黄輪雑貨本店 新館

火紅狐 第4部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    フォコの話、137話目。
    ケネスの腹心たち。

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    1.
     南海へと向かう、大海洋の途上。
    「おっと、17だ。親の一発アガリ」
    「うげぇ」
     2ヶ月の船旅の間、フォコはネール母娘とカードゲームに興じながら、色々な話を交わしていた。
    「この辺にしておくか。流石に飽きた」
    「そうだね」
    「あ、お金賭けてなかったですね」
     と、フォコがそうつぶやいたところ、母娘はしょんぼりした顔になった。
    「……賭ける気にならん」
    「え?」
    「うちが傾きかけてる原因の一つは、そこにあるからね。
     ほら、ガルフくんっていただろ? あたしの従兄弟の」
    「あー、と、……いたような」
    「ほら、『7オブ7』で一緒に卓を囲んだ」
    「……ああ、はい。思い出しました」
     ランニャはカードをぱらぱらとテーブルに撒きながら、ため息をつく。
    「ガルフくんをはじめとして、うちの職人の半分以上が、カジノ漬けになってしまってるんだ。
     エンターゲートが、クラフトランドのかなり近いところに、でっかいカジノを作っちゃったせいで」
    「え……」
     ルピアは苦々しい顔で、経緯を説明してくれた。
    「何しろ、超が2つ3つ付く大金持ちだ。胴元が破綻することは、まずない。どれだけ『子』が大勝しようと、いずれはその勝ち分を吸収されてしまう。
     最初は目と鼻の先に出張ってきた金火狐を一丁揉んでやろう、あるいは単に楽しもうと、うちの奴らが向かって行ったんだが、完璧に中毒になってしまった。
     で、職人の半分以上がまともに働けなくなってしまったんだ。そうなりゃ、職人たちで構成されてるギルドの操業なんて、ままならない。
     結果、この2年でガクッと業績が落ち込んだんだ」
    「またケネスの仕業か……」
     フォコも苦虫を噛み潰したような顔をしたところで、ランニャが首を振った。
    「違う。ケネスの腹心がやってるんだよ」
    「へ?」
    「ケネスはあくまでも、カジノ運営の元手を出しただけだよ。まあ、多分命令はしてるだろうけどね。
     実質的なカジノのオーナーは、……誰だったっけ?」
    「ヨセフ・トランプって言う奴だ。元は央北の、片田舎の大地主だったが、その土地をケネスに買い取ってもらった後、代わりにカジノを任されたんだ。
     そんな経歴だから、はっきり言って経営能力は三流だが、……何しろ、客は自分から飛びついてくる奴ばっかりだからな。経営難に陥ることは、まずない。自分の利益が守られるならいいやって性格だから、ケネスに楯突くことも無い。
     反発も反抗もせず、黙々と金を献上する、言いなりの傀儡――腹心としちゃ、適材ってわけだ」
    「腹心、……ですか」
     フォコの脳裏に、北方のキルシュ卿がかつて言っていた言葉がよみがえってくる。
    ――その、スパスと言う商会主。金火狐当主とつながっていて、彼の指示のもと、あちこちの買収を続けている。そう言ううわさが流れているのだ――
    「腹心って、どんだけいるんでしょうね」
    「うわさ半分だが、4人いるらしいな。
     今言ったトランプに、君も知っていると言っていた、西方のスパス。それから南海の、レヴィア女王。あと央南にも、西方から出張ってる奴がいるとかいないとか。
     今じゃもう、世界全域にあいつの手が伸びているんだ」
    「……何だかそれもう、世界の王様、天帝さん気取りですね」
    「だな。人が神の真似など、……反吐が出る」
     ルピアはカードをしまいながら、重々しいため息をついた。
    「が、流石のあいつも、北方では下手を打ったらしいな」
     と、そのため息に続いてくっくっと笑いが聞こえてくる。
    「北方の将軍たちを借金漬けにして、奴隷にしようとしてたらしいな」
    「ええ、恐らくは」
    「なめすぎなんだ、あいつは。他人も、他の商会も、本拠地以外の地域も、……いいや、自分以外のすべてを、虚仮にして生きている。
     だから20億クラムを用意されて追い払われるなんて、思ってもいなかったろうな。あの後、奴はかなり怒り狂っていたらしい。憂さ晴らしに、しばらく南海へ籠っていたそうだ」
    「南海に?」
    「ああ。さっき言ってたレヴィア女王。実は、ケネスの愛人、と言うか、二人目の女房になってるらしい」
    「はぁ?」
     思いもよらない話に、フォコの目が点になる。
    (おやっさん助けに行った時、女王さん、なんやケネスの後ろでおびえとったけど、……そこから何やかや口説いて、重婚しよったんか? なんちゅう奴や!)
     フォコが憤る横で、ルピアも憎々しげに鼻を鳴らした。
    「フン……。天帝気取りと君は言ったが、その通りかも知れんな。
     金と権力に任せ、自分の欲望のまま、何もかもむさぼる。まさにやりたい放題。暴君が如し、だな。
     そんな奴が、未来永劫のさばれるはずがない。いいや、のさばらせてたまるものか」
     ルピアは怒りに満ちた目で、水平線を眺めていた。
    火紅狐・玉銀記 1
    »»  2011.02.06.
    フォコの話、138話目。
    太陽のような思い出。

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    2.
     夕暮れになり、洋上は金色に染まる。
     フォコとランニャは、甲板の先でそれを眺めていた。
    「わあ……! まるで金が熔けてるみたいだ!」
    「はは、そやねぇ」
     職人らしい例えをしたランニャに、フォコはクスリと笑った。
    「フォコくんはさ、3年くらい南海にいたんだよね?」
    「ん? うん、おったよ」
    「こんな夕日、毎日見れたんだよね」
    「あー、……そやねぇ。ほとんど晴ればっかりやったし、ホンマに毎日見とったなぁ」
    「飽きたりしなかったの?」
     そう問われ、フォコはこの会話に既視感を覚える。
    「あー、……えーと」
     そして、その時「彼女」が答えたことを、ほぼそのままランニャに返した。
    「ま、飽きたっちゅうたら飽きてたかもやけど、それでも嫌や、もう見たないってことはあらへんかったわ。
     見る度に、なんか感動させられるもん、あったしな」
    「そうなんだ。
     ……じゃあ、さ」
     唐突に、ランニャはフォコの手を握ってきた。
    「へ?」
    「こーやってさ、ティナさんと夕日を見ながらデートなんかしてた?」
    「……ん、うん」
    「あははは」
     フォコの顔を見たランニャは、手を振り払って笑い出す。
    「な、なんよ?」
    「夕日の中でもフォコくん、顔が真っ赤って分かるよ。……君って、不思議だね」
    「え?」
    「17で結婚を約束した恋人がいたくらいだって言うのに、なんでこんなに純情くんなんだろうな、ってさ。
     ううん、それにさ。君も――比較されたらイヤかもだけどさ――エンターゲートも、どこからともなくお金を生み出す不思議な才能を持ってる。
     なのに、あいつと君とは、まるで正反対。あいつのせいで両親が殺されて、お師匠さんも殺されて、おまけに3年浮浪者になってたって言うのに。
     なんで君は、そんなにまっすぐでいられる?」
    「……」
     その問いに、フォコは静かに首を振った。
    「僕も、ねじけとった時期はあったんよ。
     ホンマに何もかもが嫌で嫌でたまらんかって、何もやる気せえへん、何やっても無駄にしか思えへん。そう言う時期、あってん。
     でもな、僕の大先祖さんがこんな言葉、残しとるねん。『卓に付く者は生ける者なり。卓から離れる者は死せる者なり』――生きてる限りは、勝負できるんや。それもせんと逃げたら、もう死んでるんもおんなじや。
     それを、……思い出して、僕は立ち上がったんや。もっかい、ケネスと勝負したらなと思って。ほんで、今度こそは、……何としてでも、勝ってやろうって」
    「そっか」
     ランニャはそう返し、自分の尻尾をくしゃ、と撫でた。
    「それが君の強さなんだな。仇、討とうって言う気持ちが」
    「……それだけやないよ」
     フォコは手すりにひょいと座り、黄金色の海に目を向けながらつぶやいた。
    「僕がただ、仇討ちしたいってだけやったら、そんなん簡単や。さっさと央中のイエローコースト行って、ケネスの家に乗り込んだったらええねん。
     でもな、そんなんして、後はどうなるやろ? ケネスには腹心がおる、ってルピアさん、言うてたやん」
    「そだね」
    「もし今ここで、ケネスが死んだら。……その後、その腹心がその椅子に座ろうとするやろ、きっと」
    「そだね、多分」
    「そんなことが起こるとして、世界は平和やろか?」
    「……なんなさそうだ」
     フォコはため息をつき、続けてこう言った。
    「せやったら、僕がその椅子に座る。いや、その椅子を潰して、もっとでかい、自分の椅子を置く。誰も座られへんように、ガッチリ固定してな。
     僕は喰うつもりなんや、ケネスを。ひとかけらも残さずな」
    「……フォコくん?」
     不安そうなランニャの声に、フォコは振り向いた。
     ランニャは狼耳と尻尾を毛羽立たせ、何か恐ろしいものを見るかのような目を向けていた。
    「……おわ、わわわととととおおおっ!?」
     それに虚を突かれ――フォコは手すりから落っこちた。
    「ちょ、……フォコくーんっ!?」

     この後、何とか甲板のへりにつかまっていたフォコを、ランニャがひょいと助けてくれた。
     グリーンプールの時と同様、この時もフォコは、ネール母娘の腕力の強さと体格の良さに、目を白黒させていた。
    火紅狐・玉銀記 2
    »»  2011.02.07.
    フォコの話、139話目。
    ネール家の新しい顔。

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    3.
    「そう言えばルピアさん」
    「うん?」
     ある夜、船室の中でカードゲームに興じていた最中、フォコはふと気になっていたことを尋ねてみた。
    「グリーンプールん時、子供さんできたって聞きましたけど」
    「ああ、ラノマのことか?」
     名前を聞いて、フォコは首をかしげた。
    「ええ。……あの、ルピアさん?」
    「なんだ?」
    「なんでお子さんみんな、名前がRANから始まってるんです?」
    「え? ……えーとだな」
     困った顔をするルピアに、ランニャが助け舟を出した。
    「お母さん、名前付けるのが下手なんだ。
     お父さんがお兄ちゃん連れて来た時、もうランドって名前が付いてたからさ、あたしが生まれた時も、ラノマん時も、そのまんま付け加えて名前を付けてるんだよ。
     もし今度、またあたしに妹が生まれたら、その時はあたしが名付け親になってやろうと思ってる」
    「おいおい。いい名前だと思うがなぁ、ランドもランニャも、ラノマも。
     つーか、もうこれ以上子供はいいよ」
     ルピアはくしゃ、とランニャの髪を撫でながら、イタズラっぽくささやく。
    「私ももう40半ばなんだぞ。子供より孫だろ、そろそろ」
    「孫ぉ?」
     ランニャはそう返し、チラ、とフォコを見て、肩をすくめた。
    「まだ無理だって。10年くらい待たないと」
    「そっか。ま、そんでも50半ばだ。まだ生きてるな」
    「目付けてた相手にもう相手いるし、他探さないといけないからな」
    「相手、てもしかして……」
     フォコはそろそろと自分を指差したが、ランニャはころりと話題を変えてしまった。
    「元気してるかな、ラノマ」
    「ま、大丈夫だろ。ガルフがダメ人間になっても、ボーラはいい子だから」
    「ボーラ?」
    「ガルフくんの奥さん。あたしたちが旅してる間、ラノマを預けてるんだ」
    「ちなみに見合わせたのは私だ」
     そう言ってニヤリと笑っておいて、ルピアは話を続ける。
    「ガルフのバカが博打に溺れて、家に帰って来なくなってしまってな。嫁に来た身で一人寂しく過ごしていたし、今回、丁度いいかなと思って預けることにしたんだ。
     ま、旅は半年ちょっとくらいの予定だし、何とかなるだろう」
    「カジノ、……ですか」
    「それも潰すつもりかい?」
     そうランニャに尋ねられ、フォコはうなずく。
    「そら、そこもいずれは潰さなあかんでしょう」
    「穏やかじゃないな」
    「元から穏やかに事を運んでへんのは、相手の方です。ネール職人組合の縄張りにガンガン侵入して、職人みんなを骨抜きにしとるんですから。
     そんなん、絶対放ったままにはしておけません」
    「……おい、フォコ君」
     熱っぽく語ったフォコに対し、ルピアは冷めた目で見つめてくる。
    「勘違いしちゃ困る。これはネール職人組合の問題だ。君がいくらケネスと因縁があるからって、この件に関しちゃ筋違いだ。
     それはいずれ、私がやるべきことだ。君は別のことをやってくれ」
    「……はい」
     しゅんとなったフォコを見て、ランニャが彼の肩を持つ。
    「いいじゃない、母さん。手伝ってもらっても。そんな邪険にすることないじゃないか」
    「そうは言うがな、彼に何でもかんでもさせるのは、私のプライドと老婆心が許さんよ」
    「老婆心?」
    「20そこらの若者が、巨悪と戦うなんて言う、重い運命を背負ってるんだ。こんな小悪党の件にまで一々付き合わせちゃ、早々に参ってしまうぞ」
    「そう、……だね」
     ルピアの言い分に納得し、ランニャは矛を収める。
    「まずは、目先の問題だ。ジョーヌ海運がどうなったか、を確認しなきゃならん」
    「ですね。何でもかんでもいっぺんに、なんて、無理ですもんね」
    「そう言うことだ。まだまだ先は長い。無理はしないに越したことはない。
     ……ほれ、そろそろカードを選んでくれ」
    「あ、はい」
     止まったままだったゲームを進めながら、フォコはルピアの言った言葉を反芻する。
    (巨悪と戦う、……か。『あいつ』と僕、今、どのくらい差が開いとるんやろな)
    火紅狐・玉銀記 3
    »»  2011.02.08.
    フォコの話、140話目。
    変わり果てた、第二の故郷。

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    4.
     フォコとケネスの、「差」。
     それを端的に示すものは南海東地域の玄関口、シャルク島ですぐに見つけることができた。
    「……」
     シャルク島は南海地域の、人の住む島の中で最も東に位置している。そのため、南海と他地域との交易地となっているのだが――。
    「……どこを見ても」
    「ええ」
    「スパス産業、レヴィア王立、そしてエンターゲート製造に、ゴールドマン商会。……知らない奴が見れば、それぞれ別のところだと思うんだろうけど、な」
     街中に並ぶ店舗の半分以上が、ケネスの息がかかったところばかりである。そして特に目立ったのが、レヴィア王国国営の商店、商会だった。
    「5年前まで、あの国ってどこにも見向きされへんくらい、めちゃめちゃ嫌われとったはずなんですけどね。こんなに出店しとるとは思ってませんでした」
    「5年だろ? それだけあれば変わるさ」
     店の一つに立ち寄り、棚に並ぶ商品を手に取る。
    「刻印が違うだけで、エンターゲートが造ってるな、この曲刀」
    「そんなに、特徴あります? 僕には……、よく分からへんのですが」
    「ああ。あたしだって、もう職人になって6年だもん。
     まあ、造ってるって言っても、現地生産だろうな。エンターゲートからは、製造方法と設備だけもらってるんだ、多分」
    「恐らくその通りだろう。目が肥えたな、ランニャ」
    「えへへ」
    「ウチが採っている生産方式とは大分違うな。
     ウチは自分のところで集中的に作って、それを卸して捌く方式だ。これなら技術の流出が防げるし、製造のコストも少なくて済む、……が、遠くに運ぼうとすればするほど、輸送コストがかさむし、遠隔地でのニーズに答えにくい。
     エンターゲートのやり方なら輸送コストはずっと安く抑えられるし、当地での需要にも簡単に答えられる。……なるほど、業績を伸ばせるわけだ。
     伊達に全世界へ展開してるわけじゃないな、エンターゲートも」
     ルピアは感心した顔で、店の中を覗いていた。

     と――。
    「……ん?」
     フォコは店の向かい側に、掲示板があるのに気付く。そして、その中に目立つ赤文字で、こう書かれている広告が目に付いた。



    「指名手配! 情報求む!
     以下の人物は南海、取り分けレヴィア王国領下において著しく平和を乱す、許すべからざる奸賊である。
     見かけた者、拘束した者、殺害しその証拠を提示した者、当局にとって有益な情報を提供した者、その他当局に貢献した者には、その働きに見合った賞金を授与する。

     指名手配者 一覧

     海賊団『砂狼』頭目 アミル・シルム
     その他、海賊団『砂狼』団員

    レヴィア王国軍 治安維持部隊」



    「なん……やて……」
     この広告に、フォコは強いめまいを覚えた。
    (アミルさんが、指名手配? しかもまだ、海賊を?
     ……ああ、そうやろうな。きっとおやっさんがいなくなった後、みんなバラバラになってしもたんや。……ほんで、……きっと、……海賊をやる以外に、どうしようもなくなったんや。
     ……しかも、や。5年前、こんな風に追い回されるんは、レヴィア側やったはずや。ほんで、……それを追い回してたんは、僕らや。
     そら、当然の成り行き言うたら、当然って言えるけども、確かにそうなるやろなとしか思えへんけども、……逆転してしもたんやな。今はもう、レヴィア側が追い回す側に、『砂嵐』は追い回される側に)
    「どうした、フォコ君」
     フォコの様子に気付いたネール母娘が、声をかける。
    「……いえ」
     フォコはそう答えたが、ルピアは見抜いたらしい。
    「知り合いか?」
    「……」
     あっさりと見抜かれ、フォコは仕方なく白状した。
    「ええ、昔一緒に働いてました。まさか……、こんなことになってるなんて」
    「そうか……」
    「あれ?」
     と、しんみりした雰囲気の中、ランニャが何かを見つけたらしい。
    「フォコ君、フォコ君。これ見てみ」
    「え?」
    「確かさ、ナラン島って言ってたよね、君が居たところ」
    「ああ、うん」
    「これ……、かな?」
     ランニャが指差した広告を見て、フォコはまた、強いめまいを覚えた。



    「地上の楽園! 天国を、感じさせます。

     鮮やかな青い海。穏やかな高い空。
     地元の方は日頃の疲れを癒しに。遠方から来た方は旅の思い出に。
     どなた様も、こぞってお越しくださいませ。

     スパス産業 ナラン島観光協会」

    火紅狐・玉銀記 終
    火紅狐・玉銀記 4
    »»  2011.02.09.
    フォコの話、141話目。
    極悪カルテル。

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    1.
    「どうですか?」
    「……小型船と中型の間くらいか。人もそんなに乗ってない。襲うだけ損だな」
    「はあ……」
     南海の洋上。
     黒く塗り潰された船の上で、垢じみたコートに身を包んだ狼獣人が、周辺の船を単眼鏡で観察していた。
    「あっちはどうです?」
    「……あれは、……やめておこう。……子供ばかり乗ってるし」
    「……了解です」
     狼獣人の様子に、彼らの背後にいた手下たちは肩をすくめる。
    「親分……。いい加減、何か襲いましょうよ」
    「このまんまボーっとしてたら、来ますよ、レヴィアの奴らが」
    「アレなんかどースか」
     手下の一人が指差した船に、狼獣人は単眼鏡を向けた。
    「……ああ、いいかもな」
    「じゃあ、あれで」
     狼獣人は、甲板に集まっていた手下たちに命令する。
    「あの赤い船を襲うぞ!
     分かってるな!? 刃向ってくる奴以外、誰も傷つけるな! 奪うのは金だけだ! 奪うだけ奪ったら、とっとと撤収! 分かったか、お前らッ!」
    「おうッ!」
     手下たちは曲刀をかざし、ときの声を挙げた。



     ナラン島へ向かう船に乗ったフォコたち一行は、船室の中で、パンフレットに目を通していた。
    「ねえ、フォコ君。君の言ってたナラン島って、ホントに、ここなの?」
     ランニャの問いに、フォコは力なくうなずく。
    「うん、多分、そうやと思う、……多分」
    「頼りないなぁ。……分かるけどさ、気持ちは」
     パンフレットには派手な文字や、異様に布地の少ない水着をまとった男女の絵が、所狭しと散りばめられている。
    「それにしても、……なんだかな。このパンフレット作った奴ら、とてもじゃないが、まともな品性がありそうには見えん。
     こいつらの頭の中には、金儲けとエロいことしか無いんじゃないかとまで思ってしまうな」
    「はは……」
     フォコは苦笑しつつ、そのパンフレットを手に取った。
    「……スパス産業、ナラン島観光協会、か。
     恐らくは、アバントがケネスに下った後で、島を買い取ったんやろうな。んで、造船所をたたんで、観光地に作り替えてしもたんやな。
     でも、普通はこんなもん、うまく行くわけないのに」
    「うまく行ってるみたいに見えるけど……? この船も、かなり人が多いし」
     そう返したランニャに、ルピアがため息をつく。
    「お前はつくづく、目の前のことしか見えてないなぁ。
     いいか、平和に見えても今は、レヴィア王国があちこちに侵略している、戦争の真っ最中なんだ。そんな危険地域に遊興目的の観光地なんぞのんきに構えて、需要もへったくれもあるものか。設備投資する時点で、人もモノも集まるわけがない。
     が、現状はこの通りの大賑わいだ。恐らくは、レヴィア王国の支配下にある地域は、スパス産業との結託や密約なんかによって、それなりに治安が行き届いているんだろう」
    「じゃ、レヴィア王国って悪者じゃ無いんじゃない? 平和にしてるって言うなら……」
     そうつぶやいたランニャに、フォコはがっくりとした声で答える。
    「今現在、襲う必要も謂れもないところを襲っとる奴が、ええ奴なわけないやんか……。
     戦争しとるとこはものっすごい危険な所なんは言うまでもないし、支配下に置いたところも、政治・軍事と経済とを全部、ケネス系列が握りしめとるんやで。
     忘れてへんやろ、シャルク島の店の並び方。大通りとかの、人の集まりやすい場所は全部、あいつの息がかかっとる店やった。ちゅうことは、あいつに従わへんと、ええところに出店でけへんし、つまりは順調、順当な商売なんかでけへんってことや」
    「あー……、そっか」
     フォコの解説に、ルピアも付け加える。
    「そして多分、息のかかってる店は全部、何らかの形でエンターゲートやその腹心へと、金を納めているんだろうな。
     それが奴らの手口であり、従った人間たちの末路なんだ――従わなければ暴力と圧力とで責め立て、従えば延々と金とモノを巻き上げていく。
     フォコ君、君やランドたちが北方で行動を起こしていなければきっと、北方もいずれはこうなっていただろう。レヴィア王国軍がノルド王国軍、南海の人間が北方の人間、と言う構図で、な」
     それを聞いて、フォコの脳裏に北方の将軍たちの顔が浮かぶ。
    「……想像したら、薄ら寒い話ですね」
    「ああ。君たちはよくやったよ、本当に」
     ルピアがフォコをねぎらった、その時だった。
     がくん、と船が揺れた。
    火紅狐・砂狼記 1
    »»  2011.02.11.
    フォコの話、142話目。
    クール系剛腕姉御。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「うわっ!?」「なんだ!?」「きゃあ!?」
     ほんの一瞬だが、船が15度ほど傾き、フォコたち三人は机と椅子ごと部屋を滑る。
    「ち……ッ」
     ルピアは器用に椅子から飛び上がり、机の上をごろんと転がってすたっと床に着地し、やり過ごす。
    「大丈夫か、二人とも!?」
    「あいたたた……、はい」「だ、だいじょぶ」
     一方、フォコとランニャはべちゃりと壁にぶつかっている。
     いや、良く見ればフォコは半ば、ランニャの下敷きになる形で壁にへばりつき、反対に、ランニャは何の怪我もなく、ひょい、と立ち上がっている。
    「大丈夫、フォコ君?」
    「うー……、ちょっと鼻打ってしもたけど、何とか、うん」
    「うわ、鼻血」
     ランニャは慌てた様子で、フォコの鼻に布を当てた。
    「大丈夫? 止まった?」
    「ああ、うん。ちょっと切ったくらい、みたいや」
    「良かった。……良くない」
     ランニャは布を千切り、フォコの鼻に押し込んだ。
    「ふが」
    「血、止まってないじゃないか。大丈夫って言わないでよ」
    「ご、ごべん(ごめん)」
     そのやりとりを見ていたルピアが、クスっと笑った。
    「可愛らしい漫才してるとこ悪いが、お二人さん」
    「はひ?」
    「今の揺れは穏やかじゃなさそうだ。上も何だか騒がしいし、な。様子を見に行こう」
    「ほうれふね(そうですね)」

     部屋の外に出たところで、騒ぎはさらに大きくなる。
    「……! ……!」
    「……~っ」
    「……!?」
     三人の頭上何層か上、甲板の方で怒鳴り声と、それに対する困惑した声が交差している。ルピアは上を見上げ、いぶかしげにつぶやいた。
    「……襲われた、か?」
    「え……」
     目を丸くするランニャとは反対に、フォコも鼻栓を抜きつつ、それに同意する。
    「みたいですね。明らかに上の方、出港した時より人が多く乗ってるみたいです。多分、十数人か、もうちょっと多いくらい」
    「ほう……? 何故分かる?」
    「最初、この階って水面すれすれの辺りにあって、波の音が聞こえてましたけど、今はその音、半ばくぐもってますし、どうもこの階、水面下に沈んだみたいです。
     この大きさの船なら多分1トンくらい、大体14、5人以上が乗り込んでこないと、そこまで沈まないです」
    「なるほど。そして何のアポイントメントも無しに、いきなり海上で乗り込んできて騒ぐ奴ら、となると……」
    「海賊、でしょうね」
     そう推測したところで、「答え」の方から姿を現した。

    「おい、お前ら!」
    「ん?」
     曲刀を手にし、海水と垢で色あせた服を着た、いかにも海賊と分かる猫獣人の男が、フォコたちに向かって、ドスドスと乱暴な音を立ててやって来る。
    「この船は乗っ取った! 無駄な抵抗はやめて、大人しく付いてこい!」「うん?」
     制圧の口上を述べてきた海賊に対し、ルピアは冷たくにらみ付けた。
    「良く聞こえなかったな。もう一度言ってくれるか、君?」
    「ざけんな! いいか、俺たちがこの船を……」「知らんなぁ」
     素直にもう一度口上を述べようとした海賊に、ルピアが歩み寄る。
    「……っ、てめ、お、大人しく」「しない」
     次の瞬間、ルピアは右手を伸ばし、海賊の猫耳を乱暴につかむ。
    「ぎにゃ、っ、い、いてっ、な、なにしやがっ」「静かにしてくれるかな、君」
     ルピアは猫耳をつかんだまま、通路の壁に腕を振った。
     ごす、と鈍い音を立て、海賊の頭が通路にめり込む。
    「うげぁ……っ」
     海賊は白目をむき、そのまま通路に倒れ込んでしまった。
    「ちょっ……、お母さん?」
    「フォコ君、君の見立てだと」
     ルピアは倒れた海賊にも、青ざめた顔の娘にも構わず、こう尋ねてきた。
    「あと15人くらいだと言ったな?」
    「はい、多分ですけども」
    「よし。それなら、相手にできる数だな」
    「や、……やる気ですか」
    「おう。いきなり無作法、無調法に乗り込んでくる輩だ。この流れなら、どうせ金なり何なりせびってくるだろう。
     私は払わんぞ、そんな不当請求」
     そう言ってのけたルピアに、フォコとランニャは絶句するしかなかった。
    火紅狐・砂狼記 2
    »»  2011.02.12.
    フォコの話、143話目。
    女丈夫V.S.海賊船長。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ルピアは――とても大商会主、40半ばの女とは思えないほど――喧嘩強かった。
    「おい、そこのお前ら!」「なんだ?」「大人しくしろ!」「ふざけろ」「ふぎゃ」
     拘束しようと船内をうろつく海賊を、一人ひとり、まるでモグラ叩きでもするように倒していく。
    「いたぞ! 捕まえろ!」
     やがて騒ぎを聞きつけたらしい、残りの海賊たちがやってくるが――。
    「おいおい、なんだなんだ? 海賊やってるくらいだし、屈強な奴らかと思ったら……」
    「ごふぅ!?」「ひーっ、ひーっ……」
     ルピアのパンチを腹や顔面に食らい、次々に倒れていく。
    「軟弱だなぁ。腹筋はふっにゃふにゃだし、鼻っ柱はすぐ折れるし」
     結局ルピアは、フォコたちの助けを借りることなく、10人近い海賊を一人で叩きのめしてしまった。

    「……おかしいな」
     甲板で手下が船内の人間を引きずり出してくるのを待っていた海賊団の船長は、首をかしげていた。
    「いくらなんでも遅すぎる。……念のため、現時点でかき集めた金品、今から運んじまおう」
    「へい」
     そう命じたところで――。
    「ぎゃあっ……!」
     船内へと続いている扉から、手下が悲鳴と共に、宙を舞って飛び出してきた。
    「おっとっと。ちょっとお前らにゃ、蹴りが強すぎたか」
     挑発的な含みのある声と共に、ルピアが破られた扉から顔を出す。
    「な……!?」
     甲板に叩きつけられ気絶した手下を見て、船長は言葉を失う。
    「お前がこいつらの頭か? ……ふうん、少しはやりそうな肉付きだな」
     ルピアは蹴っ飛ばした手下をまたいで、船長に近寄る。
    「……お前、何のつもりだ?」
     船長は曲刀を構え、ルピアと対峙する。
    「俺たちを全滅させてレヴィア軍にでも引き渡すつもりか? 悪いが、そうはさせねーぞ」
    「じゃあ、どうしたい? このまま金を置いて逃げるか? 私としては、それでも構わないが」
    「……金は渡せない。俺たちにも生活がある」
     二人は構えたまま、話を続ける。
    「生活? 笑ってしまうな、生活と来たか」
    「何だと……っ」
    「いいか『狼』くん、生活(Life)と言うのは生きる活動だ。
     こんなリスクばっかり高い、襲う相手を間違えりゃ即破綻するような死にかけスレスレの稼業で、何が『生きる(Life)』だ。
     生活を口にするのなら、もっとましなことで稼げよ」
    「う……、うるせえッ!」
     ルピアの言葉に激昂した船長は、曲刀を振り上げてルピアに襲いかかった。
    「……っ、と」
     ルピアは初太刀をかわし、左膝を蹴り入れる。
    「ぐ、……っ、効くかよぉ!」
    「おお、っと」
     ルピアの膝蹴りをまともに受けたはずの船長は、顔をしかめつつも曲刀を振り回す。
    「フン」
     ルピアはそれをすれすれで避け、もう一度蹴りを浴びせる。
    「……っ、効かねえ、って、……言ってんだろうがああッ!」
     船長は後ろにのけ反りつつも、同じように蹴りを放ってきた。
    「あーあー、失着だな、『狼』くんよ」
     が、ルピアはその足をつかみ、そのまま両手で上に振り上げた。
    「……ッ!?」
     のけ反ったところに揚げ足をさらに振り上げられ、当然、船長の体勢は崩れる。
     ぐるんと半回転し、船長は頭からごつ、といかにも痛そうな音を立てて、甲板に叩きつけられた。
    「……っ、……こ、……このっ」
     船長は曲刀を杖にして立ち上がろうとするが――。
    「……ぐ、ぐ、……ぐえ、ごぼぼぼっ」
     がくりと膝を着き、胃の中のものを滝のように吐き出して、そのまま倒れ込んでしまった。
    「頭を打った上に二度も腹を蹴られてりゃ、そりゃ、そうなるだろうさ。
     ……と、そうだ。フォコ君、ランニャ。もういいぞ」
     ルピアは扉の裏側で成り行きを見守っていたフォコたちに声をかける。
    「あ、はい」
     フォコがそれに応じ、ランニャと共に甲板へ出てきた。
     と――。
    「あれ? ……あのー」
     フォコが倒れたままの船長に近寄り、声をかける。
    「間違ってたら、ホンマにすいません。……アミルさん?」
    火紅狐・砂狼記 3
    »»  2011.02.13.
    フォコの話、144話目。
    不自然な懇願。

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    4.
     フォコの声に、船長は顔を挙げた。
    「……! ほ、……ホコウ!?」
    「……やっぱりでしたか」
     船長の正体は、かつてフォコがジョーヌ海運特別造船所で働いていた時の同僚、アミルだった。
    「海賊続けてるって聞きましたが、……本当だったんですね」
    「ああ。……いや、俺のことよりも。
     ホコウ、お前、生きてたのか……!」
    「ええ。……話せば、長くなりますけど」
    「……じゃあ、詳しくは聞けないな。
     俺たちは失敗した。早いとこ、この船、この海域から離れなきゃいけない」
    「あ……」
     いつの間にか、ルピアが叩きのめした海賊たちが、ヨロヨロとした足取りで、自分たちの船に乗り込もうとしていた。
    「……ホコウ。……覚えてるか?」
     と、アミルが声をかけてくる。
    「何でしょ……?」
    「俺とマナの、初めての子」
    「ええ、ムニラちゃんですよね」
    「明後日、誕生日なんだ」
    「え? ……ああ、そう、でしたね」
    「お祝い、してあげたかったんだ。……だから、金がほしかった。……悪いな。
     ……俺たちの負けだ。金は返す。だからこのまま、逃がしてくれ」
     アミルの懇願に、ルピアはコクリとうなずいた。
    「ああ、いいぞ。とっとと帰れ」
    「……恩に着る」
     アミルは手下たちと同じように、ヨタヨタとした足取りで、自分の船に戻って行った。



     海賊たちを退けたフォコたちは、他の船客たちから感謝を受けた。
    「ありがとうございます!」
    「おかげで助かりました!」
     ルピアとランニャがその厚意に辟易する一方で、フォコは一人、テーブルにぽつんと掛けていた。
    「あの、あちらの方は一体……?」
    「ああ、さっきの海賊の中に、数年前に知り合った奴がいたそうだ。ちょっと見ない間に、あんなになってしまうなんて、……と嘆いてる」
    「そうでしたか……。いや、確かに近年、貧富の差は激しくなる一方ですからな。
     特にレヴィア王国軍に敗北した国の人たちは、散々な目に遭っているとか……」
    「どこでも禍福は隣り合わせだ、と言うことだろうな」
     ルピアが他の客たちと話している一方で、フォコは頬杖を突いて黙り込んでいる。それを見かねたらしく、ランニャが声をかけてきた。
    「ねー、フォコくん」
    「ん?」
    「そんなに落ち込んじゃダメだよ。そりゃ、ショックかも知れないけどさ」
    「落ち込む? ……ああ、いや、そう言うわけちゃうんよ」
    「え?」
     きょとんとするランニャに、フォコは自分の考えを述べた。
    「あの時、ランニャちゃんもアミルさんの話、聞いとったやんな?」
    「うん。子供さんに、お祝いしてあげたかったって」
    「それなんやけどな、……誕生日、春頃やったはずなんやけどなー、思て。もうちょっと後やったはずなんやけど……」
    「フォコくんの勘違いじゃないのか? いくらなんでも、親御さんが間違うわけ……」
     フォコは頬杖を突きながら、もう一方の手でピンと人差し指を立てる。
    「それやねん。間違うはずのないものを、わざと間違えた。ちゅうことは、そこに何かある、ちゅうことやないかなって」
    「日付を間違うはずがないのに、間違えた……? 日付が、何か大事なこと、なのかな?」
    「そうやろな、多分。……で、何で明後日って言うたか。ムニラちゃんの誕生日のお祝い、って方便使ったんは、何でか。
     ……あ」
     フォコの頭に、かつて自分とティナが、アミル夫妻にプレゼントを贈った時の記憶がよみがえった。
    「……あーあー、そう言うことか」
    「何が?」
    「つまり、明後日自分らに、昔僕がやったように、ムニラちゃんへの誕生日プレゼントを贈ってくれ、ちゅうことか」
    「無理じゃない、そんなの。だってそもそも、相手がどこにいるかも……、あ」
    「そう言うことやろな」
    火紅狐・砂狼記 4
    »»  2011.02.14.
    フォコの話、145話目。
    人格を歪めた5年。

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    5.
     一悶着あったものの、フォコたち一行は無事、ナラン島へ到着した。
    「……見る影もあらへんな」
     かつて簡素な船着き場だったところは、無駄にきらびやかなマリーナとなっており、造船所のあったところには商店が立ち並んでいる。
     そして、特別造船所の象徴でもあった砂猫楼は跡形もなく取り壊され、これまた無駄に装飾されたホテルになっていた。
    (モーリスさんが見たら卒倒するな、こんな何の役にも立たへん過剰装飾。邪魔すぎるわ)
     実際、マリーナの装飾にはあちこちに、修繕された跡が見られる。
    「何べんもぶつけとるんでしょうね、ここ。取っ払ったらええのに」
    「とりあえず飾り付ければ客の目を引く、そう思ってるんだろうよ。客にとっちゃ、うざったいだけなのにな」
     商人二人の目には、これらの装飾は単に、無用なコストの発生にしか見えなかった。

     ナラン島の現状を把握した三人は、さっさと島を離れることにした。アミルが指定した日にちに、確実に着いておくためである。
    「ちょっとくらい遊んで行ってもいいじゃない、って思ったんだけどなー」
    「そうしてもいい。が、……それはフォコ君が嫌だろ?」
    「ええ、まあ。とてもじゃないですけど、自分が働いてた島で遊ぶ気にはなれないです」
    「……だよね。あたしもそれは、そう思うかも」
    「昔、仕事場で遊んで死にそうになったしな、お前」
    「言わないでよぉ」
     ぺたりと狼耳を伏せ、照れるランニャをよそに、ルピアはフォコに尋ねる。
    「しかし……、本当に、昔はそんなに強かったのか、あいつは?」
    「ええ。こないだのルピアさんみたいな」
    「ふうん……? そうは思えなかったけどな。そりゃ確かに筋肉ムキムキだったし、曲刀の構え方、敵との接し方には、堂に入ったものがあるなとは思った。
     だが何と言うか、精神面で妙に弱く感じた。よっぽど暮らし向きが良くないんだろうな。キャンキャン吠えるくせして、妙におどおどしてる雰囲気が、……っと、悪いな。悪く言ってしまって」
     ぺこりと頭を下げたルピアに、フォコは首を振る。
    「いえ、……確かに、ルピアさんの言う通りです。
     昔のアミルさんは、もっと活き活きとしてました。船の時みたいに、切羽詰まった感じは全然なくて。追い詰められてるって言う、そんな感じでした。
     昔は、あんなじゃなかった。今のアミルさんは、まるで別人ですよ」
    「5年前、だからな。人は変わるさ」
    「ですよね……」



     二日後、サラム島。
     フォコたちは、玩具屋の前にいた。
    「ここか? 君がシルム夫妻に贈ったプレゼントを買ったと言う店は」
    「ええ。ケネスの手が伸びとるかもと思ってましたけど、残ってて良かった」
     昔から中立主義を貫くサラム島らしく、ここにレヴィア軍の手は及んでいないようだった。
    「昔のままで、ほっとしてます」
    「俺もだよ」
     と、フォコたちの後ろから声がかけられる。
     振り返ると、そこには少し前のフォコのように、フードで顔を隠したアミルが立っていた。
    「あ、……ども」
     中立地帯とは言え、うかつに名前を呼ぶのはまずいと判断し――だからこそ、アミルは他に人がいた先日の船上で、直接的な説明を避けたのだ――フォコはぺこりと頭を下げるだけに留める。
    「ありがとよ。俺の言葉の裏、ちゃんと読んでくれて」
    「いえ。……その、えっと」
    「付いてきてくれ」
     アミルは踵を返し、フォコたちに促した。

     歩きながら、アミルは5年間の出来事を話してくれた。
    「お前がいなくなった後、アバントのおっさんが戻って来たんだ」
    「あいつが……?」
    「あいつ、って呼んだってことは、本性を知ってるんだな。なら話は早い。
     アバントは『おやっさんが死んだ。殺したのはジャールとホコウだ。俺は守ろうとしたんだが、逃げるしかなかった』と俺たちに告げた」
    「なっ……」
     面食らい、憤るフォコに、アミルは笑って話を続ける。
    「安心しろ、信じてない。おやっさんが行方知れずになったその後に、お前らが消えたんだからな。今にして思えば、どう考えても矛盾してる。おまけにその後でアバントは、俺たちをナラン島から追い出したからな。
     おやっさんが死んだと聞かされ、おかみさんは倒れちまった。俺たちもどうしたらいいか分からなくなって、そのまま砂猫楼で何にもせず、沈んでた。
     そしたら西方のあっちこっちから、債務の取り立てがやって来た。そいつらは、おやっさんが死んだとか、そう言う話は聞いてなかったみたいだが、どこかからそそのかされた感じだった」
    「そそのかされた……?」
    「ああ。何故か債権者は全員、エール商会の系列だった。『新しく商会主になったご次男様の命令で、回収に伺った』ってな。
     だけども、商売が軌道に乗ってりゃ返せたはずのその額は、操業の止まってたジョーヌ海運にはどうしても払えなかった。砂猫楼の中にあった金を全部使ったところで、到底足りる額じゃなかったんだ。
     ところが、それを処理したのがアバントだ。俺たちと同じ素寒貧だったはずのあいつは、何故か、その債権を全部払えるだけの大金を持ってた。
     そして払ってなお、島を買い取れるくらいの金持ちだった」
     そこで言葉を切り、アミルはため息をついた。
    「で、弱ったおかみさんを説得して、島と商売を買い取った。
     そしてこう言ってのけやがった――『ここは俺の島になった。悪いが、お前らは引っ越してくれ』ってな」
    火紅狐・砂狼記 5
    »»  2011.02.15.
    フォコの話、146話目。
    海賊へ堕ちる。

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    6.
     アミルと共に歩くうち、一行は街外れの林に入った。
    「島を出るしかなくなって、俺たち特別造船所のメンバーはバラバラになった。おかみさんとモーリス、それからティナは、西方に戻った」
    「西方に、ですか」
     目的の人物がいないと分かり、フォコは内心、ひどくがっかりする。
    「俺とマナは、故郷の島に戻った。……だけど、そこも追われた。レヴィア軍の侵攻でな」
    「そんな……」
    「俺は戦おうとしたけど、マナはその時、2人目ができてた。逃げるしか無くてな。
     で、故郷の何人かと一緒に逃げて、別の島でも同じように追われて、……気が付いたら、この体たらくだ。
     俺は、……俺たちは負けたんだ。レヴィア軍にも、アバントにも、エール商会にもな」
    「……」
     話が終わったところで、一行は林を抜け、海岸に到着した。
    「乗ってくれ。今の、俺たちの本拠地に行く」
    「分かりました」
     フォコが乗り込もうとしたところで、ルピアがアミルに声をかける。
    「私らもいいのか?」
    「……いいよ。……今度は腹、蹴るなよ」
    「分かってるさ。招待主を蹴ったりせんよ」

     船が沖に出たところで、アミルはフォコをまじまじと見つめてきた。
    「ホコウ、……変わんねーなー、お前は」
    「そ、そうですか?」
    「5年経ったってのに、背ぇちっちゃいし、ひょろひょろだし。
     ……俺が変わりすぎたのかな。まともに生きてたら、こんな風に変わんなかったのかな」
    「僕だって」
     フォコは口を尖らせ、反論する。
    「この5年、色々ありましたよ。3年浮浪者になってましたし、その後は北方で一稼ぎしましたし」
    「そうなのか? ……へぇ」
     アミルはもう一度フォコを眺め、不思議そうに尋ねる。
    「どうやって稼いだんだ? ってか、本当に稼いでたのか? お前、5年前と服装のレベル、ぜんっぜん変わってないぞ。
     おかみさんはあんなにおしゃれだったのに、お前本当に西方系なのか?」
    「あ、それなんですけど」
     フォコはここで、自分の出自と、北方で起こった出来事をアミルに話した。
    「……そっちの方が余計信じられねーよ。お前、金火狐だったのか? しかもキルシュ流通の大番頭になった?
     冗談すぎるだろ、いくらなんでも」
    「ところが本当なんだから、驚くしかない」
     ルピアにそう言われ、アミルは余計けげんな顔になる。
    「しかもあんたが、ネール職人組合長? ……ありえねー強さだったぞ」
    「くく……、昔は少々、やんちゃをしていたもので、な」
     そう返したルピアに、アミルは何も言えなくなってしまった。



     船は6時間半ほど航行し、辺りがほんのり夕闇に迫る頃、とある小島に着いた。
    「この島は地図にも載ってない、無人島だった。そこに俺たちが住み込んで、本拠地にしてるんだ。
     名前のない島だけど、とりあえず俺たちは、ハイミン島って呼んでる」
    「マナさんの苗字ですね」
    「ああ。昔のおかみさんみたいに、今のマナは俺たちの心の拠り所になってる。島もそうなってきてるから、そう呼ぶことにしたんだ」
    「なるほど」
     船を降りたところで、海賊たちがアミルの前に並ぶ。
    「おかえりなさい、親分!」
    「おう。異常はなかったか?」
    「はい。おかみさんも元気にされてます」
    「そうか。……こいつらのこと、覚えてるか」
     アミルは船から降りてきたルピアを示し、ニヤッと笑う。
    「え? ……ひいっ」
     海賊たちはルピアの顔を見るなり、一様に後ずさる。
    「お、お助け……」「阿呆」
     ルピアは苦笑し、海賊たちに手を振る。
    「今日は客として来た。襲ったりせんから、安心しろ」
    「へ、へえ」
     恐縮する海賊たちを引き連れながら、アミルは島を案内してくれた。
    「海賊って言っても、元は俺たちと同じ、あちこちの島の島民だ。家族もいるし、ここで結ばれて、子供も生まれてる。
     俺んとこも今、子供が2人いるからな。もうすぐ3人になるところだ」
    「へぇ。……そんななのに、海賊やってるんですね」
    「昔は義賊気取りでやってた海賊も、今じゃ生活、……のためにやってる状態だ。
     ネールの姉(あね)さんの言う通り、死にかけスレスレの、生活とも言えん生活なんだ。奪わなきゃ、早晩俺たちは餓死しちまう」
    「……」
    「だからって俺たちのやってることは正当化できない。それは、分かってる。……でも、他にどうしようもない。
     今さら堅気に戻ろうったって、レヴィア軍に狙われてる今、できることじゃないからな」
    「……うーん……」
     話を聞きながら、フォコは思案する。
     そのうちに一行は、アミルたちの暮らす家に着いた。
    「ちょっと中で話す。お前らは持ち場に戻れ」
    「うっす」
     海賊たちはほっとした表情で、その場から去って行った。
    「……そんなに私が怖いか」
    「そりゃこえーよ」
     玄関で話していると、中から声が聞こえてきた。
    「おかえり、ホコウくんには会えた?」
    「ああ。……それから、ほら、……ボコられたって言ってただろ? あん時の姉さんも一緒に来た」
    「え?」
     扉がそっと開かれ、マナの目が、憮然としたルピアの顔を捉えた。
    「……あ、どうも。その節は」
    「おう」
    火紅狐・砂狼記 6
    »»  2011.02.16.
    フォコの話、147話目。
    堕落の原因。

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    7.
     散々へこまされた張本人を前にし、アミルは恐縮している。
     一方で、マナもよほどアミルから恐ろしげな話を聞かされたのだろう。ルピアにおずおずと、茶を差し出した。
    「お茶です。あの、お口に合わないかも知れなませんけど」
    「ありがとう」
    「えーと、何から話せばいいでしょうか」
    「聞かれても困る」
    「そう、だな」
     と、奥の部屋からひょい、と狼耳が覗く。
    「あ、ムニラ」
    「どうしたの?」
     やって来たのは、アミルに毛並みの良く似た、赤毛の女の子だった。
    「んーん、なんでも。……わぁ」
     ムニラはとてて……、とルピアに近寄り、キラキラした目で彼女の尻尾を見る。
    「きれい」
    「ウチの家系は『玉銀狼(プラチナテイル)』って呼ばれてるからな。その名の通り、プラチナみたいにほんのり青白みを帯びて光る銀色の尻尾は、私たちの自慢なんだ。
     ムニラちゃんと言ったか、君の尻尾もルビーのようで素敵だよ」
    「ありがとー」
     にっこりと笑うムニラに、ルピアは彼女の頭をくしゃくしゃと撫でながら、優しく微笑んだ。
    「可愛い子じゃないか」
    「……ありがとう」
     ここでようやく、アミルはほっとした顔になった。

     ルピアの膝の上にムニラが抱えられたまま、アミルの話が始まった。
    「どこまで話したっけ……。そうだ、俺たちが海賊になった、ってところまでか。
     堕ちるところまで堕ちて、って言い方が、これだけ似合う状況もない。だけど、それ以外に生きていられる道はなかった。
     そりゃ、一時はレヴィア軍に反発しようと、『砂嵐』らしく戦おうともしたんだ。だけどあいつら、とんでもなく強くなっちまったんだ。俺たちの攻撃が全く届かないところから、バンバンわけの分からん攻撃してくるし」
    「全く届かないところから……、魔術ですか?」
    「いや、それならそれで、まだ対応策はある。俺たちの中にも、初歩の初歩くらいの魔術を使える奴はいるから。
     だが、奴らの攻撃はそうじゃないんだ。魔術すら届かない距離から、攻撃してこれる」
     その話に、ルピアは神妙な顔になった。
    「うん……? その話、どこかで聞いたな」
    「え?」
    「そうだ……、エンターゲート製造が中央政府軍に、密かに卸してると言われてる兵器の売り文句だ。『何物も寄せ付けず、何物も敵わず、何物も残さず。究極の兵器とは、まさしくこれだ』みたいなことを言ってたっけ。
     レヴィア王国がエンターゲートとつながってるって言うなら、恐らくそれは、エンターゲートが卸した兵器だろうな」
    「一体、それは……?」
     アミルが興味津々に尋ねてきたが、ルピアは肩をすくめる。
    「残念ながら、話の肝については部外秘でな。詳しいことは、私にも分からん」
    「そうか……。
     まあ、ともかく。まともに戦おうとしても、手も足も出ない。現状じゃ、姿を見かけたら全速力で逃げるしか手がない。
     そんなだから、レヴィアを相手にすることなんか到底出来やしないし、かと言って海で悪いことをしてる奴を叩いても、俺たち同様のド貧乏人。
     自然と俺たちは、堅気に手を出すようになっちまったってわけさ」
     そう話を締めたアミルに、フォコは苛立ちを覚えた。

    「……」
     むすっとした顔で黙るフォコに気付いたアミルが、何の気なしに声をかける。
    「ん? どうした、ホコウ……?」
    「……アミルさん。あなたたちは、間違ってる」
    「ああ、知ってるよ。でも……」「でも、やないですよ」
     フォコはアミルに、真剣な目を向ける。
    「どうしてやめへんのです、悪いことしとるって自覚しとって、その上、死に体の稼業やって分かっとるんやったら!
     そんなん、どんどん先細りしてって、ジリ貧になってって当然やないですか! なーんも生み出さへん仕事なんやから! 奪うばっかり、食べるばっかり、潰すばっかり!
     何が『堅気に手を出すようになっちまった』ですか! レヴィア軍が悪い、世間が悪い、そんなんベラベラ並べたかて、結局は自分たちのせいやないですか! 自分たちがなんもせーへんから、堕ちていったんや! 全部、当たり前の話でしょう!?」
    「……それ以上言うな。いくら俺たちでも怒るぜ」
     アミルの顔に険が浮かぶが、フォコは口を閉じない。
    「怒るんやったらいくらでも怒ったらええですわ。でもそれで、何か得るもんなんかありますか? せいぜい僕を殴って、鬱屈した気分が10分の1、100分の1くらいスッとするだけでしょう?
     それがアミルさんの5年ですわ――正攻法を諦めて、回り道に回り道重ねて、鬱憤溜めるだけの5年間や! 何にも築いてへん!」
    「てめえ……ッ!」
     アミルはフォコにつかみかかり、拳を振り上げる。だが、しばらく硬直したまま、やがて拳を下ろした。
    「……畜生、その通りだよ……ッ!」
     アミルは悔しそうに、地面を殴りつけた。
    「そうだよ、俺たちは作っても築いてもいない、何にもだ! 今ここで立ち止まったら、一発で全員飢え死にしちまうような、1ガニーの貯蓄もできない生活だよ!
     でも、……じゃあ、どうしたらいいってんだよ!? 今さらまともな職にも就けないし、レヴィアの奴らを相手にもできない! もう俺たちには、これ以外何もできねーんだよ……ッ!」
    「……」
     涙をボタボタと流すアミルを見て、フォコは立ち上がった。
    「じゃあ、アミルさん」
    「……なんだよ」
    「僕に付いてきませんか?」
    「……ああ?」
     アミルはその言葉が何を意味するのか分からず、ぼんやりと顔を挙げた。

    火紅狐・砂狼記 終
    火紅狐・砂狼記 7
    »»  2011.02.17.
    フォコの話、148話目。
    海賊団更生計画。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「お前に……、付いていく?」
     涙ぐむアミルの問いに、フォコは小さくうなずいた。
    「ええ。ただ、3つほど困難なことはあります。でも、付いてきてくれれば絶対に、今よりいい暮らしはできるはずです」
    「今より、か。……そりゃそうだろうよ、今がどん底なんだから」
     そう返したアミルに、フォコはにっこり笑って見せた。
    「その通りです。どうします?」
    「……」
     と、二人の様子を見ていたムニラが、ルピアの懐から抜け出てフォコの尻尾をつかむ。
    「ひゃっ?」
    「いじめないで」
    「ああ、うん。いじめてへんよ」
    「おとうさん、ないてる」
    「あー、……ゴメンな」
     二人の会話を耳にしたアミルは、慌てて涙を拭いた。
    「泣いてないよ、ムニラ。大丈夫だから、お父さんは」
    「ほんと?」
    「本当だ。……ホコウ、3つって、なんだ?」
     憑き物が落ちたようにすっきりとした顔になったアミルにそう問われ、フォコは答える。
    「まず、1つ目ですけども。しばらく無収入になります」
    「マジか」
    「表現を具体的に変えれば、海賊行為は絶対にやめてほしい、ちゅうことです。とにかく、『砂狼』の印象の悪さをごまかさへんと、何にもできませんし」
    「印象を、ごまかす? なんで?」
    「とにかく、稼ぎ方を変えるんです。そうせな、どうしようもない。それは、重々承知してはりますよね?」
    「ああ、分かってる」
    「僕のコネで、とりあえず1000万クラムくらい用意します。それを開業資金にして、ともかく店を立ち上げましょう。
     で、半年くらいを開店準備に使て、店と商品を整えます。ここまでが、無収入の時期になります」
    「半年か……」
     アミルはチラ、と身重のマナを見る。
    「ああ、とりあえずは、手の空いてる人を開店準備に使っていきます。
     マナさんとか、小さい子供さんのいてはる家は、家のことに専念してもらうつもりです。別のことをしながら。
     その間の生活費は、さっき言うた1000万から出しましょう。もっとも、かなり倹約してもらわなあきませんけどね」
    「別のことって?」
    「それが2つ目なんですけども、商品の製造ですね。かなりの量、造ってもらうことになると思います」
    「どれくらいだ?」
    「そうですね……、一つの大きい島の、アバントの商業網に対抗できるくらいの量を」
     それを聞いて、アミルは眉をひそめた。
    「大きい島って、……例えば、サラム島とかか?」
    「そうですね、とりあえずそれでプラン立てていきましょうか」
    「いきなり無茶だろ、そんなの。人口4万の、かなり大きな島だぞ。もっと小さいところから始めた方が……」
    「それでやってもええですけど、無収入の期間がドッと伸びますよ。大きいとこの方が、お客さんも多いですから」
    「なるほど、そう言う見方もあるか」
     話すうちに、アミルの目は死にかけの海賊から、理知的に物事を考える聡明なものへと、色を変える。
    「それにサラム島やったら中立主義ですし、スパス産業以外の、新規の店も入りやすい。他の島や地域からのお客さんも多いですし、店を構えるのんにはええ条件が揃ってます。
     アミルさん、ええとこに目ぇ付けはりますね」
    「そ、そっか?」
     素直にほめられ、アミルは顔をほころばせる。
    「世界の大きな商家や商会のことにも詳しいですし、大局観もある。アミルさん、商人に向いてはりますよ」
    「そっか? へへ、そうかなぁ。……あ、と。それでホコウ、3つ目はなんだ?」
    「サラム島で店を構えてからになりますけども。今まで海賊として働いてたみんなに、今度は店員、丁稚としての教育をしていかなあきません。
     場合によってはこれ、倹約生活や大量製造よりもきついかも知れません。人を育てる、っちゅうことですからな」
    「任せろ」
     アミルはこの要求に、笑って応えた。
    「これでも船長、一つの組織のリーダーやってんだ。まとめ直してみせるさ」
    火紅狐・再築記 1
    »»  2011.02.19.
    フォコの話、149話目。
    蘇る緑。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     自他共に認めた通り、アミルには確かに商会主、リーダーとしての資質があった。
     フォコたちが一旦南海から央中・北方に戻り、3か月後、資金を調達して戻ってきた時には、ハイミン島の雰囲気は一変していた。

    「何ちゅうか、……さわやかになりましたね、空気」
    「そっか? ……いや、まあ。とりあえずは早寝早起きから、と思ってな。今まで自由に寝起きしてたのを、きっちりさせたんだ。
     後、島の中で自活できるようにって、魚釣りしたり野菜育てたりしてた。それが原因かな」
    「正直、ここまで整うと思ってませんでした。こっちもいい意味で、予想外のことが起きましたね」
    「こっちも?」
     そう尋ねたアミルに、フォコはまたも一緒に付いてきたランニャに目配せし、木箱を持って来させた。
    「僕のいるキルシュ流通からの出資に合わせて、ルピアさんもお金出してくれはりまして、合計1500万クラムになりました。ただ、どっちも条件付きなんですけどね」
    「条件? 利子か?」
    「ええ。1年複利で、キルシュ流通の方は1000万を12%、ネール職人組合の方は500万を18%、どっちも3年後に返済っちゅう条件です。3年後には2200万ちょいになりますね」
    「700万上乗せ、ってことか。……返せるかなぁ」
    「返せますよ。ちゃんと経営が軌道に乗れば」
    「軌道に、かぁ。……で、ホコウ。よくよく考えてみたんだけどさ」
     アミルは心配そうに、フォコにこう尋ねた。
    「俺たち、何を売るんだ?」
    「それについて一つ、南海のある事情を調べてきまして」
     フォコは懐から、南海の地図を取り出した。
    「僕が初めて『砂嵐』の仕事をした時の話ですが、レヴィア軍がカトン島ってところを基地にしようとしてたことがありましたよね?」
    「ああ、そんなこともあったな。折角の綿花が、ズタズタにされちまって……」
    「それなんですけど、今、カトン島って人がいないみたいなんですよ。レヴィア軍すら」
    「え?」
     思いもよらない事実に、アミルは目を丸くする。
    「ほら、レヴィア女王ってケネス……、エンターゲート氏の傘下にいる、ってうわさでしょ?」
    「ああ、聞いたことがあるな。何でも結婚して、子供も2、3人いるとか」
    「ええ。ほんで、その際に軍備再編成ってのんがありまして、エンターゲート氏が色々口を出したんですよ。
     例えば、特に守る必要もないところは撤退させて、他の、もっと重要な拠点に軍備を固めたり、とか」
    「その一つが、カトン島だって言うのか?
     でもあそこ、おやっさんが『周りの国の中間地点になってて、好戦的なヤツにとっちゃ、いち早く抑えて領土拡大の足かけにしたいトコ』って言って、……あ、そうか」
    「そうなんですわ。もう領土を拡大した後なもんで、今となってはいらん土地なんです。
     で、自分らが島の生産品を使えへんようにしてるわけですし、持ってても無駄なとこ、ちゅうことで……」
    「基地を廃棄し、撤退したってわけか。……でもさ、そう言うことだとそこ、荒地なんじゃないか?」
     その問いに、フォコはにっこり笑って答える。
    「自然をなめたらあきませんよ」

    「ひょお~……っ」
     カトン島に降り立ったアミルは、ほれぼれとしたため息を漏らした。
    「ね? 廃棄されてからもう3年くらい経ってて、その間に綿花が、自力でここまで繁殖したんですよ」
     カトン島には綿花が生い茂り、かつての牧歌的な雰囲気を取り戻していた。
    「これなら、ちょっと手入れすれば、いい綿花の産地になりそうだな」
    「しかもですよ、こう言う島はここだけや無いんですよ。他にも、領土を拡大し終えて、軍が撤退し、管理も何もされてへん島がゴロゴロしとるんです。そしてその中には、ここみたいに自然の資源を復活させたとこも、少なくないでしょう」
     フォコはそこで、彼には珍しい悪辣な笑みを浮かべた。
    「ケネスも大概、前しか見いひんアホやで――自分たちが踏み荒らした後に宝物が残っとるなんて、思いも寄らへんかったらしいわ」



     フォコとアミルはこのような、資源・原料の復活した島を周り、密かに自分たちの所有物にしていった。
     そして一揃い原料を集め、それを元に商品の製造を始め、いよいよ開業の準備は整った。
    火紅狐・再築記 2
    »»  2011.02.20.
    フォコの話、150話目。
    豹変した女王。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ハイミン島に、織機の音が響き渡る。
    「ふんふん、ふふーん……」
     2か月前に生まれたばかりの我が子を膝に乗せ、マナは楽しそうに機を織っていた。
    「よっ、ただいま」
     と、そこにアミルが帰って来る。
    「あら、おかえりなさい。お店、どうだったの?」
    「順調さ。まったく、ホコウはすげーよ。あいつにかかれば、不可能なんてないって思っちまうよ」
    「良かったじゃない。じゃあ、あたしが織った布も売れたの?」
    「おう。……っつっても、どれが誰のか分かんねーけど、……ま、全部売れたからさ。間違いなくお前の、売れてるから」
    「うふふっ」

     309年の暮れには既に、フォコは開店資金の1500万クラムを8割方、使い切っていた。
     だがそれを半年足らずで補えるほどの収益を収めており、砂嵐商店は今や、サラム島で知らぬ者はない、有数の人気店となっていた。
    「今日の売上は?」
    「はい、合計約130万ガニーになりました」
    「えーと、大体10万クラムちょい、かな。順調やね」
     黒板にカツカツと数字を書き込みながら、フォコはにっこりと笑う。
    「……んー」
     が、黒板に書かれた業績を眺めるうち、フォコは顎に手を当ててうなり出す。
     それを見て、アミルが声をかけた。
    「どうした? 何か問題が……?」
    「ああ、いえ。店がちゃんと回転するところまで来たんで、そろそろ次の策を進めとこかな、と思て」
    「次の策?」
     フォコは黒板に南海地域の地図を貼り、その南東にあるレヴィア王国の辺りを指差した。
    「今んところ、動き出してはいませんけども、そろそろ僕たちの動きに気付いてもおかしくないはずです。調べたら、僕らが廃棄した島で原料を集めとることは、すぐ分かることです。
     せやから、向こうさんが動き出す前に、先手を打っておこうかな、と思いまして」



     レヴィア王国、城内。
    「うふふ、ふ」
     2つ並んだ子供用のベッドを眺め、アイシャ・レヴィア女王は微笑んでいた。
    「かわええのう」
     ベッドにいるのは、言うまでもなくアイシャとケネスの子供たちである。
    「そう思わぬかえ、アズラ」
    「はい。かわいいです、おかあさま」
     そして抱えているのも、同じくアイシャの、1人目の子供である。
     その様子だけでは、彼女が南海の征服に躍起になっている暴君であることなど、微塵も感じさせない。
    「妾は幸せ者じゃのう、こんなにも可愛く素晴らしい子らに囲まれておる。
     その上巨万の富と強大な軍勢、この『砂と海の世界』を統べる絶大な権力を併せ持つ、真に恵まれた、王者」
     アイシャは抱えたアズラに頬ずりしながら、さらにこう付け加える。
    「もっとじゃ、もっと。もっと攻めるのじゃ。
     この海で誰も、我が一族に刃向う者が無いように」

    「刃向う者がまだ、根強く残っておるようじゃな」
     大臣や将軍たちを集め、アイシャは冷徹かつ、冷静に言い放った。
    「ベール王国をはるか西に退け、他の小国を蹴散らした今、妾こそがこの海の王者。にもかかわらず、なお抵抗を試みる者がいること。嘆かわしいこと、この上なし。
     して、お前たち。その愚かな者共、潰す算段は整えておるのかの?」
     女王の冷たい視線に射抜かれ、大臣たちは恐る恐る資料を見せる。
    「はっ……。まず、南海に駐留する西方商人たちの中で非スパス系の人間、つまり我々と協力関係にない者が、まだ何名かおります。
     中でもロックス鉱業の主、ファン・ロックス氏は、ここ数年で蓄えた資金を背景に私設軍隊を構え、ダマスク島を中心に勢力を伸ばしているとか」
    「ふむ。どう攻める?」
    「我々の主力兵器、大砲は、海上の船を攻めるにはこれ以上なく効果的な兵器ですが、残念ながら、彼らの砦にしている鉱山は、岩の塊。これを攻めるのは至難の業であり、また、兵士による上陸作戦も……」
    「結論を述べよ。妾は延々と、お主の能書きを聞くつもりはないぞ」
     ギロリと冷たくにらまれ、大臣は額の汗を拭う。
    「……失礼しました。軍を使っての直接的な侵攻は、効果が無いでしょう。
     なのでスパス氏と連携を取り、西方でロックス氏を締め出す作戦に出ようかと。どれほどの産出があろうと、買い手を失い、市場から追い出されれば、商人の命脈は尽きます」
    「なるほど。それで進めて参れ。他には?」
     淡々と会議を進めていくその姿に、かつての彼女を知る者たちは皆、ただただ感心するしかなかった。
    (昔は我がままで手の付けられないお方だったが……、お世継ぎを得てから、ガラリと変わられた。
     母は強し、と言うことか)
    火紅狐・再築記 3
    »»  2011.02.21.
    フォコの話、151話目。
    武装商人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「他に議題がなければ、会議を終わる。何ぞないか?」
     アイシャの質問に、大臣の一人が恐る恐る手を挙げた。
    「その……、まだ確実、と言うわけではないのですが」
    「なんじゃ。はっきり申せ」
    「『砂嵐』の残党、アミル・シルムが、サラム島に店を構えた模様です。経済的には中立地帯のため、スパス系による包囲もできません。どう致しましょうか……?」
     この報告に、アイシャの冷たい目に、困惑の色が浮かんだ。
    「なんじゃと? 海賊が店を? ……捕まえてくればよかろう」
    「いえ、それがですね、本人は姿を現さず、商店主の名義だけがある状態ですし、確実に本人なのか、それとも人気取りのために、有名な人物の名を騙っているのか、判断が……」
    「疑わしきは罰せよ。構わぬ、襲え。……と、それはできぬ決まりになっておったな」
    「はい。スパス産業との取り決めにより、サラム島など、商業の活発な島とその近辺での軍事行為は自粛してくれ、と」
    「分かっておる。……ふうむ」
     アイシャが考え込んだところで、別の大臣が案を出した。
    「調べましたところ、彼らの製品はスパス系に比べ、非常に安価なものでした。と言って、質が劣るわけでもなく」
    「それとこの件が、何の関係があるのじゃ?」
    「上質の原料を安価で仕入れられるルートを持っている、と言うことです。
     さらにこれを調べましたところ、どうやら3、4年前、南海東~中央地域を征服し終えた後に軍を撤退させ、廃棄した拠点を買い付け、そこに残っていた原料・資源を使っているようです」
    「ほう。……そう言えば綿花やら香辛料やら出る島を潰して、基地にしておったのう。
     旦那様から『今さらこんなところを抑えても、軍事予算の無駄遣いだ。基地は捨てておけ』と命じられ、権利を手放しておったが……、ふむ」
     アイシャはこの情報を受け、手を打ち出した。
    「ならばその島々を潰すか奪うかしてしまえば、奴らは身動きできなくなる、か。
     そのシルムを騙る奴か、シルム本人かは分からぬが、とにかくいずれ、妾やスパスに楯突く存在になるのは目に見えておる。早々に、その芽を摘まねばな」



     一方、フォコはアミルとランニャを連れ、南海北東地域の島、ダマスク島を訪れていた。
    「ここって確か、ロックス鉱業が買った島だったよな。何でも、キルク島の権利でロックス氏が揉めて、こっちに移ったとか聞いたけど」
    「らしいですね。ここにも鉄を初めとする重金属の鉱山があるらしいですし、ゴールドマン商会と手を切っても、十分利益が出とるみたいです」
    「ゴールドマン商会って言ったらホコウ、お前の実家だったよな」
    「と言うても、今は無関係ですけどな。
     まあ、聞いたところによれば、エンターゲート氏が商会を乗っ取った後、レヴィア女王と結婚してくらいから、ロックス氏との関係が悪化しとったらしいですわ。
     知っての通り、レヴィア女王は南海各地で侵略を繰り返しとりましたし、ロックス氏はそれに反発し続けとりましたけど、その相手と契約元が結託したら、ロックス氏がレヴィア王国に従わさせられるのんは目に見えてますし、事実、そう言う動きもあったそうです。
     そんなことになったら、今まで散々守ってきた資源や利益を、最も渡したくない相手に取られることになる。
     それを回避しようと、ロックス氏はゴールドマン商会との契約を解消。それまで得た利益を元に、自分で軍隊を組織して、このダマスク島に本拠地を移した、っちゅうことらしいですわ」
    「軍隊、ねぇ」
     確かにダマスク島には、それらしい設備や人間が、あちこちに並んでいる。この島に入るのさえ、散々打診と交渉を重ねたほどである。
    「しかし、敵はレヴィア軍なんだろ? あいつらの攻撃に耐えられるとは……」
    「木造の船とか、漆喰の壁とかやったら耐えられへんでしょうけども、ここの砦は岩の中、鉱山ですからね。いくらなんでも、島ひとつ跡形もなく消せるほどの威力は無い、っちゅうことでしょうね」
    「ま、そりゃそうか。そんなもんがあったら、とっくに世界征服してらぁ」

     兵士に先導される形で、フォコたちは物々しく防御を固められた屋敷に通された。
    「息が詰まりそうだよ」
     小声でそうつぶやくランニャに、フォコも小声で返す。
    「ごめんけど、我慢してや」
    「分かってる、分かってる」
     応接間に通された三人の前に、すぐに壮年の兎獣人がやってきた。
    「お待たせいたしました。私がロックス鉱業の主、ファン・ロックスで……」
     と、お辞儀をしかけたファンが、フォコに目を留めた。
    「……?」
    「なんでしょう?」
     ファンはいぶかしげにフォコを見つめ、やがて何かを思い出したような、驚いた声を挙げた。
    「……ぼっちゃん!?」
    火紅狐・再築記 4
    »»  2011.02.22.
    フォコの話、152話目。
    真の経営とは。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ファンは後ずさり、がばっと頭を下げた。
    「ど、どうされました、ロックスさん? ぼっちゃんて、僕ですか?」
     面食らうフォコに、ファンは泣きそうな顔でまくしたてる。
    「ゴールドマンのぼっちゃんでしょう? 見覚えがあります! 覚えていらっしゃいませんか!?」
    「へ? え?」
    「ほら、10年ほど前! 私、カレイドマインのお屋敷にお邪魔したことが!」
    「10年前? ……あっ?」
     フォコの脳裏に、ふっと記憶がよみがえる。
    「……耳を触らしてもろた、ロックスさん?」
    「ええ、ええ! その通りでございます! ……ああ、まさか生きていらっしゃったとは!」
     ファンは感極まったらしく、フォコの手を握って泣き出した。
    「ご両親が亡くなられ、どこかへと連れ去られたと聞いていましたが、まさか今、こうしてお目にかかれるとは!
     おお……! 何と言う奇跡だ!」
     予想外の状況に、フォコは出鼻をくじかれてしまい、しどろもどろになる。
    「えっと、あのー、まあ、……びっくりです、ですけども、ロックスさん」
    「はい、なんでしょう?」
    「とりあえず、その、お話の方、させていただきたいんですけれども」

     その話を終え、フォコは改めて、ファンに自分の遍歴を語った。
    「やはり、エンターゲート氏がご両親を……」
    「ええ。そして今、奴は世界全域に、その根を拡げています」
    「南海事情が一変したのも、その一端なのですな。我々の方もそのために、難儀しているのが現状です。先程の申し出が無ければ、我々は早晩立ち枯れることになっていたでしょう。
     ……本当にぼっちゃんは、ご立派に成長なされた。ご両親もさぞや、喜んでいらっしゃることでしょう」
    「はは、ぼっちゃんは勘弁してください。今の僕は、ただの三流金貸しですよ」
     フォコたちの話を横で聞いていたランニャが、そこで口をはさむ。
    「金貸しとしちゃ、確かに三流だよね。自分の儲け、まーったく考えてないもんな」
    「あははは……」
    「ですが、商人としては超一流ですよ。あなたに比べれば、エンターゲートなど二流もいいところだ。
     彼は結局、自分の利益のみを追求する金の亡者だが、あなたは違う。あなたは皆の利益を第一に考える、真に世界を豊かにしてくれる商人です」
    「なんぼなんでもほめすぎですて、もう」
     顔を真っ赤にして照れるフォコに、ファンは真面目な顔でたたみかけた。
    「いやいや、そんなことは無い。
     事実、あなたは困窮していたシルムさんご夫妻とその仲間を救い、北方においても悲劇を防ぎ、そして今、我々の商会を助け、さらには南海の安定と平和のために動いてくれている。
     ニコルぼっちゃん。これまで私は、数多くの商人を見てきましたが、その中であなたは、最高、最良の、高潔で凄腕の商人だ」
    「……はは」
     散々にほめちぎられ、フォコは困った顔をするしかなかった。



     一方、その頃。
    「ふーん……?」
     央中、クラフトランドに戻り、ギルド経営に復帰していたルピアが、レヴィア王国が使っている兵器についての調査報告を、弟のポーロから受け取った。
    「ボッラ島、ねぇ」
     ボッラ島と言うのは、央中東部沖、央中湾岸の外れにある、全長4キロ弱の島である。
    「確か火山島だったよな、そこ」
    「ああ。最近になってまた噴火しそうだから、中央政府が売値を下げたんだが……」
    「それをゴールドマン商会が買った、と。
     その島から出るのって言ったら、硫黄くらいだったよな。良質のが出るってのは聞いたことがあるが、それでも噴火寸前の島を買うなんて、どう言うつもりだ?
     産出するモノに対して、リスクが高すぎる。元が取れるとは到底思えないが……」
    「意図までは分からない。ただ、この件が進む直前から、イーストフィールドに建てられてた『秘密工場』がフル稼働し始めたらしい」
    「『秘密工場』……、南海へ送ってるって言う、謎の兵器を作ってるところか。
     関連付けて考えれば、硫黄を大量に手に入れて、その工場で加工してるってことになるな」
    「ああ。……後、これに並行して、食品業界筋から、これまた妙な報告がある」
    「何だよ、みょんなことばっかり」
    「肉の保存、塩漬けに使われている硝石の相場が、2倍以上に値上がりしたそうだ。ボッラ島の購入と、ほぼ同時期に」
    「……関係があるのか?」
    「重ねて言うが、分からん。ただ、硝石を大量に買い付けたのはやはり……」
    「ゴールドマン商会、と」
     ルピアはそれを聞いて、デスクから立ち上がる。
    「うちにもストックはあったな、その2つ。試しに混ぜてみよう」
    「ああ」

     2時間後、クラフトランドで小火騒ぎが起きた。
     火元はネール職人組合の工房であり、その際、ルピア・ポーロ姉弟が軽い火傷を負ったと言う。
     その後数日、クラフトランドでは「ネール姉弟が経営難を苦に心中を図ったのでは」などと言うデマが流れたが、当の本人たちはなぜか上機嫌だったと言う。

     フォコの経営戦略と、ルピアの発見。
     両者の努力と調査によってこの二つが実った時点から、南海の情勢は大きく動き出すことになる。

    火紅狐・再築記 終
    火紅狐・再築記 5
    »»  2011.02.23.
    フォコの話、153話目。
    画期的な発見と目論見。

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    1.
     双月暦310年の半ば、フォコとランニャは慌てて央中、クラフトランドに戻ってきた。
     ルピアとその弟のポーロが、謎の爆発事故で怪我を負ったと伝えられたからである。



    「大丈夫、お母さん!?」
     執務室に飛び込んできたランニャに、頬に湿布を貼ったルピアがにっこり笑って出迎えた。
    「おう、おかえり。この通りだ。ちょっとばかり火傷した」
     そう言ってルピアは、ぺりり……、と湿布をはがす。
    「魔術で治療もしてもらったんだけど、まーだ跡が残ってるんだよなぁ」
    「うわ」
     その跡を見て、ランニャの尻尾が毛羽立つ。
    「ひどいなぁ。一体何したのさ?」
    「まあ、二人とも聞け。ものっすごい発見だぞ」

     ルピアは爆発が起こった焼却炉跡に二人を案内しながら、うきうきとした口調で説明する。
    「フォコ君、ボッラ島って知ってるか?」
    「いえ……?」
    「そっか。まあ、央中東部沖の島なんだけどな、いわゆる火山島なんだ」
     ルピアはゴールドマン商会、つまりケネスが硫黄と硝石を大量に買い付けた話を伝え、こう続ける。
    「でな、試しにその二つを混ぜてみようかってことになったんだ。
     だけども、なーんにも起こらない。2時間くらいあれこれ試したんだけど、ただの黄色い粉にしかならんかったんだ。
     で、もうしょうがないから埋めて捨ててしまおうってなって、焼却炉横のゴミ穴にその粉を捨てたら……」
     焼却炉跡に着いたところで、フォコたちはその惨状を目にした。
    「うわっ、大穴空いとるやないですか」
    「壁に破片、刺さってるし。一体、何があったのよ?」
    「ドカン、だ。大爆発を起こして、焼却炉いっこと、すぐ横の工房を潰してしまった。
     幸い、私もポーロも焼却炉から離れて雑談してたところだったから、奇跡的に助かったけどな。
     で、よくよく調べてみたらさ」
     ルピアは焼却炉があったところにしゃがみ込み、その跡を少しほじる。するとそこから、黒ずんだ木片がぽろぽろと出てきた。
    「私らの前に焼却炉を使った奴が、適当に片付けてたみたいでさ。ゴミ穴の中でまだ燃え残ってたんだ、木片とか木材の切子とか、色々。
     で、今度は粉にした木炭と、さっきの二つを混ぜてみたら、同じように爆発して燃えた」
    「この破壊力……、つまり、ケネスは硫黄と硝石、それから炭で、南海で使われてた『究極の兵器』を製造してたんですね」
    「恐らく、そう言うことだ」
     そこでフォコとルピアは黙り、続いて嬉しそうに笑い出した。
    「……ふ、ふふふ、あはははっ」
    「ははは、くくっ、ははは……」
    「ルピアさん、これ、ものすごい発見やないですか! これがあれば、レヴィア王国に対抗でけますよ!」
    「ははは……、あん?」
     フォコの言葉に、ルピアは怪訝な表情になる。
    「対抗って、どう言うことだ? 君、レヴィア軍と戦うつもりなのか? 商売してるって言ってたの、どうなったんだ?」
    「ああ、いやいや。牽制するんです、相手を。『お前らに屈したりせえへんぞ』と」
     フォコは瓦礫と化した工房のレンガに腰掛け、これまで自分が推し進めてきた計画を話し始めた。
    「今現在の南海は、恐怖と諦め感で満ちてます。
     いつレヴィア王国に攻撃されるかっちゅう恐怖と、スパス産業に主な市場から追い出されて干されてしまう恐怖、そしてそいつらに従う他にはどうしようもないっちゅう諦め。
     でもこうした絶望感、厭世観は、ある需要を生み出します」
    「需要?」
    「一言で言えば、ヒロイズム。『いつか正義の味方、ヒーローが、自分たちを助けてくれはしないか』っちゅう希望です。
     僕はその感情が南海の皆の心中にあると信じて、ある行動に出てました。まず、海賊団を更生させて、まっとうな店を構えさせ、成功させたこと。これによって、南海を制覇しとるスパス系列に入らへんでも儲けられるで、と皆に示しました。
     ただ、宣伝はしてみても、実際のところはやっぱり、レヴィア王国やスパス産業と言った大組織には、商店いっこでは敵いようがありません。
     そこで僕は、連携を取ることにしたんです。ロックス鉱業さんを初めとする反スパス系列の人たちや、そしてスパス系列の中でも、業績が上げられへんで虐げられとったとこと」
    火紅狐・炸略記 1
    »»  2011.02.25.
    フォコの話、154話目。
    小悪党の叱責。



    書いた本人が言うのもなんですが。
    「『あ、……はあ』」から「『2時間にも……』」まで、読む必要はありません。
    こんなん読んでたら、心が貧しくなります。

    これを書いた時、当時就いていた職場で諍いがあった直後だったので、文章が荒れに荒れています。
    読みづらい件、ここにおわび申し上げます。

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    2.
     南海中央の島、バジル島。
    「これはこれは、スパス総裁! お待ちしておりました!」
    「ああ、うん」
     今や西方随一の商人に担ぎ上げられたアバントが、南海への視察に訪れていた。
     この時訪れた店の一つ、バジル南商店の番頭が出迎えたところで、アバントは口火を切った。
    「聞いたよ、あまり商売がうまく行っていないと」
    「あ、……はあ」
    「はあ、じゃないよ、君。いいかね、商売がうまく行かない、と言うことは、これはもちろん稼げていない、お金が入って来ない、と言うことだ。これがどう言うことか、ちゃんと分かっているのか?」
    「えー、ええと、その、儲かってない、わけで、店にその、利益がない、と」
     ぼんやりした問答にしどろもどろに答えた番頭に、アバントは侮蔑的な目を向ける。
    「何だ君は! それでもこの島の店を任された番頭か!? まったく、勉強不足だ!」
    「すみません」
    「いいかね、お金が入って来ない、つまりは店の儲けがない、と言うことだ。つまりは支出するだけ、はっきり言って赤字だと言うことだ」
    「え。……あの、それ、私が今言ったような」「何か言ったかね?」「……いえ」
     無意味にいびり倒しつつ、アバントはベラベラとまくし立てる。
    「その赤字を、どこで補填する? 君の財布からか? いや違う、私の金庫からだ。いいかね、君の怠慢で、私の蓄財が、つまりは商会全体の蓄財が減るのだよ? 君、一人の、せいで、だ。それを貯めるために、私がどれだけ、ど、れ、だ、け! 頭を悩ませているか、君に分かるかね?」「はあ」「いいや、分かるまいね。いいかね、君の想像をはるかに超える激務で、ようやく利益を絞り出しているのだよ、私は。君にも少しくらい負担してもらいたいものだよ、この苦労をね。ところがだ、君は私の苦労を軽減してくれるどころか、さらに増やしてくれると言うわけだ。いやぁ、私も結構な部下を持ったものだ。こんなに苦労ばかり重ねては、私は早死にしてしまうだろうね。うん、するだろうな。……おい君、まさか私が早く死んでほしいなどと、思ってはいないだろうな?」「いえ」「本当か? 思ってないと? 少しも? 嘘じゃないのか? 心の奥底で、チラ、と思ってるんじゃないのか? 私をなめるんじゃないぞ。私には分かるんだよ? 隠すなよ? ああまったく、嘘はつくわ苦労は増やすわ、本当に良くできた番頭君だ、なあ? もっと頑張ってくれなきゃ困るんだよ、私は。もっと稼がなきゃならないと言うのに、こんなくだらないミスで足を引っ張られては困る。分かるだろう? 分からないのか? 分かってもらわなきゃ困るんだがなぁ。全く頭も悪い、要領も悪い、金は稼げない。君は何のために生きているんだ? 何の意味も無いんじゃないか? さっさと死んだ方が世の中のためじゃないのか? 食糧一人分浮くだけの価値は出るだろう。君がいなければ誰か一人、余計においしいご飯が食べられるわけだ。どうだ? ん? 自分でどう思う? なあ? どうだ? なあ? なあ? 言ってみなさい? ん?」「わ、私は」「いいやもう、言わなくていい。どうせ陳腐な何かしか言えんだろ? 聞くだけ無駄だ。そんな無駄なことを聞くために、私は遠路はるばるこんな片田舎にまで来たわけではないからな。もっと有意義なことをするために来たわけだ。そうだろう?」「……はい」「ではそろそろちゃんとした話をしてくれないと困るな。うんうん相槌ばかり打ったって駄目なんだよ。さっぱり分かってないな、君は」



     2時間にも渡っていびり続けた後、ようやくアバントは本題を切り出した。
    「それで君、売り上げが下がっている主原因は何かね?」
    「他店のシェアが伸びたのが原因かと」
     散々悪口雑言を聞かされ、番頭は内心うんざりしながら応対した。
    「他の店のせいか。そうか、君はそう言う人間なんだな。他人のせいで、自分に非はないと、そう言いたいわけだ、ん?」
    「……いえ、そんな」
    「君の怠慢のせいだ。それ以外に理由はない。我々の製品はどこよりも素晴らしいのだ。買わない理由はない。
     いいや、それ以上に、我々以外の製品は、とっくの昔に締め出した。シェアも何もあるものか。我々のもの以外に、庶民は買うものは無いのだ」
    「そんな……。実際に、他の店の」
    「いいかね。君の、怠慢だ。それ以外に理由は、全く、無い」
     番頭の意見を全く聞かず、アバントは話を切り上げた。
    「良く頭に叩き込んでおけ。これ以上売り上げが下がったら、君には責任を取ってもらう。
     今までの累積赤字をすべて、その体で支払ってもらうからな。西方にはまだ、未開発の鉱山がゴロゴロしている。働き手はいつでも不足だ。
     使えない人間は、そこで飼い殺す。分かっているな?」
    「それ……は……」
    「それが嫌なら、どんな方法を使っても売れ。売りさばくんだ!」
    火紅狐・炸略記 2
    »»  2011.02.26.
    フォコの話、155話目。
    敵方丸ごと買い叩き。

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    3.
     アバントが帰った日の夜、散々に怒鳴られた番頭は、店から商品の油を持ち出した。
    「……もう嫌だ……」
     彼の懐には、マッチが納められている。
    「……売れないのに……どうやっても売れないのに……」
     泣きながら歩き、そのまま島の端、海岸に出る。
    「……売れなんて……しかも売れなかったら鉱山で飼い殺しなんて……」
     彼は海岸に腰掛け、油の入った壷を持ち上げる。
    「……もう駄目だ……生きてられないよぉ……」
     そのまま頭から油を被ろうとし――。
    「あのー」
     そこで、背後から声を掛けられた。

    「……ひぇ?」
     え、と言おうとしたつもりだったが、涙混じりのため、間の抜けた声になる。
    「あなた、バジル南商店の番頭さん、……で合ってますよね?」
    「は、はい」
     番頭は慌てて油壷を下ろし、立ち上がった。
    「ちょっと、お話を聞いてもらっていいですか?」
    「話、ですか?」
     番頭の前に現れたのは、フォコである。
     フォコは警戒されないよう、にっこりと笑って話を続ける。
    「ええ。いわゆるヘッドハンティングって言うか、買収ですね」
    「もしかして、……わ、私を?」
    「はい」
     フォコの言葉に、番頭は泡を食う。
    「い、いや、そんな。私なんて、そんな、だって、売り上げも悪くなる一方ですし、経営能力なんて、無いも同然、……あ、もしかして、丁稚として、ですか? それならまだ……」「いいえ?」
     フォコは何を言うのか、と言いたげな声色を出し、畳み掛ける。
    「番頭格で、ですよ? 勿論あのお店ごと、買うつもりしとるんですけど。店ごと、あなたを買います」
    「は、はい? ……いやいやいや、無理です! 上役が、納得しないです」
    「ええやないですか、そんなもん放っといて」
     ここで放たれたフォコの言葉が、番頭の胸に響いた。
    「あっちも切る切る言うとるんです。せやったら逆に、こっちから切ってやったらええやないですか。どうせ契約しとったって、売り上げのほとんどを吸い取られるだけでしょ?」
    「う……」
     そして次の言葉が、彼の心を開いた。
    「あなたは自分で思ってるよりすごい経営能力を持ってます。
     ちゃんと市場分析ができるし、売れない原因も、単なる販売力の欠如ではなく、自分たちの扱う製品の質と金額に問題があると分かってる。商人として、確かな目を持ってます。
     その力、僕らのとこでなら十分、いいえ、十二分に活かせますよ。どうですか、自分の力を目一杯、発揮してみませんか?」
    「自分の……力を」
    「ええ。来てみはりません?」

     2日後、バジル南商店の正式な店名は、「スパス産業 日用品取引部門 バジル島南商店」から、こう変わった。
    「ロクシルム(Rocks=Silm:ロックス―シルム)商業連合 バジル島南商店」



     同様のことがバジル島だけではなく、南海の各地で起こっていた。
     スパス産業の、南海での売り上げが激減した本当の原因――それは、スパス産業よりも安価で、質が良く、しかもマージンをスパス産業よりもずっと低く下げたこの商会が、各地で勢力を拡大し、売り上げを伸ばしたからである。
     言うまでもなくこの商会は、フォコがファンとアミルとを引き合わせて作ったものである。レヴィア王国やスパス産業と言った、組織立った敵に対抗するために、フォコも現地で組織を築き上げたのだ。

     アバントがこの動きに気付いたのは、もっと後になってからだった。彼は残念なことに、自分の支配下の各商店の責任者を無意味にいびって搾り取ることしか、頭に無かったのだ。
     言うまでもなく、アバントに商才は無い。ただ単に、ケネスが「旨みのある傀儡」に仕立て上げるために、商会主の地位を与えていただけなのだ。
     フォコはその脆弱性を突いた。商才の無い彼が経営管理を任され、しかも普段は遠く離れた西方に籠りっきりであり、たまに視察をしても、せいぜい小言を浴びせて金をせびるだけと言う放蕩・放漫経営であることを知り、彼にいびり倒されて落ち込み、反発心を抱いていた番頭・小商会主と次々に手を組み、乗っ取っていった。
     普通ならば――まともな商会主が頭に据えられ、その目が行き届くところで商売が行われ、適切・適度な管理が行われていれば――商店が次々寝返っていくことなどすぐに気付き、対策を打って然るべきだったが、今回の場合は、その要素は一つも無かった。
     そのため、フォコはやりたい放題に、スパス産業を叩きのめすことができたのだ。

     アバントは知らぬ間に、その権力基盤の半分近くを奪われることとなった。
    火紅狐・炸略記 3
    »»  2011.02.27.
    フォコの話、156話目。
    巨悪の恫喝。

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    4.
    「どう言うことかな、スパス君。この忙しい最中に私の手を借りたい、と言うのは?」
    「すみません……。私ではどうにも解決しきれない問題が発生しまして」
     西方、スカーレットヒル。
     南海地域の売り上げ急落に加え、次々に商店が離反したことにようやく気付いたアバントは、対策を伺おうとケネスを呼び寄せた。
    「まず売り上げの急落、と。君はこの原因が、何か分かっているのかね?」
    「恐らくは、現地での責任者が競合相手の甘言に惑わされ、引き抜かれたことが……」「それは急落の後だろう? その前だ、私が聞いているのは」「……お、恐らくは、責任者の怠慢によるものだと」
     アバントの回答を聞いて、ケネスは眼鏡を拭きながら、相手の言葉を反復する。
    「怠慢、ねえ。なるほど、現地の人間が怠けたから、と。ふむ、ふむ」
    「それ以外に考えられません。我々の製品に落ち度はないですし、そもそもレヴィア王国との連携により、競合していた店、商会は駆逐したのですから」
    「ほう、駆逐か。なるほど、アイと協力して、競争相手を追い出したと」
    「ええ。ですから後に残るのは、現地の……」「君」
     ケネスは眼鏡をかけ、鋭い目を向けた。
    「怠慢と言ったが、それは現地の人間がしていたのか? それとも君か?」
    「私は怠けてなど……!」
    「ふむ、ちゃんと働いていたのか。ほうほう、なるほどねえ。では具体的には、何をしていたのかね?」
    「毎日毎日、各地からの報告を処理し、集まってきた金を投資に回し、と懸命に……」
    「向こうへは、十分視察に行ったのかね?」
    「勿論ですとも」
    「ではそこで、君は何を見てきた?」
    「それはもちろん、自分の店舗です。それ以外に見るものなど」
     アバントのその答えに、ケネスは深いため息をついた。
    「『それ以外に見るものなど』、ねえ。……はーあ」
     ケネスは侮蔑に満ちた目を、アバントに向ける。
    「な……、何ですか?」
    「アバント・スパス君。君の顔に付いている、その二つの濡れた玉はなんだ?」
    「二つ……? 目、のことですか?」
    「目? それが、目か? 目先もろくに見えないそれが、目だと? 馬鹿らしい。そんなものはくり抜いて、ガラス玉でも詰めておいた方がどれだけ役に立つか」
    「は、はい?」
     ケネスは不意に立ち上がり、対面に座っていたアバントを見下ろす形で静止し、叱咤した。
    「この三流め! いいや四流、五流、六流、いやいや、いや、いや、いやッ! それ以下の、欠片も評価のできぬクズ、ゴミ虫めッ!
     何が『自分の店舗以外に見るものなどない』だ! 何が『レヴィア王国と協力して競争相手を駆逐した』だ! 何が『私は怠けてなどいない』だ、この木偶の坊ッ……!
     いいか愚か者、いつの世でも刃向う敵はいるのだ! でなければ私が財を築いた経営モデル、敵と敵とが永遠に戦い、殺し合い、武器・兵器への需要をいつまでも保持し続ける仕組みなど、成立しえんだろう!?
     まったく探そうともせず、いるとも考えずに、何が競争相手はいなくなった、だ! よしんば一時期、敵を滅ぼした時期があっても、いずれ敵は再び現れ、立ちはだかってくる!
     お前に任せて5年以上経った今、そろそろ出現しても何らおかしくはない! そんなこともろくに考えず、敵はいない、存在するわけが無いなどと! まったくもってお前の目は節穴も同然ッ!
     その上、自分の店しか視察していない、だと!? 何たる怠け者、愚か者の極みだ! お前がまともな商人であるなら、さらなる金儲けの種、需要、庶民の欲しがるものを、その際に探して然るべきだろう!?
     なのにお前は、自分の店しか見なかったのか! どうせ卑怯で卑屈なお前のこと、番頭に小言をぶつけて金をせびる程度のことを『視察』などと、臆面もなく言ってのけたのだろう!?」
    「あ、……それ、は……」
     図星を突かれ、アバントの顔色が急速に悪くなっていく。
    「いいか愚図、書類整理やらお小言やら、そんな机仕事を通り一遍こなした程度で『一生懸命にやっている』などとは言わせんぞッ!
     商人の仕事とは即ち、儲けること! この一点だ! 儲けの種を見つけ、育て、収穫するまでが、商人の仕事だ!
     それをお前は、まったく怠ったッ……! 他人に種を見つけることも、育てることも、収穫までも任せ、自分の懐へ勝手に運ばれてくるのをのんびり眺めているだけの、放漫経営!
     そんな体たらくで、よくも自分を総裁などと呼ばせているな……!」
    「あ、いえ、その、いや……」
     返答に窮したアバントの胸ぐらをギリギリとつかみながら、ケネスはさらに怒鳴り続ける。
    「今すぐ、だ! 今すぐ、現地へ飛んで、現状を調べてこい!
     どこの誰が競争相手になり、何を売って、どれだけ稼ぎ、次はどこに儲けの種を見つけようとしているか! すべて余すところなく、それこそ這いずり回るように調べ上げろ!
     それができなければ、お前はただの寄生虫、私の金と資産を食い潰す毒虫だ! いいか、お前は私の後ろ盾が無ければ、ただの塵、芥に過ぎんのだ!
     私がいなければ今でもお前は、片田舎の海でくすぶる一職人にすぎなかったと言うことを、忘れるなよッ……!」
    「……っ」
     ケネスに散々まくし立てられ、アバントは呆然と座り込むことしかできない。
    「……何をボーっとしている?」
    「え?」
    「お前はどこまで愚図なんだ? 今すぐと言っただろうが……!」
    「……し、失礼しました! はい、今、今すぐ向かい……」「ゴチャゴチャ口を利くな! 行けッ!」「は、はいっ」
     アバントは慌てて、ケネスの前から走り去った。
    火紅狐・炸略記 4
    »»  2011.02.28.
    フォコの話、157話目。
    カトン島再襲撃。

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    5.
     一方でまた、レヴィア王国も行動を始めていた。
    「またこの島に来るとは……?」
    「どうして今さら、この島を制圧するんです?」
    「陛下に廃棄するよう命じられてから、もう3年も経過しているのに……?」
     アイシャの指示により、レヴィア軍はかつて自分たちが制圧した島へと舞い戻らされていた。
     前述の通り、これはロクシルム商業連合の生命線である、非常に安価な資源・原料の供給源を断つための軍事行動である。
     しかし、現場の兵士たちにはそれが伝えられていないために、誰もが困惑した表情を浮かべている。
    「とにかく、これもまた、女王陛下のご命令だ。従わないわけには行かない」
    「分かりました……」
     いまいち士気の上がらない兵士たちを見かね、指揮官はこう言葉を投げかける。
    「何の意図があるにせよ、この任務は非常に楽な方だ。かつて我々が支配していた島を、もう一度支配するだけなのだからな。
     それに今度は、抵抗する者も、あの『砂嵐』も居はしない。その一事を考えるだけでも、これは簡単すぎる任務だ」
    「確かに……」
    「まあ、軍事予算を使ったバカンスみたいなもんさ。気楽に行こう」
     指揮官のその言葉に、兵士たちの緊張が緩む。
    「なるほど、バカンスか……」
    「そりゃいいな」
     兵士たちの間に、のんきな空気が流れだした。
     そうこうしている間に、船は目的地、カトン島が見える程度まで進んでいた。
    「お、見えてきた見えてきた」
    「へー、本当に綿花、復活したんだな」
    「そう言えばあれ、また刈り取るんでしょうかね?」
     兵士たちは緊張感の欠片もない会話をだらだらと続けながら、島の様子を伺おうと単眼鏡を取り出した。

    「……ん?」
     真っ白な綿花畑の前、海岸線に、ぽつぽつと黒い影が見える。
    「あれは……?」
    「ロクシルム、とか言う奴らか?」
    「おいおい、まさか迎え撃つつもりじゃないだろうな? 俺たちに敵わないって、まだ分かんねーかなぁ……」
     兵士たちは薄ら笑いを浮かべつつ、岸辺に立つ影を眺めた。
    「……なんだ?」
     ボン、と何かが勢い良く弾けたような音が、その岸辺から響いてくる。
    「何だ、今の音? まるで……」
     飛んできた音が気になり、兵士全員が顔を見合わせた。

     次の瞬間――船が大きく揺れる。
    「ぎゃ……っ!?」「げぼ……」
     大量の木屑と共に、兵士たちがなぎ倒される。
    「……えっ」「……まさか?」
     この光景を、兵士たちは知っていた。だが、今この時まで、その身に刻まされたことは無い。
    「……!?」
     いつの間にか、船の甲板には大きな穴が空いていた。
    「……そんな、バカな」



    「思い出すなぁ、ホコウ。まさかまた、こうしてここで戦うなんて思わなかったぜ」
    「僕もです。……いや、ここを買った時に、予想はしてましたけどね」
     カトン島の海岸に立っていたフォコとアミルは、ずらりと並べられた大砲の後ろに立ちながら、ファンの私設軍へ命令する。
    「次、準備してください!」
    「了解しました!」
     兵士たちは大砲に火薬を詰め、立て続けに砲撃を重ねていく。
    「……流石に船1隻に、8門は構え過ぎだったかなぁ」
    「いや、いい牽制になりますよ。もう火薬や大砲はあいつらの専売やないんやと、これで思い知ることになるでしょう」
     3順ほど砲撃を行ったところで、敵船が向きを変え始めた。
    「横向かせて、砲撃し返してくるつもりやな……! でも、させたらへんぞ!」
     フォコは魔杖を構え、大規模な水の魔術を唱える。
    「大雨降らしたる……、『スコール』!」
     次の瞬間、快晴だった空に、モクモクと黒い雨雲が沸き立つ。
    「敵を知れば、……や。もうその兵器の弱点、バレとるわ!」
     やがて雨雲から大量の雨が流れ出し、敵船を覆った。

     突然の雨に、レヴィア兵たちは呆然としている。
    「あ、雨だと……!?」
    「さっきまであんなに晴れてたのに!?」
    「や、やばい! 火薬が!」
     兵士たちは慌てて火薬の入った樽をしまおうとしたが、もう遅い。
    「……くそっ、水浸しだ!」
    「畜生、これじゃ使えないぞ!」
    「うわ……! また砲撃してきたぁ……っ!」
    「汚ねえ、汚ねえぞ……! 何でお前らだけ使えるんだよぉぉー……ッ!」
     船の周りだけを覆う集中豪雨の中、レヴィア軍は成す術もなく砲撃を受け続けた。



    「報告します! 再占領に向かわせた船16隻、……すべて全滅、撃沈されました!」
    「……なんじゃと!?」
     真っ青な顔で敗北を伝えた伝令に対し、アイシャは久々に、臣下の前で大声を上げた。
    「何かの間違いではないのか?」
    「いいえ、敗走し戻ってきた兵士たちから、同様の報告が次々に寄せられております!」
    「我々の軍はもはや最強となったはず! どこに敗れ去る理由があると言うのじゃ……!?」



     この日から、レヴィア王国の絶対的地位は崩れ去った。
     各地でのレヴィア軍敗北のうわさはすぐに、南海中に広まった。そして、撃退したのがロクシルム商業連合である、と言ううわさも。
     フォコの狙い通り、南海の人々はこの痛快な話に歓喜し、ロクシルムに対し絶大な信頼を寄せるようになった。
     そしてここからが南海戦争――ひいては、後に「黒白戦争」と呼ばれる大戦時代の、幕開けとなった。

    火紅狐・炸略記 終
    火紅狐・炸略記 5
    »»  2011.03.02.
    フォコの話、158話目。
    次の局面。

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    1.
     ロクシルム商業連合がレヴィア軍を各地で撃退したことで、南海の事情は一変した。

     6年に渡る支配を受けた地域からは、反発の動きが次々に出始めていた。
     また、レヴィア王国の支配を受けないまでも、スパス産業によって市場から締め出しを受けた商店・商会も、こぞってロクシルムに加入しよう、あるいは協力しようと言う動きがあちこちに現れた。
     ケネスの腹心、アバントとアイシャは、完全に掌握しつつあったはずの南海で起こり始めた反乱に対し、どうすればいいのかと狼狽していた。



    「まったく、お前たちときたら……!」
     両者からの報告を受けたケネスは急遽、二人をレヴィア王国のはずれに呼び、協議を行うことにした。
    「揃いも揃って、短期的な見方しかできん阿呆どもめ!
     お前たちは一度整備すれば、二度と雑草が生えん庭があるとでも思っているのか!」
    「言葉もありません……」
     うなだれるアバントに対し、アイシャは喰ってかかる。
    「し、しかし旦那様。彼奴らが富を蓄えた要因の一つは、旦那様の申し付けた、支配地域の一部廃棄によるものですぞ。
     旦那様にも、落ち度は……」「落ち度?」
     アイシャの言葉に、ケネスはぐい、とアイシャの顎をつかむ。
    「あがっ……」
    「落ち度だと? お前の統治能力の欠如による失態を、私に押し付けるのか?
     これくらい気を利かせるだろうと思って言わないで置いたが、アイ。軍を引き払ったその後に何故レヴィア王立商工会、お前の持つ商工ギルドをその島に置かなかった?
     置いておけば、いずれ復活するであろう資源・原料はそっくりそのまま、お前の懐に入ったものを」
    「あ……」
    「そうしておけば、今回のようなことはそもそも起こらなかったのだ。……まったくお前は短絡的、一元的で、大局観の欠片も無い、がらんどうの頭だな。
     これほどお前が使えない奴とは思わなかった。私の見立てを、さらに上回るひどさだ!」
    「ぐ、ぬっ……」
     罵倒され、アイシャは目に涙を浮かべて悔しがる。
     その目を見て、ケネスはようやく彼女の顔から手を放した。
    「まあ、いい。私が何とかしてやろう。
     ロックス氏も、そのシルムとか言うはぐれ者も、到底私に敵う器ではない。せいぜい、その足りない頭、足りない人員、足りない財力で、唯一膨れ上がった自分たちの慢心を満たせばいい。
     どうせ奴らのこと――自分の力量も把握できず、手を方々に伸ばしきって、その挙句に統治に失敗して自滅する。そこを私は、救済してやればいい。
     それで勝手に、この騒ぎは鎮まる。いいかアイ、その兆候を見せたら、すぐに私へ連絡しろ」
    「は、はい……」



    「そろそろ飽和状態に来ますな」
     ロクシルム商業連合の本拠をダマスク島に移したところで、フォコは次の策を打ち出した。
    「飽和?」
    「こないだの諸地域防衛以降、僕らに賛同してくれるところは一気に増えました。
     商会7つ、商店39、工房56、さらには国や島を挙げて協力してくれるところもあって、今のところ僕たちのやって来たことは、最高の状態で実を結んでいると言ってええでしょう。
     でも現状、これ以上無理に手を伸ばすと、裏目に出てくるかも分かりません」
    「と言うと?」
     結論が見えず、ファンとアミルが同時に尋ねる。
    「アバントのアホと同じ状況に陥りかねへん、ちゅうことですわ。
     あのアホ、自分の管理・監視の目がほとんど届かへん南海に、これでもかこれでもかと店を構え過ぎてましたよね。
     その結果、確かに一時期は儲かってましたけども、あちこちで起こる小規模の問題――新たな需要や苦情の発生、コストの増加、その他色々、事業を拡大していく上で起こる様々なトラブルに対応でけへん、でけたとしても非常に時間がかかるようになってしまってました。
     自分の支配圏を伸ばし過ぎると、その支配圏の端の処理に、どんどん時間がかかるようになります。それがアバントの自滅した理由であり、僕らがそろそろ考えなあかん問題でもあるんですわ」
    「なるほど……」
    「その点、おやっさんは超人的だったんだな……。西方と南海とを、しきりに行き来してたもんな」
     アミルがしみじみとクリオのことを思い出したところで、フォコはニヤッと笑う。
    「ええ。で、僕らもおやっさんにならって、あるところの助けを借りようか思てるんです」
    「あるところ?」
     フォコは地図上の、南海で最も大きな島を指し、こう結論付けた。
    「ベール王国です。今は島の半分近くを占領されてしもてますが、まだ力も、威厳も残ってるはずです。彼らなら、統治能力は十分。拡大が続き、肥大・飽和しつつある僕らの組織を、十分に補助・支援してくれるでしょう。
     彼らと協力して、南海の東側は僕らロクシルム、西側はベール王国で、それぞれレヴィア王国との戦いに備えるようにしようかと。いわゆる、挟み撃ちです。レヴィア王国も度重なる侵略の結果、漏れなく飽和状態に来とるので、相当な効果を上げるはずです。
     経済からスパスを、政治からレヴィアを攻め立てて、一気に僕たちの勝利をつかみましょう」
    火紅狐・連衡記 1
    »»  2011.03.05.
    フォコの話、159話目。
    たそがれた王家。

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    2.
     ベール王国とレヴィア王国の戦争が起こったのは、305年のことである。
     その2年前、セヤフ海戦において、海賊に扮したレヴィア軍を破って勝利を収めたベール王国もまた、大国の驕りがあった。
     その驕りと、彼らをはるかにしのぐレヴィア軍の装備とが、305年の決定的敗北を生んだ。たった2ヶ月の戦争で、ベール王国は自国の領土、ベール島東側の制海権と領土半分を失い、島の西側へと敗走することとなった。
     ベール宮殿も追われた王族たちは現在西側の街、トリペに館を構え、そこに蟄居(ちっきょ)していた。



    「君が、シルム代表か。うわさには聞いているよ」
     フォコたちを出迎えたのは、クリオの友人だったセノク卿である。
     彼の姿を見て、フォコたちは5年前の戦争が、いかに一方的だったかを感じさせられた。
    「はは……、この義耳が気になるかね? それとも眼帯かな」
    「あ、……すみません」
    「いや、いや。そう気にしないでいい。終わった話だからな。
     それよりも、何故今になって私を訪ねて来たのか、聞かせてもらえないか?」
    「あ、はい。実はですね」
     フォコはセノクに、ロクシルムとベール王国とで連携を取り、南海全域でスパス産業・レヴィア王国と対抗する構想を伝えた。
    「なるほど……。話はよく分かった。
     だが、残念ながら協力はできないな」
    「何故です?」
     セノクは先端の千切れた自分の尻尾を撫でながら、その論拠を語った。
    「君が思うほど、ベール王国の権力は残っていないからだ。
     5年前の戦争で敗北して以来、我々ベール王族の権威は失墜の一途をたどっている。まあ、当然と言えば当然。主な収入源が無い我々は、持っていた資産を食い潰すままの生活を送っているからな。
     軍の規模も、全盛期の3分の1になっている。到底、対抗できる力は無い」
    「では出資しましょう。何としてでも、僕たちはあなた方の協力を得なければ行けませんから」
    「君も分からん奴だな。出資したところで、我々に付いてくる人民など……」「います」
     セノクの弁を遮り、フォコは反論する。
    「あなたが思っている以上に、南海の皆がベール王国にかけている期待は大きい。ここで立ち上がればきっと、いや、間違いなく賛同する人間は大勢現れます。
     それに今、人々はヒーローを求めています。レヴィア王国に支配されたこの南海を救ってくれる人物を、人々は求めています」
    「それに、我々がなる必要はない。君たちがなれば……」
    「言葉を返します。あなたも、分かってない」
     一歩も引かないフォコに、セノクも段々と苛立ってきたらしい。残った左目で、ギロリとにらみつけてきた。
    「分かるさ。もう民は、我々に期待など寄せてはいない。
     昔は街を歩けば皆、ひれ伏したものだ。だが今はどうだ、目も向けようとしない。特に私など、目を引くような醜態だと言うのに」
    「そんなん、あなたたちが何もしてへんからですよ。何かしら、威厳を示す行動を執っていれば、付いてくるはず……」「いい加減にしてくれないか」
     まくし立てようとしたフォコを先制し、セノクは立ち上がった。
    「私にはもう何かを成そうと言う気概は無い。今の私は敗残した将、牙を抜かれた獣だ。これ以上何かを唱えられても、私にはただの雑音だ。
     帰ってくれ。これ以上、話すことは何もない」
    「……分かりました」
     なびく気が微塵も無いと感じ、フォコは話を切り上げた。

     館を後にしつつ、アミルがぼそ、とこぼした。
    「ホコウ、彼の……、セノクさんの名誉のために言っておくけれど、彼は優れた将軍だったんだ。ベール王族のご意見番でもあった。だからこそ、おやっさんも……」「ええです、もう」
     フォコは悔しげに、こう吐き捨てた。
    「過去がなんですか!? 過去がすごかったから、今も優れていると? じゃあ今ここで縮こまっとる皆さんは、今も偉い人たちなんですな!?」
    「いや、それは、その……」
    「誰からも見向きもされてへん、最早ちょっとばかしの金とプライドしか持ってへん皆さんが、今も王族やと、そう言うんですな!?
     どこが!? どこが、王族やって!? あれのどこに、人を引き付けるものがあるっちゅうんや! ここにおるんは今を、自分たちのみじめさを直視でけへん軟弱者や!
     期待して損したわ! さっさと帰るッ!」
     フォコの剣幕に、付いてきた者たちは臆し、何も言えない。
    「ランニャちゃん……、あいつ、あんなに怖ええ奴だったのか?」
    「昔からさ。でもちょっと、度が過ぎるかも。よっぽどショックだったんだね」
    「ショック?」
    「フォコくんの考えだと、ここで王族を担ぎ上げて、さらに勢力を拡大するのが狙いだったんだろうけど、もうそれ、ダメになっちゃったわけだし。
     あーやって叫んでないと、多分めげそうなんだ……」「やかましわ、ランニャ!」
     あまりにも苛立っていたためか、フォコはつい怒鳴ってしまった。
    「……あ、いや、……その、ごめん、ランニャちゃん」
    「……うるっ」
     謝ったが既に遅く、ランニャはボタボタと涙を流し始めた。
    「いや、その、悪かった、ホンマ、……あの」
    「ひっ、ひどい、よ、フォコくん、……うえぇぇん」
     泣き出すランニャを、フォコとアミルは慌てて抱え、宿に連れて行った。
    火紅狐・連衡記 2
    »»  2011.03.05.
    フォコの話、160話目。
    次なる望み。

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    3.
    「ぐすっ、ぐすっ……」
     宿に入ってから1時間余り経って、ようやくランニャは泣き止んでくれた。
    「ホコウ、こればっかりは俺の方が先輩だから、言っとくけどさ。……泣かせちゃダメだ、女の子は」
    「すんません……」
     交渉に失敗したこともあり、三人の間に流れる空気は異様に重苦しい。
    「……とにかく、軌道修正せなあきませんな。
     僕たちはあくまでも商人、経済面で動く人間です。政治にも少なからず影響を及ぼす存在ではありますけども、あくまで地盤は経済活動です。僕らだけで、その地盤を維持しながら政治面にまで手を伸ばしたら、これはもう手に負えへんようになるのんは目に見えてます。
     政治面を全面的に任せられる人材、組織が無ければ、僕たちの組織は無理がたたって、崩壊はしないまでも、弱体化は避けられへんでしょう。
     そうならないためにも、……ベールさんとこ、訪ねたんですけどねぇ」
    「あそこまで頑なに拒否されるとはなぁ」
    「どうしようもありませんな。他、当たるしかありません」
     と言って、他にレヴィア王国と張り合えるだけの歴史と威厳を持った国は無い。
    「ここからさらに西の、ペルシャーナ王国は?」
    「遠すぎますて。影響力もそんなにありませんし、行き来しづらい地域です。はっきり言って外様も外様、役に立ちません」
    「じゃ、北西のモラット王国は?」
    「まだ建国から40年ちょっと、レヴィア王国より歴史の短い新興国です。南海全域に渡るような統治能力は無いでしょう」
    「逆に南のアリバラク王国とか」
    「なお悪いですわ。『悪の巣窟』とか言われとるとこですで。金が無いから主立った行動してませんけども、手ぇ組んだらどんな無茶をするか、分かったもんやないです」
    「……じゃあ俺が王様に」
    「何言うてるんですか……。それこそレヴィア王国の踏襲ですて。『ならず者が何を勘違いしてるんだ』とか言われてけなされるのんがオチですわ」
    「……だよな」
     色々と検討するが、いい案は出て来ない。
    「やっぱりベール王国が、地理的にも歴史的にも、丁度ええところなんですけどねぇ」
    「もう一回、頼みに行くか?」
    「そうですなぁ。今度はセノクさんやなくて、別の人に頼んでみましょか」
     そうまとめ、立ち上がりかけたところで――。
    「失礼、こちらにシルム代表はおられるか?」
     部屋の扉がノックされ、若い男性の声がかけられた。
    「シルムはこちらに居てはりますけど、どちらさん?」
     フォコが扉越しにそう声を返すと、今度は別の声――こちらも若い、女性の声で応じてきた。
    「その声……、屋敷で散々怒鳴っていた狐獣人、ですか?」
    「ええ、そうですけども。……屋敷っちゅうことは、もしかしてベール王族の方?」
    「ああ。……君は誰だ? 屋敷で話していたのも、シルム代表ではなく、君だったようだが」
     声の主たちは扉越しに、フォコへ質問してくる。
    「シルム代表の顧問、と思ってくれればええです。……と、先程はお屋敷で、えらい失礼しまして」
    「いえ、……あなたの言うことも一理あります。確かに臆病者扱いされても、文句は言えないでしょう。不甲斐ない限りです」
    「そこで……、もう一度、今度は私たちと話をしてくれないだろうか?」

     フォコたちを訪ねてきたのは、20代半ばくらいの猫獣人の男性と、短耳の女性だった。
    「申し遅れた。私はメフラード・キアン・ベール。現ベール王族の長、シャフル・キアン・ベールの息子の一人だ。隣は妹の、マフシード・キアン・ベール」
    「それぞれ、メフル、マフスと愛称で呼ばれています。よろしければあなた方も、そうお呼びください」
    「ども。ほな、僕のことはホコウと」
     フォコが軽く会釈したところで、メフルは話を切り出した。
    「君たちの話は、セノク叔父から聞いた。叔父は渋っていたが、我々は是非とも協力したい」
    「そうですか。……失礼ですけどもな」
     フォコは率直に、こう尋ねた。
    「あなた方お二人がベール王族だと言う証拠は、お見せいただいでもよろしいでしょうか?」
    「何?」
     メフルは憮然とした顔になり、聞き返してくる。
    「我々を疑うのか」
    「ええ。何しろ、一族の渉外役になってはる『セノク叔父さん』が断ったっちゅうのに、何故甥、姪のあなた方がやって来たのか。それが気にかかりますし、我々も敵は多い。
     窮したところに偽の助けを差し伸べて、後で一網打尽にされる、……なんてことも、されかねませんしな」
    「……では、こちらで」
     マフスが胸元から、紋章の付いたペンダントを出した。
    「ベール王家であることを示す、黄金と緑玉髄で作られたペンダントです。……兄さんも、見せて」
    「……分かった」
     メフルも渋々、同様のペンダントを懐から出した。
    「ふむ。……確かに、セノク卿も同じものを持ってはりましたな。ではとりあえず信じるとして」
    「とりあえず、とは何だ!」
     二度も疑われ、メフルは立ち上がってフォコを怒鳴りつけた。が、それでもフォコは疑いの姿勢を崩さない。
    「金も玉髄も確かに貴重ですけども、お金とコネがあれば買えますしな。彫られとる紋章も、腕のいい職人を抱き込めばできる話ですし。
     あくまでも『とりあえず』程度の証明にしかなりません」
    「疑い深い奴め……!」
     憤慨するメフルに対し、マフスは冷静に返した。
    「では、どうすれば信じていただけますか?」
    「そら、屋敷に案内してくれはりませんと、どうにもなりませんな。お屋敷の中に入れる権利を見せてもろたら、信じないわけには行きません」
    「……では、そちらに場所を移して話をしましょう」
    「お手数かけますな」
    火紅狐・連衡記 3
    »»  2011.03.06.
    フォコの話、161話目。
    フォコの真意。

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    4.
     ごねたフォコに渋々応じ、メフルたちはベール王族の屋敷へと、彼らを案内した。
    「これで満足か、『狐』殿」
    「はい。……大変失礼いたしました。重ねて申し上げますが、我々の周りには、非常に敵が多いもので」
    「……ああ、なるほど」
     ここでマフスが、フォコの思惑に気が付く。
    「どこに間諜、スパイがいるか分かりませんものね」
    「そう言うことです。我々がしようとしとる話は、そうそう敵の耳に入れたくない類のものですからな。
     お屋敷の中でしたら、そんなけったいな人も居てませんでしょうし」
    「なるほど、そうだったか。……考えが至らず、大変失礼した」
     メフルはそう言って、小さく頭を下げた。
    「いえ、こちらこそすみません。回りくどいことをしてしもて。
     ……で、そもそもの我々の話としましては、ベールさんとこと我々で、政治面における提携、言い換えれば南海を正しく統治するための、適切なパートナーとして協力し合おうか、っちゅうことやったんですけども、……率直に尋ねますが、可能ですか?」
    「可能、……とは正直に言って、言い難い」
    「ふむ。その理由はなんでしょう?」
    「……ちょっと待ってくれないか、ホコウとやら」
     メフルはフォコの横に座ったままのアミルにチラ、と目を向け、もう一度フォコに顔を向ける。
    「何故君が話を? シルム代表が、この話を持ってきたのでは?」
    「シルムはあくまで、ロクシルム商業連合のツートップの一人です。
     僕は彼とツートップのもう一人であるロックス、この二人を引き合わせ、南海における新たな商工業網の構築をしていました。
     言わば彼ら二人は、僕の部下と言っていい。いわゆる頭、総司令官は僕なんです」
    「つまり……、ロクシルムはあくまで、あなたの戦いの手段である、と。ロクシルムを操り、これまでの戦いの道具にしてきた、と。そう言うことでしょうか」
    「有り体に言えば、そうです」
     フォコの回答に、メフル兄妹は顔をしかめた。
    「そして、……君の戦いに、我々も巻き込もうと、そう言うことなのか?」
    「巻き込む?」
     フォコもまた、メフルたちをにらみ付けた。
    「あなた方は、このままでいいと? このまま、レヴィアの侵略とスパスの横行に身を任せていい、と言うんですか?
     それならもう、話は無用です。僕たちは別のところへ話をしに行くだけです」
    「詭弁に過ぎる。何のかんのと述べながら、結局は君の私利私欲のために、我々を使おうと言うのではないか」
     メフルの言葉に、アミルが噛みついた。
    「それは違います、殿下。ホコウはあくまでも俺……、私たちのために動いてきたのです。
     落ちぶれていた私と仲間を更生させ、自由な商業を封じられてきた南海の皆のために大商会を組織し、スパス系の追い出しに成功しつつある。
     その上で、彼は金も地位も、我々に要求はしていない。ただ、我々南海の民の幸せのために動いている。私利私欲なんて、とんでもない的外れです」
    「ほう……」
    「そして今、ホコウがあなた方に頼んでいることもまた、南海のためです。彼一人の利益のためであれば、例えば自分が王を名乗ってしまえばいい。そうでしょう?」
    「それはあまりにも飛躍した、現実離れの理屈です。……けれど」
     マフスは顔を真っ赤にしてフォコを擁護したアミルを見て、深くうなずいた。
    「確かに、言う通りではあります。今この時に至るまで、わたしたちはシルム代表の名前は存じていても、ホコウさんの名前は存じませんでした。
     あなたはあくまでも、シルム代表を支える立場にいるのですね」
    「その通りです。僕は南海で名を馳せるつもりは毛頭ありません。
     あくまでこの『砂と海の世界』で活躍し、富と栄誉を得るのは、ロクシルムとベール、この2つであると、確約します」
    「……では君は、一体何のために、こんなことをするのだ?」
     メフルは疑い深そうな目をフォコに向けて尋ねる。
    「金もいらない、地位もいらない。では何を欲している? ただの英雄願望だけで、動いているわけでもあるまい?
     それとも何か他の狙いが? 例えばここで恩を売って関係を築き、いずれ籠絡しようとしているのではないのか?」
    「まったく違います」
     フォコはきっぱりと否定し、自分の意見を論じた。
    火紅狐・連衡記 4
    »»  2011.03.07.
    フォコの話、162話目。
    プリンシプル。

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    5.
     フォコは淡々と、自論を述べる。
    「確かに殿下の仰る通り、南海を良くしよう、とは考えています。ですが、それは通過点に過ぎません。僕の目指すものは、もっと先にある。
     僕はここに来る前、北方にいました。そこもここ同様、少数の人間が富む一方で、大勢の人間が貧窮にあえいでいました。それを見て、僕はとても嫌な気分になりました。何故、同じ人間でこんな差があるのか、と。
     確かに人間の能力や運勢は千差万別ですし、最終的なゴール、一生に得られる幸せの差はあるでしょう。でも、だからと言って、幸せになる機会を一生得られない人間の、何と多いことか。いくらなんでも、自然にそこまでの差が出るとは、僕には思えません。
     その、圧倒的な差が生じる原因は、持てる者――少数派の中でもさらに少数の、最も富と名声を得た者の強欲にあると、僕は考えています。富める者はさらに富を求め、もとより富のない人たちから、搾りに搾り取ろうとする。
     自分たちが、自分たちだけが豊かに過ごそうと、他の大勢を虐げている。だからこそ、この差が、自然の成り行きでは生じえないこの差が生まれているのだと、僕はそう考えます。
     僕はそんな風にありたくない。僕は、この世の皆が等しく、幸せになる機会、チャンスを享受できるような世界を作りたいんです。それが僕の望みであり、今やっていることは、そこへ到着するための通過点でしかありません。
     僕の目標はもっと先、もっと高いところにあるんです」
    「……」
     フォコの言葉に、メフル兄妹は口を閉じ、押し黙る。
    「……悪かった」
     しばらくして、メフルがぼそ、とそうつぶやいた。
    「私は……、なんて矮小なことを考えていたか。誰も彼も、欲望のまま生きていると、そう思っていた。
     王族の私でさえ、機あらば再び大成しよう、もう一度華々しい暮らしに戻ろうと、己のちっぽけな欲に駆られていた。
     だが君はどうだ……! 一商人、一平民と言うのに、その崇高な理念! 私は今、猛烈に自分を恥じている」
    「いや、そんな……」
     謙遜するフォコに対し、マフスも深々と頭を下げる。
    「目の覚めた思いです。ホコウさん、あなたは紛れもなく、我々を正しく導いてくれる方です」
    「ホコウ君。改めて、依頼しよう。我々に、力を貸してくれないだろうか?
     我々は君の、その素晴らしい考えに、とても感動した。是非ともその考えを見習わせ、この南海において達成させてほしい」
    「……勿論です。そのためなら、僕たちはどんな協力も厭いません」
     フォコとメフル兄妹は、がっちりと握手を交わした。



     ようやく本題に戻り、フォコたちは現状を検討し始めた。
    「まず、現在最も懸念すべきは、ベール王家の弱体化ですな」
    「ああ。叔父も嘆いていたが、今やベール王族への信用は地に墜ちている。その最たる理由は、本土決戦における敗走だ」
    「南海最強と謳われたベール軍が、自分たちの本拠において大敗を喫したのですから、仕方のないことではありますが……」
     落ち込むメフル兄妹に、フォコは明るく声をかける。
    「それやったら、もっかい戦って勝てば、挽回できますな。そしてそれは同時に、我々の宣伝にもなります」
    「宣伝? 商売のか?」
    「ちゃいますて。この連合が、いかに強大で正義のために動いている組織であるか、と南海全域に広く報せることができる、っちゅうことです。
     なんぼ大組織化したかて、我々にできることは限られます。神様や悪魔やないんですから、世界全体の意識、方向性を捻じ曲げることなんか、どんな力技を使たって、できるわけもない。
     本当にこの世界を変えるのんは、この世界に住む一人一人です。皆が『いい暮らしをしたい』と考え、努力すれば――例えば、今まで一日1000、2000ガニー稼いでた人たちが努力し、1500、2500稼げるようになれば、1000人が住む島であれば、50万ガニーもの経済成長を遂げることになる。ここ、5万人余りが住むベール島が同じ努力を重ねれば、それは2500万になるでしょう。
     僕たちが戦いに勝ち、皆が拠り所にできる正義、主張を堂々と示せば、皆はきっと動いてくれます。そうなれば、レヴィアとスパスが相手にするのんは、たかだか10万人規模の我々、ロクシルム―ベール連合やありません。
     南海に住む100万、200万もの人間を相手にすることになるんです。そんな膨大な相手に、誰が勝てますか?」
    「200万、……対、レヴィア王国の10万か。なるほど、そう考えれば、勝てる気もしないことはない。
     だが、ホコウ君。君は大切なことを忘れている」
     まだ渋い顔をするメフルに、フォコは軽く首をかしげた。
    「何でしょう?」
    「レヴィア軍は、圧倒的に強い。5年前まで最強だった我々ベール軍を、2ヶ月で攻め落とすほどの力を持っている。
     そんな相手に、力も装備も持たぬ200万が敵うと思うか?」
    「なるほど。……まあ、その問題があるからこそ、我々はあなた方に今、コンタクトを取ったんですけどもな」
    「うん……?」
     怪訝な顔を返したメフルに、フォコはニヤリと笑って見せた。
    火紅狐・連衡記 5
    »»  2011.03.08.
    フォコの話、163話目。
    戦争ヒーローショー。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     2年前にベール島東側を占領したレヴィア軍は、そのままベール宮殿のある首都、ビブロンに居座っていた。
     南海の方々で悪逆非道の限りを尽くした彼らは、この街においても乱暴に振る舞っていた。
    「お願いです……! もう二度と近寄りませんから……!」
    「どうか、どうかお慈悲を……!」
     磔(はりつけ)にされ、泣き叫ぶ住民たちの前には、大砲が並んでいる。
     それを背に、レヴィア軍の将校が居丈高に怒鳴る。
    「いいか! こいつらは愚かにも、我々レヴィア軍の軍事物資を盗み出そうとした! その罪がどれだけ重いか、この目でよく確かめるがいい!」
    「だから、そんなことしてません! たまたま袖が、木箱に引っかかっただけなんです……!」
     弁解する民に目もくれず、将校は兵士たちに命じる。
    「撃て!」
    「はっ!」
     兵士たちは砲台から伸びる導火線に、火を向けようとした。

     ところが――。
    「……ん?」
     ぽつ、と将校の頬に、水滴が落ちる。
    「雨、……か?」
     見上げてみると、空にはどんよりと黒ずんだ雲が、一面に張り付いていた。
     間もなく、ボタボタと雨が降り出し、導火線はびしょびしょに濡れてしまう。当然、大砲は使用不可能になる。
    「……くそ。……ええい、大砲処刑は中止だ! 斬れ!」
    「は、……ん?」
     将校に応じ、兵士たちが曲刀を抜きかけたところで、遠巻きに見ていた民衆の中から、黒いローブを来た者たちがぱらぱらと現れる。
    「なんだ、お前たちは……」
     将校が尋ねかけたところで、黒いローブの一人が何かを投げつけた。
    「……っ、な、にを?」
     将校の膝が、がくりと抜ける。その胸には、ナイフが突き刺さっていた。
    「……!?」
    「き、貴様!?」
     突然の襲撃に、兵士たちは慌てふためくが、それもあっと言う間に鎮圧されてしまった。
    「誰……?」
    「レヴィア軍が、手も足も出ないなんて……」
    「……まさか?」
     民衆がざわめき出したところで、ローブを着ていた者たちは一斉に、そのローブを脱ぎ捨てる。
     そこに現れたのは、ベール王国の紋章を鎧や兜に彫り込んだ兵士たちの姿だった。
    「たった今、我々ベール軍が首都、ビブロンを解放した!」
     残ったレヴィア兵と民衆に向け、ベール兵は堂々と宣言した。
    「な、何をバカな! ベール軍はとうの昔に殲滅……」
     反論しかけた兵士を蹴り倒し、共に来ていたフォコも声を挙げる。
    「ほら、見てみいやッ! こんなもんや、あの兵器が無かったらなぁ!」
     フォコは倒れた兵士を――民衆に見せつけるように――踏みつけ、続いてこう叫んだ。
    「みんな、見たか!? これがこいつらの正体や!
     大砲なしにはろくな働きのでけへん、木偶の坊ッ! こんなひょろひょろの狐獣人に蹴倒される程度の雑魚やッ!」
    「……っ」
     フォコの言葉に、呆気にとられていた民衆が静まり返る。
    「宣言した通りや、みんな! この街は、ベール軍が! ベール軍が、開放したんや!
     もう今日から、この街で死ぬ奴はおらん! そう、平和や! もうなんも、おびえることなんかあらへんのや!」
    「バカめ……!」
     と、踏みつけていた兵士が、うめくように反論する。
    「この街を解放したくらいで、いい気になるなよ……! まだバールも、ザハリも我々レヴィア軍が抑えて……」「バカはお前らや、アホがッ!」
     フォコはまた、見せ付けるように兵士の頭を踏みつけた。
    「今頃はもう、おんなじように攻め出しとるわ! このベール島は全部、今日、ベール王国が取り返したんや!」
    「……バカな、そんなことができるはずが!?」
     なおうめく兵士に、フォコはニヤリと悪辣な笑みを見せた。
    「実際、お前は倒れとる。他の奴らも。それで説明、付けられると思わへんか?」



     この「宣伝」は、驚くほどの効果を挙げた。
     フォコの言う通り、この日、占領されていた各都市において、メフル・マフス兄妹が動かしたベール軍が現れ、同時にレヴィア軍の支配から解放したのだ。
     そしてフォコと同様、メフル兄妹やアミルらロクシルム―ベール連合幹部も、敵兵を叩くさまを民衆に見せつけて、「レヴィア軍恐れるに足らず」と宣言した。
     このパフォーマンス、扇動を目にし、民衆の意気・意欲はこれまでの圧政から解放された反動も相まって、かつてないほどに高揚した。

     そしてその熱気は南海各地へ次々と伝播し――ベール島解放から2週間と経たないうちに、国家単位での協力者が、こぞってロクシルム―ベール連合へ駆け込んで来ることとなった。
    火紅狐・連衡記 6
    »»  2011.03.09.
    フォコの話、164話目。
    両軍、ついに並ぶ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「まさか、これほどの効果を挙げるとは」
     急激に支持・民意を得たメフル兄妹は、フォコの宣伝手腕にただただ驚くばかりだった。
    「言うた通りでしたやろ? ベール軍は、かつては最強と謳われたところですし、それが今立ち上がったとなれば、それはもう期待しないわけがない。
     そして当代最強のはずの、南海全域の嫌われ者であるレヴィア軍がボッコボコにされるさまを見れば、どれだけ痛快か。
     やっぱり、あの形――『ワルモノを倒すヒーロー』を見せつけるのんが、一番みんなに分かりやすく、そして支持されやすいんですわ。」
    「確かに、そうですね。子供でも分かるお話ですもの」
    「しかし君、よくあれだけの雨を降らせられたものだ。魔術師としての腕も、相当だな」
    「はは……、季節のおかげですわ。実は魔術も、季節の影響受けやすいもんで」
    「ほう……」
     と、季節の話題が出たところで、フォコの語調が落ちる。
    「それがちょっと、困ったところでもあるんですけどな」
    「と言うと?」
    「折角連合の意欲が高まってるところなんですけども、この『雨を降らす術』が、これからの季節、冬季の差し掛かりから中頃までが、一番効果が出にくくなるんですわ」
    「あら……、そうなのですか?」
     困った顔を見せるメフル兄妹に対し、いつものようにフォコの隣に座っていたランニャが首をかしげる。
    「それが何か、まずいの?」
    「まずいだろうな」
     と、フォコたちの代わりにアミルが応える。
    「雨が無いと、大砲を濡らして使えなくするって策が取れないしな。敵の主力を封じる策が無いってのは、やっぱきついよ」
    「その通りなんですわ。そら、僕たちも火薬や大砲はどんどん製造してますし、ダマスク島やらベール島やら、うちらの本拠や主要取引先へ送っとりますけども、使うとなるとこれはもう、ガッチガチの真っ向勝負になってしまいますからな」
    「確かにレヴィア軍は憎むべき敵ではあるし、攻撃することになんら気負うことは無い。だがその手段を採れば、こちらにも並々ならぬ被害が出ることは確実だ。
     民を率いる者として、そうした手を嬉々として使うわけには行かない」
    「ええ。そしてその手段は、他ならぬレヴィア王国が執っとる策――大きな犠牲を出して、女王やその周辺だけ利益が入るっちゅう、最も採りたくない方法ですしな」
    「敵方と同じことをして勝利しても、『ワルモノ』がレヴィアから、我々ベールにすり替わるだけですものね。
     もっと犠牲を出さず、かつ、レヴィア王国にのみ打撃を与える策を考えねばなりませんね」



     一方、レヴィア王国では、この事態を受け、緊急会議が開かれていた。
    「問題は、雨か」
     報告を受けたアイシャは、主力兵器である大砲を封じられたことに言及した。
    「カトン島などの再襲撃に失敗した時も、雨で封じられたと言うておったし、この件に関しても、雨で使えなくなったと言うたな」
    「はい。恐らくは、敵方に水の術を操る者がいるものと……」
    「ふむ」
     少し思案し、アイシャはこう尋ねてみた。
    「その、水を操る術……、じゃが、自在に降らせることができるのか?」
    「水と、土の術に関して言えることですが」
     尋ねられた大臣の一人が、こう返す。
    「どちらも、水、あるいは土。これが無ければ、術の発動は不可能です。
     それに関して言えば、大量の雨を降らせることができたのは、これまでが夏季、雨の多い時期であったからと思われます。
     しかし冬季に差し掛かる今後、同様の効果が上がるとは言い難いです」
    「ほう。……では、彼奴らがこれまで我々の兵器を封じてきた策も、約半年は使えぬと言うことじゃな。
     であれば話は早い。冬季に入るのを待って、そこから反撃に転ずれば良い。それだけの話じゃ」
    「ええ。……しかし、不穏な情報も入っております」
    「それは何ぞ?」
     大臣は書類と女王とを交互に見ながら、フォコたちが火薬を大量に製造し、南海へ輸入している件を挙げた。
    「我々が独占的に使用していた火薬および大砲を、相手も有しているのは明白。そして雨が使えない今後、使用してくる可能性は非常に高いと思われます」
    「そうなれば、我々とベールたちとの全面戦争になるであろうな。……ふむ」
     アイシャはふう、とため息をつき、こう述べて会議を締めくくった。
    「どれほどの被害と出費がかさむか、考えたくも無いことじゃが、……やらねばならぬじゃろうな。
     敵は我々を、妾を許そうとはせぬ。攻撃されることは必至じゃ。それをぼんやりと傍観しておっては、レヴィアに未来は無い。
     全軍に伝えよ。これよりレヴィア王国は、総員、戦時態勢に入ると。敵たるロクシルム―ベールを完膚なきまでに叩きのめすことが、我々が今後も生き残り、繁栄し続ける唯一の道じゃ、とな」



     こうして310年の暮れ、火薬の硝煙で真っ黒に海と空を染め上げる南海戦争が、本格的に始まった。

    火紅狐・連衡記 終
    火紅狐・連衡記 7
    »»  2011.03.10.
    フォコの話、165話目。
    戦争宣伝戦略。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     再び立ち上がったかつての大国、ベールと、隆盛の極みにあるならず者国家、レヴィアとの全面対決が南海に広く伝えられ、各地ではこのようなうわさが流れていた。
    「ベール王国が5年の歳月を経て今再び立ち上がったのは、何か勝算があるのか?」
    「何でもロクシルムと手を組んだとか。しかし……」
    「確かに今、乗りに乗っている大商会だし、私設軍隊も有しているとは聞く。
     だがそれが、軍事大国となったレヴィアに、確実に勝てる理由とはならない」
    「ええ。ましてや、レヴィアにも西方からの大商会、スパス系が付いていると言いますし……」
    「条件で見れば互角と言えなくもないが、何しろレヴィアには、正体不明の恐るべき兵器があると言うからな。
     それをどうにかできなければ、ベールが返り討ちに遭うのは目に見えている」



     ベールの分が悪い、との評判を受けても、フォコは特に対処する姿勢を見せなかった。
     と言うよりもフォコは開戦当初、ほとんど動く姿勢を見せなかったのだ。
    「ホコウ君、ハリス海域にレヴィア軍が集まっているそうだ。相手の主力艦はまだ到着していないし、今から行動すれば間に合うかも知れん」
     メフルの持ってきた情報に対し、フォコは片方の狐耳と尻尾をぱた、と動かすだけに留める。
    「はあ、そうでっか。……まあ、小型の戦艦3隻で適当に動いといてください」
    「て、適当?」
     メフルは面食らい、続いてフォコの態度をたしなめようとする。
    「ホコウ君、どう言うつもりだ? いくらなんでも『適当に』はないだろう、『適当に』は」
    「ああ、いえいえ。何も考えなしに特攻せえ、言うてるわけちゃいますよ」
    「ならば、真面目に指示を……」「ホコウさん、いいですか?」
     と、そこへマフスが同じように、敵の情報を持ってきた。
    「カフール海域に、レヴィア軍の軍艦が集まりつつあるそうです。近くを巡回した者によれば、遅くても一週間以内には、守りを固めるだろうとのことです」
    「ふむ」
     これを聞いたフォコは、今度は真面目に返答した。
    「せやったら、こちらの主力艦の……、そうですな、『マリアム』でしたっけ、それと護衛艦4、5隻付けて、……でー、詳しい突入経路ですけども」「ホコウ君!」「は、はい?」
     自分と妹との対応の違いに苛立ったメフルが、フォコを怒鳴りつけた。
    「なんだ、その態度は!? 私の報告には尻尾をぱたつかせてあしらい、妹の報告には真摯に受け答えするとは! そんなに女の機嫌が取りたいか!」
    「ちゃいますて、そう言うつもりや……」「では聞かせてもらうぞ、どう言うつもりだ!?」
     いきり立つメフルに、フォコはポリポリと頭をかきながら説明した。
    「まあ、そのですな。前にも言いましたけども、僕はロクシルム―ベールの10万人で、レヴィアに対抗するつもりはないんですわ」
    「ああ、確かに聞いた。しかしだ、それとこの件と、何の関係があると言うのだ?」
    「落ち着いて、お兄様」
     目を吊り上らせて詰問するメフルを見かねて、マフスが仲立ちする。
    「ホコウさん、わたしにもその二つの関連性が良く分かりません。詳しい説明をお願いします」
    「ええ、はい。
     まあ、この説明をした時に、『南海の皆が拠り所にできる正義を示せば、皆それに付いてきてくれる、いずれは南海200万の人間が、レヴィア打倒に立ち上がるだろう』と言いましたけども、まだまだその気運、風潮ができるには遠いわけです。
     ではどうやってその風潮を作っていけばいいか、っちゅうと、どうしたらええと思います、お二人さん?」
    「ふ、む」「ええ、と」
     フォコに問い返された二人は、耳打ちし合って答えを検討する。
    「皆に付いてきてもらうには、やはり、我々が人民を導くに足る存在だと知らしめねばならない、……よな?」
    「でしょうね。でも、ただ『我々が正義だ、皆付いてこい』と怒鳴るばかりでは、なんだか権力を笠に着た小悪党みたいですし」
    「証明がいる、と言うことか。であれば、……まあ、此度の戦いで、我々がレヴィアを打倒する存在であると見せつけるのが、手っ取り早いか」
    「大体そんな感じですな」
     二人のささやきを聞いていたフォコが、そこでうなずく。
    「もっと整理して言えば、『僕たちが勝ってるところを皆に見てもらう』っちゅうことになりますわ。
     で、さっきお二人から報告してもろた戦地ですけどもな」
     フォコは近辺の海図を開き、二人に見せた。
    「どっちの海域が、人、多いですやろ?」
    「……あ」「なるほど」
    火紅狐・戦宣記 1
    »»  2011.03.12.
    フォコの話、166話目。
    緒戦の結果と醒めた愛情。

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    2.
     レヴィア王国本拠、レヴィア城。
     二人の将軍が、アイシャの前に並び立ち、報告を行っていた。
    「陛下! ハリス海域において、我が軍がロクシルム―ベールを追い払い、撃退に成功しましたぞ!」
     一方の将軍の報告を受け、アイシャはほくそ笑む。
    「そうか、そうか。大儀であったぞ、将軍」
     だが、もう一方の将軍は苦い顔をしている。
    「申し訳ございません、陛下。カフール海域における海戦において、我が軍は後れを取り、撤退せざるを得ませんでした」
    「むう……」
     喜ばしくない結果ではあるが、それでもアイシャは算術的に考える。
    「……まあ、1勝1敗、差し引き0であるか。……ならばよし。
     両名とも引き続き、各地の制圧・防衛に当たれ」
    「はっ……」
     将軍たちが敬礼し、踵を返してその場を離れようとしたところで、アイシャはもう一つ声をかけた。
    「のう、お前たち」
    「は、何でしょうか?」
    「今後の展望はどう考えておる? 簡単で良い、申してみよ」
    「はい」
     勝利を収めた方の将軍は、こう語った。
    「あくまで先程の戦いにおいて抱いた感想でしかありませんが……、敵に覇気はありませんでした。
     やはり陛下が以前にご推察なされた通り、敵方は頼みの綱である雨を降らす術が使えぬ時期に差し掛かっていることや、既に南海ほぼ全域に渡る影響力を持つ我々の強大さに、苦しい思いをしているのではないかと存じております」
    「いや……」
     一方、敗北した方の将軍は、まるで正反対の意見を述べた。
    「吾輩が相対した敵どもは皆、勢いあふれる難敵でございました。
     まず装備や陣容からして、気合の入れようが半端なものではございません。ベール軍主力艦『マリアム』を初めとし、護衛艦や突撃艦がぞろぞろと現れ、さらにはその一つ一つに、尋常ではない数の砲台が積んであると言う、攻防ともに侮れぬ構え。
     とても同輩が述べたような、胡乱(うろん)な対応とは言えず……」
    「……ふーむ?」
     まったく違う二つの意見に、アイシャは首をかしげた。
    「一方はさして攻め立てる様子もなく、もう一方は全力攻勢で挑んできたわけ、……か。気になるのう」
     アイシャはぱた、と手を打ち、大臣を一人呼び寄せた。
    「お呼びでございますか、陛下」
    「うむ。すまぬがちと、ハリス海域とカフール海域の、明確な違いを何点か教えてくれぬか」
    「は……。
     どちらも南海西部寄りの海域であり、海運の要である点は共通しております。
     違いと申しますと、どちらかと言えば前者は南海北部および北西部へも通じており、交通の面で言えば非常に後の利益につながるかと。
     一方後者は、敵であるロクシルム―ベールの本拠地、ベール島との通行が容易でございます。恐らくは、主力艦の速やかな航行を狙ったものではないかと……」「誰がそこまで論ぜよと言うた?」「……失礼しました」
     話を聞き終えたアイシャは大臣と将軍たちを退かせ、もう一度考察する。
    「……確かに大臣の言う通りか。恐らくは今後、主力艦を軸に攻略の方策を立てていくつもりじゃろうな。
     とあれば……、我々はそれを避け、こちらの主力艦を以って各地を周る策を執るとするか」
     そう結論付けたところで、アイシャはケネスにこの結果を報告しておくべきか、ふと考えてみた。

    (ケネスに伝えておくべき件ではあるが、……しかし)
     ケネスの持つ財力と兵器に魅了され、彼と結ばれたアイシャだったが、最近になって、彼に対する想いはすっかり冷え込んでいた。
    (妾の顔をつかみ、その顔面に唾をまき散らしながら怒鳴りつけるような男なぞ最早、声もかけとうないわ。
     そもそも。もうあの男は、妾にとって必要な存在であるのか? 反対に、妾の存在は、あの男に必要不可欠なものじゃろうか?
     ……どちらも、否、じゃ。仮に今、妾があの男との取引を打ち切ったとて、既に存分に戦い抜けるほどの軍備は溜め込んでおる。
     反面、妾がもしここで崩御しても、もうアズラがおる。妾と、ケネスの血を引く子が。もしそのような事態になったとて、ケネスはアズラを新たな女王に仕立て上げ、これまで通りに我が国を動かし、操るじゃろう。
     ……そう、操られておる。妾があの男に下ったその日から、我がレヴィア王国はあいつの言いなりじゃ。妾の存在なぞ、ただの目付役に過ぎぬ。この国があの男の意に沿わぬことをせぬかと見張る役、それが今の妾に押し付けられた地位じゃ。
     なんとまあ、落ちぶれたものよ。これが我が一族が望んだ道か? アズラに歩ませたい道であるのか?)
     そう考えるうちに、アイシャの本来の姿――自尊心と征服欲にあふれた、勝気な性格の彼女が、己の中によみがえってきた。
    「……いつまでも妾がお前の飼い猫であると思うなよ、ケネス」
     アイシャは一人、憎々しげにそうつぶやいた。
    火紅狐・戦宣記 2
    »»  2011.03.13.

    フォコの話、137話目。
    ケネスの腹心たち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     南海へと向かう、大海洋の途上。
    「おっと、17だ。親の一発アガリ」
    「うげぇ」
     2ヶ月の船旅の間、フォコはネール母娘とカードゲームに興じながら、色々な話を交わしていた。
    「この辺にしておくか。流石に飽きた」
    「そうだね」
    「あ、お金賭けてなかったですね」
     と、フォコがそうつぶやいたところ、母娘はしょんぼりした顔になった。
    「……賭ける気にならん」
    「え?」
    「うちが傾きかけてる原因の一つは、そこにあるからね。
     ほら、ガルフくんっていただろ? あたしの従兄弟の」
    「あー、と、……いたような」
    「ほら、『7オブ7』で一緒に卓を囲んだ」
    「……ああ、はい。思い出しました」
     ランニャはカードをぱらぱらとテーブルに撒きながら、ため息をつく。
    「ガルフくんをはじめとして、うちの職人の半分以上が、カジノ漬けになってしまってるんだ。
     エンターゲートが、クラフトランドのかなり近いところに、でっかいカジノを作っちゃったせいで」
    「え……」
     ルピアは苦々しい顔で、経緯を説明してくれた。
    「何しろ、超が2つ3つ付く大金持ちだ。胴元が破綻することは、まずない。どれだけ『子』が大勝しようと、いずれはその勝ち分を吸収されてしまう。
     最初は目と鼻の先に出張ってきた金火狐を一丁揉んでやろう、あるいは単に楽しもうと、うちの奴らが向かって行ったんだが、完璧に中毒になってしまった。
     で、職人の半分以上がまともに働けなくなってしまったんだ。そうなりゃ、職人たちで構成されてるギルドの操業なんて、ままならない。
     結果、この2年でガクッと業績が落ち込んだんだ」
    「またケネスの仕業か……」
     フォコも苦虫を噛み潰したような顔をしたところで、ランニャが首を振った。
    「違う。ケネスの腹心がやってるんだよ」
    「へ?」
    「ケネスはあくまでも、カジノ運営の元手を出しただけだよ。まあ、多分命令はしてるだろうけどね。
     実質的なカジノのオーナーは、……誰だったっけ?」
    「ヨセフ・トランプって言う奴だ。元は央北の、片田舎の大地主だったが、その土地をケネスに買い取ってもらった後、代わりにカジノを任されたんだ。
     そんな経歴だから、はっきり言って経営能力は三流だが、……何しろ、客は自分から飛びついてくる奴ばっかりだからな。経営難に陥ることは、まずない。自分の利益が守られるならいいやって性格だから、ケネスに楯突くことも無い。
     反発も反抗もせず、黙々と金を献上する、言いなりの傀儡――腹心としちゃ、適材ってわけだ」
    「腹心、……ですか」
     フォコの脳裏に、北方のキルシュ卿がかつて言っていた言葉がよみがえってくる。
    ――その、スパスと言う商会主。金火狐当主とつながっていて、彼の指示のもと、あちこちの買収を続けている。そう言ううわさが流れているのだ――
    「腹心って、どんだけいるんでしょうね」
    「うわさ半分だが、4人いるらしいな。
     今言ったトランプに、君も知っていると言っていた、西方のスパス。それから南海の、レヴィア女王。あと央南にも、西方から出張ってる奴がいるとかいないとか。
     今じゃもう、世界全域にあいつの手が伸びているんだ」
    「……何だかそれもう、世界の王様、天帝さん気取りですね」
    「だな。人が神の真似など、……反吐が出る」
     ルピアはカードをしまいながら、重々しいため息をついた。
    「が、流石のあいつも、北方では下手を打ったらしいな」
     と、そのため息に続いてくっくっと笑いが聞こえてくる。
    「北方の将軍たちを借金漬けにして、奴隷にしようとしてたらしいな」
    「ええ、恐らくは」
    「なめすぎなんだ、あいつは。他人も、他の商会も、本拠地以外の地域も、……いいや、自分以外のすべてを、虚仮にして生きている。
     だから20億クラムを用意されて追い払われるなんて、思ってもいなかったろうな。あの後、奴はかなり怒り狂っていたらしい。憂さ晴らしに、しばらく南海へ籠っていたそうだ」
    「南海に?」
    「ああ。さっき言ってたレヴィア女王。実は、ケネスの愛人、と言うか、二人目の女房になってるらしい」
    「はぁ?」
     思いもよらない話に、フォコの目が点になる。
    (おやっさん助けに行った時、女王さん、なんやケネスの後ろでおびえとったけど、……そこから何やかや口説いて、重婚しよったんか? なんちゅう奴や!)
     フォコが憤る横で、ルピアも憎々しげに鼻を鳴らした。
    「フン……。天帝気取りと君は言ったが、その通りかも知れんな。
     金と権力に任せ、自分の欲望のまま、何もかもむさぼる。まさにやりたい放題。暴君が如し、だな。
     そんな奴が、未来永劫のさばれるはずがない。いいや、のさばらせてたまるものか」
     ルピアは怒りに満ちた目で、水平線を眺めていた。

    火紅狐・玉銀記 1

    2011.02.06.[Edit]
    フォコの話、137話目。ケネスの腹心たち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 南海へと向かう、大海洋の途上。「おっと、17だ。親の一発アガリ」「うげぇ」 2ヶ月の船旅の間、フォコはネール母娘とカードゲームに興じながら、色々な話を交わしていた。「この辺にしておくか。流石に飽きた」「そうだね」「あ、お金賭けてなかったですね」 と、フォコがそうつぶやいたところ、母娘はしょんぼりした顔になった。「……...

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    フォコの話、138話目。
    太陽のような思い出。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     夕暮れになり、洋上は金色に染まる。
     フォコとランニャは、甲板の先でそれを眺めていた。
    「わあ……! まるで金が熔けてるみたいだ!」
    「はは、そやねぇ」
     職人らしい例えをしたランニャに、フォコはクスリと笑った。
    「フォコくんはさ、3年くらい南海にいたんだよね?」
    「ん? うん、おったよ」
    「こんな夕日、毎日見れたんだよね」
    「あー、……そやねぇ。ほとんど晴ればっかりやったし、ホンマに毎日見とったなぁ」
    「飽きたりしなかったの?」
     そう問われ、フォコはこの会話に既視感を覚える。
    「あー、……えーと」
     そして、その時「彼女」が答えたことを、ほぼそのままランニャに返した。
    「ま、飽きたっちゅうたら飽きてたかもやけど、それでも嫌や、もう見たないってことはあらへんかったわ。
     見る度に、なんか感動させられるもん、あったしな」
    「そうなんだ。
     ……じゃあ、さ」
     唐突に、ランニャはフォコの手を握ってきた。
    「へ?」
    「こーやってさ、ティナさんと夕日を見ながらデートなんかしてた?」
    「……ん、うん」
    「あははは」
     フォコの顔を見たランニャは、手を振り払って笑い出す。
    「な、なんよ?」
    「夕日の中でもフォコくん、顔が真っ赤って分かるよ。……君って、不思議だね」
    「え?」
    「17で結婚を約束した恋人がいたくらいだって言うのに、なんでこんなに純情くんなんだろうな、ってさ。
     ううん、それにさ。君も――比較されたらイヤかもだけどさ――エンターゲートも、どこからともなくお金を生み出す不思議な才能を持ってる。
     なのに、あいつと君とは、まるで正反対。あいつのせいで両親が殺されて、お師匠さんも殺されて、おまけに3年浮浪者になってたって言うのに。
     なんで君は、そんなにまっすぐでいられる?」
    「……」
     その問いに、フォコは静かに首を振った。
    「僕も、ねじけとった時期はあったんよ。
     ホンマに何もかもが嫌で嫌でたまらんかって、何もやる気せえへん、何やっても無駄にしか思えへん。そう言う時期、あってん。
     でもな、僕の大先祖さんがこんな言葉、残しとるねん。『卓に付く者は生ける者なり。卓から離れる者は死せる者なり』――生きてる限りは、勝負できるんや。それもせんと逃げたら、もう死んでるんもおんなじや。
     それを、……思い出して、僕は立ち上がったんや。もっかい、ケネスと勝負したらなと思って。ほんで、今度こそは、……何としてでも、勝ってやろうって」
    「そっか」
     ランニャはそう返し、自分の尻尾をくしゃ、と撫でた。
    「それが君の強さなんだな。仇、討とうって言う気持ちが」
    「……それだけやないよ」
     フォコは手すりにひょいと座り、黄金色の海に目を向けながらつぶやいた。
    「僕がただ、仇討ちしたいってだけやったら、そんなん簡単や。さっさと央中のイエローコースト行って、ケネスの家に乗り込んだったらええねん。
     でもな、そんなんして、後はどうなるやろ? ケネスには腹心がおる、ってルピアさん、言うてたやん」
    「そだね」
    「もし今ここで、ケネスが死んだら。……その後、その腹心がその椅子に座ろうとするやろ、きっと」
    「そだね、多分」
    「そんなことが起こるとして、世界は平和やろか?」
    「……なんなさそうだ」
     フォコはため息をつき、続けてこう言った。
    「せやったら、僕がその椅子に座る。いや、その椅子を潰して、もっとでかい、自分の椅子を置く。誰も座られへんように、ガッチリ固定してな。
     僕は喰うつもりなんや、ケネスを。ひとかけらも残さずな」
    「……フォコくん?」
     不安そうなランニャの声に、フォコは振り向いた。
     ランニャは狼耳と尻尾を毛羽立たせ、何か恐ろしいものを見るかのような目を向けていた。
    「……おわ、わわわととととおおおっ!?」
     それに虚を突かれ――フォコは手すりから落っこちた。
    「ちょ、……フォコくーんっ!?」

     この後、何とか甲板のへりにつかまっていたフォコを、ランニャがひょいと助けてくれた。
     グリーンプールの時と同様、この時もフォコは、ネール母娘の腕力の強さと体格の良さに、目を白黒させていた。

    火紅狐・玉銀記 2

    2011.02.07.[Edit]
    フォコの話、138話目。太陽のような思い出。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 夕暮れになり、洋上は金色に染まる。 フォコとランニャは、甲板の先でそれを眺めていた。「わあ……! まるで金が熔けてるみたいだ!」「はは、そやねぇ」 職人らしい例えをしたランニャに、フォコはクスリと笑った。「フォコくんはさ、3年くらい南海にいたんだよね?」「ん? うん、おったよ」「こんな夕日、毎日見れたんだよね」「あ...

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    フォコの話、139話目。
    ネール家の新しい顔。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「そう言えばルピアさん」
    「うん?」
     ある夜、船室の中でカードゲームに興じていた最中、フォコはふと気になっていたことを尋ねてみた。
    「グリーンプールん時、子供さんできたって聞きましたけど」
    「ああ、ラノマのことか?」
     名前を聞いて、フォコは首をかしげた。
    「ええ。……あの、ルピアさん?」
    「なんだ?」
    「なんでお子さんみんな、名前がRANから始まってるんです?」
    「え? ……えーとだな」
     困った顔をするルピアに、ランニャが助け舟を出した。
    「お母さん、名前付けるのが下手なんだ。
     お父さんがお兄ちゃん連れて来た時、もうランドって名前が付いてたからさ、あたしが生まれた時も、ラノマん時も、そのまんま付け加えて名前を付けてるんだよ。
     もし今度、またあたしに妹が生まれたら、その時はあたしが名付け親になってやろうと思ってる」
    「おいおい。いい名前だと思うがなぁ、ランドもランニャも、ラノマも。
     つーか、もうこれ以上子供はいいよ」
     ルピアはくしゃ、とランニャの髪を撫でながら、イタズラっぽくささやく。
    「私ももう40半ばなんだぞ。子供より孫だろ、そろそろ」
    「孫ぉ?」
     ランニャはそう返し、チラ、とフォコを見て、肩をすくめた。
    「まだ無理だって。10年くらい待たないと」
    「そっか。ま、そんでも50半ばだ。まだ生きてるな」
    「目付けてた相手にもう相手いるし、他探さないといけないからな」
    「相手、てもしかして……」
     フォコはそろそろと自分を指差したが、ランニャはころりと話題を変えてしまった。
    「元気してるかな、ラノマ」
    「ま、大丈夫だろ。ガルフがダメ人間になっても、ボーラはいい子だから」
    「ボーラ?」
    「ガルフくんの奥さん。あたしたちが旅してる間、ラノマを預けてるんだ」
    「ちなみに見合わせたのは私だ」
     そう言ってニヤリと笑っておいて、ルピアは話を続ける。
    「ガルフのバカが博打に溺れて、家に帰って来なくなってしまってな。嫁に来た身で一人寂しく過ごしていたし、今回、丁度いいかなと思って預けることにしたんだ。
     ま、旅は半年ちょっとくらいの予定だし、何とかなるだろう」
    「カジノ、……ですか」
    「それも潰すつもりかい?」
     そうランニャに尋ねられ、フォコはうなずく。
    「そら、そこもいずれは潰さなあかんでしょう」
    「穏やかじゃないな」
    「元から穏やかに事を運んでへんのは、相手の方です。ネール職人組合の縄張りにガンガン侵入して、職人みんなを骨抜きにしとるんですから。
     そんなん、絶対放ったままにはしておけません」
    「……おい、フォコ君」
     熱っぽく語ったフォコに対し、ルピアは冷めた目で見つめてくる。
    「勘違いしちゃ困る。これはネール職人組合の問題だ。君がいくらケネスと因縁があるからって、この件に関しちゃ筋違いだ。
     それはいずれ、私がやるべきことだ。君は別のことをやってくれ」
    「……はい」
     しゅんとなったフォコを見て、ランニャが彼の肩を持つ。
    「いいじゃない、母さん。手伝ってもらっても。そんな邪険にすることないじゃないか」
    「そうは言うがな、彼に何でもかんでもさせるのは、私のプライドと老婆心が許さんよ」
    「老婆心?」
    「20そこらの若者が、巨悪と戦うなんて言う、重い運命を背負ってるんだ。こんな小悪党の件にまで一々付き合わせちゃ、早々に参ってしまうぞ」
    「そう、……だね」
     ルピアの言い分に納得し、ランニャは矛を収める。
    「まずは、目先の問題だ。ジョーヌ海運がどうなったか、を確認しなきゃならん」
    「ですね。何でもかんでもいっぺんに、なんて、無理ですもんね」
    「そう言うことだ。まだまだ先は長い。無理はしないに越したことはない。
     ……ほれ、そろそろカードを選んでくれ」
    「あ、はい」
     止まったままだったゲームを進めながら、フォコはルピアの言った言葉を反芻する。
    (巨悪と戦う、……か。『あいつ』と僕、今、どのくらい差が開いとるんやろな)

    火紅狐・玉銀記 3

    2011.02.08.[Edit]
    フォコの話、139話目。ネール家の新しい顔。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「そう言えばルピアさん」「うん?」 ある夜、船室の中でカードゲームに興じていた最中、フォコはふと気になっていたことを尋ねてみた。「グリーンプールん時、子供さんできたって聞きましたけど」「ああ、ラノマのことか?」 名前を聞いて、フォコは首をかしげた。「ええ。……あの、ルピアさん?」「なんだ?」「なんでお子さんみんな、名...

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    フォコの話、140話目。
    変わり果てた、第二の故郷。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     フォコとケネスの、「差」。
     それを端的に示すものは南海東地域の玄関口、シャルク島ですぐに見つけることができた。
    「……」
     シャルク島は南海地域の、人の住む島の中で最も東に位置している。そのため、南海と他地域との交易地となっているのだが――。
    「……どこを見ても」
    「ええ」
    「スパス産業、レヴィア王立、そしてエンターゲート製造に、ゴールドマン商会。……知らない奴が見れば、それぞれ別のところだと思うんだろうけど、な」
     街中に並ぶ店舗の半分以上が、ケネスの息がかかったところばかりである。そして特に目立ったのが、レヴィア王国国営の商店、商会だった。
    「5年前まで、あの国ってどこにも見向きされへんくらい、めちゃめちゃ嫌われとったはずなんですけどね。こんなに出店しとるとは思ってませんでした」
    「5年だろ? それだけあれば変わるさ」
     店の一つに立ち寄り、棚に並ぶ商品を手に取る。
    「刻印が違うだけで、エンターゲートが造ってるな、この曲刀」
    「そんなに、特徴あります? 僕には……、よく分からへんのですが」
    「ああ。あたしだって、もう職人になって6年だもん。
     まあ、造ってるって言っても、現地生産だろうな。エンターゲートからは、製造方法と設備だけもらってるんだ、多分」
    「恐らくその通りだろう。目が肥えたな、ランニャ」
    「えへへ」
    「ウチが採っている生産方式とは大分違うな。
     ウチは自分のところで集中的に作って、それを卸して捌く方式だ。これなら技術の流出が防げるし、製造のコストも少なくて済む、……が、遠くに運ぼうとすればするほど、輸送コストがかさむし、遠隔地でのニーズに答えにくい。
     エンターゲートのやり方なら輸送コストはずっと安く抑えられるし、当地での需要にも簡単に答えられる。……なるほど、業績を伸ばせるわけだ。
     伊達に全世界へ展開してるわけじゃないな、エンターゲートも」
     ルピアは感心した顔で、店の中を覗いていた。

     と――。
    「……ん?」
     フォコは店の向かい側に、掲示板があるのに気付く。そして、その中に目立つ赤文字で、こう書かれている広告が目に付いた。



    「指名手配! 情報求む!
     以下の人物は南海、取り分けレヴィア王国領下において著しく平和を乱す、許すべからざる奸賊である。
     見かけた者、拘束した者、殺害しその証拠を提示した者、当局にとって有益な情報を提供した者、その他当局に貢献した者には、その働きに見合った賞金を授与する。

     指名手配者 一覧

     海賊団『砂狼』頭目 アミル・シルム
     その他、海賊団『砂狼』団員

    レヴィア王国軍 治安維持部隊」



    「なん……やて……」
     この広告に、フォコは強いめまいを覚えた。
    (アミルさんが、指名手配? しかもまだ、海賊を?
     ……ああ、そうやろうな。きっとおやっさんがいなくなった後、みんなバラバラになってしもたんや。……ほんで、……きっと、……海賊をやる以外に、どうしようもなくなったんや。
     ……しかも、や。5年前、こんな風に追い回されるんは、レヴィア側やったはずや。ほんで、……それを追い回してたんは、僕らや。
     そら、当然の成り行き言うたら、当然って言えるけども、確かにそうなるやろなとしか思えへんけども、……逆転してしもたんやな。今はもう、レヴィア側が追い回す側に、『砂嵐』は追い回される側に)
    「どうした、フォコ君」
     フォコの様子に気付いたネール母娘が、声をかける。
    「……いえ」
     フォコはそう答えたが、ルピアは見抜いたらしい。
    「知り合いか?」
    「……」
     あっさりと見抜かれ、フォコは仕方なく白状した。
    「ええ、昔一緒に働いてました。まさか……、こんなことになってるなんて」
    「そうか……」
    「あれ?」
     と、しんみりした雰囲気の中、ランニャが何かを見つけたらしい。
    「フォコ君、フォコ君。これ見てみ」
    「え?」
    「確かさ、ナラン島って言ってたよね、君が居たところ」
    「ああ、うん」
    「これ……、かな?」
     ランニャが指差した広告を見て、フォコはまた、強いめまいを覚えた。



    「地上の楽園! 天国を、感じさせます。

     鮮やかな青い海。穏やかな高い空。
     地元の方は日頃の疲れを癒しに。遠方から来た方は旅の思い出に。
     どなた様も、こぞってお越しくださいませ。

     スパス産業 ナラン島観光協会」

    火紅狐・玉銀記 終

    火紅狐・玉銀記 4

    2011.02.09.[Edit]
    フォコの話、140話目。変わり果てた、第二の故郷。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. フォコとケネスの、「差」。 それを端的に示すものは南海東地域の玄関口、シャルク島ですぐに見つけることができた。「……」 シャルク島は南海地域の、人の住む島の中で最も東に位置している。そのため、南海と他地域との交易地となっているのだが――。「……どこを見ても」「ええ」「スパス産業、レヴィア王立、そしてエンターゲート...

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    フォコの話、141話目。
    極悪カルテル。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「どうですか?」
    「……小型船と中型の間くらいか。人もそんなに乗ってない。襲うだけ損だな」
    「はあ……」
     南海の洋上。
     黒く塗り潰された船の上で、垢じみたコートに身を包んだ狼獣人が、周辺の船を単眼鏡で観察していた。
    「あっちはどうです?」
    「……あれは、……やめておこう。……子供ばかり乗ってるし」
    「……了解です」
     狼獣人の様子に、彼らの背後にいた手下たちは肩をすくめる。
    「親分……。いい加減、何か襲いましょうよ」
    「このまんまボーっとしてたら、来ますよ、レヴィアの奴らが」
    「アレなんかどースか」
     手下の一人が指差した船に、狼獣人は単眼鏡を向けた。
    「……ああ、いいかもな」
    「じゃあ、あれで」
     狼獣人は、甲板に集まっていた手下たちに命令する。
    「あの赤い船を襲うぞ!
     分かってるな!? 刃向ってくる奴以外、誰も傷つけるな! 奪うのは金だけだ! 奪うだけ奪ったら、とっとと撤収! 分かったか、お前らッ!」
    「おうッ!」
     手下たちは曲刀をかざし、ときの声を挙げた。



     ナラン島へ向かう船に乗ったフォコたち一行は、船室の中で、パンフレットに目を通していた。
    「ねえ、フォコ君。君の言ってたナラン島って、ホントに、ここなの?」
     ランニャの問いに、フォコは力なくうなずく。
    「うん、多分、そうやと思う、……多分」
    「頼りないなぁ。……分かるけどさ、気持ちは」
     パンフレットには派手な文字や、異様に布地の少ない水着をまとった男女の絵が、所狭しと散りばめられている。
    「それにしても、……なんだかな。このパンフレット作った奴ら、とてもじゃないが、まともな品性がありそうには見えん。
     こいつらの頭の中には、金儲けとエロいことしか無いんじゃないかとまで思ってしまうな」
    「はは……」
     フォコは苦笑しつつ、そのパンフレットを手に取った。
    「……スパス産業、ナラン島観光協会、か。
     恐らくは、アバントがケネスに下った後で、島を買い取ったんやろうな。んで、造船所をたたんで、観光地に作り替えてしもたんやな。
     でも、普通はこんなもん、うまく行くわけないのに」
    「うまく行ってるみたいに見えるけど……? この船も、かなり人が多いし」
     そう返したランニャに、ルピアがため息をつく。
    「お前はつくづく、目の前のことしか見えてないなぁ。
     いいか、平和に見えても今は、レヴィア王国があちこちに侵略している、戦争の真っ最中なんだ。そんな危険地域に遊興目的の観光地なんぞのんきに構えて、需要もへったくれもあるものか。設備投資する時点で、人もモノも集まるわけがない。
     が、現状はこの通りの大賑わいだ。恐らくは、レヴィア王国の支配下にある地域は、スパス産業との結託や密約なんかによって、それなりに治安が行き届いているんだろう」
    「じゃ、レヴィア王国って悪者じゃ無いんじゃない? 平和にしてるって言うなら……」
     そうつぶやいたランニャに、フォコはがっくりとした声で答える。
    「今現在、襲う必要も謂れもないところを襲っとる奴が、ええ奴なわけないやんか……。
     戦争しとるとこはものっすごい危険な所なんは言うまでもないし、支配下に置いたところも、政治・軍事と経済とを全部、ケネス系列が握りしめとるんやで。
     忘れてへんやろ、シャルク島の店の並び方。大通りとかの、人の集まりやすい場所は全部、あいつの息がかかっとる店やった。ちゅうことは、あいつに従わへんと、ええところに出店でけへんし、つまりは順調、順当な商売なんかでけへんってことや」
    「あー……、そっか」
     フォコの解説に、ルピアも付け加える。
    「そして多分、息のかかってる店は全部、何らかの形でエンターゲートやその腹心へと、金を納めているんだろうな。
     それが奴らの手口であり、従った人間たちの末路なんだ――従わなければ暴力と圧力とで責め立て、従えば延々と金とモノを巻き上げていく。
     フォコ君、君やランドたちが北方で行動を起こしていなければきっと、北方もいずれはこうなっていただろう。レヴィア王国軍がノルド王国軍、南海の人間が北方の人間、と言う構図で、な」
     それを聞いて、フォコの脳裏に北方の将軍たちの顔が浮かぶ。
    「……想像したら、薄ら寒い話ですね」
    「ああ。君たちはよくやったよ、本当に」
     ルピアがフォコをねぎらった、その時だった。
     がくん、と船が揺れた。

    火紅狐・砂狼記 1

    2011.02.11.[Edit]
    フォコの話、141話目。極悪カルテル。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「どうですか?」「……小型船と中型の間くらいか。人もそんなに乗ってない。襲うだけ損だな」「はあ……」 南海の洋上。 黒く塗り潰された船の上で、垢じみたコートに身を包んだ狼獣人が、周辺の船を単眼鏡で観察していた。「あっちはどうです?」「……あれは、……やめておこう。……子供ばかり乗ってるし」「……了解です」 狼獣人の様子に、彼らの背後...

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    フォコの話、142話目。
    クール系剛腕姉御。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「うわっ!?」「なんだ!?」「きゃあ!?」
     ほんの一瞬だが、船が15度ほど傾き、フォコたち三人は机と椅子ごと部屋を滑る。
    「ち……ッ」
     ルピアは器用に椅子から飛び上がり、机の上をごろんと転がってすたっと床に着地し、やり過ごす。
    「大丈夫か、二人とも!?」
    「あいたたた……、はい」「だ、だいじょぶ」
     一方、フォコとランニャはべちゃりと壁にぶつかっている。
     いや、良く見ればフォコは半ば、ランニャの下敷きになる形で壁にへばりつき、反対に、ランニャは何の怪我もなく、ひょい、と立ち上がっている。
    「大丈夫、フォコ君?」
    「うー……、ちょっと鼻打ってしもたけど、何とか、うん」
    「うわ、鼻血」
     ランニャは慌てた様子で、フォコの鼻に布を当てた。
    「大丈夫? 止まった?」
    「ああ、うん。ちょっと切ったくらい、みたいや」
    「良かった。……良くない」
     ランニャは布を千切り、フォコの鼻に押し込んだ。
    「ふが」
    「血、止まってないじゃないか。大丈夫って言わないでよ」
    「ご、ごべん(ごめん)」
     そのやりとりを見ていたルピアが、クスっと笑った。
    「可愛らしい漫才してるとこ悪いが、お二人さん」
    「はひ?」
    「今の揺れは穏やかじゃなさそうだ。上も何だか騒がしいし、な。様子を見に行こう」
    「ほうれふね(そうですね)」

     部屋の外に出たところで、騒ぎはさらに大きくなる。
    「……! ……!」
    「……~っ」
    「……!?」
     三人の頭上何層か上、甲板の方で怒鳴り声と、それに対する困惑した声が交差している。ルピアは上を見上げ、いぶかしげにつぶやいた。
    「……襲われた、か?」
    「え……」
     目を丸くするランニャとは反対に、フォコも鼻栓を抜きつつ、それに同意する。
    「みたいですね。明らかに上の方、出港した時より人が多く乗ってるみたいです。多分、十数人か、もうちょっと多いくらい」
    「ほう……? 何故分かる?」
    「最初、この階って水面すれすれの辺りにあって、波の音が聞こえてましたけど、今はその音、半ばくぐもってますし、どうもこの階、水面下に沈んだみたいです。
     この大きさの船なら多分1トンくらい、大体14、5人以上が乗り込んでこないと、そこまで沈まないです」
    「なるほど。そして何のアポイントメントも無しに、いきなり海上で乗り込んできて騒ぐ奴ら、となると……」
    「海賊、でしょうね」
     そう推測したところで、「答え」の方から姿を現した。

    「おい、お前ら!」
    「ん?」
     曲刀を手にし、海水と垢で色あせた服を着た、いかにも海賊と分かる猫獣人の男が、フォコたちに向かって、ドスドスと乱暴な音を立ててやって来る。
    「この船は乗っ取った! 無駄な抵抗はやめて、大人しく付いてこい!」「うん?」
     制圧の口上を述べてきた海賊に対し、ルピアは冷たくにらみ付けた。
    「良く聞こえなかったな。もう一度言ってくれるか、君?」
    「ざけんな! いいか、俺たちがこの船を……」「知らんなぁ」
     素直にもう一度口上を述べようとした海賊に、ルピアが歩み寄る。
    「……っ、てめ、お、大人しく」「しない」
     次の瞬間、ルピアは右手を伸ばし、海賊の猫耳を乱暴につかむ。
    「ぎにゃ、っ、い、いてっ、な、なにしやがっ」「静かにしてくれるかな、君」
     ルピアは猫耳をつかんだまま、通路の壁に腕を振った。
     ごす、と鈍い音を立て、海賊の頭が通路にめり込む。
    「うげぁ……っ」
     海賊は白目をむき、そのまま通路に倒れ込んでしまった。
    「ちょっ……、お母さん?」
    「フォコ君、君の見立てだと」
     ルピアは倒れた海賊にも、青ざめた顔の娘にも構わず、こう尋ねてきた。
    「あと15人くらいだと言ったな?」
    「はい、多分ですけども」
    「よし。それなら、相手にできる数だな」
    「や、……やる気ですか」
    「おう。いきなり無作法、無調法に乗り込んでくる輩だ。この流れなら、どうせ金なり何なりせびってくるだろう。
     私は払わんぞ、そんな不当請求」
     そう言ってのけたルピアに、フォコとランニャは絶句するしかなかった。

    火紅狐・砂狼記 2

    2011.02.12.[Edit]
    フォコの話、142話目。クール系剛腕姉御。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「うわっ!?」「なんだ!?」「きゃあ!?」 ほんの一瞬だが、船が15度ほど傾き、フォコたち三人は机と椅子ごと部屋を滑る。「ち……ッ」 ルピアは器用に椅子から飛び上がり、机の上をごろんと転がってすたっと床に着地し、やり過ごす。「大丈夫か、二人とも!?」「あいたたた……、はい」「だ、だいじょぶ」 一方、フォコとランニャはべち...

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    フォコの話、143話目。
    女丈夫V.S.海賊船長。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ルピアは――とても大商会主、40半ばの女とは思えないほど――喧嘩強かった。
    「おい、そこのお前ら!」「なんだ?」「大人しくしろ!」「ふざけろ」「ふぎゃ」
     拘束しようと船内をうろつく海賊を、一人ひとり、まるでモグラ叩きでもするように倒していく。
    「いたぞ! 捕まえろ!」
     やがて騒ぎを聞きつけたらしい、残りの海賊たちがやってくるが――。
    「おいおい、なんだなんだ? 海賊やってるくらいだし、屈強な奴らかと思ったら……」
    「ごふぅ!?」「ひーっ、ひーっ……」
     ルピアのパンチを腹や顔面に食らい、次々に倒れていく。
    「軟弱だなぁ。腹筋はふっにゃふにゃだし、鼻っ柱はすぐ折れるし」
     結局ルピアは、フォコたちの助けを借りることなく、10人近い海賊を一人で叩きのめしてしまった。

    「……おかしいな」
     甲板で手下が船内の人間を引きずり出してくるのを待っていた海賊団の船長は、首をかしげていた。
    「いくらなんでも遅すぎる。……念のため、現時点でかき集めた金品、今から運んじまおう」
    「へい」
     そう命じたところで――。
    「ぎゃあっ……!」
     船内へと続いている扉から、手下が悲鳴と共に、宙を舞って飛び出してきた。
    「おっとっと。ちょっとお前らにゃ、蹴りが強すぎたか」
     挑発的な含みのある声と共に、ルピアが破られた扉から顔を出す。
    「な……!?」
     甲板に叩きつけられ気絶した手下を見て、船長は言葉を失う。
    「お前がこいつらの頭か? ……ふうん、少しはやりそうな肉付きだな」
     ルピアは蹴っ飛ばした手下をまたいで、船長に近寄る。
    「……お前、何のつもりだ?」
     船長は曲刀を構え、ルピアと対峙する。
    「俺たちを全滅させてレヴィア軍にでも引き渡すつもりか? 悪いが、そうはさせねーぞ」
    「じゃあ、どうしたい? このまま金を置いて逃げるか? 私としては、それでも構わないが」
    「……金は渡せない。俺たちにも生活がある」
     二人は構えたまま、話を続ける。
    「生活? 笑ってしまうな、生活と来たか」
    「何だと……っ」
    「いいか『狼』くん、生活(Life)と言うのは生きる活動だ。
     こんなリスクばっかり高い、襲う相手を間違えりゃ即破綻するような死にかけスレスレの稼業で、何が『生きる(Life)』だ。
     生活を口にするのなら、もっとましなことで稼げよ」
    「う……、うるせえッ!」
     ルピアの言葉に激昂した船長は、曲刀を振り上げてルピアに襲いかかった。
    「……っ、と」
     ルピアは初太刀をかわし、左膝を蹴り入れる。
    「ぐ、……っ、効くかよぉ!」
    「おお、っと」
     ルピアの膝蹴りをまともに受けたはずの船長は、顔をしかめつつも曲刀を振り回す。
    「フン」
     ルピアはそれをすれすれで避け、もう一度蹴りを浴びせる。
    「……っ、効かねえ、って、……言ってんだろうがああッ!」
     船長は後ろにのけ反りつつも、同じように蹴りを放ってきた。
    「あーあー、失着だな、『狼』くんよ」
     が、ルピアはその足をつかみ、そのまま両手で上に振り上げた。
    「……ッ!?」
     のけ反ったところに揚げ足をさらに振り上げられ、当然、船長の体勢は崩れる。
     ぐるんと半回転し、船長は頭からごつ、といかにも痛そうな音を立てて、甲板に叩きつけられた。
    「……っ、……こ、……このっ」
     船長は曲刀を杖にして立ち上がろうとするが――。
    「……ぐ、ぐ、……ぐえ、ごぼぼぼっ」
     がくりと膝を着き、胃の中のものを滝のように吐き出して、そのまま倒れ込んでしまった。
    「頭を打った上に二度も腹を蹴られてりゃ、そりゃ、そうなるだろうさ。
     ……と、そうだ。フォコ君、ランニャ。もういいぞ」
     ルピアは扉の裏側で成り行きを見守っていたフォコたちに声をかける。
    「あ、はい」
     フォコがそれに応じ、ランニャと共に甲板へ出てきた。
     と――。
    「あれ? ……あのー」
     フォコが倒れたままの船長に近寄り、声をかける。
    「間違ってたら、ホンマにすいません。……アミルさん?」

    火紅狐・砂狼記 3

    2011.02.13.[Edit]
    フォコの話、143話目。女丈夫V.S.海賊船長。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ルピアは――とても大商会主、40半ばの女とは思えないほど――喧嘩強かった。「おい、そこのお前ら!」「なんだ?」「大人しくしろ!」「ふざけろ」「ふぎゃ」 拘束しようと船内をうろつく海賊を、一人ひとり、まるでモグラ叩きでもするように倒していく。「いたぞ! 捕まえろ!」 やがて騒ぎを聞きつけたらしい、残りの海賊たちがやって...

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    フォコの話、144話目。
    不自然な懇願。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     フォコの声に、船長は顔を挙げた。
    「……! ほ、……ホコウ!?」
    「……やっぱりでしたか」
     船長の正体は、かつてフォコがジョーヌ海運特別造船所で働いていた時の同僚、アミルだった。
    「海賊続けてるって聞きましたが、……本当だったんですね」
    「ああ。……いや、俺のことよりも。
     ホコウ、お前、生きてたのか……!」
    「ええ。……話せば、長くなりますけど」
    「……じゃあ、詳しくは聞けないな。
     俺たちは失敗した。早いとこ、この船、この海域から離れなきゃいけない」
    「あ……」
     いつの間にか、ルピアが叩きのめした海賊たちが、ヨロヨロとした足取りで、自分たちの船に乗り込もうとしていた。
    「……ホコウ。……覚えてるか?」
     と、アミルが声をかけてくる。
    「何でしょ……?」
    「俺とマナの、初めての子」
    「ええ、ムニラちゃんですよね」
    「明後日、誕生日なんだ」
    「え? ……ああ、そう、でしたね」
    「お祝い、してあげたかったんだ。……だから、金がほしかった。……悪いな。
     ……俺たちの負けだ。金は返す。だからこのまま、逃がしてくれ」
     アミルの懇願に、ルピアはコクリとうなずいた。
    「ああ、いいぞ。とっとと帰れ」
    「……恩に着る」
     アミルは手下たちと同じように、ヨタヨタとした足取りで、自分の船に戻って行った。



     海賊たちを退けたフォコたちは、他の船客たちから感謝を受けた。
    「ありがとうございます!」
    「おかげで助かりました!」
     ルピアとランニャがその厚意に辟易する一方で、フォコは一人、テーブルにぽつんと掛けていた。
    「あの、あちらの方は一体……?」
    「ああ、さっきの海賊の中に、数年前に知り合った奴がいたそうだ。ちょっと見ない間に、あんなになってしまうなんて、……と嘆いてる」
    「そうでしたか……。いや、確かに近年、貧富の差は激しくなる一方ですからな。
     特にレヴィア王国軍に敗北した国の人たちは、散々な目に遭っているとか……」
    「どこでも禍福は隣り合わせだ、と言うことだろうな」
     ルピアが他の客たちと話している一方で、フォコは頬杖を突いて黙り込んでいる。それを見かねたらしく、ランニャが声をかけてきた。
    「ねー、フォコくん」
    「ん?」
    「そんなに落ち込んじゃダメだよ。そりゃ、ショックかも知れないけどさ」
    「落ち込む? ……ああ、いや、そう言うわけちゃうんよ」
    「え?」
     きょとんとするランニャに、フォコは自分の考えを述べた。
    「あの時、ランニャちゃんもアミルさんの話、聞いとったやんな?」
    「うん。子供さんに、お祝いしてあげたかったって」
    「それなんやけどな、……誕生日、春頃やったはずなんやけどなー、思て。もうちょっと後やったはずなんやけど……」
    「フォコくんの勘違いじゃないのか? いくらなんでも、親御さんが間違うわけ……」
     フォコは頬杖を突きながら、もう一方の手でピンと人差し指を立てる。
    「それやねん。間違うはずのないものを、わざと間違えた。ちゅうことは、そこに何かある、ちゅうことやないかなって」
    「日付を間違うはずがないのに、間違えた……? 日付が、何か大事なこと、なのかな?」
    「そうやろな、多分。……で、何で明後日って言うたか。ムニラちゃんの誕生日のお祝い、って方便使ったんは、何でか。
     ……あ」
     フォコの頭に、かつて自分とティナが、アミル夫妻にプレゼントを贈った時の記憶がよみがえった。
    「……あーあー、そう言うことか」
    「何が?」
    「つまり、明後日自分らに、昔僕がやったように、ムニラちゃんへの誕生日プレゼントを贈ってくれ、ちゅうことか」
    「無理じゃない、そんなの。だってそもそも、相手がどこにいるかも……、あ」
    「そう言うことやろな」

    火紅狐・砂狼記 4

    2011.02.14.[Edit]
    フォコの話、144話目。不自然な懇願。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. フォコの声に、船長は顔を挙げた。「……! ほ、……ホコウ!?」「……やっぱりでしたか」 船長の正体は、かつてフォコがジョーヌ海運特別造船所で働いていた時の同僚、アミルだった。「海賊続けてるって聞きましたが、……本当だったんですね」「ああ。……いや、俺のことよりも。 ホコウ、お前、生きてたのか……!」「ええ。……話せば、長くなりますけ...

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    フォコの話、145話目。
    人格を歪めた5年。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     一悶着あったものの、フォコたち一行は無事、ナラン島へ到着した。
    「……見る影もあらへんな」
     かつて簡素な船着き場だったところは、無駄にきらびやかなマリーナとなっており、造船所のあったところには商店が立ち並んでいる。
     そして、特別造船所の象徴でもあった砂猫楼は跡形もなく取り壊され、これまた無駄に装飾されたホテルになっていた。
    (モーリスさんが見たら卒倒するな、こんな何の役にも立たへん過剰装飾。邪魔すぎるわ)
     実際、マリーナの装飾にはあちこちに、修繕された跡が見られる。
    「何べんもぶつけとるんでしょうね、ここ。取っ払ったらええのに」
    「とりあえず飾り付ければ客の目を引く、そう思ってるんだろうよ。客にとっちゃ、うざったいだけなのにな」
     商人二人の目には、これらの装飾は単に、無用なコストの発生にしか見えなかった。

     ナラン島の現状を把握した三人は、さっさと島を離れることにした。アミルが指定した日にちに、確実に着いておくためである。
    「ちょっとくらい遊んで行ってもいいじゃない、って思ったんだけどなー」
    「そうしてもいい。が、……それはフォコ君が嫌だろ?」
    「ええ、まあ。とてもじゃないですけど、自分が働いてた島で遊ぶ気にはなれないです」
    「……だよね。あたしもそれは、そう思うかも」
    「昔、仕事場で遊んで死にそうになったしな、お前」
    「言わないでよぉ」
     ぺたりと狼耳を伏せ、照れるランニャをよそに、ルピアはフォコに尋ねる。
    「しかし……、本当に、昔はそんなに強かったのか、あいつは?」
    「ええ。こないだのルピアさんみたいな」
    「ふうん……? そうは思えなかったけどな。そりゃ確かに筋肉ムキムキだったし、曲刀の構え方、敵との接し方には、堂に入ったものがあるなとは思った。
     だが何と言うか、精神面で妙に弱く感じた。よっぽど暮らし向きが良くないんだろうな。キャンキャン吠えるくせして、妙におどおどしてる雰囲気が、……っと、悪いな。悪く言ってしまって」
     ぺこりと頭を下げたルピアに、フォコは首を振る。
    「いえ、……確かに、ルピアさんの言う通りです。
     昔のアミルさんは、もっと活き活きとしてました。船の時みたいに、切羽詰まった感じは全然なくて。追い詰められてるって言う、そんな感じでした。
     昔は、あんなじゃなかった。今のアミルさんは、まるで別人ですよ」
    「5年前、だからな。人は変わるさ」
    「ですよね……」



     二日後、サラム島。
     フォコたちは、玩具屋の前にいた。
    「ここか? 君がシルム夫妻に贈ったプレゼントを買ったと言う店は」
    「ええ。ケネスの手が伸びとるかもと思ってましたけど、残ってて良かった」
     昔から中立主義を貫くサラム島らしく、ここにレヴィア軍の手は及んでいないようだった。
    「昔のままで、ほっとしてます」
    「俺もだよ」
     と、フォコたちの後ろから声がかけられる。
     振り返ると、そこには少し前のフォコのように、フードで顔を隠したアミルが立っていた。
    「あ、……ども」
     中立地帯とは言え、うかつに名前を呼ぶのはまずいと判断し――だからこそ、アミルは他に人がいた先日の船上で、直接的な説明を避けたのだ――フォコはぺこりと頭を下げるだけに留める。
    「ありがとよ。俺の言葉の裏、ちゃんと読んでくれて」
    「いえ。……その、えっと」
    「付いてきてくれ」
     アミルは踵を返し、フォコたちに促した。

     歩きながら、アミルは5年間の出来事を話してくれた。
    「お前がいなくなった後、アバントのおっさんが戻って来たんだ」
    「あいつが……?」
    「あいつ、って呼んだってことは、本性を知ってるんだな。なら話は早い。
     アバントは『おやっさんが死んだ。殺したのはジャールとホコウだ。俺は守ろうとしたんだが、逃げるしかなかった』と俺たちに告げた」
    「なっ……」
     面食らい、憤るフォコに、アミルは笑って話を続ける。
    「安心しろ、信じてない。おやっさんが行方知れずになったその後に、お前らが消えたんだからな。今にして思えば、どう考えても矛盾してる。おまけにその後でアバントは、俺たちをナラン島から追い出したからな。
     おやっさんが死んだと聞かされ、おかみさんは倒れちまった。俺たちもどうしたらいいか分からなくなって、そのまま砂猫楼で何にもせず、沈んでた。
     そしたら西方のあっちこっちから、債務の取り立てがやって来た。そいつらは、おやっさんが死んだとか、そう言う話は聞いてなかったみたいだが、どこかからそそのかされた感じだった」
    「そそのかされた……?」
    「ああ。何故か債権者は全員、エール商会の系列だった。『新しく商会主になったご次男様の命令で、回収に伺った』ってな。
     だけども、商売が軌道に乗ってりゃ返せたはずのその額は、操業の止まってたジョーヌ海運にはどうしても払えなかった。砂猫楼の中にあった金を全部使ったところで、到底足りる額じゃなかったんだ。
     ところが、それを処理したのがアバントだ。俺たちと同じ素寒貧だったはずのあいつは、何故か、その債権を全部払えるだけの大金を持ってた。
     そして払ってなお、島を買い取れるくらいの金持ちだった」
     そこで言葉を切り、アミルはため息をついた。
    「で、弱ったおかみさんを説得して、島と商売を買い取った。
     そしてこう言ってのけやがった――『ここは俺の島になった。悪いが、お前らは引っ越してくれ』ってな」

    火紅狐・砂狼記 5

    2011.02.15.[Edit]
    フォコの話、145話目。人格を歪めた5年。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 一悶着あったものの、フォコたち一行は無事、ナラン島へ到着した。「……見る影もあらへんな」 かつて簡素な船着き場だったところは、無駄にきらびやかなマリーナとなっており、造船所のあったところには商店が立ち並んでいる。 そして、特別造船所の象徴でもあった砂猫楼は跡形もなく取り壊され、これまた無駄に装飾されたホテルになってい...

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    フォコの話、146話目。
    海賊へ堕ちる。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     アミルと共に歩くうち、一行は街外れの林に入った。
    「島を出るしかなくなって、俺たち特別造船所のメンバーはバラバラになった。おかみさんとモーリス、それからティナは、西方に戻った」
    「西方に、ですか」
     目的の人物がいないと分かり、フォコは内心、ひどくがっかりする。
    「俺とマナは、故郷の島に戻った。……だけど、そこも追われた。レヴィア軍の侵攻でな」
    「そんな……」
    「俺は戦おうとしたけど、マナはその時、2人目ができてた。逃げるしか無くてな。
     で、故郷の何人かと一緒に逃げて、別の島でも同じように追われて、……気が付いたら、この体たらくだ。
     俺は、……俺たちは負けたんだ。レヴィア軍にも、アバントにも、エール商会にもな」
    「……」
     話が終わったところで、一行は林を抜け、海岸に到着した。
    「乗ってくれ。今の、俺たちの本拠地に行く」
    「分かりました」
     フォコが乗り込もうとしたところで、ルピアがアミルに声をかける。
    「私らもいいのか?」
    「……いいよ。……今度は腹、蹴るなよ」
    「分かってるさ。招待主を蹴ったりせんよ」

     船が沖に出たところで、アミルはフォコをまじまじと見つめてきた。
    「ホコウ、……変わんねーなー、お前は」
    「そ、そうですか?」
    「5年経ったってのに、背ぇちっちゃいし、ひょろひょろだし。
     ……俺が変わりすぎたのかな。まともに生きてたら、こんな風に変わんなかったのかな」
    「僕だって」
     フォコは口を尖らせ、反論する。
    「この5年、色々ありましたよ。3年浮浪者になってましたし、その後は北方で一稼ぎしましたし」
    「そうなのか? ……へぇ」
     アミルはもう一度フォコを眺め、不思議そうに尋ねる。
    「どうやって稼いだんだ? ってか、本当に稼いでたのか? お前、5年前と服装のレベル、ぜんっぜん変わってないぞ。
     おかみさんはあんなにおしゃれだったのに、お前本当に西方系なのか?」
    「あ、それなんですけど」
     フォコはここで、自分の出自と、北方で起こった出来事をアミルに話した。
    「……そっちの方が余計信じられねーよ。お前、金火狐だったのか? しかもキルシュ流通の大番頭になった?
     冗談すぎるだろ、いくらなんでも」
    「ところが本当なんだから、驚くしかない」
     ルピアにそう言われ、アミルは余計けげんな顔になる。
    「しかもあんたが、ネール職人組合長? ……ありえねー強さだったぞ」
    「くく……、昔は少々、やんちゃをしていたもので、な」
     そう返したルピアに、アミルは何も言えなくなってしまった。



     船は6時間半ほど航行し、辺りがほんのり夕闇に迫る頃、とある小島に着いた。
    「この島は地図にも載ってない、無人島だった。そこに俺たちが住み込んで、本拠地にしてるんだ。
     名前のない島だけど、とりあえず俺たちは、ハイミン島って呼んでる」
    「マナさんの苗字ですね」
    「ああ。昔のおかみさんみたいに、今のマナは俺たちの心の拠り所になってる。島もそうなってきてるから、そう呼ぶことにしたんだ」
    「なるほど」
     船を降りたところで、海賊たちがアミルの前に並ぶ。
    「おかえりなさい、親分!」
    「おう。異常はなかったか?」
    「はい。おかみさんも元気にされてます」
    「そうか。……こいつらのこと、覚えてるか」
     アミルは船から降りてきたルピアを示し、ニヤッと笑う。
    「え? ……ひいっ」
     海賊たちはルピアの顔を見るなり、一様に後ずさる。
    「お、お助け……」「阿呆」
     ルピアは苦笑し、海賊たちに手を振る。
    「今日は客として来た。襲ったりせんから、安心しろ」
    「へ、へえ」
     恐縮する海賊たちを引き連れながら、アミルは島を案内してくれた。
    「海賊って言っても、元は俺たちと同じ、あちこちの島の島民だ。家族もいるし、ここで結ばれて、子供も生まれてる。
     俺んとこも今、子供が2人いるからな。もうすぐ3人になるところだ」
    「へぇ。……そんななのに、海賊やってるんですね」
    「昔は義賊気取りでやってた海賊も、今じゃ生活、……のためにやってる状態だ。
     ネールの姉(あね)さんの言う通り、死にかけスレスレの、生活とも言えん生活なんだ。奪わなきゃ、早晩俺たちは餓死しちまう」
    「……」
    「だからって俺たちのやってることは正当化できない。それは、分かってる。……でも、他にどうしようもない。
     今さら堅気に戻ろうったって、レヴィア軍に狙われてる今、できることじゃないからな」
    「……うーん……」
     話を聞きながら、フォコは思案する。
     そのうちに一行は、アミルたちの暮らす家に着いた。
    「ちょっと中で話す。お前らは持ち場に戻れ」
    「うっす」
     海賊たちはほっとした表情で、その場から去って行った。
    「……そんなに私が怖いか」
    「そりゃこえーよ」
     玄関で話していると、中から声が聞こえてきた。
    「おかえり、ホコウくんには会えた?」
    「ああ。……それから、ほら、……ボコられたって言ってただろ? あん時の姉さんも一緒に来た」
    「え?」
     扉がそっと開かれ、マナの目が、憮然としたルピアの顔を捉えた。
    「……あ、どうも。その節は」
    「おう」

    火紅狐・砂狼記 6

    2011.02.16.[Edit]
    フォコの話、146話目。海賊へ堕ちる。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. アミルと共に歩くうち、一行は街外れの林に入った。「島を出るしかなくなって、俺たち特別造船所のメンバーはバラバラになった。おかみさんとモーリス、それからティナは、西方に戻った」「西方に、ですか」 目的の人物がいないと分かり、フォコは内心、ひどくがっかりする。「俺とマナは、故郷の島に戻った。……だけど、そこも追われた。レヴィ...

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    フォコの話、147話目。
    堕落の原因。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     散々へこまされた張本人を前にし、アミルは恐縮している。
     一方で、マナもよほどアミルから恐ろしげな話を聞かされたのだろう。ルピアにおずおずと、茶を差し出した。
    「お茶です。あの、お口に合わないかも知れなませんけど」
    「ありがとう」
    「えーと、何から話せばいいでしょうか」
    「聞かれても困る」
    「そう、だな」
     と、奥の部屋からひょい、と狼耳が覗く。
    「あ、ムニラ」
    「どうしたの?」
     やって来たのは、アミルに毛並みの良く似た、赤毛の女の子だった。
    「んーん、なんでも。……わぁ」
     ムニラはとてて……、とルピアに近寄り、キラキラした目で彼女の尻尾を見る。
    「きれい」
    「ウチの家系は『玉銀狼(プラチナテイル)』って呼ばれてるからな。その名の通り、プラチナみたいにほんのり青白みを帯びて光る銀色の尻尾は、私たちの自慢なんだ。
     ムニラちゃんと言ったか、君の尻尾もルビーのようで素敵だよ」
    「ありがとー」
     にっこりと笑うムニラに、ルピアは彼女の頭をくしゃくしゃと撫でながら、優しく微笑んだ。
    「可愛い子じゃないか」
    「……ありがとう」
     ここでようやく、アミルはほっとした顔になった。

     ルピアの膝の上にムニラが抱えられたまま、アミルの話が始まった。
    「どこまで話したっけ……。そうだ、俺たちが海賊になった、ってところまでか。
     堕ちるところまで堕ちて、って言い方が、これだけ似合う状況もない。だけど、それ以外に生きていられる道はなかった。
     そりゃ、一時はレヴィア軍に反発しようと、『砂嵐』らしく戦おうともしたんだ。だけどあいつら、とんでもなく強くなっちまったんだ。俺たちの攻撃が全く届かないところから、バンバンわけの分からん攻撃してくるし」
    「全く届かないところから……、魔術ですか?」
    「いや、それならそれで、まだ対応策はある。俺たちの中にも、初歩の初歩くらいの魔術を使える奴はいるから。
     だが、奴らの攻撃はそうじゃないんだ。魔術すら届かない距離から、攻撃してこれる」
     その話に、ルピアは神妙な顔になった。
    「うん……? その話、どこかで聞いたな」
    「え?」
    「そうだ……、エンターゲート製造が中央政府軍に、密かに卸してると言われてる兵器の売り文句だ。『何物も寄せ付けず、何物も敵わず、何物も残さず。究極の兵器とは、まさしくこれだ』みたいなことを言ってたっけ。
     レヴィア王国がエンターゲートとつながってるって言うなら、恐らくそれは、エンターゲートが卸した兵器だろうな」
    「一体、それは……?」
     アミルが興味津々に尋ねてきたが、ルピアは肩をすくめる。
    「残念ながら、話の肝については部外秘でな。詳しいことは、私にも分からん」
    「そうか……。
     まあ、ともかく。まともに戦おうとしても、手も足も出ない。現状じゃ、姿を見かけたら全速力で逃げるしか手がない。
     そんなだから、レヴィアを相手にすることなんか到底出来やしないし、かと言って海で悪いことをしてる奴を叩いても、俺たち同様のド貧乏人。
     自然と俺たちは、堅気に手を出すようになっちまったってわけさ」
     そう話を締めたアミルに、フォコは苛立ちを覚えた。

    「……」
     むすっとした顔で黙るフォコに気付いたアミルが、何の気なしに声をかける。
    「ん? どうした、ホコウ……?」
    「……アミルさん。あなたたちは、間違ってる」
    「ああ、知ってるよ。でも……」「でも、やないですよ」
     フォコはアミルに、真剣な目を向ける。
    「どうしてやめへんのです、悪いことしとるって自覚しとって、その上、死に体の稼業やって分かっとるんやったら!
     そんなん、どんどん先細りしてって、ジリ貧になってって当然やないですか! なーんも生み出さへん仕事なんやから! 奪うばっかり、食べるばっかり、潰すばっかり!
     何が『堅気に手を出すようになっちまった』ですか! レヴィア軍が悪い、世間が悪い、そんなんベラベラ並べたかて、結局は自分たちのせいやないですか! 自分たちがなんもせーへんから、堕ちていったんや! 全部、当たり前の話でしょう!?」
    「……それ以上言うな。いくら俺たちでも怒るぜ」
     アミルの顔に険が浮かぶが、フォコは口を閉じない。
    「怒るんやったらいくらでも怒ったらええですわ。でもそれで、何か得るもんなんかありますか? せいぜい僕を殴って、鬱屈した気分が10分の1、100分の1くらいスッとするだけでしょう?
     それがアミルさんの5年ですわ――正攻法を諦めて、回り道に回り道重ねて、鬱憤溜めるだけの5年間や! 何にも築いてへん!」
    「てめえ……ッ!」
     アミルはフォコにつかみかかり、拳を振り上げる。だが、しばらく硬直したまま、やがて拳を下ろした。
    「……畜生、その通りだよ……ッ!」
     アミルは悔しそうに、地面を殴りつけた。
    「そうだよ、俺たちは作っても築いてもいない、何にもだ! 今ここで立ち止まったら、一発で全員飢え死にしちまうような、1ガニーの貯蓄もできない生活だよ!
     でも、……じゃあ、どうしたらいいってんだよ!? 今さらまともな職にも就けないし、レヴィアの奴らを相手にもできない! もう俺たちには、これ以外何もできねーんだよ……ッ!」
    「……」
     涙をボタボタと流すアミルを見て、フォコは立ち上がった。
    「じゃあ、アミルさん」
    「……なんだよ」
    「僕に付いてきませんか?」
    「……ああ?」
     アミルはその言葉が何を意味するのか分からず、ぼんやりと顔を挙げた。

    火紅狐・砂狼記 終

    火紅狐・砂狼記 7

    2011.02.17.[Edit]
    フォコの話、147話目。堕落の原因。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 散々へこまされた張本人を前にし、アミルは恐縮している。 一方で、マナもよほどアミルから恐ろしげな話を聞かされたのだろう。ルピアにおずおずと、茶を差し出した。「お茶です。あの、お口に合わないかも知れなませんけど」「ありがとう」「えーと、何から話せばいいでしょうか」「聞かれても困る」「そう、だな」 と、奥の部屋からひょい、と...

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    フォコの話、148話目。
    海賊団更生計画。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「お前に……、付いていく?」
     涙ぐむアミルの問いに、フォコは小さくうなずいた。
    「ええ。ただ、3つほど困難なことはあります。でも、付いてきてくれれば絶対に、今よりいい暮らしはできるはずです」
    「今より、か。……そりゃそうだろうよ、今がどん底なんだから」
     そう返したアミルに、フォコはにっこり笑って見せた。
    「その通りです。どうします?」
    「……」
     と、二人の様子を見ていたムニラが、ルピアの懐から抜け出てフォコの尻尾をつかむ。
    「ひゃっ?」
    「いじめないで」
    「ああ、うん。いじめてへんよ」
    「おとうさん、ないてる」
    「あー、……ゴメンな」
     二人の会話を耳にしたアミルは、慌てて涙を拭いた。
    「泣いてないよ、ムニラ。大丈夫だから、お父さんは」
    「ほんと?」
    「本当だ。……ホコウ、3つって、なんだ?」
     憑き物が落ちたようにすっきりとした顔になったアミルにそう問われ、フォコは答える。
    「まず、1つ目ですけども。しばらく無収入になります」
    「マジか」
    「表現を具体的に変えれば、海賊行為は絶対にやめてほしい、ちゅうことです。とにかく、『砂狼』の印象の悪さをごまかさへんと、何にもできませんし」
    「印象を、ごまかす? なんで?」
    「とにかく、稼ぎ方を変えるんです。そうせな、どうしようもない。それは、重々承知してはりますよね?」
    「ああ、分かってる」
    「僕のコネで、とりあえず1000万クラムくらい用意します。それを開業資金にして、ともかく店を立ち上げましょう。
     で、半年くらいを開店準備に使て、店と商品を整えます。ここまでが、無収入の時期になります」
    「半年か……」
     アミルはチラ、と身重のマナを見る。
    「ああ、とりあえずは、手の空いてる人を開店準備に使っていきます。
     マナさんとか、小さい子供さんのいてはる家は、家のことに専念してもらうつもりです。別のことをしながら。
     その間の生活費は、さっき言うた1000万から出しましょう。もっとも、かなり倹約してもらわなあきませんけどね」
    「別のことって?」
    「それが2つ目なんですけども、商品の製造ですね。かなりの量、造ってもらうことになると思います」
    「どれくらいだ?」
    「そうですね……、一つの大きい島の、アバントの商業網に対抗できるくらいの量を」
     それを聞いて、アミルは眉をひそめた。
    「大きい島って、……例えば、サラム島とかか?」
    「そうですね、とりあえずそれでプラン立てていきましょうか」
    「いきなり無茶だろ、そんなの。人口4万の、かなり大きな島だぞ。もっと小さいところから始めた方が……」
    「それでやってもええですけど、無収入の期間がドッと伸びますよ。大きいとこの方が、お客さんも多いですから」
    「なるほど、そう言う見方もあるか」
     話すうちに、アミルの目は死にかけの海賊から、理知的に物事を考える聡明なものへと、色を変える。
    「それにサラム島やったら中立主義ですし、スパス産業以外の、新規の店も入りやすい。他の島や地域からのお客さんも多いですし、店を構えるのんにはええ条件が揃ってます。
     アミルさん、ええとこに目ぇ付けはりますね」
    「そ、そっか?」
     素直にほめられ、アミルは顔をほころばせる。
    「世界の大きな商家や商会のことにも詳しいですし、大局観もある。アミルさん、商人に向いてはりますよ」
    「そっか? へへ、そうかなぁ。……あ、と。それでホコウ、3つ目はなんだ?」
    「サラム島で店を構えてからになりますけども。今まで海賊として働いてたみんなに、今度は店員、丁稚としての教育をしていかなあきません。
     場合によってはこれ、倹約生活や大量製造よりもきついかも知れません。人を育てる、っちゅうことですからな」
    「任せろ」
     アミルはこの要求に、笑って応えた。
    「これでも船長、一つの組織のリーダーやってんだ。まとめ直してみせるさ」

    火紅狐・再築記 1

    2011.02.19.[Edit]
    フォコの話、148話目。海賊団更生計画。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「お前に……、付いていく?」 涙ぐむアミルの問いに、フォコは小さくうなずいた。「ええ。ただ、3つほど困難なことはあります。でも、付いてきてくれれば絶対に、今よりいい暮らしはできるはずです」「今より、か。……そりゃそうだろうよ、今がどん底なんだから」 そう返したアミルに、フォコはにっこり笑って見せた。「その通りです。どうしま...

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    フォコの話、149話目。
    蘇る緑。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     自他共に認めた通り、アミルには確かに商会主、リーダーとしての資質があった。
     フォコたちが一旦南海から央中・北方に戻り、3か月後、資金を調達して戻ってきた時には、ハイミン島の雰囲気は一変していた。

    「何ちゅうか、……さわやかになりましたね、空気」
    「そっか? ……いや、まあ。とりあえずは早寝早起きから、と思ってな。今まで自由に寝起きしてたのを、きっちりさせたんだ。
     後、島の中で自活できるようにって、魚釣りしたり野菜育てたりしてた。それが原因かな」
    「正直、ここまで整うと思ってませんでした。こっちもいい意味で、予想外のことが起きましたね」
    「こっちも?」
     そう尋ねたアミルに、フォコはまたも一緒に付いてきたランニャに目配せし、木箱を持って来させた。
    「僕のいるキルシュ流通からの出資に合わせて、ルピアさんもお金出してくれはりまして、合計1500万クラムになりました。ただ、どっちも条件付きなんですけどね」
    「条件? 利子か?」
    「ええ。1年複利で、キルシュ流通の方は1000万を12%、ネール職人組合の方は500万を18%、どっちも3年後に返済っちゅう条件です。3年後には2200万ちょいになりますね」
    「700万上乗せ、ってことか。……返せるかなぁ」
    「返せますよ。ちゃんと経営が軌道に乗れば」
    「軌道に、かぁ。……で、ホコウ。よくよく考えてみたんだけどさ」
     アミルは心配そうに、フォコにこう尋ねた。
    「俺たち、何を売るんだ?」
    「それについて一つ、南海のある事情を調べてきまして」
     フォコは懐から、南海の地図を取り出した。
    「僕が初めて『砂嵐』の仕事をした時の話ですが、レヴィア軍がカトン島ってところを基地にしようとしてたことがありましたよね?」
    「ああ、そんなこともあったな。折角の綿花が、ズタズタにされちまって……」
    「それなんですけど、今、カトン島って人がいないみたいなんですよ。レヴィア軍すら」
    「え?」
     思いもよらない事実に、アミルは目を丸くする。
    「ほら、レヴィア女王ってケネス……、エンターゲート氏の傘下にいる、ってうわさでしょ?」
    「ああ、聞いたことがあるな。何でも結婚して、子供も2、3人いるとか」
    「ええ。ほんで、その際に軍備再編成ってのんがありまして、エンターゲート氏が色々口を出したんですよ。
     例えば、特に守る必要もないところは撤退させて、他の、もっと重要な拠点に軍備を固めたり、とか」
    「その一つが、カトン島だって言うのか?
     でもあそこ、おやっさんが『周りの国の中間地点になってて、好戦的なヤツにとっちゃ、いち早く抑えて領土拡大の足かけにしたいトコ』って言って、……あ、そうか」
    「そうなんですわ。もう領土を拡大した後なもんで、今となってはいらん土地なんです。
     で、自分らが島の生産品を使えへんようにしてるわけですし、持ってても無駄なとこ、ちゅうことで……」
    「基地を廃棄し、撤退したってわけか。……でもさ、そう言うことだとそこ、荒地なんじゃないか?」
     その問いに、フォコはにっこり笑って答える。
    「自然をなめたらあきませんよ」

    「ひょお~……っ」
     カトン島に降り立ったアミルは、ほれぼれとしたため息を漏らした。
    「ね? 廃棄されてからもう3年くらい経ってて、その間に綿花が、自力でここまで繁殖したんですよ」
     カトン島には綿花が生い茂り、かつての牧歌的な雰囲気を取り戻していた。
    「これなら、ちょっと手入れすれば、いい綿花の産地になりそうだな」
    「しかもですよ、こう言う島はここだけや無いんですよ。他にも、領土を拡大し終えて、軍が撤退し、管理も何もされてへん島がゴロゴロしとるんです。そしてその中には、ここみたいに自然の資源を復活させたとこも、少なくないでしょう」
     フォコはそこで、彼には珍しい悪辣な笑みを浮かべた。
    「ケネスも大概、前しか見いひんアホやで――自分たちが踏み荒らした後に宝物が残っとるなんて、思いも寄らへんかったらしいわ」



     フォコとアミルはこのような、資源・原料の復活した島を周り、密かに自分たちの所有物にしていった。
     そして一揃い原料を集め、それを元に商品の製造を始め、いよいよ開業の準備は整った。

    火紅狐・再築記 2

    2011.02.20.[Edit]
    フォコの話、149話目。蘇る緑。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 自他共に認めた通り、アミルには確かに商会主、リーダーとしての資質があった。 フォコたちが一旦南海から央中・北方に戻り、3か月後、資金を調達して戻ってきた時には、ハイミン島の雰囲気は一変していた。「何ちゅうか、……さわやかになりましたね、空気」「そっか? ……いや、まあ。とりあえずは早寝早起きから、と思ってな。今まで自由に寝起きし...

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    フォコの話、150話目。
    豹変した女王。

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    3.
     ハイミン島に、織機の音が響き渡る。
    「ふんふん、ふふーん……」
     2か月前に生まれたばかりの我が子を膝に乗せ、マナは楽しそうに機を織っていた。
    「よっ、ただいま」
     と、そこにアミルが帰って来る。
    「あら、おかえりなさい。お店、どうだったの?」
    「順調さ。まったく、ホコウはすげーよ。あいつにかかれば、不可能なんてないって思っちまうよ」
    「良かったじゃない。じゃあ、あたしが織った布も売れたの?」
    「おう。……っつっても、どれが誰のか分かんねーけど、……ま、全部売れたからさ。間違いなくお前の、売れてるから」
    「うふふっ」

     309年の暮れには既に、フォコは開店資金の1500万クラムを8割方、使い切っていた。
     だがそれを半年足らずで補えるほどの収益を収めており、砂嵐商店は今や、サラム島で知らぬ者はない、有数の人気店となっていた。
    「今日の売上は?」
    「はい、合計約130万ガニーになりました」
    「えーと、大体10万クラムちょい、かな。順調やね」
     黒板にカツカツと数字を書き込みながら、フォコはにっこりと笑う。
    「……んー」
     が、黒板に書かれた業績を眺めるうち、フォコは顎に手を当ててうなり出す。
     それを見て、アミルが声をかけた。
    「どうした? 何か問題が……?」
    「ああ、いえ。店がちゃんと回転するところまで来たんで、そろそろ次の策を進めとこかな、と思て」
    「次の策?」
     フォコは黒板に南海地域の地図を貼り、その南東にあるレヴィア王国の辺りを指差した。
    「今んところ、動き出してはいませんけども、そろそろ僕たちの動きに気付いてもおかしくないはずです。調べたら、僕らが廃棄した島で原料を集めとることは、すぐ分かることです。
     せやから、向こうさんが動き出す前に、先手を打っておこうかな、と思いまして」



     レヴィア王国、城内。
    「うふふ、ふ」
     2つ並んだ子供用のベッドを眺め、アイシャ・レヴィア女王は微笑んでいた。
    「かわええのう」
     ベッドにいるのは、言うまでもなくアイシャとケネスの子供たちである。
    「そう思わぬかえ、アズラ」
    「はい。かわいいです、おかあさま」
     そして抱えているのも、同じくアイシャの、1人目の子供である。
     その様子だけでは、彼女が南海の征服に躍起になっている暴君であることなど、微塵も感じさせない。
    「妾は幸せ者じゃのう、こんなにも可愛く素晴らしい子らに囲まれておる。
     その上巨万の富と強大な軍勢、この『砂と海の世界』を統べる絶大な権力を併せ持つ、真に恵まれた、王者」
     アイシャは抱えたアズラに頬ずりしながら、さらにこう付け加える。
    「もっとじゃ、もっと。もっと攻めるのじゃ。
     この海で誰も、我が一族に刃向う者が無いように」

    「刃向う者がまだ、根強く残っておるようじゃな」
     大臣や将軍たちを集め、アイシャは冷徹かつ、冷静に言い放った。
    「ベール王国をはるか西に退け、他の小国を蹴散らした今、妾こそがこの海の王者。にもかかわらず、なお抵抗を試みる者がいること。嘆かわしいこと、この上なし。
     して、お前たち。その愚かな者共、潰す算段は整えておるのかの?」
     女王の冷たい視線に射抜かれ、大臣たちは恐る恐る資料を見せる。
    「はっ……。まず、南海に駐留する西方商人たちの中で非スパス系の人間、つまり我々と協力関係にない者が、まだ何名かおります。
     中でもロックス鉱業の主、ファン・ロックス氏は、ここ数年で蓄えた資金を背景に私設軍隊を構え、ダマスク島を中心に勢力を伸ばしているとか」
    「ふむ。どう攻める?」
    「我々の主力兵器、大砲は、海上の船を攻めるにはこれ以上なく効果的な兵器ですが、残念ながら、彼らの砦にしている鉱山は、岩の塊。これを攻めるのは至難の業であり、また、兵士による上陸作戦も……」
    「結論を述べよ。妾は延々と、お主の能書きを聞くつもりはないぞ」
     ギロリと冷たくにらまれ、大臣は額の汗を拭う。
    「……失礼しました。軍を使っての直接的な侵攻は、効果が無いでしょう。
     なのでスパス氏と連携を取り、西方でロックス氏を締め出す作戦に出ようかと。どれほどの産出があろうと、買い手を失い、市場から追い出されれば、商人の命脈は尽きます」
    「なるほど。それで進めて参れ。他には?」
     淡々と会議を進めていくその姿に、かつての彼女を知る者たちは皆、ただただ感心するしかなかった。
    (昔は我がままで手の付けられないお方だったが……、お世継ぎを得てから、ガラリと変わられた。
     母は強し、と言うことか)

    火紅狐・再築記 3

    2011.02.21.[Edit]
    フォコの話、150話目。豹変した女王。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ハイミン島に、織機の音が響き渡る。「ふんふん、ふふーん……」 2か月前に生まれたばかりの我が子を膝に乗せ、マナは楽しそうに機を織っていた。「よっ、ただいま」 と、そこにアミルが帰って来る。「あら、おかえりなさい。お店、どうだったの?」「順調さ。まったく、ホコウはすげーよ。あいつにかかれば、不可能なんてないって思っちまうよ...

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    フォコの話、151話目。
    武装商人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「他に議題がなければ、会議を終わる。何ぞないか?」
     アイシャの質問に、大臣の一人が恐る恐る手を挙げた。
    「その……、まだ確実、と言うわけではないのですが」
    「なんじゃ。はっきり申せ」
    「『砂嵐』の残党、アミル・シルムが、サラム島に店を構えた模様です。経済的には中立地帯のため、スパス系による包囲もできません。どう致しましょうか……?」
     この報告に、アイシャの冷たい目に、困惑の色が浮かんだ。
    「なんじゃと? 海賊が店を? ……捕まえてくればよかろう」
    「いえ、それがですね、本人は姿を現さず、商店主の名義だけがある状態ですし、確実に本人なのか、それとも人気取りのために、有名な人物の名を騙っているのか、判断が……」
    「疑わしきは罰せよ。構わぬ、襲え。……と、それはできぬ決まりになっておったな」
    「はい。スパス産業との取り決めにより、サラム島など、商業の活発な島とその近辺での軍事行為は自粛してくれ、と」
    「分かっておる。……ふうむ」
     アイシャが考え込んだところで、別の大臣が案を出した。
    「調べましたところ、彼らの製品はスパス系に比べ、非常に安価なものでした。と言って、質が劣るわけでもなく」
    「それとこの件が、何の関係があるのじゃ?」
    「上質の原料を安価で仕入れられるルートを持っている、と言うことです。
     さらにこれを調べましたところ、どうやら3、4年前、南海東~中央地域を征服し終えた後に軍を撤退させ、廃棄した拠点を買い付け、そこに残っていた原料・資源を使っているようです」
    「ほう。……そう言えば綿花やら香辛料やら出る島を潰して、基地にしておったのう。
     旦那様から『今さらこんなところを抑えても、軍事予算の無駄遣いだ。基地は捨てておけ』と命じられ、権利を手放しておったが……、ふむ」
     アイシャはこの情報を受け、手を打ち出した。
    「ならばその島々を潰すか奪うかしてしまえば、奴らは身動きできなくなる、か。
     そのシルムを騙る奴か、シルム本人かは分からぬが、とにかくいずれ、妾やスパスに楯突く存在になるのは目に見えておる。早々に、その芽を摘まねばな」



     一方、フォコはアミルとランニャを連れ、南海北東地域の島、ダマスク島を訪れていた。
    「ここって確か、ロックス鉱業が買った島だったよな。何でも、キルク島の権利でロックス氏が揉めて、こっちに移ったとか聞いたけど」
    「らしいですね。ここにも鉄を初めとする重金属の鉱山があるらしいですし、ゴールドマン商会と手を切っても、十分利益が出とるみたいです」
    「ゴールドマン商会って言ったらホコウ、お前の実家だったよな」
    「と言うても、今は無関係ですけどな。
     まあ、聞いたところによれば、エンターゲート氏が商会を乗っ取った後、レヴィア女王と結婚してくらいから、ロックス氏との関係が悪化しとったらしいですわ。
     知っての通り、レヴィア女王は南海各地で侵略を繰り返しとりましたし、ロックス氏はそれに反発し続けとりましたけど、その相手と契約元が結託したら、ロックス氏がレヴィア王国に従わさせられるのんは目に見えてますし、事実、そう言う動きもあったそうです。
     そんなことになったら、今まで散々守ってきた資源や利益を、最も渡したくない相手に取られることになる。
     それを回避しようと、ロックス氏はゴールドマン商会との契約を解消。それまで得た利益を元に、自分で軍隊を組織して、このダマスク島に本拠地を移した、っちゅうことらしいですわ」
    「軍隊、ねぇ」
     確かにダマスク島には、それらしい設備や人間が、あちこちに並んでいる。この島に入るのさえ、散々打診と交渉を重ねたほどである。
    「しかし、敵はレヴィア軍なんだろ? あいつらの攻撃に耐えられるとは……」
    「木造の船とか、漆喰の壁とかやったら耐えられへんでしょうけども、ここの砦は岩の中、鉱山ですからね。いくらなんでも、島ひとつ跡形もなく消せるほどの威力は無い、っちゅうことでしょうね」
    「ま、そりゃそうか。そんなもんがあったら、とっくに世界征服してらぁ」

     兵士に先導される形で、フォコたちは物々しく防御を固められた屋敷に通された。
    「息が詰まりそうだよ」
     小声でそうつぶやくランニャに、フォコも小声で返す。
    「ごめんけど、我慢してや」
    「分かってる、分かってる」
     応接間に通された三人の前に、すぐに壮年の兎獣人がやってきた。
    「お待たせいたしました。私がロックス鉱業の主、ファン・ロックスで……」
     と、お辞儀をしかけたファンが、フォコに目を留めた。
    「……?」
    「なんでしょう?」
     ファンはいぶかしげにフォコを見つめ、やがて何かを思い出したような、驚いた声を挙げた。
    「……ぼっちゃん!?」

    火紅狐・再築記 4

    2011.02.22.[Edit]
    フォコの話、151話目。武装商人。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「他に議題がなければ、会議を終わる。何ぞないか?」 アイシャの質問に、大臣の一人が恐る恐る手を挙げた。「その……、まだ確実、と言うわけではないのですが」「なんじゃ。はっきり申せ」「『砂嵐』の残党、アミル・シルムが、サラム島に店を構えた模様です。経済的には中立地帯のため、スパス系による包囲もできません。どう致しましょうか……?」 ...

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    フォコの話、152話目。
    真の経営とは。

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    5.
     ファンは後ずさり、がばっと頭を下げた。
    「ど、どうされました、ロックスさん? ぼっちゃんて、僕ですか?」
     面食らうフォコに、ファンは泣きそうな顔でまくしたてる。
    「ゴールドマンのぼっちゃんでしょう? 見覚えがあります! 覚えていらっしゃいませんか!?」
    「へ? え?」
    「ほら、10年ほど前! 私、カレイドマインのお屋敷にお邪魔したことが!」
    「10年前? ……あっ?」
     フォコの脳裏に、ふっと記憶がよみがえる。
    「……耳を触らしてもろた、ロックスさん?」
    「ええ、ええ! その通りでございます! ……ああ、まさか生きていらっしゃったとは!」
     ファンは感極まったらしく、フォコの手を握って泣き出した。
    「ご両親が亡くなられ、どこかへと連れ去られたと聞いていましたが、まさか今、こうしてお目にかかれるとは!
     おお……! 何と言う奇跡だ!」
     予想外の状況に、フォコは出鼻をくじかれてしまい、しどろもどろになる。
    「えっと、あのー、まあ、……びっくりです、ですけども、ロックスさん」
    「はい、なんでしょう?」
    「とりあえず、その、お話の方、させていただきたいんですけれども」

     その話を終え、フォコは改めて、ファンに自分の遍歴を語った。
    「やはり、エンターゲート氏がご両親を……」
    「ええ。そして今、奴は世界全域に、その根を拡げています」
    「南海事情が一変したのも、その一端なのですな。我々の方もそのために、難儀しているのが現状です。先程の申し出が無ければ、我々は早晩立ち枯れることになっていたでしょう。
     ……本当にぼっちゃんは、ご立派に成長なされた。ご両親もさぞや、喜んでいらっしゃることでしょう」
    「はは、ぼっちゃんは勘弁してください。今の僕は、ただの三流金貸しですよ」
     フォコたちの話を横で聞いていたランニャが、そこで口をはさむ。
    「金貸しとしちゃ、確かに三流だよね。自分の儲け、まーったく考えてないもんな」
    「あははは……」
    「ですが、商人としては超一流ですよ。あなたに比べれば、エンターゲートなど二流もいいところだ。
     彼は結局、自分の利益のみを追求する金の亡者だが、あなたは違う。あなたは皆の利益を第一に考える、真に世界を豊かにしてくれる商人です」
    「なんぼなんでもほめすぎですて、もう」
     顔を真っ赤にして照れるフォコに、ファンは真面目な顔でたたみかけた。
    「いやいや、そんなことは無い。
     事実、あなたは困窮していたシルムさんご夫妻とその仲間を救い、北方においても悲劇を防ぎ、そして今、我々の商会を助け、さらには南海の安定と平和のために動いてくれている。
     ニコルぼっちゃん。これまで私は、数多くの商人を見てきましたが、その中であなたは、最高、最良の、高潔で凄腕の商人だ」
    「……はは」
     散々にほめちぎられ、フォコは困った顔をするしかなかった。



     一方、その頃。
    「ふーん……?」
     央中、クラフトランドに戻り、ギルド経営に復帰していたルピアが、レヴィア王国が使っている兵器についての調査報告を、弟のポーロから受け取った。
    「ボッラ島、ねぇ」
     ボッラ島と言うのは、央中東部沖、央中湾岸の外れにある、全長4キロ弱の島である。
    「確か火山島だったよな、そこ」
    「ああ。最近になってまた噴火しそうだから、中央政府が売値を下げたんだが……」
    「それをゴールドマン商会が買った、と。
     その島から出るのって言ったら、硫黄くらいだったよな。良質のが出るってのは聞いたことがあるが、それでも噴火寸前の島を買うなんて、どう言うつもりだ?
     産出するモノに対して、リスクが高すぎる。元が取れるとは到底思えないが……」
    「意図までは分からない。ただ、この件が進む直前から、イーストフィールドに建てられてた『秘密工場』がフル稼働し始めたらしい」
    「『秘密工場』……、南海へ送ってるって言う、謎の兵器を作ってるところか。
     関連付けて考えれば、硫黄を大量に手に入れて、その工場で加工してるってことになるな」
    「ああ。……後、これに並行して、食品業界筋から、これまた妙な報告がある」
    「何だよ、みょんなことばっかり」
    「肉の保存、塩漬けに使われている硝石の相場が、2倍以上に値上がりしたそうだ。ボッラ島の購入と、ほぼ同時期に」
    「……関係があるのか?」
    「重ねて言うが、分からん。ただ、硝石を大量に買い付けたのはやはり……」
    「ゴールドマン商会、と」
     ルピアはそれを聞いて、デスクから立ち上がる。
    「うちにもストックはあったな、その2つ。試しに混ぜてみよう」
    「ああ」

     2時間後、クラフトランドで小火騒ぎが起きた。
     火元はネール職人組合の工房であり、その際、ルピア・ポーロ姉弟が軽い火傷を負ったと言う。
     その後数日、クラフトランドでは「ネール姉弟が経営難を苦に心中を図ったのでは」などと言うデマが流れたが、当の本人たちはなぜか上機嫌だったと言う。

     フォコの経営戦略と、ルピアの発見。
     両者の努力と調査によってこの二つが実った時点から、南海の情勢は大きく動き出すことになる。

    火紅狐・再築記 終

    火紅狐・再築記 5

    2011.02.23.[Edit]
    フォコの話、152話目。真の経営とは。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ファンは後ずさり、がばっと頭を下げた。「ど、どうされました、ロックスさん? ぼっちゃんて、僕ですか?」 面食らうフォコに、ファンは泣きそうな顔でまくしたてる。「ゴールドマンのぼっちゃんでしょう? 見覚えがあります! 覚えていらっしゃいませんか!?」「へ? え?」「ほら、10年ほど前! 私、カレイドマインのお屋敷にお邪魔...

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    フォコの話、153話目。
    画期的な発見と目論見。

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    1.
     双月暦310年の半ば、フォコとランニャは慌てて央中、クラフトランドに戻ってきた。
     ルピアとその弟のポーロが、謎の爆発事故で怪我を負ったと伝えられたからである。



    「大丈夫、お母さん!?」
     執務室に飛び込んできたランニャに、頬に湿布を貼ったルピアがにっこり笑って出迎えた。
    「おう、おかえり。この通りだ。ちょっとばかり火傷した」
     そう言ってルピアは、ぺりり……、と湿布をはがす。
    「魔術で治療もしてもらったんだけど、まーだ跡が残ってるんだよなぁ」
    「うわ」
     その跡を見て、ランニャの尻尾が毛羽立つ。
    「ひどいなぁ。一体何したのさ?」
    「まあ、二人とも聞け。ものっすごい発見だぞ」

     ルピアは爆発が起こった焼却炉跡に二人を案内しながら、うきうきとした口調で説明する。
    「フォコ君、ボッラ島って知ってるか?」
    「いえ……?」
    「そっか。まあ、央中東部沖の島なんだけどな、いわゆる火山島なんだ」
     ルピアはゴールドマン商会、つまりケネスが硫黄と硝石を大量に買い付けた話を伝え、こう続ける。
    「でな、試しにその二つを混ぜてみようかってことになったんだ。
     だけども、なーんにも起こらない。2時間くらいあれこれ試したんだけど、ただの黄色い粉にしかならんかったんだ。
     で、もうしょうがないから埋めて捨ててしまおうってなって、焼却炉横のゴミ穴にその粉を捨てたら……」
     焼却炉跡に着いたところで、フォコたちはその惨状を目にした。
    「うわっ、大穴空いとるやないですか」
    「壁に破片、刺さってるし。一体、何があったのよ?」
    「ドカン、だ。大爆発を起こして、焼却炉いっこと、すぐ横の工房を潰してしまった。
     幸い、私もポーロも焼却炉から離れて雑談してたところだったから、奇跡的に助かったけどな。
     で、よくよく調べてみたらさ」
     ルピアは焼却炉があったところにしゃがみ込み、その跡を少しほじる。するとそこから、黒ずんだ木片がぽろぽろと出てきた。
    「私らの前に焼却炉を使った奴が、適当に片付けてたみたいでさ。ゴミ穴の中でまだ燃え残ってたんだ、木片とか木材の切子とか、色々。
     で、今度は粉にした木炭と、さっきの二つを混ぜてみたら、同じように爆発して燃えた」
    「この破壊力……、つまり、ケネスは硫黄と硝石、それから炭で、南海で使われてた『究極の兵器』を製造してたんですね」
    「恐らく、そう言うことだ」
     そこでフォコとルピアは黙り、続いて嬉しそうに笑い出した。
    「……ふ、ふふふ、あはははっ」
    「ははは、くくっ、ははは……」
    「ルピアさん、これ、ものすごい発見やないですか! これがあれば、レヴィア王国に対抗でけますよ!」
    「ははは……、あん?」
     フォコの言葉に、ルピアは怪訝な表情になる。
    「対抗って、どう言うことだ? 君、レヴィア軍と戦うつもりなのか? 商売してるって言ってたの、どうなったんだ?」
    「ああ、いやいや。牽制するんです、相手を。『お前らに屈したりせえへんぞ』と」
     フォコは瓦礫と化した工房のレンガに腰掛け、これまで自分が推し進めてきた計画を話し始めた。
    「今現在の南海は、恐怖と諦め感で満ちてます。
     いつレヴィア王国に攻撃されるかっちゅう恐怖と、スパス産業に主な市場から追い出されて干されてしまう恐怖、そしてそいつらに従う他にはどうしようもないっちゅう諦め。
     でもこうした絶望感、厭世観は、ある需要を生み出します」
    「需要?」
    「一言で言えば、ヒロイズム。『いつか正義の味方、ヒーローが、自分たちを助けてくれはしないか』っちゅう希望です。
     僕はその感情が南海の皆の心中にあると信じて、ある行動に出てました。まず、海賊団を更生させて、まっとうな店を構えさせ、成功させたこと。これによって、南海を制覇しとるスパス系列に入らへんでも儲けられるで、と皆に示しました。
     ただ、宣伝はしてみても、実際のところはやっぱり、レヴィア王国やスパス産業と言った大組織には、商店いっこでは敵いようがありません。
     そこで僕は、連携を取ることにしたんです。ロックス鉱業さんを初めとする反スパス系列の人たちや、そしてスパス系列の中でも、業績が上げられへんで虐げられとったとこと」

    火紅狐・炸略記 1

    2011.02.25.[Edit]
    フォコの話、153話目。画期的な発見と目論見。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦310年の半ば、フォコとランニャは慌てて央中、クラフトランドに戻ってきた。 ルピアとその弟のポーロが、謎の爆発事故で怪我を負ったと伝えられたからである。「大丈夫、お母さん!?」 執務室に飛び込んできたランニャに、頬に湿布を貼ったルピアがにっこり笑って出迎えた。「おう、おかえり。この通りだ。ちょっとばかり火...

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    フォコの話、154話目。
    小悪党の叱責。



    書いた本人が言うのもなんですが。
    「『あ、……はあ』」から「『2時間にも……』」まで、読む必要はありません。
    こんなん読んでたら、心が貧しくなります。

    これを書いた時、当時就いていた職場で諍いがあった直後だったので、文章が荒れに荒れています。
    読みづらい件、ここにおわび申し上げます。

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    2.
     南海中央の島、バジル島。
    「これはこれは、スパス総裁! お待ちしておりました!」
    「ああ、うん」
     今や西方随一の商人に担ぎ上げられたアバントが、南海への視察に訪れていた。
     この時訪れた店の一つ、バジル南商店の番頭が出迎えたところで、アバントは口火を切った。
    「聞いたよ、あまり商売がうまく行っていないと」
    「あ、……はあ」
    「はあ、じゃないよ、君。いいかね、商売がうまく行かない、と言うことは、これはもちろん稼げていない、お金が入って来ない、と言うことだ。これがどう言うことか、ちゃんと分かっているのか?」
    「えー、ええと、その、儲かってない、わけで、店にその、利益がない、と」
     ぼんやりした問答にしどろもどろに答えた番頭に、アバントは侮蔑的な目を向ける。
    「何だ君は! それでもこの島の店を任された番頭か!? まったく、勉強不足だ!」
    「すみません」
    「いいかね、お金が入って来ない、つまりは店の儲けがない、と言うことだ。つまりは支出するだけ、はっきり言って赤字だと言うことだ」
    「え。……あの、それ、私が今言ったような」「何か言ったかね?」「……いえ」
     無意味にいびり倒しつつ、アバントはベラベラとまくし立てる。
    「その赤字を、どこで補填する? 君の財布からか? いや違う、私の金庫からだ。いいかね、君の怠慢で、私の蓄財が、つまりは商会全体の蓄財が減るのだよ? 君、一人の、せいで、だ。それを貯めるために、私がどれだけ、ど、れ、だ、け! 頭を悩ませているか、君に分かるかね?」「はあ」「いいや、分かるまいね。いいかね、君の想像をはるかに超える激務で、ようやく利益を絞り出しているのだよ、私は。君にも少しくらい負担してもらいたいものだよ、この苦労をね。ところがだ、君は私の苦労を軽減してくれるどころか、さらに増やしてくれると言うわけだ。いやぁ、私も結構な部下を持ったものだ。こんなに苦労ばかり重ねては、私は早死にしてしまうだろうね。うん、するだろうな。……おい君、まさか私が早く死んでほしいなどと、思ってはいないだろうな?」「いえ」「本当か? 思ってないと? 少しも? 嘘じゃないのか? 心の奥底で、チラ、と思ってるんじゃないのか? 私をなめるんじゃないぞ。私には分かるんだよ? 隠すなよ? ああまったく、嘘はつくわ苦労は増やすわ、本当に良くできた番頭君だ、なあ? もっと頑張ってくれなきゃ困るんだよ、私は。もっと稼がなきゃならないと言うのに、こんなくだらないミスで足を引っ張られては困る。分かるだろう? 分からないのか? 分かってもらわなきゃ困るんだがなぁ。全く頭も悪い、要領も悪い、金は稼げない。君は何のために生きているんだ? 何の意味も無いんじゃないか? さっさと死んだ方が世の中のためじゃないのか? 食糧一人分浮くだけの価値は出るだろう。君がいなければ誰か一人、余計においしいご飯が食べられるわけだ。どうだ? ん? 自分でどう思う? なあ? どうだ? なあ? なあ? 言ってみなさい? ん?」「わ、私は」「いいやもう、言わなくていい。どうせ陳腐な何かしか言えんだろ? 聞くだけ無駄だ。そんな無駄なことを聞くために、私は遠路はるばるこんな片田舎にまで来たわけではないからな。もっと有意義なことをするために来たわけだ。そうだろう?」「……はい」「ではそろそろちゃんとした話をしてくれないと困るな。うんうん相槌ばかり打ったって駄目なんだよ。さっぱり分かってないな、君は」



     2時間にも渡っていびり続けた後、ようやくアバントは本題を切り出した。
    「それで君、売り上げが下がっている主原因は何かね?」
    「他店のシェアが伸びたのが原因かと」
     散々悪口雑言を聞かされ、番頭は内心うんざりしながら応対した。
    「他の店のせいか。そうか、君はそう言う人間なんだな。他人のせいで、自分に非はないと、そう言いたいわけだ、ん?」
    「……いえ、そんな」
    「君の怠慢のせいだ。それ以外に理由はない。我々の製品はどこよりも素晴らしいのだ。買わない理由はない。
     いいや、それ以上に、我々以外の製品は、とっくの昔に締め出した。シェアも何もあるものか。我々のもの以外に、庶民は買うものは無いのだ」
    「そんな……。実際に、他の店の」
    「いいかね。君の、怠慢だ。それ以外に理由は、全く、無い」
     番頭の意見を全く聞かず、アバントは話を切り上げた。
    「良く頭に叩き込んでおけ。これ以上売り上げが下がったら、君には責任を取ってもらう。
     今までの累積赤字をすべて、その体で支払ってもらうからな。西方にはまだ、未開発の鉱山がゴロゴロしている。働き手はいつでも不足だ。
     使えない人間は、そこで飼い殺す。分かっているな?」
    「それ……は……」
    「それが嫌なら、どんな方法を使っても売れ。売りさばくんだ!」

    火紅狐・炸略記 2

    2011.02.26.[Edit]
    フォコの話、154話目。小悪党の叱責。書いた本人が言うのもなんですが。「『あ、……はあ』」から「『2時間にも……』」まで、読む必要はありません。こんなん読んでたら、心が貧しくなります。これを書いた時、当時就いていた職場で諍いがあった直後だったので、文章が荒れに荒れています。読みづらい件、ここにおわび申し上げます。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 南海中央の島、バジル島。「これはこれは、スパス総...

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    フォコの話、155話目。
    敵方丸ごと買い叩き。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     アバントが帰った日の夜、散々に怒鳴られた番頭は、店から商品の油を持ち出した。
    「……もう嫌だ……」
     彼の懐には、マッチが納められている。
    「……売れないのに……どうやっても売れないのに……」
     泣きながら歩き、そのまま島の端、海岸に出る。
    「……売れなんて……しかも売れなかったら鉱山で飼い殺しなんて……」
     彼は海岸に腰掛け、油の入った壷を持ち上げる。
    「……もう駄目だ……生きてられないよぉ……」
     そのまま頭から油を被ろうとし――。
    「あのー」
     そこで、背後から声を掛けられた。

    「……ひぇ?」
     え、と言おうとしたつもりだったが、涙混じりのため、間の抜けた声になる。
    「あなた、バジル南商店の番頭さん、……で合ってますよね?」
    「は、はい」
     番頭は慌てて油壷を下ろし、立ち上がった。
    「ちょっと、お話を聞いてもらっていいですか?」
    「話、ですか?」
     番頭の前に現れたのは、フォコである。
     フォコは警戒されないよう、にっこりと笑って話を続ける。
    「ええ。いわゆるヘッドハンティングって言うか、買収ですね」
    「もしかして、……わ、私を?」
    「はい」
     フォコの言葉に、番頭は泡を食う。
    「い、いや、そんな。私なんて、そんな、だって、売り上げも悪くなる一方ですし、経営能力なんて、無いも同然、……あ、もしかして、丁稚として、ですか? それならまだ……」「いいえ?」
     フォコは何を言うのか、と言いたげな声色を出し、畳み掛ける。
    「番頭格で、ですよ? 勿論あのお店ごと、買うつもりしとるんですけど。店ごと、あなたを買います」
    「は、はい? ……いやいやいや、無理です! 上役が、納得しないです」
    「ええやないですか、そんなもん放っといて」
     ここで放たれたフォコの言葉が、番頭の胸に響いた。
    「あっちも切る切る言うとるんです。せやったら逆に、こっちから切ってやったらええやないですか。どうせ契約しとったって、売り上げのほとんどを吸い取られるだけでしょ?」
    「う……」
     そして次の言葉が、彼の心を開いた。
    「あなたは自分で思ってるよりすごい経営能力を持ってます。
     ちゃんと市場分析ができるし、売れない原因も、単なる販売力の欠如ではなく、自分たちの扱う製品の質と金額に問題があると分かってる。商人として、確かな目を持ってます。
     その力、僕らのとこでなら十分、いいえ、十二分に活かせますよ。どうですか、自分の力を目一杯、発揮してみませんか?」
    「自分の……力を」
    「ええ。来てみはりません?」

     2日後、バジル南商店の正式な店名は、「スパス産業 日用品取引部門 バジル島南商店」から、こう変わった。
    「ロクシルム(Rocks=Silm:ロックス―シルム)商業連合 バジル島南商店」



     同様のことがバジル島だけではなく、南海の各地で起こっていた。
     スパス産業の、南海での売り上げが激減した本当の原因――それは、スパス産業よりも安価で、質が良く、しかもマージンをスパス産業よりもずっと低く下げたこの商会が、各地で勢力を拡大し、売り上げを伸ばしたからである。
     言うまでもなくこの商会は、フォコがファンとアミルとを引き合わせて作ったものである。レヴィア王国やスパス産業と言った、組織立った敵に対抗するために、フォコも現地で組織を築き上げたのだ。

     アバントがこの動きに気付いたのは、もっと後になってからだった。彼は残念なことに、自分の支配下の各商店の責任者を無意味にいびって搾り取ることしか、頭に無かったのだ。
     言うまでもなく、アバントに商才は無い。ただ単に、ケネスが「旨みのある傀儡」に仕立て上げるために、商会主の地位を与えていただけなのだ。
     フォコはその脆弱性を突いた。商才の無い彼が経営管理を任され、しかも普段は遠く離れた西方に籠りっきりであり、たまに視察をしても、せいぜい小言を浴びせて金をせびるだけと言う放蕩・放漫経営であることを知り、彼にいびり倒されて落ち込み、反発心を抱いていた番頭・小商会主と次々に手を組み、乗っ取っていった。
     普通ならば――まともな商会主が頭に据えられ、その目が行き届くところで商売が行われ、適切・適度な管理が行われていれば――商店が次々寝返っていくことなどすぐに気付き、対策を打って然るべきだったが、今回の場合は、その要素は一つも無かった。
     そのため、フォコはやりたい放題に、スパス産業を叩きのめすことができたのだ。

     アバントは知らぬ間に、その権力基盤の半分近くを奪われることとなった。

    火紅狐・炸略記 3

    2011.02.27.[Edit]
    フォコの話、155話目。敵方丸ごと買い叩き。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. アバントが帰った日の夜、散々に怒鳴られた番頭は、店から商品の油を持ち出した。「……もう嫌だ……」 彼の懐には、マッチが納められている。「……売れないのに……どうやっても売れないのに……」 泣きながら歩き、そのまま島の端、海岸に出る。「……売れなんて……しかも売れなかったら鉱山で飼い殺しなんて……」 彼は海岸に腰掛け、油の入った壷...

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    フォコの話、156話目。
    巨悪の恫喝。

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    4.
    「どう言うことかな、スパス君。この忙しい最中に私の手を借りたい、と言うのは?」
    「すみません……。私ではどうにも解決しきれない問題が発生しまして」
     西方、スカーレットヒル。
     南海地域の売り上げ急落に加え、次々に商店が離反したことにようやく気付いたアバントは、対策を伺おうとケネスを呼び寄せた。
    「まず売り上げの急落、と。君はこの原因が、何か分かっているのかね?」
    「恐らくは、現地での責任者が競合相手の甘言に惑わされ、引き抜かれたことが……」「それは急落の後だろう? その前だ、私が聞いているのは」「……お、恐らくは、責任者の怠慢によるものだと」
     アバントの回答を聞いて、ケネスは眼鏡を拭きながら、相手の言葉を反復する。
    「怠慢、ねえ。なるほど、現地の人間が怠けたから、と。ふむ、ふむ」
    「それ以外に考えられません。我々の製品に落ち度はないですし、そもそもレヴィア王国との連携により、競合していた店、商会は駆逐したのですから」
    「ほう、駆逐か。なるほど、アイと協力して、競争相手を追い出したと」
    「ええ。ですから後に残るのは、現地の……」「君」
     ケネスは眼鏡をかけ、鋭い目を向けた。
    「怠慢と言ったが、それは現地の人間がしていたのか? それとも君か?」
    「私は怠けてなど……!」
    「ふむ、ちゃんと働いていたのか。ほうほう、なるほどねえ。では具体的には、何をしていたのかね?」
    「毎日毎日、各地からの報告を処理し、集まってきた金を投資に回し、と懸命に……」
    「向こうへは、十分視察に行ったのかね?」
    「勿論ですとも」
    「ではそこで、君は何を見てきた?」
    「それはもちろん、自分の店舗です。それ以外に見るものなど」
     アバントのその答えに、ケネスは深いため息をついた。
    「『それ以外に見るものなど』、ねえ。……はーあ」
     ケネスは侮蔑に満ちた目を、アバントに向ける。
    「な……、何ですか?」
    「アバント・スパス君。君の顔に付いている、その二つの濡れた玉はなんだ?」
    「二つ……? 目、のことですか?」
    「目? それが、目か? 目先もろくに見えないそれが、目だと? 馬鹿らしい。そんなものはくり抜いて、ガラス玉でも詰めておいた方がどれだけ役に立つか」
    「は、はい?」
     ケネスは不意に立ち上がり、対面に座っていたアバントを見下ろす形で静止し、叱咤した。
    「この三流め! いいや四流、五流、六流、いやいや、いや、いや、いやッ! それ以下の、欠片も評価のできぬクズ、ゴミ虫めッ!
     何が『自分の店舗以外に見るものなどない』だ! 何が『レヴィア王国と協力して競争相手を駆逐した』だ! 何が『私は怠けてなどいない』だ、この木偶の坊ッ……!
     いいか愚か者、いつの世でも刃向う敵はいるのだ! でなければ私が財を築いた経営モデル、敵と敵とが永遠に戦い、殺し合い、武器・兵器への需要をいつまでも保持し続ける仕組みなど、成立しえんだろう!?
     まったく探そうともせず、いるとも考えずに、何が競争相手はいなくなった、だ! よしんば一時期、敵を滅ぼした時期があっても、いずれ敵は再び現れ、立ちはだかってくる!
     お前に任せて5年以上経った今、そろそろ出現しても何らおかしくはない! そんなこともろくに考えず、敵はいない、存在するわけが無いなどと! まったくもってお前の目は節穴も同然ッ!
     その上、自分の店しか視察していない、だと!? 何たる怠け者、愚か者の極みだ! お前がまともな商人であるなら、さらなる金儲けの種、需要、庶民の欲しがるものを、その際に探して然るべきだろう!?
     なのにお前は、自分の店しか見なかったのか! どうせ卑怯で卑屈なお前のこと、番頭に小言をぶつけて金をせびる程度のことを『視察』などと、臆面もなく言ってのけたのだろう!?」
    「あ、……それ、は……」
     図星を突かれ、アバントの顔色が急速に悪くなっていく。
    「いいか愚図、書類整理やらお小言やら、そんな机仕事を通り一遍こなした程度で『一生懸命にやっている』などとは言わせんぞッ!
     商人の仕事とは即ち、儲けること! この一点だ! 儲けの種を見つけ、育て、収穫するまでが、商人の仕事だ!
     それをお前は、まったく怠ったッ……! 他人に種を見つけることも、育てることも、収穫までも任せ、自分の懐へ勝手に運ばれてくるのをのんびり眺めているだけの、放漫経営!
     そんな体たらくで、よくも自分を総裁などと呼ばせているな……!」
    「あ、いえ、その、いや……」
     返答に窮したアバントの胸ぐらをギリギリとつかみながら、ケネスはさらに怒鳴り続ける。
    「今すぐ、だ! 今すぐ、現地へ飛んで、現状を調べてこい!
     どこの誰が競争相手になり、何を売って、どれだけ稼ぎ、次はどこに儲けの種を見つけようとしているか! すべて余すところなく、それこそ這いずり回るように調べ上げろ!
     それができなければ、お前はただの寄生虫、私の金と資産を食い潰す毒虫だ! いいか、お前は私の後ろ盾が無ければ、ただの塵、芥に過ぎんのだ!
     私がいなければ今でもお前は、片田舎の海でくすぶる一職人にすぎなかったと言うことを、忘れるなよッ……!」
    「……っ」
     ケネスに散々まくし立てられ、アバントは呆然と座り込むことしかできない。
    「……何をボーっとしている?」
    「え?」
    「お前はどこまで愚図なんだ? 今すぐと言っただろうが……!」
    「……し、失礼しました! はい、今、今すぐ向かい……」「ゴチャゴチャ口を利くな! 行けッ!」「は、はいっ」
     アバントは慌てて、ケネスの前から走り去った。

    火紅狐・炸略記 4

    2011.02.28.[Edit]
    フォコの話、156話目。巨悪の恫喝。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「どう言うことかな、スパス君。この忙しい最中に私の手を借りたい、と言うのは?」「すみません……。私ではどうにも解決しきれない問題が発生しまして」 西方、スカーレットヒル。 南海地域の売り上げ急落に加え、次々に商店が離反したことにようやく気付いたアバントは、対策を伺おうとケネスを呼び寄せた。「まず売り上げの急落、と。君はこの原...

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    フォコの話、157話目。
    カトン島再襲撃。

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    5.
     一方でまた、レヴィア王国も行動を始めていた。
    「またこの島に来るとは……?」
    「どうして今さら、この島を制圧するんです?」
    「陛下に廃棄するよう命じられてから、もう3年も経過しているのに……?」
     アイシャの指示により、レヴィア軍はかつて自分たちが制圧した島へと舞い戻らされていた。
     前述の通り、これはロクシルム商業連合の生命線である、非常に安価な資源・原料の供給源を断つための軍事行動である。
     しかし、現場の兵士たちにはそれが伝えられていないために、誰もが困惑した表情を浮かべている。
    「とにかく、これもまた、女王陛下のご命令だ。従わないわけには行かない」
    「分かりました……」
     いまいち士気の上がらない兵士たちを見かね、指揮官はこう言葉を投げかける。
    「何の意図があるにせよ、この任務は非常に楽な方だ。かつて我々が支配していた島を、もう一度支配するだけなのだからな。
     それに今度は、抵抗する者も、あの『砂嵐』も居はしない。その一事を考えるだけでも、これは簡単すぎる任務だ」
    「確かに……」
    「まあ、軍事予算を使ったバカンスみたいなもんさ。気楽に行こう」
     指揮官のその言葉に、兵士たちの緊張が緩む。
    「なるほど、バカンスか……」
    「そりゃいいな」
     兵士たちの間に、のんきな空気が流れだした。
     そうこうしている間に、船は目的地、カトン島が見える程度まで進んでいた。
    「お、見えてきた見えてきた」
    「へー、本当に綿花、復活したんだな」
    「そう言えばあれ、また刈り取るんでしょうかね?」
     兵士たちは緊張感の欠片もない会話をだらだらと続けながら、島の様子を伺おうと単眼鏡を取り出した。

    「……ん?」
     真っ白な綿花畑の前、海岸線に、ぽつぽつと黒い影が見える。
    「あれは……?」
    「ロクシルム、とか言う奴らか?」
    「おいおい、まさか迎え撃つつもりじゃないだろうな? 俺たちに敵わないって、まだ分かんねーかなぁ……」
     兵士たちは薄ら笑いを浮かべつつ、岸辺に立つ影を眺めた。
    「……なんだ?」
     ボン、と何かが勢い良く弾けたような音が、その岸辺から響いてくる。
    「何だ、今の音? まるで……」
     飛んできた音が気になり、兵士全員が顔を見合わせた。

     次の瞬間――船が大きく揺れる。
    「ぎゃ……っ!?」「げぼ……」
     大量の木屑と共に、兵士たちがなぎ倒される。
    「……えっ」「……まさか?」
     この光景を、兵士たちは知っていた。だが、今この時まで、その身に刻まされたことは無い。
    「……!?」
     いつの間にか、船の甲板には大きな穴が空いていた。
    「……そんな、バカな」



    「思い出すなぁ、ホコウ。まさかまた、こうしてここで戦うなんて思わなかったぜ」
    「僕もです。……いや、ここを買った時に、予想はしてましたけどね」
     カトン島の海岸に立っていたフォコとアミルは、ずらりと並べられた大砲の後ろに立ちながら、ファンの私設軍へ命令する。
    「次、準備してください!」
    「了解しました!」
     兵士たちは大砲に火薬を詰め、立て続けに砲撃を重ねていく。
    「……流石に船1隻に、8門は構え過ぎだったかなぁ」
    「いや、いい牽制になりますよ。もう火薬や大砲はあいつらの専売やないんやと、これで思い知ることになるでしょう」
     3順ほど砲撃を行ったところで、敵船が向きを変え始めた。
    「横向かせて、砲撃し返してくるつもりやな……! でも、させたらへんぞ!」
     フォコは魔杖を構え、大規模な水の魔術を唱える。
    「大雨降らしたる……、『スコール』!」
     次の瞬間、快晴だった空に、モクモクと黒い雨雲が沸き立つ。
    「敵を知れば、……や。もうその兵器の弱点、バレとるわ!」
     やがて雨雲から大量の雨が流れ出し、敵船を覆った。

     突然の雨に、レヴィア兵たちは呆然としている。
    「あ、雨だと……!?」
    「さっきまであんなに晴れてたのに!?」
    「や、やばい! 火薬が!」
     兵士たちは慌てて火薬の入った樽をしまおうとしたが、もう遅い。
    「……くそっ、水浸しだ!」
    「畜生、これじゃ使えないぞ!」
    「うわ……! また砲撃してきたぁ……っ!」
    「汚ねえ、汚ねえぞ……! 何でお前らだけ使えるんだよぉぉー……ッ!」
     船の周りだけを覆う集中豪雨の中、レヴィア軍は成す術もなく砲撃を受け続けた。



    「報告します! 再占領に向かわせた船16隻、……すべて全滅、撃沈されました!」
    「……なんじゃと!?」
     真っ青な顔で敗北を伝えた伝令に対し、アイシャは久々に、臣下の前で大声を上げた。
    「何かの間違いではないのか?」
    「いいえ、敗走し戻ってきた兵士たちから、同様の報告が次々に寄せられております!」
    「我々の軍はもはや最強となったはず! どこに敗れ去る理由があると言うのじゃ……!?」



     この日から、レヴィア王国の絶対的地位は崩れ去った。
     各地でのレヴィア軍敗北のうわさはすぐに、南海中に広まった。そして、撃退したのがロクシルム商業連合である、と言ううわさも。
     フォコの狙い通り、南海の人々はこの痛快な話に歓喜し、ロクシルムに対し絶大な信頼を寄せるようになった。
     そしてここからが南海戦争――ひいては、後に「黒白戦争」と呼ばれる大戦時代の、幕開けとなった。

    火紅狐・炸略記 終

    火紅狐・炸略記 5

    2011.03.02.[Edit]
    フォコの話、157話目。カトン島再襲撃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 一方でまた、レヴィア王国も行動を始めていた。「またこの島に来るとは……?」「どうして今さら、この島を制圧するんです?」「陛下に廃棄するよう命じられてから、もう3年も経過しているのに……?」 アイシャの指示により、レヴィア軍はかつて自分たちが制圧した島へと舞い戻らされていた。 前述の通り、これはロクシルム商業連合の生命線で...

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    フォコの話、158話目。
    次の局面。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ロクシルム商業連合がレヴィア軍を各地で撃退したことで、南海の事情は一変した。

     6年に渡る支配を受けた地域からは、反発の動きが次々に出始めていた。
     また、レヴィア王国の支配を受けないまでも、スパス産業によって市場から締め出しを受けた商店・商会も、こぞってロクシルムに加入しよう、あるいは協力しようと言う動きがあちこちに現れた。
     ケネスの腹心、アバントとアイシャは、完全に掌握しつつあったはずの南海で起こり始めた反乱に対し、どうすればいいのかと狼狽していた。



    「まったく、お前たちときたら……!」
     両者からの報告を受けたケネスは急遽、二人をレヴィア王国のはずれに呼び、協議を行うことにした。
    「揃いも揃って、短期的な見方しかできん阿呆どもめ!
     お前たちは一度整備すれば、二度と雑草が生えん庭があるとでも思っているのか!」
    「言葉もありません……」
     うなだれるアバントに対し、アイシャは喰ってかかる。
    「し、しかし旦那様。彼奴らが富を蓄えた要因の一つは、旦那様の申し付けた、支配地域の一部廃棄によるものですぞ。
     旦那様にも、落ち度は……」「落ち度?」
     アイシャの言葉に、ケネスはぐい、とアイシャの顎をつかむ。
    「あがっ……」
    「落ち度だと? お前の統治能力の欠如による失態を、私に押し付けるのか?
     これくらい気を利かせるだろうと思って言わないで置いたが、アイ。軍を引き払ったその後に何故レヴィア王立商工会、お前の持つ商工ギルドをその島に置かなかった?
     置いておけば、いずれ復活するであろう資源・原料はそっくりそのまま、お前の懐に入ったものを」
    「あ……」
    「そうしておけば、今回のようなことはそもそも起こらなかったのだ。……まったくお前は短絡的、一元的で、大局観の欠片も無い、がらんどうの頭だな。
     これほどお前が使えない奴とは思わなかった。私の見立てを、さらに上回るひどさだ!」
    「ぐ、ぬっ……」
     罵倒され、アイシャは目に涙を浮かべて悔しがる。
     その目を見て、ケネスはようやく彼女の顔から手を放した。
    「まあ、いい。私が何とかしてやろう。
     ロックス氏も、そのシルムとか言うはぐれ者も、到底私に敵う器ではない。せいぜい、その足りない頭、足りない人員、足りない財力で、唯一膨れ上がった自分たちの慢心を満たせばいい。
     どうせ奴らのこと――自分の力量も把握できず、手を方々に伸ばしきって、その挙句に統治に失敗して自滅する。そこを私は、救済してやればいい。
     それで勝手に、この騒ぎは鎮まる。いいかアイ、その兆候を見せたら、すぐに私へ連絡しろ」
    「は、はい……」



    「そろそろ飽和状態に来ますな」
     ロクシルム商業連合の本拠をダマスク島に移したところで、フォコは次の策を打ち出した。
    「飽和?」
    「こないだの諸地域防衛以降、僕らに賛同してくれるところは一気に増えました。
     商会7つ、商店39、工房56、さらには国や島を挙げて協力してくれるところもあって、今のところ僕たちのやって来たことは、最高の状態で実を結んでいると言ってええでしょう。
     でも現状、これ以上無理に手を伸ばすと、裏目に出てくるかも分かりません」
    「と言うと?」
     結論が見えず、ファンとアミルが同時に尋ねる。
    「アバントのアホと同じ状況に陥りかねへん、ちゅうことですわ。
     あのアホ、自分の管理・監視の目がほとんど届かへん南海に、これでもかこれでもかと店を構え過ぎてましたよね。
     その結果、確かに一時期は儲かってましたけども、あちこちで起こる小規模の問題――新たな需要や苦情の発生、コストの増加、その他色々、事業を拡大していく上で起こる様々なトラブルに対応でけへん、でけたとしても非常に時間がかかるようになってしまってました。
     自分の支配圏を伸ばし過ぎると、その支配圏の端の処理に、どんどん時間がかかるようになります。それがアバントの自滅した理由であり、僕らがそろそろ考えなあかん問題でもあるんですわ」
    「なるほど……」
    「その点、おやっさんは超人的だったんだな……。西方と南海とを、しきりに行き来してたもんな」
     アミルがしみじみとクリオのことを思い出したところで、フォコはニヤッと笑う。
    「ええ。で、僕らもおやっさんにならって、あるところの助けを借りようか思てるんです」
    「あるところ?」
     フォコは地図上の、南海で最も大きな島を指し、こう結論付けた。
    「ベール王国です。今は島の半分近くを占領されてしもてますが、まだ力も、威厳も残ってるはずです。彼らなら、統治能力は十分。拡大が続き、肥大・飽和しつつある僕らの組織を、十分に補助・支援してくれるでしょう。
     彼らと協力して、南海の東側は僕らロクシルム、西側はベール王国で、それぞれレヴィア王国との戦いに備えるようにしようかと。いわゆる、挟み撃ちです。レヴィア王国も度重なる侵略の結果、漏れなく飽和状態に来とるので、相当な効果を上げるはずです。
     経済からスパスを、政治からレヴィアを攻め立てて、一気に僕たちの勝利をつかみましょう」

    火紅狐・連衡記 1

    2011.03.05.[Edit]
    フォコの話、158話目。次の局面。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ロクシルム商業連合がレヴィア軍を各地で撃退したことで、南海の事情は一変した。 6年に渡る支配を受けた地域からは、反発の動きが次々に出始めていた。 また、レヴィア王国の支配を受けないまでも、スパス産業によって市場から締め出しを受けた商店・商会も、こぞってロクシルムに加入しよう、あるいは協力しようと言う動きがあちこちに現れた。...

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    フォコの話、159話目。
    たそがれた王家。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ベール王国とレヴィア王国の戦争が起こったのは、305年のことである。
     その2年前、セヤフ海戦において、海賊に扮したレヴィア軍を破って勝利を収めたベール王国もまた、大国の驕りがあった。
     その驕りと、彼らをはるかにしのぐレヴィア軍の装備とが、305年の決定的敗北を生んだ。たった2ヶ月の戦争で、ベール王国は自国の領土、ベール島東側の制海権と領土半分を失い、島の西側へと敗走することとなった。
     ベール宮殿も追われた王族たちは現在西側の街、トリペに館を構え、そこに蟄居(ちっきょ)していた。



    「君が、シルム代表か。うわさには聞いているよ」
     フォコたちを出迎えたのは、クリオの友人だったセノク卿である。
     彼の姿を見て、フォコたちは5年前の戦争が、いかに一方的だったかを感じさせられた。
    「はは……、この義耳が気になるかね? それとも眼帯かな」
    「あ、……すみません」
    「いや、いや。そう気にしないでいい。終わった話だからな。
     それよりも、何故今になって私を訪ねて来たのか、聞かせてもらえないか?」
    「あ、はい。実はですね」
     フォコはセノクに、ロクシルムとベール王国とで連携を取り、南海全域でスパス産業・レヴィア王国と対抗する構想を伝えた。
    「なるほど……。話はよく分かった。
     だが、残念ながら協力はできないな」
    「何故です?」
     セノクは先端の千切れた自分の尻尾を撫でながら、その論拠を語った。
    「君が思うほど、ベール王国の権力は残っていないからだ。
     5年前の戦争で敗北して以来、我々ベール王族の権威は失墜の一途をたどっている。まあ、当然と言えば当然。主な収入源が無い我々は、持っていた資産を食い潰すままの生活を送っているからな。
     軍の規模も、全盛期の3分の1になっている。到底、対抗できる力は無い」
    「では出資しましょう。何としてでも、僕たちはあなた方の協力を得なければ行けませんから」
    「君も分からん奴だな。出資したところで、我々に付いてくる人民など……」「います」
     セノクの弁を遮り、フォコは反論する。
    「あなたが思っている以上に、南海の皆がベール王国にかけている期待は大きい。ここで立ち上がればきっと、いや、間違いなく賛同する人間は大勢現れます。
     それに今、人々はヒーローを求めています。レヴィア王国に支配されたこの南海を救ってくれる人物を、人々は求めています」
    「それに、我々がなる必要はない。君たちがなれば……」
    「言葉を返します。あなたも、分かってない」
     一歩も引かないフォコに、セノクも段々と苛立ってきたらしい。残った左目で、ギロリとにらみつけてきた。
    「分かるさ。もう民は、我々に期待など寄せてはいない。
     昔は街を歩けば皆、ひれ伏したものだ。だが今はどうだ、目も向けようとしない。特に私など、目を引くような醜態だと言うのに」
    「そんなん、あなたたちが何もしてへんからですよ。何かしら、威厳を示す行動を執っていれば、付いてくるはず……」「いい加減にしてくれないか」
     まくし立てようとしたフォコを先制し、セノクは立ち上がった。
    「私にはもう何かを成そうと言う気概は無い。今の私は敗残した将、牙を抜かれた獣だ。これ以上何かを唱えられても、私にはただの雑音だ。
     帰ってくれ。これ以上、話すことは何もない」
    「……分かりました」
     なびく気が微塵も無いと感じ、フォコは話を切り上げた。

     館を後にしつつ、アミルがぼそ、とこぼした。
    「ホコウ、彼の……、セノクさんの名誉のために言っておくけれど、彼は優れた将軍だったんだ。ベール王族のご意見番でもあった。だからこそ、おやっさんも……」「ええです、もう」
     フォコは悔しげに、こう吐き捨てた。
    「過去がなんですか!? 過去がすごかったから、今も優れていると? じゃあ今ここで縮こまっとる皆さんは、今も偉い人たちなんですな!?」
    「いや、それは、その……」
    「誰からも見向きもされてへん、最早ちょっとばかしの金とプライドしか持ってへん皆さんが、今も王族やと、そう言うんですな!?
     どこが!? どこが、王族やって!? あれのどこに、人を引き付けるものがあるっちゅうんや! ここにおるんは今を、自分たちのみじめさを直視でけへん軟弱者や!
     期待して損したわ! さっさと帰るッ!」
     フォコの剣幕に、付いてきた者たちは臆し、何も言えない。
    「ランニャちゃん……、あいつ、あんなに怖ええ奴だったのか?」
    「昔からさ。でもちょっと、度が過ぎるかも。よっぽどショックだったんだね」
    「ショック?」
    「フォコくんの考えだと、ここで王族を担ぎ上げて、さらに勢力を拡大するのが狙いだったんだろうけど、もうそれ、ダメになっちゃったわけだし。
     あーやって叫んでないと、多分めげそうなんだ……」「やかましわ、ランニャ!」
     あまりにも苛立っていたためか、フォコはつい怒鳴ってしまった。
    「……あ、いや、……その、ごめん、ランニャちゃん」
    「……うるっ」
     謝ったが既に遅く、ランニャはボタボタと涙を流し始めた。
    「いや、その、悪かった、ホンマ、……あの」
    「ひっ、ひどい、よ、フォコくん、……うえぇぇん」
     泣き出すランニャを、フォコとアミルは慌てて抱え、宿に連れて行った。

    火紅狐・連衡記 2

    2011.03.05.[Edit]
    フォコの話、159話目。たそがれた王家。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ベール王国とレヴィア王国の戦争が起こったのは、305年のことである。 その2年前、セヤフ海戦において、海賊に扮したレヴィア軍を破って勝利を収めたベール王国もまた、大国の驕りがあった。 その驕りと、彼らをはるかにしのぐレヴィア軍の装備とが、305年の決定的敗北を生んだ。たった2ヶ月の戦争で、ベール王国は自国の領土、ベー...

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    フォコの話、160話目。
    次なる望み。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「ぐすっ、ぐすっ……」
     宿に入ってから1時間余り経って、ようやくランニャは泣き止んでくれた。
    「ホコウ、こればっかりは俺の方が先輩だから、言っとくけどさ。……泣かせちゃダメだ、女の子は」
    「すんません……」
     交渉に失敗したこともあり、三人の間に流れる空気は異様に重苦しい。
    「……とにかく、軌道修正せなあきませんな。
     僕たちはあくまでも商人、経済面で動く人間です。政治にも少なからず影響を及ぼす存在ではありますけども、あくまで地盤は経済活動です。僕らだけで、その地盤を維持しながら政治面にまで手を伸ばしたら、これはもう手に負えへんようになるのんは目に見えてます。
     政治面を全面的に任せられる人材、組織が無ければ、僕たちの組織は無理がたたって、崩壊はしないまでも、弱体化は避けられへんでしょう。
     そうならないためにも、……ベールさんとこ、訪ねたんですけどねぇ」
    「あそこまで頑なに拒否されるとはなぁ」
    「どうしようもありませんな。他、当たるしかありません」
     と言って、他にレヴィア王国と張り合えるだけの歴史と威厳を持った国は無い。
    「ここからさらに西の、ペルシャーナ王国は?」
    「遠すぎますて。影響力もそんなにありませんし、行き来しづらい地域です。はっきり言って外様も外様、役に立ちません」
    「じゃ、北西のモラット王国は?」
    「まだ建国から40年ちょっと、レヴィア王国より歴史の短い新興国です。南海全域に渡るような統治能力は無いでしょう」
    「逆に南のアリバラク王国とか」
    「なお悪いですわ。『悪の巣窟』とか言われとるとこですで。金が無いから主立った行動してませんけども、手ぇ組んだらどんな無茶をするか、分かったもんやないです」
    「……じゃあ俺が王様に」
    「何言うてるんですか……。それこそレヴィア王国の踏襲ですて。『ならず者が何を勘違いしてるんだ』とか言われてけなされるのんがオチですわ」
    「……だよな」
     色々と検討するが、いい案は出て来ない。
    「やっぱりベール王国が、地理的にも歴史的にも、丁度ええところなんですけどねぇ」
    「もう一回、頼みに行くか?」
    「そうですなぁ。今度はセノクさんやなくて、別の人に頼んでみましょか」
     そうまとめ、立ち上がりかけたところで――。
    「失礼、こちらにシルム代表はおられるか?」
     部屋の扉がノックされ、若い男性の声がかけられた。
    「シルムはこちらに居てはりますけど、どちらさん?」
     フォコが扉越しにそう声を返すと、今度は別の声――こちらも若い、女性の声で応じてきた。
    「その声……、屋敷で散々怒鳴っていた狐獣人、ですか?」
    「ええ、そうですけども。……屋敷っちゅうことは、もしかしてベール王族の方?」
    「ああ。……君は誰だ? 屋敷で話していたのも、シルム代表ではなく、君だったようだが」
     声の主たちは扉越しに、フォコへ質問してくる。
    「シルム代表の顧問、と思ってくれればええです。……と、先程はお屋敷で、えらい失礼しまして」
    「いえ、……あなたの言うことも一理あります。確かに臆病者扱いされても、文句は言えないでしょう。不甲斐ない限りです」
    「そこで……、もう一度、今度は私たちと話をしてくれないだろうか?」

     フォコたちを訪ねてきたのは、20代半ばくらいの猫獣人の男性と、短耳の女性だった。
    「申し遅れた。私はメフラード・キアン・ベール。現ベール王族の長、シャフル・キアン・ベールの息子の一人だ。隣は妹の、マフシード・キアン・ベール」
    「それぞれ、メフル、マフスと愛称で呼ばれています。よろしければあなた方も、そうお呼びください」
    「ども。ほな、僕のことはホコウと」
     フォコが軽く会釈したところで、メフルは話を切り出した。
    「君たちの話は、セノク叔父から聞いた。叔父は渋っていたが、我々は是非とも協力したい」
    「そうですか。……失礼ですけどもな」
     フォコは率直に、こう尋ねた。
    「あなた方お二人がベール王族だと言う証拠は、お見せいただいでもよろしいでしょうか?」
    「何?」
     メフルは憮然とした顔になり、聞き返してくる。
    「我々を疑うのか」
    「ええ。何しろ、一族の渉外役になってはる『セノク叔父さん』が断ったっちゅうのに、何故甥、姪のあなた方がやって来たのか。それが気にかかりますし、我々も敵は多い。
     窮したところに偽の助けを差し伸べて、後で一網打尽にされる、……なんてことも、されかねませんしな」
    「……では、こちらで」
     マフスが胸元から、紋章の付いたペンダントを出した。
    「ベール王家であることを示す、黄金と緑玉髄で作られたペンダントです。……兄さんも、見せて」
    「……分かった」
     メフルも渋々、同様のペンダントを懐から出した。
    「ふむ。……確かに、セノク卿も同じものを持ってはりましたな。ではとりあえず信じるとして」
    「とりあえず、とは何だ!」
     二度も疑われ、メフルは立ち上がってフォコを怒鳴りつけた。が、それでもフォコは疑いの姿勢を崩さない。
    「金も玉髄も確かに貴重ですけども、お金とコネがあれば買えますしな。彫られとる紋章も、腕のいい職人を抱き込めばできる話ですし。
     あくまでも『とりあえず』程度の証明にしかなりません」
    「疑い深い奴め……!」
     憤慨するメフルに対し、マフスは冷静に返した。
    「では、どうすれば信じていただけますか?」
    「そら、屋敷に案内してくれはりませんと、どうにもなりませんな。お屋敷の中に入れる権利を見せてもろたら、信じないわけには行きません」
    「……では、そちらに場所を移して話をしましょう」
    「お手数かけますな」

    火紅狐・連衡記 3

    2011.03.06.[Edit]
    フォコの話、160話目。次なる望み。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「ぐすっ、ぐすっ……」 宿に入ってから1時間余り経って、ようやくランニャは泣き止んでくれた。「ホコウ、こればっかりは俺の方が先輩だから、言っとくけどさ。……泣かせちゃダメだ、女の子は」「すんません……」 交渉に失敗したこともあり、三人の間に流れる空気は異様に重苦しい。「……とにかく、軌道修正せなあきませんな。 僕たちはあくまでも商...

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    フォコの話、161話目。
    フォコの真意。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ごねたフォコに渋々応じ、メフルたちはベール王族の屋敷へと、彼らを案内した。
    「これで満足か、『狐』殿」
    「はい。……大変失礼いたしました。重ねて申し上げますが、我々の周りには、非常に敵が多いもので」
    「……ああ、なるほど」
     ここでマフスが、フォコの思惑に気が付く。
    「どこに間諜、スパイがいるか分かりませんものね」
    「そう言うことです。我々がしようとしとる話は、そうそう敵の耳に入れたくない類のものですからな。
     お屋敷の中でしたら、そんなけったいな人も居てませんでしょうし」
    「なるほど、そうだったか。……考えが至らず、大変失礼した」
     メフルはそう言って、小さく頭を下げた。
    「いえ、こちらこそすみません。回りくどいことをしてしもて。
     ……で、そもそもの我々の話としましては、ベールさんとこと我々で、政治面における提携、言い換えれば南海を正しく統治するための、適切なパートナーとして協力し合おうか、っちゅうことやったんですけども、……率直に尋ねますが、可能ですか?」
    「可能、……とは正直に言って、言い難い」
    「ふむ。その理由はなんでしょう?」
    「……ちょっと待ってくれないか、ホコウとやら」
     メフルはフォコの横に座ったままのアミルにチラ、と目を向け、もう一度フォコに顔を向ける。
    「何故君が話を? シルム代表が、この話を持ってきたのでは?」
    「シルムはあくまで、ロクシルム商業連合のツートップの一人です。
     僕は彼とツートップのもう一人であるロックス、この二人を引き合わせ、南海における新たな商工業網の構築をしていました。
     言わば彼ら二人は、僕の部下と言っていい。いわゆる頭、総司令官は僕なんです」
    「つまり……、ロクシルムはあくまで、あなたの戦いの手段である、と。ロクシルムを操り、これまでの戦いの道具にしてきた、と。そう言うことでしょうか」
    「有り体に言えば、そうです」
     フォコの回答に、メフル兄妹は顔をしかめた。
    「そして、……君の戦いに、我々も巻き込もうと、そう言うことなのか?」
    「巻き込む?」
     フォコもまた、メフルたちをにらみ付けた。
    「あなた方は、このままでいいと? このまま、レヴィアの侵略とスパスの横行に身を任せていい、と言うんですか?
     それならもう、話は無用です。僕たちは別のところへ話をしに行くだけです」
    「詭弁に過ぎる。何のかんのと述べながら、結局は君の私利私欲のために、我々を使おうと言うのではないか」
     メフルの言葉に、アミルが噛みついた。
    「それは違います、殿下。ホコウはあくまでも俺……、私たちのために動いてきたのです。
     落ちぶれていた私と仲間を更生させ、自由な商業を封じられてきた南海の皆のために大商会を組織し、スパス系の追い出しに成功しつつある。
     その上で、彼は金も地位も、我々に要求はしていない。ただ、我々南海の民の幸せのために動いている。私利私欲なんて、とんでもない的外れです」
    「ほう……」
    「そして今、ホコウがあなた方に頼んでいることもまた、南海のためです。彼一人の利益のためであれば、例えば自分が王を名乗ってしまえばいい。そうでしょう?」
    「それはあまりにも飛躍した、現実離れの理屈です。……けれど」
     マフスは顔を真っ赤にしてフォコを擁護したアミルを見て、深くうなずいた。
    「確かに、言う通りではあります。今この時に至るまで、わたしたちはシルム代表の名前は存じていても、ホコウさんの名前は存じませんでした。
     あなたはあくまでも、シルム代表を支える立場にいるのですね」
    「その通りです。僕は南海で名を馳せるつもりは毛頭ありません。
     あくまでこの『砂と海の世界』で活躍し、富と栄誉を得るのは、ロクシルムとベール、この2つであると、確約します」
    「……では君は、一体何のために、こんなことをするのだ?」
     メフルは疑い深そうな目をフォコに向けて尋ねる。
    「金もいらない、地位もいらない。では何を欲している? ただの英雄願望だけで、動いているわけでもあるまい?
     それとも何か他の狙いが? 例えばここで恩を売って関係を築き、いずれ籠絡しようとしているのではないのか?」
    「まったく違います」
     フォコはきっぱりと否定し、自分の意見を論じた。

    火紅狐・連衡記 4

    2011.03.07.[Edit]
    フォコの話、161話目。フォコの真意。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ごねたフォコに渋々応じ、メフルたちはベール王族の屋敷へと、彼らを案内した。「これで満足か、『狐』殿」「はい。……大変失礼いたしました。重ねて申し上げますが、我々の周りには、非常に敵が多いもので」「……ああ、なるほど」 ここでマフスが、フォコの思惑に気が付く。「どこに間諜、スパイがいるか分かりませんものね」「そう言うことです...

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    フォコの話、162話目。
    プリンシプル。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     フォコは淡々と、自論を述べる。
    「確かに殿下の仰る通り、南海を良くしよう、とは考えています。ですが、それは通過点に過ぎません。僕の目指すものは、もっと先にある。
     僕はここに来る前、北方にいました。そこもここ同様、少数の人間が富む一方で、大勢の人間が貧窮にあえいでいました。それを見て、僕はとても嫌な気分になりました。何故、同じ人間でこんな差があるのか、と。
     確かに人間の能力や運勢は千差万別ですし、最終的なゴール、一生に得られる幸せの差はあるでしょう。でも、だからと言って、幸せになる機会を一生得られない人間の、何と多いことか。いくらなんでも、自然にそこまでの差が出るとは、僕には思えません。
     その、圧倒的な差が生じる原因は、持てる者――少数派の中でもさらに少数の、最も富と名声を得た者の強欲にあると、僕は考えています。富める者はさらに富を求め、もとより富のない人たちから、搾りに搾り取ろうとする。
     自分たちが、自分たちだけが豊かに過ごそうと、他の大勢を虐げている。だからこそ、この差が、自然の成り行きでは生じえないこの差が生まれているのだと、僕はそう考えます。
     僕はそんな風にありたくない。僕は、この世の皆が等しく、幸せになる機会、チャンスを享受できるような世界を作りたいんです。それが僕の望みであり、今やっていることは、そこへ到着するための通過点でしかありません。
     僕の目標はもっと先、もっと高いところにあるんです」
    「……」
     フォコの言葉に、メフル兄妹は口を閉じ、押し黙る。
    「……悪かった」
     しばらくして、メフルがぼそ、とそうつぶやいた。
    「私は……、なんて矮小なことを考えていたか。誰も彼も、欲望のまま生きていると、そう思っていた。
     王族の私でさえ、機あらば再び大成しよう、もう一度華々しい暮らしに戻ろうと、己のちっぽけな欲に駆られていた。
     だが君はどうだ……! 一商人、一平民と言うのに、その崇高な理念! 私は今、猛烈に自分を恥じている」
    「いや、そんな……」
     謙遜するフォコに対し、マフスも深々と頭を下げる。
    「目の覚めた思いです。ホコウさん、あなたは紛れもなく、我々を正しく導いてくれる方です」
    「ホコウ君。改めて、依頼しよう。我々に、力を貸してくれないだろうか?
     我々は君の、その素晴らしい考えに、とても感動した。是非ともその考えを見習わせ、この南海において達成させてほしい」
    「……勿論です。そのためなら、僕たちはどんな協力も厭いません」
     フォコとメフル兄妹は、がっちりと握手を交わした。



     ようやく本題に戻り、フォコたちは現状を検討し始めた。
    「まず、現在最も懸念すべきは、ベール王家の弱体化ですな」
    「ああ。叔父も嘆いていたが、今やベール王族への信用は地に墜ちている。その最たる理由は、本土決戦における敗走だ」
    「南海最強と謳われたベール軍が、自分たちの本拠において大敗を喫したのですから、仕方のないことではありますが……」
     落ち込むメフル兄妹に、フォコは明るく声をかける。
    「それやったら、もっかい戦って勝てば、挽回できますな。そしてそれは同時に、我々の宣伝にもなります」
    「宣伝? 商売のか?」
    「ちゃいますて。この連合が、いかに強大で正義のために動いている組織であるか、と南海全域に広く報せることができる、っちゅうことです。
     なんぼ大組織化したかて、我々にできることは限られます。神様や悪魔やないんですから、世界全体の意識、方向性を捻じ曲げることなんか、どんな力技を使たって、できるわけもない。
     本当にこの世界を変えるのんは、この世界に住む一人一人です。皆が『いい暮らしをしたい』と考え、努力すれば――例えば、今まで一日1000、2000ガニー稼いでた人たちが努力し、1500、2500稼げるようになれば、1000人が住む島であれば、50万ガニーもの経済成長を遂げることになる。ここ、5万人余りが住むベール島が同じ努力を重ねれば、それは2500万になるでしょう。
     僕たちが戦いに勝ち、皆が拠り所にできる正義、主張を堂々と示せば、皆はきっと動いてくれます。そうなれば、レヴィアとスパスが相手にするのんは、たかだか10万人規模の我々、ロクシルム―ベール連合やありません。
     南海に住む100万、200万もの人間を相手にすることになるんです。そんな膨大な相手に、誰が勝てますか?」
    「200万、……対、レヴィア王国の10万か。なるほど、そう考えれば、勝てる気もしないことはない。
     だが、ホコウ君。君は大切なことを忘れている」
     まだ渋い顔をするメフルに、フォコは軽く首をかしげた。
    「何でしょう?」
    「レヴィア軍は、圧倒的に強い。5年前まで最強だった我々ベール軍を、2ヶ月で攻め落とすほどの力を持っている。
     そんな相手に、力も装備も持たぬ200万が敵うと思うか?」
    「なるほど。……まあ、その問題があるからこそ、我々はあなた方に今、コンタクトを取ったんですけどもな」
    「うん……?」
     怪訝な顔を返したメフルに、フォコはニヤリと笑って見せた。

    火紅狐・連衡記 5

    2011.03.08.[Edit]
    フォコの話、162話目。プリンシプル。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. フォコは淡々と、自論を述べる。「確かに殿下の仰る通り、南海を良くしよう、とは考えています。ですが、それは通過点に過ぎません。僕の目指すものは、もっと先にある。 僕はここに来る前、北方にいました。そこもここ同様、少数の人間が富む一方で、大勢の人間が貧窮にあえいでいました。それを見て、僕はとても嫌な気分になりました。何故、...

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    フォコの話、163話目。
    戦争ヒーローショー。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     2年前にベール島東側を占領したレヴィア軍は、そのままベール宮殿のある首都、ビブロンに居座っていた。
     南海の方々で悪逆非道の限りを尽くした彼らは、この街においても乱暴に振る舞っていた。
    「お願いです……! もう二度と近寄りませんから……!」
    「どうか、どうかお慈悲を……!」
     磔(はりつけ)にされ、泣き叫ぶ住民たちの前には、大砲が並んでいる。
     それを背に、レヴィア軍の将校が居丈高に怒鳴る。
    「いいか! こいつらは愚かにも、我々レヴィア軍の軍事物資を盗み出そうとした! その罪がどれだけ重いか、この目でよく確かめるがいい!」
    「だから、そんなことしてません! たまたま袖が、木箱に引っかかっただけなんです……!」
     弁解する民に目もくれず、将校は兵士たちに命じる。
    「撃て!」
    「はっ!」
     兵士たちは砲台から伸びる導火線に、火を向けようとした。

     ところが――。
    「……ん?」
     ぽつ、と将校の頬に、水滴が落ちる。
    「雨、……か?」
     見上げてみると、空にはどんよりと黒ずんだ雲が、一面に張り付いていた。
     間もなく、ボタボタと雨が降り出し、導火線はびしょびしょに濡れてしまう。当然、大砲は使用不可能になる。
    「……くそ。……ええい、大砲処刑は中止だ! 斬れ!」
    「は、……ん?」
     将校に応じ、兵士たちが曲刀を抜きかけたところで、遠巻きに見ていた民衆の中から、黒いローブを来た者たちがぱらぱらと現れる。
    「なんだ、お前たちは……」
     将校が尋ねかけたところで、黒いローブの一人が何かを投げつけた。
    「……っ、な、にを?」
     将校の膝が、がくりと抜ける。その胸には、ナイフが突き刺さっていた。
    「……!?」
    「き、貴様!?」
     突然の襲撃に、兵士たちは慌てふためくが、それもあっと言う間に鎮圧されてしまった。
    「誰……?」
    「レヴィア軍が、手も足も出ないなんて……」
    「……まさか?」
     民衆がざわめき出したところで、ローブを着ていた者たちは一斉に、そのローブを脱ぎ捨てる。
     そこに現れたのは、ベール王国の紋章を鎧や兜に彫り込んだ兵士たちの姿だった。
    「たった今、我々ベール軍が首都、ビブロンを解放した!」
     残ったレヴィア兵と民衆に向け、ベール兵は堂々と宣言した。
    「な、何をバカな! ベール軍はとうの昔に殲滅……」
     反論しかけた兵士を蹴り倒し、共に来ていたフォコも声を挙げる。
    「ほら、見てみいやッ! こんなもんや、あの兵器が無かったらなぁ!」
     フォコは倒れた兵士を――民衆に見せつけるように――踏みつけ、続いてこう叫んだ。
    「みんな、見たか!? これがこいつらの正体や!
     大砲なしにはろくな働きのでけへん、木偶の坊ッ! こんなひょろひょろの狐獣人に蹴倒される程度の雑魚やッ!」
    「……っ」
     フォコの言葉に、呆気にとられていた民衆が静まり返る。
    「宣言した通りや、みんな! この街は、ベール軍が! ベール軍が、開放したんや!
     もう今日から、この街で死ぬ奴はおらん! そう、平和や! もうなんも、おびえることなんかあらへんのや!」
    「バカめ……!」
     と、踏みつけていた兵士が、うめくように反論する。
    「この街を解放したくらいで、いい気になるなよ……! まだバールも、ザハリも我々レヴィア軍が抑えて……」「バカはお前らや、アホがッ!」
     フォコはまた、見せ付けるように兵士の頭を踏みつけた。
    「今頃はもう、おんなじように攻め出しとるわ! このベール島は全部、今日、ベール王国が取り返したんや!」
    「……バカな、そんなことができるはずが!?」
     なおうめく兵士に、フォコはニヤリと悪辣な笑みを見せた。
    「実際、お前は倒れとる。他の奴らも。それで説明、付けられると思わへんか?」



     この「宣伝」は、驚くほどの効果を挙げた。
     フォコの言う通り、この日、占領されていた各都市において、メフル・マフス兄妹が動かしたベール軍が現れ、同時にレヴィア軍の支配から解放したのだ。
     そしてフォコと同様、メフル兄妹やアミルらロクシルム―ベール連合幹部も、敵兵を叩くさまを民衆に見せつけて、「レヴィア軍恐れるに足らず」と宣言した。
     このパフォーマンス、扇動を目にし、民衆の意気・意欲はこれまでの圧政から解放された反動も相まって、かつてないほどに高揚した。

     そしてその熱気は南海各地へ次々と伝播し――ベール島解放から2週間と経たないうちに、国家単位での協力者が、こぞってロクシルム―ベール連合へ駆け込んで来ることとなった。

    火紅狐・連衡記 6

    2011.03.09.[Edit]
    フォコの話、163話目。戦争ヒーローショー。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 2年前にベール島東側を占領したレヴィア軍は、そのままベール宮殿のある首都、ビブロンに居座っていた。 南海の方々で悪逆非道の限りを尽くした彼らは、この街においても乱暴に振る舞っていた。「お願いです……! もう二度と近寄りませんから……!」「どうか、どうかお慈悲を……!」 磔(はりつけ)にされ、泣き叫ぶ住民たちの前には、大...

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    フォコの話、164話目。
    両軍、ついに並ぶ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「まさか、これほどの効果を挙げるとは」
     急激に支持・民意を得たメフル兄妹は、フォコの宣伝手腕にただただ驚くばかりだった。
    「言うた通りでしたやろ? ベール軍は、かつては最強と謳われたところですし、それが今立ち上がったとなれば、それはもう期待しないわけがない。
     そして当代最強のはずの、南海全域の嫌われ者であるレヴィア軍がボッコボコにされるさまを見れば、どれだけ痛快か。
     やっぱり、あの形――『ワルモノを倒すヒーロー』を見せつけるのんが、一番みんなに分かりやすく、そして支持されやすいんですわ。」
    「確かに、そうですね。子供でも分かるお話ですもの」
    「しかし君、よくあれだけの雨を降らせられたものだ。魔術師としての腕も、相当だな」
    「はは……、季節のおかげですわ。実は魔術も、季節の影響受けやすいもんで」
    「ほう……」
     と、季節の話題が出たところで、フォコの語調が落ちる。
    「それがちょっと、困ったところでもあるんですけどな」
    「と言うと?」
    「折角連合の意欲が高まってるところなんですけども、この『雨を降らす術』が、これからの季節、冬季の差し掛かりから中頃までが、一番効果が出にくくなるんですわ」
    「あら……、そうなのですか?」
     困った顔を見せるメフル兄妹に対し、いつものようにフォコの隣に座っていたランニャが首をかしげる。
    「それが何か、まずいの?」
    「まずいだろうな」
     と、フォコたちの代わりにアミルが応える。
    「雨が無いと、大砲を濡らして使えなくするって策が取れないしな。敵の主力を封じる策が無いってのは、やっぱきついよ」
    「その通りなんですわ。そら、僕たちも火薬や大砲はどんどん製造してますし、ダマスク島やらベール島やら、うちらの本拠や主要取引先へ送っとりますけども、使うとなるとこれはもう、ガッチガチの真っ向勝負になってしまいますからな」
    「確かにレヴィア軍は憎むべき敵ではあるし、攻撃することになんら気負うことは無い。だがその手段を採れば、こちらにも並々ならぬ被害が出ることは確実だ。
     民を率いる者として、そうした手を嬉々として使うわけには行かない」
    「ええ。そしてその手段は、他ならぬレヴィア王国が執っとる策――大きな犠牲を出して、女王やその周辺だけ利益が入るっちゅう、最も採りたくない方法ですしな」
    「敵方と同じことをして勝利しても、『ワルモノ』がレヴィアから、我々ベールにすり替わるだけですものね。
     もっと犠牲を出さず、かつ、レヴィア王国にのみ打撃を与える策を考えねばなりませんね」



     一方、レヴィア王国では、この事態を受け、緊急会議が開かれていた。
    「問題は、雨か」
     報告を受けたアイシャは、主力兵器である大砲を封じられたことに言及した。
    「カトン島などの再襲撃に失敗した時も、雨で封じられたと言うておったし、この件に関しても、雨で使えなくなったと言うたな」
    「はい。恐らくは、敵方に水の術を操る者がいるものと……」
    「ふむ」
     少し思案し、アイシャはこう尋ねてみた。
    「その、水を操る術……、じゃが、自在に降らせることができるのか?」
    「水と、土の術に関して言えることですが」
     尋ねられた大臣の一人が、こう返す。
    「どちらも、水、あるいは土。これが無ければ、術の発動は不可能です。
     それに関して言えば、大量の雨を降らせることができたのは、これまでが夏季、雨の多い時期であったからと思われます。
     しかし冬季に差し掛かる今後、同様の効果が上がるとは言い難いです」
    「ほう。……では、彼奴らがこれまで我々の兵器を封じてきた策も、約半年は使えぬと言うことじゃな。
     であれば話は早い。冬季に入るのを待って、そこから反撃に転ずれば良い。それだけの話じゃ」
    「ええ。……しかし、不穏な情報も入っております」
    「それは何ぞ?」
     大臣は書類と女王とを交互に見ながら、フォコたちが火薬を大量に製造し、南海へ輸入している件を挙げた。
    「我々が独占的に使用していた火薬および大砲を、相手も有しているのは明白。そして雨が使えない今後、使用してくる可能性は非常に高いと思われます」
    「そうなれば、我々とベールたちとの全面戦争になるであろうな。……ふむ」
     アイシャはふう、とため息をつき、こう述べて会議を締めくくった。
    「どれほどの被害と出費がかさむか、考えたくも無いことじゃが、……やらねばならぬじゃろうな。
     敵は我々を、妾を許そうとはせぬ。攻撃されることは必至じゃ。それをぼんやりと傍観しておっては、レヴィアに未来は無い。
     全軍に伝えよ。これよりレヴィア王国は、総員、戦時態勢に入ると。敵たるロクシルム―ベールを完膚なきまでに叩きのめすことが、我々が今後も生き残り、繁栄し続ける唯一の道じゃ、とな」



     こうして310年の暮れ、火薬の硝煙で真っ黒に海と空を染め上げる南海戦争が、本格的に始まった。

    火紅狐・連衡記 終

    火紅狐・連衡記 7

    2011.03.10.[Edit]
    フォコの話、164話目。両軍、ついに並ぶ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「まさか、これほどの効果を挙げるとは」 急激に支持・民意を得たメフル兄妹は、フォコの宣伝手腕にただただ驚くばかりだった。「言うた通りでしたやろ? ベール軍は、かつては最強と謳われたところですし、それが今立ち上がったとなれば、それはもう期待しないわけがない。 そして当代最強のはずの、南海全域の嫌われ者であるレヴィア軍が...

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    フォコの話、165話目。
    戦争宣伝戦略。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     再び立ち上がったかつての大国、ベールと、隆盛の極みにあるならず者国家、レヴィアとの全面対決が南海に広く伝えられ、各地ではこのようなうわさが流れていた。
    「ベール王国が5年の歳月を経て今再び立ち上がったのは、何か勝算があるのか?」
    「何でもロクシルムと手を組んだとか。しかし……」
    「確かに今、乗りに乗っている大商会だし、私設軍隊も有しているとは聞く。
     だがそれが、軍事大国となったレヴィアに、確実に勝てる理由とはならない」
    「ええ。ましてや、レヴィアにも西方からの大商会、スパス系が付いていると言いますし……」
    「条件で見れば互角と言えなくもないが、何しろレヴィアには、正体不明の恐るべき兵器があると言うからな。
     それをどうにかできなければ、ベールが返り討ちに遭うのは目に見えている」



     ベールの分が悪い、との評判を受けても、フォコは特に対処する姿勢を見せなかった。
     と言うよりもフォコは開戦当初、ほとんど動く姿勢を見せなかったのだ。
    「ホコウ君、ハリス海域にレヴィア軍が集まっているそうだ。相手の主力艦はまだ到着していないし、今から行動すれば間に合うかも知れん」
     メフルの持ってきた情報に対し、フォコは片方の狐耳と尻尾をぱた、と動かすだけに留める。
    「はあ、そうでっか。……まあ、小型の戦艦3隻で適当に動いといてください」
    「て、適当?」
     メフルは面食らい、続いてフォコの態度をたしなめようとする。
    「ホコウ君、どう言うつもりだ? いくらなんでも『適当に』はないだろう、『適当に』は」
    「ああ、いえいえ。何も考えなしに特攻せえ、言うてるわけちゃいますよ」
    「ならば、真面目に指示を……」「ホコウさん、いいですか?」
     と、そこへマフスが同じように、敵の情報を持ってきた。
    「カフール海域に、レヴィア軍の軍艦が集まりつつあるそうです。近くを巡回した者によれば、遅くても一週間以内には、守りを固めるだろうとのことです」
    「ふむ」
     これを聞いたフォコは、今度は真面目に返答した。
    「せやったら、こちらの主力艦の……、そうですな、『マリアム』でしたっけ、それと護衛艦4、5隻付けて、……でー、詳しい突入経路ですけども」「ホコウ君!」「は、はい?」
     自分と妹との対応の違いに苛立ったメフルが、フォコを怒鳴りつけた。
    「なんだ、その態度は!? 私の報告には尻尾をぱたつかせてあしらい、妹の報告には真摯に受け答えするとは! そんなに女の機嫌が取りたいか!」
    「ちゃいますて、そう言うつもりや……」「では聞かせてもらうぞ、どう言うつもりだ!?」
     いきり立つメフルに、フォコはポリポリと頭をかきながら説明した。
    「まあ、そのですな。前にも言いましたけども、僕はロクシルム―ベールの10万人で、レヴィアに対抗するつもりはないんですわ」
    「ああ、確かに聞いた。しかしだ、それとこの件と、何の関係があると言うのだ?」
    「落ち着いて、お兄様」
     目を吊り上らせて詰問するメフルを見かねて、マフスが仲立ちする。
    「ホコウさん、わたしにもその二つの関連性が良く分かりません。詳しい説明をお願いします」
    「ええ、はい。
     まあ、この説明をした時に、『南海の皆が拠り所にできる正義を示せば、皆それに付いてきてくれる、いずれは南海200万の人間が、レヴィア打倒に立ち上がるだろう』と言いましたけども、まだまだその気運、風潮ができるには遠いわけです。
     ではどうやってその風潮を作っていけばいいか、っちゅうと、どうしたらええと思います、お二人さん?」
    「ふ、む」「ええ、と」
     フォコに問い返された二人は、耳打ちし合って答えを検討する。
    「皆に付いてきてもらうには、やはり、我々が人民を導くに足る存在だと知らしめねばならない、……よな?」
    「でしょうね。でも、ただ『我々が正義だ、皆付いてこい』と怒鳴るばかりでは、なんだか権力を笠に着た小悪党みたいですし」
    「証明がいる、と言うことか。であれば、……まあ、此度の戦いで、我々がレヴィアを打倒する存在であると見せつけるのが、手っ取り早いか」
    「大体そんな感じですな」
     二人のささやきを聞いていたフォコが、そこでうなずく。
    「もっと整理して言えば、『僕たちが勝ってるところを皆に見てもらう』っちゅうことになりますわ。
     で、さっきお二人から報告してもろた戦地ですけどもな」
     フォコは近辺の海図を開き、二人に見せた。
    「どっちの海域が、人、多いですやろ?」
    「……あ」「なるほど」

    火紅狐・戦宣記 1

    2011.03.12.[Edit]
    フォコの話、165話目。戦争宣伝戦略。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 再び立ち上がったかつての大国、ベールと、隆盛の極みにあるならず者国家、レヴィアとの全面対決が南海に広く伝えられ、各地ではこのようなうわさが流れていた。「ベール王国が5年の歳月を経て今再び立ち上がったのは、何か勝算があるのか?」「何でもロクシルムと手を組んだとか。しかし……」「確かに今、乗りに乗っている大商会だし、私設軍隊...

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    フォコの話、166話目。
    緒戦の結果と醒めた愛情。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     レヴィア王国本拠、レヴィア城。
     二人の将軍が、アイシャの前に並び立ち、報告を行っていた。
    「陛下! ハリス海域において、我が軍がロクシルム―ベールを追い払い、撃退に成功しましたぞ!」
     一方の将軍の報告を受け、アイシャはほくそ笑む。
    「そうか、そうか。大儀であったぞ、将軍」
     だが、もう一方の将軍は苦い顔をしている。
    「申し訳ございません、陛下。カフール海域における海戦において、我が軍は後れを取り、撤退せざるを得ませんでした」
    「むう……」
     喜ばしくない結果ではあるが、それでもアイシャは算術的に考える。
    「……まあ、1勝1敗、差し引き0であるか。……ならばよし。
     両名とも引き続き、各地の制圧・防衛に当たれ」
    「はっ……」
     将軍たちが敬礼し、踵を返してその場を離れようとしたところで、アイシャはもう一つ声をかけた。
    「のう、お前たち」
    「は、何でしょうか?」
    「今後の展望はどう考えておる? 簡単で良い、申してみよ」
    「はい」
     勝利を収めた方の将軍は、こう語った。
    「あくまで先程の戦いにおいて抱いた感想でしかありませんが……、敵に覇気はありませんでした。
     やはり陛下が以前にご推察なされた通り、敵方は頼みの綱である雨を降らす術が使えぬ時期に差し掛かっていることや、既に南海ほぼ全域に渡る影響力を持つ我々の強大さに、苦しい思いをしているのではないかと存じております」
    「いや……」
     一方、敗北した方の将軍は、まるで正反対の意見を述べた。
    「吾輩が相対した敵どもは皆、勢いあふれる難敵でございました。
     まず装備や陣容からして、気合の入れようが半端なものではございません。ベール軍主力艦『マリアム』を初めとし、護衛艦や突撃艦がぞろぞろと現れ、さらにはその一つ一つに、尋常ではない数の砲台が積んであると言う、攻防ともに侮れぬ構え。
     とても同輩が述べたような、胡乱(うろん)な対応とは言えず……」
    「……ふーむ?」
     まったく違う二つの意見に、アイシャは首をかしげた。
    「一方はさして攻め立てる様子もなく、もう一方は全力攻勢で挑んできたわけ、……か。気になるのう」
     アイシャはぱた、と手を打ち、大臣を一人呼び寄せた。
    「お呼びでございますか、陛下」
    「うむ。すまぬがちと、ハリス海域とカフール海域の、明確な違いを何点か教えてくれぬか」
    「は……。
     どちらも南海西部寄りの海域であり、海運の要である点は共通しております。
     違いと申しますと、どちらかと言えば前者は南海北部および北西部へも通じており、交通の面で言えば非常に後の利益につながるかと。
     一方後者は、敵であるロクシルム―ベールの本拠地、ベール島との通行が容易でございます。恐らくは、主力艦の速やかな航行を狙ったものではないかと……」「誰がそこまで論ぜよと言うた?」「……失礼しました」
     話を聞き終えたアイシャは大臣と将軍たちを退かせ、もう一度考察する。
    「……確かに大臣の言う通りか。恐らくは今後、主力艦を軸に攻略の方策を立てていくつもりじゃろうな。
     とあれば……、我々はそれを避け、こちらの主力艦を以って各地を周る策を執るとするか」
     そう結論付けたところで、アイシャはケネスにこの結果を報告しておくべきか、ふと考えてみた。

    (ケネスに伝えておくべき件ではあるが、……しかし)
     ケネスの持つ財力と兵器に魅了され、彼と結ばれたアイシャだったが、最近になって、彼に対する想いはすっかり冷え込んでいた。
    (妾の顔をつかみ、その顔面に唾をまき散らしながら怒鳴りつけるような男なぞ最早、声もかけとうないわ。
     そもそも。もうあの男は、妾にとって必要な存在であるのか? 反対に、妾の存在は、あの男に必要不可欠なものじゃろうか?
     ……どちらも、否、じゃ。仮に今、妾があの男との取引を打ち切ったとて、既に存分に戦い抜けるほどの軍備は溜め込んでおる。
     反面、妾がもしここで崩御しても、もうアズラがおる。妾と、ケネスの血を引く子が。もしそのような事態になったとて、ケネスはアズラを新たな女王に仕立て上げ、これまで通りに我が国を動かし、操るじゃろう。
     ……そう、操られておる。妾があの男に下ったその日から、我がレヴィア王国はあいつの言いなりじゃ。妾の存在なぞ、ただの目付役に過ぎぬ。この国があの男の意に沿わぬことをせぬかと見張る役、それが今の妾に押し付けられた地位じゃ。
     なんとまあ、落ちぶれたものよ。これが我が一族が望んだ道か? アズラに歩ませたい道であるのか?)
     そう考えるうちに、アイシャの本来の姿――自尊心と征服欲にあふれた、勝気な性格の彼女が、己の中によみがえってきた。
    「……いつまでも妾がお前の飼い猫であると思うなよ、ケネス」
     アイシャは一人、憎々しげにそうつぶやいた。

    火紅狐・戦宣記 2

    2011.03.13.[Edit]
    フォコの話、166話目。緒戦の結果と醒めた愛情。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. レヴィア王国本拠、レヴィア城。 二人の将軍が、アイシャの前に並び立ち、報告を行っていた。「陛下! ハリス海域において、我が軍がロクシルム―ベールを追い払い、撃退に成功しましたぞ!」 一方の将軍の報告を受け、アイシャはほくそ笑む。「そうか、そうか。大儀であったぞ、将軍」 だが、もう一方の将軍は苦い顔をしている。...

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