡政権が続いていると言うのは、本当なのでしょうか」
    「っつーか、単純に無能なのよ。
     央北の権力者のほとんどが、昔から克にヘコヘコしてるヤツばっかだし。『代々大臣を輩出する家は、お辞儀しか覚えない』とまで言われてるしね。
     んで、央南経済はー、と。……あら、晴奈。アンタん家、大儲けしてるみたいよ」
     小鈴が指差した記事を見て、晴奈はまた感心する。
    「『黄商会の兵器産業、拡大』ですか。抗黒戦争で得た銃器開発が、功を奏したようですね」
    「そーねぇ。玄銭もここ数十年の最高値を連日更新してるわ。1クラム2.8玄銭だって。この半年でかなりの上げ幅になったのね。
     こりゃ、晴奈が家に帰って来た時にはすっごいコトになってるかも知れないわね」
    「うーむ、空恐ろしい」
     そんな風に、晴奈と小鈴が経済談義に熱を入れていると――。
    「……!」
     突然、フォルナが短く悲鳴を上げた。
    「ならば今持っている玄銭を換えれば、……どうした、フォルナ?」
    「あ、い、いえ……」
    「……あら?」
     平静を装うフォルナを尻目に、小鈴がある記事に気付いた。
    「もしかして、コレ?
    『尋ね人:フォルナ・ブラウン(16歳)女性
     背格好:152センチ 茶髪に茶色い瞳 右目尻にほくろあり 白い絹のワンピース、銀製のペンダント、銀製の腕輪着用
     種族:狐獣人(耳、尻尾共に茶色)
     備考:518年9月頃、ゴールドコーストから失踪 現在央中地域に滞在の可能性あり 発見者には賞金、300万エルを進呈する』。
     コレさ、まずくない?」
    「……う、うっ、グス」
     フォルナはその場にうずくまり、泣き出してしまった。
    蒼天剣・憐憫録 1
    »»  2009.01.16.
    晴奈の話、第196話。
    晴奈の意外な対応。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     晴奈は初め、「フォルナとの旅はルーバスポートまで」と言っていたし、この街に来るまではずっとそのつもりだった。その言葉に従うならば、晴奈はこの状況で諭すか何かしてフォルナを帰すことこそ、「正しい行動」だったのだろう。
     しかし何故か、晴奈は掲示板の前にうずくまって泣き出したフォルナに、こう声をかけてしまった。
    「フォルナ、ここは目立つ。とりあえず私の帽子をかけて、宿まで行こう」
    「グス、グス……、え?」
    「ほら」
     晴奈は脇に抱えていた旅帽をフォルナにかけさせ、手を差し出した。
    「晴奈、アンタ確か、ココでフォルナと別れるって」
    「ともかく、このまま放っておくわけには行きません。まずは落ち着かせねば」
    「……ま、そーね。ホラ、フォルナ。行きましょ」
    「え、ええ」
     フォルナは晴奈と小鈴に抱きかかえられるように立ち上がり、フラフラと歩き出した。

     一方、その頃。
     晴奈たちが歩いている街道から、一つ東にずれた街道で、あの二人組がフォルナの捜索を行っていた。
     フォルナの護衛であった、オルソーとグリーズである。
    「どこにいるのか、殿下は……」
    「まったくだ。既に半月以上は経っている……。一体どこへ消えてしまわれたのやら」
     この二人は1週間以上ゴールドコーストを捜索したものの、結局フォルナを見つけることができなかった。仕方なく故郷、グラーナ王国に戻り、事の次第をフォルナの父親である国王に伝えたが、当然ながら激怒した。
     国王にとってフォルナは大事な娘であると同時に、今後の政局における大事な「駒」でもある。すぐに総力を挙げ、フォルナを捜索するように指示した。
     そしてオルソーたちもそれに駆り出され、この街を訪れたのである。
    「とにかく央中全土を探す、と言うことで来てはみたが……」
    「ネール公国領だからな、ここは。殿下はあまり、始祖の両家を好まれなかったようだし、来ている可能性は少ないと思うんだが」
    「やっぱりお前もそう思うか? 俺もだ、実を言うと」
    「だよな。……しかし、お上から『ここを探せ』と指示されているし」
    「……探さないわけには、いかんよなぁ」
    「はぁ……。殿下がうらやましいよ。好き勝手できて」
     オルソーたちは同時にため息をついた。
    「まったくだ。俺も自由になりたい」
    「だよな。宮仕えは辛いな、本当に」
     二人はとぼとぼと、街道を南へ歩いていった。

     その背後を、晴奈たちが西から北へと通り抜ける。
    「あそこに宿がある。とりあえず、そこに泊まろう」
    「はい……」
     フォルナはずっとうつむいたまま、小さく首を振る。
    「フォルナ、そんなに縮こまってちゃ逆に怪しまれるわ。もっと胸張って」
    「は、はい」
     小鈴に言われた通りに、フォルナは背を伸ばす。
    「さ、入るぞ」
     晴奈はフォルナの手を引き、宿屋へと入った。小鈴は一瞬だけ辺りを見回し、そのまま後へと続く。
    「らっしゃい……」
     非常にやる気の無さそうな店主が、カウンターからのそっと顔を上げて応対する。
    「宿を取りたいのだが、空いているか?」
    「ああ、空いてるよ。何人?」
    「3人だ」
    「ちょっと待ってくれよ。……ふあ、あ」
     店主はあくび混じりに宿帳を広げ、部屋を確認する。
    「……ん、ああ。4人用の部屋が空いてるよ。一泊の料金は8000エル。ご飯なし、風呂あり。それでいい?」
    「ああ、よろしく頼む」
    「んじゃ、ここに名前書いて。3人分ね」
     店主はのそのそと、宿帳とペンを晴奈に差し出す。晴奈は一瞬フォルナの方をチラ、と見て、こう書いた。
    (本名はまずいだろうな。……『メイナ・チェスター』、『ベル・タチアナ』、……『トール・ブラス』)
    「……ん、よし。そんじゃこれ、鍵ね」
     店主は宿帳を取り、名前を確認しながら鍵を渡してきた。小鈴はフォルナの手を引き、そっと2階に上がる。
    「さ、行きましょフォ……、トール」
    「は、はい」
     一瞬ひやりとしつつも、晴奈は小鈴の後へついて行った。

     晴奈の後姿を見送った店主は、もう一度宿帳を確認する。
    「フォ、って何だ……?
    『トール・ブラス』……『Tol・Brass』、ねぇ。……そう言や、昨日来た尋ね人のチラシ……」
     店主はきょろきょろと辺りを見回し、壁に貼ってあったチラシを確認する。
    「『フォルナ・ブラウン』……『Folna・Brown』、……TとFと換えて、Rから後変えたら、……まさかなぁ。パッと見た感じ、『狐』っぽかったけど……」
     店主はもう一度確認しようと思ったが、あまりに眠たかったので放っておいた。
    蒼天剣・憐憫録 2
    »»  2009.01.18.
    晴奈の話、第197話。
    ニアミス。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     夕方近くになり、店主はようやく目を覚ました。
    「ふあ、あー……。あー、もうこんな時間か。そろそろ閉めないとな」
     店主はカウンターからのたのたと歩き出し、外に掲げた「開店中」の看板を下げようとした。
     外に出たところで、見るからに頭の悪そうな熊獣人2名が前を通りかかった。言うまでも無く、オルソーたちである。
    「おい、そこの宿屋」
     いきなりオルソーが、無作法に話しかけてきた。
    「なんすか……?」
     寝起きで機嫌の悪い店主は二人をにらむ。
    「何だ、その態度は。それでも客商売か?」
    「金払わないやつは、客じゃない。ウチはそう言う主義なんでね」
    「貴様、俺たちを何だと……」
     いきりたつオルソーをグリーズが抑える。
    「まあ、まあ。……悪いが店主、ちょっと物を尋ねたいのだが」
    「あ……?」
    「こちらに、茶髪に茶色い毛並みの、狐獣人の少女が来なかったか? 右目のところにほくろがあるんだが……」
    「うーん……?」
     尋ねられ、店主は昼頃に来た三人組のことを思い出す。
    「ちょっと待てよ……。何か、珍しい帽子を被った狐っ子が、そんな子だったような」
    「……何?」
     オルソーたちは顔色を変え、店主に詰め寄った。
    「本当か!?」
    「本当に、ここにいらっしゃるのか!?」
    「い、いらっしゃるって、実はどこかの貴族サマか何かなの?」
    「貴族どころではない! 由緒あるグラーナ王国の第三王女、フォルナ・ブラウンテイル・グラネル殿下にあらせられるぞ!」
     これを聞いて、店主の目がようやく覚めた。
    「……ま、マジっすか?」
    「ああ、本当だ! 現在大規模な捜索が行われ、見つけた者には報奨金300万エルが進呈されるのだ」
    「ちょ、ちょっと待っててくださいよ……!」
     店主は慌ててカウンターに戻り、宿帳をつかんで引き返す。
    「こ、これなんすけどね、ほら、『トール・ブラス』ってありますけど、これ、偽名臭いんすよ。もしかしたらその、王女サマかも」
    「本当か……!?」
    「ウソじゃないだろうな?」
    「め、滅相もございません! ご、ご案内しますです、はい」
     店主の先導に従い、オルソーたちはドカドカと足音を立てて2階へ上がる。
    「ここです。……今、鍵を開けます」
     店主はエプロンのポケットから合鍵を取り出し、鍵を開けようとした。
    「あれ? 開いてる」
     店主がつぶやくと同時に、二人はまるでタックルするかのようになだれ込んだ。
    「殿下ッ!」「探しましたぞッ!」
     が、部屋には誰もいなかった。
    「……ありゃ?」「……殿下、は?」
     その様子を見ていた店主はさっと顔を青くし、部屋に飛び込んだ。
    「ま、まさか宿代踏み倒されたんじゃ」
     きょろきょろと部屋を見回すと、机の上に封筒が置いてある。店主はそれを開け、中を確かめた。

    「店主へ
     諸事情あって 貴殿には内緒で宿を発つことにする 大変失敬いたした
     なお 宿代と迷惑料として 1万エル納めさせていただく」

    「ほっ……」
     店主は封筒の中に入っていた金を握りしめ、安堵のため息をついた。
     対照的に、オルソーたちは真っ青な顔になる。
    「に、逃げられた……!?」「くそっ……!」
     二人は大慌てで、宿から出て行った。



     オルソーたちが宿に入る、4時間ほど前。
     晴奈はようやく落ち着いたフォルナに、一つの質問をぶつけてみた。
    「フォルナ、率直に聞くが」
    「はい……」
    「私と一緒に、旅を続けたいか?」
    「……」
     フォルナは泣きはらし、真っ赤になった目を向けて、コクリとうなずく。
    「そうか……」
    「晴奈、この子連れて行くつもりなの?」
    「……」
     晴奈は腕を組み、しばらく黙り込む。
    「正直に言えば、まだ私自身迷っているのです。この子をこのまま連れて歩けば、この件が発覚した時、恐らく私は罪人とされ、獄に入ることになる」
    「そう……、ですわよね」
     しゅんとしたフォルナの頭を、晴奈は優しく撫でる。
    「しかし……、私には同じ経験があります。かつて、己の情熱のままに故郷を飛び出し、師匠に無理矢理ついて行ったと言う、あの経験が。あの時の不安が、この子を見る度蘇ってくる」
     晴奈はフォルナの頭から手を離し、また腕を組む。
    「もしかすれば、私は家に呼び戻されるかも知れない。もしかすれば、師匠が私を故郷に連れて行くかも知れない。そんな不安が、実家と和解するまでの1年間ずっと、私に付きまとっていました。
     それでも……」
     晴奈はフォルナの肩に手を置き、優しい声で語る。
    「それでも、私は居たかった。あの修行場、紅蓮塞に。どんな艱難辛苦を背負ってでも、あの場所で己を磨きたかった。その気持ちがあったから、師匠も黙って紅蓮塞に置いていてくれたのだと思います。
     もし、フォルナがその時の私と同じ気持ちなら――故郷で安穏な生活を送るよりも、己の身一つで世界に向かいたいと言うのなら――私はそんなフォルナの気持ちを、無下にはできない」
    「そっか……」
     小鈴もあごに手をあて、しみじみとうなずく。
    「ま、そーゆー理由なら、しゃーないわ。あたしも共感できるもん、そーゆー話。
     旅はホントに、助けてくれる人が少ないから、いつだって危険よ。街道はもちろん、街中でもね。でもその分、普通に街で暮らす中では感じられない、とびっきりの自由はいくらでも手に入る。もしもあたしに、その自由を捨てる代わりに10億クラムくれる、って提案されたとしても、絶対断るわね。……それだけ、この自由ってモノは貴重で、甘美なのよね。
     ……よっしゃ、あたしもハラくくるわ。フォルナ、アンタが一緒にいたいって言うなら、手ぇ貸してあげる」
    「……あ、ありがとうございます、セイナ、コスズさん」
     フォルナはまた、泣き出した。今度の涙は当惑と恐れから来るものではなく、感謝に満ちたものだった。
    蒼天剣・憐憫録 3
    »»  2009.01.18.
    晴奈の話、第198話。
    三人の気持ち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     とりあえず、このまま宿にいるのはまずいと小鈴は判断した。
    「あの店主が寝てた横に、尋ね人のチラシが貼ってあったわ。多分、フォルナのも貼られてる。あの店主もずーっと寝ててはくれないだろうし、もしかしたらもう気付いてるかも知れない。
     とは言え日の高いうちに出ると、それはそれで気付かれるかも知れないから、出るのは夕方になってからよ。……それと、準備も色々しなきゃ」
    「準備?」
     聞き返したフォルナに、小鈴は部屋を見回してから説明した。
    「アンタがその格好のままじゃ、気付かれる可能性は高いもん。服装とか、髪とか、ちょこっといじらないと。
     ……そーね、晴奈。染髪剤と布、買ってきて。あ、何色がいい、フォルナ?」
    「え? えっと、では、黒髪に。服は、青色が……」「晴奈と同じ格好になっちゃうじゃん、それじゃ。ペアルックじゃ目立っちゃうし、ちょっと変えた方がいいわね」
     小鈴の指摘を受け、フォルナはもう一度考える。
    「……では、髪は金色で。服は、緑色にします」
    「よっしゃ、んじゃ買ってきてね。あ、なるべく離れたところを選んで買うのよ」
    「了解しました。それでは行ってまいります」
     晴奈はさっとメモを取り、部屋を離れた。二人きりになったところで、小鈴は小さくため息をついた。
    「ふー……、ドキドキするわ」
    「すみません、本当に」
    「いーのよ。三人旅も、なかなか楽しいし。……んでも、晴奈には旅の目的があるのよ? 彼女、それを達成したら国に帰っちゃうはずだけど、その後はどうするつもり?」
     そう問われ、フォルナは沈黙する。
    「……」
    「何なら、あたしと二人旅?」
    「それも、いいかも知れませんわね」
    「んなコト言って、やっぱり晴奈と一緒にいたいんじゃない?」
     小鈴の言葉に、フォルナはほんのり顔を赤くする。
    「……そうですわね、ご一緒したいですわ」
    「やっぱねー。アンタ、女だって分かっても、まだ晴奈のコト好きなんじゃない?」
    「そう言ってしまわれると、語弊がありますけれど……」
     間を置いて、フォルナはうなずいた。
    「恋愛感情ではなく、一人の人間と言うか、……姉のように、慕っておりますわ」
    「それも、やっぱりって感じ。……んふふ」
     小鈴はフォルナの頭をクシャクシャと撫でながら、クスクスと笑った。

     30分ほどして、晴奈が帰って来た。
    「ただいま戻りました」
    「よし、準備万端ね。んじゃ、あたしは服作るから、晴奈は髪を染めたげて」
    「はい」
     晴奈とフォルナは浴室に向かい、そこで肌着姿になる。
    「では、染めるぞ」
    「はい」
     フォルナを椅子に座らせ、肩までかかっているストレートな髪に染料を塗りつけていく。小麦色だった茶色い髪が、少しずつ金色に染まっていく。フォルナは浴室の鏡でそれを確認しながら、ぼそっとつぶやいた。
    「……本当に、わたくしのわがままのせいで、セイナたちに迷惑をかけてしまって」
    「何だ、水臭い。私も小鈴殿も、『助ける』と言ったのだ。気にするな、フォルナ」
     染料は耳や尻尾には刺激が強すぎるため、その辺りは避けて染めていく。
    「……お姉さま」
    「え?」
     フォルナはクスっと笑い、もう一度呼ぶ。
    「お姉さま」
    「……何だ、フォルナ」
     鏡越しに、気恥ずかしそうにする晴奈の顔が見える。
    「呼んでみただけですわ。……うふふっ」
    「……まったく、気付けば妹や弟が増えるな、私は」
    「セイナは天性の姉気質がありますもの」
    「何だ、それは」
    「コスズさんは『姐御』と言う感じがいたしますけれど、セイナは『姉』ですわ。三人で旅をしていて、わたくしずっと、そう思っておりましたわ」
    「わけが分からぬな。どう違うものか」
     苦笑する晴奈を見て、フォルナもクスクスと笑う。そうしているうちにフォルナの髪は染め終わり、綺麗な金色になった。
    「……と、後はこのまま30分ほど待つだけだな。風邪を引くといけないし、何か羽織るものを持って来よう」
    「はい。……あの、良ければ後で、一緒に入浴いたしませんこと?」
    「そうだな。私も多少、体が冷えた。急がねばならぬし、一緒に入るか」

     1時間後、小鈴の方も服が仕上がり、フォルナはそれを着た。
    「んじゃ、あたしもお風呂入ってくるから、その間に準備済ませといてねっ」
    「はい」
    「承知」
     小鈴は着替えを持って浴室に入り、顔だけを出してフォルナに声をかけた。
    「似合ってるわよ、金髪。それも麦って感じ」
    「えへ……」
     麦のようだと言われたのが嬉しかったのか、フォルナは恥ずかしそうに微笑んだ。
    「ほう。良く見てみれば、その服」
    「え?」
     晴奈はフォルナが着た服をながめ、感心した声を上げる。
    「央中で朱海殿……、小鈴殿の従姉妹が着ていたものに、よく似ているな」
    「そうなのですか? では、これも央南の服装と?」
    「まあ、かなり近いが、央中の雰囲気も出ている。……小鈴殿は、なかなかいい腕をしているな。この道でも、繁盛しそうだ」
     そんなことを言っていると、浴室から返事が返ってきた。
    「ま、朱海の店のもあたしがデザインしたんだけどね。でもそれ趣味だし、似たようなのしか作れないし。あたしはやっぱり、旅して回る方が好きよー」
    「……そうですか」
    「地獄耳ですわね、コスズさん」
     晴奈とフォルナはまた、一緒に笑った。
    蒼天剣・憐憫録 4
    »»  2009.01.19.
    晴奈の話、第199話。
    脱却。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     小鈴が入浴を終えた頃には、晴奈とフォルナの旅支度は整っていた。
    「よし、んじゃあたしも急いで支度するわ。30分くらい待っててね」
    「承知」
    「……あー、後ね、フォルナ」
     髪をまとめながら、小鈴はフォルナに助言する。
    「今まで使ってた『フォルナ・ブラウン』って名前、もう使えないわよ。チラシにデカデカと書かれちゃってるもん。何か別の名前、考えないと」
    「そうですわね。……何がいいかしら」
    「まあ、央中じゃ『フォル~(狐の~)』って名前は結構あるから、名字だけ変えれば大丈夫でしょ」
     小鈴の助言を受け、フォルナは椅子に座ってじっと考え込む。
    「何がいいかしら……?」
     しばらくうつむいていたが、やがて困った顔で晴奈を仰ぎ見た。
    「セイナ、あなたが付けてくださらない?」
    「私が?」
    「ええ、セイナが考えたものなら、わたくし満足ですわ」
    「ふむ……」
     今度は晴奈が考え込む。
    「ふーむ……、そう言えばフォルナ、本名は何だった?」
    「フォルナ・ブラウンテイル・グラネルですわ」
    「その……、真ん中、の名前。『ている』と言うのは、尻尾のことだったな?」
    「ええ。わたくしたちの一族は『麦穂狐』と呼ばれておりますから」
    「そうか……」
     晴奈は一瞬だけ小鈴の方を向き、ぱた、と手を打った。
    「ファイアテイル、と言うのはどうだろう?」
    「ファイア……テイル?」
    「ああ。私が修めた剣術、焔流の『焔』とは火、つまりファイアのことだ。それに、尻尾のテイル。それらを併せて、ファイアテイル。……まあ、小鈴殿の頭を見て思いついたのだが」
    「あら、あたし? ま、髪の毛真っ赤だもんね」
    「なるほど……、ファイア、テイル。ファイアテイル、ですか」
     フォルナは自分の尻尾を撫でながら、何度もその言葉をつぶやく。
    「……ええ、とっても気に入りましたわ。それではわたくし、今から『フォルナ・ファイアテイル』と名乗らせていただきますわ」
    「んふふ、改めてよろしくね、フォルナ」
    「よろしくな、フォルナ。……これからも、な」
     三人は顔を見合わせ、同時に微笑んだ。

     三人はそっと宿を抜け出し、北の街道へ出ることにした。
    「あの、セイナ」
     歩きながら、フォルナが声をかけてきた。
    「うん?」
    「先ほどお借りしたこの帽子、もしよろしければいただいてもよろしいかしら?」
    「ああ、いいぞ」
     その返事を聞いて、フォルナの尻尾がふわ、と揺れる。
    「ありがとうございます、セイナ」
    「礼などいい。気に入ってくれて何よりだ」
     街は既に夕闇に包まれ、旅帽を被ったフォルナの顔は近くで見ても、判別が付かない。
    (これなら、見つかる心配も無いだろう)
     内心ほっとする晴奈たちの後ろで、あの熊獣人たち――フォルナを探し回るオルソーとグリーズが、宿へと入っていった。



     非常に危なっかしいニアミスが続いたが、結局フォルナは見つからずに済んだ。
    「わたくし……」
     お互いの顔も見えなくなった夜道で、フォルナがつぶやいた。
    「自由、ですのね」
    「そうだな。見つからない限り、お主は自由だ。婚姻の相手を決めさせられることもないし、家や続柄に縛られることも無い。が――」
     その先に続く言葉を、フォルナの方から口にする。
    「……これからは困難に巻き込まれたら、自分で何とかしないといけませんのね。でも、わたくしがそれを選んだのですもの。
     精一杯、頑張りますわ」
    「ああ、頑張れ」
     晴奈はそっと、フォルナの頭を撫でてやった。
     フォルナは少し、震えているようだった。

    蒼天剣・憐憫録 終
    蒼天剣・憐憫録 5
    »»  2009.01.20.
    晴奈の話、200話目。
    敵、バカンス中。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「う……ん」
     横で眠る女性の寝返りと小さなうめきで、彼の目は覚めた。
    「……へへ」
     その虎獣人の青年、日上風(フー)は横にいる「狼」の女性、ランニャ・ネール公の寝顔を見て、思わずニヤつく。
    「ふあ……、っと。今、何時だろ?」
     フーはのそのそと床を抜け出し、脱ぎ捨てていた服から懐中時計を取り出す。
    「まだ、5時か。ちょっと早すぎるけど……、ま、起きるか」
     首をゴキゴキ鳴らし、軽く屈伸をして目を覚ます。窓の外は大分明るくなっており、ピチュピチュと鳴く鳥の声が耳に入ってくる。
    「いーい朝だ。本当、楽しいことばっかだな、ここんとこ」
     服を着ながら、フーはぼんやりとこの「小旅行」を思い返していた。
    「……フー」
    「ん?」
     床の方から、ランニャ卿の声が聞こえてきた。
    「どした、ランニャ」
    「うう……ん」
     尋ねてみたが、返事は無い。どうやら、寝言らしかった。フーの口の端がまた、緩んでくる。
    「……可愛いなぁ、お前は」

    「フー。今日は随分早いな」
     ランニャ卿の寝室を出てすぐ、地の底から響くような、低い男の声がフーの耳に入る。声の主はフードの男、アランだ。
    「アランこそ。一体、いつ寝てるんだ? いつ起きても、同じように俺の前に現れる」
    「すでにここに滞在して、2週間になる」
     アランはフーの問いには答えず、淡々と自分の仕事――フーの側近、参謀としての職務をこなす。
    「そろそろ戻らねば。ウインドフォートを発って、すでに一月半は経過している。北海の戦況も早晩、動いてくるはずだ」
    「……ああ、そうだな。そろそろ戻らないと、タイカの奴が攻め込んできてるかも知れないしな。先に返した側近だけじゃ、しのげないし」
     フーは素直に、アランの意見にうなずく。
    「んじゃ、今日の夕方くらいに、ここを発つかな」
    「そうしよう」
     話がまとまりかけたところに、いかにも寂しげな女の声が聞こえてきた。
    「フー、もう帰ってしまうの?」
    「お、ランニャ。もう起きたのか」
     フーのすぐ後ろで、ランニャ卿が悲しそうな顔をして立っていた。
    「いやさ、もうそろそろ王国に帰らないと。いくらなんでも戦争中だしさ」
    「そう、……よね」
     ランニャ卿は切なげにつぶやき、フーに抱きついてきた。
    「でも……」
    「ランニャ?」
    「せめてもう一日、一緒にいて欲しい。今度いつ会えるか、分からないもの」
     ランニャが抱きしめてくる温かく柔らかい感触に、フーは折れた。
    「分かったよ。じゃ、発つのは明日だ。な?」
    「……はい」

     もしこの時ランニャ卿が引き止めなければ、フーは何の苦も無く北方に帰ることができただろう。
     だが、皮肉と言うべきか――このちょっとした願いのせいで、その日のフーは思わぬ災難に見舞われる羽目になった。



    「はい、耳栓」
     クラフトランドが見えてきたところで、晴奈とフォルナは小鈴から耳栓を渡された。
    「これは?」
    「街に入る前に、付けておいた方がいいわよ」
    「なぜですの?」
    「理由は単純。うるさいから」

    (なるほど)
     小鈴の言う通り、クラフトランドの街門を潜るなり、大音量の騒音が晴奈たちを出迎えた。街のあちこちで鎚や鋸、ふいごなどがけたたましく鳴り響き、いかにも職人の街と言った風情をかもし出しており、耳栓をしてもなお、それらの爆音が体を揺らす。入って数分で、小鈴とフォルナの顔色は悪くなっていく。
    (二人とも大丈夫だろうか? ……しかし、これはまた、戦場とは違った辛さがあるな)
     おまけに、それらの音に負けじと売り子が声を張り上げてくるのだから、たまらない。
    「そこのお侍さん、刀どう、刀? 剣じゃないよ、刀だよ刀!」「間に合っている!」
     武器屋に声をかけられる。
    「耳栓あるよ、この街の必需品だよ!」(本末転倒だろう、阿呆!)
     耳栓屋が、耳栓を突き抜ける大声で売り口上を述べる。
    「ほら、いいアクセ入ってるよー!」「いらぬと言っているだろう!」
     またもアクセサリを無理矢理、付けられそうになる。
    (あ、頭が痛くなってきた……)

     喧騒を避けるため、二人は宿に入った。
    「あー、アタマいたぁい」
     小鈴はベッドに突っ伏し、枕を頭に押さえ付けてうめいている。
    「うぅ……、吐き気がいたしますわ」
     フォルナも同じように、ベッドに沈んでいる。晴奈も椅子にもたれかかり、一言も発さず宙を見つめている。
    (耳鳴りが収まらぬ)
    「ねぇー、晴奈ぁー、フォルナぁー」
     枕の下から、非常にだるそうな小鈴の声が聞こえてくる。
    「もうちょっと、暗くなってから日上探ししよぉー」
     フォルナが弱々しい声と力なく揺れる尻尾で、それに同意する。
    「そう、いたしましょう。こう騒々しくては、参ってしまいますわ」
    「ねぇー。もぉ何か、アタマん中、ぐにゃぐにゃ揺れてるもん」
     晴奈も二人と同じく、吐き気に近い頭痛を感じている。
    「そうですね……。私も、ひどい頭痛がします。少し、休みましょう」
    「そおしよぉー」
     そのまま、三人は眠りに就いた。
    蒼天剣・奸虎録 1
    »»  2009.01.22.
    晴奈の話、第201話。
    悪魔殺しの剣。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    《いいものを見せてあげよう》
    「え?」
     問い返したが、声は応えない。次の瞬間、目の前にある光景が広がる。

    ――1、2の3で、飛ぶからねっ!――
    ――マテ、ナニヲスルツモリダ!――
    ――1、2のさ――
    ――ニガサンゾ!――

    「い、今のは!?」
    《キミが眠ってから、10時間後に起こるコトさ。目の前にいる敵を倒したからって油断しちゃダメだよ、セイナ》
     声の主はあの白猫だった。
    「何がなんだか分からない。私は一体誰と戦い、何が起きたのだ?」
     目にしたのは、フードの男と倒れたフー、頭から血を流す自分、胸を赤く染めた小鈴、呆然と座り込むフォルナ、そして鈴を付けたエルフの姿だった。
    「日上は、倒れていた。私がやったのか?」
    《勿論さ。ハッキリ言おう、ヒノカミなんて敵じゃない。超人だの御子だの言っても、所詮この時点でのヒノカミは経験浅い、ただの小僧さ。キミの腕があればあっさり倒せる。
     本当に手強いのはあのフード男、アランだ。アイツは普段、ヒノカミの影のような位置にいるけれど、実際はヒノカミ以上の実力を持ってる。
     アイツの狙いはヒノカミを世界の王様に仕立て上げ、傀儡、操り人形にして世界を支配することにある。そのために色々、汚いコトをしてる――ネール家に伝わる武具を奪うためにランニャと引き合わせたり、剣をエルスたちから盗むよう指示したり――色々画策し、指示していたんだ。
     気を付けて、セイナ。アイツの姿がヒノカミの側に無かったら、十分に注意するんだ》
     それだけ言って、白猫は姿を消した。



    「あ、おい!」
     椅子で眠っていた晴奈は飛び起きた。
    「むにゃー」
     晴奈の声に、小鈴が寝言で応える。晴奈は頭を振り、小さくつぶやいた。
    「……白猫。あなたは一体、私に何をさせたいのだ?」

     日も傾き、ようやく町の喧騒は落ち着きを見せる。
     煮えたぎるようだった空気もやっと冷え始め、騒ぎの中心は鍛冶場から酒場へと移り始めた。
    「さてと。それじゃまずは、ご飯食べよっか」
    「そうですわね。ずっと眠っておりましたし、流石にお腹が鳴ってしまいますわ」
     酒場に来た晴奈たちは席に座り、品書きを眺めながら雑談する。
    「ここにもパスタがあるのですね」
    「そりゃ、央中じゃ米みたいなもんだし。今度は、すすっちゃダメよ」
     イタズラっぽく笑う小鈴に、晴奈も笑い返す。
    「はは、承知しております。……では、私はこの『塩漬けイワシのパスタ』に」
    「では、わたくしは『ジャガイモ入りのオムレツ』とパンを」
    「んじゃ、あたしは『ジャガイモとレンズ豆の塩煮込み』、それからパン、と」
     小鈴は店の者を呼び、三人の注文を伝える。料理が運ばれてくるまでの間、晴奈はフーの居場所について小鈴に尋ねてみる。
    「いるとすれば、どこにいるのでしょうね?」
    「うーん。朱海からもらった情報によれば、日上はこの国の大公様とデキてるのよね。単純に考えれば、ネール公族が住んでる宮殿にいるんじゃないか、って思うんだけど」
    「ふむ。では、そこを調べるのが最も手っ取り早いと言うわけですね。しかし……」
     やってきた料理を受け取りながら、小鈴は首を振る。
    「ま、それは難しいわ。一般開放されてないもん。厳重に管理、警備されているから、入るのは難しいわね。
     さて、と。ひとまず議論は置いといて、ご飯食べましょ」



     宮殿のテラスで白い半月を眺めながら、フーとランニャ卿は歓談していた。
    「やっぱり、タイカって恐ろしいのね」
    「ああ、マジで悪魔って感じの奴だった。アイツの姿は一度見たら、目に焼きついて離れないよ。……ま、その目も半分、無いけどな」
     フーは笑いながら、大火に潰された左目の傷をコリコリとかいた。
    「でも、お前にもらった『ガーディアン』と、この『バニッシャー』があればきっと、奴を倒せる。期待しててくれよ、ランニャ」
     フーは腰に差した剣を抜き、その刀身を月の光に当てる。
    「キレイね……。本当に英雄の剣、って感じ」
    「だろ? 俺も一目見た時、一発で魅入られちまった。思い出すぜ……、その時のことを」
    「コウカイで手に入れた、って言うお話?」
     ランニャ卿の問いに、フーは肩をすくめ、小さく首を振る。
    「いや。……俺の元上官と一緒に、黒炎教団の総本山に潜入したことがあったんだけど、その時に初めて、こいつを見つけたんだ。
     その昔、黒白戦争でタイカを突き刺し、燃え盛る炎の中に叩き落したと言う、この剣。結局奴はそこから這い上がり、復活したと言うけれど、それでも致命傷を与えたのは確かなんだそうだ。
     悪魔を貫き、地獄の炎の中に堕としたと言うこの剣――俺はその伝説を、この世に再現させて見せる」
     熱く語るフーを見て、ランニャはほほを染めた。
    「ねえ、フー」
    「ん?」
    「もしタイカを討ち取って、あなたが世界の覇者、王になったら……」
     ランニャはフーの袖をぎゅっとつかみ、その手を握りしめた。
    「私を、妃にしてくださいませね」
    「……へへ、まあ、うん。考えとくわ」
     フーも顔を、虎耳の先まで真っ赤にしてうなずき、立ち上がった。
    「フー?」
    「……ちょっとそこら辺、ブラブラしてくる。あんまりお前の顔見つめてっと何か、心臓が爆発しちまいそうだ」
    「あら、……もう」
    蒼天剣・奸虎録 2
    »»  2009.01.23.
    晴奈の話、第202話。
    追いついた。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     夕食を食べ終えた晴奈たちは、検討を再開した。
    「まあ、でもさ。ここでボーっとしてるより、実際に見てみた方が早いかもね。案外、庭園をブラついてるかもしれないし」
    「庭園は入れるのですか?」
     小鈴の代わりに、フォルナが答える。
    「ええ。宮殿内は無理だそうですけれど、その前にある庭園と、門前広場は出入り自由と聞いておりますわ。夜の、確か……、10時くらいまでは入れたかと」
     その時刻を聞いた瞬間、晴奈の脳内に電流が走った。
    ――キミが眠ってから、10時間後に起こるコトさ――
     白猫から聞かされた言葉が、天啓のように響き渡る。
    (入場制限は、10時まで。そして私が宿で眠ったのは、正午。丁度、10時間の間がある。もしや、そこで……!?)
    「フォルナ、小鈴殿っ」
    「ん? どしたの、晴奈?」
    「どうなさったの?」
     晴奈は立ち上がり、二人の手をつかむ。
    「行ってみましょう、そこへ。いるかも知れない」
    「え、うん」「あ、はい」
     慌ただしく動き出した晴奈に、小鈴とフォルナは目を白黒させながらも付いて行った。



     フーはぼんやり月を見上げながら、宮殿前の広場に立っていた。今、この広場には彼と、広場全体を見下ろす初代ネール大公の銅像しか人影はない。
    (超人となり、名声を挙げ、伝説の武具も手に入れ、そして最高の女に『妻にしてくれ』とまで言わせちまった。……恐ろしいくらいだ。
     恐ろしいくらい、俺はツイてる。恐ろしいくらい、俺は世界の頂点へと、恐るべきスピードで駆け上がってる。恐ろしくて、たまらねえ……。
     この先――頂点を極めた先、俺は一体、どうなるんだろうか?)

     日上風は元々、凡庸な兵士だった。いや、素行の悪さから「使い物にならないクズ」とまでけなす者もあった。
     そんなフーをまず、一端の兵士として引き上げたのはナイジェル博士とエルスだった。博士は彼の戦闘能力の高さを見込んで、愛弟子であり凄腕の諜報員だったエルスの補佐役に就かせるよう、軍部に指示した。
     一匹狼ならぬ、一匹虎だったフーは、初めは人の下に就くことを良しとはしていなかった。だが「大徳」と呼ばれるだけあり、人材活用と人心掌握に秀でたエルスとともに活動するうち、彼は兵士に必要不可欠な団体行動の基本、そして他人と付き合うその楽しさと、安らぎを知るようになった。
     ところが、ある一件――「バニッシャー」強奪に端を発する、ジーン王国軍の内紛を納めるため、彼の上官だったエルスは「バニッシャー」を持って国を去った。同時に、彼の部下だったフーもエルスに加担したと疑われ、その後しばらく軍内で冷遇されていた。
     この一件で精神的に追い詰められ、さらに唯一の肉親であった祖母も亡くし、どん底に落ちていたフーは、ある男と出会った。それがアランである。アランは――実際にその技を使われたフー自身にも、良く分からない方法で――フーに驚異的な「力」を与え、超人に仕立て上げた。
     そこから、彼の人生は劇的に変化した。たちまち彼は軍のエース、英雄となり、同時期に勃発した中央政府との戦争で大活躍を納め、今に至る。

    (……まあ、いいか。何を悩む必要がある? アランの言うことに従ってれば、俺は世界の王になれるんだ。
     その後のことは、それから考えりゃいいさ)
     フーはため息をつき、首を鳴らす。
    「……戻るか」
     軽く屈伸をして、肩を鳴らした瞬間――関節が鳴るのとは違う、ポキと言う音がフーの背後から聞こえてきた。フーは瞬間的に、木の枝が折れる音――つまり、誰かがそれを踏んだ音だと悟った。
    「誰だ?」
     フーは振り返り、辺りの気配を伺う。
    「気のせいじゃないよな? 犬猫の類でも無さそうだ。俺に何の用だ?」
     何も応えない。
    「隠れてないで出て来いよ。うまく隠れてるつもりだろうが、気配がプンプン匂ってくるぜ?」
     フーが挑発すると、何者かが銅像の陰から姿を現した。
    「ん? お前……、どこかで見た覚えがあるな。どこだったか……? 女、ってことは、俺と付き合ったこと、あるか?」
    「ふざけるな、日上」
     隠れていた女は、怒気を含んだ声でフーに答える。
    「あ、違うか。……そうだ、思い出したぜ。コウカイで、スミスを斬った奴だな」
    「いかにも。焔流免許皆伝、セイナ・コウと申す。あの時貴様が奪った剣、『バニッシャー』を奪い返しに参上した」
    「そうか。……すげえな、強そうだ。何て言うか、『猫』には見えねえ。もっと大型の、獅子や豹を感じさせる殺気だ。
     ……いいだろ。俺から奪い返したいって言うなら、力ずくで来いや」
     フーは剣を抜き払い、晴奈と対峙した。
    蒼天剣・奸虎録 3
    »»  2009.01.24.
    晴奈の話、第203話。
    晴奈V.S.日上。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「……」「……」
     晴奈もフーも相手を鋭く睨んだまま、無言で間合いを詰める。
    「……先に、行かせてもらうぜッ!」
     最初に仕掛けたのはフーだった。地面を低く跳び、一気に間合いを詰めていく。
    「甘いッ!」
     晴奈は刀を構え、フーの初太刀を受ける。非常に重たい一撃ではあったが、晴奈自身も後ろに跳ぶことで、その威力を消す。
    「お、っと! へぇ、不思議な剣術、いや体術か。俺の剣だけじゃなく、力も受け切るとはな」
    「力任せでは、この私は倒せぬ」
     晴奈とフーは、もう一度間合いを取る。
    「来いよ」
    「そちらから、来い」
     両者は円を描くように、じりじりと動きながら間合いを保つ。
    「来いって」
    「……」
     フーが誘うが、晴奈は応じない。
    「チッ……。いいだろ、こっちから行ってやる!」
     もう一度、フーが飛び込んでくる。今度は高く跳び、剣を振り下ろしてくる。
    (これならさっきみたいに、後ろに跳んでいなすことはできないだろ!?)
    「フン」
     フーの読みを察知した晴奈は刀を両手で上に掲げ、がっちりと受け止める。当然、フーの力に押し負け、晴奈の体勢は崩れる。だが――。
    「甘いと言っているだろう!」「何ッ!?」
     晴奈は倒れながら、左脚を挙げてフーの腹に押し付ける。そのまま刀と脚を後方にずらし、フーを投げ飛ばす。いわゆる「巴投げ」の変形である。
    「おわあッ!?」
     フーは顔面から石畳に落ちる。そのまま回転して立ち上がったが、どうやら鼻が折れたらしく、鼻血がボタボタと噴き出してくる。
    「くっそ、戦いづれえな」
     フーが転倒している間に晴奈も起き上がり、隙無く刀を構えてフーを牽制する。
    「来い、日上!」
     フーは鼻を押さえ、ゴキゴキと鳴らして形を直す。
    「かぁ、痛てて……。ったく、一筋縄じゃ立ち回れそうにねーな」
     そうつぶやくと、フーはブツブツと、何かを唱え始めた。
    「じゃ、こいつはどうだ? 焼けッ、『ファイアボール』!」
     かざした掌から、火球が飛び出す。ところが1メートルも進まないうちに、火球は四散してしまった。
    「……!?」
    「悪いけど、魔術は使わせてあげない」
     銅像の陰から、小鈴が杖を構えながら現れた。魔術を使っている最中らしく、杖からは魔力を含んだ紫色の光が漏れている。小鈴の横からフォルナが現れ、丁寧に説明する。
    「術封じの術、『フォースオフ』ですわ。元から魔力の低い部類に入る虎獣人の方であれば、これでもう、魔術は一切使えないはずですわ。
     大人しく降参して剣を渡された方が、誇りが傷つかずに済みますわよ」
     フォルナの慇懃無礼な挑発を受け、フーの額にピク、と青筋が走る。
    「……チッ、めんどくせえな」
     フーは悪態をつき、剣を構え直す。その顔には初めて、焦りの色が浮かんでいた。



    「フーはいるか?」
    「……あら、アランさん」
     テラスに入ってきたアランを見て、ランニャ卿の顔は曇る。
     フーのことは大好きなのだが、フーに付きまとうこのフードの男は、どうしても好きになれない。存在自体があまりにも不気味であり、さらに大公である自分に対して明らかに、横柄で尊大な態度を取るからだ。
    「ヒノカミ中佐はいらっしゃいませんわ。散歩すると言って、先ほど出て行かれました」
    「そうか」
     アランはそれだけ言うと、踵を返してテラスから離れていった。
    「……ああ、嫌だ嫌だ。あの方がいらっしゃらなかったら、もっと長く、フーと過ごしていられるのに」

    「まったく、どこで油を売っているのだ」
     アランは宮殿を歩き回り、フーの姿を探す。
    「急いで帰らねばならんと言う時に、のんきに女と戯れるとは。いずれ厳しく、矯正しなければならんな」
     フーへの不満をこぼしながら、アランは庭園の側に差し掛かった。
    「……む?」
     金属音が、わずかに聞こえる。続いて何か重いものが、地面にぶつかる音が聞こえる。そして人の叫ぶ声も――。



    「ハァ、ハァ」
     フーは右肩を押さえ、荒く息をしていた。
    「油断したぜ……! まさか『サムライ』なんて人種が、こんなに戦いづらい相手だとは思わなかったな。
     それに女と見て、侮った。ここまでやるとは、まったく思ってなかったぜ、クソ……!」
    「観念したらどうだ、日上」
     晴奈は刀を上段に構え、威圧している。
    「バカ言ってんじゃねえよ。勝負はまだ、これからだ!」
     フーは肩を押さえながら、片手で剣を握る。
    「やめておけ、日上。片手で勝てる相手と思っているのか?」
    「自分で言ってりゃ、世話ねえよ。……オラアアアッ!」
     フーは果敢に剣を振り上げ晴奈に迫るが、その動きにはキレが無く、精彩を欠いている。最早、晴奈の敵ではなかった。
    「はあッ!」
     晴奈はフーの突きをひらりと避け、肩の付け根に向かって刀を振り下ろした。
    「ぐ、あ、ッ……!」
     鎖骨の折れる鈍い音とともにフーの目がぐるんと裏返り、がくりと倒れた。
    「安心しろ、峰打ちだ。……さて、剣は返してもらうぞ」
     晴奈は倒れたフーの横に転がった「バニッシャー」を取ろうと、ほんの一瞬だけ警戒を緩めた。
    蒼天剣・奸虎録 4
    »»  2009.01.25.
    晴奈の話、第204話。
    最悪の敵。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     その瞬間、晴奈は何が起こったのか良く分からなかった。
     突然、頭蓋骨からミシ、と言う嫌な音が響き、晴奈の目の前が真っ暗になる。
    「……!?」
     一瞬宙に浮く感覚を味わい、次に全身を強い衝撃が襲う。晴奈の全感覚は頭から飛び散った。
    (し、まっ、た)
     石畳に叩きつけられた晴奈は、全身の痛みをこらえながら現状把握に努める。
    (衝撃、痛み、衝撃、暗転、衝撃、……落ち着けこれは攻撃だ。何か強烈な一撃を食らったのだ私は。……誰が? 誰が私を? 日上? いや、違う日上ではない。日上は倒した間違いなく。では誰だと言うのだ誰だ落ち着け、……日上、では、ない。
     では、……そうか。側近……!)
     晴奈は己の意識の混乱を半ば無理矢理に落ち着かせた。もし仮に、ここで混乱したままであれば、晴奈は間違いなく命を落としていただろう。
    (来る! 逃げろ! 跳べ!)
     目の前が真っ暗なまま、晴奈はその場から飛びのく。その直後、自分がいたであろう場所からドゴ、と言う重たい音が聞こえてきた。
    (来る! かわせ! もう一度跳べ!)
     ほとんど本能的に、晴奈は体を動かす。必死で逃げた地点から、またもズン、と言う鈍い音が伝わってくる。
    (また! とべ、いや、かわせ、いや、か、と、か、どっ、ち、だ……)
     また、攻撃の気配を感じ、晴奈は逃げようとした。だが必死に押さえつけていた意識の混濁がここで一気に噴き出し、晴奈の判断と動きが止まった。



    (……! 起きろ、黄晴奈ッ!)
     はるか彼方に飛び去っていた意識がもう一度、晴奈の脳内に戻ってきてくれた。目も正常に戻り、辺りを正確に把握できる。
     そしてその目で、惨状を確認した。
    「小鈴殿!」
     小鈴が胸から血を流し、倒れている。息はあるようだが、まったく動けないようだった。
    「せい、な。にげて、は、やく」
     口から血を流しながら、小鈴は晴奈を逃がそうとする。位置と時間経過から考えて、どうやら小鈴は晴奈を守ってくれていたらしい。
    「あ、ああ……」
     辺りを素早く伺うが、絶望的な状況しか確認できない。
    「フォルナ! 大丈夫か!?」
    「……」
     フォルナは無事なようだが、目の焦点が定まっておらず、晴奈の呼びかけに応えない。どうやらあまりに凄惨なものを見せられ、気を失っているらしい。
    (くそ……! アラン、だな!?)
     どこからか現れたアランが、拳とフードの袖を血で濡らしている。フーはその背後で倒れたままだ。どうやら晴奈を殴り飛ばしたのも、小鈴を突いたのも、アラン一人のようだ。
    (白猫の、言った通りだ……! 何故私は、油断してしまったのだ!)
    「小鈴殿、大丈夫ですか!?」
    「だい、じょうぶじゃ、ない。だから、にげて、フォルナ、つれて」
     小鈴の声がどんどん、小さくなっていく。顔も青ざめていく。死の淵にいるのは、誰の目にも明らかだった。
    「ダメだ、小鈴殿! あなたを置いては行けない! しっかりしてくれ、小鈴殿!」
    「……いい、たび、だったけど、ざんねん、ね。こんな、さいご、で」
    「ダメだ! 起きてください! 起きてくれ、小鈴ッ!」
     晴奈は叫ぶが、小鈴の目はもう、うつろになっている。
    「小鈴! 小鈴ッ!」
     晴奈は絶叫に近い声で、小鈴の名を呼んだ。

     その時だった。
    「うるさいっ。ちょっと冷静になってよっ、晴奈っ」
     どこからか、子供の声が聞こえてきた。
    「ホラホラ、ボーっとしないでよっ」
     あどけない、少女の声が晴奈を叱る。
    「え……?」
    「小鈴は気を失ってるだけっ。血は出てるけど、もうアタシが止めたから大丈夫よっ」
     いつの間にか、小鈴の側に長耳の少女が立っていた。赤い髪に、全身赤い巫女服、そして体中に鈴を付け、動く度にジャラジャラと鳴り響く。
    「だ、誰だ?」
    「失礼な『猫』さんねっ。アタシの顔、忘れたっ?」
     少女は体中に付けた鈴をシャラシャラ鳴らしながら、ほおを膨らませる。
    「……見た、覚えが。……杖の、精?」
     晴奈の答えに、少女は面白そうに笑った。
    「アハ、杖の精はいいわねっ。でも、アタシのコトは」
     少女は晴奈の鼻先で指をピン、と立てた。
    「鈴林(レイリン)って呼んでっ」
    蒼天剣・奸虎録 5
    »»  2009.01.26.
    晴奈の話、第205話。
    鈴っ子。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     晴奈は呆気に取られながらも、自分たちがまだ無事でいることを不思議に思っていた。
    「何故、アランは攻撃してこない?」
    「んっ? してるよっ、思いっきり。ホラっ」
     レイリンが指差した方向に、アランがいる。懸命に腕を振っているが、途中で何かに阻まれているらしい。
    「アタシが『マジックシールド』で防いでるから、後もう少しは大丈夫っ。でもねーっ」
     レイリンは困った顔で、晴奈に向き直る。
    「コレ使ってる間は、他のコトできないのっ。だから晴奈、ちょっと協力してっ?」
    「え?」
    「『お師匠』に教えてもらった『とっておき』使うからっ、10秒だけあいつの攻撃を防いで欲しいのっ。お師匠と違って、アタシはすっごく集中しなきゃいけないからっ」
    「はあ……? ともかく、防げばいいのだな? 分かった、協力する」
     晴奈はヨロヨロと立ち上がり、刀を握る。
    (くそ、頭を割られたせいか吐き気がする。頭痛もひどい……! おまけに刀もひん曲がってしまっている。
     戦況は最悪、だが……)
     晴奈は残った気力を振り絞り、仁王立ちになる。
    「来い、アラン! もう一度、相手してやろう!」
     目の前の壁を叩いていたアランは、そこで動きを止めた。
    「なぜ私の名を……? まあいい、死にたいのなら死なせてやる」
     アランは後ろに飛びのき、腰を低く落とした。
     と同時に、「マジックシールド」が薄れ、消滅する。そしてレイリンが懸命に、何かを唱えているのが聞こえてきた。
     どうやら相当高度な術を使うらしく、今まで聞いたことのあるどんな呪文よりも長く、そして恐ろしく早口で唱えているので、何を言っているのかまったく聞き取れない。
    「10秒、か。もっていてくれ、私の体」
     晴奈はレイリンの前に立ち、刀を構えた。
    「死ね」
     アランが踏み込んでくる。ガキンと言う金属音とともに、右の掌底が飛んできた。
    「ぐぅ、……ッ!」
     猛烈に重たい掌が、晴奈の刀に食い込む。刀がぎちぎちと奇怪な音を立てて、さらに曲がる。先ほどフーと戦った時とは違い、ここでかわせばレイリンが危険にさらされる。
    「このッ!」
     晴奈はアランを蹴って、後ろに引かせようと試みる。だがいくら蹴っても、アランは痛くもかゆくも無いらしく、一歩も引こうとしない。
    「無駄なあがきだ」
     今度は左の掌底が飛んでくる。もう一度受け止めるが、刀だけではなく、晴奈の腕からも軋む音が響く。
    「ぐあ、あうッ」
     絞り出すような声が、晴奈ののどから漏れる。
    「これはどうだ」
     また、右掌底。
    「ぎッ」
     晴奈の右腕が、嫌な音を立てて折れる。
    「うあ、あッ」
     止めようとしても、悲鳴がのどの奥から勝手に漏れてくる。
    「が、……げぼッ」
     悲鳴はようやく止まるが、それは血を吐いたからだ。
    「……ッ」
     十数回殴りつけられ、もう、血も悲鳴も出てこない。晴奈のひざが、がくんと落ちた。
    「晴奈っ! 戻ってきてっ!」
     ようやく、レイリンの準備が整った。だがすでに脚に力が入らず、晴奈は動くことができない。
    「さあ、そろそろ逝け」
     アランが右手を振り上げる。晴奈は身動きできないまま、じっとその手を見ていた。
    (悪魔め……! 誰だ、黒炎殿が悪魔だなどと言った奴は!
     こいつこそが、正真正銘の悪魔だ! この無慈悲! この残虐!
     こいつを悪魔と言わずして、何を悪魔と称すのだ……!)
     晴奈は死を覚悟した。

     アランの拳が振り下ろされる直前、晴奈の首が一瞬絞まった。
    「ぐえ」
     どうやら、誰かが後ろから襟を引っ張ったようだ。そのおかげでアランの拳がそれ、地面にめり込む。
    「ぬ……、く、この」
     地面にめり込んだ拳が抜けず、アランはもう一方の手で引っ張り始めた。
    「ひっ、ひいっ、えぐっ」
     フォルナが泣きながら、晴奈の襟をつかんでいる。
    「フォルナ!」
    「えぐっ、セイナ、戻ってらして、ぐすっ」
     フォルナに引きずられ、晴奈は何とかレイリンの側に近付いていく。
    「晴奈、戻って、来なさいよ……!」
     小鈴の声もする。
    「小鈴、殿……!」
     ゲホゲホと言う水気の混じった咳の後に、小鈴の含みを持った笑い声が続く。
    「ん、ふふ、ふ。何を、今さら、殿付け、してんのよ。さっき、呼び捨てに、したくせに」
     小鈴も満身創痍ながら、気力を振り絞って晴奈を引っ張り、助けてくれた。
    「待て」
     アランがようやく地面から拳を抜き、また襲い掛かってくる。
    「アンタは、邪魔、しないでよ……! 『グレイブファング』!」
     息も絶え絶えに、小鈴が呪文を唱える。石畳が変形し、槍状になってアランの首に突き刺さった。
    「グゥ……ッ! キクカ、コンナモノッ!」
     だが、普通の人間ならば致命傷のこの攻撃も、アランには通じない。首に突き刺さった槍を引き抜き、アランはなおも迫ってくる。その声はまさに悪魔のような、金属質の響きを持って晴奈たちの鼓膜を揺さぶった。
    「レイリン! お願い!」
    「1、2の3で、飛ぶからねっ!」
     レイリンの言葉に、アランが驚いた様子で叫ぶ。
    「マテ、ナニヲスルツモリダ!」
    「1、2のさ――」
     アランが飛び込み、レイリンを殴り倒そうと拳を振り上げる。
    「ニガサンゾ!」
     瀕死の晴奈は、ここで最後の力を振り絞った。
    「させるかッ!」
     曲がった刀をアランに投げつける。死を覚悟した晴奈のその一撃は、アランの胸に食い込んだ。
    「グアアッ!?」
    「――ん!」
     晴奈たち四人の、周りの景色が消えた。
    蒼天剣・奸虎録 6
    »»  2009.01.27.
    晴奈の話、第206話。
    日上追跡、一段落。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「ニガシタカ……。ン、ンん、……逃がしたか。この女ボケがしっかりしていれば、逃がすことも無かったのだが」
     アランは毒づき、のどを抑えて揉み――それだけで、アランののどは完全にふさがれてしまった――倒れたままのフーを蹴った。
    「う、ん……」
     フーは目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。
    「いた、たた……」
    「大丈夫か、フー」
    「くそ、鎖骨やら何やら折られたみたいだ。でも、まあ、致命傷には至らない、かな」
     アランは彼への罵声などなかったかのように、フーに肩を貸した。
    「戻ろう。転倒したことにし、治療してもらうぞ」
    「ああ……」
     フーはよろめきつつ、悔しそうにつぶやく。
    「俺もまだまだだな。まさか、ああまで打ちのめされるなんてな」



    「お、おい。お前ら」
     床に倒れていた晴奈は、自分たちを覗き込む者と目が合った。
    「何でいきなり、アタシの店に……、い、いや、それよりも!
     一体、どうしたんだそのケガ!? すぐ医者呼んでくるからな! 死ぬなよ! 絶対死ぬなよ!」
    「かた、じけ、ない、朱海殿……」
     一瞬のうちに、晴奈たちはクラフトランドからゴールドコースト、朱海の店に移動していた。レイリンの「とっておき」とは、黒炎教団の秘中の秘、「テレポート」だったのだ。
    「助かったわ、レイリン」
     小鈴が礼を言ったが、それに応える者はいない。その代わりに小鈴の杖がちり、と鳴った。

     数時間後、晴奈たちは治療を受け、何とか一命を取り留めた。
    「そっか。そんなことがあったのか……」
     三人の容態が安定したところで、朱海から根掘り葉掘りと尋ねられた。事情を聞き終え、朱海はメモを取りながらうなる。
    「まーた、商売のネタにしようとしてるんじゃないわよね」
     小鈴が釘を刺すと、朱海は恥ずかしそうに笑った。
    「へへ、ばれたか。……ま、それは冗談としても。そのアランって奴、どうも気になるんだ。アタシの方で、調べておこうかと思ってね。
     ケガが治るまではしばらく、ウチで静養してな」
     そう言って、朱海は部屋を離れた。
     残された晴奈と小鈴、フォルナの三人は、しばらく見つめあった後、笑い出した。
    「……はは、ばっちり生きてたわね、晴奈」
    「小鈴、こそ。本当に、死んでしまったかと思った」
    「ホントにね。あたしもあの時ばかりはさすがに、死ぬかと思ったわ」
    「ええ、わたくしも生きた心地がいたしませんでしたわ」
     そう言ったフォルナに、小鈴がイタズラっぽい顔をしてささやく。
    「ココに、同じ服と下着があって良かったわね。誰にもばれずに済んだし」
    「う」
     フォルナの顔が真っ赤に染まる。
    「大丈夫、内緒にしたげる。晴奈と朱海には、黙って洗濯しとくからね」
    「ううー……」
     フォルナは顔を真っ赤にし、布団に顔を埋める。
    「どうした、フォルナ?」
    「いーからいーから、ほっといたげなさいって」
    「はあ……?」
    「……ま、なんつーか」
     小鈴は深いため息をつき、両脇にいた晴奈とフォルナの手をつかむ。
    「生きてて良かった、つーか」
    「……はは、そうですね」
    「ええ……、ええ」
     三人の間に、沈黙が流れる。ここで三人にようやく、安堵の時が訪れた。



     その沈黙を破ったのは、晴奈だった。
    「……強くなりたい」
    「ん?」
    「あの悪魔は、強かった。あいつを倒さねば、剣は取り戻せぬだろうな」
     晴奈の言葉に、小鈴は目を丸くした。
    「まさか……、アイツ、倒す気なの?」
     フォルナも青い顔で尋ねる。
    「無茶ですわよ……! 死ぬところでしたわ!」
     二人に対し、晴奈は強い決意を秘めた目で、一言こう返した。
    「やらねばならぬのだ、私は」

    蒼天剣・奸雄録 終
    蒼天剣・奸虎録 7
    »»  2009.01.28.

    晴奈の話、第160話。
    祝勝会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     黒炎教団との戦いが終わり、黄海にもようやく平和な空気が戻ってきていた。
     これで晴奈の物語も終わり――とは、行かない。

     またしても晴奈は、騒乱に巻き込まれることとなる。
     落ち着けない生活、あわただしい日々――それもまた、彼女が英雄たる所以だろうか。



     双月歴518年、7月。
     戦争勝利を祝うため黄屋敷に将が集められ、宴が催された。
    「皆、ご苦労さま。これでもう、脅威は去った。しばらくは平和な日々が続くだろうし、安心して酔っぱらっちゃってください。
     では、乾杯!」
     エルスが簡単な挨拶で皆を労い、ささっと席に着く。
    「あら、お早いですね」
     右隣に座る明奈が驚いた感じでそう尋ねてきたので、エルスは小声で返す。
    「ご馳走が目の前に並んでるのに、長々と演説聴きたい?」
    「……ふふっ、いいえ。それじゃ、いただきますね」
    「うんうん」
     仲が良さそうに談笑するエルスたちを見て、左隣に座っていたリストが不機嫌そうな顔になり、エルスの耳をつねってきた。
    「フン、何ヘラヘラしてんのよ」
    「いててて」
     エルスは耳をつねられたまま、平然を装って箸を進める。
    「いくら引っ張っても君みたいに伸びないよ、リスト」
    「あら、そう。じゃ、もっと強くしてあげる」
     リストが力を込め、エルスの耳をさらに引っ張る。
    「何でそんなに怒ってるのかな?」
    「本気で言ってんの?」
    「折角の祝勝会じゃないか。もっと楽しもうよ、リスト」
     そう言いながら、エルスは明奈に目配せする。その意図に気付いた明奈は、そっとリストの背後に回る。
    「……えいっ」
     明奈もリストの耳を引っ張り、リストを止めようとした。
    「ひゃん!?」
     ところがちょっと触っただけで、リストは変な声を出して手を引っ込めた。
    「何すんのよ!? へ、変な声出ちゃったじゃない!」
    「ぷっ、くくく……」
     リストの反応が面白く、今度はエルスがリストの耳を触り、合わせて息も吹きかける。
    「こちょこちょ、……ふーっ」「ひゃ、ああん!?」
     甘い声を出してきたリストを見て、エルスは笑い転げた。
    「あは、あはは……。やっぱりリスト、君はからかいがいがあるなぁ、ふっ、ふふふ……」
    「あ、アンタ、いい加減にしなさ……」「えいっ」「ひゃーん!?」
     リストが怒鳴ろうとしたところで、また明奈が耳を触る。
    「クスクス、リストさん面白い」
    「あ、もしかしてメイナ酔ってるでしょ!?」
    「うふふふ……、ふー」
    「ひぁー!?」
     リストは宴の間中、エルスたちのおもちゃにされていた。



     一方、晴奈は宴の場から離れ、自分の部屋で一人、酒を飲んでいた。どうしても騒いで呑む気にはなれなかったからである。
    「赤の満月、白は新月。今宵は片月、か」
     このところ、晴奈の心にはいつもあの死闘の記憶――ウィルバーと川の中で戦った時の、彼の姿が居座っている。
    (ウィル、お主は本当にあのまま死んだのか? もう既に、冥府の住人と成り果ててしまったのか?)
     考えれば考えるほど、重苦しい気持ちが募る。やがて晴奈は杯を窓辺に置き、顔を両手でこする。
    「ふー……。少し、飲みすぎたかな。……外に出るか。心地良さそうだし」
     窓から見る街の景色を眺めながら、晴奈は外への身支度を簡単に整えた。

     宵も過ぎ、街は静まり返っている。明かりもまばらにしかない。月明かりに照らされた道を、晴奈はゆらゆらとした足取りで歩く。
    (また紅蓮塞に戻って修行するかな……。特にこの街でやりたいことも無いし)
     酔った頭にぼんやりと、師匠の顔や修行場の風景が浮かんでくる。
    (それにしても2年半か。長かったな……)
     護身のために持って来た刀の柄を撫でながら、色々なことを取り留めもなく考える。
     とは言えこの2年半、ずっと戦に没頭していた分、騒々しさに慣れた頭は街の静けさを、敏感に感じ取っている。
     だから――どこかからガシャ、と何かの割れる音を、晴奈の猫耳は聞き逃さなかった。
    「……うん?」
     不審に思った晴奈は、音のした方に向かう。
    (確か、こちらの方角から聞こえてきたような?)
     路地を曲がり、無人の大通りを横切る。そしてまた路地に入ったところで、見慣れた建物が目に入る。
    (まさか、ナイジェル邸からではあるまいな?)
     向かった先にはエルスとリストが、ナイジェル博士亡き後もそのまま住んでいる屋敷――ナイジェル邸があった。
    「……! やはり、ここか」
     玄関の扉がバッサリと切られており、異状が起きていることは明白だった。
    (もしや、賊か?)
     このまま傍観していては、エルスたちは被害に遭ってしまう。そしてそれを、晴奈がよしとするわけも無い。
    「……よし」
     晴奈は着物の袖と裾をまくり上げ、髪を束ね直し、刀に手をかけて屋敷に近寄る。
     破られた扉から中を覗き見ると、大柄な熊獣人の男、中背のエルフの男、小柄な兎獣人の女が輪を作り、何か話している。
     そして輪の中心には灰色の洋巾(フード)のついた外套をかぶった者と、左目に眼帯をはめた、虎獣人の青年が確認できた。

    蒼天剣・悔恨録 1

    2008.12.06.[Edit]
    晴奈の話、第160話。祝勝会。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 黒炎教団との戦いが終わり、黄海にもようやく平和な空気が戻ってきていた。 これで晴奈の物語も終わり――とは、行かない。 またしても晴奈は、騒乱に巻き込まれることとなる。 落ち着けない生活、あわただしい日々――それもまた、彼女が英雄たる所以だろうか。 双月歴518年、7月。 戦争勝利を祝うため黄屋敷に将が集められ、宴が催された。「皆、...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第161話。
    はるかな国からの侵入者たち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ナイジェル邸に侵入している者たちは、央南ではエルスたち以外に見かけたことの無い、異国の服を着ている。また髪や目の色、顔つきも、およそ央南人とは思えない。ただ、虎獣人だけは黒髪に灰縞の虎耳と尻尾で、その顔立ちも含め、央南風と見えなくもない。
    (彼奴ら、何者だ?)
     晴奈はじっと扉の陰に潜み、中の様子と彼らの会話を探る。
     片目の「虎」が、エルフに向かって怒鳴っているのが聞こえてきた。
    「彼には手を出すなよ、スミス!」「……ヒノカミ中佐、何を?」
    「虎」――日上中佐と呼ばれた青年は、彼よりずっと年上らしい、周りの者たちに威張り散らしている。
    「王国中の人間から嫌われようと、彼は俺の恩師だ! 出会っても手を出すんじゃないッ!」
    「……了解しました」
     エルフは日上に叱られ、憮然とした顔で引き下がった。ほぼ同時に、日上の後ろにいた茶髪に白い垂れ耳の「兎」が、手をポンと打って声をあげる。
    「そー言えばヒノカミ君は、エルスと組んでたんだよね」
     見知らぬ女の口から出た親友の名前に、晴奈は目を丸くした。
    (な……!? エルス、だと? エルスとは、あのエルス・グラッドか?)
     晴奈の動揺など知るわけも無く、日上は「兎」の言葉にうなずく。
    「そうだ。彼に受けた恩義も非常に大きい。俺の前で彼を悪く言う奴は、例え身内でも許さないぞ」
     そう言って日上がにらむが、「兎」は媚びるような甘ったるい声で顔を赤らめ、頬に手を当てて日上に答える。
    「アタシは言いやしないよー? アタシだってリロ、……エルスとは、色々アレコレ楽しーい思い出あるし、悪くなんてねーぇ」
    (何だ、あのけばけばしい『兎』は? ……私の中の、兎獣人の思い出が汚れてしまいそうだ)
     憤慨する晴奈に気付くはずも無く、日上は肩をすくめて返す。
    「ま、アンタは暴走恋愛狂だもんな」
    「あ、ひっどーい。そんなコト言っちゃうと、もう相手したげないわよー?」
     日上の鼻を人差し指でトンと叩き、上目遣いで甘ったるい仕草を見せる「兎」に、日上は苦笑する。
    「ははっ、そりゃ困るな」
    (彼奴ら、一体……)
     と、これまでじっと黙り込んでいた「熊」も、ぼそぼそとした口ぶりでエルスのことを言及する。
    「俺も、格闘術の指導、受けたことが、何度もあります。感謝、してます」
    「だよな。俺も何度か、教えてもらったことがある。貫手とか通打とかな」
     そう言って日上は嬉しそうに、掌底を打つ仕草を「熊」に見せる。それを見て、「熊」はのそのそと首を振って同意する。
    「ああ、通打は、エルス教官の得意技、でしたね。あれは本当に、痛かった」
    「分かる分かる、はは……」
     日上たちの会話をそっとうかがいながら、晴奈は思案する。
    (一体、彼奴ら何者なのだ? こんな胡散臭い輩がまさか、エルスの知り合いだと言うのか?
     いや、それよりも――良く考えれば、私はエルスについて詳しいことを一切知らぬ。一体、エルスは何者だったのだ? この黄海を訪れる前、何をしていたのだ?)
     と、一人意見を違え、孤立したエルフは、不満そうに顔をしかめる。
    「何だよ、みんな反逆者に肩入れかよ? ……くそっ」
     エルフは肩を怒らせ、その場を離れていった。それをきっかけにして、他の者もバラバラと居間を離れる。
     一人居間に残った日上は、床に落ち、粉々になった壷――どうやら、先ほど音を立てたのはこれらしい――を眺め、ぽつりとつぶやいた。
    「エルフの癖に短気な奴だな。まるでリストだ」
     少し間を置いて日上も居間を離れる。晴奈は刀を抜き、そっと中に入る。
    (エルスだけではなく、リストのことも知っているとは。
     何にせよ、他人の家に忍び込む輩だ。常識ある、まともな相手では無いだろう。ならば容赦は無用。
     一人ずつ、倒していくか)

     音を極力立てずに晴奈は廊下を進み、部屋を見回っていく。客間に「兎」がいるのを見つけ、素早く中に入り込む。
    「……とうッ!」「ひ、あぅ!?」
     背中を見せていた「兎」に峰打ちを入れ、気絶させる。
    (後ろからは少々卑怯ではあるが、……まずは1人)
     気を失った「兎」を縛り、一旦廊下に出て隣の部屋を覗くと、「熊」が部屋を探っているのが見える。
    (よし……)
     晴奈が部屋に入ろうとしたその時、運悪く階段からエルフの男が降りてきた。
     そのまま鉢合わせしてしまい、晴奈は舌打ちする。
    「……しまった!」
    「誰だ、お前は!」
     居丈高に怒鳴るエルフに、晴奈も怒鳴り返す。
    「こっちの台詞だ、賊め!」
     エルフが反応するより一瞬早く、晴奈は斬りかかる。エルフは剣を抜いて構えたが、階上から誰かが叫ぶ。
    「スミス、受けるな! かわせ!」
     だが、その指示にエルフが応じるより早く、晴奈は斬撃を叩き込む。
     エルフの構えた剣に、晴奈の刀自体は止められてしまうが――。
    「甘いッ! 焔流はこれしきのことでは止まらんッ!」
     刀から炎が噴き出し、エルフの剣を貫通して襲い掛かる。
    「う、うわあああっ!?」
     晴奈の「火刃」を正面から食らい、エルフの左肩から右脇腹に火が燃え移り、そのまま悶絶する。
     と、洋巾姿の男が現れ――どうやら、先程叫んだのはこの男であるらしい――周囲に怒鳴る。
    「フー、ドール、バリー! 見つかったか!?」
    「まだ、だ!」
     晴奈の背後で「熊」が答える。
     そしてほぼ同時に、日上の声も返って来た。
    「あった! 見つけたぞ!」
     それを聞くなり洋巾は、晴奈に向かって飛び掛かってきた。
    「逃げるぞ!」
     洋巾は晴奈のすぐ側まで踏み込み、同時に右手を後ろに引く。次の瞬間、ガキン、と言う音と共に、晴奈に向かって洋巾の掌底が放たれた。
    「……っ!」
     晴奈は剣を構えて防ごうとするが、予想以上に重たい掌を受け止めきれず、廊下の端まで弾き飛ばされた。
    「な、ッ……!?」
     勢い良く壁に叩き付けられ、晴奈はそのまま、気を失った。

    蒼天剣・悔恨録 2

    2008.12.07.[Edit]
    晴奈の話、第161話。はるかな国からの侵入者たち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ナイジェル邸に侵入している者たちは、央南ではエルスたち以外に見かけたことの無い、異国の服を着ている。また髪や目の色、顔つきも、およそ央南人とは思えない。ただ、虎獣人だけは黒髪に灰縞の虎耳と尻尾で、その顔立ちも含め、央南風と見えなくもない。(彼奴ら、何者だ?) 晴奈はじっと扉の陰に潜み、中の様子と彼らの会話を...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第162話。
    エルスの過去。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「セイナ……、セイナ! しっかりして!」
    「……う、うう? ……エルス? エルスか?」
     晴奈はエルスに抱き起こされた状態で、目を覚ました。
    「一体どうしたんだ!? こんなところで、君が倒れているなんて!?」
     エルスの問いに応じず、晴奈はフラフラと起き上がり、ナイジェル邸の様子を確かめる。
     そして既に賊たちの姿が無いことを確認し、晴奈はエルスの前に土下座した。
    「ちょっ、ちょっと、セイナ? どうしたんだよ、一体? 説明してほしいんだけど」
    「すまない、エルス! 屋敷に賊が押し入ったのを見ておきながら、逃してしまった!」
    「何だって!? 賊!?」
     エルスは驚き、慌てて2階に上がる。戻ってきたエルスは、額に汗を浮かべていた。
    「うん、確かに、君の言う通り、賊に侵入されてたみたいだね。『剣』が、無くなってる」
    「賊を撃退しようとしたのだが、……くっ」
     晴奈は自分のふがいなさに肩が震え、それ以上言葉を続けられない。
     だが、エルスはいつものように笑みを浮かべながら、晴奈を慰めてくれた。
    「剣なんかより君の方が大事だよ。セイナ、君が無事で良かった」
    「エルス……! すまない! 本当に、すまない……っ」
     それでも晴奈は顔を伏せ、謝り続けていた。

     エルスは晴奈を居間に座らせて落ち着かせ、何があったのかを聞き出した。
    「状況は大体分かった。それで、他に何か覚えていることは無いかな? 例えば、何か話をしてたとか、そう言うの」
     晴奈はしばらく考え込んでいたが、何も出てこない。
    「すまぬ、良く覚えていない。さっき話した通りだ」
    「そっか。セイナ、ともかく今日はゆっくり休んで。今日のことは気にしなくていいから」
    「……」
     何も言えず、セイナはヨロヨロと立ち上がる。
     と、居間を出ようとしたところで、晴奈は洋巾のことを思い出した。
    「あ……、確か洋巾をかぶっていた者がいたのだが、他の者の名を呼んでいた覚えがある。確か『バリー』、『ドール』、『スミス』、それから、『フー』と。
     そうだ、それに確か、片目の虎獣人は『日上』と呼ばれていた」
     名前を告げた瞬間、エルスは椅子を倒して立ち上がった。
    「本当に、そう言ってたの?」
    「あ、ああ」
    「そんな……、そう、か、……いや、でも」
    「知っているのか?」
     恐る恐る尋ねた晴奈に対し、エルスは引きつった笑顔を浮かべながら、コクリとうなずいた。
    「ああ……。4人とも、僕が北方にいた時の知り合いだ。
     特にフー、日上風とは1年ほど、一緒にチームとして行動していたんだ」

     エルスは過去、北方にいた時のことを説明してくれた。
    「僕は元々、北方の軍事大国――ジーン王国の諜報員をしていた。ある国や組織に忍び込んで、情報や強力な武器を奪うのが主な仕事だったんだ。
     僕と一緒に行動していたのは2人。情報収集と援護を担当するリスト・チェスター。そして戦闘要員の日上風。そこに僕がリーダーとして入り、チームで活動していた。
     僕がここ、央南に来たきっかけもその仕事がらみだった。黒炎教団の総本山、黒鳥宮にあのタイカ・カツミを撃退できると言われている剣が運び込まれたと言う情報をつかみ、乗り込んだんだ。
     剣はあった。古代の戦争でカツミを刺し、瀕死の重傷を負わせた魔剣、『バニッシャー』――教団はカツミの弱点と見なし、破壊しようと企んでいた。長年にわたってカツミ討伐を目論んでいた王国側も、この剣をカツミ討伐の切り札だと考え、何としてでも奪うよう、僕たちに命じた。
     で、何とかその剣を奪った僕らは、首尾よく王国に帰還した。そこまでは何の問題も無かった。メイナも助けられたし、上々の成果だった。
     だけどそこで、王国軍は暴挙に出ようとした。剣が手に入っただけでカツミを倒せると判断し、討伐チームを組もうとしたんだ。
     確かに『バニッシャー』は教団も破壊できない魔剣だったし、魔力を封じる効果があることも分かっていたから、魔術師であるカツミに有効な打撃を与えうる武器なんだろう。だけど剣は剣、単なる刃物だ。カツミに並ぶかそれ以上か、それくらい腕のある剣の達人でもいなけりゃ、倒せるわけが無い。
     そのまま討伐に向かえば確実に返り討ちにされるし、カツミは間違い無く報復に出る。カツミの逆鱗に触れた王国は最悪、滅亡しかねない。僕も博士も流石にその作戦を実行させるのはまずいと思ったから、僕らは作戦の要である剣をもう一度奪い、ここに逃げてきたんだ。
     だけどリストと博士、メイナは連れて来られたけど、フーは無理だった。彼には祖母がいて、フーの収入と介護無しには生活できなかったからね。
     でも今振り返ってみれば、無理矢理にでも連れて来るべきだった。剣が盗まれたことはすぐ分かることだったし、いなくなった僕たちが犯人だってことも容易に推理できることだ。
     そうなればずっと一緒に行動してきたフーが素性を疑われないわけは無いし、相当の報復も受けることになる。恐らくは、フーの身に全部、その嫌疑も恨みも押し付けられただろうね。
     悪いことを、したよ」
     話し終えたエルスの顔には、悔恨の色が浮かんでいた。

    蒼天剣・悔恨録 3

    2008.12.08.[Edit]
    晴奈の話、第162話。エルスの過去。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「セイナ……、セイナ! しっかりして!」「……う、うう? ……エルス? エルスか?」 晴奈はエルスに抱き起こされた状態で、目を覚ました。「一体どうしたんだ!? こんなところで、君が倒れているなんて!?」 エルスの問いに応じず、晴奈はフラフラと起き上がり、ナイジェル邸の様子を確かめる。 そして既に賊たちの姿が無いことを確認し、晴奈...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第163話。
    長い旅の始まり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     黄屋敷に戻った晴奈はそのまま部屋に閉じこもり、自分の不覚を恥じた。
    (ああ……! 賊の存在に気付いておきながら、むざむざ取り逃がすとは! 何が剣士だ、何が免許皆伝だ! 情けない、本当に情けなさ過ぎる……)
     延々と自分を罵り、なじる。晴奈はうずくまり、自分を呪っていた。
    (この愚か者が、一体どうして許されようか……!)《あのさ》
     不意にどこからか、声が聞こえてくる。男とも女ともつかぬ、中性的な声だ。
    《いつまで、そーしてる気なのさ?》
    「え……」
    《いつまでそんな、ムダなコトするのさ? キミの悪いトコだよ、セイナ》
     いつの間にか、声の主――いつか、明奈と共に見たあの白猫が、目の前にいた。

    《いつもは勇敢なお侍さんなのに、失敗するとすぐ、ウジウジ悩む。誰かが引っ張ってやらなきゃ立ち上がれない、前に進めない。そこがキミの、一番悪いトコ》
    「む……」
     白猫に指摘され、晴奈は顔をしかめる。
    (しかし、言われてみれば確かに、白猫の言う通りでは、……ある。否定出来ない)
     その様子を見て、白猫はニヤニヤ笑っている。
    《キミ、自分に滅茶苦茶自信持ってるでしょ、いっつも》
    「……ああ」
     素直にうなずいた晴奈に、白猫はため息をつきつつ、彼女の肩に手を置いた。
    《身の程わきまえたら? キミはそんな簡単に自信満々になれるほど、強くて偉いの?》
    「な、に?」
     突然の罵倒に、晴奈は面食らう。
    《確かに剣の腕はいいよ。運にも恵まれてる。人柄もまあ良し。それなりの実績も持っている。ま、評価はできるよ。でもソレで偉いって? はっ、バカじゃないの?
     今、こうして落ち込んでるキミの姿を見て、昨日までキミを慕ってきた人たちはどう言う反応をするだろう? ボクはきっと、ガッカリしちゃうんじゃないかと思うんだ。
    『ああ、この人は安っぽい自尊心しか持ってなかった、薄っぺらい人だったんだな』ってね》
    「き……、貴様ッ!」
     白猫の挑発じみた話に晴奈は憤り、胸倉をつかもうとするが――。
    《フン》
     つかもうとした手を、白猫は事も無げにくるりとひねり、晴奈の背に回って腕を極める。
    「あ、だ……っ!?」
     腕を極めたまま、白猫は晴奈の背後で話を続ける。
    《キミは確かに良く似てるよ、あの『狼』に。キミがもし違う道を歩んでいたなら、あの時流されていったのはウィルバーじゃなく、キミだったかも知れない。
     キミは何も変わってないし、何も成長してないんだ。免許皆伝試験の際、家元に己の慢心をたしなめられた、あの時と。
     いくら強くなっても、いくら奥義を会得しても。心の中はまだ、19歳の小娘。心は全然、成長してない。
     キミは自分の中に巣食う『幼い修羅』に、心をつかまれたままなんだ》
    「……!」
     白猫のその言葉に、晴奈は雷に打たれたような衝撃を受けた。
    《もういっこ、言うとくとな》
     と――白猫に手を離されたところで、白猫とは違う声が聞こえてくる。
    《ただただ栄養を注がれるだけやったら、作物は腐るもんや。厳しい日照や風雨があるから、たくましい作物が出来上がるんやで》
     晴奈の目の前に、金色の装飾具をまとった豪奢な身なりの、金髪に赤毛が所々混じった狐獣人が現れた。
    《失敗した、負けてしもた、ソレでただ凹んで打ちひしがれるだけやったら、何もならへんわ。ソコから何が悪いんか、何したらよーなるんか、糧にせなアカンで》
     金狐も妙な口調で語りつつ、晴奈を諭す。
     晴奈はこの時、この二人が人間ではない、別の何か――神か仙人の類では無いかと感じ始めていた。
    《セイナの精神っちゅう土壌はコレまで成功っちゅう栄養ばっかりで、グズグズに腐りそうになっとった。その上にある自信なんて作物、すぐダメになって当然や。
     アンタくらい力量あるんやったらな、その心も、もっと苦しい目に遭うても揺るがへんような、たくましいもんに鍛えなアカンよ》
     金狐に続いて、白猫も諭しだす。
    《そう言うコトさ。
     だからコレはチャンスかも知れないよ、セイナ。キミの中にいる修羅を御するための、そしてキミがもっと、成長するための、ね。
     さあ、そろそろ現実的に考えよう、セイナ。今キミは、何をするべき?》
    「何、……を?」
     唐突に尋ねられ、晴奈は戸惑う。
    《今起きている問題を解決するには、どうしたらいいのかってコトさ》
    「それは……」
     言われて晴奈は、頭の中を整理する。
     何が起こったのか、今何が起こっているのか、そして、これから何が起きるのかを考える。
    (賊は逃げた。だが逃げて、すぐ北方に戻れるものだろうか? いや、黒炎殿ではあるまいし、一瞬で戻ることなどできぬ。何らかの手段を以って逃走しているだろう。
     では、何を使って? 可能であるのは2つ。陸路か海路だが、後者は無理だ。夜の港は閉まっているし、明日発つとしてもエルスが手を回し、港を封鎖するだろうからな。敵もそれを予測できぬような、愚かな奴らではあるまい。
     それよりも陸路だ。黄海とは別の港から逃走する可能性の方が、ずっと高い。今から探せば、追いつけるかも知れぬ)
     結論を出し、晴奈は答えた。
    「追いかける」
    《よし。じゃあ、そろそろ起きようか。
     いい旅を、セイナ》



     旅立つ旨を手紙にしたため、次に晴奈は身支度を整えた。
     昨夜から着ていた着物を脱ぎ捨て、動きやすい袴姿になる。刀も大小二本腰に差し、帽子をかぶり、外套を羽織る。少し大きめの袋を肩から提げ、丈夫な靴を履く。
    (……よし)
     手紙を持って部屋を出て、隣の明奈の部屋にそれを差し込み、晴奈はそのまま、外へと向かった。
    「後は頼んだ、明奈」
     玄関の前でそうつぶやきながら、晴奈は家を出る。
     まだ日も差さぬ早朝、庭の空気はひんやりと澄み切っている。晴奈の好きな、夏の景色だ。
    (しばらく、この景色を拝むことはあるまい)
     晴奈はその景色に向かって、一礼する。
    (昔発った時はこう言うこともできなかったな、そう言えば)
     顔を上げ、今度は家に向かって一礼した。
     顔を挙げ、そのまましばらく庭でじっと佇んだ後、大きく息を吸い、拳を握りしめ――そして、背を向けて歩き出した。
    「待っていろ、日上風。絶対に、追いついてやる」



     これより、晴奈の2年に渡る長い旅が始まる。

    蒼天剣・悔恨録 終

    蒼天剣・悔恨録 4

    2008.12.09.[Edit]
    晴奈の話、第163話。長い旅の始まり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 黄屋敷に戻った晴奈はそのまま部屋に閉じこもり、自分の不覚を恥じた。(ああ……! 賊の存在に気付いておきながら、むざむざ取り逃がすとは! 何が剣士だ、何が免許皆伝だ! 情けない、本当に情けなさ過ぎる……) 延々と自分を罵り、なじる。晴奈はうずくまり、自分を呪っていた。(この愚か者が、一体どうして許されようか……!)《あのさ》 ...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第164話。
    先行き、いまいち不安。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     エルスの剣を奪い逃げ去った北方の虎獣人、日上中佐を追い、晴奈は黄海から南西にある街、弧月に来ていた。
     早朝、黄海で情報を集めたところ、それらしい集団が南西の街道へ走っていくのを見た者がいたのだ。

     弧月は央南でも歴史ある街の一つで、あちこちに古い建物や遺跡がある。中には紀元前10世紀以上を裕に越えるものもあるそうだ。
    「ほう」
     晴奈は石造りの、苔むした遺跡の前に立っていた。遺跡の前に掲げてある案内札によると、1~2000年ほど昔に造られたものではないかと言う。
    「嘘か、真か。まあ、どちらにしても……」
     その建物を見渡して、率直な感想を述べる。
    「ただの石くれだな」
     歴史ある町並みも、他に目的のある晴奈にとってはかび臭い路地でしかない。
     晴奈は遺跡探訪を早々に切り上げ、市街地へと戻った。

    「まったく、……ほこりっぽいな」
     街道を歩いていると、あちこちで古びた遺跡の補修や掃除をしている姿が目に付く。
     この街は遺跡を観光資源にして収入を得ている。そのため、金の元を失わぬように皆、一所懸命に建物を磨いているのだ。
     そこから大量に出るほこりを観光客は敬遠しているらしく、晴奈の他に、道を歩く者の姿は見られなかった。
    「ケホ……。やれやれ、見せるための街で出歩きがしにくいとは。何がなにやら」
     ほこりのせいか、歩いていると次第に目と鼻がかゆくなってきた。晴奈はたまらず、近くの食堂に駆け込んだ。
    「いらっしゃい! お、べっぴんさんだねぇ! その格好、旅人さんかい?」
     店に入るなり、虎獣人の店主が明るく声をかけてくる。
    「ああ、そんなところだ。良ければ少し、物を尋ねてもいいか?」
    「いいけど、メシも食ってよ。うちは食べ物屋だからさー」
     メシ、と聞いて思わず晴奈の腹が鳴る。
    「おっ、丁度良かったかな?」
     腹の音を聞かれ、晴奈は恥ずかしさをごまかしつつ、どうにか受け答えする。
    「う……、む。まあ、では、何かいただこうか。お勧めは何だ、大将?」
    「へへ、どうも。そうだなー、今日は焼鯖定食かな」
    「では、それを」
    「まいどっ。えーと、30クラムだね。作ってる間に用意しといてねっ」
     店主の流れるような弁舌に、晴奈はつられて金を出そうとした。
     が――。
    「あー、と。……くらむ、とは?」
    「へ? ああ、お客さん央南人っぽいし、玄銭しか持ってないのかな?
     いいよ、玄銭でも。えーと、今のレートだと、30クラムは150玄くらいになるね」
     聞いたことの無い単語が飛び出し、晴奈の眉が曇る。
    「れ……、れー、と?」
     どうやら晴奈の旅は、前途多難のようだった。

     晴奈が世俗に疎いことを見抜いたらしく、店主は親切に、「お金」について講義してくれた。
    「ふむふむ、つまりレートとはある地方の金と、別の地方の金がいくらで交換できるかと言う、換金の率のことなのだな」
    「そーゆーこと、そーゆーこと。クラムは基軸通貨だから、世界中どこでも使えるはずだよ」
    「そうなのか……」
    「でもねー、今、全額クラムに換えると損するかもねぇ」
    「え? どこでも使えるから、得なのでは?」
     事情通らしい店主は、パタパタと手を振って否定する。
    「いやいや、レートっていつでも同じじゃないしさ、政治情勢とか地域の景気に影響されやすいんだよ。
     例えば今だと、クラムを管理してる央北の中央政府ってところが、北方の、えーと……」
    「ジーン王国か?」
    「あー、そうそう、それそれ。そのジーン王国と戦ってるからさ、インフレが激しいんだよ」
    「いん、ふれ?」
     晴奈の知らない単語が、次々に店主の口から流れ出る。晴奈の手元にある紙は既に、ぐちゃぐちゃとした走り書きでいっぱいになっていた。
    「簡単に言うと、その地域のお金が増えてるってことだよ。戦争中は物入りだからね、中央政府はお金が欲しいわけさ。だからお金をたっぷり発行して、急場をしのいでるってわけだ。
     でも、これは応急処置みたいなもんでね、お金は一時的に増やせるけど、その分一枚、一枚の価値が下がっていっちゃう」
    「何故に?」
    「お金には金や銀、その他貴重な金属が含まれてる。大雑把に言うと、その含有率がそのお金の価値ってことになるんだけど、この量を増やすとなると、相応の貴金属が必要になってくる。でも貴金属はその名の通り、貴重な金属だからそう簡単には手に入らないし、原料が無ければ通貨は発行できない。じゃあ、どうやってお金を増やすか?」
    「うーむ……?」
    「ズバリ、金貨や銀貨の質を下げる。貨幣に含まれる金銀の量を減らし、代わりに何か別の、安い金属を混ぜて発行する」
    「あ、なるほど。それで通貨の価値が下がる、と……」
    「その通り。でも中央政府が通貨の価値を下げたって、他の国も一様に価値を下げるわけじゃない。他の通貨の純度や価値はそのままだから、相対的に量の増えた通貨が安く扱われるようになる、ってわけさ」
     店主の経済学講義を聞き終え、晴奈はとても感心していた。
    「ふーむ……。なるほど、大変勉強になった。つまり戦争の影響で、粗悪なクラムが大量に出回っているから……」
    「世界的にクラム安が起こってるってわけだ。まあ、世界中どこでも使えるのは確かだし、今はこまめに、必要最低限だけ換えた方がいいかもね。
     幸い、央南連合はこの前戦争に勝って羽振りがいいみたいだから、玄銭も高レートで換えてもらえるはずだよ」
     話を聞くうちに、晴奈の脳裏に小さい時の記憶がぼんやり蘇る。
    (ああ、そう言えば父上も時折、『クラム安が激しくて貿易は儲けにならん』とか何とか言っていた気がするな。なるほど、そう言う意味だったのか)
    「ふむ……。ありがとう、店主。おかげでいい知恵を仕入れられた」
     晴奈はにっこりと会釈し――続いて鼻を鳴らし、眉をひそめた。
    「いささか焦げ臭いのだが、飯は大丈夫なのか?」
    「……あっ!?」
     そこで店主はようやく、調理場に鯖の煙が充満していることに気が付いたらしい。

    蒼天剣・世俗録 1

    2008.12.11.[Edit]
    晴奈の話、第164話。先行き、いまいち不安。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. エルスの剣を奪い逃げ去った北方の虎獣人、日上中佐を追い、晴奈は黄海から南西にある街、弧月に来ていた。 早朝、黄海で情報を集めたところ、それらしい集団が南西の街道へ走っていくのを見た者がいたのだ。 弧月は央南でも歴史ある街の一つで、あちこちに古い建物や遺跡がある。中には紀元前10世紀以上を裕に越えるものもあるそうだ...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第165話。
    双月世界の経済情勢。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     何とか無事に出された焼鯖定食を食べた後、話好きの店主に色々と聞き込み、晴奈は世界情勢について学んだ。
     まず今、世界の命運を左右している戦争のこと。
     中央大陸の北中部にその勢力を誇る政治組織、中央政府が大火の傀儡であるとして、反大火姿勢を採る北方、ジーン王国が516年に宣戦布告。
     今なお北方と央北を結ぶ海――北海で、戦いが続いているのだと言う。

     続いて央南の隣、央中の情勢。
     以前に師匠から「狐と狼の世界」とは聞いていたが、店主はその中で最も力ある富豪、ゴールドマン家とネール家についてより詳しい話をしてくれた。この二大名家は現在、小競り合いを続けているらしい。
     昨今はネール家が密かに北方へ協力することで莫大な利益を上げており、それを良しとしないゴールドマン家は央北、つまり中央政府に対して大規模な貿易を展開していると言う。この二大富豪の競争が激化しているため、央中の経済は非常に活発化、加熱している。
     また、央南に玄銭があるように、央中にも地域通貨「エル」が存在する。央中経済に比例してエルもまたその価値を高めており、このこともクラム安、ひいては中央政府の弱体化に拍車をかけている。
     二大名家のケンカは、世界全体をも巻き添えにするほど激しいようだ。



    「央中もなかなか、立て込んでいるのだな」
    「ああ、それだけに胡散臭い奴らも良く、雲隠れするのにそこを選ぶ」
    「そうか……」
     店主の話に、晴奈は日上のことを考える。
    (もしかすれば、日上もそこに立ち寄るか……? いや、もしかしたら)
     晴奈に直感が働き、店主にこう質問した。
    「大将、この店に灰縞の『虎』が来なかったか?」
    「ん? うーん、虎獣人ねぇ。央南には、わりと多い人種だからねー。俺も『虎』だし。ま、赤縞だけど」
    「左目に眼帯をはめた、若い男なのだが……」
    「片目ねー……? ああ、そういやいたな、そんな客」
     店主の言葉に、晴奈は立ち上がり、問いつめる。
    「本当か! いつだ? この店に来たのか? どこへ行ったか知らないか?」
    「お、おいおいお客さん、いっぺんに聞かれても答えきれないよ~。
     えーとね、うん。来たのは一昨日くらい。兎獣人のやかましい女と、もう一人やかましい長耳と、あと熊獣人のでっかい男、それからいかにも胡散臭いフードを被った奴と、その虎獣人の5人組だったな。割と羽振りが良くて、結構儲けさせてもらったなー。
     そう言や話してた時に、『俺、央中にも女いるんすよ』とか、『しばらく遊んでくのもいいかなって』とか言ってたし、もしかしたら央中に行ったかもねぇ」
    「かたじけない、大将! おかげで奴の手がかりがつかめた!」
     晴奈は深々と頭を下げ、礼を言う。その様子を見て、店主がきょとんとする。
    「……お客さん、ワケアリだね。ま、一介の店主風情が口出しすることじゃないし、詳しくは聞かないさ。
     でも、まあ。お客さん美人だから、応援の意味を込めてサービスしたげるよ」
     店主は調理場から、ほこほこと湯気を立てる桃まんじゅうを持って来た。
    「さーびす?」
    「オマケ、ってことさ。食っちゃってくれ」



     店主のもてなしを受けた後、晴奈はまた街へと繰り出した。店主の助言に従い、手持ちの玄銭を、いくつか中央通貨のクラムに換えようとしたのだ。
    (……とは言え、どこで換えればいいのだ?)
     街を見渡しても、それらしい施設が見当たらない。と言うよりも、どこがそれを請け負っているのか、旅人になったばかりの晴奈には見当が付かなかった。
    「むぅ……」
     観光都市なので、世界中から人が集まってくる。そのためここでは基軸通貨、クラムを持っておく方が何かと便利であり、よってクラムを取り扱う施設が、どこかに必ず、あるはずなのだが――。

    「いらっしゃ……、あれ、お客さん?」
    「すまぬ……。クラム、どこで換えれば良いのだ?」
     侍の晴奈にはそれがどこであるか、分かるわけも無かった。



     見かねた食堂店主により、ふたたび講義が始まった。(ちなみ晴奈は授業料代わりに、桃まんじゅう2個と茶を注文した)
    「まあ、銀行ってのが世界中にあるんだ。ここが、玄銭とクラムを換金してくれる。って言うか、それが奴らの金儲けの方法の一つなんだ」
    「どう儲けるのだ?」
    「ま、さっきも言ったようにレートは変動する。今日1クラム5玄だったのが、明日には1クラム8玄になることもある。この時、今日1000玄を200クラムに換えて、次の日また玄銭に換えれば、どうなる?」
    「え、と……。1000玄が、200クラムになる。で、次の日1クラム8玄のレートだから、1600玄に?」
    「そーゆーこと。たった一日で600玄も儲けることができる。ま、次の日1クラム4玄になったりとか、逆の場合もありえるけどな。世界中のお金を取引して、その利ざやで儲かってる。
     ま、他に儲け方って言うと、預金だな」
     まるで先生と生徒のように、晴奈がぽん、と手を挙げる。
    「あ、それは分かる。人々から金を預かって、それを一時的に何らかの事業に回す。で、利益が出たらそれを銀行に還元して、差し引いた利益を自分たちの懐に……、と言うことだろう?」
    「そーそー、それだよ。でな、これとさっき言った両替の金儲けを組み合わせて、とんでもない稼ぎ方もしてるらしい。
     世界中に支店を持ってる銀行とかあるんだけど、あちこちからかき集めた金を使って両替する。さっきと同じレートの動きで、預金で集めた1億玄を今日、2千万クラムに換える。で、次の日玄銭に戻せば……」
    「6千万玄の儲け、か」
     晴奈は額の大きさに、目を丸くした。
    「ま、そんな感じだな。
     今の世界情勢はかなり流動的だし、レートの動きも激しい。この数年で何十億、何百億も稼いだり、反対に失ったりしてる奴は一杯いる。央南とか央北も戦争してるけど、『こっち』の方でも大戦争の真っ只中なんだよ。
     ま、ともかく。央中に行くなら気を付けなよ? 夕べまで大金持ちだったのに、次の日になったら一文無し、って事態も少なくないから」
    「ああ、うん」
     店主の壮大な話に、晴奈は若干呑まれ気味になっている。
    「んで、良かったら俺の友達が勤めてる銀行、紹介するよ。ついでに預金もしといてくれれば、そいつも喜ぶし」
    「はは、かたじけない」

    蒼天剣・世俗録 2

    2008.12.12.[Edit]
    晴奈の話、第165話。双月世界の経済情勢。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 何とか無事に出された焼鯖定食を食べた後、話好きの店主に色々と聞き込み、晴奈は世界情勢について学んだ。 まず今、世界の命運を左右している戦争のこと。 中央大陸の北中部にその勢力を誇る政治組織、中央政府が大火の傀儡であるとして、反大火姿勢を採る北方、ジーン王国が516年に宣戦布告。 今なお北方と央北を結ぶ海――北海で、戦...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第166話。
    あの人とあの人の関係。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     店主に案内してもらい、晴奈は銀行にたどり着くことができた。
    「ほれ、ここが友達の勤めてる金火狐銀行、弧月支店だ」
    「金火狐?」
    「ゴールドマン家の通称だよ。一族みんな金毛の『狐』だから、そんな呼び名が付いたらしい」
    「ほう」
     その後、晴奈は店主の友人と会い、早速クラム交換と多少の預金を行った。
    「これで世界中の金火狐銀行で、金が引き出せるようになった。これで旅の途中、何万クラムもかばんに入れてうろつかなくて良くなったわけだ」
    「いやいや……。本当に、何から何まで助けていただき、ありがたい限りだ。
     あ、申し遅れた。私の名は黄晴奈。良ければ大将、お主の名前を伺いたいのだが……」
     店主はその仰々しい言い方に吹き出し、笑いながら自己紹介した。
    「ぶっ、ははは……。いやいや、ご丁寧にどーも。へーぇ、アンタがあの猫侍か……。
     俺は風木(カザキ)って言うんだ。また弧月に来ることがあったら、ぜひとも立ち寄ってくれよな」
     風木はにっこり笑って、晴奈の手を握った。



     風木と別れた後、晴奈は央中へ向かう旅支度をするべく、商店街を歩いていた。
     その途中、手に持ったクラム銀貨を眺めながら、思索をめぐらせている。
    (ふむ、この女性がクラムと言う名の由来か)
     クラム銀貨の表面には金額が、裏面には美しいエルフの女性が彫像されている。
     偽造防止も兼ねているのか、かなり小さな字で「クラム・タイムズ 双月暦35年の肖像を基に意匠作成 ……」などと彫られていた。
    (まずは登山具か。
     店主から聞いた日上の情報が正しければ、奴らは央中へ向かったはずだ。ここから央中へ向かうとなれば、あの黒炎教団の総本山、黒鳥宮のある屏風山脈を越えねばならぬ。
     ……彼奴らに因縁はないからすんなり通れるだろうが、私は散々、教団とやり合ってきた身であるからな。果たして通してくれるものだろうか)
     今後の道中を考え、晴奈の気は重くなる。
     ともかく登山具と山道の地図を買い、他に揃えるものは無いかと思案していると――しゃらん、と言う鈴の音と共に、自分に声をかけてくる者がいた。
    「あれ……? 晴奈ちゃん?」
    「え?」
     振り向くとそこには、かつて父に自分の道を示す時に、その(大きな)胸を借りたエルフの魔術師、橘小鈴の姿があった。
    「橘殿?」
    「やっぱり晴奈ちゃんだ。ひっさしぶりー」
    「お、お久しぶりです。一体何故、ここに?」
     小鈴はクスクス笑い、同じ質問を返す。
    「それはこっちの台詞よ。晴奈ちゃんこそ、何でココにいんの?」
    「そ、その……」
     口ごもる晴奈を見て、小鈴はぱたぱたと手を振ってさえぎる。
    「あ、いいのいいの、言いたくなかったら言わなくても」
    「は、はぁ」
    「あたし、ココの出身なのよ。あっちこっち旅して、久々に帰ってみようかなーと思ってココに来たら、晴奈ちゃんと会ったってワケ」
     と、ここで小鈴が何か思い付いたらしく、ポンと手を打った。
    「あ、そうそう晴奈ちゃん、お腹空いてない?」
    「え? えー、まあ多少、小腹は空いております」
    「それなら丁度いいかも。美味しいお店、連れてってあげる。あたしの兄さんがやってるトコなんだけどね」
    「ほう……。では、お言葉に甘えて」
     小鈴は嬉しそうに、晴奈の手を引いて促す。
    「そう来なくっちゃ! さ、行こっ」
     小鈴に手を引かれるまま、晴奈は市街地を北に上がっていく。
    (あれ……? ここはさっき、通ったような?)
    「こっち、こっち。あの道を右に曲がったトコ」
    「え」
     その先へ進んだところで晴奈は驚き、立ち止まる。小鈴が店の戸を開けたところで、店主の驚くような声が返って来た。
    「いらっ……、あれ? 今度はどうしたの、黄さん?」
    「ん? 晴奈ちゃん、兄さんと知り合い?」
    「まあ、その。……何と言うか、まあ」
     風木と小鈴のきょとんとした顔を見て、晴奈は気恥ずかしさを覚えた。



    「だははは……、まさか、小鈴と知り合いだったとはなー」
     風木は妹と晴奈を前にし、大笑いしていた。
    「まさか、一日に三度も同じ店に立ち寄るとは」
    「ホント面白い子ねー、晴奈ちゃんって」
     小鈴の言葉に、風木はまた笑い出す。
    「ぶ、くくく……。面白いのはお前だよ、小鈴。俺の上客、引っ張ってくるとはなー」
    「偶然よ、偶然」
     口をとがらせる小鈴を見て、晴奈も思わず、クスッと笑ってしまう。
    「それにしても、兄妹だとは思いもよらなかった」
    「『虎』とエルフだしね、顔もあんまり似てないし」
    「血、つながってんのになー」
     そう言ってまた、2人は笑う。
    「んで、旅はどうだった?」
    「うん、大変だったわー」
     小鈴はコキコキと首を鳴らしながら、しみじみと語る。
    「もーね、日上関係がうざいのうざくないのって!
     央中も央北も、酒場や食堂、喫茶店や宿でちょっと耳を傾ければすぐ、北方がどーの、北海でこーの……!
     持ってたクラムもどインフレで一時期ゴミみたいになっちゃうし、克が日上中佐をボコボコにしてなきゃ、絶対クラム安、止まってなかったわよ!」
    「日上が、やられた!?」
     晴奈は仇の情報に、猫耳をピンと立てる。
    「やられたっつっても1年前のコトだし、死んでないわよ。
     北海で王国軍と中央軍が衝突して、最初は王国側の日上中佐が大活躍してたのよ。で、ずっと王国軍が優勢だったんだけど、そこで中央軍が克を呼んで、日上を倒すように依頼したらしいのよ。
     んで、日上は左目を潰される重傷を負って敗走、王国側は北海の大部分から撤退。今は膠着状態が続いてるって話よ。
    ま、そんなだから風向きが変わってクラムの価値も大分戻ってきてるし、央中・央北を旅するなら、今が行き時かもね」
    「ふむ……」
     晴奈は懐から銀貨を取り出して机の上でコロコロと転がし、眺める。
    「まったく、世俗と言うのはややこしいな」

    蒼天剣・世俗録 3

    2008.12.14.[Edit]
    晴奈の話、第166話。あの人とあの人の関係。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 店主に案内してもらい、晴奈は銀行にたどり着くことができた。「ほれ、ここが友達の勤めてる金火狐銀行、弧月支店だ」「金火狐?」「ゴールドマン家の通称だよ。一族みんな金毛の『狐』だから、そんな呼び名が付いたらしい」「ほう」 その後、晴奈は店主の友人と会い、早速クラム交換と多少の預金を行った。「これで世界中の金火狐銀行で...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第167話。
    まじゅつし こすずが なかまになった!

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     その後も小鈴から仇の日上について聞き出し、敵についておおよその事情がつかめた。

     日上風中佐、北方に帰化した央南人の孫で、虎獣人の男性。
     元は軍の諜報部で戦闘要員として活動していたが、後に軍の特殊強化訓練を経て、尉官、佐官と異例の昇格。中央政府との戦争で頭角を表し、対大火の急先鋒として活躍していると言う。
     事実、それまで誰も歯が立たなかったと言う「黒い悪魔」と互角に渡り合い、重傷を負うも大火を退かせることに成功し――小鈴によればこれは北方側の誇張であり、実際のところは大火が日上を倒したところで大火の興が冷めたらしく、そのまま「契約履行」として帰ってしまったそうだ――今や北方では、英雄として名が通っている。



    「何が英雄だ!」
     小鈴の話を聞き終えた途端、晴奈は憎々しげにつぶやいた。その様子を見た橘兄妹は顔を見合わせ、風木が尋ねる。
    「なあ、黄さん。アンタの旅の目的って、もしかして日上か?」
    「そうだ。彼奴は私の友人、エルスが持っていた剣を盗み、黄海から逃げたのだ」
    「ま、日上らしいっちゃ、らしい話ねー」
     小鈴の言葉に、風木もうなずく。
    「うんうん。日上中佐って北方じゃ英雄って言われてるけど、ぶっちゃけ大陸じゃ評判悪いもんな。
     無類の女好きで、暇さえありゃあっちこっちで口説いたり遊んだりしてるらしいし。奴が使ってる鎧にしても、ネール家から奪ったとか、言いくるめて譲り受けたとか言われてるし。
     あんまり、まともな人間じゃ無さそうだなー」
    「うーん……」
     と、小鈴は心配そうな顔で、晴奈に尋ねてくる。
    「ねー、晴奈ちゃん。もし日上に追いついたら、どーすんの?」
    「どうすると言っても……、奪い返すしか」
    「できると思う? 相手は克と張り合った実力を持ってんのよ?」
    「……うーむ。確かに問題無いとは言えません。(黒炎殿には戦わずして負けているし)ですが……」
     反論しかける晴奈を、小鈴は人差し指をピンと立てて制する。
    「勿論あたしも、晴奈ちゃんの噂は聞いてるわよ。19で焔流免許皆伝、黒炎教団との戦争でも大活躍した。すごいわ、確かにそう思う。
     でも、たった一人で立ち向かうには、あまりにも強い敵でしょ?」
    「それは、そうですが……。しかし、やらねばならぬのです」
     晴奈は強い語調で返す。
     それを聞いて、小鈴は「うんうん」と首を振る。
    「そー言うと思ったわ。良かったら、あたしが手伝ってあげるわよ。あたしもまだ、旅しようと思ってたしね」
    「本当ですか!?」
     思いもよらない小鈴の言葉に、晴奈は目を丸くした。
    「ホント、ホント。あたしもそれなりに腕には自信があるし、この杖がある限り負けたりしないわ」
     そう言って小鈴は杖をしゃらん、と鳴らす。
    「以前から思っていたのですが、その杖、相当な業物のようですね。何と言うか、強い力を感じておりました」
    「んふふ……、そりゃそうよ。この『橘果杖 鈴林』は『神器』なんだからね」
     風木も腕を組み、自慢げに首を振る。
    「橘家に伝わる家宝だ。そいつと小鈴の魔術がありゃ、並の兵士くらいじゃ相手にならん。
     ま、それに小鈴が付いてりゃ、黄さんも旅先で困ったりしないだろ。人間、そうそう『旅の賢者』や『白猫の夢』なんて言う吉兆、お導きに出会えたりしないからな」
    「賢者と、白猫……」
     脳裏にモールの憎たらしげな笑顔や、夢の中で会った「猫」の姿が蘇るが、残念ながらそれらの話については、聞く機会を逸してしまった。
    「見知らぬ土地への旅は慣れてる奴と一緒じゃないと、危険だからな。
     その点、小鈴が付いてりゃ超安心だぜ」
    「ってコトでよろしくね、晴奈ちゃん」



     その晩、晴奈は小鈴と風木の家、橘家に泊まらせてもらうことになった。
     晴奈は床に就く前、小鈴に尋ねてみた。
    「橘殿は、何故ずっと旅を?」
    「ん? まあ、この杖が理由かな」
     そう言って小鈴は、傍らに置いていた杖、「橘果杖 鈴林」を手に取った。
    「ずーっと昔にひいばあちゃんが、この杖をもらったのよ。ある人に貢献した、そのお礼ってコトで。
     この杖、さっきも言ったけどすごい杖なのよ。あたし一人じゃせいぜい、小石を飛ばすくらいしかできないけど、この杖があれば岩だって飛ばせる。
     ソレだけでも十分すごいけど、も一つこの杖だけが持つ、不思議な力があるの」
     そこで小鈴は言葉を切った。妙な間が置かれ、晴奈は困惑する。
    「橘殿?」
    「ま、持ってみて」
     橘はそれだけ言って、杖を晴奈に差し出す。晴奈は言われるがまま、杖を握ってみた。
    《……》
    「……む?」
     すると一瞬だが、声のようなものが聞こえた気がした。
    「聞こえた?」
    「は、い」
     ぎこちなくうなずく晴奈に苦笑しつつ、小鈴が続ける。
    「これが杖の、本当の力。意思を持っているのよ、杖が。
     旅好きな子でね、何年か、何十年かに一度、『連れてって』って夢に出てくんのよ。ソレを見たウチの人間が、その役目を務めるってワケ。だから、あたしは旅をしてるの。この杖を楽しませてあげるために、ね。
     あ、そうそう。実はね、この杖をくれたのは……」
     晴奈には何となく、誰がこの杖を作ったのか察していた。
     こんな「神器」を創れる人間は晴奈の知る限り、この世に一人しかいないからだ。



     晴奈は夢を見た。
     白猫の夢ではない。手首や足首に鈴を山ほど付けた、エルフの少女の夢だ。
    《こんにちはっ、晴奈》
    「こんにちは、……?」
     一体この子は誰なのだろうと考え、すぐに思い当たった。
    「杖、か?」
    《当たりっ。ちょっとだけ、話をしようと思ってねっ。
     昔、アタシを刀で思いっきし叩いたでしょっ? 痛かったんだよっ、あれっ》
    「あ」
     晴奈の脳裏に、小鈴と戦った時の記憶が蘇る。
    「そう言えばそんなことも……。大変、失礼した」
     杖はケラケラ笑い、手を振る。それに合わせて、手首の鈴がシャラシャラと鳴る。
    《まあ、謝ってもらうだけでいーよっ。これから一緒に旅するんだし、それだけ言っときたかったんだっ。
     よろしくね、晴奈っ》
     そこで目が覚め、晴奈は自然と笑みを浮かべた。
    (杖の夢、か。……ふふっ)
     笑っていると、小鈴の傍らにあった杖がちり、と鳴った。

    「それじゃ、元気でな」
    「うん、兄さんもお店、頑張ってね」
    「それでは、行って参ります」
     風木に別れを告げ、晴奈と小鈴は弧月を後にした。
     次の目的地は屏風山脈、その頂上部にある黒炎教団の総本山、黒鳥宮である。

    蒼天剣・世俗録 終

    蒼天剣・世俗録 4

    2008.12.14.[Edit]
    晴奈の話、第167話。まじゅつし こすずが なかまになった!- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. その後も小鈴から仇の日上について聞き出し、敵についておおよその事情がつかめた。 日上風中佐、北方に帰化した央南人の孫で、虎獣人の男性。 元は軍の諜報部で戦闘要員として活動していたが、後に軍の特殊強化訓練を経て、尉官、佐官と異例の昇格。中央政府との戦争で頭角を表し、対大火の急先鋒として活躍していると...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第168話。
    克大火の昔話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「しつこい奴だ」
     大火は毒づきながら、その急坂を滑るように下る。いや、まさに立て板に水のごとく流れ落ちているのだ。飛翔の術、「エアリアル」の応用である。
     彼の背後から、いかにもと言った風体の戦士が追いかけてくる。大火とは違い、己自身の脚力をもって追っているのだが、魔術の達人である大火の強力な術に離されること無く、じりじりと追い上げている。
    「ただの人間では、ないな。……面倒だ。『テレポート』」
     呪文を唱えた途端、大火の姿は消え始める。追いかけていた男は一瞬動きを止めたが――。
    「『フォースオフ』! 逃がさんぞ!」
    「何……!?」
     消えかけていた大火がふたたび現れ、地面に着地した。
    「俺の術を破っただと?」
    「お前のやりそうなことは、すべてアレフから聞いている! 観念しろ、タイカ!」
    「アレフ? ……ああ、あのフードの男か? まったく何十年もかけて、くだらないことばかりしてくれるものだ」
     大火はまた毒づき、刀を抜いた。
    「そんなに相手をしてほしいなら、存分にしてやろう。……容赦せんぞ、リュークとやら」
     大火の体から、あの煤のような闘気が噴き出した。

    「く、……やるな」
     数時間後。
     大火は思わぬ劣勢に立たされていた。相手の力量を読み違えたのだ。
     左腕の肘から先が、無残に断たれている。敵のリュークが無理矢理に、素手で引き千切ったのだ。
    「度し難い馬鹿力だ。まさか『漆黒のコート』ごと、俺を千切るとは」
     リュークはコートの袖が絡まったままの大火の左腕を投げ捨て、勝ち誇ったように笑う。
    「さあ、そろそろ死んでもらうぞ……!」
    「フン。左腕を奪ったくらいで、俺に敵うと思うのか?」
    「思うさ。……さあ解体してやる、『黒い悪魔』!」
     リュークが叫び、両手を挙げたその瞬間――。
    「たーッ!」
     リュークの背後から、棍棒が飛んできた。
    「ぐあ!?」
     リュークの集中が一瞬、棍棒を投げた「狼」に飛ぶ。
    「だ、誰だ!? いきなり、何をする!?」
     その油断を、大火は見逃さなかった。
    「お前な。敵と対峙する、生きるか死ぬかの瀬戸際で……」
     残っている右腕で、後ろを向いたリュークの頭をつかむ。
    「な、何を」
    「……油断するような阿呆が、俺に勝てると思うな。『ショックビート』」
     リュークは一瞬ビク、と震え、耳、鼻、そして目と口から、血を垂れ流した。
    「百年早いぜ」

    「助かった。礼を言うぞ」
     10分後、自身の腕を魔術で完全に治した大火は、助太刀した「狼」に礼を述べた。猟師風のその狼獣人は、照れくさそうに笑みを返す。
    「いえ、そんな……、へへ」
    「一つ聞く」
     大火は使い物にならなくなったコートを脱ぎ捨てながら、狼獣人に尋ねた。
    「あ、はい」
    「何故俺の方を助けた? あの状況なら俺ではなく俺の敵に加勢したとしても、不思議は無いが」
    「えーと、そのー……、はは」
    「狼」はまた、恥ずかしそうに笑う。
    「何だ?」
    「あなたの方が、かっこよかったから」
    「クッ」
     思いもよらない答えに、大火は吹き出した。
    「クククク、ハハハ……、俺は人気俳優か? そんなことを言った奴は、今までお前だけだぞ」
    「いえ、でも。本当に、かっこいいですよ。何か、迫力あるし。超大物、って雰囲気がプンプンしてますもん」
    「ククク……」
     大火は初対面のこの狼獣人を、すぐに気に入った。
    「俺は克大火と言う。お前の名は?」
    「あ、はい。ウィリアム・ウィルソンと言います。あ、ちなみにオレの家系、皆W2個なんですよ。代々ずーっと」
     それを聞いて、大火はまた破顔する。
    「ククク……、まったく面白い奴だな、ウィリアムとやら」
     ウィリアムと呼ばれ、「狼」はチ、チ、と指を振る。
    「ウィルと呼んでください、カツミさん」
     狼獣人ウィルは、人懐っこそうに笑った。



    「……と、コレが黒炎教団の開祖、ウィリアム1世と克大火の出会いだそうよ」
    「ほう……。やはり何と言いますか、おとぎ話のようですね」
    「ま、そりゃねぇ」
     屏風山脈を登る道中、晴奈は小鈴から、黒炎教団の起源とされる逸話を教えてもらっていた。
    「んで、この山がウィリアムと克の出会った場所。
     元々ウィリアムはこの山で猟師をしていたんだけど、克と出会い、彼を助けたコトでその人生は一変。
     その後は克の親友として彼を支え続け、出会ってから10年後の双月暦340年、この山脈の頂上部に――」
     小鈴は杖で、山頂の黒い建物を指し示した。
    「あの黒鳥宮を建立し、黒炎教団を創設したの」

    蒼天剣・黒峰録 1

    2008.12.15.[Edit]
    晴奈の話、第168話。克大火の昔話。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「しつこい奴だ」 大火は毒づきながら、その急坂を滑るように下る。いや、まさに立て板に水のごとく流れ落ちているのだ。飛翔の術、「エアリアル」の応用である。 彼の背後から、いかにもと言った風体の戦士が追いかけてくる。大火とは違い、己自身の脚力をもって追っているのだが、魔術の達人である大火の強力な術に離されること無く、じりじりと...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第169話。
    天空の霊園。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     晴奈は前に一度、大火に連れられて中に入り、その広さに辟易したことがあったが、外側から改めて眺めると、その巨大さが良く分かる。
     宮を囲む壁が、山の端から端まで続いているのだ。
    「山頂部でこの壁の長さと高さとは、驚嘆に値しますね。一つの街と言っても、過言ではない」
    「そうねー。何しろ屏風山脈の一角、黒狼山を丸々覆っているから。あたしも中に入ったコト無いけど、割と快適みたいよ。こーんな山のてっぺんなのにね」
     小鈴はぐるりと辺りを見回し、ため息をつく。
    (中に入れば黒炎殿やウィルのことが何か、分かるかも知れぬが……)
     晴奈もため息をつき、その考えを自ら却下した。
    (休戦したとは言え、焔と黒炎は仲が悪い。障らぬ神に祟りなし、だ。
     それに黒炎は密教と聞く。焔と関係の無い橘殿であってもすんなり入らせてくれるとは、到底思えぬ)
     晴奈の予想通り、黒鳥宮の入口には門番が2名、矛を持って立っており、目が合うと、彼らはギロリとにらんでくる。
     彼らの後ろにある扉も堅く閉ざされており、誰でも入れるような気配はまるで無かった。
    「どしたの、晴奈? 行きましょ」
    「あ、はい」
     晴奈はもう一度ため息をつき、その場から去った。

     黒鳥宮を過ぎた二人は、そのまま道を下っていく。
     やがて右手一面に、広々とした平原と、そこに林立する石碑群が見えてきた。
    「あれは……」
     小鈴が短く、答える。
    「お墓ね。教団の霊園ってトコかしら」
    「そう、ですか」
     そこでまた、晴奈は立ち止まった。
    「さっきからどしたの、晴奈?」
    「あ、いえ。……あの、戦争で戦った相手も大勢いるでしょうから、少し、参ってきます」
    「は?」
     目を丸くする小鈴に一礼し、晴奈は霊園に足を踏み入れた。
     風の強いこの山では、始終口笛のような風の音が、途切れること無く吹き続けている。
     その強い音はまるで――。
    (死者の囁きのようだ)
     ごうごう、びゅうびゅうと絶え間なく鳴り続ける風は確かに、誰かの話し声のようなざわめきをはらんでいる。
     晴奈は背筋にひやりと、冷たいものを感じた。
    (私を、拒んでいるのか)
     そう思った瞬間、急に風が強くなる。
    「わ……」
     その風に、晴奈がかぶっていた帽子が飛ばされる。
    「あっ」
     晴奈は帽子を追いかけ、霊園をさらに奥へと進んで行く。
     少し歩いたところで不意に風がやみ、帽子はすとんと地面に落ちた。
    「まったく。……本当に、死者のいたずらか?」
     体を屈めて地面に落ちた帽子を手に取り、ほこりを払う。
     と――。
    「あなた……、旅の方? ここで、何をしているの?」
     屈んでいた晴奈に、影が落ちる。
     晴奈は帽子を被って立ち上がり、前に立ったその人物に軽く頭を下げた。
    「いかにも、旅の者です。
     先の戦争で、央南側として戦っておりました。央南人は戦い、死んだ者に敬意を表する習慣がある故、一応の弔いをせねばと思い立ち、ここに足を踏み入れた次第です」
     前に立っていた、眼鏡をかけた「狼」の女性は、晴奈の言葉に複雑な顔をする。
    「そう。……そう言う気持ちなら、ここには来ないで欲しい。
     敵に弔われるなんて、彼らには耐えがたい屈辱だろうし」
     冷たくそう返され、晴奈は帽子を取って深々と頭を下げた。
    「失敬しました。あなた方がこの行為を冒涜とされるならば、速やかにここを離れます」
     と、帽子を取った晴奈の顔を見て、「狼」は驚いた様子を見せた。
    「あなたは……? どこかで会ったわね?
     ……そう、思い出した。テンゲンの、講和会議。大将さんの後ろに立っていらした方ね?」
    「え?」
     そう問われ、晴奈はこの女性が誰だったか記憶を探る。
     そしてすぐに、ある者の名が浮かんできた。
    「あなたは確か、……ウェンディ司教? ウェンディ・ウィルソン台下でしょうか」
     女性はやはり冷たい表情のまま、静かにうなずいた。

    蒼天剣・黒峰録 2

    2008.12.16.[Edit]
    晴奈の話、第169話。天空の霊園。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 晴奈は前に一度、大火に連れられて中に入り、その広さに辟易したことがあったが、外側から改めて眺めると、その巨大さが良く分かる。 宮を囲む壁が、山の端から端まで続いているのだ。「山頂部でこの壁の長さと高さとは、驚嘆に値しますね。一つの街と言っても、過言ではない」「そうねー。何しろ屏風山脈の一角、黒狼山を丸々覆っているから。あた...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第170話。
    黒炎教団の「活動」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     困っている者を助けることも布教、つまり宗教組織の活動の一環である。
     黒炎教団も宗教組織であるから勿論、そうした救済活動を行っている。ただし「助ける代わりに何らかの寄進、もしくは入信を……」と言う名目の元に行われており、救済に対しはっきりとした見返りを要求する点は、他の宗教と大きく異なっている。
     こうした性格を持つためか商売事も手広く行っており、その質と手際も、大抵の店や商会と引けを取らない。



     宮内には入れないものの、山を少し下ったところには教団が運営する宿があった。
     陸路を利用するのは海路を利用できない者、即ち公的機関に目を付けられている者や、貧しい者が多い。そう言った者たちが集まると場は決まって雑然とし、きな臭くなるものだ――と、晴奈は思っていた。
     ところが――。
    (……ふむ? これは意外だった)
     確かに少し騒がしくはあるが、どこの席も落ち着いた雰囲気で、食事を楽しんでいる。
    「もっと騒々しいと思った?」
    「あ、いえ」
     ウェンディは近くの席に座り、コーヒーを注文する。
    「ここも教団の管轄だから、騒ぎは控えているのよ、みんな。騒げばうちの僧兵が黙っていないから」
    「なるほど」
     すぐに運ばれてきたコーヒーをすすりながら、ウェンディはこの飲み物について語る。
    「コーヒーはこの山系の特産物で、黒炎様も大のお気に入りだそうよ。猊下と話される時はいつも、口にされるの。本当にあの人は、黒い物が大好きらしくて。
     でもね、私たちは黒炎様のお姿を拝見したことが無いの。猊下は良く、『宮内を練り歩いていらっしゃる』と仰っているのだけれど」
    「ふむ」
     ウェンディは少し上を向き、大火についての想像を語る。
    「きっととても、恐ろしい姿をしたお方なんでしょうね。神話やおとぎ話では良く、悪鬼羅刹の如く描かれていらっしゃるから」
     実際の大火を見知っている晴奈は、ウェンディの認識と実像があまりにもかけ離れていることに――南海の島で見た、料理と茶を振る舞ってくれた彼の姿を思い出して――危なく笑ってしまいそうになった。
    「ふ、……ごほっ」
     慌てて咳をし、ごまかした晴奈を見て、ウェンディがじっと見つめてくる。
    「大丈夫?」
    「え、ええ。あ、それではいただきます」
     晴奈と小鈴も、コーヒーに口を付けてみる。
    「……ぅ」
    「苦かったかしら?」
    「あ、いえ。……熱くて」
    「ああ、そうね。『猫』だものね」
    「美味しいです、すごく」
    「それは良かった」
     晴奈はチラ、と横の小鈴を見る。小鈴は複雑な表情を浮かべており、いかにも苦そうにしている。
    「悪いけれど砂糖は無いわよ」
     顔をしかめる小鈴に対し、ウェンディはやはり冷淡ともとれる、素っ気無い態度を見せる。
    「存じてます。教義の一つですよね、確か。甘いものは厳禁、だとか」
    「ええ」
     ウェンディは晴奈に向き直り、眼鏡を中指で直しつつ、一際冷たい視線を向ける。
    「それで、コウさん。ウィルバーは、どうなったの?」
     鋭い目に見つめられ、晴奈も態度を堅くする。
    「どう、とは?」
    「2ヶ月近く前、あなたと勝負しに行くと言って離れたきり、彼は戻って来ない。
     弟は死んだの? あなたが、殺したの?」
    「殺してはおりません、が……」
     晴奈はどう説明していいか迷い、言葉を選びながら話す。
    「……分かりません。
     勝負の途中で、ウィルバーは、その、川に流されました。それきり発見されておらず、その、……死んだ、と言う可能性は、少なく、ないかと」
    「そう」
     ウェンディはそこでまた、眼鏡を直した。
     その後は静かに、3人のコーヒーをすする音だけが続いた。

    「コウさん」
     一足先にコーヒーを飲み終えたウェンディが、晴奈にまた、あの鋭い目を向けた。
    「何でしょうか」
     晴奈は半分ほど残ったコーヒーを置き、顔を上げる。
    「あなたの力量が知りたい」
    「力量?」
    「私の弟は粗暴な子だったけれど、確かに強いはずだった。
     あの子を惹きつけ、打ち倒したあなたの力を、私はこの目でじっくり見てみたい」
    「それは、つまり」
     ウェンディは眼鏡を外し、一層きつい視線を向けてきた。
    「勝負、仕合うと言うこと。私と勝負していただけるかしら」
     晴奈はコーヒーを飲み干し、はっきりと応えた。
    「望むところです」
     それを受け、ウェンディは席を立ちつつ、こう続けた。
    「勝負は今宵、6時。黒鳥宮の門番に、私からと言えば入れてくれるわ。中にある北修練場で待っているわ。
     あと、ここはサービスしておくわ。宿も無料で利用できるよう言っておくから」
     それだけ言って、ウェンディは宿を後にした。



     小鈴はぶすっとした顔で、ウェンディの態度を非難していた。
    「あの女、めちゃくちゃ冷たかったわね。あたしなんかほとんど無視されてたし」
    「確かにそうですね。ずっと私の方を見ていたような」
     ウェンディの口添えで借りた部屋で、晴奈は刀の手入れを、小鈴は杖の手入れをしていた。
    「ウィルバーって確か、10年くらい前に晴奈と戦ったあの『狼』よね。風のうわさではライバル同士だって聞いてたけど」
    「ええ。2ヶ月ほど前、彼奴と最後の一騎打ちになり、結果、先程話したように彼奴は川に流され、それきり消息が……」
    「そっか。……ソレであのお姉さんが仇を、かなぁ」
     小鈴のその言葉に、晴奈の猫耳がピク、と揺れた。
    「仇?」
    「でしょ?」
     晴奈はこの時始めて、全身に冷たいものを感じた。
    (そうだった……! そうだな、確かに。あの女にとって、私はウィルの仇なのだ。
     この勝負果たして、勝って良いものなのか?)
     晴奈の心にじわ、と迷いが生まれた。

    蒼天剣・黒峰録 3

    2008.12.17.[Edit]
    晴奈の話、第170話。黒炎教団の「活動」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 困っている者を助けることも布教、つまり宗教組織の活動の一環である。 黒炎教団も宗教組織であるから勿論、そうした救済活動を行っている。ただし「助ける代わりに何らかの寄進、もしくは入信を……」と言う名目の元に行われており、救済に対しはっきりとした見返りを要求する点は、他の宗教と大きく異なっている。 こうした性格を持つため...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第171話。
    女戦士V.S.女戦士。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     時刻は6時になり、夏でも肌寒い屏風山脈の風が、より冷たく吹き始めていた。
     宮内に通された晴奈は、宮内の至るところで怒りと恨み、好奇の視線を向けられていた。焔に対する怒り。ウィルバーを初めとする、彼らの同胞たちを討った恨み。
     そして「なぜウェンディ卿が、この女を呼んだのだろうか?」と言う好奇の目である。
    (息が詰まりそうだ)
     晴奈はひたすら黙ったまま、ウェンディのいる北修練場へと進んでいった。

    「よく来たわね」
     北修練場に着いてすぐ、ウェンディが出迎えた。
     昼頃に見た司教の祭服ではなく、ウィルバーと同列の、高位の僧兵が身にまとう戦闘服を着込んでいる。
     そしてその脇には、矛が突き立てられていた。
    「あなたは焔流の剣士と言うことだから当然、刀使いね。私は矛を使うわ」
     ウェンディが矛を手に取り構えた瞬間、晴奈はぞっとした。
    (この殺気――相当な腕前か)
     晴奈も刀を抜くが、その身のこなしに精彩を欠いているのが、自分でもはっきり分かる。
     対するウェンディも晴奈の動揺を見透かしたらしく、侮った口調で尋ねられる。
    「どうしたの? 臆した?」
    「……まさか」
     晴奈はウェンディとの間を詰めながら、ぽつりと尋ねる。
    「何故、私をここに呼んだのです?」
    「言ったはずよ。あなたの力量を知りたいの」
    「それだけ、ですか?」
    「他に何があると?」
    「私を、ここに……」「ここに閉じ込めて、袋叩き?」
     晴奈の言葉を先読みして、ウェンディは笑う。
    「あはは、そんなわけ無いじゃない。
     確かにあなたは焔だし、敵よ。でも休戦した今、わざわざリンチする理由は無いわ。もしそんなことをして焔から恨みを買えば、また戦争になるかも知れない。そうなれば教団に多大な危険が及ぶことになる。
     黒炎教団員50万の命を取るに足らない私情で振り回し、無碍に扱うほど、私たちウィルソン家の人間のほとんどは、愚かでも残酷でも無いわ。
     だからコウさん、あなたの命は保障してあげる。……誇りまでは、保障しないけれど」
     そこで言葉を切り、ウェンディは矛を振り上げて襲いかかってきた。

     ウィルバーの戦い方を「烈」とするならば、ウェンディのそれは「轟」であった。
     手先だけではない、腕や肩、脚、腰と言った体全体の回転を加えることにより、一撃、一撃が強烈なうなりを上げて、防御を貫く。
    「が……ッ」
     攻撃を刀で受けるも、その衝撃はそのまま刀を通り抜け、晴奈自身に流れてくる。一撃受ける度に晴奈の体が一瞬浮き、押され、弾かれて、晴奈の体力を確実に削り取っていく。
    「ほら、どうしたの!?」
     ウェンディが体を大きくひねり、矛をぐるんと、縦に半回転させる。矛の柄がしなるほどの猛烈なその威力を、晴奈は余すところなくぶつけられた。
    「くっ、う……」
     自分より頭半分背の低い相手から到底出てくると思えないような、猛烈で鋭いその攻撃に、晴奈は翻弄されていた。
     だが、何度も得物を交えるうち、晴奈の心は次第に冷静さを取り戻していく。
    (ともかく、だ。ともかく、恨みつらみの勝負ではなかった、それは確かだ。ならば何も、気を使う必要は無い。
     遠慮も、配慮も、思慮も――慮ること、一切無用!)
     また、ウェンディの回転払いが来る。それが届く直前、晴奈は飛び上がった。矛はゴウ、と音を立てて空を切るが、晴奈はその上、空中でやり過ごす。
     矛をそのままぐるんと一回転させたところで、ウェンディがニヤッと笑う。
    「そう来なくちゃ、……ねッ!」
     平面的に流れていた矛が、今度は垂直に跳ねる。
     矛の先端がそのまま真上にいた晴奈へ向かい、伸びていくが――。
    「まだ、まだあッ!」
     晴奈は矛を刀で受け、その衝撃を上に逃がす形でいなす。
     晴奈の体はさらに上へ跳び、ウェンディの頭上高くへと舞う。
    「なッ……!?」
     晴奈の跳躍した距離はウェンディの予想を上回ったらしく、彼女の目が一瞬、点になる。
    「く、この……!」
     それでもウェンディは即応し、矛を頭上の晴奈へ向かって突き出す。その先端が晴奈に達しようかと言う、その瞬間――。
    「あなたの……」
     晴奈は刀の鍔元を矛の先とがぢ、とかみ合わせ、柄と刀身の背を持ってぐりっとひねる。
    「あ……っ!」
     刀と矛が絡まり、上に向かって伸ばしていたウェンディの手から、矛の柄が離れる。
     完全に空中に浮いた矛を伝って、晴奈はその柄を滑る。矛が地面に落ちたその瞬間、晴奈は柄を蹴ってウェンディとの距離を一瞬で詰め――。
    「……あなたの負けだ」
     文字通り、あっと言う間に決着は付いた。
     晴奈の刀が、ウェンディの首筋に当たっていた。

    蒼天剣・黒峰録 4

    2008.12.18.[Edit]
    晴奈の話、第171話。女戦士V.S.女戦士。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 時刻は6時になり、夏でも肌寒い屏風山脈の風が、より冷たく吹き始めていた。 宮内に通された晴奈は、宮内の至るところで怒りと恨み、好奇の視線を向けられていた。焔に対する怒り。ウィルバーを初めとする、彼らの同胞たちを討った恨み。 そして「なぜウェンディ卿が、この女を呼んだのだろうか?」と言う好奇の目である。(息が詰まりそう...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第172話。
    晴奈のきもち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ウェンディが言った通り、晴奈はそのまま何事も無く、黒鳥宮の外へと退出できた。
    「晴奈っ」
     門前で待っていた小鈴が、心配そうな顔で駆け寄ってくる。
    「小鈴殿、ご心配をおかけしました」
    「大丈夫? ケガしてない? 変なコトされてない?」
    「心配ご無用。五体無事に帰ってまいりました」
    「そう、……良かった」
     と、ここまで晴奈を送ってきたウェンディが、二人の様子にため息をついた。
    「コウさん。あなたのことを、じっくりと観察させていただきました。
     技量は申し分無し。いいえ、それどころか感服しました。『エアリアル』も使わず、あのように宙を舞って戦う者がいるとは、思いもよりませんでした。
     そしてあなたの人柄も、決して悪いものでは無いと分かります。少なくともそんな風に心配される方が、悪人とは思えませんから」
    「え、と……、はぁ」
     晴奈はウェンディが何を言いたいのか見当が付かず、曖昧な返事を返す。その心中を見抜いたらしく、ウェンディはこう続けた。
    「あなたに恨みを向けることは今後、一切無いと約束します。いいえ、そもそも弟の件で恨みを誰かにぶつけると言うこと自体が、筋違いなのでしょう。
     先程も申し上げた通り、私たちウィルソン家は、大勢の教団員を庇護すべき立場にあります。ですから普通の家庭より、家族に対してかける情はどうしても薄くならざるを得ません。少なくとも私は、公における兄弟や親族たちとの関係は、他人のようでした。
     ウィルバーにきつく当たることも多く、その結果あんな風に、弟の性格をねじ曲げてしまったのかも知れません。
     ……ですが、これだけは確か。私たちは、多少なりともあの子を愛していました。早くに母を失ったあの子を、私たちなりのやり方で、愛情をかけたつもりでした」
     ウェンディは眼鏡を外し、晴奈たちから顔を背ける。既に辺りは暗くなっており、顔をはっきり見るのは難しかったが、それでも涙を浮かべているのは確認できた。
    「私が、原因なのです。ウィルソン家からあの子を勘当したのは、他ならぬ私。
     私がもし、普段からもっと優しい言葉をかけ、勘当などしなければ、あの子は死ななかったはず」
    「ウェンディ卿……」
    「……コウさん、あなたは知らないでしょうが、1年半くらい前から、あの子の話に良く、あなたが出てきていました。
    『セイナと言う猫獣人が、とても強いんだ』『セイナは焔の剣士でつっけんどんな奴だけど、本当にかっこよくって』『セイナがオレの相棒だったらなぁ』……、と。
     周りの上下関係が厳しく、友達のいないあの子にとって、あなたは唯一対等に語り合えた、親友同然の存在だったのでしょう」
    「……そうですか」
     晴奈は複雑な思いで、ウェンディの独白をただ聞いていた。
    「もし、焔と黒炎の間で争いが無く、今回の戦争も無かったなら――もしかしたら私は、あなたを義妹と呼んでいたかも知れませんね」
     ウェンディはそれだけ言って涙を拭い、黒鳥宮に戻っていった。



    「晴奈」
     宿に戻った晴奈は、小鈴と話をしていた。
    「はい?」
    「アンタはどうだったの?」
    「何がです?」
     小鈴は杖の鈴をいじりながら、いたずらっぽく尋ねる。
    「ウィルバー君のコト、好きだった?」
    「……分かりません。敵とは言え、憎からず思っていたのは確かです。でも、それが色恋の感情なのか、それは私にも度し難い」
    「そう」
     小鈴はまだ鈴をいじっている。
    「アンタさ、恋ってしたコトあったっけ」
    「……無かったと思います」
    「そっかー」
     鈴をいじる手が止まる。
    「あたしは、色々あったなー。
     ……ほら、エルフって若い時代、すっごく長いじゃん? あと15、6年はさ、同じように生きられるとしてさ、通算30年くらい、今の晴奈とカラダ的にはタメでいられるんだよね。
     ……だからさ、えっと、何言いたいかって言うと、えーと」
     また、鈴をいじり出す。
    「そんだけ時間があっても、あたしは全部、恋愛に使える気がすんのよ。ホント、恋愛ゴトは楽しいわよ。……ちょこっと、苦しい時もあるけどさ。
     断言しちゃうけどさ、アンタのその気持ち、やっぱ恋だと思うんだ」
    「そう、……でしょうか?」
    「絶対そーよ。ウィルバー君のコト思うと、楽しさと苦しさが一緒に来ない?」
     晴奈は自分の胸に手を当て、内省してみる。
    「……、そう、ですね。語り合ったり、戦ったりしていた時、本当に楽しかった。
     でも逆に、ののしり合う時、にらみ合っている時、何故だか苦しい気持ちにもなっていました。私は……」
     晴奈は顔に手を当て、ゴシゴシとこする。
    「……どうなのでしょう? やはり、恋、だったのでしょうか?」
    「あたしは、そうだと思う。ま、晴奈が『絶対違う』って言うなら、反論しないけど」
    「……」
     晴奈はそれきり、黙りこくる。
     しばらく様子を見ていた小鈴は杖を置き、優しくつぶやいた。
    「死んでないといいね、ウィルバー君」
    「……私も、そう願っています」
     日中、様々なことがあったその日の夜は、静かに更けていった。

    蒼天剣・黒峰録 終

    蒼天剣・黒峰録 5

    2008.12.19.[Edit]
    晴奈の話、第172話。晴奈のきもち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ウェンディが言った通り、晴奈はそのまま何事も無く、黒鳥宮の外へと退出できた。「晴奈っ」 門前で待っていた小鈴が、心配そうな顔で駆け寄ってくる。「小鈴殿、ご心配をおかけしました」「大丈夫? ケガしてない? 変なコトされてない?」「心配ご無用。五体無事に帰ってまいりました」「そう、……良かった」 と、ここまで晴奈を送ってきたウ...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第173話。
    世界最大級の街。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     その昔、ゴールドマン家――いわゆる金火狐一族は央中の北東部、カレイドマインと言う街に住んでいた。
     その街には巨大な鉱脈があり、「ゴールドマン」の名は、黄金を初めとする莫大な量の貴金属を掘り出し、加工して売っていたことに由来する。
     ところが3世紀の終わり頃になって、その鉱脈が尽きた。金はおろか、錫や鉛すら出なくなってしまったのだ。鉱業を主軸産業としていた金火狐一族は新たな鉱脈を求め、カレイドマインを捨てた。
     そして移り住んだのが、カレイドマイン以上の金鉱が存在する砂浜の街――ゴールドコーストだった。



     高台に登った途端、晴奈の目が点になる。
    「お、……わ」
     黄海も、青江も、天玄も、黒鳥宮さえかすむほどの、巨大さ。
    (み、見えない)
     どこまで続いているのか、どこで終わるのか。端が、どこにも見当たらない。
     横にいた小鈴が、嬉しそうに笑っている。
    「ビックリした?」
    「し、しました」
     晴奈はその街のあまりの大きさに、絶句するしか無かった。
    「これが、ゴールドコースト……」

     晴奈がこれまで訪れたどの街よりも、ゴールドコーストは巨大で雑多な都市だった。
     まず驚いたのは、街を護る壁の存在。黄海などにもこうした街壁はあったが、それはもう少しくっきりと、街と、街の外とを区切っていた。
     ところがゴールドコーストの壁は、幾重にも重なって備え付けられ、その半分ほどが街に食い込んでいるかのように、ぶつりと断たれて立っていた。
    「この壁は何故、まばらに?」
    「壁を作るスピードより、街が成長するスピードの方が早かったのよ。
     何年もかけて壁を築いたトコで、その内側の街が収まりきらなくなって、もっかい壁を作り直してるトコに、また新たな都市計画が持ち上がって、……って繰り返しの名残ね」
    「ほう……」
     その一事だけでも、この街がどれほど栄えているのかが、晴奈には良く分かった。

     やがて二人は、一際ざわめく場所――市場にたどり着いた。
    「ココから市場になるんだけど、晴奈」
     小鈴はぎゅっと、晴奈の手を堅く握りしめた。
    「離れちゃダメよ。離れたら大人でも迷子になるからね」
    「は、はい」
     小鈴の言う通り市場の混み方は尋常ではなく、あちこちから来る人の波に呑まれそうになることが、何度もあった。
    「はいはい寄ってらっしゃい寄ってらっしゃーい」「わ、っとと」
     客引きに肩をつかまれる。
    「おねーさんおねーさん、可愛いアクセ入ってるよー」「い、いらぬ」
     アクセサリを無理矢理付けさせられそうになる。
    「ご飯食べてかない? 食べるだけ、お酒とかはサービスするから」「遠慮するっ」
     いかにも怪しげな店に連れて行かれそうになる。
    「……ぷは、やっと抜けたー」「ま、参りますね、これは」
     15分ほどで騒がしい場所を抜けた小鈴は、小さな飲食店に晴奈を連れて行った。
    「晴奈、ココなら」「ん?」
     店の奥に座り、小鈴がメニューを手に取った。程なくして店主と思われる、頭巾を被ったくわえ煙草の、赤毛の「虎」の女性が、二人の元にやってきた。
    「おう、久しぶりだねぇ小鈴。そっちの『猫』さんは?」
    「ココなら色んな情報、入ってくるわよ」「もしかして、ここは……」
     小鈴は店主に会釈し、晴奈に紹介した。
    「そう。コイツはあたしの従姉妹で、橘朱海(あけみ)って人。
     で、ココは食堂兼、情報屋」
    「情報……、屋?」

     食堂や酒場、宿、賭場など、人が集まって話をする場所には一つの「お宝」が発生する。それは即ち、「情報」である。
     商人であれば儲け話の、職人や傭兵であれば雇用口の、追う者、追われる者は互いの居場所の――情報はあらゆる職種、あらゆる人間にとって、資金や資材に並ぶ大切な資源である。
     だが不特定多数の人間がでたらめに集まる場所で発生するモノであるし、金銀などの現物的な資源と違って、そこへ行けば求めるものが必ず手に入るとは限らない。
     その不安定な需要・供給を少しでも安定させ、補完しようとするのが、情報屋である。情報屋は自分たちの経営する宿や食堂などで「誰が何をしている」と言う情報を集め、それを欲しがる者に販売することで「手数料」や「仲介料」として、利益を得ているのだ。

    「と言うワケで、このおねーさんに聞けば大抵の情報は売ってくれるわよ」
    「ほう……」
     晴奈は小鈴から情報屋について聞いている最中、虎獣人の朱海とエルフの小鈴とを見比べていた。
     しかし耳目の形も、背も違うため、二人が本当に近しい親戚なのかどうか、晴奈には判別しきれなかった。
    (似ている、と言えば似ているかもしれないが、……うーむ?
     橘家は人相の似ない人間が多いのか? 小鈴殿兄妹も、さして似ているように見えなかったし)
     と、朱海が二人に水を差し出しながら尋ねてくる。
    「で、ウチに連れてきたってことは何か、ワケアリか?」
    「そ、そ。日上中佐を追ってるのよ、晴奈」
    「ヒノカミ? ってあの日上か? また、けったいなヤツを……。ちょっと待ってな」
     朱海はそう返し、一旦厨房の奥へ消える。
     1分ほどして、朱海は小箱を抱えて戻って来た。
    「ほれ、これが日上関連のメモ。最新のヤツほど高いけど、小鈴の友達ってコトでオマケしたげるから」
     朱海は小箱を開け、卓上にぱらぱらと、メモの入った便箋を並べていく。
    「ふむ……。一番新しいのはいかほどでしょうか?」
    「んー、ピンキリになるけど、一番安いので200クラムかな」
     晴奈は財布を開け、所持金を確認する。
    「では、それを買ってみます」
    「はい、まいどっ」
     朱海は青い便箋を晴奈に手渡す。
    「他に欲しいものがあったら言ってくれよ」
    「あ、はい。
     ……ふむふむ、……ふむ、……、……むぅ」
     読み進めるほどに、晴奈の猫耳と尻尾、眉が垂れていく。
    「……これを、聞いてもなぁ」
     晴奈の様子を見ていた小鈴が、ひょいとメモを取って中を見る。
    「確かにゴシップなんか聞いてもねぇ」
     結局、晴奈は大枚5000クラムを支払って、もっといい情報を買うことにした。

    蒼天剣・繁華録 1

    2008.12.20.[Edit]
    晴奈の話、第173話。世界最大級の街。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. その昔、ゴールドマン家――いわゆる金火狐一族は央中の北東部、カレイドマインと言う街に住んでいた。 その街には巨大な鉱脈があり、「ゴールドマン」の名は、黄金を初めとする莫大な量の貴金属を掘り出し、加工して売っていたことに由来する。 ところが3世紀の終わり頃になって、その鉱脈が尽きた。金はおろか、錫や鉛すら出なくなってしまっ...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第174話。
    日上追跡のための下準備。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     晴奈たちが5000クラムで得た情報は、次の通り。

     まず、日上の有する軍事力、「日上軍閥」の存在。
     元々、ジーン王国は大まかには山間部と沿岸部の二地域に大別される。王国の首都は山間部にあるのだが、それ故に沿岸部への影響力が弱い。
     そのため歴史上、何度も首都や王室の意向から離れて独断専行する軍の派閥、「軍閥」が発生・勃興してきた。
     そして今現在、日上を英雄視する者たちによって軍閥が結成され、沿岸部・ウィンドフォートに新たな基地を築き、我が物顔で振舞っているのだと言う。

     次に、日上の側近たちの存在。
     日上は軍閥の中から優秀な人材を集め、側近に置いていると言う。その数はおよそ10名にも満たないが、どれも一騎当千の兵であるらしい。
     中でも日上が参謀として外部から招きいれた洋巾(フード)の男、アランは一際異彩を放っており、その異様な見た目も相まって、「日上に与する悪魔なのでは」とするうわさも流れていると言う。

     そして、日上自身の情報。
     日上は若干20歳にして中佐、そして軍閥の宗主と言う、現在の地位を確立した。その実力は大火と数十分に渡って戦い抜くと言う偉業を成し――もっとも、結果的には片目を失うほどの重傷を負う、手痛い敗北だったわけだが――今や世界の軍事バランスに多大な影響を与えるほどの重要人物となっている。
     また、若くして多大な権力を得たためか、日常生活の面では非常に退廃、堕落しており、非常に好色な面を見せているそうだ。



    「……そして、その方面に詳しい関係者筋によれば、現在日上は央中にお忍びで滞在しているらしく、現ネール公国大公、ランニャ・ネール6世との熱愛も噂されていることから、ネール公国首都、クラフトランドを目指しているのでは……、ないだろうか、か。ふむ……」
     晴奈は地図を机の上に広げ、クラフトランドの位置を確認した。
    「ここ、が、ゴールドコーストで、そこから、北……、北西に、ふむ……、央中を、対角線上に端から端か。随分と遠いな」
    「そりゃ、『狐』の本拠地と、『狼』の本拠地だもん。伝統的に仲が悪い家同士だから、テリトリーも遠いのよ」
    「なるほど。小鈴殿、ここからクラフトランドまでは、どれくらいかかりますか?」
     小鈴は指で地図をなぞりながら、計算する。
    「えーと、んー、ココから北西のリトルマイン、……フォルピア湖で、ミッドランドを抜けて、んで、ココで関所が2つ、ソコからルーバスポートに立ち寄ってー……、うん。
     この街から船に乗って海路って方法もあるけど、バカ高いし管理も厳重だから、北方からお忍びで来てるよーなヤツが使う可能性は低いわ。陸路で進む方が、可能性高いでしょうね。
     んで陸路だけど、手続き的に一番早いのはココから北西の街に進み、さらに西へ進んだところで湖を越え、ソコから北上するルート。途中で関所が3ヶ所あるけど、警備も管理もぬるめだから、ちょこっと金さえ払えば簡単に進めるわ。
     このルートを取れば、問題なきゃ大体半月くらいでクラフトランドに到着するわ」
    「ふむ。では早速、追いかけましょう」
     席を立ち上がりかけた晴奈を、小鈴が引っ張る。
    「ちょい待ち、晴奈」
    「何です?」
    「今日はもう、日が落ちかけてるわ。慌てて行っても、あんまり進めやしないわよ。ソレより一泊して旅の疲れを取って、朝から出る方がいいわ」
     旅慣れた小鈴の指摘に、晴奈は素直に従った。
    「……確かに。疲れていないと言えば嘘になります。では今日はこの街で一泊、ですね」
    「うんうん」
     と、話を聞いていた朱海がニッコリ笑って、提案する。
    「ソレならさ、ウチに泊まっていきなよ。あんまり広くないけど、小鈴のよしみだ。
     お代は晴奈ちゃんの武勇伝で。アタシも聞いてるからね、『央南の猫侍』の武勇伝は」
     朱海の目がキラリと光る。明らかに商売人の目つきをしており、どうやら晴奈から聞いた話を情報屋として、どこかに売るつもりなのだろう。
    「はは……。私の、拙い話で良ければ」

     晴奈からの話を聴き終え、朱海はぺら、とメモを見せた。
    「締めて、12000クラムってトコだねぇ」
    「そんなにですか? 私が買った情報以上の額ですが、よろしいのですか?」
    「そんだけの価値があるからさ。
     そもそも猫侍サマの体験談だって時点で既にプレミアものだし、その中でも特に値が付きそうなのは、『黒い悪魔』と対峙したって時の話だね。
     克大火の目撃例は少ないし、話自体もちょっとした伝説じみてて面白い。売ってみりゃ、晴奈ちゃんに提示した数倍の値が付いてもおかしくない。
     いやー、いい話聞かせてもらったよ、ホント」
     満足げにうんうんと首を振る朱海を見て、小鈴がその頬をプニプニとつつく。
    「ちょっとー、ソレならもうちょっと色付けなさいよー」
     朱海は「鈴林」の鈴をピシ、と弾きながら答える。
    「えー、売れるっつったけども、ホントに売れるかどうかは分かんないしなー」
    「じゃ、マジで売れたらもうちょい分け前よこしなさいよ」
    「まあ、いいよ、うん。……10%くらい?」
     朱海の提示した率を、小鈴は「はっ」と笑い飛ばし、朱海の虎耳を引っ張る。
    「なーにが10%よ。提供元なんだし、もっともらわなきゃ。50%でどーよ?」
     朱海も負けじと、小鈴の長耳を引っ張る。
    「アタシが買わなきゃ、ただの思い出話じゃん。15%」
    「晴奈を連れてきたのは誰だっけー? 45%」
    「18」「40」「25」「35」「27」「30」
     小鈴と朱海はしばらくうなりあい、やがて同時に叫んだ。
    「28!」「28!」
    「よし! 商談成立!」
     がっちり握手している二人を見て、晴奈はため息をついた。
    (あ、あほらしい)
     人の「モノ」で皮算用をしている小鈴たちを放って、晴奈は街に出た。

    蒼天剣・繁華録 2

    2008.12.21.[Edit]
    晴奈の話、第174話。日上追跡のための下準備。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 晴奈たちが5000クラムで得た情報は、次の通り。 まず、日上の有する軍事力、「日上軍閥」の存在。 元々、ジーン王国は大まかには山間部と沿岸部の二地域に大別される。王国の首都は山間部にあるのだが、それ故に沿岸部への影響力が弱い。 そのため歴史上、何度も首都や王室の意向から離れて独断専行する軍の派閥、「軍閥」が発生...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第175話。
    異邦人、晴奈。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     時刻は黄昏時になり、晴奈は黄金色に染まった街をぶらついていた。
    (『ごーるど』は、金のことだったな。で、『こーすと』は確か、湾岸だった。
     ゴールドコーストとは『黄金の湾岸』、か)
     街の名前をあれこれ類推しながら、晴奈は市街地を離れて港に向かう。
     港町出身のためか、このような海の見える場所に来ると、晴奈の心は何故か躍る。
    「ん……」
     港湾部も観光地の一部であるらしく、夕方と言うのに人が多い。市街地ほどではないが、それでも大分騒がしい。
    (流石に観光都市と称されるだけはあるな)
     港には遊覧用の船が係留されており、沖の方にはいかにも宴を催していそうな雰囲気の豪華絢爛な船が数多、泳いでいる。
    (本当に華やかな街だ。用事が済んだらまた、ここに来てみようかな)
    ――にぎやかで騒がしいところだったけれど、ついつい半年ほど、長居してしまったわね。晴奈、あなたももし旅に出ることがあれば、絶対行ってみた方がいいわよ――
     かつて師匠、雪乃が言っていた言葉を思い出しながら、晴奈は港を散策していた。



    「はぁ」
     ほぼ同時刻、晴奈がいる辺りからほんの十数メートル後ろ。
     茶色い髪と毛並みの狐獣人で、可憐な身なりの少女が、背後に金髪と黒髪の熊獣人2名を引き連れて港を歩いていた。
     少女はチラ、と後ろを向いて、もう一度ため息をつく。
    「……はぁ」
    「どうされたのですか、殿下?」「どこか具合を悪くされましたか?」
     殿下と呼ばれた少女は「熊」たちの方を振り向き、ため息をついた理由を遠まわしに説明する。
    「わたくしの後ろに背後霊がぴったり、憑いていらっしゃいますもの。気分も重くなると言うものですわ」
    「霊!? モンスターですか!」「一体、どこに!?」
    「熊」たちは少女を囲み、きょろきょろと辺りを見回す。
     二人の頭と勘の悪さに、少女はもう一度ため息をついた。
    「はぁ……。もう結構ですわ」
    「そうですか」「ご無事なようで」
    「旅をしている気分が、まったくいたしませんわ」
     少女は憮然とした顔で「熊」たちに向き直る。
    「ねえ、二人とも。少しの間、わたくしを一人にしてくださらないかしら?」
     その言葉に、「熊」二人はブルブルと首を振り、即座に却下する。
    「いけませんいけません!」「殿下の御身に何か遭っては一大事です!」
    「……そうでしょうね。そうでしょうとも」
     少女は二人から離れることを諦め、前を向いた。
    「あら?」
     少女の目に、この近辺では見慣れない姿の猫獣人が映った。言うまでも無く、晴奈である。
    「あれは?」
    「何ですか?」「どれでしょう?」
    「ほら、少し先にいらっしゃる『猫』の方。不思議な格好をしていらっしゃいますけれど」
    「ふむ」「確かに、妙な服ですね」
    「一体どこの国の方なのでしょう?」
     少女は晴奈に興味を持ち、近付いてみようとする。
     ところが「熊」二人が少女の前に立ち、行く手を阻む。
    「危ないですぞ、殿下!」「あのような怪しい身なりの者に近付いてはなりません!」
     二人の言い草に少女は面食らい、憤った。
    「何てことを言うのですか、あなたたちは? 普通に歩いていらっしゃるだけでしょう」
    「いいえ、あれは恐らく央南人!」「ゼンだのジンギだの、よく分からないものを崇拝する怪しい者共です!」
     金髪の方の熊獣人の説明に、少女は眉をひそめた。
    「あなたたち。『よく分からないから』と言う理由だけで何故怪しいと言い切り、遠ざかるのです? 分からないものなら、何でも悪だと言うのですか?」
    「いえ、そう言うわけでは」「我々は、ただ殿下の安全を……」
     今度は黒髪の熊獣人の言葉に突っかかる。少女のその口調と態度は、まるで母親が小さな子を叱るようだった。
    「安全ですって? あの方がわたくしに何かしてくると言うのですか?
     あなたたちはわたくしの周りにいる者が皆、わたくしを襲うと悪漢だとでも言うのですか!?」
    「いや、しかし」
    「まさか、あなたは道行く人を意味無く殴った経験でもあるのですか!?」
    「あ、ありませんが、その」
    「無いのでしたら何故、そんな失礼なことを考えるのです!? 自分以外は皆、悪逆非道の輩だとでも言うのですか!?」
    「い、いえっ」
    「他人をいたずらに貶めるものではありません! 反省なさい!」
    「は、はあ……」「それは、はい、まあ……」
    「『まあ』、何ですか?」
    「……失礼いたしました」「反省しております」
     二人を叱り飛ばしたところで、少女は晴奈の姿をもう一度見ようと前方に目を向けた。
    「……ああ、見失ってしまいましたわ」
     少女はとても、がっかりした声を出した。



     夕闇が深くなってきたので、晴奈はそろそろ朱海の店に戻ることにした。
    「えー、と。この道、だったか」
     市街地へ戻る道を思い出しながら、晴奈は辺りを見回した。
     と――。
    「……ん?」
     小さな「狼」の女の子が、既に閉店した店の前でうずくまっている。辺りはもう暗くなっていたし、その子は泣いているようにも見える。
    「……うーむ」
     そんな状況で放っておくわけにも行かず、晴奈はその子に声をかけた。
    「あー、と。一体どうした?」
    「え?」
     晴奈の予想通り、その女の子はべそをかいていた。
    「あ、あのっ、えっと」
    「迷子になったのか?」
    「う、うん」
     女の子はコクコクとうなずく。
    「名前は何と言う?」
    「プレア」
     晴奈はプレアの頭を優しく撫で、泣き止ませようとする。
    「そうか。プレア、家はどこだ?」
    「えっとね、その、あの」
     言葉が続かない。見たところ7、8歳程度であるし、よく分かっていないのだろう。
    「むう……。まあ、とりあえず一緒に来るか? 私の知り合いなら情報通だし、知っているかも知れぬぞ」
    「え、でも……。知らない人には、ついてっちゃだめって」
    「ふむ」
     困った顔をするプレアをじっと見ながら、晴奈は人差し指を立てた。
    「私の名は黄晴奈、旅の剣士だ。これで、プレアは私のことを知っているわけだ」
    「うん」
    「これなら、一緒に来られるかな?」
    「うん、分かった。ついてく」
     にこっと笑ったプレアに、晴奈は彼女のことがちょっとだけ、心配になった。
    (自分でやっておいてなんだが、こんな詭弁にだまされてはダメだろう……)

    蒼天剣・繁華録 3

    2008.12.22.[Edit]
    晴奈の話、第175話。異邦人、晴奈。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 時刻は黄昏時になり、晴奈は黄金色に染まった街をぶらついていた。(『ごーるど』は、金のことだったな。で、『こーすと』は確か、湾岸だった。 ゴールドコーストとは『黄金の湾岸』、か) 街の名前をあれこれ類推しながら、晴奈は市街地を離れて港に向かう。 港町出身のためか、このような海の見える場所に来ると、晴奈の心は何故か躍る。「ん...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、176話。
    夫婦喧嘩。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     晴奈はプレアを連れ、朱海の店に戻ってきた。
    「あ、晴奈ちゃん。おかえり」
     朱海がカウンターから身を乗り出し、声をかけてきた。
    「あれ? どした、その子?」
    「迷子になったようでして、放っておくのもまずいかと思い、連れてきた次第です」
    「あー、なるほどね。
     ……ん? キミ、もしかしてチェイサー商会さんトコの子か?」
     朱海の問いに、プレアは目を丸くしてコクコクとうなずいた。
    「なんで分かったの、おばちゃん?」
     おばちゃんと呼ばれ、朱海は憮然とした顔をする。
    「おば……っ!? ……コホン、おねーさんと呼びなさい、お嬢ちゃん。まあ、チェイサーとは商売柄、付き合いがあるしな。すぐ呼んできてやるよ。
     小鈴、店番頼むー」
     店の奥から小鈴が、のたのたとした足取りで現れる。どうやらうたた寝をしていたようだ。
    「ふあ、ぁ、……ん。はいはい、やっとくわ」
     朱海と入れ替わりに、小鈴がカウンターに立つ。
    「ふあー」
     立ちながら眠っているのではないかと思うほど、小鈴はうつらうつらと頭を揺らしている。
    「小鈴殿、起きていますか?」
    「ん、だいじょぶだいじょーぶ。起きてる起きてる。……ふあー」
     そうは言いつつも、見ていて心配になるほどフラフラしている。
    「……まあ、自分で大丈夫と言っているから、いいか」
     晴奈はとりあえず、店の奥にある居間にプレアを連れて行き、そこで朱海とプレアの親を待つことにした。プレアもようやく安心したのか、ほっとした表情を見せている。
    「何か飲むか、プレア」
    「うん」
     晴奈は小鈴に声をかけ、茶を出してもらう。
     まだ眠たげにしていた小鈴が運んできた茶を飲みながら、プレアは晴奈に色々と質問してくる。
    「セイナさんって、なんかへんだね」
     いきなりの言葉に、晴奈は目を丸くする。
    「ん? 変、とは?」
    「ほかの人と、ふくもしゃべり方もちがう」
    「ああ、それは私が央南の出身だからだろう」
    「おーなん?」
    「中央大陸の、南部地方だ。こことは大分、趣が違う」
    「へえー。ねえねえセイナさん、良かったらおーなんのお話、聞かせて?」
     晴奈は少し苦笑しながら、自分の故郷の話を聞かせた。
    (今日は何故こんなに、話をする機会が多いのだろうか……)
     話しながら、晴奈は何となくそんなことを考えていた。



     30分ほど後、朱海がプレアの親と思われる「狐」と「狼」の二人を伴って戻ってきた。
    (ん……? 確か、『狼』と『狐』は仲が悪いと聞いたが)
     一瞬晴奈はいぶかしがったが、その二人はすぐに、そのうわさが本当だと証明してくれた。
    「まったく本当に、ご迷惑をおかけして……。で、何でアンタ見てないのよ!」
    「狼」が「狐」にまくし立てる。
    「忙しいんだから、君がやれよ!」
    「狐」も怒り気味に答える。
    「そんなのあたしだって同じでしょ!?」
    「じゃ、何で僕に押し付けるんだよ!? やれよ、君が!」
    「ふざけたこと言ってんじゃないわよ! あたしが忙しい時、アンタがやる約束でしょ?」
    「聞いてないぞ、そんな約束……」「うるせえ! いいかげんにしろ、ピース、ボーダ!」
     ケンカを始めた二人を、朱海が怒鳴ってさえぎった。
    「子供の前でくだらないケンカすんなよ! それでも親か、お前ら!」
    「う……」「ご、ごめん」
     ケンカしていた二人は同時に、朱海に向かって謝る。
    「アタシに謝ってどうすんだ。謝るなら、あっちだろ?」
     朱海は憤慨しつつ、すっとプレアを指差す。プレアを見た二人はさらに、ばつの悪そうな顔をした。
    (……うん。師匠の言った通りだったな)
     晴奈はしみじみと、師匠の話を思い出していた。

    「本当に、ご迷惑をおかけしまして……」
     プレアの父親、「狐」のピースが深々と頭を下げる。続いて母親の、「狼」のボーダがセイナに会釈する。
    「助かりました、えーと……」
    「あ、黄晴奈と申します」
    「コウ、セイナ、さんですか。ひょっとして、央南の方?」
    「はい、そうですが」
     晴奈の返事を聞くなり、ボーダは嬉しそうな顔をして握手してきた。
    「あら、ホントに~! いやね、あたしたち央南人には思い入れあるのよ! ねっ、ピース!」
     ボーダの言葉に、ピースは腕を組みながらうんうんとうなずく。
    「ああ、本当になぁ、色々と思い出が……、っと」
     ピースは思い出したように、名刺を差し出した。
    「今度の件は、本当に助かりました。いつか恩返しさせていただきますので、こちら、連絡先を載せておりますので……」
    「いや、礼を言われるほどのことは、何も……」
    「いえいえ! 人さらいも少なくないこのご時世、幼い子を守ってくれる方など、なかなかいませんよ。私たちの大切な子供を助けてくれたのですから、何としてもお礼はしないと。
     私たちにできることがあれば、何でも仰ってください」
     顔を上気させてまくしたてるピースに、晴奈は戸惑いつつも固辞しておく。
    「は、はあ。まあ、その。また、何か用件が、できれば、と言うことで」
    「はい、是非!
     さあ、プレア。父さん、母さんと一緒に帰ろうね」
    「うんっ」
     プレアとピース、ボーダは手をつないで、そのまま帰っていった。
    「……心配だな」
    「ん?」
     ぽつりとつぶやいた晴奈に、朱海が振り返る。
    「あれほどの剣幕ですし、プレアが怯えやしないだろうか、と」
    「ああ、うん。ま、心配無いよ。チェイサー商会の社長夫婦のケンカっぷりは有名だけど、お互いに相手が好きで、できる奴だって認めてるからこそ、ケンカしてんだから。
     プレアもソレは分かってるさ」
     朱海はパチ、と晴奈に向かってウインクする。
    「じゃなきゃ、あんな風に手をつないで帰ったりしないって」

    蒼天剣・繁華録 4

    2008.12.23.[Edit]
    晴奈の話、176話。夫婦喧嘩。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 晴奈はプレアを連れ、朱海の店に戻ってきた。「あ、晴奈ちゃん。おかえり」 朱海がカウンターから身を乗り出し、声をかけてきた。「あれ? どした、その子?」「迷子になったようでして、放っておくのもまずいかと思い、連れてきた次第です」「あー、なるほどね。 ……ん? キミ、もしかしてチェイサー商会さんトコの子か?」 朱海の問いに、プレアは...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第177話。
    朝のラッシュ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     その夜、とある宿にて。
    「はぁ……」
     港で晴奈を見かけたあの少女は、彼女の姿をぼんやりと思い出していた。
    (あの方……。遠めで見ただけでしたけれど、りりしい顔をしていたわ。何だかすごく、気になってしまいました。
     央南の方ではないかと、オルソーたちが言っていたわね。央南……、わたくしの知識では確か、『仁徳と礼節の世界』だと聞いたことがあるけれど、一体どんなところなのか想像も付かないわ。ジントクとかレイセツって、一体何なのかしら?)
     少女は部屋の外で立番をしている「熊」たちに聞いてみようかと思ったが、少し考えてみてやめた。
    (オルソーとグリーズでは、文字通り『話にならない』わね)
     少女はすっかり真っ暗になった窓の外を眺め、もう一度晴奈の姿を思い浮かべた。
    (もう一度、会ってみたいわ。でも、オルソーたちがそう簡単に許してくれるとも思えないし。
     ……そうだ! 朝早くにそっと宿を抜け出せば、二人は気付かないかも知れないわね。あの二人、わたくしの前では偉そうに『殿下のことは四六時中お守りしております!』なんて言っていたけれど、夜中に部屋の外を見てみた時、ぐっすり眠っていたもの。早朝ならきっと、知られずに抜け出せるわ。
     そのまま宿を出て、あの方を探しに行きましょ。……うふふっ)
     もう一度晴奈の姿を思い返し、少女は胸に手を合わせて微笑んだ。

    「……む?」
    「どしたの、晴奈?」
     小鈴と共に寝床を用意していた晴奈は、何かを感じてきょろきょろと辺りを見回した。
    「……いえ。今何か、呼ばれたような気がしたのですが」
    「そう? あたしには、何も聞こえなかったけど」
    「そうですか。……気のせい、ですね」
     晴奈は枕を置き、後ろで束ねていた髪をほどいた。
    「さて、寝ますか」
    「そーね。あ、そうだ。明日は早めに街へ出ましょ。結局、旅支度してなかったし」
    「承知しました。それでは、おやすみなさい」
    「はーい、おやすみー」



     ゴールドコーストは、眠らない。
     夜が更けてからも、歓楽街は依然騒々しくきらびやかだ。そして東の空が明るくなる頃、ようやくそこの灯りは消える。
     だがその1時間、2時間前には既に朝市が開かれており、もう2時間も経てば街は本格的に動き出す。
     まさに、不夜城と呼ぶにふさわしい街なのだ。

     朝になって、「狐」の少女は部屋を出た。彼女の思った通り、あの二人は部屋の前で爆睡している。
    (護衛に来た意味が無いわね、この二人は)
     二人を起こさないよう、少女はそっと廊下を進み、階段を下りる。
    「おや、お嬢さん」
     が、1階に降りたところで、店主に声をかけられた。
    「随分早いですね。よく眠れましたか?」
    「ええ、ぐっすりと」
     少女は一瞬動揺したが、平静を装って店主に応える。
    (どうしましょう? お店の方、こんなに早くから働いていたとは予想していなかったわ)
    「お付きの方は、まだ眠ってらっしゃるんですか?」
    「ええ。夕べは遅くまで、わたくしの部屋の前で立番してくれていたようですから」
    「ほうほう。……いやいや、物々しくて息苦しいでしょう、お嬢さん」
    「ええ、とても」
     店主には、前もって自分の素性を明かしてある。店主も職業柄、少女が抱く不満を把握しているのか、優しく、そして親切に振舞ってくる。
    「どうです? 朝少しだけ、お散歩してきては?」
     まさか店主の方から自由行動を提案されるとは思わず、少女は目を丸くした。
    「よろしいのですか?」
    「いやぁ、ウチに来た時からお嬢さん、すごく暗い顔なさってるんですもん。確か、グラーナ王国でしたっけ」
    「ええ……」
    「この『狐と狼の世界』じゃ、お国でも気苦労が絶えんでしょう。お国から離れていらっしゃるこう言う時こそ、羽を伸ばさなくちゃ」
     少女はじっと店主の顔を見て、それからぺこりと頭を下げた。
    「ありがとうございます。……それでは、少しだけ」
    「お付きの方にはうまく言っておきますから、気兼ねなくどうぞー」
     少女はもう一度頭を下げ、宿を抜け出した。

     一方、こちらは晴奈と小鈴。
    「やはり市場は、朝から活気がありますね」
    「ふあ……、そーねぇ」
     二人は朝の市場に、旅支度を整えに来ていた。
     朝早くに起きる習慣が身に付いている晴奈とは違い、小鈴はいつも眠たそうにしている。どうやら軽度の低血圧であるらしく、小鈴と旅をするようになってからずっと、晴奈が小鈴を起こしていた。
    「小鈴殿、荷車が……」
    「ふあー、……おっとと」
     向かってきた荷車と、危うくぶつかりそうになる。
     起こしてからずっとフラフラとしているため、晴奈は市場に来てからずっと小鈴の手を引いていた。
    「……んう~」
    「小鈴殿、人がっ」
    「ほえ?」
     眠気覚ましに伸びをした小鈴の腕が、後ろからやって来た者を突き飛ばしそうになる。
    「おわっ!?」
    「……あー、ごめんなさぁい」
    「気を付けろ!」
     危うく殴られそうになった商人らしき男は、小鈴を怒鳴りつけてそのまま歩き去る。
    「小鈴殿。先程からいささか危なげですが、どこかで休みますか?」
    「ふああ、あ……。だいじょぶ、だいじょーぶ」
    「本当ですか?」
    「うんうん、だいじょぶ。……ふああ」
     小鈴はもう一度、伸びをする。
    「……くう~」
    「きゃっ!」
    「ん? あ……」
     今度は人にぶつかってしまった。
     小鈴が振り向いた先には、頭を抑えてうずくまる茶髪の、「狐」の少女がいた。

    蒼天剣・繁華録 5

    2008.12.24.[Edit]
    晴奈の話、第177話。朝のラッシュ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. その夜、とある宿にて。「はぁ……」 港で晴奈を見かけたあの少女は、彼女の姿をぼんやりと思い出していた。(あの方……。遠めで見ただけでしたけれど、りりしい顔をしていたわ。何だかすごく、気になってしまいました。 央南の方ではないかと、オルソーたちが言っていたわね。央南……、わたくしの知識では確か、『仁徳と礼節の世界』だと聞いたこと...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第178話。
    思いを馳せる。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「ゴメンゴメン、大丈夫?」
    「は、はい……」
     晴奈たちは静かなところまで少女を連れて行き、手当てをした。
     手当てと言っても額に小さなコブができた程度であり、今は濡らした手拭でコブを冷やしている。
    「あたし、朝が弱くて……」
    「いえ、大丈夫ですから。……あの、それよりも、あの」
     少女は晴奈の顔と服をじっと見て、なぜか頬を染めた。
    「……どうした?」
    「あの、昨日の夕頃、港の方を歩いていらっしゃいませんでしたか?」
    「ああ、歩いていたが。何故それを?」
    「実はわたくし、あなたのすぐ後ろにおりまして。珍しい格好をしていらっしゃったので、お声をかけようかと思っていたのですが……」
    「はあ?」
     少女はいきなり、晴奈の手をつかんできた。
    「あ、あのっ。わたくし、フォルナ・ブラウンと申します。よ、よろしければ、あなたのお名前を、お聞かせ願いたいのですけれど」
    「構わぬ、が……」
     晴奈は少女、フォルナの顔と、背後でぱたぱた揺れている尻尾を見て、首をかしげている。
    「……まあいい。私は黄晴奈と申す」
    「コウ・セイナさんですか。……りりしいお名前ですね、コウさん」
     この時、横で二人の様子を見ていた小鈴はいくつかの誤解・間違いに気付いていた。
    (この子、もしかして晴奈のコト、男だと思ってんの? 『りりしい』って……。いくら背が高くて、ちょっと声が低くて、ムネが無いからって、普通は間違えないでしょーに。
     あと晴奈、名字と名前、名乗る順番が逆っ。『コウ』が名前で、『セイナ』が名字だと思ってるわよ、この子。余計、女だって気付かれなくなっちゃうじゃん)
     呆れる小鈴に気付く様子も無く、フォルナは晴奈と会話を続けようとする。
    「あの、コウさん。よろしければ、あの……」
    「うん?」
    「わたくしと、あの、お茶でも」
     フォルナの言葉に、小鈴はたまらず吹き出した。
    「ぷ、くくく……」
     突然笑われ、フォルナはきょとんとしている。
    「あの、どうかなさいました?」
    「い、いやね、あの……」
     間違いを正そうとして、小鈴の遊び心がうずいた。
    (……あ、このまま訂正しないで二人のコトを眺めるのも、面白いかも)
    「あの……?」
    「……ん、ああ。まだ9時前だし、喫茶店開いてるのかなって」
    「あ、……開いているかしら?」
    「どうだろうな。……うーむ」
     晴奈と小鈴は通りの方を眺めてみたが、小売店、卸売店は開いていても、食堂や喫茶店は扉が閉まったままだ。
    「ま、開いてないみたいだから。代わりにさ、フォルナちゃん」
    「ちゃ、ちゃん?」
    「一緒にお買い物するって言うのは、どう?」
     ちゃん付けされたフォルナは目を丸くしていたが、小鈴の提案を魅力的に感じたらしく、すぐにコクコクと頭を振った。
    「は、はい! ご一緒させていただきます!」
    「あたしは、コスズ・タチバナ。よろしくねー、フォルナちゃん」
    「よろしくお願いいたします、コスズさん」
     小鈴は一応、晴奈に聞こえるように、央中式に名乗っておいた。
     だが残念ながら、この時の晴奈は気付くことなく、そのまま聞き逃してしまったらしい。



     晴奈と2時間ほど市場を回った後、フォルナは宿に戻ってきた。
    「おっ。お嬢さん、お帰んなさい」
    「はい……。ただいま、戻りました」
     宿に戻ったフォルナを、店主がにっこりと笑って出迎えた。
    「どうでした、朝市は?」
    「ええ……。とっても、活気がありまして。堪能、いたしましたわ」
    「そっかそっか、うんうん。いい気分転換になったみたいで何より、……お嬢さん?」
     フォルナの頬は赤く染まり、目は店主に向けられてはいるが、視線はどこか遠くに飛んでいる。
    「はあ……」
    「お嬢さーん?」
    「コウさま……」
     フォルナはフラフラとした足取りで、階段を上っていった。
    「……いい人に、出逢いでもしたのかな?」
     店主はニヤニヤしながら、その後姿を見送った。

     フォルナの部屋の前では、まだ護衛二人が爆睡している。
    「……本当に、役立たずね。わたくしがいなかったことも気付かないわね、きっと」
     部屋の中に入り、ベッドに横たわる。
    「はあ……」
     まぶたを閉じると、あの「りりしい」猫侍の顔が浮かんでくる。一目見た時から、フォルナはあの央南人に恋をしてしまったらしい。
    (コウさま……)
     心の中でつぶやくだけで、フォルナの心にかっと火が灯る。
    「もう一度、お逢いしたい……」
     元からフォルナは思ったら即、行動するタイプである。
     ゴールドコーストへ旅行に来たのも、本国、グラーナ王国における政争が疎ましくなり、少しでも息抜きしようと思い立ってのことである。
    (お姉さまもお兄さまも、やれ家柄だ、やれ資産だと、央中各地の金満家の方たちと無理矢理に結婚させられようとしているし、わたくしがこの街に来たのだって……。
     ああ……! 浅ましいこと! それよりもわたくし、もっと自分のために生きたいわ。そうよ、わたくしはお城のいざこざに巻き込まれるのは、もう嫌!
     そんな人生よりわたくし、あの方と……)
     そう思った時にはもう、フォルナは身支度を整えて部屋を飛び出していた。



     旅支度を整えた晴奈と小鈴は、朱海と別れの挨拶をしていた。
    「いやー、久々に話ができて楽しかったよ、小鈴。また用事済んだら、来てくれよな」
     街の外まで送ってくれた朱海に、小鈴は親指を立てて応える。
    「もちろんよ。また晴奈から、面白い話を送ってあげるわ」
    「はは、期待してるよ」
    「それでは、また」
     晴奈はぺこりと、朱海に頭を下げる。朱海は笑って、ポンポンと晴奈の肩を叩いた。
    「はっは、英雄サマがそんなかしこまらなくっていいよ。今度来た時は、もっと気軽に来てくれていーから。
     じゃ、またな」
     晴奈たちはもう一度頭を下げ、朱海の店を後にした。

     晴奈たちはすぐに街門を抜け、関所を通り、ゴールドコーストを後にした。とは言え、まだ街の喧騒は壁を越え、晴奈たちのところへ響いてくる。
    「改めて、騒々しい街でしたね。まだ、余韻がある」
    「そーね。最初っから最後まで、騒がしかったわね。……あの狐っ子とか」
    「いや、まったく。……終始手を握って、騒いでいましたからね」
    「見てて飽きなかったわ、ホント」
     街の思い出を語りながら街道を進むうちに、ようやく周囲が静まっていく。
    「……」
     だが、静かなその道に、晴奈は妙な物足りなさを感じる。
    「こんなに」
    「ん?」
    「こんなに、静かでしたっけ」
     小鈴はクスクスと笑い、晴奈に微笑みかける。
    「晴奈もあの街に惹かれた?」
    「……かも、知れません」
     後ろを向くと、あの黄金の街がまだ、小さく見えている。たった1日、2日いただけなのに、妙に寂しさが募ってくる。
    「また……」
    「ん?」
    「……また、行きましょう」
    「うん、そうね」
     晴奈と小鈴は正面に向き直り、クラフトランドへの旅路を急いだ。

    蒼天剣・繁華録 終

    蒼天剣・繁華録 6

    2008.12.25.[Edit]
    晴奈の話、第178話。思いを馳せる。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「ゴメンゴメン、大丈夫?」「は、はい……」 晴奈たちは静かなところまで少女を連れて行き、手当てをした。 手当てと言っても額に小さなコブができた程度であり、今は濡らした手拭でコブを冷やしている。「あたし、朝が弱くて……」「いえ、大丈夫ですから。……あの、それよりも、あの」 少女は晴奈の顔と服をじっと見て、なぜか頬を染めた。「……どう...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第179話。
    おてんば恋姫の冒険。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ゴールドコーストを後にした晴奈と小鈴は央中北部の国、ネール公国への道を進んでいた。
    「もう一度確認しても、よろしいですか?」
    「ん?」
     晴奈が地図を眺めながら、小鈴に質問する。
    「ゴールドコーストを抜け、この街道を北上した後に、えっと……」
    「リトルマイン、ね。ゴールドコーストほどじゃないけど、ちっちゃい鉱山がある街よ」
    「はい、それでそのリトルマインを抜け、西の関所を越えて、次は湖を越える、でしたっけ」
    「そうそう。フォルピア湖を船で越えて、その真ん中にあるミッドランド島で一休み。んで、その後また船に乗って西岸に降りて、そのまま西へ進む」
    「そこには港がある、と」
    「うんうん。ルーバスポートって言う、ネール公国公有の港。そこで一泊して、そこから2日ほど北に進めば……」
    「我々の目的地、ネール公国の首都であるクラフトランドに到着する、と」
    「そーゆーコト。……コレで4回目だけどね、確認するの」
    「はは……、失敬。どうも、見知らぬ土地は不安なもので。それに……」
     晴奈は立ち止まって地図をたたみ、それから後ろをチラ、と見た。
    「……何なのか、一体」
    「ん?」
    「いえ……」
     晴奈は進む方向に向き直り、また歩き始めた。



    (み、見つかってしまったかしら)
     晴奈の後方、約20メートル後ろにいたフォルナは慌てて身を隠した。晴奈を男だと勘違いしたまま一目ぼれしてしまったフォルナは、護衛たちに無断でゴールドコーストを飛び出し、晴奈たちを追いかけていた。
    (……大丈夫、よね?)
     木の陰からそっと晴奈たちの様子を伺ってみると、二人は既に歩き出していた。
    (あら、急がなくては)
     フォルナは街道から若干それ、木々に姿を隠しながら晴奈たちの後を追いかける。フォルナの目には、晴奈の姿がまるで物語に登場する騎士の如く映っている。
    (ああ……! 何て綺麗な後姿でしょう!
     威風堂々として、それでいて『猫』らしい軽やかな足取り。上に束ねられた、真っ黒な長い髪。エキゾチックな異国のお召し物。そして優雅に揺れる尻尾!
     ああ、コウさま……!)
     晴奈が女だとは少しも疑わず、フォルナは勝手に妄想を膨らませていく。
     と、ここでようやく晴奈の横に並んで歩く小鈴に気付いた。
    (……あら? そう言えばあの赤毛のエルフの方、ずっとコウさまと一緒にいるわね。確か、コスズさんと言うお名前、だったような。
     お二人で、旅をされているのよね? ……まさか、コスズさんはコウさまの恋人? ……い、いえ。まだそうと決まったわけでは無いわ。もしかしたら単なる従者かも知れないし)
     フォルナの想いを知らない晴奈は、何の気なく小鈴と話をしている。
    「小鈴殿、リトルマインと言うのはどんな街なのですか?」
    「さっきもちょっと触れたけど、鉱山の街ね。
     屏風山脈西側には金や銀、その他色んな金属の鉱床が多いのよ。一番有名なのはゴールドコースト。その名の通り、金がザクザク掘れるトコだって言うのは前に言った通り。
     んで、リトルマインも同じように錫とか黒炭、亜鉛が採れるのよ。ま、ゴールドコーストみたいに貴金属は出ないから、そんなに人気は無いけどね」
    「ふむ。ゴールドコーストとは違って、落ち着いて過ごせそうですね」
    「そーね。あ、そうそう。ココもね、温泉あんのよ。鉱山近くの温泉だから、効能もけっこーあるらしいわよ」
    「ほう、温泉ですか」
    「硫黄とか燐も出るらしいから、ここ数年では鉱山よりもむしろ、温泉を軸にした観光業を押し出そうとしてるみたい。ま、今のところそんなに儲かってないみたいだから、ゆっくりはできると思うけどね」
     温泉と聞いて晴奈は昔、紅蓮塞で小鈴に出会った時のことを思い出した。
    「そう言えば昔も、紅蓮塞へ温泉目的でいらしてましたね」
    「あー、うんうん。あそこのお湯も気持ち良かったわぁ。お酒も美味しかったし」
    「ふむ。温泉に入ったら、酒でも飲みますか」
    「いーわねぇ、もう秋めいてきたし。ワインを熱燗にしてもらって、ホットワインをぐいー、っと」
     その言い方が5年前、紅蓮塞の温泉内で小鈴が見せた動作とまったく一緒だったので、晴奈は笑い出した。
    「ふふ、あはは」
    「ん? どしたの、晴奈?」
    「いえ、紅蓮塞の時も……」
     楽しそうに笑う晴奈と小鈴を見て、フォルナは焦る。
    (あっ、あっ……。あんなに楽しそうに笑っているわ。やっぱり、お二人は付き合っていらっしゃるのかしら?)
     そんな風に、木陰で気を揉んでいると――。

     フォルナは突然口をふさがれ、森の奥へと引きずり込まれた。

    蒼天剣・恋慕録 1

    2008.12.28.[Edit]
    晴奈の話、第179話。 おてんば恋姫の冒険。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ゴールドコーストを後にした晴奈と小鈴は央中北部の国、ネール公国への道を進んでいた。「もう一度確認しても、よろしいですか?」「ん?」 晴奈が地図を眺めながら、小鈴に質問する。「ゴールドコーストを抜け、この街道を北上した後に、えっと……」「リトルマイン、ね。ゴールドコーストほどじゃないけど、ちっちゃい鉱山がある街よ」「...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第180話。
    金に目がくらむ愚か者たち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「!?」
     フォルナは何が起こったのか、そして何をされているのか把握できなかった。
    「むっ、むぐ!?」
    「うるせえ。静かにしやがれ」
     がっちりと口、肩、そして首をつかまれているため身動きが取れないが、背後から男の声がする。
    「騒ぐんじゃねえぞ」
     フォルナを捕まえているのとは別の男らしい声がする。フォルナはまだ状況が飲み込めず、しきりにうなる。
    「うー、うー」
    「俺の言ってることが分かんねえのか、お嬢さんよお?」
     男が一人、フォルナの目の前に回ってギラリと光るナイフを取り出す。
    「うぅ!?」
    「黙ってくんねーとよ、オシゴトできねーのよ」
    「……」
     ここでようやく、フォルナは状況を理解した――今、自分は襲われているのだと。

    「よしよし……」
     フォルナは盗賊たちに持ち物を奪われ、猿ぐつわを噛まされて木に縛り付けられた。
    「金は、クラムが現金で12000と。で、こっちはエル金貨2枚に、銀貨が、えーと……、62枚。なあ、今1クラムって何エルだっけ?」
    「確か、25か26」
    「いや、こないだ中央政府がかなりクラムを発行してたから、いいとこ22じゃねーか?」
    「そっか。……てことは、金貨が10000エル、銀貨100エルだから、合計26200エルで、割ることの……」
    「1200クラムってところだな」
    「じゃ、合わせて13200か。……ヒュー、金持ってたな、やっぱり」
     盗賊たちはフォルナの財布からジャラジャラと金を出し、ほくそ笑んでいる。と、盗賊の一人がフォルナの鞄から通帳を取り出した。
    「ん? これ、通帳か? えーと、お嬢ちゃんのお名前は、と……。『金火狐銀行 ブラウンガーデン支店 フォルナ・ブラウンテイル・グラネル』。
     ……へ?」
     通帳に記載されている名前を読み上げた瞬間、盗賊たちは凍りついた。
    「グラネル家って、アレ、だよな?」
    「あ、ああ」
    「グラーナ王国の、王家……」
     盗賊4人は一斉に、木にくくりつけたフォルナを見つめる。一人が立ち上がり、フォルナの猿ぐつわを取って質問する。
    「……聞くけどよ、お嬢ちゃん」
    「はい」
    「アンタの名前は、この通帳に書いてあるフォルナ・ブラウンテイル・グラネルでいいのか?」
    「ええ」
    「マジか?」
    「はい」
     盗賊たちは顔を見合わせ、たどたどしい口調で相談する。
    「つまり、これはあれか」
    「俺たちは、王族の、お嬢ちゃんを、縛り付けて、金も奪った、と」
    「い、いや。まだやってねえ。このまま離れりゃ、問題ない。多分。きっと。恐らく」
    「……でもよ、13000クラムだぜ?」
     その一言で相談の声がやみ、全員がもう一度フォルナの顔を見る。
    「……だな」
    「ほしいよな、13000」
    「13000あったらさ、しばらく遊べるよな」
    「それどころじゃねえぜ」
     盗賊の一人が、先ほどの通帳を手にとって調べている。
    「預金残高、1682798クラムだってよ」
    「ひゃ、168万クラム!?」
    「どっ、どんだけ遊べるよ?」
    「てめーは遊ぶことしか頭にねえのか。こんだけあったらよ、あっちこっちの事業債権がしこたま買えるぜ?」
    「他人の借金背負ってどうしようってんだよ?」
     盗賊の中で一番頭の良さそうな男が、ニヤリと笑う。
    「バーカ、借金ったって使い道は商売の元手だぜ?
     こう言う債権にゃ、配当ってもんが付くんだよ。オマケに優良債権を押さえときゃ、色んな理由つけて買いたいってヤツも出てくる。
     俺たちが安値で大量に仕入れて、後々奴らが一儲けすりゃ、それだけで10倍、20倍に膨れ上がる」
    「ひゃ、168万が10、いや20倍になるってのか!?」
    「計算してみろよ、3000万くらいにゃなるぜ」
    「……うっひょー」
     欲にまみれた男たちの妄想は止まらない。そして線の細い、弱気そうな男が物騒なことを言ってのけた。
    「3000万もありゃ、もうこんな薄暗いところで人を殺さなくてもいいんだよな……」
    「そうだ。今、王女様を手放してチャンスを逃し、人を襲い続けるか。
     それともたった一回、ここで手を汚すか」
     盗賊たちはそこで、しばらく黙る。フォルナは男たちの間に渦巻く狂気を感じ取り、恐る恐る声をかける。
    「あ、あの。お金がほしいのなら、差し上げます。国にも盗られたことは言いません。ですから、このまま解放して……」「お嬢さぁん」
     盗賊たちは一斉に立ち上がり、フォルナの顔を見つめた。
    「俺たちゃだまされてだまされて、色んなもん搾り取られてさ。こんな最下層にまで堕っこちたのよ」
    「今さらさぁ、『何もチクらないから』って言われてもさ」
    「信じる気にゃ、さーっぱりなれんのよ」
    「そう言うことでね。……せめて苦しまないようには、しておいてやるからな」
     盗賊たちは一斉にナイフを抜いて、フォルナを囲む。
     彼らの目は欲と殺人に対する倦怠感で、ドロドロに濁っていた。
    「ひっ……!」
     フォルナは短く悲鳴を上げ、目をつぶった。

    蒼天剣・恋慕録 2

    2008.12.29.[Edit]
    晴奈の話、第180話。 金に目がくらむ愚か者たち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「!?」 フォルナは何が起こったのか、そして何をされているのか把握できなかった。「むっ、むぐ!?」「うるせえ。静かにしやがれ」 がっちりと口、肩、そして首をつかまれているため身動きが取れないが、背後から男の声がする。「騒ぐんじゃねえぞ」 フォルナを捕まえているのとは別の男らしい声がする。フォルナはまだ状況が飲...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、181話目。
    女騎士のような。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     その時だった。
    「まだ20にも満たぬ少女を4人がかりで惨殺か。それだからお前らは堕ちるのだ」
     盗賊たちの背後から、鋭い一喝が飛んできた。
    「だ、誰だッ!?」
     盗賊たちは一斉に振り向く。フォルナも目を開け、声のした方を見る。
    「お前らに名乗るような下賎な名前など、持ち合わせて……」「コウさま!」「……」
     そこには口上を邪魔されて憮然としている晴奈と、後ろを向いて肩を震わせる小鈴がいた。
    「く、くっく……。晴奈、かっこよく登場したのに台無しね、……ぷふっ、くくく」
    「ま、まあ、いいです。……コホン」
     晴奈は刀を抜き、盗賊たちを威嚇する。
    「まあ、そこの少女に名乗られてしまったから、名乗っておく。
     私は黄晴奈。央南出身の旅の者だ。お前らの非道、許すわけには行かぬ」
    「ゆ、許さなきゃどうだってんだ」
    「大人しく投降し、縛に付けば命は助けてやろう。だが、私やその少女に刃を向けるとあらば……」
     晴奈は刀を正眼に構えた。
    「返り討ちにしてくれるぞ」
     この脅しだけで、盗賊4人の士気は大幅に下がる。百戦錬磨の晴奈と、4人がかりで弱者をいたぶる彼らとでは、勝負になるわけが無かった。
     だが――。
    「う、うるせえ! さ、さ、さ、3000万を諦めてたまるかってんだ!」
     いかにも粗暴そうな男が、ナイフを腰だめに構えて向かってきた。
    「……愚か者め」
     次の瞬間、男の顔をほとんど縦に割るように、晴奈の刀が走った。
    「ぎゃ、……ッ」
     向かってきた男はナイフを落とし、のた打ち回る。
    「致命傷では無い。が、今すぐ手当てをしなければ命に関わる」
     晴奈は残った3人に刀を向ける。
    「どうする? 来るか? それとも投降するか?」
    「……お侍さんよお」
     頭の良さそうな男が、すい、と前に出る。
    「こいつの言った通り、この子から3000万が取れるんだ。3000万だぜ? な、ここでさ、山分けしないか? アンタに1500、俺たちに1500。悪い話じゃねーよな?」
    「貴様の性根が最も腐っているな」
     晴奈は刀を構え直し、男に一歩詰め寄る。
    「この黄晴奈、金では買えぬ」
    「またまたぁ。どーせ俺たちを皆殺しにして、3000万独り占めする気だろ? 言っとくけどな、俺たちにゃまだまだ仲間がいるんだ。アンタが俺たち殺したら、そのうわさ広めるぜ」
    「何を馬鹿な」
     晴奈はもう一歩、間合いを詰める。
    「嘘や方便は通用しない。他に仲間がいれば、こうして刀を向けられている今、出てくるべきだろう? それにな、私の実家は央南随一の大商家だ。そんな金など、塵や芥に等しい」
    「それこそ嘘だろ? 何で大金持ちが、こんな森の中をテクテク歩いて……」
    「お前はとんだ愚か者だな。たった今、その少女が3000万を持っていると言ったばかりでは無いか」
     愚か者とののしった瞬間、男の顔色が変わった。
    「……んだと? 俺が、愚か者?」
    「そうでなければ何だと言うのだ。人を襲い金と命を奪うことを繰り返す――性根が捻じ曲がった愚者でなければ、とてもできぬことだ」
     この一言に、男は逆上した。
    「バカに……、バカにすんなーッ!」
     男はナイフを振り上げ、晴奈に向かって投げる。だが、晴奈は顔色一つ変えずに刀でそれを弾く。弾かれたナイフは回転しながら弧を描き、男の肩に突き刺さった。
    「ひっ……!」
    「そうやってすぐに怒り狂うのは、己が愚かである証拠だ。……さあ、どうする?」
     晴奈は残った2人をギロリとにらむ。2人は顔を真っ青にして、ナイフを捨てた。

     晴奈に刃向かい怪我をした2人は手当てを受け、そのまま縛られた。残った2人も同様に縛られ、街道の途中にあった小屋に放り込まれた。
    「外から戸を封じておく。後程警吏をよこすから、来るまでしばらく反省するがいい」
    「……」
     盗賊4人は魂が抜けたような顔をするだけで、晴奈の言葉には反応しなかった。
    「さてと、フォルナだったか」
    「は、はい」
     助けられたフォルナは、晴奈を見て縮こまっている。
    「何故、付いてきた?」
    「その、えっと……」
    「危険だとは思わなかったのか?」
     晴奈の口調は盗賊たちを威嚇した時とは違い、幼い子を諭すような、優しげなものに変わっている。
    「……考えておりませんでした」
    「無茶にもほどがある。このようなこともあるのだから、もっと考えて行動しなければ」
    「……クス」
     背後で小鈴が笑っているが、晴奈は構わず説教を続ける。
    「歳はいくつだ?」
    「16です」
    「16でこんな、人里離れた場所を一人でうろつくなど……」
    「……クスクス」
     なぜか、小鈴は晴奈が何か言う度に笑っている。
    「……何ですか、小鈴殿」
    「んふふ……、晴奈。あたし、アンタの子供の頃の話、雪乃から聞いてるんだけど」
    「え」
    「13歳で、黄海から飛び出して弟子入りを頼み込んだって言う……」
    「う……」
     偉そうに説教していた晴奈は、ばつが悪くなって赤面する。
     きょとんとするフォルナを見た小鈴は、フォルナに耳打ちした。
    「あのね、このコウさんは13歳の頃、街で出会った剣士に弟子入りするために、一人でこーんな山道を……」「聞こえてます、小鈴殿」
     晴奈は顔をしかめ、腕組みをしてそっぽを向く。
    「……それはまあ、確かに私にも、似た経験がありますけども」
    「気持ちも一緒よ? この子、アンタと一緒に旅がしたくて、ココまで付いてきたんだから」
    「あっ」
     小鈴に秘めていた想いをばらされ、フォルナも顔を真っ赤に染める。
    「私と旅を?」
     晴奈はけげんな顔をして、フォルナに向き直る。
    「何故?」
    「そ、その……、わたくし、あなたのことを、お慕い申しておりまして」
    「は?」
     この時小鈴にまた、イタズラ心が沸いたらしく、ニヤニヤしながらこう付け足してきた。
    「つまりね、フォルナちゃんは晴奈のコトが気になって仕方無いのよ。あんまり、かっこいいから。
     連れてってあげなさいよ、晴奈」
    「いや、しかし旅慣れていない者を連れて行くのは」
    「あら、それじゃこの森の中を一人で帰させる気?」
     そう言って小鈴は森を指差す。
    「む……」
    「いいじゃん。三人旅も楽しいわよ、きっと」
    「いや、楽しいとかそう言う問題ではなく、私は日上を……」
    「大丈夫だって。このまま進めばゴールドコーストへの便があるルーバスポートに行けるんだし、そこで送り返せばいいじゃないの。ソレまでは一緒に、ってコト。
     コレならアンタの邪魔にならないでしょ?」
    「ふむ」
     小鈴の提案を聞き、晴奈はうつむき考え込む。その間に、小鈴はフォルナにまた耳打ちした。
    「アンタもソレでいい?」
    「ええ。それまでにコウさまを惚れさせて、『離れたくない』と言わせてみせますわ」
    「アハハ、頑張って」
     二人がささやき合っている間に、晴奈は顔を上げ、同意した。
    「分かりました。ではルーバスポートまでは、一緒に行くと言うことで」
    「よしよし。……よろしくね、フォルナちゃん」
    「はいっ。よろしくお願いします、コスズさん、それから」
     フォルナは晴奈の手を取り、最大限とも言える満面の笑顔を見せ付けた。
    「よろしくお願いします、コウさま」
    「ああ、よろしく」
     晴奈は相変わらず、フォルナが自分に惚れているなどとは考えもしなかった。

    蒼天剣・恋慕録 3

    2008.12.30.[Edit]
    晴奈の話、181話目。 女騎士のような。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. その時だった。「まだ20にも満たぬ少女を4人がかりで惨殺か。それだからお前らは堕ちるのだ」 盗賊たちの背後から、鋭い一喝が飛んできた。「だ、誰だッ!?」 盗賊たちは一斉に振り向く。フォルナも目を開け、声のした方を見る。「お前らに名乗るような下賎な名前など、持ち合わせて……」「コウさま!」「……」 そこには口上を邪魔されて...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第182話。
    お姫様、はじめての野宿。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     晴奈たちとフォルナが合流してから6時間ほどが経過し、流石に夕闇が濃くなってきた。
    「コレ以上は進めそうに無いわねー。今日はココで休もっか」
    「そうしましょう」
     二人の会話を聞いたフォルナは驚いた顔をする。
    「え? ここで、と言うと?」
     晴奈は地面を指差し、フォルナの問いに答える。
    「ここ、だ。野宿になる」
    「の、野宿、ですの?」
    「ああ」
     フォルナはきょろきょろと辺りを見回し、眉を曇らせる。
    「あ、あの。外ですわよ」
    「そうだが?」
    「そ、外でなんて……」「あのねーフォルナちゃん」
     小鈴が胸の前で腕を組み、フォルナに言い放つ。
    「あたしらの旅は野宿多いよ、徒歩で進んでるから。それが嫌ならー……」「い、いえっ! 大丈夫です!」
     フォルナはブンブンと首を振り、慌ただしく袖をまくった。
    「えっと、野宿の準備は、何をすればよろしいのかしら!?」
    「よーしよし。んじゃ、そこら辺に落ちてる木の枝、拾ってきて。しけってるのはダメよ。乾いてるヤツね」
    「はいっ」
     小鈴は晴奈にも同じ指示を送る。
    「晴奈も枝集めお願い。あたしは寝床確保するから」
    「承知しました」
    「さ、フォルナ。晴奈と一緒に集めてきて」
    「あ……、はい! 頑張ります!」
     フォルナは小鈴にぺこりと頭を下げ、晴奈の手を引く。
    「さ、コウさま! 一緒に集めましょう!」
    「あ、ああ」
     晴奈はフォルナに手を引かれるまま、森の奥へと入っていった。

     フォルナはずっとニコニコと微笑んだまま、晴奈の側を離れない。
    「コウさま、こちらの枝はどうでしょう?」
    「ああ、これなら使えそうだな。持っておいてくれ」
    「はい」
     フォルナはいそいそと枝をまとめる。
    「ねえ、コウさま」
    「うん?」
    「コウさまは、あの、……えっと」
     小鈴と付き合っているのか、と聞こうかと考えたが、率直に聞くのは少し怖い。
    「どうした?」
    「……その、独身、でいらっしゃいますか?」
    「は?」
     晴奈はけげんな顔をする。
    「まあ、独り身だ。想っている相手もおらぬ」
    「そうですか、良かった」
    「良かった? ……何が?」
    「あ、いえ。こちらの話ですわ」
     独身と聞き、フォルナは嬉しくなった。
    「あ、あのー」
    「なんだ?」
    「……コウさまって」「すまぬが、フォルナ」
     晴奈がうざったそうな顔を向けてくる。
    「様付けは勘弁願いたい。どうにも耳がかゆくなる」
     そう言って、晴奈は猫耳をカリカリとかいた。
    「あ、すみませんコウ……、さ、ん、でよろしいでしょうか」
    「単に、コウと呼んでもらって構わぬ」
    「あ、はい。……で、では、コウ」
    「なんだ?」
    「あの、コウはどのような異性が好みでしょうか?」
    「はあ?」
     晴奈がもう一度、けげんな視線を向けてきた。
    「先ほどからお主、妙なことばかり聞くな?」
    「あ、すみません」
    「……まあ、答えるのにはやぶさかではない。そうだな、どちらかと言うと、粗暴で荒々しい奴は好まぬ」
    「では、落ち着いた雰囲気の方が好み、と言うことでしょうか」
    「まあ、そうなる」
    「……わたくし、淑女として育てられて良かったと、今初めて教育係に感謝いたしましたわ」
    「……?」
     晴奈とはフォルナの想いに気付くことなく、そしてフォルナは晴奈の性別に気付くことなく、二人は微妙にずれた会話を続けていた。

     枝集めも終わり、二人は小鈴のところに戻ってきた。
    「おっ、おかえりー」
    「ただいま戻りました。これくらいでいいでしょうか?」
    「ん、よしよし。んじゃ早速、火を起こそうかなー」
     そう言って小鈴は鞄からマッチを取り出した。それを見たフォルナが、不思議そうな顔で質問する。
    「コスズさんって、魔術師でしたわよね?」
    「ん? そーだけど?」
    「魔術で、火を点けたりはいたしませんの?」
     小鈴は「あー」と声を出し、額をポリポリかいた。
    「あたし、火の魔術は苦手なのよ。得意なのは土と、風の術。後は幻術、そんだけかな」
    「そうなのですか。わたくしも少々魔術はたしなんでおりますけれど、あまり詳しくありませんので……」
    「まー、魔術は向き不向きがすっごく出るもんね。良かったら、あたしがちょっと教えたげよっか? こーゆー旅路で役に立つヤツとか」
    「よろしいのですか?」
     小鈴はマッチに火を点けながら、「いーよー」と返した。
    「……ん、よし。くすぶってきた。……えいっ」
     小鈴が早口で呪文を唱え、種火の点いたかまどに風を送る。空気を送られたかまどは、勢いよく燃え始めた。
    「よしよし、コレで野宿の準備は完了っと。んじゃ、ご飯の用意しよっか」
     晴奈は「はい」と短く答え、鞄の中から食糧を取り出した。

    蒼天剣・恋慕録 4

    2008.12.31.[Edit]
    晴奈の話、第182話。 お姫様、はじめての野宿。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 晴奈たちとフォルナが合流してから6時間ほどが経過し、流石に夕闇が濃くなってきた。「コレ以上は進めそうに無いわねー。今日はココで休もっか」「そうしましょう」 二人の会話を聞いたフォルナは驚いた顔をする。「え? ここで、と言うと?」 晴奈は地面を指差し、フォルナの問いに答える。「ここ、だ。野宿になる」「の、野宿、...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第183話。
    歌劇団風な夢。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     夕食も終わり、三人はちょっと話を交わしてから、すぐに眠った。
    「寝冷えしちゃうといけないから、固まって寝ましょ」
    「あ、はい」
    「それでは、おやすみなさい」
     焚き火に向かって左からフォルナ、晴奈、小鈴の順に座り込み、毛布に包まって目を閉じる。
    「……すう」
     すぐに小鈴の寝息が聞こえる。
    「早いですね。旅慣れているからでしょうか」
    「いや、小鈴殿はいつでも寝るのが早い。しかも長くて、寝起きが悪い」
    「あら……」
     苦笑する晴奈を見て、フォルナもクスクスと笑う。
    「明日も多分、私が起こすことになる」
    「コウは寝覚めが良いのですか?」
    「ああ。睡眠自体も短い方でな、明日の4時には起きているだろう」
    「まあ……。わたくし、いつも起きるのは、早くても7時くらいですわ。よく、そんなに早く起きられますわね」
     驚くフォルナに、晴奈はまた苦笑しつつ返す。
    「13の時から、早寝早起きが習慣だからな。それも修行の一環だった」
    「へぇ……。サムライって、色んな修行がありますのね」
    「それは少し違うな」
    「え?」
     晴奈はフォルナに顔を向け、静かに語る。
    「私は侍の修行など、したことがない。やったのは、剣士としての修行だ。侍と剣士は似て非なるものだ」
    「どう、違いますの?」
    「剣士は単に、剣を学んだ者だ。侍と言うのは剣を学んだ上で、高い志と仁徳を得た者を言う、……と、私は思っている。
     単に剣術の腕があると言うだけでは、ただの乱暴者。そこに礼儀、仁徳、その他正しいと信じられる、誇ることができる心情が胸のうちに無ければ、侍とは呼べぬ。
     私は何度か、確かに剣の腕がある者と戦ったことがある。だが、侍と呼べる者はいなかった」
     そうして晴奈は、師匠と央南を旅した時に出会った道場破りの話や、抗黒戦争で戦った「魔剣」の話を聞かせていた。
    「……それでな、怪物たちを入れていた檻の間から、突然その剣士が、……おっと」
     話の途中で、晴奈はフォルナがすうすうと寝息を立てていることに気付く。フォルナは眠ったまま、晴奈の手を握っていた。
    「むにゃ……、コウさま……」
    「……おやすみ」
     晴奈も目を閉じ、護りは小鈴の杖、魔杖「鈴林」に任せて眠りに就いた。



     夢の中。
     フォルナは故郷、グラーナ王国の宮殿にいた。
    「殿下……」
     どこかで自分を呼ぶ声がする。
    「陛下がお呼びですぞ、殿下」
    「嫌ですわ。また、お小言でしょう?」
     フォルナはその声に応じない。
    「いいえ殿下」
     声は止まらない。
    「殿下にお会いしたい方がいると、陛下から託っております」
    「わたくしに会いたいと? どなたかしら?」
     フォルナは興味を持ち、その声のする方に歩いていく。
    「どのような方ですの?」
    「猫獣人の方です。央南人のようで……」
    「まあ!」
     フォルナの脳裏に晴奈の顔が浮かぶ。フォルナは思わずドレスの裾をつまみ、走り出していた(いつの間にか旅装から、おしとやかそうなドレス姿に変わっている)。
    「ただいま参りました、父上!」
    「おお、フォルナ」
     玉座の間に着くと、父と央南風の猫獣人が向かい合っていた。
    「コウさま!」
     フォルナが呼ぶと、その猫獣人はくるりと振り返った(なぜか振り返った瞬間、騎士風の鎧姿に変わる)。
    「ああ、フォルナ!」
     猫獣人はフォルナの元に向かい、フォルナをひしっと抱きしめた。
    「ああ、コウさま……」
     フォルナも猫獣人を抱きしめ、そのままじっとしていた。すると――。
    「さあ、婚礼の準備を!」
     父が大きな声をあげ、臣下の者に命じる(なぜか天帝教の教会内に場面転換。フォルナは花嫁風のドレスを身にまとい、猫獣人は純白の礼服を着ている)。
    「フォルナ殿下、おめでとうございます!」
     城の者たちが皆集まり、フォルナと猫獣人を祝う(なぜか教会の建物が、どんどん広くなっている。城内のものすべてを集めれば絶対に入りきらないはずだが、きっちりと収まった)。
    「ありがとう、みんな、ありがとう!」
     フォルナは(なぜか衣装換えしている。今度は真っ赤で、とても派手なドレスだ)涙を流しながら、祝ってくれた皆にお辞儀をする(またドレスが変わる。今度は優雅な青いレースがついている)。そこでとなりにいた猫獣人が、フォルナの手首をつかんだ。
    「え……」
    「さあ、フォルナ。夫婦の誓いを……」
     そう言って猫獣人(実際の晴奈よりもっと男らしく、それでいて耽美な顔立ちになっている)はフォルナの腰に手を回し、目を閉じて顔を近づけてきた(なぜか、なぜか……、辺りは色とりどりのバラの花で満ちあふれている)。
    「は、はい……」
     フォルナは顔を真っ赤にして(また衣装が変わる。今度はどこで知ったのか、央南風の振袖をまとっている)、猫獣人に顔を近づけ――。



    「わわわわわわ、ちょ、ちょい待ち! フォルナ、起きて起きて起きてーっ!」
    「……ふにゃ?」
     目の前5センチのところに、小鈴の驚いた顔があった。

    蒼天剣・恋慕録 5

    2009.01.01.[Edit]
    晴奈の話、第183話。 歌劇団風な夢。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 夕食も終わり、三人はちょっと話を交わしてから、すぐに眠った。「寝冷えしちゃうといけないから、固まって寝ましょ」「あ、はい」「それでは、おやすみなさい」 焚き火に向かって左からフォルナ、晴奈、小鈴の順に座り込み、毛布に包まって目を閉じる。「……すう」 すぐに小鈴の寝息が聞こえる。「早いですね。旅慣れているからでしょうか」「...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、184話目。
    ようやく気付いたお姫様。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「ふあ、あー……。ああ、ビックリした」
     小鈴はまだ眠たそうにしながら、焚き火を片付けている。
    「ごめんなさい、コスズさん」
    「まあ、悪気があってやったワケじゃないから、いーけど。ところで、晴奈知らない?」
    「コウですか? ……いませんね?」
     フォルナの隣で眠っていたはずの晴奈の姿が無い。小鈴は巫女服の袖から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。
    「今は、6時ちょい前か。んじゃ、朝の修行でもしてるのかな」
    「朝からですか?」
     目を丸くするフォルナに、小鈴はち、ち、と指を振る。
    「それが剣士ってもんよ。休日でも朝と昼、きっちり素振りしてるし」
    「へぇ……」
     感心しているフォルナに、小鈴はそっと耳打ちしてきた。
    「ね、フォルナちゃん」
    「はい?」
    「アンタ、『麦穂狐』よね?」
     小鈴の言葉に、今度は目を丸くする。
    「え、えっと」
    「アンタが盗賊に捕まってた時にさー」
     小鈴は時計を出した袖口から、今度は通帳を取り出す。
    「あ、それは……」
    「そ、アンタの通帳。あの盗賊たちが3000万なんて言ってたけど、実際の残高は170万弱だったわね。ま、あいつらが変な勘定回してたんだろーけども、それでも普通の小娘が持つ額じゃないわよ、コレは。それに名義が『フォルナ・ブラウンテイル・グラネル』になってるし」
     通帳をフォルナに返し、小鈴は話を続ける。
    「グラネル家、通称『麦穂狐(ブラウンテイル)』一族。その起源は黒白戦争の英雄、ニコル・ゴールドマン3世の子供たちの造反にさかのぼる。主要産業は小麦を初めとする農業で、央中・央北の小麦市場に強い影響を持つ。
     最近は豊作続きなのと、北方との戦争で物価が上がってるコトもあってかなり儲けてるみたいだけど、30年以上続くお家騒動はまだ収まる気配が無い。……で、間違いないかしら?」
    「……ええ。概ね、相違ありませんわ」
     フォルナは通帳をしまいながら、小鈴に答える。
    「現在国王の座に就いている父上は真面目で厳格な方なのですが、先王、つまり私の祖父は非常に好色な方だったそうで、正室、側室合わせて7人の子が生まれました。当然、ここに後継者争いが起こったのですが、その時は何とか長男であり、正室の子だった父上が王位を継ぎました。
     問題は、その次。父上ももうお年ですし、過去の後継者争いで対立した方たちはほぼ、自分が王位に就くことを放棄しています。その代わり、子供たちを就かせようとしていまして。各個に資産を蓄えたり、国内の主要産業と手を結んだりと、権益、利権を押さえようと画策しています」
    「んー、つまり経済的に優位に立つコトで、王様が崩御した後に起きるであろう後継者争いを有利に進めたい、ってワケ?」
    「その通りです。そして現在、傍家のいくつかは我々本家以上の財を蓄えている、と言ううわさも入るようになりまして。自分が亡くなった後の争いに不安を感じた父上は、央中各地の名家と太いパイプをつなぎ、対抗しようとしております」
    「あー、そこは聞いたコトあるわね。こないだもネール家の誰かと見合いしたとか、そんな話も聞いたわ。んじゃ、アンタがゴールドコーストにいたのも……」
    「ええ、一度お目通りをと言うことで。会ってはみたのですが、あまり品がよろしそうな方には見えなくて」
    「アハハ……。んでその帰りに晴奈を見て、惚れちゃったワケね」
     フォルナは顔を赤くして、コクリとうなずいた。
    「わたくし、本当にあの方のことをお慕いしているのです。あの方と添い遂げられるのならば、家や財産など惜しくはありません」
    「そっか……」
     小鈴は流石に、心がチクリと痛んだ。
    「(これ以上、だましちゃ悪いわよね)あのさ、フォルナちゃん……」
    「はい?」
     フォルナは顔を上げ、小鈴の目を見た。
     そこに晴奈が戻ってきた。やはり朝の日課、素振りを終えたところらしく、髪を解き、手拭で顔を拭いている。
    「ただいま戻りました」
    「あっ、晴奈」
    「え……?」
     髪を肩まで垂らした晴奈の姿を見て、流石にフォルナも気付いたらしい。
    「あれ、あの、……?」
     フォルナは半信半疑の顔で、晴奈に近付く。
    「どうした、フォルナ?」
    「……嘘でしょう?」
     フォルナは愕然とした顔で、晴奈の胸に手を当てた。
    「な、何を?」
     フォルナの手に鍛えられた筋肉の硬さと、男ではありえない脂肪の軟らかさが伝わる。
    「……ッ!」
     フォルナは顔を真っ青にして、晴奈の道着を無理矢理はだけさせた。
    「わ、わっ!? 何をする!?」
    「じょ……、じょ、女性では無いですかッ!」
     わずかながらも道着の胸元に見えた谷間を見て、フォルナは硬直した。
    「……お主、先ほどから一体何なのだ? わめくわ、剥くわ、……何を考えているのだッ!」
     晴奈も顔を真っ赤にしながら、道着を着直す。
    「わ、わたくし、何の、ため、に……」
     フォルナはそのまま、仰向けに倒れた。

    蒼天剣・恋慕録 6

    2009.01.02.[Edit]
    晴奈の話、184話目。 ようやく気付いたお姫様。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「ふあ、あー……。ああ、ビックリした」 小鈴はまだ眠たそうにしながら、焚き火を片付けている。「ごめんなさい、コスズさん」「まあ、悪気があってやったワケじゃないから、いーけど。ところで、晴奈知らない?」「コウですか? ……いませんね?」 フォルナの隣で眠っていたはずの晴奈の姿が無い。小鈴は巫女服の袖から懐中時計を取り...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第185話。
    おうじょ フォルナが なかまになった!

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     フォルナはユラユラとした振動を感じ、目を覚ました。
    (え……?)
    「呆れましたよ、まったく」
    「ホント、ゴメンね~」
     すぐ前方で、晴奈と小鈴の声が聞こえる。
    「しかし、ずっと男だと思われていたとは」
    「今度からさ、ムネに詰め物しといたら?」
    「勘弁してくださいよ。動きにくい」
    「そーよね、アハハ」
     どうやら、晴奈がフォルナを背負ってくれているらしい。
    (コウ……。まさか、女だったなんて)
     フォルナはあまりのショックで、目を覚ましても動けないでいる。
     と、フォルナが目を覚ましたことに気付かず、晴奈がこんなことを言った。
    「しかしフォルナを見ていると、何だか心配になります」
    「なんで?」
    (何故ですの?)
    「小鈴殿も言っていたように、昔の自分に良く似ているからです。あの頃の私を省みると、よくもまあ情熱だけで旅立てたものだ、と呆れてしまう」
    (あら、ひどいわね)
     一向に背負ったフォルナの様子に気付くことなく、晴奈は話を続ける。
    「心配になると言いましたが、同時に何と言うか、守ってやりたい気持ちにもなりますね」
    「ふーん」
     フォルナは薄目で小鈴の方を見てみると、小鈴と目が合った。が、小鈴は何も言わない。
    「どうも私は、年下の者に弱いらしい。この子も何だか、妹のように思えてしまうのです」
    (妹、ですって?)
    「あー、うんうん。晴奈はお姉さんって感じだもんね」
     どうやら、小鈴はまた黙殺するつもりらしい。
    「ちょっとくらいなら、一緒に旅をするのも悪くないかも知れないですね」
    (わたくしも、コウが男だったら一緒に旅を、と思っていたのに)
    「あーら、日上を追うのに邪魔だなんて言ってたくせに」
    「ええ、まあ。……つくづく思うのですが」
     晴奈はため息混じりに答える。
    「やはり、旅の仲間は多い方がいい。一人で黙々と進むより、二人で。二人で淡々と進むより、三人で。
     フォルナの目が覚めたら、頼んでみようかと」
    (お断りよ。わたくし、あなたが男だと思ったからここまで来たのよ)
     フォルナは晴奈に分からないよう、ツンとそっぽを向く。
    (……でも)
     しかし背負われ、密着している背中からは、頼りになるぬくもりを感じる。
    (いいかも知れないわね。どうせ、お城での生活にうんざりしていたもの。それに、悪い人たちでは無さそう。
     そうね、楽しいかも知れないわ)
     フォルナはぎゅっと、晴奈の肩を抱きしめた。
    「ん? フォルナ、起きたか?」
    「あっ、……はい。降ろしていただけます?」
    「ああ」
     晴奈はそっとしゃがみ、フォルナを降ろす。
    「はい、コレあんたの荷物ね」
     フォルナは小鈴から荷物を受け取りながら、晴奈に声をかける。
    「コウ。……話は、聞いておりました。
     その、まあ、一緒に行きたいと言うのであれば、わたくしもやぶさかではありませんわ。付いていっても、よろしいかしら?」
    「ああ、こちらからもお願いする。よろしくな、フォルナ」
    「ええ、よろしくコウ。……でも、女性にしては妙なお名前ね?」
    「ああ、ソレなんだけどねー」
     小鈴が割り込み、晴奈に耳打ちする。3秒ほどで、晴奈の顔が真っ赤になる。
    「……そうでしたか。道理で」
    「どうしたのですか?」
    「あのね、このコウさんは名前と名字を逆に名乗っちゃってたのよ」
    「まあ」
     真相を聞き、フォルナは口に手を当てて笑い出す。
    「うぅ、不覚だ。作法を間違えていたとは。……早く言って下さいよ、小鈴殿」
    「クスクス……」
     小鈴は最後までイタズラ心たっぷりに、晴奈をいじっていた。

    蒼天剣・恋慕録 終

    蒼天剣・恋慕録 7

    2009.01.03.[Edit]
    晴奈の話、第185話。 おうじょ フォルナが なかまになった!- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. フォルナはユラユラとした振動を感じ、目を覚ました。(え……?)「呆れましたよ、まったく」「ホント、ゴメンね~」 すぐ前方で、晴奈と小鈴の声が聞こえる。「しかし、ずっと男だと思われていたとは」「今度からさ、ムネに詰め物しといたら?」「勘弁してくださいよ。動きにくい」「そーよね、アハハ」 どうやら、晴...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第186話。
    軽くSな小鈴。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     晴奈たちとフォルナが共に旅をするようになって、早3日目。
     2日かけて森を抜けた晴奈一行は現在、小高い丘を越えていた。
    「この丘を越えたトコが、リトルマインよ」
    「ふむ」
    「意外と早く着きますのね」
     小鈴は杖をつきながら、ゆっくりと坂を上っていく。
    「もう3日くらいかかるかなーと思ってたけど、意外にフォルナちゃん、脚が強いのね」
    「ええ。セイナほどではありませんが、わたくしも毎日運動していますもの」
     フォルナは晴奈の素性を理解してから、「セイナ」と呼ぶようになった。
    「それは感心だな」
     三人の中で最も体力のある晴奈は、何の苦もなく坂道を上っている。他の二人が額に汗を浮かべているのに比べ、晴奈は息切れすらしていない。
    「この分だと、大体あと1時間くらいで着きそうね。ちょうど、お昼時ってトコかしら」
    「美味しいご飯が、いただけそうですわね」
    「そうだな」
    「んふふー、それはどーかなぁ」
     同意する晴奈に対して、小鈴はニヤニヤしながら答えを濁す。
    「鉱山の近くにある温泉地だから、水はかなりの硬水よ。オマケに地下水の大半は炭酸入り。何にも考えずに飲んだら……」



    「ごぶ、ゲホッ!? し、舌が割れる!」
    「んひゃ、ひゃ、……鼻が痛ぁい!」
    「だーから言ったでしょ、んふふふ」
     リトルマインの南側に沸いていた炭酸水の鉱泉を見つけ、晴奈とフォルナは一気にあおってみた。結果は前述の通りである。
    「はー、はーっ、……くは、のどがただれるようだ」
    「涙が出てきてしまいますわ……」
    「あたしもちょっとくらいパチパチする程度の、軟水の炭酸水なら好きだけど、コレはやり過ぎよね。あたしも昔飲んでみて悶絶したわ。……んふふふふふ」
     小鈴は悶える晴奈たちを見て、口に手を当てて笑っている。
    「ひどい方、コスズさん」
     フォルナはハンカチを鼻に当てながら、グスグスと涙を流している。晴奈も腹と口に手を当てながら、げっぷを押さえようとする。
    「げふ、失敬。……ゲプ」
    「んふふふ、アハハハ……」
     二人の真っ赤な顔を見て、小鈴は笑い転げていた。
    「……くっくく、くく。あー、ゴメンねぇ、ホントに。おわびにさ、この街で美味しいご飯ご馳走したげるから」
    「げふ、……あるのですか?」
    「水が悪いと、グス、言っていたのに」
    「ま、普通に飲むのはきついけど、料理に使うと美味しいのよ、硬水って」
    「ほう、……げふ」
    「ま、付いてきて付いてきて」
     小鈴はまだ涙目の二人に手招きし、街の中心へと歩いていった。

     三人はリトルマインの食堂に入り、小鈴が注文する。
    「ミートソースのパスタ、3人前」
    「かしこまりましたー。ミート3、お願いしまーす」
     田舎に似合わない、フリルつきのエプロンをかけた短耳のウエイトレスがきびきびと注文をメモし、厨房へ指示を送る。
    「ぱすた、とは?」
    「麺類のことですわ、セイナ」
    「ほう。そばとか、うどんと似たようなものか」
    「ま、そんな感じ。ココはさっきの炭酸水を使って、麺をゆでてるの」
     晴奈とフォルナは先ほどの激痛を思い出し、揃って鼻を抑える。
    「それは……、また口や鼻が痛くなりそうな」
    「本当に、美味しいんですの?」
    「ま、食べてみて食べてみて」
     10分ほどして運ばれてきたパスタを見て、晴奈とフォルナは顔を見合わせる。
    「……」「……」
    「ほら、食べなって」
    「は、はい」「では、いただきます」
     二人は恐る恐る、パスタを口に運ぶ。
    「……あら?」「お?」
     ちゅるりと飲み込み、二人は目を輝かせた。
    「美味しい!」「驚いたな、確かにうまい」
    「でしょー? 硬水で麺をゆでると、超美味しいのよ」
    「へぇ……、知りませんでしたわ」
    「同じく。これほどうまいとは」
     晴奈はもう一口、パスタを口に運ぶ。と、そこで小鈴が唖然とした。
    「……晴奈ぁ。もうちょっと教えなきゃいけないコト、あるわね」
    「ずずー。……え?」
    「セイナ、音を立てては……」
     ズルズルと音を立てて麺をすする晴奈に、小鈴とフォルナは小声で注意した。
    「まずいのか?」
    「ええ」「うん」
     晴奈がふと店の奥に目をやると、先ほどのウエイトレスが背を向けて笑っていた。

    蒼天剣・湯治録 1

    2009.01.05.[Edit]
    晴奈の話、第186話。 軽くSな小鈴。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 晴奈たちとフォルナが共に旅をするようになって、早3日目。 2日かけて森を抜けた晴奈一行は現在、小高い丘を越えていた。「この丘を越えたトコが、リトルマインよ」「ふむ」「意外と早く着きますのね」 小鈴は杖をつきながら、ゆっくりと坂を上っていく。「もう3日くらいかかるかなーと思ってたけど、意外にフォルナちゃん、脚が強いのね」「...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第187話。
    橘家の歴史と事業展開。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「ふむ……、色々あるのだな」
     晴奈は小鈴たちから小一時間ほど、食堂で央中の作法について講義を受けた。
    「あとセイナさん、フォークは握っちゃダメですよ。こうやって持つんです」
     相当暇なのか、途中から食堂の店員たちも加わってきた。
    「こう、か?」
    「そうそう」
     ウエイトレスが晴奈にフォークを持たせ、ニコニコと笑いながらうなずく。その様子を見ていた猫獣人のコックが珍しげな視線を向けてくる。
    「でも、サムライさんなんて初めて見たなぁ」
    「うんうん。央南出身って人はゴールドコーストとかで時々見かけますけど、ここまでコテコテした『いかにも央南人』って言うのは、あんまり見ませんね」
    「あら、あたしは? ホラ、巫女服よ、巫女服」
     袖をピラピラと振って主張する小鈴に、店員2人は揃って「うーん」とうなる。
    「いや、コスズさん央中語かなり話せるし、髪の毛真っ赤だし」
    「ピアスしてますし、目鼻立ちもはっきりしてますしね」
    「何て言うか、『央南かぶれの央中人』って感じ。巫女服姿だとなーんか、逆に浮いてるような」
    「えー、そお?」
     店員たちの反応に小鈴は苦笑いしている。
    「ま、確かにあたしのお母さんとひいおばーちゃん、央中の人だったし。まだそっちの血が濃いのかもしれないわねー。
     あ、そうそう、うちが情報屋始めたのも、ひいおばーちゃんがきっかけなのよね」
     央中作法の講義は橘家の昔話へと移っていく。
    「央南は今でも、央中とか央北にとっては別世界だしね。昔から色んな話、知りたいって人がホントに多くて。それを商売にできないかって、ひいおばーちゃんは一人で央南へ何度も渡航して、それで一財産築いたんだからすごい人よ、ホント」
    「ですよねー。何度聞いても、たくましい人だなって思いますよ」
     ウエイトレスは小鈴の話にコクコクとうなずいている。そこでフォルナが尋ねてみた。
    「あの、もしかしてコスズさん、こちらの方とお知り合いですの?」
    「あ、言ってなかったっけ? そ、知り合い。去年まで、朱海の店で働いてた子なのよ」
     小鈴に紹介され、ウエイトレスはもう一度頭を下げる。
    「コレットと言います。アケミさんのお店では、すごくお世話になってました。コスズさんとも、何度か会ったことがあります」
    「朱海から『リトルマインに行ったら、絶対ここで食べてけよ』って言われてたし、アンタらを招待したげようって思ってたのよ。いやー、美味しかったわホント」
    「ありがとうございます」
     コレットと隣にいたコックは同時に、嬉しそうに頭を下げた。その様子を見たフォルナが勘を働かせる。
    「もしかしてコレットさん、そちらのコックさんと一緒に?」
    「ええ、ボレロ……、彼がどうしても、故郷のここでお店を開きたいと言っていたので。アケミさんのお店にいた時から付き合ってたんです」
    「へぇ……」
     フォルナは胸の前で手を組み、うらやましそうにため息をついた。
    「素敵な話ですわね」
    「えへへ、まあ、はい」
     コレットは顔を真っ赤にしてうなずいた。

     この食堂で宿も営んでいると言うことで、三人はここに宿泊することにした。コレットは簡単な観光案内もしてくれた。
    「今はもう廃坑になってしまったところに、温泉が湧いてるんですよ。街の観光資源にしようって、こないだ整備されたところなので、良かったらコスズさんたちも入浴されてみてはどうでしょう?」
     コレットがニコニコと笑いながらバスローブや洗面器、スポンジなど入浴用のセットを用意してくれた。
    「あら、ありがと」
    「後で私も行きますね。良かったらもう少し、央南のお話を聞かせてくれますか?」
    「ええ、構いませんよ」
     晴奈もにっこりと笑い返し、入浴セットを受け取る。
    「それではまた、後ほど」
     フォルナも入浴セットを受け取り、コレットに軽く頭を下げた。

     三人は店を後にし、ほのかに暮れ始めた夕空の下をてくてくと歩く。
    「ああ……、涼しい風ですわね」
     旅装を脱ぎ軽装になった三人の間を、秋の風が吹き抜ける。
    「そうか、もう秋になるのだな」
    「いい時期に来たもんね、ホント。央南と違って、央中は春と秋が短いから」
    「旅をするには丁度良かった、と言うべきか。まあ、望んだ旅ではないのだが」
    「まあ、無粋ですわねセイナ。理由がどうあれ、旅は楽しまないと行けませんわ。……でないと、わたくしがここにいる意味がございませんわ」
    「はは、そうだったな」
     フォルナに軽く頬をつつかれ、晴奈は苦笑しながら応える。
    「これも何かの縁だ。存分に、楽しむとしよう」
    「そーそー、その意気その意気。とりあえず……」
     小鈴はぶら下げていたワインの瓶を、嬉しそうに掲げる。
    「温泉に着いたらコレちょこっとあっためて、ホットワインを」「きゅーっと、ですね」「そゆコト」
     三人はまた、クスクスと笑いあった。



     ところがこの後、思いもよらない事件が起きてしまう。
     どうもこの三人の中に、トラブルメーカーがいるらしい。晴奈、小鈴、フォルナは三人とも、そんな風に考えた。
     それが誰なのか、彼女らには結論は出せなかったが――ともかく、事件は起きた。

    蒼天剣・湯治録 2

    2009.01.06.[Edit]
    晴奈の話、第187話。 橘家の歴史と事業展開。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「ふむ……、色々あるのだな」 晴奈は小鈴たちから小一時間ほど、食堂で央中の作法について講義を受けた。「あとセイナさん、フォークは握っちゃダメですよ。こうやって持つんです」 相当暇なのか、途中から食堂の店員たちも加わってきた。「こう、か?」「そうそう」 ウエイトレスが晴奈にフォークを持たせ、ニコニコと笑いながらうなず...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第188話。
    温泉とお酒をこよなく愛する女、小鈴。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「つーいた、ついたっ」
     温泉に着くなり、小鈴は嬉しそうに更衣室へと進んでいった。
    「イキイキしていらっしゃいますわね、コスズさん」
    「ああ。まったく本当に、旅を満喫している人だよ」
     晴奈とフォルナが更衣室に入ると、小鈴は既にタオル一枚の姿になっている。
    「ホラ、早く着替えた着替えたっ」
    (は、早い)
     晴奈たちは慌てて着ているものを脱ぐ。と、ここで小鈴がイタズラっぽく声をかける。
    「全部脱いで入らないよーに」
     晴奈は口をとがらせ、反論する。
    「承知しております。先程、じっくりと教わりましたから」
     晴奈も体にタオルを巻き、小鈴と同じ姿になる。その間に、小鈴は陶製のグラスとワイン瓶を手に浴場へと入って行った。
     2人になったところで、フォルナが話しかけてくる。
    「コスズさんって、温泉が好きなのかしら」
    「ああ、そうらしい。昔、私の修行場に来た時も、良く温泉につかっていた」
    「お酒もお好きみたいですわね」
    「なかなかの酒豪だ。あの人が酒に呑まれたところを見たことがない」
    「へぇ……」
     話しているうちに、浴場から小鈴の鼻歌が聞こえてきた。そしてふわりと、浴場で温められたワインの香りが漂ってきた。

     ワインの香りは浴場の外、廃坑の入口まで流れて行く。
     それは普通の人間には嗅ぎ取れないくらいの微弱な香りだが、外にいる兎やリスと言った小動物たちには感じられた。
     とは言え、酒の香りである。大抵の動物はうまい匂いだとは感じられず、かと言って嫌な臭いでも無い。特に反応することも無く、地面の草を食んでいた。
     だが突然、そこにいた動物たちは一様にビクッと震え、どこかへと逃げ去った。

    「ふんふふーん、ふふふふーん……」
     湯船につかった小鈴は上機嫌な顔で、ワインをグイグイと呑んでいる。
    「っはー、んまいっ!」
     既に瓶の中のワインは3分の2になっている。体を洗い終えた晴奈とフォルナが浴槽につかり、小鈴の横に座る。
    「楽しんでますね」
    「もっちろんよー。ホラ晴奈、アンタも呑んだ呑んだ」
     小鈴はグラスを手渡し、ワインをなみなみと注ぐ。
    「お、っとと」
    「さ、行っちゃいなー」
    「では……」
     晴奈はワインに口を付け、くいと呑む。
    「……ふーむ、じわりと来ますね。胃の中からほこほこと、体が温まる」
    「でしょ? コレはなかなかいいお酒よ」
    「へぇ……」
     晴奈の呑む姿を見ていたフォルナが、感心した声を上げる。
     それを見て、小鈴がニヤニヤしながら、フォルナにグラスを差し出した。
    「ホラ、フォルナちゃんも一献どうぞ」
    「え、でも、わたくしお酒、呑んだことが……」
    「あら、そーなの? ……んふふ、ソレじゃ今日がお酒の初体験ってワケね」
     小鈴はグラスを半ば無理矢理に渡し、晴奈にやったのと同じように、ワインをたっぷり注ぎ込む。
    「ほれほれ、呑んじゃいなって」
    「は、はい。それでは、……えいっ」
     フォルナは困った顔でグラスと小鈴の顔を交互に見ていたが、やがて意を決したように、ぐいっとあおった。
    「……んにゃあぁ」
     そしてすぐに、涙目になる。
    「だ、大丈夫かフォルナ?」
    「エグ味があって、変な匂いですわ……。何と言うか、その、ブドウが腐ったような……」
    「ま、ワインはブドウを醗酵させたもんだしね。まだちょっと、早かったかな」
    「い、いえ。……もう少し、味を見させていただいてもよろしいかしら?」
    「お?」
     フォルナは苦そうな顔をしながらも、グラスを差し出してきた。
    「美味しい気もしないではありませんので」
    「だいじょぶ?」
    「ええ、何とか。……さあ、お願いします」
    「んじゃ、注ぐけど」
     小鈴は多少心配そうな様子を見せつつも、フォルナに2杯目を注ぐ。
     それをフォルナがもう一度、一気に飲み下す。その仕草を見た小鈴が、「ちがうちがう」と声を上げた。
    「フォルナ、お酒はそーやって呑むもんじゃないわよ。もっとゆーっくり、味わって呑まなきゃ」
    「そ、そうなのですか? でもセイナはさっき、こうやって呑んでいたような」
    「いや、そーじゃなくて。そんな『これから死地に飛び込みます』みたいな顔で呑んじゃダメだってば。お酒に失礼よ」
    「あ……、はい」
     小鈴にそう注意され、フォルナは3杯目をゆっくりと口に含む。
    「……あ、いい香り、かも」
    「舌、慣れてきたかな?」
    「ふぁい……」
     フォルナがおかしな返事をしたので、晴奈と小鈴は同時にフォルナの顔を覗き込んだ。
    「ろーいたしましらろ、せいな、こすずさん?」
    「酔ってるわね。呂律がグチャグチャ」
     小鈴の指摘にうなずきつつ、晴奈は立ち上がった。
    「私、先に上がってフォルナを運んでおきます。放っておいたら、湯船に沈んでしまう」
    「そーね。お願い、せ……」
     頼みかけて、小鈴は口をつぐんだ。
    「どうしました?」「しっ」
     小鈴は浴場の、いや、温泉の入口に注意を向けている。それを見て、晴奈も同じように外の様子を伺う。
     夕暮れを強く感じさせる虫の声に混じり、人間大の「何か」が四足でと、とと……、と足音を立てて入口前をうろついているのが、わずかに聞こえてくる。
    「何か、……いますね」「ええ、下手に出ない方が良さそうよ」
     小鈴は素早く、呪文を唱える。
    「来て、『鈴林』!」
     唱え終わったところで、脱衣所に立てかけておいた小鈴の魔杖がひゅん、と飛んできた。
     小鈴はそれをつかみ、湯船から立ち上がる。
    「よし、準備万端っ。……さあ、かかってらっしゃい」
     晴奈は後ろに下がり、フォルナを抱きかかえている。流石の晴奈も刀が無くてはどうしようもなく、小鈴に任せるしか無い。
    「小鈴殿、お気をつけください」
    「分かってるって」
     入口にいた「何か」は脱衣所まで入ってきたようだ。衝立があるので姿は分からないが、相当大きな獣のようだ。
    「獣と言うより、……怪物、でしょうか」
    「かもね。
     ちょっとお湯減っちゃうけど、風邪引かないでね」
    「え?」
     晴奈に詳しく説明せず、小鈴は呪文の詠唱を始める。
     すると浴場の湯水がぱしゃぱしゃと音を立てて揺れ始めた。
    「もっと後ろ下がって、晴奈!」
    「は、はい!」
     晴奈は既に酔い潰れているフォルナを抱きかかえ、湯船の一番奥まで下がる。
     と同時に、黒っぽい「何か」が衝立を倒してこちらに向かってきた。
    「狼!?」「でっか!?」
     それは全長2メートル以上はある、巨大な狼のような生物だった。その大きさに、晴奈と小鈴は戦慄する。
    「こっち向かってくる! 攻撃するわよ! 後ろ下がった!?」
    「はい!」
    「んじゃ行くわよ、『ウォータードロップ』!」
     湯船から拳大の水が浮き上がり、球状に固まる。そして向かってきた狼に向かって、勢い良く飛んでいく。
    「ギャウッ!?」
     重たい水の弾は狼の眉間に当たり、狼は短い叫び声を上げてのけぞった。小鈴は続けて3、4発、水の弾を放つ。
    「それッ!」「ギャ!?」
     水の弾に何度もぶたれ、狼はひんひんと鳴きながらくるりと向きを変え、浴場から出て行った。
    「はぁ。……何なのよアレ!?」
     危機が去り、小鈴は『鈴林』は湯船につけないよう上に掲げながら、ぽちゃんと湯船の中に入る。
    「狼の、……よう、でしたね」
    「にしたってデカすぎよ! こうしちゃいられないわ、もしかしたら村に向かうかも」
     小鈴はまた立ち上がり、急いで浴場を後にする。
     晴奈もフォルナを背負いながら、小鈴を追った。

    蒼天剣・湯治録 3

    2009.01.07.[Edit]
    晴奈の話、第188話。 温泉とお酒をこよなく愛する女、小鈴。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「つーいた、ついたっ」 温泉に着くなり、小鈴は嬉しそうに更衣室へと進んでいった。「イキイキしていらっしゃいますわね、コスズさん」「ああ。まったく本当に、旅を満喫している人だよ」 晴奈とフォルナが更衣室に入ると、小鈴は既にタオル一枚の姿になっている。「ホラ、早く着替えた着替えたっ」(は、早い) 晴奈た...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第189話。
    慌て損。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     晴奈がワインで酔っぱらったフォルナを着替えさせている間に、小鈴は狼を追いかけていた。狼は何故か、一直線にコレットの店目指して走っている。
     先程小鈴から受けた攻撃が効いているらしく、その足取りは少々おぼつかないが、見た目はほとんど、野生の狼そのものであり、その脚力は人間が追いつける速度では無かった。
     そのため、小鈴がようやく狼に追いつけたのは、相手が店に入ってからだった。
    「きゃーっ!」
     コレットの悲鳴が聞こえ、小鈴は慌てて中に飛び込む。
    「こっ、来ないでーっ!」「グルルル……」
     狼は厨房に逃げ込んだコレットとの距離を、じりじりと詰めている。
    「コラぁ! その子たちに手ぇ出したら、あたしが許さないわよ!」
     小鈴は狼の気を引こうと、大声を出して威嚇する。狼はチラ、と小鈴を見て鼻をクンクンと鳴らす。
    「……」「……」
     狼の仕草を、コレットも小鈴も、緊張した面持ちで見つめている。
     やがて狼は鼻を鳴らすのをやめ、小鈴の方に寄ってきた。
    「よーし、相手したげるからこっちに来なさい」
     小鈴はゆっくりと後ろに下がりながら、杖を構えて牽制する。応じるように、狼もじわじわと小鈴の方へ歩いてきた。
    「コレット、今のうちに逃げなさい」
    「で、でも……」
    「あたしはいいから、早くっ」
    「は、はいっ」
     コレットは慌てて厨房の奥に消える。どうやら夫のボレロを呼びに行ったらしい。
    (さーて、どうしようかしらねー……)
     小鈴は後ずさりしつつ、店から出る。一定の距離を保ち、狼も店から出てきた。そこで小鈴は呪文を唱えようと、息を吸い込んだ。
     と、そこに丁度よく晴奈が(いまだ酔っぱらっている)フォルナを背負って追いついた。
    「小鈴殿!」
    「あっ、晴奈! 早く来て来てっ」
    「はい、ただいま!」
     晴奈は辺りを見回し、近くにあった木に立てかけるようにフォルナを寝かせ、小鈴の側に立った。
     すると――。
    「えっ」「あら?」
     何故か狼は、小鈴を無視してフォルナの方に足を向けてきた。
    「ちょ、ちょっと!? こっちよ、相手は!」
     小鈴が叫ぶが、狼はまったく反応しない。クンクンと鼻を鳴らしながら、フォルナの方にゆっくりと歩いていく。
    「させるかッ!」
     晴奈が走り、狼の前へと回り込む。進路をふさがれ、狼は怒りの咆哮を上げる。
    「ガアアアッ!」
    「りゃあッ!」
     晴奈は刀に火を灯し、狼の眉間を狙って斬りつけようとした。
     だが狼の反応は早く、刀が来る前に飛びのいてかわす。
    「くそ……!」
     狼は晴奈の横をすり抜け、またもフォルナに近付いていく。先程と同様、晴奈は狼の前へと走って、行く手をさえぎる。
    「……?」
     晴奈と狼がぐるぐると追いかけっこをしている間、小鈴は狼の妙な行動を観察していた。
    (何で敵意むき出しの晴奈に噛み付こうとしないの?)
     この場合、狼が晴奈に攻撃してくれれば、晴奈は返り討ちにできる。言い換えれば、狼が晴奈を相手にすれば、簡単に片がつくのだ。
     ところが、狼はしつこくフォルナを狙ってくる。邪魔をしてくる晴奈を、まったく相手しようとしていない。狼は邪魔する晴奈を避け、何故かフォルナばかりを狙っているのだ。
    (えーと……)
     小鈴は狼の行動を、一つ一つ思い出してみる。
    (浴場に現れた時は、あたしたちを狙ってきたわよね。んで、コレットの店に行った時、あたしが呼びかけたらついてきた――飛び掛かったりせずに。いや、そもそもなんでコレットんトコに?
     んー……、もしかして)
     小鈴はある仮説に行き当たり、コレットの店へと引き返した。
    「あっ、コスズさん!」
     店に入るなり、コレットが声をかける。
    「アンタ、まだ逃げてなかったの? ……まあいいや、お酒ある!?」
    「え? お酒? 呑むんですか? こんな時に?」
    「あたしじゃないわよ、あの狼に呑ますの!」
    「へ?」
     小鈴は厨房に駆け込み、コレットに再度指示する。
    「ホラ、お酒早く持ってきて!」
    「はっ、はいっ!」
     コレットはパタパタと足音を立て、地下の酒蔵に降りていった。と、小鈴は厨房の奥で料理に没頭しているボレロを見て驚いた。
    「ちょ、アンタもまだいたの!?」
    「……」
     だが、ボレロは返事をしない。背を向けたまま、黙々と鍋をにらんでいる。
    「すみません、彼、今、新しい料理を考えてて……」
     その間に、コレットがワインの瓶を持って上がってきた。
    「……いーい根性じゃない。
     っと、持って行くわよ!」
     小鈴は呆れつつもコレットからワインを受け取り、近くにあった皿もつかんで店を飛び出た。
    「しつこいッ!」「ギャウッ!」
     晴奈と狼はまだ、追いかけっこを続けていた。
     何太刀か「燃える刀」を振るったらしく、地面にはいくつもの焦げ跡が着いている。だが、一度も狼には当たって様子も無く、狼はピンピンしている。
     小鈴は持って来た皿にワインを注ぎ、狼に声をかけた。
    「そこのケモノっ! コレがほしいんでしょっ!?」
    「グル、ル……?」
     晴奈と対峙していた狼は、その香りに気付く。あれだけ執着していたフォルナに尾を向け、一目散に小鈴の方へと向かってきた。
    「こ、小鈴殿!」
    「大丈夫よ! ……多分」
     小鈴の予想通り、狼はワインを注いだ皿の前に座り込み、ぴちゃぴちゃとなめ始めた。
    「……え?」
    「コイツは最初っから酒を狙ってたのよ」
     小鈴はワインの瓶をコンコンと叩き、ため息をついた。
    「温泉に現れたのも、コレットの店に来たのも、フォルナを狙ったのも、全部酒を狙ってたせいよ。
     衝立はあるけど、温泉は入口まで戸も扉も無かったから、酒の香りが外までしてたんでしょうね。んで、あたしらに追い返されたから、近くにある酒の香りがきつい場所――コレットの店まで行ったのよ。
     んで今、フォルナを狙ってたのは……」「えへへへ……、もう呑めませんわぁ」「……ソコの酔っ払い、話の腰を折るなっ」
    「……つまりフォルナの、酒の臭いにと言うわけですか」
     一連の事情を理解し、晴奈はへたり込んで脱力した。
    「あ、あほらしい」
     話しているうちに狼は皿のワインを呑み尽くし、酔っぱらってしまったらしい。
     その場でぐでっと横になり、伸びてしまった。

    蒼天剣・湯治録 4

    2009.01.08.[Edit]
    晴奈の話、第189話。 慌て損。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 晴奈がワインで酔っぱらったフォルナを着替えさせている間に、小鈴は狼を追いかけていた。狼は何故か、一直線にコレットの店目指して走っている。 先程小鈴から受けた攻撃が効いているらしく、その足取りは少々おぼつかないが、見た目はほとんど、野生の狼そのものであり、その脚力は人間が追いつける速度では無かった。 そのため、小鈴がようやく狼...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第190話。
    空騒ぎの後。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「お疲れ様でした、皆さん」
     晴奈たちはもう一度温泉に入り直していた。コレットも緊張で汗をびっしょりかいてしまったので、一緒に湯船へつかっている。
     なお、狼は酔い潰れて眠ってしまったので、そのまま檻に入れておいた。また、フォルナも狼同様酔い潰れてしまったため、コレットの店で寝かせてある。
    「ホント、どーなるかと思ったわ」
    「しかし、何と言うか……」
     晴奈は湯船の淵に体を預けながら、ぼんやりと話す。
    「巷で怪物、モンスターと言われているものは大抵こんな風な、『ただの大型獣』だったりしますね。
     神話やおとぎ話に出てくるような、知恵と異能を持った邪悪な存在、などと言うのは滅多にいないような気がします」
    「そーね。あたしも何度かモンスターに分類されるよーなのには遭ったコトあるけど、凶暴なだけで魔術を使ってきたりとかとんでもない技持ってるとか、そんなのに出くわすコト滅多に無いわねぇ」
    「こんなことがある度、私は思うのです」
     晴奈は目を閉じ、静かに語った。
    「モンスターは結局のところ、人の空想、妄想の中にしかいないのではないか、と。現実の獣を勝手に『凶暴』『害を及ぼす』と決めつけ、こちらだけが暴れ回る。
     今回も己の軽薄な判断で無駄に戦ったことに、反省するばかりですよ」
    「そーね、今回は確かに無駄な戦いだったわ。……まあ、でも」
     小鈴は晴奈の肩をポンと叩き、イタズラっぽく付け加えた。
    「いないとも限らないわよ、『本物』のモンスターも」
    「ええ、そうですね。いました、確かに」
    「え、……本当に、いるんですか?」
     こちらの話には、コレットが食いついてきた。
    「ああ。例えば数年前に、私と師匠がとある寒村を訪ねた時……」
     晴奈と小鈴はこれまでに出会った怪物たちの話を肴に、温泉と酒を楽しんだ。



    「むにゃ……」
     ようやく酔いが醒め、フォルナはコレットの店の2階、宿泊室で目を覚ました。
    「セイナ? コスズさん? ……どちらにいらっしゃるのかしら」
     きょろきょろと辺りを見回すが、二人の姿は無い。
    (えーと? わたくし、……何故一人で?)
     酔っていたせいで記憶が抜けており、フォルナはきょろきょろとするしかない。
     と、美味しそうな匂いが漂ってくる。
    「下からかしら?」
     フォルナは部屋を出て1階に降り、厨房を覗くが、誰もいない。
     と、外から犬のような鳴き声が聞こえてくる。
    「キャン、キャン」「騒がないでくれよ……」
     店の外、庭の方からボレロの声がする。
    「きゃ……」
     庭に出たフォルナの目に、檻に入れられた巨大な狼の姿が映る。
     フォルナの悲鳴を聞き、檻の前でしゃがんでいたボレロがビックリした顔で振り返る。
    「お、お客さん」
    「そ、そちら、一体何ですの?」
    「……ああ、お客さんは眠ってらしたんですよね」
     ボレロはしゃがんたまま、狼の方に視線を戻す。
    「さっき、温泉の方にこいつが出たらしいんですよ。で、俺たちの店にも入ってきちゃったらしいんです」
    「らしい、とは?」
    「俺、料理に集中してて全然気付かなくて」
     ボレロは恥ずかしそうに、ポリポリと猫耳をかいている。
    「まあ、料理が完成した時にはもう、終わっちゃってたらしくて。コレットもコスズさんたちと一緒に温泉行っちゃって。
     したら、こいつがきゅーきゅー鳴いてたんで、エサでもやろうかなーって」
    「そうなのですか」
     目の前にいる狼は嬉しそうに尻尾を振りながら、ボレロの出したエサを食べている。
    「何と言えばよろしいのかしら、……普通の、犬さんみたいですわね」
    「そうですねぇ。襲ってきたらしいですけど、お酒がほしいだけだったみたいだし。
     もしコレットがいいって言ったら、飼おうかなぁ」
    「それがよろしいですわね。このまま放すのも周りの方が驚いてしまわれますし、殺してしまうのも可哀想ですから」
     フォルナもボレロの横に座り、無心にエサを食べる狼の様子を眺めていた。

     その後、この狼は村おこしに燃える村人たちによって、新しい名物として手厚く飼われることになったそうだ。



    「何つーか、ドタバタだったわねぇ」
    「そうですわね」
     リトルマインを離れ、晴奈たちはふたたび旅路に就いた。
    「でも、これぞ旅の醍醐味と言う感じがいたしますわね。わたくし、とっても楽しかったですわ」
    「そりゃ、ご飯食べて温泉入って酒呑んでただけだし」
     小鈴の言葉に、晴奈はぷっと吹き出した。
    「はは、確かに」
    「まあ! ……まあ、そうなのですけれど」
     赤面するフォルナを見て、小鈴はイタズラっぽく笑う。
    「んふふ、コレでまた、フォルナをいぢるネタが増えたわねーぇ」
    「え、……もう、コスズさんったら!」
     手をバタバタ振って恥ずかしがるフォルナを見て、小鈴はさらに大笑いした。

    蒼天剣・湯治録 終

    蒼天剣・湯治録 5

    2009.01.09.[Edit]
    晴奈の話、第190話。 空騒ぎの後。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「お疲れ様でした、皆さん」 晴奈たちはもう一度温泉に入り直していた。コレットも緊張で汗をびっしょりかいてしまったので、一緒に湯船へつかっている。 なお、狼は酔い潰れて眠ってしまったので、そのまま檻に入れておいた。また、フォルナも狼同様酔い潰れてしまったため、コレットの店で寝かせてある。「ホント、どーなるかと思ったわ」「しか...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第191話。
    央中風土史。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     地質学的見地によれば、中央大陸は年々「裂けている」のだと言う。

     中央大陸を3地域に分割している二大山系、ウォールロック山脈とカーテンロック山脈(央南名:屏風山脈)はそれぞれ年5~10ミリずつ隆起しており、逆にそのふもと付近が年0.001度程度傾き、さらに央中の中央部においては0.4~0.5ミリずつ海抜が減少しているそうだ。
     この調子で数万年経てば、やがて中央大陸は央北・央中北部と、央中南部・央南の2つに分断されることになるだろうとする学説もある。その論拠として、央中における水域面積の多さが挙げられている。央中には他地域に比べ、非常に河川や湖が多い。この恵まれた水運環境は央中の経済発展を支えてきたのだが、この水域の多さこそ大地が裂けつつある前兆であり、いずれは南北分断が起こるだろう――と言うことらしい。

     そしてこの現象の代名詞とも言われているのが央中最大の湖、フォルピア湖に浮かぶ島国、ミッドランドの環境である。
     この島もほんのわずかながらではあるが、年々海抜が減少し、ジワジワと湖に沈みつつあるそうだ。



    「ふん、ふふーん……」
     珍しく晴奈は、ご機嫌な様子を見せている。
     鼻歌に合わせて猫耳がピクピク震え、尻尾もゆらゆら揺れている。
     横にいる小鈴とフォルナは、珍しいものを見るような目で晴奈を眺めていた。
    「ふんふーん、ふーん……」
     三人は今、フォルピア湖南岸を連絡船で移動している。
    「ご機嫌ねー」
    「ふふーん、……え?」
    「今まで一緒に旅してきた中で一番、楽しそうにされてますわね。船、お好きなのですか?」
     晴奈はようやく我に返り、顔を赤くした。
    「あっ。……あ、ああ。実家が水産業をしているからかな、船や水を見ると、何故だか楽しくなって」
    「今のは何の曲でしたの?」
    「え、っと……。幼い頃、舞踊をたしなんでいたのだが、その時教わった曲だ。『桜坂の狐舞』、だったかな」
    「へぇ。どんな内容なのですか?」
    「央南中部が舞台の歌だ。中野某とか言う、央南八朝時代の狐獣人の出世を謳ったものだな」
    「央南八朝、ねぇ。確か、黒白戦争直後の話よね。あ、そう言えばミッドランドも、その頃が発祥なのよね」
     小鈴は湖に視線を落とし、ミッドランドについて説明する。
    「黒白戦争で名を挙げたニコル・ゴールドマン3世って人が何と、ネール家の人間と恋に落ちちゃってね」
    「ゴールドマン家の方が、ネール家の方と?」
     両家の仲違いを良く知るフォルナは、いぶかしげに聞き返す。
    「その頃はまだ、両家もそんなに仲悪くなかったらしいから。
     んで戦争で勝利した後、そのネール家の人と結婚したんだけど、奥さんは一族の会議に出なきゃいけなかったから、何度かクラフトランドに戻る必要があったのよ。でも、当時はまだクラフトランドの近くに港は無いし、陸路も今ほど整備されてなかったから、戻るのがすごく大変だったのよ。
     奥さんが何ヶ月も不在になるのを悲しんだニコル卿は、まるで央中全域を掘り返すように、20年近くもかけて大規模な交通整備を行ったのよ」
    「ほう……。愛する女性のために央中全土を開発、ですか。何とも胆の大きな男ですね」
     晴奈の感心した言葉に、小鈴はクスクス笑いながらうなずく。
    「大人物は愛も大きいのね、んふふ……。
     んで、このミッドランドって街もその央中開発の一環なのよ。ソレまでこの湖を突っ切るって言う手段が無かったもんだから、みんな湖の側を回って行き来してたらしいの。でもそれだけで、2週間も3週間もかかっちゃう。ゴールドマン夫人も同じように回ってたから、ニコル卿はココに大掛かりな港を作って、交通の便を良くしたのよ。
     ついでに湖の真ん中にある島に交易用の街も作って、湖の『真ん中にある島』だから、ミッドランドって名付けたの」
    「なるほど」
     晴奈は船の進行方向に目をやったが、ミッドランド島の姿はまだ見えない。
    「ちなみにね、フォルピア湖って言うのもニコル卿が名付けたって話。
     ネール公国地方の言葉で、『狼』の女性名をルピア、『狐』の男性名をフォルクスって言うから、その両方から取って……」
    「フォル・ルピア、……で『フォルピア』と」
    「そーゆーコト。ニコル卿は相当、愛妻家だったらしいわ」
     小鈴の話に、フォルナが付け足す。
    「元々ニコル卿は、相当の実業家でもいらしたとか。央中開発に関しても、いくつか逸話が残っておりますわ」
    「ほう」
     小鈴もフォルナも晴奈同様に船の行き先へと視線を移しつつ、話を続ける。
    「克大火のお話にも関わってくるんだけど、ニコル卿と克は戦争で協力した者同士で、戦後も交流が深かったとか。
     でも戦争に勝利して得た、いくつかの利権に関しては徹底的に対立。ニコル卿にものすごく強硬な姿勢を執られてたらしくって、克はニコル卿の没後に『ある意味、最も敵対した男だった』ってこぼしたとか何とか」
    「黒炎殿相手に交渉を通すとは、なかなかの傑物だったのですね」
    「それだけではありませんわよ。
     奥さんのために行ったと言われる交通整備ですけれども、整備する際、沿線にゴールドマン系列の店をたくさん配置して、旅人や行商人相手にかなり稼いだそうですわ。
     相当、抜け目の無い人物だったようですわね」
    「流石は金火狐一族、と言うわけか。……お」
     ようやく島の端が、三人の視界に入ってきた。

    蒼天剣・湖島録 1

    2009.01.11.[Edit]
    晴奈の話、第191話。 央中風土史。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 1. 地質学的見地によれば、中央大陸は年々「裂けている」のだと言う。 中央大陸を3地域に分割している二大山系、ウォールロック山脈とカーテンロック山脈(央南名:屏風山脈)はそれぞれ年5~10ミリずつ隆起しており、逆にそのふもと付近が年0.001度程度傾き、さらに央中の中央部においては0.4~0.5ミリずつ海抜が減少しているそうだ...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第192話。
    晴奈の逆鱗。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ミッドランドは湖の東西南北の端にある港と連絡されており、央中南部から中西部の主要な交通路となっている。
     そのため国際的な色合いの強いゴールドコーストよりも、非常に多くの「狼」と「狐」を見かけた。
    「『狼と狐の世界』のエキスが詰まってるよーなもんね」
    「なるほど」
     その「狼」と「狐」も、地方によって様々な種族に分かれるらしい。
    「狼」だけをとっても、まるで大火やウィルソン家のように全身真っ黒な狼獣人もいれば、逆に雪を思わせるような銀髪・銀毛の白狼もいる。ぱっとしない赤茶けた狼の横を、息を呑むような美しい毛並みの金狼が通り過ぎて行ったりもする。
    「まるで博覧会ですわね、狼獣人の」
    「あっちには『狐』が固まってるわよ」
     向こうの通りには、天原家を思わせる桃色の狐獣人、いかにも賢しげな銀狐、そして――。
    「……おぉ、ど金髪に赤メッシュ。あれきっと、金火狐一族ね」
     小鈴の言う通り、金色の毛並みをした尻尾と耳に、金髪に所々赤い毛筋の走った狐獣人が歩いている。
    「……ん?」
     晴奈はその毛並みに、既視感を覚えた。
    「どうなさったの、セイナ?」
    「いや、少し前、夢にあんな毛並みをした『狐』が……」
     説明しかけたところで、晴奈はある者たちがたむろしていることに気付いた。
    「……む?」
    「晴奈、どしたのってば。フォルナがきょとんとしてるわよ」
    「いえ、あそこに……」
     晴奈が指差す先に、3人の男たちがいる。その向こうには初老の、「兎」の男性がいた。

     茶髪に白い兎耳と尻尾を持ち、丸眼鏡をかけた老人を酔っ払い3人が囲み、何か叫んでいる。
    「よー、じーさんよぉ」
    「いきなりらけろ、かねかしてくんね?」
    「やっべ、すっげもってそーだよな、おい」
     酔っ払いの言う通り、老人の服装は多少くたびれているものの、それなりに身なりがいい。ざっと見た感じでは、どこかの学者風に見える。
    「困るよ、君たち……」
     おどおどしている老人に対し、酔っ払いたちはゲラゲラ笑いながら脅している。
    「げへへ、こまるよー、だってよ!」
    「わるいけろさ、おれたちもかねがないろこまんのよ」
    「なー、ひとらすけらろ、おもっれよー」
     3人の酔っ払いを見て、小鈴とフォルナは眉をひそめる。
    「まあ、何て下劣な方たちでしょう!」
    「ココも治安が悪くなったもんねぇ」
    「……捨て置けぬな」
     その様子を見ていた晴奈は、酔っ払いと老人の方へと歩いていく。
    「あっ、セイナ!?」
     フォルナが止めようとするが、晴奈は片手を挙げてそれをさえぎりつつ、そのまま輪に割って入った。
    「おい、お前ら」
     晴奈が酔っ払いたちに声をかけた途端、彼らは一斉に晴奈の方へと振り返った。
    「だーらさー……、ああん? なんらー、このアマ?」
    「じゃますんなよ、ねこおんなぁ」
    「うるせえ、あっちいけ!」
     酔っ払いたち三人は口々に晴奈をののしる。それでも幾分冷静に、晴奈は説得してみた。
    「悪いことは言わぬ。さっさと去って、水でも飲んで寝ろ」
     が、晴奈の言葉に男たちは耳を貸さない。
    「あっちいけっつっれんらろが、おとこおんな!」
    「てめーみらいら、むねのねーのっぽ、あいてするかよ!」
    「じゃまだじゃま、このひんぬーが!」
    「……何だと?」
     男たちの罵倒に、晴奈の顔が引きつる。
    「さっさろ、きえろ!」
     酔っ払いの一人が声を荒げ、晴奈を突き飛ばそうとした。
     が――。
    「へぶぅ!?」
     相手の腕が届く前に、晴奈の拳が酔っ払いの顔にめり込んでいた。
    「貴様ら……」
     鼻血を噴いて倒れた酔っぱらいに目もくれず、晴奈は残った二名をにらむ。
    「去れと言ったのが聞こえぬのか! その役に立たぬ耳、両方そぎ落としてやろうかッ!」
     そう言って晴奈は拳を振り上げる。
     それでも、まだ状況が把握しきれていないらしい酔っ払いが、おどけた声で晴奈を抑えようとする。
    「……な、なんらよー、おこんらよ、ひんぬー」「くどいッ!」
     晴奈の拳がもう一度、酔っ払いを粉砕する。
    「あひゅ!?」
     鳩尾を殴られた男はくの字に曲がり、そのまま倒れ込む。
    「あ、あ……」
    「これ以上私を怒らせる前に、さっさと伸びている無礼者どもを担いで立ち去れ」
    「……はひ」
     残った男は慌てて倒れた仲間を引きずって、その場から逃げていった。



    「いや、助かったよ。ありがとう、本当に」
     晴奈に助けられた初老の兎獣人は、ぺこりと頭を下げた。
    「いえ、礼など。お怪我はありませんか、ご老人?」
    「ああ。この通り、何とも無い」
     老人はニコリと笑い、両手を広げて元気な様子をアピールする。
    「それは何より。では、失礼いたします」
     晴奈も軽く頭を下げ、その場から立ち去ろうとした。
     ところが――。
    「ああ、待ちたまえ、君」
    「おっ……?」
     老人がいきなり、晴奈の手首をつかんできた。
    「このまま助けられて終わり、では私の気が済まんよ。良ければ近くの店で、ご馳走させてくれないか?」
    「は、はあ……」
     そこへタイミングよく、小鈴とフォルナがやってきた。
    「いいじゃない晴奈。コレも何かの縁よ」
    「そうですわ。折角ですからいただきましょう」
    「……まあ、二人がそう言うのであれば」
    「お連れさん、かな?」
    「ええ、はい。私はセイナ・コウ。赤毛のエルフはコスズ・タチバナで、茶髪の『狐』がフォルナ・ブラウンです」
     自己紹介を受け、老人も身分を明かす。
    「おお、これはご丁寧に。私の名前はラルフ・ホーランド。北方ジーン王国の大学で、教授をしておりました」
     聞き捨てならない国名を聞き、晴奈は目を丸くした。
    「ジーン王国!?」
    「ええ、北方の。……それが何か?」
     事情を知らないラルフは、きょとんとしていた。

    蒼天剣・湖島録 2

    2009.01.12.[Edit]
    晴奈の話、第192話。 晴奈の逆鱗。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ミッドランドは湖の東西南北の端にある港と連絡されており、央中南部から中西部の主要な交通路となっている。 そのため国際的な色合いの強いゴールドコーストよりも、非常に多くの「狼」と「狐」を見かけた。「『狼と狐の世界』のエキスが詰まってるよーなもんね」「なるほど」 その「狼」と「狐」も、地方によって様々な種族に分かれるらしい。...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第193話。
    話の長い兎先生。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「ほほう、あのヒノカミ中佐を仇と……」
     近くのカフェでラルフにご馳走になりながら、晴奈は旅の目的を話していた。
     事情を聞き終えたラルフは、眼鏡を直しながらうなずいている。
    「確かに、彼については良くないうわさも多い。特に女性遍歴に関しては、非常に目に余るものがあると聞いているね」
    「まあ、追う理由はそれとは無関係なのですが」
    「うんうん、その、エルス・グラッド君とか言う青年の持っていた剣を奪って逃げた、と言うことだったね。
     ……うーん?」
     ラルフはあごに手をあて、考え込む仕草を見せる。
    「どしたの、ラルフさん」
    「いや……、違うな、あれはリロイ君だったか」
    「え?」
    「いや、私の古い知り合いの教え子に、グラッドと言う姓の子がいたんだ。……ふふ、師弟揃って頑固者でね、先生の方は囲碁をやって私が勝つと、いっつも不機嫌になる。グラッド君の方は、割と冷静だったけどねぇ」
     ラルフが長くなりそうな思い出話を始めかけたので、小鈴は止めようとした。
    「えっと、それじゃ……」「あの、ラルフ殿」
     ところが、晴奈は続きを聞こうとする。
    「うん?」
    「その友人と言うのは、エルフですか?」
    「へ? ああ、そうだよ。エドムント・ナイジェルって言う、私より15、6ほど上の学者だけども」
    「やはり、そうでしたか。囲碁をたしなむ北方の知識人、と言うとナイジェル博士しか知らないもので、もしかと思ったのですが……」
    「ほう? セイナ君もナイジェル博士を知ってたのか。……へぇ、不思議なもんだ」
     話が弾み出し、ラルフは饒舌になる。
    「いや、懐かしいなぁ。そう言えば彼は愛妻家で、子供も孫も結構いたな。今ならもう、曾孫がいてもおかしくないかな。
     そうそう、彼の孫と言えば一人、非常に優秀な子がいたな。とても頭が良かったから、私も色々教えたもんだよ」
     晴奈はまたピンと来て、指摘してみる。
    「その孫と言うのは、リストでしょうか?」
     ところがラルフは、今度の指摘に対してはけげんな顔をした。
    「うん? リスト? ……いやいや違う、そんな名前じゃ無かった。何と言ったかな、えーと、……ははは、年寄りは記憶がぼやけて困る」
     そうこぼしながら、ラルフは掌をトントンと叩きながら思い出そうとする。
    「えーと、確か、エドの長男が、エリックで、……その息子が、えーと、……いやいや違う違う、エリックは次男だ、長男はベアトリクス、ってこれは長女じゃないか、……そうだ、そうそう、オスカー君だった!」
    「その優秀なお孫さんが、ですか?」
     フォルナが尋ねたが、ラルフはブンブン手を振る。
    「違う違う、そのお父さんだよ。そうそう、思い出した思い出した! オスカー君の一人息子が、トマス。そう、トマス・ナイジェル君だ。……あー、すっきりした」
     一人でブツブツ言っている間、小鈴は非常につまらなそうに毛先をいじっていた。
    「……んで、そのトマスくんはどんな子だったの?」
    「ああ、何と言うか、エドをそのまんま若くしたような子だった。まあ、でも割と素直な子だったかな、エドに比べれば」
    「そう言えばラルフさん、大学ではどのような学問を教えていらしたのですか?」
     また話が長くなりそうだったので、フォルナがさりげなく話題を変えた。
    「ああ、歴史学を教えていたんだ。主に中央大陸の政治経済史を研究していてね、ここに来たのもそれが理由なんだ。
     そうだ、皆はこの街の歴史をどれだけ知っているかな?」
     ラルフの出した問題に、小鈴が答える。
    「元々は黒白戦争終結後、ゴールドマン家の総帥だったニコル・ゴールドマン3世が奥さんのランニャ・ネール1世が帰省しやすいようにと、央中全土の交通整備の一環として港を作ったのが始まり。
     んで、交易の要所になると考えたニコル氏がこの湖の中にあった島に集積地兼取引所を作ったことにより、央中各地からの移民が増え、その結果ココに街が作られた。
     ……で、いいかしら?」
     これ以上長話をされたくないためか、小鈴は一息に説明を終えた。ところが、ラルフは気分を害するどころか、ニコニコしている。
    「うむ、よく知っているね。概ね、その通りだ。でもね……」
     ラルフは急に、小声になる。
    「この街を作った理由は、他にもあるんだ。それはね……」「ニコル3世の子供たちの反乱でしょう?」
     今度はフォルナが応戦する。
    「愛妻家であり、優れた経営者でもあったニコル3世ですけれども、やはりゴールドマンとネールの両家は『狐狼』の仲。その家庭はあまり、幸福なものではなかったそうですわ。
     両家から何度も、別れて縁を切るように勧められたと聞いています。当然、二人の間に生まれた子供たちも家同士のいさかいに巻き込まれ、幼い頃から辛い思いをしてきたとか。
     ですから彼らは成人するとすぐ、両家に対して反旗をひるがえし、両家の資産のいくらかを持って央中各地に分散し、個々に国を創ったそうですわ。このミッドランドもその一つで、ニコル3世が作ったこの街をその娘、ニコラが占拠し、国王を名乗って居座り、そのままなし崩しに独立を果たしたとか。
     その点を考えれば、ニコラがこの街を創ったとも言えますわね」
     これだけ解説すればぐうの音も出ないだろうとフォルナは高をくくったが、ラルフは依然気を悪くせず、ニコニコ笑っている。
    「ほう、ほう、なかなかお詳しい。だが、それとも違う。
     この街は間違い無く、ニコル・ゴールドマン3世が創ったものだ。だがそれは、子供にプレゼントするためでも、奥さんを喜ばせるためでも、商売のためでも無い。
     あるものを隠すための大規模なカムフラージュとして、この街は創られたんだ」
     それを聞いて、小鈴とフォルナの苛立ちは消え去った。
     自分たちがまったく聞いたことの無い、不思議なにおいのする話をしてくれそうだったからである。

    蒼天剣・湖島録 3

    2009.01.13.[Edit]
    晴奈の話、第193話。 話の長い兎先生。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「ほほう、あのヒノカミ中佐を仇と……」 近くのカフェでラルフにご馳走になりながら、晴奈は旅の目的を話していた。 事情を聞き終えたラルフは、眼鏡を直しながらうなずいている。「確かに、彼については良くないうわさも多い。特に女性遍歴に関しては、非常に目に余るものがあると聞いているね」「まあ、追う理由はそれとは無関係なのですが」...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第194話。
    ミッドランドの伝説。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     晴奈たち三人の関心を集めたところで、ラルフは嬉しそうに語った。
    「20年ほど前に、ニコルと『黒い悪魔』の取引内容を記した文書が見つかったんだ。
     取引はほとんど、中央大陸開発に関する利権に関するものだった――当時からカツミは、全盛期の中央政府と太いつながりがあったからね――が、その中にいくつか不自然で、不可解な条文があったんだ。
     その条文とは央中開発に関することなんだが、明らかに沿線や主要な街道から離れた地域ばかりを、ニコル3世は開発したがっていたんだ。
     このミッドランド自体も沿岸に港を作れば、それで済む話だった。交易のため、と称してこの街を作ってはいるけども、そう言った都市機能は既に、当時のゴールドコーストが備えていたし、だからわざわざ巨額の投資をして街まで作る必要は無かったんだ。
     なのに何故、優れた実業家であったはずのニコル3世はこんな金のかかる、費用対効果の低い開発を強行したのか――この疑問を我々は何年もかけて、解析・解釈した。
     ある者は『ニコルの子供たちの反乱は、ニコル自身が両家への経済的、社会的攻撃として密かに計画、指示していたのではないか』と論じ、またある者は『央中開発は次の戦争を意図的に起こすための伏線だったのではないか』と考え――そして私は、『ミッドランドを要塞化し、両家に対する新勢力を築こうとしていたのではないか』と主張した。
     とは言え、これらの説は今のところ確かな物証が乏しいから、結局はすべて仮説なんだけどね」
    「でも、言われてみれば確かにココなら湖の真ん中だし、小高い丘の上には王様の屋敷があるし、その話を聞いてアレを眺めてみると、確かに要塞って話も考えられるわよね」
     小鈴はカフェテラスから見える丘の、その上に建つ荘厳な屋敷を指差す。
    「その丘だけどね」
    「ん?」
    「……ああ、いや、順を追って話そう。
     ニコル3世はゴールドマン、ネールの両家に対する反乱、独立を企て、ミッドランドやブラウンガーデンなど各所に、己の資産や私兵を大量に配備していた、……とする。
     しかし彼も、その妻ランニャも、その反乱の準備が整う前に亡くなってしまった。この反乱計画は結局、不胎化――準備すら整うことも無く、消滅してしまった。
     その後、彼の子供たちはこれらの街を手にし、どこもそれなりに成長した。だが、このミッドランドだけはその成長の度合いが少し、いびつだったんだ。他の国は特に緩急無くこう、直線的に成長してたんだけども、このミッドランドだけ、妙な成長曲線を描いてたんだ。
     何と言うか、ニコラの次の代は他と同じように直線的な成長だったんだけども、ニコラの代だけ曲線的な――逓増的と言うか、末広がりと言うか――成長をしていた。継いだ直後はどうも、相当な資金難だったらしい」
    「え? でも、ニコル3世が資金を残してくれてたんじゃないの? それともニコラは商売下手だったとか?」
     小鈴の反応に、ラルフはまたニヤッと笑う。
    「後年の驚異的な成長率の伸びが商売下手では無いと証明している。そもそも、その資金にすら手をつけていない節もある。そしてどうやら、ニコラ以降の国王も皆、資金の存在に気付いていないらしい。
     そして、さっき言っていた丘だけども、あれは元々、この島には無かったんだ。屋敷を作る際に造成したらしい」
    「……え、じゃあもしかして、アレは」
    「屋敷の下に造られた丘――その中には、色々ありそうじゃないか」
     ラルフの話はここで終わり、彼は話すだけ話して、自分から席を立ってしまった。

     残された晴奈たちは茶を飲みながら、ラルフの仮説について意見を交わした。
    「ニコル3世の遺産、ねぇ」
    「わたくしには信じられませんわ。ゴールドマン家ゆかりの者は家族の情より、利益を優先する人々ですもの。資産に手をつけない、なんて考えられませんわ」
    「ほう……」
     ここで小鈴は丘を指差し、提案する。
    「ま、そーゆー話は抜きにしてさ、一度行ってみない?
     せっかくこの街に来たんだから、名所は回っとかないと。今日はココで一泊する予定だったしね」
    「ふむ。……そうですね、折角ですから行ってみましょう」
    「ええ、旅は楽しまなくては」
     全員一致で、晴奈たちは丘の上にあるラーガ邸を観光することにした。
     ラーガ邸はその名の通り、かつてニコラ・ネール――独立後はニコラ・ナルキステイル・ラーガと名乗っている――が居城としていた屋敷である。
     現在ではその1階と2階部分を観光客のために開放しており、晴奈たちが訪れた午後3時過ぎでも、客の入りは多かった。
    「人ごみが激しいですね」
    「ま、観光地だししゃーないわ。……んでも確かに、こんだけでっかい屋敷ならありそうっちゃありそうよね、その隠し資産って」
     小鈴の言う通り、屋敷は非常に大きく、そこら中に隠し扉や隠し部屋があってもおかしくない雰囲気をかもし出している。
    「でも、探すのは不可能ですわね。あちこちに警備兵の方がいらっしゃるもの」
    「そうだな。無用な騒ぎを起こす理由も無いし、そんなものを探す必要も無し。我々は観光だけに留めておこう」
    「ソレがいーわね。……あのじーさんみたいなコト、できないし」
     小鈴が晴奈とフォルナの肩をポンと叩き、廊下の方を指し示す。
    「……まあ!」「度し難いな」
     そこには警備兵に腕をつかまれ怒られている、ラルフの姿があった。
    「だからね、君、私は怪しい者じゃ……」「はいはい、言い訳は警備員室で聞きますから」
     ラルフはそのまま引っ張られていく。
     晴奈たち三人はその後姿を見送り、同時にため息をついた。
    「……あほらしい」「ですわね」「うんうん」
     結局三人は、ミッドランドで普通に観光を楽しんだ。
     その後ラルフに会うことは無く、彼がどうなったのかは、三人とも知る由も無かった。



     しばらく後に晴奈は、もう一度この島に戻ってくることになる。
     が、それはまた、別の機会に――。

    蒼天剣・湖島録 終

    蒼天剣・湖島録 4

    2009.01.14.[Edit]
    晴奈の話、第194話。 ミッドランドの伝説。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 晴奈たち三人の関心を集めたところで、ラルフは嬉しそうに語った。「20年ほど前に、ニコルと『黒い悪魔』の取引内容を記した文書が見つかったんだ。 取引はほとんど、中央大陸開発に関する利権に関するものだった――当時からカツミは、全盛期の中央政府と太いつながりがあったからね――が、その中にいくつか不自然で、不可解な条文があっ...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第195話。
    ついに現れた、フォルナの追っ手。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     最近、晴奈の機嫌はすこぶる良い。彼女が好きな、水辺にある街に立ち寄る機会が続いたからだ。
    「ふーん、ふ、ふーん」
     道中、またも鼻歌を歌っている。尻尾も耳も、ミッドランドを訪れた時と同じように、楽しげに揺れている。
    「ふっふーん」
     あまりに楽しそうだったので、フォルナが尋ねてきた。
    「今度は何の曲ですの?」
    「ふふーん、……ん? ああ、また歌っていたか。えーと、今のは……」「『千里眼鏡の夜討ち』でしょ?」
     小鈴が口を挟む。
    「黒白戦争時、ファスタ卿が克と協力し、北方の砦を落とした事件を謳ったものよね?」
    「ええ、そうです。
     小鈴殿は本当に博識ですね。何でもご存知だ」
    「へっへーん」
     晴奈にほめられ、小鈴は嬉しそうに胸を反らす。
    「ま、ウチの一家は情報集めるのが仕事だもん」
    「そうでしたね」
    「こーして旅をしてんのも、情報収集なのよ」
    「そうなのですか。わたくし、単純に楽しんでいらっしゃるものだとばかり思っていたのですけれども」
    「ん、もちろん楽しんでるわよ? ソレにホラ、『鈴林』が旅したがってるってのもあるしー」
     そう言って小鈴は「鈴林」をシャラシャラと鳴らす。
     フォルナは不思議そうな顔で、その杖を眺める。
    「前にも伺いましたけれど、本当にその杖に精霊が? まだ信じられませんわ」
    「んなコト言ったって、ホントにいるんだけどなー。ね、晴奈?」
    「え、ええ。一度確認しましたから、私もいると信じていますよ」
    「信じてる、ねぇ。……ま、いるから、ホントに」
     小鈴の気持ちを代弁するかのように、「鈴林」はシャラ、と鳴った。

     そんな風にのんびりとしゃべりながら話すうち、三人は次の街、ルーバスポートに到着した。
    「ココはもうネール公国領だから、流石に職人っぽいのが一杯いるわね」
     小鈴の言う通り、街と港をつなぐ街道を、資材や製品を持った職人がせわしなく行き来している。
    「この街はネール公国最大の……、って言うか唯一の港町だから、ホントに人通りが多いのよ。二人とも、はぐれないように注意してね」
    「はい」
    「もちろんですわ」
     三人は離れないよう、できるだけ近付いて街を歩く。
    「っと、コレも見とかないと」
     小鈴は街道沿いの大きな掲示板の前で立ち止まる。
    「コレは首都とか、大きな街によく立てられてる広域掲示板なのよ。結構、詳しい世界情勢とか載ってたりするから、ちゃんと見ておかないと。
     ……へー、やっぱり戦争は中央政府優勢かー。そりゃ、日上がいなきゃね。他に残ってる兵士じゃ代わりにならないだろうし、そろそろ日上が戻んないとヤバいんじゃないかしらね」
    「ふむ。では、日上が央中を発つ前に追いつかなければなりませんね」
    「ま、ネール公国の港はココだけだし、ココで待つって手もあるけど」
     小鈴の策を聞き、晴奈は「ふむ……」と感心した声を漏らす。
    「なるほど。確かに行き違いになっては元も子もありませんし、良策ですね」
    「ま、他の情報も見てから決めましょ、今後の方針は。
     ……あら、中央政府も無駄にイケイケねぇ。クラム、また大量発行するんだって。知らないわよー、日上が戻ってきたらまた、北方の経済短観が大幅に盛り返すでしょーに。
     ホントに今の中央政府って、後先考えてないわね」
    「やはり黒炎殿による傀儡政権が続いていると言うのは、本当なのでしょうか」
    「っつーか、単純に無能なのよ。
     央北の権力者のほとんどが、昔から克にヘコヘコしてるヤツばっかだし。『代々大臣を輩出する家は、お辞儀しか覚えない』とまで言われてるしね。
     んで、央南経済はー、と。……あら、晴奈。アンタん家、大儲けしてるみたいよ」
     小鈴が指差した記事を見て、晴奈はまた感心する。
    「『黄商会の兵器産業、拡大』ですか。抗黒戦争で得た銃器開発が、功を奏したようですね」
    「そーねぇ。玄銭もここ数十年の最高値を連日更新してるわ。1クラム2.8玄銭だって。この半年でかなりの上げ幅になったのね。
     こりゃ、晴奈が家に帰って来た時にはすっごいコトになってるかも知れないわね」
    「うーむ、空恐ろしい」
     そんな風に、晴奈と小鈴が経済談義に熱を入れていると――。
    「……!」
     突然、フォルナが短く悲鳴を上げた。
    「ならば今持っている玄銭を換えれば、……どうした、フォルナ?」
    「あ、い、いえ……」
    「……あら?」
     平静を装うフォルナを尻目に、小鈴がある記事に気付いた。
    「もしかして、コレ?
    『尋ね人:フォルナ・ブラウン(16歳)女性
     背格好:152センチ 茶髪に茶色い瞳 右目尻にほくろあり 白い絹のワンピース、銀製のペンダント、銀製の腕輪着用
     種族:狐獣人(耳、尻尾共に茶色)
     備考:518年9月頃、ゴールドコーストから失踪 現在央中地域に滞在の可能性あり 発見者には賞金、300万エルを進呈する』。
     コレさ、まずくない?」
    「……う、うっ、グス」
     フォルナはその場にうずくまり、泣き出してしまった。

    蒼天剣・憐憫録 1

    2009.01.16.[Edit]
    晴奈の話、第195話。 ついに現れた、フォルナの追っ手。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 最近、晴奈の機嫌はすこぶる良い。彼女が好きな、水辺にある街に立ち寄る機会が続いたからだ。「ふーん、ふ、ふーん」 道中、またも鼻歌を歌っている。尻尾も耳も、ミッドランドを訪れた時と同じように、楽しげに揺れている。「ふっふーん」 あまりに楽しそうだったので、フォルナが尋ねてきた。「今度は何の曲ですの?」「...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第196話。
    晴奈の意外な対応。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     晴奈は初め、「フォルナとの旅はルーバスポートまで」と言っていたし、この街に来るまではずっとそのつもりだった。その言葉に従うならば、晴奈はこの状況で諭すか何かしてフォルナを帰すことこそ、「正しい行動」だったのだろう。
     しかし何故か、晴奈は掲示板の前にうずくまって泣き出したフォルナに、こう声をかけてしまった。
    「フォルナ、ここは目立つ。とりあえず私の帽子をかけて、宿まで行こう」
    「グス、グス……、え?」
    「ほら」
     晴奈は脇に抱えていた旅帽をフォルナにかけさせ、手を差し出した。
    「晴奈、アンタ確か、ココでフォルナと別れるって」
    「ともかく、このまま放っておくわけには行きません。まずは落ち着かせねば」
    「……ま、そーね。ホラ、フォルナ。行きましょ」
    「え、ええ」
     フォルナは晴奈と小鈴に抱きかかえられるように立ち上がり、フラフラと歩き出した。

     一方、その頃。
     晴奈たちが歩いている街道から、一つ東にずれた街道で、あの二人組がフォルナの捜索を行っていた。
     フォルナの護衛であった、オルソーとグリーズである。
    「どこにいるのか、殿下は……」
    「まったくだ。既に半月以上は経っている……。一体どこへ消えてしまわれたのやら」
     この二人は1週間以上ゴールドコーストを捜索したものの、結局フォルナを見つけることができなかった。仕方なく故郷、グラーナ王国に戻り、事の次第をフォルナの父親である国王に伝えたが、当然ながら激怒した。
     国王にとってフォルナは大事な娘であると同時に、今後の政局における大事な「駒」でもある。すぐに総力を挙げ、フォルナを捜索するように指示した。
     そしてオルソーたちもそれに駆り出され、この街を訪れたのである。
    「とにかく央中全土を探す、と言うことで来てはみたが……」
    「ネール公国領だからな、ここは。殿下はあまり、始祖の両家を好まれなかったようだし、来ている可能性は少ないと思うんだが」
    「やっぱりお前もそう思うか? 俺もだ、実を言うと」
    「だよな。……しかし、お上から『ここを探せ』と指示されているし」
    「……探さないわけには、いかんよなぁ」
    「はぁ……。殿下がうらやましいよ。好き勝手できて」
     オルソーたちは同時にため息をついた。
    「まったくだ。俺も自由になりたい」
    「だよな。宮仕えは辛いな、本当に」
     二人はとぼとぼと、街道を南へ歩いていった。

     その背後を、晴奈たちが西から北へと通り抜ける。
    「あそこに宿がある。とりあえず、そこに泊まろう」
    「はい……」
     フォルナはずっとうつむいたまま、小さく首を振る。
    「フォルナ、そんなに縮こまってちゃ逆に怪しまれるわ。もっと胸張って」
    「は、はい」
     小鈴に言われた通りに、フォルナは背を伸ばす。
    「さ、入るぞ」
     晴奈はフォルナの手を引き、宿屋へと入った。小鈴は一瞬だけ辺りを見回し、そのまま後へと続く。
    「らっしゃい……」
     非常にやる気の無さそうな店主が、カウンターからのそっと顔を上げて応対する。
    「宿を取りたいのだが、空いているか?」
    「ああ、空いてるよ。何人?」
    「3人だ」
    「ちょっと待ってくれよ。……ふあ、あ」
     店主はあくび混じりに宿帳を広げ、部屋を確認する。
    「……ん、ああ。4人用の部屋が空いてるよ。一泊の料金は8000エル。ご飯なし、風呂あり。それでいい?」
    「ああ、よろしく頼む」
    「んじゃ、ここに名前書いて。3人分ね」
     店主はのそのそと、宿帳とペンを晴奈に差し出す。晴奈は一瞬フォルナの方をチラ、と見て、こう書いた。
    (本名はまずいだろうな。……『メイナ・チェスター』、『ベル・タチアナ』、……『トール・ブラス』)
    「……ん、よし。そんじゃこれ、鍵ね」
     店主は宿帳を取り、名前を確認しながら鍵を渡してきた。小鈴はフォルナの手を引き、そっと2階に上がる。
    「さ、行きましょフォ……、トール」
    「は、はい」
     一瞬ひやりとしつつも、晴奈は小鈴の後へついて行った。

     晴奈の後姿を見送った店主は、もう一度宿帳を確認する。
    「フォ、って何だ……?
    『トール・ブラス』……『Tol・Brass』、ねぇ。……そう言や、昨日来た尋ね人のチラシ……」
     店主はきょろきょろと辺りを見回し、壁に貼ってあったチラシを確認する。
    「『フォルナ・ブラウン』……『Folna・Brown』、……TとFと換えて、Rから後変えたら、……まさかなぁ。パッと見た感じ、『狐』っぽかったけど……」
     店主はもう一度確認しようと思ったが、あまりに眠たかったので放っておいた。

    蒼天剣・憐憫録 2

    2009.01.18.[Edit]
    晴奈の話、第196話。 晴奈の意外な対応。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 晴奈は初め、「フォルナとの旅はルーバスポートまで」と言っていたし、この街に来るまではずっとそのつもりだった。その言葉に従うならば、晴奈はこの状況で諭すか何かしてフォルナを帰すことこそ、「正しい行動」だったのだろう。 しかし何故か、晴奈は掲示板の前にうずくまって泣き出したフォルナに、こう声をかけてしまった。「フォルナ...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第197話。
    ニアミス。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     夕方近くになり、店主はようやく目を覚ました。
    「ふあ、あー……。あー、もうこんな時間か。そろそろ閉めないとな」
     店主はカウンターからのたのたと歩き出し、外に掲げた「開店中」の看板を下げようとした。
     外に出たところで、見るからに頭の悪そうな熊獣人2名が前を通りかかった。言うまでも無く、オルソーたちである。
    「おい、そこの宿屋」
     いきなりオルソーが、無作法に話しかけてきた。
    「なんすか……?」
     寝起きで機嫌の悪い店主は二人をにらむ。
    「何だ、その態度は。それでも客商売か?」
    「金払わないやつは、客じゃない。ウチはそう言う主義なんでね」
    「貴様、俺たちを何だと……」
     いきりたつオルソーをグリーズが抑える。
    「まあ、まあ。……悪いが店主、ちょっと物を尋ねたいのだが」
    「あ……?」
    「こちらに、茶髪に茶色い毛並みの、狐獣人の少女が来なかったか? 右目のところにほくろがあるんだが……」
    「うーん……?」
     尋ねられ、店主は昼頃に来た三人組のことを思い出す。
    「ちょっと待てよ……。何か、珍しい帽子を被った狐っ子が、そんな子だったような」
    「……何?」
     オルソーたちは顔色を変え、店主に詰め寄った。
    「本当か!?」
    「本当に、ここにいらっしゃるのか!?」
    「い、いらっしゃるって、実はどこかの貴族サマか何かなの?」
    「貴族どころではない! 由緒あるグラーナ王国の第三王女、フォルナ・ブラウンテイル・グラネル殿下にあらせられるぞ!」
     これを聞いて、店主の目がようやく覚めた。
    「……ま、マジっすか?」
    「ああ、本当だ! 現在大規模な捜索が行われ、見つけた者には報奨金300万エルが進呈されるのだ」
    「ちょ、ちょっと待っててくださいよ……!」
     店主は慌ててカウンターに戻り、宿帳をつかんで引き返す。
    「こ、これなんすけどね、ほら、『トール・ブラス』ってありますけど、これ、偽名臭いんすよ。もしかしたらその、王女サマかも」
    「本当か……!?」
    「ウソじゃないだろうな?」
    「め、滅相もございません! ご、ご案内しますです、はい」
     店主の先導に従い、オルソーたちはドカドカと足音を立てて2階へ上がる。
    「ここです。……今、鍵を開けます」
     店主はエプロンのポケットから合鍵を取り出し、鍵を開けようとした。
    「あれ? 開いてる」
     店主がつぶやくと同時に、二人はまるでタックルするかのようになだれ込んだ。
    「殿下ッ!」「探しましたぞッ!」
     が、部屋には誰もいなかった。
    「……ありゃ?」「……殿下、は?」
     その様子を見ていた店主はさっと顔を青くし、部屋に飛び込んだ。
    「ま、まさか宿代踏み倒されたんじゃ」
     きょろきょろと部屋を見回すと、机の上に封筒が置いてある。店主はそれを開け、中を確かめた。

    「店主へ
     諸事情あって 貴殿には内緒で宿を発つことにする 大変失敬いたした
     なお 宿代と迷惑料として 1万エル納めさせていただく」

    「ほっ……」
     店主は封筒の中に入っていた金を握りしめ、安堵のため息をついた。
     対照的に、オルソーたちは真っ青な顔になる。
    「に、逃げられた……!?」「くそっ……!」
     二人は大慌てで、宿から出て行った。



     オルソーたちが宿に入る、4時間ほど前。
     晴奈はようやく落ち着いたフォルナに、一つの質問をぶつけてみた。
    「フォルナ、率直に聞くが」
    「はい……」
    「私と一緒に、旅を続けたいか?」
    「……」
     フォルナは泣きはらし、真っ赤になった目を向けて、コクリとうなずく。
    「そうか……」
    「晴奈、この子連れて行くつもりなの?」
    「……」
     晴奈は腕を組み、しばらく黙り込む。
    「正直に言えば、まだ私自身迷っているのです。この子をこのまま連れて歩けば、この件が発覚した時、恐らく私は罪人とされ、獄に入ることになる」
    「そう……、ですわよね」
     しゅんとしたフォルナの頭を、晴奈は優しく撫でる。
    「しかし……、私には同じ経験があります。かつて、己の情熱のままに故郷を飛び出し、師匠に無理矢理ついて行ったと言う、あの経験が。あの時の不安が、この子を見る度蘇ってくる」
     晴奈はフォルナの頭から手を離し、また腕を組む。
    「もしかすれば、私は家に呼び戻されるかも知れない。もしかすれば、師匠が私を故郷に連れて行くかも知れない。そんな不安が、実家と和解するまでの1年間ずっと、私に付きまとっていました。
     それでも……」
     晴奈はフォルナの肩に手を置き、優しい声で語る。
    「それでも、私は居たかった。あの修行場、紅蓮塞に。どんな艱難辛苦を背負ってでも、あの場所で己を磨きたかった。その気持ちがあったから、師匠も黙って紅蓮塞に置いていてくれたのだと思います。
     もし、フォルナがその時の私と同じ気持ちなら――故郷で安穏な生活を送るよりも、己の身一つで世界に向かいたいと言うのなら――私はそんなフォルナの気持ちを、無下にはできない」
    「そっか……」
     小鈴もあごに手をあて、しみじみとうなずく。
    「ま、そーゆー理由なら、しゃーないわ。あたしも共感できるもん、そーゆー話。
     旅はホントに、助けてくれる人が少ないから、いつだって危険よ。街道はもちろん、街中でもね。でもその分、普通に街で暮らす中では感じられない、とびっきりの自由はいくらでも手に入る。もしもあたしに、その自由を捨てる代わりに10億クラムくれる、って提案されたとしても、絶対断るわね。……それだけ、この自由ってモノは貴重で、甘美なのよね。
     ……よっしゃ、あたしもハラくくるわ。フォルナ、アンタが一緒にいたいって言うなら、手ぇ貸してあげる」
    「……あ、ありがとうございます、セイナ、コスズさん」
     フォルナはまた、泣き出した。今度の涙は当惑と恐れから来るものではなく、感謝に満ちたものだった。

    蒼天剣・憐憫録 3

    2009.01.18.[Edit]
    晴奈の話、第197話。 ニアミス。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 夕方近くになり、店主はようやく目を覚ました。「ふあ、あー……。あー、もうこんな時間か。そろそろ閉めないとな」 店主はカウンターからのたのたと歩き出し、外に掲げた「開店中」の看板を下げようとした。 外に出たところで、見るからに頭の悪そうな熊獣人2名が前を通りかかった。言うまでも無く、オルソーたちである。「おい、そこの宿屋」 い...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第198話。
    三人の気持ち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     とりあえず、このまま宿にいるのはまずいと小鈴は判断した。
    「あの店主が寝てた横に、尋ね人のチラシが貼ってあったわ。多分、フォルナのも貼られてる。あの店主もずーっと寝ててはくれないだろうし、もしかしたらもう気付いてるかも知れない。
     とは言え日の高いうちに出ると、それはそれで気付かれるかも知れないから、出るのは夕方になってからよ。……それと、準備も色々しなきゃ」
    「準備?」
     聞き返したフォルナに、小鈴は部屋を見回してから説明した。
    「アンタがその格好のままじゃ、気付かれる可能性は高いもん。服装とか、髪とか、ちょこっといじらないと。
     ……そーね、晴奈。染髪剤と布、買ってきて。あ、何色がいい、フォルナ?」
    「え? えっと、では、黒髪に。服は、青色が……」「晴奈と同じ格好になっちゃうじゃん、それじゃ。ペアルックじゃ目立っちゃうし、ちょっと変えた方がいいわね」
     小鈴の指摘を受け、フォルナはもう一度考える。
    「……では、髪は金色で。服は、緑色にします」
    「よっしゃ、んじゃ買ってきてね。あ、なるべく離れたところを選んで買うのよ」
    「了解しました。それでは行ってまいります」
     晴奈はさっとメモを取り、部屋を離れた。二人きりになったところで、小鈴は小さくため息をついた。
    「ふー……、ドキドキするわ」
    「すみません、本当に」
    「いーのよ。三人旅も、なかなか楽しいし。……んでも、晴奈には旅の目的があるのよ? 彼女、それを達成したら国に帰っちゃうはずだけど、その後はどうするつもり?」
     そう問われ、フォルナは沈黙する。
    「……」
    「何なら、あたしと二人旅?」
    「それも、いいかも知れませんわね」
    「んなコト言って、やっぱり晴奈と一緒にいたいんじゃない?」
     小鈴の言葉に、フォルナはほんのり顔を赤くする。
    「……そうですわね、ご一緒したいですわ」
    「やっぱねー。アンタ、女だって分かっても、まだ晴奈のコト好きなんじゃない?」
    「そう言ってしまわれると、語弊がありますけれど……」
     間を置いて、フォルナはうなずいた。
    「恋愛感情ではなく、一人の人間と言うか、……姉のように、慕っておりますわ」
    「それも、やっぱりって感じ。……んふふ」
     小鈴はフォルナの頭をクシャクシャと撫でながら、クスクスと笑った。

     30分ほどして、晴奈が帰って来た。
    「ただいま戻りました」
    「よし、準備万端ね。んじゃ、あたしは服作るから、晴奈は髪を染めたげて」
    「はい」
     晴奈とフォルナは浴室に向かい、そこで肌着姿になる。
    「では、染めるぞ」
    「はい」
     フォルナを椅子に座らせ、肩までかかっているストレートな髪に染料を塗りつけていく。小麦色だった茶色い髪が、少しずつ金色に染まっていく。フォルナは浴室の鏡でそれを確認しながら、ぼそっとつぶやいた。
    「……本当に、わたくしのわがままのせいで、セイナたちに迷惑をかけてしまって」
    「何だ、水臭い。私も小鈴殿も、『助ける』と言ったのだ。気にするな、フォルナ」
     染料は耳や尻尾には刺激が強すぎるため、その辺りは避けて染めていく。
    「……お姉さま」
    「え?」
     フォルナはクスっと笑い、もう一度呼ぶ。
    「お姉さま」
    「……何だ、フォルナ」
     鏡越しに、気恥ずかしそうにする晴奈の顔が見える。
    「呼んでみただけですわ。……うふふっ」
    「……まったく、気付けば妹や弟が増えるな、私は」
    「セイナは天性の姉気質がありますもの」
    「何だ、それは」
    「コスズさんは『姐御』と言う感じがいたしますけれど、セイナは『姉』ですわ。三人で旅をしていて、わたくしずっと、そう思っておりましたわ」
    「わけが分からぬな。どう違うものか」
     苦笑する晴奈を見て、フォルナもクスクスと笑う。そうしているうちにフォルナの髪は染め終わり、綺麗な金色になった。
    「……と、後はこのまま30分ほど待つだけだな。風邪を引くといけないし、何か羽織るものを持って来よう」
    「はい。……あの、良ければ後で、一緒に入浴いたしませんこと?」
    「そうだな。私も多少、体が冷えた。急がねばならぬし、一緒に入るか」

     1時間後、小鈴の方も服が仕上がり、フォルナはそれを着た。
    「んじゃ、あたしもお風呂入ってくるから、その間に準備済ませといてねっ」
    「はい」
    「承知」
     小鈴は着替えを持って浴室に入り、顔だけを出してフォルナに声をかけた。
    「似合ってるわよ、金髪。それも麦って感じ」
    「えへ……」
     麦のようだと言われたのが嬉しかったのか、フォルナは恥ずかしそうに微笑んだ。
    「ほう。良く見てみれば、その服」
    「え?」
     晴奈はフォルナが着た服をながめ、感心した声を上げる。
    「央中で朱海殿……、小鈴殿の従姉妹が着ていたものに、よく似ているな」
    「そうなのですか? では、これも央南の服装と?」
    「まあ、かなり近いが、央中の雰囲気も出ている。……小鈴殿は、なかなかいい腕をしているな。この道でも、繁盛しそうだ」
     そんなことを言っていると、浴室から返事が返ってきた。
    「ま、朱海の店のもあたしがデザインしたんだけどね。でもそれ趣味だし、似たようなのしか作れないし。あたしはやっぱり、旅して回る方が好きよー」
    「……そうですか」
    「地獄耳ですわね、コスズさん」
     晴奈とフォルナはまた、一緒に笑った。

    蒼天剣・憐憫録 4

    2009.01.19.[Edit]
    晴奈の話、第198話。 三人の気持ち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. とりあえず、このまま宿にいるのはまずいと小鈴は判断した。「あの店主が寝てた横に、尋ね人のチラシが貼ってあったわ。多分、フォルナのも貼られてる。あの店主もずーっと寝ててはくれないだろうし、もしかしたらもう気付いてるかも知れない。 とは言え日の高いうちに出ると、それはそれで気付かれるかも知れないから、出るのは夕方になってか...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第199話。
    脱却。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     小鈴が入浴を終えた頃には、晴奈とフォルナの旅支度は整っていた。
    「よし、んじゃあたしも急いで支度するわ。30分くらい待っててね」
    「承知」
    「……あー、後ね、フォルナ」
     髪をまとめながら、小鈴はフォルナに助言する。
    「今まで使ってた『フォルナ・ブラウン』って名前、もう使えないわよ。チラシにデカデカと書かれちゃってるもん。何か別の名前、考えないと」
    「そうですわね。……何がいいかしら」
    「まあ、央中じゃ『フォル~(狐の~)』って名前は結構あるから、名字だけ変えれば大丈夫でしょ」
     小鈴の助言を受け、フォルナは椅子に座ってじっと考え込む。
    「何がいいかしら……?」
     しばらくうつむいていたが、やがて困った顔で晴奈を仰ぎ見た。
    「セイナ、あなたが付けてくださらない?」
    「私が?」
    「ええ、セイナが考えたものなら、わたくし満足ですわ」
    「ふむ……」
     今度は晴奈が考え込む。
    「ふーむ……、そう言えばフォルナ、本名は何だった?」
    「フォルナ・ブラウンテイル・グラネルですわ」
    「その……、真ん中、の名前。『ている』と言うのは、尻尾のことだったな?」
    「ええ。わたくしたちの一族は『麦穂狐』と呼ばれておりますから」
    「そうか……」
     晴奈は一瞬だけ小鈴の方を向き、ぱた、と手を打った。
    「ファイアテイル、と言うのはどうだろう?」
    「ファイア……テイル?」
    「ああ。私が修めた剣術、焔流の『焔』とは火、つまりファイアのことだ。それに、尻尾のテイル。それらを併せて、ファイアテイル。……まあ、小鈴殿の頭を見て思いついたのだが」
    「あら、あたし? ま、髪の毛真っ赤だもんね」
    「なるほど……、ファイア、テイル。ファイアテイル、ですか」
     フォルナは自分の尻尾を撫でながら、何度もその言葉をつぶやく。
    「……ええ、とっても気に入りましたわ。それではわたくし、今から『フォルナ・ファイアテイル』と名乗らせていただきますわ」
    「んふふ、改めてよろしくね、フォルナ」
    「よろしくな、フォルナ。……これからも、な」
     三人は顔を見合わせ、同時に微笑んだ。

     三人はそっと宿を抜け出し、北の街道へ出ることにした。
    「あの、セイナ」
     歩きながら、フォルナが声をかけてきた。
    「うん?」
    「先ほどお借りしたこの帽子、もしよろしければいただいてもよろしいかしら?」
    「ああ、いいぞ」
     その返事を聞いて、フォルナの尻尾がふわ、と揺れる。
    「ありがとうございます、セイナ」
    「礼などいい。気に入ってくれて何よりだ」
     街は既に夕闇に包まれ、旅帽を被ったフォルナの顔は近くで見ても、判別が付かない。
    (これなら、見つかる心配も無いだろう)
     内心ほっとする晴奈たちの後ろで、あの熊獣人たち――フォルナを探し回るオルソーとグリーズが、宿へと入っていった。



     非常に危なっかしいニアミスが続いたが、結局フォルナは見つからずに済んだ。
    「わたくし……」
     お互いの顔も見えなくなった夜道で、フォルナがつぶやいた。
    「自由、ですのね」
    「そうだな。見つからない限り、お主は自由だ。婚姻の相手を決めさせられることもないし、家や続柄に縛られることも無い。が――」
     その先に続く言葉を、フォルナの方から口にする。
    「……これからは困難に巻き込まれたら、自分で何とかしないといけませんのね。でも、わたくしがそれを選んだのですもの。
     精一杯、頑張りますわ」
    「ああ、頑張れ」
     晴奈はそっと、フォルナの頭を撫でてやった。
     フォルナは少し、震えているようだった。

    蒼天剣・憐憫録 終

    蒼天剣・憐憫録 5

    2009.01.20.[Edit]
    晴奈の話、第199話。 脱却。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 小鈴が入浴を終えた頃には、晴奈とフォルナの旅支度は整っていた。「よし、んじゃあたしも急いで支度するわ。30分くらい待っててね」「承知」「……あー、後ね、フォルナ」 髪をまとめながら、小鈴はフォルナに助言する。「今まで使ってた『フォルナ・ブラウン』って名前、もう使えないわよ。チラシにデカデカと書かれちゃってるもん。何か別の名前、考...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、200話目。
    敵、バカンス中。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「う……ん」
     横で眠る女性の寝返りと小さなうめきで、彼の目は覚めた。
    「……へへ」
     その虎獣人の青年、日上風(フー)は横にいる「狼」の女性、ランニャ・ネール公の寝顔を見て、思わずニヤつく。
    「ふあ……、っと。今、何時だろ?」
     フーはのそのそと床を抜け出し、脱ぎ捨てていた服から懐中時計を取り出す。
    「まだ、5時か。ちょっと早すぎるけど……、ま、起きるか」
     首をゴキゴキ鳴らし、軽く屈伸をして目を覚ます。窓の外は大分明るくなっており、ピチュピチュと鳴く鳥の声が耳に入ってくる。
    「いーい朝だ。本当、楽しいことばっかだな、ここんとこ」
     服を着ながら、フーはぼんやりとこの「小旅行」を思い返していた。
    「……フー」
    「ん?」
     床の方から、ランニャ卿の声が聞こえてきた。
    「どした、ランニャ」
    「うう……ん」
     尋ねてみたが、返事は無い。どうやら、寝言らしかった。フーの口の端がまた、緩んでくる。
    「……可愛いなぁ、お前は」

    「フー。今日は随分早いな」
     ランニャ卿の寝室を出てすぐ、地の底から響くような、低い男の声がフーの耳に入る。声の主はフードの男、アランだ。
    「アランこそ。一体、いつ寝てるんだ? いつ起きても、同じように俺の前に現れる」
    「すでにここに滞在して、2週間になる」
     アランはフーの問いには答えず、淡々と自分の仕事――フーの側近、参謀としての職務をこなす。
    「そろそろ戻らねば。ウインドフォートを発って、すでに一月半は経過している。北海の戦況も早晩、動いてくるはずだ」
    「……ああ、そうだな。そろそろ戻らないと、タイカの奴が攻め込んできてるかも知れないしな。先に返した側近だけじゃ、しのげないし」
     フーは素直に、アランの意見にうなずく。
    「んじゃ、今日の夕方くらいに、ここを発つかな」
    「そうしよう」
     話がまとまりかけたところに、いかにも寂しげな女の声が聞こえてきた。
    「フー、もう帰ってしまうの?」
    「お、ランニャ。もう起きたのか」
     フーのすぐ後ろで、ランニャ卿が悲しそうな顔をして立っていた。
    「いやさ、もうそろそろ王国に帰らないと。いくらなんでも戦争中だしさ」
    「そう、……よね」
     ランニャ卿は切なげにつぶやき、フーに抱きついてきた。
    「でも……」
    「ランニャ?」
    「せめてもう一日、一緒にいて欲しい。今度いつ会えるか、分からないもの」
     ランニャが抱きしめてくる温かく柔らかい感触に、フーは折れた。
    「分かったよ。じゃ、発つのは明日だ。な?」
    「……はい」

     もしこの時ランニャ卿が引き止めなければ、フーは何の苦も無く北方に帰ることができただろう。
     だが、皮肉と言うべきか――このちょっとした願いのせいで、その日のフーは思わぬ災難に見舞われる羽目になった。



    「はい、耳栓」
     クラフトランドが見えてきたところで、晴奈とフォルナは小鈴から耳栓を渡された。
    「これは?」
    「街に入る前に、付けておいた方がいいわよ」
    「なぜですの?」
    「理由は単純。うるさいから」

    (なるほど)
     小鈴の言う通り、クラフトランドの街門を潜るなり、大音量の騒音が晴奈たちを出迎えた。街のあちこちで鎚や鋸、ふいごなどがけたたましく鳴り響き、いかにも職人の街と言った風情をかもし出しており、耳栓をしてもなお、それらの爆音が体を揺らす。入って数分で、小鈴とフォルナの顔色は悪くなっていく。
    (二人とも大丈夫だろうか? ……しかし、これはまた、戦場とは違った辛さがあるな)
     おまけに、それらの音に負けじと売り子が声を張り上げてくるのだから、たまらない。
    「そこのお侍さん、刀どう、刀? 剣じゃないよ、刀だよ刀!」「間に合っている!」
     武器屋に声をかけられる。
    「耳栓あるよ、この街の必需品だよ!」(本末転倒だろう、阿呆!)
     耳栓屋が、耳栓を突き抜ける大声で売り口上を述べる。
    「ほら、いいアクセ入ってるよー!」「いらぬと言っているだろう!」
     またもアクセサリを無理矢理、付けられそうになる。
    (あ、頭が痛くなってきた……)

     喧騒を避けるため、二人は宿に入った。
    「あー、アタマいたぁい」
     小鈴はベッドに突っ伏し、枕を頭に押さえ付けてうめいている。
    「うぅ……、吐き気がいたしますわ」
     フォルナも同じように、ベッドに沈んでいる。晴奈も椅子にもたれかかり、一言も発さず宙を見つめている。
    (耳鳴りが収まらぬ)
    「ねぇー、晴奈ぁー、フォルナぁー」
     枕の下から、非常にだるそうな小鈴の声が聞こえてくる。
    「もうちょっと、暗くなってから日上探ししよぉー」
     フォルナが弱々しい声と力なく揺れる尻尾で、それに同意する。
    「そう、いたしましょう。こう騒々しくては、参ってしまいますわ」
    「ねぇー。もぉ何か、アタマん中、ぐにゃぐにゃ揺れてるもん」
     晴奈も二人と同じく、吐き気に近い頭痛を感じている。
    「そうですね……。私も、ひどい頭痛がします。少し、休みましょう」
    「そおしよぉー」
     そのまま、三人は眠りに就いた。

    蒼天剣・奸虎録 1

    2009.01.22.[Edit]
    晴奈の話、200話目。 敵、バカンス中。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「う……ん」 横で眠る女性の寝返りと小さなうめきで、彼の目は覚めた。「……へへ」 その虎獣人の青年、日上風(フー)は横にいる「狼」の女性、ランニャ・ネール公の寝顔を見て、思わずニヤつく。「ふあ……、っと。今、何時だろ?」 フーはのそのそと床を抜け出し、脱ぎ捨てていた服から懐中時計を取り出す。「まだ、5時か。ちょっと早すぎるけ...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第201話。
    悪魔殺しの剣。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    《いいものを見せてあげよう》
    「え?」
     問い返したが、声は応えない。次の瞬間、目の前にある光景が広がる。

    ――1、2の3で、飛ぶからねっ!――
    ――マテ、ナニヲスルツモリダ!――
    ――1、2のさ――
    ――ニガサンゾ!――

    「い、今のは!?」
    《キミが眠ってから、10時間後に起こるコトさ。目の前にいる敵を倒したからって油断しちゃダメだよ、セイナ》
     声の主はあの白猫だった。
    「何がなんだか分からない。私は一体誰と戦い、何が起きたのだ?」
     目にしたのは、フードの男と倒れたフー、頭から血を流す自分、胸を赤く染めた小鈴、呆然と座り込むフォルナ、そして鈴を付けたエルフの姿だった。
    「日上は、倒れていた。私がやったのか?」
    《勿論さ。ハッキリ言おう、ヒノカミなんて敵じゃない。超人だの御子だの言っても、所詮この時点でのヒノカミは経験浅い、ただの小僧さ。キミの腕があればあっさり倒せる。
     本当に手強いのはあのフード男、アランだ。アイツは普段、ヒノカミの影のような位置にいるけれど、実際はヒノカミ以上の実力を持ってる。
     アイツの狙いはヒノカミを世界の王様に仕立て上げ、傀儡、操り人形にして世界を支配することにある。そのために色々、汚いコトをしてる――ネール家に伝わる武具を奪うためにランニャと引き合わせたり、剣をエルスたちから盗むよう指示したり――色々画策し、指示していたんだ。
     気を付けて、セイナ。アイツの姿がヒノカミの側に無かったら、十分に注意するんだ》
     それだけ言って、白猫は姿を消した。



    「あ、おい!」
     椅子で眠っていた晴奈は飛び起きた。
    「むにゃー」
     晴奈の声に、小鈴が寝言で応える。晴奈は頭を振り、小さくつぶやいた。
    「……白猫。あなたは一体、私に何をさせたいのだ?」

     日も傾き、ようやく町の喧騒は落ち着きを見せる。
     煮えたぎるようだった空気もやっと冷え始め、騒ぎの中心は鍛冶場から酒場へと移り始めた。
    「さてと。それじゃまずは、ご飯食べよっか」
    「そうですわね。ずっと眠っておりましたし、流石にお腹が鳴ってしまいますわ」
     酒場に来た晴奈たちは席に座り、品書きを眺めながら雑談する。
    「ここにもパスタがあるのですね」
    「そりゃ、央中じゃ米みたいなもんだし。今度は、すすっちゃダメよ」
     イタズラっぽく笑う小鈴に、晴奈も笑い返す。
    「はは、承知しております。……では、私はこの『塩漬けイワシのパスタ』に」
    「では、わたくしは『ジャガイモ入りのオムレツ』とパンを」
    「んじゃ、あたしは『ジャガイモとレンズ豆の塩煮込み』、それからパン、と」
     小鈴は店の者を呼び、三人の注文を伝える。料理が運ばれてくるまでの間、晴奈はフーの居場所について小鈴に尋ねてみる。
    「いるとすれば、どこにいるのでしょうね?」
    「うーん。朱海からもらった情報によれば、日上はこの国の大公様とデキてるのよね。単純に考えれば、ネール公族が住んでる宮殿にいるんじゃないか、って思うんだけど」
    「ふむ。では、そこを調べるのが最も手っ取り早いと言うわけですね。しかし……」
     やってきた料理を受け取りながら、小鈴は首を振る。
    「ま、それは難しいわ。一般開放されてないもん。厳重に管理、警備されているから、入るのは難しいわね。
     さて、と。ひとまず議論は置いといて、ご飯食べましょ」



     宮殿のテラスで白い半月を眺めながら、フーとランニャ卿は歓談していた。
    「やっぱり、タイカって恐ろしいのね」
    「ああ、マジで悪魔って感じの奴だった。アイツの姿は一度見たら、目に焼きついて離れないよ。……ま、その目も半分、無いけどな」
     フーは笑いながら、大火に潰された左目の傷をコリコリとかいた。
    「でも、お前にもらった『ガーディアン』と、この『バニッシャー』があればきっと、奴を倒せる。期待しててくれよ、ランニャ」
     フーは腰に差した剣を抜き、その刀身を月の光に当てる。
    「キレイね……。本当に英雄の剣、って感じ」
    「だろ? 俺も一目見た時、一発で魅入られちまった。思い出すぜ……、その時のことを」
    「コウカイで手に入れた、って言うお話?」
     ランニャ卿の問いに、フーは肩をすくめ、小さく首を振る。
    「いや。……俺の元上官と一緒に、黒炎教団の総本山に潜入したことがあったんだけど、その時に初めて、こいつを見つけたんだ。
     その昔、黒白戦争でタイカを突き刺し、燃え盛る炎の中に叩き落したと言う、この剣。結局奴はそこから這い上がり、復活したと言うけれど、それでも致命傷を与えたのは確かなんだそうだ。
     悪魔を貫き、地獄の炎の中に堕としたと言うこの剣――俺はその伝説を、この世に再現させて見せる」
     熱く語るフーを見て、ランニャはほほを染めた。
    「ねえ、フー」
    「ん?」
    「もしタイカを討ち取って、あなたが世界の覇者、王になったら……」
     ランニャはフーの袖をぎゅっとつかみ、その手を握りしめた。
    「私を、妃にしてくださいませね」
    「……へへ、まあ、うん。考えとくわ」
     フーも顔を、虎耳の先まで真っ赤にしてうなずき、立ち上がった。
    「フー?」
    「……ちょっとそこら辺、ブラブラしてくる。あんまりお前の顔見つめてっと何か、心臓が爆発しちまいそうだ」
    「あら、……もう」

    蒼天剣・奸虎録 2

    2009.01.23.[Edit]
    晴奈の話、第201話。 悪魔殺しの剣。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.《いいものを見せてあげよう》「え?」 問い返したが、声は応えない。次の瞬間、目の前にある光景が広がる。――1、2の3で、飛ぶからねっ!――――マテ、ナニヲスルツモリダ!――――1、2のさ――――ニガサンゾ!――「い、今のは!?」《キミが眠ってから、10時間後に起こるコトさ。目の前にいる敵を倒したからって油断しちゃダメだよ、セイナ》 声の...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第202話。
    追いついた。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     夕食を食べ終えた晴奈たちは、検討を再開した。
    「まあ、でもさ。ここでボーっとしてるより、実際に見てみた方が早いかもね。案外、庭園をブラついてるかもしれないし」
    「庭園は入れるのですか?」
     小鈴の代わりに、フォルナが答える。
    「ええ。宮殿内は無理だそうですけれど、その前にある庭園と、門前広場は出入り自由と聞いておりますわ。夜の、確か……、10時くらいまでは入れたかと」
     その時刻を聞いた瞬間、晴奈の脳内に電流が走った。
    ――キミが眠ってから、10時間後に起こるコトさ――
     白猫から聞かされた言葉が、天啓のように響き渡る。
    (入場制限は、10時まで。そして私が宿で眠ったのは、正午。丁度、10時間の間がある。もしや、そこで……!?)
    「フォルナ、小鈴殿っ」
    「ん? どしたの、晴奈?」
    「どうなさったの?」
     晴奈は立ち上がり、二人の手をつかむ。
    「行ってみましょう、そこへ。いるかも知れない」
    「え、うん」「あ、はい」
     慌ただしく動き出した晴奈に、小鈴とフォルナは目を白黒させながらも付いて行った。



     フーはぼんやり月を見上げながら、宮殿前の広場に立っていた。今、この広場には彼と、広場全体を見下ろす初代ネール大公の銅像しか人影はない。
    (超人となり、名声を挙げ、伝説の武具も手に入れ、そして最高の女に『妻にしてくれ』とまで言わせちまった。……恐ろしいくらいだ。
     恐ろしいくらい、俺はツイてる。恐ろしいくらい、俺は世界の頂点へと、恐るべきスピードで駆け上がってる。恐ろしくて、たまらねえ……。
     この先――頂点を極めた先、俺は一体、どうなるんだろうか?)

     日上風は元々、凡庸な兵士だった。いや、素行の悪さから「使い物にならないクズ」とまでけなす者もあった。
     そんなフーをまず、一端の兵士として引き上げたのはナイジェル博士とエルスだった。博士は彼の戦闘能力の高さを見込んで、愛弟子であり凄腕の諜報員だったエルスの補佐役に就かせるよう、軍部に指示した。
     一匹狼ならぬ、一匹虎だったフーは、初めは人の下に就くことを良しとはしていなかった。だが「大徳」と呼ばれるだけあり、人材活用と人心掌握に秀でたエルスとともに活動するうち、彼は兵士に必要不可欠な団体行動の基本、そして他人と付き合うその楽しさと、安らぎを知るようになった。
     ところが、ある一件――「バニッシャー」強奪に端を発する、ジーン王国軍の内紛を納めるため、彼の上官だったエルスは「バニッシャー」を持って国を去った。同時に、彼の部下だったフーもエルスに加担したと疑われ、その後しばらく軍内で冷遇されていた。
     この一件で精神的に追い詰められ、さらに唯一の肉親であった祖母も亡くし、どん底に落ちていたフーは、ある男と出会った。それがアランである。アランは――実際にその技を使われたフー自身にも、良く分からない方法で――フーに驚異的な「力」を与え、超人に仕立て上げた。
     そこから、彼の人生は劇的に変化した。たちまち彼は軍のエース、英雄となり、同時期に勃発した中央政府との戦争で大活躍を納め、今に至る。

    (……まあ、いいか。何を悩む必要がある? アランの言うことに従ってれば、俺は世界の王になれるんだ。
     その後のことは、それから考えりゃいいさ)
     フーはため息をつき、首を鳴らす。
    「……戻るか」
     軽く屈伸をして、肩を鳴らした瞬間――関節が鳴るのとは違う、ポキと言う音がフーの背後から聞こえてきた。フーは瞬間的に、木の枝が折れる音――つまり、誰かがそれを踏んだ音だと悟った。
    「誰だ?」
     フーは振り返り、辺りの気配を伺う。
    「気のせいじゃないよな? 犬猫の類でも無さそうだ。俺に何の用だ?」
     何も応えない。
    「隠れてないで出て来いよ。うまく隠れてるつもりだろうが、気配がプンプン匂ってくるぜ?」
     フーが挑発すると、何者かが銅像の陰から姿を現した。
    「ん? お前……、どこかで見た覚えがあるな。どこだったか……? 女、ってことは、俺と付き合ったこと、あるか?」
    「ふざけるな、日上」
     隠れていた女は、怒気を含んだ声でフーに答える。
    「あ、違うか。……そうだ、思い出したぜ。コウカイで、スミスを斬った奴だな」
    「いかにも。焔流免許皆伝、セイナ・コウと申す。あの時貴様が奪った剣、『バニッシャー』を奪い返しに参上した」
    「そうか。……すげえな、強そうだ。何て言うか、『猫』には見えねえ。もっと大型の、獅子や豹を感じさせる殺気だ。
     ……いいだろ。俺から奪い返したいって言うなら、力ずくで来いや」
     フーは剣を抜き払い、晴奈と対峙した。

    蒼天剣・奸虎録 3

    2009.01.24.[Edit]
    晴奈の話、第202話。 追いついた。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 夕食を食べ終えた晴奈たちは、検討を再開した。「まあ、でもさ。ここでボーっとしてるより、実際に見てみた方が早いかもね。案外、庭園をブラついてるかもしれないし」「庭園は入れるのですか?」 小鈴の代わりに、フォルナが答える。「ええ。宮殿内は無理だそうですけれど、その前にある庭園と、門前広場は出入り自由と聞いておりますわ。夜の、...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第203話。
    晴奈V.S.日上。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「……」「……」
     晴奈もフーも相手を鋭く睨んだまま、無言で間合いを詰める。
    「……先に、行かせてもらうぜッ!」
     最初に仕掛けたのはフーだった。地面を低く跳び、一気に間合いを詰めていく。
    「甘いッ!」
     晴奈は刀を構え、フーの初太刀を受ける。非常に重たい一撃ではあったが、晴奈自身も後ろに跳ぶことで、その威力を消す。
    「お、っと! へぇ、不思議な剣術、いや体術か。俺の剣だけじゃなく、力も受け切るとはな」
    「力任せでは、この私は倒せぬ」
     晴奈とフーは、もう一度間合いを取る。
    「来いよ」
    「そちらから、来い」
     両者は円を描くように、じりじりと動きながら間合いを保つ。
    「来いって」
    「……」
     フーが誘うが、晴奈は応じない。
    「チッ……。いいだろ、こっちから行ってやる!」
     もう一度、フーが飛び込んでくる。今度は高く跳び、剣を振り下ろしてくる。
    (これならさっきみたいに、後ろに跳んでいなすことはできないだろ!?)
    「フン」
     フーの読みを察知した晴奈は刀を両手で上に掲げ、がっちりと受け止める。当然、フーの力に押し負け、晴奈の体勢は崩れる。だが――。
    「甘いと言っているだろう!」「何ッ!?」
     晴奈は倒れながら、左脚を挙げてフーの腹に押し付ける。そのまま刀と脚を後方にずらし、フーを投げ飛ばす。いわゆる「巴投げ」の変形である。
    「おわあッ!?」
     フーは顔面から石畳に落ちる。そのまま回転して立ち上がったが、どうやら鼻が折れたらしく、鼻血がボタボタと噴き出してくる。
    「くっそ、戦いづれえな」
     フーが転倒している間に晴奈も起き上がり、隙無く刀を構えてフーを牽制する。
    「来い、日上!」
     フーは鼻を押さえ、ゴキゴキと鳴らして形を直す。
    「かぁ、痛てて……。ったく、一筋縄じゃ立ち回れそうにねーな」
     そうつぶやくと、フーはブツブツと、何かを唱え始めた。
    「じゃ、こいつはどうだ? 焼けッ、『ファイアボール』!」
     かざした掌から、火球が飛び出す。ところが1メートルも進まないうちに、火球は四散してしまった。
    「……!?」
    「悪いけど、魔術は使わせてあげない」
     銅像の陰から、小鈴が杖を構えながら現れた。魔術を使っている最中らしく、杖からは魔力を含んだ紫色の光が漏れている。小鈴の横からフォルナが現れ、丁寧に説明する。
    「術封じの術、『フォースオフ』ですわ。元から魔力の低い部類に入る虎獣人の方であれば、これでもう、魔術は一切使えないはずですわ。
     大人しく降参して剣を渡された方が、誇りが傷つかずに済みますわよ」
     フォルナの慇懃無礼な挑発を受け、フーの額にピク、と青筋が走る。
    「……チッ、めんどくせえな」
     フーは悪態をつき、剣を構え直す。その顔には初めて、焦りの色が浮かんでいた。



    「フーはいるか?」
    「……あら、アランさん」
     テラスに入ってきたアランを見て、ランニャ卿の顔は曇る。
     フーのことは大好きなのだが、フーに付きまとうこのフードの男は、どうしても好きになれない。存在自体があまりにも不気味であり、さらに大公である自分に対して明らかに、横柄で尊大な態度を取るからだ。
    「ヒノカミ中佐はいらっしゃいませんわ。散歩すると言って、先ほど出て行かれました」
    「そうか」
     アランはそれだけ言うと、踵を返してテラスから離れていった。
    「……ああ、嫌だ嫌だ。あの方がいらっしゃらなかったら、もっと長く、フーと過ごしていられるのに」

    「まったく、どこで油を売っているのだ」
     アランは宮殿を歩き回り、フーの姿を探す。
    「急いで帰らねばならんと言う時に、のんきに女と戯れるとは。いずれ厳しく、矯正しなければならんな」
     フーへの不満をこぼしながら、アランは庭園の側に差し掛かった。
    「……む?」
     金属音が、わずかに聞こえる。続いて何か重いものが、地面にぶつかる音が聞こえる。そして人の叫ぶ声も――。



    「ハァ、ハァ」
     フーは右肩を押さえ、荒く息をしていた。
    「油断したぜ……! まさか『サムライ』なんて人種が、こんなに戦いづらい相手だとは思わなかったな。
     それに女と見て、侮った。ここまでやるとは、まったく思ってなかったぜ、クソ……!」
    「観念したらどうだ、日上」
     晴奈は刀を上段に構え、威圧している。
    「バカ言ってんじゃねえよ。勝負はまだ、これからだ!」
     フーは肩を押さえながら、片手で剣を握る。
    「やめておけ、日上。片手で勝てる相手と思っているのか?」
    「自分で言ってりゃ、世話ねえよ。……オラアアアッ!」
     フーは果敢に剣を振り上げ晴奈に迫るが、その動きにはキレが無く、精彩を欠いている。最早、晴奈の敵ではなかった。
    「はあッ!」
     晴奈はフーの突きをひらりと避け、肩の付け根に向かって刀を振り下ろした。
    「ぐ、あ、ッ……!」
     鎖骨の折れる鈍い音とともにフーの目がぐるんと裏返り、がくりと倒れた。
    「安心しろ、峰打ちだ。……さて、剣は返してもらうぞ」
     晴奈は倒れたフーの横に転がった「バニッシャー」を取ろうと、ほんの一瞬だけ警戒を緩めた。

    蒼天剣・奸虎録 4

    2009.01.25.[Edit]
    晴奈の話、第203話。 晴奈V.S.日上。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「……」「……」 晴奈もフーも相手を鋭く睨んだまま、無言で間合いを詰める。「……先に、行かせてもらうぜッ!」 最初に仕掛けたのはフーだった。地面を低く跳び、一気に間合いを詰めていく。「甘いッ!」 晴奈は刀を構え、フーの初太刀を受ける。非常に重たい一撃ではあったが、晴奈自身も後ろに跳ぶことで、その威力を消す。「お、っと! へぇ、...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第204話。
    最悪の敵。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     その瞬間、晴奈は何が起こったのか良く分からなかった。
     突然、頭蓋骨からミシ、と言う嫌な音が響き、晴奈の目の前が真っ暗になる。
    「……!?」
     一瞬宙に浮く感覚を味わい、次に全身を強い衝撃が襲う。晴奈の全感覚は頭から飛び散った。
    (し、まっ、た)
     石畳に叩きつけられた晴奈は、全身の痛みをこらえながら現状把握に努める。
    (衝撃、痛み、衝撃、暗転、衝撃、……落ち着けこれは攻撃だ。何か強烈な一撃を食らったのだ私は。……誰が? 誰が私を? 日上? いや、違う日上ではない。日上は倒した間違いなく。では誰だと言うのだ誰だ落ち着け、……日上、では、ない。
     では、……そうか。側近……!)
     晴奈は己の意識の混乱を半ば無理矢理に落ち着かせた。もし仮に、ここで混乱したままであれば、晴奈は間違いなく命を落としていただろう。
    (来る! 逃げろ! 跳べ!)
     目の前が真っ暗なまま、晴奈はその場から飛びのく。その直後、自分がいたであろう場所からドゴ、と言う重たい音が聞こえてきた。
    (来る! かわせ! もう一度跳べ!)
     ほとんど本能的に、晴奈は体を動かす。必死で逃げた地点から、またもズン、と言う鈍い音が伝わってくる。
    (また! とべ、いや、かわせ、いや、か、と、か、どっ、ち、だ……)
     また、攻撃の気配を感じ、晴奈は逃げようとした。だが必死に押さえつけていた意識の混濁がここで一気に噴き出し、晴奈の判断と動きが止まった。



    (……! 起きろ、黄晴奈ッ!)
     はるか彼方に飛び去っていた意識がもう一度、晴奈の脳内に戻ってきてくれた。目も正常に戻り、辺りを正確に把握できる。
     そしてその目で、惨状を確認した。
    「小鈴殿!」
     小鈴が胸から血を流し、倒れている。息はあるようだが、まったく動けないようだった。
    「せい、な。にげて、は、やく」
     口から血を流しながら、小鈴は晴奈を逃がそうとする。位置と時間経過から考えて、どうやら小鈴は晴奈を守ってくれていたらしい。
    「あ、ああ……」
     辺りを素早く伺うが、絶望的な状況しか確認できない。
    「フォルナ! 大丈夫か!?」
    「……」
     フォルナは無事なようだが、目の焦点が定まっておらず、晴奈の呼びかけに応えない。どうやらあまりに凄惨なものを見せられ、気を失っているらしい。
    (くそ……! アラン、だな!?)
     どこからか現れたアランが、拳とフードの袖を血で濡らしている。フーはその背後で倒れたままだ。どうやら晴奈を殴り飛ばしたのも、小鈴を突いたのも、アラン一人のようだ。
    (白猫の、言った通りだ……! 何故私は、油断してしまったのだ!)
    「小鈴殿、大丈夫ですか!?」
    「だい、じょうぶじゃ、ない。だから、にげて、フォルナ、つれて」
     小鈴の声がどんどん、小さくなっていく。顔も青ざめていく。死の淵にいるのは、誰の目にも明らかだった。
    「ダメだ、小鈴殿! あなたを置いては行けない! しっかりしてくれ、小鈴殿!」
    「……いい、たび、だったけど、ざんねん、ね。こんな、さいご、で」
    「ダメだ! 起きてください! 起きてくれ、小鈴ッ!」
     晴奈は叫ぶが、小鈴の目はもう、うつろになっている。
    「小鈴! 小鈴ッ!」
     晴奈は絶叫に近い声で、小鈴の名を呼んだ。

     その時だった。
    「うるさいっ。ちょっと冷静になってよっ、晴奈っ」
     どこからか、子供の声が聞こえてきた。
    「ホラホラ、ボーっとしないでよっ」
     あどけない、少女の声が晴奈を叱る。
    「え……?」
    「小鈴は気を失ってるだけっ。血は出てるけど、もうアタシが止めたから大丈夫よっ」
     いつの間にか、小鈴の側に長耳の少女が立っていた。赤い髪に、全身赤い巫女服、そして体中に鈴を付け、動く度にジャラジャラと鳴り響く。
    「だ、誰だ?」
    「失礼な『猫』さんねっ。アタシの顔、忘れたっ?」
     少女は体中に付けた鈴をシャラシャラ鳴らしながら、ほおを膨らませる。
    「……見た、覚えが。……杖の、精?」
     晴奈の答えに、少女は面白そうに笑った。
    「アハ、杖の精はいいわねっ。でも、アタシのコトは」
     少女は晴奈の鼻先で指をピン、と立てた。
    「鈴林(レイリン)って呼んでっ」

    蒼天剣・奸虎録 5

    2009.01.26.[Edit]
    晴奈の話、第204話。 最悪の敵。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. その瞬間、晴奈は何が起こったのか良く分からなかった。 突然、頭蓋骨からミシ、と言う嫌な音が響き、晴奈の目の前が真っ暗になる。「……!?」 一瞬宙に浮く感覚を味わい、次に全身を強い衝撃が襲う。晴奈の全感覚は頭から飛び散った。(し、まっ、た) 石畳に叩きつけられた晴奈は、全身の痛みをこらえながら現状把握に努める。(衝撃、痛み、衝...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第205話。
    鈴っ子。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     晴奈は呆気に取られながらも、自分たちがまだ無事でいることを不思議に思っていた。
    「何故、アランは攻撃してこない?」
    「んっ? してるよっ、思いっきり。ホラっ」
     レイリンが指差した方向に、アランがいる。懸命に腕を振っているが、途中で何かに阻まれているらしい。
    「アタシが『マジックシールド』で防いでるから、後もう少しは大丈夫っ。でもねーっ」
     レイリンは困った顔で、晴奈に向き直る。
    「コレ使ってる間は、他のコトできないのっ。だから晴奈、ちょっと協力してっ?」
    「え?」
    「『お師匠』に教えてもらった『とっておき』使うからっ、10秒だけあいつの攻撃を防いで欲しいのっ。お師匠と違って、アタシはすっごく集中しなきゃいけないからっ」
    「はあ……? ともかく、防げばいいのだな? 分かった、協力する」
     晴奈はヨロヨロと立ち上がり、刀を握る。
    (くそ、頭を割られたせいか吐き気がする。頭痛もひどい……! おまけに刀もひん曲がってしまっている。
     戦況は最悪、だが……)
     晴奈は残った気力を振り絞り、仁王立ちになる。
    「来い、アラン! もう一度、相手してやろう!」
     目の前の壁を叩いていたアランは、そこで動きを止めた。
    「なぜ私の名を……? まあいい、死にたいのなら死なせてやる」
     アランは後ろに飛びのき、腰を低く落とした。
     と同時に、「マジックシールド」が薄れ、消滅する。そしてレイリンが懸命に、何かを唱えているのが聞こえてきた。
     どうやら相当高度な術を使うらしく、今まで聞いたことのあるどんな呪文よりも長く、そして恐ろしく早口で唱えているので、何を言っているのかまったく聞き取れない。
    「10秒、か。もっていてくれ、私の体」
     晴奈はレイリンの前に立ち、刀を構えた。
    「死ね」
     アランが踏み込んでくる。ガキンと言う金属音とともに、右の掌底が飛んできた。
    「ぐぅ、……ッ!」
     猛烈に重たい掌が、晴奈の刀に食い込む。刀がぎちぎちと奇怪な音を立てて、さらに曲がる。先ほどフーと戦った時とは違い、ここでかわせばレイリンが危険にさらされる。
    「このッ!」
     晴奈はアランを蹴って、後ろに引かせようと試みる。だがいくら蹴っても、アランは痛くもかゆくも無いらしく、一歩も引こうとしない。
    「無駄なあがきだ」
     今度は左の掌底が飛んでくる。もう一度受け止めるが、刀だけではなく、晴奈の腕からも軋む音が響く。
    「ぐあ、あうッ」
     絞り出すような声が、晴奈ののどから漏れる。
    「これはどうだ」
     また、右掌底。
    「ぎッ」
     晴奈の右腕が、嫌な音を立てて折れる。
    「うあ、あッ」
     止めようとしても、悲鳴がのどの奥から勝手に漏れてくる。
    「が、……げぼッ」
     悲鳴はようやく止まるが、それは血を吐いたからだ。
    「……ッ」
     十数回殴りつけられ、もう、血も悲鳴も出てこない。晴奈のひざが、がくんと落ちた。
    「晴奈っ! 戻ってきてっ!」
     ようやく、レイリンの準備が整った。だがすでに脚に力が入らず、晴奈は動くことができない。
    「さあ、そろそろ逝け」
     アランが右手を振り上げる。晴奈は身動きできないまま、じっとその手を見ていた。
    (悪魔め……! 誰だ、黒炎殿が悪魔だなどと言った奴は!
     こいつこそが、正真正銘の悪魔だ! この無慈悲! この残虐!
     こいつを悪魔と言わずして、何を悪魔と称すのだ……!)
     晴奈は死を覚悟した。

     アランの拳が振り下ろされる直前、晴奈の首が一瞬絞まった。
    「ぐえ」
     どうやら、誰かが後ろから襟を引っ張ったようだ。そのおかげでアランの拳がそれ、地面にめり込む。
    「ぬ……、く、この」
     地面にめり込んだ拳が抜けず、アランはもう一方の手で引っ張り始めた。
    「ひっ、ひいっ、えぐっ」
     フォルナが泣きながら、晴奈の襟をつかんでいる。
    「フォルナ!」
    「えぐっ、セイナ、戻ってらして、ぐすっ」
     フォルナに引きずられ、晴奈は何とかレイリンの側に近付いていく。
    「晴奈、戻って、来なさいよ……!」
     小鈴の声もする。
    「小鈴、殿……!」
     ゲホゲホと言う水気の混じった咳の後に、小鈴の含みを持った笑い声が続く。
    「ん、ふふ、ふ。何を、今さら、殿付け、してんのよ。さっき、呼び捨てに、したくせに」
     小鈴も満身創痍ながら、気力を振り絞って晴奈を引っ張り、助けてくれた。
    「待て」
     アランがようやく地面から拳を抜き、また襲い掛かってくる。
    「アンタは、邪魔、しないでよ……! 『グレイブファング』!」
     息も絶え絶えに、小鈴が呪文を唱える。石畳が変形し、槍状になってアランの首に突き刺さった。
    「グゥ……ッ! キクカ、コンナモノッ!」
     だが、普通の人間ならば致命傷のこの攻撃も、アランには通じない。首に突き刺さった槍を引き抜き、アランはなおも迫ってくる。その声はまさに悪魔のような、金属質の響きを持って晴奈たちの鼓膜を揺さぶった。
    「レイリン! お願い!」
    「1、2の3で、飛ぶからねっ!」
     レイリンの言葉に、アランが驚いた様子で叫ぶ。
    「マテ、ナニヲスルツモリダ!」
    「1、2のさ――」
     アランが飛び込み、レイリンを殴り倒そうと拳を振り上げる。
    「ニガサンゾ!」
     瀕死の晴奈は、ここで最後の力を振り絞った。
    「させるかッ!」
     曲がった刀をアランに投げつける。死を覚悟した晴奈のその一撃は、アランの胸に食い込んだ。
    「グアアッ!?」
    「――ん!」
     晴奈たち四人の、周りの景色が消えた。

    蒼天剣・奸虎録 6

    2009.01.27.[Edit]
    晴奈の話、第205話。 鈴っ子。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 晴奈は呆気に取られながらも、自分たちがまだ無事でいることを不思議に思っていた。「何故、アランは攻撃してこない?」「んっ? してるよっ、思いっきり。ホラっ」 レイリンが指差した方向に、アランがいる。懸命に腕を振っているが、途中で何かに阻まれているらしい。「アタシが『マジックシールド』で防いでるから、後もう少しは大丈夫っ。でもね...

    »» 続きを読む

    ▲page top

    晴奈の話、第206話。
    日上追跡、一段落。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「ニガシタカ……。ン、ンん、……逃がしたか。この女ボケがしっかりしていれば、逃がすことも無かったのだが」
     アランは毒づき、のどを抑えて揉み――それだけで、アランののどは完全にふさがれてしまった――倒れたままのフーを蹴った。
    「う、ん……」
     フーは目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。
    「いた、たた……」
    「大丈夫か、フー」
    「くそ、鎖骨やら何やら折られたみたいだ。でも、まあ、致命傷には至らない、かな」
     アランは彼への罵声などなかったかのように、フーに肩を貸した。
    「戻ろう。転倒したことにし、治療してもらうぞ」
    「ああ……」
     フーはよろめきつつ、悔しそうにつぶやく。
    「俺もまだまだだな。まさか、ああまで打ちのめされるなんてな」



    「お、おい。お前ら」
     床に倒れていた晴奈は、自分たちを覗き込む者と目が合った。
    「何でいきなり、アタシの店に……、い、いや、それよりも!
     一体、どうしたんだそのケガ!? すぐ医者呼んでくるからな! 死ぬなよ! 絶対死ぬなよ!」
    「かた、じけ、ない、朱海殿……」
     一瞬のうちに、晴奈たちはクラフトランドからゴールドコースト、朱海の店に移動していた。レイリンの「とっておき」とは、黒炎教団の秘中の秘、「テレポート」だったのだ。
    「助かったわ、レイリン」
     小鈴が礼を言ったが、それに応える者はいない。その代わりに小鈴の杖がちり、と鳴った。

     数時間後、晴奈たちは治療を受け、何とか一命を取り留めた。
    「そっか。そんなことがあったのか……」
     三人の容態が安定したところで、朱海から根掘り葉掘りと尋ねられた。事情を聞き終え、朱海はメモを取りながらうなる。
    「まーた、商売のネタにしようとしてるんじゃないわよね」
     小鈴が釘を刺すと、朱海は恥ずかしそうに笑った。
    「へへ、ばれたか。……ま、それは冗談としても。そのアランって奴、どうも気になるんだ。アタシの方で、調べておこうかと思ってね。
     ケガが治るまではしばらく、ウチで静養してな」
     そう言って、朱海は部屋を離れた。
     残された晴奈と小鈴、フォルナの三人は、しばらく見つめあった後、笑い出した。
    「……はは、ばっちり生きてたわね、晴奈」
    「小鈴、こそ。本当に、死んでしまったかと思った」
    「ホントにね。あたしもあの時ばかりはさすがに、死ぬかと思ったわ」
    「ええ、わたくしも生きた心地がいたしませんでしたわ」
     そう言ったフォルナに、小鈴がイタズラっぽい顔をしてささやく。
    「ココに、同じ服と下着があって良かったわね。誰にもばれずに済んだし」
    「う」
     フォルナの顔が真っ赤に染まる。
    「大丈夫、内緒にしたげる。晴奈と朱海には、黙って洗濯しとくからね」
    「ううー……」
     フォルナは顔を真っ赤にし、布団に顔を埋める。
    「どうした、フォルナ?」
    「いーからいーから、ほっといたげなさいって」
    「はあ……?」
    「……ま、なんつーか」
     小鈴は深いため息をつき、両脇にいた晴奈とフォルナの手をつかむ。
    「生きてて良かった、つーか」
    「……はは、そうですね」
    「ええ……、ええ」
     三人の間に、沈黙が流れる。ここで三人にようやく、安堵の時が訪れた。



     その沈黙を破ったのは、晴奈だった。
    「……強くなりたい」
    「ん?」
    「あの悪魔は、強かった。あいつを倒さねば、剣は取り戻せぬだろうな」
     晴奈の言葉に、小鈴は目を丸くした。
    「まさか……、アイツ、倒す気なの?」
     フォルナも青い顔で尋ねる。
    「無茶ですわよ……! 死ぬところでしたわ!」
     二人に対し、晴奈は強い決意を秘めた目で、一言こう返した。
    「やらねばならぬのだ、私は」

    蒼天剣・奸雄録 終

    蒼天剣・奸虎録 7

    2009.01.28.[Edit]
    晴奈の話、第206話。 日上追跡、一段落。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「ニガシタカ……。ン、ンん、……逃がしたか。この女ボケがしっかりしていれば、逃がすことも無かったのだが」 アランは毒づき、のどを抑えて揉み――それだけで、アランののどは完全にふさがれてしまった――倒れたままのフーを蹴った。「う、ん……」 フーは目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。「いた、たた……」「大丈夫か、フー」「くそ、鎖骨や...

    »» 続きを読む

    ▲page top


     関連もくじ一覧  双月千年世界 4;琥珀暁
     関連もくじ一覧  双月千年世界 2;火紅狐
     関連もくじ一覧  双月千年世界 短編・掌編・設定など
     関連もくじ一覧  イラスト練習/実践