黄輪雑貨本店 新館

蒼天剣 第6部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    • 410
      
    晴奈の話、293話目。
    いわゆるウノ。

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    1.
     ゴールドコーストを発って、3日が過ぎた。
     晴奈一行はまだ、船の上にいる。



     やることも無いので、公安組は小鈴、シリンと一緒に、船の食堂で漫然とカードゲームに興じている。
    「火の6」エランが一枚切る。
    「それじゃ、雷の6」ジュリアがそれに続く。
    「うーん……、パス」バートが流す。
    「あ、あたし出せる。雷の3」小鈴がつなぐ。
    「パス」フェリオもパスする。
    「雷ならあるわ。雷の9」シリンもすんなり通す。
    「おっ、9だ。良かった、氷の9」エランがほっとした表情でカードを切った。
    「氷ならあるわね。氷の1」ジュリアもカードをすっと切る。カードを4枚持っていたバートが硬直した。
    「……パスだ」
     シリンが嬉しそうな顔で、バートに声をかけた。
    「3回パスしたから負けやな」
    「くっそー……」
     バートがカードをばら撒き、椅子にもたれかかった。
    「コレでバートの6連敗やな。ホンマ、バートは勝負弱いなぁ」
    「……ほっとけ」
     からかうシリンに、バートは帽子で顔を隠しながら悔しそうな素振りを見せた。
    「気分転換に、飲み物でも持ってきましょうか」
     エランの提案に、全員がうなずく。
    「そうだな、ちょうどのどが渇いてるところだった。コーヒー頼む」
    「じゃ、頼むわ。何でもいいし」
    「私も紅茶お願いね、エラン君」
    「ほんじゃエラン、ウチと一緒に行こかー」
     シリンがエランの手を引き、ドリンクバーへと連れて行った。
     エランが財団総帥、ヘレンの息子だと発覚してからも、エランに対する扱いは変わらなかった。ヘレンが「あんまり甘やかさんといてくださいね」と念押ししたからである。
    「ボスは紅茶、バート先輩はコーヒー、フェリオ先輩は何でもいいって言ってたから、オレンジジュースでも持っていこうかな」
    「コスズさんはレモネードやったな。ほんじゃ、ウチもオレンジジュースにしとこかな。エランは何飲むのん?」
    「あ、僕は、えーと、……うーん、何にしようかなぁ? アップルジュースもいいしなぁ、でも紅茶もすっきりするし、うーん、どっちがいいかなぁ」
    「両方混ぜて、アップルティーにしたらええやん」
     シリンの提案に、エランは「あー」と声を上げる。
    「それいいですね、そうします」
     二人は盆を借りて、飲み物を皆のところに運んだ。
    「お、ありがとよエラン、シリン」
     フェリオが礼を言いつつ、飲み物を皆に回す。礼を言われたシリンは嬉しそうに尻尾を振りつつ、フェリオの首に手を回した。
    「んふふー、どーいたしましてー」
    「モテモテだなぁ、フェリオ」
    「あ、いや、いえ……」
     フェリオは顔を真っ赤にして首を振ろうとするが、シリンがそれを邪魔する。
    「そやでー、ウチにモッテモテやねんでー」
    「……あはは、はは」
     フェリオは半分諦めたような顔で、されるがままになっている。フェリオの頭を抱きしめたままのシリンが、思い出したように尋ねた。
    「そー言えば、バートとジュリアって付き合ってるって聞いたんやけど」
     顔を赤くし、口ごもるバートに対し、ジュリアはさらりと答えた。
    「お、おう。まあ、な」
    「ええ、初めて会った時からすれば、もう長い付き合いね」
    「へー。結婚とかはせえへんの?」
    「いや、まあ、そりゃ……」
     照れているバートとはとことん対照的に、ジュリアは平然とした顔をしている。
    「そうね、バートの階級が私に追いついたら、その時はしようかなって思ってるわ。
     後1階級だし、頑張ってね」
    「……おう」
     バートはまた椅子にもたれながら、帽子で顔を隠した。

     晴奈と楢崎、そしてフォルナの3人はゲームに参加せず、ぼんやりと海を見ていた。
    「今、どの辺りなんだろうね」
    「恐らく今日か明日、フラワーボックスに寄港するところですわね」
     楢崎はフォルナの横顔をチラ、と見てつぶやく。
    「そうか。それじゃもう、グラーナ王国の海域に入ってるんだね」
    「ええ、順当に進めば4日後にはルーバスポート、そしてさらに10日進めばウエストポートに着く、とのことですわ」
    「ふむ。……考えてみれば、すぐなんだね」
    「え?」
     楢崎はフォルナの顔を見て、諭すような口調で話す。
    「故郷に帰ろうと思ったら、すぐ帰れる手段があるし、帰れない事情も無い。正直言って、すごくうらやましいと思う。僕の家は遠いし、まだ帰れないんだもの」
    「……ナラサキさん、すみませんが嫌味にしか聞こえませんわ。わたくし、ちゃんと思うところがあって『ここ』におりますのよ」
    「はは……、それは悪かった、うん」
     楢崎は笑っているが、割と気分を害したらしい。それ以上は何も言わず、すっとフォルナの側を離れた。フォルナの方も同様に、楢崎にぷいと背を向けてしまった。
    (おいおい)
     二人の様子を見ていた晴奈は、どちらと話をしようかと逡巡していた。
     と、そこへ――。
    「あーらら、ケンカだねぇ」
    「む?」
     突然、背後から声をかけられた。振り向くと、ボロボロのローブに身を包み、ヨレヨレのとんがり帽子を被った、いかにも魔術師と言う風体の狐獣人が立っている。
    「誰だ、お主?」
    「え、なんで名乗んなきゃいけないね?」
     おどけた様子で振舞うその男に、晴奈は多少カチンと来た。
    「……名乗る道理は無い。が、いきなり割り込まれて面食らったものでな」
    「あーあー、悪い悪い。いやね、ケンカは横でワイワイ言いながら眺めるのがベスト、ってのが私の主義なもんでね」
    「それはまた、浅ましい主義だな」
    「何とでも言いなってね。……で、あの二人はアンタの知り合い?」
    「そうだ。……ん?」
     晴奈はこの男の声に、聞き覚えがあった。
     妙に高い、少年のような声――昔、まだ紅蓮塞にいた頃に聞いた覚えのある声だ。
    (……いや、正確には紅蓮塞の外だ。一度、無断で抜け出して黒荘を訪れた際、こんな声を聞いた。
     そう言えば家元から聞いたことがある。あの方はよく、姿形を変えていると。私が出会った時は長耳姿だったが、家元の時は『狐』だったそうだし、もしかしたら……)
    「……モール殿か?」
    「ほぇ?」
     男は目を丸くして尋ね返す。
    「何で知ってるね?」
    「やはりか……」
     晴奈はモールから一歩離れる。
     そして――。
    「ここで遭ったが百年目――あの時の雪辱、晴らさせてもらうぞッ!」「はぁ!?」
     晴奈はいきなり、モールに斬りかかった。
    蒼天剣・旅賢録 1
    »»  2009.05.29.
    晴奈の話、第294話。
    モールの秘術。

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    2.
    「いきなり、何をするかと思えば」
     モールの杖が晴奈の刀を止めている。いや、正確に言えば杖と刀の間に、紙一枚分ほどの隙間があった。
    「寸止めだ。……いやなに、あの時に何をされたのか、答えを聞きたいと思ってな」
    「あの時って?」
     モールはきょとんとしている。その顔を見た晴奈は、憮然としながら聞き返す。
    「覚えてないのか?」
    「だから、何だってね」
    「6年前、黒荘で遭っただろう?」
    「黒荘? ……んー?」
     モールは杖をこすりながら考え込む。
    「……んー、もしかしてあの時のバカ?」
    「馬鹿とは失敬な。……まあ、今思い返せば確かに愚行だった」
    「今のコレだって愚行だね。いきなり斬りつけるヤツがあるかってね」
    「大変失敬した。が、あの時と同じことをすれば、あの時何をしたのか再現してくれるのではと期待したので」
     モールは「あー……」と声を上げ、晴奈に説明し始めた。
    「まあ、簡単に言えば、私のオリジナル魔術だね。門外不出の秘術でね、『ウロボロスポール』って言うね。例えば……」
     モールは晴奈が持っていた脇差をひょいと抜き、いきなり海に捨てた。
    「なっ、何をするか!?」
    「ま、見てなってね」
     モールは海に向かって杖を向け、呪文を唱えた。
    「『ウロボロスポール:リバース』!」
     すると、海に捨てたはずの脇差がするすると海から戻り、音も無く晴奈の腰元に納まっていった。
    「……!?」
    「コレが、君が吹っ飛ばされた術の正体だね。
     下に落ちたはずのボールが上に登る。砕けたはずのガラス瓶が元通りに固まる。燃えたはずの本が灰から蘇る――あらゆる法則を逆回転させる、秘中の秘。私の『とっておき』だね。
     この術は他にもバリエーションがあってね、今説明した『リバース』に、モーメント(力の発生源)とベクトル(力の向かう方向)の位置を入れ替える『スイング』――あの時はコレを使ってたね――そして術の属性を反転させる『スイッチ』と、色々あるね」
    「ほ、う……」
     説明されたものの、晴奈には何がなんだか分からない。
    「ま、魔術知識と物理知識が無きゃ何言ってるか分かんないと思うし、単純に落ちたモノが戻ってくる術だって思ってもらえばいいね」
     モールはそこで一旦、言葉を切った。
    「……ふーん」
     モールは晴奈の体をじろじろと見回している。
    「な、何だ?」
    「随分変わったもんだね」
    「え?」
     モールは近くの椅子に腰掛け、組んだ足に肘を置いて斜に構える。
    「何て言うかねー……、昔会った時は、まるで砂上の楼閣だった。技術や力ばっかりが先行してて、土台の精神や感情面がグッズグズだったんだよねぇ。何か一発ぶちのめしたら、そのまんま崩れていきそうなヤツって印象だった」
    「……!」
     モールの言葉で、以前夢の中で出会った金狐に言われた言葉が蘇る。
    ――セイナの精神っちゅう土壌は成功ばかりしてしもて栄養多すぎ、グズグズに腐りそうになっとった。その上にある自信なんてもん、すぐダメになって当然や――
     モールが今言った言葉と金狐の言葉は、驚くほど似通っていた。
    (やはり、見識ある者は的確に見ているのだな)
    「でも今は」
     モールが話を続ける。
    「肥沃な大地に悠然と建つ、大豪邸の雰囲気をかもし出してるね。技術や力量と言った建物はますます成長し、精神と言う土壌も豊かになっている。正直、こんな家があったら住みたいもんだね。
     ……んー?」
     モールはそう言って、晴奈の体をじっとにらむ。
    「……き、気味の悪いことを!」
    「あーあー、悪い悪い。いやね、ちょこっと気になるモノが見えたもんでね」
    「気になる、モノ?」
     晴奈は自分の服や刀、尻尾を眺めてみたが、特に変なものは見当たらない。
    「実物じゃない。オーラってヤツだね。何て言うか、んー、昔、私が取った弟子にちょっと似てる」
    「弟子?」
     モールはとんがり帽子のつばを下げ、淡々と昔話を始めた。
    蒼天剣・旅賢録 2
    »»  2009.05.30.
    晴奈の話、第295話。
    神話師弟。

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    3.
     モールは杖をさすりながら、ゆっくりと話をする。その仕草はまるで老人のようだった。
    「よくよく考えてみりゃ、あれはもう500年も前になるんだねぇ。
     央中にカレイドマインって街があったんだけど、そこに『狐』の女の子が住んでたんだよね。その子に、私はあるものを感じた。それは一体、何だと思うね?」
    「何、と言われても……? 見当もつかぬ」
     晴奈もモールの隣に座り、話に相槌を打つ。
    「一言で言えば『英気』、そんな感じのオーラ。おかしいよね、その子はまだこんなちっちゃな子供だったんだから。当時から既に長生きしてた私がちょっと驚くくらい、きらめくオーラを放っていたね。
     その子の名前はエリザ。初めて会った時はまだ、ドコにでもいるような女の子だった。私はその子のオーラを見た時、ちょっとからかってやりたくなったんだよね。当時、ほとんどの人が知らなかった、その存在を想像すらしてなかった魔術を、ちょこっとだけ教えてやったんだ。
     そしたら驚きだよ。その子はあっと言う間に、私の教えた魔術を完璧に理解・習得してしまった。さらには、自分であれこれ研究を重ねて――」
     モールは帽子を上げ、ニヤッと笑った。
    「現在の魔術理論の基礎を半分以上、その子が築き上げちゃったね。現在中央大陸で使われてる魔術は、央北天帝教が広めた『タイムズ型』と、その子が洗練させた『ゴールドマン型』に二分されてる。まあ、素人にゃ一緒に見えるんだけどね」
     晴奈はその女の子が誰を指しているのか、ようやく気付いた。
    「エリザ……、ゴールドマン?」
    「そ、『金火狐』のエリザ。現在知らぬ者は無い、伝説の女傑さ。私と会ったコトがきっかけになって、その子は歴史に名を残す大人物となった。
     君には、ソレと似た何かを感じる。英雄の瑞気が、ほのかに見え隠れしているね。何か最近、君の中の何かが目覚めるきっかけがあったんじゃないかと思うんだけど……」
     モールにそう問われ、晴奈には思い当たる節があった。
    (きっかけ、か。
     教団との戦争、黒炎殿との契約、日上に剣を奪われたこと、あの悪魔じみたアランとの戦い、闘技場での連戦、ロウの死――衝撃的な出来事は、色々とあった。
     私の心が一変したのは確かだろう)
    「やっぱり、何かあったね? 良かったらさ、ちょこっと話してみてよ」
     晴奈はモールの態度を、意外に思った。
    「私のことを? 先程まで随分、気の無い素振りだったのに、どう言う風の吹き回しだ?」
    「いやぁ……、前の君は取るに足らないヤツだったけど、今の君はなかなか興味深いもの。名前もちゃんと、覚えさせてもらったね。
     悪かったね、晴奈」



     晴奈から一通り聞き終えたモールは、また帽子のつばを下げた。
    「そうかー……、アルのヤツと戦って無事だとはねぇ」
    「アル?」
    「アランのコトだね。いいコト教えてあげようか?」
    「む?」
     モールは目を隠したまま、晴奈に伝えた。
    「アランってのはね、正真正銘の悪魔なんだ。克も『悪魔』だなんて言われてるけど、アランも悪魔だね。
     体を鋼で固め、さらにその姿をフードとマントで覆い隠している。私や克なんかと同じように、何百年も生きていて、その上性質が悪いコトに……」
     モールはまた帽子を上げる。その目はイタズラっぽく光っていた。
    「復活するのさ。何度殺しても、ね」
    「なんと」
    「二天戦争の頃から、何度も何度も名前を変えて政治・戦争に干渉している。克と戦ったことも数え切れないほどだ。私は運良く、敵として出会わずに済んでるけどね」
    「ふむ」
    「『鉄の悪魔』アル。今度歴史の本を読むコトがあったら、名前に『Arr』が付く人物を見てみな。ソレっぽいコト、やってるのが分かるからね」
     晴奈はその名前を心に刻み込みつつ、別の質問をぶつけてみた。
    「先程から黒炎殿のことをご存知であるような口ぶりだが、モール殿は会ったことが?」
     それを尋ねた瞬間、モールは非常に嫌そうな顔をした。
    「黒炎殿って、克のコト? そりゃ、あるけどもね。あんまりアレコレ言いたかないねぇ。何て言うかアイツ、私とそりが合わないんだもん。思い出すと腹立つコトもあるしね」
    「……それは失敬した」
     先程は老人のように見えたモールが、今度はすねた子供のように見える。
    (本当に何と言うか、この人はころころと、人の変わる……)
     晴奈は内心、苦笑していた。

     二人で話しているところに、楢崎とフォルナがやって来ていた。
    「話を拝聴させていただきましたけれど、あなたは本当に『旅の賢者』モール・リッチなのですか?」
    「ん、そうだよ」
     モールはフォルナの顔を見上げ、大儀そうに手を挙げた。
    「……何と言うか、不思議なお召し物ですわね」
    「単刀直入にボロいって言っていいよ、別にね」
     モールは口角を上げてニヤニヤしている。と、楢崎が思いつめたような顔で口を開く。
    「モール殿。その、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
    「んー?」
    「モール殿は非常に博識で、魔術に見識の深い方と伺っています。焔流剣術を、ご存知でしょうか?」
    「ああ、知ってるね。あの『燃える刀』を使うとか言う、欠陥剣術」
    「欠陥……ッ!?」
     その言葉に晴奈はカチンと来たが、反対に楢崎は驚いた顔をしていた。
    「あー悪い悪い、言い方が……」「い、いえ!」
     謝りかけたモールを遮りつつ、楢崎は顔をブンブンと振り、しゃがみ込む。
    「ある者からも、焔流には重大な弱点があると言われたのです! どうか、それを教えていただけませんか!?」
    「……ふーん。まあ、それじゃ正直に言うけどさ。怒んないで聞いてよね」
     モールは座り直し、その「弱点」を語り始めた。
    蒼天剣・旅賢録 3
    »»  2009.05.31.
    晴奈の話、第296話。
    焔流の弱点。

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    4.
     モールは晴奈から刀を借り、両方の手のひらに載せるように持ち上げた。
    「刀が何でできているか、当然知ってるよね?」
    「勿論。鉄でできている」
     晴奈の回答に、モールは深くうなずいた。
    「そ。で、どうやって打つかも知ってるよね?」
    「ええ。鉄を熔かし、高温の状態で叩いて強度を上げ、それを冷やして研いでいく」
    「うん、そんな感じだね。……でさ、打つ上でやっちゃいけないコト、何だか分かるね?」
    「え?」
     モールは刀をトントンと叩き、三人の目を順番に見る。
    「金属ってのは、簡単に言えば高温で熱して、そこから適切に冷やしていくと靭性、延性が上がる。言い換えれば、金属の質が上がるんだ。
     逆に、低い温度でぬるーく熱してそのまんま放置なんかしちゃったりすると、酸化したり靱延性が損なわれたりなんかして、脆くなるんだね」
    「……!」
     ここで、フォルナが弱点に気付いた。
    「つまり、焔流の火は……」
    「そ。鍛える時の1千度近い熱さに比べて、焔流の火は恐らく5、600度前後。これは鋼に対して、あまりにも温いね。しかも火を点けて熱した後、大抵そのまんま鞘に収める。刀は温く熱されて、ゆっくり冷えていく。
     ろくに手入れもせず、何度も『燃える刀』を使えば、大抵の刀はボロボロになっていくだろうね」
    「焔流が、……剣術が、刀を駄目にする、と」
    「そう言うコトだね。まあ、なるべく刀に影響を与えない方法は、いくつもあるけどね」
     楢崎と晴奈は真剣な面持ちで、モールの話に耳を傾ける。
    「1つ目は、その剣術を使った後すぐに冷やして、刀に変なストレスを与えないコト。コレが一番無難な方法じゃないかね。
     2つ目、熱を加えられても耐えうる素材を使って刀を作るか。ま、コレは無茶苦茶な話。んな素材、調達・加工しようと思ったらコスト高すぎて、刀を造るにはもったいなさすぎるね。普通そんなもん造る酔狂なヤツはいない、……と思ったんだけどね、ふざけたコトに晴奈の刀はそーゆー素材と製法で作ってあるね――何考えてこんな高コストでマニアックなもの造ろうと思ったんだか――ま、ともかく。この刀なら焔流を使っても問題無さそうだねぇ」
    「それで、3つ目は?」
     楢崎が鼻息荒く尋ねると、モールは口をわずかに曲げて答えた。
    「暑っ苦しいねぇ、君は。もっとクールになれないね?
     ……んで、3つ目だけどもね、いっそ焔流を使わない。言い換えれば、火系統の術を使わないコト。例えば雷や、地系統の術とかを代用してみるとかね」
    「あっ」
     そこでフォルナが、ポンと手を打った。
    「セイナ、昔お話されてた隠密たちが使っていたのって、そう言う類のものではないでしょうか?」
    「うん?」
    「ほら、央南のテンゲンで戦ったと言うお話。敵の剣士が地面を叩き割ったと……。それはまさに、火属性の代わりに別の属性の要素を、その剣術に代入したのではないでしょうか?」
    「……うーむ?」
     魔術知識が無い晴奈には、フォルナの言わんとすることがさっぱり理解できない。が、楢崎は納得してくれたようだ。
    「それは篠原一派の話だね? 実は『焔流が欠陥』と言っていたのは、その頭領だった篠原なんだ。
     なるほど、これで合点が行ったよ。『新生』焔流と名乗っていたのは、そう言う意味があったんだな」
    「なーに内輪で納得してるのか知らないけどね」
     モールがつまらなそうな顔で話に割り込んでくる。
    「ともかく、焔流の弱点を補うにはその方法しかないと思うね。焔流に関して私が言えるコトは、こんなもんだね」
    「ありがとうございます、モール殿」
     楢崎は深々とモールに頭を下げる。モールは顔を背け、うざったそうに手を振った。
    「いーから、いーから。そーゆー堅っ苦しいのは勘弁してほしいね。
     ……そう言や、君らは悪の組織だか何だかを追ってるって晴奈から聞いたけども、何をしに央北まで行くね?」
    「あ、実は……」
     晴奈は金火公安の調査により、その「悪の組織」――殺刹峰の本拠地が央北にある可能性が高く、現地で調査・討伐を行おうとしていることを説明した。
    「……殺刹峰、ねぇ」
     モールはその名前を、非常に嫌そうな顔をしてつぶやいた。
    「知っているのか?」
    「んー……、ご存知って言うか、狙われたコトがあるね。
     ほら、さっきも言ってた『とっておき』、アレを無理矢理私から手に入れようと襲ってきたんだよね。いやぁ……、あの時は流石に死ぬかと思ったね」
    「モール殿でも、か」
    「いわゆる多勢に無勢、ってヤツだね。いくら私が大魔術師だ、賢者だって言っても、相手は大組織だからねぇ。央北の主要都市であっちこっち待ち伏せされて、一回二回死にかけたね」
    「それで、あの、お姿が……?」
     モールは頬をポリポリとかきながら、小さくうなずく。
    「まあ、そんなトコだね。他にも旅してた女の子二人に助けてもらったり、克のヤツと取引したりして、何とか央北から脱出できたんだよね。
     正直、今はあんまり行きたくない場所だねぇ」
    「ならば何故、この船に?」
     晴奈に尋ねられ、モールは袖からもそもそと木板の束を取り出して膝に並べた。
    「占いの結果、だね。探し物は央北で見つかると出たから、渋々足を向けたってワケだね」
    「探し物?」
    「『魔獣の本』ってのを探してるね。友達の呪いを解くのに、どうしても必要だから」
    「友達、とは雪花殿のことか?」
     晴奈の言葉に、モールは帽子のつばを上げた。
    「君……、ドコで、その名前を聞いたね?」
    「私の師匠は柊雪乃。雪花殿の娘なのだ。訳あって、雪花殿のことを知った次第でな」
    「へぇ……、そうだったのか。あの雪ちゃんの、ねぇ。
     なんだよ君、聞けば聞くほどビックリ要素がポロポロ出てくるじゃないね」
     モールはまた、まじまじと晴奈を見つめた。
    蒼天剣・旅賢録 4
    »»  2009.06.01.
    晴奈の話、第297話。
    央北上陸。

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    5.
     その後もいくらか話をしている内に、空と海が赤く染まってきた。
    「もう、こんな時間か。……まったく、奇想天外な話ばかり聞いていて、すっかり時間が経つのを忘れてしまった」
    「はは、楽しんでもらえたみたいで」
     晴奈が雪乃の弟子と知ったモールは、上機嫌になって色々な話をしてくれた。
     弟子である「金火狐」エリザの話や、克大火と争い勝利を収めた話など、数々の英雄や偉人たちを直接その目で見てきたモールの思い出話は、それだけでなかなかの英雄譚だった。
    「良ければまた明日、お話を聞かせていただけませんかしら?」
     フォルナの頼みに、モールはウインクして応えた。
    「いいとも。私の思い出話でいいんなら、いくらでも」
    「ありがとうございます、モールさん」
    「いいって、いいって。それじゃまた明日ね」
     晴奈たちはニコニコと笑いながら、モールに別れを告げた。

     モールはそのまま、椅子に座っていた。ずっと赤く輝く海を見つめていたが、帽子のつばを下げ、目を閉じた。
    (黄晴奈……、なかなか面白い子になったもんだね。
     殺刹峰の討伐、か。正直、あの組織に近付くなんて、あんまりいい気分じゃないけども――新しい英雄譚を間近で鑑賞するのも、悪くないね。そっと、付いて行ってみようかねぇ)

     この船旅で、公安組は散々カードゲームに興じた。その結果バートは792クラムの大敗を喫し、逆に小鈴が824クラムの大勝を記録した。
     晴奈たちはモールから様々な話を拝聴し、有意義な時間を過ごせた。



     ゴールドコーストを出発してから17日後。船は央北、ウエストポートに到着した。
    「やっぱり、央中とは雰囲気が違うな」
     晴奈は港を見回し、小鈴とフォルナにささやいた。
    「そうですわね。央中は『狐』と『狼』ばかりでしたけれど、ここは耳が短い方の割合が大きいですわね」
    「ま、人種もそーだけど、一番の違いは……」
     小鈴はそっと晴奈の袖を引っ張り、港の向こうを指差す。指し示された方向には、大規模な軍港が構えていた。
    「央中じゃあんまりあーゆーの見なかったけど、央北はあっちこっちに軍事基地や軍関係の施設があるのよ。だから自然と、軍事が生活に大きな影響を及ぼしてる。
     あと、こっちは央北天帝教の方が――名前通りだけどね――影響力すっごく強いから、あんまり央中の常識とか慣習持ち出すと、えらい目に遭うわよ」
    「ふむ……」
     確かに、街の空気は央中のように雑多、活発と言う雰囲気では無い。あちこちに軍人や官僚と思しき姿の者がうろついており、ひどく物々しい。
     そんな空気を懸念したジュリアが皆を集め、今後の行動についての注意点を伝える。
    「戦争の最中で警戒が強められてるから、あまり目立った行動はしないようにね。
     この任務は公安の管轄外での行動だし、公安のサポートは期待できない。総帥が仰っていた通り、財団も不要な混乱を避けたいし、中央政府当局に何らかの嫌疑をかけられて捕まっても、最悪の場合、見捨てられることもあるわ。
     いくらエラン君が総帥の息子だと言っても、通用しないでしょうね」
    「うぅ……」
     これを聞き、エランが不安そうな顔になる。
    「それから、ここからは三人一組、3チームに分かれて行動すること」
    「三人、一組に?」
    「何でなん?」
     きょとんとする楢崎やシリンに、フェリオが説明する。
    「9人が固まってゾロゾロうろついてるなんて、あまりにも怪しすぎるっスよ。だからこの先、クロスセントラルまでは3チームに分かれて、目立たないように行こうってことっス。
     で、このチーム編成ですけど……」
     フェリオに続いて、バートが説明する。
    「ナイジェル式諜報班編成――リーダー、補助、戦闘員の三人で構成する。
     チーム1、ジュリアがリーダー、補助にコスズ、戦闘員にナラサキさん。
     チーム2、俺がリーダー、補助にフェリオ、戦闘員にシリン。
     チーム3、フォルナちゃんがリーダー、補助にエラン、戦闘員にセイナだ」
    「何で僕が補助に……」
     不満げなエランに、フェリオがニヤニヤしながらささやく。
    「そりゃー、フォルナちゃんの方がしっかりしてるもん。総帥のお墨付きだし」
    「あぅ……」



     こうして3チームに分かれた9人は央北の首都、クロスセントラルを目指すことになった。
     さらわれた息子の救出、央中圏の安全確保、そしてロウの仇――様々な理由から集まった9人が、「大陸の闇」へと挑む。

    蒼天剣・旅賢録 終
    蒼天剣・旅賢録 5
    »»  2009.06.02.
    晴奈の話、第298話。
    大火と中央政府、金火狐との確執。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     央北の港、ウエストポートで旅の準備を進めながら、フォルナとエラン、そして晴奈は話をしていた。
    「本当に、息が詰まりそうな街ですね……」
    「そうですわね。どこを見ても、軍人さんばかり」
     フォルナの言う通り、大通りは軍服を着た者たちがしきりに行き交っている。
    「しかし、何故この街にも軍人が? 戦争はこの街の反対、東海岸側で起こっているのだろう?」
    「あ、東岸の街――ノースポートにも結構多いらしいですよ、軍や官僚」
     晴奈の疑問に、エランが答える。
    「でも、もう3年くらい戦争してますから、ノースポートの軍備も少なくなってきたみたいで。だからこの街や、南の方にある街からも、軍備をかき集めてるらしいですよ」
    「だから、この街でも軍人を良く見かけるのか」
    「それに昔から、この街は海軍の演習場になっていると聞いていますわ。普段から多いのでしょうね」
    「ふむ……。そう言えば、ゴールドコーストでは軍関係の施設や人間を見た覚えが無いな。あれだけの大都市なのだから、そう言った者に会っても良さそうなのだが」
    「あー、いないんですよ、軍って」
    「いない?」
     エランの回答に、晴奈は少し驚いた。
    「昔からゴールドマン家って、『自分で戦争を起こすよりも、他人の戦争を助けろ』って言う精神なんですよ。自分たちが最前線で戦うより、どこかで起こっている戦いに参加するタイプなんです」
    「いわゆる『外馬』か。……あまりほめられたものでもないな」
     率直な感想を述べた晴奈に、エランが反論する。
    「まあ、周りから見ればそうかも知れませんけど、戦争に加担するのは何もお金を稼ぐことだけが目的じゃありません。
     長い間戦争を続ければ物価は高騰する、物資は尽きる、人間は困窮すると、ろくなことになりません。だから積極的に介入して、早め早めに戦争を終わらせてあげるんです。早めに終われば国も人も、ウチも安定し、みんなが平和になります。それはいいことでしょ?」
    「ふ、む……」
     エランの主張ももっともだと、晴奈は納得しかける。
    「しかし金、金と躍起になるのも、何だか……」
    「そこがゴールドマン家のゴールドマン家たる由縁ですよ」
     反論する晴奈に対し、エランも折れようとしない。
    「ウチは金で悪魔を倒した家柄ですから」
    「悪魔? 黒炎殿……、克大火のことか?」
    「ええ。ニコル3世の時代に、彼は戦争ではなく交渉でカツミを倒したんです」
    「ほう……。しかし克大火が、金で動く男とは思えぬがな」
    「逆ですよ、逆。ニコル3世は『世界中に出回っているクラム通貨を、金火狐の総力を上げて無力化するぞ』と脅して、カツミ率いる中央政府の政治的圧力に、経済的圧力で対抗したんです。
     これは歴史に名を残す『サウストレードの大交渉』と言われて……」「エラン」
     エランが雄弁に語り始めたところでフォルナが帽子を取り上げ、話をやめさせた。
    「あっ、何するんですか」
    「セイナがぽかんとしてらっしゃいますわ。エラン、あなたはもう少し、空気を読まなければなりませんわね」
    「……母さまと同じこと、言わんといてくださいよ」
     エランはフォルナから帽子を奪い、目を隠すようにかぶる。そこで晴奈は我に返り、小さく手を振った。
    「あ、いや。ぽかんとしていたのは確かだが、少々気になることがあったのでな」
    「気になること?」
    「克大火が中央政府を率いた、と言うのが良く分からぬ。あの方は独立独歩、孤高の人であると思っていたのだが」
    「まあ、厳密に言えば、中央政府を実際に率いたのは3年か、4年くらいですよ。さっき言ってた『大交渉』の後、カツミは手を引いたんです」
    「ほう」
    「恐らく、ニコル3世との交渉で辟易したんでしょうね。
     全権を元いた大臣や共に戦ってきた人たちに譲渡して、それからずっとお金――中央政府の税収の何%かだけ取るだけになったとか」
    「ふーむ……」
     晴奈は昔見た大火の姿を思い出しながら、「やはりあの人は孤高の人――政治に手を出すような器ではないのだろうな」と考えていた。
     そうしている間に、またエランが饒舌になってきた。
    「でもこのことが、現在の中央政府の内乱・政治混乱の根源にもなってるんですよね。つくづくカツミは、政治をかき回す『乱世の奸雄』ですよ」
    「エラン、また……」「あ、いや」
     さえぎろうとするフォルナを、晴奈が止めた。
    「よければ詳しく聞きたい。私は政治方面に疎くてな、央北が今どんな状況にあるのか、教えて欲しいのだが」
    「あ、えっと、じゃあ。そこの喫茶店でお茶でも飲みながら……」
     積極的に尋ねてきた晴奈に気を良くしたエランは、嬉々として語り始めた。
    蒼天剣・出立録 1
    »»  2009.06.04.
    晴奈の話、第299話。
    混沌とする大組織。

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    2.
     喫茶店で茶を飲みつつ、エランの政治解説が始まった。
    「まあ、ともかく『中央政府』がどんな組織なのか、って言うところから話しますね。
     もともとは天帝教の神様、タイムズ帝が中央大陸、ひいては世界全体の平定のために築き上げた組織で、かつては本当に、世界全体を支配していたと言われています。まあ、半分神話みたいな話なんですけどね。
     ちなみに『タイムズ』って言う名前は現在の暦、双月暦を制定したことから、『時間(タイム)を作った偉大な者』ってことで、周りからそう呼ばれたらしいです。こう言うのも神話がかってますけど」
     話が一々逸れるので、横に座っていたフォルナが度々エランの右腕を小突く。
    「エラン、本題を話してちょうだい」
    「あ、すみません。ついつい……。
     まあ、天帝一族が300年以上率いてきた『旧』中央政府はやがて政治腐敗にまみれ、暴政が敷かれるようになりました。そこで起こったのが黒白戦争――中央政府の大臣だったファスタ卿を筆頭として反乱軍が結成され、中央政府との長い戦いを続けた末に、反乱軍側が勝利。中央政府の政治体制は一新され、天帝一族の手から離れることになりました。
     しかし中央政府はファスタ卿の手に渡ることはありませんでした。ファスタ卿と手を組んでいたカツミがファスタ卿を暗殺し、彼が持っていた全権を奪ったそうです。これがタイカ・カツミ伝説の始まりであり、『乱世の奸雄』『黒い悪魔』と呼ばれる由縁でもあります」
    「克大火が、そんなことを……?」
     その話と実際に会った大火とのイメージが食い違い、晴奈は思わず首をかしげた。納得いかなさそうなその様子に、エランもきょとんとする。
    「あの、有名な話ですけど……」
    「ああ、うむ。そうだな、私もおぼろげにそう聞いたことはある」
    「ですよねぇ。……それで、話の続きですけど。
     カツミは中央政府を手に入れた後、かなり無茶苦茶な要求をしました。その最たる例が、『中央政府の歳入額の何%かを、自分に納めること』。今でこそ中央政府の歳入は2~3千億クラムとウチの総収入と同じくらいですけども、そこから考えてもざっと50億、60億の金が毎年カツミに入っていきます」
    「そんなにか……」
     大商家の娘と言えど、流石の晴奈もそんな金を目にしたことは無い。未亡人となったシルビアへの香典として渡した、あの途方も無い大金がかすむほどの額である。
    (なるほど、そこは悪魔だな)
    「その要求は央北だけじゃなく、央中、央南など、様々な地域に対しても行われました。
     でもニコル3世がその要求を突っぱねたおかげで、他の地域も揃って反発。その結果、カツミの権利は央北からの税収を掠めるだけに留まりました。それに元々、カツミは政治にそれほど興味が無かったみたいで、その権利が確保された途端、あっさり中央政府の政治権力を譲渡したんです。
     そこから大混乱ですよ。カツミ及び反乱軍が一点に集中させた絶大な権力を奪い合って、央北の名家や権力者が対立。逆に央南や北方など、央北から遠い地域は独自の政治体制を敷き、中央政府から離反していきました。
     カツミの暴挙と放任、『大交渉』の失敗、政治的内乱と央北外の反発――黒白戦争の終結から200年あまりを経た今、『中央』政府とは名ばかり、央北、央中と西方の一部を領地とする『ただの大国』になっています。一応国としてのまとまりはありますが、その方針は各大臣によってバラバラ、軍務大臣や外務大臣が侵略を推す一方で、内務大臣や財務大臣などは貿易を優先させようと和平の道を探る……、と言うような感じです。
     明確な政治方針のない中央政府はこの200年ずっと、混乱したままです」

     エランの言う通り、中央政府に属している軍人や官僚たちは、互いに反目しているようだった。よほど争いが耐えないらしく、街中で彼らがすれ違う度、周囲に緊張が走っているのが傍目から見ても明らかだった。
     そして実際、争っている現場も何度か目撃した。
    「おぉ、これはこれは……」
     部下を引き連れた初老の将校が若い官僚数人に出会うなり、こうなじる。
    「こんな往来で出会うとは、よほどお仕事がお忙しいようで。いやぁ、昼間からご苦労様ですなぁ」
     官僚もややにらみながら、こう返す。
    「……ええ、我々もどこかの粗忽者さんが考え無しに消費した物資を確保するのに、文字通り東奔西走している次第でしてね」
    「ほうほう、それはそれは。まあ、よろしく頼みますわ、ははは」
     こんな感じで、一々両者が突っかかる。実際に手を出すには至らないが、非常に険悪な雰囲気なのである。

     喫茶店を出て、ふたたび往来を歩いていた晴奈はため息をついた。
    「なるほど、荒れた国だな」
    「ええ。そもそもですね、今起こっている戦争だって大義も目的も、何にも無いですよ。
     一応は『北方からの攻撃を受けているために、やむなく応戦』とか、『カツミに叛意を抱いている危険国を先制攻撃』とか、『縮小した領土の再拡大』だとか色々言ってますけど、実情は中央政府内の主導権を握るためだけにやってるみたいです」
    「どう言うことだ?」
    「一つは、カツミに取り入るためですね。実権を手放したとは言え、カツミは相当の金と影響力、実行力を備えてますから、彼を味方に付けられれば政府内での権力は間違いなく強まるでしょうし」
    「ふむ」
    「まあ、それとはまったく逆の理由もあります。カツミを消してしまえばその莫大な金と、『悪魔を倒した』って言う名声が手に入ります。だから、彼を倒せるだけの兵力を集めるために領土拡大とか、軍事国を配下に置こうとか、そう言うことを考えてるみたいですよ」
    「なるほど……。一方で克大火にへつらい、もう一方では反発、か。確かに、混沌とした組織だな」
     晴奈は腕を組み、ため息混じりにつぶやいた。
    蒼天剣・出立録 2
    »»  2009.06.05.
    晴奈の話、第300話。
    アホの子と大人の女。

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    3.
     一方、バート班も買い物に来ていた。
    「うふふー」
    「は、はは……」
    「……」
     バートの背後でフェリオとシリンがいちゃついている。いや、正確にはシリンがフェリオに付きまとっているのだ。
    「なーなー、アレ何なん? あの槍持った女の人の銅像」
    「ん? あ、ああ、あれは昔、この街を護った英雄を……」「フェリオ、お前なぁ」
     たまりかねたバートが口を開いた。
    「任務中だぞ」
    「すんません」「えーやんかー」
     謝るフェリオの前に出て、シリンが反論する。
    「出発は明後日やろ? もうちょいのんびりしてても大丈夫やん」
    「大丈夫かそうでないか、考えるのは俺だ。そして、今準備しなきゃ間に合わないと判断した。遊んでる暇はねーんだよ」
    「……あーそーですかー」
     シリンがうざったそうな顔をし、フェリオの首に手を回す。
    「そんならパパっと準備終わらして、後で一緒に遊び行こなー、なー?」
    「お、おう」
     もう一度バートが振り向く。黒眼鏡で見えはしないが、その目は確実に怒っていた。
    「フェリオ、ちょっとこっち来い。シリンはそこで待ってろ」
    「えーよ」
     バートはフェリオの首をつかみ、路地裏に連れ込む。
    「さーてフェリオ、俺が怒ってるのは分かってるよな? なぁ?」
    「……はい」
    「何で怒ってるか分かるか?」
    「シリンが、オレに付きまとってるから」
    「おいおい、人のせいにするなよフェリオ巡査長」
     首を絞める力がジワジワと強くなっていく。
    「苦しいっス、先輩」
    「それでだ、フェリオ。お前に3つ選択肢をやる。好きなのを選べ」
     バートが煙草をギリギリと噛みながら、フェリオをにらみつける。
    「1つ、今すぐ銃でてめーの頭ブチ抜け。それか2つ、シリンの頭ブチ抜いて来い。
     それが嫌なら3つ、シリンを黙らせろ」
    「……み、3つ目にします」
    「よし。じゃあ行け」
     バートが手を離した途端、フェリオはバタバタと路地裏を飛び出した。
    「……ったく」
     バートにしてみれば今回の任務と、その前の任務――クラウン一味への潜入捜査からずっと、貧乏くじを引き続けているようなものである。
     前回だけでも、いたずらに苦労ばかりさせられ、金もむしられた上、歯や骨まで折られたのである。今回にしても、恋人と二人きりで過ごす時間がまったく無い一方で、シリンが自分の周りで、見せ付けるようにフェリオに絡んでいるのだ。
    (絶対、今の俺は不調、絶不調だ……。ジュリアぁぁ、もう勘弁してくれよぉぉ……)
     これだけ不運が続けば、情緒不安定になるのも仕方が無い。後輩をいじめたくなるのも、当然と言えば当然のことだった。
     が、シリンもシリンで空気を読まないし、状況を理解してくれない。
    「はぁ? 何でバートの言う通りにせなアカンの?」
    「だから、うちの班のリーダーだからだってば」
    「それは公安が決めた話やろ? ウチ、そんなん聞いてへんもん」
    「いやいやいや、船の中とか港とか、宿でも散々説明しただろ? まあ、お前『うんうん分かった分かった』って生返事ばっかりだったかも知れないけどさぁ」
    「あ、宿って言えば、今夜どないする? 今日は一緒のベッドでええ?」「うだーッ!」
     フェリオの必死の説明も、シリンには十分の一も伝わらなかった。

     宿に帰ってからもずっと、バートは不機嫌な顔で煙草をふかしていた。
    「なぁなぁ、バート。煙たいんやけど……」
    「……」
     フェリオに背中から抱きついたまま文句を言ってくるシリンに対し、バートはイラついた目をチラ、と見せて無言で威圧する。
    「話聞いとるー?」
     しかしシリンはにらまれても動じない。と言うよりも、にらんでいることにさえ気付いていない。
    「……」
     バートの口から煙草が落ちる。バートが怒りのあまり、吸口を噛み千切ったのだ。
    「いい加減にしやがれよ、このバカ……」
    「は?」
     怒りに満ちたバートの言葉に、シリンもあからさまに不機嫌になり、フェリオから体を離す。
    (うわわわ、まずい~っ)
     険悪な雰囲気の室内で、板挟みのフェリオは真っ青になった。
     と――。
    「入るわよ」
     別行動を取っていたはずのジュリアの声が、部屋の中に飛び込んできた。
    「え?」
     シリンをにらんでいたバートが、驚いた声を上げる。
    「じゅ、ジュリア? こんな時間に何だよ?」
     ドアを静かに開け、ジュリアが入ってきた。
    「うん、ちょっとあなたと話がしたくなったから。遅くにごめんね」
    「い、いや、俺はいいんだ、けど」
    「ああ」
     ジュリアはシリンたちの方に向き直り、すっと鍵を差し出す。
    「ちょっと悪いんだけど、フェリオ君、シリンさん。別の部屋取ったから、今夜はそこで寝てくれない?」
    「へっ?」「な、何で?」
     バートもシリンもきょとんとしていたが、フェリオはジュリアの助け舟に素早く乗り込んだ。
    「ま、ま、ま……、シリン、リーダー同士の大事な、大事なお話があるんだろ、きっと、うん。オレたちもゆっくりできるし、いいじゃん、な?」
    「……そやな。えへへへー」
     フェリオの説得を聞いたシリンは一瞬ででれっとした顔になって、フェリオの腕を抱きしめた。
    「ほな、ウチらそっち行くわー。何号室?」
    「211号室よ。はい、鍵」
    「あいあい、ありありー」
     シリンは尻尾をパタパタ揺らしながら鍵を受け取り、フェリオを引っ張るように部屋を出て行った。
    「……」
     思いもよらぬ展開に、バートは依然固まったままだ。
    「バート」
    「う、おう?」
     ジュリアに声をかけられ、バートは我に返る。
    「煙草、ちゃんと始末しなさい。床に転がってるわよ」
    「おっ、ああ、うん。……悪い悪い」
     バートは先程噛み千切った煙草を拾おうと屈み込む。
    「危ねー危ねー。……ん?」
     煙草を拾い、立ち上がろうとしたところで、両肩に手を置かれた。
    「ごめんなさいね、バート。このところずっと、嫌な任務ばっかり押し付けちゃって」
    「……いいよ、別に。仕事なんだしさ」
    「今回の任務でもしばらく、二人っきりになれないし」
    「いいってば」
    「でも、今夜だけは確実に、朝まで一緒にいられるわよ。私の班は落ち着いた人ばっかりだから、今夜くらい私がいなくても、ちゃんと準備を進めてくれるし。シリンさんも、フェリオ君に任せれば素直だしね。
     だから、……ね?」
    「……おう」
     バートはジュリアの手を取り、静かに立ち上がった。
    蒼天剣・出立録 3
    »»  2009.06.06.
    晴奈の話、第301話。
    赤毛の幼馴染。

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    4.
    「んふふふ……」
     一方、こちらは小鈴と楢崎。
     ジュリアが別室に移動したため、3人で取っていた部屋は広々としていた。今夜は使われることの無い空のベッドを眺めながら、楢崎も苦笑する。
    「若いなぁ、スピリット君」
    「ま、好きなオトコがイライラしてたらそーするわよ。アイツならひょいひょいってなだめられるでしょうしね」
    「そう言えば橘君、スピリット君とは顔見知りみたいだけど、どんな関係なんだい?」
     楢崎の質問に、小鈴はベッドに腰掛けたまま答える。
    「あー、腐れ縁って感じかな。瞬二さんも、朱海のコトは知ってるわよね?」
    「ああ、赤虎亭のおかみさんだね」
    「あいつとあたし、それからジュリアはちっさい頃から良く遊んでたのよ。歳も近いし、3人とも真っ赤な髪だし。『赤毛連盟』なんつってね」
    「橘君の実家は央南だったよね。昔から市国の方にも、足を運んでたのかい?」
    「そ、そ。家が情報屋やってるから、家族ぐるみで央中には何度も入ってたのよ。勉強とかで、あたしだけ4~5年向こうに住んでたコトもあったしね。
     今でも公安と情報屋って関係で、ちょくちょく話するわ。……あ、だからか」
    「うん?」
    「いや、何で半年前、エランが赤虎亭を訪ねて来たんだろって思ってたんだけど、今考えてみたら、ジュリアがそう指示したんでしょうね」
    「ああ、なるほど」
    「にしても、……いいなぁ」
     小鈴はベッドにごろんと寝転び、ため息をつく。
    「何だかんだ言ってジュリア、オトコいるのよねぇ。あの子ドライな性格してるけど、バートと話してる時はニコニコしてんのよね」
    「ニコニコ? ……うーん?」
     楢崎は普段のジュリアの様子を記憶から探るが、思い浮かぶのは銀縁眼鏡の奥にある、細い目だけである。
    (あの顔が、ニコニコと? ……今度、注意深く見てみよう)
    「あの二人、幸せそうでいいわよねー」
    「ふむ……」
     楢崎は机に頬杖を付き、しんみりとしたため息をつく。
    「幸せな男女、か」
    「どしたの、瞬二さん?」
    「あ、いや。……そう言えば、橘君は、その、お相手の方はいるのかい?」
     楢崎にそう問われ、小鈴は噴き出した。
    「ぷっ……、ふ、んふふふふ」
    「え、どうしたんだい?」
    「いや、んふふ……。
     今はいないわ。前はいたんだけど、あたしがこの『鈴林』任されて、あっちこっち旅するようになってから、どーしても長続きしなくなっちゃってさ。みーんな口を揃えて、『待つのに疲れたんだ』っつって。
     だから今は、一人なの。欲しいなーって思ってるんだけどね」
    「ふむ……」
     楢崎は立ち上がり、小鈴のベッドの横に立てかけてあった「鈴林」を見つめる。
    「以前に黄君から聞いたことがあるんだけど、この杖には意思があるそうだね」
    「そ、そ。……ホラ『鈴林』、挨拶して」
     小鈴がそう声をかけると、「鈴林」はひとりでにちり、と鈴を鳴らした。
    「ほう……」
    「ね? ……ま、そのせいで彼氏もぜーんぜんできないんだけどね。ホントこの子、わがままで」
    「はは、難儀だね。……そうだ『鈴林』君、こう言うのはどうかな?」
     楢崎は「鈴林」の前にしゃがみこみ、提案してみた。
    「5~6年くらい旅を我慢してもらって、その間に橘君に子供を作ってもらい、次からはその子と旅をするって言うのはどうだい?」
    「アハハ、それいーわぁ」
     小鈴は笑いながら、「鈴林」をトントンと突いた。
    「ねー、そんでもいい、アンタ?」
     ところが何度小突いても、杖は一向に鳴らない。
    「……ダメ?」
     今度はそれに答えるように、鈴がひとりでにちり、と鳴った。
    「ケチぃ」
    「残念だったね、はは……」
    「こーなったら、一緒に旅ができるオトコ見つけなきゃいけないわねー」
     小鈴はクスクス笑いながら、「鈴林」を手にとって鈴を拭き始めた。
    「誰かいい男いないかしらねー」
     手入れをしながら、小鈴は視線を楢崎の方に向ける。
    「……うん?」
    「……んーん、何でも。……ホラ『鈴林』、キレイにしたげるわよー」
    蒼天剣・出立録 4
    »»  2009.06.07.
    晴奈の話、第302話。
    中枢への出発。

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    5.
     ジュリアが部屋を移動した、その翌朝。
    「よっ、おはようお前ら。夕べは良く眠れたかっ?」
     昨夜とは打って変わって上機嫌になったバートが、食堂で向かい合って朝食を取っていたフェリオとシリンに話しかけてきた。
    「え、ええ、まあ。それなりに、ぐっすり眠れたっス」
    「う、うんうん」
     二人はバートの首筋に注目していたが、バート自身はその視線にまったく気付いていない。
    「よっしゃ、それじゃ今日も一日頑張っていくか、はははは……」
     バートは朗らかに笑いながら、食事を取りに向かった。
     フェリオたちはバートが離れたところで、顔を近づけてコソコソと話し始めた。
    「……見た?」
    「うん。首のところ……」
    「キスマークだよな」
    「せやな。……言うた方がええかな」
    「やめとけ。多分怒る。スーツ着れば隠せるトコだったし、黙っとこう」
    「あいあい」
     二人はクスクス笑いながら、バートの後姿を見ていた。

     一方、こちらはジュリア班。
    「おはよう」
     楢崎の挨拶に、ジュリアは軽く手を挙げて応える。
    「おはよう、ナラサキさん」
    「ふあ、あー……。んふふ、おはよー」
     今度は小鈴がニヤニヤしながら挨拶してくる。
    「おはよう、コスズ」「夕べはお楽しみ?」
     挨拶を返したところで、間髪入れず小鈴がカマをかけてきた。
    「ふふ、内緒よ」
    「あら残念、んふふ……」



     3班とも旅の準備が整い、いよいよ中央政府の本拠地、クロスセントラルに向けて出発した。目立たないように、そして情報収集と、全滅の可能性を避けるために、3班はそれぞれ別に行動している。
     ジュリア班は港町ウエストポートから海岸沿いに南下し、崖のそばに作られた戦艦製造の街、ソロンクリフから東南に進み、首都に入るルート。
     バート班はまっすぐ東に進み、西と北、二つの港からの物資が集められる街、ヴァーチャスボックスから南に方向転換、首都を目指すルート。
     フォルナ班は最初から南東に進み、ウエストポートと首都の中継地点、エンジェルタウンを抜けてそのまま首都に進むルートを執る。
    「みんな無事に、首都で会いましょう!」
     ジュリアの檄に、皆がうなずく。
    「おう!」
    「必ず!」
     3班は互いの無事を祈りつつ、バラバラに歩き始めた。

     と――。
    「やれやれ、ようやく出発か。なーにをダラダラやってたんだかねぇ」
     フォルナ班の後を、モールがこっそりつけていた。
    「このモール様を2日も待たせるなんて、いい度胸してるじゃないね(晴奈一行はモールが付きまとっていることなど知る由も無いので、こんな文句はまったくの見当違いなのだが)。
     ほれほれほれほれ、早く進めっての」
     100メートルほど距離を開け、他の旅人に紛れながらそっと足を進めている。本人は気付かれていないと思っているのだが――。
    「……あの、セイナ」
    「ああ。つけられてるな」
     しっかり、ばれていた。
     三人は後ろを振り向かないように、ヒソヒソと言葉を交わす。
    「誰なんでしょう、あの魔術師? まさか、もう敵にマークされて……?」
    「いや、私とフォルナの知り合いだ。……非常に気紛れな人だよ」
    「そう、ですか。……じゃ、心配ない、ですかね?」
     心配そうにするエランを見て、フォルナはクスクス笑いながらうなずく。
    「ええ。ちょっと偏屈な方ですけれど、悪い人ではありませんわ」
    「まあ、本人は気付かれて無いと思っているようだから、このまま放っておこう」
     晴奈の提案に、フォルナはもう一度うなずいた。
    「ええ、その方がよろしいですわね。あの人の性格でしたら、気付かれていると分かったらぷい、とどこかに去ってしまうかも知れませんわ」
    「あの人の腕前は黒炎殿に並ぶと言われているからな。助けを期待するわけではないが、近くにいるだけでも心強い」
     晴奈たち三人はしれっと、モールを味方に付けることにした。
    蒼天剣・出立録 5
    »»  2009.06.08.
    晴奈の話、第303話。
    敵首領と主治医の会話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     某所、殺刹峰アジト。
    「どう……、調子は……?」
     狐獣人の、ひどく顔色の悪い女性がオッドの研究室を訪れた。
    「上々、って言いたいトコなんだけどねーぇ」
     オッドはひどく残念そうな顔をして、女性を部屋に招きいれた。
    「あら……、失敗したの……?」
    「失敗じゃないわよぉ、アタシに落ち度無いわよーぉ。このおっさんが『素材』としてクズなのよぉ」
     オッドは手術台に縛り付けられた熊獣人――クラウンを指差す。
    「ひ……はっ……ひ……」
     クラウンの額には何本も青筋が走り、目は赤黒く染まっている。そして肌全体が、青黒く変色していた。
    「なーにが『キング』よぉ、まったく。ちょっと神経を肥大させて、血流量増やしただけで、もうコレよぉ?」
    「は……ふっ……」
    「もう脳の血管もポンポン弾けちゃったみたいで、ザ★廃人確定。『プリズム』に入れるどころか、普通の兵士にも使えないわよぉ」
    「あら……そうなの……。それは……残念ね……」
    「もう使いどころ無いから、ちゃっちゃとモンスターにしちゃってよぉ」
     オッドの要請を聞いた「狐」は、非常に辛そうな顔をした。
    「ちょっと……無理……。わたし……今日は……体調が悪くて……」
    「そーねぇ、顔色悪いもんねぇ。栄養剤と強壮剤、打っとく?」
    「ええ……お願いするわ……シアン……」
     オッドは非常に嬉しそうな顔をして、薬棚を漁り始めた。
    「了解、リョーカイ。……うふっ、やっぱ医者っぽいコトすると楽しいわぁ。天職ねぇ」
    「あは……はは……」
     「狐」の女性は口の端をやんわりと上げ、笑い顔を作る。
    「どしたのぉ?」
    「いえね……。こんな……人体実験する……あなたが……、医者っぽい……ことって……言うから……あはは……」
    「それ嫌味? 侮辱?」
     オッドが口を尖らせると、女性はゆっくりと手を振って否定した。
    「いいえ……ただ……面白いなって……」
    「ホラ、腕出しなさいよぉ。……相変わらず血管ほっそいわねぇ」
     オッドが静脈を探しながら、女性に尋ねる。
    「アンタ、今いくつだったっけ?」
    「68よ……」
    「魔術ってのはホントに、気味悪いわねぇ」
     ようやく静脈を探し当て、ぷすりと注射を打つ。
    「この腕を見たら90歳、100歳の超おばあちゃん。……なのに」
     オッドが顔を上げた先には勿論、女性の顔がある。
    「顔ときたら、どう見ても30そこそこ。『老顔若体』って言葉あるけど、アンタは逆ねぇ。『若顔老体』って感じ」
    「いいじゃない……そんなの……。あなただって……、バニンガム卿だって……、その魔術の恩恵を……、受けてるんだから……」
    「まあねぇ」
     2本目の注射を打ち終え、オッドは改めて「狐」の顔を覗き込む。
    「どうしたの……?」
    「もう20年以上その顔見てるけど、いまだに分かんないわぁ」
    「何が……?」
    「アンタの考えてるコトが」
     オッドの言葉に、「狐」は不思議そうな顔をした。
    「どうして……?」
    「アンタに何のメリットがあって、こんな組織を作ったのか。アンタの目的はなんなのか。ずーっと考えてるけど、アンタのその、青白ぉい顔を見る度に分かんなくなっちゃうのよねぇ」
    「いつも……言ってるじゃない……」
     口を開きかけた「狐」をさえぎって、オッドはその先を自分から話す。
    「あーあー、『中央政府の粛清』とか、『新政権樹立のための基盤固め』とか、そんなコトは何べんも聞いたわよぉ。でもさーぁ、それは旦那サマのための目的じゃないのぉ?
     アタシはアンタ自身のメリットとか、目的を聞きたいのよぉ」
    「……」
     「狐」はオッドから目線をそらし、ぽつりとつぶやいた。
    「そうね……わたし自身の……目的……。
     2つ……かな……。娘の……、フローラのためと……、わたしの魔術の……、完成を目指すため……、かしら……」
    「魔術の完成?」
    「まだ……、完全じゃない……」
     「狐」は両手を挙げ、その細い腕をオッドに見せた。
    「体は……確かに……、30代のままのはず……なのに……、ひどく……衰えている……。同じ術をかけた……、あなたや……バニンガム卿は……、とっても若々しいのに……、わたしだけが……こんなに衰弱してる……」
    「それは、その……、アンタの病気のせいじゃないの。魔術、関係ないじゃない」
    「だからよ……。わたしの魔術……現時点では……、この病を克服できない……。完成していたら……、きっと……わたしは……」
    「……まあ、うん。とりあえずアタシには、症状を緩和するコトしかできないしねぇ」
     オッドは立ち上がり、また薬棚に向かう。
    「とりあえず栄養剤と強壮剤は打ったし、沈静剤も作っとくわねぇ。……アンタの魔術が完成するのが早いか、それともアタシが特効薬作るのが早いか」
    「それとも……、わたしが死ぬのが先か……」
    「ちょっと、ふざけないでよぉ……」
     オッドは憮然とした顔で、薬品を混ぜ始めた。

    蒼天剣・出立録 終
    蒼天剣・出立録 6
    »»  2009.06.09.
    晴奈の話、第304話。
    修羅の行き着く先、阿修羅。

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    1.
     とある央中東部の田舎町。
     若者二名の騒ぎ立てる声が、夜の街中に響いていた。
    「ぁ? やんのかコラぁ!」
    「ざけんな、やったるわボケぇ!」
     田舎町とは言っても、昔は鉱山都市として栄えたところである。
     当然のように、あの金火狐財団も積極的に採掘を行っていたし、街を活性化するために大型の商店や歓楽街も併せて造成され、往時はそれなりににぎわっていた。
    「くっそ、なめんなやカス!」
    「こっちのセリフや、アホ!」
     が、それはもう10年、20年も昔の話である。
     積極的な採掘活動によって、あっと言う間に鉱脈は尽きた。途端に金火狐は撤退し、続いて他の商人たちも消えていった。
    「ぐあ……!」
    「オラ、どないしたボケぇ!」
     後に残ったのは荒れた鉱山と荒れた街、そして荒れた人々と、その子供たちだけになった。
     まず、親の世代から街に残った金や建物、土地を奪い合い、その荒んだ戦いが子供たちにも伝播。毎日のように自分たちのテリトリーを主張し、醜く争い続けていた。
    「ひーっ、ひーっ……」
    「もうおしまいか、あぁ!?」
     そうしてその夜も、若者二人が愚かしく争っていた。

     が――その夜は少し、事情が違った。
     ある短耳の男が、その街を夜分遅くに訪れていたのだ。
    「オラッ! オラぁッ!」
    「……」
     男の前を、血まみれになった「狼」の少年が転がっていく。
    「ゼェ、ハァ……」
     少年を蹴飛ばしたらしい青年の「虎」が、荒い息を立てながら男の側にやって来た。
    「おい」
     旅の剣士風であるその男は、青年に声をかけた。
    「あ? なんや、文句あんのか?」
     青年はいかにも己が粗野・粗暴であると公言するかのように、剣士をにらみつけて威嚇する。
    「これから何をする気だ、青年?」
    「そんなん、おっさんに関係ないやろが」
     青年は剣士をにらみつけたまま、倒れた少年のところに歩き出す。
    「やっ、やめ……」
    「あぁ? ケンカ売ってきたん、お前やろが」
     青年の手にはレンガが握られている。剣士はもう一度、彼に声をかけた。
    「君。いかんな、それは」
    「……おっさん、さっきから何やねんな。邪魔せんといてくれるか」
     明らかに癇に障ったらしく、青年の声色が変わる。だが男は構う様子もなく、こう続ける。
    「君はその『狼』君にとどめを刺すつもりだろう? そのレンガで」
    「せやったら何やねん?」
     剣士はゆっくりと首を振り、倒れた「狼」の前に立つ。
    「この『狼』君は降参している。それなのにとどめを刺す、つまり殺すと言うことはだな、余計な恨みつらみを買うことになる。
     大方、この『狼』君が――狼獣人とは言え、こんなに貧相な体つきで――君に挑んだのも、怨恨からではないのか?」
    「説教か、おっさん」
     青年の額に青筋が走る。握ったレンガがビキ、と音を立てて割れた。
    「俺は説教されんのが、一番腹立つんや」
    「やれやれ……。聞く耳を持たん、か」
     男はため息をつき、剣を抜いた。

    「なぁなぁ、ウチのダーリンちゃん、ドコにおるか知らへん?」
     黒髪に金や緑、青と言ったド派手なメッシュを入れた虎獣人の少女――とは言え、身長は既に170を裕に超えている――が、近くで酒を呑んでいた仲間に声をかける。
    「んぇ? あー、アームのことか? なぁ、アームってさっき、外でかけたやんな?」
     同じく酒を呑んでいた少年が、真っ赤な顔でコクコクとうなずいた。
    「外? ドコらへんやろ?」
    「さぁなぁ。そんなん知らんわぁ」
    「ほな、ちょっと見てくるわ」
     その少女は仲間内で勝手にアジトにしていた酒蔵を抜け、夜の街に繰り出した。
    (もぉ、ダーリンちゃんっていっつもウチ置いて行くんやもんなぁ)
     少女が勝手に恋人と公言している青年アームは、彼女らが属する仲間たちのリーダーである。彼女と同じ虎獣人で、仲間内では最もケンカが強く、現在街中で起こっている争いの中心にいる男だった。
    (どーせ、どっかでケンカしとるんやろなぁ)
     少し歩いたところで、曲がり角の先から誰かの騒ぐ声がする。
    (お、あっちやろか)
     少女はひょいと、道の先を覗いてみた。

    「ひっ、はっ……」
     青年は恐怖でガチガチと歯を震わせていた。いや、体中がガクガクと震え、失禁までしている。
    「も、もうやめてくれ……っ!」
     体中に刀傷を受け、服を真っ赤に染めた青年は懇願するが、剣士は応じない。
    「君は、何度そう頼まれた?」
    「い……っ?」
    「何度、『もうやめてくれ』『勘弁してくれ』と、今までいたぶり、殺してきた者たちに頼まれた? そして君は、一度でもそれを呑み、矛を収めたことがあるのか?」
     剣士はゆらりと腕を挙げ、剣を上段に構えた。
    「や、やめ……っ」
     青年が泣き叫ぶ間も与えず、剣士は襲い掛かる。
     次の瞬間、青年の両腕と首は胴体から離れ、飛んでいった。
    「ひぃ……ッ!」
     曲がり角の陰でこの惨状を目の当たりにした少女は、思わず叫んでしまった。
    「む」
     青年、アームを斬った剣士はその悲鳴に気付き、振り返る。
    「あ……、あっ……、アーム、アームが……、ばっ、バラ、バラバラにぃ……」
    「ふむ。彼はアームと言う名前だったのか。なるほど、『腕』っ節は確かに強かったようだ」
     剣士は切り落とした左腕をつかみ、ぷらぷらと振って眺めた。
    「だが、相手が悪かったな。……君、大丈夫か?」
     剣士は腕を投げ捨て、倒れた少年に声をかけた。
    「う……」
    「息はあるようだな。だが、手当てをせねばなるまい」
     剣士は少年を抱きかかえようと屈み込む。と、少女が血相を変え、剣士に向かってきた。
    「よっ、よくもウチのダーリンちゃんを……ッ!」
    「ダーリン、ちゃん? ……何だそれは」
    「うるさいうるさいうるさああああいッ!」
     少女はその大柄な体をフルに使い、剣士に向かって跳び、そのまま蹴りを放つ。
     だが、剣士はその重たい蹴りを片腕一本で止めてしまった。
    「え!?」
     剣士は少女の足を払いのけ、剣を抜いた。
    「やれやれ。これも我が道、『阿修羅』の宿命か――人を助けつつ、一方で人を殺さねばならぬとは」
    「……ひっ」
     少女は短い悲鳴を上げた。その剣士から、得体の知れない恐ろしさを感じたからである。
     その底なしの恐怖は、一瞬で彼女を凍らせた。
    蒼天剣・橙色録 1
    »»  2009.06.11.
    晴奈の話、第305話。
    あの男の正体と本名。

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    2.
    「……~ッ!」
     いきなり飛び起きたシリンに、横で寝ていたフェリオは驚いて目を覚ました。
    「ど、どしたシリン?」
    「……あ? えっと、あ、……夢か、今の」
    「夢?」
     シリンはベッドから抜け出し、汗でぐしょぐしょに濡れた寝巻きを脱ぎつつ、フェリオに背を向けてぽつりとつぶやいた。
    「ちょっと昔の夢、見てしもてん。ものっすごい怖いおっさんがおってな。……ほら」
     そう言ってシリンは、シャツを脱いだ裸の背中を見せた。
    「ちょっ、おま、……っ」
     シリンの背には「キ」の字を斜めにしたような、三筋の刀傷が刻まれていた。
    「あんまり怖くて、そのおっさんから逃げようとしたらな、斬られてしもたんよ。……今でも思い出すと、ぞっとすんねん」
     そう言ってシリンは、ぺたりと床に座り込んだ。
    「シリン……」
     フェリオもベッドから離れ、シリンの側に座った。
    「ま、落ち着け。昔の話、だろ? 今はオレが付いてるって」
    「うん。……離れんといてな、ダーリンちゃん」
    「ちょ、『ちゃん』て何だよ。って言うか服、早く着替えろって。目のやり場に困るし」
    「えへー」
     シリンは涙を拭きつつ、フェリオに抱きついた。

     ちなみに――この夜中の騒ぎで、バートも起こされたらしい。
     シリンとフェリオが食堂に向かった頃には既にバートが朝食を食べ終え、コーヒーを前にして煙草をふかしているのが目に入った。
    「おはようございます、先輩」
    「おはよー、バート」
    「……てめーら、まずはそこに座れ」
     バートの目は真っ赤に充血し、目の下には隈ができていた。
    「一緒に寝るのは許可してやった。だが一緒になって夜中騒がしくするのまでは、許可した覚えは無えぞ」
    「あ、……もしかして聞いてました?」
    「同じ部屋だぞ。聞こえねえと思ってんのか」
     バートの血走った目ににらまれ、シリンとフェリオは揃って頭を下げた。
    「あ、えーと、……ごめんなぁ、バート」
    「マジすんませんっしたっス」
    「次やったら承知しねーぞ。お前らそのまんま、廊下に放り出すからな」
     バートは煙草をグリグリと灰皿に押し付け、一息にコーヒーを飲んで席を立った。



    「あぁ? 『阿修羅』?」
     シリンは部屋に戻ったところで、まだ不機嫌そうなバートに、8年前に出会ったあの剣士のことを知らないかどうか尋ねてみた。
    「うん、アシュラ。どー考えてもソイツ、コッテコテの悪人やったし、ダーリンちゃ……、フェリオから、バートは悪いヤツに詳しいって聞いとるから、なんか知ってへんかなー思て」
    「阿修羅……、阿修羅ねぇ」
     バートは煙草をくわえながら目を閉じ、記憶を探る。
    「どんなヤツだった?」
    「えっと、耳は短くて、黒い髪にちょっと白髪の生えた、口ヒゲ生やしたおっさんやった」
    「何歳くらいだ?」
    「んー、40そこそこかなぁ」
    「8年前だから、今は50越えてるくらいか。となると、生まれは470年前後ってとこだな。その辺りで生まれた、短耳の剣士……、うーん」
     バートはスーツの胸ポケットから手帳を取り出し、ぱらぱらとめくる。
    「そう言や夜中、傷がどーのって言ってたよな。背中に三太刀浴びたって?」
    「え、もしかしてウチのハダカ見た?」
     バートの質問に、シリンは真っ赤になる。一方のバートは、殊更苦い顔を返しつつ、こう続ける。
    「違うって。いやな、『阿修羅』って呼ばれてて、一度に三太刀浴びせる剣士って言えば、もしかしたらって言うのがいるんだよ」
    「お?」
     思い当たった様子のバートを見て、シリンの顔に緊張が走った。
    「誰なん?」
    「まあ、そいつかなー、って程度なんだが。
     元は中央政府の将校で、超一流の剣士だったヤツだ。でも何だかんだで軍上層部から目を付けられ、半ば強制的に除隊。その後は裏の世界に飛び込み、暗殺者として活躍したヤツだ。
     そいつは『三つ腕』とか『暴風』とか、色んな呼び名が付けられた。で、最終的に付けられたのが確か『阿修羅』。
     央南禅道で悪性・悪癖の一つとされている『修羅』の性分――何でも、人を傷つけずにいられない性格のことだって聞いた――を極めちまったヤツのことを、阿修羅と呼ぶらしい」
    「人を傷つける性分っスか……。そりゃまた、物騒っスねぇ」
     シリンはいつになく真剣な目をして、バートに尋ねた。
    「そいつ、名前は何て言うん?」
    「えーと、確か……」
     バートはもう一度、手帳に視線を落とす。
    「確か、トーレンスって名前だ。トーレンス・ドミニク元大尉。
     ま、最近じゃ全然うわさは聞かないし、どっかで野垂れ死んでんじゃないか?」



    「ウィッチ、報告だ」
     片腕の男、モノがあの病弱そうな狐獣人の前に平伏し、用件を伝えた。
    「金火公安の者たちが、央北へ秘密裏に侵入したらしい。目的は恐らく、我々殺刹峰の捜索及び拿捕、もしくは討伐だろう」
    「そう……、目障りね……。早く……片付けてちょうだい……」
    「承知した」
     モノはすっと立ち上がり、踵を返して「狐」――ウィッチに背を向けた。
     と、そこでウィッチが引き止める。
    「待ちなさい……。何なら……、『プリズム』を……出動させても……、いいわよ……」
    「ふむ」
     モノはもう一度ウィッチに向き直り、わずかに口角を上げた。
    「聞いたところによると、公安の奴らは闘技場の闘士たちを捜索チームに引き入れたらしい。一般兵だけでは少々心許ないと思っていたところだ。
     それではお言葉に甘えて、使わせてもらうとするか」
    「ええ……、よろしくね……トーレンス……」
     ウィッチは大儀そうに手を挙げ、モノ――トーレンスを見送った。
    蒼天剣・橙色録 2
    »»  2009.06.12.
    晴奈の話、第306話。
    分かってくれない。

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    3.
    「はぐはぐ」
     この街でも、いや、この国でもシリンの食欲は変わらない。食堂の机に、次々に皿のタワーが作られていく。
    「相変わらず良く食うなぁ」
    「うん。ガツガツ……」
     既に食事を済ませたバートとフェリオが、シリンの周りに築かれた皿の山を呆れた顔で眺めていた。
    「水飲むか?」
    「モグモグ、うん」
     フェリオの差し出した水を、シリンはひったくるように受け取って飲み干す。
    「んはー、美味しいわぁ」
    「そっか。……もうそれくらいにしとけって。『腹八分目』って言うだろ」
    「ん? ……んー、うん」
     フェリオに諭され、シリンは自分の腹に手を当てる。
    「せやな、もーこんくらいにしとこかなぁ。あ、もう一杯水もろてええ?」
    「おう。……おーい、店員さーん」
     フェリオが側を通りかかった店員に声をかけ、水を頼む。
     その間に、バートが今後の予定を話し始めた。
    「それで、だ。今日、明日、それから明後日まで、このヴァーチャスボックスで情報収集を行う。
     この街は俺たちがやって来たウエストポート、それと現在北海で起こっている戦いにおける兵站(へいたん)活動の最重要地点となっているノースポート、この央北二大港の物資集積地になっている。
     それだけに情報も多く集まり、ここでの情報収集は今後の活動に大きく寄与するはずだ」
    「……」
     バートの話に、フェリオはうんうんとうなずいている。
     が、シリンはきょとんとした顔で、店員から受け取った水を飲んでいる。それを見て、バートが尋ねる。
    「シリン」
    「あい」
    「今の話、分かったか?」
    「ううん」
    「……フェリオ、説明してやれ」
     バートは頭を抱え、フェリオに投げた。
     フェリオは頭をポリポリかきながら、シリンに優しい口調で、ゆっくりと説明する。
    「えっとな、まあ、この街は二つの大きな街から、色んな物が集まってくるんだ」
    「うん」
    「で、情報も集まってくる。それは分かるよな?」
    「うーん」
    「……えーと、色んな物が集まるだろ。それを運んでくるヤツも、一杯集まるわけだ。それから、集められた物を買いに来るヤツもあっちこっちから大勢来るから、それだけ央北各地の色んな話が集まるわけだ。分かったか?」
    「あいあい」
    「んで、これからオレたちが戦うコトになる殺刹峰の情報も、誰かが持ってるかも知れない。それを今日から3日間探すってワケだ」
     フェリオの説明に対しても、シリンは首をひねる。
    「何でわざわざ、そんなん調べなアカンのん? 敵んトコぱーっと行って、ぱぱっと倒せばええやん?」
    「……」
     無言で二人の様子を眺めていたバートが、フェリオをにらんでくる。フェリオは冷汗を流しながら、もう一度説明した。
    「あのな、シリン。オレたちはまだ、殺刹峰のアジトがドコにあるのかさえ分かってない状態なんだよ。そんな状態じゃ、倒すも何も無理だろ?」
    「あー、そーなんかー」
    「……フェリオ、俺はもう心が折れそうだ」
     ずっと押し黙っていたバートが、机に突っ伏した。

     ともかく三人は情報収集のため、街中に繰り出した。
     辺りの店に立ち寄って品物を物色しつつ、殺刹峰の重要人物であるオッドのことなどを、それとなく尋ねてみる。
    「なあ、この辺で変な『猫』を見なかったか? オカマっぽい、派手な奴なんだが」
    「いやー、見てないなぁ」
    「そっか。じゃあさ、この近くに怪しい場所とかは無いか?」
    「うーん、ぱっとは思いつかないなぁ。お客さん、何でそんなこと聞くの?」
    「いや、ちょっと人探しをな。邪魔したな」
    「まいどー」
     店を出たところで、シリンが尋ねてきた。
    「なぁなぁ、何であんな回りくどい聞き方するん? 『殺刹峰ドコにあるか知りませんかー』でええやん」
    「お前なぁ……」
     バートが心底うんざりした顔で説明する。
    「俺たち公安だってここ数年で、ようやく名前や存在を確認した組織だぞ? そこらの店屋が知ってると思うのか?」
    「あー」
     だが、シリンは納得しない。
    「でも、ウチが前に働いてた赤虎亭みたいに、情報を集めてる店もあるんやない? そーゆートコ探したら……」
    「そう言うところは、『一見(いちげん)』の奴にはそう簡単に情報を売ったりしない。信用できない奴にうっかり情報をばら撒いたら余計な混乱を生むし、店の信用にも関わるからな」
    「そっかー」
    「だからこう言う、地道で回りくどい聞き方をしなきゃいけないんだよ。分かったか、シリン?」
    「あいあい」
     にっこり笑ったシリンを見て、バートはようやくほっとした顔をした。
    「よし、それじゃ……」
     気を取り直して情報収集を再開しようとしたところで、シリンが提案した。
    「そんならやー、『殺刹峰のヤツらが集まってる場所知りませんかー』って聞いたら……」「があああーッ!」「ふあっ!? はひふんへんひゃ、ひゃーほ!?」
     こらえきれなくなったらしく、バートはシリンの頬を両手でひねりつつ、怒りの咆哮を挙げた。
    蒼天剣・橙色録 3
    »»  2009.06.13.
    晴奈の話、第307話。
    最初の衝突。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     結局、1日目の情報収集では何の成果も得ることができなかった。と言ってもシリンが足を引っ張ったわけではなく、本当に何の情報も無かったのだ。
    「ま、仕方ないっちゃ仕方ないんスけどね」
    「だな。さすが秘密結社と噂されるだけはある」
     バートとフェリオはがっかりした顔で、夕食のパスタをのろのろと口に運ぶ。
     一方、シリンはいつも通りの健啖ぶりを見せていた。
    「ちゅるるるるー」
    「……うるせえ」
    「んー?」
    「麺をすするな」
    「ちゅるるー、あ、ゴメンゴメン」
     既にシリンの横には皿が4枚、空になって置かれていた。
    (うーん、総帥が他の班より多めに調査費用出してくれたのはコレだったんだな)
     フェリオはヘレン総帥の慧眼に感心しつつ、シリンの食べっぷりを眺めていた。
    「すいませーん、こちらー、空いてるお皿をー、お下げしますねー」
     と、妙に語尾を延ばすウエイトレスが三人のところにやって来た。
    「あ、すんません」
    「いーえー」
     褐色の肌に、目が覚めるようなきついオレンジ色の髪をしたその猫獣人は、ゆっくりした仕草で皿をつかもうとする。そこでシリンが5皿目を食べ終え、ウエイトレスに注文する。
    「あ、もう一杯ミートソースパスタおかわりー」
    「まだ食うのかよ」
     バートが突っ込むが、シリンはニコニコしながら深くうなずいた。
    「うん。ココのん美味しいもん。それにホラ、常連さんばっかりみたいやで。やっぱ美味しいねんて」
    「へ?」
     シリンの言葉に、フェリオがきょとんとする。そしてこの時、バートはウエイトレスの目がピクリと震えたのを見逃さなかった。
    「……」
    「何で常連って分かるんだ?」
    「だってホラ、さっきからウチらのコト、みーんなチラチラ見とるもん。『珍しい客が来たなー』とか思てるんとちゃう?」
    「そりゃ違うな」
     バートが煙草に火を点け、黒眼鏡をかけ直す。
    「あれは警戒している目つきだ――標的を逃さないように、ってな」
    「……!」
     ウエイトレスがビクッと震え、持っていた皿を一枚割ってしまった。
     その音を聞きつけ、奥にいた店主らしき人物がこちらに向かってくる。
    「何やってんだてめえ! 後で給料から……、あ?」
     店主は急にいぶかしげな顔になり、そのウエイトレスをにらみつけた。
    「誰だ、お前? ウチの店にいたか?」
    「……いーえー」
     にらまれたウエイトレスは悪びれるどころか、にっこりと笑う。
    「ちょっと服をー、お借りしてましたー」
    「は?」
    「この服気に入ったからー、ちょっといただいちゃいますねー」
    「お、おい?」
     店主が聞き返そうとした瞬間、店主の顔に皿が叩きつけられた。
    「ふげっ……」
    「『オレンジ』隊、作戦開始ですー。目標抹殺、始めまーす」
     そのウエイトレスの号令と共に、先ほどからこちらを注視していた食堂内の客たち全員が、揃って立ち上がった。

     即座に反応したのはバートだった。テーブルを勢い良く蹴り上げ、自分の正面にいた男2名にぶつけた。
    「うおっ!?」「ぐっ!」
     続いて銃を抜き、後ろにいた女にも振り向かずに射撃し、全弾命中させる。
    「ぐは……」
     撃ち尽くしたところで素早く弾を再装填しながら、シリンたちに声をかける。
    「何ボーっとしてやがる、お前ら! 敵襲だ、敵襲!」
    「はっ、はい!」「あ、うん」
     二人は慌てながらも構えを取り、戦闘体勢に入る。バートがリーダー格らしいウエイトレスに銃を向けながら尋ねる。
    「俺たちをいきなり襲ってくるってことは、もしかして……」
    「はーいー。殺刹峰の命令でー、こちらまでやって来ましたー。あ、あたしはですねー、ペルシェって言いますー。ペルシェ・『オレンジ』・リモードですー。
     自己紹介も済んだのでー、この辺でさよならですー」
     ウエイトレス――ペルシェはニッコリ笑いながら、バートに右手を向けた。
    「『ホールドピラー』!」
     食堂の床がバリバリと裂け、バートの四肢を囲むように石の柱が伸びていく。
    「せっ、先輩!?」
    「……」
     石の柱は互いに融合し、あっと言う間にバートを飲み込んで一つの太い柱になった。わずかに空いた穴からは、もくもくとバートの吸う煙草の煙が漏れている。
    「あらー、3人一気に倒しちゃった人なのでー、ちょっとはやるかなーと思ってたんですがー?」
    「……ふー」
     柱の穴からぽふっと煙が吹き出る。
    「甘く見ない方がいいぜ、お嬢ちゃん」
     特に動じてもいない声色で、バートが応えた。
    「『サンダーボルト』」
     バートが術を唱えると、柱にパリパリと電気が走る。
    「あらー?」
     途端に柱は崩れ落ち、バートの姿が現れた。
    「『土』の磁気は『雷』の電気で打ち消せる。魔術の基本中の基本だ」
    「おー、なかなかやりますねー」
     ペルシェはまた、ニッコリと笑った。
    蒼天剣・橙色録 4
    »»  2009.06.14.
    晴奈の話、第308話。
    異様な敵。

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    5.
     バートとペルシェが戦っている間に、シリンとフェリオも殺刹峰の仕向けた戦闘員たちを、食堂内で相手にしていた。
    「……あれぇ?」
     シリンは戦っていて、何かしらの違和感を覚えた。
    「なぁ、フェリオ。何か、おかしない?」
    「ああ……」
     フェリオも同様の違和感を感じているようだ。
     そして戦いが始まって5分ほどで、その違和感が何なのか気付いた。
    「あいつら、倒れねぇ……!」
     敵の数はリーダーのペルシェを抜いて8名。さらに、バートの先制攻撃で3名倒したはずなのだが、シリンたちの前には依然8名が揃っている。倒れても倒れても、いつの間にか起き上がってシリンたちに向かってくるのだ。
    「……やんなぁ。さっきから思いっきり、殴り飛ばしてんねんけど」
    「オレだってさっきから、頭と胸ばっか狙ってもう20発近く撃ってる。……ってのに、何で倒れねぇんだ?」
     戦闘員はシリンの打撃を食らっても、フェリオの銃弾を眉間に浴びても、一向に倒れる様子が無い。
    「そんならやー、二人で別々に相手しとくより、一人ひとり狙って攻撃したった方がええかも知れへんな」
    「だな。じゃ、そっちの長髪から叩くぞ!」
    「あいあいっ!」
     二人はシリンが相手していた長髪の男に向かって、飛び蹴りと銃弾を浴びせた。
    「う、ぐ……っ」
     流石にこたえたのか、その長髪は壁に勢い良く叩きつけられ、前のめりに倒れ込む。が――。
    「……く、うう」
     うめき声を上げつつも、ゆらりと立ち上がった。
    「ウソやろ」「マジかよ……」
     長髪は血を吐き、奥歯を吐き捨てながらも、二人の前に仁王立ちになっている。流石のシリンも、敵のあまりの頑丈さに唖然としていた。

     一方、バートとペルシェは狭い店内を飛び出し、往来と裏通りを行き来しつつ交戦していた。
    「『ストーンボール』! えーいっ!」
     気の抜けた声とは裏腹に、ペルシェの放つ魔術は辺りの家屋にバスバスと大穴を開けていく。
    「わあっ!?」「売り物が吹っ飛んだぁ!?」「きゃーっ、花瓶がーっ!」
     二人の通った跡から、次々に人々の悲鳴がこだまする。
    (うっわ……、こりゃ3日滞在なんて悠長なこと言ってられねー。さっさとコイツ倒して早く街出ないと、どんだけの被害請求が来るか……!)
     のんきなことを考えながら、バートは入念に敵を観察する。
    (あの垂れ目猫、魔術の腕は相当なもんだな。オマケに『猫』らしく、フットワークもいい。
     銃で応戦、ってのは論外だな。俺の腕でも当たりそうにねーし、市街地でパンパン撃ってちゃ民間人が巻き添えになっちまう。
     ま、運のいいことに……)
     バートは早口で呪文を唱え、裏路地に入ったところで、同じように路地に入ってきたペルシェに向かって手をかざす。
    「『スパークウィップ』!」
    「きゃあっ!?」
    (俺の得意魔術は『雷』だ。『土』使いのアイツに対して、アドバンテージは大きい)
     バートの放った放射状の電撃はペルシェに直撃し、彼女は地面に倒れ込んだ。
    「うー。今のはー、ちょこーっと効きましたねー」
     だがすぐに立ち上がり、バートと同じように手をかざす。
    「お返ししちゃいますー。『グレイブファング』! 刺されー!」
     ペルシェの足元から、彼女の背丈とほぼ同じ長さの石の槍が飛び出し、バートに向かって飛んできた。
    (チッ……! でけぇな、クソ!)
     いくら雷系統が土の術に勝るとは言え、魔力の出力量はペルシェの方がはるかに大きい。そして高出力で放たれた術は単純に、威力が大きくなる。
     ズン、と言う重い音が街中に響き渡った。

     戦闘が始まってから15分が過ぎたが、まだ敵は倒れてくれない。
    「あーっ、ウザいわぁもう!」
     苛立ち始めたシリンを見て、フェリオがなだめようとする。
    「冷静になれって、シリン! 焦ったらコイツらの思う壺だぞ!」
    「うー、うー……」
     シリンは拳を握りしめ、敵をにらみつける。
    「……やっぱムカつく!」
     フェリオの制止も空しく、シリンは敵の顔面に拳をめりこませた。
    「……」
     顔面を殴られた敵は直立したまま、ビクともしない。シリンの拳をぶつけられたまま、その腕をつかんでギリギリと力を込める。
    「うっ……!」
     見る見るうちにシリンの右手が紫色になっていく。どうやら腕の血管が切れ、内出血を起こしたらしい。
     と――ここで急に、敵の握力が弱まる。
    「……か、は」
     かすれた声を漏らし、敵はバタリと倒れた。
    「……あれ? どない、したん?」
     シリンは潰されかけた腕を揉みながら、倒れた敵を見下ろす。敵の目は一杯に見開かれ、体全身がビクビクと痙攣しているのが分かった。
    「まずいな」「薬がもう……?」「早すぎる」
     一人倒れた途端に、残りの戦闘員たちがざわめきだした。と、また一人倒れる。
    「薬? おい、どう言うコトだ?」
     フェリオが銃を向けて尋ねたが、戦闘員たちは答えない。代わりに内輪でブツブツと、何かを相談している。
    「どうする?」「『オレンジ』様もどこかに行ってしまったし……」「じゃあ、プラン00で」「そうするか」
     相談の声がやんだ途端、全員身を翻し、食堂から一人残らず逃げ出してしまった。
    「……えーっ!?」
     シリンは予想外の事態に驚き、思わず跡を追いかける。
    「ちょちょちょ、ちょっと待ちいや!?」
     だが、シリンが外に飛び出した時にはもう、どこにも戦闘員たちの姿は無かった。
    「……ダメだ。死んでる」
     フェリオは倒れた戦闘員2名を診ようとしたが、すでに息絶えていた。
    「んー、身分を示すものは無し、か。手がかりはつかめそうに無いなぁ。
     ……と、薬って言ってたな。もしかしてコイツら、体の機能を高める薬とか使ってたのか?」
    「ふーん……。ドーピングってヤツ?」
    「だな」
     シリンも死んだ戦闘員たちを眺める。彼らの顔は青黒く染まっており、口からは白っぽい液体がドロドロと流れ出ている。
    「唾液にしちゃ白過ぎる、……って言うか何か黄ばんでるような。……ん?」
     良く見れば、鼻からも同様の液体がダラダラと漏れている。ここでようやく、フェリオはその液体が何なのか分かった。
    「……コレ、血なのか?」
    「うげぇ、きもっ」
     二人して気持ち悪がっていると、今まで倒れていた店主が「う……」とうめき声をあげた。
    「……あ」
     ようやく二人は、店の中が惨々たる有様になっていることに気付いた。
    「逃げっか」「うん」
     店主が目を覚ます前に、シリンたちは店から逃げ出した。
    蒼天剣・橙色録 5
    »»  2009.06.15.
    晴奈の話、第309話。
    ひょんなことから。

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    6.
    「はー……、はー……」
     間一髪で石の槍を避けたバートは、そのまま近くの家屋に転がり込んだ。
    「何だいアンタ?」
     椅子に腰掛けていた老人が目を薄く開け、バートを見つめているが、バートがそれに応える余裕は無い。
    「ちょっと悪いが、この家から、逃げた方が、いい」
     息を整えつつ、老人に声をかける。
    「何言ってんだ、アンタ?」
    「ちょっと、見境無い女が、俺を追っかけて、くるからさ」
    「女? 痴話喧嘩か何かか?」
    「違うって。……ああ、来やがった」
     家の外から、ペルシェの足音と間延びした声が聞こえてくる。
    「『狐』さーん、どこですかー?」
     老人はじっとバートを見て、ため息をついた。
    「……ま、ここでじっとしてな。下手に動いたらアンタも危ないが、わしも危なそうだ」
    「助かるぜ、じいさん」
     バートは老人の厚意に甘え、ペルシェに見つからぬように窓の下でじっとしていた。
    「どーこでーすかー」
     外ではまだ、ペルシェがバートの姿を探している。
    「きーつーねーさぁーん?」
    「うっせえな……」
    「アンタ、一体あの子に何したんだ?」
     いぶかしげに見つめる老人に、バートは弁解する。
    「違うって。相手から襲い掛かってきたんだよ。俺、ただ飯食ってただけだし」
    「ほう……。大変だな、色男」
    「はは、勘弁してくれ」

     5分ほど老人の家でじっとしていると、ようやくペルシェの声が遠ざかっていった。バートは深いため息をつき、老人の向かいに座る。
    「はぁ……」
    「何か知らんが、災難だったな」
     老人はクスクス笑いながら、茶をバートに差し出した。
    「あ、悪いな」
    「んで、アンタは何者だ?」
     老人の質問に、バートはぎょっとした。
    「転がり込んで来た時の身のこなしといい、気配の隠し方といい、只者じゃなさそうだけどな」
    「……じいさん、アンタこそ何者だ?」
    「わしは退役した老兵だよ。この街でゆーっくり暮らしてる一市民さ」
    「そっか。俺は――内緒にしてくれよ――バート・キャロルって言う、金火狐財団の職員だ」
     バートの自己紹介を聞き、老人の目が光る。
    「ほう、ゴールドマンの関係者か。いきなり追われるってことは、公安か?」
    「詳しいな、じいさん」
    「ま、軍では情報収集を担当してたからな」
     それを聞いて、バートは目を見開いた。
    「本当か?」
    「嘘言ってどうする」
    (軍の諜報担当か……。シリンじゃないけど、直接聞いても何か知ってるかもな)
     バートは恐る恐る、老人に尋ねてみた。
    「じゃあさ、ちょっと聞きたいことあるんだけど、いいか?」
    「何だ?」
    「殺刹峰って知らないか?」
     今度は老人がぎょっとする。
    「殺刹峰だと? アンタら、あれ調べてるのか」
    「知ってるのか?」
    「ああ。いや、わしもそれほど詳しくは無いが」
    「知ってる限りでいいんだ。教えてくれないか?」
    「……むう」
     老人は席を立ち、ソファのクッションをひっくり返した。
    「知りたがる奴なんぞいないと思っていたし、結構な機密だから、下手にばらせばわしの命が危ない。
     ……とは言え老い先短い命だ。教えて何か遭っても、寿命だと思うことにしよう」
     ソファのクッションからは何冊かのノートが出てきた。
     バートは椅子から立ち上がり、帽子を取って頭を下げた。
    「助かるぜ、じいさん」

     老人から話を聞き終え、また、老人のノートを受け取ったバートは、ペルシェの姿が無いことを確認しつつ、そっと家を出た。
    「ま、そのノートは持ってっていいからな。もうわしには必要ない」
    「ありがとよ。それじゃな」
    「おう。気を付けてな」
     バートは元来た道を引き返しつつ、その惨状を目の当たりにした。
    (ひっでーなー……)
     住民に被害は出ていないようだったが、ペルシェの通った跡は穴だらけ、石の槍だらけになっていた。
    「あ、アンタ!」
     バートの姿を見て、住民たちが声をかける。
    「うっ」
    「大丈夫だったか!?」
    「……へ?」
     ペルシェの関係者と思われて糾弾されるかと思いきや、どうやら一方的に追い回されていたと思ってくれたらしい(実際そうなのだが)。
    「いやー、災難だったなぁ」
    「一体何だったんだろうな、あの柿色女」
    「向こうの食堂は半壊したって言うし……」
     食堂、と聞いてバートはようやくシリンたちのことを思い出した。
     と、後ろからトントンと肩を叩かれる。振り返ると、心配そうに見つめるフェリオと、近くの屋台から買ったであろうリンゴをかじっているシリンの二人が立っていた。
    「……あ、お前ら。無事みたいだな」
    「先輩こそ、大丈夫だったんスか?」
    「おう。何とか撒いた」
     シリンは口をもぐもぐさせながら、バートにオレンジを渡す。
    「しゃくしゃく、ほい、オレンジ食べるー?」
    「シリン、お前なぁ……」
     バートは少し唖然としながらも、オレンジを受け取った。
    「この騒がしい時に、良く食えるな」
    「んぐ、いやホラ、『腹が減っては大変やー』って言うやん」
    「言わねーよ、……ハハ」
     あまりにのんきなシリンの態度に、バートも笑い出した。
    蒼天剣・橙色録 6
    »»  2009.06.16.
    晴奈の話、第310話。
    「オレンジ」帰還報告。

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    7.
     殺刹峰、アジト。
    「あー、えっとですねー、そのー……」
     モノは無表情で、ペルシェの報告を聞いている。
    「敵リーダーと思われる、『狐』さんにですねー、そのー」「ペルシェ君」
     モノは表情を崩さず、淡々と尋ねてきた。
    「まず、敵は倒したのか?」
    「……いーえー」
    「一人も?」
    「……はーいー」
    「全員に逃げられたのか?」
    「……はーいー」
    「なるほど。それで、こちらの方には被害が出たそうだが……」
     そこでペルシェが顔を伏せ、非常に申し訳無さそうな態度を見せた。
    「それがですねー、兵士さんの方なんですけどもー、2名死亡しちゃったらしいんですよー、薬が切れたらしくってー」
    「ほう」
    「それでー、あたしが追っかけてたリーダーさんなんですけどー、雷の術使いでー、あたしの術が効きにくかったんですよー。それで追い回してたらー、そのー、逃げられちゃったとー、そう言うわけなんですー」
    「なるほど。ここで待っていたまえ。ドクターを呼んで、詳しい話を聞くことにしよう」
    「……本当にー、そのー、すみませーん」
     ペルシェは顔を伏せたまま、肩を震わせる。モノはため息をつき、ペルシェの肩に手を置いた。
    「まあ、想定外の事態が起こり、それでも無事帰って来た。こちらには大きな被害も無い。大局的に何の問題も無い。
     問題点を洗い出し、次に活かせ」
    「……はーいー」

     15分後、ペルシェはモノに連れられて来たオッドに改めて報告した。
    「ふーん」
     オッドは興味深そうな顔で、メモを取っている。
    「まぁ、大体の原因は分かったわぁ」
    「ほう」
    「恐らくだけどねぇ、想定してた以上にダメージを受けたんでしょうねぇ、きっと」
    「と言うと?」
    「あの薬は筋力とか反応速度とか、そーゆーのパワーアップさせるしぃ、痛みとか疲労とか、そーゆーのも感じなくさせてるんだけどぉ、それでも殴られれば後々痛くなってくるしぃ、長時間動けば負担もかかる。体自体にはダメージ、蓄積されるのよぉ」
    「ふむ。つまり感覚としてはまったく痛み、疲労は無いが、体の物理的、生理的限界はあるわけだな。となると撤退の機をつかみづらい――あまりいい薬では無いな」
     モノの指摘に、オッドは唇を尖らせる。
    「あらぁ、失礼ねぇ。ま、今回みたいに軽装で行かせるのは得策じゃないってコトねぇ。重さも感じないんだから、次はもっと重装備で行かせた方がいいわねぇ」
    「なるほど。……となると、エンジェルタウンとソロンクリフに向かわせた『マゼンタ』と『バイオレット』が心配だな。彼らも『オレンジ』隊と同様、軽装だからな」
    「そうねぇ。ま、今回は偵察と割り切って、帰ってくるのを待った方がいいかもねぇ」
    「そうだな。最悪殲滅できずとも、よもや敗走することはあるまい。それに……」
    「それに?」
     オッドは何かを言いかけたモノに尋ねたが、モノは首を振った。
    「……いや、何でもない。まあ、ペルシェ君からは以上だな」
     モノはそう締めくくって、ペルシェからの帰還報告を聞き終えた。



    「……? において、……? よって、……」
    「何読んでんだ?」
     請求や賠償を受けずに済んだため、バートたち三人は無事、宿に戻っていた。
    「バートが持って来たノートやねんけど、全然読めへんねん。ウチ、央北語よー分からへん」
    「オレもそんなに詳しくないけど、そんなに違いは無いはずだぜ。っつーか、お前普通に屋台で注文してメシ食ってたじゃねーか」
     フェリオが突っ込むと、シリンは顔を赤くしてぼそっと答えた。
    「……実を言うと、文字自体読めへんねん、あんまり。ご飯系は読めんねんけどな」
     フェリオは小さくため息をつき、シリンの横に座る。
    「そっか。ちょっと貸してみな」
    「あい」
    「『499・12・19
     RS作戦 最終報告
     報告者 T・D(大尉) 記録 C・R(中尉)』。
     何だこりゃ?」
    「おい」
     ノートを読んでいたフェリオの後ろに、バートが立っていた。
    「返せ」「あっ」
     バートはフェリオからノートを引ったくり、自分のかばんにしまい込んだ。
    「何するんスか」
    「これは最重要機密だ。今は、まだ読むな。クロスセントラルで全員が集合した時、見せるつもりだ」
    「……了解っス」
     鋭い眼光を混じえて話すバートに、フェリオはうなずくしかなかった。

    蒼天剣・橙色録 終
    蒼天剣・橙色録 7
    »»  2009.06.17.
    晴奈の話、第311話。
    フォルナ班にも敵の影。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「……は!?」
     晴奈は目を丸くした。
     いや、彼女だけでは無い。フォルナも、エランも、そして敵――殺刹峰の戦闘員8名も、そして彼らの動向を隠れて見ていたモールさえも含め、全員呆然としている。
     両者の中間に立つ「マゼンタ」こと、レンマと名乗る短耳の青年を除いて。



     時間は1時間ほど前に戻る。
     エンジェルタウンに到着したフォルナ班は、他の班と同様に情報収集を始めていた。この街は首都と港町の中間にあり、一般的な旅人たちの休憩地点として栄えている。
     そのため、各地の地域情勢や央北各地の情報が良く集まる場所でもあり、情報収集にはうってつけの街である。
     とは言えバートたちの状況と同じく、秘密組織の情報などそうそう集まるものではない。
    「はー……」「あーあ……」
     3時間ほど市街地をうろつき聞き込みを行っていたが何の成果も挙げられず、晴奈たち三人は揃ってため息をついていた。
    「まあ、予想はしていたのですけど」
    「そうだな」
    「ちょっと休みませんか? ずっとしゃべりっぱなしで、のどが渇いちゃいましたよ」
     エランの提案に、二人は素直にうなずいた。
    「そうですわね。それじゃ……」
     フォルナが喫茶店や食堂を探し、辺りを見回したところで、不審な人物に気が付いた。
    「……セイナ、エラン」
    「うん?」
    「どうしました?」
    「あの、あちらの方」
     フォルナが視線だけで、その怪しい者を指し示す。
    「……む?」
    「あれ、あの人……」
    「ええ。先程から何度かお見かけしているような気がしたのですけれど、気のせいでは無さそうですわね」
    「ああ。私も見覚えがある」
    「ええ、僕もです」
    「どうも監視されているようだな」
     三人は見張っている人物に気付かれないよう、そっと顔を寄せ合い小声で話す。
    「どうします?」
    「何の目的かは知らぬが、気持ちのいいものでも無い」
    「じゃ、撒きましょうか」
    「それが得策ですわね」
     三人は同時にうなずき、一斉に駆け出す。と同時に、見張っていた者も走り出した。
    「やはり追いかけてくるか」
    「そのようですわね」
    「どこに逃げましょう?」
     エランは不安そうな顔でフォルナに尋ねる。
    「人通りの多い場所を抜けましょう。人ごみに紛れれば、追跡もしにくいでしょう」
    「あ、そうですね」
    「……」
     うなずいたエランを見て、晴奈は少し呆れた。
    (まったく、どちらが公安職員だか)

     フォルナの提案に従い、三人は大通りへ二度、三度と入り、監視を逃れようとした。が、時間が経つにつれ、三人の顔に不安の色が浮かぶ。
    「む……」
    「あの方、さっきも前にいらっしゃいましたわね」
    「ふ、増えてますよね、追いかけてくる人」
     最初は後ろから1名追いかけてくるだけだったのだが、やがて前からも同様に不審な男が1名、2名と現れた。それに合わせるように、追いかけてくる者も2名、3名と増えていく。
     敵らしき者たちに囲まれつつあることを悟った三人は、もう一度相談する。
    「ど、どうしましょう?」
    「どうもこうも無い。どうにも撒けぬようであるし、こちらから包囲を押し破るしかあるまい」
    「えっ、えぇ!?」
     晴奈の提案に、エランが情けない悲鳴を上げる。それを聞いて、今度はフォルナが呆れた。
    「エラン、あなたは公安職員でしょう? 民間人のセイナに気後れしてどうするのですか」
    「そ、そんなこと言っても」
    「覚悟を決めろ、エラン。……行くぞ!」
     まだおどおどしているエランを引っ張るように、晴奈とフォルナは前にいる敵に向かって駆け出した。
    「……!」
     晴奈たちに迫られた敵は、一瞬ビクッと震えて動きを止める。その隙を突き、フォルナが先制攻撃した。
    「『ホールドピラー』、脚をッ!」
     敵の足元から石柱が伸び、その脚を絡め取る。
    「お、わ」
     敵は前のめりに倒れそうになり、大きく姿勢を崩す。そこで晴奈が、敵の頭に峰打ちを当てた。
    「たあッ!」「ご、ッ……」
     敵はくぐもった声を上げ、脚を石柱に取られたまま、逆V字の姿勢で倒れ込んだ。
    「よし!」
     晴奈とフォルナは倒れた敵の横を抜け、彼らの包囲から脱出した。その後をバタバタと走りながら、エランが追いかける。
    「……僕、何のためにおるんやろ」
     エランのつぶやきには、誰も答えてくれなかった。



     包囲をかいくぐったかに見えたが、倒したはずの敵はすぐに復活し、他の仲間と一緒に追いかけてきた。
     さらにもう一重包囲がかけられていたらしく、晴奈たちの前に武器を持った敵4名と、赤毛の青年が現れた。
    「く……!」
     前後から敵に挟まれ、うなる晴奈に、その青年が穏やかに声をかけた。
    「止まってください、……コウさん」
    「何?」
     名前を呼ばれ、晴奈は面食らう。
    「何故私の名を?」
    「ファンだから」
    「ふぁ、ファン?」
     思いもよらない敵の台詞に、晴奈は硬直した。
    蒼天剣・赤色録 1
    »»  2009.06.20.
    晴奈の話、第312話。
    空飛ぶストーカー。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「始めまして、コウさん。僕の名前はレンマ・『マゼンタ』・アメミヤと言います。あ、こんな名前ですけど、央南人じゃないです」
    「は、あ」
     晴奈は敵と思しき青年からの意外な言葉に、どうしていいか分からず呆然としている。
    「義父が央南の血を引いてまして、僕の名前は央南っぽく付けていただいたんです。ちなみに央南語で書くと、『雨宮蓮馬』ってなります」
    「そう、か」
    「央南の哲学とか、思想とか、すごく好きでして。心は央南人のつもりです」
    「はあ、うん」
     レンマの話に、晴奈は相槌を打つしかない。
    「でですね、『央南の猫侍』こと、コウさんがこちらに来られていると、上官から聞きまして。それでこちらにお伺いさせていただいたんです」
    「そうか、……上官?」
     この辺りでようやく、晴奈の頭が回転し始めた。
    「はい。上官からはですね、『公安職員とその関係者を抹殺せよ』って命令されたんですけど、相手がコウさんじゃ、何て言うか、戦いたくないなーって」
    「……えーと、つまり、お主らは、その」
    「はい。殺刹峰から参りました」
     あまりにもあっけらかんと答えるレンマに、晴奈の頭はまた混乱する。
    「何と言うか……、うーむ」
    「あ、でもさっき言った通りですね、僕はコウさんを傷つけたくないんです。だからお願いなんですが」
     レンマはぺこりと頭を下げ、晴奈にとんでもないことを言った。
    「投降して、僕のお嫁さんになってください」
    「……は!?」
     晴奈は目を丸くする。
    「な、何をっ……?」「え、……え?」
     フォルナもエランも唖然としている。
    「ま、マゼンタ様?」
     レンマの部下らしき者たちもどよめいている。おまけに――。
    「あ、……アホだっ。真性のアホだね」
     物陰に隠れて晴奈たちを見守っていたモールも、ぽかんとしていた。

     周囲をこれでもかと凍りつかせたことをまるで気にせず、レンマはまくしたてる。
    「一目見た時から、いえ、あなたの伝説を聞いた時から、ずっとずっと好きでした! もう他の女の子なんか目に入りません! あなただけなんです! お願いします!」
    「……こ……の……」
     異常な状況に巻き込まれ、停止していた晴奈の頭が再度、回転する。顔を真っ赤にし、尻尾の毛を逆立たせながら、すっと右手を挙げた。
    「あ、握手ですか? いいってことですか?」「この、大馬鹿者がーッ!」
     晴奈は一足飛びにレンマとの間合いを詰め、彼の頬に平手打ちを食らわせた。
    「ひゃう!?」
    「ふっ、ふざけるのもっ、大概にしろっ! 何故私がっ、敵の妻にならねばならぬのだッ! 寝言は寝て言えッ!」
    「いてて……」
     思い切り平手打ちを食らったレンマは、頬をさすりながらつぶやく。
    「もう、照れ屋さんだなぁ」
    「……~ッ!」
     ニヤニヤしているレンマを見て、晴奈は総毛立った。
    (き……、気持ち悪い、この人!)(うわ、めっさ鳥肌立った!)
     フォルナとエランも、おぞましいものを見るような目でレンマを眺めている。
    「思っていたよりずっと、あなたは僕のタイプです! 今のでもっと、あなたのことが……」「がーッ!」
     晴奈はこらえきれず、レンマを蹴り倒した。
    「フォルナ、エラン! こっ、こんな、こんな阿呆を相手にしている暇など無い! 逃げるぞ!」
     まだ尻尾をいからせたまま、晴奈は駆け出した。
    「は、はい!」「ええ、了解ですわ!」
     フォルナたちも体中に吹き出た鳥肌をさすりつつ、晴奈についていった。
    「あー……、強烈だなぁ、ははは」
     晴奈の蹴りを腹に食らい、仰向けに倒れていたレンマは、何事も無かったようにひょいと起き上がった。
    「あ、あのー」
     レンマの部下たちも先ほどの晴奈たちと同様、遠巻きにレンマを見つめている。
    「ん? どうしたの?」
    「目標が、逃げましたが」
    「あ、うん。じゃ、追いかけようか」
     レンマは短く呪文を唱え、ふわりと浮き上がった。
    「『エアリアル』。……さぁ、セイナさん。待っててくださいねぇー」
     レンマは空高く浮き上がり、晴奈たちの逃げた方角へ飛んでいった。
     残された部下たちは顔を見合わせ、ぼそっとつぶやいた。
    「……やだ」「うん……」

     レンマは上空から、晴奈たち三人の動きをじっくり監視する。
    「あぁ……、可愛い人だ」
     レンマはニヤニヤしながら、晴奈の後姿をなめるように見つめた。
    「……っ」
     その視線に気付き、晴奈はそーっと後ろを振り返る。
    「げ」
    「いらっしゃいます、わ、ね」
    「は、早く逃げましょう、セイナさん!」
    「う、うむ」
     レンマに見つからないよう、三人は家屋の軒下や日陰、ひさしの下などを進む。だが、空中を飛び回る敵が相手では、隠れても隠れてもすぐに見つかってしまう。
    「みーつけたー」「ぎゃー!」
     見つかる度に晴奈は蹴り飛ばし、殴り飛ばし、しまいには刀まで使ってレンマを叩きのめす。ところが一向に、レンマはダメージを受けた様子が無い。
    「もう、焦らさないでくださいよぉー」「ひーっ!」
     倒れず迫ってくる、気色の悪い敵に気圧され、次第に晴奈は錯乱し始めた。
    「か、勘弁してくれぇ……」「セイナ、気をしっかり!」「あ、ああ」
     精神的に疲労し、晴奈の顔色はひどく悪い。
    「ど、どこか逃げる場所は……」
     フォルナもエランも、晴奈同様真っ青な顔になっている。
     と、晴奈の襟がいきなり引っ張られた。
    「ひ……っ」
    「落ち着けって! 私だね! とりあえず黙ってね! しばらく黙って!」
    「え、あ、え、モール、殿?」
    「黙れって!」
     後ろに突然現れたモールに、晴奈たちは目を白黒させながらも応じる。
    「……」
    「よし、私の服ちゃんとつかんで! 『インビジブル』!」
     モールが術を唱えた途端、晴奈たちの姿が透明になる。
    「……!?」
     いきなりの事態に晴奈たちは驚いたが、モールの言葉に従って口を堅く閉じる。
    (な、何なのだ、一体)
    《透明にする術だね》
     モールのローブをつかんでいた晴奈の腕に、モールのものと思われる指でそう書かれた。
    (透明? ……なるほど、これならば)
     そのままじっとしていると、上空にレンマの姿が現れた。
    「セイナさーん、どーこー?」
     レンマはしばらく空中を浮遊していたが、10分も経った頃、ようやく諦めたらしい。
    「いない……」
     レンマは非常にがっかりした顔で、よろよろと降下していった。
    蒼天剣・赤色録 2
    »»  2009.06.21.
    晴奈の話、第313話。
    ツンデレ賢者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「はーっ、はーっ……」
     晴奈はまだ青ざめた顔で、椅子にへたり込んでいる。
    「まあ、その、……災難でしたね、ホントに」
     エランは同情した顔で、晴奈に水を差し出す。
    「……んぐ、うぐっ」
     晴奈は半ばひったくるように水を受け取り、一息に飲み干した。
     モールの助けでレンマの襲撃を回避したフォルナ班は、ともかく晴奈を落ち着かせるため、近くの喫茶店で休憩していた。
    「はー……」
    「なるほどねぇ、晴奈はあーゆータイプが大嫌いか」
     気味の悪い敵から逃げ回り、疲れきった三人を尻目に、モールだけがケラケラと笑っている。
    「誰でも嫌悪すると思いますわ、あのような方だと」
    「ま、私だってあんなアホは大っ嫌いだけどもね、晴奈の怯え方は激しすぎじゃないかって思うんだけどね」
    「……うーむ、何と言うか」
     晴奈はコップを両手で握りしめながら、己の動揺を思い返す。
    「生理的に苦手、と言うか。ともかく、殴られても蹴られても嬉々として向かってくるような輩を好きになれる神経は、私には無い」
    「まあ、それは同感だねぇ。……ところで、気になってたことがあるんだけどね」
     モールは杖を撫でながら、敵への考察を話す。
    「あのレンマってヤツ、晴奈の攻撃ボコボコ食らってたわりには平然としてたよね」
    「ああ、確かに」
    「手加減なんかしてないよね」
    「当たり前だ」
    「女で猫獣人だから、腕力は元々そんなに無いとは言え、それでも一端の剣士だ。その拳で目一杯殴りつけて平気、ってのはちょっと気になるねぇ」
    「ふむ」
     モールの指摘に、三人は一様にうなずく。と、エランが恐る恐る手を挙げて発言する。
    「あの、それに、レンマが連れていた部下も異様にタフだったような。セイナさん、思いっきり刀で叩いてましたよね、頭」
    「ああ」
    「僕だったら、あんなの食らったら死んじゃいますよ」
    「いや、君じゃなくとも重傷は免れないね、峰打ちとは言え」
     モールの言葉にフォルナが「あら」と声を上げ、にっこりと微笑んだ。
    「いつからご覧に? そのご様子だと、ずっと前から後をつけていらしたのですね」
    「ん? ああ、あー、と、その、まあ。偶然だね、偶然。うん、偶然通りかかったね」
     モールはしどろもどろに返答しながら、ぷいと顔を向けた。
    「ま、まあ。それは置いといて、ね。
     峰打ちとは言え、刀は金属製の武器だ。そんなもんで頭を叩かれたら、間違いなく重傷を負うはずだね。でも、敵は平気で襲い掛かってきた。異様に頑丈だと思わないね?」
    「ふむ、確かに」
    「どうやら魔術か何かで、相当体を強化してるみたいだねぇ。……ま、役に立つかどうかわかんないけどね」
     モールは自分のかばんをもそもそと漁り、一冊のノートを取り出した。
    「何て言ったっけ、狐っ娘」
    「わたくしですか? フォルナ・ファイアテイルです」
    「あ、そうそう、フォルナだったね。ちょっと耳貸し」
    「はい?」
     モールはノートを紐解きながら、フォルナに何かを教えた。
    「……はあ、……ええ、……なるほど」
    「この術を使えば、しばらくはどんな術効果も無効化されるはずだね」
    「でもこの術、『フォースオフ』と同じような……」
    「ちょっと違うね。それよりもう一段効果的な術になってる。いっぺん、機会があったら試しに使ってみな、超面白いコトになるからね」
    「はあ……」
     ニヤニヤしているモールに対し、フォルナはどうにも納得がいかなそうな顔をしている。
    「あ、そうそう。コレも教えとく。さっき使った、姿を消す術。割と便利だから、しっかり覚えとくようにね」
    「はい」
    「あ、それからね……」
     その後も、モールはあれこれと術を教えてくれた。

    「それじゃ、私はこの辺でね。気を付けなよ」
     モールはひとしきり術を教えたところでそそくさと席を立ち、そのままどこかへ去ってしまった。
    「……あの人、何だかんだ言って僕たちのこと、助けてくれるんですね」
    「ああ」
    「面白い方ですわね」
     三人はモールの素っ気無い口ぶりと態度の違いに、クスクスと笑っていた。
    蒼天剣・赤色録 3
    »»  2009.06.22.
    晴奈の話、第314話。
    「マゼンタ」帰還報告。

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    4.
     殺刹峰アジト。
    「それでですね、逃げるセイナさんがまた可愛くて……」「レンマ君」
     レンマからの帰還報告――ほとんどが晴奈についての感想だったが――を聞いていたモノはため息をつき、話をさえぎった。
    「過程はもういい。結果を話したまえ」
    「あ、はい。まあ、結局のところですが、逃げられまして。街中を探しても見つからなかったので、既にクロスセントラルへ発ったものと思われます」
    「そうか。死亡した者は?」
    「いません。全員無事です」
    「コウとファイアテイルの攻撃を受けた兵士は?」
    「帰還後、義父さんのところに運んで……」「それはやめてちょうだぁい」
     レンマの背後に、いつのまにかオッドが立っていた。
    「あ、義父さん」
    「だーかーらぁ」
     オッドはレンマの額を指で弾き、口をとがらせる。
    「アタシを『おとーさん』なーんて呼ばないでちょうだいよぉ」
    「あ、すみません。……えっと、ドクター。容態はどうでしょうか?」
     オッドは手にしていたカルテをレンマとモノに見せる。
    「痛みは感じてないみたいだけどぉ、顔面裂傷に頭蓋骨と脛骨、第一・第二・第三中足骨の骨折。それと大腿筋その他の断裂。大ケガよぉ」
    「『マゼンタ』隊にも他の隊と同様の薬を投与していたのだな?」
    「うんうん。ま、これと同程度のケガは他の隊もしてたしぃ、やっぱり薬だけじゃ十分な防御力を得られそうにはないみたいねぇ」
    「今後の目標は耐久性、と言うわけだな」
     モノはカルテをオッドに返し、短くメモを取った。
    「うーん……」
     オッドはカルテを抱え、パキパキと指を鳴らしている。
    「どうした?」
    「いえねぇ、実戦投入はまだ早かったんじゃないかなぁ、なーんてねぇ」
    「ふむ」
     オッドはレンマの横に座り、モノと向かい合う。
    「『バイオレット』隊も兵士が1人逝っちゃったしぃ、こんなんじゃ最終計画の実行には程遠いわよぉ」
    「……いや、しかし」
     モノはオッドの目を見据え、わずかに口角を上げた。
    「逆にこれは問題点の洗い出しを行い、最終計画実行を早めるチャンスかも知れん。公安と闘士たちが相手ならば、十分な実戦データが手に入るだろうからな」
    「なるほどねぇ。相変わらずのプラス思考ねぇ、トーレンス」
    「単に最大効率を検討し続けているだけだよ、シアン」
     モノはそう言って席を立った。

     残ったオッドとレンマはそのまま座っていたが、不意にレンマが口を開いた。
    「ドクター、少し聞きたいことが」
    「んっ?」
    「その、何と言うか……」
     妙にモジモジしているレンマを見て、オッドはウインクした。
    「なぁに? 好きな子の話ぃ?」
    「あぅ」
     オッドに看破され、レンマの顔は真っ赤になった。
    「アハハハ、まーた赤くなっちゃってぇ。……で、誰なのよぉ? フローラ? ミューズ? それともぉ……」
    「……です」
    「んっ?」
     レンマはうつむきながら、想っている人の名を告げる。
    「セイナさん」「ぶっ」
     その名前を聞くなり、オッドは吹き出した。
    「アンタねぇ……、よりによって敵ぃ?」
    「はい」
    「……アホねぇ」
     オッドはため息をつきながら、レンマの額を突いた。
    「んで、何を聞きたいのーぉ?」
    「あのですね、思い切って告白してみたんです――あの、そんな、引っくり返って起き上がれない亀を見るような目、しないでくださいよ――でもですね、受け入れてくれなくて、ほら」
     レンマは頭のコブをオッドに見せる。
    「あーら、見事に腫れてるわねぇ」
    「『ふざけるな』って怒られちゃったんですよ。……真剣なのに」
    「そりゃアンタ、敵から『好きです。付き合ってください』なーんて言われたら断るでしょーよ、常識的に考えて」
    「ですよね……。でも、やっぱり好きなんです。どうやったら、真剣だって分かってくれるんでしょう?」
     もじもじするレンマを見て、オッドはまたため息をついた。
    「論点ずれてるでしょぉ、それは。どうやって想いを伝えるかよりもぉ、どうやって付き合うかが問題でしょーぉ?」
    「え、あー、……そうかも」
     レンマは頭をポリポリとかきながら、また顔を伏せる。
    「……アンタ、本っ当に『プリズム』の中で一、二を争うアホねぇ。アタシ、かなり心配になっちゃうわぁ」
     オッドは三度ため息をつきながら、子供の頭を撫でた。
    蒼天剣・赤色録 4
    »»  2009.06.23.
    晴奈の話、第315話。
    お酒の飲み方。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     レンマが「フォルナ班は既にエンジェルタウンを離れたもの」と見なし、あっさりと撤退していったため、晴奈たちは何事も無かったかのように、まだエンジェルタウンに滞在していた。
     と言っても現在はクロスセントラルへ向かう準備を終えて、最後の宿を取ったところである。
    「残念でしたねー、何も情報が無くて」
     エランがほぼ真っ白なメモ帳を眺め、がっかりした声を上げる。
    「まあ、仕方ないさ。襲撃もかわせたし、可もなく不可もなくと言った具合だな」
     ベッドの上で刀の手入れをしていた晴奈が、のんびりとした口調でエランに相槌を打つ。
     数日間の情報収集による疲れを取るため、三人は早めに宿を取っていた。フォルナも他の二人と同様に気が抜けた様子で、ベッドの上に寝転んでいる。
    「ふあ、あ……」
     横になっていたので、眠気もやってくる。
    「すみませんがわたくし、先にお休みさせていただきますわ」
    「あ、はーい」「おやすみ、フォルナ」
     フォルナはするりとベッドに入り込み、すぐに眠り始めた。

    「……ん」
     のどの渇きを感じ、フォルナは目を覚ました。部屋の灯りは落ち、晴奈もエランも眠りに就いている。
    (お水、飲もうっと)
     横で寝ている晴奈を起こさないよう、そっとベッドを抜け出し、部屋の外に出る。
     階下の食堂にはまだ、酒を呑んでいる者がチラホラと見える。フォルナはふと、去年のことを思い出した。
    (そう言えば、わたくしが始めてお酒を呑んだのって、セイナとコスズさんと、一緒に旅を始めた頃だったわね)
     フォルナの脳裏に、リトルマインでの出来事が蘇ってくる。三人で温泉に入り、初めて口にしたワインの味を思い出し、思わずフォルナののどが鳴った。
    (……久しぶりにお酒、呑んでみようかしら)
     フォルナはふらっと、カウンターに着いた。
    「いらっしゃいませ」
    「えっと、ワインを」
    「ワインですか? 赤と白、どっちに?」
    「え?」
     バーテンダーに問われ、フォルナは戸惑う。その様子を見たバーテンダーが、妙な顔をした。
    「どうしました?」
    「あ、いえ。……えっと、じゃあ、白で」
    「はい」
     バーテンダーは後ろを振り返り、瓶とグラスを取る。
    「お客さん、あんまり呑み慣れてなさそうですね」
    「あ、はい。あまり呑んだことがなくて」
    「何でまた、今日は呑もうと思ったんですか?」
     そう問われ、フォルナは考え込む。
    「えっと……、何となく、ですわね。昔の旅を思い出して、呑みたくなりましたの」
    「そうですか。……はい、軽めのものをご用意しました」
     バーテンダーが差し出したグラスを手に取り、フォルナは礼を言う。
    「ありがとうございます。……それでは」
     口をつけようとして、不意に小鈴が言った言葉を思い出す。
    ――フォルナ、お酒はそーやって呑むもんじゃないわよ。もっとゆーっくり、味わって呑まなきゃ。そんな『これから死地に飛び込みます』みたいな顔で呑んじゃダメだってば。お酒に失礼よ――
    (そうそう、『ゆーっくり』、だったわね)
     グラスに鼻を近づけ、すんすんと匂いを嗅ぐ。しっとりとしたブドウの香りが、鼻腔一杯に広がっていく。
    「はぁ……」
     続いて、口に含む程度にワインを呑む。わずかな酸味と刺激の後に、くっきりとした甘さが感じられた。
    「美味しい」
    「……ヒュー」
     フォルナの呑む様子を眺めていたバーテンダーが、感心した顔で口笛を吹いた。
    「え?」
    「あ、いや。綺麗に呑む方だと思いまして、つい」
    「あら、ありがとうございます」
     にっこりと笑うフォルナに、バーテンダーの顔もほころんだ。

    「……い、おーい」
     いつの間にか眠ってしまったらしい。フォルナは肩をゆすられ、目を覚ました。
    「ん……、う、ん?」「起きたか、フォルナ」
     顔を上げると、晴奈の口とのど元が視界に入る。
    「ええ、はい……。ちょっと、まぶたが重たいですけれども」
    「出発まで5時間ほどある。もう少し眠るか?」
    「ええ。……いたっ」
     晴奈に手を借り、立ち上がろうとしたところで、ひどい頭痛に襲われる。
    「どれだけ呑んだ?」
    「え? えっと……」
     皿を洗っていたバーテンダーが、フォルナの代わりに答える。
    「ワイン半分くらいですね。……起こすのも悪いかなと思って、ガウンだけかけておきましたけど」
    「そうか、すまなかったな」
    「いえ……」
     晴奈はバーテンダーにガウンを返し、フォルナの側にしゃがみ込む。
    「立てるか?」
    「え、……と。すみません、足に力が入りませんわ」
    「そうか」
     晴奈はフォルナの体を起こし、そのまま背負い込む。
    「部屋まで送ってやる」
    「ありがとう、ござぃ……」
     ありがとうございます、と言ったつもりだったが、語尾が自分でも分かるくらい、非常に弱々しかった。
    「水臭いな、フォルナ」
     晴奈はクスッと笑う。
    「お主と私の仲では無いか」
    「ええ、そぅ……」
     何か言おうとしたが、やはり最後まで言い切れない。フォルナはしゃべるのを諦め、晴奈の肩にしがみついた。

     なお、この数時間後にフォルナは目を覚ましたが、二日酔いは治らなかった。仕方ないので、晴奈たちはもう一日宿泊することになった。
     レンマ隊に襲われたことと、この出来事以外は特に何事も無かったかのように、フォルナ班は首都への歩を進めた。



     しかし――彼女たちはまだ、重大なことが静かに起きていたことに、この時点ではまったく気付いていなかった。

    蒼天剣・赤色録 終
    蒼天剣・赤色録 5
    »»  2009.06.24.
    晴奈の話、第316話。
    風の魔術剣。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     バート班がペルシェの襲撃を受け、フォルナ班がレンマに追い回されていたのと同様に、ジュリア班も殺刹峰からの襲撃を受けていた。

     ウエストポートを発って1週間後、ジュリア班は軍艦製造の街、ソロンクリフに到着していた。
    「ふーん……」
     街は崖を挟んで上下に広がっており、崖上の街からは船を造っている様子が見渡せる。それを眺めていた小鈴は、率直な意見を述べた。
    「でっかいわねぇ」
    「そりゃ、船だもの。でも、軍艦じゃ無さそうね。普通の商船みたい」
    「まあ、軍事機密をこーんな真上から見れるわけないしねぇ」
     ジュリアと小鈴は半分観光しているような気分で、下の街を見下ろしていた。2人の後ろにいる楢崎も、同様にのんびりとした様子で声をかける。
    「お嬢さん方、ひとまず休憩してはどうだろう?」
    「そーね、歩き通しだったし。んじゃ、どっかに宿取ろっか」
    「ええ。……商業関係は、上の街が担当してるみたいね。宿もこっちの方かしら」
     ジュリアは辺りを見回し、そしてある一点に目を留めて硬直した。
    「……ん? どしたの、ジュリア」
    「あれ、ちょっと見て」
     ジュリアが顔を向けている方向に、小鈴も楢崎も目を向けてみた。
    「おや……?」
    「何か、睨んできてるわね」
    「ええ、明らかに敵意を抱いているようね」
     三人の視線の先には、紫の布で頭と口元を覆った短耳の女性と、武器を持った4名の男女がいた。「どーする?」
    「うーん」
    「こちらへ向かってくるな……」
    「逃げとく?」
    「そうね。変な争いはしたくないし」
     三人は同時にコクリとうなずき、一斉に身を翻した。
    「あ……」
     だが、反対側からも同じような者たちが4名やってくる。
    「囲まれちゃった?」
    「そのようだね」
    「参ったわね……」
     そうこうしている内に、敵らしき者たちが小鈴たちの前後に立ち止まった。
    「そこの三名、大人しくしなさい」
    「してるじゃない。今までじっとしてたでしょ、ココで」
     声をかけてきた紫頭巾に、小鈴はふてぶてしく返す。頭巾は言葉に詰まり、憮然とした目を小鈴に向ける。
    「……ええ、そう、ね。……コホン。我々は殺刹峰の者よ。我が組織を調べようとしているあなたたちを、看過することはできない。よって」
     頭巾は片手を挙げ、小鈴たちを囲んでいる者たちに指示しようとした。
    「抹殺開始よ。全員、かか……」
     だが頭巾が手を挙げたところで、楢崎が彼女の鳩尾に、鞘に納めたままの刀を突き込んだ。
    「……っ」
    「僕らはこんなところで足止めされるわけには行かない。強行突破させてもらうよ」
    「……そうは、行かない!」
     楢崎の初弾を食らった頭巾は、鳩尾を押さえながらもう一度指示した。
    「かかれ! 全員、生かしてこの街から出すなッ!」
    「はい!」
     小鈴たちを囲んでいた者たちが武器を構えるのを見て、小鈴とジュリアも武器を手に取った。
    「しょーがないわね」
    「やれやれ、って感じね」
     楢崎も依然鞘に納めたまま、刀を構える。
    「ふーむ……」
     楢崎は納得が行かなさそうな顔をして、小鈴たちに小声で話しかけた。
    「妙だよ、どうも」
    「え?」
    「今の一撃、普通は悶絶するくらい痛いはずなんだ」
     それを聞いた二人は、事も無げにこう返した。
    「んじゃ、普通じゃないってコトね」
    「面倒臭そうね、戦うのは」
     年長者で、様々な経験を積んでいるからだろうか、この三人は他の2班に比べてとても冷静だった。
    「じゃ、やっぱり逃げよっか」
    「ええ、そうしましょ」
     楢崎の言葉を聞いて、ジュリアは武器の警棒を納める。そして小鈴は何か、もごもごとつぶやいている。楢崎はジュリアに耳打ちした。
    「どうするんだい? 三方に敵、後ろは崖。何かいい策が?」
    「ええ。こっちには水に土、おまけに風の術まで使える魔法使いがいるもの」
    「なるほど」
     小鈴が呪文を唱え終わり、楢崎とジュリアに声をかけた。
    「準備できたわ! つかまって!」
    「おう!」「了解よ!」
     二人が小鈴の巫女服の袖をつかんだところで、小鈴が術を発動した。
    「『エアリアル』、さいならー」
     三人は空に浮き上がり、そのまま崖を滑り降りていった。
    「あっ、逃がすかッ!」
     頭巾は眼下へ逃げていく小鈴たちをにらみつけ、腰に佩いていた剣を抜いた。
    「くらえッ!」
     ごう、と風のうなる音が響く。
    「……?」
     次の瞬間、三人は強い衝撃を受けて弾き飛ばされた。
    蒼天剣・紫色録 1
    »»  2009.06.26.
    晴奈の話、第317話。
    ドSな小鈴。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「きゃ……!?」
     弾かれた衝撃で、ジュリアは小鈴の袖を離してしまう。
    「ジュリア!」「なんのッ!」
     小鈴は一瞬顔を青くしたが、術の集中に戻る。その間に楢崎が豪腕を活かし、空中でジュリアの腕をがっちりとつかんだ。
    「……あ、ありがとう、ナラサキさん」
    「お安い御用だよ」
    「よっし、バランス回復っ!」
     小鈴も何とか体勢を立て直し、三人は無事下町に着地した。
    「チッ……!」
     崖の上で三人の動きを見ていた頭巾は舌打ちし、連れて来た兵士たちに号令をかける。
    「急いで追うわよ! もう一度言うわ、ここから生かして返さないで!」
    「了解!」
     頭巾と兵士たちは、大急ぎで下町への長い階段を下りていった。

    「んっふっふ」
     一方、こちらは小鈴たち。
    「そー簡単に追いつかれてたまるもんですかっての」
    「どうするんだい?」
    「こーすんのよ」
     小鈴は杖を、頭巾たちが下りている最中の階段に向けた。
    「秘術、『クレイダウン』!」
    「……?」
     小鈴が叫んだ術の名前を聞いて、ジュリアはきょとんとしている。
    「何それ? 聞いたことない術ね?」
    「あたしのオリジナル。ま、見てて見てて」
     小鈴はニヤニヤしながら敵の動きを眺めている。と――。
    「きゃあっ!?」
    「おわああっ!?」
     階段の一部がぐにゃりと曲がり、敵全員が落下した。
    「……うわあ、容赦無しね」
    「そりゃ、敵だし。ちなみに落ちた先も粘土層に変えてあるから、あいつらめり込んでしばらく動けなくなるはずよ」
    「コスズ、あなたって本当にアコギな術ばっかり作るわね。昔も土の術で舟作って、私を無理矢理乗せて……」
    「え、まだ覚えてたの? ……んふふふ、ふ」
     小鈴は口に手を当て、クスクス笑っている。楢崎はその様子を見て、呆れ気味にこうつぶやいた。
    「……ひどいなぁ、橘君は」

    「く、そっ」
     小鈴の目論見通り、頭巾たちは揃って地面にめり込んでいた。だが他の2隊同様、彼女らも薬や魔術で体を強化している。
    「全員、動ける!?」
    「はい、大丈夫です」
    「でも、足がめり込んで……」
     頭巾はため息をつき、地面に半分沈みかかった剣を抜いて掲げた。
    「全員、動かないでよ! はあッ!」
     頭巾が剣を振るい、地面がズバッと裂ける。
    「さあ、全員抜けて!」
    「は、はい!」
     兵士たちは裂けた地面からゾロゾロと抜け出し、体勢を整え直す。
    「あいつら、どこッ!?」
    「風向きなどから考えて恐らく、ここからそう離れていないかと」
    「それじゃ追うわよ!」
     頭巾と兵士たちは足並みを揃え、小鈴たちが着地した地点へと急いだ。

     が、これも小鈴は予想済みだった。
     着地した場所からはとっくに離れていたし、敵が追いついてくることも想定していた。
    「……ふーん」
     小鈴たち三人は物陰に隠れ、追いついた敵の様子を伺っていた。
    「ここから見る分にはまだ皆、普通の人間に見えるんだけどね」
    「そうね。でもナラサキさん、戦ってみた感じは……」
     楢崎は小さくうなずき、ジュリアに同意する。
    「ああ。結構力を入れて峰打ちしたのに、手ごたえが異様に硬かったんだ。まるで、岩を相手にしている気分だった。まともにやりあってたら、かなり苦戦しそうだよ」
    「敵にはあのドクター・オッドが付いてたのよね、そう言えば。
     性格はともかくとして、医者としての腕は確かだったらしいから、何らかの外科手術か投薬をされている可能性は、非常に高いわ」
     ジュリアの考察に、小鈴が付け加える。
    「それに、魔術による強化も施されてるかもね。
     二人にはあんまり感じられないかもだけど、あいつらの体から、魔術使用時に良く見る紫色の光って言うか、もやみたいなのがチラチラ見えてる。
     正直、大口径のライフルで撃っても大して効かないんじゃないかしら」
    「それは穏やかじゃないね。……おや」
     楢崎が敵の様子を見て、声を上げる。
    「一人、倒れてる」
    「え?」
     小鈴とジュリアも、楢崎の視線の先に目をやる。
    「う……、うっ……、がっ……」
    「ど、どうしたの!?」
     兵士の一人が胸を押さえ、悶絶している。間もなく黄色い液体を吐き出し、動かなくなった。
    「な……、え……?」
     頭巾はうろたえ、倒れた兵士を揺する。
    「どうしたのよ!? ねえ、ねえってば!」
    「……」
     だが、頭巾の呼びかけに兵士は応えない。口からダラダラと、黄色く濁った血を吐き出すばかりである。
    「これって……、え、ねえ、何……?」
     頭巾は困惑しているらしく、周りの兵士をきょろきょろと見ている。
     と――楢崎が声を上げる。
    「おや、口布が取れたね。……なるほど、口布を当てていたわけだ」
     楢崎の言う通り、頭巾が口に当てていた紫色の布が落ち、彼女の顔があらわになる。
    「……!」「うわ、えぐっ」
     その素顔を見て、小鈴もジュリアも口を抑え、うめく。
     頭巾の顔には、左目の上から右頬にかけて刀傷がついていたからだ。いや、それだけではない。刀傷に沿うように、火傷も重なっている。
    「……っ!」
     頭巾は慌てて口布を拾い、顔を隠しながら叫んだ。
    「プラン00よ! これは不測の事態だから、私たちは十分な活動ができないと判断したわ! 撤退よ、撤退!」
    「りょ、了解!」
     兵士たちと頭巾はバタバタと騒がしい音を立てて、その場から立ち去ってしまった。
    「……えーと」
     振り返った楢崎に、ジュリアが冷静な声でこう返した。
    「危険回避ね。もう少し様子を見てから、あの倒れてる兵士を調べましょう」
    蒼天剣・紫色録 2
    »»  2009.06.27.
    晴奈の話、第318話。
    マヌケな鉢合わせ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     敵が完全に逃げ去ったのを確認したところで、小鈴たちは倒れた兵士を観察することにした。
    「あんまりココでじっとしてちゃ、人が来るわ。何だかんだ問いつめられたら面倒だし、ぱぱっと見ちゃいましょ」
    「そうね。……身分を証明するものは無し。武器は小剣と、短剣だけ。……これは何かしら?」
     兵士のポケットから、青い液体の入った薬瓶がころんと出てきた。
    「見た目からすると、毒かな?」
     楢崎の意見にジュリアがうなずきつつ、こう返す。
    「もしくは、身体強化の薬かも。押収しておきましょう」
    「他には何にも無さそーね。じゃ、撤収しましょ」
     小鈴たちは急いでその場を離れ、人通りの多い港へ入った。
    「さてと、上町にはしばらく行けなさそうだし、今日、明日くらいはこっちにいることになりそうね」
    「あなたが階段壊したんじゃない」
     ジュリアの突っ込みを流しつつ、小鈴は今後の行動を尋ねてみる。
    「んで、これからどうしよっか? まず宿探しの方が先よね」
    「……ええ、そうね。こっちは工場や造船所ばかりだし、数は少なそうだから、あなたが階段を壊したせいでこっちに締め出された旅人とかが、慌てて宿探しを始めるでしょうから、早めに探さないとね」
    「押すわねぇ、アンタも」
     小鈴が口をとがらせたところで、楢崎が話に加わる。
    「でも、さっきの敵も恐らくこちらに閉じ込めらているだろうし、ここで2日泊まるとなると、鉢合わせするかも知れないね」
    「あー」
     小鈴はそっぽを向いて、杖の鈴をいじり始めた。
    「あなたが……」「しつこいっ、ジュリア」

     楢崎の読み通り、先程の頭巾たちは上町に上る階段の前で舌打ちしていた。
    「チッ……」
    「これじゃ登れそうにありませんね」
    「仕方ない、全員擬装用意!」
     頭巾の号令に従い、兵士たちは羽織っていた黒いコートを脱ぎ、どこにでもいそうな町民の姿になった。
     頭巾自身も顔を隠していた布をフードに変え、街娘の姿になる。
    「階段が修復されるまで、各自散開して行動すること! 修復され次第この場所に集合し、本拠地に帰還! 以上、解散!」
     頭巾の号令に従い、兵士たちは街路の奥に消えていった。全員の姿が見えなくなったところで、頭巾も歩き出した。
    「……さてと。私もどこかに身を潜めなきゃ」



     どうにか下町での宿を見つけた小鈴たちは、黙々と昼食を取っていた。
    「なーんか美味しくないわね、この魚」
    「うーん、確かに」
    「栄養無さそうね、何と言うか」
     食堂で出された魚料理は妙に味気なく、調味料の味しかしない。
    「まあ、造船所のすぐ近くだろうしねぇ」
    「魚の健康に悪いんだろうね」
     味にうるさい小鈴がぼやいているが、ジュリアは気に留めていない。
    「食事を楽しみに来たわけではないし、別にいいじゃない」
    「ま、そーだけどね」
     と、一足先に料理を平らげ、水に手を伸ばした楢崎が顔を上げた。
    「ん……?」
    「どしたの?」
    「いや、何か……」
     言いかけた楢崎の顔がこわばっている。
    「うーん……。参ったね、どうも」
     楢崎の視線の先には、先程の紫頭巾の姿があった。
    「……あっ」
     食堂の入口で立ち止まったまま、頭巾は硬直している。口に手を当てたり、フードを直したりと、混乱しているのが良く分かる。
    「えっと、……君?」
     おろおろしている頭巾に、楢崎が声をかけた。
    「ひゃ、ひ?」
     恐らく「はい?」と言おうとしたのだろう。頭巾は変な声を上げて反応した。
    「そこで突っ立っていたら、他のお客さんの邪魔になる。とりあえず、こっちに来たらどうだい?」
    「な、何で敵の命令なんかっ」
     うろたえる頭巾に対し、楢崎は妙に飄々とした態度を執る。
    「命令じゃないよ、提案だ。それとも敵を前にして背を向けるのが、央北の剣士の戦い方なのかな?」
    「ちが……、違うわよ、色々っ。……ま、まあ、応じない理由なんてないし、行ってあげるわ」
     頭巾はギクシャクとした足取りで、楢崎の隣に座った。座ったところで、楢崎が質問を投げかける。
    「他の人は?」
    「へ?」
     楢崎の応対に、頭巾は一々妙な声を上げている。
    「君と一緒にいた、他の人はどこに行ったのかな?」
    「え、あの、……あなたたちを倒すのに、不都合が生じたのよ。だから今回は、何もしないであげるわ」
    「答えになってないよ。どこに行ったの?」
    「うっ……」
     フードで隠れてはいるが、頭巾の顔色が悪くなっているのが伺える。横で見ていた小鈴は半ば呆れつつ、頭巾を哀れんでいる。
    (まあ、3対1だもんねぇ。そりゃ顔色悪くなるってもんよ。……にしても、マヌケねぇ)
    「その態度だと、近くにはいないみたいだね。……君、名前は?」
    「も、モエ。藤田萌景」
    「ふむ、央南人か。その傷、焔流の者と戦ったのかな?」
    「えっ?」
     楢崎に指摘され、モエは両手で顔を隠す。
    「み、見たの!?」
    「ああ、悪いとは思ったんだけど。それで、どうなんだい? 戦ったの?」
    「……」
     モエは何も言わずにうつむく。
    「どうしたのかな?」
    「……言う理由なんか無い」
    「そうか。それじゃ次、聞くけど」
     楢崎は先ほど倒れた兵士から入手した薬瓶を見せる。
    「これ、何の薬かな?」
    「それ、は……」
     モエは一瞬顔を上げるが、またうつむく。
    「教えて欲しいんだけど、ダメかな?」
    「言いたくない」
    「そうか。それじゃ、さ」
     楢崎はぐい、とモエの腕を取った。
    「飲んでみてくれるかな?」
    「え」
     楢崎の言葉に、モエの顔色が変わった。
    「やっぱり毒なのかい?」
    「ち、違うわ。それ、飲み薬じゃないもの」
    「なるほど。どうやって使うのかな?」
    「……」
     また黙り込んだモエを見て、ジュリアが声をかけた。
    「モエさん、でしたか。あまり我々を手間取らせないでいただきたいのですけれども」
    「えっ?」
    「お分かりでしょうが、これは既に尋問です」
    「……」
     モエの顔色が、一層悪くなった。
    蒼天剣・紫色録 3
    »»  2009.06.28.
    晴奈の話、第319話。
    もう一名の敵将。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「……うん?」
     と、これまで飄々とした態度で尋問を続けていた楢崎が、急に渋い表情を浮かべ、外に目を向けた。
    「藤田くん。外の連中は、君の知り合いかな?」
    「え」
     楢崎の言葉に、モエも外に目を向ける。
    「……! え、え!? 何で!?」
     モエは立ち上がり、外へと飛び出して行く。
    「待ちなさ……」「待った、ジュリア君!」
     止めようとしたジュリアをさえぎり、楢崎が耳打ちした。
    「囲まれているよ。恐らくは20名ほど。下手に飛び出せば、蜂の巣にされてしまう」
    「そう、ですか」
     耳打ちされたジュリアは冷静に振る舞ってはいるが、途端に口数が少なくなる。小鈴も顔に緊張の色を浮かべながら、ジュリアに尋ねた。
    「で、コレはピンチってヤツよねぇ?」
    「……そうなるわね」

     店の外に飛び出したモエは、店を囲んでいた兵士たちを見回す。先程散開させた自分の部下たちに混じり、他の隊長が従えている兵士も並んでいる。
    「あなたたち、どうしてここに!? この街には『バイオレット』隊だけが来ることになっていたはずよ!?」
    「ドミニク先生からの指令です。内緒にしろと言われていましたけど」
     兵士たちの後ろから、青い髪の猫獣人が姿を現した。
    「ネイビー!?」
    「どうも、モエさん。その焦りようからすると、割と危ないところだったみたいですね」
    「そ、そう、だけど。でも、……どう言うことなの? ドミニク先生は、私に任せるって」
    「ええ。確かに、『特にトラブルが発生しなければ、見守っていなさい』と言われていましたけど。けど今、あなたは一人。間違いなく、トラブルに見舞われています。
     それともモエさん、あなたは一人でこの状況を切り抜けられましたか? もしそうなら、『余計なことをしました』って謝りますけど」
     ネイビーの涼しげで穏やかな青い目に見つめられ、モエはうなだれた。
    「……ええ、そうね。確かに今、私はピンチに陥っていたわ。ありがとう、ネイビー」
    「いえ、お気になさらず。それで敵の話ですけど、皆さんこの店の中ですか?」
    「ええ、中にいるわ」
    「それじゃ、占拠しましょう」
     ネイビーはそう言うと、周りの兵士たちに合図を送った。
    「『インディゴ』隊、作戦開始です。この店をただちに制圧してください」
    「はい!」
     兵士たちはネイビーに敬礼し、一斉に店へとなだれ込んだ。
     が、1名戻ってくる。
    「『インディゴ』様、敵がおりません!」
    「え?」
    「嘘でしょ?」
     ネイビーとモエも店の中に入る。
    「ひ……」
    「な、何なんだアンタたちは」
    「何もしないから、その槍下げてくれよ……」
     モエたちは怯える店員と客たちを眺めたが、既に小鈴たちの姿は無かった。

    「あーぶない、危ない」
     慌てて屋根裏に回った小鈴たちは、下の様子に耳を傾けながら屋根板をはがしていた。
    「もう少し入ってくるのが早かったら、捕まってたわね」
    「ええ、そうね。……ナラサキさん、どうですか?」
    「うん、もう少しで斬れそうだ」
     楢崎が刀でゴリゴリと屋根瓦と下地をはがしている間に、小鈴は下に穴を開けて様子を伺う。
    「あ、さっきのモエって子がいる。キョロキョロしてるわね」
    「どうやら、あの『猫』が手助けをしたみたいね」
     モエの横にはネイビーが立っており、二人は何か会話をしているように見える。
    「じゃあ……みんな……」
    「ええ……けど……」
     だが制圧されているとは言え、普段から騒々しい食堂の中である。二人の会話は良く聞き取れない。
     そうこうするうち、楢崎が屋根に穴を開けた。
    「よし、開いた。脱出しよう」
    「ええ。応援が駆けつけたってコトはさっきの階段も修復されてるでしょうし、そこから逃げましょ」
    「そうしましょう」
     三人は敵の包囲をかいくぐり、素早く街を脱出した。



     食堂の中で、モエはネイビーに詰問していた。
    「ねえ、ネイビー。詳しく聞きたいことがあるの」
    「何でしょう?」
    「初めから、……私たちがこの街に来る前から、あなたは私たちをつけていたの?」
     そう尋ねられ、ネイビーは一瞬視線をそらす。
    「……まあ、その通りです」
    「そう……」
     モエはそれを聞いて、非常に嫌な気分を覚えた。それを察したネイビーが、ゆっくりとした口調で弁解する。
    「でも、モエさんたちの力を信じていないわけではありませんよ。もう一度言っておきますけど、『ピンチにならない限り傍観していなさい』と念押しされていましたから」
    「それは、良く分かってる。でも、なぜ? なぜ私たちに、そんな監視をつけたの?」
    「……実は、モエさんたちだけじゃないんです。他の2隊にも、同様に別働隊をつけていたんですよ」
     思いもよらないことを聞き、モエは目を丸くした。
    「私たち? じゃあ、レンマやペルシェにも、みんなに?」
    「ええ、みなさんに。ですけど多分、レンマくんもペルシェさんも、そんなのがいたことにすら、気付いてないと思います」
    「なぜそんなことを……?」
    「確実性、です。念には念を入れて、自分たちを脅かす存在を消しておきたいと仰っていました」
    「それほどの敵だと言うの?」
     いぶかしがるモエに、ネイビーは短くうなずいた。
    「用心し過ぎると言うことは無いと思います。
     ともかく彼ら9名は何の情報も持ち帰らせず、この地で死んでもらわないと困りますから」
    蒼天剣・紫色録 4
    »»  2009.06.29.
    晴奈の話、第320話。
    刀傷と火傷。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     どうにかソロンクリフを脱出した小鈴たちは、早足で街道を進んでいた。
    「結局ソロンクリフでは何の情報も集められなかったわね」
    「ま、仕方ないわ。3人無事なだけでもいいじゃん」
     小鈴の言葉に、ジュリアはコクとうなずく。
    「そうね。……他の2班も無事かしらね」
    「無事よ、きっと。闘技場のツワモノ揃いなんだし。ね、瞬二さん」
     小鈴は楢崎に声をかけたが、楢崎の反応が無い。何かを考えているように、ぼんやりと上を向いている。
    「……瞬二さーん?」
    「んっ?」
    「どしたの?」
    「あ、ああ。……いや、少し考えごとをね」
     楢崎は小さく咳払いし、ぽつりぽつりと話す。
    「あの、モエと言う子。昔どこかで、見たような気がするんだ」
    「へえ?」
    「どこだったかな……。あの傷が気になって、どうにも思い出せない」
    「あの傷、ひどかったわね。斬られた上に、焼串でも押し付けられたのかしら?」
     ジュリアの考察に、楢崎は首をかしげる。
    「いや、あれは多分、……いや」
    「どうしたの、ナラサキさん?」
    「いや、もしかしたら、と思ったんだけど。多分、違うかも知れない」
    「……?」
     楢崎は腕を組み、「うーん……」とうなるばかりだった。
    (あの子を、もっと幼くして、傷のことを抜くと、……確かに、見覚えがある。それは多分、紅蓮塞で、だろうな。
     でも、あの刀傷と火傷が混じった傷――あれは間違いなく我が同門、焔流剣士が付けたであろう傷だ。もし僕の記憶と推察が正しかったとしたら、あの子は同門に傷を付けられたことになる。
     それは、あんまり考えたくない――同門同士が殺し合いをしたなんて、あまりにも気分の悪い話だから)
     楢崎は篠原と戦った時のことを思い出し、首を横に振った。



     某所、殺刹峰アジトにて。
    「ドミニク先生、あの……」
     鮮やかな緑色の髪をした狼獣人の少女が、「バイオレット」「マゼンタ」「オレンジ」3隊からの報告をまとめていたモノに声をかけた。
    「うん?」
     モノは少女に背中を見せたまま応える。
    「どうした、キリア君」
    「また、剣を教えて欲しいんです」
    「……何故だ?」
     ここでようやく、モノは少女、キリアに向き直った。
    「教えるべきことは余すところ無く教えたはずだ。何か不満があるのか?」
    「はい。まだ、あの技をちゃんと教えてもらっていません」
    「……」
     モノはあごに手を当て、黙り込む。
    「先生が腕を失い、十分な指導ができなくなったことは十分、承知しています。それにわたしも兄も、『プリズム』の中でも上位に立つ腕となったことは自覚しています。
     でも、モエさんが一蹴されたと聞いて……」
    「……ふむ」
     モノは右腕を左の二の腕に置き、無くなったその先の感触を思い出すようにさする。
    「確かに『バイオレット』君の腕は確かだ。こちらへ引き入れた時から、その才能は目を見張るものがあった。
     とは言え私の指導をまだ、十分に受けたわけではない。彼女はまだ、伸びるところがある。逆に言えばまだ、十分に鍛えられていない。そこが彼女の、今回の失敗につながったのだろう。この問題は今後、私の指導を継続して受けていけば解決できるはずだ。
     そしてキリア君、君はモエ君以上に力を持った、非常に優秀な戦士だ。『プリズム』の中で、フローラやミューズに並ぶ強さを持っていることは、この私が保障する。モエ君が勝てる相手に遅れを取ると言うことはまず無い、そう断言しよう。それでは不満かね?」
    「……」
     キリアは唇をきつく噛み、無言でうなずいた。
    「……そうか」
     モノは椅子から立ち上がり、壁にかけてあった剣を手に取った。
    「私の言を聞いてなお不満を持つと言うことならば、教えねばなるまい」
    「え……」
    「それからキリア君」
     モノは鞘から剣を抜き払い、手首を利かせてひらひらと振る。次の瞬間、キリアの髪留めが剣の先に弾かれ、三つに分かれて砕け散った。
    「……!」
    「片腕になったとは言え、残ったもう一方の腕にはまだ、『阿修羅』が棲みついている。十分な指導ができない、と言うことは無い。安心したまえ」
     モノはそう言って床に落ちた鞘を蹴り上げ、器用に剣を納めた。
    「ついて来なさい。君が知りたいと言う技を教えよう」
    「……はい!」
     キリアは深々と頭を下げ、モノの後についた。

    「うっ」
     ほぼ同じ頃、殺刹峰の医務室。
    「なーに泣きそうな顔してんのよぉ」
    「……いえ、薬がしみただけです」
    「我慢しなさぁい」
     オッドが作戦から戻ってきたモエの手当てをしていた。
    「はい」
    「……しっかし、ひどい顔ねーぇ。折角いい顔してるのに、そのおでこから左頬まで達する、ふっかぁい傷跡。火傷と刀傷がない交ぜになって、ちょっとグロテスクよぉ」
    「……」
    「一体、どうしたのぉ? ……あ、あーあー」
     オッドは咳払いをし、その質問を撤回した。
    「覚えてない、のよねぇ?」
    「はい。……ここに来る前のことは、何も」
    「そーそー、そーだったわねぇ。……でもやっぱり気になるわねぇ、その傷。医者として、とーっても興味深いわぁ」
    「あの、あまり見ないでください……。私にとってこの傷は、鏡を見ることさえ嫌になるようなものなのです」
    「……あ、ゴメンねーぇ。ま、とりあえず気休め程度だけどぉ、皮膚病に効く塗り薬あげちゃうわねぇ」
    「……ありがとうございます」
     モエは静かに頭を下げる。オッドは薬を探しながら、彼女に背を向けてぺろりと舌を出した。
    (あーぶない、危ない……。『昔の』コトにあんまり深く突っ込んじゃ、『洗脳』が解けちゃうトコだったわぁ。
     より従順な兵士を作るための、記憶封鎖――えげつないわねぇ、ホント。……ま、アタシも人のコトは言えないけどねーぇ)
    「ドクター?」
     思いふけっていたせいで、いつの間にかオッドの手は止まっている。
    「あ、あーらゴメンなさいねぇ。ちょっと考えゴトしてて。……いやねぇ、その傷。刀傷と火傷を同時になーんて、アレみたいってねぇ、ちょこっと思ったのよぉ」
    「アレ、と言うのは?」
    「ほら、央南のアレよぉ。あの、えーと、火を使う剣術。何だったかしらねぇ?」
     オッドが何の気なしに言ったその言葉に、モエの頭の中のどこかで、何かが瞬いた。
    ――貴様に刀を握る資格など無い!――
     その瞬きはほんの一瞬だったが、背の高い女がモエに向かってそう叫んでいたのを、ぼんやりとだが思い出した。
    (……誰?)
     思い出そうとしたが、傷口にふたたび塗られた消毒薬があまりにもしみたので、すぐに忘れてしまった。

    蒼天剣・紫色録 終
    蒼天剣・紫色録 5
    »»  2009.06.30.
    晴奈の話、第321話。
    天帝教神話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     およそ500年以上昔、央北のとある村に全身真っ白な男が流れ着いた。
     その男は全知全能を有し、自らを「神」と名乗った。彼は流れ着いた村で数々の奇跡を起こし、技術や知識を広め、人々に知性と豊かな暮らしを与えた。

     まだ央北と央中の交流がまばらで、央北人にとって央南は半ばおとぎ話の国としか認識していないような時代に、彼は世界平和とそのための統一を訴え、実際に世界を平定し、中央大陸全土を治める大政治組織、通称「中央政府」を創った。
     そして拠点にしていた村が大きくなり、街となった際、その村が「東西南北に」伸びる街道の「中央」であったことから、男は街の名を「クロスセントラル」と変え、生涯をその街で過ごした。

     男の名はタイムズ。天帝教の主神となった人物である。



    「……ってワケだ」
    「ふーん」
     バートの説明を、シリンは一言で返した。
    「てめーには説明のしがいが丸っきりねーなぁ」
     バートはシリンの虎耳をグニグニとつまみながら、シリンをにらみつける。
    「何メンチ切ってんねんやー、怖いでー自分」
    「てめーの耳は何でできてんのか、裂いて中身を確かめてみたいぜ」
    「痛いってー、離してーやー」
     最初は非常に仲の悪かった二人だが、どう言うわけかクロスセントラルに到着する頃には、兄妹のように仲良くなっていた。
    (ま、口の悪さも似た者同士なんだけどなー)
     後ろで眺めていたフェリオは、のほほんとした気分で二人を見ていた。
     と、グニグニと耳をつねっていたバートはようやく手を離し、道の先を指差す。
    「まあいいや。そんなワケでな、この街がそのカミサマ、『天帝』タイムズの創った街、クロスセントラルだ」
    「ふーん。……何か、けったいな街やな」
    「まーな。落ち目とは言え、今でも大陸政治の中枢、世界を動かす街の一つだからな。うさんくささで言えば北方のジーン王国や央南の玄州、西方三国なんかととタメ張るくらいだ」
    「ふーん」
    「……お前ってホント、政治に興味ねーのな」
     呆れるバートに、シリンはプルプルと首を振る。
    「ないわー。それよりも」「メシだろ?」
     フェリオの突っ込みに、シリンは尻尾をピョコピョコさせてうなずいた。
    「うんっ」
    「……ホントにガキだなぁ、お前」
     バートは苦笑しつつ、手帳を広げた。
    「落ち合うのは明後日の予定になってる。今日ゆっくり寝るとしても、明日1日くらい遊べそうだぜ」
    「ホンマ? じゃ、一緒に買い物でも行こーなー」
     そう言ってシリンは、バートとフェリオ両方の手を取る。手を握られたバートは少し驚いた顔になり、シリンに尋ねる。
    「お? 俺もか?」
    「うん」
    「フェリオとのデート、邪魔しちゃ悪いだろ」
    「そんなコトないってー。それにジュリアに会った時、プレゼント贈っといた方がええんとちゃうん? 色々お世話になっとるしー」
    「……ああ、まあな。それはそれで、いいかもな」
     バートはポリポリと頬をかき、シリンの提案に乗った。
     と、フェリオが何かに気付き、足を止める。
    「あれ? 先輩、あの二人……」
    「ん?」
     フェリオが指し示した先に、可愛いリボンのついた帽子をかぶった狐獣人と、央南風の服を着た猫獣人がいる。
    「おーい」
    「ん? ……あ、バート!」
     振り向いた猫獣人はやはり、晴奈だった。横にいるのは当然、フォルナである。
    「まあ、無事でしたのね皆さん!」
    「おう。……エランは?」
     晴奈たちと一緒にいるはずのエランの姿がなく、バートたちは一瞬不安になる。
    「あ、いや。街に着くなり、『すみません、ちょっと……』と言ってどこかに行ってしまった。恐らく用を足しに行ったのだろう」
    「……なんだ、驚かせやがって。どこに行ってもしまらねーヤツだなぁ」
    「へへ……、すみません」
     晴奈たちの後ろから、申し訳無さそうにエランが歩いてきた。
    「どうしても我慢できなくって。っと、お久しぶりです、バートさん」
    「おう。……ん?」
     バートはエランを見て、妙な違和感を感じた。
    「……どうしました?」
    「……いや、何でもない。さ、街に入るか」
    蒼天剣・九悩録 1
    »»  2009.07.02.
    晴奈の話、第322話。
    央北政治史のお勉強。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     以前にもどこかで述べられていたが、央北は「天帝と政治の世界」である。
    「神」と崇め奉られたタイムズ帝が亡くなった後、彼を信奉していた者たちが天帝教を創り上げた。それに伴って天帝教の政治権力が確立・増大され、以後300年近くに渡って「神権政治」――神とその末裔を主権とする、政治形態――が続いた。
     その名残、影響は今もクロスセントラルに根強く残っており、他の街に比べ天帝教と、それに影響された文化があちこちに見られる。

    「……かくして双月暦38年、世界は平和になったのです」
    「ぱちぱち」「ぱちぱち」
     シルビアと同じような格好をした尼僧が子供たちを集め、道端で紙芝居をしている。内容は神代の頃に行われた戦争を謳ったものらしい。
    「牧歌的と言うか、のどかと言うか……。戦時中とは思えない光景だな」
     街に入った晴奈たちは、西区の大通りを歩いていた。
    「ここは住宅地みたいだから、そんなに騒々しくもないっスね」
     フェリオの言葉に、フォルナも同意する。
    「そうですわね。それに、天帝教の影響も強いようですわ。白い服の方、何度かお見かけしていますもの」
     フォルナの言う通り、街に入ってから何度か、天帝教と思われる白い僧服の者たちとすれ違っている。それを見る限り、この街にあると言う中央政府の中枢が、大火の傀儡になっているとは到底思えない。
    「なあ、エラン」
    「はい?」
    「あの話は本当なのか? 街並みや人を見る限り、とても黒炎殿が出入りしているとは思えぬのだが」
     晴奈に尋ねられたエランは、けげんな顔をした。
    「あの話、って?」
    「ほら、ウエストポートで言っていた……」
    「え、っと? すみません、何の話をしてましたっけ?」
     エランは困った顔で聞き返してくる。見かねたフォルナが助け舟を出した。
    「中央政府がカツミの支配下にある、と言うお話でしょう?」
    「え、あ、あーあー。そうですね、そんな話、してましたね。
     ええ、事実です。端的な例ですが、中央政府の歳出項目に『特別顧問料』と言う名目でカツミへ納める金が記載されています。その額は中央政府の歳入の6%、前年度で言えば50億クラムと言う途方も無い大金なんです」
    「ふむ……」
     何度聞いても現実味のないその額に、晴奈はただうなるしかない。
    「しかも、それが319年の黒白戦争終結直後から、今年で丸200年続いているんです。200年間の税収入に多少の変動があったことを考えても、その合計は1兆、もしかしたら2兆にも及ぶとか。
     それ以外にも、2年前の北海戦でカツミが中央側に付いていたことや、中央政府がカツミ討伐を表面上行わないこと――もっとも、裏では何度か試みてるみたいですが――など、彼が中央政府と密接なつながりがあるのは明白です」
    「……なるほど。何とも、きな臭い話だ」
     晴奈はため息をつき、街の中心部――すなわち中央政府の中心、中央大陸の中心である白亜の城、ドミニオン城に視線を向けた。

     数々の風説や逸話のせいで核心が大分ぼやけてはいるが、大火が中央政府から莫大な金を得るに至った大まかな経緯は、次の通りである。
     まず、天帝家によって長く神権政治が続いていた中央政府の内部が腐敗し、金と権力で人々を苦しめるならず者国家と化していたこと。これを批判した当時の政務大臣、ファスタ卿が天帝家の怒りを買い、投獄されたのだ。
     それを助け出したのが、大火である。「何でも与える」ことを条件にファスタ卿を脱獄させ、中央政府に対する反乱軍を組織させた。その戦乱は世界中に及び、「黒白戦争」と呼ばれる、何年にも渡る長い戦いの後、ファスタ卿率いる反乱軍が勝利。
     神権政治は終わりを迎え、貴族や名家たちによる王侯政治の時代に移った。中央政府もそれら王侯貴族たちの政治同盟と言う形で残り、ファスタ卿がその筆頭、総帥になるはずだった。
     しかしここで、大火とファスタ卿との契約が発効され――。

    「……それでファスタ卿は姿を消し、カツミが中央政府の権力を奪取したんです。以後200年間、カツミは中央政府から金を搾り取り続けているんです」
    「ふむ……」
     食堂に移ってエランの話を聞いていた晴奈が腕を組んでうなる一方、エランの右隣に座っていたフォルナが、疑問を口に出す。
    「消えたファスタ卿は、一体どうなったのかしら」
    「分かりません。カツミに暗殺されたとも、モンスターに姿を変えられたとも、色々な説が流れてますが、どれが本当なのか……」
    「1兆と言う莫大なお金は、どこに消えたのかしら」
    「それも、まったく分かってないみたいです。黒鳥宮建造に使われたとか、数々の神器を製造した際の制作費とか色々言われてますが、どう考えても1兆と言う額には、全然届かないんですよね。まだその大部分が、使われてないんでしょうね」
     二人のやり取りを聞いていた晴奈が、首を傾げる。
    「そんなに溜め込んで、一体何をするつもりなのか……?」
    「さあ? 単に、貯金したいだけじゃないんですかね?」
     エランは肩をすくめ、握っていたフォークをテーブルの上に並んでいた料理に向けようとした。
    「いたっ」
     ところが、同じようにコップに手を伸ばしていたフォルナの左手とぶつかってしまい、引っかいてしまった。
    「……。何をなさいますの、エラン」
    「あ、すみません」
     エランは手を引っ込め、フォルナに頭を下げた。フォルナは左手を押さえながら一瞬チラ、とエランを見て手を引いた。
    「……構いませんわ。お先にどうぞ」
    「あ、はい」
     エランはもう一度、右手を料理に持っていった。
    蒼天剣・九悩録 2
    »»  2009.07.03.

    晴奈の話、293話目。
    いわゆるウノ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ゴールドコーストを発って、3日が過ぎた。
     晴奈一行はまだ、船の上にいる。



     やることも無いので、公安組は小鈴、シリンと一緒に、船の食堂で漫然とカードゲームに興じている。
    「火の6」エランが一枚切る。
    「それじゃ、雷の6」ジュリアがそれに続く。
    「うーん……、パス」バートが流す。
    「あ、あたし出せる。雷の3」小鈴がつなぐ。
    「パス」フェリオもパスする。
    「雷ならあるわ。雷の9」シリンもすんなり通す。
    「おっ、9だ。良かった、氷の9」エランがほっとした表情でカードを切った。
    「氷ならあるわね。氷の1」ジュリアもカードをすっと切る。カードを4枚持っていたバートが硬直した。
    「……パスだ」
     シリンが嬉しそうな顔で、バートに声をかけた。
    「3回パスしたから負けやな」
    「くっそー……」
     バートがカードをばら撒き、椅子にもたれかかった。
    「コレでバートの6連敗やな。ホンマ、バートは勝負弱いなぁ」
    「……ほっとけ」
     からかうシリンに、バートは帽子で顔を隠しながら悔しそうな素振りを見せた。
    「気分転換に、飲み物でも持ってきましょうか」
     エランの提案に、全員がうなずく。
    「そうだな、ちょうどのどが渇いてるところだった。コーヒー頼む」
    「じゃ、頼むわ。何でもいいし」
    「私も紅茶お願いね、エラン君」
    「ほんじゃエラン、ウチと一緒に行こかー」
     シリンがエランの手を引き、ドリンクバーへと連れて行った。
     エランが財団総帥、ヘレンの息子だと発覚してからも、エランに対する扱いは変わらなかった。ヘレンが「あんまり甘やかさんといてくださいね」と念押ししたからである。
    「ボスは紅茶、バート先輩はコーヒー、フェリオ先輩は何でもいいって言ってたから、オレンジジュースでも持っていこうかな」
    「コスズさんはレモネードやったな。ほんじゃ、ウチもオレンジジュースにしとこかな。エランは何飲むのん?」
    「あ、僕は、えーと、……うーん、何にしようかなぁ? アップルジュースもいいしなぁ、でも紅茶もすっきりするし、うーん、どっちがいいかなぁ」
    「両方混ぜて、アップルティーにしたらええやん」
     シリンの提案に、エランは「あー」と声を上げる。
    「それいいですね、そうします」
     二人は盆を借りて、飲み物を皆のところに運んだ。
    「お、ありがとよエラン、シリン」
     フェリオが礼を言いつつ、飲み物を皆に回す。礼を言われたシリンは嬉しそうに尻尾を振りつつ、フェリオの首に手を回した。
    「んふふー、どーいたしましてー」
    「モテモテだなぁ、フェリオ」
    「あ、いや、いえ……」
     フェリオは顔を真っ赤にして首を振ろうとするが、シリンがそれを邪魔する。
    「そやでー、ウチにモッテモテやねんでー」
    「……あはは、はは」
     フェリオは半分諦めたような顔で、されるがままになっている。フェリオの頭を抱きしめたままのシリンが、思い出したように尋ねた。
    「そー言えば、バートとジュリアって付き合ってるって聞いたんやけど」
     顔を赤くし、口ごもるバートに対し、ジュリアはさらりと答えた。
    「お、おう。まあ、な」
    「ええ、初めて会った時からすれば、もう長い付き合いね」
    「へー。結婚とかはせえへんの?」
    「いや、まあ、そりゃ……」
     照れているバートとはとことん対照的に、ジュリアは平然とした顔をしている。
    「そうね、バートの階級が私に追いついたら、その時はしようかなって思ってるわ。
     後1階級だし、頑張ってね」
    「……おう」
     バートはまた椅子にもたれながら、帽子で顔を隠した。

     晴奈と楢崎、そしてフォルナの3人はゲームに参加せず、ぼんやりと海を見ていた。
    「今、どの辺りなんだろうね」
    「恐らく今日か明日、フラワーボックスに寄港するところですわね」
     楢崎はフォルナの横顔をチラ、と見てつぶやく。
    「そうか。それじゃもう、グラーナ王国の海域に入ってるんだね」
    「ええ、順当に進めば4日後にはルーバスポート、そしてさらに10日進めばウエストポートに着く、とのことですわ」
    「ふむ。……考えてみれば、すぐなんだね」
    「え?」
     楢崎はフォルナの顔を見て、諭すような口調で話す。
    「故郷に帰ろうと思ったら、すぐ帰れる手段があるし、帰れない事情も無い。正直言って、すごくうらやましいと思う。僕の家は遠いし、まだ帰れないんだもの」
    「……ナラサキさん、すみませんが嫌味にしか聞こえませんわ。わたくし、ちゃんと思うところがあって『ここ』におりますのよ」
    「はは……、それは悪かった、うん」
     楢崎は笑っているが、割と気分を害したらしい。それ以上は何も言わず、すっとフォルナの側を離れた。フォルナの方も同様に、楢崎にぷいと背を向けてしまった。
    (おいおい)
     二人の様子を見ていた晴奈は、どちらと話をしようかと逡巡していた。
     と、そこへ――。
    「あーらら、ケンカだねぇ」
    「む?」
     突然、背後から声をかけられた。振り向くと、ボロボロのローブに身を包み、ヨレヨレのとんがり帽子を被った、いかにも魔術師と言う風体の狐獣人が立っている。
    「誰だ、お主?」
    「え、なんで名乗んなきゃいけないね?」
     おどけた様子で振舞うその男に、晴奈は多少カチンと来た。
    「……名乗る道理は無い。が、いきなり割り込まれて面食らったものでな」
    「あーあー、悪い悪い。いやね、ケンカは横でワイワイ言いながら眺めるのがベスト、ってのが私の主義なもんでね」
    「それはまた、浅ましい主義だな」
    「何とでも言いなってね。……で、あの二人はアンタの知り合い?」
    「そうだ。……ん?」
     晴奈はこの男の声に、聞き覚えがあった。
     妙に高い、少年のような声――昔、まだ紅蓮塞にいた頃に聞いた覚えのある声だ。
    (……いや、正確には紅蓮塞の外だ。一度、無断で抜け出して黒荘を訪れた際、こんな声を聞いた。
     そう言えば家元から聞いたことがある。あの方はよく、姿形を変えていると。私が出会った時は長耳姿だったが、家元の時は『狐』だったそうだし、もしかしたら……)
    「……モール殿か?」
    「ほぇ?」
     男は目を丸くして尋ね返す。
    「何で知ってるね?」
    「やはりか……」
     晴奈はモールから一歩離れる。
     そして――。
    「ここで遭ったが百年目――あの時の雪辱、晴らさせてもらうぞッ!」「はぁ!?」
     晴奈はいきなり、モールに斬りかかった。

    蒼天剣・旅賢録 1

    2009.05.29.[Edit]
    晴奈の話、293話目。 いわゆるウノ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ゴールドコーストを発って、3日が過ぎた。 晴奈一行はまだ、船の上にいる。 やることも無いので、公安組は小鈴、シリンと一緒に、船の食堂で漫然とカードゲームに興じている。「火の6」エランが一枚切る。「それじゃ、雷の6」ジュリアがそれに続く。「うーん……、パス」バートが流す。「あ、あたし出せる。雷の3」小鈴がつなぐ。「パス」フ...

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    晴奈の話、第294話。
    モールの秘術。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「いきなり、何をするかと思えば」
     モールの杖が晴奈の刀を止めている。いや、正確に言えば杖と刀の間に、紙一枚分ほどの隙間があった。
    「寸止めだ。……いやなに、あの時に何をされたのか、答えを聞きたいと思ってな」
    「あの時って?」
     モールはきょとんとしている。その顔を見た晴奈は、憮然としながら聞き返す。
    「覚えてないのか?」
    「だから、何だってね」
    「6年前、黒荘で遭っただろう?」
    「黒荘? ……んー?」
     モールは杖をこすりながら考え込む。
    「……んー、もしかしてあの時のバカ?」
    「馬鹿とは失敬な。……まあ、今思い返せば確かに愚行だった」
    「今のコレだって愚行だね。いきなり斬りつけるヤツがあるかってね」
    「大変失敬した。が、あの時と同じことをすれば、あの時何をしたのか再現してくれるのではと期待したので」
     モールは「あー……」と声を上げ、晴奈に説明し始めた。
    「まあ、簡単に言えば、私のオリジナル魔術だね。門外不出の秘術でね、『ウロボロスポール』って言うね。例えば……」
     モールは晴奈が持っていた脇差をひょいと抜き、いきなり海に捨てた。
    「なっ、何をするか!?」
    「ま、見てなってね」
     モールは海に向かって杖を向け、呪文を唱えた。
    「『ウロボロスポール:リバース』!」
     すると、海に捨てたはずの脇差がするすると海から戻り、音も無く晴奈の腰元に納まっていった。
    「……!?」
    「コレが、君が吹っ飛ばされた術の正体だね。
     下に落ちたはずのボールが上に登る。砕けたはずのガラス瓶が元通りに固まる。燃えたはずの本が灰から蘇る――あらゆる法則を逆回転させる、秘中の秘。私の『とっておき』だね。
     この術は他にもバリエーションがあってね、今説明した『リバース』に、モーメント(力の発生源)とベクトル(力の向かう方向)の位置を入れ替える『スイング』――あの時はコレを使ってたね――そして術の属性を反転させる『スイッチ』と、色々あるね」
    「ほ、う……」
     説明されたものの、晴奈には何がなんだか分からない。
    「ま、魔術知識と物理知識が無きゃ何言ってるか分かんないと思うし、単純に落ちたモノが戻ってくる術だって思ってもらえばいいね」
     モールはそこで一旦、言葉を切った。
    「……ふーん」
     モールは晴奈の体をじろじろと見回している。
    「な、何だ?」
    「随分変わったもんだね」
    「え?」
     モールは近くの椅子に腰掛け、組んだ足に肘を置いて斜に構える。
    「何て言うかねー……、昔会った時は、まるで砂上の楼閣だった。技術や力ばっかりが先行してて、土台の精神や感情面がグッズグズだったんだよねぇ。何か一発ぶちのめしたら、そのまんま崩れていきそうなヤツって印象だった」
    「……!」
     モールの言葉で、以前夢の中で出会った金狐に言われた言葉が蘇る。
    ――セイナの精神っちゅう土壌は成功ばかりしてしもて栄養多すぎ、グズグズに腐りそうになっとった。その上にある自信なんてもん、すぐダメになって当然や――
     モールが今言った言葉と金狐の言葉は、驚くほど似通っていた。
    (やはり、見識ある者は的確に見ているのだな)
    「でも今は」
     モールが話を続ける。
    「肥沃な大地に悠然と建つ、大豪邸の雰囲気をかもし出してるね。技術や力量と言った建物はますます成長し、精神と言う土壌も豊かになっている。正直、こんな家があったら住みたいもんだね。
     ……んー?」
     モールはそう言って、晴奈の体をじっとにらむ。
    「……き、気味の悪いことを!」
    「あーあー、悪い悪い。いやね、ちょこっと気になるモノが見えたもんでね」
    「気になる、モノ?」
     晴奈は自分の服や刀、尻尾を眺めてみたが、特に変なものは見当たらない。
    「実物じゃない。オーラってヤツだね。何て言うか、んー、昔、私が取った弟子にちょっと似てる」
    「弟子?」
     モールはとんがり帽子のつばを下げ、淡々と昔話を始めた。

    蒼天剣・旅賢録 2

    2009.05.30.[Edit]
    晴奈の話、第294話。 モールの秘術。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「いきなり、何をするかと思えば」 モールの杖が晴奈の刀を止めている。いや、正確に言えば杖と刀の間に、紙一枚分ほどの隙間があった。「寸止めだ。……いやなに、あの時に何をされたのか、答えを聞きたいと思ってな」「あの時って?」 モールはきょとんとしている。その顔を見た晴奈は、憮然としながら聞き返す。「覚えてないのか?」「だから、...

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    晴奈の話、第295話。
    神話師弟。

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    3.
     モールは杖をさすりながら、ゆっくりと話をする。その仕草はまるで老人のようだった。
    「よくよく考えてみりゃ、あれはもう500年も前になるんだねぇ。
     央中にカレイドマインって街があったんだけど、そこに『狐』の女の子が住んでたんだよね。その子に、私はあるものを感じた。それは一体、何だと思うね?」
    「何、と言われても……? 見当もつかぬ」
     晴奈もモールの隣に座り、話に相槌を打つ。
    「一言で言えば『英気』、そんな感じのオーラ。おかしいよね、その子はまだこんなちっちゃな子供だったんだから。当時から既に長生きしてた私がちょっと驚くくらい、きらめくオーラを放っていたね。
     その子の名前はエリザ。初めて会った時はまだ、ドコにでもいるような女の子だった。私はその子のオーラを見た時、ちょっとからかってやりたくなったんだよね。当時、ほとんどの人が知らなかった、その存在を想像すらしてなかった魔術を、ちょこっとだけ教えてやったんだ。
     そしたら驚きだよ。その子はあっと言う間に、私の教えた魔術を完璧に理解・習得してしまった。さらには、自分であれこれ研究を重ねて――」
     モールは帽子を上げ、ニヤッと笑った。
    「現在の魔術理論の基礎を半分以上、その子が築き上げちゃったね。現在中央大陸で使われてる魔術は、央北天帝教が広めた『タイムズ型』と、その子が洗練させた『ゴールドマン型』に二分されてる。まあ、素人にゃ一緒に見えるんだけどね」
     晴奈はその女の子が誰を指しているのか、ようやく気付いた。
    「エリザ……、ゴールドマン?」
    「そ、『金火狐』のエリザ。現在知らぬ者は無い、伝説の女傑さ。私と会ったコトがきっかけになって、その子は歴史に名を残す大人物となった。
     君には、ソレと似た何かを感じる。英雄の瑞気が、ほのかに見え隠れしているね。何か最近、君の中の何かが目覚めるきっかけがあったんじゃないかと思うんだけど……」
     モールにそう問われ、晴奈には思い当たる節があった。
    (きっかけ、か。
     教団との戦争、黒炎殿との契約、日上に剣を奪われたこと、あの悪魔じみたアランとの戦い、闘技場での連戦、ロウの死――衝撃的な出来事は、色々とあった。
     私の心が一変したのは確かだろう)
    「やっぱり、何かあったね? 良かったらさ、ちょこっと話してみてよ」
     晴奈はモールの態度を、意外に思った。
    「私のことを? 先程まで随分、気の無い素振りだったのに、どう言う風の吹き回しだ?」
    「いやぁ……、前の君は取るに足らないヤツだったけど、今の君はなかなか興味深いもの。名前もちゃんと、覚えさせてもらったね。
     悪かったね、晴奈」



     晴奈から一通り聞き終えたモールは、また帽子のつばを下げた。
    「そうかー……、アルのヤツと戦って無事だとはねぇ」
    「アル?」
    「アランのコトだね。いいコト教えてあげようか?」
    「む?」
     モールは目を隠したまま、晴奈に伝えた。
    「アランってのはね、正真正銘の悪魔なんだ。克も『悪魔』だなんて言われてるけど、アランも悪魔だね。
     体を鋼で固め、さらにその姿をフードとマントで覆い隠している。私や克なんかと同じように、何百年も生きていて、その上性質が悪いコトに……」
     モールはまた帽子を上げる。その目はイタズラっぽく光っていた。
    「復活するのさ。何度殺しても、ね」
    「なんと」
    「二天戦争の頃から、何度も何度も名前を変えて政治・戦争に干渉している。克と戦ったことも数え切れないほどだ。私は運良く、敵として出会わずに済んでるけどね」
    「ふむ」
    「『鉄の悪魔』アル。今度歴史の本を読むコトがあったら、名前に『Arr』が付く人物を見てみな。ソレっぽいコト、やってるのが分かるからね」
     晴奈はその名前を心に刻み込みつつ、別の質問をぶつけてみた。
    「先程から黒炎殿のことをご存知であるような口ぶりだが、モール殿は会ったことが?」
     それを尋ねた瞬間、モールは非常に嫌そうな顔をした。
    「黒炎殿って、克のコト? そりゃ、あるけどもね。あんまりアレコレ言いたかないねぇ。何て言うかアイツ、私とそりが合わないんだもん。思い出すと腹立つコトもあるしね」
    「……それは失敬した」
     先程は老人のように見えたモールが、今度はすねた子供のように見える。
    (本当に何と言うか、この人はころころと、人の変わる……)
     晴奈は内心、苦笑していた。

     二人で話しているところに、楢崎とフォルナがやって来ていた。
    「話を拝聴させていただきましたけれど、あなたは本当に『旅の賢者』モール・リッチなのですか?」
    「ん、そうだよ」
     モールはフォルナの顔を見上げ、大儀そうに手を挙げた。
    「……何と言うか、不思議なお召し物ですわね」
    「単刀直入にボロいって言っていいよ、別にね」
     モールは口角を上げてニヤニヤしている。と、楢崎が思いつめたような顔で口を開く。
    「モール殿。その、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
    「んー?」
    「モール殿は非常に博識で、魔術に見識の深い方と伺っています。焔流剣術を、ご存知でしょうか?」
    「ああ、知ってるね。あの『燃える刀』を使うとか言う、欠陥剣術」
    「欠陥……ッ!?」
     その言葉に晴奈はカチンと来たが、反対に楢崎は驚いた顔をしていた。
    「あー悪い悪い、言い方が……」「い、いえ!」
     謝りかけたモールを遮りつつ、楢崎は顔をブンブンと振り、しゃがみ込む。
    「ある者からも、焔流には重大な弱点があると言われたのです! どうか、それを教えていただけませんか!?」
    「……ふーん。まあ、それじゃ正直に言うけどさ。怒んないで聞いてよね」
     モールは座り直し、その「弱点」を語り始めた。

    蒼天剣・旅賢録 3

    2009.05.31.[Edit]
    晴奈の話、第295話。 神話師弟。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. モールは杖をさすりながら、ゆっくりと話をする。その仕草はまるで老人のようだった。「よくよく考えてみりゃ、あれはもう500年も前になるんだねぇ。 央中にカレイドマインって街があったんだけど、そこに『狐』の女の子が住んでたんだよね。その子に、私はあるものを感じた。それは一体、何だと思うね?」「何、と言われても……? 見当もつかぬ...

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    晴奈の話、第296話。
    焔流の弱点。

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    4.
     モールは晴奈から刀を借り、両方の手のひらに載せるように持ち上げた。
    「刀が何でできているか、当然知ってるよね?」
    「勿論。鉄でできている」
     晴奈の回答に、モールは深くうなずいた。
    「そ。で、どうやって打つかも知ってるよね?」
    「ええ。鉄を熔かし、高温の状態で叩いて強度を上げ、それを冷やして研いでいく」
    「うん、そんな感じだね。……でさ、打つ上でやっちゃいけないコト、何だか分かるね?」
    「え?」
     モールは刀をトントンと叩き、三人の目を順番に見る。
    「金属ってのは、簡単に言えば高温で熱して、そこから適切に冷やしていくと靭性、延性が上がる。言い換えれば、金属の質が上がるんだ。
     逆に、低い温度でぬるーく熱してそのまんま放置なんかしちゃったりすると、酸化したり靱延性が損なわれたりなんかして、脆くなるんだね」
    「……!」
     ここで、フォルナが弱点に気付いた。
    「つまり、焔流の火は……」
    「そ。鍛える時の1千度近い熱さに比べて、焔流の火は恐らく5、600度前後。これは鋼に対して、あまりにも温いね。しかも火を点けて熱した後、大抵そのまんま鞘に収める。刀は温く熱されて、ゆっくり冷えていく。
     ろくに手入れもせず、何度も『燃える刀』を使えば、大抵の刀はボロボロになっていくだろうね」
    「焔流が、……剣術が、刀を駄目にする、と」
    「そう言うコトだね。まあ、なるべく刀に影響を与えない方法は、いくつもあるけどね」
     楢崎と晴奈は真剣な面持ちで、モールの話に耳を傾ける。
    「1つ目は、その剣術を使った後すぐに冷やして、刀に変なストレスを与えないコト。コレが一番無難な方法じゃないかね。
     2つ目、熱を加えられても耐えうる素材を使って刀を作るか。ま、コレは無茶苦茶な話。んな素材、調達・加工しようと思ったらコスト高すぎて、刀を造るにはもったいなさすぎるね。普通そんなもん造る酔狂なヤツはいない、……と思ったんだけどね、ふざけたコトに晴奈の刀はそーゆー素材と製法で作ってあるね――何考えてこんな高コストでマニアックなもの造ろうと思ったんだか――ま、ともかく。この刀なら焔流を使っても問題無さそうだねぇ」
    「それで、3つ目は?」
     楢崎が鼻息荒く尋ねると、モールは口をわずかに曲げて答えた。
    「暑っ苦しいねぇ、君は。もっとクールになれないね?
     ……んで、3つ目だけどもね、いっそ焔流を使わない。言い換えれば、火系統の術を使わないコト。例えば雷や、地系統の術とかを代用してみるとかね」
    「あっ」
     そこでフォルナが、ポンと手を打った。
    「セイナ、昔お話されてた隠密たちが使っていたのって、そう言う類のものではないでしょうか?」
    「うん?」
    「ほら、央南のテンゲンで戦ったと言うお話。敵の剣士が地面を叩き割ったと……。それはまさに、火属性の代わりに別の属性の要素を、その剣術に代入したのではないでしょうか?」
    「……うーむ?」
     魔術知識が無い晴奈には、フォルナの言わんとすることがさっぱり理解できない。が、楢崎は納得してくれたようだ。
    「それは篠原一派の話だね? 実は『焔流が欠陥』と言っていたのは、その頭領だった篠原なんだ。
     なるほど、これで合点が行ったよ。『新生』焔流と名乗っていたのは、そう言う意味があったんだな」
    「なーに内輪で納得してるのか知らないけどね」
     モールがつまらなそうな顔で話に割り込んでくる。
    「ともかく、焔流の弱点を補うにはその方法しかないと思うね。焔流に関して私が言えるコトは、こんなもんだね」
    「ありがとうございます、モール殿」
     楢崎は深々とモールに頭を下げる。モールは顔を背け、うざったそうに手を振った。
    「いーから、いーから。そーゆー堅っ苦しいのは勘弁してほしいね。
     ……そう言や、君らは悪の組織だか何だかを追ってるって晴奈から聞いたけども、何をしに央北まで行くね?」
    「あ、実は……」
     晴奈は金火公安の調査により、その「悪の組織」――殺刹峰の本拠地が央北にある可能性が高く、現地で調査・討伐を行おうとしていることを説明した。
    「……殺刹峰、ねぇ」
     モールはその名前を、非常に嫌そうな顔をしてつぶやいた。
    「知っているのか?」
    「んー……、ご存知って言うか、狙われたコトがあるね。
     ほら、さっきも言ってた『とっておき』、アレを無理矢理私から手に入れようと襲ってきたんだよね。いやぁ……、あの時は流石に死ぬかと思ったね」
    「モール殿でも、か」
    「いわゆる多勢に無勢、ってヤツだね。いくら私が大魔術師だ、賢者だって言っても、相手は大組織だからねぇ。央北の主要都市であっちこっち待ち伏せされて、一回二回死にかけたね」
    「それで、あの、お姿が……?」
     モールは頬をポリポリとかきながら、小さくうなずく。
    「まあ、そんなトコだね。他にも旅してた女の子二人に助けてもらったり、克のヤツと取引したりして、何とか央北から脱出できたんだよね。
     正直、今はあんまり行きたくない場所だねぇ」
    「ならば何故、この船に?」
     晴奈に尋ねられ、モールは袖からもそもそと木板の束を取り出して膝に並べた。
    「占いの結果、だね。探し物は央北で見つかると出たから、渋々足を向けたってワケだね」
    「探し物?」
    「『魔獣の本』ってのを探してるね。友達の呪いを解くのに、どうしても必要だから」
    「友達、とは雪花殿のことか?」
     晴奈の言葉に、モールは帽子のつばを上げた。
    「君……、ドコで、その名前を聞いたね?」
    「私の師匠は柊雪乃。雪花殿の娘なのだ。訳あって、雪花殿のことを知った次第でな」
    「へぇ……、そうだったのか。あの雪ちゃんの、ねぇ。
     なんだよ君、聞けば聞くほどビックリ要素がポロポロ出てくるじゃないね」
     モールはまた、まじまじと晴奈を見つめた。

    蒼天剣・旅賢録 4

    2009.06.01.[Edit]
    晴奈の話、第296話。 焔流の弱点。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. モールは晴奈から刀を借り、両方の手のひらに載せるように持ち上げた。「刀が何でできているか、当然知ってるよね?」「勿論。鉄でできている」 晴奈の回答に、モールは深くうなずいた。「そ。で、どうやって打つかも知ってるよね?」「ええ。鉄を熔かし、高温の状態で叩いて強度を上げ、それを冷やして研いでいく」「うん、そんな感じだね。……で...

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    晴奈の話、第297話。
    央北上陸。

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    5.
     その後もいくらか話をしている内に、空と海が赤く染まってきた。
    「もう、こんな時間か。……まったく、奇想天外な話ばかり聞いていて、すっかり時間が経つのを忘れてしまった」
    「はは、楽しんでもらえたみたいで」
     晴奈が雪乃の弟子と知ったモールは、上機嫌になって色々な話をしてくれた。
     弟子である「金火狐」エリザの話や、克大火と争い勝利を収めた話など、数々の英雄や偉人たちを直接その目で見てきたモールの思い出話は、それだけでなかなかの英雄譚だった。
    「良ければまた明日、お話を聞かせていただけませんかしら?」
     フォルナの頼みに、モールはウインクして応えた。
    「いいとも。私の思い出話でいいんなら、いくらでも」
    「ありがとうございます、モールさん」
    「いいって、いいって。それじゃまた明日ね」
     晴奈たちはニコニコと笑いながら、モールに別れを告げた。

     モールはそのまま、椅子に座っていた。ずっと赤く輝く海を見つめていたが、帽子のつばを下げ、目を閉じた。
    (黄晴奈……、なかなか面白い子になったもんだね。
     殺刹峰の討伐、か。正直、あの組織に近付くなんて、あんまりいい気分じゃないけども――新しい英雄譚を間近で鑑賞するのも、悪くないね。そっと、付いて行ってみようかねぇ)

     この船旅で、公安組は散々カードゲームに興じた。その結果バートは792クラムの大敗を喫し、逆に小鈴が824クラムの大勝を記録した。
     晴奈たちはモールから様々な話を拝聴し、有意義な時間を過ごせた。



     ゴールドコーストを出発してから17日後。船は央北、ウエストポートに到着した。
    「やっぱり、央中とは雰囲気が違うな」
     晴奈は港を見回し、小鈴とフォルナにささやいた。
    「そうですわね。央中は『狐』と『狼』ばかりでしたけれど、ここは耳が短い方の割合が大きいですわね」
    「ま、人種もそーだけど、一番の違いは……」
     小鈴はそっと晴奈の袖を引っ張り、港の向こうを指差す。指し示された方向には、大規模な軍港が構えていた。
    「央中じゃあんまりあーゆーの見なかったけど、央北はあっちこっちに軍事基地や軍関係の施設があるのよ。だから自然と、軍事が生活に大きな影響を及ぼしてる。
     あと、こっちは央北天帝教の方が――名前通りだけどね――影響力すっごく強いから、あんまり央中の常識とか慣習持ち出すと、えらい目に遭うわよ」
    「ふむ……」
     確かに、街の空気は央中のように雑多、活発と言う雰囲気では無い。あちこちに軍人や官僚と思しき姿の者がうろついており、ひどく物々しい。
     そんな空気を懸念したジュリアが皆を集め、今後の行動についての注意点を伝える。
    「戦争の最中で警戒が強められてるから、あまり目立った行動はしないようにね。
     この任務は公安の管轄外での行動だし、公安のサポートは期待できない。総帥が仰っていた通り、財団も不要な混乱を避けたいし、中央政府当局に何らかの嫌疑をかけられて捕まっても、最悪の場合、見捨てられることもあるわ。
     いくらエラン君が総帥の息子だと言っても、通用しないでしょうね」
    「うぅ……」
     これを聞き、エランが不安そうな顔になる。
    「それから、ここからは三人一組、3チームに分かれて行動すること」
    「三人、一組に?」
    「何でなん?」
     きょとんとする楢崎やシリンに、フェリオが説明する。
    「9人が固まってゾロゾロうろついてるなんて、あまりにも怪しすぎるっスよ。だからこの先、クロスセントラルまでは3チームに分かれて、目立たないように行こうってことっス。
     で、このチーム編成ですけど……」
     フェリオに続いて、バートが説明する。
    「ナイジェル式諜報班編成――リーダー、補助、戦闘員の三人で構成する。
     チーム1、ジュリアがリーダー、補助にコスズ、戦闘員にナラサキさん。
     チーム2、俺がリーダー、補助にフェリオ、戦闘員にシリン。
     チーム3、フォルナちゃんがリーダー、補助にエラン、戦闘員にセイナだ」
    「何で僕が補助に……」
     不満げなエランに、フェリオがニヤニヤしながらささやく。
    「そりゃー、フォルナちゃんの方がしっかりしてるもん。総帥のお墨付きだし」
    「あぅ……」



     こうして3チームに分かれた9人は央北の首都、クロスセントラルを目指すことになった。
     さらわれた息子の救出、央中圏の安全確保、そしてロウの仇――様々な理由から集まった9人が、「大陸の闇」へと挑む。

    蒼天剣・旅賢録 終

    蒼天剣・旅賢録 5

    2009.06.02.[Edit]
    晴奈の話、第297話。 央北上陸。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. その後もいくらか話をしている内に、空と海が赤く染まってきた。「もう、こんな時間か。……まったく、奇想天外な話ばかり聞いていて、すっかり時間が経つのを忘れてしまった」「はは、楽しんでもらえたみたいで」 晴奈が雪乃の弟子と知ったモールは、上機嫌になって色々な話をしてくれた。 弟子である「金火狐」エリザの話や、克大火と争い勝利を収...

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    晴奈の話、第298話。
    大火と中央政府、金火狐との確執。

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    1.
     央北の港、ウエストポートで旅の準備を進めながら、フォルナとエラン、そして晴奈は話をしていた。
    「本当に、息が詰まりそうな街ですね……」
    「そうですわね。どこを見ても、軍人さんばかり」
     フォルナの言う通り、大通りは軍服を着た者たちがしきりに行き交っている。
    「しかし、何故この街にも軍人が? 戦争はこの街の反対、東海岸側で起こっているのだろう?」
    「あ、東岸の街――ノースポートにも結構多いらしいですよ、軍や官僚」
     晴奈の疑問に、エランが答える。
    「でも、もう3年くらい戦争してますから、ノースポートの軍備も少なくなってきたみたいで。だからこの街や、南の方にある街からも、軍備をかき集めてるらしいですよ」
    「だから、この街でも軍人を良く見かけるのか」
    「それに昔から、この街は海軍の演習場になっていると聞いていますわ。普段から多いのでしょうね」
    「ふむ……。そう言えば、ゴールドコーストでは軍関係の施設や人間を見た覚えが無いな。あれだけの大都市なのだから、そう言った者に会っても良さそうなのだが」
    「あー、いないんですよ、軍って」
    「いない?」
     エランの回答に、晴奈は少し驚いた。
    「昔からゴールドマン家って、『自分で戦争を起こすよりも、他人の戦争を助けろ』って言う精神なんですよ。自分たちが最前線で戦うより、どこかで起こっている戦いに参加するタイプなんです」
    「いわゆる『外馬』か。……あまりほめられたものでもないな」
     率直な感想を述べた晴奈に、エランが反論する。
    「まあ、周りから見ればそうかも知れませんけど、戦争に加担するのは何もお金を稼ぐことだけが目的じゃありません。
     長い間戦争を続ければ物価は高騰する、物資は尽きる、人間は困窮すると、ろくなことになりません。だから積極的に介入して、早め早めに戦争を終わらせてあげるんです。早めに終われば国も人も、ウチも安定し、みんなが平和になります。それはいいことでしょ?」
    「ふ、む……」
     エランの主張ももっともだと、晴奈は納得しかける。
    「しかし金、金と躍起になるのも、何だか……」
    「そこがゴールドマン家のゴールドマン家たる由縁ですよ」
     反論する晴奈に対し、エランも折れようとしない。
    「ウチは金で悪魔を倒した家柄ですから」
    「悪魔? 黒炎殿……、克大火のことか?」
    「ええ。ニコル3世の時代に、彼は戦争ではなく交渉でカツミを倒したんです」
    「ほう……。しかし克大火が、金で動く男とは思えぬがな」
    「逆ですよ、逆。ニコル3世は『世界中に出回っているクラム通貨を、金火狐の総力を上げて無力化するぞ』と脅して、カツミ率いる中央政府の政治的圧力に、経済的圧力で対抗したんです。
     これは歴史に名を残す『サウストレードの大交渉』と言われて……」「エラン」
     エランが雄弁に語り始めたところでフォルナが帽子を取り上げ、話をやめさせた。
    「あっ、何するんですか」
    「セイナがぽかんとしてらっしゃいますわ。エラン、あなたはもう少し、空気を読まなければなりませんわね」
    「……母さまと同じこと、言わんといてくださいよ」
     エランはフォルナから帽子を奪い、目を隠すようにかぶる。そこで晴奈は我に返り、小さく手を振った。
    「あ、いや。ぽかんとしていたのは確かだが、少々気になることがあったのでな」
    「気になること?」
    「克大火が中央政府を率いた、と言うのが良く分からぬ。あの方は独立独歩、孤高の人であると思っていたのだが」
    「まあ、厳密に言えば、中央政府を実際に率いたのは3年か、4年くらいですよ。さっき言ってた『大交渉』の後、カツミは手を引いたんです」
    「ほう」
    「恐らく、ニコル3世との交渉で辟易したんでしょうね。
     全権を元いた大臣や共に戦ってきた人たちに譲渡して、それからずっとお金――中央政府の税収の何%かだけ取るだけになったとか」
    「ふーむ……」
     晴奈は昔見た大火の姿を思い出しながら、「やはりあの人は孤高の人――政治に手を出すような器ではないのだろうな」と考えていた。
     そうしている間に、またエランが饒舌になってきた。
    「でもこのことが、現在の中央政府の内乱・政治混乱の根源にもなってるんですよね。つくづくカツミは、政治をかき回す『乱世の奸雄』ですよ」
    「エラン、また……」「あ、いや」
     さえぎろうとするフォルナを、晴奈が止めた。
    「よければ詳しく聞きたい。私は政治方面に疎くてな、央北が今どんな状況にあるのか、教えて欲しいのだが」
    「あ、えっと、じゃあ。そこの喫茶店でお茶でも飲みながら……」
     積極的に尋ねてきた晴奈に気を良くしたエランは、嬉々として語り始めた。

    蒼天剣・出立録 1

    2009.06.04.[Edit]
    晴奈の話、第298話。 大火と中央政府、金火狐との確執。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 央北の港、ウエストポートで旅の準備を進めながら、フォルナとエラン、そして晴奈は話をしていた。「本当に、息が詰まりそうな街ですね……」「そうですわね。どこを見ても、軍人さんばかり」 フォルナの言う通り、大通りは軍服を着た者たちがしきりに行き交っている。「しかし、何故この街にも軍人が? 戦争はこの街の反対、...

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    晴奈の話、第299話。
    混沌とする大組織。

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    2.
     喫茶店で茶を飲みつつ、エランの政治解説が始まった。
    「まあ、ともかく『中央政府』がどんな組織なのか、って言うところから話しますね。
     もともとは天帝教の神様、タイムズ帝が中央大陸、ひいては世界全体の平定のために築き上げた組織で、かつては本当に、世界全体を支配していたと言われています。まあ、半分神話みたいな話なんですけどね。
     ちなみに『タイムズ』って言う名前は現在の暦、双月暦を制定したことから、『時間(タイム)を作った偉大な者』ってことで、周りからそう呼ばれたらしいです。こう言うのも神話がかってますけど」
     話が一々逸れるので、横に座っていたフォルナが度々エランの右腕を小突く。
    「エラン、本題を話してちょうだい」
    「あ、すみません。ついつい……。
     まあ、天帝一族が300年以上率いてきた『旧』中央政府はやがて政治腐敗にまみれ、暴政が敷かれるようになりました。そこで起こったのが黒白戦争――中央政府の大臣だったファスタ卿を筆頭として反乱軍が結成され、中央政府との長い戦いを続けた末に、反乱軍側が勝利。中央政府の政治体制は一新され、天帝一族の手から離れることになりました。
     しかし中央政府はファスタ卿の手に渡ることはありませんでした。ファスタ卿と手を組んでいたカツミがファスタ卿を暗殺し、彼が持っていた全権を奪ったそうです。これがタイカ・カツミ伝説の始まりであり、『乱世の奸雄』『黒い悪魔』と呼ばれる由縁でもあります」
    「克大火が、そんなことを……?」
     その話と実際に会った大火とのイメージが食い違い、晴奈は思わず首をかしげた。納得いかなさそうなその様子に、エランもきょとんとする。
    「あの、有名な話ですけど……」
    「ああ、うむ。そうだな、私もおぼろげにそう聞いたことはある」
    「ですよねぇ。……それで、話の続きですけど。
     カツミは中央政府を手に入れた後、かなり無茶苦茶な要求をしました。その最たる例が、『中央政府の歳入額の何%かを、自分に納めること』。今でこそ中央政府の歳入は2~3千億クラムとウチの総収入と同じくらいですけども、そこから考えてもざっと50億、60億の金が毎年カツミに入っていきます」
    「そんなにか……」
     大商家の娘と言えど、流石の晴奈もそんな金を目にしたことは無い。未亡人となったシルビアへの香典として渡した、あの途方も無い大金がかすむほどの額である。
    (なるほど、そこは悪魔だな)
    「その要求は央北だけじゃなく、央中、央南など、様々な地域に対しても行われました。
     でもニコル3世がその要求を突っぱねたおかげで、他の地域も揃って反発。その結果、カツミの権利は央北からの税収を掠めるだけに留まりました。それに元々、カツミは政治にそれほど興味が無かったみたいで、その権利が確保された途端、あっさり中央政府の政治権力を譲渡したんです。
     そこから大混乱ですよ。カツミ及び反乱軍が一点に集中させた絶大な権力を奪い合って、央北の名家や権力者が対立。逆に央南や北方など、央北から遠い地域は独自の政治体制を敷き、中央政府から離反していきました。
     カツミの暴挙と放任、『大交渉』の失敗、政治的内乱と央北外の反発――黒白戦争の終結から200年あまりを経た今、『中央』政府とは名ばかり、央北、央中と西方の一部を領地とする『ただの大国』になっています。一応国としてのまとまりはありますが、その方針は各大臣によってバラバラ、軍務大臣や外務大臣が侵略を推す一方で、内務大臣や財務大臣などは貿易を優先させようと和平の道を探る……、と言うような感じです。
     明確な政治方針のない中央政府はこの200年ずっと、混乱したままです」

     エランの言う通り、中央政府に属している軍人や官僚たちは、互いに反目しているようだった。よほど争いが耐えないらしく、街中で彼らがすれ違う度、周囲に緊張が走っているのが傍目から見ても明らかだった。
     そして実際、争っている現場も何度か目撃した。
    「おぉ、これはこれは……」
     部下を引き連れた初老の将校が若い官僚数人に出会うなり、こうなじる。
    「こんな往来で出会うとは、よほどお仕事がお忙しいようで。いやぁ、昼間からご苦労様ですなぁ」
     官僚もややにらみながら、こう返す。
    「……ええ、我々もどこかの粗忽者さんが考え無しに消費した物資を確保するのに、文字通り東奔西走している次第でしてね」
    「ほうほう、それはそれは。まあ、よろしく頼みますわ、ははは」
     こんな感じで、一々両者が突っかかる。実際に手を出すには至らないが、非常に険悪な雰囲気なのである。

     喫茶店を出て、ふたたび往来を歩いていた晴奈はため息をついた。
    「なるほど、荒れた国だな」
    「ええ。そもそもですね、今起こっている戦争だって大義も目的も、何にも無いですよ。
     一応は『北方からの攻撃を受けているために、やむなく応戦』とか、『カツミに叛意を抱いている危険国を先制攻撃』とか、『縮小した領土の再拡大』だとか色々言ってますけど、実情は中央政府内の主導権を握るためだけにやってるみたいです」
    「どう言うことだ?」
    「一つは、カツミに取り入るためですね。実権を手放したとは言え、カツミは相当の金と影響力、実行力を備えてますから、彼を味方に付けられれば政府内での権力は間違いなく強まるでしょうし」
    「ふむ」
    「まあ、それとはまったく逆の理由もあります。カツミを消してしまえばその莫大な金と、『悪魔を倒した』って言う名声が手に入ります。だから、彼を倒せるだけの兵力を集めるために領土拡大とか、軍事国を配下に置こうとか、そう言うことを考えてるみたいですよ」
    「なるほど……。一方で克大火にへつらい、もう一方では反発、か。確かに、混沌とした組織だな」
     晴奈は腕を組み、ため息混じりにつぶやいた。

    蒼天剣・出立録 2

    2009.06.05.[Edit]
    晴奈の話、第299話。 混沌とする大組織。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 喫茶店で茶を飲みつつ、エランの政治解説が始まった。「まあ、ともかく『中央政府』がどんな組織なのか、って言うところから話しますね。 もともとは天帝教の神様、タイムズ帝が中央大陸、ひいては世界全体の平定のために築き上げた組織で、かつては本当に、世界全体を支配していたと言われています。まあ、半分神話みたいな話なんですけど...

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    晴奈の話、第300話。
    アホの子と大人の女。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     一方、バート班も買い物に来ていた。
    「うふふー」
    「は、はは……」
    「……」
     バートの背後でフェリオとシリンがいちゃついている。いや、正確にはシリンがフェリオに付きまとっているのだ。
    「なーなー、アレ何なん? あの槍持った女の人の銅像」
    「ん? あ、ああ、あれは昔、この街を護った英雄を……」「フェリオ、お前なぁ」
     たまりかねたバートが口を開いた。
    「任務中だぞ」
    「すんません」「えーやんかー」
     謝るフェリオの前に出て、シリンが反論する。
    「出発は明後日やろ? もうちょいのんびりしてても大丈夫やん」
    「大丈夫かそうでないか、考えるのは俺だ。そして、今準備しなきゃ間に合わないと判断した。遊んでる暇はねーんだよ」
    「……あーそーですかー」
     シリンがうざったそうな顔をし、フェリオの首に手を回す。
    「そんならパパっと準備終わらして、後で一緒に遊び行こなー、なー?」
    「お、おう」
     もう一度バートが振り向く。黒眼鏡で見えはしないが、その目は確実に怒っていた。
    「フェリオ、ちょっとこっち来い。シリンはそこで待ってろ」
    「えーよ」
     バートはフェリオの首をつかみ、路地裏に連れ込む。
    「さーてフェリオ、俺が怒ってるのは分かってるよな? なぁ?」
    「……はい」
    「何で怒ってるか分かるか?」
    「シリンが、オレに付きまとってるから」
    「おいおい、人のせいにするなよフェリオ巡査長」
     首を絞める力がジワジワと強くなっていく。
    「苦しいっス、先輩」
    「それでだ、フェリオ。お前に3つ選択肢をやる。好きなのを選べ」
     バートが煙草をギリギリと噛みながら、フェリオをにらみつける。
    「1つ、今すぐ銃でてめーの頭ブチ抜け。それか2つ、シリンの頭ブチ抜いて来い。
     それが嫌なら3つ、シリンを黙らせろ」
    「……み、3つ目にします」
    「よし。じゃあ行け」
     バートが手を離した途端、フェリオはバタバタと路地裏を飛び出した。
    「……ったく」
     バートにしてみれば今回の任務と、その前の任務――クラウン一味への潜入捜査からずっと、貧乏くじを引き続けているようなものである。
     前回だけでも、いたずらに苦労ばかりさせられ、金もむしられた上、歯や骨まで折られたのである。今回にしても、恋人と二人きりで過ごす時間がまったく無い一方で、シリンが自分の周りで、見せ付けるようにフェリオに絡んでいるのだ。
    (絶対、今の俺は不調、絶不調だ……。ジュリアぁぁ、もう勘弁してくれよぉぉ……)
     これだけ不運が続けば、情緒不安定になるのも仕方が無い。後輩をいじめたくなるのも、当然と言えば当然のことだった。
     が、シリンもシリンで空気を読まないし、状況を理解してくれない。
    「はぁ? 何でバートの言う通りにせなアカンの?」
    「だから、うちの班のリーダーだからだってば」
    「それは公安が決めた話やろ? ウチ、そんなん聞いてへんもん」
    「いやいやいや、船の中とか港とか、宿でも散々説明しただろ? まあ、お前『うんうん分かった分かった』って生返事ばっかりだったかも知れないけどさぁ」
    「あ、宿って言えば、今夜どないする? 今日は一緒のベッドでええ?」「うだーッ!」
     フェリオの必死の説明も、シリンには十分の一も伝わらなかった。

     宿に帰ってからもずっと、バートは不機嫌な顔で煙草をふかしていた。
    「なぁなぁ、バート。煙たいんやけど……」
    「……」
     フェリオに背中から抱きついたまま文句を言ってくるシリンに対し、バートはイラついた目をチラ、と見せて無言で威圧する。
    「話聞いとるー?」
     しかしシリンはにらまれても動じない。と言うよりも、にらんでいることにさえ気付いていない。
    「……」
     バートの口から煙草が落ちる。バートが怒りのあまり、吸口を噛み千切ったのだ。
    「いい加減にしやがれよ、このバカ……」
    「は?」
     怒りに満ちたバートの言葉に、シリンもあからさまに不機嫌になり、フェリオから体を離す。
    (うわわわ、まずい~っ)
     険悪な雰囲気の室内で、板挟みのフェリオは真っ青になった。
     と――。
    「入るわよ」
     別行動を取っていたはずのジュリアの声が、部屋の中に飛び込んできた。
    「え?」
     シリンをにらんでいたバートが、驚いた声を上げる。
    「じゅ、ジュリア? こんな時間に何だよ?」
     ドアを静かに開け、ジュリアが入ってきた。
    「うん、ちょっとあなたと話がしたくなったから。遅くにごめんね」
    「い、いや、俺はいいんだ、けど」
    「ああ」
     ジュリアはシリンたちの方に向き直り、すっと鍵を差し出す。
    「ちょっと悪いんだけど、フェリオ君、シリンさん。別の部屋取ったから、今夜はそこで寝てくれない?」
    「へっ?」「な、何で?」
     バートもシリンもきょとんとしていたが、フェリオはジュリアの助け舟に素早く乗り込んだ。
    「ま、ま、ま……、シリン、リーダー同士の大事な、大事なお話があるんだろ、きっと、うん。オレたちもゆっくりできるし、いいじゃん、な?」
    「……そやな。えへへへー」
     フェリオの説得を聞いたシリンは一瞬ででれっとした顔になって、フェリオの腕を抱きしめた。
    「ほな、ウチらそっち行くわー。何号室?」
    「211号室よ。はい、鍵」
    「あいあい、ありありー」
     シリンは尻尾をパタパタ揺らしながら鍵を受け取り、フェリオを引っ張るように部屋を出て行った。
    「……」
     思いもよらぬ展開に、バートは依然固まったままだ。
    「バート」
    「う、おう?」
     ジュリアに声をかけられ、バートは我に返る。
    「煙草、ちゃんと始末しなさい。床に転がってるわよ」
    「おっ、ああ、うん。……悪い悪い」
     バートは先程噛み千切った煙草を拾おうと屈み込む。
    「危ねー危ねー。……ん?」
     煙草を拾い、立ち上がろうとしたところで、両肩に手を置かれた。
    「ごめんなさいね、バート。このところずっと、嫌な任務ばっかり押し付けちゃって」
    「……いいよ、別に。仕事なんだしさ」
    「今回の任務でもしばらく、二人っきりになれないし」
    「いいってば」
    「でも、今夜だけは確実に、朝まで一緒にいられるわよ。私の班は落ち着いた人ばっかりだから、今夜くらい私がいなくても、ちゃんと準備を進めてくれるし。シリンさんも、フェリオ君に任せれば素直だしね。
     だから、……ね?」
    「……おう」
     バートはジュリアの手を取り、静かに立ち上がった。

    蒼天剣・出立録 3

    2009.06.06.[Edit]
    晴奈の話、第300話。 アホの子と大人の女。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 一方、バート班も買い物に来ていた。「うふふー」「は、はは……」「……」 バートの背後でフェリオとシリンがいちゃついている。いや、正確にはシリンがフェリオに付きまとっているのだ。「なーなー、アレ何なん? あの槍持った女の人の銅像」「ん? あ、ああ、あれは昔、この街を護った英雄を……」「フェリオ、お前なぁ」 たまりかねたバ...

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    晴奈の話、第301話。
    赤毛の幼馴染。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「んふふふ……」
     一方、こちらは小鈴と楢崎。
     ジュリアが別室に移動したため、3人で取っていた部屋は広々としていた。今夜は使われることの無い空のベッドを眺めながら、楢崎も苦笑する。
    「若いなぁ、スピリット君」
    「ま、好きなオトコがイライラしてたらそーするわよ。アイツならひょいひょいってなだめられるでしょうしね」
    「そう言えば橘君、スピリット君とは顔見知りみたいだけど、どんな関係なんだい?」
     楢崎の質問に、小鈴はベッドに腰掛けたまま答える。
    「あー、腐れ縁って感じかな。瞬二さんも、朱海のコトは知ってるわよね?」
    「ああ、赤虎亭のおかみさんだね」
    「あいつとあたし、それからジュリアはちっさい頃から良く遊んでたのよ。歳も近いし、3人とも真っ赤な髪だし。『赤毛連盟』なんつってね」
    「橘君の実家は央南だったよね。昔から市国の方にも、足を運んでたのかい?」
    「そ、そ。家が情報屋やってるから、家族ぐるみで央中には何度も入ってたのよ。勉強とかで、あたしだけ4~5年向こうに住んでたコトもあったしね。
     今でも公安と情報屋って関係で、ちょくちょく話するわ。……あ、だからか」
    「うん?」
    「いや、何で半年前、エランが赤虎亭を訪ねて来たんだろって思ってたんだけど、今考えてみたら、ジュリアがそう指示したんでしょうね」
    「ああ、なるほど」
    「にしても、……いいなぁ」
     小鈴はベッドにごろんと寝転び、ため息をつく。
    「何だかんだ言ってジュリア、オトコいるのよねぇ。あの子ドライな性格してるけど、バートと話してる時はニコニコしてんのよね」
    「ニコニコ? ……うーん?」
     楢崎は普段のジュリアの様子を記憶から探るが、思い浮かぶのは銀縁眼鏡の奥にある、細い目だけである。
    (あの顔が、ニコニコと? ……今度、注意深く見てみよう)
    「あの二人、幸せそうでいいわよねー」
    「ふむ……」
     楢崎は机に頬杖を付き、しんみりとしたため息をつく。
    「幸せな男女、か」
    「どしたの、瞬二さん?」
    「あ、いや。……そう言えば、橘君は、その、お相手の方はいるのかい?」
     楢崎にそう問われ、小鈴は噴き出した。
    「ぷっ……、ふ、んふふふふ」
    「え、どうしたんだい?」
    「いや、んふふ……。
     今はいないわ。前はいたんだけど、あたしがこの『鈴林』任されて、あっちこっち旅するようになってから、どーしても長続きしなくなっちゃってさ。みーんな口を揃えて、『待つのに疲れたんだ』っつって。
     だから今は、一人なの。欲しいなーって思ってるんだけどね」
    「ふむ……」
     楢崎は立ち上がり、小鈴のベッドの横に立てかけてあった「鈴林」を見つめる。
    「以前に黄君から聞いたことがあるんだけど、この杖には意思があるそうだね」
    「そ、そ。……ホラ『鈴林』、挨拶して」
     小鈴がそう声をかけると、「鈴林」はひとりでにちり、と鈴を鳴らした。
    「ほう……」
    「ね? ……ま、そのせいで彼氏もぜーんぜんできないんだけどね。ホントこの子、わがままで」
    「はは、難儀だね。……そうだ『鈴林』君、こう言うのはどうかな?」
     楢崎は「鈴林」の前にしゃがみこみ、提案してみた。
    「5~6年くらい旅を我慢してもらって、その間に橘君に子供を作ってもらい、次からはその子と旅をするって言うのはどうだい?」
    「アハハ、それいーわぁ」
     小鈴は笑いながら、「鈴林」をトントンと突いた。
    「ねー、そんでもいい、アンタ?」
     ところが何度小突いても、杖は一向に鳴らない。
    「……ダメ?」
     今度はそれに答えるように、鈴がひとりでにちり、と鳴った。
    「ケチぃ」
    「残念だったね、はは……」
    「こーなったら、一緒に旅ができるオトコ見つけなきゃいけないわねー」
     小鈴はクスクス笑いながら、「鈴林」を手にとって鈴を拭き始めた。
    「誰かいい男いないかしらねー」
     手入れをしながら、小鈴は視線を楢崎の方に向ける。
    「……うん?」
    「……んーん、何でも。……ホラ『鈴林』、キレイにしたげるわよー」

    蒼天剣・出立録 4

    2009.06.07.[Edit]
    晴奈の話、第301話。 赤毛の幼馴染。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「んふふふ……」 一方、こちらは小鈴と楢崎。 ジュリアが別室に移動したため、3人で取っていた部屋は広々としていた。今夜は使われることの無い空のベッドを眺めながら、楢崎も苦笑する。「若いなぁ、スピリット君」「ま、好きなオトコがイライラしてたらそーするわよ。アイツならひょいひょいってなだめられるでしょうしね」「そう言えば橘君、...

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    晴奈の話、第302話。
    中枢への出発。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ジュリアが部屋を移動した、その翌朝。
    「よっ、おはようお前ら。夕べは良く眠れたかっ?」
     昨夜とは打って変わって上機嫌になったバートが、食堂で向かい合って朝食を取っていたフェリオとシリンに話しかけてきた。
    「え、ええ、まあ。それなりに、ぐっすり眠れたっス」
    「う、うんうん」
     二人はバートの首筋に注目していたが、バート自身はその視線にまったく気付いていない。
    「よっしゃ、それじゃ今日も一日頑張っていくか、はははは……」
     バートは朗らかに笑いながら、食事を取りに向かった。
     フェリオたちはバートが離れたところで、顔を近づけてコソコソと話し始めた。
    「……見た?」
    「うん。首のところ……」
    「キスマークだよな」
    「せやな。……言うた方がええかな」
    「やめとけ。多分怒る。スーツ着れば隠せるトコだったし、黙っとこう」
    「あいあい」
     二人はクスクス笑いながら、バートの後姿を見ていた。

     一方、こちらはジュリア班。
    「おはよう」
     楢崎の挨拶に、ジュリアは軽く手を挙げて応える。
    「おはよう、ナラサキさん」
    「ふあ、あー……。んふふ、おはよー」
     今度は小鈴がニヤニヤしながら挨拶してくる。
    「おはよう、コスズ」「夕べはお楽しみ?」
     挨拶を返したところで、間髪入れず小鈴がカマをかけてきた。
    「ふふ、内緒よ」
    「あら残念、んふふ……」



     3班とも旅の準備が整い、いよいよ中央政府の本拠地、クロスセントラルに向けて出発した。目立たないように、そして情報収集と、全滅の可能性を避けるために、3班はそれぞれ別に行動している。
     ジュリア班は港町ウエストポートから海岸沿いに南下し、崖のそばに作られた戦艦製造の街、ソロンクリフから東南に進み、首都に入るルート。
     バート班はまっすぐ東に進み、西と北、二つの港からの物資が集められる街、ヴァーチャスボックスから南に方向転換、首都を目指すルート。
     フォルナ班は最初から南東に進み、ウエストポートと首都の中継地点、エンジェルタウンを抜けてそのまま首都に進むルートを執る。
    「みんな無事に、首都で会いましょう!」
     ジュリアの檄に、皆がうなずく。
    「おう!」
    「必ず!」
     3班は互いの無事を祈りつつ、バラバラに歩き始めた。

     と――。
    「やれやれ、ようやく出発か。なーにをダラダラやってたんだかねぇ」
     フォルナ班の後を、モールがこっそりつけていた。
    「このモール様を2日も待たせるなんて、いい度胸してるじゃないね(晴奈一行はモールが付きまとっていることなど知る由も無いので、こんな文句はまったくの見当違いなのだが)。
     ほれほれほれほれ、早く進めっての」
     100メートルほど距離を開け、他の旅人に紛れながらそっと足を進めている。本人は気付かれていないと思っているのだが――。
    「……あの、セイナ」
    「ああ。つけられてるな」
     しっかり、ばれていた。
     三人は後ろを振り向かないように、ヒソヒソと言葉を交わす。
    「誰なんでしょう、あの魔術師? まさか、もう敵にマークされて……?」
    「いや、私とフォルナの知り合いだ。……非常に気紛れな人だよ」
    「そう、ですか。……じゃ、心配ない、ですかね?」
     心配そうにするエランを見て、フォルナはクスクス笑いながらうなずく。
    「ええ。ちょっと偏屈な方ですけれど、悪い人ではありませんわ」
    「まあ、本人は気付かれて無いと思っているようだから、このまま放っておこう」
     晴奈の提案に、フォルナはもう一度うなずいた。
    「ええ、その方がよろしいですわね。あの人の性格でしたら、気付かれていると分かったらぷい、とどこかに去ってしまうかも知れませんわ」
    「あの人の腕前は黒炎殿に並ぶと言われているからな。助けを期待するわけではないが、近くにいるだけでも心強い」
     晴奈たち三人はしれっと、モールを味方に付けることにした。

    蒼天剣・出立録 5

    2009.06.08.[Edit]
    晴奈の話、第302話。 中枢への出発。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ジュリアが部屋を移動した、その翌朝。「よっ、おはようお前ら。夕べは良く眠れたかっ?」 昨夜とは打って変わって上機嫌になったバートが、食堂で向かい合って朝食を取っていたフェリオとシリンに話しかけてきた。「え、ええ、まあ。それなりに、ぐっすり眠れたっス」「う、うんうん」 二人はバートの首筋に注目していたが、バート自身はその...

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    晴奈の話、第303話。
    敵首領と主治医の会話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     某所、殺刹峰アジト。
    「どう……、調子は……?」
     狐獣人の、ひどく顔色の悪い女性がオッドの研究室を訪れた。
    「上々、って言いたいトコなんだけどねーぇ」
     オッドはひどく残念そうな顔をして、女性を部屋に招きいれた。
    「あら……、失敗したの……?」
    「失敗じゃないわよぉ、アタシに落ち度無いわよーぉ。このおっさんが『素材』としてクズなのよぉ」
     オッドは手術台に縛り付けられた熊獣人――クラウンを指差す。
    「ひ……はっ……ひ……」
     クラウンの額には何本も青筋が走り、目は赤黒く染まっている。そして肌全体が、青黒く変色していた。
    「なーにが『キング』よぉ、まったく。ちょっと神経を肥大させて、血流量増やしただけで、もうコレよぉ?」
    「は……ふっ……」
    「もう脳の血管もポンポン弾けちゃったみたいで、ザ★廃人確定。『プリズム』に入れるどころか、普通の兵士にも使えないわよぉ」
    「あら……そうなの……。それは……残念ね……」
    「もう使いどころ無いから、ちゃっちゃとモンスターにしちゃってよぉ」
     オッドの要請を聞いた「狐」は、非常に辛そうな顔をした。
    「ちょっと……無理……。わたし……今日は……体調が悪くて……」
    「そーねぇ、顔色悪いもんねぇ。栄養剤と強壮剤、打っとく?」
    「ええ……お願いするわ……シアン……」
     オッドは非常に嬉しそうな顔をして、薬棚を漁り始めた。
    「了解、リョーカイ。……うふっ、やっぱ医者っぽいコトすると楽しいわぁ。天職ねぇ」
    「あは……はは……」
     「狐」の女性は口の端をやんわりと上げ、笑い顔を作る。
    「どしたのぉ?」
    「いえね……。こんな……人体実験する……あなたが……、医者っぽい……ことって……言うから……あはは……」
    「それ嫌味? 侮辱?」
     オッドが口を尖らせると、女性はゆっくりと手を振って否定した。
    「いいえ……ただ……面白いなって……」
    「ホラ、腕出しなさいよぉ。……相変わらず血管ほっそいわねぇ」
     オッドが静脈を探しながら、女性に尋ねる。
    「アンタ、今いくつだったっけ?」
    「68よ……」
    「魔術ってのはホントに、気味悪いわねぇ」
     ようやく静脈を探し当て、ぷすりと注射を打つ。
    「この腕を見たら90歳、100歳の超おばあちゃん。……なのに」
     オッドが顔を上げた先には勿論、女性の顔がある。
    「顔ときたら、どう見ても30そこそこ。『老顔若体』って言葉あるけど、アンタは逆ねぇ。『若顔老体』って感じ」
    「いいじゃない……そんなの……。あなただって……、バニンガム卿だって……、その魔術の恩恵を……、受けてるんだから……」
    「まあねぇ」
     2本目の注射を打ち終え、オッドは改めて「狐」の顔を覗き込む。
    「どうしたの……?」
    「もう20年以上その顔見てるけど、いまだに分かんないわぁ」
    「何が……?」
    「アンタの考えてるコトが」
     オッドの言葉に、「狐」は不思議そうな顔をした。
    「どうして……?」
    「アンタに何のメリットがあって、こんな組織を作ったのか。アンタの目的はなんなのか。ずーっと考えてるけど、アンタのその、青白ぉい顔を見る度に分かんなくなっちゃうのよねぇ」
    「いつも……言ってるじゃない……」
     口を開きかけた「狐」をさえぎって、オッドはその先を自分から話す。
    「あーあー、『中央政府の粛清』とか、『新政権樹立のための基盤固め』とか、そんなコトは何べんも聞いたわよぉ。でもさーぁ、それは旦那サマのための目的じゃないのぉ?
     アタシはアンタ自身のメリットとか、目的を聞きたいのよぉ」
    「……」
     「狐」はオッドから目線をそらし、ぽつりとつぶやいた。
    「そうね……わたし自身の……目的……。
     2つ……かな……。娘の……、フローラのためと……、わたしの魔術の……、完成を目指すため……、かしら……」
    「魔術の完成?」
    「まだ……、完全じゃない……」
     「狐」は両手を挙げ、その細い腕をオッドに見せた。
    「体は……確かに……、30代のままのはず……なのに……、ひどく……衰えている……。同じ術をかけた……、あなたや……バニンガム卿は……、とっても若々しいのに……、わたしだけが……こんなに衰弱してる……」
    「それは、その……、アンタの病気のせいじゃないの。魔術、関係ないじゃない」
    「だからよ……。わたしの魔術……現時点では……、この病を克服できない……。完成していたら……、きっと……わたしは……」
    「……まあ、うん。とりあえずアタシには、症状を緩和するコトしかできないしねぇ」
     オッドは立ち上がり、また薬棚に向かう。
    「とりあえず栄養剤と強壮剤は打ったし、沈静剤も作っとくわねぇ。……アンタの魔術が完成するのが早いか、それともアタシが特効薬作るのが早いか」
    「それとも……、わたしが死ぬのが先か……」
    「ちょっと、ふざけないでよぉ……」
     オッドは憮然とした顔で、薬品を混ぜ始めた。

    蒼天剣・出立録 終

    蒼天剣・出立録 6

    2009.06.09.[Edit]
    晴奈の話、第303話。 敵首領と主治医の会話。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 某所、殺刹峰アジト。「どう……、調子は……?」 狐獣人の、ひどく顔色の悪い女性がオッドの研究室を訪れた。「上々、って言いたいトコなんだけどねーぇ」 オッドはひどく残念そうな顔をして、女性を部屋に招きいれた。「あら……、失敗したの……?」「失敗じゃないわよぉ、アタシに落ち度無いわよーぉ。このおっさんが『素材』としてクズな...

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    晴奈の話、第304話。
    修羅の行き着く先、阿修羅。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     とある央中東部の田舎町。
     若者二名の騒ぎ立てる声が、夜の街中に響いていた。
    「ぁ? やんのかコラぁ!」
    「ざけんな、やったるわボケぇ!」
     田舎町とは言っても、昔は鉱山都市として栄えたところである。
     当然のように、あの金火狐財団も積極的に採掘を行っていたし、街を活性化するために大型の商店や歓楽街も併せて造成され、往時はそれなりににぎわっていた。
    「くっそ、なめんなやカス!」
    「こっちのセリフや、アホ!」
     が、それはもう10年、20年も昔の話である。
     積極的な採掘活動によって、あっと言う間に鉱脈は尽きた。途端に金火狐は撤退し、続いて他の商人たちも消えていった。
    「ぐあ……!」
    「オラ、どないしたボケぇ!」
     後に残ったのは荒れた鉱山と荒れた街、そして荒れた人々と、その子供たちだけになった。
     まず、親の世代から街に残った金や建物、土地を奪い合い、その荒んだ戦いが子供たちにも伝播。毎日のように自分たちのテリトリーを主張し、醜く争い続けていた。
    「ひーっ、ひーっ……」
    「もうおしまいか、あぁ!?」
     そうしてその夜も、若者二人が愚かしく争っていた。

     が――その夜は少し、事情が違った。
     ある短耳の男が、その街を夜分遅くに訪れていたのだ。
    「オラッ! オラぁッ!」
    「……」
     男の前を、血まみれになった「狼」の少年が転がっていく。
    「ゼェ、ハァ……」
     少年を蹴飛ばしたらしい青年の「虎」が、荒い息を立てながら男の側にやって来た。
    「おい」
     旅の剣士風であるその男は、青年に声をかけた。
    「あ? なんや、文句あんのか?」
     青年はいかにも己が粗野・粗暴であると公言するかのように、剣士をにらみつけて威嚇する。
    「これから何をする気だ、青年?」
    「そんなん、おっさんに関係ないやろが」
     青年は剣士をにらみつけたまま、倒れた少年のところに歩き出す。
    「やっ、やめ……」
    「あぁ? ケンカ売ってきたん、お前やろが」
     青年の手にはレンガが握られている。剣士はもう一度、彼に声をかけた。
    「君。いかんな、それは」
    「……おっさん、さっきから何やねんな。邪魔せんといてくれるか」
     明らかに癇に障ったらしく、青年の声色が変わる。だが男は構う様子もなく、こう続ける。
    「君はその『狼』君にとどめを刺すつもりだろう? そのレンガで」
    「せやったら何やねん?」
     剣士はゆっくりと首を振り、倒れた「狼」の前に立つ。
    「この『狼』君は降参している。それなのにとどめを刺す、つまり殺すと言うことはだな、余計な恨みつらみを買うことになる。
     大方、この『狼』君が――狼獣人とは言え、こんなに貧相な体つきで――君に挑んだのも、怨恨からではないのか?」
    「説教か、おっさん」
     青年の額に青筋が走る。握ったレンガがビキ、と音を立てて割れた。
    「俺は説教されんのが、一番腹立つんや」
    「やれやれ……。聞く耳を持たん、か」
     男はため息をつき、剣を抜いた。

    「なぁなぁ、ウチのダーリンちゃん、ドコにおるか知らへん?」
     黒髪に金や緑、青と言ったド派手なメッシュを入れた虎獣人の少女――とは言え、身長は既に170を裕に超えている――が、近くで酒を呑んでいた仲間に声をかける。
    「んぇ? あー、アームのことか? なぁ、アームってさっき、外でかけたやんな?」
     同じく酒を呑んでいた少年が、真っ赤な顔でコクコクとうなずいた。
    「外? ドコらへんやろ?」
    「さぁなぁ。そんなん知らんわぁ」
    「ほな、ちょっと見てくるわ」
     その少女は仲間内で勝手にアジトにしていた酒蔵を抜け、夜の街に繰り出した。
    (もぉ、ダーリンちゃんっていっつもウチ置いて行くんやもんなぁ)
     少女が勝手に恋人と公言している青年アームは、彼女らが属する仲間たちのリーダーである。彼女と同じ虎獣人で、仲間内では最もケンカが強く、現在街中で起こっている争いの中心にいる男だった。
    (どーせ、どっかでケンカしとるんやろなぁ)
     少し歩いたところで、曲がり角の先から誰かの騒ぐ声がする。
    (お、あっちやろか)
     少女はひょいと、道の先を覗いてみた。

    「ひっ、はっ……」
     青年は恐怖でガチガチと歯を震わせていた。いや、体中がガクガクと震え、失禁までしている。
    「も、もうやめてくれ……っ!」
     体中に刀傷を受け、服を真っ赤に染めた青年は懇願するが、剣士は応じない。
    「君は、何度そう頼まれた?」
    「い……っ?」
    「何度、『もうやめてくれ』『勘弁してくれ』と、今までいたぶり、殺してきた者たちに頼まれた? そして君は、一度でもそれを呑み、矛を収めたことがあるのか?」
     剣士はゆらりと腕を挙げ、剣を上段に構えた。
    「や、やめ……っ」
     青年が泣き叫ぶ間も与えず、剣士は襲い掛かる。
     次の瞬間、青年の両腕と首は胴体から離れ、飛んでいった。
    「ひぃ……ッ!」
     曲がり角の陰でこの惨状を目の当たりにした少女は、思わず叫んでしまった。
    「む」
     青年、アームを斬った剣士はその悲鳴に気付き、振り返る。
    「あ……、あっ……、アーム、アームが……、ばっ、バラ、バラバラにぃ……」
    「ふむ。彼はアームと言う名前だったのか。なるほど、『腕』っ節は確かに強かったようだ」
     剣士は切り落とした左腕をつかみ、ぷらぷらと振って眺めた。
    「だが、相手が悪かったな。……君、大丈夫か?」
     剣士は腕を投げ捨て、倒れた少年に声をかけた。
    「う……」
    「息はあるようだな。だが、手当てをせねばなるまい」
     剣士は少年を抱きかかえようと屈み込む。と、少女が血相を変え、剣士に向かってきた。
    「よっ、よくもウチのダーリンちゃんを……ッ!」
    「ダーリン、ちゃん? ……何だそれは」
    「うるさいうるさいうるさああああいッ!」
     少女はその大柄な体をフルに使い、剣士に向かって跳び、そのまま蹴りを放つ。
     だが、剣士はその重たい蹴りを片腕一本で止めてしまった。
    「え!?」
     剣士は少女の足を払いのけ、剣を抜いた。
    「やれやれ。これも我が道、『阿修羅』の宿命か――人を助けつつ、一方で人を殺さねばならぬとは」
    「……ひっ」
     少女は短い悲鳴を上げた。その剣士から、得体の知れない恐ろしさを感じたからである。
     その底なしの恐怖は、一瞬で彼女を凍らせた。

    蒼天剣・橙色録 1

    2009.06.11.[Edit]
    晴奈の話、第304話。 修羅の行き着く先、阿修羅。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. とある央中東部の田舎町。 若者二名の騒ぎ立てる声が、夜の街中に響いていた。「ぁ? やんのかコラぁ!」「ざけんな、やったるわボケぇ!」 田舎町とは言っても、昔は鉱山都市として栄えたところである。 当然のように、あの金火狐財団も積極的に採掘を行っていたし、街を活性化するために大型の商店や歓楽街も併せて造成され、...

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    晴奈の話、第305話。
    あの男の正体と本名。

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    2.
    「……~ッ!」
     いきなり飛び起きたシリンに、横で寝ていたフェリオは驚いて目を覚ました。
    「ど、どしたシリン?」
    「……あ? えっと、あ、……夢か、今の」
    「夢?」
     シリンはベッドから抜け出し、汗でぐしょぐしょに濡れた寝巻きを脱ぎつつ、フェリオに背を向けてぽつりとつぶやいた。
    「ちょっと昔の夢、見てしもてん。ものっすごい怖いおっさんがおってな。……ほら」
     そう言ってシリンは、シャツを脱いだ裸の背中を見せた。
    「ちょっ、おま、……っ」
     シリンの背には「キ」の字を斜めにしたような、三筋の刀傷が刻まれていた。
    「あんまり怖くて、そのおっさんから逃げようとしたらな、斬られてしもたんよ。……今でも思い出すと、ぞっとすんねん」
     そう言ってシリンは、ぺたりと床に座り込んだ。
    「シリン……」
     フェリオもベッドから離れ、シリンの側に座った。
    「ま、落ち着け。昔の話、だろ? 今はオレが付いてるって」
    「うん。……離れんといてな、ダーリンちゃん」
    「ちょ、『ちゃん』て何だよ。って言うか服、早く着替えろって。目のやり場に困るし」
    「えへー」
     シリンは涙を拭きつつ、フェリオに抱きついた。

     ちなみに――この夜中の騒ぎで、バートも起こされたらしい。
     シリンとフェリオが食堂に向かった頃には既にバートが朝食を食べ終え、コーヒーを前にして煙草をふかしているのが目に入った。
    「おはようございます、先輩」
    「おはよー、バート」
    「……てめーら、まずはそこに座れ」
     バートの目は真っ赤に充血し、目の下には隈ができていた。
    「一緒に寝るのは許可してやった。だが一緒になって夜中騒がしくするのまでは、許可した覚えは無えぞ」
    「あ、……もしかして聞いてました?」
    「同じ部屋だぞ。聞こえねえと思ってんのか」
     バートの血走った目ににらまれ、シリンとフェリオは揃って頭を下げた。
    「あ、えーと、……ごめんなぁ、バート」
    「マジすんませんっしたっス」
    「次やったら承知しねーぞ。お前らそのまんま、廊下に放り出すからな」
     バートは煙草をグリグリと灰皿に押し付け、一息にコーヒーを飲んで席を立った。



    「あぁ? 『阿修羅』?」
     シリンは部屋に戻ったところで、まだ不機嫌そうなバートに、8年前に出会ったあの剣士のことを知らないかどうか尋ねてみた。
    「うん、アシュラ。どー考えてもソイツ、コッテコテの悪人やったし、ダーリンちゃ……、フェリオから、バートは悪いヤツに詳しいって聞いとるから、なんか知ってへんかなー思て」
    「阿修羅……、阿修羅ねぇ」
     バートは煙草をくわえながら目を閉じ、記憶を探る。
    「どんなヤツだった?」
    「えっと、耳は短くて、黒い髪にちょっと白髪の生えた、口ヒゲ生やしたおっさんやった」
    「何歳くらいだ?」
    「んー、40そこそこかなぁ」
    「8年前だから、今は50越えてるくらいか。となると、生まれは470年前後ってとこだな。その辺りで生まれた、短耳の剣士……、うーん」
     バートはスーツの胸ポケットから手帳を取り出し、ぱらぱらとめくる。
    「そう言や夜中、傷がどーのって言ってたよな。背中に三太刀浴びたって?」
    「え、もしかしてウチのハダカ見た?」
     バートの質問に、シリンは真っ赤になる。一方のバートは、殊更苦い顔を返しつつ、こう続ける。
    「違うって。いやな、『阿修羅』って呼ばれてて、一度に三太刀浴びせる剣士って言えば、もしかしたらって言うのがいるんだよ」
    「お?」
     思い当たった様子のバートを見て、シリンの顔に緊張が走った。
    「誰なん?」
    「まあ、そいつかなー、って程度なんだが。
     元は中央政府の将校で、超一流の剣士だったヤツだ。でも何だかんだで軍上層部から目を付けられ、半ば強制的に除隊。その後は裏の世界に飛び込み、暗殺者として活躍したヤツだ。
     そいつは『三つ腕』とか『暴風』とか、色んな呼び名が付けられた。で、最終的に付けられたのが確か『阿修羅』。
     央南禅道で悪性・悪癖の一つとされている『修羅』の性分――何でも、人を傷つけずにいられない性格のことだって聞いた――を極めちまったヤツのことを、阿修羅と呼ぶらしい」
    「人を傷つける性分っスか……。そりゃまた、物騒っスねぇ」
     シリンはいつになく真剣な目をして、バートに尋ねた。
    「そいつ、名前は何て言うん?」
    「えーと、確か……」
     バートはもう一度、手帳に視線を落とす。
    「確か、トーレンスって名前だ。トーレンス・ドミニク元大尉。
     ま、最近じゃ全然うわさは聞かないし、どっかで野垂れ死んでんじゃないか?」



    「ウィッチ、報告だ」
     片腕の男、モノがあの病弱そうな狐獣人の前に平伏し、用件を伝えた。
    「金火公安の者たちが、央北へ秘密裏に侵入したらしい。目的は恐らく、我々殺刹峰の捜索及び拿捕、もしくは討伐だろう」
    「そう……、目障りね……。早く……片付けてちょうだい……」
    「承知した」
     モノはすっと立ち上がり、踵を返して「狐」――ウィッチに背を向けた。
     と、そこでウィッチが引き止める。
    「待ちなさい……。何なら……、『プリズム』を……出動させても……、いいわよ……」
    「ふむ」
     モノはもう一度ウィッチに向き直り、わずかに口角を上げた。
    「聞いたところによると、公安の奴らは闘技場の闘士たちを捜索チームに引き入れたらしい。一般兵だけでは少々心許ないと思っていたところだ。
     それではお言葉に甘えて、使わせてもらうとするか」
    「ええ……、よろしくね……トーレンス……」
     ウィッチは大儀そうに手を挙げ、モノ――トーレンスを見送った。

    蒼天剣・橙色録 2

    2009.06.12.[Edit]
    晴奈の話、第305話。 あの男の正体と本名。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「……~ッ!」 いきなり飛び起きたシリンに、横で寝ていたフェリオは驚いて目を覚ました。「ど、どしたシリン?」「……あ? えっと、あ、……夢か、今の」「夢?」 シリンはベッドから抜け出し、汗でぐしょぐしょに濡れた寝巻きを脱ぎつつ、フェリオに背を向けてぽつりとつぶやいた。「ちょっと昔の夢、見てしもてん。ものっすごい怖いおっさ...

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    晴奈の話、第306話。
    分かってくれない。

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    3.
    「はぐはぐ」
     この街でも、いや、この国でもシリンの食欲は変わらない。食堂の机に、次々に皿のタワーが作られていく。
    「相変わらず良く食うなぁ」
    「うん。ガツガツ……」
     既に食事を済ませたバートとフェリオが、シリンの周りに築かれた皿の山を呆れた顔で眺めていた。
    「水飲むか?」
    「モグモグ、うん」
     フェリオの差し出した水を、シリンはひったくるように受け取って飲み干す。
    「んはー、美味しいわぁ」
    「そっか。……もうそれくらいにしとけって。『腹八分目』って言うだろ」
    「ん? ……んー、うん」
     フェリオに諭され、シリンは自分の腹に手を当てる。
    「せやな、もーこんくらいにしとこかなぁ。あ、もう一杯水もろてええ?」
    「おう。……おーい、店員さーん」
     フェリオが側を通りかかった店員に声をかけ、水を頼む。
     その間に、バートが今後の予定を話し始めた。
    「それで、だ。今日、明日、それから明後日まで、このヴァーチャスボックスで情報収集を行う。
     この街は俺たちがやって来たウエストポート、それと現在北海で起こっている戦いにおける兵站(へいたん)活動の最重要地点となっているノースポート、この央北二大港の物資集積地になっている。
     それだけに情報も多く集まり、ここでの情報収集は今後の活動に大きく寄与するはずだ」
    「……」
     バートの話に、フェリオはうんうんとうなずいている。
     が、シリンはきょとんとした顔で、店員から受け取った水を飲んでいる。それを見て、バートが尋ねる。
    「シリン」
    「あい」
    「今の話、分かったか?」
    「ううん」
    「……フェリオ、説明してやれ」
     バートは頭を抱え、フェリオに投げた。
     フェリオは頭をポリポリかきながら、シリンに優しい口調で、ゆっくりと説明する。
    「えっとな、まあ、この街は二つの大きな街から、色んな物が集まってくるんだ」
    「うん」
    「で、情報も集まってくる。それは分かるよな?」
    「うーん」
    「……えーと、色んな物が集まるだろ。それを運んでくるヤツも、一杯集まるわけだ。それから、集められた物を買いに来るヤツもあっちこっちから大勢来るから、それだけ央北各地の色んな話が集まるわけだ。分かったか?」
    「あいあい」
    「んで、これからオレたちが戦うコトになる殺刹峰の情報も、誰かが持ってるかも知れない。それを今日から3日間探すってワケだ」
     フェリオの説明に対しても、シリンは首をひねる。
    「何でわざわざ、そんなん調べなアカンのん? 敵んトコぱーっと行って、ぱぱっと倒せばええやん?」
    「……」
     無言で二人の様子を眺めていたバートが、フェリオをにらんでくる。フェリオは冷汗を流しながら、もう一度説明した。
    「あのな、シリン。オレたちはまだ、殺刹峰のアジトがドコにあるのかさえ分かってない状態なんだよ。そんな状態じゃ、倒すも何も無理だろ?」
    「あー、そーなんかー」
    「……フェリオ、俺はもう心が折れそうだ」
     ずっと押し黙っていたバートが、机に突っ伏した。

     ともかく三人は情報収集のため、街中に繰り出した。
     辺りの店に立ち寄って品物を物色しつつ、殺刹峰の重要人物であるオッドのことなどを、それとなく尋ねてみる。
    「なあ、この辺で変な『猫』を見なかったか? オカマっぽい、派手な奴なんだが」
    「いやー、見てないなぁ」
    「そっか。じゃあさ、この近くに怪しい場所とかは無いか?」
    「うーん、ぱっとは思いつかないなぁ。お客さん、何でそんなこと聞くの?」
    「いや、ちょっと人探しをな。邪魔したな」
    「まいどー」
     店を出たところで、シリンが尋ねてきた。
    「なぁなぁ、何であんな回りくどい聞き方するん? 『殺刹峰ドコにあるか知りませんかー』でええやん」
    「お前なぁ……」
     バートが心底うんざりした顔で説明する。
    「俺たち公安だってここ数年で、ようやく名前や存在を確認した組織だぞ? そこらの店屋が知ってると思うのか?」
    「あー」
     だが、シリンは納得しない。
    「でも、ウチが前に働いてた赤虎亭みたいに、情報を集めてる店もあるんやない? そーゆートコ探したら……」
    「そう言うところは、『一見(いちげん)』の奴にはそう簡単に情報を売ったりしない。信用できない奴にうっかり情報をばら撒いたら余計な混乱を生むし、店の信用にも関わるからな」
    「そっかー」
    「だからこう言う、地道で回りくどい聞き方をしなきゃいけないんだよ。分かったか、シリン?」
    「あいあい」
     にっこり笑ったシリンを見て、バートはようやくほっとした顔をした。
    「よし、それじゃ……」
     気を取り直して情報収集を再開しようとしたところで、シリンが提案した。
    「そんならやー、『殺刹峰のヤツらが集まってる場所知りませんかー』って聞いたら……」「があああーッ!」「ふあっ!? はひふんへんひゃ、ひゃーほ!?」
     こらえきれなくなったらしく、バートはシリンの頬を両手でひねりつつ、怒りの咆哮を挙げた。

    蒼天剣・橙色録 3

    2009.06.13.[Edit]
    晴奈の話、第306話。 分かってくれない。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「はぐはぐ」 この街でも、いや、この国でもシリンの食欲は変わらない。食堂の机に、次々に皿のタワーが作られていく。「相変わらず良く食うなぁ」「うん。ガツガツ……」 既に食事を済ませたバートとフェリオが、シリンの周りに築かれた皿の山を呆れた顔で眺めていた。「水飲むか?」「モグモグ、うん」 フェリオの差し出した水を、シリンは...

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    晴奈の話、第307話。
    最初の衝突。

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    4.
     結局、1日目の情報収集では何の成果も得ることができなかった。と言ってもシリンが足を引っ張ったわけではなく、本当に何の情報も無かったのだ。
    「ま、仕方ないっちゃ仕方ないんスけどね」
    「だな。さすが秘密結社と噂されるだけはある」
     バートとフェリオはがっかりした顔で、夕食のパスタをのろのろと口に運ぶ。
     一方、シリンはいつも通りの健啖ぶりを見せていた。
    「ちゅるるるるー」
    「……うるせえ」
    「んー?」
    「麺をすするな」
    「ちゅるるー、あ、ゴメンゴメン」
     既にシリンの横には皿が4枚、空になって置かれていた。
    (うーん、総帥が他の班より多めに調査費用出してくれたのはコレだったんだな)
     フェリオはヘレン総帥の慧眼に感心しつつ、シリンの食べっぷりを眺めていた。
    「すいませーん、こちらー、空いてるお皿をー、お下げしますねー」
     と、妙に語尾を延ばすウエイトレスが三人のところにやって来た。
    「あ、すんません」
    「いーえー」
     褐色の肌に、目が覚めるようなきついオレンジ色の髪をしたその猫獣人は、ゆっくりした仕草で皿をつかもうとする。そこでシリンが5皿目を食べ終え、ウエイトレスに注文する。
    「あ、もう一杯ミートソースパスタおかわりー」
    「まだ食うのかよ」
     バートが突っ込むが、シリンはニコニコしながら深くうなずいた。
    「うん。ココのん美味しいもん。それにホラ、常連さんばっかりみたいやで。やっぱ美味しいねんて」
    「へ?」
     シリンの言葉に、フェリオがきょとんとする。そしてこの時、バートはウエイトレスの目がピクリと震えたのを見逃さなかった。
    「……」
    「何で常連って分かるんだ?」
    「だってホラ、さっきからウチらのコト、みーんなチラチラ見とるもん。『珍しい客が来たなー』とか思てるんとちゃう?」
    「そりゃ違うな」
     バートが煙草に火を点け、黒眼鏡をかけ直す。
    「あれは警戒している目つきだ――標的を逃さないように、ってな」
    「……!」
     ウエイトレスがビクッと震え、持っていた皿を一枚割ってしまった。
     その音を聞きつけ、奥にいた店主らしき人物がこちらに向かってくる。
    「何やってんだてめえ! 後で給料から……、あ?」
     店主は急にいぶかしげな顔になり、そのウエイトレスをにらみつけた。
    「誰だ、お前? ウチの店にいたか?」
    「……いーえー」
     にらまれたウエイトレスは悪びれるどころか、にっこりと笑う。
    「ちょっと服をー、お借りしてましたー」
    「は?」
    「この服気に入ったからー、ちょっといただいちゃいますねー」
    「お、おい?」
     店主が聞き返そうとした瞬間、店主の顔に皿が叩きつけられた。
    「ふげっ……」
    「『オレンジ』隊、作戦開始ですー。目標抹殺、始めまーす」
     そのウエイトレスの号令と共に、先ほどからこちらを注視していた食堂内の客たち全員が、揃って立ち上がった。

     即座に反応したのはバートだった。テーブルを勢い良く蹴り上げ、自分の正面にいた男2名にぶつけた。
    「うおっ!?」「ぐっ!」
     続いて銃を抜き、後ろにいた女にも振り向かずに射撃し、全弾命中させる。
    「ぐは……」
     撃ち尽くしたところで素早く弾を再装填しながら、シリンたちに声をかける。
    「何ボーっとしてやがる、お前ら! 敵襲だ、敵襲!」
    「はっ、はい!」「あ、うん」
     二人は慌てながらも構えを取り、戦闘体勢に入る。バートがリーダー格らしいウエイトレスに銃を向けながら尋ねる。
    「俺たちをいきなり襲ってくるってことは、もしかして……」
    「はーいー。殺刹峰の命令でー、こちらまでやって来ましたー。あ、あたしはですねー、ペルシェって言いますー。ペルシェ・『オレンジ』・リモードですー。
     自己紹介も済んだのでー、この辺でさよならですー」
     ウエイトレス――ペルシェはニッコリ笑いながら、バートに右手を向けた。
    「『ホールドピラー』!」
     食堂の床がバリバリと裂け、バートの四肢を囲むように石の柱が伸びていく。
    「せっ、先輩!?」
    「……」
     石の柱は互いに融合し、あっと言う間にバートを飲み込んで一つの太い柱になった。わずかに空いた穴からは、もくもくとバートの吸う煙草の煙が漏れている。
    「あらー、3人一気に倒しちゃった人なのでー、ちょっとはやるかなーと思ってたんですがー?」
    「……ふー」
     柱の穴からぽふっと煙が吹き出る。
    「甘く見ない方がいいぜ、お嬢ちゃん」
     特に動じてもいない声色で、バートが応えた。
    「『サンダーボルト』」
     バートが術を唱えると、柱にパリパリと電気が走る。
    「あらー?」
     途端に柱は崩れ落ち、バートの姿が現れた。
    「『土』の磁気は『雷』の電気で打ち消せる。魔術の基本中の基本だ」
    「おー、なかなかやりますねー」
     ペルシェはまた、ニッコリと笑った。

    蒼天剣・橙色録 4

    2009.06.14.[Edit]
    晴奈の話、第307話。 最初の衝突。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 結局、1日目の情報収集では何の成果も得ることができなかった。と言ってもシリンが足を引っ張ったわけではなく、本当に何の情報も無かったのだ。「ま、仕方ないっちゃ仕方ないんスけどね」「だな。さすが秘密結社と噂されるだけはある」 バートとフェリオはがっかりした顔で、夕食のパスタをのろのろと口に運ぶ。 一方、シリンはいつも通りの健...

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    晴奈の話、第308話。
    異様な敵。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     バートとペルシェが戦っている間に、シリンとフェリオも殺刹峰の仕向けた戦闘員たちを、食堂内で相手にしていた。
    「……あれぇ?」
     シリンは戦っていて、何かしらの違和感を覚えた。
    「なぁ、フェリオ。何か、おかしない?」
    「ああ……」
     フェリオも同様の違和感を感じているようだ。
     そして戦いが始まって5分ほどで、その違和感が何なのか気付いた。
    「あいつら、倒れねぇ……!」
     敵の数はリーダーのペルシェを抜いて8名。さらに、バートの先制攻撃で3名倒したはずなのだが、シリンたちの前には依然8名が揃っている。倒れても倒れても、いつの間にか起き上がってシリンたちに向かってくるのだ。
    「……やんなぁ。さっきから思いっきり、殴り飛ばしてんねんけど」
    「オレだってさっきから、頭と胸ばっか狙ってもう20発近く撃ってる。……ってのに、何で倒れねぇんだ?」
     戦闘員はシリンの打撃を食らっても、フェリオの銃弾を眉間に浴びても、一向に倒れる様子が無い。
    「そんならやー、二人で別々に相手しとくより、一人ひとり狙って攻撃したった方がええかも知れへんな」
    「だな。じゃ、そっちの長髪から叩くぞ!」
    「あいあいっ!」
     二人はシリンが相手していた長髪の男に向かって、飛び蹴りと銃弾を浴びせた。
    「う、ぐ……っ」
     流石にこたえたのか、その長髪は壁に勢い良く叩きつけられ、前のめりに倒れ込む。が――。
    「……く、うう」
     うめき声を上げつつも、ゆらりと立ち上がった。
    「ウソやろ」「マジかよ……」
     長髪は血を吐き、奥歯を吐き捨てながらも、二人の前に仁王立ちになっている。流石のシリンも、敵のあまりの頑丈さに唖然としていた。

     一方、バートとペルシェは狭い店内を飛び出し、往来と裏通りを行き来しつつ交戦していた。
    「『ストーンボール』! えーいっ!」
     気の抜けた声とは裏腹に、ペルシェの放つ魔術は辺りの家屋にバスバスと大穴を開けていく。
    「わあっ!?」「売り物が吹っ飛んだぁ!?」「きゃーっ、花瓶がーっ!」
     二人の通った跡から、次々に人々の悲鳴がこだまする。
    (うっわ……、こりゃ3日滞在なんて悠長なこと言ってられねー。さっさとコイツ倒して早く街出ないと、どんだけの被害請求が来るか……!)
     のんきなことを考えながら、バートは入念に敵を観察する。
    (あの垂れ目猫、魔術の腕は相当なもんだな。オマケに『猫』らしく、フットワークもいい。
     銃で応戦、ってのは論外だな。俺の腕でも当たりそうにねーし、市街地でパンパン撃ってちゃ民間人が巻き添えになっちまう。
     ま、運のいいことに……)
     バートは早口で呪文を唱え、裏路地に入ったところで、同じように路地に入ってきたペルシェに向かって手をかざす。
    「『スパークウィップ』!」
    「きゃあっ!?」
    (俺の得意魔術は『雷』だ。『土』使いのアイツに対して、アドバンテージは大きい)
     バートの放った放射状の電撃はペルシェに直撃し、彼女は地面に倒れ込んだ。
    「うー。今のはー、ちょこーっと効きましたねー」
     だがすぐに立ち上がり、バートと同じように手をかざす。
    「お返ししちゃいますー。『グレイブファング』! 刺されー!」
     ペルシェの足元から、彼女の背丈とほぼ同じ長さの石の槍が飛び出し、バートに向かって飛んできた。
    (チッ……! でけぇな、クソ!)
     いくら雷系統が土の術に勝るとは言え、魔力の出力量はペルシェの方がはるかに大きい。そして高出力で放たれた術は単純に、威力が大きくなる。
     ズン、と言う重い音が街中に響き渡った。

     戦闘が始まってから15分が過ぎたが、まだ敵は倒れてくれない。
    「あーっ、ウザいわぁもう!」
     苛立ち始めたシリンを見て、フェリオがなだめようとする。
    「冷静になれって、シリン! 焦ったらコイツらの思う壺だぞ!」
    「うー、うー……」
     シリンは拳を握りしめ、敵をにらみつける。
    「……やっぱムカつく!」
     フェリオの制止も空しく、シリンは敵の顔面に拳をめりこませた。
    「……」
     顔面を殴られた敵は直立したまま、ビクともしない。シリンの拳をぶつけられたまま、その腕をつかんでギリギリと力を込める。
    「うっ……!」
     見る見るうちにシリンの右手が紫色になっていく。どうやら腕の血管が切れ、内出血を起こしたらしい。
     と――ここで急に、敵の握力が弱まる。
    「……か、は」
     かすれた声を漏らし、敵はバタリと倒れた。
    「……あれ? どない、したん?」
     シリンは潰されかけた腕を揉みながら、倒れた敵を見下ろす。敵の目は一杯に見開かれ、体全身がビクビクと痙攣しているのが分かった。
    「まずいな」「薬がもう……?」「早すぎる」
     一人倒れた途端に、残りの戦闘員たちがざわめきだした。と、また一人倒れる。
    「薬? おい、どう言うコトだ?」
     フェリオが銃を向けて尋ねたが、戦闘員たちは答えない。代わりに内輪でブツブツと、何かを相談している。
    「どうする?」「『オレンジ』様もどこかに行ってしまったし……」「じゃあ、プラン00で」「そうするか」
     相談の声がやんだ途端、全員身を翻し、食堂から一人残らず逃げ出してしまった。
    「……えーっ!?」
     シリンは予想外の事態に驚き、思わず跡を追いかける。
    「ちょちょちょ、ちょっと待ちいや!?」
     だが、シリンが外に飛び出した時にはもう、どこにも戦闘員たちの姿は無かった。
    「……ダメだ。死んでる」
     フェリオは倒れた戦闘員2名を診ようとしたが、すでに息絶えていた。
    「んー、身分を示すものは無し、か。手がかりはつかめそうに無いなぁ。
     ……と、薬って言ってたな。もしかしてコイツら、体の機能を高める薬とか使ってたのか?」
    「ふーん……。ドーピングってヤツ?」
    「だな」
     シリンも死んだ戦闘員たちを眺める。彼らの顔は青黒く染まっており、口からは白っぽい液体がドロドロと流れ出ている。
    「唾液にしちゃ白過ぎる、……って言うか何か黄ばんでるような。……ん?」
     良く見れば、鼻からも同様の液体がダラダラと漏れている。ここでようやく、フェリオはその液体が何なのか分かった。
    「……コレ、血なのか?」
    「うげぇ、きもっ」
     二人して気持ち悪がっていると、今まで倒れていた店主が「う……」とうめき声をあげた。
    「……あ」
     ようやく二人は、店の中が惨々たる有様になっていることに気付いた。
    「逃げっか」「うん」
     店主が目を覚ます前に、シリンたちは店から逃げ出した。

    蒼天剣・橙色録 5

    2009.06.15.[Edit]
    晴奈の話、第308話。 異様な敵。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. バートとペルシェが戦っている間に、シリンとフェリオも殺刹峰の仕向けた戦闘員たちを、食堂内で相手にしていた。「……あれぇ?」 シリンは戦っていて、何かしらの違和感を覚えた。「なぁ、フェリオ。何か、おかしない?」「ああ……」 フェリオも同様の違和感を感じているようだ。 そして戦いが始まって5分ほどで、その違和感が何なのか気付いた。...

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    晴奈の話、第309話。
    ひょんなことから。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「はー……、はー……」
     間一髪で石の槍を避けたバートは、そのまま近くの家屋に転がり込んだ。
    「何だいアンタ?」
     椅子に腰掛けていた老人が目を薄く開け、バートを見つめているが、バートがそれに応える余裕は無い。
    「ちょっと悪いが、この家から、逃げた方が、いい」
     息を整えつつ、老人に声をかける。
    「何言ってんだ、アンタ?」
    「ちょっと、見境無い女が、俺を追っかけて、くるからさ」
    「女? 痴話喧嘩か何かか?」
    「違うって。……ああ、来やがった」
     家の外から、ペルシェの足音と間延びした声が聞こえてくる。
    「『狐』さーん、どこですかー?」
     老人はじっとバートを見て、ため息をついた。
    「……ま、ここでじっとしてな。下手に動いたらアンタも危ないが、わしも危なそうだ」
    「助かるぜ、じいさん」
     バートは老人の厚意に甘え、ペルシェに見つからぬように窓の下でじっとしていた。
    「どーこでーすかー」
     外ではまだ、ペルシェがバートの姿を探している。
    「きーつーねーさぁーん?」
    「うっせえな……」
    「アンタ、一体あの子に何したんだ?」
     いぶかしげに見つめる老人に、バートは弁解する。
    「違うって。相手から襲い掛かってきたんだよ。俺、ただ飯食ってただけだし」
    「ほう……。大変だな、色男」
    「はは、勘弁してくれ」

     5分ほど老人の家でじっとしていると、ようやくペルシェの声が遠ざかっていった。バートは深いため息をつき、老人の向かいに座る。
    「はぁ……」
    「何か知らんが、災難だったな」
     老人はクスクス笑いながら、茶をバートに差し出した。
    「あ、悪いな」
    「んで、アンタは何者だ?」
     老人の質問に、バートはぎょっとした。
    「転がり込んで来た時の身のこなしといい、気配の隠し方といい、只者じゃなさそうだけどな」
    「……じいさん、アンタこそ何者だ?」
    「わしは退役した老兵だよ。この街でゆーっくり暮らしてる一市民さ」
    「そっか。俺は――内緒にしてくれよ――バート・キャロルって言う、金火狐財団の職員だ」
     バートの自己紹介を聞き、老人の目が光る。
    「ほう、ゴールドマンの関係者か。いきなり追われるってことは、公安か?」
    「詳しいな、じいさん」
    「ま、軍では情報収集を担当してたからな」
     それを聞いて、バートは目を見開いた。
    「本当か?」
    「嘘言ってどうする」
    (軍の諜報担当か……。シリンじゃないけど、直接聞いても何か知ってるかもな)
     バートは恐る恐る、老人に尋ねてみた。
    「じゃあさ、ちょっと聞きたいことあるんだけど、いいか?」
    「何だ?」
    「殺刹峰って知らないか?」
     今度は老人がぎょっとする。
    「殺刹峰だと? アンタら、あれ調べてるのか」
    「知ってるのか?」
    「ああ。いや、わしもそれほど詳しくは無いが」
    「知ってる限りでいいんだ。教えてくれないか?」
    「……むう」
     老人は席を立ち、ソファのクッションをひっくり返した。
    「知りたがる奴なんぞいないと思っていたし、結構な機密だから、下手にばらせばわしの命が危ない。
     ……とは言え老い先短い命だ。教えて何か遭っても、寿命だと思うことにしよう」
     ソファのクッションからは何冊かのノートが出てきた。
     バートは椅子から立ち上がり、帽子を取って頭を下げた。
    「助かるぜ、じいさん」

     老人から話を聞き終え、また、老人のノートを受け取ったバートは、ペルシェの姿が無いことを確認しつつ、そっと家を出た。
    「ま、そのノートは持ってっていいからな。もうわしには必要ない」
    「ありがとよ。それじゃな」
    「おう。気を付けてな」
     バートは元来た道を引き返しつつ、その惨状を目の当たりにした。
    (ひっでーなー……)
     住民に被害は出ていないようだったが、ペルシェの通った跡は穴だらけ、石の槍だらけになっていた。
    「あ、アンタ!」
     バートの姿を見て、住民たちが声をかける。
    「うっ」
    「大丈夫だったか!?」
    「……へ?」
     ペルシェの関係者と思われて糾弾されるかと思いきや、どうやら一方的に追い回されていたと思ってくれたらしい(実際そうなのだが)。
    「いやー、災難だったなぁ」
    「一体何だったんだろうな、あの柿色女」
    「向こうの食堂は半壊したって言うし……」
     食堂、と聞いてバートはようやくシリンたちのことを思い出した。
     と、後ろからトントンと肩を叩かれる。振り返ると、心配そうに見つめるフェリオと、近くの屋台から買ったであろうリンゴをかじっているシリンの二人が立っていた。
    「……あ、お前ら。無事みたいだな」
    「先輩こそ、大丈夫だったんスか?」
    「おう。何とか撒いた」
     シリンは口をもぐもぐさせながら、バートにオレンジを渡す。
    「しゃくしゃく、ほい、オレンジ食べるー?」
    「シリン、お前なぁ……」
     バートは少し唖然としながらも、オレンジを受け取った。
    「この騒がしい時に、良く食えるな」
    「んぐ、いやホラ、『腹が減っては大変やー』って言うやん」
    「言わねーよ、……ハハ」
     あまりにのんきなシリンの態度に、バートも笑い出した。

    蒼天剣・橙色録 6

    2009.06.16.[Edit]
    晴奈の話、第309話。 ひょんなことから。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「はー……、はー……」 間一髪で石の槍を避けたバートは、そのまま近くの家屋に転がり込んだ。「何だいアンタ?」 椅子に腰掛けていた老人が目を薄く開け、バートを見つめているが、バートがそれに応える余裕は無い。「ちょっと悪いが、この家から、逃げた方が、いい」 息を整えつつ、老人に声をかける。「何言ってんだ、アンタ?」「ちょっと...

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    晴奈の話、第310話。
    「オレンジ」帰還報告。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     殺刹峰、アジト。
    「あー、えっとですねー、そのー……」
     モノは無表情で、ペルシェの報告を聞いている。
    「敵リーダーと思われる、『狐』さんにですねー、そのー」「ペルシェ君」
     モノは表情を崩さず、淡々と尋ねてきた。
    「まず、敵は倒したのか?」
    「……いーえー」
    「一人も?」
    「……はーいー」
    「全員に逃げられたのか?」
    「……はーいー」
    「なるほど。それで、こちらの方には被害が出たそうだが……」
     そこでペルシェが顔を伏せ、非常に申し訳無さそうな態度を見せた。
    「それがですねー、兵士さんの方なんですけどもー、2名死亡しちゃったらしいんですよー、薬が切れたらしくってー」
    「ほう」
    「それでー、あたしが追っかけてたリーダーさんなんですけどー、雷の術使いでー、あたしの術が効きにくかったんですよー。それで追い回してたらー、そのー、逃げられちゃったとー、そう言うわけなんですー」
    「なるほど。ここで待っていたまえ。ドクターを呼んで、詳しい話を聞くことにしよう」
    「……本当にー、そのー、すみませーん」
     ペルシェは顔を伏せたまま、肩を震わせる。モノはため息をつき、ペルシェの肩に手を置いた。
    「まあ、想定外の事態が起こり、それでも無事帰って来た。こちらには大きな被害も無い。大局的に何の問題も無い。
     問題点を洗い出し、次に活かせ」
    「……はーいー」

     15分後、ペルシェはモノに連れられて来たオッドに改めて報告した。
    「ふーん」
     オッドは興味深そうな顔で、メモを取っている。
    「まぁ、大体の原因は分かったわぁ」
    「ほう」
    「恐らくだけどねぇ、想定してた以上にダメージを受けたんでしょうねぇ、きっと」
    「と言うと?」
    「あの薬は筋力とか反応速度とか、そーゆーのパワーアップさせるしぃ、痛みとか疲労とか、そーゆーのも感じなくさせてるんだけどぉ、それでも殴られれば後々痛くなってくるしぃ、長時間動けば負担もかかる。体自体にはダメージ、蓄積されるのよぉ」
    「ふむ。つまり感覚としてはまったく痛み、疲労は無いが、体の物理的、生理的限界はあるわけだな。となると撤退の機をつかみづらい――あまりいい薬では無いな」
     モノの指摘に、オッドは唇を尖らせる。
    「あらぁ、失礼ねぇ。ま、今回みたいに軽装で行かせるのは得策じゃないってコトねぇ。重さも感じないんだから、次はもっと重装備で行かせた方がいいわねぇ」
    「なるほど。……となると、エンジェルタウンとソロンクリフに向かわせた『マゼンタ』と『バイオレット』が心配だな。彼らも『オレンジ』隊と同様、軽装だからな」
    「そうねぇ。ま、今回は偵察と割り切って、帰ってくるのを待った方がいいかもねぇ」
    「そうだな。最悪殲滅できずとも、よもや敗走することはあるまい。それに……」
    「それに?」
     オッドは何かを言いかけたモノに尋ねたが、モノは首を振った。
    「……いや、何でもない。まあ、ペルシェ君からは以上だな」
     モノはそう締めくくって、ペルシェからの帰還報告を聞き終えた。



    「……? において、……? よって、……」
    「何読んでんだ?」
     請求や賠償を受けずに済んだため、バートたち三人は無事、宿に戻っていた。
    「バートが持って来たノートやねんけど、全然読めへんねん。ウチ、央北語よー分からへん」
    「オレもそんなに詳しくないけど、そんなに違いは無いはずだぜ。っつーか、お前普通に屋台で注文してメシ食ってたじゃねーか」
     フェリオが突っ込むと、シリンは顔を赤くしてぼそっと答えた。
    「……実を言うと、文字自体読めへんねん、あんまり。ご飯系は読めんねんけどな」
     フェリオは小さくため息をつき、シリンの横に座る。
    「そっか。ちょっと貸してみな」
    「あい」
    「『499・12・19
     RS作戦 最終報告
     報告者 T・D(大尉) 記録 C・R(中尉)』。
     何だこりゃ?」
    「おい」
     ノートを読んでいたフェリオの後ろに、バートが立っていた。
    「返せ」「あっ」
     バートはフェリオからノートを引ったくり、自分のかばんにしまい込んだ。
    「何するんスか」
    「これは最重要機密だ。今は、まだ読むな。クロスセントラルで全員が集合した時、見せるつもりだ」
    「……了解っス」
     鋭い眼光を混じえて話すバートに、フェリオはうなずくしかなかった。

    蒼天剣・橙色録 終

    蒼天剣・橙色録 7

    2009.06.17.[Edit]
    晴奈の話、第310話。 「オレンジ」帰還報告。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 殺刹峰、アジト。「あー、えっとですねー、そのー……」 モノは無表情で、ペルシェの報告を聞いている。「敵リーダーと思われる、『狐』さんにですねー、そのー」「ペルシェ君」 モノは表情を崩さず、淡々と尋ねてきた。「まず、敵は倒したのか?」「……いーえー」「一人も?」「……はーいー」「全員に逃げられたのか?」「……はーいー」「...

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    晴奈の話、第311話。
    フォルナ班にも敵の影。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「……は!?」
     晴奈は目を丸くした。
     いや、彼女だけでは無い。フォルナも、エランも、そして敵――殺刹峰の戦闘員8名も、そして彼らの動向を隠れて見ていたモールさえも含め、全員呆然としている。
     両者の中間に立つ「マゼンタ」こと、レンマと名乗る短耳の青年を除いて。



     時間は1時間ほど前に戻る。
     エンジェルタウンに到着したフォルナ班は、他の班と同様に情報収集を始めていた。この街は首都と港町の中間にあり、一般的な旅人たちの休憩地点として栄えている。
     そのため、各地の地域情勢や央北各地の情報が良く集まる場所でもあり、情報収集にはうってつけの街である。
     とは言えバートたちの状況と同じく、秘密組織の情報などそうそう集まるものではない。
    「はー……」「あーあ……」
     3時間ほど市街地をうろつき聞き込みを行っていたが何の成果も挙げられず、晴奈たち三人は揃ってため息をついていた。
    「まあ、予想はしていたのですけど」
    「そうだな」
    「ちょっと休みませんか? ずっとしゃべりっぱなしで、のどが渇いちゃいましたよ」
     エランの提案に、二人は素直にうなずいた。
    「そうですわね。それじゃ……」
     フォルナが喫茶店や食堂を探し、辺りを見回したところで、不審な人物に気が付いた。
    「……セイナ、エラン」
    「うん?」
    「どうしました?」
    「あの、あちらの方」
     フォルナが視線だけで、その怪しい者を指し示す。
    「……む?」
    「あれ、あの人……」
    「ええ。先程から何度かお見かけしているような気がしたのですけれど、気のせいでは無さそうですわね」
    「ああ。私も見覚えがある」
    「ええ、僕もです」
    「どうも監視されているようだな」
     三人は見張っている人物に気付かれないよう、そっと顔を寄せ合い小声で話す。
    「どうします?」
    「何の目的かは知らぬが、気持ちのいいものでも無い」
    「じゃ、撒きましょうか」
    「それが得策ですわね」
     三人は同時にうなずき、一斉に駆け出す。と同時に、見張っていた者も走り出した。
    「やはり追いかけてくるか」
    「そのようですわね」
    「どこに逃げましょう?」
     エランは不安そうな顔でフォルナに尋ねる。
    「人通りの多い場所を抜けましょう。人ごみに紛れれば、追跡もしにくいでしょう」
    「あ、そうですね」
    「……」
     うなずいたエランを見て、晴奈は少し呆れた。
    (まったく、どちらが公安職員だか)

     フォルナの提案に従い、三人は大通りへ二度、三度と入り、監視を逃れようとした。が、時間が経つにつれ、三人の顔に不安の色が浮かぶ。
    「む……」
    「あの方、さっきも前にいらっしゃいましたわね」
    「ふ、増えてますよね、追いかけてくる人」
     最初は後ろから1名追いかけてくるだけだったのだが、やがて前からも同様に不審な男が1名、2名と現れた。それに合わせるように、追いかけてくる者も2名、3名と増えていく。
     敵らしき者たちに囲まれつつあることを悟った三人は、もう一度相談する。
    「ど、どうしましょう?」
    「どうもこうも無い。どうにも撒けぬようであるし、こちらから包囲を押し破るしかあるまい」
    「えっ、えぇ!?」
     晴奈の提案に、エランが情けない悲鳴を上げる。それを聞いて、今度はフォルナが呆れた。
    「エラン、あなたは公安職員でしょう? 民間人のセイナに気後れしてどうするのですか」
    「そ、そんなこと言っても」
    「覚悟を決めろ、エラン。……行くぞ!」
     まだおどおどしているエランを引っ張るように、晴奈とフォルナは前にいる敵に向かって駆け出した。
    「……!」
     晴奈たちに迫られた敵は、一瞬ビクッと震えて動きを止める。その隙を突き、フォルナが先制攻撃した。
    「『ホールドピラー』、脚をッ!」
     敵の足元から石柱が伸び、その脚を絡め取る。
    「お、わ」
     敵は前のめりに倒れそうになり、大きく姿勢を崩す。そこで晴奈が、敵の頭に峰打ちを当てた。
    「たあッ!」「ご、ッ……」
     敵はくぐもった声を上げ、脚を石柱に取られたまま、逆V字の姿勢で倒れ込んだ。
    「よし!」
     晴奈とフォルナは倒れた敵の横を抜け、彼らの包囲から脱出した。その後をバタバタと走りながら、エランが追いかける。
    「……僕、何のためにおるんやろ」
     エランのつぶやきには、誰も答えてくれなかった。



     包囲をかいくぐったかに見えたが、倒したはずの敵はすぐに復活し、他の仲間と一緒に追いかけてきた。
     さらにもう一重包囲がかけられていたらしく、晴奈たちの前に武器を持った敵4名と、赤毛の青年が現れた。
    「く……!」
     前後から敵に挟まれ、うなる晴奈に、その青年が穏やかに声をかけた。
    「止まってください、……コウさん」
    「何?」
     名前を呼ばれ、晴奈は面食らう。
    「何故私の名を?」
    「ファンだから」
    「ふぁ、ファン?」
     思いもよらない敵の台詞に、晴奈は硬直した。

    蒼天剣・赤色録 1

    2009.06.20.[Edit]
    晴奈の話、第311話。 フォルナ班にも敵の影。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「……は!?」 晴奈は目を丸くした。 いや、彼女だけでは無い。フォルナも、エランも、そして敵――殺刹峰の戦闘員8名も、そして彼らの動向を隠れて見ていたモールさえも含め、全員呆然としている。 両者の中間に立つ「マゼンタ」こと、レンマと名乗る短耳の青年を除いて。 時間は1時間ほど前に戻る。 エンジェルタウンに到着したフォ...

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    晴奈の話、第312話。
    空飛ぶストーカー。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「始めまして、コウさん。僕の名前はレンマ・『マゼンタ』・アメミヤと言います。あ、こんな名前ですけど、央南人じゃないです」
    「は、あ」
     晴奈は敵と思しき青年からの意外な言葉に、どうしていいか分からず呆然としている。
    「義父が央南の血を引いてまして、僕の名前は央南っぽく付けていただいたんです。ちなみに央南語で書くと、『雨宮蓮馬』ってなります」
    「そう、か」
    「央南の哲学とか、思想とか、すごく好きでして。心は央南人のつもりです」
    「はあ、うん」
     レンマの話に、晴奈は相槌を打つしかない。
    「でですね、『央南の猫侍』こと、コウさんがこちらに来られていると、上官から聞きまして。それでこちらにお伺いさせていただいたんです」
    「そうか、……上官?」
     この辺りでようやく、晴奈の頭が回転し始めた。
    「はい。上官からはですね、『公安職員とその関係者を抹殺せよ』って命令されたんですけど、相手がコウさんじゃ、何て言うか、戦いたくないなーって」
    「……えーと、つまり、お主らは、その」
    「はい。殺刹峰から参りました」
     あまりにもあっけらかんと答えるレンマに、晴奈の頭はまた混乱する。
    「何と言うか……、うーむ」
    「あ、でもさっき言った通りですね、僕はコウさんを傷つけたくないんです。だからお願いなんですが」
     レンマはぺこりと頭を下げ、晴奈にとんでもないことを言った。
    「投降して、僕のお嫁さんになってください」
    「……は!?」
     晴奈は目を丸くする。
    「な、何をっ……?」「え、……え?」
     フォルナもエランも唖然としている。
    「ま、マゼンタ様?」
     レンマの部下らしき者たちもどよめいている。おまけに――。
    「あ、……アホだっ。真性のアホだね」
     物陰に隠れて晴奈たちを見守っていたモールも、ぽかんとしていた。

     周囲をこれでもかと凍りつかせたことをまるで気にせず、レンマはまくしたてる。
    「一目見た時から、いえ、あなたの伝説を聞いた時から、ずっとずっと好きでした! もう他の女の子なんか目に入りません! あなただけなんです! お願いします!」
    「……こ……の……」
     異常な状況に巻き込まれ、停止していた晴奈の頭が再度、回転する。顔を真っ赤にし、尻尾の毛を逆立たせながら、すっと右手を挙げた。
    「あ、握手ですか? いいってことですか?」「この、大馬鹿者がーッ!」
     晴奈は一足飛びにレンマとの間合いを詰め、彼の頬に平手打ちを食らわせた。
    「ひゃう!?」
    「ふっ、ふざけるのもっ、大概にしろっ! 何故私がっ、敵の妻にならねばならぬのだッ! 寝言は寝て言えッ!」
    「いてて……」
     思い切り平手打ちを食らったレンマは、頬をさすりながらつぶやく。
    「もう、照れ屋さんだなぁ」
    「……~ッ!」
     ニヤニヤしているレンマを見て、晴奈は総毛立った。
    (き……、気持ち悪い、この人!)(うわ、めっさ鳥肌立った!)
     フォルナとエランも、おぞましいものを見るような目でレンマを眺めている。
    「思っていたよりずっと、あなたは僕のタイプです! 今のでもっと、あなたのことが……」「がーッ!」
     晴奈はこらえきれず、レンマを蹴り倒した。
    「フォルナ、エラン! こっ、こんな、こんな阿呆を相手にしている暇など無い! 逃げるぞ!」
     まだ尻尾をいからせたまま、晴奈は駆け出した。
    「は、はい!」「ええ、了解ですわ!」
     フォルナたちも体中に吹き出た鳥肌をさすりつつ、晴奈についていった。
    「あー……、強烈だなぁ、ははは」
     晴奈の蹴りを腹に食らい、仰向けに倒れていたレンマは、何事も無かったようにひょいと起き上がった。
    「あ、あのー」
     レンマの部下たちも先ほどの晴奈たちと同様、遠巻きにレンマを見つめている。
    「ん? どうしたの?」
    「目標が、逃げましたが」
    「あ、うん。じゃ、追いかけようか」
     レンマは短く呪文を唱え、ふわりと浮き上がった。
    「『エアリアル』。……さぁ、セイナさん。待っててくださいねぇー」
     レンマは空高く浮き上がり、晴奈たちの逃げた方角へ飛んでいった。
     残された部下たちは顔を見合わせ、ぼそっとつぶやいた。
    「……やだ」「うん……」

     レンマは上空から、晴奈たち三人の動きをじっくり監視する。
    「あぁ……、可愛い人だ」
     レンマはニヤニヤしながら、晴奈の後姿をなめるように見つめた。
    「……っ」
     その視線に気付き、晴奈はそーっと後ろを振り返る。
    「げ」
    「いらっしゃいます、わ、ね」
    「は、早く逃げましょう、セイナさん!」
    「う、うむ」
     レンマに見つからないよう、三人は家屋の軒下や日陰、ひさしの下などを進む。だが、空中を飛び回る敵が相手では、隠れても隠れてもすぐに見つかってしまう。
    「みーつけたー」「ぎゃー!」
     見つかる度に晴奈は蹴り飛ばし、殴り飛ばし、しまいには刀まで使ってレンマを叩きのめす。ところが一向に、レンマはダメージを受けた様子が無い。
    「もう、焦らさないでくださいよぉー」「ひーっ!」
     倒れず迫ってくる、気色の悪い敵に気圧され、次第に晴奈は錯乱し始めた。
    「か、勘弁してくれぇ……」「セイナ、気をしっかり!」「あ、ああ」
     精神的に疲労し、晴奈の顔色はひどく悪い。
    「ど、どこか逃げる場所は……」
     フォルナもエランも、晴奈同様真っ青な顔になっている。
     と、晴奈の襟がいきなり引っ張られた。
    「ひ……っ」
    「落ち着けって! 私だね! とりあえず黙ってね! しばらく黙って!」
    「え、あ、え、モール、殿?」
    「黙れって!」
     後ろに突然現れたモールに、晴奈たちは目を白黒させながらも応じる。
    「……」
    「よし、私の服ちゃんとつかんで! 『インビジブル』!」
     モールが術を唱えた途端、晴奈たちの姿が透明になる。
    「……!?」
     いきなりの事態に晴奈たちは驚いたが、モールの言葉に従って口を堅く閉じる。
    (な、何なのだ、一体)
    《透明にする術だね》
     モールのローブをつかんでいた晴奈の腕に、モールのものと思われる指でそう書かれた。
    (透明? ……なるほど、これならば)
     そのままじっとしていると、上空にレンマの姿が現れた。
    「セイナさーん、どーこー?」
     レンマはしばらく空中を浮遊していたが、10分も経った頃、ようやく諦めたらしい。
    「いない……」
     レンマは非常にがっかりした顔で、よろよろと降下していった。

    蒼天剣・赤色録 2

    2009.06.21.[Edit]
    晴奈の話、第312話。 空飛ぶストーカー。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「始めまして、コウさん。僕の名前はレンマ・『マゼンタ』・アメミヤと言います。あ、こんな名前ですけど、央南人じゃないです」「は、あ」 晴奈は敵と思しき青年からの意外な言葉に、どうしていいか分からず呆然としている。「義父が央南の血を引いてまして、僕の名前は央南っぽく付けていただいたんです。ちなみに央南語で書くと、『雨宮蓮...

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    晴奈の話、第313話。
    ツンデレ賢者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「はーっ、はーっ……」
     晴奈はまだ青ざめた顔で、椅子にへたり込んでいる。
    「まあ、その、……災難でしたね、ホントに」
     エランは同情した顔で、晴奈に水を差し出す。
    「……んぐ、うぐっ」
     晴奈は半ばひったくるように水を受け取り、一息に飲み干した。
     モールの助けでレンマの襲撃を回避したフォルナ班は、ともかく晴奈を落ち着かせるため、近くの喫茶店で休憩していた。
    「はー……」
    「なるほどねぇ、晴奈はあーゆータイプが大嫌いか」
     気味の悪い敵から逃げ回り、疲れきった三人を尻目に、モールだけがケラケラと笑っている。
    「誰でも嫌悪すると思いますわ、あのような方だと」
    「ま、私だってあんなアホは大っ嫌いだけどもね、晴奈の怯え方は激しすぎじゃないかって思うんだけどね」
    「……うーむ、何と言うか」
     晴奈はコップを両手で握りしめながら、己の動揺を思い返す。
    「生理的に苦手、と言うか。ともかく、殴られても蹴られても嬉々として向かってくるような輩を好きになれる神経は、私には無い」
    「まあ、それは同感だねぇ。……ところで、気になってたことがあるんだけどね」
     モールは杖を撫でながら、敵への考察を話す。
    「あのレンマってヤツ、晴奈の攻撃ボコボコ食らってたわりには平然としてたよね」
    「ああ、確かに」
    「手加減なんかしてないよね」
    「当たり前だ」
    「女で猫獣人だから、腕力は元々そんなに無いとは言え、それでも一端の剣士だ。その拳で目一杯殴りつけて平気、ってのはちょっと気になるねぇ」
    「ふむ」
     モールの指摘に、三人は一様にうなずく。と、エランが恐る恐る手を挙げて発言する。
    「あの、それに、レンマが連れていた部下も異様にタフだったような。セイナさん、思いっきり刀で叩いてましたよね、頭」
    「ああ」
    「僕だったら、あんなの食らったら死んじゃいますよ」
    「いや、君じゃなくとも重傷は免れないね、峰打ちとは言え」
     モールの言葉にフォルナが「あら」と声を上げ、にっこりと微笑んだ。
    「いつからご覧に? そのご様子だと、ずっと前から後をつけていらしたのですね」
    「ん? ああ、あー、と、その、まあ。偶然だね、偶然。うん、偶然通りかかったね」
     モールはしどろもどろに返答しながら、ぷいと顔を向けた。
    「ま、まあ。それは置いといて、ね。
     峰打ちとは言え、刀は金属製の武器だ。そんなもんで頭を叩かれたら、間違いなく重傷を負うはずだね。でも、敵は平気で襲い掛かってきた。異様に頑丈だと思わないね?」
    「ふむ、確かに」
    「どうやら魔術か何かで、相当体を強化してるみたいだねぇ。……ま、役に立つかどうかわかんないけどね」
     モールは自分のかばんをもそもそと漁り、一冊のノートを取り出した。
    「何て言ったっけ、狐っ娘」
    「わたくしですか? フォルナ・ファイアテイルです」
    「あ、そうそう、フォルナだったね。ちょっと耳貸し」
    「はい?」
     モールはノートを紐解きながら、フォルナに何かを教えた。
    「……はあ、……ええ、……なるほど」
    「この術を使えば、しばらくはどんな術効果も無効化されるはずだね」
    「でもこの術、『フォースオフ』と同じような……」
    「ちょっと違うね。それよりもう一段効果的な術になってる。いっぺん、機会があったら試しに使ってみな、超面白いコトになるからね」
    「はあ……」
     ニヤニヤしているモールに対し、フォルナはどうにも納得がいかなそうな顔をしている。
    「あ、そうそう。コレも教えとく。さっき使った、姿を消す術。割と便利だから、しっかり覚えとくようにね」
    「はい」
    「あ、それからね……」
     その後も、モールはあれこれと術を教えてくれた。

    「それじゃ、私はこの辺でね。気を付けなよ」
     モールはひとしきり術を教えたところでそそくさと席を立ち、そのままどこかへ去ってしまった。
    「……あの人、何だかんだ言って僕たちのこと、助けてくれるんですね」
    「ああ」
    「面白い方ですわね」
     三人はモールの素っ気無い口ぶりと態度の違いに、クスクスと笑っていた。

    蒼天剣・赤色録 3

    2009.06.22.[Edit]
    晴奈の話、第313話。 ツンデレ賢者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「はーっ、はーっ……」 晴奈はまだ青ざめた顔で、椅子にへたり込んでいる。「まあ、その、……災難でしたね、ホントに」 エランは同情した顔で、晴奈に水を差し出す。「……んぐ、うぐっ」 晴奈は半ばひったくるように水を受け取り、一息に飲み干した。 モールの助けでレンマの襲撃を回避したフォルナ班は、ともかく晴奈を落ち着かせるため、近くの...

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    晴奈の話、第314話。
    「マゼンタ」帰還報告。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     殺刹峰アジト。
    「それでですね、逃げるセイナさんがまた可愛くて……」「レンマ君」
     レンマからの帰還報告――ほとんどが晴奈についての感想だったが――を聞いていたモノはため息をつき、話をさえぎった。
    「過程はもういい。結果を話したまえ」
    「あ、はい。まあ、結局のところですが、逃げられまして。街中を探しても見つからなかったので、既にクロスセントラルへ発ったものと思われます」
    「そうか。死亡した者は?」
    「いません。全員無事です」
    「コウとファイアテイルの攻撃を受けた兵士は?」
    「帰還後、義父さんのところに運んで……」「それはやめてちょうだぁい」
     レンマの背後に、いつのまにかオッドが立っていた。
    「あ、義父さん」
    「だーかーらぁ」
     オッドはレンマの額を指で弾き、口をとがらせる。
    「アタシを『おとーさん』なーんて呼ばないでちょうだいよぉ」
    「あ、すみません。……えっと、ドクター。容態はどうでしょうか?」
     オッドは手にしていたカルテをレンマとモノに見せる。
    「痛みは感じてないみたいだけどぉ、顔面裂傷に頭蓋骨と脛骨、第一・第二・第三中足骨の骨折。それと大腿筋その他の断裂。大ケガよぉ」
    「『マゼンタ』隊にも他の隊と同様の薬を投与していたのだな?」
    「うんうん。ま、これと同程度のケガは他の隊もしてたしぃ、やっぱり薬だけじゃ十分な防御力を得られそうにはないみたいねぇ」
    「今後の目標は耐久性、と言うわけだな」
     モノはカルテをオッドに返し、短くメモを取った。
    「うーん……」
     オッドはカルテを抱え、パキパキと指を鳴らしている。
    「どうした?」
    「いえねぇ、実戦投入はまだ早かったんじゃないかなぁ、なーんてねぇ」
    「ふむ」
     オッドはレンマの横に座り、モノと向かい合う。
    「『バイオレット』隊も兵士が1人逝っちゃったしぃ、こんなんじゃ最終計画の実行には程遠いわよぉ」
    「……いや、しかし」
     モノはオッドの目を見据え、わずかに口角を上げた。
    「逆にこれは問題点の洗い出しを行い、最終計画実行を早めるチャンスかも知れん。公安と闘士たちが相手ならば、十分な実戦データが手に入るだろうからな」
    「なるほどねぇ。相変わらずのプラス思考ねぇ、トーレンス」
    「単に最大効率を検討し続けているだけだよ、シアン」
     モノはそう言って席を立った。

     残ったオッドとレンマはそのまま座っていたが、不意にレンマが口を開いた。
    「ドクター、少し聞きたいことが」
    「んっ?」
    「その、何と言うか……」
     妙にモジモジしているレンマを見て、オッドはウインクした。
    「なぁに? 好きな子の話ぃ?」
    「あぅ」
     オッドに看破され、レンマの顔は真っ赤になった。
    「アハハハ、まーた赤くなっちゃってぇ。……で、誰なのよぉ? フローラ? ミューズ? それともぉ……」
    「……です」
    「んっ?」
     レンマはうつむきながら、想っている人の名を告げる。
    「セイナさん」「ぶっ」
     その名前を聞くなり、オッドは吹き出した。
    「アンタねぇ……、よりによって敵ぃ?」
    「はい」
    「……アホねぇ」
     オッドはため息をつきながら、レンマの額を突いた。
    「んで、何を聞きたいのーぉ?」
    「あのですね、思い切って告白してみたんです――あの、そんな、引っくり返って起き上がれない亀を見るような目、しないでくださいよ――でもですね、受け入れてくれなくて、ほら」
     レンマは頭のコブをオッドに見せる。
    「あーら、見事に腫れてるわねぇ」
    「『ふざけるな』って怒られちゃったんですよ。……真剣なのに」
    「そりゃアンタ、敵から『好きです。付き合ってください』なーんて言われたら断るでしょーよ、常識的に考えて」
    「ですよね……。でも、やっぱり好きなんです。どうやったら、真剣だって分かってくれるんでしょう?」
     もじもじするレンマを見て、オッドはまたため息をついた。
    「論点ずれてるでしょぉ、それは。どうやって想いを伝えるかよりもぉ、どうやって付き合うかが問題でしょーぉ?」
    「え、あー、……そうかも」
     レンマは頭をポリポリとかきながら、また顔を伏せる。
    「……アンタ、本っ当に『プリズム』の中で一、二を争うアホねぇ。アタシ、かなり心配になっちゃうわぁ」
     オッドは三度ため息をつきながら、子供の頭を撫でた。

    蒼天剣・赤色録 4

    2009.06.23.[Edit]
    晴奈の話、第314話。 「マゼンタ」帰還報告。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 殺刹峰アジト。「それでですね、逃げるセイナさんがまた可愛くて……」「レンマ君」 レンマからの帰還報告――ほとんどが晴奈についての感想だったが――を聞いていたモノはため息をつき、話をさえぎった。「過程はもういい。結果を話したまえ」「あ、はい。まあ、結局のところですが、逃げられまして。街中を探しても見つからなかったので、...

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    晴奈の話、第315話。
    お酒の飲み方。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     レンマが「フォルナ班は既にエンジェルタウンを離れたもの」と見なし、あっさりと撤退していったため、晴奈たちは何事も無かったかのように、まだエンジェルタウンに滞在していた。
     と言っても現在はクロスセントラルへ向かう準備を終えて、最後の宿を取ったところである。
    「残念でしたねー、何も情報が無くて」
     エランがほぼ真っ白なメモ帳を眺め、がっかりした声を上げる。
    「まあ、仕方ないさ。襲撃もかわせたし、可もなく不可もなくと言った具合だな」
     ベッドの上で刀の手入れをしていた晴奈が、のんびりとした口調でエランに相槌を打つ。
     数日間の情報収集による疲れを取るため、三人は早めに宿を取っていた。フォルナも他の二人と同様に気が抜けた様子で、ベッドの上に寝転んでいる。
    「ふあ、あ……」
     横になっていたので、眠気もやってくる。
    「すみませんがわたくし、先にお休みさせていただきますわ」
    「あ、はーい」「おやすみ、フォルナ」
     フォルナはするりとベッドに入り込み、すぐに眠り始めた。

    「……ん」
     のどの渇きを感じ、フォルナは目を覚ました。部屋の灯りは落ち、晴奈もエランも眠りに就いている。
    (お水、飲もうっと)
     横で寝ている晴奈を起こさないよう、そっとベッドを抜け出し、部屋の外に出る。
     階下の食堂にはまだ、酒を呑んでいる者がチラホラと見える。フォルナはふと、去年のことを思い出した。
    (そう言えば、わたくしが始めてお酒を呑んだのって、セイナとコスズさんと、一緒に旅を始めた頃だったわね)
     フォルナの脳裏に、リトルマインでの出来事が蘇ってくる。三人で温泉に入り、初めて口にしたワインの味を思い出し、思わずフォルナののどが鳴った。
    (……久しぶりにお酒、呑んでみようかしら)
     フォルナはふらっと、カウンターに着いた。
    「いらっしゃいませ」
    「えっと、ワインを」
    「ワインですか? 赤と白、どっちに?」
    「え?」
     バーテンダーに問われ、フォルナは戸惑う。その様子を見たバーテンダーが、妙な顔をした。
    「どうしました?」
    「あ、いえ。……えっと、じゃあ、白で」
    「はい」
     バーテンダーは後ろを振り返り、瓶とグラスを取る。
    「お客さん、あんまり呑み慣れてなさそうですね」
    「あ、はい。あまり呑んだことがなくて」
    「何でまた、今日は呑もうと思ったんですか?」
     そう問われ、フォルナは考え込む。
    「えっと……、何となく、ですわね。昔の旅を思い出して、呑みたくなりましたの」
    「そうですか。……はい、軽めのものをご用意しました」
     バーテンダーが差し出したグラスを手に取り、フォルナは礼を言う。
    「ありがとうございます。……それでは」
     口をつけようとして、不意に小鈴が言った言葉を思い出す。
    ――フォルナ、お酒はそーやって呑むもんじゃないわよ。もっとゆーっくり、味わって呑まなきゃ。そんな『これから死地に飛び込みます』みたいな顔で呑んじゃダメだってば。お酒に失礼よ――
    (そうそう、『ゆーっくり』、だったわね)
     グラスに鼻を近づけ、すんすんと匂いを嗅ぐ。しっとりとしたブドウの香りが、鼻腔一杯に広がっていく。
    「はぁ……」
     続いて、口に含む程度にワインを呑む。わずかな酸味と刺激の後に、くっきりとした甘さが感じられた。
    「美味しい」
    「……ヒュー」
     フォルナの呑む様子を眺めていたバーテンダーが、感心した顔で口笛を吹いた。
    「え?」
    「あ、いや。綺麗に呑む方だと思いまして、つい」
    「あら、ありがとうございます」
     にっこりと笑うフォルナに、バーテンダーの顔もほころんだ。

    「……い、おーい」
     いつの間にか眠ってしまったらしい。フォルナは肩をゆすられ、目を覚ました。
    「ん……、う、ん?」「起きたか、フォルナ」
     顔を上げると、晴奈の口とのど元が視界に入る。
    「ええ、はい……。ちょっと、まぶたが重たいですけれども」
    「出発まで5時間ほどある。もう少し眠るか?」
    「ええ。……いたっ」
     晴奈に手を借り、立ち上がろうとしたところで、ひどい頭痛に襲われる。
    「どれだけ呑んだ?」
    「え? えっと……」
     皿を洗っていたバーテンダーが、フォルナの代わりに答える。
    「ワイン半分くらいですね。……起こすのも悪いかなと思って、ガウンだけかけておきましたけど」
    「そうか、すまなかったな」
    「いえ……」
     晴奈はバーテンダーにガウンを返し、フォルナの側にしゃがみ込む。
    「立てるか?」
    「え、……と。すみません、足に力が入りませんわ」
    「そうか」
     晴奈はフォルナの体を起こし、そのまま背負い込む。
    「部屋まで送ってやる」
    「ありがとう、ござぃ……」
     ありがとうございます、と言ったつもりだったが、語尾が自分でも分かるくらい、非常に弱々しかった。
    「水臭いな、フォルナ」
     晴奈はクスッと笑う。
    「お主と私の仲では無いか」
    「ええ、そぅ……」
     何か言おうとしたが、やはり最後まで言い切れない。フォルナはしゃべるのを諦め、晴奈の肩にしがみついた。

     なお、この数時間後にフォルナは目を覚ましたが、二日酔いは治らなかった。仕方ないので、晴奈たちはもう一日宿泊することになった。
     レンマ隊に襲われたことと、この出来事以外は特に何事も無かったかのように、フォルナ班は首都への歩を進めた。



     しかし――彼女たちはまだ、重大なことが静かに起きていたことに、この時点ではまったく気付いていなかった。

    蒼天剣・赤色録 終

    蒼天剣・赤色録 5

    2009.06.24.[Edit]
    晴奈の話、第315話。 お酒の飲み方。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. レンマが「フォルナ班は既にエンジェルタウンを離れたもの」と見なし、あっさりと撤退していったため、晴奈たちは何事も無かったかのように、まだエンジェルタウンに滞在していた。 と言っても現在はクロスセントラルへ向かう準備を終えて、最後の宿を取ったところである。「残念でしたねー、何も情報が無くて」 エランがほぼ真っ白なメモ帳を...

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    晴奈の話、第316話。
    風の魔術剣。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     バート班がペルシェの襲撃を受け、フォルナ班がレンマに追い回されていたのと同様に、ジュリア班も殺刹峰からの襲撃を受けていた。

     ウエストポートを発って1週間後、ジュリア班は軍艦製造の街、ソロンクリフに到着していた。
    「ふーん……」
     街は崖を挟んで上下に広がっており、崖上の街からは船を造っている様子が見渡せる。それを眺めていた小鈴は、率直な意見を述べた。
    「でっかいわねぇ」
    「そりゃ、船だもの。でも、軍艦じゃ無さそうね。普通の商船みたい」
    「まあ、軍事機密をこーんな真上から見れるわけないしねぇ」
     ジュリアと小鈴は半分観光しているような気分で、下の街を見下ろしていた。2人の後ろにいる楢崎も、同様にのんびりとした様子で声をかける。
    「お嬢さん方、ひとまず休憩してはどうだろう?」
    「そーね、歩き通しだったし。んじゃ、どっかに宿取ろっか」
    「ええ。……商業関係は、上の街が担当してるみたいね。宿もこっちの方かしら」
     ジュリアは辺りを見回し、そしてある一点に目を留めて硬直した。
    「……ん? どしたの、ジュリア」
    「あれ、ちょっと見て」
     ジュリアが顔を向けている方向に、小鈴も楢崎も目を向けてみた。
    「おや……?」
    「何か、睨んできてるわね」
    「ええ、明らかに敵意を抱いているようね」
     三人の視線の先には、紫の布で頭と口元を覆った短耳の女性と、武器を持った4名の男女がいた。「どーする?」
    「うーん」
    「こちらへ向かってくるな……」
    「逃げとく?」
    「そうね。変な争いはしたくないし」
     三人は同時にコクリとうなずき、一斉に身を翻した。
    「あ……」
     だが、反対側からも同じような者たちが4名やってくる。
    「囲まれちゃった?」
    「そのようだね」
    「参ったわね……」
     そうこうしている内に、敵らしき者たちが小鈴たちの前後に立ち止まった。
    「そこの三名、大人しくしなさい」
    「してるじゃない。今までじっとしてたでしょ、ココで」
     声をかけてきた紫頭巾に、小鈴はふてぶてしく返す。頭巾は言葉に詰まり、憮然とした目を小鈴に向ける。
    「……ええ、そう、ね。……コホン。我々は殺刹峰の者よ。我が組織を調べようとしているあなたたちを、看過することはできない。よって」
     頭巾は片手を挙げ、小鈴たちを囲んでいる者たちに指示しようとした。
    「抹殺開始よ。全員、かか……」
     だが頭巾が手を挙げたところで、楢崎が彼女の鳩尾に、鞘に納めたままの刀を突き込んだ。
    「……っ」
    「僕らはこんなところで足止めされるわけには行かない。強行突破させてもらうよ」
    「……そうは、行かない!」
     楢崎の初弾を食らった頭巾は、鳩尾を押さえながらもう一度指示した。
    「かかれ! 全員、生かしてこの街から出すなッ!」
    「はい!」
     小鈴たちを囲んでいた者たちが武器を構えるのを見て、小鈴とジュリアも武器を手に取った。
    「しょーがないわね」
    「やれやれ、って感じね」
     楢崎も依然鞘に納めたまま、刀を構える。
    「ふーむ……」
     楢崎は納得が行かなさそうな顔をして、小鈴たちに小声で話しかけた。
    「妙だよ、どうも」
    「え?」
    「今の一撃、普通は悶絶するくらい痛いはずなんだ」
     それを聞いた二人は、事も無げにこう返した。
    「んじゃ、普通じゃないってコトね」
    「面倒臭そうね、戦うのは」
     年長者で、様々な経験を積んでいるからだろうか、この三人は他の2班に比べてとても冷静だった。
    「じゃ、やっぱり逃げよっか」
    「ええ、そうしましょ」
     楢崎の言葉を聞いて、ジュリアは武器の警棒を納める。そして小鈴は何か、もごもごとつぶやいている。楢崎はジュリアに耳打ちした。
    「どうするんだい? 三方に敵、後ろは崖。何かいい策が?」
    「ええ。こっちには水に土、おまけに風の術まで使える魔法使いがいるもの」
    「なるほど」
     小鈴が呪文を唱え終わり、楢崎とジュリアに声をかけた。
    「準備できたわ! つかまって!」
    「おう!」「了解よ!」
     二人が小鈴の巫女服の袖をつかんだところで、小鈴が術を発動した。
    「『エアリアル』、さいならー」
     三人は空に浮き上がり、そのまま崖を滑り降りていった。
    「あっ、逃がすかッ!」
     頭巾は眼下へ逃げていく小鈴たちをにらみつけ、腰に佩いていた剣を抜いた。
    「くらえッ!」
     ごう、と風のうなる音が響く。
    「……?」
     次の瞬間、三人は強い衝撃を受けて弾き飛ばされた。

    蒼天剣・紫色録 1

    2009.06.26.[Edit]
    晴奈の話、第316話。 風の魔術剣。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. バート班がペルシェの襲撃を受け、フォルナ班がレンマに追い回されていたのと同様に、ジュリア班も殺刹峰からの襲撃を受けていた。 ウエストポートを発って1週間後、ジュリア班は軍艦製造の街、ソロンクリフに到着していた。「ふーん……」 街は崖を挟んで上下に広がっており、崖上の街からは船を造っている様子が見渡せる。それを眺めていた小鈴...

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    晴奈の話、第317話。
    ドSな小鈴。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「きゃ……!?」
     弾かれた衝撃で、ジュリアは小鈴の袖を離してしまう。
    「ジュリア!」「なんのッ!」
     小鈴は一瞬顔を青くしたが、術の集中に戻る。その間に楢崎が豪腕を活かし、空中でジュリアの腕をがっちりとつかんだ。
    「……あ、ありがとう、ナラサキさん」
    「お安い御用だよ」
    「よっし、バランス回復っ!」
     小鈴も何とか体勢を立て直し、三人は無事下町に着地した。
    「チッ……!」
     崖の上で三人の動きを見ていた頭巾は舌打ちし、連れて来た兵士たちに号令をかける。
    「急いで追うわよ! もう一度言うわ、ここから生かして返さないで!」
    「了解!」
     頭巾と兵士たちは、大急ぎで下町への長い階段を下りていった。

    「んっふっふ」
     一方、こちらは小鈴たち。
    「そー簡単に追いつかれてたまるもんですかっての」
    「どうするんだい?」
    「こーすんのよ」
     小鈴は杖を、頭巾たちが下りている最中の階段に向けた。
    「秘術、『クレイダウン』!」
    「……?」
     小鈴が叫んだ術の名前を聞いて、ジュリアはきょとんとしている。
    「何それ? 聞いたことない術ね?」
    「あたしのオリジナル。ま、見てて見てて」
     小鈴はニヤニヤしながら敵の動きを眺めている。と――。
    「きゃあっ!?」
    「おわああっ!?」
     階段の一部がぐにゃりと曲がり、敵全員が落下した。
    「……うわあ、容赦無しね」
    「そりゃ、敵だし。ちなみに落ちた先も粘土層に変えてあるから、あいつらめり込んでしばらく動けなくなるはずよ」
    「コスズ、あなたって本当にアコギな術ばっかり作るわね。昔も土の術で舟作って、私を無理矢理乗せて……」
    「え、まだ覚えてたの? ……んふふふ、ふ」
     小鈴は口に手を当て、クスクス笑っている。楢崎はその様子を見て、呆れ気味にこうつぶやいた。
    「……ひどいなぁ、橘君は」

    「く、そっ」
     小鈴の目論見通り、頭巾たちは揃って地面にめり込んでいた。だが他の2隊同様、彼女らも薬や魔術で体を強化している。
    「全員、動ける!?」
    「はい、大丈夫です」
    「でも、足がめり込んで……」
     頭巾はため息をつき、地面に半分沈みかかった剣を抜いて掲げた。
    「全員、動かないでよ! はあッ!」
     頭巾が剣を振るい、地面がズバッと裂ける。
    「さあ、全員抜けて!」
    「は、はい!」
     兵士たちは裂けた地面からゾロゾロと抜け出し、体勢を整え直す。
    「あいつら、どこッ!?」
    「風向きなどから考えて恐らく、ここからそう離れていないかと」
    「それじゃ追うわよ!」
     頭巾と兵士たちは足並みを揃え、小鈴たちが着地した地点へと急いだ。

     が、これも小鈴は予想済みだった。
     着地した場所からはとっくに離れていたし、敵が追いついてくることも想定していた。
    「……ふーん」
     小鈴たち三人は物陰に隠れ、追いついた敵の様子を伺っていた。
    「ここから見る分にはまだ皆、普通の人間に見えるんだけどね」
    「そうね。でもナラサキさん、戦ってみた感じは……」
     楢崎は小さくうなずき、ジュリアに同意する。
    「ああ。結構力を入れて峰打ちしたのに、手ごたえが異様に硬かったんだ。まるで、岩を相手にしている気分だった。まともにやりあってたら、かなり苦戦しそうだよ」
    「敵にはあのドクター・オッドが付いてたのよね、そう言えば。
     性格はともかくとして、医者としての腕は確かだったらしいから、何らかの外科手術か投薬をされている可能性は、非常に高いわ」
     ジュリアの考察に、小鈴が付け加える。
    「それに、魔術による強化も施されてるかもね。
     二人にはあんまり感じられないかもだけど、あいつらの体から、魔術使用時に良く見る紫色の光って言うか、もやみたいなのがチラチラ見えてる。
     正直、大口径のライフルで撃っても大して効かないんじゃないかしら」
    「それは穏やかじゃないね。……おや」
     楢崎が敵の様子を見て、声を上げる。
    「一人、倒れてる」
    「え?」
     小鈴とジュリアも、楢崎の視線の先に目をやる。
    「う……、うっ……、がっ……」
    「ど、どうしたの!?」
     兵士の一人が胸を押さえ、悶絶している。間もなく黄色い液体を吐き出し、動かなくなった。
    「な……、え……?」
     頭巾はうろたえ、倒れた兵士を揺する。
    「どうしたのよ!? ねえ、ねえってば!」
    「……」
     だが、頭巾の呼びかけに兵士は応えない。口からダラダラと、黄色く濁った血を吐き出すばかりである。
    「これって……、え、ねえ、何……?」
     頭巾は困惑しているらしく、周りの兵士をきょろきょろと見ている。
     と――楢崎が声を上げる。
    「おや、口布が取れたね。……なるほど、口布を当てていたわけだ」
     楢崎の言う通り、頭巾が口に当てていた紫色の布が落ち、彼女の顔があらわになる。
    「……!」「うわ、えぐっ」
     その素顔を見て、小鈴もジュリアも口を抑え、うめく。
     頭巾の顔には、左目の上から右頬にかけて刀傷がついていたからだ。いや、それだけではない。刀傷に沿うように、火傷も重なっている。
    「……っ!」
     頭巾は慌てて口布を拾い、顔を隠しながら叫んだ。
    「プラン00よ! これは不測の事態だから、私たちは十分な活動ができないと判断したわ! 撤退よ、撤退!」
    「りょ、了解!」
     兵士たちと頭巾はバタバタと騒がしい音を立てて、その場から立ち去ってしまった。
    「……えーと」
     振り返った楢崎に、ジュリアが冷静な声でこう返した。
    「危険回避ね。もう少し様子を見てから、あの倒れてる兵士を調べましょう」

    蒼天剣・紫色録 2

    2009.06.27.[Edit]
    晴奈の話、第317話。 ドSな小鈴。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「きゃ……!?」 弾かれた衝撃で、ジュリアは小鈴の袖を離してしまう。「ジュリア!」「なんのッ!」 小鈴は一瞬顔を青くしたが、術の集中に戻る。その間に楢崎が豪腕を活かし、空中でジュリアの腕をがっちりとつかんだ。「……あ、ありがとう、ナラサキさん」「お安い御用だよ」「よっし、バランス回復っ!」 小鈴も何とか体勢を立て直し、三人は無事...

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    晴奈の話、第318話。
    マヌケな鉢合わせ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     敵が完全に逃げ去ったのを確認したところで、小鈴たちは倒れた兵士を観察することにした。
    「あんまりココでじっとしてちゃ、人が来るわ。何だかんだ問いつめられたら面倒だし、ぱぱっと見ちゃいましょ」
    「そうね。……身分を証明するものは無し。武器は小剣と、短剣だけ。……これは何かしら?」
     兵士のポケットから、青い液体の入った薬瓶がころんと出てきた。
    「見た目からすると、毒かな?」
     楢崎の意見にジュリアがうなずきつつ、こう返す。
    「もしくは、身体強化の薬かも。押収しておきましょう」
    「他には何にも無さそーね。じゃ、撤収しましょ」
     小鈴たちは急いでその場を離れ、人通りの多い港へ入った。
    「さてと、上町にはしばらく行けなさそうだし、今日、明日くらいはこっちにいることになりそうね」
    「あなたが階段壊したんじゃない」
     ジュリアの突っ込みを流しつつ、小鈴は今後の行動を尋ねてみる。
    「んで、これからどうしよっか? まず宿探しの方が先よね」
    「……ええ、そうね。こっちは工場や造船所ばかりだし、数は少なそうだから、あなたが階段を壊したせいでこっちに締め出された旅人とかが、慌てて宿探しを始めるでしょうから、早めに探さないとね」
    「押すわねぇ、アンタも」
     小鈴が口をとがらせたところで、楢崎が話に加わる。
    「でも、さっきの敵も恐らくこちらに閉じ込めらているだろうし、ここで2日泊まるとなると、鉢合わせするかも知れないね」
    「あー」
     小鈴はそっぽを向いて、杖の鈴をいじり始めた。
    「あなたが……」「しつこいっ、ジュリア」

     楢崎の読み通り、先程の頭巾たちは上町に上る階段の前で舌打ちしていた。
    「チッ……」
    「これじゃ登れそうにありませんね」
    「仕方ない、全員擬装用意!」
     頭巾の号令に従い、兵士たちは羽織っていた黒いコートを脱ぎ、どこにでもいそうな町民の姿になった。
     頭巾自身も顔を隠していた布をフードに変え、街娘の姿になる。
    「階段が修復されるまで、各自散開して行動すること! 修復され次第この場所に集合し、本拠地に帰還! 以上、解散!」
     頭巾の号令に従い、兵士たちは街路の奥に消えていった。全員の姿が見えなくなったところで、頭巾も歩き出した。
    「……さてと。私もどこかに身を潜めなきゃ」



     どうにか下町での宿を見つけた小鈴たちは、黙々と昼食を取っていた。
    「なーんか美味しくないわね、この魚」
    「うーん、確かに」
    「栄養無さそうね、何と言うか」
     食堂で出された魚料理は妙に味気なく、調味料の味しかしない。
    「まあ、造船所のすぐ近くだろうしねぇ」
    「魚の健康に悪いんだろうね」
     味にうるさい小鈴がぼやいているが、ジュリアは気に留めていない。
    「食事を楽しみに来たわけではないし、別にいいじゃない」
    「ま、そーだけどね」
     と、一足先に料理を平らげ、水に手を伸ばした楢崎が顔を上げた。
    「ん……?」
    「どしたの?」
    「いや、何か……」
     言いかけた楢崎の顔がこわばっている。
    「うーん……。参ったね、どうも」
     楢崎の視線の先には、先程の紫頭巾の姿があった。
    「……あっ」
     食堂の入口で立ち止まったまま、頭巾は硬直している。口に手を当てたり、フードを直したりと、混乱しているのが良く分かる。
    「えっと、……君?」
     おろおろしている頭巾に、楢崎が声をかけた。
    「ひゃ、ひ?」
     恐らく「はい?」と言おうとしたのだろう。頭巾は変な声を上げて反応した。
    「そこで突っ立っていたら、他のお客さんの邪魔になる。とりあえず、こっちに来たらどうだい?」
    「な、何で敵の命令なんかっ」
     うろたえる頭巾に対し、楢崎は妙に飄々とした態度を執る。
    「命令じゃないよ、提案だ。それとも敵を前にして背を向けるのが、央北の剣士の戦い方なのかな?」
    「ちが……、違うわよ、色々っ。……ま、まあ、応じない理由なんてないし、行ってあげるわ」
     頭巾はギクシャクとした足取りで、楢崎の隣に座った。座ったところで、楢崎が質問を投げかける。
    「他の人は?」
    「へ?」
     楢崎の応対に、頭巾は一々妙な声を上げている。
    「君と一緒にいた、他の人はどこに行ったのかな?」
    「え、あの、……あなたたちを倒すのに、不都合が生じたのよ。だから今回は、何もしないであげるわ」
    「答えになってないよ。どこに行ったの?」
    「うっ……」
     フードで隠れてはいるが、頭巾の顔色が悪くなっているのが伺える。横で見ていた小鈴は半ば呆れつつ、頭巾を哀れんでいる。
    (まあ、3対1だもんねぇ。そりゃ顔色悪くなるってもんよ。……にしても、マヌケねぇ)
    「その態度だと、近くにはいないみたいだね。……君、名前は?」
    「も、モエ。藤田萌景」
    「ふむ、央南人か。その傷、焔流の者と戦ったのかな?」
    「えっ?」
     楢崎に指摘され、モエは両手で顔を隠す。
    「み、見たの!?」
    「ああ、悪いとは思ったんだけど。それで、どうなんだい? 戦ったの?」
    「……」
     モエは何も言わずにうつむく。
    「どうしたのかな?」
    「……言う理由なんか無い」
    「そうか。それじゃ次、聞くけど」
     楢崎は先ほど倒れた兵士から入手した薬瓶を見せる。
    「これ、何の薬かな?」
    「それ、は……」
     モエは一瞬顔を上げるが、またうつむく。
    「教えて欲しいんだけど、ダメかな?」
    「言いたくない」
    「そうか。それじゃ、さ」
     楢崎はぐい、とモエの腕を取った。
    「飲んでみてくれるかな?」
    「え」
     楢崎の言葉に、モエの顔色が変わった。
    「やっぱり毒なのかい?」
    「ち、違うわ。それ、飲み薬じゃないもの」
    「なるほど。どうやって使うのかな?」
    「……」
     また黙り込んだモエを見て、ジュリアが声をかけた。
    「モエさん、でしたか。あまり我々を手間取らせないでいただきたいのですけれども」
    「えっ?」
    「お分かりでしょうが、これは既に尋問です」
    「……」
     モエの顔色が、一層悪くなった。

    蒼天剣・紫色録 3

    2009.06.28.[Edit]
    晴奈の話、第318話。 マヌケな鉢合わせ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 敵が完全に逃げ去ったのを確認したところで、小鈴たちは倒れた兵士を観察することにした。「あんまりココでじっとしてちゃ、人が来るわ。何だかんだ問いつめられたら面倒だし、ぱぱっと見ちゃいましょ」「そうね。……身分を証明するものは無し。武器は小剣と、短剣だけ。……これは何かしら?」 兵士のポケットから、青い液体の入った薬瓶がこ...

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    晴奈の話、第319話。
    もう一名の敵将。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「……うん?」
     と、これまで飄々とした態度で尋問を続けていた楢崎が、急に渋い表情を浮かべ、外に目を向けた。
    「藤田くん。外の連中は、君の知り合いかな?」
    「え」
     楢崎の言葉に、モエも外に目を向ける。
    「……! え、え!? 何で!?」
     モエは立ち上がり、外へと飛び出して行く。
    「待ちなさ……」「待った、ジュリア君!」
     止めようとしたジュリアをさえぎり、楢崎が耳打ちした。
    「囲まれているよ。恐らくは20名ほど。下手に飛び出せば、蜂の巣にされてしまう」
    「そう、ですか」
     耳打ちされたジュリアは冷静に振る舞ってはいるが、途端に口数が少なくなる。小鈴も顔に緊張の色を浮かべながら、ジュリアに尋ねた。
    「で、コレはピンチってヤツよねぇ?」
    「……そうなるわね」

     店の外に飛び出したモエは、店を囲んでいた兵士たちを見回す。先程散開させた自分の部下たちに混じり、他の隊長が従えている兵士も並んでいる。
    「あなたたち、どうしてここに!? この街には『バイオレット』隊だけが来ることになっていたはずよ!?」
    「ドミニク先生からの指令です。内緒にしろと言われていましたけど」
     兵士たちの後ろから、青い髪の猫獣人が姿を現した。
    「ネイビー!?」
    「どうも、モエさん。その焦りようからすると、割と危ないところだったみたいですね」
    「そ、そう、だけど。でも、……どう言うことなの? ドミニク先生は、私に任せるって」
    「ええ。確かに、『特にトラブルが発生しなければ、見守っていなさい』と言われていましたけど。けど今、あなたは一人。間違いなく、トラブルに見舞われています。
     それともモエさん、あなたは一人でこの状況を切り抜けられましたか? もしそうなら、『余計なことをしました』って謝りますけど」
     ネイビーの涼しげで穏やかな青い目に見つめられ、モエはうなだれた。
    「……ええ、そうね。確かに今、私はピンチに陥っていたわ。ありがとう、ネイビー」
    「いえ、お気になさらず。それで敵の話ですけど、皆さんこの店の中ですか?」
    「ええ、中にいるわ」
    「それじゃ、占拠しましょう」
     ネイビーはそう言うと、周りの兵士たちに合図を送った。
    「『インディゴ』隊、作戦開始です。この店をただちに制圧してください」
    「はい!」
     兵士たちはネイビーに敬礼し、一斉に店へとなだれ込んだ。
     が、1名戻ってくる。
    「『インディゴ』様、敵がおりません!」
    「え?」
    「嘘でしょ?」
     ネイビーとモエも店の中に入る。
    「ひ……」
    「な、何なんだアンタたちは」
    「何もしないから、その槍下げてくれよ……」
     モエたちは怯える店員と客たちを眺めたが、既に小鈴たちの姿は無かった。

    「あーぶない、危ない」
     慌てて屋根裏に回った小鈴たちは、下の様子に耳を傾けながら屋根板をはがしていた。
    「もう少し入ってくるのが早かったら、捕まってたわね」
    「ええ、そうね。……ナラサキさん、どうですか?」
    「うん、もう少しで斬れそうだ」
     楢崎が刀でゴリゴリと屋根瓦と下地をはがしている間に、小鈴は下に穴を開けて様子を伺う。
    「あ、さっきのモエって子がいる。キョロキョロしてるわね」
    「どうやら、あの『猫』が手助けをしたみたいね」
     モエの横にはネイビーが立っており、二人は何か会話をしているように見える。
    「じゃあ……みんな……」
    「ええ……けど……」
     だが制圧されているとは言え、普段から騒々しい食堂の中である。二人の会話は良く聞き取れない。
     そうこうするうち、楢崎が屋根に穴を開けた。
    「よし、開いた。脱出しよう」
    「ええ。応援が駆けつけたってコトはさっきの階段も修復されてるでしょうし、そこから逃げましょ」
    「そうしましょう」
     三人は敵の包囲をかいくぐり、素早く街を脱出した。



     食堂の中で、モエはネイビーに詰問していた。
    「ねえ、ネイビー。詳しく聞きたいことがあるの」
    「何でしょう?」
    「初めから、……私たちがこの街に来る前から、あなたは私たちをつけていたの?」
     そう尋ねられ、ネイビーは一瞬視線をそらす。
    「……まあ、その通りです」
    「そう……」
     モエはそれを聞いて、非常に嫌な気分を覚えた。それを察したネイビーが、ゆっくりとした口調で弁解する。
    「でも、モエさんたちの力を信じていないわけではありませんよ。もう一度言っておきますけど、『ピンチにならない限り傍観していなさい』と念押しされていましたから」
    「それは、良く分かってる。でも、なぜ? なぜ私たちに、そんな監視をつけたの?」
    「……実は、モエさんたちだけじゃないんです。他の2隊にも、同様に別働隊をつけていたんですよ」
     思いもよらないことを聞き、モエは目を丸くした。
    「私たち? じゃあ、レンマやペルシェにも、みんなに?」
    「ええ、みなさんに。ですけど多分、レンマくんもペルシェさんも、そんなのがいたことにすら、気付いてないと思います」
    「なぜそんなことを……?」
    「確実性、です。念には念を入れて、自分たちを脅かす存在を消しておきたいと仰っていました」
    「それほどの敵だと言うの?」
     いぶかしがるモエに、ネイビーは短くうなずいた。
    「用心し過ぎると言うことは無いと思います。
     ともかく彼ら9名は何の情報も持ち帰らせず、この地で死んでもらわないと困りますから」

    蒼天剣・紫色録 4

    2009.06.29.[Edit]
    晴奈の話、第319話。 もう一名の敵将。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「……うん?」 と、これまで飄々とした態度で尋問を続けていた楢崎が、急に渋い表情を浮かべ、外に目を向けた。「藤田くん。外の連中は、君の知り合いかな?」「え」 楢崎の言葉に、モエも外に目を向ける。「……! え、え!? 何で!?」 モエは立ち上がり、外へと飛び出して行く。「待ちなさ……」「待った、ジュリア君!」 止めようとしたジ...

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    晴奈の話、第320話。
    刀傷と火傷。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     どうにかソロンクリフを脱出した小鈴たちは、早足で街道を進んでいた。
    「結局ソロンクリフでは何の情報も集められなかったわね」
    「ま、仕方ないわ。3人無事なだけでもいいじゃん」
     小鈴の言葉に、ジュリアはコクとうなずく。
    「そうね。……他の2班も無事かしらね」
    「無事よ、きっと。闘技場のツワモノ揃いなんだし。ね、瞬二さん」
     小鈴は楢崎に声をかけたが、楢崎の反応が無い。何かを考えているように、ぼんやりと上を向いている。
    「……瞬二さーん?」
    「んっ?」
    「どしたの?」
    「あ、ああ。……いや、少し考えごとをね」
     楢崎は小さく咳払いし、ぽつりぽつりと話す。
    「あの、モエと言う子。昔どこかで、見たような気がするんだ」
    「へえ?」
    「どこだったかな……。あの傷が気になって、どうにも思い出せない」
    「あの傷、ひどかったわね。斬られた上に、焼串でも押し付けられたのかしら?」
     ジュリアの考察に、楢崎は首をかしげる。
    「いや、あれは多分、……いや」
    「どうしたの、ナラサキさん?」
    「いや、もしかしたら、と思ったんだけど。多分、違うかも知れない」
    「……?」
     楢崎は腕を組み、「うーん……」とうなるばかりだった。
    (あの子を、もっと幼くして、傷のことを抜くと、……確かに、見覚えがある。それは多分、紅蓮塞で、だろうな。
     でも、あの刀傷と火傷が混じった傷――あれは間違いなく我が同門、焔流剣士が付けたであろう傷だ。もし僕の記憶と推察が正しかったとしたら、あの子は同門に傷を付けられたことになる。
     それは、あんまり考えたくない――同門同士が殺し合いをしたなんて、あまりにも気分の悪い話だから)
     楢崎は篠原と戦った時のことを思い出し、首を横に振った。



     某所、殺刹峰アジトにて。
    「ドミニク先生、あの……」
     鮮やかな緑色の髪をした狼獣人の少女が、「バイオレット」「マゼンタ」「オレンジ」3隊からの報告をまとめていたモノに声をかけた。
    「うん?」
     モノは少女に背中を見せたまま応える。
    「どうした、キリア君」
    「また、剣を教えて欲しいんです」
    「……何故だ?」
     ここでようやく、モノは少女、キリアに向き直った。
    「教えるべきことは余すところ無く教えたはずだ。何か不満があるのか?」
    「はい。まだ、あの技をちゃんと教えてもらっていません」
    「……」
     モノはあごに手を当て、黙り込む。
    「先生が腕を失い、十分な指導ができなくなったことは十分、承知しています。それにわたしも兄も、『プリズム』の中でも上位に立つ腕となったことは自覚しています。
     でも、モエさんが一蹴されたと聞いて……」
    「……ふむ」
     モノは右腕を左の二の腕に置き、無くなったその先の感触を思い出すようにさする。
    「確かに『バイオレット』君の腕は確かだ。こちらへ引き入れた時から、その才能は目を見張るものがあった。
     とは言え私の指導をまだ、十分に受けたわけではない。彼女はまだ、伸びるところがある。逆に言えばまだ、十分に鍛えられていない。そこが彼女の、今回の失敗につながったのだろう。この問題は今後、私の指導を継続して受けていけば解決できるはずだ。
     そしてキリア君、君はモエ君以上に力を持った、非常に優秀な戦士だ。『プリズム』の中で、フローラやミューズに並ぶ強さを持っていることは、この私が保障する。モエ君が勝てる相手に遅れを取ると言うことはまず無い、そう断言しよう。それでは不満かね?」
    「……」
     キリアは唇をきつく噛み、無言でうなずいた。
    「……そうか」
     モノは椅子から立ち上がり、壁にかけてあった剣を手に取った。
    「私の言を聞いてなお不満を持つと言うことならば、教えねばなるまい」
    「え……」
    「それからキリア君」
     モノは鞘から剣を抜き払い、手首を利かせてひらひらと振る。次の瞬間、キリアの髪留めが剣の先に弾かれ、三つに分かれて砕け散った。
    「……!」
    「片腕になったとは言え、残ったもう一方の腕にはまだ、『阿修羅』が棲みついている。十分な指導ができない、と言うことは無い。安心したまえ」
     モノはそう言って床に落ちた鞘を蹴り上げ、器用に剣を納めた。
    「ついて来なさい。君が知りたいと言う技を教えよう」
    「……はい!」
     キリアは深々と頭を下げ、モノの後についた。

    「うっ」
     ほぼ同じ頃、殺刹峰の医務室。
    「なーに泣きそうな顔してんのよぉ」
    「……いえ、薬がしみただけです」
    「我慢しなさぁい」
     オッドが作戦から戻ってきたモエの手当てをしていた。
    「はい」
    「……しっかし、ひどい顔ねーぇ。折角いい顔してるのに、そのおでこから左頬まで達する、ふっかぁい傷跡。火傷と刀傷がない交ぜになって、ちょっとグロテスクよぉ」
    「……」
    「一体、どうしたのぉ? ……あ、あーあー」
     オッドは咳払いをし、その質問を撤回した。
    「覚えてない、のよねぇ?」
    「はい。……ここに来る前のことは、何も」
    「そーそー、そーだったわねぇ。……でもやっぱり気になるわねぇ、その傷。医者として、とーっても興味深いわぁ」
    「あの、あまり見ないでください……。私にとってこの傷は、鏡を見ることさえ嫌になるようなものなのです」
    「……あ、ゴメンねーぇ。ま、とりあえず気休め程度だけどぉ、皮膚病に効く塗り薬あげちゃうわねぇ」
    「……ありがとうございます」
     モエは静かに頭を下げる。オッドは薬を探しながら、彼女に背を向けてぺろりと舌を出した。
    (あーぶない、危ない……。『昔の』コトにあんまり深く突っ込んじゃ、『洗脳』が解けちゃうトコだったわぁ。
     より従順な兵士を作るための、記憶封鎖――えげつないわねぇ、ホント。……ま、アタシも人のコトは言えないけどねーぇ)
    「ドクター?」
     思いふけっていたせいで、いつの間にかオッドの手は止まっている。
    「あ、あーらゴメンなさいねぇ。ちょっと考えゴトしてて。……いやねぇ、その傷。刀傷と火傷を同時になーんて、アレみたいってねぇ、ちょこっと思ったのよぉ」
    「アレ、と言うのは?」
    「ほら、央南のアレよぉ。あの、えーと、火を使う剣術。何だったかしらねぇ?」
     オッドが何の気なしに言ったその言葉に、モエの頭の中のどこかで、何かが瞬いた。
    ――貴様に刀を握る資格など無い!――
     その瞬きはほんの一瞬だったが、背の高い女がモエに向かってそう叫んでいたのを、ぼんやりとだが思い出した。
    (……誰?)
     思い出そうとしたが、傷口にふたたび塗られた消毒薬があまりにもしみたので、すぐに忘れてしまった。

    蒼天剣・紫色録 終

    蒼天剣・紫色録 5

    2009.06.30.[Edit]
    晴奈の話、第320話。 刀傷と火傷。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. どうにかソロンクリフを脱出した小鈴たちは、早足で街道を進んでいた。「結局ソロンクリフでは何の情報も集められなかったわね」「ま、仕方ないわ。3人無事なだけでもいいじゃん」 小鈴の言葉に、ジュリアはコクとうなずく。「そうね。……他の2班も無事かしらね」「無事よ、きっと。闘技場のツワモノ揃いなんだし。ね、瞬二さん」 小鈴は楢崎に...

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    晴奈の話、第321話。
    天帝教神話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     およそ500年以上昔、央北のとある村に全身真っ白な男が流れ着いた。
     その男は全知全能を有し、自らを「神」と名乗った。彼は流れ着いた村で数々の奇跡を起こし、技術や知識を広め、人々に知性と豊かな暮らしを与えた。

     まだ央北と央中の交流がまばらで、央北人にとって央南は半ばおとぎ話の国としか認識していないような時代に、彼は世界平和とそのための統一を訴え、実際に世界を平定し、中央大陸全土を治める大政治組織、通称「中央政府」を創った。
     そして拠点にしていた村が大きくなり、街となった際、その村が「東西南北に」伸びる街道の「中央」であったことから、男は街の名を「クロスセントラル」と変え、生涯をその街で過ごした。

     男の名はタイムズ。天帝教の主神となった人物である。



    「……ってワケだ」
    「ふーん」
     バートの説明を、シリンは一言で返した。
    「てめーには説明のしがいが丸っきりねーなぁ」
     バートはシリンの虎耳をグニグニとつまみながら、シリンをにらみつける。
    「何メンチ切ってんねんやー、怖いでー自分」
    「てめーの耳は何でできてんのか、裂いて中身を確かめてみたいぜ」
    「痛いってー、離してーやー」
     最初は非常に仲の悪かった二人だが、どう言うわけかクロスセントラルに到着する頃には、兄妹のように仲良くなっていた。
    (ま、口の悪さも似た者同士なんだけどなー)
     後ろで眺めていたフェリオは、のほほんとした気分で二人を見ていた。
     と、グニグニと耳をつねっていたバートはようやく手を離し、道の先を指差す。
    「まあいいや。そんなワケでな、この街がそのカミサマ、『天帝』タイムズの創った街、クロスセントラルだ」
    「ふーん。……何か、けったいな街やな」
    「まーな。落ち目とは言え、今でも大陸政治の中枢、世界を動かす街の一つだからな。うさんくささで言えば北方のジーン王国や央南の玄州、西方三国なんかととタメ張るくらいだ」
    「ふーん」
    「……お前ってホント、政治に興味ねーのな」
     呆れるバートに、シリンはプルプルと首を振る。
    「ないわー。それよりも」「メシだろ?」
     フェリオの突っ込みに、シリンは尻尾をピョコピョコさせてうなずいた。
    「うんっ」
    「……ホントにガキだなぁ、お前」
     バートは苦笑しつつ、手帳を広げた。
    「落ち合うのは明後日の予定になってる。今日ゆっくり寝るとしても、明日1日くらい遊べそうだぜ」
    「ホンマ? じゃ、一緒に買い物でも行こーなー」
     そう言ってシリンは、バートとフェリオ両方の手を取る。手を握られたバートは少し驚いた顔になり、シリンに尋ねる。
    「お? 俺もか?」
    「うん」
    「フェリオとのデート、邪魔しちゃ悪いだろ」
    「そんなコトないってー。それにジュリアに会った時、プレゼント贈っといた方がええんとちゃうん? 色々お世話になっとるしー」
    「……ああ、まあな。それはそれで、いいかもな」
     バートはポリポリと頬をかき、シリンの提案に乗った。
     と、フェリオが何かに気付き、足を止める。
    「あれ? 先輩、あの二人……」
    「ん?」
     フェリオが指し示した先に、可愛いリボンのついた帽子をかぶった狐獣人と、央南風の服を着た猫獣人がいる。
    「おーい」
    「ん? ……あ、バート!」
     振り向いた猫獣人はやはり、晴奈だった。横にいるのは当然、フォルナである。
    「まあ、無事でしたのね皆さん!」
    「おう。……エランは?」
     晴奈たちと一緒にいるはずのエランの姿がなく、バートたちは一瞬不安になる。
    「あ、いや。街に着くなり、『すみません、ちょっと……』と言ってどこかに行ってしまった。恐らく用を足しに行ったのだろう」
    「……なんだ、驚かせやがって。どこに行ってもしまらねーヤツだなぁ」
    「へへ……、すみません」
     晴奈たちの後ろから、申し訳無さそうにエランが歩いてきた。
    「どうしても我慢できなくって。っと、お久しぶりです、バートさん」
    「おう。……ん?」
     バートはエランを見て、妙な違和感を感じた。
    「……どうしました?」
    「……いや、何でもない。さ、街に入るか」

    蒼天剣・九悩録 1

    2009.07.02.[Edit]
    晴奈の話、第321話。 天帝教神話。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. およそ500年以上昔、央北のとある村に全身真っ白な男が流れ着いた。 その男は全知全能を有し、自らを「神」と名乗った。彼は流れ着いた村で数々の奇跡を起こし、技術や知識を広め、人々に知性と豊かな暮らしを与えた。 まだ央北と央中の交流がまばらで、央北人にとって央南は半ばおとぎ話の国としか認識していないような時代に、彼は世界平和...

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    晴奈の話、第322話。
    央北政治史のお勉強。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     以前にもどこかで述べられていたが、央北は「天帝と政治の世界」である。
    「神」と崇め奉られたタイムズ帝が亡くなった後、彼を信奉していた者たちが天帝教を創り上げた。それに伴って天帝教の政治権力が確立・増大され、以後300年近くに渡って「神権政治」――神とその末裔を主権とする、政治形態――が続いた。
     その名残、影響は今もクロスセントラルに根強く残っており、他の街に比べ天帝教と、それに影響された文化があちこちに見られる。

    「……かくして双月暦38年、世界は平和になったのです」
    「ぱちぱち」「ぱちぱち」
     シルビアと同じような格好をした尼僧が子供たちを集め、道端で紙芝居をしている。内容は神代の頃に行われた戦争を謳ったものらしい。
    「牧歌的と言うか、のどかと言うか……。戦時中とは思えない光景だな」
     街に入った晴奈たちは、西区の大通りを歩いていた。
    「ここは住宅地みたいだから、そんなに騒々しくもないっスね」
     フェリオの言葉に、フォルナも同意する。
    「そうですわね。それに、天帝教の影響も強いようですわ。白い服の方、何度かお見かけしていますもの」
     フォルナの言う通り、街に入ってから何度か、天帝教と思われる白い僧服の者たちとすれ違っている。それを見る限り、この街にあると言う中央政府の中枢が、大火の傀儡になっているとは到底思えない。
    「なあ、エラン」
    「はい?」
    「あの話は本当なのか? 街並みや人を見る限り、とても黒炎殿が出入りしているとは思えぬのだが」
     晴奈に尋ねられたエランは、けげんな顔をした。
    「あの話、って?」
    「ほら、ウエストポートで言っていた……」
    「え、っと? すみません、何の話をしてましたっけ?」
     エランは困った顔で聞き返してくる。見かねたフォルナが助け舟を出した。
    「中央政府がカツミの支配下にある、と言うお話でしょう?」
    「え、あ、あーあー。そうですね、そんな話、してましたね。
     ええ、事実です。端的な例ですが、中央政府の歳出項目に『特別顧問料』と言う名目でカツミへ納める金が記載されています。その額は中央政府の歳入の6%、前年度で言えば50億クラムと言う途方も無い大金なんです」
    「ふむ……」
     何度聞いても現実味のないその額に、晴奈はただうなるしかない。
    「しかも、それが319年の黒白戦争終結直後から、今年で丸200年続いているんです。200年間の税収入に多少の変動があったことを考えても、その合計は1兆、もしかしたら2兆にも及ぶとか。
     それ以外にも、2年前の北海戦でカツミが中央側に付いていたことや、中央政府がカツミ討伐を表面上行わないこと――もっとも、裏では何度か試みてるみたいですが――など、彼が中央政府と密接なつながりがあるのは明白です」
    「……なるほど。何とも、きな臭い話だ」
     晴奈はため息をつき、街の中心部――すなわち中央政府の中心、中央大陸の中心である白亜の城、ドミニオン城に視線を向けた。

     数々の風説や逸話のせいで核心が大分ぼやけてはいるが、大火が中央政府から莫大な金を得るに至った大まかな経緯は、次の通りである。
     まず、天帝家によって長く神権政治が続いていた中央政府の内部が腐敗し、金と権力で人々を苦しめるならず者国家と化していたこと。これを批判した当時の政務大臣、ファスタ卿が天帝家の怒りを買い、投獄されたのだ。
     それを助け出したのが、大火である。「何でも与える」ことを条件にファスタ卿を脱獄させ、中央政府に対する反乱軍を組織させた。その戦乱は世界中に及び、「黒白戦争」と呼ばれる、何年にも渡る長い戦いの後、ファスタ卿率いる反乱軍が勝利。
     神権政治は終わりを迎え、貴族や名家たちによる王侯政治の時代に移った。中央政府もそれら王侯貴族たちの政治同盟と言う形で残り、ファスタ卿がその筆頭、総帥になるはずだった。
     しかしここで、大火とファスタ卿との契約が発効され――。

    「……それでファスタ卿は姿を消し、カツミが中央政府の権力を奪取したんです。以後200年間、カツミは中央政府から金を搾り取り続けているんです」
    「ふむ……」
     食堂に移ってエランの話を聞いていた晴奈が腕を組んでうなる一方、エランの右隣に座っていたフォルナが、疑問を口に出す。
    「消えたファスタ卿は、一体どうなったのかしら」
    「分かりません。カツミに暗殺されたとも、モンスターに姿を変えられたとも、色々な説が流れてますが、どれが本当なのか……」
    「1兆と言う莫大なお金は、どこに消えたのかしら」
    「それも、まったく分かってないみたいです。黒鳥宮建造に使われたとか、数々の神器を製造した際の制作費とか色々言われてますが、どう考えても1兆と言う額には、全然届かないんですよね。まだその大部分が、使われてないんでしょうね」
     二人のやり取りを聞いていた晴奈が、首を傾げる。
    「そんなに溜め込んで、一体何をするつもりなのか……?」
    「さあ? 単に、貯金したいだけじゃないんですかね?」
     エランは肩をすくめ、握っていたフォークをテーブルの上に並んでいた料理に向けようとした。
    「いたっ」
     ところが、同じようにコップに手を伸ばしていたフォルナの左手とぶつかってしまい、引っかいてしまった。
    「……。何をなさいますの、エラン」
    「あ、すみません」
     エランは手を引っ込め、フォルナに頭を下げた。フォルナは左手を押さえながら一瞬チラ、とエランを見て手を引いた。
    「……構いませんわ。お先にどうぞ」
    「あ、はい」
     エランはもう一度、右手を料理に持っていった。

    蒼天剣・九悩録 2

    2009.07.03.[Edit]
    晴奈の話、第322話。 央北政治史のお勉強。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 以前にもどこかで述べられていたが、央北は「天帝と政治の世界」である。「神」と崇め奉られたタイムズ帝が亡くなった後、彼を信奉していた者たちが天帝教を創り上げた。それに伴って天帝教の政治権力が確立・増大され、以後300年近くに渡って「神権政治」――神とその末裔を主権とする、政治形態――が続いた。 その名残、影響は今もクロ...

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