黄輪雑貨本店 新館

蒼天剣 第8部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    • 626
      
    晴奈の話、第447話。
    楽しくて、馬鹿馬鹿しくて、切ない夢。

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    1.
    「おかーさーん」
     誰かが呼んでいる。
    「ん……」
     目を開けると、白い猫耳と、同じく白地で茶色い斑の付いた猫耳の男の子二人が、自分を見上げている。二人の顔は良く似ており、どうやら双子らしかった。
    「どうした……?」
    「ねぇねぇ、ご本読んでー」
    「ああ、うん……。何を読んで欲しい?」
    「これー」
     と、後ろから声がする。振り向くと、自分に良く似た三毛耳の女の子が立っている。男の子たちよりは2、3歳ほど年下のようだ。
    「あ、月乃ずるーい」
    「えー、おにーちゃんたちこそお母さん独り占めしよーとしてるしー」
    「独り占めじゃないぞ、二人占めだ」
    「ヘリクツ言わなーい」
    「こら、こら」
     何だかおかしくなって、クスクスと笑いがこみ上げてきた。
    「母さんは春司のものでも、秋也のものでも、月乃のものでもないぞ」
    「えー」「えー」「えー」
     子供たちは3人そろって、口を尖らせる。またおかしくなって、笑みがこぼれてくる。
    「ふふふ……。お母さんはな、みんなのものだよ」
     そう言った途端、子供たちはみんな満面の笑みを浮かべた。
     その6つの瞳には、随分表情が柔らかくなった、自分の顔が――。



    「にゃがっ!?」「ふぎゃぅ!?」
     飛び起きた弾みで、横で眠っていた小鈴の頭を叩いてしまった。
    「な、何すんのよ晴奈……」
    「……あ、失敬。……いや、その。……変な夢、を、見てしまった」
    「夢ぇ……? あ、……あー……」
     小鈴が切なそうな声を上げる。
    「ど、どうした?」
    「夢の中で、でっかい桃まん食べてたのにぃ……」
    「……すまぬ」
    「……うー……桃まん……兄さんの……桃まん……すー」
     そのまま、小鈴は寝入ってしまった。
     晴奈の方はしばらく横になっていたが、眠気が訪れる気配が無い。すっかり目が冴えてしまったようだ。
    「……仕方ない」
     もぞもぞと毛布を抜け出し、船室を出た。

     まだ日の差さない甲板に出て、早朝の風を吸うことにした。
    (にしても、面妖な夢だったな。
     子供に囲まれていた、夢の中の自分。状況から考えて、あの3人の子はどうやら自分の子供らしい、……が。
     ははっ、そんな馬鹿な)
     思い出せば思い出すほど、馬鹿馬鹿しく――そしてなぜか、切なくなってきた。
    「……あれ……?」
     潮風が妙に冷たい。
     頬に手を当てると、涙を流していたことに気付いた。
    「何で……?」
     誰もいない甲板でそうつぶやいてみたが、答えてくれる者はいるはずも無かった。



     双月暦520年5月17日。
     晴奈たちは、北方の玄関口であるグリーンプールに到着した。

     北方の海は、非常に澄んでいる。
     海水が冷たいせいで、不純物が溶けにくいのだろう。そのため港から海を眺めると、綺麗なエメラルドグリーンの海水を眺めることができる。
     それが、グリーンプールの由来である。
    「魚が美味そうな海だな」
    「そーねー」
     グリーンプールに到着した晴奈と小鈴は、情報収集と腹ごしらえのために、港近くの大衆食堂に入った。
    「さて、ここの名物は、と」
     メニューを眺めてみると、やはり港町のせいか、魚料理が目に付く。端から端まで、魚の名前がズラリと並んでいた。
    「それじゃ、あたしは鮭のクリームシチューと海老マリネのサラダ、それからパンで。晴奈は?」
    「同じものを」
     食事が運ばれてくるのを待つ間、晴奈は小鈴から北方についての話を聞いていた。
    「央南は『仁徳と礼節の世界』。央中は『狐と狼の世界』。央北は『天帝と政治の世界』。
     では、北方は何の世界でしょう?」
    「ふむ……。寒いから、雪と氷の世界かな」
    「半分当たり。正解は、『雪と星の世界』。この地方の文化は雪と星、この2つに集約されるのよ。
     現在、北方の大部分を支配しているジーン王国。その開祖と言われているのが、自らを『天星』と呼んだレン・ジーン王。その後一度、別の王家に権力を奪われたんだけど、復権させたのが『地星』と呼ばれたクラウス・ジーン王。ジーン王家の主要な人物にはみんな、『~星』と言う呼び名が付けられていたの。
     んで、そこから派生して、この国の優れた武人には『武星』、優れた学者には……」
     小鈴がそこまで言ったところで、晴奈はある話を思い出した。
    「『知星』か?」
    「あら、ご名答。知ってた?」
    「あ、いや。私の知り合いに、北方人で『知多星』と呼ばれた人がいたから」
     晴奈が何の気なしにそう言った途端、ざわついていた店内が静まった。
    蒼天剣・風砦録 1
    »»  2009.12.27.
    晴奈の話、第448話。
    親友の評判と宿敵の影。

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    2.
    「……む?」
     晴奈は突然向けられた多数の視線に戸惑う。すると近くにいた客の一人が、恐る恐る声をかけてきた。
    「……アンタ、老ナイジェル博士を知ってるのか?」
    「え? ああ、まあ。昔、交友があった」
    「いつだ? アンタ、若く見えるが……」
    「そうだな、4、5年ほど前だ」
    「5年前……」
     客たちと店主は顔を見合わせ、ボソボソと内輪で話す。
    「5年前って言ったら」
    「ああ。515年の、兵器強奪事件の後だ」
    「まさか老ナイジェル博士、央南に亡命を?」
    「かも知れん。あの方は昔、央南に留学していたそうだから」
     店の空気が変わったことを察し、晴奈は小声で小鈴に尋ねる。
    「私は何か、まずいことを?」
    「……さあ? あたし、北方のコトは良く分かんないし」
    「なあ、おサムライさん」
     店主が皆を代表し、質問してきた。
    「アンタは老ナイジェル博士……、エドムント・ナイジェル博士を知っているんだな?」
    「ああ。話したことも何度かある」
    「それは5年前、515年くらいのことだな?」
    「そうだ」
    「その……、博士は、何か武器を、持っていなかったか?」
     晴奈は彼らが何を聞こうとしているのか、ピンと来た。
    (『バニッシャー』か)
    「どうなんだ?」
    「……いや? 護身用に魔杖は持っていらっしゃったが、それ以外には特に何も」
    「そ、そうか」
     また、客と店主が内輪で話す。
    「博士、兵器は何も持って無かったって」
    「そうか……」
    「じゃあもしかして、博士は無実?」
    「じゃやっぱり、リロイ・グラッドの仕業か」
    (リロイ?)
     呼び名は違うが、苗字から恐らくエルスのことだろうと推察できた。
    「博士は弟子の不始末に巻き込まれた、ってことか」
    「なんて恩知らずだ!」
    「ジーン王国の恥だな、つくづく」
     友人を悪く言われ、晴奈の気分は悪くなる。
    (エルスたちの考えも知らずに、何と言う言い草だ!)
     晴奈は内心穏やかではなかったが、それでも冷静を装って、静かに食事を平らげた。

     店主と客たちはその後も根掘り葉掘り、晴奈に質問してきた。それに答えるうち、気がかりな情報を耳にした。
    「そう言えば俺、聞いたんだけどさ」
    「うん?」
    「その、老ナイジェル博士のお孫さん。今、ナイジェル家の宗主になってるんだけどさ、今行方不明になってるって言われてるんだけど、実はヒノカミ中佐が自分の砦に監禁してるって、そう聞いたことがあるんだ」
    「日上だと?」
     ほぼ1年半ぶりの標的の情報に、晴奈は強く反応した。
    「ああ。どうも仲違いしたとか、何とか。ま、噂だから何とも言えないけどさ」
    「ふむ……。その砦と言うのは、どこにある?」
    「ウインドフォートって言う街さ。この街、中佐の砦ができてから作られた街なんだけどね」
     客たちは親切に、ウインドフォートまでの道のりを教えてくれた。



     3日かけ、晴奈と小鈴はグリーンプールから海岸沿いに南東へ移動し、ウインドフォートに到着した。
    「そう言えば……」
     街に着いたところで、晴奈が口を開く。
    「ん?」
    「央中のミッドランドで、この国の出身のホーランド教授に会ったことがあったな」
    「あー、そんなコトもあったわねぇ」
    「その時確か、ナイジェル博士のお孫さんには優秀な人物が一人いるとか聞いた覚えが。もしかすれば、その人物が現在監禁されていると言う、ナイジェル家の宗主かも知れぬな」
    「何だっけ、名前」
     二人は顔を見合わせ、記憶を掘り返す。
    「……オスカー?」
    「何か違うような……。ベアトリクスとか言っていたような」
    「それ女性名じゃん。男だったはずよ、確か。……何だったっけ?」
    「うーむ……」
     2年も前の話なので、二人ともすっかり忘れていた。

     ともかく、ここでも情報収集のために、二人は酒場に寄ってみた。
    「いらっしゃ……、お?」
    「うん?」
     よほど央南人が珍しいのか、この国に入ってから晴奈と小鈴はよく、周りから反応される。店主もまた、同様に珍しがっているのだろうと晴奈は思っていたのだが、どうも反応の仕方が違う。
    「アンタ……、央南の人?」
    「ああ、そうだが」
    「へー……。央南の人って、そんな顔立ちなんだ」
    「は?」
     店主はポリポリと頭をかきながら、皿を一枚顔の前に掲げる。
    「いやね、この街にも一人央南人が住んでるんだけどさ、その人いーっつもこんな風に、お皿みたいにのっぺりした仮面を着けてるからさ、どんな顔してるんだろうなーって。
     ……いやいやすみません、初対面のお客さんに失礼なこと言っちゃって」
    「ああ、いや……」
     晴奈の脳裏に一瞬、巴景の顔(と言うか仮面)が浮かんだが、「それは無い」と打ち消した。
    (いくらなんでも北方まで来られるわけがない。特別便に乗った私たちでさえ半年近くかかった道のりを、私たちよりずっと早く到着するなど、常識的にありえぬ)
     巴景が実際ここに来ており、しかも非常識な手段を用いていたことなど、晴奈には知る由もない。
    「少し聞いてもいいか?」
    「ああ、はい、どうぞ」
    「この街に、日上中佐がいると聞いたのだが」
    「はいはい、いらっしゃいますよ。ほら、あのおっきな砦。あそこを軍から任されてまして、その最上階に住んでらっしゃいます」
    「ふむ。会うにはどうすればいい?」
    「ははは、ご冗談を」
     店主はパタパタと手を振って、晴奈の質問に答える。
    「砦の最高責任者ですし、そうそう簡単にはお会いできませんよ」
    「なるほど」
     その後も二、三尋ねたが、あまり有益な情報は得られなかった。
    蒼天剣・風砦録 2
    »»  2009.12.28.
    晴奈の話、第449話。
    白猫からの真剣な預言。

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    3.
     まっすぐ向かって会うことは難しいと分かったので、晴奈たちは忍び込むことにした。
    「小鈴、モール殿に以前『インビジブル』と言う術を使ってもらったことがあるのだが、使えるか?」
    「『インビジブル』? ……うーん、使ったコトないわ。一応、モールさんから教えてもらったんだけどね」
     そう言って小鈴は手帳を開き、ぺらぺらと流し読む。
    「ま、やってみるけど」
     小鈴は「鈴林」を握り締め、ブツブツと呪文を唱え始めた。小鈴の姿はじわじわと透け始めたが、完全な透明にはならなかった。
    「……出力的にコレが限界かも。ま、夜だったら見つからないかもね」
    「ふむ」
    「とりあえず夜まで、その辺の宿でも取ってゆっくりしましょ」
    「そうだな。多少、疲れもあるし」
     晴奈たちは宿を取り、暗くなるまで眠ることにした。



    「……いるんだろう、白猫」《おわっ》
     夢の中――いつもならどこからか現れ、突然声をかけてくる白猫に、今回は晴奈が先制した。
    《段々鋭くなってくるなぁ、セイナ》
    「そうそう鈍(なまくら)ではいられぬ、と言うことだ。それで、今回は何の用だ?」
    《あ、えっとね。キミ、ウインドフォート砦に忍び込むつもりでしょ?》
    「ああ、そうだ。止めても無駄だぞ」
     晴奈はキッと、白猫をにらむ。ところが白猫は、プルプルと首を振って否定した。
    《く、ふふっ……。止めやしないって。むしろ、行ってほしいんだ。ある人を助けるためにね》
    「ある人?」
    《そう。トマス・ナイジェル博士。今、砦の地下2階の牢屋に監禁されてるんだ》
    「トマス……。ああ、そうだ。確かトマスだったな」
    《忘れてたんでしょ》
    「ああ。正直、どうでもいいと思って聞いていたからな、ホーランド教授の話は」
    《だろうねぇ。……でもねセイナ、その話、よーく思い出しておいて》
    「え?」
     白猫はいつもの飄々とした態度をまったく見せず、ひどく真剣なまなざしで晴奈に訴えた。
    《大変なコトなんだよ。ホーランド教授は、大変なコトをしてしまうんだ。
     あるコトがきっかけで、この世界の『あるシステム』が明日、停止するんだ。そのせいでホーランド教授は、大変な発見をしてしまう。そして『発見したソレ』に、取り込まれてしまうんだ》
    「システム? それ? ……一体、何のことだ?」
    《いずれ分かるさ》
    「……?」
     晴奈の頭には次々と疑問符が浮かんでくるが、白猫は説明しない。
    《それからセイナ、もう一度言うよ。トマス博士を、絶対に助け出してね。
     それはキミにとって、非常に大事な、大切なコトになるから》



     5月20日、深夜。
     晴奈と小鈴は「インビジブル」を使い、砦に侵入した。やはり完全に透明にはならなかったが、それでも夜の闇の中ではほとんど目立たない。
     堂々と門をくぐり、砦の中に入る。
    「……さて」
     術を解除し、晴奈たちは物陰に隠れた。
    「最上階へ、……と言いたいトコだけど、けっこー手強いわよ」
    「そうだな」
     砦は敵の侵入と制圧・占拠を阻むために、複雑な構造になっている。うかつに進めば、すぐに行き詰まってしまうのは明白だった。
    「誰かこの砦に詳しい人がいなきゃ、昇れないわよ」
    「ふむ。……あ」
     そこで晴奈は、白猫が言った言葉の意味を推理した。
    (『非常に大事な』、とはこのことか。なるほど、軍事顧問のナイジェル博士ならば、この砦の構造を知っていてもおかしくない。助け出さねば、進むのは難しいだろうな)
    「どしたの?」
    「あ、いや。……この地下に、ナイジェル博士は監禁されていると言っていたな。彼なら、この砦に詳しいかも知れぬ。助けに行こう」
    「んー……、そうね。そうしましょ」

     地下は占拠する意味の無い区画のためか、地上よりも簡単な造りになっていた。警備の数は上より少なく、薄暗い通路では半透明の晴奈たちはまったく気付かれない。
    「この辺りが……、牢屋か」
    「多分、ね」
     小声でボソボソと話しながら、通路を進んでいく。
     と――。
    「……!? こ、小鈴!」
    「どしたの?」
    「術が……!」
    「え?」
     きょとんとする小鈴の顔が「見える」。
    「……あ」
     なぜか術が解け、二人の姿が鮮明になり始めた。
    「何で!? 解除してないのに!?」
    「おい、お前ら!」
     二人に気付いた兵士が、立番をしていた門の前からつかつかと歩み寄ってくる。
    「く……!」
     晴奈は刀に手をかけ、兵士を倒そうとした。
    「そこで何を、して、い、……る」
     ところが、わずかな灯りでも顔が見える程度に兵士が近付いてきたところで、相手は突然立ち止まった。
    「……おほぅ」
     兵士は小鈴の顔を凝視している。いや、良く見ればその目線は顔よりずっと下、豊かな胸の方に向いており、にんまりした表情を浮かべている。
     それに気付いた小鈴の額に、ぴきっと青筋が浮き出た。
    「……ドコ見てんのよ、この変態!」
     晴奈の代わりに、小鈴が兵士を殴り倒した。
     ちなみにこの兵士――以前、巴景がミラと共にこの場所を訪れた際に、ミラを凝視していた看守である。
    蒼天剣・風砦録 3
    »»  2009.12.29.
    晴奈の話、第450話。
    トマス博士との出会い。

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    4.
     倒した兵士から鍵を奪い、晴奈たちは牢獄のある区画へと侵入した。
    「さて、ナイジェル博士はどこに……?」
     きょろきょろと辺りを見回すが、牢屋の中に人影は無い。どうやらあまり使われていないらしい。
    「博士さーん」
     晴奈と小鈴は手分けして牢屋を回る。
    「博士、いらっしゃいますか?」
     二人で声をかけ、博士を探す。
     と、奥の方からボソボソと何かが聞こえた気がした。
    「む……」
     晴奈は声のした方に向かう。すると若い男の声で、こう言っているのが聞こえた。
    「……いやいや、まだ女性かどうか……」
    「何……?」
     曲がり角を一つ隔てたところに立っているため、晴奈の姿が見えるわけも無い。それなのに、その男は晴奈が女性であることを見抜いた。
    (この推理力。間違いない、ナイジェル博士だ)
    「……よく、私が女性だとお分かりになりましたね」
    「え……、本当に女性?」
     姿を隠したまま、晴奈は男に問いかける。
    「あなたが、ナイジェル博士ですか?」
    「そう、だけど……。君は?」
     晴奈はそこで角を曲がり、ナイジェル博士に姿を見せた。
    「私は、セイナ・コウ。央南、の、……」
     曲がったところで、晴奈は愕然とした。
    (……少年? まさか……)
     そこにいたのは、青年と言うにはあまりにも若く見える、眼鏡をかけたエルフの男だった。
    「……どうしたのかな?」
    「あ、いや。コホン、……セイナ・コウ。央南の剣士だ。お主は、えーと……」
    「うん。トマス・ナイジェルだよ。童顔で実際の歳よりも若く見られるけどね」
     トマスは晴奈が驚いた理由を見抜いていたらしく、憮然とした顔で眼鏡を直した。
    「それでセイナさんだっけ、僕に何か用が?」
    「ああ、道案内を頼みたいと思ってな」
    「道案内?」
     トマスはまた眼鏡を直し、疑問に満ちた目を向ける。
    「えーと、セイナさんはこの砦の新しい傭兵とかじゃないのかな?」
    「ああ。日上から『バニッシャー』を奪い返すため、この砦に来たのだ」
    「『バニッシャー』を、奪い返す? ……詳しく聞かせてくれないか?」
     顔は非常に幼いが、中身は一般的な青年らしい。
     晴奈はほっとしつつ、小鈴を呼んで三人で話をすることにした。

    「そうか……。おじいさま、央南で……」
     トマスは晴奈からエルスとエド博士が「バニッシャー」を持って央南に亡命し、その地で博士が亡くなったこと、フーがエルスの留守中に「バニッシャー」を奪い逃走したこと、そして央中クラフトランドでフーと戦った話などを聞き、深いため息をついた。
    「……今になってようやく、僕は祖父とリロイが正しかったんだと痛感したよ。
     フーは確かに、『バニッシャー』をどこからか取り返していた。そしてそれを、僕に見せたんだ。それから、『このことは戦争が終わるまで秘密にする。お前のことは前々から気に入らなかったし、こうして見せびらかしてから監禁することにする』って言われて、ここに放り込まれたわけさ」
    「そりゃまた、アコギな話ねぇ」
     小鈴はうんうんとうなずき、トマスに同情していた。
    「フーが暴走した原因は、間違いなく『バニッシャー』だ。あれが無かったらきっと、もう少しは僕の話に耳を傾けてくれただろうし、ましてや僕が閉じ込められることも無かっただろうね。
     お祖父さまたちはきっと、あの剣が軍にあればこんな騒動がいずれ起こるだろうと、分かっていたんだろうな」
     トマスは顔を上げ、晴奈に頼み込んだ。
    「フーのところに案内する代わりに、お願いがあるんだ。僕を王国の首都、フェルタイルまで送っていってほしいんだ」
    「首都に?」
    「首都の軍本部に、この一件を報告する。フーの暴走を、これ以上看過できはしない」
    「なるほど。……相分かった、トマス。お主を必ずフェルタイルまで送ってやろう」
    「ありがとう、セイナさん、コスズさん」
     晴奈は鍵を開けながら、トマスの顔をもう一度見た。
    (やはり少年にしか見えぬ。……一体、何歳なのだ?)
    「どうしたの、セイナさん?」
    「あ、いや。……ああ、トマス。私に『さん』付けは無用だ。どうも尻尾がかゆくなる」
    「あ、はい」
     後で聞いたところによると、トマスは今年で24なのだと言う。晴奈も小鈴も「そうは見えない」と思ったが、口に出さないでおいた。

     牢から開放されたトマスは、約束通り砦の最上階まで案内してくれた。
    「おかしいな……?」
     途中、トマスが首をかしげる。
    「どうした?」
    「兵士の数が少なすぎる。以前に訪れた際は、もっと多かったはずなんだけど」
    「ふーん……?」
    「あともう一つ、気になる点がある。
     コスズさん、さっきからちょくちょく術を――『インビジブル』って言ってたっけ――解除したり掛け直したりしてるみたいだけど、なんでそんなことしてるの? 無駄でしょ?」
    「分かってるわよ、んなコト」
     トマスの指摘に、小鈴がイライラした様子で応じる。
    「こっちだって解除したくてしてるワケじゃないの。勝手に解けちゃうのよ」
    「へぇ?」
    「砦に何か、術を強制解除するよーな機構でも付いてんのかしら……?」
    「うーん、もしかしたら」
     と、トマスが手を挙げてこう返す。
    「その術って、発動中はしゃべっちゃダメなんじゃないかな。さっきから見てたら、二人のどっちかが口を開く度に解除されてるみたいだし」
    「え?」
     そう言われ、小鈴はあごに指を当てて思い返す。
    「……そうかも」
    「そう言えばモール殿がこの術を使った際、『黙っててね』と念押しされていた覚えが」
    「あ、じゃあそれだよ。間違いないって。君たちのせいだったんだ」
     トマスは自信たっぷりの顔で、二人にそう断言した。
    「あ、……うん。まあ、そりゃ、そーなんでしょーけど、……さぁ」
    「なに?」
    「……別にぃ」
     正論と言えば正論なのだが、トマスの言い方にはどうも、引っかかるものがある。
     晴奈は憮然としつつも、こう尋ねてみた。
    「その、老ナイジェル博士は魔術学の権威でもあったそうだが、トマスも魔術に詳しいのか?」
    「ううん、全然」
     あっけらかんと返され、晴奈と小鈴の中に何か、カチンと来るものがあった。
    (……何と言うか)
    (今かなり、ムカッと来たんだけど)
     二人ともそうは思ったものの、これも口には出さないでおいた。
    蒼天剣・風砦録 4
    »»  2009.12.30.
    晴奈の話、第451話。
    またも逃した剣。

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    5.
     三人は砦の最上階、フーの部屋へと到着した。
     既に立番をしていた兵士も倒し、警備は解除されている。
    「入るぞ」
    「ええ……」「うん……」
     三人は緊張した面持ちで、部屋の扉を開けた。
     ところが、部屋の中には誰もいない。
    「……あれ?」
    「フー、は?」
     三人は肩透かしを食った気分で部屋中を探すが、やはり部屋の主はどこにもいなかった。
     と、トマスが部屋を見回し、一人ブツブツとつぶやきながら、晴奈に尋ねる。
    「砦内には兵士が少ない。そして責任者も不在、……と。
     えっと、セイナ。今、……4月だっけ?」
    「5月だ。5月20日……、ああ、もう日が変わっていたな。5月21日だ」
    「そっか。じゃあもう、中央政府との戦争が再開されている頃か。
     となると恐らく、フーは兵士を引き連れて北海に出てるんだろうね」
    「なるほど……。
     中央政府との戦いに出ている以上、『バニッシャー』も彼奴の手元にあるのは間違いないだろう。……一足遅かったか」
     晴奈はがっくりと肩を落とす。
     と、その様子をなぜか、トマスがしげしげと見つめている。それに気付き、晴奈はいぶかしんだ。
    「……何だ? 私の顔に何か付いているか?」
    「あ、ううん。……何でも」
    「……?」
     晴奈は首を傾げたが、他に気になることはいくらでもある。それ以上は特に、深く聞かなかった。
     と、晴奈はまた視線を感じ、振り返った。
    「誰だッ!?」「ひゃう!?」
     部屋の扉の陰から、おどおどとした女の声が聞こえてきた。
    「あ、あのぅ、どなたさんでしょうかぁ?」
    「その声……、トラックス少尉、かな」
     トマスが声の主に気付き、呼びかける。
    「あんまり騒いでほしくないんだ。そっと、こっちに入ってきてくれるかな」
    「は、はぁい……」
     きー、と音を立てて、扉が開く。トマスの予想していた通り、ミラが顔を出した。
    「は、博士ですかぁ? 何でここに……」
     ミラが入ってくる直前に扉の側に隠れていた小鈴が、ミラの体を羽交い絞めにする。
    「ひゃあ!」「動かないでね」
     ミラを拘束したところで、晴奈が素早く近寄り刀を抜く。
    「まず名前を聞かせてもらおうか」
    「あれ?」
     真剣な晴奈たちとは逆に、トマスが緊張感の無い質問をする。
    「央南人って自分から名乗るのがしきたりじゃなかったっけ」
    「……一々、話の腰を折るな」
     晴奈はイラついた目をトマスに向けながら、ミラに再度質問する。
    「私はセイナ・コウだ。後ろの女性はコスズ・タチバナ。これで満足か、トマス?」
    「あ、うん。変なこと言ってごめんね」
    「……」
     ミラが晴奈とトマスを交互に見ながら、恐る恐る口を開いた。
    「あ、えっとぉ、アタシはミラ・トラックスですぅ。お二人さんとも、央南の方なんですかぁ?」
    「そうだ。私は央南からはるばる、日上風が奪った剣を取り戻すためにここまで来たのだ」
    「そうなんですかぁ……。その、えっと、何て言ったらいいのか、残念でした、って言えばいいのか……」
    「何だ?」
    「ヒノカミ中佐、北海に出ちゃってるんですよぉ」
    「やはりそうか……」
     晴奈は小鈴に目配せし、ミラの拘束を解かせた。無理矢理に腕を極めたせいか、ミラは痛そうに腕をさすっている。
    「いた、た……」
    「ゴメンね、ミラちゃん」
    「いえ、お構いなくぅ」
     ミラは豊かな胸元から杖を出し、ボソボソと呪文を唱え始める。どうやら治療術で痛みを和らげようとしているらしい。
    「あ、あたしがやったげるわよ。ケガさせたのあたしだし」
    「いえ、これくらいは……」
     なぜか小鈴とミラは気さくに話し始める。
     その間に、晴奈はトマスと今後のことを相談することにした。
    「目的がここにいない以上、長居する理由は無い。
     フーが北海から戻るのは、いつぐらいだろうか?」
    「うーん……、早くても補給が切れる間際、6月半ばまでだろうなぁ。それまでは戻ってくる理由が無いと思うよ。万が一、フーが死んだりでもしない限り、だけど」
    「なるほど。……では先に、お主をフェルタイルまで送るとするか。いい時間潰しにはなりそうだ」
    「ありがとう、セイナ。
     そうだ、もしフーが戻って来るまでにもっと時間がかかりそうなら、それまで僕の家でゆっくりしていくといい。元々祖父の邸宅だったから、部屋だけは一杯あるんだ」
    「ふむ、ではお言葉に甘えるとしようか」
     話がまとまったところで、晴奈は小鈴に声をかけた。
    「小鈴、出発するぞ」
    「あ、うん。ソレなんだけどさ、晴奈」
     小鈴はミラの肩を持ち、もう一方の手で拝むような仕草を見せた。
    「この子も一緒に連れてってあげましょうよ」
    「は?」
     思いもよらない提案に、晴奈は目を丸くした。
    「この子最近、フーからの扱いが悪いらしいんだって。今回の戦いでも、同行させてもらえなかったって言うし」
    「そう言えば、そうだよね。側近なのにこの砦に残ってるって言うのは……。
     まだ側近のはずだよね、トラックスさん?」
     トマスの言葉に泣きそうな顔をしながらも、ミラはうなずいた。
    「まだちゃんと側近ですよぉ……。でも中佐、アタシのコトを陰で『とろくさい胸デブ』だって言ってるみたいでぇ……」
    「ナニソレ」
     小鈴の額に青筋が浮かぶ。
    「信じらんない暴言ね、ソレ。そーゆーコト言う奴、ガツンと張り倒してやりたいわ!」
    「さっきやっただろう、小鈴……」
     晴奈に突っ込まれるが、小鈴の怒りは収まらない。
    「ミラちゃん、あたしはアンタの味方だからねっ」
    「ありがとうございますぅ、コスズさぁん」
     二人はがっしりと手を握り合った。
    蒼天剣・風砦録 5
    »»  2009.12.31.
    晴奈の話、第452話。
    大掛かりなイタズラ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     小鈴とミラ、二人が厚い友情を芽生えさせていたところに、のっそりとした声が投げかけられた。
    「……あの、俺も、一緒に行って、いい、か?」
    「あ、バリーですかぁ?」
    「うん……」
     扉を開け、非常に体格のいい、しかし妙に頼りなさげな顔の熊獣人が入ってきた。
     その男に、晴奈は見覚えがあった。
    「……む、貴様は!」
     晴奈はバリーを指差し、きつい口調で尋ねる。
    「貴様、2年前に央南のナイジェル邸……、エルスの家から、『バニッシャー』を盗み出した者の一人だな!」
    「え? ……あ!」
     バリーは元から垂れている眉をさらに下げて、深々と頭を下げた。
    「すみません! 本当に、すみませんでした!」
    「……え、あ、うむ」
     素直に謝られ、晴奈はどう返していいのか分からず硬直する。
    「本当に、あの時は、中佐の、その、わがままに……」
    「……お主、名前は何と言うのだ?」
    「あ、はい! その、バリー・ブライアンと、言います。階級は、その、一応、曹長で、はい」
    「そうか。バリーとやら、お主はどうやら悪い奴ではなさそうだ。そこまで頭を下げる必要は無い」
    「その、えっと、……はい」
     晴奈はポリポリと猫耳をかきながら、今度はバリーに優しく尋ねた。
    「それでバリー、お主は何故、私たちと同行したいと?」
    「その……、俺もミラと同じように、あんまり、最近、待遇がその、よくなくって」
    「バリーも『でかいだけのどもるグズ』って……」
    「聞けば聞くほど、ムカついてくるわねー……」
     怒り心頭の小鈴は、フーの部屋にある魔術を仕掛けることにした。
    「コレでよし。15分くらいしたら、……クスクスクス」
     その様子を離れて見ていたトマスは、晴奈に耳打ちした。
    「どうもコスズさんって、あんまり怒らせたらいけないタイプの人みたいだね」
    「ああ、長い間一緒に旅をしているが、怒ると見境が無い」

     五人が砦を出てから数分後、砦の最上階からにょきにょきと何かが伸び始めた。
    「な、何だぁ!?」
    「モンスターか!?」
     夜中のことで、兵士たちはそれが何なのか判別できなかった。そして朝になり、伸びた「それ」の正体がつかめた。
    「これ……」
    「巨大な、……木?」
     小鈴が部屋に置いてあった観葉植物を土の術で伸長させ、大木にしたのだ。
    「どうする? これ……」
     あまりに巨大なため完全に伐ることはできず、かと言って砦に食い込んだこの木を焼いてしまえば、そのまま砦が焼けてしまう。
    「どうするったって……」
    「どうしようもないですよ、……ねぇ」
    「じゃ、……とりあえず閣下が戻ってきてから考えようか。あの人の部屋だし」
    「……そうだな」
    「……そうしましょうか」
     ところが結局、フーはこの部屋に戻ってくることは無かった。そのため大木も処理されることなく、そのまま砦に食い込んで成長し続けた。
     後年、この大木はウインドフォートの名物になったと言う。



     晴奈たちは知る由も無かったことだが――トマスを助け、ミラとバリーを伴って砦を離れたこの夜こそ、フーが大火を倒したその夜だったのだ。
     そして、「大火がこの世界から姿を消した」と言うこのイレギュラーな事態が、晴奈たちにまたも数奇な運命を辿らせることなど、この時の彼女らにはまったく予想も付かなかった。

     晴奈たちの、そして晴奈の運命は、急速に動き始めていた。
     しかし――誰にも分かるはずはないが――運命が動いているその兆候に、晴奈も、他の四人も、気付いてはいなかった。

    蒼天剣・風砦録 終
    蒼天剣・風砦録 6
    »»  2010.01.01.
    晴奈の話、第453話。
    晴奈と巴景、交わりつつある因縁。

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    1.
     ウインドフォートを離れた五人は、グリーンプールへの途上で今後の進路を考えつつ、世間話に興じていた。
    「そう言えばコスズさんとセイナさんってぇ」
     晴奈の後ろで小鈴と話していたミラが、ポンと晴奈の肩を叩いた。
    「うん?」
    「央南の人なんですかぁ?」
    「ああ、そうだ」
    「やっぱりそうですかぁ。アタシが知ってる央南の人と同じような発音されてましたしぃ、そうかなーってぇ」
    「ふむ……」
     晴奈と小鈴は、ウインドフォートの酒場で聞いた情報を思い出した。
    「あの街の酒場でも、央南人が生活していると言う話を聞いたな」
    「ミラちゃん、その人知ってるの?」
    「はぁい、お友達ですよぉ」
    「へぇ……。どんな人なの? その……、仮面をしてる、って聞いたんだけど」
     そう尋ねながら、小鈴は一瞬、晴奈に目をやる。晴奈も小鈴と視線を交わす。
    (やっぱ、……そー思う?)
    (まさか、とは思うがな)
     晴奈も小鈴も――常識的にはあり得ないとは思いつつも――やはり、「彼女」なのではないかと考えていたのだ。
    「いろんな意味ですっごく強い人でぇ、いっつもツンツンした感じでしたけどぉ、気は結構合ってたんでぇ、良くご飯一緒に食べたりぃ、服を買ったりしてましたよぅ」
    「そうか。……その、ちなみに、名は何と言うのだ?」
     晴奈の問いに、ミラは素直に答えた。
    「えーと、トモエさんですぅ」
     それを聞き、晴奈と小鈴は顔を見合わせる。
    「トモエ? トモエ・ホウドウ、か?」
    「あ、はぁい。あれ、ご存知なんですかぁ?」
     うなずくミラを見て、晴奈と小鈴は同時にため息をついた。
    「はぁ……、やっぱり」「まさか、まさか、……と思っていたのに」
     二人の様子に、ミラは戸惑っている。
    「どうしたんですかぁ? アタシ、何か変なコト……?」
    「いや……」
     晴奈はミラに、巴景との確執を語った。
    「じゃああの仮面かぶってる原因は、セイナさんだったんですねぇ」
    「そうなる。そして巴景は、それを深い恨みに変えているのだ」
    「確かにトモエさん、セイナさんにライバル心以上のもの、抱いてた感じがありましたねぇ。
     街で『央南の猫侍』のうわさを聞いたコトがあったんですけどぉ、その時トモエさん、ものっすごぉく不機嫌になっちゃってぇ。すごく気まずくなっちゃったコトがありましたもん」
    「やれやれ……、だ」
     晴奈は星空を仰ぎ見ながら、深いため息をついた。



     ほぼ、同時刻。
     北海第3島、ブルー島。
    「は……っ、は……っ」
     巴景の前に、精根尽き果てた様子のフーがへたり込んでいた。
     いや、巴景自身も疲労しきっており、気を抜けば即座に倒れこんでしまいそうだった。
    「終わった、……わね」
    「だと、いい、けど、な、……はっ、はぁっ」
     声を出すことも困難なほど、二人は疲れ果てていた。
     目の前には小さく盛られた土と、墓標代わりに立てた「彼」の刀があった。
    (あの刀も神器――できれば、欲しいところだけど)
     巴景はその刀に強い興味を抱いてはいたが、それを我が物にすれば流石に祟られそうな気がしたため、どうしても手は伸びなかった。
    「……なあ、トモエ」
     フーが背を向けたまま、巴景に尋ねた。
    「死んだよな? こいつ、死んだよな?」
    「……少なくとも、まともな人間なら絶対に生きていないはずよ。あれだけ痛めつけて、もうピクリとも動かなかったんだから」
    「……だよな」
     フーはふらふらと立ち上がり、巴景に顔を向ける。
    「トモエぇ……」
    「な、何よ?」
     フーはいきなり、巴景に抱きついた。
    「何するのよ!?」
    「悪い……。しばらく、このままでいさせてくれ……っ」
    「……?」
     巴景に抱きついたまま、フーはガタガタと震えだした。
    「怖かった……! 人間じゃねえよ、あいつは……!
     何で『あんなに』なって動いてられたんだ!? 何でまだ、しゃべれたんだよ!? その上、バカスカ攻撃までしてきやがって……!
     今でもまだあいつが、土の中から出てきそうで怖ええんだよ……!」
     巴景は震えるフーの肩を叩き、やんわりと声をかけた。
    「閣下、落ち着いてちょうだい。
     生きているわけが無いじゃない。どんなモンスターであろうと四肢を絶ち、首を裂き、心臓を突き刺しては、生きてはいられないわ。
     死んだのよ、『黒い悪魔』は」
     諭す巴景に、フーはうんうんと首を振っている。
    「ああ、ああ……。そうだよな、死んだよな……」
     敵が死んでなお怯えるフーに対し、巴景は冷静だった。
    (やれやれ……、ね)
     巴景は星空を仰ぎ見ながら、深いため息をついた。



     共振(シンクロニシティ)――離れたものが偶然、あるいは隠れた因果関係によって、同じ動きをすること。
     この時、この瞬間、晴奈と巴景はまったく同じ行動を取った。
     だが、そのことを知る者は彼女らを含めて、誰もいない。
    蒼天剣・回北録 1
    »»  2010.01.02.
    晴奈の話、第454話。
    小鈴とミラの共通点。

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    2.
     グリーンプールに戻ってすぐ、晴奈たちは山間部へ向かうための準備を始めた。
    「具体的にはどのように進むのだ?」
    「ルートは2つある。一つは主に軍が使っている、グリーンプールの東から首都付近へと直結しているキルシュ峠。だけど勿論、こちらはヒノカミ軍閥によって管理・封鎖されている。このルートは、僕らには使えない。
     そこでもう一つの、一般的に使われているルートを進むことにする」
     トマスは地図を広げ、グリーンプール北東にある峠道を指し示した。
    「それがこの、ノルド峠。こちらは軍が管理しているわけじゃないから、恐らくすんなりと進める。さらにその先、山間部と沿岸部の中間に広がる平野を抜け、もう一度峠道を進む。
     そこを越えれば山間部、首都フェルタイルに到着する」
    「なるほど」
    「だけど、整備されているとは言え昔からの難所だから、しっかり準備しないといけない。今日一日使って、装備を整えよう」
     晴奈たち五人は街へと繰り出し、食糧と登山用品を探しに出た。

     五人の中で最もかしましいのは小鈴とミラである。
    「ねー、コレ何? この、真っ白い塊」
    「あー、コレはですねぇ、お魚とかの塩漬けですねぇ。このまま焼いてぇ、周りの塩を砕いて中身を食べるんですよぉ」
     食糧品店を回りながら、楽しそうに騒いでいる。
    「へー、変わった食べ物ねぇ。中央じゃ、見たコトないわ」
    「そうなんですかぁ? こっちの方だと、割と良くある食べ物ですよぉ」
    「一回食べてみたいわね、コレ」
    「あ、じゃあ中身を取り出したの、買ってみますぅ? あっちに並べてありましたよぉ」
    「うん、食べる食べるっ」
     二人の様子を後ろで見ていたトマスがボソッとつぶやく。
    「仲いいなぁ、あの二人」
    「そうだな……」
    「……それにしても、まあ、その」
     なぜか口ごもるトマスをいぶかしみ、晴奈はトマスに目を向けた。
    「どうした?」
    「その、なんだ、……似ているよね、あの二人」
    「ふむ」
     そう言われて眺めてみると、小鈴とミラは確かに良く似ている。
     髪の色や肌の色合いは違うが、身長も近く、声の質も似ている。央南人離れした小鈴の目鼻立ちも、北方では良くなじんでおり、ミラの顔に似ていると言えば、そう見える。
     それに体型の方も――。
    「……ああ」
    「ん?」
    「お主もそう言う口か」
    「え? 何が?」
     晴奈は少し口を尖らせ、自分の胸を指で叩く。
    「お主も胸が大きい女の方が好みなのだな」
    「あ、いや。そうじゃなくて、いや、否定はしないけど」
    「まったく……」
     晴奈は呆れ、ため息をつく。
     晴奈としては「これも男の性と言うものか」と内心笑っていたのだが、慌てるトマスがうっかり放った一言が、彼女の逆鱗に触れてしまった。
    「いや、そのね、別に胸が大きいとか小さいとか、そんな点で女性を見たりしないよ、僕は、うん。セイナも魅力的だって、その、体型は別にして」
    「……何だと?」

     魚の塩包み焼きをほおばり、小鈴は幸せそうな笑顔を浮かべている。
    「あんなに塩でゴテゴテ固めてたから塩辛いかなーとか思ってたけど、いーい感じに味が馴染んで、……ちょー美味しーぃ」
     ミラも両手で塩焼きをつかみ、チビチビと食べながらニコニコしている。
    「えへへー……、喜んでもらえたみたいで嬉しいですぅ」
     北方料理を堪能しつつ、小鈴とミラは晴奈たちのところに戻った。
     と、晴奈が顔を真っ赤にし、トマスに怒鳴りつけているのが見える。
    「……あれぇ?」
    「何かあったのかしら?」
     二人の横でおろおろしていたバリーに話を聞いてみると、彼は顔を赤くして「なんか、その、……いや、……えっと」と、要領を得ない答えを返してきた。
    「……何が何だか」
     小鈴とミラは、首をかしげながら晴奈を眺めていた。

    「この、大馬鹿めッ!」
     晴奈はトマスをにらみ、なおまくしたてる。
    「いや、ごめん。ほめたつもり……」
    「どこがだッ!」
     そこで、晴奈が刀に手をかけた。
    「え」
    「ちょ、晴奈!?」
     やりすぎだと慌て、小鈴たちが止めに入ろうとした。が――。
    「……それはそうと!」
     晴奈は横から飛び込んできた何者かを牽制すべく、刀を抜いて彼らに顔を向けた。
    「取り込み中だと言うのが見て分からぬか、雑兵!」
    蒼天剣・回北録 2
    »»  2010.01.03.
    晴奈の話、第455話。
    ハインツの襲撃。

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    3.
     気が付けば既に、晴奈たち五人の周りに十数名の兵士が並んでいた。
    「う……っ」
     だが、まずトマスを拘束しようとしていた兵士が晴奈に牽制され、出鼻をくじかれてしまう。
    「その様子からすると、我々が騒いでいたから収めようとした、と言うわけでもないらしいな」
     囲んでいる兵士たちも晴奈同様、武器を構えている。どう見ても臨戦態勢であり、騒ぎの収拾に当たるつもりではなかったのが分かる。
     と、トマスがほっとした顔をしつつ、推察する。
    「ともかく、まあ、喧嘩してる場合じゃなくなったわけだ。いや、……えーと、察するに皆は、ウインドフォートの兵士たち、かな」
    「はい、皆さん見覚えありますよぅ」
     ミラが困った顔で応え、隣のバリーも無言でうなずく。
     と、固まる兵士たちの間から、背の高い口ひげの短耳――ハインツ・シュトルム中尉が姿を現した。
    「あ、シュトルム中尉さぁん」
    「さん付けはよしてもらおうか、トラックス少尉」
     ハインツは苦虫を噛み潰したような顔で、晴奈たちをにらみつける。
    「トマス・ナイジェル博士! 並びにミラ・トラックス少尉とバリー・ブライアン曹長! そしてそこの紅白女と三毛猫!
     軍管轄下からの無許可離脱及びその幇助の罪により、ここで拘束させてもらうぞ!」
    「何を勝手な……!」
     トマスが珍しく声を荒げ、ハインツを非難する。
    「君たちこそ度々、重大な軍務規定違反を犯しているじゃないか! 僕には拘束されるいわれは無い!」
    「ええい、うるさい! とにかく我々の縛に付いてもらうぞ!」
     ハインツが怒鳴り、号令をかけた。
    「全員、かかれッ! 多少ケガを負わせても構わん!」
    「はッ!」
     固まっていた兵士たちは武器を構え直し、晴奈たちに襲い掛かった。

     だが、屈強な兵士たちといえども、修羅場を何度も潜り抜けた晴奈と小鈴の敵ではない。
     警棒を振り上げて晴奈を攻撃しようとした兵士をひらりとかわし、晴奈は足払いをかける。
    「おわっ!?」
    「ぬるい!」
     倒れこんだ兵士の頭に峰打ちし、気絶させる。
    「『ホールドピラー』!」
    「あっ!?」
     小鈴が兵士2名の足を土の術で止め、動けなくなったところを杖でひっぱたく。
     勿論、フーの側近を何年も勤め上げたミラとバリーも負けてはいない。
    「『グレイブファング』ぅ~!」
     ミラは土の術で石の槍を作り出し、兵士たちに放つ。
    「わ、わっと!」
     間一髪でかわしたところに、バリーのタックルが入る。
    「だあッ!」
    「むぎゅっ」
     兵士が3名、折り重なって民家の壁に叩きつけられる。
     あっと言う間に、ハインツの率いた兵士たちは全員打ちのめされた。
    「ぬ、う……!」
     ハインツはますます顔をしかめ、剣を抜いた。
    「残るはお前だけか」
     晴奈は刀を構え直し、ハインツと対峙する。
    「なめるな、田舎者の三毛猫風情が! このハインツ・シュトルム、『猫』如きに後れを取ったりはせんぞ!」
     ハインツは怒涛の如く踏み込み、嵐のように剣を振り回す。
    「ほら、ほら、ほらあッ! どうした、『猫』!」
     対する晴奈は攻撃せず、ギリギリのところでかわし続ける。それを見た小鈴がミラたちに耳打ちした。
    「晴奈の得意パターンよ、アレ」
    「得意パターン?」
    「相手をヘトヘトになるまで振り回して、さくっと叩く。ま、すぐ決着するわ」
     小鈴の言う通り、晴奈を追い回し続けたハインツの顔が、息苦しさのために真っ赤になっていく。
    「ぜっ、ぜっ、……この雌猫め、っ」
    「先程から聞いていれば、『三毛猫風情』だの、『雌猫』だの……」
     晴奈はここでようやく、ハインツを峰打ちした。肩で息をし、汗だくになって疲弊しきったハインツは避けきれず、まともに額を割られた。
    「ぐふう……ッ!」
    「私にはセイナ・コウと言うまともな名前があるのだ。覚えておくがいい、粗忽者」
    「な、に……? き、貴様が、あの……」
     ハインツは顔を、今度は血で赤く染めて、そのまま前のめりに倒れた。

     他の兵士が目を覚まさないうちに、晴奈たちは市場から去った。
    「しかし、参ったね」
     落ち着いたところで、トマスが眼鏡を直しながら――ちなみに先程の戦いの間ずっと、頭を抱えて縮こまっていた――地図を広げて見ている。
    「僕たちが逃げたことに、軍閥はもう気付いてしまっている。恐らく沿岸部の主要都市すべてに、捜査網が広がっているだろう。当然、ノルド峠にもね」
    「今考えたらぁ、中佐の部屋メチャクチャにしたのってぇ、まずかったかも知れませんねぇ」
    「うー聞こえない聞こえなぁい」
     小鈴は長い耳を押さえ、そっぽを向いている。
    「うん、あれは失策だった。どう考えてもあれで異状が発覚したんだろうし」
    「聞こえないったら聞こえないー」
    「それでは今後、どうやって首都まで進むつもりだ?」
    「そこなんだよねぇ……」
     トマスはもう一度、地図に視線を落とす。
    「前にも言った通り、沿岸部から山間部へとつながる道は二つしかない。そして、そのどちらにも軍閥の手は伸びている。
     それを考えると、どうやっても首都へ向かうのは不可能だ」
    「それじゃこれから、どうするんですかぁ?」
    「……首都に向かうのは諦めて、どこかに亡命するしか」
    「それも難しいでしょ」
     現実逃避していた小鈴が戻ってきて意見する。
    「戦争中の今、港はほとんど封鎖されてるはずよ。仮に便があったとしても、軍閥がそこら辺に目を付けないワケ無いし」
    「となると我々はここに足止め、敵の包囲網にじわじわ落ちるのを待つばかり、となるな。……いただけぬ話だ」
     五人は一様にうなり、ため息をついた。
    「……あ」
     と、ミラが顔を上げる。
    「そう言えばぁ、首都に向かう道ってぇ、キルシュ峠とノルド峠って言ってましたけどぉ、もういっこ、ありませんでしたかぁ?」
    「え? いや、この2ヶ所しかないはずだよ。王立図書館発行の公式地図だから、漏れも無いだろうし」
    「でもぉ、おとぎ話とかで、もういっこあるの聞いたような……」
    「おとぎ話って、君ねぇ……」
     トマスは呆れ、またため息をつく。
     が、他の三人はその話に食いついた。
    「ソレ、どんな話?」
    「えっとぉ、200年くらい前のぉ、『猫姫』さんのお話なんですけどぉ……」
     ミラはたどたどしく、その「おとぎ話」を話し始めた。
    蒼天剣・回北録 3
    »»  2010.01.04.
    晴奈の話、第456話。
    晴奈の逆鱗、二回目。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     双月暦4世紀の初めまで、北方の大部分を支配していたのは「ノルド」と言う王家だった。
     神代の戦争、二天戦争で中央軍に協力した豪族、ノルド家が治めていた王国だったが、他聞に漏れずこの王家も、長年に渡る巨大な権力の掌握によって腐敗。北方各地に広がる数多の軍閥を抑えきれず、北方は荒れに荒れていた。
     それらの不穏な勢力とノルド王家を排除しようとしたのが、現在の王家であるジーン家である。彼らは北方各地から密かに兵力を集め、各地の軍閥を攻撃して回っていた。しかし寄せ集めの兵隊と、鉄壁の要塞に護られた軍閥とではまともな戦いになるはずもなく、長い間成果を挙げられないまま、戦いは泥沼化していた。
     それを急転直下解決させ、さらにはノルド家を打倒し、ジーン王国の成立にまで導いたのが――。



    「ジーン王国初代の国王、『地星』クラウス・ジーンとファスタ卿、『黒い悪魔』、そして、『猫姫』イール・サンドラ、……ですねぇ」
    「また黒炎殿か……」
     晴奈はあちこちの逸話・寓話に大火が登場してくることに苦笑した。
    (まったく『神出鬼没』とは、この人そのものだな)
    「んで、その『猫姫』さんと3つ目のルートと、どう言う関係があるの?」
     尋ねた小鈴に、ミラはやはり、たどたどしげに説明する。
    「えっとですねぇ、そのサンドラさんが住んでた村とぉ、首都の近くとにぃ、抜け道があったって話なんですよぉ。
     その抜け道を使ってぇ、『猫姫』さんたちはぁ、軍閥さんたちと遭わずに沿岸部と首都とを行き来できたって話ですよぅ」
    「ほう」
     晴奈たちは真剣に話を聞いているが、トマスだけは懐疑的な目を向けている。
    「だからそれって逸話、架空の話だろう? そんなものがあるとは、到底思えないなぁ」
    「そうですかねぇ……?」
     トマスの強い口調に、ミラは不安げな表情を浮かべる。
    「考えてもみなよ、この山深い国じゃそんな峠、街道って言うのは非常に貴重なものだ。キルシュ峠だって、巨額と四半世紀以上の時間を投じて山を切り拓き、造成したものなんだからね。
     もし本当にそんな抜け道があるんなら、使われないわけがないじゃないか。なのに、現代においてまったくうわさを聞かないってことはつまり、無いってことになるよ」
    「……そうですよねぇ」
     しゅんとした顔になるミラを見て、トマスは得意げな顔になった。
    「だろう? もっと理知的に考えてほしいね」
    「トマス」
     晴奈は思わず、トマスの襟をつかんでいた。
    「な、何?」
    「わずかな可能性をろくに検討もせず、口先だけであしらって実も蓋も無く潰すのが、お前にとってはそんなに顔がニヤつくほど、楽しいことか?」
     晴奈の頭の中は、怒りで熱く煮え立っている。語調を抑えるのがやっとであり、依然襟を握り締める拳は緩もうとしない。
    「いや、そんなことは……。でもさ、常識的に」「貴様の他人を省みぬ無神経さ、流石に癇に障る。黙っていろ」「……そんな言い方しなくても。僕はただ……」
     言い訳しようとするトマスを、晴奈はさらににらみつけた。
    「黙れと言ったのだ」
    「……」
     吊り上がった目で怒りを訴える晴奈に、トマスは無言でうなずくしかなかった。

     トマスを話の輪から外し、晴奈たちは改めてミラの示した可能性を論じることにした。
    「それでミラ、その『猫姫』殿の住んでいた村とは、どの辺りなのだ?」
    「えっとですねぇ、えーと……」
     ミラは地図を眺めるが、困ったような顔をする。
    「ドコ、って言うのは、聞いたコトないですぅ……。お話の中では、『ブラックウッド』って言う村だったって聞いたんですけどぅ……」
    「ブラックウッド、ねぇ」
     地図を眺めてみるが、そんな地名は見当たらない。
    「だから無いんだって……。みんなどうかしてるよ」
     後ろでつぶやくトマスを無視し、小鈴は詳しく尋ねる。
    「まー、名前から考えて、森とか林とかが近くにありそうな名前よね。この辺りの森って言うと、この辺り?」
     小鈴は沿岸部の南側に広がる平野を指し示す。
    「そうですねぇ。あ、そうだ。その辺りってぇ、その『猫姫』さんがぁ、自分たちを裏切った『黒い悪魔』とぉ、最期に戦った場所らしいですよぉ」
    「そなの?」
    「ほら、この辺りに『ライオットヒル』って丘がありますぅ。『猫姫』さんが率いた反乱軍が全滅した丘だから、そう名付けられたって聞いたコトが……」
     それを聞き、小鈴は思索にふける。
    「ってコトはー……、その『猫姫』、この近くに本拠地を構えてたって可能性があるわね。となると、その本拠地がブラックウッドだってコトも、十分考えられるわ。
     んじゃこの辺り、調べてみましょ」
    蒼天剣・回北録 4
    »»  2010.01.05.
    晴奈の話、第457話。
    ブラックウッド探索。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     グリーンプールでの襲撃から、1週間後。
     晴奈たちは小鈴の提案に乗り、ライオットヒル周辺の森を調べて回っていた。周りの木々は色の濃い針葉樹ばかりで、「ブラックウッド(黒い木)」と言う地名があっても、何ら不自然ではない。
    「くしゅっ」
     森の中は湿度が高く、あちこちに霧が発生している。それに体温を奪われたらしく、ミラがくしゃみをする。
    「寒い? 何か羽織るもの、出そっか?」
    「いえ、だいじょぶですぅ」
     仲のいい小鈴とミラに比べ、依然晴奈とトマスの間には険悪な空気が流れている。
    「ねえ、セイナ」
    「何だ?」
    「……何でもない」
     時折トマスが声をかけようとするが、晴奈と目が合った瞬間にそらしてしまう。
    「……あの、セイナ」
    「何だ、と何度も聞いている。何なんだ、一体?」
     何度か声をかけて、ようやくトマスは質問した。
    「その、……僕って、無神経なのかな」
    「少なくとも、私にはそう見える。他人の意見を得意げにこき下ろし、他人の欠点を嫌味ったらしく踏みにじる様は、どう見ても無神経そのものだ」
    「そっか。……そうだよね、うん」
     トマスは晴奈に背を向け、黙り込んだ。
     その様子があまりにも気落ちして見えたので、彼を叱咤した晴奈も少々罰が悪くなった。
    「まあ、何だな。……反省したのなら、それでいい。今後同じことをしなければ、何も悪く考えることなどない」
    「……うん」
     また、両者は無言で探索を再開した。

    「あ、あのっ」
     バリーの声がする。晴奈たちは声のした方に顔を向けた。
    「どうした?」
    「あの、なんか、それっぽいのが、あっちに」
    「本当か!?」
     四人は急いで、バリーの方に駆けつけた。
     そこには確かに、かつて農村があったらしい形跡が確認できた。
    「あっちに看板があったわ。ボロボロで十分には確認できなかったけど、『BL**K **ODS』って残ってたから、多分間違いないわね」
    「まさか本当にあるとは……」
     トマスはあごに手を当て、絶句する。
    「……あー、……その、ごめんね」
     一転、トマスは申し訳無さそうな顔をし、ミラに謝った。
    「いえいえ、気にしないでくださいよぅ」
     謝るトマスに、ミラは笑って返した。

    「後はここに、その抜け道があれば上々なのだが」
     五人は廃村の中に入り、霧の中を慎重に進んでいった。
    「何だか不気味だなぁ」
     トマスが難儀したような声を出す。
    「……そゆコト、言わないでくださいよぅ」
     ミラが怯えた声を出し、バリーにしがみつく。
    「あ、あの、ミラ。……あんまり、くっつかないで」
    「やですぅ。アタシ、いかにも『オバケが出ますよー』って言うところ、キライなんですよぉ」
    「そうは言っても、あの、……当たってるから」
    「そんなコト気にしてる場合じゃないですよぅ~」
     二人の様子は同僚と言うよりも、歳の近い兄妹のように見える。二人のやり取りを背中で聞いていた晴奈は、思わず苦笑した。
     と――。
    「……うん?」
     霧の向こうから、ガサガサと言う音がする。
    「きゃっ……」
     ミラが怯え、ますますバリーに強くしがみつく(そしてますます、バリーは顔を赤くする)。
    「……何だ、狐か」
     向こうからやってきたのは、灰色の毛並みをした野狐だった。
    「な、なぁんだ……」
     ようやく、ミラがバリーから体を離した。振り返ってそれを見た晴奈は、また苦笑する。
    「幽霊だの妖怪だのの正体は、ほとんどこんなものだ」
    「で、ですよねぇ」
    「もっとも、中には本物もいないことも無いが」
    「やめてくださいよぉ~……」
     そうこうしている内に、狐が晴奈の足元に寄ってきた。
    「おっと。……結構可愛いじゃないか」
     晴奈も実妹と同じくらい動物が好きなので、屈んで狐の頭を撫でてやる。
    「ほら、うりうりー」
    「……ぷっ」
     晴奈の様子を見ていた小鈴が、口元を押さえて吹き出した。
    「ぷ、くくく、んふふふふふ、……晴奈ぁ、アンタ毎度毎度、可愛いモノに会うとキャラ変わるわねぇ、んっふふふふふふ……」
    「あ、……私としたことが」
     晴奈は顔を赤くしながらも、狐を撫でるのをやめようとはしない。ミラも晴奈の横に屈み込み、一緒に狐を撫でた。
    「この子、人懐っこいですねぇ」
    「そうだな。まったく、怖がりもしない。……良く見れば、体を洗った節があるな?
     まさかこんなところに、この狐を飼っているような人間がいるのか?」
     と、その時。
    「人間、……か?」
     若い男の声が、どこからか響いてきた。
    蒼天剣・回北録 5
    »»  2010.01.06.
    晴奈の話、第458話。
    古ぼけた若者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     突然かけられた声に、晴奈たちは全員驚き、即座に武器を構えた。
    「何者だ!?」
    「そんな、警戒せんでくれ……」
     現れたのは黒眼鏡をかけ、黒ずんだ古い官服に身を包んだ、金髪のエルフだった。
    「何者だ、と聞いている! 答えろ!」
     晴奈は刀をエルフに向け、威嚇する。
    「すまぬが、もう少しゆっくり、話してくれぬか……」
     男は妙に、古臭い話し方をする。それはまるで――。
    「お、おにーさん、おいくつですかぁ? なんか、おじーちゃんみたいなしゃべり方ですけどぉ……」
    「……? すまぬ、主らが何と言うておるのか、皆目理解できぬ」
     男は困った顔でおろおろするばかりだった。

     ともかく晴奈たちは近くの石や倒木に座り、自己紹介をした上で男の話を聞くことにした。
    「それでお主、名は何と言う?」
     晴奈は膝に狐を乗せたまま、男に尋ねた。
    「わしは、……あ、いや、僕、は」
     自分の話し方が非常に古風だと悟ったのか、男は晴奈たちの言葉を真似ている。
    「らん、……いや、……その」
    「うん?」
     男は一瞬黙り込み、顔を上げた。
    「ネロ、と呼んでくれ。……ネロ・ハーミットで」
     その様子からすぐに偽名だと分かったが、誰も特にとがめなかった。
    「……分かった、ネロ。それで、何故こんなところにいるのだ?」
    「その前に、……その、良ければ教えてほしいことなんだけど」
     ネロはまた一瞬黙り込み、ぽつりぽつりと尋ね始めた。
    「今は、……えーと、今の日付を教えてほしいんだ。今は何年の、何月何日かな」
    「520年の、5月29日だ」
     日付を聞いたネロは驚いたような表情を浮かべる。
    「ご、……そうか、520年、5月29日、ね。これ、双月暦だよね」
    「勿論だ」
    「それでその、変なことばかり聞いて申し訳ないんだけど、ここは北方のブラックウッド、で間違いないかい?」
    「恐らく、そうだ。既に廃村になっており、詳しく確認はできぬが」
    「そっか、そうだよね。……えーと、じゃあ、ここはジーン王国領、だよね?」
    「そうだ」
    「その、世界情勢とか、聞いておきたいんだけど」
    「んじゃあたしが説明するわね、そーゆーのは詳しいし」
     小鈴が手を挙げたところで、ネロは「あ……」と声を出し、さえぎった。
    「ん? どしたの?」
    「コスズさん、だっけ。彼女に話を聞いている間に、お願いしたいことがあるんだ」
     ネロは立ち上がり、霧の向こうを指差す。
    「あっちに古い山道があるんだけど、そこに僕の仲間を寝かせているんだ。ひどく衰弱しているから、動かせなくって。誰か、看病してくれないかい?」
    「衰弱した仲間、か。相分かった、向かおう」
    「ありがとう、セイナさん」
     ネロは深々と頭を下げ、晴奈から狐を渡された後、小鈴との会話に移った。
     余談だが、やはりこの狐はネロが飼っていたものらしい。小鈴が話をしている間ずっと、狐はネロの膝の上にちょこんと座っていた。

     ネロが伝えた山道は、洞穴になっていた。
    「なるほど、ここなら雨風をしのげるな」
    「それにもしかしたら、ここが僕らの探していたルートかも知れない」
     入ってすぐに、ネロが看病していたと思われる女性を見つけた。緑髪に黒い耳と尻尾を持った猫獣人で、ひどく顔色が悪い。
    「大丈夫か?」
    「……」
     返事は無い。呼吸は聞こえるので、どうやら眠っているようだ。
    「バリー、毛布を出してくれ。ともかく体を温めてやろう」
    「分かった」
     バリーが荷物を下ろしている間に、晴奈とトマス、ミラはその「猫」を観察した。
     ネロと同様に、着ているものは非常に古めかしい。だが古着と言うわけではなく、デザインが異様に古臭いのだ。そして服だけではなく、アクセサリや装備しているものも、妙にレトロさを感じる。
    「やけに古風な格好だな……?」
    「単純にレトロファッションが好き、にしてもぉ、いくらなんでも古着すぎますよぉ。コレじゃまるで、仮装ですよぅ」
    「ネロも、いやに古い服を着ていた。何でだろうね……?」
     三人は一様に首を傾げるが、その理由は見当も付かなかった。
    蒼天剣・回北録 6
    »»  2010.01.07.
    晴奈の話、第459話。
    レトロファッション?

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    7.
     しばらくすると、小鈴とネロが晴奈たちのところに戻ってきた。
    「コスズさんのおかげで、色々と分かったよ。……と、彼女はまだ目を覚まさないみたいだね」
    「ああ。眠ってはいるが、顔色はあまり良くない。食糧も持ってきているし、目を覚まし次第食べさせた方がいいだろう」
    「ありがとう、助かるよ」
     ネロが頭を下げたところで、「う……ん」とうめき声が聞こえてきた。
    「あ、起きたかな」
     ネロは女性の元に近寄り、声をかける。
    「大丈夫かい?」
    「……」
     何かボソボソとしゃべっているが、良く聞き取れない。ネロは晴奈たちに向き直り、もう一度頭を下げた。
    「すまないけれど、ちょっと二人きりにしてもらってもいいかい?」
    「ああ、構わぬが……」
     顔色の悪いその女性を見て、晴奈は不安になる。
    「ひどく衰弱しているようだ。医者に診せるなりゆっくり休ませるなり、処置を受けた方がいいのでは?」
    「そうだね。……あー、と。この山道、実は進んでいくと、山間部に出られるようになっているんだ。彼女をどうにかして上まで運んで、そこで診察してもらおう」
    「えっ」
     トマスが驚き、尋ね返す。
    「山間部って言うと、フェルタイルに?」
    「ああ。……いいかな、二人きりにしてもらっても」
    「あ、うん」
     晴奈たちはネロと女性を置いて、洞穴を出た。

    「大当たり、ね」
     洞穴から離れたところで、五人は輪になってネロの話を吟味する。
    「そうみたいだね。……いや、まさか本当にあるなんて」
    「コレで軍閥の件、何とかなりそうですねぇ」
    「そうだな。……それにしても、あのネロと言う男」
     晴奈は腕を組み、ネロの素性を怪しんでいる。
    「着ているものも、話し方も、そして何故こんなところにいるのか、も。何から何まで、怪しい点ばかりだ。
     一体、何者なのだろうか」
    「さあ……、分からないな。だけど多分、悪い人間ではないと思うよ。警戒している様子は無かったし、誰かに追われている感じでは無さそうだった」
    「それは確かに。……となると、ここに隠棲していたのだろうか」
    「お名前も『ハーミット(隠者、隠れ住む者の意)』さんでしたしねぇ」
    「それにしては、洞穴に家具も何も無かった。まるで、いきなりどこかから強制的に運び込まれたかのように、何も持っていなかった。
     僕のプロファイリング(行動や所持品などの手がかりから、人物の素性を洗い出す推理法)を以ってしても、彼が何者なのかさっぱり分からないよ」
     トマスは空を仰ぎ、両手を上げた。
    「お待たせ」
     と、ネロが歩いてくる。
    「ごめんね、何度も待たせちゃって。今、君たちのことを彼女に説明していたんだ。すまないけれど、またこっちに来てくれるかな?」
    「ああ、構わぬ」
     五人はネロを先頭にして、もう一度洞穴に向かった。
    「コホン、……ジーナ、戻ってきたよ」
    「ん……」
     先程まで横たわっていた女性が上半身を起こす。
     だが、なぜか晴奈たちの方に顔を向けようとしない。と言うよりも、皆がどこにいるのか分かっていないような様子である。
    「もしかして、目が?」
    「そのようじゃ……」
     ジーナと呼ばれた女性も、ネロに会った時と同じように老人のようなしゃべり方をしている。
    「皆さん、すまぬがまだ、脚に力が入りきらんので、失礼じゃがこのままの状態で、挨拶させてくだされ。
     わしの名は、ジーナ・ルーカス、と言う。その……、気が付いたらこの場所におったんじゃ。そちらにおるネロも、同様に連れ去られてきたと」
    「ふむ」
     トマスは興味を惹かれ、ジーナをまじまじと見つめる。
    「目は、前から悪かったの?」
    「いや……、目が覚めた時から、じゃな」
    「と言うことは、失明は体の衰弱から来ているのかも知れないね。早めに治療を受けた方がいい。……バリー、頼めるかな?」
    「ああ、分かった」
     バリーはジーナの体を助け起こして背負い、これ以上疲労しないように布でしっかりと固定した。
    「少し辛いかも知れないけど、我慢してね」
    「うむ……」
     バリーが背負おうとしている間にも、トマスはジーナを観察していた。
    (見た感じ、20台半ばくらいだな。顔は一般的な北方系だし、言葉も――大分古いけれど――北方語の雰囲気がある。間違いなく、北方人だろうな。
     それにしても気になるのは、その『古さ』だ。一体、なぜこんなにも、古臭い服装や言葉遣いをしているんだろう? まるで、100年も200年も昔からタイムスリップしたような……)
    「よし、準備は整った。すぐ向かおう」
    「あ、うん」
     途中でネロにさえぎられ、トマスは観察をやめた。
    蒼天剣・回北録 7
    »»  2010.01.08.
    晴奈の話、第460話。
    山道を登って。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     洞穴は30分ほど続き、抜けたところで険しい山道がその姿を見せた。
    「うはぁ……」
     体力の無いトマスは、その荒れた道を見てため息をつく。
    「これはなかなか、骨が折れそうだな」
    「仕方あるまい。気をつけて進むぞ」
     山道を歩くのに慣れている晴奈や小鈴、一端の兵士であるミラとバリーは平然と進んでいくが、監禁されていた上に普段から机に着いていることの多いトマスは顔を真っ赤にして、ゼェゼェと荒い息をしながら歩いている。
    「きゅ、きゅう、けい……」
    「何を馬鹿な。まだ30分も登っていないではないか」
    「えぇ……? も、もう、2時間くらいは登ってた気、したんだけど……」
    「……はぁ。背中を押してやるから、もう少し根性をひねり出せ」
    「せ、セイナさん、僕も休憩をお願いしたい」
     トマスよりはまだ前を歩いていたネロも、汗だくになった顔を上げて休憩を申し出た。
    「むう、お主もか」
    「それに、しっかり固定している、とは言え、ジーナの体調も、心配なんだ。この辺りで、休ませてあげて、ほしいんだ」
    「……そうだな、ここで一息つくとしようか」
     晴奈たちはなだらかな場所に布を敷き、休憩することにした。

     トマスはうつむき、肩で息をしている。
    「ゼェ……ゼェ……げほ、げほっ」
     見かねた晴奈が、トマスの背中をさすってやる。
    「私の、かつての弟弟子くらいに体力が無いな。もう少し鍛えねば、後々苦労するぞ」
    「いや、でも僕は、デスクワークが主、だから」
    「そうは言っても、お主の祖父殿は毎朝1時間半は外を回って、体を動かしていたぞ。少しは運動せねば、頭への血の巡りも悪くなるだろうに」
    「……善処、しておくよ」
     一方、小鈴とミラ、バリーは、ネロと一緒にジーナの看病をしていた。とは言え、最初に会った時よりは若干顔色も良く、意識もはっきりしている。
    「ちゃんと食事を取れたのが良かったのかもね。軽い栄養失調だったみたいだ」
    「それでもさー、まだ目ぇ見えないんでしょ? 起き上がるのもきついみたいだし」
    「うむ……。若干、手足がしびれておる」
    「やっぱりぃ、早めに病院へ連れてってあげないといけませんねぇ」
    「そうだね……」
     ネロは黒眼鏡を外し、裸眼でジーナを見つめている。山の中は薄暗く、はっきりとは確認できないが、片方は澄み渡った青い目であるのが確認できた。
     と、小鈴はネロのもう一方の目に気が付いた。
    「……あれ? ネロ、アンタ……」
    「うん?」
    「左目は青だけど、右目は黒。オッドアイなのね」
    「えっ?」
     ネロは右目を触り、きょろきょろと辺りを見回している。
    「……? 今まで、自分で気付いてなかったの?」
    「いや……、元々、両方とも青だったはずなんだけど」
    「んじゃ、いつの間にか黒くなっちゃったってコト? ふーん……」
     小鈴は興味深くネロの目を見つめ、場に一瞬沈黙が流れる。
     すると横になっていたジーナが心配そうに、小鈴の巫女服をくいくいと引っ張ってきた。
    「……ん? どしたの?」
    「あ、……何でもない。その、もうそろそろ気分も良くなってきたからの、出発してはどうか、と思ってな」
    「ん、分かった。ネロ、アンタは大丈夫?」
    「ああ、問題ない」
    「そっちの方は?」
     小鈴は顔を晴奈に向け、尋ねてみる。
    「大丈夫だ。呼吸も落ち着いているようだし、もう30分は頑張ってもらおう」
    「うへぇ……」
     トマスの苦しそうなため息が聞こえたが、一行は構わず登山を再開した。

     休んでは登り、登っては休みを繰り返し、2日かけて晴奈たちは山道を登り切った。
     着いた頃には、辺りは既に夕闇が迫り、その空は――。
    「……ほう。これは見事な」
    「なーるほど、『雪と星の世界』、ね」
     満天の星空が、晴奈たちを出迎えてくれた。
    「標高も高く、空気も冷えて、澄み切っているから、こうして、美しい空が、見られるんだ。この景色は、この北方大陸、最高の、宝だよ」
     トマスは得意げに、空を見上げる晴奈と小鈴に説明する。が、息切れしながらの説明なので、感心されるどころか心配されてしまう。
    「早いところ、街に向かおう。いい加減、三人の体力も限界だろうからな」
    「……うん。早く横になりたい」
     得意げになっていたトマスは、途端にへたり込んだ。



     不思議な二人、ネロとジーナを迎え、晴奈の旅はさらににぎやかになっていく。
     しかし、その旅ももうすぐ、終わりを告げることになる。

    蒼天剣・回北録 終
    蒼天剣・回北録 8
    »»  2010.01.09.
    晴奈の話、第461話。
    黒い隠者の助言。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     北方史も、中央史と同じくらいに歴史が深い。双月暦の始まりとほぼ同時期から、明確な政治組織が誕生しており、経済も発展していた。
     その歴史を創ったのは、現在のジーン王国の先祖、レン・ジーンと言うエルフだそうだ。だが彼の代からずっとジーン王国が続いてきたわけではなく、実は一度滅んでいる。
     それが北方史の大きな特徴なのだ――いつの世にも北方の内外で、戦争が起こっている。だから当然、軍事行動における経験や技術、戦略性の質の高さは、他の地域に比べて非常に優れている。
     それを象徴するのが、長年首都フェルタイルの一角に陣取り続けている、広大な軍司令本部である。



     その、軍本部にて。
    「なんと……」
     1年ぶりに姿を現した軍の頭脳、トマス博士によって、日上軍閥が起こした数々の軍務規定違反――トマスを不当に監禁し、軍本部にまともな連絡や報告もせずに、北海へ出向いた件――の告発を受け、幹部たちは揃って頭を抱えた。
     一様に渋い顔を並べる幹部たちに向け、トマスはこう続ける。
    「これは明らかに、ヒノカミ中佐の暴走です。このまま看過していれば、間違いなく軍本部に対しても牙を剥くでしょう」
    「確かに」
    「至急、軍閥解体の処置を取りましょう」
     一人がそう言った途端に、他の者も揃って大きくうなずいた。
    「これまでの功績は確かに評価できるものではあるが、こうなってしまってはな……」
    「ああ。それに元々、ヒノカミ君はそれほど優秀とも思えなかった」
    「うむ。元々から反抗的態度の目立つ男であったし……」
     フーの悪事が露呈した途端に、彼らはあっさりと掌を返したらしい。幹部たちから、フーに対する非難が次々に漏れ始めた。
     それを聞いたトマスは、内心ひどく不愉快になっていた。
    (何と言う責任転嫁だろうか。人員管理だとか監督責任とか、そう言う自分たちの不明や放任、ミスは全部棚上げして、フー一人になすりつけるつもりなんだな。
     第一、僕はもう1年以上も監禁されていたんだ。軍の重要人物であるはずの僕をろくに捜索もせず、のんきに放って構えていたって言うのか? ……恐らくそうだろうな。彼らの慌てよう、どう見ても想定外だったと言いたげな態度だ。軍の対応としては、あんまりじゃないか。
     下の人間に仕事を丸投げしておいて、それを管理も統制もできてないなんて、幹部としては最低だ。彼らにはまるで、軍人としての誇りや責任感が見られない。
     今さらフーを悪者にしておいて、そのくせ今までフーに頼りっきりだった、無責任の塊のような幹部陣――もしフーがいなかったら、この戦争はどうなっていただろうか?)
     トマスは軍本部に深く失望しながら、報告を終えた。



     軍への報告から2時間後、トマスの家。
    「そうか……」
     トマスの厚意に甘え、晴奈たちは彼の家に泊まっていた。
     居間でトマスから軍の対応を聞いた晴奈も、ため息をつく。
    「何と言うお粗末な応対だ」
    「僕もそう思うよ。何もかも後手後手に回っているし、起こった問題には軒並み責任逃れをしようとしている。フーが抜けてしまったら、その後の戦争継続は絶望的だろうね」
    「だが、不問に処すわけにも行くまい。自分の組織に仇なしたわけだからな」
     晴奈の意見に、トマスは頭をポリポリとかきながら反論する。
    「まあ、そうだけど……。でも今、彼の軍閥以外に、この戦争に勝てそうなセクションは無いんだよ。それを考えると、結局お咎めなしになるかも知れない」
    「はぁ!?」
     晴奈は座っていた椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、声を荒げる。
    「何を馬鹿な!? 盗みを働き、無実の人間を投獄し、軍を私物化して自分勝手に振舞った奴が、何の制裁も受けぬと言うのか!?」
    「仕方ないじゃないか。今この戦争に負ければ、この国は滅びてしまう。そうなれば元も子も……」
    「ならば私やお主が受けた屈辱は、そして奴に振り回され被害を受けた者たちはどうなってもいいと、そう言うのか!?」
     晴奈はトマスの言い分が納得できず、食い下がる。
    「そりゃ、許されないことではあるけど。でも、そしたらさ――フーがいなくなった後、誰が戦争を勝利に導ける? 誰がこの国を平和にできるんだい?」
    「……むう」
     トマスに言い返すことができず、晴奈は黙り込む。

     と――離れて本を読んでいたネロがすっと立ち上がり、晴奈を援護した。
    「それは違うんじゃないかな」
    「え?」
     思ってもいない方向から話に加わられたためか、トマスはぎょっとしている。
     ネロはにこっと笑いながらトマスに近付きつつ、持論を述べ始める。
    「君の意見は『ヒノカミ中佐がいなければ戦争には勝ち得ない』と言う前提に基づくものだ。でも彼は、タイカに勝ったのかい? コスズさんからは、負けたと聞いたけど」
    「いや、確かにそれは……」
    「もちろん一般的には、前回負けたから捲土重来して勝つ、と言うケースも無いことは無い。でもそれは確実ではないし、ましてや相手は『黒い悪魔』。勝てる可能性は非常に低いものだ。
     そう考えると君の意見、即ちヒノカミ中佐を放免し戦線復帰させると言う戦略は、君が主張するような効果はほとんど期待できない。となれば戦争の終結に、確実に結びつくものだとは言えないだろう?」
    「う……、ん」
     ネロに論破され、トマスはうろたえた様子を見せる。
     畳み掛けるように、ネロの言葉は続く。
    「現時点で確実に起こっていることは、ヒノカミ中佐が悪事を働いたことと、それによって少なからず被害が出たことだ。
     君やセイナのような優秀な人間が何人も、1年、2年もの長い時間を無駄にしている。それは大きな被害と考えるべきじゃないかな」
    「まあ、確かに……」
    「そもそも、タイカは攻撃されたら攻撃し返すタイプだけど、冷静な話し合いや交渉、取引を持ちかけられれば、それに応じるタイプでもある。
     戦争って言う暴力に訴えるより、何らかの取引を以って穏便に話し合い、戦争を終結させた方が、確実かつ速やかに、この国のためになるんじゃないかな」
     ここでトマスが、「反論の糸口をつかんだ」とばかりに目を光らせた。
    「取引だって? カツミは金や利権じゃ動かないし、何を取引にしろって言うんだ? それこそ机上の空論、絵空事だろう?」
    「単なる俗人なら金や利権だろうけれど、彼には彼の望むものがある」
     ネロはソファに座り直し、また本に視線を落としながら答えた。
    「中佐の身柄と、彼が盗んだ『バニッシャー』をタイカに引き渡すんだよ。
     王国側にとっては、それなら中佐への処罰にもなるし、何だかんだ言っても戦争の発端になった神器が彼の手元にあるなら、これ以上何の騒ぎも起きない。
     タイカもその2つなら納得するだろう。『バニッシャー』が手元に戻るなら言うことは無いだろうし、自分に散々牙を向き、失礼千万を働いた中佐の生殺与奪を握れるのなら、十分満足するさ」
    「な……、る、ほど。うん、そう、まあ、一考の余地は、ある、んじゃない、……かな」
     トマスが言いくるめられるのを見て、晴奈は目を丸くした。
    (こいつ……、できるな。
     無神経でひ弱だが、トマスは王国軍の参謀格だ。それを弁舌でひょいひょいとあしらってしまうとは、相当な頭脳の持ち主だな)
     晴奈は改めて、ネロの聡明さに注目した。
    蒼天剣・黒隠録 1
    »»  2010.01.11.
    晴奈の話、第462話。
    囲碁と女心。

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    2.
     晴奈はふと思い立ち、ネロに声をかけた。
    「ネロ。囲碁は知っているか?」
    「イゴ? いや、知らないな」
     きょとんとするネロに、晴奈は簡単に説明した。
    「石を交互に置き、陣地を競う遊戯だ。
     トマス、祖父殿は北方一の名人と聞いていたが、碁盤や碁笥は置いてあるか?」
    「多分まだ、祖父の部屋にあると思う」
    「案内してもらっていいか?」
    「いいよ」
     晴奈とトマスは居間に碁盤を運び、ネロにルール説明をした。
    「……と言う訳だ」
    「なるほど。……セイナ、相手をお願いしてもいいかい?」
    「喜んで」
     晴奈とネロは碁盤を囲み、打ち始めた。

     一方、小鈴とミラは病院に入院したジーナを見舞いに来ていた。
    「どう? 目、ちょっとは良くなってきた?」
    「うーむ……。まだ、ほとんど見えぬ」
     医者の話では、ジーナの症状は急激に魔力を消費したために起こったものではないかと言うことだった。
     しかし、ジーナはブラックウッドの洞穴で目を覚ます前のことを、何も覚えていないと言う。それどころか、自分が以前に何をしていたのか、どこに住んでいたのかも、分からないと言うのだ。
    「退院したら、どーすんの?」
    「トマスの方から、しばらく住んでも構わぬとは言うてくれたが……」
    「いつまでもご厄介に、ってワケには行きませんよねぇ」
    「そうじゃな……」
     神妙な顔になって考え込むジーナを見て、小鈴は人差し指を立ててこう提案した。
    「んじゃさ、元気になったらあたしたちと旅する、ってのはどーよ?」
    「旅、か?」
    「そ。ネロも一緒に来てもらってさ、四人で。楽しいかもよ」
    「ふうむ……」
     ジーナはまた考え込む。その顔は先程とは違い、心なしか楽しそうだった。

    「……むう、投了」
    「はは、ありがとう」
     晴奈は腕を組み、自分が負けた盤面をにらむ。
    「たった4、5局で、異様に手ごわくなったな」
    「そうかな? まだヒヤヒヤものだけどね」
     経験の差で、一局目、二局目は晴奈の圧勝で終わった。
     ところが三局目から風向きが変わり、あっと言う間に晴奈は三連敗を喫してしまったのだ。
    「どうする? もう一局付き合うか?」
    「ああ、望むところだ」
     晴奈の申し出を、ネロはにっこり笑って受ける。
     と、横で見ていたトマスがニヤニヤしているのに気付く。
    「……何だ?」
    「さっきから見てたけど」
     トマスが得意そうに口を開く。
    「セイナ、ちょくちょく失手があるよ。攻めが多いから、よくその隙を突かれている感じがする。もうちょっと守りに入った方がいいんじゃない?」
    「そうか? ……と言うかお主、囲碁を知っているのか?」
    「うん。祖父が名人、だしね」
     それを聞いて、ネロがトマスの方に顔を向ける。
    「じゃあ、打ってみようか」
    「いいとも。それじゃ、セイナ。席変わって」
     トマスは晴奈と交代し、碁石を握った。

    「そー言えばさ」
     小鈴がニヤッと笑い、ジーナに尋ねる。
    「ジーナとネロって、どーゆー関係なの?」
    「む?」
     そう問われ、ジーナの猫耳はぴくんと直立する。
    「関係、か。ううむ、何と言えばよいやら」
    「恋人?」
    「ちっ、違うわ!」
     ジーナはバタバタと手を振り、慌てて否定する。
    「なっ、何と言うかの、その、一緒に、その、仕事をしていた仲間じゃ」
    「あら、そーなんだ」
     ジーナの反応に、小鈴もミラも黙ってニヤニヤしている。
     ジーナにはその様子は見えてはいないようだったが、雰囲気は伝わったらしい。
    「……何じゃい」
    「それじゃあ、ジーナさんってネロさんのコト、どう思ってるんですかぁ?」
    「どう、って」
    「好きなんじゃない?」
    「いや、別に、そんな……」
     ジーナはうつむき、もごもごとつぶやいている。小鈴は依然ニヤニヤしながら、ジーナの猫耳につぶやいた。
    「いーじゃん、正直に言っても。今、ここにはあたしたち3人だけなんだから」
    「……う、む。その、まあ、好きではないと言えば、嘘になる。……いや、素直に言えば、……その、……好き、じゃ」
    「やっぱり」
     小鈴とミラは、口を揃えてうなずいた。

    「そんな……」
     トマスは目を見開き、終局した盤上を見つめていた。
    「いや、なかなか手厳しかった。ヒヤヒヤしたよ」
    「圧倒的じゃないか……」
     トマスはあごに手を当てつつ、自分の敗因を探ろうとしている。
    「途中まで、僕の方が勝っていたはず、……なのに」
    「仕掛けが功を奏した、って感じかな。失敗してたら、きっと大敗北を喫していただろうね」
    「ネロ、お主本当に打ったことが無かったのか? あまりにも強すぎるぞ」
    「ははは……」
     屈託無く笑うネロに、晴奈は半ば呆れ、半ば感心していた。
    (不思議な男だな……。
     このあっけらかんとした爽やかさと、それでいてどっしりとした安定感を併せ持つ、性根と知性。エルスやトマスとも違う質の、優れた智者だ。
     一体、この男は何者なのだ?)
    蒼天剣・黒隠録 2
    »»  2010.01.12.
    晴奈の話、第463話。
    ネロの過去。

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    3.
     ネロから授けられた策を持って、トマスは再び軍本部を訪れた。
    「なるほど……」
    「それなら確かに、手打ちになりうるだろうな」
    「軍全体への、はっきりとした見せしめにもなる」
     フーと「バニッシャー」を大火へ引き渡すと言うネロの案は、幹部たちから高い評価を得た。
    「早速、軍閥を叩くとしよう。ありがとう、ナイジェル博士。いつもながら君の頭脳には感服するばかりだ」
    「あ、いや。これは僕の案では……」
    「流石は博士だ。こんな上策が出てくるとは」
    「いや、だから……」
     トマスは自分の案ではなくネロのものだ、と訂正しようとしたが、幹部たちの関心は既に、軍閥をいかにして制圧するかに移ってしまっていた。

    「……そんなわけで、君の案は採用されたよ。一週間以内にも、キルシュ峠を下って軍閥解体に向かうそうだ」
    「そっか。それじゃ、近いうちに中央政府との交渉に入るかも知れないね。軍閥が解体されれば、相手も『向こうは何らかの交渉に入るつもりだろう』と考えるかも知れないし、少なくとも戦闘は停止するだろう」
    「だろうね。これでようやく、北方も落ち着くだろう。
     ……はぁ」
     元気の無いトマスを見て、ネロは首をかしげた。
    「どうしたんだい? 折角平和になるって言うのに、何か気になることでも?」
    「ああ、うん……」
     トマスはチラ、とネロの顔を見て、すぐに顔を背ける。
    「うん?」
     トマスはネロに背を向けたまま、こう尋ねた。
    「一つ聞きたい。ネロ、君は一体何者だったんだ?」
    「僕が、何者かって?」
     尋ねられて、ネロは腕を組んで黙り込む。少ししてから、ゆっくりと口を開いた。
    「……そうだな、全部は明かせないけれど。
     ある国の大臣をしていた。とても大きな国の、ね。ずっと、昔の話だけれど」
    「その若さで? エルフだからかも知れないけど、まだ20後半くらいにしか……」
    「そう、大臣職に就いたのは20代の頃だった。僕の後援に付いてくれた人の助力があったから、異例の大出世ができた。でも残念なことに、僕はそれを自分の力だと思ってしまっていたし、余計な正義感もあった。
     だから当時腐敗の極みにあったその国の王様に対して、単身で糾弾するなんて愚行を犯した。それで怒りを買って、投獄された」
    「へ、え……」
     思いもよらない昔話に、トマスは目を丸くする。
    「でもある人の力を借りて脱獄したんだ。丁度、君のように。
     それでその後いー、……ジーナや他の仲間たちの助けもあって、僕はその国を倒したんだ」
    「そんなことがあったのか……」
     トマスはそうつぶやきながら、頭の中で近年の政治事件を思い返す。
    (そんな事件、最近あったかな……?)
    「でも残念ながら、僕はその国を手に入れることは無かった。
     どう言うわけか、一番信頼していた仲間が裏切った、……いや、裏切ると言う言葉は適切じゃないか。彼は『契約』に則って動いただけなんだから」
    「良く分からない話だな……」
    「うん。当事者の僕でさえ、何がどうなっていたのか良く分からない。
     ともかく、その国を手に入れたのは僕じゃなく、彼だった。そして僕は、最後の最後でまたミスをして、この北方の地に飛ばされたってわけさ」
     ネロはため息をつきながら黒眼鏡を外し、服の裾で拭きだした。
    「自分に頼りすぎてもいけない。他人に頼りすぎてもいけない。今になってようやく、それが良く分かるようになったよ。
     考えが偏ると、倒れやすくなってしまう」
    「考えが偏ると……、か。参考にしておくよ」
     トマスはネロの寂しげな横顔を見て、素直な気持ちでそう返した。

     トマスとネロが話しているのを、晴奈たちは後ろで見ていた。
    「トマスは小鈴とミラが似ていると言ったが……」
    「んっ?」
     晴奈はトマスたちの後姿を眺めつつ、こうつぶやいた。
    「あの二人も良く似ているな。性格は、大分違うが」
    「そーね、そー言われると」
    「どっちも頭いいですもんねぇ。でも何て言うか……」
     ミラはネロに目を向け、こう評した。
    「ネロさんって、不思議な雰囲気ありますよねぇ。
     見た目若いのに、物腰とかおじいさんみたいにすごく落ち着いてますしぃ、それに何だか、優しい感じがしますよねぇ。ジーナさんが好きになっちゃうのも、分かる気がしますよぉ」
    「ほう?」
     思いもよらない話を聞き、晴奈は目を丸くする。
    「恋人同士だったのか、あの二人?」
    「あ、いえ。ジーナさんが好き、って言ってたんですよぉ。ネロさんはどうなのか、良く分かりませんねぇ」
    「そーねぇ。あの人、浮世離れしてる感じがプンプンするもん。人並みの恋愛感情とか、持ってそうな気がしないわ」
    「……うなずけるな」
    蒼天剣・黒隠録 3
    »»  2010.01.13.
    晴奈の話、第464話。
    旅の始まりと終わり、の兆し。

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    4.
     日上軍閥制圧案が出された翌日、晴奈はジーナを見舞いに来ていた。
    「具合はどうだ?」
    「ああ、良くなっておるよ」
     古臭く、しかし楽しげに話すジーナを見て、晴奈はクスッと笑う。
    「どうした?」
    「ああ、いや。ネロも奇妙な男だが、ジーナもなかなか不思議だな、と。
     何故そのような、老人のような話し方を?」
    「老人、とな? いや、わしは平常通りに話しているつもりじゃが」
    「それが古臭い。私の言葉遣いも堅いと良く言われているが、お主の話し方はそれを上回る」
    「そうかの……」
     ジーナは戸惑ったような顔をして、うつむいてしまう。
    (あ、まずかったか?)
     晴奈は悪いことを言ってしまったかと反省し、付け加える。
    「いや、おかしいことは無い。良く言えば、個性的と言える」
    「そうか……。いや、わしも少なからず、周りと言葉が合わぬとは思うておった。じゃがの、わしは20年以上もこの話し方をしとったもんでな。
     時代が変わったからと言って話し方もガラリと変えるのは、難しいもんじゃて」
    「時代?」
     奇妙な言い回しに、晴奈は首をかしげる。
    「あ、いや。何でもない。……まあ、その。良ければセイナ、今風の言葉遣いを教えてほしいんじゃが」
     そう頼まれて、晴奈はうなる。
    「私に、か? うーむ……」
    「ダメかの」
    「いや、私は央南人だからな。北方や央北で使われている言葉は、あまり得意ではないのだ」
    「うむー……」
    「だが、同じ央南人でも小鈴なら語学に長けている。小鈴なら分かりやすく教えてくれるだろう」
    「ふむ。コスズは、何でも知っておるのじゃな」
     感心するジーナに、晴奈も同意する。
    「ああ。政治経済から風土史、魔術、料理、裁縫と、あの人は何にでも通じている。私の師匠と同じくらい、尊敬している人だよ」
    「ほう……」
     そうして取り留めも無く会話していると、うわさをしていた張本人――小鈴がやってきた。
    「どもー」
    「ああ、小鈴」
    「今日はこっちにいたのね、晴奈。……っと、ジーナ。あの話、考えてみてくれた?」
    「あの話?」
     晴奈が尋ねると、小鈴はニヤニヤしながら説明してくれた。
    「あたしたちと一緒に、旅しないかってコト」
    「ほう、それは……」
     晴奈は一瞬、それもいいなと思いかけた。
     しかし同時に、自分が今北方にいる理由を思い出し、返事に詰まった。
    「どしたの?」
    「……いや。もしかしたら、私の方が、旅を終わりにするかも知れぬ」
    「えっ?」
     小鈴は意外そうな顔で、晴奈を見つめた。
    「……あー、そっか。アンタの旅って元々、日上を追いかけてたんだもんね。一杯、寄り道しちゃったけど」
    「そうだ。そして北方、奴の本拠地に到着したのだ。もう旅は、終わりを迎えようとしている」
    「そっか、そーよね。……そっかー」
     その時、小鈴はひどく寂しそうな表情を見せた。
     晴奈も、同じ気持ちだった。
    「……あれ?」
     と、また小鈴が表情を変える。
    「どうした?」
    「アンタの旅って、厳密に言えば日上の『バニッシャー』が狙いじゃなかった?」
    「そうだが」
    「こないだネロが提案した、克との取引って……」
    「あ」

    「ふーん……」
     晴奈から話を聞いたネロは、短くうなった。
    「問題はないんじゃない?」
    「何故だ?」
    「元々、そのエルスさんが『バニッシャー』を奪ったのだって、北方の戦争回避が目的だったんだし、それならタイカに引き渡すのも戦争の終結につながることだから、エルスさんも納得するだろう」
    「あ、なるほど」
    「トマスが今、軍本部で会議に参加している。恐らく軍閥解体に関しての意見調整、具体策の検討と言ったところだろう。
     人手がいるだろうから、君も参加してみたらどうだろう?」
     ネロの提案に、晴奈は深くうなずいた。
    「ああ。その話が出たら是非、参加させてもらうとしよう」
     と、玄関の扉が開く音がする。少し間を置いて、トマスが居間に入ってきた。なぜか、その顔は意気消沈したように暗い雰囲気を帯びている。
    「ただいま……」
    「おかえり。……どうした?」
    「遅かったよ……。ヒノカミ軍閥は既に、王国と袂を分かった。
     もうとっくに、北方にはいなかったんだ」
    「なん……、だって?」
     思いも寄らないその話に、晴奈もネロも愕然とした。
    蒼天剣・黒隠録 4
    »»  2010.01.14.
    晴奈の話、第465話。
    世界を揺るがすニュース。

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    5.
     軍閥解体の話がまとまる2日前。
     ウインドフォートの監視を行うため、軍本部からの斥候が密かに、沿岸部へと降りていた。
    「え……?」
     ところが市街地に足を踏み入れた途端、その異様にざわついた雰囲気に面食らった。
     住民たちは呆然とした顔で砦を指差したり、小声でうわさし合ったりしている。
    「……突然でしょ……」
    「うんうん……」
    「もぬけのから……」
     小耳に挟んだその言葉に、斥候たちは慌てて砦へと走る。
     街のうわさ通り、砦の入口には門番が一人もおらず、街の者たちが平然と進入していた。
    「……どう言うことなんだ?」

    「詳しく調べた結果、ヒノカミ軍閥はブルー島での戦いに勝利し、そのまま中央攻略に向かったそうです」
    「馬鹿な!? いくらなんでも、無茶苦茶だ!」
     軍幹部たちもトマスも、この報告に慌てふためいた。
    「今回の作戦は、ブルー島までのはずでしょう!?
     ましてや中央攻略となれば、あの『黒い悪魔』が黙っているわけが無い! このままでは取り返しの付かないことに……!」
    「その、はずなのですが……」
     報告した斥候は、恐る恐る一本の書簡を提出した。
    「こちらが、我々に宛てて砦に残されておりました」



    「送 ジーン王国軍本部
     我らヒノカミ軍閥 ブルー島陥落 及び 克大火討伐に成功せり
     難敵が不在たる現在 中央政府攻略に 何ら支障なきものと判断し 軍閥内全兵力を傾注して 当該組織への攻撃に向かう」



    「か……」
    「カツミが……」
    「死んだ、だとぉ!?」
     その情報は、天地が裂けたと報じられるのと何ら変わりない、世紀のニュースとなった。

     ブルー島へ、そして央北へ軍閥の全兵力が――即ち、日上軍閥の全員が移ってしまったことで、軍本部はフーに手出しすることができなくなってしまった。
     それだけでも軍にとっては大失態だったが、さらにメンツを潰す出来事が起こった。軍閥が北方を離れてから2ヵ月後、中央政府が陥落してしまったのである。さらには軍閥がその政治機能を奪い、新しい中央政府「ヘブン」として生まれ変わった。
     自分たちの配下であった軍閥を管理・制御しきれず、さらには一つの大国を潰させ、乗っ取らせてしまったと言う、この政治的蛮行・大失態は、ジーン王国の世界的地位を大きく後退させることになった。

     さらには――。
    「『ヘブン』が、我々に宣戦布告だと……」
    「冗談じゃない!」
     かつての「親元」、ジーン王国に対して戦争を仕掛けてきたのだ。
    「このままでは、世界の笑い者になるだけでは済まないぞ……」
    「我々が『ヘブン』に倒されたら、国としては再起不能だ。我々が倒したとしても、『管理元』として莫大な責任を負わされる」
    「どうすればいいんだ……?」
     王国軍が、そしてジーン王国全体が、出口の見えないトンネルに取り残された。



     時間はトマスが晴奈とネロに、日上軍閥が北方を出たことを報告した頃に戻る。
    「嘘だろ……」
     トマスから日上軍閥の暴走と大火の死を聞かされたネロは、呆然としていた。
    「今現在、事実関係を洗っているけど、少なくともブルー島が陥落したのは確かだ。彼らが要塞を築いているのが、確認できたからね」
    「タイカが死ぬわけが……」
     どうやら、ネロは軍閥のことよりも、大火の方に関心が向いているらしい。
    「何故そんなに、黒炎殿のことを気にかけているのだ?」
     晴奈は不思議に思い、尋ねてみた。
    「お主、黒炎教団の者か?」
    「……うん? 黒炎教団? 何だい、それ?」
     ネロは我に返り、晴奈に尋ね返す。
    「違ったか」
    「ねえ、黒炎教団って何だい?」
     なぜか、ネロはしつこく聞いてくる。仕方なく、晴奈は説明した。
    「……ふーん。タイカを崇める、宗教集団か。……じゃあこのニュースが伝わったら、きっと大混乱になるだろうね」
    「だろうな」
    「いや、もう世界中が大混乱になるだろうな。世界に影響を与えた人物が、亡くなったんだもの」
    「んー」
     と、狼狽するネロの背後から小鈴がやってきた。
    「別に気にしてないんじゃない?」
    「へ?」
    「だって克、昔も復活したし」
    「え? どう言う……」
    「あ、そう言えば聞いたことがあるな」
     トマスも大火の昔話を思い出し、ネロに聞かせた。
    「……彼なら有り得そうだなぁ……」
     説明されたネロは、いつもの冷静な彼には似合わない戸惑った笑顔を作って、それに応えた。

    蒼天剣・黒隠録 終
    蒼天剣・黒隠録 5
    »»  2010.01.15.
    晴奈の話、第466話。
    ネロの調べものと、ジーナの買い物。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦520年6月上旬、世界が克大火の死と言う一大ニュースに騒然としていた頃。
    「ねえ、トマス」
    「ん?」
     ネロが不意に、こんな頼みごとをしてきた。
    「軍の資料室に連れて行ってほしいんだ。街の図書館には、いい資料が無くって」
    「いいけど……、何を調べたいの?」
    「ああ、うん。ちょっと、ね」
    「……?」
     言葉を濁すネロを不審に思いながらも、トマスはその頼みを承諾した。

     資料室に着くなり、ネロは机の上にドサドサと資料を積み上げ始めた。
    「手伝おうか? 何を持ってくればいいかな?」
    「あ、いいよ。一人で調べたいことがあるから」
    「そう? これ全部読むの、かなり手間じゃ……」
    「いや、大丈夫。悪いけれど、夕方まで一人でいさせてほしいんだ」
     やんわりと断られ、トマスは仕方なくネロを残し、資料室を出た。
    (夕方まで、か。……あんまり本部でブラブラしてると、またお偉いさんに声をかけられそうだしなぁ)
     状況が騒然としている今、声をかけられれば確実に面倒ごとに巻き込まれる。
     トマスはそそくさと本部を後にし、街へと出て行った。



     半月以上の入院を経て、ジーナの体調はすっかり回復した。
    「おっと、と」
     しかし結局、視力は十分には回復せず、ジーナは晴奈の手を頼りに歩いている。
    「大丈夫か?」
    「うむ、小石に足を引っ掛けたようじゃが、異常はない」
    「そうか。……杖でも買っていくか?」
    「そうじゃな、必要になる。見繕ってくれぬか?」
    「私の見立てで良ければ」
     晴奈とジーナは病院を出た足で、街へ向かった。

     街に着き、晴奈はジーナの手を引いて店に入った。
    「ふむ、杖と言っても色々あるな」
     店の棚には、色とりどりの杖が並んでいる。と、ジーナが晴奈の横顔をぺたぺた触ってくる。
    「な、何だ?」
    「すまぬ、ちと……」
     ジーナの手が晴奈のあごから頬、もみあげと上がり、猫耳へと行き着く。そこでジーナが顔を寄せ、耳打ちしてきた。
    「できれば、あまり老人然としたものでないのが良いのじゃが」
    「ああ……」
     そこに、二人の様子を見ていたらしい店員が近寄ってきた。
    「大丈夫ですよ。若い身障者さん向けのも、置いてありますから」
    「そ、そうか? では……」
     ジーナは声を頼りに店員の方を向き、おずおずと注文した。
    「可愛らしくて、青い色の杖は、ありますかの?」
    「え? ええ、ありますよ。……お客さん、お若く見えますけど、おいくつですか?」
     店員はきょとんとした顔で、ジーナを眺めてきた。
    「ん、……ああ、えっと、25、じゃ」
    「どこにお住まいだったんですか? 何かすごく、落ち着いた話し方を……」
    「ああ、うむ、その……」
     返答に詰まるジーナを見かね、晴奈が助け舟を出した。
    「彼女は事故で記憶と視力を失ってしまってな。自分の名前などは覚えているのだが、出身地など細かいことは、覚えていないそうだ」
    「あ、そうでしたか。すみません、お客さん」
     ぺこりと頭を下げられ、ジーナはパタパタと手を振る。
    「あ、いや、そうかしこまらず」
    「えっと、それじゃ、……青くて可愛い杖、でしたよね。これなんかどうでしょう?」
     店員が棚から杖を一本取り出し、ジーナに渡す。
    「ふむ……、セイナ、どうじゃろ?」
    「ああ、可愛いと思うよ」
    「そうか。ではこれを、……と」
     ジーナはまた困った顔をしたが、晴奈にはその理由がすぐ分かったし、これにも助け舟を出してやった。
    「ああ、私が立て替えておこう」
    「すまぬ、セイナ」
    「いい、いい。気にするな」

     店を出た晴奈とジーナは、杖の使い心地を確かめるためにブラブラと歩いてみた。
    「ふむ……、やはり杖があると違うのう。さっきよりは安心して歩ける」
    「それは何より。……だが、まだやはり危なっかしい感じはある。一人で歩けるようになるのは、難しいかも知れぬな」
    「うむ……。まあ、それでも構わぬ。こうして手をつないでおると……」
     ジーナは晴奈の手を強く、しかし優しげに握り、にっこりと笑った。
    「『自分は一人ではない』と言うことを、ひしひしと感じられるからの。
     人の温かみは、まことに心地良い。このような寒い土地では特に、のう」
    「はは、そうか。そうだな、確かに温かい」
     晴奈も優しく握り返し、手で笑顔を示した。
    蒼天剣・騒北録 1
    »»  2010.01.17.
    晴奈の話、第467話。
    無神経、ここに極まる。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    (どこで時間を潰そうかな……)
     軍本部を出たトマスは街をぶらつき、時間が過ぎるのを待っていた。
    (図書館にでも行こうかな。このまま家に戻るのも、もったいないし。
     ん? あれは……)
     そこに、通りを挟んだ反対側を、晴奈とジーナが仲良く歩いているのが目に入った。
    「おーい、セイナ!」
    「うん?」
     トマスの声に、晴奈とジーナが振り向く。
    「ああ、トマスか。奇遇だな、こんなところで会うとは」
    「ああ、ちょっと野暮用があったから。セイナたちこそ、こんなところでどうしたの?」
    「ジーナに杖を買ってやった。その使い心地を試すために、こうして歩いていたのだ」
    「そっか」
     ここで、ジーナがなぜかワクワクしたような顔を向けてくるが、トマスにはその真意が分からない。
    「……? 何?」
    「え、……いや、何でも、ない」
     ジーナはしゅんとした顔になり、晴奈の手を引いた。
    「……と、それではもう少し、散策することにする。ではまた、夕方に……」「あ、待って」
     トマスは踵を返しかけた晴奈を呼び止め、こう提案した。
    「良かったらさ、お茶なんかどうかな。
     その、ネロが夕方まで調べものするからって言うんで、僕は夕方まで暇なんだ。それまでの時間つぶしに、一緒にどうかなって。散策するんなら、どうせ暇だろ?」
    「……」
     トマスの言葉になぜか、晴奈は一瞬むっとしたような表情を浮かべたが、了承してくれた。
    「……まあ、いいだろう」

     近くの喫茶店に足を運んだ三人は、ケーキと紅茶を注文した。料理が来るまでの間に、トマスはあれこれと二人に話を聞かせた。
    「それでね、リロイと対局してたら祖父が割り込んできて、『もっと攻めんか』って口出しして来るんだよ。本当に、口うるさくって……」
    「はは、博士らしい」
    「……」
     トマスは楽しい話をしているつもりだが、エルス(リロイ)とエド博士のことを知っている晴奈には受けても、二人を知らないジーナには何がなんだか分からない。つまらなそうに、杖をいじっていた。
     その様子を見て、トマスは声の調子を落とした。
    「……ん、つまんないかな、この話は」
    「あ、いや」
     ジーナは顔を挙げ、小さく首を振る。
    「いや、いいんだ。どうせ囲碁とか興味ないよね」
    「え」
     ジーナの顔に、嫌そうな色が浮かぶ。
    「そうだな、もっと女の子が興味あるような話って言うと……」
    「……」
     続いて、晴奈もむかむかと怒りを覚える。
    「あ、そうだ。その杖、可愛いね」
     この言葉で、二人の顔から一瞬、険が消えた。
    「そ、そうじゃろ? セイナに『可愛いのを』と頼んだんじゃ」
    「ふーん」
     だが次の一言で、二人の不快感はより強さを増した。
    「何で目が見えないのに、デザインにこだわったの?」
    「……っ」
     途端に、ジーナがぽろっと涙をこぼす。
    「え? あれ、僕なんか、変なこと言っちゃったかな」
     この言葉で晴奈の怒りに火が点き、トマスの襟をぐいっとつかんだ。
    「トマスッ!」
    「な、何? 痛いよ、セイナ」
    「痛い? 貴様これだけ他人に暴力を振るって、これしきのことが痛いと言うのか!」
    「暴力? 振るってないよ? 僕、ひ弱だし。どっちかって言うなら、セイナの方が今、振るってるじゃないか」
    「暴力が腕力だけと思うな、この朴念仁が!」
     晴奈はトマスをグイグイと引っ張り、店の外へと連れ出す。
    「貴様の口は立派な凶器だ! これ以上私に、そしてジーナに、その不躾な口を開くなッ!」
     そう言うなり、晴奈はトマスを投げ飛ばした。
    「うわっ!?」
     トマスは受身を取ることもできず、ぼてっと道端に転がされた。
    「ま、待ってよセイナ、僕が一体何したって……」「消えろッ!」
     晴奈はトマスをにらみつけ、そのまま店の扉を閉めた。



     夕方。
     資料室の扉を開けると、机に座っていたネロがいぶかしげな顔を向けてきた。
    「……どうしたの、その服? 泥だらけじゃないか」
    「ちょっとね、うん」
    「何があったんだい?」
     心配そうに尋ねるネロに、トマスは力なく手を振って応える。
    「いや、何でもない」「無いわけないだろ? 何があったの?」
     ところが、ネロは食い下がってくる。
    「いや、だから何でもないよ。大丈夫だって」「そうは思えない。何があった?」「……何でもないったら」「何でもないなら、言えるはずだろ?」「本当に何でもないし、言うほどのことじゃ」「言うほどのことがなくて、何で泥だらけになる必要があるんだい? ちゃんと説明しなよ」
     しつこく尋ねてくるネロに根負けし、トマスは喫茶店での出来事を話した。
    「君、……本当に、何でセイナが怒ったのか分からないのかい?」
    「うん。僕は特に、変なこと言ったつもりはないんだけど」
    「……あのね、トマス」
     ネロはため息を吐きながら、トマスに座るよう促した。
    「君は祖父が亡くなったと聞いたけれど、いや、それ以前に亡命したと聞いたけれども、何でおじいさんの部屋、そのままにしておいたんだい?」
    「それは、いずれ戻ってくるかも知れないと思って」
    「そう言うものだろ?
     人間、過ぎ去ったものには多かれ少なかれ執着心を抱く。いなくなった人のことを思って部屋を潰さずにおくことと、無くなった視力がもしかしたら戻るかもと希望を抱いてデザインにこだわることは、根底では同じ理屈だよ。
     君は他人から『君のおじいさん、とっくに死んだのに、何で部屋を残しておくの?』って言われて、平然としていられるのかい?」
    「それは……」
    「こんな風に言われたら、君は失礼だと思うだろう? 同じことだよ。
     君は自分の祖父を侮辱されたのと同じくらいに失礼なことを、ジーナに言ったんだ。そりゃ、セイナも激怒するさ」
     ネロに諭され、トマスはうなだれた。
    「……そうだね。そう言われたら、確かに僕だって怒る」
    「そうだろう? 謝ってきなよ、セイナとジーナに」
    「……うん」
     トマスは小さくうなずき、立ち上がった。
    蒼天剣・騒北録 2
    »»  2010.01.18.
    晴奈の話、第468話。
    トマスの謝罪。

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    3.
     トマスは自分の家の玄関に立ち止まり、恐る恐る扉を開いた。
    「た、ただいま……」
     中の様子を探るが、晴奈の姿は無い。
     と、ポンと肩を叩かれ、続いて声をかけられた。
    「どしたの?」「ひゃっ」
     振り返ると、小鈴が立っていた。
    「ひゃっ、って何よ。オバケじゃあるまいし」
    「あ、ご、ごめん」
    「んで、何してんの? 自分の家をそーっと覗くとか、傍から見てたらすっごい怪しいわよ」
    「あ、うん。その……」
     言葉を濁すトマスに、ネロが代わりに答える。
    「セイナを怒らせて、ジーナを泣かせちゃったから、謝ろうとしてるんだ」
    「へー」
    「ちょ、ちょっと」
     涼しい空気にも関わらず、トマスは額に汗を浮かべる。
    「……もしもアンタが結婚したら、絶対お嫁さんの尻に敷かれるタイプね」
     小鈴はニヤニヤしながら、トマスの困り果てた顔を眺めていた。

     ともかく、玄関先をウロウロしていても埒は明かない。トマスは小鈴とネロに促され、家の中に入った。
    「あ、セイナとジーナのコートだ。もう帰ってきてるみたいだね」
     ネロの言葉に、トマスはゴクリと唾を飲む。
    「ぷ、くくく……」
     その様子を面白がって、小鈴が壁をバンバン叩きながら笑っている。
    「何が面白いんだよ……」
    「い、いやー、だってさ、ビビリすぎじゃん、んふ、ふふふ……」
     だが、玄関口で騒いでも、晴奈たちが反応している様子は無い。
    「……寝てるかな?」
    「かもね」
     トマスはまた恐る恐る、リビングに足を運ぶ。
     と、庭に向けてあるソファの頭から、黒髪と三毛の猫耳が覗いている。
    「あ、……セイナ、さっきは、その……」
     声をかけてみるが、返事は無い。
    「……セイナ」
     トマスは先程にも増しておずおずと、ソファの正面へと回り込む。
     やはり、晴奈は眠っていた。眠っている顔は、先程の形相とは打って変わって穏やかである。猫耳も、ソファの隙間から見えている尻尾も、呼吸に合わせてピクピクと動き、少々ユーモラスに見える。そして吊り気味の目を閉じ、うつむいた顔も――。
    (……綺麗だ)
     トマスにはそう、感じられた。
     と、気配に気付いたのか、晴奈が「ん……」と短くうなり、顔を挙げた。
    「……」
     おどおどしたトマスと、不機嫌そうな晴奈の視線が合う。
    「……」
     トマスはゴク、とのどを鳴らし、深く頭を下げた。
    「ごめん」
    「……」
    「その、本当に、僕は、その、ひどいことを言ってしまって」「トマス」
     晴奈がトマスの弁明をさえぎり、静かに、だが強い口調で尋ねた。
    「ひどいことを言ったのは、私にか?」
    「……いや、ジーナに、だけど」
    「ならば私に謝る必要など無い。ジーナのところに行け」
    「う、うん」
     トマスはもう一度頭を下げ、晴奈の前から離れようとした。
    「……トマス」
     だが、晴奈がそれを止める。
    「な、何、かな」
    「反省したのか?」
    「う、ん」
    「ならばもう、怒りはしない。そんなにビクビクするな」
     そう言って、晴奈はまた目を閉じた。
    「……うん」
     トマスは三度頭を下げ、ジーナのところに向かった。

     ジーナは晴奈が借りている部屋にいた。
    「ジーナ、入るよ……」
    「……」
     トマスは扉をノックし、晴奈の時と同様に、恐る恐る中の様子を確認する。
    「あ……」
     入るなり、沈んだ顔のジーナと目が合い――と言っても恐らく、ジーナにはトマスの顔は見えていないだろう――トマスは言葉に詰まった。
     ジーナの目は真っ赤に充血しており、先程まで泣いていたのが一目で分かった。晴奈の部屋に一人でいたのは恐らく、晴奈が落ち着かせようとしたからだろう。
    「その、ジーナ、……さっきはごめん」
    「……」
    「あんまりにも無神経なことを言ってしまって、本当に悪かった。折角、いい杖を買ったのに、それを台無しにしてしまって」
    「……」
     ジーナは手の甲で顔をぬぐい、ぼそっとつぶやいた。
    「……許してほしくば」
    「えっ?」
    「ケーキ、買ってこい。すっぱいベリーがたっぷり乗った、甘いショートケーキじゃ」
     ジーナはそう言って、ぷいとそっぽを向いた。
    「……分かった。……本当に、ごめんね」
    「……ふん」

     その夜はトマスが買ったケーキを囲み、仲直りのパーティが開かれた。
    蒼天剣・騒北録 3
    »»  2010.01.19.
    晴奈の話、第469話。
    大局を見直す。

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    4.
     520年、7月末。
     トマスは軍本部からの召集を受け、会議に出席した。
     会議の場には軍幹部だけではなく、王室政府の大臣たち、大学の教授や「知星」勲章を授かった博士など、ジーン王国を代表する権威たちも参じている。
    「とうとう、恐れていた事態が起きた。ヒノカミ中佐が中央政府を陥落させ、その政治基盤を乗っ取ったそうだ。
     これは有史以来稀に見る、全世界的クーデターだ」
    「そうですか……」
    「これを受けて、世界的に大混乱が起こっている」
    「端的な影響としては、為替市場ではクラムの大暴落、交通に関しては央北への航路が全面的に封鎖。他にも被害は、いくつもある」
     そこで一旦沈黙が流れ、やがて上座の一人が重々しく口を開いた。
    「……そして最も、我々にとって悪影響、被害となっているのが、世界各国からの、ヒノカミ中佐への管理不行き届きによる非難だ」
    「ああ……」
     周りから一斉に、重苦しいため息が漏れる。
    「軍事的、政治的、経済的に、我々もまた閉鎖状態にある。
     既に央中・央南との貿易は凍結状態にあり、国民への影響もじきに出るだろう」
    「寒さの厳しい北方は、食糧の3分の1を輸入に頼っている。このまま凍結状態が続けば間違いなく、国民は飢えることになる」
    「よしんば、そうした最悪の事態を回避できたとしても、国内の物価は高騰する反面、貿易の凍結と為替の混乱のために、我が国の対外的な貨幣価値は大幅に下落する」
     そこでトマスが、結論を先に述べた。
    「つまりこのまま手をこまねいていては、我が国は経済的に崩壊する、と」
    「……そうだ」
    「そこでこの事態を回避すべく、国内の有識者を集めて会議を開いたわけだ」
    「何か打開策、改善策はないだろうか」
     上座の議長が全員に尋ねるが、皆うなるばかりで発言しない。
     たまに発言しても、「ヒノカミ中佐と和平交渉し、交流を作ろう」、「こうなったら我々も央北に乗り込み、ヒノカミを倒そう」と言ったようなものばかりである。
     会議は「国の安定を図る」ことよりも、「フーとの関係をどうするか」に目が向いていた。

     そんな空気の中――トマスはふと、ネロと対局していた時のことを思い出した。
    「それにしても、分からない」
    「ん? 何が?」
     ネロの陣地だらけになった盤上から顔を上げ、トマスは尋ねた。
    「途中まで間違いなく、僕の優勢だったはずなんだ。一体、どこからおかしくなったのか……」
    「……うーん、まあ、私見だけど」
     ネロは盤上の石を片付けながら、やんわりと説明する。
    「トマス、君の戦略傾向はどうも、大局に向きすぎる感じがある。実際の攻防より、作戦で戦局を制しようと目論んでるように見える」
    「うーん……、かも知れない」
    「でもその反面、一度局地戦で負けると、その負けをどうにか挽回するべく、終盤までズルズルと引きずり続ける傾向がある。一旦僕からの攻撃を受けた途端、急に後手後手な対応をするようになっていた。
     理想先行型だけど、実行力には欠ける、……って感じかな。確かに序盤、盤面全体に手を広げて先制しようとする考えは良かった。多分そのまま展開を進めていれば、勝っていたと思うよ」
    「本当かなぁ……?」
     お世辞かと疑うトマスに、ネロはにっこりと笑ってうなずいた。
    「本当だとも。ただ、僕の奇襲と言うか、特攻と言うか……、それに惑わされて、折角進めていたいい手を乱してしまった。それが敗因だろうね。
     あの時、最初の予定通りに進めていれば――言い換えれば、僕の小技なんか無視していれば、そのまま押し切れたはずさ。
     君は小さいことを、少し気にし過ぎる」

    (小を無視、……か。
     ここでの『小』はフー。じゃあ『大』は、……言うまでも無いな)
     トマスは決心し、手を挙げた。
    「思ったのですが。我々はヒノカミ中佐に振り回され過ぎているような、そんな気がします」
    「ふむ……」
    「ヒノカミ中佐と彼の軍閥は、非常に強い推進力を持つ、明確な指針を持った組織であり、常に先手を打ってきています。
     それに対し、我々はこうして『どう対処すべきか』『どう対応すべきか』と後手後手で話をしている状態です。
     このままの状態を続けていてはいずれ、ヒノカミ中佐に食い潰されるのは、目に見えています」
     軍の中には、まだフーを格下と見ている者もいる。トマスの意見に、軍幹部の何人かは「何を馬鹿な」と言いたげな視線を向けてきた。
     それでもトマスは、発言を止めない。
    「ここは一旦、ヒノカミを放っておいてはどうでしょうか?」
    「は?」
    「何を言ってるんだ、君は。これは世界的な問題なのだぞ」
    「だからこそです。央北を手に入れたヒノカミには最早、我々に目を向ける暇などないでしょう。言い換えれば、地方の我々がどこで何をしようと、彼は手を出す間も無いはずです。
     まずは、後退しつつある経済・政治基盤の復旧が先決と思われます。そのためには、これまで我々との貿易を続けてきた央中・央南との関係を修復することが最も効果的ではないかと」
    「なるほど、そう言われれば一理ある、と言える」
     大臣の一人が小さくうなずき、続いて尋ねてきた。
    「では、……えーと、何だったかな、君」
    「ナイジェルです。トマス・ナイジェル」
    「ああ、あのじじ……、『知多星』博士のお孫さんか。
     ではナイジェル君、君はどうやって央中・央南との関係を元に戻すつもりかな?」
    「僕の親しい友人に、央中のヘレン・ゴールドマン金火狐財団総帥と、央南の黄紫明央南連合主席の両氏と懇意にしている女性がいます。
     央中・央南の権力者に、彼女を介して話ができれば、関係修復もそう難しいものではないかと」
    蒼天剣・騒北録 4
    »»  2010.01.20.
    晴奈の話、第470話。
    晴奈、ついに帰郷。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「ほーう」
     話を聞かされた晴奈は、非常に嫌そうな顔をしてトマスに応えた。
    「確かに私は、その二人と親しい。が、ヘレン女史とはそうそう何度も会えるわけではないし、父上に借りを作りたいとも思わぬ」
    「そこを何とかさ……」
    「断る」
     晴奈はぷい、とそっぽを向く。と、ここで小鈴が間に割って入った。
    「そー言わないで、さ。世界平和もかかってるんだし、助けてあげなって」
    「いや、そうは言うが……」
     晴奈はばつが悪そうな顔をし、コリコリと猫耳をしごいている。
    「ま、2年も会ってないお父さんにいきなり『この人を助けてあげて』なんて、言いにくいわよねぇ」
    「いや、そうでは、……うーむ、似たようなものか。確かに国際的な問題となると、いくら私と父上の関係でも、相談はしにくい。
     そもそも、まだ『バニッシャー』も取り戻していないのに、故郷に帰るわけにはいかぬ」
     晴奈の返答を聞き、ネロも話の輪に加わってきた。
    「そう言うことならさ、むしろ帰らないといけないんじゃないかな」
    「何?」
    「中佐が『バニッシャー』を持ったまま、央北に入ってしまったからさ。
     央北への道が完全に閉ざされた今、個人レベルの力じゃ最早、央北に足を踏み入れることすらできない。国際的協力が無ければ、彼を追うことは不可能だよ」
    「だから父上に泣きつけ、と?」
    「そうは言ってない。交渉を行うのはあくまでトマスであり、君はその橋渡し、仲介を行うだけだ。それなら何てことないだろ?」
    「ふむ……、仲介、か。……しかし……」
     晴奈は一瞬うつむき、こう返した。
    「……しばらく、考えさせてくれ」

     晴奈は小鈴を連れて、一旦部屋に戻った。
    「小鈴。……どうすればいい?」
    「どう、って。あたしの意見を率直に言えば、『帰ったらいいじゃん』なんだけど」
    「だろうな。私も同意見だ。……でも」
     晴奈は顔を両掌でこすりながら、ボソボソと話す。
    「何と言うか、どうにも……、な」
    「何ソレ?」
    「確かにネロの言う通り、『バニッシャー』を取り戻すには私一人ではもう、どうしようもない。父上とヘレン女史に会う必要はある。……頭では、納得している。
     でも、……まだ、申し訳が立たないと、そう感じているんだ」
    「申し訳って、誰に?」
     晴奈は顔を上げ、ぽつりと答える。
    「エルスだ。あいつには何かと手助けしてもらったし、今も我が故郷のために尽力してくれている。何より、私の大切な親友だ。
     そんなあいつに、私は何にも持って帰って来られず、あまつさえ『お前の剣を取り戻すため、力を貸してくれ』などと頼むのは、あまりにも情けない。
     私はまだあいつに、何もしていないのだ。その上で頼み込むなど……」
    「……はー」
     腕組みをして聞いていた小鈴は、ひょいと晴奈の額に手を伸ばし、デコピンした。
    「このっ」「あいたっ?」
     突然額を叩かれ、晴奈は困惑する。
    「な、何だ?」
    「あのねー晴奈。ソレ、違うって。親友に対してそんな言い訳ぐちゃぐちゃ続けて結局会わない方が、それこそ申し訳ないでしょーが。
     大体さ、そのエルスさんに黙って旅に出ちゃったんでしょ? ホントに親友なら、ものすごーく心配してるわよ、きっと。
     だからさ、いっぺん帰ってみなって。それともさ、ずーっと心配かけるのが、アンタ流の親友との付き合い方なの?」
    「……む、う」
     小鈴の言葉に、晴奈は短くうなった。
    「……そうだな。もう随分、会っていない。心配もさせているだろうな。小鈴の言う通りだ。
     そろそろ潮時、か」
    「そーよ。戻りましょ、晴奈」
     微笑む小鈴に、晴奈は深々とうなずいた。
    「ああ。戻ろう、我が故郷に」



     双月暦520年8月。
     晴奈の2年に及ぶ、長い旅が終わりを告げた。

    蒼天剣・騒北録 終
    蒼天剣・騒北録 5
    »»  2010.01.21.
    晴奈の話、第471話。
    親友との再会。

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    1.
     央南へと向かう、船の上。
     甲板に、晴奈が立っている。
    (……むう……)
     その心中には、強い不安が渦巻いていた。
    「やあ、セイナ」
     そんな晴奈のところへ、トマスがやってくる。
    「うん? ……何だ、トマスか」
    「何だはひどいなぁ。……どうしたの?」
    「何がだ」
    「難しい顔してるなと思って」
    「ああ」
     晴奈は海に顔を向け、ため息をついた。
    「やはり、不安があってな」
    「不安?」
    「エルスは、……私の行動をどう思っているだろうか、と。
     私が『バニッシャー』を追うと知って、期待しただろうか。それとも『余計なことを』と思ったのだろうか。
     いっそ、そう思ってくれていた方が、どれだけ気が楽か」
     晴奈は両手を胸の高さに挙げ、その掌をじっと見つめる。
    「私は結局、何も持って帰ることができなかった。『バニッシャー』も取り戻せず、日上も倒せず、……エルスに、何と言えばいいのか」
    「何も、ってコトは無いわよ」
     小鈴がやって来て、晴奈の肩をポンポンと叩く。
    「色々やったじゃん、アンタ。
     お姫様と旅して、闘技場に参加して準優勝して、犯罪組織を潰して、……この2年、本当に色々頑張ったんだし。世界平和にも貢献したんだし。
     エルスさんも、きっと許してくれるわよ」
    「そうだといいが……」
     不安がる晴奈の手を、トマスが握り締めた。
    「大丈夫だよ。リロイなら、きっと笑って許すさ」
    「……そう願おう」
     晴奈はもう一度、海に視線を向け――間を置いてトマスに向き直った。
    「いつまで私の手を握っている?」
    「あ、ごめん」



     8月末、晴奈たちを乗せた船は央南、黄海に到着した。
    「変わって……、ないな」
     晴奈の目に、2年前とまったく変わらない黄海の港が映る。晴奈はそっと、地面に降り立った。
    「……とうとう、帰ってきてしまったな」
     自分の足を見つめ、ぼそっとそうつぶやいた。
     すると前の方から、穏やかな声が聞こえてくる。
    「とうとう、だね。おかえり、セイナ」
    「……っ」
     顔を挙げると、そこには2年前より若干痩せた親友、エルス・グラッドの姿があった。
    「……エルス」
    「元気にしてた?」
    「……ああ」
    「前よりずっと、強くなったみたいだね」
    「……うむ」
    「おつかれさん、かな。戻ってきてくれて嬉しいよ」
    「……その、エルス。私は……」
     晴奈は鼻の奥に鈍い刺激を感じ始め、慌ててうつむく。
    「『バニッシャー』のことなら、もういいんだ」
     エルスが晴奈の肩に手を回し、優しく抱きしめた。
    「……あ……」
    「剣なんかより、君が帰ってきてくれて本当に良かった。この2年、気がかりでならなかったんだよ?」
    「私は……、わ、たし、は……っ」
    「もう気にしないでいいから。いいからね、セイナ」
    「……うん……」
     優しい友からの言葉と抱擁に、晴奈はボロボロと涙を流していた。

     二人の様子を離れて見ていた小鈴は、クスクスと笑っている。
    「あらら、珍しいわね。晴奈が泣くなんて」
    「そう、……だね」
     小鈴はチラ、とトマスの方を眺める。トマスは複雑な表情で、晴奈とエルスを見つめていた。
    「……妬いた?」
    「へっ?」
     トマスは慌てて顔を振り、否定した。
    「そんっ、そんなわけないじゃないか。いや、単にあの二人は男女なのに、恋愛より友情で結びついてるんだなって、うん」
    「あー、そー、ふーん」
     下手な言い訳を、小鈴はニヤニヤしながら聞いていた。
    蒼天剣・帰郷録 1
    »»  2010.01.23.
    晴奈の話、第472話。
    北方と央南の関係修復。

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    2.
    「……ふむ。話は良く分かりました」
     晴奈の仲介で、トマスと央南連合主席の紫明、そしてエルスの三人は、央南と北方との関係修復について討議を行っていた。
    「しかし私の一存だけでは、連合を動かすことはできません。
     何しろ、こちらとしても日上騒乱のために、央北との交流をすべて絶たざるを得なかったのですからな。その被害たるや、あなた方ジーン王国がこれから受けるものの、何倍にもなるのです。
     この混乱の責任をどこが取る、と言う話になれば、それは日上氏本人か、彼が属していたジーン王国軍、ひいては王室政府に、となるでしょう?
     その話もまだ立っていない段階で、『もう一度友好関係を』と言う話をするのは到底、不可能です」
    「責任は必ず、ヒノカミ氏本人と彼の軍閥に取らせるつもりです」
    「つもり、では困ります。彼が央北で守りを固め、侵入不可能にしてしまった現在、どうやって彼と交渉、もしくは彼を拘束するおつもりですか?」
    「……きっと彼は、近い内に何らかの対外的行動を起こします。
     そうなればいつまでも、閉じこもっているわけには行きません。必ず、交渉ないし拘束のチャンスはあるはずです」
    「『きっと』や『はず』で話をされましてもなぁ……」
     紫明は苦い顔をするばかりで、トマスの説明にうなずこうとはしない。
     そこで、エルスがトマスを援護した。
    「いや、確かにそうした動きは既に出ているとのことです。
     詳しい意図は不明ですが、先日ヒノカミ氏は央中ネール公国の大公を招いたと言う情報もあります。支配圏を央北から伸ばそうとしている意志は、明確に現れています」
    「ふむ……」
    「それにシメイさん、央北との貿易網が潰れた現在、さらに北方との貿易も閉じてしまったら、黄商会としても、連合としても、かなり困ることになるんじゃないですか?」
    「確かに、それは言える。
     ……だがなぁ、それだけでは連合の人間を納得させられまい。やはり日上への責任をどうつけるか、が明確に説明できねば」
     エルスはしばらく考え込み、やがてこう提案した。
    「それなら、単に関係修復だけではなく、今後の侵略に備えて軍事的にも同盟を結ぶ、と言う名目ではどうでしょうか?
     ヒノカミ氏が支配圏を拡げるのなら、北方は勿論、央南にも手を伸ばしてくる可能性は0ではないでしょうから」
    「そう、か……?」
     まだ懐疑的な様子を見せる紫明に、エルスが畳み掛ける。
    「特に央南東部となると、我々の本拠であるコウカイからも、軍事拠点である紅蓮塞やテンゲンからも離れていますからね。
     それに攻撃を受けた場合、恐らく敵の進路は西大海洋から南中湾にかけて。北方からの海上支援がなければ、守るのは容易では無いでしょう。
     もし侵略が現実になれば、連合が大打撃を受けるのは間違いないでしょうし、それに備えて軍事同盟を結んでおくのは、悪い話では無いでしょう」
    「……なるほど、一理ある。それなら皆も納得するだろう」
     紫明は深くうなずき、トマスの要請を受諾した。



     紫明が同盟の話を受け、央南連合とジーン王国との同盟はほぼ現実的になった。
    「後は連合と王室政府とで協議を重ねて、実現に持っていくだけだ。……はぁ、一段落ってところかな」
    「おつかれさん」
     晴奈の帰郷に付いてきていたネロが、ネクタイを緩めつつ座布団に座り込むトマスを労った。
    「ありがとう。……はは、すっかり囲碁にはまったみたいだね」
    「うん。なかなか面白いよ、このゲーム」
     ネロの相手をしているのは、晴奈の実妹の明奈である。
    「……投了します」
     明奈は愕然とした顔で、敗北を宣言した。
    「ありがとうございました」
     それに合わせ、ネロがぺこりと頭を下げた。
     明奈は呆然とした顔のまま姉を手招きし、こしょこしょと耳打ちする。
    「お姉さま、この方ってもしかして、名のある棋士さんなの?」
    「いや、実は石を握って2ヶ月もない奴だ」
    「それは嘘でしょう、いくらなんでも。……でないとわたし、立つ瀬がありません。
     これでも黄海では囲碁四段、女流棋士になったと言うのに」
    「ほう……」
     妹のすねた顔を見て、晴奈は心の中の緊張がようやくほぐれた気がした。
    (……うん、私は本当に、弟妹たちが好きなんだな。こうして3年ぶりに明奈の顔を見たら、何だか穏やかな気持ちになれた。
     そう言えば元気にしているのかな、良太やフォルナ、シリンは)
    「あ、そうだ。お姉さま、お手紙がいくつか届いてますよ」
    「手紙?」
    「はい。……本当に色んなところを旅してらしたようで。
     青江からウエストポートまで、様々な消印がずらりと並んでますよ」
     そう言って明奈は席を立ち、封筒がたっぷり入った箱を抱えて戻ってきた。
    蒼天剣・帰郷録 2
    »»  2010.01.24.
    晴奈の話、第473話。
    これまでと、これから。

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    3.
    「ほう……」「へぇ……」「あらあら」
     最も長いもので1年半ほども封を開けていない手紙の山を読み返しながら、晴奈と明奈、小鈴、そしてリストにジーナと言った女性陣は騒いでいた。
    「『黄さん、またウチの店に寄ってくださいねっ / 風虎亭主人 橘風木』、……兄さんったら!」
    「『コウ先生へ また遊びに来てくださいね 新しい弟のウィルはかわいいよ / トレノ・ウィアード』、……そうか、無事に産まれたのだな」
    「『セイナさんセイナさんセイナさんまた会いたいよ / 雨宮』、……きもっ」「それは焼き捨てておこう」「そーね」
     中には妙なものもあったが、そのほとんどは心温まるものばかりだった。
    「晴奈、アンタ本当にいい旅をしたわね。こんなに、みんなからの手紙が来るなんて。あたしもあっちこっち旅したけど、こんなに山みたいになったコトは無いわよ」
    「……ああ、そうだな」
     晴奈はふと、明奈とリストの顔をしげしげと見つめた。
    「……ん? どしたの、セイナ」
     リストにいぶかしがられ、晴奈は小さく首を振る。
    「あ、いや。……いや、何と言うか、随分成長したように見えたのでな」
    「何ソレ?」
     首を傾げたリストに笑みを返しつつ、晴奈はこう尋ねた。
    「そうだ、私がいない2年の間、何か変わったことはあったか?」
    「ん? うーん、そうね」
     リストはチラ、と明奈の顔を見る。
    「一番のニュースは、やっぱメイナが囲碁の先生になったコトね。
     セイナが央南を離れた直後なんだけど、戦勝記念ってコトで、コウ商会主催で囲碁のトーナメントが開かれたのよ。で、メイナがそれで結構いい成績だして、みんなから『いっそ棋士を目指したらどうだ?』みたいな話になってね」
    「それで試験を受けてみたら、合格してしまいまして。今は時々黄海を離れ、修行と普及のために央南各地で打っています」
    「へぇ……。明奈らしいと言えば、らしい話だな」
     続いて、リストが手を挙げる。
    「それで、アタシもちょこっとニュース。
     エルスが何だかんだで央南連合軍の最高司令官になっちゃったから、エルスが抗黒戦争の時に就いてた黄州自警軍のリーダーを、アタシが継ぐコトになったのよ。
     それで今、銃士隊を大規模編成して、今後の防衛に活かそうとしてるトコ」
    「それは大出世だな。……しかし、エルスに比べればあまり変わっている感じは無いな」
    「そりゃ、一地方の軍責任者と央南全土の軍事司令とじゃ、激務っぷりは全然違うわよ。
     ……そりゃ、痩せもするわ」
     そう言ったリストの顔は、少し寂しそうに見えた。
    「あんまり、会えなくなっちゃったし。心配なのよね」
    「ふむ……」
    「んじゃさ」
     横で聞いていた小鈴が、ニヤッと笑いかけた。
    「アンタの職、晴奈に任せてさ。エルスさんのトコについてったらどう?」
    「はぁ?」
     リストは小鈴をにらみ、きつめの口調で切り返す。
    「イヤよ、そんなの。折角アタシの本領が発揮できるって時に。もうちょい考えて物言いなさいよ」
    「あーら、考えたつもりだけど? 晴奈もこっちに復帰するってコトになったらさ、ソレくらいの椅子は用意してあげてもいいんじゃないかなー、って」
    「……うーん」
     小鈴の言い分を聞き、リストは腕を組んで考え込む。
    「確かに、セイナが側に付いてくれたら百人力だけど。
     でもソレ言ったら、アタシのトコよりもエルスの近くの方が、もっと活躍できんじゃないかな」
    「それもそーねぇ」
     二人はくるりと晴奈の方を向き、同時に尋ねた。
    「晴奈、アンタこれからどうすんの?」
    「……これ、から」
     その質問に、晴奈は黙り込んだ。
    (そうか……。そろそろ『これから』を考えていかねば)



     晴奈のこれまでの人生は、絶え間なく動き、流れ続けてきた。
     雪乃に憧れて剣士となり、紅蓮塞での騒ぎに巻き込まれ、抗黒戦争に参加し、それが落ち着いたと思ったらフーを追うことになり、その間に闘技場での活躍や、殺刹峰との戦いがあり、そして北方に渡ったところでようやく、この2年に渡る旅が終わりを告げた。
     13歳から27歳までのその半生はまさしく、「戦い続けた人生」だった。

     だが、これからはどうなるのだろうか?

     恐らく北方と央南・央中の交渉が終わり、フーと「ヘブン」に対する決着が付けば、恐らく平和が訪れる。そうなった時、彼女にはもう、戦う理由も、必要もなくなるのだ。
     晴奈はこれまでずっと目の前の事柄を追いかけ、戦ってきた。だがそう遠くない将来、晴奈の身の回りは平和になり、戦うことはなくなる。

    (む……?)
     そこまで考えたところで、不意に晴奈はどこか、ほっとしたような気持ちを覚えた。
    (何だろうか? この形容しにくい、穏やかな気持ちは……。
     長いこと歩き続けて、ようやく腰を落ち着けたような、この安心感は一体……?)
     27歳の晴奈は、目の前に現れたその感情に対し、そのまま考え込む。
     その答えは、出てこなかった。
    蒼天剣・帰郷録 3
    »»  2010.01.25.
    晴奈の話、第474話。
    鉄の悪魔。

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    4.
    「それにしても、久しぶり……、だね」
     雑務が一段落したエルスは、トマスを自分の執務室に呼んだ。
    「そうだね。6年、いや、7年ぶりくらいかな」
    「僕が王国を出た時は、トマスは南海の大学にいたんだっけ」
    「ああ、うん。1年だけだけど。本国からの召還が無かったら、もうちょっといたかも」
    「召還されてからは、エドさんの跡を?」
    「そうなんだ。いやぁ、大変だったよ」
     それを聞いて、エルスは頭をポリポリとかく。
    「悪かった、本当に。僕とエドさんが亡命したりしなきゃ、もしかしたら大学教授になって、のんびりできたかも知れないのにね」
    「あ、いや、別に謝ることなんか。今の職も充実してるし、楽しいよ。……まあ、トラブルに巻き込まれることは多々あるけれど」
    「聞いたよ、フーに閉じ込められてたんだってね」
     エルスの笑顔が、寂しげな陰を帯び始めた。
    「……本当に、どうかしちゃったんだろうか、フーは。
     まさか君に危害を加えるなんて、想像もしなかった。それどころか、国を裏切って――もっとも、結果的には僕もそうなんだけど――央北を侵略するなんて。
     悪魔が憑いてるとしか思えないよ」
    「悪魔、……か。それはきっと、グレイ氏だろうな」
    「グレイ氏?」
    「うん。数年前から、フーの参謀を名乗って活動している人物だ。軍閥の形成にも、深く関わっていた。
     恐らく今回の『ヘブン』騒乱も、グレイ氏の指示によるものだろう」
    「何者なのかな……?」
    「さっぱり、分からない」
     エルスとトマスは、同時に肩をすくめた。



    「ん?」
     悩む晴奈を放って手紙を見ていた小鈴は、一通の封筒が見慣れたものであることに気が付いた。
    「コレ、朱海のトコからのじゃん」
    「アケミ? 誰じゃ?」
    「あたしの従姉妹の虎獣人。兄さんのトコと同じく、情報屋やってんの」
     小鈴は勝手に、晴奈宛の封筒を開く。
    「なになに……、『黄晴奈様へ A・グレイ氏の身辺調査結果を送付します』」



    「名前(公称):アラン・グレイ(Arran Glay)
     性別:男性の可能性高いが確認できず 年齢:不明 種族:不明 出身地:不明
     職歴:日上軍閥の参謀 それ以前の経歴は不明

     調べてみたけど、一言でまとめると『何が何だか』って感じだ。
     日上と会う以前に、こいつがどこで何をしてたかは、どこからもさっぱり出てこなかった。まるで突然、日上の目の前に現れたような感じだ。
     あちこちの筋に、手がかりになりそうなものを聞き込んでみたが、それもほぼ空振り。ただ、いっこだけ気にかかる情報があった。

    『Arr』――アルと呼ばれる、歴史に隠れた悪魔の伝説が、こいつの特徴といくつか符合した。
     その『アル』ってのは、フードと鉄仮面で体を覆い隠し、有能な若者を発掘しては『御子』と崇め奉って世界征服を行わせてたって言う、物騒な奴だったそうだ。
     その方面に詳しい学者やら何やらに問い合わせてみたら、アランがコイツである可能性は非常に高いんだそうだ。(まあ、本当かどうかは眉唾モノだけどな)
     もしアランが本当に『アル』って悪魔だとすると、相当手強い奴のはずだ。過去、克大火と戦ったことも何度かあるらしい。もっとも克と比べりゃ遥かに格下らしいが、それでも『悪魔』と呼ばれるだけはあって、並の奴が相手じゃすぐに殺されるだろうとも言っていた。

     アンタが並の剣士じゃないコトは十分分かってるが、それでも敵には回さない方がいい。真っ向から戦って、一回死にかけたんだろ?
     もしもう一度敵に回すつもりなら、真っ向から戦うよりも搦手(からめて)を考えた方がいいだろう」



    「……だってさ」
    「ふむ」
     朱海の手紙を読んだ晴奈は、かつてモールが言っていたことを思い出す。
    ――アランってのはね、正真正銘の悪魔なんだ――
    ――二天戦争の頃から、何度も何度も名前を変えて政治・戦争に干渉している――
    ――復活するのさ。何度殺しても、ね――
    (……モール殿の言っていた通りか。となると、確かに相手が悪すぎる)
     晴奈は思考をアランへの対策に切り替え、また悩み始めた。
    (日上を相手にする以上、奴と戦うのは必至。だが、どうすれば勝てるものか……。
     モール殿は奴のことを、鉄で身を固めた『鉄の悪魔』と呼んでいた。となると、生半可な刀では文字通り太刀打ちできぬだろう。
     少なくとも『大蛇』か、それ以上の刀がなければ……)
     晴奈はチラ、と壁にかけた刀――ちなみにこれは、楢崎の形見の刀である。殺刹峰でのフローラとの戦いの際、彼女が楢崎から奪ったものを奪い返し、そのまま使っていた――を見て、小さく首を振る。
    (いかに剣豪・楢崎殿の形見といえど、質は並の物。到底、アランには通らぬだろう。もう一度、ゴールドコーストの刀匠ミツオのところに行って、打ってもらうか?
     ……いや、その性能も甚だ怪しい。何しろフローラとの戦いで折れてしまったのだ。アランとの戦いは恐らく、それよりも苛烈なものになるだろう。とても、耐えてくれるとは……)
     と、悩む晴奈の視界の端に、まだ山盛りになっている手紙の中の、ある一通が映った。
     それを見た瞬間、晴奈に奇妙な直感が走った。
    (黒い封筒……、黒……、黒炎殿? そう言えば――刀を)
     晴奈は2年前の、大火との約束を思い出した。
    蒼天剣・帰郷録 4
    »»  2010.01.26.
    晴奈の話、第475話。
    真っ黒な手紙。

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    5.
    ――クク……、いいとも。剣豪、黄晴奈の代名詞になるような逸品を約束しよう――
     2年前、518年のワルラス卿暗殺の直後。大火は確かに、晴奈へ刀を贈ると約束した。
    (そう言えば、どうなった……?)
     克大火は「契約の悪魔」とも呼ばれている。彼はどんなことがあろうと、一度交わした契約・約束を自分から破ることは無いからだ。
    (とは言え黒炎殿は、日上との戦いで討たれたと聞いている。流石の悪魔も、死んでしまってはその約束を、果たせはしないのではないか……?)
     晴奈は無意識に、手紙の山から覗いていた黒い封筒に手を伸ばしていた。
     その手紙に差出人の名前は無く、消印も押されていなかった。だがそのことが逆に、これを出したのが誰なのか、晴奈に理解させた。



    「刀が完成し、届けに向かったのだが、旅に出ていると伝え聞き、持ち帰った。
     俺も現在何かと立て込んだ身なので、二度も足を運ぶ暇は無い。だから、お前の方から取りに来い。
     同梱してある魔法陣を使い、納めてある場所に行け」



     晴奈は震える手で、明奈に魔法陣の描かれた便箋を差し出す。
    「頼めるか……?」
    「え、ええ。……」
     明奈は便箋を受け取り、呪文を唱え始める。が――。
    「……ぜー、ぜー」
    「ちょ、息切れって」
     呪文があまりにも長く、明奈がばてた。見かねた小鈴が便箋を受け取り、眺めてみる。
    「……ながっ」
    「ぜー、これ、ぜー、一体どこ、ぜー、なんでしょうか?」
    「普通のテレポートじゃないわね……。あたしも前にソレ系の魔法陣見たコトあったけど、相当ヘンテコなトコに飛ばす気ね、コレ。全部唱えようと思ったら、相当魔力がいるわよ。
     そりゃ、明奈ちゃんもバテちゃうって」
    「以前に黒炎殿と共に飛んだ際は、一瞬だったのだが」
    「そりゃ、克だし。……あたしが手伝っても、まだ足りないわよ」
    「……どうしたものか」
     晴奈はチラ、とリストの長い耳を見る。
    「無理無理、魔術分かんないし」
    「うーむ」
    「……ちと、いいかの?」
     ジーナがそっと手を挙げる。
    「わしもそれなりに魔術の心得はある。三人なら何とかなるか、と」
    「でもジーナ、この呪文見える?」
    「ちと、貸してくれ」
     ジーナは小鈴から便箋を受け取ろうと、手を伸ばす。が、見当違いの方向に手が伸び、晴奈の体をつかむ。
    「む?」
    「それは私の肩だ」
    「んふふ、はい、コレ……」
     小鈴が苦笑しながら、晴奈につかまったままのジーナに便箋を渡した。
     その瞬間――。

    「……ん? 空気が……、変わった?」
    「え……っ」
     晴奈とジーナは、見たことの無い場所に飛ばされていた。
    「どうしたんじゃ、セイナ?」
    「ど、どこだ……、ここは?」
     そこは霧の深い、どこかの湿原だった。背後には岩山がそびえ、容易に乗り越えることはできそうにない。
    「せ、セイナ?」
     ジーナが晴奈の服を強くつかみ、怯えた声を出す。
    「一体、どうなったんじゃ?」
    「どうも、あの魔法陣のせいらしい。どこか別の場所に飛ばされたようだ」
     深い霧のせいで、足元もぼやけて見える。
     晴奈はジーナの手をしっかりとつかみ、トントンと軽く肩を叩いた。
    「視界はひどく悪い。ともかく、どこかに落ち着ける場所を探そう。しっかりつかまっていろ」
    「う、うむ」
     と――遠くの方から、どん……、どん……、と、鈍く重々しい音が響いてくる。
    「……何だ?」
     音は次第に近付いてくる。晴奈は危険を察知し、ジーナの手を引いて走り出す。
    「ジーナ! 逃げるぞ!」
    「えっ? えっ?」
     突然飛び出した晴奈に引っ張られる形で、ジーナはヨタヨタと走り出した。

     その直後――晴奈とジーナが立っていた場所に、地響きを立てて巨大な岩の塊が飛び込んできた。
    「……侵入者……」
     続いてもう一個、いや、もう一体、岩の塊が飛んでくる。
    「……侵入者……形跡あり……」
     さらにもう一体。
    「……『F5』……防衛……」
    「……侵入者……排除……」
     岩の塊たちは、ゴトゴトと音を立ててその場を離れていった。

    蒼天剣・帰郷録 終
    蒼天剣・帰郷録 5
    »»  2010.01.27.
    晴奈の話、第476話。
    薄暗い霧の中で。

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    1.
     霧深い、岩山の中。
    「……『F5』……防衛……」
    「……侵入者……排除……」
     岩の塊たちは、ゴトゴトと音を立ててその場を離れていった。
    「……何じゃ、今のは?」
     離れたところで様子を伺っていた晴奈とジーナが、そっと姿を現した。
    「分からぬ。……岩の塊が、しゃべっていたように見えたが」
    「岩の、塊?」
    「ああ。私の背丈の、3倍、4倍はあろうかと言う身の丈の岩が、何かをしゃべっていた。
     一体何だろうか、『F5』とは……?」



    「ど、ドコ行っちゃったの、セイナとジーナさんは!?」
     突然目の前から消えた晴奈たちに、リストは目を白黒させている。小鈴と明奈も同様に、慌てふためいている。
    「一体、何が……?」
    「もしかして、この魔法陣が原因?」
     小鈴は自分のかばんから魔術書と手帳を引っ張り出し、魔法陣を解析する。
    「……で……ココに魔力が集積されて……うん……やっぱり、コレは『テレポート』っぽい……、えっ? ……コレじゃ、……逆じゃん」
    「何か分かったんですか?」
    「やっぱり、基本は『テレポート』の魔法陣じゃないかな、と思うんだけど……」
     小鈴は頭を抱え、短くうなる。
    「あたしなんかじゃさっぱり分かんないくらい、無茶苦茶レベル高い術式で構成されてんのよ。晴奈たちがドコに行ったのか、全然分かんないわ……」
    「わたしにも何が、どう、書かれているのか」
     明奈もぺたりと猫耳を伏せ、困った顔をする。
    「あと、魔術の心得がある人と言えば……」
    「エルスも魔術使えるけど、……分かるかしら」
     と、その本人が騒ぎを聞きつけ、ひょいと顔を出した。
    「何か騒がしいけど、どうかしたの?」
    「あ、エルスさん」
     エルスの横には、トマスもいる。
    「あれ、セイナは?」
    「それが……」
     小鈴たちは晴奈とジーナが、大火から送られた手紙を手にした途端、目の前から消えてしまったことを説明した。
    「それじゃ、どこに行ったか分からないの?」
     トマスは驚いた顔で、残った黒い封筒を手に取る。
    「……大丈夫かな、セイナ」
     その表情からは、非常に不安がっている様子が見て取れる。それを見た小鈴は、ぷっと噴き出した。
    「ぷ、ふふ、んふふふ……」
    「ど、どうして笑うの?」
    「いや、……そーいやあたしたち、晴奈がドコ行ったのかってコトばっかり考えて、晴奈の身の心配してなかったって思って、んふふ……」
    「心配じゃないの?」
     信じられないと言う顔をしたトマスに、小鈴はぴらぴらと手を振って答える。
    「んー、そもそもそんなに心配するコトもないんじゃないかなーって。だって、晴奈だし」
    「まあ……、そうですね。お姉さまでしたら、大丈夫でしょうね」
    「そんな言い方……」
     トマスの顔がこわばったままなので、小鈴はやんわりと説明した。
    「ん、だってさ、あの子は何でもできる子だもん。あたしらの心配なんか、いらないって」
    「……」
     憮然とした顔で座り込んだトマスをよそに、エルスの方は、魔法陣が描かれた便箋を眺めている。
    「それで、これがその魔法陣?」
    「ええ」
    「僕にも詳しいことは良く分からないけど、相当高度な術式をふんだんに使ってる。流石、『黒い悪魔』が描いただけはある。
     興味が出てきたな、そのカツミが遺したと言う刀に」



     晴奈はジーナの手を引き、恐る恐る霧の中を進んでいた。
    (せめて刀があれば……)
     突然のことだったので、晴奈は刀を佩いていなかったし、ジーナも杖を置いてきてしまった。二人は心細い気分で、岩山の中を闇雲に歩いていた。
    「……出口は、あるんじゃろうか」
    「どうだろうな……」
     武器も補助具も無い、丸腰の二人にとってこの状況は、吹雪の中を歩くよりも厳しいものだった。
     そして運の悪いことに――。
    「……っ」
     霧の向こうから、あの岩の塊――ゴーレムがやってきた。
    「……動的物体……発見……」
     晴奈たちを正面に捉えたゴーレムは、ボソボソと何かをつぶやく。
    「動的、物体?」
    「わしらのことではないか?」
     晴奈とジーナが話している間にも、ゴーレムはボソボソと独り言を続ける。
    「データ照合……」
    「うっ……?」
     ゴーレムの胸の辺りがぱくりと開き、晴奈とジーナの顔に赤く、鋭い光が照射される。
    「何じゃ? 何かぼんやり、明るいものが……」
     晴奈には眩しく感じるこの光も、ジーナには蛍程度にしか感じていないらしい。
     その間に、ゴーレムは作業を終えたようだ。
    「……動的物体1……データ無し……2……データ無し……」
     ゴーレムの胸がぱたんと閉じ、続いて頭から筒のようなものが飛び出した。
    「侵入者……侵入者……」
     ゴーレムはワンワンと言う鈍い音を発し始める。どうやら、警笛か何かのようだ。
    「まずいぞ、これは……!」
     晴奈はジーナを背負い、その場から走り出した。
    蒼天剣・蒼天録 1
    »»  2010.01.30.

    晴奈の話、第447話。
    楽しくて、馬鹿馬鹿しくて、切ない夢。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「おかーさーん」
     誰かが呼んでいる。
    「ん……」
     目を開けると、白い猫耳と、同じく白地で茶色い斑の付いた猫耳の男の子二人が、自分を見上げている。二人の顔は良く似ており、どうやら双子らしかった。
    「どうした……?」
    「ねぇねぇ、ご本読んでー」
    「ああ、うん……。何を読んで欲しい?」
    「これー」
     と、後ろから声がする。振り向くと、自分に良く似た三毛耳の女の子が立っている。男の子たちよりは2、3歳ほど年下のようだ。
    「あ、月乃ずるーい」
    「えー、おにーちゃんたちこそお母さん独り占めしよーとしてるしー」
    「独り占めじゃないぞ、二人占めだ」
    「ヘリクツ言わなーい」
    「こら、こら」
     何だかおかしくなって、クスクスと笑いがこみ上げてきた。
    「母さんは春司のものでも、秋也のものでも、月乃のものでもないぞ」
    「えー」「えー」「えー」
     子供たちは3人そろって、口を尖らせる。またおかしくなって、笑みがこぼれてくる。
    「ふふふ……。お母さんはな、みんなのものだよ」
     そう言った途端、子供たちはみんな満面の笑みを浮かべた。
     その6つの瞳には、随分表情が柔らかくなった、自分の顔が――。



    「にゃがっ!?」「ふぎゃぅ!?」
     飛び起きた弾みで、横で眠っていた小鈴の頭を叩いてしまった。
    「な、何すんのよ晴奈……」
    「……あ、失敬。……いや、その。……変な夢、を、見てしまった」
    「夢ぇ……? あ、……あー……」
     小鈴が切なそうな声を上げる。
    「ど、どうした?」
    「夢の中で、でっかい桃まん食べてたのにぃ……」
    「……すまぬ」
    「……うー……桃まん……兄さんの……桃まん……すー」
     そのまま、小鈴は寝入ってしまった。
     晴奈の方はしばらく横になっていたが、眠気が訪れる気配が無い。すっかり目が冴えてしまったようだ。
    「……仕方ない」
     もぞもぞと毛布を抜け出し、船室を出た。

     まだ日の差さない甲板に出て、早朝の風を吸うことにした。
    (にしても、面妖な夢だったな。
     子供に囲まれていた、夢の中の自分。状況から考えて、あの3人の子はどうやら自分の子供らしい、……が。
     ははっ、そんな馬鹿な)
     思い出せば思い出すほど、馬鹿馬鹿しく――そしてなぜか、切なくなってきた。
    「……あれ……?」
     潮風が妙に冷たい。
     頬に手を当てると、涙を流していたことに気付いた。
    「何で……?」
     誰もいない甲板でそうつぶやいてみたが、答えてくれる者はいるはずも無かった。



     双月暦520年5月17日。
     晴奈たちは、北方の玄関口であるグリーンプールに到着した。

     北方の海は、非常に澄んでいる。
     海水が冷たいせいで、不純物が溶けにくいのだろう。そのため港から海を眺めると、綺麗なエメラルドグリーンの海水を眺めることができる。
     それが、グリーンプールの由来である。
    「魚が美味そうな海だな」
    「そーねー」
     グリーンプールに到着した晴奈と小鈴は、情報収集と腹ごしらえのために、港近くの大衆食堂に入った。
    「さて、ここの名物は、と」
     メニューを眺めてみると、やはり港町のせいか、魚料理が目に付く。端から端まで、魚の名前がズラリと並んでいた。
    「それじゃ、あたしは鮭のクリームシチューと海老マリネのサラダ、それからパンで。晴奈は?」
    「同じものを」
     食事が運ばれてくるのを待つ間、晴奈は小鈴から北方についての話を聞いていた。
    「央南は『仁徳と礼節の世界』。央中は『狐と狼の世界』。央北は『天帝と政治の世界』。
     では、北方は何の世界でしょう?」
    「ふむ……。寒いから、雪と氷の世界かな」
    「半分当たり。正解は、『雪と星の世界』。この地方の文化は雪と星、この2つに集約されるのよ。
     現在、北方の大部分を支配しているジーン王国。その開祖と言われているのが、自らを『天星』と呼んだレン・ジーン王。その後一度、別の王家に権力を奪われたんだけど、復権させたのが『地星』と呼ばれたクラウス・ジーン王。ジーン王家の主要な人物にはみんな、『~星』と言う呼び名が付けられていたの。
     んで、そこから派生して、この国の優れた武人には『武星』、優れた学者には……」
     小鈴がそこまで言ったところで、晴奈はある話を思い出した。
    「『知星』か?」
    「あら、ご名答。知ってた?」
    「あ、いや。私の知り合いに、北方人で『知多星』と呼ばれた人がいたから」
     晴奈が何の気なしにそう言った途端、ざわついていた店内が静まった。

    蒼天剣・風砦録 1

    2009.12.27.[Edit]
    晴奈の話、第447話。 楽しくて、馬鹿馬鹿しくて、切ない夢。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「おかーさーん」 誰かが呼んでいる。「ん……」 目を開けると、白い猫耳と、同じく白地で茶色い斑の付いた猫耳の男の子二人が、自分を見上げている。二人の顔は良く似ており、どうやら双子らしかった。「どうした……?」「ねぇねぇ、ご本読んでー」「ああ、うん……。何を読んで欲しい?」「これー」 と、後ろから声がする。...

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    晴奈の話、第448話。
    親友の評判と宿敵の影。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「……む?」
     晴奈は突然向けられた多数の視線に戸惑う。すると近くにいた客の一人が、恐る恐る声をかけてきた。
    「……アンタ、老ナイジェル博士を知ってるのか?」
    「え? ああ、まあ。昔、交友があった」
    「いつだ? アンタ、若く見えるが……」
    「そうだな、4、5年ほど前だ」
    「5年前……」
     客たちと店主は顔を見合わせ、ボソボソと内輪で話す。
    「5年前って言ったら」
    「ああ。515年の、兵器強奪事件の後だ」
    「まさか老ナイジェル博士、央南に亡命を?」
    「かも知れん。あの方は昔、央南に留学していたそうだから」
     店の空気が変わったことを察し、晴奈は小声で小鈴に尋ねる。
    「私は何か、まずいことを?」
    「……さあ? あたし、北方のコトは良く分かんないし」
    「なあ、おサムライさん」
     店主が皆を代表し、質問してきた。
    「アンタは老ナイジェル博士……、エドムント・ナイジェル博士を知っているんだな?」
    「ああ。話したことも何度かある」
    「それは5年前、515年くらいのことだな?」
    「そうだ」
    「その……、博士は、何か武器を、持っていなかったか?」
     晴奈は彼らが何を聞こうとしているのか、ピンと来た。
    (『バニッシャー』か)
    「どうなんだ?」
    「……いや? 護身用に魔杖は持っていらっしゃったが、それ以外には特に何も」
    「そ、そうか」
     また、客と店主が内輪で話す。
    「博士、兵器は何も持って無かったって」
    「そうか……」
    「じゃあもしかして、博士は無実?」
    「じゃやっぱり、リロイ・グラッドの仕業か」
    (リロイ?)
     呼び名は違うが、苗字から恐らくエルスのことだろうと推察できた。
    「博士は弟子の不始末に巻き込まれた、ってことか」
    「なんて恩知らずだ!」
    「ジーン王国の恥だな、つくづく」
     友人を悪く言われ、晴奈の気分は悪くなる。
    (エルスたちの考えも知らずに、何と言う言い草だ!)
     晴奈は内心穏やかではなかったが、それでも冷静を装って、静かに食事を平らげた。

     店主と客たちはその後も根掘り葉掘り、晴奈に質問してきた。それに答えるうち、気がかりな情報を耳にした。
    「そう言えば俺、聞いたんだけどさ」
    「うん?」
    「その、老ナイジェル博士のお孫さん。今、ナイジェル家の宗主になってるんだけどさ、今行方不明になってるって言われてるんだけど、実はヒノカミ中佐が自分の砦に監禁してるって、そう聞いたことがあるんだ」
    「日上だと?」
     ほぼ1年半ぶりの標的の情報に、晴奈は強く反応した。
    「ああ。どうも仲違いしたとか、何とか。ま、噂だから何とも言えないけどさ」
    「ふむ……。その砦と言うのは、どこにある?」
    「ウインドフォートって言う街さ。この街、中佐の砦ができてから作られた街なんだけどね」
     客たちは親切に、ウインドフォートまでの道のりを教えてくれた。



     3日かけ、晴奈と小鈴はグリーンプールから海岸沿いに南東へ移動し、ウインドフォートに到着した。
    「そう言えば……」
     街に着いたところで、晴奈が口を開く。
    「ん?」
    「央中のミッドランドで、この国の出身のホーランド教授に会ったことがあったな」
    「あー、そんなコトもあったわねぇ」
    「その時確か、ナイジェル博士のお孫さんには優秀な人物が一人いるとか聞いた覚えが。もしかすれば、その人物が現在監禁されていると言う、ナイジェル家の宗主かも知れぬな」
    「何だっけ、名前」
     二人は顔を見合わせ、記憶を掘り返す。
    「……オスカー?」
    「何か違うような……。ベアトリクスとか言っていたような」
    「それ女性名じゃん。男だったはずよ、確か。……何だったっけ?」
    「うーむ……」
     2年も前の話なので、二人ともすっかり忘れていた。

     ともかく、ここでも情報収集のために、二人は酒場に寄ってみた。
    「いらっしゃ……、お?」
    「うん?」
     よほど央南人が珍しいのか、この国に入ってから晴奈と小鈴はよく、周りから反応される。店主もまた、同様に珍しがっているのだろうと晴奈は思っていたのだが、どうも反応の仕方が違う。
    「アンタ……、央南の人?」
    「ああ、そうだが」
    「へー……。央南の人って、そんな顔立ちなんだ」
    「は?」
     店主はポリポリと頭をかきながら、皿を一枚顔の前に掲げる。
    「いやね、この街にも一人央南人が住んでるんだけどさ、その人いーっつもこんな風に、お皿みたいにのっぺりした仮面を着けてるからさ、どんな顔してるんだろうなーって。
     ……いやいやすみません、初対面のお客さんに失礼なこと言っちゃって」
    「ああ、いや……」
     晴奈の脳裏に一瞬、巴景の顔(と言うか仮面)が浮かんだが、「それは無い」と打ち消した。
    (いくらなんでも北方まで来られるわけがない。特別便に乗った私たちでさえ半年近くかかった道のりを、私たちよりずっと早く到着するなど、常識的にありえぬ)
     巴景が実際ここに来ており、しかも非常識な手段を用いていたことなど、晴奈には知る由もない。
    「少し聞いてもいいか?」
    「ああ、はい、どうぞ」
    「この街に、日上中佐がいると聞いたのだが」
    「はいはい、いらっしゃいますよ。ほら、あのおっきな砦。あそこを軍から任されてまして、その最上階に住んでらっしゃいます」
    「ふむ。会うにはどうすればいい?」
    「ははは、ご冗談を」
     店主はパタパタと手を振って、晴奈の質問に答える。
    「砦の最高責任者ですし、そうそう簡単にはお会いできませんよ」
    「なるほど」
     その後も二、三尋ねたが、あまり有益な情報は得られなかった。

    蒼天剣・風砦録 2

    2009.12.28.[Edit]
    晴奈の話、第448話。 親友の評判と宿敵の影。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「……む?」 晴奈は突然向けられた多数の視線に戸惑う。すると近くにいた客の一人が、恐る恐る声をかけてきた。「……アンタ、老ナイジェル博士を知ってるのか?」「え? ああ、まあ。昔、交友があった」「いつだ? アンタ、若く見えるが……」「そうだな、4、5年ほど前だ」「5年前……」 客たちと店主は顔を見合わせ、ボソボソと内輪で話...

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    晴奈の話、第449話。
    白猫からの真剣な預言。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     まっすぐ向かって会うことは難しいと分かったので、晴奈たちは忍び込むことにした。
    「小鈴、モール殿に以前『インビジブル』と言う術を使ってもらったことがあるのだが、使えるか?」
    「『インビジブル』? ……うーん、使ったコトないわ。一応、モールさんから教えてもらったんだけどね」
     そう言って小鈴は手帳を開き、ぺらぺらと流し読む。
    「ま、やってみるけど」
     小鈴は「鈴林」を握り締め、ブツブツと呪文を唱え始めた。小鈴の姿はじわじわと透け始めたが、完全な透明にはならなかった。
    「……出力的にコレが限界かも。ま、夜だったら見つからないかもね」
    「ふむ」
    「とりあえず夜まで、その辺の宿でも取ってゆっくりしましょ」
    「そうだな。多少、疲れもあるし」
     晴奈たちは宿を取り、暗くなるまで眠ることにした。



    「……いるんだろう、白猫」《おわっ》
     夢の中――いつもならどこからか現れ、突然声をかけてくる白猫に、今回は晴奈が先制した。
    《段々鋭くなってくるなぁ、セイナ》
    「そうそう鈍(なまくら)ではいられぬ、と言うことだ。それで、今回は何の用だ?」
    《あ、えっとね。キミ、ウインドフォート砦に忍び込むつもりでしょ?》
    「ああ、そうだ。止めても無駄だぞ」
     晴奈はキッと、白猫をにらむ。ところが白猫は、プルプルと首を振って否定した。
    《く、ふふっ……。止めやしないって。むしろ、行ってほしいんだ。ある人を助けるためにね》
    「ある人?」
    《そう。トマス・ナイジェル博士。今、砦の地下2階の牢屋に監禁されてるんだ》
    「トマス……。ああ、そうだ。確かトマスだったな」
    《忘れてたんでしょ》
    「ああ。正直、どうでもいいと思って聞いていたからな、ホーランド教授の話は」
    《だろうねぇ。……でもねセイナ、その話、よーく思い出しておいて》
    「え?」
     白猫はいつもの飄々とした態度をまったく見せず、ひどく真剣なまなざしで晴奈に訴えた。
    《大変なコトなんだよ。ホーランド教授は、大変なコトをしてしまうんだ。
     あるコトがきっかけで、この世界の『あるシステム』が明日、停止するんだ。そのせいでホーランド教授は、大変な発見をしてしまう。そして『発見したソレ』に、取り込まれてしまうんだ》
    「システム? それ? ……一体、何のことだ?」
    《いずれ分かるさ》
    「……?」
     晴奈の頭には次々と疑問符が浮かんでくるが、白猫は説明しない。
    《それからセイナ、もう一度言うよ。トマス博士を、絶対に助け出してね。
     それはキミにとって、非常に大事な、大切なコトになるから》



     5月20日、深夜。
     晴奈と小鈴は「インビジブル」を使い、砦に侵入した。やはり完全に透明にはならなかったが、それでも夜の闇の中ではほとんど目立たない。
     堂々と門をくぐり、砦の中に入る。
    「……さて」
     術を解除し、晴奈たちは物陰に隠れた。
    「最上階へ、……と言いたいトコだけど、けっこー手強いわよ」
    「そうだな」
     砦は敵の侵入と制圧・占拠を阻むために、複雑な構造になっている。うかつに進めば、すぐに行き詰まってしまうのは明白だった。
    「誰かこの砦に詳しい人がいなきゃ、昇れないわよ」
    「ふむ。……あ」
     そこで晴奈は、白猫が言った言葉の意味を推理した。
    (『非常に大事な』、とはこのことか。なるほど、軍事顧問のナイジェル博士ならば、この砦の構造を知っていてもおかしくない。助け出さねば、進むのは難しいだろうな)
    「どしたの?」
    「あ、いや。……この地下に、ナイジェル博士は監禁されていると言っていたな。彼なら、この砦に詳しいかも知れぬ。助けに行こう」
    「んー……、そうね。そうしましょ」

     地下は占拠する意味の無い区画のためか、地上よりも簡単な造りになっていた。警備の数は上より少なく、薄暗い通路では半透明の晴奈たちはまったく気付かれない。
    「この辺りが……、牢屋か」
    「多分、ね」
     小声でボソボソと話しながら、通路を進んでいく。
     と――。
    「……!? こ、小鈴!」
    「どしたの?」
    「術が……!」
    「え?」
     きょとんとする小鈴の顔が「見える」。
    「……あ」
     なぜか術が解け、二人の姿が鮮明になり始めた。
    「何で!? 解除してないのに!?」
    「おい、お前ら!」
     二人に気付いた兵士が、立番をしていた門の前からつかつかと歩み寄ってくる。
    「く……!」
     晴奈は刀に手をかけ、兵士を倒そうとした。
    「そこで何を、して、い、……る」
     ところが、わずかな灯りでも顔が見える程度に兵士が近付いてきたところで、相手は突然立ち止まった。
    「……おほぅ」
     兵士は小鈴の顔を凝視している。いや、良く見ればその目線は顔よりずっと下、豊かな胸の方に向いており、にんまりした表情を浮かべている。
     それに気付いた小鈴の額に、ぴきっと青筋が浮き出た。
    「……ドコ見てんのよ、この変態!」
     晴奈の代わりに、小鈴が兵士を殴り倒した。
     ちなみにこの兵士――以前、巴景がミラと共にこの場所を訪れた際に、ミラを凝視していた看守である。

    蒼天剣・風砦録 3

    2009.12.29.[Edit]
    晴奈の話、第449話。 白猫からの真剣な預言。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. まっすぐ向かって会うことは難しいと分かったので、晴奈たちは忍び込むことにした。「小鈴、モール殿に以前『インビジブル』と言う術を使ってもらったことがあるのだが、使えるか?」「『インビジブル』? ……うーん、使ったコトないわ。一応、モールさんから教えてもらったんだけどね」 そう言って小鈴は手帳を開き、ぺらぺらと流し読...

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    晴奈の話、第450話。
    トマス博士との出会い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     倒した兵士から鍵を奪い、晴奈たちは牢獄のある区画へと侵入した。
    「さて、ナイジェル博士はどこに……?」
     きょろきょろと辺りを見回すが、牢屋の中に人影は無い。どうやらあまり使われていないらしい。
    「博士さーん」
     晴奈と小鈴は手分けして牢屋を回る。
    「博士、いらっしゃいますか?」
     二人で声をかけ、博士を探す。
     と、奥の方からボソボソと何かが聞こえた気がした。
    「む……」
     晴奈は声のした方に向かう。すると若い男の声で、こう言っているのが聞こえた。
    「……いやいや、まだ女性かどうか……」
    「何……?」
     曲がり角を一つ隔てたところに立っているため、晴奈の姿が見えるわけも無い。それなのに、その男は晴奈が女性であることを見抜いた。
    (この推理力。間違いない、ナイジェル博士だ)
    「……よく、私が女性だとお分かりになりましたね」
    「え……、本当に女性?」
     姿を隠したまま、晴奈は男に問いかける。
    「あなたが、ナイジェル博士ですか?」
    「そう、だけど……。君は?」
     晴奈はそこで角を曲がり、ナイジェル博士に姿を見せた。
    「私は、セイナ・コウ。央南、の、……」
     曲がったところで、晴奈は愕然とした。
    (……少年? まさか……)
     そこにいたのは、青年と言うにはあまりにも若く見える、眼鏡をかけたエルフの男だった。
    「……どうしたのかな?」
    「あ、いや。コホン、……セイナ・コウ。央南の剣士だ。お主は、えーと……」
    「うん。トマス・ナイジェルだよ。童顔で実際の歳よりも若く見られるけどね」
     トマスは晴奈が驚いた理由を見抜いていたらしく、憮然とした顔で眼鏡を直した。
    「それでセイナさんだっけ、僕に何か用が?」
    「ああ、道案内を頼みたいと思ってな」
    「道案内?」
     トマスはまた眼鏡を直し、疑問に満ちた目を向ける。
    「えーと、セイナさんはこの砦の新しい傭兵とかじゃないのかな?」
    「ああ。日上から『バニッシャー』を奪い返すため、この砦に来たのだ」
    「『バニッシャー』を、奪い返す? ……詳しく聞かせてくれないか?」
     顔は非常に幼いが、中身は一般的な青年らしい。
     晴奈はほっとしつつ、小鈴を呼んで三人で話をすることにした。

    「そうか……。おじいさま、央南で……」
     トマスは晴奈からエルスとエド博士が「バニッシャー」を持って央南に亡命し、その地で博士が亡くなったこと、フーがエルスの留守中に「バニッシャー」を奪い逃走したこと、そして央中クラフトランドでフーと戦った話などを聞き、深いため息をついた。
    「……今になってようやく、僕は祖父とリロイが正しかったんだと痛感したよ。
     フーは確かに、『バニッシャー』をどこからか取り返していた。そしてそれを、僕に見せたんだ。それから、『このことは戦争が終わるまで秘密にする。お前のことは前々から気に入らなかったし、こうして見せびらかしてから監禁することにする』って言われて、ここに放り込まれたわけさ」
    「そりゃまた、アコギな話ねぇ」
     小鈴はうんうんとうなずき、トマスに同情していた。
    「フーが暴走した原因は、間違いなく『バニッシャー』だ。あれが無かったらきっと、もう少しは僕の話に耳を傾けてくれただろうし、ましてや僕が閉じ込められることも無かっただろうね。
     お祖父さまたちはきっと、あの剣が軍にあればこんな騒動がいずれ起こるだろうと、分かっていたんだろうな」
     トマスは顔を上げ、晴奈に頼み込んだ。
    「フーのところに案内する代わりに、お願いがあるんだ。僕を王国の首都、フェルタイルまで送っていってほしいんだ」
    「首都に?」
    「首都の軍本部に、この一件を報告する。フーの暴走を、これ以上看過できはしない」
    「なるほど。……相分かった、トマス。お主を必ずフェルタイルまで送ってやろう」
    「ありがとう、セイナさん、コスズさん」
     晴奈は鍵を開けながら、トマスの顔をもう一度見た。
    (やはり少年にしか見えぬ。……一体、何歳なのだ?)
    「どうしたの、セイナさん?」
    「あ、いや。……ああ、トマス。私に『さん』付けは無用だ。どうも尻尾がかゆくなる」
    「あ、はい」
     後で聞いたところによると、トマスは今年で24なのだと言う。晴奈も小鈴も「そうは見えない」と思ったが、口に出さないでおいた。

     牢から開放されたトマスは、約束通り砦の最上階まで案内してくれた。
    「おかしいな……?」
     途中、トマスが首をかしげる。
    「どうした?」
    「兵士の数が少なすぎる。以前に訪れた際は、もっと多かったはずなんだけど」
    「ふーん……?」
    「あともう一つ、気になる点がある。
     コスズさん、さっきからちょくちょく術を――『インビジブル』って言ってたっけ――解除したり掛け直したりしてるみたいだけど、なんでそんなことしてるの? 無駄でしょ?」
    「分かってるわよ、んなコト」
     トマスの指摘に、小鈴がイライラした様子で応じる。
    「こっちだって解除したくてしてるワケじゃないの。勝手に解けちゃうのよ」
    「へぇ?」
    「砦に何か、術を強制解除するよーな機構でも付いてんのかしら……?」
    「うーん、もしかしたら」
     と、トマスが手を挙げてこう返す。
    「その術って、発動中はしゃべっちゃダメなんじゃないかな。さっきから見てたら、二人のどっちかが口を開く度に解除されてるみたいだし」
    「え?」
     そう言われ、小鈴はあごに指を当てて思い返す。
    「……そうかも」
    「そう言えばモール殿がこの術を使った際、『黙っててね』と念押しされていた覚えが」
    「あ、じゃあそれだよ。間違いないって。君たちのせいだったんだ」
     トマスは自信たっぷりの顔で、二人にそう断言した。
    「あ、……うん。まあ、そりゃ、そーなんでしょーけど、……さぁ」
    「なに?」
    「……別にぃ」
     正論と言えば正論なのだが、トマスの言い方にはどうも、引っかかるものがある。
     晴奈は憮然としつつも、こう尋ねてみた。
    「その、老ナイジェル博士は魔術学の権威でもあったそうだが、トマスも魔術に詳しいのか?」
    「ううん、全然」
     あっけらかんと返され、晴奈と小鈴の中に何か、カチンと来るものがあった。
    (……何と言うか)
    (今かなり、ムカッと来たんだけど)
     二人ともそうは思ったものの、これも口には出さないでおいた。

    蒼天剣・風砦録 4

    2009.12.30.[Edit]
    晴奈の話、第450話。 トマス博士との出会い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 倒した兵士から鍵を奪い、晴奈たちは牢獄のある区画へと侵入した。「さて、ナイジェル博士はどこに……?」 きょろきょろと辺りを見回すが、牢屋の中に人影は無い。どうやらあまり使われていないらしい。「博士さーん」 晴奈と小鈴は手分けして牢屋を回る。「博士、いらっしゃいますか?」 二人で声をかけ、博士を探す。 と、奥の方か...

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    晴奈の話、第451話。
    またも逃した剣。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     三人は砦の最上階、フーの部屋へと到着した。
     既に立番をしていた兵士も倒し、警備は解除されている。
    「入るぞ」
    「ええ……」「うん……」
     三人は緊張した面持ちで、部屋の扉を開けた。
     ところが、部屋の中には誰もいない。
    「……あれ?」
    「フー、は?」
     三人は肩透かしを食った気分で部屋中を探すが、やはり部屋の主はどこにもいなかった。
     と、トマスが部屋を見回し、一人ブツブツとつぶやきながら、晴奈に尋ねる。
    「砦内には兵士が少ない。そして責任者も不在、……と。
     えっと、セイナ。今、……4月だっけ?」
    「5月だ。5月20日……、ああ、もう日が変わっていたな。5月21日だ」
    「そっか。じゃあもう、中央政府との戦争が再開されている頃か。
     となると恐らく、フーは兵士を引き連れて北海に出てるんだろうね」
    「なるほど……。
     中央政府との戦いに出ている以上、『バニッシャー』も彼奴の手元にあるのは間違いないだろう。……一足遅かったか」
     晴奈はがっくりと肩を落とす。
     と、その様子をなぜか、トマスがしげしげと見つめている。それに気付き、晴奈はいぶかしんだ。
    「……何だ? 私の顔に何か付いているか?」
    「あ、ううん。……何でも」
    「……?」
     晴奈は首を傾げたが、他に気になることはいくらでもある。それ以上は特に、深く聞かなかった。
     と、晴奈はまた視線を感じ、振り返った。
    「誰だッ!?」「ひゃう!?」
     部屋の扉の陰から、おどおどとした女の声が聞こえてきた。
    「あ、あのぅ、どなたさんでしょうかぁ?」
    「その声……、トラックス少尉、かな」
     トマスが声の主に気付き、呼びかける。
    「あんまり騒いでほしくないんだ。そっと、こっちに入ってきてくれるかな」
    「は、はぁい……」
     きー、と音を立てて、扉が開く。トマスの予想していた通り、ミラが顔を出した。
    「は、博士ですかぁ? 何でここに……」
     ミラが入ってくる直前に扉の側に隠れていた小鈴が、ミラの体を羽交い絞めにする。
    「ひゃあ!」「動かないでね」
     ミラを拘束したところで、晴奈が素早く近寄り刀を抜く。
    「まず名前を聞かせてもらおうか」
    「あれ?」
     真剣な晴奈たちとは逆に、トマスが緊張感の無い質問をする。
    「央南人って自分から名乗るのがしきたりじゃなかったっけ」
    「……一々、話の腰を折るな」
     晴奈はイラついた目をトマスに向けながら、ミラに再度質問する。
    「私はセイナ・コウだ。後ろの女性はコスズ・タチバナ。これで満足か、トマス?」
    「あ、うん。変なこと言ってごめんね」
    「……」
     ミラが晴奈とトマスを交互に見ながら、恐る恐る口を開いた。
    「あ、えっとぉ、アタシはミラ・トラックスですぅ。お二人さんとも、央南の方なんですかぁ?」
    「そうだ。私は央南からはるばる、日上風が奪った剣を取り戻すためにここまで来たのだ」
    「そうなんですかぁ……。その、えっと、何て言ったらいいのか、残念でした、って言えばいいのか……」
    「何だ?」
    「ヒノカミ中佐、北海に出ちゃってるんですよぉ」
    「やはりそうか……」
     晴奈は小鈴に目配せし、ミラの拘束を解かせた。無理矢理に腕を極めたせいか、ミラは痛そうに腕をさすっている。
    「いた、た……」
    「ゴメンね、ミラちゃん」
    「いえ、お構いなくぅ」
     ミラは豊かな胸元から杖を出し、ボソボソと呪文を唱え始める。どうやら治療術で痛みを和らげようとしているらしい。
    「あ、あたしがやったげるわよ。ケガさせたのあたしだし」
    「いえ、これくらいは……」
     なぜか小鈴とミラは気さくに話し始める。
     その間に、晴奈はトマスと今後のことを相談することにした。
    「目的がここにいない以上、長居する理由は無い。
     フーが北海から戻るのは、いつぐらいだろうか?」
    「うーん……、早くても補給が切れる間際、6月半ばまでだろうなぁ。それまでは戻ってくる理由が無いと思うよ。万が一、フーが死んだりでもしない限り、だけど」
    「なるほど。……では先に、お主をフェルタイルまで送るとするか。いい時間潰しにはなりそうだ」
    「ありがとう、セイナ。
     そうだ、もしフーが戻って来るまでにもっと時間がかかりそうなら、それまで僕の家でゆっくりしていくといい。元々祖父の邸宅だったから、部屋だけは一杯あるんだ」
    「ふむ、ではお言葉に甘えるとしようか」
     話がまとまったところで、晴奈は小鈴に声をかけた。
    「小鈴、出発するぞ」
    「あ、うん。ソレなんだけどさ、晴奈」
     小鈴はミラの肩を持ち、もう一方の手で拝むような仕草を見せた。
    「この子も一緒に連れてってあげましょうよ」
    「は?」
     思いもよらない提案に、晴奈は目を丸くした。
    「この子最近、フーからの扱いが悪いらしいんだって。今回の戦いでも、同行させてもらえなかったって言うし」
    「そう言えば、そうだよね。側近なのにこの砦に残ってるって言うのは……。
     まだ側近のはずだよね、トラックスさん?」
     トマスの言葉に泣きそうな顔をしながらも、ミラはうなずいた。
    「まだちゃんと側近ですよぉ……。でも中佐、アタシのコトを陰で『とろくさい胸デブ』だって言ってるみたいでぇ……」
    「ナニソレ」
     小鈴の額に青筋が浮かぶ。
    「信じらんない暴言ね、ソレ。そーゆーコト言う奴、ガツンと張り倒してやりたいわ!」
    「さっきやっただろう、小鈴……」
     晴奈に突っ込まれるが、小鈴の怒りは収まらない。
    「ミラちゃん、あたしはアンタの味方だからねっ」
    「ありがとうございますぅ、コスズさぁん」
     二人はがっしりと手を握り合った。

    蒼天剣・風砦録 5

    2009.12.31.[Edit]
    晴奈の話、第451話。 またも逃した剣。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 三人は砦の最上階、フーの部屋へと到着した。 既に立番をしていた兵士も倒し、警備は解除されている。「入るぞ」「ええ……」「うん……」 三人は緊張した面持ちで、部屋の扉を開けた。 ところが、部屋の中には誰もいない。「……あれ?」「フー、は?」 三人は肩透かしを食った気分で部屋中を探すが、やはり部屋の主はどこにもいなかった。 と...

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    晴奈の話、第452話。
    大掛かりなイタズラ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     小鈴とミラ、二人が厚い友情を芽生えさせていたところに、のっそりとした声が投げかけられた。
    「……あの、俺も、一緒に行って、いい、か?」
    「あ、バリーですかぁ?」
    「うん……」
     扉を開け、非常に体格のいい、しかし妙に頼りなさげな顔の熊獣人が入ってきた。
     その男に、晴奈は見覚えがあった。
    「……む、貴様は!」
     晴奈はバリーを指差し、きつい口調で尋ねる。
    「貴様、2年前に央南のナイジェル邸……、エルスの家から、『バニッシャー』を盗み出した者の一人だな!」
    「え? ……あ!」
     バリーは元から垂れている眉をさらに下げて、深々と頭を下げた。
    「すみません! 本当に、すみませんでした!」
    「……え、あ、うむ」
     素直に謝られ、晴奈はどう返していいのか分からず硬直する。
    「本当に、あの時は、中佐の、その、わがままに……」
    「……お主、名前は何と言うのだ?」
    「あ、はい! その、バリー・ブライアンと、言います。階級は、その、一応、曹長で、はい」
    「そうか。バリーとやら、お主はどうやら悪い奴ではなさそうだ。そこまで頭を下げる必要は無い」
    「その、えっと、……はい」
     晴奈はポリポリと猫耳をかきながら、今度はバリーに優しく尋ねた。
    「それでバリー、お主は何故、私たちと同行したいと?」
    「その……、俺もミラと同じように、あんまり、最近、待遇がその、よくなくって」
    「バリーも『でかいだけのどもるグズ』って……」
    「聞けば聞くほど、ムカついてくるわねー……」
     怒り心頭の小鈴は、フーの部屋にある魔術を仕掛けることにした。
    「コレでよし。15分くらいしたら、……クスクスクス」
     その様子を離れて見ていたトマスは、晴奈に耳打ちした。
    「どうもコスズさんって、あんまり怒らせたらいけないタイプの人みたいだね」
    「ああ、長い間一緒に旅をしているが、怒ると見境が無い」

     五人が砦を出てから数分後、砦の最上階からにょきにょきと何かが伸び始めた。
    「な、何だぁ!?」
    「モンスターか!?」
     夜中のことで、兵士たちはそれが何なのか判別できなかった。そして朝になり、伸びた「それ」の正体がつかめた。
    「これ……」
    「巨大な、……木?」
     小鈴が部屋に置いてあった観葉植物を土の術で伸長させ、大木にしたのだ。
    「どうする? これ……」
     あまりに巨大なため完全に伐ることはできず、かと言って砦に食い込んだこの木を焼いてしまえば、そのまま砦が焼けてしまう。
    「どうするったって……」
    「どうしようもないですよ、……ねぇ」
    「じゃ、……とりあえず閣下が戻ってきてから考えようか。あの人の部屋だし」
    「……そうだな」
    「……そうしましょうか」
     ところが結局、フーはこの部屋に戻ってくることは無かった。そのため大木も処理されることなく、そのまま砦に食い込んで成長し続けた。
     後年、この大木はウインドフォートの名物になったと言う。



     晴奈たちは知る由も無かったことだが――トマスを助け、ミラとバリーを伴って砦を離れたこの夜こそ、フーが大火を倒したその夜だったのだ。
     そして、「大火がこの世界から姿を消した」と言うこのイレギュラーな事態が、晴奈たちにまたも数奇な運命を辿らせることなど、この時の彼女らにはまったく予想も付かなかった。

     晴奈たちの、そして晴奈の運命は、急速に動き始めていた。
     しかし――誰にも分かるはずはないが――運命が動いているその兆候に、晴奈も、他の四人も、気付いてはいなかった。

    蒼天剣・風砦録 終

    蒼天剣・風砦録 6

    2010.01.01.[Edit]
    晴奈の話、第452話。大掛かりなイタズラ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 小鈴とミラ、二人が厚い友情を芽生えさせていたところに、のっそりとした声が投げかけられた。「……あの、俺も、一緒に行って、いい、か?」「あ、バリーですかぁ?」「うん……」 扉を開け、非常に体格のいい、しかし妙に頼りなさげな顔の熊獣人が入ってきた。 その男に、晴奈は見覚えがあった。「……む、貴様は!」 晴奈はバリーを指差し、...

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    晴奈の話、第453話。
    晴奈と巴景、交わりつつある因縁。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ウインドフォートを離れた五人は、グリーンプールへの途上で今後の進路を考えつつ、世間話に興じていた。
    「そう言えばコスズさんとセイナさんってぇ」
     晴奈の後ろで小鈴と話していたミラが、ポンと晴奈の肩を叩いた。
    「うん?」
    「央南の人なんですかぁ?」
    「ああ、そうだ」
    「やっぱりそうですかぁ。アタシが知ってる央南の人と同じような発音されてましたしぃ、そうかなーってぇ」
    「ふむ……」
     晴奈と小鈴は、ウインドフォートの酒場で聞いた情報を思い出した。
    「あの街の酒場でも、央南人が生活していると言う話を聞いたな」
    「ミラちゃん、その人知ってるの?」
    「はぁい、お友達ですよぉ」
    「へぇ……。どんな人なの? その……、仮面をしてる、って聞いたんだけど」
     そう尋ねながら、小鈴は一瞬、晴奈に目をやる。晴奈も小鈴と視線を交わす。
    (やっぱ、……そー思う?)
    (まさか、とは思うがな)
     晴奈も小鈴も――常識的にはあり得ないとは思いつつも――やはり、「彼女」なのではないかと考えていたのだ。
    「いろんな意味ですっごく強い人でぇ、いっつもツンツンした感じでしたけどぉ、気は結構合ってたんでぇ、良くご飯一緒に食べたりぃ、服を買ったりしてましたよぅ」
    「そうか。……その、ちなみに、名は何と言うのだ?」
     晴奈の問いに、ミラは素直に答えた。
    「えーと、トモエさんですぅ」
     それを聞き、晴奈と小鈴は顔を見合わせる。
    「トモエ? トモエ・ホウドウ、か?」
    「あ、はぁい。あれ、ご存知なんですかぁ?」
     うなずくミラを見て、晴奈と小鈴は同時にため息をついた。
    「はぁ……、やっぱり」「まさか、まさか、……と思っていたのに」
     二人の様子に、ミラは戸惑っている。
    「どうしたんですかぁ? アタシ、何か変なコト……?」
    「いや……」
     晴奈はミラに、巴景との確執を語った。
    「じゃああの仮面かぶってる原因は、セイナさんだったんですねぇ」
    「そうなる。そして巴景は、それを深い恨みに変えているのだ」
    「確かにトモエさん、セイナさんにライバル心以上のもの、抱いてた感じがありましたねぇ。
     街で『央南の猫侍』のうわさを聞いたコトがあったんですけどぉ、その時トモエさん、ものっすごぉく不機嫌になっちゃってぇ。すごく気まずくなっちゃったコトがありましたもん」
    「やれやれ……、だ」
     晴奈は星空を仰ぎ見ながら、深いため息をついた。



     ほぼ、同時刻。
     北海第3島、ブルー島。
    「は……っ、は……っ」
     巴景の前に、精根尽き果てた様子のフーがへたり込んでいた。
     いや、巴景自身も疲労しきっており、気を抜けば即座に倒れこんでしまいそうだった。
    「終わった、……わね」
    「だと、いい、けど、な、……はっ、はぁっ」
     声を出すことも困難なほど、二人は疲れ果てていた。
     目の前には小さく盛られた土と、墓標代わりに立てた「彼」の刀があった。
    (あの刀も神器――できれば、欲しいところだけど)
     巴景はその刀に強い興味を抱いてはいたが、それを我が物にすれば流石に祟られそうな気がしたため、どうしても手は伸びなかった。
    「……なあ、トモエ」
     フーが背を向けたまま、巴景に尋ねた。
    「死んだよな? こいつ、死んだよな?」
    「……少なくとも、まともな人間なら絶対に生きていないはずよ。あれだけ痛めつけて、もうピクリとも動かなかったんだから」
    「……だよな」
     フーはふらふらと立ち上がり、巴景に顔を向ける。
    「トモエぇ……」
    「な、何よ?」
     フーはいきなり、巴景に抱きついた。
    「何するのよ!?」
    「悪い……。しばらく、このままでいさせてくれ……っ」
    「……?」
     巴景に抱きついたまま、フーはガタガタと震えだした。
    「怖かった……! 人間じゃねえよ、あいつは……!
     何で『あんなに』なって動いてられたんだ!? 何でまだ、しゃべれたんだよ!? その上、バカスカ攻撃までしてきやがって……!
     今でもまだあいつが、土の中から出てきそうで怖ええんだよ……!」
     巴景は震えるフーの肩を叩き、やんわりと声をかけた。
    「閣下、落ち着いてちょうだい。
     生きているわけが無いじゃない。どんなモンスターであろうと四肢を絶ち、首を裂き、心臓を突き刺しては、生きてはいられないわ。
     死んだのよ、『黒い悪魔』は」
     諭す巴景に、フーはうんうんと首を振っている。
    「ああ、ああ……。そうだよな、死んだよな……」
     敵が死んでなお怯えるフーに対し、巴景は冷静だった。
    (やれやれ……、ね)
     巴景は星空を仰ぎ見ながら、深いため息をついた。



     共振(シンクロニシティ)――離れたものが偶然、あるいは隠れた因果関係によって、同じ動きをすること。
     この時、この瞬間、晴奈と巴景はまったく同じ行動を取った。
     だが、そのことを知る者は彼女らを含めて、誰もいない。

    蒼天剣・回北録 1

    2010.01.02.[Edit]
    晴奈の話、第453話。晴奈と巴景、交わりつつある因縁。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ウインドフォートを離れた五人は、グリーンプールへの途上で今後の進路を考えつつ、世間話に興じていた。「そう言えばコスズさんとセイナさんってぇ」 晴奈の後ろで小鈴と話していたミラが、ポンと晴奈の肩を叩いた。「うん?」「央南の人なんですかぁ?」「ああ、そうだ」「やっぱりそうですかぁ。アタシが知ってる央南の人と...

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    晴奈の話、第454話。
    小鈴とミラの共通点。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     グリーンプールに戻ってすぐ、晴奈たちは山間部へ向かうための準備を始めた。
    「具体的にはどのように進むのだ?」
    「ルートは2つある。一つは主に軍が使っている、グリーンプールの東から首都付近へと直結しているキルシュ峠。だけど勿論、こちらはヒノカミ軍閥によって管理・封鎖されている。このルートは、僕らには使えない。
     そこでもう一つの、一般的に使われているルートを進むことにする」
     トマスは地図を広げ、グリーンプール北東にある峠道を指し示した。
    「それがこの、ノルド峠。こちらは軍が管理しているわけじゃないから、恐らくすんなりと進める。さらにその先、山間部と沿岸部の中間に広がる平野を抜け、もう一度峠道を進む。
     そこを越えれば山間部、首都フェルタイルに到着する」
    「なるほど」
    「だけど、整備されているとは言え昔からの難所だから、しっかり準備しないといけない。今日一日使って、装備を整えよう」
     晴奈たち五人は街へと繰り出し、食糧と登山用品を探しに出た。

     五人の中で最もかしましいのは小鈴とミラである。
    「ねー、コレ何? この、真っ白い塊」
    「あー、コレはですねぇ、お魚とかの塩漬けですねぇ。このまま焼いてぇ、周りの塩を砕いて中身を食べるんですよぉ」
     食糧品店を回りながら、楽しそうに騒いでいる。
    「へー、変わった食べ物ねぇ。中央じゃ、見たコトないわ」
    「そうなんですかぁ? こっちの方だと、割と良くある食べ物ですよぉ」
    「一回食べてみたいわね、コレ」
    「あ、じゃあ中身を取り出したの、買ってみますぅ? あっちに並べてありましたよぉ」
    「うん、食べる食べるっ」
     二人の様子を後ろで見ていたトマスがボソッとつぶやく。
    「仲いいなぁ、あの二人」
    「そうだな……」
    「……それにしても、まあ、その」
     なぜか口ごもるトマスをいぶかしみ、晴奈はトマスに目を向けた。
    「どうした?」
    「その、なんだ、……似ているよね、あの二人」
    「ふむ」
     そう言われて眺めてみると、小鈴とミラは確かに良く似ている。
     髪の色や肌の色合いは違うが、身長も近く、声の質も似ている。央南人離れした小鈴の目鼻立ちも、北方では良くなじんでおり、ミラの顔に似ていると言えば、そう見える。
     それに体型の方も――。
    「……ああ」
    「ん?」
    「お主もそう言う口か」
    「え? 何が?」
     晴奈は少し口を尖らせ、自分の胸を指で叩く。
    「お主も胸が大きい女の方が好みなのだな」
    「あ、いや。そうじゃなくて、いや、否定はしないけど」
    「まったく……」
     晴奈は呆れ、ため息をつく。
     晴奈としては「これも男の性と言うものか」と内心笑っていたのだが、慌てるトマスがうっかり放った一言が、彼女の逆鱗に触れてしまった。
    「いや、そのね、別に胸が大きいとか小さいとか、そんな点で女性を見たりしないよ、僕は、うん。セイナも魅力的だって、その、体型は別にして」
    「……何だと?」

     魚の塩包み焼きをほおばり、小鈴は幸せそうな笑顔を浮かべている。
    「あんなに塩でゴテゴテ固めてたから塩辛いかなーとか思ってたけど、いーい感じに味が馴染んで、……ちょー美味しーぃ」
     ミラも両手で塩焼きをつかみ、チビチビと食べながらニコニコしている。
    「えへへー……、喜んでもらえたみたいで嬉しいですぅ」
     北方料理を堪能しつつ、小鈴とミラは晴奈たちのところに戻った。
     と、晴奈が顔を真っ赤にし、トマスに怒鳴りつけているのが見える。
    「……あれぇ?」
    「何かあったのかしら?」
     二人の横でおろおろしていたバリーに話を聞いてみると、彼は顔を赤くして「なんか、その、……いや、……えっと」と、要領を得ない答えを返してきた。
    「……何が何だか」
     小鈴とミラは、首をかしげながら晴奈を眺めていた。

    「この、大馬鹿めッ!」
     晴奈はトマスをにらみ、なおまくしたてる。
    「いや、ごめん。ほめたつもり……」
    「どこがだッ!」
     そこで、晴奈が刀に手をかけた。
    「え」
    「ちょ、晴奈!?」
     やりすぎだと慌て、小鈴たちが止めに入ろうとした。が――。
    「……それはそうと!」
     晴奈は横から飛び込んできた何者かを牽制すべく、刀を抜いて彼らに顔を向けた。
    「取り込み中だと言うのが見て分からぬか、雑兵!」

    蒼天剣・回北録 2

    2010.01.03.[Edit]
    晴奈の話、第454話。小鈴とミラの共通点。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. グリーンプールに戻ってすぐ、晴奈たちは山間部へ向かうための準備を始めた。「具体的にはどのように進むのだ?」「ルートは2つある。一つは主に軍が使っている、グリーンプールの東から首都付近へと直結しているキルシュ峠。だけど勿論、こちらはヒノカミ軍閥によって管理・封鎖されている。このルートは、僕らには使えない。 そこでもう...

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    晴奈の話、第455話。
    ハインツの襲撃。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     気が付けば既に、晴奈たち五人の周りに十数名の兵士が並んでいた。
    「う……っ」
     だが、まずトマスを拘束しようとしていた兵士が晴奈に牽制され、出鼻をくじかれてしまう。
    「その様子からすると、我々が騒いでいたから収めようとした、と言うわけでもないらしいな」
     囲んでいる兵士たちも晴奈同様、武器を構えている。どう見ても臨戦態勢であり、騒ぎの収拾に当たるつもりではなかったのが分かる。
     と、トマスがほっとした顔をしつつ、推察する。
    「ともかく、まあ、喧嘩してる場合じゃなくなったわけだ。いや、……えーと、察するに皆は、ウインドフォートの兵士たち、かな」
    「はい、皆さん見覚えありますよぅ」
     ミラが困った顔で応え、隣のバリーも無言でうなずく。
     と、固まる兵士たちの間から、背の高い口ひげの短耳――ハインツ・シュトルム中尉が姿を現した。
    「あ、シュトルム中尉さぁん」
    「さん付けはよしてもらおうか、トラックス少尉」
     ハインツは苦虫を噛み潰したような顔で、晴奈たちをにらみつける。
    「トマス・ナイジェル博士! 並びにミラ・トラックス少尉とバリー・ブライアン曹長! そしてそこの紅白女と三毛猫!
     軍管轄下からの無許可離脱及びその幇助の罪により、ここで拘束させてもらうぞ!」
    「何を勝手な……!」
     トマスが珍しく声を荒げ、ハインツを非難する。
    「君たちこそ度々、重大な軍務規定違反を犯しているじゃないか! 僕には拘束されるいわれは無い!」
    「ええい、うるさい! とにかく我々の縛に付いてもらうぞ!」
     ハインツが怒鳴り、号令をかけた。
    「全員、かかれッ! 多少ケガを負わせても構わん!」
    「はッ!」
     固まっていた兵士たちは武器を構え直し、晴奈たちに襲い掛かった。

     だが、屈強な兵士たちといえども、修羅場を何度も潜り抜けた晴奈と小鈴の敵ではない。
     警棒を振り上げて晴奈を攻撃しようとした兵士をひらりとかわし、晴奈は足払いをかける。
    「おわっ!?」
    「ぬるい!」
     倒れこんだ兵士の頭に峰打ちし、気絶させる。
    「『ホールドピラー』!」
    「あっ!?」
     小鈴が兵士2名の足を土の術で止め、動けなくなったところを杖でひっぱたく。
     勿論、フーの側近を何年も勤め上げたミラとバリーも負けてはいない。
    「『グレイブファング』ぅ~!」
     ミラは土の術で石の槍を作り出し、兵士たちに放つ。
    「わ、わっと!」
     間一髪でかわしたところに、バリーのタックルが入る。
    「だあッ!」
    「むぎゅっ」
     兵士が3名、折り重なって民家の壁に叩きつけられる。
     あっと言う間に、ハインツの率いた兵士たちは全員打ちのめされた。
    「ぬ、う……!」
     ハインツはますます顔をしかめ、剣を抜いた。
    「残るはお前だけか」
     晴奈は刀を構え直し、ハインツと対峙する。
    「なめるな、田舎者の三毛猫風情が! このハインツ・シュトルム、『猫』如きに後れを取ったりはせんぞ!」
     ハインツは怒涛の如く踏み込み、嵐のように剣を振り回す。
    「ほら、ほら、ほらあッ! どうした、『猫』!」
     対する晴奈は攻撃せず、ギリギリのところでかわし続ける。それを見た小鈴がミラたちに耳打ちした。
    「晴奈の得意パターンよ、アレ」
    「得意パターン?」
    「相手をヘトヘトになるまで振り回して、さくっと叩く。ま、すぐ決着するわ」
     小鈴の言う通り、晴奈を追い回し続けたハインツの顔が、息苦しさのために真っ赤になっていく。
    「ぜっ、ぜっ、……この雌猫め、っ」
    「先程から聞いていれば、『三毛猫風情』だの、『雌猫』だの……」
     晴奈はここでようやく、ハインツを峰打ちした。肩で息をし、汗だくになって疲弊しきったハインツは避けきれず、まともに額を割られた。
    「ぐふう……ッ!」
    「私にはセイナ・コウと言うまともな名前があるのだ。覚えておくがいい、粗忽者」
    「な、に……? き、貴様が、あの……」
     ハインツは顔を、今度は血で赤く染めて、そのまま前のめりに倒れた。

     他の兵士が目を覚まさないうちに、晴奈たちは市場から去った。
    「しかし、参ったね」
     落ち着いたところで、トマスが眼鏡を直しながら――ちなみに先程の戦いの間ずっと、頭を抱えて縮こまっていた――地図を広げて見ている。
    「僕たちが逃げたことに、軍閥はもう気付いてしまっている。恐らく沿岸部の主要都市すべてに、捜査網が広がっているだろう。当然、ノルド峠にもね」
    「今考えたらぁ、中佐の部屋メチャクチャにしたのってぇ、まずかったかも知れませんねぇ」
    「うー聞こえない聞こえなぁい」
     小鈴は長い耳を押さえ、そっぽを向いている。
    「うん、あれは失策だった。どう考えてもあれで異状が発覚したんだろうし」
    「聞こえないったら聞こえないー」
    「それでは今後、どうやって首都まで進むつもりだ?」
    「そこなんだよねぇ……」
     トマスはもう一度、地図に視線を落とす。
    「前にも言った通り、沿岸部から山間部へとつながる道は二つしかない。そして、そのどちらにも軍閥の手は伸びている。
     それを考えると、どうやっても首都へ向かうのは不可能だ」
    「それじゃこれから、どうするんですかぁ?」
    「……首都に向かうのは諦めて、どこかに亡命するしか」
    「それも難しいでしょ」
     現実逃避していた小鈴が戻ってきて意見する。
    「戦争中の今、港はほとんど封鎖されてるはずよ。仮に便があったとしても、軍閥がそこら辺に目を付けないワケ無いし」
    「となると我々はここに足止め、敵の包囲網にじわじわ落ちるのを待つばかり、となるな。……いただけぬ話だ」
     五人は一様にうなり、ため息をついた。
    「……あ」
     と、ミラが顔を上げる。
    「そう言えばぁ、首都に向かう道ってぇ、キルシュ峠とノルド峠って言ってましたけどぉ、もういっこ、ありませんでしたかぁ?」
    「え? いや、この2ヶ所しかないはずだよ。王立図書館発行の公式地図だから、漏れも無いだろうし」
    「でもぉ、おとぎ話とかで、もういっこあるの聞いたような……」
    「おとぎ話って、君ねぇ……」
     トマスは呆れ、またため息をつく。
     が、他の三人はその話に食いついた。
    「ソレ、どんな話?」
    「えっとぉ、200年くらい前のぉ、『猫姫』さんのお話なんですけどぉ……」
     ミラはたどたどしく、その「おとぎ話」を話し始めた。

    蒼天剣・回北録 3

    2010.01.04.[Edit]
    晴奈の話、第455話。ハインツの襲撃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 気が付けば既に、晴奈たち五人の周りに十数名の兵士が並んでいた。「う……っ」 だが、まずトマスを拘束しようとしていた兵士が晴奈に牽制され、出鼻をくじかれてしまう。「その様子からすると、我々が騒いでいたから収めようとした、と言うわけでもないらしいな」 囲んでいる兵士たちも晴奈同様、武器を構えている。どう見ても臨戦態勢であり、...

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    晴奈の話、第456話。
    晴奈の逆鱗、二回目。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     双月暦4世紀の初めまで、北方の大部分を支配していたのは「ノルド」と言う王家だった。
     神代の戦争、二天戦争で中央軍に協力した豪族、ノルド家が治めていた王国だったが、他聞に漏れずこの王家も、長年に渡る巨大な権力の掌握によって腐敗。北方各地に広がる数多の軍閥を抑えきれず、北方は荒れに荒れていた。
     それらの不穏な勢力とノルド王家を排除しようとしたのが、現在の王家であるジーン家である。彼らは北方各地から密かに兵力を集め、各地の軍閥を攻撃して回っていた。しかし寄せ集めの兵隊と、鉄壁の要塞に護られた軍閥とではまともな戦いになるはずもなく、長い間成果を挙げられないまま、戦いは泥沼化していた。
     それを急転直下解決させ、さらにはノルド家を打倒し、ジーン王国の成立にまで導いたのが――。



    「ジーン王国初代の国王、『地星』クラウス・ジーンとファスタ卿、『黒い悪魔』、そして、『猫姫』イール・サンドラ、……ですねぇ」
    「また黒炎殿か……」
     晴奈はあちこちの逸話・寓話に大火が登場してくることに苦笑した。
    (まったく『神出鬼没』とは、この人そのものだな)
    「んで、その『猫姫』さんと3つ目のルートと、どう言う関係があるの?」
     尋ねた小鈴に、ミラはやはり、たどたどしげに説明する。
    「えっとですねぇ、そのサンドラさんが住んでた村とぉ、首都の近くとにぃ、抜け道があったって話なんですよぉ。
     その抜け道を使ってぇ、『猫姫』さんたちはぁ、軍閥さんたちと遭わずに沿岸部と首都とを行き来できたって話ですよぅ」
    「ほう」
     晴奈たちは真剣に話を聞いているが、トマスだけは懐疑的な目を向けている。
    「だからそれって逸話、架空の話だろう? そんなものがあるとは、到底思えないなぁ」
    「そうですかねぇ……?」
     トマスの強い口調に、ミラは不安げな表情を浮かべる。
    「考えてもみなよ、この山深い国じゃそんな峠、街道って言うのは非常に貴重なものだ。キルシュ峠だって、巨額と四半世紀以上の時間を投じて山を切り拓き、造成したものなんだからね。
     もし本当にそんな抜け道があるんなら、使われないわけがないじゃないか。なのに、現代においてまったくうわさを聞かないってことはつまり、無いってことになるよ」
    「……そうですよねぇ」
     しゅんとした顔になるミラを見て、トマスは得意げな顔になった。
    「だろう? もっと理知的に考えてほしいね」
    「トマス」
     晴奈は思わず、トマスの襟をつかんでいた。
    「な、何?」
    「わずかな可能性をろくに検討もせず、口先だけであしらって実も蓋も無く潰すのが、お前にとってはそんなに顔がニヤつくほど、楽しいことか?」
     晴奈の頭の中は、怒りで熱く煮え立っている。語調を抑えるのがやっとであり、依然襟を握り締める拳は緩もうとしない。
    「いや、そんなことは……。でもさ、常識的に」「貴様の他人を省みぬ無神経さ、流石に癇に障る。黙っていろ」「……そんな言い方しなくても。僕はただ……」
     言い訳しようとするトマスを、晴奈はさらににらみつけた。
    「黙れと言ったのだ」
    「……」
     吊り上がった目で怒りを訴える晴奈に、トマスは無言でうなずくしかなかった。

     トマスを話の輪から外し、晴奈たちは改めてミラの示した可能性を論じることにした。
    「それでミラ、その『猫姫』殿の住んでいた村とは、どの辺りなのだ?」
    「えっとですねぇ、えーと……」
     ミラは地図を眺めるが、困ったような顔をする。
    「ドコ、って言うのは、聞いたコトないですぅ……。お話の中では、『ブラックウッド』って言う村だったって聞いたんですけどぅ……」
    「ブラックウッド、ねぇ」
     地図を眺めてみるが、そんな地名は見当たらない。
    「だから無いんだって……。みんなどうかしてるよ」
     後ろでつぶやくトマスを無視し、小鈴は詳しく尋ねる。
    「まー、名前から考えて、森とか林とかが近くにありそうな名前よね。この辺りの森って言うと、この辺り?」
     小鈴は沿岸部の南側に広がる平野を指し示す。
    「そうですねぇ。あ、そうだ。その辺りってぇ、その『猫姫』さんがぁ、自分たちを裏切った『黒い悪魔』とぉ、最期に戦った場所らしいですよぉ」
    「そなの?」
    「ほら、この辺りに『ライオットヒル』って丘がありますぅ。『猫姫』さんが率いた反乱軍が全滅した丘だから、そう名付けられたって聞いたコトが……」
     それを聞き、小鈴は思索にふける。
    「ってコトはー……、その『猫姫』、この近くに本拠地を構えてたって可能性があるわね。となると、その本拠地がブラックウッドだってコトも、十分考えられるわ。
     んじゃこの辺り、調べてみましょ」

    蒼天剣・回北録 4

    2010.01.05.[Edit]
    晴奈の話、第456話。晴奈の逆鱗、二回目。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 双月暦4世紀の初めまで、北方の大部分を支配していたのは「ノルド」と言う王家だった。 神代の戦争、二天戦争で中央軍に協力した豪族、ノルド家が治めていた王国だったが、他聞に漏れずこの王家も、長年に渡る巨大な権力の掌握によって腐敗。北方各地に広がる数多の軍閥を抑えきれず、北方は荒れに荒れていた。 それらの不穏な勢力とノル...

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    晴奈の話、第457話。
    ブラックウッド探索。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     グリーンプールでの襲撃から、1週間後。
     晴奈たちは小鈴の提案に乗り、ライオットヒル周辺の森を調べて回っていた。周りの木々は色の濃い針葉樹ばかりで、「ブラックウッド(黒い木)」と言う地名があっても、何ら不自然ではない。
    「くしゅっ」
     森の中は湿度が高く、あちこちに霧が発生している。それに体温を奪われたらしく、ミラがくしゃみをする。
    「寒い? 何か羽織るもの、出そっか?」
    「いえ、だいじょぶですぅ」
     仲のいい小鈴とミラに比べ、依然晴奈とトマスの間には険悪な空気が流れている。
    「ねえ、セイナ」
    「何だ?」
    「……何でもない」
     時折トマスが声をかけようとするが、晴奈と目が合った瞬間にそらしてしまう。
    「……あの、セイナ」
    「何だ、と何度も聞いている。何なんだ、一体?」
     何度か声をかけて、ようやくトマスは質問した。
    「その、……僕って、無神経なのかな」
    「少なくとも、私にはそう見える。他人の意見を得意げにこき下ろし、他人の欠点を嫌味ったらしく踏みにじる様は、どう見ても無神経そのものだ」
    「そっか。……そうだよね、うん」
     トマスは晴奈に背を向け、黙り込んだ。
     その様子があまりにも気落ちして見えたので、彼を叱咤した晴奈も少々罰が悪くなった。
    「まあ、何だな。……反省したのなら、それでいい。今後同じことをしなければ、何も悪く考えることなどない」
    「……うん」
     また、両者は無言で探索を再開した。

    「あ、あのっ」
     バリーの声がする。晴奈たちは声のした方に顔を向けた。
    「どうした?」
    「あの、なんか、それっぽいのが、あっちに」
    「本当か!?」
     四人は急いで、バリーの方に駆けつけた。
     そこには確かに、かつて農村があったらしい形跡が確認できた。
    「あっちに看板があったわ。ボロボロで十分には確認できなかったけど、『BL**K **ODS』って残ってたから、多分間違いないわね」
    「まさか本当にあるとは……」
     トマスはあごに手を当て、絶句する。
    「……あー、……その、ごめんね」
     一転、トマスは申し訳無さそうな顔をし、ミラに謝った。
    「いえいえ、気にしないでくださいよぅ」
     謝るトマスに、ミラは笑って返した。

    「後はここに、その抜け道があれば上々なのだが」
     五人は廃村の中に入り、霧の中を慎重に進んでいった。
    「何だか不気味だなぁ」
     トマスが難儀したような声を出す。
    「……そゆコト、言わないでくださいよぅ」
     ミラが怯えた声を出し、バリーにしがみつく。
    「あ、あの、ミラ。……あんまり、くっつかないで」
    「やですぅ。アタシ、いかにも『オバケが出ますよー』って言うところ、キライなんですよぉ」
    「そうは言っても、あの、……当たってるから」
    「そんなコト気にしてる場合じゃないですよぅ~」
     二人の様子は同僚と言うよりも、歳の近い兄妹のように見える。二人のやり取りを背中で聞いていた晴奈は、思わず苦笑した。
     と――。
    「……うん?」
     霧の向こうから、ガサガサと言う音がする。
    「きゃっ……」
     ミラが怯え、ますますバリーに強くしがみつく(そしてますます、バリーは顔を赤くする)。
    「……何だ、狐か」
     向こうからやってきたのは、灰色の毛並みをした野狐だった。
    「な、なぁんだ……」
     ようやく、ミラがバリーから体を離した。振り返ってそれを見た晴奈は、また苦笑する。
    「幽霊だの妖怪だのの正体は、ほとんどこんなものだ」
    「で、ですよねぇ」
    「もっとも、中には本物もいないことも無いが」
    「やめてくださいよぉ~……」
     そうこうしている内に、狐が晴奈の足元に寄ってきた。
    「おっと。……結構可愛いじゃないか」
     晴奈も実妹と同じくらい動物が好きなので、屈んで狐の頭を撫でてやる。
    「ほら、うりうりー」
    「……ぷっ」
     晴奈の様子を見ていた小鈴が、口元を押さえて吹き出した。
    「ぷ、くくく、んふふふふふ、……晴奈ぁ、アンタ毎度毎度、可愛いモノに会うとキャラ変わるわねぇ、んっふふふふふふ……」
    「あ、……私としたことが」
     晴奈は顔を赤くしながらも、狐を撫でるのをやめようとはしない。ミラも晴奈の横に屈み込み、一緒に狐を撫でた。
    「この子、人懐っこいですねぇ」
    「そうだな。まったく、怖がりもしない。……良く見れば、体を洗った節があるな?
     まさかこんなところに、この狐を飼っているような人間がいるのか?」
     と、その時。
    「人間、……か?」
     若い男の声が、どこからか響いてきた。

    蒼天剣・回北録 5

    2010.01.06.[Edit]
    晴奈の話、第457話。ブラックウッド探索。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. グリーンプールでの襲撃から、1週間後。 晴奈たちは小鈴の提案に乗り、ライオットヒル周辺の森を調べて回っていた。周りの木々は色の濃い針葉樹ばかりで、「ブラックウッド(黒い木)」と言う地名があっても、何ら不自然ではない。「くしゅっ」 森の中は湿度が高く、あちこちに霧が発生している。それに体温を奪われたらしく、ミラがくし...

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    晴奈の話、第458話。
    古ぼけた若者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     突然かけられた声に、晴奈たちは全員驚き、即座に武器を構えた。
    「何者だ!?」
    「そんな、警戒せんでくれ……」
     現れたのは黒眼鏡をかけ、黒ずんだ古い官服に身を包んだ、金髪のエルフだった。
    「何者だ、と聞いている! 答えろ!」
     晴奈は刀をエルフに向け、威嚇する。
    「すまぬが、もう少しゆっくり、話してくれぬか……」
     男は妙に、古臭い話し方をする。それはまるで――。
    「お、おにーさん、おいくつですかぁ? なんか、おじーちゃんみたいなしゃべり方ですけどぉ……」
    「……? すまぬ、主らが何と言うておるのか、皆目理解できぬ」
     男は困った顔でおろおろするばかりだった。

     ともかく晴奈たちは近くの石や倒木に座り、自己紹介をした上で男の話を聞くことにした。
    「それでお主、名は何と言う?」
     晴奈は膝に狐を乗せたまま、男に尋ねた。
    「わしは、……あ、いや、僕、は」
     自分の話し方が非常に古風だと悟ったのか、男は晴奈たちの言葉を真似ている。
    「らん、……いや、……その」
    「うん?」
     男は一瞬黙り込み、顔を上げた。
    「ネロ、と呼んでくれ。……ネロ・ハーミットで」
     その様子からすぐに偽名だと分かったが、誰も特にとがめなかった。
    「……分かった、ネロ。それで、何故こんなところにいるのだ?」
    「その前に、……その、良ければ教えてほしいことなんだけど」
     ネロはまた一瞬黙り込み、ぽつりぽつりと尋ね始めた。
    「今は、……えーと、今の日付を教えてほしいんだ。今は何年の、何月何日かな」
    「520年の、5月29日だ」
     日付を聞いたネロは驚いたような表情を浮かべる。
    「ご、……そうか、520年、5月29日、ね。これ、双月暦だよね」
    「勿論だ」
    「それでその、変なことばかり聞いて申し訳ないんだけど、ここは北方のブラックウッド、で間違いないかい?」
    「恐らく、そうだ。既に廃村になっており、詳しく確認はできぬが」
    「そっか、そうだよね。……えーと、じゃあ、ここはジーン王国領、だよね?」
    「そうだ」
    「その、世界情勢とか、聞いておきたいんだけど」
    「んじゃあたしが説明するわね、そーゆーのは詳しいし」
     小鈴が手を挙げたところで、ネロは「あ……」と声を出し、さえぎった。
    「ん? どしたの?」
    「コスズさん、だっけ。彼女に話を聞いている間に、お願いしたいことがあるんだ」
     ネロは立ち上がり、霧の向こうを指差す。
    「あっちに古い山道があるんだけど、そこに僕の仲間を寝かせているんだ。ひどく衰弱しているから、動かせなくって。誰か、看病してくれないかい?」
    「衰弱した仲間、か。相分かった、向かおう」
    「ありがとう、セイナさん」
     ネロは深々と頭を下げ、晴奈から狐を渡された後、小鈴との会話に移った。
     余談だが、やはりこの狐はネロが飼っていたものらしい。小鈴が話をしている間ずっと、狐はネロの膝の上にちょこんと座っていた。

     ネロが伝えた山道は、洞穴になっていた。
    「なるほど、ここなら雨風をしのげるな」
    「それにもしかしたら、ここが僕らの探していたルートかも知れない」
     入ってすぐに、ネロが看病していたと思われる女性を見つけた。緑髪に黒い耳と尻尾を持った猫獣人で、ひどく顔色が悪い。
    「大丈夫か?」
    「……」
     返事は無い。呼吸は聞こえるので、どうやら眠っているようだ。
    「バリー、毛布を出してくれ。ともかく体を温めてやろう」
    「分かった」
     バリーが荷物を下ろしている間に、晴奈とトマス、ミラはその「猫」を観察した。
     ネロと同様に、着ているものは非常に古めかしい。だが古着と言うわけではなく、デザインが異様に古臭いのだ。そして服だけではなく、アクセサリや装備しているものも、妙にレトロさを感じる。
    「やけに古風な格好だな……?」
    「単純にレトロファッションが好き、にしてもぉ、いくらなんでも古着すぎますよぉ。コレじゃまるで、仮装ですよぅ」
    「ネロも、いやに古い服を着ていた。何でだろうね……?」
     三人は一様に首を傾げるが、その理由は見当も付かなかった。

    蒼天剣・回北録 6

    2010.01.07.[Edit]
    晴奈の話、第458話。古ぼけた若者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 突然かけられた声に、晴奈たちは全員驚き、即座に武器を構えた。「何者だ!?」「そんな、警戒せんでくれ……」 現れたのは黒眼鏡をかけ、黒ずんだ古い官服に身を包んだ、金髪のエルフだった。「何者だ、と聞いている! 答えろ!」 晴奈は刀をエルフに向け、威嚇する。「すまぬが、もう少しゆっくり、話してくれぬか……」 男は妙に、古臭い話し方...

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    晴奈の話、第459話。
    レトロファッション?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     しばらくすると、小鈴とネロが晴奈たちのところに戻ってきた。
    「コスズさんのおかげで、色々と分かったよ。……と、彼女はまだ目を覚まさないみたいだね」
    「ああ。眠ってはいるが、顔色はあまり良くない。食糧も持ってきているし、目を覚まし次第食べさせた方がいいだろう」
    「ありがとう、助かるよ」
     ネロが頭を下げたところで、「う……ん」とうめき声が聞こえてきた。
    「あ、起きたかな」
     ネロは女性の元に近寄り、声をかける。
    「大丈夫かい?」
    「……」
     何かボソボソとしゃべっているが、良く聞き取れない。ネロは晴奈たちに向き直り、もう一度頭を下げた。
    「すまないけれど、ちょっと二人きりにしてもらってもいいかい?」
    「ああ、構わぬが……」
     顔色の悪いその女性を見て、晴奈は不安になる。
    「ひどく衰弱しているようだ。医者に診せるなりゆっくり休ませるなり、処置を受けた方がいいのでは?」
    「そうだね。……あー、と。この山道、実は進んでいくと、山間部に出られるようになっているんだ。彼女をどうにかして上まで運んで、そこで診察してもらおう」
    「えっ」
     トマスが驚き、尋ね返す。
    「山間部って言うと、フェルタイルに?」
    「ああ。……いいかな、二人きりにしてもらっても」
    「あ、うん」
     晴奈たちはネロと女性を置いて、洞穴を出た。

    「大当たり、ね」
     洞穴から離れたところで、五人は輪になってネロの話を吟味する。
    「そうみたいだね。……いや、まさか本当にあるなんて」
    「コレで軍閥の件、何とかなりそうですねぇ」
    「そうだな。……それにしても、あのネロと言う男」
     晴奈は腕を組み、ネロの素性を怪しんでいる。
    「着ているものも、話し方も、そして何故こんなところにいるのか、も。何から何まで、怪しい点ばかりだ。
     一体、何者なのだろうか」
    「さあ……、分からないな。だけど多分、悪い人間ではないと思うよ。警戒している様子は無かったし、誰かに追われている感じでは無さそうだった」
    「それは確かに。……となると、ここに隠棲していたのだろうか」
    「お名前も『ハーミット(隠者、隠れ住む者の意)』さんでしたしねぇ」
    「それにしては、洞穴に家具も何も無かった。まるで、いきなりどこかから強制的に運び込まれたかのように、何も持っていなかった。
     僕のプロファイリング(行動や所持品などの手がかりから、人物の素性を洗い出す推理法)を以ってしても、彼が何者なのかさっぱり分からないよ」
     トマスは空を仰ぎ、両手を上げた。
    「お待たせ」
     と、ネロが歩いてくる。
    「ごめんね、何度も待たせちゃって。今、君たちのことを彼女に説明していたんだ。すまないけれど、またこっちに来てくれるかな?」
    「ああ、構わぬ」
     五人はネロを先頭にして、もう一度洞穴に向かった。
    「コホン、……ジーナ、戻ってきたよ」
    「ん……」
     先程まで横たわっていた女性が上半身を起こす。
     だが、なぜか晴奈たちの方に顔を向けようとしない。と言うよりも、皆がどこにいるのか分かっていないような様子である。
    「もしかして、目が?」
    「そのようじゃ……」
     ジーナと呼ばれた女性も、ネロに会った時と同じように老人のようなしゃべり方をしている。
    「皆さん、すまぬがまだ、脚に力が入りきらんので、失礼じゃがこのままの状態で、挨拶させてくだされ。
     わしの名は、ジーナ・ルーカス、と言う。その……、気が付いたらこの場所におったんじゃ。そちらにおるネロも、同様に連れ去られてきたと」
    「ふむ」
     トマスは興味を惹かれ、ジーナをまじまじと見つめる。
    「目は、前から悪かったの?」
    「いや……、目が覚めた時から、じゃな」
    「と言うことは、失明は体の衰弱から来ているのかも知れないね。早めに治療を受けた方がいい。……バリー、頼めるかな?」
    「ああ、分かった」
     バリーはジーナの体を助け起こして背負い、これ以上疲労しないように布でしっかりと固定した。
    「少し辛いかも知れないけど、我慢してね」
    「うむ……」
     バリーが背負おうとしている間にも、トマスはジーナを観察していた。
    (見た感じ、20台半ばくらいだな。顔は一般的な北方系だし、言葉も――大分古いけれど――北方語の雰囲気がある。間違いなく、北方人だろうな。
     それにしても気になるのは、その『古さ』だ。一体、なぜこんなにも、古臭い服装や言葉遣いをしているんだろう? まるで、100年も200年も昔からタイムスリップしたような……)
    「よし、準備は整った。すぐ向かおう」
    「あ、うん」
     途中でネロにさえぎられ、トマスは観察をやめた。

    蒼天剣・回北録 7

    2010.01.08.[Edit]
    晴奈の話、第459話。レトロファッション?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. しばらくすると、小鈴とネロが晴奈たちのところに戻ってきた。「コスズさんのおかげで、色々と分かったよ。……と、彼女はまだ目を覚まさないみたいだね」「ああ。眠ってはいるが、顔色はあまり良くない。食糧も持ってきているし、目を覚まし次第食べさせた方がいいだろう」「ありがとう、助かるよ」 ネロが頭を下げたところで、「う……ん」と...

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    晴奈の話、第460話。
    山道を登って。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     洞穴は30分ほど続き、抜けたところで険しい山道がその姿を見せた。
    「うはぁ……」
     体力の無いトマスは、その荒れた道を見てため息をつく。
    「これはなかなか、骨が折れそうだな」
    「仕方あるまい。気をつけて進むぞ」
     山道を歩くのに慣れている晴奈や小鈴、一端の兵士であるミラとバリーは平然と進んでいくが、監禁されていた上に普段から机に着いていることの多いトマスは顔を真っ赤にして、ゼェゼェと荒い息をしながら歩いている。
    「きゅ、きゅう、けい……」
    「何を馬鹿な。まだ30分も登っていないではないか」
    「えぇ……? も、もう、2時間くらいは登ってた気、したんだけど……」
    「……はぁ。背中を押してやるから、もう少し根性をひねり出せ」
    「せ、セイナさん、僕も休憩をお願いしたい」
     トマスよりはまだ前を歩いていたネロも、汗だくになった顔を上げて休憩を申し出た。
    「むう、お主もか」
    「それに、しっかり固定している、とは言え、ジーナの体調も、心配なんだ。この辺りで、休ませてあげて、ほしいんだ」
    「……そうだな、ここで一息つくとしようか」
     晴奈たちはなだらかな場所に布を敷き、休憩することにした。

     トマスはうつむき、肩で息をしている。
    「ゼェ……ゼェ……げほ、げほっ」
     見かねた晴奈が、トマスの背中をさすってやる。
    「私の、かつての弟弟子くらいに体力が無いな。もう少し鍛えねば、後々苦労するぞ」
    「いや、でも僕は、デスクワークが主、だから」
    「そうは言っても、お主の祖父殿は毎朝1時間半は外を回って、体を動かしていたぞ。少しは運動せねば、頭への血の巡りも悪くなるだろうに」
    「……善処、しておくよ」
     一方、小鈴とミラ、バリーは、ネロと一緒にジーナの看病をしていた。とは言え、最初に会った時よりは若干顔色も良く、意識もはっきりしている。
    「ちゃんと食事を取れたのが良かったのかもね。軽い栄養失調だったみたいだ」
    「それでもさー、まだ目ぇ見えないんでしょ? 起き上がるのもきついみたいだし」
    「うむ……。若干、手足がしびれておる」
    「やっぱりぃ、早めに病院へ連れてってあげないといけませんねぇ」
    「そうだね……」
     ネロは黒眼鏡を外し、裸眼でジーナを見つめている。山の中は薄暗く、はっきりとは確認できないが、片方は澄み渡った青い目であるのが確認できた。
     と、小鈴はネロのもう一方の目に気が付いた。
    「……あれ? ネロ、アンタ……」
    「うん?」
    「左目は青だけど、右目は黒。オッドアイなのね」
    「えっ?」
     ネロは右目を触り、きょろきょろと辺りを見回している。
    「……? 今まで、自分で気付いてなかったの?」
    「いや……、元々、両方とも青だったはずなんだけど」
    「んじゃ、いつの間にか黒くなっちゃったってコト? ふーん……」
     小鈴は興味深くネロの目を見つめ、場に一瞬沈黙が流れる。
     すると横になっていたジーナが心配そうに、小鈴の巫女服をくいくいと引っ張ってきた。
    「……ん? どしたの?」
    「あ、……何でもない。その、もうそろそろ気分も良くなってきたからの、出発してはどうか、と思ってな」
    「ん、分かった。ネロ、アンタは大丈夫?」
    「ああ、問題ない」
    「そっちの方は?」
     小鈴は顔を晴奈に向け、尋ねてみる。
    「大丈夫だ。呼吸も落ち着いているようだし、もう30分は頑張ってもらおう」
    「うへぇ……」
     トマスの苦しそうなため息が聞こえたが、一行は構わず登山を再開した。

     休んでは登り、登っては休みを繰り返し、2日かけて晴奈たちは山道を登り切った。
     着いた頃には、辺りは既に夕闇が迫り、その空は――。
    「……ほう。これは見事な」
    「なーるほど、『雪と星の世界』、ね」
     満天の星空が、晴奈たちを出迎えてくれた。
    「標高も高く、空気も冷えて、澄み切っているから、こうして、美しい空が、見られるんだ。この景色は、この北方大陸、最高の、宝だよ」
     トマスは得意げに、空を見上げる晴奈と小鈴に説明する。が、息切れしながらの説明なので、感心されるどころか心配されてしまう。
    「早いところ、街に向かおう。いい加減、三人の体力も限界だろうからな」
    「……うん。早く横になりたい」
     得意げになっていたトマスは、途端にへたり込んだ。



     不思議な二人、ネロとジーナを迎え、晴奈の旅はさらににぎやかになっていく。
     しかし、その旅ももうすぐ、終わりを告げることになる。

    蒼天剣・回北録 終

    蒼天剣・回北録 8

    2010.01.09.[Edit]
    晴奈の話、第460話。山道を登って。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 洞穴は30分ほど続き、抜けたところで険しい山道がその姿を見せた。「うはぁ……」 体力の無いトマスは、その荒れた道を見てため息をつく。「これはなかなか、骨が折れそうだな」「仕方あるまい。気をつけて進むぞ」 山道を歩くのに慣れている晴奈や小鈴、一端の兵士であるミラとバリーは平然と進んでいくが、監禁されていた上に普段から机に着い...

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    晴奈の話、第461話。
    黒い隠者の助言。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     北方史も、中央史と同じくらいに歴史が深い。双月暦の始まりとほぼ同時期から、明確な政治組織が誕生しており、経済も発展していた。
     その歴史を創ったのは、現在のジーン王国の先祖、レン・ジーンと言うエルフだそうだ。だが彼の代からずっとジーン王国が続いてきたわけではなく、実は一度滅んでいる。
     それが北方史の大きな特徴なのだ――いつの世にも北方の内外で、戦争が起こっている。だから当然、軍事行動における経験や技術、戦略性の質の高さは、他の地域に比べて非常に優れている。
     それを象徴するのが、長年首都フェルタイルの一角に陣取り続けている、広大な軍司令本部である。



     その、軍本部にて。
    「なんと……」
     1年ぶりに姿を現した軍の頭脳、トマス博士によって、日上軍閥が起こした数々の軍務規定違反――トマスを不当に監禁し、軍本部にまともな連絡や報告もせずに、北海へ出向いた件――の告発を受け、幹部たちは揃って頭を抱えた。
     一様に渋い顔を並べる幹部たちに向け、トマスはこう続ける。
    「これは明らかに、ヒノカミ中佐の暴走です。このまま看過していれば、間違いなく軍本部に対しても牙を剥くでしょう」
    「確かに」
    「至急、軍閥解体の処置を取りましょう」
     一人がそう言った途端に、他の者も揃って大きくうなずいた。
    「これまでの功績は確かに評価できるものではあるが、こうなってしまってはな……」
    「ああ。それに元々、ヒノカミ君はそれほど優秀とも思えなかった」
    「うむ。元々から反抗的態度の目立つ男であったし……」
     フーの悪事が露呈した途端に、彼らはあっさりと掌を返したらしい。幹部たちから、フーに対する非難が次々に漏れ始めた。
     それを聞いたトマスは、内心ひどく不愉快になっていた。
    (何と言う責任転嫁だろうか。人員管理だとか監督責任とか、そう言う自分たちの不明や放任、ミスは全部棚上げして、フー一人になすりつけるつもりなんだな。
     第一、僕はもう1年以上も監禁されていたんだ。軍の重要人物であるはずの僕をろくに捜索もせず、のんきに放って構えていたって言うのか? ……恐らくそうだろうな。彼らの慌てよう、どう見ても想定外だったと言いたげな態度だ。軍の対応としては、あんまりじゃないか。
     下の人間に仕事を丸投げしておいて、それを管理も統制もできてないなんて、幹部としては最低だ。彼らにはまるで、軍人としての誇りや責任感が見られない。
     今さらフーを悪者にしておいて、そのくせ今までフーに頼りっきりだった、無責任の塊のような幹部陣――もしフーがいなかったら、この戦争はどうなっていただろうか?)
     トマスは軍本部に深く失望しながら、報告を終えた。



     軍への報告から2時間後、トマスの家。
    「そうか……」
     トマスの厚意に甘え、晴奈たちは彼の家に泊まっていた。
     居間でトマスから軍の対応を聞いた晴奈も、ため息をつく。
    「何と言うお粗末な応対だ」
    「僕もそう思うよ。何もかも後手後手に回っているし、起こった問題には軒並み責任逃れをしようとしている。フーが抜けてしまったら、その後の戦争継続は絶望的だろうね」
    「だが、不問に処すわけにも行くまい。自分の組織に仇なしたわけだからな」
     晴奈の意見に、トマスは頭をポリポリとかきながら反論する。
    「まあ、そうだけど……。でも今、彼の軍閥以外に、この戦争に勝てそうなセクションは無いんだよ。それを考えると、結局お咎めなしになるかも知れない」
    「はぁ!?」
     晴奈は座っていた椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、声を荒げる。
    「何を馬鹿な!? 盗みを働き、無実の人間を投獄し、軍を私物化して自分勝手に振舞った奴が、何の制裁も受けぬと言うのか!?」
    「仕方ないじゃないか。今この戦争に負ければ、この国は滅びてしまう。そうなれば元も子も……」
    「ならば私やお主が受けた屈辱は、そして奴に振り回され被害を受けた者たちはどうなってもいいと、そう言うのか!?」
     晴奈はトマスの言い分が納得できず、食い下がる。
    「そりゃ、許されないことではあるけど。でも、そしたらさ――フーがいなくなった後、誰が戦争を勝利に導ける? 誰がこの国を平和にできるんだい?」
    「……むう」
     トマスに言い返すことができず、晴奈は黙り込む。

     と――離れて本を読んでいたネロがすっと立ち上がり、晴奈を援護した。
    「それは違うんじゃないかな」
    「え?」
     思ってもいない方向から話に加わられたためか、トマスはぎょっとしている。
     ネロはにこっと笑いながらトマスに近付きつつ、持論を述べ始める。
    「君の意見は『ヒノカミ中佐がいなければ戦争には勝ち得ない』と言う前提に基づくものだ。でも彼は、タイカに勝ったのかい? コスズさんからは、負けたと聞いたけど」
    「いや、確かにそれは……」
    「もちろん一般的には、前回負けたから捲土重来して勝つ、と言うケースも無いことは無い。でもそれは確実ではないし、ましてや相手は『黒い悪魔』。勝てる可能性は非常に低いものだ。
     そう考えると君の意見、即ちヒノカミ中佐を放免し戦線復帰させると言う戦略は、君が主張するような効果はほとんど期待できない。となれば戦争の終結に、確実に結びつくものだとは言えないだろう?」
    「う……、ん」
     ネロに論破され、トマスはうろたえた様子を見せる。
     畳み掛けるように、ネロの言葉は続く。
    「現時点で確実に起こっていることは、ヒノカミ中佐が悪事を働いたことと、それによって少なからず被害が出たことだ。
     君やセイナのような優秀な人間が何人も、1年、2年もの長い時間を無駄にしている。それは大きな被害と考えるべきじゃないかな」
    「まあ、確かに……」
    「そもそも、タイカは攻撃されたら攻撃し返すタイプだけど、冷静な話し合いや交渉、取引を持ちかけられれば、それに応じるタイプでもある。
     戦争って言う暴力に訴えるより、何らかの取引を以って穏便に話し合い、戦争を終結させた方が、確実かつ速やかに、この国のためになるんじゃないかな」
     ここでトマスが、「反論の糸口をつかんだ」とばかりに目を光らせた。
    「取引だって? カツミは金や利権じゃ動かないし、何を取引にしろって言うんだ? それこそ机上の空論、絵空事だろう?」
    「単なる俗人なら金や利権だろうけれど、彼には彼の望むものがある」
     ネロはソファに座り直し、また本に視線を落としながら答えた。
    「中佐の身柄と、彼が盗んだ『バニッシャー』をタイカに引き渡すんだよ。
     王国側にとっては、それなら中佐への処罰にもなるし、何だかんだ言っても戦争の発端になった神器が彼の手元にあるなら、これ以上何の騒ぎも起きない。
     タイカもその2つなら納得するだろう。『バニッシャー』が手元に戻るなら言うことは無いだろうし、自分に散々牙を向き、失礼千万を働いた中佐の生殺与奪を握れるのなら、十分満足するさ」
    「な……、る、ほど。うん、そう、まあ、一考の余地は、ある、んじゃない、……かな」
     トマスが言いくるめられるのを見て、晴奈は目を丸くした。
    (こいつ……、できるな。
     無神経でひ弱だが、トマスは王国軍の参謀格だ。それを弁舌でひょいひょいとあしらってしまうとは、相当な頭脳の持ち主だな)
     晴奈は改めて、ネロの聡明さに注目した。

    蒼天剣・黒隠録 1

    2010.01.11.[Edit]
    晴奈の話、第461話。黒い隠者の助言。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 北方史も、中央史と同じくらいに歴史が深い。双月暦の始まりとほぼ同時期から、明確な政治組織が誕生しており、経済も発展していた。 その歴史を創ったのは、現在のジーン王国の先祖、レン・ジーンと言うエルフだそうだ。だが彼の代からずっとジーン王国が続いてきたわけではなく、実は一度滅んでいる。 それが北方史の大きな特徴なのだ――いつ...

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    晴奈の話、第462話。
    囲碁と女心。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     晴奈はふと思い立ち、ネロに声をかけた。
    「ネロ。囲碁は知っているか?」
    「イゴ? いや、知らないな」
     きょとんとするネロに、晴奈は簡単に説明した。
    「石を交互に置き、陣地を競う遊戯だ。
     トマス、祖父殿は北方一の名人と聞いていたが、碁盤や碁笥は置いてあるか?」
    「多分まだ、祖父の部屋にあると思う」
    「案内してもらっていいか?」
    「いいよ」
     晴奈とトマスは居間に碁盤を運び、ネロにルール説明をした。
    「……と言う訳だ」
    「なるほど。……セイナ、相手をお願いしてもいいかい?」
    「喜んで」
     晴奈とネロは碁盤を囲み、打ち始めた。

     一方、小鈴とミラは病院に入院したジーナを見舞いに来ていた。
    「どう? 目、ちょっとは良くなってきた?」
    「うーむ……。まだ、ほとんど見えぬ」
     医者の話では、ジーナの症状は急激に魔力を消費したために起こったものではないかと言うことだった。
     しかし、ジーナはブラックウッドの洞穴で目を覚ます前のことを、何も覚えていないと言う。それどころか、自分が以前に何をしていたのか、どこに住んでいたのかも、分からないと言うのだ。
    「退院したら、どーすんの?」
    「トマスの方から、しばらく住んでも構わぬとは言うてくれたが……」
    「いつまでもご厄介に、ってワケには行きませんよねぇ」
    「そうじゃな……」
     神妙な顔になって考え込むジーナを見て、小鈴は人差し指を立ててこう提案した。
    「んじゃさ、元気になったらあたしたちと旅する、ってのはどーよ?」
    「旅、か?」
    「そ。ネロも一緒に来てもらってさ、四人で。楽しいかもよ」
    「ふうむ……」
     ジーナはまた考え込む。その顔は先程とは違い、心なしか楽しそうだった。

    「……むう、投了」
    「はは、ありがとう」
     晴奈は腕を組み、自分が負けた盤面をにらむ。
    「たった4、5局で、異様に手ごわくなったな」
    「そうかな? まだヒヤヒヤものだけどね」
     経験の差で、一局目、二局目は晴奈の圧勝で終わった。
     ところが三局目から風向きが変わり、あっと言う間に晴奈は三連敗を喫してしまったのだ。
    「どうする? もう一局付き合うか?」
    「ああ、望むところだ」
     晴奈の申し出を、ネロはにっこり笑って受ける。
     と、横で見ていたトマスがニヤニヤしているのに気付く。
    「……何だ?」
    「さっきから見てたけど」
     トマスが得意そうに口を開く。
    「セイナ、ちょくちょく失手があるよ。攻めが多いから、よくその隙を突かれている感じがする。もうちょっと守りに入った方がいいんじゃない?」
    「そうか? ……と言うかお主、囲碁を知っているのか?」
    「うん。祖父が名人、だしね」
     それを聞いて、ネロがトマスの方に顔を向ける。
    「じゃあ、打ってみようか」
    「いいとも。それじゃ、セイナ。席変わって」
     トマスは晴奈と交代し、碁石を握った。

    「そー言えばさ」
     小鈴がニヤッと笑い、ジーナに尋ねる。
    「ジーナとネロって、どーゆー関係なの?」
    「む?」
     そう問われ、ジーナの猫耳はぴくんと直立する。
    「関係、か。ううむ、何と言えばよいやら」
    「恋人?」
    「ちっ、違うわ!」
     ジーナはバタバタと手を振り、慌てて否定する。
    「なっ、何と言うかの、その、一緒に、その、仕事をしていた仲間じゃ」
    「あら、そーなんだ」
     ジーナの反応に、小鈴もミラも黙ってニヤニヤしている。
     ジーナにはその様子は見えてはいないようだったが、雰囲気は伝わったらしい。
    「……何じゃい」
    「それじゃあ、ジーナさんってネロさんのコト、どう思ってるんですかぁ?」
    「どう、って」
    「好きなんじゃない?」
    「いや、別に、そんな……」
     ジーナはうつむき、もごもごとつぶやいている。小鈴は依然ニヤニヤしながら、ジーナの猫耳につぶやいた。
    「いーじゃん、正直に言っても。今、ここにはあたしたち3人だけなんだから」
    「……う、む。その、まあ、好きではないと言えば、嘘になる。……いや、素直に言えば、……その、……好き、じゃ」
    「やっぱり」
     小鈴とミラは、口を揃えてうなずいた。

    「そんな……」
     トマスは目を見開き、終局した盤上を見つめていた。
    「いや、なかなか手厳しかった。ヒヤヒヤしたよ」
    「圧倒的じゃないか……」
     トマスはあごに手を当てつつ、自分の敗因を探ろうとしている。
    「途中まで、僕の方が勝っていたはず、……なのに」
    「仕掛けが功を奏した、って感じかな。失敗してたら、きっと大敗北を喫していただろうね」
    「ネロ、お主本当に打ったことが無かったのか? あまりにも強すぎるぞ」
    「ははは……」
     屈託無く笑うネロに、晴奈は半ば呆れ、半ば感心していた。
    (不思議な男だな……。
     このあっけらかんとした爽やかさと、それでいてどっしりとした安定感を併せ持つ、性根と知性。エルスやトマスとも違う質の、優れた智者だ。
     一体、この男は何者なのだ?)

    蒼天剣・黒隠録 2

    2010.01.12.[Edit]
    晴奈の話、第462話。囲碁と女心。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 晴奈はふと思い立ち、ネロに声をかけた。「ネロ。囲碁は知っているか?」「イゴ? いや、知らないな」 きょとんとするネロに、晴奈は簡単に説明した。「石を交互に置き、陣地を競う遊戯だ。 トマス、祖父殿は北方一の名人と聞いていたが、碁盤や碁笥は置いてあるか?」「多分まだ、祖父の部屋にあると思う」「案内してもらっていいか?」「いいよ...

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    晴奈の話、第463話。
    ネロの過去。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ネロから授けられた策を持って、トマスは再び軍本部を訪れた。
    「なるほど……」
    「それなら確かに、手打ちになりうるだろうな」
    「軍全体への、はっきりとした見せしめにもなる」
     フーと「バニッシャー」を大火へ引き渡すと言うネロの案は、幹部たちから高い評価を得た。
    「早速、軍閥を叩くとしよう。ありがとう、ナイジェル博士。いつもながら君の頭脳には感服するばかりだ」
    「あ、いや。これは僕の案では……」
    「流石は博士だ。こんな上策が出てくるとは」
    「いや、だから……」
     トマスは自分の案ではなくネロのものだ、と訂正しようとしたが、幹部たちの関心は既に、軍閥をいかにして制圧するかに移ってしまっていた。

    「……そんなわけで、君の案は採用されたよ。一週間以内にも、キルシュ峠を下って軍閥解体に向かうそうだ」
    「そっか。それじゃ、近いうちに中央政府との交渉に入るかも知れないね。軍閥が解体されれば、相手も『向こうは何らかの交渉に入るつもりだろう』と考えるかも知れないし、少なくとも戦闘は停止するだろう」
    「だろうね。これでようやく、北方も落ち着くだろう。
     ……はぁ」
     元気の無いトマスを見て、ネロは首をかしげた。
    「どうしたんだい? 折角平和になるって言うのに、何か気になることでも?」
    「ああ、うん……」
     トマスはチラ、とネロの顔を見て、すぐに顔を背ける。
    「うん?」
     トマスはネロに背を向けたまま、こう尋ねた。
    「一つ聞きたい。ネロ、君は一体何者だったんだ?」
    「僕が、何者かって?」
     尋ねられて、ネロは腕を組んで黙り込む。少ししてから、ゆっくりと口を開いた。
    「……そうだな、全部は明かせないけれど。
     ある国の大臣をしていた。とても大きな国の、ね。ずっと、昔の話だけれど」
    「その若さで? エルフだからかも知れないけど、まだ20後半くらいにしか……」
    「そう、大臣職に就いたのは20代の頃だった。僕の後援に付いてくれた人の助力があったから、異例の大出世ができた。でも残念なことに、僕はそれを自分の力だと思ってしまっていたし、余計な正義感もあった。
     だから当時腐敗の極みにあったその国の王様に対して、単身で糾弾するなんて愚行を犯した。それで怒りを買って、投獄された」
    「へ、え……」
     思いもよらない昔話に、トマスは目を丸くする。
    「でもある人の力を借りて脱獄したんだ。丁度、君のように。
     それでその後いー、……ジーナや他の仲間たちの助けもあって、僕はその国を倒したんだ」
    「そんなことがあったのか……」
     トマスはそうつぶやきながら、頭の中で近年の政治事件を思い返す。
    (そんな事件、最近あったかな……?)
    「でも残念ながら、僕はその国を手に入れることは無かった。
     どう言うわけか、一番信頼していた仲間が裏切った、……いや、裏切ると言う言葉は適切じゃないか。彼は『契約』に則って動いただけなんだから」
    「良く分からない話だな……」
    「うん。当事者の僕でさえ、何がどうなっていたのか良く分からない。
     ともかく、その国を手に入れたのは僕じゃなく、彼だった。そして僕は、最後の最後でまたミスをして、この北方の地に飛ばされたってわけさ」
     ネロはため息をつきながら黒眼鏡を外し、服の裾で拭きだした。
    「自分に頼りすぎてもいけない。他人に頼りすぎてもいけない。今になってようやく、それが良く分かるようになったよ。
     考えが偏ると、倒れやすくなってしまう」
    「考えが偏ると……、か。参考にしておくよ」
     トマスはネロの寂しげな横顔を見て、素直な気持ちでそう返した。

     トマスとネロが話しているのを、晴奈たちは後ろで見ていた。
    「トマスは小鈴とミラが似ていると言ったが……」
    「んっ?」
     晴奈はトマスたちの後姿を眺めつつ、こうつぶやいた。
    「あの二人も良く似ているな。性格は、大分違うが」
    「そーね、そー言われると」
    「どっちも頭いいですもんねぇ。でも何て言うか……」
     ミラはネロに目を向け、こう評した。
    「ネロさんって、不思議な雰囲気ありますよねぇ。
     見た目若いのに、物腰とかおじいさんみたいにすごく落ち着いてますしぃ、それに何だか、優しい感じがしますよねぇ。ジーナさんが好きになっちゃうのも、分かる気がしますよぉ」
    「ほう?」
     思いもよらない話を聞き、晴奈は目を丸くする。
    「恋人同士だったのか、あの二人?」
    「あ、いえ。ジーナさんが好き、って言ってたんですよぉ。ネロさんはどうなのか、良く分かりませんねぇ」
    「そーねぇ。あの人、浮世離れしてる感じがプンプンするもん。人並みの恋愛感情とか、持ってそうな気がしないわ」
    「……うなずけるな」

    蒼天剣・黒隠録 3

    2010.01.13.[Edit]
    晴奈の話、第463話。ネロの過去。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ネロから授けられた策を持って、トマスは再び軍本部を訪れた。「なるほど……」「それなら確かに、手打ちになりうるだろうな」「軍全体への、はっきりとした見せしめにもなる」 フーと「バニッシャー」を大火へ引き渡すと言うネロの案は、幹部たちから高い評価を得た。「早速、軍閥を叩くとしよう。ありがとう、ナイジェル博士。いつもながら君の頭脳...

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    晴奈の話、第464話。
    旅の始まりと終わり、の兆し。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     日上軍閥制圧案が出された翌日、晴奈はジーナを見舞いに来ていた。
    「具合はどうだ?」
    「ああ、良くなっておるよ」
     古臭く、しかし楽しげに話すジーナを見て、晴奈はクスッと笑う。
    「どうした?」
    「ああ、いや。ネロも奇妙な男だが、ジーナもなかなか不思議だな、と。
     何故そのような、老人のような話し方を?」
    「老人、とな? いや、わしは平常通りに話しているつもりじゃが」
    「それが古臭い。私の言葉遣いも堅いと良く言われているが、お主の話し方はそれを上回る」
    「そうかの……」
     ジーナは戸惑ったような顔をして、うつむいてしまう。
    (あ、まずかったか?)
     晴奈は悪いことを言ってしまったかと反省し、付け加える。
    「いや、おかしいことは無い。良く言えば、個性的と言える」
    「そうか……。いや、わしも少なからず、周りと言葉が合わぬとは思うておった。じゃがの、わしは20年以上もこの話し方をしとったもんでな。
     時代が変わったからと言って話し方もガラリと変えるのは、難しいもんじゃて」
    「時代?」
     奇妙な言い回しに、晴奈は首をかしげる。
    「あ、いや。何でもない。……まあ、その。良ければセイナ、今風の言葉遣いを教えてほしいんじゃが」
     そう頼まれて、晴奈はうなる。
    「私に、か? うーむ……」
    「ダメかの」
    「いや、私は央南人だからな。北方や央北で使われている言葉は、あまり得意ではないのだ」
    「うむー……」
    「だが、同じ央南人でも小鈴なら語学に長けている。小鈴なら分かりやすく教えてくれるだろう」
    「ふむ。コスズは、何でも知っておるのじゃな」
     感心するジーナに、晴奈も同意する。
    「ああ。政治経済から風土史、魔術、料理、裁縫と、あの人は何にでも通じている。私の師匠と同じくらい、尊敬している人だよ」
    「ほう……」
     そうして取り留めも無く会話していると、うわさをしていた張本人――小鈴がやってきた。
    「どもー」
    「ああ、小鈴」
    「今日はこっちにいたのね、晴奈。……っと、ジーナ。あの話、考えてみてくれた?」
    「あの話?」
     晴奈が尋ねると、小鈴はニヤニヤしながら説明してくれた。
    「あたしたちと一緒に、旅しないかってコト」
    「ほう、それは……」
     晴奈は一瞬、それもいいなと思いかけた。
     しかし同時に、自分が今北方にいる理由を思い出し、返事に詰まった。
    「どしたの?」
    「……いや。もしかしたら、私の方が、旅を終わりにするかも知れぬ」
    「えっ?」
     小鈴は意外そうな顔で、晴奈を見つめた。
    「……あー、そっか。アンタの旅って元々、日上を追いかけてたんだもんね。一杯、寄り道しちゃったけど」
    「そうだ。そして北方、奴の本拠地に到着したのだ。もう旅は、終わりを迎えようとしている」
    「そっか、そーよね。……そっかー」
     その時、小鈴はひどく寂しそうな表情を見せた。
     晴奈も、同じ気持ちだった。
    「……あれ?」
     と、また小鈴が表情を変える。
    「どうした?」
    「アンタの旅って、厳密に言えば日上の『バニッシャー』が狙いじゃなかった?」
    「そうだが」
    「こないだネロが提案した、克との取引って……」
    「あ」

    「ふーん……」
     晴奈から話を聞いたネロは、短くうなった。
    「問題はないんじゃない?」
    「何故だ?」
    「元々、そのエルスさんが『バニッシャー』を奪ったのだって、北方の戦争回避が目的だったんだし、それならタイカに引き渡すのも戦争の終結につながることだから、エルスさんも納得するだろう」
    「あ、なるほど」
    「トマスが今、軍本部で会議に参加している。恐らく軍閥解体に関しての意見調整、具体策の検討と言ったところだろう。
     人手がいるだろうから、君も参加してみたらどうだろう?」
     ネロの提案に、晴奈は深くうなずいた。
    「ああ。その話が出たら是非、参加させてもらうとしよう」
     と、玄関の扉が開く音がする。少し間を置いて、トマスが居間に入ってきた。なぜか、その顔は意気消沈したように暗い雰囲気を帯びている。
    「ただいま……」
    「おかえり。……どうした?」
    「遅かったよ……。ヒノカミ軍閥は既に、王国と袂を分かった。
     もうとっくに、北方にはいなかったんだ」
    「なん……、だって?」
     思いも寄らないその話に、晴奈もネロも愕然とした。

    蒼天剣・黒隠録 4

    2010.01.14.[Edit]
    晴奈の話、第464話。旅の始まりと終わり、の兆し。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 日上軍閥制圧案が出された翌日、晴奈はジーナを見舞いに来ていた。「具合はどうだ?」「ああ、良くなっておるよ」 古臭く、しかし楽しげに話すジーナを見て、晴奈はクスッと笑う。「どうした?」「ああ、いや。ネロも奇妙な男だが、ジーナもなかなか不思議だな、と。 何故そのような、老人のような話し方を?」「老人、とな? い...

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    晴奈の話、第465話。
    世界を揺るがすニュース。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     軍閥解体の話がまとまる2日前。
     ウインドフォートの監視を行うため、軍本部からの斥候が密かに、沿岸部へと降りていた。
    「え……?」
     ところが市街地に足を踏み入れた途端、その異様にざわついた雰囲気に面食らった。
     住民たちは呆然とした顔で砦を指差したり、小声でうわさし合ったりしている。
    「……突然でしょ……」
    「うんうん……」
    「もぬけのから……」
     小耳に挟んだその言葉に、斥候たちは慌てて砦へと走る。
     街のうわさ通り、砦の入口には門番が一人もおらず、街の者たちが平然と進入していた。
    「……どう言うことなんだ?」

    「詳しく調べた結果、ヒノカミ軍閥はブルー島での戦いに勝利し、そのまま中央攻略に向かったそうです」
    「馬鹿な!? いくらなんでも、無茶苦茶だ!」
     軍幹部たちもトマスも、この報告に慌てふためいた。
    「今回の作戦は、ブルー島までのはずでしょう!?
     ましてや中央攻略となれば、あの『黒い悪魔』が黙っているわけが無い! このままでは取り返しの付かないことに……!」
    「その、はずなのですが……」
     報告した斥候は、恐る恐る一本の書簡を提出した。
    「こちらが、我々に宛てて砦に残されておりました」



    「送 ジーン王国軍本部
     我らヒノカミ軍閥 ブルー島陥落 及び 克大火討伐に成功せり
     難敵が不在たる現在 中央政府攻略に 何ら支障なきものと判断し 軍閥内全兵力を傾注して 当該組織への攻撃に向かう」



    「か……」
    「カツミが……」
    「死んだ、だとぉ!?」
     その情報は、天地が裂けたと報じられるのと何ら変わりない、世紀のニュースとなった。

     ブルー島へ、そして央北へ軍閥の全兵力が――即ち、日上軍閥の全員が移ってしまったことで、軍本部はフーに手出しすることができなくなってしまった。
     それだけでも軍にとっては大失態だったが、さらにメンツを潰す出来事が起こった。軍閥が北方を離れてから2ヵ月後、中央政府が陥落してしまったのである。さらには軍閥がその政治機能を奪い、新しい中央政府「ヘブン」として生まれ変わった。
     自分たちの配下であった軍閥を管理・制御しきれず、さらには一つの大国を潰させ、乗っ取らせてしまったと言う、この政治的蛮行・大失態は、ジーン王国の世界的地位を大きく後退させることになった。

     さらには――。
    「『ヘブン』が、我々に宣戦布告だと……」
    「冗談じゃない!」
     かつての「親元」、ジーン王国に対して戦争を仕掛けてきたのだ。
    「このままでは、世界の笑い者になるだけでは済まないぞ……」
    「我々が『ヘブン』に倒されたら、国としては再起不能だ。我々が倒したとしても、『管理元』として莫大な責任を負わされる」
    「どうすればいいんだ……?」
     王国軍が、そしてジーン王国全体が、出口の見えないトンネルに取り残された。



     時間はトマスが晴奈とネロに、日上軍閥が北方を出たことを報告した頃に戻る。
    「嘘だろ……」
     トマスから日上軍閥の暴走と大火の死を聞かされたネロは、呆然としていた。
    「今現在、事実関係を洗っているけど、少なくともブルー島が陥落したのは確かだ。彼らが要塞を築いているのが、確認できたからね」
    「タイカが死ぬわけが……」
     どうやら、ネロは軍閥のことよりも、大火の方に関心が向いているらしい。
    「何故そんなに、黒炎殿のことを気にかけているのだ?」
     晴奈は不思議に思い、尋ねてみた。
    「お主、黒炎教団の者か?」
    「……うん? 黒炎教団? 何だい、それ?」
     ネロは我に返り、晴奈に尋ね返す。
    「違ったか」
    「ねえ、黒炎教団って何だい?」
     なぜか、ネロはしつこく聞いてくる。仕方なく、晴奈は説明した。
    「……ふーん。タイカを崇める、宗教集団か。……じゃあこのニュースが伝わったら、きっと大混乱になるだろうね」
    「だろうな」
    「いや、もう世界中が大混乱になるだろうな。世界に影響を与えた人物が、亡くなったんだもの」
    「んー」
     と、狼狽するネロの背後から小鈴がやってきた。
    「別に気にしてないんじゃない?」
    「へ?」
    「だって克、昔も復活したし」
    「え? どう言う……」
    「あ、そう言えば聞いたことがあるな」
     トマスも大火の昔話を思い出し、ネロに聞かせた。
    「……彼なら有り得そうだなぁ……」
     説明されたネロは、いつもの冷静な彼には似合わない戸惑った笑顔を作って、それに応えた。

    蒼天剣・黒隠録 終

    蒼天剣・黒隠録 5

    2010.01.15.[Edit]
    晴奈の話、第465話。世界を揺るがすニュース。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 軍閥解体の話がまとまる2日前。 ウインドフォートの監視を行うため、軍本部からの斥候が密かに、沿岸部へと降りていた。「え……?」 ところが市街地に足を踏み入れた途端、その異様にざわついた雰囲気に面食らった。 住民たちは呆然とした顔で砦を指差したり、小声でうわさし合ったりしている。「……突然でしょ……」「うんうん……」「も...

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    晴奈の話、第466話。
    ネロの調べものと、ジーナの買い物。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦520年6月上旬、世界が克大火の死と言う一大ニュースに騒然としていた頃。
    「ねえ、トマス」
    「ん?」
     ネロが不意に、こんな頼みごとをしてきた。
    「軍の資料室に連れて行ってほしいんだ。街の図書館には、いい資料が無くって」
    「いいけど……、何を調べたいの?」
    「ああ、うん。ちょっと、ね」
    「……?」
     言葉を濁すネロを不審に思いながらも、トマスはその頼みを承諾した。

     資料室に着くなり、ネロは机の上にドサドサと資料を積み上げ始めた。
    「手伝おうか? 何を持ってくればいいかな?」
    「あ、いいよ。一人で調べたいことがあるから」
    「そう? これ全部読むの、かなり手間じゃ……」
    「いや、大丈夫。悪いけれど、夕方まで一人でいさせてほしいんだ」
     やんわりと断られ、トマスは仕方なくネロを残し、資料室を出た。
    (夕方まで、か。……あんまり本部でブラブラしてると、またお偉いさんに声をかけられそうだしなぁ)
     状況が騒然としている今、声をかけられれば確実に面倒ごとに巻き込まれる。
     トマスはそそくさと本部を後にし、街へと出て行った。



     半月以上の入院を経て、ジーナの体調はすっかり回復した。
    「おっと、と」
     しかし結局、視力は十分には回復せず、ジーナは晴奈の手を頼りに歩いている。
    「大丈夫か?」
    「うむ、小石に足を引っ掛けたようじゃが、異常はない」
    「そうか。……杖でも買っていくか?」
    「そうじゃな、必要になる。見繕ってくれぬか?」
    「私の見立てで良ければ」
     晴奈とジーナは病院を出た足で、街へ向かった。

     街に着き、晴奈はジーナの手を引いて店に入った。
    「ふむ、杖と言っても色々あるな」
     店の棚には、色とりどりの杖が並んでいる。と、ジーナが晴奈の横顔をぺたぺた触ってくる。
    「な、何だ?」
    「すまぬ、ちと……」
     ジーナの手が晴奈のあごから頬、もみあげと上がり、猫耳へと行き着く。そこでジーナが顔を寄せ、耳打ちしてきた。
    「できれば、あまり老人然としたものでないのが良いのじゃが」
    「ああ……」
     そこに、二人の様子を見ていたらしい店員が近寄ってきた。
    「大丈夫ですよ。若い身障者さん向けのも、置いてありますから」
    「そ、そうか? では……」
     ジーナは声を頼りに店員の方を向き、おずおずと注文した。
    「可愛らしくて、青い色の杖は、ありますかの?」
    「え? ええ、ありますよ。……お客さん、お若く見えますけど、おいくつですか?」
     店員はきょとんとした顔で、ジーナを眺めてきた。
    「ん、……ああ、えっと、25、じゃ」
    「どこにお住まいだったんですか? 何かすごく、落ち着いた話し方を……」
    「ああ、うむ、その……」
     返答に詰まるジーナを見かね、晴奈が助け舟を出した。
    「彼女は事故で記憶と視力を失ってしまってな。自分の名前などは覚えているのだが、出身地など細かいことは、覚えていないそうだ」
    「あ、そうでしたか。すみません、お客さん」
     ぺこりと頭を下げられ、ジーナはパタパタと手を振る。
    「あ、いや、そうかしこまらず」
    「えっと、それじゃ、……青くて可愛い杖、でしたよね。これなんかどうでしょう?」
     店員が棚から杖を一本取り出し、ジーナに渡す。
    「ふむ……、セイナ、どうじゃろ?」
    「ああ、可愛いと思うよ」
    「そうか。ではこれを、……と」
     ジーナはまた困った顔をしたが、晴奈にはその理由がすぐ分かったし、これにも助け舟を出してやった。
    「ああ、私が立て替えておこう」
    「すまぬ、セイナ」
    「いい、いい。気にするな」

     店を出た晴奈とジーナは、杖の使い心地を確かめるためにブラブラと歩いてみた。
    「ふむ……、やはり杖があると違うのう。さっきよりは安心して歩ける」
    「それは何より。……だが、まだやはり危なっかしい感じはある。一人で歩けるようになるのは、難しいかも知れぬな」
    「うむ……。まあ、それでも構わぬ。こうして手をつないでおると……」
     ジーナは晴奈の手を強く、しかし優しげに握り、にっこりと笑った。
    「『自分は一人ではない』と言うことを、ひしひしと感じられるからの。
     人の温かみは、まことに心地良い。このような寒い土地では特に、のう」
    「はは、そうか。そうだな、確かに温かい」
     晴奈も優しく握り返し、手で笑顔を示した。

    蒼天剣・騒北録 1

    2010.01.17.[Edit]
    晴奈の話、第466話。ネロの調べものと、ジーナの買い物。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦520年6月上旬、世界が克大火の死と言う一大ニュースに騒然としていた頃。「ねえ、トマス」「ん?」 ネロが不意に、こんな頼みごとをしてきた。「軍の資料室に連れて行ってほしいんだ。街の図書館には、いい資料が無くって」「いいけど……、何を調べたいの?」「ああ、うん。ちょっと、ね」「……?」 言葉を濁すネロ...

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    晴奈の話、第467話。
    無神経、ここに極まる。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    (どこで時間を潰そうかな……)
     軍本部を出たトマスは街をぶらつき、時間が過ぎるのを待っていた。
    (図書館にでも行こうかな。このまま家に戻るのも、もったいないし。
     ん? あれは……)
     そこに、通りを挟んだ反対側を、晴奈とジーナが仲良く歩いているのが目に入った。
    「おーい、セイナ!」
    「うん?」
     トマスの声に、晴奈とジーナが振り向く。
    「ああ、トマスか。奇遇だな、こんなところで会うとは」
    「ああ、ちょっと野暮用があったから。セイナたちこそ、こんなところでどうしたの?」
    「ジーナに杖を買ってやった。その使い心地を試すために、こうして歩いていたのだ」
    「そっか」
     ここで、ジーナがなぜかワクワクしたような顔を向けてくるが、トマスにはその真意が分からない。
    「……? 何?」
    「え、……いや、何でも、ない」
     ジーナはしゅんとした顔になり、晴奈の手を引いた。
    「……と、それではもう少し、散策することにする。ではまた、夕方に……」「あ、待って」
     トマスは踵を返しかけた晴奈を呼び止め、こう提案した。
    「良かったらさ、お茶なんかどうかな。
     その、ネロが夕方まで調べものするからって言うんで、僕は夕方まで暇なんだ。それまでの時間つぶしに、一緒にどうかなって。散策するんなら、どうせ暇だろ?」
    「……」
     トマスの言葉になぜか、晴奈は一瞬むっとしたような表情を浮かべたが、了承してくれた。
    「……まあ、いいだろう」

     近くの喫茶店に足を運んだ三人は、ケーキと紅茶を注文した。料理が来るまでの間に、トマスはあれこれと二人に話を聞かせた。
    「それでね、リロイと対局してたら祖父が割り込んできて、『もっと攻めんか』って口出しして来るんだよ。本当に、口うるさくって……」
    「はは、博士らしい」
    「……」
     トマスは楽しい話をしているつもりだが、エルス(リロイ)とエド博士のことを知っている晴奈には受けても、二人を知らないジーナには何がなんだか分からない。つまらなそうに、杖をいじっていた。
     その様子を見て、トマスは声の調子を落とした。
    「……ん、つまんないかな、この話は」
    「あ、いや」
     ジーナは顔を挙げ、小さく首を振る。
    「いや、いいんだ。どうせ囲碁とか興味ないよね」
    「え」
     ジーナの顔に、嫌そうな色が浮かぶ。
    「そうだな、もっと女の子が興味あるような話って言うと……」
    「……」
     続いて、晴奈もむかむかと怒りを覚える。
    「あ、そうだ。その杖、可愛いね」
     この言葉で、二人の顔から一瞬、険が消えた。
    「そ、そうじゃろ? セイナに『可愛いのを』と頼んだんじゃ」
    「ふーん」
     だが次の一言で、二人の不快感はより強さを増した。
    「何で目が見えないのに、デザインにこだわったの?」
    「……っ」
     途端に、ジーナがぽろっと涙をこぼす。
    「え? あれ、僕なんか、変なこと言っちゃったかな」
     この言葉で晴奈の怒りに火が点き、トマスの襟をぐいっとつかんだ。
    「トマスッ!」
    「な、何? 痛いよ、セイナ」
    「痛い? 貴様これだけ他人に暴力を振るって、これしきのことが痛いと言うのか!」
    「暴力? 振るってないよ? 僕、ひ弱だし。どっちかって言うなら、セイナの方が今、振るってるじゃないか」
    「暴力が腕力だけと思うな、この朴念仁が!」
     晴奈はトマスをグイグイと引っ張り、店の外へと連れ出す。
    「貴様の口は立派な凶器だ! これ以上私に、そしてジーナに、その不躾な口を開くなッ!」
     そう言うなり、晴奈はトマスを投げ飛ばした。
    「うわっ!?」
     トマスは受身を取ることもできず、ぼてっと道端に転がされた。
    「ま、待ってよセイナ、僕が一体何したって……」「消えろッ!」
     晴奈はトマスをにらみつけ、そのまま店の扉を閉めた。



     夕方。
     資料室の扉を開けると、机に座っていたネロがいぶかしげな顔を向けてきた。
    「……どうしたの、その服? 泥だらけじゃないか」
    「ちょっとね、うん」
    「何があったんだい?」
     心配そうに尋ねるネロに、トマスは力なく手を振って応える。
    「いや、何でもない」「無いわけないだろ? 何があったの?」
     ところが、ネロは食い下がってくる。
    「いや、だから何でもないよ。大丈夫だって」「そうは思えない。何があった?」「……何でもないったら」「何でもないなら、言えるはずだろ?」「本当に何でもないし、言うほどのことじゃ」「言うほどのことがなくて、何で泥だらけになる必要があるんだい? ちゃんと説明しなよ」
     しつこく尋ねてくるネロに根負けし、トマスは喫茶店での出来事を話した。
    「君、……本当に、何でセイナが怒ったのか分からないのかい?」
    「うん。僕は特に、変なこと言ったつもりはないんだけど」
    「……あのね、トマス」
     ネロはため息を吐きながら、トマスに座るよう促した。
    「君は祖父が亡くなったと聞いたけれど、いや、それ以前に亡命したと聞いたけれども、何でおじいさんの部屋、そのままにしておいたんだい?」
    「それは、いずれ戻ってくるかも知れないと思って」
    「そう言うものだろ?
     人間、過ぎ去ったものには多かれ少なかれ執着心を抱く。いなくなった人のことを思って部屋を潰さずにおくことと、無くなった視力がもしかしたら戻るかもと希望を抱いてデザインにこだわることは、根底では同じ理屈だよ。
     君は他人から『君のおじいさん、とっくに死んだのに、何で部屋を残しておくの?』って言われて、平然としていられるのかい?」
    「それは……」
    「こんな風に言われたら、君は失礼だと思うだろう? 同じことだよ。
     君は自分の祖父を侮辱されたのと同じくらいに失礼なことを、ジーナに言ったんだ。そりゃ、セイナも激怒するさ」
     ネロに諭され、トマスはうなだれた。
    「……そうだね。そう言われたら、確かに僕だって怒る」
    「そうだろう? 謝ってきなよ、セイナとジーナに」
    「……うん」
     トマスは小さくうなずき、立ち上がった。

    蒼天剣・騒北録 2

    2010.01.18.[Edit]
    晴奈の話、第467話。無神経、ここに極まる。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.(どこで時間を潰そうかな……) 軍本部を出たトマスは街をぶらつき、時間が過ぎるのを待っていた。(図書館にでも行こうかな。このまま家に戻るのも、もったいないし。 ん? あれは……) そこに、通りを挟んだ反対側を、晴奈とジーナが仲良く歩いているのが目に入った。「おーい、セイナ!」「うん?」 トマスの声に、晴奈とジーナが振り...

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    晴奈の話、第468話。
    トマスの謝罪。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     トマスは自分の家の玄関に立ち止まり、恐る恐る扉を開いた。
    「た、ただいま……」
     中の様子を探るが、晴奈の姿は無い。
     と、ポンと肩を叩かれ、続いて声をかけられた。
    「どしたの?」「ひゃっ」
     振り返ると、小鈴が立っていた。
    「ひゃっ、って何よ。オバケじゃあるまいし」
    「あ、ご、ごめん」
    「んで、何してんの? 自分の家をそーっと覗くとか、傍から見てたらすっごい怪しいわよ」
    「あ、うん。その……」
     言葉を濁すトマスに、ネロが代わりに答える。
    「セイナを怒らせて、ジーナを泣かせちゃったから、謝ろうとしてるんだ」
    「へー」
    「ちょ、ちょっと」
     涼しい空気にも関わらず、トマスは額に汗を浮かべる。
    「……もしもアンタが結婚したら、絶対お嫁さんの尻に敷かれるタイプね」
     小鈴はニヤニヤしながら、トマスの困り果てた顔を眺めていた。

     ともかく、玄関先をウロウロしていても埒は明かない。トマスは小鈴とネロに促され、家の中に入った。
    「あ、セイナとジーナのコートだ。もう帰ってきてるみたいだね」
     ネロの言葉に、トマスはゴクリと唾を飲む。
    「ぷ、くくく……」
     その様子を面白がって、小鈴が壁をバンバン叩きながら笑っている。
    「何が面白いんだよ……」
    「い、いやー、だってさ、ビビリすぎじゃん、んふ、ふふふ……」
     だが、玄関口で騒いでも、晴奈たちが反応している様子は無い。
    「……寝てるかな?」
    「かもね」
     トマスはまた恐る恐る、リビングに足を運ぶ。
     と、庭に向けてあるソファの頭から、黒髪と三毛の猫耳が覗いている。
    「あ、……セイナ、さっきは、その……」
     声をかけてみるが、返事は無い。
    「……セイナ」
     トマスは先程にも増しておずおずと、ソファの正面へと回り込む。
     やはり、晴奈は眠っていた。眠っている顔は、先程の形相とは打って変わって穏やかである。猫耳も、ソファの隙間から見えている尻尾も、呼吸に合わせてピクピクと動き、少々ユーモラスに見える。そして吊り気味の目を閉じ、うつむいた顔も――。
    (……綺麗だ)
     トマスにはそう、感じられた。
     と、気配に気付いたのか、晴奈が「ん……」と短くうなり、顔を挙げた。
    「……」
     おどおどしたトマスと、不機嫌そうな晴奈の視線が合う。
    「……」
     トマスはゴク、とのどを鳴らし、深く頭を下げた。
    「ごめん」
    「……」
    「その、本当に、僕は、その、ひどいことを言ってしまって」「トマス」
     晴奈がトマスの弁明をさえぎり、静かに、だが強い口調で尋ねた。
    「ひどいことを言ったのは、私にか?」
    「……いや、ジーナに、だけど」
    「ならば私に謝る必要など無い。ジーナのところに行け」
    「う、うん」
     トマスはもう一度頭を下げ、晴奈の前から離れようとした。
    「……トマス」
     だが、晴奈がそれを止める。
    「な、何、かな」
    「反省したのか?」
    「う、ん」
    「ならばもう、怒りはしない。そんなにビクビクするな」
     そう言って、晴奈はまた目を閉じた。
    「……うん」
     トマスは三度頭を下げ、ジーナのところに向かった。

     ジーナは晴奈が借りている部屋にいた。
    「ジーナ、入るよ……」
    「……」
     トマスは扉をノックし、晴奈の時と同様に、恐る恐る中の様子を確認する。
    「あ……」
     入るなり、沈んだ顔のジーナと目が合い――と言っても恐らく、ジーナにはトマスの顔は見えていないだろう――トマスは言葉に詰まった。
     ジーナの目は真っ赤に充血しており、先程まで泣いていたのが一目で分かった。晴奈の部屋に一人でいたのは恐らく、晴奈が落ち着かせようとしたからだろう。
    「その、ジーナ、……さっきはごめん」
    「……」
    「あんまりにも無神経なことを言ってしまって、本当に悪かった。折角、いい杖を買ったのに、それを台無しにしてしまって」
    「……」
     ジーナは手の甲で顔をぬぐい、ぼそっとつぶやいた。
    「……許してほしくば」
    「えっ?」
    「ケーキ、買ってこい。すっぱいベリーがたっぷり乗った、甘いショートケーキじゃ」
     ジーナはそう言って、ぷいとそっぽを向いた。
    「……分かった。……本当に、ごめんね」
    「……ふん」

     その夜はトマスが買ったケーキを囲み、仲直りのパーティが開かれた。

    蒼天剣・騒北録 3

    2010.01.19.[Edit]
    晴奈の話、第468話。トマスの謝罪。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. トマスは自分の家の玄関に立ち止まり、恐る恐る扉を開いた。「た、ただいま……」 中の様子を探るが、晴奈の姿は無い。 と、ポンと肩を叩かれ、続いて声をかけられた。「どしたの?」「ひゃっ」 振り返ると、小鈴が立っていた。「ひゃっ、って何よ。オバケじゃあるまいし」「あ、ご、ごめん」「んで、何してんの? 自分の家をそーっと覗くとか、...

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    晴奈の話、第469話。
    大局を見直す。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     520年、7月末。
     トマスは軍本部からの召集を受け、会議に出席した。
     会議の場には軍幹部だけではなく、王室政府の大臣たち、大学の教授や「知星」勲章を授かった博士など、ジーン王国を代表する権威たちも参じている。
    「とうとう、恐れていた事態が起きた。ヒノカミ中佐が中央政府を陥落させ、その政治基盤を乗っ取ったそうだ。
     これは有史以来稀に見る、全世界的クーデターだ」
    「そうですか……」
    「これを受けて、世界的に大混乱が起こっている」
    「端的な影響としては、為替市場ではクラムの大暴落、交通に関しては央北への航路が全面的に封鎖。他にも被害は、いくつもある」
     そこで一旦沈黙が流れ、やがて上座の一人が重々しく口を開いた。
    「……そして最も、我々にとって悪影響、被害となっているのが、世界各国からの、ヒノカミ中佐への管理不行き届きによる非難だ」
    「ああ……」
     周りから一斉に、重苦しいため息が漏れる。
    「軍事的、政治的、経済的に、我々もまた閉鎖状態にある。
     既に央中・央南との貿易は凍結状態にあり、国民への影響もじきに出るだろう」
    「寒さの厳しい北方は、食糧の3分の1を輸入に頼っている。このまま凍結状態が続けば間違いなく、国民は飢えることになる」
    「よしんば、そうした最悪の事態を回避できたとしても、国内の物価は高騰する反面、貿易の凍結と為替の混乱のために、我が国の対外的な貨幣価値は大幅に下落する」
     そこでトマスが、結論を先に述べた。
    「つまりこのまま手をこまねいていては、我が国は経済的に崩壊する、と」
    「……そうだ」
    「そこでこの事態を回避すべく、国内の有識者を集めて会議を開いたわけだ」
    「何か打開策、改善策はないだろうか」
     上座の議長が全員に尋ねるが、皆うなるばかりで発言しない。
     たまに発言しても、「ヒノカミ中佐と和平交渉し、交流を作ろう」、「こうなったら我々も央北に乗り込み、ヒノカミを倒そう」と言ったようなものばかりである。
     会議は「国の安定を図る」ことよりも、「フーとの関係をどうするか」に目が向いていた。

     そんな空気の中――トマスはふと、ネロと対局していた時のことを思い出した。
    「それにしても、分からない」
    「ん? 何が?」
     ネロの陣地だらけになった盤上から顔を上げ、トマスは尋ねた。
    「途中まで間違いなく、僕の優勢だったはずなんだ。一体、どこからおかしくなったのか……」
    「……うーん、まあ、私見だけど」
     ネロは盤上の石を片付けながら、やんわりと説明する。
    「トマス、君の戦略傾向はどうも、大局に向きすぎる感じがある。実際の攻防より、作戦で戦局を制しようと目論んでるように見える」
    「うーん……、かも知れない」
    「でもその反面、一度局地戦で負けると、その負けをどうにか挽回するべく、終盤までズルズルと引きずり続ける傾向がある。一旦僕からの攻撃を受けた途端、急に後手後手な対応をするようになっていた。
     理想先行型だけど、実行力には欠ける、……って感じかな。確かに序盤、盤面全体に手を広げて先制しようとする考えは良かった。多分そのまま展開を進めていれば、勝っていたと思うよ」
    「本当かなぁ……?」
     お世辞かと疑うトマスに、ネロはにっこりと笑ってうなずいた。
    「本当だとも。ただ、僕の奇襲と言うか、特攻と言うか……、それに惑わされて、折角進めていたいい手を乱してしまった。それが敗因だろうね。
     あの時、最初の予定通りに進めていれば――言い換えれば、僕の小技なんか無視していれば、そのまま押し切れたはずさ。
     君は小さいことを、少し気にし過ぎる」

    (小を無視、……か。
     ここでの『小』はフー。じゃあ『大』は、……言うまでも無いな)
     トマスは決心し、手を挙げた。
    「思ったのですが。我々はヒノカミ中佐に振り回され過ぎているような、そんな気がします」
    「ふむ……」
    「ヒノカミ中佐と彼の軍閥は、非常に強い推進力を持つ、明確な指針を持った組織であり、常に先手を打ってきています。
     それに対し、我々はこうして『どう対処すべきか』『どう対応すべきか』と後手後手で話をしている状態です。
     このままの状態を続けていてはいずれ、ヒノカミ中佐に食い潰されるのは、目に見えています」
     軍の中には、まだフーを格下と見ている者もいる。トマスの意見に、軍幹部の何人かは「何を馬鹿な」と言いたげな視線を向けてきた。
     それでもトマスは、発言を止めない。
    「ここは一旦、ヒノカミを放っておいてはどうでしょうか?」
    「は?」
    「何を言ってるんだ、君は。これは世界的な問題なのだぞ」
    「だからこそです。央北を手に入れたヒノカミには最早、我々に目を向ける暇などないでしょう。言い換えれば、地方の我々がどこで何をしようと、彼は手を出す間も無いはずです。
     まずは、後退しつつある経済・政治基盤の復旧が先決と思われます。そのためには、これまで我々との貿易を続けてきた央中・央南との関係を修復することが最も効果的ではないかと」
    「なるほど、そう言われれば一理ある、と言える」
     大臣の一人が小さくうなずき、続いて尋ねてきた。
    「では、……えーと、何だったかな、君」
    「ナイジェルです。トマス・ナイジェル」
    「ああ、あのじじ……、『知多星』博士のお孫さんか。
     ではナイジェル君、君はどうやって央中・央南との関係を元に戻すつもりかな?」
    「僕の親しい友人に、央中のヘレン・ゴールドマン金火狐財団総帥と、央南の黄紫明央南連合主席の両氏と懇意にしている女性がいます。
     央中・央南の権力者に、彼女を介して話ができれば、関係修復もそう難しいものではないかと」

    蒼天剣・騒北録 4

    2010.01.20.[Edit]
    晴奈の話、第469話。大局を見直す。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 520年、7月末。 トマスは軍本部からの召集を受け、会議に出席した。 会議の場には軍幹部だけではなく、王室政府の大臣たち、大学の教授や「知星」勲章を授かった博士など、ジーン王国を代表する権威たちも参じている。「とうとう、恐れていた事態が起きた。ヒノカミ中佐が中央政府を陥落させ、その政治基盤を乗っ取ったそうだ。 これは有史...

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    晴奈の話、第470話。
    晴奈、ついに帰郷。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「ほーう」
     話を聞かされた晴奈は、非常に嫌そうな顔をしてトマスに応えた。
    「確かに私は、その二人と親しい。が、ヘレン女史とはそうそう何度も会えるわけではないし、父上に借りを作りたいとも思わぬ」
    「そこを何とかさ……」
    「断る」
     晴奈はぷい、とそっぽを向く。と、ここで小鈴が間に割って入った。
    「そー言わないで、さ。世界平和もかかってるんだし、助けてあげなって」
    「いや、そうは言うが……」
     晴奈はばつが悪そうな顔をし、コリコリと猫耳をしごいている。
    「ま、2年も会ってないお父さんにいきなり『この人を助けてあげて』なんて、言いにくいわよねぇ」
    「いや、そうでは、……うーむ、似たようなものか。確かに国際的な問題となると、いくら私と父上の関係でも、相談はしにくい。
     そもそも、まだ『バニッシャー』も取り戻していないのに、故郷に帰るわけにはいかぬ」
     晴奈の返答を聞き、ネロも話の輪に加わってきた。
    「そう言うことならさ、むしろ帰らないといけないんじゃないかな」
    「何?」
    「中佐が『バニッシャー』を持ったまま、央北に入ってしまったからさ。
     央北への道が完全に閉ざされた今、個人レベルの力じゃ最早、央北に足を踏み入れることすらできない。国際的協力が無ければ、彼を追うことは不可能だよ」
    「だから父上に泣きつけ、と?」
    「そうは言ってない。交渉を行うのはあくまでトマスであり、君はその橋渡し、仲介を行うだけだ。それなら何てことないだろ?」
    「ふむ……、仲介、か。……しかし……」
     晴奈は一瞬うつむき、こう返した。
    「……しばらく、考えさせてくれ」

     晴奈は小鈴を連れて、一旦部屋に戻った。
    「小鈴。……どうすればいい?」
    「どう、って。あたしの意見を率直に言えば、『帰ったらいいじゃん』なんだけど」
    「だろうな。私も同意見だ。……でも」
     晴奈は顔を両掌でこすりながら、ボソボソと話す。
    「何と言うか、どうにも……、な」
    「何ソレ?」
    「確かにネロの言う通り、『バニッシャー』を取り戻すには私一人ではもう、どうしようもない。父上とヘレン女史に会う必要はある。……頭では、納得している。
     でも、……まだ、申し訳が立たないと、そう感じているんだ」
    「申し訳って、誰に?」
     晴奈は顔を上げ、ぽつりと答える。
    「エルスだ。あいつには何かと手助けしてもらったし、今も我が故郷のために尽力してくれている。何より、私の大切な親友だ。
     そんなあいつに、私は何にも持って帰って来られず、あまつさえ『お前の剣を取り戻すため、力を貸してくれ』などと頼むのは、あまりにも情けない。
     私はまだあいつに、何もしていないのだ。その上で頼み込むなど……」
    「……はー」
     腕組みをして聞いていた小鈴は、ひょいと晴奈の額に手を伸ばし、デコピンした。
    「このっ」「あいたっ?」
     突然額を叩かれ、晴奈は困惑する。
    「な、何だ?」
    「あのねー晴奈。ソレ、違うって。親友に対してそんな言い訳ぐちゃぐちゃ続けて結局会わない方が、それこそ申し訳ないでしょーが。
     大体さ、そのエルスさんに黙って旅に出ちゃったんでしょ? ホントに親友なら、ものすごーく心配してるわよ、きっと。
     だからさ、いっぺん帰ってみなって。それともさ、ずーっと心配かけるのが、アンタ流の親友との付き合い方なの?」
    「……む、う」
     小鈴の言葉に、晴奈は短くうなった。
    「……そうだな。もう随分、会っていない。心配もさせているだろうな。小鈴の言う通りだ。
     そろそろ潮時、か」
    「そーよ。戻りましょ、晴奈」
     微笑む小鈴に、晴奈は深々とうなずいた。
    「ああ。戻ろう、我が故郷に」



     双月暦520年8月。
     晴奈の2年に及ぶ、長い旅が終わりを告げた。

    蒼天剣・騒北録 終

    蒼天剣・騒北録 5

    2010.01.21.[Edit]
    晴奈の話、第470話。晴奈、ついに帰郷。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「ほーう」 話を聞かされた晴奈は、非常に嫌そうな顔をしてトマスに応えた。「確かに私は、その二人と親しい。が、ヘレン女史とはそうそう何度も会えるわけではないし、父上に借りを作りたいとも思わぬ」「そこを何とかさ……」「断る」 晴奈はぷい、とそっぽを向く。と、ここで小鈴が間に割って入った。「そー言わないで、さ。世界平和もかかっ...

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    晴奈の話、第471話。
    親友との再会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     央南へと向かう、船の上。
     甲板に、晴奈が立っている。
    (……むう……)
     その心中には、強い不安が渦巻いていた。
    「やあ、セイナ」
     そんな晴奈のところへ、トマスがやってくる。
    「うん? ……何だ、トマスか」
    「何だはひどいなぁ。……どうしたの?」
    「何がだ」
    「難しい顔してるなと思って」
    「ああ」
     晴奈は海に顔を向け、ため息をついた。
    「やはり、不安があってな」
    「不安?」
    「エルスは、……私の行動をどう思っているだろうか、と。
     私が『バニッシャー』を追うと知って、期待しただろうか。それとも『余計なことを』と思ったのだろうか。
     いっそ、そう思ってくれていた方が、どれだけ気が楽か」
     晴奈は両手を胸の高さに挙げ、その掌をじっと見つめる。
    「私は結局、何も持って帰ることができなかった。『バニッシャー』も取り戻せず、日上も倒せず、……エルスに、何と言えばいいのか」
    「何も、ってコトは無いわよ」
     小鈴がやって来て、晴奈の肩をポンポンと叩く。
    「色々やったじゃん、アンタ。
     お姫様と旅して、闘技場に参加して準優勝して、犯罪組織を潰して、……この2年、本当に色々頑張ったんだし。世界平和にも貢献したんだし。
     エルスさんも、きっと許してくれるわよ」
    「そうだといいが……」
     不安がる晴奈の手を、トマスが握り締めた。
    「大丈夫だよ。リロイなら、きっと笑って許すさ」
    「……そう願おう」
     晴奈はもう一度、海に視線を向け――間を置いてトマスに向き直った。
    「いつまで私の手を握っている?」
    「あ、ごめん」



     8月末、晴奈たちを乗せた船は央南、黄海に到着した。
    「変わって……、ないな」
     晴奈の目に、2年前とまったく変わらない黄海の港が映る。晴奈はそっと、地面に降り立った。
    「……とうとう、帰ってきてしまったな」
     自分の足を見つめ、ぼそっとそうつぶやいた。
     すると前の方から、穏やかな声が聞こえてくる。
    「とうとう、だね。おかえり、セイナ」
    「……っ」
     顔を挙げると、そこには2年前より若干痩せた親友、エルス・グラッドの姿があった。
    「……エルス」
    「元気にしてた?」
    「……ああ」
    「前よりずっと、強くなったみたいだね」
    「……うむ」
    「おつかれさん、かな。戻ってきてくれて嬉しいよ」
    「……その、エルス。私は……」
     晴奈は鼻の奥に鈍い刺激を感じ始め、慌ててうつむく。
    「『バニッシャー』のことなら、もういいんだ」
     エルスが晴奈の肩に手を回し、優しく抱きしめた。
    「……あ……」
    「剣なんかより、君が帰ってきてくれて本当に良かった。この2年、気がかりでならなかったんだよ?」
    「私は……、わ、たし、は……っ」
    「もう気にしないでいいから。いいからね、セイナ」
    「……うん……」
     優しい友からの言葉と抱擁に、晴奈はボロボロと涙を流していた。

     二人の様子を離れて見ていた小鈴は、クスクスと笑っている。
    「あらら、珍しいわね。晴奈が泣くなんて」
    「そう、……だね」
     小鈴はチラ、とトマスの方を眺める。トマスは複雑な表情で、晴奈とエルスを見つめていた。
    「……妬いた?」
    「へっ?」
     トマスは慌てて顔を振り、否定した。
    「そんっ、そんなわけないじゃないか。いや、単にあの二人は男女なのに、恋愛より友情で結びついてるんだなって、うん」
    「あー、そー、ふーん」
     下手な言い訳を、小鈴はニヤニヤしながら聞いていた。

    蒼天剣・帰郷録 1

    2010.01.23.[Edit]
    晴奈の話、第471話。親友との再会。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 央南へと向かう、船の上。 甲板に、晴奈が立っている。(……むう……) その心中には、強い不安が渦巻いていた。「やあ、セイナ」 そんな晴奈のところへ、トマスがやってくる。「うん? ……何だ、トマスか」「何だはひどいなぁ。……どうしたの?」「何がだ」「難しい顔してるなと思って」「ああ」 晴奈は海に顔を向け、ため息をついた。「やはり、...

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    晴奈の話、第472話。
    北方と央南の関係修復。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「……ふむ。話は良く分かりました」
     晴奈の仲介で、トマスと央南連合主席の紫明、そしてエルスの三人は、央南と北方との関係修復について討議を行っていた。
    「しかし私の一存だけでは、連合を動かすことはできません。
     何しろ、こちらとしても日上騒乱のために、央北との交流をすべて絶たざるを得なかったのですからな。その被害たるや、あなた方ジーン王国がこれから受けるものの、何倍にもなるのです。
     この混乱の責任をどこが取る、と言う話になれば、それは日上氏本人か、彼が属していたジーン王国軍、ひいては王室政府に、となるでしょう?
     その話もまだ立っていない段階で、『もう一度友好関係を』と言う話をするのは到底、不可能です」
    「責任は必ず、ヒノカミ氏本人と彼の軍閥に取らせるつもりです」
    「つもり、では困ります。彼が央北で守りを固め、侵入不可能にしてしまった現在、どうやって彼と交渉、もしくは彼を拘束するおつもりですか?」
    「……きっと彼は、近い内に何らかの対外的行動を起こします。
     そうなればいつまでも、閉じこもっているわけには行きません。必ず、交渉ないし拘束のチャンスはあるはずです」
    「『きっと』や『はず』で話をされましてもなぁ……」
     紫明は苦い顔をするばかりで、トマスの説明にうなずこうとはしない。
     そこで、エルスがトマスを援護した。
    「いや、確かにそうした動きは既に出ているとのことです。
     詳しい意図は不明ですが、先日ヒノカミ氏は央中ネール公国の大公を招いたと言う情報もあります。支配圏を央北から伸ばそうとしている意志は、明確に現れています」
    「ふむ……」
    「それにシメイさん、央北との貿易網が潰れた現在、さらに北方との貿易も閉じてしまったら、黄商会としても、連合としても、かなり困ることになるんじゃないですか?」
    「確かに、それは言える。
     ……だがなぁ、それだけでは連合の人間を納得させられまい。やはり日上への責任をどうつけるか、が明確に説明できねば」
     エルスはしばらく考え込み、やがてこう提案した。
    「それなら、単に関係修復だけではなく、今後の侵略に備えて軍事的にも同盟を結ぶ、と言う名目ではどうでしょうか?
     ヒノカミ氏が支配圏を拡げるのなら、北方は勿論、央南にも手を伸ばしてくる可能性は0ではないでしょうから」
    「そう、か……?」
     まだ懐疑的な様子を見せる紫明に、エルスが畳み掛ける。
    「特に央南東部となると、我々の本拠であるコウカイからも、軍事拠点である紅蓮塞やテンゲンからも離れていますからね。
     それに攻撃を受けた場合、恐らく敵の進路は西大海洋から南中湾にかけて。北方からの海上支援がなければ、守るのは容易では無いでしょう。
     もし侵略が現実になれば、連合が大打撃を受けるのは間違いないでしょうし、それに備えて軍事同盟を結んでおくのは、悪い話では無いでしょう」
    「……なるほど、一理ある。それなら皆も納得するだろう」
     紫明は深くうなずき、トマスの要請を受諾した。



     紫明が同盟の話を受け、央南連合とジーン王国との同盟はほぼ現実的になった。
    「後は連合と王室政府とで協議を重ねて、実現に持っていくだけだ。……はぁ、一段落ってところかな」
    「おつかれさん」
     晴奈の帰郷に付いてきていたネロが、ネクタイを緩めつつ座布団に座り込むトマスを労った。
    「ありがとう。……はは、すっかり囲碁にはまったみたいだね」
    「うん。なかなか面白いよ、このゲーム」
     ネロの相手をしているのは、晴奈の実妹の明奈である。
    「……投了します」
     明奈は愕然とした顔で、敗北を宣言した。
    「ありがとうございました」
     それに合わせ、ネロがぺこりと頭を下げた。
     明奈は呆然とした顔のまま姉を手招きし、こしょこしょと耳打ちする。
    「お姉さま、この方ってもしかして、名のある棋士さんなの?」
    「いや、実は石を握って2ヶ月もない奴だ」
    「それは嘘でしょう、いくらなんでも。……でないとわたし、立つ瀬がありません。
     これでも黄海では囲碁四段、女流棋士になったと言うのに」
    「ほう……」
     妹のすねた顔を見て、晴奈は心の中の緊張がようやくほぐれた気がした。
    (……うん、私は本当に、弟妹たちが好きなんだな。こうして3年ぶりに明奈の顔を見たら、何だか穏やかな気持ちになれた。
     そう言えば元気にしているのかな、良太やフォルナ、シリンは)
    「あ、そうだ。お姉さま、お手紙がいくつか届いてますよ」
    「手紙?」
    「はい。……本当に色んなところを旅してらしたようで。
     青江からウエストポートまで、様々な消印がずらりと並んでますよ」
     そう言って明奈は席を立ち、封筒がたっぷり入った箱を抱えて戻ってきた。

    蒼天剣・帰郷録 2

    2010.01.24.[Edit]
    晴奈の話、第472話。北方と央南の関係修復。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「……ふむ。話は良く分かりました」 晴奈の仲介で、トマスと央南連合主席の紫明、そしてエルスの三人は、央南と北方との関係修復について討議を行っていた。「しかし私の一存だけでは、連合を動かすことはできません。 何しろ、こちらとしても日上騒乱のために、央北との交流をすべて絶たざるを得なかったのですからな。その被害たるや、あ...

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    晴奈の話、第473話。
    これまでと、これから。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「ほう……」「へぇ……」「あらあら」
     最も長いもので1年半ほども封を開けていない手紙の山を読み返しながら、晴奈と明奈、小鈴、そしてリストにジーナと言った女性陣は騒いでいた。
    「『黄さん、またウチの店に寄ってくださいねっ / 風虎亭主人 橘風木』、……兄さんったら!」
    「『コウ先生へ また遊びに来てくださいね 新しい弟のウィルはかわいいよ / トレノ・ウィアード』、……そうか、無事に産まれたのだな」
    「『セイナさんセイナさんセイナさんまた会いたいよ / 雨宮』、……きもっ」「それは焼き捨てておこう」「そーね」
     中には妙なものもあったが、そのほとんどは心温まるものばかりだった。
    「晴奈、アンタ本当にいい旅をしたわね。こんなに、みんなからの手紙が来るなんて。あたしもあっちこっち旅したけど、こんなに山みたいになったコトは無いわよ」
    「……ああ、そうだな」
     晴奈はふと、明奈とリストの顔をしげしげと見つめた。
    「……ん? どしたの、セイナ」
     リストにいぶかしがられ、晴奈は小さく首を振る。
    「あ、いや。……いや、何と言うか、随分成長したように見えたのでな」
    「何ソレ?」
     首を傾げたリストに笑みを返しつつ、晴奈はこう尋ねた。
    「そうだ、私がいない2年の間、何か変わったことはあったか?」
    「ん? うーん、そうね」
     リストはチラ、と明奈の顔を見る。
    「一番のニュースは、やっぱメイナが囲碁の先生になったコトね。
     セイナが央南を離れた直後なんだけど、戦勝記念ってコトで、コウ商会主催で囲碁のトーナメントが開かれたのよ。で、メイナがそれで結構いい成績だして、みんなから『いっそ棋士を目指したらどうだ?』みたいな話になってね」
    「それで試験を受けてみたら、合格してしまいまして。今は時々黄海を離れ、修行と普及のために央南各地で打っています」
    「へぇ……。明奈らしいと言えば、らしい話だな」
     続いて、リストが手を挙げる。
    「それで、アタシもちょこっとニュース。
     エルスが何だかんだで央南連合軍の最高司令官になっちゃったから、エルスが抗黒戦争の時に就いてた黄州自警軍のリーダーを、アタシが継ぐコトになったのよ。
     それで今、銃士隊を大規模編成して、今後の防衛に活かそうとしてるトコ」
    「それは大出世だな。……しかし、エルスに比べればあまり変わっている感じは無いな」
    「そりゃ、一地方の軍責任者と央南全土の軍事司令とじゃ、激務っぷりは全然違うわよ。
     ……そりゃ、痩せもするわ」
     そう言ったリストの顔は、少し寂しそうに見えた。
    「あんまり、会えなくなっちゃったし。心配なのよね」
    「ふむ……」
    「んじゃさ」
     横で聞いていた小鈴が、ニヤッと笑いかけた。
    「アンタの職、晴奈に任せてさ。エルスさんのトコについてったらどう?」
    「はぁ?」
     リストは小鈴をにらみ、きつめの口調で切り返す。
    「イヤよ、そんなの。折角アタシの本領が発揮できるって時に。もうちょい考えて物言いなさいよ」
    「あーら、考えたつもりだけど? 晴奈もこっちに復帰するってコトになったらさ、ソレくらいの椅子は用意してあげてもいいんじゃないかなー、って」
    「……うーん」
     小鈴の言い分を聞き、リストは腕を組んで考え込む。
    「確かに、セイナが側に付いてくれたら百人力だけど。
     でもソレ言ったら、アタシのトコよりもエルスの近くの方が、もっと活躍できんじゃないかな」
    「それもそーねぇ」
     二人はくるりと晴奈の方を向き、同時に尋ねた。
    「晴奈、アンタこれからどうすんの?」
    「……これ、から」
     その質問に、晴奈は黙り込んだ。
    (そうか……。そろそろ『これから』を考えていかねば)



     晴奈のこれまでの人生は、絶え間なく動き、流れ続けてきた。
     雪乃に憧れて剣士となり、紅蓮塞での騒ぎに巻き込まれ、抗黒戦争に参加し、それが落ち着いたと思ったらフーを追うことになり、その間に闘技場での活躍や、殺刹峰との戦いがあり、そして北方に渡ったところでようやく、この2年に渡る旅が終わりを告げた。
     13歳から27歳までのその半生はまさしく、「戦い続けた人生」だった。

     だが、これからはどうなるのだろうか?

     恐らく北方と央南・央中の交渉が終わり、フーと「ヘブン」に対する決着が付けば、恐らく平和が訪れる。そうなった時、彼女にはもう、戦う理由も、必要もなくなるのだ。
     晴奈はこれまでずっと目の前の事柄を追いかけ、戦ってきた。だがそう遠くない将来、晴奈の身の回りは平和になり、戦うことはなくなる。

    (む……?)
     そこまで考えたところで、不意に晴奈はどこか、ほっとしたような気持ちを覚えた。
    (何だろうか? この形容しにくい、穏やかな気持ちは……。
     長いこと歩き続けて、ようやく腰を落ち着けたような、この安心感は一体……?)
     27歳の晴奈は、目の前に現れたその感情に対し、そのまま考え込む。
     その答えは、出てこなかった。

    蒼天剣・帰郷録 3

    2010.01.25.[Edit]
    晴奈の話、第473話。これまでと、これから。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「ほう……」「へぇ……」「あらあら」 最も長いもので1年半ほども封を開けていない手紙の山を読み返しながら、晴奈と明奈、小鈴、そしてリストにジーナと言った女性陣は騒いでいた。「『黄さん、またウチの店に寄ってくださいねっ / 風虎亭主人 橘風木』、……兄さんったら!」「『コウ先生へ また遊びに来てくださいね 新しい弟のウィル...

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    晴奈の話、第474話。
    鉄の悪魔。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「それにしても、久しぶり……、だね」
     雑務が一段落したエルスは、トマスを自分の執務室に呼んだ。
    「そうだね。6年、いや、7年ぶりくらいかな」
    「僕が王国を出た時は、トマスは南海の大学にいたんだっけ」
    「ああ、うん。1年だけだけど。本国からの召還が無かったら、もうちょっといたかも」
    「召還されてからは、エドさんの跡を?」
    「そうなんだ。いやぁ、大変だったよ」
     それを聞いて、エルスは頭をポリポリとかく。
    「悪かった、本当に。僕とエドさんが亡命したりしなきゃ、もしかしたら大学教授になって、のんびりできたかも知れないのにね」
    「あ、いや、別に謝ることなんか。今の職も充実してるし、楽しいよ。……まあ、トラブルに巻き込まれることは多々あるけれど」
    「聞いたよ、フーに閉じ込められてたんだってね」
     エルスの笑顔が、寂しげな陰を帯び始めた。
    「……本当に、どうかしちゃったんだろうか、フーは。
     まさか君に危害を加えるなんて、想像もしなかった。それどころか、国を裏切って――もっとも、結果的には僕もそうなんだけど――央北を侵略するなんて。
     悪魔が憑いてるとしか思えないよ」
    「悪魔、……か。それはきっと、グレイ氏だろうな」
    「グレイ氏?」
    「うん。数年前から、フーの参謀を名乗って活動している人物だ。軍閥の形成にも、深く関わっていた。
     恐らく今回の『ヘブン』騒乱も、グレイ氏の指示によるものだろう」
    「何者なのかな……?」
    「さっぱり、分からない」
     エルスとトマスは、同時に肩をすくめた。



    「ん?」
     悩む晴奈を放って手紙を見ていた小鈴は、一通の封筒が見慣れたものであることに気が付いた。
    「コレ、朱海のトコからのじゃん」
    「アケミ? 誰じゃ?」
    「あたしの従姉妹の虎獣人。兄さんのトコと同じく、情報屋やってんの」
     小鈴は勝手に、晴奈宛の封筒を開く。
    「なになに……、『黄晴奈様へ A・グレイ氏の身辺調査結果を送付します』」



    「名前(公称):アラン・グレイ(Arran Glay)
     性別:男性の可能性高いが確認できず 年齢:不明 種族:不明 出身地:不明
     職歴:日上軍閥の参謀 それ以前の経歴は不明

     調べてみたけど、一言でまとめると『何が何だか』って感じだ。
     日上と会う以前に、こいつがどこで何をしてたかは、どこからもさっぱり出てこなかった。まるで突然、日上の目の前に現れたような感じだ。
     あちこちの筋に、手がかりになりそうなものを聞き込んでみたが、それもほぼ空振り。ただ、いっこだけ気にかかる情報があった。

    『Arr』――アルと呼ばれる、歴史に隠れた悪魔の伝説が、こいつの特徴といくつか符合した。
     その『アル』ってのは、フードと鉄仮面で体を覆い隠し、有能な若者を発掘しては『御子』と崇め奉って世界征服を行わせてたって言う、物騒な奴だったそうだ。
     その方面に詳しい学者やら何やらに問い合わせてみたら、アランがコイツである可能性は非常に高いんだそうだ。(まあ、本当かどうかは眉唾モノだけどな)
     もしアランが本当に『アル』って悪魔だとすると、相当手強い奴のはずだ。過去、克大火と戦ったことも何度かあるらしい。もっとも克と比べりゃ遥かに格下らしいが、それでも『悪魔』と呼ばれるだけはあって、並の奴が相手じゃすぐに殺されるだろうとも言っていた。

     アンタが並の剣士じゃないコトは十分分かってるが、それでも敵には回さない方がいい。真っ向から戦って、一回死にかけたんだろ?
     もしもう一度敵に回すつもりなら、真っ向から戦うよりも搦手(からめて)を考えた方がいいだろう」



    「……だってさ」
    「ふむ」
     朱海の手紙を読んだ晴奈は、かつてモールが言っていたことを思い出す。
    ――アランってのはね、正真正銘の悪魔なんだ――
    ――二天戦争の頃から、何度も何度も名前を変えて政治・戦争に干渉している――
    ――復活するのさ。何度殺しても、ね――
    (……モール殿の言っていた通りか。となると、確かに相手が悪すぎる)
     晴奈は思考をアランへの対策に切り替え、また悩み始めた。
    (日上を相手にする以上、奴と戦うのは必至。だが、どうすれば勝てるものか……。
     モール殿は奴のことを、鉄で身を固めた『鉄の悪魔』と呼んでいた。となると、生半可な刀では文字通り太刀打ちできぬだろう。
     少なくとも『大蛇』か、それ以上の刀がなければ……)
     晴奈はチラ、と壁にかけた刀――ちなみにこれは、楢崎の形見の刀である。殺刹峰でのフローラとの戦いの際、彼女が楢崎から奪ったものを奪い返し、そのまま使っていた――を見て、小さく首を振る。
    (いかに剣豪・楢崎殿の形見といえど、質は並の物。到底、アランには通らぬだろう。もう一度、ゴールドコーストの刀匠ミツオのところに行って、打ってもらうか?
     ……いや、その性能も甚だ怪しい。何しろフローラとの戦いで折れてしまったのだ。アランとの戦いは恐らく、それよりも苛烈なものになるだろう。とても、耐えてくれるとは……)
     と、悩む晴奈の視界の端に、まだ山盛りになっている手紙の中の、ある一通が映った。
     それを見た瞬間、晴奈に奇妙な直感が走った。
    (黒い封筒……、黒……、黒炎殿? そう言えば――刀を)
     晴奈は2年前の、大火との約束を思い出した。

    蒼天剣・帰郷録 4

    2010.01.26.[Edit]
    晴奈の話、第474話。鉄の悪魔。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「それにしても、久しぶり……、だね」 雑務が一段落したエルスは、トマスを自分の執務室に呼んだ。「そうだね。6年、いや、7年ぶりくらいかな」「僕が王国を出た時は、トマスは南海の大学にいたんだっけ」「ああ、うん。1年だけだけど。本国からの召還が無かったら、もうちょっといたかも」「召還されてからは、エドさんの跡を?」「そうなんだ。いや...

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    晴奈の話、第475話。
    真っ黒な手紙。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    ――クク……、いいとも。剣豪、黄晴奈の代名詞になるような逸品を約束しよう――
     2年前、518年のワルラス卿暗殺の直後。大火は確かに、晴奈へ刀を贈ると約束した。
    (そう言えば、どうなった……?)
     克大火は「契約の悪魔」とも呼ばれている。彼はどんなことがあろうと、一度交わした契約・約束を自分から破ることは無いからだ。
    (とは言え黒炎殿は、日上との戦いで討たれたと聞いている。流石の悪魔も、死んでしまってはその約束を、果たせはしないのではないか……?)
     晴奈は無意識に、手紙の山から覗いていた黒い封筒に手を伸ばしていた。
     その手紙に差出人の名前は無く、消印も押されていなかった。だがそのことが逆に、これを出したのが誰なのか、晴奈に理解させた。



    「刀が完成し、届けに向かったのだが、旅に出ていると伝え聞き、持ち帰った。
     俺も現在何かと立て込んだ身なので、二度も足を運ぶ暇は無い。だから、お前の方から取りに来い。
     同梱してある魔法陣を使い、納めてある場所に行け」



     晴奈は震える手で、明奈に魔法陣の描かれた便箋を差し出す。
    「頼めるか……?」
    「え、ええ。……」
     明奈は便箋を受け取り、呪文を唱え始める。が――。
    「……ぜー、ぜー」
    「ちょ、息切れって」
     呪文があまりにも長く、明奈がばてた。見かねた小鈴が便箋を受け取り、眺めてみる。
    「……ながっ」
    「ぜー、これ、ぜー、一体どこ、ぜー、なんでしょうか?」
    「普通のテレポートじゃないわね……。あたしも前にソレ系の魔法陣見たコトあったけど、相当ヘンテコなトコに飛ばす気ね、コレ。全部唱えようと思ったら、相当魔力がいるわよ。
     そりゃ、明奈ちゃんもバテちゃうって」
    「以前に黒炎殿と共に飛んだ際は、一瞬だったのだが」
    「そりゃ、克だし。……あたしが手伝っても、まだ足りないわよ」
    「……どうしたものか」
     晴奈はチラ、とリストの長い耳を見る。
    「無理無理、魔術分かんないし」
    「うーむ」
    「……ちと、いいかの?」
     ジーナがそっと手を挙げる。
    「わしもそれなりに魔術の心得はある。三人なら何とかなるか、と」
    「でもジーナ、この呪文見える?」
    「ちと、貸してくれ」
     ジーナは小鈴から便箋を受け取ろうと、手を伸ばす。が、見当違いの方向に手が伸び、晴奈の体をつかむ。
    「む?」
    「それは私の肩だ」
    「んふふ、はい、コレ……」
     小鈴が苦笑しながら、晴奈につかまったままのジーナに便箋を渡した。
     その瞬間――。

    「……ん? 空気が……、変わった?」
    「え……っ」
     晴奈とジーナは、見たことの無い場所に飛ばされていた。
    「どうしたんじゃ、セイナ?」
    「ど、どこだ……、ここは?」
     そこは霧の深い、どこかの湿原だった。背後には岩山がそびえ、容易に乗り越えることはできそうにない。
    「せ、セイナ?」
     ジーナが晴奈の服を強くつかみ、怯えた声を出す。
    「一体、どうなったんじゃ?」
    「どうも、あの魔法陣のせいらしい。どこか別の場所に飛ばされたようだ」
     深い霧のせいで、足元もぼやけて見える。
     晴奈はジーナの手をしっかりとつかみ、トントンと軽く肩を叩いた。
    「視界はひどく悪い。ともかく、どこかに落ち着ける場所を探そう。しっかりつかまっていろ」
    「う、うむ」
     と――遠くの方から、どん……、どん……、と、鈍く重々しい音が響いてくる。
    「……何だ?」
     音は次第に近付いてくる。晴奈は危険を察知し、ジーナの手を引いて走り出す。
    「ジーナ! 逃げるぞ!」
    「えっ? えっ?」
     突然飛び出した晴奈に引っ張られる形で、ジーナはヨタヨタと走り出した。

     その直後――晴奈とジーナが立っていた場所に、地響きを立てて巨大な岩の塊が飛び込んできた。
    「……侵入者……」
     続いてもう一個、いや、もう一体、岩の塊が飛んでくる。
    「……侵入者……形跡あり……」
     さらにもう一体。
    「……『F5』……防衛……」
    「……侵入者……排除……」
     岩の塊たちは、ゴトゴトと音を立ててその場を離れていった。

    蒼天剣・帰郷録 終

    蒼天剣・帰郷録 5

    2010.01.27.[Edit]
    晴奈の話、第475話。真っ黒な手紙。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.――クク……、いいとも。剣豪、黄晴奈の代名詞になるような逸品を約束しよう―― 2年前、518年のワルラス卿暗殺の直後。大火は確かに、晴奈へ刀を贈ると約束した。(そう言えば、どうなった……?) 克大火は「契約の悪魔」とも呼ばれている。彼はどんなことがあろうと、一度交わした契約・約束を自分から破ることは無いからだ。(とは言え黒炎殿は、...

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    晴奈の話、第476話。
    薄暗い霧の中で。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     霧深い、岩山の中。
    「……『F5』……防衛……」
    「……侵入者……排除……」
     岩の塊たちは、ゴトゴトと音を立ててその場を離れていった。
    「……何じゃ、今のは?」
     離れたところで様子を伺っていた晴奈とジーナが、そっと姿を現した。
    「分からぬ。……岩の塊が、しゃべっていたように見えたが」
    「岩の、塊?」
    「ああ。私の背丈の、3倍、4倍はあろうかと言う身の丈の岩が、何かをしゃべっていた。
     一体何だろうか、『F5』とは……?」



    「ど、ドコ行っちゃったの、セイナとジーナさんは!?」
     突然目の前から消えた晴奈たちに、リストは目を白黒させている。小鈴と明奈も同様に、慌てふためいている。
    「一体、何が……?」
    「もしかして、この魔法陣が原因?」
     小鈴は自分のかばんから魔術書と手帳を引っ張り出し、魔法陣を解析する。
    「……で……ココに魔力が集積されて……うん……やっぱり、コレは『テレポート』っぽい……、えっ? ……コレじゃ、……逆じゃん」
    「何か分かったんですか?」
    「やっぱり、基本は『テレポート』の魔法陣じゃないかな、と思うんだけど……」
     小鈴は頭を抱え、短くうなる。
    「あたしなんかじゃさっぱり分かんないくらい、無茶苦茶レベル高い術式で構成されてんのよ。晴奈たちがドコに行ったのか、全然分かんないわ……」
    「わたしにも何が、どう、書かれているのか」
     明奈もぺたりと猫耳を伏せ、困った顔をする。
    「あと、魔術の心得がある人と言えば……」
    「エルスも魔術使えるけど、……分かるかしら」
     と、その本人が騒ぎを聞きつけ、ひょいと顔を出した。
    「何か騒がしいけど、どうかしたの?」
    「あ、エルスさん」
     エルスの横には、トマスもいる。
    「あれ、セイナは?」
    「それが……」
     小鈴たちは晴奈とジーナが、大火から送られた手紙を手にした途端、目の前から消えてしまったことを説明した。
    「それじゃ、どこに行ったか分からないの?」
     トマスは驚いた顔で、残った黒い封筒を手に取る。
    「……大丈夫かな、セイナ」
     その表情からは、非常に不安がっている様子が見て取れる。それを見た小鈴は、ぷっと噴き出した。
    「ぷ、ふふ、んふふふ……」
    「ど、どうして笑うの?」
    「いや、……そーいやあたしたち、晴奈がドコ行ったのかってコトばっかり考えて、晴奈の身の心配してなかったって思って、んふふ……」
    「心配じゃないの?」
     信じられないと言う顔をしたトマスに、小鈴はぴらぴらと手を振って答える。
    「んー、そもそもそんなに心配するコトもないんじゃないかなーって。だって、晴奈だし」
    「まあ……、そうですね。お姉さまでしたら、大丈夫でしょうね」
    「そんな言い方……」
     トマスの顔がこわばったままなので、小鈴はやんわりと説明した。
    「ん、だってさ、あの子は何でもできる子だもん。あたしらの心配なんか、いらないって」
    「……」
     憮然とした顔で座り込んだトマスをよそに、エルスの方は、魔法陣が描かれた便箋を眺めている。
    「それで、これがその魔法陣?」
    「ええ」
    「僕にも詳しいことは良く分からないけど、相当高度な術式をふんだんに使ってる。流石、『黒い悪魔』が描いただけはある。
     興味が出てきたな、そのカツミが遺したと言う刀に」



     晴奈はジーナの手を引き、恐る恐る霧の中を進んでいた。
    (せめて刀があれば……)
     突然のことだったので、晴奈は刀を佩いていなかったし、ジーナも杖を置いてきてしまった。二人は心細い気分で、岩山の中を闇雲に歩いていた。
    「……出口は、あるんじゃろうか」
    「どうだろうな……」
     武器も補助具も無い、丸腰の二人にとってこの状況は、吹雪の中を歩くよりも厳しいものだった。
     そして運の悪いことに――。
    「……っ」
     霧の向こうから、あの岩の塊――ゴーレムがやってきた。
    「……動的物体……発見……」
     晴奈たちを正面に捉えたゴーレムは、ボソボソと何かをつぶやく。
    「動的、物体?」
    「わしらのことではないか?」
     晴奈とジーナが話している間にも、ゴーレムはボソボソと独り言を続ける。
    「データ照合……」
    「うっ……?」
     ゴーレムの胸の辺りがぱくりと開き、晴奈とジーナの顔に赤く、鋭い光が照射される。
    「何じゃ? 何かぼんやり、明るいものが……」
     晴奈には眩しく感じるこの光も、ジーナには蛍程度にしか感じていないらしい。
     その間に、ゴーレムは作業を終えたようだ。
    「……動的物体1……データ無し……2……データ無し……」
     ゴーレムの胸がぱたんと閉じ、続いて頭から筒のようなものが飛び出した。
    「侵入者……侵入者……」
     ゴーレムはワンワンと言う鈍い音を発し始める。どうやら、警笛か何かのようだ。
    「まずいぞ、これは……!」
     晴奈はジーナを背負い、その場から走り出した。

    蒼天剣・蒼天録 1

    2010.01.30.[Edit]
    晴奈の話、第476話。薄暗い霧の中で。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 霧深い、岩山の中。「……『F5』……防衛……」「……侵入者……排除……」 岩の塊たちは、ゴトゴトと音を立ててその場を離れていった。「……何じゃ、今のは?」 離れたところで様子を伺っていた晴奈とジーナが、そっと姿を現した。「分からぬ。……岩の塊が、しゃべっていたように見えたが」「岩の、塊?」「ああ。私の背丈の、3倍、4倍はあろうかと言う...

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