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黄輪雑貨本店 新館

火紅狐 第5部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    フォコの話、199話目。
    サムライの訪問。

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    1.
     フォコたちが政治と経済、戦略と謀略、エゴと裏切りに満ちた毎日を送っていたその頃、ランドたちもまた、戦いの日々を過ごしていた。



     すべてのきっかけは、双月歴309年の中頃、北方ジーン王国では短い夏が満喫されている時だった。
    「支援要請?」
    「ああ、……何度か断っているのだが、もう四度目になる」
     ジーン王国へ、軍による支援をしつこく要請してくる者が現れた。
    「何故僕にその話を?」
     ランドに尋ねられた若き国王クラウスは、肩をすくめるばかりである。
    「何を言っても『そこを何とか』で通そうとしてくるのだ。いい加減、外務院も対応に困っていてな。
    そこでファスタ卿に何とか、もう来ないように言いくるめてもらえないものか、と」
    「はあ」

     国王直々にお願いされては、嫌とも言えない。
     ランドはとりあえず、応接間に待たされていた相手と面会することにした。
    「どうも。ジーン王国、政務顧問、兼、戦略研究室長のランド・ファスタです」
     そう紹介したところで、相手の短耳は顔をしかめた。
    「拙者は嫌われておるようだな」
    「はい?」
    「これで四度、お主らを訪ねた。
     最初は外務室の官僚を名乗る者が応対した。次も同輩の官僚が。三度目も官僚であった。そして四度目が、最早どこの所属かも分からぬ馬の骨。
     一向に拙者は、大臣にも国王にも会っておらぬ。それどころか、適当な者であしらおうとする始末。ジーン王国の無礼な態度、拙者はよく味わった。
     もう結構。拙者はこれにて失敬する」
    「ちょっと」
     この時、彼をそのまま放っておけば、この後に起こる騒動には巻き込まれずに済んだのかもしれない。
     だが会うなり罵倒されては、ランドも黙ってはいられなかった。
    「軍人の方であれば、私の話を聞いておいた方がよろしいかと思われますよ」
    「なに?」
    「戦略研究室と言うのは、今年王国軍本営に設立された部署です。戦争行為に関する、あらゆる研究を行っているところです」
    「つまり、如何にして戦えば勝利するか、と言うことを論ずるところであると言うことか?」
    「あー、……まあ、そう考えていただいて結構です。
     支援を要請、と言うことでしたので、こうして戦術、戦略の専門家である私が応対した方が適切ではないか、と国王陛下より命を受け、こうしてお会いした次第です」
    「なるほど。国王直々の命であれば、拙者も異存はなし」
     男は頭を下げ、こう名乗った。
    「申し遅れた。拙者、央南は紅州、湯嶺(とうりょう)に本拠を構える清朝反乱軍の長、穂村玄蔵と申す。階級は少佐にござる。
     以後お見知りおきを、ファスタ殿」

     このいかめしい態度を執る、古風な軍人との出会いにより、ランドもまた、フォコが巻き込まれていた戦い――ケネスおよび、その腹心たちとの戦い、そして世界の覇権をめぐる戦いに、想定していたより早く、身を投じることとなった。
    火紅狐・訪南記 1
    »»  2011.05.01.
    フォコの話、200話目。
    王朝の横暴と商人の影。

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    2.
     穂村少佐は、ランドに央南の政治事情を詳しく説明してくれた。
    「中央政府の本拠は中央大陸北部、即ちウォールロック山脈より北の土地にあることはご存じであろう」
    「ええ」
    「『向こう』の神話と主張によれば、この世界を統べているのは『天帝』と称される、神の末裔たちであるとのこと。
     そして事実、双月暦1世紀の頃に、初代のゼロ・タイムズ帝が中央各地に己の名代を置き、他の大陸との協定を結ぶことで、世界平定を成したと言う。
     成程、世界平和は全人類の願いとも言えよう。それをはるか昔に成したと言うのなら、確かに神業。神にしかできぬ、いやむしろ、成した者は神と呼ばれよう。
     が、それはそれとして……」
     そこで穂村少佐は、顔をくしゃくしゃに歪ませる。
    「それから三百余年を経た今、その神の御利益なぞどこにあろうか!
     今、我々央南の民の上に居座る名代は、腐り果てている! 特に近年、中央政府の軍事力と、どこぞの商人の財力と武具を笠に着て、下の者を虐げているのだ!」
    「ふむ。具体的には、どのようなことを?」
    「最も目に付くのが、税だ。この4年の間に、既存の税制は異様に高い率を要求するようになった。最も基盤、民が直に王朝へ納める税は、4年前の5倍にもなる」
    「5倍? ……それはまた、無茶苦茶な話ですね」
    「それだけではない。商いをしている者への税負担も、3倍、4倍と、落ち着く様子を見せぬ。
     さらには各地へ関所や壁を乱立させ、その一つ一つに通行税を設けている。清王朝はどこまでも民を食い物にしようとしているのが、ありありと見えてくる」
    「清(せい)?」
    「先程述べた、中央政府の名代一族だ。現在の王、清一豊の代になって以降、その税制改悪は進む一方だ」
     話を聞いていたランドは、首をかしげる。
    「その、集めた税金。恐らくはそのカズトミ国王や、その一族の懐に入ると推察されますが、……何が目的なのでしょうね?」
    「現在の一豊王は、はっきり言ってしまえば愚君だ。であるからして、単純に考えればただの遊興目的ではないかとも推察できる。
     だが、それだけでは済まない要素が、1年ほど前から発生したのだ」
    「それは何です?」
    「軍備だ。清王朝の本拠、白京(はくけい)の壁の厚さは、他の地域よりも殊更に重厚長大となっている。それに加え、毎日のように鉄鉱石や木材が運び込まれ、同時に徴兵も頻繁に行われるようになった。
     拙者はその光景に不安を感じ、密かに王朝の本意を探った。そこで判明したのが……」
     穂村少佐は怒りに満ちた目を、ランドに見せた。
    「あろうことか、他地域への侵略を行おうとしていたのだ! そう、中央政府のある央北と、その支配下にある央中へ!」
    「なん……、ですって?」
     ランドは頭を整理しようと、これまでの話を聞き返した。
    「しかし少佐、清王朝は中央政府の名代だと言っていたじゃないですか? それが何故、刃を向けるような行動を?」
    「その話も、非常に厄介な事情が絡んでくる。清王朝は近年、さる西方の商人と懇意にしているのだが、その商人が軍備増強と離反とを唆したようなのだ」
    「その商人と言うのは……?」
    「サザリー・エールと言う兎獣人の男だ。
     このサザリーと言う男は中央政府や中央の商人たちに対し、莫大な額の債務を、わざと作っているのだ」
    「つまり多額の借金を、貸主を殺すことで踏み倒そうと言うわけですか」
     話を聞いたランドは、そのサザリーと言う人物に嫌悪感を覚えた。
    「そう言うことだ。だが、この計画が成功するとは、拙者には到底思えぬ。反逆を企てた清家は完膚なきまでに叩かれ、恐らく央南は壊滅的な被害を被ることとなろう。
     拙者はそれを、放って見ているつもりも、ましてや、清王朝付きの軍人として加担するつもりもない。拙者は前述の本拠、湯嶺へ私財と家族、配下の兵を移し、近隣の権力者や軍基地へこの情報を流し、清王朝への反乱軍として蹶起(けっき)した。
     が――そこからが問題だ。拙者がつかみ、公表したこの情報を、清王朝は当然、否定した。その上で拙者を、『侫言(ねいげん)を流布して清王朝転覆を企む逆賊』とそしり、拙者らを逆に、中央政府の敵だと告げ口したのだ」
    「告げ口って……、中央政府に、ですか」
    「うむ。それにより、拙者らは清王朝の他に、中央政府とも戦わねばならなくなった。
     このままでは物量、世論の面で、拙者らは非常に不利を強いられる。そこで中央政府にも清王朝にも、西方にも関係のない、お主らを頼ったと言うわけだ」
    「なるほど、そうですか……、うーん……」
     事情を聞き終えたランドは、腕を組んで深くうなった。
    火紅狐・訪南記 2
    »»  2011.05.02.
    フォコの話、201話目。
    非公式援助。

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    3.
     ランドは頭の中で、返すべき返事と、その後の展開を素早く想定する。
    (返事は3つのうちどれかだな。ジーン王国を挙げて全面協力するか。それとも非公式に協力するか。それとも、協力しないか。
     3つ目は論外だな。放っておいたら、……まあ、少佐は自力で戦わないといけなくなるし、そうなれば清王朝プラス中央軍なんていう大軍に敵うわけがない。
     反乱軍が負けたらその後、清王朝は当初の目的通り、中央政府を相手に戦うことになる。そしてその結果、少佐の唱える通り、央南は壊滅するだろう。
     そのサザリーって商人の狙いはむしろ、それだろうな。政治機能が壊滅した国は、大資本を持った商人の餌食だ。法の網や軍・警察組織がまったく機能しないから、金に飽かせて勝手気ままに人やモノを売り買いできるからだ。
     そうなれば央南は早晩、サザリーのものになるだろうな。僕が目指すのは、世界の政治腐敗を糺すことだ。そんな欲まみれの独裁状態なんて、認められない。
     としても、1つ目も難しい。ジーン王国が反乱軍に加担する、つまり中央政府の名代に反旗を翻す組織に全面協力すると言うことは、そのまま中央政府に楯突くことになる。そうなれば中央は僕たちをも、攻撃の対象にするだろう。
     まだ北方の政治・経済基盤が安定しきらない今、中央との直接対決なんてことになれば、確実に北方は――勝つか負けるかは別として――大きく揺らぐことになる。中央との対決はいつかしなきゃいけないことではあるけども、今やってはいけないことだ。
     1つ目、3つ目は駄目だ。……じゃあ、2つ目になるな)
     ランドは穂村少佐にこう告げ、席を立った。
    「陛下と有識者を呼んでまいります。私一人で即決できる問題ではありません」
    「そうか。四度目でようやく、国王陛下にお目見えできるとは。……今度こそは、いい返事が期待できそうだな」
    「ええ、ご安心を」

     30分後、ランドはクラウスとキルシュ卿、そして大火を伴って戻ってきた。
    「お待たせしました。こちらが国王、クラウス・ジーン陛下です。隣の者は、クラウス陛下の父君で財政大臣の、エルネスト・キルシュ卿。
     そして私の後ろにいるのが……」
    「克大火だ。ランドの警護、と思ってくれればいい」
     大火を目にした穂村少佐は、表情を険しくした。
    「俺の顔に何か付いているか?」
     そう尋ねた大火に対し、穂村少佐はこう述べた。
    「お主……、相当の手練だな。人を何人も斬った目をしている。……いや、それ以上に、何か並々ならぬ経験をいくつも経た目だ。
     人の領域ならざる、まるで魔界に踏み込んだ者のような目をしている」
    「だから何だ?」
     大火にそう返され、穂村少佐は表情を崩した。
    「……いや、それだけだ。失礼した」
    「え、と。先程のお話を、再開しますね」
     ランドたちは席に着き、対応を協議することにした。
    「まず、初めに申しあげておきますが、ジーン王国政府があなた方反乱軍に、正式な支援を行うことは、政治的に不可能です」
    「む、う」
     この返答に、穂村少佐の顔が曇る。
    「しかしながら、このままお帰りいただく、と言うのも、世界の平和を思えば心苦しい。そこで非公式に、支援を行いたいと考えています」
    「……と言うと、具体的には?」
     この問いに、クラウスとキルシュ卿が回答した。
    「私の臣下から、優秀な人材を秘密裏に出向させよう。ここにいるファスタ卿を初めとして、軍略や戦闘に長けた人材を」
    「それに加え、多少ながら資金も融通しましょう。ただし、3年後に利子を付けて返済、と言う形になりますが」
    「ふむ、悪くない話ですな。ではその条件で、よろしくお頼み申します」

     この後、四者で協議を行い、現地へ向かう人間は次の4人に決定した。
     まず前述の通り、戦略・戦術に長じているランドと、その護衛として大火が。そして戦闘に関してのサポート役として、イールとレブが同行することとなった。
    火紅狐・訪南記 3
    »»  2011.05.03.
    フォコの話、202話目。
    大大陸の南の地。

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    4.
     穂村少佐がジーン王国を訪ねてから、2か月後。
    「……あー、蒸し暑っ!」
     船を降りるなり、イールは上着をはぎ取った。
    「確かに暑いね。まあ、北方からあれだけ南下すれば、当然と言えば当然だけど」
     ランドも額の汗を拭きつつ、イールに応じる。
    「空の青色が濃いね。何て言うか、熱気が凝縮してる感じだ」
    「そうね。向こうの3倍くらい、『夏っ』って感じ」

     ランド一行がまず到着したのは、央南最北端の街、青江(せいこう)である。
     この街は西大海洋――中央大陸東沖と、北方大陸の南に広がる大きな海に面しており、他の国や地域との玄関、交易地となっている。
     ここからまた海路を使い、穂村少佐の本拠である湯嶺へ向かうのだが――。

    「あぢぃ……」
    「うへぁー……」
     北国出身のイールとレブは、央南の地に着くなりへばってしまった。
    「……うーん、もっと涼しい格好をすれば良かったかな」
     ランドも長い間北方にいたため、久々の強い日差しに多少辟易している。
    「……」
     一方、大火はいつも通りに黒いコートに身を包み、平然としていた。
    「暑くないの?」
     イールにそう尋ねられたが、大火は無言で、肩をすくめて返す。
    「やっぱあんた、央南人なのね。故郷の空気だから、そんなに気になんないんでしょ」
    「さあな」



     ともかく、北方で着ていたような服装では、暑くてたまらない。
     一行は近くの店を回り、央南の服――一般に、「和装」と呼ばれる衣服――を買った。
    「……頼りねぇー」
    「そうね。ベルトに金具付いてないし、なんかスカスカするし」
     と、ランドたち三人の着こなしを見ていた店員が、ケラケラと笑っている。
    「外人のお客さん、帯の位置が高すぎるよ。それは腰で巻くんだ。後、結び方も変」
    「え?」
    「ここ、ここ。ここで結ぶの」
     店員に和装の着付けを習っている間、ランドは一人、壁に寄り掛かって押し黙る大火に目をやる。
    「……」
     大火は特に、どこに目をやろうともせず、腕を組んで目をつむっている。
    (……全然懐かしそうな感じじゃないな。ここはまだ彼の故郷から遠いのか、……それとも、央南自体が全然、彼の故郷じゃないのか)
     と、ランドの視線に気付いたらしく、大火が顔を向ける。
    「なんだ?」
    「君は、……央南のどこ、出身なの?」
    「……」
     聞いた途端、大火は珍しく、ほんの少しだが困ったような顔をした。
    「……」
    「あ、言いたくなければ別にいいんだ。さして重要な話じゃないし」
    「ああ」
     大火はいつもの仏頂面に戻り、また目を閉じた。
    (……? なんだろう、今の反応?
     まあ、簡単に人を斬れるタイプの人間だし、故郷で一悶着あったんだろうって言うのは、想像に難くない。
     でもその話が事実であったとして、……タイカがそれを隠すだろうか? 彼なら『ああ。少しばかり、人を斬り過ぎてしまって、な』とか何とか、ストレートに言いそうなもんだけど。
     彼でも言いにくいような話があるんだろうか? 気になるなぁ……)
     そうこうしているうちに、三人は和装に着替え終えた。
    「どう? 似合う、ランド?」
     イールにそう問われ、思索にふけっていたランドは生返事で答える。
    「ああ、うん。いいんじゃない」
    「そ、ありがとっ」
     イールはニコニコと笑って返し、続いてレブに目を向けた。
    「あんたもサマになってるわよ。伊達に将軍やってるワケじゃないわね」
    「へへっ。……ん?」
     と、レブは店員が、不安そうな目をしているのに気付いた。
    「どうした?」
    「あの、……外人さん、もしかして中央のお方だったり?」
    「あん? ……いいや、俺たちは北方の人間だ。こっちには、……まあ、観光目的だな」
     レブの返答に、店員はほっとしたように虎耳を伏せた。
    「ああ、そうでしたか。いやね、最近はもう、あっちこっちに中央の方がいるみたいで」
    「へぇ?」
     虎獣人の店員は、最近の央南事情を語ってくれた。
    「まあ、何でしたっけ、穂村少佐だかって方が、清王朝転覆を企んでるとかで。
     で、ゆくゆくは中央へも攻め込もうとしてるんじゃないかって話もあって、清王朝の人たちが中央政府に助けを求めたみたいなんですよ」
    「ふーん」
     穂村少佐からこの辺りの顛末は聞いているが、ランドは知らない振りをした。
    「で、中央の方が白京にドッと来て、少佐探しを始めたんですよ。
     だもんで、央南のあっちこっちに、間諜(かんちょう)がいるとかいないとか。で、お客さん外人さんみたいだし、もしかしたらなーって思ったんですよ」
    「へぇ、そうなんだ。いやいや、最近はみょんに物騒だよね」
     そこで話を切り上げ、一行は店を出た。
    火紅狐・訪南記 4
    »»  2011.05.04.
    フォコの話、203話目。
    大火の謎。

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    5.
     北方から央南までの船旅は、実に二か月以上となった。
     そのため、流石に一行の疲労は濃く、青江の宿に着いた途端、(大火を除いて)全員が、ぐったりと横になった。
    「少佐も忙しいんだかヒマなんだかな……。こんな船旅、4回もできねーよ」
    「いや、少佐の船旅は1往復だけらしいよ。4回立て続けに、陳情に来たらしい」
    「ゴリ押ししたわねぇ」
     穂村少佐の話が出たところで、ランドは店で聞いた話を取り上げた。
    「ところで、スパイがあちこちにいるって話。どう思う?」
    「どうって?」
    「少佐の居場所を探っている人が大勢いるってことは、まだ清朝側は少佐がトウリョウにいるとは知らないんじゃないかな、と思うんだ。きっとまだ、あちこちで根掘り葉掘り、怪しいものが無いかどうか探ってる段階だと思う。
     その上で、僕たちが――政情不安定なこの時期に、同じく政情の安定しきらない北方から来た人間が、本当にただの観光に来てる、と思うだろうか?」
    「あ……」
     ランドの話に、イールとレブは辺りを見回す。が、ランド自身は特に警戒してはいない。
    「まあ、話をすること自体は問題ないと思う。
     僕たちの間では北方語で話をしてたし、北方語が分かる人間が、そうそう都合よく、青江へスパイに来てるとは考えにくいもの」
    「……まあ、そりゃそうか」
    「でも、存在は目立つ。店の人も、『外人さん』って一目で見分けが付くくらいだもの。怪しい奴と見なされて、もう既にマークされていてもおかしくない」
    「ありそうね……」
     と、レブが眉を曇らせ、こう尋ねてくる。
    「じゃあ、これからどうやってトウリョウに行くんだ? 流石にこのまんま船に乗ったら、行く先々でスパイに絡まれるだろうし」
    「その点については、……タイカ」
     ランドは大火に声をかけ、こう提案した。
    「少佐のいるトウリョウまで、『テレポート』を使えないかな?」
     「テレポート」とは、大火の持つ魔術である。大火が一度行ったことのある場所や、専用の魔法陣を設置している場所へ、一瞬で移動することができるのだ。
     ランドは大火のことを央南人と見ていたし、現地の地理に多少は詳しいだろうと思っての提案だったが――。
    「……無理だな」
    「え?」
    「俺はその、湯嶺と言う場所がどこにあるか知らん。あまり地理にも明るくないし、な」
    「そうなの?」
     大火の返答に、ランドはまた、彼の出身が気になり始めた。
     と、思索にふける前に、大火が代替案を提示した。
    「まあ、方法は無いでもない。だが、少しばかり時間がかかる」
    「それでもいいよ。とにかく、スパイに見付からずに移動できればいいんだ」
    「……分かった」
     大火はすっと立ち上がり、脱いでいたコートをまとって部屋から出た。
    「長くても一月はかからん。それまでここに、滞在していろ」
    「分かった。よろしく、タイカ」

     残った三人は、これからどう過ごすかを話し合った。
    「最長、一か月か。……どうすっかな」
    「まあ、……遊んでるしかないわね。敵のコトも味方のコトも分かんないんじゃ、対策の立てようなんてないし」
     両手を挙げてため息をつくイールに、ランドは苦笑しつつ同意した。
    「最低限、情報収集だけはしておくつもりだけど、……イールの言う通りだね。他にやりようがないし、やってもむしろ仇、裏目になる可能性もある。何かしようにも、できないね」
    「ホントに観光ね、コレじゃ」
    「……だなぁ」
    火紅狐・訪南記 5
    »»  2011.05.05.
    フォコの話、204話目。
    異国の地でバカンス。

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    6.
     大火がいない間、ランドたちは仕方なく、青江で過ごしていた。
    「ランド、引いてる引いてる!」
    「え、……おっとと」
     ランドとイールは、北にある岬でのんびりと釣りを楽しんでいた。
    「はい、網っ」
    「とと……、と。ありがとう、イール」
     まずまずの釣果を上げ、ランドは釣竿をしまい始めた。
    「もういいの?」
    「……いやぁ。流石にさ、一週間、二週間もやってると」
    「そーね。魚、嫌いじゃないけど、流石に飽きたかも」
     イールも釣竿を引き上げ、宿に戻る支度を始めた。
    「レブは……、どうしてるだろう?」
    「いつも通り、街外れで素振りとか、腕立て伏せとかしてるんじゃない?」
    「そっか。……しかし、長いなぁ」
     半月以上に渡って大火が戻らないことに、鷹揚(おうよう)に構えていたランドも、多少不安になってくる。
     イールも不安だったらしく、こうつぶやいた。
    「何してるのかしらね、アイツは」
    「うーん……、タイカのことだし、行ったんじゃないかな、トウリョウまで」
    「え?」
    「『テレポート』は行ったことのある場所に飛ぶことのできる術だし、それなら一旦向こうまで行って、そこからこっちに戻ってくれば……」
    「あたしたちもトウリョウに行ける、ってワケね」
     荷物をまとめ終え、二人は宿へと戻る。
     その途中の、海沿いの道を歩きながら、イールはぽつりとつぶやいた。
    「コレがホント、観光だったら良かったのにな」
    「うん?」
    「のーんびり釣りして、のーんびり海を眺めて、のーんびりご飯食べながら、おしゃべりしてさ。
     タイカの話が出て来なかったら、コレから戦争に加担するなんて、ウソにしか思えないわよ」
    「確かに」
     不意に会話が途切れ、二人はそのまま道を進む。
    「……」
     能弁なランドだが、沈黙することは苦痛ではない。特にストレスを感じず歩いていたが、イールの方はランドの方を見たり、海を見たりと、そわそわしている。
    「イールって」
    「ぅへ? な、何?」
    「人といる時、会話が途切れると嫌なタイプなの?」
    「え、……あー、そうかも、うん。そうかも」
    「やっぱり。なんか、落ち着きが無かったし」
    「人をコドモみたいに……」
    「ああ、ごめんね。……じゃあ、何か話でもしようか?」
     ランドにそう返され、イールはあごに指を当てながら思案する。
    「んー……、そーね。じゃ、センリャクの話とか。……なるべく、できるだけ、簡単にお願い」
    「はは……、いいよ。
     まあ、昔も言ったかも知れないけど、戦略って言うのは、『いかに損害を出さず、戦いを進めていくか』って言うのが重要になってくるんだ。
     例えば、自分たちの本拠地に敵が攻めてくるって情報が入った。さあ、君ならどうする?」
    「そりゃ、迎撃するしかないでしょ。それか、敵いそうに無かったら逃げる」
    「まあ、妥当なところかな」
    「妥当? じゃ、一番いいのは?」
    「敵が攻める目標を変えさせる。それも、敵同士でいがみ合う方向に」
    「なーるほど……。そうすればあたしたちは、何の損害も無く勝ちを拾える、ってワケね。でもどうやって?」
    「そこは、色んな手を使って。ま、その辺は、戦略じゃなくて戦術の範疇(はんちゅう)になるかな。
     戦略って言うのは、例えて言うなら『あのお城に行きたい』『あのお店に行きたい』って、目標を定めることなんだ。その上で、『どの道を進もうか』『徒歩で行こうか、馬車を使おうか』って決めていくのが、戦術になる」
    「ふーん……。まあ、分かった気がするわ」
    「それなら良かった」
     と、ランドがにっこりと笑ったところで――。
    「……あ」
     ランドは道の向こうから、知った顔がやって来るのに気付いた。
    「レブ、何でここに?」
     レブは手を挙げ、二人に応じる。
    「ん、いや。……戻ってきたぜ、あいつ」
    「あいつ? タイカが?」
    「おう。で、お前らを呼んできて欲しいっつって」
     と、そこでレブが言葉を切る。
    「……邪魔したかな」
    「え? 何の?」
     レブの言っている意味が分からず、ランドは首をかしげる。
     一方、イールは分かったらしい。
    「違うわよ? ふつーに釣りしてただけだし」
    「そっか。変な勘繰りして悪かったな」
    「いいわよ、別に」
    「……?」
     会話の内容が見えず、ランドはきょとんとしていた。

     宿に戻ったところで、ランドは半月ぶりに見る大火に会釈した。
    「やあ、おかえり。どう?」
    「問題ない。すぐにでも、向こうへ飛べるぞ」
    「そっか。じゃ、……まあ、魚釣ってきたし、これ食べてから行こうか。タイカはお腹空いてる?」
    「それなりに、だな。『テレポート』は消耗が激しい」
    「じゃ、一緒に食べよう」
    火紅狐・訪南記 6
    »»  2011.05.06.
    フォコの話、205話目。
    フシギな気持ち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     ランドたちは食堂に向かい、宿の店主に釣ってきた魚を渡し、席に座った。
    「で、向こうはどうだった?」
    「特に何も、と言うほか無いな。まだ敵方も、本拠地を見つけてはいないらしい。表向きには、普通の温泉街でしかなかった。
     だが、近いうちに近隣の街を襲撃する、とは言っていた。何でも、軍備の集積地があるとか」
    「ちょっと不安だな……。早いうちに向かった方がいいかもね」
    「だろうな。俺が見ても、甚だ意義のある行動には見えん」
    「そうか? 敵の備蓄を叩くわけだし、何もしないよりはいいんじゃないか?」
     尋ねたレブに、大火が答える。
    「敵がまだ、明確に本拠を捉えていないと言うのならば、できるだけ隠しておいた方がいい。それだけ、敵は捜索に時間と人員を費やすわけだからな。
     公衆の面前にのこのこと姿を表すとなれば、後を追跡されて本拠地を発見される可能性もある。そうなれば後は、大軍の物量を以って本拠地に総攻撃を仕掛け、それで終局だ」
     続いて、ランドも説明する。
    「それに、相手の素性が分からないって言う要素は大きい。今動けば、反乱軍の力量はあっけなく露呈してしまうだろう。
     それよりも相手に『見えざる敵』と認識させて振り回しておいた方が、どれだけ効果を挙げるか。少なくとも、ハクケイから遠く離れたトウリョウ近辺の集積地を叩くより、よっぽど効果はある」
    「ふーん……、そんなもんか」
     論じている間に、店主が新鮮な魚料理を運んできた。
    「お待ちどう。旦那さん、腕がいいねぇ。こんなに脂が乗った魚、なかなか出ないよ」
    「はは、どうも。……旦那?」
     首をかしげるランドに、店主は「おっと」と口を抑えてつぶやく。
    「違ったか。じゃ、あっちが旦那さんかい?」
    「へっ?」
     今度はレブが首をかしげる。
    「旦那って?」
    「あれ? ……いやー違ったか。いやほら、そこの『猫』さんとずっと一緒にいるから、どっちかが旦那さんなのかなって思ってたんだけど」
     この発言に、イールが目を丸くした。
    「え、ちょっ、違うわよ! あたしまだ独身! って言うかおじさん、そんな風にあたしたち見てたの!?」
    「道理でおかしいなーとは思った、あはは……。俺、『もしかしたら旦那さん二人?』とか思ってたりしてたよ」
    「ふっ、二人って、んなワケないじゃない! こいつらは仕事仲間!」
     顔を真っ赤にするイールに、店主はぱたぱたと手を振って謝った。
    「いやーごめんごめん、悪い悪い。……そんじゃ、まあ、ごゆっくりっ」
     店主は照れ笑いを浮かべながら、その場を去った。
    「……あ」
     と、ランドが岬でのことを思い出した。
    「レブ、君がさっき言ってたのって」
    「ん?」
    「……ああ、まあ、いいか。疑いは晴れたし」

     食事後、ランドたちは湯嶺に向かうため、荷造りを始めた。
    「んー……、釣竿はもういらないな」
    「いいでしょ。必要になるコトがあったら、またあっちで買うか作るかすればいいし」
    「そうだね」
     二人で並んで不要な物を処分している間、イールはこの半月を思い返していた。
    (ホント、遊びっぱなしだったわね。ランドと二人で釣りしたり、買い物したり。……そう言や、あたしってあんまり、遊んだコト無いのよね。
     ちっさい頃はアルコンがずーっとあたしの側に張り付いてたから、同年代の子が全然寄ってきてくれなかったし、って言うか、寄らせてもらえなかったし。反乱軍を立ち上げてからは、あっちこっち飛び回りっぱなしだったから、余計に遊ぶ機会なんて無かったし。
     こうして何の気兼ねも無くブラブラしたのって、……ホントに、生まれて初めてじゃないかしら)
     そう思ってみると、この半月の間に買った、他愛も無い玩具やアクセサリが、愛おしく感じられてくる。
    (……コレ、北方に持って帰りたいな)
     そう思い、イールはランドに顔を向けた。
    「ねえ、ランド」
    「ん? どうかした?」
    「コレ、持って帰っていい?」
    「え?」
     ランドはけげんな顔を返してくる。
    「好きにすればいいじゃないか。何で僕に聞くの?」
    「あ」
     イールは照れ、パタパタと手を振ってごまかした。
    「そうよね、何で聞いたのかしら、あははは……」
     と――ごまかしているうちに、イールの心に何か、切ないものが染み出した。
    「……っ」
     それを感じ取った途端、イールは黙り込んでしまった。
    「どうしたの? 変な顔して」
    「……なんでもない。……うん」
    「……イール?」
     ランドが心配そうな目を向けてくる。
    「そんなに気にしなくても……。持って帰りたいなら、そうすればいいじゃないか。そのネックレス、似合ってるし」
    「そ、そう? 似合う? ……うん、じゃ、持って帰る」
    「うん」
     ランドにほめられた途端、今度は心の中が温かくなった。
    (……変ね、あたし。旅の疲れ、今頃出たのかしら)



     彼女がこの不思議な気持ちが何なのか理解するのは、ずっと後のことになる。

    火紅狐・訪南記 終
    火紅狐・訪南記 7
    »»  2011.05.07.
    フォコの話、206話目。
    釜底抽薪。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     大火の助けを借りて湯嶺へ到着したランド一行は、すぐ穂村少佐と面会した。
    「今回のご助力、まことに痛み入ります」
    「いえ、そんな堅くならずに。これからしばらく、一緒に仕事をするんですから」
    「そうですな……。では、楽に構えさせてもらおう」
     そう言って少佐は、正座から胡坐へと姿勢を変え、ランドと最初に会った時のような話し方に戻った。
    「現在、拙者らはここより北、黄州平原と西月丘陵との境にある街、弧弦(コゲン)にある清朝軍基地を襲撃しようと計画している。ここは央南西部で五指に入る軍事物資の集積地であり、ここを叩けば清朝軍に大きな打撃を……」「その件につきましては、タイカから伺っています」
     少佐の話をさえぎり、ランドはこの作戦を中止させようと説得を始めた。
    「しかし、彼や同輩とも協議しましたが、今動くのは得策ではありません」
    「ふむ……?」
    「今現在、セイコウを初めとして、各主要都市を中央政府から出向いたスパイ、いわゆる間諜がかぎまわっている最中です」
    「なるほど。彼奴らが探っている間は、動くべからずと言うことか」
    「それだけではありません。『探っている』と言うことは即ち、清王朝はあなた方反乱軍の素性を把握していない、と言うことです」
    「と言うと?」
    「敵はあなた方がどれだけの強敵であるか、測りかねている状態です。
     もしかしたら非常に現実的に、王朝を揺るがす存在かも知れない。はたまた、騒ぎ立てるだけで実は烏合の衆でしかないかも。
     そのどちらとも判断できず、『それなら情報を集め、敵の素性を確定させる方が先決だろう』と、恐らく相手はそう考えているでしょう。
     もし前者と判断していれば、相手は間諜などではなく、大軍勢を召還しているでしょうし、後者ならば、わざわざ中央政府から人を呼んだりはしない。分からないからこそ、調べているんです」
    「ふむ、それは分かった。……だが、何故動いてはならぬと?」
     そう尋ねた少佐に、ランドはこんな例えを出した。
    「少佐が灯りも持たずに、夜の山に入ったとします。辺りには鳥獣の気配。熊などに襲われず、無事に山から出られると思いますか?」
    「それは……、確かに難しいかも知れん」
    「しかしこれが夜ではなく、昼だったら? もしくは、灯りを持って入ったら? 恐らく、襲われる気はしない。襲われても、返り討ちにできると考えるでしょう。夜の闇で阻まれるために、通常なら勝てる鳥獣に恐れをなすんです。
     人間は情報量が少なければ少ないほど、憶測によって相手を強く見てしまうものです」
    「ふむ……。つまり、敵方に素性が知られていない現在、拙者らの軍は事実より強く見せることが可能だ、と言うわけか」
    「その通りです。それに失礼ですが、少佐。今現在、反乱軍の規模はどのくらいですか?」
     ランドにそう問われ、少佐は指折り数えつつ、こう返した。
    「確か……、兵の数は2000。刀剣や弓、魔杖などは、すべて合わせて1000ほどだ。その他馬など……」「それだけで。……では相手の兵力は?」
     この問いに、少佐は眉を曇らせた。
    「拙者が軍に身を置いていた時は、だが。兵の数は5万弱。武器総数は7万以上だった。中央政府やエール氏の援助などを考えれば、武器はもっと用意されているだろう」
    「なるほど。……少佐、重ね重ね進言しますが、今は攻めるべき時ではないでしょう。
     よしんば、コゲン襲撃に成功し、王朝軍の軍備の何分の一、何十分の一かを奪ったとしても、他の土地には『何十分の何十引く一』の軍備が残っているわけです。それを以って襲撃されたら、ひとたまりも無い。
     力の無い今、不用意に動けば、反乱軍は即、全滅しますよ」
    「ううむ……」
     丁寧に諭され、最初は意気揚々としていた少佐も、苦い顔をし始めた。
    「しかし……、このまま何もせぬわけには行かぬ。それに、今はまだ素性が割れていないとは言え、いつ発覚するやも知れぬ。そうなれば結果は一緒であろう?」
    「ええ、その通りです。確かに何か行動を起こさなければ、ジリ貧でしょうね」
    「では、拙者らは何をすれば良い? 何をすれば、王朝を倒せるのだ?」
    「そこへ行き着くには、順序を立てなければいけません。
     何の策も無くいきなり敵陣へ飛び込むのは愚中の愚、そうでしょう?」
    「……なるほど、確かに」
     少佐の勢いが削がれたところで、ランドは自分の考えを述べた。
    「まず、現状を例えるならば、我々反乱軍は、ごくごく一般的な平民が、何とか刀を握りしめているようなもの。
     対する清朝軍は屈強な肉体に、中央政府やエール氏から手に入れた頑丈な武具をまとっているようなものです。これではまともにぶつかって、勝てるわけが無い。
     まず武具を外させ、その肉体を弱らせなければ、勝つ見込みは生まれないでしょう」
    「ふむ。となれば、まず行うべきはそれらの『武具』を、王朝から引き剥がさねばならぬ、と言うわけか」
    「ええ。それについて、この戦いの、そもそもの発端を思い返せば……」
    「……そうか。中央政府に、此度のエール氏と王朝との企みを密告すれば」
    「ええ、それができれば恐らく、中央政府は引き揚げるでしょう。そしてもっと理想的に事が運べば王朝と敵対し、逆に我々に味方してくれるでしょう。
     ですが、問題があります。それは少佐も、重々ご承知の通りですよね」
    「ああ。……明確な根拠を示さねば、中央政府は信用せん」
    「その通り。であれば、我々が執るべき行動は、一つ。
     エール氏が中央政府転覆と多重債務の破棄を謀り、それを王朝に教唆している事実を明らかにすることです」
    火紅狐・破鎧記 1
    »»  2011.05.08.
    フォコの話、207話目。
    下品な兎獣人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     央中、イエローコースト。
     落成して間も無い金火狐の屋敷を、一人の兎獣人が訪れていた。

     兎獣人と言うのは一般的に、「おしゃれで美しい種族」と評されている。
     事実、例えばフォコの知っている兎獣人――ルーテシアは、多少ふくよか目ではあったが、それを踏まえても非常に美人であったし、服や料理のセンスも抜群と言えた。
     その娘たちにも、彼女の美貌とセンスはちゃんと遺伝されていたし、それだけを見れば、評判通りと言える。

     だが、この兎獣人は――。
    「どうもどうも、ケネス総帥殿。儲かってますか、えへへ」
     話し方や笑いに品が無い。
    「上々、と言うところだ。……それよりもサザリー君、私は執務の真っ最中であったのだが」
     場の空気が読めない。
    「ああ、すみませんすみません、こっちもちょいと、急ぎだったもので、へっへへ」
     自分の都合を優先する。
    「それで、何かね? わざわざこの私の手を止めさせるような、大事な案件を持って来たのか?」
    「ああ、まあ、そこまで大事では無いですが、まあ、大事と言えば大事と言えるかも知れません。まあ、お金の話ですから御大には重要ですし、重要かなーなんて」「話したまえ」
     何より、フォコ以上に、いや、どの誰よりも、服にセンスの欠片もない、不気味なほどにひょろひょろとした、背と目の大きな男だった。
    「ああ、はいはい。まあ、そのですね。僕が管轄しております、央南の話なんですけれども。
     総帥殿に言い付けられた通り、バカ殿を唆して順調に、央中と央北の商品を買わせまくっております。それでですね、その額がそろそろ、国庫の倍ほどになってましてね、新たにそのー、ほら、あれを、……あれしてですね、ほしいんですが、……ね?」
     チラ、チラと不気味な目を上目遣いに向けてくるサザリーに嫌悪感を感じつつ、ケネスは尋ねる。
    「負債額はいくらだ? 正確に言いたまえ」
    「あ、はいはい。えーと、確か」「『確か』? 正確に覚えていないのか?」
     にらみつけたケネスに、サザリーはヘラヘラと笑いながらごまかそうとした。
    「いやあの、へへへ、そんな、別に答えられないってことは無いんですよ、無いんですけども、ほら、細かいところまでどうかって言われたら、ちょっと覚えられないなって、へへ、ほら、僕も忙しいので」「忙しい? それで覚えられないと?」
     ケネスはフンと鼻を鳴らし、こう返した。
    「私は君などより何倍も忙しく過ごしているが、それでも私の持つ店が、それぞれどれほどの利益を上げているか、そらんじることができるぞ。
     覚えていないのは、君がまったく関心を持っていないからだ。いくら祖国から遠く離れた辺境、僻地といえど、君が責任を持って受け持った仕事だろう? それを『覚えていない』と言うのか、君は?」
    「……いや、へへへ」
    「まったく……! 名門商家の人間とは思えんな。本当にエール家の人間なのか?」
    「いや、それは本当に、僕はそこの出です。それは疑ってもらっては、困ると言うか」
    「ならば見せてもらいたいものだな。まともな商人として、その卑屈な愛想笑いだけではなく、きちんとした数字を」
    「……はい」

     その後、サザリーからしどろもどろながらも報告を受け、ケネスはまた、不満げに鼻を鳴らした。
    「想定では309年の現在、負債額は20億に達せさせるはずだったな。税収や国債発行では立ち行かなくなる額に追い込む、そうだったな?」
    「まあ、その、はい」
    「それで君、もう一度答えてくれるかね? 現時点の負債は、いくらになったと?」
    「ですから、そのー、13億くらい」
    「7億足りないようだが、それは何故だ?」
    「えっと、それは、えー」
    「答えられないのかね?」
    「いや、多分なんですけども、きっと、大臣級の奴らが、これ以上負債を負わせまいとしてるんじゃないかなー、とか、なんて」
    「サザリー君」
     ケネスは机の上に置いてある墨壷を手に取り、席を立つ。
    「もう一度言うが、君は関心を持ってこの仕事に当たっているのか?」
    「も、勿論です、はい」
    「本当だな?」
     ケネスは背の高いサザリーの襟をつかんで引っ張り、無理矢理頭を下げさせた。
    「ならば何故、計画が進行していない? 進行しない、その理由を説明できないのだ!?
     まともに業務へ当たっていないから、まともな説明ができないのだ! ろくに仕事もしていない、何よりの証拠だろうがッ!」
     ケネスは持っていた墨壷を、サザリーの頭にぶちまけた。
    「いたぁ……っ!」
    「この無能め! 商売のろくにできぬ、ごく潰しめがッ!」
    「いた、た、たたた……」
     サザリーは床に倒れこみ、頭からインクと血をボタボタたらしている。ケネスはその頭に割れた墨壷の欠片を押し付け、さらに血を流させる。
    「ひ、っ、何を」
    「いいか、良く覚えておけ! この私の命令は、命を懸けて実行するのだ! でなければ次は、この程度では済まさんぞッ!」
     ケネスはインクと血まみれになったサザリーを蹴り付け、執務室から追い払った。
    火紅狐・破鎧記 2
    »»  2011.05.09.
    フォコの話、208話目。
    大騒乱の火種。

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    3.
     ケネスの怒りを買い、叱責と暴行を受けたサザリーは、大慌てで央南へ戻った。
    「どうもお久しゅうございます、国王陛下」
    「……どうされた、エール殿?」
     頭に包帯を巻いたサザリーの姿に、短耳の国王・清一富は目を丸くした。
    「いや、ちょっと出先で襲われちゃいまして。いやいや、僕ほどの大商人になれば、どこにいても安心なんかできないってことでしょうね、あははは」
    「襲われた、とな? ううむ……、まこと、央中・央北は伏魔殿であるな。一刻も早く、糺さねばのう」
     一富はサザリーが白京を訪れた頃から、ずっと「中央政府は諸悪の根源」と聞かされ、洗脳されてしまっている。そのため、サザリーから「中央政府を倒して、清王朝の正義を世に知らしめちゃいましょう」などと唆され、話に乗ってしまったのだ。
     勿論、まともな有識者から見ればこんな荒唐無稽な話は実現するはずも無いし、実行すれば国が傾くのは確実であると分かっている。
     しかし――一富は有識者とは言えず、むしろ、愚君の部類に入る。その上に自己顕示欲が非常に強く、「自分の名を世に広めたい」などと常日頃から考えていたため、サザリーにとっては「格好の餌」に他ならなかった。
    「そうです、そうですとも! このような思いをするのは、もう誰一人あってはなりません!」
    「うむ、うむ」
    「でしたら早速、お話の方をさせていただきますね。まず央中の……」



     ケネスとサザリーが描いた央南支配の筋書きは、次のようになっている。
     まず、清王朝に央中・央北各地の商人・商家への莫大な債務を負わせ、返済不能な状態まで追い込む。
     一富王には、この行動は「中央政府に巣食う金の亡者から金を引き出せるだけ引き出して、潰してしまえばいい。どうせ相手は『悪』なのだから」と説明されている。
     しかしもう一方――中央政府側には、いずれケネスを通じて「借金を踏み倒すために挙兵しようとしている」と報告される予定となっている。
     計画が熟し、清王朝、即ち央南全土が莫大な借金で満たされ、中央政府との戦争で極限まで疲弊した後、ケネスらがそのすべての土地と利権を二束三文で買い取り、かつての南海や北方で計画されていたのと同様、隷属させる予定なのだ。

     そしてこの計画にはもう一つ、ケネスの狙いがある。
     清王朝が中央政府との戦いに敗れ滅亡すれば、抱えていた負債はすべて不履行となる。そうなれば莫大な額の貸付を行った商人・商家は軒並み破産することになる。
     ケネスにとってこれは、央南を支配するだけではなく、競争相手を一挙に潰す計画でもあったのだ。



    「……では、今回もすべて、国債でのお支払いと言うことで」
    「うむ、よろしく頼んだ」
     ケネスに負わされた怪我を逆手に取り、サザリーは一富に、何とか2億クラムの負債を上乗せさせることに成功した。
    「……と、そう言えば陛下」
    「うん?」
    「反乱軍どもの件は、どうなりました?」
     しかし計画の進行には、一つの問題が発生していた。穂村少佐率いる、清朝反乱軍の存在である。
     反乱軍がこのまま「清王朝が中央政府への叛意を抱き、商人もろとも滅ぼそうとしている」と主張し続け、そのうわさが中央大陸全域に広がれば、商人たちは当然、貸付など行わなくなる。
     そうなれば莫大な借金など作ることはできないし、そのまま清王朝が中央政府にぶつかって滅亡したとしても、ケネスらの狙い通りになることはない。
     ケネスたちにとっても、清朝反乱軍は早急に消えて欲しい存在なのだ。
    「残念ながら、まだ影も形もつかめぬ。お主の言う通り、中央の狗どもを使って調べてはおるのだが、のう」
    「あまり喜ばしくないお話ですね。できる限り早く、一網打尽にできることを願っております」
    「うむ、うむ」
    火紅狐・破鎧記 3
    »»  2011.05.10.
    フォコの話、209話目。
    告発準備。

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    4.
     場所は湯嶺、ランドたちの話し合いに戻る。
    「我々の方でも調査し、エール氏が教唆しているその証拠をつかむべきでしょう。まず行うべきは、そこからです」
     ランドの説得により反乱軍の狐弦襲撃は中止され、代わりに中央政府の協力を止めさせる策が検討されていた。
    「うむ、そこが肝要であるな。元より拙者らは中央政府に対し、一般の世論以上の敵愾心は持ってはおらぬ。彼らと戦う理由など、まったく無いのだ。
     余計な敵に阻まれ、真に許すべからざる敵を逃がすことなど、あってなるものか」
    「その通りです。まあ……、僕からすれば、いずれは攻略したい相手ではありますが。
     それはさておき、具体的に証拠を見つけ、世間に公表するにはどうすればいいか? これを考えていきましょう」
    「ふむ……」
     少佐は顎に手を当て考え込んでいたが、やがて、ぱた、と手を打った。
    「一つ、考えがある」
    「なんでしょう?」
    「話の中核に何度も上がる、エール氏であるが。『清王朝に負債を抱えさせる』と言うその目的上、しきりに央中や央北へと足を運んでいる。
     奴をその、央中などへ出向いている途上で拘束し、中央政府まで引っ張り、彼らの面前で内情を暴露させてみてはどうだろうか?」
    「悪くない案です。しかし……」
    「しかし?」
     ランドが答える前に、イールが肩をすくめつつ、代わりに答える。
    「脅して吐かせるってのは、あんまり信用されないと思うわよ。そのエールって奴に、『反乱軍に言えって脅されたから言ったんだ』って言われちゃったら、何を言ってもウソに聞こえるだろうし。
     それに、そいつを引っ張っていき、話をさせるってなったら、あたしたちも必然的に、中央まで行かなきゃなんない。ランドは向こうじゃ完全に政治犯扱いだし、中央入りした時点で捕まるのは確実。少佐や他のみんなも十中八九、拘束・逮捕されるわよ」
    「なるほど、それもそうか……」
    「それに物的証拠でなければ、信用されるのは難しいでしょう。
     例えば、……そうですね。中央政府攻略を考えているのならば、それなりに物資を必要とします。それこそ、一地域の防衛、守護と言う名目だけでは持て余すほどの、莫大な量の軍事物資が。
     その異常な量の軍備、それが央南に存在しているのを、中央政府の要人に確認させれば、誰であろうと清王朝の思惑を悟らないわけがない。
     それを確認させた上で、エール氏と清王朝との関係、そしてエール氏がその物資の買い付けを指示していたことを広めれば……」
    「その要人が清王朝を非難し、上々に事が運べば、清王朝に刃を向ける。上々とは行かずとも、清王朝への協力が止むのは確実、……と言うことか」
    「その通りです。中央政府と言う頑丈な武具、鎧兜を外させてしまえば、清王朝の攻略は比較的平易なものになる。
     そしてあわよくば、逆に中央政府を我々の武器にしてしまおう、……と言う作戦です」
     ランドの作戦を聞き、少佐は腕を組んでうなった。
    「なるほど、……ふむ、……少なくとも出鱈目に敵陣を襲うより、ずっと効果的であるな」
     続いて、膝立ちになってランドに詰め寄ってきた。
    「では、その要人とは?
     半端な位の者では、中央政府を動かすなど、どだい無理な話だ。少なくとも高級官僚、ないしは大臣級の人間が視察に来てもらわねば、その計画は破綻だ」
    「ええ。……いえ、大臣級でも、止めるのは難しいでしょう」
     ランドの言葉に、少佐は首をかしげた。
    「それは何故だ?」
    「現在の中央政府は、ほぼ寡数の人間によって支配されています」
    「……? 大臣たちと天帝であろう? であるから、大臣なりに申し立て……」
    「その大臣も、です」
    「何……?」
     ランドはかつて中央政府の牢獄で結論に至り、後に母ルピアから裏付けを得た、恐るべき世界征服計画――ケネスとバーミー卿の共謀を説明した。
    「何と! つまりは中央政府各院も、そ奴らめの手の内にあると言うことか! むむむ……!」
     少佐は憤り、畳をダン、と叩いた。
    「それでは到底、卿の作戦など進められないではないか! 天帝をも抱き込んでいると言うのならば……」「あ、いえ」
     ランドはぱたぱたと手を振り、それを訂正した。
    「確かに政府各院が彼ら二人に掌握されているのは確かですし、天帝陛下も操られている、と言うのも間違いない。
     そう、今言った通り――大臣は傀儡ですが、天帝は誘導されている。その違いがあります」
    火紅狐・破鎧記 4
    »»  2011.05.11.
    フォコの話、210話目。
    欠け始めた豪商の算盤。

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    5.
     309年の半ば、中央政府の本殿、ドミニオン城。
    「は……? 視察、ですか?」
     天帝に付いている官僚たちが、現天帝・オーヴェル帝の言葉に、一様に首をかしげた。
    「何故、突然そのようなことを……?」
    「朕の耳に、あれこれと話が入っておるのだ。朕に仇なそうと言う、有象無象の輩のうわさが」
    「はあ……」
     オーヴェル帝は憮然とした顔で、ここ数年の世界情勢をなじった。
    「まず北方大陸! これまで我が中央政府、我が『天帝の世界』と懇意にしていたノルド王国が崩壊し、はるか昔に英傑、シモン大卿とロッソ大卿が打ち滅ぼしたはずの悪魔、レン・ジーンの末裔が征服したと言うではないか! これを朕ら天帝一族に対する反逆、冒涜と言わずして、一体何であると言うのか!
     そして南海地域、ここも一向に治まらぬ! 折角、我が中央政府を挙げて仲裁や指導をしていると言うのに、戦火は激しくなるばかりと言うではないか! 巷にはぞろぞろと、件のレヴィア王国と名乗るならず者の軍やその出先の商人が闊歩し、南海征服を企んでいるとさえ言われている! バーミー卿を信じ任せていたが、状況は悪化するばかりだ!
     そしてその、出先の商人だが、西方の者だそうだ。そう、西方! ここも、中央政府に対する敵意が見え透いている! ここ数年で、西方商人の関わる商業が一様に、市場の値を吊り上げさせていると言う! 我が中央政府と、その下に付く者たちから金を搾り取ろうと言う、さもしい魂胆がありありと見えるのだ!」
    「ふむ……」
    「確かに、そう言った報告は寄せられておりますね」
     愚君オーヴェル帝といえども、政治の中枢の、さらに中心点にいる存在である。世界各地からの報告は、各院トップの大臣に伝えられると共に、彼の耳にも届けられるのだ。その報告を受けて、彼なりに思索し、行動しようとするのは何の不思議や不可解も無い。
     そして何より、己の血筋と権勢を重要視するオーヴェルである。太祖が成した「世界平定」を脅かし、侵害する者たちに対し、並々ならぬ敵愾心を燃やすのは、当然の流れと言えた。
    「そこで朕は視察団を結成し、諸国にさらなる反逆の芽がないかどうか、見て回ろうかと考えておるのだ」
    「へ、陛下ご自身で、でございますか?」
     オーヴェルの発言に、官僚たちは唖然とする。
    「何か問題があると言うのか?」
    「あ、いえ」
    「朕は父上、先代ソロン帝のようにひょろひょろと官僚や大臣に寄生し、ドミニオン城の玉座にへばりつくような政治を行うつもりは、毛頭ない。
     帝位に就く前から父上の所業を見てきたが、あれは情けないにも程がある! 何から何まで人任せにし、すべてが決まった後でボソボソと口出しをして場をかき乱す、性根の汚さ!
     このまま玉座にのさばるだけでは、いずれ朕も先代と同じそしりを受けよう。そうなる前に、朕自らが下々に、ただのお飾りでは無いと知らしめるのだ」
    「なる、……ほど」
    「では、各院から官僚を若干名ずつ集めるよう手配いたしましょうか」
    「うむ。よきにはからえ」
     こうして、天帝視察団の結成が進められることとなった。

     このうわさを軍務大臣、バーミー卿から聞きつけ、ケネスは苦い顔をした。
    「バカ殿め、面倒臭い真似を」
    「まったくだ」
     オーヴェルが視察団結成のために挙げた事例は、どれもケネスとその腹心たちが絡んだものである。
     南海征服や西方商人らの競争激化はケネスの考える世界征服に沿って進められた計画の結果であり、それを咎められたり介入されたりしては、元も子もない。
    「バーミー卿、陛下へ口添えをお願いしても?」
    「構わんが……、何と言えば?」
    「そうですな、……こうしましょう。
     現在の世界情勢は陛下が考えているよりも危険であり、中央大陸から離れるのは薦められない、と。
     それよりも中央政府の圏内、中央大陸内に不穏の種が無いか視察し、ご自身の地盤を固められた方が得策では無いかと。そうお願いします」
    「分かった」

     だが――。
    「何ですって? もう既に、中央大陸内の視察が決定していた、と?」
     バーミー卿から結果を聞き、ケネスは首をかしげた。
    「ああ。詳しいことは聞かなかったが、推挙があったそうだ。恐らくはケネス、君が私に伝えたのと同じ考えに至った者がいたのだろう」
    「……ふーむ」
     ケネスはその話に少し、言いようの無い不安を覚えた。
     しかし、自分の考え通りに事が運んではいるし、それに異論を唱えるのも自分自身、気持ちが悪い。
    「まあ、いいでしょう。それで詳しくは、どこを?」
    「央南だそうだ。どう言うわけか、陛下は西方商人を毛嫌いしていてな」
    「ほう」
    「最近、央南と央北・央中をしきりに渡る西方商人がいるとのことだ。陛下にしては、放っては置けん、と言うわけだ」
    「なるほど」
     これを聞いて、ケネスは心中、これまで執ってきた行動を検討した。
    (流石にこの数年、動きが露骨すぎたか……? まあ、バカ殿のこと、私の真意になど及んではいまいが、それでもうろちょろされれば迷惑だ。
     いかにオーヴェル帝が目立ちたがり、血筋とメンツにこだわる馬鹿だとしても、権力を持っているからな。ごねられて全てを引っくり返されでもすれば、私の計画は頓挫しかねない。
     ……少し、腹心たちとは距離を置いておくか。オーヴェル帝があげつらったと言う事件に私が関わっていると知れれば、けして良い結果にはなり得まい。『関係が無い』、とポーズを執っておかねばな)



     ケネスが権力を得た理由は、政治・軍事・経済のトップを押さえ、操ったことにある。
     だが、その操作・誘導が後々、彼に牙をむくことになるなど、彼が思い至ることはできなかった。

    火紅狐・破鎧記 終
    火紅狐・破鎧記 5
    »»  2011.05.12.
    フォコの話、211話目。
    三流、三流を嘲笑う。

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    1.
     オーヴェル帝が現地視察に来るとケネスに聞かされ、サザリーは慌てふためいた。
    「そ、それって、その、あれですよ、あの、まずいってことになるんじゃ」
    「そうだ」
     おろおろとしているサザリーを机越しに眺めつつ、ケネスは落ち着くよう促す。
    「まず、座りたまえ。私の話を聞くんだ」
    「あ、はい、えっと、……じゃあ、はい」
     ガタガタと音を立てて椅子を引きずるサザリーに、ケネスは苦い顔を向ける。
    「サザリー君。屋敷はまだ、建てて一年経つか経たないかだ。あまり傷を付けないでくれたまえ」
    「あ、す、すみません」
     ようやく座ったサザリーに、ケネスは今後の対応を伝えた。
    「視察団が到着するのは10月の末になる。双月節に行われる天帝教の式事を考えれば、滞在は恐らく11月の半ば、長くても11月の末までだろう。
     つまり半月から一月は、天帝は央南に留まることになる」
    「はあ」
    「その前後……、そうだな、今から12月に入るまで、予定されていた取引はすべて保留、延期するよう手配してくれ。
     取引が行われていることが発覚し、その先を探られ、万が一にでも我々の計画が発覚すれば、私も君も、ただでは済まないことになる」
    「で、ですよね」
    「後は、……そうだな、セイコウ、ダイゲツ、テンゲン、コゲン、そして首都ハクケイに、大規模な軍事物資の備蓄基地があったな?」
    「え、ええ。良く覚えておいでですね」
    「当たり前だ。
     その5ヶ所に収められている軍備を、どこか他の場所に移せ。それぞれ半分程度で構わん」
    「半分、……ですか? でも、それでもかなりの量に……」
    「そんなことは分かっている。だからこそ、隠せと言っているのだ。
     今挙げた五ヶ所は、中央政府軍側でも有用な基地として扱われている。『中央軍指定軍備供与基地』として有事、中央軍が駐留した際に使用できるよう、協定が結ばれているのだ。
     それゆえこの五ヶ所は、中央政府側が『見せろ』と言えば、清王朝側は見せざるを得ん」
    「なるほど、事前に掃除しておいて、いくら調査を受けても大丈夫なように、ってことですね」
    「そう言うことだ。
     それから、これからしばらく先についてのことだが」
     ケネスは眼鏡を外し、裸眼でサザリーを眺めつつ、こうも指示を下した。
    「来年の、……そうだな、2月頃まで、私とは会うな」
    「えっ……?」
    「計画露見のあらゆる可能性、及び関連性を断つためだ。
     例えば君が央南における取引について証人喚問を受け、そこから私との取引について問いただされた場合。君と私とが密接に、こうして人払いをしたうえで商談をしている事実を、何ら黒い印象無しに、説明できるだろうか?」
    「それは、まあ、僕の方からは、その、言うようなことは無いはずです」
    「そうだろうとも。君の弁舌、交渉術を以ってすれば、それは起こり得まい。
     だが、君だけが喚問されるわけではない。他にも、取引に関わってきた人間が多数、審議の場に集められるはずだ。
     その中で、君と私との関係を黒く色付けする輩が、居ないと思うか?」
    「……断言は、できないですね、確かに」
     ケネスは眼鏡の汚れを拭き取りつつ、話を続ける。
    「それを懸念しての措置だ。……問題は、無かろうな?」
    「も、勿論。取引は止まるんですから、総帥のご意見を伺うようなことは、無いんじゃないかなーと」
    「ああ。……まあ、それにだ」
     綺麗に拭いた眼鏡をかけ直し、ケネスはこう続けた。
    「南海の方で、ゴタゴタが起こっていると言う話を聞きつけた。何でも、スパス産業の配下にある商店が軒並み、売り上げを落としているそうだ。
     現状を打開してほしい、何か策を授けてほしいと、奴から手紙が届いたのだ。事態の収拾のため、私はしばらく南海へ向かう予定だ。
     どちらにせよ、屋敷に来られても応対はできん」
    「スパス産業って……、ああ、はいはい。うちの『当て馬』の、アバント・スパス君のことですか」
    「そうだ。……まったく、まともには使えん男だよ」
     ケネスの言葉に、サザリーはクス、と鼻で笑った。
    「確かに。彼は職人上がりですからね。金勘定や商売の機微なんか、ろくに分かるわけが無い。でも、彼を総裁に仕立てたのって……」
    「確かに私だ。まあ、君の言うように彼は『当て馬』だな」
    「良く言いますもんね、『バカとハサミは使いよう』って。
     愚図は愚図なりに、金を生ませるための使い捨て方はある、……そう言う腹積もりでしょ?」
    「くっく……」
     サザリーの言葉に、ケネスは短く笑った。
    火紅狐・荷移記 1
    »»  2011.05.15.
    フォコの話、212話目。
    本尊を動かしたからくり。

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    2.
     反乱軍の本拠地、湯嶺・穂村少佐の邸宅。
    「情報が入った。天帝が視察団を結成し、こちらへ来るそうだ」
     少佐から話を聞き、ランドは満足げにうなずいた。
    「狙い通りですね」
    「ああ。……しかし、どうやって天帝を動かしたのだ?」
    「元々僕は、306年まで中央政府の中核、政務院で大臣を務めていました。天帝の志向や世界情勢には、詳しいんです。それに、天帝に付く高級官僚も何名か、記憶しています。
     その何名かに、匿名で手紙を送ったんです。『央南において不穏な動きあり。最悪の場合、中央に対し強い叛意ありと見られる』と。
     元々、清王朝が自らスパイを要請する動きまであったんですから、これを揉み消すためのパフォーマンスと捉える人がいてもおかしくない。そう言う人に、ダイレクトに密書を送ったわけで」
    「疑念が増え、調べてみてはどうかと意見する人間が増える、……と言うわけか。
     だが、それだけでは天帝は動かせまい?」
     腑に落ちない顔を向ける少佐に、ランドはニヤッと笑いかけた。
    「まあ、動かせまいって言うか……、早晩、相手の方から動くんじゃないかと狙ってはいました」
    「ふむ?」
    「現天帝、オーヴェル・タイムズは猜疑心と自意識過剰の塊みたいな人です。そして何より、天帝と言う自分の血筋、歴史に、非常に強い誇りとこだわりを持っている。
     そんな彼が、近年の世界情勢の不安を聞いて、何も行動しないわけが無い。かと言って、指示を出すだけでは、彼は納得しないでしょう」
    「それは何故だ?」
    「彼の父、先代のソロン・タイムズ帝が、まさにそう言うタイプだったからです。
     長年、健康状態が不安定だったために、主立って動くことはせず、重臣と意見交換、もしくは命令を下すことで、間接的に政治の舵取りをしていた。
     そうやって長年進めてきた先代の政治活動の結果が、自分の代に回ってきているわけですから。今、誰もが『世界は平和であるとは到底言えない』と感じている現在、果たしてオーヴェル帝は、先代の仕事ぶりを評価するかどうか……?」
    「なるほど。指示を送るだけでは父親と同じ。そこからもう一歩、何か踏み込む要素は無いかと考えていたわけか」
    「そうです。そこへ周囲から、『央南がどうも怪しいぞ』と聞かされれば、彼は非常に関心を寄せる。
     結果は上々、彼自らが視察団を率いてやって来ることになった。まあ、もしも彼が来なくても、彼が独自にスパイを動かして内情を探ることは、したはずでしょう。何せ、今まさにスパイが現地をウロウロしてるわけですから」
    「その流れになっても、我々としては得であるな。……ううむ」
     突然、少佐は深々と頭を下げた。
    「やはり貴君を参謀と頼んで正解であった! 拙者らが動くより何倍も、効果を挙げたものよ!」
    「いや、いや」
     反面、ランドは恐縮するでもなく、ぱたぱたと手を振っている。
    「まだです。今はまだ、『最も政治に影響力を与える天帝が、自らやって来る』と言うだけ。
     重要なのは天帝に、清王朝が反逆の準備を整えていることを認識させることです」
    「……そうであったな」
     少佐はひょいと頭を上げ、続けて尋ねた。
    「して、この次に執る策は?」
    「考えてあります。
     少佐、確か央南内の中央軍指定備蓄供与基地は、全部で5ヶ所でしたね?」
    「うむ。央南中部には、白京と天玄。北部では青江と大月。西部には弧弦。この5つだ」
    「恐らく、エール氏はここに集められた大量の軍備を、どこかへ移すはずです」
    「なるほど。確かにそのまま置いていては、露骨に叛意が見え透いてしまうからな」
    「そこで少佐に伺いますが、この5基地からその大量の軍備を移し、隠すのに最適な場所はどこか、見当が付きますか?」
    「ふむ……。調べてみよう。一両日中には返答できるだろう」
    「分かりました。では、今日の軍議はこの辺りで」
     ランドはすい、と立ち上がり、静かに部屋を離れた。
    火紅狐・荷移記 2
    »»  2011.05.16.
    フォコの話、213話目。
    少佐の理由。

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    3.
     少佐の調べが済むまでの間、ランドは湯嶺を散策することにした。
    「……白いなぁ、視界が」
     眼鏡に張り付いた湯気を拭きつつ、ランドは街を眺める。
     この辺りは大きな源泉があるらしく、あちこちに温泉宿が構えている。そのため、人通りは割と多い。
    (少佐、故郷だからここに本拠を構えた、って言ってたけど。……危なっかしい人だなぁ)
     現政権に反旗を翻す組織なのだから、なるべく人の少ない土地に構えるのが常道なのだが、少佐の選択は――弧弦を攻めようとしたことと言い――ことごとく、その常道を外している。
    (どうやって少佐になれたんだろう、彼は……? いくらなんでも、戦下手すぎやしないかな。技術将校か何かだったんだろうか)
     と、向こうから知った顔がやってくる。
    「あ、イール」
    「あら、ランド。会議は?」
    「向こうの調査結果待ち。それまでやることが無いから、こうしてブラブラしてるってわけさ。
     君の方は?」
     そう尋ねてみると、イールは楽しそうに顔をほころばせた。
    「温泉っ。いやー、お肌スッベスベよ」
    「へぇ?」
     それを聞いて、ランドはひょいとイールの手に触れた。
    「ひぇ? ちょ、ランド?」
    「本当だ。肌に良いんだね、ここの温泉。僕も後で入ろうかな」
    「あ、ちょ、その、ちょっと」
    「どこの温泉?」
     やんわり尋ねるランドに対し、イールは顔を真っ赤にする。
    「え、あ、あの、……ソコ! ソコのっ!」
    「そこ、……って言われても」
     要領を得ない答えに、ランドは肩をすくめる。
    「何て店?」
    「あ、……あー、と、……何だったかしら」
    「良かったら、案内してくれる?」
    「……あ、うん、案内ね、うん、いいわよ」
    「ありがとう」
     にっこり笑うランドに対し、イールは終始バタバタした仕草で返していた。



    「ふう……」
     明日の会議に使う資料をまとめ終え、少佐も温泉へ向かっていた。
    (……しかし、つくづく思う)
     その道中、ランドとの会議を思い返し、自分の将としての、一家一城の主としての資質に疑問を抱く。
    (やはり義侠心や志の高さ、負けん気のみで進めていけるほど、戦は甘くない。ファスタ卿の意見を伺わずに進めていれば、拙者らは単なる賊軍として終わっていただろう)
     意気消沈しつつ、道を歩いていると――。
    「あ……、お主は」
    「む……?」
     ランドの側にいる侍、大火と出くわした。
    「失敬。克殿、だったか。お主も風呂へ?」
    「いや、散策していただけだ」
    「そうか。……どうだ、話がてら。一緒に湯を浴びんか?」
    「……ふむ。そうだな、付き合おう」
     共に温泉へ行くことになった大火に、少佐はあれこれと尋ねてみた。
    「お主、央南の者と見受けするが、どこの生まれだ?」
    「……」
    「答えられん、か?」
    「ああ。説明が難しい」
    「ふむ? ……まあ、いい。深い事情があるのなら、問わん。
     その刀、なかなかの業物と見えるが、どこで手に入れた?」
    「俺の弟子たちが打ってくれた」
    「弟子? お主、刀鍛冶か?」
    「本職ではない、が。それなりの技術はある」
    「ほう。では、本職は?」
     あれこれと尋ねる少佐に対し、大火はぶっきらぼうに返すばかりである。
    「魔術師だ」
    「魔術か。六属性の、どれを?」
    「基本は火の術だが、一通りは修めている」
    「一通り? 六属性、全てをか?」
    「ああ」
     それを聞いて、少佐は目を丸くする。
    「すごいな……! 拙者、火の術で精一杯だと言うのに」
    「ほう」
     ここでようやく、大火は少佐に興味を抱いたらしい。
    「いや、実のところ、拙者が少佐の位に成り上がれたのも、それが理由でな。清朝軍にて、火の術と剣術の教官を務めていた。
     その点では、お主と拙者は似ておるな」
    「……」
    「しかし拙者とお主の技量は、吊り合いそうには無いな。見たところ、拙者の方が歳を重ねてはいるが、技量では到底敵いそうには無い。
     拙者はしがない教官でしかないし、実戦経験など、鳥獣やしょぼくれた罪人を追いかけたくらいのもの。
     それに比べて、お主はその物腰と剣気だけでも、相当の経験を積んできたと悟らせる。いやまったく、真の剣士、侍とは、お主のような者のことを言うのだろうな」
    「……ふむ」
     こう評価された途端、大火の険が薄まった。
    「火術教官と言ったが、どの程度まで扱える?」
    「ん……? 拙者か? そうだな、どう説明すればよいか。
     中央軍から攻撃用魔術について5段階の策定・指定が成されており、清朝軍もそれに従っているのだが、拙者はその3段目、『単体高威力攻撃』に関して指導できる資格がある」
    「単体、高威力……、ふむ。『ファイアランス』が扱える程度か」
    「そうだ。他にも初等の治療術や幻惑術なども扱える」
    「……剣術の教官も兼ねていると言ったな?」
    「ああ、そうだ。……おっと、もう着いたか」
    火紅狐・荷移記 3
    »»  2011.05.17.
    フォコの話、214話目。
    克大火の弟子;剣と魔術に愛されし者。

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    4.
     浴場に着いたところで、今度は大火の方から、少佐に話しかけてきた。
    「玄蔵。魔術剣、と言うものを聞いたことはあるか?」
    「まじゅつ、けん……? いいや、初めて聞く」
    「簡単に言えば、剣術と魔術を混合、連携させたものだ」
     大火は汲んだ湯を浴びながら、その聞きなれない技について説明する。
    「元々、俺の弟子の一人に、『克窮奇(かつみ きゅうき)』と言う男がいてな。そいつは俺に比肩する、……いや、俺を凌ぐほどの剣術の才を持っていた。
     だが俺のいた、……国では、あまり剣術と言うものは、注目されていなかった」
    「ほう、何故に……?」
    「これも簡単にしか説明できんが、剣術よりも間合いに長け、はるかに威力のある武器があったからだ。
     ゆえに俺は窮奇を弟子に取るまで、魔術を軸にして戦っていた」
     そう語る大火の体には、確かに数々の修羅場を潜り抜けたと思わせる古傷が、あちこちに付いていた。
     いや、良く見れば胸や背中、脇腹などの急所に、人間であれば決して付いてはならないような傷跡が、いくつも付けられている。
     それを見て、少佐は――湯気のため、大火には悟られていなかったであろうが――思わず身震いした。
    (この傷の、大きさと数……! 一つだけでも、死んでおかしくないと言うのに……?
     こやつ、本当に人間か?)
    「だが敵もさるもの、対魔術用の装備を用意したり、そもそも魔術に強い抵抗力を持つ人間を投入したりと、一筋縄で行くような相手ではなかった。
     そこで窮奇は、俺から教わった魔術を元にし、魔術剣を編み出した」
    「ふむ」
    「本当に窮奇と言う男は、こと剣術に関しては、俺の才をはるかに凌駕していた。
     ……そうだな、例えば」
     大火はすっと立ち上がり、浴場の隅に立てかけられていた湯かき棒を手に取った。
    「湯船を見ていろ」
    「うむ」
     大火は棒を刀のように構え、湯船の表面に向けて振り払った。
    「『一閃』」
     大火と湯船とは3メートルほど離れていたが、不思議なことに――。
    「……!」
     湯船の端から端にかけ、鋭い波が立った。
    「素振り、……にしては、異様な間合いと威力だ」
    「ああ、魔力による力、打撃の発生だ。……理論を聞きたいか?」
     大火に見せつけられた技に、少佐はゴクリと喉を鳴らした。
    「……う、うむ。いち魔術教官、剣術教官として、非常に興味をそそられた。お主さえよければ、今すぐにでも教わりたいところだ」
    「いいだろう。それならこの後……」
    「……あ、いや。すまぬが今晩は、ファスタ卿に頼まれた用事を済まさねばならぬ。明日、いや、明後日に頼めるだろうか?」
    「承知した」



     一方、ランドはイールの案内を受け、別の浴場に到着した。
    「ここかぁ。案内ありがとう、イール」
    「いーえいえ」
     先程の動悸も何とか落ち着き、イールは平然としている。
    「んじゃ、あたしは戻るわね」
    「うん。……あ、そうだイール」
     イールが踵を返しかけたところで、ランドが呼び止める。
    「ん、何?」
    「明日の夕方くらい、暇かな?」
    「えっ?」
    「明日、少佐との会議が終わった後、次の作戦への準備を進めたくってさ。手伝ってくれないかな?」
    「あ、うん、いいわよ、あたしで良かったら」
     それを聞いて、ランドはほっとした顔を返してきた。
    「良かった、ありがとう。それじゃ明日夕方くらいに、離れの前で」
    「うん、分かった。そんじゃ、ね」
     イールはそのままランドにくるりと背を向け、少佐宅へと向かった。

     戻ってきたところで、イールは大火、少佐とすれ違った。
    「お主も風呂帰りか」
    「うん、そう。少佐たちも?」
    「ああ。……どうした、サンドラ卿?」
    「え?」
     少佐は不思議そうな顔で、こう尋ねてきた。
    「妙に上機嫌な様子であるが、何ぞ吉事でもあったか?」
    「ん、……ううん、何にも? それじゃ、ね」
     そう言ってパタパタ手を振りながら廊下を歩き去るイールの尻尾は、嬉しそうにくるくると揺れている。
    「……若さは、いい。何につけても、楽しそうだ」
    「……」
     少佐の一言に、大火は何も言わず肩をすくめた。
    火紅狐・荷移記 4
    »»  2011.05.18.
    フォコの話、215話目。
    軍備の行先。

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    5.
     翌日。
    「昨日尋ねられた件であるが、東部では三岬(サンザキ)、西部では黄海(コウカイ)、そして中部では京谷(ケイコク)が、軍事物資の隠し場所、持ち出し場所に最も適しているだろう」
     少佐から軍備移送先の見当を伝えられ、ランドは小さくうなずいた。
    「根拠をお尋ねしても?」
    「うむ。三岬は青江、大月の両都市に近く、港がある。とっさに軍備を持ち出して海や離れ小島へ逃れ、査察の目をごまかす、……と言う手も、容易に取れる」
    「確かに、考えられる手ですね。となると、このコウカイと言う街も?」
    「その通り。こちらにも大規模な港があり、いざとなれば他の港町へも逃げやすい。
     とは言え京谷については、この通りではない。港町どころか、陸のど真ん中だ」
    「では、何故ここだと?」
    「一つは、白京と天玄の丁度中間にあるためだ。そしてもう一つ、ここには大規模な農耕地帯が存在し、そのための倉庫や用地が数多く存在する。
     物を隠すのに適していると、拙者は思うのだが」
    「なるほど。確かに畑であれば、土を掘り返していても不自然ではないですね。それに、首都のハクケイが近い。考えられなくはない」
    「では、そちらを……」
     ところが意気込む少佐に対し、ランドはさらりと流した。
    「いえ。
     それから少佐、海へ逃れた場合ですが。具体的に、どの島へ運ぶと見当を付けていますか?」
    「……京谷ではないと?」
    「考えにくいですね」
     少佐の予想を、ランドはばっさり斬り捨てた。
    「少佐の仰った通り、ケイコクは陸の真ん中、言い換えれば逃走経路、輸送経路を限定されやすい街です。あらゆる街道から多方面に渡って捜索された場合、逃げ場が無いわけです。
     これが港町の場合、どう頑張っても、港から出る経路を全て押さえる、と言うことは不可能に近い。明確な道が無い分、いくらでも抜け道が作り出せる。調査が入る前に運び出されてしまえば、港町で調査を行う視察団がその後を追うことは、まず不可能でしょう。
     よって、陸路しか輸送手段の無い都市は、除外せざるを得ません。また、重ねて言いますが、海路を使用された場合、その痕跡を辿るのは不可能。後を追うよりも、先回りする方が賢明と言えます。
     ですから僕はその先、運んだ先を伺っているわけです」
    「むう……」
     少佐は眉を曇らせ、困ったように資料をペラペラとめくり始めた。
    「その……、もう少し……調べを……」
     ランドはため息をつき、資料に手を伸ばした。
    「見せてください」
    「……うむ」

     少佐と共に調べ、ランドは次の島にあたりを付けた。
     白京から南南東へ80キロほど離れた無人島、待垣島(まつがきじま)。島全体に青々とした松が生い茂り、かつ、海抜10メートルにも満たない、背の低い島であるため、目視で白京からその姿を確認できることは、まず無い。
     さらには国際的な航路からも離れており、少なくとも白京に住んでいない者、即ち央北からの人間で構成される天帝視察団には、その存在すら気付くはずも無い場所である。
    「なるほど。確かに、こんな島があったような覚えがある。好都合な隠し場所であるな」
    「視察団到着の日がそう遠くない現在、ハクケイからこちらに物資が運ばれている可能性は、非常に高いです。
     なので、すぐにこの島へ忍び込み、裏付け調査を行いましょう。そして確固たる証拠をつかめたら、訪れた視察団に島の存在を密告します」
    「うまく事が運べば、後は当初の目論見通り、中央政府は央南から手を引く、あるいは刃を向ける、……と言うわけだな」
    「はい。……ただ、向こうとしては何が何でも、ばれては困るわけです。恐らく島には多数の兵士が配備され、守りを固めているはずです」
    「忍び込むには相当の手練が必要、と言うことか」
    「それについてはご安心を。イール、レブ、そしてタイカに行ってもらう予定です」
     それを聞いて、少佐は首をかしげる。
    「お主は?」
    「何故僕が?」
    「何……? 人任せにするのか、お主は?」
     憤りかけた少佐に対し、ランドは淡々と述べた。
    「僕の行うべきは、今後の戦いに備えての調査と検討、立案です。荒事には向いていません。
     彼ら三人に頼むのは、そうした仕事において十二分な能力と経験を有しているからこそです。
     然るべき人材は然るべき場所へと置く。でなければ、どんな精鋭も烏合の衆となって瓦解するでしょう」
    「……なるほど」
     徹頭徹尾に渡って言い負かされ、少佐は口をつぐむしかなかった。
    火紅狐・荷移記 5
    »»  2011.05.19.
    フォコの話、216話目。
    話をしたがる男と、話を聞かない女。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ランドと少佐の会議から、2日後。
    「なあ、克」
    「なんだ?」
     かねてより約束していた「魔術剣」の教授を受けている合間に、少佐は大火にこんなことを尋ねた。
    「どうも……、拙者、ファスタ卿のことを、好きになれぬ」
    「そうか」
    「何と言うか、まあ……、確かに、窮していた拙者らを助けてくれるその温情と仁は、感じてはいる。
     だが、拙者の意見をことごとく無碍にしてくるのは、どうも癇に障ると言うか」
    「ふむ」
     不満を打ち明けてはみたが、大火は大して同情してくれたようには見えない。
    「お主、ファスタ卿と親しいように見受けられるが、何とかその、もう少しばかり、柔らかく応対してくれるよう……」「無駄だな」
     それどころか、こう返してきた。
    「あいつは自分の知識と戦略論に絶対の自信を持っている。それに沿わぬ意見など、採用するはずが無い」
    「いや、それは重々承知している。であるから、もう少し対応をだな……」
     大火は肩をすくめ、今度はこう述べた。
    「あいつの言い方、論議の進め方に不満があると言うのなら、あいつを追い出して耳を閉ざす他無いな。
     例え言い方や接し方を変えたところで、その論議の中身がお前の意に沿わぬものであることに、何ら変わりはない」
    「ぬう……」
     渋い顔を向けた少佐に、大火は肩をすくめて見せた。
    「説明を続けるぞ」
    「……うむ」



     一方、ランドはイールを伴い、湯嶺の市街地に来ていた。
    「必要なものは、これで全部かな」
    「そうね。武器の素材に魔術用のインクと石、サイドバッグとかバックパックとか、あとは食糧。……うん、全部揃ったわね」
    「じゃ、帰ろうか」
     そう言ったランドに、イールは口をとがらせた。
    「えー……、もう帰るの?」
    「そりゃ、準備は早く済ませるに越したことは無いし」
    「まあ、そりゃそうだけど」
     同意はしたものの、イールは不満げな顔を浮かべる。
    「……まだ他に、何か準備は必要だったっけ?」
    「ううん、無いわよ。無いけど、なーんかもったいないなーって」
    「何が?」
    「ほら、二人っきりで買い物なんて、ほら、ね、なんか、思わない?」
     イールにそう問われ、ランドは「んー……」と短く唸った。
    「……実は」
    「うん、うんっ」
    「あんまり好きじゃないんだ、買い物って」
    「……ぅえ?」
    「僕には妹がいるんだけどね。
     ランニャって言うんだけど、その子が買い物に行く度に、僕をあっちこっちに連れ回すんだ。もうこれが大変で、街の端から端まで3周はしないと気が済まないって感じなんだ。で、僕が住んでた街は工業が盛んなところで、至る所から槌とか鋸とかふいごとかの音が、大音量で響き渡っててさ。
     その思い出があるから、あんまり自分からは行きたくないんだ。こうして、どうしても必要な何かが無いと、行こうとは……」「……~っ」
     ランドが話している間に、イールはプルプルと猫耳と尻尾を震わせ、顔を真っ赤にしていたのだが、ランドは見ていなかった。
     そのため、イールが次の瞬間、ランドの頬に向かって平手を振り上げたことに、まったく気付いていなかった。
    「あんたねえぇ……! あたしと一緒に居て楽しくないって、何なのよーッ!」
     べちんと音を立て、ランドの頬が平手に弾かれた。
    「……え? ちょ、っと? イール、なんで? 痛いじゃないか……」
    「バカーっ!」
     目を白黒させるランドに背を向け、イールはそのまま走り去ってしまった。
    「……えぇー……?」

     数分後。
    「……イール」
     慌てて戻ってきたイールを見て、ランドはため息をつく。
    「なんでいきなり……」「ゴメンゴメン、ほんっとゴメン!」
     詰問しようとしたところで、イールはぺこりと頭を下げた。
    「キライって言ったの、買い物のコトよね! あたし、勘違いしちゃって……。オマケに荷物、全部あんたに持たしたままだし。もーホント、あたしそそっかしいわ! ゴメンね、ホントに」
    「……何が何だか……」
     詳しく質問しようと思ったが、ランドはもう一度ため息をつき、それをやめた。
    「……まあ、いいや。何をどう思ったのか知らないけどさ、話はちゃんと聞いてほしいな」
    「うんうん、……ゴメンね、ランド」
    「いいよ。……じゃあ、……帰るよ」
    「……はーい」
     しゅんとするイールを連れ、ランドは憮然としたまま帰った。

    火紅狐・荷移記 終
    火紅狐・荷移記 6
    »»  2011.05.20.
    フォコの話、217話目。
    天帝視察団、来る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦309年、11月の末。
    「ほう、ほう……。ここが央南、か」
     天帝オーヴェルを筆頭とする調査団体、天帝視察団が、白京の港に到着した。
    「お待ちしておりました、天帝陛下」
    「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」
     対する清王朝の重臣たちは、一様に頭を垂れる。
    「陛下御自ら、このような大陸の端までご足労いただき、感謝の極みにございます」
     その筆頭である国王、一富も例外ではない。普段しないような、露骨にぺこぺことした、へりくだった仕草で、天帝に頭を下げた。
    「うむ」
    「と……、陛下。長い船旅で、大変お疲れでございましょう。宮殿にて、もてなしのご用意をしてございます。公務に当たられる前に、まずはごゆるりと」
    「ふーむ、そうじゃな。朕もこの半月余り、空と海しか見ておらぬ。青色以外の鮮やかなものが見られること、期待しておるぞ」
     オーヴェル帝は大儀そうに鼻を鳴らし、清朝の文官たちに先導される形で港を後にする。
     反面、残った官僚たちは清朝の重臣たちを一瞥し、堅い口調で釘を刺した。
    「万一、懐柔目的で我々を持て成そうと言うおつもりであれば、我々はより厳しく、視察を行う所存です。
     くれぐれも今回の視察を、天帝陛下の単なるお遊び、気紛れなどとは思わぬよう」
    「……ええ、重々承知しております」
     重臣と一富はもう一度、深々と頭を下げた。

     愚君と評されるオーヴェル帝の率いる視察団であるが、今回の件は、天帝が自ら辺境へ赴き視察を行うと言う、近年稀に見る実地的な示威行動である。
     天帝、そして天帝の周囲を固める高級官僚たちの実力と権威を改めて、明確な形で世界に示すまたとない機会であり、彼らの意欲は非常に高かった。
     そのため、官僚たちの意気込みは半端なものではない。また、天帝自身も、なんとしてでも不正、腐敗を見つけ、責め立てようと、港に到着したその時から、いや、船上にいた時から既に、躍起になっていた。

    「本日は訪南を記念いたしまして、央南各地の海の幸、山の幸をたっぷりとご用意させていただきました。どうぞ、今夜は存分に……」「うむ」
     恭しく案内する文官たちをさえぎり、オーヴェル帝はぼそ、とこうつぶやく。
    「うわさに違わぬ金満振りのようじゃな。さぞ国庫は潤っておろう」
    「……あ、いや。今回は、特別に、はい」
    「そうか。特別に搾り取った、贅(ぜい)であるか」
    「い、……いいえ、滅相もございません」
    「……ふん」
     半ばけたたましく持て成していた文官たちは、一瞬にして静まり返ってしまった。



     その夜、一富の側近が視察団を持て成す席を離れ、密かに宮殿を抜け出して、近くの宿に逗留していたサザリーを訪ねた。
    「あの、一体どうなさったんです、こんな夜中に?」
    「いや、なに。あの件について、もう一度確かめようかと」
    「あの件? えーと、あれですか。あの、えっと、……『荷移し』、の」
    「そうだ。もう怪しまれるだけの量は、宮殿や軍本営には無いだろうな?」
    「もちろん、もちろん。怪しまれない分だけはちゃんと残してますし、ご心配は無用です」
    「ならばいいが」
    「あれ、僕のことを信用してないと?」
    「いや、いや。そう言うわけではない。ただ、陛下より『念のために、もう一度確認を』と命じられた故」
     それを聞き、サザリーは苦笑する。
    「あはははは……。つくづく心配性ですね、やんごとない地位にいらっしゃる方は。天帝陛下もご他聞に漏れず、そう言う性分のご様子ですし。
     心配、まーったくございません、です。あの島の存在など、気付く道理が無い。昼は街をご散策されるでしょうし、夜は宮殿に篭りっきり。一体いつ、とうに見飽きた海など見るものですか。無いでしょう?
     それに考えていただきたい。あの島、この僕が進言するまで、誰が記憶していましたか? 誰も覚えてらっしゃらなかったでしょう? この都にずーっと住まわれていたあなた方ですら、とうの昔に忘れていた場所ですよ? 一体どこの誰が、『そう言えば沖の方に丁度良さそうな島が』なーんて漏らしますか! 杞憂も杞憂、まったくもって馬鹿馬鹿しい話です!
     我々があの島についてうっかりと言及しない限り、天帝陛下が島の存在に気付くことなんて、一生起こりませんよ」
    「……そうだな」
     安心した様子の側近を見て、サザリーはいやらしい笑みを浮かべた。
    「まあ、こんなことを何度も確認するよりも、ですよ。とっとと天帝陛下を篭絡しちゃって、『この界隈に不実など何ら存在しなかった』と公表させた方が、話が早いでしょうね。
     僕なんかを相手にするよりも、天帝陛下にお酒の一本でも注いできたらどうです?」
    「……ああ、そうしよう」
     側近たちはそそくさと、サザリーの部屋を後にした。
    火紅狐・来帝記 1
    »»  2011.05.22.
    フォコの話、218話目。
    自分の気持ちに気付いて。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     視察団が到着する、その一週間前。
    「あれがマツガキ島?」
    「そうだ」
     ランドに命じられ、イールたちは小舟で待垣島へと向かっていた。
    「ホント、ぺたんこな島ね。高波が来たら、沈んじゃうんじゃない?」
    「ああ。それ故、人が住んでおらぬ」
    「なるほどね」
     イールたちの他に、穂村少佐も舟に乗り込んでいた。
     ランドからは「上には上の役目がある。みだりに動き回るのは感心しない」と諌められていたものの、少佐の性格としては、その意見に納得することなどできない。
     そのため無理矢理に頼み込み、少佐もイールたちに付いてきたのだ。
    「とは言え、……ふむ」
    「どうかしたのか?」
     単眼鏡を覗きながら、渋い顔で短くうなる少佐に、レブが声をかける。
    「いや、かつてあの島を漁業関係の基地にしようと、石垣を作りかけたことがあってな。
     結局は、あまり漁業には有効利用できそうにないと言うことで、中途半端なままで止まっていたはずなのだが……」
     そう言って、少佐はレブに単眼鏡を渡した。受け取ったレブは単眼鏡で島を確認し、少佐と同様に渋い顔をした。
    「……半端、って感じじゃないな。完成してるぜ」
    「ああ。どうやら此度の軍備移送に備え、石垣を完成させたらしい。あれだけ固めていれば、少々の高波で軍備が濡れることはあるまい」
    「ランドの予想通り、あの島を隠し場所にするようだ、な」
     一人離れ、海を眺めていた大火のつぶやきに、イールは深くうなずいた。
    「そうね。後はあの島に忍び込んで……」
    「清王朝の指示により軍備が送られている証拠をつかみ、その事実を視察団に伝える、……と」

     一行はそのまま沖で待機し、夜を待って忍び込むことにした。
    「流石に央南とは言え、冬は寒いな」
    「そうね」
     じっと待つのも退屈なので、イールとレブは釣りに興じている。
    「ってか、もう三ヶ月もこっちにいるんだよな。もう割と、こっちの気候に慣れてきた気がするぜ」
    「あー、そう言われるとそうかも」
    「少佐から聞いたんだけどよ、央南は春夏秋冬、四季の間隔が全部同じくらいらしい」
    「そうなの?」
    「だから単純に4で割って、一季節が大体三ヶ月くらいになるんだってさ。つーことは、央南の秋を丸々過ごしたってことになるんだよな、俺たち」
    「へぇ……」
     と、話しているうちに、イールの釣竿に当たりが来る。
    「よ、っと」
    「……うまいなぁ、お前」
    「ま、セイコウでずーっとランドと一緒に釣りしてたし」
    「そっか、そうだったよな。
     ……なあ、イール」
     釣った魚を一緒に魚籠に入れながら、レブが尋ねてくる。
    「なに?」
    「お前さ、ランドとよく一緒に居るけど」
    「そう、かな?」
    「そうだよ。んでさ、だから聞くけど」
    「うん」
    「あいつのこと、好きなのか?」
     そう問われ、イールの手が止まった。
    「え……、と?」
    「いや、違うなら何でもないんだ。聞きたかっただけだし」
    「……あー」
     考えるうちに、イールはようやく、自分がここ三ヶ月抱いていた、不思議な感覚に思い当たった。
    (あーそっか、そーだったのね)
    「……イール?」
    「あ、うん、……うん、今気付いたわ、ソレ」
    「はぁ?」
    「……どうしよう、レブ」
     問い返され、今度はレブの動きが止まる。
    「……何を?」
    「今気付いちゃったのよ」
    「今聞いたよ」
    「どうしよう? どうしたらいいかな?」
    「だから何を」
    「だってさ、そんなコト思ったの、初めてなんだもん」
    「……マジで?」
    「超マジ」
    「おっせえ初恋だなぁ」
     呆れるレブに、イールは顔を真っ赤にしながら弁解する。
    「だって、全然あたし、そんなコトになる機会無かったのよ。小っちゃい頃からアレコレやらされてたし」
    「そっか、そう言やお前が『猫姫』って恐れられてたのって、大分昔っからだもんな。
     ……じゃあお前、今までずーっと気付かずにランドと遊んでたのか」
    「……うん」
     猫耳の先まで真っ赤にして黙り込むイールを見て、レブは笑い出した。
    「……はは、はははっ」
    「な、何で笑うのよ」
    「いや、改めてお前、面白い奴だなぁと思って」
    「うー……」
     と、レブはうつむいたイールの肩をポンポンと叩き、優しく声をかける。
    「まあ、いいんじゃないか? あいつは悪い奴じゃないし、まあまあ顔もいいし。今回の作戦が終わったら、改めて『付き合ってください』って言ってみればどうだ?」
    「……いや、でも、いきなり……そんな……うー……」
     結局、とても釣りができるような状況ではなくなり、この後夜になるまで、レブはイールを落ち着かせようと、温かく声をかけ続けた。
    火紅狐・来帝記 2
    »»  2011.05.23.
    フォコの話、219話目。
    克一門。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     イールが慌てふためいている一方で、少佐はまた、大火と話をしていた。
    「なあ、克」
    「うん?」
    「あの術……、拙者も自分なりに学んではいるのだが、どうも魔術が刃に宿るところまで行かん。何かコツのようなものは無いのか?」
     そう問われ、大火は「ふむ……」と短くうなり、腕を組んで思案する仕草を見せた。
    「そうだな……。詳しく聞けば問題点も見えてくるだろうが、今はそうも行くまい」
    「……確かに。まさかこんな小さい舟の上で刀を振り回すわけにも行かんし、理論も口だけでの説明は難しい。
     ……とは言え、他にやることもない。何か話でも、と思ったのだが」
    「釣りでもしていればどうだ、あの二人のように」
     そう言って大火は顎でイールとレブを指し示すが、少佐は苦笑いを返す。
    「いや……、恥ずかしながら拙者、釣りは苦手でな。生まれてこの方、一匹も釣れた試しがない」
    「そうか」
     短く答え、話を切り上げようとする大火に対し、少佐は食い下がる。
    「と、と。そんな邪険にするな、克」
    「……」
    「ほら、そうだ。お主、弟子がいると言っていたな?」
    「ああ」
     面倒臭そうな目を向けてくる大火にめげず、少佐は質問を重ねる。
    「何人ほど?」
     大火は少佐の方を向こうとはせず、うざったそうに返してきた。
    「……今は、一人もいない。皆、俺を裏切るか、眠るかした」「う」
     地雷に触れてしまい、少佐は一瞬、口をつぐんでしまう。
    「……ま、まあ、……その、済まなんだ。……では、話を少し変えよう。
     その……、その弟子と言うのも皆、魔術師だったのか? 先日聞いた限りでは、どうも鍛冶師だったり剣士だったり、はたまた占い師だったりと、あまりに職がバラバラなような気がするのだが」
    「……ふむ」
     そこでようやく、大火が顔を向けてきた。
    「確かにそれぞれの就いた職は、様々だ。元から就いていた経歴もある。
     平たく言ってしまえば俺の弟子、『克一門』の定義とは、単に俺から魔術なり剣術なりの話を聞いた、と言うことになるな。
     まあ、それに」
     と――大火は珍しく、どこか寂しげな表情を浮かべた。
    「師匠・弟子の関係と言うよりは、同胞・同志としての関係の方が強かった。そもそも俺が奴らを弟子に取った、その基準と言うものも、授受の関係だ」
    「授受の?」
    「中央風に言えば、ギブ・アンド・テイク。奴らが俺を助け、俺が奴らを教え、……そう言う関係だった。
     だが――残念ながら、結果としては、奴らは俺とことごとく決別し、俺に刃向った。俺に与するなら、俺は助ける義理もあろう。だが刃向うのなら……」
    「……目には目を、か。……烏滸がましい意見ではあろうが」
     少佐は深いため息とともに、大火にこう返した。
    「お主が魔界に踏み込んだような目をするようになった原因が、分かったような気がする。かつての弟子、仲間をその手にかけたと言うなら、そんな目にもなろう」
    「……ク、クッ」
     ところが、大火はまるで鴉の鳴き声のような笑いで、それに応じた。
    「烏滸がましいな、確かに。
     ……確かにそれは一因ではある。だが、それだけではない、な」
    「……やはり読めぬな、お主と言う男は」
    「それが理解されれば、俺には十分だ」



     やがて夜になり、待垣島にわずかながら光が明滅しているのが確認できた。
    「軍備を運んでるみたいだな」
    「そのようだ。そろそろ、上陸しよう」
    「ええ」
     一行は静かに舟を進め、軍備が運び込まれている海岸とは反対の方角、島の南岸へ向かう。
    「敵の姿は……、無さそうだ」
    「あそこから上陸できそうだな。よし……」
     慎重に舟を海岸に寄せ、まずレブが島に乗り込んだ。
    「……、よし。こっちはガラ空きみたいだ」
    「じゃ、あたしも……」
     続いて、イールも上陸する。さらに少佐も乗り込み、大火が最後に舟から降りようと――して、挙げかけた足を止めた。
    「……どうした、克?」
    「しゃがめ」
    「え?」
     きょとんとする少佐に対し、イールとレブは大火が執る行動を察知し、少佐の襟を引っ張っりながら伏せた。
    「『一閃』」
     次の瞬間、パシュ、と短く鋭い音が飛び、一行の前に並んでいた松の一つが、バッサリと枝を切り落とされる。
    「うおぉ!?」「わあっ!?」
     直後、その松の裏手から驚いたような声が上がった。
    「な……、んと、兵が潜んでいたか!」
     襟元を正しながら目を白黒させる少佐に構わず、イールたち三人は武器を手に取る。
    「敵襲! 敵襲!」
    「南岸から上陸された!」
    「出会え、出会えッ!」
     島の奥から、ドタドタと足音が聞こえてくる。
    「くそ、見つかっちまったか……!」
    「やるしかないわね!」
     イールとレブは武器を構え、やってくる敵を迎え撃とうとした。
     ところが――。
    「相待たれよ、皆の者!」
     少佐が突然、大声で叫んだ。
    火紅狐・来帝記 3
    »»  2011.05.24.
    フォコの話、220話目。
    熱い侍の説得。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     少佐の呼びかけに、集まってきた兵士たちが立ち止まる。
    「……?」
     松明で照らされた兵士たちの顔は、一様にけげんな表情を浮かべていた。
     対するイールたちも同様に、呆気に取られている。
    「少佐?」
    「何する気だ?」
    「まあ、待て。拙者に考えがある」
    「え……」
     少佐はイールたちの前に立ち、大声で兵士たちに呼びかけた。
    「拙者、元清朝軍は魔術教官、穂村玄蔵である! 諸君らの中にも、拙者に指南を受けた者がいるであろう?」
    「……」
     兵士たちの何名かが、困惑した様子ながらもうなずく。
    「では、拙者が軍を離れた理由を存じているか?」
    「……ええ、まあ」
     と、さらに何名かが返事をした。
    「ならば話は早い! 拙者らに協力せぬか?」
    「えっ」
    「今、諸君らがこの島に乗り込み、行っていることは、何か分かっているか?」
    「それは……、まあ」
    「言ってみろ」
     少佐は大声を出しつつ、刀を捨て、じりじりと歩み寄っていく。
    「少佐!?」
    「任せておけ」
     少佐はイールたちに振り返らず、そのまま話を続ける。
    「さあ、言ってみろ。ここへ軍備を運んだのは、一体何のためだ?」
    「……上層部からは、軍倉庫の建て替えのため、一時的にここへ移送するようにと」
    「それは、おかしいと思わんか? 単なる建て替えであれば、わざわざこんな、都より遠く離れた小島などに移すなぞ、手間がかかるばかりではないか!
     諸君らも、とっくに気付いているだろう? これはそんな、簡単な話ではないと」
    「……!」
     少佐の言葉に、兵士たちの表情がこわばる。
    「拙者がはっきり、言ってやろう! 今、世界の宗主たる天帝が直々に、この央南の地へ赴いている! それは何故か? そう、王朝の叛意を見抜いたからに他ならぬ!
     それをごまかすために、単なる都の守護、防衛と言う名目では余りある、その莫大な軍備を、ここへ隠そうとしているのだ! 何と意地の汚いことであると、そうは思わんか!?」
    「う……」
    「さらにはその汚れ仕事を諸君らに押し付けておいて、その上層部やら国王陛下やら、その取り巻きやらは都にこもり、天帝へ酒や馳走を振る舞い、のうのうと相伴しているはず! それ即ち、彼奴らにとって、既に諸君らのことなぞ他人事も同然と言うことだ!
     考えてもみろ! もし、諸君らのこの行動が視察団に露見すれば、国王はどう弁解するだろうか!? 恐らく、諸君らを『軍備を横流ししようとした奸賊』などど蔑み、にべもなく切り捨てるであろう!」
    「……」
     兵士たちの顔に不安の色が広がり、互いに顔を見合わせ、ぼそぼそと何かを話し始めた。
    「悔しくはないのか、お前たち!?
     こんな誇りのない仕事をするために、お前たちは軍人になったのか!?
     こんな、国のためにならぬ、くだらぬ汚れ仕事のために、お前たちは宮仕えの身になったのかッ!?」
    「それは……」
     叱咤され、兵士たちは悔しそうな顔になる。
    「違うだろう!? 拙者らは国のため、この央南の地に住む皆のために、軍人となったはずだ!
     ……だから、皆の者」
     少佐は突然その場に座り込み、深く頭を下げた。
    「……!?」
    「頼む! 拙者らに協力してくれ!」
    「……」
     少佐の説得とこの土下座に、心を動かされない者はいなかった。



    「へぇ……、そんなことが」
     戻ってきたイールから顛末を伝え聞いたランドは、素直に驚いていた。
    「なるほど、戦下手でも人心掌握に長けていたわけか。確かに反乱軍のリーダーの資質はあるんだね」
    「ほめてないでしょ、ソレ」
     呆れるイールに、ランドは小さく首を振る。
    「いやいや、評価してるよ。確かに人を率いる器だ。
     ……と、じゃあつまり、今現在はマツガキ島を、掌握してあるんだね?」
    「ええ、バッチリよ」
     イールの報告に、ランドは、今度は深くうなずく。
    「よし。それじゃ、次の手を進めようか」
    火紅狐・来帝記 4
    »»  2011.05.25.
    フォコの話、221話目。
    急所へ向かう視察団。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     視察団の来訪から1週間が経とうかと言う頃、ついに事態は動いた。
     来訪からこの日まで、視察団は白京市内および近郊の都市を根掘り葉掘りと捜索し、不穏・不安の根をひたすら探っていた。
     しかし、視察団が来ることは事前に伝わっていたし――その時点で「視察」などと言う行為は無意味も同然なのだが――清王朝にとって不利になるような案件、物品は白京周辺から遠ざけている。
     さらには問題の待垣島についても、視察団が来る直前には既に軍備を運び終え、担当の兵士たちが戻ってこないように措置を執っている。そのため、仮に一人ひとり、白京内の兵士たちを詰問しても、何も出てくることはない。
     そもそもこの待垣島の開発が行われ、そして中止されたのは、現在40半ばの穂村少佐がまだ新兵だった頃の話である。20余年、四半世紀が経った現在、書庫の資料をよほど奥深くまで漁りでもしない限り、このちっぽけな島の情報が入ることはまず無かった。

     しかし、この日。
    「ん……?」
     視察団の面々が港へぞろぞろと歩いていくのを、清王朝の文官が発見した。
    「これはこれは、視察団の皆様! 本日はどちらへ……?」
     文官に尋ねられ、官僚の一人が答える。
    「ここより南に、何でも漁業基地として開発されかかった島があると情報が入った。船を出し、そこを調査するのだ」
    「島、……でございますか?」
     清王朝にとっては間の悪いことに、この文官は待垣島のことなどまったく知らなかった。
    「そうだ。何でも、……ま、……まち?」
    「マツガキ島、ですな」
     他の官僚に助け舟を出されつつ、その官僚は説明する。
    「そうそう、そのマチガイ島だ。情報を受け、市井の者に尋ねて回ったが、どうも要領を得ない。どうやら、地元の者にも忘れられた島らしい」
    「はあ」
    「とは言え、物理的に存在するのは確かなようだ。ここも白京の領内であろうし、それならばと言うことで、これから調べに向かう」
    「そうでしたか。では、お気をつけて」
    「うむ」
     文官が去ったところで、官僚たちは小声で相談しあう。
    「……今の文官は、存じていなかったようだな?」
    「そのようで。しかし、情報によれば」
    「ああ。とは言え、文官や兵士の全員が絡んでいるわけでもなかろう。恐らく一部の者だけ、この件に加担しているのだろうな」
    「まあ、どちらにせよ、この一週間で最も臭う情報です。何しろ情報提供者が……」
    「うむ。島にいる兵士、とのことであるしな」



     待垣島のことが露見しないよう、兵士たちが物資を輸送し終えた時点で、輸送船が彼らを置いて島を離れるように手配されていた。
     彼らが街に戻ってこないように、間違っても視察団と会わないようにと言うサザリーの考えだったが、穂村少佐との一件により、その目論見はあっけなく破綻していた。
    「お待ちしておりました、視察団の皆様。準備は既に整っております」
    「うむ」
     港に着いたところで、島に置き去りにされていたはずの兵士のうち数名が、視察団の乗ってきた船からひょい、と降りてきた。
    「案内、よろしく頼んだぞ」
    「お任せください」
     この兵士たちは少佐の説得に感銘を受けた一人であり、締め出された都に忍び込むと言う危険を買って出てくれていた。
    「では、直ちに出港し……」
     と――街の方から、青ざめた顔の重臣が数名、バタバタと走ってきていた。どうやら先程の文官から事情を聞き、慌てて駆けつけたらしい。
    「……いかがなされますか? 構わず出港を?」
    「いや、……言い分を、聞くだけ聞いてみようか」
     彼らが到着したところで、官僚の一人が声をかける。
    「どうされた、皆。何かあったか?」
    「あ、あ、あった、ど、どころではっ」
     重臣たちはブルブルと震えながら、船の出発を止めようとわななく。
    「お、おお、お戻りくださいませ! そっ、そんなところに、何もありはしません!」
    「何もない? 何のことだ?」
     しまったと言う顔をした重臣に畳み掛けるように、官僚はわざとぼかして尋ねてみる。
    「はて、『そんなところ』とは、どこのことを言っているのか?」
    「ま、待垣島の件にございます! あそこはとうの昔に廃棄された……」
    「そうか、そうか。では良からぬ者が棲みついているやも分からんな」
    「あっ、いやっ、そうではなくて……」
    「我々はどんな小さな不穏の種も見逃さぬつもりで、視察に来ている。誰の目にも触れぬ基地跡があると言うなら、むしろそこを探らねば何の意味も無いではないか。
     ……それとも何か? 我々がそこを探ると、諸君らに何か不都合があるのか?」
    「……い、いいえ……」
    「ならば良いではないか。
     では、見送りご苦労であった」
     官僚たちはそそくさと船に乗り、出港した。
    火紅狐・来帝記 5
    »»  2011.05.26.
    フォコの話、222話目。
    軍備隠し、露見。

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    6.
     沖へと進んでいく視察団の船を真っ青な顔で見ていた重臣の一人が、ばっと身を翻した。
    「エール氏だ! 彼なら何か、手を打ってくれているはず!」
    「そ、そうだ!」
     彼らは大急ぎでサザリーのいる宿へ駆け込み、まだ高いびきで眠っていた彼を起こし、事情を説明した。
    「ふあ、あ……、なるほど、うーん、そりゃ確かにまずい」
    「何を悠長な!」
    「どうにかしてくれ!」
     わめく重臣たちを横目でチラ、と眺め、サザリーはにへら、と不気味な笑いを浮かべた。
    「ご安心を。こんなこともあろうかと、取って置きをね、……うへへへ」
     サザリーは枕元のかばんから、巻物を取り出した。
    「何だ、それは……?」
    「魔法陣を記したものです。と言っても、これはまだ完璧じゃないです」
    「は……?」
    「完成させるとあら不思議、と言う奴ですよ。こうして、ここにちょい、っと」
     サザリーは指を墨壷に漬け、魔法陣に点を打つ。
    「これでマツガキ島は大爆発、跡形もなくドカンです」
    「何だと?」
    「いわゆる『魔術頭巾』の技術の応用でしてね。火の術を発動させるよう、その命令をマツガキ島の軍備に紛れ込ませていた魔法陣へ送ったんです。
     もうそろそろ、沖の方から……」
     そう言ってサザリーは、よれよれの兎耳を窓へと向ける。重臣たちもつられて、窓に目をやった。
     が。
    「……」
    「……」
    「……エールさん?」
     1分ほど経っても、爆発音など聞こえてこない。
    「……ちょっと遠すぎましたかね。流石に音なんて聞こえないみたいで。
     ま、ご安心ください。魔術はちゃんと発動してますし、証拠は全部……」
     と、サザリーがペラペラと魔法陣の描かれた巻物を振ったその時だった。
     突然、その巻物が燃え上がった。
    「……!?」
     当然、巻物を持っていたサザリーの寝巻きの袖に火が移る。
    「う、……わ、あち、あちちっ!?」
    「エールさん!?」
     慌てふためく重臣に応じる余裕もなく、サザリーは手をバタバタと振って火を消そうともがく。
     何とか火は消えたが、サザリーの左袖はブスブスと黒い煙を上げ、腕に軽い火傷を負ってしまった。
    「な……、何が……? なんで……?」
     つい先程まで余裕綽々だったサザリーは、腕を押さえて呆然とするしかなかった。

     同時刻、湯嶺。
    「クク……、愚か者め。こんな三流、子供の落書きのような魔術で証拠を消そうとは。クククク……、笑わせてくれる、ククク」
     島に乗り込んだ際、大火がサザリーの仕込んだ魔法陣の存在に気付き、持ち帰って細工をしたのだ。
     そして今、術が発動したことを、大火は笑いながら教えてくれたのである。
    「今頃は、仕掛けた相手の方が燃えているだろうな」
    「へー、そんなコトできんの?」
     イールの問いに、大火はクックッと笑いながらうなずく。
    「術によるが、な。単純なものほど、効果や対象を反転させやすい」
    「流石ねー」
    「ククク……」

     この1時間後、視察団は何の妨害も受けず、待垣島に上陸した。
     そして大量の軍備と、現地に留められていた兵士たちから事情を聞き、彼らは戦慄した。
    「なんと……、本当に、政府転覆を狙っていたとは!」
    「単なる風説と思っていたが、まさか……」
    「証拠も証言も十分すぎるほどあるな。……これはのんびりしていられん!」
     官僚たちは兵士にこう声をかけ、共に連れて行こうとした。
    「我々はこのことを正式に糾弾するため、一度白京へ戻り陛下をお連れした後、央北へ戻ることにする。
     お前たちについてだが……、このまま白京へ戻れば、ただでは済むまい。そこで此度の貢献を高く評価し、中央軍にて厚遇しようかと思うが、どうだ?」
     ところが兵士たちは一様に、横に首を振った。
    「いえ、お気持ちは大変嬉しいのですが、我々は央南の地に残ります」
    「ほう……?」
    「と言っても、我々を裏切った清朝に仕える気は既に、毛頭無く。このままこの地に残り、戦おうと考えております」
    「なるほど。……とは言え、天帝陛下にこの件をお伝えせねばならん。もう一度だけ我々と共に、船に乗ってもらうが、それでも良いか?」
    「分かりました」



     こうして309年の暮れ、清王朝の企みは、中央政府に知られることとなった。
    火紅狐・来帝記 6
    »»  2011.05.27.
    フォコの話、223話目。
    笑う巨悪。

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    7.
     清王朝の叛意が明るみに出た後、中央大陸の情勢はにわかに騒がしくなった。
     何しろ、中央政府にとってはそれなりに信用していた名代である。天帝オーヴェルをはじめとして、政府各所から批判・非難が相次いだ。

     さらに、央中の商人たちにとっても、この事件は衝撃的だった。
     自分たちが取引していた相手が、実力行使で支払いを踏み倒そうとしていたことを知り、彼らは慌てて取引を中止し、また、取引を仕切っていたサザリーを非難。それぞれ、莫大な違約金・賠償金を請求した。



    「お帰り下さい」
     イエローコースト、金火狐の屋敷。
     事態の収拾を頼もうと尋ねてきたサザリーは、門前払いを喰らっていた。
    「いや、そんなわけに行かないです! 会わせて下さい!」
    「お帰り下さい」
     この混乱に巻き込まれることを嫌ったケネスが、サザリーを通さないよう指示していたのだ。
     それは事実上、手を切られたことに等しかった。
    「頼みます! 本当にお願いします! 会えなきゃ僕は……!」
     屋敷の者たちはにべもなく、同じ言葉を繰り返した。
    「お帰り下さい」
    「本当にお願いします! 困るんです! 困ってるんですよ! どうにかしてくださいよおおおぉぉ……っ」

    「……く、っくく」
     屋敷の窓からサザリーの叫ぶ様を見ていたケネスは、頭に巻きつけていた「頭巾」に語りかける。
    「お聞きでしたかな、今の叫び声を?」
    《ああ。……まったく、どうしようもない奴だ》
     声の主は、ため息交じりでケネスに応じた。
    「そう言えば、この話はしましたかな……。
     彼は、私がスパス君のことについて尋ねた際、『バカとハサミは使いよう』と言っていたのですよ」
    《……、そうか、そう言っていたか。
     愚か者と言うのは、何が愚かなのか、それすら分かっていない。だからこそ『愚か』なのだ》
    「己のことも分からぬ者であるからこそ、愚者。……と言うことですな」
    《まあ、こんな末路も想定はしていたことだ。……結局のところ、弟が成功しようと、こうして失敗しようと、君には得になるだけだったのだな》
     相手の言葉に、ケネスは下卑た笑みを浮かべる。
    「ええ、確かに。どう転ぼうと、儲からねば何の意味もないですからな。
     この一件により、央南関係の取引は全滅するでしょうな。そして当然、そこに発生していた需要は、別のところへ流れていく。
     それはどこか? 政変が起こったばかりの北方? いいや違う。では内戦の真っ最中である南海? それも、ノーだ」
    《……そう、残るは私の本拠地、西方だ》
    「今まで西方関係の取引を過熱させ、物価を上げてきたことが、ここでようやく実を結ぶわけですな。
     少しくらい元値から乖離していようと、央南からあぶれた需要はそこへ行き着き、消化されるのだから」
    《そしてその利益を誰より享受するのは、君と、……うまく行ってくれれば、私だ》
    「くくく……、笑いが止まりませんな。本来ならこんな高値での取引など、一笑に付されて終わり。それが罷り通ってしまうわけですからな。
     ……とは言え、少しばかり事態が早く動きすぎた。それに、央南自体は瓦解もしていない。もう少し粘れば、もっと物価は劇的に上がったでしょうし、央南もなお安く買い叩けた。
     その点については、残念と言う他ありませんな」
    《ケネス総帥、……迷惑を、かけてしまったな》
    「いやいや、気にされぬよう、ミシェル総裁。彼も彼なりに、私のために、ほんのちょっとばかりは役立ってくれたのですから。
     まあ、……これからが彼の、本当の地獄になりますがね」
     ケネスの一言に、相手は怪訝そうな声を出す。
    《どう言うことだ?》
    「彼には後で、密かに手を差し伸べてやろうと考えていましてね」
    《ほう……》
    「その上でもう一度央南へ戻ってもらい、本格的に清王朝を転覆してもらおうかと」
    《ああ、そうだな。どう展開しようと、そこは外せないわけだ。
     でなければ君の本懐、央南買収の目処などつけられるわけが無いからな》
    「ええ。まあ、まだ信頼回復の手段はいくらでも用意できます。それを使って、彼にもう一度頑張ってもらう。
     もう一度、地獄へ飛んで行ってもらおうかと思っています」
    《……確かに地獄だろうな。あいつの苦労が、目に見えるようだ》

    火紅狐・来帝記 終
    火紅狐・来帝記 7
    »»  2011.05.28.
    フォコの話、224話目。
    小悪党商人の帰還。

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    1.
    「追放は、やむなしか」
    「はい……」
     白京、清王朝宮殿。
     国王、清一富と家臣たちが集まり、中央政府との関係修復のための会議を行っていた。とは言え――。
    「大量の軍備、そして内情を知る兵士たちからの証言。それを突きつけられては、なだめすかし、ごまかそうとしても無駄でしょう」
    「ううむ……」
     中央政府からはすぐにでも、正式に「名代職追放」の辞令が下りかねない状況にあり、さらには制圧に出ようかと言う気配も濃いとみられている。
     交渉を誤れば即、大量の中央軍が攻めてくるのは明らかだった。
    「……戦うしかないのか、最早?」
    「なりません!」
     開き直って交戦を提案した一富王に、家臣たちからは反対が相次ぐ。
    「いくら軍備を蓄えたとて、人・設備・戦略性、さらには道義的にまで、我々は著しく劣っております!」
    「戦えばほぼ間違いなく敗北するでしょう。よしんば、奇跡的に中央軍に勝ったとしても、それで中央政府が潰れるわけもなく」
    「勝っても負けても、我々は非難の的にされるでしょう。言わば戦った瞬間、我々は潰されます。戦争の面でも、国際社会的にも」
    「……ぬう」
     一富王は頭を抱え、自分たちの行動を後悔していた。
    「わしがあの男の言うことを聞いたりしなければ、こんな結果にはならなかった。悔やみきれん……!」
    「陛下……」
     家臣たちは、この恰幅の良い国王が、これほどまでに縮こまる様を目にし、胸を痛めた。

     と――。
    「お邪魔します」
     扉を静かに開け、会議の場に『あの男』――この騒動の張本人、サザリーが割って入ってきた。
    「……貴様……!」
     沈んでいた一富王は、サザリーを見るなり立ち上がり、傍らの薙刀を手に取る。
    「へ、陛下!」
    「お、お収め下さい!」
     ざわめく家臣たちに耳を貸さず、一富王は薙刀を構えたまま、ドスドスと足音を立ててサザリーの方へと向かう。
    「わ、わわわっ、ちょ、陛下、陛下、陛下! 落ち着いて下さい、陛下ってば!」
     サザリーは顔を青ざめさせ、王から逃げ回る。
    「うるさい! 貴様のせいで、我々は……!」
    「その件なんです! その件で、一通り話をまとめてきまして!」
     その一言に、一富王の足が止まる。
    「まと……、めた?」
    「は、はい! 僕のツテを使ってですね、あの、中央の方を、はい、それなりに諌めてもらってですね、現状は何とか、様子見と言う段階まで、向こうの警戒を解かせました!」
    「……詳しく、説明してみろ」

     にらみつけてくる国王・家臣・将軍たちに囲まれ、サザリーはしどろもどろながらも説明した。
    「えーとですね、まあ、……ともかく、追って説明するとですね。
     中央政府がまず下そうとした、この国に対する措置って言うのが、『名代職追放、及び敵対組織への積極的防衛』だったんです。
     これはですね、造反・謀反を起こした親中央政府国・組織に対して、最も重い類の措置になります。一つの国の中で例えるなら、これは重反逆罪とか国家転覆罪に当たりますね。下されれば確実に、中央軍が大挙して押しかけ、央南は一掃されたでしょう。
     ただ、まあ、この処置を決定しようとした天帝も、そんな理由では軍を動かせないわけで」
    「何故だ? 中央政府の全権限を有しているだろう?」
    「それなんですが、まあ、確かに、全権を握っているのは握ってるんです。
     でも『名代職』って言うのは、初代の天帝であるゼロ・タイムズ帝が命じたもの、つまり天帝教の主神が自ら命じたものなんです。
     自分たちの神を否定するようなことは、天帝教の教皇、即ち当代の天帝であるが故に、できるはずがないんですよ。もしそれを強行しようものなら、それはもう、天帝と呼べません」
    「ふむ……」
    「僕のツテがそう説得して、何とか軍が動くのは止めさせたんです。
     後、名代職の追放って言う処分を『権限の停止』、つまり名目上は名代職のまま、その権力の行使だけは禁止するってレベルにまで、処分を軽くすることはできました。
     だけども、やはり今のところは、それ以上には覆すことができませんでした。何と言っても、実際に軍備を用意していたわけですし、兵士たちからの情報もあったわけですから。
     でもですね、……そう、ここなんです。ここが、重要なんですが」
     そう言って、サザリーは不気味な笑みを浮かべた。
    「ここにいらっしゃる、まさに『清王朝の中心』の皆さんの誰が、正式に、公然と、『中央政府を攻撃する』と言いましたか?」
    「……!」
    「そう、軍備と兵士の証言から、こちらに叛意があると解釈されただけです。まだここにいらっしゃる誰も、それを認めていない。
     だから今後は、その軍備が中央政府を攻撃するために用意されたものではなく、また、兵士たちの証言に関しても、彼らの現場判断、状況認識能力の甘さから、清朝軍の本意と離れた解釈をしていた、と広く説明するんです。
     まあ、それでも、口だけじゃ納得はしていただけないでしょう。ですから、軍備を実際に使うんです。中央政府へ、じゃなく、頭を悩ませているもう一つの要因、反乱軍へと。
     それで全ての辻褄が合わせられます。元々、中央政府に応援要請したのだって、反乱軍を潰すためだったんですし。軍備を反乱軍へ向けて使えば、信じてもらえるでしょう。
     あと、まあ、央中からツケをどうのこうの言ってきてますが、これについても、僕がツテの力を借りて、何とかしますので」
    「……いいだろう。今一度、信用してやろう」
     ずっとサザリーをにらみつけていた一富王は、ようやく納得してくれた。
    火紅狐・発火記 1
    »»  2011.05.31.
    フォコの話、225話目。
    火の魔術剣。

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    2.
    「つまりは、中央は様子見と言う結果か」
    「そう言うことです」
     湯嶺、穂村少佐の家。
     中央政府の、清王朝に対する処置を聞いた少佐は、残念そうにうなった。
    「むう……。それでも、中央軍が手を出さぬだけは、ましか」
    「この展開も十分あると予見できていましたし、僕からしてみればまずまず、と言うところですね。
     それに、国内の展開は良くなってきています。かねてからの重税と徴発が長期化していることに加え、その理由が明らかになり、また、兵士たちが数名離反したことと、中央との関係が悪化したことから、世論では清王朝非難、打倒の声が大きくなっています。
     清王朝も態勢立て直しに奔走しているでしょうし、今なら、かつて少佐が実行しようとしていた作戦――コゲンの備蓄基地攻撃も、大きな成果を挙げるでしょう」
    「ふむ……」
     ランドの見解に、少佐は深くうなずいた。
    「攻めて良し、と言うのならば、攻めてみようか。
     丁度克からも、技を教わったからな」
    「技?」

     その技を見せてもらうため、ランドは少佐に連れられ、家の裏手、雑木林の生い茂る山へ入った。
    「ふう、ふう……、それで、どんな技なんです?」
     短めではあるが山道を登り、軽く息を切らしているランドに、少佐はニヤリと笑って見せた。
    「おう。しからば、お見せ致そう」
     そう言って、少佐はひゅん、と軽い音を立てて刀を抜き、正眼に構える。
    「……『火刃』」
     次の瞬間、少佐が持っていた刀の切っ先に、ぽん、と火が点いた。
    「火、……ですか?」
    「ただの火にはござらん。魔術による炎だ」
    「へぇ……?」
     話しているうちに、刀に付いた火は、刃全体に回る。
    「とくと見よ、ファスタ卿。……りゃあッ!」
     火の点いた刀が、近くの木をざくり、と斬る。
     そしてそのまま、木には火が回り、あっと言う間に燃え尽きた。
    「うむ、上出来だ」
     少佐は満足げに笑みを浮かべつつ、刀を納めた。
    「なるほど……。近接戦、白兵戦には有効そうですね」
    「であろう? これを拙者は、教条化した。我々反乱軍の兵士たちにも魔術の心得がある者は多いし、使える者は何人かいるだろう。
     戦う準備は、いつでも整っている」
    「……ふむ」
     少佐の言葉に、ランドは引っかかるものがあった。
    「少佐。あなたはいつも、戦うと言う選択をされますが」
    「うむ」
    「あなたは平和に話し合い、敵を引き入れることもできる方だ。それなのに何故、まず戦おうと? まず話そう、と言う姿勢を前面に出すことはできないんですか?」
    「なるほど。……それは、机上の理屈であるな」
    「え?」
     少佐は刀の柄をさすりながら、遠い目をして尋ねた。
    「お主、実際に人と争ったことは無かろう?」
    「いえ、戦闘地域に赴いたこともありますし、口論になることも……」
     否定しようとしたランドの弁をさえぎり、少佐はこう付け加える。
    「そうではなく、実際に殴ったり、殴られたりの喧嘩になった、と言う話だ」
    「……それは、確かに無いですね」
    「実際にそうなった場合、相手は拙者の話など聞かぬ。何が何でも、拙者を殴りつけ、蹴り飛ばし、打ち倒そうと、頭の中はそれで満杯になる。
     そこへ『待て待て、まずは話し合おうではないか』などと声をかけたとて、憤怒がパンパンに詰まった頭に入ろうはずも無し。
     呑気に『自分は口達者だから、話し合いに持ち込みさえすれば何とでもなる』などと、無防備に構えていたら、……真正面から斬られて死ぬぞ、お主」
    「……」
     少佐はランドに向き直り、渋い表情を緩めた。
    「まあ、そんなところだ。……いや、拙者とて、話し合いができるに越したことはない。
     であるから、先の待垣島では刀を抜かなかったのだ。あの時の兵士は、戸惑いを見せていたからな」
    「戸惑い?」
    「あの時の彼らは、武器を構え、拙者らに対し警戒してはいても、すぐに襲撃しようとはしなかった。
     何故なら、襲撃に足る理由を持ち合わせていなかったからだ。納得の行かぬ軍務に就き、何が自分たちの敵であるかも定まっていなかった。
     であるからこそ、彼らは拙者の話に耳を貸したのだ。……こんなことは、稀有な例と心得てほしい、ファスタ卿」
    「……分かりました。参考にします」
    火紅狐・発火記 2
    »»  2011.06.01.
    フォコの話、226話目。
    反乱軍の初陣。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     双月暦310年、春の兆しが見えてきた頃。
     中央政府の後ろ盾を失い、民衆からの支持が揺らぎ、その存在意義が不確かなものとなった清王朝に、ついに宣戦布告が突きつけられた。

     央南西部の街、弧弦。
     紺の袴装束に赤い羽織、そして鎧兜を着けた剣士たちが、ぞろぞろと街に現れた。
    「あれは?」
    「一体……!?」
     みるみるうちに、街中が赤と黒のモザイクに染まる。
     そしてその先頭にいた穂村少佐が、進軍しつつ口上を述べる。
    「我々は清王朝に対し反旗を翻し者、反乱軍にござる! 我々は此度いよいよ、その反乱の狼煙を上げる!
     民衆よ! 我々に加担すれば、必ずやあの諸悪の根源、清王朝を懲らしめることができようぞ! さあ、立ち上がるのだ!」
    「……っ」
     この口上に、ざわめいていた町民は静まり返り、互いに顔を見合わせる。
     反対に、街中にいた兵士たちは、顔を真っ青にした。
    「げ、迎撃、迎撃だ! 奴らを追い返せ!」
    「ぎょ、御意!」
     慌てふためきながらも、司令官の指示によって、兵士たちは武器を手にし、反乱軍の侵攻を止めようとする。
     だが――。
    「邪魔立てすると、容赦せんぞッ!」
     少佐は刀を抜き、それに火を灯した。
    「な……!?」
    「刀が、燃えて……!?」
     続いて、燃える刀をそのまま、道端の木に向かって振りぬく。
     刀から火が飛び、その木はあっと言う間に燃え上がった。
    「なん、だ……、あれは……!?」
    「魔術? いや、剣術なのか?」
     少佐に続き、追従してきた剣士たち十数名も、同様に刀へ火を灯す。
     武装した人間が大挙して押しかけて来たことと、この面妖な術を見せ付けられたことで、清朝軍の士気は激しく揺れた。
    「に、逃げろ!」
    「バカな、戦え! 戦わねば死ぬぞ!?」
    「あんなの相手にできるかッ!」
     もとより清王朝の権威失墜で士気を落としていた兵士たちは、あっさりと瓦解。
     戦おうとする者は少しいた程度で、残るほとんどは逃亡するか、大人しく投降した。

     こうして反乱軍は初陣において、圧倒的勝利を手にした。
     反乱軍は弧弦の軍基地を落とすだけではなく、街全体の支配権を獲得。その勢力を大きく伸ばした。



     初戦を制し、反乱軍の士気は大いに上がった。
    「殿! 次はどこを!?」
    「敵は出鼻をくじかれ、勢いを失っているはず!」
    「二の矢、三の矢とたたみかけ、一気に叩くべきです!」
     家の前で騒ぎ立てる兵士たちに小さく会釈をしつつ、少佐は隣に並んで歩くランドと小声で話をする。
    「拙者からも伺いたい。次はどうすれば?」
    「とりあえず、家に入ってから。謀(はかりごと)は少数で話すべきです」
    「なるほど、一理ある」
     家の戸を閉め切り、屋内には少佐とその家族、そしてランドだけになったところで、ランドの方から話を始めた。
    「まず、この戦いの幕開けが勝利で終わったこと、それは歓迎すべきことです。おめでとうございます」
    「う、うむ」
     回りくどい賛辞に面食らいながらも、少佐は笑顔でうなずく。
    「しかしここでホイホイと次戦、次々戦と進めても、そう簡単には行きません。何故なら、今回の結果を受け、敵は本気を出さざるを得なくなるからです。
     いや、たまたま今回はタイミング的に先制できただけであり、実際のところ、敵はもう既に、大々的に動く準備を整えていると考えて間違いないでしょう」
    「何故そこまで言い切れる? ……いや、いや。待て、予想してみよう」
    「どうぞ」
     少佐はあごに手を当て、しばらく考え込む。
    「……そうだな、思うに。今現在、清王朝は中央政府から、責め立てられているのではなかろうか」
    「ふむ」
    「恐らくは今も、清王朝は中央への叛意云々を強く糾弾されており、それをごまかそうと――即ち『我々には叛意など無い、軍備集めや防衛強化は別の目的があってのこと』と、必死に弁明しているところであろう。
     であればその説明として手っ取り早いのは、元々中央側に流していた話の通りに、拙者ら反乱軍を攻撃して見せることであろう。
     であるから、敵方は既に準備し、攻撃の算段を整えている。そう言うことであろう?」
    「ご明察、まさにその通りです」
     ランドは小さくうなずき、話を続けた。
    火紅狐・発火記 3
    »»  2011.06.02.
    フォコの話、227話目。
    焔流の形成。

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    4.
    「確かに今仰られた通りの状況へ、既に進んでいることでしょう。
     それを踏まえれば、本当に今回の戦果は喜ぶべきものです。今回受けた打撃により、いよいよ敵は我々を、尋常ならざる敵として認識したことでしょう。
     何しろ今回落としたのは、軍事面から見て非常に大きな都市です。敵にしてみれば、立ち上がりかけたところで無理矢理に肩を押さえつけられ、座らされたようなもの。恐らく今回の件で、我々の本拠地はぼんやりとは把握できたものの、それ以上は動けなくなったはず」
    「それは、……ううむ、何故だ?」
     今度は、うまい答えが見つからなかったらしい。少佐は素直に尋ねてきた。
    「今回の攻撃により、敵、即ち我々反乱軍は央南西部にいるものと断定できたでしょう。
     しかし、落とされたのも西部有数の軍事基地。言い換えれば西部、敵陣へ進軍する足がかりを失っているわけです」
    「なるほど」
    「勿論、まだコウカイなど主要都市はあるものの、コゲンは軍事面・交通面において、陸の中心だった場所です。
     よりによって、内陸のあちこちに通じる交通網を、初戦からいきなり、敵に握られてしまっている。周りから攻めようにも、敵はやろうと思えば、まっすぐにでもハクケイへ突っ込んで来られる場所に陣取っている。うかつに攻めれば、喉元を食い破られるかも知れない。敵にしてみればそう言う場所に、我々がいるんです。
     コゲンを我々が手にしたことで、敵は攻めの足がかりを失い、そして、守りを優先的に考えなければいけない状況になっています。とは言え、敵は本気で我々を潰そうとしている。うかつな攻めは、敵に反撃の機会を与えることになります」
    「ふうむ……。優位であることは間違いない、が、攻めれば攻め返される危険もあり、か。
     そう考えると、難しいところではあるな」
    「ええ。次の手は、慎重に進めていかないといけません」

     慎重に、とは言うものの、確かに今は反乱軍が戦いの主導権を握っている状態にある。
     このまま自分たちの優位性を保つため、ランドは早急に、次の戦地を選出した。
    「次は港町、コウカイでしょう。
     敵本営、ハクケイからしてみれば、央南の陸路をパスし、比較的コゲンへの到着が容易になる要地です。
     ただ、海路の状況によっては、ハクケイや他の主要都市からの本軍が到着するまでに、いくらかのタイムラグと言うか、猶予がある。恐らくは敵もそれを考慮し、数週間前に、各地へ艦を回しているでしょう。
     しかし時間的に、その援軍はまだ海上にあるはずでしょうし、コゲンの状況に気付くはずもない。今コウカイを攻め落とし、その援軍を撃退すれば、反乱軍はさらに優位となるでしょう」
    「ふむ。確かにまだ、敵の艦が到着したと言う報告は無い。到着されてからではどうしようもなくなるし、攻めるなら今か」
    「ええ。手早く兵をまとめ、それこそ火急の勢いで攻め込みましょう」
     ランドの言葉に、少佐は楽しそうに笑った。
    「『火』急、か。……今の拙者らには、似合いの言葉よ」
    「確かに。あれは実際の攻撃力以上に、大きな宣伝効果がありました。巷では、反乱軍のことを燃え盛る刀を持つ軍団、『焔軍』と呼んでいるとか」
    「焔? ……なるほど、ホムラ、つまり拙者の姓『穂村』からか。
     面白い、これより拙者は焔玄蔵、とでも名乗ろうか。反乱軍、……いや、焔軍の統領として」
     少佐のその一言に、ランドはクスッと笑った。
    「良いかも知れませんね」



     こうして焔玄蔵と名を変えた少佐を筆頭に、反乱軍改め焔軍は、黄海へと攻め込んだ。
     幸いなことに、焔軍の評判は非常に大きく、その評判に半ば押される形で敵は撤退、及び拘束された。清朝軍からの軍艦が到着する一日、二日前に制圧が完了でき、艦上の敵は洋上で立ち往生する羽目になった。
     そして、これを見逃す焔軍ではない。黄海に備えられていた軍艦を多数出動させ、進退を窮めていた敵艦を拿捕することに、成功した。
     これにより、焔軍は央南西部の主要都市、および近海を制圧。清王朝にとって、容易に落とせない難敵となった。
    火紅狐・発火記 4
    »»  2011.06.03.
    フォコの話、228話目。
    燃え上がる央南。

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    5.
     央南西部をあっさりと陥落され、清王朝は対応に戸惑っていた。
    「こんなにも呆気なく、我々の守りが崩されるとは……!」
     軍議の中心に座る一富王と家臣たちは、頭を抱えてうなる。
     反面、サザリーはどこか他人事のように、平然とこう唱えた。
    「まあ、今回の失敗は、敵軍の本拠地を把握できていなかったせいですよ。これでどこに本拠地があるか、大体は把握できたわけで。
     逆にですよ、これで後々の戦いがしやすくなったと、そう思えばどうでしょうか?」
    「何?」
    「敵のいる場所と、支配されちゃった地域とがはっきりしたわけですから、いわゆる『線引き』がしやすくなったわけですよ。
     ここは一つ、支配されちゃった地域は全面的に見捨ててですね……」「見捨てて、とは何だ!?」
     家臣たちの批判を受け流しながら、サザリーは話を展開する。
    「まあ、まあ、言葉の綾ってやつです。
     とりあえず、僕が言いたいのはですね。今後は央南西部地域と、こっち側との間に、でっかい壁か何かを作ってですね、相手が絶対攻めてこられないようにしちゃうんですよ。
     そうすれば奴らは逆に、央南西部で孤立することになる。そう言う手なんです」
    「ははあ……。なるほど、確かに見方を変えれば、壁を築くことにより、敵は東央中湾、央南洋、屏風山脈、そしてその壁。四方を囲まれるわけか。
     敵もどこぞの国であればまだ、諸外国との連携も取れようが、実質は単なる賊軍。手を貸す国なぞ、いるはずもなし。放っておいても、奴らはやせ細って自滅する、……と言うわけか。
     よし、直ちに壁を築くのだ! こればかりは、遅れを取るわけには行かぬぞ!」
    「はっ!」
     国王の号令を受け、将軍たちはバタバタと、軍議の場を後にした。
    「のう、エール氏よ」
     と、一富王がサザリーに声をかけてきた。
    「なんでしょう?」
    「わしは度々、物事を見誤ってきたようだ。特に、お前と言う男は、ただの疫病神と思っていたが……、これほど、貢献してくれようとは思っても見なかった」
    「……いえいえ、そんな、とんでもない」
     口ではそう答えておいたが、サザリーの本心は逆方向を向いていた。
    (とんでもない、とんでもない。
     貢献? ……した覚えなんてさらっさら無い! これは作戦なんだよ――敵じゃなく、あんたらを攻撃するためのね!
     そう、央南を二分するほどの壁の構築なんて一体、いくらかかると思ってる? さらにその、維持費は? 人件費だってバカにならない。
     もっともらしく理屈を述べてきたけど、これは結局、無駄な出費をさせるためのものなのさ!
     そう、あんたらにはもっともっと、無駄金をはたいてもらわないといけないんだ。それこそ大赤字、財政が真っ赤に燃えるくらいに!
     そのために、僕はこのド田舎に戻ってきたんだ。さあカズトミ王、ずっとバカでいてくれ。もっともっと、バカになってくれよ。
     そうすりゃもっと、僕たちの思い通りになるんだからね。……ヒヒ、ヒヒヒヒ)



     一方で、焔軍側もその動きを一旦、抑えることとなった。
    「様子見、か」
    「ええ。コゲンとコウカイを制圧したことで、我々は実質、央南西部を掌握しました。
     これにより、敵は陸路・海路とも、容易に攻め込めなくなり、我々には若干の余裕が生まれました。であれば今後に備え、焔軍を再編成するのが最適な策かと思います」
     ランドの献策に、少佐は深くうなずく。
    「ふむ。確かに、此度の戦いで我が軍はかなり拡大したからな」
     軍事物資の集積地である弧弦と、海港都市である黄海を手に入れ、焔軍の装備は大幅に拡充された。
     ランドの言う通り、今後のさらなる激戦に備え、軍の態勢を整え直すことに、反対する者は少なかった。「もっと攻めるべき」と言う意見も多少はあったが、前述の、清朝軍側からの「壁」の構築が始まったこともあり、無駄な攻めに終わりそうな気配もあったことから、この意見は却下された。
    「なあ、ファスタ卿」
     少佐は腕を組みながら、神妙な面持ちで尋ねてきた。
    「なんでしょう?」
    「長期戦になるであろうか?」
    「なりそうですね。ただ、僕も何かと忙しい身です」
     ランドはにっこりと笑い、こう宣言した。
    「3年以内に終わらせるつもりをしています。いや、もっと早くするかも」
    「できるのか?」
    「できるできないではなく、『します』と言うことで」
    「……頼りにしているぞ、ファスタ卿」
     少佐はニヤリと笑い、ランドに期待を寄せた。

    火紅狐・発火記 終
    火紅狐・発火記 5
    »»  2011.06.04.
    フォコの話、229話目。
    清朝軍のいびつな台所事情。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「……?」
     これまでの戦闘記録を眺めていたランドが、首をかしげる。
    「どうしたの?」
    「いや、……うーん?」
    「だから、どしたのってば」
     イールの問いかけに、ランドはぽつぽつと答える。
    「いやね、まあ、この1年、ずっと陸と海、両面での戦いを進めてきたわけだけどさ」
    「そーね。……ああ、そっか。もう1年も経ってるのね」
    「まあ、それでね。ちょっと気になるって言うか、腑に落ちないことがあって」
    「なに?」
     ランドは記録が付けられた紙を、ぺらぺらと掲げる。
    「清朝軍もさ、それなりに反撃、防衛を続けてるわけだけど、……それが妙なんだよ」
    「だから、妙って何が?」
    「何故か、月初めからしか動こうとしないんだよね」
    「へぇ……?」
    「ほら、こないだの天神川西の戦いとかもさ、こっちが2月の下旬に防衛線を破っただろ?
     でもその直後、敵は逃げ腰って言うか、撤退してばっかりで、本格的に反撃してきたのは、月が変わった3月1日になってからなんだよ」
    「……変っちゃ、変ね? 10日近くも逃げ回るなんて」
    「結局、その初動態勢の拙さが響いて、テンゲンを陥とすことができた。
     僕らにとって、それがラッキーだったのは確かなんだけど、こんなケースは一つだけじゃない。その前の狐尾丘陵西での戦いだとか、トウリョウ南での海戦とかも、何故か1日付け、月が変わってから本腰を入れてくる。
     まるで、月が変わらないと戦っちゃまずいみたいな、そんな印象を受けるんだよ」
    「月が変わらないとまずい事情、ねぇ。……借金の取立てとかだったら、むしろ月末までにって感じだけどね」
    「ははは……」



     双月暦311年4月。
     清朝軍と焔軍との戦いが始まって以降、全面的に焔軍が圧倒していた。
     単純な兵力差、備蓄差で見れば清朝軍に大きな分はあったものの、兵士一人ひとりの戦闘力では焔軍が優勢であり、さらにランドの頭脳も加えられたことで、焔軍側は特に苦戦することもなく、これまでの戦いを勝ち進んでいた。
     さらに央南中部の州、玄州が味方となってくれたことも、焔軍にとっては大きな助けとなった。これにより、折角清王朝が築いた壁は意味を成さなくなり、清朝軍の防衛力は大幅に落ち込むこととなった。

     そしてもう一つ、清朝軍の動きの鈍さも、焔軍にとっては有利に働いていた。
    「まあ、今回もあんまり良い成果を挙げられませんでしたけど、それはまあ、物資の輸送に手間取ったせいですよ。
     次はもっと、すんなり届くよう手配しますから。ご心配なさらぬよう、陛下」
    「……うむ……」
     沈んだ顔をしている一富王に構わず、サザリーは王の間を後にする。
     と、敗走の説明に納得の行かない家臣や将軍たちが、彼の後を追いかけてきた。
    「待て、エール!」
    「な、なんです?」
    「さっきの説明はなんだ!? まるで我々に何の力も無いような、そんな説明に聞こえたが……!?」
    「いやいやいや、そんなことは。僕が言いたいのは、折角優秀な兵士がいても、武器やら食糧やらが無いと万全な働きができないし、その物資を届けるのに手間取って……」「手間取って!? 何をしらばっくれている!」
     のらりくらりとした説明に苛立った将軍が、サザリーの胸倉をつかんでまくし立てる。
    「我々が何も知らぬと思うのかッ! お前が軍備の配送を、ことごとく遅らせていると聞いたぞ!」
    「い、いやいや。そんなわけ無いでしょ? 僕は最大限努力して、大量かついち早く届くように手配してましたよ。
     ただ、値段交渉の面で難航することは多々ありますけども」
    「値段交渉? 何を寝ぼけたことを! 今は有事なのだ、多少吹っかけられようと、さっさと運ばせれば良いでは……」「はぁー?」
     金の話になった途端、サザリーは将軍の手を振り払い、居丈高になった。
    「じゃああなた、ガンガン吹っかけられた上で交渉を進めろって言うんですね? それが1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月と回数を重ねたら、一体どうなるか分かっていての発言ですよね?」
    「な、に?」
    「いいですか、一回100万クラムで手配するのと、90万クラムで手配。これ10回やったら、1000万と900万ですよ? 分かりますか、100万違うんですよ、100万! その無駄、コストが、限りある戦費をカリカリ、カリカリと削っていくんですよ?
     今は有事、それは確かにあなたの言う通りですよ。だからこそ、長期戦も見越して節約していくのも重視しなければいけないんです。
     あなた、その分のお金出せるんですか? そこら辺の差額全部出してくれるって言うなら、僕は交渉無しで全部話進めますよ? いいんですね? 本当に? それで良いって言うんですね、あなたは!?」
    「う……ぐ……」
    「出せないなら、口を挟まないでいただきたいんですがねぇ!? 金はある分しか使えないんですから!
     ……お話が以上であれば、これで失礼しますよ」
     ぐうの音も出ない、と言う顔の家臣たちにぷい、と背を向け、サザリーはその場を立ち去った。
    火紅狐・連帯記 1
    »»  2011.06.06.
    フォコの話、230話目。
    道を間違えた商家。

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    2.
     夜、サザリーは密かに、「魔術頭巾」で兄――エール家の現当主、ミシェル・エールと会話を交わしていた。
    《口先で大臣と軍人をへこました、か。お前もなかなか、できるようになってきたな》
    「ありがとう兄さん、……へへへ」
    《だが、その締まりの無い笑い方は何とかすべきだ。それはあまり、信用に結びつかない》
    「まあ、その、努力はしてるんですけどね」
     久々に肉親と話し、サザリーは上機嫌に振舞っている。
     だが急に語調を落とし、サザリーは眉をひそめながら兄に尋ねる。
    「ああそうだ、兄さん。……あいつのこと、どう思います? あの、短耳眼鏡」
    《ゴールドマン総帥か?》
    「そう、そいつですよ。……僕にしてみれば、あいつは商人なのか疑わしいんです」
    《……ほう。それは何故だ?》
    「何故って、あいつはあんまりにも非道だからですよ。
     今、僕がこの央南で進めている作戦は、完遂すれば確実に、央南を経済危機に晒します。これでもかって戦費を増やし、その一方で、借り入れ額もどんどんと増えていってます。
     そう、借金を膨らましてるのも、あいつの指示と裁量です。そりゃ、月たったの4%複利、そう説明されたら、数字に弱い奴は美味しい話だと思って乗っかりますよ。でもこれ、年複利に直したら約60%の複利、滅茶苦茶な利子になります。
     それで、これも奴の指示ですけど、月が変わって利子が付いてから出撃するように、って。……こんなアコギなこと、僕たちだって進んでやろうとは思いませんよ」
     弟の意見に、ミシェルはすぐには、何も言わなかった。
    《……》
    「兄さん?」
    《……サザリー。私の意見としては、彼は商人である、と、……思う。
     思うが、しかし。確かにお前の言うように、彼は客や商売敵に対して苛烈すぎる面があることは、否定できない。
     いくら我々の仕事が、結局は『いかにして他者より早く、多く、客から金を巻き上げるか』であるとは言え、彼はその度が過ぎる。あれではまるで、種籾も残さず小麦を刈り取ってしまうようなものだ。後に残るものが、何も無い。
     だが弟よ、それでも私は……》
     と、そこで言葉が途切れる。
    「……兄さん? どうしたんです?」
    《……いや、サザリー。今の言葉、私が言ったことは、忘れてくれ。
     名目的にも、実質的にも、彼は我々エール家の親密なるパートナー、共同経営者だ。それを悪く言うことは、彼との提携を切ることになる。
     そうなれば我々も、おしまいだ。彼の協力によってこの座を、エール商会総裁の座を得た私は、彼の援護無しには、……ここには居られないのだから。
     では、お休み、サザリー》
     それきり、「頭巾」から声は途絶える。
    「……兄さん……」
     あまり倫理観、道徳観念の鋭くないサザリーにも、兄の苦悩は感じられた。

     通信を終えたミシェルは、自室の窓から屋敷を見下ろした。
     その眼下には、庭師が解雇されたため、荒れ果てた庭が広がっている。
    「……これが私の得たかったものか」
     後ろを向けば、そこには膨大な書類が並んでいる。
     その半分が借用書であり、残る半分は、これまで進めてきた央南買収計画、そして西方商業網独占計画に関わるものだ。
    「『いかにして他者より早く、多く、客から金を巻き上げるか』、……か。
     私がなりたかったのは、そんな下劣な人間だったのか」
     彼は今にも叫び出したい衝動をこらえ、書類だらけの机に着席する。
    「……父さん。私は多くの手を、打ち間違えた。
     今はもう、進むも地獄、戻るも地獄。どう動いても、あいつに吸い尽くされそうなんだ」
     彼はガリガリと頭をかきむしる。それ以外に、気を紛らわせる方法が思い付かないのだ。
    「こんな風には、なりたくなかったよ」
     ガリガリと頭をかきむしる彼の前には、一枚の新聞が置かれていた。
     そこには南海の事情――突如現れた商業組合ロクシルムがスパス系を駆逐した、と言うニュースが報じられていた。
    「くく、ふははは……、なんだ、これはっ……!
     どう見ても我々が悪役、この、ロクシルムと言う相手が英雄扱いだ!
     私は……、私は……、悪者になんてなりたくなかったのに! 私はただ、ただ単に、この西方で一番の権力者、ただの金持ちになりたかっただけなんだ!」
     彼は自分の血にまみれた手で、その新聞を引き裂いた。
    火紅狐・連帯記 2
    »»  2011.06.07.
    フォコの話、231話目。
    青州併合作戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     双月暦311年4月の、終わり。
     ランドは次の策として、青江、そしてそこを州都とする青州を陥落させることを提案した。
    「ここはコウカイ、ハクケイに並ぶ海運の要所です。ここを陥とせば、清朝軍の機動力は大幅に落ちます。
     既に今現在、陸における彼らの勢い、士気は大幅に低下しています。一向に、最初の防衛ラインを奪還するどころか、玄州がこちらに味方したことで、大幅な後退を余儀なくされたからです。
     そこで海の主導権も奪ってしまえば、軍や臣民の大半が戦闘意欲を無くすのは確実。戦争を継続するのが困難になるでしょう」
    「ふむ、実際に戦う以上に、大きな効果を挙げようと言うわけか」
     ランドとの付き合いも2年近くに及び、元々教官になるくらいには頭の良い玄蔵も、戦略理論を多少は理解してきたらしい。
    「そう言うことです。ただ、問題は2点。
     現在、我々はテンゲンからここへ向かう直通路、青玄街道を北上しつつありますが、流石に守りが堅く、陸路からの攻略は非常に難しいこと。
     もう一点は、戦争のために港が封鎖されてしまい、少数の軍艦以外には漁船、商船、連絡船、つまり一般の船も通行不可能になってしまっていること。
     即ち、外から攻め込むことは非常に困難となっています」
    「では、どうすれば陥落できると?」
    「理屈は簡単、外から駄目なら中から、と言う手ですね。
     密かに中へ入り、封鎖と防衛を指揮している清朝軍を御してしまえば、容易に陥とせるでしょう」
    「なるほど。確かに理屈の上では、であるな。……実際にはどう考えている?」
     玄蔵の問いに、ランドはチラ、と大火を見た。
    「彼は『反則技』を持ってますからね。ここで使わなきゃ、いつ使うんだって話です」
    「何?」
     うざったそうに、細い目をさらに細める大火に構わず、ランドはこう命じた。
    「タイカ、『テレポート』でここに侵入してくれ」
    「簡単に頼むな」
     大火は肩をすくめ、反論してきた。
    「青江には少なくとも、3000ほどは兵力があったはずだ。それを俺一人で相手など、労力と対価が釣り合わん」
    「じゃ、仕事量が少なけりゃやってくれるんだね?」
    「どう言う意味だ?」
     ランドは会議から離れて雑談していたイールとレブに手を振り、彼らにも命じた。
    「一緒にセイコウに行って、基地に侵入してきてほしいんだ」
    「侵入って、まさか暗殺でもしろって言うの?」
     嫌そうな顔をするイールに対し、ランドは手を振りながらこう続ける。
    「勿論、3対3000でチャンバラやってきてって言うわけじゃない。もっと簡単に、……そう、3対2くらいで仕事してもらうつもりだよ」
    「対、……2?」
     いぶかしがる三人に、ランドは作戦を説明し始めた。
    「結論から言えば、やってほしいのは説得なんだ。
     前回の玄州攻略時みたいに、あの時は向こうから――玄州の知事から連絡が来て、『協力し合おうじゃないか』って言われただろ?」
    「うむ。清王朝打倒後に玄州の独立、即ち一個の国として存在できるように協力することを条件に、玄州の焔軍への加入を申し出てきた時の話だな」
    「そう、それです。結果、僕たちは何か月もかけて破ろうとして来た壁を、すんなり通ることができた。
     今回も同じ効果を狙って、青州の知事らに働きかけようと思うんです」
    「なるほど」
    「ただ前述の通り、まともに乗り込んで説得することは不可能です。使者を送っても、門前払いを食らってしまいましたからね。
     だからもっと、直接的に説得しようかと」
    「ふむ。つまり、その知事をさらい、ここに連れて来いと言うわけか」
     大火の読みに、ランドはにっこりと笑ってうなずいた。
    「そう、その通り。で、知事だけじゃなく、もう一人お願いしたい」
    「誰だ?」
    「青州の防衛を任されてる将軍もさ。
     調べたところ、この将軍と知事とは、懇意な関係にある。知事だけを説得しても、軍が反抗的じゃ意味が無い。
     説得するなら、両方だ」
    火紅狐・連帯記 3
    »»  2011.06.08.
    フォコの話、232話目。
    盤石の体制。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     湯嶺での話し合いから一週間後、イールたちは大火の「テレポート」によって、再び青江の地を訪れていた。
    「あんまり、変わった様子は無いわね」
     2年ぶりに訪れた青江の街は、戦時中とは思えないほど穏やかだった。
    「統治がうまく行ってるんだろうな。北方で軍閥がポコポコできてた時とは大違いだ」
    「そーね。あん時は、あたしもあっちこっちで暴れまわって、……って、そんな昔話してる場合じゃないわね」
     敵陣――清朝軍の海軍基地をそっと伺うため、イールたちは港をそれとなく歩いていた。
     ところが、こちらも特に乱れた様子が見られない。
    「兵士が港で乱暴してる感じも無し。……うわー」
     兵士たち2名が、通りがかった漁師に対してさわやかに挨拶しているのを見て、イールはうなる。
    「北方とえらい違いね。あっちじゃあんなこと、まず無かったし。むしろ殴り倒して荷物を強奪、みたいな」
    「そりゃ極端、……とも言いきれないのがなぁ」
     軽くカルチャーショックを受けつつ、イールたち三人は人気の無いところで、今後の作戦を確認した。
    「標的は2名、だったわね。まず、ここの軍を統率してる司令官、ヨウ少将。それから青州知事、ミシマ氏。
     この二枚看板による軍事・政治体制が、セイコウ、そして青州の堅固な防衛力を維持している。……って言ってたわね」
    「その二人を、説得して協力させる。うまく行けば……」
    「セイコウ、そして青州を攻略できる、と」

     大火を湯嶺へ向かわせていた間、ランドはただ釣りに興じていたわけではない。
     今後の展開を見越し、青江にて情報収集を行っていたのだ。その内容は央南全体の事情や世界動向だけではなく、この青江自体についても及んでいた。
     そこで聞いたのが、前述の二枚看板と、その関係である。
    「曰く、『どっちも似た者同士の幼馴染』で、『超が付くほど真面目』で、『曲がったことが大嫌い』だとか。
     そんな関係と性格だから、普段から軍事面・政治面での連携を強めようってことで、閣僚級からの話し合いを定期的に行ってるらしいわ。
     んでもってこんなご時世だし、その頻度も多くなってるとか。……そこでランドが考えたのが、その話し合いの最中、『テレポート』で二人をトウリョウまで引っ張り出して、そこで説得して落とす、って作戦」
    「なるほどなぁ。……んで、その話し合いってのは、いつやってるんだ?」
     イールはそこで、基地を指差した。
    「今日よ」



     その、基地内。
    「……以上で、青玄街道北側における防衛体制の第14次修正を終了します。他に何か、意見はありますか?」
     青州の政治と軍事を司る面々が揃い、極めて真面目に協議を行っていた。
    「一ついいかな?」
     そこで手を挙げたのが、二枚看板の一人、短耳の三縞知事である。
    「どうぞ」
    「三岬から軍事物資が届く、と言う話を先月聞いていたんだが、どうなったんだ?」
    「あ、と」「それについては小生が」
     応じたのはもう片方の、虎獣人の楊少将。
    「軍本営からの伝達では、大月での戦いが想定以上に激しく、やむなく物資をそちらへ回したとか。そのため、我々に送られる分は後回しになっている。もう一月後になるそうだ」
    「そうか。……まあ、青州の備蓄はまだ余裕があるし、そう問題でも無いな。では民間への徴発はまだ、控える方向で大丈夫だろうか?」
    「はい、問題ありません」
    「分かった。……他に議題は?」
     他に手を挙げる者はなく、そのまま協議は終了した。

     協議を終え、三縞知事と楊少将の二人はそのまま会議室に残って、疲れきった顔で茶をすすっていた。
    「いや、まったく気の休まる間がないね」
    「本当になぁ。本営がもう少しまともに仕事をしてくれれば、俺も羽を伸ばせるのだが」
    「まったく同意見だよ、はは……」
     そんな風に、互いに気を抜いて談笑していたところに――。
    「失礼する」
     突然、声が飛んできた。
    「うん?」「誰だ?」
     二人が声のした方に振り向く。
     そこには、真っ黒な男が立っていた。
    火紅狐・連帯記 4
    »»  2011.06.09.
    フォコの話、233話目。
    交地の利権と秩序。

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    5.
     青江での会議から、たった10分後。
    「なんとまあ……」「め、面妖な」
     楊少将と三縞知事は大火の手により、湯嶺の、玄蔵の屋敷に連れ去られていた。
    「それで、……克君と言ったか。君は一体、我々をどうするつもりだ?」
    「焔軍の頭領と話をしてもらう。では、失礼」
     そう言って、大火はその場から、文字通りぱっと消えた。
    「う……」「な、何者なのだ、彼奴は」
     二人揃って顔を蒼くしていたところに、玄蔵が姿を表した。
    「失礼仕る。拙者、焔軍を統率しておる、焔玄蔵にござる。御二方、まずは拙者の話を聞いていただきたい」
     玄蔵を見て、二人は意外そうな顔をした。
    「君が……、うわさの穂村元少佐か。……聞いていたよりは、穏やかな面構えをしているね」
    「もっと、こう……、鼻持ちならぬ下衆と思っていたが、と言うよりも、そう聞かされていたが、そうは見えんな」
     二人の感想を聞き、玄蔵ははにかむ。
    「ははは……、うわさには尾ひれが付くもの。拙者も尾ひれが無ければ、ただの中年親父でござる」
    「……はは」「そんなものか」
     玄蔵の柔らかな物腰に、二人も表情を崩した。

     一方、イールたち三名は青江の岬へ向かい、基地の様子を伺っていた。
    「おー、慌ててる慌ててる」
     単眼鏡で兵士と官僚が騒ぐ様子を確認し、イールはクスクス笑っている。
    「流石に混乱するでしょうね、ツートップがいっぺんに消えちゃうと」
    「で、これからどうするんだ? 俺が聞いた話じゃ、あの二人をホムラ頭領が説得するって」
    「そう、それ待ちになるわね。で、3日経っても説得できないようなら、次の段階に進める、ってさ」
    「次って?」
    「実力行使よ。基地内を撹乱して、防衛網を無力化する」
    「そこを海路から攻める、か。……話し合い、穏便に済めばいいな」
    「そうねぇ」



     正義感が強く、鷹揚な玄蔵と、生真面目な楊・三縞。
     大方の予想は、すんなり話し合いがまとまるものと付けられていたし、実際、出会った翌日には、概ねの合意が成されていた。
    「うむ。やはり焔頭領、貴君に手を貸すのが正道であろう」
    「全く同感だ。今の清王朝はあまりに不安定、かつ不実だ。一州知事として、州民の平和と安寧とを考えれば、頭領に協力するのが一番だろうね」
    「かたじけない、楊少将、三縞知事」
     三方、揃って深々と頭を下げ、青州の焔軍加盟が決定した。
    「しかし」
     と、楊少将の顔に不安げな色が浮かぶ。
    「あまりこちらに長居はしていられん。政治と軍事を司る我々が不在のままでは、どんな隙を突かれるものか」
    「……うん、確かに」
     二人の様子に、玄蔵も不安になる。
    「隙、と言うと?」
    「我々がしきりに互いの足並みを揃えようと協議を行っていたのは、単純に青州の治安維持のためだけではない」
    「戦争が始まるまで、外国との玄関口を担ってきた場所だし、域内外を問わず利権も多い。我々の地位、権力を狙おうとする人間が少なくないんだ。
     それは、……青州内に限らず」
    「と言うと?」
     と、横で傍観していたランドが口を開く。
    「ハクケイから遠く、支配権の端にある青州の地。そこの実効支配を強め、利権を奪おうとする人間もいると言うことですか」
    「さよう」
     うなずく楊少将に、玄蔵も合点が行った。
    「ああ……。今でさえ、両氏が治めている地であるからな。清王朝としても、指図もしにくいところであったわけか」
    「そう言うことだ。そして我々が不在と知れたら……」
    「早めに戻らないといけませんね。
     少佐、タイカを呼び戻していただけますか?」
    「相分かった」
     玄蔵は懐から「魔術頭巾」を取り出し、頭に巻いた。

    「……む」
     不意に、大火が顔を挙げた。
    「どうしたの?」
    「通信だ」
     そう返した大火に、イールは怪訝な顔をする。
    「通信って……、あんた『頭巾』巻いてないじゃない」
    「俺くらいになれば、そんなデバイス(外部装置)は必要ない。
     ……ああ、俺だ。……ふむ、話は付いたか」
    「……どーやってんのかしらね」
     話を振られたレブは、顔をしかめた。
    「俺に分かるかっつの。魔術のマの字も知らないってのに」
    「ま、そーよね」
     イールたちが二言、三言交わしている間に、大火の通信が終わった。
    「一旦戻る。お前たちはここで待機していろ」
    「ん、分かった」
     イールがうなずいたところで、大火は刀を抜いて術を唱えた。
    「『テレポート』」
     そのままふっと、大火の姿が消える。
    「……あの術、教えてほしいもんだわ。アレがあれば、色んなところへポンポンポンっと行けるのに」
    「やめといた方がいいんじゃないか? ありゃもう、人間業じゃねーよ」
    「……うーん、でもほしい」
     と、他愛も無い話を再開しようとした、その時だった。
    「あれ?」
     沖合に、戦艦が見える。
    「……ちょ、っと?」
     その数は一隻、また一隻と、瞬く間に増えていく。あっと言う間に5隻になり、そのまま沖合で停泊した。
    「旗が、ドコにもない。うちらの船じゃないし、セイコウからのでも……、無いわよね」
    「ああ。……じゃあ、あれはどこからのなんだ?」
    「聞いてるの、こっちよ。……ドコからなの?」
    「分からない……」
     二人はそのまま、その不気味な艦隊を見ていることしかできなかった。

    火紅狐・連帯記 終
    火紅狐・連帯記 5
    »»  2011.06.10.
    フォコの話、234話目。
    異様な軍。

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    1.
    「おかえり、タイカ」
     既に慣れっこになっているランドは、目の前に大火が現れても平然としている。
    「二人はどこだ?」
    「少佐と一緒にいるよ。どうも意気投合したみたいだ」
    「そうか」
     大火の方も、大して反応も無く作業を進める。

     そこまでは、ランドの予想の内である。
    「……む」
     違うのは、直後の大火の行動だった。
    「誰だ」
    「何が?」
     ランドが尋ねるが、そこには既に、大火はいなかった。



    「あの艦隊……、もしかして」
    「ああ。もしかしたら清朝軍本営、ハクケイからの軍艦かもな」
     青江の沖に並ぶ戦艦の群れに、イールたちは戦慄していた。
    「何でこんな、狙ったようなタイミングで……」
    「ランドからもホムラ頭領からも、来そうだって話は全然出てない。
     もし来たら、『知事たちを説得する』なんて俺たちの計画は元も子もないからな。そんなのが来る時期を外してこその、この作戦だったはずだ。
     もしかして、俺たちはハメられたのか?」
    「ハメられた? わざとミシマ知事たち本人が、あたしたちがさらうよう仕向けたって言うの?」
    「かも知れない。そしてもし、そうであったとしたら」
     レブは迫り来る戦艦をにらみながら、こうつぶやいた。
    「あの艦は、俺たちを包囲するために、……なんて、流石に飛躍しすぎか。
     大体、俺たちが『テレポート』でセイコウに侵入すること自体、知事たちに思いつくわけが無い」
    「そうよ、そもそもそんな術、タイカ以外に知ってる奴なんていないわけだし。
     ううん、今回の作戦自体、非常識なのよ。トウリョウとセイコウを一瞬で行き来できるなんて、普通は考える方がアタマおかしいし、ここから南の方で戦ってる最中のあたしたちが、ソコを飛び越して侵入してくるなんてのも、常識じゃ有り得ない。
     そんなことをすべて読み切って艦隊を出してくるなんて、誰にもできない。……だから恐らく、あの艦は別の目的で来たのよ」
    「ああ、だろうな。……だけど、原因はどうあれ」
    「……そうね。結果は同じことか」
     そうこうするうちに艦隊から一隻の船が離れ、青江の軍港へ入っていった。

    「なに、楊閣下がいない?」
     艦隊からやってきた将校たちは、基地内の兵士から事情を伝えられていた。
    「そうか、不在なのだな。では話はこう進める」
    「え?」
     返答に面食らう兵士に、どこか眼のうつろな将校たちは刀を抜いて、ぼそりと宣言した。
    「これより青江、及び青州は我々の管轄下に置くこととする。追って指示があるまで待機せよ」
    「は、はい?」
     事態が飲み込めない兵士に、その将校たちはぎょろ、と目を向けた。
    「我々の命令を聞かない」
    「聞かない。そうか、反抗なのだな」
    「では仕方が無い」
     次の瞬間、兵士の胸から血しぶきが飛ぶ。
    「ぎゃああ……っ!?」
    「繰り返す。これより青江、及び青州は我々の管轄下に置くこととする」
     将校たちはボソボソとそう唱えながら、基地内をうろつき始めた。

     この騒ぎに、すぐにイールたちが気付く。
    「……さっきから、悲鳴が聞こえない?」
    「ああ。基地の中からだ」
    「行く? ココでタイカたちを待つ?」
    「行くに決まってんだろ」
    「同感。まだ敵か味方か決まってない相手だけど、それでも悲鳴を上げてたら気味が悪いわ。
     助けに行きましょ」
     イールたちは岬を駆け下り、軍港内へと急行した。
    火紅狐・異軍記 1
    »»  2011.06.13.
    フォコの話、235話目。
    しましまピエロの戯言。

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    2.
     大火は湯嶺でも青江でもない、別の場所に飛んでいた。
    「誰だ、お前たちは?」
     大火の目の前には、まるでピエロのように奇抜な服を身に付けた二人組が並んでいた。
     まず口を開いたのは、白と黒のストライプ柄のピエロ服。
    「ようこそおいでくださいました、旧き世界より現われし奸雄、克大火様」
     続いて口を開いたのは、赤と黒のストライプ。
    「あなた様が此度の戦いに手をお貸しになっているとお聞きし、これは一度および申し上げねば、と」
    「俺を知っているのか? 何者だ?」
     大火が尋ねるが、ピエロたちは小馬鹿にしたように肩をすくめる。
    「まあまあまあまあ、あなた様がそんなことを仰るとは」
    「いつもいつも、『俺が』『俺が』と自意識過剰に振舞うあなた様が」
    「何者だ、と聞いている」
     大火は目の前の子供二人に、苛立ちを覚えていた。
    「あらあらあらあら、お怒りでございますですか」
    「こんないたいけな、可愛らしい子供たちに、なんて態度でございましょうか」
    「ふざけるのもそこまでにしてもらおうか、道化ども」
     大火は刀を抜き、ピエロたちに向ける。
    「それほど分不相応なオーラを放つお前たちが、ただの子供であるわけがない。
     まず、名を名乗れ」
    「クスクスクスクス」「クスクスクスクス」
     ピエロたちは大火の質問に答えようとしない。
     だが、大火にはその笑い方で大体が察せられた。
    「……なるほど、……『あいつ』、か」
    「さすがさすが、流石でございますね」
    「やはりあのお方が唯一お認めになったお方でございます」
     と、ピエロたちは被っていた帽子をそっと脱ぐ。
     その下に現れた顔を見て、大火は表情をこわばらせた。
    「……」
    「どうされました、大火様」
    「何かお気に障る点でも?」
    「非常に不愉快だ。
     俺を知っていると言うのならば、俺の性格も知っているだろう? 何度も同じ質問をさせるな、道化ども」
     大火から6度も同じ質問をぶつけられ――普段の大火であれば、この時点で斬り捨てている――ようやく、ピエロたちは答えた。
     まず、白黒が名乗る。
    「わたくしの名前は、コブラ」
     続いて、赤黒も同様に名乗った。
    「わたくしの名前は、ヴァイパー」
    「わたくしたちは、あなたをここへ誘導し、足止めするために参上いたしました」
    「さあ、わたくしたちとお戯れなさいませ、克大火様」
     ピエロたちは帽子を被り直し、大火に襲い掛かってきた。



     軍港の正門前に着いたイールたちは、中の様子を伺おうとしていた。
    「ねえ、あんた。さっきから中が騒がしいみたいだけど、何かあったの?」
     とりあえず真正面から、門番をしている兵士に尋ねてみる。
    「何者だ?」
    「あたしたちのコトはどーでもいーから。さっき岬にいたんだけど、悲鳴が聞こえてきたのよ」
    「悲鳴? 基地の中からか?」
     思いもよらない話に、兵士は目を丸くする。
    「ええ。入らせてもらえない?」
    「何をいきなり……」
     イールの願いに対し、当然、兵士は首を横に振る。
    「多少何かしらの問題が起ころうと、ここは軍の、いや、国の重要施設だ。おいそれと通すわけには……」
     と、兵士が突っぱねようとしたところで――。
    「たっ、助けてくれーッ!」
     門の奥、基地の正面玄関から、他の兵士たちがバタバタと飛び出してきた。
    「ど、どうした!?」
    「沖からいきなりやって来た将校たちが、俺たちを殺そうとするんだ!」
    「こっちが何言っても、『そうか』『では反抗か』って言うばかりで、聞こうとしないんだ!」
    「もう4人やられた! しかも抵抗しようにも、全然歯が立たない!」
    「な、ん、……え? ちょっと落ち着け、どう言うこと……」
     要領を得ない、しかし、鬼気迫る話に、門番の兵士が気を取られる。
     その隙を突き、イールとレブはひょい、と門を抜けた。
    「あっ、……ま、待て! 待つんだ!」
    「待たねえっ!」「入らせてもらうわよ!」
     イールたちは中から飛び出してくる兵士たちをかき分け、基地の中へ飛び込んでいった。
    火紅狐・異軍記 2
    »»  2011.06.14.
    フォコの話、236話目。
    オーバーテクノロジー。

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    3.
     ピエロたちの動きは、いたいけな見た目とはあまりにもかけ離れた、異様な早さと鋭さを伴っていた。
    「しゃッ」「ひゅあッ」
     びゅ、びゅんと、恐ろしい風切り音が立つ。
     だが、大火はさらりと避け、かわしざまに刀で斬り返した。
    「ひゃあ!?」「おおっとっと!?」
    「口真似もろくにできん、粗悪コピーどもめ」
     弾き飛ばされたピエロたちを見て、大火が舌打ちする。
    「『あいつ』の作品にしては、出来が悪すぎる」
    「そう思われますか」「そうお考えですか」
     が、ピエロたちは平然と立ち上がった。
    「あまりわたくしどもを、刀で斬り付けぬ方が懸命かと思われますが」
    「何?」
     言われて刀を見ると、ほんのわずかだが刃こぼれが見受けられた。
    「何……? この『夜桜』が、欠けただと」
    「ですから申し上げました通りでございます」
     コブラがピエロ服を開き、斬り付けられた胴を見せ付ける。
    「仰る通り、わたくしどもは『あの方』の作品でございます。
     チタン鋼とミスリル化シリコンゴムでできた、高性能・高知能ゴーレム。勿論『神器』処理も施されてございます」
     続けてヴァイパーが口を開く。
    「その『黒花刀 夜桜』、大事な大事な、だあいじなお弟子様、お弟子様たちの合同作品でございましょう?
     そう簡単に欠いたり折ったりされてしまっては、『あの子』も悲しむでしょうに」
    「黙れ」
     大火は「夜桜」を納め、空手でピエロたちに構える。
    「まったく……、チタンに合成樹脂、か。なるほど、『この世界』の奴らにしてみれば、異世界の物質も同然だな。お前たちが世に出れば、どんな混乱を引き起こすか。
     その上で、お前たちからそんな説明をさせるとは。つくづく『あいつ』の精神は異常だ。悪魔さえ呆れさせ、忌避するほどの狂人め」
    「『あの方』を侮辱なさいますか」
    「なんと恐れを知らぬ方でありましょうか」
     おののくピエロたちに、大火はフンと鼻を鳴らす。
    「高知能が聞いて呆れるな、道化ども。
     俺は『そいつ』の師匠だったのだ。当然の如く、俺は『そいつ』より偉い。恐れる理由など、どこにある?
     そしてもう一度言おう」
     大火は懐から、何かを取り出した。
    「それは……」「ま、まさか」
    「ベラベラと自分の組成をしゃべり倒し、敵の手や動きも満足に捉えられぬお前たちの、どこが高性能で高知能だと言うのだ。
     寝言は寝て言え」
     大火の手に握られていたのは、金と紫とに輝く、金属性の手帳だった。
    「『テルミット++』」
    「ひえ……」「おやめ……」
     言う暇もなく、ピエロたちは炎上した。
    「刀を使うな、と言うのならば、使わずにおいてやる。
     その魔術は、チタン鋼であろうとミスリル化処理したシリコンゴムであろうと燃やし尽くす高温を発生させる。さっさと融けるがいい、道化ども」
    「ひあぁぁぁ」「うえぇぇぇ」
     ピエロたちは10秒も経たずに液化し、地面に染み込んでいった。
    「お前たちは時代を少々、先取りしすぎた存在だ。もう2、300年は、眠っているがいい」
     大火は輝きの消えた手帳を懐にしまい、その場から消えた。



     基地内に入ったイールたちは、とりあえず壁に下げられていた刀を手に取り、装備していた。
    「タイカみたいにいつもご自慢の愛刀を佩いて、ってのよりも、こうしてその場で用意する方が気楽よね。お手軽に済ませられるし」
    「そっかなぁ……? 俺は欲しいけどな、自分専用の武器。
     っつか、目釘の辺りがカチャカチャ言ってんぞ、これ。ろくな手入れしてねーな」
    「危ないわねぇ。振り抜いたら刀身、ぶっ飛んでっちゃうんじゃない?」
    「……別のを持ってくか」
     と、話しているところに――。
    「繰り返す。これより青江、及び青州は我々の……」
     抜き払った刀から血を滴らせたまま、将校の一人がこちらへ向かってきた。
    「あいつ……、かしら。この騒ぎの原因は」
    「間違いないだろう。……なんかブツブツ言ってんのが不気味だな」
     二人の姿を確認した将校は、フラフラと刀を上げた。
    「武器を持っている。反抗者。処分すべし」
     ぼそ、とつぶやき、将校は突然襲い掛かってきた。
    火紅狐・異軍記 3
    »»  2011.06.15.
    フォコの話、237話目。
    将校たちの正体。

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    4.
    「あ、タイカ。どこ行って……」
     戻ってきた大火に声をかけようとして、ランドは口をつぐむ。大火が非常に、不機嫌そうな顔をしていたからだ。
     と、それに気付いたらしく、大火はいつもの仏頂面をしてみせる。
    「……ああ、少し野暮用で、な」
    「そ、そっか。うん、野暮用じゃ、ね。
     あー、と。その、タイカ? そろそろヨウ少将とミシマ知事を……」
    「ああ、そうだったな。二人は居間に?」
    「うん。……ねえタイカ、差し支えなければ聞きたいんだけど」
     見た目にはすっかり、普段通りの大火に戻ったため、ランドは尋ねてみた。
    「なんだ?」
    「野暮用って?」
    「……差し支えがある」
     表情こそいつも通りではあるが、目には苛立ちの色が見える。仕方なく、ランドはそれ以上の追及をやめた。
    「そっか。……ならいいや」
    「ああ」
     大火もそれ以上何も言わず、居間の方へと消えた。



    「おっとぉ!」
     将校の初太刀を、レブが軽く避ける。
    「やる気ってんなら、容赦しねえぜッ!」
     そしてかわしざまに、レブは鞘に入ったままの刀をぐりっ、と将校の胸に捻じ込んだ。
     通常、単純に「押す」よりも、「捻り込む」方が、生物の柔らかい皮膚・筋肉、そして内臓に与えるダメージが大きい。
     レブの執ったこの攻撃も、通常ならば悶絶するくらいの痛みを相手に与えるはずだった。ところが――。
    「反抗者。処分。反抗者。反抗者。処分」
    「……あん?」
     のけぞりはしたものの、将校の表情に変化は無い。何事も無かったかのように、もう一度刀を振り下ろしてきた。
    「と、とっ」
     予想外の反応だったが、それでもレブは紙一重でかわし、今度は腹に向かって突きを入れる。
    「オラッ! ……って、マジかよ」
     だが、これも効いた様子は無い。
    「丹田(人体の急所。おおよそ、へその下)狙ったんだけどな……?
     さっきのと言い、普通なら白目剥いて気絶してるはずなんだが」
    「様子だけじゃなく、なんか基本的におかしいわよ、コイツ」
    「ああ。……とは言え、事を荒立てたくもないしなぁ」
     レブたちは将校と距離を取りながら、互いに困り顔で会話を交わす。
    「イール、雷の術でパチッとやって、気絶とかさせられないか?」
    「実は軽くやってみた。……んだけど、平気みたい」
    「マジで?」
    「気絶させる以上に強くやると、命に関わってくるし。……ココで殺しだの何だのって話になったら、いい印象も無いだろうし」
    「つっても、向こうは4人やったって言ってるし」
    「うーん……」
     と、そうこうしているうちに、背後からも別の将校がやって来た。
    「囲まれたわね。なら、……やるしかないか」
     イールは肩をすくめ、呪文を唱える。
    「『サンダーボルト』!」
     イールの指先からバチッ、と青白い火花が飛び、前にいた将校に直撃する。
    「……が、がガががガ」
     すると、将校は人間の声とは思えない音をのどから漏らしながら、その場に「崩れ落ちた」。
    「え……!?」
    「なっ……、く、首がもげ、……!?」
     将校だった「モノ」は首と手足がバラバラに崩れ、半透明の、無数の石に変わり果てた。
    「い、イール、お前一体、何を……!?」
    「へ、変なコトなんかしてないわよ!? ただ、雷の術を撃っただけ、……なのに」
    「いや、……もしかしたら、こいつら、始めっから」
    「……ま、まさか」
     イールとレブは同時に、こうつぶやいた。
    「……人間じゃ……無かった……?」
     その直後、背後にいた将校が襲い掛かってきた。
    「処分。処分。処分」
     二人は同時に、ぞくりと身震いした。
    「何が……起こってるんだ……!?」
    火紅狐・異軍記 4
    »»  2011.06.16.
    フォコの話、238話目。
    契約の悪魔、約束を保留する。

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    5.
     大火が居間に着いたところで、玄蔵がほっとした顔をして彼を出迎えた。
    「おう、克。遅かったではないか」
    「済まない。野暮用で、な」
     玄蔵が立ち上がり、三縞知事たち二人を青江へ戻すよう促す。
    「さあ、話は付いた。二人を戻し、作戦を進めよう」「……いや」
     が、大火は小さく首を横に振った。
    「少し、……そうだな、2時間ばかり待ってもらえないか」
    「何?」
    「もう一つ、野暮用だ。気にかかることがある」
    「後にできんのか、それは? 二人がこちらに来て、もう丸一日経とうとしている。そろそろ戻らねば、軍や青州の制御が……」
    「それどころではない、……ことになるかも知れんのだ」
    「な……」
     面食らう玄蔵と三縞知事たちを尻目に、大火はその場から姿を消した。
    「……ふぁ、ファスタ卿! ファスタ卿!?」
    「どうしました?」
     呼ばれたランドが、そのまま隣の部屋からやって来る。
    「一体、どう言うことだ!? 克が、消えたぞ!?」
    「はい?」
    「知事たちを送る約束だったではないか! それがいきなり、『それどころではない』などと抜かし、消えおったぞ!」
    「……ふむ」
     事情を聞いたランドはあごに手を当て、静かにこう諭した。
    「彼はここに戻る前から、何かを気にかけている様子でした。
     普段から飄々と、他人や物事に執着しない彼が、あんな様子を見せるのは極めて稀なこと。僕自身、彼のあんな姿は初めて見ました。
     であれば、それだけのことが起こっているのでしょう。それこそ、青州との同盟話が瓦解、雲散霧消しかねないくらいの、異常な事態が」
    「むう」
     まだ憮然としている玄蔵に、ランドは続けてこう尋ねた。
    「彼はすぐ戻ると?」
    「ああ。2時間と言っていた」
    「なら、待ちましょう。
     彼は約束を何よりも重んじる男です。彼が2時間で片を付けると言うのなら、2時間で解決するでしょう。
     何も今日、明日戻らなければ、青州が滅亡するわけでもなし。2時間くらい、待って問題もないでしょう」
    「……分かった。では、待つとしようか」
     ようやく折れてくれた玄蔵に内心ほっとしながら、ランドもまた、大火の行動に不安を抱いていた。
    (彼が約束を保留するなんて……?
     本当にそれほどの事件が、起こっているんだろうか。……まあ、タイカなら何とでもするだろうし、僕も平気な振りをしていよう)



     基地内に将校の姿をした怪物たちが侵入してから、2時間が経過していた。
    「これで粗方、片付いたか……?」
     虎尻尾の先からポタポタと汗を垂らしながら、レブがそうつぶやく。
    「多分、ね」
     一方、イールもびっしょりと、額に汗を浮かべている。
     二人は基地内にまだ残っていた兵士たちに、あの「将校」たちの正体を報せて回りつつ、併せて退治も行っていた。
     そして今、主不在の司令室でぼんやりと直立していた「将校」を倒し、一息ついたところだった。
    「一体何だったんだ、こいつら?
     どいつもこいつも、倒した途端に、なんかプルプルした石ころになって崩れ落ちた。何なんだろうな、この石」
     レブは刀の先で、その半透明の、柔らかい石をぷにぷにとつつく。
    「やめときなさいよ。何があるか分かんないわよ、その石」
    「……そうだな。呪いでもかけてありそうだ」
     イールに諭され、レブは素直に刀を納めた。
     と――。
    「……お、おいおい」
    「ん?」
    「外、海っ、見てみろ」
     青ざめた顔で窓を眺めるレブを見て、イールも窓の方に目をやった。
    「……う、そ」
    「冗談じゃねえぞ……」
     窓の外に見えていた軍艦から、「将校」たちを乗せた小船が次々とやって来るのが、二人の目に映った。
    「あんなに来られたら、いくらなんでも相手しきれないわよ!?」
    「ふざけんな、本当に一体なんなんだよ、あいつら……!」
     二人は呆然と、立ち尽くすしかなかった。
    火紅狐・異軍記 5
    »»  2011.06.17.
    フォコの話、239話目。
    とりあえずの事態収拾。

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    6.
     その時だった。
    「……え!?」
     軍港へと向かってくる舟の一つが突然爆発、炎上した。
    「こ、今度は何なんだよ!?」
    「……あ、もしかして」
     イールは司令室の窓を開け、外に出る。
    「やっぱり!」
     基地の屋根に目を向けると、そこには大火が立っていた。
    「タイカ! 戻ってきたのね!」
    「ああ、待たせたな。片を付けるから、そこで待っていろ」
    「あたしも手伝うわ!」
     イールの申し出に、大火は素直にうなずく。
    「分かった。では舟に電撃を放ち、迎撃してくれ。奴らは雷の術に弱い。
     俺はその間に、戦艦を沈めてくる。頼んだぞ」
     それを聞いて、イールの心中に疑問が生じる。
    (え……? タイカ、あいつらの正体を知ってるの?)
     聞こうとしたが、大火は既に、敵の本陣である戦艦へと飛んで行ってしまった。
    「……まあ、今はそれどころじゃないわね。
     じゃ、張り切っていくわよ……ッ! 『スパークウィップ』!」
     イールは雷の術を唱え、迫り来る舟を迎撃し始めた。

     沖合に停まっていた戦艦に降り立った大火は、軽くため息をついた。
    「予想通りか。……あまりこの類の予想など、当たってほしくも無いのだが」
     戦艦の甲板には、裕に500を越える「将校」が、整然と並んで立っていた。
     大火はそのうちの一体を捕まえ、雷の術を当てる。
    「『サンダーボルト』」
     パン、と破裂音を立て、「将校」の体に電撃が走る。
    「ぐぐぐがががごごごご」
     やはり人間とは思えない声を漏らし、「将校」は細かい石になって四散した。
     その柔らかく、半透明な小石の一つをつかみ、ぐにぐにと硬さを確かめながら、大火はつぶやく。
    「これも予想通り、ミスリル化珪素の一種か。
     ミスリル化珪素の精製はゴーレム製造の、基礎中の基礎。やはり『あいつ』が絡んでいると見て、間違いないだろう。
     だが、妙なのは」
     大火は石を握り潰し、甲板を見渡して、もう一度ため息をついた。
    「『あいつ』の姿も、気配も無い。これを率いてきたのは、一体誰だ?」
    「わたくしでございます」
     と、大火の独り言に応じる者がいる。
     大火が声のした方へ向くと、そこには黄と黒のストライプ柄の、あのピエロ服が立っていた。
    「お前は? コブラやヴァイパーと同じような奴か?」
    「その通りでございます。名前は、スパイダー」
    「今回こいつらを率いたのは、何のためだ?」
     大火の問いに、スパイダーはニヤニヤと笑うばかりで答えない。
    「もう一度聞くぞ。何のために、こいつらを青江へ送った?」
    「クスクスクスクス」
    「ふざけるな。いいから、答えろ。答えなければ、お前もコブラたちと同じ目に遭わせるぞ」
     刀を抜いた大火に対し、スパイダーはなおも笑い続ける。
    「クスクスクスクス」
    「……あるいは」
     大火は刀を構えながら、こう尋ね直した。
    「お前も知らされていない、と言うことか?」
    「クスクスクスクス」
     スパイダーは小さく頭を下げ、ぽつりと答えた。
    「その通りでございます」



     「将校」たちの乗る舟を粗方沈め、余裕のできたイールは戦艦に目をやった。
    「あ」
     それと同時に、戦艦から火が上がるのを確認する。
    「終わり、……か?」
    「そうみたい。……あ、戻ってきた」
     炎上する戦艦から飛んできた黒い点――大火をを見つけ、イールは手を振った。
    「おかえり、タイカ」
    「ああ」
     自分たちの横にすとんと着地した大火に、イールはいくつか質問をぶつけてみた。
    「あいつら、なんなの?」
    「いわゆるゴーレムと言う奴だ。簡単に言えば、石の塊を魔術で動かしていたのだ」
    「石の塊? あの、プルプルした半透明なヤツ?」
    「そうだ。ミスリル化珪素と言う」
    「けーそ?」
    「簡単に言えば、石ころだ。鉱物の磁力を操る土の術を以て組成、合成されている。それ故、磁力を阻害する雷の術に対して、非常に弱い」
    「あいつら清朝軍の軍服着てたけど、清王朝が差し向けてきたってコト?」
    「それは考えられん。生半可な魔術師に、あれほどの規模のゴーレム製造と操作はできんからな。もし清朝軍にそんな手練がいれば、戦局は今とは大きく変わっているはずだ」
    「じゃあ、一体誰が?」
     それまで丁寧に返答してくれた大火は、その質問に対しては言葉を濁した。
    「……俺も確証は無い。それについては明言できない」
    「ミシマ知事たちは?」
    「まだ湯嶺にいる。あのまま青江に戻すのは、危険と判断したからな」
    「じゃああんた、こうなるって知ってたの? セイコウが襲われるって、分かってたの?」
     イールのこの問いに、大火は背を向けてこう答えた。
    「いや、予想も出来なかった。俺も先程、別の筋で襲われ、それでこの件を察知したのだ」
    「襲われたって……、あんたが?」
    「ああ。……話は後にしてくれ。そろそろ知事たちをこちらへ帰さねば、な」
    火紅狐・異軍記 6
    »»  2011.06.18.
    フォコの話、240話目。
    青州問題の解決と余波。

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    7.
     青江に戻ってきた三縞知事と楊少将は、兵士とイールたちから改めて事情を説明され、目を丸くした。
    「謎の戦艦がやってきて、青江を襲った、……だって?」
    「確かに懸念していたことではあるが、その襲った者が何者とも知れぬ、怪物であるとは」
    「敵は清朝軍だけではない、と言うことか」
     知事のその言葉に、イールが大火に起因するものであると、補足しようとする。
    「あ、えっと、今回の件ですが……」
     が、言おうとしたところで、大火がそれをさえぎった。
    「どこにでも邪や妖、魔は現れ立つ、と言うことだろうな。つくづく油断のできん世の中だ」
    「ええ、確かに。まさか戦争に加え、こんな怪事まで起こるとは。
     え、と。克さん、サンドラ卿、そしてギジュン卿。今回の手助け、真に痛み入ります。あなた方がいなければ、青江は成すすべも無く陥落していたでしょう。
     湯嶺にてお話した件と共に、我々一同、あなた方に深い感謝と、できる限りの支援を行いたいと存じます」
    「ありがとうございます、閣下」
     イールとレブは、知事と少将に深々と頭を下げた。



     青州が焔軍と結託したことで、青玄街道における戦いは終息した。
     それと同時に央南北部沖における海路も全面的に焔軍が掌握し、これにより軍事面だけではなく、経済面においても大きなアドバンテージ、主導権を握ることとなった。
     反面、清王朝はこの一件により、より一層の苦境に立たされた。主要な軍事拠点がまた一つ陥落し、軍事的に劣勢になっただけではない。大きな港と州一つを奪われたために、域内外における商取引の、その半分近くが清王朝の手から離れてしまったからだ。
     当然、税収なども大幅に減ることとなり、いよいよ清王朝の財政は逼迫(ひっぱく)し始めた。

    「食事がまた、一段と寂しくなったのう」
     スカスカの食膳を見た一富王が、ぽつりとそう漏らした。
    「仕方無きことです、陛下。今や前年、一昨年の4分の1ほどしか税を集められぬ状態でございます故」
    「分かっておる。わしが言いたいのは、いつ、この食卓が豊かになるか、だ。
     彼奴の言によれば、確かに多少の出費はやむを得ない、しかしいずれは勝利し、元が取れるだろう、とのことであった。
     だが、その『いずれ』とは一体、いつのことなのか。もうその言自体、1年も昔の話だ」
    「……一刻も早く、勝利をつかまねばなりますまい」
    「うむ」

     物陰で話を聞いていたサザリーは、じっと自分の掌を見つめていた。
    (僕は一体、何をやってるんだろうか。
     いつだっけか、父さんはこう言っていた。『真の商人とは、己の私腹を肥やす者にあらず。相手を、市場全体を肥やす者である』と。
     父さんの、その言葉を借りるなら、……僕は商人じゃないじゃないか。市場を肥やす? 取引相手を肥やす? ……できてない、できてないよ、ちっとも!
     取引相手、カズトミ王は、日に日に痩せていっている。この央南も、財政難とそのための重税で、どんどん貧しくなってくる。しかもケネスの計画が実れば、央中市場も壊滅する。
     それ以前に、……僕も、貧しくなってきたよ。元からガイコツ顔なんて言われてるのに、……もう手触りが、ゴリゴリしちゃってるもの)
     サザリーは自分の頬に手を当て、深いため息をつく。
    (僕は商人になれてない。もっと別の、わけの分からない、どうしようもない、滅茶苦茶なものになりかかってる。
     ……やっぱり僕は、エール家の器じゃ無かったんだな。ごめんよ、ルシアン兄さん。あんたを追い出さなきゃ、エール家はもっと、いい感じになってただろうに)
     サザリーは誰にも気付かれぬよう、そっと王の間から去った。



     大火は一人、思案に暮れていた。
    「……」
     今回の怪異を、自分なりに検討していたのだが――。
    「……分からん。何故あいつは、青江を襲おうとしたのか。何故俺の前に、益体も無いものどもを差し向けたのか。
     難訓め――どこまでも俺に刃向かう、『白い妖魔』めが。一体何を……、考えているのか?」
     答えは、出なかった。

    火紅狐・異軍記 終
    火紅狐・異軍記 7
    »»  2011.06.19.
    フォコの話、241話目。
    和平への光明。

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    1.
     双月暦311年6月。
     央南西部、中部、そして北東部を奪われた清王朝は、進退を窮めていた。
    「もう無理、……ですね」
     サザリーからの通達に、一豊王はへたり込んだ。
    「なん……だと……」
    「これをお伝えするのは非常に心苦しいですが、どうあがいても、あと3か月ほどで戦費は底を付きます。
     それ以上戦うとなれば、王朝を維持するための諸費用――例えば人件費ですとか、公益施設の維持費ですとか、その他諸々の歳出を、戦費へと回さなければならないでしょう。
     そしてそれを行えば、完全に清王朝の命脈は尽きます。だってそれは、人間に例えれば手足を切り売りするようなもの。いくらお金が入っても、その後使うことなんか……」「ふざけるなあああ……ッ!」
     痩せ細り、フラフラとした所作で構えていた一豊王だったが、サザリーのこの言には、猛烈に憤った。
    「お前が、お前が戦えと言ったのだぞ!? お前が、戦費の管理を任されていたのだぞ!? それが、それが……っ、もう、手は無いと言うのか!?」
    「え、ええ。八方手を尽くしたんです。それでも、もう借入れは限界額に達しており、どこからも借りる当てが無いんです。
     重ねて、税収も最早王朝の維持費を下回りつつあります。この上さらに戦うとなれば、王朝の維持は不可能。本当に、清王朝は破綻します。
     ですから……、執るべき道はもう、一つしか」
    「……降伏せよと言うのか、奴らに」
    「隠し金山の三つや四つあると言うのなら、別なんですけど」
    「ぐう、……う、ぅぅ……っ」
     それを聞いて、一豊王は倒れてしまった。

     倒れた一豊王は最早、政務に就ける状態ではなく、急遽その息子、一善が即位し、今後の政務に当たることとなった。
    「此度の戦いの件、常々どうにかしなければ、と思っていたが、まさか私に鉢が回って来るとは思わなかった」
    「そうですか、そうですか。いや、大変でしたねぇ」
     突然の代替わりには多少驚いてはいたが、サザリーはさほど慌ても困りもしていなかった。
     何故なら、先代一豊の代で既に、軌道修正が不可能なほどに債務を抱えさせていたし、それで自分の仕事は八割方終わっていたからである。
     後はどのようにして白京を陥落させ、かつ、自分が肉体的・経済的に無傷で央南を脱出するかが課題だったが――。
    「エール殿。頼みたいことがあるのだが、聞いてくれるか」
    「なんなりと。降伏ですか? それとも失地回復に?」
    「敵軍総大将、穂村玄蔵氏との交渉だ。
     このまま降伏しては、我が清家の名折れであり、清王朝は後の歴史に大きな汚点を残すこととなる。
     かと言って君が言っていた通り、徹底抗戦などに踏み切っては、万が一勝てたとしても、その代償があまりにも大きすぎる。
     臣民の大事を考え、かつ、我が清王朝の体面を維持するには、敵方と交渉を重ね、我らの傘下に入ってもらうか、あるいは領土を正式に割譲し、央南を二分して治めるよう協議するか。
     どちらにしても、今が好機なのだ」
    「好機……、ですか?」
     この辺りで、サザリーは自分の計画進行に対し、不穏なものを感じた。
    「ああ。元々、この戦いが始まったのは、父の代で犯した傲慢・強欲がきっかけだ。
     言わば国民は、父に対して不信感を持っており、それを穂村氏が焚き付けたために、国を揺るがす一大事へと発展していったのだ。
     そこに来て今回の、私の即位だ。これならば前述の件に関し、申し開きもいくらかできるだろう。先方も『王が変わったとなれば、話し合う余地もあるだろう』と、矛を収めてくれるかも知れない」
    「なるほど、そうですか、うーん……」
     サザリーは言葉を濁しながら、この行動がどんな影響を及ぼすか検討していた。
    (このまんま進めるとまずいかな……?
     重要なのは、このままこの国が潰れて債務不履行になって、あちこちの商人が貸し付けた金が全部返ってこなくなっちゃう、って展開になってくれることだ。
     そこに、この案。もしうまく行って、債務が綺麗に返されたら? ……そうなるとまずくないか? 結局、央中商人は大儲け。僕らには手間賃しか残らない。
     あー……、そんなの、『あいつ』が認めるわけ無い。……となれば、僕の身も危ない。絶対こいつに、そんなことさせちゃダメだ!)
    「……どうされた、エール殿?」
     黙りこくったサザリーに、一善王が声をかけてくる。
    「あ、ああ。ええ、まあ、何とか、声をかけてみようかと」
    「そうか。では、よろしく頼んだぞ」
     そう言って、一善王はポンと、サザリーの肩を叩いた。
    「君が頼りだ。どうか、見捨てないでほしい」
    「……は、い。勿論、です、とも」
    火紅狐・破渉記 1
    »»  2011.06.21.
    フォコの話、242話目。
    已んぬる哉。

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    2.
     サザリーの、央南におけるコネクションを通じて、停戦交渉の旨が焔軍側に伝えられた。
     これを聞いた玄蔵とランドは、すぐに対応を協議した。
    「どうする、ファスタ卿?」
    「どうしたいですか、統領」
    「無論、拙者は応じるつもりだ。これ以上無闇な争いが無くなるならば、それに越したことは無い」
    「僕も同意見です。では、交渉の場を設けるよう、先方に答えておきましょう」
    「頼んだ」

     サザリーからの使いを返したところで、ランドが尋ねる。
    「交渉には応じる、とのことでしたが、具体的な落としどころはどうしましょう?」
    「落としどころ? ……ふむ、確かに我々の勢力は思っていた以上に拡大した。このまま一つの国として動いても、何ら問題のないくらいにな。最早『焔軍』とは単なる賊軍、王朝に反旗を翻す組織ではなくなってきている。
     仮に清王朝側が『これまでのことは一切許してやるから、我々の傘下に収まってくれ』などと申してきても、到底それを呑むことはできぬ」
    「でしょうね。恐らくそれは、央南の皆も納得されないでしょう。相手も余程傲慢でない限り、それは理解しているでしょうし、もっとこちらに阿った条件を提示してくるでしょう」
    「だろうな。例えば……」
    「そうですね、最大で『天神側以西における軍事・政治的諸権利の移譲と、相互不可侵条約の締結』、と言うところでしょう。まあ、これを提示されたなら、呑む方が賢明ですね。
     央南も狭い土地ではありません。ここでもし、央南全土を全て手中に……、などと望み、万が一それが実現したとしても、恐らく体制の維持は20年、30年とは続かないでしょう。そうなればまた、戦乱の世になるでしょうし、それを望む民衆はいないでしょう」
    「ふむ、確かに。そう考えれば、妥当な落としどころではあるな」
    「後は玄州や青州の知事らと相談して、彼らの要望も織り込んで交渉するのが、最も望ましいでしょう」
    「なるほど。確かに玄州の早田知事や青州の三縞知事らは、清王朝から独立したいと言っていたし、それ故にこれまで協力してくれたのだ。
     彼らの要望も伝えねば、交渉の場を設ける意味も無し」
    「では、早速彼らと連絡を取り、意見調整を行いましょう」
     こうしてランドたちは、停戦交渉に対して早急に、かつ、合理的に動いた。



     一方、サザリーは――。
    「僕は、……正直、どうしようかと悩んでいるんです」
    《そうか……》
     このままケネスの命令・思惑通りに事を進めれば、清王朝は崩壊する。そうなれば、確かにケネスと、彼の傀儡と化したエール商会の懐は潤うことになる。
     だが、間違いなく自分の、商人としての評判は地に墜ちることとなる。ケネスの踏み台にされ、商人社会から完全に抹殺されることになるのだ。
     いくら自分が商人に向いていないと痛感していても、自らその道を捨てることなどできないと、サザリーはこの局面に至ってようやく、兄に相談したのだ。
    《確かに、このまま進めていけば、お前は商人の道を諦めざるを得なくなるだろう。
     いくら私やエンターゲート氏からの援助でこの先暮らしていけるとしても、それが、お前が死ぬまで確実に続くとは、……言い難い》
    「でしょう? だからもう、僕はここで、エンターゲート氏と手を切って、央南で身を立ててみようかと……」《サザリーよ》
     「魔術頭巾」の向こうから兄、ミシェルのため息が聞こえてくる。
    《その判断は、遅すぎたな》
    「えっ……」
    《もう事態は引き返せない、軌道変更できないところまで来てしまっている。
     仮にお前が氏と手を切り、央南のために尽力したとしよう。だが、それがどうなる? 最早清王朝は死に体、今回の交渉がどう運ぼうとも、信用は取り戻せん。10年を待たずして、清王朝は焔軍に吸収されるだろう。
     さらに言えば、氏はお前の裏切りを許さないだろう。あらゆる手を使い、お前の取引を妨害するに違いない。そうなればどちらにせよ、お前の未来は無い》
    「でも、じゃあ、どうすれば……」
    《覚悟を決めることだ、サザリー。もう逃げられはしない。
     お前の行く道は破滅へ向かっている。それはもう、エンターゲート氏に手を貸した時点で決定していたことだ。
     そこから軌道修正する努力を、お前は何らしてこなかったのだ。であれば、この結末は至極、必然。もう受け入れるしか、……あるまい》
    「そんな……」
    《弟よ。……私が、できる限りお前を助けてやる。……だから、進め。
     もう執るべき道は、一つしかない。清王朝を潰し、利潤を生み出し、それを氏と、私に吸わせるしかないのだ。
     それ以外に道は無い。このまま清王朝が生きながらえれば、利潤は生まれない。そうなれば、氏は私たちを助けないだろう。
     進むしか、無いのだ。例えお前の命脈が尽きようとも》
     そこで通信が切れる。
    「……兄さん……」
     サザリーの口の中は、からからに乾いていた。
    火紅狐・破渉記 2
    »»  2011.06.22.
    フォコの話、243話目。
    必死の要請。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     交渉の予定は着々と立てられ、双方とも相手に提示する条件をまとめた。
     まず、清王朝側。一番に要求されたのは、焔軍による侵略活動の停止。先述の通り、既に清朝軍は戦える状態になく、これ以上の応戦は清王朝の体制維持に関わるためである。
     そしてその代わりに央南西部、黄海と狐弦のある黄州と、湯嶺を含む紅州、そして央南の辺縁地域、屏風山脈東側の麓を含む西辺州を焔軍の領地にすることを認め、当該地域の諸権利を譲渡すると申し出てきた。
     対する焔軍側は、自分たちの領土を黄州・紅州・西辺州に加え、さらに青江や三岬、大月を含む青州と、天玄を含む玄州まで主張した。これは央南領土の8割近くに相当し、この条件を呑めば清王朝は央南全土の支配者から、ただの一小国へと転落する。
     だが、流石に落ち目の清王朝といえども、そこまでは呑めない。そこで交渉の場で譲歩と提案を行い、最初にランドが見込んでいた条件――央南西部の獲得と、青州・玄州独立に話をまとめよう、と言う計算を立てている。
     その準備を整え、後は実際に交渉の場を迎えるだけとなり、双方には「これで戦争が終わる」と言う、安堵の空気が漂い始めていた。

     一方、サザリーはまた、「魔術頭巾」を使っていた。
    《急に連絡してきたかと思えば、いきなりそんなことを》
    「お願いします。緊急を要するんです」
    《……》
     ケネスと連絡を取り、ある要請を送っていた。
     しかし、ケネスはこの要請に対し、難色を示している。
    《断る。いたずらにリスクを上げるだけだ。それくらい、君の方で何とか……》「いいんですね?」
     サザリーは声を張り上げ、ケネスに食って掛かる。
    「このまま僕が手をこまねいている間に交渉がまとまり、双方仲良しになってハイ解決、で、本当にいいんですね?」
    《良いわけがなかろう。そうなっては君が困るはずだ。違うかね?》
    「違いますね。困るのは、あなただ」
    《なに?》
     サザリーの反応が予想外だったらしく、ケネスの声が揺らぐ。
    「この交渉がまとまって、央南内外の交易が正常化すれば、清王朝はわずかずつでも、どうにか債務を消化するでしょう。そうなれば傾いても国家、これ以上ないくらい、ちゃんとした組織なんですから、信用は回復していくはず。
     そうなれば、どうなりますか? あなたが散々画策してきた央中債権踏み倒しと西方への需要転換、その目論見は水泡に帰すでしょうね。
     そうなれば困るのは、あなただけだ。僕たちは今まで通り、困窮したままですし、何の変わりも無い」
    《ふざけるなよ、サザリー君》
     「頭巾」の向こうから、憤った声が聞こえてくる。
    《今現在で困窮しているのは、間違いなく君たちだ。私ではない。それを間違えるな》
    「ええ、今現在、確かに、僕たちエール家は困ってますよ。でも結局、このまま放っておいては、あなたも同じ穴のムジナだ。
     聞いてますよ、債務が弾けた後のために、あなたは莫大な投資をしてるって。あなたがここで『やだやだリスクこわいこわい』なんて尻込みして、もしその投資が、……実らなかったら?
     その時の損害は、僕たちエール家の抱える債務の比ではない。下手をすれば、あなたと僕たちの立場が逆転するかもしれないんですよ? それが分かっていての、却下ですか?」
    《……》
    「もう一度お願いします。暗殺者の手配をお願いします。
     このまま僕に何もかも押し付けて、後は何が起ころうが知らんぷりなんて、絶対にさせませんよ……!」
     そこでサザリーは言葉を切り、沈黙する。
     しばらく間を置いて、ケネスが口を開いた。
    《……そこまで言うなら、仕方がない。手配してやろう。何名必要だ?》
    「1名でいいです。ただし条件が2つ」
    《なんだ?》
    「一つは、相当腕の立つ人間を。それこそ、どんな注文にも対応できる、凄腕の暗殺者を用意してください。
     もう一つは……」
    火紅狐・破渉記 3
    »»  2011.06.23.
    フォコの話、244話目。
    黒いうわさ。

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    4.
     双月暦311年8月、清王朝と焔軍が停戦交渉を行うため、碧州の桧谷(ひたに)に双方の首脳陣が集められようとしていた。
     碧州はまだ戦火に晒されておらず、また、既に焔軍の傘下となった青州・玄州との州境にある街のため、会合を行うには最適の場所だった。

     サザリーの計画にとっても。



     一足早く桧谷を訪れた一善王は、静かな街並みを眺め、ほっとため息を漏らす。
    「ふむ……。ここなら、穏やかな話し合いもできよう。エール殿もなかなかどうして、風流な審美眼があるようだ」
    「交渉がまとまりましたら、ここで一泊くらい養生するのも、いいかも知れませんな」
    「それはいいな、はは……」
     大臣たちと和やかに会話を交わしながら、一善王は交渉が行われる宿へ到着した。
    「おお、エール殿」
    「あ、ども」
     宿の玄関に入ったところで、一善王はぼんやりと新聞を読んでいたサザリーを見つけた。
    「この度は大儀であった。よく、ここまで根回しをしてくれたものだ」
    「いえいえ、陛下の頼みとあらば、これくらいはお安いご用です。
     あ、お泊りはお二階の奥です。これ、鍵です」
    「ありがとう」
     サザリーから鍵を受け取ったところで、一善王はサザリーに尋ねる。
    「向こうの布陣は? 穂村氏だけではないだろうが……」
    「ええ。何でも接収・併合した州の知事たちも、一緒に来るそうですよ。あと、ホムラ氏の顧問をしてる人も会合に出るみたいです」
    「そうか、……しまったな、こちらも同格の人間を出しておかねば、顔ぶれの体裁が悪いだろう。今からでも碧州の知事を呼べるだろうか?」
     一善王に尋ねられ、側にいた大臣が小さくうなずく。
    「州都の玉川(ぎょくせん)までは、往復2日もかかりません。今から呼び出せば、十分間に合うでしょう」
    「では、手配してくれ」
    「かしこまりました」
     と、一善王が大臣に命じたところで、サザリーが思い出したように「あ」とつぶやいた。
    「どうした?」
    「もう一名、会議に参加するだろうって人がいましたね。あ、でも参加すると言うより、顧問の護衛と言うか、そんな感じの人が」
    「護衛?」
    「ええ。何でもカツミとか何とか。聞いた感じだと、真っ黒い央南人らしいです」
    「真っ黒い……?」
    「はい。頭の先から靴の先まで、全部黒。そんな感じの人です。
     ただ、この人物は非常に危険だとか。うわさでは、央北で何人も殺してる凶悪犯じゃないかって」
    「何故そんな人物が……?」
     いぶかしがる一善王に、サザリーは声を潜めてこう続けた。
    「何でもその顧問も、央北の政治犯なんですって。北方での革命に一枚かんでいて、頭だけはいいらしいんですけどね。
     さっき言ったカツミも含めて、大きな不安要素なんですよね、この人も」
    「ふむ……」
    「まあ、凶悪犯が堂々と公の場に出られるわけもなし。多分ガセです。気にしないで結構ですよ。
     それじゃ僕は、ちょっと休ませてもらいます。ここのセッティングで、少々疲れちゃいましたもんで」
    「そうか。ゆっくり休んでくれ」
     サザリーが宿の階段を上がっていったところで、一善王は短く唸った。
    「ううむ……、政治犯が顧問に、か。捨て置けぬ話ではあるが……、どうしようもあるまい。気にしない方がいいか」
    「まあ……、そうですね」
     横にいた大臣も、うなずくしかなかった。

     部屋に入ったサザリーは、扉の鍵を後ろ手で閉め、ぼそ、とつぶやいた。
    「カズヨシ王が来ましたよ」
    「そうですか」
     と、部屋の奥からのそ、と影が動いた。
     いや、影ではない。それは黒い髪に黒い羽織をまとった、肌の黒い男だった。
    「完璧ですね。全身真っ黒」
    「そう言う注文でしたからね。
     央南系の人間で、全身真っ黒な男をと。まあ、肌は塗料でごまかすしかなかったですが」
    「十分です。夜中や暗い室内でなら、まったく気付かれないでしょう」
     サザリーのその一言に、男はふう、とため息をついた。
    「また、こんな依頼があるとは。……まったく、嫌な仕事ばかりです」
    「へえ、前にも同じような依頼を?」
     尋ねられ、男は顔をしかめた。
    「職務規定があるので、詳しくは説明できませんが。
     以前にも、ある大商人の屋敷に忍び込んで、その商人夫妻を殺したことがありました。それ以来、私の仕事は暗殺ばかりです。
     ……夜まで、休ませてもらいますよ」
     そう言ったきり、その暗殺者は椅子に深く座り、黙り込んでしまった。
    火紅狐・破渉記 4
    »»  2011.06.24.
    フォコの話、245話目。
    ミスリード。

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    5.
     その夜。
    「うわっ、うわあああ!?」
     宿に、一善王の悲鳴が響き渡った。
    「どうしました!?」
    「何かあったのですか!?」
     宿に泊まっていた大臣や護衛がバタバタと、一善王の部屋に集まってくる。
    「……うわっ……」
    「これは……ひどい」
     一善王を護衛していた兵士たちは、既に首を掻き切られ、大量の血を流して絶命している。
     その血だまりの中に、ぶるぶると震える一善王がいた。だが彼も、血をボタボタと流してうずくまっている。
    「陛下! 大丈夫ですか!?」
    「誰か、誰かっ! 陛下が襲われた! 手当てを……!」
     そうこうするうちに、一善王は血を吐き、ぐったりと倒れ込む。
    「陛下!?」
    「お……襲われた……」
    「誰にですか!?」
     後からやって来たサザリーの問いに、一善王は途切れ途切れに答える。
    「き……君の……言っていた……、黒い……あの……、く、黒い……かつ……み……、で、あろう……お、……男に……」
     そこで、一善王は事切れてしまった。

     突然の惨劇に騒然とする宿の中をすい、と抜け、サザリーは宿の裏手に出た。
    「お疲れ様でした」
    「ええ」
     そこには、顔の塗料を拭い終えた暗殺者が立っていた。
    「流石の仕事っぷりでしたよ。叫び声を上げさせてから僕たちが来るまで、きっちり3分間だけ生かす。
     あの3分の間に、カズヨシ王が言えたのは、『黒い男がやってきて襲ってきた』だけ。あれで間違いなく、みんなはカツミ氏を暗殺犯だと思い込むでしょう。
     お見事でしたね」
    「それはどうも。……ほめられてもあまり、嬉しくないですがね」
     暗殺者はそこで黙り込み、手を出してきた。
    「……」
    「……なんでしょう?」
    「報酬をお願いします」
    「あ、はい」
     サザリーは慌てて、金袋を出そうとする。
     と、そこで暗殺者が静かにささやいた。
    「あまり私が言えた義理ではありませんが」
    「え?」
    「人を殺す、と。そう言ったことは、実際にやるのも、依頼するのも、お勧めできませんね」
    「本当に、あなたが言えた義理じゃないですね」
    「ええ。特に、血なまぐさいことに、これまで関わりのなかった人は、できるならこれからも、一生関わらずにいた方がいい。
     でなければ」
     突然、暗殺者はサザリーの腕をつかんだ。
    「……っ」
    「このように、いつまでも体の震えが止まらなくなりますよ」
    「や、やめてください」
    「……まあ、今さら遅い忠告ではありますが。
     こちらが報酬ですね。いただいていきます」
     震えるサザリーの腕を動かしてポケットから引き抜かせ、暗殺者はその手に握りしめられた袋を受け取って、その場から立ち去った。

     一善王が暗殺者に襲われ崩御したと言う報せは、焔軍にも届いた。
     そしてその実行犯であろう者の名も、同時に聞かされた。
    「は? タイカが、暗殺犯?」
    「馬鹿な」
     聞いた本人も、その横にいたランドも、同時に首を横に振る。
    「ありえない。彼はここ数日、僕やホムラ統領と一緒にいましたし」
    「ああ。大体、穏便に話が運ぼうと言うこの局面で何故、わざわざ俺が暗殺などと言う、面倒で下らん真似をする必要がある? 話の筋が通らんぞ」
     二人の答えを聞いても、使者は納得しない。恨みの籠った目を、大火に向けてくる。
    「……お話は以上です。即刻、お帰り下さいませ」
    「いや、しかし本当に」「お帰り下さいませッ!」
     使者はボタボタと涙を流しながら、そう叫んだ。
    「陛下はあなた方を信用して、こうして会合の席を設けたと言うのに……! あなた方はその信用に報いるどころか、こんな卑怯な、非道な仕打ちをなさるとは……!
     我々清王朝の臣下全員、あなた方を深く、深く――お恨み申しますぞ……ッ」
    「……」
     それ以上弁解の余地はなく、焔軍側の首脳陣は桧谷を立ち去るしかなかった。



     この事件により、停戦交渉は完全に破談となってしまった。
     そして同時に、清王朝が徹底抗戦に臨む姿勢を固める契機にもなった。
    「許さん……、許さんぞ、賊軍どもめがッ!」
     病床にあった前王、一豊は息子の悲報を聞き、すぐに復位。最期まで焔軍と戦い抜くことを宣言した。
    「このまま穏便に和睦などと、絶対に済ませてなるものか! 例えこの身が滅びようとも、わしは仇を討つ……ッ!」

     時に、感情が合理性を曇らせ、最適な道を隠してしまうことがある。
     清王朝もこの時、サザリーの仕掛けた罠により、最悪の選択を取らされることとなった。

    火紅狐・破渉記 終
    火紅狐・破渉記 5
    »»  2011.06.25.
    フォコの話、246話目。
    乱れ始めた足並み。

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    1.
     病と一善王の死によって判断力と自制心を失った一豊王は、ついに最大最後の決断を下した。
    「ゴホッ、ゴホッ……、白州内の全兵力を結集して紅白街道を西進し、焔軍を討伐するのだ!
     何としても、あの『黒い悪魔』を討たねば、わしは安心して死んでゆけぬ……ッ!」
     病体と怒りとがない交ぜになり、一豊王の顔は土気色と赤色が、まだら状に浮かんでいる。
    「陛下、どうかご自愛くださいませ!」
    「そのお体で政など、無茶でございます!」
     諌めようとする家臣に構わず、一豊王はわめき立てる。
    「ええい、小言なぞいらぬわ! わしが、……ゲホッ、ゲホ、……わしが欲しているのは、『黒い悪魔』を討ち取らんとする猛将の名乗りじゃ!
     誰かおらぬのか!? 誰か、わしの息子の、一善の仇を取ろうと言う義士は、おらぬのか……ッ!」
     悲痛な叫びが、王の間にこだまする。
    「……な、何だお前たち!?」
     と、大臣の一人が、王の間から見えていた庭の異状に気付く。
     そこには、真剣なまなざしで王の叫びに耳を傾ける兵士たちが、ずらりと並んでいた。
    「……卒爾ながら、拙者が!」
     兵士の一人が名乗りを上げる。
    「いいや、私が!」
     続いてもう一人、前に出る。
    「いや、俺が!」「私も!」「某もだ!」
     次々に名乗りを上げつつ、兵士たちがワラワラと、王の間へ押し入ってくる。
     それを目の当たりにした一豊王は、ゴホゴホと水気のある咳を立てながら、嬉しそうに笑った。
    「おお、おお……。これほどの者が、仇を討ってくれると申すか。
     よかろう、すぐに出陣の準備を整えるのだ! 全軍一丸となって、焔軍を今度こそ、叩き潰そうぞッ!」
     王の言葉に、兵士たちは義憤に満ちた、ときの声を挙げた。



     一方、焔軍側は急に立った悪評の否定・訂正に、躍起になっていた。
    「であるからして、その件は克の仕業にござらん!」
    「しかしね……」
     折角自分たちの側に付いてくれた各州・各方面の知事や将軍たちは、疑惑に満ちた目を玄蔵とランドに向けてくる。
    「あの克と言う男、聞けば凄腕の魔術師であると言うじゃないか。それに私自身経験したが、一瞬で別の土地へ飛べる術も持っている。
     やろうと思えば統領、あなたやファスタ卿の目を盗んで桧谷に赴き、暗殺を行うことも可能であるわけだ」
     青州知事、三縞氏の意見に、玄蔵は「ぐ……」と、返答に詰まる。
     それを受けて、ランドが弁解する。
    「確かに技術云々で言えば可能でしょう。しかし、論理的かつ合理的に考えれば、ありえない話です。
     玄州や青州併合の時にお話しした通り、我々焔軍は何が何でも武力行使を以って清朝軍を打倒しよう、などと考えていたわけではありません。話し合いで決着が付くのなら、いくらでも話し合いを重ねる。そう言う姿勢で、これまで活動してきました。
     今回の件にしても向こうのトップ、最大の主権者が話し合いの場を立ててくれたのですし、それに我々は応じると明言しました。事実、あなた方全員とも、事前協議を何度も行ったはずです。それらをすべてパフォーマンス、『協議に臨むつもりです』と見せかけるためだけに行ったと?」
    「敵をだますにはまず味方から、とも言う」
     反論してきたのは、玄州知事の早田氏。
    「事実、虫のいい話がポンポンと飛び交っていた。清王朝打倒の暁には玄州と青州の独立を認める? それではあなた方の利益が無いではないか。
     そうやって私らをいい気分にさせておいて、裏では克氏が刀をシャリシャリ砥いでいて……、と言う筋書きではないのかね?」
    「なっ、何を……」「そんな腹積もりは毛頭ありません」
     憤り、怒鳴りかけた玄蔵を制し、ランドはなお弁解を続ける。
    「そんなつもりであったなら、初手であなた方を刺しています。降伏、あるいは同意した瞬間に、あなた方の首を切り落とすことも可能でした。
     それをしなかったのは、あなた方に敬意を払っていたからです。今後、独立した州の王になるであろうあなた方に」
    「終わった後であれば、何とでも言える。失礼だが、今こうしてあなたたちの言い訳を聞いている間に、克氏が軍事基地を襲っている可能性をファスタ卿、あなたは否定できるのか? そしてそれを完全に、我々に納得させられるのか?」
    「信じていただくしかないでしょう。これまでも、信用と信頼によって我々の同盟関係は構築されてきたはずです」
    「これまではね。しかし、今後は明確な安全措置を、私たちは要求しているんだよ」
     そこで言葉が途切れる。
     玄蔵も、知事らも、将軍たちも――卓に着く皆が皆、にらみ合っていた。
     緊迫した場の空気を崩すように、ランドは極力落ち着いた声で、こう告げた。
    「……重ねて言いますが、取り交わした約束は信用していただくしかありません。それができないとあれば、……協力はもう、結構です。
     この場で不可侵条約を結び、我々が白京に攻め入ることを黙認することだけを確約していただき、これきり手を切っていただいても結構です。
     元通り、清王朝に収まっていただいて、それで結構です」
    「……」
     ランドのこの発言には、知事らも流石にばつが悪かったのか、喧嘩腰では応じなかった。
    「……分かった。これ以上我々の信頼関係を損ねても無意味だ。
     とりあえずは清王朝を倒すまで、君たちのことを信用しておこう」
    「右に、同じだ」
    「……では、話は以上です」
     ランドはただ、深く頭を下げた。
     そしてその裏で、ランドは青州・玄州への信頼回復が非常に困難であることを悟っていた。
    (『とりあえずは』、……か。まったく、何でこんなことになったんだ)
    火紅狐・末朝記 1
    »»  2011.06.27.
    フォコの話、247話目。
    悪魔役を命じる。

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    2.
     どうにか内紛をまとめ終えた焔軍は、いよいよ敵の本陣、白京へ攻め込むため、湯嶺のある紅州と、白京のある白州とを結ぶ幹線、紅白街道を東に進み始めた。
     一方で清朝軍の士気は、これまでにないほど高まっていた。ようやく戦乱が収まるかと言う希望の鍵となっていた一善王の暗殺を受け、焔軍に対する怒りを燃え上がらせていたからである。
     これまでの戦いは、いわば「一豊王の野心と、そのごまかし」から始まったものである。王一人の、極めて利己的な事情に端を発する戦いであり、それに血道を上げる者など、いようはずもない。
     だが今度の戦いは、「雪辱戦」である。一善王の仇を討つために皆が集まり、進軍しているのだ。よほどのことが無い限り、彼らが瓦解、撤退することは無い。
     これまでのような、どこかぬるく、投げやりな面のあった敵ではなくなったため、各方面で焔軍の苦戦が予想されていた。



     そして焔軍の苦戦を匂わせる要素がもう一つ、まだ根強く残っていた。
    「……おい、あれ」
    「もしかして……」
    「ああ、多分……」
     大火は軍営のあちこちで、ボソボソとささやかれるうわさ話にうんざりしていた。
    「あいつだろ、あの黒い……」
    「背ぇ、高いなぁ。目つきも悪いし」
    「本当になんか、悪魔みたいな」
    「あいつなら本当にやりかねない気がする」
    「勘弁してほしいぜ、マジ」
    「そうそう、俺の故郷の青江じゃもう、うわさが広まってて」
    「ああ、『黒い悪魔』が夜な夜な要人を狙ってるとか」
    「味方だと思ってたのになぁ」
     大火は憮然としつつも、こそこそと輪を作って話す兵士らに声をかけた。
    「お前ら」
    「あ、は、はい」
    「俺を何だと思っている?」
    「え、いや、その」
    「何なら本当に……」
     大火は冗談交じりのつもりで、ほんのわずかだけ鞘から「夜桜」の刃を見せる。
     ところが――。
    「ひ、ひーっ!」
     兵士たちはガタガタと震え、その場で失神してしまった。
    「……チッ」
     大火はその反応を受け、不機嫌になった。

     このままでは焔軍の士気が上がり切らず、まさかの敗北を喫することもありうると、ランドは大火を呼び出した。
    「なんだ」
    「タイカ。率直に言うけど、君、邪魔になってる」
    「……」
     面と向かってそう言われても、大火は顔をしかめるしかない。
    「では、どうしてほしい?」「そこで」
     ランドは既に、打開策を考えてはいた。だがそれは、大火が自身の耳を疑うような内容だった。
    「本当に君、暗殺者とか、悪魔になってもらおうかなって」
    「何だと?」
    「みんなが何を怖がってるって、『タイカの刃が自分たちに向けられるのでは』って言う、明日は我が身的なものなんだ。
     じゃあ、その使い道をはっきりさせちゃえば、とりあえずは安心するさ。清朝軍との戦いが始まる前に、君一人、単騎で敵陣に入り込んで、引っ掻き回せばいい。
     それでみんなも、『タイカは怖いけど自分たちの味方なんだ』って、心の整理は付けられるだろう」
    「……俺の潔白は? 汚名をむざむざ被れと言うのか」
     そう尋ねる大火に、ランドは済まなさそうに頭をかく。
    「まあ、そうだね。それはしないと、今後の信用に関わってくるけど、……でもさ。
     君は別に、央南に執着してないだろ?」
    「うん?」
    「僕も特に、央南に思い入れも無い。清王朝の打倒が実現したら、速やかに央南から離れて、北方に戻ればいいんだ。
     事後処理とか意見調整とか、色々問題は残るけど、それは流石に僕に任せっきりにされても困るし。そこはホムラ統領に頑張ってもらうよ。
     で、話を戻すけど。問題の種になっている君がさっさと北方へ引き上げれば、これ以上君の扱いに困ることは無い。……だから弁解なんか、する必要ないんだ」
    「……」
     大火はランドをにらみつけてくる。それに辟易しつつも、ランドは説得を続ける。
    「いや、まあ、確かにさ、プライドの高い君のことだし、わだかまってるのも分かっているつもりさ。
     だけどどうやって、弁解するって言うのさ? 殺されちゃった王様に、証言を撤回してもらうわけにも行かない。別の人がやったって言う、明確な証拠もない。
     方法として無理なことを、提案されても困るよ」
    「……」
     大火はそのまま、ランドをにらみ続ける。
     が、不意に踵を返し、大火はこう答えた。
    「……いいだろう。では、今から向かうとしよう」
    「あ、うん。頼んだ、……よ」
     大火の後ろ姿を眺めながら、ランドは小さく頭を下げた。
    「……ごめん、本当に。僕には、これが精一杯の策なんだ」
    火紅狐・末朝記 2
    »»  2011.06.28.
    フォコの話、248話目。
    地獄の一幕。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     大火は一人、敵陣に乗り込んだ。



    「おい、お前!」
     真正面から、まったく忍びも隠れもせず。
    「そこで止ま」
     まず――。
    「れっ……」
     制止しようとした敵兵の首を、空中高くに弾き飛ばす。
    「……え?」
     噴水のように血を流す同僚の体を見て、もう一人の敵兵がぽかんとする。そして現実を把握し、叫ぼうとする直前。
    「う、うわ……」
     彼もぼと、と首を落とされた。

     体を立たせたまま絶命した敵兵二名を皮切りに、大火単騎の殲滅戦が始まった。
    「ぎゃああっ!?」「く、くくく、くび、くびっ……」
     どうやら最初に飛ばした敵兵の首が、敵陣の奥にまで届いたらしい。
     にわかに、敵陣が騒がしくなる。
    「て、敵襲! 敵襲!」
     カンカンと警鐘が鳴り響き、敵陣全体でガチャガチャと、武具を装備する音が鳴り始める。
    「……」
     大火は短くため息をつき、呪文を唱え始めた。
     だがそれも、ほんの5秒もかからない。
    「『エクスプロード』」
     ズドン、と地を揺るがす炸裂音とともに、テントの一つが真っ赤に光り、消え失せる。
    「な、なん……」
     続いてもう一度、大きな爆発が起こる。
     さらにもう一度。
     もう一度。
     何度も。

     爆発がやむ。
    「何が……起こった……?」
     意外にも、数多くの兵士が生き残っていた。
     だが、装備や軍備ははるか彼方に吹き飛ばされ、兵士たちの体自身も、多少の差はあるが中度、重度の火傷を負っている。とても戦闘に臨める状態ではなく、誰も身動きが取れない。
     その中央へ、大火がとん、と降り立つ。
    「う……っ」
    「あれが……あの……?」
    「『黒い悪魔』か……!」
     ざわめきはするが、誰も立ち上がれないでいる。
    「どうした?」
     と、大火が周囲に問う。
    「ここにいるのは、敵だ。かかってこないのか?」
    「……っ」
     大火は周囲を一瞥し、もう一度同じ質問を投げかける。
    「かかってこないのか?」
    「……」
     武器も体力も失った兵士たちは、何もできないでいる。
     そこへ、半ば焼けた槍を持った兵士が単騎で、大火へと近づいた。
    「俺がやる……!」
    「そうか」
     だが、次の瞬間。
    「……えっ」
     その兵士の身長が縮んだ。
     いや、縮んだのではない。腰から下をばっさりと斬り飛ばされ、上半身のみが残ったのだ。
     きっと自分がどうなったのかも分からないままなのだろう――槍を抱え、大火を見据えたまま、兵士は絶命している。
    「ひっ……」
    「他に、俺を討ち取ろうと言う者は?」
     三度、大火が尋ねる。
     だがもう、誰も向かってはこない。
    「いないな?
     では、説明しておこう。明日、焔軍の本隊がここへやって来る。当然、お前たちと戦うつもりで、だ。そしてその露払いを、こうして俺がしておいた。明日も、本隊に参加する予定だ。
     もし命が惜しい、勅命など己の命に換えられるものかと言う者は、速やかにここから去るがいい。俺もわざわざ、逃げた兎を追うほど暇ではない」
     説明し終え、大火はその場に座り込む。
     その瞬間、倒れていた兵士は大慌てで、その場から逃げ去った。



     翌日。
    「……なに……これ……」
     進軍した焔軍が変わり果てた敵陣を目の当たりにし、絶句した。
    「昨日まで、ここ……」
    「あ、ああ。敵がいた、……はずだ」
    「何だよ、これ……?」
     その場には、まったく生命の気配が感じられない。あるのは灰と炭、焼けた土、そしてまばらに残った死体だけである。
    「……タイカ」
     ランドもこの凄惨な状況に強いめまいを覚えながら、何とか大火に質問する。
    「なんだ?」
    「君がやったのかい」
    「ああ」
    「どうして、ここまで? おどかして帰してしまえば良かったじゃないか」
    「指示したのはお前だ。俺に『悪魔になればいい』と」
    「そんなつもりじゃ……」
    「では、どう言うつもりだったのだ?」
     大火は無表情で、ランドにこう返した。
    「契約は契約だ。その言葉通りに、俺は事を運んだ。
     俺を悪魔と呼び、悪魔になれ、悪魔らしくしろと、お前は言ったのだ。
     言葉は言葉の通りだ。俺は俺の思う、『悪魔』になった。お前のつもりや含みなど、知ったことか」
    「……そっ、か」
     大火もランドも、それきり口を開かなかった。
    火紅狐・末朝記 3
    »»  2011.06.29.

    フォコの話、199話目。
    サムライの訪問。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     フォコたちが政治と経済、戦略と謀略、エゴと裏切りに満ちた毎日を送っていたその頃、ランドたちもまた、戦いの日々を過ごしていた。



     すべてのきっかけは、双月歴309年の中頃、北方ジーン王国では短い夏が満喫されている時だった。
    「支援要請?」
    「ああ、……何度か断っているのだが、もう四度目になる」
     ジーン王国へ、軍による支援をしつこく要請してくる者が現れた。
    「何故僕にその話を?」
     ランドに尋ねられた若き国王クラウスは、肩をすくめるばかりである。
    「何を言っても『そこを何とか』で通そうとしてくるのだ。いい加減、外務院も対応に困っていてな。
    そこでファスタ卿に何とか、もう来ないように言いくるめてもらえないものか、と」
    「はあ」

     国王直々にお願いされては、嫌とも言えない。
     ランドはとりあえず、応接間に待たされていた相手と面会することにした。
    「どうも。ジーン王国、政務顧問、兼、戦略研究室長のランド・ファスタです」
     そう紹介したところで、相手の短耳は顔をしかめた。
    「拙者は嫌われておるようだな」
    「はい?」
    「これで四度、お主らを訪ねた。
     最初は外務室の官僚を名乗る者が応対した。次も同輩の官僚が。三度目も官僚であった。そして四度目が、最早どこの所属かも分からぬ馬の骨。
     一向に拙者は、大臣にも国王にも会っておらぬ。それどころか、適当な者であしらおうとする始末。ジーン王国の無礼な態度、拙者はよく味わった。
     もう結構。拙者はこれにて失敬する」
    「ちょっと」
     この時、彼をそのまま放っておけば、この後に起こる騒動には巻き込まれずに済んだのかもしれない。
     だが会うなり罵倒されては、ランドも黙ってはいられなかった。
    「軍人の方であれば、私の話を聞いておいた方がよろしいかと思われますよ」
    「なに?」
    「戦略研究室と言うのは、今年王国軍本営に設立された部署です。戦争行為に関する、あらゆる研究を行っているところです」
    「つまり、如何にして戦えば勝利するか、と言うことを論ずるところであると言うことか?」
    「あー、……まあ、そう考えていただいて結構です。
     支援を要請、と言うことでしたので、こうして戦術、戦略の専門家である私が応対した方が適切ではないか、と国王陛下より命を受け、こうしてお会いした次第です」
    「なるほど。国王直々の命であれば、拙者も異存はなし」
     男は頭を下げ、こう名乗った。
    「申し遅れた。拙者、央南は紅州、湯嶺(とうりょう)に本拠を構える清朝反乱軍の長、穂村玄蔵と申す。階級は少佐にござる。
     以後お見知りおきを、ファスタ殿」

     このいかめしい態度を執る、古風な軍人との出会いにより、ランドもまた、フォコが巻き込まれていた戦い――ケネスおよび、その腹心たちとの戦い、そして世界の覇権をめぐる戦いに、想定していたより早く、身を投じることとなった。

    火紅狐・訪南記 1

    2011.05.01.[Edit]
    フォコの話、199話目。サムライの訪問。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. フォコたちが政治と経済、戦略と謀略、エゴと裏切りに満ちた毎日を送っていたその頃、ランドたちもまた、戦いの日々を過ごしていた。 すべてのきっかけは、双月歴309年の中頃、北方ジーン王国では短い夏が満喫されている時だった。「支援要請?」「ああ、……何度か断っているのだが、もう四度目になる」 ジーン王国へ、軍による支援をしつ...

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    フォコの話、200話目。
    王朝の横暴と商人の影。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     穂村少佐は、ランドに央南の政治事情を詳しく説明してくれた。
    「中央政府の本拠は中央大陸北部、即ちウォールロック山脈より北の土地にあることはご存じであろう」
    「ええ」
    「『向こう』の神話と主張によれば、この世界を統べているのは『天帝』と称される、神の末裔たちであるとのこと。
     そして事実、双月暦1世紀の頃に、初代のゼロ・タイムズ帝が中央各地に己の名代を置き、他の大陸との協定を結ぶことで、世界平定を成したと言う。
     成程、世界平和は全人類の願いとも言えよう。それをはるか昔に成したと言うのなら、確かに神業。神にしかできぬ、いやむしろ、成した者は神と呼ばれよう。
     が、それはそれとして……」
     そこで穂村少佐は、顔をくしゃくしゃに歪ませる。
    「それから三百余年を経た今、その神の御利益なぞどこにあろうか!
     今、我々央南の民の上に居座る名代は、腐り果てている! 特に近年、中央政府の軍事力と、どこぞの商人の財力と武具を笠に着て、下の者を虐げているのだ!」
    「ふむ。具体的には、どのようなことを?」
    「最も目に付くのが、税だ。この4年の間に、既存の税制は異様に高い率を要求するようになった。最も基盤、民が直に王朝へ納める税は、4年前の5倍にもなる」
    「5倍? ……それはまた、無茶苦茶な話ですね」
    「それだけではない。商いをしている者への税負担も、3倍、4倍と、落ち着く様子を見せぬ。
     さらには各地へ関所や壁を乱立させ、その一つ一つに通行税を設けている。清王朝はどこまでも民を食い物にしようとしているのが、ありありと見えてくる」
    「清(せい)?」
    「先程述べた、中央政府の名代一族だ。現在の王、清一豊の代になって以降、その税制改悪は進む一方だ」
     話を聞いていたランドは、首をかしげる。
    「その、集めた税金。恐らくはそのカズトミ国王や、その一族の懐に入ると推察されますが、……何が目的なのでしょうね?」
    「現在の一豊王は、はっきり言ってしまえば愚君だ。であるからして、単純に考えればただの遊興目的ではないかとも推察できる。
     だが、それだけでは済まない要素が、1年ほど前から発生したのだ」
    「それは何です?」
    「軍備だ。清王朝の本拠、白京(はくけい)の壁の厚さは、他の地域よりも殊更に重厚長大となっている。それに加え、毎日のように鉄鉱石や木材が運び込まれ、同時に徴兵も頻繁に行われるようになった。
     拙者はその光景に不安を感じ、密かに王朝の本意を探った。そこで判明したのが……」
     穂村少佐は怒りに満ちた目を、ランドに見せた。
    「あろうことか、他地域への侵略を行おうとしていたのだ! そう、中央政府のある央北と、その支配下にある央中へ!」
    「なん……、ですって?」
     ランドは頭を整理しようと、これまでの話を聞き返した。
    「しかし少佐、清王朝は中央政府の名代だと言っていたじゃないですか? それが何故、刃を向けるような行動を?」
    「その話も、非常に厄介な事情が絡んでくる。清王朝は近年、さる西方の商人と懇意にしているのだが、その商人が軍備増強と離反とを唆したようなのだ」
    「その商人と言うのは……?」
    「サザリー・エールと言う兎獣人の男だ。
     このサザリーと言う男は中央政府や中央の商人たちに対し、莫大な額の債務を、わざと作っているのだ」
    「つまり多額の借金を、貸主を殺すことで踏み倒そうと言うわけですか」
     話を聞いたランドは、そのサザリーと言う人物に嫌悪感を覚えた。
    「そう言うことだ。だが、この計画が成功するとは、拙者には到底思えぬ。反逆を企てた清家は完膚なきまでに叩かれ、恐らく央南は壊滅的な被害を被ることとなろう。
     拙者はそれを、放って見ているつもりも、ましてや、清王朝付きの軍人として加担するつもりもない。拙者は前述の本拠、湯嶺へ私財と家族、配下の兵を移し、近隣の権力者や軍基地へこの情報を流し、清王朝への反乱軍として蹶起(けっき)した。
     が――そこからが問題だ。拙者がつかみ、公表したこの情報を、清王朝は当然、否定した。その上で拙者を、『侫言(ねいげん)を流布して清王朝転覆を企む逆賊』とそしり、拙者らを逆に、中央政府の敵だと告げ口したのだ」
    「告げ口って……、中央政府に、ですか」
    「うむ。それにより、拙者らは清王朝の他に、中央政府とも戦わねばならなくなった。
     このままでは物量、世論の面で、拙者らは非常に不利を強いられる。そこで中央政府にも清王朝にも、西方にも関係のない、お主らを頼ったと言うわけだ」
    「なるほど、そうですか……、うーん……」
     事情を聞き終えたランドは、腕を組んで深くうなった。

    火紅狐・訪南記 2

    2011.05.02.[Edit]
    フォコの話、200話目。王朝の横暴と商人の影。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 穂村少佐は、ランドに央南の政治事情を詳しく説明してくれた。「中央政府の本拠は中央大陸北部、即ちウォールロック山脈より北の土地にあることはご存じであろう」「ええ」「『向こう』の神話と主張によれば、この世界を統べているのは『天帝』と称される、神の末裔たちであるとのこと。 そして事実、双月暦1世紀の頃に、初代のゼロ・...

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    フォコの話、201話目。
    非公式援助。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ランドは頭の中で、返すべき返事と、その後の展開を素早く想定する。
    (返事は3つのうちどれかだな。ジーン王国を挙げて全面協力するか。それとも非公式に協力するか。それとも、協力しないか。
     3つ目は論外だな。放っておいたら、……まあ、少佐は自力で戦わないといけなくなるし、そうなれば清王朝プラス中央軍なんていう大軍に敵うわけがない。
     反乱軍が負けたらその後、清王朝は当初の目的通り、中央政府を相手に戦うことになる。そしてその結果、少佐の唱える通り、央南は壊滅するだろう。
     そのサザリーって商人の狙いはむしろ、それだろうな。政治機能が壊滅した国は、大資本を持った商人の餌食だ。法の網や軍・警察組織がまったく機能しないから、金に飽かせて勝手気ままに人やモノを売り買いできるからだ。
     そうなれば央南は早晩、サザリーのものになるだろうな。僕が目指すのは、世界の政治腐敗を糺すことだ。そんな欲まみれの独裁状態なんて、認められない。
     としても、1つ目も難しい。ジーン王国が反乱軍に加担する、つまり中央政府の名代に反旗を翻す組織に全面協力すると言うことは、そのまま中央政府に楯突くことになる。そうなれば中央は僕たちをも、攻撃の対象にするだろう。
     まだ北方の政治・経済基盤が安定しきらない今、中央との直接対決なんてことになれば、確実に北方は――勝つか負けるかは別として――大きく揺らぐことになる。中央との対決はいつかしなきゃいけないことではあるけども、今やってはいけないことだ。
     1つ目、3つ目は駄目だ。……じゃあ、2つ目になるな)
     ランドは穂村少佐にこう告げ、席を立った。
    「陛下と有識者を呼んでまいります。私一人で即決できる問題ではありません」
    「そうか。四度目でようやく、国王陛下にお目見えできるとは。……今度こそは、いい返事が期待できそうだな」
    「ええ、ご安心を」

     30分後、ランドはクラウスとキルシュ卿、そして大火を伴って戻ってきた。
    「お待たせしました。こちらが国王、クラウス・ジーン陛下です。隣の者は、クラウス陛下の父君で財政大臣の、エルネスト・キルシュ卿。
     そして私の後ろにいるのが……」
    「克大火だ。ランドの警護、と思ってくれればいい」
     大火を目にした穂村少佐は、表情を険しくした。
    「俺の顔に何か付いているか?」
     そう尋ねた大火に対し、穂村少佐はこう述べた。
    「お主……、相当の手練だな。人を何人も斬った目をしている。……いや、それ以上に、何か並々ならぬ経験をいくつも経た目だ。
     人の領域ならざる、まるで魔界に踏み込んだ者のような目をしている」
    「だから何だ?」
     大火にそう返され、穂村少佐は表情を崩した。
    「……いや、それだけだ。失礼した」
    「え、と。先程のお話を、再開しますね」
     ランドたちは席に着き、対応を協議することにした。
    「まず、初めに申しあげておきますが、ジーン王国政府があなた方反乱軍に、正式な支援を行うことは、政治的に不可能です」
    「む、う」
     この返答に、穂村少佐の顔が曇る。
    「しかしながら、このままお帰りいただく、と言うのも、世界の平和を思えば心苦しい。そこで非公式に、支援を行いたいと考えています」
    「……と言うと、具体的には?」
     この問いに、クラウスとキルシュ卿が回答した。
    「私の臣下から、優秀な人材を秘密裏に出向させよう。ここにいるファスタ卿を初めとして、軍略や戦闘に長けた人材を」
    「それに加え、多少ながら資金も融通しましょう。ただし、3年後に利子を付けて返済、と言う形になりますが」
    「ふむ、悪くない話ですな。ではその条件で、よろしくお頼み申します」

     この後、四者で協議を行い、現地へ向かう人間は次の4人に決定した。
     まず前述の通り、戦略・戦術に長じているランドと、その護衛として大火が。そして戦闘に関してのサポート役として、イールとレブが同行することとなった。

    火紅狐・訪南記 3

    2011.05.03.[Edit]
    フォコの話、201話目。非公式援助。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ランドは頭の中で、返すべき返事と、その後の展開を素早く想定する。(返事は3つのうちどれかだな。ジーン王国を挙げて全面協力するか。それとも非公式に協力するか。それとも、協力しないか。 3つ目は論外だな。放っておいたら、……まあ、少佐は自力で戦わないといけなくなるし、そうなれば清王朝プラス中央軍なんていう大軍に敵うわけがない。...

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    フォコの話、202話目。
    大大陸の南の地。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     穂村少佐がジーン王国を訪ねてから、2か月後。
    「……あー、蒸し暑っ!」
     船を降りるなり、イールは上着をはぎ取った。
    「確かに暑いね。まあ、北方からあれだけ南下すれば、当然と言えば当然だけど」
     ランドも額の汗を拭きつつ、イールに応じる。
    「空の青色が濃いね。何て言うか、熱気が凝縮してる感じだ」
    「そうね。向こうの3倍くらい、『夏っ』って感じ」

     ランド一行がまず到着したのは、央南最北端の街、青江(せいこう)である。
     この街は西大海洋――中央大陸東沖と、北方大陸の南に広がる大きな海に面しており、他の国や地域との玄関、交易地となっている。
     ここからまた海路を使い、穂村少佐の本拠である湯嶺へ向かうのだが――。

    「あぢぃ……」
    「うへぁー……」
     北国出身のイールとレブは、央南の地に着くなりへばってしまった。
    「……うーん、もっと涼しい格好をすれば良かったかな」
     ランドも長い間北方にいたため、久々の強い日差しに多少辟易している。
    「……」
     一方、大火はいつも通りに黒いコートに身を包み、平然としていた。
    「暑くないの?」
     イールにそう尋ねられたが、大火は無言で、肩をすくめて返す。
    「やっぱあんた、央南人なのね。故郷の空気だから、そんなに気になんないんでしょ」
    「さあな」



     ともかく、北方で着ていたような服装では、暑くてたまらない。
     一行は近くの店を回り、央南の服――一般に、「和装」と呼ばれる衣服――を買った。
    「……頼りねぇー」
    「そうね。ベルトに金具付いてないし、なんかスカスカするし」
     と、ランドたち三人の着こなしを見ていた店員が、ケラケラと笑っている。
    「外人のお客さん、帯の位置が高すぎるよ。それは腰で巻くんだ。後、結び方も変」
    「え?」
    「ここ、ここ。ここで結ぶの」
     店員に和装の着付けを習っている間、ランドは一人、壁に寄り掛かって押し黙る大火に目をやる。
    「……」
     大火は特に、どこに目をやろうともせず、腕を組んで目をつむっている。
    (……全然懐かしそうな感じじゃないな。ここはまだ彼の故郷から遠いのか、……それとも、央南自体が全然、彼の故郷じゃないのか)
     と、ランドの視線に気付いたらしく、大火が顔を向ける。
    「なんだ?」
    「君は、……央南のどこ、出身なの?」
    「……」
     聞いた途端、大火は珍しく、ほんの少しだが困ったような顔をした。
    「……」
    「あ、言いたくなければ別にいいんだ。さして重要な話じゃないし」
    「ああ」
     大火はいつもの仏頂面に戻り、また目を閉じた。
    (……? なんだろう、今の反応?
     まあ、簡単に人を斬れるタイプの人間だし、故郷で一悶着あったんだろうって言うのは、想像に難くない。
     でもその話が事実であったとして、……タイカがそれを隠すだろうか? 彼なら『ああ。少しばかり、人を斬り過ぎてしまって、な』とか何とか、ストレートに言いそうなもんだけど。
     彼でも言いにくいような話があるんだろうか? 気になるなぁ……)
     そうこうしているうちに、三人は和装に着替え終えた。
    「どう? 似合う、ランド?」
     イールにそう問われ、思索にふけっていたランドは生返事で答える。
    「ああ、うん。いいんじゃない」
    「そ、ありがとっ」
     イールはニコニコと笑って返し、続いてレブに目を向けた。
    「あんたもサマになってるわよ。伊達に将軍やってるワケじゃないわね」
    「へへっ。……ん?」
     と、レブは店員が、不安そうな目をしているのに気付いた。
    「どうした?」
    「あの、……外人さん、もしかして中央のお方だったり?」
    「あん? ……いいや、俺たちは北方の人間だ。こっちには、……まあ、観光目的だな」
     レブの返答に、店員はほっとしたように虎耳を伏せた。
    「ああ、そうでしたか。いやね、最近はもう、あっちこっちに中央の方がいるみたいで」
    「へぇ?」
     虎獣人の店員は、最近の央南事情を語ってくれた。
    「まあ、何でしたっけ、穂村少佐だかって方が、清王朝転覆を企んでるとかで。
     で、ゆくゆくは中央へも攻め込もうとしてるんじゃないかって話もあって、清王朝の人たちが中央政府に助けを求めたみたいなんですよ」
    「ふーん」
     穂村少佐からこの辺りの顛末は聞いているが、ランドは知らない振りをした。
    「で、中央の方が白京にドッと来て、少佐探しを始めたんですよ。
     だもんで、央南のあっちこっちに、間諜(かんちょう)がいるとかいないとか。で、お客さん外人さんみたいだし、もしかしたらなーって思ったんですよ」
    「へぇ、そうなんだ。いやいや、最近はみょんに物騒だよね」
     そこで話を切り上げ、一行は店を出た。

    火紅狐・訪南記 4

    2011.05.04.[Edit]
    フォコの話、202話目。大大陸の南の地。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 穂村少佐がジーン王国を訪ねてから、2か月後。「……あー、蒸し暑っ!」 船を降りるなり、イールは上着をはぎ取った。「確かに暑いね。まあ、北方からあれだけ南下すれば、当然と言えば当然だけど」 ランドも額の汗を拭きつつ、イールに応じる。「空の青色が濃いね。何て言うか、熱気が凝縮してる感じだ」「そうね。向こうの3倍くらい、『夏...

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    フォコの話、203話目。
    大火の謎。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     北方から央南までの船旅は、実に二か月以上となった。
     そのため、流石に一行の疲労は濃く、青江の宿に着いた途端、(大火を除いて)全員が、ぐったりと横になった。
    「少佐も忙しいんだかヒマなんだかな……。こんな船旅、4回もできねーよ」
    「いや、少佐の船旅は1往復だけらしいよ。4回立て続けに、陳情に来たらしい」
    「ゴリ押ししたわねぇ」
     穂村少佐の話が出たところで、ランドは店で聞いた話を取り上げた。
    「ところで、スパイがあちこちにいるって話。どう思う?」
    「どうって?」
    「少佐の居場所を探っている人が大勢いるってことは、まだ清朝側は少佐がトウリョウにいるとは知らないんじゃないかな、と思うんだ。きっとまだ、あちこちで根掘り葉掘り、怪しいものが無いかどうか探ってる段階だと思う。
     その上で、僕たちが――政情不安定なこの時期に、同じく政情の安定しきらない北方から来た人間が、本当にただの観光に来てる、と思うだろうか?」
    「あ……」
     ランドの話に、イールとレブは辺りを見回す。が、ランド自身は特に警戒してはいない。
    「まあ、話をすること自体は問題ないと思う。
     僕たちの間では北方語で話をしてたし、北方語が分かる人間が、そうそう都合よく、青江へスパイに来てるとは考えにくいもの」
    「……まあ、そりゃそうか」
    「でも、存在は目立つ。店の人も、『外人さん』って一目で見分けが付くくらいだもの。怪しい奴と見なされて、もう既にマークされていてもおかしくない」
    「ありそうね……」
     と、レブが眉を曇らせ、こう尋ねてくる。
    「じゃあ、これからどうやってトウリョウに行くんだ? 流石にこのまんま船に乗ったら、行く先々でスパイに絡まれるだろうし」
    「その点については、……タイカ」
     ランドは大火に声をかけ、こう提案した。
    「少佐のいるトウリョウまで、『テレポート』を使えないかな?」
     「テレポート」とは、大火の持つ魔術である。大火が一度行ったことのある場所や、専用の魔法陣を設置している場所へ、一瞬で移動することができるのだ。
     ランドは大火のことを央南人と見ていたし、現地の地理に多少は詳しいだろうと思っての提案だったが――。
    「……無理だな」
    「え?」
    「俺はその、湯嶺と言う場所がどこにあるか知らん。あまり地理にも明るくないし、な」
    「そうなの?」
     大火の返答に、ランドはまた、彼の出身が気になり始めた。
     と、思索にふける前に、大火が代替案を提示した。
    「まあ、方法は無いでもない。だが、少しばかり時間がかかる」
    「それでもいいよ。とにかく、スパイに見付からずに移動できればいいんだ」
    「……分かった」
     大火はすっと立ち上がり、脱いでいたコートをまとって部屋から出た。
    「長くても一月はかからん。それまでここに、滞在していろ」
    「分かった。よろしく、タイカ」

     残った三人は、これからどう過ごすかを話し合った。
    「最長、一か月か。……どうすっかな」
    「まあ、……遊んでるしかないわね。敵のコトも味方のコトも分かんないんじゃ、対策の立てようなんてないし」
     両手を挙げてため息をつくイールに、ランドは苦笑しつつ同意した。
    「最低限、情報収集だけはしておくつもりだけど、……イールの言う通りだね。他にやりようがないし、やってもむしろ仇、裏目になる可能性もある。何かしようにも、できないね」
    「ホントに観光ね、コレじゃ」
    「……だなぁ」

    火紅狐・訪南記 5

    2011.05.05.[Edit]
    フォコの話、203話目。大火の謎。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 北方から央南までの船旅は、実に二か月以上となった。 そのため、流石に一行の疲労は濃く、青江の宿に着いた途端、(大火を除いて)全員が、ぐったりと横になった。「少佐も忙しいんだかヒマなんだかな……。こんな船旅、4回もできねーよ」「いや、少佐の船旅は1往復だけらしいよ。4回立て続けに、陳情に来たらしい」「ゴリ押ししたわねぇ」 穂村...

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    フォコの話、204話目。
    異国の地でバカンス。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     大火がいない間、ランドたちは仕方なく、青江で過ごしていた。
    「ランド、引いてる引いてる!」
    「え、……おっとと」
     ランドとイールは、北にある岬でのんびりと釣りを楽しんでいた。
    「はい、網っ」
    「とと……、と。ありがとう、イール」
     まずまずの釣果を上げ、ランドは釣竿をしまい始めた。
    「もういいの?」
    「……いやぁ。流石にさ、一週間、二週間もやってると」
    「そーね。魚、嫌いじゃないけど、流石に飽きたかも」
     イールも釣竿を引き上げ、宿に戻る支度を始めた。
    「レブは……、どうしてるだろう?」
    「いつも通り、街外れで素振りとか、腕立て伏せとかしてるんじゃない?」
    「そっか。……しかし、長いなぁ」
     半月以上に渡って大火が戻らないことに、鷹揚(おうよう)に構えていたランドも、多少不安になってくる。
     イールも不安だったらしく、こうつぶやいた。
    「何してるのかしらね、アイツは」
    「うーん……、タイカのことだし、行ったんじゃないかな、トウリョウまで」
    「え?」
    「『テレポート』は行ったことのある場所に飛ぶことのできる術だし、それなら一旦向こうまで行って、そこからこっちに戻ってくれば……」
    「あたしたちもトウリョウに行ける、ってワケね」
     荷物をまとめ終え、二人は宿へと戻る。
     その途中の、海沿いの道を歩きながら、イールはぽつりとつぶやいた。
    「コレがホント、観光だったら良かったのにな」
    「うん?」
    「のーんびり釣りして、のーんびり海を眺めて、のーんびりご飯食べながら、おしゃべりしてさ。
     タイカの話が出て来なかったら、コレから戦争に加担するなんて、ウソにしか思えないわよ」
    「確かに」
     不意に会話が途切れ、二人はそのまま道を進む。
    「……」
     能弁なランドだが、沈黙することは苦痛ではない。特にストレスを感じず歩いていたが、イールの方はランドの方を見たり、海を見たりと、そわそわしている。
    「イールって」
    「ぅへ? な、何?」
    「人といる時、会話が途切れると嫌なタイプなの?」
    「え、……あー、そうかも、うん。そうかも」
    「やっぱり。なんか、落ち着きが無かったし」
    「人をコドモみたいに……」
    「ああ、ごめんね。……じゃあ、何か話でもしようか?」
     ランドにそう返され、イールはあごに指を当てながら思案する。
    「んー……、そーね。じゃ、センリャクの話とか。……なるべく、できるだけ、簡単にお願い」
    「はは……、いいよ。
     まあ、昔も言ったかも知れないけど、戦略って言うのは、『いかに損害を出さず、戦いを進めていくか』って言うのが重要になってくるんだ。
     例えば、自分たちの本拠地に敵が攻めてくるって情報が入った。さあ、君ならどうする?」
    「そりゃ、迎撃するしかないでしょ。それか、敵いそうに無かったら逃げる」
    「まあ、妥当なところかな」
    「妥当? じゃ、一番いいのは?」
    「敵が攻める目標を変えさせる。それも、敵同士でいがみ合う方向に」
    「なーるほど……。そうすればあたしたちは、何の損害も無く勝ちを拾える、ってワケね。でもどうやって?」
    「そこは、色んな手を使って。ま、その辺は、戦略じゃなくて戦術の範疇(はんちゅう)になるかな。
     戦略って言うのは、例えて言うなら『あのお城に行きたい』『あのお店に行きたい』って、目標を定めることなんだ。その上で、『どの道を進もうか』『徒歩で行こうか、馬車を使おうか』って決めていくのが、戦術になる」
    「ふーん……。まあ、分かった気がするわ」
    「それなら良かった」
     と、ランドがにっこりと笑ったところで――。
    「……あ」
     ランドは道の向こうから、知った顔がやって来るのに気付いた。
    「レブ、何でここに?」
     レブは手を挙げ、二人に応じる。
    「ん、いや。……戻ってきたぜ、あいつ」
    「あいつ? タイカが?」
    「おう。で、お前らを呼んできて欲しいっつって」
     と、そこでレブが言葉を切る。
    「……邪魔したかな」
    「え? 何の?」
     レブの言っている意味が分からず、ランドは首をかしげる。
     一方、イールは分かったらしい。
    「違うわよ? ふつーに釣りしてただけだし」
    「そっか。変な勘繰りして悪かったな」
    「いいわよ、別に」
    「……?」
     会話の内容が見えず、ランドはきょとんとしていた。

     宿に戻ったところで、ランドは半月ぶりに見る大火に会釈した。
    「やあ、おかえり。どう?」
    「問題ない。すぐにでも、向こうへ飛べるぞ」
    「そっか。じゃ、……まあ、魚釣ってきたし、これ食べてから行こうか。タイカはお腹空いてる?」
    「それなりに、だな。『テレポート』は消耗が激しい」
    「じゃ、一緒に食べよう」

    火紅狐・訪南記 6

    2011.05.06.[Edit]
    フォコの話、204話目。異国の地でバカンス。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 大火がいない間、ランドたちは仕方なく、青江で過ごしていた。「ランド、引いてる引いてる!」「え、……おっとと」 ランドとイールは、北にある岬でのんびりと釣りを楽しんでいた。「はい、網っ」「とと……、と。ありがとう、イール」 まずまずの釣果を上げ、ランドは釣竿をしまい始めた。「もういいの?」「……いやぁ。流石にさ、一週間、...

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    フォコの話、205話目。
    フシギな気持ち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     ランドたちは食堂に向かい、宿の店主に釣ってきた魚を渡し、席に座った。
    「で、向こうはどうだった?」
    「特に何も、と言うほか無いな。まだ敵方も、本拠地を見つけてはいないらしい。表向きには、普通の温泉街でしかなかった。
     だが、近いうちに近隣の街を襲撃する、とは言っていた。何でも、軍備の集積地があるとか」
    「ちょっと不安だな……。早いうちに向かった方がいいかもね」
    「だろうな。俺が見ても、甚だ意義のある行動には見えん」
    「そうか? 敵の備蓄を叩くわけだし、何もしないよりはいいんじゃないか?」
     尋ねたレブに、大火が答える。
    「敵がまだ、明確に本拠を捉えていないと言うのならば、できるだけ隠しておいた方がいい。それだけ、敵は捜索に時間と人員を費やすわけだからな。
     公衆の面前にのこのこと姿を表すとなれば、後を追跡されて本拠地を発見される可能性もある。そうなれば後は、大軍の物量を以って本拠地に総攻撃を仕掛け、それで終局だ」
     続いて、ランドも説明する。
    「それに、相手の素性が分からないって言う要素は大きい。今動けば、反乱軍の力量はあっけなく露呈してしまうだろう。
     それよりも相手に『見えざる敵』と認識させて振り回しておいた方が、どれだけ効果を挙げるか。少なくとも、ハクケイから遠く離れたトウリョウ近辺の集積地を叩くより、よっぽど効果はある」
    「ふーん……、そんなもんか」
     論じている間に、店主が新鮮な魚料理を運んできた。
    「お待ちどう。旦那さん、腕がいいねぇ。こんなに脂が乗った魚、なかなか出ないよ」
    「はは、どうも。……旦那?」
     首をかしげるランドに、店主は「おっと」と口を抑えてつぶやく。
    「違ったか。じゃ、あっちが旦那さんかい?」
    「へっ?」
     今度はレブが首をかしげる。
    「旦那って?」
    「あれ? ……いやー違ったか。いやほら、そこの『猫』さんとずっと一緒にいるから、どっちかが旦那さんなのかなって思ってたんだけど」
     この発言に、イールが目を丸くした。
    「え、ちょっ、違うわよ! あたしまだ独身! って言うかおじさん、そんな風にあたしたち見てたの!?」
    「道理でおかしいなーとは思った、あはは……。俺、『もしかしたら旦那さん二人?』とか思ってたりしてたよ」
    「ふっ、二人って、んなワケないじゃない! こいつらは仕事仲間!」
     顔を真っ赤にするイールに、店主はぱたぱたと手を振って謝った。
    「いやーごめんごめん、悪い悪い。……そんじゃ、まあ、ごゆっくりっ」
     店主は照れ笑いを浮かべながら、その場を去った。
    「……あ」
     と、ランドが岬でのことを思い出した。
    「レブ、君がさっき言ってたのって」
    「ん?」
    「……ああ、まあ、いいか。疑いは晴れたし」

     食事後、ランドたちは湯嶺に向かうため、荷造りを始めた。
    「んー……、釣竿はもういらないな」
    「いいでしょ。必要になるコトがあったら、またあっちで買うか作るかすればいいし」
    「そうだね」
     二人で並んで不要な物を処分している間、イールはこの半月を思い返していた。
    (ホント、遊びっぱなしだったわね。ランドと二人で釣りしたり、買い物したり。……そう言や、あたしってあんまり、遊んだコト無いのよね。
     ちっさい頃はアルコンがずーっとあたしの側に張り付いてたから、同年代の子が全然寄ってきてくれなかったし、って言うか、寄らせてもらえなかったし。反乱軍を立ち上げてからは、あっちこっち飛び回りっぱなしだったから、余計に遊ぶ機会なんて無かったし。
     こうして何の気兼ねも無くブラブラしたのって、……ホントに、生まれて初めてじゃないかしら)
     そう思ってみると、この半月の間に買った、他愛も無い玩具やアクセサリが、愛おしく感じられてくる。
    (……コレ、北方に持って帰りたいな)
     そう思い、イールはランドに顔を向けた。
    「ねえ、ランド」
    「ん? どうかした?」
    「コレ、持って帰っていい?」
    「え?」
     ランドはけげんな顔を返してくる。
    「好きにすればいいじゃないか。何で僕に聞くの?」
    「あ」
     イールは照れ、パタパタと手を振ってごまかした。
    「そうよね、何で聞いたのかしら、あははは……」
     と――ごまかしているうちに、イールの心に何か、切ないものが染み出した。
    「……っ」
     それを感じ取った途端、イールは黙り込んでしまった。
    「どうしたの? 変な顔して」
    「……なんでもない。……うん」
    「……イール?」
     ランドが心配そうな目を向けてくる。
    「そんなに気にしなくても……。持って帰りたいなら、そうすればいいじゃないか。そのネックレス、似合ってるし」
    「そ、そう? 似合う? ……うん、じゃ、持って帰る」
    「うん」
     ランドにほめられた途端、今度は心の中が温かくなった。
    (……変ね、あたし。旅の疲れ、今頃出たのかしら)



     彼女がこの不思議な気持ちが何なのか理解するのは、ずっと後のことになる。

    火紅狐・訪南記 終

    火紅狐・訪南記 7

    2011.05.07.[Edit]
    フォコの話、205話目。フシギな気持ち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. ランドたちは食堂に向かい、宿の店主に釣ってきた魚を渡し、席に座った。「で、向こうはどうだった?」「特に何も、と言うほか無いな。まだ敵方も、本拠地を見つけてはいないらしい。表向きには、普通の温泉街でしかなかった。 だが、近いうちに近隣の街を襲撃する、とは言っていた。何でも、軍備の集積地があるとか」「ちょっと不安だな……。...

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    フォコの話、206話目。
    釜底抽薪。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     大火の助けを借りて湯嶺へ到着したランド一行は、すぐ穂村少佐と面会した。
    「今回のご助力、まことに痛み入ります」
    「いえ、そんな堅くならずに。これからしばらく、一緒に仕事をするんですから」
    「そうですな……。では、楽に構えさせてもらおう」
     そう言って少佐は、正座から胡坐へと姿勢を変え、ランドと最初に会った時のような話し方に戻った。
    「現在、拙者らはここより北、黄州平原と西月丘陵との境にある街、弧弦(コゲン)にある清朝軍基地を襲撃しようと計画している。ここは央南西部で五指に入る軍事物資の集積地であり、ここを叩けば清朝軍に大きな打撃を……」「その件につきましては、タイカから伺っています」
     少佐の話をさえぎり、ランドはこの作戦を中止させようと説得を始めた。
    「しかし、彼や同輩とも協議しましたが、今動くのは得策ではありません」
    「ふむ……?」
    「今現在、セイコウを初めとして、各主要都市を中央政府から出向いたスパイ、いわゆる間諜がかぎまわっている最中です」
    「なるほど。彼奴らが探っている間は、動くべからずと言うことか」
    「それだけではありません。『探っている』と言うことは即ち、清王朝はあなた方反乱軍の素性を把握していない、と言うことです」
    「と言うと?」
    「敵はあなた方がどれだけの強敵であるか、測りかねている状態です。
     もしかしたら非常に現実的に、王朝を揺るがす存在かも知れない。はたまた、騒ぎ立てるだけで実は烏合の衆でしかないかも。
     そのどちらとも判断できず、『それなら情報を集め、敵の素性を確定させる方が先決だろう』と、恐らく相手はそう考えているでしょう。
     もし前者と判断していれば、相手は間諜などではなく、大軍勢を召還しているでしょうし、後者ならば、わざわざ中央政府から人を呼んだりはしない。分からないからこそ、調べているんです」
    「ふむ、それは分かった。……だが、何故動いてはならぬと?」
     そう尋ねた少佐に、ランドはこんな例えを出した。
    「少佐が灯りも持たずに、夜の山に入ったとします。辺りには鳥獣の気配。熊などに襲われず、無事に山から出られると思いますか?」
    「それは……、確かに難しいかも知れん」
    「しかしこれが夜ではなく、昼だったら? もしくは、灯りを持って入ったら? 恐らく、襲われる気はしない。襲われても、返り討ちにできると考えるでしょう。夜の闇で阻まれるために、通常なら勝てる鳥獣に恐れをなすんです。
     人間は情報量が少なければ少ないほど、憶測によって相手を強く見てしまうものです」
    「ふむ……。つまり、敵方に素性が知られていない現在、拙者らの軍は事実より強く見せることが可能だ、と言うわけか」
    「その通りです。それに失礼ですが、少佐。今現在、反乱軍の規模はどのくらいですか?」
     ランドにそう問われ、少佐は指折り数えつつ、こう返した。
    「確か……、兵の数は2000。刀剣や弓、魔杖などは、すべて合わせて1000ほどだ。その他馬など……」「それだけで。……では相手の兵力は?」
     この問いに、少佐は眉を曇らせた。
    「拙者が軍に身を置いていた時は、だが。兵の数は5万弱。武器総数は7万以上だった。中央政府やエール氏の援助などを考えれば、武器はもっと用意されているだろう」
    「なるほど。……少佐、重ね重ね進言しますが、今は攻めるべき時ではないでしょう。
     よしんば、コゲン襲撃に成功し、王朝軍の軍備の何分の一、何十分の一かを奪ったとしても、他の土地には『何十分の何十引く一』の軍備が残っているわけです。それを以って襲撃されたら、ひとたまりも無い。
     力の無い今、不用意に動けば、反乱軍は即、全滅しますよ」
    「ううむ……」
     丁寧に諭され、最初は意気揚々としていた少佐も、苦い顔をし始めた。
    「しかし……、このまま何もせぬわけには行かぬ。それに、今はまだ素性が割れていないとは言え、いつ発覚するやも知れぬ。そうなれば結果は一緒であろう?」
    「ええ、その通りです。確かに何か行動を起こさなければ、ジリ貧でしょうね」
    「では、拙者らは何をすれば良い? 何をすれば、王朝を倒せるのだ?」
    「そこへ行き着くには、順序を立てなければいけません。
     何の策も無くいきなり敵陣へ飛び込むのは愚中の愚、そうでしょう?」
    「……なるほど、確かに」
     少佐の勢いが削がれたところで、ランドは自分の考えを述べた。
    「まず、現状を例えるならば、我々反乱軍は、ごくごく一般的な平民が、何とか刀を握りしめているようなもの。
     対する清朝軍は屈強な肉体に、中央政府やエール氏から手に入れた頑丈な武具をまとっているようなものです。これではまともにぶつかって、勝てるわけが無い。
     まず武具を外させ、その肉体を弱らせなければ、勝つ見込みは生まれないでしょう」
    「ふむ。となれば、まず行うべきはそれらの『武具』を、王朝から引き剥がさねばならぬ、と言うわけか」
    「ええ。それについて、この戦いの、そもそもの発端を思い返せば……」
    「……そうか。中央政府に、此度のエール氏と王朝との企みを密告すれば」
    「ええ、それができれば恐らく、中央政府は引き揚げるでしょう。そしてもっと理想的に事が運べば王朝と敵対し、逆に我々に味方してくれるでしょう。
     ですが、問題があります。それは少佐も、重々ご承知の通りですよね」
    「ああ。……明確な根拠を示さねば、中央政府は信用せん」
    「その通り。であれば、我々が執るべき行動は、一つ。
     エール氏が中央政府転覆と多重債務の破棄を謀り、それを王朝に教唆している事実を明らかにすることです」

    火紅狐・破鎧記 1

    2011.05.08.[Edit]
    フォコの話、206話目。釜底抽薪。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 大火の助けを借りて湯嶺へ到着したランド一行は、すぐ穂村少佐と面会した。「今回のご助力、まことに痛み入ります」「いえ、そんな堅くならずに。これからしばらく、一緒に仕事をするんですから」「そうですな……。では、楽に構えさせてもらおう」 そう言って少佐は、正座から胡坐へと姿勢を変え、ランドと最初に会った時のような話し方に戻った。「...

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    フォコの話、207話目。
    下品な兎獣人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     央中、イエローコースト。
     落成して間も無い金火狐の屋敷を、一人の兎獣人が訪れていた。

     兎獣人と言うのは一般的に、「おしゃれで美しい種族」と評されている。
     事実、例えばフォコの知っている兎獣人――ルーテシアは、多少ふくよか目ではあったが、それを踏まえても非常に美人であったし、服や料理のセンスも抜群と言えた。
     その娘たちにも、彼女の美貌とセンスはちゃんと遺伝されていたし、それだけを見れば、評判通りと言える。

     だが、この兎獣人は――。
    「どうもどうも、ケネス総帥殿。儲かってますか、えへへ」
     話し方や笑いに品が無い。
    「上々、と言うところだ。……それよりもサザリー君、私は執務の真っ最中であったのだが」
     場の空気が読めない。
    「ああ、すみませんすみません、こっちもちょいと、急ぎだったもので、へっへへ」
     自分の都合を優先する。
    「それで、何かね? わざわざこの私の手を止めさせるような、大事な案件を持って来たのか?」
    「ああ、まあ、そこまで大事では無いですが、まあ、大事と言えば大事と言えるかも知れません。まあ、お金の話ですから御大には重要ですし、重要かなーなんて」「話したまえ」
     何より、フォコ以上に、いや、どの誰よりも、服にセンスの欠片もない、不気味なほどにひょろひょろとした、背と目の大きな男だった。
    「ああ、はいはい。まあ、そのですね。僕が管轄しております、央南の話なんですけれども。
     総帥殿に言い付けられた通り、バカ殿を唆して順調に、央中と央北の商品を買わせまくっております。それでですね、その額がそろそろ、国庫の倍ほどになってましてね、新たにそのー、ほら、あれを、……あれしてですね、ほしいんですが、……ね?」
     チラ、チラと不気味な目を上目遣いに向けてくるサザリーに嫌悪感を感じつつ、ケネスは尋ねる。
    「負債額はいくらだ? 正確に言いたまえ」
    「あ、はいはい。えーと、確か」「『確か』? 正確に覚えていないのか?」
     にらみつけたケネスに、サザリーはヘラヘラと笑いながらごまかそうとした。
    「いやあの、へへへ、そんな、別に答えられないってことは無いんですよ、無いんですけども、ほら、細かいところまでどうかって言われたら、ちょっと覚えられないなって、へへ、ほら、僕も忙しいので」「忙しい? それで覚えられないと?」
     ケネスはフンと鼻を鳴らし、こう返した。
    「私は君などより何倍も忙しく過ごしているが、それでも私の持つ店が、それぞれどれほどの利益を上げているか、そらんじることができるぞ。
     覚えていないのは、君がまったく関心を持っていないからだ。いくら祖国から遠く離れた辺境、僻地といえど、君が責任を持って受け持った仕事だろう? それを『覚えていない』と言うのか、君は?」
    「……いや、へへへ」
    「まったく……! 名門商家の人間とは思えんな。本当にエール家の人間なのか?」
    「いや、それは本当に、僕はそこの出です。それは疑ってもらっては、困ると言うか」
    「ならば見せてもらいたいものだな。まともな商人として、その卑屈な愛想笑いだけではなく、きちんとした数字を」
    「……はい」

     その後、サザリーからしどろもどろながらも報告を受け、ケネスはまた、不満げに鼻を鳴らした。
    「想定では309年の現在、負債額は20億に達せさせるはずだったな。税収や国債発行では立ち行かなくなる額に追い込む、そうだったな?」
    「まあ、その、はい」
    「それで君、もう一度答えてくれるかね? 現時点の負債は、いくらになったと?」
    「ですから、そのー、13億くらい」
    「7億足りないようだが、それは何故だ?」
    「えっと、それは、えー」
    「答えられないのかね?」
    「いや、多分なんですけども、きっと、大臣級の奴らが、これ以上負債を負わせまいとしてるんじゃないかなー、とか、なんて」
    「サザリー君」
     ケネスは机の上に置いてある墨壷を手に取り、席を立つ。
    「もう一度言うが、君は関心を持ってこの仕事に当たっているのか?」
    「も、勿論です、はい」
    「本当だな?」
     ケネスは背の高いサザリーの襟をつかんで引っ張り、無理矢理頭を下げさせた。
    「ならば何故、計画が進行していない? 進行しない、その理由を説明できないのだ!?
     まともに業務へ当たっていないから、まともな説明ができないのだ! ろくに仕事もしていない、何よりの証拠だろうがッ!」
     ケネスは持っていた墨壷を、サザリーの頭にぶちまけた。
    「いたぁ……っ!」
    「この無能め! 商売のろくにできぬ、ごく潰しめがッ!」
    「いた、た、たたた……」
     サザリーは床に倒れこみ、頭からインクと血をボタボタたらしている。ケネスはその頭に割れた墨壷の欠片を押し付け、さらに血を流させる。
    「ひ、っ、何を」
    「いいか、良く覚えておけ! この私の命令は、命を懸けて実行するのだ! でなければ次は、この程度では済まさんぞッ!」
     ケネスはインクと血まみれになったサザリーを蹴り付け、執務室から追い払った。

    火紅狐・破鎧記 2

    2011.05.09.[Edit]
    フォコの話、207話目。下品な兎獣人。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 央中、イエローコースト。 落成して間も無い金火狐の屋敷を、一人の兎獣人が訪れていた。 兎獣人と言うのは一般的に、「おしゃれで美しい種族」と評されている。 事実、例えばフォコの知っている兎獣人――ルーテシアは、多少ふくよか目ではあったが、それを踏まえても非常に美人であったし、服や料理のセンスも抜群と言えた。 その娘たちにも...

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    フォコの話、208話目。
    大騒乱の火種。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ケネスの怒りを買い、叱責と暴行を受けたサザリーは、大慌てで央南へ戻った。
    「どうもお久しゅうございます、国王陛下」
    「……どうされた、エール殿?」
     頭に包帯を巻いたサザリーの姿に、短耳の国王・清一富は目を丸くした。
    「いや、ちょっと出先で襲われちゃいまして。いやいや、僕ほどの大商人になれば、どこにいても安心なんかできないってことでしょうね、あははは」
    「襲われた、とな? ううむ……、まこと、央中・央北は伏魔殿であるな。一刻も早く、糺さねばのう」
     一富はサザリーが白京を訪れた頃から、ずっと「中央政府は諸悪の根源」と聞かされ、洗脳されてしまっている。そのため、サザリーから「中央政府を倒して、清王朝の正義を世に知らしめちゃいましょう」などと唆され、話に乗ってしまったのだ。
     勿論、まともな有識者から見ればこんな荒唐無稽な話は実現するはずも無いし、実行すれば国が傾くのは確実であると分かっている。
     しかし――一富は有識者とは言えず、むしろ、愚君の部類に入る。その上に自己顕示欲が非常に強く、「自分の名を世に広めたい」などと常日頃から考えていたため、サザリーにとっては「格好の餌」に他ならなかった。
    「そうです、そうですとも! このような思いをするのは、もう誰一人あってはなりません!」
    「うむ、うむ」
    「でしたら早速、お話の方をさせていただきますね。まず央中の……」



     ケネスとサザリーが描いた央南支配の筋書きは、次のようになっている。
     まず、清王朝に央中・央北各地の商人・商家への莫大な債務を負わせ、返済不能な状態まで追い込む。
     一富王には、この行動は「中央政府に巣食う金の亡者から金を引き出せるだけ引き出して、潰してしまえばいい。どうせ相手は『悪』なのだから」と説明されている。
     しかしもう一方――中央政府側には、いずれケネスを通じて「借金を踏み倒すために挙兵しようとしている」と報告される予定となっている。
     計画が熟し、清王朝、即ち央南全土が莫大な借金で満たされ、中央政府との戦争で極限まで疲弊した後、ケネスらがそのすべての土地と利権を二束三文で買い取り、かつての南海や北方で計画されていたのと同様、隷属させる予定なのだ。

     そしてこの計画にはもう一つ、ケネスの狙いがある。
     清王朝が中央政府との戦いに敗れ滅亡すれば、抱えていた負債はすべて不履行となる。そうなれば莫大な額の貸付を行った商人・商家は軒並み破産することになる。
     ケネスにとってこれは、央南を支配するだけではなく、競争相手を一挙に潰す計画でもあったのだ。



    「……では、今回もすべて、国債でのお支払いと言うことで」
    「うむ、よろしく頼んだ」
     ケネスに負わされた怪我を逆手に取り、サザリーは一富に、何とか2億クラムの負債を上乗せさせることに成功した。
    「……と、そう言えば陛下」
    「うん?」
    「反乱軍どもの件は、どうなりました?」
     しかし計画の進行には、一つの問題が発生していた。穂村少佐率いる、清朝反乱軍の存在である。
     反乱軍がこのまま「清王朝が中央政府への叛意を抱き、商人もろとも滅ぼそうとしている」と主張し続け、そのうわさが中央大陸全域に広がれば、商人たちは当然、貸付など行わなくなる。
     そうなれば莫大な借金など作ることはできないし、そのまま清王朝が中央政府にぶつかって滅亡したとしても、ケネスらの狙い通りになることはない。
     ケネスたちにとっても、清朝反乱軍は早急に消えて欲しい存在なのだ。
    「残念ながら、まだ影も形もつかめぬ。お主の言う通り、中央の狗どもを使って調べてはおるのだが、のう」
    「あまり喜ばしくないお話ですね。できる限り早く、一網打尽にできることを願っております」
    「うむ、うむ」

    火紅狐・破鎧記 3

    2011.05.10.[Edit]
    フォコの話、208話目。大騒乱の火種。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ケネスの怒りを買い、叱責と暴行を受けたサザリーは、大慌てで央南へ戻った。「どうもお久しゅうございます、国王陛下」「……どうされた、エール殿?」 頭に包帯を巻いたサザリーの姿に、短耳の国王・清一富は目を丸くした。「いや、ちょっと出先で襲われちゃいまして。いやいや、僕ほどの大商人になれば、どこにいても安心なんかできないってこ...

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    フォコの話、209話目。
    告発準備。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     場所は湯嶺、ランドたちの話し合いに戻る。
    「我々の方でも調査し、エール氏が教唆しているその証拠をつかむべきでしょう。まず行うべきは、そこからです」
     ランドの説得により反乱軍の狐弦襲撃は中止され、代わりに中央政府の協力を止めさせる策が検討されていた。
    「うむ、そこが肝要であるな。元より拙者らは中央政府に対し、一般の世論以上の敵愾心は持ってはおらぬ。彼らと戦う理由など、まったく無いのだ。
     余計な敵に阻まれ、真に許すべからざる敵を逃がすことなど、あってなるものか」
    「その通りです。まあ……、僕からすれば、いずれは攻略したい相手ではありますが。
     それはさておき、具体的に証拠を見つけ、世間に公表するにはどうすればいいか? これを考えていきましょう」
    「ふむ……」
     少佐は顎に手を当て考え込んでいたが、やがて、ぱた、と手を打った。
    「一つ、考えがある」
    「なんでしょう?」
    「話の中核に何度も上がる、エール氏であるが。『清王朝に負債を抱えさせる』と言うその目的上、しきりに央中や央北へと足を運んでいる。
     奴をその、央中などへ出向いている途上で拘束し、中央政府まで引っ張り、彼らの面前で内情を暴露させてみてはどうだろうか?」
    「悪くない案です。しかし……」
    「しかし?」
     ランドが答える前に、イールが肩をすくめつつ、代わりに答える。
    「脅して吐かせるってのは、あんまり信用されないと思うわよ。そのエールって奴に、『反乱軍に言えって脅されたから言ったんだ』って言われちゃったら、何を言ってもウソに聞こえるだろうし。
     それに、そいつを引っ張っていき、話をさせるってなったら、あたしたちも必然的に、中央まで行かなきゃなんない。ランドは向こうじゃ完全に政治犯扱いだし、中央入りした時点で捕まるのは確実。少佐や他のみんなも十中八九、拘束・逮捕されるわよ」
    「なるほど、それもそうか……」
    「それに物的証拠でなければ、信用されるのは難しいでしょう。
     例えば、……そうですね。中央政府攻略を考えているのならば、それなりに物資を必要とします。それこそ、一地域の防衛、守護と言う名目だけでは持て余すほどの、莫大な量の軍事物資が。
     その異常な量の軍備、それが央南に存在しているのを、中央政府の要人に確認させれば、誰であろうと清王朝の思惑を悟らないわけがない。
     それを確認させた上で、エール氏と清王朝との関係、そしてエール氏がその物資の買い付けを指示していたことを広めれば……」
    「その要人が清王朝を非難し、上々に事が運べば、清王朝に刃を向ける。上々とは行かずとも、清王朝への協力が止むのは確実、……と言うことか」
    「その通りです。中央政府と言う頑丈な武具、鎧兜を外させてしまえば、清王朝の攻略は比較的平易なものになる。
     そしてあわよくば、逆に中央政府を我々の武器にしてしまおう、……と言う作戦です」
     ランドの作戦を聞き、少佐は腕を組んでうなった。
    「なるほど、……ふむ、……少なくとも出鱈目に敵陣を襲うより、ずっと効果的であるな」
     続いて、膝立ちになってランドに詰め寄ってきた。
    「では、その要人とは?
     半端な位の者では、中央政府を動かすなど、どだい無理な話だ。少なくとも高級官僚、ないしは大臣級の人間が視察に来てもらわねば、その計画は破綻だ」
    「ええ。……いえ、大臣級でも、止めるのは難しいでしょう」
     ランドの言葉に、少佐は首をかしげた。
    「それは何故だ?」
    「現在の中央政府は、ほぼ寡数の人間によって支配されています」
    「……? 大臣たちと天帝であろう? であるから、大臣なりに申し立て……」
    「その大臣も、です」
    「何……?」
     ランドはかつて中央政府の牢獄で結論に至り、後に母ルピアから裏付けを得た、恐るべき世界征服計画――ケネスとバーミー卿の共謀を説明した。
    「何と! つまりは中央政府各院も、そ奴らめの手の内にあると言うことか! むむむ……!」
     少佐は憤り、畳をダン、と叩いた。
    「それでは到底、卿の作戦など進められないではないか! 天帝をも抱き込んでいると言うのならば……」「あ、いえ」
     ランドはぱたぱたと手を振り、それを訂正した。
    「確かに政府各院が彼ら二人に掌握されているのは確かですし、天帝陛下も操られている、と言うのも間違いない。
     そう、今言った通り――大臣は傀儡ですが、天帝は誘導されている。その違いがあります」

    火紅狐・破鎧記 4

    2011.05.11.[Edit]
    フォコの話、209話目。告発準備。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 場所は湯嶺、ランドたちの話し合いに戻る。「我々の方でも調査し、エール氏が教唆しているその証拠をつかむべきでしょう。まず行うべきは、そこからです」 ランドの説得により反乱軍の狐弦襲撃は中止され、代わりに中央政府の協力を止めさせる策が検討されていた。「うむ、そこが肝要であるな。元より拙者らは中央政府に対し、一般の世論以上の敵愾...

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    フォコの話、210話目。
    欠け始めた豪商の算盤。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     309年の半ば、中央政府の本殿、ドミニオン城。
    「は……? 視察、ですか?」
     天帝に付いている官僚たちが、現天帝・オーヴェル帝の言葉に、一様に首をかしげた。
    「何故、突然そのようなことを……?」
    「朕の耳に、あれこれと話が入っておるのだ。朕に仇なそうと言う、有象無象の輩のうわさが」
    「はあ……」
     オーヴェル帝は憮然とした顔で、ここ数年の世界情勢をなじった。
    「まず北方大陸! これまで我が中央政府、我が『天帝の世界』と懇意にしていたノルド王国が崩壊し、はるか昔に英傑、シモン大卿とロッソ大卿が打ち滅ぼしたはずの悪魔、レン・ジーンの末裔が征服したと言うではないか! これを朕ら天帝一族に対する反逆、冒涜と言わずして、一体何であると言うのか!
     そして南海地域、ここも一向に治まらぬ! 折角、我が中央政府を挙げて仲裁や指導をしていると言うのに、戦火は激しくなるばかりと言うではないか! 巷にはぞろぞろと、件のレヴィア王国と名乗るならず者の軍やその出先の商人が闊歩し、南海征服を企んでいるとさえ言われている! バーミー卿を信じ任せていたが、状況は悪化するばかりだ!
     そしてその、出先の商人だが、西方の者だそうだ。そう、西方! ここも、中央政府に対する敵意が見え透いている! ここ数年で、西方商人の関わる商業が一様に、市場の値を吊り上げさせていると言う! 我が中央政府と、その下に付く者たちから金を搾り取ろうと言う、さもしい魂胆がありありと見えるのだ!」
    「ふむ……」
    「確かに、そう言った報告は寄せられておりますね」
     愚君オーヴェル帝といえども、政治の中枢の、さらに中心点にいる存在である。世界各地からの報告は、各院トップの大臣に伝えられると共に、彼の耳にも届けられるのだ。その報告を受けて、彼なりに思索し、行動しようとするのは何の不思議や不可解も無い。
     そして何より、己の血筋と権勢を重要視するオーヴェルである。太祖が成した「世界平定」を脅かし、侵害する者たちに対し、並々ならぬ敵愾心を燃やすのは、当然の流れと言えた。
    「そこで朕は視察団を結成し、諸国にさらなる反逆の芽がないかどうか、見て回ろうかと考えておるのだ」
    「へ、陛下ご自身で、でございますか?」
     オーヴェルの発言に、官僚たちは唖然とする。
    「何か問題があると言うのか?」
    「あ、いえ」
    「朕は父上、先代ソロン帝のようにひょろひょろと官僚や大臣に寄生し、ドミニオン城の玉座にへばりつくような政治を行うつもりは、毛頭ない。
     帝位に就く前から父上の所業を見てきたが、あれは情けないにも程がある! 何から何まで人任せにし、すべてが決まった後でボソボソと口出しをして場をかき乱す、性根の汚さ!
     このまま玉座にのさばるだけでは、いずれ朕も先代と同じそしりを受けよう。そうなる前に、朕自らが下々に、ただのお飾りでは無いと知らしめるのだ」
    「なる、……ほど」
    「では、各院から官僚を若干名ずつ集めるよう手配いたしましょうか」
    「うむ。よきにはからえ」
     こうして、天帝視察団の結成が進められることとなった。

     このうわさを軍務大臣、バーミー卿から聞きつけ、ケネスは苦い顔をした。
    「バカ殿め、面倒臭い真似を」
    「まったくだ」
     オーヴェルが視察団結成のために挙げた事例は、どれもケネスとその腹心たちが絡んだものである。
     南海征服や西方商人らの競争激化はケネスの考える世界征服に沿って進められた計画の結果であり、それを咎められたり介入されたりしては、元も子もない。
    「バーミー卿、陛下へ口添えをお願いしても?」
    「構わんが……、何と言えば?」
    「そうですな、……こうしましょう。
     現在の世界情勢は陛下が考えているよりも危険であり、中央大陸から離れるのは薦められない、と。
     それよりも中央政府の圏内、中央大陸内に不穏の種が無いか視察し、ご自身の地盤を固められた方が得策では無いかと。そうお願いします」
    「分かった」

     だが――。
    「何ですって? もう既に、中央大陸内の視察が決定していた、と?」
     バーミー卿から結果を聞き、ケネスは首をかしげた。
    「ああ。詳しいことは聞かなかったが、推挙があったそうだ。恐らくはケネス、君が私に伝えたのと同じ考えに至った者がいたのだろう」
    「……ふーむ」
     ケネスはその話に少し、言いようの無い不安を覚えた。
     しかし、自分の考え通りに事が運んではいるし、それに異論を唱えるのも自分自身、気持ちが悪い。
    「まあ、いいでしょう。それで詳しくは、どこを?」
    「央南だそうだ。どう言うわけか、陛下は西方商人を毛嫌いしていてな」
    「ほう」
    「最近、央南と央北・央中をしきりに渡る西方商人がいるとのことだ。陛下にしては、放っては置けん、と言うわけだ」
    「なるほど」
     これを聞いて、ケネスは心中、これまで執ってきた行動を検討した。
    (流石にこの数年、動きが露骨すぎたか……? まあ、バカ殿のこと、私の真意になど及んではいまいが、それでもうろちょろされれば迷惑だ。
     いかにオーヴェル帝が目立ちたがり、血筋とメンツにこだわる馬鹿だとしても、権力を持っているからな。ごねられて全てを引っくり返されでもすれば、私の計画は頓挫しかねない。
     ……少し、腹心たちとは距離を置いておくか。オーヴェル帝があげつらったと言う事件に私が関わっていると知れれば、けして良い結果にはなり得まい。『関係が無い』、とポーズを執っておかねばな)



     ケネスが権力を得た理由は、政治・軍事・経済のトップを押さえ、操ったことにある。
     だが、その操作・誘導が後々、彼に牙をむくことになるなど、彼が思い至ることはできなかった。

    火紅狐・破鎧記 終

    火紅狐・破鎧記 5

    2011.05.12.[Edit]
    フォコの話、210話目。欠け始めた豪商の算盤。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 309年の半ば、中央政府の本殿、ドミニオン城。「は……? 視察、ですか?」 天帝に付いている官僚たちが、現天帝・オーヴェル帝の言葉に、一様に首をかしげた。「何故、突然そのようなことを……?」「朕の耳に、あれこれと話が入っておるのだ。朕に仇なそうと言う、有象無象の輩のうわさが」「はあ……」 オーヴェル帝は憮然とした顔で...

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    フォコの話、211話目。
    三流、三流を嘲笑う。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     オーヴェル帝が現地視察に来るとケネスに聞かされ、サザリーは慌てふためいた。
    「そ、それって、その、あれですよ、あの、まずいってことになるんじゃ」
    「そうだ」
     おろおろとしているサザリーを机越しに眺めつつ、ケネスは落ち着くよう促す。
    「まず、座りたまえ。私の話を聞くんだ」
    「あ、はい、えっと、……じゃあ、はい」
     ガタガタと音を立てて椅子を引きずるサザリーに、ケネスは苦い顔を向ける。
    「サザリー君。屋敷はまだ、建てて一年経つか経たないかだ。あまり傷を付けないでくれたまえ」
    「あ、す、すみません」
     ようやく座ったサザリーに、ケネスは今後の対応を伝えた。
    「視察団が到着するのは10月の末になる。双月節に行われる天帝教の式事を考えれば、滞在は恐らく11月の半ば、長くても11月の末までだろう。
     つまり半月から一月は、天帝は央南に留まることになる」
    「はあ」
    「その前後……、そうだな、今から12月に入るまで、予定されていた取引はすべて保留、延期するよう手配してくれ。
     取引が行われていることが発覚し、その先を探られ、万が一にでも我々の計画が発覚すれば、私も君も、ただでは済まないことになる」
    「で、ですよね」
    「後は、……そうだな、セイコウ、ダイゲツ、テンゲン、コゲン、そして首都ハクケイに、大規模な軍事物資の備蓄基地があったな?」
    「え、ええ。良く覚えておいでですね」
    「当たり前だ。
     その5ヶ所に収められている軍備を、どこか他の場所に移せ。それぞれ半分程度で構わん」
    「半分、……ですか? でも、それでもかなりの量に……」
    「そんなことは分かっている。だからこそ、隠せと言っているのだ。
     今挙げた五ヶ所は、中央政府軍側でも有用な基地として扱われている。『中央軍指定軍備供与基地』として有事、中央軍が駐留した際に使用できるよう、協定が結ばれているのだ。
     それゆえこの五ヶ所は、中央政府側が『見せろ』と言えば、清王朝側は見せざるを得ん」
    「なるほど、事前に掃除しておいて、いくら調査を受けても大丈夫なように、ってことですね」
    「そう言うことだ。
     それから、これからしばらく先についてのことだが」
     ケネスは眼鏡を外し、裸眼でサザリーを眺めつつ、こうも指示を下した。
    「来年の、……そうだな、2月頃まで、私とは会うな」
    「えっ……?」
    「計画露見のあらゆる可能性、及び関連性を断つためだ。
     例えば君が央南における取引について証人喚問を受け、そこから私との取引について問いただされた場合。君と私とが密接に、こうして人払いをしたうえで商談をしている事実を、何ら黒い印象無しに、説明できるだろうか?」
    「それは、まあ、僕の方からは、その、言うようなことは無いはずです」
    「そうだろうとも。君の弁舌、交渉術を以ってすれば、それは起こり得まい。
     だが、君だけが喚問されるわけではない。他にも、取引に関わってきた人間が多数、審議の場に集められるはずだ。
     その中で、君と私との関係を黒く色付けする輩が、居ないと思うか?」
    「……断言は、できないですね、確かに」
     ケネスは眼鏡の汚れを拭き取りつつ、話を続ける。
    「それを懸念しての措置だ。……問題は、無かろうな?」
    「も、勿論。取引は止まるんですから、総帥のご意見を伺うようなことは、無いんじゃないかなーと」
    「ああ。……まあ、それにだ」
     綺麗に拭いた眼鏡をかけ直し、ケネスはこう続けた。
    「南海の方で、ゴタゴタが起こっていると言う話を聞きつけた。何でも、スパス産業の配下にある商店が軒並み、売り上げを落としているそうだ。
     現状を打開してほしい、何か策を授けてほしいと、奴から手紙が届いたのだ。事態の収拾のため、私はしばらく南海へ向かう予定だ。
     どちらにせよ、屋敷に来られても応対はできん」
    「スパス産業って……、ああ、はいはい。うちの『当て馬』の、アバント・スパス君のことですか」
    「そうだ。……まったく、まともには使えん男だよ」
     ケネスの言葉に、サザリーはクス、と鼻で笑った。
    「確かに。彼は職人上がりですからね。金勘定や商売の機微なんか、ろくに分かるわけが無い。でも、彼を総裁に仕立てたのって……」
    「確かに私だ。まあ、君の言うように彼は『当て馬』だな」
    「良く言いますもんね、『バカとハサミは使いよう』って。
     愚図は愚図なりに、金を生ませるための使い捨て方はある、……そう言う腹積もりでしょ?」
    「くっく……」
     サザリーの言葉に、ケネスは短く笑った。

    火紅狐・荷移記 1

    2011.05.15.[Edit]
    フォコの話、211話目。三流、三流を嘲笑う。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. オーヴェル帝が現地視察に来るとケネスに聞かされ、サザリーは慌てふためいた。「そ、それって、その、あれですよ、あの、まずいってことになるんじゃ」「そうだ」 おろおろとしているサザリーを机越しに眺めつつ、ケネスは落ち着くよう促す。「まず、座りたまえ。私の話を聞くんだ」「あ、はい、えっと、……じゃあ、はい」 ガタガタと音...

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    フォコの話、212話目。
    本尊を動かしたからくり。

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    2.
     反乱軍の本拠地、湯嶺・穂村少佐の邸宅。
    「情報が入った。天帝が視察団を結成し、こちらへ来るそうだ」
     少佐から話を聞き、ランドは満足げにうなずいた。
    「狙い通りですね」
    「ああ。……しかし、どうやって天帝を動かしたのだ?」
    「元々僕は、306年まで中央政府の中核、政務院で大臣を務めていました。天帝の志向や世界情勢には、詳しいんです。それに、天帝に付く高級官僚も何名か、記憶しています。
     その何名かに、匿名で手紙を送ったんです。『央南において不穏な動きあり。最悪の場合、中央に対し強い叛意ありと見られる』と。
     元々、清王朝が自らスパイを要請する動きまであったんですから、これを揉み消すためのパフォーマンスと捉える人がいてもおかしくない。そう言う人に、ダイレクトに密書を送ったわけで」
    「疑念が増え、調べてみてはどうかと意見する人間が増える、……と言うわけか。
     だが、それだけでは天帝は動かせまい?」
     腑に落ちない顔を向ける少佐に、ランドはニヤッと笑いかけた。
    「まあ、動かせまいって言うか……、早晩、相手の方から動くんじゃないかと狙ってはいました」
    「ふむ?」
    「現天帝、オーヴェル・タイムズは猜疑心と自意識過剰の塊みたいな人です。そして何より、天帝と言う自分の血筋、歴史に、非常に強い誇りとこだわりを持っている。
     そんな彼が、近年の世界情勢の不安を聞いて、何も行動しないわけが無い。かと言って、指示を出すだけでは、彼は納得しないでしょう」
    「それは何故だ?」
    「彼の父、先代のソロン・タイムズ帝が、まさにそう言うタイプだったからです。
     長年、健康状態が不安定だったために、主立って動くことはせず、重臣と意見交換、もしくは命令を下すことで、間接的に政治の舵取りをしていた。
     そうやって長年進めてきた先代の政治活動の結果が、自分の代に回ってきているわけですから。今、誰もが『世界は平和であるとは到底言えない』と感じている現在、果たしてオーヴェル帝は、先代の仕事ぶりを評価するかどうか……?」
    「なるほど。指示を送るだけでは父親と同じ。そこからもう一歩、何か踏み込む要素は無いかと考えていたわけか」
    「そうです。そこへ周囲から、『央南がどうも怪しいぞ』と聞かされれば、彼は非常に関心を寄せる。
     結果は上々、彼自らが視察団を率いてやって来ることになった。まあ、もしも彼が来なくても、彼が独自にスパイを動かして内情を探ることは、したはずでしょう。何せ、今まさにスパイが現地をウロウロしてるわけですから」
    「その流れになっても、我々としては得であるな。……ううむ」
     突然、少佐は深々と頭を下げた。
    「やはり貴君を参謀と頼んで正解であった! 拙者らが動くより何倍も、効果を挙げたものよ!」
    「いや、いや」
     反面、ランドは恐縮するでもなく、ぱたぱたと手を振っている。
    「まだです。今はまだ、『最も政治に影響力を与える天帝が、自らやって来る』と言うだけ。
     重要なのは天帝に、清王朝が反逆の準備を整えていることを認識させることです」
    「……そうであったな」
     少佐はひょいと頭を上げ、続けて尋ねた。
    「して、この次に執る策は?」
    「考えてあります。
     少佐、確か央南内の中央軍指定備蓄供与基地は、全部で5ヶ所でしたね?」
    「うむ。央南中部には、白京と天玄。北部では青江と大月。西部には弧弦。この5つだ」
    「恐らく、エール氏はここに集められた大量の軍備を、どこかへ移すはずです」
    「なるほど。確かにそのまま置いていては、露骨に叛意が見え透いてしまうからな」
    「そこで少佐に伺いますが、この5基地からその大量の軍備を移し、隠すのに最適な場所はどこか、見当が付きますか?」
    「ふむ……。調べてみよう。一両日中には返答できるだろう」
    「分かりました。では、今日の軍議はこの辺りで」
     ランドはすい、と立ち上がり、静かに部屋を離れた。

    火紅狐・荷移記 2

    2011.05.16.[Edit]
    フォコの話、212話目。本尊を動かしたからくり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 反乱軍の本拠地、湯嶺・穂村少佐の邸宅。「情報が入った。天帝が視察団を結成し、こちらへ来るそうだ」 少佐から話を聞き、ランドは満足げにうなずいた。「狙い通りですね」「ああ。……しかし、どうやって天帝を動かしたのだ?」「元々僕は、306年まで中央政府の中核、政務院で大臣を務めていました。天帝の志向や世界情勢には、詳...

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    フォコの話、213話目。
    少佐の理由。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     少佐の調べが済むまでの間、ランドは湯嶺を散策することにした。
    「……白いなぁ、視界が」
     眼鏡に張り付いた湯気を拭きつつ、ランドは街を眺める。
     この辺りは大きな源泉があるらしく、あちこちに温泉宿が構えている。そのため、人通りは割と多い。
    (少佐、故郷だからここに本拠を構えた、って言ってたけど。……危なっかしい人だなぁ)
     現政権に反旗を翻す組織なのだから、なるべく人の少ない土地に構えるのが常道なのだが、少佐の選択は――弧弦を攻めようとしたことと言い――ことごとく、その常道を外している。
    (どうやって少佐になれたんだろう、彼は……? いくらなんでも、戦下手すぎやしないかな。技術将校か何かだったんだろうか)
     と、向こうから知った顔がやってくる。
    「あ、イール」
    「あら、ランド。会議は?」
    「向こうの調査結果待ち。それまでやることが無いから、こうしてブラブラしてるってわけさ。
     君の方は?」
     そう尋ねてみると、イールは楽しそうに顔をほころばせた。
    「温泉っ。いやー、お肌スッベスベよ」
    「へぇ?」
     それを聞いて、ランドはひょいとイールの手に触れた。
    「ひぇ? ちょ、ランド?」
    「本当だ。肌に良いんだね、ここの温泉。僕も後で入ろうかな」
    「あ、ちょ、その、ちょっと」
    「どこの温泉?」
     やんわり尋ねるランドに対し、イールは顔を真っ赤にする。
    「え、あ、あの、……ソコ! ソコのっ!」
    「そこ、……って言われても」
     要領を得ない答えに、ランドは肩をすくめる。
    「何て店?」
    「あ、……あー、と、……何だったかしら」
    「良かったら、案内してくれる?」
    「……あ、うん、案内ね、うん、いいわよ」
    「ありがとう」
     にっこり笑うランドに対し、イールは終始バタバタした仕草で返していた。



    「ふう……」
     明日の会議に使う資料をまとめ終え、少佐も温泉へ向かっていた。
    (……しかし、つくづく思う)
     その道中、ランドとの会議を思い返し、自分の将としての、一家一城の主としての資質に疑問を抱く。
    (やはり義侠心や志の高さ、負けん気のみで進めていけるほど、戦は甘くない。ファスタ卿の意見を伺わずに進めていれば、拙者らは単なる賊軍として終わっていただろう)
     意気消沈しつつ、道を歩いていると――。
    「あ……、お主は」
    「む……?」
     ランドの側にいる侍、大火と出くわした。
    「失敬。克殿、だったか。お主も風呂へ?」
    「いや、散策していただけだ」
    「そうか。……どうだ、話がてら。一緒に湯を浴びんか?」
    「……ふむ。そうだな、付き合おう」
     共に温泉へ行くことになった大火に、少佐はあれこれと尋ねてみた。
    「お主、央南の者と見受けするが、どこの生まれだ?」
    「……」
    「答えられん、か?」
    「ああ。説明が難しい」
    「ふむ? ……まあ、いい。深い事情があるのなら、問わん。
     その刀、なかなかの業物と見えるが、どこで手に入れた?」
    「俺の弟子たちが打ってくれた」
    「弟子? お主、刀鍛冶か?」
    「本職ではない、が。それなりの技術はある」
    「ほう。では、本職は?」
     あれこれと尋ねる少佐に対し、大火はぶっきらぼうに返すばかりである。
    「魔術師だ」
    「魔術か。六属性の、どれを?」
    「基本は火の術だが、一通りは修めている」
    「一通り? 六属性、全てをか?」
    「ああ」
     それを聞いて、少佐は目を丸くする。
    「すごいな……! 拙者、火の術で精一杯だと言うのに」
    「ほう」
     ここでようやく、大火は少佐に興味を抱いたらしい。
    「いや、実のところ、拙者が少佐の位に成り上がれたのも、それが理由でな。清朝軍にて、火の術と剣術の教官を務めていた。
     その点では、お主と拙者は似ておるな」
    「……」
    「しかし拙者とお主の技量は、吊り合いそうには無いな。見たところ、拙者の方が歳を重ねてはいるが、技量では到底敵いそうには無い。
     拙者はしがない教官でしかないし、実戦経験など、鳥獣やしょぼくれた罪人を追いかけたくらいのもの。
     それに比べて、お主はその物腰と剣気だけでも、相当の経験を積んできたと悟らせる。いやまったく、真の剣士、侍とは、お主のような者のことを言うのだろうな」
    「……ふむ」
     こう評価された途端、大火の険が薄まった。
    「火術教官と言ったが、どの程度まで扱える?」
    「ん……? 拙者か? そうだな、どう説明すればよいか。
     中央軍から攻撃用魔術について5段階の策定・指定が成されており、清朝軍もそれに従っているのだが、拙者はその3段目、『単体高威力攻撃』に関して指導できる資格がある」
    「単体、高威力……、ふむ。『ファイアランス』が扱える程度か」
    「そうだ。他にも初等の治療術や幻惑術なども扱える」
    「……剣術の教官も兼ねていると言ったな?」
    「ああ、そうだ。……おっと、もう着いたか」

    火紅狐・荷移記 3

    2011.05.17.[Edit]
    フォコの話、213話目。少佐の理由。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 少佐の調べが済むまでの間、ランドは湯嶺を散策することにした。「……白いなぁ、視界が」 眼鏡に張り付いた湯気を拭きつつ、ランドは街を眺める。 この辺りは大きな源泉があるらしく、あちこちに温泉宿が構えている。そのため、人通りは割と多い。(少佐、故郷だからここに本拠を構えた、って言ってたけど。……危なっかしい人だなぁ) 現政権に反...

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    フォコの話、214話目。
    克大火の弟子;剣と魔術に愛されし者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     浴場に着いたところで、今度は大火の方から、少佐に話しかけてきた。
    「玄蔵。魔術剣、と言うものを聞いたことはあるか?」
    「まじゅつ、けん……? いいや、初めて聞く」
    「簡単に言えば、剣術と魔術を混合、連携させたものだ」
     大火は汲んだ湯を浴びながら、その聞きなれない技について説明する。
    「元々、俺の弟子の一人に、『克窮奇(かつみ きゅうき)』と言う男がいてな。そいつは俺に比肩する、……いや、俺を凌ぐほどの剣術の才を持っていた。
     だが俺のいた、……国では、あまり剣術と言うものは、注目されていなかった」
    「ほう、何故に……?」
    「これも簡単にしか説明できんが、剣術よりも間合いに長け、はるかに威力のある武器があったからだ。
     ゆえに俺は窮奇を弟子に取るまで、魔術を軸にして戦っていた」
     そう語る大火の体には、確かに数々の修羅場を潜り抜けたと思わせる古傷が、あちこちに付いていた。
     いや、良く見れば胸や背中、脇腹などの急所に、人間であれば決して付いてはならないような傷跡が、いくつも付けられている。
     それを見て、少佐は――湯気のため、大火には悟られていなかったであろうが――思わず身震いした。
    (この傷の、大きさと数……! 一つだけでも、死んでおかしくないと言うのに……?
     こやつ、本当に人間か?)
    「だが敵もさるもの、対魔術用の装備を用意したり、そもそも魔術に強い抵抗力を持つ人間を投入したりと、一筋縄で行くような相手ではなかった。
     そこで窮奇は、俺から教わった魔術を元にし、魔術剣を編み出した」
    「ふむ」
    「本当に窮奇と言う男は、こと剣術に関しては、俺の才をはるかに凌駕していた。
     ……そうだな、例えば」
     大火はすっと立ち上がり、浴場の隅に立てかけられていた湯かき棒を手に取った。
    「湯船を見ていろ」
    「うむ」
     大火は棒を刀のように構え、湯船の表面に向けて振り払った。
    「『一閃』」
     大火と湯船とは3メートルほど離れていたが、不思議なことに――。
    「……!」
     湯船の端から端にかけ、鋭い波が立った。
    「素振り、……にしては、異様な間合いと威力だ」
    「ああ、魔力による力、打撃の発生だ。……理論を聞きたいか?」
     大火に見せつけられた技に、少佐はゴクリと喉を鳴らした。
    「……う、うむ。いち魔術教官、剣術教官として、非常に興味をそそられた。お主さえよければ、今すぐにでも教わりたいところだ」
    「いいだろう。それならこの後……」
    「……あ、いや。すまぬが今晩は、ファスタ卿に頼まれた用事を済まさねばならぬ。明日、いや、明後日に頼めるだろうか?」
    「承知した」



     一方、ランドはイールの案内を受け、別の浴場に到着した。
    「ここかぁ。案内ありがとう、イール」
    「いーえいえ」
     先程の動悸も何とか落ち着き、イールは平然としている。
    「んじゃ、あたしは戻るわね」
    「うん。……あ、そうだイール」
     イールが踵を返しかけたところで、ランドが呼び止める。
    「ん、何?」
    「明日の夕方くらい、暇かな?」
    「えっ?」
    「明日、少佐との会議が終わった後、次の作戦への準備を進めたくってさ。手伝ってくれないかな?」
    「あ、うん、いいわよ、あたしで良かったら」
     それを聞いて、ランドはほっとした顔を返してきた。
    「良かった、ありがとう。それじゃ明日夕方くらいに、離れの前で」
    「うん、分かった。そんじゃ、ね」
     イールはそのままランドにくるりと背を向け、少佐宅へと向かった。

     戻ってきたところで、イールは大火、少佐とすれ違った。
    「お主も風呂帰りか」
    「うん、そう。少佐たちも?」
    「ああ。……どうした、サンドラ卿?」
    「え?」
     少佐は不思議そうな顔で、こう尋ねてきた。
    「妙に上機嫌な様子であるが、何ぞ吉事でもあったか?」
    「ん、……ううん、何にも? それじゃ、ね」
     そう言ってパタパタ手を振りながら廊下を歩き去るイールの尻尾は、嬉しそうにくるくると揺れている。
    「……若さは、いい。何につけても、楽しそうだ」
    「……」
     少佐の一言に、大火は何も言わず肩をすくめた。

    火紅狐・荷移記 4

    2011.05.18.[Edit]
    フォコの話、214話目。克大火の弟子;剣と魔術に愛されし者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 浴場に着いたところで、今度は大火の方から、少佐に話しかけてきた。「玄蔵。魔術剣、と言うものを聞いたことはあるか?」「まじゅつ、けん……? いいや、初めて聞く」「簡単に言えば、剣術と魔術を混合、連携させたものだ」 大火は汲んだ湯を浴びながら、その聞きなれない技について説明する。「元々、俺の弟子の一人に...

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    フォコの話、215話目。
    軍備の行先。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     翌日。
    「昨日尋ねられた件であるが、東部では三岬(サンザキ)、西部では黄海(コウカイ)、そして中部では京谷(ケイコク)が、軍事物資の隠し場所、持ち出し場所に最も適しているだろう」
     少佐から軍備移送先の見当を伝えられ、ランドは小さくうなずいた。
    「根拠をお尋ねしても?」
    「うむ。三岬は青江、大月の両都市に近く、港がある。とっさに軍備を持ち出して海や離れ小島へ逃れ、査察の目をごまかす、……と言う手も、容易に取れる」
    「確かに、考えられる手ですね。となると、このコウカイと言う街も?」
    「その通り。こちらにも大規模な港があり、いざとなれば他の港町へも逃げやすい。
     とは言え京谷については、この通りではない。港町どころか、陸のど真ん中だ」
    「では、何故ここだと?」
    「一つは、白京と天玄の丁度中間にあるためだ。そしてもう一つ、ここには大規模な農耕地帯が存在し、そのための倉庫や用地が数多く存在する。
     物を隠すのに適していると、拙者は思うのだが」
    「なるほど。確かに畑であれば、土を掘り返していても不自然ではないですね。それに、首都のハクケイが近い。考えられなくはない」
    「では、そちらを……」
     ところが意気込む少佐に対し、ランドはさらりと流した。
    「いえ。
     それから少佐、海へ逃れた場合ですが。具体的に、どの島へ運ぶと見当を付けていますか?」
    「……京谷ではないと?」
    「考えにくいですね」
     少佐の予想を、ランドはばっさり斬り捨てた。
    「少佐の仰った通り、ケイコクは陸の真ん中、言い換えれば逃走経路、輸送経路を限定されやすい街です。あらゆる街道から多方面に渡って捜索された場合、逃げ場が無いわけです。
     これが港町の場合、どう頑張っても、港から出る経路を全て押さえる、と言うことは不可能に近い。明確な道が無い分、いくらでも抜け道が作り出せる。調査が入る前に運び出されてしまえば、港町で調査を行う視察団がその後を追うことは、まず不可能でしょう。
     よって、陸路しか輸送手段の無い都市は、除外せざるを得ません。また、重ねて言いますが、海路を使用された場合、その痕跡を辿るのは不可能。後を追うよりも、先回りする方が賢明と言えます。
     ですから僕はその先、運んだ先を伺っているわけです」
    「むう……」
     少佐は眉を曇らせ、困ったように資料をペラペラとめくり始めた。
    「その……、もう少し……調べを……」
     ランドはため息をつき、資料に手を伸ばした。
    「見せてください」
    「……うむ」

     少佐と共に調べ、ランドは次の島にあたりを付けた。
     白京から南南東へ80キロほど離れた無人島、待垣島(まつがきじま)。島全体に青々とした松が生い茂り、かつ、海抜10メートルにも満たない、背の低い島であるため、目視で白京からその姿を確認できることは、まず無い。
     さらには国際的な航路からも離れており、少なくとも白京に住んでいない者、即ち央北からの人間で構成される天帝視察団には、その存在すら気付くはずも無い場所である。
    「なるほど。確かに、こんな島があったような覚えがある。好都合な隠し場所であるな」
    「視察団到着の日がそう遠くない現在、ハクケイからこちらに物資が運ばれている可能性は、非常に高いです。
     なので、すぐにこの島へ忍び込み、裏付け調査を行いましょう。そして確固たる証拠をつかめたら、訪れた視察団に島の存在を密告します」
    「うまく事が運べば、後は当初の目論見通り、中央政府は央南から手を引く、あるいは刃を向ける、……と言うわけだな」
    「はい。……ただ、向こうとしては何が何でも、ばれては困るわけです。恐らく島には多数の兵士が配備され、守りを固めているはずです」
    「忍び込むには相当の手練が必要、と言うことか」
    「それについてはご安心を。イール、レブ、そしてタイカに行ってもらう予定です」
     それを聞いて、少佐は首をかしげる。
    「お主は?」
    「何故僕が?」
    「何……? 人任せにするのか、お主は?」
     憤りかけた少佐に対し、ランドは淡々と述べた。
    「僕の行うべきは、今後の戦いに備えての調査と検討、立案です。荒事には向いていません。
     彼ら三人に頼むのは、そうした仕事において十二分な能力と経験を有しているからこそです。
     然るべき人材は然るべき場所へと置く。でなければ、どんな精鋭も烏合の衆となって瓦解するでしょう」
    「……なるほど」
     徹頭徹尾に渡って言い負かされ、少佐は口をつぐむしかなかった。

    火紅狐・荷移記 5

    2011.05.19.[Edit]
    フォコの話、215話目。軍備の行先。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 翌日。「昨日尋ねられた件であるが、東部では三岬(サンザキ)、西部では黄海(コウカイ)、そして中部では京谷(ケイコク)が、軍事物資の隠し場所、持ち出し場所に最も適しているだろう」 少佐から軍備移送先の見当を伝えられ、ランドは小さくうなずいた。「根拠をお尋ねしても?」「うむ。三岬は青江、大月の両都市に近く、港がある。とっさに...

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    フォコの話、216話目。
    話をしたがる男と、話を聞かない女。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ランドと少佐の会議から、2日後。
    「なあ、克」
    「なんだ?」
     かねてより約束していた「魔術剣」の教授を受けている合間に、少佐は大火にこんなことを尋ねた。
    「どうも……、拙者、ファスタ卿のことを、好きになれぬ」
    「そうか」
    「何と言うか、まあ……、確かに、窮していた拙者らを助けてくれるその温情と仁は、感じてはいる。
     だが、拙者の意見をことごとく無碍にしてくるのは、どうも癇に障ると言うか」
    「ふむ」
     不満を打ち明けてはみたが、大火は大して同情してくれたようには見えない。
    「お主、ファスタ卿と親しいように見受けられるが、何とかその、もう少しばかり、柔らかく応対してくれるよう……」「無駄だな」
     それどころか、こう返してきた。
    「あいつは自分の知識と戦略論に絶対の自信を持っている。それに沿わぬ意見など、採用するはずが無い」
    「いや、それは重々承知している。であるから、もう少し対応をだな……」
     大火は肩をすくめ、今度はこう述べた。
    「あいつの言い方、論議の進め方に不満があると言うのなら、あいつを追い出して耳を閉ざす他無いな。
     例え言い方や接し方を変えたところで、その論議の中身がお前の意に沿わぬものであることに、何ら変わりはない」
    「ぬう……」
     渋い顔を向けた少佐に、大火は肩をすくめて見せた。
    「説明を続けるぞ」
    「……うむ」



     一方、ランドはイールを伴い、湯嶺の市街地に来ていた。
    「必要なものは、これで全部かな」
    「そうね。武器の素材に魔術用のインクと石、サイドバッグとかバックパックとか、あとは食糧。……うん、全部揃ったわね」
    「じゃ、帰ろうか」
     そう言ったランドに、イールは口をとがらせた。
    「えー……、もう帰るの?」
    「そりゃ、準備は早く済ませるに越したことは無いし」
    「まあ、そりゃそうだけど」
     同意はしたものの、イールは不満げな顔を浮かべる。
    「……まだ他に、何か準備は必要だったっけ?」
    「ううん、無いわよ。無いけど、なーんかもったいないなーって」
    「何が?」
    「ほら、二人っきりで買い物なんて、ほら、ね、なんか、思わない?」
     イールにそう問われ、ランドは「んー……」と短く唸った。
    「……実は」
    「うん、うんっ」
    「あんまり好きじゃないんだ、買い物って」
    「……ぅえ?」
    「僕には妹がいるんだけどね。
     ランニャって言うんだけど、その子が買い物に行く度に、僕をあっちこっちに連れ回すんだ。もうこれが大変で、街の端から端まで3周はしないと気が済まないって感じなんだ。で、僕が住んでた街は工業が盛んなところで、至る所から槌とか鋸とかふいごとかの音が、大音量で響き渡っててさ。
     その思い出があるから、あんまり自分からは行きたくないんだ。こうして、どうしても必要な何かが無いと、行こうとは……」「……~っ」
     ランドが話している間に、イールはプルプルと猫耳と尻尾を震わせ、顔を真っ赤にしていたのだが、ランドは見ていなかった。
     そのため、イールが次の瞬間、ランドの頬に向かって平手を振り上げたことに、まったく気付いていなかった。
    「あんたねえぇ……! あたしと一緒に居て楽しくないって、何なのよーッ!」
     べちんと音を立て、ランドの頬が平手に弾かれた。
    「……え? ちょ、っと? イール、なんで? 痛いじゃないか……」
    「バカーっ!」
     目を白黒させるランドに背を向け、イールはそのまま走り去ってしまった。
    「……えぇー……?」

     数分後。
    「……イール」
     慌てて戻ってきたイールを見て、ランドはため息をつく。
    「なんでいきなり……」「ゴメンゴメン、ほんっとゴメン!」
     詰問しようとしたところで、イールはぺこりと頭を下げた。
    「キライって言ったの、買い物のコトよね! あたし、勘違いしちゃって……。オマケに荷物、全部あんたに持たしたままだし。もーホント、あたしそそっかしいわ! ゴメンね、ホントに」
    「……何が何だか……」
     詳しく質問しようと思ったが、ランドはもう一度ため息をつき、それをやめた。
    「……まあ、いいや。何をどう思ったのか知らないけどさ、話はちゃんと聞いてほしいな」
    「うんうん、……ゴメンね、ランド」
    「いいよ。……じゃあ、……帰るよ」
    「……はーい」
     しゅんとするイールを連れ、ランドは憮然としたまま帰った。

    火紅狐・荷移記 終

    火紅狐・荷移記 6

    2011.05.20.[Edit]
    フォコの話、216話目。話をしたがる男と、話を聞かない女。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ランドと少佐の会議から、2日後。「なあ、克」「なんだ?」 かねてより約束していた「魔術剣」の教授を受けている合間に、少佐は大火にこんなことを尋ねた。「どうも……、拙者、ファスタ卿のことを、好きになれぬ」「そうか」「何と言うか、まあ……、確かに、窮していた拙者らを助けてくれるその温情と仁は、感じてはいる。...

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    フォコの話、217話目。
    天帝視察団、来る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦309年、11月の末。
    「ほう、ほう……。ここが央南、か」
     天帝オーヴェルを筆頭とする調査団体、天帝視察団が、白京の港に到着した。
    「お待ちしておりました、天帝陛下」
    「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」
     対する清王朝の重臣たちは、一様に頭を垂れる。
    「陛下御自ら、このような大陸の端までご足労いただき、感謝の極みにございます」
     その筆頭である国王、一富も例外ではない。普段しないような、露骨にぺこぺことした、へりくだった仕草で、天帝に頭を下げた。
    「うむ」
    「と……、陛下。長い船旅で、大変お疲れでございましょう。宮殿にて、もてなしのご用意をしてございます。公務に当たられる前に、まずはごゆるりと」
    「ふーむ、そうじゃな。朕もこの半月余り、空と海しか見ておらぬ。青色以外の鮮やかなものが見られること、期待しておるぞ」
     オーヴェル帝は大儀そうに鼻を鳴らし、清朝の文官たちに先導される形で港を後にする。
     反面、残った官僚たちは清朝の重臣たちを一瞥し、堅い口調で釘を刺した。
    「万一、懐柔目的で我々を持て成そうと言うおつもりであれば、我々はより厳しく、視察を行う所存です。
     くれぐれも今回の視察を、天帝陛下の単なるお遊び、気紛れなどとは思わぬよう」
    「……ええ、重々承知しております」
     重臣と一富はもう一度、深々と頭を下げた。

     愚君と評されるオーヴェル帝の率いる視察団であるが、今回の件は、天帝が自ら辺境へ赴き視察を行うと言う、近年稀に見る実地的な示威行動である。
     天帝、そして天帝の周囲を固める高級官僚たちの実力と権威を改めて、明確な形で世界に示すまたとない機会であり、彼らの意欲は非常に高かった。
     そのため、官僚たちの意気込みは半端なものではない。また、天帝自身も、なんとしてでも不正、腐敗を見つけ、責め立てようと、港に到着したその時から、いや、船上にいた時から既に、躍起になっていた。

    「本日は訪南を記念いたしまして、央南各地の海の幸、山の幸をたっぷりとご用意させていただきました。どうぞ、今夜は存分に……」「うむ」
     恭しく案内する文官たちをさえぎり、オーヴェル帝はぼそ、とこうつぶやく。
    「うわさに違わぬ金満振りのようじゃな。さぞ国庫は潤っておろう」
    「……あ、いや。今回は、特別に、はい」
    「そうか。特別に搾り取った、贅(ぜい)であるか」
    「い、……いいえ、滅相もございません」
    「……ふん」
     半ばけたたましく持て成していた文官たちは、一瞬にして静まり返ってしまった。



     その夜、一富の側近が視察団を持て成す席を離れ、密かに宮殿を抜け出して、近くの宿に逗留していたサザリーを訪ねた。
    「あの、一体どうなさったんです、こんな夜中に?」
    「いや、なに。あの件について、もう一度確かめようかと」
    「あの件? えーと、あれですか。あの、えっと、……『荷移し』、の」
    「そうだ。もう怪しまれるだけの量は、宮殿や軍本営には無いだろうな?」
    「もちろん、もちろん。怪しまれない分だけはちゃんと残してますし、ご心配は無用です」
    「ならばいいが」
    「あれ、僕のことを信用してないと?」
    「いや、いや。そう言うわけではない。ただ、陛下より『念のために、もう一度確認を』と命じられた故」
     それを聞き、サザリーは苦笑する。
    「あはははは……。つくづく心配性ですね、やんごとない地位にいらっしゃる方は。天帝陛下もご他聞に漏れず、そう言う性分のご様子ですし。
     心配、まーったくございません、です。あの島の存在など、気付く道理が無い。昼は街をご散策されるでしょうし、夜は宮殿に篭りっきり。一体いつ、とうに見飽きた海など見るものですか。無いでしょう?
     それに考えていただきたい。あの島、この僕が進言するまで、誰が記憶していましたか? 誰も覚えてらっしゃらなかったでしょう? この都にずーっと住まわれていたあなた方ですら、とうの昔に忘れていた場所ですよ? 一体どこの誰が、『そう言えば沖の方に丁度良さそうな島が』なーんて漏らしますか! 杞憂も杞憂、まったくもって馬鹿馬鹿しい話です!
     我々があの島についてうっかりと言及しない限り、天帝陛下が島の存在に気付くことなんて、一生起こりませんよ」
    「……そうだな」
     安心した様子の側近を見て、サザリーはいやらしい笑みを浮かべた。
    「まあ、こんなことを何度も確認するよりも、ですよ。とっとと天帝陛下を篭絡しちゃって、『この界隈に不実など何ら存在しなかった』と公表させた方が、話が早いでしょうね。
     僕なんかを相手にするよりも、天帝陛下にお酒の一本でも注いできたらどうです?」
    「……ああ、そうしよう」
     側近たちはそそくさと、サザリーの部屋を後にした。

    火紅狐・来帝記 1

    2011.05.22.[Edit]
    フォコの話、217話目。天帝視察団、来る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦309年、11月の末。「ほう、ほう……。ここが央南、か」 天帝オーヴェルを筆頭とする調査団体、天帝視察団が、白京の港に到着した。「お待ちしておりました、天帝陛下」「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」 対する清王朝の重臣たちは、一様に頭を垂れる。「陛下御自ら、このような大陸の端までご足労いただき、感謝の...

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    フォコの話、218話目。
    自分の気持ちに気付いて。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     視察団が到着する、その一週間前。
    「あれがマツガキ島?」
    「そうだ」
     ランドに命じられ、イールたちは小舟で待垣島へと向かっていた。
    「ホント、ぺたんこな島ね。高波が来たら、沈んじゃうんじゃない?」
    「ああ。それ故、人が住んでおらぬ」
    「なるほどね」
     イールたちの他に、穂村少佐も舟に乗り込んでいた。
     ランドからは「上には上の役目がある。みだりに動き回るのは感心しない」と諌められていたものの、少佐の性格としては、その意見に納得することなどできない。
     そのため無理矢理に頼み込み、少佐もイールたちに付いてきたのだ。
    「とは言え、……ふむ」
    「どうかしたのか?」
     単眼鏡を覗きながら、渋い顔で短くうなる少佐に、レブが声をかける。
    「いや、かつてあの島を漁業関係の基地にしようと、石垣を作りかけたことがあってな。
     結局は、あまり漁業には有効利用できそうにないと言うことで、中途半端なままで止まっていたはずなのだが……」
     そう言って、少佐はレブに単眼鏡を渡した。受け取ったレブは単眼鏡で島を確認し、少佐と同様に渋い顔をした。
    「……半端、って感じじゃないな。完成してるぜ」
    「ああ。どうやら此度の軍備移送に備え、石垣を完成させたらしい。あれだけ固めていれば、少々の高波で軍備が濡れることはあるまい」
    「ランドの予想通り、あの島を隠し場所にするようだ、な」
     一人離れ、海を眺めていた大火のつぶやきに、イールは深くうなずいた。
    「そうね。後はあの島に忍び込んで……」
    「清王朝の指示により軍備が送られている証拠をつかみ、その事実を視察団に伝える、……と」

     一行はそのまま沖で待機し、夜を待って忍び込むことにした。
    「流石に央南とは言え、冬は寒いな」
    「そうね」
     じっと待つのも退屈なので、イールとレブは釣りに興じている。
    「ってか、もう三ヶ月もこっちにいるんだよな。もう割と、こっちの気候に慣れてきた気がするぜ」
    「あー、そう言われるとそうかも」
    「少佐から聞いたんだけどよ、央南は春夏秋冬、四季の間隔が全部同じくらいらしい」
    「そうなの?」
    「だから単純に4で割って、一季節が大体三ヶ月くらいになるんだってさ。つーことは、央南の秋を丸々過ごしたってことになるんだよな、俺たち」
    「へぇ……」
     と、話しているうちに、イールの釣竿に当たりが来る。
    「よ、っと」
    「……うまいなぁ、お前」
    「ま、セイコウでずーっとランドと一緒に釣りしてたし」
    「そっか、そうだったよな。
     ……なあ、イール」
     釣った魚を一緒に魚籠に入れながら、レブが尋ねてくる。
    「なに?」
    「お前さ、ランドとよく一緒に居るけど」
    「そう、かな?」
    「そうだよ。んでさ、だから聞くけど」
    「うん」
    「あいつのこと、好きなのか?」
     そう問われ、イールの手が止まった。
    「え……、と?」
    「いや、違うなら何でもないんだ。聞きたかっただけだし」
    「……あー」
     考えるうちに、イールはようやく、自分がここ三ヶ月抱いていた、不思議な感覚に思い当たった。
    (あーそっか、そーだったのね)
    「……イール?」
    「あ、うん、……うん、今気付いたわ、ソレ」
    「はぁ?」
    「……どうしよう、レブ」
     問い返され、今度はレブの動きが止まる。
    「……何を?」
    「今気付いちゃったのよ」
    「今聞いたよ」
    「どうしよう? どうしたらいいかな?」
    「だから何を」
    「だってさ、そんなコト思ったの、初めてなんだもん」
    「……マジで?」
    「超マジ」
    「おっせえ初恋だなぁ」
     呆れるレブに、イールは顔を真っ赤にしながら弁解する。
    「だって、全然あたし、そんなコトになる機会無かったのよ。小っちゃい頃からアレコレやらされてたし」
    「そっか、そう言やお前が『猫姫』って恐れられてたのって、大分昔っからだもんな。
     ……じゃあお前、今までずーっと気付かずにランドと遊んでたのか」
    「……うん」
     猫耳の先まで真っ赤にして黙り込むイールを見て、レブは笑い出した。
    「……はは、はははっ」
    「な、何で笑うのよ」
    「いや、改めてお前、面白い奴だなぁと思って」
    「うー……」
     と、レブはうつむいたイールの肩をポンポンと叩き、優しく声をかける。
    「まあ、いいんじゃないか? あいつは悪い奴じゃないし、まあまあ顔もいいし。今回の作戦が終わったら、改めて『付き合ってください』って言ってみればどうだ?」
    「……いや、でも、いきなり……そんな……うー……」
     結局、とても釣りができるような状況ではなくなり、この後夜になるまで、レブはイールを落ち着かせようと、温かく声をかけ続けた。

    火紅狐・来帝記 2

    2011.05.23.[Edit]
    フォコの話、218話目。自分の気持ちに気付いて。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 視察団が到着する、その一週間前。「あれがマツガキ島?」「そうだ」 ランドに命じられ、イールたちは小舟で待垣島へと向かっていた。「ホント、ぺたんこな島ね。高波が来たら、沈んじゃうんじゃない?」「ああ。それ故、人が住んでおらぬ」「なるほどね」 イールたちの他に、穂村少佐も舟に乗り込んでいた。 ランドからは「上には...

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    フォコの話、219話目。
    克一門。

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    3.
     イールが慌てふためいている一方で、少佐はまた、大火と話をしていた。
    「なあ、克」
    「うん?」
    「あの術……、拙者も自分なりに学んではいるのだが、どうも魔術が刃に宿るところまで行かん。何かコツのようなものは無いのか?」
     そう問われ、大火は「ふむ……」と短くうなり、腕を組んで思案する仕草を見せた。
    「そうだな……。詳しく聞けば問題点も見えてくるだろうが、今はそうも行くまい」
    「……確かに。まさかこんな小さい舟の上で刀を振り回すわけにも行かんし、理論も口だけでの説明は難しい。
     ……とは言え、他にやることもない。何か話でも、と思ったのだが」
    「釣りでもしていればどうだ、あの二人のように」
     そう言って大火は顎でイールとレブを指し示すが、少佐は苦笑いを返す。
    「いや……、恥ずかしながら拙者、釣りは苦手でな。生まれてこの方、一匹も釣れた試しがない」
    「そうか」
     短く答え、話を切り上げようとする大火に対し、少佐は食い下がる。
    「と、と。そんな邪険にするな、克」
    「……」
    「ほら、そうだ。お主、弟子がいると言っていたな?」
    「ああ」
     面倒臭そうな目を向けてくる大火にめげず、少佐は質問を重ねる。
    「何人ほど?」
     大火は少佐の方を向こうとはせず、うざったそうに返してきた。
    「……今は、一人もいない。皆、俺を裏切るか、眠るかした」「う」
     地雷に触れてしまい、少佐は一瞬、口をつぐんでしまう。
    「……ま、まあ、……その、済まなんだ。……では、話を少し変えよう。
     その……、その弟子と言うのも皆、魔術師だったのか? 先日聞いた限りでは、どうも鍛冶師だったり剣士だったり、はたまた占い師だったりと、あまりに職がバラバラなような気がするのだが」
    「……ふむ」
     そこでようやく、大火が顔を向けてきた。
    「確かにそれぞれの就いた職は、様々だ。元から就いていた経歴もある。
     平たく言ってしまえば俺の弟子、『克一門』の定義とは、単に俺から魔術なり剣術なりの話を聞いた、と言うことになるな。
     まあ、それに」
     と――大火は珍しく、どこか寂しげな表情を浮かべた。
    「師匠・弟子の関係と言うよりは、同胞・同志としての関係の方が強かった。そもそも俺が奴らを弟子に取った、その基準と言うものも、授受の関係だ」
    「授受の?」
    「中央風に言えば、ギブ・アンド・テイク。奴らが俺を助け、俺が奴らを教え、……そう言う関係だった。
     だが――残念ながら、結果としては、奴らは俺とことごとく決別し、俺に刃向った。俺に与するなら、俺は助ける義理もあろう。だが刃向うのなら……」
    「……目には目を、か。……烏滸がましい意見ではあろうが」
     少佐は深いため息とともに、大火にこう返した。
    「お主が魔界に踏み込んだような目をするようになった原因が、分かったような気がする。かつての弟子、仲間をその手にかけたと言うなら、そんな目にもなろう」
    「……ク、クッ」
     ところが、大火はまるで鴉の鳴き声のような笑いで、それに応じた。
    「烏滸がましいな、確かに。
     ……確かにそれは一因ではある。だが、それだけではない、な」
    「……やはり読めぬな、お主と言う男は」
    「それが理解されれば、俺には十分だ」



     やがて夜になり、待垣島にわずかながら光が明滅しているのが確認できた。
    「軍備を運んでるみたいだな」
    「そのようだ。そろそろ、上陸しよう」
    「ええ」
     一行は静かに舟を進め、軍備が運び込まれている海岸とは反対の方角、島の南岸へ向かう。
    「敵の姿は……、無さそうだ」
    「あそこから上陸できそうだな。よし……」
     慎重に舟を海岸に寄せ、まずレブが島に乗り込んだ。
    「……、よし。こっちはガラ空きみたいだ」
    「じゃ、あたしも……」
     続いて、イールも上陸する。さらに少佐も乗り込み、大火が最後に舟から降りようと――して、挙げかけた足を止めた。
    「……どうした、克?」
    「しゃがめ」
    「え?」
     きょとんとする少佐に対し、イールとレブは大火が執る行動を察知し、少佐の襟を引っ張っりながら伏せた。
    「『一閃』」
     次の瞬間、パシュ、と短く鋭い音が飛び、一行の前に並んでいた松の一つが、バッサリと枝を切り落とされる。
    「うおぉ!?」「わあっ!?」
     直後、その松の裏手から驚いたような声が上がった。
    「な……、んと、兵が潜んでいたか!」
     襟元を正しながら目を白黒させる少佐に構わず、イールたち三人は武器を手に取る。
    「敵襲! 敵襲!」
    「南岸から上陸された!」
    「出会え、出会えッ!」
     島の奥から、ドタドタと足音が聞こえてくる。
    「くそ、見つかっちまったか……!」
    「やるしかないわね!」
     イールとレブは武器を構え、やってくる敵を迎え撃とうとした。
     ところが――。
    「相待たれよ、皆の者!」
     少佐が突然、大声で叫んだ。

    火紅狐・来帝記 3

    2011.05.24.[Edit]
    フォコの話、219話目。克一門。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. イールが慌てふためいている一方で、少佐はまた、大火と話をしていた。「なあ、克」「うん?」「あの術……、拙者も自分なりに学んではいるのだが、どうも魔術が刃に宿るところまで行かん。何かコツのようなものは無いのか?」 そう問われ、大火は「ふむ……」と短くうなり、腕を組んで思案する仕草を見せた。「そうだな……。詳しく聞けば問題点も見えてく...

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    フォコの話、220話目。
    熱い侍の説得。

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    4.
     少佐の呼びかけに、集まってきた兵士たちが立ち止まる。
    「……?」
     松明で照らされた兵士たちの顔は、一様にけげんな表情を浮かべていた。
     対するイールたちも同様に、呆気に取られている。
    「少佐?」
    「何する気だ?」
    「まあ、待て。拙者に考えがある」
    「え……」
     少佐はイールたちの前に立ち、大声で兵士たちに呼びかけた。
    「拙者、元清朝軍は魔術教官、穂村玄蔵である! 諸君らの中にも、拙者に指南を受けた者がいるであろう?」
    「……」
     兵士たちの何名かが、困惑した様子ながらもうなずく。
    「では、拙者が軍を離れた理由を存じているか?」
    「……ええ、まあ」
     と、さらに何名かが返事をした。
    「ならば話は早い! 拙者らに協力せぬか?」
    「えっ」
    「今、諸君らがこの島に乗り込み、行っていることは、何か分かっているか?」
    「それは……、まあ」
    「言ってみろ」
     少佐は大声を出しつつ、刀を捨て、じりじりと歩み寄っていく。
    「少佐!?」
    「任せておけ」
     少佐はイールたちに振り返らず、そのまま話を続ける。
    「さあ、言ってみろ。ここへ軍備を運んだのは、一体何のためだ?」
    「……上層部からは、軍倉庫の建て替えのため、一時的にここへ移送するようにと」
    「それは、おかしいと思わんか? 単なる建て替えであれば、わざわざこんな、都より遠く離れた小島などに移すなぞ、手間がかかるばかりではないか!
     諸君らも、とっくに気付いているだろう? これはそんな、簡単な話ではないと」
    「……!」
     少佐の言葉に、兵士たちの表情がこわばる。
    「拙者がはっきり、言ってやろう! 今、世界の宗主たる天帝が直々に、この央南の地へ赴いている! それは何故か? そう、王朝の叛意を見抜いたからに他ならぬ!
     それをごまかすために、単なる都の守護、防衛と言う名目では余りある、その莫大な軍備を、ここへ隠そうとしているのだ! 何と意地の汚いことであると、そうは思わんか!?」
    「う……」
    「さらにはその汚れ仕事を諸君らに押し付けておいて、その上層部やら国王陛下やら、その取り巻きやらは都にこもり、天帝へ酒や馳走を振る舞い、のうのうと相伴しているはず! それ即ち、彼奴らにとって、既に諸君らのことなぞ他人事も同然と言うことだ!
     考えてもみろ! もし、諸君らのこの行動が視察団に露見すれば、国王はどう弁解するだろうか!? 恐らく、諸君らを『軍備を横流ししようとした奸賊』などど蔑み、にべもなく切り捨てるであろう!」
    「……」
     兵士たちの顔に不安の色が広がり、互いに顔を見合わせ、ぼそぼそと何かを話し始めた。
    「悔しくはないのか、お前たち!?
     こんな誇りのない仕事をするために、お前たちは軍人になったのか!?
     こんな、国のためにならぬ、くだらぬ汚れ仕事のために、お前たちは宮仕えの身になったのかッ!?」
    「それは……」
     叱咤され、兵士たちは悔しそうな顔になる。
    「違うだろう!? 拙者らは国のため、この央南の地に住む皆のために、軍人となったはずだ!
     ……だから、皆の者」
     少佐は突然その場に座り込み、深く頭を下げた。
    「……!?」
    「頼む! 拙者らに協力してくれ!」
    「……」
     少佐の説得とこの土下座に、心を動かされない者はいなかった。



    「へぇ……、そんなことが」
     戻ってきたイールから顛末を伝え聞いたランドは、素直に驚いていた。
    「なるほど、戦下手でも人心掌握に長けていたわけか。確かに反乱軍のリーダーの資質はあるんだね」
    「ほめてないでしょ、ソレ」
     呆れるイールに、ランドは小さく首を振る。
    「いやいや、評価してるよ。確かに人を率いる器だ。
     ……と、じゃあつまり、今現在はマツガキ島を、掌握してあるんだね?」
    「ええ、バッチリよ」
     イールの報告に、ランドは、今度は深くうなずく。
    「よし。それじゃ、次の手を進めようか」

    火紅狐・来帝記 4

    2011.05.25.[Edit]
    フォコの話、220話目。熱い侍の説得。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 少佐の呼びかけに、集まってきた兵士たちが立ち止まる。「……?」 松明で照らされた兵士たちの顔は、一様にけげんな表情を浮かべていた。 対するイールたちも同様に、呆気に取られている。「少佐?」「何する気だ?」「まあ、待て。拙者に考えがある」「え……」 少佐はイールたちの前に立ち、大声で兵士たちに呼びかけた。「拙者、元清朝軍は魔...

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    フォコの話、221話目。
    急所へ向かう視察団。

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    5.
     視察団の来訪から1週間が経とうかと言う頃、ついに事態は動いた。
     来訪からこの日まで、視察団は白京市内および近郊の都市を根掘り葉掘りと捜索し、不穏・不安の根をひたすら探っていた。
     しかし、視察団が来ることは事前に伝わっていたし――その時点で「視察」などと言う行為は無意味も同然なのだが――清王朝にとって不利になるような案件、物品は白京周辺から遠ざけている。
     さらには問題の待垣島についても、視察団が来る直前には既に軍備を運び終え、担当の兵士たちが戻ってこないように措置を執っている。そのため、仮に一人ひとり、白京内の兵士たちを詰問しても、何も出てくることはない。
     そもそもこの待垣島の開発が行われ、そして中止されたのは、現在40半ばの穂村少佐がまだ新兵だった頃の話である。20余年、四半世紀が経った現在、書庫の資料をよほど奥深くまで漁りでもしない限り、このちっぽけな島の情報が入ることはまず無かった。

     しかし、この日。
    「ん……?」
     視察団の面々が港へぞろぞろと歩いていくのを、清王朝の文官が発見した。
    「これはこれは、視察団の皆様! 本日はどちらへ……?」
     文官に尋ねられ、官僚の一人が答える。
    「ここより南に、何でも漁業基地として開発されかかった島があると情報が入った。船を出し、そこを調査するのだ」
    「島、……でございますか?」
     清王朝にとっては間の悪いことに、この文官は待垣島のことなどまったく知らなかった。
    「そうだ。何でも、……ま、……まち?」
    「マツガキ島、ですな」
     他の官僚に助け舟を出されつつ、その官僚は説明する。
    「そうそう、そのマチガイ島だ。情報を受け、市井の者に尋ねて回ったが、どうも要領を得ない。どうやら、地元の者にも忘れられた島らしい」
    「はあ」
    「とは言え、物理的に存在するのは確かなようだ。ここも白京の領内であろうし、それならばと言うことで、これから調べに向かう」
    「そうでしたか。では、お気をつけて」
    「うむ」
     文官が去ったところで、官僚たちは小声で相談しあう。
    「……今の文官は、存じていなかったようだな?」
    「そのようで。しかし、情報によれば」
    「ああ。とは言え、文官や兵士の全員が絡んでいるわけでもなかろう。恐らく一部の者だけ、この件に加担しているのだろうな」
    「まあ、どちらにせよ、この一週間で最も臭う情報です。何しろ情報提供者が……」
    「うむ。島にいる兵士、とのことであるしな」



     待垣島のことが露見しないよう、兵士たちが物資を輸送し終えた時点で、輸送船が彼らを置いて島を離れるように手配されていた。
     彼らが街に戻ってこないように、間違っても視察団と会わないようにと言うサザリーの考えだったが、穂村少佐との一件により、その目論見はあっけなく破綻していた。
    「お待ちしておりました、視察団の皆様。準備は既に整っております」
    「うむ」
     港に着いたところで、島に置き去りにされていたはずの兵士のうち数名が、視察団の乗ってきた船からひょい、と降りてきた。
    「案内、よろしく頼んだぞ」
    「お任せください」
     この兵士たちは少佐の説得に感銘を受けた一人であり、締め出された都に忍び込むと言う危険を買って出てくれていた。
    「では、直ちに出港し……」
     と――街の方から、青ざめた顔の重臣が数名、バタバタと走ってきていた。どうやら先程の文官から事情を聞き、慌てて駆けつけたらしい。
    「……いかがなされますか? 構わず出港を?」
    「いや、……言い分を、聞くだけ聞いてみようか」
     彼らが到着したところで、官僚の一人が声をかける。
    「どうされた、皆。何かあったか?」
    「あ、あ、あった、ど、どころではっ」
     重臣たちはブルブルと震えながら、船の出発を止めようとわななく。
    「お、おお、お戻りくださいませ! そっ、そんなところに、何もありはしません!」
    「何もない? 何のことだ?」
     しまったと言う顔をした重臣に畳み掛けるように、官僚はわざとぼかして尋ねてみる。
    「はて、『そんなところ』とは、どこのことを言っているのか?」
    「ま、待垣島の件にございます! あそこはとうの昔に廃棄された……」
    「そうか、そうか。では良からぬ者が棲みついているやも分からんな」
    「あっ、いやっ、そうではなくて……」
    「我々はどんな小さな不穏の種も見逃さぬつもりで、視察に来ている。誰の目にも触れぬ基地跡があると言うなら、むしろそこを探らねば何の意味も無いではないか。
     ……それとも何か? 我々がそこを探ると、諸君らに何か不都合があるのか?」
    「……い、いいえ……」
    「ならば良いではないか。
     では、見送りご苦労であった」
     官僚たちはそそくさと船に乗り、出港した。

    火紅狐・来帝記 5

    2011.05.26.[Edit]
    フォコの話、221話目。急所へ向かう視察団。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 視察団の来訪から1週間が経とうかと言う頃、ついに事態は動いた。 来訪からこの日まで、視察団は白京市内および近郊の都市を根掘り葉掘りと捜索し、不穏・不安の根をひたすら探っていた。 しかし、視察団が来ることは事前に伝わっていたし――その時点で「視察」などと言う行為は無意味も同然なのだが――清王朝にとって不利になるような案...

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    フォコの話、222話目。
    軍備隠し、露見。

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    6.
     沖へと進んでいく視察団の船を真っ青な顔で見ていた重臣の一人が、ばっと身を翻した。
    「エール氏だ! 彼なら何か、手を打ってくれているはず!」
    「そ、そうだ!」
     彼らは大急ぎでサザリーのいる宿へ駆け込み、まだ高いびきで眠っていた彼を起こし、事情を説明した。
    「ふあ、あ……、なるほど、うーん、そりゃ確かにまずい」
    「何を悠長な!」
    「どうにかしてくれ!」
     わめく重臣たちを横目でチラ、と眺め、サザリーはにへら、と不気味な笑いを浮かべた。
    「ご安心を。こんなこともあろうかと、取って置きをね、……うへへへ」
     サザリーは枕元のかばんから、巻物を取り出した。
    「何だ、それは……?」
    「魔法陣を記したものです。と言っても、これはまだ完璧じゃないです」
    「は……?」
    「完成させるとあら不思議、と言う奴ですよ。こうして、ここにちょい、っと」
     サザリーは指を墨壷に漬け、魔法陣に点を打つ。
    「これでマツガキ島は大爆発、跡形もなくドカンです」
    「何だと?」
    「いわゆる『魔術頭巾』の技術の応用でしてね。火の術を発動させるよう、その命令をマツガキ島の軍備に紛れ込ませていた魔法陣へ送ったんです。
     もうそろそろ、沖の方から……」
     そう言ってサザリーは、よれよれの兎耳を窓へと向ける。重臣たちもつられて、窓に目をやった。
     が。
    「……」
    「……」
    「……エールさん?」
     1分ほど経っても、爆発音など聞こえてこない。
    「……ちょっと遠すぎましたかね。流石に音なんて聞こえないみたいで。
     ま、ご安心ください。魔術はちゃんと発動してますし、証拠は全部……」
     と、サザリーがペラペラと魔法陣の描かれた巻物を振ったその時だった。
     突然、その巻物が燃え上がった。
    「……!?」
     当然、巻物を持っていたサザリーの寝巻きの袖に火が移る。
    「う、……わ、あち、あちちっ!?」
    「エールさん!?」
     慌てふためく重臣に応じる余裕もなく、サザリーは手をバタバタと振って火を消そうともがく。
     何とか火は消えたが、サザリーの左袖はブスブスと黒い煙を上げ、腕に軽い火傷を負ってしまった。
    「な……、何が……? なんで……?」
     つい先程まで余裕綽々だったサザリーは、腕を押さえて呆然とするしかなかった。

     同時刻、湯嶺。
    「クク……、愚か者め。こんな三流、子供の落書きのような魔術で証拠を消そうとは。クククク……、笑わせてくれる、ククク」
     島に乗り込んだ際、大火がサザリーの仕込んだ魔法陣の存在に気付き、持ち帰って細工をしたのだ。
     そして今、術が発動したことを、大火は笑いながら教えてくれたのである。
    「今頃は、仕掛けた相手の方が燃えているだろうな」
    「へー、そんなコトできんの?」
     イールの問いに、大火はクックッと笑いながらうなずく。
    「術によるが、な。単純なものほど、効果や対象を反転させやすい」
    「流石ねー」
    「ククク……」

     この1時間後、視察団は何の妨害も受けず、待垣島に上陸した。
     そして大量の軍備と、現地に留められていた兵士たちから事情を聞き、彼らは戦慄した。
    「なんと……、本当に、政府転覆を狙っていたとは!」
    「単なる風説と思っていたが、まさか……」
    「証拠も証言も十分すぎるほどあるな。……これはのんびりしていられん!」
     官僚たちは兵士にこう声をかけ、共に連れて行こうとした。
    「我々はこのことを正式に糾弾するため、一度白京へ戻り陛下をお連れした後、央北へ戻ることにする。
     お前たちについてだが……、このまま白京へ戻れば、ただでは済むまい。そこで此度の貢献を高く評価し、中央軍にて厚遇しようかと思うが、どうだ?」
     ところが兵士たちは一様に、横に首を振った。
    「いえ、お気持ちは大変嬉しいのですが、我々は央南の地に残ります」
    「ほう……?」
    「と言っても、我々を裏切った清朝に仕える気は既に、毛頭無く。このままこの地に残り、戦おうと考えております」
    「なるほど。……とは言え、天帝陛下にこの件をお伝えせねばならん。もう一度だけ我々と共に、船に乗ってもらうが、それでも良いか?」
    「分かりました」



     こうして309年の暮れ、清王朝の企みは、中央政府に知られることとなった。

    火紅狐・来帝記 6

    2011.05.27.[Edit]
    フォコの話、222話目。軍備隠し、露見。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 沖へと進んでいく視察団の船を真っ青な顔で見ていた重臣の一人が、ばっと身を翻した。「エール氏だ! 彼なら何か、手を打ってくれているはず!」「そ、そうだ!」 彼らは大急ぎでサザリーのいる宿へ駆け込み、まだ高いびきで眠っていた彼を起こし、事情を説明した。「ふあ、あ……、なるほど、うーん、そりゃ確かにまずい」「何を悠長な!」「...

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    フォコの話、223話目。
    笑う巨悪。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     清王朝の叛意が明るみに出た後、中央大陸の情勢はにわかに騒がしくなった。
     何しろ、中央政府にとってはそれなりに信用していた名代である。天帝オーヴェルをはじめとして、政府各所から批判・非難が相次いだ。

     さらに、央中の商人たちにとっても、この事件は衝撃的だった。
     自分たちが取引していた相手が、実力行使で支払いを踏み倒そうとしていたことを知り、彼らは慌てて取引を中止し、また、取引を仕切っていたサザリーを非難。それぞれ、莫大な違約金・賠償金を請求した。



    「お帰り下さい」
     イエローコースト、金火狐の屋敷。
     事態の収拾を頼もうと尋ねてきたサザリーは、門前払いを喰らっていた。
    「いや、そんなわけに行かないです! 会わせて下さい!」
    「お帰り下さい」
     この混乱に巻き込まれることを嫌ったケネスが、サザリーを通さないよう指示していたのだ。
     それは事実上、手を切られたことに等しかった。
    「頼みます! 本当にお願いします! 会えなきゃ僕は……!」
     屋敷の者たちはにべもなく、同じ言葉を繰り返した。
    「お帰り下さい」
    「本当にお願いします! 困るんです! 困ってるんですよ! どうにかしてくださいよおおおぉぉ……っ」

    「……く、っくく」
     屋敷の窓からサザリーの叫ぶ様を見ていたケネスは、頭に巻きつけていた「頭巾」に語りかける。
    「お聞きでしたかな、今の叫び声を?」
    《ああ。……まったく、どうしようもない奴だ》
     声の主は、ため息交じりでケネスに応じた。
    「そう言えば、この話はしましたかな……。
     彼は、私がスパス君のことについて尋ねた際、『バカとハサミは使いよう』と言っていたのですよ」
    《……、そうか、そう言っていたか。
     愚か者と言うのは、何が愚かなのか、それすら分かっていない。だからこそ『愚か』なのだ》
    「己のことも分からぬ者であるからこそ、愚者。……と言うことですな」
    《まあ、こんな末路も想定はしていたことだ。……結局のところ、弟が成功しようと、こうして失敗しようと、君には得になるだけだったのだな》
     相手の言葉に、ケネスは下卑た笑みを浮かべる。
    「ええ、確かに。どう転ぼうと、儲からねば何の意味もないですからな。
     この一件により、央南関係の取引は全滅するでしょうな。そして当然、そこに発生していた需要は、別のところへ流れていく。
     それはどこか? 政変が起こったばかりの北方? いいや違う。では内戦の真っ最中である南海? それも、ノーだ」
    《……そう、残るは私の本拠地、西方だ》
    「今まで西方関係の取引を過熱させ、物価を上げてきたことが、ここでようやく実を結ぶわけですな。
     少しくらい元値から乖離していようと、央南からあぶれた需要はそこへ行き着き、消化されるのだから」
    《そしてその利益を誰より享受するのは、君と、……うまく行ってくれれば、私だ》
    「くくく……、笑いが止まりませんな。本来ならこんな高値での取引など、一笑に付されて終わり。それが罷り通ってしまうわけですからな。
     ……とは言え、少しばかり事態が早く動きすぎた。それに、央南自体は瓦解もしていない。もう少し粘れば、もっと物価は劇的に上がったでしょうし、央南もなお安く買い叩けた。
     その点については、残念と言う他ありませんな」
    《ケネス総帥、……迷惑を、かけてしまったな》
    「いやいや、気にされぬよう、ミシェル総裁。彼も彼なりに、私のために、ほんのちょっとばかりは役立ってくれたのですから。
     まあ、……これからが彼の、本当の地獄になりますがね」
     ケネスの一言に、相手は怪訝そうな声を出す。
    《どう言うことだ?》
    「彼には後で、密かに手を差し伸べてやろうと考えていましてね」
    《ほう……》
    「その上でもう一度央南へ戻ってもらい、本格的に清王朝を転覆してもらおうかと」
    《ああ、そうだな。どう展開しようと、そこは外せないわけだ。
     でなければ君の本懐、央南買収の目処などつけられるわけが無いからな》
    「ええ。まあ、まだ信頼回復の手段はいくらでも用意できます。それを使って、彼にもう一度頑張ってもらう。
     もう一度、地獄へ飛んで行ってもらおうかと思っています」
    《……確かに地獄だろうな。あいつの苦労が、目に見えるようだ》

    火紅狐・来帝記 終

    火紅狐・来帝記 7

    2011.05.28.[Edit]
    フォコの話、223話目。笑う巨悪。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 清王朝の叛意が明るみに出た後、中央大陸の情勢はにわかに騒がしくなった。 何しろ、中央政府にとってはそれなりに信用していた名代である。天帝オーヴェルをはじめとして、政府各所から批判・非難が相次いだ。 さらに、央中の商人たちにとっても、この事件は衝撃的だった。 自分たちが取引していた相手が、実力行使で支払いを踏み倒そうとしてい...

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    フォコの話、224話目。
    小悪党商人の帰還。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「追放は、やむなしか」
    「はい……」
     白京、清王朝宮殿。
     国王、清一富と家臣たちが集まり、中央政府との関係修復のための会議を行っていた。とは言え――。
    「大量の軍備、そして内情を知る兵士たちからの証言。それを突きつけられては、なだめすかし、ごまかそうとしても無駄でしょう」
    「ううむ……」
     中央政府からはすぐにでも、正式に「名代職追放」の辞令が下りかねない状況にあり、さらには制圧に出ようかと言う気配も濃いとみられている。
     交渉を誤れば即、大量の中央軍が攻めてくるのは明らかだった。
    「……戦うしかないのか、最早?」
    「なりません!」
     開き直って交戦を提案した一富王に、家臣たちからは反対が相次ぐ。
    「いくら軍備を蓄えたとて、人・設備・戦略性、さらには道義的にまで、我々は著しく劣っております!」
    「戦えばほぼ間違いなく敗北するでしょう。よしんば、奇跡的に中央軍に勝ったとしても、それで中央政府が潰れるわけもなく」
    「勝っても負けても、我々は非難の的にされるでしょう。言わば戦った瞬間、我々は潰されます。戦争の面でも、国際社会的にも」
    「……ぬう」
     一富王は頭を抱え、自分たちの行動を後悔していた。
    「わしがあの男の言うことを聞いたりしなければ、こんな結果にはならなかった。悔やみきれん……!」
    「陛下……」
     家臣たちは、この恰幅の良い国王が、これほどまでに縮こまる様を目にし、胸を痛めた。

     と――。
    「お邪魔します」
     扉を静かに開け、会議の場に『あの男』――この騒動の張本人、サザリーが割って入ってきた。
    「……貴様……!」
     沈んでいた一富王は、サザリーを見るなり立ち上がり、傍らの薙刀を手に取る。
    「へ、陛下!」
    「お、お収め下さい!」
     ざわめく家臣たちに耳を貸さず、一富王は薙刀を構えたまま、ドスドスと足音を立ててサザリーの方へと向かう。
    「わ、わわわっ、ちょ、陛下、陛下、陛下! 落ち着いて下さい、陛下ってば!」
     サザリーは顔を青ざめさせ、王から逃げ回る。
    「うるさい! 貴様のせいで、我々は……!」
    「その件なんです! その件で、一通り話をまとめてきまして!」
     その一言に、一富王の足が止まる。
    「まと……、めた?」
    「は、はい! 僕のツテを使ってですね、あの、中央の方を、はい、それなりに諌めてもらってですね、現状は何とか、様子見と言う段階まで、向こうの警戒を解かせました!」
    「……詳しく、説明してみろ」

     にらみつけてくる国王・家臣・将軍たちに囲まれ、サザリーはしどろもどろながらも説明した。
    「えーとですね、まあ、……ともかく、追って説明するとですね。
     中央政府がまず下そうとした、この国に対する措置って言うのが、『名代職追放、及び敵対組織への積極的防衛』だったんです。
     これはですね、造反・謀反を起こした親中央政府国・組織に対して、最も重い類の措置になります。一つの国の中で例えるなら、これは重反逆罪とか国家転覆罪に当たりますね。下されれば確実に、中央軍が大挙して押しかけ、央南は一掃されたでしょう。
     ただ、まあ、この処置を決定しようとした天帝も、そんな理由では軍を動かせないわけで」
    「何故だ? 中央政府の全権限を有しているだろう?」
    「それなんですが、まあ、確かに、全権を握っているのは握ってるんです。
     でも『名代職』って言うのは、初代の天帝であるゼロ・タイムズ帝が命じたもの、つまり天帝教の主神が自ら命じたものなんです。
     自分たちの神を否定するようなことは、天帝教の教皇、即ち当代の天帝であるが故に、できるはずがないんですよ。もしそれを強行しようものなら、それはもう、天帝と呼べません」
    「ふむ……」
    「僕のツテがそう説得して、何とか軍が動くのは止めさせたんです。
     後、名代職の追放って言う処分を『権限の停止』、つまり名目上は名代職のまま、その権力の行使だけは禁止するってレベルにまで、処分を軽くすることはできました。
     だけども、やはり今のところは、それ以上には覆すことができませんでした。何と言っても、実際に軍備を用意していたわけですし、兵士たちからの情報もあったわけですから。
     でもですね、……そう、ここなんです。ここが、重要なんですが」
     そう言って、サザリーは不気味な笑みを浮かべた。
    「ここにいらっしゃる、まさに『清王朝の中心』の皆さんの誰が、正式に、公然と、『中央政府を攻撃する』と言いましたか?」
    「……!」
    「そう、軍備と兵士の証言から、こちらに叛意があると解釈されただけです。まだここにいらっしゃる誰も、それを認めていない。
     だから今後は、その軍備が中央政府を攻撃するために用意されたものではなく、また、兵士たちの証言に関しても、彼らの現場判断、状況認識能力の甘さから、清朝軍の本意と離れた解釈をしていた、と広く説明するんです。
     まあ、それでも、口だけじゃ納得はしていただけないでしょう。ですから、軍備を実際に使うんです。中央政府へ、じゃなく、頭を悩ませているもう一つの要因、反乱軍へと。
     それで全ての辻褄が合わせられます。元々、中央政府に応援要請したのだって、反乱軍を潰すためだったんですし。軍備を反乱軍へ向けて使えば、信じてもらえるでしょう。
     あと、まあ、央中からツケをどうのこうの言ってきてますが、これについても、僕がツテの力を借りて、何とかしますので」
    「……いいだろう。今一度、信用してやろう」
     ずっとサザリーをにらみつけていた一富王は、ようやく納得してくれた。

    火紅狐・発火記 1

    2011.05.31.[Edit]
    フォコの話、224話目。小悪党商人の帰還。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「追放は、やむなしか」「はい……」 白京、清王朝宮殿。 国王、清一富と家臣たちが集まり、中央政府との関係修復のための会議を行っていた。とは言え――。「大量の軍備、そして内情を知る兵士たちからの証言。それを突きつけられては、なだめすかし、ごまかそうとしても無駄でしょう」「ううむ……」 中央政府からはすぐにでも、正式に「名代職...

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    フォコの話、225話目。
    火の魔術剣。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「つまりは、中央は様子見と言う結果か」
    「そう言うことです」
     湯嶺、穂村少佐の家。
     中央政府の、清王朝に対する処置を聞いた少佐は、残念そうにうなった。
    「むう……。それでも、中央軍が手を出さぬだけは、ましか」
    「この展開も十分あると予見できていましたし、僕からしてみればまずまず、と言うところですね。
     それに、国内の展開は良くなってきています。かねてからの重税と徴発が長期化していることに加え、その理由が明らかになり、また、兵士たちが数名離反したことと、中央との関係が悪化したことから、世論では清王朝非難、打倒の声が大きくなっています。
     清王朝も態勢立て直しに奔走しているでしょうし、今なら、かつて少佐が実行しようとしていた作戦――コゲンの備蓄基地攻撃も、大きな成果を挙げるでしょう」
    「ふむ……」
     ランドの見解に、少佐は深くうなずいた。
    「攻めて良し、と言うのならば、攻めてみようか。
     丁度克からも、技を教わったからな」
    「技?」

     その技を見せてもらうため、ランドは少佐に連れられ、家の裏手、雑木林の生い茂る山へ入った。
    「ふう、ふう……、それで、どんな技なんです?」
     短めではあるが山道を登り、軽く息を切らしているランドに、少佐はニヤリと笑って見せた。
    「おう。しからば、お見せ致そう」
     そう言って、少佐はひゅん、と軽い音を立てて刀を抜き、正眼に構える。
    「……『火刃』」
     次の瞬間、少佐が持っていた刀の切っ先に、ぽん、と火が点いた。
    「火、……ですか?」
    「ただの火にはござらん。魔術による炎だ」
    「へぇ……?」
     話しているうちに、刀に付いた火は、刃全体に回る。
    「とくと見よ、ファスタ卿。……りゃあッ!」
     火の点いた刀が、近くの木をざくり、と斬る。
     そしてそのまま、木には火が回り、あっと言う間に燃え尽きた。
    「うむ、上出来だ」
     少佐は満足げに笑みを浮かべつつ、刀を納めた。
    「なるほど……。近接戦、白兵戦には有効そうですね」
    「であろう? これを拙者は、教条化した。我々反乱軍の兵士たちにも魔術の心得がある者は多いし、使える者は何人かいるだろう。
     戦う準備は、いつでも整っている」
    「……ふむ」
     少佐の言葉に、ランドは引っかかるものがあった。
    「少佐。あなたはいつも、戦うと言う選択をされますが」
    「うむ」
    「あなたは平和に話し合い、敵を引き入れることもできる方だ。それなのに何故、まず戦おうと? まず話そう、と言う姿勢を前面に出すことはできないんですか?」
    「なるほど。……それは、机上の理屈であるな」
    「え?」
     少佐は刀の柄をさすりながら、遠い目をして尋ねた。
    「お主、実際に人と争ったことは無かろう?」
    「いえ、戦闘地域に赴いたこともありますし、口論になることも……」
     否定しようとしたランドの弁をさえぎり、少佐はこう付け加える。
    「そうではなく、実際に殴ったり、殴られたりの喧嘩になった、と言う話だ」
    「……それは、確かに無いですね」
    「実際にそうなった場合、相手は拙者の話など聞かぬ。何が何でも、拙者を殴りつけ、蹴り飛ばし、打ち倒そうと、頭の中はそれで満杯になる。
     そこへ『待て待て、まずは話し合おうではないか』などと声をかけたとて、憤怒がパンパンに詰まった頭に入ろうはずも無し。
     呑気に『自分は口達者だから、話し合いに持ち込みさえすれば何とでもなる』などと、無防備に構えていたら、……真正面から斬られて死ぬぞ、お主」
    「……」
     少佐はランドに向き直り、渋い表情を緩めた。
    「まあ、そんなところだ。……いや、拙者とて、話し合いができるに越したことはない。
     であるから、先の待垣島では刀を抜かなかったのだ。あの時の兵士は、戸惑いを見せていたからな」
    「戸惑い?」
    「あの時の彼らは、武器を構え、拙者らに対し警戒してはいても、すぐに襲撃しようとはしなかった。
     何故なら、襲撃に足る理由を持ち合わせていなかったからだ。納得の行かぬ軍務に就き、何が自分たちの敵であるかも定まっていなかった。
     であるからこそ、彼らは拙者の話に耳を貸したのだ。……こんなことは、稀有な例と心得てほしい、ファスタ卿」
    「……分かりました。参考にします」

    火紅狐・発火記 2

    2011.06.01.[Edit]
    フォコの話、225話目。火の魔術剣。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「つまりは、中央は様子見と言う結果か」「そう言うことです」 湯嶺、穂村少佐の家。 中央政府の、清王朝に対する処置を聞いた少佐は、残念そうにうなった。「むう……。それでも、中央軍が手を出さぬだけは、ましか」「この展開も十分あると予見できていましたし、僕からしてみればまずまず、と言うところですね。 それに、国内の展開は良くなって...

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    フォコの話、226話目。
    反乱軍の初陣。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     双月暦310年、春の兆しが見えてきた頃。
     中央政府の後ろ盾を失い、民衆からの支持が揺らぎ、その存在意義が不確かなものとなった清王朝に、ついに宣戦布告が突きつけられた。

     央南西部の街、弧弦。
     紺の袴装束に赤い羽織、そして鎧兜を着けた剣士たちが、ぞろぞろと街に現れた。
    「あれは?」
    「一体……!?」
     みるみるうちに、街中が赤と黒のモザイクに染まる。
     そしてその先頭にいた穂村少佐が、進軍しつつ口上を述べる。
    「我々は清王朝に対し反旗を翻し者、反乱軍にござる! 我々は此度いよいよ、その反乱の狼煙を上げる!
     民衆よ! 我々に加担すれば、必ずやあの諸悪の根源、清王朝を懲らしめることができようぞ! さあ、立ち上がるのだ!」
    「……っ」
     この口上に、ざわめいていた町民は静まり返り、互いに顔を見合わせる。
     反対に、街中にいた兵士たちは、顔を真っ青にした。
    「げ、迎撃、迎撃だ! 奴らを追い返せ!」
    「ぎょ、御意!」
     慌てふためきながらも、司令官の指示によって、兵士たちは武器を手にし、反乱軍の侵攻を止めようとする。
     だが――。
    「邪魔立てすると、容赦せんぞッ!」
     少佐は刀を抜き、それに火を灯した。
    「な……!?」
    「刀が、燃えて……!?」
     続いて、燃える刀をそのまま、道端の木に向かって振りぬく。
     刀から火が飛び、その木はあっと言う間に燃え上がった。
    「なん、だ……、あれは……!?」
    「魔術? いや、剣術なのか?」
     少佐に続き、追従してきた剣士たち十数名も、同様に刀へ火を灯す。
     武装した人間が大挙して押しかけて来たことと、この面妖な術を見せ付けられたことで、清朝軍の士気は激しく揺れた。
    「に、逃げろ!」
    「バカな、戦え! 戦わねば死ぬぞ!?」
    「あんなの相手にできるかッ!」
     もとより清王朝の権威失墜で士気を落としていた兵士たちは、あっさりと瓦解。
     戦おうとする者は少しいた程度で、残るほとんどは逃亡するか、大人しく投降した。

     こうして反乱軍は初陣において、圧倒的勝利を手にした。
     反乱軍は弧弦の軍基地を落とすだけではなく、街全体の支配権を獲得。その勢力を大きく伸ばした。



     初戦を制し、反乱軍の士気は大いに上がった。
    「殿! 次はどこを!?」
    「敵は出鼻をくじかれ、勢いを失っているはず!」
    「二の矢、三の矢とたたみかけ、一気に叩くべきです!」
     家の前で騒ぎ立てる兵士たちに小さく会釈をしつつ、少佐は隣に並んで歩くランドと小声で話をする。
    「拙者からも伺いたい。次はどうすれば?」
    「とりあえず、家に入ってから。謀(はかりごと)は少数で話すべきです」
    「なるほど、一理ある」
     家の戸を閉め切り、屋内には少佐とその家族、そしてランドだけになったところで、ランドの方から話を始めた。
    「まず、この戦いの幕開けが勝利で終わったこと、それは歓迎すべきことです。おめでとうございます」
    「う、うむ」
     回りくどい賛辞に面食らいながらも、少佐は笑顔でうなずく。
    「しかしここでホイホイと次戦、次々戦と進めても、そう簡単には行きません。何故なら、今回の結果を受け、敵は本気を出さざるを得なくなるからです。
     いや、たまたま今回はタイミング的に先制できただけであり、実際のところ、敵はもう既に、大々的に動く準備を整えていると考えて間違いないでしょう」
    「何故そこまで言い切れる? ……いや、いや。待て、予想してみよう」
    「どうぞ」
     少佐はあごに手を当て、しばらく考え込む。
    「……そうだな、思うに。今現在、清王朝は中央政府から、責め立てられているのではなかろうか」
    「ふむ」
    「恐らくは今も、清王朝は中央への叛意云々を強く糾弾されており、それをごまかそうと――即ち『我々には叛意など無い、軍備集めや防衛強化は別の目的があってのこと』と、必死に弁明しているところであろう。
     であればその説明として手っ取り早いのは、元々中央側に流していた話の通りに、拙者ら反乱軍を攻撃して見せることであろう。
     であるから、敵方は既に準備し、攻撃の算段を整えている。そう言うことであろう?」
    「ご明察、まさにその通りです」
     ランドは小さくうなずき、話を続けた。

    火紅狐・発火記 3

    2011.06.02.[Edit]
    フォコの話、226話目。反乱軍の初陣。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 双月暦310年、春の兆しが見えてきた頃。 中央政府の後ろ盾を失い、民衆からの支持が揺らぎ、その存在意義が不確かなものとなった清王朝に、ついに宣戦布告が突きつけられた。 央南西部の街、弧弦。 紺の袴装束に赤い羽織、そして鎧兜を着けた剣士たちが、ぞろぞろと街に現れた。「あれは?」「一体……!?」 みるみるうちに、街中が赤と黒...

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    フォコの話、227話目。
    焔流の形成。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「確かに今仰られた通りの状況へ、既に進んでいることでしょう。
     それを踏まえれば、本当に今回の戦果は喜ぶべきものです。今回受けた打撃により、いよいよ敵は我々を、尋常ならざる敵として認識したことでしょう。
     何しろ今回落としたのは、軍事面から見て非常に大きな都市です。敵にしてみれば、立ち上がりかけたところで無理矢理に肩を押さえつけられ、座らされたようなもの。恐らく今回の件で、我々の本拠地はぼんやりとは把握できたものの、それ以上は動けなくなったはず」
    「それは、……ううむ、何故だ?」
     今度は、うまい答えが見つからなかったらしい。少佐は素直に尋ねてきた。
    「今回の攻撃により、敵、即ち我々反乱軍は央南西部にいるものと断定できたでしょう。
     しかし、落とされたのも西部有数の軍事基地。言い換えれば西部、敵陣へ進軍する足がかりを失っているわけです」
    「なるほど」
    「勿論、まだコウカイなど主要都市はあるものの、コゲンは軍事面・交通面において、陸の中心だった場所です。
     よりによって、内陸のあちこちに通じる交通網を、初戦からいきなり、敵に握られてしまっている。周りから攻めようにも、敵はやろうと思えば、まっすぐにでもハクケイへ突っ込んで来られる場所に陣取っている。うかつに攻めれば、喉元を食い破られるかも知れない。敵にしてみればそう言う場所に、我々がいるんです。
     コゲンを我々が手にしたことで、敵は攻めの足がかりを失い、そして、守りを優先的に考えなければいけない状況になっています。とは言え、敵は本気で我々を潰そうとしている。うかつな攻めは、敵に反撃の機会を与えることになります」
    「ふうむ……。優位であることは間違いない、が、攻めれば攻め返される危険もあり、か。
     そう考えると、難しいところではあるな」
    「ええ。次の手は、慎重に進めていかないといけません」

     慎重に、とは言うものの、確かに今は反乱軍が戦いの主導権を握っている状態にある。
     このまま自分たちの優位性を保つため、ランドは早急に、次の戦地を選出した。
    「次は港町、コウカイでしょう。
     敵本営、ハクケイからしてみれば、央南の陸路をパスし、比較的コゲンへの到着が容易になる要地です。
     ただ、海路の状況によっては、ハクケイや他の主要都市からの本軍が到着するまでに、いくらかのタイムラグと言うか、猶予がある。恐らくは敵もそれを考慮し、数週間前に、各地へ艦を回しているでしょう。
     しかし時間的に、その援軍はまだ海上にあるはずでしょうし、コゲンの状況に気付くはずもない。今コウカイを攻め落とし、その援軍を撃退すれば、反乱軍はさらに優位となるでしょう」
    「ふむ。確かにまだ、敵の艦が到着したと言う報告は無い。到着されてからではどうしようもなくなるし、攻めるなら今か」
    「ええ。手早く兵をまとめ、それこそ火急の勢いで攻め込みましょう」
     ランドの言葉に、少佐は楽しそうに笑った。
    「『火』急、か。……今の拙者らには、似合いの言葉よ」
    「確かに。あれは実際の攻撃力以上に、大きな宣伝効果がありました。巷では、反乱軍のことを燃え盛る刀を持つ軍団、『焔軍』と呼んでいるとか」
    「焔? ……なるほど、ホムラ、つまり拙者の姓『穂村』からか。
     面白い、これより拙者は焔玄蔵、とでも名乗ろうか。反乱軍、……いや、焔軍の統領として」
     少佐のその一言に、ランドはクスッと笑った。
    「良いかも知れませんね」



     こうして焔玄蔵と名を変えた少佐を筆頭に、反乱軍改め焔軍は、黄海へと攻め込んだ。
     幸いなことに、焔軍の評判は非常に大きく、その評判に半ば押される形で敵は撤退、及び拘束された。清朝軍からの軍艦が到着する一日、二日前に制圧が完了でき、艦上の敵は洋上で立ち往生する羽目になった。
     そして、これを見逃す焔軍ではない。黄海に備えられていた軍艦を多数出動させ、進退を窮めていた敵艦を拿捕することに、成功した。
     これにより、焔軍は央南西部の主要都市、および近海を制圧。清王朝にとって、容易に落とせない難敵となった。

    火紅狐・発火記 4

    2011.06.03.[Edit]
    フォコの話、227話目。焔流の形成。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「確かに今仰られた通りの状況へ、既に進んでいることでしょう。 それを踏まえれば、本当に今回の戦果は喜ぶべきものです。今回受けた打撃により、いよいよ敵は我々を、尋常ならざる敵として認識したことでしょう。 何しろ今回落としたのは、軍事面から見て非常に大きな都市です。敵にしてみれば、立ち上がりかけたところで無理矢理に肩を押さえつ...

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    フォコの話、228話目。
    燃え上がる央南。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     央南西部をあっさりと陥落され、清王朝は対応に戸惑っていた。
    「こんなにも呆気なく、我々の守りが崩されるとは……!」
     軍議の中心に座る一富王と家臣たちは、頭を抱えてうなる。
     反面、サザリーはどこか他人事のように、平然とこう唱えた。
    「まあ、今回の失敗は、敵軍の本拠地を把握できていなかったせいですよ。これでどこに本拠地があるか、大体は把握できたわけで。
     逆にですよ、これで後々の戦いがしやすくなったと、そう思えばどうでしょうか?」
    「何?」
    「敵のいる場所と、支配されちゃった地域とがはっきりしたわけですから、いわゆる『線引き』がしやすくなったわけですよ。
     ここは一つ、支配されちゃった地域は全面的に見捨ててですね……」「見捨てて、とは何だ!?」
     家臣たちの批判を受け流しながら、サザリーは話を展開する。
    「まあ、まあ、言葉の綾ってやつです。
     とりあえず、僕が言いたいのはですね。今後は央南西部地域と、こっち側との間に、でっかい壁か何かを作ってですね、相手が絶対攻めてこられないようにしちゃうんですよ。
     そうすれば奴らは逆に、央南西部で孤立することになる。そう言う手なんです」
    「ははあ……。なるほど、確かに見方を変えれば、壁を築くことにより、敵は東央中湾、央南洋、屏風山脈、そしてその壁。四方を囲まれるわけか。
     敵もどこぞの国であればまだ、諸外国との連携も取れようが、実質は単なる賊軍。手を貸す国なぞ、いるはずもなし。放っておいても、奴らはやせ細って自滅する、……と言うわけか。
     よし、直ちに壁を築くのだ! こればかりは、遅れを取るわけには行かぬぞ!」
    「はっ!」
     国王の号令を受け、将軍たちはバタバタと、軍議の場を後にした。
    「のう、エール氏よ」
     と、一富王がサザリーに声をかけてきた。
    「なんでしょう?」
    「わしは度々、物事を見誤ってきたようだ。特に、お前と言う男は、ただの疫病神と思っていたが……、これほど、貢献してくれようとは思っても見なかった」
    「……いえいえ、そんな、とんでもない」
     口ではそう答えておいたが、サザリーの本心は逆方向を向いていた。
    (とんでもない、とんでもない。
     貢献? ……した覚えなんてさらっさら無い! これは作戦なんだよ――敵じゃなく、あんたらを攻撃するためのね!
     そう、央南を二分するほどの壁の構築なんて一体、いくらかかると思ってる? さらにその、維持費は? 人件費だってバカにならない。
     もっともらしく理屈を述べてきたけど、これは結局、無駄な出費をさせるためのものなのさ!
     そう、あんたらにはもっともっと、無駄金をはたいてもらわないといけないんだ。それこそ大赤字、財政が真っ赤に燃えるくらいに!
     そのために、僕はこのド田舎に戻ってきたんだ。さあカズトミ王、ずっとバカでいてくれ。もっともっと、バカになってくれよ。
     そうすりゃもっと、僕たちの思い通りになるんだからね。……ヒヒ、ヒヒヒヒ)



     一方で、焔軍側もその動きを一旦、抑えることとなった。
    「様子見、か」
    「ええ。コゲンとコウカイを制圧したことで、我々は実質、央南西部を掌握しました。
     これにより、敵は陸路・海路とも、容易に攻め込めなくなり、我々には若干の余裕が生まれました。であれば今後に備え、焔軍を再編成するのが最適な策かと思います」
     ランドの献策に、少佐は深くうなずく。
    「ふむ。確かに、此度の戦いで我が軍はかなり拡大したからな」
     軍事物資の集積地である弧弦と、海港都市である黄海を手に入れ、焔軍の装備は大幅に拡充された。
     ランドの言う通り、今後のさらなる激戦に備え、軍の態勢を整え直すことに、反対する者は少なかった。「もっと攻めるべき」と言う意見も多少はあったが、前述の、清朝軍側からの「壁」の構築が始まったこともあり、無駄な攻めに終わりそうな気配もあったことから、この意見は却下された。
    「なあ、ファスタ卿」
     少佐は腕を組みながら、神妙な面持ちで尋ねてきた。
    「なんでしょう?」
    「長期戦になるであろうか?」
    「なりそうですね。ただ、僕も何かと忙しい身です」
     ランドはにっこりと笑い、こう宣言した。
    「3年以内に終わらせるつもりをしています。いや、もっと早くするかも」
    「できるのか?」
    「できるできないではなく、『します』と言うことで」
    「……頼りにしているぞ、ファスタ卿」
     少佐はニヤリと笑い、ランドに期待を寄せた。

    火紅狐・発火記 終

    火紅狐・発火記 5

    2011.06.04.[Edit]
    フォコの話、228話目。燃え上がる央南。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 央南西部をあっさりと陥落され、清王朝は対応に戸惑っていた。「こんなにも呆気なく、我々の守りが崩されるとは……!」 軍議の中心に座る一富王と家臣たちは、頭を抱えてうなる。 反面、サザリーはどこか他人事のように、平然とこう唱えた。「まあ、今回の失敗は、敵軍の本拠地を把握できていなかったせいですよ。これでどこに本拠地があるか...

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    フォコの話、229話目。
    清朝軍のいびつな台所事情。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「……?」
     これまでの戦闘記録を眺めていたランドが、首をかしげる。
    「どうしたの?」
    「いや、……うーん?」
    「だから、どしたのってば」
     イールの問いかけに、ランドはぽつぽつと答える。
    「いやね、まあ、この1年、ずっと陸と海、両面での戦いを進めてきたわけだけどさ」
    「そーね。……ああ、そっか。もう1年も経ってるのね」
    「まあ、それでね。ちょっと気になるって言うか、腑に落ちないことがあって」
    「なに?」
     ランドは記録が付けられた紙を、ぺらぺらと掲げる。
    「清朝軍もさ、それなりに反撃、防衛を続けてるわけだけど、……それが妙なんだよ」
    「だから、妙って何が?」
    「何故か、月初めからしか動こうとしないんだよね」
    「へぇ……?」
    「ほら、こないだの天神川西の戦いとかもさ、こっちが2月の下旬に防衛線を破っただろ?
     でもその直後、敵は逃げ腰って言うか、撤退してばっかりで、本格的に反撃してきたのは、月が変わった3月1日になってからなんだよ」
    「……変っちゃ、変ね? 10日近くも逃げ回るなんて」
    「結局、その初動態勢の拙さが響いて、テンゲンを陥とすことができた。
     僕らにとって、それがラッキーだったのは確かなんだけど、こんなケースは一つだけじゃない。その前の狐尾丘陵西での戦いだとか、トウリョウ南での海戦とかも、何故か1日付け、月が変わってから本腰を入れてくる。
     まるで、月が変わらないと戦っちゃまずいみたいな、そんな印象を受けるんだよ」
    「月が変わらないとまずい事情、ねぇ。……借金の取立てとかだったら、むしろ月末までにって感じだけどね」
    「ははは……」



     双月暦311年4月。
     清朝軍と焔軍との戦いが始まって以降、全面的に焔軍が圧倒していた。
     単純な兵力差、備蓄差で見れば清朝軍に大きな分はあったものの、兵士一人ひとりの戦闘力では焔軍が優勢であり、さらにランドの頭脳も加えられたことで、焔軍側は特に苦戦することもなく、これまでの戦いを勝ち進んでいた。
     さらに央南中部の州、玄州が味方となってくれたことも、焔軍にとっては大きな助けとなった。これにより、折角清王朝が築いた壁は意味を成さなくなり、清朝軍の防衛力は大幅に落ち込むこととなった。

     そしてもう一つ、清朝軍の動きの鈍さも、焔軍にとっては有利に働いていた。
    「まあ、今回もあんまり良い成果を挙げられませんでしたけど、それはまあ、物資の輸送に手間取ったせいですよ。
     次はもっと、すんなり届くよう手配しますから。ご心配なさらぬよう、陛下」
    「……うむ……」
     沈んだ顔をしている一富王に構わず、サザリーは王の間を後にする。
     と、敗走の説明に納得の行かない家臣や将軍たちが、彼の後を追いかけてきた。
    「待て、エール!」
    「な、なんです?」
    「さっきの説明はなんだ!? まるで我々に何の力も無いような、そんな説明に聞こえたが……!?」
    「いやいやいや、そんなことは。僕が言いたいのは、折角優秀な兵士がいても、武器やら食糧やらが無いと万全な働きができないし、その物資を届けるのに手間取って……」「手間取って!? 何をしらばっくれている!」
     のらりくらりとした説明に苛立った将軍が、サザリーの胸倉をつかんでまくし立てる。
    「我々が何も知らぬと思うのかッ! お前が軍備の配送を、ことごとく遅らせていると聞いたぞ!」
    「い、いやいや。そんなわけ無いでしょ? 僕は最大限努力して、大量かついち早く届くように手配してましたよ。
     ただ、値段交渉の面で難航することは多々ありますけども」
    「値段交渉? 何を寝ぼけたことを! 今は有事なのだ、多少吹っかけられようと、さっさと運ばせれば良いでは……」「はぁー?」
     金の話になった途端、サザリーは将軍の手を振り払い、居丈高になった。
    「じゃああなた、ガンガン吹っかけられた上で交渉を進めろって言うんですね? それが1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月と回数を重ねたら、一体どうなるか分かっていての発言ですよね?」
    「な、に?」
    「いいですか、一回100万クラムで手配するのと、90万クラムで手配。これ10回やったら、1000万と900万ですよ? 分かりますか、100万違うんですよ、100万! その無駄、コストが、限りある戦費をカリカリ、カリカリと削っていくんですよ?
     今は有事、それは確かにあなたの言う通りですよ。だからこそ、長期戦も見越して節約していくのも重視しなければいけないんです。
     あなた、その分のお金出せるんですか? そこら辺の差額全部出してくれるって言うなら、僕は交渉無しで全部話進めますよ? いいんですね? 本当に? それで良いって言うんですね、あなたは!?」
    「う……ぐ……」
    「出せないなら、口を挟まないでいただきたいんですがねぇ!? 金はある分しか使えないんですから!
     ……お話が以上であれば、これで失礼しますよ」
     ぐうの音も出ない、と言う顔の家臣たちにぷい、と背を向け、サザリーはその場を立ち去った。

    火紅狐・連帯記 1

    2011.06.06.[Edit]
    フォコの話、229話目。清朝軍のいびつな台所事情。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「……?」 これまでの戦闘記録を眺めていたランドが、首をかしげる。「どうしたの?」「いや、……うーん?」「だから、どしたのってば」 イールの問いかけに、ランドはぽつぽつと答える。「いやね、まあ、この1年、ずっと陸と海、両面での戦いを進めてきたわけだけどさ」「そーね。……ああ、そっか。もう1年も経ってるのね」「まあ、...

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    フォコの話、230話目。
    道を間違えた商家。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     夜、サザリーは密かに、「魔術頭巾」で兄――エール家の現当主、ミシェル・エールと会話を交わしていた。
    《口先で大臣と軍人をへこました、か。お前もなかなか、できるようになってきたな》
    「ありがとう兄さん、……へへへ」
    《だが、その締まりの無い笑い方は何とかすべきだ。それはあまり、信用に結びつかない》
    「まあ、その、努力はしてるんですけどね」
     久々に肉親と話し、サザリーは上機嫌に振舞っている。
     だが急に語調を落とし、サザリーは眉をひそめながら兄に尋ねる。
    「ああそうだ、兄さん。……あいつのこと、どう思います? あの、短耳眼鏡」
    《ゴールドマン総帥か?》
    「そう、そいつですよ。……僕にしてみれば、あいつは商人なのか疑わしいんです」
    《……ほう。それは何故だ?》
    「何故って、あいつはあんまりにも非道だからですよ。
     今、僕がこの央南で進めている作戦は、完遂すれば確実に、央南を経済危機に晒します。これでもかって戦費を増やし、その一方で、借り入れ額もどんどんと増えていってます。
     そう、借金を膨らましてるのも、あいつの指示と裁量です。そりゃ、月たったの4%複利、そう説明されたら、数字に弱い奴は美味しい話だと思って乗っかりますよ。でもこれ、年複利に直したら約60%の複利、滅茶苦茶な利子になります。
     それで、これも奴の指示ですけど、月が変わって利子が付いてから出撃するように、って。……こんなアコギなこと、僕たちだって進んでやろうとは思いませんよ」
     弟の意見に、ミシェルはすぐには、何も言わなかった。
    《……》
    「兄さん?」
    《……サザリー。私の意見としては、彼は商人である、と、……思う。
     思うが、しかし。確かにお前の言うように、彼は客や商売敵に対して苛烈すぎる面があることは、否定できない。
     いくら我々の仕事が、結局は『いかにして他者より早く、多く、客から金を巻き上げるか』であるとは言え、彼はその度が過ぎる。あれではまるで、種籾も残さず小麦を刈り取ってしまうようなものだ。後に残るものが、何も無い。
     だが弟よ、それでも私は……》
     と、そこで言葉が途切れる。
    「……兄さん? どうしたんです?」
    《……いや、サザリー。今の言葉、私が言ったことは、忘れてくれ。
     名目的にも、実質的にも、彼は我々エール家の親密なるパートナー、共同経営者だ。それを悪く言うことは、彼との提携を切ることになる。
     そうなれば我々も、おしまいだ。彼の協力によってこの座を、エール商会総裁の座を得た私は、彼の援護無しには、……ここには居られないのだから。
     では、お休み、サザリー》
     それきり、「頭巾」から声は途絶える。
    「……兄さん……」
     あまり倫理観、道徳観念の鋭くないサザリーにも、兄の苦悩は感じられた。

     通信を終えたミシェルは、自室の窓から屋敷を見下ろした。
     その眼下には、庭師が解雇されたため、荒れ果てた庭が広がっている。
    「……これが私の得たかったものか」
     後ろを向けば、そこには膨大な書類が並んでいる。
     その半分が借用書であり、残る半分は、これまで進めてきた央南買収計画、そして西方商業網独占計画に関わるものだ。
    「『いかにして他者より早く、多く、客から金を巻き上げるか』、……か。
     私がなりたかったのは、そんな下劣な人間だったのか」
     彼は今にも叫び出したい衝動をこらえ、書類だらけの机に着席する。
    「……父さん。私は多くの手を、打ち間違えた。
     今はもう、進むも地獄、戻るも地獄。どう動いても、あいつに吸い尽くされそうなんだ」
     彼はガリガリと頭をかきむしる。それ以外に、気を紛らわせる方法が思い付かないのだ。
    「こんな風には、なりたくなかったよ」
     ガリガリと頭をかきむしる彼の前には、一枚の新聞が置かれていた。
     そこには南海の事情――突如現れた商業組合ロクシルムがスパス系を駆逐した、と言うニュースが報じられていた。
    「くく、ふははは……、なんだ、これはっ……!
     どう見ても我々が悪役、この、ロクシルムと言う相手が英雄扱いだ!
     私は……、私は……、悪者になんてなりたくなかったのに! 私はただ、ただ単に、この西方で一番の権力者、ただの金持ちになりたかっただけなんだ!」
     彼は自分の血にまみれた手で、その新聞を引き裂いた。

    火紅狐・連帯記 2

    2011.06.07.[Edit]
    フォコの話、230話目。道を間違えた商家。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 夜、サザリーは密かに、「魔術頭巾」で兄――エール家の現当主、ミシェル・エールと会話を交わしていた。《口先で大臣と軍人をへこました、か。お前もなかなか、できるようになってきたな》「ありがとう兄さん、……へへへ」《だが、その締まりの無い笑い方は何とかすべきだ。それはあまり、信用に結びつかない》「まあ、その、努力はしてるんで...

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    フォコの話、231話目。
    青州併合作戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     双月暦311年4月の、終わり。
     ランドは次の策として、青江、そしてそこを州都とする青州を陥落させることを提案した。
    「ここはコウカイ、ハクケイに並ぶ海運の要所です。ここを陥とせば、清朝軍の機動力は大幅に落ちます。
     既に今現在、陸における彼らの勢い、士気は大幅に低下しています。一向に、最初の防衛ラインを奪還するどころか、玄州がこちらに味方したことで、大幅な後退を余儀なくされたからです。
     そこで海の主導権も奪ってしまえば、軍や臣民の大半が戦闘意欲を無くすのは確実。戦争を継続するのが困難になるでしょう」
    「ふむ、実際に戦う以上に、大きな効果を挙げようと言うわけか」
     ランドとの付き合いも2年近くに及び、元々教官になるくらいには頭の良い玄蔵も、戦略理論を多少は理解してきたらしい。
    「そう言うことです。ただ、問題は2点。
     現在、我々はテンゲンからここへ向かう直通路、青玄街道を北上しつつありますが、流石に守りが堅く、陸路からの攻略は非常に難しいこと。
     もう一点は、戦争のために港が封鎖されてしまい、少数の軍艦以外には漁船、商船、連絡船、つまり一般の船も通行不可能になってしまっていること。
     即ち、外から攻め込むことは非常に困難となっています」
    「では、どうすれば陥落できると?」
    「理屈は簡単、外から駄目なら中から、と言う手ですね。
     密かに中へ入り、封鎖と防衛を指揮している清朝軍を御してしまえば、容易に陥とせるでしょう」
    「なるほど。確かに理屈の上では、であるな。……実際にはどう考えている?」
     玄蔵の問いに、ランドはチラ、と大火を見た。
    「彼は『反則技』を持ってますからね。ここで使わなきゃ、いつ使うんだって話です」
    「何?」
     うざったそうに、細い目をさらに細める大火に構わず、ランドはこう命じた。
    「タイカ、『テレポート』でここに侵入してくれ」
    「簡単に頼むな」
     大火は肩をすくめ、反論してきた。
    「青江には少なくとも、3000ほどは兵力があったはずだ。それを俺一人で相手など、労力と対価が釣り合わん」
    「じゃ、仕事量が少なけりゃやってくれるんだね?」
    「どう言う意味だ?」
     ランドは会議から離れて雑談していたイールとレブに手を振り、彼らにも命じた。
    「一緒にセイコウに行って、基地に侵入してきてほしいんだ」
    「侵入って、まさか暗殺でもしろって言うの?」
     嫌そうな顔をするイールに対し、ランドは手を振りながらこう続ける。
    「勿論、3対3000でチャンバラやってきてって言うわけじゃない。もっと簡単に、……そう、3対2くらいで仕事してもらうつもりだよ」
    「対、……2?」
     いぶかしがる三人に、ランドは作戦を説明し始めた。
    「結論から言えば、やってほしいのは説得なんだ。
     前回の玄州攻略時みたいに、あの時は向こうから――玄州の知事から連絡が来て、『協力し合おうじゃないか』って言われただろ?」
    「うむ。清王朝打倒後に玄州の独立、即ち一個の国として存在できるように協力することを条件に、玄州の焔軍への加入を申し出てきた時の話だな」
    「そう、それです。結果、僕たちは何か月もかけて破ろうとして来た壁を、すんなり通ることができた。
     今回も同じ効果を狙って、青州の知事らに働きかけようと思うんです」
    「なるほど」
    「ただ前述の通り、まともに乗り込んで説得することは不可能です。使者を送っても、門前払いを食らってしまいましたからね。
     だからもっと、直接的に説得しようかと」
    「ふむ。つまり、その知事をさらい、ここに連れて来いと言うわけか」
     大火の読みに、ランドはにっこりと笑ってうなずいた。
    「そう、その通り。で、知事だけじゃなく、もう一人お願いしたい」
    「誰だ?」
    「青州の防衛を任されてる将軍もさ。
     調べたところ、この将軍と知事とは、懇意な関係にある。知事だけを説得しても、軍が反抗的じゃ意味が無い。
     説得するなら、両方だ」

    火紅狐・連帯記 3

    2011.06.08.[Edit]
    フォコの話、231話目。青州併合作戦。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 双月暦311年4月の、終わり。 ランドは次の策として、青江、そしてそこを州都とする青州を陥落させることを提案した。「ここはコウカイ、ハクケイに並ぶ海運の要所です。ここを陥とせば、清朝軍の機動力は大幅に落ちます。 既に今現在、陸における彼らの勢い、士気は大幅に低下しています。一向に、最初の防衛ラインを奪還するどころか、玄...

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    フォコの話、232話目。
    盤石の体制。

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    4.
     湯嶺での話し合いから一週間後、イールたちは大火の「テレポート」によって、再び青江の地を訪れていた。
    「あんまり、変わった様子は無いわね」
     2年ぶりに訪れた青江の街は、戦時中とは思えないほど穏やかだった。
    「統治がうまく行ってるんだろうな。北方で軍閥がポコポコできてた時とは大違いだ」
    「そーね。あん時は、あたしもあっちこっちで暴れまわって、……って、そんな昔話してる場合じゃないわね」
     敵陣――清朝軍の海軍基地をそっと伺うため、イールたちは港をそれとなく歩いていた。
     ところが、こちらも特に乱れた様子が見られない。
    「兵士が港で乱暴してる感じも無し。……うわー」
     兵士たち2名が、通りがかった漁師に対してさわやかに挨拶しているのを見て、イールはうなる。
    「北方とえらい違いね。あっちじゃあんなこと、まず無かったし。むしろ殴り倒して荷物を強奪、みたいな」
    「そりゃ極端、……とも言いきれないのがなぁ」
     軽くカルチャーショックを受けつつ、イールたち三人は人気の無いところで、今後の作戦を確認した。
    「標的は2名、だったわね。まず、ここの軍を統率してる司令官、ヨウ少将。それから青州知事、ミシマ氏。
     この二枚看板による軍事・政治体制が、セイコウ、そして青州の堅固な防衛力を維持している。……って言ってたわね」
    「その二人を、説得して協力させる。うまく行けば……」
    「セイコウ、そして青州を攻略できる、と」

     大火を湯嶺へ向かわせていた間、ランドはただ釣りに興じていたわけではない。
     今後の展開を見越し、青江にて情報収集を行っていたのだ。その内容は央南全体の事情や世界動向だけではなく、この青江自体についても及んでいた。
     そこで聞いたのが、前述の二枚看板と、その関係である。
    「曰く、『どっちも似た者同士の幼馴染』で、『超が付くほど真面目』で、『曲がったことが大嫌い』だとか。
     そんな関係と性格だから、普段から軍事面・政治面での連携を強めようってことで、閣僚級からの話し合いを定期的に行ってるらしいわ。
     んでもってこんなご時世だし、その頻度も多くなってるとか。……そこでランドが考えたのが、その話し合いの最中、『テレポート』で二人をトウリョウまで引っ張り出して、そこで説得して落とす、って作戦」
    「なるほどなぁ。……んで、その話し合いってのは、いつやってるんだ?」
     イールはそこで、基地を指差した。
    「今日よ」



     その、基地内。
    「……以上で、青玄街道北側における防衛体制の第14次修正を終了します。他に何か、意見はありますか?」
     青州の政治と軍事を司る面々が揃い、極めて真面目に協議を行っていた。
    「一ついいかな?」
     そこで手を挙げたのが、二枚看板の一人、短耳の三縞知事である。
    「どうぞ」
    「三岬から軍事物資が届く、と言う話を先月聞いていたんだが、どうなったんだ?」
    「あ、と」「それについては小生が」
     応じたのはもう片方の、虎獣人の楊少将。
    「軍本営からの伝達では、大月での戦いが想定以上に激しく、やむなく物資をそちらへ回したとか。そのため、我々に送られる分は後回しになっている。もう一月後になるそうだ」
    「そうか。……まあ、青州の備蓄はまだ余裕があるし、そう問題でも無いな。では民間への徴発はまだ、控える方向で大丈夫だろうか?」
    「はい、問題ありません」
    「分かった。……他に議題は?」
     他に手を挙げる者はなく、そのまま協議は終了した。

     協議を終え、三縞知事と楊少将の二人はそのまま会議室に残って、疲れきった顔で茶をすすっていた。
    「いや、まったく気の休まる間がないね」
    「本当になぁ。本営がもう少しまともに仕事をしてくれれば、俺も羽を伸ばせるのだが」
    「まったく同意見だよ、はは……」
     そんな風に、互いに気を抜いて談笑していたところに――。
    「失礼する」
     突然、声が飛んできた。
    「うん?」「誰だ?」
     二人が声のした方に振り向く。
     そこには、真っ黒な男が立っていた。

    火紅狐・連帯記 4

    2011.06.09.[Edit]
    フォコの話、232話目。盤石の体制。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 湯嶺での話し合いから一週間後、イールたちは大火の「テレポート」によって、再び青江の地を訪れていた。「あんまり、変わった様子は無いわね」 2年ぶりに訪れた青江の街は、戦時中とは思えないほど穏やかだった。「統治がうまく行ってるんだろうな。北方で軍閥がポコポコできてた時とは大違いだ」「そーね。あん時は、あたしもあっちこっちで暴...

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    フォコの話、233話目。
    交地の利権と秩序。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     青江での会議から、たった10分後。
    「なんとまあ……」「め、面妖な」
     楊少将と三縞知事は大火の手により、湯嶺の、玄蔵の屋敷に連れ去られていた。
    「それで、……克君と言ったか。君は一体、我々をどうするつもりだ?」
    「焔軍の頭領と話をしてもらう。では、失礼」
     そう言って、大火はその場から、文字通りぱっと消えた。
    「う……」「な、何者なのだ、彼奴は」
     二人揃って顔を蒼くしていたところに、玄蔵が姿を表した。
    「失礼仕る。拙者、焔軍を統率しておる、焔玄蔵にござる。御二方、まずは拙者の話を聞いていただきたい」
     玄蔵を見て、二人は意外そうな顔をした。
    「君が……、うわさの穂村元少佐か。……聞いていたよりは、穏やかな面構えをしているね」
    「もっと、こう……、鼻持ちならぬ下衆と思っていたが、と言うよりも、そう聞かされていたが、そうは見えんな」
     二人の感想を聞き、玄蔵ははにかむ。
    「ははは……、うわさには尾ひれが付くもの。拙者も尾ひれが無ければ、ただの中年親父でござる」
    「……はは」「そんなものか」
     玄蔵の柔らかな物腰に、二人も表情を崩した。

     一方、イールたち三名は青江の岬へ向かい、基地の様子を伺っていた。
    「おー、慌ててる慌ててる」
     単眼鏡で兵士と官僚が騒ぐ様子を確認し、イールはクスクス笑っている。
    「流石に混乱するでしょうね、ツートップがいっぺんに消えちゃうと」
    「で、これからどうするんだ? 俺が聞いた話じゃ、あの二人をホムラ頭領が説得するって」
    「そう、それ待ちになるわね。で、3日経っても説得できないようなら、次の段階に進める、ってさ」
    「次って?」
    「実力行使よ。基地内を撹乱して、防衛網を無力化する」
    「そこを海路から攻める、か。……話し合い、穏便に済めばいいな」
    「そうねぇ」



     正義感が強く、鷹揚な玄蔵と、生真面目な楊・三縞。
     大方の予想は、すんなり話し合いがまとまるものと付けられていたし、実際、出会った翌日には、概ねの合意が成されていた。
    「うむ。やはり焔頭領、貴君に手を貸すのが正道であろう」
    「全く同感だ。今の清王朝はあまりに不安定、かつ不実だ。一州知事として、州民の平和と安寧とを考えれば、頭領に協力するのが一番だろうね」
    「かたじけない、楊少将、三縞知事」
     三方、揃って深々と頭を下げ、青州の焔軍加盟が決定した。
    「しかし」
     と、楊少将の顔に不安げな色が浮かぶ。
    「あまりこちらに長居はしていられん。政治と軍事を司る我々が不在のままでは、どんな隙を突かれるものか」
    「……うん、確かに」
     二人の様子に、玄蔵も不安になる。
    「隙、と言うと?」
    「我々がしきりに互いの足並みを揃えようと協議を行っていたのは、単純に青州の治安維持のためだけではない」
    「戦争が始まるまで、外国との玄関口を担ってきた場所だし、域内外を問わず利権も多い。我々の地位、権力を狙おうとする人間が少なくないんだ。
     それは、……青州内に限らず」
    「と言うと?」
     と、横で傍観していたランドが口を開く。
    「ハクケイから遠く、支配権の端にある青州の地。そこの実効支配を強め、利権を奪おうとする人間もいると言うことですか」
    「さよう」
     うなずく楊少将に、玄蔵も合点が行った。
    「ああ……。今でさえ、両氏が治めている地であるからな。清王朝としても、指図もしにくいところであったわけか」
    「そう言うことだ。そして我々が不在と知れたら……」
    「早めに戻らないといけませんね。
     少佐、タイカを呼び戻していただけますか?」
    「相分かった」
     玄蔵は懐から「魔術頭巾」を取り出し、頭に巻いた。

    「……む」
     不意に、大火が顔を挙げた。
    「どうしたの?」
    「通信だ」
     そう返した大火に、イールは怪訝な顔をする。
    「通信って……、あんた『頭巾』巻いてないじゃない」
    「俺くらいになれば、そんなデバイス(外部装置)は必要ない。
     ……ああ、俺だ。……ふむ、話は付いたか」
    「……どーやってんのかしらね」
     話を振られたレブは、顔をしかめた。
    「俺に分かるかっつの。魔術のマの字も知らないってのに」
    「ま、そーよね」
     イールたちが二言、三言交わしている間に、大火の通信が終わった。
    「一旦戻る。お前たちはここで待機していろ」
    「ん、分かった」
     イールがうなずいたところで、大火は刀を抜いて術を唱えた。
    「『テレポート』」
     そのままふっと、大火の姿が消える。
    「……あの術、教えてほしいもんだわ。アレがあれば、色んなところへポンポンポンっと行けるのに」
    「やめといた方がいいんじゃないか? ありゃもう、人間業じゃねーよ」
    「……うーん、でもほしい」
     と、他愛も無い話を再開しようとした、その時だった。
    「あれ?」
     沖合に、戦艦が見える。
    「……ちょ、っと?」
     その数は一隻、また一隻と、瞬く間に増えていく。あっと言う間に5隻になり、そのまま沖合で停泊した。
    「旗が、ドコにもない。うちらの船じゃないし、セイコウからのでも……、無いわよね」
    「ああ。……じゃあ、あれはどこからのなんだ?」
    「聞いてるの、こっちよ。……ドコからなの?」
    「分からない……」
     二人はそのまま、その不気味な艦隊を見ていることしかできなかった。

    火紅狐・連帯記 終

    火紅狐・連帯記 5

    2011.06.10.[Edit]
    フォコの話、233話目。交地の利権と秩序。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 青江での会議から、たった10分後。「なんとまあ……」「め、面妖な」 楊少将と三縞知事は大火の手により、湯嶺の、玄蔵の屋敷に連れ去られていた。「それで、……克君と言ったか。君は一体、我々をどうするつもりだ?」「焔軍の頭領と話をしてもらう。では、失礼」 そう言って、大火はその場から、文字通りぱっと消えた。「う……」「な、何者...

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    フォコの話、234話目。
    異様な軍。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「おかえり、タイカ」
     既に慣れっこになっているランドは、目の前に大火が現れても平然としている。
    「二人はどこだ?」
    「少佐と一緒にいるよ。どうも意気投合したみたいだ」
    「そうか」
     大火の方も、大して反応も無く作業を進める。

     そこまでは、ランドの予想の内である。
    「……む」
     違うのは、直後の大火の行動だった。
    「誰だ」
    「何が?」
     ランドが尋ねるが、そこには既に、大火はいなかった。



    「あの艦隊……、もしかして」
    「ああ。もしかしたら清朝軍本営、ハクケイからの軍艦かもな」
     青江の沖に並ぶ戦艦の群れに、イールたちは戦慄していた。
    「何でこんな、狙ったようなタイミングで……」
    「ランドからもホムラ頭領からも、来そうだって話は全然出てない。
     もし来たら、『知事たちを説得する』なんて俺たちの計画は元も子もないからな。そんなのが来る時期を外してこその、この作戦だったはずだ。
     もしかして、俺たちはハメられたのか?」
    「ハメられた? わざとミシマ知事たち本人が、あたしたちがさらうよう仕向けたって言うの?」
    「かも知れない。そしてもし、そうであったとしたら」
     レブは迫り来る戦艦をにらみながら、こうつぶやいた。
    「あの艦は、俺たちを包囲するために、……なんて、流石に飛躍しすぎか。
     大体、俺たちが『テレポート』でセイコウに侵入すること自体、知事たちに思いつくわけが無い」
    「そうよ、そもそもそんな術、タイカ以外に知ってる奴なんていないわけだし。
     ううん、今回の作戦自体、非常識なのよ。トウリョウとセイコウを一瞬で行き来できるなんて、普通は考える方がアタマおかしいし、ここから南の方で戦ってる最中のあたしたちが、ソコを飛び越して侵入してくるなんてのも、常識じゃ有り得ない。
     そんなことをすべて読み切って艦隊を出してくるなんて、誰にもできない。……だから恐らく、あの艦は別の目的で来たのよ」
    「ああ、だろうな。……だけど、原因はどうあれ」
    「……そうね。結果は同じことか」
     そうこうするうちに艦隊から一隻の船が離れ、青江の軍港へ入っていった。

    「なに、楊閣下がいない?」
     艦隊からやってきた将校たちは、基地内の兵士から事情を伝えられていた。
    「そうか、不在なのだな。では話はこう進める」
    「え?」
     返答に面食らう兵士に、どこか眼のうつろな将校たちは刀を抜いて、ぼそりと宣言した。
    「これより青江、及び青州は我々の管轄下に置くこととする。追って指示があるまで待機せよ」
    「は、はい?」
     事態が飲み込めない兵士に、その将校たちはぎょろ、と目を向けた。
    「我々の命令を聞かない」
    「聞かない。そうか、反抗なのだな」
    「では仕方が無い」
     次の瞬間、兵士の胸から血しぶきが飛ぶ。
    「ぎゃああ……っ!?」
    「繰り返す。これより青江、及び青州は我々の管轄下に置くこととする」
     将校たちはボソボソとそう唱えながら、基地内をうろつき始めた。

     この騒ぎに、すぐにイールたちが気付く。
    「……さっきから、悲鳴が聞こえない?」
    「ああ。基地の中からだ」
    「行く? ココでタイカたちを待つ?」
    「行くに決まってんだろ」
    「同感。まだ敵か味方か決まってない相手だけど、それでも悲鳴を上げてたら気味が悪いわ。
     助けに行きましょ」
     イールたちは岬を駆け下り、軍港内へと急行した。

    火紅狐・異軍記 1

    2011.06.13.[Edit]
    フォコの話、234話目。異様な軍。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「おかえり、タイカ」 既に慣れっこになっているランドは、目の前に大火が現れても平然としている。「二人はどこだ?」「少佐と一緒にいるよ。どうも意気投合したみたいだ」「そうか」 大火の方も、大して反応も無く作業を進める。 そこまでは、ランドの予想の内である。「……む」 違うのは、直後の大火の行動だった。「誰だ」「何が?」 ランドが...

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    フォコの話、235話目。
    しましまピエロの戯言。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     大火は湯嶺でも青江でもない、別の場所に飛んでいた。
    「誰だ、お前たちは?」
     大火の目の前には、まるでピエロのように奇抜な服を身に付けた二人組が並んでいた。
     まず口を開いたのは、白と黒のストライプ柄のピエロ服。
    「ようこそおいでくださいました、旧き世界より現われし奸雄、克大火様」
     続いて口を開いたのは、赤と黒のストライプ。
    「あなた様が此度の戦いに手をお貸しになっているとお聞きし、これは一度および申し上げねば、と」
    「俺を知っているのか? 何者だ?」
     大火が尋ねるが、ピエロたちは小馬鹿にしたように肩をすくめる。
    「まあまあまあまあ、あなた様がそんなことを仰るとは」
    「いつもいつも、『俺が』『俺が』と自意識過剰に振舞うあなた様が」
    「何者だ、と聞いている」
     大火は目の前の子供二人に、苛立ちを覚えていた。
    「あらあらあらあら、お怒りでございますですか」
    「こんないたいけな、可愛らしい子供たちに、なんて態度でございましょうか」
    「ふざけるのもそこまでにしてもらおうか、道化ども」
     大火は刀を抜き、ピエロたちに向ける。
    「それほど分不相応なオーラを放つお前たちが、ただの子供であるわけがない。
     まず、名を名乗れ」
    「クスクスクスクス」「クスクスクスクス」
     ピエロたちは大火の質問に答えようとしない。
     だが、大火にはその笑い方で大体が察せられた。
    「……なるほど、……『あいつ』、か」
    「さすがさすが、流石でございますね」
    「やはりあのお方が唯一お認めになったお方でございます」
     と、ピエロたちは被っていた帽子をそっと脱ぐ。
     その下に現れた顔を見て、大火は表情をこわばらせた。
    「……」
    「どうされました、大火様」
    「何かお気に障る点でも?」
    「非常に不愉快だ。
     俺を知っていると言うのならば、俺の性格も知っているだろう? 何度も同じ質問をさせるな、道化ども」
     大火から6度も同じ質問をぶつけられ――普段の大火であれば、この時点で斬り捨てている――ようやく、ピエロたちは答えた。
     まず、白黒が名乗る。
    「わたくしの名前は、コブラ」
     続いて、赤黒も同様に名乗った。
    「わたくしの名前は、ヴァイパー」
    「わたくしたちは、あなたをここへ誘導し、足止めするために参上いたしました」
    「さあ、わたくしたちとお戯れなさいませ、克大火様」
     ピエロたちは帽子を被り直し、大火に襲い掛かってきた。



     軍港の正門前に着いたイールたちは、中の様子を伺おうとしていた。
    「ねえ、あんた。さっきから中が騒がしいみたいだけど、何かあったの?」
     とりあえず真正面から、門番をしている兵士に尋ねてみる。
    「何者だ?」
    「あたしたちのコトはどーでもいーから。さっき岬にいたんだけど、悲鳴が聞こえてきたのよ」
    「悲鳴? 基地の中からか?」
     思いもよらない話に、兵士は目を丸くする。
    「ええ。入らせてもらえない?」
    「何をいきなり……」
     イールの願いに対し、当然、兵士は首を横に振る。
    「多少何かしらの問題が起ころうと、ここは軍の、いや、国の重要施設だ。おいそれと通すわけには……」
     と、兵士が突っぱねようとしたところで――。
    「たっ、助けてくれーッ!」
     門の奥、基地の正面玄関から、他の兵士たちがバタバタと飛び出してきた。
    「ど、どうした!?」
    「沖からいきなりやって来た将校たちが、俺たちを殺そうとするんだ!」
    「こっちが何言っても、『そうか』『では反抗か』って言うばかりで、聞こうとしないんだ!」
    「もう4人やられた! しかも抵抗しようにも、全然歯が立たない!」
    「な、ん、……え? ちょっと落ち着け、どう言うこと……」
     要領を得ない、しかし、鬼気迫る話に、門番の兵士が気を取られる。
     その隙を突き、イールとレブはひょい、と門を抜けた。
    「あっ、……ま、待て! 待つんだ!」
    「待たねえっ!」「入らせてもらうわよ!」
     イールたちは中から飛び出してくる兵士たちをかき分け、基地の中へ飛び込んでいった。

    火紅狐・異軍記 2

    2011.06.14.[Edit]
    フォコの話、235話目。しましまピエロの戯言。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 大火は湯嶺でも青江でもない、別の場所に飛んでいた。「誰だ、お前たちは?」 大火の目の前には、まるでピエロのように奇抜な服を身に付けた二人組が並んでいた。 まず口を開いたのは、白と黒のストライプ柄のピエロ服。「ようこそおいでくださいました、旧き世界より現われし奸雄、克大火様」 続いて口を開いたのは、赤と黒のストラ...

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    フォコの話、236話目。
    オーバーテクノロジー。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ピエロたちの動きは、いたいけな見た目とはあまりにもかけ離れた、異様な早さと鋭さを伴っていた。
    「しゃッ」「ひゅあッ」
     びゅ、びゅんと、恐ろしい風切り音が立つ。
     だが、大火はさらりと避け、かわしざまに刀で斬り返した。
    「ひゃあ!?」「おおっとっと!?」
    「口真似もろくにできん、粗悪コピーどもめ」
     弾き飛ばされたピエロたちを見て、大火が舌打ちする。
    「『あいつ』の作品にしては、出来が悪すぎる」
    「そう思われますか」「そうお考えですか」
     が、ピエロたちは平然と立ち上がった。
    「あまりわたくしどもを、刀で斬り付けぬ方が懸命かと思われますが」
    「何?」
     言われて刀を見ると、ほんのわずかだが刃こぼれが見受けられた。
    「何……? この『夜桜』が、欠けただと」
    「ですから申し上げました通りでございます」
     コブラがピエロ服を開き、斬り付けられた胴を見せ付ける。
    「仰る通り、わたくしどもは『あの方』の作品でございます。
     チタン鋼とミスリル化シリコンゴムでできた、高性能・高知能ゴーレム。勿論『神器』処理も施されてございます」
     続けてヴァイパーが口を開く。
    「その『黒花刀 夜桜』、大事な大事な、だあいじなお弟子様、お弟子様たちの合同作品でございましょう?
     そう簡単に欠いたり折ったりされてしまっては、『あの子』も悲しむでしょうに」
    「黙れ」
     大火は「夜桜」を納め、空手でピエロたちに構える。
    「まったく……、チタンに合成樹脂、か。なるほど、『この世界』の奴らにしてみれば、異世界の物質も同然だな。お前たちが世に出れば、どんな混乱を引き起こすか。
     その上で、お前たちからそんな説明をさせるとは。つくづく『あいつ』の精神は異常だ。悪魔さえ呆れさせ、忌避するほどの狂人め」
    「『あの方』を侮辱なさいますか」
    「なんと恐れを知らぬ方でありましょうか」
     おののくピエロたちに、大火はフンと鼻を鳴らす。
    「高知能が聞いて呆れるな、道化ども。
     俺は『そいつ』の師匠だったのだ。当然の如く、俺は『そいつ』より偉い。恐れる理由など、どこにある?
     そしてもう一度言おう」
     大火は懐から、何かを取り出した。
    「それは……」「ま、まさか」
    「ベラベラと自分の組成をしゃべり倒し、敵の手や動きも満足に捉えられぬお前たちの、どこが高性能で高知能だと言うのだ。
     寝言は寝て言え」
     大火の手に握られていたのは、金と紫とに輝く、金属性の手帳だった。
    「『テルミット++』」
    「ひえ……」「おやめ……」
     言う暇もなく、ピエロたちは炎上した。
    「刀を使うな、と言うのならば、使わずにおいてやる。
     その魔術は、チタン鋼であろうとミスリル化処理したシリコンゴムであろうと燃やし尽くす高温を発生させる。さっさと融けるがいい、道化ども」
    「ひあぁぁぁ」「うえぇぇぇ」
     ピエロたちは10秒も経たずに液化し、地面に染み込んでいった。
    「お前たちは時代を少々、先取りしすぎた存在だ。もう2、300年は、眠っているがいい」
     大火は輝きの消えた手帳を懐にしまい、その場から消えた。



     基地内に入ったイールたちは、とりあえず壁に下げられていた刀を手に取り、装備していた。
    「タイカみたいにいつもご自慢の愛刀を佩いて、ってのよりも、こうしてその場で用意する方が気楽よね。お手軽に済ませられるし」
    「そっかなぁ……? 俺は欲しいけどな、自分専用の武器。
     っつか、目釘の辺りがカチャカチャ言ってんぞ、これ。ろくな手入れしてねーな」
    「危ないわねぇ。振り抜いたら刀身、ぶっ飛んでっちゃうんじゃない?」
    「……別のを持ってくか」
     と、話しているところに――。
    「繰り返す。これより青江、及び青州は我々の……」
     抜き払った刀から血を滴らせたまま、将校の一人がこちらへ向かってきた。
    「あいつ……、かしら。この騒ぎの原因は」
    「間違いないだろう。……なんかブツブツ言ってんのが不気味だな」
     二人の姿を確認した将校は、フラフラと刀を上げた。
    「武器を持っている。反抗者。処分すべし」
     ぼそ、とつぶやき、将校は突然襲い掛かってきた。

    火紅狐・異軍記 3

    2011.06.15.[Edit]
    フォコの話、236話目。オーバーテクノロジー。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ピエロたちの動きは、いたいけな見た目とはあまりにもかけ離れた、異様な早さと鋭さを伴っていた。「しゃッ」「ひゅあッ」 びゅ、びゅんと、恐ろしい風切り音が立つ。 だが、大火はさらりと避け、かわしざまに刀で斬り返した。「ひゃあ!?」「おおっとっと!?」「口真似もろくにできん、粗悪コピーどもめ」 弾き飛ばされたピエロた...

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    フォコの話、237話目。
    将校たちの正体。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「あ、タイカ。どこ行って……」
     戻ってきた大火に声をかけようとして、ランドは口をつぐむ。大火が非常に、不機嫌そうな顔をしていたからだ。
     と、それに気付いたらしく、大火はいつもの仏頂面をしてみせる。
    「……ああ、少し野暮用で、な」
    「そ、そっか。うん、野暮用じゃ、ね。
     あー、と。その、タイカ? そろそろヨウ少将とミシマ知事を……」
    「ああ、そうだったな。二人は居間に?」
    「うん。……ねえタイカ、差し支えなければ聞きたいんだけど」
     見た目にはすっかり、普段通りの大火に戻ったため、ランドは尋ねてみた。
    「なんだ?」
    「野暮用って?」
    「……差し支えがある」
     表情こそいつも通りではあるが、目には苛立ちの色が見える。仕方なく、ランドはそれ以上の追及をやめた。
    「そっか。……ならいいや」
    「ああ」
     大火もそれ以上何も言わず、居間の方へと消えた。



    「おっとぉ!」
     将校の初太刀を、レブが軽く避ける。
    「やる気ってんなら、容赦しねえぜッ!」
     そしてかわしざまに、レブは鞘に入ったままの刀をぐりっ、と将校の胸に捻じ込んだ。
     通常、単純に「押す」よりも、「捻り込む」方が、生物の柔らかい皮膚・筋肉、そして内臓に与えるダメージが大きい。
     レブの執ったこの攻撃も、通常ならば悶絶するくらいの痛みを相手に与えるはずだった。ところが――。
    「反抗者。処分。反抗者。反抗者。処分」
    「……あん?」
     のけぞりはしたものの、将校の表情に変化は無い。何事も無かったかのように、もう一度刀を振り下ろしてきた。
    「と、とっ」
     予想外の反応だったが、それでもレブは紙一重でかわし、今度は腹に向かって突きを入れる。
    「オラッ! ……って、マジかよ」
     だが、これも効いた様子は無い。
    「丹田(人体の急所。おおよそ、へその下)狙ったんだけどな……?
     さっきのと言い、普通なら白目剥いて気絶してるはずなんだが」
    「様子だけじゃなく、なんか基本的におかしいわよ、コイツ」
    「ああ。……とは言え、事を荒立てたくもないしなぁ」
     レブたちは将校と距離を取りながら、互いに困り顔で会話を交わす。
    「イール、雷の術でパチッとやって、気絶とかさせられないか?」
    「実は軽くやってみた。……んだけど、平気みたい」
    「マジで?」
    「気絶させる以上に強くやると、命に関わってくるし。……ココで殺しだの何だのって話になったら、いい印象も無いだろうし」
    「つっても、向こうは4人やったって言ってるし」
    「うーん……」
     と、そうこうしているうちに、背後からも別の将校がやって来た。
    「囲まれたわね。なら、……やるしかないか」
     イールは肩をすくめ、呪文を唱える。
    「『サンダーボルト』!」
     イールの指先からバチッ、と青白い火花が飛び、前にいた将校に直撃する。
    「……が、がガががガ」
     すると、将校は人間の声とは思えない音をのどから漏らしながら、その場に「崩れ落ちた」。
    「え……!?」
    「なっ……、く、首がもげ、……!?」
     将校だった「モノ」は首と手足がバラバラに崩れ、半透明の、無数の石に変わり果てた。
    「い、イール、お前一体、何を……!?」
    「へ、変なコトなんかしてないわよ!? ただ、雷の術を撃っただけ、……なのに」
    「いや、……もしかしたら、こいつら、始めっから」
    「……ま、まさか」
     イールとレブは同時に、こうつぶやいた。
    「……人間じゃ……無かった……?」
     その直後、背後にいた将校が襲い掛かってきた。
    「処分。処分。処分」
     二人は同時に、ぞくりと身震いした。
    「何が……起こってるんだ……!?」

    火紅狐・異軍記 4

    2011.06.16.[Edit]
    フォコの話、237話目。将校たちの正体。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「あ、タイカ。どこ行って……」 戻ってきた大火に声をかけようとして、ランドは口をつぐむ。大火が非常に、不機嫌そうな顔をしていたからだ。 と、それに気付いたらしく、大火はいつもの仏頂面をしてみせる。「……ああ、少し野暮用で、な」「そ、そっか。うん、野暮用じゃ、ね。 あー、と。その、タイカ? そろそろヨウ少将とミシマ知事を……」...

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    フォコの話、238話目。
    契約の悪魔、約束を保留する。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     大火が居間に着いたところで、玄蔵がほっとした顔をして彼を出迎えた。
    「おう、克。遅かったではないか」
    「済まない。野暮用で、な」
     玄蔵が立ち上がり、三縞知事たち二人を青江へ戻すよう促す。
    「さあ、話は付いた。二人を戻し、作戦を進めよう」「……いや」
     が、大火は小さく首を横に振った。
    「少し、……そうだな、2時間ばかり待ってもらえないか」
    「何?」
    「もう一つ、野暮用だ。気にかかることがある」
    「後にできんのか、それは? 二人がこちらに来て、もう丸一日経とうとしている。そろそろ戻らねば、軍や青州の制御が……」
    「それどころではない、……ことになるかも知れんのだ」
    「な……」
     面食らう玄蔵と三縞知事たちを尻目に、大火はその場から姿を消した。
    「……ふぁ、ファスタ卿! ファスタ卿!?」
    「どうしました?」
     呼ばれたランドが、そのまま隣の部屋からやって来る。
    「一体、どう言うことだ!? 克が、消えたぞ!?」
    「はい?」
    「知事たちを送る約束だったではないか! それがいきなり、『それどころではない』などと抜かし、消えおったぞ!」
    「……ふむ」
     事情を聞いたランドはあごに手を当て、静かにこう諭した。
    「彼はここに戻る前から、何かを気にかけている様子でした。
     普段から飄々と、他人や物事に執着しない彼が、あんな様子を見せるのは極めて稀なこと。僕自身、彼のあんな姿は初めて見ました。
     であれば、それだけのことが起こっているのでしょう。それこそ、青州との同盟話が瓦解、雲散霧消しかねないくらいの、異常な事態が」
    「むう」
     まだ憮然としている玄蔵に、ランドは続けてこう尋ねた。
    「彼はすぐ戻ると?」
    「ああ。2時間と言っていた」
    「なら、待ちましょう。
     彼は約束を何よりも重んじる男です。彼が2時間で片を付けると言うのなら、2時間で解決するでしょう。
     何も今日、明日戻らなければ、青州が滅亡するわけでもなし。2時間くらい、待って問題もないでしょう」
    「……分かった。では、待つとしようか」
     ようやく折れてくれた玄蔵に内心ほっとしながら、ランドもまた、大火の行動に不安を抱いていた。
    (彼が約束を保留するなんて……?
     本当にそれほどの事件が、起こっているんだろうか。……まあ、タイカなら何とでもするだろうし、僕も平気な振りをしていよう)



     基地内に将校の姿をした怪物たちが侵入してから、2時間が経過していた。
    「これで粗方、片付いたか……?」
     虎尻尾の先からポタポタと汗を垂らしながら、レブがそうつぶやく。
    「多分、ね」
     一方、イールもびっしょりと、額に汗を浮かべている。
     二人は基地内にまだ残っていた兵士たちに、あの「将校」たちの正体を報せて回りつつ、併せて退治も行っていた。
     そして今、主不在の司令室でぼんやりと直立していた「将校」を倒し、一息ついたところだった。
    「一体何だったんだ、こいつら?
     どいつもこいつも、倒した途端に、なんかプルプルした石ころになって崩れ落ちた。何なんだろうな、この石」
     レブは刀の先で、その半透明の、柔らかい石をぷにぷにとつつく。
    「やめときなさいよ。何があるか分かんないわよ、その石」
    「……そうだな。呪いでもかけてありそうだ」
     イールに諭され、レブは素直に刀を納めた。
     と――。
    「……お、おいおい」
    「ん?」
    「外、海っ、見てみろ」
     青ざめた顔で窓を眺めるレブを見て、イールも窓の方に目をやった。
    「……う、そ」
    「冗談じゃねえぞ……」
     窓の外に見えていた軍艦から、「将校」たちを乗せた小船が次々とやって来るのが、二人の目に映った。
    「あんなに来られたら、いくらなんでも相手しきれないわよ!?」
    「ふざけんな、本当に一体なんなんだよ、あいつら……!」
     二人は呆然と、立ち尽くすしかなかった。

    火紅狐・異軍記 5

    2011.06.17.[Edit]
    フォコの話、238話目。契約の悪魔、約束を保留する。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 大火が居間に着いたところで、玄蔵がほっとした顔をして彼を出迎えた。「おう、克。遅かったではないか」「済まない。野暮用で、な」 玄蔵が立ち上がり、三縞知事たち二人を青江へ戻すよう促す。「さあ、話は付いた。二人を戻し、作戦を進めよう」「……いや」 が、大火は小さく首を横に振った。「少し、……そうだな、2時間ばかり...

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    フォコの話、239話目。
    とりあえずの事態収拾。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     その時だった。
    「……え!?」
     軍港へと向かってくる舟の一つが突然爆発、炎上した。
    「こ、今度は何なんだよ!?」
    「……あ、もしかして」
     イールは司令室の窓を開け、外に出る。
    「やっぱり!」
     基地の屋根に目を向けると、そこには大火が立っていた。
    「タイカ! 戻ってきたのね!」
    「ああ、待たせたな。片を付けるから、そこで待っていろ」
    「あたしも手伝うわ!」
     イールの申し出に、大火は素直にうなずく。
    「分かった。では舟に電撃を放ち、迎撃してくれ。奴らは雷の術に弱い。
     俺はその間に、戦艦を沈めてくる。頼んだぞ」
     それを聞いて、イールの心中に疑問が生じる。
    (え……? タイカ、あいつらの正体を知ってるの?)
     聞こうとしたが、大火は既に、敵の本陣である戦艦へと飛んで行ってしまった。
    「……まあ、今はそれどころじゃないわね。
     じゃ、張り切っていくわよ……ッ! 『スパークウィップ』!」
     イールは雷の術を唱え、迫り来る舟を迎撃し始めた。

     沖合に停まっていた戦艦に降り立った大火は、軽くため息をついた。
    「予想通りか。……あまりこの類の予想など、当たってほしくも無いのだが」
     戦艦の甲板には、裕に500を越える「将校」が、整然と並んで立っていた。
     大火はそのうちの一体を捕まえ、雷の術を当てる。
    「『サンダーボルト』」
     パン、と破裂音を立て、「将校」の体に電撃が走る。
    「ぐぐぐがががごごごご」
     やはり人間とは思えない声を漏らし、「将校」は細かい石になって四散した。
     その柔らかく、半透明な小石の一つをつかみ、ぐにぐにと硬さを確かめながら、大火はつぶやく。
    「これも予想通り、ミスリル化珪素の一種か。
     ミスリル化珪素の精製はゴーレム製造の、基礎中の基礎。やはり『あいつ』が絡んでいると見て、間違いないだろう。
     だが、妙なのは」
     大火は石を握り潰し、甲板を見渡して、もう一度ため息をついた。
    「『あいつ』の姿も、気配も無い。これを率いてきたのは、一体誰だ?」
    「わたくしでございます」
     と、大火の独り言に応じる者がいる。
     大火が声のした方へ向くと、そこには黄と黒のストライプ柄の、あのピエロ服が立っていた。
    「お前は? コブラやヴァイパーと同じような奴か?」
    「その通りでございます。名前は、スパイダー」
    「今回こいつらを率いたのは、何のためだ?」
     大火の問いに、スパイダーはニヤニヤと笑うばかりで答えない。
    「もう一度聞くぞ。何のために、こいつらを青江へ送った?」
    「クスクスクスクス」
    「ふざけるな。いいから、答えろ。答えなければ、お前もコブラたちと同じ目に遭わせるぞ」
     刀を抜いた大火に対し、スパイダーはなおも笑い続ける。
    「クスクスクスクス」
    「……あるいは」
     大火は刀を構えながら、こう尋ね直した。
    「お前も知らされていない、と言うことか?」
    「クスクスクスクス」
     スパイダーは小さく頭を下げ、ぽつりと答えた。
    「その通りでございます」



     「将校」たちの乗る舟を粗方沈め、余裕のできたイールは戦艦に目をやった。
    「あ」
     それと同時に、戦艦から火が上がるのを確認する。
    「終わり、……か?」
    「そうみたい。……あ、戻ってきた」
     炎上する戦艦から飛んできた黒い点――大火をを見つけ、イールは手を振った。
    「おかえり、タイカ」
    「ああ」
     自分たちの横にすとんと着地した大火に、イールはいくつか質問をぶつけてみた。
    「あいつら、なんなの?」
    「いわゆるゴーレムと言う奴だ。簡単に言えば、石の塊を魔術で動かしていたのだ」
    「石の塊? あの、プルプルした半透明なヤツ?」
    「そうだ。ミスリル化珪素と言う」
    「けーそ?」
    「簡単に言えば、石ころだ。鉱物の磁力を操る土の術を以て組成、合成されている。それ故、磁力を阻害する雷の術に対して、非常に弱い」
    「あいつら清朝軍の軍服着てたけど、清王朝が差し向けてきたってコト?」
    「それは考えられん。生半可な魔術師に、あれほどの規模のゴーレム製造と操作はできんからな。もし清朝軍にそんな手練がいれば、戦局は今とは大きく変わっているはずだ」
    「じゃあ、一体誰が?」
     それまで丁寧に返答してくれた大火は、その質問に対しては言葉を濁した。
    「……俺も確証は無い。それについては明言できない」
    「ミシマ知事たちは?」
    「まだ湯嶺にいる。あのまま青江に戻すのは、危険と判断したからな」
    「じゃああんた、こうなるって知ってたの? セイコウが襲われるって、分かってたの?」
     イールのこの問いに、大火は背を向けてこう答えた。
    「いや、予想も出来なかった。俺も先程、別の筋で襲われ、それでこの件を察知したのだ」
    「襲われたって……、あんたが?」
    「ああ。……話は後にしてくれ。そろそろ知事たちをこちらへ帰さねば、な」

    火紅狐・異軍記 6

    2011.06.18.[Edit]
    フォコの話、239話目。とりあえずの事態収拾。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. その時だった。「……え!?」 軍港へと向かってくる舟の一つが突然爆発、炎上した。「こ、今度は何なんだよ!?」「……あ、もしかして」 イールは司令室の窓を開け、外に出る。「やっぱり!」 基地の屋根に目を向けると、そこには大火が立っていた。「タイカ! 戻ってきたのね!」「ああ、待たせたな。片を付けるから、そこで待ってい...

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    フォコの話、240話目。
    青州問題の解決と余波。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     青江に戻ってきた三縞知事と楊少将は、兵士とイールたちから改めて事情を説明され、目を丸くした。
    「謎の戦艦がやってきて、青江を襲った、……だって?」
    「確かに懸念していたことではあるが、その襲った者が何者とも知れぬ、怪物であるとは」
    「敵は清朝軍だけではない、と言うことか」
     知事のその言葉に、イールが大火に起因するものであると、補足しようとする。
    「あ、えっと、今回の件ですが……」
     が、言おうとしたところで、大火がそれをさえぎった。
    「どこにでも邪や妖、魔は現れ立つ、と言うことだろうな。つくづく油断のできん世の中だ」
    「ええ、確かに。まさか戦争に加え、こんな怪事まで起こるとは。
     え、と。克さん、サンドラ卿、そしてギジュン卿。今回の手助け、真に痛み入ります。あなた方がいなければ、青江は成すすべも無く陥落していたでしょう。
     湯嶺にてお話した件と共に、我々一同、あなた方に深い感謝と、できる限りの支援を行いたいと存じます」
    「ありがとうございます、閣下」
     イールとレブは、知事と少将に深々と頭を下げた。



     青州が焔軍と結託したことで、青玄街道における戦いは終息した。
     それと同時に央南北部沖における海路も全面的に焔軍が掌握し、これにより軍事面だけではなく、経済面においても大きなアドバンテージ、主導権を握ることとなった。
     反面、清王朝はこの一件により、より一層の苦境に立たされた。主要な軍事拠点がまた一つ陥落し、軍事的に劣勢になっただけではない。大きな港と州一つを奪われたために、域内外における商取引の、その半分近くが清王朝の手から離れてしまったからだ。
     当然、税収なども大幅に減ることとなり、いよいよ清王朝の財政は逼迫(ひっぱく)し始めた。

    「食事がまた、一段と寂しくなったのう」
     スカスカの食膳を見た一富王が、ぽつりとそう漏らした。
    「仕方無きことです、陛下。今や前年、一昨年の4分の1ほどしか税を集められぬ状態でございます故」
    「分かっておる。わしが言いたいのは、いつ、この食卓が豊かになるか、だ。
     彼奴の言によれば、確かに多少の出費はやむを得ない、しかしいずれは勝利し、元が取れるだろう、とのことであった。
     だが、その『いずれ』とは一体、いつのことなのか。もうその言自体、1年も昔の話だ」
    「……一刻も早く、勝利をつかまねばなりますまい」
    「うむ」

     物陰で話を聞いていたサザリーは、じっと自分の掌を見つめていた。
    (僕は一体、何をやってるんだろうか。
     いつだっけか、父さんはこう言っていた。『真の商人とは、己の私腹を肥やす者にあらず。相手を、市場全体を肥やす者である』と。
     父さんの、その言葉を借りるなら、……僕は商人じゃないじゃないか。市場を肥やす? 取引相手を肥やす? ……できてない、できてないよ、ちっとも!
     取引相手、カズトミ王は、日に日に痩せていっている。この央南も、財政難とそのための重税で、どんどん貧しくなってくる。しかもケネスの計画が実れば、央中市場も壊滅する。
     それ以前に、……僕も、貧しくなってきたよ。元からガイコツ顔なんて言われてるのに、……もう手触りが、ゴリゴリしちゃってるもの)
     サザリーは自分の頬に手を当て、深いため息をつく。
    (僕は商人になれてない。もっと別の、わけの分からない、どうしようもない、滅茶苦茶なものになりかかってる。
     ……やっぱり僕は、エール家の器じゃ無かったんだな。ごめんよ、ルシアン兄さん。あんたを追い出さなきゃ、エール家はもっと、いい感じになってただろうに)
     サザリーは誰にも気付かれぬよう、そっと王の間から去った。



     大火は一人、思案に暮れていた。
    「……」
     今回の怪異を、自分なりに検討していたのだが――。
    「……分からん。何故あいつは、青江を襲おうとしたのか。何故俺の前に、益体も無いものどもを差し向けたのか。
     難訓め――どこまでも俺に刃向かう、『白い妖魔』めが。一体何を……、考えているのか?」
     答えは、出なかった。

    火紅狐・異軍記 終

    火紅狐・異軍記 7

    2011.06.19.[Edit]
    フォコの話、240話目。青州問題の解決と余波。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 青江に戻ってきた三縞知事と楊少将は、兵士とイールたちから改めて事情を説明され、目を丸くした。「謎の戦艦がやってきて、青江を襲った、……だって?」「確かに懸念していたことではあるが、その襲った者が何者とも知れぬ、怪物であるとは」「敵は清朝軍だけではない、と言うことか」 知事のその言葉に、イールが大火に起因するもので...

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    フォコの話、241話目。
    和平への光明。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦311年6月。
     央南西部、中部、そして北東部を奪われた清王朝は、進退を窮めていた。
    「もう無理、……ですね」
     サザリーからの通達に、一豊王はへたり込んだ。
    「なん……だと……」
    「これをお伝えするのは非常に心苦しいですが、どうあがいても、あと3か月ほどで戦費は底を付きます。
     それ以上戦うとなれば、王朝を維持するための諸費用――例えば人件費ですとか、公益施設の維持費ですとか、その他諸々の歳出を、戦費へと回さなければならないでしょう。
     そしてそれを行えば、完全に清王朝の命脈は尽きます。だってそれは、人間に例えれば手足を切り売りするようなもの。いくらお金が入っても、その後使うことなんか……」「ふざけるなあああ……ッ!」
     痩せ細り、フラフラとした所作で構えていた一豊王だったが、サザリーのこの言には、猛烈に憤った。
    「お前が、お前が戦えと言ったのだぞ!? お前が、戦費の管理を任されていたのだぞ!? それが、それが……っ、もう、手は無いと言うのか!?」
    「え、ええ。八方手を尽くしたんです。それでも、もう借入れは限界額に達しており、どこからも借りる当てが無いんです。
     重ねて、税収も最早王朝の維持費を下回りつつあります。この上さらに戦うとなれば、王朝の維持は不可能。本当に、清王朝は破綻します。
     ですから……、執るべき道はもう、一つしか」
    「……降伏せよと言うのか、奴らに」
    「隠し金山の三つや四つあると言うのなら、別なんですけど」
    「ぐう、……う、ぅぅ……っ」
     それを聞いて、一豊王は倒れてしまった。

     倒れた一豊王は最早、政務に就ける状態ではなく、急遽その息子、一善が即位し、今後の政務に当たることとなった。
    「此度の戦いの件、常々どうにかしなければ、と思っていたが、まさか私に鉢が回って来るとは思わなかった」
    「そうですか、そうですか。いや、大変でしたねぇ」
     突然の代替わりには多少驚いてはいたが、サザリーはさほど慌ても困りもしていなかった。
     何故なら、先代一豊の代で既に、軌道修正が不可能なほどに債務を抱えさせていたし、それで自分の仕事は八割方終わっていたからである。
     後はどのようにして白京を陥落させ、かつ、自分が肉体的・経済的に無傷で央南を脱出するかが課題だったが――。
    「エール殿。頼みたいことがあるのだが、聞いてくれるか」
    「なんなりと。降伏ですか? それとも失地回復に?」
    「敵軍総大将、穂村玄蔵氏との交渉だ。
     このまま降伏しては、我が清家の名折れであり、清王朝は後の歴史に大きな汚点を残すこととなる。
     かと言って君が言っていた通り、徹底抗戦などに踏み切っては、万が一勝てたとしても、その代償があまりにも大きすぎる。
     臣民の大事を考え、かつ、我が清王朝の体面を維持するには、敵方と交渉を重ね、我らの傘下に入ってもらうか、あるいは領土を正式に割譲し、央南を二分して治めるよう協議するか。
     どちらにしても、今が好機なのだ」
    「好機……、ですか?」
     この辺りで、サザリーは自分の計画進行に対し、不穏なものを感じた。
    「ああ。元々、この戦いが始まったのは、父の代で犯した傲慢・強欲がきっかけだ。
     言わば国民は、父に対して不信感を持っており、それを穂村氏が焚き付けたために、国を揺るがす一大事へと発展していったのだ。
     そこに来て今回の、私の即位だ。これならば前述の件に関し、申し開きもいくらかできるだろう。先方も『王が変わったとなれば、話し合う余地もあるだろう』と、矛を収めてくれるかも知れない」
    「なるほど、そうですか、うーん……」
     サザリーは言葉を濁しながら、この行動がどんな影響を及ぼすか検討していた。
    (このまんま進めるとまずいかな……?
     重要なのは、このままこの国が潰れて債務不履行になって、あちこちの商人が貸し付けた金が全部返ってこなくなっちゃう、って展開になってくれることだ。
     そこに、この案。もしうまく行って、債務が綺麗に返されたら? ……そうなるとまずくないか? 結局、央中商人は大儲け。僕らには手間賃しか残らない。
     あー……、そんなの、『あいつ』が認めるわけ無い。……となれば、僕の身も危ない。絶対こいつに、そんなことさせちゃダメだ!)
    「……どうされた、エール殿?」
     黙りこくったサザリーに、一善王が声をかけてくる。
    「あ、ああ。ええ、まあ、何とか、声をかけてみようかと」
    「そうか。では、よろしく頼んだぞ」
     そう言って、一善王はポンと、サザリーの肩を叩いた。
    「君が頼りだ。どうか、見捨てないでほしい」
    「……は、い。勿論、です、とも」

    火紅狐・破渉記 1

    2011.06.21.[Edit]
    フォコの話、241話目。和平への光明。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦311年6月。 央南西部、中部、そして北東部を奪われた清王朝は、進退を窮めていた。「もう無理、……ですね」 サザリーからの通達に、一豊王はへたり込んだ。「なん……だと……」「これをお伝えするのは非常に心苦しいですが、どうあがいても、あと3か月ほどで戦費は底を付きます。 それ以上戦うとなれば、王朝を維持するための諸費用――...

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    フォコの話、242話目。
    已んぬる哉。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     サザリーの、央南におけるコネクションを通じて、停戦交渉の旨が焔軍側に伝えられた。
     これを聞いた玄蔵とランドは、すぐに対応を協議した。
    「どうする、ファスタ卿?」
    「どうしたいですか、統領」
    「無論、拙者は応じるつもりだ。これ以上無闇な争いが無くなるならば、それに越したことは無い」
    「僕も同意見です。では、交渉の場を設けるよう、先方に答えておきましょう」
    「頼んだ」

     サザリーからの使いを返したところで、ランドが尋ねる。
    「交渉には応じる、とのことでしたが、具体的な落としどころはどうしましょう?」
    「落としどころ? ……ふむ、確かに我々の勢力は思っていた以上に拡大した。このまま一つの国として動いても、何ら問題のないくらいにな。最早『焔軍』とは単なる賊軍、王朝に反旗を翻す組織ではなくなってきている。
     仮に清王朝側が『これまでのことは一切許してやるから、我々の傘下に収まってくれ』などと申してきても、到底それを呑むことはできぬ」
    「でしょうね。恐らくそれは、央南の皆も納得されないでしょう。相手も余程傲慢でない限り、それは理解しているでしょうし、もっとこちらに阿った条件を提示してくるでしょう」
    「だろうな。例えば……」
    「そうですね、最大で『天神側以西における軍事・政治的諸権利の移譲と、相互不可侵条約の締結』、と言うところでしょう。まあ、これを提示されたなら、呑む方が賢明ですね。
     央南も狭い土地ではありません。ここでもし、央南全土を全て手中に……、などと望み、万が一それが実現したとしても、恐らく体制の維持は20年、30年とは続かないでしょう。そうなればまた、戦乱の世になるでしょうし、それを望む民衆はいないでしょう」
    「ふむ、確かに。そう考えれば、妥当な落としどころではあるな」
    「後は玄州や青州の知事らと相談して、彼らの要望も織り込んで交渉するのが、最も望ましいでしょう」
    「なるほど。確かに玄州の早田知事や青州の三縞知事らは、清王朝から独立したいと言っていたし、それ故にこれまで協力してくれたのだ。
     彼らの要望も伝えねば、交渉の場を設ける意味も無し」
    「では、早速彼らと連絡を取り、意見調整を行いましょう」
     こうしてランドたちは、停戦交渉に対して早急に、かつ、合理的に動いた。



     一方、サザリーは――。
    「僕は、……正直、どうしようかと悩んでいるんです」
    《そうか……》
     このままケネスの命令・思惑通りに事を進めれば、清王朝は崩壊する。そうなれば、確かにケネスと、彼の傀儡と化したエール商会の懐は潤うことになる。
     だが、間違いなく自分の、商人としての評判は地に墜ちることとなる。ケネスの踏み台にされ、商人社会から完全に抹殺されることになるのだ。
     いくら自分が商人に向いていないと痛感していても、自らその道を捨てることなどできないと、サザリーはこの局面に至ってようやく、兄に相談したのだ。
    《確かに、このまま進めていけば、お前は商人の道を諦めざるを得なくなるだろう。
     いくら私やエンターゲート氏からの援助でこの先暮らしていけるとしても、それが、お前が死ぬまで確実に続くとは、……言い難い》
    「でしょう? だからもう、僕はここで、エンターゲート氏と手を切って、央南で身を立ててみようかと……」《サザリーよ》
     「魔術頭巾」の向こうから兄、ミシェルのため息が聞こえてくる。
    《その判断は、遅すぎたな》
    「えっ……」
    《もう事態は引き返せない、軌道変更できないところまで来てしまっている。
     仮にお前が氏と手を切り、央南のために尽力したとしよう。だが、それがどうなる? 最早清王朝は死に体、今回の交渉がどう運ぼうとも、信用は取り戻せん。10年を待たずして、清王朝は焔軍に吸収されるだろう。
     さらに言えば、氏はお前の裏切りを許さないだろう。あらゆる手を使い、お前の取引を妨害するに違いない。そうなればどちらにせよ、お前の未来は無い》
    「でも、じゃあ、どうすれば……」
    《覚悟を決めることだ、サザリー。もう逃げられはしない。
     お前の行く道は破滅へ向かっている。それはもう、エンターゲート氏に手を貸した時点で決定していたことだ。
     そこから軌道修正する努力を、お前は何らしてこなかったのだ。であれば、この結末は至極、必然。もう受け入れるしか、……あるまい》
    「そんな……」
    《弟よ。……私が、できる限りお前を助けてやる。……だから、進め。
     もう執るべき道は、一つしかない。清王朝を潰し、利潤を生み出し、それを氏と、私に吸わせるしかないのだ。
     それ以外に道は無い。このまま清王朝が生きながらえれば、利潤は生まれない。そうなれば、氏は私たちを助けないだろう。
     進むしか、無いのだ。例えお前の命脈が尽きようとも》
     そこで通信が切れる。
    「……兄さん……」
     サザリーの口の中は、からからに乾いていた。

    火紅狐・破渉記 2

    2011.06.22.[Edit]
    フォコの話、242話目。已んぬる哉。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. サザリーの、央南におけるコネクションを通じて、停戦交渉の旨が焔軍側に伝えられた。 これを聞いた玄蔵とランドは、すぐに対応を協議した。「どうする、ファスタ卿?」「どうしたいですか、統領」「無論、拙者は応じるつもりだ。これ以上無闇な争いが無くなるならば、それに越したことは無い」「僕も同意見です。では、交渉の場を設けるよう、先...

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    フォコの話、243話目。
    必死の要請。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     交渉の予定は着々と立てられ、双方とも相手に提示する条件をまとめた。
     まず、清王朝側。一番に要求されたのは、焔軍による侵略活動の停止。先述の通り、既に清朝軍は戦える状態になく、これ以上の応戦は清王朝の体制維持に関わるためである。
     そしてその代わりに央南西部、黄海と狐弦のある黄州と、湯嶺を含む紅州、そして央南の辺縁地域、屏風山脈東側の麓を含む西辺州を焔軍の領地にすることを認め、当該地域の諸権利を譲渡すると申し出てきた。
     対する焔軍側は、自分たちの領土を黄州・紅州・西辺州に加え、さらに青江や三岬、大月を含む青州と、天玄を含む玄州まで主張した。これは央南領土の8割近くに相当し、この条件を呑めば清王朝は央南全土の支配者から、ただの一小国へと転落する。
     だが、流石に落ち目の清王朝といえども、そこまでは呑めない。そこで交渉の場で譲歩と提案を行い、最初にランドが見込んでいた条件――央南西部の獲得と、青州・玄州独立に話をまとめよう、と言う計算を立てている。
     その準備を整え、後は実際に交渉の場を迎えるだけとなり、双方には「これで戦争が終わる」と言う、安堵の空気が漂い始めていた。

     一方、サザリーはまた、「魔術頭巾」を使っていた。
    《急に連絡してきたかと思えば、いきなりそんなことを》
    「お願いします。緊急を要するんです」
    《……》
     ケネスと連絡を取り、ある要請を送っていた。
     しかし、ケネスはこの要請に対し、難色を示している。
    《断る。いたずらにリスクを上げるだけだ。それくらい、君の方で何とか……》「いいんですね?」
     サザリーは声を張り上げ、ケネスに食って掛かる。
    「このまま僕が手をこまねいている間に交渉がまとまり、双方仲良しになってハイ解決、で、本当にいいんですね?」
    《良いわけがなかろう。そうなっては君が困るはずだ。違うかね?》
    「違いますね。困るのは、あなただ」
    《なに?》
     サザリーの反応が予想外だったらしく、ケネスの声が揺らぐ。
    「この交渉がまとまって、央南内外の交易が正常化すれば、清王朝はわずかずつでも、どうにか債務を消化するでしょう。そうなれば傾いても国家、これ以上ないくらい、ちゃんとした組織なんですから、信用は回復していくはず。
     そうなれば、どうなりますか? あなたが散々画策してきた央中債権踏み倒しと西方への需要転換、その目論見は水泡に帰すでしょうね。
     そうなれば困るのは、あなただけだ。僕たちは今まで通り、困窮したままですし、何の変わりも無い」
    《ふざけるなよ、サザリー君》
     「頭巾」の向こうから、憤った声が聞こえてくる。
    《今現在で困窮しているのは、間違いなく君たちだ。私ではない。それを間違えるな》
    「ええ、今現在、確かに、僕たちエール家は困ってますよ。でも結局、このまま放っておいては、あなたも同じ穴のムジナだ。
     聞いてますよ、債務が弾けた後のために、あなたは莫大な投資をしてるって。あなたがここで『やだやだリスクこわいこわい』なんて尻込みして、もしその投資が、……実らなかったら?
     その時の損害は、僕たちエール家の抱える債務の比ではない。下手をすれば、あなたと僕たちの立場が逆転するかもしれないんですよ? それが分かっていての、却下ですか?」
    《……》
    「もう一度お願いします。暗殺者の手配をお願いします。
     このまま僕に何もかも押し付けて、後は何が起ころうが知らんぷりなんて、絶対にさせませんよ……!」
     そこでサザリーは言葉を切り、沈黙する。
     しばらく間を置いて、ケネスが口を開いた。
    《……そこまで言うなら、仕方がない。手配してやろう。何名必要だ?》
    「1名でいいです。ただし条件が2つ」
    《なんだ?》
    「一つは、相当腕の立つ人間を。それこそ、どんな注文にも対応できる、凄腕の暗殺者を用意してください。
     もう一つは……」

    火紅狐・破渉記 3

    2011.06.23.[Edit]
    フォコの話、243話目。必死の要請。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 交渉の予定は着々と立てられ、双方とも相手に提示する条件をまとめた。 まず、清王朝側。一番に要求されたのは、焔軍による侵略活動の停止。先述の通り、既に清朝軍は戦える状態になく、これ以上の応戦は清王朝の体制維持に関わるためである。 そしてその代わりに央南西部、黄海と狐弦のある黄州と、湯嶺を含む紅州、そして央南の辺縁地域、屏風...

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    フォコの話、244話目。
    黒いうわさ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     双月暦311年8月、清王朝と焔軍が停戦交渉を行うため、碧州の桧谷(ひたに)に双方の首脳陣が集められようとしていた。
     碧州はまだ戦火に晒されておらず、また、既に焔軍の傘下となった青州・玄州との州境にある街のため、会合を行うには最適の場所だった。

     サザリーの計画にとっても。



     一足早く桧谷を訪れた一善王は、静かな街並みを眺め、ほっとため息を漏らす。
    「ふむ……。ここなら、穏やかな話し合いもできよう。エール殿もなかなかどうして、風流な審美眼があるようだ」
    「交渉がまとまりましたら、ここで一泊くらい養生するのも、いいかも知れませんな」
    「それはいいな、はは……」
     大臣たちと和やかに会話を交わしながら、一善王は交渉が行われる宿へ到着した。
    「おお、エール殿」
    「あ、ども」
     宿の玄関に入ったところで、一善王はぼんやりと新聞を読んでいたサザリーを見つけた。
    「この度は大儀であった。よく、ここまで根回しをしてくれたものだ」
    「いえいえ、陛下の頼みとあらば、これくらいはお安いご用です。
     あ、お泊りはお二階の奥です。これ、鍵です」
    「ありがとう」
     サザリーから鍵を受け取ったところで、一善王はサザリーに尋ねる。
    「向こうの布陣は? 穂村氏だけではないだろうが……」
    「ええ。何でも接収・併合した州の知事たちも、一緒に来るそうですよ。あと、ホムラ氏の顧問をしてる人も会合に出るみたいです」
    「そうか、……しまったな、こちらも同格の人間を出しておかねば、顔ぶれの体裁が悪いだろう。今からでも碧州の知事を呼べるだろうか?」
     一善王に尋ねられ、側にいた大臣が小さくうなずく。
    「州都の玉川(ぎょくせん)までは、往復2日もかかりません。今から呼び出せば、十分間に合うでしょう」
    「では、手配してくれ」
    「かしこまりました」
     と、一善王が大臣に命じたところで、サザリーが思い出したように「あ」とつぶやいた。
    「どうした?」
    「もう一名、会議に参加するだろうって人がいましたね。あ、でも参加すると言うより、顧問の護衛と言うか、そんな感じの人が」
    「護衛?」
    「ええ。何でもカツミとか何とか。聞いた感じだと、真っ黒い央南人らしいです」
    「真っ黒い……?」
    「はい。頭の先から靴の先まで、全部黒。そんな感じの人です。
     ただ、この人物は非常に危険だとか。うわさでは、央北で何人も殺してる凶悪犯じゃないかって」
    「何故そんな人物が……?」
     いぶかしがる一善王に、サザリーは声を潜めてこう続けた。
    「何でもその顧問も、央北の政治犯なんですって。北方での革命に一枚かんでいて、頭だけはいいらしいんですけどね。
     さっき言ったカツミも含めて、大きな不安要素なんですよね、この人も」
    「ふむ……」
    「まあ、凶悪犯が堂々と公の場に出られるわけもなし。多分ガセです。気にしないで結構ですよ。
     それじゃ僕は、ちょっと休ませてもらいます。ここのセッティングで、少々疲れちゃいましたもんで」
    「そうか。ゆっくり休んでくれ」
     サザリーが宿の階段を上がっていったところで、一善王は短く唸った。
    「ううむ……、政治犯が顧問に、か。捨て置けぬ話ではあるが……、どうしようもあるまい。気にしない方がいいか」
    「まあ……、そうですね」
     横にいた大臣も、うなずくしかなかった。

     部屋に入ったサザリーは、扉の鍵を後ろ手で閉め、ぼそ、とつぶやいた。
    「カズヨシ王が来ましたよ」
    「そうですか」
     と、部屋の奥からのそ、と影が動いた。
     いや、影ではない。それは黒い髪に黒い羽織をまとった、肌の黒い男だった。
    「完璧ですね。全身真っ黒」
    「そう言う注文でしたからね。
     央南系の人間で、全身真っ黒な男をと。まあ、肌は塗料でごまかすしかなかったですが」
    「十分です。夜中や暗い室内でなら、まったく気付かれないでしょう」
     サザリーのその一言に、男はふう、とため息をついた。
    「また、こんな依頼があるとは。……まったく、嫌な仕事ばかりです」
    「へえ、前にも同じような依頼を?」
     尋ねられ、男は顔をしかめた。
    「職務規定があるので、詳しくは説明できませんが。
     以前にも、ある大商人の屋敷に忍び込んで、その商人夫妻を殺したことがありました。それ以来、私の仕事は暗殺ばかりです。
     ……夜まで、休ませてもらいますよ」
     そう言ったきり、その暗殺者は椅子に深く座り、黙り込んでしまった。

    火紅狐・破渉記 4

    2011.06.24.[Edit]
    フォコの話、244話目。黒いうわさ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 双月暦311年8月、清王朝と焔軍が停戦交渉を行うため、碧州の桧谷(ひたに)に双方の首脳陣が集められようとしていた。 碧州はまだ戦火に晒されておらず、また、既に焔軍の傘下となった青州・玄州との州境にある街のため、会合を行うには最適の場所だった。 サザリーの計画にとっても。 一足早く桧谷を訪れた一善王は、静かな街並みを眺め、...

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    フォコの話、245話目。
    ミスリード。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     その夜。
    「うわっ、うわあああ!?」
     宿に、一善王の悲鳴が響き渡った。
    「どうしました!?」
    「何かあったのですか!?」
     宿に泊まっていた大臣や護衛がバタバタと、一善王の部屋に集まってくる。
    「……うわっ……」
    「これは……ひどい」
     一善王を護衛していた兵士たちは、既に首を掻き切られ、大量の血を流して絶命している。
     その血だまりの中に、ぶるぶると震える一善王がいた。だが彼も、血をボタボタと流してうずくまっている。
    「陛下! 大丈夫ですか!?」
    「誰か、誰かっ! 陛下が襲われた! 手当てを……!」
     そうこうするうちに、一善王は血を吐き、ぐったりと倒れ込む。
    「陛下!?」
    「お……襲われた……」
    「誰にですか!?」
     後からやって来たサザリーの問いに、一善王は途切れ途切れに答える。
    「き……君の……言っていた……、黒い……あの……、く、黒い……かつ……み……、で、あろう……お、……男に……」
     そこで、一善王は事切れてしまった。

     突然の惨劇に騒然とする宿の中をすい、と抜け、サザリーは宿の裏手に出た。
    「お疲れ様でした」
    「ええ」
     そこには、顔の塗料を拭い終えた暗殺者が立っていた。
    「流石の仕事っぷりでしたよ。叫び声を上げさせてから僕たちが来るまで、きっちり3分間だけ生かす。
     あの3分の間に、カズヨシ王が言えたのは、『黒い男がやってきて襲ってきた』だけ。あれで間違いなく、みんなはカツミ氏を暗殺犯だと思い込むでしょう。
     お見事でしたね」
    「それはどうも。……ほめられてもあまり、嬉しくないですがね」
     暗殺者はそこで黙り込み、手を出してきた。
    「……」
    「……なんでしょう?」
    「報酬をお願いします」
    「あ、はい」
     サザリーは慌てて、金袋を出そうとする。
     と、そこで暗殺者が静かにささやいた。
    「あまり私が言えた義理ではありませんが」
    「え?」
    「人を殺す、と。そう言ったことは、実際にやるのも、依頼するのも、お勧めできませんね」
    「本当に、あなたが言えた義理じゃないですね」
    「ええ。特に、血なまぐさいことに、これまで関わりのなかった人は、できるならこれからも、一生関わらずにいた方がいい。
     でなければ」
     突然、暗殺者はサザリーの腕をつかんだ。
    「……っ」
    「このように、いつまでも体の震えが止まらなくなりますよ」
    「や、やめてください」
    「……まあ、今さら遅い忠告ではありますが。
     こちらが報酬ですね。いただいていきます」
     震えるサザリーの腕を動かしてポケットから引き抜かせ、暗殺者はその手に握りしめられた袋を受け取って、その場から立ち去った。

     一善王が暗殺者に襲われ崩御したと言う報せは、焔軍にも届いた。
     そしてその実行犯であろう者の名も、同時に聞かされた。
    「は? タイカが、暗殺犯?」
    「馬鹿な」
     聞いた本人も、その横にいたランドも、同時に首を横に振る。
    「ありえない。彼はここ数日、僕やホムラ統領と一緒にいましたし」
    「ああ。大体、穏便に話が運ぼうと言うこの局面で何故、わざわざ俺が暗殺などと言う、面倒で下らん真似をする必要がある? 話の筋が通らんぞ」
     二人の答えを聞いても、使者は納得しない。恨みの籠った目を、大火に向けてくる。
    「……お話は以上です。即刻、お帰り下さいませ」
    「いや、しかし本当に」「お帰り下さいませッ!」
     使者はボタボタと涙を流しながら、そう叫んだ。
    「陛下はあなた方を信用して、こうして会合の席を設けたと言うのに……! あなた方はその信用に報いるどころか、こんな卑怯な、非道な仕打ちをなさるとは……!
     我々清王朝の臣下全員、あなた方を深く、深く――お恨み申しますぞ……ッ」
    「……」
     それ以上弁解の余地はなく、焔軍側の首脳陣は桧谷を立ち去るしかなかった。



     この事件により、停戦交渉は完全に破談となってしまった。
     そして同時に、清王朝が徹底抗戦に臨む姿勢を固める契機にもなった。
    「許さん……、許さんぞ、賊軍どもめがッ!」
     病床にあった前王、一豊は息子の悲報を聞き、すぐに復位。最期まで焔軍と戦い抜くことを宣言した。
    「このまま穏便に和睦などと、絶対に済ませてなるものか! 例えこの身が滅びようとも、わしは仇を討つ……ッ!」

     時に、感情が合理性を曇らせ、最適な道を隠してしまうことがある。
     清王朝もこの時、サザリーの仕掛けた罠により、最悪の選択を取らされることとなった。

    火紅狐・破渉記 終

    火紅狐・破渉記 5

    2011.06.25.[Edit]
    フォコの話、245話目。ミスリード。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. その夜。「うわっ、うわあああ!?」 宿に、一善王の悲鳴が響き渡った。「どうしました!?」「何かあったのですか!?」 宿に泊まっていた大臣や護衛がバタバタと、一善王の部屋に集まってくる。「……うわっ……」「これは……ひどい」 一善王を護衛していた兵士たちは、既に首を掻き切られ、大量の血を流して絶命している。 その血だまりの中に、...

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    フォコの話、246話目。
    乱れ始めた足並み。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     病と一善王の死によって判断力と自制心を失った一豊王は、ついに最大最後の決断を下した。
    「ゴホッ、ゴホッ……、白州内の全兵力を結集して紅白街道を西進し、焔軍を討伐するのだ!
     何としても、あの『黒い悪魔』を討たねば、わしは安心して死んでゆけぬ……ッ!」
     病体と怒りとがない交ぜになり、一豊王の顔は土気色と赤色が、まだら状に浮かんでいる。
    「陛下、どうかご自愛くださいませ!」
    「そのお体で政など、無茶でございます!」
     諌めようとする家臣に構わず、一豊王はわめき立てる。
    「ええい、小言なぞいらぬわ! わしが、……ゲホッ、ゲホ、……わしが欲しているのは、『黒い悪魔』を討ち取らんとする猛将の名乗りじゃ!
     誰かおらぬのか!? 誰か、わしの息子の、一善の仇を取ろうと言う義士は、おらぬのか……ッ!」
     悲痛な叫びが、王の間にこだまする。
    「……な、何だお前たち!?」
     と、大臣の一人が、王の間から見えていた庭の異状に気付く。
     そこには、真剣なまなざしで王の叫びに耳を傾ける兵士たちが、ずらりと並んでいた。
    「……卒爾ながら、拙者が!」
     兵士の一人が名乗りを上げる。
    「いいや、私が!」
     続いてもう一人、前に出る。
    「いや、俺が!」「私も!」「某もだ!」
     次々に名乗りを上げつつ、兵士たちがワラワラと、王の間へ押し入ってくる。
     それを目の当たりにした一豊王は、ゴホゴホと水気のある咳を立てながら、嬉しそうに笑った。
    「おお、おお……。これほどの者が、仇を討ってくれると申すか。
     よかろう、すぐに出陣の準備を整えるのだ! 全軍一丸となって、焔軍を今度こそ、叩き潰そうぞッ!」
     王の言葉に、兵士たちは義憤に満ちた、ときの声を挙げた。



     一方、焔軍側は急に立った悪評の否定・訂正に、躍起になっていた。
    「であるからして、その件は克の仕業にござらん!」
    「しかしね……」
     折角自分たちの側に付いてくれた各州・各方面の知事や将軍たちは、疑惑に満ちた目を玄蔵とランドに向けてくる。
    「あの克と言う男、聞けば凄腕の魔術師であると言うじゃないか。それに私自身経験したが、一瞬で別の土地へ飛べる術も持っている。
     やろうと思えば統領、あなたやファスタ卿の目を盗んで桧谷に赴き、暗殺を行うことも可能であるわけだ」
     青州知事、三縞氏の意見に、玄蔵は「ぐ……」と、返答に詰まる。
     それを受けて、ランドが弁解する。
    「確かに技術云々で言えば可能でしょう。しかし、論理的かつ合理的に考えれば、ありえない話です。
     玄州や青州併合の時にお話しした通り、我々焔軍は何が何でも武力行使を以って清朝軍を打倒しよう、などと考えていたわけではありません。話し合いで決着が付くのなら、いくらでも話し合いを重ねる。そう言う姿勢で、これまで活動してきました。
     今回の件にしても向こうのトップ、最大の主権者が話し合いの場を立ててくれたのですし、それに我々は応じると明言しました。事実、あなた方全員とも、事前協議を何度も行ったはずです。それらをすべてパフォーマンス、『協議に臨むつもりです』と見せかけるためだけに行ったと?」
    「敵をだますにはまず味方から、とも言う」
     反論してきたのは、玄州知事の早田氏。
    「事実、虫のいい話がポンポンと飛び交っていた。清王朝打倒の暁には玄州と青州の独立を認める? それではあなた方の利益が無いではないか。
     そうやって私らをいい気分にさせておいて、裏では克氏が刀をシャリシャリ砥いでいて……、と言う筋書きではないのかね?」
    「なっ、何を……」「そんな腹積もりは毛頭ありません」
     憤り、怒鳴りかけた玄蔵を制し、ランドはなお弁解を続ける。
    「そんなつもりであったなら、初手であなた方を刺しています。降伏、あるいは同意した瞬間に、あなた方の首を切り落とすことも可能でした。
     それをしなかったのは、あなた方に敬意を払っていたからです。今後、独立した州の王になるであろうあなた方に」
    「終わった後であれば、何とでも言える。失礼だが、今こうしてあなたたちの言い訳を聞いている間に、克氏が軍事基地を襲っている可能性をファスタ卿、あなたは否定できるのか? そしてそれを完全に、我々に納得させられるのか?」
    「信じていただくしかないでしょう。これまでも、信用と信頼によって我々の同盟関係は構築されてきたはずです」
    「これまではね。しかし、今後は明確な安全措置を、私たちは要求しているんだよ」
     そこで言葉が途切れる。
     玄蔵も、知事らも、将軍たちも――卓に着く皆が皆、にらみ合っていた。
     緊迫した場の空気を崩すように、ランドは極力落ち着いた声で、こう告げた。
    「……重ねて言いますが、取り交わした約束は信用していただくしかありません。それができないとあれば、……協力はもう、結構です。
     この場で不可侵条約を結び、我々が白京に攻め入ることを黙認することだけを確約していただき、これきり手を切っていただいても結構です。
     元通り、清王朝に収まっていただいて、それで結構です」
    「……」
     ランドのこの発言には、知事らも流石にばつが悪かったのか、喧嘩腰では応じなかった。
    「……分かった。これ以上我々の信頼関係を損ねても無意味だ。
     とりあえずは清王朝を倒すまで、君たちのことを信用しておこう」
    「右に、同じだ」
    「……では、話は以上です」
     ランドはただ、深く頭を下げた。
     そしてその裏で、ランドは青州・玄州への信頼回復が非常に困難であることを悟っていた。
    (『とりあえずは』、……か。まったく、何でこんなことになったんだ)

    火紅狐・末朝記 1

    2011.06.27.[Edit]
    フォコの話、246話目。乱れ始めた足並み。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 病と一善王の死によって判断力と自制心を失った一豊王は、ついに最大最後の決断を下した。「ゴホッ、ゴホッ……、白州内の全兵力を結集して紅白街道を西進し、焔軍を討伐するのだ! 何としても、あの『黒い悪魔』を討たねば、わしは安心して死んでゆけぬ……ッ!」 病体と怒りとがない交ぜになり、一豊王の顔は土気色と赤色が、まだら状に浮か...

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    フォコの話、247話目。
    悪魔役を命じる。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     どうにか内紛をまとめ終えた焔軍は、いよいよ敵の本陣、白京へ攻め込むため、湯嶺のある紅州と、白京のある白州とを結ぶ幹線、紅白街道を東に進み始めた。
     一方で清朝軍の士気は、これまでにないほど高まっていた。ようやく戦乱が収まるかと言う希望の鍵となっていた一善王の暗殺を受け、焔軍に対する怒りを燃え上がらせていたからである。
     これまでの戦いは、いわば「一豊王の野心と、そのごまかし」から始まったものである。王一人の、極めて利己的な事情に端を発する戦いであり、それに血道を上げる者など、いようはずもない。
     だが今度の戦いは、「雪辱戦」である。一善王の仇を討つために皆が集まり、進軍しているのだ。よほどのことが無い限り、彼らが瓦解、撤退することは無い。
     これまでのような、どこかぬるく、投げやりな面のあった敵ではなくなったため、各方面で焔軍の苦戦が予想されていた。



     そして焔軍の苦戦を匂わせる要素がもう一つ、まだ根強く残っていた。
    「……おい、あれ」
    「もしかして……」
    「ああ、多分……」
     大火は軍営のあちこちで、ボソボソとささやかれるうわさ話にうんざりしていた。
    「あいつだろ、あの黒い……」
    「背ぇ、高いなぁ。目つきも悪いし」
    「本当になんか、悪魔みたいな」
    「あいつなら本当にやりかねない気がする」
    「勘弁してほしいぜ、マジ」
    「そうそう、俺の故郷の青江じゃもう、うわさが広まってて」
    「ああ、『黒い悪魔』が夜な夜な要人を狙ってるとか」
    「味方だと思ってたのになぁ」
     大火は憮然としつつも、こそこそと輪を作って話す兵士らに声をかけた。
    「お前ら」
    「あ、は、はい」
    「俺を何だと思っている?」
    「え、いや、その」
    「何なら本当に……」
     大火は冗談交じりのつもりで、ほんのわずかだけ鞘から「夜桜」の刃を見せる。
     ところが――。
    「ひ、ひーっ!」
     兵士たちはガタガタと震え、その場で失神してしまった。
    「……チッ」
     大火はその反応を受け、不機嫌になった。

     このままでは焔軍の士気が上がり切らず、まさかの敗北を喫することもありうると、ランドは大火を呼び出した。
    「なんだ」
    「タイカ。率直に言うけど、君、邪魔になってる」
    「……」
     面と向かってそう言われても、大火は顔をしかめるしかない。
    「では、どうしてほしい?」「そこで」
     ランドは既に、打開策を考えてはいた。だがそれは、大火が自身の耳を疑うような内容だった。
    「本当に君、暗殺者とか、悪魔になってもらおうかなって」
    「何だと?」
    「みんなが何を怖がってるって、『タイカの刃が自分たちに向けられるのでは』って言う、明日は我が身的なものなんだ。
     じゃあ、その使い道をはっきりさせちゃえば、とりあえずは安心するさ。清朝軍との戦いが始まる前に、君一人、単騎で敵陣に入り込んで、引っ掻き回せばいい。
     それでみんなも、『タイカは怖いけど自分たちの味方なんだ』って、心の整理は付けられるだろう」
    「……俺の潔白は? 汚名をむざむざ被れと言うのか」
     そう尋ねる大火に、ランドは済まなさそうに頭をかく。
    「まあ、そうだね。それはしないと、今後の信用に関わってくるけど、……でもさ。
     君は別に、央南に執着してないだろ?」
    「うん?」
    「僕も特に、央南に思い入れも無い。清王朝の打倒が実現したら、速やかに央南から離れて、北方に戻ればいいんだ。
     事後処理とか意見調整とか、色々問題は残るけど、それは流石に僕に任せっきりにされても困るし。そこはホムラ統領に頑張ってもらうよ。
     で、話を戻すけど。問題の種になっている君がさっさと北方へ引き上げれば、これ以上君の扱いに困ることは無い。……だから弁解なんか、する必要ないんだ」
    「……」
     大火はランドをにらみつけてくる。それに辟易しつつも、ランドは説得を続ける。
    「いや、まあ、確かにさ、プライドの高い君のことだし、わだかまってるのも分かっているつもりさ。
     だけどどうやって、弁解するって言うのさ? 殺されちゃった王様に、証言を撤回してもらうわけにも行かない。別の人がやったって言う、明確な証拠もない。
     方法として無理なことを、提案されても困るよ」
    「……」
     大火はそのまま、ランドをにらみ続ける。
     が、不意に踵を返し、大火はこう答えた。
    「……いいだろう。では、今から向かうとしよう」
    「あ、うん。頼んだ、……よ」
     大火の後ろ姿を眺めながら、ランドは小さく頭を下げた。
    「……ごめん、本当に。僕には、これが精一杯の策なんだ」

    火紅狐・末朝記 2

    2011.06.28.[Edit]
    フォコの話、247話目。悪魔役を命じる。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. どうにか内紛をまとめ終えた焔軍は、いよいよ敵の本陣、白京へ攻め込むため、湯嶺のある紅州と、白京のある白州とを結ぶ幹線、紅白街道を東に進み始めた。 一方で清朝軍の士気は、これまでにないほど高まっていた。ようやく戦乱が収まるかと言う希望の鍵となっていた一善王の暗殺を受け、焔軍に対する怒りを燃え上がらせていたからである。 ...

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    フォコの話、248話目。
    地獄の一幕。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     大火は一人、敵陣に乗り込んだ。



    「おい、お前!」
     真正面から、まったく忍びも隠れもせず。
    「そこで止ま」
     まず――。
    「れっ……」
     制止しようとした敵兵の首を、空中高くに弾き飛ばす。
    「……え?」
     噴水のように血を流す同僚の体を見て、もう一人の敵兵がぽかんとする。そして現実を把握し、叫ぼうとする直前。
    「う、うわ……」
     彼もぼと、と首を落とされた。

     体を立たせたまま絶命した敵兵二名を皮切りに、大火単騎の殲滅戦が始まった。
    「ぎゃああっ!?」「く、くくく、くび、くびっ……」
     どうやら最初に飛ばした敵兵の首が、敵陣の奥にまで届いたらしい。
     にわかに、敵陣が騒がしくなる。
    「て、敵襲! 敵襲!」
     カンカンと警鐘が鳴り響き、敵陣全体でガチャガチャと、武具を装備する音が鳴り始める。
    「……」
     大火は短くため息をつき、呪文を唱え始めた。
     だがそれも、ほんの5秒もかからない。
    「『エクスプロード』」
     ズドン、と地を揺るがす炸裂音とともに、テントの一つが真っ赤に光り、消え失せる。
    「な、なん……」
     続いてもう一度、大きな爆発が起こる。
     さらにもう一度。
     もう一度。
     何度も。

     爆発がやむ。
    「何が……起こった……?」
     意外にも、数多くの兵士が生き残っていた。
     だが、装備や軍備ははるか彼方に吹き飛ばされ、兵士たちの体自身も、多少の差はあるが中度、重度の火傷を負っている。とても戦闘に臨める状態ではなく、誰も身動きが取れない。
     その中央へ、大火がとん、と降り立つ。
    「う……っ」
    「あれが……あの……?」
    「『黒い悪魔』か……!」
     ざわめきはするが、誰も立ち上がれないでいる。
    「どうした?」
     と、大火が周囲に問う。
    「ここにいるのは、敵だ。かかってこないのか?」
    「……っ」
     大火は周囲を一瞥し、もう一度同じ質問を投げかける。
    「かかってこないのか?」
    「……」
     武器も体力も失った兵士たちは、何もできないでいる。
     そこへ、半ば焼けた槍を持った兵士が単騎で、大火へと近づいた。
    「俺がやる……!」
    「そうか」
     だが、次の瞬間。
    「……えっ」
     その兵士の身長が縮んだ。
     いや、縮んだのではない。腰から下をばっさりと斬り飛ばされ、上半身のみが残ったのだ。
     きっと自分がどうなったのかも分からないままなのだろう――槍を抱え、大火を見据えたまま、兵士は絶命している。
    「ひっ……」
    「他に、俺を討ち取ろうと言う者は?」
     三度、大火が尋ねる。
     だがもう、誰も向かってはこない。
    「いないな?
     では、説明しておこう。明日、焔軍の本隊がここへやって来る。当然、お前たちと戦うつもりで、だ。そしてその露払いを、こうして俺がしておいた。明日も、本隊に参加する予定だ。
     もし命が惜しい、勅命など己の命に換えられるものかと言う者は、速やかにここから去るがいい。俺もわざわざ、逃げた兎を追うほど暇ではない」
     説明し終え、大火はその場に座り込む。
     その瞬間、倒れていた兵士は大慌てで、その場から逃げ去った。



     翌日。
    「……なに……これ……」
     進軍した焔軍が変わり果てた敵陣を目の当たりにし、絶句した。
    「昨日まで、ここ……」
    「あ、ああ。敵がいた、……はずだ」
    「何だよ、これ……?」
     その場には、まったく生命の気配が感じられない。あるのは灰と炭、焼けた土、そしてまばらに残った死体だけである。
    「……タイカ」
     ランドもこの凄惨な状況に強いめまいを覚えながら、何とか大火に質問する。
    「なんだ?」
    「君がやったのかい」
    「ああ」
    「どうして、ここまで? おどかして帰してしまえば良かったじゃないか」
    「指示したのはお前だ。俺に『悪魔になればいい』と」
    「そんなつもりじゃ……」
    「では、どう言うつもりだったのだ?」
     大火は無表情で、ランドにこう返した。
    「契約は契約だ。その言葉通りに、俺は事を運んだ。
     俺を悪魔と呼び、悪魔になれ、悪魔らしくしろと、お前は言ったのだ。
     言葉は言葉の通りだ。俺は俺の思う、『悪魔』になった。お前のつもりや含みなど、知ったことか」
    「……そっ、か」
     大火もランドも、それきり口を開かなかった。

    火紅狐・末朝記 3

    2011.06.29.[Edit]
    フォコの話、248話目。地獄の一幕。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 大火は一人、敵陣に乗り込んだ。「おい、お前!」 真正面から、まったく忍びも隠れもせず。「そこで止ま」 まず――。「れっ……」 制止しようとした敵兵の首を、空中高くに弾き飛ばす。「……え?」 噴水のように血を流す同僚の体を見て、もう一人の敵兵がぽかんとする。そして現実を把握し、叫ぼうとする直前。「う、うわ……」 彼もぼと、と首を落...

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