Index ~作品もくじ~
- 火紅狐・不癲記 1
- 火紅狐・不癲記 2
- 火紅狐・不癲記 3
- 火紅狐・不癲記 4
- 火紅狐・不癲記 5
- 火紅狐・不癲記 6
- 火紅狐・不癲記 7
- 火紅狐・不癲記 8
- 火紅狐・不癲記 9
- 火紅狐・金火記 1
- 火紅狐・金火記 2
- 火紅狐・金火記 3
- 火紅狐・金火記 4
- 火紅狐・金火記 5
- 火紅狐・金火記 6
- 火紅狐・昔讐記 1
- 火紅狐・昔讐記 2
- 火紅狐・昔讐記 3
- 火紅狐・昔讐記 4
- 火紅狐・昔讐記 5
- 火紅狐・昔讐記 6
- 火紅狐・昔讐記 7
- 火紅狐・昔讐記 8
- 火紅狐・昔讐記 9
- 火紅狐・昔讐記 10
- 火紅狐・昔讐記 11
- 火紅狐・昔讐記 12
- 火紅狐・抱罪記 1
- 火紅狐・抱罪記 2
- 火紅狐・抱罪記 3
- 火紅狐・抱罪記 4
- 火紅狐・抱罪記 5
- 火紅狐・抱罪記 6
- 火紅狐・抱罪記 7
- 火紅狐・抱罪記 8
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»» 2011.10.28.
»» 2011.10.29.
»» 2011.10.30.
フォコの話、330話目。
燃え落ちた結末。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
12.
その時――。
「……う、……なんだ?」
アバントがフラ、とよろける。
どうにか立ち上がったフォコは、アバントを見て硬直した。
「……え……」
アバントのすぐ後ろに、人が立っているのが見えたからだ。
「なんら……? あたまが、いた……っ」
アバントの呂律がおかしくなり、がくんと膝を着く。
《……》
アバントの背後に立つその女性は、フォコを見て悲しそうな顔をした。
「い、いまがちゃんすなんら……。ほこうろぶっころる……ひゃんす……」
アバントは無理矢理立ち上がろうとし、また体勢を崩す。
《……ん……ね……》
フォコはその時、確かに女性の声を聴いた。
それは懐かしく、この10年近くもの間、ずっと聴きたかった声だった。
「……うあ……んふ……なん……ら……」
次の瞬間、女性は再び立ち上がりかけたアバントを、羽交い絞めにした。
「うえ……かららら……うろか……ね……」
そしてフォコに向かって、女性はこう言って――。
《ごめんね……さよなら》
「……ティナ……!」
フォコが立ち上がると同時に、女性も、アバントも、通路から飛んで行った。

「あ、あいつ!? 自分から落っこちたぞ!?」
成り行きを見守っていたランニャたちは、アバントがふらふらと倒れこみ、空中通路から落ちて行くのを見ていた。
「あーあ……、ありゃ毒ガスの吸い過ぎだね。
脳みそが比喩じゃなく、マジで溶けてたんだろうね。多分平衡感覚やら言語機能やら、全部頭蓋の中でシェイクされてブッ壊れてたろうね、あの様子じゃ」
「うげぇ、キモっ。……って、講釈聞いてる場合じゃない! 早くフォコくん、助けに行こう!」
「あ、そうだったそうだった。私は克の方助けに行くよ。動けそうにないっぽいし」
ドタドタと仲間たちが駆け付ける音で、フォコは我に返った。
「……いたんや……」
「え? 何が?」
手を差し伸べたランニャに、フォコはぼそっと返した。
「……今、見たんや。通路の上に、……ティナが」
「何言ってんだよ! 君もガスの吸い過ぎだ! 早くここから脱出しないと!」
「いたんや……」
そう繰り返すフォコに構わず、ランニャとレブは彼に肩を貸して、無理矢理に立たせる。
「確保した! そっちはどうだ!?」
「全身大火傷だね。しかも腹に穴まで開いてるし。よくコレで生きてられるね、ホント。……っと、ソレどこじゃないね。
克、術は使えそう!?」
「……」
「ダメだ、気絶してる。……んじゃ、勝手に調べさせてもらうよ」
モールは大火のコートを調べ、紫と金に輝く手帳を見つけた。
「へー、こんなのあるんだねぇ。便利なもんだ」
「……?」
傍らにいたランドには、モールが何を感じ取ったのかは理解できなかった。
「克、悪いけどキミの『神器』、勝手に使わせてもらうね。
全員コッチ集合! 術で脱出するね!」
全員が集まったところで、モールは「目録」を掲げ、呪文を発動した。
「『テレポート』!」
その場から脱出すると同時に溶鉱炉と工場全体のパイプが爆発し、空中通路を飲み込んだ。
一行は工場から大分離れた、郊外の丘に瞬間移動していた。
「うわ……、すげー爆発」
燃え盛る工場を眺め、レブがつぶやく。
「本当、……恐ろしい光景ですね」
その横にいたマフスが、レブの手を取る。
「ん?」
「まだ心の中が落ち着きません。握っていてくれますか?」
「いいけど」
その背後で、モールが癒しの術を使い、大火を蘇生させる。
「……げほ、ごほっ」
「よお克、しぶといね」
「……お前が助けてくれたか。感謝する」
「へへ、一つ貸しだね」
一方、ランニャはいまだ呆然自失のフォコに声をかける。
「フォコくん、大丈夫?」
「……」
「大丈夫かってば!」
「……あ、うん。……肩がめっちゃ痛い」
「焼けちゃってるもんな、ローブ。マフス呼んでこようか? モールさんは忙しそうだし」
「いや、後でええ。……なあ、ランニャ」
フォコはくい、とランニャの服の裾をつかんだ。
「何? どしたの?」
「……ホンマに、いたんや」
「ゴメン、フォコくん。あたしには、……見えなかったんだ。モールさんにも、見えてなかったみたいだよ」
「……それでも、僕は確かに、見たんや。ティナが、僕を助けてくれた」
「そっか。……そうかもね」
「……っく」
フォコは顔を伏せ、ランニャの裾をつかんだまま、嗚咽の声を漏らす。
「……ひっく、……ぐす、……ぐすっ、……ホンマに、ホンマに死んだんやな……」
「フォコくん……」
「……うう、ああああー……っ」
泣き叫ぶフォコを、ランニャは優しく抱きしめることしかできなかった。
火紅狐・昔讐記 終
燃え落ちた結末。
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12.
その時――。
「……う、……なんだ?」
アバントがフラ、とよろける。
どうにか立ち上がったフォコは、アバントを見て硬直した。
「……え……」
アバントのすぐ後ろに、人が立っているのが見えたからだ。
「なんら……? あたまが、いた……っ」
アバントの呂律がおかしくなり、がくんと膝を着く。
《……》
アバントの背後に立つその女性は、フォコを見て悲しそうな顔をした。
「い、いまがちゃんすなんら……。ほこうろぶっころる……ひゃんす……」
アバントは無理矢理立ち上がろうとし、また体勢を崩す。
《……ん……ね……》
フォコはその時、確かに女性の声を聴いた。
それは懐かしく、この10年近くもの間、ずっと聴きたかった声だった。
「……うあ……んふ……なん……ら……」
次の瞬間、女性は再び立ち上がりかけたアバントを、羽交い絞めにした。
「うえ……かららら……うろか……ね……」
そしてフォコに向かって、女性はこう言って――。
《ごめんね……さよなら》
「……ティナ……!」
フォコが立ち上がると同時に、女性も、アバントも、通路から飛んで行った。

「あ、あいつ!? 自分から落っこちたぞ!?」
成り行きを見守っていたランニャたちは、アバントがふらふらと倒れこみ、空中通路から落ちて行くのを見ていた。
「あーあ……、ありゃ毒ガスの吸い過ぎだね。
脳みそが比喩じゃなく、マジで溶けてたんだろうね。多分平衡感覚やら言語機能やら、全部頭蓋の中でシェイクされてブッ壊れてたろうね、あの様子じゃ」
「うげぇ、キモっ。……って、講釈聞いてる場合じゃない! 早くフォコくん、助けに行こう!」
「あ、そうだったそうだった。私は克の方助けに行くよ。動けそうにないっぽいし」
ドタドタと仲間たちが駆け付ける音で、フォコは我に返った。
「……いたんや……」
「え? 何が?」
手を差し伸べたランニャに、フォコはぼそっと返した。
「……今、見たんや。通路の上に、……ティナが」
「何言ってんだよ! 君もガスの吸い過ぎだ! 早くここから脱出しないと!」
「いたんや……」
そう繰り返すフォコに構わず、ランニャとレブは彼に肩を貸して、無理矢理に立たせる。
「確保した! そっちはどうだ!?」
「全身大火傷だね。しかも腹に穴まで開いてるし。よくコレで生きてられるね、ホント。……っと、ソレどこじゃないね。
克、術は使えそう!?」
「……」
「ダメだ、気絶してる。……んじゃ、勝手に調べさせてもらうよ」
モールは大火のコートを調べ、紫と金に輝く手帳を見つけた。
「へー、こんなのあるんだねぇ。便利なもんだ」
「……?」
傍らにいたランドには、モールが何を感じ取ったのかは理解できなかった。
「克、悪いけどキミの『神器』、勝手に使わせてもらうね。
全員コッチ集合! 術で脱出するね!」
全員が集まったところで、モールは「目録」を掲げ、呪文を発動した。
「『テレポート』!」
その場から脱出すると同時に溶鉱炉と工場全体のパイプが爆発し、空中通路を飲み込んだ。
一行は工場から大分離れた、郊外の丘に瞬間移動していた。
「うわ……、すげー爆発」
燃え盛る工場を眺め、レブがつぶやく。
「本当、……恐ろしい光景ですね」
その横にいたマフスが、レブの手を取る。
「ん?」
「まだ心の中が落ち着きません。握っていてくれますか?」
「いいけど」
その背後で、モールが癒しの術を使い、大火を蘇生させる。
「……げほ、ごほっ」
「よお克、しぶといね」
「……お前が助けてくれたか。感謝する」
「へへ、一つ貸しだね」
一方、ランニャはいまだ呆然自失のフォコに声をかける。
「フォコくん、大丈夫?」
「……」
「大丈夫かってば!」
「……あ、うん。……肩がめっちゃ痛い」
「焼けちゃってるもんな、ローブ。マフス呼んでこようか? モールさんは忙しそうだし」
「いや、後でええ。……なあ、ランニャ」
フォコはくい、とランニャの服の裾をつかんだ。
「何? どしたの?」
「……ホンマに、いたんや」
「ゴメン、フォコくん。あたしには、……見えなかったんだ。モールさんにも、見えてなかったみたいだよ」
「……それでも、僕は確かに、見たんや。ティナが、僕を助けてくれた」
「そっか。……そうかもね」
「……っく」
フォコは顔を伏せ、ランニャの裾をつかんだまま、嗚咽の声を漏らす。
「……ひっく、……ぐす、……ぐすっ、……ホンマに、ホンマに死んだんやな……」
「フォコくん……」
「……うう、ああああー……っ」
泣き叫ぶフォコを、ランニャは優しく抱きしめることしかできなかった。
火紅狐・昔讐記 終
»» 2011.10.31.
»» 2011.11.02.
»» 2011.11.03.
»» 2011.11.04.
フォコの話、334話目。
彼女の遺していったもの。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
4.
部屋に入ったところで、バネッサは話を再開する。
「5年前、どこから嗅ぎつけてきたのか、あのアバント・スパスと言う男はここへ、ティナ宛に手紙を送ってきました。
内容は、……口にするのも汚らわしいような、下卑た内容でした。かいつまんで言えば、『自分と結婚すれば、修道院ごと世話をしてやる』と。
確かにわたしたちの暮らしぶりは、悠々自適とは行かないものです。寄進だけではとても生活は成り立ちませんから、ワインを細々と造って、どうにか生計を立てている状態。
ですからその申し出は、確かに魅力的と言えました。しかし、あなたもご存じの通り、スパスには到底、良識や節度、慈愛の心などありません。その約束を果たしてくれるとは、とても思えませんでした。
それでも、ティナはわたしたちのため、『話だけでもしてくる』と言って飛び出し、……それから5年。ティナは戻らず、また、スパスはそれについても、援助についても何も言わないまま、今に至ります」
「そんなことが……」
話を聞き、フォコはそれからティナに、何があったのかを推理した。
(工場の空中通路で、アバントは『ここからティナを突き落とした』と言うてた。……多分、結婚と援助の交渉に失敗するかなんかして、ティナは総裁室を飛び出したんや。
当然、アバントは逆上しとったやろうな。追いかけて、ティナを説得しようとした。……恐らくは、力づくで。
そうして揉み合ううち、アバントはティナを……)
「……ソレイユさん?」
バネッサに声をかけられ、フォコは我に返る。
「あ、はい」
「不躾かも知れませんが、良ければ娘さんと、この部屋の遺品を、引き取ってはいただけませんか? もしも難しいと言うのであれば、この部屋ごと、彼女に与えますが」
「……少し、考えさせて下さい」
「分かりました。わたしは先程の礼拝堂におります。ご同行されていた方たちにも、経緯を説明しておきましょうか?」
「……ええ、お願いします」
バネッサはそのまま、部屋を出ようとする。
「あ、すみません」
「なんでしょう?」
「その、……娘の、名前は、何と?」
「ああ、紹介を忘れていましたね。
イヴォラと言います。あなたもお会いになったと思いますが……」
「……どうもです」
部屋の中央、テーブルに備え付けられていた椅子に座り、フォコはここでの、彼女の生活を想像する。
(この椅子に座って、……そうやな、編み棒と毛玉があるし、編み物でもしとったんやろな。寒いところやし、娘の……、イヴォラちゃんに、マフラーとか手袋とか。
あ、そうか。ここで、二人で生活しとったんやろな。あのベッドに、二人で寄り添うようにして。
ほな……、そしたら、ティナがいなくなってからは、ずっと一人で? いや、まだ小っちゃかったし、シスターたちと一緒に寝るようになったんやろな。
……イヴォラ、か。さっきはちゃんと見てへんかったけど、……そうや、あのハンチングは)
と、フォコはバネッサがしっかり閉めたはずの扉が、ほんの少し開いているのに気付く。
その扉の向こうから、ハンチング帽を被った猫獣人の少女――イヴォラが、恐る恐るこちらを覗いているのが見えた。
「……こっち、来る?」
思わず、フォコはそう問いかけた。
「あっ」
イヴォラは慌てて扉を閉めようとしたが、一瞬早く、フォコがそれをさえぎった。
「イヴォラちゃん、やったっけ。ちょと、……お母さんのこと、聞きたいねんけど」
「……あたしより、……あなたのほうが、知ってると思う」
「……バレとったか。……と言うよりも、僕と院長さんの話、こっそり聞いてたやろ」
「うん」
そっと扉を開け、イヴォラが中に入ってきた。
それに応じ、フォコはイヴォラと同じ目線になるようにしゃがみ込む。

「帽子、見せてもろてもええかな?」
「いいよ」
イヴォラは素直に、被っていた帽子を差し出す。
帽子の下には、自分によく似た頼りなさげな赤い目と、金色に赤いメッシュの混ざった、癖っ毛の髪があった。
「……お母さんの、帽子やね」
「うん」
「……僕と、髪の色そっくりやね」
「うん」
「……なあ」
「なに?」
「……ゴメンな……」
フォコはイヴォラの手を取り、ボタボタと涙を流した。
彼女の遺していったもの。
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4.
部屋に入ったところで、バネッサは話を再開する。
「5年前、どこから嗅ぎつけてきたのか、あのアバント・スパスと言う男はここへ、ティナ宛に手紙を送ってきました。
内容は、……口にするのも汚らわしいような、下卑た内容でした。かいつまんで言えば、『自分と結婚すれば、修道院ごと世話をしてやる』と。
確かにわたしたちの暮らしぶりは、悠々自適とは行かないものです。寄進だけではとても生活は成り立ちませんから、ワインを細々と造って、どうにか生計を立てている状態。
ですからその申し出は、確かに魅力的と言えました。しかし、あなたもご存じの通り、スパスには到底、良識や節度、慈愛の心などありません。その約束を果たしてくれるとは、とても思えませんでした。
それでも、ティナはわたしたちのため、『話だけでもしてくる』と言って飛び出し、……それから5年。ティナは戻らず、また、スパスはそれについても、援助についても何も言わないまま、今に至ります」
「そんなことが……」
話を聞き、フォコはそれからティナに、何があったのかを推理した。
(工場の空中通路で、アバントは『ここからティナを突き落とした』と言うてた。……多分、結婚と援助の交渉に失敗するかなんかして、ティナは総裁室を飛び出したんや。
当然、アバントは逆上しとったやろうな。追いかけて、ティナを説得しようとした。……恐らくは、力づくで。
そうして揉み合ううち、アバントはティナを……)
「……ソレイユさん?」
バネッサに声をかけられ、フォコは我に返る。
「あ、はい」
「不躾かも知れませんが、良ければ娘さんと、この部屋の遺品を、引き取ってはいただけませんか? もしも難しいと言うのであれば、この部屋ごと、彼女に与えますが」
「……少し、考えさせて下さい」
「分かりました。わたしは先程の礼拝堂におります。ご同行されていた方たちにも、経緯を説明しておきましょうか?」
「……ええ、お願いします」
バネッサはそのまま、部屋を出ようとする。
「あ、すみません」
「なんでしょう?」
「その、……娘の、名前は、何と?」
「ああ、紹介を忘れていましたね。
イヴォラと言います。あなたもお会いになったと思いますが……」
「……どうもです」
部屋の中央、テーブルに備え付けられていた椅子に座り、フォコはここでの、彼女の生活を想像する。
(この椅子に座って、……そうやな、編み棒と毛玉があるし、編み物でもしとったんやろな。寒いところやし、娘の……、イヴォラちゃんに、マフラーとか手袋とか。
あ、そうか。ここで、二人で生活しとったんやろな。あのベッドに、二人で寄り添うようにして。
ほな……、そしたら、ティナがいなくなってからは、ずっと一人で? いや、まだ小っちゃかったし、シスターたちと一緒に寝るようになったんやろな。
……イヴォラ、か。さっきはちゃんと見てへんかったけど、……そうや、あのハンチングは)
と、フォコはバネッサがしっかり閉めたはずの扉が、ほんの少し開いているのに気付く。
その扉の向こうから、ハンチング帽を被った猫獣人の少女――イヴォラが、恐る恐るこちらを覗いているのが見えた。
「……こっち、来る?」
思わず、フォコはそう問いかけた。
「あっ」
イヴォラは慌てて扉を閉めようとしたが、一瞬早く、フォコがそれをさえぎった。
「イヴォラちゃん、やったっけ。ちょと、……お母さんのこと、聞きたいねんけど」
「……あたしより、……あなたのほうが、知ってると思う」
「……バレとったか。……と言うよりも、僕と院長さんの話、こっそり聞いてたやろ」
「うん」
そっと扉を開け、イヴォラが中に入ってきた。
それに応じ、フォコはイヴォラと同じ目線になるようにしゃがみ込む。

「帽子、見せてもろてもええかな?」
「いいよ」
イヴォラは素直に、被っていた帽子を差し出す。
帽子の下には、自分によく似た頼りなさげな赤い目と、金色に赤いメッシュの混ざった、癖っ毛の髪があった。
「……お母さんの、帽子やね」
「うん」
「……僕と、髪の色そっくりやね」
「うん」
「……なあ」
「なに?」
「……ゴメンな……」
フォコはイヴォラの手を取り、ボタボタと涙を流した。
»» 2011.11.05.
フォコの話、335話目。
寡のニコル3世。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
5.
「ゴメンな、ホンマ……! 僕がもっと早く、お母さんのこと見つけられたら……!」
「……」
泣き出したフォコを見て、イヴォラも顔をしかめ始めた。
「今更、どの面下げて来れるかっちゅうもんや……! 僕には、僕には……!」
「……泣いちゃいや」
イヴォラもぐずりながら、フォコの手からハンチングを取って被る。
「あたしは来てほしかったもん」
「え……?」
「ほんと言うとね、あたし、お母さんのこと、おぼえてないの。だからお父さんがいたらいいなって思ってたの」
「……」
「……ホコウさん。……お父さんって呼んでいい?」
「……ええよ」
イヴォラはフォコにしがみつき、泣き出した。
「うう、うえっ、うえっ……、ありがとう、お父さん、ぐすっ、……来てくれて、ひっく、うれしい」
「イヴォラちゃ、……イヴォラ」
フォコもイヴォラの背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。
フォコはイヴォラを連れ、鞄一つに収まってしまったティナの遺品と共に、皆のところに戻った。
「院長から事情は聴いたよ。……その子が?」
「ええ」
「連れて行くことにしたのかい?」
「この子も、それを望んでますしな」
ルシアンとペルシェは、イヴォラに向かって親しげに挨拶した。
「初めまして、イヴォラちゃん。お父さんの仕事仲間の、ルシアン・エールだ」
「あたしはペルシェ・ジョーヌ=エール。よろしくね」
「よろしく、ルシアンさん、ペルシェさん」
一方、ランニャは複雑な表情を浮かべている。
「……ランニャ」
「何?」
「……なんか、その」「何も言わないでくれるかな」
ランニャはフォコとイヴォラから背を向け、苛立たしげに促す。
「早く帰ろう」
「あ、ああ」
その後下山し、国境を越え、エール家屋敷に戻ってからもずっと、ランニャはフォコと、まともに口を利かなかった。
エール家屋敷に戻ったフォコは、何とかランニャと話そうと努力した。
「あの、ランニャ……」
「……」
だが話しかけても、ランニャはまるで応じようとしない。
「なあ、そんな邪険にせんといてって」
「うるさい」
何度声をかけても、ランニャは苛立たしげにフォコをにらむばかりで、一向に会話が成立しない。
「……言いたいことがあるんやったら、言うたらええやんか」
「無い」
「嘘言うなや、どう見ても文句ありますっちゅう顔しとるやん」
「してない。……フォコくん」
と、ようやくランニャの方から話しかけてきたかと思うと――。
「あたし、先に帰る」
「え」
「もう用は無さそうだし。帰って母さんの手伝いしないと」
「ランニャ……」
「明日の朝一番で、船に乗る。じゃあね、フォコくん。さよなら。見送りはいらない」
ランニャは淡々と言い放ち、自分の部屋に籠ってしまった。
「……」
扉越しに何か言おうかと思ったが、何の言葉も出てこない。
仕方なくフォコは、娘の待つ自分の部屋に戻った。
「はあ……」
「どうしたの?」
部屋に戻るなりため息をついたフォコに、イヴォラが不安そうな目を向けてくる。
「ん、……何でもないで」
「ほんとに?」
「まあ、大人の事情ってやつやから」
「……」
イヴォラの困る顔を見て、フォコは今一度、彼女が自分の娘なのだと確信していた。
(一緒やな。困っとる時、言葉がよお出て来いひん)
「……あ、あの」
「ん?」
「めいわく、……だったかな」
「あらへんて、そんなん。……さ、もう寝よか」
「……うん」
フォコは娘を優しく抱きかかえ、ベッドに入った。
(……ん……)
フォコは誰かに呼ばれたように感じ、うっすら目を開けた。
《やっと起きよったか。えらいお疲れさんやなぁ、自分》
「……ッ!?」
目を開けると、そこにはかつて失意に溺れていたフォコを叱咤激励した、あの神々しくもけばけばしい、狐獣人の女性がいた。

「かっ、開祖様!」
《そんな堅っ苦しい呼び方せんでええて。気楽に『エリザさん』でええがな》
「あ、す、すんまへん、エリザさん!」
と、ぺこぺこと頭を下げるフォコの背後から、イヴォラの声が聞こえてきた。
「だあれ……?」
《わー、この子がアンタの娘ちゃんかー、かっわええなー》
エリザは喜色満面で、イヴォラに近付いて頬ずりする。
「な、なに? 苦しいよ、おばちゃん」
《あーゴメンなぁ、アタシ昔っから、『猫』の子がえらい好きでなー。
……て、言うてる場合とちゃうかったな》
エリザはイヴォラから離れ、フォコをビシ、と指差した。
《アンタはコレから、どないする気や?》
寡のニコル3世。
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5.
「ゴメンな、ホンマ……! 僕がもっと早く、お母さんのこと見つけられたら……!」
「……」
泣き出したフォコを見て、イヴォラも顔をしかめ始めた。
「今更、どの面下げて来れるかっちゅうもんや……! 僕には、僕には……!」
「……泣いちゃいや」
イヴォラもぐずりながら、フォコの手からハンチングを取って被る。
「あたしは来てほしかったもん」
「え……?」
「ほんと言うとね、あたし、お母さんのこと、おぼえてないの。だからお父さんがいたらいいなって思ってたの」
「……」
「……ホコウさん。……お父さんって呼んでいい?」
「……ええよ」
イヴォラはフォコにしがみつき、泣き出した。
「うう、うえっ、うえっ……、ありがとう、お父さん、ぐすっ、……来てくれて、ひっく、うれしい」
「イヴォラちゃ、……イヴォラ」
フォコもイヴォラの背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。
フォコはイヴォラを連れ、鞄一つに収まってしまったティナの遺品と共に、皆のところに戻った。
「院長から事情は聴いたよ。……その子が?」
「ええ」
「連れて行くことにしたのかい?」
「この子も、それを望んでますしな」
ルシアンとペルシェは、イヴォラに向かって親しげに挨拶した。
「初めまして、イヴォラちゃん。お父さんの仕事仲間の、ルシアン・エールだ」
「あたしはペルシェ・ジョーヌ=エール。よろしくね」
「よろしく、ルシアンさん、ペルシェさん」
一方、ランニャは複雑な表情を浮かべている。
「……ランニャ」
「何?」
「……なんか、その」「何も言わないでくれるかな」
ランニャはフォコとイヴォラから背を向け、苛立たしげに促す。
「早く帰ろう」
「あ、ああ」
その後下山し、国境を越え、エール家屋敷に戻ってからもずっと、ランニャはフォコと、まともに口を利かなかった。
エール家屋敷に戻ったフォコは、何とかランニャと話そうと努力した。
「あの、ランニャ……」
「……」
だが話しかけても、ランニャはまるで応じようとしない。
「なあ、そんな邪険にせんといてって」
「うるさい」
何度声をかけても、ランニャは苛立たしげにフォコをにらむばかりで、一向に会話が成立しない。
「……言いたいことがあるんやったら、言うたらええやんか」
「無い」
「嘘言うなや、どう見ても文句ありますっちゅう顔しとるやん」
「してない。……フォコくん」
と、ようやくランニャの方から話しかけてきたかと思うと――。
「あたし、先に帰る」
「え」
「もう用は無さそうだし。帰って母さんの手伝いしないと」
「ランニャ……」
「明日の朝一番で、船に乗る。じゃあね、フォコくん。さよなら。見送りはいらない」
ランニャは淡々と言い放ち、自分の部屋に籠ってしまった。
「……」
扉越しに何か言おうかと思ったが、何の言葉も出てこない。
仕方なくフォコは、娘の待つ自分の部屋に戻った。
「はあ……」
「どうしたの?」
部屋に戻るなりため息をついたフォコに、イヴォラが不安そうな目を向けてくる。
「ん、……何でもないで」
「ほんとに?」
「まあ、大人の事情ってやつやから」
「……」
イヴォラの困る顔を見て、フォコは今一度、彼女が自分の娘なのだと確信していた。
(一緒やな。困っとる時、言葉がよお出て来いひん)
「……あ、あの」
「ん?」
「めいわく、……だったかな」
「あらへんて、そんなん。……さ、もう寝よか」
「……うん」
フォコは娘を優しく抱きかかえ、ベッドに入った。
(……ん……)
フォコは誰かに呼ばれたように感じ、うっすら目を開けた。
《やっと起きよったか。えらいお疲れさんやなぁ、自分》
「……ッ!?」
目を開けると、そこにはかつて失意に溺れていたフォコを叱咤激励した、あの神々しくもけばけばしい、狐獣人の女性がいた。

「かっ、開祖様!」
《そんな堅っ苦しい呼び方せんでええて。気楽に『エリザさん』でええがな》
「あ、す、すんまへん、エリザさん!」
と、ぺこぺこと頭を下げるフォコの背後から、イヴォラの声が聞こえてきた。
「だあれ……?」
《わー、この子がアンタの娘ちゃんかー、かっわええなー》
エリザは喜色満面で、イヴォラに近付いて頬ずりする。
「な、なに? 苦しいよ、おばちゃん」
《あーゴメンなぁ、アタシ昔っから、『猫』の子がえらい好きでなー。
……て、言うてる場合とちゃうかったな》
エリザはイヴォラから離れ、フォコをビシ、と指差した。
《アンタはコレから、どないする気や?》
»» 2011.11.06.
»» 2011.11.07.
フォコの話、337話目。
大声一杯の謝罪、……と。
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7.
朝の5時少し前。
始発便は出航の準備を終え、港を離れようとしていた。
「……」
ランニャは船員が舫い綱を解く様子を、甲板からぼんやりと眺めていた。
「……」
時折、市街地につながる道へ目を向けるが、まだ朝市も完全には立っておらず、街は静まり返っている。
「……ばかやろ……」
これ以上、船に人が乗り込む様子も無く、ランニャはがっかりとした表情で手すりに背を向け、三角座りでもたれかかる。
「……ばか……」
ランニャは膝に顔を埋め、ぼそぼそとつぶやく。
「……ううん……バカはあたしだよな……」
ランニャは頭を抱えたまま、グスグスと鼻を鳴らしていた。
その時だった。
「ゴメン!」
港中に、フォコの声が響き渡った。
「……え、っ?」
ランニャは顔を挙げ、港に顔を向ける。
「……ふぉ、フォコくん!?」
「ホンマにゴメン! 成り行きとは言え、勝手に子供連れてきたこと、誠心誠意、謝るから!」
港の淵で、フォコがランニャに向かって土下座している様子が、ランニャの視界に入った。
「……っ、見送りに、来なくていいって、言ったじゃないか」
「それもゴメン! 見送りとちゃうねん!」
「は!?」
フォコはがばっと立ち上がり、大声で叫んだ。
「君を、迎えに来た!」
「あたしを、迎えに?」
きょとんとするランニャの耳に、さらにフォコの叫び声が届く。
「こんなん言えた義理やないっちゅうのんは、分かってる! 分かってるけども、言わずにおれへんから、思い切って言うてしまうわ!
ランニャ、どうか僕のところに、来てくれへんやろか!?」
「来て、……って」
思わず、ランニャは手すりから身を乗り出す。
「ソレ、……ソレって、もしかして、……そのっ」
「そうや! 僕と、結婚してくれへんか!?」
「なっ」
この言葉に、ランニャの顔は真っ赤に染まった。
「この通りや! お願いします!」
もう一度、深々と頭を下げたフォコに、ランニャは口をぱくぱくと震わせることしかできないでいる。
「あ、そ、その、え、や、ちょ、……きゃっ!?」
あまりに狼狽していたために、ランニャは手すりから落っこちてしまった。
「わ、わわわっ!?」
それを見たフォコは、慌てて港から海へと飛び込んだ。

「……ぷはっ!」
フォコは海中に潜り、船から落ちたランニャをがっしりと抱きしめ、浮上した。
「げほ、げほっ」
「だ、大丈夫か、ランニャ?」
「……もお! ビックリさせるからだよ!」
ランニャは抱きかかえられたまま、フォコにがなり立てた。
「恥ずかしいコトし過ぎだ! 朝とは言え、なんで大声であんなコト言うんだよ!? 顔から火が出るかと思った!
それからあたし、君のパートナーずっとやってきたじゃないか! 子供を引き取るくらい重要なコト、なんで相談しない!? してくれよ、ちゃんと!
この際だ、まだまだ言うコトある! いっつもいっつも、あたしを邪険にして! あたしの気持ちに気付いておいて、なんでそんな、ヤな態度執るんだよ!? もっと優しくしてよ、あたしに!
それから! 君はホントに、本っ当に! 自分勝手過ぎるんだ! 遠ざけたりウザがったりしたと思えば、今度は結婚してくれ!? あたしに対して、あんまりにも自分の都合をべったべった押し付けてばっかり! あたしの気持ちも都合も何もかも、無視しまくりじゃないか!
あたしの話、ちょっとくらいは聞いてくれてもいいだろ!?」
「ご、ゴメン、ホンマにゴメン」
「……条件、3つ付けるよ」
「えっ?」
ランニャはフォコから離れ、海に浮かんだままで、フォコを指差した。
「一つ、今後はあたしの意見をちゃんと聞く。あたしにちゃんと相談する。守れる?」
「う、うん。よほど的外れやなかったら聞く」
「一つ、コレから目一杯忙しくなるし、そうそう構ってらんないだろうけど、あたしにもイヴォラちゃんにも、八つ当たりなんかするなよ? アレ、マジで嫌な気持ちになるんだからな」
「き、気を付けます」
「それから最後に!」
ランニャはフォコに抱きつき、強く口付けした。
「ん……っ」
唇を離したランニャの顔は、真っ赤になっていた。
「幸せにしてよ? してくれないと、マジぶん殴るからな」
「……それは絶対、約束するわ」
ボタボタと海水を滴らせながら港に戻ったところで、ランニャは「あっ」と声を上げた。
「しまった、船にあたしの荷物置いてきちゃった!」
「え? ……うわぁ」
既に船は沖の方にあり、到底追いつけそうにはない。
「どうしよ、フォコくん」
「どないしよかな……。あれってジョーヌ海運の船?」
「だったと思うけど」
「ほな、後でルシアンさんから連絡入れてもろて……」「……あ、えーとね」
と、二人の背後から、申し訳なさそうな声がかかった。
「ん?」
「これ、君のだよね。騒いでたみたいだし、一応持ってきたんだけど」
振り向くと、帽子を深くかぶった金髪の狼獣人が、ランニャの荷物を持って立っていた。
「あっ! すみません、ありが……」「ちょっと待ち、ランニャ」
そこでフォコは、その「狼」をにらみつけた。
「な、何かな? ち、ちなみに私は、えーと、ただの通りすがりの旅人だから、その、気にしないでくれ」
「……シロッコさんやろ。帽子被っても、モロバレですがな」
その言葉に、ランニャも「狼」も硬直する。
「マジで? ……うわ、マジだ」
フォコとランニャ、二人ににらまれ、シロッコはランニャの荷物を置いて、そろそろと後ずさりし始めた。
「あのね、なんで僕がいるかって言うとね、その、まあ、こっちでも仕事やってて、まあ、一段落したから、ちょっと他のところに行こうかなって、うん、そうしようかなってところだったんだ。そしたらまあ、僕もちょっとね、あの、忘れ物と言うか、最後に食べて行きたいなってものがあったから、やっぱり、ね、食べてから行こうかなと思って、ね、それで、降りようとしたところで、あれだ、ホコウくんと、その、ランニャが、あの、騒いでるのを見て、ああ、これは荷物を下ろしといた方がいいな、って、その、なんだ、気を利かして、いや、利かしたつもりなんだけども、……とにかくおめでとう」
「……フォコくん」「うん」
フォコとランニャは同時に、シロッコへとパンチを見舞った。
大声一杯の謝罪、……と。
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7.
朝の5時少し前。
始発便は出航の準備を終え、港を離れようとしていた。
「……」
ランニャは船員が舫い綱を解く様子を、甲板からぼんやりと眺めていた。
「……」
時折、市街地につながる道へ目を向けるが、まだ朝市も完全には立っておらず、街は静まり返っている。
「……ばかやろ……」
これ以上、船に人が乗り込む様子も無く、ランニャはがっかりとした表情で手すりに背を向け、三角座りでもたれかかる。
「……ばか……」
ランニャは膝に顔を埋め、ぼそぼそとつぶやく。
「……ううん……バカはあたしだよな……」
ランニャは頭を抱えたまま、グスグスと鼻を鳴らしていた。
その時だった。
「ゴメン!」
港中に、フォコの声が響き渡った。
「……え、っ?」
ランニャは顔を挙げ、港に顔を向ける。
「……ふぉ、フォコくん!?」
「ホンマにゴメン! 成り行きとは言え、勝手に子供連れてきたこと、誠心誠意、謝るから!」
港の淵で、フォコがランニャに向かって土下座している様子が、ランニャの視界に入った。
「……っ、見送りに、来なくていいって、言ったじゃないか」
「それもゴメン! 見送りとちゃうねん!」
「は!?」
フォコはがばっと立ち上がり、大声で叫んだ。
「君を、迎えに来た!」
「あたしを、迎えに?」
きょとんとするランニャの耳に、さらにフォコの叫び声が届く。
「こんなん言えた義理やないっちゅうのんは、分かってる! 分かってるけども、言わずにおれへんから、思い切って言うてしまうわ!
ランニャ、どうか僕のところに、来てくれへんやろか!?」
「来て、……って」
思わず、ランニャは手すりから身を乗り出す。
「ソレ、……ソレって、もしかして、……そのっ」
「そうや! 僕と、結婚してくれへんか!?」
「なっ」
この言葉に、ランニャの顔は真っ赤に染まった。
「この通りや! お願いします!」
もう一度、深々と頭を下げたフォコに、ランニャは口をぱくぱくと震わせることしかできないでいる。
「あ、そ、その、え、や、ちょ、……きゃっ!?」
あまりに狼狽していたために、ランニャは手すりから落っこちてしまった。
「わ、わわわっ!?」
それを見たフォコは、慌てて港から海へと飛び込んだ。

「……ぷはっ!」
フォコは海中に潜り、船から落ちたランニャをがっしりと抱きしめ、浮上した。
「げほ、げほっ」
「だ、大丈夫か、ランニャ?」
「……もお! ビックリさせるからだよ!」
ランニャは抱きかかえられたまま、フォコにがなり立てた。
「恥ずかしいコトし過ぎだ! 朝とは言え、なんで大声であんなコト言うんだよ!? 顔から火が出るかと思った!
それからあたし、君のパートナーずっとやってきたじゃないか! 子供を引き取るくらい重要なコト、なんで相談しない!? してくれよ、ちゃんと!
この際だ、まだまだ言うコトある! いっつもいっつも、あたしを邪険にして! あたしの気持ちに気付いておいて、なんでそんな、ヤな態度執るんだよ!? もっと優しくしてよ、あたしに!
それから! 君はホントに、本っ当に! 自分勝手過ぎるんだ! 遠ざけたりウザがったりしたと思えば、今度は結婚してくれ!? あたしに対して、あんまりにも自分の都合をべったべった押し付けてばっかり! あたしの気持ちも都合も何もかも、無視しまくりじゃないか!
あたしの話、ちょっとくらいは聞いてくれてもいいだろ!?」
「ご、ゴメン、ホンマにゴメン」
「……条件、3つ付けるよ」
「えっ?」
ランニャはフォコから離れ、海に浮かんだままで、フォコを指差した。
「一つ、今後はあたしの意見をちゃんと聞く。あたしにちゃんと相談する。守れる?」
「う、うん。よほど的外れやなかったら聞く」
「一つ、コレから目一杯忙しくなるし、そうそう構ってらんないだろうけど、あたしにもイヴォラちゃんにも、八つ当たりなんかするなよ? アレ、マジで嫌な気持ちになるんだからな」
「き、気を付けます」
「それから最後に!」
ランニャはフォコに抱きつき、強く口付けした。
「ん……っ」
唇を離したランニャの顔は、真っ赤になっていた。
「幸せにしてよ? してくれないと、マジぶん殴るからな」
「……それは絶対、約束するわ」
ボタボタと海水を滴らせながら港に戻ったところで、ランニャは「あっ」と声を上げた。
「しまった、船にあたしの荷物置いてきちゃった!」
「え? ……うわぁ」
既に船は沖の方にあり、到底追いつけそうにはない。
「どうしよ、フォコくん」
「どないしよかな……。あれってジョーヌ海運の船?」
「だったと思うけど」
「ほな、後でルシアンさんから連絡入れてもろて……」「……あ、えーとね」
と、二人の背後から、申し訳なさそうな声がかかった。
「ん?」
「これ、君のだよね。騒いでたみたいだし、一応持ってきたんだけど」
振り向くと、帽子を深くかぶった金髪の狼獣人が、ランニャの荷物を持って立っていた。
「あっ! すみません、ありが……」「ちょっと待ち、ランニャ」
そこでフォコは、その「狼」をにらみつけた。
「な、何かな? ち、ちなみに私は、えーと、ただの通りすがりの旅人だから、その、気にしないでくれ」
「……シロッコさんやろ。帽子被っても、モロバレですがな」
その言葉に、ランニャも「狼」も硬直する。
「マジで? ……うわ、マジだ」
フォコとランニャ、二人ににらまれ、シロッコはランニャの荷物を置いて、そろそろと後ずさりし始めた。
「あのね、なんで僕がいるかって言うとね、その、まあ、こっちでも仕事やってて、まあ、一段落したから、ちょっと他のところに行こうかなって、うん、そうしようかなってところだったんだ。そしたらまあ、僕もちょっとね、あの、忘れ物と言うか、最後に食べて行きたいなってものがあったから、やっぱり、ね、食べてから行こうかなと思って、ね、それで、降りようとしたところで、あれだ、ホコウくんと、その、ランニャが、あの、騒いでるのを見て、ああ、これは荷物を下ろしといた方がいいな、って、その、なんだ、気を利かして、いや、利かしたつもりなんだけども、……とにかくおめでとう」
「……フォコくん」「うん」
フォコとランニャは同時に、シロッコへとパンチを見舞った。
»» 2011.11.08.
»» 2011.11.09.