黄輪雑貨本店 新館

蒼天剣 第5部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    晴奈の話、第207話。
    こまりごと。

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    1.
    《油断するな、って言ったのに》
     白猫の言葉と責めるような目つきに、晴奈は頭を下げた。
    「面目無い」
    《キミ、ちゃんと人の話聞いてるの?》
    「……ああ」
     白猫は腕を組んだまま、深いため息をつく。
    《ホントに聞いてる? あーあ、こんなんじゃ教えがいが無いな》
     自分の失態をネチネチと責められ、晴奈はただただ、うつむいていることしかできない。
    (……汗顔の至りだ)
     ひたすら平身低頭している晴奈を斜に構えて眺めていた白猫は、やがて吹き出した。
    《……く、ふふっ。ま、いぢめるのはこの辺にしとこうかな。
     それよりもだ、セイナ。キミ、強くなりたいんだってね。それならうってつけの方法が、その街にある。しばらくその道に足を踏み入れてごらん。
     修行や戦争だけじゃ手に入らない質の強さを手に入れられるかもね》
    「修行とも、戦争とも違う、強さ……?」
     何を指しているのか分からず、晴奈は詳しく尋ねようとした。
    「それは一体……」《じゃーね、セイナ。とりあえず、チェイサー商会に行ってみなよ》「あ、おい!?」
     そこで晴奈の目が覚めてしまった。

     晴奈は起き上がろうともせず、布団の中に入ったまま、頭を抱える。
    (うってつけの方法? 質の違う強さ? 商会?
     ……白猫め、毎度毎度、わけの分からぬことを! 教えるなら教えるで、もっとはっきり、分かりやすくしてくれ!)
     晴奈は頭をクシャクシャとかき乱し、白猫の適当な指示に舌打ちした。
    「こちらは、……こちらは、どうしようもなく困っていると言うのにッ!」
    蒼天剣・武闘録 1
    »»  2009.02.06.
    晴奈の話、第208話。
    経済的緊急事態。

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    2.
     フーとの対決から3ヶ月が経った。

     瀕死の重傷を負った晴奈たちは朱海の店に逗留し、治癒に努めていた。朱海の人脈に優れた医者がいたことと、朱海が作ってくれた病人食のおかげで、この頃には十分に歩けるまで回復した。
     しかし肉体的な問題が解決されても、依然として晴奈の状況は悪いままであった。クラフトランドで刀をアランに投げつけ、そのままゴールドコーストに戻って来てしまったため、今の晴奈は武器の無い、丸腰の状態なのである。
     そして、フーを逃がしてしまったこともまた、晴奈を少なからず焦燥させていた。3ヶ月も経ってしまった現在、フーがとっくに北方の、自分の砦へ戻ってしまっていることは明白である。その上アランを初めとする側近たちが、フーの守りを固めているのだ。
     仮に今の晴奈が単身、フーの本拠地へと乗り込んでも、返り討ちに遭うのが落ちである。今現在、フーを追い、「バニッシャー」を取り戻すことは限りなく無理な状況であったのだ。
     さらにもう一つ、直近の問題として頭を痛めているのが――。



    「残りは、……853クラム、か」
     金火狐銀行から朱海の店に戻り、更新された通帳を見た晴奈は、まだ包帯を巻いたままの頭を抱えてうなる。
    「わたくしのお金が使えればよろしかったのに……」
     フォルナも晴奈の通帳を横から覗き見て、切なげなため息を漏らす。
     治療費など諸経費がかなり高くつき、晴奈たちの旅費が底をついてしまったのだ。朱海に央中の旅で経験したことを語っていくばくかの金を得たものの、それもとっくに消化してしまっている。
     なお、フォルナの通帳にはまだ160万と言う大金が残ってはいるが、こちらは使えない。もしこれを使えば、直ちに彼女の故郷、グラーナ王国の手の者が現れ、フォルナの逃亡に手を貸した晴奈と小鈴は即刻、逮捕されてしまうだろう。さらにはフォルナも拘束され、二度と自由は得られなくなる。
    「できぬことを云々しても仕方あるまい。……仕方無いのだ」
    「……そうですわね」
     このままではフーを追うことはおろか、街を出る際の通行料を支払うことすらできない。
     うなっている晴奈たちの前に朱海が現れ、声をかけてくる。
    「ココを離れない人間は、2種類いるんだ」
    「え?」
    「一つ。ココが楽しすぎて、離れようとしない奴。そしてもう一つは……」
     晴奈の頭がまた、きりきりと痛み出す。
    「ココで金を使い込んだり、変な事情に絡まれたりして、離れられなくなった奴。
     アンタら、下手すりゃ二度と出られなくなるな」
     その言葉はまるで極刑宣告のように、晴奈の心をえぐった。



     ともかく路銀を貯めるべく、動けるようになった晴奈たちは朱海の店で働いていた。
    「いらっしゃいませー」「いらっしゃいませっ」「いらっしゃいませ」
     始めのうちはなかなか慣れなかったものの、半月も働いていると、割となじんでくる。
     晴奈もフォルナもすっかり普通の店員として、カウンターに立っていた。
    「あれ、タチバナさん。女の子雇ったの?」
    「はは、こいつら旅の金無くなっちまったんでな。ウチでしばらく雇ってるんだ」
    「へぇー」
     客は晴奈をジロジロと見て、ニヤニヤ笑う。
    「ぺったんこだけど、可愛いなー」
    「なっ……」
     怒り出し、手を挙げかけた晴奈の尻尾を、朱海がぐいと引っ張る。
    「いたっ!?」
    「お客さーん、セクハラしないでくれよー」
    「へっへ、すいませんねぇタチバナさん」
     客をあしらったところで、朱海が晴奈に耳打ちした。
    「客にキレんじゃないっ」
    「……失敬」
     晴奈にとって店働きは、屈辱以外の何者でも無かった。

     ちなみに――「お嬢様」のフォルナは、店の雰囲気に簡単に馴染み、この頃にはすっかり溶け込んでいた。
    「いらっしゃいませ」
    「おう、フォルナちゃん。今日もカワイイねっ」
    「あら、お上手ですこと」
     昔から王族として様々な賓客と接してきたせいか、客あしらいがうまく、顔と名前、そして好物や「いつもの」注文など、特徴を覚えるのが早い。
    「カールさん、本日はいい鯖が入っているそうですよ」
    「お、そうなの? じゃー、それ頼もうかな」
     これについて朱海は「いい店員(ホスト)って、突き詰めると品のいい王侯貴族なんだなぁ……」と感心していたし、フォルナもとても楽しそうに、赤虎亭での勤務に就いていた。



     その上に、晴奈に追い打ちをかけるような要素として――央南であれば刀を失っても、代わりの得物が安価ですぐ手に入ったが、ここでは数が少ない上に、質に対して異様に値が高い。仮にそれらの鈍(なまくら)が買えるほどの額が唐突に手に入ったとしても、到底晴奈が使用するに耐えられるような代物ではないため、彼女にとっては何の足しにもならない。
     二重、三重の絶望感に打ちひしがれ、晴奈はすっかり覇気を失い、まるで木偶のようにぼんやりと動いていた。
    「刀があればなぁ……」
    「無いものねだっても、仕方ないじゃない。ともかく、今はお金稼がなきゃ」
     小鈴と二人で店を掃除しながら、晴奈はブツブツと不満を漏らし続ける。
    「はぁー……。私は何故、ここにいるのか……」
     一緒に掃除していた朱海が、ふーっと煙草の煙を吹く。
    「ったく、あの猫侍サマも堕ちたもんだね。刀も金も無くなると、ただのお荷物ちゃんじゃないか」
    「……っ!」
     自尊心を傷つけられた晴奈は、モップを手にしたまま硬直する。
    「朱海!」
     小鈴がたしなめるが、朱海は口を閉じない。
    「アンタ、本当に黄晴奈だったっけ? まるでダメ人間だよ、その顔じゃ」
    「う……く……」
    「『何でここに』って、何を寝言吹いてんだか。アンタがアランってのに負けたからだろ?
     んなコトも分かんなくなっちまったかい、愚図」
    「……くぅ」
     晴奈はうなり、モップを握りしめる。晴奈をかばおうと、小鈴が口を挟む。
    「朱海、アンタねぇ! 言っていいコトと悪いコトあるでしょ!?」
     小鈴に再度たしなめられ、朱海は慌ててごまかした。
    「あ、悪い悪い、いやさ、別に嫌味とか、そんなつもりで……」
    「……ぅっ」
     晴奈は何も言わず、店を飛び出した。
     残された朱海と小鈴は、顔を見合わせる。
    「やっべ、怒らせちゃったよ。参ったな」
    「なーにが『参ったな』よ、何考えてんのよアンタは~ッ!」
     怒る小鈴に、朱海はバタバタと手を振って謝る。
    「い、いやいや、悪かったって。あー、参ったな、気合入れようと思って檄飛ばしたつもりだったんだけど、変な方向に話、持ってっちまったな」
     朱海は煙草をもみ消しながら、困ったようにつぶやいた。
    「『やっぱりお侍様は、刀があってナンボだろ』ってさ、そう言う方向で励まそうとしたんだけどなぁ。
     あーあ……、悪いコトしちまったな」
    蒼天剣・武闘録 2
    »»  2009.02.07.
    晴奈の話、第209話。
    ふぬけ晴奈にチャンス到来。

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    3.
     頭巾と割烹着姿のまま、晴奈は街を走っていた。
    (屈辱だ……! ああ、私は堕ちてしまった!
     悪魔に敗北し、誇り高き剣士から、場末の売り子に堕落してしまった! 刀を買う金も、仇敵を追いかける金も無いとは、何たる体たらくか! もう、私はおしまいだ……ッ!)
     出口の見えない状況に、晴奈は押しつぶされそうになっていた。
     やがて走るのにも疲れ、晴奈は街の広場に置いてある椅子に腰かける。残り少ない金で飲み物を買い、うつろな気分でチビチビとのどに流し込んでいた。
    (ああ……! 一体、どうすればいいのだ?
     この前チラ、と武器屋を覗いたが、刀の値は最も安いものでも、25000クラムだった。朱海殿の店でこのまま働けば、一日の日当が240クラム。……3ヶ月以上働かねばならぬ。いや旅費を考えれば、もっと必要になるだろう。十分に金が貯まるのは一体いつだ? 半年? 一年? それ以上か?
     あああっ……! 私はいつまで、この街に囚われなければならぬのだ……)
     旅の途上では清々しく見えていた青空も、今の晴奈には絶望的な色にしか見えなかった。

    「あれ? セイナさん?」
     突然、正面から声をかけられた。晴奈は驚き、空に向けていた視線を正面に戻した。
    「……プレア?」
     目の前に、3ヶ月半前に知り合った「狼」の女の子、プレアが立っていた。
    「どしたの? たびは?」
    「……うっ」
     思わず、晴奈は泣きそうになる。無理矢理こらえて、ごまかそうとした。
    「い、いや、その。少し、街が恋しくなってな」
    「……セイナさん、うそ、下手だね」
     一瞬で看破され、晴奈は顔を赤くした。
    「うぐ……」
    「『なにかじじょー、』があるんだね」
     そう言うとプレアは晴奈の手を引っ張った。
    「お父さんたちのとこ、来てみない? ほら、前に『なにかこまったことがあれば、なんでも言ってください』って、お父さん言ってたし」
     晴奈は一瞬、その提案を呑もうかどうか、逡巡した。
    (うーむ……。あの時『いらぬ』と言ってしまったからな。白猫にも行けと言われたが、こればかりは私にも、誇りと言うものがあるし……)
    「あのさ、セイナさん」
     プレアが心配そうな目をしながら、ハンカチを差し出す。
    「泣きたいくらいつらかったら、すなおになった方がいいとおもうよ」
    「……!」
     いつの間にか、晴奈は泣いていた。



     しばらく泣いた後、晴奈は素直にプレアの言葉に従い、チェイサー商会に足を運んだ。
    「へーい、いらっしゃいませ。……あ!」
     店のカウンターで新聞を眺めていた「狐」、ピースは晴奈を見るなり、慌ただしく立ち上がった。
    「コウさんじゃないですか! お久しぶりです!」
     ピースは新聞をガサガサとしまい、カウンターから出てきた。
    「え、ええ。しばらくぶりです」
    「いやぁ、その節はどうもどうも!」
     初めに会った時と同様、ピースはガッチリと、堅い握手を結んできた。
    「どうされたんです? 旅の方は、順調なんですか?」
    「そ、それがですね……」
     口ごもる晴奈を見て、眼鏡の奥にあるピースの目が、賢しげにキラリと光った。
    「何か事情、がおありのようですね。……奥で、お話しましょう」
     事務所に移り、事情を聞き終えたピースは、腕を組んでうなる。
    「なるほど、金策ですか。うーん……。恩人のコウさんには、無償で融資したいところではあるんですが」
     ピースの後ろから妻の「狼」、ボーダが姿を現す。
    「うちもそこまで儲かってるわけでは無いし、貸すことになるわね。でも、コウさんは実際のところ、有効な担保を持ってないし、かなりの高利で貸し付けることになる」
    「そう、ですよね」
     ピースが眼鏡を直しながら、すまなさそうに尋ねる。
    「しかしそうなると――これは大変、大変失礼な言い方をしてしまうのですが――返済の手段は、ありませんよね?」
    「……はい」
     晴奈の実家は富豪だが、自分の借金を家に回すような真似はできないし、窮状を伝える手段も無い。よって晴奈の身一つで返済しなければならないが、つぶしの利かない剣士がそんなに簡単に、金を返せるわけが無い。
    「ですから、コウさんが金を稼げる手段を提示、紹介させていただく、と言うのが私共の商売に関して言えば、最も確実な方策では無いかと」
    「……?」
     回りくどい言い方に、晴奈もプレアも首をかしげた。
    「簡単に言いますとですね……」「もういい、ピース。アンタの説明じゃ、うざったくてしゃあないわ」
     ボーダはピースを押しのけ、チラシを一枚、晴奈の前に差し出した。
    「手っ取り早く言えば、コウさんがこれに出て、紹介料及び手数料として賞金のいくらかをあたしたちにくれ、ってことね」
     チラシには、次のような文言が書かれていた。



    「勇 者 求 む !
     当闘技場では、戦いに秀でた勇士たちを募集しています。
     そのご自慢の力、披露してみませんか?
     ストレス発散に、腕自慢に。
     ご自分の強さの証明に。
     心より、お待ちしております。

    九尾闘技場

     なお、闘技場におけるノミ行為、トト、その他賭博に該当する行為は禁止しております。
     また、当闘技場近辺の賭博営利団体は、当闘技場とは関係がありません。賭博に関するご質問やご要望、その他ご意見等については返答いたしかねます。ご了承下さい」
    蒼天剣・武闘録 3
    »»  2009.02.08.
    晴奈の話、第210話。
    新たなる戦いの場。

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    4.
     晴奈は渡されたチラシから顔を上げ、ボーダに尋ねる。
    「闘技場、ですか?」
    「そう。この街の裏通りに闘技場があるの。そこに参加して勝つと、賞金がもらえるのよ」
    「ふむ。それでその賞金のいくらかを、チェイサー商会にお渡しする、と」
    「それだけじゃないわ。ここに……」「ここに、『賭けはしない』って書いてあるけど」
     そこでピースがさっきの仕返しとばかりに、話に割り込んできた。
    「実際には賭けを取り仕切っている組織があって、この闘技場の結果も賭け対象にしているんだ。で、僕らもコウさんに賭けて、首尾よく勝ってくれれば……」
    「……大儲けできる、と。
     なるほど、よく分かりました。確かにそれなら、店働きよりも私に合った稼ぎ方であるように思います。
    ただ、是非ともお受けしたいところなのですが、生憎今の私には、武器が……」
    「ああ、そうだった。どうしようかな……」
     ピースもボーダも、その点をどう処理しようかと顔を見合わせた。
    「刀ならあるよ、晴奈」
     そこに、朱海と小鈴が現れた。
    「朱海殿?」
     朱海は細長い木箱を抱えながら、すまなさそうに頭をかいた。
    「さっきは悪かったな、ホント。
     コレを渡す時に、驚かせようと思ってあんなこと言っちゃったんだけどな。アタシ、口が悪いから」
     朱海は持っていた箱を晴奈の前に差し出す。晴奈は恐る恐る手に取り、箱を開けた。
    「……これは!」
     その刀身はまるで蛇のように、ぬらぬらとした妖しげな光を放っている。普段晴奈が使っている程度のものよりも相当、質の高い業物だった。
    「43000クラムの逸品、『大蛇(おろち)』だ。奮発してやったんだ、大事に使ってくれよ?」
    「……ありがとうございます!」
     晴奈は床に伏せ、朱海に深々と頭を下げる。
     それに対し、朱海は恥ずかしそうに、尻尾をプラプラ揺らしていた。
    「まあ、何だ。そんなかしこまらないでくれよ。
     ……この際だ、闘技場のチャンピオンにでもなってみろよ、晴奈」

     朱海とのわだかまりが解けたところで、晴奈はボーダから闘技場のシステムについての説明を受けた。
    「闘技場は、4種類のランク別に試合が行われているの。
     まず、一番下のランク。誰でも入れる『ロイドリーグ』。ここは毎日、その日に参加表明した人を適当に組んで、試合が開催されてるの。まったくの未経験者、戦いの素人ばっかりで、ほとんど一般人のストレス解消にしか使われてないから、賞金も賭けで動く額も少ない。
     で、ロイドリーグである程度勝って行くと、闘技場側からもう一段上のランク、『レオンリーグ』に誘われるの。ここは賞金も賭けの額もぐっと上がるけど、その分強い人が集められて、試合日程もきっちり決められてくる。まずはロイドリーグで勝ち抜いて、ここを目指すことになるわね」
     今度はピースが説明に入る。
    「そこを勝ち上がると次のランク、『ニコルリーグ』に移される。金はもっと動くようになるから、ここで3ヶ月くらい生き残っていられれば、およそ10万クラムは稼げるだろう。
     ただしその反面、出場者も相当手強くなってくる。ぶっちゃけると、焔流の剣士や、黒炎教団の僧兵でもなかなか3ヶ月は持たない。僕の知り合いだった焔剣士も数名、ここで潰されている。
     でも、ここで優秀な成績を残せば……」
     図の頂上部にペンを置き、トントンと指す。
    「最大のランク、『エリザリーグ』に到達できる。
     ここは半年に一回しか開催されないし、出場できるのは5名だけだけど、一回勝つだけでも10万の賞金。そして優勝賞金100万クラム。さらに賭け総額は平均、およそ300万クラムと言われている。
     ここで勝てればうちはかなり潤うし、コウさんもしばらく旅費に困ることは無くなる」
    「なるほど」
     図を眺めていた晴奈は、腕を組んだままうなずいた。
    「……しかし出る前に一つ、やっておきたいことがあります」
    「ん?」
    「この三ヶ月、ずっと修行をしていなかったから、腕が鈍っているかも知れません。
     それに初めて扱う刀ですし、具合も見ておかねば」

    「これでいい?」
    「ああ。では、それをあちらに……」
     晴奈は小鈴とプレアを連れ、郊外の空き地に来た。周りに生えていた草を束ね、棒状にしたものを何本も突き刺す。それを敵に見立て、居合いの相手にするつもりなのだ。
    「よし、準備は整った。……さて、それでは二人とも、後ろに」
    「はーい」
     小鈴とプレアは晴奈の後ろに回り、晴奈の動きを見守っていた。晴奈は朱海から受け取った刀を腰に佩き、柄に手をかけ、腰を低く落として、そのまま静止する。
    「……セイナさん?」「しっ。見てましょ、プレアちゃん」
    「すぅ、はぁ……」
     晴奈はまだ刀を抜かず、気を落ち着け、深呼吸を三回、四回と続ける。
     繰り返すうち、3ヶ月の間ずっと淀んでいたようだった自分の心の内が、急速に澄んでいくのを感じ取っていた。
    (いいぞ、これなら行ける。問題無い。さあ、足を動かせ)
     ゆらりと、足が進んでいく。
    (もう一歩、さらにもう一歩)
     とん、とんと音を立てて、足が地面を軽く、しかし鋭く叩く。
    (ここだ――抜けッ!)
     晴奈は右腕を刀に回し、弧を描くような動作で、そのまま抜き払う。
     刀は空中にきらっと軌跡を残し、草の束を薙ぐ。
    「おっ、……と?」
     一瞬、あまりの手ごたえの無さに、打ち損じたかと思ったが――。
    「お見事、晴奈!」
    「すごーい、きれい!」
     草の束は真っ二つになり、弾けるようにほどけ、風に舞っていった。
     刀を振り上げたまま静止し、晴奈はその成果をじっくりと思い返す。
    (この『大蛇』――切れ味が恐ろしく鋭いと言うか、『透明』とも言うべきか、今までに感じたことの無い、爽快極まりない感触だった。
     うん、何の問題も無い)
     晴奈は刀を納め、二人ににっこりと笑いかけた。
    「上々だ」
    蒼天剣・武闘録 4
    »»  2009.02.09.
    晴奈の話、第211話。
    瞬殺の女神伝説。

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    5.
    (まったく、ゴールドコーストと言う街は、どこへ行っても騒がしいな)
     裏通りを歩く晴奈はぼんやり、そんなことを考えていた。
     一通り体を動かし終えた次の日、晴奈と小鈴はピースに連れられ、闘技場までやって来た。ちなみに小鈴は参加するわけではなく、晴奈の応援役である。
    「あれが九尾闘技場だ。
     表向き、持ち主は九尾会って言う商会なんだけど、実質的にはゴールドマン系列。ここでの売り上げの一部が、金火狐一族の懐に入っていくらしい。世界的な名家がおおっぴらにこんな商売、できないってことなのかもね。
     ま、そんなこぼれ話は置いといて……」
     ピースを先頭に、晴奈たちは闘技場に入っていく。
    「あそこが受付だ。出場登録しに行こう。あ、それと……」
     ピースは懐から名刺を取り出し、いたずらっぽく笑う。
    「この通り、コウさんのマネージャーもさせてもらうよ。頑張ってくれよ、コウさん」

     登録して30分後、晴奈の初試合が組まれた。
    「次の試合はー、11時30分よりー、A闘技場にて行われますー。対戦者はー、東口にー、セイナ・コウさんー。西口にー、ベニト・ノースさんー」
     非常にやる気の無さげなアナウンスに呼ばれ、晴奈は東口からリングに上がった。相手はいかにも粗暴そうなチンピラである。
    「……へっ」
     その下卑た笑みに対し、晴奈は肩をすくめる。
    (あからさまに油断している。どうせ『女か、楽勝だ』とでも思っているのだろうな)
     対峙して間も無く、依然として気だるげなアナウンスが試合開始を告げた。
    「それじゃー、はじめー」
     が、その直後――拡声器の向こう側から、ボソボソと声が聞こえてきた。
    「……おい、終わってる」
    「何言ってるんですかー、今のは開始の合図ですよー?」
    「見ろって、ほら」
    「えー? ……えー!?」
     2秒もしないうちに、晴奈の対戦相手は大の字になって気絶していた。
    「は、はやっ」
     ピースは目を丸くして、観客席で口をあんぐり開けている。のんびり食べようとしていたらしいポップコーンが、口の端からポトポトこぼれていた。
    「し、勝者、セイナ・コウさん、です」
     間延びしていたアナウンスも、この時ばかりはしゃっきりと聞こえた。

    「鬼だな、コウさん」
     賞金を受け取るカウンターで、ピースは眼鏡を拭きつつ笑っていた。
    「まさか、2秒で決着付くとは思わなかった。このポップコーン、プレアのお土産になっちゃったな」
    「今日はもう、おしまいですか?」
     ピースは晴奈と小鈴にポップコーンを差し出しながら、小さくうなずく。
    「ああ。原則、参加は一日一回だけなんだ。
     ケガとかしてたら、早めに治療しないといけないからね。無茶やって死なれても、困るってわけさ」
    「なるほど」
     ピースはニヤリと笑い、袋を晴奈に差し出した。
    「ま、とりあえず今日はウチの取り分は無しでいいよ。もらった額が少ないし」
    「ほう……。いくらになりました?」
     小鈴が袋を開け、中を見る。
    「……銀貨、2枚」
    「200クラムだね。ま、ロイドリーグじゃこんなもんさ」



     ともあれその日は初勝利を記念して、朱海の店にチェイサー一家も集まって、祝杯を挙げることになった。
    「かんぱーい」
    「乾杯っ」
     ピースは楽しそうに、晴奈の勝利をたたえる。
    「いやぁ、流石に焔流の剣士だけはある。こんな幸先のいいスタートは、十数年ぶりだよ」
    「ほう……?」
     晴奈は少し、意外に思った。
    「その口ぶりだと、以前に私と同じく、瞬殺した者がいたと言うことですか?」
    「ええ、一人いたのよ。……あはは、すごいのよその人。何と、現チャンピオンを当時のエリザリーグで、たったの20秒で倒しちゃったんだから」
    「……?」
     その言葉で、晴奈の記憶が掘り起こされる。
    (闘技場のチャンピオンを? 10年ほど昔、何か、そんな話を聞いたような……?)
    「その、チャンピオンの名は?」
     ピースとボーダが、同時に答えた。
    「ピサロ・クラウン。一言で言えば、嫌な奴」
     その名を聞いた瞬間、晴奈は尻尾をバシバシと逆立たせた。
    「ま、まさか、とは思いますが、……クラウンを倒したその方の名前は、もしかして、……柊雪乃と言うのでは?」
    「あら? ユキノを知ってるの?」
     今度はチェイサー夫妻が、揃って目を丸くした。



    「セイナ、……だと?」
     裏通りの一角、いかにもごろつきばかりが住んでいそうな建物の奥で。
    「どうしたんですか、キング?」
     キングと呼ばれた熊獣人は、闘技場の試合結果を知らされ、短くうなった。
    「聞き覚えがあるぜ、そいつの名をよ。あのいけ好かねえ長耳女の弟子じゃなかったか?」
    「長耳女? あの、ヒイラギとか言う?」「てめえ」
     その「熊」は付き人の胸倉をつかみ、そのまま壁に叩きつけた。
    「ぎゃッ!?」
    「俺の前で、その名を呼ぶんじゃねえ!」
     倒れた付き人に唾を吐きかけ、その熊獣人――「キング」クラウンは鼻息荒く、激怒していた。
    蒼天剣・武闘録 5
    »»  2009.02.10.
    晴奈の話、第212話。
    おかしな黒服。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     時間は少し戻り、晴奈が闘技場に出向いていた、丁度その頃。
    「いらっしゃいませ」
     フォルナと朱海は開店準備をすませ、本日一人目の客を出迎えていた。
    「あ、ど、ども」
     その客を見たフォルナは、首をかしげた。
    「あら?」
    「どした、フォルナ?」
     朱海がフォルナの様子に気付いて、声をかけてきた。
    「いえ、……あちらの黒服のお客さん、見覚えが無いような」
    「そうだな、初顔だ」
     朱海は水を持ち、その狐獣人の黒服に声をかける。
    「お客さん、この店初めてかい?」
    「ん、ああ。いつもは、ほら、えっと、……あっちの店に行ってんだけど、たまには、別の店に行ってみようかな、ってさ」
    「そっか。……帽子、取ったらどうだ? 暑いよ、店ん中じゃ」
     黒服はつばの深い帽子を深く被り、目線を会わせようとしない。
    「……いや、ちょい事情があってな。……ほら、まあ、色々あんだよ」
    「そっか。……ま、いいけどさ。何にする、お客さん?」
    「ぅえ?」
     黒服は素っ頓狂な声を上げる。
    「だからー、飯は何食うの、って聞いてんだけど」
    「あ、あーあー。そうですね、……コホン、そうだったな、うん。えーと、じゃ、んー」
    「今日は美味しそうな鮭が入っておりますけれど」
     しどろもどろになっている黒服を見かねたフォルナが、助け舟を出した。
    「お、ああ、えっと、サケ? あ、んじゃ、それお願い、……頼もうかな、うん」
    「アンタさ、ウチのご飯じゃなくてウチの『裏メニュー』に用があんじゃないの?」
     朱海も見かねていたらしい。黒服はようやく、顔を上げた。
    「あ、う、うん。……良かった、間違ってたらどうしようかと思ってたんです、だ、うん」
    「……ドコのもんだよ、アンタ?」
    「え、うー、それは、あのー、言えない」
    「じゃ、売らない」
    「……な、内緒にしてくれるなら」
     黒服があまりにおどおどとしているので、朱海もフォルナもたまらず笑い出した。
    「……ぷっ、くくく」「ふふ、クスクス……」
    「ちょ、ちょっと。何で笑うんですかぁ」
    「そりゃ笑うよ、バカ。落ち着けって。
     ホラ、水飲め。楽にしていいから。あと、しゃべりやすいようにしゃべれ」
    「あ、……はい。……あの、じゃあ、えっと」
    「『えーと』とか『あの』『その』とかはいらない。まず、ドコのヤツなのか教えてくれ」
    「は、はい」
     黒服はコソコソと朱海に耳打ちする。朱海の虎耳がピクピクと動き、続いて目を丸くする。
    「へー、そーなんだ。ふーん」
    「だ、誰にも言わないでくださいよ」
    「まあ、言いやしないけどさ。んで、その金火……」「わわわわわわ、言わないでって!」「おっと、悪い悪い。んで、ウチに何を買いに来たんだ?」
    「……これ、を」
     黒服はおどおどしながら、スーツの内ポケットから一枚の紙を差し出す。朱海はそれを手に取り、しげしげと眺めた。
    「あー、はいはい。ちょっと待ってな」
     朱海はそう言うと、カウンターの奥に消えた。二人きりになったフォルナと黒服は、黙って見つめ合っている。
    「わたくしの顔に何か付いておりますかしら?」
    「あ、……いや、何でもないです」
     黒服はぷい、とそっぽを向く。そのしぐさが面白かったので、フォルナはもう一度声をかけてみた。
    「ふふふ……。わたくし、フォルナ・ファイアテイルと申します。あなた、お名前は?」
    「……エラン」
    「よろしく、エラン」
     そう言ってフォルナはにっこり笑って会釈した。
     それを見たエランの耳がぱたっと揺れ、帽子がずれる。その拍子に、ずれた帽子のその下にある金髪がチラリと見えた。
    「わ、わっ」
    「あら、綺麗な髪。わたくしと同じ色ですわね」
    「あっ、うん。まあ、ちょっとちが、……あ、いや、一緒ですね、はい」
     エランが慌てて帽子を被り直したところで、朱海が戻ってきた。
    「待たせたな。ほれ、こいつがその資料だ」
    「あ、ども。……そ、それじゃこれで失礼して」
    「おいおい、金払わずに出るつもりかい?」
    「あっ、あ、すみません」
     エランは終始おどおどとし、ひどく慌てていた。

     この変な客が来た以外は、極めて平和に、赤虎亭は繁盛していた。

    蒼天剣・武闘録 終
    蒼天剣・武闘録 6
    »»  2009.02.11.
    晴奈の話、第213話。
    狼と狐のケンカ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦503年、ゴールドコーストの商店街の一角。
    「また邪魔してくれたな!」
    「何言ってんのよ、アンタが邪魔したんでしょ?」
    「狐」と「狼」の、二人の商人が口喧嘩をしていた。
    「いいか? 君が横から口を出したせいで、僕が話をしていた客が、逃げた。この流れはどう考えても、君が邪魔したんじゃないか! そうだろう!?」
    「はぁ? アンタがあたしの真似して得ようとしてた客に、本家のあたしが適正条件で、ご奉仕申し上げようとしてたのよ? そこでアンタがいちゃもん付けてきたから離れた。でしょ!?」
    「誰が君の真似なんかするか! 君こそ僕の真似ばかりして、客を横取りしてるじゃないか!」
    「話にならないわ、チェイサー! 盗人猛々しいって、ホントね!」
    「誰が泥棒だ! ふざけるな、グロリア!」
     売り言葉に買い言葉を繰り返し、場の雰囲気はどんどん険悪になっていく。
     と、そこへ央南人らしき深い緑髪の長耳が、二人の間に入った。
    「あの、ちょっと。一体、どうされたんですか? こんな往来のど真ん中で言い争っては、他の方の迷惑になりますよ」
    「うるさい!」「黙ってて!」
     二人に怒鳴られ、長耳は素直に黙り込んだ。
     その代わり――。
    「大体お前の……、はうっ!?」「いい加減にしないと……、あだっ!?」
     怒鳴り合っていた二人が突然黙り込み、その場にうずくまる。
    「……ごめんなさいね。あんまり騒がしいから、どうしても見ていられなくって」
     ぐったりとして動かなくなった二人に、長耳が手を合わせて謝った。

    「いてて……」「あたた……」
     鳩尾を押さえてうめいている二人に、長耳が飲み物を差し出した。
    「ごめんなさいね、本当に」
    「……いや、いいさ。確かに君の言う通り、多少、騒々しかったことは認める」
    「そうね。ちょっと、迷惑だったかも」
     二人は落ち着いた様子で、長耳にすまなそうな顔を向けた。
    「狼獣人と狐獣人は仲が悪いって聞いたけれど、本当なのね」
    「いや、それはこいつが僕の真似をしたから……」
    「何ですって? それはこっちのセリフよ」
    「何だと?」「何よ?」
     二人がまたも喧嘩しかけたところで、長耳がトントンと、二人の肩に手を置いた。
    「まあまあ、その辺にしなさいって。……ね?」
     長耳は笑顔こそ浮かべていたが、肩に置かれた手からジワジワと、怒りを含んだ力が込められてくる。
     二人はそこで喧嘩をやめ、揃って頭を下げた。
    「……はい」「……すいません」



    「いやぁ、怖かったなぁ」
     ピースの言葉に、ボーダもうなずく。
    「うん。ユキノは滅多に怒らない子だったけど、絶対怒らせちゃダメだって、その時良く分かったわ」
     話は現代に戻る。
     晴奈の祝勝会で偶然、晴奈の師匠、雪乃がチェイサー夫妻と親友であることが分かり、そこから自然に、雪乃の思い出話が始まった。
    「それが僕らと、ユキノとの出会いだった。そして僕らが結婚し、チェイサー商会を立ち上げることができたのも、ユキノのおかげだ。
     僕らは元々タチバナさんと同じように、情報の仲介を生業としていたんだ。で、ある時僕とボーダは、似たような商売のネタを思いついた。闘技場に参加している人たちの参戦日程とか、賞金の管理・運用とかを斡旋する、マネージメント業だ。
     外国からあの闘技場に参加する人は大抵、武者修行の目的で来てる武人ばかりだからね。お国柄の違いや、細かい手続きなんかで戸惑ってる人がよく出てくるんだ。
     だから、そこを手助けしてあげる。それを商売にしてたんだ」
     ピースに続いて、ボーダが話をする。
    「でも、なかなかうまく行かなくってね。二人ともあの時は行き詰ってたから、よくケンカしてたわ」



    「へぇ、そんな商売があるのね」
     ピースたちの話を聞き終えた雪乃は、興味深そうにうなずいていた。
    「でも実際、なかなかうまく行かなくってね。ニコルリーグに来られる人自体、少なくって」
    「うんうん。それに行けたとしても、すぐボロボロになっちゃうし」
     ピースとボーダの話は、仕事の説明から愚痴話に移っていく。
    「そうそう。で、うまく勝ち残ったとしても、そう言う奴ほど、無茶苦茶な主張をしてくるんだよな」
    「そうなのよ! こっちが商会も用心棒も無い身ひとつなもんだから、ナメてくんのよね」
    「『俺が獲った金は俺のモノだろ』とか言ってくるしな。まったく、契約を何だと思ってるんだかな!」
    「そうよ、ホントにねぇ!」
     相槌を打ち合う二人を見て、雪乃はクスクスと笑い出した。
    「ふふ……」
    「ん?」「どうしたの、ヒイラギさん?」
    「いえ、二人とも仲がいいのね」
     それを聞いた二人は、同時に手を振る。
    「いやいやいやいや」「仲良くない仲良くない」
     その様子が面白かったのか、雪乃はまた笑い出した。
    「クス、あはは……。っと、そうだ。ちょっといいかしら?」
     雪乃はコホンと咳払いをし、真面目な顔になった。
    「二人は闘技場参加者のマネージメントをしてるって言ってたわよね? 良かったら、お願いしてみてもいいかな?
     わたしもこの街に来たばかりで、よく分からなくって」
    「え? うーん、いいよ」「まあ、ヒイラギさんの頼みなら」
     二人の返事を聞いた途端、雪乃は嬉しそうな顔をする。
    「良かった! よろしくお願いします!」
    「うん、まあそれはいいけど」「マネージメントする人は、今どこに?」
     二人の言葉に、雪乃はきょとんとした顔で聞き返してくる。
    「え? いえ、あの、……ここにいるんだけど」
    「ここに?」「ヒイラギさんしかいないじゃない」
     二人の反応を見た雪乃は、今度は合点が行った様子で手を挙げた。
    「ああ、えっと。わたし。わたしが、闘技場に出るの」
    「……は?」「ヒイラギさんが?」
     ピースたちは冗談か何かと思い、もう一度聞き返す。
    「本気で?」
    「ええ、本気よ」
     二人は雪乃の言葉に驚き、声を上げた。
    「ちょ、ちょっと待ってよ、女の子が出るなんて!?」
    「え? おかしい?」
    「い、いや。そりゃ、たまーに出るけどさ」
    「ならいいじゃない」
     本当に本気らしいと理解し、二人は慌てて止めようとする。
    「いえ、本当にたまにしか出ないのよ? それも、『熊』とか『虎』の、筋骨隆々の」
    「わたし、見た目で勝負するわけじゃないし」
    「そりゃそうだけどさ。何かさ、武術とかでもやってるの、ヒイラギさん?」
     ピースの問いに、雪乃は腰に差していた刀の柄をトントンと叩き、静かにこう答えた。
    「ええ、剣の修行を。幼い頃から鍛えてきたこの体と腕が、どこまで通用するのか試してみたいの。
     そのために、わたしはここへ来たのよ」
    蒼天剣・回顧録 1
    »»  2009.02.12.
    晴奈の話、第214話。
    女神伝説の始まり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「実際、ユキノが闘技場に出てみると、恐ろしく強かった。今日のコウさんみたいに、一瞬で敵を倒した。
     初めて見せられた時は、……うん、やっぱり今日みたいな感じで驚いてたな」



    「は、はやっ」「ウソ? 一瞬で?」
     ピースとボーダはポップコーンに手を突っ込んだまま、硬直していた。
     素人参加自由のロイドリーグとは言え、線が細く、華奢に見える雪乃がこんなに圧倒的な勝ち方をしてしまうとは、二人ともまったく予想していなかったのだ。
    「何秒だった?」「え、と。……5秒くらい、かしら」
     二人は顔を見合わせ、やや間を置いてニヤリと笑った。
    「これは、金の卵かも知れない」「そうね。ようやく、あたしの商売も軌道に乗るかも」
     が、次の瞬間同時に無表情になり、次第に睨み合う。
    「『君の』商売? 僕の、だろ?」
    「何言ってんのよ。あたしの、商売よ」
    「まだ言うか、そんなふざけたこと」
    「ふざけてんのはアンタでしょ? 誰が何と言おうと、これはあたしのアイデアよ」
    「それはこっちのセリフだ! ヒイラギさんは絶対、渡さないぞ!」
    「その言葉、そっくり返してあげるわ! ヒイラギさんはあたしのものよ!」
     またも言い争いが始まり、二人の間で険悪な空気が流れたところで、雪乃が戻ってきた。
    「ちょ、ちょっと二人とも」
    「あ、ヒイラギさん」
    「あの、変なこと言わないでほしいんだけど」
     雪乃は顔を真っ赤にして、二人の仲裁に入る。
    「わたし誰のものでもないし、まだどちらにお願いするとも……、あ、そうだ」
     雪乃は二人と距離を置き、人差し指を立てる。
    「お願いがあるの。いいかな?」
    「ん、何かな?」「どんなお願い?」
    「あの、契約はピースさんかボーダさんのどちらかじゃ無くって、二人一緒でお願いしたいの」
    「えっ」「それは、うーん」
     二人は顔を見合わせ、困った表情を向け合う。
    「だって、もしどっちか一方だけと契約しちゃったら、きっともう一方がより良い条件で引き抜こうと、後々声をかけてくるでしょ?」
    「う」「ま、まあ」
    「そんなことされたらわたし、落ち着いて試合に参加できなくなってしまうもの」
     目論見を看破され、二人は同時に罰の悪そうな顔をした。
    「だから、二人同時に公平に契約したいの。ダメかしら?」
    「……うーん」「……えーと」
     今度は二人が雪乃から離れ、ボソボソと交渉しあう。
    「正直、君と組むのは勘弁したい」「あたしだってイヤよ」
    「でも、ヒイラギさんを逃してしまうのは」「痛いわね。いま、かなり不振だし」
    「だからここは、一時休戦だ。甚だ癪だが、協力しよう」「勝手に話進めないでよ、ピース。……ま、でも。ここでいがみ合うよりは、手を組んだ方がマシね」
    「よし。じゃあ、しばらくケンカは無しだ」「いいわ。この際、アイデアがどっちのものか、って言うのもやめにしましょ。あんまりガタガタ言ってると、ヒイラギさんが逃げるわ」
    「いいだろう」「よし決定!」
     二人は雪乃のところに戻り、にこやかな笑顔を作って承諾した。
    「分かりました、ヒイラギさん」「その条件で、契約しましょう」
    「良かった……! じゃ、じゃあ。もう一つ、お願いしてもいい?」
     雪乃は両手を差し出し、小さい声で願いを述べた。
    「わたし本当にこの街、初めてだから。友達になってくれる?」
     それを聞いた二人は一瞬きょとんとし、また顔を見合わせてから――苦笑しつつ、雪乃の手を握った。
    蒼天剣・回顧録 2
    »»  2009.02.13.
    晴奈の話、第215話。
    外道。

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    3.
    「あたしたちは友達になったんだけど、央南の人を見るのは初めてだったし、無茶苦茶強い子だったから、興味が尽きなくってね。
     色々、変なこと聞いたりしたわね」



    「ねえ、ユキノ」
    「ん?」
     宿で刀の手入れをする雪乃を見ていたボーダは、どこかで聞いた話を尋ねてみることにした。
    「ユキノって、サムライ?」
    「え? えー、まあ。刀を使うし、央南の剣士だから、そうなるかな」
    「じゃあさ、あの……、気合いで、敵倒せるの?」
    「はぁ?」
     雪乃はきょとんとした顔になり、刀を置いた。
    「気合いで、倒す?」
    「いや、ほら。昔話だか何だかで、サムライは向かい合った敵を、睨んだだけで倒せたとか」
    「うーん……。おとぎ話と混同してない? 聞いたこと無いなぁ」
    「そうよねぇ、あはは。現実的に考えたら、無いわよねー」
     自分でも変なことを聞いたと思い、ボーダは少し恥ずかしくなって笑った。
     そこにピースが手紙を持って、部屋に入ってきた。
    「ユキノ、いい報せだ。……っと、ボーダも一緒か」
    「あら、一緒にいちゃ悪い?」
     半ば冗談で文句を言うボーダに、ピースも苦笑しつつ肩をすくめる。
     一緒に仕事をし、雪乃が間に入るようになって――多少のケンカは続いたものの――二人は妙に仲良くなった。
    「いや、一向に構わないさ。まあ、丁度いいかも。これを見てくれ」
    「何? ……へぇ、もうニコルリーグの誘い?」
     ピースから手紙を受け取り、しげしげと眺めるボーダの横に、雪乃が寄ってきた。
    「もっと時間かかるって言ってなかった?」
    「ま、普通は、って言う話だから。それだけユキノが強いってことだよ」
    「うんうん。ニコルリーグでも、きっと大活躍よ」
     ほめちぎる二人に、雪乃は少し顔を赤くした。
    「そんな、わたしなんかまだまだよ」
     謙遜する雪乃を見て、二人はますますほめ倒す。
    「いやいや、ユキノならきっと、エリザリーグまで行っちゃうよ」
    「行ける行ける、絶対行けるって」
     二人の言葉に気を良くしたのか、雪乃も少しその気になったようだ。
    「そう、かな?」
    「うんっ」
    「じゃ、じゃあ……、その、ちゃんぴょん、とかにもなれるかしら?」
     ところが雪乃がこう尋ねた途端、二人は顔を見合わせてうなる。
    「う、うーん。それは、どうかなぁ」「アイツが、相手じゃねえ」
    「アイツ? ちゃんぴょんって、そんなに強いの?」
    「いや、強いと言うか」「えげつないと言うか」

     口で説明するより見た方が早い、と言うわけで、三人は闘技場にやって来た。
    「丁度今、そのチャンピオンが戦ってるところだ。……ほら、あれだ」
     ピースの指差す先、闘技場のリング内に、チャンピオン――「キング」クラウンがいた。
     その戦い方を見た途端、雪乃は口に手をそえてうめいた。
    「うわ……。ひどい、あの人」
     勿論ここまで勝ち上がり、リーグの雰囲気を少なからずつかんでいる雪乃が、単に相手が打ちのめされているだけであれば、こんなことは言わない。
     ひどいと言ったのは、クラウンの戦い方である。
    「のどを潰されてる。降参できないじゃない!」
     クラウンの相手は口から血を垂れ流し、既に膝を着いている。だが、クラウンが自分の体を使って相手を隠し、審判やアナウンス席に見えないようにして、いたぶっているのだ。
    「ね? えげつないって言った意味が分かったでしょ?」
     ボーダが声をかけたが、雪乃は答えない。
    「……」
     じっと、クラウンを睨んでいる。初めて見る雪乃の怒った顔に、ピースたちは戸惑った。
    「ユキノ?」
    「……」
     内臓を潰されたのか、ついに相手が大量の血を吐いて倒れた。
     そこでようやく審判が気付き、慌てて試合終了を告げる。横目でそれを確認したクラウンは倒れた相手に唾を吐き、侮辱した。
    「ヘッ、弱っちいの」
     クラウンはそのまま、リングから姿を消した。
    「……」
    「ユキノ……?」
     この間雪乃は、ずっとクラウンを睨みつけていた。
     対戦相手が担架で運ばれていくのを見送った後、雪乃はぼそっとつぶやいた。
    「……すわ」
    「え?」
     雪乃はもう一度、静かに、しかしたぎるような闘気を含んだ声で答えた。
    「倒すわ。あのクラウンって男、わたしは許せない」
    蒼天剣・回顧録 3
    »»  2009.02.14.
    晴奈の話、第216話。
    気迫だけで。

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    4.
    「クラウンを倒すと宣言した後も、ユキノは表面上、いつも通りに戦ったわ。それと平行して、あたしたちの商売の手伝いもしてくれたの。
     ピースと協力するようになってからはとってもうまく行ってたし、ユキノも力を貸してくれたおかげで、あっと言う間にあたしたちは……」



    「ついに……」
     建物の前で、ピースが口を開く。
    「ここまで……」
     横にいたボーダも、同じようにつぶやく。そして、互いにがばっと抱きしめ合い、喚起の声をあげた。
    「来たーっ!」
     三人の努力が実を結び、ようやく店を持つことができたのだ。
     と、二人を見守っていた雪乃がコホンと咳払いし、中に入るよう促す。
    「二人とも、喜ぶのは店の中にしましょ。見てるわよ、周り」
    「お、っと」「あ、ゴメン」
     ピースたちは慌てて離れ、店に駆け込んだ。

    「それでユキノ、もう一つの『ついに』が、とうとうやって来た。
     ついに次期のエリザリーグに、ユキノが選出された。これに優勝すれば賞金100万クラム、そして賭場もうまく制すれば……」
    「総額300万、いえ、400万にはなる。これだけあればもう、店だけじゃない。店の連合、商会まで作れちゃうわ。期待してるわよ、ユキノ」
     雪乃はピースたちの手をがっしりと握りしめ、力強く応えた。
    「ええ、任せて。ここまで来たら頂点を目指すまでよ。きっとあのクラウンを倒して、ちゃんぴょんになってみせるわ」
     雪乃の言葉に一瞬、ピースたちはうなずこうとした。
     が、二人は顔を見合わせ、笑い出す。
    「く、くくく……」「あ、あはは……」
    「え?」
     きょとんとする雪乃を見て、ボーダが笑いながら訂正した。
    「あのさ、くく、前から思ってたけど、ふふふ……」
    「それ、ちゃんぴょんじゃなくって、チャンピオンよ、あははは……」



     そして、このエリザリーグも雪乃は一気に駆け抜けた。
     参加総数5名、全10回戦のうち、雪乃が出場したのは4回。うち3回まで、まったく負けることなく勝ち進み、ついに4回目――あのクラウンと対決する時がやって来た。
    「さあ、今季のエリザリーグ、いよいよ注目のカードが並びました!
     西口からは、あの重鎮『キング』こと、ピサロ・クラウン! その豪腕ぶりで、この4年間ずっとエリザリーグを沸かせ続けている、闘技場の立役者です! 刃向かう者は皆、その人並外れた腕力と豪胆さで叩き潰し、い・ま・や! 死神、悪魔と恐れられる存在です!」
     偉そうに手を挙げながら、クラウンがリングに姿を現す。
    「勝てよ、キング!」
    「全財産かけてんだぞ、コラ!」
    「勝たなきゃどうなるか分かってんだろーなーッ!?」
     クラウンに声援をかける者はどれも、柄の悪そうな男ばかりである。
    「対する東口は『瞬殺の女神』、ユキノ・ヒイラギの登場です! 今季、突然現れた彼女は、な・ん・と! 異国の、女剣士です! そのエキゾチックな容姿と鋭い剣技から、数多のファンを作った、大変! 大変、興味深い好プレイヤーです!
     さらに、これまでの戦いで何と! 何と、無敗を誇っております!」
     リングに現れた雪乃は、観客席にぺこりと頭を下げる。
    「きゃーっ、ユキノさまぁ!」
    「がんばってくださーい!」
    「絶対、絶対勝ってくださいね……ッ!」
     雪乃の声援には多くの女性と、若い男性、それからクラウンに家族を傷つけられた者たちが付いていた。
     両者の登場で沸き立つ闘技場を、アナウンスがさらに盛り上げる。
    「『キング』クラウンと、『女神』ヒイラギ! 果たして勝つのは、女神か、王様か!
     それでは……、始めッ!」

     開始の合図が出され、クラウンは雪乃目がけて突進してくる。が、雪乃は右手を刀にかけ、腰を低く落としたまま、動かない。
    「オラオラ、何ボーっとしてやがる!」
     クラウンは雪乃の直前まで駆け込み、勢い良く鉈を上げる。
    「……稚拙ね」
     瞬間、雪乃の右腕が動き、弧を描いて刀が抜かれる。その軌跡は振り下ろされる鉈と交差し、ピン、と甲高い金属音をなびかせて、雪乃の体ごとクラウンの背後に流れていく。
    「……!?」
     異様な手ごたえを感じたクラウンは自分の右手を見る。鉈がどこにも無い。辺りを見回せば、雪乃の右後方に落ちている。
    「てめえ、こ……、の、……うぅ?」
     鉈を弾かれ文句を言おうと雪乃の目を見た瞬間、クラウンはピクリとも動けなくなった。
    「覚悟しなさい、クラウン」
    「……~ッ!?」
     その鋭い眼光と一言に、クラウンの全身がビクッと揺れる。
     これまでどんな対戦相手も出し得なかった、その体中を突き刺し、えぐるような威圧感――初めて浴びせられた殺気に、クラウンは怯む。
    「……」
     雪乃の刀が、ゆらりと動く。下段に構えられ、クラウンの左脚すぐ前に置かれた状態から、すっと右手首へ。
    「……ひっ」
     刀は右手首の上に流れ、肩の横、首筋まで進む。雪乃の目はなお、鋭さを消さない。
    「や、やめろっ」
     クラウンはここでようやく、動いた。ばっと後ろに飛びのき、怯えた目で雪乃を見ている。
    「やめろ? 勝負を、投げるのね?」
    「い、いや、そうじゃ……」
    「やるのね?」
     雪乃は刀を構え直し、クラウンののど元をもう一度狙う。クラウンはもう一歩後ろに下がり、首を振る。
    「いや、ちが……」
    「どっち?」
     雪乃が一歩踏み込む。クラウンはそこで己を奮い立たせ、鉈へと走り出した。
    「武器が、無きゃ、無理だろうが……!」
    「あら、そうなの」
     クラウンが自分の横を抜けようとした瞬間、雪乃は足払いをかける。
    「うわっ!?」
     クラウンは前のめりに転び、鉈に到達できずに倒れこむ。
    「それじゃ、わたしの勝ちね」
     クラウンが起き上がろうとしたところで、雪乃は首筋にもう一度、刀を当てた。
     滝のような汗を流しながら、クラウンは小さな声で「……参った」とつぶやいた。
    蒼天剣・回顧録 4
    »»  2009.02.15.
    晴奈の話、第217話。
    クラウンの苦悩と狂気。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「本当に行っちゃうの?」
     クラウンとの対戦から、3ヵ月後。
     雪乃はゴールドコーストを離れることを、ピースとボーダに伝えた。
    「うん、結構長居しちゃったし、そろそろ故郷に戻ろうかなって」
    「そう……。寂しくなるわね、ユキノがいないと」
     ピースもボーダも、しんみりした顔で別れを惜しんでいる。
    「そんな顔しないで、二人とも。また機会があれば、遊びに来るから」
    「うん、待ってる」
    「元気でね」
     雪乃は二人と堅い握手を交わし、旅支度へ移ろうとした。
    「……あ、待って」「最後に、いっこだけ」
     ところが、二人は手を放そうとしない。どちらも赤い顔をして、もじもじしている。
    「え?」
    「その、最後に一つだけ」「見て行って欲しいものがあるんだ」
     そう言ってピースとボーダは、ぼそっと雪乃に耳打ちした。
    「ああ、そう言うことね。うふふ……」
     話を聞いた雪乃は、嬉しそうに笑った。



    「そこで、お式を挙げたんですのね?」
    「うん、そう言うこと、はは……」
     酒を運んできたフォルナに先読みされ、ピースは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
    「コイツ、こんな顔してロマンチックなことが好きなのよ」
    「き、君こそ『絶対、ユキノに見せたいんだ』って言ったじゃないか」
    「はいはいはい、ノロケはその辺その辺っ」
     フォルナと同じく料理を運んできた朱海に止められ、ピースはコホンと咳払いをする。
    「ま、そう言うわけでユキノに結婚式を見てもらって、彼女はそのまま国に帰った。
     本当に、いい思い出だよ……。あ、そうだコウさん。君、彼女の弟子だって言ってたよね」
    「ええ、はい」
     それを確認したピースは、身を乗り出して尋ねてきた。
    「今、ユキノはどうしてるの? 元気?」
    「ええ。5年前に結婚し、子供もおりますよ」
    「本当に!? へぇ~……」
     今度はボーダが食いついてくる。
     その日の祝宴は主役の晴奈よりもむしろ、雪乃のことで盛り上がった。



    「あれ以来ヒイラギは、街から姿を消した。
     その後、何とか央南に戻ったことを突き止め、勝負をしたが――なぜか、負けちまう。全盛期の俺でも、だ。今はもう、絶対勝てねえだろうな。俺は老けたが、アイツはまだ、若々しいはずだからな。
     くそ……、何でアイツはまだ若いんだよ!?」
     クラウンの思い出話が、いつの間にか愚痴に変わっている。側近の黒服が、恐る恐る答える。
    「それは、あの、エルフだから……」「分かってんだよ、んなこたあ!」
     クラウンの逆鱗に触れ、答えた黒服は殴り飛ばされた。
    「アイツと比べて、俺は年を取った! 闘技場に行く度、ゼーハーゼーハー息切れしちまう! 商売もうまく行かねえし、いまだにこんな薄汚ねえあばら家をアジトにしてる始末だ!
     あああ、ちくしょう! 何で! 俺は! 成功しねえんだッ!」
     怒りに任せ、クラウンは机をドカドカと蹴り続ける。何度目かの蹴りで穴が空いたところで、もう一度爆発した。
    「くそーッ! イラつくぜーッ! ぐあーッ!」
     机を思い切り蹴飛ばし、完全に粗大ゴミにする。まるで子供の癇癪なのだが、殴られるのを恐れる側近たちは何も言わない。
     しばらく放っておいた後、ようやくクラウンの怒りは収まってきた。
    「ハァ、ハァ。くっそ、まだイライラするぜ。こうなりゃまたアレで、憂さ晴らしすっかな」
    「あれ、とは?」
     尋ねた黒服に、またクラウンが怒鳴る。
    「アレに決まってんだろうが! 『売る』んだよ!」
    「う、売るってまた、奴らに、その……」
    「他に何があるってんだ!? ああ!?」
     怒鳴るクラウンに対し、側近たちは怯えるよりも先に、嫌そうな顔をした。
    「その、あの。あんまり、やばいんじゃないですか? 金火公安に、そろそろ目、付けられるんじゃないか、と」
    「ああぁ!?」
     助言した側近を、クラウンがものすごい形相で睨んだ。
    「今、なんつった?」
    「で、ですから、やめた方が」
    「はあぁ? 聞こえねえなあぁ? お前からあぁ、売り飛ばしてやろうかあああぁ!?」
     またもクラウンは激昂する。怯えた側近たちは慌てて、訂正した。
    「い、いえ、何でもないです!」
    「そうか、ならいい。
     ……何をボーっとしてやがる? さっさと探して来いよ、オラ!」
     クラウンは机の残骸を投げつけ、側近たちを部屋から追い出した。途端に、ゼェゼェと肩で息をし始める。
    「くそ、苦しい……」
     ヨタヨタと椅子に座り込み、床に落ちた新聞を手に取って眺める。
    「……シリン、シュンジ、ウィアード。そこにセイナ、……か。くそ、何でこう、強いやつばっかり集まってくるんだ、最近は? 俺がますます、苦戦しちまうじゃねえか。
     ……でも、今のうちだぜ。いずれ『あいつら』に……。く、くくく……! 考えただけで笑えちまう! 『あいつら』に売り渡す時が楽しいんだ……。絶望した顔を見るのもいい。無駄にあがいて、張っ倒される時も笑いがこみ上げちまう。
     ああ、早くあいつら、獲物を見つけて戻って来ねえかな、く、くは、ははっ、ひひひひ……」
     誰もいない部屋でクラウンは笑う。
     その笑いには少なからず、狂気がこびりついていた。

    蒼天剣・回顧録 終
    蒼天剣・回顧録 5
    »»  2009.02.16.
    晴奈の話、第218話。
    伝説の剣士。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     晴奈が闘技場に参戦してから、1週間が過ぎた。
    「闘技場の運営もびっくりしてるみたいだよ」
    「と言うと?」
     尋ねた晴奈に、ピースは興奮した顔を向ける。
    「『瞬殺』なんて何年かぶりだもの。あっと言う間にあっちこっちの界隈で『女神復活!?』なーんてうわさが飛び交ってね。
     だもんで、運営からもう打診が来たんだ。レオンリーグに来てくれって」
    「ほう」
    「いいよね、セイナさん?」
     今度はピースに尋ねられ、晴奈は素直にうなずく。
    「ええ、異存ありません」
    「それでこそだ。……いや、実は勝手ながら、もう『行きます』って言っちゃってるんだ。多分セイナさんなら、うんって言ってくれると思ってたから」
    「ええ、その通りですね」
     もう一度うなずいた晴奈に、ピースも嬉しそうに言葉を続ける。
    「良かった。と言うわけで2日後、次の対戦が組まれた。いやぁ、ワクワクするなぁ」
     プレアを抱きかかえながら横で話を聞いていたボーダも、晴奈を褒めちぎる。
    「流石、ユキノのお弟子さんね」
    「いえ……」
     が、黙々と刀の手入れをし、淡々と受け答えする晴奈に、二人は揃ってけげんな顔を見せた。
    「どうしたの、セイナさん?」
    「何だか不満そうだけど」
     尋ねられ、晴奈も首を傾げ気味に答える。
    「ん……。いや、まあ。こんなものかな、と」
    「こんなもの?」
     聞き返すピースに、晴奈は不満を告白した。
    「以前に『焔の剣士や黒炎教団たちが苦戦している』とお聞きしましたが、実際のところ、私と相手との実力に、あまりにも差がありすぎる気がするのです。
     参加している者たちには失礼ながら、どうにも気合いが乗らなくて。現状でもかなり手加減しておりますし」
    「ああ、なるほど。とは言えまだ、セイナさんはレオンリーグに上がったばかりだし、そりゃまあ苦戦なんて、……あー、と、ちょっと待って」
     ピースは机の側に積んである新聞から、二、三日前の一本を取り出した。
    「うん、やっぱり今日だった。
     セイナさん、丁度今日のニコルリーグで焔剣士さんが対戦するみたいですし、一度観戦してみてはどうでしょう?」
    「ふむ。焔の剣士が、ですか」
     それを聞いて、晴奈は興味を抱く。
    (何ヶ月かぶりに、同門の姿を見られるか。
     異国の地で過ごして、ずっと焔とは離れていたからな。剣の話ができる相手が欲しかったところだ。行ってみようかな)



     ピースの勧めに従って、晴奈は闘技場に足を運んだ。ちなみに今日は、小鈴も一緒である。
    「珍しいわね。晴奈が他の人の試合、観に来るなんてさ」
    「ああ、同門が試合をすると聞いたから。とても興味深い」
     旅をしていた間はずっと、小鈴に対して敬語を使っていた晴奈だったが、アランとの戦い以降、二人は旧来の友人のように、対等に接するようになっていた。
    「あ、あの掲示板に書いてあるヤツ? 名前がソレっぽいけど」
     小鈴は受付横に置かれている、本日の試合日程が書かれた掲示板を指差した。
    「ふむ。央中語で書かれているが、確かにそれらしい名前の、……ナラ、サキ?」
     掲示板をしげしげと眺めていた晴奈の尻尾が、ピンと立つ。
    「ナラサキ!? ナラサキ、シュンジだと!?」
    「どしたの、晴奈?」
     小鈴が目を丸くして尋ねるが、晴奈は答えず、そのまま駆け出していく。
    (まさか、こんなところで……!?)
     晴奈は受付に飛び込み、係員に出場選手のことを尋ねる。
    「すまぬ! 本日のニコルリーグに出ている者のことを聞きたい!」
    「はい、何でしょうか?」
     慌てた様子の晴奈に動じることなく、係員が応答する。
    「ナラサキシュンジ、と言うのはどんな者だ!?」
    「えーと、ナラサキ様ですか。……はい、ニコルリーグ出場の方で、本日14時にC闘技場の方に出場されますね」
    「ほ、他に何か特徴は!?」
    「そう言われましても、私共でお答えできるのはここまでですね。ご了承ください」
     にべも無くあしらわれてしまったため、晴奈はそれ以上追求するのをやめた。
    「……そうか。とりあえず、その試合の観戦がしたい。大人2枚、頼む」
    「はい。お一人様40クラムです」
     係員は最後まで冷静に、晴奈をあしらった。

     晴奈たちは観客席に足を運び、試合の開始を待った。
    (ナラサキ、とは楢崎殿のことだろうか。昔、私と師匠が青江に赴いた際にその名を聞いた、楢崎瞬二その人なのだろうか?)
    「ねー、晴奈」
    「ん?」
    「さっきからナラサキって人にすごく反応してるけど、何かあったの?」
     心配そうに尋ねてくる小鈴を見て、晴奈はようやく心を落ち着かせた。
    「ああ、失敬。10年前、私と師匠は央南の青江と言う街に、その楢崎殿を訪ねたのだ。
     だが楢崎殿はある男にだまされ、道場を奪われてしまった。さらにご子息までも、その男によってどこかへ売り飛ばされた、と」
     晴奈の話に、小鈴は「うわぁ……」とつぶやいて表情を歪ませる。
    「そんな悲惨な人が、何でこんなところに?」
    「皆目、見当が付かない。最後に聞いた話では、息子さんを探して旅に出たとか。
     もしかすれば、ここへもその目的で……」
    「息子さんを探しにって、ソレでなんで闘技場なのよ? どー話つながんのよ、ソレ?」
     小鈴に指摘され、晴奈は口ごもる。
    「いや、それは、……うーむ、……確かに突飛すぎるか」
     そうこうするうちに、アナウンスが響く。
    「さあ、本日のニコルリーグ、519年第一期、第38戦が始まります!
     今回は今、最もエリザリーグに近い者、二人の対戦です! 東口からはカール・サプラス! 本大会での成績はまずまずの0.61! ある意味、最も順当に勝ち進んだ『狼』の勇士です!」
     アナウンスに応え、東口から現れた「狼」がブンブン手を振っている。
    「ふむ、少しおどけた様子はあるが、なるほど、確かに手練と言った雰囲気だ」
    「そうねぇ。いかにもお調子者っぽいけど、身のこなしに隙が無いわ。見たところ、武闘派な感じね」
     続いてアナウンスは、晴奈が気にしていた人物を呼び出した。
    「対する西口からはシュンジ・ナラサキ! その鋭い戦い方と哀愁のある風貌から、一部のお客様方から絶大な支持を受けている、異国の剣士であります! 現在の勝率は0.87! こちらもなかなかの成績で、勝ち進んでおります!」
     現れたのは、既に40の半ばかと言う頃の、非常に背の高い、痩せ気味の短耳だった。その瞳は多少窪んではいるものの、力強い光を放っている。
     晴奈も小鈴も、こちらの方が強そうだと直感的に感じた。
    「へーぇ。案外、強そうじゃない。渋くてちょっと好みかも」
     小鈴の一言に、晴奈は面食らう。
    「こ、小鈴?」
    「冗談よ、じょーだん。
     でもホント、あの『狼』と比べたら雲泥の差ね。十中八九、楢崎さんの方が勝つんじゃない?」
    「まあ、そうだろうな」
     対戦者が揃ったところで、アナウンスが一際場を盛り上げる。
    「この試合、果たして勝利の女神はどちらに微笑むのでしょうか!?
     それでは試合、開始っ!」
    蒼天剣・悲願録 1
    »»  2009.02.17.
    晴奈の話、第219話。
    第二の黒服。

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    2.
     始めに仕掛けたのは、カールと言う狼獣人だった。
     開始早々、彼は楢崎との間合いを詰めていく。
    「そらよッ!」
     勢い良く飛び込んできたカールに対し、楢崎は刀を構えて防ごうとする。
     いや――。
    「あれでは、防ぐしかない」
    「え?」
    「あれだけ近付かれては、刀の間合いからは外れてしまう。
     無理矢理叩いたとしても、当たるのは切れ味の悪い鍔元。有効打とは言えぬ」
    「切れないんでしょ? 闘技場に出る時は安全上の理由ってヤツで、刃に革被せてあるし」
    「刀はおしなべて鉄製であるから、その状態でも『打撃用の武器』と考えることはできる。
     だとしても、振り回す棒の根本を当てたところで、大した打撃にはならぬのだ」
    「なるほどねー」
     晴奈の言う通り、腕半分の距離まで踏み込まれた楢崎は攻勢に転じることができず、じっとカールの打撃に耐えている。
    「くッ!」
     ようやく楢崎が刀の腹で相手を押し返し、間合いを取り戻す。だがすぐに、カールがまたその間合いを潰してしまう。
    「これは……」「意外だったろ? まさか『瞬殺の女神』神話が、とっくの昔に崩れちまってるなんてな」
     晴奈の背後から、唐突に声がかけられた。
     振り向くとそこには、黒いスーツに黒い帽子、黒眼鏡まで揃えた、いかにも柄の悪そうな「狐」の男が座っていた。
    「誰だ?」
    「そりゃ昔は焔剣だとかの央南の剣術は、俺たちの文化に無かったからな。何だっけ、居合い抜きだとか、間合いの外し方だとか、そんなもん全然知らない俺たちは連戦練敗、うちのボスですら手玉に取られちまったんだからな。
     でも今は違う。昔と違って、俺たちは研究した。そう言う戦い方もあるってことを。そして、それとどう対抗していくか、ってこともな」
     黒服の男は偉そうに、晴奈たちに語ってくる。
    「だから、お主は誰だと聞いて……」
    「あ、こりゃ失礼。俺の名はバート。クラウン組の一味やってる、チンケな奴だよ」
    「クラウン……!?」
     あからさまに警戒する晴奈たちを見て、バートは慌てて手を振る。
    「いやいや、そういきり立つなよ、コウ先生殿」
    「私を知っているのか?」
    「ああ、ある程度は。うちのボスが嫌ってるヒイラギさんのお弟子さんってのも知ってるし、最近こっちに来てたってのも、うちの情報網がキャッチしてる。まあ、大方この闘技場で腕試しをしよう、ってことだと踏んでるんだが」
    「い、いや、そうでは……」
     返答しかけた晴奈を、バートは掌を差し出してさえぎる。
    「いいんだ、いいんだ。分かってるから。ま、そんなことはどうでもいい。俺がアンタとコンタクトを取ったのは、別件だ」
    「別件?」
     バートは懐から煙草を取り出し、口にくわえる。
    「そ、ちょっと聞きたいことあってさ。アンタのお師匠さんのこととか。
     ……あ、別にボスからの指示があったわけじゃねーよ。昔、ヒイラギさんを見たことがあってさ、……ファンだったんだ、へへ。ま、バレたらブン殴られるけどな」
     煙草をくわえながら、バートは恥ずかしそうに唇を歪ませる。
    「……むう。そう言う事情ならば、ちとがっかりさせてしまう話かも知れぬが。それでもいいか?」
    「え、まさか死んだのか?」
     晴奈は驚いた顔をするバートの額をぺち、と叩く。
    「縁起でもない。そうではなく、結婚したのだ。今は子供もいる」
    「へぇ、そーなのかぁ。はーぁ、お婿さんがうらやましいぜ」
     バートは額をさすりながら、本当にうらやましそうな声を漏らした。
    「んじゃ、今は幸せなんだな。……ならいいや、うん。元気って聞いてほっとしたぜ。
     そんならコウ先生、帰ったら『あんたの大ファンからよろしくと託った』って言っといてくれよ」
    「まあ、構わぬ。伝えておこう。他に聞きたいことはあるか、バートとやら」
    「そうだなー、何かあったかなぁ?
     ……っと、大事な用件を忘れてた。アンタ、央南の抗黒戦争の時、敵に拉致されたことあったって聞いたが、本当なのか?」
    「ああ。確かに天玄防衛の際、敵の手に落ちたことはあった」
    「で、その後単身、敵さんのアジトを落としたって聞いたけど、それも本当か?」
    「ああ。まあ、単身ではないが。もう一人、共に戦った者がいた」
    「そっかー。ま、それでも十分伝説だよなぁ。やっぱアンタ、英雄だ」
    「……まあ、それほどでも無い」
     口では謙遜したが、ほめられて悪い気はしない。
     それを見透かしたらしく、小鈴がニヤニヤしていた。
    「晴奈、アンタ耳ピッコピコしてるわよ」
    「……う」
    「はは……、機嫌悪くされねーでよかったぜ。
     それで、だ。アンタその後、敵さん――確か、シノハラ一派だったっけか――の行方について、何か知らないか?」
    「篠原一派の行方? ……ふむ」
     この質問を受け、晴奈は少しだけ、バートと言うこの男に警戒の念を抱いた。
     この件については当時から、不可解な点が浮上していたからである。
    蒼天剣・悲願録 2
    »»  2009.02.18.
    晴奈の話、第220話。
    迷宮入りした事件。

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    3.
    「……そう、あの人は討ち取られたのね。まあ、予想しないではなかったけれど」
     517年、天玄の地下刑務所。
     晴奈が陥落させた篠原一派の副頭領、竹田朔美は、軍司令のエルスから直接取調べを受けていた。
    「ええ、ご愁傷様です。……それで一つ、伺いたいことがあるんですが」
    「何かしら?」
     エルスに痛めつけられ、体中に包帯を巻いた朔美は不機嫌そうに応えた。
    「あなた方のアジトと言いますか、基地は他に、どこにありますか?」
    「え?」
     朔美の顔が、きょとんとしたものになる。この反応を意外に思い、エルスは尋ね直す。
    「ですから、基地です。他に隠れ家、あるんでしょう?」
    「いいえ、無いわよ。天神山のところにしか」
    「そんなはずは……」
    「ウソついてどうするって言うの? もうあなたたちに一網打尽にされたんだから、隠しても意味が無いじゃない」
     エルスはあごに手を当て思案しつつ、もう一度確認した。
    「では、アジトはあそこ一件、と」
    「そうよ、しつこいわね」
     嘘をついているように感じられず、エルスは事情を明かすことにした。
    「その、……実は、ですねー。我々はあなた方を全員、逮捕・拘束したわけでは無いんです。死体以外は」
    「え?」
     朔美はもう一度、きょとんとした顔をする。
    「我々が踏み込んだ時には既に、あなた方の一味と思われる者を発見できなかったんです。ちなみに教団員たちもいませんでした。
     残っていたのは、我々の軍の者しか」
    「全滅したって言うの?」
    「いえ、それにしては数が合わない。あなたの証言と隠れ家にあった名簿を照らし合わせ、確認したんですが、30名近い者の死亡がまだ確認できず、行方不明になっています」
    「何ですって?」
     朔美の顔色が、さっと青くなる。
    「残る可能性としては、どこかへ逃亡したものと。それでサクミさん、あなたに先程の質問をしたわけです」
    「わたしは間違いなく、篠原一派のすべてを把握しているわ。他に隠れ家なんて、絶対に無い。
     龍さん……、篠原はわたしに隠し事をするような男では無いし、そもそも敵がたった一人や二人、本拠地を徘徊してるだけで逃げ去るほど、わたしたちは腑抜けでも無いわ」
    「ですよね。……ともかく、そんなわけで現在捜索中ですが、行方は一向に分からないままです」
     篠原一派の行方に関するエルスの尋問は、ここで終わった。



     晴奈が篠原一派の顛末について知っているのは、エルスから伝え聞いた、この話くらいである。
    「そうか……。アンタんとこでも、行方はさっぱりなんだな」
    「ああ、そうだ。恐らくまだ、消息はつかめていまい」
     先程のお調子者ぶりを発揮していた時とは別人のように、バートの目は賢しげな光を放っている。
     それを見抜いたらしく、小鈴が探りを入れてきた。
    「んでさ、バート」
    「ん? ああ、何だ?」
    「『アンタんとこでも』って何?」
     尋ねられた途端、バートは「しまった」と言う顔をする。
    「……えっ? 何それ? 俺、んなこと言ったかなー? あっれー?」
    「言ったわよ、間違い無く。
     でも変よね、クラウンみたいなのがこんな話、気にするワケがないし。アンタ、ホントは何者なの?」
     小鈴の詰問に、バートは「う……」とうなり、顔をしかめる。
     と、急に明るい声を出し、話題を無理矢理変えた。
    「おっ!? あれ、まずいんじゃね?」
    「え?」
     バートは半ば慌てた様子で、リングを指差す。
    「ほれほれ、あのおサムライさん、結構ヤバいんじゃないの?」
     バートの指差す方を振り向いた途端、晴奈は短くうなった。
    「……む」
     既に2、3発拳を食らったらしく、楢崎の顔は若干腫れ上がっている。だがそれでも懸命に距離を取ろうと、刀を構え直している。
    「こりゃ、勝負は付いたかな。あのおっさん、こう言っちゃ悪いけど逃げ腰なんだもん」
    「うーむ……」
     バートの言う通り、確かに楢崎は間合いを重視するがゆえに、相手から離れようとするばかりである。その姿勢は確かに、逃げているとも見える。
    「……だが」
     晴奈は反論する。
    「間合いの概念は、こちらに一日の長がある。刀の間合いが取れずとも」
     晴奈の反論の間に、楢崎は不意に刀を下段に構えた。
    「体術の間合いも、我々は知っているのだ」
     刀が下ろされたことを勝機と見たカールは、もう一度飛び込んでくる。
    「……はッ!」
     同時に楢崎も、刀を下ろしたままカールに肩を向けて飛び込む。
     両者がぶつかった瞬間、パキ、と乾いた音と、カールのうめき声が聞こえてきた。
    「ぐ、へ……」
     楢崎の肩がカールの胸に食い込み、その肋骨を折ったのだ。
    「っは、おいおい……、タックルかよ、お侍さんが!」
     バートは眼鏡を外し、食い入るように見つめている。
     その様子とリングとを交互に見て、晴奈はニヤリと笑いつつ、こう締めた。
    「あれだけ近付けば、今度は拳の間合いが外れる。勝負あったな」
     楢崎が離れた途端、カールは胸を押さえてうずくまり、降参を宣言した。

     試合が終わってすぐに楢崎がリングを離れたのを見て、晴奈は席を立った。
    「おい、どこ行くんだ?」
    「楢崎殿のところだ」
     バートに素っ気無く答え、晴奈は急いで参加者控え室に足を運んだ。
    「失礼! 楢崎殿はいらっしゃいますか!?」
    「誰だ?」
     控え室の奥で、頬に氷を当てていた男が声をかけた。
    「私が楢崎だが」
    「おお……!」
     晴奈は深々と頭を下げ、名乗る。
    「私は焔流免許皆伝、黄晴奈と申します! 柊雪乃師範の下で修行いたしました! 楢崎殿のお話は、師匠よりかねがね伺っておりました!」
     晴奈の口上に、楢崎の窪んだ目が見開かれた。
    「何!? 雪乃くんの、お弟子さんだって……?」
     楢崎は氷を傍らに置き、晴奈につかつかと駆け寄ってしゃがみ込み、彼女の肩に手を置く。
    「顔を上げてくれ、黄くん。僕はそんなに偉い人間じゃない」
    「は……」
     そろそろと顔を上げた晴奈の目に、恥ずかしそうに笑う楢崎の姿が映った。
    蒼天剣・悲願録 3
    »»  2009.02.19.
    晴奈の話、第221話。
    楢崎の悲願と黒服たちの思惑。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「それにしても何年ぶりだろうか、雪乃くんの名前を聞くのは……」
     長年行方をくらましていたその剣豪は、晴奈が思っていたよりもずっと柔和で、落ち着いた男だった。
     晴奈は小鈴と合流した後、ひとまず楢崎を赤虎亭に連れて行き、事情を聞くことにした。
    「楢崎殿。何故、あのような場所に?」
    「黄くんも含め、恐らくここにいる皆は、僕が腕試しのために来ているのだと思っているだろうね」
     楢崎の問いに、何故か晴奈たちについてきていたバートがうなずく。
    「違うのか?」
    「ああ。黄くん、青江を訪ね、僕が旅に出た事情を聞いたと言っていたね?」
    「ええ、息子さんがどこぞの組織に売られ、その行方を追っていると」
     楢崎は深くうなずき、手を顔の前に組んで話を続けた。
    「その延長線上の話なんだ。
     僕は長年中央大陸を歩き回り、昨年になってようやく、その人身売買組織がゴールドコーストに、頻繁に出入りしていることを突き止めたんだ。
     聞くところによれば、奴らは闘技場付近で観客や出場選手をさらい、売り飛ばしていると言う」
     楢崎の言葉に、バートの顔が青ざめる。
    「そりゃ、また……、えげつない話だな」
    「ああ、非人道的にもほどがある。だから、見張っているんだ。
     しかし、あまり不用意にうろついていると怪しまれる。そこで闘技場の参加者を装って、不審な人物がいないかと探していたのだが……」
    「アンタがあんまり強すぎて、ニコルリーグまでホイホイ行っちゃったわけだな」
     バートの推察に、楢崎は組んでいた手をほどき、皆から顔をそらし、恥ずかしそうに「……そうなんだ」とつぶやいた。
    「楢崎殿は昔から『剛剣』と呼ばれ、不世出の腕前を持っていたと聞いています。先ほどの戦いも、感服いたしました」
     ほめちぎる晴奈に、楢崎はまた恥ずかしそうに笑う。
    「いやいや、僕なんて大したことは無いよ」
     そして一転、疲れ切った顔をして、ぽつりと言った。
    「……己の息子一人守れず、何が『剛剣』なんだ」
     その言葉に、晴奈はひどく衝撃を受けた。
    (家元と、同じことを……)
     かつて晴奈に奥義「炎剣舞」を教えた焔流家元・焔重蔵もまた、「己の弟子を守れずして、何が師匠か」と嘆いていた。
     それを思い出した晴奈の心に、熱いものがあふれる。
    「な、楢崎殿!」
    「うん?」
    「わ、私、微力ながら、手助けさせていただきます!」
     楢崎の目が、また見開かれる。
    「いや、黄くん、そんな……。これは僕の責務だし、手を煩わせることは無いよ」
    「いえ! 是非、手伝わせてください!
     この黄晴奈、楢崎殿の心意気に感服いたしました! 是非、その姿勢を見習わせていただきたいのです!」
    「そ、そうか。それじゃ、うん……、手伝えることがあれば、その、手伝ってもらおう、かな、うん」
     困惑気味だったが、楢崎はどこか嬉しそうに了承してくれた。長い間助ける者のいなかった闘技場の生活、いや、この旅路に、楢崎は少なからず寂しさを覚えていたのだろう。
     実際、晴奈の申し出がよほど嬉しかったらしく、その後の楢崎はずっと楽しそうに振舞っていた。

    「はー……」
     散々飲み食いし、晴奈一行はテーブルに並んで突っ伏していた。
     既に店は閉まり、朱海とフォルナが並んで皿を洗っている。
    「晴奈、起きたかい!? さっさと皿、運んできてくれよ!」
    「ん、あ、……はい! ただいま参ります」
     晴奈はばっと顔を上げ、テーブルに散乱した皿やコップをかき集め、下げようとした。
    「……瞬也」
    「ん?」
     そこで、楢崎のつぶやきが聞こえてきた。
    「楢崎殿?」
    「……瞬也、僕は……」
    (寝言か。瞬也、とは楢崎殿の息子のことだろうか)
     突っ伏したままの楢崎の、ほんの少し薄くなった後頭部を見て、晴奈は切なくなった。
    (この人は、長い間探しているのだ。見つかる当てのないものを、ずっと)
     情報と言えば「人さらい組織がさらっていった」と言うことだけである。晴奈の「バニッシャー」探しよりも、はるかに先の見えない話なのだ。
    (もしその組織を見つけても、それが息子殿をさらった組織と同一だとは限らぬ。もしそうなれば、闘技場での監視だの活躍だのは、すべて水泡に帰すことになる。
     恐らく楢崎殿も、それは重々承知していることだろう。しかし……)
    「待っていてくれ……瞬也」
     不意に、晴奈の目から涙がこぼれる。
    (……それでも、やらなければならぬ。
     他に当ては無いのだ。確証が無くてもこれだ、と思ったものを追っていかなければ、それより他に、方策などないのだからな。
     どれほど心許無い、辛い旅であろうか)
    「晴奈ぁー、まだかー!?」
     朱海の声が、晴奈の憐憫をさえぎる。晴奈は皿を置き、涙を急いで拭う。
    「はっ、はい、今すぐ!」
     慌てて皿をまとめ直し、朱海のところへ持っていった。
    (もっと精進しなければ。
     この世には私が負っているより辛い不遇が、いくらでもあるのだ。私は『荷』が軽い分、もっと上を目指さなければな)



     どさくさに紛れ、晴奈たちとともに飲み食いしていたバートは、夕闇が深くなった頃になって朱海の店を離れ、裏通りへと向かっていた。
     その手前で、バートと同じく黒い服と黒い帽子に身を包んだ「猫」の青年と出くわした。
    「おっ、フェリオ。丁度良かったよ、そろそろ会おうと思ってたんだ」
     バートは周りを気にしつつ、その猫獣人、フェリオに耳打ちする。
    「どうもっス。そろそろ声かかるころかなーと思ってたんで、ココで待ってました」
     フェリオは嬉しそうな顔をして、バートに近寄ってきた。
     その人懐っこそうな顔を見て、バートは噴き出す。
    「ぷっ……、相変わらず勘がいいな、お前。
     そうそう、話は変わるが――ナラサキに会った」
    「ナラサキって、最近闘技場でブイブイ言わしてるおサムライさんっすか?」
    「そうだ。あいつ『あの組織』に勘付いてるぜ、どうやら」
     男にしては大きく、可愛らしいフェリオの眼がしゅっと細くなり、警戒心を漂わせる。
    「マジっスか」
    「ああ。しかし、クラウンが加担していることまでは気付いてないらしい。
     だもんで、……あの計画に、彼も誘おうかと思ってるんだ」
    「大丈夫っスか、ソレ? そりゃ、強そうな感じはしますけど」
     バートは黒眼鏡を外し、確信に満ちた目で応える。
    「ああ。彼なら俺たちの計画に、大きなプラスになる。それに……」
    「それに?」
    「コウにも会った。ほら、央南で起こった戦争で活躍した猫女の、セイナ・コウだ。彼女もまた、闘技場に参加している。ようやく今日、コンタクトが取れたんだ」
    「こ、コウ先生っすか! いいなー」
     うらやましそうに声と尻尾を伸ばすフェリオを見て、バートは短く笑う。
    「ハハ、何だお前、コウのファンなのか?」
    「そりゃもう、大ファンっス。
     女剣士ってだけで、もう萌えるじゃないっスかー。それに強くてかっこよくてスレンダーで、オマケにキレイですし、オレと同じ『猫』っスから、そりゃファンにもなっちまいますよー。
     今度じっくり話させてくださいよー、バートさん。話題に出したってコトは、先生もあの計画に参加させるつもりなんでしょ?」
    「……ああ。ナラサキにコウ、彼らの力があれば、この先随分、事はうまく運ぶだろうからな。この件、上に伝えておいてくれ。
     それからエランに、『テンゲンでの事件については、向こうの捜査当局も真相を知らない』と」
    「了解っス」
     フェリオはコクコクとうなずき、その場から走り去った。
     残ったバートは裏通りを眺め、今来た道を見返しながら、ぼんやりと自分の身を考えていた。
    (もうすぐだ……。ようやく俺も、表と裏を行き来する、この境界から離れられる。
     事はうまく、運んでいるんだ)
     バートは黒眼鏡をかけ直し、裏通りの奥にあるクラウンのアジトへと足を向けた。

    蒼天剣・悲願録 終
    蒼天剣・悲願録 4
    »»  2009.02.20.
    晴奈の話、第222話。
    大人気、コウ先生。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「それッ!」
     今日も晴奈は闘技場にいた。
     今度の相手は――晴奈はほとんど対戦相手に興味を持っていないので、名前は開始直後に忘れた――央中の剣士である。
    「りゃあッ!」
     確かにピースの言っていた通り、ニコルリーグに入ると対戦相手が極端に強くなった。とは言え晴奈にとっては、ほとんどの場合「今まで10秒以内に倒せたのが、30秒かかるようになった」と言う程度であり、大局的に見れば代わり映えしなかった。
    「……はッ!」
     だから、この試合も時計の秒針が半周するかしないかのところで決着が付いた。
     晴奈の気迫に満ちた一撃とともに相手の剣がどこかに弾き飛ばされ、うろたえる相手と晴奈の目が合う。
    「あ、あ……」
    「どうする?」
    「……参りました」
     武器を失った相手は大人しく降参し、そこで試合が終わった。



     この頃になるとすでに、晴奈は闘技場の有名人になっていた。
    「あっ、コウ先生!」
     いきなりかけられる声に、晴奈の尻尾はびくついた。
    「な、何だ?」
    「コウ先生ですよね!?」
    「い、いかにも」
    「サインお願いします!」
    「さいん? ……ああ、署名のことか。えっと……」
     晴奈を呼び止めた「猫」の少年は目を輝かせ、色紙を差し出す。
    「コレにお願いします!」
    「承知した。……と、これでいいか?」
     横にいたピースから筆を借り、自分の名前をさらさらと書き付ける。
    「あ、あとココに僕の名前もお願いします! 『トレノくんへ』って!」
    「しょ、承知。……はい」
     少年は色紙を受け取ると、がばっと抱きしめた。
    「おい、墨がつくぞ」
     晴奈の心配をよそに、少年はとても嬉しそうに頭を下げた。
    「ありがとうございます、コウ先生! 頑張ってくださいね!」
    「あ、ああ。ありがとう」
     晴奈は始終、目を白黒させていた。
    「何がなにやら。何故、署名くらいであれほど喜ぶのでしょう?」
    「まあ、人気選手のモノは何だって宝物さ」
     ピースが肩をすくめて答える。
    「そんなものですかね……」
    「さ、ぼーっとしてるとまたねだられるよ。早く行こう」
    「あ、はい」
     ピースに急かされ、晴奈は闘技場を出ようとした。
    「あっ、コウ先生だ!」
     だが間に合わず、また声がかけられた。
    「あちゃ……。こりゃ、大変だなぁ」
    「な……」
     晴奈とピースがくるりと振り向くと、先ほどと同じような少年少女、青年、老人、おまけに晴奈と同年代であろう女性までもが、目を輝かせて並んでいた。
    「サイン、いいですか?」
    「こりゃ、書くしかないね。はい、サインペン」
    「は、はは……」
     ピースからまた筆を借り、晴奈は大勢のファンに向き直った。

    「で、結局何枚書いたの?」
    「きっちり数えたわけじゃないけど、50枚くらいじゃなかったっけ」
     ピースとともにチェイサー商会に戻った晴奈は、ボーダにサインをねだられたことを話した。ピースは笑いながら晴奈を茶化す。
    「あはは、すっかり有名人だね。今のうちに、僕も頼んでおこうかな」
    「ご、ご冗談を」
    「ははは……」
     晴奈の後ろにいたボーダも笑いながら、晴奈にお茶を出した。
    「はい、どうぞ」
    「あ、かたじけない。
     ……しかし、何故私のことを皆、『先生』と呼んだのでしょう」
    「うーん」
     ピース夫妻は一瞬目を合わせ、同時に首をひねった。
    「さあ?」「雰囲気じゃない?」
    「雰囲気、ですか」
     そこへプレアもやってきて、ボーダの意見に一言付け加えた。
    「だってお姉ちゃん、すっごくかっこいいし、たよれる感じするもん。ほら、あの、お父さんがいつも言ってる、えーと……」
    「ん? 僕が?」
     ピースが聞き返すと、プレアは手を叩いて答えた。
    「あ、そうそう! 『おねーさんキャラ』!」
    「あー、なるほどね」
     ピースもポンと手を叩き、娘の意見に同意した。言葉の意味が分からず、晴奈はまた首をひねる。
    「何ですか、それは?」
    「ほら、雰囲気がお姉さんっぽいってことだよ。コウさんって、いかにも妹か弟さんがいそうなイメージがあるし」
    「……まあ、確かに弟妹はいますね」
     晴奈の脳裏に、実の妹の明奈や、紅蓮塞の元弟弟子である良太、そしてフォルナの顔が浮かぶ。
    「案外、同性からも人気あるんじゃない?」
     ニヤニヤしているボーダに、晴奈は素直にうなずく。
    「ええ、確かにサインを求められました」
    「やっぱりー。そこがやっぱり、おねーさんなのよね」
    「そんなものですかね……」
     晴奈は気恥ずかしくなり、猫耳をしごいた。
    蒼天剣・姐御録 1
    »»  2009.02.21.
    晴奈の話、第223話。
    でっかい女の子。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「おねーさんキャラ、ねぇ」
     朱海の店に戻り、チェイサー一家に言われたことを話すと、朱海も深々とうなずいた。
    「うん、アンタはお姉さんだ。そんな雰囲気あるな」
    「そうですか」
     店の奥で野菜の皮むきをしていた小鈴とフォルナも、うんうんとうなずいている。
    「うん、晴奈ってそんな感じする」
    「ええ、お姉さまですわ」
    「だよなぁ」
     晴奈は恥ずかしさを紛らわせるように店の奥へ入り、割烹着を着る。
    「あんまりからかわないでくださいよ……」
    「あっはっは……、悪い悪い、くっくく」
     恥ずかしがる晴奈を見て、朱海は爆笑していた。

    「でもさー」
     晴奈も店に立ったところで、朱海が唐突に話を切り出した。
    「真逆の奴もいるんだよ」
    「え?」
     晴奈は魚を捌きつつ、聞いてみる。
    「真逆、と言うのは?」
    「闘技場の参加者に、さ。
     アタシと同じ『虎』なんだけど、なーんか子供っぽい奴で、ホントに晴奈と正反対の奴なんだ。でも、背はめっちゃ高い。多分晴奈より、もうちょっと高いくらいかな」
    「私より背の高い、女ですか」
     余談になるが、晴奈の背は173センチと、女性にしてはかなり高い。
     央南では他の女性より頭二つほど飛び抜けていたし、成人男性と比べても遜色ないほどであった。央中でも、晴奈と同じくらい背の高い女性と言うのは彼女自身これまで見たことが無く、その上自分より背の高い女と聞いて、晴奈は興味を持った。
    「名前は?」
     魚を三枚におろし、骨を汁物用の鍋に入れながら、さらに尋ねてみる。
    「シリン・ミーシャ。央中東部出身の格闘家だよ」
    「ほう……」
     魚の身に衣をつけ、油の中に入れる。
    「確かもう、エリザリーグに行ったんじゃなかったっけな」
    「それは強そうな相手ですね。……っと、朱海殿、これでよろしいでしょうか」
     魚を油から引き上げ、朱海に見せる。
    「んー、……ダメ。もうちょい揚げて」
    「承知」
     魚をもう一度油に入れ、シリンの話を続ける。
    「少し、興味が沸きましたが……。エリザリーグは確かまだ、開催されていませんよね」
    「ああ、あと3ヶ月先になる。会ってみたいの?」
     魚をもう一度引き上げ、晴奈は答える。
    「はい、是非。……このくらいでしょうか」
    「うん、コレコレ。この色くらいにならないと。……さ、ジャンジャン揚げな」
    「承知しました」
     先ほどと同じ要領で、衣を着けた魚をぽいぽいと油へ入れる。一通り入れ終わったところで、朱海が提案した。
    「じゃあさ、会ってみるか?」
    「え?」
    「今呼べばすぐ来るよ。アイツ、大食いだし。
     じゃあ呼び出すからその間、銀鱈定食5人前作っといてくれよ。シリンの大好物なんだ」
    「5……、ってそれは、食べる、と」
     朱海は割烹着を脱ぎながら短くうなずき、そのまま店を出て行った。



     10分後、朱海が戻ってきた。
    「ただいまー。お、丁度できたところか?」
    「はい、もう少しで味噌汁もできあがります」
    「そっか、よし。……シリン、入っといで!」
     朱海は店の外に声をかける。と同時に、大きな影がのそっと暖簾を潜ってきた。
    「どーも、こんばんはー」
     味噌を溶いていた晴奈は、一瞬固まった。
    (な……!? で、でかいな)
     確かに朱海の言う通り、その虎獣人の女性はかなりの大柄だった。
     晴奈より頭一つ高く、そして晴奈の二倍は腕と脚が太い(おまけに胸に関しても、晴奈と比べ物にならない大きさだった)。
    「どーも、シリンでーす。アンタが、セイナさん?」
    「い、……いかにも。私が黄晴奈、……セイナ・コウだ」
    「ホンマに、背ぇ高いんやなー」
     シリンは妙な言葉遣いをしている。
    「あ、ああ。しかし、シリン殿の方が、その」
    「まー、そうやろなー。ウチ、ご飯ばっか食べてるから、でっかくなってもーてなぁ」
     けげんな顔をしている晴奈を見て、朱海が補足する。
    「あ、コイツのしゃべり方は央中東部の方言なんだ」
     シリンはコクコクとうなずき、胸を反らす。
    「そーなんよ。あ、ちなみにな、金火狐の人たちも元は東部出身やったらしくて、ウチと同じ話し方しよるらしいわ」
    「ほう……」
    「でも、セイナさんも変な話し方しよるよな?」
     シリンはカウンターにどすんと腰掛け、興味深そうに晴奈を見ている。
    「まあ、央南の生まれだからな。少々、おかしく聞こえるかも知れぬ。
     ……と、朱海殿。銀鱈定食5人前、完成しました」
    「よっし、それじゃ並べるか」
    「うっわ、鱈なん? ウチの大好物やんかー」
     シリンの顔が溶けるようにほころぶ。尻尾も嬉しそうにばたついている。
    「アケミさん、ありがとなー」
    「言っとくけど、金は払えよ」
    「……やっぱりかー。アケミさんのケチぃ」
    「商人はみんなケチだって。ほら、熱いうちに食べな」
     運ばれてきた銀鱈定食を見て、シリンは両手を合わせて喜ぶ。
    「あぁー、えー匂いやわぁ。ほな、いただきまーす」
     挨拶するなり、シリンはがっつき始めた。
     その食いっぷりを見て、晴奈は呆然とつぶやく。
    「怒涛の勢いだな」
    「むぐっ、だって、んぐ、うまいし。ホンマ、ゴクゴク……、『赤虎亭』は、もにゅ、ご飯うまいわぁー、むしゃ」
     食べながら話すシリンを、朱海が叱る。
    「こら、シリン。口にモノ入れながら話すなっての」
    「あ、……ゴクっ。ごめーん」
    「あー……、なるほど」
     晴奈は先程朱海が言っていたことを思い出し、納得した。
    (『おねーさん』の、真逆。『いもーと』だな)
    蒼天剣・姐御録 2
    »»  2009.02.22.
    晴奈の話、第224話。
    共通の悩み。

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    3.
     閉店後、改めて晴奈はシリンと話をした。
    「改めて名乗る。セイナ・コウだ」
    「どもども、シリン・ミーシャですー」
     央中式に名乗り、央中風に握手して挨拶をする。数ヶ月になる外国の滞在で、晴奈も異国の生活に馴染んできていた。
    「エリザリーグに進んでいると聞いたが、どのような環境なのだ?」
    「んー、えっとなー、一言で言うとやっぱ、超辛いねんなぁ。あのアホキングもおるし、他にも、この前入ったばっかりのウィアードちゅうのんもいてて、ホンマに容赦せーへんヤツなんよ、コイツ。
     一戦終わるごとに肋骨折れてたり、目ぇ開かへんよーになってたりして、ボロッボロになるねんなぁ」
    「なるほど、相当だな。今はどのように過ごしているのだ?」
     シリンは腕をペチペチ叩き、楽しそうに答える。
    「そら、トレーニングしとるよ。
     ウチ、この前のんで結構稼いだから、割と小金持ちやねん。闘技場の方もリザーバー(代打選手)扱いでたまーにしか呼ばれへんから、今んとこずーっと体鍛えてるんよ」
    「ほう……」
    「ま、言い換えりゃ『働きもせずブラブラ』なんだけどな」
     カウンターから朱海が口を挟んでくる。
    「もー、変なこと言わんといてーな。人聞き悪いやんかぁ」
    「ちなみにコイツ、エリザリーグに出る前はアタシの店で働いてたんだぜ。『ご飯うまいから』って理由でな」
    「あぁん、恥ずかしいコトばっか言わんといてーなぁ」
     シリンは顔を赤くし、両手をバタバタと振っている。朱海は煙草を加えながら、ケタケタ笑っていた。
    「あっはは……、な、面白いヤツだろ、コイツ」
    「ええ、そうですね」
     晴奈もコロコロと表情を変えるシリンを見て、思わずにやけていた。
    「あー、もう! セイナさんまで笑てるしぃ。……ほな、今度はこっちから質問させてーな」
    「ん? 私にか?」
    「うん、ウチめっちゃ気になっとったんよ。最近巷で『コウ先生』『コウ先生』て、よー聞くし、どんな人なんやろって、ずっと思ってたんやけど……」
     シリンは目を輝かせ、晴奈の手を握る。
    「ウチ、ご飯作るのうまい人、めっちゃ好きやねん」
    「ぷ……、ケホ、お前、飯を基準に人を選ぶなよ」
     シリンの一言に朱海が吹き出し、煙草がどこかに飛んだ。晴奈もシリンの言葉に、困り顔になる。
    「ま、まあ。慕われて、悪い気はしない、が。……私の本分は剣士なので、できればそちらに着目してほしいのだが」
    「あ、うんうん、分かっとるよー、ちゃんと。
     聞いた話では、今んとこ負けなしで来てるらしいやん、セイナさん。それ、めっちゃすごいねんで?」
    「ああ、そうらしいな」
    「ウチでもニコルの勝率、8割くらいやで。ホンマ、セイナさんすごいわぁ。
     な、な、どんなトレーニングしてるん?」
    「む、そうだな……、早朝に走り込みと素振りをして」
    「うんうん」
    「店の仕込みを終えた後、昼に居合いの稽古と座禅、それから読書と」
    「おー」
    「で、夕方少し前から店の手伝いをして」
    「あ、ウチん時と一緒やな」
    「それが終わったら、夜半過ぎまで素振りと型稽古だな」
     晴奈のトレーニング内容を聞いて、シリンは感心したようなため息を漏らす。
    「はー……、偉いなぁ、セイナさん。ウチ、夜はぐっすり寝てしもてるわ」
    「それはそれでいいんじゃないか? 寝て体を作るのも、必要だからな」
    「そっかなぁ」
    「そうだ。鍛錬の仕方は人それぞれだからな。無理に人に合わせるより、自分に合った内容できっちり鍛え続けた方がいい。
     それに今、シリンは一日中ずっと鍛錬を続けていると言っていたし、きっと私より密度の高い修行をしているよ」
     晴奈にほめられ、シリンの顔が少しにやける。虎耳をぺた、と下げ、赤くなった顔を両手で覆う。
    「えへへ……、そんなん言われたら、恥ずかしいやん」
     その仕草を見て晴奈は少し、シリンを可愛く思った。
    (成りはでかいが、心は少女だな。確かにこれは、『妹』に思えてしまうな)
     と、朱海が二人に声をかける。
    「話弾んでるトコ悪いけどさ、もうそろそろ真夜中になっちまう。
     家ん中入って、続き話せよ。シリンも今日は泊まってけ」
    「あ、はい」「お世話んなりますー」
     晴奈とシリンは同時に立ち上がり、互いに背を見比べた。
    「改めて立つと、本当にでかいな。目線がほとんど同じ女を見るのは初めてだ」
    「ウチもやわぁ。何か嬉しいなー、そう言うトコ一緒の人がおって」
    「うん?」
     店の奥へと進みながら、晴奈が聞き返す。
    「実を言うとな、昔から気にしとってん、背ぇ高いの。他の女の子、ウチより全然小柄やし、びみょーに話し辛かってんなぁ」
    「分からなくは無いな。私も子供の時分から背が高かった。剣士をやる分には良かったんだが、いつも師匠や妹に見上げられるのが、少し難儀だった」
    「え、妹さんおるん?」
    「ああ、明奈と言ってな……」
     店の奥に入っても、寝室に行っても、晴奈とシリンの話はずっと続いていた。
     共に背が高く、そして故郷を遠く離れたところで出会った女傑同士である。性格こそ違えど、二人の間には共感できるものが数多くあったのだろう。
    蒼天剣・姐御録 3
    »»  2009.02.23.
    晴奈の話、第225話。
    思いがけない再会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     数日後の早朝、晴奈はシリンから呼び出された。
    「どうした、シリン? こんな朝早くから」
    「あのな、あのな。ウチ、今日ニコル出るねん」
    「ほう」
     シリンによれば、本日出場予定だった選手が急病で倒れたため、リザーバーのシリンが急遽呼び出されたのだと言う。
    「ほんでな、良かったらセイナさんに見てもらおう思てな。今日の昼からやねん」
    「なるほど。分かった、予定を空けておく」
    「ホンマ? ありがとー、セイナさん」
     シリンは嬉しそうに晴奈の手を握り、ブンブンと振る。
    「お、おいおい」
    「ウチ、超頑張るからな、見ててなー」
    「ああ、分かった。分かったから、手を離せ」
     晴奈がなだめるが、シリンはなお嬉しそうに手をつかんだままだった。

     そして時間は過ぎ、午後一時少し前。
     晴奈は闘技場に出向き、選手控え室に寄った。
    「シリン、調子の方は……」
     呼びかけようとして、シリンが大会運営スタッフと話しているのに気付いた。
    「えー? 何やそれっ。話ちゃうやんか」
    「申し訳ございません、ミーシャさん」
    「まあ、ええけどな。折角久々に戦わせてもらうんやし、誰が相手でもええよ。で、相手誰になったん?」
     スタッフは困った顔で、シリンに耳打ちする。
    「……はぁ!? ウソやろ、それ? マジなん?」
    「は、はい」
    「……うっわぁ。勘弁してーなー、きついやんかぁ」
     シリンは露骨に嫌そうな顔を浮かべ、虎耳を伏せる。
    「あの、今ならまだキャンセルも……」「アホか! そんなんできるかっちゅうねん!」
     出場辞退を促したスタッフに対し、今度は憤る。
    「向こうに『ミーシャ選手は尻尾巻いて逃げましたー』言うんか!? そんな恥ずかしいコト、よぉせーへんわ!
     向こうに伝えとって、『ガチでやったる』ってな!」
     スタッフは何度も「申し訳ありません」と頭を下げ、控え室を出て行った。
    「おいおいシリン、一体どうした?」
    「あ、セイナさん。……いやな、今日対戦するはずやった相手、急に代わってしもたんよ」
    「何だって? それはつまり、出場予定の選手が両者とも、変更になったと言うことか?」
     目を丸くする晴奈に、シリンは両手を挙げながら椅子にもたれかかる。
    「せやねん、珍しいやろ? ……ほんで、代わりに戦うことになった相手も、リザーバーやねんな」
    「それは、また……。実質的に、エリザリーグになったようなものだな」
    「そーなんよ。ほんでな、その相手っちゅうのんが――あの『ウィアード』やねん」



     ウィアード――非現実的な者、不可思議な者、の意。
     シリンによれば、数ヶ月前にふらりと闘技場に現れるなり頭角を表し、あっと言う間にエリザリーグに選ばれた、狼獣人の男なのだと言う。
     素性は不明。闘技場に登録する際も本名を名乗らなかったため、受付の者が「ウィアード」と名付けたそうだ。
     現れた当初は素手での戦いだったが、途中何度か武器を変えている。うわさによれば、「どれが自分の手になじむのか、いまいち分からない」と言っているそうだ。だが、今まで扱ってきたどの武器でも達人級の腕前を見せており、晴奈と同じくニコルリーグまで、いや、エリザリーグにおいても、一度も負けなしで来ている。
     とにかく何もかもが不明な、つかみどころのない男なのだと言う。

     試合の時間になり、晴奈は観客席に移った。
     お決まりのアナウンスと共に、シリンが東口から現れる。シリンは観客席にいる晴奈と目が合うと、嬉しそうにバタバタ手を振った。晴奈も思わず、手を振り返す。良く見ると、周りの者も楽しそうに手を振っていた。
    (あの子は、皆から愛されているのだろうな)
     そんなことを考えながら、西口に目をやる。
    「……!?」
     西口から槍を持ってゆっくりと現れた男を見て、晴奈は我が目を疑った。
    (そんな、馬鹿な!?)
     男は髪も狼耳も、尻尾も真っ黒で、肌も若干浅黒い。大勢の注目を浴び、困ったように笑ったその口元は前歯が一本欠けており、差し歯がはまっている。
    「う……、ウィ、ル?」
     その男はどう見ても、晴奈と幾度も死闘を繰り広げた黒炎教団の僧兵――ウィルバーだった。

    蒼天剣・姐御録 終
    蒼天剣・姐御録 4
    »»  2009.02.24.
    晴奈の話、第226話。
    保釈金は、記憶。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     波の音がする。
     体は冷たく、そして痛む。
     手足の感覚が無い。動かそうとしても、動いた気配を感じない。
     目を開けてみる。手も足も、ちゃんとある。だが、動かないのだ。
    (なにが……どうなって……)
     起き上がろうとするが、手足が動かなければできない動作である。動くようになるまで、彼はただじっと、その場に倒れていた。
     首を動かすのも辛いため、視界はわずかしかなく、そして暗い。だが沖からの灯りで、大体の情報は伝わってくる。
     ここはどこかの波止場らしい。彼は波打ち際で倒れているのだ。
    (うみ……おれは……ながされたのか……)
     彼はまた気を失った。



     夢の中で、誰かの声が響く。
    (……分かっているな。これはお前が払うべき『代償』だ。
     お前がこれまでしてきた行いは、お前の父やその家族、それが率いる組織にとって非常に迷惑であり、損害を被るものだ。己の立場をわきまえず、己の欲望のままに行動して来たのだ。今までそうやって来て、何の『代償』も払わずに済むと思っていたのか?
     甘いぜ、お前は。そんな自分本位の甘えが通用するのは、子供までだ。お前はもう酒を飲み、遊びを知った大人だろう?
     ならばもう、この法則、この摂理に殉じて生きるべきだ。契約は公平にして、対等の理――即ち、等価交換。お前が自分勝手に過ごした分だけその報い、罰を受けてもらおう。
     流れ着いたこの街で、己を忘れて生きるがいい……)
     夢の中の景色はただの、真っ黒なうねりでしかなかった。



     次に彼が目を覚ましたのは、どこかの小屋だった。目を開けると、小さな子供と目が合った。
    「あ! 狼さん、目を覚ましたよ」
    「ホント? ホント?」
    「生きてたの?」
    「良かったぁ」
     何人もの子供の声がする。彼は体を起こし、辺りを見た。周りには子供が5人座っている。少し離れたところから様子を見ていた長耳の尼僧が、そっとカップを差し出した。
    「あの、狼さん。お水、どうぞ」
    「あ、ああ。ありがとよ」
     彼はそれを受け取り、中の水を一気に飲み干した。
    「……ぷはっ。はー……、うめぇ」
    「あの、狼さん、お体、大丈夫ですか?」
    「ん? ああ、ちょっとギシギシ言ってるけど、大丈夫だよ。
     それよりも、狼さんはやめてくれよ。オレにはウ……」
     彼は名前を名乗ろうとして、愕然とした。
    「う?」
    「ウ……、ウ……、何だっけ?」
    「え?」
    「ちょっと待ってくれ、名前……、オレの名前……、名前は……」
     尼僧はきょとんとした顔で、彼を見上げた。
    「狼さん、名前が無いのですか?」
    「……ダメだ。思い出せない。いや、それどころじゃねえ。
     何にも、思い出せねえ。オレはどこの誰で、何をしてたのか? どこに住んでて、何の仕事に就いてたのか? さっぱり思い出せねえんだ……」
     彼は頭を抱え、懸命に記憶を掘り起こそうとする。だが、いくら探っても、出てくるのはほとんど真っ黒に塗りつぶされた断片しかない。
    「猫……、猫獣人がいて、……オレは川に流されて、……山の上にいて、……怒鳴ってて、……猫獣人の女が、……焦げ臭い匂い、……檻に叩きつけられて、……叫んで、……猫女、……雨の中必死に動いてて、……あ、歯」
     彼は自分の前歯を探ってみる。尼僧もつられて、彼の口を覗き見る。
    「歯? ……あ、一本差し歯になっていますね」
    「ああ、確かこれは、……ダメだ、まったく思い出せねえ。くそ……」
     悩む彼を見て、尼僧が心配そうに見つめてくる。
    「あの、じゃあ、えっと。とりあえずお名前、ロウさんでいいですか?」
    「ロウ?」
     尼僧は胸に下げていた十字形のネックレスをつかみ、説明する。
    「あの、天帝教に出てくる、戦いを司る狼の神様の名前です」
    「天帝教……」
     何故か彼は、その宗教の名を聞いて嫌悪感を覚えた。
    「……何か、やだな。オレ、天帝教が嫌いなのかも」
    「あ、あ、では……」
     戸惑う尼僧を見て、彼は手を振った。
    「ああ、いいやロウで。他に思いつかねーし」
     彼はこうして、一つ目の名を得た。
    蒼天剣・黒幻録 1
    »»  2009.02.26.
    晴奈の話、第227話。
    守護者。

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    2.
     ロウは自分を助けてくれたシルビアと言う尼僧に、今いる場所のことを尋ねた。
     まず、今いる街は央中の大都市、ゴールドコーストであること。それから、この小屋――大分痛んでおり、ロウは最初、部屋とすら思っていなかった――のこと。ここは央北天帝教教会の寝室であるらしい。
     シルビアは敬虔な天帝教徒で、3年ほど前、彼女の師であった宣教師とともに、このゴールドコーストにやって来たらしい。

     初めの頃は宣教師も精力的に布教活動を行い、本拠地にしていた教会も寄進で潤っていた。ところが2年を過ぎた辺りから、宣教師の様子が一変した。どうやら裏通りの博打に溺れ、それまでの真面目な生活に戻れなくなったらしい。やがて、姿を消したそうだ。
     それから彼女は、一人で教会を切り盛りしなくてはならなくなった。街中を回って布教活動を行い、教会で分厚い聖書を読み上げ、寄進も一人で求めに行った。だが、まだ18歳のシルビアだけではやはり限界があった。
     当然教会は寂れ、彼女は困窮した。そして、寂れた教会には色々と「もの」が寄ってきた。ガラクタやゴミは言うに及ばず、素性の知れない怪しい者たち、悪いうわさ、さらには――様々な事情で親とはぐれた、もしくは失った子供たち。



    「それが、こいつらか」
    「そうなんです」
     シルビアはコクリとうなずき、ロウの側を離れた。
    「ほら、トレノくん。ロウさんにお食事、持ってきてあげて」
    「はーい、シスター」
     猫獣人の男の子が、部屋から出て行く。
    「ふーん……。なあ、シルビア。何でここに、ずっといるんだ?」
    「え?」
     シルビアが意外そうな顔で振り返る。
    「だってさ、師匠はどっか行っちまったんだろ? 教会も潰れたし。国に帰って『ダメでした』って言った方がいいんじゃないのか?」
     シルビアはうつむき、静かにその理由を答える。
    「……元々、この街には央中天帝教が根付いてましたし、そもそも宗教より経営、経済が優先される土地柄です。ですから央北天帝教の評議会も、布教の効果が出るとは思っていません。
     わたしが戻ったらきっと、評議会はゴールドコーストへの布教を諦めるでしょう。私は二度と、この街に尼僧として戻ることは無いと思います」
     そこで言葉を切り、シルビアは子供たちを見る。
    「そうなれば、誰がこの子たちを守ると言うのです?」
    「……そっか。言われりゃ、その通りだよな。変なこと言って悪かった」
    「いえ……」
     そこで先ほどの男の子が、パンを持って戻ってきた。
    「シスター。ご飯、持って来たよ」
    「ありがとう、トレノくん。……ロウさん、少ないですがどうぞ」
    「ありがとよ、シルビア」
     他に行く当てのないロウは、しばらくこの教会で過ごすことにした。



     その夜、眠っていたロウは誰かに揺り起こされた。
    「ロウさん……、ロウさん……」
    「むにゃ……? ん、どうした?」
     ロウを起こしたのは猫獣人の女の子、レヴィだった。レヴィは今にも泣きそうな目で、ロウの腕を引っ張っている。
    「あのね、シスターが、変な人たちにからまれてるの」
    「何だって?」
     寝ぼけ眼だったロウは飛び起きた。途端に、強烈な痛みが体中に走る。
    「……! い、ってて……」
    「だ、だいじょうぶ?」
    「あー、……おう、大丈夫だ」
     口では強がるが、全身が非常に痛む。それでもレヴィを不安がらせないよう、平気なふりをする。
    「で、シルビアはどこにいるんだ?」
    「こっち。ついてきて、ロウさん」
     ロウはレヴィに手を引かれ、シルビアの元に向かった。

    「やめてください!」
     シルビアは酔っ払い3人に囲まれ、悲痛な声を上げていた。
    「いーりゃ、れーかよー」
    「へるもんりゃらし、ちょっと、ね、ちょっと」
    「いーじゃん、いーじゃん」
     酔っ払いたちはシルビアに言い寄っている。そのうちの一人が、シルビアの胸や尻に手を回してきた。
    「……! 嫌っ、やめて!」
     その反応に、酔っ払いたちはますます付け上がる。
    「うへへへ……、いやー、らめぇー、らってさ」
    「うひょー、たまんね」
    「やっちゃう? やっちゃおっか?」
     酔っ払い3人は下卑た笑いを上げ、シルビアを押さえつけようとした。ここでロウがシルビアの腕を引っ張り、酔っ払いたちから引きはがす。
    「やめろや! 嫌がってるじゃねえか、ボケ!」
     当然、酔っ払いたちは激怒する。
    「なんらー、このにーちゃん?」
    「やっべ、うっぜ」
    「うるせえ、あっちいけ!」
     酔っ払いたちはロウを突き飛ばそうとした。だが、その瞬間――逆に酔っ払いの一人が吹っ飛んだ。
    「ぎっ……」
     叫ぼうとしたようだが途中で気を失ったらしく、そのまま背中を激しく壁に打ち付け、動かなくなる。
    「お、おい」
    「な、なにすん……」
     続いてもう一人。くの字に折れて、そのまま頭から倒れる。ロウが膝蹴りを放ち、瞬時に気絶させていた。
    「あ、あ……」
    「オレが本気でキレないうちに、さっさと仲間連れて立ち去れ。でないと……」
     ロウは残った酔っ払いの目の前で、拳をボキボキと鳴らした。
    「お前ら全員すり潰して、魚のエサにしてやんよ。分かったら……」
    「……はひ」
     酔っ払いは慌てて倒れた仲間を引きずり、その場から逃げていった。
     酔っ払いたちが逃げ去った後もシルビアはうずくまり、両膝を抱えてガタガタと震えていた。ロウはシルビアの前に屈みこみ、優しく声をかける。
    「無事か、シルビア? 何もされてないか?」
    「は、はい。……あ、あの」
    「ん?」
     シルビアは震えながら、泣き出した。
    「わたし、夜が怖いんです……!
     毎晩のように、怖い人たちが来るんです。この1年、安心して眠れたことが、無くって」
    「……」
     ロウはうずくまったままのシルビアを、ひょいと抱えた。
    「ひゃっ……!? ろ、ロウさん?」
    「任せとけ。オレは――確か、きっと、多分――強いから、あんなバカどもは簡単に追い払ってやれる。だから今日から、安心して眠りな」
     まるでどこかの姫君のように抱きかかえられ、温かい言葉をかけられたシルビアの顔が、真っ赤に染まる。
    「は、はい……」
     ここで、ようやくシルビアの震えが収まった。

     シルビアはその夜、ほぼ一年ぶりに熟睡することができた。
    蒼天剣・黒幻録 2
    »»  2009.02.27.
    晴奈の話、第228話。
    「ウィアード」の誕生。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     酔っ払いを撃退した後も、何度か不審者が教会に入ろうとしたが、その都度ロウが追い返した。ロウがやってきて1週間も経った頃には、シルビアたちはすっかり静かな夜を過ごせるようになっていた。
     と同時に、教会にあるうわさが立つようになった。と言っても悪口雑言の類ではなく、もっと神秘的なものである。
    「あの教会に狼の神様が棲みついた」と。

    「まあ、実際オレの名前はそいつから取ったわけだけどよ」
    「神様を『そいつ』呼ばわりしてはいけませんよ、ロウさん」
     シルビアが苦笑しつつ、ロウの頭を叩く。
    「いてっ」
    「あ、ごめんなさい。つい、子供たちと同じようにやってしまいました。
     ……でも、わたしには本当に、天帝様があなたを遣わしてくださったのだと信じています。本当にあの夜のことは、嬉しかったですから」
    「いいよいいよ、そんなの。……それよりさ、シルビア」
     ロウは恐る恐る、シルビアに尋ねる。
    「はい?」
    「メシ、もうちょっと多くなんね?」
    「……ごめんなさい」



     平和になったとは言え、依然としてシルビアの教会は赤貧状態だった。その日の食べ物にも困る有様で、細々とした寄進が途切れればあっと言う間に飢え死にしかねない状況だった。
     ロウは傷んだ教会の壁を子供たちと一緒に直しながら、金を得る手段が無いか相談した。
    「いい金稼ぎ、どっかに転がってねーかなー」
    「うーん。ロウさんもいっしょにきふをおねがいしに行けば?」
     レヴィの提案は却下。
    「それでも限界があるだろーが。一日50か、60クラムだろ、今もらえてる額って。オレが一緒に頑張ったとしても、せいぜい80くらいにしかならねーよ」
     続いてトレノの意見。
    「どこかのお店ではたらいたらどうかな?」
    「ちょっと見てみたけど、一日の賃金が200とか、300とかだぜ? そりゃ、少しは楽になるだろうが、焼け石に水ってもんだ。
     シルビアは働きに行けないしな。この教会を守ってるんだし」
     今度は短耳の男の子、ビートが手を挙げる。
    「じゃあ、自分たちでお店を開くとか」
    「元手も売るもんも無いだろ?」
     次は狐獣人の女の子、アズサ。
    「ロウさん強いから、どこかのよーじんぼーできるんじゃない?」
    「用心棒となると下手すりゃ、数日詰めることになる。その間、ここを守るヤツがいなくなるだろ」
     最後に手を挙げたのは熊獣人の男の子、チノ。
    「とうぎじょうは?」
    「ん? 問う議場?」
    「とうぎじょうならさ、戦うのは昼前から夕方までだし、ロウさんは強いからぜったい、かせげるんじゃないかな?」
    「……とうぎじょうって、闘技場か。……それは、いいかもな」
     ロウはチノの案を採用した。

     教会の修繕が一段落したところで、ロウはシルビアに闘技場に出てみる旨を伝えてみた。
    「え? 闘技場ですか?」
     シルビアの顔が一瞬にして曇る。堅い性格の彼女らしい反応に、ロウも困り顔になる。
    「いや、ほら、金無いからさ、ちょこっと、やってみようかなーって」
    「……あまりお勧めできませんね。野蛮なところですし、万一のことがあったら……」
    「そこら辺は大丈夫だよ。オレ、強いし」
     ロウは自信たっぷりに言い放ったが、シルビアは首を横に振りロウの手を握る。
    「ロウさん、あまりご自分を過信なさらないで。過去に何度も、己の力をたのみにして亡くなったり、失敗したりされる方は大勢いますよ。
     あの『黒い悪魔』も自分の絶大な魔力を過信した結果、魔剣『バニッシャー』に貫かれて、灼熱の溶鉱に堕ちたと言うではありませんか」
    「『黒い悪魔』……」
     その単語を耳にした瞬間、ロウの脳内で何かがざわめき、光ったような気がした。
    「どうなさったのですか、ロウさん?」
     いつの間にか顔をしかめていたロウをいぶかしがり、シルビアが心配そうに顔を覗き込んでくる。
    「……あ、ああ。何でもない。……でもさ、金はもうギリギリなんだろ?」
    「それは、そうですけれど。でも……」
    「頼むよ。試しに一回、な? それでダメだったら、他の金稼ぎを考えるからさ」
    「……分かりました。本当に危ないと思ったら、おやめになってくださいね」
     シルビアは渋々、了承した。



     次の日、ロウは早速闘技場に向かった。
    「参加登録って、ここでいいのか?」
    「はい。受け付けております」
     係員は無表情に答える。
    「参加してーんだけど」
    「では、こちらに出場を希望される方のお名前をお書きください」
     言われるがままに、ロウは用紙に記入する。
     ところが提出したところで、すぐに突き返された。
    「ここ、記入が抜けております。名字も入れていただかないと」
    「みょ、名字?」
    「同名の方がいらっしゃると混雑しますので、ご了承ください」
    「……うーん」
     係員は窓口から、ロウの顔を覗き込む。
    「仰りたくなければ、仮名でも結構ですよ」
    「いや、何つーかその、……実はオレ、記憶がなくって」
     無表情だった係員が、ここで初めて興味深そうな目を向けてきた。
    「え? 記憶が無いのですか、えっと……、ロウさん」
    「ああ。とりあえず拾ってくれたヤツからは、ロウって呼ばれてんだけど」
    「へぇ……。記憶のない男、ですか。では、私の方で適当に決めさせていただいてもよろしいですか?」
    「いいのか、そんなんで?」
     目を丸くするロウに向かって、係員は楽しそうに笑った。
    「ええ、原則として仮名でも結構となっておりますから、私が決めても問題ありません。
     そうですね、ウィアードと言うのはどうでしょう? 『不思議な者』と言う意味です」
    「……不思議、か。それ、面白いな。じゃあオレはロウ・ウィアードで」
    「かしこまりました。それでは登録させていただきますね」
     ウィアード――これが彼に与えられた二つ目の名前である。
     こうして、ここにロウ・ウィアードと言う人間が発生した。
    蒼天剣・黒幻録 3
    »»  2009.02.28.
    晴奈の話、第229話。
    強豪二人の戦い。

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    4.
     話は現在――双月暦519年の春、晴奈がシリンの試合を観戦しに訪れた日に戻る。
    (間違いない……! あれはウィルだ!)
     観客席でロウの姿を見た晴奈は、思わず立ち上がる。
    「おい、見えねーぞ! 座れ、そこの三毛猫!」
     後ろから野次が飛び、晴奈は慌てて座り直した。
    「失敬、少々狼狽したもので」
    「あれ? アンタもしかして、コウ先生じゃねーか?」
    「え、本当?」
    「あ、コウ先生だ!」
     振り返り、謝った途端、晴奈はキラキラと目を輝かせる観客たちに詰め寄られた。この期待に満ちた目つきは、以前も見たことがある。
    「……サイン、か?」
    「え、お願いしちゃっていいんですか? 参ったなー、もう」
     押し寄せた観客たちは嬉しそうに、筆と色紙を出してきた。
    (し、試合が見られぬ)
     晴奈はやや困り顔で色紙を捌く。
     だが、ここであることを思いつき、観客たちに尋ねてみる。
    「お主たちは、闘技場の選手に詳しいのか?」
    「ええ、人気選手のことなら何でも知ってます!」
    「なるほど。では、今対戦している者たちのことは知っているか?」
     晴奈の問いに、観客たちは一瞬固まる。
    「うっ。……えーと、ミーシャちゃんは知ってるんだけど、ウィアードはさっぱり」
     異口同音に返ってきたこの答えに、晴奈は少しがっかりした。

     それでも観客たちは代わる代わる、自分たちの知っていることを教えてくれた。
    「ウィアードが登場したのは確か、8ヶ月か、9ヶ月くらい前だったな」
    「初めは素手だったんだけど、途中で武器も使えるって知って、色々使うようになった」
    「でも、いまだに手になじむ武器が無いって言ってて、何度か変えてますね」
    「いつもは南西部の教会に住んでて、そこのシスターや子供たちとは仲いいみたいよ」
    「そうそう。で、最近は何か、恋人みたいな関係になってるらしいのよ」
    「うんうん、仲睦まじいって言うか、ほほえましいって言うか」
    「こないだのエリザリーグで手に入れた賞金も、全額その子にあげちゃったって話っスよ」
    「エリザリーグと言えばさー、キングも災難だったよな」
    「あーあー、確かにな。開始から10秒くらいで秒殺だろ? ありゃ、面目丸潰れだったよなぁ」
    「本当、本当。あの後のキング、すっげー荒れてたもんなぁ」
    「結局シリンちゃんにも負けて、全部で2勝2敗だもんなぁ。もうあの人もおしまいかねぇ」
    「今回の2人同時代打でも、声かかんなかったんだろ?」
    「マジ、引退説も流れてるっぽいっスよ」
     途中からクラウンの話になり、晴奈は慌ててさえぎる。
    「待て、待て。私はウィアードのことを……」
    「あ、そうだった。すみません、コウ先生。……ああっ!」
     観客たちが一斉にどよめき、リングの方を向いた。



    「アッハッハ……、どや、ウィアード! 降参するか!?」
     シリンが槍の残骸を握りつぶし、勝ち誇ったように笑う。彼女は自慢の馬鹿力で、ロウの槍を真っ二つに折ったのだ。
    「ざけんな、ミーシャ! これしきのことで、オレが参ると思うのかよ!」
     ロウは先端が折り取られ、ただの棒と化した槍を構えた。それを見たシリンは首をかしげる。
    「何してんのん、ウィアード? そんな棒切れ、使い物にならへんやん」
    「ヘッ、甘えな!」
     ロウは棒をくるくると回し始めた。
     ロウの体の周りを縦横無尽に回転し、まるで生き物のように動く様子を見たシリンは、ゴクリと生唾を飲む。
    「……それ、演舞か何かのつもりなんか? ココは闘技場やで」
    「分かってら、んなことは。……ほれ、行くぜ!」
     一通り演舞を披露したロウは棒を構え直し、シリンとの間合いを詰め始めた。
    「せいッ!」
     シリンも間合いを詰め、彼女の正拳突きが先に繰り出される。ロウはそれを紙一重でかわし、棒をシリンの鳩尾目がけて突き入れる。
    「うりゃあッ!」
     だが鳩尾の直前で、シリンが正拳突きを出していた右腕で棒を払い、その勢いのまま右脚を上げる。棒を絡め取られたロウの両手と肩、そして頭が前へと引き寄せられ、ロウの後頭部にシリンの脚が命中した。
    「う、お……」
     ロウの視界が、グニャグニャと揺れる。どうやら今の一撃で、脳震盪(のうしんとう)を起こしたらしい。たまらず膝を着き、棒を落とす。
    「勝負あったな、ろ……」
     勝利を確信したシリンの言葉が、途中でさえぎられる。
     ロウが膝を着いたところで、自分の体勢が崩れたことを逆に利用し、脳が揺れるのをものともせずに水面蹴りを放っていたのだ。足を取られ、体勢を崩したシリンの鳩尾に、ロウの肩がめり込んでいた。
    「ウソやろ、こんなん……」
     シリンは驚いたようにつぶやき、そのまま気絶した。ロウも数秒後に気を失い、二人は折り重なるように倒れた。

     判定は引き分け。賞金は二人で折半となった。
    蒼天剣・黒幻録 4
    »»  2009.03.01.
    晴奈の話、第230話。
    ロウの迷い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     シリンとロウが二人並んで救護室で横になっていたところに、晴奈が現れた。
    「大丈夫か、シリン」
    「あ、姉やん」
     晴奈は呆れた顔で、シリンの額を叩く。
    「誰が姉だ。良く見ろ、シリン」
    「……あ、ゴメン。なんかまだ、アタマん中ぐっにゃぐにゃしとるねん」
    「だろうな。あの一撃は流石の私でも倒れる」
     シリンも呆れた声を出し、対戦を振り返る。
    「ホンマ、隣のアホは降参しよらへんからなぁ。思いっきり頭蹴飛ばしたったのに、まだあんな動けるなんて思わへんかったわ」
    「倒れたからって油断してんじゃねーよ」
     横のベッドで寝ていたロウが、声をかけてきた。
    「まだ気絶したわけじゃねーんだから、最後まで気を抜くなっつーの」
    「フン。ウチに言わせてもらえばな、アンタがおかしいっちゅうねん。脳みそ、あらへんのとちゃう?」
    「バカ言え」
     横になったまま言い合いを始めた二人を、晴奈が止める。
    「うるさい、二人とも。ここは病室だぞ」
    「……はーい」
     素直に従うシリンに対し、ロウは反発する。
    「ああん? 何で赤の他人から命令されなきゃいけねーんだ?」
    「何を言っている、ウィル」
     晴奈はロウの顔を覗き込み、憮然とした表情になる。
    「誰が赤の他人だ。戦場で何度も戦った仲ではないか」
    「……? 誰だ、アンタ」
    「ふざけるな、ウィル。私の顔を忘れたとは言わせぬぞ」
     ロウはむくりと起き上がり、しげしげと晴奈の顔を見つめる。
    「なあ、アンタ。人違いじゃねえか? オレはロウ・ウィアードって言うんだけど」
    「何だと?」
     愕然とする晴奈を見て、ロウは不思議そうに尋ねてくる。
    「オレ、アンタと会ったことねーよ。誰、ウィルって」
    「覚えて……、いないのか?」
     ロウはブルブルと首を振る。
    「だから、知らねーってば。……んじゃ、オレそろそろ行くわ」
     ロウはベッドから降り、若干フラフラとした足取りで救護室を出た。残った晴奈は、その後姿を呆然と見つめていた。
    「人違いだとでも言うのか!? 馬鹿な、あの顔と歯は間違いなくウィルだ!」
    「姉やん、自分ここ病室やって言うたやん。静かにしいや」
     まだ横になったままのシリンに注意され、晴奈は慌てて口を押さえた。
    「っと、すまぬ。……だから、私はお主の」
     シリンの呼び方を咎めかけたが、そちらの方はもうどうでもよくなってしまったので、何も言わずにおいた。
    「……まあ、いいか」



     救護室から逃げるように出て行ったロウは、心の中で葛藤していた。
    (あの女、オレを『ウィル』と呼んだ。ウィル……、何か、懐かしいような気がする。もしかしたらオレは、ウィルと言うヤツだったのかも知れない。
     あの猫女は、オレの過去を知っているのか? でも……)
     ロウの脳裏に、シルビアや子供たちの顔が浮かんでくる。
    (オレが過去を思い出して、『ウィル』って言うヤツの、その境遇に戻らなくちゃならなくなったら、今の生活は一体どうなる?
     シルビアはまた、不安な夜を過ごさなくちゃならなくなる。ガキどもも、またシルビアが一人で面倒見なきゃいけなくなるだろ?)
     ロウは短く首を振り、独り言をつぶやいた。
    「……オレは今の暮らし、変えたく無いんだ」

     教会に戻ると、子供たちが出迎えてくれた。
    「ロウさーん! おかえりー!」
    「おう、ただいまー」
     ロウが前回のエリザリーグで優勝した際、その賞金はすべて教会及びシルビアに寄付した。教会はその莫大な寄付金で綺麗に修繕され、穏やかに暮らせるようになった。
    「おかえりなさい、ロウさん」
     シルビアが笑顔で出迎える。
    「ああ、ただいま。いやー、今日は疲れたぜ。ほら、賞金」
    「勝ったの? 勝ったの?」
     チノの声に、ロウは苦笑いを浮かべる。
    「いや、引き分けだった。相手もエリザに行ったヤツでさ、苦戦したぜ」
    「おつかれさま、ロウさん」
     アズサが手渡した飲み物を受け取り、ロウはいつものように一息で飲み干す。
    「……ぷは。いやー、うまいわぁ」
    「ねえ、ロウさん」
     シルビアが切なげな顔で、ロウの手を引く。
    「いつまで頑張るのですか?」
    「えっ」
     シルビアの手を握る力が強くなる。
    「だって、もうお金は十分手に入りましたよ。全部で150万クラムもあります。これだけあれば、わたしたちは十分暮らして行けます。もう危ないことは、しないでいいんですよ」
    「……いや、シルビア」
     ロウはシルビアの手を握り返す。
    「オレ、何て言うかその、ちょっと、思うことがあるんだ」
    「えっ?」
     ロウの言葉を聞き、トレノとレヴィがイタズラっぽい笑いを浮かべる。
    「もしかしてロウさん、シスターと……」「あつあつー」
     シルビアは顔を真っ赤にしてうつむく。ロウは苦笑しつつ、それを否定した。
    「バッカ、そうじゃねーよ。オレが思ってるのはな、お前らみたいなヤツらのことだよ」
    「この子たち、みたいな……?」
    「ああ。このゴールドコーストにはまだまだ、コイツらみたいに身寄りの無い子が溢れてるだろ? できる限り、助けたいと思ってさ。だから、孤児院みたいなの作ろうかなって」
    「まあ……!」
     ロウの考えを聞いたシルビアは、嬉しそうに微笑んだ。
    「ロウさん、あなたは本当に神様みたい……! そんなことまで考えてくださるなんて! 本当に、ありがとうございます!」
     シルビアは嬉しさのあまり、ロウに抱きついた。
    「お、おいおい。そこまで感動するなよ、オレはただ……」
    「あっつあつー」「あっつあつー」
     抱き合う二人を見て、子供たちがはやし立てていた。



     その晩、ロウは夢を見た。
     どこかの川の真ん中に、自分が立っている。目の前には、あの猫侍がいる。
    「何……、だと?」
     猫獣人は自分を睨みつけながら、半ば驚いたような顔で尋ねてくる。
    「ずっと……たかった」
     自分が何かを言っている。だが激しい水音で、自分で何を言っているのか聞き取れない。
    「……」
     だが、相手には伝わっているらしい。猫女の顔色が、ひどく青くなってくる。自分はなお、何かを叫んでいる。そしてこの一言だけ、妙にはっきりと聞こえた。
    「オレは本当、戦うことが好きだったんだ」

    「……!」
     ロウは飛び起きた。隣のベッドで眠っていたシルビアが、薄目を開ける。
    「……どうしたのです、ロウさん?」
    「い、いや。何でもねえ」
    「そう、ですか……、すう」
     シルビアは目を閉じ、すぐにまた眠った。
    (『戦うことが好き』、……だって? あれは、オレの言ったことなのか?
     オレが孤児院を建てるって言ったことは、間違いなく本心だけど。でも、その真意は、単に戦う理由がほしかったってだけ、なのか?
     おいおい、何をバカなこと考えてるんだ、オレは。オレがオレの心を理解できない、見知らぬオレに振り回されるなんてこと、あるわけねーじゃん。そうさ、これはただの夢。セイナが勝手なことを言ったから見た夢だ)
     ロウは布団をかけ直し、目を閉じる。段々と眠気が押し寄せる中、ロウはちょっとした疑問を抱く。
    (あれ……? オレ、何であの女の名前、知ってるんだ……?
     セイナって、どこで聞いたんだっけ……?)
     その答えを導き出すことも無く、ロウは眠りに就いた。

    蒼天剣・黒幻録 終
    蒼天剣・黒幻録 5
    »»  2009.03.02.
    晴奈の話、第231話。
    気になるアイツ?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「うーむ」
     その日も晴奈の座禅ははかどらなかった。じっと腰を落ち着け瞑想に入ろうとしても、どうしてもあの男の顔が頭に浮かんでくるからだ。
    「うーむ」
    「どうされたのです、セイナ?」
    「うーむ」
     フォルナが尋ねてきたが、晴奈は応えない。
    「あの、セイナ」
    「うーむ」
    「うんうんうなってんじゃないよ、呪いの人形かアンタはっ」
     見かねた朱海が、晴奈の頭をはたいた。
    「あいたっ」
    「どうしたんだよ、晴奈。ここんとこずっと、そんな調子じゃないか」
     朱海もフォルナも、心配そうな顔で晴奈を見ている。
    「あ、いえ。大したことではないのですが」
     晴奈は先日、闘技場で見た狼獣人、ロウのことを説明した。
    「ふーん……。昔のライバルに似た『狼』ねぇ」
    「前に言っていた、ウィルバーと言う方にそっくりなのですか?」
     晴奈は短くうなずき、またうなりだす。
    「うーむ」
    「うなるな」
    「あ、失敬。……どうしても気になってしまって」
    「気になる、ねぇ」
     朱海は煙草に火を点けながら提案してみる。
    「んじゃ会ってみたら? もっかい、確認してみりゃいーじゃん」
    「……ふむ」
    「それでは、わたくしもご一緒してみてよろしいかしら?」
     フォルナが手を挙げる。
    「うん?」
    「そのウィルバーと言う方は何度か、セイナの話に上がってらしたので。一度、お顔を拝見してみたいと」
    「まあ、その。本当にウィルなのか、確証はないのだが。それでもいいなら、一緒に来い」
    「はいっ」
     フォルナは嬉しそうに、晴奈の腕を取った。

     ロウが住んでいると言う教会の住所を朱海から聞き(情報料10クラム)、晴奈とフォルナは連れ添って街を歩く。
    「あ、セイナ。あの服、可愛いと思いませんこと?」
     通りに並んだ服飾店を指差し、フォルナが晴奈の手を引く。
    「ふむ。ヒラヒラしていて、少し動きにくいかも知れないな」
     晴奈の反応に、フォルナはぷくっと頬を膨らませる。
    「もう、そんな話ばっかり。たまには女の子を楽しめばよろしいのに」
    「いやいや、これでも故郷にいた頃はそれなりに装っていたぞ。まあ、『刀が使いやすいこと』が前提ではあったが」
    「そこは外せませんのね、クスクス……」
     今度は一転、笑い出す。
    「まあ、実を言ってしまうと」
    「うん?」
    「ウィルバーさんに会ってみたい、と言うのは口実ですの。本当はセイナと、久々にお散歩したいと思っておりまして」
    「はは、そうか。ま、悪くは無い」
    「……ねえ、セイナ。ひとつ、聞いておきたいのですけれど」
     また表情を変えて尋ねてくるフォルナに、晴奈は足を止めて聞き返す。
    「何だ、改まって」
    「その、ウィルバーさんのこと、セイナはどう思ってらっしゃるの?」
    「それは……、どう言う意味でだ?」
    「ご友人と思っているのか、それとも相容れない敵なのか、もしくは……、想い人、とか」
    「はは、想い人とは面白いな」
     晴奈は笑って、それを否定する。
    「それは、無いな。長い付き合いだったし、何だかんだ言って憎からず思っていたのは確かだ。それにあいつも二度、私に想いを告げてきたことがある。
     が、私はあいつのことを好敵手と思ったことはあっても、相棒だ、伴侶だと思ったことは無い。どんな境遇だったとしても、どこまで行ったとしても、恐らくは友人どまりだろうな」
    「あら、そうなのですか」
    「不満そうだな。間に何かあって欲しかったのか?」
     フォルナの言い方が引っかかり、晴奈は突っかかる。
    「いいえ、別に。満足も不満もございませんわ」
    「本当か? 何か、他意があるんじゃ……」「ございませんわ」
     本当に他意はなかったらしく、フォルナは不機嫌な顔になった。
    「そうか。まあ、変なことを言ったな」
    「いいえ、別に気にしておりませんわ」
     口ではそう言うものの、目はまだ多少不機嫌そうな色が見える。
    「……そうか」「そうですわ」
     少し気まずくなったので、二人はこれ以上この話を続けることは避けた。

     余談になるが、晴奈はとりあえずフォルナの機嫌を直すため、可愛い帽子を買ってあげた。丸く、モコモコした白い毛並みの帽子で、帽子好きなフォルナの機嫌はすぐに直った。
    蒼天剣・交差録 1
    »»  2009.03.04.
    晴奈の話、第232話。
    再会、と言えるのか……?

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    2.
     晴奈とフォルナは商店街を抜け、遠目に港を眺められる南西区の教会に到着した。わずかに潮の香りが漂い、周りの建物は潮風によって壁が腐食されている。
     その中で一軒、その教会だけは真新しい壁が全面に貼られていた。
    (観客からの話で聞いてはいたが、あいつがエリザリーグで得た賞金を全額寄付し、改修したと言う話はどうやら本当らしいな)
    「アケミさんの情報によれば、こちらとのことですけれど、……どうされたの、セイナ?」
    「ん? ……ああ、うむ」
    「……あの?」
     晴奈が教会に入るどころか、扉を叩こうともせずじっとしているため、フォルナも動けずにいる。
     そのまま二人で教会を見上げているところに、「猫」の男の子がやってきた。と、男の子は晴奈を見るなり、驚いたような声を上げた。
    「えっ」「うん? ……確かお主、闘技場で?」
    「はっ、はい! トレノです! ありがとうございました、サインをもらいました! こっ、こんにちは、コウ先生!」
     その男の子はがばっと頭を下げ、たどたどしく挨拶した。
    「ああ、こんにちは。そうかお主、ここに住んでいるのか」
    「はい! あのっ、ここに先生はなんで?」
     晴奈に会ってあがっているのか、トレノの言葉遣いがひどくおかしい。
    「ロウ・ウィアードと言う男を訪ねに来たのだが、こちらで相違ないか?」
    「はい、ここにロウさんはいます! よっ、呼んできます! ちょっと待っててください!」
     あまりにトレノの様子がカチコチとしていたので、晴奈はたまらず笑いだした。
    「ふふ……、そんなに慌てずとも良い。では、ここで待っている」
    「はいっ」
     トレノはもう一度頭を下げ、バタバタと教会の中へ入っていった。
    「ろ、ロウさーん、いるー!?」
     中に入るなり、トレノがロウを大声で呼ぶ。少し間を置いて、間延びしたような声が、教会の奥から返ってきた。
    「おう、どうしたトレノ?」
    「ロウさんに、お客さーん! コウ先生だよー!」
    「こーせんせい? 誰? 俺に? 何の用で?」
    「分かんなーい! 会いたいってー!」
    「分かった、ちっと待ってろ」
     1分ほど経って、ロウがズボンをはきながら玄関にやって来た。
    「待たせたな。その、鋼線製ってのはドコだ?」
    「あ、前。教会の」
    「ん、分かった」
     コキコキと首を鳴らしながらロウが外に出たところで、すぐに晴奈と目が合う。
    「あっ、てめえ!?」
    「うぃ……、ロウ」
     目が合うなり、ロウは晴奈をにらみつける。晴奈も反射的に、ロウをにらみ返す。
     そのまま互いに相手をにらみつける形となったが――晴奈の横にいたフォルナと、ロウの横に戻って来たトレノが揃って心配そうな表情を浮かべていたので――二人はすぐに表情を作り、ぎこちなく会釈した。
    「……失礼するぞ」
    「……おう」

     晴奈たちは礼拝堂に通され、そこで話をすることになった。
     ところが晴奈もロウも、ふたたびにらみ合ったまま、動かない。
    「……」「……」
     見かねたシルビアとフォルナが、代わりに話をし始めた。
    「え、っと。あ、わたし、シルビア・ケインズと言います。この教会のシスターで、あの、代表です」
    「恐れ入ります。わたくし、フォルナ・ファイアテイルと申します。現在は中央区の『赤虎亭』に勤めております。こちらの『猫』の方は……」
     そこで晴奈が手を振ってさえぎり、自己紹介した。
    「私の名はセイナ・コウ。央南の剣術一派、焔流の剣士だ。訳あってゴールドコーストに滞在している」
    「あ、おうわさはかねがね……。最近、闘技場でご活躍なさっているとか」
    「ええ。そちらの、えと、トレノ君と言いましたか、彼にサインをあげたことも」
    「拝見しました。なかなか達筆でしたね」
    「はは、恐縮です。
     ……あ、その、シルビア殿はこちらの出身なのですか? 央中ではあまり見慣れない服装をしていらっしゃいますが」
    「あ、わたしは央北の、ノースポートの出身なんです。伝統ある港町で、色々と面白い神話もありますよ」
    「ほう、港町の出身でしたか。実は私も、央南の黄海と言う港町の生まれなのです」
    「まあ、奇遇ですね。あ、そう言えば昔、央南からの旅の方を見かけたことが……」
     こんな風に当たり障りのない会話を続けていたところで、ロウがむすっとした顔のまま、席を立った。
    「寝るわ」
    「あ、ロウ!」
     シルビアが慌ててロウの服を引っ張る。
    「んだよ、シルビア?」
    「あなたを訪ねていらしたお客様ですよ? なのにあなたが席を立っては、失礼でしょう?」
    「話してたのはお前だろ。オレ、話すことねーし」
     もめるロウとシルビアを見て、晴奈もここでようやく本題を切り出した。
    「……コホン。まあ、訪ねた客を放っていた非礼はわびよう。少し、話す糸口がつかみづらかったのでな。
     ロウと名乗っていたか。だがお前は、ウィルだな?」
     晴奈の質問に対し、ロウはただ無言で晴奈をにらみつけた。
     長い沈黙が礼拝堂に流れた後、ロウはようやく応えた。
    「……違う。オレはロウ・ウィアードだ」
    「違わぬ。私の目に狂いは無い。お前は間違いなく、ウィルバー・ウィルソンのはずだ」「違うって言ってんだろ!?」
     ロウは顔を真っ赤にして怒鳴る。晴奈もそれに応戦し、声を荒げる。
    「そんなはずは無い! その顔、その言葉遣い、そしてその、差し歯! そこまで特徴が揃っていて、別人だと言う道理があるかッ!」
    「違うと言ったら、違う! ウィルだか何だかってヤツじゃ、断じてねえッ!
     もう帰ってくれ、セイナ! これ以上話すコトなんざねえ!」
     真っ赤だった顔が、今度は逆に青くなる。その剣幕と形相に、流石の晴奈も言葉を失った。
    「……」
    「と、とにかくッ! オレに構うなッ!」
     ロウはガタガタと椅子にぶつかりながら、教会の奥へ消えた。
    「あ、ロウ! 待ちなさい! ……もう、一体どうしたと言うのでしょう? あんなに怒鳴り散らして」
    「……いや、すまぬ。どうやら私の、勘違いのようだ。神聖な場を騒がせてしまい、大変失礼いたした」
     晴奈はこれ以上教会の者たちを困らせたくはなかったため、話を切り上げることにした。
    蒼天剣・交差録 2
    »»  2009.03.05.
    晴奈の話、第233話。
    真人間になった暴れん坊。

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    3.
     結局ロウは寝室に閉じこもり、そのまま眠ってしまったらしい。シルビアが何度呼びかけても、寝室から返事は返ってこなかった。
    「本当にすみません……」
    「いや、こちらこそ」
     晴奈とシルビア、両者ともしきりに頭を下げている。それを見ていたトレノが、クスクス笑い出した。
    「コウ先生って、思ってたよりおもしろいや」
    「こ、こらっ、トレノ!」
     顔を赤くして叱るシルビアに、晴奈は手を振る。
    「いやいや、そう気になさらず」
     晴奈はふと思いつき、膝を屈めてトレノに尋ねる。
    「トレノ。ロウはどんな奴だ?」
    「え? うーん、いい人だよ」
     思いもよらない答えが返ってきて、晴奈は目を丸くした。
    「いい人?」
    「うん。ボクらとよくあそんでくれるし、シスターにもやさしいし。それに、こんどエリザリーグでゆーしょーしたら、こじいん作るって言ってたし」
    「孤児院を?」
     晴奈の知っているウィルバーとはまるで違うロウの評価と行動に、晴奈はめまいを覚えるほど驚いた。
    (本当に、あいつはウィルでは無いのか? 別人のようだ)
    「……コウ先生? どしたの?」
     トレノがきょとんとした顔で、首をかしげている。
    「あ、ああ、失敬。……そうか、孤児院を作ろうとしているのか。うむ、それは確かに、いい人だな」
    「うん。ボクもシスターも、みんなロウさんのこと大好きだよ」
     そう言って屈託なく笑うトレノを見て、晴奈はこんな風に思った。
    (先程の、ロウのあの慌て様。もしかすれば本当に、あいつはウィルなのかも知れぬ。
     しかし、この街で教会の皆と過ごす生活が気に入ったのだろう。以前の生活に戻ること――『ウィル』だった自分に戻ることを恐れ、忌避しているのかも知れぬな。
     であれば、これ以上詮索するのは彼奴にとって、不利益になるやも知れぬ。折角清い生き方を始められると言うのに、あの退廃したウィルに引き戻すのは忍びないしな)
     心の整理が付いたところで椅子から立ち上がり、晴奈はフォルナに声をかけた。
    「そろそろ帰るぞ、フォルナ」
    「あ、はい」
     シルビアや他の子供たちと話していたフォルナが顔を向けて応える。
    「さよなら、フォルナさん」
    「また来てね、コウ先生」
     シルビアと子供たちは名残惜しそうに手を振り、別れの挨拶をする。
     と、そこで晴奈はロウについて聞いた話を思い出した。
    (そう言えば、武器がどうとか言っていたな。しかし私からすれば滑稽な話だ。ウィルと言えば、……ふむ)
     晴奈はあることを思いつき、トレノに耳打ちした。
    「トレノ。後でロウと話す時があったら、このように伝えてくれ」
    「……うん、……うん、……なあに、それ?」
    「央南の武器だ。ロウならきっと使いこなせる。それでは失礼する」
     晴奈とフォルナはそこで、教会を後にした。



     夕方になり、ようやくロウは寝室から出てきた。
    「ふあ、あ……。また、あの夢を見ちまった」
     あの夢、と言うのは晴奈らしき猫獣人と川の中で戦っている夢のことである。晴奈と闘技場の医務室で会って以来、彼は頻繁にこの夢を見るようになっていた。
    (セイナ、何なんだよお前は。オレはもう、お前なんか忘れたはずなんだ――他の記憶はまったく戻らないクセして、お前のコトだけは日を追うごとに鮮明になってくる――オレの、『ロウ』の邪魔をしねーでくれよ、本当に……)
     晴奈のことを思い出す度、彼の中で激しい葛藤が起こる。
    (そりゃさ、確かに、オレ、お前のコト、好きだったと思う。前のオレは、そうだった。それは認める。
     でも、今のオレは、シルビアが好きなんだ。あいつのコトを想うと、何かすげー、心が燃え上がるんだ。闘技場で戦ってる時とは別格の、陶酔感。戦いでは手に入らない、温もり。
     戻りたくない。オレはここにいたいんだ)
    「……さん、ロウさーん」
     誰かが声をかけていることに、ようやく気付く。
    「んあ? ……あ、トレノ」
    「さっきから呼んでるのにー」
     トレノは口をとがらせ、ロウを見上げている。
    「悪い悪い。どした?」
     ロウは慌てて笑顔を作り、トレノに応える。
    「あのね、さっきコウ先生からね」
    「あ? セイナが何だって?」
     折角作った笑顔も、その名前で険悪なものになってしまう。それでもトレノはめげずに、話を続ける。
    「あ、あのー、えっと、コウ先生から、でんごんがあったんだ。
    『ロウ、まだおのれに合うぶきを見つけていないのならば、サンセツコンをためしてみるといい』って。……なんだろね、サンセツコンって」
    「さん、せつ、……三節棍、か」
     その伝言を聞いた瞬間、ロウの脳裏に電撃が走った。
    (……三節棍!? 何かよく分かんねーけど、……それだ!
     オレにはそれがいる! そんな気がする!)
     抜けていたパズルのピースがかっちりはまるかのような閃きが、ロウの脳内を駆け巡った。
    「ロウさん?」
     きょとんとした顔で自分を見上げていたトレノの頭にポンと手を載せ、ロウはこんな頼みごとをした。
    「トレノ。ちっと、買い物に付き合ってくれるか? ……あーそうだ、レヴィも連れてくか」
    蒼天剣・交差録 3
    »»  2009.03.06.
    晴奈の話、第234話。
    ベストマッチな武器。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ロウはトレノ、そしてレヴィの二人を連れ添って、中央区の武具屋を訪ねた。
    「いらっしゃ……、何だ、アンタか」
     何度も通い、顔見知りになった店主が嫌そうな顔を向けてきた。これまでロウが購入した武器は一つ残らず、闘技場で壊されているからである。
    「今度は何の武器を壊すつもりだい? あんまり頻繁に通われると、ウチの信用が無くなるんだがね」
    「うっせ。……なあ、三節棍ってあるか?」
     その名前を聞いた途端、店主の顔色が変わった。
    「央南の武器だな。どこでそれを聞いた?」
    「セイナ……、コウ先生ってヤツから勧められたんだ」
    「コウ先生? ……ああ。最近闘技場で活躍してる、央南のサムライさんか。
     ふーむ……、央南の武器なんて刀と矛くらいしか無いぞ、ウチには」
    「そっか。邪魔したな」
     店を出ようとするロウに、店主が慌てて声をかける。
    「あ、あ、待て待て。ウチにゃ無いが、そうだな、裏通りにあるミツオの店なら扱ってるかも知れん」
    「ミツオ?」
    「ちょっと変わり者のオヤジだが、昔は央南とかクラフトランドだかで鍛冶屋やってたって奴だ。今でも注文されれば、刀でも槍でも作るはずだぜ」
    「そっか。ありがとよ」
     ロウは店を出て、裏通りへと入っていった。
    「手ぇ放すなよ、二人とも」
    「うん」「分かった」
     世界最大の都市であるだけに、裏通りの治安も世界最悪である。女子供が不用意に入り込めば、生きて出られないどころではない。
     とは言え闘技場で名を馳せたロウが一緒なので、トレノもレヴィもそれほど怖がってはいない。たまに寄ってくる不審者も、ロウの筋骨隆々とした太い腕を見た途端、あっと言う間に逃げ去ってしまう。
    「っと、ここか」
     入って数分ほどで、ロウたちは目的の店を見つけた。
     店の中は薄暗く、気持ちの悪い臭いが立ち込めている。
    「うえっ」「なんか、変なにおーい」
    (死ぬほど金気臭え。鍛冶屋やってるってのは、確からしいな)
     ロウたちの気配を察したのか、店の奥から鉢巻を巻いた、短耳の老人が現れた。
    「ウチに何か用かい、『狼』の御仁」
    「ああ。アンタがミツオさん?」
    「そうだ。買い物かい?」
     ロウはトレノたちを店の中に入れ、用件を伝える。
    「三節棍が欲しいんだけど、あるか?」
    「……妙なものを欲しがりますな、親父さん」
    「お、オヤジ?」
     父と呼ばれロウは一瞬うろたえたが、すぐにそう呼ばれた理由がトレノたちだと気付く。
    「あ、いや。こいつらはみなしごだよ。オレが居候してる教会で養ってもらってるヤツら」
    「そうかい、失礼した。そんで、三節棍だったな。今は無いよ」
     ここでも目的の物が無いと聞き、ロウは憮然とする。
    「……そっか」
    「頼まれりゃ作る」
     が、ミツオの言葉に一転、ロウは顔をほころばせる。
    「本当か?」
    「武器なら何でも、喜んで作らあ」
    「ありがてえ! そんで、日数はどれくらいかかる? いくらだ?」
    「そうだな、半月見てくれ。代金は、……そうだな、材料費が25000、それに手間賃やらを加えて36000クラムってところだ」
    「分かった。じゃ、先払いしとくぜ」
    「ありがとよ親父さん、……じゃねえや、旦那」



     帰りの道中、トレノたちは妙に嬉しそうにしていた。
    「うふふ……」「えへへ……」
    「どした、二人とも?」
    「おやじさん、だってー」「ロウさん、おとうさんー」
     また父と呼ばれ、ロウは照れくさくなる。
    「やめれって、へへ……」
    「ねえ、ロウさん。ほんとにさ、おとうさんにならないの?」
    「おっと、ぉ?」
     レヴィの質問に、ロウはまたうろたえる。
    「オレが?」
    「なってほしーな」「うんうん」
    「う、うーん……」
     ロウが答えあぐねていると、レヴィが続けて提案してくる。
    「それでさ、シスターにおかあさんになってもらうの」
    「ぅえ!?」
     三度うろたえ、ロウの顔は真っ赤になる。
    「ロウさん、おもしろーい」
    「かっ、からかうんじゃねーよっ」
     ロウは片手で顔を覆い、恥ずかしさを紛らわせた。
    蒼天剣・交差録 4
    »»  2009.03.07.
    晴奈の話、第235話。
    人生の先輩からの助言。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     発注から半月後、ロウはふたたび、ミツオの店に足を運んだ。
    「よう、ミツオさん。三節棍、できたか?」
    「いらっしゃい、旦那。ついさっき完成したところだよ」
     ミツオは前回と同じ鉢巻姿で、嬉しそうに長細い袋を抱えてロウの側に寄った。
    「三節棍を作ったのは20年ぶりくらいだ。だが、なかなかの出来だよ」
    「へぇ……」
     ロウは袋を受け取り、すぐに開く。中から朱塗りの、鎖でつながった棍が3つ、連なって出てくる。
     それを手に取った瞬間、ロウの脳内にまた電流が走った。
    「お、顔つきが変わったね、旦那。三節棍『雅龍(がりゅう)』。相当、ぞくりと来ただろう?」
    「ああ、震えるぜ。こりゃ、逸品だ」

     店を出たロウは教会へ戻る前に何も無い空き地を見つけ、そこで素振りをしてみることにした。
     三節棍を袋から取り出し、まずはじっくりと眺める。
    (『雅龍』、か。……とりあえず、ホイっと)
     棍を構え、軽く振ってみる。
     素人ならこの瞬間、その奇妙な動きに翻弄されてしまう。通常の棍は一本の直線であり、それがうねるなどとは思わないからだ。
     だが三節棍は、その名の通り三つに分かれている。一本をつかんで振ってみると、残り二本が思いもよらぬ動き方をするのだ。そのため、振り方によってはまっすぐに流れず、自分の方に返ってきて自爆することもある。
     が、ロウはそんな醜態を見せることなく、それどころかその一振りで、この武器に用いるべき技術のすべてを思い出した。
    (……!)
     自分の記憶から抜け落ちていたその武器の使い方が、そのたった一振りでよみがえる。
     続いてもう一回、今度は手首を利かせて振る。
    「そらッ!」
     続いて×状に振り抜き、うならせる。
    「せやッ!」
     今度は三段打ち。先程の動きにもう一段、敵の頭を粉砕するイメージで打ち下ろす。
    「うりゃあッ!」
     一振りする度に、三節棍は生き物のようにアクロバティックな動きを見せる。
     そうして30分ほど素振りを続け、ようやく満足して棍をたたむと――。
    「すげえ!」
    「何だ、今の!?」
    「剣舞みたい……」
    「綺麗、いえ、勇ましい、と言えばいいのかしら」
     いつの間にか集まってきた野次馬から、パチパチと拍手が送られた。
    「……へへ、……やり過ぎたぜ」
     見られていたことにようやく気付き、ロウは頭をポリポリとかいて恥ずかしがった。
     と、野次馬の中から一人、中年の男が歩み寄ってきた。
    「素晴らしい! まるで黒炎教団の僧兵のようだ!」
    「こく、えん?」
     ロウが尋ねると、男はゆっくりとした口調で説明してくれた。
    「屏風山脈――ああ、いや、こちらではカーテンロックと言うんだっけか――に本拠地を構える、密教集団のことだよ。彼らの中には僧兵と言って、武術の鍛錬を修行として行っている者たちがいるんだ。
     何でも『武芸十般』と称し、刀剣や槍など様々な武器を見事に使いこなすと言う。君はまさに、その僧兵を髣髴(ほうふつ)とさせる。本当に、色々な武器が使えるんだなぁ」
    「おっさん、オレのコト知ってんの?」
     その痩せた男は、嬉しそうな顔をして短くうなずいた。
    「ああ、闘技場で何度か拝見させてもらっているよ。いや、実に素晴らしい動きだ」
    「あー、思い出した。確かアンタ、ナラサキとか言うサムライだよな? オレも何度か、アンタを見たコトあった。闘技場で」
    「おお、僕のことをご存知とは。光栄だよ、ウィアードくん」
     楢崎はずっとニコニコしている。闘技場で見せる、哀愁を帯びた顔とは大違いであり、ロウは少し面食らった。
    「アンタもう少し暗いヤツだと思ってたけど、案外そうでもなかったんだな」
    「はは……。最近は少し、いいことがあってね。今日のこれも、その一つだな。
     どうだい、ウィアードくん。少し、話でもしないか?」
     そう言って楢崎は右手を差し出してきた。
    「ああ、いいぜ」
     ロウは棍を袋に入れ、楢崎と握手を交わした。

     二人は近所の喫茶店に入り、改めて挨拶を交わした。
    「僕の名はシュンジ・ナラサキ。旅の剣士だ。ちょっと事情があって、今は闘技場に通っている。今はニコルリーグで頑張っているところだ」
    「オレはロウ・ウィアード。……そう言や、アンタとは話どころか、戦ったコトも無いよな。でも、相当強いってのは観戦してて分かる」
    「いやいや、そんなことは無いさ。ただ36年間、修行しかしてないだけだよ」
     それを聞き、ロウは目を丸くする。多少くたびれた印象は受けるが、楢崎はまだ30代後半に見えるからだ。
    「36年? ……アンタ、今いくつなんだ?」
    「今年で46になる。剣の道には10歳の頃、入った」
    「へぇ……。見えねーなぁ」
    「はは、よく言われる。小さい頃は逆に、老け顔だって言われたけどね」
     ロウは改めて、楢崎の姿を確認した。
     以前見た時は非常に疲れきった、どこか絶望感に囚われたような、寂しげな顔をしていた。だが今は、非常に精力的で活気にあふれた雰囲気をかもし出している。
     と、彼の左手薬指に指輪がはまっていることに気付き、ロウは何気なく尋ねた。
    「アンタ、結婚してんのか?」
    「あ、うん。……まあ、でも、10年前に別れたようなもんだね。この10年ずっと、旅をしているから」
    「何でそんな……? 奥さん、嫌いなのか?」
    「そんなことは無いよ。今でも大事に思ってる。でも、少し事情があるんだ」
     そこでロウは、楢崎から旅の目的――10年前に息子と生き別れになり、探し回っていることを伝えた。
    「そっか……。そりゃ、ひでえ話だな」
    「でも、最近は少し希望も出てきたんだ。いや、まだ見つかったわけじゃないんだけど、協力してくれるって人に会ってね」
    「奇特なヤツもいたもんだな、……っと、悪い悪い。
     でも、そっか。10年諦めないって、アンタ本当に息子さんのこと、大事に思ってるんだな」
    「そりゃそうさ。たった4年しか一緒にいられなかったけど、それでも自分の子供だから。何としてでも、見つけなくっちゃ」
    「そう、だよな……」
     ロウの脳裏に、教会の子供たちの顔が思い浮かぶ。そして、レヴィの言葉を思い出す。
    ――ねえ、ロウさん。ほんとにさ、おとうさんにならないの?――
    蒼天剣・交差録 5
    »»  2009.03.08.
    晴奈の話、第236話。
    慌てる二人、舞い上がる二人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ロウはためらいがちに、ある質問をぶつけてみた。
    「……あのさ、ナラサキさん。ちょっと聞いていいか?」
    「うん?」
    「家族って、何だろうな?」
    「うーん、難しい質問だなぁ。僕も実質、8年ほどしか家族と一緒にいられなかったからね。
     そう言えば聞いたよ、君の話も。今、教会で暮らしてるんだってね」
    「ああ。そこには子供たち5人と、シスターがいるんだ」
    「ふむ。君は、その子たちを護りたいと思っているのかい?」
    「ああ。一緒に暮らしてからずっと、そう思ってる」
    「そうだなぁ……、それが、家族ってことじゃないのかな」
    「家族、か……」
     ロウはうつむき、じっと自分の手を見る。
    「何か迷っているようだけど、僕から助言できるのは一つだけだ。
     本当に護りたいものは、堅い決心と覚悟で守らなくちゃならない。己の身を犠牲にしてでも護らなきゃ、きっと後悔することになるからね。
     僕自身、その大事な家族を10年前護れなかったんだ。だからこの10年間、ずっと後悔し続けている。君には、いや、護るものがある人間には、そんな思いをしてほしくない」
     楢崎の言葉で、ロウの心の中で一つ、ある決意が固まった。
    「……ありがとよ、ナラサキさん。オレ、ちょっと頑張ってみるわ。それじゃ、今日はこれで」
    「ああ。また会おう、ウィアード君」



     西の空がほんのり金色になり始めた頃、ロウは教会に帰って来た。
    「あ、ロウさんお帰りなさーい」
     教会の前を掃除していたアズサが出迎える。
    「おう、ただいま」
     自然に挨拶したつもりだったが、アズサはきょとんとしている。
    「どしたの? 顔、カッチカチよ?」
    「え」
     アズサに突っ込まれ、慌てて顔をパチパチと叩く。
    「はは、何でだろな、ははは」
    「何かあった? って言うか、何かするの?」
    「う」
     自分の半分も生きていないような少女に内心を読まれ、ロウは狼狽する。
    「あ、ははっははは、……ふう」
    「ロウさん、深呼吸、深呼吸」
    「お、おう。……すーはー」
    「大丈夫?」
    「い、いや、大丈夫大丈夫、ぜんっぜん大丈夫」
    「……がんばってね」
     勘のいいアズサは、これからロウがやろうとしていることを見抜いたらしい。ロウの背中をポンポン叩き、応援してくれた。

     居間に入ったところで、シルビアが声をかけてきた。
    「おかえりなさい、ロウさん。ご飯、もうすぐできますからね」
    「お、おう。……あのさ、シルビア」
     キッチンに向かいかけたところで、シルビアが振り返った。
    「はい?」
    「……その、えーと」
    「どうしたんです?」
    「……いや、そのな、えっと」「シスター、大変! お鍋から泡ふいてるっ!」
     キッチンからビートの声がする。
    「あら、大変! ……ごめんなさいね、もう少し後で」
    「お、おう」
     慌ててキッチンへ向かうシルビアを見送り、ロウは両手で顔を覆った。
    「うー……」
     どこからか現れたチノが、椅子を持ってきてくれた。
    「ロウさん、だいじょうぶ?」
    「……おう」
     チノが持ってきてくれた椅子に腰掛け、ロウはもう一度深呼吸をした。
     程なく夕食の時間になり、ロウとシルビア、子供たちの7人は並んでテーブルに着く。
    「いただきまー……」「あ、ちょっと待った!」
     夕食の挨拶をしようとしたところで、ロウがそれを止めた。
    「……なんです? お行儀が悪いですよ、ロウさん」
    「あ、あのさ」
     ロウは顔を真っ赤にして立ち上がった。
    「その、皆に聞いて欲しいコトがあるんだ。
     ……その、な。こうしてオレたち、ずっと一緒に暮らしてるけどさ。オレ、実を言うとずっと前から、その、……お前らのコト、家族だと思ってる」
    「ボクもおもってるよー」「しっ」「むぎゅう」
     ロウに同意したトレノを、レヴィが口を押さえて引き下がらせた。
    「……そ、そんでな、うん。本当にさ、ならねえか? その、本当の家族、に」
    「……え?」
     シルビアがきょとんとした顔をする。
    「それはつまり、どう言う意味なのですか?」
    「オレがさ、こいつらの父さんになるってコトだよ。それでさ、シルビア」
     ロウはシルビアの両肩に手を置き、その目をじっと見つめた。
    「は、はい」
    「お前には、母さんになってほしいんだ」
    「え、ええ。構いませんけれど」「シスター。そこで簡単にうなずいちゃダメじゃん」
     アズサがため息混じりに突っ込んだ。
    「それ、プロポーズだよ」
    「あ、そうですね、そう言われ、……れええええええぇっ!?」
     一瞬でシルビアの顔が、長耳の先まで真っ赤に染まった。
    「ダメか?」
    「うえ、あ、え、……えええぇぇ?」
     軽い混乱状態で、シルビアの口からは妙な声ばかり漏れる。
    「あ、あのっ、ちょ、ちょっと、あの、その、……わたしは、その」
    「ダメなのか?」
    「だだだだダメじゃありません!」
     シルビアは真っ赤な顔を、ブルブルと横に振った。その弾みでいつも頭にかけていた尼僧帽が床に落ち、彼女の長い銀髪があらわになった。
    「いいのか?」
    「いいです、はいっ、もちろんですぅっ!」
     そこで感極まったらしい。シルビアはロウに寄りかかるようにして失神した。



    「……はっ」
     シルビアが目を覚ましたのは、深夜すぎになってからだった。
    「あら、わたし……」
     一瞬、なぜ自分がベッドにいるのか分からなかった。
    「すぴー……」
     が、横で椅子に腰かけながらベッドに突っ伏しているロウを見て、自分が倒れた原因を思い出した。どうやら倒れたシルビアを、ベッドまで運んで看病してくれたらしい。
    「……そ、そうだったわ。わたし、ロウさんに」
     ロウにかけられた言葉を思い出し、シルビアはまた真っ赤になる。
    「ぐー……」
     自分のベッドに顔を埋めたまま眠るロウの後頭部を見て、シルビアは突然涙を流した。
    (この人が来てくれてからずっと、わたしは幸せ一杯ね)
    「……くかー」
     シルビアはロウの狼耳を撫でながら、ぽつりとつぶやいた。
    「よろしくお願いします、……あなた」
    蒼天剣・交差録 6
    »»  2009.03.09.

    晴奈の話、第207話。
    こまりごと。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    《油断するな、って言ったのに》
     白猫の言葉と責めるような目つきに、晴奈は頭を下げた。
    「面目無い」
    《キミ、ちゃんと人の話聞いてるの?》
    「……ああ」
     白猫は腕を組んだまま、深いため息をつく。
    《ホントに聞いてる? あーあ、こんなんじゃ教えがいが無いな》
     自分の失態をネチネチと責められ、晴奈はただただ、うつむいていることしかできない。
    (……汗顔の至りだ)
     ひたすら平身低頭している晴奈を斜に構えて眺めていた白猫は、やがて吹き出した。
    《……く、ふふっ。ま、いぢめるのはこの辺にしとこうかな。
     それよりもだ、セイナ。キミ、強くなりたいんだってね。それならうってつけの方法が、その街にある。しばらくその道に足を踏み入れてごらん。
     修行や戦争だけじゃ手に入らない質の強さを手に入れられるかもね》
    「修行とも、戦争とも違う、強さ……?」
     何を指しているのか分からず、晴奈は詳しく尋ねようとした。
    「それは一体……」《じゃーね、セイナ。とりあえず、チェイサー商会に行ってみなよ》「あ、おい!?」
     そこで晴奈の目が覚めてしまった。

     晴奈は起き上がろうともせず、布団の中に入ったまま、頭を抱える。
    (うってつけの方法? 質の違う強さ? 商会?
     ……白猫め、毎度毎度、わけの分からぬことを! 教えるなら教えるで、もっとはっきり、分かりやすくしてくれ!)
     晴奈は頭をクシャクシャとかき乱し、白猫の適当な指示に舌打ちした。
    「こちらは、……こちらは、どうしようもなく困っていると言うのにッ!」

    蒼天剣・武闘録 1

    2009.02.06.[Edit]
    晴奈の話、第207話。 こまりごと。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.《油断するな、って言ったのに》 白猫の言葉と責めるような目つきに、晴奈は頭を下げた。「面目無い」《キミ、ちゃんと人の話聞いてるの?》「……ああ」 白猫は腕を組んだまま、深いため息をつく。《ホントに聞いてる? あーあ、こんなんじゃ教えがいが無いな》 自分の失態をネチネチと責められ、晴奈はただただ、うつむいていることしかできない...

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    晴奈の話、第208話。
    経済的緊急事態。

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    2.
     フーとの対決から3ヶ月が経った。

     瀕死の重傷を負った晴奈たちは朱海の店に逗留し、治癒に努めていた。朱海の人脈に優れた医者がいたことと、朱海が作ってくれた病人食のおかげで、この頃には十分に歩けるまで回復した。
     しかし肉体的な問題が解決されても、依然として晴奈の状況は悪いままであった。クラフトランドで刀をアランに投げつけ、そのままゴールドコーストに戻って来てしまったため、今の晴奈は武器の無い、丸腰の状態なのである。
     そして、フーを逃がしてしまったこともまた、晴奈を少なからず焦燥させていた。3ヶ月も経ってしまった現在、フーがとっくに北方の、自分の砦へ戻ってしまっていることは明白である。その上アランを初めとする側近たちが、フーの守りを固めているのだ。
     仮に今の晴奈が単身、フーの本拠地へと乗り込んでも、返り討ちに遭うのが落ちである。今現在、フーを追い、「バニッシャー」を取り戻すことは限りなく無理な状況であったのだ。
     さらにもう一つ、直近の問題として頭を痛めているのが――。



    「残りは、……853クラム、か」
     金火狐銀行から朱海の店に戻り、更新された通帳を見た晴奈は、まだ包帯を巻いたままの頭を抱えてうなる。
    「わたくしのお金が使えればよろしかったのに……」
     フォルナも晴奈の通帳を横から覗き見て、切なげなため息を漏らす。
     治療費など諸経費がかなり高くつき、晴奈たちの旅費が底をついてしまったのだ。朱海に央中の旅で経験したことを語っていくばくかの金を得たものの、それもとっくに消化してしまっている。
     なお、フォルナの通帳にはまだ160万と言う大金が残ってはいるが、こちらは使えない。もしこれを使えば、直ちに彼女の故郷、グラーナ王国の手の者が現れ、フォルナの逃亡に手を貸した晴奈と小鈴は即刻、逮捕されてしまうだろう。さらにはフォルナも拘束され、二度と自由は得られなくなる。
    「できぬことを云々しても仕方あるまい。……仕方無いのだ」
    「……そうですわね」
     このままではフーを追うことはおろか、街を出る際の通行料を支払うことすらできない。
     うなっている晴奈たちの前に朱海が現れ、声をかけてくる。
    「ココを離れない人間は、2種類いるんだ」
    「え?」
    「一つ。ココが楽しすぎて、離れようとしない奴。そしてもう一つは……」
     晴奈の頭がまた、きりきりと痛み出す。
    「ココで金を使い込んだり、変な事情に絡まれたりして、離れられなくなった奴。
     アンタら、下手すりゃ二度と出られなくなるな」
     その言葉はまるで極刑宣告のように、晴奈の心をえぐった。



     ともかく路銀を貯めるべく、動けるようになった晴奈たちは朱海の店で働いていた。
    「いらっしゃいませー」「いらっしゃいませっ」「いらっしゃいませ」
     始めのうちはなかなか慣れなかったものの、半月も働いていると、割となじんでくる。
     晴奈もフォルナもすっかり普通の店員として、カウンターに立っていた。
    「あれ、タチバナさん。女の子雇ったの?」
    「はは、こいつら旅の金無くなっちまったんでな。ウチでしばらく雇ってるんだ」
    「へぇー」
     客は晴奈をジロジロと見て、ニヤニヤ笑う。
    「ぺったんこだけど、可愛いなー」
    「なっ……」
     怒り出し、手を挙げかけた晴奈の尻尾を、朱海がぐいと引っ張る。
    「いたっ!?」
    「お客さーん、セクハラしないでくれよー」
    「へっへ、すいませんねぇタチバナさん」
     客をあしらったところで、朱海が晴奈に耳打ちした。
    「客にキレんじゃないっ」
    「……失敬」
     晴奈にとって店働きは、屈辱以外の何者でも無かった。

     ちなみに――「お嬢様」のフォルナは、店の雰囲気に簡単に馴染み、この頃にはすっかり溶け込んでいた。
    「いらっしゃいませ」
    「おう、フォルナちゃん。今日もカワイイねっ」
    「あら、お上手ですこと」
     昔から王族として様々な賓客と接してきたせいか、客あしらいがうまく、顔と名前、そして好物や「いつもの」注文など、特徴を覚えるのが早い。
    「カールさん、本日はいい鯖が入っているそうですよ」
    「お、そうなの? じゃー、それ頼もうかな」
     これについて朱海は「いい店員(ホスト)って、突き詰めると品のいい王侯貴族なんだなぁ……」と感心していたし、フォルナもとても楽しそうに、赤虎亭での勤務に就いていた。



     その上に、晴奈に追い打ちをかけるような要素として――央南であれば刀を失っても、代わりの得物が安価ですぐ手に入ったが、ここでは数が少ない上に、質に対して異様に値が高い。仮にそれらの鈍(なまくら)が買えるほどの額が唐突に手に入ったとしても、到底晴奈が使用するに耐えられるような代物ではないため、彼女にとっては何の足しにもならない。
     二重、三重の絶望感に打ちひしがれ、晴奈はすっかり覇気を失い、まるで木偶のようにぼんやりと動いていた。
    「刀があればなぁ……」
    「無いものねだっても、仕方ないじゃない。ともかく、今はお金稼がなきゃ」
     小鈴と二人で店を掃除しながら、晴奈はブツブツと不満を漏らし続ける。
    「はぁー……。私は何故、ここにいるのか……」
     一緒に掃除していた朱海が、ふーっと煙草の煙を吹く。
    「ったく、あの猫侍サマも堕ちたもんだね。刀も金も無くなると、ただのお荷物ちゃんじゃないか」
    「……っ!」
     自尊心を傷つけられた晴奈は、モップを手にしたまま硬直する。
    「朱海!」
     小鈴がたしなめるが、朱海は口を閉じない。
    「アンタ、本当に黄晴奈だったっけ? まるでダメ人間だよ、その顔じゃ」
    「う……く……」
    「『何でここに』って、何を寝言吹いてんだか。アンタがアランってのに負けたからだろ?
     んなコトも分かんなくなっちまったかい、愚図」
    「……くぅ」
     晴奈はうなり、モップを握りしめる。晴奈をかばおうと、小鈴が口を挟む。
    「朱海、アンタねぇ! 言っていいコトと悪いコトあるでしょ!?」
     小鈴に再度たしなめられ、朱海は慌ててごまかした。
    「あ、悪い悪い、いやさ、別に嫌味とか、そんなつもりで……」
    「……ぅっ」
     晴奈は何も言わず、店を飛び出した。
     残された朱海と小鈴は、顔を見合わせる。
    「やっべ、怒らせちゃったよ。参ったな」
    「なーにが『参ったな』よ、何考えてんのよアンタは~ッ!」
     怒る小鈴に、朱海はバタバタと手を振って謝る。
    「い、いやいや、悪かったって。あー、参ったな、気合入れようと思って檄飛ばしたつもりだったんだけど、変な方向に話、持ってっちまったな」
     朱海は煙草をもみ消しながら、困ったようにつぶやいた。
    「『やっぱりお侍様は、刀があってナンボだろ』ってさ、そう言う方向で励まそうとしたんだけどなぁ。
     あーあ……、悪いコトしちまったな」

    蒼天剣・武闘録 2

    2009.02.07.[Edit]
    晴奈の話、第208話。 経済的緊急事態。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. フーとの対決から3ヶ月が経った。 瀕死の重傷を負った晴奈たちは朱海の店に逗留し、治癒に努めていた。朱海の人脈に優れた医者がいたことと、朱海が作ってくれた病人食のおかげで、この頃には十分に歩けるまで回復した。 しかし肉体的な問題が解決されても、依然として晴奈の状況は悪いままであった。クラフトランドで刀をアランに投げつけ...

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    晴奈の話、第209話。
    ふぬけ晴奈にチャンス到来。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     頭巾と割烹着姿のまま、晴奈は街を走っていた。
    (屈辱だ……! ああ、私は堕ちてしまった!
     悪魔に敗北し、誇り高き剣士から、場末の売り子に堕落してしまった! 刀を買う金も、仇敵を追いかける金も無いとは、何たる体たらくか! もう、私はおしまいだ……ッ!)
     出口の見えない状況に、晴奈は押しつぶされそうになっていた。
     やがて走るのにも疲れ、晴奈は街の広場に置いてある椅子に腰かける。残り少ない金で飲み物を買い、うつろな気分でチビチビとのどに流し込んでいた。
    (ああ……! 一体、どうすればいいのだ?
     この前チラ、と武器屋を覗いたが、刀の値は最も安いものでも、25000クラムだった。朱海殿の店でこのまま働けば、一日の日当が240クラム。……3ヶ月以上働かねばならぬ。いや旅費を考えれば、もっと必要になるだろう。十分に金が貯まるのは一体いつだ? 半年? 一年? それ以上か?
     あああっ……! 私はいつまで、この街に囚われなければならぬのだ……)
     旅の途上では清々しく見えていた青空も、今の晴奈には絶望的な色にしか見えなかった。

    「あれ? セイナさん?」
     突然、正面から声をかけられた。晴奈は驚き、空に向けていた視線を正面に戻した。
    「……プレア?」
     目の前に、3ヶ月半前に知り合った「狼」の女の子、プレアが立っていた。
    「どしたの? たびは?」
    「……うっ」
     思わず、晴奈は泣きそうになる。無理矢理こらえて、ごまかそうとした。
    「い、いや、その。少し、街が恋しくなってな」
    「……セイナさん、うそ、下手だね」
     一瞬で看破され、晴奈は顔を赤くした。
    「うぐ……」
    「『なにかじじょー、』があるんだね」
     そう言うとプレアは晴奈の手を引っ張った。
    「お父さんたちのとこ、来てみない? ほら、前に『なにかこまったことがあれば、なんでも言ってください』って、お父さん言ってたし」
     晴奈は一瞬、その提案を呑もうかどうか、逡巡した。
    (うーむ……。あの時『いらぬ』と言ってしまったからな。白猫にも行けと言われたが、こればかりは私にも、誇りと言うものがあるし……)
    「あのさ、セイナさん」
     プレアが心配そうな目をしながら、ハンカチを差し出す。
    「泣きたいくらいつらかったら、すなおになった方がいいとおもうよ」
    「……!」
     いつの間にか、晴奈は泣いていた。



     しばらく泣いた後、晴奈は素直にプレアの言葉に従い、チェイサー商会に足を運んだ。
    「へーい、いらっしゃいませ。……あ!」
     店のカウンターで新聞を眺めていた「狐」、ピースは晴奈を見るなり、慌ただしく立ち上がった。
    「コウさんじゃないですか! お久しぶりです!」
     ピースは新聞をガサガサとしまい、カウンターから出てきた。
    「え、ええ。しばらくぶりです」
    「いやぁ、その節はどうもどうも!」
     初めに会った時と同様、ピースはガッチリと、堅い握手を結んできた。
    「どうされたんです? 旅の方は、順調なんですか?」
    「そ、それがですね……」
     口ごもる晴奈を見て、眼鏡の奥にあるピースの目が、賢しげにキラリと光った。
    「何か事情、がおありのようですね。……奥で、お話しましょう」
     事務所に移り、事情を聞き終えたピースは、腕を組んでうなる。
    「なるほど、金策ですか。うーん……。恩人のコウさんには、無償で融資したいところではあるんですが」
     ピースの後ろから妻の「狼」、ボーダが姿を現す。
    「うちもそこまで儲かってるわけでは無いし、貸すことになるわね。でも、コウさんは実際のところ、有効な担保を持ってないし、かなりの高利で貸し付けることになる」
    「そう、ですよね」
     ピースが眼鏡を直しながら、すまなさそうに尋ねる。
    「しかしそうなると――これは大変、大変失礼な言い方をしてしまうのですが――返済の手段は、ありませんよね?」
    「……はい」
     晴奈の実家は富豪だが、自分の借金を家に回すような真似はできないし、窮状を伝える手段も無い。よって晴奈の身一つで返済しなければならないが、つぶしの利かない剣士がそんなに簡単に、金を返せるわけが無い。
    「ですから、コウさんが金を稼げる手段を提示、紹介させていただく、と言うのが私共の商売に関して言えば、最も確実な方策では無いかと」
    「……?」
     回りくどい言い方に、晴奈もプレアも首をかしげた。
    「簡単に言いますとですね……」「もういい、ピース。アンタの説明じゃ、うざったくてしゃあないわ」
     ボーダはピースを押しのけ、チラシを一枚、晴奈の前に差し出した。
    「手っ取り早く言えば、コウさんがこれに出て、紹介料及び手数料として賞金のいくらかをあたしたちにくれ、ってことね」
     チラシには、次のような文言が書かれていた。



    「勇 者 求 む !
     当闘技場では、戦いに秀でた勇士たちを募集しています。
     そのご自慢の力、披露してみませんか?
     ストレス発散に、腕自慢に。
     ご自分の強さの証明に。
     心より、お待ちしております。

    九尾闘技場

     なお、闘技場におけるノミ行為、トト、その他賭博に該当する行為は禁止しております。
     また、当闘技場近辺の賭博営利団体は、当闘技場とは関係がありません。賭博に関するご質問やご要望、その他ご意見等については返答いたしかねます。ご了承下さい」

    蒼天剣・武闘録 3

    2009.02.08.[Edit]
    晴奈の話、第209話。 ふぬけ晴奈にチャンス到来。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 頭巾と割烹着姿のまま、晴奈は街を走っていた。(屈辱だ……! ああ、私は堕ちてしまった! 悪魔に敗北し、誇り高き剣士から、場末の売り子に堕落してしまった! 刀を買う金も、仇敵を追いかける金も無いとは、何たる体たらくか! もう、私はおしまいだ……ッ!) 出口の見えない状況に、晴奈は押しつぶされそうになっていた。 や...

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    晴奈の話、第210話。
    新たなる戦いの場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     晴奈は渡されたチラシから顔を上げ、ボーダに尋ねる。
    「闘技場、ですか?」
    「そう。この街の裏通りに闘技場があるの。そこに参加して勝つと、賞金がもらえるのよ」
    「ふむ。それでその賞金のいくらかを、チェイサー商会にお渡しする、と」
    「それだけじゃないわ。ここに……」「ここに、『賭けはしない』って書いてあるけど」
     そこでピースがさっきの仕返しとばかりに、話に割り込んできた。
    「実際には賭けを取り仕切っている組織があって、この闘技場の結果も賭け対象にしているんだ。で、僕らもコウさんに賭けて、首尾よく勝ってくれれば……」
    「……大儲けできる、と。
     なるほど、よく分かりました。確かにそれなら、店働きよりも私に合った稼ぎ方であるように思います。
    ただ、是非ともお受けしたいところなのですが、生憎今の私には、武器が……」
    「ああ、そうだった。どうしようかな……」
     ピースもボーダも、その点をどう処理しようかと顔を見合わせた。
    「刀ならあるよ、晴奈」
     そこに、朱海と小鈴が現れた。
    「朱海殿?」
     朱海は細長い木箱を抱えながら、すまなさそうに頭をかいた。
    「さっきは悪かったな、ホント。
     コレを渡す時に、驚かせようと思ってあんなこと言っちゃったんだけどな。アタシ、口が悪いから」
     朱海は持っていた箱を晴奈の前に差し出す。晴奈は恐る恐る手に取り、箱を開けた。
    「……これは!」
     その刀身はまるで蛇のように、ぬらぬらとした妖しげな光を放っている。普段晴奈が使っている程度のものよりも相当、質の高い業物だった。
    「43000クラムの逸品、『大蛇(おろち)』だ。奮発してやったんだ、大事に使ってくれよ?」
    「……ありがとうございます!」
     晴奈は床に伏せ、朱海に深々と頭を下げる。
     それに対し、朱海は恥ずかしそうに、尻尾をプラプラ揺らしていた。
    「まあ、何だ。そんなかしこまらないでくれよ。
     ……この際だ、闘技場のチャンピオンにでもなってみろよ、晴奈」

     朱海とのわだかまりが解けたところで、晴奈はボーダから闘技場のシステムについての説明を受けた。
    「闘技場は、4種類のランク別に試合が行われているの。
     まず、一番下のランク。誰でも入れる『ロイドリーグ』。ここは毎日、その日に参加表明した人を適当に組んで、試合が開催されてるの。まったくの未経験者、戦いの素人ばっかりで、ほとんど一般人のストレス解消にしか使われてないから、賞金も賭けで動く額も少ない。
     で、ロイドリーグである程度勝って行くと、闘技場側からもう一段上のランク、『レオンリーグ』に誘われるの。ここは賞金も賭けの額もぐっと上がるけど、その分強い人が集められて、試合日程もきっちり決められてくる。まずはロイドリーグで勝ち抜いて、ここを目指すことになるわね」
     今度はピースが説明に入る。
    「そこを勝ち上がると次のランク、『ニコルリーグ』に移される。金はもっと動くようになるから、ここで3ヶ月くらい生き残っていられれば、およそ10万クラムは稼げるだろう。
     ただしその反面、出場者も相当手強くなってくる。ぶっちゃけると、焔流の剣士や、黒炎教団の僧兵でもなかなか3ヶ月は持たない。僕の知り合いだった焔剣士も数名、ここで潰されている。
     でも、ここで優秀な成績を残せば……」
     図の頂上部にペンを置き、トントンと指す。
    「最大のランク、『エリザリーグ』に到達できる。
     ここは半年に一回しか開催されないし、出場できるのは5名だけだけど、一回勝つだけでも10万の賞金。そして優勝賞金100万クラム。さらに賭け総額は平均、およそ300万クラムと言われている。
     ここで勝てればうちはかなり潤うし、コウさんもしばらく旅費に困ることは無くなる」
    「なるほど」
     図を眺めていた晴奈は、腕を組んだままうなずいた。
    「……しかし出る前に一つ、やっておきたいことがあります」
    「ん?」
    「この三ヶ月、ずっと修行をしていなかったから、腕が鈍っているかも知れません。
     それに初めて扱う刀ですし、具合も見ておかねば」

    「これでいい?」
    「ああ。では、それをあちらに……」
     晴奈は小鈴とプレアを連れ、郊外の空き地に来た。周りに生えていた草を束ね、棒状にしたものを何本も突き刺す。それを敵に見立て、居合いの相手にするつもりなのだ。
    「よし、準備は整った。……さて、それでは二人とも、後ろに」
    「はーい」
     小鈴とプレアは晴奈の後ろに回り、晴奈の動きを見守っていた。晴奈は朱海から受け取った刀を腰に佩き、柄に手をかけ、腰を低く落として、そのまま静止する。
    「……セイナさん?」「しっ。見てましょ、プレアちゃん」
    「すぅ、はぁ……」
     晴奈はまだ刀を抜かず、気を落ち着け、深呼吸を三回、四回と続ける。
     繰り返すうち、3ヶ月の間ずっと淀んでいたようだった自分の心の内が、急速に澄んでいくのを感じ取っていた。
    (いいぞ、これなら行ける。問題無い。さあ、足を動かせ)
     ゆらりと、足が進んでいく。
    (もう一歩、さらにもう一歩)
     とん、とんと音を立てて、足が地面を軽く、しかし鋭く叩く。
    (ここだ――抜けッ!)
     晴奈は右腕を刀に回し、弧を描くような動作で、そのまま抜き払う。
     刀は空中にきらっと軌跡を残し、草の束を薙ぐ。
    「おっ、……と?」
     一瞬、あまりの手ごたえの無さに、打ち損じたかと思ったが――。
    「お見事、晴奈!」
    「すごーい、きれい!」
     草の束は真っ二つになり、弾けるようにほどけ、風に舞っていった。
     刀を振り上げたまま静止し、晴奈はその成果をじっくりと思い返す。
    (この『大蛇』――切れ味が恐ろしく鋭いと言うか、『透明』とも言うべきか、今までに感じたことの無い、爽快極まりない感触だった。
     うん、何の問題も無い)
     晴奈は刀を納め、二人ににっこりと笑いかけた。
    「上々だ」

    蒼天剣・武闘録 4

    2009.02.09.[Edit]
    晴奈の話、第210話。 新たなる戦いの場。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 晴奈は渡されたチラシから顔を上げ、ボーダに尋ねる。「闘技場、ですか?」「そう。この街の裏通りに闘技場があるの。そこに参加して勝つと、賞金がもらえるのよ」「ふむ。それでその賞金のいくらかを、チェイサー商会にお渡しする、と」「それだけじゃないわ。ここに……」「ここに、『賭けはしない』って書いてあるけど」 そこでピースがさ...

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    晴奈の話、第211話。
    瞬殺の女神伝説。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    (まったく、ゴールドコーストと言う街は、どこへ行っても騒がしいな)
     裏通りを歩く晴奈はぼんやり、そんなことを考えていた。
     一通り体を動かし終えた次の日、晴奈と小鈴はピースに連れられ、闘技場までやって来た。ちなみに小鈴は参加するわけではなく、晴奈の応援役である。
    「あれが九尾闘技場だ。
     表向き、持ち主は九尾会って言う商会なんだけど、実質的にはゴールドマン系列。ここでの売り上げの一部が、金火狐一族の懐に入っていくらしい。世界的な名家がおおっぴらにこんな商売、できないってことなのかもね。
     ま、そんなこぼれ話は置いといて……」
     ピースを先頭に、晴奈たちは闘技場に入っていく。
    「あそこが受付だ。出場登録しに行こう。あ、それと……」
     ピースは懐から名刺を取り出し、いたずらっぽく笑う。
    「この通り、コウさんのマネージャーもさせてもらうよ。頑張ってくれよ、コウさん」

     登録して30分後、晴奈の初試合が組まれた。
    「次の試合はー、11時30分よりー、A闘技場にて行われますー。対戦者はー、東口にー、セイナ・コウさんー。西口にー、ベニト・ノースさんー」
     非常にやる気の無さげなアナウンスに呼ばれ、晴奈は東口からリングに上がった。相手はいかにも粗暴そうなチンピラである。
    「……へっ」
     その下卑た笑みに対し、晴奈は肩をすくめる。
    (あからさまに油断している。どうせ『女か、楽勝だ』とでも思っているのだろうな)
     対峙して間も無く、依然として気だるげなアナウンスが試合開始を告げた。
    「それじゃー、はじめー」
     が、その直後――拡声器の向こう側から、ボソボソと声が聞こえてきた。
    「……おい、終わってる」
    「何言ってるんですかー、今のは開始の合図ですよー?」
    「見ろって、ほら」
    「えー? ……えー!?」
     2秒もしないうちに、晴奈の対戦相手は大の字になって気絶していた。
    「は、はやっ」
     ピースは目を丸くして、観客席で口をあんぐり開けている。のんびり食べようとしていたらしいポップコーンが、口の端からポトポトこぼれていた。
    「し、勝者、セイナ・コウさん、です」
     間延びしていたアナウンスも、この時ばかりはしゃっきりと聞こえた。

    「鬼だな、コウさん」
     賞金を受け取るカウンターで、ピースは眼鏡を拭きつつ笑っていた。
    「まさか、2秒で決着付くとは思わなかった。このポップコーン、プレアのお土産になっちゃったな」
    「今日はもう、おしまいですか?」
     ピースは晴奈と小鈴にポップコーンを差し出しながら、小さくうなずく。
    「ああ。原則、参加は一日一回だけなんだ。
     ケガとかしてたら、早めに治療しないといけないからね。無茶やって死なれても、困るってわけさ」
    「なるほど」
     ピースはニヤリと笑い、袋を晴奈に差し出した。
    「ま、とりあえず今日はウチの取り分は無しでいいよ。もらった額が少ないし」
    「ほう……。いくらになりました?」
     小鈴が袋を開け、中を見る。
    「……銀貨、2枚」
    「200クラムだね。ま、ロイドリーグじゃこんなもんさ」



     ともあれその日は初勝利を記念して、朱海の店にチェイサー一家も集まって、祝杯を挙げることになった。
    「かんぱーい」
    「乾杯っ」
     ピースは楽しそうに、晴奈の勝利をたたえる。
    「いやぁ、流石に焔流の剣士だけはある。こんな幸先のいいスタートは、十数年ぶりだよ」
    「ほう……?」
     晴奈は少し、意外に思った。
    「その口ぶりだと、以前に私と同じく、瞬殺した者がいたと言うことですか?」
    「ええ、一人いたのよ。……あはは、すごいのよその人。何と、現チャンピオンを当時のエリザリーグで、たったの20秒で倒しちゃったんだから」
    「……?」
     その言葉で、晴奈の記憶が掘り起こされる。
    (闘技場のチャンピオンを? 10年ほど昔、何か、そんな話を聞いたような……?)
    「その、チャンピオンの名は?」
     ピースとボーダが、同時に答えた。
    「ピサロ・クラウン。一言で言えば、嫌な奴」
     その名を聞いた瞬間、晴奈は尻尾をバシバシと逆立たせた。
    「ま、まさか、とは思いますが、……クラウンを倒したその方の名前は、もしかして、……柊雪乃と言うのでは?」
    「あら? ユキノを知ってるの?」
     今度はチェイサー夫妻が、揃って目を丸くした。



    「セイナ、……だと?」
     裏通りの一角、いかにもごろつきばかりが住んでいそうな建物の奥で。
    「どうしたんですか、キング?」
     キングと呼ばれた熊獣人は、闘技場の試合結果を知らされ、短くうなった。
    「聞き覚えがあるぜ、そいつの名をよ。あのいけ好かねえ長耳女の弟子じゃなかったか?」
    「長耳女? あの、ヒイラギとか言う?」「てめえ」
     その「熊」は付き人の胸倉をつかみ、そのまま壁に叩きつけた。
    「ぎゃッ!?」
    「俺の前で、その名を呼ぶんじゃねえ!」
     倒れた付き人に唾を吐きかけ、その熊獣人――「キング」クラウンは鼻息荒く、激怒していた。

    蒼天剣・武闘録 5

    2009.02.10.[Edit]
    晴奈の話、第211話。 瞬殺の女神伝説。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.(まったく、ゴールドコーストと言う街は、どこへ行っても騒がしいな) 裏通りを歩く晴奈はぼんやり、そんなことを考えていた。 一通り体を動かし終えた次の日、晴奈と小鈴はピースに連れられ、闘技場までやって来た。ちなみに小鈴は参加するわけではなく、晴奈の応援役である。「あれが九尾闘技場だ。 表向き、持ち主は九尾会って言う商会な...

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    晴奈の話、第212話。
    おかしな黒服。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     時間は少し戻り、晴奈が闘技場に出向いていた、丁度その頃。
    「いらっしゃいませ」
     フォルナと朱海は開店準備をすませ、本日一人目の客を出迎えていた。
    「あ、ど、ども」
     その客を見たフォルナは、首をかしげた。
    「あら?」
    「どした、フォルナ?」
     朱海がフォルナの様子に気付いて、声をかけてきた。
    「いえ、……あちらの黒服のお客さん、見覚えが無いような」
    「そうだな、初顔だ」
     朱海は水を持ち、その狐獣人の黒服に声をかける。
    「お客さん、この店初めてかい?」
    「ん、ああ。いつもは、ほら、えっと、……あっちの店に行ってんだけど、たまには、別の店に行ってみようかな、ってさ」
    「そっか。……帽子、取ったらどうだ? 暑いよ、店ん中じゃ」
     黒服はつばの深い帽子を深く被り、目線を会わせようとしない。
    「……いや、ちょい事情があってな。……ほら、まあ、色々あんだよ」
    「そっか。……ま、いいけどさ。何にする、お客さん?」
    「ぅえ?」
     黒服は素っ頓狂な声を上げる。
    「だからー、飯は何食うの、って聞いてんだけど」
    「あ、あーあー。そうですね、……コホン、そうだったな、うん。えーと、じゃ、んー」
    「今日は美味しそうな鮭が入っておりますけれど」
     しどろもどろになっている黒服を見かねたフォルナが、助け舟を出した。
    「お、ああ、えっと、サケ? あ、んじゃ、それお願い、……頼もうかな、うん」
    「アンタさ、ウチのご飯じゃなくてウチの『裏メニュー』に用があんじゃないの?」
     朱海も見かねていたらしい。黒服はようやく、顔を上げた。
    「あ、う、うん。……良かった、間違ってたらどうしようかと思ってたんです、だ、うん」
    「……ドコのもんだよ、アンタ?」
    「え、うー、それは、あのー、言えない」
    「じゃ、売らない」
    「……な、内緒にしてくれるなら」
     黒服があまりにおどおどとしているので、朱海もフォルナもたまらず笑い出した。
    「……ぷっ、くくく」「ふふ、クスクス……」
    「ちょ、ちょっと。何で笑うんですかぁ」
    「そりゃ笑うよ、バカ。落ち着けって。
     ホラ、水飲め。楽にしていいから。あと、しゃべりやすいようにしゃべれ」
    「あ、……はい。……あの、じゃあ、えっと」
    「『えーと』とか『あの』『その』とかはいらない。まず、ドコのヤツなのか教えてくれ」
    「は、はい」
     黒服はコソコソと朱海に耳打ちする。朱海の虎耳がピクピクと動き、続いて目を丸くする。
    「へー、そーなんだ。ふーん」
    「だ、誰にも言わないでくださいよ」
    「まあ、言いやしないけどさ。んで、その金火……」「わわわわわわ、言わないでって!」「おっと、悪い悪い。んで、ウチに何を買いに来たんだ?」
    「……これ、を」
     黒服はおどおどしながら、スーツの内ポケットから一枚の紙を差し出す。朱海はそれを手に取り、しげしげと眺めた。
    「あー、はいはい。ちょっと待ってな」
     朱海はそう言うと、カウンターの奥に消えた。二人きりになったフォルナと黒服は、黙って見つめ合っている。
    「わたくしの顔に何か付いておりますかしら?」
    「あ、……いや、何でもないです」
     黒服はぷい、とそっぽを向く。そのしぐさが面白かったので、フォルナはもう一度声をかけてみた。
    「ふふふ……。わたくし、フォルナ・ファイアテイルと申します。あなた、お名前は?」
    「……エラン」
    「よろしく、エラン」
     そう言ってフォルナはにっこり笑って会釈した。
     それを見たエランの耳がぱたっと揺れ、帽子がずれる。その拍子に、ずれた帽子のその下にある金髪がチラリと見えた。
    「わ、わっ」
    「あら、綺麗な髪。わたくしと同じ色ですわね」
    「あっ、うん。まあ、ちょっとちが、……あ、いや、一緒ですね、はい」
     エランが慌てて帽子を被り直したところで、朱海が戻ってきた。
    「待たせたな。ほれ、こいつがその資料だ」
    「あ、ども。……そ、それじゃこれで失礼して」
    「おいおい、金払わずに出るつもりかい?」
    「あっ、あ、すみません」
     エランは終始おどおどとし、ひどく慌てていた。

     この変な客が来た以外は、極めて平和に、赤虎亭は繁盛していた。

    蒼天剣・武闘録 終

    蒼天剣・武闘録 6

    2009.02.11.[Edit]
    晴奈の話、第212話。 おかしな黒服。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 時間は少し戻り、晴奈が闘技場に出向いていた、丁度その頃。「いらっしゃいませ」 フォルナと朱海は開店準備をすませ、本日一人目の客を出迎えていた。「あ、ど、ども」 その客を見たフォルナは、首をかしげた。「あら?」「どした、フォルナ?」 朱海がフォルナの様子に気付いて、声をかけてきた。「いえ、……あちらの黒服のお客さん、見覚え...

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    晴奈の話、第213話。
    狼と狐のケンカ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦503年、ゴールドコーストの商店街の一角。
    「また邪魔してくれたな!」
    「何言ってんのよ、アンタが邪魔したんでしょ?」
    「狐」と「狼」の、二人の商人が口喧嘩をしていた。
    「いいか? 君が横から口を出したせいで、僕が話をしていた客が、逃げた。この流れはどう考えても、君が邪魔したんじゃないか! そうだろう!?」
    「はぁ? アンタがあたしの真似して得ようとしてた客に、本家のあたしが適正条件で、ご奉仕申し上げようとしてたのよ? そこでアンタがいちゃもん付けてきたから離れた。でしょ!?」
    「誰が君の真似なんかするか! 君こそ僕の真似ばかりして、客を横取りしてるじゃないか!」
    「話にならないわ、チェイサー! 盗人猛々しいって、ホントね!」
    「誰が泥棒だ! ふざけるな、グロリア!」
     売り言葉に買い言葉を繰り返し、場の雰囲気はどんどん険悪になっていく。
     と、そこへ央南人らしき深い緑髪の長耳が、二人の間に入った。
    「あの、ちょっと。一体、どうされたんですか? こんな往来のど真ん中で言い争っては、他の方の迷惑になりますよ」
    「うるさい!」「黙ってて!」
     二人に怒鳴られ、長耳は素直に黙り込んだ。
     その代わり――。
    「大体お前の……、はうっ!?」「いい加減にしないと……、あだっ!?」
     怒鳴り合っていた二人が突然黙り込み、その場にうずくまる。
    「……ごめんなさいね。あんまり騒がしいから、どうしても見ていられなくって」
     ぐったりとして動かなくなった二人に、長耳が手を合わせて謝った。

    「いてて……」「あたた……」
     鳩尾を押さえてうめいている二人に、長耳が飲み物を差し出した。
    「ごめんなさいね、本当に」
    「……いや、いいさ。確かに君の言う通り、多少、騒々しかったことは認める」
    「そうね。ちょっと、迷惑だったかも」
     二人は落ち着いた様子で、長耳にすまなそうな顔を向けた。
    「狼獣人と狐獣人は仲が悪いって聞いたけれど、本当なのね」
    「いや、それはこいつが僕の真似をしたから……」
    「何ですって? それはこっちのセリフよ」
    「何だと?」「何よ?」
     二人がまたも喧嘩しかけたところで、長耳がトントンと、二人の肩に手を置いた。
    「まあまあ、その辺にしなさいって。……ね?」
     長耳は笑顔こそ浮かべていたが、肩に置かれた手からジワジワと、怒りを含んだ力が込められてくる。
     二人はそこで喧嘩をやめ、揃って頭を下げた。
    「……はい」「……すいません」



    「いやぁ、怖かったなぁ」
     ピースの言葉に、ボーダもうなずく。
    「うん。ユキノは滅多に怒らない子だったけど、絶対怒らせちゃダメだって、その時良く分かったわ」
     話は現代に戻る。
     晴奈の祝勝会で偶然、晴奈の師匠、雪乃がチェイサー夫妻と親友であることが分かり、そこから自然に、雪乃の思い出話が始まった。
    「それが僕らと、ユキノとの出会いだった。そして僕らが結婚し、チェイサー商会を立ち上げることができたのも、ユキノのおかげだ。
     僕らは元々タチバナさんと同じように、情報の仲介を生業としていたんだ。で、ある時僕とボーダは、似たような商売のネタを思いついた。闘技場に参加している人たちの参戦日程とか、賞金の管理・運用とかを斡旋する、マネージメント業だ。
     外国からあの闘技場に参加する人は大抵、武者修行の目的で来てる武人ばかりだからね。お国柄の違いや、細かい手続きなんかで戸惑ってる人がよく出てくるんだ。
     だから、そこを手助けしてあげる。それを商売にしてたんだ」
     ピースに続いて、ボーダが話をする。
    「でも、なかなかうまく行かなくってね。二人ともあの時は行き詰ってたから、よくケンカしてたわ」



    「へぇ、そんな商売があるのね」
     ピースたちの話を聞き終えた雪乃は、興味深そうにうなずいていた。
    「でも実際、なかなかうまく行かなくってね。ニコルリーグに来られる人自体、少なくって」
    「うんうん。それに行けたとしても、すぐボロボロになっちゃうし」
     ピースとボーダの話は、仕事の説明から愚痴話に移っていく。
    「そうそう。で、うまく勝ち残ったとしても、そう言う奴ほど、無茶苦茶な主張をしてくるんだよな」
    「そうなのよ! こっちが商会も用心棒も無い身ひとつなもんだから、ナメてくんのよね」
    「『俺が獲った金は俺のモノだろ』とか言ってくるしな。まったく、契約を何だと思ってるんだかな!」
    「そうよ、ホントにねぇ!」
     相槌を打ち合う二人を見て、雪乃はクスクスと笑い出した。
    「ふふ……」
    「ん?」「どうしたの、ヒイラギさん?」
    「いえ、二人とも仲がいいのね」
     それを聞いた二人は、同時に手を振る。
    「いやいやいやいや」「仲良くない仲良くない」
     その様子が面白かったのか、雪乃はまた笑い出した。
    「クス、あはは……。っと、そうだ。ちょっといいかしら?」
     雪乃はコホンと咳払いをし、真面目な顔になった。
    「二人は闘技場参加者のマネージメントをしてるって言ってたわよね? 良かったら、お願いしてみてもいいかな?
     わたしもこの街に来たばかりで、よく分からなくって」
    「え? うーん、いいよ」「まあ、ヒイラギさんの頼みなら」
     二人の返事を聞いた途端、雪乃は嬉しそうな顔をする。
    「良かった! よろしくお願いします!」
    「うん、まあそれはいいけど」「マネージメントする人は、今どこに?」
     二人の言葉に、雪乃はきょとんとした顔で聞き返してくる。
    「え? いえ、あの、……ここにいるんだけど」
    「ここに?」「ヒイラギさんしかいないじゃない」
     二人の反応を見た雪乃は、今度は合点が行った様子で手を挙げた。
    「ああ、えっと。わたし。わたしが、闘技場に出るの」
    「……は?」「ヒイラギさんが?」
     ピースたちは冗談か何かと思い、もう一度聞き返す。
    「本気で?」
    「ええ、本気よ」
     二人は雪乃の言葉に驚き、声を上げた。
    「ちょ、ちょっと待ってよ、女の子が出るなんて!?」
    「え? おかしい?」
    「い、いや。そりゃ、たまーに出るけどさ」
    「ならいいじゃない」
     本当に本気らしいと理解し、二人は慌てて止めようとする。
    「いえ、本当にたまにしか出ないのよ? それも、『熊』とか『虎』の、筋骨隆々の」
    「わたし、見た目で勝負するわけじゃないし」
    「そりゃそうだけどさ。何かさ、武術とかでもやってるの、ヒイラギさん?」
     ピースの問いに、雪乃は腰に差していた刀の柄をトントンと叩き、静かにこう答えた。
    「ええ、剣の修行を。幼い頃から鍛えてきたこの体と腕が、どこまで通用するのか試してみたいの。
     そのために、わたしはここへ来たのよ」

    蒼天剣・回顧録 1

    2009.02.12.[Edit]
    晴奈の話、第213話。 狼と狐のケンカ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦503年、ゴールドコーストの商店街の一角。「また邪魔してくれたな!」「何言ってんのよ、アンタが邪魔したんでしょ?」「狐」と「狼」の、二人の商人が口喧嘩をしていた。「いいか? 君が横から口を出したせいで、僕が話をしていた客が、逃げた。この流れはどう考えても、君が邪魔したんじゃないか! そうだろう!?」「はぁ? ア...

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    晴奈の話、第214話。
    女神伝説の始まり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「実際、ユキノが闘技場に出てみると、恐ろしく強かった。今日のコウさんみたいに、一瞬で敵を倒した。
     初めて見せられた時は、……うん、やっぱり今日みたいな感じで驚いてたな」



    「は、はやっ」「ウソ? 一瞬で?」
     ピースとボーダはポップコーンに手を突っ込んだまま、硬直していた。
     素人参加自由のロイドリーグとは言え、線が細く、華奢に見える雪乃がこんなに圧倒的な勝ち方をしてしまうとは、二人ともまったく予想していなかったのだ。
    「何秒だった?」「え、と。……5秒くらい、かしら」
     二人は顔を見合わせ、やや間を置いてニヤリと笑った。
    「これは、金の卵かも知れない」「そうね。ようやく、あたしの商売も軌道に乗るかも」
     が、次の瞬間同時に無表情になり、次第に睨み合う。
    「『君の』商売? 僕の、だろ?」
    「何言ってんのよ。あたしの、商売よ」
    「まだ言うか、そんなふざけたこと」
    「ふざけてんのはアンタでしょ? 誰が何と言おうと、これはあたしのアイデアよ」
    「それはこっちのセリフだ! ヒイラギさんは絶対、渡さないぞ!」
    「その言葉、そっくり返してあげるわ! ヒイラギさんはあたしのものよ!」
     またも言い争いが始まり、二人の間で険悪な空気が流れたところで、雪乃が戻ってきた。
    「ちょ、ちょっと二人とも」
    「あ、ヒイラギさん」
    「あの、変なこと言わないでほしいんだけど」
     雪乃は顔を真っ赤にして、二人の仲裁に入る。
    「わたし誰のものでもないし、まだどちらにお願いするとも……、あ、そうだ」
     雪乃は二人と距離を置き、人差し指を立てる。
    「お願いがあるの。いいかな?」
    「ん、何かな?」「どんなお願い?」
    「あの、契約はピースさんかボーダさんのどちらかじゃ無くって、二人一緒でお願いしたいの」
    「えっ」「それは、うーん」
     二人は顔を見合わせ、困った表情を向け合う。
    「だって、もしどっちか一方だけと契約しちゃったら、きっともう一方がより良い条件で引き抜こうと、後々声をかけてくるでしょ?」
    「う」「ま、まあ」
    「そんなことされたらわたし、落ち着いて試合に参加できなくなってしまうもの」
     目論見を看破され、二人は同時に罰の悪そうな顔をした。
    「だから、二人同時に公平に契約したいの。ダメかしら?」
    「……うーん」「……えーと」
     今度は二人が雪乃から離れ、ボソボソと交渉しあう。
    「正直、君と組むのは勘弁したい」「あたしだってイヤよ」
    「でも、ヒイラギさんを逃してしまうのは」「痛いわね。いま、かなり不振だし」
    「だからここは、一時休戦だ。甚だ癪だが、協力しよう」「勝手に話進めないでよ、ピース。……ま、でも。ここでいがみ合うよりは、手を組んだ方がマシね」
    「よし。じゃあ、しばらくケンカは無しだ」「いいわ。この際、アイデアがどっちのものか、って言うのもやめにしましょ。あんまりガタガタ言ってると、ヒイラギさんが逃げるわ」
    「いいだろう」「よし決定!」
     二人は雪乃のところに戻り、にこやかな笑顔を作って承諾した。
    「分かりました、ヒイラギさん」「その条件で、契約しましょう」
    「良かった……! じゃ、じゃあ。もう一つ、お願いしてもいい?」
     雪乃は両手を差し出し、小さい声で願いを述べた。
    「わたし本当にこの街、初めてだから。友達になってくれる?」
     それを聞いた二人は一瞬きょとんとし、また顔を見合わせてから――苦笑しつつ、雪乃の手を握った。

    蒼天剣・回顧録 2

    2009.02.13.[Edit]
    晴奈の話、第214話。 女神伝説の始まり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「実際、ユキノが闘技場に出てみると、恐ろしく強かった。今日のコウさんみたいに、一瞬で敵を倒した。 初めて見せられた時は、……うん、やっぱり今日みたいな感じで驚いてたな」「は、はやっ」「ウソ? 一瞬で?」 ピースとボーダはポップコーンに手を突っ込んだまま、硬直していた。 素人参加自由のロイドリーグとは言え、線が細く、華奢...

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    晴奈の話、第215話。
    外道。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「あたしたちは友達になったんだけど、央南の人を見るのは初めてだったし、無茶苦茶強い子だったから、興味が尽きなくってね。
     色々、変なこと聞いたりしたわね」



    「ねえ、ユキノ」
    「ん?」
     宿で刀の手入れをする雪乃を見ていたボーダは、どこかで聞いた話を尋ねてみることにした。
    「ユキノって、サムライ?」
    「え? えー、まあ。刀を使うし、央南の剣士だから、そうなるかな」
    「じゃあさ、あの……、気合いで、敵倒せるの?」
    「はぁ?」
     雪乃はきょとんとした顔になり、刀を置いた。
    「気合いで、倒す?」
    「いや、ほら。昔話だか何だかで、サムライは向かい合った敵を、睨んだだけで倒せたとか」
    「うーん……。おとぎ話と混同してない? 聞いたこと無いなぁ」
    「そうよねぇ、あはは。現実的に考えたら、無いわよねー」
     自分でも変なことを聞いたと思い、ボーダは少し恥ずかしくなって笑った。
     そこにピースが手紙を持って、部屋に入ってきた。
    「ユキノ、いい報せだ。……っと、ボーダも一緒か」
    「あら、一緒にいちゃ悪い?」
     半ば冗談で文句を言うボーダに、ピースも苦笑しつつ肩をすくめる。
     一緒に仕事をし、雪乃が間に入るようになって――多少のケンカは続いたものの――二人は妙に仲良くなった。
    「いや、一向に構わないさ。まあ、丁度いいかも。これを見てくれ」
    「何? ……へぇ、もうニコルリーグの誘い?」
     ピースから手紙を受け取り、しげしげと眺めるボーダの横に、雪乃が寄ってきた。
    「もっと時間かかるって言ってなかった?」
    「ま、普通は、って言う話だから。それだけユキノが強いってことだよ」
    「うんうん。ニコルリーグでも、きっと大活躍よ」
     ほめちぎる二人に、雪乃は少し顔を赤くした。
    「そんな、わたしなんかまだまだよ」
     謙遜する雪乃を見て、二人はますますほめ倒す。
    「いやいや、ユキノならきっと、エリザリーグまで行っちゃうよ」
    「行ける行ける、絶対行けるって」
     二人の言葉に気を良くしたのか、雪乃も少しその気になったようだ。
    「そう、かな?」
    「うんっ」
    「じゃ、じゃあ……、その、ちゃんぴょん、とかにもなれるかしら?」
     ところが雪乃がこう尋ねた途端、二人は顔を見合わせてうなる。
    「う、うーん。それは、どうかなぁ」「アイツが、相手じゃねえ」
    「アイツ? ちゃんぴょんって、そんなに強いの?」
    「いや、強いと言うか」「えげつないと言うか」

     口で説明するより見た方が早い、と言うわけで、三人は闘技場にやって来た。
    「丁度今、そのチャンピオンが戦ってるところだ。……ほら、あれだ」
     ピースの指差す先、闘技場のリング内に、チャンピオン――「キング」クラウンがいた。
     その戦い方を見た途端、雪乃は口に手をそえてうめいた。
    「うわ……。ひどい、あの人」
     勿論ここまで勝ち上がり、リーグの雰囲気を少なからずつかんでいる雪乃が、単に相手が打ちのめされているだけであれば、こんなことは言わない。
     ひどいと言ったのは、クラウンの戦い方である。
    「のどを潰されてる。降参できないじゃない!」
     クラウンの相手は口から血を垂れ流し、既に膝を着いている。だが、クラウンが自分の体を使って相手を隠し、審判やアナウンス席に見えないようにして、いたぶっているのだ。
    「ね? えげつないって言った意味が分かったでしょ?」
     ボーダが声をかけたが、雪乃は答えない。
    「……」
     じっと、クラウンを睨んでいる。初めて見る雪乃の怒った顔に、ピースたちは戸惑った。
    「ユキノ?」
    「……」
     内臓を潰されたのか、ついに相手が大量の血を吐いて倒れた。
     そこでようやく審判が気付き、慌てて試合終了を告げる。横目でそれを確認したクラウンは倒れた相手に唾を吐き、侮辱した。
    「ヘッ、弱っちいの」
     クラウンはそのまま、リングから姿を消した。
    「……」
    「ユキノ……?」
     この間雪乃は、ずっとクラウンを睨みつけていた。
     対戦相手が担架で運ばれていくのを見送った後、雪乃はぼそっとつぶやいた。
    「……すわ」
    「え?」
     雪乃はもう一度、静かに、しかしたぎるような闘気を含んだ声で答えた。
    「倒すわ。あのクラウンって男、わたしは許せない」

    蒼天剣・回顧録 3

    2009.02.14.[Edit]
    晴奈の話、第215話。 外道。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「あたしたちは友達になったんだけど、央南の人を見るのは初めてだったし、無茶苦茶強い子だったから、興味が尽きなくってね。 色々、変なこと聞いたりしたわね」「ねえ、ユキノ」「ん?」 宿で刀の手入れをする雪乃を見ていたボーダは、どこかで聞いた話を尋ねてみることにした。「ユキノって、サムライ?」「え? えー、まあ。刀を使うし、央南の剣士...

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    晴奈の話、第216話。
    気迫だけで。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「クラウンを倒すと宣言した後も、ユキノは表面上、いつも通りに戦ったわ。それと平行して、あたしたちの商売の手伝いもしてくれたの。
     ピースと協力するようになってからはとってもうまく行ってたし、ユキノも力を貸してくれたおかげで、あっと言う間にあたしたちは……」



    「ついに……」
     建物の前で、ピースが口を開く。
    「ここまで……」
     横にいたボーダも、同じようにつぶやく。そして、互いにがばっと抱きしめ合い、喚起の声をあげた。
    「来たーっ!」
     三人の努力が実を結び、ようやく店を持つことができたのだ。
     と、二人を見守っていた雪乃がコホンと咳払いし、中に入るよう促す。
    「二人とも、喜ぶのは店の中にしましょ。見てるわよ、周り」
    「お、っと」「あ、ゴメン」
     ピースたちは慌てて離れ、店に駆け込んだ。

    「それでユキノ、もう一つの『ついに』が、とうとうやって来た。
     ついに次期のエリザリーグに、ユキノが選出された。これに優勝すれば賞金100万クラム、そして賭場もうまく制すれば……」
    「総額300万、いえ、400万にはなる。これだけあればもう、店だけじゃない。店の連合、商会まで作れちゃうわ。期待してるわよ、ユキノ」
     雪乃はピースたちの手をがっしりと握りしめ、力強く応えた。
    「ええ、任せて。ここまで来たら頂点を目指すまでよ。きっとあのクラウンを倒して、ちゃんぴょんになってみせるわ」
     雪乃の言葉に一瞬、ピースたちはうなずこうとした。
     が、二人は顔を見合わせ、笑い出す。
    「く、くくく……」「あ、あはは……」
    「え?」
     きょとんとする雪乃を見て、ボーダが笑いながら訂正した。
    「あのさ、くく、前から思ってたけど、ふふふ……」
    「それ、ちゃんぴょんじゃなくって、チャンピオンよ、あははは……」



     そして、このエリザリーグも雪乃は一気に駆け抜けた。
     参加総数5名、全10回戦のうち、雪乃が出場したのは4回。うち3回まで、まったく負けることなく勝ち進み、ついに4回目――あのクラウンと対決する時がやって来た。
    「さあ、今季のエリザリーグ、いよいよ注目のカードが並びました!
     西口からは、あの重鎮『キング』こと、ピサロ・クラウン! その豪腕ぶりで、この4年間ずっとエリザリーグを沸かせ続けている、闘技場の立役者です! 刃向かう者は皆、その人並外れた腕力と豪胆さで叩き潰し、い・ま・や! 死神、悪魔と恐れられる存在です!」
     偉そうに手を挙げながら、クラウンがリングに姿を現す。
    「勝てよ、キング!」
    「全財産かけてんだぞ、コラ!」
    「勝たなきゃどうなるか分かってんだろーなーッ!?」
     クラウンに声援をかける者はどれも、柄の悪そうな男ばかりである。
    「対する東口は『瞬殺の女神』、ユキノ・ヒイラギの登場です! 今季、突然現れた彼女は、な・ん・と! 異国の、女剣士です! そのエキゾチックな容姿と鋭い剣技から、数多のファンを作った、大変! 大変、興味深い好プレイヤーです!
     さらに、これまでの戦いで何と! 何と、無敗を誇っております!」
     リングに現れた雪乃は、観客席にぺこりと頭を下げる。
    「きゃーっ、ユキノさまぁ!」
    「がんばってくださーい!」
    「絶対、絶対勝ってくださいね……ッ!」
     雪乃の声援には多くの女性と、若い男性、それからクラウンに家族を傷つけられた者たちが付いていた。
     両者の登場で沸き立つ闘技場を、アナウンスがさらに盛り上げる。
    「『キング』クラウンと、『女神』ヒイラギ! 果たして勝つのは、女神か、王様か!
     それでは……、始めッ!」

     開始の合図が出され、クラウンは雪乃目がけて突進してくる。が、雪乃は右手を刀にかけ、腰を低く落としたまま、動かない。
    「オラオラ、何ボーっとしてやがる!」
     クラウンは雪乃の直前まで駆け込み、勢い良く鉈を上げる。
    「……稚拙ね」
     瞬間、雪乃の右腕が動き、弧を描いて刀が抜かれる。その軌跡は振り下ろされる鉈と交差し、ピン、と甲高い金属音をなびかせて、雪乃の体ごとクラウンの背後に流れていく。
    「……!?」
     異様な手ごたえを感じたクラウンは自分の右手を見る。鉈がどこにも無い。辺りを見回せば、雪乃の右後方に落ちている。
    「てめえ、こ……、の、……うぅ?」
     鉈を弾かれ文句を言おうと雪乃の目を見た瞬間、クラウンはピクリとも動けなくなった。
    「覚悟しなさい、クラウン」
    「……~ッ!?」
     その鋭い眼光と一言に、クラウンの全身がビクッと揺れる。
     これまでどんな対戦相手も出し得なかった、その体中を突き刺し、えぐるような威圧感――初めて浴びせられた殺気に、クラウンは怯む。
    「……」
     雪乃の刀が、ゆらりと動く。下段に構えられ、クラウンの左脚すぐ前に置かれた状態から、すっと右手首へ。
    「……ひっ」
     刀は右手首の上に流れ、肩の横、首筋まで進む。雪乃の目はなお、鋭さを消さない。
    「や、やめろっ」
     クラウンはここでようやく、動いた。ばっと後ろに飛びのき、怯えた目で雪乃を見ている。
    「やめろ? 勝負を、投げるのね?」
    「い、いや、そうじゃ……」
    「やるのね?」
     雪乃は刀を構え直し、クラウンののど元をもう一度狙う。クラウンはもう一歩後ろに下がり、首を振る。
    「いや、ちが……」
    「どっち?」
     雪乃が一歩踏み込む。クラウンはそこで己を奮い立たせ、鉈へと走り出した。
    「武器が、無きゃ、無理だろうが……!」
    「あら、そうなの」
     クラウンが自分の横を抜けようとした瞬間、雪乃は足払いをかける。
    「うわっ!?」
     クラウンは前のめりに転び、鉈に到達できずに倒れこむ。
    「それじゃ、わたしの勝ちね」
     クラウンが起き上がろうとしたところで、雪乃は首筋にもう一度、刀を当てた。
     滝のような汗を流しながら、クラウンは小さな声で「……参った」とつぶやいた。

    蒼天剣・回顧録 4

    2009.02.15.[Edit]
    晴奈の話、第216話。 気迫だけで。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「クラウンを倒すと宣言した後も、ユキノは表面上、いつも通りに戦ったわ。それと平行して、あたしたちの商売の手伝いもしてくれたの。 ピースと協力するようになってからはとってもうまく行ってたし、ユキノも力を貸してくれたおかげで、あっと言う間にあたしたちは……」「ついに……」 建物の前で、ピースが口を開く。「ここまで……」 横にいたボー...

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    晴奈の話、第217話。
    クラウンの苦悩と狂気。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「本当に行っちゃうの?」
     クラウンとの対戦から、3ヵ月後。
     雪乃はゴールドコーストを離れることを、ピースとボーダに伝えた。
    「うん、結構長居しちゃったし、そろそろ故郷に戻ろうかなって」
    「そう……。寂しくなるわね、ユキノがいないと」
     ピースもボーダも、しんみりした顔で別れを惜しんでいる。
    「そんな顔しないで、二人とも。また機会があれば、遊びに来るから」
    「うん、待ってる」
    「元気でね」
     雪乃は二人と堅い握手を交わし、旅支度へ移ろうとした。
    「……あ、待って」「最後に、いっこだけ」
     ところが、二人は手を放そうとしない。どちらも赤い顔をして、もじもじしている。
    「え?」
    「その、最後に一つだけ」「見て行って欲しいものがあるんだ」
     そう言ってピースとボーダは、ぼそっと雪乃に耳打ちした。
    「ああ、そう言うことね。うふふ……」
     話を聞いた雪乃は、嬉しそうに笑った。



    「そこで、お式を挙げたんですのね?」
    「うん、そう言うこと、はは……」
     酒を運んできたフォルナに先読みされ、ピースは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
    「コイツ、こんな顔してロマンチックなことが好きなのよ」
    「き、君こそ『絶対、ユキノに見せたいんだ』って言ったじゃないか」
    「はいはいはい、ノロケはその辺その辺っ」
     フォルナと同じく料理を運んできた朱海に止められ、ピースはコホンと咳払いをする。
    「ま、そう言うわけでユキノに結婚式を見てもらって、彼女はそのまま国に帰った。
     本当に、いい思い出だよ……。あ、そうだコウさん。君、彼女の弟子だって言ってたよね」
    「ええ、はい」
     それを確認したピースは、身を乗り出して尋ねてきた。
    「今、ユキノはどうしてるの? 元気?」
    「ええ。5年前に結婚し、子供もおりますよ」
    「本当に!? へぇ~……」
     今度はボーダが食いついてくる。
     その日の祝宴は主役の晴奈よりもむしろ、雪乃のことで盛り上がった。



    「あれ以来ヒイラギは、街から姿を消した。
     その後、何とか央南に戻ったことを突き止め、勝負をしたが――なぜか、負けちまう。全盛期の俺でも、だ。今はもう、絶対勝てねえだろうな。俺は老けたが、アイツはまだ、若々しいはずだからな。
     くそ……、何でアイツはまだ若いんだよ!?」
     クラウンの思い出話が、いつの間にか愚痴に変わっている。側近の黒服が、恐る恐る答える。
    「それは、あの、エルフだから……」「分かってんだよ、んなこたあ!」
     クラウンの逆鱗に触れ、答えた黒服は殴り飛ばされた。
    「アイツと比べて、俺は年を取った! 闘技場に行く度、ゼーハーゼーハー息切れしちまう! 商売もうまく行かねえし、いまだにこんな薄汚ねえあばら家をアジトにしてる始末だ!
     あああ、ちくしょう! 何で! 俺は! 成功しねえんだッ!」
     怒りに任せ、クラウンは机をドカドカと蹴り続ける。何度目かの蹴りで穴が空いたところで、もう一度爆発した。
    「くそーッ! イラつくぜーッ! ぐあーッ!」
     机を思い切り蹴飛ばし、完全に粗大ゴミにする。まるで子供の癇癪なのだが、殴られるのを恐れる側近たちは何も言わない。
     しばらく放っておいた後、ようやくクラウンの怒りは収まってきた。
    「ハァ、ハァ。くっそ、まだイライラするぜ。こうなりゃまたアレで、憂さ晴らしすっかな」
    「あれ、とは?」
     尋ねた黒服に、またクラウンが怒鳴る。
    「アレに決まってんだろうが! 『売る』んだよ!」
    「う、売るってまた、奴らに、その……」
    「他に何があるってんだ!? ああ!?」
     怒鳴るクラウンに対し、側近たちは怯えるよりも先に、嫌そうな顔をした。
    「その、あの。あんまり、やばいんじゃないですか? 金火公安に、そろそろ目、付けられるんじゃないか、と」
    「ああぁ!?」
     助言した側近を、クラウンがものすごい形相で睨んだ。
    「今、なんつった?」
    「で、ですから、やめた方が」
    「はあぁ? 聞こえねえなあぁ? お前からあぁ、売り飛ばしてやろうかあああぁ!?」
     またもクラウンは激昂する。怯えた側近たちは慌てて、訂正した。
    「い、いえ、何でもないです!」
    「そうか、ならいい。
     ……何をボーっとしてやがる? さっさと探して来いよ、オラ!」
     クラウンは机の残骸を投げつけ、側近たちを部屋から追い出した。途端に、ゼェゼェと肩で息をし始める。
    「くそ、苦しい……」
     ヨタヨタと椅子に座り込み、床に落ちた新聞を手に取って眺める。
    「……シリン、シュンジ、ウィアード。そこにセイナ、……か。くそ、何でこう、強いやつばっかり集まってくるんだ、最近は? 俺がますます、苦戦しちまうじゃねえか。
     ……でも、今のうちだぜ。いずれ『あいつら』に……。く、くくく……! 考えただけで笑えちまう! 『あいつら』に売り渡す時が楽しいんだ……。絶望した顔を見るのもいい。無駄にあがいて、張っ倒される時も笑いがこみ上げちまう。
     ああ、早くあいつら、獲物を見つけて戻って来ねえかな、く、くは、ははっ、ひひひひ……」
     誰もいない部屋でクラウンは笑う。
     その笑いには少なからず、狂気がこびりついていた。

    蒼天剣・回顧録 終

    蒼天剣・回顧録 5

    2009.02.16.[Edit]
    晴奈の話、第217話。 クラウンの苦悩と狂気。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「本当に行っちゃうの?」 クラウンとの対戦から、3ヵ月後。 雪乃はゴールドコーストを離れることを、ピースとボーダに伝えた。「うん、結構長居しちゃったし、そろそろ故郷に戻ろうかなって」「そう……。寂しくなるわね、ユキノがいないと」 ピースもボーダも、しんみりした顔で別れを惜しんでいる。「そんな顔しないで、二人とも。ま...

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    晴奈の話、第218話。
    伝説の剣士。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     晴奈が闘技場に参戦してから、1週間が過ぎた。
    「闘技場の運営もびっくりしてるみたいだよ」
    「と言うと?」
     尋ねた晴奈に、ピースは興奮した顔を向ける。
    「『瞬殺』なんて何年かぶりだもの。あっと言う間にあっちこっちの界隈で『女神復活!?』なーんてうわさが飛び交ってね。
     だもんで、運営からもう打診が来たんだ。レオンリーグに来てくれって」
    「ほう」
    「いいよね、セイナさん?」
     今度はピースに尋ねられ、晴奈は素直にうなずく。
    「ええ、異存ありません」
    「それでこそだ。……いや、実は勝手ながら、もう『行きます』って言っちゃってるんだ。多分セイナさんなら、うんって言ってくれると思ってたから」
    「ええ、その通りですね」
     もう一度うなずいた晴奈に、ピースも嬉しそうに言葉を続ける。
    「良かった。と言うわけで2日後、次の対戦が組まれた。いやぁ、ワクワクするなぁ」
     プレアを抱きかかえながら横で話を聞いていたボーダも、晴奈を褒めちぎる。
    「流石、ユキノのお弟子さんね」
    「いえ……」
     が、黙々と刀の手入れをし、淡々と受け答えする晴奈に、二人は揃ってけげんな顔を見せた。
    「どうしたの、セイナさん?」
    「何だか不満そうだけど」
     尋ねられ、晴奈も首を傾げ気味に答える。
    「ん……。いや、まあ。こんなものかな、と」
    「こんなもの?」
     聞き返すピースに、晴奈は不満を告白した。
    「以前に『焔の剣士や黒炎教団たちが苦戦している』とお聞きしましたが、実際のところ、私と相手との実力に、あまりにも差がありすぎる気がするのです。
     参加している者たちには失礼ながら、どうにも気合いが乗らなくて。現状でもかなり手加減しておりますし」
    「ああ、なるほど。とは言えまだ、セイナさんはレオンリーグに上がったばかりだし、そりゃまあ苦戦なんて、……あー、と、ちょっと待って」
     ピースは机の側に積んである新聞から、二、三日前の一本を取り出した。
    「うん、やっぱり今日だった。
     セイナさん、丁度今日のニコルリーグで焔剣士さんが対戦するみたいですし、一度観戦してみてはどうでしょう?」
    「ふむ。焔の剣士が、ですか」
     それを聞いて、晴奈は興味を抱く。
    (何ヶ月かぶりに、同門の姿を見られるか。
     異国の地で過ごして、ずっと焔とは離れていたからな。剣の話ができる相手が欲しかったところだ。行ってみようかな)



     ピースの勧めに従って、晴奈は闘技場に足を運んだ。ちなみに今日は、小鈴も一緒である。
    「珍しいわね。晴奈が他の人の試合、観に来るなんてさ」
    「ああ、同門が試合をすると聞いたから。とても興味深い」
     旅をしていた間はずっと、小鈴に対して敬語を使っていた晴奈だったが、アランとの戦い以降、二人は旧来の友人のように、対等に接するようになっていた。
    「あ、あの掲示板に書いてあるヤツ? 名前がソレっぽいけど」
     小鈴は受付横に置かれている、本日の試合日程が書かれた掲示板を指差した。
    「ふむ。央中語で書かれているが、確かにそれらしい名前の、……ナラ、サキ?」
     掲示板をしげしげと眺めていた晴奈の尻尾が、ピンと立つ。
    「ナラサキ!? ナラサキ、シュンジだと!?」
    「どしたの、晴奈?」
     小鈴が目を丸くして尋ねるが、晴奈は答えず、そのまま駆け出していく。
    (まさか、こんなところで……!?)
     晴奈は受付に飛び込み、係員に出場選手のことを尋ねる。
    「すまぬ! 本日のニコルリーグに出ている者のことを聞きたい!」
    「はい、何でしょうか?」
     慌てた様子の晴奈に動じることなく、係員が応答する。
    「ナラサキシュンジ、と言うのはどんな者だ!?」
    「えーと、ナラサキ様ですか。……はい、ニコルリーグ出場の方で、本日14時にC闘技場の方に出場されますね」
    「ほ、他に何か特徴は!?」
    「そう言われましても、私共でお答えできるのはここまでですね。ご了承ください」
     にべも無くあしらわれてしまったため、晴奈はそれ以上追求するのをやめた。
    「……そうか。とりあえず、その試合の観戦がしたい。大人2枚、頼む」
    「はい。お一人様40クラムです」
     係員は最後まで冷静に、晴奈をあしらった。

     晴奈たちは観客席に足を運び、試合の開始を待った。
    (ナラサキ、とは楢崎殿のことだろうか。昔、私と師匠が青江に赴いた際にその名を聞いた、楢崎瞬二その人なのだろうか?)
    「ねー、晴奈」
    「ん?」
    「さっきからナラサキって人にすごく反応してるけど、何かあったの?」
     心配そうに尋ねてくる小鈴を見て、晴奈はようやく心を落ち着かせた。
    「ああ、失敬。10年前、私と師匠は央南の青江と言う街に、その楢崎殿を訪ねたのだ。
     だが楢崎殿はある男にだまされ、道場を奪われてしまった。さらにご子息までも、その男によってどこかへ売り飛ばされた、と」
     晴奈の話に、小鈴は「うわぁ……」とつぶやいて表情を歪ませる。
    「そんな悲惨な人が、何でこんなところに?」
    「皆目、見当が付かない。最後に聞いた話では、息子さんを探して旅に出たとか。
     もしかすれば、ここへもその目的で……」
    「息子さんを探しにって、ソレでなんで闘技場なのよ? どー話つながんのよ、ソレ?」
     小鈴に指摘され、晴奈は口ごもる。
    「いや、それは、……うーむ、……確かに突飛すぎるか」
     そうこうするうちに、アナウンスが響く。
    「さあ、本日のニコルリーグ、519年第一期、第38戦が始まります!
     今回は今、最もエリザリーグに近い者、二人の対戦です! 東口からはカール・サプラス! 本大会での成績はまずまずの0.61! ある意味、最も順当に勝ち進んだ『狼』の勇士です!」
     アナウンスに応え、東口から現れた「狼」がブンブン手を振っている。
    「ふむ、少しおどけた様子はあるが、なるほど、確かに手練と言った雰囲気だ」
    「そうねぇ。いかにもお調子者っぽいけど、身のこなしに隙が無いわ。見たところ、武闘派な感じね」
     続いてアナウンスは、晴奈が気にしていた人物を呼び出した。
    「対する西口からはシュンジ・ナラサキ! その鋭い戦い方と哀愁のある風貌から、一部のお客様方から絶大な支持を受けている、異国の剣士であります! 現在の勝率は0.87! こちらもなかなかの成績で、勝ち進んでおります!」
     現れたのは、既に40の半ばかと言う頃の、非常に背の高い、痩せ気味の短耳だった。その瞳は多少窪んではいるものの、力強い光を放っている。
     晴奈も小鈴も、こちらの方が強そうだと直感的に感じた。
    「へーぇ。案外、強そうじゃない。渋くてちょっと好みかも」
     小鈴の一言に、晴奈は面食らう。
    「こ、小鈴?」
    「冗談よ、じょーだん。
     でもホント、あの『狼』と比べたら雲泥の差ね。十中八九、楢崎さんの方が勝つんじゃない?」
    「まあ、そうだろうな」
     対戦者が揃ったところで、アナウンスが一際場を盛り上げる。
    「この試合、果たして勝利の女神はどちらに微笑むのでしょうか!?
     それでは試合、開始っ!」

    蒼天剣・悲願録 1

    2009.02.17.[Edit]
    晴奈の話、第218話。 伝説の剣士。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 晴奈が闘技場に参戦してから、1週間が過ぎた。「闘技場の運営もびっくりしてるみたいだよ」「と言うと?」 尋ねた晴奈に、ピースは興奮した顔を向ける。「『瞬殺』なんて何年かぶりだもの。あっと言う間にあっちこっちの界隈で『女神復活!?』なーんてうわさが飛び交ってね。 だもんで、運営からもう打診が来たんだ。レオンリーグに来てくれっ...

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    晴奈の話、第219話。
    第二の黒服。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     始めに仕掛けたのは、カールと言う狼獣人だった。
     開始早々、彼は楢崎との間合いを詰めていく。
    「そらよッ!」
     勢い良く飛び込んできたカールに対し、楢崎は刀を構えて防ごうとする。
     いや――。
    「あれでは、防ぐしかない」
    「え?」
    「あれだけ近付かれては、刀の間合いからは外れてしまう。
     無理矢理叩いたとしても、当たるのは切れ味の悪い鍔元。有効打とは言えぬ」
    「切れないんでしょ? 闘技場に出る時は安全上の理由ってヤツで、刃に革被せてあるし」
    「刀はおしなべて鉄製であるから、その状態でも『打撃用の武器』と考えることはできる。
     だとしても、振り回す棒の根本を当てたところで、大した打撃にはならぬのだ」
    「なるほどねー」
     晴奈の言う通り、腕半分の距離まで踏み込まれた楢崎は攻勢に転じることができず、じっとカールの打撃に耐えている。
    「くッ!」
     ようやく楢崎が刀の腹で相手を押し返し、間合いを取り戻す。だがすぐに、カールがまたその間合いを潰してしまう。
    「これは……」「意外だったろ? まさか『瞬殺の女神』神話が、とっくの昔に崩れちまってるなんてな」
     晴奈の背後から、唐突に声がかけられた。
     振り向くとそこには、黒いスーツに黒い帽子、黒眼鏡まで揃えた、いかにも柄の悪そうな「狐」の男が座っていた。
    「誰だ?」
    「そりゃ昔は焔剣だとかの央南の剣術は、俺たちの文化に無かったからな。何だっけ、居合い抜きだとか、間合いの外し方だとか、そんなもん全然知らない俺たちは連戦練敗、うちのボスですら手玉に取られちまったんだからな。
     でも今は違う。昔と違って、俺たちは研究した。そう言う戦い方もあるってことを。そして、それとどう対抗していくか、ってこともな」
     黒服の男は偉そうに、晴奈たちに語ってくる。
    「だから、お主は誰だと聞いて……」
    「あ、こりゃ失礼。俺の名はバート。クラウン組の一味やってる、チンケな奴だよ」
    「クラウン……!?」
     あからさまに警戒する晴奈たちを見て、バートは慌てて手を振る。
    「いやいや、そういきり立つなよ、コウ先生殿」
    「私を知っているのか?」
    「ああ、ある程度は。うちのボスが嫌ってるヒイラギさんのお弟子さんってのも知ってるし、最近こっちに来てたってのも、うちの情報網がキャッチしてる。まあ、大方この闘技場で腕試しをしよう、ってことだと踏んでるんだが」
    「い、いや、そうでは……」
     返答しかけた晴奈を、バートは掌を差し出してさえぎる。
    「いいんだ、いいんだ。分かってるから。ま、そんなことはどうでもいい。俺がアンタとコンタクトを取ったのは、別件だ」
    「別件?」
     バートは懐から煙草を取り出し、口にくわえる。
    「そ、ちょっと聞きたいことあってさ。アンタのお師匠さんのこととか。
     ……あ、別にボスからの指示があったわけじゃねーよ。昔、ヒイラギさんを見たことがあってさ、……ファンだったんだ、へへ。ま、バレたらブン殴られるけどな」
     煙草をくわえながら、バートは恥ずかしそうに唇を歪ませる。
    「……むう。そう言う事情ならば、ちとがっかりさせてしまう話かも知れぬが。それでもいいか?」
    「え、まさか死んだのか?」
     晴奈は驚いた顔をするバートの額をぺち、と叩く。
    「縁起でもない。そうではなく、結婚したのだ。今は子供もいる」
    「へぇ、そーなのかぁ。はーぁ、お婿さんがうらやましいぜ」
     バートは額をさすりながら、本当にうらやましそうな声を漏らした。
    「んじゃ、今は幸せなんだな。……ならいいや、うん。元気って聞いてほっとしたぜ。
     そんならコウ先生、帰ったら『あんたの大ファンからよろしくと託った』って言っといてくれよ」
    「まあ、構わぬ。伝えておこう。他に聞きたいことはあるか、バートとやら」
    「そうだなー、何かあったかなぁ?
     ……っと、大事な用件を忘れてた。アンタ、央南の抗黒戦争の時、敵に拉致されたことあったって聞いたが、本当なのか?」
    「ああ。確かに天玄防衛の際、敵の手に落ちたことはあった」
    「で、その後単身、敵さんのアジトを落としたって聞いたけど、それも本当か?」
    「ああ。まあ、単身ではないが。もう一人、共に戦った者がいた」
    「そっかー。ま、それでも十分伝説だよなぁ。やっぱアンタ、英雄だ」
    「……まあ、それほどでも無い」
     口では謙遜したが、ほめられて悪い気はしない。
     それを見透かしたらしく、小鈴がニヤニヤしていた。
    「晴奈、アンタ耳ピッコピコしてるわよ」
    「……う」
    「はは……、機嫌悪くされねーでよかったぜ。
     それで、だ。アンタその後、敵さん――確か、シノハラ一派だったっけか――の行方について、何か知らないか?」
    「篠原一派の行方? ……ふむ」
     この質問を受け、晴奈は少しだけ、バートと言うこの男に警戒の念を抱いた。
     この件については当時から、不可解な点が浮上していたからである。

    蒼天剣・悲願録 2

    2009.02.18.[Edit]
    晴奈の話、第219話。 第二の黒服。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 始めに仕掛けたのは、カールと言う狼獣人だった。 開始早々、彼は楢崎との間合いを詰めていく。「そらよッ!」 勢い良く飛び込んできたカールに対し、楢崎は刀を構えて防ごうとする。 いや――。「あれでは、防ぐしかない」「え?」「あれだけ近付かれては、刀の間合いからは外れてしまう。 無理矢理叩いたとしても、当たるのは切れ味の悪い鍔元...

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    晴奈の話、第220話。
    迷宮入りした事件。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「……そう、あの人は討ち取られたのね。まあ、予想しないではなかったけれど」
     517年、天玄の地下刑務所。
     晴奈が陥落させた篠原一派の副頭領、竹田朔美は、軍司令のエルスから直接取調べを受けていた。
    「ええ、ご愁傷様です。……それで一つ、伺いたいことがあるんですが」
    「何かしら?」
     エルスに痛めつけられ、体中に包帯を巻いた朔美は不機嫌そうに応えた。
    「あなた方のアジトと言いますか、基地は他に、どこにありますか?」
    「え?」
     朔美の顔が、きょとんとしたものになる。この反応を意外に思い、エルスは尋ね直す。
    「ですから、基地です。他に隠れ家、あるんでしょう?」
    「いいえ、無いわよ。天神山のところにしか」
    「そんなはずは……」
    「ウソついてどうするって言うの? もうあなたたちに一網打尽にされたんだから、隠しても意味が無いじゃない」
     エルスはあごに手を当て思案しつつ、もう一度確認した。
    「では、アジトはあそこ一件、と」
    「そうよ、しつこいわね」
     嘘をついているように感じられず、エルスは事情を明かすことにした。
    「その、……実は、ですねー。我々はあなた方を全員、逮捕・拘束したわけでは無いんです。死体以外は」
    「え?」
     朔美はもう一度、きょとんとした顔をする。
    「我々が踏み込んだ時には既に、あなた方の一味と思われる者を発見できなかったんです。ちなみに教団員たちもいませんでした。
     残っていたのは、我々の軍の者しか」
    「全滅したって言うの?」
    「いえ、それにしては数が合わない。あなたの証言と隠れ家にあった名簿を照らし合わせ、確認したんですが、30名近い者の死亡がまだ確認できず、行方不明になっています」
    「何ですって?」
     朔美の顔色が、さっと青くなる。
    「残る可能性としては、どこかへ逃亡したものと。それでサクミさん、あなたに先程の質問をしたわけです」
    「わたしは間違いなく、篠原一派のすべてを把握しているわ。他に隠れ家なんて、絶対に無い。
     龍さん……、篠原はわたしに隠し事をするような男では無いし、そもそも敵がたった一人や二人、本拠地を徘徊してるだけで逃げ去るほど、わたしたちは腑抜けでも無いわ」
    「ですよね。……ともかく、そんなわけで現在捜索中ですが、行方は一向に分からないままです」
     篠原一派の行方に関するエルスの尋問は、ここで終わった。



     晴奈が篠原一派の顛末について知っているのは、エルスから伝え聞いた、この話くらいである。
    「そうか……。アンタんとこでも、行方はさっぱりなんだな」
    「ああ、そうだ。恐らくまだ、消息はつかめていまい」
     先程のお調子者ぶりを発揮していた時とは別人のように、バートの目は賢しげな光を放っている。
     それを見抜いたらしく、小鈴が探りを入れてきた。
    「んでさ、バート」
    「ん? ああ、何だ?」
    「『アンタんとこでも』って何?」
     尋ねられた途端、バートは「しまった」と言う顔をする。
    「……えっ? 何それ? 俺、んなこと言ったかなー? あっれー?」
    「言ったわよ、間違い無く。
     でも変よね、クラウンみたいなのがこんな話、気にするワケがないし。アンタ、ホントは何者なの?」
     小鈴の詰問に、バートは「う……」とうなり、顔をしかめる。
     と、急に明るい声を出し、話題を無理矢理変えた。
    「おっ!? あれ、まずいんじゃね?」
    「え?」
     バートは半ば慌てた様子で、リングを指差す。
    「ほれほれ、あのおサムライさん、結構ヤバいんじゃないの?」
     バートの指差す方を振り向いた途端、晴奈は短くうなった。
    「……む」
     既に2、3発拳を食らったらしく、楢崎の顔は若干腫れ上がっている。だがそれでも懸命に距離を取ろうと、刀を構え直している。
    「こりゃ、勝負は付いたかな。あのおっさん、こう言っちゃ悪いけど逃げ腰なんだもん」
    「うーむ……」
     バートの言う通り、確かに楢崎は間合いを重視するがゆえに、相手から離れようとするばかりである。その姿勢は確かに、逃げているとも見える。
    「……だが」
     晴奈は反論する。
    「間合いの概念は、こちらに一日の長がある。刀の間合いが取れずとも」
     晴奈の反論の間に、楢崎は不意に刀を下段に構えた。
    「体術の間合いも、我々は知っているのだ」
     刀が下ろされたことを勝機と見たカールは、もう一度飛び込んでくる。
    「……はッ!」
     同時に楢崎も、刀を下ろしたままカールに肩を向けて飛び込む。
     両者がぶつかった瞬間、パキ、と乾いた音と、カールのうめき声が聞こえてきた。
    「ぐ、へ……」
     楢崎の肩がカールの胸に食い込み、その肋骨を折ったのだ。
    「っは、おいおい……、タックルかよ、お侍さんが!」
     バートは眼鏡を外し、食い入るように見つめている。
     その様子とリングとを交互に見て、晴奈はニヤリと笑いつつ、こう締めた。
    「あれだけ近付けば、今度は拳の間合いが外れる。勝負あったな」
     楢崎が離れた途端、カールは胸を押さえてうずくまり、降参を宣言した。

     試合が終わってすぐに楢崎がリングを離れたのを見て、晴奈は席を立った。
    「おい、どこ行くんだ?」
    「楢崎殿のところだ」
     バートに素っ気無く答え、晴奈は急いで参加者控え室に足を運んだ。
    「失礼! 楢崎殿はいらっしゃいますか!?」
    「誰だ?」
     控え室の奥で、頬に氷を当てていた男が声をかけた。
    「私が楢崎だが」
    「おお……!」
     晴奈は深々と頭を下げ、名乗る。
    「私は焔流免許皆伝、黄晴奈と申します! 柊雪乃師範の下で修行いたしました! 楢崎殿のお話は、師匠よりかねがね伺っておりました!」
     晴奈の口上に、楢崎の窪んだ目が見開かれた。
    「何!? 雪乃くんの、お弟子さんだって……?」
     楢崎は氷を傍らに置き、晴奈につかつかと駆け寄ってしゃがみ込み、彼女の肩に手を置く。
    「顔を上げてくれ、黄くん。僕はそんなに偉い人間じゃない」
    「は……」
     そろそろと顔を上げた晴奈の目に、恥ずかしそうに笑う楢崎の姿が映った。

    蒼天剣・悲願録 3

    2009.02.19.[Edit]
    晴奈の話、第220話。 迷宮入りした事件。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「……そう、あの人は討ち取られたのね。まあ、予想しないではなかったけれど」 517年、天玄の地下刑務所。 晴奈が陥落させた篠原一派の副頭領、竹田朔美は、軍司令のエルスから直接取調べを受けていた。「ええ、ご愁傷様です。……それで一つ、伺いたいことがあるんですが」「何かしら?」 エルスに痛めつけられ、体中に包帯を巻いた朔美は...

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    晴奈の話、第221話。
    楢崎の悲願と黒服たちの思惑。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「それにしても何年ぶりだろうか、雪乃くんの名前を聞くのは……」
     長年行方をくらましていたその剣豪は、晴奈が思っていたよりもずっと柔和で、落ち着いた男だった。
     晴奈は小鈴と合流した後、ひとまず楢崎を赤虎亭に連れて行き、事情を聞くことにした。
    「楢崎殿。何故、あのような場所に?」
    「黄くんも含め、恐らくここにいる皆は、僕が腕試しのために来ているのだと思っているだろうね」
     楢崎の問いに、何故か晴奈たちについてきていたバートがうなずく。
    「違うのか?」
    「ああ。黄くん、青江を訪ね、僕が旅に出た事情を聞いたと言っていたね?」
    「ええ、息子さんがどこぞの組織に売られ、その行方を追っていると」
     楢崎は深くうなずき、手を顔の前に組んで話を続けた。
    「その延長線上の話なんだ。
     僕は長年中央大陸を歩き回り、昨年になってようやく、その人身売買組織がゴールドコーストに、頻繁に出入りしていることを突き止めたんだ。
     聞くところによれば、奴らは闘技場付近で観客や出場選手をさらい、売り飛ばしていると言う」
     楢崎の言葉に、バートの顔が青ざめる。
    「そりゃ、また……、えげつない話だな」
    「ああ、非人道的にもほどがある。だから、見張っているんだ。
     しかし、あまり不用意にうろついていると怪しまれる。そこで闘技場の参加者を装って、不審な人物がいないかと探していたのだが……」
    「アンタがあんまり強すぎて、ニコルリーグまでホイホイ行っちゃったわけだな」
     バートの推察に、楢崎は組んでいた手をほどき、皆から顔をそらし、恥ずかしそうに「……そうなんだ」とつぶやいた。
    「楢崎殿は昔から『剛剣』と呼ばれ、不世出の腕前を持っていたと聞いています。先ほどの戦いも、感服いたしました」
     ほめちぎる晴奈に、楢崎はまた恥ずかしそうに笑う。
    「いやいや、僕なんて大したことは無いよ」
     そして一転、疲れ切った顔をして、ぽつりと言った。
    「……己の息子一人守れず、何が『剛剣』なんだ」
     その言葉に、晴奈はひどく衝撃を受けた。
    (家元と、同じことを……)
     かつて晴奈に奥義「炎剣舞」を教えた焔流家元・焔重蔵もまた、「己の弟子を守れずして、何が師匠か」と嘆いていた。
     それを思い出した晴奈の心に、熱いものがあふれる。
    「な、楢崎殿!」
    「うん?」
    「わ、私、微力ながら、手助けさせていただきます!」
     楢崎の目が、また見開かれる。
    「いや、黄くん、そんな……。これは僕の責務だし、手を煩わせることは無いよ」
    「いえ! 是非、手伝わせてください!
     この黄晴奈、楢崎殿の心意気に感服いたしました! 是非、その姿勢を見習わせていただきたいのです!」
    「そ、そうか。それじゃ、うん……、手伝えることがあれば、その、手伝ってもらおう、かな、うん」
     困惑気味だったが、楢崎はどこか嬉しそうに了承してくれた。長い間助ける者のいなかった闘技場の生活、いや、この旅路に、楢崎は少なからず寂しさを覚えていたのだろう。
     実際、晴奈の申し出がよほど嬉しかったらしく、その後の楢崎はずっと楽しそうに振舞っていた。

    「はー……」
     散々飲み食いし、晴奈一行はテーブルに並んで突っ伏していた。
     既に店は閉まり、朱海とフォルナが並んで皿を洗っている。
    「晴奈、起きたかい!? さっさと皿、運んできてくれよ!」
    「ん、あ、……はい! ただいま参ります」
     晴奈はばっと顔を上げ、テーブルに散乱した皿やコップをかき集め、下げようとした。
    「……瞬也」
    「ん?」
     そこで、楢崎のつぶやきが聞こえてきた。
    「楢崎殿?」
    「……瞬也、僕は……」
    (寝言か。瞬也、とは楢崎殿の息子のことだろうか)
     突っ伏したままの楢崎の、ほんの少し薄くなった後頭部を見て、晴奈は切なくなった。
    (この人は、長い間探しているのだ。見つかる当てのないものを、ずっと)
     情報と言えば「人さらい組織がさらっていった」と言うことだけである。晴奈の「バニッシャー」探しよりも、はるかに先の見えない話なのだ。
    (もしその組織を見つけても、それが息子殿をさらった組織と同一だとは限らぬ。もしそうなれば、闘技場での監視だの活躍だのは、すべて水泡に帰すことになる。
     恐らく楢崎殿も、それは重々承知していることだろう。しかし……)
    「待っていてくれ……瞬也」
     不意に、晴奈の目から涙がこぼれる。
    (……それでも、やらなければならぬ。
     他に当ては無いのだ。確証が無くてもこれだ、と思ったものを追っていかなければ、それより他に、方策などないのだからな。
     どれほど心許無い、辛い旅であろうか)
    「晴奈ぁー、まだかー!?」
     朱海の声が、晴奈の憐憫をさえぎる。晴奈は皿を置き、涙を急いで拭う。
    「はっ、はい、今すぐ!」
     慌てて皿をまとめ直し、朱海のところへ持っていった。
    (もっと精進しなければ。
     この世には私が負っているより辛い不遇が、いくらでもあるのだ。私は『荷』が軽い分、もっと上を目指さなければな)



     どさくさに紛れ、晴奈たちとともに飲み食いしていたバートは、夕闇が深くなった頃になって朱海の店を離れ、裏通りへと向かっていた。
     その手前で、バートと同じく黒い服と黒い帽子に身を包んだ「猫」の青年と出くわした。
    「おっ、フェリオ。丁度良かったよ、そろそろ会おうと思ってたんだ」
     バートは周りを気にしつつ、その猫獣人、フェリオに耳打ちする。
    「どうもっス。そろそろ声かかるころかなーと思ってたんで、ココで待ってました」
     フェリオは嬉しそうな顔をして、バートに近寄ってきた。
     その人懐っこそうな顔を見て、バートは噴き出す。
    「ぷっ……、相変わらず勘がいいな、お前。
     そうそう、話は変わるが――ナラサキに会った」
    「ナラサキって、最近闘技場でブイブイ言わしてるおサムライさんっすか?」
    「そうだ。あいつ『あの組織』に勘付いてるぜ、どうやら」
     男にしては大きく、可愛らしいフェリオの眼がしゅっと細くなり、警戒心を漂わせる。
    「マジっスか」
    「ああ。しかし、クラウンが加担していることまでは気付いてないらしい。
     だもんで、……あの計画に、彼も誘おうかと思ってるんだ」
    「大丈夫っスか、ソレ? そりゃ、強そうな感じはしますけど」
     バートは黒眼鏡を外し、確信に満ちた目で応える。
    「ああ。彼なら俺たちの計画に、大きなプラスになる。それに……」
    「それに?」
    「コウにも会った。ほら、央南で起こった戦争で活躍した猫女の、セイナ・コウだ。彼女もまた、闘技場に参加している。ようやく今日、コンタクトが取れたんだ」
    「こ、コウ先生っすか! いいなー」
     うらやましそうに声と尻尾を伸ばすフェリオを見て、バートは短く笑う。
    「ハハ、何だお前、コウのファンなのか?」
    「そりゃもう、大ファンっス。
     女剣士ってだけで、もう萌えるじゃないっスかー。それに強くてかっこよくてスレンダーで、オマケにキレイですし、オレと同じ『猫』っスから、そりゃファンにもなっちまいますよー。
     今度じっくり話させてくださいよー、バートさん。話題に出したってコトは、先生もあの計画に参加させるつもりなんでしょ?」
    「……ああ。ナラサキにコウ、彼らの力があれば、この先随分、事はうまく運ぶだろうからな。この件、上に伝えておいてくれ。
     それからエランに、『テンゲンでの事件については、向こうの捜査当局も真相を知らない』と」
    「了解っス」
     フェリオはコクコクとうなずき、その場から走り去った。
     残ったバートは裏通りを眺め、今来た道を見返しながら、ぼんやりと自分の身を考えていた。
    (もうすぐだ……。ようやく俺も、表と裏を行き来する、この境界から離れられる。
     事はうまく、運んでいるんだ)
     バートは黒眼鏡をかけ直し、裏通りの奥にあるクラウンのアジトへと足を向けた。

    蒼天剣・悲願録 終

    蒼天剣・悲願録 4

    2009.02.20.[Edit]
    晴奈の話、第221話。 楢崎の悲願と黒服たちの思惑。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「それにしても何年ぶりだろうか、雪乃くんの名前を聞くのは……」 長年行方をくらましていたその剣豪は、晴奈が思っていたよりもずっと柔和で、落ち着いた男だった。 晴奈は小鈴と合流した後、ひとまず楢崎を赤虎亭に連れて行き、事情を聞くことにした。「楢崎殿。何故、あのような場所に?」「黄くんも含め、恐らくここにいる皆は...

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    晴奈の話、第222話。
    大人気、コウ先生。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「それッ!」
     今日も晴奈は闘技場にいた。
     今度の相手は――晴奈はほとんど対戦相手に興味を持っていないので、名前は開始直後に忘れた――央中の剣士である。
    「りゃあッ!」
     確かにピースの言っていた通り、ニコルリーグに入ると対戦相手が極端に強くなった。とは言え晴奈にとっては、ほとんどの場合「今まで10秒以内に倒せたのが、30秒かかるようになった」と言う程度であり、大局的に見れば代わり映えしなかった。
    「……はッ!」
     だから、この試合も時計の秒針が半周するかしないかのところで決着が付いた。
     晴奈の気迫に満ちた一撃とともに相手の剣がどこかに弾き飛ばされ、うろたえる相手と晴奈の目が合う。
    「あ、あ……」
    「どうする?」
    「……参りました」
     武器を失った相手は大人しく降参し、そこで試合が終わった。



     この頃になるとすでに、晴奈は闘技場の有名人になっていた。
    「あっ、コウ先生!」
     いきなりかけられる声に、晴奈の尻尾はびくついた。
    「な、何だ?」
    「コウ先生ですよね!?」
    「い、いかにも」
    「サインお願いします!」
    「さいん? ……ああ、署名のことか。えっと……」
     晴奈を呼び止めた「猫」の少年は目を輝かせ、色紙を差し出す。
    「コレにお願いします!」
    「承知した。……と、これでいいか?」
     横にいたピースから筆を借り、自分の名前をさらさらと書き付ける。
    「あ、あとココに僕の名前もお願いします! 『トレノくんへ』って!」
    「しょ、承知。……はい」
     少年は色紙を受け取ると、がばっと抱きしめた。
    「おい、墨がつくぞ」
     晴奈の心配をよそに、少年はとても嬉しそうに頭を下げた。
    「ありがとうございます、コウ先生! 頑張ってくださいね!」
    「あ、ああ。ありがとう」
     晴奈は始終、目を白黒させていた。
    「何がなにやら。何故、署名くらいであれほど喜ぶのでしょう?」
    「まあ、人気選手のモノは何だって宝物さ」
     ピースが肩をすくめて答える。
    「そんなものですかね……」
    「さ、ぼーっとしてるとまたねだられるよ。早く行こう」
    「あ、はい」
     ピースに急かされ、晴奈は闘技場を出ようとした。
    「あっ、コウ先生だ!」
     だが間に合わず、また声がかけられた。
    「あちゃ……。こりゃ、大変だなぁ」
    「な……」
     晴奈とピースがくるりと振り向くと、先ほどと同じような少年少女、青年、老人、おまけに晴奈と同年代であろう女性までもが、目を輝かせて並んでいた。
    「サイン、いいですか?」
    「こりゃ、書くしかないね。はい、サインペン」
    「は、はは……」
     ピースからまた筆を借り、晴奈は大勢のファンに向き直った。

    「で、結局何枚書いたの?」
    「きっちり数えたわけじゃないけど、50枚くらいじゃなかったっけ」
     ピースとともにチェイサー商会に戻った晴奈は、ボーダにサインをねだられたことを話した。ピースは笑いながら晴奈を茶化す。
    「あはは、すっかり有名人だね。今のうちに、僕も頼んでおこうかな」
    「ご、ご冗談を」
    「ははは……」
     晴奈の後ろにいたボーダも笑いながら、晴奈にお茶を出した。
    「はい、どうぞ」
    「あ、かたじけない。
     ……しかし、何故私のことを皆、『先生』と呼んだのでしょう」
    「うーん」
     ピース夫妻は一瞬目を合わせ、同時に首をひねった。
    「さあ?」「雰囲気じゃない?」
    「雰囲気、ですか」
     そこへプレアもやってきて、ボーダの意見に一言付け加えた。
    「だってお姉ちゃん、すっごくかっこいいし、たよれる感じするもん。ほら、あの、お父さんがいつも言ってる、えーと……」
    「ん? 僕が?」
     ピースが聞き返すと、プレアは手を叩いて答えた。
    「あ、そうそう! 『おねーさんキャラ』!」
    「あー、なるほどね」
     ピースもポンと手を叩き、娘の意見に同意した。言葉の意味が分からず、晴奈はまた首をひねる。
    「何ですか、それは?」
    「ほら、雰囲気がお姉さんっぽいってことだよ。コウさんって、いかにも妹か弟さんがいそうなイメージがあるし」
    「……まあ、確かに弟妹はいますね」
     晴奈の脳裏に、実の妹の明奈や、紅蓮塞の元弟弟子である良太、そしてフォルナの顔が浮かぶ。
    「案外、同性からも人気あるんじゃない?」
     ニヤニヤしているボーダに、晴奈は素直にうなずく。
    「ええ、確かにサインを求められました」
    「やっぱりー。そこがやっぱり、おねーさんなのよね」
    「そんなものですかね……」
     晴奈は気恥ずかしくなり、猫耳をしごいた。

    蒼天剣・姐御録 1

    2009.02.21.[Edit]
    晴奈の話、第222話。 大人気、コウ先生。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「それッ!」 今日も晴奈は闘技場にいた。 今度の相手は――晴奈はほとんど対戦相手に興味を持っていないので、名前は開始直後に忘れた――央中の剣士である。「りゃあッ!」 確かにピースの言っていた通り、ニコルリーグに入ると対戦相手が極端に強くなった。とは言え晴奈にとっては、ほとんどの場合「今まで10秒以内に倒せたのが、30秒か...

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    晴奈の話、第223話。
    でっかい女の子。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「おねーさんキャラ、ねぇ」
     朱海の店に戻り、チェイサー一家に言われたことを話すと、朱海も深々とうなずいた。
    「うん、アンタはお姉さんだ。そんな雰囲気あるな」
    「そうですか」
     店の奥で野菜の皮むきをしていた小鈴とフォルナも、うんうんとうなずいている。
    「うん、晴奈ってそんな感じする」
    「ええ、お姉さまですわ」
    「だよなぁ」
     晴奈は恥ずかしさを紛らわせるように店の奥へ入り、割烹着を着る。
    「あんまりからかわないでくださいよ……」
    「あっはっは……、悪い悪い、くっくく」
     恥ずかしがる晴奈を見て、朱海は爆笑していた。

    「でもさー」
     晴奈も店に立ったところで、朱海が唐突に話を切り出した。
    「真逆の奴もいるんだよ」
    「え?」
     晴奈は魚を捌きつつ、聞いてみる。
    「真逆、と言うのは?」
    「闘技場の参加者に、さ。
     アタシと同じ『虎』なんだけど、なーんか子供っぽい奴で、ホントに晴奈と正反対の奴なんだ。でも、背はめっちゃ高い。多分晴奈より、もうちょっと高いくらいかな」
    「私より背の高い、女ですか」
     余談になるが、晴奈の背は173センチと、女性にしてはかなり高い。
     央南では他の女性より頭二つほど飛び抜けていたし、成人男性と比べても遜色ないほどであった。央中でも、晴奈と同じくらい背の高い女性と言うのは彼女自身これまで見たことが無く、その上自分より背の高い女と聞いて、晴奈は興味を持った。
    「名前は?」
     魚を三枚におろし、骨を汁物用の鍋に入れながら、さらに尋ねてみる。
    「シリン・ミーシャ。央中東部出身の格闘家だよ」
    「ほう……」
     魚の身に衣をつけ、油の中に入れる。
    「確かもう、エリザリーグに行ったんじゃなかったっけな」
    「それは強そうな相手ですね。……っと、朱海殿、これでよろしいでしょうか」
     魚を油から引き上げ、朱海に見せる。
    「んー、……ダメ。もうちょい揚げて」
    「承知」
     魚をもう一度油に入れ、シリンの話を続ける。
    「少し、興味が沸きましたが……。エリザリーグは確かまだ、開催されていませんよね」
    「ああ、あと3ヶ月先になる。会ってみたいの?」
     魚をもう一度引き上げ、晴奈は答える。
    「はい、是非。……このくらいでしょうか」
    「うん、コレコレ。この色くらいにならないと。……さ、ジャンジャン揚げな」
    「承知しました」
     先ほどと同じ要領で、衣を着けた魚をぽいぽいと油へ入れる。一通り入れ終わったところで、朱海が提案した。
    「じゃあさ、会ってみるか?」
    「え?」
    「今呼べばすぐ来るよ。アイツ、大食いだし。
     じゃあ呼び出すからその間、銀鱈定食5人前作っといてくれよ。シリンの大好物なんだ」
    「5……、ってそれは、食べる、と」
     朱海は割烹着を脱ぎながら短くうなずき、そのまま店を出て行った。



     10分後、朱海が戻ってきた。
    「ただいまー。お、丁度できたところか?」
    「はい、もう少しで味噌汁もできあがります」
    「そっか、よし。……シリン、入っといで!」
     朱海は店の外に声をかける。と同時に、大きな影がのそっと暖簾を潜ってきた。
    「どーも、こんばんはー」
     味噌を溶いていた晴奈は、一瞬固まった。
    (な……!? で、でかいな)
     確かに朱海の言う通り、その虎獣人の女性はかなりの大柄だった。
     晴奈より頭一つ高く、そして晴奈の二倍は腕と脚が太い(おまけに胸に関しても、晴奈と比べ物にならない大きさだった)。
    「どーも、シリンでーす。アンタが、セイナさん?」
    「い、……いかにも。私が黄晴奈、……セイナ・コウだ」
    「ホンマに、背ぇ高いんやなー」
     シリンは妙な言葉遣いをしている。
    「あ、ああ。しかし、シリン殿の方が、その」
    「まー、そうやろなー。ウチ、ご飯ばっか食べてるから、でっかくなってもーてなぁ」
     けげんな顔をしている晴奈を見て、朱海が補足する。
    「あ、コイツのしゃべり方は央中東部の方言なんだ」
     シリンはコクコクとうなずき、胸を反らす。
    「そーなんよ。あ、ちなみにな、金火狐の人たちも元は東部出身やったらしくて、ウチと同じ話し方しよるらしいわ」
    「ほう……」
    「でも、セイナさんも変な話し方しよるよな?」
     シリンはカウンターにどすんと腰掛け、興味深そうに晴奈を見ている。
    「まあ、央南の生まれだからな。少々、おかしく聞こえるかも知れぬ。
     ……と、朱海殿。銀鱈定食5人前、完成しました」
    「よっし、それじゃ並べるか」
    「うっわ、鱈なん? ウチの大好物やんかー」
     シリンの顔が溶けるようにほころぶ。尻尾も嬉しそうにばたついている。
    「アケミさん、ありがとなー」
    「言っとくけど、金は払えよ」
    「……やっぱりかー。アケミさんのケチぃ」
    「商人はみんなケチだって。ほら、熱いうちに食べな」
     運ばれてきた銀鱈定食を見て、シリンは両手を合わせて喜ぶ。
    「あぁー、えー匂いやわぁ。ほな、いただきまーす」
     挨拶するなり、シリンはがっつき始めた。
     その食いっぷりを見て、晴奈は呆然とつぶやく。
    「怒涛の勢いだな」
    「むぐっ、だって、んぐ、うまいし。ホンマ、ゴクゴク……、『赤虎亭』は、もにゅ、ご飯うまいわぁー、むしゃ」
     食べながら話すシリンを、朱海が叱る。
    「こら、シリン。口にモノ入れながら話すなっての」
    「あ、……ゴクっ。ごめーん」
    「あー……、なるほど」
     晴奈は先程朱海が言っていたことを思い出し、納得した。
    (『おねーさん』の、真逆。『いもーと』だな)

    蒼天剣・姐御録 2

    2009.02.22.[Edit]
    晴奈の話、第223話。 でっかい女の子。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「おねーさんキャラ、ねぇ」 朱海の店に戻り、チェイサー一家に言われたことを話すと、朱海も深々とうなずいた。「うん、アンタはお姉さんだ。そんな雰囲気あるな」「そうですか」 店の奥で野菜の皮むきをしていた小鈴とフォルナも、うんうんとうなずいている。「うん、晴奈ってそんな感じする」「ええ、お姉さまですわ」「だよなぁ」 晴奈は...

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    晴奈の話、第224話。
    共通の悩み。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     閉店後、改めて晴奈はシリンと話をした。
    「改めて名乗る。セイナ・コウだ」
    「どもども、シリン・ミーシャですー」
     央中式に名乗り、央中風に握手して挨拶をする。数ヶ月になる外国の滞在で、晴奈も異国の生活に馴染んできていた。
    「エリザリーグに進んでいると聞いたが、どのような環境なのだ?」
    「んー、えっとなー、一言で言うとやっぱ、超辛いねんなぁ。あのアホキングもおるし、他にも、この前入ったばっかりのウィアードちゅうのんもいてて、ホンマに容赦せーへんヤツなんよ、コイツ。
     一戦終わるごとに肋骨折れてたり、目ぇ開かへんよーになってたりして、ボロッボロになるねんなぁ」
    「なるほど、相当だな。今はどのように過ごしているのだ?」
     シリンは腕をペチペチ叩き、楽しそうに答える。
    「そら、トレーニングしとるよ。
     ウチ、この前のんで結構稼いだから、割と小金持ちやねん。闘技場の方もリザーバー(代打選手)扱いでたまーにしか呼ばれへんから、今んとこずーっと体鍛えてるんよ」
    「ほう……」
    「ま、言い換えりゃ『働きもせずブラブラ』なんだけどな」
     カウンターから朱海が口を挟んでくる。
    「もー、変なこと言わんといてーな。人聞き悪いやんかぁ」
    「ちなみにコイツ、エリザリーグに出る前はアタシの店で働いてたんだぜ。『ご飯うまいから』って理由でな」
    「あぁん、恥ずかしいコトばっか言わんといてーなぁ」
     シリンは顔を赤くし、両手をバタバタと振っている。朱海は煙草を加えながら、ケタケタ笑っていた。
    「あっはは……、な、面白いヤツだろ、コイツ」
    「ええ、そうですね」
     晴奈もコロコロと表情を変えるシリンを見て、思わずにやけていた。
    「あー、もう! セイナさんまで笑てるしぃ。……ほな、今度はこっちから質問させてーな」
    「ん? 私にか?」
    「うん、ウチめっちゃ気になっとったんよ。最近巷で『コウ先生』『コウ先生』て、よー聞くし、どんな人なんやろって、ずっと思ってたんやけど……」
     シリンは目を輝かせ、晴奈の手を握る。
    「ウチ、ご飯作るのうまい人、めっちゃ好きやねん」
    「ぷ……、ケホ、お前、飯を基準に人を選ぶなよ」
     シリンの一言に朱海が吹き出し、煙草がどこかに飛んだ。晴奈もシリンの言葉に、困り顔になる。
    「ま、まあ。慕われて、悪い気はしない、が。……私の本分は剣士なので、できればそちらに着目してほしいのだが」
    「あ、うんうん、分かっとるよー、ちゃんと。
     聞いた話では、今んとこ負けなしで来てるらしいやん、セイナさん。それ、めっちゃすごいねんで?」
    「ああ、そうらしいな」
    「ウチでもニコルの勝率、8割くらいやで。ホンマ、セイナさんすごいわぁ。
     な、な、どんなトレーニングしてるん?」
    「む、そうだな……、早朝に走り込みと素振りをして」
    「うんうん」
    「店の仕込みを終えた後、昼に居合いの稽古と座禅、それから読書と」
    「おー」
    「で、夕方少し前から店の手伝いをして」
    「あ、ウチん時と一緒やな」
    「それが終わったら、夜半過ぎまで素振りと型稽古だな」
     晴奈のトレーニング内容を聞いて、シリンは感心したようなため息を漏らす。
    「はー……、偉いなぁ、セイナさん。ウチ、夜はぐっすり寝てしもてるわ」
    「それはそれでいいんじゃないか? 寝て体を作るのも、必要だからな」
    「そっかなぁ」
    「そうだ。鍛錬の仕方は人それぞれだからな。無理に人に合わせるより、自分に合った内容できっちり鍛え続けた方がいい。
     それに今、シリンは一日中ずっと鍛錬を続けていると言っていたし、きっと私より密度の高い修行をしているよ」
     晴奈にほめられ、シリンの顔が少しにやける。虎耳をぺた、と下げ、赤くなった顔を両手で覆う。
    「えへへ……、そんなん言われたら、恥ずかしいやん」
     その仕草を見て晴奈は少し、シリンを可愛く思った。
    (成りはでかいが、心は少女だな。確かにこれは、『妹』に思えてしまうな)
     と、朱海が二人に声をかける。
    「話弾んでるトコ悪いけどさ、もうそろそろ真夜中になっちまう。
     家ん中入って、続き話せよ。シリンも今日は泊まってけ」
    「あ、はい」「お世話んなりますー」
     晴奈とシリンは同時に立ち上がり、互いに背を見比べた。
    「改めて立つと、本当にでかいな。目線がほとんど同じ女を見るのは初めてだ」
    「ウチもやわぁ。何か嬉しいなー、そう言うトコ一緒の人がおって」
    「うん?」
     店の奥へと進みながら、晴奈が聞き返す。
    「実を言うとな、昔から気にしとってん、背ぇ高いの。他の女の子、ウチより全然小柄やし、びみょーに話し辛かってんなぁ」
    「分からなくは無いな。私も子供の時分から背が高かった。剣士をやる分には良かったんだが、いつも師匠や妹に見上げられるのが、少し難儀だった」
    「え、妹さんおるん?」
    「ああ、明奈と言ってな……」
     店の奥に入っても、寝室に行っても、晴奈とシリンの話はずっと続いていた。
     共に背が高く、そして故郷を遠く離れたところで出会った女傑同士である。性格こそ違えど、二人の間には共感できるものが数多くあったのだろう。

    蒼天剣・姐御録 3

    2009.02.23.[Edit]
    晴奈の話、第224話。 共通の悩み。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 閉店後、改めて晴奈はシリンと話をした。「改めて名乗る。セイナ・コウだ」「どもども、シリン・ミーシャですー」 央中式に名乗り、央中風に握手して挨拶をする。数ヶ月になる外国の滞在で、晴奈も異国の生活に馴染んできていた。「エリザリーグに進んでいると聞いたが、どのような環境なのだ?」「んー、えっとなー、一言で言うとやっぱ、超辛い...

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    晴奈の話、第225話。
    思いがけない再会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     数日後の早朝、晴奈はシリンから呼び出された。
    「どうした、シリン? こんな朝早くから」
    「あのな、あのな。ウチ、今日ニコル出るねん」
    「ほう」
     シリンによれば、本日出場予定だった選手が急病で倒れたため、リザーバーのシリンが急遽呼び出されたのだと言う。
    「ほんでな、良かったらセイナさんに見てもらおう思てな。今日の昼からやねん」
    「なるほど。分かった、予定を空けておく」
    「ホンマ? ありがとー、セイナさん」
     シリンは嬉しそうに晴奈の手を握り、ブンブンと振る。
    「お、おいおい」
    「ウチ、超頑張るからな、見ててなー」
    「ああ、分かった。分かったから、手を離せ」
     晴奈がなだめるが、シリンはなお嬉しそうに手をつかんだままだった。

     そして時間は過ぎ、午後一時少し前。
     晴奈は闘技場に出向き、選手控え室に寄った。
    「シリン、調子の方は……」
     呼びかけようとして、シリンが大会運営スタッフと話しているのに気付いた。
    「えー? 何やそれっ。話ちゃうやんか」
    「申し訳ございません、ミーシャさん」
    「まあ、ええけどな。折角久々に戦わせてもらうんやし、誰が相手でもええよ。で、相手誰になったん?」
     スタッフは困った顔で、シリンに耳打ちする。
    「……はぁ!? ウソやろ、それ? マジなん?」
    「は、はい」
    「……うっわぁ。勘弁してーなー、きついやんかぁ」
     シリンは露骨に嫌そうな顔を浮かべ、虎耳を伏せる。
    「あの、今ならまだキャンセルも……」「アホか! そんなんできるかっちゅうねん!」
     出場辞退を促したスタッフに対し、今度は憤る。
    「向こうに『ミーシャ選手は尻尾巻いて逃げましたー』言うんか!? そんな恥ずかしいコト、よぉせーへんわ!
     向こうに伝えとって、『ガチでやったる』ってな!」
     スタッフは何度も「申し訳ありません」と頭を下げ、控え室を出て行った。
    「おいおいシリン、一体どうした?」
    「あ、セイナさん。……いやな、今日対戦するはずやった相手、急に代わってしもたんよ」
    「何だって? それはつまり、出場予定の選手が両者とも、変更になったと言うことか?」
     目を丸くする晴奈に、シリンは両手を挙げながら椅子にもたれかかる。
    「せやねん、珍しいやろ? ……ほんで、代わりに戦うことになった相手も、リザーバーやねんな」
    「それは、また……。実質的に、エリザリーグになったようなものだな」
    「そーなんよ。ほんでな、その相手っちゅうのんが――あの『ウィアード』やねん」



     ウィアード――非現実的な者、不可思議な者、の意。
     シリンによれば、数ヶ月前にふらりと闘技場に現れるなり頭角を表し、あっと言う間にエリザリーグに選ばれた、狼獣人の男なのだと言う。
     素性は不明。闘技場に登録する際も本名を名乗らなかったため、受付の者が「ウィアード」と名付けたそうだ。
     現れた当初は素手での戦いだったが、途中何度か武器を変えている。うわさによれば、「どれが自分の手になじむのか、いまいち分からない」と言っているそうだ。だが、今まで扱ってきたどの武器でも達人級の腕前を見せており、晴奈と同じくニコルリーグまで、いや、エリザリーグにおいても、一度も負けなしで来ている。
     とにかく何もかもが不明な、つかみどころのない男なのだと言う。

     試合の時間になり、晴奈は観客席に移った。
     お決まりのアナウンスと共に、シリンが東口から現れる。シリンは観客席にいる晴奈と目が合うと、嬉しそうにバタバタ手を振った。晴奈も思わず、手を振り返す。良く見ると、周りの者も楽しそうに手を振っていた。
    (あの子は、皆から愛されているのだろうな)
     そんなことを考えながら、西口に目をやる。
    「……!?」
     西口から槍を持ってゆっくりと現れた男を見て、晴奈は我が目を疑った。
    (そんな、馬鹿な!?)
     男は髪も狼耳も、尻尾も真っ黒で、肌も若干浅黒い。大勢の注目を浴び、困ったように笑ったその口元は前歯が一本欠けており、差し歯がはまっている。
    「う……、ウィ、ル?」
     その男はどう見ても、晴奈と幾度も死闘を繰り広げた黒炎教団の僧兵――ウィルバーだった。

    蒼天剣・姐御録 終

    蒼天剣・姐御録 4

    2009.02.24.[Edit]
    晴奈の話、第225話。 思いがけない再会。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 数日後の早朝、晴奈はシリンから呼び出された。「どうした、シリン? こんな朝早くから」「あのな、あのな。ウチ、今日ニコル出るねん」「ほう」 シリンによれば、本日出場予定だった選手が急病で倒れたため、リザーバーのシリンが急遽呼び出されたのだと言う。「ほんでな、良かったらセイナさんに見てもらおう思てな。今日の昼からやねん...

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    晴奈の話、第226話。
    保釈金は、記憶。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     波の音がする。
     体は冷たく、そして痛む。
     手足の感覚が無い。動かそうとしても、動いた気配を感じない。
     目を開けてみる。手も足も、ちゃんとある。だが、動かないのだ。
    (なにが……どうなって……)
     起き上がろうとするが、手足が動かなければできない動作である。動くようになるまで、彼はただじっと、その場に倒れていた。
     首を動かすのも辛いため、視界はわずかしかなく、そして暗い。だが沖からの灯りで、大体の情報は伝わってくる。
     ここはどこかの波止場らしい。彼は波打ち際で倒れているのだ。
    (うみ……おれは……ながされたのか……)
     彼はまた気を失った。



     夢の中で、誰かの声が響く。
    (……分かっているな。これはお前が払うべき『代償』だ。
     お前がこれまでしてきた行いは、お前の父やその家族、それが率いる組織にとって非常に迷惑であり、損害を被るものだ。己の立場をわきまえず、己の欲望のままに行動して来たのだ。今までそうやって来て、何の『代償』も払わずに済むと思っていたのか?
     甘いぜ、お前は。そんな自分本位の甘えが通用するのは、子供までだ。お前はもう酒を飲み、遊びを知った大人だろう?
     ならばもう、この法則、この摂理に殉じて生きるべきだ。契約は公平にして、対等の理――即ち、等価交換。お前が自分勝手に過ごした分だけその報い、罰を受けてもらおう。
     流れ着いたこの街で、己を忘れて生きるがいい……)
     夢の中の景色はただの、真っ黒なうねりでしかなかった。



     次に彼が目を覚ましたのは、どこかの小屋だった。目を開けると、小さな子供と目が合った。
    「あ! 狼さん、目を覚ましたよ」
    「ホント? ホント?」
    「生きてたの?」
    「良かったぁ」
     何人もの子供の声がする。彼は体を起こし、辺りを見た。周りには子供が5人座っている。少し離れたところから様子を見ていた長耳の尼僧が、そっとカップを差し出した。
    「あの、狼さん。お水、どうぞ」
    「あ、ああ。ありがとよ」
     彼はそれを受け取り、中の水を一気に飲み干した。
    「……ぷはっ。はー……、うめぇ」
    「あの、狼さん、お体、大丈夫ですか?」
    「ん? ああ、ちょっとギシギシ言ってるけど、大丈夫だよ。
     それよりも、狼さんはやめてくれよ。オレにはウ……」
     彼は名前を名乗ろうとして、愕然とした。
    「う?」
    「ウ……、ウ……、何だっけ?」
    「え?」
    「ちょっと待ってくれ、名前……、オレの名前……、名前は……」
     尼僧はきょとんとした顔で、彼を見上げた。
    「狼さん、名前が無いのですか?」
    「……ダメだ。思い出せない。いや、それどころじゃねえ。
     何にも、思い出せねえ。オレはどこの誰で、何をしてたのか? どこに住んでて、何の仕事に就いてたのか? さっぱり思い出せねえんだ……」
     彼は頭を抱え、懸命に記憶を掘り起こそうとする。だが、いくら探っても、出てくるのはほとんど真っ黒に塗りつぶされた断片しかない。
    「猫……、猫獣人がいて、……オレは川に流されて、……山の上にいて、……怒鳴ってて、……猫獣人の女が、……焦げ臭い匂い、……檻に叩きつけられて、……叫んで、……猫女、……雨の中必死に動いてて、……あ、歯」
     彼は自分の前歯を探ってみる。尼僧もつられて、彼の口を覗き見る。
    「歯? ……あ、一本差し歯になっていますね」
    「ああ、確かこれは、……ダメだ、まったく思い出せねえ。くそ……」
     悩む彼を見て、尼僧が心配そうに見つめてくる。
    「あの、じゃあ、えっと。とりあえずお名前、ロウさんでいいですか?」
    「ロウ?」
     尼僧は胸に下げていた十字形のネックレスをつかみ、説明する。
    「あの、天帝教に出てくる、戦いを司る狼の神様の名前です」
    「天帝教……」
     何故か彼は、その宗教の名を聞いて嫌悪感を覚えた。
    「……何か、やだな。オレ、天帝教が嫌いなのかも」
    「あ、あ、では……」
     戸惑う尼僧を見て、彼は手を振った。
    「ああ、いいやロウで。他に思いつかねーし」
     彼はこうして、一つ目の名を得た。

    蒼天剣・黒幻録 1

    2009.02.26.[Edit]
    晴奈の話、第226話。 保釈金は、記憶。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 波の音がする。 体は冷たく、そして痛む。 手足の感覚が無い。動かそうとしても、動いた気配を感じない。 目を開けてみる。手も足も、ちゃんとある。だが、動かないのだ。(なにが……どうなって……) 起き上がろうとするが、手足が動かなければできない動作である。動くようになるまで、彼はただじっと、その場に倒れていた。 首を動かすの...

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    晴奈の話、第227話。
    守護者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ロウは自分を助けてくれたシルビアと言う尼僧に、今いる場所のことを尋ねた。
     まず、今いる街は央中の大都市、ゴールドコーストであること。それから、この小屋――大分痛んでおり、ロウは最初、部屋とすら思っていなかった――のこと。ここは央北天帝教教会の寝室であるらしい。
     シルビアは敬虔な天帝教徒で、3年ほど前、彼女の師であった宣教師とともに、このゴールドコーストにやって来たらしい。

     初めの頃は宣教師も精力的に布教活動を行い、本拠地にしていた教会も寄進で潤っていた。ところが2年を過ぎた辺りから、宣教師の様子が一変した。どうやら裏通りの博打に溺れ、それまでの真面目な生活に戻れなくなったらしい。やがて、姿を消したそうだ。
     それから彼女は、一人で教会を切り盛りしなくてはならなくなった。街中を回って布教活動を行い、教会で分厚い聖書を読み上げ、寄進も一人で求めに行った。だが、まだ18歳のシルビアだけではやはり限界があった。
     当然教会は寂れ、彼女は困窮した。そして、寂れた教会には色々と「もの」が寄ってきた。ガラクタやゴミは言うに及ばず、素性の知れない怪しい者たち、悪いうわさ、さらには――様々な事情で親とはぐれた、もしくは失った子供たち。



    「それが、こいつらか」
    「そうなんです」
     シルビアはコクリとうなずき、ロウの側を離れた。
    「ほら、トレノくん。ロウさんにお食事、持ってきてあげて」
    「はーい、シスター」
     猫獣人の男の子が、部屋から出て行く。
    「ふーん……。なあ、シルビア。何でここに、ずっといるんだ?」
    「え?」
     シルビアが意外そうな顔で振り返る。
    「だってさ、師匠はどっか行っちまったんだろ? 教会も潰れたし。国に帰って『ダメでした』って言った方がいいんじゃないのか?」
     シルビアはうつむき、静かにその理由を答える。
    「……元々、この街には央中天帝教が根付いてましたし、そもそも宗教より経営、経済が優先される土地柄です。ですから央北天帝教の評議会も、布教の効果が出るとは思っていません。
     わたしが戻ったらきっと、評議会はゴールドコーストへの布教を諦めるでしょう。私は二度と、この街に尼僧として戻ることは無いと思います」
     そこで言葉を切り、シルビアは子供たちを見る。
    「そうなれば、誰がこの子たちを守ると言うのです?」
    「……そっか。言われりゃ、その通りだよな。変なこと言って悪かった」
    「いえ……」
     そこで先ほどの男の子が、パンを持って戻ってきた。
    「シスター。ご飯、持って来たよ」
    「ありがとう、トレノくん。……ロウさん、少ないですがどうぞ」
    「ありがとよ、シルビア」
     他に行く当てのないロウは、しばらくこの教会で過ごすことにした。



     その夜、眠っていたロウは誰かに揺り起こされた。
    「ロウさん……、ロウさん……」
    「むにゃ……? ん、どうした?」
     ロウを起こしたのは猫獣人の女の子、レヴィだった。レヴィは今にも泣きそうな目で、ロウの腕を引っ張っている。
    「あのね、シスターが、変な人たちにからまれてるの」
    「何だって?」
     寝ぼけ眼だったロウは飛び起きた。途端に、強烈な痛みが体中に走る。
    「……! い、ってて……」
    「だ、だいじょうぶ?」
    「あー、……おう、大丈夫だ」
     口では強がるが、全身が非常に痛む。それでもレヴィを不安がらせないよう、平気なふりをする。
    「で、シルビアはどこにいるんだ?」
    「こっち。ついてきて、ロウさん」
     ロウはレヴィに手を引かれ、シルビアの元に向かった。

    「やめてください!」
     シルビアは酔っ払い3人に囲まれ、悲痛な声を上げていた。
    「いーりゃ、れーかよー」
    「へるもんりゃらし、ちょっと、ね、ちょっと」
    「いーじゃん、いーじゃん」
     酔っ払いたちはシルビアに言い寄っている。そのうちの一人が、シルビアの胸や尻に手を回してきた。
    「……! 嫌っ、やめて!」
     その反応に、酔っ払いたちはますます付け上がる。
    「うへへへ……、いやー、らめぇー、らってさ」
    「うひょー、たまんね」
    「やっちゃう? やっちゃおっか?」
     酔っ払い3人は下卑た笑いを上げ、シルビアを押さえつけようとした。ここでロウがシルビアの腕を引っ張り、酔っ払いたちから引きはがす。
    「やめろや! 嫌がってるじゃねえか、ボケ!」
     当然、酔っ払いたちは激怒する。
    「なんらー、このにーちゃん?」
    「やっべ、うっぜ」
    「うるせえ、あっちいけ!」
     酔っ払いたちはロウを突き飛ばそうとした。だが、その瞬間――逆に酔っ払いの一人が吹っ飛んだ。
    「ぎっ……」
     叫ぼうとしたようだが途中で気を失ったらしく、そのまま背中を激しく壁に打ち付け、動かなくなる。
    「お、おい」
    「な、なにすん……」
     続いてもう一人。くの字に折れて、そのまま頭から倒れる。ロウが膝蹴りを放ち、瞬時に気絶させていた。
    「あ、あ……」
    「オレが本気でキレないうちに、さっさと仲間連れて立ち去れ。でないと……」
     ロウは残った酔っ払いの目の前で、拳をボキボキと鳴らした。
    「お前ら全員すり潰して、魚のエサにしてやんよ。分かったら……」
    「……はひ」
     酔っ払いは慌てて倒れた仲間を引きずり、その場から逃げていった。
     酔っ払いたちが逃げ去った後もシルビアはうずくまり、両膝を抱えてガタガタと震えていた。ロウはシルビアの前に屈みこみ、優しく声をかける。
    「無事か、シルビア? 何もされてないか?」
    「は、はい。……あ、あの」
    「ん?」
     シルビアは震えながら、泣き出した。
    「わたし、夜が怖いんです……!
     毎晩のように、怖い人たちが来るんです。この1年、安心して眠れたことが、無くって」
    「……」
     ロウはうずくまったままのシルビアを、ひょいと抱えた。
    「ひゃっ……!? ろ、ロウさん?」
    「任せとけ。オレは――確か、きっと、多分――強いから、あんなバカどもは簡単に追い払ってやれる。だから今日から、安心して眠りな」
     まるでどこかの姫君のように抱きかかえられ、温かい言葉をかけられたシルビアの顔が、真っ赤に染まる。
    「は、はい……」
     ここで、ようやくシルビアの震えが収まった。

     シルビアはその夜、ほぼ一年ぶりに熟睡することができた。

    蒼天剣・黒幻録 2

    2009.02.27.[Edit]
    晴奈の話、第227話。 守護者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ロウは自分を助けてくれたシルビアと言う尼僧に、今いる場所のことを尋ねた。 まず、今いる街は央中の大都市、ゴールドコーストであること。それから、この小屋――大分痛んでおり、ロウは最初、部屋とすら思っていなかった――のこと。ここは央北天帝教教会の寝室であるらしい。 シルビアは敬虔な天帝教徒で、3年ほど前、彼女の師であった宣教師ととも...

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    晴奈の話、第228話。
    「ウィアード」の誕生。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     酔っ払いを撃退した後も、何度か不審者が教会に入ろうとしたが、その都度ロウが追い返した。ロウがやってきて1週間も経った頃には、シルビアたちはすっかり静かな夜を過ごせるようになっていた。
     と同時に、教会にあるうわさが立つようになった。と言っても悪口雑言の類ではなく、もっと神秘的なものである。
    「あの教会に狼の神様が棲みついた」と。

    「まあ、実際オレの名前はそいつから取ったわけだけどよ」
    「神様を『そいつ』呼ばわりしてはいけませんよ、ロウさん」
     シルビアが苦笑しつつ、ロウの頭を叩く。
    「いてっ」
    「あ、ごめんなさい。つい、子供たちと同じようにやってしまいました。
     ……でも、わたしには本当に、天帝様があなたを遣わしてくださったのだと信じています。本当にあの夜のことは、嬉しかったですから」
    「いいよいいよ、そんなの。……それよりさ、シルビア」
     ロウは恐る恐る、シルビアに尋ねる。
    「はい?」
    「メシ、もうちょっと多くなんね?」
    「……ごめんなさい」



     平和になったとは言え、依然としてシルビアの教会は赤貧状態だった。その日の食べ物にも困る有様で、細々とした寄進が途切れればあっと言う間に飢え死にしかねない状況だった。
     ロウは傷んだ教会の壁を子供たちと一緒に直しながら、金を得る手段が無いか相談した。
    「いい金稼ぎ、どっかに転がってねーかなー」
    「うーん。ロウさんもいっしょにきふをおねがいしに行けば?」
     レヴィの提案は却下。
    「それでも限界があるだろーが。一日50か、60クラムだろ、今もらえてる額って。オレが一緒に頑張ったとしても、せいぜい80くらいにしかならねーよ」
     続いてトレノの意見。
    「どこかのお店ではたらいたらどうかな?」
    「ちょっと見てみたけど、一日の賃金が200とか、300とかだぜ? そりゃ、少しは楽になるだろうが、焼け石に水ってもんだ。
     シルビアは働きに行けないしな。この教会を守ってるんだし」
     今度は短耳の男の子、ビートが手を挙げる。
    「じゃあ、自分たちでお店を開くとか」
    「元手も売るもんも無いだろ?」
     次は狐獣人の女の子、アズサ。
    「ロウさん強いから、どこかのよーじんぼーできるんじゃない?」
    「用心棒となると下手すりゃ、数日詰めることになる。その間、ここを守るヤツがいなくなるだろ」
     最後に手を挙げたのは熊獣人の男の子、チノ。
    「とうぎじょうは?」
    「ん? 問う議場?」
    「とうぎじょうならさ、戦うのは昼前から夕方までだし、ロウさんは強いからぜったい、かせげるんじゃないかな?」
    「……とうぎじょうって、闘技場か。……それは、いいかもな」
     ロウはチノの案を採用した。

     教会の修繕が一段落したところで、ロウはシルビアに闘技場に出てみる旨を伝えてみた。
    「え? 闘技場ですか?」
     シルビアの顔が一瞬にして曇る。堅い性格の彼女らしい反応に、ロウも困り顔になる。
    「いや、ほら、金無いからさ、ちょこっと、やってみようかなーって」
    「……あまりお勧めできませんね。野蛮なところですし、万一のことがあったら……」
    「そこら辺は大丈夫だよ。オレ、強いし」
     ロウは自信たっぷりに言い放ったが、シルビアは首を横に振りロウの手を握る。
    「ロウさん、あまりご自分を過信なさらないで。過去に何度も、己の力をたのみにして亡くなったり、失敗したりされる方は大勢いますよ。
     あの『黒い悪魔』も自分の絶大な魔力を過信した結果、魔剣『バニッシャー』に貫かれて、灼熱の溶鉱に堕ちたと言うではありませんか」
    「『黒い悪魔』……」
     その単語を耳にした瞬間、ロウの脳内で何かがざわめき、光ったような気がした。
    「どうなさったのですか、ロウさん?」
     いつの間にか顔をしかめていたロウをいぶかしがり、シルビアが心配そうに顔を覗き込んでくる。
    「……あ、ああ。何でもない。……でもさ、金はもうギリギリなんだろ?」
    「それは、そうですけれど。でも……」
    「頼むよ。試しに一回、な? それでダメだったら、他の金稼ぎを考えるからさ」
    「……分かりました。本当に危ないと思ったら、おやめになってくださいね」
     シルビアは渋々、了承した。



     次の日、ロウは早速闘技場に向かった。
    「参加登録って、ここでいいのか?」
    「はい。受け付けております」
     係員は無表情に答える。
    「参加してーんだけど」
    「では、こちらに出場を希望される方のお名前をお書きください」
     言われるがままに、ロウは用紙に記入する。
     ところが提出したところで、すぐに突き返された。
    「ここ、記入が抜けております。名字も入れていただかないと」
    「みょ、名字?」
    「同名の方がいらっしゃると混雑しますので、ご了承ください」
    「……うーん」
     係員は窓口から、ロウの顔を覗き込む。
    「仰りたくなければ、仮名でも結構ですよ」
    「いや、何つーかその、……実はオレ、記憶がなくって」
     無表情だった係員が、ここで初めて興味深そうな目を向けてきた。
    「え? 記憶が無いのですか、えっと……、ロウさん」
    「ああ。とりあえず拾ってくれたヤツからは、ロウって呼ばれてんだけど」
    「へぇ……。記憶のない男、ですか。では、私の方で適当に決めさせていただいてもよろしいですか?」
    「いいのか、そんなんで?」
     目を丸くするロウに向かって、係員は楽しそうに笑った。
    「ええ、原則として仮名でも結構となっておりますから、私が決めても問題ありません。
     そうですね、ウィアードと言うのはどうでしょう? 『不思議な者』と言う意味です」
    「……不思議、か。それ、面白いな。じゃあオレはロウ・ウィアードで」
    「かしこまりました。それでは登録させていただきますね」
     ウィアード――これが彼に与えられた二つ目の名前である。
     こうして、ここにロウ・ウィアードと言う人間が発生した。

    蒼天剣・黒幻録 3

    2009.02.28.[Edit]
    晴奈の話、第228話。 「ウィアード」の誕生。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 酔っ払いを撃退した後も、何度か不審者が教会に入ろうとしたが、その都度ロウが追い返した。ロウがやってきて1週間も経った頃には、シルビアたちはすっかり静かな夜を過ごせるようになっていた。 と同時に、教会にあるうわさが立つようになった。と言っても悪口雑言の類ではなく、もっと神秘的なものである。「あの教会に狼の神様が棲...

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    晴奈の話、第229話。
    強豪二人の戦い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     話は現在――双月暦519年の春、晴奈がシリンの試合を観戦しに訪れた日に戻る。
    (間違いない……! あれはウィルだ!)
     観客席でロウの姿を見た晴奈は、思わず立ち上がる。
    「おい、見えねーぞ! 座れ、そこの三毛猫!」
     後ろから野次が飛び、晴奈は慌てて座り直した。
    「失敬、少々狼狽したもので」
    「あれ? アンタもしかして、コウ先生じゃねーか?」
    「え、本当?」
    「あ、コウ先生だ!」
     振り返り、謝った途端、晴奈はキラキラと目を輝かせる観客たちに詰め寄られた。この期待に満ちた目つきは、以前も見たことがある。
    「……サイン、か?」
    「え、お願いしちゃっていいんですか? 参ったなー、もう」
     押し寄せた観客たちは嬉しそうに、筆と色紙を出してきた。
    (し、試合が見られぬ)
     晴奈はやや困り顔で色紙を捌く。
     だが、ここであることを思いつき、観客たちに尋ねてみる。
    「お主たちは、闘技場の選手に詳しいのか?」
    「ええ、人気選手のことなら何でも知ってます!」
    「なるほど。では、今対戦している者たちのことは知っているか?」
     晴奈の問いに、観客たちは一瞬固まる。
    「うっ。……えーと、ミーシャちゃんは知ってるんだけど、ウィアードはさっぱり」
     異口同音に返ってきたこの答えに、晴奈は少しがっかりした。

     それでも観客たちは代わる代わる、自分たちの知っていることを教えてくれた。
    「ウィアードが登場したのは確か、8ヶ月か、9ヶ月くらい前だったな」
    「初めは素手だったんだけど、途中で武器も使えるって知って、色々使うようになった」
    「でも、いまだに手になじむ武器が無いって言ってて、何度か変えてますね」
    「いつもは南西部の教会に住んでて、そこのシスターや子供たちとは仲いいみたいよ」
    「そうそう。で、最近は何か、恋人みたいな関係になってるらしいのよ」
    「うんうん、仲睦まじいって言うか、ほほえましいって言うか」
    「こないだのエリザリーグで手に入れた賞金も、全額その子にあげちゃったって話っスよ」
    「エリザリーグと言えばさー、キングも災難だったよな」
    「あーあー、確かにな。開始から10秒くらいで秒殺だろ? ありゃ、面目丸潰れだったよなぁ」
    「本当、本当。あの後のキング、すっげー荒れてたもんなぁ」
    「結局シリンちゃんにも負けて、全部で2勝2敗だもんなぁ。もうあの人もおしまいかねぇ」
    「今回の2人同時代打でも、声かかんなかったんだろ?」
    「マジ、引退説も流れてるっぽいっスよ」
     途中からクラウンの話になり、晴奈は慌ててさえぎる。
    「待て、待て。私はウィアードのことを……」
    「あ、そうだった。すみません、コウ先生。……ああっ!」
     観客たちが一斉にどよめき、リングの方を向いた。



    「アッハッハ……、どや、ウィアード! 降参するか!?」
     シリンが槍の残骸を握りつぶし、勝ち誇ったように笑う。彼女は自慢の馬鹿力で、ロウの槍を真っ二つに折ったのだ。
    「ざけんな、ミーシャ! これしきのことで、オレが参ると思うのかよ!」
     ロウは先端が折り取られ、ただの棒と化した槍を構えた。それを見たシリンは首をかしげる。
    「何してんのん、ウィアード? そんな棒切れ、使い物にならへんやん」
    「ヘッ、甘えな!」
     ロウは棒をくるくると回し始めた。
     ロウの体の周りを縦横無尽に回転し、まるで生き物のように動く様子を見たシリンは、ゴクリと生唾を飲む。
    「……それ、演舞か何かのつもりなんか? ココは闘技場やで」
    「分かってら、んなことは。……ほれ、行くぜ!」
     一通り演舞を披露したロウは棒を構え直し、シリンとの間合いを詰め始めた。
    「せいッ!」
     シリンも間合いを詰め、彼女の正拳突きが先に繰り出される。ロウはそれを紙一重でかわし、棒をシリンの鳩尾目がけて突き入れる。
    「うりゃあッ!」
     だが鳩尾の直前で、シリンが正拳突きを出していた右腕で棒を払い、その勢いのまま右脚を上げる。棒を絡め取られたロウの両手と肩、そして頭が前へと引き寄せられ、ロウの後頭部にシリンの脚が命中した。
    「う、お……」
     ロウの視界が、グニャグニャと揺れる。どうやら今の一撃で、脳震盪(のうしんとう)を起こしたらしい。たまらず膝を着き、棒を落とす。
    「勝負あったな、ろ……」
     勝利を確信したシリンの言葉が、途中でさえぎられる。
     ロウが膝を着いたところで、自分の体勢が崩れたことを逆に利用し、脳が揺れるのをものともせずに水面蹴りを放っていたのだ。足を取られ、体勢を崩したシリンの鳩尾に、ロウの肩がめり込んでいた。
    「ウソやろ、こんなん……」
     シリンは驚いたようにつぶやき、そのまま気絶した。ロウも数秒後に気を失い、二人は折り重なるように倒れた。

     判定は引き分け。賞金は二人で折半となった。

    蒼天剣・黒幻録 4

    2009.03.01.[Edit]
    晴奈の話、第229話。 強豪二人の戦い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 話は現在――双月暦519年の春、晴奈がシリンの試合を観戦しに訪れた日に戻る。(間違いない……! あれはウィルだ!) 観客席でロウの姿を見た晴奈は、思わず立ち上がる。「おい、見えねーぞ! 座れ、そこの三毛猫!」 後ろから野次が飛び、晴奈は慌てて座り直した。「失敬、少々狼狽したもので」「あれ? アンタもしかして、コウ先生じゃ...

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    晴奈の話、第230話。
    ロウの迷い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     シリンとロウが二人並んで救護室で横になっていたところに、晴奈が現れた。
    「大丈夫か、シリン」
    「あ、姉やん」
     晴奈は呆れた顔で、シリンの額を叩く。
    「誰が姉だ。良く見ろ、シリン」
    「……あ、ゴメン。なんかまだ、アタマん中ぐっにゃぐにゃしとるねん」
    「だろうな。あの一撃は流石の私でも倒れる」
     シリンも呆れた声を出し、対戦を振り返る。
    「ホンマ、隣のアホは降参しよらへんからなぁ。思いっきり頭蹴飛ばしたったのに、まだあんな動けるなんて思わへんかったわ」
    「倒れたからって油断してんじゃねーよ」
     横のベッドで寝ていたロウが、声をかけてきた。
    「まだ気絶したわけじゃねーんだから、最後まで気を抜くなっつーの」
    「フン。ウチに言わせてもらえばな、アンタがおかしいっちゅうねん。脳みそ、あらへんのとちゃう?」
    「バカ言え」
     横になったまま言い合いを始めた二人を、晴奈が止める。
    「うるさい、二人とも。ここは病室だぞ」
    「……はーい」
     素直に従うシリンに対し、ロウは反発する。
    「ああん? 何で赤の他人から命令されなきゃいけねーんだ?」
    「何を言っている、ウィル」
     晴奈はロウの顔を覗き込み、憮然とした表情になる。
    「誰が赤の他人だ。戦場で何度も戦った仲ではないか」
    「……? 誰だ、アンタ」
    「ふざけるな、ウィル。私の顔を忘れたとは言わせぬぞ」
     ロウはむくりと起き上がり、しげしげと晴奈の顔を見つめる。
    「なあ、アンタ。人違いじゃねえか? オレはロウ・ウィアードって言うんだけど」
    「何だと?」
     愕然とする晴奈を見て、ロウは不思議そうに尋ねてくる。
    「オレ、アンタと会ったことねーよ。誰、ウィルって」
    「覚えて……、いないのか?」
     ロウはブルブルと首を振る。
    「だから、知らねーってば。……んじゃ、オレそろそろ行くわ」
     ロウはベッドから降り、若干フラフラとした足取りで救護室を出た。残った晴奈は、その後姿を呆然と見つめていた。
    「人違いだとでも言うのか!? 馬鹿な、あの顔と歯は間違いなくウィルだ!」
    「姉やん、自分ここ病室やって言うたやん。静かにしいや」
     まだ横になったままのシリンに注意され、晴奈は慌てて口を押さえた。
    「っと、すまぬ。……だから、私はお主の」
     シリンの呼び方を咎めかけたが、そちらの方はもうどうでもよくなってしまったので、何も言わずにおいた。
    「……まあ、いいか」



     救護室から逃げるように出て行ったロウは、心の中で葛藤していた。
    (あの女、オレを『ウィル』と呼んだ。ウィル……、何か、懐かしいような気がする。もしかしたらオレは、ウィルと言うヤツだったのかも知れない。
     あの猫女は、オレの過去を知っているのか? でも……)
     ロウの脳裏に、シルビアや子供たちの顔が浮かんでくる。
    (オレが過去を思い出して、『ウィル』って言うヤツの、その境遇に戻らなくちゃならなくなったら、今の生活は一体どうなる?
     シルビアはまた、不安な夜を過ごさなくちゃならなくなる。ガキどもも、またシルビアが一人で面倒見なきゃいけなくなるだろ?)
     ロウは短く首を振り、独り言をつぶやいた。
    「……オレは今の暮らし、変えたく無いんだ」

     教会に戻ると、子供たちが出迎えてくれた。
    「ロウさーん! おかえりー!」
    「おう、ただいまー」
     ロウが前回のエリザリーグで優勝した際、その賞金はすべて教会及びシルビアに寄付した。教会はその莫大な寄付金で綺麗に修繕され、穏やかに暮らせるようになった。
    「おかえりなさい、ロウさん」
     シルビアが笑顔で出迎える。
    「ああ、ただいま。いやー、今日は疲れたぜ。ほら、賞金」
    「勝ったの? 勝ったの?」
     チノの声に、ロウは苦笑いを浮かべる。
    「いや、引き分けだった。相手もエリザに行ったヤツでさ、苦戦したぜ」
    「おつかれさま、ロウさん」
     アズサが手渡した飲み物を受け取り、ロウはいつものように一息で飲み干す。
    「……ぷは。いやー、うまいわぁ」
    「ねえ、ロウさん」
     シルビアが切なげな顔で、ロウの手を引く。
    「いつまで頑張るのですか?」
    「えっ」
     シルビアの手を握る力が強くなる。
    「だって、もうお金は十分手に入りましたよ。全部で150万クラムもあります。これだけあれば、わたしたちは十分暮らして行けます。もう危ないことは、しないでいいんですよ」
    「……いや、シルビア」
     ロウはシルビアの手を握り返す。
    「オレ、何て言うかその、ちょっと、思うことがあるんだ」
    「えっ?」
     ロウの言葉を聞き、トレノとレヴィがイタズラっぽい笑いを浮かべる。
    「もしかしてロウさん、シスターと……」「あつあつー」
     シルビアは顔を真っ赤にしてうつむく。ロウは苦笑しつつ、それを否定した。
    「バッカ、そうじゃねーよ。オレが思ってるのはな、お前らみたいなヤツらのことだよ」
    「この子たち、みたいな……?」
    「ああ。このゴールドコーストにはまだまだ、コイツらみたいに身寄りの無い子が溢れてるだろ? できる限り、助けたいと思ってさ。だから、孤児院みたいなの作ろうかなって」
    「まあ……!」
     ロウの考えを聞いたシルビアは、嬉しそうに微笑んだ。
    「ロウさん、あなたは本当に神様みたい……! そんなことまで考えてくださるなんて! 本当に、ありがとうございます!」
     シルビアは嬉しさのあまり、ロウに抱きついた。
    「お、おいおい。そこまで感動するなよ、オレはただ……」
    「あっつあつー」「あっつあつー」
     抱き合う二人を見て、子供たちがはやし立てていた。



     その晩、ロウは夢を見た。
     どこかの川の真ん中に、自分が立っている。目の前には、あの猫侍がいる。
    「何……、だと?」
     猫獣人は自分を睨みつけながら、半ば驚いたような顔で尋ねてくる。
    「ずっと……たかった」
     自分が何かを言っている。だが激しい水音で、自分で何を言っているのか聞き取れない。
    「……」
     だが、相手には伝わっているらしい。猫女の顔色が、ひどく青くなってくる。自分はなお、何かを叫んでいる。そしてこの一言だけ、妙にはっきりと聞こえた。
    「オレは本当、戦うことが好きだったんだ」

    「……!」
     ロウは飛び起きた。隣のベッドで眠っていたシルビアが、薄目を開ける。
    「……どうしたのです、ロウさん?」
    「い、いや。何でもねえ」
    「そう、ですか……、すう」
     シルビアは目を閉じ、すぐにまた眠った。
    (『戦うことが好き』、……だって? あれは、オレの言ったことなのか?
     オレが孤児院を建てるって言ったことは、間違いなく本心だけど。でも、その真意は、単に戦う理由がほしかったってだけ、なのか?
     おいおい、何をバカなこと考えてるんだ、オレは。オレがオレの心を理解できない、見知らぬオレに振り回されるなんてこと、あるわけねーじゃん。そうさ、これはただの夢。セイナが勝手なことを言ったから見た夢だ)
     ロウは布団をかけ直し、目を閉じる。段々と眠気が押し寄せる中、ロウはちょっとした疑問を抱く。
    (あれ……? オレ、何であの女の名前、知ってるんだ……?
     セイナって、どこで聞いたんだっけ……?)
     その答えを導き出すことも無く、ロウは眠りに就いた。

    蒼天剣・黒幻録 終

    蒼天剣・黒幻録 5

    2009.03.02.[Edit]
    晴奈の話、第230話。 ロウの迷い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. シリンとロウが二人並んで救護室で横になっていたところに、晴奈が現れた。「大丈夫か、シリン」「あ、姉やん」 晴奈は呆れた顔で、シリンの額を叩く。「誰が姉だ。良く見ろ、シリン」「……あ、ゴメン。なんかまだ、アタマん中ぐっにゃぐにゃしとるねん」「だろうな。あの一撃は流石の私でも倒れる」 シリンも呆れた声を出し、対戦を振り返る。「...

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    晴奈の話、第231話。
    気になるアイツ?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「うーむ」
     その日も晴奈の座禅ははかどらなかった。じっと腰を落ち着け瞑想に入ろうとしても、どうしてもあの男の顔が頭に浮かんでくるからだ。
    「うーむ」
    「どうされたのです、セイナ?」
    「うーむ」
     フォルナが尋ねてきたが、晴奈は応えない。
    「あの、セイナ」
    「うーむ」
    「うんうんうなってんじゃないよ、呪いの人形かアンタはっ」
     見かねた朱海が、晴奈の頭をはたいた。
    「あいたっ」
    「どうしたんだよ、晴奈。ここんとこずっと、そんな調子じゃないか」
     朱海もフォルナも、心配そうな顔で晴奈を見ている。
    「あ、いえ。大したことではないのですが」
     晴奈は先日、闘技場で見た狼獣人、ロウのことを説明した。
    「ふーん……。昔のライバルに似た『狼』ねぇ」
    「前に言っていた、ウィルバーと言う方にそっくりなのですか?」
     晴奈は短くうなずき、またうなりだす。
    「うーむ」
    「うなるな」
    「あ、失敬。……どうしても気になってしまって」
    「気になる、ねぇ」
     朱海は煙草に火を点けながら提案してみる。
    「んじゃ会ってみたら? もっかい、確認してみりゃいーじゃん」
    「……ふむ」
    「それでは、わたくしもご一緒してみてよろしいかしら?」
     フォルナが手を挙げる。
    「うん?」
    「そのウィルバーと言う方は何度か、セイナの話に上がってらしたので。一度、お顔を拝見してみたいと」
    「まあ、その。本当にウィルなのか、確証はないのだが。それでもいいなら、一緒に来い」
    「はいっ」
     フォルナは嬉しそうに、晴奈の腕を取った。

     ロウが住んでいると言う教会の住所を朱海から聞き(情報料10クラム)、晴奈とフォルナは連れ添って街を歩く。
    「あ、セイナ。あの服、可愛いと思いませんこと?」
     通りに並んだ服飾店を指差し、フォルナが晴奈の手を引く。
    「ふむ。ヒラヒラしていて、少し動きにくいかも知れないな」
     晴奈の反応に、フォルナはぷくっと頬を膨らませる。
    「もう、そんな話ばっかり。たまには女の子を楽しめばよろしいのに」
    「いやいや、これでも故郷にいた頃はそれなりに装っていたぞ。まあ、『刀が使いやすいこと』が前提ではあったが」
    「そこは外せませんのね、クスクス……」
     今度は一転、笑い出す。
    「まあ、実を言ってしまうと」
    「うん?」
    「ウィルバーさんに会ってみたい、と言うのは口実ですの。本当はセイナと、久々にお散歩したいと思っておりまして」
    「はは、そうか。ま、悪くは無い」
    「……ねえ、セイナ。ひとつ、聞いておきたいのですけれど」
     また表情を変えて尋ねてくるフォルナに、晴奈は足を止めて聞き返す。
    「何だ、改まって」
    「その、ウィルバーさんのこと、セイナはどう思ってらっしゃるの?」
    「それは……、どう言う意味でだ?」
    「ご友人と思っているのか、それとも相容れない敵なのか、もしくは……、想い人、とか」
    「はは、想い人とは面白いな」
     晴奈は笑って、それを否定する。
    「それは、無いな。長い付き合いだったし、何だかんだ言って憎からず思っていたのは確かだ。それにあいつも二度、私に想いを告げてきたことがある。
     が、私はあいつのことを好敵手と思ったことはあっても、相棒だ、伴侶だと思ったことは無い。どんな境遇だったとしても、どこまで行ったとしても、恐らくは友人どまりだろうな」
    「あら、そうなのですか」
    「不満そうだな。間に何かあって欲しかったのか?」
     フォルナの言い方が引っかかり、晴奈は突っかかる。
    「いいえ、別に。満足も不満もございませんわ」
    「本当か? 何か、他意があるんじゃ……」「ございませんわ」
     本当に他意はなかったらしく、フォルナは不機嫌な顔になった。
    「そうか。まあ、変なことを言ったな」
    「いいえ、別に気にしておりませんわ」
     口ではそう言うものの、目はまだ多少不機嫌そうな色が見える。
    「……そうか」「そうですわ」
     少し気まずくなったので、二人はこれ以上この話を続けることは避けた。

     余談になるが、晴奈はとりあえずフォルナの機嫌を直すため、可愛い帽子を買ってあげた。丸く、モコモコした白い毛並みの帽子で、帽子好きなフォルナの機嫌はすぐに直った。

    蒼天剣・交差録 1

    2009.03.04.[Edit]
    晴奈の話、第231話。 気になるアイツ?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「うーむ」 その日も晴奈の座禅ははかどらなかった。じっと腰を落ち着け瞑想に入ろうとしても、どうしてもあの男の顔が頭に浮かんでくるからだ。「うーむ」「どうされたのです、セイナ?」「うーむ」 フォルナが尋ねてきたが、晴奈は応えない。「あの、セイナ」「うーむ」「うんうんうなってんじゃないよ、呪いの人形かアンタはっ」 見かねた...

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    晴奈の話、第232話。
    再会、と言えるのか……?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     晴奈とフォルナは商店街を抜け、遠目に港を眺められる南西区の教会に到着した。わずかに潮の香りが漂い、周りの建物は潮風によって壁が腐食されている。
     その中で一軒、その教会だけは真新しい壁が全面に貼られていた。
    (観客からの話で聞いてはいたが、あいつがエリザリーグで得た賞金を全額寄付し、改修したと言う話はどうやら本当らしいな)
    「アケミさんの情報によれば、こちらとのことですけれど、……どうされたの、セイナ?」
    「ん? ……ああ、うむ」
    「……あの?」
     晴奈が教会に入るどころか、扉を叩こうともせずじっとしているため、フォルナも動けずにいる。
     そのまま二人で教会を見上げているところに、「猫」の男の子がやってきた。と、男の子は晴奈を見るなり、驚いたような声を上げた。
    「えっ」「うん? ……確かお主、闘技場で?」
    「はっ、はい! トレノです! ありがとうございました、サインをもらいました! こっ、こんにちは、コウ先生!」
     その男の子はがばっと頭を下げ、たどたどしく挨拶した。
    「ああ、こんにちは。そうかお主、ここに住んでいるのか」
    「はい! あのっ、ここに先生はなんで?」
     晴奈に会ってあがっているのか、トレノの言葉遣いがひどくおかしい。
    「ロウ・ウィアードと言う男を訪ねに来たのだが、こちらで相違ないか?」
    「はい、ここにロウさんはいます! よっ、呼んできます! ちょっと待っててください!」
     あまりにトレノの様子がカチコチとしていたので、晴奈はたまらず笑いだした。
    「ふふ……、そんなに慌てずとも良い。では、ここで待っている」
    「はいっ」
     トレノはもう一度頭を下げ、バタバタと教会の中へ入っていった。
    「ろ、ロウさーん、いるー!?」
     中に入るなり、トレノがロウを大声で呼ぶ。少し間を置いて、間延びしたような声が、教会の奥から返ってきた。
    「おう、どうしたトレノ?」
    「ロウさんに、お客さーん! コウ先生だよー!」
    「こーせんせい? 誰? 俺に? 何の用で?」
    「分かんなーい! 会いたいってー!」
    「分かった、ちっと待ってろ」
     1分ほど経って、ロウがズボンをはきながら玄関にやって来た。
    「待たせたな。その、鋼線製ってのはドコだ?」
    「あ、前。教会の」
    「ん、分かった」
     コキコキと首を鳴らしながらロウが外に出たところで、すぐに晴奈と目が合う。
    「あっ、てめえ!?」
    「うぃ……、ロウ」
     目が合うなり、ロウは晴奈をにらみつける。晴奈も反射的に、ロウをにらみ返す。
     そのまま互いに相手をにらみつける形となったが――晴奈の横にいたフォルナと、ロウの横に戻って来たトレノが揃って心配そうな表情を浮かべていたので――二人はすぐに表情を作り、ぎこちなく会釈した。
    「……失礼するぞ」
    「……おう」

     晴奈たちは礼拝堂に通され、そこで話をすることになった。
     ところが晴奈もロウも、ふたたびにらみ合ったまま、動かない。
    「……」「……」
     見かねたシルビアとフォルナが、代わりに話をし始めた。
    「え、っと。あ、わたし、シルビア・ケインズと言います。この教会のシスターで、あの、代表です」
    「恐れ入ります。わたくし、フォルナ・ファイアテイルと申します。現在は中央区の『赤虎亭』に勤めております。こちらの『猫』の方は……」
     そこで晴奈が手を振ってさえぎり、自己紹介した。
    「私の名はセイナ・コウ。央南の剣術一派、焔流の剣士だ。訳あってゴールドコーストに滞在している」
    「あ、おうわさはかねがね……。最近、闘技場でご活躍なさっているとか」
    「ええ。そちらの、えと、トレノ君と言いましたか、彼にサインをあげたことも」
    「拝見しました。なかなか達筆でしたね」
    「はは、恐縮です。
     ……あ、その、シルビア殿はこちらの出身なのですか? 央中ではあまり見慣れない服装をしていらっしゃいますが」
    「あ、わたしは央北の、ノースポートの出身なんです。伝統ある港町で、色々と面白い神話もありますよ」
    「ほう、港町の出身でしたか。実は私も、央南の黄海と言う港町の生まれなのです」
    「まあ、奇遇ですね。あ、そう言えば昔、央南からの旅の方を見かけたことが……」
     こんな風に当たり障りのない会話を続けていたところで、ロウがむすっとした顔のまま、席を立った。
    「寝るわ」
    「あ、ロウ!」
     シルビアが慌ててロウの服を引っ張る。
    「んだよ、シルビア?」
    「あなたを訪ねていらしたお客様ですよ? なのにあなたが席を立っては、失礼でしょう?」
    「話してたのはお前だろ。オレ、話すことねーし」
     もめるロウとシルビアを見て、晴奈もここでようやく本題を切り出した。
    「……コホン。まあ、訪ねた客を放っていた非礼はわびよう。少し、話す糸口がつかみづらかったのでな。
     ロウと名乗っていたか。だがお前は、ウィルだな?」
     晴奈の質問に対し、ロウはただ無言で晴奈をにらみつけた。
     長い沈黙が礼拝堂に流れた後、ロウはようやく応えた。
    「……違う。オレはロウ・ウィアードだ」
    「違わぬ。私の目に狂いは無い。お前は間違いなく、ウィルバー・ウィルソンのはずだ」「違うって言ってんだろ!?」
     ロウは顔を真っ赤にして怒鳴る。晴奈もそれに応戦し、声を荒げる。
    「そんなはずは無い! その顔、その言葉遣い、そしてその、差し歯! そこまで特徴が揃っていて、別人だと言う道理があるかッ!」
    「違うと言ったら、違う! ウィルだか何だかってヤツじゃ、断じてねえッ!
     もう帰ってくれ、セイナ! これ以上話すコトなんざねえ!」
     真っ赤だった顔が、今度は逆に青くなる。その剣幕と形相に、流石の晴奈も言葉を失った。
    「……」
    「と、とにかくッ! オレに構うなッ!」
     ロウはガタガタと椅子にぶつかりながら、教会の奥へ消えた。
    「あ、ロウ! 待ちなさい! ……もう、一体どうしたと言うのでしょう? あんなに怒鳴り散らして」
    「……いや、すまぬ。どうやら私の、勘違いのようだ。神聖な場を騒がせてしまい、大変失礼いたした」
     晴奈はこれ以上教会の者たちを困らせたくはなかったため、話を切り上げることにした。

    蒼天剣・交差録 2

    2009.03.05.[Edit]
    晴奈の話、第232話。 再会、と言えるのか……?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 晴奈とフォルナは商店街を抜け、遠目に港を眺められる南西区の教会に到着した。わずかに潮の香りが漂い、周りの建物は潮風によって壁が腐食されている。 その中で一軒、その教会だけは真新しい壁が全面に貼られていた。(観客からの話で聞いてはいたが、あいつがエリザリーグで得た賞金を全額寄付し、改修したと言う話はどうやら本当ら...

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    晴奈の話、第233話。
    真人間になった暴れん坊。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     結局ロウは寝室に閉じこもり、そのまま眠ってしまったらしい。シルビアが何度呼びかけても、寝室から返事は返ってこなかった。
    「本当にすみません……」
    「いや、こちらこそ」
     晴奈とシルビア、両者ともしきりに頭を下げている。それを見ていたトレノが、クスクス笑い出した。
    「コウ先生って、思ってたよりおもしろいや」
    「こ、こらっ、トレノ!」
     顔を赤くして叱るシルビアに、晴奈は手を振る。
    「いやいや、そう気になさらず」
     晴奈はふと思いつき、膝を屈めてトレノに尋ねる。
    「トレノ。ロウはどんな奴だ?」
    「え? うーん、いい人だよ」
     思いもよらない答えが返ってきて、晴奈は目を丸くした。
    「いい人?」
    「うん。ボクらとよくあそんでくれるし、シスターにもやさしいし。それに、こんどエリザリーグでゆーしょーしたら、こじいん作るって言ってたし」
    「孤児院を?」
     晴奈の知っているウィルバーとはまるで違うロウの評価と行動に、晴奈はめまいを覚えるほど驚いた。
    (本当に、あいつはウィルでは無いのか? 別人のようだ)
    「……コウ先生? どしたの?」
     トレノがきょとんとした顔で、首をかしげている。
    「あ、ああ、失敬。……そうか、孤児院を作ろうとしているのか。うむ、それは確かに、いい人だな」
    「うん。ボクもシスターも、みんなロウさんのこと大好きだよ」
     そう言って屈託なく笑うトレノを見て、晴奈はこんな風に思った。
    (先程の、ロウのあの慌て様。もしかすれば本当に、あいつはウィルなのかも知れぬ。
     しかし、この街で教会の皆と過ごす生活が気に入ったのだろう。以前の生活に戻ること――『ウィル』だった自分に戻ることを恐れ、忌避しているのかも知れぬな。
     であれば、これ以上詮索するのは彼奴にとって、不利益になるやも知れぬ。折角清い生き方を始められると言うのに、あの退廃したウィルに引き戻すのは忍びないしな)
     心の整理が付いたところで椅子から立ち上がり、晴奈はフォルナに声をかけた。
    「そろそろ帰るぞ、フォルナ」
    「あ、はい」
     シルビアや他の子供たちと話していたフォルナが顔を向けて応える。
    「さよなら、フォルナさん」
    「また来てね、コウ先生」
     シルビアと子供たちは名残惜しそうに手を振り、別れの挨拶をする。
     と、そこで晴奈はロウについて聞いた話を思い出した。
    (そう言えば、武器がどうとか言っていたな。しかし私からすれば滑稽な話だ。ウィルと言えば、……ふむ)
     晴奈はあることを思いつき、トレノに耳打ちした。
    「トレノ。後でロウと話す時があったら、このように伝えてくれ」
    「……うん、……うん、……なあに、それ?」
    「央南の武器だ。ロウならきっと使いこなせる。それでは失礼する」
     晴奈とフォルナはそこで、教会を後にした。



     夕方になり、ようやくロウは寝室から出てきた。
    「ふあ、あ……。また、あの夢を見ちまった」
     あの夢、と言うのは晴奈らしき猫獣人と川の中で戦っている夢のことである。晴奈と闘技場の医務室で会って以来、彼は頻繁にこの夢を見るようになっていた。
    (セイナ、何なんだよお前は。オレはもう、お前なんか忘れたはずなんだ――他の記憶はまったく戻らないクセして、お前のコトだけは日を追うごとに鮮明になってくる――オレの、『ロウ』の邪魔をしねーでくれよ、本当に……)
     晴奈のことを思い出す度、彼の中で激しい葛藤が起こる。
    (そりゃさ、確かに、オレ、お前のコト、好きだったと思う。前のオレは、そうだった。それは認める。
     でも、今のオレは、シルビアが好きなんだ。あいつのコトを想うと、何かすげー、心が燃え上がるんだ。闘技場で戦ってる時とは別格の、陶酔感。戦いでは手に入らない、温もり。
     戻りたくない。オレはここにいたいんだ)
    「……さん、ロウさーん」
     誰かが声をかけていることに、ようやく気付く。
    「んあ? ……あ、トレノ」
    「さっきから呼んでるのにー」
     トレノは口をとがらせ、ロウを見上げている。
    「悪い悪い。どした?」
     ロウは慌てて笑顔を作り、トレノに応える。
    「あのね、さっきコウ先生からね」
    「あ? セイナが何だって?」
     折角作った笑顔も、その名前で険悪なものになってしまう。それでもトレノはめげずに、話を続ける。
    「あ、あのー、えっと、コウ先生から、でんごんがあったんだ。
    『ロウ、まだおのれに合うぶきを見つけていないのならば、サンセツコンをためしてみるといい』って。……なんだろね、サンセツコンって」
    「さん、せつ、……三節棍、か」
     その伝言を聞いた瞬間、ロウの脳裏に電撃が走った。
    (……三節棍!? 何かよく分かんねーけど、……それだ!
     オレにはそれがいる! そんな気がする!)
     抜けていたパズルのピースがかっちりはまるかのような閃きが、ロウの脳内を駆け巡った。
    「ロウさん?」
     きょとんとした顔で自分を見上げていたトレノの頭にポンと手を載せ、ロウはこんな頼みごとをした。
    「トレノ。ちっと、買い物に付き合ってくれるか? ……あーそうだ、レヴィも連れてくか」

    蒼天剣・交差録 3

    2009.03.06.[Edit]
    晴奈の話、第233話。 真人間になった暴れん坊。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 結局ロウは寝室に閉じこもり、そのまま眠ってしまったらしい。シルビアが何度呼びかけても、寝室から返事は返ってこなかった。「本当にすみません……」「いや、こちらこそ」 晴奈とシルビア、両者ともしきりに頭を下げている。それを見ていたトレノが、クスクス笑い出した。「コウ先生って、思ってたよりおもしろいや」「こ、こらっ、...

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    晴奈の話、第234話。
    ベストマッチな武器。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ロウはトレノ、そしてレヴィの二人を連れ添って、中央区の武具屋を訪ねた。
    「いらっしゃ……、何だ、アンタか」
     何度も通い、顔見知りになった店主が嫌そうな顔を向けてきた。これまでロウが購入した武器は一つ残らず、闘技場で壊されているからである。
    「今度は何の武器を壊すつもりだい? あんまり頻繁に通われると、ウチの信用が無くなるんだがね」
    「うっせ。……なあ、三節棍ってあるか?」
     その名前を聞いた途端、店主の顔色が変わった。
    「央南の武器だな。どこでそれを聞いた?」
    「セイナ……、コウ先生ってヤツから勧められたんだ」
    「コウ先生? ……ああ。最近闘技場で活躍してる、央南のサムライさんか。
     ふーむ……、央南の武器なんて刀と矛くらいしか無いぞ、ウチには」
    「そっか。邪魔したな」
     店を出ようとするロウに、店主が慌てて声をかける。
    「あ、あ、待て待て。ウチにゃ無いが、そうだな、裏通りにあるミツオの店なら扱ってるかも知れん」
    「ミツオ?」
    「ちょっと変わり者のオヤジだが、昔は央南とかクラフトランドだかで鍛冶屋やってたって奴だ。今でも注文されれば、刀でも槍でも作るはずだぜ」
    「そっか。ありがとよ」
     ロウは店を出て、裏通りへと入っていった。
    「手ぇ放すなよ、二人とも」
    「うん」「分かった」
     世界最大の都市であるだけに、裏通りの治安も世界最悪である。女子供が不用意に入り込めば、生きて出られないどころではない。
     とは言え闘技場で名を馳せたロウが一緒なので、トレノもレヴィもそれほど怖がってはいない。たまに寄ってくる不審者も、ロウの筋骨隆々とした太い腕を見た途端、あっと言う間に逃げ去ってしまう。
    「っと、ここか」
     入って数分ほどで、ロウたちは目的の店を見つけた。
     店の中は薄暗く、気持ちの悪い臭いが立ち込めている。
    「うえっ」「なんか、変なにおーい」
    (死ぬほど金気臭え。鍛冶屋やってるってのは、確からしいな)
     ロウたちの気配を察したのか、店の奥から鉢巻を巻いた、短耳の老人が現れた。
    「ウチに何か用かい、『狼』の御仁」
    「ああ。アンタがミツオさん?」
    「そうだ。買い物かい?」
     ロウはトレノたちを店の中に入れ、用件を伝える。
    「三節棍が欲しいんだけど、あるか?」
    「……妙なものを欲しがりますな、親父さん」
    「お、オヤジ?」
     父と呼ばれロウは一瞬うろたえたが、すぐにそう呼ばれた理由がトレノたちだと気付く。
    「あ、いや。こいつらはみなしごだよ。オレが居候してる教会で養ってもらってるヤツら」
    「そうかい、失礼した。そんで、三節棍だったな。今は無いよ」
     ここでも目的の物が無いと聞き、ロウは憮然とする。
    「……そっか」
    「頼まれりゃ作る」
     が、ミツオの言葉に一転、ロウは顔をほころばせる。
    「本当か?」
    「武器なら何でも、喜んで作らあ」
    「ありがてえ! そんで、日数はどれくらいかかる? いくらだ?」
    「そうだな、半月見てくれ。代金は、……そうだな、材料費が25000、それに手間賃やらを加えて36000クラムってところだ」
    「分かった。じゃ、先払いしとくぜ」
    「ありがとよ親父さん、……じゃねえや、旦那」



     帰りの道中、トレノたちは妙に嬉しそうにしていた。
    「うふふ……」「えへへ……」
    「どした、二人とも?」
    「おやじさん、だってー」「ロウさん、おとうさんー」
     また父と呼ばれ、ロウは照れくさくなる。
    「やめれって、へへ……」
    「ねえ、ロウさん。ほんとにさ、おとうさんにならないの?」
    「おっと、ぉ?」
     レヴィの質問に、ロウはまたうろたえる。
    「オレが?」
    「なってほしーな」「うんうん」
    「う、うーん……」
     ロウが答えあぐねていると、レヴィが続けて提案してくる。
    「それでさ、シスターにおかあさんになってもらうの」
    「ぅえ!?」
     三度うろたえ、ロウの顔は真っ赤になる。
    「ロウさん、おもしろーい」
    「かっ、からかうんじゃねーよっ」
     ロウは片手で顔を覆い、恥ずかしさを紛らわせた。

    蒼天剣・交差録 4

    2009.03.07.[Edit]
    晴奈の話、第234話。 ベストマッチな武器。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ロウはトレノ、そしてレヴィの二人を連れ添って、中央区の武具屋を訪ねた。「いらっしゃ……、何だ、アンタか」 何度も通い、顔見知りになった店主が嫌そうな顔を向けてきた。これまでロウが購入した武器は一つ残らず、闘技場で壊されているからである。「今度は何の武器を壊すつもりだい? あんまり頻繁に通われると、ウチの信用が無くな...

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    晴奈の話、第235話。
    人生の先輩からの助言。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     発注から半月後、ロウはふたたび、ミツオの店に足を運んだ。
    「よう、ミツオさん。三節棍、できたか?」
    「いらっしゃい、旦那。ついさっき完成したところだよ」
     ミツオは前回と同じ鉢巻姿で、嬉しそうに長細い袋を抱えてロウの側に寄った。
    「三節棍を作ったのは20年ぶりくらいだ。だが、なかなかの出来だよ」
    「へぇ……」
     ロウは袋を受け取り、すぐに開く。中から朱塗りの、鎖でつながった棍が3つ、連なって出てくる。
     それを手に取った瞬間、ロウの脳内にまた電流が走った。
    「お、顔つきが変わったね、旦那。三節棍『雅龍(がりゅう)』。相当、ぞくりと来ただろう?」
    「ああ、震えるぜ。こりゃ、逸品だ」

     店を出たロウは教会へ戻る前に何も無い空き地を見つけ、そこで素振りをしてみることにした。
     三節棍を袋から取り出し、まずはじっくりと眺める。
    (『雅龍』、か。……とりあえず、ホイっと)
     棍を構え、軽く振ってみる。
     素人ならこの瞬間、その奇妙な動きに翻弄されてしまう。通常の棍は一本の直線であり、それがうねるなどとは思わないからだ。
     だが三節棍は、その名の通り三つに分かれている。一本をつかんで振ってみると、残り二本が思いもよらぬ動き方をするのだ。そのため、振り方によってはまっすぐに流れず、自分の方に返ってきて自爆することもある。
     が、ロウはそんな醜態を見せることなく、それどころかその一振りで、この武器に用いるべき技術のすべてを思い出した。
    (……!)
     自分の記憶から抜け落ちていたその武器の使い方が、そのたった一振りでよみがえる。
     続いてもう一回、今度は手首を利かせて振る。
    「そらッ!」
     続いて×状に振り抜き、うならせる。
    「せやッ!」
     今度は三段打ち。先程の動きにもう一段、敵の頭を粉砕するイメージで打ち下ろす。
    「うりゃあッ!」
     一振りする度に、三節棍は生き物のようにアクロバティックな動きを見せる。
     そうして30分ほど素振りを続け、ようやく満足して棍をたたむと――。
    「すげえ!」
    「何だ、今の!?」
    「剣舞みたい……」
    「綺麗、いえ、勇ましい、と言えばいいのかしら」
     いつの間にか集まってきた野次馬から、パチパチと拍手が送られた。
    「……へへ、……やり過ぎたぜ」
     見られていたことにようやく気付き、ロウは頭をポリポリとかいて恥ずかしがった。
     と、野次馬の中から一人、中年の男が歩み寄ってきた。
    「素晴らしい! まるで黒炎教団の僧兵のようだ!」
    「こく、えん?」
     ロウが尋ねると、男はゆっくりとした口調で説明してくれた。
    「屏風山脈――ああ、いや、こちらではカーテンロックと言うんだっけか――に本拠地を構える、密教集団のことだよ。彼らの中には僧兵と言って、武術の鍛錬を修行として行っている者たちがいるんだ。
     何でも『武芸十般』と称し、刀剣や槍など様々な武器を見事に使いこなすと言う。君はまさに、その僧兵を髣髴(ほうふつ)とさせる。本当に、色々な武器が使えるんだなぁ」
    「おっさん、オレのコト知ってんの?」
     その痩せた男は、嬉しそうな顔をして短くうなずいた。
    「ああ、闘技場で何度か拝見させてもらっているよ。いや、実に素晴らしい動きだ」
    「あー、思い出した。確かアンタ、ナラサキとか言うサムライだよな? オレも何度か、アンタを見たコトあった。闘技場で」
    「おお、僕のことをご存知とは。光栄だよ、ウィアードくん」
     楢崎はずっとニコニコしている。闘技場で見せる、哀愁を帯びた顔とは大違いであり、ロウは少し面食らった。
    「アンタもう少し暗いヤツだと思ってたけど、案外そうでもなかったんだな」
    「はは……。最近は少し、いいことがあってね。今日のこれも、その一つだな。
     どうだい、ウィアードくん。少し、話でもしないか?」
     そう言って楢崎は右手を差し出してきた。
    「ああ、いいぜ」
     ロウは棍を袋に入れ、楢崎と握手を交わした。

     二人は近所の喫茶店に入り、改めて挨拶を交わした。
    「僕の名はシュンジ・ナラサキ。旅の剣士だ。ちょっと事情があって、今は闘技場に通っている。今はニコルリーグで頑張っているところだ」
    「オレはロウ・ウィアード。……そう言や、アンタとは話どころか、戦ったコトも無いよな。でも、相当強いってのは観戦してて分かる」
    「いやいや、そんなことは無いさ。ただ36年間、修行しかしてないだけだよ」
     それを聞き、ロウは目を丸くする。多少くたびれた印象は受けるが、楢崎はまだ30代後半に見えるからだ。
    「36年? ……アンタ、今いくつなんだ?」
    「今年で46になる。剣の道には10歳の頃、入った」
    「へぇ……。見えねーなぁ」
    「はは、よく言われる。小さい頃は逆に、老け顔だって言われたけどね」
     ロウは改めて、楢崎の姿を確認した。
     以前見た時は非常に疲れきった、どこか絶望感に囚われたような、寂しげな顔をしていた。だが今は、非常に精力的で活気にあふれた雰囲気をかもし出している。
     と、彼の左手薬指に指輪がはまっていることに気付き、ロウは何気なく尋ねた。
    「アンタ、結婚してんのか?」
    「あ、うん。……まあ、でも、10年前に別れたようなもんだね。この10年ずっと、旅をしているから」
    「何でそんな……? 奥さん、嫌いなのか?」
    「そんなことは無いよ。今でも大事に思ってる。でも、少し事情があるんだ」
     そこでロウは、楢崎から旅の目的――10年前に息子と生き別れになり、探し回っていることを伝えた。
    「そっか……。そりゃ、ひでえ話だな」
    「でも、最近は少し希望も出てきたんだ。いや、まだ見つかったわけじゃないんだけど、協力してくれるって人に会ってね」
    「奇特なヤツもいたもんだな、……っと、悪い悪い。
     でも、そっか。10年諦めないって、アンタ本当に息子さんのこと、大事に思ってるんだな」
    「そりゃそうさ。たった4年しか一緒にいられなかったけど、それでも自分の子供だから。何としてでも、見つけなくっちゃ」
    「そう、だよな……」
     ロウの脳裏に、教会の子供たちの顔が思い浮かぶ。そして、レヴィの言葉を思い出す。
    ――ねえ、ロウさん。ほんとにさ、おとうさんにならないの?――

    蒼天剣・交差録 5

    2009.03.08.[Edit]
    晴奈の話、第235話。 人生の先輩からの助言。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 発注から半月後、ロウはふたたび、ミツオの店に足を運んだ。「よう、ミツオさん。三節棍、できたか?」「いらっしゃい、旦那。ついさっき完成したところだよ」 ミツオは前回と同じ鉢巻姿で、嬉しそうに長細い袋を抱えてロウの側に寄った。「三節棍を作ったのは20年ぶりくらいだ。だが、なかなかの出来だよ」「へぇ……」 ロウは袋を受...

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    晴奈の話、第236話。
    慌てる二人、舞い上がる二人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ロウはためらいがちに、ある質問をぶつけてみた。
    「……あのさ、ナラサキさん。ちょっと聞いていいか?」
    「うん?」
    「家族って、何だろうな?」
    「うーん、難しい質問だなぁ。僕も実質、8年ほどしか家族と一緒にいられなかったからね。
     そう言えば聞いたよ、君の話も。今、教会で暮らしてるんだってね」
    「ああ。そこには子供たち5人と、シスターがいるんだ」
    「ふむ。君は、その子たちを護りたいと思っているのかい?」
    「ああ。一緒に暮らしてからずっと、そう思ってる」
    「そうだなぁ……、それが、家族ってことじゃないのかな」
    「家族、か……」
     ロウはうつむき、じっと自分の手を見る。
    「何か迷っているようだけど、僕から助言できるのは一つだけだ。
     本当に護りたいものは、堅い決心と覚悟で守らなくちゃならない。己の身を犠牲にしてでも護らなきゃ、きっと後悔することになるからね。
     僕自身、その大事な家族を10年前護れなかったんだ。だからこの10年間、ずっと後悔し続けている。君には、いや、護るものがある人間には、そんな思いをしてほしくない」
     楢崎の言葉で、ロウの心の中で一つ、ある決意が固まった。
    「……ありがとよ、ナラサキさん。オレ、ちょっと頑張ってみるわ。それじゃ、今日はこれで」
    「ああ。また会おう、ウィアード君」



     西の空がほんのり金色になり始めた頃、ロウは教会に帰って来た。
    「あ、ロウさんお帰りなさーい」
     教会の前を掃除していたアズサが出迎える。
    「おう、ただいま」
     自然に挨拶したつもりだったが、アズサはきょとんとしている。
    「どしたの? 顔、カッチカチよ?」
    「え」
     アズサに突っ込まれ、慌てて顔をパチパチと叩く。
    「はは、何でだろな、ははは」
    「何かあった? って言うか、何かするの?」
    「う」
     自分の半分も生きていないような少女に内心を読まれ、ロウは狼狽する。
    「あ、ははっははは、……ふう」
    「ロウさん、深呼吸、深呼吸」
    「お、おう。……すーはー」
    「大丈夫?」
    「い、いや、大丈夫大丈夫、ぜんっぜん大丈夫」
    「……がんばってね」
     勘のいいアズサは、これからロウがやろうとしていることを見抜いたらしい。ロウの背中をポンポン叩き、応援してくれた。

     居間に入ったところで、シルビアが声をかけてきた。
    「おかえりなさい、ロウさん。ご飯、もうすぐできますからね」
    「お、おう。……あのさ、シルビア」
     キッチンに向かいかけたところで、シルビアが振り返った。
    「はい?」
    「……その、えーと」
    「どうしたんです?」
    「……いや、そのな、えっと」「シスター、大変! お鍋から泡ふいてるっ!」
     キッチンからビートの声がする。
    「あら、大変! ……ごめんなさいね、もう少し後で」
    「お、おう」
     慌ててキッチンへ向かうシルビアを見送り、ロウは両手で顔を覆った。
    「うー……」
     どこからか現れたチノが、椅子を持ってきてくれた。
    「ロウさん、だいじょうぶ?」
    「……おう」
     チノが持ってきてくれた椅子に腰掛け、ロウはもう一度深呼吸をした。
     程なく夕食の時間になり、ロウとシルビア、子供たちの7人は並んでテーブルに着く。
    「いただきまー……」「あ、ちょっと待った!」
     夕食の挨拶をしようとしたところで、ロウがそれを止めた。
    「……なんです? お行儀が悪いですよ、ロウさん」
    「あ、あのさ」
     ロウは顔を真っ赤にして立ち上がった。
    「その、皆に聞いて欲しいコトがあるんだ。
     ……その、な。こうしてオレたち、ずっと一緒に暮らしてるけどさ。オレ、実を言うとずっと前から、その、……お前らのコト、家族だと思ってる」
    「ボクもおもってるよー」「しっ」「むぎゅう」
     ロウに同意したトレノを、レヴィが口を押さえて引き下がらせた。
    「……そ、そんでな、うん。本当にさ、ならねえか? その、本当の家族、に」
    「……え?」
     シルビアがきょとんとした顔をする。
    「それはつまり、どう言う意味なのですか?」
    「オレがさ、こいつらの父さんになるってコトだよ。それでさ、シルビア」
     ロウはシルビアの両肩に手を置き、その目をじっと見つめた。
    「は、はい」
    「お前には、母さんになってほしいんだ」
    「え、ええ。構いませんけれど」「シスター。そこで簡単にうなずいちゃダメじゃん」
     アズサがため息混じりに突っ込んだ。
    「それ、プロポーズだよ」
    「あ、そうですね、そう言われ、……れええええええぇっ!?」
     一瞬でシルビアの顔が、長耳の先まで真っ赤に染まった。
    「ダメか?」
    「うえ、あ、え、……えええぇぇ?」
     軽い混乱状態で、シルビアの口からは妙な声ばかり漏れる。
    「あ、あのっ、ちょ、ちょっと、あの、その、……わたしは、その」
    「ダメなのか?」
    「だだだだダメじゃありません!」
     シルビアは真っ赤な顔を、ブルブルと横に振った。その弾みでいつも頭にかけていた尼僧帽が床に落ち、彼女の長い銀髪があらわになった。
    「いいのか?」
    「いいです、はいっ、もちろんですぅっ!」
     そこで感極まったらしい。シルビアはロウに寄りかかるようにして失神した。



    「……はっ」
     シルビアが目を覚ましたのは、深夜すぎになってからだった。
    「あら、わたし……」
     一瞬、なぜ自分がベッドにいるのか分からなかった。
    「すぴー……」
     が、横で椅子に腰かけながらベッドに突っ伏しているロウを見て、自分が倒れた原因を思い出した。どうやら倒れたシルビアを、ベッドまで運んで看病してくれたらしい。
    「……そ、そうだったわ。わたし、ロウさんに」
     ロウにかけられた言葉を思い出し、シルビアはまた真っ赤になる。
    「ぐー……」
     自分のベッドに顔を埋めたまま眠るロウの後頭部を見て、シルビアは突然涙を流した。
    (この人が来てくれてからずっと、わたしは幸せ一杯ね)
    「……くかー」
     シルビアはロウの狼耳を撫でながら、ぽつりとつぶやいた。
    「よろしくお願いします、……あなた」

    蒼天剣・交差録 6

    2009.03.09.[Edit]
    晴奈の話、第236話。 慌てる二人、舞い上がる二人。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ロウはためらいがちに、ある質問をぶつけてみた。「……あのさ、ナラサキさん。ちょっと聞いていいか?」「うん?」「家族って、何だろうな?」「うーん、難しい質問だなぁ。僕も実質、8年ほどしか家族と一緒にいられなかったからね。 そう言えば聞いたよ、君の話も。今、教会で暮らしてるんだってね」「ああ。そこには子供たち5...

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