黄輪雑貨本店 新館

蒼天剣 第7部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    晴奈の話、第407話。
    遠路はるばる。

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    1.
     双月暦520年、3月初め。
     中央政府とジーン王国の戦いは、膠着状態にあった。

     と言っても、別に克大火と日上風が熾烈な戦いを繰り広げていたとか、幾多の軍艦が海を駆け回っていたとか、そんな躍動的な事情があったわけではない。
     央北と北方の間にある海、北海が凍りついており、双方とも船が出せないのだ。いかに大火やフーに人知を超えた力がついていようと、自然が相手ではどうにもならない。
     氷が解けるまでの間、戦況も凍結状態にあった。



     話は変わるが――北海全域を覆う、この分厚い氷。時に、央北・北方、双方の岸をつなぐことがあると言われている。
     とは言え現実的な観点から考えて、ここを渡ろうと言う酔狂な人間はいない。陸より海の方が若干気温が高いとは言え、寒風吹き荒ぶ極寒の海域である。
     それに人が乗れるほど分厚いものの、海に浮かぶ流氷である。ところどころに亀裂があり、万一割れて海に落ちた場合、助かる確率は0に等しい。
     さらに、実際歩くとなると直線距離でも、全長2000キロ以上もの旅路となる。まともな人間なら、歩こうなどとは思いもしない。
    「この海を『歩く』など、自殺行為に等しい。生きて渡りおおせるわけが無い」と、北方沿岸に住む者は皆、そう信じて疑わない。それは北方史始まって以来覆されたことの無い常識であり、定説と言っても過言ではなかった。

     だからその日、ウインドフォート砦の高台にいた見張りは、海に立つその影を見て、それが何なのか理解できなかったのだ。



    「……ん?」
    「どした?」
     毛布に包まりながら見張りを続けていた兵士が、相棒の様子がおかしいことに気が付いた。
    「あれ、見てくれ」
    「どれだよ」
    「ほら、あそこ」
    「あそこって、海か?」
    「ああ。……ほら」
     怪訝な顔をする相棒が指差す先を、兵士は双眼鏡で追った。
    「……?」
     双眼鏡に、黒い影が映る。
    「……!?」
     その影が何であるか認識した瞬間、兵士は全身に冷汗をかいた。
    「なんだ、ありゃ……?」
    「何かが、……歩いてくる?」
     双眼鏡のレンズの中には、背後にそりを付けた黒い影が、吹雪と海の向こうから歩いてくるのが見えていた。
     その光景は二人がまったく想像したことの無いものであり、現状を把握し、対応することにすら、数分を要した。
    「……け、警鐘をっ」
     相棒の方が我に返り、叫ぶ。
    「えっ?」
    「警鐘、な、鳴らそう。モンスターの襲撃かも」
    「あ、ああ。そう、……だよな」
     兵士二人はかじかむ手を必死で動かし、緊急事態を告げる警鐘を力いっぱい叩いた。
     ウインドフォートの砦全体にその鐘の音は響き渡り、すぐさま「海の向こうからモンスターが歩いてくる」と言う前代未聞の情報が伝わった。
    「本当かよ……」
    「ああ、マジらしいぜ。俺もさっき、双眼鏡で見てみたんだけど」
    「私にも見えました。本当に何か、黒いのが歩いてきてるんですよ」
    「それ、本当にモンスターなのか?」
    「現在確認中らしいです。中佐の側近の方が今、確認に向かっているとか」
     砦の中にいた兵士たちは皆、騒然としていた。



     分厚い毛皮のコートに身を包んだ、背の高い短耳の将校――日上中佐の側近の一人、ハインツ・シュトルム中尉が、兵士数人を連れてその場に向かう。
     その影は、ハインツたちが一列に並び、仁王立ちになって威嚇してもなお、足を止めなかった。
    「止まれッ!」
     ハインツが声を張り上げて制止するが、吹雪に紛れてほとんど伝わらない。
     影が静止することなく、そのまま近付いて来るのを確認し、ハインツは部下たちに命令した。
    「全員、武器を構えろ! 奴の顔が目視できる程度に接近したらもう一度警告し、従わなければ射殺して構わん!」
    「はっ!」
     兵士たちは小銃を構え、その影に照準を定めた。
    「……」
     と、影の方も、兵士たちが銃を向けてきたのに気が付いたらしく、足を止め、すっと両手を挙げた。
    「よし、そこで止まれ! 動くんじゃないぞッ!」
     ハインツは剣を構え、少しずつ影ににじり寄っていく。
    「お前は、……モンスターか? それとも、人間か?」
     尋ねながら、じりじりと距離を詰める。
    「人間よ」
     女の声がする。どうやら、その影は女性であるらしかった。
     だがその顔は帽子とマフラーに半分ほど覆われ、さらに仮面をかぶっているため、確認できない。
    「どこから来た?」
    「中央大陸の、ノースポートから」
    「嘘をつけ! この海域は現在凍結している! 船で来られるわけが無いだろう!」
    「誰が船で来たって言ったかしら?」
     女は腕を挙げたまま、ハインツに向かって歩き出した。
    「止まれッ!」
     女は自分が引っ張ってきたそりを指差し、平然と答える。
    「歩いてきたのよ。人間が乗れるくらい凍ってるんだから、歩くのなんてわけないわ」
    「ふざけるな! 本当のことを言え! それから手を下げるな! 挙げろ!」
    「正真正銘、私は歩いてここまで来たのよ。……ねえ、いい加減寒いから、手を下げてもいいかしら?」
    「止まれ! 止まらんと撃つぞ!」
     ハインツの制止も聞かず、女は距離を詰める。
    「撃つ? 別にいいけど、当たらないわよ。こんな強風の中じゃ、絶対に」
    「な……」
     女に挑発され、ハインツの頭に血が上る。
    「……撃てッ! 構わん、撃てッ!」
     ハインツの命令に従い、兵士たちは小銃を撃った。
     だが、女の言う通り銃弾は風にあおられ、一発もまともに直進しない。
    「だから言ったのに。……あーあ、下っ端がこんなバカじゃ、上も知れたもんね。折角遠路はるばる、このクソ寒い大陸まで来たのに」
    「ぬッ……! 我らがヒノカミ中佐を愚弄すると、容赦せんぞッ!」
    「アッタマ悪いわね……」
     女は手を下げ、腰に佩いていた剣を抜く。
    「かかってくるって言うなら、相手になるわよ」
    「りゃーッ!」
     ハインツが先に仕掛け、女の頭を狙って剣を振り下ろす。
     ところが女はひらりとかわし、ハインツに足払いをかける。
    「お、おっ……!?」
    「いい加減寒いんだからさっさと案内しなさいよ、このノロマ」
     ハインツが立ち上がろうとした時には既に、女の剣が彼の首に当てられていた。
    蒼天剣・風来録 1
    »»  2009.10.28.
    晴奈の話、第408話。
    もう一人の女傑。

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    2.
    「……それで、そいつは?」
     砦の主、日上風――フーは、私室の豪奢な椅子で斜に構えたまま、青ざめた顔のハインツに尋ねた。
    「はっ……。何と言うか、その、……吾輩ではまったく歯が立ちませんで」
    「そうか。で、今は?」
    「まだ困惑しておりますが、取り急ぎ、こちらに伺った次第でして。まったく、面目ない」
    「あのな」
     フーはハインツをにらみつけ、いらだたしげに尋ね直した。
    「お前のことなんか知ったこっちゃねーんだよ。そいつが、今、どこにいるのか、って聞いてんだよ」
    「あ、しっ、失礼しました! ……その、ともかく砦に連行し、現在1階の、食堂に」
    「そうか。分かった」
     フーは恐縮するハインツを尻目に、食堂へと向かった。

     フーが食堂の扉を開けた途端、ざわざわと騒ぐ兵士たちの姿が視界に入る。
    「本当に海から?」
    「そう言ってるじゃない、しつこいわね」
    「シュトルム中尉を倒すなんて、アンタ何者だ?」
    「ノーコメント」
    「なーなー、顔見せてくれよー」
    「イヤ」
    「何でそんな仮面かぶってんだ」
    「ノーコメント」
    「さっきからそればっかりだなぁ」
    「何で私がアンタたちの質問に、一々真面目に答えなくちゃいけないのよ?」
     フーは兵士たちと女のやり取りをじっと見ていたが、一向に収まる気配が無いので大声を出してさえぎった。
    「お前ら、邪魔だッ! さっさとどけッ!」
    「あっ、か、閣下!」
    「し、失礼いたしました!」
     兵士たちはフーの姿を確認するなり、バタバタと食堂から出て行った。

    「やれやれ……」
     人払いをしたところで、フーは女の前に座った。フーの服装と徽章を見て、女が声をかける。
    「あなたが、フー・ヒノカミ中佐?」
    「そうだ。……いくつか質問させてもらうぜ。まず、お前の名前は?」
    「巴景よ。トモエ・ホウドウ」
    「央南人なのか?」
    「ええ。あなたも血を引いていると聞いたけど」
    「そうだ。生まれも育ちも、北方だけどな」
     フーは巴景の仮面をじっと眺め、尋ねてみる。
    「仮面、取らないのか?」
    「ええ。閣下さんの前で悪いけれど、昔大ケガをしてしまったのよ。その跡がまだ、残っているから」
    「取らなきゃ美人かどうか分かんねーなぁ……」
     女好きのフーは、ひょいと仮面に手を伸ばそうとする。だがその手を、巴景につかまれた。
    「ん……?」
     振りほどこうとしたが、異様に力が強く、離れない。
    「お前、本当に女か? 力、すげえ強えな……?」
    「ええ。正真正銘、女性よ。この腕力は、修行と魔術の賜物」
    「……へぇ。まんざら、海を歩いて渡ったってのも嘘じゃなさそうだな」
     フーは巴景の体を上から下に、なめるように眺める。
    「コート、脱げよ」
    「イヤよ。寒いもの」
    「あ、そうだな。ずっと吹雪の中、歩いてきたんだからそりゃ、凍えてるよな。……俺が暖めてやろうか?」
    「あなた、女を枕か何かだと思ってない? お生憎様、私はそんなつもりであなたに会いに来たんじゃないのよ」
    「……って言うと?」
     巴景はフーから手を離し、立ち上がった。
    「私は武者修行をしているの。それでこの戦争で直接戦ってるこの軍閥を率いている閣下さんに、傭兵として雇ってもらおうと思ってね」
    「へぇ……?」
     好奇の目で巴景を見ていたフーは、今度は品定めをするように注意深い目を向けた。
    「腕は……、確かだろうな。
     さっきお前が倒した奴、あれは俺の側近だ。この砦内でも有数の実力を持ってたんだが……」
    「あの程度で?」
     鼻で笑った巴景に、フーも苦笑して返す。
    「まあ、そう言ってやるなよ。……それで、だ。お前はそれよりも、確かに強い。
     よし、採用だ」
     フーの言葉を受け、巴景は小さく頭を下げかけた。
    「よろしく……」「待て待て待てぇーい!」
     ドタドタと足音を立てて、何者かが食堂に飛び込んできた。
    「ハインツか? 何の用だ?」
     フーはうざったそうに振り返り、ゼェゼェと荒い息を立てるハインツに目を向けた。
    「その女の採用、異議申し立てます!」
    「は?」
    「先程は吾輩の不覚によって、押し切られる形となってしまいました、がっ!」
     ハインツはゴツゴツと足音を立てて、巴景の前に立つ。
    「正面から正々堂々戦えば、この吾輩が負けることなど万に一つもありません! この女は不意打ちで勝ったに過ぎません! 不意打ちで勝つなど、騎士道にあるまじき……」「あ?」
     唾を散らして言い訳するハインツに、フーは斜に構えてにらみつける。
    「お前、頭がマヌケか?」
    「なっ……」
    「戦場のど真ん中で同じこと言ってみろよ。お前みたいな馬鹿、一瞬で蜂の巣だぞ?」
    「いやいや、それはありません!」
     ブルブルと首を振るハインツの態度に、フーは呆れ返った。
    「お前なぁ……。ま、いいか。
     そんなにギャーギャー言うなら、戦ってみろよ」
    「……むっ?」
    「このトモエ・ホウドウって女武芸者と戦って、正々堂々となら勝てるってことを証明してみろよ」
    蒼天剣・風来録 2
    »»  2009.10.29.
    晴奈の話、第409話。
    巴景の実力発揮。

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    3.
     フーの一声で、巴景とハインツは砦地下の修練場で仕合をすることになった。
    「それではぁ、始めますねぇ」
     たまたま暇だったと言うフーの側近の一人が、のたのたとしたしゃべり方で審判を勤める。
    「それではぁ、開始ぃー」
    「どりゃあッ!」
     開始が告げられるなり、ハインツは槍をうならせて突進してきた。
    (さっきは剣を使っていたのに、今度は槍?)
     武器が違うことを疑問に思ったが、ともかく巴景は剣を構えて受ける。
    「ふんっ、ふんっ、ふぬうッ!」
     まるで怒り狂った野牛のように、ハインツは突進と打突を繰り返す。
    「はぁ、……めんどくさい」
     四太刀ほど受けたところで、巴景はけりを付けようとした。
    「『ライオンアイ』」
     殺刹峰時代に手に入れた身体強化の魔術で腕力を倍化させ、ミューズが忘れていった剣、「ファイナル・ビュート」を力いっぱいに薙ぐ。
    「ぬお……っ!?」
     恐らく鋼鉄製であった槍が、まるで飴のようにぽっきりと折られた。
    「どうかしら、……と」
     勝ち誇ろうとした巴景は、ハインツの殺気が消えていないことに気付いて剣を構え直した。
    「ま、まだまだぁッ!」
     ハインツは柄だけになった槍を捨て、腰に佩いていた剣を抜いた。
    「往生際悪いわね、このバカ」
    「あ、そうじゃないんですよぉ」
     巴景の独り言を聞き拾ったらしい紫髪の側近が、ゆったりと訂正する。
    「シュトルム中尉さんはぁ、『人間武器庫』って呼ばれててぇ、一人でいくつもぉ、武器を操るんですよぉ」
    「……へーぇ」
     巴景は改めて、ハインツの装備を確認してみた。
    (さっき潰した槍に、今握ってる剣。
     ふーん、背中にももう一本、剣持ってるのね。脇差、って感じかしら。
     あら? 後ろからチラチラ見えてるのは尻尾、……ってわけじゃなさそうね。鞭かしら?
     あと片方の太腿に5本、いえ6本。両腿で計12本、ナイフを着けてる。小さいし数が多いから、投擲用ナイフってところね。
     他にも袖とか裾にも、変なふくらみがある。なるほどね、『人間武器庫』ってのも言い得て妙、か)
    「ほら、ほらっ、ほらほらほらあッ!」
     剣をビュンビュンとうならせて、ハインツは距離を詰める。
     巴景はそれをひらひらと避けながら、紫髪の側近の背後で、椅子へ斜めに掛けていたフーに声をかけた。
    「ねえ、閣下」
    「ん?」
     巴景は冗談めかした口調で尋ねてみる。
    「こいつの武器、全部見たことはある?」
    「ん……。そう言えば、無いな」
    「見たくない?」
    「……ハハ、見せてくれるのか?」
    「ええ、見せてご覧に入れますわ」
     その言葉を聞いたハインツが激昂する。
    「吾輩を愚弄するか、女ッ!」
    「愚弄? いいえ違うわ」
     巴景は剣の腹で、ハインツの剣を思い切りはたいた。
    (『愚弄』は同じ人間に対してするものでしょう? ……クスクス)
     ハインツの剣は簡単に弾き飛ばされ、部屋の端まで転がっていった。
    「さあ、次は何を出すのかしら?」
    「ぬ、がっ……」
     巴景は心の中で、ハインツを嘲笑していた。
    (アンタみたいな単細胞と私が同じ人間だと、本気で思ってるのかしら?)

     結局、ハインツは最終的に8種類の武器を放出し、それでも巴景に傷一筋付けることができずに敗北した。
     巴景は凄腕の傭兵として、フーの新たな側近に迎えられた。



     ハインツをあっさり下した巴景は、すぐにうわさ話の中心に上った。
     元々、ここ数年で英雄になったフーを間近で見ようと、彼の拠点である砦周辺に集まった好事家たちが築いたのが、このウインドフォートである。
     うわさ好きの住民たちは皆、巴景について語り合っていた。
    「それにしても、あの仮面……」
    「うんうん、気になるよねー」
    「顔にすっごい傷がついてるらしいけど、いっぺん見てみたいわよねぇ」
    「うんうん、分かる分かるよー」
     街のあちこちで、こんな話が繰り返される。
     その側を通りかかった巴景は内心、有頂天になっていた。
    (ふふっ……。みんなが私に注目してるわ。
     そうよ、世界最強の女はこの私よ。間違っても、あの……)「そう言えばさー」
     だが――時折、こんな言葉も耳にする。
    「央南人の女傑って言えば、もう一人いたわよね?」
    「うんうん、いたよねー」
    「何だっけ、名前? えーと……」
    「確か、猫獣人で、えー……」
     そのうわさを聞く度に、巴景は仮面越しに彼らをにらみつける。
     だが、彼らはその視線に気付かない。平然と、巴景が憎み続けている女の名を口にする。
    「コウ、だっけ? 確かそんな感じの名前」
    「うんうん、そんな感じそんな感じー」
    「……ッ」
     巴景は仮面の裏で、ギリギリと歯軋りした。
    (何でよ? 何で、この街にまであいつの名前が伝わってるの?
     ちょっと戦争で活躍して、どこかの大会で準優勝したくらいで、後はほんのちょっと犯罪捜査に協力しただけじゃない。
     どうしてそれだけで、それくらいのことで、話題になるのよ……ッ)
     巴景は腹立ち紛れに、裏路地の壁を素手で叩き割った。
    「……見てなさいよ。この戦争が終わる頃には晴奈の名前なんて、北方人の記憶から綺麗さっぱり消し去ってやるわ!
     歴史に名前を遺すのは、この私よ!」
    蒼天剣・風来録 3
    »»  2009.10.30.
    晴奈の話、第410話。
    したたかな剣姫。

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    4.
     ウインドフォートに来てから3日が経ち、巴景は側近の一人と仲良くなった。
    「それでですねぇ、そのお店のタルトが本当に美味しくてぇ……」
     ハインツと闘った時に審判を勤めた、あの紫髪の短耳である。名前はミラ・トラックス。水と土を得意とする魔術師である。
    「へぇ……」
     おっとりした性格を裏付けるかのように、彼女の体型もややふっくらしている。とは言え――。
    「良くそれだけ食べて、……そこだけしか太らないわね」
    「えへへ、よく言われますぅ」
     ミラは話題に上った胸をぽよ、と隠す。晴奈同様――こう比較されるのも、彼女にとっては不愉快だろうが――巴景もそれほど魅力的な体型ではないので、その仕草は多少イラつかせるものがあったが、それを態度には出さない。
    「ねぇ、今度一緒に行きましょうよぉ、トモエさぁん」
    「ええ、機会があれば是非、ね」
     巴景はいかにも「共感した」「興味を持った」と言う口ぶりで、ミラに応えた。

     巴景はこうした点において、非常にしたたかで狡猾な面を見せる。
     本来の楓藤巴景と言う人物の性格は、一言で言うなら「唯我独尊」である。自分の身、自分の利益がいつ、いかなる時においても最優先であり、他人への興味や情など、無いも同然である。
     フーのことは「閣下」と敬称で呼んではいるが、内心では「粗暴でスケベなクズ」と見下しているし、他の側近にもまったく敬意を抱いていない。今、目の前にいるミラに対しても、「とろくさい胸デブ」としか思っていない。
     だが、巴景はそんな感情をまったく、表に出したりはしない。出せば嫌われることを、十二分に理解しているからだ。勿論、巴景個人は他人からどう思われようと知ったことではないし、気にも留めない。嫌われたところで、それ自体は構わないのだ。
     しかし緊急時――例えば、実力が拮抗した者との死闘を続け、疲弊しきったところで、自分に悪感情を抱く味方がその場に現れた時など――味方が寝返るかも知れないし、見て見ぬ振りをする可能性もある。そうなれば、自分は決定的な逆境に立たされることになる。
     極限状態で「嫌われる」ことは、即ち死を意味する。

     が――逆にその極限状態で「好かれて」いれば、どうだろうか?
    「それにしてもぉ、トモエさんってぇ、もっと怖い人かなって思ってましたぁ」
    「あら、そう?」
    「はぁい、あ、でもですねぇ、今はいい人だと思ってますよぉ」
    「ふふ、ありがと」
     ミラは嬉しそうな笑顔を、巴景に向けてくる。
    「良かったらまた、お茶しましょぉ?」
    「ええ、今度は私が誘うわね。……それじゃ、今日はこの辺で」
     巴景が席を立ったところで、ミラはまた人懐こい笑顔になった。
    「はぁい、またよろしくですぅ」
     その笑顔を見て、巴景は仮面の裏でほくそ笑んでいた。
    (コイツも私の味方――『駒』、ね。
     ……ふふ、ふ。コイツもバカよね。私が『いい人』のわけないじゃない)



     こんな風にして、巴景は着実に砦内での味方を増やしていった。とは言え、(今のところ)己の主人であるフーにたてついたりも、反目したりもしない。
    「よお、トモエ。最近、調子乗って……」「ええ、調子は上々ですよ」
     巴景の人気が高まっていることに不安を覚えたらしいフーが探りを入れようとする前に、巴景は口を挟んだ。
    「お、おう。そっか」
    「閣下には非常に感謝しております。私のような余所者にこんな活躍の機会を与えてくださった恩、必ずや次の戦いで報いて見せます」
    「……うん。なら、まあ、……いいや。じゃ、頑張ってくれ」
    「はい」
     出鼻をくじかれ、口を開く間も与えられずに忠誠の言葉を聞かされたフーは、そのまま帰ってしまった。
    (余計な勘繰りしてんじゃないわよ。アンタは戦争のことだけ考えてりゃいいのよ)
     フーをやんわりと追い返した巴景は、仮面の裏で彼の背中をにらみつけていた。

     と――。
    「私をだませると思うな、ホウドウ」
     まったく気配を感じなかった背後から、低い男の声がかけられた。
    「……!?」
     振り向いた先には、フーの参謀であるフードの男、アランが立っていた。
    「な、……コホン。何のことかしら?」
    「独りになった途端、邪心を浮かべたな?」
    「さあ?」
     巴景はごまかすが、アランの追及は続く。
    「いいか、出し抜こうなどとは考えるな」
    「だから、何のこと? 変な邪推はやめてほしいわね」
    「……ふん」
     アランはそれ以上何も言わず、巴景の前から姿を消した。
    「……」
     アランの姿が見えなくなったところで、巴景の額に汗が浮き出す。
    (何なの……? 気配がまったく無いなんて、あいつは、……人間なの? この私が、欠片も気配を感じられないなんて)
     巴景は戦慄していたが、その様子も分厚い仮面に隠されていた。



     中央政府との戦闘再開まで、後二ヶ月を切っていた。

    蒼天剣・風来録 終
    蒼天剣・風来録 4
    »»  2009.10.31.
    晴奈の話、第411話。
    アランの風評と、もう一人のナイジェル博士。

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    1.
     アランに「出し抜こうとは考えるな」と言われた巴景だが、そもそも彼女はそんなことを考えてはいない。
     フーの下に就いたのは、あくまでも「立身出世」のためである。即ち、北方で戦果を挙げることにより世界に己の名を知らしめ、名声の面においても晴奈を超えようと考えており――巴景は技量や天運など、ほとんどの面において彼女より優れていると確信している。あくまでも「『アイツ』にあって私に無いのは『戦果を挙げた』と言う名誉だけよ」と考えている――フーを出し抜いて自分が軍閥の主になろうなどとは露ほども思っていない。
     とは言え、アランは軍閥のナンバー2である。彼の信用を得られなければ、この砦における地位確立もおぼつかない。ひいてはフーに重用されることもなく、立身出世には到底至らないだろう。
    (それは困るわ。もうすぐ、中央政府との戦いが再開されると言うのに)

     アランの存在を少なからず「自分の立身出世に対する脅威」と見た巴景は、何とか彼に取り入り、信用を得られないかと、彼の素性に付いて調べることにした。



     まずは仲良くなった側近の魔術師、ミラから話を聞くことにした。
    「あー……、アランさん、ですかぁ」
     聞いた途端に、ミラは表情を曇らせる。
    「何か、嫌な思い出でもあったのかしら?」
    「えー、まあ、はい。あの人ですねぇ、何て言うかぁ、ヤな人なんですよねぇ」
    「やな、人?」
    「はぁい。すっごく、そのぉ、態度がですねぇ……」
     ミラは辺りをきょろきょろと見回しながら、小声で話す。
    「中佐のことも平気で顎で使ってますしぃ、その下にいるアタシたちなんてぇ、空気扱いですよぉ。人間だって、全然思ってないみたいなんですぅ」
    「そう……」
     ミラの話を聞きながら、巴景はアランの姿を思い出す。
    (人間じゃない、か。……私からすれば、あいつの方が人間離れしてるわ。この私がどう神経を張り巡らせても、あいつの気配が全然つかめないんだから。
     顔もフードと鉄仮面で隠してるし。……って、仮面で隠してるのは私も同じか)
    「トモエさぁん?」
    「え? ……あ、ごめんなさいね。ちょっと考え事をしていたものだから」
    「あ、はぁい。それでですね、あの人のせいで投獄された人も、何人かいるんですよぉ」
    「へぇ?」
    「例えばですね、ナイジェル博士とか。あの人、首都からわざわざ出向してきてくれたのにぃ、袋叩きにされてぇ、牢屋に入れられたんですよぉ」
    「牢に入れるよう命じたのは、閣下なの?」
    「直接はそうなんですけどぉ、指示したのは多分アランさんですよぉ、きっと」
     それを聞いて、巴景はそのナイジェル博士と言う人物に興味を持った。
    (アランによって投獄された人物、か。……もしかしたら、アランについて何かつかめるかも)

     ミラに頼み、巴景はそのナイジェル博士に会ってみることにした。
    「あの、内緒にしてくださいねぇ。勝手に面会したって言うことがばれたらぁ、アタシも牢屋行きになっちゃいますからぁ」
    「はい、了解しております」
     心配そうに頼み込むミラの目、いや、胸を見ながら敬礼した看守に苦笑しつつ、巴景は牢の奥へと進んだ。
    「あの人?」
    「はぁい。あの人がナイジェル博士ですぅ」
     一番奥の独房に、生気を失った顔のエルフが座っていた。
     エルフは青年期が長い種族なので、見た目からはその正確な年齢はつかめない。その上童顔のため、前もって24だと知らされていなければ、彼は二十歳前の少年にすら見えた。
    「……誰かな?」
    「アタシですぅ。ミラ・トラックス少尉ですぅ」
    「トラックスさんか。今日は、何の用?」
    「えっとですねぇ、あなたに会いたいって言う人がいるんですよぉ。この前側近になった傭兵さんなんですけどねぇ」
    「傭兵、……が、側近に? へぇ、珍しいね」
     長い間投獄されているらしく、顔も服も垢じみており、平常時ならば聡明さを表していたであろう丸眼鏡も右眼側がひび割れ、悲壮感しか伝わってこない。
     それでもまだ、知性は失われていないらしい。彼は賢しげな目を、巴景に向けてきた。
    「ふーん……。央南の剣士か。腕は相当立つみたいだね」
    「え?」
     いきなり素性を言い当てられ、流石の巴景も驚いた。博士と呼ばれたエルフは、素性を言い当てた根拠を話し始める。
    「女性にしては体格ががっしりしているし、体全体の脂肪も妙に少ない。非常に運動量の多い生活をしていると言うことだ。
     それに左手の指、小指以外にたこがある。何か棒状のものを、しょっちゅう握っているってことだ。でも左利きじゃないな、右手の中指にペンだこがあるもの。小指の力を抜いて、左手にウェイトを置いて握る――これは央南地方の剣術に特有の、刀剣の構え方だ」
    「……ご明察ね」
    「それは良かった。ああ、自己紹介が遅れたね。
     僕はトマス。トマス・ナイジェルと言うんだ」
     トマスは汚れた顔を袖で拭い、軽く頭を下げた。
    「私はトモエ・ホウドウ。よろしくね、博士。……それで、一つ質問したいことがあるんだけど、いいかしら?」
    「何だい?」
    「何故あなたは投獄されたの?」
    「うー……ん」
     尋ねた途端、トマスは暗い顔を向けてきた。
    「それは……、言えば君にとって、非常に困ることになると思う。それでも聞きたい?」
    「……それなら、いいわ。わざわざ危ない橋を渡るのもバカらしいし」
    「そうだろうね。他に聞きたいことは?」
     巴景はトマスのつっけんどんな態度に、内心苛立ちを感じていた。
    (コイツ……、さっきから人のこと、『女にしては』とか『脂肪が妙に少ない』とか、ズケズケ無神経に言ってくれるわね。
     案外、投獄されたのも単純に、フーの機嫌を損ねたからじゃないの?)
    「無い? あるなら早く言ってね」
     トマスはうざったそうに眉をひそめる。プライドの高い巴景は、相手にそんな態度を取られてまで話を聞こうとする気にはなれなかった。
    「別に。……さ、戻りましょ、ミラ」
    「あ、はぁい。……それじゃお元気で、トマスさん」
    「元気にしていられるわけないじゃないか、ははは……」
     笑いながら言っているので彼にとっては軽口や冗談だったのだろうが、背を向けたミラはほんの少し顔をしかめていた。
    「あなたが気を使ってくれてるって言うのに、無神経ねアイツ」
    「え? いえ、そんな……」
    「もう聞こえてないだろうし、素直に言っていいんじゃない?」
     巴景にそう言われ、ミラは牢の奥を振り返る。
    「……いい人なんですけどぉ、もうちょっと周りの空気を読んでほしいですねぇ」
     トマスは本に目を通していた。巴景の言う通り、トマスの方も既に、二人への興味を失ったらしい。
    蒼天剣・風評録 1
    »»  2009.11.02.
    晴奈の話、第412話。
    おっとり&のっそり。

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    2.
     うわさ好きの住民が集まるこの街では、情報を集めるのもたやすい。
     が、その真偽となると話は別である。
    「アラン・グレイ参謀? ……ああ、あのフードの。ええ、……まあ、ここだけの話ですけどね、側近の皆さん、嫌ってるみたいですよ。
     何でって? うーん、嫌味が多いとか、人の都合を考えないとか、ま、よくあるヤな上司の典型みたいな人みたいだから、嫌われるのも当然じゃないんですか?」
     誰に聞いても、ここまでは皆、異口同音に答えてくれる。
    「なるほど……。それじゃ、もう一つ質問なんだけど。グレイ参謀って、どこの人なのかしら?」
    「え、……うーん、さあ?」
     ところが彼の出自や個人情報となると、突然情報が途絶えてしまう。
    「北方人じゃないの?」
    「そうかも知れませんけど、何しろ顔を見たことが無いし」
    「うわさじゃあの人、人間じゃないって」
    「うんうん、聞いたことあるよー」
    「ええ、悪魔とか何とか言う人もいますしね」
     聞いた話のどれもが根拠の無い、信憑性に欠ける情報ばかりであり、1週間かけて情報収集を行ってもなお、アランの素性はまるで判明しなかった。
     しかし、その性格と評判については十分過ぎるほど情報が集まった。誰も彼も、口を揃えてこう言っていたからである。
    「自分の主君も含めて、すべての人間を見下している、すごく嫌な奴」

     巴景はアランに取り入ることを諦めた。
     アランが非常に冷徹、排他的で、結局他人を利用しようとしか考えていないことが分かり、取り入ったところで、特にメリットが無さそうだったからである。
    (でも、……逆にアリね、こう言う奴も)
     誰からも嫌われる権力者――他人の信用を集めるには、非常に利用できる人材だった。



     巴景は側近たちの元を訪れ、友好関係を築くことにした。
    「こんにちは、バリー」
    「あ、……ども」
     手始めに訪ねたのは、ミラのサポート役をしている寡黙な熊獣人、バリー・ブライアン軍曹。
     この時も都合のいいことに、ミラが彼の横にいた。
    「あれぇ、トモエさんじゃないですかぁ」
    「こんにちは、ミラ」
    「どしたんですかぁ?」
    「ええ、……そうね、あなたを探してたの」
    「ふぇ? アタシですかぁ?」
     とっさに口実を作り、自然な会話に持って行く。
    「ええ。ほら、この前言ってた喫茶店。あそこ、行ってみたいなって」
    「あ、そうですねぇ。ちょうど今日、アタシ暇だったんで、行っちゃいましょうかぁ」
    「ええ、お願いね。そうだ、バリーも行かない?」
    「俺? えっと、喫茶店、に?」
     話を振られ、バリーは目を白黒させている。
    「ええ。一度、あなたともお話してみたいと思ってたんだけど。何か予定、あった?」
    「え、いや、ない、けど」
    「それなら行きましょう、ね? 三人の方が、話も弾むし」
    「あ、う、うん、分かった」
     バリーは困惑した顔をしながらも、小さくうなずいた。

     喫茶店に場所を移したところで、巴景は話を切り出した。
    「ねえ、ミラ、バリー。私のこと、どう思う?」
    「え?」
    「いきなり、どしたんですかぁ?」
     巴景は声を落とし、やや悲しげな口調を作る。
    「実はね、グレイ参謀から疑いを掛けられてるみたいなの」
    「えぇ?」
     人のいいミラは、それを聞いて悲しそうな顔になる。
    「そんな、ひどい……」
    「きっと私が外国人だからね。中央のスパイとでも思ってるんじゃないかしら」
    「そんなわけないじゃないですかぁ……。央北と央南じゃ、全然別のところだし」
     ミラは明らかに、巴景の話に憤慨してくれている。巴景は内心ほくそ笑みながら、依然悲しそうな口調は崩さない。
    「そう言ってくれて嬉しいわ。でも、みんなはそう思ってくれないかも知れないわ」
    「そんなコトないですよぉ。アタシ、トモエさんはいい人だって分かってますもん」
    「ありがとね、ミラ」
     巴景は仮面の端から見える口をわずかに曲げ、嬉しそうな笑みを二人に見せた。それを見たミラは、ますます優しく接してくる。
    「もし何かあっても、アタシはトモエさんの味方ですからね。ねぇ、バリー?」
    「え?」
     ぼんやりと話を聞いていたバリーは目を丸くし、ミラと巴景の顔を交互に見る。
    「バリーも、トモエさんの味方ですよねぇ?」
    「あ、え、……うん。味方だ」
     困った顔をしつつも、バリーはうなずいた。
    (よし……。やっぱり、バリーはミラに流されてるわね。ミラを抱き込んでおけばきっと、コイツは私に協力するわ)
     その後2時間ほど、巴景は二人とじっくり歓談し、ミラと、そしてミラに付いているバリーの友好関係、信頼を築いた。
    蒼天剣・風評録 2
    »»  2009.11.03.
    晴奈の話、第413話。
    ギャンブラー、トモちゃん。

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    3.
     続いて巴景は、来訪してすぐに痛めつけた側近、ハインツ中尉の所を訪れた。
    「ふむ、では吾輩は雷と土の5、それから水の6と氷の6で2ペアだ」
    「へっへ、じゃ俺の勝ちだ。こっちは3、4、5、6、7でストレート」
    「うぬっ……」
     ハインツは食堂で狐獣人の男とカードゲームに興じていた。と、その狐獣人が巴景に気付いた。
    「お。仮面女だぜ、ハインツの旦那」
    「何? ……ぬう、貴様は」
     ハインツは巴景を見た途端、不機嫌そうに額にシワを寄せる。
    「何の用だ?」
    「ええ、少し謝らなくちゃと思って」
    「……何だと?」
     巴景はぺこりと頭を下げ、ハインツに謝罪の言葉をかけた。
    「あなたのおかげでこの砦に入れたのに、ずっとお礼もしなくて。ごめんなさいね」
    「あ、う、うむ」
     下手に出られ、ハインツの怒りは行き先を失ったらしい。複雑な表情を浮かべ、ぎこちなくうなずいている。
    「あの、もし良かったらこれ、どうぞ」
    「む……?」
     巴景は先程喫茶店で購入したケーキを、ハインツに渡す。
    「む、む、これは……」
    「おわび、……って言ってしまうのはおこがましいけれど、せめてこれくらいはしないと、と思って。嫌いだったかしら、甘いもの」
    「あ、いや。……うむ、喜んでいただくとしよう」
     横で二人のやり取りを見ていた狐獣人が、呆れた顔で煙草をふかす。
    「鼻の下伸びてんぜ、ハインツの旦那」
    「うっ? ……いやいや、失敬」
    「そんでさトモちゃん、俺には何かないの?」
     巴景は口元をにっこりと曲げて、その狐獣人――こちらもバリー同様、ハインツのサポート役で、ルドルフ・ブリッツェン准尉と言う――に包みを渡した。
    「ええ、会った時に渡そうと思ったんだけど、丁度良かったわ。はい、これ」
    「お、ありがとよ。……でも旦那のに比べりゃ、ちっちぇえな」
    「ええ。ハインツさんにはおわびも込めて、だから」
    「そか。……じゃ、俺もオイタしてもらおっかなぁ、へへっ」
     ニタニタ笑うルドルフに向かって、巴景はクスクスと愛想笑いをしてやる。
    「まあ、ご冗談。……ところで、ゲーム中だったみたいね。私も混ぜてもらっていいかしら?」
    「ん? いいぜ。トモちゃん、ルール分かるか?」
    「ええ。ポーカーでしょ?」
    「知ってるみたいだな。んじゃ、軽くやりますか、っと」

     ルドルフはカードを切り、席に付いた巴景とハインツ、それから自分に配る。
    「あ、そう言えばどうする? 賭けるか?」
    「ええ、その方が面白いでしょう?」
    「いいねぇ、いいノリだ。……よし、それじゃチェック」
     ルドルフのかけ声に合わせ、ハインツと巴景は配られた手札を見る。
    (火の4、水の4、雷の6と7、それと風の5。……どうしようかしら?)
     ハインツはいつも通りのしかめっ面をしている。どうやらあまり手は良くないらしい。対して、ルドルフはニヤニヤしている。そこそこいい手が入っているようだ。
    (ワンペアとか、そんな安い手じゃ無さそうね。さっきもストレート出してたみたいだし。……となると、ワンペアじゃ多分負けるわね)
    「むう……、3枚チェンジだ」
     ハインツがカードを捨てる。
    (あら……。雷の4と8、それと水の3ね。確率としては、4のスリーカードとストレート、それから雷のフラッシュは出にくくなりそうね)
    「トモちゃん、アンタの番だぜ。捨てるか?」
     ルドルフが依然、ニヤニヤしながら尋ねてくる。
    「そうね……」
     相槌を打ちながら、巴景はカードを捨てるかどうか考える。
    (ま、勝負すること自体は問題じゃないし、適当でいいわ)
    「ええ、3枚交換で」
     巴景は「4」以外のカードを捨てた。
    「ほい、3枚と」
     ルドルフがカードを渡す。
    「俺はこのまんまで行くぜ。……それじゃ、セット」
     どうやらルドルフは相当の好手らしい。交換せず、そのまま勝負に出た。
    「吾輩は……、ううむ……」
     逆に、ハインツは3枚交換したにもかかわらず、手は良くないらしい。
    「……ドロップ」
     ハインツはカードを机に置き、銀貨を1枚出した。これは勝負を降りた時の罰金、100ステラ――北方大陸で使われる通貨――である。
    「トモちゃんは?」
    「セット。賭けさせてもらうわ、100ステラ」
     巴景も銀貨を1枚出した。
    「よっしゃ。じゃ俺は300ステラで。……オープン」
     ルドルフが見せたカードは火と氷の2、そして雷と土、風の9――フルハウスである。
    「んでトモちゃん、アンタは?」
    「……ふふっ」
     巴景もカードを開ける。
    「火の4、氷の4、水の4、風の4、あと氷の8。フォーカードよ」
    「あちゃ、負けたぁ……」
     ルドルフは天井を仰ぎ見て、銀貨を3枚机に投げ出した。



     ここでも、晴奈に対抗心を燃やしているのか――勝負運も、巴景は強かった。結局、巴景は1500ステラの大勝を収めた。
     さらにこの二人との仲も円満にすることができ、巴景の「下準備」も着々と進んでいた。
    蒼天剣・風評録 3
    »»  2009.11.04.
    晴奈の話、第414話。
    ちっちゃい姐さん。

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    4.
     ミラ、バリー、ハインツ、ルドルフの4人と仲良くなった後も、さらに巴景は懐柔を続けた。
     今度は兎獣人の魔術師、ドール・ホーランド大尉。何でもフーの、北方における最近の「お気に入り」だと言う。

     会ってみた巴景は、内心「なるほど」と納得した。
    「アナタが最近ウワサのサムライさん? へー、……ふーん」
     ドールは少女かと見紛うほど背が低かったが、どう考えても子供ではなかった。なぜなら非常に魅力的な体型と仕草をしており――同性の巴景でさえ、その妖艶さに一瞬目を奪われた――その声も、非常になまめかしかった。
    「ヒノカミ君、女だから雇ったってワケじゃなさそうね」
    「ええ。紛れもなく、剣の腕で、よ」
    「そのようね。仮面と厚着で隠れてるケド、何か強そうな雰囲気があるもの」
     ドールはにっこり笑って巴景に握手を求める。巴景もそれに応じ、彼女の手を握った。
     するとドールは、「あら?」と小さくつぶやいた。
    「……? どうかしたの?」
    「いえ……。ねえアナタ、魔術も使えるの?」
     そう問われ、巴景は素直にうなずく。
    「ええ。風の魔術剣を、ね」
    「それだけ? ホントに?」
     何故か、ドールは疑い深そうに見上げてくる。
    「どう言う意味かしら?」
    「風の魔術だけ、って感じがしないわ、アナタの雰囲気が。他に何か……、誰も知らないよーなモノも、使えるんじゃない?」
    「……」
     鋭く指摘され、巴景は一瞬戸惑った。
    (強化術のことを言ってるのかしら? ……そうね、あの術は間違いなく、殺刹峰以外の人間は知る由も無い術のはず。
     ……でも、それをこの女に言うメリットがあるかしら?)
     言えば恐らく、フーと親しいドールはこのことを話すだろう。そこでフーが「頼もしいな」と思ってくれれば巴景にとってプラスになるが、「怪しい術を使う……?」といぶかしがれば、マイナスになる。
     何より会って二言目の発言で、「フーが巴景を雇った理由」を、「新しい夜伽を得たのか」と邪推したことを暗に示している。
    (割と独占欲が強いっぽいし、ここで変にアピールすれば、逆に彼女、『あの女を使わないで』とかアイツに頼みかねないわね。
     不用意な真似は、しないに越したことないわ)
     巴景は正直に言わず、ごまかしておくことにした。
    「……さあ? 思い当たるようなことは無いわね。まあ、魔術剣だから、正統派の魔術に比べたら異質に思えるのかも」
    「……そーね。そーかも」
     どうやら、ドールは納得してくれたらしい。にこっと笑い、椅子にちょこんと腰掛けた。
    「それで、アタシに何か用だったの?」
    「あ、まだちゃんと挨拶もできてないと思って、これを」
     ハインツたちに渡したように、巴景はケーキが入った箱をドールに差し出す。
    「あら、『ビーナス』のショートケーキ?」
     中身を見た途端、ドールの顔は嬉しそうにほころんだ。
    「嬉しいわぁ。大好きなの、コレ」
    「喜んでもらえて嬉しいわ、ドール」
    「うふふっ……。2個あるから、一緒にお茶しましょ」
     疑いも晴れたらしい。ドールは終始ニコニコしながら、巴景とケーキを食べていた。

     話しているうちに、ドールは別の側近のことも教えてくれた。
    「ふーん、ミラちゃんとはもう仲良しなのね。んじゃさ、もう一人魔術師がいるんだけど、その子のコトは聞いてる?」
    「もう一人? あなたと、ミラの他にもいるの?」
    「ええ。ノーラ・フラメルって言うエルフで、アタシのサポート。あ、でも魔術師って言ったケド、格闘術も割と得意だし、結構万能な子よ。実力で言えば、側近の中で3位以内じゃないかしら。
     ま、ちょっと前に……」
     言いかけて、ドールは言葉を切る。
    「前に?」
    「……あー、うん、ま、色々あってね。基本、人間ギライだから、ヒノカミ君も重用してないのよ、あんまり」
    「そんな子が、何故側近に?」
    「……色々、よ。ま、一応声だけかけてみたらどうかな、って」

     ケーキを食べた後、ドールはそのノーラと言うエルフのところに案内してくれた。
     ちなみにノーラは砦の宿舎ではなく、市街地の外れに住んでいる。そのことだけでも、彼女が軍に溶け込んでいないと言うことが良く分かる。
    「こんにちはー、ノーラちゃん。ドールよ」
    「……」
     玄関前から呼びかけたドールに、わずかに応じる声が返ってきた。
    「……何の用ですか?」
     扉越しに、やや高めの女性の声が返ってきた。
    「ノーラちゃんに会いたいって人がいるのよ。ホラ、この前そ、……軍に入った、トモエ・ホウドウって子」
    「そうですか。……今、鍵を開けます」
     カチャ、と軽い音を立てて、扉が開く。
    「はじめまして、ホウドウさん」
     出てきたのはどこか暗い印象を与える、銀髪に銀目のエルフだった。
    蒼天剣・風評録 4
    »»  2009.11.05.
    晴奈の話、第415話。
    ダークエルフ(心と性格が)。

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    5.
     ノーラの家に通された巴景は、家に入ったその一歩目から、ほのかに嫌な気配を感じていた。
    (何よこの、うっすらと感じる圧力は……? まるで家全体が、『帰れ』と言っているみたいな……)
     ドールが「人間ギライ」と言っていた通り、ノーラは巴景に対しても、ドールに対しても、ほとんど笑顔を見せない。見せたのは挨拶の時の会釈くらいだったし、それもわずかに口の端を歪ませた程度だった。
    「今、軍の目ぼしい人に挨拶回りしてるのよ、トモちゃん」
    「そうですか」
     ノーラは巴景と目を合わせようとしない。ずっと、自分が両手で抱えているカップに目を向けたままだ。
    「あ、自己紹介が遅れたわね。私はトモエ・ホウドウ、央南の剣士よ」
    「そうですか」
     巴景が自己紹介しても、ノーラは応じない。
    「あ、えーと、ノーラちゃん?」
    「何ですか?」
    「この子、軍に入ったばかりで知らないことばかりだから、アナタの名前も教えてあげてほしいんだけど」
    「……ああ、はい。
     私の名前はノーラ・ソリテナ・フラメル。階級は伍長です。雷の魔術を得意としてます」
     それだけ言って、ノーラはまたカップに視線を落とした。この態度に、巴景は内心かなりイライラとしていた。
    (何よ、この女? さっきからウザそうにして……)
     しかし、その感情を口には出さない。
    「よろしくね、ノーラさん」
     握手をしようと手を差し出したが、ノーラは応じない。
    「ねえ、ノーラちゃん。握手くらい、してあげてもいいんじゃない?」
     ドールに促され、ノーラはようやく手を挙げた。
    「ああ、はい。……よろしく」
    「……よろしくね、ノーラさん」

     トマスの時もそうだったが、相手に不躾な対応をされて、鷹揚に構えていられる巴景ではない。ノーラの家から軍舎に戻った後、巴景はドールに不満をぶつけていた。
    「何なの、アイツ? ずーっと人の顔も見ないで……」
    「まー、まー。……理由があんのよ、アレには」
    「理由?」
    「ええ。あの子には、ちょっと歳の離れた、父親違いのお兄さんがいたのよ。名前はリロイ。アタシたちと同じように、軍にいたの。アタシの、昔の恋人でもあったわ。
     すごく優秀な諜報員で、これまでに何度も難関、不可能とされてきた潜入作戦を成功させてきた英雄だったわ。ま、その優れた作戦遂行能力の代償として、昔の訓練で――ほんの、ちょこっと――精神を病んで、笑い顔しか作れなくなったんだけどね。
     それでも、兄妹の仲はすごく良かったわ。アタシもあの子のコトは気に入ってたし、妹みたいに思ってた。……ま、リロイとは2年くらいで別れちゃったんだけどね。アイツ、浮気性だったし。
     ともかく、リロイとノーラ、それとアタシは仲良くしてた。……515年の、あの事件までは」
    「あの、事件?」
     巴景の問いに、ドールは一枚の紙を差し出して答えた。
    「リロイはその年、中央大陸のとある場所から一振りの剣を盗み出した。その剣はあの『黒い悪魔』タイカ・カツミを倒せると言う魔剣、『バニッシャー』。
     長年カツミを倒そうと目論んでいた軍はリロイの働きを称賛し、大喜び。……で、そのままカツミを倒そうとしたのよ。
     でも冷静に考えれば、無茶もいいところ。武器があっても、それに見合うよーな人材はまだ、軍にはいなかったのよ――ま、今ならヒノカミ君がいるけどね――そのまんま戦いになれば、十中八九カツミの怒りを買って、北方が焼き払われておしまい。それを軍の頭脳だったナイジェル博士も、その弟子のリロイも分かっていたのよ。
     だから、盗んだ。自分が盗んできた剣を、もう一度、自分の軍から。博士と、そしてリロイは、この国を離れたわ。……自分の妹であるノーラと、教え子であるヒノカミ君を残してね」
    「……?」
     巴景は話の途中から、首をかしげていた。
    「ねえ、ドール? 弟子がいるって言ったけど、ナイジェル博士って、まだ20代じゃないの? それに今、牢につながれてるわよね?」
    「あ、ソッチじゃないわ。そのおじいさんの、エドムント・ナイジェル博士。今牢にいるのは、孫の方のトマス・ナイジェル博士ね」
    「ああ……」
    「アンタ、トマス君も知ってんのね。ドコから聞いたの?」
     巴景はトマスと会うのを手引きしてくれたミラのことを考え、ぼかして説明した。
    「ああ、風のうわさで聞いたのよ。そう言う人がいるって」
    「ふーん……。ま、それが元で、ヒノカミ君は軍から一時期冷遇されたし、ノーラへの風当たりもきつかったわ。ヒノカミ君が出世して護ってやらなきゃ、ノーラは多分、今でも迫害されてるでしょうね」
    「それで、あんな風に引きこもっちゃってるのね」
    「そう言うコト。まあ、あのまんま閉じこもらせても、また何やかや言われるかも知れないから、人手がほしい時には、ヒノカミ君から呼び出されてるわ」
    「なるほど、ね」
     話を聞きながら、巴景はこの、ノーラと言うエルフは懐柔しないことを決めていた。
    (軍から半ば切り離されてるような奴を抱きこんでも、無意味ね)
    蒼天剣・風評録 5
    »»  2009.11.06.
    晴奈の話、第416話。
    軍閥の密かな亀裂。

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    6.
     ノーラの他にももう一人、巴景が懐柔をしなかった人物がいた。いや、しなかったと言うより、したくなかったのである。
    「まったくヒノカミ中佐も困ったもんだよ。なぁ、トモちゃん」
    「ええ、そうね」
     それは7人目の側近、スミス・エストン軍曹である。
     彼の場合、向こうから話しかけてきたのだが、会って5分で、巴景はこの男のことが嫌いになった。
    「あの人のせいで俺たちの評判も悪いしさー、あのケバい兎もそれに拍車かけるし」
     話の半分が、目上の人間や業績を上げる同僚に対する愚痴なのである。
    「ま、俺なんかが言えた義理じゃないしさ、そこら辺は謙虚にしとかないと、目ぇ付けられるしな。そこら辺は頭使わないとさ、頭を」
     そして己を卑下し、それが美徳であるかのように、また、美徳だと思わせたいように自慢するのが残り半分である。
    (あー……、ウザい)
     巴景は半ばうんざりしながら話を聞いており、頃合を見て席を立とうと考えていた。
    「じゃないとさ、トマスみたいなことになるんだよ」
    「え?」
     が、話が気になっていた件に触れたので、巴景はもう少し話を聞いてみることにした。
    「トマスって、ナイジェル博士のことかしら」
    「そうそう、そのトマス。あいつ、俺の親戚なんだ。
     ま、博士なんて言ってもさ、絶対頭でっかちで知識しかないんだよ。頭の良さって言うので言えば、良くないんだよ、絶対」
    (ナイジェル博士の頭が悪い? フン、どっちが愚かかしらね。自分以外は案山子か何かだとでも思ってるのかしらね、このお馬鹿さんは)
     巴景はスミスの発言を内心、鼻で笑いながら、話に耳を傾けた。

     スミスの話は過分に過小評価、誇張、中傷、罵倒が多く、良識ある者には眉をひそめるような発言ばかりなので、ここではそれらの余分な情報を排除し、要約することにする。
     トマス・ナイジェル博士は祖父、エド博士が北方から亡命した後その跡を継いで、軍の戦略研究の最高責任者、及び軍事行動決定の最高顧問となった。かつて「エド博士をそのまま若くしたような人物」と評された通り、トマスは十二分にその職務を全うしていた。
     だが、フーが台頭し始めた辺りから、彼との間で確執が生じていた。周りにチヤホヤされ、有頂天になって独断専横を繰り返すフーと、綿密な配慮と計算の上で軍事行動を計画したいと考えるトマスの間で度々、意見の衝突があったのだ。
     それをフーも、フーの参謀であるアランも疎ましく思ったのだろう。昨年の半ばに、ウインドフォートを訪ねたトマスを無理矢理に拘束し、投獄してしまったのだ。
     もちろん、これは軍本部の意向を無視した独断行動であり、発覚すれば即刻、日上軍閥は解体され、フーをはじめとする軍閥の主要人物は軒並み罰せられる。
     だから軍本部には「トマス博士はウインドフォートに来ていない。途中で蒸発してしまったのではないか」と報告し、トマスを監禁していることを隠しているのだ。

    「いまだに本部の奴らも気付いてないみたいだし、トマスはもうおしまいだよ。あのまま死ぬんじゃないか?」
    「……」
     そこまで聞いたところで、巴景は席を立った。



     巴景は自分の部屋に戻り、椅子に腰掛ける。
    (この軍閥には大きな弱点があるわ。それは『あまりにもブレーンが強引過ぎる』と言うこと。
     フーの、……いいえ、アランの思惑と方針に、側近全員が引きずられている。そう、軍閥宗主のフーも、恐らくは言いなりになっている。
     でも、納得はしていないはずよ。『自分には自分の考え、やり方がある。指図するな』と、誰もが思っているわ。
     特に、周りからもてはやされたフーは、その思いが特に強いでしょうね。早晩、アランのことを疎ましく感じるわ。いいえ、もう既に疎ましく思っているかも知れない。20歳そこそこでこれだけの大組織のトップに立っているのだから、自尊心もそれなりのはず。
     そんな彼が一々指図を受けていて、疎ましく思わないわけがないわ。機会に恵まれれば必ず、アランを排斥しようとするでしょうね。
     ……そしてそれが、私にとってもチャンスになる)
     巴景は仮面を外し、ニヤリと笑った。

    蒼天剣・風評録 終
    蒼天剣・風評録 6
    »»  2009.11.07.
    晴奈の話、第417話。
    演習中の騒動。

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    1.
     北方と、中央政府との戦争が再開されるのは、双月暦520年の4月下旬と予想されている。その辺りになれば海上の氷も溶け、巨大な軍艦も航行可能になるからだ。
     そこで日上軍閥は、戦争再開の予定日を4月20日と定めた。この日を目処として、砦の各所で軍事物資の調達と補充、訓練内容の強化、進攻計画の検討などが入念に行われていた。

     それだけ砦内は緊張が高まっており、いつもは何と言うことのない、特に問われるようなこともないような物事が、この時だけは並々ならぬ警戒と処罰を受けていた。
     そう、この一件――スミス・エストン軍曹の強制除隊も、その影響を少なからず受けていたのだ。



     そのきっかけは、軍閥内の剣士を集めた合同演習からだった。
    「1! 2! 1! 2!」
     上官の号令に従い、剣士たち全員が素振りをしている。それ自体は何と言うこともない、きわめて通常の訓練だった。
     が、その最中。
    「1! 2! い、……ッ!?」
     ある剣士が剣を振り下ろした直後、突然こめかみを抑え、倒れ込んだ。
    「お、おい!?」
     周りの剣士たちが慌てて、倒れた者に近付く。
    「大丈夫か!?」
    「う、うう……」
     彼の足元には爪先ほどの小石が転がっており、血もにじんでいる。明らかに彼は、これを頭に投げつけられのだ。
    「どうした!?」
     号令していた上官が駆けつけ、その石を拾い上げて頭上に掲げ、周りに怒鳴る。
    「誰だッ! 演習の真っ最中、同僚に石を投げつけた卑怯者はッ!?」
    「……」「……」「……」
     上官が周りの剣士たちをにらみつけるが、誰も首を横に振るばかりである。
    「正直に言え! 誰がやった!? お前か!? それともお前かッ!」
    「いえ……」「違います」
     次々怒鳴りつけられるが、依然誰も名乗り出ない。
     業を煮やしたらしく、上官は更に声を荒げた。
    「では聞き方を変える! 誰か、この石が飛んできたのを見た者は!?」
    「よ、横、から……」
     倒れていた者がフラフラと手を挙げ、左を指差す。
    「横?」
     その情報に、周囲にいた全員が左を向いた。
    「お前か?」
     最も遠巻きに見ていた剣士――スミスに、全員の目が向けられた。
    「はぁ!? お、俺じゃないですよ! 何で俺なんですか!?」
    「正直に言えば、まだ厳罰には処さん」
    「違いますって!」
     スミスは怒りに満ちた目で、上官に食ってかかる。
    「意識がもうろうとしてるような奴の言葉を信じて、たまたま横にいた俺が犯人ですか! そりゃないでしょう、無茶苦茶もいいところだ!」
    「貴様は日頃から、態度が良くない。側近に選ばれたとは言え、素行には大いに問題が……」「ざけんな、目玉!」「……何だとぉ?」
     スミスの侮辱に、上官の大きな目がぎょろ、といらだたしげに動いた。

     ここまで行くと、もはやスミスが「本当に犯人なのか」は問題ではなくなってしまう。そこにいるのは、「限りなく悪者に見えるスミス」である。
     なお、彼はこの直後怒り狂った上官によって鉄拳制裁を受け、彼が犯人なのかどうかは結局、うやむやになった。



     傭兵の身分である巴景は、この演習への参加を強制されてはいないし、かと言って側近であるから、見学を断られるような立場でもない。
     だから演習場の外にいても、何ら不審に思われることはない。
    「……ふふ」
     演習場の端で、巴景はわずかに口の端を緩めながら、その騒動を遠目に見ていた。その足元には、小さな石がいくつか転がっている。
    「まずは上々、と言ったところかしら」
     足元の小石を器用に蹴り上げ、己の掌に載せる。
    「誰も気付かないものね――演習と言う『枠の中』でしか騒いでいないのだから、当然かも知れないけれど」
     巴景はポン、と小石を放り投げる。
     女性にしては、いや、人間にしては見事すぎる飛距離を出し、小石は遠くへ飛んでいった。
    蒼天剣・風紀録 1
    »»  2009.11.09.
    晴奈の話、第418話。
    スミスいじめ。

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    2.
     スミスを巡る事件は、その後も続発した。



    「あづっ、あぢゃちゃちゃちゃ!」
     スミスが前を通り過ぎてまもなく、熱いスープの入った皿がひっくり返り、兵士の顔にかかる。

    「それでさ、賭けに負けて、……うおぁ!?」
     談笑しながら砦の外を歩いていると、花瓶が目の前を落ちてくる。上を向いたところ、3階の窓際にスミスの顔がある。

    「おかしいなー……」
     兵士の財布が消え、同僚たちが共に探す。
    「おい、あっちに落ちてたぜ」
     同僚が見つけてくれた。
    「でもさ、これ拾うちょっと前に、スミスの野郎がいたんだ」
    「……そうか」
     あったはずの中身は、銀貨一枚も残っていなかった。



     確実に、スミスが犯人だと言えるものは一件もない。しかし、状況的には非常に怪しい。そんな事件が頻発し、スミスの評判は極めて悪くなった。

     と言うよりも元々、彼の評判はそれほど良くなかった。
     軍曹と言う低い階級で、バリーやルドルフのように上官のサポート扱いでもなく、フーの正式な側近になれたのは、彼の剣術がそこそこ優れており、また、北方の名門ナイジェル家の遠縁であると言うのが理由である。
     が、人柄・人格の面では「他人をけなす」「己の自慢ばかりする」「上官に対して反抗的な態度が多い」と、あまり評価できる人物ではなかった。さらに彼が側近になったことで、不快感を抱いた者も少なくない。
     そこに、これらの事件である。彼の評判は、一気に下落した。



    「フー。エストン軍曹のことだが」
     軍閥内でスミスに対する不満、不信が高まった頃になって、アランが動き出した。
    「スミスのこと?」
    「最近の軍曹の素行について、大いに問題視すべき点が多々ある。それにより、軍閥内の士気も徐々に低下しつつある」
    「ああ、まあ、確かにな。どうしたもんかな」
    「私の意見を率直に述べれば、即刻除隊すべきだ」
    「除隊だと?」
     それを聞いて、フーは顔をしかめた。
    「そりゃ、やり過ぎじゃないか? いくらあいつに悪い噂が立ってるからって、軍から追い出すほどじゃないだろ? せめて側近からの解任くらいで、いいんじゃないか?」
    「いや、現況を鑑みれば、除隊しかあるまい」
    「普段から冷静だとは思うけどさ、もうちょい冷静になれよ、アラン。
     評判が悪いっつったって、それは前の俺と同じだろ? 俺も上から勝手な奴とか反抗的なクズとか言われてたけどよ、ちゃんとやることやってんだからさ。
     あいつもそれなりに、軍の役には立ってるはずだ。違うか?」
    「いいや、フー」
     アランは抑揚のない声で、淡々と反論する。
    「剣の腕や名家との縁を考え、軍曹と言う階級ながら特別職たる側近に格上げした。
     しかし実際、央南での作戦では重傷を負うと言う体たらくを見せ、また、ナイジェル家の現宗主たるトマス・ナイジェル博士を監禁している今、その縁を手繰ることは不可能と言っていい。彼が今後、我々の組織に寄与できる可能性は無いのだ。
     それに加えて、この騒動だ。最早彼は我々にとって、不利益しかもたらさない。側近から解任するだけでは、足りないのだ」
    「そうは言うけどよ、アラン」
     依然、スミスの除隊を容認できないフーに対し、アランはなお、己の案を強く推す。
    「ともかく、最善の策は除隊しかあるまい。私の案以上に理想的な解決策があるのならば、それを採用するが」
    「……いや、でも、……」
    「早急に判断しろ、フー。中央との再戦は、刻一刻と迫っているのだ。今ここで軍閥内の風紀が乱れては、満足に戦うことなどできない」
     フーは頭を抱え、低くうなる。
    「……くそっ」
     フーは逡巡した末に舌打ちし、アランの意見を呑んだ。
    「分かったよ……。
     本日を以って、スミス・エストン軍曹は素行不良及び軍紀撹乱(ぐんきこうらん――軍の風紀を大きく乱すこと)のため、ジーン王国軍ウインドフォート基地より除隊する」



    「……なん、です、って?」
     フーからの辞令を聞き、スミスは顔を真っ青にした。
    「うそ、でしょう?」
    「……いや、嘘や冗談ではない。正式に、辞令が下ったのだ」
     辞令を伝えたハインツは、複雑な表情でスミスを見つめている。
    「その、なんだ、うむ。気を落とすな」
    「……」
     スミスの目がうつろになり、体がブルブルと震え出す。
     その異状を見て、ハインツは一歩退き、剣に手をかけた。
    「待て、落ち着け、スミス」
    「……ふざけんなぁッ!」
     スミスはハインツを突き飛ばし、砦の最上階――フーとアランのいる部屋まで走り出した。
    「待て! 止まれ、スミス!」
     後ろからハインツが追いかけるが、普段から重装備を身に付けている彼では、怒り心頭に発したスミスには到底追いつけない。
     ハインツは大声を上げて、周りの者に助けを求めた。
    「エストン軍曹が乱心した! 誰か、誰かあいつを止めろーッ!」
     その声に応え、砦中の兵士がスミスを追いかけ、立ちはだかる。
    「邪魔するなッ!」
     だが、並の兵士ではスミスの相手にならない。次々と、スミスの振り回す剣に薙ぎ倒されていく。
    「ふざ……けるな……ッ、ふざけるなーッ!」
     スミスは怒りに身を任せ、階段を駆け上がっていった。
    蒼天剣・風紀録 2
    »»  2009.11.10.
    晴奈の話、第419話。
    怒りに怒りで火を注ぐ。

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    3.
     砦の最上階、フーの私室。
    「そう言うわけだからさ、ノーラ。協力してほしいんだ」
    「……」
     フーはノーラを呼び、スミスの代打を頼んでいた。
     当初、中央との海戦に同行させる側近は参謀のアラン、遠隔攻撃担当にドール、そして白兵戦担当にスミスの、計3名としていた。しかしスミスを除隊せざるを得なくなったため、急遽ノーラを入れることにしたのである。
     だが、ノーラはまったく乗り気ではない。
    「なぜ私なんですか?」
    「いや、まあ、お前じゃなきゃってわけじゃないんだけどさ」
    「じゃあ、他の人にしてください。私は行きたくありません」
    「そう言うなって。たまにゃ戦線に出ておかないと、ほら、何言われるか分かんないだろ?」
    「……もう、どうでもいいんです。もう兄が犯罪を犯してから、5年も経ちますし。いい加減みんな、私なんかのことは忘れてしまってるでしょうし」
     固辞するノーラに、フーは頭を抱える。
    「そうつっけんどんにしないでくれよ、ノーラ。俺だってさ、あんまりお前を戦争に出したくないんだって。元々、軍人向きな性格してないしさ。
     だけどお前、最近ずっと引きこもってるって言うし、たまには外に出なきゃ、頭がどうにかなっちまうぜ」
    「こうしてここにいるんですから、引きこもりじゃありません。余計な心配しないでください」
     ノーラは非常に嫌そうな顔をして、椅子から立ち上がった。
    「お話は以上ですよね。失礼します」
    「あ、待てって……」
     フーが引き止めようとした、その時だった。

     部屋の扉が乱暴に開けられ、スミスが剣を片手に押し入ってきた。
    「中佐ッ! どう言うことですか、俺が除隊って!」
    「スミス……」
     フーはノーラの前に立ち、スミスと対峙する。
    「剣を収めろ、スミス。話をしに来たんだろ?」
    「説明してください、なぜ俺が軍から追放されなきゃいけないんですか!?」
    「収めろと言ってるだろう? それとも何か、俺を斬るつもりか?」
     フーがなだめようとするが、怒りで我を忘れているスミスは応じようとしない。
    「答えろ、中佐ッ!」
    「だから、話をするのか戦うのか、どっちかって聞いてんだよ、俺は」
    「……」
     二人のやり取りを、ノーラは困った顔で眺めていた。
     と、スミスがフーの背後にいたノーラに気付く。
    「……そうか、そうですか」
    「あ?」
    「そうだったんですね、中佐。そいつを入れるために、俺に難癖付けて除隊させようって」
    「何言ってんだ、お前?」
    「この女たらしめ! お前のくだらない欲情で、俺の人生を潰そうとするんじゃねえッ!」
     スミスの怒りはさらに膨れ上がり、剣を振り上げてフーに襲い掛かった。
    「この、馬鹿がッ!」
     だが、軍のエースであるフーが、格下の攻撃を素直に食らうわけがない。紙一重でかわし、顔面を殴りつけた。
    「ぐべッ!」
     スミスは前歯を一本飛ばしながら転倒し、ゴロゴロとじゅうたんの上を転がり、壁際にぶつかった。
    「おい、そいつを砦から放り出せ!」
     フーはようやく私室に入ってきたハインツ他数名に命じ、スミスを追い出そうとした。
     ところが、兵士が倒れたスミスに近付いた途端――。
    「……ざけんな、ざけんなあああッ!」
    「ひっ……!?」
     兵士の頭をつかんで引きずり倒し、スミスはその兵士の剣を抜き取って再度襲い掛かる。
    「そこの売女もだ! まとめて切り捨ててやるッ!」
    「ば、いた……っ!?」
    「てめえ……!」
     フーも剣を抜き、スミスをにらみつける。
    「正気じゃねえな、この大馬鹿」
    「どっちが狂ってるんだ! 罪人の妹を囲って俺を追い出すなんて、この色狂いめッ!」
     スミスはフーをにらみつけ、罵詈雑言を撒き散らす。

     だが、その言葉に冷静さを失ったのは、フーではなかった。
    「……ッ!」
     ベキ、と言う鈍い音がスミスのあごから発せられた。
    「ご、ぉあ、っ」
    「誰が……、誰がッ!」
     倒れたスミスを、ノーラが馬乗りになって殴りつける。
    「誰が、誰が『売女』よ! 誰が『罪人の妹』よッ! ふざけんじゃないわよッ!」
    「お、おい、ノーラ」
     フーが唖然としつつ止めようとするが、ノーラはなおも殴り続ける。
    「私は、私は罪人じゃない! 何も罪なんか犯してない! なのに何よ、あんたたち! そんなに、誰かに罪を着せて嬲るのが面白いの!? 楽しいの!?」
    「がっ、げ、うぐっ」
     何度も殴られ、スミスの顔は紫色に変色し、腫れ上がっている。
    「いい加減にしてよ! もういい加減、私を犯罪者と呼ばないでよ! 私は無実なのよ! 何もしてないのよーッ!」
    「もうよせ、ノーラ!」
     ここでようやく、フーがノーラを羽交い絞めにしてスミスから引き離した。
    「離して、離してよ! まだ、気が済まないのよ!」
    「やめろ、ノーラ! こいつ一人に怒鳴って、何が変わるってんだ!」
    「……っ」
     ノーラはバタバタともがいていたが、やがて静かになった。
    「ともかく、そこの馬鹿は放り出せ。……俺はもう一度、ノーラと話をするから」
    「……了解です」
     呆気にとられていたハインツは思い出したように敬礼し、気絶したスミスを引きずって部屋を出て行った。
    蒼天剣・風紀録 3
    »»  2009.11.11.
    晴奈の話、第420話。
    巴景の策略。

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    4.
     ようやく落ち着いたノーラを椅子に座らせ、フーは先程の要請をもう一度伝えた。
    「……ノーラ。お前が本当に悔しい思いをしてるってのは、俺も良く分かってる、……つもりだった。
     でもそれ以上だった。あそこまでボコボコにするなんてな」
    「……」
     ノーラはうつむいたまま、応えない。
    「でもさ、ノーラ。お前はそれだけ悔しいって感じてて、何で行動しない?」
    「……」
    「このまんま何もしなかったら、10年経っても20年経っても、いつまでも陰口叩かれるぞ。そんなの嫌だろ?」
    「……」
     ノーラはわずかに頭を下げ、うなずく。
    「だったらさ、行動してみろよ。……いい機会だと思うぜ、今度の海戦は」
    「……そう、ですね」
     ノーラは顔を上げ、フーの要請を受けた。
    「行きます、私。本当に悔しかったから、……見返してやりたい」
    「……おう。よろしく頼むぜ、ノーラ・フラメル伍長」

     ノーラが部屋を出た後、フーはテーブルに足を乗せてため息をついた。
    「ふー……。実は滅茶苦茶激しいんだな、ノーラは。
     あの人の妹さんだってこと、一瞬忘れちまうよ。あの人、いっつもニコニコ笑ってたしなぁ」



     一連の騒動をミラから伝え聞いた巴景は、「へぇ……」と驚いた声を上げた。
    「ホント、大変だったみたいですよぉ。ケガ人も、何人か出ちゃったそうですしぃ」
    「最後までお騒がせだったのね、彼」
     茶をすすりながら、巴景はしみじみとそう言ってみせた。
     が――内心は非常に喜んでいた。
    (計画通りね……。これで後々の手が打てるわ)
     巴景の考えた「アラン下ろし」の計画はこうだった。
     まず、誰かを貶めることで、アランを刺激する。再戦が迫っている現在、軍の風紀を乱す者がいれば排除するのが普通である。しかし、ただの兵士を除隊するだけでは、街のうわさにも上らない。側近クラスの重要人物が排除されることが、何より重要だったのだ。
     そこで標的に挙げられたのが、スミスである。彼は元から素行が悪かったため、貶めるのには好都合だった。巴景はスミスの周りにそれとなく近付き、彼が犯人だと思われるような行動を繰り返した。
     例えば彼が合同演習に参加している時に石を飛ばし、彼が投げたように思わせた。
     彼が食堂を歩いている時には、スープを飲んでいる者の前を通りかかった瞬間に氷を投げ、皿をひっくり返した。彼が3階の窓から顔を出して外を眺めている時、2階から花瓶を落とした。兵士の財布を盗み、金を抜き取った上で、彼の側に投げ捨てた。
     こう言った小さな悪事を繰り返し、次第にスミスの印象を悪くしていったのだ。
    (そして、今日の辞令。アランがそう指示したか、決定に関与したのは確か。
     ここで、次に打つ手は……)



     ウインドフォート砦から追い出されて以降、スミスは街の酒場で飲んだくれていた。
    「くそっ……、何で俺が……」
     毎日入り浸り、既に店の者からは無視されている。初めは同情してくれていた客たちも、近付くと管を巻かれるため、遠巻きに眺めている。
     そんな中で、帽子をかぶった女がそっと、彼の横に座る。
    「すみません、モルト酒をストレートで」
     その女の声が耳に入り、スミスはカウンターから頭を上げた。
    「……ん……」
     スミスは自分の横に座った女の顔を覗き込もうとしたが、帽子を深くかぶっているため、顔立ちは良く分からない。
    (だけど、……この声、どこかで聞いたような……?)
     酔いが回った頭を動かそうとした矢先、女の方から声をかけてくる。
    「あなた、スミス・エストン元軍曹よね?」
    「……だったら何だよ」
    「少し、話があるの」
    「……あ?」
     スミスは顔を上げ、座り直した。
    「あなたの除隊、実は裏があるのよ」
    「あんた、誰なんだ?」
    「……少し前まで、あの砦に出入りしていた者よ。日上閣下のところに」
    「……帰れ」
     スミスは顔をしかめ、女に背を向けた。
    「奴の枕になんか興味ねえよ」
    「そう言わないで……。私、知っているの。アラン・グレイが、今回の件に関わっていることを」
    「そりゃ関わってるだろうさ。あいつは、参謀だからな」
    「そう、あなたを追い出すのが、彼の策略だったのよ」
    「……策略だと?」
     スミスはもう一度、女に顔を向けた。
    蒼天剣・風紀録 4
    »»  2009.11.12.
    晴奈の話、第421話。
    噂が真実を駆逐する。

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    5.
     女はスミスに近寄り、詳しく話し始めた。
    「評判の悪いあなたをまず除隊し、その次は軍へあまり顔を出さない、フラメル伍長を。
     軍への寄与度が低いと思われているあなたたち二人を除隊することで、本来の目的をぼかそうとしているのよ」
    「本来の目的? 何だそりゃ」
     きな臭い話を聞かされ、スミスの酔いが段々と醒めていく。
    「現体制の一新、……と言うか、粛清よ。
     あなたも数日前まで側近だったから、分かるでしょう? 今の側近たちは、一癖も二癖もある人ばかり。上の人間としては、使い辛いのよ」
    「確かに、まあ、言われてみれば……」
    「でしょう? だから、もっと使いやすい人間と入れ替えるために、そして、入れ替えた後で反抗させないように、現行の側近を全員、見せしめとして除隊するつもりなのよ」
    「……バカ言うなよ、いくらなんでも有り得ないだろ。そんなことしたら、再戦の前に軍閥が分解しちまう」
    「あら、そう思うの? それじゃ、確認してきたら?」
    「何?」
     女は運ばれてきたモルト酒を一息に飲み干し、その息をスミスに吹きかけた。
    「フラメル伍長のところよ。もう打診なり何なり、されてるはずよ」
    「……」
     女の言葉に半信半疑ながらも、スミスはカウンターを離れた。

     スミスは恐る恐る、ノーラの家の玄関をノックする。
    「フラメル、いるか?」
    「……誰ですか?」
     ノーラの声がしたので、スミスは玄関越しに尋ねてみた。
    「お前が除隊されると聞いたんだけど、本当か?」
    「……誰です?」
    「本当なのか?」
    「誰か、って聞いてるんですけど」
     そのまま、両者とも沈黙する。
    「……俺だよ、スミスだ」
    「帰ってください。話すことなんか何もありません」
    「なあ、教えてくれよ」
    「帰って!」
     ノーラの声が険を帯びてくる。前回滅多打ちされたこともあり、スミスはそれ以上尋ねることができなかった。

     スミスは酒場に戻り、先程の女にノーラの様子を伝えた。
    「……そう。やっぱりね」
    「やっぱり? どう言う意味だ?」
    「閣下から辞令を出されて、混乱してるんじゃない? 閣下の庇護がなければ、あの子はまた非難を受けるだろうから」
    「……そう、かな」
     スミスはフーの私室でノーラに殴られたことと、彼女が叫んでいた言葉を思い出す。
    ――私は無実なのよ! 何もしてないのよーッ!――
    「……そうだな。今でも、それを恐れてる感じはあった。……とすると、本当なのかな」
    「きっとそうよ。そしてこれから、グレイ参謀の策略が本格的に……」「それ、本当?」
     いつの間にか、酒場の客が聞き耳を寄せている。
    「さっき、ちょっと話を聞いてたんだけど。グレイ参謀が側近を全員粛清って、本当に?」
    「可能性は高いわ。現にこうして、軍曹が除隊されたわけだし」
    「うんうん、確かにねー」
    「除隊……。それだけで納まるかしらね?」
     女の言葉に、スミスを含めた周りの者は全員硬直する。
    「え……?」
    「粛清、と言ったでしょう? もしかしたら参謀は、あなたが後々反乱しないように、何らかの対策を講じるかも知れないわ」
    「対策って、まさか……」
    「ええ、恐らくは」
     それだけ言って、女は席を立った。
    「……みなさん。私が、こんなことを言ったなんて、誰にも言わないでくださいね」



     女にそう口止めされたが、元々うわさ好きの好事家たちが集まってできた街である。「これ、内緒だからね」を枕詞に、うわさは瞬く間に広がっていった。
     そのうわさに辟易したのは、他ならぬアランである。
    「グレイ参謀、本当なのか?」
    「そんなわけがないだろう。今、この状況で再編などしている余裕はない」
    「……今はぁ、余裕がないんですかぁ?」
     アランに詰め寄っていた側近たちが、顔色を変える。
    「では余裕があれば、やると言うことなのか?」
    「そうは言っていない」
    「ちゃんと答えてくださいよ、参謀殿。俺たちゃ靴やかばんじゃないんですよ。そんな簡単に、取っかえ引っかえされちゃたまりませんよ」
    「だからその考えはないと、何度も言っているだろう。これだけ言っているのに、お前たちは理解できないのか?」
    「……」
     アランの言葉に、側近全員がしかめっ面になる。
     誰の顔にも、「アランは我々を見下している。やはり、粛清は本当なのかも知れない」と書いてあった。
    蒼天剣・風紀録 5
    »»  2009.11.13.
    晴奈の話、第422話。
    アラン下ろし、完了。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     アランのうわさが広がって数日後、その疑惑を決定的なものにする事件が起こった。
    「殺されねえぞ……。殺されてたまるか……」
     女の話に怯えきったスミスは今日も酒場で痛飲し、ヨロヨロとした足取りで家路を急いでいた。
    「来るなら来いよ……。返り討ちにしてやる……」
     腰に佩いた剣をさすりながら、スミスは夜の通りを歩いていく。
     と、彼の前方数メートルのところに、人影がある。その人物が発する殺気を、スミスは感じ取った。
    「……来たな、刺客め!」
    「……」
     夜空には雲が分厚く広がり、相手の姿は良く見えない。
     だが既に抜刀しており、明らかにスミスを殺そうとしているのが分かった。
    「来い! 返り討ちに……」
     怒鳴りかけたところで、彼の言葉は唐突に切れる。
    「……ごぼ、ぼっ」
     代わりに口から出たのは、大量の血だった。
     スミスの脚から、急速に力が抜けていく。そして、体中に寒気が押し寄せてくる。
    「……な……んだ……と……」
     スミスが倒れる直前、分厚い雲がすっと切れた。
     彼の目の前に、まるでスポットライトのように敵の顔が――いや、仮面が照らし出される。
     そこにいたのは、巴景だった。
    「これでほぼ、完了ね」
     その声は、どこかで聞いたことがあった。
    「……そう……か……全部……お前の……」
     その声は、酒場で出会ったあの女の声だった。



     スミスが殺されたことで、街を流れるうわさはより過激になった。
    「ねえ、エストン軍曹の話、聞いた?」
    「うんうん、聞いたよ聞いたよー」
    「路上で斬り殺されてたんだってねぇ」
    「おぉ、こわいこわい」
    「やっぱりさ、グレイ参謀の粛清って本当なのかなぁ」
    「本当でしょうね。あの女性が言っていた通りになっちゃったわけですから」
    「それじゃ今、側近のみんなは戦々恐々としてるんでしょうねぇ」
    「うんうん、絶対してるよー」

    「……アラン。お前が悪くないのは、分かってる。でもな、何とかしなきゃまずいぞ、この流れは」
     うわさはもちろん、フーの耳にも入っていた。
    「そうだな。このまま評判が下がれば、軍閥の維持も危うい」
    「ああ、今度はお前が進退を考えなきゃな」
    「……何だト? 私の、進退ヲ?」
     アランの声が、異様に甲高くなる。
    「お前は自分で言ったよな、スミスを除隊する時に『スミスは軍閥内の風紀を乱し、士気を下げている。即刻除隊、それ以上の策は無い』って。
     今のお前が、まさにその状況だろ?」
    「何ヲ、……何を言うか、フー」
     アランの声が元に戻るが、それでも動揺は隠し切れない。
    「私が貢献していないとでも言うのか?」
    「いいや、貢献してくれたさ。武器も防具も、情報を持ってきてくれた。何より、俺にすげー力をくれたんだ。お前には感謝してるさ」
    「ならば……」「でも、だ」
     フーは複雑な表情で、アランを見つめる。
    「今のこの状況を、どうやって改善する? 何かいい方法があるのか?」
    「……検討する」
     アランはフーに背を向け、部屋を出て行った。

     巴景の策は、見事に功を奏した。
     側近と参謀の間に深い溝を作り、そして今、トップとの間にも亀裂が生じようとしていた。
    (これでいい……。これで、完璧。もう私を脅かす人間はいない。後は隙を見て、いくらでも人を動かせるわ)
     アランへの不信感が募った今、彼の言葉を心から信用する者はいない。巴景の存在を危険視していたアランが彼女を排除しようと企んでも、フーや側近がその動きを阻むのは確実である。
     さらに参謀の信用が失われた今、フーが彼の策を採用することは考えにくい。そうなれば、側近の声が重要視されるのは明らかである。
     周囲の信頼を手に入れ、発言力も高まった巴景がこの先台頭していくことは、非常に容易になっていた。

    蒼天剣・風紀録 終
    蒼天剣・風紀録 6
    »»  2009.11.14.
    晴奈の話、第423話。
    戦争再開。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     何も起きまいとも、何が起きようとも、それでも時間は進む。
     アランへの不信感が募り、軍閥は大きく揺らいでいたが、それでもこの日はやってきた。
     双月暦520年4月20日。中央政府との再戦を開始する日である。



     砦での観測の通り、北海は氷が溶け、大きな軍艦も航行可能であると判断された。
    「本日より、中央政府軍との交戦を再開する! 各自、所定の艦に乗り、北海を西南西へ航行せよ!」
     フーの号令に従い、大勢の兵士が軍艦に乗り込む。
     今回出撃する軍艦は、3隻。そのうちフーと側近たちが乗り込むのは旗艦である「クラウス号」である。クラウス号は軍艦2隻を引き連れ、順調に外海へと進んでいく。
     その甲板に、巴景とドールが並んで立っていた。「アラン下ろし」の後、フーはさらに側近2名を海戦に参加させることを決め、それに銃士のルドルフと、巴景が選ばれたのだ。
    「とうとう出発ね。腕が鳴るわ、ふふ……」
     訪れてからわずか2ヶ月と言う短い時間で権謀術数の限りを尽くし、軍閥内での地位を確立した巴景は、そ知らぬ顔でドールと談笑している。
    「ええ、頑張りましょうね」
     ドールも気付いているのかいないのか、にっこりと笑って返している。
    「……にしても、なぜ側近を全員連れて来なかったのかしら?」
    「ま、アタシらがいない間の守りを、ってコトもあるけど……」
     ドールは一瞬周りに目を配り、巴景に向き直る。
    「連れて来なかったハインツ、バリー、それからミラなんだけど、最近ヒノカミ君はあんまり『お気に』じゃないらしいのよ」
    「お気に……?」
    「ハインツはアンタに負けちゃって落ち目気味だったし、バリーとミラは、のったりのったりしたしゃべり方が癇に障るみたい。悪いヤツらじゃないんだけどねぇ」
    「ふーん……」
     この時、また巴景の中で他人に対する優先順位が変更された。
    (じゃ、もうハインツに媚売る必要ないか。ミラたちも、もう縁切っちゃっていいわね)
    「……ふーん」
     巴景が思案していると、ドールが意地悪そうに微笑んできた。
    「何?」
    「切る気でしょ?」
    「……何をかしら?」
    「ううん、何でもない。あ、でもトモちゃん」
     ドールは妖しく笑い、巴景の仮面を触る。
    「な、何……」「隠してもダメよ。その下にあるもの、見える人には見えてるわ」
     そう言ってドールは仮面に指を立て、左目の穴の上から、右頬のところまですうっと線を引いた。
    「……!」
    「隠すより、紛らわせた方が分かりにくいものよ」
    「……参考に、させて、もらうわ」
     巴景はゴクリと唾を飲んだが、それもどうやらドールにはお見通しのようだった。

     と――。
    「……あら?」
     ドールが急に顔を上げた。
    「どうしたの?」
    「何だか、風が冷たいわ」
    「そうね、……と言っても、私には違いが良く分からないけれど」
    「まずいかも知れないわね。この季節の風にしては、妙に冷たすぎるわ」
     不安そうに空を仰ぐドールを見て、巴景も目を向ける。確かに春先の穏やかな雲ではなく、冬に良く見る鉛の塊のような雲が、水平線の端に見え隠れしていた。
    「もしかしたら、寒気が戻ってくるのかも。最悪、また海が凍りついてしまう可能性があるわ」
     ドールはひょこひょこと兎耳を揺らしながら、軍艦の中に入っていく。巴景もその後を追いかけた。
    「どこに行くの、ドール?」
    「ヒノカミ君のところ。航行計画の見直しが要るわ」
     巴景とドールはフーのいる中心部の船室へと急ぐ。と、良く見ればあちこちから人が集まり、巴景たちと同じ方向に歩いていく。
    「あなたたちも、気付いた?」
    「ええ。進行方向から、寒気が近付いてきています」
    「このまま進むと、その寒気の真っ只中に突っ込むことになるかも」
    「そうなると……」
    「恐らくは、嵐に見舞われるでしょう。最悪、凍った海上で足止め、と言うことになるかも知れません」
     天気の急変に気付いた者たちが、大勢でフーのところに押し寄せていった。
    蒼天剣・風立録 1
    »»  2009.11.15.
    晴奈の話、第424話。
    ずれた歯車。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     巴景たちがフーの船室の前に到着すると同時に、フーと艦長、そしてアランが船室から出てきた。
    「おう、お前ら。寒気のことだろ?」
    「あ、はい」
     集まった者たちは一様にうなずく。フーも眉にしわを寄せながら、腕組みをしてうなずいた。
    「それを今、艦長と話してたんだが……」
     フーの横に立った艦長が、この先の航行計画を説明した。
    「迂回するとなれば、少なくとも3日ないし4日は、交戦予定海域への到着が遅れる。それよりも、多少のリスクを冒してでも寒気の中を進んだ方が、予定通りに到着できる。
     万が一海が凍りついたとしても、この艦には十分な砕氷設備が付けられている。この時期の氷ならば、それで十分に砕いて進むことができるだろう。
     よって進路変更はせず、このまま西南西への進路を執り続けることを提案する」
    「ってわけだ。だけど……」
     フーが苦い顔をして、アランをあごでしゃくって指し示す。
    「グレイ参謀は反対だそうだ」
    「ああ。現状で最も懸念すべきは、敵軍に北海諸島での主導権を握られることだ。数少ない陸地を先に押さえられてしまえば、我々の侵攻は非常に難しいものとなる。
     そしてもし、氷海に足を止められてしまえば、その懸念は間違いなく現実のものとなる。その危険性はできる限り回避すべきだ。4日と言うロスは痛いが、ここは迂回して確実に進むべきだと、私は考えている」
    「だそうだ。……ここにいる奴らだけでいいや。決を採ろうぜ」
     フーは左手を挙げ、兵士たちに尋ねた。
    「艦長の意見に賛成の奴」
     こちらには、巴景やドールを始めとして、ほとんどの者が手を挙げた。フーは続いて右手を挙げ、もう一度尋ねる。
    「じゃ、参謀に賛成の奴」
     こちらにはほとんど、手が挙げられなかった。恐らく「早く着くには」と言う風に、理論的に考えてはいない。「アランの意見」なので、感情的に拒否したのだろう。
    「……」
     アランから苦みばしったうなり声が聞こえてくる。フーはそれを気にせず、艦長の肩を叩いた。
    「決まりだな。このまま進むぞ」



     ところがこの判断は3日後、誤りだと分かった。
    「ダメか?」
    「ええ……。ほとんど身動きが取れませんね」
     やはり寒気の下には、氷海があった。それでも4月下旬の気候ならば、さほど厚く張ることも無いだろうと思われていたのだが、それが大きな誤算だった。
    「厚さはどのくらいなんだ?」
    「2メートル弱と推定されます。砕いて進むのは、かなり困難かと」
    「マジか……」
     報告を聞かされたフーは深いため息をついて椅子にもたれかかる。
    「だから言っただろう、迂回するべきだと」
     横にいたアランがここぞとばかりに非難してきたが、フーは背を向けて応えない。
    「仕方ない。気温が高くなって、氷が割れるようになるまでここで停まるしかないな」
    「はい。……ですが恐らく、この寒気も一時的なものと思われますし、そう時間はかからないかと」
    「どのくらいだ?」
    「長くても、3日ないし4日かと」
    「分かった。じゃ、みんなに伝えておいてくれ」
    「了解です」
     兵士が敬礼し、下がったところで、またアランが口を開く。
    「それでフー、今後はどうするつもりだ?」
    「ん?」
    「これによって、迂回した時よりもさらに2日程度、到着が遅れることになる。恐らくその間に、敵は昨年の交戦地だったブルー島を陥落させているだろう。
     敵の先制を許した責任を、どうやって償う?」「責任? お前がそんなこと言うのか?」
     苦言を呈したアランに、フーが食ってかかる。
    「そもそも、だ。俺は航行計画の変更の時、決を採っただけだ。『お前の案と艦長の案、どっちがいいか』ってな。それで、みんなはお前のことを嫌ってたから、艦長の案を採用したわけだ」
    「何だと?」
    「何だと、じゃないだろ? お前、ちゃんと自分の今の信用度、把握してるのか?
     こないだのスミスの件で、お前は大きく信用を落とした。そのフォローも無いまま、こうして船に乗ってる。兵士の気持ちになって考えてみろよ、アラン。『いつ自分たちに対して難癖を付けて処罰しようとしてくるかも分からない奴がすぐ近くでにらんでる』って考えたら、士気も下がるし統率も乱れる。
     当然、反発もする。もしお前の意見を、あの時他の奴が言ってたら、もしかしたら迂回を選んだかも知れない。『お前が』言ったから、みんな反対したんだ。
     邪魔なんだよ、お前は」
    「……ッ!」
     フーの叱咤に、アランは明らかに憤慨した様子を見せた。
    「貴様、私に対して何と言う……」「一参謀に過ぎないお前が、軍閥宗主の俺に対して、何のつもりだ?」
     フーは立ち上がり、アランをにらみつける。
    「お前が俺の力を引き出し、何度も出世の機会をくれたのは感謝してる。だけどな、それは過去のことだ。現在、お前は俺に対してどんな貢献をした? 言ってみろよ、アラン!」
    「く……」
    「貢献してるのか? 成果を挙げてるのか? 俺に何か、プラスになるようなことを今現在、してるのか?」
    「それ、は……」
    「聞いてるんだよ! 言ってみろッ!」
    「……」
    「話はこれで終わりだ。出てけ」
     フーはもう一度椅子に座り、アランに背を向けた。
     アランはブルブルと怒りに震えていたが、何も言い返さずにそのまま船室を後にした。
    蒼天剣・風立録 2
    »»  2009.11.16.
    晴奈の話、第425話。
    どん底だったフー。

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    3.
     フーとアランの確執のうわさは、すぐに艦内に広まった。
    「ヒノカミ閣下とグレイ参謀の関係はかなり冷え込んでいるらしいぞ」
    「らしいですね。でも……」
    「私は閣下を支持します」
    「ええ、自分も同意見です」
     兵士たちの雑談の輪に加わっていたルドルフも、それにうなずく。
    「だよなぁ。ヒノカミの御大、自分勝手でイケイケだけど……」
    「元々が我々と同じ一兵卒ですからねぇ。下の人間をよくかばってくれますし、気さくに声をかけてくれますし」
    「ああ。あの人なら付いていこうって気にはなるよな。……しかしグレイ参謀殿は」
     一瞬場が静まり、一呼吸おいて全員がうなずく。
    「私、キライです」
    「同じく。それなりに見識はあるようだし、参謀としては適任だが……」
    「何て言うか、冷たいんですよね。血の通ってない作戦を立てる、と言うか」
    「『自軍のミスを抑える』が前提ですもんね。私たち、そんなにグズで役立たずに見られてるんでしょうか」
    「それは自分もそう思う。あいつ、……あ、『あいつ』って言ってしまったが、まあ、参謀は兵卒のこと、歯車くらいにしか思っていないようだからな」
    「側近の方も、嫌ってるみたいですよ。ね、ルドルフさん」
     話を振られ、ルドルフは大きくうなずいた。
    「あー、うん。俺も嫌いだ、参謀殿は。
     つーか、御大も嫌いだと思うよ。あの人はあんまり、意見されるの好きじゃないだろうし。なのに口うるさく突っかかるしさ、あの参謀殿。
     ベストパートナーとは、全然言いがたいよ」
    「でも、何でヒノカミ閣下は参謀を解任しないんでしょうね? もう軍閥ができてから、3年は経つのに」
    「……うーん。謎だよなぁ」
     その意見にまた、全員が深々とうなずいた。

    「ヒノカミ君と、アランの関係?」
     巴景に尋ねられたドールは、あごに指を付けながら答える。
    「うーん、実はアタシも良く分からないのよねぇ。一応、ヒノカミ君からそう言う話はチョコチョコっと聞いてはいるんだけどね。内容が、今ひとつはっきりしないって言うか」
    「ふーん……?」
     要領を得ない答えに、巴景は首をかしげる。
    「ま、ヒノカミ君が半分寝ながらしてた話だから、ドコまでホントか分かんないんだけどね」
     そう前置きしつつ、ドールはフーから伝え聞いた、アランとの出会いを話してくれた。



     双月暦515年、秋。
     日上風は最悪だった。
    (……寂しい……)
     その頃、彼の心の中には始終寒風が吹き荒んでいた。
     己の師であり、上官でもあった男が重大な軍務規定違反を犯した――軍が保管していた魔剣、「バニッシャー」を盗み出し、国外逃亡した――ため、軍はその怒りの矛先をフーや、男の妹であるノーラなど、男の関係者に向けていたのだ。
     フーの場合は、まず仕事がもらえなくなった。軍から半年近くに渡って、何の通達もされなくなってしまったのだ。さらにその上で、毎日軍本部には顔を出すようにとだけ命じられた。
     しかし行っても、何もやらせてもらえない。ただ黙々と、朝から夕方までトレーニングだけして終わり、と言う日が続いた。そのせいで、周りからは「何の働きもせず遊んでいるだけ」と言う目で見られ、「早く除隊を申し出ろ」と、無言の圧力がかけられ続けた。
     だが、その圧力に従って軍を離れることもできない。彼には年老いた祖母がいたのだ。認知症が進んでおり、既にフーが誰なのかも分かっていない状態にあり、フーの給与と介護なしには生活ができなかった。

     そしてこの件も、フーにストレスを与えていた。何しろ、自分がなぜ北方にいるのかも忘れてしまっている状態なのだ。
    「ただいま、ばーちゃん」
    「……? あ、おかえり、雷」
     そう声をかけられ、フーは頭を抱える。
    「だから、何度も言ってんだろ。俺は風だってば。雷は親父だって」
    「……あ、そうそう。そうだったね、雷」
    「……もういいや。風呂入ってくる」
    「ああ、沸かしておいたよ。今日は一段と冷え込むからねぇ」
    「まだ9月だぜ、ばーちゃん。そんなに寒くねーって」
     祖母の言葉に苦笑したが、祖母は大真面目な顔である。
    「何言ってんだい、この子は。こんな寒さで、9月のわけないだろう」
    「……ああ、そうだな。央南だったら、真冬の寒さなんだろうな、きっと」
    「そうだよ。ほら、……えーと、雷、早く入っておいて」
    「……ああ……」
     フーは訂正する気力も無くし、そそくさと風呂に駆け込んだ。

     恩師の裏切り、軍での冷遇、会話の成り立たない肉親――誰にも相談ができないフーのストレスは、日ごとに増していった。

     そして515年の末、さらにフーは追い込まれた。祖母が老衰のため、亡くなったのである。
    「……」
     この時点でフーは、本当に孤立した。耐え難い絶望感が彼の足を止め、未来への希望を閉ざした。
     彼の目にはもう、真っ暗な闇しか見えていなかった。
    「……寂しいよ……」
    蒼天剣・風立録 3
    »»  2009.11.17.
    晴奈の話、第426話。
    悪魔との出会い。

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    4.
     フーは何もかもを失い、絶望の淵にいた。
     だが――その無限の寂寥感、真っ暗な絶望感が、まるでブラックホールのように、悪魔を吸い寄せたのかも知れない。



     フーは絶望のあまり、吹雪の吹き荒れる夜道を、当ても無くさまよっていた。
    (このままずっと、こうやってうろついていたら。そのうち、凍死するかな)
     この頃になると、既に軍では空気扱いされており、最早圧力をかけてくるような者もいなかった。だが逆に、温かい言葉をかけてくれるような者もいない。そう、肉親を亡くしたばかりだと言うのに、軍でも、街中でも、お悔やみの声ひとつかからなかったのだ。
     彼はまさしく、空気同然となっていた。
    (……消えたい……)

     そんな状態だったから、突然後ろから肩を叩かれた時、フーは非常に驚いた。
    「……探したぞ、『4番目』」「……!?」
     フーは後ろを振り返った。そこには、「怪しい」としか言いようの無い者が立っていた。
    「だ……、誰だ、アンタ!?」
    「私の名はアル、……アラン・グレイだ」
    「アラン? 俺なんかに、何か用なのか?」
    「『なんか』、だと? ……謙遜するな、御子よ。お前ほどの人物が、何と矮小なものの言い方をするのか」
    「……何言ってんだ?」
     フーはただぽかんと、そのフードの男、アランを眺めていた。

     他にどうしようもないので、フーはその異常に怪しい男を家へと招き入れた。
    「んで、その、アランさん、だっけ。俺が、何ですって?」
    「お前は御子なのだ」
    「……はあ、そうスか」
     フーはこの時、頭の中で「やべーコイツ、頭おかしいぜ」と警戒していた。
    「えーと、まあ、今日くらいは泊めてもいいんで、明日になったら病院行ってくださいね」
    「私の言が信じられんようだな」
    「はいはい、病院行ってくださいっスね、……明日と言わず、今からでもいいっスけどね」
    「信じられないのも無理は無い。突然押しかけた男に、『お前は救世主だ』などといきなり言われて、誰が信じようか」
    「……分かってんなら、さっさと帰ってほしいんスけどね」
     会話の成り立たないこの男と延々話し続けるのに精神的限界を感じ、フーはそっと、剣を手に取った。
    「その剣で私を斬るつもりか?」
    「……だったらどーなんスか。このまま素直に帰ってくれるんスか?」
    「まずは、話を聞いてもらわねばな」
     アランはそう言うと、フーの前からふっと姿を消した。
    「……!?」
     突然消えたアランに面食らい、フーは辺りをきょろきょろと見回す。
    「ここだ」「……ッ」
     背後からアランの声がする。振り向こうとした瞬間、剣を握っていた右手に一瞬、電気的な痛みが走った。
    「いだ……っ」
     痛みに耐え切れず、フーは剣から手を離してしまう。アランは宙に浮いた剣を、がっしりと握り締める。
    「ともかく、攻撃手段は封じさせてもらう。冷静な話し合いに、剣は不要だ」
     アランがそう言った次の瞬間、ビキッと言う異様な音が響いた。
    「な、……!?」
     アランが握っていた剣が、まるで紙粘土をねじったように、グズグズに折られていた。
    「話をしてもいいか?」
    「……わか、った」
     フーはそれ以上何も言えず、素直に話を聞くしかなかった。

     フーが大人しくなったところで、アランはとんでもないスケールの話をし始めた。
    「北方神話は知っているか?」
    「知ってる、って言えば知ってます。その、大体の、さわりって部分くらいは」
    「ならば『神の御子』の伝説も聞いているな?」
    「ええ、まあ。世界が危機に見舞われた時に現れて、平和をもたらすってアレでしょ?」
     フーの回答に、アランは短くうなずく。
    「概ね、その通りだ。世界に悪がはびこり、混乱するその時に降臨し、悪を滅ぼし世界を善く導く存在。それが『御子』だ。
     今、この世界は混乱に満ちている。中央大陸では各地で戦乱、混乱が起こり、他の地域においても騒乱が絶えない。お前が巻き込まれたこの度の騒動も、こうした混乱の一つと言ってもいいだろう」
    「そんなもんっスかねぇ……」
    「思い返してみるといい。常識的な展開だったか?」
    「……まあ、言われてみりゃ、一軍人がいきなり軍に反旗を翻すなんて、並の出来事じゃないっスけど」
    「そうだろう? 並々ならぬことが次々に起こることこそ、混乱の世の常だ」
     眉唾くさい話の展開に辟易しながらも、フーは尋ねてみる。
    「それで、その御子が俺って言うんスか?」
    「そうだ」
    「そーは思えないんっスけどねぇ。俺、はっきり言ってカスみたいなもんですし」
     フーの言い方に、アランは大きく頭を振り、嘆息する。
    「……ああ、何と萎縮したものの考え方だ!」
    「普通だと思うんスけど……」
    「何が普通なものか! 周りからの圧力に精神がねじれ、縮こまっているではないか! これではまるで、雨に怯える子羊だ!」
     そう言うなりアランは、フーの頭をがしっとつかんだ。
    「な、何するんスか」
    「本当のお前はそんな小さな器ではない――今、本当の『虎』にしてやろう」
    「へっ……?」

     次の瞬間、フーの脳内が煮えたぎった。
    「……がッ……かっ……くぁ……ッ……」
     頭の中を、尋常ではない電撃が走り抜ける。
    (なんだなんんだんあなんだこおえらこえれはこれはなんだ)
     まるで脳みそが頭蓋の中で爆発し、耳目や口から噴き出したのではないかと思うほどの衝撃だった。
    (いったいたいいたいなにななにいがぎがどううづどうなって)
     そしてそのまま、フーの意識はそこで途切れた。
    蒼天剣・風立録 4
    »»  2009.11.18.
    晴奈の話、第427話。
    超人になったフー。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「……ん、んん」
     フーが目を覚ました頃には、すでに夜が明け始めていた。床に寝そべっていたフーは、よろよろと立ち上がる。
    「何だったんだ? 今の? ……アランさん?」
     辺りを見回すが、アランの姿は無い。
    「夢……、か? いや、……何だ? 何か、頭……体……の奥が、チリチリする」
     昨日までの憂鬱な気持ちはどこかへ消えうせ、体の奥底から力が湧き出ているような爽快感が、全身に巡り回っている。
    「何なんだ? ……力が、みなぎってる」
     その日から、彼の人生はガラリと変わった。
     彼の中で、「力」が目覚めたのだ。

     ともかく朝になっていたし、軍からは――依然、何の命令も下されないままだが――毎朝本部に来るよう指示されている。
     本部に向かい、出勤したことを告げた後、いつも通りに訓練場へと向かった。そしていつも通りに、錘(おもり)の付いた模擬剣で素振りをしようと、訓練場の受付に声をかけた。
    「あの」
    「……」
    「すいません」
    「……」
    「剣、お願いします」
    「……はい」
     そしていつも通り、半分無視されたような状態で剣を渡される。
     いつもと違ったのは、妙に軽い剣を渡されたことだ。
    「……すいません。もっと重いもの、お願いします」
    「……いつものだよ」
    「なわけないじゃないっスか。やめてくださいよ、一々こんなくだらないことすんの」
    「……チッ」
     係員はうざったそうに舌打ちし、奥から台車で剣を運んできた。
    「ならこの25キロのでも使ったらどうだ。重たいぞ」
    「に、25、っスか」
     普段使っているものより、数段重たいものを示される。恐らくは、よほど筋骨隆々とした戦士でもなければ扱うことのできない、半ばジョークのつもりで置いてあるものだろう。
    (嫌な奴……)
     だが、ここまでコケにされて退く気にもなれない。
    「……じゃ、それで」
    「ケケケ……」
     内心「ふざけんな」と思いつつも、フーはそれを手に取った。
     ところが――。
    「……? あの」
    「何だ? やっぱり変えるのか? ひひ……」
    「アンタ、何がしたいんっスか?」
    「あ?」
     フーは手にした剣を、片手でひょいと上に掲げた。
    「こんな風に持ち上げられる剣が、25のわけないじゃないっスか。どうせからかうなら、本当に25の渡せばいいじゃないっスか。人をバカにすんのも、いい加減にしてほしいんスけどね」
    「いや、あの」
     先程まで小馬鹿にしていた係員が、目を丸くしている。
    「それ、本当に、25キロ、なんだけど」
    「……へ?」

     係員の勧めにより、フーは体力測定を行った。
     その結果、驚くべきことが分かった。なんとフーの筋力は、これまでの5倍以上に跳ね上がっていたのだ。単純に言えば、これまで20キロの砂袋を肩に乗せてフラフラ担ぐのが精一杯だったフーは、100キロの鉄骨を片手で楽々持ち上げられるようになっていた。
     さらに他の測定も行い、彼の能力は全体的に、飛躍的に上昇していることが判明した。頭脳も、五感も、そして魔力も――弱い部類に入る「虎」のはずだが――少なからず、むしろ常人より非常に強くなっていた。
     一夜にして、彼は超人に変化していたのである。



     こんな逸材を、軍が放っておくわけが無い。これまで冷遇されたことが嘘のように、軍は彼に手厚い扱いを施した。
    「特別訓練プログラム?」
    「ああ。最近、中央との関係が悪化しつつあるからね。戦争になる可能性が高い。それを見越して、優れた兵士を育成するための訓練を計画してるんだ」
     フーに強化訓練を勧めたのは、この当時既に祖父の汚名を返上し、新たな軍の頭脳となっていたトマス・ナイジェル博士だった。「バニッシャー強奪事件」の関係者近辺で軍からの誹謗を免れた、数少ない人物である。
     フーの師とトマスは祖父との関係で親しくしており、その関係でフーとトマスも顔見知りだった。この勧めは冷遇されていたフーを憐れんでのことである。
    「これを受ければ、数ヵ月後には間違いなく王国軍の将校になれる。これまでの冷遇から、完全に開放されるはずだ」
    「なるほど……」
    「それだけじゃない。もし佐官クラスになれば、相当の社会的地位も得られる。今後の働きによっては、沿岸部の基地を任されるかもしれないよ」
    「沿岸基地の責任者、っスか」
     極寒の地である北方において、恵まれた土地は非常に少ない。王国の首都フェルタイルや観光都市ミラーフィールド周辺、そして南東部の沿岸以外は、満足に作物も実らない不毛の地なのである。
     その沿岸部にある基地を任されると言うことは、裕福な生活が送れると言うことでもある。
    「いいっスね」
    「でも訓練は非常にハードになることが予想される。下手すれば、あの『黒い悪魔』を相手にしなきゃいけなくなるかも知れないからね」
    「確かにそうっスよね。カツミは最近、中央政府から離れてるらしいっスけど、気紛れで参加する可能性もありますからね」
    「へぇ……」
     トマスはフーの見識に舌を巻き、眼鏡をつい、と直しながら感心した。
    「どうしたの、ヒノカミ君? こないだまでこんな話振ってたら、『へー、そうなんスか』しか言わなかったのに」
    「成長したんスよ、……ハハ」



     その強化訓練を、フーはわずか二ヶ月で修了した。たった二ヶ月で、彼は軍のエースになれたのだ。
     もちろん、他の兵士たちが凡庸だったと言うわけではない。王国軍全体から集められた優秀な兵士たちを凌駕するほど、フーの力がずば抜けていたのである。
     フーの階級は、一気に大尉へと上がった。かつて彼の師が20代半ばで就いていた階級に、たった18歳のフーが並んだのだ。
    蒼天剣・風立録 5
    »»  2009.11.19.
    晴奈の話、第428話。
    ドールの好みの子。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     そしてトマスの予想通り双月暦516年の5月、北方ジーン王国と中央政府との戦争が始まった。
     開戦の大まかな口実としては、「中央政府の権力者であるカツミ討伐を考えており、また、その実行手段も手に入れているジーン王国を看過することはできない。実力行使により、その手段・戦力の奪取、封印を行う」と言うものである。
     行間にチラホラと中央政府側の思惑が見て取れる内容であり、仕掛けたのは間違いなく、中央政府側だった。

     開戦の前日。
     フーの元に、再びアランが現れた。
    「いよいよ活躍する時が来たな、フー」
    「……お久しぶりっスね、アランさん」
     フーにそう呼ばれ、アランはわずかに首を振った。
    「御子たるお前が、私に敬語を使う必要はない。アランで構わない」
    「そうっスか。……アラン、何の用だ?」
    「そう、それでいい。
     これより私は、お前を導く参謀となろう。私の指示に従い、その通りに動けば、お前はこの世の王、英雄、偉人――御子になれる」



    「……でー、それから4年間、ヒノカミ君はアランの指示に従い、軍閥を形成したり、央中に飛んでネール大公から神器をもらったり、央南から『バニッシャー』を取り返したり、色々やったワケよ」
    「ふうん……」
     巴景はうなずきかけたが、話の最後にさらっと言われたことが気にかかった。
    「……え、じゃあ。もう『バニッシャー』って武器は、中佐のところに?」
    「ええ。アタシも一緒に行って取ってきたから、確かよ」
    「そんな話、聞いたことないわ。その、何だっけ、リロイって人が奪って、そのままになってるって」
    「そうよ。公には、ね。軍本部は、まったく関与してないわ」
    「……それは、軍務規定違反になるんじゃないの? 中佐といえど、そんな武器を隠し持ってたら……」
    「そーよ。バレたら大問題になるわね」
    「……何でそれを私に言うの?」
     巴景はドールの思惑が分からず、当惑する。
    「ふふ……。アナタが気に入ったからかしら、ね」
     そう言って、ドールはひょいと巴景の仮面に手をかけ、取りさらった。
    「あっ……」
    「アラ、キレイな顔してるじゃない。フェイスペイントみたいでかっこいいわよ、その傷跡も」
    「ちょ、ちょっと、返してよ」
     巴景は慌てて手を伸ばすが、ドールはひょいひょいと仮面を持った手を振り、返そうとしない。
    「いいじゃない、今ここには、アタシとアナタしかいないんだもの」
    「そう言う問題じゃ……」
     顔を真っ赤にする巴景に、ドールは仮面を持っていないもう一方の手を近付けた。
    「な、何?」
    「アタシはね、トモエ」
     ドールは巴景の首に手を回し、引き寄せる。互いの顔が触れそうなところにまで近付けたところで、熱っぽく口を開いた。
    「いつもニコニコヘラヘラしてる人より、そうやって感情的に動く人の方が好きなの。だからヒノカミ君とも付き合ってるし、『おかしくなっちゃう』前のリロイも好きだった。
     アナタも……、なかなか魅力的よ」
     そう言ってドールは、巴景の頬に口付けした。
    「な、なっ……」
    「うふふふ……。はい、仮面」
    「……っ!」
     仮面を返され、巴景は慌てて付け直した。
    「アナタ、可愛いわね。クスクス……」
    「かっ、からかわないでよ、もおっ!」
     巴景はその場にへたり込み、仮面を押さえつけるように両手で顔を覆った。

    「……はぁ」
     何とか平静を取り戻し、巴景は顔を伏せたまま、椅子に座り込んだ。
    「……それにしても、リロイって人。あなたの話によく出てくるけれど、いったいどんな人だったの?
     聞いた感じでは、いつもヘラヘラしてる人って言う印象しかないんだけど、そんな人が黒鳥宮に侵入したり、『バニッシャー』を軍から盗み出したりするなんて、私には思えないわ」
    「ああ……。そこが、リロイのすごいトコよ。あの人は感情を押し殺せる。そのヘラヘラした笑顔の裏に、ね。その点は仮面で感情を隠すアナタにも、どこか似てるわね」
    「でも、その話。他の人に聞くと、何かおかしいのよ。別の人は、エルスって人がやったとか」
    「『エルス(L‘s)』って言うのは、リロイのコードネームよ。
     本名が『リロイ・リキテン・グラッド(Lliroy Liquiten Glad)』だから。Lばっかりでしょ?」
    「なるほど……」
    「ま、そのコードネームもらってから、リロイは『自分の長い本名をサインしたり名乗ったりするのは面倒だから』って、エルスって名乗ってたけどね」
     ドールの昔話は、リロイ――エルスの話へと移っていった。

    蒼天剣・風立録 終
    蒼天剣・風立録 6
    »»  2009.11.20.
    晴奈の話、第429話。
    コードネーム、L。

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    1.
    「名前には、意味がある」
     ジーン王立大学の学長室。黒板と書物に囲まれたその部屋の中央に、3人の人間が座っていた。
    「例えば古代、ジーン第一王朝以前の、豪族割拠の時代。有力な人間の名前には、数字が用いられることがあった。
     第一王朝、唯一の王であったレン・ジーンの名前、『レン』も、現代の言葉では『0』を意味する。つまり世界で唯一の王であり神である、自分以外の王の存在は無い、0であると言いたかったのだろう」
     弁舌を振るっているのは兎獣人の大学教授、ラルフ・ホーランド。眼鏡をかけた老エルフと、銀髪の短耳とを前にして、黒板に自分の説を書き連ねている。
    「彼は古代神話における『御子』をも名乗っていた。その名残が、その後現れた『猫姫』こと、イール・サンドラ氏にも現れている。
     彼女の『イール』と言う名もまた、古代語で『1』を表しており、また、彼女も死ぬ1年ほど前から、自分のことを『御子』と名乗っていた」
    「御子と言えば、その後にも2度、出現したと言われておるな」
     手を挙げ黒板を指差したのは、わずかに白髪の残った眼鏡のエルフ。「知多星」と呼ばれた大学者、エドムント・ナイジェル博士だ。
    「330年の屏風山脈騒乱にも、リューク・ドワイトと言う中央軍の兵士がそう名乗っておったそうじゃ」
    「それと460年頃にも、南海にあったと言われているトライン教団の教祖が名乗っていたらしいですね」
     残る一人も手を挙げる。
    「そう、その通り。実はその2名の名前――『リューク』と『ゼルー』も、それぞれ『2』『3』を表しているんだ。
     この共通点から、この4名は正当な御子たちの系譜であると言う説が有力だ。そして恐らく、次に現れるであろう御子は、こう名乗るだろうと予測できる」
     ラルフは黒板に、「4番目=Fuet」と書いた。
    「どう読むんですか?」
    「『フェット』か、『フューエ』、もしくはもっと簡単に、『フー』だな」
    「ふむ」
    「と……。話は若干それたが、ともかく、名前には何らかの意味がある。
     君のコードネームを考える上でも、単純に番号を振り当てるだけでは、何の意味も成さない。ひいては存在理由など、哲学的意味においても……」「いいんじゃて、そんな細かいことは」
     ラルフの話を、ずっと苦い顔をしていたエドがさえぎった。
    「わしらはお前さんの長ったらしい講義を聞きに来たわけではない。シンプルかつ諜報員に似つかわしいコードネームを付ける上で、お前さんの意見を聞きに来ただけじゃ」
    「分かってる、分かってる。……コホン」
     ラルフも苦虫を噛み潰したような顔で、エドをにらむ。
    「それでリロイ君、君の名前は何て言ったっけな」
    「はい。リロイ・リキテン・グラッドです」
     その名前を聞きながら、ラルフは黒板に書き付ける。
    「リキテンって、スペルはLichtenかな?」
    「いえ、Liquitenです」
    「ふーん、『流体(Liquid)』からかな」
    「あと、リロイも違います。Leroyじゃなくて、Lliroyです」
    「Lばっかりだなぁ。……ふーん、Lか。じゃ、Lばっかりと言うことで、L‘sと言うのはどうだろう?」
    「エル、ス?」
    「そう。単純に番号を振り当てられるよりは、はるかに名前の体を成していると思わないか?」
    「なるほど。悪くは無い。よし、それではリロイ、お前さんのコードネームは『エルス』じゃ」
    「エルス……。はい、分かりました」
     リロイ――エルスは素直にうなずき、その名前を受け入れた。



    「へぇ……。ドールのおじいさんって、大学教授だったのね」
    「え、感心したトコそこぉ?」
     苦笑するドールを見て、巴景も口元を緩ませる。
    「ああ、いえ、ちょっと意外だなって。……それじゃ中佐がエルスに会ったのは、その後なのね」
    「ええ。結構、すぐだったんじゃないかしら」



    「さて、リロイ改め、エルス少尉。いきなりじゃが、チームを組んでもらいたい」
    「チーム、ですか」
     エドは黒板に2枚の写真を貼り付ける。
    「あれ? こっちの青い髪の女の子、リストちゃんじゃないですか」
    「そうじゃ。今年で16になるんじゃが、跳ねっ返りでのー」
    「それで、博士のお膝元で、ってことですか」
    「そう言うことじゃ」
     続いてエドは、もう一枚の写真を指差す。
    「そしてこちらは、新兵のフー・ヒノカミ。央南系の3世で、虎獣人の子じゃが……」
    「何だかワルそうな顔してますねー」
    「うむ。素行が悪く、これまでに何度も問題を起こしておる。軍の人事部は即刻辞めさせるべきじゃと言うとるが、戦闘能力はそれなりにある。15歳とまだ若く可能性はあるし、団体行動を学ばせれば使い物になる人材だと、わしは見ておる」
     二人の評価を聞き、エルスは腕を組んだ。
    「……つまり、人格的に問題のある人間2名を僕の下に就かせて、監視及び矯正させようと」
    「そうなる。ま、他に理由を挙げるとすれば、お前さん以外に適任がおらんのじゃ。他の候補者は皆、自分勝手でプライドの高い奴か、考え無しで粗暴なアホばかりじゃからのう」
    「なるほど、そう言われれば僕だけかも知れませんね」

     これが513年のことである。
     ここから2年後の515年まで、エルスはその2名とチームを組むことになった。
    蒼天剣・風師録 1
    »»  2009.11.23.
    晴奈の話、第430話。
    L'sチームの誕生。

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    2.
     エルスとエドの前に立たされたその2名は、始終エルスたちをにらみつけていた。
    「こんにちは、リストちゃん。それからはじめまして、ヒノカミ君」
    「……」「……」
     エルスが会釈したが、依然二人はにらみ続けている。
    「これからこの3名で、チームを組んで行動してもらう。何か質問はあるか?」
     エドの言葉に、まずリストが手を挙げた。
    「帰っていい?」
    「ダメじゃ」
    「帰るわ」
    「ダメじゃと言うとろうが!」
     怒るエドに対し、リストはぷい、と顔を背ける。
    「何でアタシが、こんなヘラヘラした奴の下に就かなきゃいけないのよ」
    「お前さんが家で癇癪起こして、お母さんを殴ったからじゃろうが」
    「だって、あれはあの女が……」「自分の肉親を『あの女』呼ばわりするでない!」「……フン」
     リストは非常に反抗的な態度ばかりで、話を聞こうとしない。
     そしてもう一人、フーもずっとエルスをにらみ続けている。
    「……」
    「どうしたのかな?」
    「アンタ、エルス・グラッドっつったよな。聞いた通りのアホ面だな」
    「うん、そうだね」
     エルスはニコニコしたまま、フーに尋ねる。
    「君のうわさも聞いたよ。訓練中、同僚4名を殴り倒したんだってね」
    「ヘッ」
     フーも斜に構え、エルスとまともに話をしようとしない。
    「んー」
     エルスはエドに向き直り、質問した。
    「最初の任務って、何ですか?」
    「あ、いや。まずはチームに慣れてもらって……」
     エドが説明しかけた、次の瞬間。
    「うっ……?」「げっ……!」
     リストとフーが、突然倒れた。
    「お、おい? いきなり何をするんじゃリロ、……エルス?」
     リストたちを気絶させたのは、エルスだった。
    「慣れるって言うことなら、ともかく任務に就かせた方が早いんじゃないですか? これじゃ話もできそうにないし」
    「……うーむ」



    「ん……」「う……」
     リストとフーは、同時に目を覚ました。
    「え、……あれ? ここ、ドコよ」
    「知るかよ。……ん?」
     辺りを見回すと、そこは雪の無い林の中だった。明らかに王国の首都でも、首都周辺の山間部でもない。
    「暖かい……。ここって、沿岸部?」
    「知るかって」
     二人から少し離れたところで、エルスが単眼鏡を覗いている。エルスは覗きながら、二人に声をかけた。
    「やあ、おはよう」
    「おはよう、……じゃないわよ、何なのよアンタ!?」
    「ここ、どこだよ! いきなり何しやがるんだ、クソ野郎!」
    「……クスっ」
     依然単眼鏡を覗きながら、エルスは苦笑する。
    「何がおかしいんだよ、おい!」
    「ヒノカミ君……、フーって呼ばせてもらうけど、フー。『いきなり何しやがるんだ』ってその台詞、戦場の真っ只中でも言えると思う?」
    「あ?」
    「ここが戦場で、あっちこっちで斬り合い、撃ち合いになってたら、そんなのんきなこと言ってられないと思うよ。そんな悠長な台詞吐いてたら、あっと言う間に蜂の巣になっちゃうよ」
     エルスの言を、リストが鼻で笑う。
    「何それ? 屁理屈こねないでよね、バカっぽい顔のクセして。で、ここはドコなのよ?」
    「それからリストちゃん、君もだよ。現状を自分で把握しようともしないで、誰彼構わず『ここドコなのよ、教えなさいよタコ』みたいなことばっかり言ってちゃ、生き残れないよ」
    「……バカっぽいんじゃなくて、バカなのねアンタ。会話が成り立たないわ」
    「君が話を聞こうとしないんだろう? 聞きたければ教えるけれど、それで満足するとは思えないなぁ」
     つかみどころの無いエルスの話に、二人は次第にイラつき始めた。
    「いいから教えろよ、ボケが!」「言えって言ってんのよ、耳ついてんでしょ!?」
    「それからもう一つ。軍隊において団体行動は基本中の基本、第一に守るべきルールだ。部下は上官に従ってもらう。これが鉄則だよ」
    「偉そうにしてんじゃねーよ!」「何が団体行動よ、やってらんないわ!」
     ここでようやく、エルスは単眼鏡から目を離した。
    「もっかい気絶したいの? 今度気を失ったら多分、君たちは人間辞めちゃうことになるけど」
    「……は?」「何つった?」
     エルスは二人に手招きし、単眼鏡を渡した。
    「これで、あっちの方を見てごらん」
    「……?」
     二人は何を言いたいのかといぶかしがりながらも、エルスの示した方向を覗いてみた。
    「……何? あれ」
    「コンテナ」
    「それは分かってるわよ。……何を、詰めてるの?」
    「いい質問だね」
     エルスはにっこりと笑い、答えを述べた。
    「人間が積み込まれてるんだ。
     君たちが気絶したままここに放っておかれたら、目が覚めた時にはきっと袋詰めにされて、あのコンテナに乗ってると思うよ」
    蒼天剣・風師録 2
    »»  2009.11.24.
    晴奈の話、第431話。
    はじめての作戦会議。

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    3.
     二人が青ざめて黙りこくったところで、エルスはのほほんと説明を始めた。
    「じゃ、ブリーフィング(作戦の要旨説明)に入ろうか。
     ここは北海諸島の第5島、フロスト島。知ってると思うけど、中央大陸と北方大陸の間には、5つの島がある。ここはその中でも、最も北方に近い島だ。
     で、あいつらは誰なのかって言うと、分かりやすく言えば海賊。あちこちの島や沿岸部の街でさらってきた人間を眠らせてからあーやって箱詰めにして、南海とか西方の貴族や富豪たちに、奴隷として売りつけてるんだ」
    「そ、そんな非人道的なコト、許されるワケないじゃないの!?」
    「そう。公には、そうなんだ。でもこれは秘密裏に行われる取引だし、奴隷になった人たちはどこかの趣味の悪い貴族だか王族だかの屋敷の地下深くで強制労働させられた末に衰弱死するから、どこにもその事実は漏れない。
     でもリストちゃんの言った通り、公にさらせば大問題になるし、買った人間にとっては地位と名誉、財産を失うほどの大打撃になる。この作戦は北方の王室政府と関係の悪い、西方のある王族の失脚を狙っているんだ。ついでに国際問題を解決して、王国の世界的地位の向上を図ると言う目的もある」
    「……で、何で俺たちはここに? ここで犯罪が行われてることを知らせるだけなら、アンタ一人でいいでしょ?」
     フーの質問に、エルスはチ、チ、と指を振った。
    「そうも行かない。僕一人の力だけじゃ、あれを運びきれないからね」
    「あれ?」
     エルスはにっこり笑い、部屋一つ分くらいのコンテナを指差す。
    「……あれを運ぶ?」
    「うん」
    「6個あるわよ」
    「うん」
    「全部っスか」
    「うん」
    「……マジっスか」
    「うん、マジ。
     だってさ、あの中にいるのは、罪も無い人たちだよ? 普通に港町で暮らしてたり、楽しい観光に来てたりした人たちだ。
     それをいきなり、はるか彼方の地下深くに追いやられて、こき使われて死んじゃうのを黙って見過ごすって言うのは、気分が悪いよね?」
    「そりゃ、まあ……」
     うなずいた二人を見て、エルスはうんうんとうなずいた。
    「じゃ、早速……」「ちょ、ちょっと待ってってば!」
     立ち上がりかけたエルスを、リストが慌てて引き止める。
    「何かな?」
    「何でアタシたちがやらなきゃいけないのよ? 他にもいるじゃない、もっと、その、こーゆーコトに向いてる人とか」
    「うん。だから、僕たちが来たんだ。僕たちはそーゆーことをするチームなんだよ」
     これ以上エルスに反論しても無駄だと悟ったのか、リストとフーは無言になった。

     エルスの立てた救出作戦は、次の通り。
     まずコンテナがすべて海賊船に運び込まれたところで、二手に分かれて攻撃を仕掛ける。片方は陽動役、そしてもう片方は船を奪う役である。
     敵は一斉に拿捕するか、もしくは――。
    「……殺せってことっスか」
    「やむなしと判断した場合には、ね」
    「それで、陽動は誰が? アンタ?」
    「考えてしゃべろうね、リストちゃん」
     エルスは苦笑しつつ、所見を述べる。
    「僕が陽動に回ったら、君とフーだけになるよね。どうやって船までたどり着いて、どうやって船を動かすつもりかな?」
    「あ……、そう、よね」
    「陽動はフー、君にお願いするよ。とりあえず、僕の指示をこなすまで暴れ回ってくれればいいから」
    「……俺が、っスか」
    「リストちゃんは女の子だし、囲まれたら多分、どうしようもなくなるからね。
     で、リストちゃんは僕と一緒に、船を奪う役に就いてもらう」
    「陽動を2人、ってワケには……」
    「行かないよ? 船を奪う間、防衛線を張ってもらわなきゃいけないから。確か君、エドさんから銃について教えられてたよね?」
    「じゅ、銃? ……まあ、そりゃ、教えてもらったけど」
     リストは不安げな表情で、腰に提げた銃を触る。
    「僕が船を奪っている間、それを使って近寄ってくる敵を叩いてほしいんだ」
    「つ、つまり、アタシに、人を撃てって?」
    「うん。あ、でも無理矢理殺さなくてもいいよ。脚とかを撃って行動不能にしてくれれば、それでいい」
    「あ、うん。……うん」
     リストもフーも、ゴクリと唾を飲んだ。
    蒼天剣・風師録 3
    »»  2009.11.25.
    晴奈の話、第432話。
    海賊撃破作戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     コンテナの中に皮袋――中身はジーン王国の沿岸部でさらってきた人間である――を詰め込んでいた海賊たちは、林の方からガサガサと何かが走ってくる音を聞きつけ、作業の手を止めた。
    「……ん?」「何だ?」
     海賊たちがいぶかしがり、顔を上げると同時に、林から飛び出してきたフーが、その顔に拳をめり込ませた。
    「ぐえっ!?」
    「な、何者だ!?」
    「おっ、俺はっ、ジーン王国軍の、……えっと何だっけ、あ、沿岸警備隊の者だッ! お、お前らおとなしくしろッ!」
    「軍……!?」
     海賊たちの顔に緊張が走る。フーは剣を構え、彼らと対峙する。
    「く……!」
    「構うこたねぇ、やっちまえッ!」
     海賊の一人が剣を振り上げ、号令をかける。そして、号令を聞きつけ、新たに海賊がやってくる。
     この間、フーはエルスから指示されたことを、頭の中で繰り返し唱えていた。
    (まず、奇襲で一人か二人倒す。で、王国の警備隊って名乗って、そんで、周りに向かって怒鳴り散らしてる奴がいたら絶対にそいつを倒す、だっけか。
     怒鳴った奴って、あいつだよな。あの、赤いシャツの短耳倒せばいいんだよな?)
    「うらああッ!」
     まず、近くにいた海賊2名がフーに襲い掛かってくる。
    「……ッ! くそ、このッ!」
     フーは攻撃をギリギリでかわし、剣を垂直に構えて、剣の腹で海賊の腹と胸を叩く。
    「げぼッ!?」「うぐぁ……」
     刃は当てていないが、金属の塊である。まだ15歳とは言え、虎獣人の筋力でそれをぶつけられては、立っていられない。
     あっと言う間に仲間が3人動かなくなり、残った海賊たちは怖気付く。
    「やべぇ、強いぞコイツ!」
    「も、戻るか!?」
     その言葉にフーは一瞬ヒヤリとするが、先程の短耳が叫ぶ。
    「いや、見たところまだ経験の浅いガキだ! 囲んじまえば楽勝だろう!」
     短耳の言葉に、他の海賊たちも退却をやめた。
    「よ、……よし! 囲むぞ!」
    「く……っ」
     人生初めての「修羅場」にフーは強いプレッシャーを感じていたが、ここでまた、エルスの言葉がよみがえってくる。
    (『相手が4名以上残ってたら、囲みに来る。そのまま戦うと袋叩きにされるだろうし、そこは逃げながら敵を一人ずつ叩く作戦にして』、……って言ってたな。
     残ってるのは7人。……あいつの言った通り、囲もうとしてる。すげえな、何でもお見通しか?)
     体の震えを押さえ込み、フーは身を翻した。
    「あっ、逃げるぞ!」
    「逃がすな、追え、追うんだ!」
     海賊たちは逃げるフーを追いかけてくる。フーは時々振り返りながら、追ってくる敵を倒していく。
    「……くそ、俺だけかよ!」
     気が付いた時には、海賊の数は1名――赤シャツの短耳だけになっていた。
    「ハァ、ハァ……」
     この時、フーは9人倒していたのだが、不思議と疲れを感じていなかった。訓練中に乱闘騒ぎを起こした時よりも、余裕で呼吸ができる。
    (そっか、あの時は一度に4人相手だったもんな。こっちは奇襲やら何やらで、俺にとっちゃ、結局一対一ばっかりだし)
     こうなると、心にも余裕ができてくる。フーは剣を構え直し、短耳と向かい合った。
    「くそ……! このままやられてたまっかよ!」
     対する短耳は、奇襲で虚を突かれたことと、あっと言う間に仲間を倒されたことで、ひどく狼狽している。構えた剣もガクガクと振るえ、構えが定まっていない。
     若輩者ながら虎獣人であり、それなりに訓練も受けたフーの敵ではなかった。



     一方、こちらはエルスとリスト。海岸近くの林から、海賊船の様子を伺っている。
    「敵の数は……、4名か。距離はおよそ、30メートル。リストちゃん、銃の射程距離はどのくらい?」
    「え、っと……、多分、10メートルくらい。必中は3メートルかな」
    「そっか。じゃ、もうちょっと近付かないとダメだね。当たるところまで近付いたら、僕が船に乗り込むから、リストちゃんは援護してね」
    「わ、分かった」
     リストがぎこちなくうなずいたのを見て、エルスは優しく頭を撫でる。
    「ひゃ……っ」
    「大丈夫、大丈夫。多分僕が、全員倒せるから。リストちゃんは僕が危ないと思った時だけ、撃ってくれればいいからね」
    「……う、うん」
    「よし、それじゃ行こうか」
     エルスは立ち上がり、一気に駆け出した。リストもビクビクしながら、それについて行く。
    「ん……? だ、誰だっ!?」
     海賊船にいた者がエルスたちに気付き、剣を持って大慌てで船から降りてきた。
    「よ、っと」
     だが、百戦錬磨のエルスの敵ではない。いつの間にか手にしていた旋棍で、敵の急所を的確に突いて倒していく。
     降りてきた3名はあっと言う間に、浜辺に伸びていた。
    「君が船長かな?」
     エルスはまだ船に残っていた、ひげ面の短耳に声をかける。
    「う……っ」
     その短耳は浜辺に倒れた仲間を見て、うろたえている。エルスは確認することなく、船に乗り込もうとした。
     だが――。
    「俺が、船長だッ!」
     船の陰から現れた狐獣人の男が、エルスに向かってナイフを投げつけた。エルスの位置からは完全に盲点となっており、エルスの動作は完全に遅れた。
    「あ」
     避け損なったナイフが左肩に刺さる。
    「う、……いてて」
    「おりゃああッ!」
     エルスがナイフに注意を向けた瞬間、船の上にいた男は剣を振り下ろし、エルスを頭から斬り裂こうとした。
     ところが――。
    「うぐっ!?」
     上にいた男は突然肩を押さえ、うずくまる。
     その間にエルスは肩のナイフを抜き、旋棍を船長の「狐」に投げつけていた。
    「ぎゃっ……」
     船長の顔面に旋棍がめり込み、そのまま仰向けに倒れる。
    「ありがとう、リストちゃん。今のは本当に助かったよ」
     エルスは船の甲板に上がったところで、援護射撃してくれたリストに礼を述べた。
    「どっ、どう、いたしまして……」
     顔を真っ赤にしたリストはそう言うと、しゃがみこんだ。どうやら緊張の糸が切れ、腰が抜けたらしい。
    蒼天剣・風師録 4
    »»  2009.11.26.
    晴奈の話、第433話。
    作戦の顛末と黒い巴景。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     コンテナからさらわれた人間を解放し、海賊たちを縛り上げ、エルスたちは彼ら全員を船に乗せた。
    「それじゃこれから、グリーンプールに戻ります。気分の悪い方はいらっしゃいませんか?」
     さらわれてきた者たちに、エルスは優しく声をかける。
    「い、いえ……」
    「大丈夫です……」
     まだ事態の把握ができていないらしく、皆呆然とした顔をしている。
    「ご安心ください。皆さんはきっちり、家に帰して差し上げます。ジーン王国軍の誇りにかけて」
    「……あ、ありがとう」
    「た、助かり、ました」
     無事らしいことを確かめたエルスはにっこり笑い、リストたちに指示した。
    「それじゃ錨を揚げてくれ、フー。リストちゃんは帆を張って」
    「了解っス!」
     万事エルスの言う通りに進み、成功したためか、フーはエルスに対してすっかり従順になっていた。
    「帆って、コレ引けばいいの?」
     リストも話し方は変わらないが、チームを組んだ当初エルスに見せていたトゲは、随分少なくなっていた。
    「そう、それ。……よし、準備万端。それじゃ全速前進、よーそろー、……なんてね」
     エルスはおどけた様子で、船を発進させた。

     船が風に乗ったところで、エルスはリストとフーを呼んだ。
    「さて、僕らのチームの初仕事は、大成功に終わったわけだ」
    「そう、っスね」
    「……終わっちゃえば、『こんなもん?』って感じだけどね」
     減らず口を叩くリストを見て、エルスは苦笑する。
    「そりゃ、これは『レベル1』だもん」
    「レベル……1?」
    「そう。エドさんに無理矢理、『何でもいいから簡単な仕事を』って頼んだんだ。で、最も任務達成が容易だろうと判断された、『レベル1』の案件をもらったわけなんだ」
    「え、じゃあ、この仕事って」
    「うん。軍にしてみれば、『子供のお使い』みたいなもんだよ」
     エルスにさらっと言われ、リストとフーは顔を見合わせる。
    「マジ?」「大変だったのに」
    「ま、そんなもんだよ。……これからどんどん、もっと大変な任務もこなしていくからね。
     よろしくね、リストちゃん、それからフー」
     エルスがにっこり笑って手を差し出す。フーは素直につかんだが、リストは口を尖らせる。
    「ん?」
    「……その、エルス。いっこ、お願いしてもいい?」
    「何かな?」
    「アタシのコト、ちゃん付けはやめて。身の毛がよだつわ」
    「あー、うん。分かった。それじゃリスト、よろしくね」
     エルスはもう一度、手を差し出す。リストは、今度は素直に握った。



    「……と、コレがリロイとヒノカミ君の初仕事だったのよ。
     その後も失敗した任務は0件。成功率100%って言う、辣腕チームになったワケ」
    「ふーん……」
     フーの師、エルスの話を聞き終え、巴景は椅子から立ち上がった。
    「央南に亡命したってことは、あなたはもう一度会ったことが?」
    「ううん。ちょうどその日は留守にしてたから――まあ、だから盗みに入ったんだけどね――剣だけ奪ってさっさと逃げたのよ。まあ、変な女に邪魔されたりしたんだけどね」
     女、と聞いて巴景の勘が働いた。
    「その女……、猫獣人じゃなかった?」
    「え? ……そう言われれば、確かヒノカミ君はそんな風に言ってたわね。三毛耳の猫女だったって」
    「……晴奈……」
     巴景の中に、どす黒い感情が噴き出す。
    「……やっぱり魅力的ね、あなた。そうやって怒りに震える姿、素敵よ」
    「からかわないで」
     巴景はもう一度椅子に座り直し、己の数奇な運命を実感していた。
    (やはり、あの女と私とは、どこかでつながっている……。どこにいても――それこそ、こんな北の果てにいようとも――必ずあの女とのつながりが見えてくる。
     それなら、それでいい。いつか必ず、私と晴奈は再び相見えるでしょうね。必ずもう一度、戦うことになる。そう、必ず。必ず……)

     ドールの目には、巴景の姿が見えていた。
     その仮面の奥の本性――晴奈を倒すことだけを生きがいにする、修羅と化した「剣姫」の姿が。
    (ふふ……。ゾクゾクしてくるわ。いい表情をしているわね、トモエ。ヒノカミ君の猪突猛進さもすごく素敵だけど、その黒い感情に身を任せ、『化物』になろうとしているあなたも、本当に魅力的。
     見てみたいわね――あなたがセイナを倒し、その黒い思いを成就させた瞬間を)
     ドールはうっすらと笑みを浮かべ、巴景を眺めていた。

    蒼天剣・風師録 終
    蒼天剣・風師録 5
    »»  2009.11.27.
    晴奈の話、第434話。
    眠るフー。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     氷海に入ってから5日が経ち、ようやく氷が薄くなってきた。
     軍艦は持てる砕氷設備のすべてをフル稼働させ、その海域からの脱出を試みていた。しかし自然の気紛れさには敵わず、ところどころで硬く、分厚い氷に行く手を阻まれていた。
    「急げ! もたもたしてるとまた動けなくなるぞ!」
    「了解! ……よし、割れた! 微速前進、用意!」
    「了解! 微速前進!」
     氷を割った兵士が船に乗っている者たちに声をかけ、進めさせる。
    「……ダメだ! 止まれ、止まれ!」
    「りょ、了解! 停止!」
     だが、300メートルも進まないうちにまた、分厚い氷が迫ってくる。兵士たちは落胆した表情を浮かべながら、ハンマーを手にその氷へと向かった。

    「うぇー……、気持ち悪い」
     進んでは停まり、停まっては進むと言う不安定な動きのせいで、ドールはひどい船酔いに陥り、船室でぐったりしていた。
     いつものように、横には巴景がいる。
    「大丈夫?」
    「だ、い、じょ……、ぶじゃない」
    「はい、バケツ」
     巴景が差し出したバケツを抱え込み、ドールは切なげな声を出す。
    「うぇ、ええ……」
    「水、持ってきた方がいいかしら?」
    「うん……」
     普段の妖艶な姿は、見る影も無い。しかしなぜか、巴景はそんなドールを可愛らしく思った。
    (何か、安心したわ。やっぱり人間なのね、ドールも)
     巴景はクスッと小さく笑い、水を取りに部屋を出た。
     と、部屋から出たところであの「嫌われ者」と鉢合わせする。
    「あ……」
    「……」
     アランの方も巴景に気が付くが、何も言わずに通り過ぎる。
    「忙しいのね、参謀さん」
    「……」
     巴景はこの艦内で、フーとアランが諍いを起こしていることを知っている。そして、そのためにフーから距離を置かれ、現在何の指示も与えられていないことも十分承知である。
     その上で、そう声をかけている。アランはもう一度巴景の方を振り返ったが、やはり何も言わない。しかし、非常に不機嫌そうなのは伝わってきた。
    「何かお手伝いでも?」
    「……不要だ」
    「あら、そう」
    「……」
     アランは三度、巴景に振り返る。だがやはり何も言わず、そのまま去っていった。
    「……ふふ」

     アランはフーのいる船室の前に立ち、声をかける。
    「フー。入るぞ」
    「……」
     中からは何の返事も無い。
    「フー?」
     もう一度声をかけるが、やはり反応は無い。アランはフード越しに、ドアに頭を当てた。
    「……呼吸音は聞こえている。規則的だ。……ベッドのスプリングが軋む音がする。布ずれの音も――眠っている、か」
     アランは頭を離し、そのまま歩き去った。
    「……すー……すー……」
     アランの予想通り、フーは昏々と眠っていた。船がようやく動き出してからずっと、彼はベッドの上で眠りに就いていた。その間、彼は夢を見ていた。
     かつて、「黒い悪魔」克大火と戦った時のことを。



     その頃、フーの地位は既に少佐になっていた。
     アランの指示により央中クラフトランドに潜入し、ランニャ卿から鎧と篭手、兜――通称「ガーディアン」と呼ばれる武具を譲り受けたばかりであり、「これでカツミと互角に勝負ができる」と意気込んでいた頃だった。
     そんな時に、ちょうどトマスからの声がかかった。
    「大変だよ、フー!」
    「どうしたんっスか?」
    「カツミがいよいよ、北海に乗り込んできたそうだ。現在は北海諸島の第1島にいるらしい」
     第1島と聞き、フーは指折り数える。
    「って言うと、セレスタ島っスか」
    「そうだ。まもなくホープ島を経由し、現在戦闘が激化しているブルー島に侵入してくるだろう。……しかもなぜか、軍を率いているとか」
    「マジすか……? あのカツミが軍隊を、ねぇ」
     フーはいぶかしげに腕を組んでうなる。
     大火は自分の利益や興味に関わること以外は、滅多に積極的な行動に出ようとしない人物である。それに、基本的に個人主義であり、彼が軍隊を率いて戦うことなど――。
    「まず、ありえないことだよ。軍も僕も、この珍事に驚いているんだ」
     トマスはしきりに眼鏡を直している。よほど緊張しているらしい。
    「そうっスか……、カツミが、ねぇ」
     だが、逆にフーは冷静に状況を飲み込んでいる。フーは傍らにいたアランに、小声で尋ねてみた。
    「アラン、防具は手に入ったんだ。やってもいいか?」
    蒼天剣・風夢録 1
    »»  2009.11.29.
    晴奈の話、第435話。
    最初の対峙。

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    2.
     フーの自信たっぷりな言葉に、アランはピク、と動く。一瞬反対しようと考えたのだろう。
     だがそのまま静止し、間を置いて答えた。
    「……いいだろう。一度、相手との力量差を測っておかねばならんと考えていた。防具もあることであるし、安全に測れるだろう」
    「よし」
     ふたたび、トマスに向き直る。
    「トマスさん、こっちも応戦しましょうよ。俺がカツミを止めます」
    「……え? 君、が?」
     トマスは目を丸くして、聞き返してきた。
    「ええ、俺が。任せてください、何なら打ち破って見せますよ」
    「残念だけどちょっと笑えないな、そのジョークは」
     トマスは眼鏡をまた直し、顔を引きつらせる。
    「カツミの力量がどれほどのものか、君はまったく分かってない。
     いいかい、彼の強さはすでに伝説、神話の域に達しているんだ。中世央北地域で初めてその姿が確認された時、彼は投獄されていたファスタ卿を脱獄させるために、20人近い兵士を一瞬で惨殺した。
     それから、ファスタ卿を旧中央政府に対する反乱軍のリーダーに仕立て上げるために、ジーン王朝以前の、北方の軍閥を一つ丸ごと壊滅させてその力を誇示し、続いて央南東部で軍港を占拠、西方の軍事工場を爆破、さらには天帝廟の占拠、旧中央政府の本拠地だった宮殿の破壊と、その力量と凶行は留まるところを知らない。
     おまけに、反乱が成功した直後にリーダーだったファスタ卿を暗殺してその座を奪うと言った残虐さも持ち合わせている。しかも――当時の反乱軍の助けを借りたとは言え――これほどの悪事を、ほぼ彼が一人でやっているんだよ?」
    「はは……、歴史のお勉強っスか?」
     トマスの意見を笑い飛ばし、フーは不敵な態度を見せた。
    「そんな神話は俺が終わらせてやりますよ。現代に神や悪魔なんか、いりません」

     反対するトマスをねじ伏せ、フーは対大火の部隊を結成した。程なく大火の率いた中央軍が北海諸島を北上し、フーの部隊も同地域を南下。
     フーと大火は北海諸島第3島、ブルー島の沖合で、直接対決することとなった。



    「日上風と言うのは、お前か?」
     砲撃の白煙が包み込む洋上、王国軍の軍艦・甲板に、黒い影が降り立った。目の前に現れた男を、フーはギロリとにらみつける。
    「そうだ。お前が、タイカ・カツミか?」
    「いかにも。……なるほど、それっぽい顔だな」
     大火はフーの顔を見て、クク、とあの鳥のような笑いを漏らす。
    「あぁん?」
    「いかにも後先を考えない、突っ走ることしか知らぬ顔だ」
    「ヘッ」
     フーは唾を吐き、大火に挑発し返す。
    「お前こそ、聞いた通りの風体だな。真っ黒で煤みたいな、薄汚い面してやがる」
     だがこの挑発に、大火は乗ってこない。
    「安い切り返しだな。なかなかの手練と聞いて、わざわざ軍を連れてやって来たものの……」
     パシュ、と何かが飛んでくる音がする。次の瞬間、フーは後方に2メートルほど弾き飛ばされた。大火の剣術、「一閃」である。
    「……!? っぐ、くそッ!」
     空中で姿勢を変え、何とか海に落ちずに済んだ。
    「……? ふむ」
     いつの間にか刀を抜いていた大火は、けげんな顔をして刀を納める。
    「なるほど。頭は悪そうだが、多少は楽しめるか」
     フーはそっと自分の体の無事を確かめる。左胸から右脇腹にかけて、鈍い痛みがある。しかし、気力はまったく萎えてはいない。
    「……お前の遊び道具になるために、ここに来たんじゃない」
     体勢を立て直し、フーは素早く立ち上がった。
    「お前を倒すためだ、カツミ!」
     先ほどの挑発には大して反応しなかった大火だが、この言葉にはピクリと眉を動かした。
    「……身の程を知らん餓鬼め。この俺を、倒すだと?」
     もう一度、大火は刀に手をかけた。
    「俺が誰だか知らぬわけでもあるまい。俺に敵うと思うのか?」
    「お前の素性なんか知ったこっちゃねえよ。一々お前を調べておくほど、俺は暇じゃない」
     大火の細い目が、より細くなる。額には青筋も浮かんでいる。
    「愚かにも程があるな。もういい」
     大火は刀を抜いた。
    「お前と話す意義など欠片も無かった。さっさと消えろ」
    蒼天剣・風夢録 2
    »»  2009.11.30.
    晴奈の話、第436話。
    量産神器と真の神器のぶつかり合い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「神器」とは何か。

     以前にも、晴奈が使っていた「大蛇」や、巴景が奪った「ファイナル・ビュート」をそう称したが、世に出回る神器のほとんどは次の定義を完全には満たしておらず、「まがい物」に近い。

    「本物」と称されるものの定義は、大きく分けて3つある。それについて、大火の持つ「妖艶刀 雪月花」を用いて説明しよう。
     一つ目、優れた性能を持っていること。「雪月花」は非常に希少な金属、ミスリル化鋼――ミスリル化銀、ミスリル化銅など、蓄魔力性の高いミスリル系化合は柔らかい金属との化合物として良く見られるが、鋼鉄などの硬い金属と化合した例は、現代までにおいて、これ以外には無い――を使っており、その切れ味はあらゆるものを切り裂く。
     二つ目、何らかの伝説や歴史を持っていること。「雪月花」は央中ネール公国の祖、ネール大公と大火が共に創り上げ、以来200年もの間ずっと、大火の愛刀として使われている。言い換えれば、それだけの実績がある逸品と言うことでもある。
     単純に高性能なだけでは、神器とは呼べないのだ。

     そして三つ目――これが何よりも、重要なことである――何者にも、破壊できないこと。



     また、パシュと言う音が飛んだ。
    (やっぱり刀か! 掟破りな攻撃だな、刀で飛び道具並みの攻撃ってか……!)
     先程の先制攻撃とは違い、今度のフーには剣を抜いて防ごうか、それとも避けようかと考える余裕があった。
    (でも、多分剣で受けたら折れるな、こりゃ)
     とっさに身をよじり、「一閃」を避ける。が、次の瞬間ミシっと音を立てて肋骨が軋む。
    「甘いぜ、虎小僧」
     一太刀目の剣閃が飛んだ直後に、大火はもう一太刀放っていた。二太刀目をまともに受けたフーは、またも弾き飛ばされる。
    「……が、防具は一流か。俺の一撃を受けきるとはな」
     大火は刀を構え直し、フーを凝視している。フーは立ち上がり、自分の体が切れていないことを確認し、ため息をついた。
    「お前、なめてんのか」
    「うん?」
     剣を抜きながら尋ねてきたフーに、大火は短く聞き返す。
    「何で俺が起き上がるまで、じーっと見てやがる」
    「俺にとってこれは、単なる観察に過ぎんから、な」
    「なめてんだな。見せてやるぜ、俺の実力。……りゃあああッ!」
     フーは雄たけびを上げ、大火のすぐ側まで踏み込んだ。
    「ふむ」
     大火はすっと右腕一本で刀を上げ、フーの剣を止める。
    「……!?」
     フーは己の両腕と、大火の刀を交互に見て戦慄した。
    (何だと……!? 『虎』の、超人の、俺の渾身の一撃が……、こんな、簡単に、しかも片手で、止められただと……!?)
    「なめているのはお前の方だ。この体たらくでまだ、俺に敵うと思っているのか?」
     大火の言葉にフーの心はぐら、と揺れた。
     が、それでもフーは無理矢理に己を奮い立たせる。
    (アランが、やってもいいと許可してくれたんだ。……こんなところで心を折られてちゃ、意味ねえんだよ!)
     フーは一歩後ろに飛び、剣を構え直す。大火も刀を構え直し、また振り下ろす。
    (三度も同じ攻撃喰らってりゃ、見切れるっつーの!)
     飛んできた剣閃を避け、二太刀目を喰らわないよう周り込み、大火の胸を狙って剣を突き入れる。
    「む……」
     全速力での攻撃に、流石の大火も避けきれなかった。
    「……クク」
     だが、剣が大火のコートの表面で止まり、大火の体内には1ミリも入っていかない。
    「くそ、刀だけじゃなくコートまで神器かよ」
    「何を今さら嘆いている? もしも俺のことを少しばかりでも知っていたならば、こうなることくらい予想できただろうに」
     至近距離で、二人は短く会話する。涼しげな顔の大火とは逆に、フーの心中は激しく動揺している。
    「う……るせえ、知るか、お前のことなんかッ!」
     もう一度離れ、すぐに斬り込む。大火もこの辺りから、本格的に攻撃を仕掛け始めた。
    「ぉおおおおッ!」「りゃああァッ!」
     そのまま何十合と打ち合い、二人は軍艦の上を飛び回る。
    「はあッ!」
     大火の放った一撃が、甲板に大きな溝を作る。紙一重で避けたフーは、甲板を激しく蹴って飛び上がり、剣を振りかぶる。
    「こ、のおおおおッ!」
     飛び込んできたフーの攻撃を、大火も紙一重でかわす。
    「……いいかげんに」
     大火は刀から左手を離し、フーの頭をつかんで空高く飛び上がる。
    「が、あ、ああ……っ」
     大火は空中でフーから手を離し、刀を振りかぶる。
    「沈め……ッ!」
     零距離で「一閃」を叩きつけられたフーは、そのまま甲板に、飛び上がった時以上の速度で落ちていった。
    蒼天剣・風夢録 3
    »»  2009.12.01.

    晴奈の話、第407話。
    遠路はるばる。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦520年、3月初め。
     中央政府とジーン王国の戦いは、膠着状態にあった。

     と言っても、別に克大火と日上風が熾烈な戦いを繰り広げていたとか、幾多の軍艦が海を駆け回っていたとか、そんな躍動的な事情があったわけではない。
     央北と北方の間にある海、北海が凍りついており、双方とも船が出せないのだ。いかに大火やフーに人知を超えた力がついていようと、自然が相手ではどうにもならない。
     氷が解けるまでの間、戦況も凍結状態にあった。



     話は変わるが――北海全域を覆う、この分厚い氷。時に、央北・北方、双方の岸をつなぐことがあると言われている。
     とは言え現実的な観点から考えて、ここを渡ろうと言う酔狂な人間はいない。陸より海の方が若干気温が高いとは言え、寒風吹き荒ぶ極寒の海域である。
     それに人が乗れるほど分厚いものの、海に浮かぶ流氷である。ところどころに亀裂があり、万一割れて海に落ちた場合、助かる確率は0に等しい。
     さらに、実際歩くとなると直線距離でも、全長2000キロ以上もの旅路となる。まともな人間なら、歩こうなどとは思いもしない。
    「この海を『歩く』など、自殺行為に等しい。生きて渡りおおせるわけが無い」と、北方沿岸に住む者は皆、そう信じて疑わない。それは北方史始まって以来覆されたことの無い常識であり、定説と言っても過言ではなかった。

     だからその日、ウインドフォート砦の高台にいた見張りは、海に立つその影を見て、それが何なのか理解できなかったのだ。



    「……ん?」
    「どした?」
     毛布に包まりながら見張りを続けていた兵士が、相棒の様子がおかしいことに気が付いた。
    「あれ、見てくれ」
    「どれだよ」
    「ほら、あそこ」
    「あそこって、海か?」
    「ああ。……ほら」
     怪訝な顔をする相棒が指差す先を、兵士は双眼鏡で追った。
    「……?」
     双眼鏡に、黒い影が映る。
    「……!?」
     その影が何であるか認識した瞬間、兵士は全身に冷汗をかいた。
    「なんだ、ありゃ……?」
    「何かが、……歩いてくる?」
     双眼鏡のレンズの中には、背後にそりを付けた黒い影が、吹雪と海の向こうから歩いてくるのが見えていた。
     その光景は二人がまったく想像したことの無いものであり、現状を把握し、対応することにすら、数分を要した。
    「……け、警鐘をっ」
     相棒の方が我に返り、叫ぶ。
    「えっ?」
    「警鐘、な、鳴らそう。モンスターの襲撃かも」
    「あ、ああ。そう、……だよな」
     兵士二人はかじかむ手を必死で動かし、緊急事態を告げる警鐘を力いっぱい叩いた。
     ウインドフォートの砦全体にその鐘の音は響き渡り、すぐさま「海の向こうからモンスターが歩いてくる」と言う前代未聞の情報が伝わった。
    「本当かよ……」
    「ああ、マジらしいぜ。俺もさっき、双眼鏡で見てみたんだけど」
    「私にも見えました。本当に何か、黒いのが歩いてきてるんですよ」
    「それ、本当にモンスターなのか?」
    「現在確認中らしいです。中佐の側近の方が今、確認に向かっているとか」
     砦の中にいた兵士たちは皆、騒然としていた。



     分厚い毛皮のコートに身を包んだ、背の高い短耳の将校――日上中佐の側近の一人、ハインツ・シュトルム中尉が、兵士数人を連れてその場に向かう。
     その影は、ハインツたちが一列に並び、仁王立ちになって威嚇してもなお、足を止めなかった。
    「止まれッ!」
     ハインツが声を張り上げて制止するが、吹雪に紛れてほとんど伝わらない。
     影が静止することなく、そのまま近付いて来るのを確認し、ハインツは部下たちに命令した。
    「全員、武器を構えろ! 奴の顔が目視できる程度に接近したらもう一度警告し、従わなければ射殺して構わん!」
    「はっ!」
     兵士たちは小銃を構え、その影に照準を定めた。
    「……」
     と、影の方も、兵士たちが銃を向けてきたのに気が付いたらしく、足を止め、すっと両手を挙げた。
    「よし、そこで止まれ! 動くんじゃないぞッ!」
     ハインツは剣を構え、少しずつ影ににじり寄っていく。
    「お前は、……モンスターか? それとも、人間か?」
     尋ねながら、じりじりと距離を詰める。
    「人間よ」
     女の声がする。どうやら、その影は女性であるらしかった。
     だがその顔は帽子とマフラーに半分ほど覆われ、さらに仮面をかぶっているため、確認できない。
    「どこから来た?」
    「中央大陸の、ノースポートから」
    「嘘をつけ! この海域は現在凍結している! 船で来られるわけが無いだろう!」
    「誰が船で来たって言ったかしら?」
     女は腕を挙げたまま、ハインツに向かって歩き出した。
    「止まれッ!」
     女は自分が引っ張ってきたそりを指差し、平然と答える。
    「歩いてきたのよ。人間が乗れるくらい凍ってるんだから、歩くのなんてわけないわ」
    「ふざけるな! 本当のことを言え! それから手を下げるな! 挙げろ!」
    「正真正銘、私は歩いてここまで来たのよ。……ねえ、いい加減寒いから、手を下げてもいいかしら?」
    「止まれ! 止まらんと撃つぞ!」
     ハインツの制止も聞かず、女は距離を詰める。
    「撃つ? 別にいいけど、当たらないわよ。こんな強風の中じゃ、絶対に」
    「な……」
     女に挑発され、ハインツの頭に血が上る。
    「……撃てッ! 構わん、撃てッ!」
     ハインツの命令に従い、兵士たちは小銃を撃った。
     だが、女の言う通り銃弾は風にあおられ、一発もまともに直進しない。
    「だから言ったのに。……あーあ、下っ端がこんなバカじゃ、上も知れたもんね。折角遠路はるばる、このクソ寒い大陸まで来たのに」
    「ぬッ……! 我らがヒノカミ中佐を愚弄すると、容赦せんぞッ!」
    「アッタマ悪いわね……」
     女は手を下げ、腰に佩いていた剣を抜く。
    「かかってくるって言うなら、相手になるわよ」
    「りゃーッ!」
     ハインツが先に仕掛け、女の頭を狙って剣を振り下ろす。
     ところが女はひらりとかわし、ハインツに足払いをかける。
    「お、おっ……!?」
    「いい加減寒いんだからさっさと案内しなさいよ、このノロマ」
     ハインツが立ち上がろうとした時には既に、女の剣が彼の首に当てられていた。

    蒼天剣・風来録 1

    2009.10.28.[Edit]
    晴奈の話、第407話。 遠路はるばる。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦520年、3月初め。 中央政府とジーン王国の戦いは、膠着状態にあった。 と言っても、別に克大火と日上風が熾烈な戦いを繰り広げていたとか、幾多の軍艦が海を駆け回っていたとか、そんな躍動的な事情があったわけではない。 央北と北方の間にある海、北海が凍りついており、双方とも船が出せないのだ。いかに大火やフーに人知を超え...

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    晴奈の話、第408話。
    もう一人の女傑。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「……それで、そいつは?」
     砦の主、日上風――フーは、私室の豪奢な椅子で斜に構えたまま、青ざめた顔のハインツに尋ねた。
    「はっ……。何と言うか、その、……吾輩ではまったく歯が立ちませんで」
    「そうか。で、今は?」
    「まだ困惑しておりますが、取り急ぎ、こちらに伺った次第でして。まったく、面目ない」
    「あのな」
     フーはハインツをにらみつけ、いらだたしげに尋ね直した。
    「お前のことなんか知ったこっちゃねーんだよ。そいつが、今、どこにいるのか、って聞いてんだよ」
    「あ、しっ、失礼しました! ……その、ともかく砦に連行し、現在1階の、食堂に」
    「そうか。分かった」
     フーは恐縮するハインツを尻目に、食堂へと向かった。

     フーが食堂の扉を開けた途端、ざわざわと騒ぐ兵士たちの姿が視界に入る。
    「本当に海から?」
    「そう言ってるじゃない、しつこいわね」
    「シュトルム中尉を倒すなんて、アンタ何者だ?」
    「ノーコメント」
    「なーなー、顔見せてくれよー」
    「イヤ」
    「何でそんな仮面かぶってんだ」
    「ノーコメント」
    「さっきからそればっかりだなぁ」
    「何で私がアンタたちの質問に、一々真面目に答えなくちゃいけないのよ?」
     フーは兵士たちと女のやり取りをじっと見ていたが、一向に収まる気配が無いので大声を出してさえぎった。
    「お前ら、邪魔だッ! さっさとどけッ!」
    「あっ、か、閣下!」
    「し、失礼いたしました!」
     兵士たちはフーの姿を確認するなり、バタバタと食堂から出て行った。

    「やれやれ……」
     人払いをしたところで、フーは女の前に座った。フーの服装と徽章を見て、女が声をかける。
    「あなたが、フー・ヒノカミ中佐?」
    「そうだ。……いくつか質問させてもらうぜ。まず、お前の名前は?」
    「巴景よ。トモエ・ホウドウ」
    「央南人なのか?」
    「ええ。あなたも血を引いていると聞いたけど」
    「そうだ。生まれも育ちも、北方だけどな」
     フーは巴景の仮面をじっと眺め、尋ねてみる。
    「仮面、取らないのか?」
    「ええ。閣下さんの前で悪いけれど、昔大ケガをしてしまったのよ。その跡がまだ、残っているから」
    「取らなきゃ美人かどうか分かんねーなぁ……」
     女好きのフーは、ひょいと仮面に手を伸ばそうとする。だがその手を、巴景につかまれた。
    「ん……?」
     振りほどこうとしたが、異様に力が強く、離れない。
    「お前、本当に女か? 力、すげえ強えな……?」
    「ええ。正真正銘、女性よ。この腕力は、修行と魔術の賜物」
    「……へぇ。まんざら、海を歩いて渡ったってのも嘘じゃなさそうだな」
     フーは巴景の体を上から下に、なめるように眺める。
    「コート、脱げよ」
    「イヤよ。寒いもの」
    「あ、そうだな。ずっと吹雪の中、歩いてきたんだからそりゃ、凍えてるよな。……俺が暖めてやろうか?」
    「あなた、女を枕か何かだと思ってない? お生憎様、私はそんなつもりであなたに会いに来たんじゃないのよ」
    「……って言うと?」
     巴景はフーから手を離し、立ち上がった。
    「私は武者修行をしているの。それでこの戦争で直接戦ってるこの軍閥を率いている閣下さんに、傭兵として雇ってもらおうと思ってね」
    「へぇ……?」
     好奇の目で巴景を見ていたフーは、今度は品定めをするように注意深い目を向けた。
    「腕は……、確かだろうな。
     さっきお前が倒した奴、あれは俺の側近だ。この砦内でも有数の実力を持ってたんだが……」
    「あの程度で?」
     鼻で笑った巴景に、フーも苦笑して返す。
    「まあ、そう言ってやるなよ。……それで、だ。お前はそれよりも、確かに強い。
     よし、採用だ」
     フーの言葉を受け、巴景は小さく頭を下げかけた。
    「よろしく……」「待て待て待てぇーい!」
     ドタドタと足音を立てて、何者かが食堂に飛び込んできた。
    「ハインツか? 何の用だ?」
     フーはうざったそうに振り返り、ゼェゼェと荒い息を立てるハインツに目を向けた。
    「その女の採用、異議申し立てます!」
    「は?」
    「先程は吾輩の不覚によって、押し切られる形となってしまいました、がっ!」
     ハインツはゴツゴツと足音を立てて、巴景の前に立つ。
    「正面から正々堂々戦えば、この吾輩が負けることなど万に一つもありません! この女は不意打ちで勝ったに過ぎません! 不意打ちで勝つなど、騎士道にあるまじき……」「あ?」
     唾を散らして言い訳するハインツに、フーは斜に構えてにらみつける。
    「お前、頭がマヌケか?」
    「なっ……」
    「戦場のど真ん中で同じこと言ってみろよ。お前みたいな馬鹿、一瞬で蜂の巣だぞ?」
    「いやいや、それはありません!」
     ブルブルと首を振るハインツの態度に、フーは呆れ返った。
    「お前なぁ……。ま、いいか。
     そんなにギャーギャー言うなら、戦ってみろよ」
    「……むっ?」
    「このトモエ・ホウドウって女武芸者と戦って、正々堂々となら勝てるってことを証明してみろよ」

    蒼天剣・風来録 2

    2009.10.29.[Edit]
    晴奈の話、第408話。 もう一人の女傑。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「……それで、そいつは?」 砦の主、日上風――フーは、私室の豪奢な椅子で斜に構えたまま、青ざめた顔のハインツに尋ねた。「はっ……。何と言うか、その、……吾輩ではまったく歯が立ちませんで」「そうか。で、今は?」「まだ困惑しておりますが、取り急ぎ、こちらに伺った次第でして。まったく、面目ない」「あのな」 フーはハインツをにらみつけ...

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    晴奈の話、第409話。
    巴景の実力発揮。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     フーの一声で、巴景とハインツは砦地下の修練場で仕合をすることになった。
    「それではぁ、始めますねぇ」
     たまたま暇だったと言うフーの側近の一人が、のたのたとしたしゃべり方で審判を勤める。
    「それではぁ、開始ぃー」
    「どりゃあッ!」
     開始が告げられるなり、ハインツは槍をうならせて突進してきた。
    (さっきは剣を使っていたのに、今度は槍?)
     武器が違うことを疑問に思ったが、ともかく巴景は剣を構えて受ける。
    「ふんっ、ふんっ、ふぬうッ!」
     まるで怒り狂った野牛のように、ハインツは突進と打突を繰り返す。
    「はぁ、……めんどくさい」
     四太刀ほど受けたところで、巴景はけりを付けようとした。
    「『ライオンアイ』」
     殺刹峰時代に手に入れた身体強化の魔術で腕力を倍化させ、ミューズが忘れていった剣、「ファイナル・ビュート」を力いっぱいに薙ぐ。
    「ぬお……っ!?」
     恐らく鋼鉄製であった槍が、まるで飴のようにぽっきりと折られた。
    「どうかしら、……と」
     勝ち誇ろうとした巴景は、ハインツの殺気が消えていないことに気付いて剣を構え直した。
    「ま、まだまだぁッ!」
     ハインツは柄だけになった槍を捨て、腰に佩いていた剣を抜いた。
    「往生際悪いわね、このバカ」
    「あ、そうじゃないんですよぉ」
     巴景の独り言を聞き拾ったらしい紫髪の側近が、ゆったりと訂正する。
    「シュトルム中尉さんはぁ、『人間武器庫』って呼ばれててぇ、一人でいくつもぉ、武器を操るんですよぉ」
    「……へーぇ」
     巴景は改めて、ハインツの装備を確認してみた。
    (さっき潰した槍に、今握ってる剣。
     ふーん、背中にももう一本、剣持ってるのね。脇差、って感じかしら。
     あら? 後ろからチラチラ見えてるのは尻尾、……ってわけじゃなさそうね。鞭かしら?
     あと片方の太腿に5本、いえ6本。両腿で計12本、ナイフを着けてる。小さいし数が多いから、投擲用ナイフってところね。
     他にも袖とか裾にも、変なふくらみがある。なるほどね、『人間武器庫』ってのも言い得て妙、か)
    「ほら、ほらっ、ほらほらほらあッ!」
     剣をビュンビュンとうならせて、ハインツは距離を詰める。
     巴景はそれをひらひらと避けながら、紫髪の側近の背後で、椅子へ斜めに掛けていたフーに声をかけた。
    「ねえ、閣下」
    「ん?」
     巴景は冗談めかした口調で尋ねてみる。
    「こいつの武器、全部見たことはある?」
    「ん……。そう言えば、無いな」
    「見たくない?」
    「……ハハ、見せてくれるのか?」
    「ええ、見せてご覧に入れますわ」
     その言葉を聞いたハインツが激昂する。
    「吾輩を愚弄するか、女ッ!」
    「愚弄? いいえ違うわ」
     巴景は剣の腹で、ハインツの剣を思い切りはたいた。
    (『愚弄』は同じ人間に対してするものでしょう? ……クスクス)
     ハインツの剣は簡単に弾き飛ばされ、部屋の端まで転がっていった。
    「さあ、次は何を出すのかしら?」
    「ぬ、がっ……」
     巴景は心の中で、ハインツを嘲笑していた。
    (アンタみたいな単細胞と私が同じ人間だと、本気で思ってるのかしら?)

     結局、ハインツは最終的に8種類の武器を放出し、それでも巴景に傷一筋付けることができずに敗北した。
     巴景は凄腕の傭兵として、フーの新たな側近に迎えられた。



     ハインツをあっさり下した巴景は、すぐにうわさ話の中心に上った。
     元々、ここ数年で英雄になったフーを間近で見ようと、彼の拠点である砦周辺に集まった好事家たちが築いたのが、このウインドフォートである。
     うわさ好きの住民たちは皆、巴景について語り合っていた。
    「それにしても、あの仮面……」
    「うんうん、気になるよねー」
    「顔にすっごい傷がついてるらしいけど、いっぺん見てみたいわよねぇ」
    「うんうん、分かる分かるよー」
     街のあちこちで、こんな話が繰り返される。
     その側を通りかかった巴景は内心、有頂天になっていた。
    (ふふっ……。みんなが私に注目してるわ。
     そうよ、世界最強の女はこの私よ。間違っても、あの……)「そう言えばさー」
     だが――時折、こんな言葉も耳にする。
    「央南人の女傑って言えば、もう一人いたわよね?」
    「うんうん、いたよねー」
    「何だっけ、名前? えーと……」
    「確か、猫獣人で、えー……」
     そのうわさを聞く度に、巴景は仮面越しに彼らをにらみつける。
     だが、彼らはその視線に気付かない。平然と、巴景が憎み続けている女の名を口にする。
    「コウ、だっけ? 確かそんな感じの名前」
    「うんうん、そんな感じそんな感じー」
    「……ッ」
     巴景は仮面の裏で、ギリギリと歯軋りした。
    (何でよ? 何で、この街にまであいつの名前が伝わってるの?
     ちょっと戦争で活躍して、どこかの大会で準優勝したくらいで、後はほんのちょっと犯罪捜査に協力しただけじゃない。
     どうしてそれだけで、それくらいのことで、話題になるのよ……ッ)
     巴景は腹立ち紛れに、裏路地の壁を素手で叩き割った。
    「……見てなさいよ。この戦争が終わる頃には晴奈の名前なんて、北方人の記憶から綺麗さっぱり消し去ってやるわ!
     歴史に名前を遺すのは、この私よ!」

    蒼天剣・風来録 3

    2009.10.30.[Edit]
    晴奈の話、第409話。 巴景の実力発揮。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. フーの一声で、巴景とハインツは砦地下の修練場で仕合をすることになった。「それではぁ、始めますねぇ」 たまたま暇だったと言うフーの側近の一人が、のたのたとしたしゃべり方で審判を勤める。「それではぁ、開始ぃー」「どりゃあッ!」 開始が告げられるなり、ハインツは槍をうならせて突進してきた。(さっきは剣を使っていたのに、今度...

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    晴奈の話、第410話。
    したたかな剣姫。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ウインドフォートに来てから3日が経ち、巴景は側近の一人と仲良くなった。
    「それでですねぇ、そのお店のタルトが本当に美味しくてぇ……」
     ハインツと闘った時に審判を勤めた、あの紫髪の短耳である。名前はミラ・トラックス。水と土を得意とする魔術師である。
    「へぇ……」
     おっとりした性格を裏付けるかのように、彼女の体型もややふっくらしている。とは言え――。
    「良くそれだけ食べて、……そこだけしか太らないわね」
    「えへへ、よく言われますぅ」
     ミラは話題に上った胸をぽよ、と隠す。晴奈同様――こう比較されるのも、彼女にとっては不愉快だろうが――巴景もそれほど魅力的な体型ではないので、その仕草は多少イラつかせるものがあったが、それを態度には出さない。
    「ねぇ、今度一緒に行きましょうよぉ、トモエさぁん」
    「ええ、機会があれば是非、ね」
     巴景はいかにも「共感した」「興味を持った」と言う口ぶりで、ミラに応えた。

     巴景はこうした点において、非常にしたたかで狡猾な面を見せる。
     本来の楓藤巴景と言う人物の性格は、一言で言うなら「唯我独尊」である。自分の身、自分の利益がいつ、いかなる時においても最優先であり、他人への興味や情など、無いも同然である。
     フーのことは「閣下」と敬称で呼んではいるが、内心では「粗暴でスケベなクズ」と見下しているし、他の側近にもまったく敬意を抱いていない。今、目の前にいるミラに対しても、「とろくさい胸デブ」としか思っていない。
     だが、巴景はそんな感情をまったく、表に出したりはしない。出せば嫌われることを、十二分に理解しているからだ。勿論、巴景個人は他人からどう思われようと知ったことではないし、気にも留めない。嫌われたところで、それ自体は構わないのだ。
     しかし緊急時――例えば、実力が拮抗した者との死闘を続け、疲弊しきったところで、自分に悪感情を抱く味方がその場に現れた時など――味方が寝返るかも知れないし、見て見ぬ振りをする可能性もある。そうなれば、自分は決定的な逆境に立たされることになる。
     極限状態で「嫌われる」ことは、即ち死を意味する。

     が――逆にその極限状態で「好かれて」いれば、どうだろうか?
    「それにしてもぉ、トモエさんってぇ、もっと怖い人かなって思ってましたぁ」
    「あら、そう?」
    「はぁい、あ、でもですねぇ、今はいい人だと思ってますよぉ」
    「ふふ、ありがと」
     ミラは嬉しそうな笑顔を、巴景に向けてくる。
    「良かったらまた、お茶しましょぉ?」
    「ええ、今度は私が誘うわね。……それじゃ、今日はこの辺で」
     巴景が席を立ったところで、ミラはまた人懐こい笑顔になった。
    「はぁい、またよろしくですぅ」
     その笑顔を見て、巴景は仮面の裏でほくそ笑んでいた。
    (コイツも私の味方――『駒』、ね。
     ……ふふ、ふ。コイツもバカよね。私が『いい人』のわけないじゃない)



     こんな風にして、巴景は着実に砦内での味方を増やしていった。とは言え、(今のところ)己の主人であるフーにたてついたりも、反目したりもしない。
    「よお、トモエ。最近、調子乗って……」「ええ、調子は上々ですよ」
     巴景の人気が高まっていることに不安を覚えたらしいフーが探りを入れようとする前に、巴景は口を挟んだ。
    「お、おう。そっか」
    「閣下には非常に感謝しております。私のような余所者にこんな活躍の機会を与えてくださった恩、必ずや次の戦いで報いて見せます」
    「……うん。なら、まあ、……いいや。じゃ、頑張ってくれ」
    「はい」
     出鼻をくじかれ、口を開く間も与えられずに忠誠の言葉を聞かされたフーは、そのまま帰ってしまった。
    (余計な勘繰りしてんじゃないわよ。アンタは戦争のことだけ考えてりゃいいのよ)
     フーをやんわりと追い返した巴景は、仮面の裏で彼の背中をにらみつけていた。

     と――。
    「私をだませると思うな、ホウドウ」
     まったく気配を感じなかった背後から、低い男の声がかけられた。
    「……!?」
     振り向いた先には、フーの参謀であるフードの男、アランが立っていた。
    「な、……コホン。何のことかしら?」
    「独りになった途端、邪心を浮かべたな?」
    「さあ?」
     巴景はごまかすが、アランの追及は続く。
    「いいか、出し抜こうなどとは考えるな」
    「だから、何のこと? 変な邪推はやめてほしいわね」
    「……ふん」
     アランはそれ以上何も言わず、巴景の前から姿を消した。
    「……」
     アランの姿が見えなくなったところで、巴景の額に汗が浮き出す。
    (何なの……? 気配がまったく無いなんて、あいつは、……人間なの? この私が、欠片も気配を感じられないなんて)
     巴景は戦慄していたが、その様子も分厚い仮面に隠されていた。



     中央政府との戦闘再開まで、後二ヶ月を切っていた。

    蒼天剣・風来録 終

    蒼天剣・風来録 4

    2009.10.31.[Edit]
    晴奈の話、第410話。 したたかな剣姫。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ウインドフォートに来てから3日が経ち、巴景は側近の一人と仲良くなった。「それでですねぇ、そのお店のタルトが本当に美味しくてぇ……」 ハインツと闘った時に審判を勤めた、あの紫髪の短耳である。名前はミラ・トラックス。水と土を得意とする魔術師である。「へぇ……」 おっとりした性格を裏付けるかのように、彼女の体型もややふっくらし...

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    晴奈の話、第411話。
    アランの風評と、もう一人のナイジェル博士。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     アランに「出し抜こうとは考えるな」と言われた巴景だが、そもそも彼女はそんなことを考えてはいない。
     フーの下に就いたのは、あくまでも「立身出世」のためである。即ち、北方で戦果を挙げることにより世界に己の名を知らしめ、名声の面においても晴奈を超えようと考えており――巴景は技量や天運など、ほとんどの面において彼女より優れていると確信している。あくまでも「『アイツ』にあって私に無いのは『戦果を挙げた』と言う名誉だけよ」と考えている――フーを出し抜いて自分が軍閥の主になろうなどとは露ほども思っていない。
     とは言え、アランは軍閥のナンバー2である。彼の信用を得られなければ、この砦における地位確立もおぼつかない。ひいてはフーに重用されることもなく、立身出世には到底至らないだろう。
    (それは困るわ。もうすぐ、中央政府との戦いが再開されると言うのに)

     アランの存在を少なからず「自分の立身出世に対する脅威」と見た巴景は、何とか彼に取り入り、信用を得られないかと、彼の素性に付いて調べることにした。



     まずは仲良くなった側近の魔術師、ミラから話を聞くことにした。
    「あー……、アランさん、ですかぁ」
     聞いた途端に、ミラは表情を曇らせる。
    「何か、嫌な思い出でもあったのかしら?」
    「えー、まあ、はい。あの人ですねぇ、何て言うかぁ、ヤな人なんですよねぇ」
    「やな、人?」
    「はぁい。すっごく、そのぉ、態度がですねぇ……」
     ミラは辺りをきょろきょろと見回しながら、小声で話す。
    「中佐のことも平気で顎で使ってますしぃ、その下にいるアタシたちなんてぇ、空気扱いですよぉ。人間だって、全然思ってないみたいなんですぅ」
    「そう……」
     ミラの話を聞きながら、巴景はアランの姿を思い出す。
    (人間じゃない、か。……私からすれば、あいつの方が人間離れしてるわ。この私がどう神経を張り巡らせても、あいつの気配が全然つかめないんだから。
     顔もフードと鉄仮面で隠してるし。……って、仮面で隠してるのは私も同じか)
    「トモエさぁん?」
    「え? ……あ、ごめんなさいね。ちょっと考え事をしていたものだから」
    「あ、はぁい。それでですね、あの人のせいで投獄された人も、何人かいるんですよぉ」
    「へぇ?」
    「例えばですね、ナイジェル博士とか。あの人、首都からわざわざ出向してきてくれたのにぃ、袋叩きにされてぇ、牢屋に入れられたんですよぉ」
    「牢に入れるよう命じたのは、閣下なの?」
    「直接はそうなんですけどぉ、指示したのは多分アランさんですよぉ、きっと」
     それを聞いて、巴景はそのナイジェル博士と言う人物に興味を持った。
    (アランによって投獄された人物、か。……もしかしたら、アランについて何かつかめるかも)

     ミラに頼み、巴景はそのナイジェル博士に会ってみることにした。
    「あの、内緒にしてくださいねぇ。勝手に面会したって言うことがばれたらぁ、アタシも牢屋行きになっちゃいますからぁ」
    「はい、了解しております」
     心配そうに頼み込むミラの目、いや、胸を見ながら敬礼した看守に苦笑しつつ、巴景は牢の奥へと進んだ。
    「あの人?」
    「はぁい。あの人がナイジェル博士ですぅ」
     一番奥の独房に、生気を失った顔のエルフが座っていた。
     エルフは青年期が長い種族なので、見た目からはその正確な年齢はつかめない。その上童顔のため、前もって24だと知らされていなければ、彼は二十歳前の少年にすら見えた。
    「……誰かな?」
    「アタシですぅ。ミラ・トラックス少尉ですぅ」
    「トラックスさんか。今日は、何の用?」
    「えっとですねぇ、あなたに会いたいって言う人がいるんですよぉ。この前側近になった傭兵さんなんですけどねぇ」
    「傭兵、……が、側近に? へぇ、珍しいね」
     長い間投獄されているらしく、顔も服も垢じみており、平常時ならば聡明さを表していたであろう丸眼鏡も右眼側がひび割れ、悲壮感しか伝わってこない。
     それでもまだ、知性は失われていないらしい。彼は賢しげな目を、巴景に向けてきた。
    「ふーん……。央南の剣士か。腕は相当立つみたいだね」
    「え?」
     いきなり素性を言い当てられ、流石の巴景も驚いた。博士と呼ばれたエルフは、素性を言い当てた根拠を話し始める。
    「女性にしては体格ががっしりしているし、体全体の脂肪も妙に少ない。非常に運動量の多い生活をしていると言うことだ。
     それに左手の指、小指以外にたこがある。何か棒状のものを、しょっちゅう握っているってことだ。でも左利きじゃないな、右手の中指にペンだこがあるもの。小指の力を抜いて、左手にウェイトを置いて握る――これは央南地方の剣術に特有の、刀剣の構え方だ」
    「……ご明察ね」
    「それは良かった。ああ、自己紹介が遅れたね。
     僕はトマス。トマス・ナイジェルと言うんだ」
     トマスは汚れた顔を袖で拭い、軽く頭を下げた。
    「私はトモエ・ホウドウ。よろしくね、博士。……それで、一つ質問したいことがあるんだけど、いいかしら?」
    「何だい?」
    「何故あなたは投獄されたの?」
    「うー……ん」
     尋ねた途端、トマスは暗い顔を向けてきた。
    「それは……、言えば君にとって、非常に困ることになると思う。それでも聞きたい?」
    「……それなら、いいわ。わざわざ危ない橋を渡るのもバカらしいし」
    「そうだろうね。他に聞きたいことは?」
     巴景はトマスのつっけんどんな態度に、内心苛立ちを感じていた。
    (コイツ……、さっきから人のこと、『女にしては』とか『脂肪が妙に少ない』とか、ズケズケ無神経に言ってくれるわね。
     案外、投獄されたのも単純に、フーの機嫌を損ねたからじゃないの?)
    「無い? あるなら早く言ってね」
     トマスはうざったそうに眉をひそめる。プライドの高い巴景は、相手にそんな態度を取られてまで話を聞こうとする気にはなれなかった。
    「別に。……さ、戻りましょ、ミラ」
    「あ、はぁい。……それじゃお元気で、トマスさん」
    「元気にしていられるわけないじゃないか、ははは……」
     笑いながら言っているので彼にとっては軽口や冗談だったのだろうが、背を向けたミラはほんの少し顔をしかめていた。
    「あなたが気を使ってくれてるって言うのに、無神経ねアイツ」
    「え? いえ、そんな……」
    「もう聞こえてないだろうし、素直に言っていいんじゃない?」
     巴景にそう言われ、ミラは牢の奥を振り返る。
    「……いい人なんですけどぉ、もうちょっと周りの空気を読んでほしいですねぇ」
     トマスは本に目を通していた。巴景の言う通り、トマスの方も既に、二人への興味を失ったらしい。

    蒼天剣・風評録 1

    2009.11.02.[Edit]
    晴奈の話、第411話。 アランの風評と、もう一人のナイジェル博士。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. アランに「出し抜こうとは考えるな」と言われた巴景だが、そもそも彼女はそんなことを考えてはいない。 フーの下に就いたのは、あくまでも「立身出世」のためである。即ち、北方で戦果を挙げることにより世界に己の名を知らしめ、名声の面においても晴奈を超えようと考えており――巴景は技量や天運など、ほとんどの...

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    晴奈の話、第412話。
    おっとり&のっそり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     うわさ好きの住民が集まるこの街では、情報を集めるのもたやすい。
     が、その真偽となると話は別である。
    「アラン・グレイ参謀? ……ああ、あのフードの。ええ、……まあ、ここだけの話ですけどね、側近の皆さん、嫌ってるみたいですよ。
     何でって? うーん、嫌味が多いとか、人の都合を考えないとか、ま、よくあるヤな上司の典型みたいな人みたいだから、嫌われるのも当然じゃないんですか?」
     誰に聞いても、ここまでは皆、異口同音に答えてくれる。
    「なるほど……。それじゃ、もう一つ質問なんだけど。グレイ参謀って、どこの人なのかしら?」
    「え、……うーん、さあ?」
     ところが彼の出自や個人情報となると、突然情報が途絶えてしまう。
    「北方人じゃないの?」
    「そうかも知れませんけど、何しろ顔を見たことが無いし」
    「うわさじゃあの人、人間じゃないって」
    「うんうん、聞いたことあるよー」
    「ええ、悪魔とか何とか言う人もいますしね」
     聞いた話のどれもが根拠の無い、信憑性に欠ける情報ばかりであり、1週間かけて情報収集を行ってもなお、アランの素性はまるで判明しなかった。
     しかし、その性格と評判については十分過ぎるほど情報が集まった。誰も彼も、口を揃えてこう言っていたからである。
    「自分の主君も含めて、すべての人間を見下している、すごく嫌な奴」

     巴景はアランに取り入ることを諦めた。
     アランが非常に冷徹、排他的で、結局他人を利用しようとしか考えていないことが分かり、取り入ったところで、特にメリットが無さそうだったからである。
    (でも、……逆にアリね、こう言う奴も)
     誰からも嫌われる権力者――他人の信用を集めるには、非常に利用できる人材だった。



     巴景は側近たちの元を訪れ、友好関係を築くことにした。
    「こんにちは、バリー」
    「あ、……ども」
     手始めに訪ねたのは、ミラのサポート役をしている寡黙な熊獣人、バリー・ブライアン軍曹。
     この時も都合のいいことに、ミラが彼の横にいた。
    「あれぇ、トモエさんじゃないですかぁ」
    「こんにちは、ミラ」
    「どしたんですかぁ?」
    「ええ、……そうね、あなたを探してたの」
    「ふぇ? アタシですかぁ?」
     とっさに口実を作り、自然な会話に持って行く。
    「ええ。ほら、この前言ってた喫茶店。あそこ、行ってみたいなって」
    「あ、そうですねぇ。ちょうど今日、アタシ暇だったんで、行っちゃいましょうかぁ」
    「ええ、お願いね。そうだ、バリーも行かない?」
    「俺? えっと、喫茶店、に?」
     話を振られ、バリーは目を白黒させている。
    「ええ。一度、あなたともお話してみたいと思ってたんだけど。何か予定、あった?」
    「え、いや、ない、けど」
    「それなら行きましょう、ね? 三人の方が、話も弾むし」
    「あ、う、うん、分かった」
     バリーは困惑した顔をしながらも、小さくうなずいた。

     喫茶店に場所を移したところで、巴景は話を切り出した。
    「ねえ、ミラ、バリー。私のこと、どう思う?」
    「え?」
    「いきなり、どしたんですかぁ?」
     巴景は声を落とし、やや悲しげな口調を作る。
    「実はね、グレイ参謀から疑いを掛けられてるみたいなの」
    「えぇ?」
     人のいいミラは、それを聞いて悲しそうな顔になる。
    「そんな、ひどい……」
    「きっと私が外国人だからね。中央のスパイとでも思ってるんじゃないかしら」
    「そんなわけないじゃないですかぁ……。央北と央南じゃ、全然別のところだし」
     ミラは明らかに、巴景の話に憤慨してくれている。巴景は内心ほくそ笑みながら、依然悲しそうな口調は崩さない。
    「そう言ってくれて嬉しいわ。でも、みんなはそう思ってくれないかも知れないわ」
    「そんなコトないですよぉ。アタシ、トモエさんはいい人だって分かってますもん」
    「ありがとね、ミラ」
     巴景は仮面の端から見える口をわずかに曲げ、嬉しそうな笑みを二人に見せた。それを見たミラは、ますます優しく接してくる。
    「もし何かあっても、アタシはトモエさんの味方ですからね。ねぇ、バリー?」
    「え?」
     ぼんやりと話を聞いていたバリーは目を丸くし、ミラと巴景の顔を交互に見る。
    「バリーも、トモエさんの味方ですよねぇ?」
    「あ、え、……うん。味方だ」
     困った顔をしつつも、バリーはうなずいた。
    (よし……。やっぱり、バリーはミラに流されてるわね。ミラを抱き込んでおけばきっと、コイツは私に協力するわ)
     その後2時間ほど、巴景は二人とじっくり歓談し、ミラと、そしてミラに付いているバリーの友好関係、信頼を築いた。

    蒼天剣・風評録 2

    2009.11.03.[Edit]
    晴奈の話、第412話。 おっとり&のっそり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. うわさ好きの住民が集まるこの街では、情報を集めるのもたやすい。 が、その真偽となると話は別である。「アラン・グレイ参謀? ……ああ、あのフードの。ええ、……まあ、ここだけの話ですけどね、側近の皆さん、嫌ってるみたいですよ。 何でって? うーん、嫌味が多いとか、人の都合を考えないとか、ま、よくあるヤな上司の典型みたいな...

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    晴奈の話、第413話。
    ギャンブラー、トモちゃん。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     続いて巴景は、来訪してすぐに痛めつけた側近、ハインツ中尉の所を訪れた。
    「ふむ、では吾輩は雷と土の5、それから水の6と氷の6で2ペアだ」
    「へっへ、じゃ俺の勝ちだ。こっちは3、4、5、6、7でストレート」
    「うぬっ……」
     ハインツは食堂で狐獣人の男とカードゲームに興じていた。と、その狐獣人が巴景に気付いた。
    「お。仮面女だぜ、ハインツの旦那」
    「何? ……ぬう、貴様は」
     ハインツは巴景を見た途端、不機嫌そうに額にシワを寄せる。
    「何の用だ?」
    「ええ、少し謝らなくちゃと思って」
    「……何だと?」
     巴景はぺこりと頭を下げ、ハインツに謝罪の言葉をかけた。
    「あなたのおかげでこの砦に入れたのに、ずっとお礼もしなくて。ごめんなさいね」
    「あ、う、うむ」
     下手に出られ、ハインツの怒りは行き先を失ったらしい。複雑な表情を浮かべ、ぎこちなくうなずいている。
    「あの、もし良かったらこれ、どうぞ」
    「む……?」
     巴景は先程喫茶店で購入したケーキを、ハインツに渡す。
    「む、む、これは……」
    「おわび、……って言ってしまうのはおこがましいけれど、せめてこれくらいはしないと、と思って。嫌いだったかしら、甘いもの」
    「あ、いや。……うむ、喜んでいただくとしよう」
     横で二人のやり取りを見ていた狐獣人が、呆れた顔で煙草をふかす。
    「鼻の下伸びてんぜ、ハインツの旦那」
    「うっ? ……いやいや、失敬」
    「そんでさトモちゃん、俺には何かないの?」
     巴景は口元をにっこりと曲げて、その狐獣人――こちらもバリー同様、ハインツのサポート役で、ルドルフ・ブリッツェン准尉と言う――に包みを渡した。
    「ええ、会った時に渡そうと思ったんだけど、丁度良かったわ。はい、これ」
    「お、ありがとよ。……でも旦那のに比べりゃ、ちっちぇえな」
    「ええ。ハインツさんにはおわびも込めて、だから」
    「そか。……じゃ、俺もオイタしてもらおっかなぁ、へへっ」
     ニタニタ笑うルドルフに向かって、巴景はクスクスと愛想笑いをしてやる。
    「まあ、ご冗談。……ところで、ゲーム中だったみたいね。私も混ぜてもらっていいかしら?」
    「ん? いいぜ。トモちゃん、ルール分かるか?」
    「ええ。ポーカーでしょ?」
    「知ってるみたいだな。んじゃ、軽くやりますか、っと」

     ルドルフはカードを切り、席に付いた巴景とハインツ、それから自分に配る。
    「あ、そう言えばどうする? 賭けるか?」
    「ええ、その方が面白いでしょう?」
    「いいねぇ、いいノリだ。……よし、それじゃチェック」
     ルドルフのかけ声に合わせ、ハインツと巴景は配られた手札を見る。
    (火の4、水の4、雷の6と7、それと風の5。……どうしようかしら?)
     ハインツはいつも通りのしかめっ面をしている。どうやらあまり手は良くないらしい。対して、ルドルフはニヤニヤしている。そこそこいい手が入っているようだ。
    (ワンペアとか、そんな安い手じゃ無さそうね。さっきもストレート出してたみたいだし。……となると、ワンペアじゃ多分負けるわね)
    「むう……、3枚チェンジだ」
     ハインツがカードを捨てる。
    (あら……。雷の4と8、それと水の3ね。確率としては、4のスリーカードとストレート、それから雷のフラッシュは出にくくなりそうね)
    「トモちゃん、アンタの番だぜ。捨てるか?」
     ルドルフが依然、ニヤニヤしながら尋ねてくる。
    「そうね……」
     相槌を打ちながら、巴景はカードを捨てるかどうか考える。
    (ま、勝負すること自体は問題じゃないし、適当でいいわ)
    「ええ、3枚交換で」
     巴景は「4」以外のカードを捨てた。
    「ほい、3枚と」
     ルドルフがカードを渡す。
    「俺はこのまんまで行くぜ。……それじゃ、セット」
     どうやらルドルフは相当の好手らしい。交換せず、そのまま勝負に出た。
    「吾輩は……、ううむ……」
     逆に、ハインツは3枚交換したにもかかわらず、手は良くないらしい。
    「……ドロップ」
     ハインツはカードを机に置き、銀貨を1枚出した。これは勝負を降りた時の罰金、100ステラ――北方大陸で使われる通貨――である。
    「トモちゃんは?」
    「セット。賭けさせてもらうわ、100ステラ」
     巴景も銀貨を1枚出した。
    「よっしゃ。じゃ俺は300ステラで。……オープン」
     ルドルフが見せたカードは火と氷の2、そして雷と土、風の9――フルハウスである。
    「んでトモちゃん、アンタは?」
    「……ふふっ」
     巴景もカードを開ける。
    「火の4、氷の4、水の4、風の4、あと氷の8。フォーカードよ」
    「あちゃ、負けたぁ……」
     ルドルフは天井を仰ぎ見て、銀貨を3枚机に投げ出した。



     ここでも、晴奈に対抗心を燃やしているのか――勝負運も、巴景は強かった。結局、巴景は1500ステラの大勝を収めた。
     さらにこの二人との仲も円満にすることができ、巴景の「下準備」も着々と進んでいた。

    蒼天剣・風評録 3

    2009.11.04.[Edit]
    晴奈の話、第413話。 ギャンブラー、トモちゃん。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 続いて巴景は、来訪してすぐに痛めつけた側近、ハインツ中尉の所を訪れた。「ふむ、では吾輩は雷と土の5、それから水の6と氷の6で2ペアだ」「へっへ、じゃ俺の勝ちだ。こっちは3、4、5、6、7でストレート」「うぬっ……」 ハインツは食堂で狐獣人の男とカードゲームに興じていた。と、その狐獣人が巴景に気付いた。「お。仮...

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    晴奈の話、第414話。
    ちっちゃい姐さん。

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    4.
     ミラ、バリー、ハインツ、ルドルフの4人と仲良くなった後も、さらに巴景は懐柔を続けた。
     今度は兎獣人の魔術師、ドール・ホーランド大尉。何でもフーの、北方における最近の「お気に入り」だと言う。

     会ってみた巴景は、内心「なるほど」と納得した。
    「アナタが最近ウワサのサムライさん? へー、……ふーん」
     ドールは少女かと見紛うほど背が低かったが、どう考えても子供ではなかった。なぜなら非常に魅力的な体型と仕草をしており――同性の巴景でさえ、その妖艶さに一瞬目を奪われた――その声も、非常になまめかしかった。
    「ヒノカミ君、女だから雇ったってワケじゃなさそうね」
    「ええ。紛れもなく、剣の腕で、よ」
    「そのようね。仮面と厚着で隠れてるケド、何か強そうな雰囲気があるもの」
     ドールはにっこり笑って巴景に握手を求める。巴景もそれに応じ、彼女の手を握った。
     するとドールは、「あら?」と小さくつぶやいた。
    「……? どうかしたの?」
    「いえ……。ねえアナタ、魔術も使えるの?」
     そう問われ、巴景は素直にうなずく。
    「ええ。風の魔術剣を、ね」
    「それだけ? ホントに?」
     何故か、ドールは疑い深そうに見上げてくる。
    「どう言う意味かしら?」
    「風の魔術だけ、って感じがしないわ、アナタの雰囲気が。他に何か……、誰も知らないよーなモノも、使えるんじゃない?」
    「……」
     鋭く指摘され、巴景は一瞬戸惑った。
    (強化術のことを言ってるのかしら? ……そうね、あの術は間違いなく、殺刹峰以外の人間は知る由も無い術のはず。
     ……でも、それをこの女に言うメリットがあるかしら?)
     言えば恐らく、フーと親しいドールはこのことを話すだろう。そこでフーが「頼もしいな」と思ってくれれば巴景にとってプラスになるが、「怪しい術を使う……?」といぶかしがれば、マイナスになる。
     何より会って二言目の発言で、「フーが巴景を雇った理由」を、「新しい夜伽を得たのか」と邪推したことを暗に示している。
    (割と独占欲が強いっぽいし、ここで変にアピールすれば、逆に彼女、『あの女を使わないで』とかアイツに頼みかねないわね。
     不用意な真似は、しないに越したことないわ)
     巴景は正直に言わず、ごまかしておくことにした。
    「……さあ? 思い当たるようなことは無いわね。まあ、魔術剣だから、正統派の魔術に比べたら異質に思えるのかも」
    「……そーね。そーかも」
     どうやら、ドールは納得してくれたらしい。にこっと笑い、椅子にちょこんと腰掛けた。
    「それで、アタシに何か用だったの?」
    「あ、まだちゃんと挨拶もできてないと思って、これを」
     ハインツたちに渡したように、巴景はケーキが入った箱をドールに差し出す。
    「あら、『ビーナス』のショートケーキ?」
     中身を見た途端、ドールの顔は嬉しそうにほころんだ。
    「嬉しいわぁ。大好きなの、コレ」
    「喜んでもらえて嬉しいわ、ドール」
    「うふふっ……。2個あるから、一緒にお茶しましょ」
     疑いも晴れたらしい。ドールは終始ニコニコしながら、巴景とケーキを食べていた。

     話しているうちに、ドールは別の側近のことも教えてくれた。
    「ふーん、ミラちゃんとはもう仲良しなのね。んじゃさ、もう一人魔術師がいるんだけど、その子のコトは聞いてる?」
    「もう一人? あなたと、ミラの他にもいるの?」
    「ええ。ノーラ・フラメルって言うエルフで、アタシのサポート。あ、でも魔術師って言ったケド、格闘術も割と得意だし、結構万能な子よ。実力で言えば、側近の中で3位以内じゃないかしら。
     ま、ちょっと前に……」
     言いかけて、ドールは言葉を切る。
    「前に?」
    「……あー、うん、ま、色々あってね。基本、人間ギライだから、ヒノカミ君も重用してないのよ、あんまり」
    「そんな子が、何故側近に?」
    「……色々、よ。ま、一応声だけかけてみたらどうかな、って」

     ケーキを食べた後、ドールはそのノーラと言うエルフのところに案内してくれた。
     ちなみにノーラは砦の宿舎ではなく、市街地の外れに住んでいる。そのことだけでも、彼女が軍に溶け込んでいないと言うことが良く分かる。
    「こんにちはー、ノーラちゃん。ドールよ」
    「……」
     玄関前から呼びかけたドールに、わずかに応じる声が返ってきた。
    「……何の用ですか?」
     扉越しに、やや高めの女性の声が返ってきた。
    「ノーラちゃんに会いたいって人がいるのよ。ホラ、この前そ、……軍に入った、トモエ・ホウドウって子」
    「そうですか。……今、鍵を開けます」
     カチャ、と軽い音を立てて、扉が開く。
    「はじめまして、ホウドウさん」
     出てきたのはどこか暗い印象を与える、銀髪に銀目のエルフだった。

    蒼天剣・風評録 4

    2009.11.05.[Edit]
    晴奈の話、第414話。 ちっちゃい姐さん。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ミラ、バリー、ハインツ、ルドルフの4人と仲良くなった後も、さらに巴景は懐柔を続けた。 今度は兎獣人の魔術師、ドール・ホーランド大尉。何でもフーの、北方における最近の「お気に入り」だと言う。 会ってみた巴景は、内心「なるほど」と納得した。「アナタが最近ウワサのサムライさん? へー、……ふーん」 ドールは少女かと見紛うほ...

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    晴奈の話、第415話。
    ダークエルフ(心と性格が)。

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    5.
     ノーラの家に通された巴景は、家に入ったその一歩目から、ほのかに嫌な気配を感じていた。
    (何よこの、うっすらと感じる圧力は……? まるで家全体が、『帰れ』と言っているみたいな……)
     ドールが「人間ギライ」と言っていた通り、ノーラは巴景に対しても、ドールに対しても、ほとんど笑顔を見せない。見せたのは挨拶の時の会釈くらいだったし、それもわずかに口の端を歪ませた程度だった。
    「今、軍の目ぼしい人に挨拶回りしてるのよ、トモちゃん」
    「そうですか」
     ノーラは巴景と目を合わせようとしない。ずっと、自分が両手で抱えているカップに目を向けたままだ。
    「あ、自己紹介が遅れたわね。私はトモエ・ホウドウ、央南の剣士よ」
    「そうですか」
     巴景が自己紹介しても、ノーラは応じない。
    「あ、えーと、ノーラちゃん?」
    「何ですか?」
    「この子、軍に入ったばかりで知らないことばかりだから、アナタの名前も教えてあげてほしいんだけど」
    「……ああ、はい。
     私の名前はノーラ・ソリテナ・フラメル。階級は伍長です。雷の魔術を得意としてます」
     それだけ言って、ノーラはまたカップに視線を落とした。この態度に、巴景は内心かなりイライラとしていた。
    (何よ、この女? さっきからウザそうにして……)
     しかし、その感情を口には出さない。
    「よろしくね、ノーラさん」
     握手をしようと手を差し出したが、ノーラは応じない。
    「ねえ、ノーラちゃん。握手くらい、してあげてもいいんじゃない?」
     ドールに促され、ノーラはようやく手を挙げた。
    「ああ、はい。……よろしく」
    「……よろしくね、ノーラさん」

     トマスの時もそうだったが、相手に不躾な対応をされて、鷹揚に構えていられる巴景ではない。ノーラの家から軍舎に戻った後、巴景はドールに不満をぶつけていた。
    「何なの、アイツ? ずーっと人の顔も見ないで……」
    「まー、まー。……理由があんのよ、アレには」
    「理由?」
    「ええ。あの子には、ちょっと歳の離れた、父親違いのお兄さんがいたのよ。名前はリロイ。アタシたちと同じように、軍にいたの。アタシの、昔の恋人でもあったわ。
     すごく優秀な諜報員で、これまでに何度も難関、不可能とされてきた潜入作戦を成功させてきた英雄だったわ。ま、その優れた作戦遂行能力の代償として、昔の訓練で――ほんの、ちょこっと――精神を病んで、笑い顔しか作れなくなったんだけどね。
     それでも、兄妹の仲はすごく良かったわ。アタシもあの子のコトは気に入ってたし、妹みたいに思ってた。……ま、リロイとは2年くらいで別れちゃったんだけどね。アイツ、浮気性だったし。
     ともかく、リロイとノーラ、それとアタシは仲良くしてた。……515年の、あの事件までは」
    「あの、事件?」
     巴景の問いに、ドールは一枚の紙を差し出して答えた。
    「リロイはその年、中央大陸のとある場所から一振りの剣を盗み出した。その剣はあの『黒い悪魔』タイカ・カツミを倒せると言う魔剣、『バニッシャー』。
     長年カツミを倒そうと目論んでいた軍はリロイの働きを称賛し、大喜び。……で、そのままカツミを倒そうとしたのよ。
     でも冷静に考えれば、無茶もいいところ。武器があっても、それに見合うよーな人材はまだ、軍にはいなかったのよ――ま、今ならヒノカミ君がいるけどね――そのまんま戦いになれば、十中八九カツミの怒りを買って、北方が焼き払われておしまい。それを軍の頭脳だったナイジェル博士も、その弟子のリロイも分かっていたのよ。
     だから、盗んだ。自分が盗んできた剣を、もう一度、自分の軍から。博士と、そしてリロイは、この国を離れたわ。……自分の妹であるノーラと、教え子であるヒノカミ君を残してね」
    「……?」
     巴景は話の途中から、首をかしげていた。
    「ねえ、ドール? 弟子がいるって言ったけど、ナイジェル博士って、まだ20代じゃないの? それに今、牢につながれてるわよね?」
    「あ、ソッチじゃないわ。そのおじいさんの、エドムント・ナイジェル博士。今牢にいるのは、孫の方のトマス・ナイジェル博士ね」
    「ああ……」
    「アンタ、トマス君も知ってんのね。ドコから聞いたの?」
     巴景はトマスと会うのを手引きしてくれたミラのことを考え、ぼかして説明した。
    「ああ、風のうわさで聞いたのよ。そう言う人がいるって」
    「ふーん……。ま、それが元で、ヒノカミ君は軍から一時期冷遇されたし、ノーラへの風当たりもきつかったわ。ヒノカミ君が出世して護ってやらなきゃ、ノーラは多分、今でも迫害されてるでしょうね」
    「それで、あんな風に引きこもっちゃってるのね」
    「そう言うコト。まあ、あのまんま閉じこもらせても、また何やかや言われるかも知れないから、人手がほしい時には、ヒノカミ君から呼び出されてるわ」
    「なるほど、ね」
     話を聞きながら、巴景はこの、ノーラと言うエルフは懐柔しないことを決めていた。
    (軍から半ば切り離されてるような奴を抱きこんでも、無意味ね)

    蒼天剣・風評録 5

    2009.11.06.[Edit]
    晴奈の話、第415話。 ダークエルフ(心と性格が)。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ノーラの家に通された巴景は、家に入ったその一歩目から、ほのかに嫌な気配を感じていた。(何よこの、うっすらと感じる圧力は……? まるで家全体が、『帰れ』と言っているみたいな……) ドールが「人間ギライ」と言っていた通り、ノーラは巴景に対しても、ドールに対しても、ほとんど笑顔を見せない。見せたのは挨拶の時の会釈く...

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    晴奈の話、第416話。
    軍閥の密かな亀裂。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ノーラの他にももう一人、巴景が懐柔をしなかった人物がいた。いや、しなかったと言うより、したくなかったのである。
    「まったくヒノカミ中佐も困ったもんだよ。なぁ、トモちゃん」
    「ええ、そうね」
     それは7人目の側近、スミス・エストン軍曹である。
     彼の場合、向こうから話しかけてきたのだが、会って5分で、巴景はこの男のことが嫌いになった。
    「あの人のせいで俺たちの評判も悪いしさー、あのケバい兎もそれに拍車かけるし」
     話の半分が、目上の人間や業績を上げる同僚に対する愚痴なのである。
    「ま、俺なんかが言えた義理じゃないしさ、そこら辺は謙虚にしとかないと、目ぇ付けられるしな。そこら辺は頭使わないとさ、頭を」
     そして己を卑下し、それが美徳であるかのように、また、美徳だと思わせたいように自慢するのが残り半分である。
    (あー……、ウザい)
     巴景は半ばうんざりしながら話を聞いており、頃合を見て席を立とうと考えていた。
    「じゃないとさ、トマスみたいなことになるんだよ」
    「え?」
     が、話が気になっていた件に触れたので、巴景はもう少し話を聞いてみることにした。
    「トマスって、ナイジェル博士のことかしら」
    「そうそう、そのトマス。あいつ、俺の親戚なんだ。
     ま、博士なんて言ってもさ、絶対頭でっかちで知識しかないんだよ。頭の良さって言うので言えば、良くないんだよ、絶対」
    (ナイジェル博士の頭が悪い? フン、どっちが愚かかしらね。自分以外は案山子か何かだとでも思ってるのかしらね、このお馬鹿さんは)
     巴景はスミスの発言を内心、鼻で笑いながら、話に耳を傾けた。

     スミスの話は過分に過小評価、誇張、中傷、罵倒が多く、良識ある者には眉をひそめるような発言ばかりなので、ここではそれらの余分な情報を排除し、要約することにする。
     トマス・ナイジェル博士は祖父、エド博士が北方から亡命した後その跡を継いで、軍の戦略研究の最高責任者、及び軍事行動決定の最高顧問となった。かつて「エド博士をそのまま若くしたような人物」と評された通り、トマスは十二分にその職務を全うしていた。
     だが、フーが台頭し始めた辺りから、彼との間で確執が生じていた。周りにチヤホヤされ、有頂天になって独断専横を繰り返すフーと、綿密な配慮と計算の上で軍事行動を計画したいと考えるトマスの間で度々、意見の衝突があったのだ。
     それをフーも、フーの参謀であるアランも疎ましく思ったのだろう。昨年の半ばに、ウインドフォートを訪ねたトマスを無理矢理に拘束し、投獄してしまったのだ。
     もちろん、これは軍本部の意向を無視した独断行動であり、発覚すれば即刻、日上軍閥は解体され、フーをはじめとする軍閥の主要人物は軒並み罰せられる。
     だから軍本部には「トマス博士はウインドフォートに来ていない。途中で蒸発してしまったのではないか」と報告し、トマスを監禁していることを隠しているのだ。

    「いまだに本部の奴らも気付いてないみたいだし、トマスはもうおしまいだよ。あのまま死ぬんじゃないか?」
    「……」
     そこまで聞いたところで、巴景は席を立った。



     巴景は自分の部屋に戻り、椅子に腰掛ける。
    (この軍閥には大きな弱点があるわ。それは『あまりにもブレーンが強引過ぎる』と言うこと。
     フーの、……いいえ、アランの思惑と方針に、側近全員が引きずられている。そう、軍閥宗主のフーも、恐らくは言いなりになっている。
     でも、納得はしていないはずよ。『自分には自分の考え、やり方がある。指図するな』と、誰もが思っているわ。
     特に、周りからもてはやされたフーは、その思いが特に強いでしょうね。早晩、アランのことを疎ましく感じるわ。いいえ、もう既に疎ましく思っているかも知れない。20歳そこそこでこれだけの大組織のトップに立っているのだから、自尊心もそれなりのはず。
     そんな彼が一々指図を受けていて、疎ましく思わないわけがないわ。機会に恵まれれば必ず、アランを排斥しようとするでしょうね。
     ……そしてそれが、私にとってもチャンスになる)
     巴景は仮面を外し、ニヤリと笑った。

    蒼天剣・風評録 終

    蒼天剣・風評録 6

    2009.11.07.[Edit]
    晴奈の話、第416話。 軍閥の密かな亀裂。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ノーラの他にももう一人、巴景が懐柔をしなかった人物がいた。いや、しなかったと言うより、したくなかったのである。「まったくヒノカミ中佐も困ったもんだよ。なぁ、トモちゃん」「ええ、そうね」 それは7人目の側近、スミス・エストン軍曹である。 彼の場合、向こうから話しかけてきたのだが、会って5分で、巴景はこの男のことが嫌い...

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    晴奈の話、第417話。
    演習中の騒動。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     北方と、中央政府との戦争が再開されるのは、双月暦520年の4月下旬と予想されている。その辺りになれば海上の氷も溶け、巨大な軍艦も航行可能になるからだ。
     そこで日上軍閥は、戦争再開の予定日を4月20日と定めた。この日を目処として、砦の各所で軍事物資の調達と補充、訓練内容の強化、進攻計画の検討などが入念に行われていた。

     それだけ砦内は緊張が高まっており、いつもは何と言うことのない、特に問われるようなこともないような物事が、この時だけは並々ならぬ警戒と処罰を受けていた。
     そう、この一件――スミス・エストン軍曹の強制除隊も、その影響を少なからず受けていたのだ。



     そのきっかけは、軍閥内の剣士を集めた合同演習からだった。
    「1! 2! 1! 2!」
     上官の号令に従い、剣士たち全員が素振りをしている。それ自体は何と言うこともない、きわめて通常の訓練だった。
     が、その最中。
    「1! 2! い、……ッ!?」
     ある剣士が剣を振り下ろした直後、突然こめかみを抑え、倒れ込んだ。
    「お、おい!?」
     周りの剣士たちが慌てて、倒れた者に近付く。
    「大丈夫か!?」
    「う、うう……」
     彼の足元には爪先ほどの小石が転がっており、血もにじんでいる。明らかに彼は、これを頭に投げつけられのだ。
    「どうした!?」
     号令していた上官が駆けつけ、その石を拾い上げて頭上に掲げ、周りに怒鳴る。
    「誰だッ! 演習の真っ最中、同僚に石を投げつけた卑怯者はッ!?」
    「……」「……」「……」
     上官が周りの剣士たちをにらみつけるが、誰も首を横に振るばかりである。
    「正直に言え! 誰がやった!? お前か!? それともお前かッ!」
    「いえ……」「違います」
     次々怒鳴りつけられるが、依然誰も名乗り出ない。
     業を煮やしたらしく、上官は更に声を荒げた。
    「では聞き方を変える! 誰か、この石が飛んできたのを見た者は!?」
    「よ、横、から……」
     倒れていた者がフラフラと手を挙げ、左を指差す。
    「横?」
     その情報に、周囲にいた全員が左を向いた。
    「お前か?」
     最も遠巻きに見ていた剣士――スミスに、全員の目が向けられた。
    「はぁ!? お、俺じゃないですよ! 何で俺なんですか!?」
    「正直に言えば、まだ厳罰には処さん」
    「違いますって!」
     スミスは怒りに満ちた目で、上官に食ってかかる。
    「意識がもうろうとしてるような奴の言葉を信じて、たまたま横にいた俺が犯人ですか! そりゃないでしょう、無茶苦茶もいいところだ!」
    「貴様は日頃から、態度が良くない。側近に選ばれたとは言え、素行には大いに問題が……」「ざけんな、目玉!」「……何だとぉ?」
     スミスの侮辱に、上官の大きな目がぎょろ、といらだたしげに動いた。

     ここまで行くと、もはやスミスが「本当に犯人なのか」は問題ではなくなってしまう。そこにいるのは、「限りなく悪者に見えるスミス」である。
     なお、彼はこの直後怒り狂った上官によって鉄拳制裁を受け、彼が犯人なのかどうかは結局、うやむやになった。



     傭兵の身分である巴景は、この演習への参加を強制されてはいないし、かと言って側近であるから、見学を断られるような立場でもない。
     だから演習場の外にいても、何ら不審に思われることはない。
    「……ふふ」
     演習場の端で、巴景はわずかに口の端を緩めながら、その騒動を遠目に見ていた。その足元には、小さな石がいくつか転がっている。
    「まずは上々、と言ったところかしら」
     足元の小石を器用に蹴り上げ、己の掌に載せる。
    「誰も気付かないものね――演習と言う『枠の中』でしか騒いでいないのだから、当然かも知れないけれど」
     巴景はポン、と小石を放り投げる。
     女性にしては、いや、人間にしては見事すぎる飛距離を出し、小石は遠くへ飛んでいった。

    蒼天剣・風紀録 1

    2009.11.09.[Edit]
    晴奈の話、第417話。 演習中の騒動。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 北方と、中央政府との戦争が再開されるのは、双月暦520年の4月下旬と予想されている。その辺りになれば海上の氷も溶け、巨大な軍艦も航行可能になるからだ。 そこで日上軍閥は、戦争再開の予定日を4月20日と定めた。この日を目処として、砦の各所で軍事物資の調達と補充、訓練内容の強化、進攻計画の検討などが入念に行われていた。 そ...

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    晴奈の話、第418話。
    スミスいじめ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     スミスを巡る事件は、その後も続発した。



    「あづっ、あぢゃちゃちゃちゃ!」
     スミスが前を通り過ぎてまもなく、熱いスープの入った皿がひっくり返り、兵士の顔にかかる。

    「それでさ、賭けに負けて、……うおぁ!?」
     談笑しながら砦の外を歩いていると、花瓶が目の前を落ちてくる。上を向いたところ、3階の窓際にスミスの顔がある。

    「おかしいなー……」
     兵士の財布が消え、同僚たちが共に探す。
    「おい、あっちに落ちてたぜ」
     同僚が見つけてくれた。
    「でもさ、これ拾うちょっと前に、スミスの野郎がいたんだ」
    「……そうか」
     あったはずの中身は、銀貨一枚も残っていなかった。



     確実に、スミスが犯人だと言えるものは一件もない。しかし、状況的には非常に怪しい。そんな事件が頻発し、スミスの評判は極めて悪くなった。

     と言うよりも元々、彼の評判はそれほど良くなかった。
     軍曹と言う低い階級で、バリーやルドルフのように上官のサポート扱いでもなく、フーの正式な側近になれたのは、彼の剣術がそこそこ優れており、また、北方の名門ナイジェル家の遠縁であると言うのが理由である。
     が、人柄・人格の面では「他人をけなす」「己の自慢ばかりする」「上官に対して反抗的な態度が多い」と、あまり評価できる人物ではなかった。さらに彼が側近になったことで、不快感を抱いた者も少なくない。
     そこに、これらの事件である。彼の評判は、一気に下落した。



    「フー。エストン軍曹のことだが」
     軍閥内でスミスに対する不満、不信が高まった頃になって、アランが動き出した。
    「スミスのこと?」
    「最近の軍曹の素行について、大いに問題視すべき点が多々ある。それにより、軍閥内の士気も徐々に低下しつつある」
    「ああ、まあ、確かにな。どうしたもんかな」
    「私の意見を率直に述べれば、即刻除隊すべきだ」
    「除隊だと?」
     それを聞いて、フーは顔をしかめた。
    「そりゃ、やり過ぎじゃないか? いくらあいつに悪い噂が立ってるからって、軍から追い出すほどじゃないだろ? せめて側近からの解任くらいで、いいんじゃないか?」
    「いや、現況を鑑みれば、除隊しかあるまい」
    「普段から冷静だとは思うけどさ、もうちょい冷静になれよ、アラン。
     評判が悪いっつったって、それは前の俺と同じだろ? 俺も上から勝手な奴とか反抗的なクズとか言われてたけどよ、ちゃんとやることやってんだからさ。
     あいつもそれなりに、軍の役には立ってるはずだ。違うか?」
    「いいや、フー」
     アランは抑揚のない声で、淡々と反論する。
    「剣の腕や名家との縁を考え、軍曹と言う階級ながら特別職たる側近に格上げした。
     しかし実際、央南での作戦では重傷を負うと言う体たらくを見せ、また、ナイジェル家の現宗主たるトマス・ナイジェル博士を監禁している今、その縁を手繰ることは不可能と言っていい。彼が今後、我々の組織に寄与できる可能性は無いのだ。
     それに加えて、この騒動だ。最早彼は我々にとって、不利益しかもたらさない。側近から解任するだけでは、足りないのだ」
    「そうは言うけどよ、アラン」
     依然、スミスの除隊を容認できないフーに対し、アランはなお、己の案を強く推す。
    「ともかく、最善の策は除隊しかあるまい。私の案以上に理想的な解決策があるのならば、それを採用するが」
    「……いや、でも、……」
    「早急に判断しろ、フー。中央との再戦は、刻一刻と迫っているのだ。今ここで軍閥内の風紀が乱れては、満足に戦うことなどできない」
     フーは頭を抱え、低くうなる。
    「……くそっ」
     フーは逡巡した末に舌打ちし、アランの意見を呑んだ。
    「分かったよ……。
     本日を以って、スミス・エストン軍曹は素行不良及び軍紀撹乱(ぐんきこうらん――軍の風紀を大きく乱すこと)のため、ジーン王国軍ウインドフォート基地より除隊する」



    「……なん、です、って?」
     フーからの辞令を聞き、スミスは顔を真っ青にした。
    「うそ、でしょう?」
    「……いや、嘘や冗談ではない。正式に、辞令が下ったのだ」
     辞令を伝えたハインツは、複雑な表情でスミスを見つめている。
    「その、なんだ、うむ。気を落とすな」
    「……」
     スミスの目がうつろになり、体がブルブルと震え出す。
     その異状を見て、ハインツは一歩退き、剣に手をかけた。
    「待て、落ち着け、スミス」
    「……ふざけんなぁッ!」
     スミスはハインツを突き飛ばし、砦の最上階――フーとアランのいる部屋まで走り出した。
    「待て! 止まれ、スミス!」
     後ろからハインツが追いかけるが、普段から重装備を身に付けている彼では、怒り心頭に発したスミスには到底追いつけない。
     ハインツは大声を上げて、周りの者に助けを求めた。
    「エストン軍曹が乱心した! 誰か、誰かあいつを止めろーッ!」
     その声に応え、砦中の兵士がスミスを追いかけ、立ちはだかる。
    「邪魔するなッ!」
     だが、並の兵士ではスミスの相手にならない。次々と、スミスの振り回す剣に薙ぎ倒されていく。
    「ふざ……けるな……ッ、ふざけるなーッ!」
     スミスは怒りに身を任せ、階段を駆け上がっていった。

    蒼天剣・風紀録 2

    2009.11.10.[Edit]
    晴奈の話、第418話。 スミスいじめ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. スミスを巡る事件は、その後も続発した。「あづっ、あぢゃちゃちゃちゃ!」 スミスが前を通り過ぎてまもなく、熱いスープの入った皿がひっくり返り、兵士の顔にかかる。「それでさ、賭けに負けて、……うおぁ!?」 談笑しながら砦の外を歩いていると、花瓶が目の前を落ちてくる。上を向いたところ、3階の窓際にスミスの顔がある。「おかしいな...

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    晴奈の話、第419話。
    怒りに怒りで火を注ぐ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     砦の最上階、フーの私室。
    「そう言うわけだからさ、ノーラ。協力してほしいんだ」
    「……」
     フーはノーラを呼び、スミスの代打を頼んでいた。
     当初、中央との海戦に同行させる側近は参謀のアラン、遠隔攻撃担当にドール、そして白兵戦担当にスミスの、計3名としていた。しかしスミスを除隊せざるを得なくなったため、急遽ノーラを入れることにしたのである。
     だが、ノーラはまったく乗り気ではない。
    「なぜ私なんですか?」
    「いや、まあ、お前じゃなきゃってわけじゃないんだけどさ」
    「じゃあ、他の人にしてください。私は行きたくありません」
    「そう言うなって。たまにゃ戦線に出ておかないと、ほら、何言われるか分かんないだろ?」
    「……もう、どうでもいいんです。もう兄が犯罪を犯してから、5年も経ちますし。いい加減みんな、私なんかのことは忘れてしまってるでしょうし」
     固辞するノーラに、フーは頭を抱える。
    「そうつっけんどんにしないでくれよ、ノーラ。俺だってさ、あんまりお前を戦争に出したくないんだって。元々、軍人向きな性格してないしさ。
     だけどお前、最近ずっと引きこもってるって言うし、たまには外に出なきゃ、頭がどうにかなっちまうぜ」
    「こうしてここにいるんですから、引きこもりじゃありません。余計な心配しないでください」
     ノーラは非常に嫌そうな顔をして、椅子から立ち上がった。
    「お話は以上ですよね。失礼します」
    「あ、待てって……」
     フーが引き止めようとした、その時だった。

     部屋の扉が乱暴に開けられ、スミスが剣を片手に押し入ってきた。
    「中佐ッ! どう言うことですか、俺が除隊って!」
    「スミス……」
     フーはノーラの前に立ち、スミスと対峙する。
    「剣を収めろ、スミス。話をしに来たんだろ?」
    「説明してください、なぜ俺が軍から追放されなきゃいけないんですか!?」
    「収めろと言ってるだろう? それとも何か、俺を斬るつもりか?」
     フーがなだめようとするが、怒りで我を忘れているスミスは応じようとしない。
    「答えろ、中佐ッ!」
    「だから、話をするのか戦うのか、どっちかって聞いてんだよ、俺は」
    「……」
     二人のやり取りを、ノーラは困った顔で眺めていた。
     と、スミスがフーの背後にいたノーラに気付く。
    「……そうか、そうですか」
    「あ?」
    「そうだったんですね、中佐。そいつを入れるために、俺に難癖付けて除隊させようって」
    「何言ってんだ、お前?」
    「この女たらしめ! お前のくだらない欲情で、俺の人生を潰そうとするんじゃねえッ!」
     スミスの怒りはさらに膨れ上がり、剣を振り上げてフーに襲い掛かった。
    「この、馬鹿がッ!」
     だが、軍のエースであるフーが、格下の攻撃を素直に食らうわけがない。紙一重でかわし、顔面を殴りつけた。
    「ぐべッ!」
     スミスは前歯を一本飛ばしながら転倒し、ゴロゴロとじゅうたんの上を転がり、壁際にぶつかった。
    「おい、そいつを砦から放り出せ!」
     フーはようやく私室に入ってきたハインツ他数名に命じ、スミスを追い出そうとした。
     ところが、兵士が倒れたスミスに近付いた途端――。
    「……ざけんな、ざけんなあああッ!」
    「ひっ……!?」
     兵士の頭をつかんで引きずり倒し、スミスはその兵士の剣を抜き取って再度襲い掛かる。
    「そこの売女もだ! まとめて切り捨ててやるッ!」
    「ば、いた……っ!?」
    「てめえ……!」
     フーも剣を抜き、スミスをにらみつける。
    「正気じゃねえな、この大馬鹿」
    「どっちが狂ってるんだ! 罪人の妹を囲って俺を追い出すなんて、この色狂いめッ!」
     スミスはフーをにらみつけ、罵詈雑言を撒き散らす。

     だが、その言葉に冷静さを失ったのは、フーではなかった。
    「……ッ!」
     ベキ、と言う鈍い音がスミスのあごから発せられた。
    「ご、ぉあ、っ」
    「誰が……、誰がッ!」
     倒れたスミスを、ノーラが馬乗りになって殴りつける。
    「誰が、誰が『売女』よ! 誰が『罪人の妹』よッ! ふざけんじゃないわよッ!」
    「お、おい、ノーラ」
     フーが唖然としつつ止めようとするが、ノーラはなおも殴り続ける。
    「私は、私は罪人じゃない! 何も罪なんか犯してない! なのに何よ、あんたたち! そんなに、誰かに罪を着せて嬲るのが面白いの!? 楽しいの!?」
    「がっ、げ、うぐっ」
     何度も殴られ、スミスの顔は紫色に変色し、腫れ上がっている。
    「いい加減にしてよ! もういい加減、私を犯罪者と呼ばないでよ! 私は無実なのよ! 何もしてないのよーッ!」
    「もうよせ、ノーラ!」
     ここでようやく、フーがノーラを羽交い絞めにしてスミスから引き離した。
    「離して、離してよ! まだ、気が済まないのよ!」
    「やめろ、ノーラ! こいつ一人に怒鳴って、何が変わるってんだ!」
    「……っ」
     ノーラはバタバタともがいていたが、やがて静かになった。
    「ともかく、そこの馬鹿は放り出せ。……俺はもう一度、ノーラと話をするから」
    「……了解です」
     呆気にとられていたハインツは思い出したように敬礼し、気絶したスミスを引きずって部屋を出て行った。

    蒼天剣・風紀録 3

    2009.11.11.[Edit]
    晴奈の話、第419話。 怒りに怒りで火を注ぐ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 砦の最上階、フーの私室。「そう言うわけだからさ、ノーラ。協力してほしいんだ」「……」 フーはノーラを呼び、スミスの代打を頼んでいた。 当初、中央との海戦に同行させる側近は参謀のアラン、遠隔攻撃担当にドール、そして白兵戦担当にスミスの、計3名としていた。しかしスミスを除隊せざるを得なくなったため、急遽ノーラを入れる...

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    晴奈の話、第420話。
    巴景の策略。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ようやく落ち着いたノーラを椅子に座らせ、フーは先程の要請をもう一度伝えた。
    「……ノーラ。お前が本当に悔しい思いをしてるってのは、俺も良く分かってる、……つもりだった。
     でもそれ以上だった。あそこまでボコボコにするなんてな」
    「……」
     ノーラはうつむいたまま、応えない。
    「でもさ、ノーラ。お前はそれだけ悔しいって感じてて、何で行動しない?」
    「……」
    「このまんま何もしなかったら、10年経っても20年経っても、いつまでも陰口叩かれるぞ。そんなの嫌だろ?」
    「……」
     ノーラはわずかに頭を下げ、うなずく。
    「だったらさ、行動してみろよ。……いい機会だと思うぜ、今度の海戦は」
    「……そう、ですね」
     ノーラは顔を上げ、フーの要請を受けた。
    「行きます、私。本当に悔しかったから、……見返してやりたい」
    「……おう。よろしく頼むぜ、ノーラ・フラメル伍長」

     ノーラが部屋を出た後、フーはテーブルに足を乗せてため息をついた。
    「ふー……。実は滅茶苦茶激しいんだな、ノーラは。
     あの人の妹さんだってこと、一瞬忘れちまうよ。あの人、いっつもニコニコ笑ってたしなぁ」



     一連の騒動をミラから伝え聞いた巴景は、「へぇ……」と驚いた声を上げた。
    「ホント、大変だったみたいですよぉ。ケガ人も、何人か出ちゃったそうですしぃ」
    「最後までお騒がせだったのね、彼」
     茶をすすりながら、巴景はしみじみとそう言ってみせた。
     が――内心は非常に喜んでいた。
    (計画通りね……。これで後々の手が打てるわ)
     巴景の考えた「アラン下ろし」の計画はこうだった。
     まず、誰かを貶めることで、アランを刺激する。再戦が迫っている現在、軍の風紀を乱す者がいれば排除するのが普通である。しかし、ただの兵士を除隊するだけでは、街のうわさにも上らない。側近クラスの重要人物が排除されることが、何より重要だったのだ。
     そこで標的に挙げられたのが、スミスである。彼は元から素行が悪かったため、貶めるのには好都合だった。巴景はスミスの周りにそれとなく近付き、彼が犯人だと思われるような行動を繰り返した。
     例えば彼が合同演習に参加している時に石を飛ばし、彼が投げたように思わせた。
     彼が食堂を歩いている時には、スープを飲んでいる者の前を通りかかった瞬間に氷を投げ、皿をひっくり返した。彼が3階の窓から顔を出して外を眺めている時、2階から花瓶を落とした。兵士の財布を盗み、金を抜き取った上で、彼の側に投げ捨てた。
     こう言った小さな悪事を繰り返し、次第にスミスの印象を悪くしていったのだ。
    (そして、今日の辞令。アランがそう指示したか、決定に関与したのは確か。
     ここで、次に打つ手は……)



     ウインドフォート砦から追い出されて以降、スミスは街の酒場で飲んだくれていた。
    「くそっ……、何で俺が……」
     毎日入り浸り、既に店の者からは無視されている。初めは同情してくれていた客たちも、近付くと管を巻かれるため、遠巻きに眺めている。
     そんな中で、帽子をかぶった女がそっと、彼の横に座る。
    「すみません、モルト酒をストレートで」
     その女の声が耳に入り、スミスはカウンターから頭を上げた。
    「……ん……」
     スミスは自分の横に座った女の顔を覗き込もうとしたが、帽子を深くかぶっているため、顔立ちは良く分からない。
    (だけど、……この声、どこかで聞いたような……?)
     酔いが回った頭を動かそうとした矢先、女の方から声をかけてくる。
    「あなた、スミス・エストン元軍曹よね?」
    「……だったら何だよ」
    「少し、話があるの」
    「……あ?」
     スミスは顔を上げ、座り直した。
    「あなたの除隊、実は裏があるのよ」
    「あんた、誰なんだ?」
    「……少し前まで、あの砦に出入りしていた者よ。日上閣下のところに」
    「……帰れ」
     スミスは顔をしかめ、女に背を向けた。
    「奴の枕になんか興味ねえよ」
    「そう言わないで……。私、知っているの。アラン・グレイが、今回の件に関わっていることを」
    「そりゃ関わってるだろうさ。あいつは、参謀だからな」
    「そう、あなたを追い出すのが、彼の策略だったのよ」
    「……策略だと?」
     スミスはもう一度、女に顔を向けた。

    蒼天剣・風紀録 4

    2009.11.12.[Edit]
    晴奈の話、第420話。 巴景の策略。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ようやく落ち着いたノーラを椅子に座らせ、フーは先程の要請をもう一度伝えた。「……ノーラ。お前が本当に悔しい思いをしてるってのは、俺も良く分かってる、……つもりだった。 でもそれ以上だった。あそこまでボコボコにするなんてな」「……」 ノーラはうつむいたまま、応えない。「でもさ、ノーラ。お前はそれだけ悔しいって感じてて、何で行動し...

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    晴奈の話、第421話。
    噂が真実を駆逐する。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     女はスミスに近寄り、詳しく話し始めた。
    「評判の悪いあなたをまず除隊し、その次は軍へあまり顔を出さない、フラメル伍長を。
     軍への寄与度が低いと思われているあなたたち二人を除隊することで、本来の目的をぼかそうとしているのよ」
    「本来の目的? 何だそりゃ」
     きな臭い話を聞かされ、スミスの酔いが段々と醒めていく。
    「現体制の一新、……と言うか、粛清よ。
     あなたも数日前まで側近だったから、分かるでしょう? 今の側近たちは、一癖も二癖もある人ばかり。上の人間としては、使い辛いのよ」
    「確かに、まあ、言われてみれば……」
    「でしょう? だから、もっと使いやすい人間と入れ替えるために、そして、入れ替えた後で反抗させないように、現行の側近を全員、見せしめとして除隊するつもりなのよ」
    「……バカ言うなよ、いくらなんでも有り得ないだろ。そんなことしたら、再戦の前に軍閥が分解しちまう」
    「あら、そう思うの? それじゃ、確認してきたら?」
    「何?」
     女は運ばれてきたモルト酒を一息に飲み干し、その息をスミスに吹きかけた。
    「フラメル伍長のところよ。もう打診なり何なり、されてるはずよ」
    「……」
     女の言葉に半信半疑ながらも、スミスはカウンターを離れた。

     スミスは恐る恐る、ノーラの家の玄関をノックする。
    「フラメル、いるか?」
    「……誰ですか?」
     ノーラの声がしたので、スミスは玄関越しに尋ねてみた。
    「お前が除隊されると聞いたんだけど、本当か?」
    「……誰です?」
    「本当なのか?」
    「誰か、って聞いてるんですけど」
     そのまま、両者とも沈黙する。
    「……俺だよ、スミスだ」
    「帰ってください。話すことなんか何もありません」
    「なあ、教えてくれよ」
    「帰って!」
     ノーラの声が険を帯びてくる。前回滅多打ちされたこともあり、スミスはそれ以上尋ねることができなかった。

     スミスは酒場に戻り、先程の女にノーラの様子を伝えた。
    「……そう。やっぱりね」
    「やっぱり? どう言う意味だ?」
    「閣下から辞令を出されて、混乱してるんじゃない? 閣下の庇護がなければ、あの子はまた非難を受けるだろうから」
    「……そう、かな」
     スミスはフーの私室でノーラに殴られたことと、彼女が叫んでいた言葉を思い出す。
    ――私は無実なのよ! 何もしてないのよーッ!――
    「……そうだな。今でも、それを恐れてる感じはあった。……とすると、本当なのかな」
    「きっとそうよ。そしてこれから、グレイ参謀の策略が本格的に……」「それ、本当?」
     いつの間にか、酒場の客が聞き耳を寄せている。
    「さっき、ちょっと話を聞いてたんだけど。グレイ参謀が側近を全員粛清って、本当に?」
    「可能性は高いわ。現にこうして、軍曹が除隊されたわけだし」
    「うんうん、確かにねー」
    「除隊……。それだけで納まるかしらね?」
     女の言葉に、スミスを含めた周りの者は全員硬直する。
    「え……?」
    「粛清、と言ったでしょう? もしかしたら参謀は、あなたが後々反乱しないように、何らかの対策を講じるかも知れないわ」
    「対策って、まさか……」
    「ええ、恐らくは」
     それだけ言って、女は席を立った。
    「……みなさん。私が、こんなことを言ったなんて、誰にも言わないでくださいね」



     女にそう口止めされたが、元々うわさ好きの好事家たちが集まってできた街である。「これ、内緒だからね」を枕詞に、うわさは瞬く間に広がっていった。
     そのうわさに辟易したのは、他ならぬアランである。
    「グレイ参謀、本当なのか?」
    「そんなわけがないだろう。今、この状況で再編などしている余裕はない」
    「……今はぁ、余裕がないんですかぁ?」
     アランに詰め寄っていた側近たちが、顔色を変える。
    「では余裕があれば、やると言うことなのか?」
    「そうは言っていない」
    「ちゃんと答えてくださいよ、参謀殿。俺たちゃ靴やかばんじゃないんですよ。そんな簡単に、取っかえ引っかえされちゃたまりませんよ」
    「だからその考えはないと、何度も言っているだろう。これだけ言っているのに、お前たちは理解できないのか?」
    「……」
     アランの言葉に、側近全員がしかめっ面になる。
     誰の顔にも、「アランは我々を見下している。やはり、粛清は本当なのかも知れない」と書いてあった。

    蒼天剣・風紀録 5

    2009.11.13.[Edit]
    晴奈の話、第421話。 噂が真実を駆逐する。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 女はスミスに近寄り、詳しく話し始めた。「評判の悪いあなたをまず除隊し、その次は軍へあまり顔を出さない、フラメル伍長を。 軍への寄与度が低いと思われているあなたたち二人を除隊することで、本来の目的をぼかそうとしているのよ」「本来の目的? 何だそりゃ」 きな臭い話を聞かされ、スミスの酔いが段々と醒めていく。「現体制の...

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    晴奈の話、第422話。
    アラン下ろし、完了。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     アランのうわさが広がって数日後、その疑惑を決定的なものにする事件が起こった。
    「殺されねえぞ……。殺されてたまるか……」
     女の話に怯えきったスミスは今日も酒場で痛飲し、ヨロヨロとした足取りで家路を急いでいた。
    「来るなら来いよ……。返り討ちにしてやる……」
     腰に佩いた剣をさすりながら、スミスは夜の通りを歩いていく。
     と、彼の前方数メートルのところに、人影がある。その人物が発する殺気を、スミスは感じ取った。
    「……来たな、刺客め!」
    「……」
     夜空には雲が分厚く広がり、相手の姿は良く見えない。
     だが既に抜刀しており、明らかにスミスを殺そうとしているのが分かった。
    「来い! 返り討ちに……」
     怒鳴りかけたところで、彼の言葉は唐突に切れる。
    「……ごぼ、ぼっ」
     代わりに口から出たのは、大量の血だった。
     スミスの脚から、急速に力が抜けていく。そして、体中に寒気が押し寄せてくる。
    「……な……んだ……と……」
     スミスが倒れる直前、分厚い雲がすっと切れた。
     彼の目の前に、まるでスポットライトのように敵の顔が――いや、仮面が照らし出される。
     そこにいたのは、巴景だった。
    「これでほぼ、完了ね」
     その声は、どこかで聞いたことがあった。
    「……そう……か……全部……お前の……」
     その声は、酒場で出会ったあの女の声だった。



     スミスが殺されたことで、街を流れるうわさはより過激になった。
    「ねえ、エストン軍曹の話、聞いた?」
    「うんうん、聞いたよ聞いたよー」
    「路上で斬り殺されてたんだってねぇ」
    「おぉ、こわいこわい」
    「やっぱりさ、グレイ参謀の粛清って本当なのかなぁ」
    「本当でしょうね。あの女性が言っていた通りになっちゃったわけですから」
    「それじゃ今、側近のみんなは戦々恐々としてるんでしょうねぇ」
    「うんうん、絶対してるよー」

    「……アラン。お前が悪くないのは、分かってる。でもな、何とかしなきゃまずいぞ、この流れは」
     うわさはもちろん、フーの耳にも入っていた。
    「そうだな。このまま評判が下がれば、軍閥の維持も危うい」
    「ああ、今度はお前が進退を考えなきゃな」
    「……何だト? 私の、進退ヲ?」
     アランの声が、異様に甲高くなる。
    「お前は自分で言ったよな、スミスを除隊する時に『スミスは軍閥内の風紀を乱し、士気を下げている。即刻除隊、それ以上の策は無い』って。
     今のお前が、まさにその状況だろ?」
    「何ヲ、……何を言うか、フー」
     アランの声が元に戻るが、それでも動揺は隠し切れない。
    「私が貢献していないとでも言うのか?」
    「いいや、貢献してくれたさ。武器も防具も、情報を持ってきてくれた。何より、俺にすげー力をくれたんだ。お前には感謝してるさ」
    「ならば……」「でも、だ」
     フーは複雑な表情で、アランを見つめる。
    「今のこの状況を、どうやって改善する? 何かいい方法があるのか?」
    「……検討する」
     アランはフーに背を向け、部屋を出て行った。

     巴景の策は、見事に功を奏した。
     側近と参謀の間に深い溝を作り、そして今、トップとの間にも亀裂が生じようとしていた。
    (これでいい……。これで、完璧。もう私を脅かす人間はいない。後は隙を見て、いくらでも人を動かせるわ)
     アランへの不信感が募った今、彼の言葉を心から信用する者はいない。巴景の存在を危険視していたアランが彼女を排除しようと企んでも、フーや側近がその動きを阻むのは確実である。
     さらに参謀の信用が失われた今、フーが彼の策を採用することは考えにくい。そうなれば、側近の声が重要視されるのは明らかである。
     周囲の信頼を手に入れ、発言力も高まった巴景がこの先台頭していくことは、非常に容易になっていた。

    蒼天剣・風紀録 終

    蒼天剣・風紀録 6

    2009.11.14.[Edit]
    晴奈の話、第422話。 アラン下ろし、完了。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. アランのうわさが広がって数日後、その疑惑を決定的なものにする事件が起こった。「殺されねえぞ……。殺されてたまるか……」 女の話に怯えきったスミスは今日も酒場で痛飲し、ヨロヨロとした足取りで家路を急いでいた。「来るなら来いよ……。返り討ちにしてやる……」 腰に佩いた剣をさすりながら、スミスは夜の通りを歩いていく。 と、彼の...

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    晴奈の話、第423話。
    戦争再開。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     何も起きまいとも、何が起きようとも、それでも時間は進む。
     アランへの不信感が募り、軍閥は大きく揺らいでいたが、それでもこの日はやってきた。
     双月暦520年4月20日。中央政府との再戦を開始する日である。



     砦での観測の通り、北海は氷が溶け、大きな軍艦も航行可能であると判断された。
    「本日より、中央政府軍との交戦を再開する! 各自、所定の艦に乗り、北海を西南西へ航行せよ!」
     フーの号令に従い、大勢の兵士が軍艦に乗り込む。
     今回出撃する軍艦は、3隻。そのうちフーと側近たちが乗り込むのは旗艦である「クラウス号」である。クラウス号は軍艦2隻を引き連れ、順調に外海へと進んでいく。
     その甲板に、巴景とドールが並んで立っていた。「アラン下ろし」の後、フーはさらに側近2名を海戦に参加させることを決め、それに銃士のルドルフと、巴景が選ばれたのだ。
    「とうとう出発ね。腕が鳴るわ、ふふ……」
     訪れてからわずか2ヶ月と言う短い時間で権謀術数の限りを尽くし、軍閥内での地位を確立した巴景は、そ知らぬ顔でドールと談笑している。
    「ええ、頑張りましょうね」
     ドールも気付いているのかいないのか、にっこりと笑って返している。
    「……にしても、なぜ側近を全員連れて来なかったのかしら?」
    「ま、アタシらがいない間の守りを、ってコトもあるけど……」
     ドールは一瞬周りに目を配り、巴景に向き直る。
    「連れて来なかったハインツ、バリー、それからミラなんだけど、最近ヒノカミ君はあんまり『お気に』じゃないらしいのよ」
    「お気に……?」
    「ハインツはアンタに負けちゃって落ち目気味だったし、バリーとミラは、のったりのったりしたしゃべり方が癇に障るみたい。悪いヤツらじゃないんだけどねぇ」
    「ふーん……」
     この時、また巴景の中で他人に対する優先順位が変更された。
    (じゃ、もうハインツに媚売る必要ないか。ミラたちも、もう縁切っちゃっていいわね)
    「……ふーん」
     巴景が思案していると、ドールが意地悪そうに微笑んできた。
    「何?」
    「切る気でしょ?」
    「……何をかしら?」
    「ううん、何でもない。あ、でもトモちゃん」
     ドールは妖しく笑い、巴景の仮面を触る。
    「な、何……」「隠してもダメよ。その下にあるもの、見える人には見えてるわ」
     そう言ってドールは仮面に指を立て、左目の穴の上から、右頬のところまですうっと線を引いた。
    「……!」
    「隠すより、紛らわせた方が分かりにくいものよ」
    「……参考に、させて、もらうわ」
     巴景はゴクリと唾を飲んだが、それもどうやらドールにはお見通しのようだった。

     と――。
    「……あら?」
     ドールが急に顔を上げた。
    「どうしたの?」
    「何だか、風が冷たいわ」
    「そうね、……と言っても、私には違いが良く分からないけれど」
    「まずいかも知れないわね。この季節の風にしては、妙に冷たすぎるわ」
     不安そうに空を仰ぐドールを見て、巴景も目を向ける。確かに春先の穏やかな雲ではなく、冬に良く見る鉛の塊のような雲が、水平線の端に見え隠れしていた。
    「もしかしたら、寒気が戻ってくるのかも。最悪、また海が凍りついてしまう可能性があるわ」
     ドールはひょこひょこと兎耳を揺らしながら、軍艦の中に入っていく。巴景もその後を追いかけた。
    「どこに行くの、ドール?」
    「ヒノカミ君のところ。航行計画の見直しが要るわ」
     巴景とドールはフーのいる中心部の船室へと急ぐ。と、良く見ればあちこちから人が集まり、巴景たちと同じ方向に歩いていく。
    「あなたたちも、気付いた?」
    「ええ。進行方向から、寒気が近付いてきています」
    「このまま進むと、その寒気の真っ只中に突っ込むことになるかも」
    「そうなると……」
    「恐らくは、嵐に見舞われるでしょう。最悪、凍った海上で足止め、と言うことになるかも知れません」
     天気の急変に気付いた者たちが、大勢でフーのところに押し寄せていった。

    蒼天剣・風立録 1

    2009.11.15.[Edit]
    晴奈の話、第423話。 戦争再開。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 何も起きまいとも、何が起きようとも、それでも時間は進む。 アランへの不信感が募り、軍閥は大きく揺らいでいたが、それでもこの日はやってきた。 双月暦520年4月20日。中央政府との再戦を開始する日である。 砦での観測の通り、北海は氷が溶け、大きな軍艦も航行可能であると判断された。「本日より、中央政府軍との交戦を再開する! 各...

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    晴奈の話、第424話。
    ずれた歯車。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     巴景たちがフーの船室の前に到着すると同時に、フーと艦長、そしてアランが船室から出てきた。
    「おう、お前ら。寒気のことだろ?」
    「あ、はい」
     集まった者たちは一様にうなずく。フーも眉にしわを寄せながら、腕組みをしてうなずいた。
    「それを今、艦長と話してたんだが……」
     フーの横に立った艦長が、この先の航行計画を説明した。
    「迂回するとなれば、少なくとも3日ないし4日は、交戦予定海域への到着が遅れる。それよりも、多少のリスクを冒してでも寒気の中を進んだ方が、予定通りに到着できる。
     万が一海が凍りついたとしても、この艦には十分な砕氷設備が付けられている。この時期の氷ならば、それで十分に砕いて進むことができるだろう。
     よって進路変更はせず、このまま西南西への進路を執り続けることを提案する」
    「ってわけだ。だけど……」
     フーが苦い顔をして、アランをあごでしゃくって指し示す。
    「グレイ参謀は反対だそうだ」
    「ああ。現状で最も懸念すべきは、敵軍に北海諸島での主導権を握られることだ。数少ない陸地を先に押さえられてしまえば、我々の侵攻は非常に難しいものとなる。
     そしてもし、氷海に足を止められてしまえば、その懸念は間違いなく現実のものとなる。その危険性はできる限り回避すべきだ。4日と言うロスは痛いが、ここは迂回して確実に進むべきだと、私は考えている」
    「だそうだ。……ここにいる奴らだけでいいや。決を採ろうぜ」
     フーは左手を挙げ、兵士たちに尋ねた。
    「艦長の意見に賛成の奴」
     こちらには、巴景やドールを始めとして、ほとんどの者が手を挙げた。フーは続いて右手を挙げ、もう一度尋ねる。
    「じゃ、参謀に賛成の奴」
     こちらにはほとんど、手が挙げられなかった。恐らく「早く着くには」と言う風に、理論的に考えてはいない。「アランの意見」なので、感情的に拒否したのだろう。
    「……」
     アランから苦みばしったうなり声が聞こえてくる。フーはそれを気にせず、艦長の肩を叩いた。
    「決まりだな。このまま進むぞ」



     ところがこの判断は3日後、誤りだと分かった。
    「ダメか?」
    「ええ……。ほとんど身動きが取れませんね」
     やはり寒気の下には、氷海があった。それでも4月下旬の気候ならば、さほど厚く張ることも無いだろうと思われていたのだが、それが大きな誤算だった。
    「厚さはどのくらいなんだ?」
    「2メートル弱と推定されます。砕いて進むのは、かなり困難かと」
    「マジか……」
     報告を聞かされたフーは深いため息をついて椅子にもたれかかる。
    「だから言っただろう、迂回するべきだと」
     横にいたアランがここぞとばかりに非難してきたが、フーは背を向けて応えない。
    「仕方ない。気温が高くなって、氷が割れるようになるまでここで停まるしかないな」
    「はい。……ですが恐らく、この寒気も一時的なものと思われますし、そう時間はかからないかと」
    「どのくらいだ?」
    「長くても、3日ないし4日かと」
    「分かった。じゃ、みんなに伝えておいてくれ」
    「了解です」
     兵士が敬礼し、下がったところで、またアランが口を開く。
    「それでフー、今後はどうするつもりだ?」
    「ん?」
    「これによって、迂回した時よりもさらに2日程度、到着が遅れることになる。恐らくその間に、敵は昨年の交戦地だったブルー島を陥落させているだろう。
     敵の先制を許した責任を、どうやって償う?」「責任? お前がそんなこと言うのか?」
     苦言を呈したアランに、フーが食ってかかる。
    「そもそも、だ。俺は航行計画の変更の時、決を採っただけだ。『お前の案と艦長の案、どっちがいいか』ってな。それで、みんなはお前のことを嫌ってたから、艦長の案を採用したわけだ」
    「何だと?」
    「何だと、じゃないだろ? お前、ちゃんと自分の今の信用度、把握してるのか?
     こないだのスミスの件で、お前は大きく信用を落とした。そのフォローも無いまま、こうして船に乗ってる。兵士の気持ちになって考えてみろよ、アラン。『いつ自分たちに対して難癖を付けて処罰しようとしてくるかも分からない奴がすぐ近くでにらんでる』って考えたら、士気も下がるし統率も乱れる。
     当然、反発もする。もしお前の意見を、あの時他の奴が言ってたら、もしかしたら迂回を選んだかも知れない。『お前が』言ったから、みんな反対したんだ。
     邪魔なんだよ、お前は」
    「……ッ!」
     フーの叱咤に、アランは明らかに憤慨した様子を見せた。
    「貴様、私に対して何と言う……」「一参謀に過ぎないお前が、軍閥宗主の俺に対して、何のつもりだ?」
     フーは立ち上がり、アランをにらみつける。
    「お前が俺の力を引き出し、何度も出世の機会をくれたのは感謝してる。だけどな、それは過去のことだ。現在、お前は俺に対してどんな貢献をした? 言ってみろよ、アラン!」
    「く……」
    「貢献してるのか? 成果を挙げてるのか? 俺に何か、プラスになるようなことを今現在、してるのか?」
    「それ、は……」
    「聞いてるんだよ! 言ってみろッ!」
    「……」
    「話はこれで終わりだ。出てけ」
     フーはもう一度椅子に座り、アランに背を向けた。
     アランはブルブルと怒りに震えていたが、何も言い返さずにそのまま船室を後にした。

    蒼天剣・風立録 2

    2009.11.16.[Edit]
    晴奈の話、第424話。 ずれた歯車。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 巴景たちがフーの船室の前に到着すると同時に、フーと艦長、そしてアランが船室から出てきた。「おう、お前ら。寒気のことだろ?」「あ、はい」 集まった者たちは一様にうなずく。フーも眉にしわを寄せながら、腕組みをしてうなずいた。「それを今、艦長と話してたんだが……」 フーの横に立った艦長が、この先の航行計画を説明した。「迂回すると...

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    晴奈の話、第425話。
    どん底だったフー。

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    3.
     フーとアランの確執のうわさは、すぐに艦内に広まった。
    「ヒノカミ閣下とグレイ参謀の関係はかなり冷え込んでいるらしいぞ」
    「らしいですね。でも……」
    「私は閣下を支持します」
    「ええ、自分も同意見です」
     兵士たちの雑談の輪に加わっていたルドルフも、それにうなずく。
    「だよなぁ。ヒノカミの御大、自分勝手でイケイケだけど……」
    「元々が我々と同じ一兵卒ですからねぇ。下の人間をよくかばってくれますし、気さくに声をかけてくれますし」
    「ああ。あの人なら付いていこうって気にはなるよな。……しかしグレイ参謀殿は」
     一瞬場が静まり、一呼吸おいて全員がうなずく。
    「私、キライです」
    「同じく。それなりに見識はあるようだし、参謀としては適任だが……」
    「何て言うか、冷たいんですよね。血の通ってない作戦を立てる、と言うか」
    「『自軍のミスを抑える』が前提ですもんね。私たち、そんなにグズで役立たずに見られてるんでしょうか」
    「それは自分もそう思う。あいつ、……あ、『あいつ』って言ってしまったが、まあ、参謀は兵卒のこと、歯車くらいにしか思っていないようだからな」
    「側近の方も、嫌ってるみたいですよ。ね、ルドルフさん」
     話を振られ、ルドルフは大きくうなずいた。
    「あー、うん。俺も嫌いだ、参謀殿は。
     つーか、御大も嫌いだと思うよ。あの人はあんまり、意見されるの好きじゃないだろうし。なのに口うるさく突っかかるしさ、あの参謀殿。
     ベストパートナーとは、全然言いがたいよ」
    「でも、何でヒノカミ閣下は参謀を解任しないんでしょうね? もう軍閥ができてから、3年は経つのに」
    「……うーん。謎だよなぁ」
     その意見にまた、全員が深々とうなずいた。

    「ヒノカミ君と、アランの関係?」
     巴景に尋ねられたドールは、あごに指を付けながら答える。
    「うーん、実はアタシも良く分からないのよねぇ。一応、ヒノカミ君からそう言う話はチョコチョコっと聞いてはいるんだけどね。内容が、今ひとつはっきりしないって言うか」
    「ふーん……?」
     要領を得ない答えに、巴景は首をかしげる。
    「ま、ヒノカミ君が半分寝ながらしてた話だから、ドコまでホントか分かんないんだけどね」
     そう前置きしつつ、ドールはフーから伝え聞いた、アランとの出会いを話してくれた。



     双月暦515年、秋。
     日上風は最悪だった。
    (……寂しい……)
     その頃、彼の心の中には始終寒風が吹き荒んでいた。
     己の師であり、上官でもあった男が重大な軍務規定違反を犯した――軍が保管していた魔剣、「バニッシャー」を盗み出し、国外逃亡した――ため、軍はその怒りの矛先をフーや、男の妹であるノーラなど、男の関係者に向けていたのだ。
     フーの場合は、まず仕事がもらえなくなった。軍から半年近くに渡って、何の通達もされなくなってしまったのだ。さらにその上で、毎日軍本部には顔を出すようにとだけ命じられた。
     しかし行っても、何もやらせてもらえない。ただ黙々と、朝から夕方までトレーニングだけして終わり、と言う日が続いた。そのせいで、周りからは「何の働きもせず遊んでいるだけ」と言う目で見られ、「早く除隊を申し出ろ」と、無言の圧力がかけられ続けた。
     だが、その圧力に従って軍を離れることもできない。彼には年老いた祖母がいたのだ。認知症が進んでおり、既にフーが誰なのかも分かっていない状態にあり、フーの給与と介護なしには生活ができなかった。

     そしてこの件も、フーにストレスを与えていた。何しろ、自分がなぜ北方にいるのかも忘れてしまっている状態なのだ。
    「ただいま、ばーちゃん」
    「……? あ、おかえり、雷」
     そう声をかけられ、フーは頭を抱える。
    「だから、何度も言ってんだろ。俺は風だってば。雷は親父だって」
    「……あ、そうそう。そうだったね、雷」
    「……もういいや。風呂入ってくる」
    「ああ、沸かしておいたよ。今日は一段と冷え込むからねぇ」
    「まだ9月だぜ、ばーちゃん。そんなに寒くねーって」
     祖母の言葉に苦笑したが、祖母は大真面目な顔である。
    「何言ってんだい、この子は。こんな寒さで、9月のわけないだろう」
    「……ああ、そうだな。央南だったら、真冬の寒さなんだろうな、きっと」
    「そうだよ。ほら、……えーと、雷、早く入っておいて」
    「……ああ……」
     フーは訂正する気力も無くし、そそくさと風呂に駆け込んだ。

     恩師の裏切り、軍での冷遇、会話の成り立たない肉親――誰にも相談ができないフーのストレスは、日ごとに増していった。

     そして515年の末、さらにフーは追い込まれた。祖母が老衰のため、亡くなったのである。
    「……」
     この時点でフーは、本当に孤立した。耐え難い絶望感が彼の足を止め、未来への希望を閉ざした。
     彼の目にはもう、真っ暗な闇しか見えていなかった。
    「……寂しいよ……」

    蒼天剣・風立録 3

    2009.11.17.[Edit]
    晴奈の話、第425話。 どん底だったフー。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. フーとアランの確執のうわさは、すぐに艦内に広まった。「ヒノカミ閣下とグレイ参謀の関係はかなり冷え込んでいるらしいぞ」「らしいですね。でも……」「私は閣下を支持します」「ええ、自分も同意見です」 兵士たちの雑談の輪に加わっていたルドルフも、それにうなずく。「だよなぁ。ヒノカミの御大、自分勝手でイケイケだけど……」「元々が...

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    晴奈の話、第426話。
    悪魔との出会い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     フーは何もかもを失い、絶望の淵にいた。
     だが――その無限の寂寥感、真っ暗な絶望感が、まるでブラックホールのように、悪魔を吸い寄せたのかも知れない。



     フーは絶望のあまり、吹雪の吹き荒れる夜道を、当ても無くさまよっていた。
    (このままずっと、こうやってうろついていたら。そのうち、凍死するかな)
     この頃になると、既に軍では空気扱いされており、最早圧力をかけてくるような者もいなかった。だが逆に、温かい言葉をかけてくれるような者もいない。そう、肉親を亡くしたばかりだと言うのに、軍でも、街中でも、お悔やみの声ひとつかからなかったのだ。
     彼はまさしく、空気同然となっていた。
    (……消えたい……)

     そんな状態だったから、突然後ろから肩を叩かれた時、フーは非常に驚いた。
    「……探したぞ、『4番目』」「……!?」
     フーは後ろを振り返った。そこには、「怪しい」としか言いようの無い者が立っていた。
    「だ……、誰だ、アンタ!?」
    「私の名はアル、……アラン・グレイだ」
    「アラン? 俺なんかに、何か用なのか?」
    「『なんか』、だと? ……謙遜するな、御子よ。お前ほどの人物が、何と矮小なものの言い方をするのか」
    「……何言ってんだ?」
     フーはただぽかんと、そのフードの男、アランを眺めていた。

     他にどうしようもないので、フーはその異常に怪しい男を家へと招き入れた。
    「んで、その、アランさん、だっけ。俺が、何ですって?」
    「お前は御子なのだ」
    「……はあ、そうスか」
     フーはこの時、頭の中で「やべーコイツ、頭おかしいぜ」と警戒していた。
    「えーと、まあ、今日くらいは泊めてもいいんで、明日になったら病院行ってくださいね」
    「私の言が信じられんようだな」
    「はいはい、病院行ってくださいっスね、……明日と言わず、今からでもいいっスけどね」
    「信じられないのも無理は無い。突然押しかけた男に、『お前は救世主だ』などといきなり言われて、誰が信じようか」
    「……分かってんなら、さっさと帰ってほしいんスけどね」
     会話の成り立たないこの男と延々話し続けるのに精神的限界を感じ、フーはそっと、剣を手に取った。
    「その剣で私を斬るつもりか?」
    「……だったらどーなんスか。このまま素直に帰ってくれるんスか?」
    「まずは、話を聞いてもらわねばな」
     アランはそう言うと、フーの前からふっと姿を消した。
    「……!?」
     突然消えたアランに面食らい、フーは辺りをきょろきょろと見回す。
    「ここだ」「……ッ」
     背後からアランの声がする。振り向こうとした瞬間、剣を握っていた右手に一瞬、電気的な痛みが走った。
    「いだ……っ」
     痛みに耐え切れず、フーは剣から手を離してしまう。アランは宙に浮いた剣を、がっしりと握り締める。
    「ともかく、攻撃手段は封じさせてもらう。冷静な話し合いに、剣は不要だ」
     アランがそう言った次の瞬間、ビキッと言う異様な音が響いた。
    「な、……!?」
     アランが握っていた剣が、まるで紙粘土をねじったように、グズグズに折られていた。
    「話をしてもいいか?」
    「……わか、った」
     フーはそれ以上何も言えず、素直に話を聞くしかなかった。

     フーが大人しくなったところで、アランはとんでもないスケールの話をし始めた。
    「北方神話は知っているか?」
    「知ってる、って言えば知ってます。その、大体の、さわりって部分くらいは」
    「ならば『神の御子』の伝説も聞いているな?」
    「ええ、まあ。世界が危機に見舞われた時に現れて、平和をもたらすってアレでしょ?」
     フーの回答に、アランは短くうなずく。
    「概ね、その通りだ。世界に悪がはびこり、混乱するその時に降臨し、悪を滅ぼし世界を善く導く存在。それが『御子』だ。
     今、この世界は混乱に満ちている。中央大陸では各地で戦乱、混乱が起こり、他の地域においても騒乱が絶えない。お前が巻き込まれたこの度の騒動も、こうした混乱の一つと言ってもいいだろう」
    「そんなもんっスかねぇ……」
    「思い返してみるといい。常識的な展開だったか?」
    「……まあ、言われてみりゃ、一軍人がいきなり軍に反旗を翻すなんて、並の出来事じゃないっスけど」
    「そうだろう? 並々ならぬことが次々に起こることこそ、混乱の世の常だ」
     眉唾くさい話の展開に辟易しながらも、フーは尋ねてみる。
    「それで、その御子が俺って言うんスか?」
    「そうだ」
    「そーは思えないんっスけどねぇ。俺、はっきり言ってカスみたいなもんですし」
     フーの言い方に、アランは大きく頭を振り、嘆息する。
    「……ああ、何と萎縮したものの考え方だ!」
    「普通だと思うんスけど……」
    「何が普通なものか! 周りからの圧力に精神がねじれ、縮こまっているではないか! これではまるで、雨に怯える子羊だ!」
     そう言うなりアランは、フーの頭をがしっとつかんだ。
    「な、何するんスか」
    「本当のお前はそんな小さな器ではない――今、本当の『虎』にしてやろう」
    「へっ……?」

     次の瞬間、フーの脳内が煮えたぎった。
    「……がッ……かっ……くぁ……ッ……」
     頭の中を、尋常ではない電撃が走り抜ける。
    (なんだなんんだんあなんだこおえらこえれはこれはなんだ)
     まるで脳みそが頭蓋の中で爆発し、耳目や口から噴き出したのではないかと思うほどの衝撃だった。
    (いったいたいいたいなにななにいがぎがどううづどうなって)
     そしてそのまま、フーの意識はそこで途切れた。

    蒼天剣・風立録 4

    2009.11.18.[Edit]
    晴奈の話、第426話。 悪魔との出会い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. フーは何もかもを失い、絶望の淵にいた。 だが――その無限の寂寥感、真っ暗な絶望感が、まるでブラックホールのように、悪魔を吸い寄せたのかも知れない。 フーは絶望のあまり、吹雪の吹き荒れる夜道を、当ても無くさまよっていた。(このままずっと、こうやってうろついていたら。そのうち、凍死するかな) この頃になると、既に軍では空気...

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    晴奈の話、第427話。
    超人になったフー。

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    5.
    「……ん、んん」
     フーが目を覚ました頃には、すでに夜が明け始めていた。床に寝そべっていたフーは、よろよろと立ち上がる。
    「何だったんだ? 今の? ……アランさん?」
     辺りを見回すが、アランの姿は無い。
    「夢……、か? いや、……何だ? 何か、頭……体……の奥が、チリチリする」
     昨日までの憂鬱な気持ちはどこかへ消えうせ、体の奥底から力が湧き出ているような爽快感が、全身に巡り回っている。
    「何なんだ? ……力が、みなぎってる」
     その日から、彼の人生はガラリと変わった。
     彼の中で、「力」が目覚めたのだ。

     ともかく朝になっていたし、軍からは――依然、何の命令も下されないままだが――毎朝本部に来るよう指示されている。
     本部に向かい、出勤したことを告げた後、いつも通りに訓練場へと向かった。そしていつも通りに、錘(おもり)の付いた模擬剣で素振りをしようと、訓練場の受付に声をかけた。
    「あの」
    「……」
    「すいません」
    「……」
    「剣、お願いします」
    「……はい」
     そしていつも通り、半分無視されたような状態で剣を渡される。
     いつもと違ったのは、妙に軽い剣を渡されたことだ。
    「……すいません。もっと重いもの、お願いします」
    「……いつものだよ」
    「なわけないじゃないっスか。やめてくださいよ、一々こんなくだらないことすんの」
    「……チッ」
     係員はうざったそうに舌打ちし、奥から台車で剣を運んできた。
    「ならこの25キロのでも使ったらどうだ。重たいぞ」
    「に、25、っスか」
     普段使っているものより、数段重たいものを示される。恐らくは、よほど筋骨隆々とした戦士でもなければ扱うことのできない、半ばジョークのつもりで置いてあるものだろう。
    (嫌な奴……)
     だが、ここまでコケにされて退く気にもなれない。
    「……じゃ、それで」
    「ケケケ……」
     内心「ふざけんな」と思いつつも、フーはそれを手に取った。
     ところが――。
    「……? あの」
    「何だ? やっぱり変えるのか? ひひ……」
    「アンタ、何がしたいんっスか?」
    「あ?」
     フーは手にした剣を、片手でひょいと上に掲げた。
    「こんな風に持ち上げられる剣が、25のわけないじゃないっスか。どうせからかうなら、本当に25の渡せばいいじゃないっスか。人をバカにすんのも、いい加減にしてほしいんスけどね」
    「いや、あの」
     先程まで小馬鹿にしていた係員が、目を丸くしている。
    「それ、本当に、25キロ、なんだけど」
    「……へ?」

     係員の勧めにより、フーは体力測定を行った。
     その結果、驚くべきことが分かった。なんとフーの筋力は、これまでの5倍以上に跳ね上がっていたのだ。単純に言えば、これまで20キロの砂袋を肩に乗せてフラフラ担ぐのが精一杯だったフーは、100キロの鉄骨を片手で楽々持ち上げられるようになっていた。
     さらに他の測定も行い、彼の能力は全体的に、飛躍的に上昇していることが判明した。頭脳も、五感も、そして魔力も――弱い部類に入る「虎」のはずだが――少なからず、むしろ常人より非常に強くなっていた。
     一夜にして、彼は超人に変化していたのである。



     こんな逸材を、軍が放っておくわけが無い。これまで冷遇されたことが嘘のように、軍は彼に手厚い扱いを施した。
    「特別訓練プログラム?」
    「ああ。最近、中央との関係が悪化しつつあるからね。戦争になる可能性が高い。それを見越して、優れた兵士を育成するための訓練を計画してるんだ」
     フーに強化訓練を勧めたのは、この当時既に祖父の汚名を返上し、新たな軍の頭脳となっていたトマス・ナイジェル博士だった。「バニッシャー強奪事件」の関係者近辺で軍からの誹謗を免れた、数少ない人物である。
     フーの師とトマスは祖父との関係で親しくしており、その関係でフーとトマスも顔見知りだった。この勧めは冷遇されていたフーを憐れんでのことである。
    「これを受ければ、数ヵ月後には間違いなく王国軍の将校になれる。これまでの冷遇から、完全に開放されるはずだ」
    「なるほど……」
    「それだけじゃない。もし佐官クラスになれば、相当の社会的地位も得られる。今後の働きによっては、沿岸部の基地を任されるかもしれないよ」
    「沿岸基地の責任者、っスか」
     極寒の地である北方において、恵まれた土地は非常に少ない。王国の首都フェルタイルや観光都市ミラーフィールド周辺、そして南東部の沿岸以外は、満足に作物も実らない不毛の地なのである。
     その沿岸部にある基地を任されると言うことは、裕福な生活が送れると言うことでもある。
    「いいっスね」
    「でも訓練は非常にハードになることが予想される。下手すれば、あの『黒い悪魔』を相手にしなきゃいけなくなるかも知れないからね」
    「確かにそうっスよね。カツミは最近、中央政府から離れてるらしいっスけど、気紛れで参加する可能性もありますからね」
    「へぇ……」
     トマスはフーの見識に舌を巻き、眼鏡をつい、と直しながら感心した。
    「どうしたの、ヒノカミ君? こないだまでこんな話振ってたら、『へー、そうなんスか』しか言わなかったのに」
    「成長したんスよ、……ハハ」



     その強化訓練を、フーはわずか二ヶ月で修了した。たった二ヶ月で、彼は軍のエースになれたのだ。
     もちろん、他の兵士たちが凡庸だったと言うわけではない。王国軍全体から集められた優秀な兵士たちを凌駕するほど、フーの力がずば抜けていたのである。
     フーの階級は、一気に大尉へと上がった。かつて彼の師が20代半ばで就いていた階級に、たった18歳のフーが並んだのだ。

    蒼天剣・風立録 5

    2009.11.19.[Edit]
    晴奈の話、第427話。 超人になったフー。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「……ん、んん」 フーが目を覚ました頃には、すでに夜が明け始めていた。床に寝そべっていたフーは、よろよろと立ち上がる。「何だったんだ? 今の? ……アランさん?」 辺りを見回すが、アランの姿は無い。「夢……、か? いや、……何だ? 何か、頭……体……の奥が、チリチリする」 昨日までの憂鬱な気持ちはどこかへ消えうせ、体の奥底から力...

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    晴奈の話、第428話。
    ドールの好みの子。

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    6.
     そしてトマスの予想通り双月暦516年の5月、北方ジーン王国と中央政府との戦争が始まった。
     開戦の大まかな口実としては、「中央政府の権力者であるカツミ討伐を考えており、また、その実行手段も手に入れているジーン王国を看過することはできない。実力行使により、その手段・戦力の奪取、封印を行う」と言うものである。
     行間にチラホラと中央政府側の思惑が見て取れる内容であり、仕掛けたのは間違いなく、中央政府側だった。

     開戦の前日。
     フーの元に、再びアランが現れた。
    「いよいよ活躍する時が来たな、フー」
    「……お久しぶりっスね、アランさん」
     フーにそう呼ばれ、アランはわずかに首を振った。
    「御子たるお前が、私に敬語を使う必要はない。アランで構わない」
    「そうっスか。……アラン、何の用だ?」
    「そう、それでいい。
     これより私は、お前を導く参謀となろう。私の指示に従い、その通りに動けば、お前はこの世の王、英雄、偉人――御子になれる」



    「……でー、それから4年間、ヒノカミ君はアランの指示に従い、軍閥を形成したり、央中に飛んでネール大公から神器をもらったり、央南から『バニッシャー』を取り返したり、色々やったワケよ」
    「ふうん……」
     巴景はうなずきかけたが、話の最後にさらっと言われたことが気にかかった。
    「……え、じゃあ。もう『バニッシャー』って武器は、中佐のところに?」
    「ええ。アタシも一緒に行って取ってきたから、確かよ」
    「そんな話、聞いたことないわ。その、何だっけ、リロイって人が奪って、そのままになってるって」
    「そうよ。公には、ね。軍本部は、まったく関与してないわ」
    「……それは、軍務規定違反になるんじゃないの? 中佐といえど、そんな武器を隠し持ってたら……」
    「そーよ。バレたら大問題になるわね」
    「……何でそれを私に言うの?」
     巴景はドールの思惑が分からず、当惑する。
    「ふふ……。アナタが気に入ったからかしら、ね」
     そう言って、ドールはひょいと巴景の仮面に手をかけ、取りさらった。
    「あっ……」
    「アラ、キレイな顔してるじゃない。フェイスペイントみたいでかっこいいわよ、その傷跡も」
    「ちょ、ちょっと、返してよ」
     巴景は慌てて手を伸ばすが、ドールはひょいひょいと仮面を持った手を振り、返そうとしない。
    「いいじゃない、今ここには、アタシとアナタしかいないんだもの」
    「そう言う問題じゃ……」
     顔を真っ赤にする巴景に、ドールは仮面を持っていないもう一方の手を近付けた。
    「な、何?」
    「アタシはね、トモエ」
     ドールは巴景の首に手を回し、引き寄せる。互いの顔が触れそうなところにまで近付けたところで、熱っぽく口を開いた。
    「いつもニコニコヘラヘラしてる人より、そうやって感情的に動く人の方が好きなの。だからヒノカミ君とも付き合ってるし、『おかしくなっちゃう』前のリロイも好きだった。
     アナタも……、なかなか魅力的よ」
     そう言ってドールは、巴景の頬に口付けした。
    「な、なっ……」
    「うふふふ……。はい、仮面」
    「……っ!」
     仮面を返され、巴景は慌てて付け直した。
    「アナタ、可愛いわね。クスクス……」
    「かっ、からかわないでよ、もおっ!」
     巴景はその場にへたり込み、仮面を押さえつけるように両手で顔を覆った。

    「……はぁ」
     何とか平静を取り戻し、巴景は顔を伏せたまま、椅子に座り込んだ。
    「……それにしても、リロイって人。あなたの話によく出てくるけれど、いったいどんな人だったの?
     聞いた感じでは、いつもヘラヘラしてる人って言う印象しかないんだけど、そんな人が黒鳥宮に侵入したり、『バニッシャー』を軍から盗み出したりするなんて、私には思えないわ」
    「ああ……。そこが、リロイのすごいトコよ。あの人は感情を押し殺せる。そのヘラヘラした笑顔の裏に、ね。その点は仮面で感情を隠すアナタにも、どこか似てるわね」
    「でも、その話。他の人に聞くと、何かおかしいのよ。別の人は、エルスって人がやったとか」
    「『エルス(L‘s)』って言うのは、リロイのコードネームよ。
     本名が『リロイ・リキテン・グラッド(Lliroy Liquiten Glad)』だから。Lばっかりでしょ?」
    「なるほど……」
    「ま、そのコードネームもらってから、リロイは『自分の長い本名をサインしたり名乗ったりするのは面倒だから』って、エルスって名乗ってたけどね」
     ドールの昔話は、リロイ――エルスの話へと移っていった。

    蒼天剣・風立録 終

    蒼天剣・風立録 6

    2009.11.20.[Edit]
    晴奈の話、第428話。 ドールの好みの子。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. そしてトマスの予想通り双月暦516年の5月、北方ジーン王国と中央政府との戦争が始まった。 開戦の大まかな口実としては、「中央政府の権力者であるカツミ討伐を考えており、また、その実行手段も手に入れているジーン王国を看過することはできない。実力行使により、その手段・戦力の奪取、封印を行う」と言うものである。 行間にチラ...

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    晴奈の話、第429話。
    コードネーム、L。

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    1.
    「名前には、意味がある」
     ジーン王立大学の学長室。黒板と書物に囲まれたその部屋の中央に、3人の人間が座っていた。
    「例えば古代、ジーン第一王朝以前の、豪族割拠の時代。有力な人間の名前には、数字が用いられることがあった。
     第一王朝、唯一の王であったレン・ジーンの名前、『レン』も、現代の言葉では『0』を意味する。つまり世界で唯一の王であり神である、自分以外の王の存在は無い、0であると言いたかったのだろう」
     弁舌を振るっているのは兎獣人の大学教授、ラルフ・ホーランド。眼鏡をかけた老エルフと、銀髪の短耳とを前にして、黒板に自分の説を書き連ねている。
    「彼は古代神話における『御子』をも名乗っていた。その名残が、その後現れた『猫姫』こと、イール・サンドラ氏にも現れている。
     彼女の『イール』と言う名もまた、古代語で『1』を表しており、また、彼女も死ぬ1年ほど前から、自分のことを『御子』と名乗っていた」
    「御子と言えば、その後にも2度、出現したと言われておるな」
     手を挙げ黒板を指差したのは、わずかに白髪の残った眼鏡のエルフ。「知多星」と呼ばれた大学者、エドムント・ナイジェル博士だ。
    「330年の屏風山脈騒乱にも、リューク・ドワイトと言う中央軍の兵士がそう名乗っておったそうじゃ」
    「それと460年頃にも、南海にあったと言われているトライン教団の教祖が名乗っていたらしいですね」
     残る一人も手を挙げる。
    「そう、その通り。実はその2名の名前――『リューク』と『ゼルー』も、それぞれ『2』『3』を表しているんだ。
     この共通点から、この4名は正当な御子たちの系譜であると言う説が有力だ。そして恐らく、次に現れるであろう御子は、こう名乗るだろうと予測できる」
     ラルフは黒板に、「4番目=Fuet」と書いた。
    「どう読むんですか?」
    「『フェット』か、『フューエ』、もしくはもっと簡単に、『フー』だな」
    「ふむ」
    「と……。話は若干それたが、ともかく、名前には何らかの意味がある。
     君のコードネームを考える上でも、単純に番号を振り当てるだけでは、何の意味も成さない。ひいては存在理由など、哲学的意味においても……」「いいんじゃて、そんな細かいことは」
     ラルフの話を、ずっと苦い顔をしていたエドがさえぎった。
    「わしらはお前さんの長ったらしい講義を聞きに来たわけではない。シンプルかつ諜報員に似つかわしいコードネームを付ける上で、お前さんの意見を聞きに来ただけじゃ」
    「分かってる、分かってる。……コホン」
     ラルフも苦虫を噛み潰したような顔で、エドをにらむ。
    「それでリロイ君、君の名前は何て言ったっけな」
    「はい。リロイ・リキテン・グラッドです」
     その名前を聞きながら、ラルフは黒板に書き付ける。
    「リキテンって、スペルはLichtenかな?」
    「いえ、Liquitenです」
    「ふーん、『流体(Liquid)』からかな」
    「あと、リロイも違います。Leroyじゃなくて、Lliroyです」
    「Lばっかりだなぁ。……ふーん、Lか。じゃ、Lばっかりと言うことで、L‘sと言うのはどうだろう?」
    「エル、ス?」
    「そう。単純に番号を振り当てられるよりは、はるかに名前の体を成していると思わないか?」
    「なるほど。悪くは無い。よし、それではリロイ、お前さんのコードネームは『エルス』じゃ」
    「エルス……。はい、分かりました」
     リロイ――エルスは素直にうなずき、その名前を受け入れた。



    「へぇ……。ドールのおじいさんって、大学教授だったのね」
    「え、感心したトコそこぉ?」
     苦笑するドールを見て、巴景も口元を緩ませる。
    「ああ、いえ、ちょっと意外だなって。……それじゃ中佐がエルスに会ったのは、その後なのね」
    「ええ。結構、すぐだったんじゃないかしら」



    「さて、リロイ改め、エルス少尉。いきなりじゃが、チームを組んでもらいたい」
    「チーム、ですか」
     エドは黒板に2枚の写真を貼り付ける。
    「あれ? こっちの青い髪の女の子、リストちゃんじゃないですか」
    「そうじゃ。今年で16になるんじゃが、跳ねっ返りでのー」
    「それで、博士のお膝元で、ってことですか」
    「そう言うことじゃ」
     続いてエドは、もう一枚の写真を指差す。
    「そしてこちらは、新兵のフー・ヒノカミ。央南系の3世で、虎獣人の子じゃが……」
    「何だかワルそうな顔してますねー」
    「うむ。素行が悪く、これまでに何度も問題を起こしておる。軍の人事部は即刻辞めさせるべきじゃと言うとるが、戦闘能力はそれなりにある。15歳とまだ若く可能性はあるし、団体行動を学ばせれば使い物になる人材だと、わしは見ておる」
     二人の評価を聞き、エルスは腕を組んだ。
    「……つまり、人格的に問題のある人間2名を僕の下に就かせて、監視及び矯正させようと」
    「そうなる。ま、他に理由を挙げるとすれば、お前さん以外に適任がおらんのじゃ。他の候補者は皆、自分勝手でプライドの高い奴か、考え無しで粗暴なアホばかりじゃからのう」
    「なるほど、そう言われれば僕だけかも知れませんね」

     これが513年のことである。
     ここから2年後の515年まで、エルスはその2名とチームを組むことになった。

    蒼天剣・風師録 1

    2009.11.23.[Edit]
    晴奈の話、第429話。 コードネーム、L。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「名前には、意味がある」 ジーン王立大学の学長室。黒板と書物に囲まれたその部屋の中央に、3人の人間が座っていた。「例えば古代、ジーン第一王朝以前の、豪族割拠の時代。有力な人間の名前には、数字が用いられることがあった。 第一王朝、唯一の王であったレン・ジーンの名前、『レン』も、現代の言葉では『0』を意味する。つまり世界で...

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    晴奈の話、第430話。
    L'sチームの誕生。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     エルスとエドの前に立たされたその2名は、始終エルスたちをにらみつけていた。
    「こんにちは、リストちゃん。それからはじめまして、ヒノカミ君」
    「……」「……」
     エルスが会釈したが、依然二人はにらみ続けている。
    「これからこの3名で、チームを組んで行動してもらう。何か質問はあるか?」
     エドの言葉に、まずリストが手を挙げた。
    「帰っていい?」
    「ダメじゃ」
    「帰るわ」
    「ダメじゃと言うとろうが!」
     怒るエドに対し、リストはぷい、と顔を背ける。
    「何でアタシが、こんなヘラヘラした奴の下に就かなきゃいけないのよ」
    「お前さんが家で癇癪起こして、お母さんを殴ったからじゃろうが」
    「だって、あれはあの女が……」「自分の肉親を『あの女』呼ばわりするでない!」「……フン」
     リストは非常に反抗的な態度ばかりで、話を聞こうとしない。
     そしてもう一人、フーもずっとエルスをにらみ続けている。
    「……」
    「どうしたのかな?」
    「アンタ、エルス・グラッドっつったよな。聞いた通りのアホ面だな」
    「うん、そうだね」
     エルスはニコニコしたまま、フーに尋ねる。
    「君のうわさも聞いたよ。訓練中、同僚4名を殴り倒したんだってね」
    「ヘッ」
     フーも斜に構え、エルスとまともに話をしようとしない。
    「んー」
     エルスはエドに向き直り、質問した。
    「最初の任務って、何ですか?」
    「あ、いや。まずはチームに慣れてもらって……」
     エドが説明しかけた、次の瞬間。
    「うっ……?」「げっ……!」
     リストとフーが、突然倒れた。
    「お、おい? いきなり何をするんじゃリロ、……エルス?」
     リストたちを気絶させたのは、エルスだった。
    「慣れるって言うことなら、ともかく任務に就かせた方が早いんじゃないですか? これじゃ話もできそうにないし」
    「……うーむ」



    「ん……」「う……」
     リストとフーは、同時に目を覚ました。
    「え、……あれ? ここ、ドコよ」
    「知るかよ。……ん?」
     辺りを見回すと、そこは雪の無い林の中だった。明らかに王国の首都でも、首都周辺の山間部でもない。
    「暖かい……。ここって、沿岸部?」
    「知るかって」
     二人から少し離れたところで、エルスが単眼鏡を覗いている。エルスは覗きながら、二人に声をかけた。
    「やあ、おはよう」
    「おはよう、……じゃないわよ、何なのよアンタ!?」
    「ここ、どこだよ! いきなり何しやがるんだ、クソ野郎!」
    「……クスっ」
     依然単眼鏡を覗きながら、エルスは苦笑する。
    「何がおかしいんだよ、おい!」
    「ヒノカミ君……、フーって呼ばせてもらうけど、フー。『いきなり何しやがるんだ』ってその台詞、戦場の真っ只中でも言えると思う?」
    「あ?」
    「ここが戦場で、あっちこっちで斬り合い、撃ち合いになってたら、そんなのんきなこと言ってられないと思うよ。そんな悠長な台詞吐いてたら、あっと言う間に蜂の巣になっちゃうよ」
     エルスの言を、リストが鼻で笑う。
    「何それ? 屁理屈こねないでよね、バカっぽい顔のクセして。で、ここはドコなのよ?」
    「それからリストちゃん、君もだよ。現状を自分で把握しようともしないで、誰彼構わず『ここドコなのよ、教えなさいよタコ』みたいなことばっかり言ってちゃ、生き残れないよ」
    「……バカっぽいんじゃなくて、バカなのねアンタ。会話が成り立たないわ」
    「君が話を聞こうとしないんだろう? 聞きたければ教えるけれど、それで満足するとは思えないなぁ」
     つかみどころの無いエルスの話に、二人は次第にイラつき始めた。
    「いいから教えろよ、ボケが!」「言えって言ってんのよ、耳ついてんでしょ!?」
    「それからもう一つ。軍隊において団体行動は基本中の基本、第一に守るべきルールだ。部下は上官に従ってもらう。これが鉄則だよ」
    「偉そうにしてんじゃねーよ!」「何が団体行動よ、やってらんないわ!」
     ここでようやく、エルスは単眼鏡から目を離した。
    「もっかい気絶したいの? 今度気を失ったら多分、君たちは人間辞めちゃうことになるけど」
    「……は?」「何つった?」
     エルスは二人に手招きし、単眼鏡を渡した。
    「これで、あっちの方を見てごらん」
    「……?」
     二人は何を言いたいのかといぶかしがりながらも、エルスの示した方向を覗いてみた。
    「……何? あれ」
    「コンテナ」
    「それは分かってるわよ。……何を、詰めてるの?」
    「いい質問だね」
     エルスはにっこりと笑い、答えを述べた。
    「人間が積み込まれてるんだ。
     君たちが気絶したままここに放っておかれたら、目が覚めた時にはきっと袋詰めにされて、あのコンテナに乗ってると思うよ」

    蒼天剣・風師録 2

    2009.11.24.[Edit]
    晴奈の話、第430話。 L'sチームの誕生。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. エルスとエドの前に立たされたその2名は、始終エルスたちをにらみつけていた。「こんにちは、リストちゃん。それからはじめまして、ヒノカミ君」「……」「……」 エルスが会釈したが、依然二人はにらみ続けている。「これからこの3名で、チームを組んで行動してもらう。何か質問はあるか?」 エドの言葉に、まずリストが手を挙げた。「帰って...

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    晴奈の話、第431話。
    はじめての作戦会議。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     二人が青ざめて黙りこくったところで、エルスはのほほんと説明を始めた。
    「じゃ、ブリーフィング(作戦の要旨説明)に入ろうか。
     ここは北海諸島の第5島、フロスト島。知ってると思うけど、中央大陸と北方大陸の間には、5つの島がある。ここはその中でも、最も北方に近い島だ。
     で、あいつらは誰なのかって言うと、分かりやすく言えば海賊。あちこちの島や沿岸部の街でさらってきた人間を眠らせてからあーやって箱詰めにして、南海とか西方の貴族や富豪たちに、奴隷として売りつけてるんだ」
    「そ、そんな非人道的なコト、許されるワケないじゃないの!?」
    「そう。公には、そうなんだ。でもこれは秘密裏に行われる取引だし、奴隷になった人たちはどこかの趣味の悪い貴族だか王族だかの屋敷の地下深くで強制労働させられた末に衰弱死するから、どこにもその事実は漏れない。
     でもリストちゃんの言った通り、公にさらせば大問題になるし、買った人間にとっては地位と名誉、財産を失うほどの大打撃になる。この作戦は北方の王室政府と関係の悪い、西方のある王族の失脚を狙っているんだ。ついでに国際問題を解決して、王国の世界的地位の向上を図ると言う目的もある」
    「……で、何で俺たちはここに? ここで犯罪が行われてることを知らせるだけなら、アンタ一人でいいでしょ?」
     フーの質問に、エルスはチ、チ、と指を振った。
    「そうも行かない。僕一人の力だけじゃ、あれを運びきれないからね」
    「あれ?」
     エルスはにっこり笑い、部屋一つ分くらいのコンテナを指差す。
    「……あれを運ぶ?」
    「うん」
    「6個あるわよ」
    「うん」
    「全部っスか」
    「うん」
    「……マジっスか」
    「うん、マジ。
     だってさ、あの中にいるのは、罪も無い人たちだよ? 普通に港町で暮らしてたり、楽しい観光に来てたりした人たちだ。
     それをいきなり、はるか彼方の地下深くに追いやられて、こき使われて死んじゃうのを黙って見過ごすって言うのは、気分が悪いよね?」
    「そりゃ、まあ……」
     うなずいた二人を見て、エルスはうんうんとうなずいた。
    「じゃ、早速……」「ちょ、ちょっと待ってってば!」
     立ち上がりかけたエルスを、リストが慌てて引き止める。
    「何かな?」
    「何でアタシたちがやらなきゃいけないのよ? 他にもいるじゃない、もっと、その、こーゆーコトに向いてる人とか」
    「うん。だから、僕たちが来たんだ。僕たちはそーゆーことをするチームなんだよ」
     これ以上エルスに反論しても無駄だと悟ったのか、リストとフーは無言になった。

     エルスの立てた救出作戦は、次の通り。
     まずコンテナがすべて海賊船に運び込まれたところで、二手に分かれて攻撃を仕掛ける。片方は陽動役、そしてもう片方は船を奪う役である。
     敵は一斉に拿捕するか、もしくは――。
    「……殺せってことっスか」
    「やむなしと判断した場合には、ね」
    「それで、陽動は誰が? アンタ?」
    「考えてしゃべろうね、リストちゃん」
     エルスは苦笑しつつ、所見を述べる。
    「僕が陽動に回ったら、君とフーだけになるよね。どうやって船までたどり着いて、どうやって船を動かすつもりかな?」
    「あ……、そう、よね」
    「陽動はフー、君にお願いするよ。とりあえず、僕の指示をこなすまで暴れ回ってくれればいいから」
    「……俺が、っスか」
    「リストちゃんは女の子だし、囲まれたら多分、どうしようもなくなるからね。
     で、リストちゃんは僕と一緒に、船を奪う役に就いてもらう」
    「陽動を2人、ってワケには……」
    「行かないよ? 船を奪う間、防衛線を張ってもらわなきゃいけないから。確か君、エドさんから銃について教えられてたよね?」
    「じゅ、銃? ……まあ、そりゃ、教えてもらったけど」
     リストは不安げな表情で、腰に提げた銃を触る。
    「僕が船を奪っている間、それを使って近寄ってくる敵を叩いてほしいんだ」
    「つ、つまり、アタシに、人を撃てって?」
    「うん。あ、でも無理矢理殺さなくてもいいよ。脚とかを撃って行動不能にしてくれれば、それでいい」
    「あ、うん。……うん」
     リストもフーも、ゴクリと唾を飲んだ。

    蒼天剣・風師録 3

    2009.11.25.[Edit]
    晴奈の話、第431話。 はじめての作戦会議。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 二人が青ざめて黙りこくったところで、エルスはのほほんと説明を始めた。「じゃ、ブリーフィング(作戦の要旨説明)に入ろうか。 ここは北海諸島の第5島、フロスト島。知ってると思うけど、中央大陸と北方大陸の間には、5つの島がある。ここはその中でも、最も北方に近い島だ。 で、あいつらは誰なのかって言うと、分かりやすく言えば...

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    晴奈の話、第432話。
    海賊撃破作戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     コンテナの中に皮袋――中身はジーン王国の沿岸部でさらってきた人間である――を詰め込んでいた海賊たちは、林の方からガサガサと何かが走ってくる音を聞きつけ、作業の手を止めた。
    「……ん?」「何だ?」
     海賊たちがいぶかしがり、顔を上げると同時に、林から飛び出してきたフーが、その顔に拳をめり込ませた。
    「ぐえっ!?」
    「な、何者だ!?」
    「おっ、俺はっ、ジーン王国軍の、……えっと何だっけ、あ、沿岸警備隊の者だッ! お、お前らおとなしくしろッ!」
    「軍……!?」
     海賊たちの顔に緊張が走る。フーは剣を構え、彼らと対峙する。
    「く……!」
    「構うこたねぇ、やっちまえッ!」
     海賊の一人が剣を振り上げ、号令をかける。そして、号令を聞きつけ、新たに海賊がやってくる。
     この間、フーはエルスから指示されたことを、頭の中で繰り返し唱えていた。
    (まず、奇襲で一人か二人倒す。で、王国の警備隊って名乗って、そんで、周りに向かって怒鳴り散らしてる奴がいたら絶対にそいつを倒す、だっけか。
     怒鳴った奴って、あいつだよな。あの、赤いシャツの短耳倒せばいいんだよな?)
    「うらああッ!」
     まず、近くにいた海賊2名がフーに襲い掛かってくる。
    「……ッ! くそ、このッ!」
     フーは攻撃をギリギリでかわし、剣を垂直に構えて、剣の腹で海賊の腹と胸を叩く。
    「げぼッ!?」「うぐぁ……」
     刃は当てていないが、金属の塊である。まだ15歳とは言え、虎獣人の筋力でそれをぶつけられては、立っていられない。
     あっと言う間に仲間が3人動かなくなり、残った海賊たちは怖気付く。
    「やべぇ、強いぞコイツ!」
    「も、戻るか!?」
     その言葉にフーは一瞬ヒヤリとするが、先程の短耳が叫ぶ。
    「いや、見たところまだ経験の浅いガキだ! 囲んじまえば楽勝だろう!」
     短耳の言葉に、他の海賊たちも退却をやめた。
    「よ、……よし! 囲むぞ!」
    「く……っ」
     人生初めての「修羅場」にフーは強いプレッシャーを感じていたが、ここでまた、エルスの言葉がよみがえってくる。
    (『相手が4名以上残ってたら、囲みに来る。そのまま戦うと袋叩きにされるだろうし、そこは逃げながら敵を一人ずつ叩く作戦にして』、……って言ってたな。
     残ってるのは7人。……あいつの言った通り、囲もうとしてる。すげえな、何でもお見通しか?)
     体の震えを押さえ込み、フーは身を翻した。
    「あっ、逃げるぞ!」
    「逃がすな、追え、追うんだ!」
     海賊たちは逃げるフーを追いかけてくる。フーは時々振り返りながら、追ってくる敵を倒していく。
    「……くそ、俺だけかよ!」
     気が付いた時には、海賊の数は1名――赤シャツの短耳だけになっていた。
    「ハァ、ハァ……」
     この時、フーは9人倒していたのだが、不思議と疲れを感じていなかった。訓練中に乱闘騒ぎを起こした時よりも、余裕で呼吸ができる。
    (そっか、あの時は一度に4人相手だったもんな。こっちは奇襲やら何やらで、俺にとっちゃ、結局一対一ばっかりだし)
     こうなると、心にも余裕ができてくる。フーは剣を構え直し、短耳と向かい合った。
    「くそ……! このままやられてたまっかよ!」
     対する短耳は、奇襲で虚を突かれたことと、あっと言う間に仲間を倒されたことで、ひどく狼狽している。構えた剣もガクガクと振るえ、構えが定まっていない。
     若輩者ながら虎獣人であり、それなりに訓練も受けたフーの敵ではなかった。



     一方、こちらはエルスとリスト。海岸近くの林から、海賊船の様子を伺っている。
    「敵の数は……、4名か。距離はおよそ、30メートル。リストちゃん、銃の射程距離はどのくらい?」
    「え、っと……、多分、10メートルくらい。必中は3メートルかな」
    「そっか。じゃ、もうちょっと近付かないとダメだね。当たるところまで近付いたら、僕が船に乗り込むから、リストちゃんは援護してね」
    「わ、分かった」
     リストがぎこちなくうなずいたのを見て、エルスは優しく頭を撫でる。
    「ひゃ……っ」
    「大丈夫、大丈夫。多分僕が、全員倒せるから。リストちゃんは僕が危ないと思った時だけ、撃ってくれればいいからね」
    「……う、うん」
    「よし、それじゃ行こうか」
     エルスは立ち上がり、一気に駆け出した。リストもビクビクしながら、それについて行く。
    「ん……? だ、誰だっ!?」
     海賊船にいた者がエルスたちに気付き、剣を持って大慌てで船から降りてきた。
    「よ、っと」
     だが、百戦錬磨のエルスの敵ではない。いつの間にか手にしていた旋棍で、敵の急所を的確に突いて倒していく。
     降りてきた3名はあっと言う間に、浜辺に伸びていた。
    「君が船長かな?」
     エルスはまだ船に残っていた、ひげ面の短耳に声をかける。
    「う……っ」
     その短耳は浜辺に倒れた仲間を見て、うろたえている。エルスは確認することなく、船に乗り込もうとした。
     だが――。
    「俺が、船長だッ!」
     船の陰から現れた狐獣人の男が、エルスに向かってナイフを投げつけた。エルスの位置からは完全に盲点となっており、エルスの動作は完全に遅れた。
    「あ」
     避け損なったナイフが左肩に刺さる。
    「う、……いてて」
    「おりゃああッ!」
     エルスがナイフに注意を向けた瞬間、船の上にいた男は剣を振り下ろし、エルスを頭から斬り裂こうとした。
     ところが――。
    「うぐっ!?」
     上にいた男は突然肩を押さえ、うずくまる。
     その間にエルスは肩のナイフを抜き、旋棍を船長の「狐」に投げつけていた。
    「ぎゃっ……」
     船長の顔面に旋棍がめり込み、そのまま仰向けに倒れる。
    「ありがとう、リストちゃん。今のは本当に助かったよ」
     エルスは船の甲板に上がったところで、援護射撃してくれたリストに礼を述べた。
    「どっ、どう、いたしまして……」
     顔を真っ赤にしたリストはそう言うと、しゃがみこんだ。どうやら緊張の糸が切れ、腰が抜けたらしい。

    蒼天剣・風師録 4

    2009.11.26.[Edit]
    晴奈の話、第432話。 海賊撃破作戦。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. コンテナの中に皮袋――中身はジーン王国の沿岸部でさらってきた人間である――を詰め込んでいた海賊たちは、林の方からガサガサと何かが走ってくる音を聞きつけ、作業の手を止めた。「……ん?」「何だ?」 海賊たちがいぶかしがり、顔を上げると同時に、林から飛び出してきたフーが、その顔に拳をめり込ませた。「ぐえっ!?」「な、何者だ!?」「...

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    晴奈の話、第433話。
    作戦の顛末と黒い巴景。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     コンテナからさらわれた人間を解放し、海賊たちを縛り上げ、エルスたちは彼ら全員を船に乗せた。
    「それじゃこれから、グリーンプールに戻ります。気分の悪い方はいらっしゃいませんか?」
     さらわれてきた者たちに、エルスは優しく声をかける。
    「い、いえ……」
    「大丈夫です……」
     まだ事態の把握ができていないらしく、皆呆然とした顔をしている。
    「ご安心ください。皆さんはきっちり、家に帰して差し上げます。ジーン王国軍の誇りにかけて」
    「……あ、ありがとう」
    「た、助かり、ました」
     無事らしいことを確かめたエルスはにっこり笑い、リストたちに指示した。
    「それじゃ錨を揚げてくれ、フー。リストちゃんは帆を張って」
    「了解っス!」
     万事エルスの言う通りに進み、成功したためか、フーはエルスに対してすっかり従順になっていた。
    「帆って、コレ引けばいいの?」
     リストも話し方は変わらないが、チームを組んだ当初エルスに見せていたトゲは、随分少なくなっていた。
    「そう、それ。……よし、準備万端。それじゃ全速前進、よーそろー、……なんてね」
     エルスはおどけた様子で、船を発進させた。

     船が風に乗ったところで、エルスはリストとフーを呼んだ。
    「さて、僕らのチームの初仕事は、大成功に終わったわけだ」
    「そう、っスね」
    「……終わっちゃえば、『こんなもん?』って感じだけどね」
     減らず口を叩くリストを見て、エルスは苦笑する。
    「そりゃ、これは『レベル1』だもん」
    「レベル……1?」
    「そう。エドさんに無理矢理、『何でもいいから簡単な仕事を』って頼んだんだ。で、最も任務達成が容易だろうと判断された、『レベル1』の案件をもらったわけなんだ」
    「え、じゃあ、この仕事って」
    「うん。軍にしてみれば、『子供のお使い』みたいなもんだよ」
     エルスにさらっと言われ、リストとフーは顔を見合わせる。
    「マジ?」「大変だったのに」
    「ま、そんなもんだよ。……これからどんどん、もっと大変な任務もこなしていくからね。
     よろしくね、リストちゃん、それからフー」
     エルスがにっこり笑って手を差し出す。フーは素直につかんだが、リストは口を尖らせる。
    「ん?」
    「……その、エルス。いっこ、お願いしてもいい?」
    「何かな?」
    「アタシのコト、ちゃん付けはやめて。身の毛がよだつわ」
    「あー、うん。分かった。それじゃリスト、よろしくね」
     エルスはもう一度、手を差し出す。リストは、今度は素直に握った。



    「……と、コレがリロイとヒノカミ君の初仕事だったのよ。
     その後も失敗した任務は0件。成功率100%って言う、辣腕チームになったワケ」
    「ふーん……」
     フーの師、エルスの話を聞き終え、巴景は椅子から立ち上がった。
    「央南に亡命したってことは、あなたはもう一度会ったことが?」
    「ううん。ちょうどその日は留守にしてたから――まあ、だから盗みに入ったんだけどね――剣だけ奪ってさっさと逃げたのよ。まあ、変な女に邪魔されたりしたんだけどね」
     女、と聞いて巴景の勘が働いた。
    「その女……、猫獣人じゃなかった?」
    「え? ……そう言われれば、確かヒノカミ君はそんな風に言ってたわね。三毛耳の猫女だったって」
    「……晴奈……」
     巴景の中に、どす黒い感情が噴き出す。
    「……やっぱり魅力的ね、あなた。そうやって怒りに震える姿、素敵よ」
    「からかわないで」
     巴景はもう一度椅子に座り直し、己の数奇な運命を実感していた。
    (やはり、あの女と私とは、どこかでつながっている……。どこにいても――それこそ、こんな北の果てにいようとも――必ずあの女とのつながりが見えてくる。
     それなら、それでいい。いつか必ず、私と晴奈は再び相見えるでしょうね。必ずもう一度、戦うことになる。そう、必ず。必ず……)

     ドールの目には、巴景の姿が見えていた。
     その仮面の奥の本性――晴奈を倒すことだけを生きがいにする、修羅と化した「剣姫」の姿が。
    (ふふ……。ゾクゾクしてくるわ。いい表情をしているわね、トモエ。ヒノカミ君の猪突猛進さもすごく素敵だけど、その黒い感情に身を任せ、『化物』になろうとしているあなたも、本当に魅力的。
     見てみたいわね――あなたがセイナを倒し、その黒い思いを成就させた瞬間を)
     ドールはうっすらと笑みを浮かべ、巴景を眺めていた。

    蒼天剣・風師録 終

    蒼天剣・風師録 5

    2009.11.27.[Edit]
    晴奈の話、第433話。 作戦の顛末と黒い巴景。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. コンテナからさらわれた人間を解放し、海賊たちを縛り上げ、エルスたちは彼ら全員を船に乗せた。「それじゃこれから、グリーンプールに戻ります。気分の悪い方はいらっしゃいませんか?」 さらわれてきた者たちに、エルスは優しく声をかける。「い、いえ……」「大丈夫です……」 まだ事態の把握ができていないらしく、皆呆然とした顔をし...

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    晴奈の話、第434話。
    眠るフー。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     氷海に入ってから5日が経ち、ようやく氷が薄くなってきた。
     軍艦は持てる砕氷設備のすべてをフル稼働させ、その海域からの脱出を試みていた。しかし自然の気紛れさには敵わず、ところどころで硬く、分厚い氷に行く手を阻まれていた。
    「急げ! もたもたしてるとまた動けなくなるぞ!」
    「了解! ……よし、割れた! 微速前進、用意!」
    「了解! 微速前進!」
     氷を割った兵士が船に乗っている者たちに声をかけ、進めさせる。
    「……ダメだ! 止まれ、止まれ!」
    「りょ、了解! 停止!」
     だが、300メートルも進まないうちにまた、分厚い氷が迫ってくる。兵士たちは落胆した表情を浮かべながら、ハンマーを手にその氷へと向かった。

    「うぇー……、気持ち悪い」
     進んでは停まり、停まっては進むと言う不安定な動きのせいで、ドールはひどい船酔いに陥り、船室でぐったりしていた。
     いつものように、横には巴景がいる。
    「大丈夫?」
    「だ、い、じょ……、ぶじゃない」
    「はい、バケツ」
     巴景が差し出したバケツを抱え込み、ドールは切なげな声を出す。
    「うぇ、ええ……」
    「水、持ってきた方がいいかしら?」
    「うん……」
     普段の妖艶な姿は、見る影も無い。しかしなぜか、巴景はそんなドールを可愛らしく思った。
    (何か、安心したわ。やっぱり人間なのね、ドールも)
     巴景はクスッと小さく笑い、水を取りに部屋を出た。
     と、部屋から出たところであの「嫌われ者」と鉢合わせする。
    「あ……」
    「……」
     アランの方も巴景に気が付くが、何も言わずに通り過ぎる。
    「忙しいのね、参謀さん」
    「……」
     巴景はこの艦内で、フーとアランが諍いを起こしていることを知っている。そして、そのためにフーから距離を置かれ、現在何の指示も与えられていないことも十分承知である。
     その上で、そう声をかけている。アランはもう一度巴景の方を振り返ったが、やはり何も言わない。しかし、非常に不機嫌そうなのは伝わってきた。
    「何かお手伝いでも?」
    「……不要だ」
    「あら、そう」
    「……」
     アランは三度、巴景に振り返る。だがやはり何も言わず、そのまま去っていった。
    「……ふふ」

     アランはフーのいる船室の前に立ち、声をかける。
    「フー。入るぞ」
    「……」
     中からは何の返事も無い。
    「フー?」
     もう一度声をかけるが、やはり反応は無い。アランはフード越しに、ドアに頭を当てた。
    「……呼吸音は聞こえている。規則的だ。……ベッドのスプリングが軋む音がする。布ずれの音も――眠っている、か」
     アランは頭を離し、そのまま歩き去った。
    「……すー……すー……」
     アランの予想通り、フーは昏々と眠っていた。船がようやく動き出してからずっと、彼はベッドの上で眠りに就いていた。その間、彼は夢を見ていた。
     かつて、「黒い悪魔」克大火と戦った時のことを。



     その頃、フーの地位は既に少佐になっていた。
     アランの指示により央中クラフトランドに潜入し、ランニャ卿から鎧と篭手、兜――通称「ガーディアン」と呼ばれる武具を譲り受けたばかりであり、「これでカツミと互角に勝負ができる」と意気込んでいた頃だった。
     そんな時に、ちょうどトマスからの声がかかった。
    「大変だよ、フー!」
    「どうしたんっスか?」
    「カツミがいよいよ、北海に乗り込んできたそうだ。現在は北海諸島の第1島にいるらしい」
     第1島と聞き、フーは指折り数える。
    「って言うと、セレスタ島っスか」
    「そうだ。まもなくホープ島を経由し、現在戦闘が激化しているブルー島に侵入してくるだろう。……しかもなぜか、軍を率いているとか」
    「マジすか……? あのカツミが軍隊を、ねぇ」
     フーはいぶかしげに腕を組んでうなる。
     大火は自分の利益や興味に関わること以外は、滅多に積極的な行動に出ようとしない人物である。それに、基本的に個人主義であり、彼が軍隊を率いて戦うことなど――。
    「まず、ありえないことだよ。軍も僕も、この珍事に驚いているんだ」
     トマスはしきりに眼鏡を直している。よほど緊張しているらしい。
    「そうっスか……、カツミが、ねぇ」
     だが、逆にフーは冷静に状況を飲み込んでいる。フーは傍らにいたアランに、小声で尋ねてみた。
    「アラン、防具は手に入ったんだ。やってもいいか?」

    蒼天剣・風夢録 1

    2009.11.29.[Edit]
    晴奈の話、第434話。 眠るフー。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 氷海に入ってから5日が経ち、ようやく氷が薄くなってきた。 軍艦は持てる砕氷設備のすべてをフル稼働させ、その海域からの脱出を試みていた。しかし自然の気紛れさには敵わず、ところどころで硬く、分厚い氷に行く手を阻まれていた。「急げ! もたもたしてるとまた動けなくなるぞ!」「了解! ……よし、割れた! 微速前進、用意!」「了解! 微...

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    晴奈の話、第435話。
    最初の対峙。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     フーの自信たっぷりな言葉に、アランはピク、と動く。一瞬反対しようと考えたのだろう。
     だがそのまま静止し、間を置いて答えた。
    「……いいだろう。一度、相手との力量差を測っておかねばならんと考えていた。防具もあることであるし、安全に測れるだろう」
    「よし」
     ふたたび、トマスに向き直る。
    「トマスさん、こっちも応戦しましょうよ。俺がカツミを止めます」
    「……え? 君、が?」
     トマスは目を丸くして、聞き返してきた。
    「ええ、俺が。任せてください、何なら打ち破って見せますよ」
    「残念だけどちょっと笑えないな、そのジョークは」
     トマスは眼鏡をまた直し、顔を引きつらせる。
    「カツミの力量がどれほどのものか、君はまったく分かってない。
     いいかい、彼の強さはすでに伝説、神話の域に達しているんだ。中世央北地域で初めてその姿が確認された時、彼は投獄されていたファスタ卿を脱獄させるために、20人近い兵士を一瞬で惨殺した。
     それから、ファスタ卿を旧中央政府に対する反乱軍のリーダーに仕立て上げるために、ジーン王朝以前の、北方の軍閥を一つ丸ごと壊滅させてその力を誇示し、続いて央南東部で軍港を占拠、西方の軍事工場を爆破、さらには天帝廟の占拠、旧中央政府の本拠地だった宮殿の破壊と、その力量と凶行は留まるところを知らない。
     おまけに、反乱が成功した直後にリーダーだったファスタ卿を暗殺してその座を奪うと言った残虐さも持ち合わせている。しかも――当時の反乱軍の助けを借りたとは言え――これほどの悪事を、ほぼ彼が一人でやっているんだよ?」
    「はは……、歴史のお勉強っスか?」
     トマスの意見を笑い飛ばし、フーは不敵な態度を見せた。
    「そんな神話は俺が終わらせてやりますよ。現代に神や悪魔なんか、いりません」

     反対するトマスをねじ伏せ、フーは対大火の部隊を結成した。程なく大火の率いた中央軍が北海諸島を北上し、フーの部隊も同地域を南下。
     フーと大火は北海諸島第3島、ブルー島の沖合で、直接対決することとなった。



    「日上風と言うのは、お前か?」
     砲撃の白煙が包み込む洋上、王国軍の軍艦・甲板に、黒い影が降り立った。目の前に現れた男を、フーはギロリとにらみつける。
    「そうだ。お前が、タイカ・カツミか?」
    「いかにも。……なるほど、それっぽい顔だな」
     大火はフーの顔を見て、クク、とあの鳥のような笑いを漏らす。
    「あぁん?」
    「いかにも後先を考えない、突っ走ることしか知らぬ顔だ」
    「ヘッ」
     フーは唾を吐き、大火に挑発し返す。
    「お前こそ、聞いた通りの風体だな。真っ黒で煤みたいな、薄汚い面してやがる」
     だがこの挑発に、大火は乗ってこない。
    「安い切り返しだな。なかなかの手練と聞いて、わざわざ軍を連れてやって来たものの……」
     パシュ、と何かが飛んでくる音がする。次の瞬間、フーは後方に2メートルほど弾き飛ばされた。大火の剣術、「一閃」である。
    「……!? っぐ、くそッ!」
     空中で姿勢を変え、何とか海に落ちずに済んだ。
    「……? ふむ」
     いつの間にか刀を抜いていた大火は、けげんな顔をして刀を納める。
    「なるほど。頭は悪そうだが、多少は楽しめるか」
     フーはそっと自分の体の無事を確かめる。左胸から右脇腹にかけて、鈍い痛みがある。しかし、気力はまったく萎えてはいない。
    「……お前の遊び道具になるために、ここに来たんじゃない」
     体勢を立て直し、フーは素早く立ち上がった。
    「お前を倒すためだ、カツミ!」
     先ほどの挑発には大して反応しなかった大火だが、この言葉にはピクリと眉を動かした。
    「……身の程を知らん餓鬼め。この俺を、倒すだと?」
     もう一度、大火は刀に手をかけた。
    「俺が誰だか知らぬわけでもあるまい。俺に敵うと思うのか?」
    「お前の素性なんか知ったこっちゃねえよ。一々お前を調べておくほど、俺は暇じゃない」
     大火の細い目が、より細くなる。額には青筋も浮かんでいる。
    「愚かにも程があるな。もういい」
     大火は刀を抜いた。
    「お前と話す意義など欠片も無かった。さっさと消えろ」

    蒼天剣・風夢録 2

    2009.11.30.[Edit]
    晴奈の話、第435話。 最初の対峙。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. フーの自信たっぷりな言葉に、アランはピク、と動く。一瞬反対しようと考えたのだろう。 だがそのまま静止し、間を置いて答えた。「……いいだろう。一度、相手との力量差を測っておかねばならんと考えていた。防具もあることであるし、安全に測れるだろう」「よし」 ふたたび、トマスに向き直る。「トマスさん、こっちも応戦しましょうよ。俺がカ...

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    晴奈の話、第436話。
    量産神器と真の神器のぶつかり合い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「神器」とは何か。

     以前にも、晴奈が使っていた「大蛇」や、巴景が奪った「ファイナル・ビュート」をそう称したが、世に出回る神器のほとんどは次の定義を完全には満たしておらず、「まがい物」に近い。

    「本物」と称されるものの定義は、大きく分けて3つある。それについて、大火の持つ「妖艶刀 雪月花」を用いて説明しよう。
     一つ目、優れた性能を持っていること。「雪月花」は非常に希少な金属、ミスリル化鋼――ミスリル化銀、ミスリル化銅など、蓄魔力性の高いミスリル系化合は柔らかい金属との化合物として良く見られるが、鋼鉄などの硬い金属と化合した例は、現代までにおいて、これ以外には無い――を使っており、その切れ味はあらゆるものを切り裂く。
     二つ目、何らかの伝説や歴史を持っていること。「雪月花」は央中ネール公国の祖、ネール大公と大火が共に創り上げ、以来200年もの間ずっと、大火の愛刀として使われている。言い換えれば、それだけの実績がある逸品と言うことでもある。
     単純に高性能なだけでは、神器とは呼べないのだ。

     そして三つ目――これが何よりも、重要なことである――何者にも、破壊できないこと。



     また、パシュと言う音が飛んだ。
    (やっぱり刀か! 掟破りな攻撃だな、刀で飛び道具並みの攻撃ってか……!)
     先程の先制攻撃とは違い、今度のフーには剣を抜いて防ごうか、それとも避けようかと考える余裕があった。
    (でも、多分剣で受けたら折れるな、こりゃ)
     とっさに身をよじり、「一閃」を避ける。が、次の瞬間ミシっと音を立てて肋骨が軋む。
    「甘いぜ、虎小僧」
     一太刀目の剣閃が飛んだ直後に、大火はもう一太刀放っていた。二太刀目をまともに受けたフーは、またも弾き飛ばされる。
    「……が、防具は一流か。俺の一撃を受けきるとはな」
     大火は刀を構え直し、フーを凝視している。フーは立ち上がり、自分の体が切れていないことを確認し、ため息をついた。
    「お前、なめてんのか」
    「うん?」
     剣を抜きながら尋ねてきたフーに、大火は短く聞き返す。
    「何で俺が起き上がるまで、じーっと見てやがる」
    「俺にとってこれは、単なる観察に過ぎんから、な」
    「なめてんだな。見せてやるぜ、俺の実力。……りゃあああッ!」
     フーは雄たけびを上げ、大火のすぐ側まで踏み込んだ。
    「ふむ」
     大火はすっと右腕一本で刀を上げ、フーの剣を止める。
    「……!?」
     フーは己の両腕と、大火の刀を交互に見て戦慄した。
    (何だと……!? 『虎』の、超人の、俺の渾身の一撃が……、こんな、簡単に、しかも片手で、止められただと……!?)
    「なめているのはお前の方だ。この体たらくでまだ、俺に敵うと思っているのか?」
     大火の言葉にフーの心はぐら、と揺れた。
     が、それでもフーは無理矢理に己を奮い立たせる。
    (アランが、やってもいいと許可してくれたんだ。……こんなところで心を折られてちゃ、意味ねえんだよ!)
     フーは一歩後ろに飛び、剣を構え直す。大火も刀を構え直し、また振り下ろす。
    (三度も同じ攻撃喰らってりゃ、見切れるっつーの!)
     飛んできた剣閃を避け、二太刀目を喰らわないよう周り込み、大火の胸を狙って剣を突き入れる。
    「む……」
     全速力での攻撃に、流石の大火も避けきれなかった。
    「……クク」
     だが、剣が大火のコートの表面で止まり、大火の体内には1ミリも入っていかない。
    「くそ、刀だけじゃなくコートまで神器かよ」
    「何を今さら嘆いている? もしも俺のことを少しばかりでも知っていたならば、こうなることくらい予想できただろうに」
     至近距離で、二人は短く会話する。涼しげな顔の大火とは逆に、フーの心中は激しく動揺している。
    「う……るせえ、知るか、お前のことなんかッ!」
     もう一度離れ、すぐに斬り込む。大火もこの辺りから、本格的に攻撃を仕掛け始めた。
    「ぉおおおおッ!」「りゃああァッ!」
     そのまま何十合と打ち合い、二人は軍艦の上を飛び回る。
    「はあッ!」
     大火の放った一撃が、甲板に大きな溝を作る。紙一重で避けたフーは、甲板を激しく蹴って飛び上がり、剣を振りかぶる。
    「こ、のおおおおッ!」
     飛び込んできたフーの攻撃を、大火も紙一重でかわす。
    「……いいかげんに」
     大火は刀から左手を離し、フーの頭をつかんで空高く飛び上がる。
    「が、あ、ああ……っ」
     大火は空中でフーから手を離し、刀を振りかぶる。
    「沈め……ッ!」
     零距離で「一閃」を叩きつけられたフーは、そのまま甲板に、飛び上がった時以上の速度で落ちていった。

    蒼天剣・風夢録 3

    2009.12.01.[Edit]
    晴奈の話、第436話。 量産神器と真の神器のぶつかり合い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「神器」とは何か。 以前にも、晴奈が使っていた「大蛇」や、巴景が奪った「ファイナル・ビュート」をそう称したが、世に出回る神器のほとんどは次の定義を完全には満たしておらず、「まがい物」に近い。「本物」と称されるものの定義は、大きく分けて3つある。それについて、大火の持つ「妖艶刀 雪月花」を用いて説明しよ...

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