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黄輪雑貨本店 新館

蒼天剣 第9部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    晴奈の話、第575話。
    暴走轟風恋愛兎魔術師。

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    6.
     地下水脈を抜けた晴奈たち一行は、ひどく蒸し暑い場所に入っていた。
    「何だ、この暑さは……? 蒸気がどこかから、漏れ出ているのか?」
    「それだけじゃない。この煮えたぎる硫黄の臭い……、マグマだよ」
    「まぐま?」
    「超高熱の溶岩流のことさ。どうやら砦の下には、かなり地表に近いところにマグマ溜まりがあったらしい。……よくこんな場所に建てられたなぁ」
     エルスの言葉に、どこからか同意する声が返ってきた。
    「ホントよねぇ。道理で地震が多いと思ったわ」
    「……ドール」
     エルスの前に、ドールがちょこんと立ちはだかった。
    「久しぶり、リロイ。……元気そーね」
    「うん。君も変わらない」
    「変わったわ、色々。アタシじゃなく、アンタの方が。
     ちょっと痩せたし、服のセンスも違ってる。央南で出世したって聞いたし」
     ドールは一旦言葉を切り、チラ、と小鈴を見てこう続けた。
    「何より、ずっと笑うようになった」
     ドールの言葉に、エルス以外の全員が首をかしげた。
    「ずっと、笑うように……?」
    「いつも笑ってんじゃない」
     小鈴が口を挟んだ途端、エルスが困ったように笑った。
    「まあ、そうなんだけど。……彼女は、こうなる前の僕を知っているんだ。その……、昔」「昔、付き合ってたからね」
    「え……」
     それを聞いて、小鈴はエルスとドールを交互に見比べる。
    「心配しないで、コスズ。もうとっくの昔に、別れた」
    「そうね。……感情を表さなくなったアンタは、とっくに恋愛対象から外れてるわ。アタシは、感情的な子が大好きだもの」
     ドールは杖を構え、戦闘体勢を取る。
    「今この先に、ヒノカミ君が――今一番、アタシが大好きな子がいる。アンタはどうあれ、ヒノカミ君を倒そうとしている。それを止めもせず通すアタシじゃない。
     かかってきなさいよ、リロイ! ここは誰も、通させやしないわ!」
     ドールはそう言うなり、風の術を唱える。
     煮えたぎる洞窟内の空気が、轟々とうなり始めた。

    「……すっご。あんなちっちゃい体が、2倍、3倍になって見えるわ」
     息を呑む小鈴に、エルスは小さくうなずいた。
    「ああ。ドールは王国随一の、風の魔術師だった。僕が教わった風の術も、彼女からレクチャーを受けたものだ。単純な魔力勝負じゃ、ここで相手になるのはミラくらいしかいない」
    「え、えぇ? アタシでも無理ですよぅ……。アタシ一度もぉ、訓練でホーランド大尉さんに勝ったコトないんですからぁ」
     そうこうするうちに、ドールが攻撃してくる。
    「仲間内でくっちゃべってるヒマなんて、あると思うの!? 『ツイスター』!」
     洞窟内に、二条の竜巻が発生する。
    「まずい! コスズ、ミラ、防御!」
    「あ、はぁい!」「『ロックガード』!」
     小鈴たちが魔術を唱え、土の壁を築く。直後、発生した二つの竜巻は土の壁にぶつかり、ガリガリと削っていく。
    「……しかし、ミラが勝てなかったって言うのはきついなぁ」
    「そーね。基本、風の術は土の術に対して不利だって言うのに……」
     竜巻は土の壁を削りきったところで消滅する。
    「二人がかりの防御が、こんなあっさり消し飛ぶって」
    「相当の苦戦を強いられるな、これは……」
     また、ドールが風の術を放つ。
    「まだまだこれからよ! 五連『ハルバードウイング』!」
     五本の風の槍が、エルスたちに向かって伸びる。
    「もっかい防御!」「はいっ!」
     小鈴とミラ、二人がかりの土の術で防御に回るが、あっさり相殺される。
    「うーん、どうしようかな」
     小鈴たちが防いでくれている間に、エルスは思案する。
    (セイナ、……は相性が悪い。火の魔術剣と風の術だし。コスズとミラは、防御で精一杯だ。残るは僕とバリー、か。
     じゃ、挟むか)
    「バリー、ちょっと」
     エルスはバリーに耳打ちし、作戦を伝える。
    「はい、……はい、ええ」
    「頼んだ」
     伝え終わると同時に、エルスとバリーはドールに向かって走り出した。
    「来させないッ!」
     ドールはさらに、多くの槍を飛ばす。
    「うお、ッ……」
     飛んでいった槍は、エルスたち二人に向かって飛んで行く。だが、命中したのは一発。それも、バリーにだけだった。
    「……えっ!?」
     エルスの姿が、どこにも無い。
    「ど、ドコ!?」
     ドールは慌てて、風の術で防御する。
    「『サイクロンアーマー』!」
     分厚い空気の壁が、ドールを保護する。
    「……ちょっと、タイミングが遅かったか」
     ドールのすぐ背後に、エルスが立っていた。
    「でも、まあ。これはこれで」
    「どう言う意味……」
     ドールがエルスの方を振り向くとほぼ同時に、小鈴が術を発動する。
    「『ホールドピラー』!」「……ッ!」
     小鈴が発動させた術が、ドールの足元に石の柱を造る。途端に風の壁は、ゴロゴロと鈍い音を発し始めた。
    「く……」
     風の壁は柱と言う障害物にさえぎられ、四散する。
    「魔術師は基本、後方支援が主だからね。こうやって挟み撃ちされることには慣れてない。……前にも、気を付けてねって言ったじゃないか」
     エルスは優しくそう言って、するっとドールの背後に回り、首に腕を回した。
    「きゅ、っ」
    「ゆっくり眠っていて。君はあんまり、傷つけたくない」
     喉を絞められたドールは、一瞬のうちに気絶した。
    蒼天剣・獄下録 6
    »»  2010.06.11.
    晴奈の話、第576話。
    悪魔の所業。

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    7.
    「……」
     一人残されたハインツは、右手に握った短剣をじっと見ていた。
    「……」
     やがてすっと、右手を挙げる。
    「……御免!」
     ハインツは意を決し、短剣を己の胸に突き立てようとした。
     が――。
    「やめなさいよ、くだらない」
     短剣が真っ二つに折れる。
    「……な、何っ?」
    「アンタ、いつもいつも騎士道物語にあこがれ過ぎなのよ。たまにはヒロイックな考えから離れて、素面で生きてみなさいよ」
    「……お、お前は」
     目を丸くするハインツの横を、巴景と明奈が通り過ぎていった。

    「……なあ、リスト」
    「何よ」
     ぷいとそっぽを向くリストに、横になったままのルドルフは苦笑する。ちなみにリストが介抱し、銃創の手当てはされている。
    「そう邪険にすんなって。……お前、央南の職捨てて、こっちに来たんだってな」
    「そうよ」
    「多分、ヒノカミの御大は今日死ぬ。……そしたら、戦争も終わりだ」
    「そうね」
    「お前、この後どうすんだ?」
    「……さあ? とりあえず、友達のトコで働かせてもらおうかなって思ってるけど」
    「そっか。……俺、どうすっかなぁ」
    「勝手にすればいいじゃない」
     ツンツンとした態度のリストに、ルドルフは口をとがらせた。
    「もうちょい構ってくれよ、リスト。同じ銃士だろ?」
    「フン」
     と、カツカツと歩く音が聞こえてくる。
    「ん……?」「誰……?」
     リストとルドルフは同時に、音のする方に顔を向ける。
    「あら、ルドルフじゃない」
    「あ、無事だったんですね、リストさん!」
    「……とっ、トモちゃん!?」
    「メイナ!? 何でここに!?」
     リストに駆け寄ろうとする明奈の手を、巴景が引っ張った。
    「いたっ」
    「構ってる暇なんか無いわ。後にして」
    「……はい」
     巴景たちはそのまま、奥へと進んで行った。
    「何でここに……?」「さあ……?」
     リストとルドルフは顔を見合わせ、同時に首をかしげた。

    「……はっ」
     エルスに首を絞められ、気絶させられていたドールが目を覚ました。
    「負けちゃった、か。……オマケにこんな、気遣いまで」
     ドールの体には、エルスが着ていた上着がかけられていた。
    「あーぁ。……やっぱり今でも、ソコはいいオトコなのね」
     ドールは上着を抱きしめ、うなだれる。
    「久しぶりね、ドール」
    「ひゃっ!?」
     突然声をかけられ、ドールは慌てて顔を挙げた。
    「……あ、あら。トモエじゃない」
    「ふふっ。……ねえ見て、ドール」
     そう言って、巴景は仮面を取る。
    「……お化粧したのね。キレイじゃない」
    「ありがと。あなたにそう言ってもらえて、嬉しいわ」
     そう言って巴景はドールの前に屈み込み、口付けした。
    「むぐ……っ!?」
    「……じゃあ、ね」
     巴景はすっと立ち上がり、再び仮面をかぶる。
    「巴景さん、ずるいですよ。わたしには暇なんか無い、と言ったのに」
    「ゴメンね。あれだけはやっておきたかったの」
     そのまま、二人は奥へと進んで行った。
    「……あ、アハハ。ビックリしたぁ」
     残されたドールは顔を真っ赤にし、唇を押さえた。



     洞窟の最下層。
     地面のあちこちに穴が空いており、そこからは赤く輝くマグマが、ずっと底の方に覗いている。
    「もうそろそろ、来る頃か」
     アランのつぶやきに、座り込んでいたフーが立ち上がる。
    「アラン。そろそろ聞かせてくれ。これは一体、何なんだ?」
     フーは足元一面に彫られた、複雑な幾何学模様を指差す。
    「魔法陣だ。お前に見せたものと同じ、モンスターを造るものだ」
    「これを一体、誰に使うんだ? まさか、俺か?」
    「馬鹿な。お前がモンスターになれば、誰が王になる?」
    「じゃあ、誰に使うんだ? これから来るかも知れない、王国軍にか?」
     フーの問いに、アランは首を振る。
    「いいや。我々の頭上にあるものを、そっくりモンスターにするのだ」
    「頭上? ……まさか!?」
    「そう。ウインドフォート砦だ」
     アランの回答に、フーは立ち上がって叫ぶ。
    「何を馬鹿なことを! こんなでかいものを、そのままそっくりモンスターにするって言うのか!?」
    「ああ。ほとんど街の一区画に相当する、巨大なモンスターが誕生する。
     だが残念なことに、このままではモンスターに変化したとしても、活動するための『知能』がまるで足りない。恐らく蒙昧に動き回り、海に沈んでいくだけだ」
    「知能……?」
    「そこで優秀な頭脳自ら、こちらに赴いてもらうのだ。それを組み込むことで、最強最悪のモンスターは完成する」
    「優秀な? ……!」
     そこでフーに、一人の人物が思い当たった。
    「エルスさん……、を?」
    「そうだ。奴ならばこの洞窟への道を見つけ、なおかつ自ら乗り込んでくる。お前との因縁のためにな」
    「それ、で……、俺を選んだのか。いずれ、こうするために……っ」
    「あくまで戦術の一手に過ぎない。お前の側に、利用できる人間がいた。それだけの話だ」
    「……ふざけんな……」
     フーは剣を抜き、アランに向かって構えようとした。
    「そんなこと、俺がさせると思うのかよ」
    「私を倒す気か? やめておけ。お前では敵わない」
    「何だと?」
    「それに、だ。お前も分かっているはずだろう、私が死なぬことを。
     例え今、お前が私を倒したとしても、いずれは復活し、同じことをする。同じような仕掛けは、このウインドフォートだけではなく、他の場所にも造っている。
     果てなくいたちごっこを続けたいと言うのなら、やっても構わないが」
    「……くそっ!」
     フーは地面に膝を着き、悔しがった。
    「てめえ……、てめえ、てめえ! 何で俺を、こんなに苦しめるッ!
     何でこんな、悪魔のようなことばかりするんだ……ッ!」
    「……」
     アランはそれ以上何も言わず、じっとマグマを眺めていた。
     と――洞窟の上方から、足音が聞こえてきた。
    蒼天剣・獄下録 7
    »»  2010.06.12.
    晴奈の話、第577話。
    英雄たちの対決。

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    8.
     晴奈たちの眼下に、フーとアラン、そして巨大な魔法陣が見えてきた。
    「いたぞ……!」
     敵の姿を見つけ、一行は道を駆け下りる。
    「アラン・グレイ! 日上風! 覚悟しろッ!」
     座り込んでいたフーは、ゆらりと立ち上がる。
    「エルスさ……」
     何かを言いかけ、フーは途中で口を閉ざす。
    「……エルス・グラッド! 俺が、相手だ!」
    「フー」
     剣を構えたフーに、エルスは穏やかに声をかけた。
    「久しぶりだね」
    「だまれッ!」
    「何年ぶりだっけ。6年ぶり、かな? 随分、大きくなった」
    「子ども扱いするんじゃねえ!」
    「君はよくやった。誰も成しえない、できそうにも無いことを、次々やってのけた。本当に、英雄だよ」
    「……何が言いたいんだ」
     噛み合わない会話を、エルスはようやくやめた。
    「フー。今ならまだ、何とかしようがある。
     勿論、王国を裏切った罪は償わなきゃならないけど、それでも今は、一国の主だ。僕とトマス、それに央中と央南のバックアップがあれば、君の処分はいくらでも軽くできる。
     投降してくれないか?」
     エルスの言葉を受け、フーは目をそらす。
    「……俺だって……そうできたら……どんなにいいか……」
    「だったら……」
    「……でも、無理だ! 俺にはもう、退く道はないんだッ!」
     そう叫び、フーはエルスに襲い掛かった。
    「エルス!」
     助太刀しようとする晴奈たちの前に、アランが立ちはだかる。
    「お前たちは不要だ。ここで死ね」

     迫ってきたフーを、エルスは軽くいなす。振り下ろした剣を紙一重で避け、フーの後頭部をつかんでそのまま押し込んだ。
    「……ぐあッ!」
     勢いの付いたフーはどうにも動けず、そのまま地面につんのめる。
    「くそっ、このおぉ!」
     フーはくるりと立ち上がり、再び斬りかかる。ブン、ブンと音を立ててうなる剣を、エルスはひらひらとかわしていく。
    「はえ、え……!」
    「フー。君は勝てない」
     エルスは穏やかな笑顔のまま、避け続ける。
    「ふざけたこと……」
     フーは一歩退き、反動をつけて飛び上がった。
    「言ってんじゃねえええッ!」
     勢いよく振り下ろされた剣を、またエルスは避けようとした。
    「……っ」
     だが、エルスの額からぱたた……、と血がこぼれる。
    「……はは、危ない」
     エルスはポケットからバンダナを取り出して止血しつつ、後ろに下がった。
    「……退けよ」
     フーが剣を構え直し、声をかける。
    「退いてくれよ、もう……! この勝負、付けたくないんだよ」
    「僕だってそうさ。君を殺したくない」
    「だったら……!」
    「だけどこの後、どうなる? 君はこのまま、帰れると思うかい? 残ったのは君一人だ。こんな奥底に来て、そのまま戻れるはずがないだろう?」
    「……くっ」
    「僕に投降するしか、道は無い。それともここで何かして、突破するつもりだったのか?」
    「そう、……その、つもりだった。でも」
     口ごもるフーを見て、エルスは畳み掛ける。
    「何をするつもりだったの?」
    「……アンタが、ここに来ること。それこそが、アイツの……、アランの狙いだったんだ」
    「何だって? 僕が、狙い?」
     思いも寄らない話に、エルスはぎょっとした。

     襲い掛かるアランに、まずバリーが立ち向かう。
    「ふぬッ!」
     アランの顔面に、重たい拳がめり込――まない。
    「……う、ぐっ」
     バリーが顔をゆがめ、拳を引く。それを見たミラが、真っ青な顔で叫ぶ。
    「バリー!? 手が……!」
     バリーの拳から、ボタボタと血が垂れている。明らかに、拳の方が折れていた。
    「邪魔だ」「うぐぉ……っ」
     アランがバリーの胸倉をつかみ、右腕一本で投げ飛ばした。
    「この、っ……」
     続いて小鈴とミラが、同時に魔術をかける。
    「『ホールドピラー』!」「『グレイブファング』!」
     アランの四肢を石の柱がつかみ、さらに胸に向かって石の槍が飛んでいく。だが、石の槍はガリガリと削れた音を立てるばかりで、一向に突き刺さらない。
    「何で……っ!?」「う、うそでしょぉ……」
     小鈴たちが唖然としているうちに、アランが石の柱を破壊し、歩き出す。
    「それ以上動くな。うっとうしい」
    「ひ……」
     座り込む二人を尻目に、アランは晴奈に顔を向けた。
    「それで、残るは貴様か」
    「そうだ。ここで遭ったが百年目――今度こそ貴様を、討つ!」
    蒼天剣・獄下録 8
    »»  2010.06.13.
    晴奈の話、第578話。
    フーの刮目。

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    9.
     先に飛び出したのは晴奈の方だった。
    「りゃああッ!」
    「蒼天」に火を灯し、アランを斬り付ける。
    「愚かな……。私にそんなものは一切通用しないと、何故理解でき……」
     言いかけたところで、アランの言葉は中断させられた。
    「……っ、ナ、ニ?」
     晴奈の刀はゴリ、と音を立てて、アランがローブの下に着込んでいた甲冑を削った。完全に切れたわけではなかったが、それでもアランをうろたえさせるには十分だった。
    「バカ、ナ、……馬鹿な! ……くっ!」
     アランは身を翻し、晴奈との間合いを大きく取る。
    「どうだ、アラン! この黄晴奈は、お前を討つ力を持っている! 容赦はせんぞッ!」
    「まさか……、私の防御性能を超える、武器が? そんなものは……、最早あるはずが……」
     アランは混乱しているらしく、防御姿勢すら取れないでいる。そして、それを見逃す晴奈ではない。
    「はああッ!」「……!」
     晴奈は至近距離まで踏み込み、突きを繰り出す。がつっ、と金属板が破ける音とともに、アランの腹から背中に刀が通り抜けた。
    「ぐ、……が、ガガッ」
     アランは晴奈を引き剥がそうと手を伸ばしたが、それより早く晴奈は飛びのいた。
    「ガ、ガガガ、……ユ、ゆる、許さんぞ、貴様……!」
    「許さなくて結構! こちらも許す気、一切無し!」
     晴奈は構え直し、再度仕掛けようとした。
     だが――。
    「貴様ら如き肉の塊が、この私を壊せると思うな!」
     ドン、と重たく激しい音がアランから響く。恐るべき速さで、アランが頭から飛び込んできたのだ。
    「……っ!」
     飛んできたアランを、晴奈はとっさに身を引いてかわす。
     飛んで行ったアランは洞窟の壁にぶつかったが、そのままもう一度音を立てて跳び、何事も無かったかのように地面へと戻ってきた。
    「かわしたか。……うん?」
     アランの目に、何もせず立ち尽くすフーとエルスの姿が映る。
    「フー! 何をしている! さっさと倒せ!」
    「……っ」
     アランの言葉に、フーはビクッと震える。
    「聞かないでいい、フー!」
     エルスが抑えようとするが、フーはブルブルと震えながら、剣を構える。
    「……すまない……っ!」
    「フー……!」
     アランに促され、フーは再びエルスと戦い始めた。
    「やれやれ、愚図め。……戦闘再開だ」
     アランはそうつぶやいて、晴奈の方に向く。
    「『愚図め』、だと? お前は日上の従者では無いのか? 主君を公然とけなすなど……」
    「主君? ああ、建前上は確かにそうだ。
     だがあんなゴミ同然の者、私がいなければとっくの昔に首を吊っていた程度の、一人では何もできぬクズ。
     私が拾い、育ててやったのだ。尊敬も、敬愛も、するわけがない。むしろあっちの方から、感謝してもらうべきだ。
     だから非難したところで、あいつが怒る道理も正当性も無い」
    「下衆がッ!」
     晴奈は目の前の「鉄の悪魔」に吐き気を催しつつ、再度斬りかかった。

     エルスはフーの攻撃をかわしつつ、言葉を投げかける。
    「どうしたんだ、フー! 君は、そんな奴じゃ無かったはずだ!」
    「うるせえ……っ! 俺の、何を知ってるって言うんだ!」
    「何でも、さ! 好きな食べ物、馴染みの店、お気に入りの服のメーカーも! 何年、一緒に仕事してきた?」
    「たった2年ちょっとじゃねえか! それよりも多くの時間を、俺はアイツと、アランと過ごしてたんだ!
     アイツは俺の、何もかもを握っている! もうどうしようもないんだよ……ッ!」
     フーは怒鳴りながら、エルスの胸を狙って突きを放つ。
    「すべてを握ってる、だって……? 馬鹿なことを、言うなッ!」
     エルスは剣を紙一重で避け、それを握るフーの手首を引っ張りながら、あごに掌底を当てた。
    「ぐあ……っ!」
    「思い出せ、フー! 君は元々、自分に自信を持って生きてきたはずだ! 他人に左右されず、間違ってると思ったら上司だってぶっ飛ばした、誇り高い男だったはずだろう!?」
    「……!」
     掌底をまともに喰らい、倒れこむフーの脳裏に、エルスとともに初仕事を終えた時の記憶が蘇ってきた。



    「いやぁ、風が気持ちいいねぇ」
    「そうっスねぇ」
     513年、海賊退治の直後。誘拐された人々を港へ送り返すその途上、船の上で、エルスはフーと話をしていた。
    「……えっと、こんな風に言っちゃうとさ、気を悪くしちゃうかも知れないけど」
    「なんスか?」
    「君、素直だよね」
    「へっ?」
     エルスの言葉に、フーはきょとんとする。
    「いや、そんなことないっスって」
    「なんかさ、今こうして見てると、そう思うんだよ」
    「いやいや、素直な奴だったら上官にパンチ喰らわせたりしないっスよ」
    「あ、それなんだけどさ」
     エルスは小声で、フーに耳打ちする。
    「あの時の教官、カルノフ中尉だったってね?」
    「え、知ってるんスか?」
    「うん。僕の2つ先輩。……でもさー、はっきり言ってヤな奴だよね」
     そう言ってニヤ、と笑うエルスに、フーも笑い出した。
    「……ふ、あはは、そう、そうなんスよねっ」
    「だろ? ネチネチ人をけなす奴だし、そりゃ殴りたくもなる。……でさ、何て言われたの?」
    「……まあ、その。ばーちゃん、バカにされたんスよ。ばーちゃん、ちょっとボケ入っちゃってて」
    「なるほど。そりゃ、中尉の方が悪い。もう2、3発殴ってもいいくらいだ」
     エルスは小さくうんうんとうなずき、こう続ける。
    「君はいい奴だ。自分の家族を、大事に思ってる。そしてそれを傷つけられたら、果敢に立ち向かう。……君は大事なもののために敢然と戦える、誇り高い子だね」
    「……どもっス」
     べた褒めされたフーは、顔を赤くした。



    「……誇り、高い」
    「そうだ! 少なくとも他人の言いなりになるような、浅い男じゃ無かったはずだ!
     立て、フー! 本当の君は、日上風は、こんな時どうする!?」
    「……っ」
     フーは剣を杖にして、ヨロヨロと立ち上がった。
    「エルス、……さん」
     よろめき、エルスに支えられながらも、フーははっきりとした口調で答えた。
    「目が、醒めました」
    蒼天剣・獄下録 9
    »»  2010.06.14.
    晴奈の話、第579話。
    囲まれた鉄の悪魔。

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    10.
     晴奈とアランの対決は、依然決着していなかった。
    「うりゃあッ!」
     晴奈の「蒼天」が、何度もアランの体を捉える。だが、多少削れるところまでは行くのだが、貫き、切り落とすまでには至らない。
     致命傷と思われた二太刀目も、さして影響を与えていないようだった。
    「どうした、最初の威勢は!」
     さらにアランは、かつて晴奈が殺刹峰で戦った強敵、フローラ以上の跳躍力と瞬発力を発し、まるで弾丸のように晴奈へ飛び掛ってくる。
     猫獣人の感覚の鋭さをもってしても、アランと立ち向かうのは容易ではなかった。
    「動きが、捉えられない……!」
     かわしざま、すれちがいざまに斬り付けはするが、とても決定打を与えられる状況ではない。
     持久力に自信のある晴奈も息が切れ始めており、このまま対峙すればジリ貧になるのは明らかだった。

     と、またアランが飛び掛ったその時だった。
    「『ワールウインド』、吹き飛べッ!」
     突然の強風にあおられ、アランの体勢が崩れる。
    「う……っ!?」
    「アラン・グレイ! 僕たちも相手になるぞ!」
     フーと戦っていたはずのエルスが、魔術を放ったのだ。
    「何……!? フー、何故そいつを殺さない!」
     晴奈の位置から大きくずれた場所に着地したアランは、エルスの横に立つフーに怒鳴った。だが、フーは首を大きく横に振り、こう言い返した。
    「もううんざりだ、って言っただろう、アラン! お前の命令なんざ、二度と聞かねえッ!」
    「この……、馬鹿がッ!」
     アランは脚をガキン、と鳴らす。その聞き覚えのある金属音に、晴奈はアランの正体に勘付いた。
    (この音……、フローラも同じ音を発し、とんでもない威力の掌底や蹴りを放ってきた。
     とすれば、奴もまさか……?)
    「もういい! 私が、殺してやる!」
     アランは地面をドゴ、と音が響くほどに蹴り、エルスに向かって突っ込んできた。
    「はいやッ!」
     エルスは飛んできたアランの肩を両掌で受け止め、後ろに引きながらぐるりと体を回転させつつ、膝蹴りを放った。
    「ゴ……ッ!?」
     アランは飛んできた時以上の速度で、横にガタガタと転がっていく。
     マグマの蒸気が昇る縦穴に落ちる寸前でようやく体勢を立て直し、信じられないと言いたげな声を漏らした。
    「ナ……、ナに、ヲ、しタ!?」
     アランの発声がおかしくなってくる。エルスの一撃は、相当のダメージを与えたらしい。
    「『合気』って体術の一種だよ。相手の力に自分の力を上乗せして、相手に叩き返すのさ」
    「ガ、ガピ……ッ、どイ、つ、モ、こいツも……!」
     アランの声が、段々と金気を帯びてとがってくる。
    「私ニ逆ラウと、ドウなルか……ッ!」
     アランは両肩をガキンと鳴らし、再びエルスに向かって飛んでいく。だが、エルスに両掌をぶつける直前で、フーが正面から突っ込んできた。
    「どうなるってんだ、このクソ野郎ッ!」「ゴ……、バ、ッ」
     フーの構えた「バニッシャー」が深々とアランの胴に刺さり、そのまま右へと抜ける。アランは体勢を崩し、またガタガタと転げ回った。
    「ガッ、ピー、ピガッ、……ガ、がアアああッ!」
     なお諦めず、アランは飛びかかる。
    「せいッ!」
     だがこれもエルスは受け流し、より強い力で投げ飛ばす。
    「グゴ、コ……ッ」
     三度地面につんのめり、アランの声は完全な金切り声へと変わった。
    「ガ、ガガ、ガ……、オ前ラ、ヨクモコノ私ヲッ!」
     ボロボロになったアランのフードが、はらりと落ちる。今まで半ば隠されていたアランの鉄仮面が、後頭部まであらわになった。
    「全身に、鋼鉄の甲冑を……!」
    「道理で……、どこを斬っても金属音が鳴るわけか」
     アランの目が鉄仮面の奥で、爛々と光る。
    「ガ、ガガッ、ガガピッ……」
     何かを怒鳴ったようだが、ほとんど金属をこすり合わせたような音にしか聞こえない。
    「……流石に、手が痛くなってきたな」
     エルスはのんきそうに振舞っているが、その両手は青黒く変色し、出血している。受け流してはいたものの、アランからのダメージを消しきれなかったらしい。
    「ハァ、ハァ……、くっ」
     フーの顔色も悪い。
    「全力で斬ったってのに、……なんでてめえ、倒れねえんだよ! これじゃ、まるで、あいつみたいな、……あああ……クソがっ……」
    「……悪魔め」
     晴奈の息は整ってきてはいたが、決め手を欠くこの状況に、足が踏み出せずにいた。
    (どうすれば、奴を倒せる……? どうすれば、この悪魔を討つことができる……!?)
     晴奈は依然、目の前に立ち続ける「鉄の悪魔」の姿に舌打ちするしかなかった。

     その時だった。
    「あら、もう始めちゃってるの? ずるいわね、私も一枚噛ませなさいよ」
     晴奈たちの頭上から、声が降りてきた。
    蒼天剣・獄下録 10
    »»  2010.06.15.
    晴奈の話、第580話。
    朱雀降臨。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    11.
    「巴景……」
     頭上を見上げた晴奈の目に、仮面の女剣士の姿が映った。
    「久しぶりね、晴奈。随分強くなったみたいじゃない」
    「遅かったな」
     晴奈は巴景が現れたことに、驚いてはいなかった。何故だか、きっと来るだろうなと言う直感があったからだ。
    「あら、まだまだこれから、ってところでしょう?
     私もそいつには借りがあるのよ。私にも相手、させなさいよ」
     そう言って巴景はひょいと飛び降り、晴奈の横に、すとんと静かに着地した。
    「アラン、また会えたわね」
    「ギ、ガッ……、トモエ・ホウドウ、カ。オ前モマタ、私ニ牙ヲ剥クツモリカ?」
    「なに、そのキーキー声? まるで壊れたラッパね」
     悪魔然としたアランを前に、巴景は居丈高に振舞う。
    「ちゃっちゃと終わらせましょ。……『地断』!」
     巴景は居合い抜きの形で「ファイナル・ビュート」を抜き払う。音速の刃がアランに向かって伸び、弾き飛ばす。
    「グ、オ、ガガッ……」
    「……あら?」
     だが、アランは倒れない。1メートルほどは押されたものの、ダメージを受けたようには見えない。
    「無駄ダ……! コンナ風、痛クモカユクモ無イ」
    「……ふうん。相性の問題かしら。じゃ、折角の新技も効きそうに無いわね。どっちも風属性だし」
     腕を組んでアランを眺めていた巴景は、チラ、と晴奈を見る。
    「……癪だけど、まあ、いいわ。
     晴奈、私に協力しなさい。あいつ、さっさと倒したいでしょ?」
    「何?」
     この提案に、晴奈は面食らった。
    「するの? しないの? どっち?」
     巴景は苛立たしげに、もう一度尋ねてくる。
    「……分かった。一太刀だけだぞ」
    「ええ、それで十分よ」
     巴景はうなずき、右手を「人鬼」で炎に変えた。
    「なっ……?」
    「晴奈、『炎剣舞』を出しなさい。私がそれに技を加えて、威力を倍加させるわ」
     赤く煌く巴景の右腕に面食らうが、晴奈は応じた。
    「……よし。行くぞ、巴景!」
    「いいわよ!」
     晴奈はぐる、と回りながら、「蒼天」に火を灯す。ほぼ同時に、巴景は両腕を炎に換えて「ビュート」を握りしめた。
    「ヌッ……!?」
     アランが警戒し、両腕を交差させて防御姿勢を取る。だが二人は構わず、さらに強い魔力を自分たちの技に込める。
    「はああああッ!」「今よ、晴奈ッ!」
     晴奈の炎と、巴景の炎が渾然一体となる。
     その瞬間、洞窟の中には大きく、真っ赤な塊が浮かび上がった。
     それはまるで、一羽の怪鳥のようだった。
    「『炎剣舞』ッ!」「『人鬼・天衝』!」
     二人の手を離れ、朱雀の如く飛んでいった炎の塊は、アランの体を易々と貫いた。
    「グ、……ガ、ガアア、アアアアッ!?」
     貫かれたアランは甲冑のいたるところから粉のような火を噴き出させ、バン、とけたたましい音を立てて爆ぜた。



     炎を収め、元の姿に戻った巴景が晴奈の横に立ち、つぶやいた。
    「終わり、ね」
     爆発によりひび割れた魔法陣のほぼ中央に、飛散したアランの体の「破片」と、まだ胸から上を辛うじて残す、アランがいた。
    「え……?」
     いつの間にか追いついていた明奈が、驚いた声をあげた。
    「あの、破片」
    「ええ。……歯車、バネ、後、なんか色々」
    「機械の、……部品です、よねぇ?」
     飛散したアランの破片は、どう見ても人工物の塊だった。
    「人形、だったのか」
    「やはり……、か。半人半人形どころではない、完全な人形」
    「自律人形、って奴か」
     一同は恐る恐る、アランの側へと近付く。
    「ガ、ガガッ、ピッ」
     アランの頭部は、なお音を立てている。
    「……ガ、ガ、……愚カナ、者ドモメ。私ハ、何度殺サレヨウト、死ナヌ。イツカマタ、完全ナル、姿デ、復活スルノダ」
    「……だから、カツミと相討ちになった後、平然と現れたのか」
     正体を現した自分の側近を見下ろし、フーは歯軋りした。
    「お前はまた……、現れる」
    「ソウダ、……ガ、ガガ、……ドレダケ私ヲ殺ソウト、私ハオ前ノトコロニ戻ッテクル」
    「そしてまた、多くの人間を犠牲にして俺を王にしようとするのか」
    「ガ、ガピュ、……ピュルル」
     半ば鉄クズとなったアランを前に、フーは黙り込んだ。
    「……」
     少し間を置いて、フーはエルスに向き直った。
    「……エルスさん。こいつを二度と復活させない、いや、復活してもどうにもならなくする方法があります」
    「えっ……?」
     意を決した表情のフーを見て、聡明なエルスは彼が何を言おうとしているのかを察した。
    蒼天剣・獄下録 11
    »»  2010.06.16.
    晴奈の話、第581話。
    悪夢の終わり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    12.
     エルスの笑顔が消える。
    「……ダメだ、フー! そんなことは……!」
    「他に方法は、無いんです」
     フーは諦めたような表情を浮かべ、首を振った。
    「コイツは何が何でも、俺を王にしようとする。そしてそのために、多くの人が死んでいく。俺はもう、それに耐えられないんです」
    「だからって……!」
     フーは依然、首を横に振りながら、身に付けていた防具、「ガーディアン」一式を脱ぎ出す。
    「頼みがあります」
    「フー! ダメだ!」
    「俺の国、『ヘブン』ができる限り、この先も残っていくよう、協力をお願いします。
     それから、『ヘブン』で俺を待っているランニャにこの防具を返して、『長い間、ありがとう』と言伝してください。
     あと、俺がここまで連れてきた側近たちも、処分しないでもらえるよう、お願いします」
    「フー……!」
     フーは「バニッシャー」を地面に突き立て、言葉を続ける。
    「最後に、この『バニッシャー』。元の持ち主が誰なのか、転々としすぎて分かんなくなりましたけど、……黒炎教団に返すのが、一番かなと思います。彼らに、返してやってください」
    「……ダメだ……!」
     エルスは一歩、フーに歩み寄ろうとした。
    「来ないでください!」
    「……っ」
    「これは、決めたことです。……すべての償いと、未来に禍根を残さないために、俺がその罪を全部被ります」
    「……」
     エルスはそれ以上、何も言えなかった。
     フーは残っていたアランの頭部をつかみ、声をかける。
    「アラン。これでもう、お前の企みはお仕舞いだ」
    「ガガ……、ナニヲスルキダ……!?」
    「俺がいる限り、お前は復活して世界を混乱させる」
    「マサカ……、待テ、早マルナ!」
    「お前の言うことなんか、誰が聞くか」
     フーはアランをつかんだまま、マグマが沸き立つ縦穴へと歩いていく。
    「ヨセ……、ヨセッ!」
    「……」
    「ヤメロ、今マデ私ガ積ミ上ゲテキタコトヲ、無駄ニスル気カ!?」
    「お前は結局、自分のためだけに、俺を王に仕立て上げた。お前なんかが一人得をするために、俺たちは生きてきたんじゃねえ」
    「ヤメロオオオオオオオッ!」
     アランはわめくが、フーは構わず縦穴のすぐ前まで足を進めた。
     そこで立ち止まり、振り返る。
    「……エルスさん」
     フーはエルスに向かって、涙を流しながら敬礼した。
    「最後まで、ありがとうございました」
     フーは敬礼したまま、ポンと後ろに飛んだ。

     縦穴の底へ消えたフーを、エルスは呆然とした顔で見送っていた。
     その表情は、そこにいた皆が、今まで見たことのないものだった。
    「……終わった」
     やがて、エルスが口を開いた。
    「何もかもが、終わった。
     戦争は、終わりだ。
     悪魔ももう、現れない。現れてももう、何もできない。
     アラン・グレイの企みはすべて、水泡に帰したんだ」
     エルスは静かに、フーの遺した「バニッシャー」と「ガーディアン」の側に座り込んだ。
    「……何と言えばいいか分からない。
     ありがとうと言うには、身勝手すぎる。すまないと言うには、あまりに何もできなかった。
     ……でも、……ごめん、……ありがとう」



     1時間後、ほぼ夜が明けようかと言う時刻になって、晴奈たちは地上に戻ってきた。
     うつむきがちに兵士たちと話すエルスを置いて、晴奈と巴景は街の外まで出る。その後ろには、明奈が付いてきていた。
    「いよいよ、この時が来たわね」
    「ああ」
     晴奈と巴景は、互いに距離を取って向かい合う。
    「決着を付けるぞ」

    蒼天剣・獄下録 終
    蒼天剣・獄下録 12
    »»  2010.06.17.
    晴奈の話、第582話。
    晴奈と巴景、三度目の戦い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     朝の光がうっすらと、北方大陸の高い山々の端から漏れている。だが晴奈と巴景、両者の周囲はまだ薄暗い。
     その中で、二人は対峙していた。
    「晴奈。あなたの妹さんには、感謝しているわ」
    「明奈に……?」
     晴奈は付いてきた明奈をチラ、と見る。
    「何かしたのか、あいつに?」
    「え? えっと、あの、……お化粧を、教えただけですけど」
    「化粧?」
     もう一度、晴奈は巴景に目をやる。
    「……!」
     いつの間にか巴景は仮面を外しており、そこには化粧で傷を薄めた顔があった。
    「こう言うことよ。アンタに付けられた傷は、目立たなくなった。仮面を外しても、大手を振って歩ける顔になったわ。
     そうなってくると不思議ね。アンタに対する恨みは、淡くなった。もう前ほど、アンタを殺してやろうなんて思ってないの。
     でも分かるでしょ、晴奈? それと『これ』とは、別の話だって」
    「ああ。これはあくまで、私とお前、どちらが剣士として上か。それがすべてだ」
     話は一段落したが、どちらもまだ武器を構えない。
    「ねえ晴奈」
     と、さらに巴景が話を続ける。
    「何だ?」
    「私、賭けをしたの」
    「賭け?」
     巴景は明奈を指差し、悪辣に笑う。
    「私が勝ったら明奈をもらう、ってね」
    「何だと!?」
     驚く晴奈に、明奈が一言加える。
    「その代わり、お姉さまが勝ったら巴景さんに、お姉さまのことを姉と呼ぶよう要求しましたよ」
    「……剣呑な賭けをしたものだな」
    「私だって嫌よ。だから絶対、勝つつもりよ」
    「……そうか」
     そこでようやく、巴景が剣を抜いた。菫色に輝く「ファイナル・ビュート」が、巴景の姿をほんのりと照らす。
    「勝負よ、晴奈」
    「ああ」
     晴奈も刀を抜く。「晴空刀 蒼天」が、こちらは蒼色に、晴奈を照らした。
    「行くぞ、巴景ッ!」

     両者とも、初太刀は火も風も無い、そのままの刃だった。
    「く、っ」「ぬ、ぅ」
     一瞬鍔迫り合いになったが、晴奈が飛びのく。
    「力は……、お前の方が上か」「みたいね」
     続いて二人は、己が磨き上げてきた剣術でぶつかり合う。
    「『火射』!」「『地断』!」
     二条の剣閃が、尾を引いて飛んで行く。一方は地面を焦がし、もう一方は地面を割って、丁度中間でぶつかり合った。
    「……っ」
    「地断」が「火射」とぶつかった瞬間に弾かれ、四散するのを見て、巴景が息を呑む。
    「魔力の方は、アンタが上のようね。でもこれはどう!?」
     巴景は新たに編み出した技を、晴奈に仕掛けた。
    「『天衝』ッ!」
     風の魔術剣を乗せて繰り出された突きが、猛烈な渦を巻く。
    「な……っ!?」
     晴奈は直感的に、この攻撃が恐ろしい威力を秘めていることを感じ取った。
    「……まずい!」
     晴奈は「蒼天」を構え直し、飛んでくる衝撃を受けた。
    「お、お……っ」
     重たい一撃に、晴奈の体が浮く。だが、それでも「蒼天」は受け切り、晴奈を護った。
    「『地断』の一点集中、か」
    「そうよ。……相当な名刀のようね。まさか私の全力攻撃を受けて、折れも曲がりもしないなんて」
    「ああ。この『晴空刀 蒼天』は、世界最高の一振り。黒炎殿、克大火から賜った逸品だ」
    「克の? ……ああ、もったいないことをしたかな」
    「うん?」
     巴景はぺろ、と舌を出す。
    「日上と一緒に克を倒した時、奴の持ってた刀を墓標代わりに差して、置いてきちゃったのよ。アンタと戦うならそれくらいの業物、用意しておけば良かったわ」
    「お前が、黒炎殿を倒したのか」
     これを聞いた晴奈は、顔をしかめた。
    「あら? アンタ、焔流のくせに克びいきなの? そうよね、刀をもらうくらいだものね。
     ま、いいわ。今この時、どこが何を嫌ってたりとか、誰が何を信奉したりとか、関係ないわ。ここにはあなたと私だけだもの」
    「そうだ。そんな話は、終わってからいくらでも語ればいい」
    「ええ。……さあ、仕切り直しよ! 行くわよ、晴奈!」
    蒼天剣・曙光録 1
    »»  2010.06.19.
    晴奈の話、第583話。
    見えない技(invisible)と触れない技(invincible)。

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    2.
     晴奈と巴景の勝負は、平行線を辿った。
     風の術に劣後するはずの火の魔術剣は、巴景の放つ風の魔術剣と十二分に対抗できていた。巴景の方も、強化術で筋力を増強させ、鍔迫り合いになれば晴奈をあっさり弾くことができた。
     魔力では晴奈に、筋力では巴景に分があり、それが一進一退の状況を作っていた。

    「ふーっ、ふーっ……」
    「ハァ、ハァ……」
     暦の上では春に差し掛かったとは言え、北方の空気はまだ寒々しい。晴奈も、巴景も、己のかいた汗が湯気となって、周りを白く染めている。
    「……なかなか、しぶといわね。やっぱり、これを使わなきゃ決着しそうに無いか」
    「何を使う気だ?」
    「これよ」
     そう言って、巴景は両腕を火に変えた。
    「先程アランを倒した際に使った、あの妖術か」
    「そう。自分の体を魔術に換える、私の奥義。名付けて、『人鬼』」
    「奥義、か。ならば私も、奥義で対抗させてもらう」
    「『炎剣舞』ね」
    「いいや」
     晴奈は深呼吸し、不敵に笑っているような、それでいて、覚悟を決めたような目で、巴景を見据えた。
    「それを超えるもの。誰にも捉えられぬ、不可視の秘剣。名付けて、『星剣舞』」
     次の瞬間、晴奈の姿が巴景の目の前から消えた。
    「……ッ!」
     巴景は周囲に気を巡らせ、晴奈の気配を探る。
    「……いない……? いいえ、いるはず」
     巴景は自分の体を風に変え、晴奈の攻撃に備えた。
    「……う、っ」
     風になった自分の体を、鋭いものがすり抜ける。実体が無いので斬られはしなかったが、相手の姿が確認できないまま攻撃を受けたことに、巴景は戦慄した。
    「どこ……?」
     立て続けに何度か刀が通り抜けていくが、依然ダメージは無い。とは言え、巴景の方も相手の姿が見えなくては、攻撃のしようが無い。
    「……っ、時間切れ、か」
     巴景の集中が乱れ、「人鬼」が解除される。と、晴奈の方も根負けしたらしく、姿を表した。
    「……奇怪な術だ」
    「それはこっちの台詞よ。一体今まで、どこにいたの?」
     互いの切り札を出しつくし、両者とも打つ手を失う。
     そのまま二人は、じっと互いに相手をにらみ続けた。
     と、晴奈が口を開く。
    「……巴景」
    「何?」
    「決着が、付かぬな」
     その言葉に、巴景は一瞬間を置いて笑い出した。
    「……クス、アハハ、そう、そうね。全然付きやしない」
    「……はは、くく、くふふふっ、まったくだ」
     晴奈も笑い出した。
    「互いの奥義を繰り出してなお、どうにもならぬ。この勝負、決着は永遠に付かぬよ」
    「癪だけど、その通りね。後何回、『人鬼』と『星剣舞』を仕掛け合っても、多分どうもならないでしょうね。
     ……いいわ。明奈は諦めた。その代わり、アンタのことなんか絶対、姉さんなんて呼ばないわよ。
     この勝負、引き分けよ」
    「そうだな」
     二人とも、笑いながら刀と剣を納めた。
     と、ようやく山の稜線から朝日が姿を表す。曙(あけぼの)の光が、二人の顔を照らした。
    「次こそ、決着を付けてあげるわ」
     巴景はニヤリと笑い、そう告げた。
    「次、か。……巴景、済まぬが私は」
    「何? 結婚でもするの?」
    「……そうなるかも知れない」
    「あら、そう。……へー。
     ま、それでもあなた、刀を置かないでしょう?」
    「ああ、そのつもりだ」
    「じゃあ、いいじゃない。また、仕合いましょう?」
     晴奈ははにかみ、うなずいた。
    「……ああ。また、いつか」
    「いつか、ね」
     巴景は最後に、明奈にパチ、とウインクしてその場を去った。

     戦いが終わったところで、明奈が恐る恐る晴奈に近寄ってきた。
    「お姉さま」
    「明奈。……どうして、とは聞かない。大体の事情は、何となく、分かったつもりだ。
     ありがとう」
    「いいえ、どういたしまして。ところで」
     明奈はいたずらっぽく笑い、晴奈に尋ねた。
    「お相手、どなたなの? と言っても、わたしも何となく、察しは付いておりますけれども、ね」
    「……うぅ」
     晴奈は顔を赤くし、うつむいた。
    蒼天剣・曙光録 2
    »»  2010.06.20.
    晴奈の話、第584話。
    告白の返事。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     翌日、山間部・ジーン王国首都、フェルタイル。
    「明日、リロイと国王陛下、それからゴールドマン総帥、コウ主席とが、声明を発表する。フーが死亡したことについての。
     それで戦争は終わる。君主を失った『ヘブン』は恐らく、崩壊するだろう」
    「そう、か」
     トマスから話を聞き、晴奈は納得の行かなそうな顔を見せた。
    「日上の願いは、叶いそうもないか」
    「難しいところだね。
     拘束した側近たちとフーの装備は釈放、送還できるだろうけど、『ヘブン』への賠償請求は避けられそうにないし、それを払う払わないで『ヘブン』国内はもめる。それで多分、内部分裂を起こし、崩壊するだろう。
     それは僕らには、どうすることもできない話だ」
    「そうか……」
     トマスは晴奈の沈んだ様子を見て、不安げに尋ねる。
    「そんなに、フーに思い入れが?」
    「いや、そうじゃない。自らの犠牲と引き換えにした条件が、そんなに無下に扱われるなんて、と思ったんだ」
    「……そうだね。このまま彼の国が消えたりしたら、フーは一体何のために生きてきたのか分からなくなる」
     トマスは眼鏡を外し、机の上で指を組んでうつむく。
    「僕も個人的には、フーの願いを叶えたいところだけどね」
     それを聞いて、今度は晴奈が肩をすくめる。
    「痛めつけられて投獄されたと言うのに、日上の肩を持つのか?」
    「あれはきっと、グレイ氏の指示だったんだよ。
     いや、これまでのすべては、グレイ氏が元凶だったんだ。フーが超人になったのも、フーが戦争に参加したことも、中央政府が消えたのも、……この一連の、戦争も。
     もしグレイ氏がいなかったら、フーは、……いや」
     トマスは頭をクシャクシャとかき、複雑な思いを吐き出す。
    「もしいなかったら、フーは絶望の淵から戻ってない、か。
     ああ、駄目だ。何が正しいのか、よく分からなくなってきた」
    「きっとそれを論じるのは、無理なことなんだろう」
     晴奈はトマスの横に座り、こつんと頭を寄せた。
    「結局、正しい正しくないと言う話は、結果論に過ぎない。もしも日上があのまますんなりと世界の王になっていたら、アランは正当化されただろう。
     だがどちらの結果にしても、日上は日陰者だろうな」
    「……」
     トマスは晴奈に頭を傾けられたまま、ぽつりとつぶやいた。
    「むなしいな、戦争って」
    「ああ、本当にそう思う。結局、一人の人間をどうこうするために、大量の人間が振り回されたんだからな。馬鹿馬鹿しくなる」
    「……ねえセイナ」
    「うん?」
    「央南に住んだら、僕はのんびり暮らそうと思ってたけど」
    「……」
    「『ヘブン』が無くなる今後、西大海洋同盟が持つ権力が暴走しないか、心配になる。もし暴走したらきっと、今回みたいにむなしく、愚かなことを行うかも知れない。
     だからこれからも同盟に参与して、間違いが起こらないよう導いていこうと思う。こんなむなしいこと、させやしない」
    「そうか」
     晴奈は頭を上げ、にっこりと笑いかけた。
    「それなら安心だ。お前ほどの男なら、きっと間違いなど起こさないよ」
    「そう言ってくれて、嬉しいよ。……でも」
    「何だ?」
    「忙しく、なっちゃうから。君と会えなくなるかも」
    「阿呆」
     晴奈はこん、とトマスの額に自分の額をくっつけた。
    「一緒にいてやる。ずっと、な」
    「ずっと?」
    「ああ。ずっと」
    「……そっか」
    「……よろしく、な」
    「うん」



    「実はね」
    「ん?」
    「君のこと、君に会う前から、ある人に紹介されていたんだ」
    「誰にだ?」
    「夢の中なんだけどね、白い猫獣人に言われたんだ。
     その時、僕はまだウインドフォートの牢獄にいたんだけど、その人は『キミを助けてくれる女の人と、将来結婚するよ』って」
    「白い、猫……だって?」
    「目が覚めたらびっくりさ。本当に僕を助けてくれたのがセイナ、君だったんだから」
    「……く、くく」
    「どしたの?」
    「くく、ふふふ……。白猫め。そう言うことか」
    「どう言うこと?」
    「私もな、トマス。白猫に出会ったんだ。
     そして同じように、夢の中で『トマスを助けるコトが、キミにとって大事な、大切なコトになる』と言われた」
    「……そりゃまた、出来レースと言うか、マッチポンプと言うか」
    「見事にくっつけられたわけだ、……く、ふふっ」
    蒼天剣・曙光録 3
    »»  2010.06.21.
    晴奈の話、第585話。
    遺された「ヘブン」。

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    4.
     央北、クロスセントラル。
    「……そうですか」
     送還されたドールらからの話を聞き終えたランニャは、こわばった顔でそう答えた。
    「あの人は悪魔と共に、地獄に落ちたのですね」
    「そう、なるわ」
     ドールの顔色も悪い。この二人にとってフーの死は、最愛の男を失ったことになるのだ。
     そして他の者にとっては君主、国家元首、つまりは指導者を失ったことになる。
    「これから、どうすれば……、よろしいでしょうか」
    「御大……、いえ、ヒノカミ陛下の死と共に俺たちに告げられたのは、約32億クラムの賠償請求です。こんなもん……、どうやって払えば」
    「払います」
     ランニャは顔を上げ、はっきりと答えた。
    「払うって……、いいんスか?」
    「それでフーとこの国への追求が止むのなら、惜しくはありません」
    「でも、そんなことをしたら、国内からどんな反発が……」
     不安な顔を見せるドールたち3人に、ランニャは小さく首を振る。
    「いいえ、もう既に反発は起こっています。州ごと、地方ごとに離反しようと言う動きがあちこちで、既に出ています。
     ですから私はそれに対し、いくらかを独立承認費、言い換えれば手切れ金として請求しようと考えています。それで恐らく、17、8億クラムは入るでしょう。後は国庫と、私の持つ資産から残り金額を清算するつもりです。
     とにかく、多少規模は小さくなろうとも、『ヘブン』は残します」
    「なる、ほど……。そう無理ではない、勘定ですな」
    「流石と言うか……」
     ハインツとルドルフは、ランニャがゴールドマン家と双璧をなすネール家の一員であることを、改めて実感した。
     一方で、ドールは腑に落ちなさそうな顔をする。
    「どうしてソコまで? 確かにあなたの資産と国庫からなら、32億丸々払うコトもできるわ。
     でも、滅茶苦茶でかい額よ? しかも払って残るのは、戦争に疲れてボロボロになった国だけよ。復興は至難の業だし、32億の回収なんて何年かかるか。
     ばっくれて、国に帰ってもいいじゃないの」
    「そう言うわけには、……行かないわ、ドール」
     と、ランニャの口調が変わる。
    「『ヘブン』は残したいの。そのためなら、お金なんか惜しくない。お金が必要だと言うのなら、私の力でいくらでも集めてみせるわ。
     それがあの人への、餞(はなむけ)よ」
    「そう……」
    「この国は、私が後を継ぐわ。……この子が、成人するまで」
     ランニャはドールに決意に満ちた目を向けながら、膨らみかけた自分の腹をさすった。ドールはその仕草に、ふう、と小さくため息を漏らす。
    「やっぱり、ソレが理由だったのね。そんな気したわ」
    「あの人が帰ってきたら話そうと思って、……結局、そのままになってしまったけれど」
     ランニャの目に、じわ、と涙が浮かぶ。
    「助けてくれるかしら、三人とも」
    「……勿論よ、ランニャ。いいえ、女王陛下」
     ドールは頭を垂れ、ランニャに膝まづく。
    「わ、吾輩も粉骨砕身、お守りいたします!」
     ハインツも同じように、頭を垂れる。
    「しゃーねーなぁ……。俺も付いていきますわ、陛下」
     ルドルフも苦笑しつつ、膝まづいた。



     この後、「ヘブン」からは多数の州、地域が離反。それぞれ別個に国を形成し、中央政府の名残は完全に消滅した。
     地域共同体であった「ヘブン」も離反が起こった後に、ヘブン王国として政治体制を変えた。国王となったランニャもランニャ・ヘブンと名前を変えた後、己の政治・経済手腕を発揮し、「ヘブン」の存続を曲がりなりにも達成させた。
     ドールたち側近もヘブン王国に残り、王国の繁栄に尽力したと言う。
    蒼天剣・曙光録 4
    »»  2010.06.22.
    晴奈の話、第586話。
    結ばれる二人、離れる一人。

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    5.
     央南、黄海。ナイジェル邸の居間にて。
    「話はついたよ」
     スーツで正装していたエルスは襟元を緩めつつ、小鈴にそう告げた。
    「どーなったの?」
    「まず、組織の存続について。
     西大海洋同盟は、今後も残ることになった。やっぱり『ヘブン』消滅後の内乱で央北が混乱したせいで、央北の政治・経済は急速に衰退しつつある。このまま放っておいたら……」
    「無政府状態ね。各地域の意見調整をするトコが無くなっちゃうから、暴動や戦争が起こりやすくなるでしょうね」
     エルスはうなずきつつ、話を続ける。
    「うん。それに乗じて、あくどい商人や資産家が武器やら食糧やらをとんでもない高値で売りつけようとするだろう。そうなれば央北経済は大混乱を起こしてほぼ壊滅するだろうし、それは後味が悪い」
    「そーねぇ。ソレじゃ実質、同盟が央北を潰したようなもんだし」
    「だから同盟はできる限り支援、援助を行うつもりだし、そのために存続することになった。
     それに戦勝国であるジーン王国を暴走させないよう、抑制する働きもあるからね」
    「イケイケだしねぇ。んで、同盟の本部はドコになったの?」
    「ゴールドコーストかコウカイかで競り合ってたんだけど、結局コウカイに決まった。海路の面で考えれば、北方と央中に一番近いのはここだからね。
     それで、同盟のトップだけど……」
    「黄海が本部になったんなら、紫明主席じゃないの? それともヘレン総帥とか?」
     小鈴の問いに、エルスは困ったように笑いながら首を振った。
    「シメイさんは『流石に央南連合と同盟のトップとを兼任するのは無理だ。自分の商会もまだまだ経営しなければならんのに』って、断ったんだ。
     ヘレンさんも『ウチはあくまで商売一本ですわ。政治にカネとモノ出すんはええですけど、自分らが政治やろうとは思とりませんからな』、だってさ。
     で、そのー……、僕が指名された」
    「へ? エルスが? え、マジで?」
     エルスは飲み物を取りに行きつつ、台所から話を続けた。
    「そうなんだよ。なんかシメイさんとかヘレンさんとか、同盟の主要人物に気に入られちゃってさ。僕はのんびりしたかったから断ったんだけど、結局押し切られちゃった。
     トマスも同じように指名されて、ツートップになっちゃったよ」
    「あらま。折角晴奈とイチャイチャできるトコだったのにね」
    「まあ、トマスは最初から乗り気だったし、セイナもトマスを助けるつもりらしいから、それはそれで仲睦まじい感じだし、いいんじゃないかな。
     ……よいしょ、っと」
     エルスは小鈴の横に座り、水をくい、と一息に飲んだ。
    「そんなわけだから、これから忙しくなりそうなんだ」
    「そっかー。じゃ、もうこんな風にのんびり話、できなさそーね」
    「そうだね。……ま」
     エルスは小鈴の肩に腕を回し、こうささやいた。
    「僕もそろそろ、一人で遊び回ってるわけには行かないってことさ。そろそろ誰かと、落ち着きなさいってことだろうね」
    「その誰かって、誰?」
     小鈴はころんと、エルスの胸に頭を寄せた。
    「ちゃんと言ってほしいんだけどなー」
    「……はは。……じゃ、ちゃんと言おうかな。コスズ、僕と結婚してくれないか?」
    「んふふ」
     小鈴はニヤニヤ笑いながら、エルスに口付けした。
    「喜んで、エルス」
    「……ああ、そうだ。これからのことでいっこ、お願いがあるんだけど」
    「なあに?」
    「僕のことはリロイって呼んでほしいな」
    「んふふふ……、いいわよ、リロイ」

     エルスたちの様子を廊下から静かに見ていたリストは、口をぎゅっと横一文字に固く結んだ。
    「……」
     そのまま足音を立てないよう、彼女はそっとナイジェル邸を出た。
    (お幸せにね、エルス、それからコスズ)
     リストの手には、大きなかばんが握られていた。
    「リストさん」
     と、背後から声がかけられる。
    「……メイナ」
     明奈は心配そうな顔を、リストに向けてくる。
    「どこに、行くんですか?」
    「……」
     リストは無言で首を振る。
    「黄商会には、来ないと?」
    「この街にいれば、嫌でもエルスと顔を合わせなきゃならない。それは今のアタシには、すごく辛いのよ」
    「そうですか……」
     明奈はそっと、リストの手を取る。
    「何?」
    「発つ前に、一緒に来て欲しいところがあるんです」
    蒼天剣・曙光録 5
    »»  2010.06.23.
    晴奈の話、第587話。
    二つの月。

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    6.
    「ここです」
     明奈は街の裏通りに進み、小さな店に入った。
    「エルスさんから教えてもらったお店です。
     ほら、前に姉とリストさんに、髪飾りを贈ったことがありましたよね? あの髪飾り、ここで造ってもらったんです」
    「へえ……」
     店の奥から、猫獣人の老人が現れる。
    「おや、黄大人のご令嬢さん。今日は何の御用で?」
    「この子とお揃いの、そうですね……、こしょこしょ」
     明奈は老人に耳打ちし、「できますか?」と尋ねた。
    「まあ、そう言うのならすぐできる。1時間ほど待っててくれ」
     店主はのそのそと、奥へ戻っていった。

     店主を待つ間、リストと明奈は話をした。
    「どこに行くつもりなんですか?」
    「さあね。お金はそれなりにあるから、ブラブラうろつくつもり」
    「銃も、持っていくんですね」
    「そりゃそうでしょ。コレは、アタシのなんだから」
    「見せてもらっていいですか?」
    「……いいけど?」
     リストはかばんから「ポプラ」を取り出し、組み立てる。
    「何でこんなの見たいの?」
    「リストさんそのもの、って気がするからです」
    「アタシ、そのもの?」
     明奈はリストから「ポプラ」を受け取り、しげしげと眺める。
    「重たいですね」
    「ま、銃だもん。……って、アタシが重い子って意味?」
    「あ、違いますよ。そうじゃなくて」
     明奈はヨタヨタと、銃を構える。
    「この銃、頑張り屋さんですよね。リストさんのために、真っ赤になるまで頑張って、敵に立ち向かう。
     そんなところが、リストさんそっくりだと思うんです」
    「頑張り屋? アタシが? ……そう、かもね」
     銃を返してもらい、リストはそれを抱きしめた。
    「ずっと、頑張ってきたもんね。この子みたいに、エルスのためにずっと、頑張ってきたし。
     でも、残念だけど……、エルスはアタシを選んでくれなかった。ある程度は吹っ切れたけど、でも、……やっぱり、悲しい」
     沈んだ顔で銃を分解するリストに、明奈は優しく声をかける。
    「わたしは、リストさんの行動を素晴らしいと思いますよ」
    「素晴らしい?」
    「振り向いてくれないって分かったなら、わたしならきっと、助けようなんてしません。
     でもリストさんは、それでも懸命にエルスさんを助けた。その私情を捨てた行動は、本当に素晴らしいです。
     こんなに気高い人を友人に持てて、わたしは幸せですよ」
     分解し終えた銃をしまいかけたリストの手が止まる。
    「……幸せ?」
    「はい。だからその友情の証を、造りたいと思って」
    「……そう言ってもらえて、ホントに嬉しい。アタシも、アンタのコトは大事な友達だもん」
     リストはうつむき、グスグスと鼻を鳴らす。
    「……ホント、アタシ最近、涙もろいわ」
    「泣かないで、リストさん」
    「……泣かせてよ」
     そうつぶやいたリストの肩を、明奈は優しく抱きしめた。
    「それじゃ、静かに、ね?」
    「うん……」

     1時間が経ち、店主が戻ってきた。
    「これでいいかい?」
    「はい、ありがとうございます」
     店主から品を受け取った明奈は、リストの手を握ってそれを載せた。
    「はい、これです」
    「コレ……、碁石?」
     リストの手に乗せられたのは、黒い碁石に「月」と彫り、そこに金を流し込んだものだった。
    「わたしのは、白いこっち。こっちにも、『月』と彫ってあります」
    「どう言う意味なの?」
    「月が二つで、『朋』。朋友、つまりとても親しい友達と言う意味です。
     この『双月』が、わたしとリストさんの、友情の証です」
    「……ふうん。キレイね」
     リストは碁石を握りしめ、ポケットに入れた。
    「ありがとう、メイナ。大事にするわ」
    「……戻ってきてくださいね」
    「そうね。アタシが、エルスのコトを忘れられたら、その時は。
     ……じゃあね」
     リストはかばんを手にし、明奈に背を向けて、店を後にした。
    蒼天剣・曙光録 6
    »»  2010.06.24.
    晴奈の話、第588話。
    高みの、その上へ。

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    7.
    (ここ、……だったはずよね?)
     晴奈との勝負を終えた後、巴景はブルー島にいた。
     決着が付かなかったことにやはり納得が行かず、巴景はさらに強い武器を求めて、大火を葬ったこの島に戻ってきていたのだ。
     だが、大火を埋めた場所には、墓標にしていた刀はおろか、人が埋まっている形跡すらない。
    「……ここ、……よね?」
     巴景は意を決し、埋めたはずの場所を掘り返してみた。
    (……無い?)
     しかしどれだけ掘っても、大火の骸は出てこない。
    (コートの切れ端は、ある。……でも、何故? 何故、骸が出てこないの?)
     巴景の背中に、冷たいものが流れる。
    「……まさか……」「その、まさかだ」
     背後から、声がかけられた。
    「……~ッ!」
     振り向いた巴景の目に、今その骸を探していたはずの男――克大火が立っていた。
    「……お早い、お目覚めね」
    「軽口を叩ける余裕を見せたいのか? そんな虚勢など、俺には無用だぞ」
    「……あは、は、……は」
     巴景の腰が抜ける。ぺちゃりと座り込んだ巴景に、大火は静かに声をかけた。
    「残念だったな。『雪月花』を狙っていたのだろう?」
    「……ええ」
    「見せてみろ」
     と、大火が手を差し伸べる。
    「え?」
    「その、腰に佩いている剣だ」
    「……どうぞ、ご自由に」
     すっかり気力を削がれてしまった巴景は、素直に「ビュート」を差し出した。
     剣を受け取った大火は、刀身を一目見てぼそっとつぶやく。
    「……失敗作だな」
    「失敗作?」
    「どこの誰が作ったか知らんが、術式が拙い。剣自体はなかなかいい出来だが、な」
     そう言って大火は、剣をひらひらと振る。
     次の瞬間、剣からピキ、と甲高く、短い音が鳴り響いた。
    「何を……?」
    「術を一部組み直した。使ってみろ」
     大火に剣を返され、巴景はそろそろと立ち上がって、剣を振った。
    「……『地断』」
     途端に、これまでとは比べ物にならないくらいに重たい感触が、巴景の手に伝わった。
    「っ!?」
     焦土と化してから1年経ち、ようやく草が生えてきていた荒れ野がまた深々とえぐられ、傷つけられた。
    「……すごい」
    「もう少し調律すれば、性能は格段に上がる。魔術の心得は深いようだから、自分で調整してみるといい」
     それだけ言って、大火は立ち去ろうとした。そこで思わず、巴景は声をかけた。
    「ま、待って!」
    「うん?」
    「あ、あの。……何であなた、生きているの?」
    「そんなことを知ってどうする?」
     大火はクク、と鳥のように笑った。
    「太陽の中身を知ってどうする? 家の灯りにしたいのか?
     海の底を知ってどうする? そこに棲む魚が食いたいのか?
     月の裏側を知ってどうする? そこに住みたいのか?
     何を知ったとしても、それを活かせねば何の意味も無い。お前が俺の秘術を知ったところで、活かせるはずもあるまい」
    「……じゃあ、活かさせてちょうだい」
     巴景はゴク、と生唾を飲み、緊張で乾いた喉を湿らせる。
    「何?」
    「私はもっと、知を集めたいの。もっともっと、力を蓄えたいの。もっともっと、もっと――強くなりたいのよ。
     そのために、教えて。あなたの持つ秘術と、その使い方を」
    「……クク」
     大火は小馬鹿にしたような目を、巴景に向けてきた。
    「俺の弟子になりたいと?」
    「そうだと言ったら?」
    「俺に何のメリットがある? お前を弟子にして、俺に得があるのか?」
    「変な話をするのね」
     萎えていた巴景の気力が戻ってくる。仮面の裏で、巴景は大火を鋭く見つめ返した。
    「弟子なんて普通、取った当初にメリットなんか無いでしょ? 取って成長してから、メリットが出るものじゃない?」
    「俺の弟子の一人は」
     大火は半ばうざったそうにしながら、話を返してくる。
    「未来を見ることができた。その力は俺に、いくらかの利益を与えてくれた。その上で、魔術師としての素質も非常に高かったから、俺の弟子にしたのだ。
     そう言うメリットを、俺は弟子に求めているのだ。何も持たぬ者を弟子にしても、俺に利益は無い」
    「そう言うことね。……じゃあ、こんなのはどう?」
     巴景は右手を挙げ、「人鬼」を発動させた。
    「む……」
    「私には、魔術と物質とを変換できる術がある。
     この術をあなたに教える。その代わりに、弟子にしてよ」
    「……ふむ」
     そこでようやく、大火は嬉しそうに唇を歪めた。
    「その術――俺の古い友人が捜し求め、封印した術がベースになっているな? 俺はその術が記された魔術書を欲していたのだが、友人は『絶対にやるもんかね』と突っぱねた。
     お前と研究すれば、その奥義、秘奥へ少しは近づけそうだな。いいだろう、弟子にとってやる」
    「本当に……、いいの?」
    「俺が嘘をつくと思うのか?」
     大火はニヤと笑い、巴景の頭に手を載せた。
    「今からお前は克を名乗れ。
     克渾沌(こんとん)――それが表情なき仮面を顔にまとう、お前の号だ」

    蒼天剣 曙光録 終
    蒼天剣・曙光録 7
    »»  2010.06.25.
    晴奈の話、第589話。
    時は流れて。

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    1.
     日上戦争――フーと「ヘブン」が起こした戦争から、いくらかの月日が経った。
     世界はその間に、大きく変動していた。



     最も大きく変わったのは、央南である。
     戦時中に成立した西大海洋同盟は、その後も引き続き存在していた。エルスとトマスが危惧していた通り、西大海洋同盟はかつての中央政府のように、非常に巨大な地域共同体となり、世界に対して強い権力・実行力を持つようになっていた。
     そして同盟本部が央南に置かれたために、央南が世界に与える影響と、世界全体からの移民は以前の比にならないほどに増大した。

     一方で、央中も大きく活気付いていた。
     戦後、央北諸国が各個に独立したことと央南が高成長したことを受け、両地域と隣り合う央中諸国は様々な商業・貿易を双方と行っていた。
     特に央中二大商家、ゴールドマン・ネール両家の活動は大規模なものであり、この商業関係だけで国が二つ、三つ買えるほどの財を築いたと言う。

     この両地域の発展は、黒炎教団にも大きな利益をもたらしていた。
     央南と央中が発展し、他地域からの移民が増加したことで、その両地域の中間地点にあった黒炎教団に入信する者も増えていたのだ。
     また、現在の教主であるウェンディ・ウィルソンが、これまでの徹底した密教主義を緩め、敵対していた焔流や央南連合などと和解し、温和的かつ柔軟な布教活動を進めたことも、教区拡大の一因となっていた。



     その活動の一環として、僧兵たちの武術を披露し、さらなる教団員を得ようと言う目的のもと、「黒炎擂台賽(らいたいさい)」と題された武術大会が開かれていた。

     が、主催したウェンディは困惑した表情を浮かべ、額を押さえていた。
    「……なんなのよ、もう」
     準決勝までの試合結果は、教主である彼女の面目を丸潰れにしていたのだ。
    「僧兵組が全員負けたって……、予想外だったわ。これじゃ逆効果じゃない」
    「あ、あの。すみません、母上」
     彼女の後ろには、絆創膏だらけの顔で申し訳無さそうに立つ息子、ウォンがいた。
    「……いいのよ。あの子と当たった時、こうなる気がしたから」
    「あの子? あの、僕の対戦相手、ご存知だったのですか?」
    「ええ。……従兄弟よ、あなたの」
    「いと、こ?」
     思わぬ事実を聞かされ、ウォンは目を丸くした。
    「どう言うことですか? 確かに狼獣人ですが、毛並みは銀色ですし、何より央中出身だと聞きましたよ?」
    「……昔、あなたの叔父に当たる者が勘当されて、央中に越したのよ。
     そこで産まれたのが、あの子」

     選手控え室で、その「狼」――ウィル・ウィアードは虎獣人の少女に、背中をポコポコと叩かれていた。
    「痛い、痛いって」
    「くやしー、ホンマくやしー」
    「まあ、残念だったけどさ」
     ウィルは少女から離れ、背中をさする。
    「いてて……。シルキス、お前バカ力なんだから駄々っ子すんなって、昔から言ってるだろ」
    「せやかて、準決勝まで行ったんやで? くやしーやん」
     くすんと鼻を鳴らすシルキスに、ウィルはポンポンと優しく頭を撫でてやった。
    「ま、仕方ないさ。次、頑張ればいいだろ?」
    「……うん」
     シルキスはぎゅっとウィルに抱きつき、彼の服で涙を拭いた。
    「あ、汚ねっ! 何すんだよっ」
    「……にひひー」
    「これからオレ、決勝なんだぞ。お前の仇討ちするってのに」
    「あ、せやった。ゴメンなー」
    「ゴメンじゃねーよ。……ったく」
     ウィルは涙と鼻水でべちゃべちゃになった上着を脱ぐ。
     と、そこで係員から声がかけられた。
    「ウィアードさん、そろそろ」
    「あ、はい」
     違う上着を着ようかと考えたが、面倒臭かったのでそのまま出ようとした。
    「あ、ウィル兄やん」
     控え室の出口まで進んだところで、シルキスが声をかけてきた。
    「何だよ?」
    「ウチの相手、むっちゃ強かったで。油断したらアカンよ」
    「分かってるって」
     ウィルは背を向けたまま、ひらひらと手を振って応えた。
    蒼天剣・回帰録 1
    »»  2010.06.28.
    晴奈の話、第590話。
    再現された名試合。

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    2.
     会場となっている南西修練場に足を運ぶと、観客たちが騒ぎ出した。
    「ウィアード! ウィアード!」
    「僧兵全員負かしやがって、この!」
    「格好いいじゃねーか、くそ!」
     野次なのか賞賛なのか分からない声援が、ウィルに降り注ぐ。
    「そんだけ強いんだから入信しろよ、この野郎!」
     飛んできた声の一つに、ウィルは小声で答える。
    (バーカ、オレは天帝教だっつーの。誰が入信するかって。母さんが悲しむだろーが)
     肩をすくめつつ、特別に設置されたリングの上に登ったところで、相手の少年と目が合った。
    「……お前って」
    「うん?」
     ウィルはその猫獣人を見て、ある単語がポンと浮かんできた。
    「サムライ?」
     黒髪に、白地に茶斑の耳と尻尾を持ったその猫獣人は、央南風のいでたちに刀を佩いていたからだ。
    「侍かは分からないけど、まあ、剣士だな」
    「そっか」
     ウィルは注意深く、相手を観察してみる。
    (なんかコイツ、……相当できそうだな。シルキスが負けるだけのコトはあるか。立ち振る舞いも、すげー落ち着いてるし。
     こうやってリングに立ってなきゃ、相当若く見える。オレより大分下……、15か、16?)
     そうこうしているうちに、審判が試合の開始を告げた。
    「それでは黒炎擂台賽、決勝を行います!
     西側、ウィル・ウィアード! 央中ゴールドコースト市国出身! 使用武器、三節棍!」
     名前を呼ばれ、ウィルは三節棍を持つ手を挙げる。その仕草に観客が沸き立ち、声援が送られた。
     それを見て、相手もひょいと、刃を革で覆った刀を持った手を挙げる。
    「東側、シュウヤ・コウ! 央南黄州出身! 使用武器、刀!」
     両者は武器を構え、にらみ合った。
    「試合、開始!」

     開始と同時にウィルは三節棍を振り上げ、シュウヤとの間合いを詰めた。
    「はッ!」
     棍はうなりを上げてシュウヤの頭を狙うが、シュウヤは瞬時にくい、と体をひねり、紙一重でかわす。
    (な……、速えぇ!)
     そのままシュウヤが、返しざまに刀を払う。
    「りゃあッ!」
     刀の先がウィルのあごを、ピッと音を立てて掠めた。
    (あ……、コレ、やばい)
     掠めた刀の鋭い衝撃が脳を揺らし、ウィルの膝が張力を失う。
    (待て待て待てって、おい、おい、おい……っ)
     自分に向かって心の中で叫ぶが、脚に力が戻らない。
    「……よし」
     その時、相手がボソ、とそうつぶやいたのを聞き、ウィルに怒りが沸いた。
    (てめっ、勝ったつもりかよ……ッ!)
     ウィルは最後の力を振り絞って、三節棍を振るった。
    「……あっ」
     勝ち誇っていたシュウヤの視界の端に、三節棍の先端が写る。棍はそのまま、シュウヤの額に突き刺さった。
    「がっ……」
     ウィルが倒れると同時に、シュウヤも弾かれ、仰向けになる。
    「……え」
    「あ、相討ち?」
    「どうなるの……、これ」
     予想外の事態に、観客たちは騒然となった。

    「……昔見たわね、この状況」
     ウェンディの横で試合を見守っていた関係者の一人が、そうつぶやいた。
    「えっ?」
    「私が子供の頃……、そう、伝説の519年上半期、九尾闘技場エリザリーグ。
     ……ふふ、まさかあの二人が、同じ倒れ方をするなんて」
    「あの二人を知っているんですか、チェイサーさん?」
     ウェンディに尋ねられた、この大会のアドバイザーをしていた狼獣人の女性が、コクリとうなずいた。
    「ええ。どちらも私の友人よ。その親御さんもね。
     ……ふふっ、予告してみましょうか。この後、起き上がるのはウィルよ」
     と、観客たちが騒ぎ出す。
    「コウ! コウ! コウ!」
    「ウィアード! ウィアード! ウィアード!」
     観客たちは倒れた二人を助けようかとするように、懸命に名前を呼び続ける。
     そうして1分ほど経とうかと言うところで――。
    「……あた、たた」
     むくりと起き上がったのは、シュウヤの方だった。
    「……あれ?」
     予告した「狼」は、ぺろ、と舌を出した。
    「外れちゃったわ」
    蒼天剣・回帰録 2
    »»  2010.06.29.
    晴奈の話、第591話。
    子供たち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     表彰式が終わり、帰途に就こうとしたところで、シュウヤは呼び止められた。
    「シュウヤくん、お疲れ様」
    「あ、プレアさん」
     シュウヤはぺこりと頭を下げ、そこでプレアの横に先程戦った二人が並んで立っているのに気付く。
    「あ、お前」
    「よお。お前もプレアさんに呼ばれて参加したんだってな」
    「そうだよ。お前らも?」
    「せやねん。……ほんでプレアさん、コイツ誰やったんです? 『秘蔵っ子』言うてましたけど」
     シルキスの問いに、プレアはにっこりと笑って尋ね返した。
    「519年上半期エリザリーグ、出場者は覚えてるわよね?」
    「え? あ、はい。えーと、ウチの母やんと、ウィル兄やんのお父さん、あと『キング』と、えーと」
     シルキスはそこまで答えたが、後が続かない。そこでウィルが助け舟を出した。
    「ナラサキって言う央南の剣士と、同じく央南の……」
     そこまで言いかけて、ウィルは目を丸くした。
    「……コウ?」
    「そう。その息子さんよ、黄秋也くんは」
    「マジっスか」
     ウィルは信じられない、と言う目で秋也を見つめた。
    「……何だよ」
    「お前、コウ先生の子供だったのか」
    「そうだよ。……ってか、昔会ったろ」
    「へ?」
     ウィルは懸命に、記憶を掘り起こす。
    「……あっ。そう言えばオレん家で会ったっけ。コウ先生と一緒だった気がする」
    「思い出してくれたみたいだな。まあ、10年も前の話だから、覚えてないかなとは思ってたけどさ」
    「でも……、あれ? それだとお前、今19歳?」
    「そうだよ」
    「……ホンマ?」
     疑い深そうに見つめてきたシルキスに、秋也は鼻をフンと鳴らした。
    「本当だって。もっと年上に見えたか?」
    「ううん」
     ウィルとシルキスは、同時に首を振った。
    「もっと下かなって思ってた」
    「……どーせ童顔だよ。親父譲りなんだ」

     屏風山脈、央中側ふもとにある黒炎教団の街、カーテンフット。
     プレアは秋也たちを連れ、祝勝会を開いていた。
    「さ、さ。たくさん食べてちょうだい」
    「いただきます」
     敬虔な天帝教信者であるウィルと、礼節をきちんと学んだ秋也は礼儀正しく挨拶したが、シルキスはいち早くがっつき始めた。
    「ガツガツ……、うまー」
    「おいおい、ちゃんと挨拶しろって。後、食べ方が汚い。ほっぺ汚れてる。ちゃんとナプキンかけろ」
    「えーやんかー」
    「よくねーよ」
     二人の様子を見て、秋也は吹き出した。
    「ぷっ、ははは……」
    「んあ?」
    「手のかかる子供とお父さんかよ」
    「うっせ。コイツ昔から、食べんの汚ねーんだよ」
    「むー」
     シルキスはむくれるが、ウィルは構わずナプキンで頬を拭いてやる。
    「ところでさ、その」
    「ん?」
     ウィルはためらいがちに、秋也に尋ねてきた。
    「コウ先生、元気してるのか? もうずっと、会ってないけど」
    「元気だよ。……ってかウィル、何なら会いに来るか?」
    「え?」
     秋也はピッと親指を立て、ウィルを誘う。
    「お袋も喜ぶと思うぜ。あ、もしかしてこの後、予定あったりするか?」
    「いや、ちょっと空けても問題ない」
    「じゃ、来いよ」
    「……そだな。行くか」
     うなずいたウィルに続き、シルキスも手を挙げる。
    「ほんならウチも行くー」
    「おう、来い来い。プレアさんはどうします?」
     秋也は水を向けてみたが、プレアは残念そうに肩をすくめた。
    「行きたいのは山々だけど、私はすぐ、次の仕事があるから」
    「そうですか。……残念ですね」
    「ええ、私も。また暇ができたら、行かせてもらうわね」



     祝勝会の翌日、秋也たちはプレアと別れてふたたび屏風山脈を登っていた。
    「ここもさ」
     歩きながら、秋也がつぶやく。
    「お袋が越えた当時は、あんまり整備されてなかったらしいな」
    「そーなん?」
    「ああ。今の教主が整備するように命令したらしいぜ。
     昔は1週間くらいかかったのが、今じゃ2日で越えられるもんな。擂台賽開いたことと言い、あの人は相当やり手らしいって、プレアさんが言ってたな」
    「へー、そーなんやぁ」
    「このまんま進んだら、明後日には央南だ。二人とも、央南語はしゃべれるか?」
     そう問われ、ウィルとシルキスは顔を見合わせた。
    「……しゃべれる?」
    「いや、全然。お前は?」
    「しゃべれるわけないやん」
    「……簡単に練習しとくか?」
     二人の様子を見て、秋也はパタパタと手を振った。
    「あ、お袋央中語もしゃべれるから。一応聞いただけ」
    「……ちょっと安心した」
    「そだな」
     苦笑いした二人の顔を見て、秋也はクスッと笑った。
    蒼天剣・回帰録 3
    »»  2010.06.30.
    晴奈の話、第592話。
    原点。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「へぇー……、ここがコウカイなんやー」
     到着したシルキスとウィルはまた、目を丸くしていた。
    「でけーなぁ」
    「ホンマ、ウチらの街と同じくらいとちゃうん?」
    「いや、そこまでは無いと思うけど、……まあ、活気はあるよ」
     秋也ははにかみつつ、自分の家へと案内した。
    「ここだ」
     案内された黄屋敷を見て、ウィルたちは目を丸くした。
    「ココ? マジで?」
    「でっかぁ」
     その反応に、秋也はまたはにかみつつ肩をすくめた。
    「でっかいだけだよ。中はボロだ。さ、中入って、入って」
     秋也に促され、ウィルたちは屋敷の玄関を通り抜けた。
    「あら?」
     と、中に入ってすぐの大広間に、深い緑色をした髪のエルフが立っているのに気が付いた。
    「お客さん? わたしもだけど」
     エルフはウィルたちを見て、軽く頭を下げて会釈した。
    「え、ああ、はい」
    「どもっス」
     つられて、ウィルたちも頭を下げる。
    「あ、……大先生!?」
     一方、二人の後ろにいた秋也はエルフを見て、慌てて前に出た。
    「ご、ご無沙汰しておりましたっ!」
     深々と頭を下げた秋也を見て、エルフはクスクスと笑った。
    「そんな、大げさな。もっと気楽にしていいのよ、……って」
     そう言って、エルフはまた笑う。
    「わたし何年、同じこと言ってるのかしら。お母さんの代からずーっと言ってるのに」
    「す、すみません」
    「なあなあシュウヤ、この人誰なん?」
     と、空気を読まずにシルキスが尋ねてくる。ウィルはくいくいとシルキスの袖を引っ張り、自重させようとする。
    「静かにしてろって、シルキス」
    「なんで?」
    「なんでって、雰囲気違うだろが」
    「そーなん?」
    「……クスっ」
     二人のやり取りを見ていたエルフが、また笑った。
    「自己紹介させてもらうわね。わたしは焔雪乃。秋也君の先生の、先生」
    「そーなんやー」
     その紹介に、シルキスはふんふんと鼻を鳴らすだけだったが、ウィルの方は思い当たったらしい。
    「シュウヤの先生の先生ってコトは、……コウ先生の、先生?」
    「そうなるわね」
     にこりと笑った雪乃に、ウィルは驚いた声を挙げた。
    「ってコトは、元祖『瞬殺の女神』さんですよね!? うわあぁ……、すっげー!」
    「へ? ……えーっ!? 『瞬殺の女神』!? ウソ、ホンマに!?」
    「あら。闘技場のこと、知ってるの?」
    「ええ! オレたち、闘技場の歴史なら何でも知ってます! うっわー、感激だっ」
     興奮するウィルたちを見て、秋也は顔を赤らめた。
    「お、おい……。そんな、騒ぐなよ、みっともない……」
    「わたしは嬉しいわよ、秋也君。わたしの活躍、知ってくれているんだもの」
     にこやかな雪乃の態度に、ウィルたちはますます騒ぎ立てる。
    「さっ、サインもらっていいですかっ?」
    「あ、あ、ウチもウチもっ」
     秋也は恥ずかしさに耐え切れず、両手で顔を覆った。
    「勘弁してくれよ……」

     四人の目的である晴奈は買い物に出かけており、まだ屋敷に帰っていなかったので、ともかく秋也が代わりにもてなすことになった。
    「今日は晴奈に招待されたのよ。実は今日は、ある記念日なの」
     客間に通された雪乃は、秋也たち三人に黄海を訪れた経緯を話した。
    「記念日?」
    「そう。35年前の今日、この街でわたしは、晴奈と出会ったの」
    「へぇ……、そうだったんですか」
     自分の母親の話になり、秋也は興味深そうな目を雪乃に向けた。
    「やっぱ、会った時からすごい剣士になりそうな感じだったんですか?」
    「ううん。普通の町娘だったわよ。普通の、お嬢さま」
    「お、お嬢、さま?」
     自分の知る母親像とは似ても似つかぬその言葉に、秋也は目を丸くした。
    「ええ。今だから正直に言うけれど」
     そう前置きし、雪乃は当時の晴奈について、こう評した。
    「初めはお嬢さまのわがままだと思ったの。
     ただ単に、退屈な毎日から現実逃避しようとして、わたしに弟子入りしようとしていた。そう思っていたわ」
    蒼天剣・回帰録 4
    »»  2010.07.01.
    晴奈の話、第593話。
    はじまりの、そのあと。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     双月歴506年、黄州南境の街道にて。
    「はぁ、はぁ……」
    「……」
     13歳の晴奈は、雪乃の後を必死に追いかけていた。
    (まだ付いてくる気かしら……?)
     一方の雪乃は、晴奈が諦めるのを待っていた。
    (弟子にしてくださいって言われてもねぇ……。わたしまだ、修行中の身だし。弟子なんて取る気、全然無いもの。
     ましてや、あんな苦労知らずそうなお嬢さま。物珍しさで、わたしに興味を持っただけでしょ、きっと。それか、お稽古ごとばかりの毎日に嫌気が差して、その現実逃避に、とか。
     ともかく本気じゃないだろうし、こうやって『あなたとは世界が違うのよ』ってことを教えて、諦めさせなきゃ)
     心の中ではそう考えてはいたが、心優しい雪乃は面と向かって「向いてない。帰れ」とは言い出せずにいる。
    (……ああ、まだ付いてきてる)
     たまに後ろを振り向くと、晴奈と目が合う。
    (そんな目で見ても駄目よ。取る気、無いんだってば)
     晴奈は期待に満ちた目を、自分に向けてくる。
    「……晴奈ちゃん」
    「はい! 何でしょうか!」
     声をかけられただけで嬉しいのか、晴奈はキラキラと目を輝かせる。
    「まだ、……コホン、まだ先は長いのよ? 大丈夫?」
     まだ付いてくる気、と突っぱねようとしたが、期待に満ちた目を見てしまうと決意が鈍る。
    「はい! 大丈夫です! 私まだ、行けます!」
    「……そう。無理しちゃ駄目よ。……駄目だからね?」
    「はいっ!」
     心配してもらっていると勘違いしたらしく、晴奈は嬉しそうにうなずいてきた。
    (もう……。気付いてよ、いい加減。空気読めないわね、この子)
     雪乃は心の中で、ため息をついた。

     歩き続けるうちに、夜を迎えた。
    「……晴奈ちゃん。もう暗いから」
    「あ、もしかして野宿ですか?」
     暗くなってきたから帰れ、と言えず、雪乃はうなずいた。
    「……ああ、うん、そうね。……うん、準備しよっか」
    「はいっ! あ、えっと、火の点くもの探してきますね」
     晴奈はそう言うなり、近くの林に走っていった。
    「……ああ、もう。何で言えないのかしら」
     雪乃はきっぱりと言い出せない自分に腹を立てつつも、毛布を荷物の中から取り出す。
    (これ、二人くらい一緒に寝られそうね。風邪引かせないで済むかしら。……って違う!)
     雪乃はプルプルと首を振り、考え直す。
    (一緒に居させるのは今夜だけ! 明日になったらきっぱり、帰るように言わないと!)
     心の中で決意を固めつつ、毛布を敷き終えた。
    「……あら?」
     と、晴奈が林に入ってから随分時間が経っているのに気づく。
    「晴奈ちゃん、遅いわね? ……まさか」
     雪乃の脳裏に、ふっと嫌な予感がよぎる。
    (まさか、熊とか虎とか魔物とかに襲われてたり、……なんかしないわよね? まさか、ね?)
     心配になり、雪乃は晴奈が入っていった林に足を踏み入れた。
    「晴奈ちゃーん?」
     呼びかけるが、返事は無い。
    「晴奈ちゃん、どこー?」
     再度呼びかける。
     と、離れた場所から、かすかに返事が聞こえてきた。
    「……柊さん……」
     その声には、緊張が少なからず混じっていた。
    「……晴奈ちゃん!?」
     雪乃の背筋に、冷たいものが走る。雪乃は慌てて、声のした方に走っていった。

    「グルルル……」
    「グアッ、グアッ」
     木を背にした晴奈の周りに、3匹の野犬がいた。雪乃が危惧した大型獣や魔物などではなかったが、それでも丸腰の、13歳の単なる町娘が敵う相手ではない。
    「こ、来ないでっ!」
    「ガウッ、ガウッ」
     野犬はじりじりと、晴奈との距離を縮めていく。
    「……っ」
     晴奈は抱えていた薪を、ぽいぽいと野犬に向かって投げつけた。
     駆けつけた雪乃がその様子を見て、肝を冷やす。
    (あ、バカ! そんなことしたら……)
     雪乃の思った通り、薪を投げつけられた野犬は逆上した。
    「……グルル、グアアッ!」
    「ひっ……!」
     持っていた薪を投げ尽くしてしまい、晴奈は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
     その瞬間、野犬が飛びかかる。
    「晴奈ちゃん、危ないッ!」
     だが同時に、雪乃が「火射」を放っていた。「燃える剣閃」が野犬の鼻面を掠め、野犬は晴奈のすぐ直前でバタバタともがく。
    「グヒャ、キヒャッ……」
     その様子と飛んできた炎に恐れをなし、他の野犬はすぐに逃げていく。鼻を焼かれた野犬も、ひんひんと情けない鳴き声を漏らしながら逃げていった。
    「晴奈ちゃん、大丈夫!?」
    「……は、はい」
     晴奈は頭を抱えてうずくまったまま、ガタガタと震えていた。
    「わたしがうかつだったわ。一人で枝拾いになんか、行かせたりして」
    「す、すみません」
     震える晴奈を見て、雪乃は軽くため息をつきつつ、彼女の肩を抱きしめた。
    「……ほら、立って。もう大丈夫だから、ね?」
    「は、い……」
     雪乃は晴奈の手を引き、確保した寝床に戻った。



     翌日。
    (……ん……もう朝か)
     雪乃が目を覚ますと、横には晴奈の姿が無かった。
    (あら? ……やっと、諦めてくれたかしら。そりゃそうよね、夕べはあんなに怖い思いをしたんだもの)
     ほっとため息をつきかけたその時、晴奈の声が飛んできた。
    「おはようございます、柊さん!」
    「ひゃっ、……せ、晴奈ちゃん?」
    「どうしたんですか?」
     雪乃は目をこすりながら、晴奈に尋ねた。
    「どこに行ってたの?」
    「はい、朝食の用意をと思って、近くの池に」
     そう答えた晴奈に、雪乃は目を丸くした。
    「夕べあんな目に遭ったのに、また一人で?」
    「すみません。でも、剣士になるんだから、あれくらいは凌げるようにならないと、と思って」
     そう答えた晴奈に、ついに雪乃は根負けした。
    (……参った。この子、本気だわ)

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    明日、いよいよ最終回です。
    ご期待ください。
    蒼天剣・回帰録 5
    »»  2010.07.02.
    晴奈の話、最終話。
    巡り回る物語。

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    6.
    「結局そうして、晴奈はわたしの弟子になったのよ。
     もしあの時、わたしの気持ちが少しでも変わっていたり、早々に突っぱねたりしていたら、この世界に剣豪『蒼天剣』は生まれかったかも知れないのよね。
     そう考えると、本当に人生って不思議ね」
     話し終えた雪乃に、秋也はうんうんとうなずいていた。
    「でもやっぱ、お袋は昔っから性格、変わってないんですね。昔っから、こうと決めたら突き進む人でしたし」
    「そうね、クスクス……」
     そこで雪乃は、くるりと振り向いた。
    「昔っからよね、晴奈?」
    「……よく、そう言われますね。それこそ、昔から」
     客間の扉が開き、話に上った人物――晴奈が、ポリポリと頬をかきながら現れた。
    「ただいま、母さん」
     礼儀正しく頭を下げた秋也に、晴奈もコクリとうなずいて応える。
    「ああ、お帰り秋也。……そちらの二人は?」
    「ウィル・ウィアードとシルキス・ミーシャ。黒炎擂台賽で会ったんだ。……覚えてるか?」
    「ほう、あの子たちか。……随分、大きくなったな」
     晴奈はウィルたちに、にっこりと笑いかけた。
     その笑顔は、若い時に比べて随分と柔らかくなっていた。
    「お久しぶりです、コウ先生!」
    「元気してはりました?」
    「ああ、この通り。シルビアとシリンたちは、元気にしているか?」
     晴奈の問いに、ウィルたちはうんうんとうなずく。
    「ええ、元気ですよ。今も、孤児院の院長を頑張ってます」
    「ウチの母やんも元気しとりますよ。あ、去年アケミさんトコからのれん分けしてもろて、父やんと一緒に自分の店開いたんですよー」
    「そうか。それは近々、尋ねてみないとな」
     晴奈はすとんと、秋也の横に座る。
    「それで秋也、黒炎擂台賽はどうだったんだ? 優勝したか?」
    「ああ。決勝でウィルを破って、見事優勝したよ」
    「ウィルを? ……ふふ」
     報告を聞いて、晴奈は笑い出した。
    「どしたの、母さん?」
    「ああ、いや、……奇妙な縁だなと思って、な。私も昔……」
     晴奈の言いかけたことを、シルキスが先に述べた。
    「昔コウ先生とウィルの父やん、エリザリーグで戦ったんですよね? そん時は、ウィルの父やんが勝ったとか」
    「ああ、そうだ。そして今度は秋也が、か」
     晴奈はニヤニヤ笑いながら、秋也の頭をクシャクシャと撫でた。
    「よくやったな、秋也。誇りに思うぞ」
    「……ありがとう、母さん」
     秋也は顔を赤くし、ぽつりとそう応えた。

     その晩。
    「わざわざ私の師匠に黄海まで来てもらったのは、何も記念日を祝うためだけではない」
     晴奈は秋也を呼び、雪乃を交えて話をしていた。
    「お前ももう、私に剣術を学んで10年になるだろう? そろそろ、免許皆伝を狙ってみたらどうか、と思ったのだ。
     まあ、事前に師匠と相談するつもりだったのだが」
    「わたしは賛成よ。秋也君の実力なら、十分通るだろうし」
     二人の話に、秋也は困惑した。
    「免許、皆伝? 焔流の?」
    「そうだ。ついては、師匠と共に紅蓮塞に行って、試験を受けてもらおうか、と」
    「……まだオレには早い気、するんだけどなぁ」
    「そんなことないわ、秋也君」
     雪乃は自信たっぷりにうなずいてみせる。
    「晴奈だって、免許皆伝を得たのはあなたと同じ、19歳の時よ。資格は十分、あると思うわ」
    「そう、ですかね」
     秋也はしばらく悩んでいたが、やがてうなずいた。
    「……分かりました。受けるだけ受けてみます」
    「ああ。期待しているぞ、秋也」
    「……はい!」



     数日後。
     晴奈は黄海の門前で、雪乃と秋也を見送った。
    「じゃあ、しっかりやれよ」
    「ああ。……じゃ、行ってくる」
    「楽しみにしててね、晴奈」
     二人は晴奈に背を向け、街道を歩いていく。
     その後ろ姿を見て、晴奈の心にふっと、懐かしい記憶が蘇った。
    (秋也も、私と同じ道を歩いている。私が通った、道を。
     この道がすべての始まり――あの夜、私はこの道を走った。
     師匠のように強く、かっこいい剣士になりたいと願って。

     ……なれたかな、私は。
     そしてなれるかな、秋也は。

     ……がんばれ)



     時は双月暦541年。
     これにて、「蒼天剣」セイナ・コウの物語を、お終いとさせていただく。

    蒼天剣・回帰録 終

    双月千年世界「蒼天剣」 終
    蒼天剣・回帰録 6
    »»  2010.07.03.

    晴奈の話、第575話。
    暴走轟風恋愛兎魔術師。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     地下水脈を抜けた晴奈たち一行は、ひどく蒸し暑い場所に入っていた。
    「何だ、この暑さは……? 蒸気がどこかから、漏れ出ているのか?」
    「それだけじゃない。この煮えたぎる硫黄の臭い……、マグマだよ」
    「まぐま?」
    「超高熱の溶岩流のことさ。どうやら砦の下には、かなり地表に近いところにマグマ溜まりがあったらしい。……よくこんな場所に建てられたなぁ」
     エルスの言葉に、どこからか同意する声が返ってきた。
    「ホントよねぇ。道理で地震が多いと思ったわ」
    「……ドール」
     エルスの前に、ドールがちょこんと立ちはだかった。
    「久しぶり、リロイ。……元気そーね」
    「うん。君も変わらない」
    「変わったわ、色々。アタシじゃなく、アンタの方が。
     ちょっと痩せたし、服のセンスも違ってる。央南で出世したって聞いたし」
     ドールは一旦言葉を切り、チラ、と小鈴を見てこう続けた。
    「何より、ずっと笑うようになった」
     ドールの言葉に、エルス以外の全員が首をかしげた。
    「ずっと、笑うように……?」
    「いつも笑ってんじゃない」
     小鈴が口を挟んだ途端、エルスが困ったように笑った。
    「まあ、そうなんだけど。……彼女は、こうなる前の僕を知っているんだ。その……、昔」「昔、付き合ってたからね」
    「え……」
     それを聞いて、小鈴はエルスとドールを交互に見比べる。
    「心配しないで、コスズ。もうとっくの昔に、別れた」
    「そうね。……感情を表さなくなったアンタは、とっくに恋愛対象から外れてるわ。アタシは、感情的な子が大好きだもの」
     ドールは杖を構え、戦闘体勢を取る。
    「今この先に、ヒノカミ君が――今一番、アタシが大好きな子がいる。アンタはどうあれ、ヒノカミ君を倒そうとしている。それを止めもせず通すアタシじゃない。
     かかってきなさいよ、リロイ! ここは誰も、通させやしないわ!」
     ドールはそう言うなり、風の術を唱える。
     煮えたぎる洞窟内の空気が、轟々とうなり始めた。

    「……すっご。あんなちっちゃい体が、2倍、3倍になって見えるわ」
     息を呑む小鈴に、エルスは小さくうなずいた。
    「ああ。ドールは王国随一の、風の魔術師だった。僕が教わった風の術も、彼女からレクチャーを受けたものだ。単純な魔力勝負じゃ、ここで相手になるのはミラくらいしかいない」
    「え、えぇ? アタシでも無理ですよぅ……。アタシ一度もぉ、訓練でホーランド大尉さんに勝ったコトないんですからぁ」
     そうこうするうちに、ドールが攻撃してくる。
    「仲間内でくっちゃべってるヒマなんて、あると思うの!? 『ツイスター』!」
     洞窟内に、二条の竜巻が発生する。
    「まずい! コスズ、ミラ、防御!」
    「あ、はぁい!」「『ロックガード』!」
     小鈴たちが魔術を唱え、土の壁を築く。直後、発生した二つの竜巻は土の壁にぶつかり、ガリガリと削っていく。
    「……しかし、ミラが勝てなかったって言うのはきついなぁ」
    「そーね。基本、風の術は土の術に対して不利だって言うのに……」
     竜巻は土の壁を削りきったところで消滅する。
    「二人がかりの防御が、こんなあっさり消し飛ぶって」
    「相当の苦戦を強いられるな、これは……」
     また、ドールが風の術を放つ。
    「まだまだこれからよ! 五連『ハルバードウイング』!」
     五本の風の槍が、エルスたちに向かって伸びる。
    「もっかい防御!」「はいっ!」
     小鈴とミラ、二人がかりの土の術で防御に回るが、あっさり相殺される。
    「うーん、どうしようかな」
     小鈴たちが防いでくれている間に、エルスは思案する。
    (セイナ、……は相性が悪い。火の魔術剣と風の術だし。コスズとミラは、防御で精一杯だ。残るは僕とバリー、か。
     じゃ、挟むか)
    「バリー、ちょっと」
     エルスはバリーに耳打ちし、作戦を伝える。
    「はい、……はい、ええ」
    「頼んだ」
     伝え終わると同時に、エルスとバリーはドールに向かって走り出した。
    「来させないッ!」
     ドールはさらに、多くの槍を飛ばす。
    「うお、ッ……」
     飛んでいった槍は、エルスたち二人に向かって飛んで行く。だが、命中したのは一発。それも、バリーにだけだった。
    「……えっ!?」
     エルスの姿が、どこにも無い。
    「ど、ドコ!?」
     ドールは慌てて、風の術で防御する。
    「『サイクロンアーマー』!」
     分厚い空気の壁が、ドールを保護する。
    「……ちょっと、タイミングが遅かったか」
     ドールのすぐ背後に、エルスが立っていた。
    「でも、まあ。これはこれで」
    「どう言う意味……」
     ドールがエルスの方を振り向くとほぼ同時に、小鈴が術を発動する。
    「『ホールドピラー』!」「……ッ!」
     小鈴が発動させた術が、ドールの足元に石の柱を造る。途端に風の壁は、ゴロゴロと鈍い音を発し始めた。
    「く……」
     風の壁は柱と言う障害物にさえぎられ、四散する。
    「魔術師は基本、後方支援が主だからね。こうやって挟み撃ちされることには慣れてない。……前にも、気を付けてねって言ったじゃないか」
     エルスは優しくそう言って、するっとドールの背後に回り、首に腕を回した。
    「きゅ、っ」
    「ゆっくり眠っていて。君はあんまり、傷つけたくない」
     喉を絞められたドールは、一瞬のうちに気絶した。

    蒼天剣・獄下録 6

    2010.06.11.[Edit]
    晴奈の話、第575話。暴走轟風恋愛兎魔術師。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 地下水脈を抜けた晴奈たち一行は、ひどく蒸し暑い場所に入っていた。「何だ、この暑さは……? 蒸気がどこかから、漏れ出ているのか?」「それだけじゃない。この煮えたぎる硫黄の臭い……、マグマだよ」「まぐま?」「超高熱の溶岩流のことさ。どうやら砦の下には、かなり地表に近いところにマグマ溜まりがあったらしい。……よくこんな場所に...

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    晴奈の話、第576話。
    悪魔の所業。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「……」
     一人残されたハインツは、右手に握った短剣をじっと見ていた。
    「……」
     やがてすっと、右手を挙げる。
    「……御免!」
     ハインツは意を決し、短剣を己の胸に突き立てようとした。
     が――。
    「やめなさいよ、くだらない」
     短剣が真っ二つに折れる。
    「……な、何っ?」
    「アンタ、いつもいつも騎士道物語にあこがれ過ぎなのよ。たまにはヒロイックな考えから離れて、素面で生きてみなさいよ」
    「……お、お前は」
     目を丸くするハインツの横を、巴景と明奈が通り過ぎていった。

    「……なあ、リスト」
    「何よ」
     ぷいとそっぽを向くリストに、横になったままのルドルフは苦笑する。ちなみにリストが介抱し、銃創の手当てはされている。
    「そう邪険にすんなって。……お前、央南の職捨てて、こっちに来たんだってな」
    「そうよ」
    「多分、ヒノカミの御大は今日死ぬ。……そしたら、戦争も終わりだ」
    「そうね」
    「お前、この後どうすんだ?」
    「……さあ? とりあえず、友達のトコで働かせてもらおうかなって思ってるけど」
    「そっか。……俺、どうすっかなぁ」
    「勝手にすればいいじゃない」
     ツンツンとした態度のリストに、ルドルフは口をとがらせた。
    「もうちょい構ってくれよ、リスト。同じ銃士だろ?」
    「フン」
     と、カツカツと歩く音が聞こえてくる。
    「ん……?」「誰……?」
     リストとルドルフは同時に、音のする方に顔を向ける。
    「あら、ルドルフじゃない」
    「あ、無事だったんですね、リストさん!」
    「……とっ、トモちゃん!?」
    「メイナ!? 何でここに!?」
     リストに駆け寄ろうとする明奈の手を、巴景が引っ張った。
    「いたっ」
    「構ってる暇なんか無いわ。後にして」
    「……はい」
     巴景たちはそのまま、奥へと進んで行った。
    「何でここに……?」「さあ……?」
     リストとルドルフは顔を見合わせ、同時に首をかしげた。

    「……はっ」
     エルスに首を絞められ、気絶させられていたドールが目を覚ました。
    「負けちゃった、か。……オマケにこんな、気遣いまで」
     ドールの体には、エルスが着ていた上着がかけられていた。
    「あーぁ。……やっぱり今でも、ソコはいいオトコなのね」
     ドールは上着を抱きしめ、うなだれる。
    「久しぶりね、ドール」
    「ひゃっ!?」
     突然声をかけられ、ドールは慌てて顔を挙げた。
    「……あ、あら。トモエじゃない」
    「ふふっ。……ねえ見て、ドール」
     そう言って、巴景は仮面を取る。
    「……お化粧したのね。キレイじゃない」
    「ありがと。あなたにそう言ってもらえて、嬉しいわ」
     そう言って巴景はドールの前に屈み込み、口付けした。
    「むぐ……っ!?」
    「……じゃあ、ね」
     巴景はすっと立ち上がり、再び仮面をかぶる。
    「巴景さん、ずるいですよ。わたしには暇なんか無い、と言ったのに」
    「ゴメンね。あれだけはやっておきたかったの」
     そのまま、二人は奥へと進んで行った。
    「……あ、アハハ。ビックリしたぁ」
     残されたドールは顔を真っ赤にし、唇を押さえた。



     洞窟の最下層。
     地面のあちこちに穴が空いており、そこからは赤く輝くマグマが、ずっと底の方に覗いている。
    「もうそろそろ、来る頃か」
     アランのつぶやきに、座り込んでいたフーが立ち上がる。
    「アラン。そろそろ聞かせてくれ。これは一体、何なんだ?」
     フーは足元一面に彫られた、複雑な幾何学模様を指差す。
    「魔法陣だ。お前に見せたものと同じ、モンスターを造るものだ」
    「これを一体、誰に使うんだ? まさか、俺か?」
    「馬鹿な。お前がモンスターになれば、誰が王になる?」
    「じゃあ、誰に使うんだ? これから来るかも知れない、王国軍にか?」
     フーの問いに、アランは首を振る。
    「いいや。我々の頭上にあるものを、そっくりモンスターにするのだ」
    「頭上? ……まさか!?」
    「そう。ウインドフォート砦だ」
     アランの回答に、フーは立ち上がって叫ぶ。
    「何を馬鹿なことを! こんなでかいものを、そのままそっくりモンスターにするって言うのか!?」
    「ああ。ほとんど街の一区画に相当する、巨大なモンスターが誕生する。
     だが残念なことに、このままではモンスターに変化したとしても、活動するための『知能』がまるで足りない。恐らく蒙昧に動き回り、海に沈んでいくだけだ」
    「知能……?」
    「そこで優秀な頭脳自ら、こちらに赴いてもらうのだ。それを組み込むことで、最強最悪のモンスターは完成する」
    「優秀な? ……!」
     そこでフーに、一人の人物が思い当たった。
    「エルスさん……、を?」
    「そうだ。奴ならばこの洞窟への道を見つけ、なおかつ自ら乗り込んでくる。お前との因縁のためにな」
    「それ、で……、俺を選んだのか。いずれ、こうするために……っ」
    「あくまで戦術の一手に過ぎない。お前の側に、利用できる人間がいた。それだけの話だ」
    「……ふざけんな……」
     フーは剣を抜き、アランに向かって構えようとした。
    「そんなこと、俺がさせると思うのかよ」
    「私を倒す気か? やめておけ。お前では敵わない」
    「何だと?」
    「それに、だ。お前も分かっているはずだろう、私が死なぬことを。
     例え今、お前が私を倒したとしても、いずれは復活し、同じことをする。同じような仕掛けは、このウインドフォートだけではなく、他の場所にも造っている。
     果てなくいたちごっこを続けたいと言うのなら、やっても構わないが」
    「……くそっ!」
     フーは地面に膝を着き、悔しがった。
    「てめえ……、てめえ、てめえ! 何で俺を、こんなに苦しめるッ!
     何でこんな、悪魔のようなことばかりするんだ……ッ!」
    「……」
     アランはそれ以上何も言わず、じっとマグマを眺めていた。
     と――洞窟の上方から、足音が聞こえてきた。

    蒼天剣・獄下録 7

    2010.06.12.[Edit]
    晴奈の話、第576話。悪魔の所業。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「……」 一人残されたハインツは、右手に握った短剣をじっと見ていた。「……」 やがてすっと、右手を挙げる。「……御免!」 ハインツは意を決し、短剣を己の胸に突き立てようとした。 が――。「やめなさいよ、くだらない」 短剣が真っ二つに折れる。「……な、何っ?」「アンタ、いつもいつも騎士道物語にあこがれ過ぎなのよ。たまにはヒロイックな考え...

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    晴奈の話、第577話。
    英雄たちの対決。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     晴奈たちの眼下に、フーとアラン、そして巨大な魔法陣が見えてきた。
    「いたぞ……!」
     敵の姿を見つけ、一行は道を駆け下りる。
    「アラン・グレイ! 日上風! 覚悟しろッ!」
     座り込んでいたフーは、ゆらりと立ち上がる。
    「エルスさ……」
     何かを言いかけ、フーは途中で口を閉ざす。
    「……エルス・グラッド! 俺が、相手だ!」
    「フー」
     剣を構えたフーに、エルスは穏やかに声をかけた。
    「久しぶりだね」
    「だまれッ!」
    「何年ぶりだっけ。6年ぶり、かな? 随分、大きくなった」
    「子ども扱いするんじゃねえ!」
    「君はよくやった。誰も成しえない、できそうにも無いことを、次々やってのけた。本当に、英雄だよ」
    「……何が言いたいんだ」
     噛み合わない会話を、エルスはようやくやめた。
    「フー。今ならまだ、何とかしようがある。
     勿論、王国を裏切った罪は償わなきゃならないけど、それでも今は、一国の主だ。僕とトマス、それに央中と央南のバックアップがあれば、君の処分はいくらでも軽くできる。
     投降してくれないか?」
     エルスの言葉を受け、フーは目をそらす。
    「……俺だって……そうできたら……どんなにいいか……」
    「だったら……」
    「……でも、無理だ! 俺にはもう、退く道はないんだッ!」
     そう叫び、フーはエルスに襲い掛かった。
    「エルス!」
     助太刀しようとする晴奈たちの前に、アランが立ちはだかる。
    「お前たちは不要だ。ここで死ね」

     迫ってきたフーを、エルスは軽くいなす。振り下ろした剣を紙一重で避け、フーの後頭部をつかんでそのまま押し込んだ。
    「……ぐあッ!」
     勢いの付いたフーはどうにも動けず、そのまま地面につんのめる。
    「くそっ、このおぉ!」
     フーはくるりと立ち上がり、再び斬りかかる。ブン、ブンと音を立ててうなる剣を、エルスはひらひらとかわしていく。
    「はえ、え……!」
    「フー。君は勝てない」
     エルスは穏やかな笑顔のまま、避け続ける。
    「ふざけたこと……」
     フーは一歩退き、反動をつけて飛び上がった。
    「言ってんじゃねえええッ!」
     勢いよく振り下ろされた剣を、またエルスは避けようとした。
    「……っ」
     だが、エルスの額からぱたた……、と血がこぼれる。
    「……はは、危ない」
     エルスはポケットからバンダナを取り出して止血しつつ、後ろに下がった。
    「……退けよ」
     フーが剣を構え直し、声をかける。
    「退いてくれよ、もう……! この勝負、付けたくないんだよ」
    「僕だってそうさ。君を殺したくない」
    「だったら……!」
    「だけどこの後、どうなる? 君はこのまま、帰れると思うかい? 残ったのは君一人だ。こんな奥底に来て、そのまま戻れるはずがないだろう?」
    「……くっ」
    「僕に投降するしか、道は無い。それともここで何かして、突破するつもりだったのか?」
    「そう、……その、つもりだった。でも」
     口ごもるフーを見て、エルスは畳み掛ける。
    「何をするつもりだったの?」
    「……アンタが、ここに来ること。それこそが、アイツの……、アランの狙いだったんだ」
    「何だって? 僕が、狙い?」
     思いも寄らない話に、エルスはぎょっとした。

     襲い掛かるアランに、まずバリーが立ち向かう。
    「ふぬッ!」
     アランの顔面に、重たい拳がめり込――まない。
    「……う、ぐっ」
     バリーが顔をゆがめ、拳を引く。それを見たミラが、真っ青な顔で叫ぶ。
    「バリー!? 手が……!」
     バリーの拳から、ボタボタと血が垂れている。明らかに、拳の方が折れていた。
    「邪魔だ」「うぐぉ……っ」
     アランがバリーの胸倉をつかみ、右腕一本で投げ飛ばした。
    「この、っ……」
     続いて小鈴とミラが、同時に魔術をかける。
    「『ホールドピラー』!」「『グレイブファング』!」
     アランの四肢を石の柱がつかみ、さらに胸に向かって石の槍が飛んでいく。だが、石の槍はガリガリと削れた音を立てるばかりで、一向に突き刺さらない。
    「何で……っ!?」「う、うそでしょぉ……」
     小鈴たちが唖然としているうちに、アランが石の柱を破壊し、歩き出す。
    「それ以上動くな。うっとうしい」
    「ひ……」
     座り込む二人を尻目に、アランは晴奈に顔を向けた。
    「それで、残るは貴様か」
    「そうだ。ここで遭ったが百年目――今度こそ貴様を、討つ!」

    蒼天剣・獄下録 8

    2010.06.13.[Edit]
    晴奈の話、第577話。英雄たちの対決。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 晴奈たちの眼下に、フーとアラン、そして巨大な魔法陣が見えてきた。「いたぞ……!」 敵の姿を見つけ、一行は道を駆け下りる。「アラン・グレイ! 日上風! 覚悟しろッ!」 座り込んでいたフーは、ゆらりと立ち上がる。「エルスさ……」 何かを言いかけ、フーは途中で口を閉ざす。「……エルス・グラッド! 俺が、相手だ!」「フー」 剣を構え...

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    晴奈の話、第578話。
    フーの刮目。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
     先に飛び出したのは晴奈の方だった。
    「りゃああッ!」
    「蒼天」に火を灯し、アランを斬り付ける。
    「愚かな……。私にそんなものは一切通用しないと、何故理解でき……」
     言いかけたところで、アランの言葉は中断させられた。
    「……っ、ナ、ニ?」
     晴奈の刀はゴリ、と音を立てて、アランがローブの下に着込んでいた甲冑を削った。完全に切れたわけではなかったが、それでもアランをうろたえさせるには十分だった。
    「バカ、ナ、……馬鹿な! ……くっ!」
     アランは身を翻し、晴奈との間合いを大きく取る。
    「どうだ、アラン! この黄晴奈は、お前を討つ力を持っている! 容赦はせんぞッ!」
    「まさか……、私の防御性能を超える、武器が? そんなものは……、最早あるはずが……」
     アランは混乱しているらしく、防御姿勢すら取れないでいる。そして、それを見逃す晴奈ではない。
    「はああッ!」「……!」
     晴奈は至近距離まで踏み込み、突きを繰り出す。がつっ、と金属板が破ける音とともに、アランの腹から背中に刀が通り抜けた。
    「ぐ、……が、ガガッ」
     アランは晴奈を引き剥がそうと手を伸ばしたが、それより早く晴奈は飛びのいた。
    「ガ、ガガガ、……ユ、ゆる、許さんぞ、貴様……!」
    「許さなくて結構! こちらも許す気、一切無し!」
     晴奈は構え直し、再度仕掛けようとした。
     だが――。
    「貴様ら如き肉の塊が、この私を壊せると思うな!」
     ドン、と重たく激しい音がアランから響く。恐るべき速さで、アランが頭から飛び込んできたのだ。
    「……っ!」
     飛んできたアランを、晴奈はとっさに身を引いてかわす。
     飛んで行ったアランは洞窟の壁にぶつかったが、そのままもう一度音を立てて跳び、何事も無かったかのように地面へと戻ってきた。
    「かわしたか。……うん?」
     アランの目に、何もせず立ち尽くすフーとエルスの姿が映る。
    「フー! 何をしている! さっさと倒せ!」
    「……っ」
     アランの言葉に、フーはビクッと震える。
    「聞かないでいい、フー!」
     エルスが抑えようとするが、フーはブルブルと震えながら、剣を構える。
    「……すまない……っ!」
    「フー……!」
     アランに促され、フーは再びエルスと戦い始めた。
    「やれやれ、愚図め。……戦闘再開だ」
     アランはそうつぶやいて、晴奈の方に向く。
    「『愚図め』、だと? お前は日上の従者では無いのか? 主君を公然とけなすなど……」
    「主君? ああ、建前上は確かにそうだ。
     だがあんなゴミ同然の者、私がいなければとっくの昔に首を吊っていた程度の、一人では何もできぬクズ。
     私が拾い、育ててやったのだ。尊敬も、敬愛も、するわけがない。むしろあっちの方から、感謝してもらうべきだ。
     だから非難したところで、あいつが怒る道理も正当性も無い」
    「下衆がッ!」
     晴奈は目の前の「鉄の悪魔」に吐き気を催しつつ、再度斬りかかった。

     エルスはフーの攻撃をかわしつつ、言葉を投げかける。
    「どうしたんだ、フー! 君は、そんな奴じゃ無かったはずだ!」
    「うるせえ……っ! 俺の、何を知ってるって言うんだ!」
    「何でも、さ! 好きな食べ物、馴染みの店、お気に入りの服のメーカーも! 何年、一緒に仕事してきた?」
    「たった2年ちょっとじゃねえか! それよりも多くの時間を、俺はアイツと、アランと過ごしてたんだ!
     アイツは俺の、何もかもを握っている! もうどうしようもないんだよ……ッ!」
     フーは怒鳴りながら、エルスの胸を狙って突きを放つ。
    「すべてを握ってる、だって……? 馬鹿なことを、言うなッ!」
     エルスは剣を紙一重で避け、それを握るフーの手首を引っ張りながら、あごに掌底を当てた。
    「ぐあ……っ!」
    「思い出せ、フー! 君は元々、自分に自信を持って生きてきたはずだ! 他人に左右されず、間違ってると思ったら上司だってぶっ飛ばした、誇り高い男だったはずだろう!?」
    「……!」
     掌底をまともに喰らい、倒れこむフーの脳裏に、エルスとともに初仕事を終えた時の記憶が蘇ってきた。



    「いやぁ、風が気持ちいいねぇ」
    「そうっスねぇ」
     513年、海賊退治の直後。誘拐された人々を港へ送り返すその途上、船の上で、エルスはフーと話をしていた。
    「……えっと、こんな風に言っちゃうとさ、気を悪くしちゃうかも知れないけど」
    「なんスか?」
    「君、素直だよね」
    「へっ?」
     エルスの言葉に、フーはきょとんとする。
    「いや、そんなことないっスって」
    「なんかさ、今こうして見てると、そう思うんだよ」
    「いやいや、素直な奴だったら上官にパンチ喰らわせたりしないっスよ」
    「あ、それなんだけどさ」
     エルスは小声で、フーに耳打ちする。
    「あの時の教官、カルノフ中尉だったってね?」
    「え、知ってるんスか?」
    「うん。僕の2つ先輩。……でもさー、はっきり言ってヤな奴だよね」
     そう言ってニヤ、と笑うエルスに、フーも笑い出した。
    「……ふ、あはは、そう、そうなんスよねっ」
    「だろ? ネチネチ人をけなす奴だし、そりゃ殴りたくもなる。……でさ、何て言われたの?」
    「……まあ、その。ばーちゃん、バカにされたんスよ。ばーちゃん、ちょっとボケ入っちゃってて」
    「なるほど。そりゃ、中尉の方が悪い。もう2、3発殴ってもいいくらいだ」
     エルスは小さくうんうんとうなずき、こう続ける。
    「君はいい奴だ。自分の家族を、大事に思ってる。そしてそれを傷つけられたら、果敢に立ち向かう。……君は大事なもののために敢然と戦える、誇り高い子だね」
    「……どもっス」
     べた褒めされたフーは、顔を赤くした。



    「……誇り、高い」
    「そうだ! 少なくとも他人の言いなりになるような、浅い男じゃ無かったはずだ!
     立て、フー! 本当の君は、日上風は、こんな時どうする!?」
    「……っ」
     フーは剣を杖にして、ヨロヨロと立ち上がった。
    「エルス、……さん」
     よろめき、エルスに支えられながらも、フーははっきりとした口調で答えた。
    「目が、醒めました」

    蒼天剣・獄下録 9

    2010.06.14.[Edit]
    晴奈の話、第578話。フーの刮目。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. 先に飛び出したのは晴奈の方だった。「りゃああッ!」「蒼天」に火を灯し、アランを斬り付ける。「愚かな……。私にそんなものは一切通用しないと、何故理解でき……」 言いかけたところで、アランの言葉は中断させられた。「……っ、ナ、ニ?」 晴奈の刀はゴリ、と音を立てて、アランがローブの下に着込んでいた甲冑を削った。完全に切れたわけではなか...

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    晴奈の話、第579話。
    囲まれた鉄の悪魔。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    10.
     晴奈とアランの対決は、依然決着していなかった。
    「うりゃあッ!」
     晴奈の「蒼天」が、何度もアランの体を捉える。だが、多少削れるところまでは行くのだが、貫き、切り落とすまでには至らない。
     致命傷と思われた二太刀目も、さして影響を与えていないようだった。
    「どうした、最初の威勢は!」
     さらにアランは、かつて晴奈が殺刹峰で戦った強敵、フローラ以上の跳躍力と瞬発力を発し、まるで弾丸のように晴奈へ飛び掛ってくる。
     猫獣人の感覚の鋭さをもってしても、アランと立ち向かうのは容易ではなかった。
    「動きが、捉えられない……!」
     かわしざま、すれちがいざまに斬り付けはするが、とても決定打を与えられる状況ではない。
     持久力に自信のある晴奈も息が切れ始めており、このまま対峙すればジリ貧になるのは明らかだった。

     と、またアランが飛び掛ったその時だった。
    「『ワールウインド』、吹き飛べッ!」
     突然の強風にあおられ、アランの体勢が崩れる。
    「う……っ!?」
    「アラン・グレイ! 僕たちも相手になるぞ!」
     フーと戦っていたはずのエルスが、魔術を放ったのだ。
    「何……!? フー、何故そいつを殺さない!」
     晴奈の位置から大きくずれた場所に着地したアランは、エルスの横に立つフーに怒鳴った。だが、フーは首を大きく横に振り、こう言い返した。
    「もううんざりだ、って言っただろう、アラン! お前の命令なんざ、二度と聞かねえッ!」
    「この……、馬鹿がッ!」
     アランは脚をガキン、と鳴らす。その聞き覚えのある金属音に、晴奈はアランの正体に勘付いた。
    (この音……、フローラも同じ音を発し、とんでもない威力の掌底や蹴りを放ってきた。
     とすれば、奴もまさか……?)
    「もういい! 私が、殺してやる!」
     アランは地面をドゴ、と音が響くほどに蹴り、エルスに向かって突っ込んできた。
    「はいやッ!」
     エルスは飛んできたアランの肩を両掌で受け止め、後ろに引きながらぐるりと体を回転させつつ、膝蹴りを放った。
    「ゴ……ッ!?」
     アランは飛んできた時以上の速度で、横にガタガタと転がっていく。
     マグマの蒸気が昇る縦穴に落ちる寸前でようやく体勢を立て直し、信じられないと言いたげな声を漏らした。
    「ナ……、ナに、ヲ、しタ!?」
     アランの発声がおかしくなってくる。エルスの一撃は、相当のダメージを与えたらしい。
    「『合気』って体術の一種だよ。相手の力に自分の力を上乗せして、相手に叩き返すのさ」
    「ガ、ガピ……ッ、どイ、つ、モ、こいツも……!」
     アランの声が、段々と金気を帯びてとがってくる。
    「私ニ逆ラウと、ドウなルか……ッ!」
     アランは両肩をガキンと鳴らし、再びエルスに向かって飛んでいく。だが、エルスに両掌をぶつける直前で、フーが正面から突っ込んできた。
    「どうなるってんだ、このクソ野郎ッ!」「ゴ……、バ、ッ」
     フーの構えた「バニッシャー」が深々とアランの胴に刺さり、そのまま右へと抜ける。アランは体勢を崩し、またガタガタと転げ回った。
    「ガッ、ピー、ピガッ、……ガ、がアアああッ!」
     なお諦めず、アランは飛びかかる。
    「せいッ!」
     だがこれもエルスは受け流し、より強い力で投げ飛ばす。
    「グゴ、コ……ッ」
     三度地面につんのめり、アランの声は完全な金切り声へと変わった。
    「ガ、ガガ、ガ……、オ前ラ、ヨクモコノ私ヲッ!」
     ボロボロになったアランのフードが、はらりと落ちる。今まで半ば隠されていたアランの鉄仮面が、後頭部まであらわになった。
    「全身に、鋼鉄の甲冑を……!」
    「道理で……、どこを斬っても金属音が鳴るわけか」
     アランの目が鉄仮面の奥で、爛々と光る。
    「ガ、ガガッ、ガガピッ……」
     何かを怒鳴ったようだが、ほとんど金属をこすり合わせたような音にしか聞こえない。
    「……流石に、手が痛くなってきたな」
     エルスはのんきそうに振舞っているが、その両手は青黒く変色し、出血している。受け流してはいたものの、アランからのダメージを消しきれなかったらしい。
    「ハァ、ハァ……、くっ」
     フーの顔色も悪い。
    「全力で斬ったってのに、……なんでてめえ、倒れねえんだよ! これじゃ、まるで、あいつみたいな、……あああ……クソがっ……」
    「……悪魔め」
     晴奈の息は整ってきてはいたが、決め手を欠くこの状況に、足が踏み出せずにいた。
    (どうすれば、奴を倒せる……? どうすれば、この悪魔を討つことができる……!?)
     晴奈は依然、目の前に立ち続ける「鉄の悪魔」の姿に舌打ちするしかなかった。

     その時だった。
    「あら、もう始めちゃってるの? ずるいわね、私も一枚噛ませなさいよ」
     晴奈たちの頭上から、声が降りてきた。

    蒼天剣・獄下録 10

    2010.06.15.[Edit]
    晴奈の話、第579話。囲まれた鉄の悪魔。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10. 晴奈とアランの対決は、依然決着していなかった。「うりゃあッ!」 晴奈の「蒼天」が、何度もアランの体を捉える。だが、多少削れるところまでは行くのだが、貫き、切り落とすまでには至らない。 致命傷と思われた二太刀目も、さして影響を与えていないようだった。「どうした、最初の威勢は!」 さらにアランは、かつて晴奈が殺刹峰で戦...

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    晴奈の話、第580話。
    朱雀降臨。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    11.
    「巴景……」
     頭上を見上げた晴奈の目に、仮面の女剣士の姿が映った。
    「久しぶりね、晴奈。随分強くなったみたいじゃない」
    「遅かったな」
     晴奈は巴景が現れたことに、驚いてはいなかった。何故だか、きっと来るだろうなと言う直感があったからだ。
    「あら、まだまだこれから、ってところでしょう?
     私もそいつには借りがあるのよ。私にも相手、させなさいよ」
     そう言って巴景はひょいと飛び降り、晴奈の横に、すとんと静かに着地した。
    「アラン、また会えたわね」
    「ギ、ガッ……、トモエ・ホウドウ、カ。オ前モマタ、私ニ牙ヲ剥クツモリカ?」
    「なに、そのキーキー声? まるで壊れたラッパね」
     悪魔然としたアランを前に、巴景は居丈高に振舞う。
    「ちゃっちゃと終わらせましょ。……『地断』!」
     巴景は居合い抜きの形で「ファイナル・ビュート」を抜き払う。音速の刃がアランに向かって伸び、弾き飛ばす。
    「グ、オ、ガガッ……」
    「……あら?」
     だが、アランは倒れない。1メートルほどは押されたものの、ダメージを受けたようには見えない。
    「無駄ダ……! コンナ風、痛クモカユクモ無イ」
    「……ふうん。相性の問題かしら。じゃ、折角の新技も効きそうに無いわね。どっちも風属性だし」
     腕を組んでアランを眺めていた巴景は、チラ、と晴奈を見る。
    「……癪だけど、まあ、いいわ。
     晴奈、私に協力しなさい。あいつ、さっさと倒したいでしょ?」
    「何?」
     この提案に、晴奈は面食らった。
    「するの? しないの? どっち?」
     巴景は苛立たしげに、もう一度尋ねてくる。
    「……分かった。一太刀だけだぞ」
    「ええ、それで十分よ」
     巴景はうなずき、右手を「人鬼」で炎に変えた。
    「なっ……?」
    「晴奈、『炎剣舞』を出しなさい。私がそれに技を加えて、威力を倍加させるわ」
     赤く煌く巴景の右腕に面食らうが、晴奈は応じた。
    「……よし。行くぞ、巴景!」
    「いいわよ!」
     晴奈はぐる、と回りながら、「蒼天」に火を灯す。ほぼ同時に、巴景は両腕を炎に換えて「ビュート」を握りしめた。
    「ヌッ……!?」
     アランが警戒し、両腕を交差させて防御姿勢を取る。だが二人は構わず、さらに強い魔力を自分たちの技に込める。
    「はああああッ!」「今よ、晴奈ッ!」
     晴奈の炎と、巴景の炎が渾然一体となる。
     その瞬間、洞窟の中には大きく、真っ赤な塊が浮かび上がった。
     それはまるで、一羽の怪鳥のようだった。
    「『炎剣舞』ッ!」「『人鬼・天衝』!」
     二人の手を離れ、朱雀の如く飛んでいった炎の塊は、アランの体を易々と貫いた。
    「グ、……ガ、ガアア、アアアアッ!?」
     貫かれたアランは甲冑のいたるところから粉のような火を噴き出させ、バン、とけたたましい音を立てて爆ぜた。



     炎を収め、元の姿に戻った巴景が晴奈の横に立ち、つぶやいた。
    「終わり、ね」
     爆発によりひび割れた魔法陣のほぼ中央に、飛散したアランの体の「破片」と、まだ胸から上を辛うじて残す、アランがいた。
    「え……?」
     いつの間にか追いついていた明奈が、驚いた声をあげた。
    「あの、破片」
    「ええ。……歯車、バネ、後、なんか色々」
    「機械の、……部品です、よねぇ?」
     飛散したアランの破片は、どう見ても人工物の塊だった。
    「人形、だったのか」
    「やはり……、か。半人半人形どころではない、完全な人形」
    「自律人形、って奴か」
     一同は恐る恐る、アランの側へと近付く。
    「ガ、ガガッ、ピッ」
     アランの頭部は、なお音を立てている。
    「……ガ、ガ、……愚カナ、者ドモメ。私ハ、何度殺サレヨウト、死ナヌ。イツカマタ、完全ナル、姿デ、復活スルノダ」
    「……だから、カツミと相討ちになった後、平然と現れたのか」
     正体を現した自分の側近を見下ろし、フーは歯軋りした。
    「お前はまた……、現れる」
    「ソウダ、……ガ、ガガ、……ドレダケ私ヲ殺ソウト、私ハオ前ノトコロニ戻ッテクル」
    「そしてまた、多くの人間を犠牲にして俺を王にしようとするのか」
    「ガ、ガピュ、……ピュルル」
     半ば鉄クズとなったアランを前に、フーは黙り込んだ。
    「……」
     少し間を置いて、フーはエルスに向き直った。
    「……エルスさん。こいつを二度と復活させない、いや、復活してもどうにもならなくする方法があります」
    「えっ……?」
     意を決した表情のフーを見て、聡明なエルスは彼が何を言おうとしているのかを察した。

    蒼天剣・獄下録 11

    2010.06.16.[Edit]
    晴奈の話、第580話。朱雀降臨。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11.「巴景……」 頭上を見上げた晴奈の目に、仮面の女剣士の姿が映った。「久しぶりね、晴奈。随分強くなったみたいじゃない」「遅かったな」 晴奈は巴景が現れたことに、驚いてはいなかった。何故だか、きっと来るだろうなと言う直感があったからだ。「あら、まだまだこれから、ってところでしょう? 私もそいつには借りがあるのよ。私にも相手、させな...

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    晴奈の話、第581話。
    悪夢の終わり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    12.
     エルスの笑顔が消える。
    「……ダメだ、フー! そんなことは……!」
    「他に方法は、無いんです」
     フーは諦めたような表情を浮かべ、首を振った。
    「コイツは何が何でも、俺を王にしようとする。そしてそのために、多くの人が死んでいく。俺はもう、それに耐えられないんです」
    「だからって……!」
     フーは依然、首を横に振りながら、身に付けていた防具、「ガーディアン」一式を脱ぎ出す。
    「頼みがあります」
    「フー! ダメだ!」
    「俺の国、『ヘブン』ができる限り、この先も残っていくよう、協力をお願いします。
     それから、『ヘブン』で俺を待っているランニャにこの防具を返して、『長い間、ありがとう』と言伝してください。
     あと、俺がここまで連れてきた側近たちも、処分しないでもらえるよう、お願いします」
    「フー……!」
     フーは「バニッシャー」を地面に突き立て、言葉を続ける。
    「最後に、この『バニッシャー』。元の持ち主が誰なのか、転々としすぎて分かんなくなりましたけど、……黒炎教団に返すのが、一番かなと思います。彼らに、返してやってください」
    「……ダメだ……!」
     エルスは一歩、フーに歩み寄ろうとした。
    「来ないでください!」
    「……っ」
    「これは、決めたことです。……すべての償いと、未来に禍根を残さないために、俺がその罪を全部被ります」
    「……」
     エルスはそれ以上、何も言えなかった。
     フーは残っていたアランの頭部をつかみ、声をかける。
    「アラン。これでもう、お前の企みはお仕舞いだ」
    「ガガ……、ナニヲスルキダ……!?」
    「俺がいる限り、お前は復活して世界を混乱させる」
    「マサカ……、待テ、早マルナ!」
    「お前の言うことなんか、誰が聞くか」
     フーはアランをつかんだまま、マグマが沸き立つ縦穴へと歩いていく。
    「ヨセ……、ヨセッ!」
    「……」
    「ヤメロ、今マデ私ガ積ミ上ゲテキタコトヲ、無駄ニスル気カ!?」
    「お前は結局、自分のためだけに、俺を王に仕立て上げた。お前なんかが一人得をするために、俺たちは生きてきたんじゃねえ」
    「ヤメロオオオオオオオッ!」
     アランはわめくが、フーは構わず縦穴のすぐ前まで足を進めた。
     そこで立ち止まり、振り返る。
    「……エルスさん」
     フーはエルスに向かって、涙を流しながら敬礼した。
    「最後まで、ありがとうございました」
     フーは敬礼したまま、ポンと後ろに飛んだ。

     縦穴の底へ消えたフーを、エルスは呆然とした顔で見送っていた。
     その表情は、そこにいた皆が、今まで見たことのないものだった。
    「……終わった」
     やがて、エルスが口を開いた。
    「何もかもが、終わった。
     戦争は、終わりだ。
     悪魔ももう、現れない。現れてももう、何もできない。
     アラン・グレイの企みはすべて、水泡に帰したんだ」
     エルスは静かに、フーの遺した「バニッシャー」と「ガーディアン」の側に座り込んだ。
    「……何と言えばいいか分からない。
     ありがとうと言うには、身勝手すぎる。すまないと言うには、あまりに何もできなかった。
     ……でも、……ごめん、……ありがとう」



     1時間後、ほぼ夜が明けようかと言う時刻になって、晴奈たちは地上に戻ってきた。
     うつむきがちに兵士たちと話すエルスを置いて、晴奈と巴景は街の外まで出る。その後ろには、明奈が付いてきていた。
    「いよいよ、この時が来たわね」
    「ああ」
     晴奈と巴景は、互いに距離を取って向かい合う。
    「決着を付けるぞ」

    蒼天剣・獄下録 終

    蒼天剣・獄下録 12

    2010.06.17.[Edit]
    晴奈の話、第581話。悪夢の終わり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12. エルスの笑顔が消える。「……ダメだ、フー! そんなことは……!」「他に方法は、無いんです」 フーは諦めたような表情を浮かべ、首を振った。「コイツは何が何でも、俺を王にしようとする。そしてそのために、多くの人が死んでいく。俺はもう、それに耐えられないんです」「だからって……!」 フーは依然、首を横に振りながら、身に付けていた防...

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    晴奈の話、第582話。
    晴奈と巴景、三度目の戦い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     朝の光がうっすらと、北方大陸の高い山々の端から漏れている。だが晴奈と巴景、両者の周囲はまだ薄暗い。
     その中で、二人は対峙していた。
    「晴奈。あなたの妹さんには、感謝しているわ」
    「明奈に……?」
     晴奈は付いてきた明奈をチラ、と見る。
    「何かしたのか、あいつに?」
    「え? えっと、あの、……お化粧を、教えただけですけど」
    「化粧?」
     もう一度、晴奈は巴景に目をやる。
    「……!」
     いつの間にか巴景は仮面を外しており、そこには化粧で傷を薄めた顔があった。
    「こう言うことよ。アンタに付けられた傷は、目立たなくなった。仮面を外しても、大手を振って歩ける顔になったわ。
     そうなってくると不思議ね。アンタに対する恨みは、淡くなった。もう前ほど、アンタを殺してやろうなんて思ってないの。
     でも分かるでしょ、晴奈? それと『これ』とは、別の話だって」
    「ああ。これはあくまで、私とお前、どちらが剣士として上か。それがすべてだ」
     話は一段落したが、どちらもまだ武器を構えない。
    「ねえ晴奈」
     と、さらに巴景が話を続ける。
    「何だ?」
    「私、賭けをしたの」
    「賭け?」
     巴景は明奈を指差し、悪辣に笑う。
    「私が勝ったら明奈をもらう、ってね」
    「何だと!?」
     驚く晴奈に、明奈が一言加える。
    「その代わり、お姉さまが勝ったら巴景さんに、お姉さまのことを姉と呼ぶよう要求しましたよ」
    「……剣呑な賭けをしたものだな」
    「私だって嫌よ。だから絶対、勝つつもりよ」
    「……そうか」
     そこでようやく、巴景が剣を抜いた。菫色に輝く「ファイナル・ビュート」が、巴景の姿をほんのりと照らす。
    「勝負よ、晴奈」
    「ああ」
     晴奈も刀を抜く。「晴空刀 蒼天」が、こちらは蒼色に、晴奈を照らした。
    「行くぞ、巴景ッ!」

     両者とも、初太刀は火も風も無い、そのままの刃だった。
    「く、っ」「ぬ、ぅ」
     一瞬鍔迫り合いになったが、晴奈が飛びのく。
    「力は……、お前の方が上か」「みたいね」
     続いて二人は、己が磨き上げてきた剣術でぶつかり合う。
    「『火射』!」「『地断』!」
     二条の剣閃が、尾を引いて飛んで行く。一方は地面を焦がし、もう一方は地面を割って、丁度中間でぶつかり合った。
    「……っ」
    「地断」が「火射」とぶつかった瞬間に弾かれ、四散するのを見て、巴景が息を呑む。
    「魔力の方は、アンタが上のようね。でもこれはどう!?」
     巴景は新たに編み出した技を、晴奈に仕掛けた。
    「『天衝』ッ!」
     風の魔術剣を乗せて繰り出された突きが、猛烈な渦を巻く。
    「な……っ!?」
     晴奈は直感的に、この攻撃が恐ろしい威力を秘めていることを感じ取った。
    「……まずい!」
     晴奈は「蒼天」を構え直し、飛んでくる衝撃を受けた。
    「お、お……っ」
     重たい一撃に、晴奈の体が浮く。だが、それでも「蒼天」は受け切り、晴奈を護った。
    「『地断』の一点集中、か」
    「そうよ。……相当な名刀のようね。まさか私の全力攻撃を受けて、折れも曲がりもしないなんて」
    「ああ。この『晴空刀 蒼天』は、世界最高の一振り。黒炎殿、克大火から賜った逸品だ」
    「克の? ……ああ、もったいないことをしたかな」
    「うん?」
     巴景はぺろ、と舌を出す。
    「日上と一緒に克を倒した時、奴の持ってた刀を墓標代わりに差して、置いてきちゃったのよ。アンタと戦うならそれくらいの業物、用意しておけば良かったわ」
    「お前が、黒炎殿を倒したのか」
     これを聞いた晴奈は、顔をしかめた。
    「あら? アンタ、焔流のくせに克びいきなの? そうよね、刀をもらうくらいだものね。
     ま、いいわ。今この時、どこが何を嫌ってたりとか、誰が何を信奉したりとか、関係ないわ。ここにはあなたと私だけだもの」
    「そうだ。そんな話は、終わってからいくらでも語ればいい」
    「ええ。……さあ、仕切り直しよ! 行くわよ、晴奈!」

    蒼天剣・曙光録 1

    2010.06.19.[Edit]
    晴奈の話、第582話。晴奈と巴景、三度目の戦い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 朝の光がうっすらと、北方大陸の高い山々の端から漏れている。だが晴奈と巴景、両者の周囲はまだ薄暗い。 その中で、二人は対峙していた。「晴奈。あなたの妹さんには、感謝しているわ」「明奈に……?」 晴奈は付いてきた明奈をチラ、と見る。「何かしたのか、あいつに?」「え? えっと、あの、……お化粧を、教えただけですけど」「...

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    晴奈の話、第583話。
    見えない技(invisible)と触れない技(invincible)。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     晴奈と巴景の勝負は、平行線を辿った。
     風の術に劣後するはずの火の魔術剣は、巴景の放つ風の魔術剣と十二分に対抗できていた。巴景の方も、強化術で筋力を増強させ、鍔迫り合いになれば晴奈をあっさり弾くことができた。
     魔力では晴奈に、筋力では巴景に分があり、それが一進一退の状況を作っていた。

    「ふーっ、ふーっ……」
    「ハァ、ハァ……」
     暦の上では春に差し掛かったとは言え、北方の空気はまだ寒々しい。晴奈も、巴景も、己のかいた汗が湯気となって、周りを白く染めている。
    「……なかなか、しぶといわね。やっぱり、これを使わなきゃ決着しそうに無いか」
    「何を使う気だ?」
    「これよ」
     そう言って、巴景は両腕を火に変えた。
    「先程アランを倒した際に使った、あの妖術か」
    「そう。自分の体を魔術に換える、私の奥義。名付けて、『人鬼』」
    「奥義、か。ならば私も、奥義で対抗させてもらう」
    「『炎剣舞』ね」
    「いいや」
     晴奈は深呼吸し、不敵に笑っているような、それでいて、覚悟を決めたような目で、巴景を見据えた。
    「それを超えるもの。誰にも捉えられぬ、不可視の秘剣。名付けて、『星剣舞』」
     次の瞬間、晴奈の姿が巴景の目の前から消えた。
    「……ッ!」
     巴景は周囲に気を巡らせ、晴奈の気配を探る。
    「……いない……? いいえ、いるはず」
     巴景は自分の体を風に変え、晴奈の攻撃に備えた。
    「……う、っ」
     風になった自分の体を、鋭いものがすり抜ける。実体が無いので斬られはしなかったが、相手の姿が確認できないまま攻撃を受けたことに、巴景は戦慄した。
    「どこ……?」
     立て続けに何度か刀が通り抜けていくが、依然ダメージは無い。とは言え、巴景の方も相手の姿が見えなくては、攻撃のしようが無い。
    「……っ、時間切れ、か」
     巴景の集中が乱れ、「人鬼」が解除される。と、晴奈の方も根負けしたらしく、姿を表した。
    「……奇怪な術だ」
    「それはこっちの台詞よ。一体今まで、どこにいたの?」
     互いの切り札を出しつくし、両者とも打つ手を失う。
     そのまま二人は、じっと互いに相手をにらみ続けた。
     と、晴奈が口を開く。
    「……巴景」
    「何?」
    「決着が、付かぬな」
     その言葉に、巴景は一瞬間を置いて笑い出した。
    「……クス、アハハ、そう、そうね。全然付きやしない」
    「……はは、くく、くふふふっ、まったくだ」
     晴奈も笑い出した。
    「互いの奥義を繰り出してなお、どうにもならぬ。この勝負、決着は永遠に付かぬよ」
    「癪だけど、その通りね。後何回、『人鬼』と『星剣舞』を仕掛け合っても、多分どうもならないでしょうね。
     ……いいわ。明奈は諦めた。その代わり、アンタのことなんか絶対、姉さんなんて呼ばないわよ。
     この勝負、引き分けよ」
    「そうだな」
     二人とも、笑いながら刀と剣を納めた。
     と、ようやく山の稜線から朝日が姿を表す。曙(あけぼの)の光が、二人の顔を照らした。
    「次こそ、決着を付けてあげるわ」
     巴景はニヤリと笑い、そう告げた。
    「次、か。……巴景、済まぬが私は」
    「何? 結婚でもするの?」
    「……そうなるかも知れない」
    「あら、そう。……へー。
     ま、それでもあなた、刀を置かないでしょう?」
    「ああ、そのつもりだ」
    「じゃあ、いいじゃない。また、仕合いましょう?」
     晴奈ははにかみ、うなずいた。
    「……ああ。また、いつか」
    「いつか、ね」
     巴景は最後に、明奈にパチ、とウインクしてその場を去った。

     戦いが終わったところで、明奈が恐る恐る晴奈に近寄ってきた。
    「お姉さま」
    「明奈。……どうして、とは聞かない。大体の事情は、何となく、分かったつもりだ。
     ありがとう」
    「いいえ、どういたしまして。ところで」
     明奈はいたずらっぽく笑い、晴奈に尋ねた。
    「お相手、どなたなの? と言っても、わたしも何となく、察しは付いておりますけれども、ね」
    「……うぅ」
     晴奈は顔を赤くし、うつむいた。

    蒼天剣・曙光録 2

    2010.06.20.[Edit]
    晴奈の話、第583話。見えない技(invisible)と触れない技(invincible)。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 晴奈と巴景の勝負は、平行線を辿った。 風の術に劣後するはずの火の魔術剣は、巴景の放つ風の魔術剣と十二分に対抗できていた。巴景の方も、強化術で筋力を増強させ、鍔迫り合いになれば晴奈をあっさり弾くことができた。 魔力では晴奈に、筋力では巴景に分があり、それが一進一退の状況を作っていた。「...

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    晴奈の話、第584話。
    告白の返事。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     翌日、山間部・ジーン王国首都、フェルタイル。
    「明日、リロイと国王陛下、それからゴールドマン総帥、コウ主席とが、声明を発表する。フーが死亡したことについての。
     それで戦争は終わる。君主を失った『ヘブン』は恐らく、崩壊するだろう」
    「そう、か」
     トマスから話を聞き、晴奈は納得の行かなそうな顔を見せた。
    「日上の願いは、叶いそうもないか」
    「難しいところだね。
     拘束した側近たちとフーの装備は釈放、送還できるだろうけど、『ヘブン』への賠償請求は避けられそうにないし、それを払う払わないで『ヘブン』国内はもめる。それで多分、内部分裂を起こし、崩壊するだろう。
     それは僕らには、どうすることもできない話だ」
    「そうか……」
     トマスは晴奈の沈んだ様子を見て、不安げに尋ねる。
    「そんなに、フーに思い入れが?」
    「いや、そうじゃない。自らの犠牲と引き換えにした条件が、そんなに無下に扱われるなんて、と思ったんだ」
    「……そうだね。このまま彼の国が消えたりしたら、フーは一体何のために生きてきたのか分からなくなる」
     トマスは眼鏡を外し、机の上で指を組んでうつむく。
    「僕も個人的には、フーの願いを叶えたいところだけどね」
     それを聞いて、今度は晴奈が肩をすくめる。
    「痛めつけられて投獄されたと言うのに、日上の肩を持つのか?」
    「あれはきっと、グレイ氏の指示だったんだよ。
     いや、これまでのすべては、グレイ氏が元凶だったんだ。フーが超人になったのも、フーが戦争に参加したことも、中央政府が消えたのも、……この一連の、戦争も。
     もしグレイ氏がいなかったら、フーは、……いや」
     トマスは頭をクシャクシャとかき、複雑な思いを吐き出す。
    「もしいなかったら、フーは絶望の淵から戻ってない、か。
     ああ、駄目だ。何が正しいのか、よく分からなくなってきた」
    「きっとそれを論じるのは、無理なことなんだろう」
     晴奈はトマスの横に座り、こつんと頭を寄せた。
    「結局、正しい正しくないと言う話は、結果論に過ぎない。もしも日上があのまますんなりと世界の王になっていたら、アランは正当化されただろう。
     だがどちらの結果にしても、日上は日陰者だろうな」
    「……」
     トマスは晴奈に頭を傾けられたまま、ぽつりとつぶやいた。
    「むなしいな、戦争って」
    「ああ、本当にそう思う。結局、一人の人間をどうこうするために、大量の人間が振り回されたんだからな。馬鹿馬鹿しくなる」
    「……ねえセイナ」
    「うん?」
    「央南に住んだら、僕はのんびり暮らそうと思ってたけど」
    「……」
    「『ヘブン』が無くなる今後、西大海洋同盟が持つ権力が暴走しないか、心配になる。もし暴走したらきっと、今回みたいにむなしく、愚かなことを行うかも知れない。
     だからこれからも同盟に参与して、間違いが起こらないよう導いていこうと思う。こんなむなしいこと、させやしない」
    「そうか」
     晴奈は頭を上げ、にっこりと笑いかけた。
    「それなら安心だ。お前ほどの男なら、きっと間違いなど起こさないよ」
    「そう言ってくれて、嬉しいよ。……でも」
    「何だ?」
    「忙しく、なっちゃうから。君と会えなくなるかも」
    「阿呆」
     晴奈はこん、とトマスの額に自分の額をくっつけた。
    「一緒にいてやる。ずっと、な」
    「ずっと?」
    「ああ。ずっと」
    「……そっか」
    「……よろしく、な」
    「うん」



    「実はね」
    「ん?」
    「君のこと、君に会う前から、ある人に紹介されていたんだ」
    「誰にだ?」
    「夢の中なんだけどね、白い猫獣人に言われたんだ。
     その時、僕はまだウインドフォートの牢獄にいたんだけど、その人は『キミを助けてくれる女の人と、将来結婚するよ』って」
    「白い、猫……だって?」
    「目が覚めたらびっくりさ。本当に僕を助けてくれたのがセイナ、君だったんだから」
    「……く、くく」
    「どしたの?」
    「くく、ふふふ……。白猫め。そう言うことか」
    「どう言うこと?」
    「私もな、トマス。白猫に出会ったんだ。
     そして同じように、夢の中で『トマスを助けるコトが、キミにとって大事な、大切なコトになる』と言われた」
    「……そりゃまた、出来レースと言うか、マッチポンプと言うか」
    「見事にくっつけられたわけだ、……く、ふふっ」

    蒼天剣・曙光録 3

    2010.06.21.[Edit]
    晴奈の話、第584話。告白の返事。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 翌日、山間部・ジーン王国首都、フェルタイル。「明日、リロイと国王陛下、それからゴールドマン総帥、コウ主席とが、声明を発表する。フーが死亡したことについての。 それで戦争は終わる。君主を失った『ヘブン』は恐らく、崩壊するだろう」「そう、か」 トマスから話を聞き、晴奈は納得の行かなそうな顔を見せた。「日上の願いは、叶いそうもな...

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    晴奈の話、第585話。
    遺された「ヘブン」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     央北、クロスセントラル。
    「……そうですか」
     送還されたドールらからの話を聞き終えたランニャは、こわばった顔でそう答えた。
    「あの人は悪魔と共に、地獄に落ちたのですね」
    「そう、なるわ」
     ドールの顔色も悪い。この二人にとってフーの死は、最愛の男を失ったことになるのだ。
     そして他の者にとっては君主、国家元首、つまりは指導者を失ったことになる。
    「これから、どうすれば……、よろしいでしょうか」
    「御大……、いえ、ヒノカミ陛下の死と共に俺たちに告げられたのは、約32億クラムの賠償請求です。こんなもん……、どうやって払えば」
    「払います」
     ランニャは顔を上げ、はっきりと答えた。
    「払うって……、いいんスか?」
    「それでフーとこの国への追求が止むのなら、惜しくはありません」
    「でも、そんなことをしたら、国内からどんな反発が……」
     不安な顔を見せるドールたち3人に、ランニャは小さく首を振る。
    「いいえ、もう既に反発は起こっています。州ごと、地方ごとに離反しようと言う動きがあちこちで、既に出ています。
     ですから私はそれに対し、いくらかを独立承認費、言い換えれば手切れ金として請求しようと考えています。それで恐らく、17、8億クラムは入るでしょう。後は国庫と、私の持つ資産から残り金額を清算するつもりです。
     とにかく、多少規模は小さくなろうとも、『ヘブン』は残します」
    「なる、ほど……。そう無理ではない、勘定ですな」
    「流石と言うか……」
     ハインツとルドルフは、ランニャがゴールドマン家と双璧をなすネール家の一員であることを、改めて実感した。
     一方で、ドールは腑に落ちなさそうな顔をする。
    「どうしてソコまで? 確かにあなたの資産と国庫からなら、32億丸々払うコトもできるわ。
     でも、滅茶苦茶でかい額よ? しかも払って残るのは、戦争に疲れてボロボロになった国だけよ。復興は至難の業だし、32億の回収なんて何年かかるか。
     ばっくれて、国に帰ってもいいじゃないの」
    「そう言うわけには、……行かないわ、ドール」
     と、ランニャの口調が変わる。
    「『ヘブン』は残したいの。そのためなら、お金なんか惜しくない。お金が必要だと言うのなら、私の力でいくらでも集めてみせるわ。
     それがあの人への、餞(はなむけ)よ」
    「そう……」
    「この国は、私が後を継ぐわ。……この子が、成人するまで」
     ランニャはドールに決意に満ちた目を向けながら、膨らみかけた自分の腹をさすった。ドールはその仕草に、ふう、と小さくため息を漏らす。
    「やっぱり、ソレが理由だったのね。そんな気したわ」
    「あの人が帰ってきたら話そうと思って、……結局、そのままになってしまったけれど」
     ランニャの目に、じわ、と涙が浮かぶ。
    「助けてくれるかしら、三人とも」
    「……勿論よ、ランニャ。いいえ、女王陛下」
     ドールは頭を垂れ、ランニャに膝まづく。
    「わ、吾輩も粉骨砕身、お守りいたします!」
     ハインツも同じように、頭を垂れる。
    「しゃーねーなぁ……。俺も付いていきますわ、陛下」
     ルドルフも苦笑しつつ、膝まづいた。



     この後、「ヘブン」からは多数の州、地域が離反。それぞれ別個に国を形成し、中央政府の名残は完全に消滅した。
     地域共同体であった「ヘブン」も離反が起こった後に、ヘブン王国として政治体制を変えた。国王となったランニャもランニャ・ヘブンと名前を変えた後、己の政治・経済手腕を発揮し、「ヘブン」の存続を曲がりなりにも達成させた。
     ドールたち側近もヘブン王国に残り、王国の繁栄に尽力したと言う。

    蒼天剣・曙光録 4

    2010.06.22.[Edit]
    晴奈の話、第585話。遺された「ヘブン」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 央北、クロスセントラル。「……そうですか」 送還されたドールらからの話を聞き終えたランニャは、こわばった顔でそう答えた。「あの人は悪魔と共に、地獄に落ちたのですね」「そう、なるわ」 ドールの顔色も悪い。この二人にとってフーの死は、最愛の男を失ったことになるのだ。 そして他の者にとっては君主、国家元首、つまりは指導者を...

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    晴奈の話、第586話。
    結ばれる二人、離れる一人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     央南、黄海。ナイジェル邸の居間にて。
    「話はついたよ」
     スーツで正装していたエルスは襟元を緩めつつ、小鈴にそう告げた。
    「どーなったの?」
    「まず、組織の存続について。
     西大海洋同盟は、今後も残ることになった。やっぱり『ヘブン』消滅後の内乱で央北が混乱したせいで、央北の政治・経済は急速に衰退しつつある。このまま放っておいたら……」
    「無政府状態ね。各地域の意見調整をするトコが無くなっちゃうから、暴動や戦争が起こりやすくなるでしょうね」
     エルスはうなずきつつ、話を続ける。
    「うん。それに乗じて、あくどい商人や資産家が武器やら食糧やらをとんでもない高値で売りつけようとするだろう。そうなれば央北経済は大混乱を起こしてほぼ壊滅するだろうし、それは後味が悪い」
    「そーねぇ。ソレじゃ実質、同盟が央北を潰したようなもんだし」
    「だから同盟はできる限り支援、援助を行うつもりだし、そのために存続することになった。
     それに戦勝国であるジーン王国を暴走させないよう、抑制する働きもあるからね」
    「イケイケだしねぇ。んで、同盟の本部はドコになったの?」
    「ゴールドコーストかコウカイかで競り合ってたんだけど、結局コウカイに決まった。海路の面で考えれば、北方と央中に一番近いのはここだからね。
     それで、同盟のトップだけど……」
    「黄海が本部になったんなら、紫明主席じゃないの? それともヘレン総帥とか?」
     小鈴の問いに、エルスは困ったように笑いながら首を振った。
    「シメイさんは『流石に央南連合と同盟のトップとを兼任するのは無理だ。自分の商会もまだまだ経営しなければならんのに』って、断ったんだ。
     ヘレンさんも『ウチはあくまで商売一本ですわ。政治にカネとモノ出すんはええですけど、自分らが政治やろうとは思とりませんからな』、だってさ。
     で、そのー……、僕が指名された」
    「へ? エルスが? え、マジで?」
     エルスは飲み物を取りに行きつつ、台所から話を続けた。
    「そうなんだよ。なんかシメイさんとかヘレンさんとか、同盟の主要人物に気に入られちゃってさ。僕はのんびりしたかったから断ったんだけど、結局押し切られちゃった。
     トマスも同じように指名されて、ツートップになっちゃったよ」
    「あらま。折角晴奈とイチャイチャできるトコだったのにね」
    「まあ、トマスは最初から乗り気だったし、セイナもトマスを助けるつもりらしいから、それはそれで仲睦まじい感じだし、いいんじゃないかな。
     ……よいしょ、っと」
     エルスは小鈴の横に座り、水をくい、と一息に飲んだ。
    「そんなわけだから、これから忙しくなりそうなんだ」
    「そっかー。じゃ、もうこんな風にのんびり話、できなさそーね」
    「そうだね。……ま」
     エルスは小鈴の肩に腕を回し、こうささやいた。
    「僕もそろそろ、一人で遊び回ってるわけには行かないってことさ。そろそろ誰かと、落ち着きなさいってことだろうね」
    「その誰かって、誰?」
     小鈴はころんと、エルスの胸に頭を寄せた。
    「ちゃんと言ってほしいんだけどなー」
    「……はは。……じゃ、ちゃんと言おうかな。コスズ、僕と結婚してくれないか?」
    「んふふ」
     小鈴はニヤニヤ笑いながら、エルスに口付けした。
    「喜んで、エルス」
    「……ああ、そうだ。これからのことでいっこ、お願いがあるんだけど」
    「なあに?」
    「僕のことはリロイって呼んでほしいな」
    「んふふふ……、いいわよ、リロイ」

     エルスたちの様子を廊下から静かに見ていたリストは、口をぎゅっと横一文字に固く結んだ。
    「……」
     そのまま足音を立てないよう、彼女はそっとナイジェル邸を出た。
    (お幸せにね、エルス、それからコスズ)
     リストの手には、大きなかばんが握られていた。
    「リストさん」
     と、背後から声がかけられる。
    「……メイナ」
     明奈は心配そうな顔を、リストに向けてくる。
    「どこに、行くんですか?」
    「……」
     リストは無言で首を振る。
    「黄商会には、来ないと?」
    「この街にいれば、嫌でもエルスと顔を合わせなきゃならない。それは今のアタシには、すごく辛いのよ」
    「そうですか……」
     明奈はそっと、リストの手を取る。
    「何?」
    「発つ前に、一緒に来て欲しいところがあるんです」

    蒼天剣・曙光録 5

    2010.06.23.[Edit]
    晴奈の話、第586話。結ばれる二人、離れる一人。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 央南、黄海。ナイジェル邸の居間にて。「話はついたよ」 スーツで正装していたエルスは襟元を緩めつつ、小鈴にそう告げた。「どーなったの?」「まず、組織の存続について。 西大海洋同盟は、今後も残ることになった。やっぱり『ヘブン』消滅後の内乱で央北が混乱したせいで、央北の政治・経済は急速に衰退しつつある。このまま放っ...

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    晴奈の話、第587話。
    二つの月。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「ここです」
     明奈は街の裏通りに進み、小さな店に入った。
    「エルスさんから教えてもらったお店です。
     ほら、前に姉とリストさんに、髪飾りを贈ったことがありましたよね? あの髪飾り、ここで造ってもらったんです」
    「へえ……」
     店の奥から、猫獣人の老人が現れる。
    「おや、黄大人のご令嬢さん。今日は何の御用で?」
    「この子とお揃いの、そうですね……、こしょこしょ」
     明奈は老人に耳打ちし、「できますか?」と尋ねた。
    「まあ、そう言うのならすぐできる。1時間ほど待っててくれ」
     店主はのそのそと、奥へ戻っていった。

     店主を待つ間、リストと明奈は話をした。
    「どこに行くつもりなんですか?」
    「さあね。お金はそれなりにあるから、ブラブラうろつくつもり」
    「銃も、持っていくんですね」
    「そりゃそうでしょ。コレは、アタシのなんだから」
    「見せてもらっていいですか?」
    「……いいけど?」
     リストはかばんから「ポプラ」を取り出し、組み立てる。
    「何でこんなの見たいの?」
    「リストさんそのもの、って気がするからです」
    「アタシ、そのもの?」
     明奈はリストから「ポプラ」を受け取り、しげしげと眺める。
    「重たいですね」
    「ま、銃だもん。……って、アタシが重い子って意味?」
    「あ、違いますよ。そうじゃなくて」
     明奈はヨタヨタと、銃を構える。
    「この銃、頑張り屋さんですよね。リストさんのために、真っ赤になるまで頑張って、敵に立ち向かう。
     そんなところが、リストさんそっくりだと思うんです」
    「頑張り屋? アタシが? ……そう、かもね」
     銃を返してもらい、リストはそれを抱きしめた。
    「ずっと、頑張ってきたもんね。この子みたいに、エルスのためにずっと、頑張ってきたし。
     でも、残念だけど……、エルスはアタシを選んでくれなかった。ある程度は吹っ切れたけど、でも、……やっぱり、悲しい」
     沈んだ顔で銃を分解するリストに、明奈は優しく声をかける。
    「わたしは、リストさんの行動を素晴らしいと思いますよ」
    「素晴らしい?」
    「振り向いてくれないって分かったなら、わたしならきっと、助けようなんてしません。
     でもリストさんは、それでも懸命にエルスさんを助けた。その私情を捨てた行動は、本当に素晴らしいです。
     こんなに気高い人を友人に持てて、わたしは幸せですよ」
     分解し終えた銃をしまいかけたリストの手が止まる。
    「……幸せ?」
    「はい。だからその友情の証を、造りたいと思って」
    「……そう言ってもらえて、ホントに嬉しい。アタシも、アンタのコトは大事な友達だもん」
     リストはうつむき、グスグスと鼻を鳴らす。
    「……ホント、アタシ最近、涙もろいわ」
    「泣かないで、リストさん」
    「……泣かせてよ」
     そうつぶやいたリストの肩を、明奈は優しく抱きしめた。
    「それじゃ、静かに、ね?」
    「うん……」

     1時間が経ち、店主が戻ってきた。
    「これでいいかい?」
    「はい、ありがとうございます」
     店主から品を受け取った明奈は、リストの手を握ってそれを載せた。
    「はい、これです」
    「コレ……、碁石?」
     リストの手に乗せられたのは、黒い碁石に「月」と彫り、そこに金を流し込んだものだった。
    「わたしのは、白いこっち。こっちにも、『月』と彫ってあります」
    「どう言う意味なの?」
    「月が二つで、『朋』。朋友、つまりとても親しい友達と言う意味です。
     この『双月』が、わたしとリストさんの、友情の証です」
    「……ふうん。キレイね」
     リストは碁石を握りしめ、ポケットに入れた。
    「ありがとう、メイナ。大事にするわ」
    「……戻ってきてくださいね」
    「そうね。アタシが、エルスのコトを忘れられたら、その時は。
     ……じゃあね」
     リストはかばんを手にし、明奈に背を向けて、店を後にした。

    蒼天剣・曙光録 6

    2010.06.24.[Edit]
    晴奈の話、第587話。二つの月。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「ここです」 明奈は街の裏通りに進み、小さな店に入った。「エルスさんから教えてもらったお店です。 ほら、前に姉とリストさんに、髪飾りを贈ったことがありましたよね? あの髪飾り、ここで造ってもらったんです」「へえ……」 店の奥から、猫獣人の老人が現れる。「おや、黄大人のご令嬢さん。今日は何の御用で?」「この子とお揃いの、そうですね...

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    晴奈の話、第588話。
    高みの、その上へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    (ここ、……だったはずよね?)
     晴奈との勝負を終えた後、巴景はブルー島にいた。
     決着が付かなかったことにやはり納得が行かず、巴景はさらに強い武器を求めて、大火を葬ったこの島に戻ってきていたのだ。
     だが、大火を埋めた場所には、墓標にしていた刀はおろか、人が埋まっている形跡すらない。
    「……ここ、……よね?」
     巴景は意を決し、埋めたはずの場所を掘り返してみた。
    (……無い?)
     しかしどれだけ掘っても、大火の骸は出てこない。
    (コートの切れ端は、ある。……でも、何故? 何故、骸が出てこないの?)
     巴景の背中に、冷たいものが流れる。
    「……まさか……」「その、まさかだ」
     背後から、声がかけられた。
    「……~ッ!」
     振り向いた巴景の目に、今その骸を探していたはずの男――克大火が立っていた。
    「……お早い、お目覚めね」
    「軽口を叩ける余裕を見せたいのか? そんな虚勢など、俺には無用だぞ」
    「……あは、は、……は」
     巴景の腰が抜ける。ぺちゃりと座り込んだ巴景に、大火は静かに声をかけた。
    「残念だったな。『雪月花』を狙っていたのだろう?」
    「……ええ」
    「見せてみろ」
     と、大火が手を差し伸べる。
    「え?」
    「その、腰に佩いている剣だ」
    「……どうぞ、ご自由に」
     すっかり気力を削がれてしまった巴景は、素直に「ビュート」を差し出した。
     剣を受け取った大火は、刀身を一目見てぼそっとつぶやく。
    「……失敗作だな」
    「失敗作?」
    「どこの誰が作ったか知らんが、術式が拙い。剣自体はなかなかいい出来だが、な」
     そう言って大火は、剣をひらひらと振る。
     次の瞬間、剣からピキ、と甲高く、短い音が鳴り響いた。
    「何を……?」
    「術を一部組み直した。使ってみろ」
     大火に剣を返され、巴景はそろそろと立ち上がって、剣を振った。
    「……『地断』」
     途端に、これまでとは比べ物にならないくらいに重たい感触が、巴景の手に伝わった。
    「っ!?」
     焦土と化してから1年経ち、ようやく草が生えてきていた荒れ野がまた深々とえぐられ、傷つけられた。
    「……すごい」
    「もう少し調律すれば、性能は格段に上がる。魔術の心得は深いようだから、自分で調整してみるといい」
     それだけ言って、大火は立ち去ろうとした。そこで思わず、巴景は声をかけた。
    「ま、待って!」
    「うん?」
    「あ、あの。……何であなた、生きているの?」
    「そんなことを知ってどうする?」
     大火はクク、と鳥のように笑った。
    「太陽の中身を知ってどうする? 家の灯りにしたいのか?
     海の底を知ってどうする? そこに棲む魚が食いたいのか?
     月の裏側を知ってどうする? そこに住みたいのか?
     何を知ったとしても、それを活かせねば何の意味も無い。お前が俺の秘術を知ったところで、活かせるはずもあるまい」
    「……じゃあ、活かさせてちょうだい」
     巴景はゴク、と生唾を飲み、緊張で乾いた喉を湿らせる。
    「何?」
    「私はもっと、知を集めたいの。もっともっと、力を蓄えたいの。もっともっと、もっと――強くなりたいのよ。
     そのために、教えて。あなたの持つ秘術と、その使い方を」
    「……クク」
     大火は小馬鹿にしたような目を、巴景に向けてきた。
    「俺の弟子になりたいと?」
    「そうだと言ったら?」
    「俺に何のメリットがある? お前を弟子にして、俺に得があるのか?」
    「変な話をするのね」
     萎えていた巴景の気力が戻ってくる。仮面の裏で、巴景は大火を鋭く見つめ返した。
    「弟子なんて普通、取った当初にメリットなんか無いでしょ? 取って成長してから、メリットが出るものじゃない?」
    「俺の弟子の一人は」
     大火は半ばうざったそうにしながら、話を返してくる。
    「未来を見ることができた。その力は俺に、いくらかの利益を与えてくれた。その上で、魔術師としての素質も非常に高かったから、俺の弟子にしたのだ。
     そう言うメリットを、俺は弟子に求めているのだ。何も持たぬ者を弟子にしても、俺に利益は無い」
    「そう言うことね。……じゃあ、こんなのはどう?」
     巴景は右手を挙げ、「人鬼」を発動させた。
    「む……」
    「私には、魔術と物質とを変換できる術がある。
     この術をあなたに教える。その代わりに、弟子にしてよ」
    「……ふむ」
     そこでようやく、大火は嬉しそうに唇を歪めた。
    「その術――俺の古い友人が捜し求め、封印した術がベースになっているな? 俺はその術が記された魔術書を欲していたのだが、友人は『絶対にやるもんかね』と突っぱねた。
     お前と研究すれば、その奥義、秘奥へ少しは近づけそうだな。いいだろう、弟子にとってやる」
    「本当に……、いいの?」
    「俺が嘘をつくと思うのか?」
     大火はニヤと笑い、巴景の頭に手を載せた。
    「今からお前は克を名乗れ。
     克渾沌(こんとん)――それが表情なき仮面を顔にまとう、お前の号だ」

    蒼天剣 曙光録 終

    蒼天剣・曙光録 7

    2010.06.25.[Edit]
    晴奈の話、第588話。高みの、その上へ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.(ここ、……だったはずよね?) 晴奈との勝負を終えた後、巴景はブルー島にいた。 決着が付かなかったことにやはり納得が行かず、巴景はさらに強い武器を求めて、大火を葬ったこの島に戻ってきていたのだ。 だが、大火を埋めた場所には、墓標にしていた刀はおろか、人が埋まっている形跡すらない。「……ここ、……よね?」 巴景は意を決し、埋め...

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    晴奈の話、第589話。
    時は流れて。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     日上戦争――フーと「ヘブン」が起こした戦争から、いくらかの月日が経った。
     世界はその間に、大きく変動していた。



     最も大きく変わったのは、央南である。
     戦時中に成立した西大海洋同盟は、その後も引き続き存在していた。エルスとトマスが危惧していた通り、西大海洋同盟はかつての中央政府のように、非常に巨大な地域共同体となり、世界に対して強い権力・実行力を持つようになっていた。
     そして同盟本部が央南に置かれたために、央南が世界に与える影響と、世界全体からの移民は以前の比にならないほどに増大した。

     一方で、央中も大きく活気付いていた。
     戦後、央北諸国が各個に独立したことと央南が高成長したことを受け、両地域と隣り合う央中諸国は様々な商業・貿易を双方と行っていた。
     特に央中二大商家、ゴールドマン・ネール両家の活動は大規模なものであり、この商業関係だけで国が二つ、三つ買えるほどの財を築いたと言う。

     この両地域の発展は、黒炎教団にも大きな利益をもたらしていた。
     央南と央中が発展し、他地域からの移民が増加したことで、その両地域の中間地点にあった黒炎教団に入信する者も増えていたのだ。
     また、現在の教主であるウェンディ・ウィルソンが、これまでの徹底した密教主義を緩め、敵対していた焔流や央南連合などと和解し、温和的かつ柔軟な布教活動を進めたことも、教区拡大の一因となっていた。



     その活動の一環として、僧兵たちの武術を披露し、さらなる教団員を得ようと言う目的のもと、「黒炎擂台賽(らいたいさい)」と題された武術大会が開かれていた。

     が、主催したウェンディは困惑した表情を浮かべ、額を押さえていた。
    「……なんなのよ、もう」
     準決勝までの試合結果は、教主である彼女の面目を丸潰れにしていたのだ。
    「僧兵組が全員負けたって……、予想外だったわ。これじゃ逆効果じゃない」
    「あ、あの。すみません、母上」
     彼女の後ろには、絆創膏だらけの顔で申し訳無さそうに立つ息子、ウォンがいた。
    「……いいのよ。あの子と当たった時、こうなる気がしたから」
    「あの子? あの、僕の対戦相手、ご存知だったのですか?」
    「ええ。……従兄弟よ、あなたの」
    「いと、こ?」
     思わぬ事実を聞かされ、ウォンは目を丸くした。
    「どう言うことですか? 確かに狼獣人ですが、毛並みは銀色ですし、何より央中出身だと聞きましたよ?」
    「……昔、あなたの叔父に当たる者が勘当されて、央中に越したのよ。
     そこで産まれたのが、あの子」

     選手控え室で、その「狼」――ウィル・ウィアードは虎獣人の少女に、背中をポコポコと叩かれていた。
    「痛い、痛いって」
    「くやしー、ホンマくやしー」
    「まあ、残念だったけどさ」
     ウィルは少女から離れ、背中をさする。
    「いてて……。シルキス、お前バカ力なんだから駄々っ子すんなって、昔から言ってるだろ」
    「せやかて、準決勝まで行ったんやで? くやしーやん」
     くすんと鼻を鳴らすシルキスに、ウィルはポンポンと優しく頭を撫でてやった。
    「ま、仕方ないさ。次、頑張ればいいだろ?」
    「……うん」
     シルキスはぎゅっとウィルに抱きつき、彼の服で涙を拭いた。
    「あ、汚ねっ! 何すんだよっ」
    「……にひひー」
    「これからオレ、決勝なんだぞ。お前の仇討ちするってのに」
    「あ、せやった。ゴメンなー」
    「ゴメンじゃねーよ。……ったく」
     ウィルは涙と鼻水でべちゃべちゃになった上着を脱ぐ。
     と、そこで係員から声がかけられた。
    「ウィアードさん、そろそろ」
    「あ、はい」
     違う上着を着ようかと考えたが、面倒臭かったのでそのまま出ようとした。
    「あ、ウィル兄やん」
     控え室の出口まで進んだところで、シルキスが声をかけてきた。
    「何だよ?」
    「ウチの相手、むっちゃ強かったで。油断したらアカンよ」
    「分かってるって」
     ウィルは背を向けたまま、ひらひらと手を振って応えた。

    蒼天剣・回帰録 1

    2010.06.28.[Edit]
    晴奈の話、第589話。時は流れて。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 日上戦争――フーと「ヘブン」が起こした戦争から、いくらかの月日が経った。 世界はその間に、大きく変動していた。 最も大きく変わったのは、央南である。 戦時中に成立した西大海洋同盟は、その後も引き続き存在していた。エルスとトマスが危惧していた通り、西大海洋同盟はかつての中央政府のように、非常に巨大な地域共同体となり、世界に対し...

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    晴奈の話、第590話。
    再現された名試合。

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    2.
     会場となっている南西修練場に足を運ぶと、観客たちが騒ぎ出した。
    「ウィアード! ウィアード!」
    「僧兵全員負かしやがって、この!」
    「格好いいじゃねーか、くそ!」
     野次なのか賞賛なのか分からない声援が、ウィルに降り注ぐ。
    「そんだけ強いんだから入信しろよ、この野郎!」
     飛んできた声の一つに、ウィルは小声で答える。
    (バーカ、オレは天帝教だっつーの。誰が入信するかって。母さんが悲しむだろーが)
     肩をすくめつつ、特別に設置されたリングの上に登ったところで、相手の少年と目が合った。
    「……お前って」
    「うん?」
     ウィルはその猫獣人を見て、ある単語がポンと浮かんできた。
    「サムライ?」
     黒髪に、白地に茶斑の耳と尻尾を持ったその猫獣人は、央南風のいでたちに刀を佩いていたからだ。
    「侍かは分からないけど、まあ、剣士だな」
    「そっか」
     ウィルは注意深く、相手を観察してみる。
    (なんかコイツ、……相当できそうだな。シルキスが負けるだけのコトはあるか。立ち振る舞いも、すげー落ち着いてるし。
     こうやってリングに立ってなきゃ、相当若く見える。オレより大分下……、15か、16?)
     そうこうしているうちに、審判が試合の開始を告げた。
    「それでは黒炎擂台賽、決勝を行います!
     西側、ウィル・ウィアード! 央中ゴールドコースト市国出身! 使用武器、三節棍!」
     名前を呼ばれ、ウィルは三節棍を持つ手を挙げる。その仕草に観客が沸き立ち、声援が送られた。
     それを見て、相手もひょいと、刃を革で覆った刀を持った手を挙げる。
    「東側、シュウヤ・コウ! 央南黄州出身! 使用武器、刀!」
     両者は武器を構え、にらみ合った。
    「試合、開始!」

     開始と同時にウィルは三節棍を振り上げ、シュウヤとの間合いを詰めた。
    「はッ!」
     棍はうなりを上げてシュウヤの頭を狙うが、シュウヤは瞬時にくい、と体をひねり、紙一重でかわす。
    (な……、速えぇ!)
     そのままシュウヤが、返しざまに刀を払う。
    「りゃあッ!」
     刀の先がウィルのあごを、ピッと音を立てて掠めた。
    (あ……、コレ、やばい)
     掠めた刀の鋭い衝撃が脳を揺らし、ウィルの膝が張力を失う。
    (待て待て待てって、おい、おい、おい……っ)
     自分に向かって心の中で叫ぶが、脚に力が戻らない。
    「……よし」
     その時、相手がボソ、とそうつぶやいたのを聞き、ウィルに怒りが沸いた。
    (てめっ、勝ったつもりかよ……ッ!)
     ウィルは最後の力を振り絞って、三節棍を振るった。
    「……あっ」
     勝ち誇っていたシュウヤの視界の端に、三節棍の先端が写る。棍はそのまま、シュウヤの額に突き刺さった。
    「がっ……」
     ウィルが倒れると同時に、シュウヤも弾かれ、仰向けになる。
    「……え」
    「あ、相討ち?」
    「どうなるの……、これ」
     予想外の事態に、観客たちは騒然となった。

    「……昔見たわね、この状況」
     ウェンディの横で試合を見守っていた関係者の一人が、そうつぶやいた。
    「えっ?」
    「私が子供の頃……、そう、伝説の519年上半期、九尾闘技場エリザリーグ。
     ……ふふ、まさかあの二人が、同じ倒れ方をするなんて」
    「あの二人を知っているんですか、チェイサーさん?」
     ウェンディに尋ねられた、この大会のアドバイザーをしていた狼獣人の女性が、コクリとうなずいた。
    「ええ。どちらも私の友人よ。その親御さんもね。
     ……ふふっ、予告してみましょうか。この後、起き上がるのはウィルよ」
     と、観客たちが騒ぎ出す。
    「コウ! コウ! コウ!」
    「ウィアード! ウィアード! ウィアード!」
     観客たちは倒れた二人を助けようかとするように、懸命に名前を呼び続ける。
     そうして1分ほど経とうかと言うところで――。
    「……あた、たた」
     むくりと起き上がったのは、シュウヤの方だった。
    「……あれ?」
     予告した「狼」は、ぺろ、と舌を出した。
    「外れちゃったわ」

    蒼天剣・回帰録 2

    2010.06.29.[Edit]
    晴奈の話、第590話。再現された名試合。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 会場となっている南西修練場に足を運ぶと、観客たちが騒ぎ出した。「ウィアード! ウィアード!」「僧兵全員負かしやがって、この!」「格好いいじゃねーか、くそ!」 野次なのか賞賛なのか分からない声援が、ウィルに降り注ぐ。「そんだけ強いんだから入信しろよ、この野郎!」 飛んできた声の一つに、ウィルは小声で答える。(バーカ、オ...

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    晴奈の話、第591話。
    子供たち。

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    3.
     表彰式が終わり、帰途に就こうとしたところで、シュウヤは呼び止められた。
    「シュウヤくん、お疲れ様」
    「あ、プレアさん」
     シュウヤはぺこりと頭を下げ、そこでプレアの横に先程戦った二人が並んで立っているのに気付く。
    「あ、お前」
    「よお。お前もプレアさんに呼ばれて参加したんだってな」
    「そうだよ。お前らも?」
    「せやねん。……ほんでプレアさん、コイツ誰やったんです? 『秘蔵っ子』言うてましたけど」
     シルキスの問いに、プレアはにっこりと笑って尋ね返した。
    「519年上半期エリザリーグ、出場者は覚えてるわよね?」
    「え? あ、はい。えーと、ウチの母やんと、ウィル兄やんのお父さん、あと『キング』と、えーと」
     シルキスはそこまで答えたが、後が続かない。そこでウィルが助け舟を出した。
    「ナラサキって言う央南の剣士と、同じく央南の……」
     そこまで言いかけて、ウィルは目を丸くした。
    「……コウ?」
    「そう。その息子さんよ、黄秋也くんは」
    「マジっスか」
     ウィルは信じられない、と言う目で秋也を見つめた。
    「……何だよ」
    「お前、コウ先生の子供だったのか」
    「そうだよ。……ってか、昔会ったろ」
    「へ?」
     ウィルは懸命に、記憶を掘り起こす。
    「……あっ。そう言えばオレん家で会ったっけ。コウ先生と一緒だった気がする」
    「思い出してくれたみたいだな。まあ、10年も前の話だから、覚えてないかなとは思ってたけどさ」
    「でも……、あれ? それだとお前、今19歳?」
    「そうだよ」
    「……ホンマ?」
     疑い深そうに見つめてきたシルキスに、秋也は鼻をフンと鳴らした。
    「本当だって。もっと年上に見えたか?」
    「ううん」
     ウィルとシルキスは、同時に首を振った。
    「もっと下かなって思ってた」
    「……どーせ童顔だよ。親父譲りなんだ」

     屏風山脈、央中側ふもとにある黒炎教団の街、カーテンフット。
     プレアは秋也たちを連れ、祝勝会を開いていた。
    「さ、さ。たくさん食べてちょうだい」
    「いただきます」
     敬虔な天帝教信者であるウィルと、礼節をきちんと学んだ秋也は礼儀正しく挨拶したが、シルキスはいち早くがっつき始めた。
    「ガツガツ……、うまー」
    「おいおい、ちゃんと挨拶しろって。後、食べ方が汚い。ほっぺ汚れてる。ちゃんとナプキンかけろ」
    「えーやんかー」
    「よくねーよ」
     二人の様子を見て、秋也は吹き出した。
    「ぷっ、ははは……」
    「んあ?」
    「手のかかる子供とお父さんかよ」
    「うっせ。コイツ昔から、食べんの汚ねーんだよ」
    「むー」
     シルキスはむくれるが、ウィルは構わずナプキンで頬を拭いてやる。
    「ところでさ、その」
    「ん?」
     ウィルはためらいがちに、秋也に尋ねてきた。
    「コウ先生、元気してるのか? もうずっと、会ってないけど」
    「元気だよ。……ってかウィル、何なら会いに来るか?」
    「え?」
     秋也はピッと親指を立て、ウィルを誘う。
    「お袋も喜ぶと思うぜ。あ、もしかしてこの後、予定あったりするか?」
    「いや、ちょっと空けても問題ない」
    「じゃ、来いよ」
    「……そだな。行くか」
     うなずいたウィルに続き、シルキスも手を挙げる。
    「ほんならウチも行くー」
    「おう、来い来い。プレアさんはどうします?」
     秋也は水を向けてみたが、プレアは残念そうに肩をすくめた。
    「行きたいのは山々だけど、私はすぐ、次の仕事があるから」
    「そうですか。……残念ですね」
    「ええ、私も。また暇ができたら、行かせてもらうわね」



     祝勝会の翌日、秋也たちはプレアと別れてふたたび屏風山脈を登っていた。
    「ここもさ」
     歩きながら、秋也がつぶやく。
    「お袋が越えた当時は、あんまり整備されてなかったらしいな」
    「そーなん?」
    「ああ。今の教主が整備するように命令したらしいぜ。
     昔は1週間くらいかかったのが、今じゃ2日で越えられるもんな。擂台賽開いたことと言い、あの人は相当やり手らしいって、プレアさんが言ってたな」
    「へー、そーなんやぁ」
    「このまんま進んだら、明後日には央南だ。二人とも、央南語はしゃべれるか?」
     そう問われ、ウィルとシルキスは顔を見合わせた。
    「……しゃべれる?」
    「いや、全然。お前は?」
    「しゃべれるわけないやん」
    「……簡単に練習しとくか?」
     二人の様子を見て、秋也はパタパタと手を振った。
    「あ、お袋央中語もしゃべれるから。一応聞いただけ」
    「……ちょっと安心した」
    「そだな」
     苦笑いした二人の顔を見て、秋也はクスッと笑った。

    蒼天剣・回帰録 3

    2010.06.30.[Edit]
    晴奈の話、第591話。子供たち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 表彰式が終わり、帰途に就こうとしたところで、シュウヤは呼び止められた。「シュウヤくん、お疲れ様」「あ、プレアさん」 シュウヤはぺこりと頭を下げ、そこでプレアの横に先程戦った二人が並んで立っているのに気付く。「あ、お前」「よお。お前もプレアさんに呼ばれて参加したんだってな」「そうだよ。お前らも?」「せやねん。……ほんでプレアさん...

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    晴奈の話、第592話。
    原点。

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    4.
    「へぇー……、ここがコウカイなんやー」
     到着したシルキスとウィルはまた、目を丸くしていた。
    「でけーなぁ」
    「ホンマ、ウチらの街と同じくらいとちゃうん?」
    「いや、そこまでは無いと思うけど、……まあ、活気はあるよ」
     秋也ははにかみつつ、自分の家へと案内した。
    「ここだ」
     案内された黄屋敷を見て、ウィルたちは目を丸くした。
    「ココ? マジで?」
    「でっかぁ」
     その反応に、秋也はまたはにかみつつ肩をすくめた。
    「でっかいだけだよ。中はボロだ。さ、中入って、入って」
     秋也に促され、ウィルたちは屋敷の玄関を通り抜けた。
    「あら?」
     と、中に入ってすぐの大広間に、深い緑色をした髪のエルフが立っているのに気が付いた。
    「お客さん? わたしもだけど」
     エルフはウィルたちを見て、軽く頭を下げて会釈した。
    「え、ああ、はい」
    「どもっス」
     つられて、ウィルたちも頭を下げる。
    「あ、……大先生!?」
     一方、二人の後ろにいた秋也はエルフを見て、慌てて前に出た。
    「ご、ご無沙汰しておりましたっ!」
     深々と頭を下げた秋也を見て、エルフはクスクスと笑った。
    「そんな、大げさな。もっと気楽にしていいのよ、……って」
     そう言って、エルフはまた笑う。
    「わたし何年、同じこと言ってるのかしら。お母さんの代からずーっと言ってるのに」
    「す、すみません」
    「なあなあシュウヤ、この人誰なん?」
     と、空気を読まずにシルキスが尋ねてくる。ウィルはくいくいとシルキスの袖を引っ張り、自重させようとする。
    「静かにしてろって、シルキス」
    「なんで?」
    「なんでって、雰囲気違うだろが」
    「そーなん?」
    「……クスっ」
     二人のやり取りを見ていたエルフが、また笑った。
    「自己紹介させてもらうわね。わたしは焔雪乃。秋也君の先生の、先生」
    「そーなんやー」
     その紹介に、シルキスはふんふんと鼻を鳴らすだけだったが、ウィルの方は思い当たったらしい。
    「シュウヤの先生の先生ってコトは、……コウ先生の、先生?」
    「そうなるわね」
     にこりと笑った雪乃に、ウィルは驚いた声を挙げた。
    「ってコトは、元祖『瞬殺の女神』さんですよね!? うわあぁ……、すっげー!」
    「へ? ……えーっ!? 『瞬殺の女神』!? ウソ、ホンマに!?」
    「あら。闘技場のこと、知ってるの?」
    「ええ! オレたち、闘技場の歴史なら何でも知ってます! うっわー、感激だっ」
     興奮するウィルたちを見て、秋也は顔を赤らめた。
    「お、おい……。そんな、騒ぐなよ、みっともない……」
    「わたしは嬉しいわよ、秋也君。わたしの活躍、知ってくれているんだもの」
     にこやかな雪乃の態度に、ウィルたちはますます騒ぎ立てる。
    「さっ、サインもらっていいですかっ?」
    「あ、あ、ウチもウチもっ」
     秋也は恥ずかしさに耐え切れず、両手で顔を覆った。
    「勘弁してくれよ……」

     四人の目的である晴奈は買い物に出かけており、まだ屋敷に帰っていなかったので、ともかく秋也が代わりにもてなすことになった。
    「今日は晴奈に招待されたのよ。実は今日は、ある記念日なの」
     客間に通された雪乃は、秋也たち三人に黄海を訪れた経緯を話した。
    「記念日?」
    「そう。35年前の今日、この街でわたしは、晴奈と出会ったの」
    「へぇ……、そうだったんですか」
     自分の母親の話になり、秋也は興味深そうな目を雪乃に向けた。
    「やっぱ、会った時からすごい剣士になりそうな感じだったんですか?」
    「ううん。普通の町娘だったわよ。普通の、お嬢さま」
    「お、お嬢、さま?」
     自分の知る母親像とは似ても似つかぬその言葉に、秋也は目を丸くした。
    「ええ。今だから正直に言うけれど」
     そう前置きし、雪乃は当時の晴奈について、こう評した。
    「初めはお嬢さまのわがままだと思ったの。
     ただ単に、退屈な毎日から現実逃避しようとして、わたしに弟子入りしようとしていた。そう思っていたわ」

    蒼天剣・回帰録 4

    2010.07.01.[Edit]
    晴奈の話、第592話。原点。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「へぇー……、ここがコウカイなんやー」 到着したシルキスとウィルはまた、目を丸くしていた。「でけーなぁ」「ホンマ、ウチらの街と同じくらいとちゃうん?」「いや、そこまでは無いと思うけど、……まあ、活気はあるよ」 秋也ははにかみつつ、自分の家へと案内した。「ここだ」 案内された黄屋敷を見て、ウィルたちは目を丸くした。「ココ? マジで?」「...

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    晴奈の話、第593話。
    はじまりの、そのあと。

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    5.
     双月歴506年、黄州南境の街道にて。
    「はぁ、はぁ……」
    「……」
     13歳の晴奈は、雪乃の後を必死に追いかけていた。
    (まだ付いてくる気かしら……?)
     一方の雪乃は、晴奈が諦めるのを待っていた。
    (弟子にしてくださいって言われてもねぇ……。わたしまだ、修行中の身だし。弟子なんて取る気、全然無いもの。
     ましてや、あんな苦労知らずそうなお嬢さま。物珍しさで、わたしに興味を持っただけでしょ、きっと。それか、お稽古ごとばかりの毎日に嫌気が差して、その現実逃避に、とか。
     ともかく本気じゃないだろうし、こうやって『あなたとは世界が違うのよ』ってことを教えて、諦めさせなきゃ)
     心の中ではそう考えてはいたが、心優しい雪乃は面と向かって「向いてない。帰れ」とは言い出せずにいる。
    (……ああ、まだ付いてきてる)
     たまに後ろを振り向くと、晴奈と目が合う。
    (そんな目で見ても駄目よ。取る気、無いんだってば)
     晴奈は期待に満ちた目を、自分に向けてくる。
    「……晴奈ちゃん」
    「はい! 何でしょうか!」
     声をかけられただけで嬉しいのか、晴奈はキラキラと目を輝かせる。
    「まだ、……コホン、まだ先は長いのよ? 大丈夫?」
     まだ付いてくる気、と突っぱねようとしたが、期待に満ちた目を見てしまうと決意が鈍る。
    「はい! 大丈夫です! 私まだ、行けます!」
    「……そう。無理しちゃ駄目よ。……駄目だからね?」
    「はいっ!」
     心配してもらっていると勘違いしたらしく、晴奈は嬉しそうにうなずいてきた。
    (もう……。気付いてよ、いい加減。空気読めないわね、この子)
     雪乃は心の中で、ため息をついた。

     歩き続けるうちに、夜を迎えた。
    「……晴奈ちゃん。もう暗いから」
    「あ、もしかして野宿ですか?」
     暗くなってきたから帰れ、と言えず、雪乃はうなずいた。
    「……ああ、うん、そうね。……うん、準備しよっか」
    「はいっ! あ、えっと、火の点くもの探してきますね」
     晴奈はそう言うなり、近くの林に走っていった。
    「……ああ、もう。何で言えないのかしら」
     雪乃はきっぱりと言い出せない自分に腹を立てつつも、毛布を荷物の中から取り出す。
    (これ、二人くらい一緒に寝られそうね。風邪引かせないで済むかしら。……って違う!)
     雪乃はプルプルと首を振り、考え直す。
    (一緒に居させるのは今夜だけ! 明日になったらきっぱり、帰るように言わないと!)
     心の中で決意を固めつつ、毛布を敷き終えた。
    「……あら?」
     と、晴奈が林に入ってから随分時間が経っているのに気づく。
    「晴奈ちゃん、遅いわね? ……まさか」
     雪乃の脳裏に、ふっと嫌な予感がよぎる。
    (まさか、熊とか虎とか魔物とかに襲われてたり、……なんかしないわよね? まさか、ね?)
     心配になり、雪乃は晴奈が入っていった林に足を踏み入れた。
    「晴奈ちゃーん?」
     呼びかけるが、返事は無い。
    「晴奈ちゃん、どこー?」
     再度呼びかける。
     と、離れた場所から、かすかに返事が聞こえてきた。
    「……柊さん……」
     その声には、緊張が少なからず混じっていた。
    「……晴奈ちゃん!?」
     雪乃の背筋に、冷たいものが走る。雪乃は慌てて、声のした方に走っていった。

    「グルルル……」
    「グアッ、グアッ」
     木を背にした晴奈の周りに、3匹の野犬がいた。雪乃が危惧した大型獣や魔物などではなかったが、それでも丸腰の、13歳の単なる町娘が敵う相手ではない。
    「こ、来ないでっ!」
    「ガウッ、ガウッ」
     野犬はじりじりと、晴奈との距離を縮めていく。
    「……っ」
     晴奈は抱えていた薪を、ぽいぽいと野犬に向かって投げつけた。
     駆けつけた雪乃がその様子を見て、肝を冷やす。
    (あ、バカ! そんなことしたら……)
     雪乃の思った通り、薪を投げつけられた野犬は逆上した。
    「……グルル、グアアッ!」
    「ひっ……!」
     持っていた薪を投げ尽くしてしまい、晴奈は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
     その瞬間、野犬が飛びかかる。
    「晴奈ちゃん、危ないッ!」
     だが同時に、雪乃が「火射」を放っていた。「燃える剣閃」が野犬の鼻面を掠め、野犬は晴奈のすぐ直前でバタバタともがく。
    「グヒャ、キヒャッ……」
     その様子と飛んできた炎に恐れをなし、他の野犬はすぐに逃げていく。鼻を焼かれた野犬も、ひんひんと情けない鳴き声を漏らしながら逃げていった。
    「晴奈ちゃん、大丈夫!?」
    「……は、はい」
     晴奈は頭を抱えてうずくまったまま、ガタガタと震えていた。
    「わたしがうかつだったわ。一人で枝拾いになんか、行かせたりして」
    「す、すみません」
     震える晴奈を見て、雪乃は軽くため息をつきつつ、彼女の肩を抱きしめた。
    「……ほら、立って。もう大丈夫だから、ね?」
    「は、い……」
     雪乃は晴奈の手を引き、確保した寝床に戻った。



     翌日。
    (……ん……もう朝か)
     雪乃が目を覚ますと、横には晴奈の姿が無かった。
    (あら? ……やっと、諦めてくれたかしら。そりゃそうよね、夕べはあんなに怖い思いをしたんだもの)
     ほっとため息をつきかけたその時、晴奈の声が飛んできた。
    「おはようございます、柊さん!」
    「ひゃっ、……せ、晴奈ちゃん?」
    「どうしたんですか?」
     雪乃は目をこすりながら、晴奈に尋ねた。
    「どこに行ってたの?」
    「はい、朝食の用意をと思って、近くの池に」
     そう答えた晴奈に、雪乃は目を丸くした。
    「夕べあんな目に遭ったのに、また一人で?」
    「すみません。でも、剣士になるんだから、あれくらいは凌げるようにならないと、と思って」
     そう答えた晴奈に、ついに雪乃は根負けした。
    (……参った。この子、本気だわ)

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    明日、いよいよ最終回です。
    ご期待ください。

    蒼天剣・回帰録 5

    2010.07.02.[Edit]
    晴奈の話、第593話。はじまりの、そのあと。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 双月歴506年、黄州南境の街道にて。「はぁ、はぁ……」「……」 13歳の晴奈は、雪乃の後を必死に追いかけていた。(まだ付いてくる気かしら……?) 一方の雪乃は、晴奈が諦めるのを待っていた。(弟子にしてくださいって言われてもねぇ……。わたしまだ、修行中の身だし。弟子なんて取る気、全然無いもの。 ましてや、あんな苦労知らずそ...

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    晴奈の話、最終話。
    巡り回る物語。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「結局そうして、晴奈はわたしの弟子になったのよ。
     もしあの時、わたしの気持ちが少しでも変わっていたり、早々に突っぱねたりしていたら、この世界に剣豪『蒼天剣』は生まれかったかも知れないのよね。
     そう考えると、本当に人生って不思議ね」
     話し終えた雪乃に、秋也はうんうんとうなずいていた。
    「でもやっぱ、お袋は昔っから性格、変わってないんですね。昔っから、こうと決めたら突き進む人でしたし」
    「そうね、クスクス……」
     そこで雪乃は、くるりと振り向いた。
    「昔っからよね、晴奈?」
    「……よく、そう言われますね。それこそ、昔から」
     客間の扉が開き、話に上った人物――晴奈が、ポリポリと頬をかきながら現れた。
    「ただいま、母さん」
     礼儀正しく頭を下げた秋也に、晴奈もコクリとうなずいて応える。
    「ああ、お帰り秋也。……そちらの二人は?」
    「ウィル・ウィアードとシルキス・ミーシャ。黒炎擂台賽で会ったんだ。……覚えてるか?」
    「ほう、あの子たちか。……随分、大きくなったな」
     晴奈はウィルたちに、にっこりと笑いかけた。
     その笑顔は、若い時に比べて随分と柔らかくなっていた。
    「お久しぶりです、コウ先生!」
    「元気してはりました?」
    「ああ、この通り。シルビアとシリンたちは、元気にしているか?」
     晴奈の問いに、ウィルたちはうんうんとうなずく。
    「ええ、元気ですよ。今も、孤児院の院長を頑張ってます」
    「ウチの母やんも元気しとりますよ。あ、去年アケミさんトコからのれん分けしてもろて、父やんと一緒に自分の店開いたんですよー」
    「そうか。それは近々、尋ねてみないとな」
     晴奈はすとんと、秋也の横に座る。
    「それで秋也、黒炎擂台賽はどうだったんだ? 優勝したか?」
    「ああ。決勝でウィルを破って、見事優勝したよ」
    「ウィルを? ……ふふ」
     報告を聞いて、晴奈は笑い出した。
    「どしたの、母さん?」
    「ああ、いや、……奇妙な縁だなと思って、な。私も昔……」
     晴奈の言いかけたことを、シルキスが先に述べた。
    「昔コウ先生とウィルの父やん、エリザリーグで戦ったんですよね? そん時は、ウィルの父やんが勝ったとか」
    「ああ、そうだ。そして今度は秋也が、か」
     晴奈はニヤニヤ笑いながら、秋也の頭をクシャクシャと撫でた。
    「よくやったな、秋也。誇りに思うぞ」
    「……ありがとう、母さん」
     秋也は顔を赤くし、ぽつりとそう応えた。

     その晩。
    「わざわざ私の師匠に黄海まで来てもらったのは、何も記念日を祝うためだけではない」
     晴奈は秋也を呼び、雪乃を交えて話をしていた。
    「お前ももう、私に剣術を学んで10年になるだろう? そろそろ、免許皆伝を狙ってみたらどうか、と思ったのだ。
     まあ、事前に師匠と相談するつもりだったのだが」
    「わたしは賛成よ。秋也君の実力なら、十分通るだろうし」
     二人の話に、秋也は困惑した。
    「免許、皆伝? 焔流の?」
    「そうだ。ついては、師匠と共に紅蓮塞に行って、試験を受けてもらおうか、と」
    「……まだオレには早い気、するんだけどなぁ」
    「そんなことないわ、秋也君」
     雪乃は自信たっぷりにうなずいてみせる。
    「晴奈だって、免許皆伝を得たのはあなたと同じ、19歳の時よ。資格は十分、あると思うわ」
    「そう、ですかね」
     秋也はしばらく悩んでいたが、やがてうなずいた。
    「……分かりました。受けるだけ受けてみます」
    「ああ。期待しているぞ、秋也」
    「……はい!」



     数日後。
     晴奈は黄海の門前で、雪乃と秋也を見送った。
    「じゃあ、しっかりやれよ」
    「ああ。……じゃ、行ってくる」
    「楽しみにしててね、晴奈」
     二人は晴奈に背を向け、街道を歩いていく。
     その後ろ姿を見て、晴奈の心にふっと、懐かしい記憶が蘇った。
    (秋也も、私と同じ道を歩いている。私が通った、道を。
     この道がすべての始まり――あの夜、私はこの道を走った。
     師匠のように強く、かっこいい剣士になりたいと願って。

     ……なれたかな、私は。
     そしてなれるかな、秋也は。

     ……がんばれ)



     時は双月暦541年。
     これにて、「蒼天剣」セイナ・コウの物語を、お終いとさせていただく。

    蒼天剣・回帰録 終

    双月千年世界「蒼天剣」 終

    蒼天剣・回帰録 6

    2010.07.03.[Edit]
    晴奈の話、最終話。巡り回る物語。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「結局そうして、晴奈はわたしの弟子になったのよ。 もしあの時、わたしの気持ちが少しでも変わっていたり、早々に突っぱねたりしていたら、この世界に剣豪『蒼天剣』は生まれかったかも知れないのよね。 そう考えると、本当に人生って不思議ね」 話し終えた雪乃に、秋也はうんうんとうなずいていた。「でもやっぱ、お袋は昔っから性格、変わって...

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