黄輪雑貨本店 新館

火紅狐 第5部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    • 1077
    • 1078
    • 1079
      
    フォコの話、199話目。
    サムライの訪問。

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    1.
     フォコたちが政治と経済、戦略と謀略、エゴと裏切りに満ちた毎日を送っていたその頃、ランドたちもまた、戦いの日々を過ごしていた。



     すべてのきっかけは、双月歴309年の中頃、北方ジーン王国では短い夏が満喫されている時だった。
    「支援要請?」
    「ああ、……何度か断っているのだが、もう四度目になる」
     ジーン王国へ、軍による支援をしつこく要請してくる者が現れた。
    「何故僕にその話を?」
     ランドに尋ねられた若き国王クラウスは、肩をすくめるばかりである。
    「何を言っても『そこを何とか』で通そうとしてくるのだ。いい加減、外務院も対応に困っていてな。
    そこでファスタ卿に何とか、もう来ないように言いくるめてもらえないものか、と」
    「はあ」

     国王直々にお願いされては、嫌とも言えない。
     ランドはとりあえず、応接間に待たされていた相手と面会することにした。
    「どうも。ジーン王国、政務顧問、兼、戦略研究室長のランド・ファスタです」
     そう紹介したところで、相手の短耳は顔をしかめた。
    「拙者は嫌われておるようだな」
    「はい?」
    「これで四度、お主らを訪ねた。
     最初は外務室の官僚を名乗る者が応対した。次も同輩の官僚が。三度目も官僚であった。そして四度目が、最早どこの所属かも分からぬ馬の骨。
     一向に拙者は、大臣にも国王にも会っておらぬ。それどころか、適当な者であしらおうとする始末。ジーン王国の無礼な態度、拙者はよく味わった。
     もう結構。拙者はこれにて失敬する」
    「ちょっと」
     この時、彼をそのまま放っておけば、この後に起こる騒動には巻き込まれずに済んだのかもしれない。
     だが会うなり罵倒されては、ランドも黙ってはいられなかった。
    「軍人の方であれば、私の話を聞いておいた方がよろしいかと思われますよ」
    「なに?」
    「戦略研究室と言うのは、今年王国軍本営に設立された部署です。戦争行為に関する、あらゆる研究を行っているところです」
    「つまり、如何にして戦えば勝利するか、と言うことを論ずるところであると言うことか?」
    「あー、……まあ、そう考えていただいて結構です。
     支援を要請、と言うことでしたので、こうして戦術、戦略の専門家である私が応対した方が適切ではないか、と国王陛下より命を受け、こうしてお会いした次第です」
    「なるほど。国王直々の命であれば、拙者も異存はなし」
     男は頭を下げ、こう名乗った。
    「申し遅れた。拙者、央南は紅州、湯嶺(とうりょう)に本拠を構える清朝反乱軍の長、穂村玄蔵と申す。階級は少佐にござる。
     以後お見知りおきを、ファスタ殿」

     このいかめしい態度を執る、古風な軍人との出会いにより、ランドもまた、フォコが巻き込まれていた戦い――ケネスおよび、その腹心たちとの戦い、そして世界の覇権をめぐる戦いに、想定していたより早く、身を投じることとなった。
    火紅狐・訪南記 1
    »»  2011.05.01.
    フォコの話、200話目。
    王朝の横暴と商人の影。

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    2.
     穂村少佐は、ランドに央南の政治事情を詳しく説明してくれた。
    「中央政府の本拠は中央大陸北部、即ちウォールロック山脈より北の土地にあることはご存じであろう」
    「ええ」
    「『向こう』の神話と主張によれば、この世界を統べているのは『天帝』と称される、神の末裔たちであるとのこと。
     そして事実、双月暦1世紀の頃に、初代のゼロ・タイムズ帝が中央各地に己の名代を置き、他の大陸との協定を結ぶことで、世界平定を成したと言う。
     成程、世界平和は全人類の願いとも言えよう。それをはるか昔に成したと言うのなら、確かに神業。神にしかできぬ、いやむしろ、成した者は神と呼ばれよう。
     が、それはそれとして……」
     そこで穂村少佐は、顔をくしゃくしゃに歪ませる。
    「それから三百余年を経た今、その神の御利益なぞどこにあろうか!
     今、我々央南の民の上に居座る名代は、腐り果てている! 特に近年、中央政府の軍事力と、どこぞの商人の財力と武具を笠に着て、下の者を虐げているのだ!」
    「ふむ。具体的には、どのようなことを?」
    「最も目に付くのが、税だ。この4年の間に、既存の税制は異様に高い率を要求するようになった。最も基盤、民が直に王朝へ納める税は、4年前の5倍にもなる」
    「5倍? ……それはまた、無茶苦茶な話ですね」
    「それだけではない。商いをしている者への税負担も、3倍、4倍と、落ち着く様子を見せぬ。
     さらには各地へ関所や壁を乱立させ、その一つ一つに通行税を設けている。清王朝はどこまでも民を食い物にしようとしているのが、ありありと見えてくる」
    「清(せい)?」
    「先程述べた、中央政府の名代一族だ。現在の王、清一豊の代になって以降、その税制改悪は進む一方だ」
     話を聞いていたランドは、首をかしげる。
    「その、集めた税金。恐らくはそのカズトミ国王や、その一族の懐に入ると推察されますが、……何が目的なのでしょうね?」
    「現在の一豊王は、はっきり言ってしまえば愚君だ。であるからして、単純に考えればただの遊興目的ではないかとも推察できる。
     だが、それだけでは済まない要素が、1年ほど前から発生したのだ」
    「それは何です?」
    「軍備だ。清王朝の本拠、白京(はくけい)の壁の厚さは、他の地域よりも殊更に重厚長大となっている。それに加え、毎日のように鉄鉱石や木材が運び込まれ、同時に徴兵も頻繁に行われるようになった。
     拙者はその光景に不安を感じ、密かに王朝の本意を探った。そこで判明したのが……」
     穂村少佐は怒りに満ちた目を、ランドに見せた。
    「あろうことか、他地域への侵略を行おうとしていたのだ! そう、中央政府のある央北と、その支配下にある央中へ!」
    「なん……、ですって?」
     ランドは頭を整理しようと、これまでの話を聞き返した。
    「しかし少佐、清王朝は中央政府の名代だと言っていたじゃないですか? それが何故、刃を向けるような行動を?」
    「その話も、非常に厄介な事情が絡んでくる。清王朝は近年、さる西方の商人と懇意にしているのだが、その商人が軍備増強と離反とを唆したようなのだ」
    「その商人と言うのは……?」
    「サザリー・エールと言う兎獣人の男だ。
     このサザリーと言う男は中央政府や中央の商人たちに対し、莫大な額の債務を、わざと作っているのだ」
    「つまり多額の借金を、貸主を殺すことで踏み倒そうと言うわけですか」
     話を聞いたランドは、そのサザリーと言う人物に嫌悪感を覚えた。
    「そう言うことだ。だが、この計画が成功するとは、拙者には到底思えぬ。反逆を企てた清家は完膚なきまでに叩かれ、恐らく央南は壊滅的な被害を被ることとなろう。
     拙者はそれを、放って見ているつもりも、ましてや、清王朝付きの軍人として加担するつもりもない。拙者は前述の本拠、湯嶺へ私財と家族、配下の兵を移し、近隣の権力者や軍基地へこの情報を流し、清王朝への反乱軍として蹶起(けっき)した。
     が――そこからが問題だ。拙者がつかみ、公表したこの情報を、清王朝は当然、否定した。その上で拙者を、『侫言(ねいげん)を流布して清王朝転覆を企む逆賊』とそしり、拙者らを逆に、中央政府の敵だと告げ口したのだ」
    「告げ口って……、中央政府に、ですか」
    「うむ。それにより、拙者らは清王朝の他に、中央政府とも戦わねばならなくなった。
     このままでは物量、世論の面で、拙者らは非常に不利を強いられる。そこで中央政府にも清王朝にも、西方にも関係のない、お主らを頼ったと言うわけだ」
    「なるほど、そうですか……、うーん……」
     事情を聞き終えたランドは、腕を組んで深くうなった。
    火紅狐・訪南記 2
    »»  2011.05.02.
    フォコの話、201話目。
    非公式援助。

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    3.
     ランドは頭の中で、返すべき返事と、その後の展開を素早く想定する。
    (返事は3つのうちどれかだな。ジーン王国を挙げて全面協力するか。それとも非公式に協力するか。それとも、協力しないか。
     3つ目は論外だな。放っておいたら、……まあ、少佐は自力で戦わないといけなくなるし、そうなれば清王朝プラス中央軍なんていう大軍に敵うわけがない。
     反乱軍が負けたらその後、清王朝は当初の目的通り、中央政府を相手に戦うことになる。そしてその結果、少佐の唱える通り、央南は壊滅するだろう。
     そのサザリーって商人の狙いはむしろ、それだろうな。政治機能が壊滅した国は、大資本を持った商人の餌食だ。法の網や軍・警察組織がまったく機能しないから、金に飽かせて勝手気ままに人やモノを売り買いできるからだ。
     そうなれば央南は早晩、サザリーのものになるだろうな。僕が目指すのは、世界の政治腐敗を糺すことだ。そんな欲まみれの独裁状態なんて、認められない。
     としても、1つ目も難しい。ジーン王国が反乱軍に加担する、つまり中央政府の名代に反旗を翻す組織に全面協力すると言うことは、そのまま中央政府に楯突くことになる。そうなれば中央は僕たちをも、攻撃の対象にするだろう。
     まだ北方の政治・経済基盤が安定しきらない今、中央との直接対決なんてことになれば、確実に北方は――勝つか負けるかは別として――大きく揺らぐことになる。中央との対決はいつかしなきゃいけないことではあるけども、今やってはいけないことだ。
     1つ目、3つ目は駄目だ。……じゃあ、2つ目になるな)
     ランドは穂村少佐にこう告げ、席を立った。
    「陛下と有識者を呼んでまいります。私一人で即決できる問題ではありません」
    「そうか。四度目でようやく、国王陛下にお目見えできるとは。……今度こそは、いい返事が期待できそうだな」
    「ええ、ご安心を」

     30分後、ランドはクラウスとキルシュ卿、そして大火を伴って戻ってきた。
    「お待たせしました。こちらが国王、クラウス・ジーン陛下です。隣の者は、クラウス陛下の父君で財政大臣の、エルネスト・キルシュ卿。
     そして私の後ろにいるのが……」
    「克大火だ。ランドの警護、と思ってくれればいい」
     大火を目にした穂村少佐は、表情を険しくした。
    「俺の顔に何か付いているか?」
     そう尋ねた大火に対し、穂村少佐はこう述べた。
    「お主……、相当の手練だな。人を何人も斬った目をしている。……いや、それ以上に、何か並々ならぬ経験をいくつも経た目だ。
     人の領域ならざる、まるで魔界に踏み込んだ者のような目をしている」
    「だから何だ?」
     大火にそう返され、穂村少佐は表情を崩した。
    「……いや、それだけだ。失礼した」
    「え、と。先程のお話を、再開しますね」
     ランドたちは席に着き、対応を協議することにした。
    「まず、初めに申しあげておきますが、ジーン王国政府があなた方反乱軍に、正式な支援を行うことは、政治的に不可能です」
    「む、う」
     この返答に、穂村少佐の顔が曇る。
    「しかしながら、このままお帰りいただく、と言うのも、世界の平和を思えば心苦しい。そこで非公式に、支援を行いたいと考えています」
    「……と言うと、具体的には?」
     この問いに、クラウスとキルシュ卿が回答した。
    「私の臣下から、優秀な人材を秘密裏に出向させよう。ここにいるファスタ卿を初めとして、軍略や戦闘に長けた人材を」
    「それに加え、多少ながら資金も融通しましょう。ただし、3年後に利子を付けて返済、と言う形になりますが」
    「ふむ、悪くない話ですな。ではその条件で、よろしくお頼み申します」

     この後、四者で協議を行い、現地へ向かう人間は次の4人に決定した。
     まず前述の通り、戦略・戦術に長じているランドと、その護衛として大火が。そして戦闘に関してのサポート役として、イールとレブが同行することとなった。
    火紅狐・訪南記 3
    »»  2011.05.03.
    フォコの話、202話目。
    大大陸の南の地。

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    4.
     穂村少佐がジーン王国を訪ねてから、2か月後。
    「……あー、蒸し暑っ!」
     船を降りるなり、イールは上着をはぎ取った。
    「確かに暑いね。まあ、北方からあれだけ南下すれば、当然と言えば当然だけど」
     ランドも額の汗を拭きつつ、イールに応じる。
    「空の青色が濃いね。何て言うか、熱気が凝縮してる感じだ」
    「そうね。向こうの3倍くらい、『夏っ』って感じ」

     ランド一行がまず到着したのは、央南最北端の街、青江(せいこう)である。
     この街は西大海洋――中央大陸東沖と、北方大陸の南に広がる大きな海に面しており、他の国や地域との玄関、交易地となっている。
     ここからまた海路を使い、穂村少佐の本拠である湯嶺へ向かうのだが――。

    「あぢぃ……」
    「うへぁー……」
     北国出身のイールとレブは、央南の地に着くなりへばってしまった。
    「……うーん、もっと涼しい格好をすれば良かったかな」
     ランドも長い間北方にいたため、久々の強い日差しに多少辟易している。
    「……」
     一方、大火はいつも通りに黒いコートに身を包み、平然としていた。
    「暑くないの?」
     イールにそう尋ねられたが、大火は無言で、肩をすくめて返す。
    「やっぱあんた、央南人なのね。故郷の空気だから、そんなに気になんないんでしょ」
    「さあな」



     ともかく、北方で着ていたような服装では、暑くてたまらない。
     一行は近くの店を回り、央南の服――一般に、「和装」と呼ばれる衣服――を買った。
    「……頼りねぇー」
    「そうね。ベルトに金具付いてないし、なんかスカスカするし」
     と、ランドたち三人の着こなしを見ていた店員が、ケラケラと笑っている。
    「外人のお客さん、帯の位置が高すぎるよ。それは腰で巻くんだ。後、結び方も変」
    「え?」
    「ここ、ここ。ここで結ぶの」
     店員に和装の着付けを習っている間、ランドは一人、壁に寄り掛かって押し黙る大火に目をやる。
    「……」
     大火は特に、どこに目をやろうともせず、腕を組んで目をつむっている。
    (……全然懐かしそうな感じじゃないな。ここはまだ彼の故郷から遠いのか、……それとも、央南自体が全然、彼の故郷じゃないのか)
     と、ランドの視線に気付いたらしく、大火が顔を向ける。
    「なんだ?」
    「君は、……央南のどこ、出身なの?」
    「……」
     聞いた途端、大火は珍しく、ほんの少しだが困ったような顔をした。
    「……」
    「あ、言いたくなければ別にいいんだ。さして重要な話じゃないし」
    「ああ」
     大火はいつもの仏頂面に戻り、また目を閉じた。
    (……? なんだろう、今の反応?
     まあ、簡単に人を斬れるタイプの人間だし、故郷で一悶着あったんだろうって言うのは、想像に難くない。
     でもその話が事実であったとして、……タイカがそれを隠すだろうか? 彼なら『ああ。少しばかり、人を斬り過ぎてしまって、な』とか何とか、ストレートに言いそうなもんだけど。
     彼でも言いにくいような話があるんだろうか? 気になるなぁ……)
     そうこうしているうちに、三人は和装に着替え終えた。
    「どう? 似合う、ランド?」
     イールにそう問われ、思索にふけっていたランドは生返事で答える。
    「ああ、うん。いいんじゃない」
    「そ、ありがとっ」
     イールはニコニコと笑って返し、続いてレブに目を向けた。
    「あんたもサマになってるわよ。伊達に将軍やってるワケじゃないわね」
    「へへっ。……ん?」
     と、レブは店員が、不安そうな目をしているのに気付いた。
    「どうした?」
    「あの、……外人さん、もしかして中央のお方だったり?」
    「あん? ……いいや、俺たちは北方の人間だ。こっちには、……まあ、観光目的だな」
     レブの返答に、店員はほっとしたように虎耳を伏せた。
    「ああ、そうでしたか。いやね、最近はもう、あっちこっちに中央の方がいるみたいで」
    「へぇ?」
     虎獣人の店員は、最近の央南事情を語ってくれた。
    「まあ、何でしたっけ、穂村少佐だかって方が、清王朝転覆を企んでるとかで。
     で、ゆくゆくは中央へも攻め込もうとしてるんじゃないかって話もあって、清王朝の人たちが中央政府に助けを求めたみたいなんですよ」
    「ふーん」
     穂村少佐からこの辺りの顛末は聞いているが、ランドは知らない振りをした。
    「で、中央の方が白京にドッと来て、少佐探しを始めたんですよ。
     だもんで、央南のあっちこっちに、間諜(かんちょう)がいるとかいないとか。で、お客さん外人さんみたいだし、もしかしたらなーって思ったんですよ」
    「へぇ、そうなんだ。いやいや、最近はみょんに物騒だよね」
     そこで話を切り上げ、一行は店を出た。
    火紅狐・訪南記 4
    »»  2011.05.04.
    フォコの話、203話目。
    大火の謎。

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    5.
     北方から央南までの船旅は、実に二か月以上となった。
     そのため、流石に一行の疲労は濃く、青江の宿に着いた途端、(大火を除いて)全員が、ぐったりと横になった。
    「少佐も忙しいんだかヒマなんだかな……。こんな船旅、4回もできねーよ」
    「いや、少佐の船旅は1往復だけらしいよ。4回立て続けに、陳情に来たらしい」
    「ゴリ押ししたわねぇ」
     穂村少佐の話が出たところで、ランドは店で聞いた話を取り上げた。
    「ところで、スパイがあちこちにいるって話。どう思う?」
    「どうって?」
    「少佐の居場所を探っている人が大勢いるってことは、まだ清朝側は少佐がトウリョウにいるとは知らないんじゃないかな、と思うんだ。きっとまだ、あちこちで根掘り葉掘り、怪しいものが無いかどうか探ってる段階だと思う。
     その上で、僕たちが――政情不安定なこの時期に、同じく政情の安定しきらない北方から来た人間が、本当にただの観光に来てる、と思うだろうか?」
    「あ……」
     ランドの話に、イールとレブは辺りを見回す。が、ランド自身は特に警戒してはいない。
    「まあ、話をすること自体は問題ないと思う。
     僕たちの間では北方語で話をしてたし、北方語が分かる人間が、そうそう都合よく、青江へスパイに来てるとは考えにくいもの」
    「……まあ、そりゃそうか」
    「でも、存在は目立つ。店の人も、『外人さん』って一目で見分けが付くくらいだもの。怪しい奴と見なされて、もう既にマークされていてもおかしくない」
    「ありそうね……」
     と、レブが眉を曇らせ、こう尋ねてくる。
    「じゃあ、これからどうやってトウリョウに行くんだ? 流石にこのまんま船に乗ったら、行く先々でスパイに絡まれるだろうし」
    「その点については、……タイカ」
     ランドは大火に声をかけ、こう提案した。
    「少佐のいるトウリョウまで、『テレポート』を使えないかな?」
     「テレポート」とは、大火の持つ魔術である。大火が一度行ったことのある場所や、専用の魔法陣を設置している場所へ、一瞬で移動することができるのだ。
     ランドは大火のことを央南人と見ていたし、現地の地理に多少は詳しいだろうと思っての提案だったが――。
    「……無理だな」
    「え?」
    「俺はその、湯嶺と言う場所がどこにあるか知らん。あまり地理にも明るくないし、な」
    「そうなの?」
     大火の返答に、ランドはまた、彼の出身が気になり始めた。
     と、思索にふける前に、大火が代替案を提示した。
    「まあ、方法は無いでもない。だが、少しばかり時間がかかる」
    「それでもいいよ。とにかく、スパイに見付からずに移動できればいいんだ」
    「……分かった」
     大火はすっと立ち上がり、脱いでいたコートをまとって部屋から出た。
    「長くても一月はかからん。それまでここに、滞在していろ」
    「分かった。よろしく、タイカ」

     残った三人は、これからどう過ごすかを話し合った。
    「最長、一か月か。……どうすっかな」
    「まあ、……遊んでるしかないわね。敵のコトも味方のコトも分かんないんじゃ、対策の立てようなんてないし」
     両手を挙げてため息をつくイールに、ランドは苦笑しつつ同意した。
    「最低限、情報収集だけはしておくつもりだけど、……イールの言う通りだね。他にやりようがないし、やってもむしろ仇、裏目になる可能性もある。何かしようにも、できないね」
    「ホントに観光ね、コレじゃ」
    「……だなぁ」
    火紅狐・訪南記 5
    »»  2011.05.05.
    フォコの話、204話目。
    異国の地でバカンス。

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    6.
     大火がいない間、ランドたちは仕方なく、青江で過ごしていた。
    「ランド、引いてる引いてる!」
    「え、……おっとと」
     ランドとイールは、北にある岬でのんびりと釣りを楽しんでいた。
    「はい、網っ」
    「とと……、と。ありがとう、イール」
     まずまずの釣果を上げ、ランドは釣竿をしまい始めた。
    「もういいの?」
    「……いやぁ。流石にさ、一週間、二週間もやってると」
    「そーね。魚、嫌いじゃないけど、流石に飽きたかも」
     イールも釣竿を引き上げ、宿に戻る支度を始めた。
    「レブは……、どうしてるだろう?」
    「いつも通り、街外れで素振りとか、腕立て伏せとかしてるんじゃない?」
    「そっか。……しかし、長いなぁ」
     半月以上に渡って大火が戻らないことに、鷹揚(おうよう)に構えていたランドも、多少不安になってくる。
     イールも不安だったらしく、こうつぶやいた。
    「何してるのかしらね、アイツは」
    「うーん……、タイカのことだし、行ったんじゃないかな、トウリョウまで」
    「え?」
    「『テレポート』は行ったことのある場所に飛ぶことのできる術だし、それなら一旦向こうまで行って、そこからこっちに戻ってくれば……」
    「あたしたちもトウリョウに行ける、ってワケね」
     荷物をまとめ終え、二人は宿へと戻る。
     その途中の、海沿いの道を歩きながら、イールはぽつりとつぶやいた。
    「コレがホント、観光だったら良かったのにな」
    「うん?」
    「のーんびり釣りして、のーんびり海を眺めて、のーんびりご飯食べながら、おしゃべりしてさ。
     タイカの話が出て来なかったら、コレから戦争に加担するなんて、ウソにしか思えないわよ」
    「確かに」
     不意に会話が途切れ、二人はそのまま道を進む。
    「……」
     能弁なランドだが、沈黙することは苦痛ではない。特にストレスを感じず歩いていたが、イールの方はランドの方を見たり、海を見たりと、そわそわしている。
    「イールって」
    「ぅへ? な、何?」
    「人といる時、会話が途切れると嫌なタイプなの?」
    「え、……あー、そうかも、うん。そうかも」
    「やっぱり。なんか、落ち着きが無かったし」
    「人をコドモみたいに……」
    「ああ、ごめんね。……じゃあ、何か話でもしようか?」
     ランドにそう返され、イールはあごに指を当てながら思案する。
    「んー……、そーね。じゃ、センリャクの話とか。……なるべく、できるだけ、簡単にお願い」
    「はは……、いいよ。
     まあ、昔も言ったかも知れないけど、戦略って言うのは、『いかに損害を出さず、戦いを進めていくか』って言うのが重要になってくるんだ。
     例えば、自分たちの本拠地に敵が攻めてくるって情報が入った。さあ、君ならどうする?」
    「そりゃ、迎撃するしかないでしょ。それか、敵いそうに無かったら逃げる」
    「まあ、妥当なところかな」
    「妥当? じゃ、一番いいのは?」
    「敵が攻める目標を変えさせる。それも、敵同士でいがみ合う方向に」
    「なーるほど……。そうすればあたしたちは、何の損害も無く勝ちを拾える、ってワケね。でもどうやって?」
    「そこは、色んな手を使って。ま、その辺は、戦略じゃなくて戦術の範疇(はんちゅう)になるかな。
     戦略って言うのは、例えて言うなら『あのお城に行きたい』『あのお店に行きたい』って、目標を定めることなんだ。その上で、『どの道を進もうか』『徒歩で行こうか、馬車を使おうか』って決めていくのが、戦術になる」
    「ふーん……。まあ、分かった気がするわ」
    「それなら良かった」
     と、ランドがにっこりと笑ったところで――。
    「……あ」
     ランドは道の向こうから、知った顔がやって来るのに気付いた。
    「レブ、何でここに?」
     レブは手を挙げ、二人に応じる。
    「ん、いや。……戻ってきたぜ、あいつ」
    「あいつ? タイカが?」
    「おう。で、お前らを呼んできて欲しいっつって」
     と、そこでレブが言葉を切る。
    「……邪魔したかな」
    「え? 何の?」
     レブの言っている意味が分からず、ランドは首をかしげる。
     一方、イールは分かったらしい。
    「違うわよ? ふつーに釣りしてただけだし」
    「そっか。変な勘繰りして悪かったな」
    「いいわよ、別に」
    「……?」
     会話の内容が見えず、ランドはきょとんとしていた。

     宿に戻ったところで、ランドは半月ぶりに見る大火に会釈した。
    「やあ、おかえり。どう?」
    「問題ない。すぐにでも、向こうへ飛べるぞ」
    「そっか。じゃ、……まあ、魚釣ってきたし、これ食べてから行こうか。タイカはお腹空いてる?」
    「それなりに、だな。『テレポート』は消耗が激しい」
    「じゃ、一緒に食べよう」
    火紅狐・訪南記 6
    »»  2011.05.06.
    フォコの話、205話目。
    フシギな気持ち。

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    7.
     ランドたちは食堂に向かい、宿の店主に釣ってきた魚を渡し、席に座った。
    「で、向こうはどうだった?」
    「特に何も、と言うほか無いな。まだ敵方も、本拠地を見つけてはいないらしい。表向きには、普通の温泉街でしかなかった。
     だが、近いうちに近隣の街を襲撃する、とは言っていた。何でも、軍備の集積地があるとか」
    「ちょっと不安だな……。早いうちに向かった方がいいかもね」
    「だろうな。俺が見ても、甚だ意義のある行動には見えん」
    「そうか? 敵の備蓄を叩くわけだし、何もしないよりはいいんじゃないか?」
     尋ねたレブに、大火が答える。
    「敵がまだ、明確に本拠を捉えていないと言うのならば、できるだけ隠しておいた方がいい。それだけ、敵は捜索に時間と人員を費やすわけだからな。
     公衆の面前にのこのこと姿を表すとなれば、後を追跡されて本拠地を発見される可能性もある。そうなれば後は、大軍の物量を以って本拠地に総攻撃を仕掛け、それで終局だ」
     続いて、ランドも説明する。
    「それに、相手の素性が分からないって言う要素は大きい。今動けば、反乱軍の力量はあっけなく露呈してしまうだろう。
     それよりも相手に『見えざる敵』と認識させて振り回しておいた方が、どれだけ効果を挙げるか。少なくとも、ハクケイから遠く離れたトウリョウ近辺の集積地を叩くより、よっぽど効果はある」
    「ふーん……、そんなもんか」
     論じている間に、店主が新鮮な魚料理を運んできた。
    「お待ちどう。旦那さん、腕がいいねぇ。こんなに脂が乗った魚、なかなか出ないよ」
    「はは、どうも。……旦那?」
     首をかしげるランドに、店主は「おっと」と口を抑えてつぶやく。
    「違ったか。じゃ、あっちが旦那さんかい?」
    「へっ?」
     今度はレブが首をかしげる。
    「旦那って?」
    「あれ? ……いやー違ったか。いやほら、そこの『猫』さんとずっと一緒にいるから、どっちかが旦那さんなのかなって思ってたんだけど」
     この発言に、イールが目を丸くした。
    「え、ちょっ、違うわよ! あたしまだ独身! って言うかおじさん、そんな風にあたしたち見てたの!?」
    「道理でおかしいなーとは思った、あはは……。俺、『もしかしたら旦那さん二人?』とか思ってたりしてたよ」
    「ふっ、二人って、んなワケないじゃない! こいつらは仕事仲間!」
     顔を真っ赤にするイールに、店主はぱたぱたと手を振って謝った。
    「いやーごめんごめん、悪い悪い。……そんじゃ、まあ、ごゆっくりっ」
     店主は照れ笑いを浮かべながら、その場を去った。
    「……あ」
     と、ランドが岬でのことを思い出した。
    「レブ、君がさっき言ってたのって」
    「ん?」
    「……ああ、まあ、いいか。疑いは晴れたし」

     食事後、ランドたちは湯嶺に向かうため、荷造りを始めた。
    「んー……、釣竿はもういらないな」
    「いいでしょ。必要になるコトがあったら、またあっちで買うか作るかすればいいし」
    「そうだね」
     二人で並んで不要な物を処分している間、イールはこの半月を思い返していた。
    (ホント、遊びっぱなしだったわね。ランドと二人で釣りしたり、買い物したり。……そう言や、あたしってあんまり、遊んだコト無いのよね。
     ちっさい頃はアルコンがずーっとあたしの側に張り付いてたから、同年代の子が全然寄ってきてくれなかったし、って言うか、寄らせてもらえなかったし。反乱軍を立ち上げてからは、あっちこっち飛び回りっぱなしだったから、余計に遊ぶ機会なんて無かったし。
     こうして何の気兼ねも無くブラブラしたのって、……ホントに、生まれて初めてじゃないかしら)
     そう思ってみると、この半月の間に買った、他愛も無い玩具やアクセサリが、愛おしく感じられてくる。
    (……コレ、北方に持って帰りたいな)
     そう思い、イールはランドに顔を向けた。
    「ねえ、ランド」
    「ん? どうかした?」
    「コレ、持って帰っていい?」
    「え?」
     ランドはけげんな顔を返してくる。
    「好きにすればいいじゃないか。何で僕に聞くの?」
    「あ」
     イールは照れ、パタパタと手を振ってごまかした。
    「そうよね、何で聞いたのかしら、あははは……」
     と――ごまかしているうちに、イールの心に何か、切ないものが染み出した。
    「……っ」
     それを感じ取った途端、イールは黙り込んでしまった。
    「どうしたの? 変な顔して」
    「……なんでもない。……うん」
    「……イール?」
     ランドが心配そうな目を向けてくる。
    「そんなに気にしなくても……。持って帰りたいなら、そうすればいいじゃないか。そのネックレス、似合ってるし」
    「そ、そう? 似合う? ……うん、じゃ、持って帰る」
    「うん」
     ランドにほめられた途端、今度は心の中が温かくなった。
    (……変ね、あたし。旅の疲れ、今頃出たのかしら)



     彼女がこの不思議な気持ちが何なのか理解するのは、ずっと後のことになる。

    火紅狐・訪南記 終
    火紅狐・訪南記 7
    »»  2011.05.07.
    フォコの話、206話目。
    釜底抽薪。

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    1.
     大火の助けを借りて湯嶺へ到着したランド一行は、すぐ穂村少佐と面会した。
    「今回のご助力、まことに痛み入ります」
    「いえ、そんな堅くならずに。これからしばらく、一緒に仕事をするんですから」
    「そうですな……。では、楽に構えさせてもらおう」
     そう言って少佐は、正座から胡坐へと姿勢を変え、ランドと最初に会った時のような話し方に戻った。
    「現在、拙者らはここより北、黄州平原と西月丘陵との境にある街、弧弦(コゲン)にある清朝軍基地を襲撃しようと計画している。ここは央南西部で五指に入る軍事物資の集積地であり、ここを叩けば清朝軍に大きな打撃を……」「その件につきましては、タイカから伺っています」
     少佐の話をさえぎり、ランドはこの作戦を中止させようと説得を始めた。
    「しかし、彼や同輩とも協議しましたが、今動くのは得策ではありません」
    「ふむ……?」
    「今現在、セイコウを初めとして、各主要都市を中央政府から出向いたスパイ、いわゆる間諜がかぎまわっている最中です」
    「なるほど。彼奴らが探っている間は、動くべからずと言うことか」
    「それだけではありません。『探っている』と言うことは即ち、清王朝はあなた方反乱軍の素性を把握していない、と言うことです」
    「と言うと?」
    「敵はあなた方がどれだけの強敵であるか、測りかねている状態です。
     もしかしたら非常に現実的に、王朝を揺るがす存在かも知れない。はたまた、騒ぎ立てるだけで実は烏合の衆でしかないかも。
     そのどちらとも判断できず、『それなら情報を集め、敵の素性を確定させる方が先決だろう』と、恐らく相手はそう考えているでしょう。
     もし前者と判断していれば、相手は間諜などではなく、大軍勢を召還しているでしょうし、後者ならば、わざわざ中央政府から人を呼んだりはしない。分からないからこそ、調べているんです」
    「ふむ、それは分かった。……だが、何故動いてはならぬと?」
     そう尋ねた少佐に、ランドはこんな例えを出した。
    「少佐が灯りも持たずに、夜の山に入ったとします。辺りには鳥獣の気配。熊などに襲われず、無事に山から出られると思いますか?」
    「それは……、確かに難しいかも知れん」
    「しかしこれが夜ではなく、昼だったら? もしくは、灯りを持って入ったら? 恐らく、襲われる気はしない。襲われても、返り討ちにできると考えるでしょう。夜の闇で阻まれるために、通常なら勝てる鳥獣に恐れをなすんです。
     人間は情報量が少なければ少ないほど、憶測によって相手を強く見てしまうものです」
    「ふむ……。つまり、敵方に素性が知られていない現在、拙者らの軍は事実より強く見せることが可能だ、と言うわけか」
    「その通りです。それに失礼ですが、少佐。今現在、反乱軍の規模はどのくらいですか?」
     ランドにそう問われ、少佐は指折り数えつつ、こう返した。
    「確か……、兵の数は2000。刀剣や弓、魔杖などは、すべて合わせて1000ほどだ。その他馬など……」「それだけで。……では相手の兵力は?」
     この問いに、少佐は眉を曇らせた。
    「拙者が軍に身を置いていた時は、だが。兵の数は5万弱。武器総数は7万以上だった。中央政府やエール氏の援助などを考えれば、武器はもっと用意されているだろう」
    「なるほど。……少佐、重ね重ね進言しますが、今は攻めるべき時ではないでしょう。
     よしんば、コゲン襲撃に成功し、王朝軍の軍備の何分の一、何十分の一かを奪ったとしても、他の土地には『何十分の何十引く一』の軍備が残っているわけです。それを以って襲撃されたら、ひとたまりも無い。
     力の無い今、不用意に動けば、反乱軍は即、全滅しますよ」
    「ううむ……」
     丁寧に諭され、最初は意気揚々としていた少佐も、苦い顔をし始めた。
    「しかし……、このまま何もせぬわけには行かぬ。それに、今はまだ素性が割れていないとは言え、いつ発覚するやも知れぬ。そうなれば結果は一緒であろう?」
    「ええ、その通りです。確かに何か行動を起こさなければ、ジリ貧でしょうね」
    「では、拙者らは何をすれば良い? 何をすれば、王朝を倒せるのだ?」
    「そこへ行き着くには、順序を立てなければいけません。
     何の策も無くいきなり敵陣へ飛び込むのは愚中の愚、そうでしょう?」
    「……なるほど、確かに」
     少佐の勢いが削がれたところで、ランドは自分の考えを述べた。
    「まず、現状を例えるならば、我々反乱軍は、ごくごく一般的な平民が、何とか刀を握りしめているようなもの。
     対する清朝軍は屈強な肉体に、中央政府やエール氏から手に入れた頑丈な武具をまとっているようなものです。これではまともにぶつかって、勝てるわけが無い。
     まず武具を外させ、その肉体を弱らせなければ、勝つ見込みは生まれないでしょう」
    「ふむ。となれば、まず行うべきはそれらの『武具』を、王朝から引き剥がさねばならぬ、と言うわけか」
    「ええ。それについて、この戦いの、そもそもの発端を思い返せば……」
    「……そうか。中央政府に、此度のエール氏と王朝との企みを密告すれば」
    「ええ、それができれば恐らく、中央政府は引き揚げるでしょう。そしてもっと理想的に事が運べば王朝と敵対し、逆に我々に味方してくれるでしょう。
     ですが、問題があります。それは少佐も、重々ご承知の通りですよね」
    「ああ。……明確な根拠を示さねば、中央政府は信用せん」
    「その通り。であれば、我々が執るべき行動は、一つ。
     エール氏が中央政府転覆と多重債務の破棄を謀り、それを王朝に教唆している事実を明らかにすることです」
    火紅狐・破鎧記 1
    »»  2011.05.08.
    フォコの話、207話目。
    下品な兎獣人。

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    2.
     央中、イエローコースト。
     落成して間も無い金火狐の屋敷を、一人の兎獣人が訪れていた。

     兎獣人と言うのは一般的に、「おしゃれで美しい種族」と評されている。
     事実、例えばフォコの知っている兎獣人――ルーテシアは、多少ふくよか目ではあったが、それを踏まえても非常に美人であったし、服や料理のセンスも抜群と言えた。
     その娘たちにも、彼女の美貌とセンスはちゃんと遺伝されていたし、それだけを見れば、評判通りと言える。

     だが、この兎獣人は――。
    「どうもどうも、ケネス総帥殿。儲かってますか、えへへ」
     話し方や笑いに品が無い。
    「上々、と言うところだ。……それよりもサザリー君、私は執務の真っ最中であったのだが」
     場の空気が読めない。
    「ああ、すみませんすみません、こっちもちょいと、急ぎだったもので、へっへへ」
     自分の都合を優先する。
    「それで、何かね? わざわざこの私の手を止めさせるような、大事な案件を持って来たのか?」
    「ああ、まあ、そこまで大事では無いですが、まあ、大事と言えば大事と言えるかも知れません。まあ、お金の話ですから御大には重要ですし、重要かなーなんて」「話したまえ」
     何より、フォコ以上に、いや、どの誰よりも、服にセンスの欠片もない、不気味なほどにひょろひょろとした、背と目の大きな男だった。
    「ああ、はいはい。まあ、そのですね。僕が管轄しております、央南の話なんですけれども。
     総帥殿に言い付けられた通り、バカ殿を唆して順調に、央中と央北の商品を買わせまくっております。それでですね、その額がそろそろ、国庫の倍ほどになってましてね、新たにそのー、ほら、あれを、……あれしてですね、ほしいんですが、……ね?」
     チラ、チラと不気味な目を上目遣いに向けてくるサザリーに嫌悪感を感じつつ、ケネスは尋ねる。
    「負債額はいくらだ? 正確に言いたまえ」
    「あ、はいはい。えーと、確か」「『確か』? 正確に覚えていないのか?」
     にらみつけたケネスに、サザリーはヘラヘラと笑いながらごまかそうとした。
    「いやあの、へへへ、そんな、別に答えられないってことは無いんですよ、無いんですけども、ほら、細かいところまでどうかって言われたら、ちょっと覚えられないなって、へへ、ほら、僕も忙しいので」「忙しい? それで覚えられないと?」
     ケネスはフンと鼻を鳴らし、こう返した。
    「私は君などより何倍も忙しく過ごしているが、それでも私の持つ店が、それぞれどれほどの利益を上げているか、そらんじることができるぞ。
     覚えていないのは、君がまったく関心を持っていないからだ。いくら祖国から遠く離れた辺境、僻地といえど、君が責任を持って受け持った仕事だろう? それを『覚えていない』と言うのか、君は?」
    「……いや、へへへ」
    「まったく……! 名門商家の人間とは思えんな。本当にエール家の人間なのか?」
    「いや、それは本当に、僕はそこの出です。それは疑ってもらっては、困ると言うか」
    「ならば見せてもらいたいものだな。まともな商人として、その卑屈な愛想笑いだけではなく、きちんとした数字を」
    「……はい」

     その後、サザリーからしどろもどろながらも報告を受け、ケネスはまた、不満げに鼻を鳴らした。
    「想定では309年の現在、負債額は20億に達せさせるはずだったな。税収や国債発行では立ち行かなくなる額に追い込む、そうだったな?」
    「まあ、その、はい」
    「それで君、もう一度答えてくれるかね? 現時点の負債は、いくらになったと?」
    「ですから、そのー、13億くらい」
    「7億足りないようだが、それは何故だ?」
    「えっと、それは、えー」
    「答えられないのかね?」
    「いや、多分なんですけども、きっと、大臣級の奴らが、これ以上負債を負わせまいとしてるんじゃないかなー、とか、なんて」
    「サザリー君」
     ケネスは机の上に置いてある墨壷を手に取り、席を立つ。
    「もう一度言うが、君は関心を持ってこの仕事に当たっているのか?」
    「も、勿論です、はい」
    「本当だな?」
     ケネスは背の高いサザリーの襟をつかんで引っ張り、無理矢理頭を下げさせた。
    「ならば何故、計画が進行していない? 進行しない、その理由を説明できないのだ!?
     まともに業務へ当たっていないから、まともな説明ができないのだ! ろくに仕事もしていない、何よりの証拠だろうがッ!」
     ケネスは持っていた墨壷を、サザリーの頭にぶちまけた。
    「いたぁ……っ!」
    「この無能め! 商売のろくにできぬ、ごく潰しめがッ!」
    「いた、た、たたた……」
     サザリーは床に倒れこみ、頭からインクと血をボタボタたらしている。ケネスはその頭に割れた墨壷の欠片を押し付け、さらに血を流させる。
    「ひ、っ、何を」
    「いいか、良く覚えておけ! この私の命令は、命を懸けて実行するのだ! でなければ次は、この程度では済まさんぞッ!」
     ケネスはインクと血まみれになったサザリーを蹴り付け、執務室から追い払った。
    火紅狐・破鎧記 2
    »»  2011.05.09.
    フォコの話、208話目。
    大騒乱の火種。

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    3.
     ケネスの怒りを買い、叱責と暴行を受けたサザリーは、大慌てで央南へ戻った。
    「どうもお久しゅうございます、国王陛下」
    「……どうされた、エール殿?」
     頭に包帯を巻いたサザリーの姿に、短耳の国王・清一富は目を丸くした。
    「いや、ちょっと出先で襲われちゃいまして。いやいや、僕ほどの大商人になれば、どこにいても安心なんかできないってことでしょうね、あははは」
    「襲われた、とな? ううむ……、まこと、央中・央北は伏魔殿であるな。一刻も早く、糺さねばのう」
     一富はサザリーが白京を訪れた頃から、ずっと「中央政府は諸悪の根源」と聞かされ、洗脳されてしまっている。そのため、サザリーから「中央政府を倒して、清王朝の正義を世に知らしめちゃいましょう」などと唆され、話に乗ってしまったのだ。
     勿論、まともな有識者から見ればこんな荒唐無稽な話は実現するはずも無いし、実行すれば国が傾くのは確実であると分かっている。
     しかし――一富は有識者とは言えず、むしろ、愚君の部類に入る。その上に自己顕示欲が非常に強く、「自分の名を世に広めたい」などと常日頃から考えていたため、サザリーにとっては「格好の餌」に他ならなかった。
    「そうです、そうですとも! このような思いをするのは、もう誰一人あってはなりません!」
    「うむ、うむ」
    「でしたら早速、お話の方をさせていただきますね。まず央中の……」



     ケネスとサザリーが描いた央南支配の筋書きは、次のようになっている。
     まず、清王朝に央中・央北各地の商人・商家への莫大な債務を負わせ、返済不能な状態まで追い込む。
     一富王には、この行動は「中央政府に巣食う金の亡者から金を引き出せるだけ引き出して、潰してしまえばいい。どうせ相手は『悪』なのだから」と説明されている。
     しかしもう一方――中央政府側には、いずれケネスを通じて「借金を踏み倒すために挙兵しようとしている」と報告される予定となっている。
     計画が熟し、清王朝、即ち央南全土が莫大な借金で満たされ、中央政府との戦争で極限まで疲弊した後、ケネスらがそのすべての土地と利権を二束三文で買い取り、かつての南海や北方で計画されていたのと同様、隷属させる予定なのだ。

     そしてこの計画にはもう一つ、ケネスの狙いがある。
     清王朝が中央政府との戦いに敗れ滅亡すれば、抱えていた負債はすべて不履行となる。そうなれば莫大な額の貸付を行った商人・商家は軒並み破産することになる。
     ケネスにとってこれは、央南を支配するだけではなく、競争相手を一挙に潰す計画でもあったのだ。



    「……では、今回もすべて、国債でのお支払いと言うことで」
    「うむ、よろしく頼んだ」
     ケネスに負わされた怪我を逆手に取り、サザリーは一富に、何とか2億クラムの負債を上乗せさせることに成功した。
    「……と、そう言えば陛下」
    「うん?」
    「反乱軍どもの件は、どうなりました?」
     しかし計画の進行には、一つの問題が発生していた。穂村少佐率いる、清朝反乱軍の存在である。
     反乱軍がこのまま「清王朝が中央政府への叛意を抱き、商人もろとも滅ぼそうとしている」と主張し続け、そのうわさが中央大陸全域に広がれば、商人たちは当然、貸付など行わなくなる。
     そうなれば莫大な借金など作ることはできないし、そのまま清王朝が中央政府にぶつかって滅亡したとしても、ケネスらの狙い通りになることはない。
     ケネスたちにとっても、清朝反乱軍は早急に消えて欲しい存在なのだ。
    「残念ながら、まだ影も形もつかめぬ。お主の言う通り、中央の狗どもを使って調べてはおるのだが、のう」
    「あまり喜ばしくないお話ですね。できる限り早く、一網打尽にできることを願っております」
    「うむ、うむ」
    火紅狐・破鎧記 3
    »»  2011.05.10.
    フォコの話、209話目。
    告発準備。

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    4.
     場所は湯嶺、ランドたちの話し合いに戻る。
    「我々の方でも調査し、エール氏が教唆しているその証拠をつかむべきでしょう。まず行うべきは、そこからです」
     ランドの説得により反乱軍の狐弦襲撃は中止され、代わりに中央政府の協力を止めさせる策が検討されていた。
    「うむ、そこが肝要であるな。元より拙者らは中央政府に対し、一般の世論以上の敵愾心は持ってはおらぬ。彼らと戦う理由など、まったく無いのだ。
     余計な敵に阻まれ、真に許すべからざる敵を逃がすことなど、あってなるものか」
    「その通りです。まあ……、僕からすれば、いずれは攻略したい相手ではありますが。
     それはさておき、具体的に証拠を見つけ、世間に公表するにはどうすればいいか? これを考えていきましょう」
    「ふむ……」
     少佐は顎に手を当て考え込んでいたが、やがて、ぱた、と手を打った。
    「一つ、考えがある」
    「なんでしょう?」
    「話の中核に何度も上がる、エール氏であるが。『清王朝に負債を抱えさせる』と言うその目的上、しきりに央中や央北へと足を運んでいる。
     奴をその、央中などへ出向いている途上で拘束し、中央政府まで引っ張り、彼らの面前で内情を暴露させてみてはどうだろうか?」
    「悪くない案です。しかし……」
    「しかし?」
     ランドが答える前に、イールが肩をすくめつつ、代わりに答える。
    「脅して吐かせるってのは、あんまり信用されないと思うわよ。そのエールって奴に、『反乱軍に言えって脅されたから言ったんだ』って言われちゃったら、何を言ってもウソに聞こえるだろうし。
     それに、そいつを引っ張っていき、話をさせるってなったら、あたしたちも必然的に、中央まで行かなきゃなんない。ランドは向こうじゃ完全に政治犯扱いだし、中央入りした時点で捕まるのは確実。少佐や他のみんなも十中八九、拘束・逮捕されるわよ」
    「なるほど、それもそうか……」
    「それに物的証拠でなければ、信用されるのは難しいでしょう。
     例えば、……そうですね。中央政府攻略を考えているのならば、それなりに物資を必要とします。それこそ、一地域の防衛、守護と言う名目だけでは持て余すほどの、莫大な量の軍事物資が。
     その異常な量の軍備、それが央南に存在しているのを、中央政府の要人に確認させれば、誰であろうと清王朝の思惑を悟らないわけがない。
     それを確認させた上で、エール氏と清王朝との関係、そしてエール氏がその物資の買い付けを指示していたことを広めれば……」
    「その要人が清王朝を非難し、上々に事が運べば、清王朝に刃を向ける。上々とは行かずとも、清王朝への協力が止むのは確実、……と言うことか」
    「その通りです。中央政府と言う頑丈な武具、鎧兜を外させてしまえば、清王朝の攻略は比較的平易なものになる。
     そしてあわよくば、逆に中央政府を我々の武器にしてしまおう、……と言う作戦です」
     ランドの作戦を聞き、少佐は腕を組んでうなった。
    「なるほど、……ふむ、……少なくとも出鱈目に敵陣を襲うより、ずっと効果的であるな」
     続いて、膝立ちになってランドに詰め寄ってきた。
    「では、その要人とは?
     半端な位の者では、中央政府を動かすなど、どだい無理な話だ。少なくとも高級官僚、ないしは大臣級の人間が視察に来てもらわねば、その計画は破綻だ」
    「ええ。……いえ、大臣級でも、止めるのは難しいでしょう」
     ランドの言葉に、少佐は首をかしげた。
    「それは何故だ?」
    「現在の中央政府は、ほぼ寡数の人間によって支配されています」
    「……? 大臣たちと天帝であろう? であるから、大臣なりに申し立て……」
    「その大臣も、です」
    「何……?」
     ランドはかつて中央政府の牢獄で結論に至り、後に母ルピアから裏付けを得た、恐るべき世界征服計画――ケネスとバーミー卿の共謀を説明した。
    「何と! つまりは中央政府各院も、そ奴らめの手の内にあると言うことか! むむむ……!」
     少佐は憤り、畳をダン、と叩いた。
    「それでは到底、卿の作戦など進められないではないか! 天帝をも抱き込んでいると言うのならば……」「あ、いえ」
     ランドはぱたぱたと手を振り、それを訂正した。
    「確かに政府各院が彼ら二人に掌握されているのは確かですし、天帝陛下も操られている、と言うのも間違いない。
     そう、今言った通り――大臣は傀儡ですが、天帝は誘導されている。その違いがあります」
    火紅狐・破鎧記 4
    »»  2011.05.11.
    フォコの話、210話目。
    欠け始めた豪商の算盤。

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    5.
     309年の半ば、中央政府の本殿、ドミニオン城。
    「は……? 視察、ですか?」
     天帝に付いている官僚たちが、現天帝・オーヴェル帝の言葉に、一様に首をかしげた。
    「何故、突然そのようなことを……?」
    「朕の耳に、あれこれと話が入っておるのだ。朕に仇なそうと言う、有象無象の輩のうわさが」
    「はあ……」
     オーヴェル帝は憮然とした顔で、ここ数年の世界情勢をなじった。
    「まず北方大陸! これまで我が中央政府、我が『天帝の世界』と懇意にしていたノルド王国が崩壊し、はるか昔に英傑、シモン大卿とロッソ大卿が打ち滅ぼしたはずの悪魔、レン・ジーンの末裔が征服したと言うではないか! これを朕ら天帝一族に対する反逆、冒涜と言わずして、一体何であると言うのか!
     そして南海地域、ここも一向に治まらぬ! 折角、我が中央政府を挙げて仲裁や指導をしていると言うのに、戦火は激しくなるばかりと言うではないか! 巷にはぞろぞろと、件のレヴィア王国と名乗るならず者の軍やその出先の商人が闊歩し、南海征服を企んでいるとさえ言われている! バーミー卿を信じ任せていたが、状況は悪化するばかりだ!
     そしてその、出先の商人だが、西方の者だそうだ。そう、西方! ここも、中央政府に対する敵意が見え透いている! ここ数年で、西方商人の関わる商業が一様に、市場の値を吊り上げさせていると言う! 我が中央政府と、その下に付く者たちから金を搾り取ろうと言う、さもしい魂胆がありありと見えるのだ!」
    「ふむ……」
    「確かに、そう言った報告は寄せられておりますね」
     愚君オーヴェル帝といえども、政治の中枢の、さらに中心点にいる存在である。世界各地からの報告は、各院トップの大臣に伝えられると共に、彼の耳にも届けられるのだ。その報告を受けて、彼なりに思索し、行動しようとするのは何の不思議や不可解も無い。
     そして何より、己の血筋と権勢を重要視するオーヴェルである。太祖が成した「世界平定」を脅かし、侵害する者たちに対し、並々ならぬ敵愾心を燃やすのは、当然の流れと言えた。
    「そこで朕は視察団を結成し、諸国にさらなる反逆の芽がないかどうか、見て回ろうかと考えておるのだ」
    「へ、陛下ご自身で、でございますか?」
     オーヴェルの発言に、官僚たちは唖然とする。
    「何か問題があると言うのか?」
    「あ、いえ」
    「朕は父上、先代ソロン帝のようにひょろひょろと官僚や大臣に寄生し、ドミニオン城の玉座にへばりつくような政治を行うつもりは、毛頭ない。
     帝位に就く前から父上の所業を見てきたが、あれは情けないにも程がある! 何から何まで人任せにし、すべてが決まった後でボソボソと口出しをして場をかき乱す、性根の汚さ!
     このまま玉座にのさばるだけでは、いずれ朕も先代と同じそしりを受けよう。そうなる前に、朕自らが下々に、ただのお飾りでは無いと知らしめるのだ」
    「なる、……ほど」
    「では、各院から官僚を若干名ずつ集めるよう手配いたしましょうか」
    「うむ。よきにはからえ」
     こうして、天帝視察団の結成が進められることとなった。

     このうわさを軍務大臣、バーミー卿から聞きつけ、ケネスは苦い顔をした。
    「バカ殿め、面倒臭い真似を」
    「まったくだ」
     オーヴェルが視察団結成のために挙げた事例は、どれもケネスとその腹心たちが絡んだものである。
     南海征服や西方商人らの競争激化はケネスの考える世界征服に沿って進められた計画の結果であり、それを咎められたり介入されたりしては、元も子もない。
    「バーミー卿、陛下へ口添えをお願いしても?」
    「構わんが……、何と言えば?」
    「そうですな、……こうしましょう。
     現在の世界情勢は陛下が考えているよりも危険であり、中央大陸から離れるのは薦められない、と。
     それよりも中央政府の圏内、中央大陸内に不穏の種が無いか視察し、ご自身の地盤を固められた方が得策では無いかと。そうお願いします」
    「分かった」

     だが――。
    「何ですって? もう既に、中央大陸内の視察が決定していた、と?」
     バーミー卿から結果を聞き、ケネスは首をかしげた。
    「ああ。詳しいことは聞かなかったが、推挙があったそうだ。恐らくはケネス、君が私に伝えたのと同じ考えに至った者がいたのだろう」
    「……ふーむ」
     ケネスはその話に少し、言いようの無い不安を覚えた。
     しかし、自分の考え通りに事が運んではいるし、それに異論を唱えるのも自分自身、気持ちが悪い。
    「まあ、いいでしょう。それで詳しくは、どこを?」
    「央南だそうだ。どう言うわけか、陛下は西方商人を毛嫌いしていてな」
    「ほう」
    「最近、央南と央北・央中をしきりに渡る西方商人がいるとのことだ。陛下にしては、放っては置けん、と言うわけだ」
    「なるほど」
     これを聞いて、ケネスは心中、これまで執ってきた行動を検討した。
    (流石にこの数年、動きが露骨すぎたか……? まあ、バカ殿のこと、私の真意になど及んではいまいが、それでもうろちょろされれば迷惑だ。
     いかにオーヴェル帝が目立ちたがり、血筋とメンツにこだわる馬鹿だとしても、権力を持っているからな。ごねられて全てを引っくり返されでもすれば、私の計画は頓挫しかねない。
     ……少し、腹心たちとは距離を置いておくか。オーヴェル帝があげつらったと言う事件に私が関わっていると知れれば、けして良い結果にはなり得まい。『関係が無い』、とポーズを執っておかねばな)



     ケネスが権力を得た理由は、政治・軍事・経済のトップを押さえ、操ったことにある。
     だが、その操作・誘導が後々、彼に牙をむくことになるなど、彼が思い至ることはできなかった。

    火紅狐・破鎧記 終
    火紅狐・破鎧記 5
    »»  2011.05.12.
    フォコの話、211話目。
    三流、三流を嘲笑う。

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    1.
     オーヴェル帝が現地視察に来るとケネスに聞かされ、サザリーは慌てふためいた。
    「そ、それって、その、あれですよ、あの、まずいってことになるんじゃ」
    「そうだ」
     おろおろとしているサザリーを机越しに眺めつつ、ケネスは落ち着くよう促す。
    「まず、座りたまえ。私の話を聞くんだ」
    「あ、はい、えっと、……じゃあ、はい」
     ガタガタと音を立てて椅子を引きずるサザリーに、ケネスは苦い顔を向ける。
    「サザリー君。屋敷はまだ、建てて一年経つか経たないかだ。あまり傷を付けないでくれたまえ」
    「あ、す、すみません」
     ようやく座ったサザリーに、ケネスは今後の対応を伝えた。
    「視察団が到着するのは10月の末になる。双月節に行われる天帝教の式事を考えれば、滞在は恐らく11月の半ば、長くても11月の末までだろう。
     つまり半月から一月は、天帝は央南に留まることになる」
    「はあ」
    「その前後……、そうだな、今から12月に入るまで、予定されていた取引はすべて保留、延期するよう手配してくれ。
     取引が行われていることが発覚し、その先を探られ、万が一にでも我々の計画が発覚すれば、私も君も、ただでは済まないことになる」
    「で、ですよね」
    「後は、……そうだな、セイコウ、ダイゲツ、テンゲン、コゲン、そして首都ハクケイに、大規模な軍事物資の備蓄基地があったな?」
    「え、ええ。良く覚えておいでですね」
    「当たり前だ。
     その5ヶ所に収められている軍備を、どこか他の場所に移せ。それぞれ半分程度で構わん」
    「半分、……ですか? でも、それでもかなりの量に……」
    「そんなことは分かっている。だからこそ、隠せと言っているのだ。
     今挙げた五ヶ所は、中央政府軍側でも有用な基地として扱われている。『中央軍指定軍備供与基地』として有事、中央軍が駐留した際に使用できるよう、協定が結ばれているのだ。
     それゆえこの五ヶ所は、中央政府側が『見せろ』と言えば、清王朝側は見せざるを得ん」
    「なるほど、事前に掃除しておいて、いくら調査を受けても大丈夫なように、ってことですね」
    「そう言うことだ。
     それから、これからしばらく先についてのことだが」
     ケネスは眼鏡を外し、裸眼でサザリーを眺めつつ、こうも指示を下した。
    「来年の、……そうだな、2月頃まで、私とは会うな」
    「えっ……?」
    「計画露見のあらゆる可能性、及び関連性を断つためだ。
     例えば君が央南における取引について証人喚問を受け、そこから私との取引について問いただされた場合。君と私とが密接に、こうして人払いをしたうえで商談をしている事実を、何ら黒い印象無しに、説明できるだろうか?」
    「それは、まあ、僕の方からは、その、言うようなことは無いはずです」
    「そうだろうとも。君の弁舌、交渉術を以ってすれば、それは起こり得まい。
     だが、君だけが喚問されるわけではない。他にも、取引に関わってきた人間が多数、審議の場に集められるはずだ。
     その中で、君と私との関係を黒く色付けする輩が、居ないと思うか?」
    「……断言は、できないですね、確かに」
     ケネスは眼鏡の汚れを拭き取りつつ、話を続ける。
    「それを懸念しての措置だ。……問題は、無かろうな?」
    「も、勿論。取引は止まるんですから、総帥のご意見を伺うようなことは、無いんじゃないかなーと」
    「ああ。……まあ、それにだ」
     綺麗に拭いた眼鏡をかけ直し、ケネスはこう続けた。
    「南海の方で、ゴタゴタが起こっていると言う話を聞きつけた。何でも、スパス産業の配下にある商店が軒並み、売り上げを落としているそうだ。
     現状を打開してほしい、何か策を授けてほしいと、奴から手紙が届いたのだ。事態の収拾のため、私はしばらく南海へ向かう予定だ。
     どちらにせよ、屋敷に来られても応対はできん」
    「スパス産業って……、ああ、はいはい。うちの『当て馬』の、アバント・スパス君のことですか」
    「そうだ。……まったく、まともには使えん男だよ」
     ケネスの言葉に、サザリーはクス、と鼻で笑った。
    「確かに。彼は職人上がりですからね。金勘定や商売の機微なんか、ろくに分かるわけが無い。でも、彼を総裁に仕立てたのって……」
    「確かに私だ。まあ、君の言うように彼は『当て馬』だな」
    「良く言いますもんね、『バカとハサミは使いよう』って。
     愚図は愚図なりに、金を生ませるための使い捨て方はある、……そう言う腹積もりでしょ?」
    「くっく……」
     サザリーの言葉に、ケネスは短く笑った。
    火紅狐・荷移記 1
    »»  2011.05.15.
    フォコの話、212話目。
    本尊を動かしたからくり。

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    2.
     反乱軍の本拠地、湯嶺・穂村少佐の邸宅。
    「情報が入った。天帝が視察団を結成し、こちらへ来るそうだ」
     少佐から話を聞き、ランドは満足げにうなずいた。
    「狙い通りですね」
    「ああ。……しかし、どうやって天帝を動かしたのだ?」
    「元々僕は、306年まで中央政府の中核、政務院で大臣を務めていました。天帝の志向や世界情勢には、詳しいんです。それに、天帝に付く高級官僚も何名か、記憶しています。
     その何名かに、匿名で手紙を送ったんです。『央南において不穏な動きあり。最悪の場合、中央に対し強い叛意ありと見られる』と。
     元々、清王朝が自らスパイを要請する動きまであったんですから、これを揉み消すためのパフォーマンスと捉える人がいてもおかしくない。そう言う人に、ダイレクトに密書を送ったわけで」
    「疑念が増え、調べてみてはどうかと意見する人間が増える、……と言うわけか。
     だが、それだけでは天帝は動かせまい?」
     腑に落ちない顔を向ける少佐に、ランドはニヤッと笑いかけた。
    「まあ、動かせまいって言うか……、早晩、相手の方から動くんじゃないかと狙ってはいました」
    「ふむ?」
    「現天帝、オーヴェル・タイムズは猜疑心と自意識過剰の塊みたいな人です。そして何より、天帝と言う自分の血筋、歴史に、非常に強い誇りとこだわりを持っている。
     そんな彼が、近年の世界情勢の不安を聞いて、何も行動しないわけが無い。かと言って、指示を出すだけでは、彼は納得しないでしょう」
    「それは何故だ?」
    「彼の父、先代のソロン・タイムズ帝が、まさにそう言うタイプだったからです。
     長年、健康状態が不安定だったために、主立って動くことはせず、重臣と意見交換、もしくは命令を下すことで、間接的に政治の舵取りをしていた。
     そうやって長年進めてきた先代の政治活動の結果が、自分の代に回ってきているわけですから。今、誰もが『世界は平和であるとは到底言えない』と感じている現在、果たしてオーヴェル帝は、先代の仕事ぶりを評価するかどうか……?」
    「なるほど。指示を送るだけでは父親と同じ。そこからもう一歩、何か踏み込む要素は無いかと考えていたわけか」
    「そうです。そこへ周囲から、『央南がどうも怪しいぞ』と聞かされれば、彼は非常に関心を寄せる。
     結果は上々、彼自らが視察団を率いてやって来ることになった。まあ、もしも彼が来なくても、彼が独自にスパイを動かして内情を探ることは、したはずでしょう。何せ、今まさにスパイが現地をウロウロしてるわけですから」
    「その流れになっても、我々としては得であるな。……ううむ」
     突然、少佐は深々と頭を下げた。
    「やはり貴君を参謀と頼んで正解であった! 拙者らが動くより何倍も、効果を挙げたものよ!」
    「いや、いや」
     反面、ランドは恐縮するでもなく、ぱたぱたと手を振っている。
    「まだです。今はまだ、『最も政治に影響力を与える天帝が、自らやって来る』と言うだけ。
     重要なのは天帝に、清王朝が反逆の準備を整えていることを認識させることです」
    「……そうであったな」
     少佐はひょいと頭を上げ、続けて尋ねた。
    「して、この次に執る策は?」
    「考えてあります。
     少佐、確か央南内の中央軍指定備蓄供与基地は、全部で5ヶ所でしたね?」
    「うむ。央南中部には、白京と天玄。北部では青江と大月。西部には弧弦。この5つだ」
    「恐らく、エール氏はここに集められた大量の軍備を、どこかへ移すはずです」
    「なるほど。確かにそのまま置いていては、露骨に叛意が見え透いてしまうからな」
    「そこで少佐に伺いますが、この5基地からその大量の軍備を移し、隠すのに最適な場所はどこか、見当が付きますか?」
    「ふむ……。調べてみよう。一両日中には返答できるだろう」
    「分かりました。では、今日の軍議はこの辺りで」
     ランドはすい、と立ち上がり、静かに部屋を離れた。
    火紅狐・荷移記 2
    »»  2011.05.16.
    フォコの話、213話目。
    少佐の理由。

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    3.
     少佐の調べが済むまでの間、ランドは湯嶺を散策することにした。
    「……白いなぁ、視界が」
     眼鏡に張り付いた湯気を拭きつつ、ランドは街を眺める。
     この辺りは大きな源泉があるらしく、あちこちに温泉宿が構えている。そのため、人通りは割と多い。
    (少佐、故郷だからここに本拠を構えた、って言ってたけど。……危なっかしい人だなぁ)
     現政権に反旗を翻す組織なのだから、なるべく人の少ない土地に構えるのが常道なのだが、少佐の選択は――弧弦を攻めようとしたことと言い――ことごとく、その常道を外している。
    (どうやって少佐になれたんだろう、彼は……? いくらなんでも、戦下手すぎやしないかな。技術将校か何かだったんだろうか)
     と、向こうから知った顔がやってくる。
    「あ、イール」
    「あら、ランド。会議は?」
    「向こうの調査結果待ち。それまでやることが無いから、こうしてブラブラしてるってわけさ。
     君の方は?」
     そう尋ねてみると、イールは楽しそうに顔をほころばせた。
    「温泉っ。いやー、お肌スッベスベよ」
    「へぇ?」
     それを聞いて、ランドはひょいとイールの手に触れた。
    「ひぇ? ちょ、ランド?」
    「本当だ。肌に良いんだね、ここの温泉。僕も後で入ろうかな」
    「あ、ちょ、その、ちょっと」
    「どこの温泉?」
     やんわり尋ねるランドに対し、イールは顔を真っ赤にする。
    「え、あ、あの、……ソコ! ソコのっ!」
    「そこ、……って言われても」
     要領を得ない答えに、ランドは肩をすくめる。
    「何て店?」
    「あ、……あー、と、……何だったかしら」
    「良かったら、案内してくれる?」
    「……あ、うん、案内ね、うん、いいわよ」
    「ありがとう」
     にっこり笑うランドに対し、イールは終始バタバタした仕草で返していた。



    「ふう……」
     明日の会議に使う資料をまとめ終え、少佐も温泉へ向かっていた。
    (……しかし、つくづく思う)
     その道中、ランドとの会議を思い返し、自分の将としての、一家一城の主としての資質に疑問を抱く。
    (やはり義侠心や志の高さ、負けん気のみで進めていけるほど、戦は甘くない。ファスタ卿の意見を伺わずに進めていれば、拙者らは単なる賊軍として終わっていただろう)
     意気消沈しつつ、道を歩いていると――。
    「あ……、お主は」
    「む……?」
     ランドの側にいる侍、大火と出くわした。
    「失敬。克殿、だったか。お主も風呂へ?」
    「いや、散策していただけだ」
    「そうか。……どうだ、話がてら。一緒に湯を浴びんか?」
    「……ふむ。そうだな、付き合おう」
     共に温泉へ行くことになった大火に、少佐はあれこれと尋ねてみた。
    「お主、央南の者と見受けするが、どこの生まれだ?」
    「……」
    「答えられん、か?」
    「ああ。説明が難しい」
    「ふむ? ……まあ、いい。深い事情があるのなら、問わん。
     その刀、なかなかの業物と見えるが、どこで手に入れた?」
    「俺の弟子たちが打ってくれた」
    「弟子? お主、刀鍛冶か?」
    「本職ではない、が。それなりの技術はある」
    「ほう。では、本職は?」
     あれこれと尋ねる少佐に対し、大火はぶっきらぼうに返すばかりである。
    「魔術師だ」
    「魔術か。六属性の、どれを?」
    「基本は火の術だが、一通りは修めている」
    「一通り? 六属性、全てをか?」
    「ああ」
     それを聞いて、少佐は目を丸くする。
    「すごいな……! 拙者、火の術で精一杯だと言うのに」
    「ほう」
     ここでようやく、大火は少佐に興味を抱いたらしい。
    「いや、実のところ、拙者が少佐の位に成り上がれたのも、それが理由でな。清朝軍にて、火の術と剣術の教官を務めていた。
     その点では、お主と拙者は似ておるな」
    「……」
    「しかし拙者とお主の技量は、吊り合いそうには無いな。見たところ、拙者の方が歳を重ねてはいるが、技量では到底敵いそうには無い。
     拙者はしがない教官でしかないし、実戦経験など、鳥獣やしょぼくれた罪人を追いかけたくらいのもの。
     それに比べて、お主はその物腰と剣気だけでも、相当の経験を積んできたと悟らせる。いやまったく、真の剣士、侍とは、お主のような者のことを言うのだろうな」
    「……ふむ」
     こう評価された途端、大火の険が薄まった。
    「火術教官と言ったが、どの程度まで扱える?」
    「ん……? 拙者か? そうだな、どう説明すればよいか。
     中央軍から攻撃用魔術について5段階の策定・指定が成されており、清朝軍もそれに従っているのだが、拙者はその3段目、『単体高威力攻撃』に関して指導できる資格がある」
    「単体、高威力……、ふむ。『ファイアランス』が扱える程度か」
    「そうだ。他にも初等の治療術や幻惑術なども扱える」
    「……剣術の教官も兼ねていると言ったな?」
    「ああ、そうだ。……おっと、もう着いたか」
    火紅狐・荷移記 3
    »»  2011.05.17.
    フォコの話、214話目。
    克大火の弟子;剣と魔術に愛されし者。

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    4.
     浴場に着いたところで、今度は大火の方から、少佐に話しかけてきた。
    「玄蔵。魔術剣、と言うものを聞いたことはあるか?」
    「まじゅつ、けん……? いいや、初めて聞く」
    「簡単に言えば、剣術と魔術を混合、連携させたものだ」
     大火は汲んだ湯を浴びながら、その聞きなれない技について説明する。
    「元々、俺の弟子の一人に、『克窮奇(かつみ きゅうき)』と言う男がいてな。そいつは俺に比肩する、……いや、俺を凌ぐほどの剣術の才を持っていた。
     だが俺のいた、……国では、あまり剣術と言うものは、注目されていなかった」
    「ほう、何故に……?」
    「これも簡単にしか説明できんが、剣術よりも間合いに長け、はるかに威力のある武器があったからだ。
     ゆえに俺は窮奇を弟子に取るまで、魔術を軸にして戦っていた」
     そう語る大火の体には、確かに数々の修羅場を潜り抜けたと思わせる古傷が、あちこちに付いていた。
     いや、良く見れば胸や背中、脇腹などの急所に、人間であれば決して付いてはならないような傷跡が、いくつも付けられている。
     それを見て、少佐は――湯気のため、大火には悟られていなかったであろうが――思わず身震いした。
    (この傷の、大きさと数……! 一つだけでも、死んでおかしくないと言うのに……?
     こやつ、本当に人間か?)
    「だが敵もさるもの、対魔術用の装備を用意したり、そもそも魔術に強い抵抗力を持つ人間を投入したりと、一筋縄で行くような相手ではなかった。
     そこで窮奇は、俺から教わった魔術を元にし、魔術剣を編み出した」
    「ふむ」
    「本当に窮奇と言う男は、こと剣術に関しては、俺の才をはるかに凌駕していた。
     ……そうだな、例えば」
     大火はすっと立ち上がり、浴場の隅に立てかけられていた湯かき棒を手に取った。
    「湯船を見ていろ」
    「うむ」
     大火は棒を刀のように構え、湯船の表面に向けて振り払った。
    「『一閃』」
     大火と湯船とは3メートルほど離れていたが、不思議なことに――。
    「……!」
     湯船の端から端にかけ、鋭い波が立った。
    「素振り、……にしては、異様な間合いと威力だ」
    「ああ、魔力による力、打撃の発生だ。……理論を聞きたいか?」
     大火に見せつけられた技に、少佐はゴクリと喉を鳴らした。
    「……う、うむ。いち魔術教官、剣術教官として、非常に興味をそそられた。お主さえよければ、今すぐにでも教わりたいところだ」
    「いいだろう。それならこの後……」
    「……あ、いや。すまぬが今晩は、ファスタ卿に頼まれた用事を済まさねばならぬ。明日、いや、明後日に頼めるだろうか?」
    「承知した」



     一方、ランドはイールの案内を受け、別の浴場に到着した。
    「ここかぁ。案内ありがとう、イール」
    「いーえいえ」
     先程の動悸も何とか落ち着き、イールは平然としている。
    「んじゃ、あたしは戻るわね」
    「うん。……あ、そうだイール」
     イールが踵を返しかけたところで、ランドが呼び止める。
    「ん、何?」
    「明日の夕方くらい、暇かな?」
    「えっ?」
    「明日、少佐との会議が終わった後、次の作戦への準備を進めたくってさ。手伝ってくれないかな?」
    「あ、うん、いいわよ、あたしで良かったら」
     それを聞いて、ランドはほっとした顔を返してきた。
    「良かった、ありがとう。それじゃ明日夕方くらいに、離れの前で」
    「うん、分かった。そんじゃ、ね」
     イールはそのままランドにくるりと背を向け、少佐宅へと向かった。

     戻ってきたところで、イールは大火、少佐とすれ違った。
    「お主も風呂帰りか」
    「うん、そう。少佐たちも?」
    「ああ。……どうした、サンドラ卿?」
    「え?」
     少佐は不思議そうな顔で、こう尋ねてきた。
    「妙に上機嫌な様子であるが、何ぞ吉事でもあったか?」
    「ん、……ううん、何にも? それじゃ、ね」
     そう言ってパタパタ手を振りながら廊下を歩き去るイールの尻尾は、嬉しそうにくるくると揺れている。
    「……若さは、いい。何につけても、楽しそうだ」
    「……」
     少佐の一言に、大火は何も言わず肩をすくめた。
    火紅狐・荷移記 4
    »»  2011.05.18.
    フォコの話、215話目。
    軍備の行先。

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    5.
     翌日。
    「昨日尋ねられた件であるが、東部では三岬(サンザキ)、西部では黄海(コウカイ)、そして中部では京谷(ケイコク)が、軍事物資の隠し場所、持ち出し場所に最も適しているだろう」
     少佐から軍備移送先の見当を伝えられ、ランドは小さくうなずいた。
    「根拠をお尋ねしても?」
    「うむ。三岬は青江、大月の両都市に近く、港がある。とっさに軍備を持ち出して海や離れ小島へ逃れ、査察の目をごまかす、……と言う手も、容易に取れる」
    「確かに、考えられる手ですね。となると、このコウカイと言う街も?」
    「その通り。こちらにも大規模な港があり、いざとなれば他の港町へも逃げやすい。
     とは言え京谷については、この通りではない。港町どころか、陸のど真ん中だ」
    「では、何故ここだと?」
    「一つは、白京と天玄の丁度中間にあるためだ。そしてもう一つ、ここには大規模な農耕地帯が存在し、そのための倉庫や用地が数多く存在する。
     物を隠すのに適していると、拙者は思うのだが」
    「なるほど。確かに畑であれば、土を掘り返していても不自然ではないですね。それに、首都のハクケイが近い。考えられなくはない」
    「では、そちらを……」
     ところが意気込む少佐に対し、ランドはさらりと流した。
    「いえ。
     それから少佐、海へ逃れた場合ですが。具体的に、どの島へ運ぶと見当を付けていますか?」
    「……京谷ではないと?」
    「考えにくいですね」
     少佐の予想を、ランドはばっさり斬り捨てた。
    「少佐の仰った通り、ケイコクは陸の真ん中、言い換えれば逃走経路、輸送経路を限定されやすい街です。あらゆる街道から多方面に渡って捜索された場合、逃げ場が無いわけです。
     これが港町の場合、どう頑張っても、港から出る経路を全て押さえる、と言うことは不可能に近い。明確な道が無い分、いくらでも抜け道が作り出せる。調査が入る前に運び出されてしまえば、港町で調査を行う視察団がその後を追うことは、まず不可能でしょう。
     よって、陸路しか輸送手段の無い都市は、除外せざるを得ません。また、重ねて言いますが、海路を使用された場合、その痕跡を辿るのは不可能。後を追うよりも、先回りする方が賢明と言えます。
     ですから僕はその先、運んだ先を伺っているわけです」
    「むう……」
     少佐は眉を曇らせ、困ったように資料をペラペラとめくり始めた。
    「その……、もう少し……調べを……」
     ランドはため息をつき、資料に手を伸ばした。
    「見せてください」
    「……うむ」

     少佐と共に調べ、ランドは次の島にあたりを付けた。
     白京から南南東へ80キロほど離れた無人島、待垣島(まつがきじま)。島全体に青々とした松が生い茂り、かつ、海抜10メートルにも満たない、背の低い島であるため、目視で白京からその姿を確認できることは、まず無い。
     さらには国際的な航路からも離れており、少なくとも白京に住んでいない者、即ち央北からの人間で構成される天帝視察団には、その存在すら気付くはずも無い場所である。
    「なるほど。確かに、こんな島があったような覚えがある。好都合な隠し場所であるな」
    「視察団到着の日がそう遠くない現在、ハクケイからこちらに物資が運ばれている可能性は、非常に高いです。
     なので、すぐにこの島へ忍び込み、裏付け調査を行いましょう。そして確固たる証拠をつかめたら、訪れた視察団に島の存在を密告します」
    「うまく事が運べば、後は当初の目論見通り、中央政府は央南から手を引く、あるいは刃を向ける、……と言うわけだな」
    「はい。……ただ、向こうとしては何が何でも、ばれては困るわけです。恐らく島には多数の兵士が配備され、守りを固めているはずです」
    「忍び込むには相当の手練が必要、と言うことか」
    「それについてはご安心を。イール、レブ、そしてタイカに行ってもらう予定です」
     それを聞いて、少佐は首をかしげる。
    「お主は?」
    「何故僕が?」
    「何……? 人任せにするのか、お主は?」
     憤りかけた少佐に対し、ランドは淡々と述べた。
    「僕の行うべきは、今後の戦いに備えての調査と検討、立案です。荒事には向いていません。
     彼ら三人に頼むのは、そうした仕事において十二分な能力と経験を有しているからこそです。
     然るべき人材は然るべき場所へと置く。でなければ、どんな精鋭も烏合の衆となって瓦解するでしょう」
    「……なるほど」
     徹頭徹尾に渡って言い負かされ、少佐は口をつぐむしかなかった。
    火紅狐・荷移記 5
    »»  2011.05.19.
    フォコの話、216話目。
    話をしたがる男と、話を聞かない女。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ランドと少佐の会議から、2日後。
    「なあ、克」
    「なんだ?」
     かねてより約束していた「魔術剣」の教授を受けている合間に、少佐は大火にこんなことを尋ねた。
    「どうも……、拙者、ファスタ卿のことを、好きになれぬ」
    「そうか」
    「何と言うか、まあ……、確かに、窮していた拙者らを助けてくれるその温情と仁は、感じてはいる。
     だが、拙者の意見をことごとく無碍にしてくるのは、どうも癇に障ると言うか」
    「ふむ」
     不満を打ち明けてはみたが、大火は大して同情してくれたようには見えない。
    「お主、ファスタ卿と親しいように見受けられるが、何とかその、もう少しばかり、柔らかく応対してくれるよう……」「無駄だな」
     それどころか、こう返してきた。
    「あいつは自分の知識と戦略論に絶対の自信を持っている。それに沿わぬ意見など、採用するはずが無い」
    「いや、それは重々承知している。であるから、もう少し対応をだな……」
     大火は肩をすくめ、今度はこう述べた。
    「あいつの言い方、論議の進め方に不満があると言うのなら、あいつを追い出して耳を閉ざす他無いな。
     例え言い方や接し方を変えたところで、その論議の中身がお前の意に沿わぬものであることに、何ら変わりはない」
    「ぬう……」
     渋い顔を向けた少佐に、大火は肩をすくめて見せた。
    「説明を続けるぞ」
    「……うむ」



     一方、ランドはイールを伴い、湯嶺の市街地に来ていた。
    「必要なものは、これで全部かな」
    「そうね。武器の素材に魔術用のインクと石、サイドバッグとかバックパックとか、あとは食糧。……うん、全部揃ったわね」
    「じゃ、帰ろうか」
     そう言ったランドに、イールは口をとがらせた。
    「えー……、もう帰るの?」
    「そりゃ、準備は早く済ませるに越したことは無いし」
    「まあ、そりゃそうだけど」
     同意はしたものの、イールは不満げな顔を浮かべる。
    「……まだ他に、何か準備は必要だったっけ?」
    「ううん、無いわよ。無いけど、なーんかもったいないなーって」
    「何が?」
    「ほら、二人っきりで買い物なんて、ほら、ね、なんか、思わない?」
     イールにそう問われ、ランドは「んー……」と短く唸った。
    「……実は」
    「うん、うんっ」
    「あんまり好きじゃないんだ、買い物って」
    「……ぅえ?」
    「僕には妹がいるんだけどね。
     ランニャって言うんだけど、その子が買い物に行く度に、僕をあっちこっちに連れ回すんだ。もうこれが大変で、街の端から端まで3周はしないと気が済まないって感じなんだ。で、僕が住んでた街は工業が盛んなところで、至る所から槌とか鋸とかふいごとかの音が、大音量で響き渡っててさ。
     その思い出があるから、あんまり自分からは行きたくないんだ。こうして、どうしても必要な何かが無いと、行こうとは……」「……~っ」
     ランドが話している間に、イールはプルプルと猫耳と尻尾を震わせ、顔を真っ赤にしていたのだが、ランドは見ていなかった。
     そのため、イールが次の瞬間、ランドの頬に向かって平手を振り上げたことに、まったく気付いていなかった。
    「あんたねえぇ……! あたしと一緒に居て楽しくないって、何なのよーッ!」
     べちんと音を立て、ランドの頬が平手に弾かれた。
    「……え? ちょ、っと? イール、なんで? 痛いじゃないか……」
    「バカーっ!」
     目を白黒させるランドに背を向け、イールはそのまま走り去ってしまった。
    「……えぇー……?」

     数分後。
    「……イール」
     慌てて戻ってきたイールを見て、ランドはため息をつく。
    「なんでいきなり……」「ゴメンゴメン、ほんっとゴメン!」
     詰問しようとしたところで、イールはぺこりと頭を下げた。
    「キライって言ったの、買い物のコトよね! あたし、勘違いしちゃって……。オマケに荷物、全部あんたに持たしたままだし。もーホント、あたしそそっかしいわ! ゴメンね、ホントに」
    「……何が何だか……」
     詳しく質問しようと思ったが、ランドはもう一度ため息をつき、それをやめた。
    「……まあ、いいや。何をどう思ったのか知らないけどさ、話はちゃんと聞いてほしいな」
    「うんうん、……ゴメンね、ランド」
    「いいよ。……じゃあ、……帰るよ」
    「……はーい」
     しゅんとするイールを連れ、ランドは憮然としたまま帰った。

    火紅狐・荷移記 終
    火紅狐・荷移記 6
    »»  2011.05.20.
    フォコの話、217話目。
    天帝視察団、来る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦309年、11月の末。
    「ほう、ほう……。ここが央南、か」
     天帝オーヴェルを筆頭とする調査団体、天帝視察団が、白京の港に到着した。
    「お待ちしておりました、天帝陛下」
    「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」
     対する清王朝の重臣たちは、一様に頭を垂れる。
    「陛下御自ら、このような大陸の端までご足労いただき、感謝の極みにございます」
     その筆頭である国王、一富も例外ではない。普段しないような、露骨にぺこぺことした、へりくだった仕草で、天帝に頭を下げた。
    「うむ」
    「と……、陛下。長い船旅で、大変お疲れでございましょう。宮殿にて、もてなしのご用意をしてございます。公務に当たられる前に、まずはごゆるりと」
    「ふーむ、そうじゃな。朕もこの半月余り、空と海しか見ておらぬ。青色以外の鮮やかなものが見られること、期待しておるぞ」
     オーヴェル帝は大儀そうに鼻を鳴らし、清朝の文官たちに先導される形で港を後にする。
     反面、残った官僚たちは清朝の重臣たちを一瞥し、堅い口調で釘を刺した。
    「万一、懐柔目的で我々を持て成そうと言うおつもりであれば、我々はより厳しく、視察を行う所存です。
     くれぐれも今回の視察を、天帝陛下の単なるお遊び、気紛れなどとは思わぬよう」
    「……ええ、重々承知しております」
     重臣と一富はもう一度、深々と頭を下げた。

     愚君と評されるオーヴェル帝の率いる視察団であるが、今回の件は、天帝が自ら辺境へ赴き視察を行うと言う、近年稀に見る実地的な示威行動である。
     天帝、そして天帝の周囲を固める高級官僚たちの実力と権威を改めて、明確な形で世界に示すまたとない機会であり、彼らの意欲は非常に高かった。
     そのため、官僚たちの意気込みは半端なものではない。また、天帝自身も、なんとしてでも不正、腐敗を見つけ、責め立てようと、港に到着したその時から、いや、船上にいた時から既に、躍起になっていた。

    「本日は訪南を記念いたしまして、央南各地の海の幸、山の幸をたっぷりとご用意させていただきました。どうぞ、今夜は存分に……」「うむ」
     恭しく案内する文官たちをさえぎり、オーヴェル帝はぼそ、とこうつぶやく。
    「うわさに違わぬ金満振りのようじゃな。さぞ国庫は潤っておろう」
    「……あ、いや。今回は、特別に、はい」
    「そうか。特別に搾り取った、贅(ぜい)であるか」
    「い、……いいえ、滅相もございません」
    「……ふん」
     半ばけたたましく持て成していた文官たちは、一瞬にして静まり返ってしまった。



     その夜、一富の側近が視察団を持て成す席を離れ、密かに宮殿を抜け出して、近くの宿に逗留していたサザリーを訪ねた。
    「あの、一体どうなさったんです、こんな夜中に?」
    「いや、なに。あの件について、もう一度確かめようかと」
    「あの件? えーと、あれですか。あの、えっと、……『荷移し』、の」
    「そうだ。もう怪しまれるだけの量は、宮殿や軍本営には無いだろうな?」
    「もちろん、もちろん。怪しまれない分だけはちゃんと残してますし、ご心配は無用です」
    「ならばいいが」
    「あれ、僕のことを信用してないと?」
    「いや、いや。そう言うわけではない。ただ、陛下より『念のために、もう一度確認を』と命じられた故」
     それを聞き、サザリーは苦笑する。
    「あはははは……。つくづく心配性ですね、やんごとない地位にいらっしゃる方は。天帝陛下もご他聞に漏れず、そう言う性分のご様子ですし。
     心配、まーったくございません、です。あの島の存在など、気付く道理が無い。昼は街をご散策されるでしょうし、夜は宮殿に篭りっきり。一体いつ、とうに見飽きた海など見るものですか。無いでしょう?
     それに考えていただきたい。あの島、この僕が進言するまで、誰が記憶していましたか? 誰も覚えてらっしゃらなかったでしょう? この都にずーっと住まわれていたあなた方ですら、とうの昔に忘れていた場所ですよ? 一体どこの誰が、『そう言えば沖の方に丁度良さそうな島が』なーんて漏らしますか! 杞憂も杞憂、まったくもって馬鹿馬鹿しい話です!
     我々があの島についてうっかりと言及しない限り、天帝陛下が島の存在に気付くことなんて、一生起こりませんよ」
    「……そうだな」
     安心した様子の側近を見て、サザリーはいやらしい笑みを浮かべた。
    「まあ、こんなことを何度も確認するよりも、ですよ。とっとと天帝陛下を篭絡しちゃって、『この界隈に不実など何ら存在しなかった』と公表させた方が、話が早いでしょうね。
     僕なんかを相手にするよりも、天帝陛下にお酒の一本でも注いできたらどうです?」
    「……ああ、そうしよう」
     側近たちはそそくさと、サザリーの部屋を後にした。
    火紅狐・来帝記 1
    »»  2011.05.22.
    フォコの話、218話目。
    自分の気持ちに気付いて。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     視察団が到着する、その一週間前。
    「あれがマツガキ島?」
    「そうだ」
     ランドに命じられ、イールたちは小舟で待垣島へと向かっていた。
    「ホント、ぺたんこな島ね。高波が来たら、沈んじゃうんじゃない?」
    「ああ。それ故、人が住んでおらぬ」
    「なるほどね」
     イールたちの他に、穂村少佐も舟に乗り込んでいた。
     ランドからは「上には上の役目がある。みだりに動き回るのは感心しない」と諌められていたものの、少佐の性格としては、その意見に納得することなどできない。
     そのため無理矢理に頼み込み、少佐もイールたちに付いてきたのだ。
    「とは言え、……ふむ」
    「どうかしたのか?」
     単眼鏡を覗きながら、渋い顔で短くうなる少佐に、レブが声をかける。
    「いや、かつてあの島を漁業関係の基地にしようと、石垣を作りかけたことがあってな。
     結局は、あまり漁業には有効利用できそうにないと言うことで、中途半端なままで止まっていたはずなのだが……」
     そう言って、少佐はレブに単眼鏡を渡した。受け取ったレブは単眼鏡で島を確認し、少佐と同様に渋い顔をした。
    「……半端、って感じじゃないな。完成してるぜ」
    「ああ。どうやら此度の軍備移送に備え、石垣を完成させたらしい。あれだけ固めていれば、少々の高波で軍備が濡れることはあるまい」
    「ランドの予想通り、あの島を隠し場所にするようだ、な」
     一人離れ、海を眺めていた大火のつぶやきに、イールは深くうなずいた。
    「そうね。後はあの島に忍び込んで……」
    「清王朝の指示により軍備が送られている証拠をつかみ、その事実を視察団に伝える、……と」

     一行はそのまま沖で待機し、夜を待って忍び込むことにした。
    「流石に央南とは言え、冬は寒いな」
    「そうね」
     じっと待つのも退屈なので、イールとレブは釣りに興じている。
    「ってか、もう三ヶ月もこっちにいるんだよな。もう割と、こっちの気候に慣れてきた気がするぜ」
    「あー、そう言われるとそうかも」
    「少佐から聞いたんだけどよ、央南は春夏秋冬、四季の間隔が全部同じくらいらしい」
    「そうなの?」
    「だから単純に4で割って、一季節が大体三ヶ月くらいになるんだってさ。つーことは、央南の秋を丸々過ごしたってことになるんだよな、俺たち」
    「へぇ……」
     と、話しているうちに、イールの釣竿に当たりが来る。
    「よ、っと」
    「……うまいなぁ、お前」
    「ま、セイコウでずーっとランドと一緒に釣りしてたし」
    「そっか、そうだったよな。
     ……なあ、イール」
     釣った魚を一緒に魚籠に入れながら、レブが尋ねてくる。
    「なに?」
    「お前さ、ランドとよく一緒に居るけど」
    「そう、かな?」
    「そうだよ。んでさ、だから聞くけど」
    「うん」
    「あいつのこと、好きなのか?」
     そう問われ、イールの手が止まった。
    「え……、と?」
    「いや、違うなら何でもないんだ。聞きたかっただけだし」
    「……あー」
     考えるうちに、イールはようやく、自分がここ三ヶ月抱いていた、不思議な感覚に思い当たった。
    (あーそっか、そーだったのね)
    「……イール?」
    「あ、うん、……うん、今気付いたわ、ソレ」
    「はぁ?」
    「……どうしよう、レブ」
     問い返され、今度はレブの動きが止まる。
    「……何を?」
    「今気付いちゃったのよ」
    「今聞いたよ」
    「どうしよう? どうしたらいいかな?」
    「だから何を」
    「だってさ、そんなコト思ったの、初めてなんだもん」
    「……マジで?」
    「超マジ」
    「おっせえ初恋だなぁ」
     呆れるレブに、イールは顔を真っ赤にしながら弁解する。
    「だって、全然あたし、そんなコトになる機会無かったのよ。小っちゃい頃からアレコレやらされてたし」
    「そっか、そう言やお前が『猫姫』って恐れられてたのって、大分昔っからだもんな。
     ……じゃあお前、今までずーっと気付かずにランドと遊んでたのか」
    「……うん」
     猫耳の先まで真っ赤にして黙り込むイールを見て、レブは笑い出した。
    「……はは、はははっ」
    「な、何で笑うのよ」
    「いや、改めてお前、面白い奴だなぁと思って」
    「うー……」
     と、レブはうつむいたイールの肩をポンポンと叩き、優しく声をかける。
    「まあ、いいんじゃないか? あいつは悪い奴じゃないし、まあまあ顔もいいし。今回の作戦が終わったら、改めて『付き合ってください』って言ってみればどうだ?」
    「……いや、でも、いきなり……そんな……うー……」
     結局、とても釣りができるような状況ではなくなり、この後夜になるまで、レブはイールを落ち着かせようと、温かく声をかけ続けた。
    火紅狐・来帝記 2
    »»  2011.05.23.
    フォコの話、219話目。
    克一門。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     イールが慌てふためいている一方で、少佐はまた、大火と話をしていた。
    「なあ、克」
    「うん?」
    「あの術……、拙者も自分なりに学んではいるのだが、どうも魔術が刃に宿るところまで行かん。何かコツのようなものは無いのか?」
     そう問われ、大火は「ふむ……」と短くうなり、腕を組んで思案する仕草を見せた。
    「そうだな……。詳しく聞けば問題点も見えてくるだろうが、今はそうも行くまい」
    「……確かに。まさかこんな小さい舟の上で刀を振り回すわけにも行かんし、理論も口だけでの説明は難しい。
     ……とは言え、他にやることもない。何か話でも、と思ったのだが」
    「釣りでもしていればどうだ、あの二人のように」
     そう言って大火は顎でイールとレブを指し示すが、少佐は苦笑いを返す。
    「いや……、恥ずかしながら拙者、釣りは苦手でな。生まれてこの方、一匹も釣れた試しがない」
    「そうか」
     短く答え、話を切り上げようとする大火に対し、少佐は食い下がる。
    「と、と。そんな邪険にするな、克」
    「……」
    「ほら、そうだ。お主、弟子がいると言っていたな?」
    「ああ」
     面倒臭そうな目を向けてくる大火にめげず、少佐は質問を重ねる。
    「何人ほど?」
     大火は少佐の方を向こうとはせず、うざったそうに返してきた。
    「……今は、一人もいない。皆、俺を裏切るか、眠るかした」「う」
     地雷に触れてしまい、少佐は一瞬、口をつぐんでしまう。
    「……ま、まあ、……その、済まなんだ。……では、話を少し変えよう。
     その……、その弟子と言うのも皆、魔術師だったのか? 先日聞いた限りでは、どうも鍛冶師だったり剣士だったり、はたまた占い師だったりと、あまりに職がバラバラなような気がするのだが」
    「……ふむ」
     そこでようやく、大火が顔を向けてきた。
    「確かにそれぞれの就いた職は、様々だ。元から就いていた経歴もある。
     平たく言ってしまえば俺の弟子、『克一門』の定義とは、単に俺から魔術なり剣術なりの話を聞いた、と言うことになるな。
     まあ、それに」
     と――大火は珍しく、どこか寂しげな表情を浮かべた。
    「師匠・弟子の関係と言うよりは、同胞・同志としての関係の方が強かった。そもそも俺が奴らを弟子に取った、その基準と言うものも、授受の関係だ」
    「授受の?」
    「中央風に言えば、ギブ・アンド・テイク。奴らが俺を助け、俺が奴らを教え、……そう言う関係だった。
     だが――残念ながら、結果としては、奴らは俺とことごとく決別し、俺に刃向った。俺に与するなら、俺は助ける義理もあろう。だが刃向うのなら……」
    「……目には目を、か。……烏滸がましい意見ではあろうが」
     少佐は深いため息とともに、大火にこう返した。
    「お主が魔界に踏み込んだような目をするようになった原因が、分かったような気がする。かつての弟子、仲間をその手にかけたと言うなら、そんな目にもなろう」
    「……ク、クッ」
     ところが、大火はまるで鴉の鳴き声のような笑いで、それに応じた。
    「烏滸がましいな、確かに。
     ……確かにそれは一因ではある。だが、それだけではない、な」
    「……やはり読めぬな、お主と言う男は」
    「それが理解されれば、俺には十分だ」



     やがて夜になり、待垣島にわずかながら光が明滅しているのが確認できた。
    「軍備を運んでるみたいだな」
    「そのようだ。そろそろ、上陸しよう」
    「ええ」
     一行は静かに舟を進め、軍備が運び込まれている海岸とは反対の方角、島の南岸へ向かう。
    「敵の姿は……、無さそうだ」
    「あそこから上陸できそうだな。よし……」
     慎重に舟を海岸に寄せ、まずレブが島に乗り込んだ。
    「……、よし。こっちはガラ空きみたいだ」
    「じゃ、あたしも……」
     続いて、イールも上陸する。さらに少佐も乗り込み、大火が最後に舟から降りようと――して、挙げかけた足を止めた。
    「……どうした、克?」
    「しゃがめ」
    「え?」
     きょとんとする少佐に対し、イールとレブは大火が執る行動を察知し、少佐の襟を引っ張っりながら伏せた。
    「『一閃』」
     次の瞬間、パシュ、と短く鋭い音が飛び、一行の前に並んでいた松の一つが、バッサリと枝を切り落とされる。
    「うおぉ!?」「わあっ!?」
     直後、その松の裏手から驚いたような声が上がった。
    「な……、んと、兵が潜んでいたか!」
     襟元を正しながら目を白黒させる少佐に構わず、イールたち三人は武器を手に取る。
    「敵襲! 敵襲!」
    「南岸から上陸された!」
    「出会え、出会えッ!」
     島の奥から、ドタドタと足音が聞こえてくる。
    「くそ、見つかっちまったか……!」
    「やるしかないわね!」
     イールとレブは武器を構え、やってくる敵を迎え撃とうとした。
     ところが――。
    「相待たれよ、皆の者!」
     少佐が突然、大声で叫んだ。
    火紅狐・来帝記 3
    »»  2011.05.24.
    フォコの話、220話目。
    熱い侍の説得。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     少佐の呼びかけに、集まってきた兵士たちが立ち止まる。
    「……?」
     松明で照らされた兵士たちの顔は、一様にけげんな表情を浮かべていた。
     対するイールたちも同様に、呆気に取られている。
    「少佐?」
    「何する気だ?」
    「まあ、待て。拙者に考えがある」
    「え……」
     少佐はイールたちの前に立ち、大声で兵士たちに呼びかけた。
    「拙者、元清朝軍は魔術教官、穂村玄蔵である! 諸君らの中にも、拙者に指南を受けた者がいるであろう?」
    「……」
     兵士たちの何名かが、困惑した様子ながらもうなずく。
    「では、拙者が軍を離れた理由を存じているか?」
    「……ええ、まあ」
     と、さらに何名かが返事をした。
    「ならば話は早い! 拙者らに協力せぬか?」
    「えっ」
    「今、諸君らがこの島に乗り込み、行っていることは、何か分かっているか?」
    「それは……、まあ」
    「言ってみろ」
     少佐は大声を出しつつ、刀を捨て、じりじりと歩み寄っていく。
    「少佐!?」
    「任せておけ」
     少佐はイールたちに振り返らず、そのまま話を続ける。
    「さあ、言ってみろ。ここへ軍備を運んだのは、一体何のためだ?」
    「……上層部からは、軍倉庫の建て替えのため、一時的にここへ移送するようにと」
    「それは、おかしいと思わんか? 単なる建て替えであれば、わざわざこんな、都より遠く離れた小島などに移すなぞ、手間がかかるばかりではないか!
     諸君らも、とっくに気付いているだろう? これはそんな、簡単な話ではないと」
    「……!」
     少佐の言葉に、兵士たちの表情がこわばる。
    「拙者がはっきり、言ってやろう! 今、世界の宗主たる天帝が直々に、この央南の地へ赴いている! それは何故か? そう、王朝の叛意を見抜いたからに他ならぬ!
     それをごまかすために、単なる都の守護、防衛と言う名目では余りある、その莫大な軍備を、ここへ隠そうとしているのだ! 何と意地の汚いことであると、そうは思わんか!?」
    「う……」
    「さらにはその汚れ仕事を諸君らに押し付けておいて、その上層部やら国王陛下やら、その取り巻きやらは都にこもり、天帝へ酒や馳走を振る舞い、のうのうと相伴しているはず! それ即ち、彼奴らにとって、既に諸君らのことなぞ他人事も同然と言うことだ!
     考えてもみろ! もし、諸君らのこの行動が視察団に露見すれば、国王はどう弁解するだろうか!? 恐らく、諸君らを『軍備を横流ししようとした奸賊』などど蔑み、にべもなく切り捨てるであろう!」
    「……」
     兵士たちの顔に不安の色が広がり、互いに顔を見合わせ、ぼそぼそと何かを話し始めた。
    「悔しくはないのか、お前たち!?
     こんな誇りのない仕事をするために、お前たちは軍人になったのか!?
     こんな、国のためにならぬ、くだらぬ汚れ仕事のために、お前たちは宮仕えの身になったのかッ!?」
    「それは……」
     叱咤され、兵士たちは悔しそうな顔になる。
    「違うだろう!? 拙者らは国のため、この央南の地に住む皆のために、軍人となったはずだ!
     ……だから、皆の者」
     少佐は突然その場に座り込み、深く頭を下げた。
    「……!?」
    「頼む! 拙者らに協力してくれ!」
    「……」
     少佐の説得とこの土下座に、心を動かされない者はいなかった。



    「へぇ……、そんなことが」
     戻ってきたイールから顛末を伝え聞いたランドは、素直に驚いていた。
    「なるほど、戦下手でも人心掌握に長けていたわけか。確かに反乱軍のリーダーの資質はあるんだね」
    「ほめてないでしょ、ソレ」
     呆れるイールに、ランドは小さく首を振る。
    「いやいや、評価してるよ。確かに人を率いる器だ。
     ……と、じゃあつまり、今現在はマツガキ島を、掌握してあるんだね?」
    「ええ、バッチリよ」
     イールの報告に、ランドは、今度は深くうなずく。
    「よし。それじゃ、次の手を進めようか」
    火紅狐・来帝記 4
    »»  2011.05.25.
    フォコの話、221話目。
    急所へ向かう視察団。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     視察団の来訪から1週間が経とうかと言う頃、ついに事態は動いた。
     来訪からこの日まで、視察団は白京市内および近郊の都市を根掘り葉掘りと捜索し、不穏・不安の根をひたすら探っていた。
     しかし、視察団が来ることは事前に伝わっていたし――その時点で「視察」などと言う行為は無意味も同然なのだが――清王朝にとって不利になるような案件、物品は白京周辺から遠ざけている。
     さらには問題の待垣島についても、視察団が来る直前には既に軍備を運び終え、担当の兵士たちが戻ってこないように措置を執っている。そのため、仮に一人ひとり、白京内の兵士たちを詰問しても、何も出てくることはない。
     そもそもこの待垣島の開発が行われ、そして中止されたのは、現在40半ばの穂村少佐がまだ新兵だった頃の話である。20余年、四半世紀が経った現在、書庫の資料をよほど奥深くまで漁りでもしない限り、このちっぽけな島の情報が入ることはまず無かった。

     しかし、この日。
    「ん……?」
     視察団の面々が港へぞろぞろと歩いていくのを、清王朝の文官が発見した。
    「これはこれは、視察団の皆様! 本日はどちらへ……?」
     文官に尋ねられ、官僚の一人が答える。
    「ここより南に、何でも漁業基地として開発されかかった島があると情報が入った。船を出し、そこを調査するのだ」
    「島、……でございますか?」
     清王朝にとっては間の悪いことに、この文官は待垣島のことなどまったく知らなかった。
    「そうだ。何でも、……ま、……まち?」
    「マツガキ島、ですな」
     他の官僚に助け舟を出されつつ、その官僚は説明する。
    「そうそう、そのマチガイ島だ。情報を受け、市井の者に尋ねて回ったが、どうも要領を得ない。どうやら、地元の者にも忘れられた島らしい」
    「はあ」
    「とは言え、物理的に存在するのは確かなようだ。ここも白京の領内であろうし、それならばと言うことで、これから調べに向かう」
    「そうでしたか。では、お気をつけて」
    「うむ」
     文官が去ったところで、官僚たちは小声で相談しあう。
    「……今の文官は、存じていなかったようだな?」
    「そのようで。しかし、情報によれば」
    「ああ。とは言え、文官や兵士の全員が絡んでいるわけでもなかろう。恐らく一部の者だけ、この件に加担しているのだろうな」
    「まあ、どちらにせよ、この一週間で最も臭う情報です。何しろ情報提供者が……」
    「うむ。島にいる兵士、とのことであるしな」



     待垣島のことが露見しないよう、兵士たちが物資を輸送し終えた時点で、輸送船が彼らを置いて島を離れるように手配されていた。
     彼らが街に戻ってこないように、間違っても視察団と会わないようにと言うサザリーの考えだったが、穂村少佐との一件により、その目論見はあっけなく破綻していた。
    「お待ちしておりました、視察団の皆様。準備は既に整っております」
    「うむ」
     港に着いたところで、島に置き去りにされていたはずの兵士のうち数名が、視察団の乗ってきた船からひょい、と降りてきた。
    「案内、よろしく頼んだぞ」
    「お任せください」
     この兵士たちは少佐の説得に感銘を受けた一人であり、締め出された都に忍び込むと言う危険を買って出てくれていた。
    「では、直ちに出港し……」
     と――街の方から、青ざめた顔の重臣が数名、バタバタと走ってきていた。どうやら先程の文官から事情を聞き、慌てて駆けつけたらしい。
    「……いかがなされますか? 構わず出港を?」
    「いや、……言い分を、聞くだけ聞いてみようか」
     彼らが到着したところで、官僚の一人が声をかける。
    「どうされた、皆。何かあったか?」
    「あ、あ、あった、ど、どころではっ」
     重臣たちはブルブルと震えながら、船の出発を止めようとわななく。
    「お、おお、お戻りくださいませ! そっ、そんなところに、何もありはしません!」
    「何もない? 何のことだ?」
     しまったと言う顔をした重臣に畳み掛けるように、官僚はわざとぼかして尋ねてみる。
    「はて、『そんなところ』とは、どこのことを言っているのか?」
    「ま、待垣島の件にございます! あそこはとうの昔に廃棄された……」
    「そうか、そうか。では良からぬ者が棲みついているやも分からんな」
    「あっ、いやっ、そうではなくて……」
    「我々はどんな小さな不穏の種も見逃さぬつもりで、視察に来ている。誰の目にも触れぬ基地跡があると言うなら、むしろそこを探らねば何の意味も無いではないか。
     ……それとも何か? 我々がそこを探ると、諸君らに何か不都合があるのか?」
    「……い、いいえ……」
    「ならば良いではないか。
     では、見送りご苦労であった」
     官僚たちはそそくさと船に乗り、出港した。
    火紅狐・来帝記 5
    »»  2011.05.26.
    フォコの話、222話目。
    軍備隠し、露見。

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    6.
     沖へと進んでいく視察団の船を真っ青な顔で見ていた重臣の一人が、ばっと身を翻した。
    「エール氏だ! 彼なら何か、手を打ってくれているはず!」
    「そ、そうだ!」
     彼らは大急ぎでサザリーのいる宿へ駆け込み、まだ高いびきで眠っていた彼を起こし、事情を説明した。
    「ふあ、あ……、なるほど、うーん、そりゃ確かにまずい」
    「何を悠長な!」
    「どうにかしてくれ!」
     わめく重臣たちを横目でチラ、と眺め、サザリーはにへら、と不気味な笑いを浮かべた。
    「ご安心を。こんなこともあろうかと、取って置きをね、……うへへへ」
     サザリーは枕元のかばんから、巻物を取り出した。
    「何だ、それは……?」
    「魔法陣を記したものです。と言っても、これはまだ完璧じゃないです」
    「は……?」
    「完成させるとあら不思議、と言う奴ですよ。こうして、ここにちょい、っと」
     サザリーは指を墨壷に漬け、魔法陣に点を打つ。
    「これでマツガキ島は大爆発、跡形もなくドカンです」
    「何だと?」
    「いわゆる『魔術頭巾』の技術の応用でしてね。火の術を発動させるよう、その命令をマツガキ島の軍備に紛れ込ませていた魔法陣へ送ったんです。
     もうそろそろ、沖の方から……」
     そう言ってサザリーは、よれよれの兎耳を窓へと向ける。重臣たちもつられて、窓に目をやった。
     が。
    「……」
    「……」
    「……エールさん?」
     1分ほど経っても、爆発音など聞こえてこない。
    「……ちょっと遠すぎましたかね。流石に音なんて聞こえないみたいで。
     ま、ご安心ください。魔術はちゃんと発動してますし、証拠は全部……」
     と、サザリーがペラペラと魔法陣の描かれた巻物を振ったその時だった。
     突然、その巻物が燃え上がった。
    「……!?」
     当然、巻物を持っていたサザリーの寝巻きの袖に火が移る。
    「う、……わ、あち、あちちっ!?」
    「エールさん!?」
     慌てふためく重臣に応じる余裕もなく、サザリーは手をバタバタと振って火を消そうともがく。
     何とか火は消えたが、サザリーの左袖はブスブスと黒い煙を上げ、腕に軽い火傷を負ってしまった。
    「な……、何が……? なんで……?」
     つい先程まで余裕綽々だったサザリーは、腕を押さえて呆然とするしかなかった。

     同時刻、湯嶺。
    「クク……、愚か者め。こんな三流、子供の落書きのような魔術で証拠を消そうとは。クククク……、笑わせてくれる、ククク」
     島に乗り込んだ際、大火がサザリーの仕込んだ魔法陣の存在に気付き、持ち帰って細工をしたのだ。
     そして今、術が発動したことを、大火は笑いながら教えてくれたのである。
    「今頃は、仕掛けた相手の方が燃えているだろうな」
    「へー、そんなコトできんの?」
     イールの問いに、大火はクックッと笑いながらうなずく。
    「術によるが、な。単純なものほど、効果や対象を反転させやすい」
    「流石ねー」
    「ククク……」

     この1時間後、視察団は何の妨害も受けず、待垣島に上陸した。
     そして大量の軍備と、現地に留められていた兵士たちから事情を聞き、彼らは戦慄した。
    「なんと……、本当に、政府転覆を狙っていたとは!」
    「単なる風説と思っていたが、まさか……」
    「証拠も証言も十分すぎるほどあるな。……これはのんびりしていられん!」
     官僚たちは兵士にこう声をかけ、共に連れて行こうとした。
    「我々はこのことを正式に糾弾するため、一度白京へ戻り陛下をお連れした後、央北へ戻ることにする。
     お前たちについてだが……、このまま白京へ戻れば、ただでは済むまい。そこで此度の貢献を高く評価し、中央軍にて厚遇しようかと思うが、どうだ?」
     ところが兵士たちは一様に、横に首を振った。
    「いえ、お気持ちは大変嬉しいのですが、我々は央南の地に残ります」
    「ほう……?」
    「と言っても、我々を裏切った清朝に仕える気は既に、毛頭無く。このままこの地に残り、戦おうと考えております」
    「なるほど。……とは言え、天帝陛下にこの件をお伝えせねばならん。もう一度だけ我々と共に、船に乗ってもらうが、それでも良いか?」
    「分かりました」



     こうして309年の暮れ、清王朝の企みは、中央政府に知られることとなった。
    火紅狐・来帝記 6
    »»  2011.05.27.
    フォコの話、223話目。
    笑う巨悪。

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    7.
     清王朝の叛意が明るみに出た後、中央大陸の情勢はにわかに騒がしくなった。
     何しろ、中央政府にとってはそれなりに信用していた名代である。天帝オーヴェルをはじめとして、政府各所から批判・非難が相次いだ。

     さらに、央中の商人たちにとっても、この事件は衝撃的だった。
     自分たちが取引していた相手が、実力行使で支払いを踏み倒そうとしていたことを知り、彼らは慌てて取引を中止し、また、取引を仕切っていたサザリーを非難。それぞれ、莫大な違約金・賠償金を請求した。



    「お帰り下さい」
     イエローコースト、金火狐の屋敷。
     事態の収拾を頼もうと尋ねてきたサザリーは、門前払いを喰らっていた。
    「いや、そんなわけに行かないです! 会わせて下さい!」
    「お帰り下さい」
     この混乱に巻き込まれることを嫌ったケネスが、サザリーを通さないよう指示していたのだ。
     それは事実上、手を切られたことに等しかった。
    「頼みます! 本当にお願いします! 会えなきゃ僕は……!」
     屋敷の者たちはにべもなく、同じ言葉を繰り返した。
    「お帰り下さい」
    「本当にお願いします! 困るんです! 困ってるんですよ! どうにかしてくださいよおおおぉぉ……っ」

    「……く、っくく」
     屋敷の窓からサザリーの叫ぶ様を見ていたケネスは、頭に巻きつけていた「頭巾」に語りかける。
    「お聞きでしたかな、今の叫び声を?」
    《ああ。……まったく、どうしようもない奴だ》
     声の主は、ため息交じりでケネスに応じた。
    「そう言えば、この話はしましたかな……。
     彼は、私がスパス君のことについて尋ねた際、『バカとハサミは使いよう』と言っていたのですよ」
    《……、そうか、そう言っていたか。
     愚か者と言うのは、何が愚かなのか、それすら分かっていない。だからこそ『愚か』なのだ》
    「己のことも分からぬ者であるからこそ、愚者。……と言うことですな」
    《まあ、こんな末路も想定はしていたことだ。……結局のところ、弟が成功しようと、こうして失敗しようと、君には得になるだけだったのだな》
     相手の言葉に、ケネスは下卑た笑みを浮かべる。
    「ええ、確かに。どう転ぼうと、儲からねば何の意味もないですからな。
     この一件により、央南関係の取引は全滅するでしょうな。そして当然、そこに発生していた需要は、別のところへ流れていく。
     それはどこか? 政変が起こったばかりの北方? いいや違う。では内戦の真っ最中である南海? それも、ノーだ」
    《……そう、残るは私の本拠地、西方だ》
    「今まで西方関係の取引を過熱させ、物価を上げてきたことが、ここでようやく実を結ぶわけですな。
     少しくらい元値から乖離していようと、央南からあぶれた需要はそこへ行き着き、消化されるのだから」
    《そしてその利益を誰より享受するのは、君と、……うまく行ってくれれば、私だ》
    「くくく……、笑いが止まりませんな。本来ならこんな高値での取引など、一笑に付されて終わり。それが罷り通ってしまうわけですからな。
     ……とは言え、少しばかり事態が早く動きすぎた。それに、央南自体は瓦解もしていない。もう少し粘れば、もっと物価は劇的に上がったでしょうし、央南もなお安く買い叩けた。
     その点については、残念と言う他ありませんな」
    《ケネス総帥、……迷惑を、かけてしまったな》
    「いやいや、気にされぬよう、ミシェル総裁。彼も彼なりに、私のために、ほんのちょっとばかりは役立ってくれたのですから。
     まあ、……これからが彼の、本当の地獄になりますがね」
     ケネスの一言に、相手は怪訝そうな声を出す。
    《どう言うことだ?》
    「彼には後で、密かに手を差し伸べてやろうと考えていましてね」
    《ほう……》
    「その上でもう一度央南へ戻ってもらい、本格的に清王朝を転覆してもらおうかと」
    《ああ、そうだな。どう展開しようと、そこは外せないわけだ。
     でなければ君の本懐、央南買収の目処などつけられるわけが無いからな》
    「ええ。まあ、まだ信頼回復の手段はいくらでも用意できます。それを使って、彼にもう一度頑張ってもらう。
     もう一度、地獄へ飛んで行ってもらおうかと思っています」
    《……確かに地獄だろうな。あいつの苦労が、目に見えるようだ》

    火紅狐・来帝記 終
    火紅狐・来帝記 7
    »»  2011.05.28.
    フォコの話、224話目。
    小悪党商人の帰還。

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    1.
    「追放は、やむなしか」
    「はい……」
     白京、清王朝宮殿。
     国王、清一富と家臣たちが集まり、中央政府との関係修復のための会議を行っていた。とは言え――。
    「大量の軍備、そして内情を知る兵士たちからの証言。それを突きつけられては、なだめすかし、ごまかそうとしても無駄でしょう」
    「ううむ……」
     中央政府からはすぐにでも、正式に「名代職追放」の辞令が下りかねない状況にあり、さらには制圧に出ようかと言う気配も濃いとみられている。
     交渉を誤れば即、大量の中央軍が攻めてくるのは明らかだった。
    「……戦うしかないのか、最早?」
    「なりません!」
     開き直って交戦を提案した一富王に、家臣たちからは反対が相次ぐ。
    「いくら軍備を蓄えたとて、人・設備・戦略性、さらには道義的にまで、我々は著しく劣っております!」
    「戦えばほぼ間違いなく敗北するでしょう。よしんば、奇跡的に中央軍に勝ったとしても、それで中央政府が潰れるわけもなく」
    「勝っても負けても、我々は非難の的にされるでしょう。言わば戦った瞬間、我々は潰されます。戦争の面でも、国際社会的にも」
    「……ぬう」
     一富王は頭を抱え、自分たちの行動を後悔していた。
    「わしがあの男の言うことを聞いたりしなければ、こんな結果にはならなかった。悔やみきれん……!」
    「陛下……」
     家臣たちは、この恰幅の良い国王が、これほどまでに縮こまる様を目にし、胸を痛めた。

     と――。
    「お邪魔します」
     扉を静かに開け、会議の場に『あの男』――この騒動の張本人、サザリーが割って入ってきた。
    「……貴様……!」
     沈んでいた一富王は、サザリーを見るなり立ち上がり、傍らの薙刀を手に取る。
    「へ、陛下!」
    「お、お収め下さい!」
     ざわめく家臣たちに耳を貸さず、一富王は薙刀を構えたまま、ドスドスと足音を立ててサザリーの方へと向かう。
    「わ、わわわっ、ちょ、陛下、陛下、陛下! 落ち着いて下さい、陛下ってば!」
     サザリーは顔を青ざめさせ、王から逃げ回る。
    「うるさい! 貴様のせいで、我々は……!」
    「その件なんです! その件で、一通り話をまとめてきまして!」
     その一言に、一富王の足が止まる。
    「まと……、めた?」
    「は、はい! 僕のツテを使ってですね、あの、中央の方を、はい、それなりに諌めてもらってですね、現状は何とか、様子見と言う段階まで、向こうの警戒を解かせました!」
    「……詳しく、説明してみろ」

     にらみつけてくる国王・家臣・将軍たちに囲まれ、サザリーはしどろもどろながらも説明した。
    「えーとですね、まあ、……ともかく、追って説明するとですね。
     中央政府がまず下そうとした、この国に対する措置って言うのが、『名代職追放、及び敵対組織への積極的防衛』だったんです。
     これはですね、造反・謀反を起こした親中央政府国・組織に対して、最も重い類の措置になります。一つの国の中で例えるなら、これは重反逆罪とか国家転覆罪に当たりますね。下されれば確実に、中央軍が大挙して押しかけ、央南は一掃されたでしょう。
     ただ、まあ、この処置を決定しようとした天帝も、そんな理由では軍を動かせないわけで」
    「何故だ? 中央政府の全権限を有しているだろう?」
    「それなんですが、まあ、確かに、全権を握っているのは握ってるんです。
     でも『名代職』って言うのは、初代の天帝であるゼロ・タイムズ帝が命じたもの、つまり天帝教の主神が自ら命じたものなんです。
     自分たちの神を否定するようなことは、天帝教の教皇、即ち当代の天帝であるが故に、できるはずがないんですよ。もしそれを強行しようものなら、それはもう、天帝と呼べません」
    「ふむ……」
    「僕のツテがそう説得して、何とか軍が動くのは止めさせたんです。
     後、名代職の追放って言う処分を『権限の停止』、つまり名目上は名代職のまま、その権力の行使だけは禁止するってレベルにまで、処分を軽くすることはできました。
     だけども、やはり今のところは、それ以上には覆すことができませんでした。何と言っても、実際に軍備を用意していたわけですし、兵士たちからの情報もあったわけですから。
     でもですね、……そう、ここなんです。ここが、重要なんですが」
     そう言って、サザリーは不気味な笑みを浮かべた。
    「ここにいらっしゃる、まさに『清王朝の中心』の皆さんの誰が、正式に、公然と、『中央政府を攻撃する』と言いましたか?」
    「……!」
    「そう、軍備と兵士の証言から、こちらに叛意があると解釈されただけです。まだここにいらっしゃる誰も、それを認めていない。
     だから今後は、その軍備が中央政府を攻撃するために用意されたものではなく、また、兵士たちの証言に関しても、彼らの現場判断、状況認識能力の甘さから、清朝軍の本意と離れた解釈をしていた、と広く説明するんです。
     まあ、それでも、口だけじゃ納得はしていただけないでしょう。ですから、軍備を実際に使うんです。中央政府へ、じゃなく、頭を悩ませているもう一つの要因、反乱軍へと。
     それで全ての辻褄が合わせられます。元々、中央政府に応援要請したのだって、反乱軍を潰すためだったんですし。軍備を反乱軍へ向けて使えば、信じてもらえるでしょう。
     あと、まあ、央中からツケをどうのこうの言ってきてますが、これについても、僕がツテの力を借りて、何とかしますので」
    「……いいだろう。今一度、信用してやろう」
     ずっとサザリーをにらみつけていた一富王は、ようやく納得してくれた。
    火紅狐・発火記 1
    »»  2011.05.31.
    フォコの話、225話目。
    火の魔術剣。

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    2.
    「つまりは、中央は様子見と言う結果か」
    「そう言うことです」
     湯嶺、穂村少佐の家。
     中央政府の、清王朝に対する処置を聞いた少佐は、残念そうにうなった。
    「むう……。それでも、中央軍が手を出さぬだけは、ましか」
    「この展開も十分あると予見できていましたし、僕からしてみればまずまず、と言うところですね。
     それに、国内の展開は良くなってきています。かねてからの重税と徴発が長期化していることに加え、その理由が明らかになり、また、兵士たちが数名離反したことと、中央との関係が悪化したことから、世論では清王朝非難、打倒の声が大きくなっています。
     清王朝も態勢立て直しに奔走しているでしょうし、今なら、かつて少佐が実行しようとしていた作戦――コゲンの備蓄基地攻撃も、大きな成果を挙げるでしょう」
    「ふむ……」
     ランドの見解に、少佐は深くうなずいた。
    「攻めて良し、と言うのならば、攻めてみようか。
     丁度克からも、技を教わったからな」
    「技?」

     その技を見せてもらうため、ランドは少佐に連れられ、家の裏手、雑木林の生い茂る山へ入った。
    「ふう、ふう……、それで、どんな技なんです?」
     短めではあるが山道を登り、軽く息を切らしているランドに、少佐はニヤリと笑って見せた。
    「おう。しからば、お見せ致そう」
     そう言って、少佐はひゅん、と軽い音を立てて刀を抜き、正眼に構える。
    「……『火刃』」
     次の瞬間、少佐が持っていた刀の切っ先に、ぽん、と火が点いた。
    「火、……ですか?」
    「ただの火にはござらん。魔術による炎だ」
    「へぇ……?」
     話しているうちに、刀に付いた火は、刃全体に回る。
    「とくと見よ、ファスタ卿。……りゃあッ!」
     火の点いた刀が、近くの木をざくり、と斬る。
     そしてそのまま、木には火が回り、あっと言う間に燃え尽きた。
    「うむ、上出来だ」
     少佐は満足げに笑みを浮かべつつ、刀を納めた。
    「なるほど……。近接戦、白兵戦には有効そうですね」
    「であろう? これを拙者は、教条化した。我々反乱軍の兵士たちにも魔術の心得がある者は多いし、使える者は何人かいるだろう。
     戦う準備は、いつでも整っている」
    「……ふむ」
     少佐の言葉に、ランドは引っかかるものがあった。
    「少佐。あなたはいつも、戦うと言う選択をされますが」
    「うむ」
    「あなたは平和に話し合い、敵を引き入れることもできる方だ。それなのに何故、まず戦おうと? まず話そう、と言う姿勢を前面に出すことはできないんですか?」
    「なるほど。……それは、机上の理屈であるな」
    「え?」
     少佐は刀の柄をさすりながら、遠い目をして尋ねた。
    「お主、実際に人と争ったことは無かろう?」
    「いえ、戦闘地域に赴いたこともありますし、口論になることも……」
     否定しようとしたランドの弁をさえぎり、少佐はこう付け加える。
    「そうではなく、実際に殴ったり、殴られたりの喧嘩になった、と言う話だ」
    「……それは、確かに無いですね」
    「実際にそうなった場合、相手は拙者の話など聞かぬ。何が何でも、拙者を殴りつけ、蹴り飛ばし、打ち倒そうと、頭の中はそれで満杯になる。
     そこへ『待て待て、まずは話し合おうではないか』などと声をかけたとて、憤怒がパンパンに詰まった頭に入ろうはずも無し。
     呑気に『自分は口達者だから、話し合いに持ち込みさえすれば何とでもなる』などと、無防備に構えていたら、……真正面から斬られて死ぬぞ、お主」
    「……」
     少佐はランドに向き直り、渋い表情を緩めた。
    「まあ、そんなところだ。……いや、拙者とて、話し合いができるに越したことはない。
     であるから、先の待垣島では刀を抜かなかったのだ。あの時の兵士は、戸惑いを見せていたからな」
    「戸惑い?」
    「あの時の彼らは、武器を構え、拙者らに対し警戒してはいても、すぐに襲撃しようとはしなかった。
     何故なら、襲撃に足る理由を持ち合わせていなかったからだ。納得の行かぬ軍務に就き、何が自分たちの敵であるかも定まっていなかった。
     であるからこそ、彼らは拙者の話に耳を貸したのだ。……こんなことは、稀有な例と心得てほしい、ファスタ卿」
    「……分かりました。参考にします」
    火紅狐・発火記 2
    »»  2011.06.01.
    フォコの話、226話目。
    反乱軍の初陣。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     双月暦310年、春の兆しが見えてきた頃。
     中央政府の後ろ盾を失い、民衆からの支持が揺らぎ、その存在意義が不確かなものとなった清王朝に、ついに宣戦布告が突きつけられた。

     央南西部の街、弧弦。
     紺の袴装束に赤い羽織、そして鎧兜を着けた剣士たちが、ぞろぞろと街に現れた。
    「あれは?」
    「一体……!?」
     みるみるうちに、街中が赤と黒のモザイクに染まる。
     そしてその先頭にいた穂村少佐が、進軍しつつ口上を述べる。
    「我々は清王朝に対し反旗を翻し者、反乱軍にござる! 我々は此度いよいよ、その反乱の狼煙を上げる!
     民衆よ! 我々に加担すれば、必ずやあの諸悪の根源、清王朝を懲らしめることができようぞ! さあ、立ち上がるのだ!」
    「……っ」
     この口上に、ざわめいていた町民は静まり返り、互いに顔を見合わせる。
     反対に、街中にいた兵士たちは、顔を真っ青にした。
    「げ、迎撃、迎撃だ! 奴らを追い返せ!」
    「ぎょ、御意!」
     慌てふためきながらも、司令官の指示によって、兵士たちは武器を手にし、反乱軍の侵攻を止めようとする。
     だが――。
    「邪魔立てすると、容赦せんぞッ!」
     少佐は刀を抜き、それに火を灯した。
    「な……!?」
    「刀が、燃えて……!?」
     続いて、燃える刀をそのまま、道端の木に向かって振りぬく。
     刀から火が飛び、その木はあっと言う間に燃え上がった。
    「なん、だ……、あれは……!?」
    「魔術? いや、剣術なのか?」
     少佐に続き、追従してきた剣士たち十数名も、同様に刀へ火を灯す。
     武装した人間が大挙して押しかけて来たことと、この面妖な術を見せ付けられたことで、清朝軍の士気は激しく揺れた。
    「に、逃げろ!」
    「バカな、戦え! 戦わねば死ぬぞ!?」
    「あんなの相手にできるかッ!」
     もとより清王朝の権威失墜で士気を落としていた兵士たちは、あっさりと瓦解。
     戦おうとする者は少しいた程度で、残るほとんどは逃亡するか、大人しく投降した。

     こうして反乱軍は初陣において、圧倒的勝利を手にした。
     反乱軍は弧弦の軍基地を落とすだけではなく、街全体の支配権を獲得。その勢力を大きく伸ばした。



     初戦を制し、反乱軍の士気は大いに上がった。
    「殿! 次はどこを!?」
    「敵は出鼻をくじかれ、勢いを失っているはず!」
    「二の矢、三の矢とたたみかけ、一気に叩くべきです!」
     家の前で騒ぎ立てる兵士たちに小さく会釈をしつつ、少佐は隣に並んで歩くランドと小声で話をする。
    「拙者からも伺いたい。次はどうすれば?」
    「とりあえず、家に入ってから。謀(はかりごと)は少数で話すべきです」
    「なるほど、一理ある」
     家の戸を閉め切り、屋内には少佐とその家族、そしてランドだけになったところで、ランドの方から話を始めた。
    「まず、この戦いの幕開けが勝利で終わったこと、それは歓迎すべきことです。おめでとうございます」
    「う、うむ」
     回りくどい賛辞に面食らいながらも、少佐は笑顔でうなずく。
    「しかしここでホイホイと次戦、次々戦と進めても、そう簡単には行きません。何故なら、今回の結果を受け、敵は本気を出さざるを得なくなるからです。
     いや、たまたま今回はタイミング的に先制できただけであり、実際のところ、敵はもう既に、大々的に動く準備を整えていると考えて間違いないでしょう」
    「何故そこまで言い切れる? ……いや、いや。待て、予想してみよう」
    「どうぞ」
     少佐はあごに手を当て、しばらく考え込む。
    「……そうだな、思うに。今現在、清王朝は中央政府から、責め立てられているのではなかろうか」
    「ふむ」
    「恐らくは今も、清王朝は中央への叛意云々を強く糾弾されており、それをごまかそうと――即ち『我々には叛意など無い、軍備集めや防衛強化は別の目的があってのこと』と、必死に弁明しているところであろう。
     であればその説明として手っ取り早いのは、元々中央側に流していた話の通りに、拙者ら反乱軍を攻撃して見せることであろう。
     であるから、敵方は既に準備し、攻撃の算段を整えている。そう言うことであろう?」
    「ご明察、まさにその通りです」
     ランドは小さくうなずき、話を続けた。
    火紅狐・発火記 3
    »»  2011.06.02.
    フォコの話、227話目。
    焔流の形成。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「確かに今仰られた通りの状況へ、既に進んでいることでしょう。
     それを踏まえれば、本当に今回の戦果は喜ぶべきものです。今回受けた打撃により、いよいよ敵は我々を、尋常ならざる敵として認識したことでしょう。
     何しろ今回落としたのは、軍事面から見て非常に大きな都市です。敵にしてみれば、立ち上がりかけたところで無理矢理に肩を押さえつけられ、座らされたようなもの。恐らく今回の件で、我々の本拠地はぼんやりとは把握できたものの、それ以上は動けなくなったはず」
    「それは、……ううむ、何故だ?」
     今度は、うまい答えが見つからなかったらしい。少佐は素直に尋ねてきた。
    「今回の攻撃により、敵、即ち我々反乱軍は央南西部にいるものと断定できたでしょう。
     しかし、落とされたのも西部有数の軍事基地。言い換えれば西部、敵陣へ進軍する足がかりを失っているわけです」
    「なるほど」
    「勿論、まだコウカイなど主要都市はあるものの、コゲンは軍事面・交通面において、陸の中心だった場所です。
     よりによって、内陸のあちこちに通じる交通網を、初戦からいきなり、敵に握られてしまっている。周りから攻めようにも、敵はやろうと思えば、まっすぐにでもハクケイへ突っ込んで来られる場所に陣取っている。うかつに攻めれば、喉元を食い破られるかも知れない。敵にしてみればそう言う場所に、我々がいるんです。
     コゲンを我々が手にしたことで、敵は攻めの足がかりを失い、そして、守りを優先的に考えなければいけない状況になっています。とは言え、敵は本気で我々を潰そうとしている。うかつな攻めは、敵に反撃の機会を与えることになります」
    「ふうむ……。優位であることは間違いない、が、攻めれば攻め返される危険もあり、か。
     そう考えると、難しいところではあるな」
    「ええ。次の手は、慎重に進めていかないといけません」

     慎重に、とは言うものの、確かに今は反乱軍が戦いの主導権を握っている状態にある。
     このまま自分たちの優位性を保つため、ランドは早急に、次の戦地を選出した。
    「次は港町、コウカイでしょう。
     敵本営、ハクケイからしてみれば、央南の陸路をパスし、比較的コゲンへの到着が容易になる要地です。
     ただ、海路の状況によっては、ハクケイや他の主要都市からの本軍が到着するまでに、いくらかのタイムラグと言うか、猶予がある。恐らくは敵もそれを考慮し、数週間前に、各地へ艦を回しているでしょう。
     しかし時間的に、その援軍はまだ海上にあるはずでしょうし、コゲンの状況に気付くはずもない。今コウカイを攻め落とし、その援軍を撃退すれば、反乱軍はさらに優位となるでしょう」
    「ふむ。確かにまだ、敵の艦が到着したと言う報告は無い。到着されてからではどうしようもなくなるし、攻めるなら今か」
    「ええ。手早く兵をまとめ、それこそ火急の勢いで攻め込みましょう」
     ランドの言葉に、少佐は楽しそうに笑った。
    「『火』急、か。……今の拙者らには、似合いの言葉よ」
    「確かに。あれは実際の攻撃力以上に、大きな宣伝効果がありました。巷では、反乱軍のことを燃え盛る刀を持つ軍団、『焔軍』と呼んでいるとか」
    「焔? ……なるほど、ホムラ、つまり拙者の姓『穂村』からか。
     面白い、これより拙者は焔玄蔵、とでも名乗ろうか。反乱軍、……いや、焔軍の統領として」
     少佐のその一言に、ランドはクスッと笑った。
    「良いかも知れませんね」



     こうして焔玄蔵と名を変えた少佐を筆頭に、反乱軍改め焔軍は、黄海へと攻め込んだ。
     幸いなことに、焔軍の評判は非常に大きく、その評判に半ば押される形で敵は撤退、及び拘束された。清朝軍からの軍艦が到着する一日、二日前に制圧が完了でき、艦上の敵は洋上で立ち往生する羽目になった。
     そして、これを見逃す焔軍ではない。黄海に備えられていた軍艦を多数出動させ、進退を窮めていた敵艦を拿捕することに、成功した。
     これにより、焔軍は央南西部の主要都市、および近海を制圧。清王朝にとって、容易に落とせない難敵となった。
    火紅狐・発火記 4
    »»  2011.06.03.
    フォコの話、228話目。
    燃え上がる央南。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     央南西部をあっさりと陥落され、清王朝は対応に戸惑っていた。
    「こんなにも呆気なく、我々の守りが崩されるとは……!」
     軍議の中心に座る一富王と家臣たちは、頭を抱えてうなる。
     反面、サザリーはどこか他人事のように、平然とこう唱えた。
    「まあ、今回の失敗は、敵軍の本拠地を把握できていなかったせいですよ。これでどこに本拠地があるか、大体は把握できたわけで。
     逆にですよ、これで後々の戦いがしやすくなったと、そう思えばどうでしょうか?」
    「何?」
    「敵のいる場所と、支配されちゃった地域とがはっきりしたわけですから、いわゆる『線引き』がしやすくなったわけですよ。
     ここは一つ、支配されちゃった地域は全面的に見捨ててですね……」「見捨てて、とは何だ!?」
     家臣たちの批判を受け流しながら、サザリーは話を展開する。
    「まあ、まあ、言葉の綾ってやつです。
     とりあえず、僕が言いたいのはですね。今後は央南西部地域と、こっち側との間に、でっかい壁か何かを作ってですね、相手が絶対攻めてこられないようにしちゃうんですよ。
     そうすれば奴らは逆に、央南西部で孤立することになる。そう言う手なんです」
    「ははあ……。なるほど、確かに見方を変えれば、壁を築くことにより、敵は東央中湾、央南洋、屏風山脈、そしてその壁。四方を囲まれるわけか。
     敵もどこぞの国であればまだ、諸外国との連携も取れようが、実質は単なる賊軍。手を貸す国なぞ、いるはずもなし。放っておいても、奴らはやせ細って自滅する、……と言うわけか。
     よし、直ちに壁を築くのだ! こればかりは、遅れを取るわけには行かぬぞ!」
    「はっ!」
     国王の号令を受け、将軍たちはバタバタと、軍議の場を後にした。
    「のう、エール氏よ」
     と、一富王がサザリーに声をかけてきた。
    「なんでしょう?」
    「わしは度々、物事を見誤ってきたようだ。特に、お前と言う男は、ただの疫病神と思っていたが……、これほど、貢献してくれようとは思っても見なかった」
    「……いえいえ、そんな、とんでもない」
     口ではそう答えておいたが、サザリーの本心は逆方向を向いていた。
    (とんでもない、とんでもない。
     貢献? ……した覚えなんてさらっさら無い! これは作戦なんだよ――敵じゃなく、あんたらを攻撃するためのね!
     そう、央南を二分するほどの壁の構築なんて一体、いくらかかると思ってる? さらにその、維持費は? 人件費だってバカにならない。
     もっともらしく理屈を述べてきたけど、これは結局、無駄な出費をさせるためのものなのさ!
     そう、あんたらにはもっともっと、無駄金をはたいてもらわないといけないんだ。それこそ大赤字、財政が真っ赤に燃えるくらいに!
     そのために、僕はこのド田舎に戻ってきたんだ。さあカズトミ王、ずっとバカでいてくれ。もっともっと、バカになってくれよ。
     そうすりゃもっと、僕たちの思い通りになるんだからね。……ヒヒ、ヒヒヒヒ)



     一方で、焔軍側もその動きを一旦、抑えることとなった。
    「様子見、か」
    「ええ。コゲンとコウカイを制圧したことで、我々は実質、央南西部を掌握しました。
     これにより、敵は陸路・海路とも、容易に攻め込めなくなり、我々には若干の余裕が生まれました。であれば今後に備え、焔軍を再編成するのが最適な策かと思います」
     ランドの献策に、少佐は深くうなずく。
    「ふむ。確かに、此度の戦いで我が軍はかなり拡大したからな」
     軍事物資の集積地である弧弦と、海港都市である黄海を手に入れ、焔軍の装備は大幅に拡充された。
     ランドの言う通り、今後のさらなる激戦に備え、軍の態勢を整え直すことに、反対する者は少なかった。「もっと攻めるべき」と言う意見も多少はあったが、前述の、清朝軍側からの「壁」の構築が始まったこともあり、無駄な攻めに終わりそうな気配もあったことから、この意見は却下された。
    「なあ、ファスタ卿」
     少佐は腕を組みながら、神妙な面持ちで尋ねてきた。
    「なんでしょう?」
    「長期戦になるであろうか?」
    「なりそうですね。ただ、僕も何かと忙しい身です」
     ランドはにっこりと笑い、こう宣言した。
    「3年以内に終わらせるつもりをしています。いや、もっと早くするかも」
    「できるのか?」
    「できるできないではなく、『します』と言うことで」
    「……頼りにしているぞ、ファスタ卿」
     少佐はニヤリと笑い、ランドに期待を寄せた。

    火紅狐・発火記 終
    火紅狐・発火記 5
    »»  2011.06.04.

    フォコの話、199話目。
    サムライの訪問。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     フォコたちが政治と経済、戦略と謀略、エゴと裏切りに満ちた毎日を送っていたその頃、ランドたちもまた、戦いの日々を過ごしていた。



     すべてのきっかけは、双月歴309年の中頃、北方ジーン王国では短い夏が満喫されている時だった。
    「支援要請?」
    「ああ、……何度か断っているのだが、もう四度目になる」
     ジーン王国へ、軍による支援をしつこく要請してくる者が現れた。
    「何故僕にその話を?」
     ランドに尋ねられた若き国王クラウスは、肩をすくめるばかりである。
    「何を言っても『そこを何とか』で通そうとしてくるのだ。いい加減、外務院も対応に困っていてな。
    そこでファスタ卿に何とか、もう来ないように言いくるめてもらえないものか、と」
    「はあ」

     国王直々にお願いされては、嫌とも言えない。
     ランドはとりあえず、応接間に待たされていた相手と面会することにした。
    「どうも。ジーン王国、政務顧問、兼、戦略研究室長のランド・ファスタです」
     そう紹介したところで、相手の短耳は顔をしかめた。
    「拙者は嫌われておるようだな」
    「はい?」
    「これで四度、お主らを訪ねた。
     最初は外務室の官僚を名乗る者が応対した。次も同輩の官僚が。三度目も官僚であった。そして四度目が、最早どこの所属かも分からぬ馬の骨。
     一向に拙者は、大臣にも国王にも会っておらぬ。それどころか、適当な者であしらおうとする始末。ジーン王国の無礼な態度、拙者はよく味わった。
     もう結構。拙者はこれにて失敬する」
    「ちょっと」
     この時、彼をそのまま放っておけば、この後に起こる騒動には巻き込まれずに済んだのかもしれない。
     だが会うなり罵倒されては、ランドも黙ってはいられなかった。
    「軍人の方であれば、私の話を聞いておいた方がよろしいかと思われますよ」
    「なに?」
    「戦略研究室と言うのは、今年王国軍本営に設立された部署です。戦争行為に関する、あらゆる研究を行っているところです」
    「つまり、如何にして戦えば勝利するか、と言うことを論ずるところであると言うことか?」
    「あー、……まあ、そう考えていただいて結構です。
     支援を要請、と言うことでしたので、こうして戦術、戦略の専門家である私が応対した方が適切ではないか、と国王陛下より命を受け、こうしてお会いした次第です」
    「なるほど。国王直々の命であれば、拙者も異存はなし」
     男は頭を下げ、こう名乗った。
    「申し遅れた。拙者、央南は紅州、湯嶺(とうりょう)に本拠を構える清朝反乱軍の長、穂村玄蔵と申す。階級は少佐にござる。
     以後お見知りおきを、ファスタ殿」

     このいかめしい態度を執る、古風な軍人との出会いにより、ランドもまた、フォコが巻き込まれていた戦い――ケネスおよび、その腹心たちとの戦い、そして世界の覇権をめぐる戦いに、想定していたより早く、身を投じることとなった。

    火紅狐・訪南記 1

    2011.05.01.[Edit]
    フォコの話、199話目。サムライの訪問。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. フォコたちが政治と経済、戦略と謀略、エゴと裏切りに満ちた毎日を送っていたその頃、ランドたちもまた、戦いの日々を過ごしていた。 すべてのきっかけは、双月歴309年の中頃、北方ジーン王国では短い夏が満喫されている時だった。「支援要請?」「ああ、……何度か断っているのだが、もう四度目になる」 ジーン王国へ、軍による支援をしつ...

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    フォコの話、200話目。
    王朝の横暴と商人の影。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     穂村少佐は、ランドに央南の政治事情を詳しく説明してくれた。
    「中央政府の本拠は中央大陸北部、即ちウォールロック山脈より北の土地にあることはご存じであろう」
    「ええ」
    「『向こう』の神話と主張によれば、この世界を統べているのは『天帝』と称される、神の末裔たちであるとのこと。
     そして事実、双月暦1世紀の頃に、初代のゼロ・タイムズ帝が中央各地に己の名代を置き、他の大陸との協定を結ぶことで、世界平定を成したと言う。
     成程、世界平和は全人類の願いとも言えよう。それをはるか昔に成したと言うのなら、確かに神業。神にしかできぬ、いやむしろ、成した者は神と呼ばれよう。
     が、それはそれとして……」
     そこで穂村少佐は、顔をくしゃくしゃに歪ませる。
    「それから三百余年を経た今、その神の御利益なぞどこにあろうか!
     今、我々央南の民の上に居座る名代は、腐り果てている! 特に近年、中央政府の軍事力と、どこぞの商人の財力と武具を笠に着て、下の者を虐げているのだ!」
    「ふむ。具体的には、どのようなことを?」
    「最も目に付くのが、税だ。この4年の間に、既存の税制は異様に高い率を要求するようになった。最も基盤、民が直に王朝へ納める税は、4年前の5倍にもなる」
    「5倍? ……それはまた、無茶苦茶な話ですね」
    「それだけではない。商いをしている者への税負担も、3倍、4倍と、落ち着く様子を見せぬ。
     さらには各地へ関所や壁を乱立させ、その一つ一つに通行税を設けている。清王朝はどこまでも民を食い物にしようとしているのが、ありありと見えてくる」
    「清(せい)?」
    「先程述べた、中央政府の名代一族だ。現在の王、清一豊の代になって以降、その税制改悪は進む一方だ」
     話を聞いていたランドは、首をかしげる。
    「その、集めた税金。恐らくはそのカズトミ国王や、その一族の懐に入ると推察されますが、……何が目的なのでしょうね?」
    「現在の一豊王は、はっきり言ってしまえば愚君だ。であるからして、単純に考えればただの遊興目的ではないかとも推察できる。
     だが、それだけでは済まない要素が、1年ほど前から発生したのだ」
    「それは何です?」
    「軍備だ。清王朝の本拠、白京(はくけい)の壁の厚さは、他の地域よりも殊更に重厚長大となっている。それに加え、毎日のように鉄鉱石や木材が運び込まれ、同時に徴兵も頻繁に行われるようになった。
     拙者はその光景に不安を感じ、密かに王朝の本意を探った。そこで判明したのが……」
     穂村少佐は怒りに満ちた目を、ランドに見せた。
    「あろうことか、他地域への侵略を行おうとしていたのだ! そう、中央政府のある央北と、その支配下にある央中へ!」
    「なん……、ですって?」
     ランドは頭を整理しようと、これまでの話を聞き返した。
    「しかし少佐、清王朝は中央政府の名代だと言っていたじゃないですか? それが何故、刃を向けるような行動を?」
    「その話も、非常に厄介な事情が絡んでくる。清王朝は近年、さる西方の商人と懇意にしているのだが、その商人が軍備増強と離反とを唆したようなのだ」
    「その商人と言うのは……?」
    「サザリー・エールと言う兎獣人の男だ。
     このサザリーと言う男は中央政府や中央の商人たちに対し、莫大な額の債務を、わざと作っているのだ」
    「つまり多額の借金を、貸主を殺すことで踏み倒そうと言うわけですか」
     話を聞いたランドは、そのサザリーと言う人物に嫌悪感を覚えた。
    「そう言うことだ。だが、この計画が成功するとは、拙者には到底思えぬ。反逆を企てた清家は完膚なきまでに叩かれ、恐らく央南は壊滅的な被害を被ることとなろう。
     拙者はそれを、放って見ているつもりも、ましてや、清王朝付きの軍人として加担するつもりもない。拙者は前述の本拠、湯嶺へ私財と家族、配下の兵を移し、近隣の権力者や軍基地へこの情報を流し、清王朝への反乱軍として蹶起(けっき)した。
     が――そこからが問題だ。拙者がつかみ、公表したこの情報を、清王朝は当然、否定した。その上で拙者を、『侫言(ねいげん)を流布して清王朝転覆を企む逆賊』とそしり、拙者らを逆に、中央政府の敵だと告げ口したのだ」
    「告げ口って……、中央政府に、ですか」
    「うむ。それにより、拙者らは清王朝の他に、中央政府とも戦わねばならなくなった。
     このままでは物量、世論の面で、拙者らは非常に不利を強いられる。そこで中央政府にも清王朝にも、西方にも関係のない、お主らを頼ったと言うわけだ」
    「なるほど、そうですか……、うーん……」
     事情を聞き終えたランドは、腕を組んで深くうなった。

    火紅狐・訪南記 2

    2011.05.02.[Edit]
    フォコの話、200話目。王朝の横暴と商人の影。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 穂村少佐は、ランドに央南の政治事情を詳しく説明してくれた。「中央政府の本拠は中央大陸北部、即ちウォールロック山脈より北の土地にあることはご存じであろう」「ええ」「『向こう』の神話と主張によれば、この世界を統べているのは『天帝』と称される、神の末裔たちであるとのこと。 そして事実、双月暦1世紀の頃に、初代のゼロ・...

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    フォコの話、201話目。
    非公式援助。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ランドは頭の中で、返すべき返事と、その後の展開を素早く想定する。
    (返事は3つのうちどれかだな。ジーン王国を挙げて全面協力するか。それとも非公式に協力するか。それとも、協力しないか。
     3つ目は論外だな。放っておいたら、……まあ、少佐は自力で戦わないといけなくなるし、そうなれば清王朝プラス中央軍なんていう大軍に敵うわけがない。
     反乱軍が負けたらその後、清王朝は当初の目的通り、中央政府を相手に戦うことになる。そしてその結果、少佐の唱える通り、央南は壊滅するだろう。
     そのサザリーって商人の狙いはむしろ、それだろうな。政治機能が壊滅した国は、大資本を持った商人の餌食だ。法の網や軍・警察組織がまったく機能しないから、金に飽かせて勝手気ままに人やモノを売り買いできるからだ。
     そうなれば央南は早晩、サザリーのものになるだろうな。僕が目指すのは、世界の政治腐敗を糺すことだ。そんな欲まみれの独裁状態なんて、認められない。
     としても、1つ目も難しい。ジーン王国が反乱軍に加担する、つまり中央政府の名代に反旗を翻す組織に全面協力すると言うことは、そのまま中央政府に楯突くことになる。そうなれば中央は僕たちをも、攻撃の対象にするだろう。
     まだ北方の政治・経済基盤が安定しきらない今、中央との直接対決なんてことになれば、確実に北方は――勝つか負けるかは別として――大きく揺らぐことになる。中央との対決はいつかしなきゃいけないことではあるけども、今やってはいけないことだ。
     1つ目、3つ目は駄目だ。……じゃあ、2つ目になるな)
     ランドは穂村少佐にこう告げ、席を立った。
    「陛下と有識者を呼んでまいります。私一人で即決できる問題ではありません」
    「そうか。四度目でようやく、国王陛下にお目見えできるとは。……今度こそは、いい返事が期待できそうだな」
    「ええ、ご安心を」

     30分後、ランドはクラウスとキルシュ卿、そして大火を伴って戻ってきた。
    「お待たせしました。こちらが国王、クラウス・ジーン陛下です。隣の者は、クラウス陛下の父君で財政大臣の、エルネスト・キルシュ卿。
     そして私の後ろにいるのが……」
    「克大火だ。ランドの警護、と思ってくれればいい」
     大火を目にした穂村少佐は、表情を険しくした。
    「俺の顔に何か付いているか?」
     そう尋ねた大火に対し、穂村少佐はこう述べた。
    「お主……、相当の手練だな。人を何人も斬った目をしている。……いや、それ以上に、何か並々ならぬ経験をいくつも経た目だ。
     人の領域ならざる、まるで魔界に踏み込んだ者のような目をしている」
    「だから何だ?」
     大火にそう返され、穂村少佐は表情を崩した。
    「……いや、それだけだ。失礼した」
    「え、と。先程のお話を、再開しますね」
     ランドたちは席に着き、対応を協議することにした。
    「まず、初めに申しあげておきますが、ジーン王国政府があなた方反乱軍に、正式な支援を行うことは、政治的に不可能です」
    「む、う」
     この返答に、穂村少佐の顔が曇る。
    「しかしながら、このままお帰りいただく、と言うのも、世界の平和を思えば心苦しい。そこで非公式に、支援を行いたいと考えています」
    「……と言うと、具体的には?」
     この問いに、クラウスとキルシュ卿が回答した。
    「私の臣下から、優秀な人材を秘密裏に出向させよう。ここにいるファスタ卿を初めとして、軍略や戦闘に長けた人材を」
    「それに加え、多少ながら資金も融通しましょう。ただし、3年後に利子を付けて返済、と言う形になりますが」
    「ふむ、悪くない話ですな。ではその条件で、よろしくお頼み申します」

     この後、四者で協議を行い、現地へ向かう人間は次の4人に決定した。
     まず前述の通り、戦略・戦術に長じているランドと、その護衛として大火が。そして戦闘に関してのサポート役として、イールとレブが同行することとなった。

    火紅狐・訪南記 3

    2011.05.03.[Edit]
    フォコの話、201話目。非公式援助。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ランドは頭の中で、返すべき返事と、その後の展開を素早く想定する。(返事は3つのうちどれかだな。ジーン王国を挙げて全面協力するか。それとも非公式に協力するか。それとも、協力しないか。 3つ目は論外だな。放っておいたら、……まあ、少佐は自力で戦わないといけなくなるし、そうなれば清王朝プラス中央軍なんていう大軍に敵うわけがない。...

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    フォコの話、202話目。
    大大陸の南の地。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     穂村少佐がジーン王国を訪ねてから、2か月後。
    「……あー、蒸し暑っ!」
     船を降りるなり、イールは上着をはぎ取った。
    「確かに暑いね。まあ、北方からあれだけ南下すれば、当然と言えば当然だけど」
     ランドも額の汗を拭きつつ、イールに応じる。
    「空の青色が濃いね。何て言うか、熱気が凝縮してる感じだ」
    「そうね。向こうの3倍くらい、『夏っ』って感じ」

     ランド一行がまず到着したのは、央南最北端の街、青江(せいこう)である。
     この街は西大海洋――中央大陸東沖と、北方大陸の南に広がる大きな海に面しており、他の国や地域との玄関、交易地となっている。
     ここからまた海路を使い、穂村少佐の本拠である湯嶺へ向かうのだが――。

    「あぢぃ……」
    「うへぁー……」
     北国出身のイールとレブは、央南の地に着くなりへばってしまった。
    「……うーん、もっと涼しい格好をすれば良かったかな」
     ランドも長い間北方にいたため、久々の強い日差しに多少辟易している。
    「……」
     一方、大火はいつも通りに黒いコートに身を包み、平然としていた。
    「暑くないの?」
     イールにそう尋ねられたが、大火は無言で、肩をすくめて返す。
    「やっぱあんた、央南人なのね。故郷の空気だから、そんなに気になんないんでしょ」
    「さあな」



     ともかく、北方で着ていたような服装では、暑くてたまらない。
     一行は近くの店を回り、央南の服――一般に、「和装」と呼ばれる衣服――を買った。
    「……頼りねぇー」
    「そうね。ベルトに金具付いてないし、なんかスカスカするし」
     と、ランドたち三人の着こなしを見ていた店員が、ケラケラと笑っている。
    「外人のお客さん、帯の位置が高すぎるよ。それは腰で巻くんだ。後、結び方も変」
    「え?」
    「ここ、ここ。ここで結ぶの」
     店員に和装の着付けを習っている間、ランドは一人、壁に寄り掛かって押し黙る大火に目をやる。
    「……」
     大火は特に、どこに目をやろうともせず、腕を組んで目をつむっている。
    (……全然懐かしそうな感じじゃないな。ここはまだ彼の故郷から遠いのか、……それとも、央南自体が全然、彼の故郷じゃないのか)
     と、ランドの視線に気付いたらしく、大火が顔を向ける。
    「なんだ?」
    「君は、……央南のどこ、出身なの?」
    「……」
     聞いた途端、大火は珍しく、ほんの少しだが困ったような顔をした。
    「……」
    「あ、言いたくなければ別にいいんだ。さして重要な話じゃないし」
    「ああ」
     大火はいつもの仏頂面に戻り、また目を閉じた。
    (……? なんだろう、今の反応?
     まあ、簡単に人を斬れるタイプの人間だし、故郷で一悶着あったんだろうって言うのは、想像に難くない。
     でもその話が事実であったとして、……タイカがそれを隠すだろうか? 彼なら『ああ。少しばかり、人を斬り過ぎてしまって、な』とか何とか、ストレートに言いそうなもんだけど。
     彼でも言いにくいような話があるんだろうか? 気になるなぁ……)
     そうこうしているうちに、三人は和装に着替え終えた。
    「どう? 似合う、ランド?」
     イールにそう問われ、思索にふけっていたランドは生返事で答える。
    「ああ、うん。いいんじゃない」
    「そ、ありがとっ」
     イールはニコニコと笑って返し、続いてレブに目を向けた。
    「あんたもサマになってるわよ。伊達に将軍やってるワケじゃないわね」
    「へへっ。……ん?」
     と、レブは店員が、不安そうな目をしているのに気付いた。
    「どうした?」
    「あの、……外人さん、もしかして中央のお方だったり?」
    「あん? ……いいや、俺たちは北方の人間だ。こっちには、……まあ、観光目的だな」
     レブの返答に、店員はほっとしたように虎耳を伏せた。
    「ああ、そうでしたか。いやね、最近はもう、あっちこっちに中央の方がいるみたいで」
    「へぇ?」
     虎獣人の店員は、最近の央南事情を語ってくれた。
    「まあ、何でしたっけ、穂村少佐だかって方が、清王朝転覆を企んでるとかで。
     で、ゆくゆくは中央へも攻め込もうとしてるんじゃないかって話もあって、清王朝の人たちが中央政府に助けを求めたみたいなんですよ」
    「ふーん」
     穂村少佐からこの辺りの顛末は聞いているが、ランドは知らない振りをした。
    「で、中央の方が白京にドッと来て、少佐探しを始めたんですよ。
     だもんで、央南のあっちこっちに、間諜(かんちょう)がいるとかいないとか。で、お客さん外人さんみたいだし、もしかしたらなーって思ったんですよ」
    「へぇ、そうなんだ。いやいや、最近はみょんに物騒だよね」
     そこで話を切り上げ、一行は店を出た。

    火紅狐・訪南記 4

    2011.05.04.[Edit]
    フォコの話、202話目。大大陸の南の地。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 穂村少佐がジーン王国を訪ねてから、2か月後。「……あー、蒸し暑っ!」 船を降りるなり、イールは上着をはぎ取った。「確かに暑いね。まあ、北方からあれだけ南下すれば、当然と言えば当然だけど」 ランドも額の汗を拭きつつ、イールに応じる。「空の青色が濃いね。何て言うか、熱気が凝縮してる感じだ」「そうね。向こうの3倍くらい、『夏...

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    フォコの話、203話目。
    大火の謎。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     北方から央南までの船旅は、実に二か月以上となった。
     そのため、流石に一行の疲労は濃く、青江の宿に着いた途端、(大火を除いて)全員が、ぐったりと横になった。
    「少佐も忙しいんだかヒマなんだかな……。こんな船旅、4回もできねーよ」
    「いや、少佐の船旅は1往復だけらしいよ。4回立て続けに、陳情に来たらしい」
    「ゴリ押ししたわねぇ」
     穂村少佐の話が出たところで、ランドは店で聞いた話を取り上げた。
    「ところで、スパイがあちこちにいるって話。どう思う?」
    「どうって?」
    「少佐の居場所を探っている人が大勢いるってことは、まだ清朝側は少佐がトウリョウにいるとは知らないんじゃないかな、と思うんだ。きっとまだ、あちこちで根掘り葉掘り、怪しいものが無いかどうか探ってる段階だと思う。
     その上で、僕たちが――政情不安定なこの時期に、同じく政情の安定しきらない北方から来た人間が、本当にただの観光に来てる、と思うだろうか?」
    「あ……」
     ランドの話に、イールとレブは辺りを見回す。が、ランド自身は特に警戒してはいない。
    「まあ、話をすること自体は問題ないと思う。
     僕たちの間では北方語で話をしてたし、北方語が分かる人間が、そうそう都合よく、青江へスパイに来てるとは考えにくいもの」
    「……まあ、そりゃそうか」
    「でも、存在は目立つ。店の人も、『外人さん』って一目で見分けが付くくらいだもの。怪しい奴と見なされて、もう既にマークされていてもおかしくない」
    「ありそうね……」
     と、レブが眉を曇らせ、こう尋ねてくる。
    「じゃあ、これからどうやってトウリョウに行くんだ? 流石にこのまんま船に乗ったら、行く先々でスパイに絡まれるだろうし」
    「その点については、……タイカ」
     ランドは大火に声をかけ、こう提案した。
    「少佐のいるトウリョウまで、『テレポート』を使えないかな?」
     「テレポート」とは、大火の持つ魔術である。大火が一度行ったことのある場所や、専用の魔法陣を設置している場所へ、一瞬で移動することができるのだ。
     ランドは大火のことを央南人と見ていたし、現地の地理に多少は詳しいだろうと思っての提案だったが――。
    「……無理だな」
    「え?」
    「俺はその、湯嶺と言う場所がどこにあるか知らん。あまり地理にも明るくないし、な」
    「そうなの?」
     大火の返答に、ランドはまた、彼の出身が気になり始めた。
     と、思索にふける前に、大火が代替案を提示した。
    「まあ、方法は無いでもない。だが、少しばかり時間がかかる」
    「それでもいいよ。とにかく、スパイに見付からずに移動できればいいんだ」
    「……分かった」
     大火はすっと立ち上がり、脱いでいたコートをまとって部屋から出た。
    「長くても一月はかからん。それまでここに、滞在していろ」
    「分かった。よろしく、タイカ」

     残った三人は、これからどう過ごすかを話し合った。
    「最長、一か月か。……どうすっかな」
    「まあ、……遊んでるしかないわね。敵のコトも味方のコトも分かんないんじゃ、対策の立てようなんてないし」
     両手を挙げてため息をつくイールに、ランドは苦笑しつつ同意した。
    「最低限、情報収集だけはしておくつもりだけど、……イールの言う通りだね。他にやりようがないし、やってもむしろ仇、裏目になる可能性もある。何かしようにも、できないね」
    「ホントに観光ね、コレじゃ」
    「……だなぁ」

    火紅狐・訪南記 5

    2011.05.05.[Edit]
    フォコの話、203話目。大火の謎。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 北方から央南までの船旅は、実に二か月以上となった。 そのため、流石に一行の疲労は濃く、青江の宿に着いた途端、(大火を除いて)全員が、ぐったりと横になった。「少佐も忙しいんだかヒマなんだかな……。こんな船旅、4回もできねーよ」「いや、少佐の船旅は1往復だけらしいよ。4回立て続けに、陳情に来たらしい」「ゴリ押ししたわねぇ」 穂村...

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    フォコの話、204話目。
    異国の地でバカンス。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     大火がいない間、ランドたちは仕方なく、青江で過ごしていた。
    「ランド、引いてる引いてる!」
    「え、……おっとと」
     ランドとイールは、北にある岬でのんびりと釣りを楽しんでいた。
    「はい、網っ」
    「とと……、と。ありがとう、イール」
     まずまずの釣果を上げ、ランドは釣竿をしまい始めた。
    「もういいの?」
    「……いやぁ。流石にさ、一週間、二週間もやってると」
    「そーね。魚、嫌いじゃないけど、流石に飽きたかも」
     イールも釣竿を引き上げ、宿に戻る支度を始めた。
    「レブは……、どうしてるだろう?」
    「いつも通り、街外れで素振りとか、腕立て伏せとかしてるんじゃない?」
    「そっか。……しかし、長いなぁ」
     半月以上に渡って大火が戻らないことに、鷹揚(おうよう)に構えていたランドも、多少不安になってくる。
     イールも不安だったらしく、こうつぶやいた。
    「何してるのかしらね、アイツは」
    「うーん……、タイカのことだし、行ったんじゃないかな、トウリョウまで」
    「え?」
    「『テレポート』は行ったことのある場所に飛ぶことのできる術だし、それなら一旦向こうまで行って、そこからこっちに戻ってくれば……」
    「あたしたちもトウリョウに行ける、ってワケね」
     荷物をまとめ終え、二人は宿へと戻る。
     その途中の、海沿いの道を歩きながら、イールはぽつりとつぶやいた。
    「コレがホント、観光だったら良かったのにな」
    「うん?」
    「のーんびり釣りして、のーんびり海を眺めて、のーんびりご飯食べながら、おしゃべりしてさ。
     タイカの話が出て来なかったら、コレから戦争に加担するなんて、ウソにしか思えないわよ」
    「確かに」
     不意に会話が途切れ、二人はそのまま道を進む。
    「……」
     能弁なランドだが、沈黙することは苦痛ではない。特にストレスを感じず歩いていたが、イールの方はランドの方を見たり、海を見たりと、そわそわしている。
    「イールって」
    「ぅへ? な、何?」
    「人といる時、会話が途切れると嫌なタイプなの?」
    「え、……あー、そうかも、うん。そうかも」
    「やっぱり。なんか、落ち着きが無かったし」
    「人をコドモみたいに……」
    「ああ、ごめんね。……じゃあ、何か話でもしようか?」
     ランドにそう返され、イールはあごに指を当てながら思案する。
    「んー……、そーね。じゃ、センリャクの話とか。……なるべく、できるだけ、簡単にお願い」
    「はは……、いいよ。
     まあ、昔も言ったかも知れないけど、戦略って言うのは、『いかに損害を出さず、戦いを進めていくか』って言うのが重要になってくるんだ。
     例えば、自分たちの本拠地に敵が攻めてくるって情報が入った。さあ、君ならどうする?」
    「そりゃ、迎撃するしかないでしょ。それか、敵いそうに無かったら逃げる」
    「まあ、妥当なところかな」
    「妥当? じゃ、一番いいのは?」
    「敵が攻める目標を変えさせる。それも、敵同士でいがみ合う方向に」
    「なーるほど……。そうすればあたしたちは、何の損害も無く勝ちを拾える、ってワケね。でもどうやって?」
    「そこは、色んな手を使って。ま、その辺は、戦略じゃなくて戦術の範疇(はんちゅう)になるかな。
     戦略って言うのは、例えて言うなら『あのお城に行きたい』『あのお店に行きたい』って、目標を定めることなんだ。その上で、『どの道を進もうか』『徒歩で行こうか、馬車を使おうか』って決めていくのが、戦術になる」
    「ふーん……。まあ、分かった気がするわ」
    「それなら良かった」
     と、ランドがにっこりと笑ったところで――。
    「……あ」
     ランドは道の向こうから、知った顔がやって来るのに気付いた。
    「レブ、何でここに?」
     レブは手を挙げ、二人に応じる。
    「ん、いや。……戻ってきたぜ、あいつ」
    「あいつ? タイカが?」
    「おう。で、お前らを呼んできて欲しいっつって」
     と、そこでレブが言葉を切る。
    「……邪魔したかな」
    「え? 何の?」
     レブの言っている意味が分からず、ランドは首をかしげる。
     一方、イールは分かったらしい。
    「違うわよ? ふつーに釣りしてただけだし」
    「そっか。変な勘繰りして悪かったな」
    「いいわよ、別に」
    「……?」
     会話の内容が見えず、ランドはきょとんとしていた。

     宿に戻ったところで、ランドは半月ぶりに見る大火に会釈した。
    「やあ、おかえり。どう?」
    「問題ない。すぐにでも、向こうへ飛べるぞ」
    「そっか。じゃ、……まあ、魚釣ってきたし、これ食べてから行こうか。タイカはお腹空いてる?」
    「それなりに、だな。『テレポート』は消耗が激しい」
    「じゃ、一緒に食べよう」

    火紅狐・訪南記 6

    2011.05.06.[Edit]
    フォコの話、204話目。異国の地でバカンス。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 大火がいない間、ランドたちは仕方なく、青江で過ごしていた。「ランド、引いてる引いてる!」「え、……おっとと」 ランドとイールは、北にある岬でのんびりと釣りを楽しんでいた。「はい、網っ」「とと……、と。ありがとう、イール」 まずまずの釣果を上げ、ランドは釣竿をしまい始めた。「もういいの?」「……いやぁ。流石にさ、一週間、...

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    フォコの話、205話目。
    フシギな気持ち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     ランドたちは食堂に向かい、宿の店主に釣ってきた魚を渡し、席に座った。
    「で、向こうはどうだった?」
    「特に何も、と言うほか無いな。まだ敵方も、本拠地を見つけてはいないらしい。表向きには、普通の温泉街でしかなかった。
     だが、近いうちに近隣の街を襲撃する、とは言っていた。何でも、軍備の集積地があるとか」
    「ちょっと不安だな……。早いうちに向かった方がいいかもね」
    「だろうな。俺が見ても、甚だ意義のある行動には見えん」
    「そうか? 敵の備蓄を叩くわけだし、何もしないよりはいいんじゃないか?」
     尋ねたレブに、大火が答える。
    「敵がまだ、明確に本拠を捉えていないと言うのならば、できるだけ隠しておいた方がいい。それだけ、敵は捜索に時間と人員を費やすわけだからな。
     公衆の面前にのこのこと姿を表すとなれば、後を追跡されて本拠地を発見される可能性もある。そうなれば後は、大軍の物量を以って本拠地に総攻撃を仕掛け、それで終局だ」
     続いて、ランドも説明する。
    「それに、相手の素性が分からないって言う要素は大きい。今動けば、反乱軍の力量はあっけなく露呈してしまうだろう。
     それよりも相手に『見えざる敵』と認識させて振り回しておいた方が、どれだけ効果を挙げるか。少なくとも、ハクケイから遠く離れたトウリョウ近辺の集積地を叩くより、よっぽど効果はある」
    「ふーん……、そんなもんか」
     論じている間に、店主が新鮮な魚料理を運んできた。
    「お待ちどう。旦那さん、腕がいいねぇ。こんなに脂が乗った魚、なかなか出ないよ」
    「はは、どうも。……旦那?」
     首をかしげるランドに、店主は「おっと」と口を抑えてつぶやく。
    「違ったか。じゃ、あっちが旦那さんかい?」
    「へっ?」
     今度はレブが首をかしげる。
    「旦那って?」
    「あれ? ……いやー違ったか。いやほら、そこの『猫』さんとずっと一緒にいるから、どっちかが旦那さんなのかなって思ってたんだけど」
     この発言に、イールが目を丸くした。
    「え、ちょっ、違うわよ! あたしまだ独身! って言うかおじさん、そんな風にあたしたち見てたの!?」
    「道理でおかしいなーとは思った、あはは……。俺、『もしかしたら旦那さん二人?』とか思ってたりしてたよ」
    「ふっ、二人って、んなワケないじゃない! こいつらは仕事仲間!」
     顔を真っ赤にするイールに、店主はぱたぱたと手を振って謝った。
    「いやーごめんごめん、悪い悪い。……そんじゃ、まあ、ごゆっくりっ」
     店主は照れ笑いを浮かべながら、その場を去った。
    「……あ」
     と、ランドが岬でのことを思い出した。
    「レブ、君がさっき言ってたのって」
    「ん?」
    「……ああ、まあ、いいか。疑いは晴れたし」

     食事後、ランドたちは湯嶺に向かうため、荷造りを始めた。
    「んー……、釣竿はもういらないな」
    「いいでしょ。必要になるコトがあったら、またあっちで買うか作るかすればいいし」
    「そうだね」
     二人で並んで不要な物を処分している間、イールはこの半月を思い返していた。
    (ホント、遊びっぱなしだったわね。ランドと二人で釣りしたり、買い物したり。……そう言や、あたしってあんまり、遊んだコト無いのよね。
     ちっさい頃はアルコンがずーっとあたしの側に張り付いてたから、同年代の子が全然寄ってきてくれなかったし、って言うか、寄らせてもらえなかったし。反乱軍を立ち上げてからは、あっちこっち飛び回りっぱなしだったから、余計に遊ぶ機会なんて無かったし。
     こうして何の気兼ねも無くブラブラしたのって、……ホントに、生まれて初めてじゃないかしら)
     そう思ってみると、この半月の間に買った、他愛も無い玩具やアクセサリが、愛おしく感じられてくる。
    (……コレ、北方に持って帰りたいな)
     そう思い、イールはランドに顔を向けた。
    「ねえ、ランド」
    「ん? どうかした?」
    「コレ、持って帰っていい?」
    「え?」
     ランドはけげんな顔を返してくる。
    「好きにすればいいじゃないか。何で僕に聞くの?」
    「あ」
     イールは照れ、パタパタと手を振ってごまかした。
    「そうよね、何で聞いたのかしら、あははは……」
     と――ごまかしているうちに、イールの心に何か、切ないものが染み出した。
    「……っ」
     それを感じ取った途端、イールは黙り込んでしまった。
    「どうしたの? 変な顔して」
    「……なんでもない。……うん」
    「……イール?」
     ランドが心配そうな目を向けてくる。
    「そんなに気にしなくても……。持って帰りたいなら、そうすればいいじゃないか。そのネックレス、似合ってるし」
    「そ、そう? 似合う? ……うん、じゃ、持って帰る」
    「うん」
     ランドにほめられた途端、今度は心の中が温かくなった。
    (……変ね、あたし。旅の疲れ、今頃出たのかしら)



     彼女がこの不思議な気持ちが何なのか理解するのは、ずっと後のことになる。

    火紅狐・訪南記 終

    火紅狐・訪南記 7

    2011.05.07.[Edit]
    フォコの話、205話目。フシギな気持ち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. ランドたちは食堂に向かい、宿の店主に釣ってきた魚を渡し、席に座った。「で、向こうはどうだった?」「特に何も、と言うほか無いな。まだ敵方も、本拠地を見つけてはいないらしい。表向きには、普通の温泉街でしかなかった。 だが、近いうちに近隣の街を襲撃する、とは言っていた。何でも、軍備の集積地があるとか」「ちょっと不安だな……。...

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    フォコの話、206話目。
    釜底抽薪。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     大火の助けを借りて湯嶺へ到着したランド一行は、すぐ穂村少佐と面会した。
    「今回のご助力、まことに痛み入ります」
    「いえ、そんな堅くならずに。これからしばらく、一緒に仕事をするんですから」
    「そうですな……。では、楽に構えさせてもらおう」
     そう言って少佐は、正座から胡坐へと姿勢を変え、ランドと最初に会った時のような話し方に戻った。
    「現在、拙者らはここより北、黄州平原と西月丘陵との境にある街、弧弦(コゲン)にある清朝軍基地を襲撃しようと計画している。ここは央南西部で五指に入る軍事物資の集積地であり、ここを叩けば清朝軍に大きな打撃を……」「その件につきましては、タイカから伺っています」
     少佐の話をさえぎり、ランドはこの作戦を中止させようと説得を始めた。
    「しかし、彼や同輩とも協議しましたが、今動くのは得策ではありません」
    「ふむ……?」
    「今現在、セイコウを初めとして、各主要都市を中央政府から出向いたスパイ、いわゆる間諜がかぎまわっている最中です」
    「なるほど。彼奴らが探っている間は、動くべからずと言うことか」
    「それだけではありません。『探っている』と言うことは即ち、清王朝はあなた方反乱軍の素性を把握していない、と言うことです」
    「と言うと?」
    「敵はあなた方がどれだけの強敵であるか、測りかねている状態です。
     もしかしたら非常に現実的に、王朝を揺るがす存在かも知れない。はたまた、騒ぎ立てるだけで実は烏合の衆でしかないかも。
     そのどちらとも判断できず、『それなら情報を集め、敵の素性を確定させる方が先決だろう』と、恐らく相手はそう考えているでしょう。
     もし前者と判断していれば、相手は間諜などではなく、大軍勢を召還しているでしょうし、後者ならば、わざわざ中央政府から人を呼んだりはしない。分からないからこそ、調べているんです」
    「ふむ、それは分かった。……だが、何故動いてはならぬと?」
     そう尋ねた少佐に、ランドはこんな例えを出した。
    「少佐が灯りも持たずに、夜の山に入ったとします。辺りには鳥獣の気配。熊などに襲われず、無事に山から出られると思いますか?」
    「それは……、確かに難しいかも知れん」
    「しかしこれが夜ではなく、昼だったら? もしくは、灯りを持って入ったら? 恐らく、襲われる気はしない。襲われても、返り討ちにできると考えるでしょう。夜の闇で阻まれるために、通常なら勝てる鳥獣に恐れをなすんです。
     人間は情報量が少なければ少ないほど、憶測によって相手を強く見てしまうものです」
    「ふむ……。つまり、敵方に素性が知られていない現在、拙者らの軍は事実より強く見せることが可能だ、と言うわけか」
    「その通りです。それに失礼ですが、少佐。今現在、反乱軍の規模はどのくらいですか?」
     ランドにそう問われ、少佐は指折り数えつつ、こう返した。
    「確か……、兵の数は2000。刀剣や弓、魔杖などは、すべて合わせて1000ほどだ。その他馬など……」「それだけで。……では相手の兵力は?」
     この問いに、少佐は眉を曇らせた。
    「拙者が軍に身を置いていた時は、だが。兵の数は5万弱。武器総数は7万以上だった。中央政府やエール氏の援助などを考えれば、武器はもっと用意されているだろう」
    「なるほど。……少佐、重ね重ね進言しますが、今は攻めるべき時ではないでしょう。
     よしんば、コゲン襲撃に成功し、王朝軍の軍備の何分の一、何十分の一かを奪ったとしても、他の土地には『何十分の何十引く一』の軍備が残っているわけです。それを以って襲撃されたら、ひとたまりも無い。
     力の無い今、不用意に動けば、反乱軍は即、全滅しますよ」
    「ううむ……」
     丁寧に諭され、最初は意気揚々としていた少佐も、苦い顔をし始めた。
    「しかし……、このまま何もせぬわけには行かぬ。それに、今はまだ素性が割れていないとは言え、いつ発覚するやも知れぬ。そうなれば結果は一緒であろう?」
    「ええ、その通りです。確かに何か行動を起こさなければ、ジリ貧でしょうね」
    「では、拙者らは何をすれば良い? 何をすれば、王朝を倒せるのだ?」
    「そこへ行き着くには、順序を立てなければいけません。
     何の策も無くいきなり敵陣へ飛び込むのは愚中の愚、そうでしょう?」
    「……なるほど、確かに」
     少佐の勢いが削がれたところで、ランドは自分の考えを述べた。
    「まず、現状を例えるならば、我々反乱軍は、ごくごく一般的な平民が、何とか刀を握りしめているようなもの。
     対する清朝軍は屈強な肉体に、中央政府やエール氏から手に入れた頑丈な武具をまとっているようなものです。これではまともにぶつかって、勝てるわけが無い。
     まず武具を外させ、その肉体を弱らせなければ、勝つ見込みは生まれないでしょう」
    「ふむ。となれば、まず行うべきはそれらの『武具』を、王朝から引き剥がさねばならぬ、と言うわけか」
    「ええ。それについて、この戦いの、そもそもの発端を思い返せば……」
    「……そうか。中央政府に、此度のエール氏と王朝との企みを密告すれば」
    「ええ、それができれば恐らく、中央政府は引き揚げるでしょう。そしてもっと理想的に事が運べば王朝と敵対し、逆に我々に味方してくれるでしょう。
     ですが、問題があります。それは少佐も、重々ご承知の通りですよね」
    「ああ。……明確な根拠を示さねば、中央政府は信用せん」
    「その通り。であれば、我々が執るべき行動は、一つ。
     エール氏が中央政府転覆と多重債務の破棄を謀り、それを王朝に教唆している事実を明らかにすることです」

    火紅狐・破鎧記 1

    2011.05.08.[Edit]
    フォコの話、206話目。釜底抽薪。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 大火の助けを借りて湯嶺へ到着したランド一行は、すぐ穂村少佐と面会した。「今回のご助力、まことに痛み入ります」「いえ、そんな堅くならずに。これからしばらく、一緒に仕事をするんですから」「そうですな……。では、楽に構えさせてもらおう」 そう言って少佐は、正座から胡坐へと姿勢を変え、ランドと最初に会った時のような話し方に戻った。「...

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    フォコの話、207話目。
    下品な兎獣人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     央中、イエローコースト。
     落成して間も無い金火狐の屋敷を、一人の兎獣人が訪れていた。

     兎獣人と言うのは一般的に、「おしゃれで美しい種族」と評されている。
     事実、例えばフォコの知っている兎獣人――ルーテシアは、多少ふくよか目ではあったが、それを踏まえても非常に美人であったし、服や料理のセンスも抜群と言えた。
     その娘たちにも、彼女の美貌とセンスはちゃんと遺伝されていたし、それだけを見れば、評判通りと言える。

     だが、この兎獣人は――。
    「どうもどうも、ケネス総帥殿。儲かってますか、えへへ」
     話し方や笑いに品が無い。
    「上々、と言うところだ。……それよりもサザリー君、私は執務の真っ最中であったのだが」
     場の空気が読めない。
    「ああ、すみませんすみません、こっちもちょいと、急ぎだったもので、へっへへ」
     自分の都合を優先する。
    「それで、何かね? わざわざこの私の手を止めさせるような、大事な案件を持って来たのか?」
    「ああ、まあ、そこまで大事では無いですが、まあ、大事と言えば大事と言えるかも知れません。まあ、お金の話ですから御大には重要ですし、重要かなーなんて」「話したまえ」
     何より、フォコ以上に、いや、どの誰よりも、服にセンスの欠片もない、不気味なほどにひょろひょろとした、背と目の大きな男だった。
    「ああ、はいはい。まあ、そのですね。僕が管轄しております、央南の話なんですけれども。
     総帥殿に言い付けられた通り、バカ殿を唆して順調に、央中と央北の商品を買わせまくっております。それでですね、その額がそろそろ、国庫の倍ほどになってましてね、新たにそのー、ほら、あれを、……あれしてですね、ほしいんですが、……ね?」
     チラ、チラと不気味な目を上目遣いに向けてくるサザリーに嫌悪感を感じつつ、ケネスは尋ねる。
    「負債額はいくらだ? 正確に言いたまえ」
    「あ、はいはい。えーと、確か」「『確か』? 正確に覚えていないのか?」
     にらみつけたケネスに、サザリーはヘラヘラと笑いながらごまかそうとした。
    「いやあの、へへへ、そんな、別に答えられないってことは無いんですよ、無いんですけども、ほら、細かいところまでどうかって言われたら、ちょっと覚えられないなって、へへ、ほら、僕も忙しいので」「忙しい? それで覚えられないと?」
     ケネスはフンと鼻を鳴らし、こう返した。
    「私は君などより何倍も忙しく過ごしているが、それでも私の持つ店が、それぞれどれほどの利益を上げているか、そらんじることができるぞ。
     覚えていないのは、君がまったく関心を持っていないからだ。いくら祖国から遠く離れた辺境、僻地といえど、君が責任を持って受け持った仕事だろう? それを『覚えていない』と言うのか、君は?」
    「……いや、へへへ」
    「まったく……! 名門商家の人間とは思えんな。本当にエール家の人間なのか?」
    「いや、それは本当に、僕はそこの出です。それは疑ってもらっては、困ると言うか」
    「ならば見せてもらいたいものだな。まともな商人として、その卑屈な愛想笑いだけではなく、きちんとした数字を」
    「……はい」

     その後、サザリーからしどろもどろながらも報告を受け、ケネスはまた、不満げに鼻を鳴らした。
    「想定では309年の現在、負債額は20億に達せさせるはずだったな。税収や国債発行では立ち行かなくなる額に追い込む、そうだったな?」
    「まあ、その、はい」
    「それで君、もう一度答えてくれるかね? 現時点の負債は、いくらになったと?」
    「ですから、そのー、13億くらい」
    「7億足りないようだが、それは何故だ?」
    「えっと、それは、えー」
    「答えられないのかね?」
    「いや、多分なんですけども、きっと、大臣級の奴らが、これ以上負債を負わせまいとしてるんじゃないかなー、とか、なんて」
    「サザリー君」
     ケネスは机の上に置いてある墨壷を手に取り、席を立つ。
    「もう一度言うが、君は関心を持ってこの仕事に当たっているのか?」
    「も、勿論です、はい」
    「本当だな?」
     ケネスは背の高いサザリーの襟をつかんで引っ張り、無理矢理頭を下げさせた。
    「ならば何故、計画が進行していない? 進行しない、その理由を説明できないのだ!?
     まともに業務へ当たっていないから、まともな説明ができないのだ! ろくに仕事もしていない、何よりの証拠だろうがッ!」
     ケネスは持っていた墨壷を、サザリーの頭にぶちまけた。
    「いたぁ……っ!」
    「この無能め! 商売のろくにできぬ、ごく潰しめがッ!」
    「いた、た、たたた……」
     サザリーは床に倒れこみ、頭からインクと血をボタボタたらしている。ケネスはその頭に割れた墨壷の欠片を押し付け、さらに血を流させる。
    「ひ、っ、何を」
    「いいか、良く覚えておけ! この私の命令は、命を懸けて実行するのだ! でなければ次は、この程度では済まさんぞッ!」
     ケネスはインクと血まみれになったサザリーを蹴り付け、執務室から追い払った。

    火紅狐・破鎧記 2

    2011.05.09.[Edit]
    フォコの話、207話目。下品な兎獣人。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 央中、イエローコースト。 落成して間も無い金火狐の屋敷を、一人の兎獣人が訪れていた。 兎獣人と言うのは一般的に、「おしゃれで美しい種族」と評されている。 事実、例えばフォコの知っている兎獣人――ルーテシアは、多少ふくよか目ではあったが、それを踏まえても非常に美人であったし、服や料理のセンスも抜群と言えた。 その娘たちにも...

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    フォコの話、208話目。
    大騒乱の火種。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ケネスの怒りを買い、叱責と暴行を受けたサザリーは、大慌てで央南へ戻った。
    「どうもお久しゅうございます、国王陛下」
    「……どうされた、エール殿?」
     頭に包帯を巻いたサザリーの姿に、短耳の国王・清一富は目を丸くした。
    「いや、ちょっと出先で襲われちゃいまして。いやいや、僕ほどの大商人になれば、どこにいても安心なんかできないってことでしょうね、あははは」
    「襲われた、とな? ううむ……、まこと、央中・央北は伏魔殿であるな。一刻も早く、糺さねばのう」
     一富はサザリーが白京を訪れた頃から、ずっと「中央政府は諸悪の根源」と聞かされ、洗脳されてしまっている。そのため、サザリーから「中央政府を倒して、清王朝の正義を世に知らしめちゃいましょう」などと唆され、話に乗ってしまったのだ。
     勿論、まともな有識者から見ればこんな荒唐無稽な話は実現するはずも無いし、実行すれば国が傾くのは確実であると分かっている。
     しかし――一富は有識者とは言えず、むしろ、愚君の部類に入る。その上に自己顕示欲が非常に強く、「自分の名を世に広めたい」などと常日頃から考えていたため、サザリーにとっては「格好の餌」に他ならなかった。
    「そうです、そうですとも! このような思いをするのは、もう誰一人あってはなりません!」
    「うむ、うむ」
    「でしたら早速、お話の方をさせていただきますね。まず央中の……」



     ケネスとサザリーが描いた央南支配の筋書きは、次のようになっている。
     まず、清王朝に央中・央北各地の商人・商家への莫大な債務を負わせ、返済不能な状態まで追い込む。
     一富王には、この行動は「中央政府に巣食う金の亡者から金を引き出せるだけ引き出して、潰してしまえばいい。どうせ相手は『悪』なのだから」と説明されている。
     しかしもう一方――中央政府側には、いずれケネスを通じて「借金を踏み倒すために挙兵しようとしている」と報告される予定となっている。
     計画が熟し、清王朝、即ち央南全土が莫大な借金で満たされ、中央政府との戦争で極限まで疲弊した後、ケネスらがそのすべての土地と利権を二束三文で買い取り、かつての南海や北方で計画されていたのと同様、隷属させる予定なのだ。

     そしてこの計画にはもう一つ、ケネスの狙いがある。
     清王朝が中央政府との戦いに敗れ滅亡すれば、抱えていた負債はすべて不履行となる。そうなれば莫大な額の貸付を行った商人・商家は軒並み破産することになる。
     ケネスにとってこれは、央南を支配するだけではなく、競争相手を一挙に潰す計画でもあったのだ。



    「……では、今回もすべて、国債でのお支払いと言うことで」
    「うむ、よろしく頼んだ」
     ケネスに負わされた怪我を逆手に取り、サザリーは一富に、何とか2億クラムの負債を上乗せさせることに成功した。
    「……と、そう言えば陛下」
    「うん?」
    「反乱軍どもの件は、どうなりました?」
     しかし計画の進行には、一つの問題が発生していた。穂村少佐率いる、清朝反乱軍の存在である。
     反乱軍がこのまま「清王朝が中央政府への叛意を抱き、商人もろとも滅ぼそうとしている」と主張し続け、そのうわさが中央大陸全域に広がれば、商人たちは当然、貸付など行わなくなる。
     そうなれば莫大な借金など作ることはできないし、そのまま清王朝が中央政府にぶつかって滅亡したとしても、ケネスらの狙い通りになることはない。
     ケネスたちにとっても、清朝反乱軍は早急に消えて欲しい存在なのだ。
    「残念ながら、まだ影も形もつかめぬ。お主の言う通り、中央の狗どもを使って調べてはおるのだが、のう」
    「あまり喜ばしくないお話ですね。できる限り早く、一網打尽にできることを願っております」
    「うむ、うむ」

    火紅狐・破鎧記 3

    2011.05.10.[Edit]
    フォコの話、208話目。大騒乱の火種。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ケネスの怒りを買い、叱責と暴行を受けたサザリーは、大慌てで央南へ戻った。「どうもお久しゅうございます、国王陛下」「……どうされた、エール殿?」 頭に包帯を巻いたサザリーの姿に、短耳の国王・清一富は目を丸くした。「いや、ちょっと出先で襲われちゃいまして。いやいや、僕ほどの大商人になれば、どこにいても安心なんかできないってこ...

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    フォコの話、209話目。
    告発準備。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     場所は湯嶺、ランドたちの話し合いに戻る。
    「我々の方でも調査し、エール氏が教唆しているその証拠をつかむべきでしょう。まず行うべきは、そこからです」
     ランドの説得により反乱軍の狐弦襲撃は中止され、代わりに中央政府の協力を止めさせる策が検討されていた。
    「うむ、そこが肝要であるな。元より拙者らは中央政府に対し、一般の世論以上の敵愾心は持ってはおらぬ。彼らと戦う理由など、まったく無いのだ。
     余計な敵に阻まれ、真に許すべからざる敵を逃がすことなど、あってなるものか」
    「その通りです。まあ……、僕からすれば、いずれは攻略したい相手ではありますが。
     それはさておき、具体的に証拠を見つけ、世間に公表するにはどうすればいいか? これを考えていきましょう」
    「ふむ……」
     少佐は顎に手を当て考え込んでいたが、やがて、ぱた、と手を打った。
    「一つ、考えがある」
    「なんでしょう?」
    「話の中核に何度も上がる、エール氏であるが。『清王朝に負債を抱えさせる』と言うその目的上、しきりに央中や央北へと足を運んでいる。
     奴をその、央中などへ出向いている途上で拘束し、中央政府まで引っ張り、彼らの面前で内情を暴露させてみてはどうだろうか?」
    「悪くない案です。しかし……」
    「しかし?」
     ランドが答える前に、イールが肩をすくめつつ、代わりに答える。
    「脅して吐かせるってのは、あんまり信用されないと思うわよ。そのエールって奴に、『反乱軍に言えって脅されたから言ったんだ』って言われちゃったら、何を言ってもウソに聞こえるだろうし。
     それに、そいつを引っ張っていき、話をさせるってなったら、あたしたちも必然的に、中央まで行かなきゃなんない。ランドは向こうじゃ完全に政治犯扱いだし、中央入りした時点で捕まるのは確実。少佐や他のみんなも十中八九、拘束・逮捕されるわよ」
    「なるほど、それもそうか……」
    「それに物的証拠でなければ、信用されるのは難しいでしょう。
     例えば、……そうですね。中央政府攻略を考えているのならば、それなりに物資を必要とします。それこそ、一地域の防衛、守護と言う名目だけでは持て余すほどの、莫大な量の軍事物資が。
     その異常な量の軍備、それが央南に存在しているのを、中央政府の要人に確認させれば、誰であろうと清王朝の思惑を悟らないわけがない。
     それを確認させた上で、エール氏と清王朝との関係、そしてエール氏がその物資の買い付けを指示していたことを広めれば……」
    「その要人が清王朝を非難し、上々に事が運べば、清王朝に刃を向ける。上々とは行かずとも、清王朝への協力が止むのは確実、……と言うことか」
    「その通りです。中央政府と言う頑丈な武具、鎧兜を外させてしまえば、清王朝の攻略は比較的平易なものになる。
     そしてあわよくば、逆に中央政府を我々の武器にしてしまおう、……と言う作戦です」
     ランドの作戦を聞き、少佐は腕を組んでうなった。
    「なるほど、……ふむ、……少なくとも出鱈目に敵陣を襲うより、ずっと効果的であるな」
     続いて、膝立ちになってランドに詰め寄ってきた。
    「では、その要人とは?
     半端な位の者では、中央政府を動かすなど、どだい無理な話だ。少なくとも高級官僚、ないしは大臣級の人間が視察に来てもらわねば、その計画は破綻だ」
    「ええ。……いえ、大臣級でも、止めるのは難しいでしょう」
     ランドの言葉に、少佐は首をかしげた。
    「それは何故だ?」
    「現在の中央政府は、ほぼ寡数の人間によって支配されています」
    「……? 大臣たちと天帝であろう? であるから、大臣なりに申し立て……」
    「その大臣も、です」
    「何……?」
     ランドはかつて中央政府の牢獄で結論に至り、後に母ルピアから裏付けを得た、恐るべき世界征服計画――ケネスとバーミー卿の共謀を説明した。
    「何と! つまりは中央政府各院も、そ奴らめの手の内にあると言うことか! むむむ……!」
     少佐は憤り、畳をダン、と叩いた。
    「それでは到底、卿の作戦など進められないではないか! 天帝をも抱き込んでいると言うのならば……」「あ、いえ」
     ランドはぱたぱたと手を振り、それを訂正した。
    「確かに政府各院が彼ら二人に掌握されているのは確かですし、天帝陛下も操られている、と言うのも間違いない。
     そう、今言った通り――大臣は傀儡ですが、天帝は誘導されている。その違いがあります」

    火紅狐・破鎧記 4

    2011.05.11.[Edit]
    フォコの話、209話目。告発準備。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 場所は湯嶺、ランドたちの話し合いに戻る。「我々の方でも調査し、エール氏が教唆しているその証拠をつかむべきでしょう。まず行うべきは、そこからです」 ランドの説得により反乱軍の狐弦襲撃は中止され、代わりに中央政府の協力を止めさせる策が検討されていた。「うむ、そこが肝要であるな。元より拙者らは中央政府に対し、一般の世論以上の敵愾...

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    フォコの話、210話目。
    欠け始めた豪商の算盤。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     309年の半ば、中央政府の本殿、ドミニオン城。
    「は……? 視察、ですか?」
     天帝に付いている官僚たちが、現天帝・オーヴェル帝の言葉に、一様に首をかしげた。
    「何故、突然そのようなことを……?」
    「朕の耳に、あれこれと話が入っておるのだ。朕に仇なそうと言う、有象無象の輩のうわさが」
    「はあ……」
     オーヴェル帝は憮然とした顔で、ここ数年の世界情勢をなじった。
    「まず北方大陸! これまで我が中央政府、我が『天帝の世界』と懇意にしていたノルド王国が崩壊し、はるか昔に英傑、シモン大卿とロッソ大卿が打ち滅ぼしたはずの悪魔、レン・ジーンの末裔が征服したと言うではないか! これを朕ら天帝一族に対する反逆、冒涜と言わずして、一体何であると言うのか!
     そして南海地域、ここも一向に治まらぬ! 折角、我が中央政府を挙げて仲裁や指導をしていると言うのに、戦火は激しくなるばかりと言うではないか! 巷にはぞろぞろと、件のレヴィア王国と名乗るならず者の軍やその出先の商人が闊歩し、南海征服を企んでいるとさえ言われている! バーミー卿を信じ任せていたが、状況は悪化するばかりだ!
     そしてその、出先の商人だが、西方の者だそうだ。そう、西方! ここも、中央政府に対する敵意が見え透いている! ここ数年で、西方商人の関わる商業が一様に、市場の値を吊り上げさせていると言う! 我が中央政府と、その下に付く者たちから金を搾り取ろうと言う、さもしい魂胆がありありと見えるのだ!」
    「ふむ……」
    「確かに、そう言った報告は寄せられておりますね」
     愚君オーヴェル帝といえども、政治の中枢の、さらに中心点にいる存在である。世界各地からの報告は、各院トップの大臣に伝えられると共に、彼の耳にも届けられるのだ。その報告を受けて、彼なりに思索し、行動しようとするのは何の不思議や不可解も無い。
     そして何より、己の血筋と権勢を重要視するオーヴェルである。太祖が成した「世界平定」を脅かし、侵害する者たちに対し、並々ならぬ敵愾心を燃やすのは、当然の流れと言えた。
    「そこで朕は視察団を結成し、諸国にさらなる反逆の芽がないかどうか、見て回ろうかと考えておるのだ」
    「へ、陛下ご自身で、でございますか?」
     オーヴェルの発言に、官僚たちは唖然とする。
    「何か問題があると言うのか?」
    「あ、いえ」
    「朕は父上、先代ソロン帝のようにひょろひょろと官僚や大臣に寄生し、ドミニオン城の玉座にへばりつくような政治を行うつもりは、毛頭ない。
     帝位に就く前から父上の所業を見てきたが、あれは情けないにも程がある! 何から何まで人任せにし、すべてが決まった後でボソボソと口出しをして場をかき乱す、性根の汚さ!
     このまま玉座にのさばるだけでは、いずれ朕も先代と同じそしりを受けよう。そうなる前に、朕自らが下々に、ただのお飾りでは無いと知らしめるのだ」
    「なる、……ほど」
    「では、各院から官僚を若干名ずつ集めるよう手配いたしましょうか」
    「うむ。よきにはからえ」
     こうして、天帝視察団の結成が進められることとなった。

     このうわさを軍務大臣、バーミー卿から聞きつけ、ケネスは苦い顔をした。
    「バカ殿め、面倒臭い真似を」
    「まったくだ」
     オーヴェルが視察団結成のために挙げた事例は、どれもケネスとその腹心たちが絡んだものである。
     南海征服や西方商人らの競争激化はケネスの考える世界征服に沿って進められた計画の結果であり、それを咎められたり介入されたりしては、元も子もない。
    「バーミー卿、陛下へ口添えをお願いしても?」
    「構わんが……、何と言えば?」
    「そうですな、……こうしましょう。
     現在の世界情勢は陛下が考えているよりも危険であり、中央大陸から離れるのは薦められない、と。
     それよりも中央政府の圏内、中央大陸内に不穏の種が無いか視察し、ご自身の地盤を固められた方が得策では無いかと。そうお願いします」
    「分かった」

     だが――。
    「何ですって? もう既に、中央大陸内の視察が決定していた、と?」
     バーミー卿から結果を聞き、ケネスは首をかしげた。
    「ああ。詳しいことは聞かなかったが、推挙があったそうだ。恐らくはケネス、君が私に伝えたのと同じ考えに至った者がいたのだろう」
    「……ふーむ」
     ケネスはその話に少し、言いようの無い不安を覚えた。
     しかし、自分の考え通りに事が運んではいるし、それに異論を唱えるのも自分自身、気持ちが悪い。
    「まあ、いいでしょう。それで詳しくは、どこを?」
    「央南だそうだ。どう言うわけか、陛下は西方商人を毛嫌いしていてな」
    「ほう」
    「最近、央南と央北・央中をしきりに渡る西方商人がいるとのことだ。陛下にしては、放っては置けん、と言うわけだ」
    「なるほど」
     これを聞いて、ケネスは心中、これまで執ってきた行動を検討した。
    (流石にこの数年、動きが露骨すぎたか……? まあ、バカ殿のこと、私の真意になど及んではいまいが、それでもうろちょろされれば迷惑だ。
     いかにオーヴェル帝が目立ちたがり、血筋とメンツにこだわる馬鹿だとしても、権力を持っているからな。ごねられて全てを引っくり返されでもすれば、私の計画は頓挫しかねない。
     ……少し、腹心たちとは距離を置いておくか。オーヴェル帝があげつらったと言う事件に私が関わっていると知れれば、けして良い結果にはなり得まい。『関係が無い』、とポーズを執っておかねばな)



     ケネスが権力を得た理由は、政治・軍事・経済のトップを押さえ、操ったことにある。
     だが、その操作・誘導が後々、彼に牙をむくことになるなど、彼が思い至ることはできなかった。

    火紅狐・破鎧記 終

    火紅狐・破鎧記 5

    2011.05.12.[Edit]
    フォコの話、210話目。欠け始めた豪商の算盤。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 309年の半ば、中央政府の本殿、ドミニオン城。「は……? 視察、ですか?」 天帝に付いている官僚たちが、現天帝・オーヴェル帝の言葉に、一様に首をかしげた。「何故、突然そのようなことを……?」「朕の耳に、あれこれと話が入っておるのだ。朕に仇なそうと言う、有象無象の輩のうわさが」「はあ……」 オーヴェル帝は憮然とした顔で...

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    フォコの話、211話目。
    三流、三流を嘲笑う。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     オーヴェル帝が現地視察に来るとケネスに聞かされ、サザリーは慌てふためいた。
    「そ、それって、その、あれですよ、あの、まずいってことになるんじゃ」
    「そうだ」
     おろおろとしているサザリーを机越しに眺めつつ、ケネスは落ち着くよう促す。
    「まず、座りたまえ。私の話を聞くんだ」
    「あ、はい、えっと、……じゃあ、はい」
     ガタガタと音を立てて椅子を引きずるサザリーに、ケネスは苦い顔を向ける。
    「サザリー君。屋敷はまだ、建てて一年経つか経たないかだ。あまり傷を付けないでくれたまえ」
    「あ、す、すみません」
     ようやく座ったサザリーに、ケネスは今後の対応を伝えた。
    「視察団が到着するのは10月の末になる。双月節に行われる天帝教の式事を考えれば、滞在は恐らく11月の半ば、長くても11月の末までだろう。
     つまり半月から一月は、天帝は央南に留まることになる」
    「はあ」
    「その前後……、そうだな、今から12月に入るまで、予定されていた取引はすべて保留、延期するよう手配してくれ。
     取引が行われていることが発覚し、その先を探られ、万が一にでも我々の計画が発覚すれば、私も君も、ただでは済まないことになる」
    「で、ですよね」
    「後は、……そうだな、セイコウ、ダイゲツ、テンゲン、コゲン、そして首都ハクケイに、大規模な軍事物資の備蓄基地があったな?」
    「え、ええ。良く覚えておいでですね」
    「当たり前だ。
     その5ヶ所に収められている軍備を、どこか他の場所に移せ。それぞれ半分程度で構わん」
    「半分、……ですか? でも、それでもかなりの量に……」
    「そんなことは分かっている。だからこそ、隠せと言っているのだ。
     今挙げた五ヶ所は、中央政府軍側でも有用な基地として扱われている。『中央軍指定軍備供与基地』として有事、中央軍が駐留した際に使用できるよう、協定が結ばれているのだ。
     それゆえこの五ヶ所は、中央政府側が『見せろ』と言えば、清王朝側は見せざるを得ん」
    「なるほど、事前に掃除しておいて、いくら調査を受けても大丈夫なように、ってことですね」
    「そう言うことだ。
     それから、これからしばらく先についてのことだが」
     ケネスは眼鏡を外し、裸眼でサザリーを眺めつつ、こうも指示を下した。
    「来年の、……そうだな、2月頃まで、私とは会うな」
    「えっ……?」
    「計画露見のあらゆる可能性、及び関連性を断つためだ。
     例えば君が央南における取引について証人喚問を受け、そこから私との取引について問いただされた場合。君と私とが密接に、こうして人払いをしたうえで商談をしている事実を、何ら黒い印象無しに、説明できるだろうか?」
    「それは、まあ、僕の方からは、その、言うようなことは無いはずです」
    「そうだろうとも。君の弁舌、交渉術を以ってすれば、それは起こり得まい。
     だが、君だけが喚問されるわけではない。他にも、取引に関わってきた人間が多数、審議の場に集められるはずだ。
     その中で、君と私との関係を黒く色付けする輩が、居ないと思うか?」
    「……断言は、できないですね、確かに」
     ケネスは眼鏡の汚れを拭き取りつつ、話を続ける。
    「それを懸念しての措置だ。……問題は、無かろうな?」
    「も、勿論。取引は止まるんですから、総帥のご意見を伺うようなことは、無いんじゃないかなーと」
    「ああ。……まあ、それにだ」
     綺麗に拭いた眼鏡をかけ直し、ケネスはこう続けた。
    「南海の方で、ゴタゴタが起こっていると言う話を聞きつけた。何でも、スパス産業の配下にある商店が軒並み、売り上げを落としているそうだ。
     現状を打開してほしい、何か策を授けてほしいと、奴から手紙が届いたのだ。事態の収拾のため、私はしばらく南海へ向かう予定だ。
     どちらにせよ、屋敷に来られても応対はできん」
    「スパス産業って……、ああ、はいはい。うちの『当て馬』の、アバント・スパス君のことですか」
    「そうだ。……まったく、まともには使えん男だよ」
     ケネスの言葉に、サザリーはクス、と鼻で笑った。
    「確かに。彼は職人上がりですからね。金勘定や商売の機微なんか、ろくに分かるわけが無い。でも、彼を総裁に仕立てたのって……」
    「確かに私だ。まあ、君の言うように彼は『当て馬』だな」
    「良く言いますもんね、『バカとハサミは使いよう』って。
     愚図は愚図なりに、金を生ませるための使い捨て方はある、……そう言う腹積もりでしょ?」
    「くっく……」
     サザリーの言葉に、ケネスは短く笑った。

    火紅狐・荷移記 1

    2011.05.15.[Edit]
    フォコの話、211話目。三流、三流を嘲笑う。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. オーヴェル帝が現地視察に来るとケネスに聞かされ、サザリーは慌てふためいた。「そ、それって、その、あれですよ、あの、まずいってことになるんじゃ」「そうだ」 おろおろとしているサザリーを机越しに眺めつつ、ケネスは落ち着くよう促す。「まず、座りたまえ。私の話を聞くんだ」「あ、はい、えっと、……じゃあ、はい」 ガタガタと音...

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    フォコの話、212話目。
    本尊を動かしたからくり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     反乱軍の本拠地、湯嶺・穂村少佐の邸宅。
    「情報が入った。天帝が視察団を結成し、こちらへ来るそうだ」
     少佐から話を聞き、ランドは満足げにうなずいた。
    「狙い通りですね」
    「ああ。……しかし、どうやって天帝を動かしたのだ?」
    「元々僕は、306年まで中央政府の中核、政務院で大臣を務めていました。天帝の志向や世界情勢には、詳しいんです。それに、天帝に付く高級官僚も何名か、記憶しています。
     その何名かに、匿名で手紙を送ったんです。『央南において不穏な動きあり。最悪の場合、中央に対し強い叛意ありと見られる』と。
     元々、清王朝が自らスパイを要請する動きまであったんですから、これを揉み消すためのパフォーマンスと捉える人がいてもおかしくない。そう言う人に、ダイレクトに密書を送ったわけで」
    「疑念が増え、調べてみてはどうかと意見する人間が増える、……と言うわけか。
     だが、それだけでは天帝は動かせまい?」
     腑に落ちない顔を向ける少佐に、ランドはニヤッと笑いかけた。
    「まあ、動かせまいって言うか……、早晩、相手の方から動くんじゃないかと狙ってはいました」
    「ふむ?」
    「現天帝、オーヴェル・タイムズは猜疑心と自意識過剰の塊みたいな人です。そして何より、天帝と言う自分の血筋、歴史に、非常に強い誇りとこだわりを持っている。
     そんな彼が、近年の世界情勢の不安を聞いて、何も行動しないわけが無い。かと言って、指示を出すだけでは、彼は納得しないでしょう」
    「それは何故だ?」
    「彼の父、先代のソロン・タイムズ帝が、まさにそう言うタイプだったからです。
     長年、健康状態が不安定だったために、主立って動くことはせず、重臣と意見交換、もしくは命令を下すことで、間接的に政治の舵取りをしていた。
     そうやって長年進めてきた先代の政治活動の結果が、自分の代に回ってきているわけですから。今、誰もが『世界は平和であるとは到底言えない』と感じている現在、果たしてオーヴェル帝は、先代の仕事ぶりを評価するかどうか……?」
    「なるほど。指示を送るだけでは父親と同じ。そこからもう一歩、何か踏み込む要素は無いかと考えていたわけか」
    「そうです。そこへ周囲から、『央南がどうも怪しいぞ』と聞かされれば、彼は非常に関心を寄せる。
     結果は上々、彼自らが視察団を率いてやって来ることになった。まあ、もしも彼が来なくても、彼が独自にスパイを動かして内情を探ることは、したはずでしょう。何せ、今まさにスパイが現地をウロウロしてるわけですから」
    「その流れになっても、我々としては得であるな。……ううむ」
     突然、少佐は深々と頭を下げた。
    「やはり貴君を参謀と頼んで正解であった! 拙者らが動くより何倍も、効果を挙げたものよ!」
    「いや、いや」
     反面、ランドは恐縮するでもなく、ぱたぱたと手を振っている。
    「まだです。今はまだ、『最も政治に影響力を与える天帝が、自らやって来る』と言うだけ。
     重要なのは天帝に、清王朝が反逆の準備を整えていることを認識させることです」
    「……そうであったな」
     少佐はひょいと頭を上げ、続けて尋ねた。
    「して、この次に執る策は?」
    「考えてあります。
     少佐、確か央南内の中央軍指定備蓄供与基地は、全部で5ヶ所でしたね?」
    「うむ。央南中部には、白京と天玄。北部では青江と大月。西部には弧弦。この5つだ」
    「恐らく、エール氏はここに集められた大量の軍備を、どこかへ移すはずです」
    「なるほど。確かにそのまま置いていては、露骨に叛意が見え透いてしまうからな」
    「そこで少佐に伺いますが、この5基地からその大量の軍備を移し、隠すのに最適な場所はどこか、見当が付きますか?」
    「ふむ……。調べてみよう。一両日中には返答できるだろう」
    「分かりました。では、今日の軍議はこの辺りで」
     ランドはすい、と立ち上がり、静かに部屋を離れた。

    火紅狐・荷移記 2

    2011.05.16.[Edit]
    フォコの話、212話目。本尊を動かしたからくり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 反乱軍の本拠地、湯嶺・穂村少佐の邸宅。「情報が入った。天帝が視察団を結成し、こちらへ来るそうだ」 少佐から話を聞き、ランドは満足げにうなずいた。「狙い通りですね」「ああ。……しかし、どうやって天帝を動かしたのだ?」「元々僕は、306年まで中央政府の中核、政務院で大臣を務めていました。天帝の志向や世界情勢には、詳...

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    フォコの話、213話目。
    少佐の理由。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     少佐の調べが済むまでの間、ランドは湯嶺を散策することにした。
    「……白いなぁ、視界が」
     眼鏡に張り付いた湯気を拭きつつ、ランドは街を眺める。
     この辺りは大きな源泉があるらしく、あちこちに温泉宿が構えている。そのため、人通りは割と多い。
    (少佐、故郷だからここに本拠を構えた、って言ってたけど。……危なっかしい人だなぁ)
     現政権に反旗を翻す組織なのだから、なるべく人の少ない土地に構えるのが常道なのだが、少佐の選択は――弧弦を攻めようとしたことと言い――ことごとく、その常道を外している。
    (どうやって少佐になれたんだろう、彼は……? いくらなんでも、戦下手すぎやしないかな。技術将校か何かだったんだろうか)
     と、向こうから知った顔がやってくる。
    「あ、イール」
    「あら、ランド。会議は?」
    「向こうの調査結果待ち。それまでやることが無いから、こうしてブラブラしてるってわけさ。
     君の方は?」
     そう尋ねてみると、イールは楽しそうに顔をほころばせた。
    「温泉っ。いやー、お肌スッベスベよ」
    「へぇ?」
     それを聞いて、ランドはひょいとイールの手に触れた。
    「ひぇ? ちょ、ランド?」
    「本当だ。肌に良いんだね、ここの温泉。僕も後で入ろうかな」
    「あ、ちょ、その、ちょっと」
    「どこの温泉?」
     やんわり尋ねるランドに対し、イールは顔を真っ赤にする。
    「え、あ、あの、……ソコ! ソコのっ!」
    「そこ、……って言われても」
     要領を得ない答えに、ランドは肩をすくめる。
    「何て店?」
    「あ、……あー、と、……何だったかしら」
    「良かったら、案内してくれる?」
    「……あ、うん、案内ね、うん、いいわよ」
    「ありがとう」
     にっこり笑うランドに対し、イールは終始バタバタした仕草で返していた。



    「ふう……」
     明日の会議に使う資料をまとめ終え、少佐も温泉へ向かっていた。
    (……しかし、つくづく思う)
     その道中、ランドとの会議を思い返し、自分の将としての、一家一城の主としての資質に疑問を抱く。
    (やはり義侠心や志の高さ、負けん気のみで進めていけるほど、戦は甘くない。ファスタ卿の意見を伺わずに進めていれば、拙者らは単なる賊軍として終わっていただろう)
     意気消沈しつつ、道を歩いていると――。
    「あ……、お主は」
    「む……?」
     ランドの側にいる侍、大火と出くわした。
    「失敬。克殿、だったか。お主も風呂へ?」
    「いや、散策していただけだ」
    「そうか。……どうだ、話がてら。一緒に湯を浴びんか?」
    「……ふむ。そうだな、付き合おう」
     共に温泉へ行くことになった大火に、少佐はあれこれと尋ねてみた。
    「お主、央南の者と見受けするが、どこの生まれだ?」
    「……」
    「答えられん、か?」
    「ああ。説明が難しい」
    「ふむ? ……まあ、いい。深い事情があるのなら、問わん。
     その刀、なかなかの業物と見えるが、どこで手に入れた?」
    「俺の弟子たちが打ってくれた」
    「弟子? お主、刀鍛冶か?」
    「本職ではない、が。それなりの技術はある」
    「ほう。では、本職は?」
     あれこれと尋ねる少佐に対し、大火はぶっきらぼうに返すばかりである。
    「魔術師だ」
    「魔術か。六属性の、どれを?」
    「基本は火の術だが、一通りは修めている」
    「一通り? 六属性、全てをか?」
    「ああ」
     それを聞いて、少佐は目を丸くする。
    「すごいな……! 拙者、火の術で精一杯だと言うのに」
    「ほう」
     ここでようやく、大火は少佐に興味を抱いたらしい。
    「いや、実のところ、拙者が少佐の位に成り上がれたのも、それが理由でな。清朝軍にて、火の術と剣術の教官を務めていた。
     その点では、お主と拙者は似ておるな」
    「……」
    「しかし拙者とお主の技量は、吊り合いそうには無いな。見たところ、拙者の方が歳を重ねてはいるが、技量では到底敵いそうには無い。
     拙者はしがない教官でしかないし、実戦経験など、鳥獣やしょぼくれた罪人を追いかけたくらいのもの。
     それに比べて、お主はその物腰と剣気だけでも、相当の経験を積んできたと悟らせる。いやまったく、真の剣士、侍とは、お主のような者のことを言うのだろうな」
    「……ふむ」
     こう評価された途端、大火の険が薄まった。
    「火術教官と言ったが、どの程度まで扱える?」
    「ん……? 拙者か? そうだな、どう説明すればよいか。
     中央軍から攻撃用魔術について5段階の策定・指定が成されており、清朝軍もそれに従っているのだが、拙者はその3段目、『単体高威力攻撃』に関して指導できる資格がある」
    「単体、高威力……、ふむ。『ファイアランス』が扱える程度か」
    「そうだ。他にも初等の治療術や幻惑術なども扱える」
    「……剣術の教官も兼ねていると言ったな?」
    「ああ、そうだ。……おっと、もう着いたか」

    火紅狐・荷移記 3

    2011.05.17.[Edit]
    フォコの話、213話目。少佐の理由。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 少佐の調べが済むまでの間、ランドは湯嶺を散策することにした。「……白いなぁ、視界が」 眼鏡に張り付いた湯気を拭きつつ、ランドは街を眺める。 この辺りは大きな源泉があるらしく、あちこちに温泉宿が構えている。そのため、人通りは割と多い。(少佐、故郷だからここに本拠を構えた、って言ってたけど。……危なっかしい人だなぁ) 現政権に反...

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    フォコの話、214話目。
    克大火の弟子;剣と魔術に愛されし者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     浴場に着いたところで、今度は大火の方から、少佐に話しかけてきた。
    「玄蔵。魔術剣、と言うものを聞いたことはあるか?」
    「まじゅつ、けん……? いいや、初めて聞く」
    「簡単に言えば、剣術と魔術を混合、連携させたものだ」
     大火は汲んだ湯を浴びながら、その聞きなれない技について説明する。
    「元々、俺の弟子の一人に、『克窮奇(かつみ きゅうき)』と言う男がいてな。そいつは俺に比肩する、……いや、俺を凌ぐほどの剣術の才を持っていた。
     だが俺のいた、……国では、あまり剣術と言うものは、注目されていなかった」
    「ほう、何故に……?」
    「これも簡単にしか説明できんが、剣術よりも間合いに長け、はるかに威力のある武器があったからだ。
     ゆえに俺は窮奇を弟子に取るまで、魔術を軸にして戦っていた」
     そう語る大火の体には、確かに数々の修羅場を潜り抜けたと思わせる古傷が、あちこちに付いていた。
     いや、良く見れば胸や背中、脇腹などの急所に、人間であれば決して付いてはならないような傷跡が、いくつも付けられている。
     それを見て、少佐は――湯気のため、大火には悟られていなかったであろうが――思わず身震いした。
    (この傷の、大きさと数……! 一つだけでも、死んでおかしくないと言うのに……?
     こやつ、本当に人間か?)
    「だが敵もさるもの、対魔術用の装備を用意したり、そもそも魔術に強い抵抗力を持つ人間を投入したりと、一筋縄で行くような相手ではなかった。
     そこで窮奇は、俺から教わった魔術を元にし、魔術剣を編み出した」
    「ふむ」
    「本当に窮奇と言う男は、こと剣術に関しては、俺の才をはるかに凌駕していた。
     ……そうだな、例えば」
     大火はすっと立ち上がり、浴場の隅に立てかけられていた湯かき棒を手に取った。
    「湯船を見ていろ」
    「うむ」
     大火は棒を刀のように構え、湯船の表面に向けて振り払った。
    「『一閃』」
     大火と湯船とは3メートルほど離れていたが、不思議なことに――。
    「……!」
     湯船の端から端にかけ、鋭い波が立った。
    「素振り、……にしては、異様な間合いと威力だ」
    「ああ、魔力による力、打撃の発生だ。……理論を聞きたいか?」
     大火に見せつけられた技に、少佐はゴクリと喉を鳴らした。
    「……う、うむ。いち魔術教官、剣術教官として、非常に興味をそそられた。お主さえよければ、今すぐにでも教わりたいところだ」
    「いいだろう。それならこの後……」
    「……あ、いや。すまぬが今晩は、ファスタ卿に頼まれた用事を済まさねばならぬ。明日、いや、明後日に頼めるだろうか?」
    「承知した」



     一方、ランドはイールの案内を受け、別の浴場に到着した。
    「ここかぁ。案内ありがとう、イール」
    「いーえいえ」
     先程の動悸も何とか落ち着き、イールは平然としている。
    「んじゃ、あたしは戻るわね」
    「うん。……あ、そうだイール」
     イールが踵を返しかけたところで、ランドが呼び止める。
    「ん、何?」
    「明日の夕方くらい、暇かな?」
    「えっ?」
    「明日、少佐との会議が終わった後、次の作戦への準備を進めたくってさ。手伝ってくれないかな?」
    「あ、うん、いいわよ、あたしで良かったら」
     それを聞いて、ランドはほっとした顔を返してきた。
    「良かった、ありがとう。それじゃ明日夕方くらいに、離れの前で」
    「うん、分かった。そんじゃ、ね」
     イールはそのままランドにくるりと背を向け、少佐宅へと向かった。

     戻ってきたところで、イールは大火、少佐とすれ違った。
    「お主も風呂帰りか」
    「うん、そう。少佐たちも?」
    「ああ。……どうした、サンドラ卿?」
    「え?」
     少佐は不思議そうな顔で、こう尋ねてきた。
    「妙に上機嫌な様子であるが、何ぞ吉事でもあったか?」
    「ん、……ううん、何にも? それじゃ、ね」
     そう言ってパタパタ手を振りながら廊下を歩き去るイールの尻尾は、嬉しそうにくるくると揺れている。
    「……若さは、いい。何につけても、楽しそうだ」
    「……」
     少佐の一言に、大火は何も言わず肩をすくめた。

    火紅狐・荷移記 4

    2011.05.18.[Edit]
    フォコの話、214話目。克大火の弟子;剣と魔術に愛されし者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 浴場に着いたところで、今度は大火の方から、少佐に話しかけてきた。「玄蔵。魔術剣、と言うものを聞いたことはあるか?」「まじゅつ、けん……? いいや、初めて聞く」「簡単に言えば、剣術と魔術を混合、連携させたものだ」 大火は汲んだ湯を浴びながら、その聞きなれない技について説明する。「元々、俺の弟子の一人に...

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    フォコの話、215話目。
    軍備の行先。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     翌日。
    「昨日尋ねられた件であるが、東部では三岬(サンザキ)、西部では黄海(コウカイ)、そして中部では京谷(ケイコク)が、軍事物資の隠し場所、持ち出し場所に最も適しているだろう」
     少佐から軍備移送先の見当を伝えられ、ランドは小さくうなずいた。
    「根拠をお尋ねしても?」
    「うむ。三岬は青江、大月の両都市に近く、港がある。とっさに軍備を持ち出して海や離れ小島へ逃れ、査察の目をごまかす、……と言う手も、容易に取れる」
    「確かに、考えられる手ですね。となると、このコウカイと言う街も?」
    「その通り。こちらにも大規模な港があり、いざとなれば他の港町へも逃げやすい。
     とは言え京谷については、この通りではない。港町どころか、陸のど真ん中だ」
    「では、何故ここだと?」
    「一つは、白京と天玄の丁度中間にあるためだ。そしてもう一つ、ここには大規模な農耕地帯が存在し、そのための倉庫や用地が数多く存在する。
     物を隠すのに適していると、拙者は思うのだが」
    「なるほど。確かに畑であれば、土を掘り返していても不自然ではないですね。それに、首都のハクケイが近い。考えられなくはない」
    「では、そちらを……」
     ところが意気込む少佐に対し、ランドはさらりと流した。
    「いえ。
     それから少佐、海へ逃れた場合ですが。具体的に、どの島へ運ぶと見当を付けていますか?」
    「……京谷ではないと?」
    「考えにくいですね」
     少佐の予想を、ランドはばっさり斬り捨てた。
    「少佐の仰った通り、ケイコクは陸の真ん中、言い換えれば逃走経路、輸送経路を限定されやすい街です。あらゆる街道から多方面に渡って捜索された場合、逃げ場が無いわけです。
     これが港町の場合、どう頑張っても、港から出る経路を全て押さえる、と言うことは不可能に近い。明確な道が無い分、いくらでも抜け道が作り出せる。調査が入る前に運び出されてしまえば、港町で調査を行う視察団がその後を追うことは、まず不可能でしょう。
     よって、陸路しか輸送手段の無い都市は、除外せざるを得ません。また、重ねて言いますが、海路を使用された場合、その痕跡を辿るのは不可能。後を追うよりも、先回りする方が賢明と言えます。
     ですから僕はその先、運んだ先を伺っているわけです」
    「むう……」
     少佐は眉を曇らせ、困ったように資料をペラペラとめくり始めた。
    「その……、もう少し……調べを……」
     ランドはため息をつき、資料に手を伸ばした。
    「見せてください」
    「……うむ」

     少佐と共に調べ、ランドは次の島にあたりを付けた。
     白京から南南東へ80キロほど離れた無人島、待垣島(まつがきじま)。島全体に青々とした松が生い茂り、かつ、海抜10メートルにも満たない、背の低い島であるため、目視で白京からその姿を確認できることは、まず無い。
     さらには国際的な航路からも離れており、少なくとも白京に住んでいない者、即ち央北からの人間で構成される天帝視察団には、その存在すら気付くはずも無い場所である。
    「なるほど。確かに、こんな島があったような覚えがある。好都合な隠し場所であるな」
    「視察団到着の日がそう遠くない現在、ハクケイからこちらに物資が運ばれている可能性は、非常に高いです。
     なので、すぐにこの島へ忍び込み、裏付け調査を行いましょう。そして確固たる証拠をつかめたら、訪れた視察団に島の存在を密告します」
    「うまく事が運べば、後は当初の目論見通り、中央政府は央南から手を引く、あるいは刃を向ける、……と言うわけだな」
    「はい。……ただ、向こうとしては何が何でも、ばれては困るわけです。恐らく島には多数の兵士が配備され、守りを固めているはずです」
    「忍び込むには相当の手練が必要、と言うことか」
    「それについてはご安心を。イール、レブ、そしてタイカに行ってもらう予定です」
     それを聞いて、少佐は首をかしげる。
    「お主は?」
    「何故僕が?」
    「何……? 人任せにするのか、お主は?」
     憤りかけた少佐に対し、ランドは淡々と述べた。
    「僕の行うべきは、今後の戦いに備えての調査と検討、立案です。荒事には向いていません。
     彼ら三人に頼むのは、そうした仕事において十二分な能力と経験を有しているからこそです。
     然るべき人材は然るべき場所へと置く。でなければ、どんな精鋭も烏合の衆となって瓦解するでしょう」
    「……なるほど」
     徹頭徹尾に渡って言い負かされ、少佐は口をつぐむしかなかった。

    火紅狐・荷移記 5

    2011.05.19.[Edit]
    フォコの話、215話目。軍備の行先。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 翌日。「昨日尋ねられた件であるが、東部では三岬(サンザキ)、西部では黄海(コウカイ)、そして中部では京谷(ケイコク)が、軍事物資の隠し場所、持ち出し場所に最も適しているだろう」 少佐から軍備移送先の見当を伝えられ、ランドは小さくうなずいた。「根拠をお尋ねしても?」「うむ。三岬は青江、大月の両都市に近く、港がある。とっさに...

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    フォコの話、216話目。
    話をしたがる男と、話を聞かない女。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ランドと少佐の会議から、2日後。
    「なあ、克」
    「なんだ?」
     かねてより約束していた「魔術剣」の教授を受けている合間に、少佐は大火にこんなことを尋ねた。
    「どうも……、拙者、ファスタ卿のことを、好きになれぬ」
    「そうか」
    「何と言うか、まあ……、確かに、窮していた拙者らを助けてくれるその温情と仁は、感じてはいる。
     だが、拙者の意見をことごとく無碍にしてくるのは、どうも癇に障ると言うか」
    「ふむ」
     不満を打ち明けてはみたが、大火は大して同情してくれたようには見えない。
    「お主、ファスタ卿と親しいように見受けられるが、何とかその、もう少しばかり、柔らかく応対してくれるよう……」「無駄だな」
     それどころか、こう返してきた。
    「あいつは自分の知識と戦略論に絶対の自信を持っている。それに沿わぬ意見など、採用するはずが無い」
    「いや、それは重々承知している。であるから、もう少し対応をだな……」
     大火は肩をすくめ、今度はこう述べた。
    「あいつの言い方、論議の進め方に不満があると言うのなら、あいつを追い出して耳を閉ざす他無いな。
     例え言い方や接し方を変えたところで、その論議の中身がお前の意に沿わぬものであることに、何ら変わりはない」
    「ぬう……」
     渋い顔を向けた少佐に、大火は肩をすくめて見せた。
    「説明を続けるぞ」
    「……うむ」



     一方、ランドはイールを伴い、湯嶺の市街地に来ていた。
    「必要なものは、これで全部かな」
    「そうね。武器の素材に魔術用のインクと石、サイドバッグとかバックパックとか、あとは食糧。……うん、全部揃ったわね」
    「じゃ、帰ろうか」
     そう言ったランドに、イールは口をとがらせた。
    「えー……、もう帰るの?」
    「そりゃ、準備は早く済ませるに越したことは無いし」
    「まあ、そりゃそうだけど」
     同意はしたものの、イールは不満げな顔を浮かべる。
    「……まだ他に、何か準備は必要だったっけ?」
    「ううん、無いわよ。無いけど、なーんかもったいないなーって」
    「何が?」
    「ほら、二人っきりで買い物なんて、ほら、ね、なんか、思わない?」
     イールにそう問われ、ランドは「んー……」と短く唸った。
    「……実は」
    「うん、うんっ」
    「あんまり好きじゃないんだ、買い物って」
    「……ぅえ?」
    「僕には妹がいるんだけどね。
     ランニャって言うんだけど、その子が買い物に行く度に、僕をあっちこっちに連れ回すんだ。もうこれが大変で、街の端から端まで3周はしないと気が済まないって感じなんだ。で、僕が住んでた街は工業が盛んなところで、至る所から槌とか鋸とかふいごとかの音が、大音量で響き渡っててさ。
     その思い出があるから、あんまり自分からは行きたくないんだ。こうして、どうしても必要な何かが無いと、行こうとは……」「……~っ」
     ランドが話している間に、イールはプルプルと猫耳と尻尾を震わせ、顔を真っ赤にしていたのだが、ランドは見ていなかった。
     そのため、イールが次の瞬間、ランドの頬に向かって平手を振り上げたことに、まったく気付いていなかった。
    「あんたねえぇ……! あたしと一緒に居て楽しくないって、何なのよーッ!」
     べちんと音を立て、ランドの頬が平手に弾かれた。
    「……え? ちょ、っと? イール、なんで? 痛いじゃないか……」
    「バカーっ!」
     目を白黒させるランドに背を向け、イールはそのまま走り去ってしまった。
    「……えぇー……?」

     数分後。
    「……イール」
     慌てて戻ってきたイールを見て、ランドはため息をつく。
    「なんでいきなり……」「ゴメンゴメン、ほんっとゴメン!」
     詰問しようとしたところで、イールはぺこりと頭を下げた。
    「キライって言ったの、買い物のコトよね! あたし、勘違いしちゃって……。オマケに荷物、全部あんたに持たしたままだし。もーホント、あたしそそっかしいわ! ゴメンね、ホントに」
    「……何が何だか……」
     詳しく質問しようと思ったが、ランドはもう一度ため息をつき、それをやめた。
    「……まあ、いいや。何をどう思ったのか知らないけどさ、話はちゃんと聞いてほしいな」
    「うんうん、……ゴメンね、ランド」
    「いいよ。……じゃあ、……帰るよ」
    「……はーい」
     しゅんとするイールを連れ、ランドは憮然としたまま帰った。

    火紅狐・荷移記 終

    火紅狐・荷移記 6

    2011.05.20.[Edit]
    フォコの話、216話目。話をしたがる男と、話を聞かない女。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ランドと少佐の会議から、2日後。「なあ、克」「なんだ?」 かねてより約束していた「魔術剣」の教授を受けている合間に、少佐は大火にこんなことを尋ねた。「どうも……、拙者、ファスタ卿のことを、好きになれぬ」「そうか」「何と言うか、まあ……、確かに、窮していた拙者らを助けてくれるその温情と仁は、感じてはいる。...

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    フォコの話、217話目。
    天帝視察団、来る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦309年、11月の末。
    「ほう、ほう……。ここが央南、か」
     天帝オーヴェルを筆頭とする調査団体、天帝視察団が、白京の港に到着した。
    「お待ちしておりました、天帝陛下」
    「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」
     対する清王朝の重臣たちは、一様に頭を垂れる。
    「陛下御自ら、このような大陸の端までご足労いただき、感謝の極みにございます」
     その筆頭である国王、一富も例外ではない。普段しないような、露骨にぺこぺことした、へりくだった仕草で、天帝に頭を下げた。
    「うむ」
    「と……、陛下。長い船旅で、大変お疲れでございましょう。宮殿にて、もてなしのご用意をしてございます。公務に当たられる前に、まずはごゆるりと」
    「ふーむ、そうじゃな。朕もこの半月余り、空と海しか見ておらぬ。青色以外の鮮やかなものが見られること、期待しておるぞ」
     オーヴェル帝は大儀そうに鼻を鳴らし、清朝の文官たちに先導される形で港を後にする。
     反面、残った官僚たちは清朝の重臣たちを一瞥し、堅い口調で釘を刺した。
    「万一、懐柔目的で我々を持て成そうと言うおつもりであれば、我々はより厳しく、視察を行う所存です。
     くれぐれも今回の視察を、天帝陛下の単なるお遊び、気紛れなどとは思わぬよう」
    「……ええ、重々承知しております」
     重臣と一富はもう一度、深々と頭を下げた。

     愚君と評されるオーヴェル帝の率いる視察団であるが、今回の件は、天帝が自ら辺境へ赴き視察を行うと言う、近年稀に見る実地的な示威行動である。
     天帝、そして天帝の周囲を固める高級官僚たちの実力と権威を改めて、明確な形で世界に示すまたとない機会であり、彼らの意欲は非常に高かった。
     そのため、官僚たちの意気込みは半端なものではない。また、天帝自身も、なんとしてでも不正、腐敗を見つけ、責め立てようと、港に到着したその時から、いや、船上にいた時から既に、躍起になっていた。

    「本日は訪南を記念いたしまして、央南各地の海の幸、山の幸をたっぷりとご用意させていただきました。どうぞ、今夜は存分に……」「うむ」
     恭しく案内する文官たちをさえぎり、オーヴェル帝はぼそ、とこうつぶやく。
    「うわさに違わぬ金満振りのようじゃな。さぞ国庫は潤っておろう」
    「……あ、いや。今回は、特別に、はい」
    「そうか。特別に搾り取った、贅(ぜい)であるか」
    「い、……いいえ、滅相もございません」
    「……ふん」
     半ばけたたましく持て成していた文官たちは、一瞬にして静まり返ってしまった。



     その夜、一富の側近が視察団を持て成す席を離れ、密かに宮殿を抜け出して、近くの宿に逗留していたサザリーを訪ねた。
    「あの、一体どうなさったんです、こんな夜中に?」
    「いや、なに。あの件について、もう一度確かめようかと」
    「あの件? えーと、あれですか。あの、えっと、……『荷移し』、の」
    「そうだ。もう怪しまれるだけの量は、宮殿や軍本営には無いだろうな?」
    「もちろん、もちろん。怪しまれない分だけはちゃんと残してますし、ご心配は無用です」
    「ならばいいが」
    「あれ、僕のことを信用してないと?」
    「いや、いや。そう言うわけではない。ただ、陛下より『念のために、もう一度確認を』と命じられた故」
     それを聞き、サザリーは苦笑する。
    「あはははは……。つくづく心配性ですね、やんごとない地位にいらっしゃる方は。天帝陛下もご他聞に漏れず、そう言う性分のご様子ですし。
     心配、まーったくございません、です。あの島の存在など、気付く道理が無い。昼は街をご散策されるでしょうし、夜は宮殿に篭りっきり。一体いつ、とうに見飽きた海など見るものですか。無いでしょう?
     それに考えていただきたい。あの島、この僕が進言するまで、誰が記憶していましたか? 誰も覚えてらっしゃらなかったでしょう? この都にずーっと住まわれていたあなた方ですら、とうの昔に忘れていた場所ですよ? 一体どこの誰が、『そう言えば沖の方に丁度良さそうな島が』なーんて漏らしますか! 杞憂も杞憂、まったくもって馬鹿馬鹿しい話です!
     我々があの島についてうっかりと言及しない限り、天帝陛下が島の存在に気付くことなんて、一生起こりませんよ」
    「……そうだな」
     安心した様子の側近を見て、サザリーはいやらしい笑みを浮かべた。
    「まあ、こんなことを何度も確認するよりも、ですよ。とっとと天帝陛下を篭絡しちゃって、『この界隈に不実など何ら存在しなかった』と公表させた方が、話が早いでしょうね。
     僕なんかを相手にするよりも、天帝陛下にお酒の一本でも注いできたらどうです?」
    「……ああ、そうしよう」
     側近たちはそそくさと、サザリーの部屋を後にした。

    火紅狐・来帝記 1

    2011.05.22.[Edit]
    フォコの話、217話目。天帝視察団、来る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦309年、11月の末。「ほう、ほう……。ここが央南、か」 天帝オーヴェルを筆頭とする調査団体、天帝視察団が、白京の港に到着した。「お待ちしておりました、天帝陛下」「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」 対する清王朝の重臣たちは、一様に頭を垂れる。「陛下御自ら、このような大陸の端までご足労いただき、感謝の...

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    フォコの話、218話目。
    自分の気持ちに気付いて。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     視察団が到着する、その一週間前。
    「あれがマツガキ島?」
    「そうだ」
     ランドに命じられ、イールたちは小舟で待垣島へと向かっていた。
    「ホント、ぺたんこな島ね。高波が来たら、沈んじゃうんじゃない?」
    「ああ。それ故、人が住んでおらぬ」
    「なるほどね」
     イールたちの他に、穂村少佐も舟に乗り込んでいた。
     ランドからは「上には上の役目がある。みだりに動き回るのは感心しない」と諌められていたものの、少佐の性格としては、その意見に納得することなどできない。
     そのため無理矢理に頼み込み、少佐もイールたちに付いてきたのだ。
    「とは言え、……ふむ」
    「どうかしたのか?」
     単眼鏡を覗きながら、渋い顔で短くうなる少佐に、レブが声をかける。
    「いや、かつてあの島を漁業関係の基地にしようと、石垣を作りかけたことがあってな。
     結局は、あまり漁業には有効利用できそうにないと言うことで、中途半端なままで止まっていたはずなのだが……」
     そう言って、少佐はレブに単眼鏡を渡した。受け取ったレブは単眼鏡で島を確認し、少佐と同様に渋い顔をした。
    「……半端、って感じじゃないな。完成してるぜ」
    「ああ。どうやら此度の軍備移送に備え、石垣を完成させたらしい。あれだけ固めていれば、少々の高波で軍備が濡れることはあるまい」
    「ランドの予想通り、あの島を隠し場所にするようだ、な」
     一人離れ、海を眺めていた大火のつぶやきに、イールは深くうなずいた。
    「そうね。後はあの島に忍び込んで……」
    「清王朝の指示により軍備が送られている証拠をつかみ、その事実を視察団に伝える、……と」

     一行はそのまま沖で待機し、夜を待って忍び込むことにした。
    「流石に央南とは言え、冬は寒いな」
    「そうね」
     じっと待つのも退屈なので、イールとレブは釣りに興じている。
    「ってか、もう三ヶ月もこっちにいるんだよな。もう割と、こっちの気候に慣れてきた気がするぜ」
    「あー、そう言われるとそうかも」
    「少佐から聞いたんだけどよ、央南は春夏秋冬、四季の間隔が全部同じくらいらしい」
    「そうなの?」
    「だから単純に4で割って、一季節が大体三ヶ月くらいになるんだってさ。つーことは、央南の秋を丸々過ごしたってことになるんだよな、俺たち」
    「へぇ……」
     と、話しているうちに、イールの釣竿に当たりが来る。
    「よ、っと」
    「……うまいなぁ、お前」
    「ま、セイコウでずーっとランドと一緒に釣りしてたし」
    「そっか、そうだったよな。
     ……なあ、イール」
     釣った魚を一緒に魚籠に入れながら、レブが尋ねてくる。
    「なに?」
    「お前さ、ランドとよく一緒に居るけど」
    「そう、かな?」
    「そうだよ。んでさ、だから聞くけど」
    「うん」
    「あいつのこと、好きなのか?」
     そう問われ、イールの手が止まった。
    「え……、と?」
    「いや、違うなら何でもないんだ。聞きたかっただけだし」
    「……あー」
     考えるうちに、イールはようやく、自分がここ三ヶ月抱いていた、不思議な感覚に思い当たった。
    (あーそっか、そーだったのね)
    「……イール?」
    「あ、うん、……うん、今気付いたわ、ソレ」
    「はぁ?」
    「……どうしよう、レブ」
     問い返され、今度はレブの動きが止まる。
    「……何を?」
    「今気付いちゃったのよ」
    「今聞いたよ」
    「どうしよう? どうしたらいいかな?」
    「だから何を」
    「だってさ、そんなコト思ったの、初めてなんだもん」
    「……マジで?」
    「超マジ」
    「おっせえ初恋だなぁ」
     呆れるレブに、イールは顔を真っ赤にしながら弁解する。
    「だって、全然あたし、そんなコトになる機会無かったのよ。小っちゃい頃からアレコレやらされてたし」
    「そっか、そう言やお前が『猫姫』って恐れられてたのって、大分昔っからだもんな。
     ……じゃあお前、今までずーっと気付かずにランドと遊んでたのか」
    「……うん」
     猫耳の先まで真っ赤にして黙り込むイールを見て、レブは笑い出した。
    「……はは、はははっ」
    「な、何で笑うのよ」
    「いや、改めてお前、面白い奴だなぁと思って」
    「うー……」
     と、レブはうつむいたイールの肩をポンポンと叩き、優しく声をかける。
    「まあ、いいんじゃないか? あいつは悪い奴じゃないし、まあまあ顔もいいし。今回の作戦が終わったら、改めて『付き合ってください』って言ってみればどうだ?」
    「……いや、でも、いきなり……そんな……うー……」
     結局、とても釣りができるような状況ではなくなり、この後夜になるまで、レブはイールを落ち着かせようと、温かく声をかけ続けた。

    火紅狐・来帝記 2

    2011.05.23.[Edit]
    フォコの話、218話目。自分の気持ちに気付いて。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 視察団が到着する、その一週間前。「あれがマツガキ島?」「そうだ」 ランドに命じられ、イールたちは小舟で待垣島へと向かっていた。「ホント、ぺたんこな島ね。高波が来たら、沈んじゃうんじゃない?」「ああ。それ故、人が住んでおらぬ」「なるほどね」 イールたちの他に、穂村少佐も舟に乗り込んでいた。 ランドからは「上には...

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    フォコの話、219話目。
    克一門。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     イールが慌てふためいている一方で、少佐はまた、大火と話をしていた。
    「なあ、克」
    「うん?」
    「あの術……、拙者も自分なりに学んではいるのだが、どうも魔術が刃に宿るところまで行かん。何かコツのようなものは無いのか?」
     そう問われ、大火は「ふむ……」と短くうなり、腕を組んで思案する仕草を見せた。
    「そうだな……。詳しく聞けば問題点も見えてくるだろうが、今はそうも行くまい」
    「……確かに。まさかこんな小さい舟の上で刀を振り回すわけにも行かんし、理論も口だけでの説明は難しい。
     ……とは言え、他にやることもない。何か話でも、と思ったのだが」
    「釣りでもしていればどうだ、あの二人のように」
     そう言って大火は顎でイールとレブを指し示すが、少佐は苦笑いを返す。
    「いや……、恥ずかしながら拙者、釣りは苦手でな。生まれてこの方、一匹も釣れた試しがない」
    「そうか」
     短く答え、話を切り上げようとする大火に対し、少佐は食い下がる。
    「と、と。そんな邪険にするな、克」
    「……」
    「ほら、そうだ。お主、弟子がいると言っていたな?」
    「ああ」
     面倒臭そうな目を向けてくる大火にめげず、少佐は質問を重ねる。
    「何人ほど?」
     大火は少佐の方を向こうとはせず、うざったそうに返してきた。
    「……今は、一人もいない。皆、俺を裏切るか、眠るかした」「う」
     地雷に触れてしまい、少佐は一瞬、口をつぐんでしまう。
    「……ま、まあ、……その、済まなんだ。……では、話を少し変えよう。
     その……、その弟子と言うのも皆、魔術師だったのか? 先日聞いた限りでは、どうも鍛冶師だったり剣士だったり、はたまた占い師だったりと、あまりに職がバラバラなような気がするのだが」
    「……ふむ」
     そこでようやく、大火が顔を向けてきた。
    「確かにそれぞれの就いた職は、様々だ。元から就いていた経歴もある。
     平たく言ってしまえば俺の弟子、『克一門』の定義とは、単に俺から魔術なり剣術なりの話を聞いた、と言うことになるな。
     まあ、それに」
     と――大火は珍しく、どこか寂しげな表情を浮かべた。
    「師匠・弟子の関係と言うよりは、同胞・同志としての関係の方が強かった。そもそも俺が奴らを弟子に取った、その基準と言うものも、授受の関係だ」
    「授受の?」
    「中央風に言えば、ギブ・アンド・テイク。奴らが俺を助け、俺が奴らを教え、……そう言う関係だった。
     だが――残念ながら、結果としては、奴らは俺とことごとく決別し、俺に刃向った。俺に与するなら、俺は助ける義理もあろう。だが刃向うのなら……」
    「……目には目を、か。……烏滸がましい意見ではあろうが」
     少佐は深いため息とともに、大火にこう返した。
    「お主が魔界に踏み込んだような目をするようになった原因が、分かったような気がする。かつての弟子、仲間をその手にかけたと言うなら、そんな目にもなろう」
    「……ク、クッ」
     ところが、大火はまるで鴉の鳴き声のような笑いで、それに応じた。
    「烏滸がましいな、確かに。
     ……確かにそれは一因ではある。だが、それだけではない、な」
    「……やはり読めぬな、お主と言う男は」
    「それが理解されれば、俺には十分だ」



     やがて夜になり、待垣島にわずかながら光が明滅しているのが確認できた。
    「軍備を運んでるみたいだな」
    「そのようだ。そろそろ、上陸しよう」
    「ええ」
     一行は静かに舟を進め、軍備が運び込まれている海岸とは反対の方角、島の南岸へ向かう。
    「敵の姿は……、無さそうだ」
    「あそこから上陸できそうだな。よし……」
     慎重に舟を海岸に寄せ、まずレブが島に乗り込んだ。
    「……、よし。こっちはガラ空きみたいだ」
    「じゃ、あたしも……」
     続いて、イールも上陸する。さらに少佐も乗り込み、大火が最後に舟から降りようと――して、挙げかけた足を止めた。
    「……どうした、克?」
    「しゃがめ」
    「え?」
     きょとんとする少佐に対し、イールとレブは大火が執る行動を察知し、少佐の襟を引っ張っりながら伏せた。
    「『一閃』」
     次の瞬間、パシュ、と短く鋭い音が飛び、一行の前に並んでいた松の一つが、バッサリと枝を切り落とされる。
    「うおぉ!?」「わあっ!?」
     直後、その松の裏手から驚いたような声が上がった。
    「な……、んと、兵が潜んでいたか!」
     襟元を正しながら目を白黒させる少佐に構わず、イールたち三人は武器を手に取る。
    「敵襲! 敵襲!」
    「南岸から上陸された!」
    「出会え、出会えッ!」
     島の奥から、ドタドタと足音が聞こえてくる。
    「くそ、見つかっちまったか……!」
    「やるしかないわね!」
     イールとレブは武器を構え、やってくる敵を迎え撃とうとした。
     ところが――。
    「相待たれよ、皆の者!」
     少佐が突然、大声で叫んだ。

    火紅狐・来帝記 3

    2011.05.24.[Edit]
    フォコの話、219話目。克一門。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. イールが慌てふためいている一方で、少佐はまた、大火と話をしていた。「なあ、克」「うん?」「あの術……、拙者も自分なりに学んではいるのだが、どうも魔術が刃に宿るところまで行かん。何かコツのようなものは無いのか?」 そう問われ、大火は「ふむ……」と短くうなり、腕を組んで思案する仕草を見せた。「そうだな……。詳しく聞けば問題点も見えてく...

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    フォコの話、220話目。
    熱い侍の説得。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     少佐の呼びかけに、集まってきた兵士たちが立ち止まる。
    「……?」
     松明で照らされた兵士たちの顔は、一様にけげんな表情を浮かべていた。
     対するイールたちも同様に、呆気に取られている。
    「少佐?」
    「何する気だ?」
    「まあ、待て。拙者に考えがある」
    「え……」
     少佐はイールたちの前に立ち、大声で兵士たちに呼びかけた。
    「拙者、元清朝軍は魔術教官、穂村玄蔵である! 諸君らの中にも、拙者に指南を受けた者がいるであろう?」
    「……」
     兵士たちの何名かが、困惑した様子ながらもうなずく。
    「では、拙者が軍を離れた理由を存じているか?」
    「……ええ、まあ」
     と、さらに何名かが返事をした。
    「ならば話は早い! 拙者らに協力せぬか?」
    「えっ」
    「今、諸君らがこの島に乗り込み、行っていることは、何か分かっているか?」
    「それは……、まあ」
    「言ってみろ」
     少佐は大声を出しつつ、刀を捨て、じりじりと歩み寄っていく。
    「少佐!?」
    「任せておけ」
     少佐はイールたちに振り返らず、そのまま話を続ける。
    「さあ、言ってみろ。ここへ軍備を運んだのは、一体何のためだ?」
    「……上層部からは、軍倉庫の建て替えのため、一時的にここへ移送するようにと」
    「それは、おかしいと思わんか? 単なる建て替えであれば、わざわざこんな、都より遠く離れた小島などに移すなぞ、手間がかかるばかりではないか!
     諸君らも、とっくに気付いているだろう? これはそんな、簡単な話ではないと」
    「……!」
     少佐の言葉に、兵士たちの表情がこわばる。
    「拙者がはっきり、言ってやろう! 今、世界の宗主たる天帝が直々に、この央南の地へ赴いている! それは何故か? そう、王朝の叛意を見抜いたからに他ならぬ!
     それをごまかすために、単なる都の守護、防衛と言う名目では余りある、その莫大な軍備を、ここへ隠そうとしているのだ! 何と意地の汚いことであると、そうは思わんか!?」
    「う……」
    「さらにはその汚れ仕事を諸君らに押し付けておいて、その上層部やら国王陛下やら、その取り巻きやらは都にこもり、天帝へ酒や馳走を振る舞い、のうのうと相伴しているはず! それ即ち、彼奴らにとって、既に諸君らのことなぞ他人事も同然と言うことだ!
     考えてもみろ! もし、諸君らのこの行動が視察団に露見すれば、国王はどう弁解するだろうか!? 恐らく、諸君らを『軍備を横流ししようとした奸賊』などど蔑み、にべもなく切り捨てるであろう!」
    「……」
     兵士たちの顔に不安の色が広がり、互いに顔を見合わせ、ぼそぼそと何かを話し始めた。
    「悔しくはないのか、お前たち!?
     こんな誇りのない仕事をするために、お前たちは軍人になったのか!?
     こんな、国のためにならぬ、くだらぬ汚れ仕事のために、お前たちは宮仕えの身になったのかッ!?」
    「それは……」
     叱咤され、兵士たちは悔しそうな顔になる。
    「違うだろう!? 拙者らは国のため、この央南の地に住む皆のために、軍人となったはずだ!
     ……だから、皆の者」
     少佐は突然その場に座り込み、深く頭を下げた。
    「……!?」
    「頼む! 拙者らに協力してくれ!」
    「……」
     少佐の説得とこの土下座に、心を動かされない者はいなかった。



    「へぇ……、そんなことが」
     戻ってきたイールから顛末を伝え聞いたランドは、素直に驚いていた。
    「なるほど、戦下手でも人心掌握に長けていたわけか。確かに反乱軍のリーダーの資質はあるんだね」
    「ほめてないでしょ、ソレ」
     呆れるイールに、ランドは小さく首を振る。
    「いやいや、評価してるよ。確かに人を率いる器だ。
     ……と、じゃあつまり、今現在はマツガキ島を、掌握してあるんだね?」
    「ええ、バッチリよ」
     イールの報告に、ランドは、今度は深くうなずく。
    「よし。それじゃ、次の手を進めようか」

    火紅狐・来帝記 4

    2011.05.25.[Edit]
    フォコの話、220話目。熱い侍の説得。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 少佐の呼びかけに、集まってきた兵士たちが立ち止まる。「……?」 松明で照らされた兵士たちの顔は、一様にけげんな表情を浮かべていた。 対するイールたちも同様に、呆気に取られている。「少佐?」「何する気だ?」「まあ、待て。拙者に考えがある」「え……」 少佐はイールたちの前に立ち、大声で兵士たちに呼びかけた。「拙者、元清朝軍は魔...

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    フォコの話、221話目。
    急所へ向かう視察団。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     視察団の来訪から1週間が経とうかと言う頃、ついに事態は動いた。
     来訪からこの日まで、視察団は白京市内および近郊の都市を根掘り葉掘りと捜索し、不穏・不安の根をひたすら探っていた。
     しかし、視察団が来ることは事前に伝わっていたし――その時点で「視察」などと言う行為は無意味も同然なのだが――清王朝にとって不利になるような案件、物品は白京周辺から遠ざけている。
     さらには問題の待垣島についても、視察団が来る直前には既に軍備を運び終え、担当の兵士たちが戻ってこないように措置を執っている。そのため、仮に一人ひとり、白京内の兵士たちを詰問しても、何も出てくることはない。
     そもそもこの待垣島の開発が行われ、そして中止されたのは、現在40半ばの穂村少佐がまだ新兵だった頃の話である。20余年、四半世紀が経った現在、書庫の資料をよほど奥深くまで漁りでもしない限り、このちっぽけな島の情報が入ることはまず無かった。

     しかし、この日。
    「ん……?」
     視察団の面々が港へぞろぞろと歩いていくのを、清王朝の文官が発見した。
    「これはこれは、視察団の皆様! 本日はどちらへ……?」
     文官に尋ねられ、官僚の一人が答える。
    「ここより南に、何でも漁業基地として開発されかかった島があると情報が入った。船を出し、そこを調査するのだ」
    「島、……でございますか?」
     清王朝にとっては間の悪いことに、この文官は待垣島のことなどまったく知らなかった。
    「そうだ。何でも、……ま、……まち?」
    「マツガキ島、ですな」
     他の官僚に助け舟を出されつつ、その官僚は説明する。
    「そうそう、そのマチガイ島だ。情報を受け、市井の者に尋ねて回ったが、どうも要領を得ない。どうやら、地元の者にも忘れられた島らしい」
    「はあ」
    「とは言え、物理的に存在するのは確かなようだ。ここも白京の領内であろうし、それならばと言うことで、これから調べに向かう」
    「そうでしたか。では、お気をつけて」
    「うむ」
     文官が去ったところで、官僚たちは小声で相談しあう。
    「……今の文官は、存じていなかったようだな?」
    「そのようで。しかし、情報によれば」
    「ああ。とは言え、文官や兵士の全員が絡んでいるわけでもなかろう。恐らく一部の者だけ、この件に加担しているのだろうな」
    「まあ、どちらにせよ、この一週間で最も臭う情報です。何しろ情報提供者が……」
    「うむ。島にいる兵士、とのことであるしな」



     待垣島のことが露見しないよう、兵士たちが物資を輸送し終えた時点で、輸送船が彼らを置いて島を離れるように手配されていた。
     彼らが街に戻ってこないように、間違っても視察団と会わないようにと言うサザリーの考えだったが、穂村少佐との一件により、その目論見はあっけなく破綻していた。
    「お待ちしておりました、視察団の皆様。準備は既に整っております」
    「うむ」
     港に着いたところで、島に置き去りにされていたはずの兵士のうち数名が、視察団の乗ってきた船からひょい、と降りてきた。
    「案内、よろしく頼んだぞ」
    「お任せください」
     この兵士たちは少佐の説得に感銘を受けた一人であり、締め出された都に忍び込むと言う危険を買って出てくれていた。
    「では、直ちに出港し……」
     と――街の方から、青ざめた顔の重臣が数名、バタバタと走ってきていた。どうやら先程の文官から事情を聞き、慌てて駆けつけたらしい。
    「……いかがなされますか? 構わず出港を?」
    「いや、……言い分を、聞くだけ聞いてみようか」
     彼らが到着したところで、官僚の一人が声をかける。
    「どうされた、皆。何かあったか?」
    「あ、あ、あった、ど、どころではっ」
     重臣たちはブルブルと震えながら、船の出発を止めようとわななく。
    「お、おお、お戻りくださいませ! そっ、そんなところに、何もありはしません!」
    「何もない? 何のことだ?」
     しまったと言う顔をした重臣に畳み掛けるように、官僚はわざとぼかして尋ねてみる。
    「はて、『そんなところ』とは、どこのことを言っているのか?」
    「ま、待垣島の件にございます! あそこはとうの昔に廃棄された……」
    「そうか、そうか。では良からぬ者が棲みついているやも分からんな」
    「あっ、いやっ、そうではなくて……」
    「我々はどんな小さな不穏の種も見逃さぬつもりで、視察に来ている。誰の目にも触れぬ基地跡があると言うなら、むしろそこを探らねば何の意味も無いではないか。
     ……それとも何か? 我々がそこを探ると、諸君らに何か不都合があるのか?」
    「……い、いいえ……」
    「ならば良いではないか。
     では、見送りご苦労であった」
     官僚たちはそそくさと船に乗り、出港した。

    火紅狐・来帝記 5

    2011.05.26.[Edit]
    フォコの話、221話目。急所へ向かう視察団。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 視察団の来訪から1週間が経とうかと言う頃、ついに事態は動いた。 来訪からこの日まで、視察団は白京市内および近郊の都市を根掘り葉掘りと捜索し、不穏・不安の根をひたすら探っていた。 しかし、視察団が来ることは事前に伝わっていたし――その時点で「視察」などと言う行為は無意味も同然なのだが――清王朝にとって不利になるような案...

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    フォコの話、222話目。
    軍備隠し、露見。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     沖へと進んでいく視察団の船を真っ青な顔で見ていた重臣の一人が、ばっと身を翻した。
    「エール氏だ! 彼なら何か、手を打ってくれているはず!」
    「そ、そうだ!」
     彼らは大急ぎでサザリーのいる宿へ駆け込み、まだ高いびきで眠っていた彼を起こし、事情を説明した。
    「ふあ、あ……、なるほど、うーん、そりゃ確かにまずい」
    「何を悠長な!」
    「どうにかしてくれ!」
     わめく重臣たちを横目でチラ、と眺め、サザリーはにへら、と不気味な笑いを浮かべた。
    「ご安心を。こんなこともあろうかと、取って置きをね、……うへへへ」
     サザリーは枕元のかばんから、巻物を取り出した。
    「何だ、それは……?」
    「魔法陣を記したものです。と言っても、これはまだ完璧じゃないです」
    「は……?」
    「完成させるとあら不思議、と言う奴ですよ。こうして、ここにちょい、っと」
     サザリーは指を墨壷に漬け、魔法陣に点を打つ。
    「これでマツガキ島は大爆発、跡形もなくドカンです」
    「何だと?」
    「いわゆる『魔術頭巾』の技術の応用でしてね。火の術を発動させるよう、その命令をマツガキ島の軍備に紛れ込ませていた魔法陣へ送ったんです。
     もうそろそろ、沖の方から……」
     そう言ってサザリーは、よれよれの兎耳を窓へと向ける。重臣たちもつられて、窓に目をやった。
     が。
    「……」
    「……」
    「……エールさん?」
     1分ほど経っても、爆発音など聞こえてこない。
    「……ちょっと遠すぎましたかね。流石に音なんて聞こえないみたいで。
     ま、ご安心ください。魔術はちゃんと発動してますし、証拠は全部……」
     と、サザリーがペラペラと魔法陣の描かれた巻物を振ったその時だった。
     突然、その巻物が燃え上がった。
    「……!?」
     当然、巻物を持っていたサザリーの寝巻きの袖に火が移る。
    「う、……わ、あち、あちちっ!?」
    「エールさん!?」
     慌てふためく重臣に応じる余裕もなく、サザリーは手をバタバタと振って火を消そうともがく。
     何とか火は消えたが、サザリーの左袖はブスブスと黒い煙を上げ、腕に軽い火傷を負ってしまった。
    「な……、何が……? なんで……?」
     つい先程まで余裕綽々だったサザリーは、腕を押さえて呆然とするしかなかった。

     同時刻、湯嶺。
    「クク……、愚か者め。こんな三流、子供の落書きのような魔術で証拠を消そうとは。クククク……、笑わせてくれる、ククク」
     島に乗り込んだ際、大火がサザリーの仕込んだ魔法陣の存在に気付き、持ち帰って細工をしたのだ。
     そして今、術が発動したことを、大火は笑いながら教えてくれたのである。
    「今頃は、仕掛けた相手の方が燃えているだろうな」
    「へー、そんなコトできんの?」
     イールの問いに、大火はクックッと笑いながらうなずく。
    「術によるが、な。単純なものほど、効果や対象を反転させやすい」
    「流石ねー」
    「ククク……」

     この1時間後、視察団は何の妨害も受けず、待垣島に上陸した。
     そして大量の軍備と、現地に留められていた兵士たちから事情を聞き、彼らは戦慄した。
    「なんと……、本当に、政府転覆を狙っていたとは!」
    「単なる風説と思っていたが、まさか……」
    「証拠も証言も十分すぎるほどあるな。……これはのんびりしていられん!」
     官僚たちは兵士にこう声をかけ、共に連れて行こうとした。
    「我々はこのことを正式に糾弾するため、一度白京へ戻り陛下をお連れした後、央北へ戻ることにする。
     お前たちについてだが……、このまま白京へ戻れば、ただでは済むまい。そこで此度の貢献を高く評価し、中央軍にて厚遇しようかと思うが、どうだ?」
     ところが兵士たちは一様に、横に首を振った。
    「いえ、お気持ちは大変嬉しいのですが、我々は央南の地に残ります」
    「ほう……?」
    「と言っても、我々を裏切った清朝に仕える気は既に、毛頭無く。このままこの地に残り、戦おうと考えております」
    「なるほど。……とは言え、天帝陛下にこの件をお伝えせねばならん。もう一度だけ我々と共に、船に乗ってもらうが、それでも良いか?」
    「分かりました」



     こうして309年の暮れ、清王朝の企みは、中央政府に知られることとなった。

    火紅狐・来帝記 6

    2011.05.27.[Edit]
    フォコの話、222話目。軍備隠し、露見。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 沖へと進んでいく視察団の船を真っ青な顔で見ていた重臣の一人が、ばっと身を翻した。「エール氏だ! 彼なら何か、手を打ってくれているはず!」「そ、そうだ!」 彼らは大急ぎでサザリーのいる宿へ駆け込み、まだ高いびきで眠っていた彼を起こし、事情を説明した。「ふあ、あ……、なるほど、うーん、そりゃ確かにまずい」「何を悠長な!」「...

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    フォコの話、223話目。
    笑う巨悪。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     清王朝の叛意が明るみに出た後、中央大陸の情勢はにわかに騒がしくなった。
     何しろ、中央政府にとってはそれなりに信用していた名代である。天帝オーヴェルをはじめとして、政府各所から批判・非難が相次いだ。

     さらに、央中の商人たちにとっても、この事件は衝撃的だった。
     自分たちが取引していた相手が、実力行使で支払いを踏み倒そうとしていたことを知り、彼らは慌てて取引を中止し、また、取引を仕切っていたサザリーを非難。それぞれ、莫大な違約金・賠償金を請求した。



    「お帰り下さい」
     イエローコースト、金火狐の屋敷。
     事態の収拾を頼もうと尋ねてきたサザリーは、門前払いを喰らっていた。
    「いや、そんなわけに行かないです! 会わせて下さい!」
    「お帰り下さい」
     この混乱に巻き込まれることを嫌ったケネスが、サザリーを通さないよう指示していたのだ。
     それは事実上、手を切られたことに等しかった。
    「頼みます! 本当にお願いします! 会えなきゃ僕は……!」
     屋敷の者たちはにべもなく、同じ言葉を繰り返した。
    「お帰り下さい」
    「本当にお願いします! 困るんです! 困ってるんですよ! どうにかしてくださいよおおおぉぉ……っ」

    「……く、っくく」
     屋敷の窓からサザリーの叫ぶ様を見ていたケネスは、頭に巻きつけていた「頭巾」に語りかける。
    「お聞きでしたかな、今の叫び声を?」
    《ああ。……まったく、どうしようもない奴だ》
     声の主は、ため息交じりでケネスに応じた。
    「そう言えば、この話はしましたかな……。
     彼は、私がスパス君のことについて尋ねた際、『バカとハサミは使いよう』と言っていたのですよ」
    《……、そうか、そう言っていたか。
     愚か者と言うのは、何が愚かなのか、それすら分かっていない。だからこそ『愚か』なのだ》
    「己のことも分からぬ者であるからこそ、愚者。……と言うことですな」
    《まあ、こんな末路も想定はしていたことだ。……結局のところ、弟が成功しようと、こうして失敗しようと、君には得になるだけだったのだな》
     相手の言葉に、ケネスは下卑た笑みを浮かべる。
    「ええ、確かに。どう転ぼうと、儲からねば何の意味もないですからな。
     この一件により、央南関係の取引は全滅するでしょうな。そして当然、そこに発生していた需要は、別のところへ流れていく。
     それはどこか? 政変が起こったばかりの北方? いいや違う。では内戦の真っ最中である南海? それも、ノーだ」
    《……そう、残るは私の本拠地、西方だ》
    「今まで西方関係の取引を過熱させ、物価を上げてきたことが、ここでようやく実を結ぶわけですな。
     少しくらい元値から乖離していようと、央南からあぶれた需要はそこへ行き着き、消化されるのだから」
    《そしてその利益を誰より享受するのは、君と、……うまく行ってくれれば、私だ》
    「くくく……、笑いが止まりませんな。本来ならこんな高値での取引など、一笑に付されて終わり。それが罷り通ってしまうわけですからな。
     ……とは言え、少しばかり事態が早く動きすぎた。それに、央南自体は瓦解もしていない。もう少し粘れば、もっと物価は劇的に上がったでしょうし、央南もなお安く買い叩けた。
     その点については、残念と言う他ありませんな」
    《ケネス総帥、……迷惑を、かけてしまったな》
    「いやいや、気にされぬよう、ミシェル総裁。彼も彼なりに、私のために、ほんのちょっとばかりは役立ってくれたのですから。
     まあ、……これからが彼の、本当の地獄になりますがね」
     ケネスの一言に、相手は怪訝そうな声を出す。
    《どう言うことだ?》
    「彼には後で、密かに手を差し伸べてやろうと考えていましてね」
    《ほう……》
    「その上でもう一度央南へ戻ってもらい、本格的に清王朝を転覆してもらおうかと」
    《ああ、そうだな。どう展開しようと、そこは外せないわけだ。
     でなければ君の本懐、央南買収の目処などつけられるわけが無いからな》
    「ええ。まあ、まだ信頼回復の手段はいくらでも用意できます。それを使って、彼にもう一度頑張ってもらう。
     もう一度、地獄へ飛んで行ってもらおうかと思っています」
    《……確かに地獄だろうな。あいつの苦労が、目に見えるようだ》

    火紅狐・来帝記 終

    火紅狐・来帝記 7

    2011.05.28.[Edit]
    フォコの話、223話目。笑う巨悪。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 清王朝の叛意が明るみに出た後、中央大陸の情勢はにわかに騒がしくなった。 何しろ、中央政府にとってはそれなりに信用していた名代である。天帝オーヴェルをはじめとして、政府各所から批判・非難が相次いだ。 さらに、央中の商人たちにとっても、この事件は衝撃的だった。 自分たちが取引していた相手が、実力行使で支払いを踏み倒そうとしてい...

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    フォコの話、224話目。
    小悪党商人の帰還。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「追放は、やむなしか」
    「はい……」
     白京、清王朝宮殿。
     国王、清一富と家臣たちが集まり、中央政府との関係修復のための会議を行っていた。とは言え――。
    「大量の軍備、そして内情を知る兵士たちからの証言。それを突きつけられては、なだめすかし、ごまかそうとしても無駄でしょう」
    「ううむ……」
     中央政府からはすぐにでも、正式に「名代職追放」の辞令が下りかねない状況にあり、さらには制圧に出ようかと言う気配も濃いとみられている。
     交渉を誤れば即、大量の中央軍が攻めてくるのは明らかだった。
    「……戦うしかないのか、最早?」
    「なりません!」
     開き直って交戦を提案した一富王に、家臣たちからは反対が相次ぐ。
    「いくら軍備を蓄えたとて、人・設備・戦略性、さらには道義的にまで、我々は著しく劣っております!」
    「戦えばほぼ間違いなく敗北するでしょう。よしんば、奇跡的に中央軍に勝ったとしても、それで中央政府が潰れるわけもなく」
    「勝っても負けても、我々は非難の的にされるでしょう。言わば戦った瞬間、我々は潰されます。戦争の面でも、国際社会的にも」
    「……ぬう」
     一富王は頭を抱え、自分たちの行動を後悔していた。
    「わしがあの男の言うことを聞いたりしなければ、こんな結果にはならなかった。悔やみきれん……!」
    「陛下……」
     家臣たちは、この恰幅の良い国王が、これほどまでに縮こまる様を目にし、胸を痛めた。

     と――。
    「お邪魔します」
     扉を静かに開け、会議の場に『あの男』――この騒動の張本人、サザリーが割って入ってきた。
    「……貴様……!」
     沈んでいた一富王は、サザリーを見るなり立ち上がり、傍らの薙刀を手に取る。
    「へ、陛下!」
    「お、お収め下さい!」
     ざわめく家臣たちに耳を貸さず、一富王は薙刀を構えたまま、ドスドスと足音を立ててサザリーの方へと向かう。
    「わ、わわわっ、ちょ、陛下、陛下、陛下! 落ち着いて下さい、陛下ってば!」
     サザリーは顔を青ざめさせ、王から逃げ回る。
    「うるさい! 貴様のせいで、我々は……!」
    「その件なんです! その件で、一通り話をまとめてきまして!」
     その一言に、一富王の足が止まる。
    「まと……、めた?」
    「は、はい! 僕のツテを使ってですね、あの、中央の方を、はい、それなりに諌めてもらってですね、現状は何とか、様子見と言う段階まで、向こうの警戒を解かせました!」
    「……詳しく、説明してみろ」

     にらみつけてくる国王・家臣・将軍たちに囲まれ、サザリーはしどろもどろながらも説明した。
    「えーとですね、まあ、……ともかく、追って説明するとですね。
     中央政府がまず下そうとした、この国に対する措置って言うのが、『名代職追放、及び敵対組織への積極的防衛』だったんです。
     これはですね、造反・謀反を起こした親中央政府国・組織に対して、最も重い類の措置になります。一つの国の中で例えるなら、これは重反逆罪とか国家転覆罪に当たりますね。下されれば確実に、中央軍が大挙して押しかけ、央南は一掃されたでしょう。
     ただ、まあ、この処置を決定しようとした天帝も、そんな理由では軍を動かせないわけで」
    「何故だ? 中央政府の全権限を有しているだろう?」
    「それなんですが、まあ、確かに、全権を握っているのは握ってるんです。
     でも『名代職』って言うのは、初代の天帝であるゼロ・タイムズ帝が命じたもの、つまり天帝教の主神が自ら命じたものなんです。
     自分たちの神を否定するようなことは、天帝教の教皇、即ち当代の天帝であるが故に、できるはずがないんですよ。もしそれを強行しようものなら、それはもう、天帝と呼べません」
    「ふむ……」
    「僕のツテがそう説得して、何とか軍が動くのは止めさせたんです。
     後、名代職の追放って言う処分を『権限の停止』、つまり名目上は名代職のまま、その権力の行使だけは禁止するってレベルにまで、処分を軽くすることはできました。
     だけども、やはり今のところは、それ以上には覆すことができませんでした。何と言っても、実際に軍備を用意していたわけですし、兵士たちからの情報もあったわけですから。
     でもですね、……そう、ここなんです。ここが、重要なんですが」
     そう言って、サザリーは不気味な笑みを浮かべた。
    「ここにいらっしゃる、まさに『清王朝の中心』の皆さんの誰が、正式に、公然と、『中央政府を攻撃する』と言いましたか?」
    「……!」
    「そう、軍備と兵士の証言から、こちらに叛意があると解釈されただけです。まだここにいらっしゃる誰も、それを認めていない。
     だから今後は、その軍備が中央政府を攻撃するために用意されたものではなく、また、兵士たちの証言に関しても、彼らの現場判断、状況認識能力の甘さから、清朝軍の本意と離れた解釈をしていた、と広く説明するんです。
     まあ、それでも、口だけじゃ納得はしていただけないでしょう。ですから、軍備を実際に使うんです。中央政府へ、じゃなく、頭を悩ませているもう一つの要因、反乱軍へと。
     それで全ての辻褄が合わせられます。元々、中央政府に応援要請したのだって、反乱軍を潰すためだったんですし。軍備を反乱軍へ向けて使えば、信じてもらえるでしょう。
     あと、まあ、央中からツケをどうのこうの言ってきてますが、これについても、僕がツテの力を借りて、何とかしますので」
    「……いいだろう。今一度、信用してやろう」
     ずっとサザリーをにらみつけていた一富王は、ようやく納得してくれた。

    火紅狐・発火記 1

    2011.05.31.[Edit]
    フォコの話、224話目。小悪党商人の帰還。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「追放は、やむなしか」「はい……」 白京、清王朝宮殿。 国王、清一富と家臣たちが集まり、中央政府との関係修復のための会議を行っていた。とは言え――。「大量の軍備、そして内情を知る兵士たちからの証言。それを突きつけられては、なだめすかし、ごまかそうとしても無駄でしょう」「ううむ……」 中央政府からはすぐにでも、正式に「名代職...

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    フォコの話、225話目。
    火の魔術剣。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「つまりは、中央は様子見と言う結果か」
    「そう言うことです」
     湯嶺、穂村少佐の家。
     中央政府の、清王朝に対する処置を聞いた少佐は、残念そうにうなった。
    「むう……。それでも、中央軍が手を出さぬだけは、ましか」
    「この展開も十分あると予見できていましたし、僕からしてみればまずまず、と言うところですね。
     それに、国内の展開は良くなってきています。かねてからの重税と徴発が長期化していることに加え、その理由が明らかになり、また、兵士たちが数名離反したことと、中央との関係が悪化したことから、世論では清王朝非難、打倒の声が大きくなっています。
     清王朝も態勢立て直しに奔走しているでしょうし、今なら、かつて少佐が実行しようとしていた作戦――コゲンの備蓄基地攻撃も、大きな成果を挙げるでしょう」
    「ふむ……」
     ランドの見解に、少佐は深くうなずいた。
    「攻めて良し、と言うのならば、攻めてみようか。
     丁度克からも、技を教わったからな」
    「技?」

     その技を見せてもらうため、ランドは少佐に連れられ、家の裏手、雑木林の生い茂る山へ入った。
    「ふう、ふう……、それで、どんな技なんです?」
     短めではあるが山道を登り、軽く息を切らしているランドに、少佐はニヤリと笑って見せた。
    「おう。しからば、お見せ致そう」
     そう言って、少佐はひゅん、と軽い音を立てて刀を抜き、正眼に構える。
    「……『火刃』」
     次の瞬間、少佐が持っていた刀の切っ先に、ぽん、と火が点いた。
    「火、……ですか?」
    「ただの火にはござらん。魔術による炎だ」
    「へぇ……?」
     話しているうちに、刀に付いた火は、刃全体に回る。
    「とくと見よ、ファスタ卿。……りゃあッ!」
     火の点いた刀が、近くの木をざくり、と斬る。
     そしてそのまま、木には火が回り、あっと言う間に燃え尽きた。
    「うむ、上出来だ」
     少佐は満足げに笑みを浮かべつつ、刀を納めた。
    「なるほど……。近接戦、白兵戦には有効そうですね」
    「であろう? これを拙者は、教条化した。我々反乱軍の兵士たちにも魔術の心得がある者は多いし、使える者は何人かいるだろう。
     戦う準備は、いつでも整っている」
    「……ふむ」
     少佐の言葉に、ランドは引っかかるものがあった。
    「少佐。あなたはいつも、戦うと言う選択をされますが」
    「うむ」
    「あなたは平和に話し合い、敵を引き入れることもできる方だ。それなのに何故、まず戦おうと? まず話そう、と言う姿勢を前面に出すことはできないんですか?」
    「なるほど。……それは、机上の理屈であるな」
    「え?」
     少佐は刀の柄をさすりながら、遠い目をして尋ねた。
    「お主、実際に人と争ったことは無かろう?」
    「いえ、戦闘地域に赴いたこともありますし、口論になることも……」
     否定しようとしたランドの弁をさえぎり、少佐はこう付け加える。
    「そうではなく、実際に殴ったり、殴られたりの喧嘩になった、と言う話だ」
    「……それは、確かに無いですね」
    「実際にそうなった場合、相手は拙者の話など聞かぬ。何が何でも、拙者を殴りつけ、蹴り飛ばし、打ち倒そうと、頭の中はそれで満杯になる。
     そこへ『待て待て、まずは話し合おうではないか』などと声をかけたとて、憤怒がパンパンに詰まった頭に入ろうはずも無し。
     呑気に『自分は口達者だから、話し合いに持ち込みさえすれば何とでもなる』などと、無防備に構えていたら、……真正面から斬られて死ぬぞ、お主」
    「……」
     少佐はランドに向き直り、渋い表情を緩めた。
    「まあ、そんなところだ。……いや、拙者とて、話し合いができるに越したことはない。
     であるから、先の待垣島では刀を抜かなかったのだ。あの時の兵士は、戸惑いを見せていたからな」
    「戸惑い?」
    「あの時の彼らは、武器を構え、拙者らに対し警戒してはいても、すぐに襲撃しようとはしなかった。
     何故なら、襲撃に足る理由を持ち合わせていなかったからだ。納得の行かぬ軍務に就き、何が自分たちの敵であるかも定まっていなかった。
     であるからこそ、彼らは拙者の話に耳を貸したのだ。……こんなことは、稀有な例と心得てほしい、ファスタ卿」
    「……分かりました。参考にします」

    火紅狐・発火記 2

    2011.06.01.[Edit]
    フォコの話、225話目。火の魔術剣。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「つまりは、中央は様子見と言う結果か」「そう言うことです」 湯嶺、穂村少佐の家。 中央政府の、清王朝に対する処置を聞いた少佐は、残念そうにうなった。「むう……。それでも、中央軍が手を出さぬだけは、ましか」「この展開も十分あると予見できていましたし、僕からしてみればまずまず、と言うところですね。 それに、国内の展開は良くなって...

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    フォコの話、226話目。
    反乱軍の初陣。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     双月暦310年、春の兆しが見えてきた頃。
     中央政府の後ろ盾を失い、民衆からの支持が揺らぎ、その存在意義が不確かなものとなった清王朝に、ついに宣戦布告が突きつけられた。

     央南西部の街、弧弦。
     紺の袴装束に赤い羽織、そして鎧兜を着けた剣士たちが、ぞろぞろと街に現れた。
    「あれは?」
    「一体……!?」
     みるみるうちに、街中が赤と黒のモザイクに染まる。
     そしてその先頭にいた穂村少佐が、進軍しつつ口上を述べる。
    「我々は清王朝に対し反旗を翻し者、反乱軍にござる! 我々は此度いよいよ、その反乱の狼煙を上げる!
     民衆よ! 我々に加担すれば、必ずやあの諸悪の根源、清王朝を懲らしめることができようぞ! さあ、立ち上がるのだ!」
    「……っ」
     この口上に、ざわめいていた町民は静まり返り、互いに顔を見合わせる。
     反対に、街中にいた兵士たちは、顔を真っ青にした。
    「げ、迎撃、迎撃だ! 奴らを追い返せ!」
    「ぎょ、御意!」
     慌てふためきながらも、司令官の指示によって、兵士たちは武器を手にし、反乱軍の侵攻を止めようとする。
     だが――。
    「邪魔立てすると、容赦せんぞッ!」
     少佐は刀を抜き、それに火を灯した。
    「な……!?」
    「刀が、燃えて……!?」
     続いて、燃える刀をそのまま、道端の木に向かって振りぬく。
     刀から火が飛び、その木はあっと言う間に燃え上がった。
    「なん、だ……、あれは……!?」
    「魔術? いや、剣術なのか?」
     少佐に続き、追従してきた剣士たち十数名も、同様に刀へ火を灯す。
     武装した人間が大挙して押しかけて来たことと、この面妖な術を見せ付けられたことで、清朝軍の士気は激しく揺れた。
    「に、逃げろ!」
    「バカな、戦え! 戦わねば死ぬぞ!?」
    「あんなの相手にできるかッ!」
     もとより清王朝の権威失墜で士気を落としていた兵士たちは、あっさりと瓦解。
     戦おうとする者は少しいた程度で、残るほとんどは逃亡するか、大人しく投降した。

     こうして反乱軍は初陣において、圧倒的勝利を手にした。
     反乱軍は弧弦の軍基地を落とすだけではなく、街全体の支配権を獲得。その勢力を大きく伸ばした。



     初戦を制し、反乱軍の士気は大いに上がった。
    「殿! 次はどこを!?」
    「敵は出鼻をくじかれ、勢いを失っているはず!」
    「二の矢、三の矢とたたみかけ、一気に叩くべきです!」
     家の前で騒ぎ立てる兵士たちに小さく会釈をしつつ、少佐は隣に並んで歩くランドと小声で話をする。
    「拙者からも伺いたい。次はどうすれば?」
    「とりあえず、家に入ってから。謀(はかりごと)は少数で話すべきです」
    「なるほど、一理ある」
     家の戸を閉め切り、屋内には少佐とその家族、そしてランドだけになったところで、ランドの方から話を始めた。
    「まず、この戦いの幕開けが勝利で終わったこと、それは歓迎すべきことです。おめでとうございます」
    「う、うむ」
     回りくどい賛辞に面食らいながらも、少佐は笑顔でうなずく。
    「しかしここでホイホイと次戦、次々戦と進めても、そう簡単には行きません。何故なら、今回の結果を受け、敵は本気を出さざるを得なくなるからです。
     いや、たまたま今回はタイミング的に先制できただけであり、実際のところ、敵はもう既に、大々的に動く準備を整えていると考えて間違いないでしょう」
    「何故そこまで言い切れる? ……いや、いや。待て、予想してみよう」
    「どうぞ」
     少佐はあごに手を当て、しばらく考え込む。
    「……そうだな、思うに。今現在、清王朝は中央政府から、責め立てられているのではなかろうか」
    「ふむ」
    「恐らくは今も、清王朝は中央への叛意云々を強く糾弾されており、それをごまかそうと――即ち『我々には叛意など無い、軍備集めや防衛強化は別の目的があってのこと』と、必死に弁明しているところであろう。
     であればその説明として手っ取り早いのは、元々中央側に流していた話の通りに、拙者ら反乱軍を攻撃して見せることであろう。
     であるから、敵方は既に準備し、攻撃の算段を整えている。そう言うことであろう?」
    「ご明察、まさにその通りです」
     ランドは小さくうなずき、話を続けた。

    火紅狐・発火記 3

    2011.06.02.[Edit]
    フォコの話、226話目。反乱軍の初陣。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 双月暦310年、春の兆しが見えてきた頃。 中央政府の後ろ盾を失い、民衆からの支持が揺らぎ、その存在意義が不確かなものとなった清王朝に、ついに宣戦布告が突きつけられた。 央南西部の街、弧弦。 紺の袴装束に赤い羽織、そして鎧兜を着けた剣士たちが、ぞろぞろと街に現れた。「あれは?」「一体……!?」 みるみるうちに、街中が赤と黒...

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    フォコの話、227話目。
    焔流の形成。

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    4.
    「確かに今仰られた通りの状況へ、既に進んでいることでしょう。
     それを踏まえれば、本当に今回の戦果は喜ぶべきものです。今回受けた打撃により、いよいよ敵は我々を、尋常ならざる敵として認識したことでしょう。
     何しろ今回落としたのは、軍事面から見て非常に大きな都市です。敵にしてみれば、立ち上がりかけたところで無理矢理に肩を押さえつけられ、座らされたようなもの。恐らく今回の件で、我々の本拠地はぼんやりとは把握できたものの、それ以上は動けなくなったはず」
    「それは、……ううむ、何故だ?」
     今度は、うまい答えが見つからなかったらしい。少佐は素直に尋ねてきた。
    「今回の攻撃により、敵、即ち我々反乱軍は央南西部にいるものと断定できたでしょう。
     しかし、落とされたのも西部有数の軍事基地。言い換えれば西部、敵陣へ進軍する足がかりを失っているわけです」
    「なるほど」
    「勿論、まだコウカイなど主要都市はあるものの、コゲンは軍事面・交通面において、陸の中心だった場所です。
     よりによって、内陸のあちこちに通じる交通網を、初戦からいきなり、敵に握られてしまっている。周りから攻めようにも、敵はやろうと思えば、まっすぐにでもハクケイへ突っ込んで来られる場所に陣取っている。うかつに攻めれば、喉元を食い破られるかも知れない。敵にしてみればそう言う場所に、我々がいるんです。
     コゲンを我々が手にしたことで、敵は攻めの足がかりを失い、そして、守りを優先的に考えなければいけない状況になっています。とは言え、敵は本気で我々を潰そうとしている。うかつな攻めは、敵に反撃の機会を与えることになります」
    「ふうむ……。優位であることは間違いない、が、攻めれば攻め返される危険もあり、か。
     そう考えると、難しいところではあるな」
    「ええ。次の手は、慎重に進めていかないといけません」

     慎重に、とは言うものの、確かに今は反乱軍が戦いの主導権を握っている状態にある。
     このまま自分たちの優位性を保つため、ランドは早急に、次の戦地を選出した。
    「次は港町、コウカイでしょう。
     敵本営、ハクケイからしてみれば、央南の陸路をパスし、比較的コゲンへの到着が容易になる要地です。
     ただ、海路の状況によっては、ハクケイや他の主要都市からの本軍が到着するまでに、いくらかのタイムラグと言うか、猶予がある。恐らくは敵もそれを考慮し、数週間前に、各地へ艦を回しているでしょう。
     しかし時間的に、その援軍はまだ海上にあるはずでしょうし、コゲンの状況に気付くはずもない。今コウカイを攻め落とし、その援軍を撃退すれば、反乱軍はさらに優位となるでしょう」
    「ふむ。確かにまだ、敵の艦が到着したと言う報告は無い。到着されてからではどうしようもなくなるし、攻めるなら今か」
    「ええ。手早く兵をまとめ、それこそ火急の勢いで攻め込みましょう」
     ランドの言葉に、少佐は楽しそうに笑った。
    「『火』急、か。……今の拙者らには、似合いの言葉よ」
    「確かに。あれは実際の攻撃力以上に、大きな宣伝効果がありました。巷では、反乱軍のことを燃え盛る刀を持つ軍団、『焔軍』と呼んでいるとか」
    「焔? ……なるほど、ホムラ、つまり拙者の姓『穂村』からか。
     面白い、これより拙者は焔玄蔵、とでも名乗ろうか。反乱軍、……いや、焔軍の統領として」
     少佐のその一言に、ランドはクスッと笑った。
    「良いかも知れませんね」



     こうして焔玄蔵と名を変えた少佐を筆頭に、反乱軍改め焔軍は、黄海へと攻め込んだ。
     幸いなことに、焔軍の評判は非常に大きく、その評判に半ば押される形で敵は撤退、及び拘束された。清朝軍からの軍艦が到着する一日、二日前に制圧が完了でき、艦上の敵は洋上で立ち往生する羽目になった。
     そして、これを見逃す焔軍ではない。黄海に備えられていた軍艦を多数出動させ、進退を窮めていた敵艦を拿捕することに、成功した。
     これにより、焔軍は央南西部の主要都市、および近海を制圧。清王朝にとって、容易に落とせない難敵となった。

    火紅狐・発火記 4

    2011.06.03.[Edit]
    フォコの話、227話目。焔流の形成。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「確かに今仰られた通りの状況へ、既に進んでいることでしょう。 それを踏まえれば、本当に今回の戦果は喜ぶべきものです。今回受けた打撃により、いよいよ敵は我々を、尋常ならざる敵として認識したことでしょう。 何しろ今回落としたのは、軍事面から見て非常に大きな都市です。敵にしてみれば、立ち上がりかけたところで無理矢理に肩を押さえつ...

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    フォコの話、228話目。
    燃え上がる央南。

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    5.
     央南西部をあっさりと陥落され、清王朝は対応に戸惑っていた。
    「こんなにも呆気なく、我々の守りが崩されるとは……!」
     軍議の中心に座る一富王と家臣たちは、頭を抱えてうなる。
     反面、サザリーはどこか他人事のように、平然とこう唱えた。
    「まあ、今回の失敗は、敵軍の本拠地を把握できていなかったせいですよ。これでどこに本拠地があるか、大体は把握できたわけで。
     逆にですよ、これで後々の戦いがしやすくなったと、そう思えばどうでしょうか?」
    「何?」
    「敵のいる場所と、支配されちゃった地域とがはっきりしたわけですから、いわゆる『線引き』がしやすくなったわけですよ。
     ここは一つ、支配されちゃった地域は全面的に見捨ててですね……」「見捨てて、とは何だ!?」
     家臣たちの批判を受け流しながら、サザリーは話を展開する。
    「まあ、まあ、言葉の綾ってやつです。
     とりあえず、僕が言いたいのはですね。今後は央南西部地域と、こっち側との間に、でっかい壁か何かを作ってですね、相手が絶対攻めてこられないようにしちゃうんですよ。
     そうすれば奴らは逆に、央南西部で孤立することになる。そう言う手なんです」
    「ははあ……。なるほど、確かに見方を変えれば、壁を築くことにより、敵は東央中湾、央南洋、屏風山脈、そしてその壁。四方を囲まれるわけか。
     敵もどこぞの国であればまだ、諸外国との連携も取れようが、実質は単なる賊軍。手を貸す国なぞ、いるはずもなし。放っておいても、奴らはやせ細って自滅する、……と言うわけか。
     よし、直ちに壁を築くのだ! こればかりは、遅れを取るわけには行かぬぞ!」
    「はっ!」
     国王の号令を受け、将軍たちはバタバタと、軍議の場を後にした。
    「のう、エール氏よ」
     と、一富王がサザリーに声をかけてきた。
    「なんでしょう?」
    「わしは度々、物事を見誤ってきたようだ。特に、お前と言う男は、ただの疫病神と思っていたが……、これほど、貢献してくれようとは思っても見なかった」
    「……いえいえ、そんな、とんでもない」
     口ではそう答えておいたが、サザリーの本心は逆方向を向いていた。
    (とんでもない、とんでもない。
     貢献? ……した覚えなんてさらっさら無い! これは作戦なんだよ――敵じゃなく、あんたらを攻撃するためのね!
     そう、央南を二分するほどの壁の構築なんて一体、いくらかかると思ってる? さらにその、維持費は? 人件費だってバカにならない。
     もっともらしく理屈を述べてきたけど、これは結局、無駄な出費をさせるためのものなのさ!
     そう、あんたらにはもっともっと、無駄金をはたいてもらわないといけないんだ。それこそ大赤字、財政が真っ赤に燃えるくらいに!
     そのために、僕はこのド田舎に戻ってきたんだ。さあカズトミ王、ずっとバカでいてくれ。もっともっと、バカになってくれよ。
     そうすりゃもっと、僕たちの思い通りになるんだからね。……ヒヒ、ヒヒヒヒ)



     一方で、焔軍側もその動きを一旦、抑えることとなった。
    「様子見、か」
    「ええ。コゲンとコウカイを制圧したことで、我々は実質、央南西部を掌握しました。
     これにより、敵は陸路・海路とも、容易に攻め込めなくなり、我々には若干の余裕が生まれました。であれば今後に備え、焔軍を再編成するのが最適な策かと思います」
     ランドの献策に、少佐は深くうなずく。
    「ふむ。確かに、此度の戦いで我が軍はかなり拡大したからな」
     軍事物資の集積地である弧弦と、海港都市である黄海を手に入れ、焔軍の装備は大幅に拡充された。
     ランドの言う通り、今後のさらなる激戦に備え、軍の態勢を整え直すことに、反対する者は少なかった。「もっと攻めるべき」と言う意見も多少はあったが、前述の、清朝軍側からの「壁」の構築が始まったこともあり、無駄な攻めに終わりそうな気配もあったことから、この意見は却下された。
    「なあ、ファスタ卿」
     少佐は腕を組みながら、神妙な面持ちで尋ねてきた。
    「なんでしょう?」
    「長期戦になるであろうか?」
    「なりそうですね。ただ、僕も何かと忙しい身です」
     ランドはにっこりと笑い、こう宣言した。
    「3年以内に終わらせるつもりをしています。いや、もっと早くするかも」
    「できるのか?」
    「できるできないではなく、『します』と言うことで」
    「……頼りにしているぞ、ファスタ卿」
     少佐はニヤリと笑い、ランドに期待を寄せた。

    火紅狐・発火記 終

    火紅狐・発火記 5

    2011.06.04.[Edit]
    フォコの話、228話目。燃え上がる央南。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 央南西部をあっさりと陥落され、清王朝は対応に戸惑っていた。「こんなにも呆気なく、我々の守りが崩されるとは……!」 軍議の中心に座る一富王と家臣たちは、頭を抱えてうなる。 反面、サザリーはどこか他人事のように、平然とこう唱えた。「まあ、今回の失敗は、敵軍の本拠地を把握できていなかったせいですよ。これでどこに本拠地があるか...

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