黄輪雑貨本店 新館

火紅狐 第6部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    フォコの話、254話目。
    兎の邦に来た狐。

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    1.
    「はあ……、と」
     その日の仕事を終え、その兎獣人の男は道端に腰を下ろした。
    「……」
     その視線の先には大きな、しかし閉鎖され、荒れ果てた商店が構えている。
    「……」
     懐から煙草を取り出し、火を点けようとして、マッチを持っていないことに気付く。
    「……何だかな」
     火の点いていない煙草を口から離し、忌々しげに捨てようとした。
     と――。
    「火、いります?」
    「え?」
     背後から、声がかけられる。
    「あ、う、うん。ありがとう」
    「ほい、と」
     男は魔術で火を点けてくれた、親切な狐獣人の男に、小さく会釈する。
    「ふう……。やっぱり仕事終わりの一服はいい。ほっとする」
    「そんなもんですかね。ああ、僕、煙草吸わへんので、よう分からへんのですけども」
     その「狐」は、わりと流暢に西方語を話している。だが、各所に妙な訛りがあり、それが男の興味を惹いた。
    「……西方語、うまいね。どこで学んだの?」
    「南海の、ちょっと大きな造船所で」
    「へぇ。南海でも西方語使うんだね」
    「ウチんとこ、語学教育に結構、力入れてはりましたから」
     その狐獣人は、ひょいと男の横に座り込んだ。だが、特になれなれしいと感じることも無く、男には彼の行為が、至極自然なものに感じられた。
     だから男も自然に、質問を投げかけようかと言う気になる。
    「何てところ?」
    「うーん……、もうとっくに無くなったところですし、言うても知らんかもです」
    「そっか。南海も、色々あったみたいだからね。僕の妹も南海で働いてたんだけど、色々あって戻ってきたんだ」
    「へぇ」
    「でも、……うーん、南海の人には悪いけど、その余波って言うか、特需が発生したみたいでね。最近、こっちの景気がぐんぐん良くなってきてるんだ。
     僕もここ数年、まともな職に就けてなかったんだけど、最近ようやく、荷物運びの仕事が見つかったんだ。50近い身にはきついけど、仕事があるだけまし、……かな」
    「……せやけど、あの店は一向に取り返せへん、っちゅうことですか?」
     「狐」の言葉に、男はびく、と身を震わせた。
    「見てたら分かりますよ。座り込んでから煙草くわえるまでに、ためいき3回。僕と話しながら、チラチラ見ること6回。
     あそこ、元はあなたの店やったんでしょ」
    「……ちょっと違うかな。僕の、父の店だった。
     僕の父は、かつて西方三大商家の一角を担っていたんだけど、亡くなってからが大変でね。中央からの商人が出張ってきて、その『大三角形』潰しにかかったんだ。
     それがもう、ちょっとした戦争みたいになっちゃってね。結局僕たちの家は莫大な借金を背負わされ、他の二つともこれ以上ないくらい、関係が悪くなった。
     結局、一家はバラバラ。どこにも助けてもらえず、僕も、僕の兄弟も、離散しちゃったんだ。で、今はこうして細々と暮らしてるってわけさ」
    「……ふむ、間違いなさそうですな」
     と、「狐」は嬉しそうな顔をした。
    「間違いないって、一体何のことかな」
    「ずっと探してましたで、エールさん」
    「僕を?」
    「もしかしたらこっちに来はるんちゃうかなと思って、来てみた甲斐がありました。まあ、狙った相手とは違いましたけども」
    「狙った相手って?」
    「サザリー・エール。央南で一国を潰し、大規模な恐慌を引き起こした奴ですわ。知ってはりますでしょ?」
     「狐」の問いに、男は黙り込んだ。
    「……弟だ。誠意を持たない奴で、残念ながらあまり、商人向きじゃなかった。……本当に、そんなことを?」
     問い返され、「狐」はこくりとうなずいた。
    「そしてもう一つ、罪を犯してるんです。
     子供を2名、誘拐してるんですよ。フタバ・セイと、ミツモリ・セイって姉弟を」
    「そんなことまで? あの、その話、もっと詳しく……」
     男は煙草を消し、「狐」に続けて質問した。
     だが、「狐」は立ち上がり、男に手を差し伸べる。
    「話はもうちょっと、落ち着けるところでしましょか。……あ、と。自己紹介が遅れました。
     僕の名前は、ホコウ。火紅・ソレイユです」
    火紅狐・落兎記 1
    »»  2011.07.17.
    フォコの話、255話目。
    まだ金火狐は名乗れないから。

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    2.
     フォコは西方でも依然、自分のことを「火紅・ソレイユ」と名乗っていた。
     それには2つの理由がある。一つは、相手に警戒させないため。今や、「ゴールドマン」と言う名はケネスのせいで悪名高いものとなっており、既に央中においては忌避・差別の対象となっている。
     そんな時勢で簡単に「ゴールドマン」の姓を名乗っては、ろくに話もできずに追い払われる可能性も濃い。そのため、フォコは今もこの名を名乗り続けているのだ。

     そしてもう一つは、かつての仲間――ジョーヌ海運特別造船所のメンバーがこの名を聞き、自分の元へやって来てくれないかと言う期待からである。
     しかし西方に来て1週間が過ぎ、ここ、セラーパークを訪れても、一向に仲間についての情報は集まらなかった。

     この日までは。



    「ほな、改めて自己紹介の方、お願いします」
     フォコに促され、彼はフォコの仲間たちに自己紹介した。
    「あ、はい。僕の名前は、ルシアン・エール。エール商会の先代当主、セブス・エールの長男だ。……今はただの、運び屋のおじさんだけど」
     それを受けて、仲間たちも名乗る。
    「僕はランド・ファスタ。北方ジーン王国の、戦略研究室室長だ」
    「あたしはその妹のランニャ・ネール。ネール職人組合の一員さ」
    「あ、えっと、わたしは南海の、ベール王国の王族で、マフシード・キアン・ベールと申します」
    「ファン・ロックスと申します。西方と南海で商売をしております」
    「あたしはイール・サンドラ。ランドと同じく、ジーン王国から来たわ」
    「右に同じ。レブ・ギジュンだ」
    「克大火」
    「ふっふっふ、私がかの有名な賢者、モー……」「ま、こんなところですね」「ちょ、ちょいちょい待ちなって、まだ私名乗って……」
     大仰な自己紹介をしようとしたモールを抑えつつ、フォコは本題を切り出した。
    「それでルシアンさん、弟さんの話なんですけども」
    「あ、うん」
     憮然とした顔のモールをチラチラと横目で見つつ、ルシアンは話題に乗った。
    「国家転覆に、数十億を超える債権の踏み倒し、加えて誘拐か……。サザリーは頭がおかしくなってしまったんだろうか。そこまでの重罪を重ねるなんて」
    「弟さんとは、今は交流は?」
     フォコの問いに、ルシアンは済まなさそうに首を振る。
    「残念ながら、無い。と言うか、4年か、5年ほど、彼は央南にいたそうだし、交流って言うのは、ちょっと」
    「あ、そうですよね」
    「でも、すぐ下の弟のミシェルなら何か知ってるかもしれないな。まあ、こっちも交流は無いんだけど」
    「どちらにいてはります?」
    「この街の外れに、屋敷があるんだ。僕の記憶に間違いがなければ、多分まだそこにいるはずだよ」
     その話に、ランニャが首をかしげる。
    「ルシアンさんは、屋敷には住んでないの?」
    「……うん、まあ。仲違いと言うか、出入り禁止を食らってね。家督も遺産も、1クラムももらえず、さ」
    「なんでまた……?」
    「まあ、……ちょっと商売で、しくじったんだ。時価300億クラムほど損害を出してしまってね、その責任を取る形で勘当された」
    「うわぁ……」
    「まあ、……あ、いや」
     ルシアンは何かを言いかけて、小さく首を振る。
    「(ともかく)、僕は案内しかできないよ。敷地内には絶対入るなって言われてるからね」
    「はい?」「え?」
    「だから、勘当されたから……」「いえ、あの」
     と、マフスが手を挙げる。
    「(ともかく)、と仰いましたが、南海語をご存じなのですか?」
    「え? あ、これ、南海語だったんだ」
     そう返したルシアンに、フォコは直感的に、あることを感じ取った。
    「妹さんが南海から戻ってきた、ちゅうてましたね?」
    「ああ、うん。(ともかく)って言うの、妹の口癖なんだ。
     妹の死んだ旦那さんの口癖で、いつの間にかうつっちゃったんだって。姪たちも(ともかく)(ともかく)って言ってたから、僕にもうつっちゃったみたいだな」
    「……姪御さん、もしかして『兎』の三つ子とちゃいます?」
    「え? 何で分かったの?」
     その返答に、フォコはガタン、と椅子を倒して立ち上がった。
    「すみません、ルシアンさん。家の方に、案内していただけませんか?
     あ、ご実家の方やなくて、今あなたが妹さんと住んではる家の方に」
    火紅狐・落兎記 2
    »»  2011.07.18.
    フォコの話、256話目。
    懐かしい再会。

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    3.
     フォコはルシアンを急かし、彼の家に案内してもらった。
    「ここが僕の家だけど……」
     ルシアンの家は、ひどく色あせたボロ家だった。
    「ちょっと、呼んでもろてええですか? 火紅と言えば分かると思います」
    「ああ」
     ルシアンは玄関を開け、奥に声をかける。
    「プラチナ、ただいま。君にお客さんが来てるんだけど」
    「……お客さん?」
     奥から、フォコにとって非常に懐かしい声が返ってきた。
    「ホコウさん、と言えば分かるって……」
    「……なんですって?」
     驚いた声と共に、奥からドスドスとした足音がやってきた。
    「……ウソ、え、……本当に、ホコウくんなの!?」
    「ご無沙汰してました、おかみさん」
     フォコは深々と頭を下げ、実に8年ぶりとなる「おかみさん」――ルーテシア・ジョーヌとの再会を果たした。

     フォコは奥に通され、そこで改めて、ルーと会話を交わした。
    「びっくりしましたで、ホンマに。まさかおかみさん、エール家の人やったとは思いませんでした」
    「ごめんね、事情があって隠してたのよ。
     そう、わたしの本名は、プラチナ・エール。エール四兄妹の、末っ子。でも若い頃あの人に惹かれて、どうしてもあの人にお金を貸してあげてって、お父さんに頼んだの。
     だけど西方三大商会、『大三角形』のメンツもあったし、よそから来た夫にそう簡単には出資できなかった。そこでわたしが考えたのが、……既成事実」
    「は、はは……」
     兄のルシアンが、苦い顔をする。
    「『もう結婚しちゃったの。だからこの人も、エール家の一員になったのよ』って言ったら、流石のお父さんも引っくり返っちゃった」
    「そらそうですよ。僕かて同じ目に遭うたらそら、ズッコケますて」
     今はもう、ふっくらと丸くなっており、聖母の如く優しげな印象を醸し出しているルーの激白に、フォコも面食らっていた。
    「で、出資してもらうのには成功したんだけど、代わりの条件が二つ。
     わたしが勘当され、エール家の家督継承権を失うこと。それと、最低10年は西方を離れること。
     大商人としての父さんのメンツを大事にした結果ではあるけど、……それでもかなり出資してくれたし、感謝してるわ」
     と、ここでフォコがあることに気付く。
    「あ、そう言えば娘さんたちはどこに?」
    「みんな2、3年前に自立したわよ。リモナは早々に結婚して、今は子供が一人。プルーネは商売を始めたけど、まだ軌道には乗ってないらしいわ。
     あ、そうそう。ペルシェなんだけどね、モーリスさんに弟子入りしたのよ」
    「モーリスさんに?」
     思いも寄らない話に、フォコはまた驚かされた。
    「モーリスさん、こっちでも船の設計事務所を建てたんだけど、そこそこうまく行ってるみたいよ。
     まあ、みんな今のところ、最近の好景気でそこそこ儲けてるみたい。わたしも近くのパン屋で働いてるし」
    「……その好景気なんですけども」

     ルーはフォコから、サザリーが央南で起こした事件を伝えられ、目を丸くした。
    「じゃあ、今の好景気って、央中・央南が恐慌になったからなのね」
    「シーソーみたいなもんですわ。向こうが沈んだ分、余った需要がこっちで満たされて、浮き上がってるんです」
    「あらあら、そう聞いちゃうと、素直に喜べないわねぇ」
     年を経ても、ルーは相変わらずおっとりとして見える。
    「そんなわけで、僕たちはサザリーさんを探してるんですわ。恐慌脱出の鍵は、彼が握っとるんですし」
    「なるほどねぇ」



     久々の再会を果たした後、フォコはランドと大火を伴い、ルシアンとルーとの案内で、セラーパーク郊外の屋敷に着いた。
    「ここが僕たちの実家だけど、……思ってた以上にボロボロだなぁ」
     屋敷は荒れ果て、庭には枯れ木とゴミが溜まっている。窓も何枚か割れており、ガラスの代わりに板が張られていた。
    「……ホンマにここ、人が住んでます?」
    「住んでると思うよ。ほら」
     と、ランドが窓の一つを指差す。
    「あ」
     窓の向こうには、しかめっ面をした兎獣人の男が、こちらを眺めているのが見えた。
    火紅狐・落兎記 3
    »»  2011.07.19.
    フォコの話、257話目。
    落ちぶれた大商家。

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    4.
     フォコたちはルーとルシアンを門前で待たせ、屋敷へと足を踏み入れた。
     と、その瞬間。
    「帰ってくれ! 誰も来るんじゃない!」
     屋敷の方から、非常に嫌気に満ちた怒鳴り声が飛んでくる。
    「あれが……?」
     振り返って尋ねたフォコに、ルシアンがうなずいて見せる。
    「ああ。すぐ下の弟、ミシェル・エールだ」
    「どうも」
     フォコは屋敷に向き直り、ミシェルに向かって声をかける。
    「突然失礼します、エール卿! 僕らは……」「帰れ!」
     屋敷の窓から花瓶が投げられ、フォコのすぐ前でガシャン、と音を立てて割れる。
    「おわっ!?」
    「それ以上足を踏み入れたら、今度は椅子を投げるぞ! さあ帰れ! 帰ってくれ!」
    「……なんなんですか、あれ」
    「よほど、人を避けたいみたいだね」
    「どうします?」
     フォコとランドは短く相談し、結論を出す。
    「行くしかないだろ」
    「そうですな」
     二人はわめき散らすミシェルに構わず、屋敷へと進む。
    「まだ帰らないのか! 帰れと言っただろう! くそッ!」
     ミシェルは予告通り、今度は椅子を投げてきた。が――。
    「『マジックシールド』」
     大火の術により、椅子は三人の頭上で弾かれた。
    「あっ、……くそ、くそ、くそッ! 何度言えば分かる!? 入るな! 入るなーッ!」
     なおもわめき続けるミシェルを一瞥し、フォコたちはそのまま屋敷へと入った。

     屋敷内も、外と変わらず荒れ果てていた。
    「ひどい有様ですな。ほんまに金、無いんでしょうな」
    「だろうね。……うーん?」
     と、ランドが廊下に積もったほこりを見て、疑念のこもった声を挙げる。
    「足跡は一つ、か」
    「え?」
    「ここには彼しか住んでないらしい。少なくともここ数年は」
    「ほな、サザリーもいてないでしょうね」
    「みたいだね。……まあ、聞くだけ聞いてみよう」
     と、屋敷の主が顔を真っ赤にして、二階から降りてきた。
    「出て行けと言っただろう! 耳が聞こえないのか!」
    「十分聞こえてます。やかましいくらいですわ。
     と、自己紹介させていただきます。僕は火紅・ソレイユと申します。北方キルシュ流通大番頭兼、南海ロクミン大商会主任顧問をしております」
    「そんな大層な肩書の人間が、私などに何の用があると言うのだ!? 投機でも勧めに来たのか!? それとも詐欺商法か!? 生憎だな、私は一銭も持ってないぞ!」
     どうやら相当に苛立っているらしく、ミシェルは手にした燭台を振り上げようとする。
    「ちょ、落ち着いてくださいて! ちょっと人探ししてるだけなんですて!」
    「人だと? 私は何も知らん! 帰れ!」
    「話聞いてくださいって、もう」
    「知るかッ! とっとと……」
    「……タイカさん、この人落ち着かせる術とかありません?」
    「ある」
     大火は短く呪文を唱え、術を放った。
    「『ネットバインド』」
     ひゅん、と風を切り、ミシェルの両手両足に糸状の何かが絡みつく。
    「なっ、なんだ!?」
    「宙吊りにすれば、大人しくもなるだろう」
     まるで蜘蛛の巣に絡め取られた虫のように、ミシェルは一瞬のうちに拘束され、天井からぶらぶらと吊り下げられた。
    「ほな、落ち着いて話の方、させていただきますで」
    「……」
     憮然とするミシェルに、フォコは質問をぶつけた。
    「あなたの弟さん、サザリー・エールさんに、ここ最近会いました?」
    「……会ってない」
    「ここ最近、連絡を取ったことは?」
    「無い」
     ミシェルがそう答えたところで、大火がつぶやいた。
    「嘘だな」
    「……っ、何を根拠に!」
    「オーラ、……と言ってもお前たちには見えんか。
     まあ、別に根拠を挙げるとするなら、その髪型だな」
     言われて見てみると、確かに先程まで何かを巻いていたように、妙にぺったりした部分がある。
    「『魔術頭巾』で会話していたな?」
    「な、何のことだか」
     ミシェルはとぼけてみせたが、大火は追及を止めない。
    「ランド、恐らく2階にあるはずだ。取って来てくれ」
    「分かった」
    「恐らくは、こいつの使っている机かどこかにあるだろう」
    「うん、見てくる」
     少しして、ランドが「頭巾」を手に戻ってくる。
    「これ?」
    「ああ、それだ」
    「これだけで相手が分かるもんなの?」
    「俺にかかれば造作もない」
     大火は「頭巾」を受け取り、ぼそ、と何かを唱えた。
    「……なるほど。ここから北東、国境沿いの、川の上流に小屋があるのか」
    「な、何故それを、……う、う」
     うっかり口を滑らせ、語るに落ちたミシェルは、うなだれるしかなくなる。
    「そこに、サザリーがいるんですな?」
    「……ああ。いた」
    「いた?」
     聞き返したフォコに、ミシェルは力なく笑った。
    「私のツテから逃走資金を得て、とっくにそこから逃げているよ。『頭巾』もそこに捨てているだろう。
     そこから先は、私も知らん。あいつの勝手に任せている」
    「ツテって、どこです?」
    「スパス産業だ。南海での失敗で経営縮小したものの、私たちより金を持っているからな」
    「……そうでしたな、ここはあいつの故郷。南海から叩き出したんですし、こっちに来るしかないですわな、そら」
     それを聞いて、ミシェルは「あ……」と声を挙げた。
    「なんです?」
    「君は確か、ロクミン大商会の関係者と言っていたな?」
    「はい」
    「聞いた話だが……、以前そこは、ロクシルムと言う名前ではなかったか?」
    「ええ、そうですよ」
     そこでミシェルは黙り込み、またうなだれた。
    「……何か?」
    「……そうか……。君たちが、南海のヒーロー、か」
    「はい?」
    「私から話すことはもう、本当に無い。……帰ってくれ」
    「……ええ、失礼します」
     フォコたちはミシェルの縄を解いてやり、そのまま屋敷を後にした。
    火紅狐・落兎記 4
    »»  2011.07.20.
    フォコの話、258話目。
    西方大三角形。

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    5.
     手がかりを失ったフォコたちは、今後の作戦を検討し直すことにした。
    「ホンマにこのままでは、雲をつかむような話になってきますで」
    「確かに。西方もそう狭い土地ではありませんし、もしもこの国を出られたら、どうしようもなくなります」
    「と言うと?」
     ファンは机上に西方大陸の地図を置き、ペンで国境線を強調する。
    「今私たちがいるのがこの西方東部、マチェレ王国なんですが、この西方大陸は南海地域のように、多数の国家がひしめき合っており、その上仲も良くない。好戦的な気風があるんですな。
     ですので国境を越えるには、いくつもの審査や制限がかかります。もし国境を越えられた場合、我々がサザリー氏を追うことは、非常に困難になるでしょうな」
    「しかし逆を返せば、彼も国境を越えることは難しいわけでしょう? その線はあまり考えなくても大丈夫なのでは?」
     マフスの意見に、ファンは苦い顔で首を振る。
    「今ご説明したのは、あくまで一般人の場合です。実を申せば、国境を簡単に越えられる、2つの特殊な抜け道があるんです。
     一つは、いわゆる『お坊さん』ですな。宗教関係者はどの国でも、全体的に優遇措置を設けており、比較的審査が簡潔なものになっています」
    「それは何故?」
     ランドに尋ねられ、ファンは細かく説明してくれた。
    「軍事力で西方各国が拮抗し合っている今、他の国よりアドバンテージを高めるには、経済力か、もしくは宗教力の獲得が重要視されているからです。
     例えばマチェレ王国は中央政府の影響力が少なくない場所ですから、天帝教の教会も多い。自然、巷には天帝教信者が数多く集まり、他国へ布教に向かう者も多くなるわけです。
     布教がうまく行き国境の向こう側が天帝教に染まれば、実質その国を征服したも同然なわけですから、王国はむしろ、他国巡礼を奨励しているわけです。
     逆を返せば、国境の向こうで広まっている、西方土着の諸宗教にも同じことが言えるわけですし、向こうも同様の対応・処遇をしていますから、その結果、宗教関係者の通行は容易になっているわけです」
    「なるほど。守りに入るのではなく、むしろ攻撃的な理由からなんですね。
     後、話の途中で、軍事力に抱き合わせる力として、宗教力の他に経済力を挙げていましたが、つまり国境を容易に越えられる、二つ目の抜け道と言うのは……」
     ファンは深々とうなずき、言葉を継ぐ。
    「ええ、お察しの通り、大きな商家であることですね。
     何度かお聞きでしょうが、西方には『大三角形』と呼ばれる三大商家があります。一つが既にご存じの、海運業と造船業を営むエール家。一つが、鉄鋼業と加工業のリオン家。そしてもう一つが、鉱業と農林業のトット家。
     あ、余談ですけども私、昔はトット系列の商店に10年ほど籍を置いておりました。……まあ、それは置いておいて。
     トット家から資源が生産され、リオン家がそれを加工し、エール家が世界に供給する。この『大三角形』は西方経済にとってまさに大動脈、西方中にお金を送り込む心臓と言ってもいい働きをしていました。
     ……が、それも数年前までの話」
     その先を、ルシアンが継ぐ。
    「『大三角形』は、崩壊した。うち……、エール家の凋落によって。
     鉄鋼品の莫大な消費先を失い、リオン家は在庫まみれ。それを受けてトット家も、鉱山の操業を停止せざるを得ない状況に陥りかけた。
     で、その大損害を出したエール家の信用は失われ、代わりに台頭してきたのがスパス産業。南海開発に力を入れてたおかげで、他二家の在庫を、一時は解消してくれたのはいいんだけど、……その後が段々おかしくなってきちゃってね。
     どうも、あの悪名高きゴールドマン商会がバックに付いてたみたいで、彼らに大量の武器を供給しようとしたんだ。まあ、いいか悪いかは別として、それで儲かるなら、みんな黙認もするだろうけど……」
     フォコが苦笑しつつ、話の先を読む。
    「武器供給先に予定されとった北方の軍閥が、みんな揃って借金返して手を切ってしもたんと、旧ロクシルムの活躍で南海から追い払われたんとで、武器やら何やらの在庫が、全部スパス産業に戻ってきてしもたんですな」
    「そうらしいね、どうも。それで出資元のゴールドマン商会と大揉めして、また西方の経済は停滞しかかってたんだ。
     そこに、央中での恐慌騒ぎさ。向こうでの需要・供給がこっちに来たみたいで、また景気が回復してきてる。
     ……あ、と。話が逸れちゃったね」
    「ともかく、その『大三角形』と、南海から撤退したとはいえ、依然勢力を維持しているスパス産業系列に関しては、ほぼノーチェックと言ううわさです。
     そして話の筋をつなげていけば……」
     ランドが顔をしかめつつ、結論を口にする。
    「サザリー氏はスパス氏の手引きで、悠々と国境を越えることができるってわけか」
    「恐らく、そうでしょう。もう今頃は、我々の手の届かない場所にいる可能性は、非常に濃い。
     ただの金持ちや遠い土地の評判だけでは、国境の門は開かないでしょうし……」
     難しい問題が浮かび上がり、会議の空気は重くなる。
     と――フォコが「んー」と、あごに手を当てながらうなる。
    「……ほんなら逆に、金と西方での名声があれば何とかなる、ちゅうことですな」
    「え?」
     フォコは立ち上がり、ニヤリと笑った。
    「ええアイデアがありますで」

    火紅狐・落兎記 終
    火紅狐・落兎記 5
    »»  2011.07.21.
    フォコの話、259話目。
    変わらない頑固者、見違えた兎娘。

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    1.
     西方の港町、ブリックロードの、とある設計事務所。
    「おじちゃん、こんなのどうかな?」
    「……毎回頼んでいるが、『おじちゃん』はよしてくれ。仮にも私は、君の上司なのだから」
    「いいじゃん。それより見て見て」
     濃い銀色をした髪と耳、尻尾の兎獣人にせがまれ、その分厚い眼鏡をかけた短耳は設計図を眺める。
    「どう? カッコ良くない?」
    「この形状では中央部に、あまりにも剪断(せんだん)力がかかり過ぎる。中規模程度の時化に襲われた途端に、真ん中から破砕してしまうだろう」
    「えー、作って見なきゃ分かんないじゃんよー」
     弟子の意見に、男は肩をすくめる。
    「作らずとも、予測が付く。もっと剛性を高められるよう、修正したまえ」
    「むー」
     兎獣人の娘は口を尖らせつつ、加筆して返された設計図に目を通す。
    「カッコ良いのになぁ」
    「何度も言うが、見た目より中身を重視した方がいい。客が必要としているのは利便性であって、装飾ではない」
    「んなコト言ったって、おじちゃんのデザインは質素過ぎるんだって。もっとさー……」
     と、文句を言いかけたところで、彼女の兎耳がぴょこりと、事務所の入口に向けられた。
    「どうした?」
    「お客さんっぽいよ」
    「そうか。……よっこい、しょ」
     男は机から離れ、肩や首をゴキゴキと鳴らしながら、入口に向かった。
     それと同時に扉が開かれ、誰かが入ってきた。
    「いらっしゃいませ、ディーズ設計事務所に……」
     言いかけたところで、男は言葉を失った。
    「……まさか君は」
    「お久しぶりです、モーリスさん」
     来客者は、フォコだった。

    「生きていて何よりだ。また君に会えたことを、嬉しく思うよ」
    「ありがとうございます、モーリスさん」
     再会を喜びつつ、フォコは事務所内を見渡してみた。
     と、机で頭を抱えている兎獣人を見て、フォコは目を見開く。
    「あの子が、ペルシェちゃん? 大きくなりましたね」
    「そうだ。……頭領に似て、精密さを求める設計でも我を通そうとするから、説得するのに骨が折れる」
    「はは……」
     と、話題に上ったペルシェが顔を上げ、こちらに振り向く。
    「もー、おじちゃんいっつもソレばっかり言うし」
    「……これも困りものだ。『所長と呼びなさい』と何度も言っているのだが、一向にそうしてくれない。おかげで商談の時は、いつも赤面させられる」
    「……そうですかぁ」
     8年前と全く変わらない師匠の姿と、大きく変わったペルシェとを見比べて、フォコは何だか、とても温かく、嬉しい気持ちになった。
    「それで、ホコウ君。君が私のところに来たのは、単に生存報告や旧交を温めに来たわけではないだろう? 君の性格から言って、何らかの実利を伴わなければ、旧い知り合いを訪ねようとはしないだろうし」
    「流石ですな。実は一つ、問題を抱えとりまして」
     フォコは現在直面している案件――サザリーの行方を追っている旨を説明した。
    「ふむ……。そのサザリー・エールなる人物は、私としても恐らくは、既に近隣のインディゴ王国なりコニフェル王国なりへ逃れてしまっているだろうと思う。
    例えば『大三角形』クラスの権威でも持たない限り、捜索は容易ではないだろうな」
    「それです。その権威、作ってしまおうかと思いましてな」
     フォコの言葉に、モーリスは顔をしかめた。
    「……ホコウ君。いくらなんでも、増上慢に過ぎはしないか?」
    「え?」
    「なるほど、君の遍歴を聞くに、確かに8年と言う期間を考えれば、常人を大きく超える成長ぶり、拡大ぶりを見せたと認めよう。
     だがまだ25の若造だし、その活躍は西方でしたわけではない。排他的かつ同族主義的なきらいのある西方では、そんな経歴は逆効果だ。
     君がいくら、北方や南海における活躍や権力を見せ付けたところで、西方では単に嫌われ、追い払われるだけだぞ。もっと自分の身の程を分かって行動すべきだ」
    「……分かってますって。確かに、ポッと出の僕がいくらわーわー言うたって、こっちの皆さんは兎耳一つ、ぱたりとも動かしたりせえへんでしょうな。
     だから――『ここ』で活躍した人の力、借りさせてもらおうかと思うんです」
    火紅狐・集僚記 1
    »»  2011.07.23.
    フォコの話、260話目。
    死んでもカリスマ。

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    2.
     フォコの提案に対しても、モーリスはなお相好を崩さない。
    「それで、私のところへ? ……だとするなら失望したと言わざるを得ない。君はもっと、客観的に物事を見られる人間だと思っていたのだが。
     確かにこの8年間で、私も自分の店を立ち上げ、一定の成功を収めたとは自負している。だがこの西方、いや、この国内の全商人と比較しても、微々たるものでしかない。私より成功した人間は多いし、彼らの方がよほど権力を有している。
     今の私はしがない、小さな商店主に過ぎない。頼みにされても、応えきれないよ」
    「そらそうでしょうな」
     フォコは謙遜したモーリスの言葉を、さらに貶めてみせた。
    「僕かて、しょぼくれた商店の力で何とかしようなんて思てません」
    「……ちょっと、兄ちゃん」
     と、机に向かっていたペルシェが、怒りに満ちた顔で、こちらへ歩いてきた。
    「しょぼくれた店って、何だよ? バカにすんなよ、こっちはこれでも、精一杯に仕事してんだ! アンタみたいに大成功したワケじゃないけど、それでも実績はあるんだよ。それをけなすなんて、アンタでも容赦しないぞ!」
    「ほな、聞くけど」
     フォコも立ち上がり、ペルシェに向き合う。
    「君のお父さんと僕、どっちが偉いと思う?」
    「……ふざけんなあああッ!」
     ペルシェは顔を真っ赤にし、フォコを目一杯殴りつけた。
    「うぐっ……」
    「ドコまで調子に乗ってるんだ、テメエ! お前みたいな薄汚い狐野郎より、父さんの方が百倍は偉いに決まってんだろうが!
     久々に顔を見て懐かしいと思ったけど、もう顔も見たくない! とっとと帰れーッ!」
     ペルシェは散々まくし立て、倒れ込んだフォコを、さらに蹴り飛ばそうとする。
     それを背後から、モーリスが抑える。
    「落ち着きたまえ、ペルシェ! 気持ちは分かるが、落ち着くんだ!」
    「ハァ、ハァ……」
     羽交い絞めにされ、ようやくペルシェは止まる。
    「……ホコウ君。私も失礼ながら、彼女と同意見だ。
     君は確かに成功した商人だが、私の中では頭領とは、比較にならない。彼は本当に、西方の風雲児だった男だ。君とは比べるべくもない。
     思い上がるのも、大概にしたまえ」
     モーリスがそう諭したところで、フォコはよろよろと立ち上がりながら、突然笑い出した。
    「……ふふ、あはは、……いいですな、うん。二人とも、おやっさんのこと、今でも誇りに思てくれてるみたいで。
     それでこそ、僕の計画がうまく行くっちゅうもんですわ」
    「……なに?」
     フォコは唇ににじんだ血を拭き取りながら、椅子に座り直した。
    「僕かて、自分の身の程は分かっとりますよ。
     僕なんかより、おやっさんの方が絶対偉いに決まっとります。僕と同じ年の頃、既に西方商人であの人のことを知らない人なんて、いないくらいやったんですからな。
     僕が力を借りたいのんは、ペルシェちゃんでもモーリスさんでもありません。おやっさんの力なんです」
    「どう言うことだ……?」
     フォコの真意が分からず、モーリス師弟は怪訝な顔をした。

     フォコは自分の顔の腫れにも構わず、自分の計画を話し始めた。
    「8年経った今でも、おやっさんの存在はお二人に強い影響を与えとります。それは恐らく、特別造船所の皆に限らず、西方で10年以上商人やっとる人にも。
     仮に今、おやっさんがこの西方に帰ってきたら、その皆さんはどう反応しはるでしょうか」
    「嬉しい」
     率直に自分の感想を述べたペルシェに対し、モーリスは冷静に推察する。
    「恐らく、今でも影響力は健在だろうな。
     仮に死ぬこと無く、今でも商売を続けていれば、今現在アバントが就いている地位にいるのは、彼ではなく頭領だっただろう。それほどの実力と、存在感のある人だった。
     端的な意見を述べれば、例えばアバント率いるスパス産業の構成の、その半分は、ジョーヌ海運のものだ。頭領が戻ってきたと知れば、それらの商店・商会は、すぐにでも我々の方へ移るだろう。アバントにしても、恐らく二、三日でその地位を失うことになる」
    「でしょう? 今や『新三角形』とまでうわさされとるスパス産業ですら、骨抜きにされる影響力。それを利用せえへん手はありません。
     だから今、僕はおやっさんを復活させようかと思うてるんですよ」
    「はぁ……?」
     ペルシェが口を「へ」の字に曲げる。
    「兄ちゃん、ジョーシキって分かってる? 死んだ人は、生き返ったりしないんだよ」
    「……ふふ」
     フォコは不敵に笑い、こう返した。
    「常識知らずは三流の結果しか残せへん。常識をわきまえてようやく、二流の結果が出せる。
     せやけど一流はな、自分に都合のええもんを常識に変えてしまえるんや」
    火紅狐・集僚記 2
    »»  2011.07.24.
    フォコの話、261話目。
    兎三人娘、集結。

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    3.
     ブリックロードの繁華街。
     立ち並ぶ露店の一つを、フォコとモーリス師弟は訪れた。
    「いらっしゃーい、……あれ? ペルシェじゃん。モーリスさんも。どしたの?」
     その露店の主はジョーヌ三姉妹の次女、プルーネだった。
    「おひさ。……ねーねー、この人誰だか分かる?」
     そう言ってペルシェは、フォコの袖を引っ張る。
    「んー? 珍しいね、狐獣人の人って。アンタの恋人?」
    「違うって。ほら、『狐』って言ったら……」
    「『狐』って言ったら……」
     プルーネは考える仕草を見せ、ポンと手を打つ。
    「あ、分かった!」
    「そう、この人は……」
    「外国のお客さん!」
     プルーネのとぼけた回答に、三人がずっこける。
    「そこちゃうわっ」
     フォコが呆れつつ、ヒントを出す。
    「覚えてへんかなぁ? ほら、僕のこと、昔に……」
    「んー」
     プルーネはフォコの顔をしげしげと見つめ、もう一度ポンと手を打つ。
    「あ、じゃああれだ、昔ナラン島に来た職人さんの……」
    「そうそうそうそう!」
    「シロッコさん!」「なんでやねん!」
     フォコは思わず、プルーネに突っ込んだ。
    「あの人『狼』やろっ」
    「あれー?」
     埒が明かないので、モーリスが正解を出す。
    「……ホコウ君だよ。ホコウ・ソレイユ君」
    「誰だっけ?」
     きょとんとするプルーネに、フォコは脱力するしかなかった。

     改めて説明し、プルーネはようやくフォコのことを思い出してくれた。
    「あーあー、そう言えばいたいた」
    「忘れんといてほしいなぁ」
    「ゴメンゴメン、忙しくってさ」
    「……そうは見えへんけどな」
     説明を受けている間、露店を訪れた客は一名も無い。
    「きょ、今日はヒマなんだって。いつもはもっと、ワイワイして……」
    「まあ、そこはええねん。ちょっと内々で話したいんやけど、今日はもう店、閉めてもろてええかな」
    「ヤだよ。生活かかってるんだし」
     突っぱねたプルーネに、ペルシェが耳打ちする。
    「お父さんに関する話なんだよ。お父さん復活プロジェクト」
    「えっ?」
     目を丸くしたプルーネに、フォコが笑いかける。
    「聞いてみたくない? 面白い話なんやけどなぁ」
    「……3分待って」
     プルーネは商品を片付けだし、途中で顔を挙げる。
    「手伝ってもらっていい?」
    「ええよ」
     フォコはにっこり笑い、袖をまくった。



     プルーネを伴い、モーリスの事務所に戻ってきたところで、事務所の玄関からルーが現れた。
    「あれ、お母さんも?」
    「うん、リモナちゃんと旦那さんも一緒よ」
     その言葉通り、ルーに続いて赤ん坊を抱えたリモナが出てきた。
    「あ、ホントに火紅兄ちゃんだ!」
    「どもども、ご無沙汰しとりまして」
     続いて、短耳の男が現れる。
    「あ、もしかしてそちらが旦那さんです?」
    「うん。……ほらアンタ、自己紹介、自己紹介」
     リモナに促され、その内気そうな男はぺこりと頭を下げた。
    「初めまして、レギ・メジャンです。小さいですけど、ブドウ農園を経営してます」
    「どもども、火紅・ソレイユです。……と、これでジョーヌ三姉妹とおかみさん、モーリスさんと、粗方集まりましたな。
     後は、……その、……あの」
     口ごもるフォコを見て、ルーが済まなさそうに告げる。
    「ティナちゃんね? ……残念だけど、わたしも行方は知らないの。西方に戻ってすぐ、行方が分からなくなっちゃって」
    「そうですか……。まあ、これだけいれば計画には、問題ありません」
    「計画って言うけどさ、一体、このメンバーで何すんの?」
     尋ねたプルーネに、フォコは笑顔を作って答えた。
    「おやっさんとジョーヌ海運を、蘇らせるんです」
    「ソコ、ちゃんと聞いておきたいんだけど」
    「うんうん」
     続いて、ペルシェとリモナも尋ねてくる。
    「一体どうやって、蘇らせるって言うの?」
    「ま、それはおいおい。
     とりあえずは、皆との再会を祝うんと、僕の方の仲間紹介とを兼ねて、ご飯でも食べに行きましょか」
     フォコの提案に、三姉妹は顔をほころばせる。
    「お、いいねぇ~」
    「兄ちゃんのオゴリ?」
    「勿論」
     ビシ、と親指を立てたフォコを、三姉妹は「太っ腹ぁ」「お大尽だねぇ」とはやし立てた。
    火紅狐・集僚記 3
    »»  2011.07.25.
    フォコの話、262話目。
    死者の復活。

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    4.
     フォコがジョーヌ三姉妹を集めてから、2日後。
     マチェレ王国の主要都市に、こんなビラが出回った。
    「ジョーヌ海運人材募集 経験不問 希望者はブリックロードのディーズ設計事務所まで」

     ビラが出回ったその日のうちに、ブリックロードには大量の人間が集まった。
     まだ閉まったままの事務所を前に、職人と思しき者たちが雑談を交わしている。
    「あなたも、ジョーヌ海運の募集に?」
    「ええ、まあ」
    「結構条件いいですもんね。今働いてるところの倍以上の給金だし」
    「ですねぇ。こっちなんか、三倍ですよ」
    「それに、『あの』ジョーヌ海運だとしたら」
    「あ、実は私、昔のジョーヌ海運にいたんですよ」
    「お、あなたもですか。……いやぁ、あの頃は良かった。おやっさんが結構乱暴な人でしたけど、基本的に意見を聞いてくれる人でしたからねぇ」
    「そうそう。それに比べて、今はねぇ」
    「旧海運がスパス産業に吸収されましたけど、そうなってからはもう、給料は減らされるし、仕事はきつくなるしで」
    「ええ、本当に。まあ、女房子供を養わないといけませんから、今まで渋々やってましたけど」
     と、事務所の扉が開かれる。
    「皆さん、お待たせしましたー」
     扉を開けて現れたのは、ルーである。
    「今から面接を開始しまーす。整理札の番号順に、入ってきてくださーい」

     まず、5名が事務所内に通される。
    「よう、お前ら」
    「……!」
     彼らにとって聞き覚えのあるダミ声が、事務所内に響く。
    「お、……おやっさん?」
    「何だお前ら、オレの顔を忘れたのか?」
     ほんのり薄暗い事務所の奥にある机の、その向こうに座っている男を見て、職人たちはビシ、と背筋を糺した。
    「い、いえっ」
    「……あー、ちっと悪いんだけっども、昔のケガがなーかなか治らなくてな。座ったまんまで話させてもらうが、カンベンな」
    「あ、いえ、そんな、恐縮です」
     フードと包帯で半ば隠されてはいたが、職人たちが見る限り、その男はクリオ・ジョーヌに間違いなかった。

    「本当に、本当におやっさんだった! おやっさんが、戻ってきたぞ!」
    「マジかよ……!?」
     事務所から慌てて出てきた職人たちの言葉に、事務所を囲んでいた全員がざわめく。
    「本当だ! あの話し方もそのまんまだし、俺たちのこと、ちゃんと覚えててくれてた! 間違いなく、あれはおやっさんだよ!」
     と、扉の向こうからひょい、とルーが顔を出す。
    「次の人、どうぞー」

     こんな調子で、2日間かけて面接は行われ、そのほとんどが即日採用となった。
     そして同時に、国中に「クリオ・ジョーヌ復活」の報せが飛び交った。



     面接を終えて、クリオ? は包帯を取りつつ、隠れていたモールに声をかけた。
    「もうええですよ、……うわぁ、のどが気持ち悪い」
    「だろうねぇ。あんまりやり過ぎると、その術はのどを傷めるね。……ほい、解除」
     包帯を取り終え、その下に隠れていた「魔術頭巾」をはぎ取り、濡れたタオルで顔をゴシゴシと拭く。
     そこに現れたのは、フォコの顔だった。
    「あー、あー。……水もらえます? まだちょい、のどがいがらっぽくて」
    「はい、どうぞ」
     ルーに水をもらい、フォコはぺこりと頭を下げた。
    「ホンマ、お疲れ様でした。助かりましたわ」
    「いえいえ、こちらこそ」

     フォコはクリオに変装し、包帯で隠した「魔術頭巾」でルーから職人たちの情報を伝えられつつ、モールの術で声を変えて応対していたのだ。
     包帯とフード、そして「頭巾」で耳は隠せたし、机に座りっ放しだったため、身長や尻尾が違うことも十分に隠すことができた。さらに、わざと事務所内を暗めにしていたこともあって、細かい顔の違いは十分に誤魔化すことができた。
     そして応募に来た者たちに「間違いなく本人だ」と認識させたことで、後はうわさが一人歩きし、風説上は完全に復活したものとなるだろう――と言うのが、フォコの狙いである。

    「でも、こんなの何べんもできないでしょ」
     そう尋ねたペルシェに、フォコは肩をすくめる。
    「いや、もうこれで終いです。後は僕たちが代理として動けば、それで十分です。
     元からおやっさん、南海とこっちとを行ったり来たりしとったんですから、不在でも怪しまれませんしな」
    「なーるほーどねー」
     感心するプルーネに笑いかけつつ、フォコは応募してきた者たちの履歴を見返す。
    「……ええですな。やっぱり半分くらい、いや、7割くらいはスパス系の人らでした」
     そうつぶやいたフォコに、ファンが尋ねる。
    「もしや、……と思うのですが、ニコル卿」
    「なんでしょ?」
    「乗っ取りをなさるおつもりで?」
     その問いに、フォコは不敵に笑った。
    「それも目論んでます。まあ、本来の目的はあくまで、国境を越えられるくらいの影響力作りですけども……」
     そこで一旦言葉を切り、フォコは顔を伏せ、ぽつりとこう言った。
    「……あいつを許したことはこの8年間、一度もありません」
    火紅狐・集僚記 4
    »»  2011.07.26.
    フォコの話、263話目。
    8年ぶりの仇敵。

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    5.
     フォコは南海で店を立ち上げた時のように、キルシュ流通やネール職人組合、ロクミン大商会から出資を募り、総額5億クラムの資金を集めた。
     その資金を元に、フォコは新ジョーヌ海運を創業した。

     この動きに最も驚かされ、激しく動揺したのは、他ならぬアバント・スパスである。
    「バカな! そんなのは嘘だ! 虚言だ!」
     そう叫んではみたものの――誰もいない工場内では、既に手遅れである。
     本拠にしていたエカルラット王国、スカーレットヒルの軍需工場から大急ぎでマチェレ王国まで出張り、各都市の事務所や商店、工場を周ったが、どこももぬけの殻と化していた。
     元からアバントの経営方針やお小言、叱咤にうんざりしていたところに、「おやっさん」クリオの復活である。元いた職場より非常に良い条件での引き抜きもあって、全員がこれに応じたのだ。
     そのためマチェレ国内におけるスパス産業は、完全に操業を停止していた。
    「くそ、バカどもめッ! 誰かいないのかッ!」
     アバントの怒声は、空しく響くだけだった。

     アバントは怒りに任せ、セラーパークの繁華街に向かう。
    「ここ、……だったか? こんなに人がいるとは……?」
     新ジョーヌ海運の本店となった、元エール商会の商店に乗り込み、事実を確認しようとしたのである。
     ほんの数日前まで廃屋となっていた商店は、往年のにぎわいを取り戻しており、人であふれかえっていた。
    「……ええい!
     どけッ! 邪魔だッ!」
     アバントは客たちをかき分け、店に入って怒鳴る。
    「この大ウソつきの、詐欺師どもッ! 何がクリオ・ジョーヌ復活だッ! そんなに言うなら本人を出してみやがれーッ!」
     その怒鳴り声に、騒がしかった店内は静まり返る。

     と――店の奥から、男が現れた。
    「おーおー、これはこれは、スパス総裁さんやありませんか」
     その姿を目にし、アバントの顔が真っ青になる。
    「……ホコウ……!?」
    「店に入るなり営業妨害とは、大商会の総裁が聞いて呆れますな。まるでチンピラやないですか」
    「き、貴様、生きていたのか!?」
     わなわなと震えるアバントを指差し、フォコは周りの丁稚たちに命じる。
    「つまみ出しなさい。商売の邪魔ですし、話は僕が、外で聞いときますわ」
    「はい」「ただいま」
     元スパス産業の丁稚たちに両脇を取られ、アバントはぐいぐいと店の外に引きずり出された。
    「離せ! 俺を誰だと思ってる、このクズ共!」
    「人の店の者を見るなりクズ呼ばわりとは、器が知れますな」
     フォコも店の外に出て、アバントと対峙する。
    「……しかし、変わりましたな。見事に禿げてしもて」
    「う、うるさい!」
     アバントは顔も、禿げた頭も真っ赤にし、フォコに食ってかかる。
    「お前だったのか、この詐欺師め! ふざけたことを! クリオは死んだんだ! 人をだまして商売とは、お前の器も……」「死んだ?」
     が、フォコは意に介しない。
    「死んだってあんた、自分の目でおやっさんの死んだところを、その目でばっちり見たとでも言わはるんですか? そんな侮辱しはるんでしたら、出るとこ出ましょか?」
    「……う」
     事実、クリオが死んだのを確認したのはフォコ一人だけであるし、その本人がさも生きているかのように、強気に出ているのだから、アバントも自信を持って、「じゃあ訴えてみろ」とは言えない。
    「さ、死んだっちゅう証拠、あるんやったら出してみてくれはりますか? 無いんやったら、とっとと帰ってほしいんですけどもな」
    「……ホコウうぅ……!」
     アバントはギリギリと歯ぎしりするが、それ以上暴れることもできず、踵を返した。
    「……覚えていろよ、ホコウ。きっと総帥が、お前を潰してくれるだろうからな」
    「『総帥が』ってあんた、ホンマに総裁、一つの組織のリーダーのつもりですか?」
     その一言に、アバントの足が止まる。
    「おかしい話ですな。現地にいるあんたが、遠い中央の人間を頼りにしはるとか。
     総裁とか人に呼ばせとるくせに、まるでガキの使いや。『おかーちゃーん、たすけてーなー、うえーん』みたいな感じがしよるわ」
    「ぐ、う……っ」
     プルプルと背中を震わせるのを見て、フォコは追い打ちをかけた。
    「やるんやったらあんた自身で始末つけたらんかい! おんぶにだっこに肩車されとるような身で、自分のことを『総裁』とか人に呼ばすなや、ヌケサクが!」
    「……っ」
     アバントは振り返らず、その場を足早に立ち去った。

     その直後――店の方から、パチパチと拍手が聞こえてきた。
    「ん……?」
     振り返ってみると、丁稚たちが並んでフォコに、賞賛を送っている。
    「ありがとうございます、副総裁!」
    「胸がすっとしました……!」
    「あのタコ親父に、あれだけガツンと言ってくれるなんて!」
     フォコは苦笑し、店員たちにこう返した。
    「……まあ、あのおっさんとのゴタゴタは全部、僕が引き受けたりますわ。せやから皆さん、気にせず商売に精を出してくれたらええですしな。
     さ、店に戻ってください。お客さん待たしたらあきませんで」
    「はいっ!」
     丁稚たちは意気揚々と、店に戻っていった。
     それを見送りつつ、フォコはぼそ、とつぶやく。
    「ここからが本番や。見とれよ、ケネス。
     こっちでもガンガン、お前の牙城を叩いたるからな……!」

    火紅狐・集僚記 終
    火紅狐・集僚記 5
    »»  2011.07.27.
    フォコの話、264話目。
    大商会の威光。

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    1.
    「あ、ジョーヌ海運の方ですね。おうわさはかねがね」
    「どもども」
     マチェレ王国―コニフェル王国間、国境監視所。
     フォコはランニャとモール、プルーネを連れて、ここを管理する役人と会っていた。
    「ちょっとお隣さんへ行きたいんですけども、ええです?」
    「どういったご用件でしょうか? あ、手続き上でですね、どうしてもそこだけ、きちんと聞かないといけませんので、ご容赦のほどを」
     恐らくこの役人は、ただの一般国民に対しては、こんなへりくだり方などしないだろう。
     だがフォコがジョーヌ海運副総裁を名乗り、その証を見せたところ、役人は前述のように、ひどく低姿勢になった。
    「ええ、おやっさん……、あー、と、総裁が商売の方、もっかい西方全国へ展開して行こかと仰られまして、僕がその視察に」
    「あ、なるほどなるほど、かしこまりました。えーと、まあ、その、本来手続き上でですね、審査などでお時間『など』をいくらかいただくんですけども」
    「あー」
     フォコはにっこり笑い、一旦ポケットに右手を入れてから握手する。
    「これで」
    「……ありがとうございます」
     役人は手を離すが、右手は拳を握ったままだ。
    「では手続き上、通行許可証の発行だけ、ちょっとお時間を取らさせていただきます。少々お待ちくださいませ」
     役人は右手を隠し気味に、そそくさと監視所の奥へ消えていった。
    「……いくら渡したの、兄ちゃん?」
    「2000キュー。こっちの金貨、ちっちゃいの2枚やね」
    「案外安いね? もっと渡すもんかと思ってたけど」
    「もっぺん帰ってくる時も同額渡すやろし、それで十分やろ」
     と、役人がニコニコしながら、許可証を手に戻ってきた。
    「はい、ソレイユ様。こちらが皆さんの許可証となります」
    「どもども」

     フォコの予想していた通り、「ジョーヌ海運」のブランド力は絶大だった。
     始業からほんの数日で店舗は大盛況、設計所や造船所はフル稼働の状態となり、その評判はマチェレ王国中に届いていた。
     国境通過審査においてもその効果は絶大であり、一般人であれば数週間待たされた上に許可証発行ができるかできないか、優遇を受ける宗教人であっても一両日待たされると言うところを、たったの15分で通過することができた。
    「おやっさん様々やな」
    「……んでもさ、いつまでお父さんが生きてるって言うつもり? 流石にそんな長く続けてられないし、もしバレたら大変だよ?」
     プルーネの質問に、フォコはニヤリと笑う。
    「せやね、3ヶ月くらい後かな。
     西方中に商売の基盤を築き、いよいよこれからと言うところで突然の悲報。その遺志を娘たちが継いで、……なんちゅうのんは、結構ドラマチックやと思わへん?」
    「……ワルいなぁ、兄ちゃんは」
     プルーネはクスクスと笑い、フォコの肩をバンバン叩いた。



     発起・資金調達から人材募集、開業までをたったの1週間で済ませ、早々に新ジョーヌ海運の経営を軌道に乗せたフォコは、本来の目的――央中恐慌の鍵となる清王朝の後継者、清双葉・三守姉弟と、彼らを連れ回しているサザリーの捜索に乗り出した。
     ただし、「自分はサザリー・エールを探している」と公言して回っては、標的のサザリー自身や彼を擁護するスパス側を警戒させることになるし、仮にも「大三角形」の人間を付け狙っていると知れれば、この地での商売に悪影響を及ぼしかねない。
     そのため公には、先程の役人に話したように、「西方各地へ営業、および商談に向かう」としている。



     国境を抜け、1時間半ほど歩いたところで、一行はコニフェル王国の端に位置する、小さな街に到着した。
    「ま、仕事も仕事できちんとこなしとかな、あきませんしな」
    「こっちに来たってことは兄ちゃん、リオン家の人にでも会うつもりしてんの? こっちに本拠、あったよね」
     プルーネにまた問われ、フォコは小さくうなずく。
    「ああ、そやったねぇ。挨拶しとこかな」
    「……」
     と、二人の後ろにいたランニャが頬を膨らませていることに、モールが気付く。
    「どうしたね?」
    「どうしたもこうしたもないっ」
     ランニャは尻尾を怒らせながら、フォコの後ろ姿をにらんでいた。
    火紅狐・回西記 1
    »»  2011.07.29.
    フォコの話、265話目。
    見放された総裁。

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    2.
     一方、フォコに追い払われたアバントは、本拠地であるスカーレットヒルに戻ってきていた。
    「くそおぉ……、ホコウの奴め……ッ」
     頭の中は怒りで真っ赤に煮えたぎっていたが、ここでケネスにフォコのことを報告するのも、彼に負けたようで悔しい。
     何より彼自身に魔力は無いため、誰かに代理で「頭巾」を使って報告してもらう必要があるが、彼の自尊心から言って「火紅にあしらわれた」などと、自分から他人に知らせることなどできない。
    「誰がガキの使いだ、くそッ」
     怒りを紛らわせようと、ワインを瓶から直接グビグビと飲み込んでいく。
    「総裁……。まだ昼間ですよ」
     見かねた大番頭がそう忠告するが、基本的にアバントは下の人間を軽く見る性格である。
    「あぁ? 昼間だからどうした? この国に『昼間に酒を飲むことを禁ずる』なんて法律は無いぞ!」
    「確かにございません。しかし今はまだ、就業時間の最中で……」
    「丁稚どもがあくせくあくせく働いてるから、俺も汗水たらして木材でも担げと言うのか?
     はっ、この俺を誰だと思ってる!? アバント・スパス総裁だ! この商会で、いいや、この国で一番金持ち、一番偉いんだぞ! 何故俺が、そんなことをしなきゃならんのだッ!」
    「いや、別にそんなことまでは……。私が言いたいのはですね、職人たちのやる気に関わりますから、どうか皆の手本、見本になるようにと……」「うるさい、小言野郎ッ!」
     アバントは酔いと怒りに任せ、酒瓶を投げる。酒瓶は大番頭の頭をかすめて壁に叩きつけられ、パン、と音を立てて割れた。
    「……っ」
    「見本だと? ああ、いい見本だろうが、この俺は!?
     クズがあくせくゴミみたいに働いてる横で、こうしてお前の言うように、真っ昼間っから酒をグイグイ飲める身分だ! うらやましいだろうが、え!?
     早くこの俺のようになれと言う、いい見本じゃないか!」
    「……総裁。何か、あったのですか? 戻ってきてからずっと、そんな調子ではありませんか」
     大番頭の言葉に、アバントはピク、と体を震わせる。
    「……で、出ていけ! さっさと仕事に戻れ!」
    「総裁……」
    「聞こえなかったのか!? さっさと部屋から出ていけッ!」
    「……失礼しました」
     取りつく島もなく、大番頭はそそくさと部屋を後にした。
    「……くそっ」
     アバントは机に足を投げ出し、またワインを飲み始めた。

     フォコと対面する前から、スパス産業の業績は悪化していた。
     予定されていた北方への武具大量輸出が破算になったことに加え、大金を投じてきた南海から全面的に撤退せざるを得なくなったことで、経営は行き詰りつつあったのだ。
     それでなくても、海外資本を笠に着た新参者の上に、経営力の無さを度々露呈してきた、商人としては落第、西方商業網にとって裏切り者同然の男である。
     エール商会と旧ジョーヌ海運を吸収し成り上がった直後は、「大三角形」筋をはじめとして何かと持てはやされ、商売の話も引っ切り無しに持ち込まれていたが、設立から8年が経った今、スパス産業は西方の各商会から、半ば村八分にされている状況にあった。
     それでもまだ、ケネスから央中に恐慌を起こす計画を聞かされ、それによって発生するであろう利益を分けてもらえると聞かされていたし、事実、大量に残っていた在庫も恐慌発生以後、順調にさばけてきてはいた。このまま穏便に過ごせば、何とか経営を立て直せるだろうと、アバントは安堵していたところだったのだ。
     そこに新ジョーヌ海運の登場と引き抜き、フォコからの挑発である。アバントが怒り狂うのも、当然と言えた。

     とは言え、不調の原因は自分の身から出た錆である。
     セラーパークでフォコと対峙したうわさを聞いた者は、誰一人としてアバントに同情などしなかった。
    「いいなぁ、マチェレ王国の奴らは。全員するっと、ここから抜けられて」
    「俺たちもできるならしたいよなぁ」
    「うんうん」
    「あ、そうそう。さっきさぁ、事務所の方行ったらさ」
    「何かあったのか?」
    「酒くせーんだよ。またタコ総裁が、酒飲んで暴れてやがるんだ。……やってらんねーぜ」
    「全くだ。……こっちでもジョーヌ海運からの募集があったらさ、皆で移らねーか?」
    「ああ、そうしようそうしよう」
    「誰があんなバカのために仕事なんかするかっつーの」
     本拠地、スカーレットヒルの工場においても、アバントは皆から見放されていた。
    火紅狐・回西記 2
    »»  2011.07.30.
    フォコの話、266話目。
    「大三角形」との接触。

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    3.
     フォコたちがコニフェル王国入りしてから3日後。
    「では、ヒノキ材20トンと、ブナ材18トンと。後は……」
    「防腐剤と接着剤ですね。よろしければ私の方から、問屋を紹介させていただいても?」
    「あ、助かります。どうもですー」
     フォコは手早く王国の主要都市を回り、資材の買い付けを行っていた。
     そして今、商談を交わしているのが、件の「大三角形」の一角――リオン家の一人、茶色い毛並みの兎獣人、サーシャ・リオンである。
    「ほな、明日にでもご紹介いただいたとこ、訪ねてみます」
    「はい。あ、ちなみにそのお店、私の甥夫婦が経営してるんです」
    「ほうほう。あ、そう言えばうちの方でも、総裁の娘さんで、夫婦で農場を経営されてはる人がおりましてな。
     僕、『外』の人間なもんであんまり、こっちの慣習と言うか、そう言うのんに疎いんですけども。結構多いんでしょうか、ご夫婦とかご家族で経営されてるとこって」
     話は商談から雑談に移り、両者の間にくだけた雰囲気が流れる。
    「西方は『家族ぐるみ』の風潮が強いんです。山や深い森が多いせいか、一つの家族、家系が固まって共同生活を営むことが多く、それがそのまま文化になってるんですね。
     近年では街道や船なんかで割と拓けてきましたが、それでもソレイユさんの仰っていた通り、家族、一族で固まって店を経営、と言うスタイルが主流ですね。
     ……でも、そこから考えると特殊ですよね、ジョーヌ海運さんって。失礼ですけど、『狐』で外国人のソレイユさんが、副総裁だなんて」
    「総裁とは長年の付き合いなもんで。僕が14歳の丁稚しとった頃から、総裁一家とは懇意にしとりましたし」
    「へぇ……。今おいくつでしたっけ、ソレイユさん?」
    「25になります」
     それを聞いて、サーシャはピコ、と兎耳を揺らす。
    「と言うことは11年で、丁稚から副総裁へ? 随分な出世ですね」
     その言葉に、フォコは自分が疑われていることを悟る。
     しかし、無理に取り繕おうとはせず、フォコはある程度真実を話すことにした。
    「……まあ、何ですかね。実を言うてしまえば、ジョーヌ海運の方で、えらい騒ぎがあったんですわ」
    「騒ぎ?」
    「僕は昔、南海のジョーヌ海運特別造船所っちゅうところにいたんです。ほんで、そこに、……まあ、ある男がおりまして。
     そいつは番頭やっとったんですが、総裁の命とその座を狙っとったんですよ。ほんで、ある時ついに、襲われてしまいました」
    「襲われた……? でもあなた、ジョーヌ総裁は生きていると」
    「まあ、そこから色々あったんですわ。僕も大ケガを負いましたし、本当にもう、僕自身ですら、死んでしまったもんと思てました。
     ところがですわ」

     フォコはそこから大嘘を立て続けにつき通し、話を作り上げた。
    「グス……、なんて感動的な……。本当に、……グスッ、大変だったんですね」
    「あ、いえ、そんな」
     涙ぐむほど信用した様子を見せたサーシャは、フォコにこんなことを尋ねてきた。
    「……グスッ。……失礼しました。
     あの、聞いていた感じだと、その番頭をしていた男と言うのは、……もしかして、アバント・スパス氏では?」
    「ご存じで?」
    「そりゃ、まあ。……今や私たち『大三角形』の敵ですから。
     それ以前に、彼自身が経歴を明かして、ジョーヌ海運を買収する理由にしていましたから」
    「……何と言ってました?」
     サーシャは肩をすくめ、こう答えた。
    「……そうですね、こんな感じだったかしら。『自分が尊敬してやまない総裁が亡くなった今、彼の遺志を継げるのは自分しかいない。どうか自分に大義を全うさせてくれ』と」
    「……ふざけたことを」
    「ええ、お話を伺った今、私もそう思います。
     それに何より、彼は参入してきた当初から、西方資本における寄生虫と見なされてきましたし、特に最近では害しか成さない存在。
     我々『大三角形』、いえ、西方で活動するすべての商人の、最大の敵と言ってもいい男です」
    火紅狐・回西記 3
    »»  2011.07.31.
    フォコの話、267話目。
    西方人気質。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     サーシャのその言葉に、フォコは不穏なものを感じた。
    「最大の敵?」
    「ええ」
    「敵、っちゅうことは、何らかの攻撃なり、制裁を加えようと?」
    「その予定です」
     うなずきはするが、サーシャは詳しい説明をしない。そこでフォコの方から、推理を立ててみた。
    「商人がする攻撃っちゅうたら、資源や資材の差し止めとかですか?」
    「まあ、そんなところですね」
    「トット家の方と協力して?」
    「彼らの手も借ります」
    「他に攻撃があるとすれば、取引の停止ですな」
    「それも行う予定です」
    「西方商人最大の敵と仰ってましたけども、『大三角形』以外にも協力を?」
    「信用できる筋には話を通しているところです」
    「……割と、スラスラ答えていただけますな」
    「あなたも引き込もうかと考えているところです。今のところ私だけ、ですけれど」
     そう言って、サーシャはニコリと笑う。
    「僕たちも、信用していただけたようで」
    「ええ。先程の商談も、派手なうわさとは裏腹に、堅実かつ真っ当なものでしたし、あなたの話がまるきり嘘、とは思えません」
    「ありがとうございます」
     頭を下げたフォコに、サーシャは顔を近付けてきた。
    「今月24日の夜8時、ご予定は?」
    「……空いとります」
     フォコは頭を下げたまま、目を合わさず答える。
    「トット家の本拠、フェルミナ王国の城下町、ブラックヒルの郊外で、我々リオン家とトット家を中心とした会合を開く予定です。
     良ければあなた方も、いらしてください」
    「……はい」
     フォコは顔を挙げ、サーシャにニコリと笑顔を見せた。



     一通りの営業回りを終え、フォコたちは半月ぶりにセラーパークのエール商会本店に戻ってきた。
    「へぇ、『大三角形』を挙げてスパス潰し、か。それがうまく行けば、案外サザリー氏探しもうまく行きそうだね」
     話を聞いたランドは、ほっとした顔をした。
    「そうですな。……と言うか、僕たちが無理無理に介入せんでも、もしかしたらうまく行っとったんやないでしょうか?」
    「と言うと?」
     マフスに尋ねられ、フォコが説明しようとする。
    「ああ、話を聞いてた感じでは……」「嫌われまくってたんだよ、サザリーって奴をかくまってるその、アバントっておっさん。な?」
     が、途中でランニャが口をはさむ。
    「あ、うん、そやね」
    「だからさ、みんながみんな、いつか潰してやろうって思ってたし、そうなればアバント頼みのサザリーも……」「あのな、ランニャ」
     今度はフォコの方から、ランニャの話を遮る。
    「それ、今僕が説明したことやろ? 何で同じ話するん?」
    「え、……いや、ほら」
    「はぁ……。ま、ええけど。
     まあ、アバントの評判や経営能力以外でも、もう一つサザリー氏の逃亡生活が破綻するやろうなって要因があるんよ。思ってた以上に西方の、異邦人に対する『目』は厳しかったっちゅうことや。
     ちょっとでも土地の者と違うと、かなり目ざとく観察してきはるからな。こっちの人間であるサザリー氏はともかく、央南人の、年端もいかへん姉弟がうろうろしとって、それを気にせえへんようなお国柄ではない。
     ちょっとでも気になる奴が街に出とったら、一週間で国中にうわさが広まってもおかしくないようなトコなんや」
     フォコの説明が一段落すると同時に、またランニャが口を開く。
    「中央だったら、あんまり考えられないよな、それ。ウチのところでも、央南から来た職人はいっぱいいたし。ウチじゃそんなの気にしないのに、こっちはもう、変にジロジロ見られるし、かと言ってお店に行ったら、めちゃくちゃ無愛想だし」
    「せやね」
     もう一度ランニャの話を止めて、フォコが本題を続ける。
    「まあ、そんな感じやし、逃亡中の人間がホイホイ動けるような土地やない。
     あと、元々スパス産業の経営が行き詰っとったこともあるし、それにそもそも耳ざとい商人が、央南で国を潰した同業者、サザリー・エール氏の評判を聞いてへんっちゅうことは、まずない。
     逃走してる三人が三人、この国では異様に目立つ存在なんや。どこへ行っても、すぐ見つかってしまうやろな」
    「あ、えっと、うん、そうだよね! あたしもフォコ君とあちこち回って来たけどさー」「ランニャ」
     フォコがここで、ランニャに尋ねる。
    「さっきから何なん? ちょこちょこ口出してくるわりに、話を一々脱線させようとして……?」
    「え? そう? いや、そんなつもりじゃなくてさ、あたしはほら、フォコ君の……」
    「話が進まへん。ちょっと落ち着き」
    「……分かったよ」
     ランニャは憮然とした顔をし、ぷい、とそっぽを向いた。
    「……まあ、話を戻して。
     ともかく、僕たちはその、『大三角形』の会合に招待されたわけですわ。これは今後のことを考えるに、非常に大きなチャンスと言えます。
     うまく行けば、ここにいる元エール家ゆかりの僕たちが、新しい『大三角形』の一角になれます。そしてそれは将来的に、僕とランドさんの最終目標――ケネスたちの経済・軍事支配を破る一助となるでしょう」
    火紅狐・回西記 4
    »»  2011.08.01.
    フォコの話、268話目。
    フォコの囚われ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     エール本店での会議を終え、皆は三々五々に散る。
     ある者は早々に宿へ戻って床に就き、またある者は今後の商業展開を検討し合い、そしてある者は――。

    「ひっく、ひっく、ぐす……」
     ランニャは歳の近いマフスとイール、そして暇だったレブとランドを伴って、バーに来ていた。
    「ランニャ、呑み過ぎだよ」
     兄のランドがそう諭すが、ランニャはぶるぶると首を振る。
    「ぐすっ、ぐすっ……、いいんだよぅ、呑まなきゃやってらんないよぅ」
    「落ち着いてください、ランニャさん」
     横にいたマフスからもたしなめられるが、却ってランニャの荒れ方がひどくなるばかりだ。
    「うるさいよぉ、どうせあたしは落ち着きがないんだぁ、ふえぇぇん」
    「駄々っ子だな、まるで」
     今度はレブが煽ってみたが、これも火に油を注ぐだけだった。
    「うあーん」
    「……ほっといた方がいいんじゃない?」
     イールの意見に、ランド以外の皆は無言でうなずく。
     しかしランドは、両手で小さく×を作る。
    「そうも行かないよ。この子は自制が利かないから。
     ……ほらランニャ、水。もうお酒はおしまい。ね?」
    「ひっく、ひっく……、ごくごく」
     兄が差し出した水を、ランニャは泣きながら一気にあおった。
    「……お兄ちゃん、優しいな」
    「そりゃ、ね」
     ランドは優しくランニャの頭を撫で、水をもう一杯渡す。
    「よしよし、もうたっぷりお酒は呑んだんだし、次はゆっくりでいいから吐き出しなよ、君の中に溜まってるものを、さ」
    「……お母さんと同じこと言ってる」
    「意識して言ったからね。ほら、僕になら気軽に言えるだろ? 何でも話しなよ」
    「うん……」
     ランニャはようやく落ち着いた様子を見せ、ぽつぽつと話し始めた。
    「お兄ちゃんもさ、あたしがフォコ君のこと、大好きだって知ってるだろ」
    「うん。昔っからべったりだったよね」
    「でさ、何年かぶりに再会して、やったー! ……って思ってたのにさ、あいつ、他の女にばっかりずーっと、目を向けてるんだもん。
     そのくせ、あたしには『うるさい』とか『黙ってろ』とか、つめったいことばーっかり言ってくるし。もうあいつ、あたしのこと、嫌いなんだよ」
    「それは無いよ。彼は嫌いなものは、きっぱりと排除するタイプだ。もし君を嫌っているなら、なんだかんだと言いくるめて、クラフトランドに帰してるさ」
    「……なんか、それだとあたしがド素直なアホみたいじゃん」
    「いやいや、君が素直なんじゃなく、彼が狡猾なんだよ。……まあ、それは置いといて。
     ランニャ、君がずっとずっと昔からホコウのことを好きだったように、ホコウはホコウで、ずっとずっと昔から、ティナさんのことを好きなんだよ。
     君のホコウに対する愛情は、簡単に切り替えられるほど軽いものかい?」
    「……そんなわけ、ないじゃないか」
    「だろう? きっと彼もそれくらい強い愛情を、ティナさんに抱いてる。だからこそ、君がどれほど今、強く押しかけても、彼は見向きもしないだろう。
     彼は8年間、囚われっぱなしなんだよ。ティナさんへの愛と、その感情をどこにも持って行けない自分自身に。
     君が今すべきことは、彼の視界に無理矢理立つことじゃない。囚われたままの彼を解放してやらなきゃいけないんだ。解放されない限り、彼はいつまでも、君の方を向いたりなんかしない。いつまでも、邪険に扱われるままさ」
    「……そう、だよな」
     ランニャはとろんとした目をしながらも、神妙な顔つきで、もう一度水を口に運んだ。
    「……どうすりゃいいんだろう?」
    「そりゃ、一つしかない」
     今度はランドの方が、酒を口に運ぶ。
    「彼の心の整理を、きっちりと付けさせるしかない。
     何の情報も無いから、生きているか、それとも死んでいるのか、判断できないけども――ティナさんがどうなったか、ホコウがちゃんと知り、納得することでしか、整理は付けられない。
     君にできることは、それしかない。ホコウを助けて、ティナさんに会わせてあげるしかないんだ。……そこから、まあ、口説くなりなんなり」
    「……それ、超、難しいじゃんか。愛し合ってる二人が再会を果たしたところに、あたしが無理無理割り込んでいくなんて、邪魔者なだけじゃないか」
     口をとがらせる妹に、ランドは肩をすくめて笑いかけた。
    「僕にもできそうにはないな、それは。……後は、まあ、『二人目』になるとか?」
    「ばーか。それじゃケネスのクズ野郎と一緒じゃんか」
     ランニャはクスクス笑い、ランドにデコピンをぶつけた。
    火紅狐・回西記 5
    »»  2011.08.02.
    フォコの話、269話目。
    千年級の会話;賢者の体、悪魔の呪い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     白い満月と、赤い下弦の月が浮かぶ夜。
     エール商店の屋根の上に、二つの人影があった。
    「よう、克」
    「……」
     上がってきた大火に、モールはひょい、と手招きする。
    「何の用だ?」
    「いやさ、ちょいと聞いておきたいコトが、いくつかあったもんでね。君なら私の疑問に、何でも答えてくれそうだからね」
    「さあな」
     肩をすくめてみせた大火に、モールはニヤリと笑って返す。
    「質問、いっこめ。
     こいつ、知ってる?」
     そう言って、モールは自分を指差した。
    「……その質問に、どう答えたものか」
     大火はクク、と鳥のような笑いをもらした。
    「……やっぱりだ。やっぱり君は、私の思っていた通りの人間だね。私の質問の真意に、ちゃんと気付いてくれているね」
     そう言ったモールに、大火はわずかに口の端をにじませながら、こう答えた。
    「一つの問いに、答えは二つだ――お前のことは知らん。お前の『体』のことは、見当が付いている」
    「ほう。じゃ、その見当を聞かせてくれないかね、この体についての」
    「お前は既に解答を知っているのだろう? その体を使っているのだから」
     むすっとした顔を返す大火に、モールはぺろっと舌を出した。
    「実は私ゃ、この体が単に『魅力的』だったから奪っただけなんだよね。詳しい部分は、私にも分からないんだ。
     だから、知りたいんだよね。知ってるコト、分かったコトがあれば、教えてほしいんだよ」
    「ふむ」
     大火はモールに近づき、その体や髪、長い耳、瞳などをつぶさに点検した。
    「俺の見解だが、……そうだな、言うならば『人工物』だ」
    「だろうね。不自然だもん」
     モールはけらけらと笑い、自分の体を触る。
    「通常の、普通の人間の魔力容量を100とするなら、『こいつ』は軽く6~7000を超えている。
     もし『こいつ』が私に『喰われ』なければ、確実に『こいつ』は世界を丸っきり変えていただろうね」
    「だろうな。どれほど体質的に恵まれていようと、ただの人間では1000が精一杯。
     それ以上を無理矢理に超えれば、発狂するか血が腐るか、それとも全身不随になるか、さもなくば脳が溶け出すか、だ」
    「そう、その通りだ。普通は肉体が持ちっこないから、杖や魔導書でカバーせざるを得ない。
     その常識をこの体は、ブッちぎりで超越しちゃっている。そして私が出会った時、『こいつ』はまったくの健常者だった。どう考えても、自然のモノじゃないね」
    「ではお前は、何者なのだ?」
     そう尋ねた大火に、モールは真顔を作って答えた。
    「私の名前は、モール・リッチ。死せる賢者、リッチ(Lych)さ。
     私の、オリジナルの肉体は、とうに滅びている。そう……、『この世界』が始まる、ちょっと前の頃に」
    「……なるほど……!」
     大火の細い目が、見開かれた。
    「お前も、『旧世界』の住人だったのか」
    「君もか。……何だか嬉しいね。もう私一人だけなんだと、そう思っていたからねぇ」
    「俺も同感だ。……いや、少し違うな。
     俺と、もう三、四人だけだと、そう思っていた」
    「何だって?」
     今度は、モールが目を見開く。
    「他にも生きてるっての?」
    「ああ。俺の弟子が、三人。……まあ、そいつらは半ば死んでいるようなものだが。
     だが、それとは別に、もう一人――俺が最も憎む女が、どうやら生きているらしい」
     そう言って、大火は左手袋をはがす。
     裸になり、白い月に晒されたその左手は、薬指が無くなっているのが確認できた。
    「……呪いをかけたね、バカな呪いを」
    「ああ、まったくだ。若い頃の自分を顧みるに、いつも忸怩(じくじ)たる思いをさせられる」
    「その、君に大恥をかかせた相手が、まだのうのうと生きているってか」
    「恐らくは、な」
     それを聞いて、モールは思わず笑ってしまう。
    「ふ、あはは、くっくく……」
    「何がおかしい」
     顔をしかめる大火に、モールは手をパタパタ振って見せる。
    「いや、いやね、私、君のコトは、女に興味のない朴念仁だとばっかり思ってたもんでね。いや、ゴメンゴメン、ほんと、悪い悪い」
    「……ふん」
     と、モールはまた真顔を作り、もう一つ尋ねた。
    「と、もいっこ質問があるんだ」
    「何だ?」
     モールはもう一度、自分の体を指差した。
    「『こいつ』と同じようなヤツ、……私らの中にまだ、いるよね?」
     その問いに、大火は静かにうなずいた。
    火紅狐・回西記 6
    »»  2011.08.03.
    フォコの話、270話目。
    罠か、善意か?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     312年、5月24日。
     フォコはランドとファン、ルー、ルシアン、ペルシェを連れ、「大三角形」の会合が行われるフェルミナ王国を訪れた。
    「いや、しかし、緊張しますな、ニコル卿」
    「ええ、確かに」
     西方商業界の大物たちが揃うとあって、フォコもファンも、緊張の色を隠せない。
     そんな二人を和ませようと、ルーがやんわりと尋ねてくる。
    「今日は、誰が来るって?」
    「えーと……。まず、僕が直接会うたサーシャ卿と、それから彼女のお兄さんの、ギュスト・リオン卿。
     それと、二人のお父さんで、リオン商会の総裁である、ルイ=ベルフォード・リオン翁。
     トット商会側からは、総裁のエルフェノーラ・トット媼と、息子さんのアンリ・トット卿とその奥さんのマリー・フィナ氏。
     後は西方のあちこちから、有力な商人が何名か来ると聞いてます」
    「あら」
     返事を聞いて、ルーがにこっと笑う。
    「アンリ君はわたしが小っちゃい頃、会ったことあるわよ。そっかー、そりゃ結婚してるわよねぇ」
    「そら、歳が一緒くらいでしたら、ねぇ」
    「んま、ホコウ君ったら。女性の歳のことなんか、話題に挙げちゃ嫌よ?」
     そう言ってちょん、と背中を突かれ、フォコは妙な声を挙げてしまう。
    「ふひゃぁ!?」
    「クスクス……」
     と、ルシアンもおずおずと口を開く。
    「僕も、リオン翁とトット媼には会ったことがあるよ。まだ、本家の方にいた時。色々と教えてもらったなぁ。……うぅ、そう考えると会い辛いなぁ」
    「まあ、しゃあないでしょう。
     ちゅうか、こうして面と向かって会うチャンスなんて、今の身分ではもう滅多にないんですし、ここで『精一杯再起できるよう頑張ります』とアピールしといた方が、後々ええんとちゃいます?」
    「なるほど、そう言う見方もあるよな……。そうだな、そうしよう」
     頼りなさげなルシアンに、ペルシェが喝を入れる。
    「しっかりしてよ、伯父さん。この中で二番目に歳食ってるくせに」
    「はは……、面目ない」
     と、最も年長者であるファンが、「ふむ……」と短くうなる。
    「どうしました、ファンさん?」
    「あ、いや。……まあ、その。これはあくまで私見でございますが、何だか妙に、うまく行き過ぎているような気も、しないではないのです」
    「え?」
    「私も西方商人の端くれでございますから、彼らの性情はよく存じているつもりです。
     先日ニコル卿も仰っていた通り、西方人と言うのは排他的で、家族主義の人間たちです。仲間内、家族内での信頼関係は非常に厚いものですが、反面、仲間でない者、裏切り者に対しては、非常に冷酷な態度を執る者たちです。
     そんな西方商人の代表、総元締たるリオン家の方が、こんなにも簡単に、つい一月、二月前に店を構えたばかりの我々に、易々と胸襟を開くとは、どうしても腑に落ちんのです」
    「……確かに、それはみょんな話だとは思ったな」
     ファンの意見に、ランドもうなずいた。
    「ホコウ。考えてみれば、彼らにとって僕たちは、丸っきりスパス氏と同じ立場なんじゃないか?」
    「え? ……ふむ」
    フォコはランドの言葉を反芻し、内省する。
    「確かに、店を立ち上げた時の資金は北方や南海、央中からのですし、それはまさに外国資本そのものです。現地で大量に人員を引き抜いたことも、突然現れて西方全国に商売を展開し始めたのも、一緒。
     ランドさんの言う通り、『大三角形』の皆さんからしたら、新たな脅威に見えるでしょうな」
    「だろう? ……これはもしかしたら、罠かも知れないよ。
     ホコウ、今からでもタイカを……」
     言いかけたランドに、フォコは静かに首を振った。
    「何でです?」
    「何でって、罠に対してそのまま飛び込めって言うのかい?」
    「向こうは例え嘘でも、僕たちを信用するポーズを取って、丁重に招待してくれたんです。そこへ武器を手にして会合へ参加するなんて、とんでもなく失礼やないですか。
     形だけでも礼を尽くしてくれたんやったら、僕たちもそれに則るのが礼儀でしょう?」
    「理屈はそうだけど、じゃあ君は、会合の場に足を一歩踏み入れた途端、全身を矢に射抜かれてもいいやって言うのかい?」
    「心配のし過ぎやないですか? そこまで無茶苦茶なことするような人たちやとは、僕には思えませんよ……」
     フォコの意見に、ルシアンたち兄妹はうなずいた。
    「ええ、流石にそこまでするなんて思えないわ」
    「そうだよ。いくらなんでも、考え過ぎだ。第一、今は疎遠になったとはいえ、僕たちエール家の人間もいるんだから、そんな乱暴なんかしやしないさ」
    「……うーん」
     ランドはまだ腑に落ち無さそうな顔をしていたが、それ以上反論しなかった。



     夜になり、フォコたちは会合の場、トット家の別荘を訪ねた。
    「こんばんは、ジョーヌ海運の者です」
    「ようこそいらっしゃいました」
     トット家の使用人たちが出迎え、ほどなく招待主のサーシャも、屋敷の奥から姿を見せた。
    「ようこそ、ソレイユ副総裁。そして、エール家の皆様。それから……、ロックスさんと、ファスタさんでしたか」
    「お招きいただき、光栄の極みです」
     フォコは前言通りに深く頭を下げ、礼を尽くす。
    「そうかしこまらずに。
     ああ、既にリオン、トット両家の当主が奥におります。まだ少し早いですが、良ければ会っていただけますか?」
    「ええ、是非」
     サーシャに先導され、一行は屋敷の奥へと進む。
    「こちらです」
     と、サーシャは大きな扉の手前に立ち、すっと横に引いた。
    「この奥におります。どうぞ」
    「あ、はい」
     促されるままに、フォコたちは扉を開け、中の大広間へと入る。

     と――。
    「ソレイユさん」
     背後から、サーシャの声がかけられた。
    「あなた、バカなの?」
    「……」
     フォコは目の前に並ぶ従者たちと、その手に構えられている弩弓や剣、短槍を見て、肩をすくめた。
    「……だから言ったのに」
     ランドの呆れた声にも振り返らず、フォコは広間の中央に座る二人の、兎獣人の老人――リオン翁と、トット媼を見つめていた。

    火紅狐・回西記 終
    火紅狐・回西記 7
    »»  2011.08.04.
    フォコの話、271話目。
    真実をお話しなさい。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     武器を手にした従者たちに取り囲まれ、身動きのできないフォコたちの前に、サーシャが立ちはだかる。
    「私の涙が、本物だと思った? 本当にあんなホラ話、信じてもらえたと思ってたの?」
    「……」
    「調べたところ、あなたの周りには荒事処理に向いていそうな人間が何人もいたみたいだけど、何故ここへ連れて来なかったの?」
    「……」
    「そんなに私たちのこと、信用していたの? そうだとしても、不用心過ぎない?」
    「……」
    「質問に答えたら?」
    「……」
     フォコは何も言わず、じっとサーシャを眺める。
    「私の言ってること、分からないのかしら? それとも怯えてるの? あなた、思ってたより……」「よい、サーシャ。下がっていなさい」
     と、サーシャの背後にいた兎獣人の、老人の男性が声をかける。
    「お父様……」
    「その……、金と赤の毛並みの、狐獣人の彼と話がしたい。こちらに連れてきなさい」
    「はい」
     サーシャは素直に従い、フォコに付いてくるよう促した。
    「こっちへ来て」
    「……」
     フォコも、言われるがままに付いていく。
     広間の中央で、豪奢なソファに腰掛けていた兎獣人二人の前に連れて来られたフォコは、深々とお辞儀をした。
    「初めまして。ジョーヌ海運副総裁、火紅・ソレイユと申します」
    「……」
     老人二名はじっとフォコをにらみ、やがてゆっくりと口を開いた。
    「お初にお目にかかる。リオン家当主、ルイ=ベルフォード・リオンだ」
    「わたくしはトット家の当主、エルフェノーラ・トットと申します」
    「……」
     そこで言葉が途切れる。
     互いに顔を見つめ合った後、口を開いたのはリオン翁だった。
    「……初めに聞いておこう、ソレイユ君とやら。
     君は副総裁だそうだが、……彼はどこだ?」
    「彼、ですか?」
     とフォコは尋ねてはみたが、それが誰を指すのかは理解していた。
    「あの、猫獣人の騒々しい小男、クリオ・ジョーヌだ。おかしいとは、思わないのかね?」
    「……」
    「こうしてリオン家、トット家の当主二人が出席するこの会合で、何故トップたる彼ではなく、副総裁、ナンバー2の君がやって来た? 筋が違うと思わんのかね?
     それとも……、彼は我々より上の人間だと、君はそう思っているのか?」
    「いえ、そんなことは」
    「ならば何故、この場にいない? 時間は20日近く与えたはずだ。南海にいると言うなら、魔術師を雇うなり何なりして船を急がせ、この場に到着するよう図るべきではないのか? それだけの余裕も手段も、あっただろう?」
    「それは……」
     言い訳を考えようとするフォコに、今度はトット媼が尋ねてくる。
    「もしできないと言うのなら、前もって、これこれこうした事情により……、と、説明してしかるべきでは? それも怠るとは、よほどわたくしたちを軽く見ているようですね」
    「そうでは、ありません」
    「では、どう考えていた?
     ……いや、いい。もう、はっきりと言ってやろう、詐欺師くん」
     リオン翁は傍らに立てかけていた杖で、フォコを指した。
    「ジョーヌ総裁は、既にこの世におらんのだろう? だからこそ物理的に、ここへ来ることもできないし、心理的にも、彼の不在を我々に通達しようとは思わなかったのだ。
     君は彼がいないことを知っている。いないと言うことは、実質のトップ、ナンバー1は他ならぬ君であり、それを知っているが故に、ここに来るべき人間は君自身だと、君は無意識的に考えていたのだろう。
     だからこそ、ジョーヌ総裁がここへ来られないことを伝えるのを、怠ってしまったのだ。そうだろう、ゴールドマン君?」
    「……っ」
     嘘と偽名を看破され、フォコは言葉を失う。
    「その金と赤の毛並みで、そこいらの無名の商人だなどとは言わせんよ、『狐』くん。
     西方商人の我々にとっては、その毛並みは最も警戒すべき商家、ゴールドマン家の人間である、何よりの証ではないか」
    「さあ、真実をお話しなさい。
     何の狙いで、死人が生きているように見せかけ、海外資本を注入して、倒れた商会とエール本家から断絶された人間とを復帰させ、西方中を練り歩いたのか。
     もうこれより先、嘘は、一切つくことを許しませんよ」
    「……」
     フォコはすぐには答えられず、じっと黙っていた。
     しかし、自分と仲間に無数の武器が向けられ、西方の権力者に文字通り睨まれているこの状況で、話す他にやれるべきことは無い。
    「……改めて、自己紹介をさせていただきます」
     フォコはもう一度、深々と頭を下げた。
    「僕の本当の名前は、ニコル・フォコ・ゴールドマンと申します」
    火紅狐・双老記 1
    »»  2011.08.07.
    フォコの話、272話目。
    目的は、3つ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     本名を名乗ったフォコに、両当主は小さくうなずいた。
    「ニコル、か。原初の大商人と称される、初代ゴールドマン家当主、『金火狐』エリザ・ゴールドマンの実弟と同じ名だな。
     ではニコル卿、君は何故、この地へやって来た? 何故、この地で大嘘をつき、商売を立ち上げたのだ?
     ホコウ・ソレイユと名乗る君のことを、我々はつぶさに調べた。なるほど、経歴の大部分に嘘は無い。北方でキルシュ流通の大番頭、ナンバー2になり、その後南海において旧ロクシルム商業連合、現ロクミン大商会の結成に立ち会い、そこの顧問に収まった。
     その間に、北方で経済復興を成し、南海ではスパス産業を打ち負かし、それぞれで巨額の富と莫大なシェアを獲得――経歴を見るに、君は相当のやり手のようだ。
     だが、その後に何故、ここへやって来たのか? その関係性が、今一つつかめない。我々両家の大多数が、『北方、南海と商業網を拡げてきたのだから、その延長線上の行為、即ちここへものうのうと商売網を拡げに来たのだろう』と考えてはいるが、それにしてはやり方が奇抜で、かつ、真実を知れば皆が激怒するようなやり口だ。
     聞かせてくれないか、ニコル卿。君の目的は、一体なんだ?」
     リオン翁に淡々と尋ねられ、フォコは口を開いた。
    「目的は、3つ。
     一つは、央南において一国を壊滅状態においやり、その王位継承者を誘拐し、この西方へ逃げ込んだ最低の商人、サザリー・エール氏を捜索するためです」
    「ふむ。わたくしたちも、そのうわさは存じています。
     誇りある我々『大三角形』の一角、エール家が最早、そこまで没落したのかと、これほど憤り、心の痛む話はありません。商売と呼ぶにはあまりにも卑劣で、残忍で、恥ずべき行いをした彼を、わたくしたちは絶対に、許しはしないでしょう。
     そして同時に、彼がスパス産業と通じていると言うことも、存じています。だからこその『スパス潰し』だったのですが、その点においてはあなたと、わたくしたちの利害は一致しますね」
    「はい」
    「しかし、あなたに何の関係が? この数年ずっと央南で活動していた彼と、何の関わりがあるのですか?」
    「それについては、彼から」
     フォコはランドを指し示し、話すよう促す。
    「……長い裸耳の方、こちらへ」
    「はい」
     手招きされたランドはフォコの横に立ち、央南での経緯を説明した。
    「なるほど。その継承者を連れ戻さない限り、中央における恐慌は止まないと。
     ゴールドマン家の方なら、確かに央中での恐慌は憂うべき事態でしょうね。しかしわたくしたちにとっては、単なる特需のきっかけでしかない。彼らを西方から返す義理はありません」
     そう返したトット媼に、フォコは首を横に振った。
    「いいえ、トット媼。僕は、ゴールドマン家の者ではありません」
    「……嘘は、許さないと言ったはずです」
    「嘘ではありません。僕はゴールドマン家を、追われた身なんです」
    「追われた?」
     そう尋ね返され、フォコは自分の経歴を明かした。
    「なるほど、現当主のケネス・ゴールドマンが、あなたのご両親を……。そう聞けば、わざわざ北方や南海で立身した説明が付きますね。
     なるほど、理由の2つ目が分かりました。あなたは亡きクリオ・ジョーヌの遺した奥方やその縁者が不遇を囲っていたのを不憫に思い、彼らのいる『ジョーヌ海運』を、もう一度立ち上げたかった、……と言うわけですね」
    「そうです」
     フォコはうなずき、回答した。
    「僕の知るジョーヌ海運は、非常に働き甲斐があり、楽しく、社会の役に立つと、深く実感できた職場でした。また、僕の商人としての基礎は、ジョーヌ海運で培ったものです。
     そんな大恩あるジョーヌ海運が、アバント・スパスの強欲とケネス・エンターゲートの野心のために吸収され、歪められ、辱められた。僕にはそれが、たまらなく許せなかったんです」
    火紅狐・双老記 2
    »»  2011.08.08.
    フォコの話、273話目。
    それほどの力を持ちながら。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「……」「……」
     フォコの答弁に、老人たちは顔を寄せ合い、ボソボソと何かを交わす。
     少しして、リオン翁がフォコに目を向ける。
    「なるほど。一つは、サザリー・エール君の捜索。もう一つは、ジョーヌ海運の復活。君が動いた理由は概ね、分かった。
     だがこんな理由だけでは、君をここから帰すわけには行かん」
    「何故です?」
    「もし、仮に。我々が君の行いを容認し、スパスを潰し、ジョーヌ海運と、こちらにいるエール家の人間が台頭して、新たな『大三角形』を形成できたとしよう。
     その時、我々は大きな問題を抱えることになる。君の息がかかった、新たなエール家とジョーヌ海運と言う、味方ではあるが敵ともなりうる巨大な組織を、我々の中に招き入れることになるからだ。
     君がもし、西方を支配しようと目論む、野心ある商人であるならば、これは我々にとって由々しき事態となる。それは単純に、我々の地位や権威が脅かされると言うだけではない。
     一度門戸を開き、胸襟を許した人間を排斥、排除することは、家族(ファミリー)に重きを置く我々にとっては、とてつもない罪を作ることになるからだ。
     家族を傷付けようと言う者には、我々は断固として制裁を加えなければならない。だが家族に対して制裁を加えることは、同時に我々へも帰ってくる、罰にもなる。
     我々の組織(ファミリー)の掟は、何を置いてもその組織と、組織の人間に対する『信用』、『信頼』なのだ。それを反故にすることは、自分と、そして相手が相互に与え、受けたその『信頼』を踏みにじる行為に他ならぬ。
     西方人は、信じた人間には無償の愛と施し、援助を惜しまない。だが、信じた人間との間にひとたび裏切りが起これば、それはもう、何を以ってしても償えぬ。そしてその結果、血みどろの戦争、殺戮が起こっても、致し方ない。だからこそ、一度信じた人間は、容易には裏切ってはならぬ。それが西方人の考えだ。
     実際、現在の西方では争いが絶えん。西方における国同士の争いの原因は結局のところ、そこに帰結するのだ。遠い遠い昔、外国の力、即ち中央政府やその配下の諸侯、中央商人の力を借りたいくつかの国が、古くから続いてきた西方人同士の信頼関係を破棄した。
     その報いとして、現在の戦争、緊張状態が残っている。この美しい西方の地を愛する我々は、もうこれ以上、同じ西方人の間で、余計な争いを増やしたくは無いのだ。
     そこで私たちは、君に問うてきた。君は果たして、我々に害のない存在なのか? 君は果たして、新たな争いを持ち込みはしないか? そして、果たして我々に、利益をもたらしてくれる、信じるに値する存在なのか? と。
     私たちが知りたいのは、そこだ。今まで聞かされてきたのは、結局は君の側の利益に関わるものだけだ。聞かせてもらおう、君の言う、3つ目の理由を。
     それがもし、我々の側の利益につながらない、結局は君たちの都合による話であれば、もうこれ以上、会話を交わす意味は無い」
     そう言って、リオン翁は杖の先をひょい、と挙げる。
     従者たちが3名、フォコとランドの方へ、武器を構えたまま近付いてきた。
    「死にはしないまでも、気を失う程度には痛め付けさせてもらおう。それをニコル卿、君が我々についてきた数々の嘘の代償としよう。
     その後君たちを箱に詰め、港まで運ぶ。そのまま何らかの荷物と一緒に紛れさせる形で、国外へと退去してもらうぞ」
    「……っ」
     そんな目に遭えば、下手をすれば箱詰めのまま死んでしまう。ランドとフォコは、ゴクリと固唾を呑んだ。
    「それが嫌、と言うのであれば、わたくしたちが十分納得の行く説明をなさい。
     さあ、話しなさい。あなたが西方を訪れた、3つ目の理由を」
    「……」
     トット媼に問われ、フォコはもう一度固唾を呑む。
    「喉が、乾きましたか?」
    「……ええ」
    「水でも?」
    「いいえ。話を終えてから、いただきます」
     フォコは額に浮かんだ汗を袖で拭い、自分の信念を語った。

    「僕には、個人的な希望や恨み、仲間の幸せや生活、組織の維持と成長など、色んな課題や使命、欲望、あるいは期待が、非常に数多く、この身に寄せられています。
     確かにそれは、解決し、維持していくべきものです。今日を生き、自分と周りの生活を保ち、向上させるために、どうしても継続しなければならないことです。
     しかし目先の問題の解決に追われ、自分の周りばかりの現状維持に努めることが、果たして、……僭越ながら、北方や南海で大きな成功を収め、何十万、あるいは百万、二百万に上る人間の生活と命運を担う立場となった僕の、やることだろうか、と。
     苦難を乗り越え、危急を脱し、成功と名声、富を積み上げる毎に、僕の中でそうした思いは、強まっていきました」
    「……」
     両大老は、黙ってフォコの言葉を聞いている。
    「烏滸がましい考えかも知れませんが、僕はこの数年間の商売で、既に力を手に入れている。その気になれば、世界の進む方向、方角を――ほんのわずか、1度か、2度かだけでも――変える力を。
     それほどの力を持ちながら、僕は、ただ欲望と野望を満たすためだけに、己の人生を生きていいのか、と。
     もっと、より多くの人々のために、その人たちが豊かに、楽しく、明るく暮らせるために、その力を行使すべきなのではないか、と。
     そう自問し続けています」
    火紅狐・双老記 3
    »»  2011.08.09.
    フォコの話、274話目。
    そのお願いのために。

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    4.
     トット媼が口を開く。
    「つまり、世界平和のために、ここへ来たと?」
    「少し……、違います。引き続き、もう少し詳しく、話をさせていただくことを、ご容赦ください」
     フォコはぺこ、と頭を下げ、話を続けた。
    「確かにトット媼、仰る通り僕の最終的な目標は、世界の平和になるでしょう。ですが、ただいたずらにそれを唱えるだけで、何ができるでしょうか?
     こうして口を開き、しゃべることは、無料、無償でできる。しかし、そうであるが故に、力など無い。ただ『平和を目指しましょう』と言うだけで、誰が世界を平和にできるでしょうか?
     重い荷を運ぶ人間に、ただ『頑張れ』などと言ったところで、何の助けにもならない。本当に助けになることは、その荷を一緒に持ってやること。それか、荷を運ぶ車を買ってやるか。
     本当に人を助けるには、筋力なり、財力なりの、『力』がいる。その力を、僕は商会と言う形で手に入れてきました。……ですが、今の僕には」
     フォコはそこで言葉を切り、隣に立つランドの肩を叩いた。
    「親友であり、真に世界の行く末を憂う義士、ランド・ファスタ卿の考える世界平和――寡数の人間によっていいように操られ、世界各地の、数千万に上る数の人間をことごとく不幸に陥れる中央政府を打倒し、新たな世界秩序を築き上げる。
     その崇高な理念を実現させてやれるだけの力は、まだ僕にはありません。もっと、力が必要なのです」
    「……そこで、我々を吸収し、自分の力にしようと?」
     そう尋ねたリオン翁に、フォコは静かに首を振って否定した。
    「それのどこが、『平和』と言えます? 誰かを傷付けてまで、自分の考えを無理無理推し進める自分勝手な人間に、『平和』を唱える資格なんて!
     僕はそんな乱暴な方法で、世界平和なんか目指したいと思いません。味方になってくれるかも知れない、少なくともこうして話を最後まで聞いていただけるような、礼を尽くしていただける方に、刃を向けるようなことは絶対に致しませんし、その用意も一切しなかった。
     もしもあなたが、徹頭徹尾、僕たちを完全に敵と断定し、最初から対立されていたら、その通りではありませんが。流石の僕も、明らかな敵――世界平和などどうでもいい、自分の身と利益だけがすべて、他人はすべて獲物かゴミ――そんな輩に対しては、真っ向から攻勢に出ますから。
     こちらからも問わせていただきます。あなた方は、どちらです? 自分の利益が大事な方ですか? それとも、世界にあまねく皆の平和と利益を願う方ですか?
     もし後者であるなら、是非とも力を貸していただきたい。そのお願いのために、僕はここへ来たのです」
    「……」
     話を終えたフォコを、両大老はじっと見つめていた。
     やがてトット媼が、ゆっくりと口を開いた。
    「……質問を受けておいて、さらに質問を重ねるのは失礼かと思いますが、一つだけ。
     あなたは……、本当は、エール家の人間ではないのですか?」
    「いいえ……?」
     思っても無い質問をされ、フォコはきょとんとする。
    「そうですか、……そうでしょうね。
     しかし、既視感を感じずにはいられません。ねえ、ルイ?」
    「ああ。確かに私も、同じ男の姿を、この金と赤の狐獣人に見た」
    「……?」
     首をかしげたフォコに、ようやく老人たちは笑いかけてくれた。
     リオン翁が立ち上がり、従者たちに命じる。
    「晩餐の支度を。少しばかり夜は更けたが、まだ二日酔いをしない程度にはディナーを楽しめる時間だからな」
    「かしこまりました」
     フォコたちを囲んでいた従者は武器を下ろし、ささっと広間から出て行った。
     と、トット媼が従者の一人を呼ぶ。
    「ちょっと、いいかしら」
    「はい」
    「水をニコル卿に差し上げてちょうだい。長々とお話されて、喉がひどく乾いてらっしゃるでしょうからね」
    「かしこまりました」
    「それから、ご来賓の皆さんに席を。ずっと立ちっぱなしにさせてしまいましたからね」
    「はい」
     警戒が解かれ、フォコたち一行は揃って、安堵のため息を漏らした。
    火紅狐・双老記 4
    »»  2011.08.10.
    フォコの話、275話目。
    問題が残っています。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     従者が持ってきた水を一気に呷り、フォコは両大老にぺこりと頭を下げた。
    「お許しいただき、誠に痛み入ります」
    「うむ。我々も、思うところがあったものでな」
     そう答えたリオン翁はフォコに手招きし、同時にまだ硬直したままのルーとルシアンを呼び寄せた。
    「椅子が遅いな。もう少し立ったままで話をさせてもらうことを、ご容赦願いたい」
    「あ、いえ、そんな」
    「ニコル卿。君はセブス……、セバスチャン・エール翁と会ったことがあるのか?」
     そう問われ、フォコはきょとんとする。
    「いいえ。何故です?」
    「そうか、会ったことも無く、先程の所信を語ったのか。驚かされたな、本当に」
    「ええ、確かに」
     トット媼も同意し、自分たちがフォコを許した理由を語った。
    「ルシアン・エール。プラチナ・エール。君たちは、セブスのことを覚えているか?」
    「ええ、勿論です」
     うなずくエール兄妹に、リオン翁はニヤリと笑って見せた。
    「さっきの、ニコル卿の言葉。どう思った?」
     そう問われ、ルシアンはもう一度うなずく。
    「……僕もびっくりしてるんです。親父がいつか言っていたこと、そのまんまだったので」
    「え?」
     話の流れが分からず、フォコとルーは目を白黒させるばかりである。
     と、そこへようやく、3人が並んで座れる程度の長椅子と、真っ赤なワインが運ばれてきた。
    「お待たせした。さあ、かけてくれ。
     と……、話の続きだが、かつて先代エール家当主、セバスチャン・エール卿は、『大三角形』の力を、広く世界に行使することはできないかと考えていた。
     そう、ニコル卿、君の言った通り、強い権力を持った我々が、単に西方の経済循環を維持するだけで、大商家の役割を果たしているのかと、疑問に思っていたのだ」
     それを聞いて、フォコは驚いた。
    「それは、確かにさっき、僕が言ったことと、すごく良く似ていますね」
    「うむ。……だが残念ながら、彼からその話を聞いた当時の我々は、もっと内々にしか目を向けていなかったのだ。
     不安定な世界情勢に対し、我々が選んだのは組織の保身だった。余計な争いに身を投じず、この『大三角形』の維持を選んだのだ。
     しかし……、その結果はどうだったか? セブス亡き後のエール家はあっと言う間に、死に体になってしまった。『大三角形』崩壊のその余波は我々をも襲い、西方経済全体の停滞、後退をも招いた。
     さらにあの鼻持ちならぬスパス産業の台頭に関しても、我々は組織を維持するために、またも保身を選んだ。その結果、増長したスパスは西方内の商店や工場を次々に買い叩き、我々の商業網を蝕んでいった。
     この二度の危機でようやく、我々は悟ったのだ。組織の維持のためには、ただ嵐をやり過ごそうとするだけ、身を守っているだけでは駄目なのだ、と」
    「しかし今のわたくしたちでは、どうしても『攻め』ができないのです。
     老いたわたくしやルイでは、組織の現状維持が精一杯。わたくしたちの子供も、何十年も西方のやり方で続けてきた分、急な方針転換ができない。かと言って今現在、若手に組織全体の方向性をガラリと換え、成長させられるような人材も無し。
     悔しいことに、現実の問題として、わたくしたちだけでスパス産業を、そして背後にいるエンターゲート氏を西方から追い出すことはできないのです」
    「そこへニコル卿、君の出現だ。
     さっきも述べた通り、我々にとって君は、非常に不気味な存在だったのだ。我々の中には、これを三度目の危機、蝕まれつつある西方経済に追い打ちをかける者、と考える者も少なくなかった。
     しかし、エルを初めとして、君は現状を打開する救世主になるかもしれない、と考える者もいた。そこで私たちは、君を試したのだ。
     結果、君は私とエルが思っていたよりも、ずっと素晴らしい見識の持ち主であることが分かった。是非とも、我々の計画――『スパス潰し』に協力してもらいたい」
    「ありがとうございます」
     と、フォコはそこで頭を下げたが――。
    「……ただ、一つだけ問題が残っています」
     そこでまた、両大老が表情を曇らせた。
    「あなたは西方に対し、大きな嘘をついたまま。それは、お忘れになっては困るわ」
    「……う」
    「恐らく君は、……そうだな、二ヶ月か、三ヶ月か経った辺りで、ジョーヌ氏死亡のうわさを流し、ルシアン君かプラチナ君、もしくはジョーヌ氏の娘さん辺りを、新たな総裁に立てようと考えていたのではないか?」
    「……仰る通りです」
     フォコの返答に、リオン翁は非難の目を向けた。
    「そこだ。君は嘘をつき過ぎる。極めて悪い性根だ。その不義だけは、改めてほしい。
     不義によって、エール家は没落したのだからな」
     そう言って、両大老はルシアンに――かつてはエール家の後継者と目されていた男に、目を向けた。

    火紅狐・双老記 終
    火紅狐・双老記 5
    »»  2011.08.11.
    フォコの話、276話目。
    エール家の、一つ目の受難。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦305年の初め。
    「なんと……! 亡くなったか、セブスの奴」
     報せを聞いたリオン翁は、興じていたチェスの卓から離れ、従者に命じた。
    「すぐエール家の屋敷へ向かう。用意をしてくれ」
    「かしこまりました」
     と、共にゲームをしていた息子、カントがまだ卓に着いているのを見て、軽く叱咤する。
    「何をボーっとしている! お前も来んか」
    「あ、は、はいはい。じゃ、兄さんたちも呼べるだけ呼んできましょうか」
    「うむ。……ああ、いや。ギュストは今、西方を離れている。他の皆も、少なくとも国内にはいるはずだが、呼んで来られるような場所にはいないはずだ。
     随行するのは、お前だけでいい。私が行けば、礼を失することはあるまい」
    「はいはい、杖替わりですね」
     立ち上がったカントに、リオン翁はこう尋ねた。
    「……厳しい局面とは思わんか?」
    「え? さっきのチェスですか?」
    「阿呆。西方のことだ」
     やって来た従者から帽子を受け取りつつ、リオン翁はこう続ける。
    「半遊び人のお前でも、昨年から央中で起こっているゴールドマン商会再編の話は聞いておろう」
    「あー、はい。3年か4年くらい前に当主になった、裸耳の何とかって人が、一族の商売を自分のところに集めて、再配分し直したとか何とか」
    「……まったく、お前ときたら。『何とか』ばかりだな。
     まあいい、概ねその通りだ。さらにその前後、その当主は己に商会の権力を集中させ、中央政府や地方の国家、軍事勢力に加担し、各地で戦争を誘発させているのだとも聞いている」
    「そりゃまた、物騒なことで」
     呑気に返したカントを一瞥し、リオン翁はふう、と落胆したため息を漏らした。
    「他人事ではない。既に南海と北方は大荒れだ。次に狙われるのは、中央大陸の南部か、あるいは……」
    「この西方か、ってことですか。でも父さん、いくら権勢を極める商人と言っても、西方へ乗り込むのは難しいんじゃないですか」
    「ほう。流石にお前でも、それは分かるか」
    「そりゃボンクラですけど、30年ちょっとはあなたの息子やってますから。
     外国から意気揚々と乗り込んできた商人を、ことごとく『大三角形』は追い出してきた。店舗は貸さない、工場も人員も貸さない、資金も名義も貸さない。徹頭徹尾、海外から来た商人は、港町から一歩も進出できないようにしてきた。
     商品を売る場も無い、作る場も無い、作る材料や機会すら与えない、……じゃ、どんな凄腕だって手の打ちようなんかない。いくらその、何とかマン商会が強大な権力者といえど、西方の玄関口、ブリックロードやセラーパークに着いてから3日で、諦めて撤退するでしょ」
    「……そうだな。『大三角形』は動脈であり、権威であり、そして壁でもある。
     セブスがいなくとも、その息子のルシアンや、ミシェルはそれなりに優秀だ。多少危なっかしい感は否めないが、エール家を維持できる程度には実力があるし、不足する点は我々が助けてやれば、問題はないだろう。
     依然として、何人たりとも『大三角形』を破ることはあるまい」



     エール家での葬儀が済み、リオン翁はエール家の遺族たちと話す機会を得た。
    「ご無沙汰しております、リオン翁」
    「うむ。……重ね重ね、愁傷であった」
    「ありがとうございます」
     喪主を務めたルシアン・エールは、リオン翁の挨拶に深々と頭を下げた。
    「我々三大老の中で最も年少だったあいつが、先に逝くとは思わなかった。私の方が先かと思っていたのにな」
    「近年は、特にふさぎ込むことが多く、とても悩んでいた様子でした。それが、死期を早めてしまったのかも知れません」
    「そうか……」
     リオン翁は椅子に腰を下ろし、ぼそ、とつぶやいた。
    「……プラチナのことかな」
    「それもあるでしょうし、他にも悩みは多かったのでしょう。
     最近では、南海から進出してきた、……と言うよりも、出戻ってきた、スパスと言う新興商人のこともありましたからね」
    「スパスか……。いくら代表者が西方人とは言え、海外資本で身を固め、その上我々に、特に君たちエール商会に、真っ向から対立していたからな。到底、心許せる相手ではない。
     もう少しあいつ……、いや、我々に若さがあれば、ばっさりと排除しただろうにな。老いとは恐ろしい。何かにつけ、行動が鈍くなる」
    「……ご心配なく」
     ルシアンはリオン翁の前に膝立ちになって、こう宣言した。
    「僕が、何とかします。これでも次の、エール家当主と目されている身ですから」
    「……頼んだぞ、ルシアン」
    火紅狐・確執記 1
    »»  2011.08.13.
    フォコの話、277話目。
    当主争いと、妹との再会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ルシアン・エールは、「それなりに」当主向きの人材と言えた。
     大局観があり、世相にも詳しく、そして何に対しても公平、かつ公正で、温情ある判断が下せる男だったからだ。
     反面、優柔不断で冷徹な思考のできない、今一つ詰めの甘い面もあったが、彼がトップを務めているいくつかの商会は、どこも平穏な経営・運営が成されており、どの方面からも信用が厚かった。

     そしてもう一人、次期当主と目される人物がいた。彼のすぐ下の弟、ミシェル・エールである。
     こちらはルシアンとは逆に、判断を明確に、はっきりと付ける性格であり、どこよりも迅速に、かつ大胆に動くことを得意としていた。
     そのため、彼が独り立ちしてからの10年近くで、何度も大きな事業を成功させた一方で、彼に不満や恨みを持つ者も、少なくない。彼に出し抜かれて被害を被り、敵となった相手も多かったのだ。

     一方で、まったく当主争いから外れていたのが、三男のサザリー・エールである。
     彼は万人に黒を白と納得させてしまえるだけの弁舌を持っていたが、いかんせん親しみやカリスマとは全く無縁の、まるで死神のように不気味な風貌の醜男だったし、何より商売のセンスに欠けていたからだ。
     ルシアンのように組織全体の和と利益を重んじるわけでもなく、ミシェルのように投機に敏いわけでもない。口の他には商人としての才能と良識が乏しく、彼自身も当主など狙ってはいなかった。

     エール家の当主争いは、当初はルシアン派が優勢であった。
     西方商業界のみならず、商売においては「信用」が物を言う。「この人は自分に損をさせない」と言う信頼関係があるからこそ、取引が成り立つからだ。
     その点において、博愛主義のルシアンは西方の各国、各都市から支持されており、セブス・エール翁が擁していた人間の多くも、ルシアンが当主になることを強く望んでいた。
     反面、機に敏く、常に大きな利益を創出してきたミシェルの外馬に乗ろうと言う者も、少なくない。ルシアンに一歩及ばないものの、こちらも支持者は数多く存在した。
     このまま自然に流れを任せれば、恐らくはルシアンが次の当主となり、ミシェルはその補佐に回るだろうと言うのが、「大三角形」筋をはじめとする、西方商人たちのおおよその予想だった。

     それが狂い始めたのは、長らく行方知れずだった末娘、プラチナ・エール――クリオと共に南海へ渡っていたルーテシアが三人の娘を連れ、ルシアンの元を訪ねた辺りからだった。



    「君は……」
     自分の目の前に立つ、子連れの女性に、ルシアンはどう話をしようかと、軽く困惑していた。
    「お久しぶりです、兄さん」
    「……だよね。うん、見覚えがある。えーと、後、そのー、後ろにいるのは、……君の子供、でいいのかな」
    「はい。青いチョーカーの子が、リモナ。白が、プルーネ。そして赤が、ペルシェ。
     ほら、三人とも伯父さんにご挨拶なさい」
     ルーに促され、三人娘は揃ってぺこりと頭を下げた。
    「はじめまして」「おじちゃん」「よろしくね」
    「あ、うん。よろしく。……えーと、プラチナ。いくつか、説明してほしいんだけど、いいかな?
     まず、君がこのエール家からいなくなって、もう15年になる。その間、一体君は、どこにいたの? それと、その子供たちの父親は誰なの? 後、どうして今戻ってきたのかも聞きたいんだけど、……いいかな?」
    「ええ。一つ目と二つ目の質問だけど、一度に答えさせてもらうわね。
     わたしは15年前、クリオ・ジョーヌと結婚したの」
     これを聞いて、ルシアンの兎耳がぴょんと跳ね上がった。
    「く、……クリオ・ジョーヌ!? あの、『怒鳴り込み屋』ジョーヌのところにいたの!?」
    「ええ。で、この子たちはクリオとの子供。15年前、彼と一緒に南海へ渡って、それから、……去年まで、一緒に」
    「じゃあ今、彼と、ジョーヌ海運は? 聞いた話では、突然経営が止まって破綻したと聞いているけど……」
     その言葉に、ルーはぽろぽろと涙を流した。
    「……殺されたらしいの」
    「なん……だって」
    「でも、誰が殺したか……。若頭のアバントは丁稚のホコウくんと、ジャールがやったと言っていたけれど、一方で同じ丁稚のアミルは、アバントが真犯人に決まってるって言うし」
     その返答に、ルシアンは腕を組んでうなった。
    「もしかしてアバントって、アバント・スパスのこと?」
    「ええ」
    「……僕も、根拠が無いのに失礼とは思うけど、そのアミルって人に同意かな。
     ジョーヌ海運が経営破綻した、ってさっき言ったけど、その破綻した商会を買い叩いて成り上がったのは、他ならぬアバント氏だもの。
     今の話を聞いた上では、ジョーヌ氏を殺してその商会を奪い取ったとしか思えないよ」
    「……わたしも、……そう思ってる」
     ルーはその場に崩れ落ち、顔を覆って泣き出した。
    「わたし、グス、もうっ、頼れる人が、グスッ、いないのよ……」
    「……プラチナ。事情は、分かったよ」
     ルシアンはルーの側に立ち、ハンカチを差し出した。
    「僕が、何とかしてあげるよ」
    火紅狐・確執記 2
    »»  2011.08.14.
    フォコの話、278話目。
    スパス産業の台頭。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     指を折られ、散々袋叩きに遭い、その上拘束されたまま、南海の無人島にほっぽり出されたアバントを回収したのは、他でもないケネスだった。
    「これはこれは。ナイスミドルが見る影もない」
     応急処置を受け、甲板に寝かされていたアバントの姿を見下ろし、ケネスは薄笑いを浮かべている。
    「ゼェ……、ゼェ……」
    「どうだね、スパス君。療養も兼ねて、このまま西方へ戻っておくか? 今さらナラン島に戻っても仕方あるまい?」
    「そ……そう、ですね……」
     その返答を聞き、ケネスはニヤリと笑った。
    「そうか。なら、都合がいい」
    「つ、都合です、か?」
    「そうだな……。半年ばかり向こうで活動し、ジョーヌ海運を買収しておいてくれ」
     そう命じられ、アバントは目を丸くした。
    「ば、ばい、しゅう?」
    「そうだ。さっきの砲撃で、クリオ・ジョーヌとお付きの有象無象は死んだはずだ。となれば、西方の、そして南海に展開されているジョーヌ海運は、どうなるか?
     カリスマ的存在の総裁が不在となれば、海運の経営はままならん。3ヶ月もすれば、どうごまかしても不在の影響は濃くなる。お前の怪我が治るくらいの頃には、ジョーヌ海運の操業は完全停止、経営破綻は確実だ。
     海運に残された丁稚ども、職人どもはただ右往左往、座して死すのを待つばかりの状態だ。そこでお前が、『自分がジョーヌの代わりになる』と名乗りを上げ、実績を挙げれば、半年で海運はお前のものになる」
    「し、しかし、クリオが、いないとは言え、ほ、他にも、実力のある、奴は、いますよ。お、俺なんかが、て、手を、挙げたところで、どうにも……」
    「だから実績を挙げれば、と言っただろう? 私の話が理解できないのか?」
     ケネスは馬鹿にしたような目を向けつつ、ジョーヌ海運奪取の算段を伝えた。
    「まずは向こうで、商会を立ち上げろ。人員と資金は、私が都合してやる。その後で、大口の仕事を回す。
     それで勝手に、実績は挙がる。過程はどうあれ、稼ぐ人間が総裁になると宣言して、誰が文句を言うというのだ?」
    「なる……ほど」
     アバントは血まみれの顔をたどたどしく拭きながら、改めてケネスの計略と力に恐れ入った。

     ケネスの言葉通り、ジョーヌ海運から独立してスパス産業を立ち上げ、半年もする頃には、海運の人間は誰もアバントに対抗・反発できなくなっていた。
     アバントの成すがままにジョーヌ海運は解体・買収され、アバントは西方商業界の、新たな急先鋒となった。



     その急激な成長に最も警戒したのは、他ならぬルシアンである。
     妹からアバントの凶状を聞き及んでいたし、西方商人の間ではタブーとされていた、海外資本による西方内での経営展開を押し通した、「大三角形」の権威と商業網に、真っ向から対立する男だったからだ。
    「どう対抗すべきかな、エールの若旦那?」
     スパス産業の台頭を受け、「大三角形」の主要人物、特に次代を担うと目されている者たちが集い、どう対応するか、協議を行うこととなった。
    「若旦那なんてそんな、ははは……。まあ、それはさておき」
     当然、この場にはルシアンもおり、その場にいた誰もが彼を、正当な次期エール家当主として扱っていた。
    「僕の意見としては、やはりスパス産業には、厳しい態度を執るべきかと思うね」
    「ほう?」
     ルシアン同様、次期リオン家当主になるだろうとうわさされているギュスターヴ・リオン、通称ギュストは、ルシアンの意見に首をかしげた。
    「意外だな。君のことだから、協調路線を執るかと思っていたが」
    「少し思うところがあってね」
    「思うところとは?」
     ギュストにそう問われ、ルシアンは口を開きかけた。
    「え、っと……」
     しかし、その「思うところ」――可愛い妹の、その夫の死にアバントが関わっており、そのため強い不快感を覚えていることなど、口に出すことはできない。
     何故ならその夫とは、アバント以前に西方で嫌われていた外国商人、クリオ・ジョーヌその人のことであり、その彼と縁者であることが発覚すれば、ルシアン、そしてエール家の信用は急落するからだ。
     優柔不断で、どちらかと言えば臆病な面があり、さらに次期当主と目され、その家督と権威を一身に背負う身となったルシアンに、その事実を告白し、さらにそれを逆手にとって皆の同情と信用を得ようなどと言う離れ業は、到底できるはずもなかった。
    「……そうだな、まあ、僕の近しい知人と言うべきか、そんな感じの人間からも、あまりいいうわさを聞いてないからね。
     それに何より、我々『大三角形』の、最大の敵となろうとしている。今のうちに手を打たなければ……」「最大の敵、だと?」
     自論を通そうとしたルシアンに、場の奥にいたリオン翁が声を上げた。
    火紅狐・確執記 3
    »»  2011.08.15.
    フォコの話、279話目。
    三重の大三角形。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     リオン翁はルシアンをにらみ、杖で指し示しながら尋ねる。
    「ルシアン、君はあのスパス氏が我々、この巨大な三つの商家と、等しい敵となると言うのかね?」
    「え、あ、いえ」
    「ならば『最大の敵』と言う、その定義はなんだ?」
    「そ、の……」
    「……軽はずみな発言は、くれぐれも控えてもらおう。
     いいかね、私がこの30余年何度も言ってきたことであるし、ここにいる若い諸君には既に、聞き飽きた言葉ではあろうが」
     リオン翁は立ち上がり、威厳のある声を以て、全員にこう演説した。
    「エール家、トット家、そして我がリオン家が成す『大三角形』は、西方の経済を動かす動脈であり、外界からの侵入・侵略を一切許さぬ壁であり、そして西方すべての商人の頂点に立つ、権威そのものなのだ。
     その我々が、小物の一人や二人にこうして雁首を揃え、戦々恐々としているだけでも、皆の不安をあおろうかと言うのに、敵とみなして徹底抗戦せよ、徹底的に叩き出せ、……と、広く伝えると言うのか?
     短期的には確かに、スパスを追い出すことには成功するだろう。我々の力を以てすればな。だが小物相手に全力を出したその後、影響はどう出てくるか? こんな小事で出さずともよい全力を出し、それが我々の権威、メンツを揺るがせるようなことには決してつながらないと、誰が断言できる?」
    「……」
    「私は、大いに反対だ。まずは現状の維持、スパス産業とは必要以上に取引をせず、監視する。それ以上のことは、すべきではないと考えている。
     もし今後、仮に、ルシアンの言う通り、スパス産業が『大三角形』を脅かす危険があると、明確に判断ができた場合、そこで然るべき行動を起こせば良いのだ。
     何か、他に意見のある者は?」
     そう問われても、最年長者であり、「大三角形」の要であるリオン翁に対し、反対意見を述べられるような者など、いるはずもない。
    「……では、会議はこれまでだ。また何かあれば、私やエルの方から召集をかけよう」
     始終、リオン翁に誘導される形で、会議は幕を閉じた。

     会議の後――。
    「サーシャ。一つ、調べてほしいことがある」
     リオン翁は娘のサーシャを、己の執務室に呼び出した。
    「何をでしょうか、お父様」
    「ルシアン・エールのことだ。お前も今日の会議に参加していて、気にはならなかったか?」
    「……そうですね。ルシアンは、あまり強い主張をするタイプではありません。それなのに、今日はどこか、態度が硬かった」
    「そう、そこが気にかかる。何より、スパス産業を『最大の敵になるかも知れない』と論じたことも、引っかかる。
     一体彼は、アバント・スパス氏に何を感じたのか……?」
    「彼とスパス氏の接点を探れ、と言うわけですね」
    「そう言うことだ。……それから、彼はこうも言っていた。『近しい知人から、スパス氏についての悪いうわさを聞いている』と。
     その知人が誰であるかも、探ってみてくれ」
    「分かりました」



     一方、エール家の次男、ミシェルは、密かにとある商人と会談していた。
    「……率直に言わせてもらおう。こんな計画は、馬鹿馬鹿しいにも程がある」
     言うまでもなく、その商人とはケネスのことである。
    「そうですかな、ミシェル卿? ……ああ、いやいや。そう思う方が大多数であるからこその話ですからな、これは」
    「父上名義の債権を返済すると言うから、こうしてわざわざ出向いてみたが、こんな荒唐無稽な話を聞かされるとは、思いもよらなかった。
     一体どうやって、央中商人を軒並み破滅・破綻させると言うのだ? 確かに君の言う通り、世界の主流は中央大陸であり、経済界もまた然り、だ。あらゆるシェアは中央、特に央北と央中とが、その大部分を握っている。
     このシェアの半分を握る央中商業界が停止、あるいは壊滅すれば、それは確かに君の言う通り、我々西方商人が乗り出し、取って代わる絶好の機会になるだろう。
     だが、現実的に考えてみれば、そんなことは起こりえないことだろう? 我々西方商業界がそうであるように、央中の商業界も厳然たるルールと、相互利益の精神で動いている。誰か一人が常軌を逸して儲けることは不文律的に許されていないし、軒並み大損することを防ぐように、各種商会やギルドが連携を密にしている。
     君の言うような未来――世界経済全体が破綻を迎え、寡数の商人が好き勝手に商売をして、ほぼ無限に稼げるようなシステムが構築される、などと言うような壊滅的、大破局的な状況は、誰も望んでいないし、君一人の思惑で進められるものではないはずだ」
    「ええ、確かに。私一人では、ただの夢、幻ですな。ですが、これを実行するのは私一人ではない。
     既に下準備は、着々と整えているのですよ。央中最大の商会であり、強力な資金力と商業網を持つゴールドマン商会を手中に収め、世界の政治・軍事バランスに強い影響力を持つ中央政府も、私の思うままに操れる。その上で、南海の戦乱と北方の経済破綻により、数年のうちにこの二地域は私と、私の腹心・同志のものになる。
     いや、もう半ばなっていると言っていい。事実、南海では、私の管理下にあるレヴィア王国はつい最近、最大勢力のベール王国を下し、北方においても十を超える軍閥が、私への莫大な借金で言いなりになっている。
     で、残るは央南とこの西方だけ、と言うところなのですが……」
    「誇大妄想も甚だしい!」
     ケネスの、あまりにもスケールの大きすぎる話に、ミシェルは胡散臭さしか感じられなかった。
    火紅狐・確執記 4
    »»  2011.08.16.
    フォコの話、280話目。
    305年の三者会談。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     呆れ返るミシェルに、ケネスはなおも自説を述べ続ける。
    「まあ、お聞きいただきたい。聞いていただければその道程、完全掌握の筋道は、自ずと分かるでしょう。
     先程も申し上げた通り、私の計画上、央中商人たちが存在し、商売をし続けていることは、非常に邪魔になる。そして一方で、央南と西方も奪取したいと考えている。となれば、同時進行で進めてみてはどうか、……と」
    「同時進行?」
     尋ね返したミシェルに対し、ケネスはニヤリと笑って見せた。
    「央南の中央政府名代である清家の当主、清一富王は凡愚ながら野心を持つ、取り入るには好都合の存在。彼を操り、央中に対して多額の債務を負わせます。
     そして彼に挙兵させ、確実に負けるであろう戦い、……そうですな、中央政府打倒などに向かわせて、央南を壊滅させるのです」
    「……」
     何と言うことのない、世間話でもするかのような口調で、世界の一地域を崩壊させようと提案するケネスに、ミシェルは強い嫌悪感を覚えた。
    「なるほど、君の言いたいことは分かった。名代であれば、絶大な信用を持っているからな。多少乱暴で強引な取引をしても、支払い能力は十分にあると判断される。
     その『絶対に潰れない取引先』を潰し、債権者となった央中商人たちを軒並み破産させると言うことか」
    「その通り」
    「もう一度言おう。君は、馬鹿げている。正気だとは思えない」
     ミシェルは大きく横に首を振り、この計画を否定する。
    「その清王朝、いくらなんでもそこまで愚鈍ではないだろう。
     中央政府打倒などと言う話からして、あまりにも非現実的だ。よしんば、その与太話をカズトミとか言うバカ殿が信じたとして、一体どれだけ借金を負わせるつもりだ? 30億クラムか? それとも50億? そんな額を、国王の裁量だけで動かせるわけがないだろう? 動かすには、その周りの大臣たちをも巻き込まねばならない。大臣なのだから、有識者でないはずが無い。間違いなく彼らは、そんな馬鹿げた浪費をさせないよう、制止するはずだ。
     そんな話など、実現するわけがない。私の弟のように、太陽を第三の月と信じ込ませるような弁舌の持ち主でもいない限りはな」
    「ええ。だからこそ、私はあなたにお話を持ちかけたのです」
    「……なんだと?」
     思いもよらない返答に、ミシェルはきょとんとする。

     それと同時に、閉め切っていたドアからノックの音が聞こえてきた。
    「入りたまえ」
    「へへ、どうも失礼しますよ、ケネスさん、それから兄さんも」
     入ってきたのは、話題に上ったそのサザリーだった。
    「既に、サザリー君は私の計画に賛同してくれています。是非とも、一国の王様をだましてみたいと申し出てくれました」
    「サザリー、お前……!」
     立ち上がりかけたミシェルの両肩に手をやりながら、サザリーはへらへらと笑いかけた。
    「まあまあ、面白い話じゃないか、兄さん。
     この計画が成功すれば、僕たちは中央大陸の三分の一を、とても一国の価格とは思えない、とんでもない安値で買えるんだよ? その利益たるや、この西方大陸での稼ぎをはるかに超えるはずだ。
     世界一は勿論、ケネスさんに譲るとしても、世界で二番目の大商人に、僕たちがなれるんだよ?」
    「道理を考えろ、サザリー! 世界の一地域を丸ごと潰して掌握するなど、中央政府が許すものか! 必ず何のかんのと理由をつけ、報復に出る!
     いいやそれ以前に、例えお前でも、央南の有識者陣を全員だまして浪費させるなど、到底できるものか!」
    「おや、これはおかしなことを。あなたは、弟のサザリー君ならできると仰っていたではないですか」
     そう突っ込んだケネスを、ミシェルはキッとにらみ付けた。
    「言葉の綾だ! 現実を考えれば、できるはずが……」「ところが現実は、あなたが思っていたよりも軟弱だったのですよ」「……どう言う意味だ?」
     ケネスはいやらしい笑みを浮かべ、サザリーにあごを向ける。
     それを受けて、サザリーは嬉しそうに話し始めた。
    「うん、僕は既に一度、央南に渡り、向こうの王様に会ってきたんだ。耳寄りな話があるって言って」
    「な……」
     目を丸くしたミシェルに畳み掛けるように、サザリーは話を続ける。
    「ケネスさんの人脈とコネで、面会できたんだよ。で、話をつけて、もう既に一件、6200万クラムをツケさせてるんだ。
     この調子だと、数年で目標額の30億にすぐ達しますよ、ケネスさん」
    「ご苦労。……と言うわけです、ミシェル卿。
     案ずるより産むが易し、と言うやつですな。あなたが無理だ、できないと諦める話を、我々はとっくに実行に移し、易々と成功させている。
     これに乗らないとは、『投機のミシェル・エール』の名が廃りますよ」
    「う……」
     そこでケネスは立ち上がり、卓の向かい側に座るミシェルに、ずい、と顔を近づけた。
    「それにミシェル卿。今、あなたが狙っているものを手に入れるチャンスも、私は提供するつもりですよ」
    「狙っている……、もの?」
     それを聞いて、ミシェルはまた、けげんな顔をした。
    火紅狐・確執記 5
    »»  2011.08.17.
    フォコの話、281話目。
    家族主義、組織主義の衝突。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     双月暦305年――エール家にとってこの年は、3つの不幸が連なった年であった。
     そのうちの1つが、セブス・エール翁の死であることは言うまでもないが、残る2つは――。



    「ルシアン。何故、私が怒っているか、分かっているかね?」
    「いえ……」
     ルシアンはリオン翁から呼び出され、「大三角形」の主要人物たちの居並ぶ前に一人立たされ、審問を受けることとなった。
    「僕が、何か怒らせてしまうようなことを?」
    「そうだとも。君は私に対して、いや、『大三角形』として深く、強い絆で結ばれた皆に対して、やってはならぬことをした。それが何か、分かるかね?」
    「……分かりません」
     そう答えたルシアンに、リオン翁はふう……、と深いため息をついた。
    「そうか、身に覚えがないと言うのだな、ルシアン。
     ……私は、密かに君の身辺を探らせていた」
    「えっ」
     目を丸くするルシアンに、リオン翁はこう続けた。
    「何故、こんなことをしたか、だが。
     君の不穏かつ不適切、不相応な発言――スパス氏を『最大の敵』と称したことが、あまりにも気にかかったためだ。
     温厚な君が、明確な敵意を発したのは一体、何故か? それを、探らせていたのだ」
    「それは……」
     弁明しようとしたところで、リオン翁が杖の先を、がつっ、と苛立たしげな音を立てて床に叩き付けた。
    「私の話に異議があると言うのなら、私が話し終えてからにしてもらおうか」
    「……は、はい」
     縮こまったルシアンをにらみつつ、リオン翁は調査結果を述べた。
    「何週間か前に、君の所へ身を寄せた人間が、4名いることが分かった。1名は、長らく行方知らずになっていた、プラチナ・エールだと言う。
     それだけをとれば、何とも感動的な話だ。私としても、彼女のことは気にかけていたからな。だが、彼女には3人の娘がいた。そこから、話がおかしくなってくる」
    「……」
    「その娘3名は、どうやらあの、クリオ・ジョーヌとの子供らしいな」
     リオン翁の暴露に、審問の場は騒然となった。
    「ジョーヌ……!?」
    「まさか、彼とつながりが?」
    「初耳だぞ!」
     それらの声に対し、リオン翁は深々とうなずいてみせた。
    「私もだ。そして皆の反応を見て分かる通り、それはまったくもって喜ばしいことではない。何故ならジョーヌ氏は、西方の人間ではないからだ。
     プラチナは、大変なことをしでかしてしまった。『大三角形』は西方のためのものであり、外の人間のためのものではない。西方人にとっては外界からの侵略・侵入を阻む壁であるはずの我々の中に、あろうことか外国人を引き入れたのだ。
     こんなことは到底、容認できるはずが無い! プラチナは、我々の関係に深いひびを入れたのだ! これはもう、大罪を犯したと言っても過言ではない」
     妹を悪しざまに罵られ、温和なルシアンも流石に嫌悪感を覚える。
    「そんな言い方、ないでしょう」
    「何を言うか! ではルシアン、君はこれを何と言うことのないことだと?
     確かにセラーパークなどの港町なら、大したこととは見られまい。毎日のように大勢の外国人が押し寄せるのだから、その中で恋愛感情も芽生えることも、少しばかりはあるだろう。
     だがそれは、何の責任も権威も持たぬ、底辺の労働者くらいであれば誰も構いはせん、と言う話だ。そんな有象無象と、西方の経済を背負って立つ我々三大商家とを同じ天秤にかけるつもりなのか、君は!?」
    「なっ……」
     平然と弱者を見下し、貶めるこの放言に、いよいよルシアンは怒り出した。
    「リオン翁、それは正気で言っていることですか!?」
    「何を怒る? 本当のことだろう?
     では君は、君の今いる地位を、路上でゴミ箱を漁る浮浪者に与えても、何ら『大三角形』にも、西方経済にも影響は無いと言うのか?」
    「それとこれとは、筋の違う話でしょう? 詭弁じゃないですか!
     ではリオン翁、あなたは僕の妹がしたことは、何の祝福も称賛も得られない、唾棄すべき行為だと言うのですか!」
    「そうだ」
     その返答に、ルシアンの理性が、ぷつりと音を立てた。
    「……ふざけないでくださいッ! あなたは、あなたは……、愛する夫を失い、悲嘆にくれる妹を、さらに傷つけようと言うのですか!?」
    「話はこれまでだ、ルシアン。もう君とは、話す意義がない」
    「……え?」
     急ににべもない態度を執られ、ルシアンは虚を突かれる。
    「聞こえなかったのか? 君にはもはや、私に対して発言する権限はないのだ」
     そうリオン翁が言い放つと同時に、ルシアンは両脇を、リオン家の従者に抱えられた。
    火紅狐・確執記 6
    »»  2011.08.18.
    フォコの話、282話目。
    エール商会ゼネスト。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「な、何を!?」
    「ルシアン。私は既に、ある決定を下している。
     プラチナのしたことは、到底容認はできない。よって、彼女をエール家から追放することを強く要請する」
    「そんな!」
     ルシアンの反応を見て、リオン翁は大きなため息をついた。
    「だろうな。君なら、そう反応するだろうと思っていた。
     だが、これも『大三角形』の維持のためだ。それを呑めないと言うのなら、我々は君にも連帯責任を取ってもらわねばならんと考えている」
    「連帯責任?」
    「現在、プラチナを擁護しているのは、次期エール家当主と目されている、君だ。
     だが、考えてもらいたい。『大三角形』の一角を担う者が、『大三角形』を脅かしている者を擁護しているなど、おかしい話だろう?」
    「そんな言い草こそ、おかしい……!」
     自分をにらみつけるルシアンに対し、リオン翁はふう、と重たげなため息をつく。
    「だから我々は、君が次期エール家の当主に就く権利を放棄するよう、これも要求する。
     プラチナの追放と、君の辞退。この二つの要求が受諾できないのであれば、我々は今後、エール家との取引の一切を停止する」
    「な……っ」
     これを聞いて、ルシアンは青ざめた。
    「よく、考えるように」
     リオン翁は杖で扉を指し示し、従者たちを使ってルシアンを追い出した。



     西方は、何かにつけて「組織」と「家族」を重視する傾向にある。
     この騒動も、ルシアンは妹と姪たちの安全と尊厳を尊重し、また、リオン翁は「大三角形」の体面を尊重した結果、起こったものだった。
     そのため、この時点での話し合いでは、両者は対立するばかりで、ルシアンの主張が通ることもなく、リオン翁の要求が通ることも、また無かった。

     だが、その衝突と反目は、エール家を窮地に追い込むこととなった。
     「大三角形」との取引停止を受け、エール商会の操業はストップせざるを得なかった。大口の原料・資材の供給元であるリオン家とトット家から、木板一枚、ネジ一本すら買えなくなってしまったからだ。
     そのため新しい供給元を探さなければならなくなり、ルシアンが奔走しようとしていたところで――。
    「何だって……!?」
     エール商会の傘下にある工場・商店のほとんどで、ルシアンに対する大規模な反対運動が勃発し、商会の運営が不可能になってしまったのだ。
    「……みんなからの要求は?」
     そう尋ねたルシアンに、商会の大番頭は何も言わず、ルシアンの顔をじっと見つめた。
    「……僕の、……次期当主の辞退か」
    「ええ。やはり、『大三角形』との取引が再開されないことには」
    「……話し合いの機会を、設けてくれ」
    「……それが……」
     何故か、大番頭はそこで言葉を濁す。
    「どうした?」
    「……話し合いは、既に始まっておりまして」
    「え?」
     予想外の展開に、ルシアンは面食らう。
    「僕がいない状態で、何故話が進んでいるんだ?」
    「……」
     だが大番頭は何も言わず、すっと後ずさりした。
    「どう言うことなんだ、一体!?」
    「……」
     そのまま、大番頭は執務室から離れる。
     そして代わりに、したり顔のミシェルとサザリーが入ってきた。

    「やあ、兄さん」
     ニヤニヤとした顔で、ミシェルはルシアンに詰め寄ってくる。
    「き、君が代わりに話を?」
    「そうだ。それでだが、まあ、結論から言おうか?」
    「……ああ」
     ルシアンがそう答えた途端、ミシェルはルシアンが座っている机を蹴りつけた。
    「兄さん、あんたはクビだ。エール商会に属するすべての商店・工場から、手を引いてもらう。そして勿論、エール家からも出て行ってもらうぞ!」
    「な……」
    「この数週間、あんたはあっちこっちを回って、原料・資材の買い付けに奔走していたようだが、その間商会の操業は完全に停止していた。
     その間の損失が一体、どれほどのものか、分かっているか?」
     この質問に、ルシアンは「う……」とうめくしかなかった。
    「分かっているようだな。そう、時価300億クラムにも上る、天文学的な大損害だ!
     まず、それが辞めてもらう、第一の理由だ。これに関して、異議申し立てがあるか?」
    「……」
     何も言えないルシアンに畳み掛けるように、サザリーが話を継いだ。
    「そして二つ目、あんたはあのリオン翁を怒らせちゃったんだ!
     もしもこのまま、何とか資材供給元が見つかったとして、あんたはそのまんま、のうのうと西方で商売できると思うの? できないでしょ、そんなの!
     あのクソじじいのことだ、何かにつけて邪魔してくるに決まってる! そうなったらまた、同じことが起きる! あんたがこのまま、エール商会に居座ってたらね!」
    「く……」
    「そして3つ目だ」
     再度、ミシェルが口を開く。
    「あんたは、プラチナとその娘たちを保護している。そう、西方人ではない人間との子供を、だ」
    火紅狐・確執記 7
    »»  2011.08.19.
    フォコの話、283話目。
    当主問題の、最悪の解決。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     リオン翁に続き、ミシェルまでもがリモナたちを否定したことで、ルシアンはまたも激昂した。
    「君まで、そんなことを言うのか! 例え半分でも、僕たちと血がつながっている子たちだろう!?」
    「だが半分は違う。そうである以上、私には擁護する理由はないし、その点においてはリオン翁と同意見だ。
     かねてからリオン翁に要請されてただろう、エール家から彼女らを追い出すことを? それに対しあんたが嫌だと言ったから、この騒ぎになったのだ。
     その全責任はあんたにある。だからこそ、あんたは出て行ってもらわなければならない。それとも300億を払い、リオン翁が納得するような説明をしてくれるのか?」
    「……それは……できないが……しかし……」
     苦い顔をするルシアンに、ミシェルはフンと鼻を鳴らした。
    「さっさとそこから立て、ルシアン」
    「えっ……」
    「できない以上、あんたはもうエール家の人間ではない。ましてや、次期当主でもない。そこに座る権利など、無い!」
     そう言うとミシェルはルシアンの胸ぐらをつかみ、無理矢理に椅子から引きずりおろした。
    「な、何をする!?」
    「聞こえなかったか、ルシアン」
     ミシェルはあごをしゃくり、サザリーに手伝うよう促す。
    「出て行ってもらう。二度と、うちの敷居をまたぐな」
    「はいはい出て行った、出て行った!」
     ミシェルとサザリーはルシアンの両脇をつかみ、そのまま屋敷の外まで連れ出した。

     その直後、ルーテシア母娘も同様に追い出され、ルシアンたちは路頭に迷うこととなった。



    「……これで満足か、ゴールドマン総帥」
    「ええ」
     ルシアンを追い出し、エール家当主となったミシェルは、再びケネスと会っていた。
    「本当にこれで、300億を肩代わりしてくれるんだろうな」
    「勿論ですとも。ただし、いずれは返済してもらわねばなりませんがね」
    「だろうな」
     当主となったものの、すぐに一連の騒動のツケが回り、ミシェルは既に汲々(きゅうきゅう)としていた。
     ルシアンを罷免するために叩き付けた時価300億の負債は当然、当主となったミシェルに返ってきた。これ自体は、ケネスからの借り入れと、スパス産業への商店・工場売却で凌ぐことはできたのだが――。
    「いつ頃、スパス産業を潰す?」
     ケネスの援助で台頭し、現在も急成長を続けるスパス産業の力は、300億の負債で傾いたエール商会には到底、対抗できるものではなくなっていた。
     このまま何年も経てば、いずれエール家は没落し、スパス産業に取って代わられる。それではミシェルたちに、何の旨味もない話だったが――。
    「まあ、北方や南海の戦争で一山、二山当ててからですから、短く見積もっても5年ほどでしょうな」
    「5年もかかるのか」
    「獲物は太らせてから食べるのが、最も賢く、最も美味になる。そう説明した通りです」
    「それは、分かっているが……」

     ケネスから持ちかけられた話は、こうだった。
     スパス産業が成長し、西方での権力を強めることで、西方商業網は従来の「大三角形」に依存したものから、スパス産業中心のものへと遷移していく。
     そうなれば現在のエール家同様、リオン家・トット家の影響力も弱まることとなり、「大三角形」は弱体化、あるいは消滅する。
     そうして西方商業網が作り変えられたところで、ケネスがアバントに指示を出し、何らかの方法でスパス産業をエール家へと明け渡す。
     これがすべて成功すれば、西方商業網はエール家、即ちミシェル一人に支配されることになる――と言うものだった。
     最初からケネスは、アバントのことを当て馬程度にしか見ておらず、本懐はエール家を籠絡・操縦することにあったのだ。

    「今現在、屋敷内だけでも火が点いたような状況にある。使用人はすべて解雇し、調度品や宝物も売り払った。
     5年も待たされては、我々は干上がってしまう。……まさか、それが目的ではないだろうな?」
    「まさか。このままスパス君に任せたところで、結局は『新参者』のレッテルを拭い去ることはできない。せっかく商業網を再編しても、彼では持て余すでしょう。そこはやはり、伝統と権威あるあなた方が舵取りをしなければ。
     まあ、私の方から生活費は都合しておきましょう」
    「……ああ。頼んだ」
     ほんの一瞬だが、沈んだ顔を見せたミシェルを見て、ケネスは内心ほくそ笑んでいた。
    (ククク……! そうやって落ち込んでいろ! 罪悪感を抱いていろ!
     お前もこの件で、相当後ろめたい思いをしたはずだ。そう、実の兄弟を追い出したと言う、西方人にはこらえがたい罪を犯したと、そう思っているはずだ。
     いったん罪の意識を抱えたら、それはどこまでも付きまとう――お前の行動は、その意識のせいで限定されていく。いくら稼ごうとも、心のどこかから『この利益はルシアンを追い出したからこそ……』とささやいてくる。いくら成功を積み重ねようとも、夢にはきっとお前の兄と妹が出てくるだろう。
     そしてそのうち、漠然と、しかし永続的に、こう思うはずだ――『罪を償わなければ』と。それでもう、お前の行動は操れる。
     こいつはもう、贖罪と言う理由なしに行動は起こせなくなる)



     ケネスの読み通り、「投機のミシェル」とまで呼ばれた彼はその後、自発的な経営・投資を行えなくなってしまった。現状の維持・悪化の回避ばかりを考え、新たな利益に飛びつけなくなったのだ。
     委縮した当主を筆頭に置いたエール家は、みるみる衰退していった。
    火紅狐・確執記 8
    »»  2011.08.20.

    フォコの話、254話目。
    兎の邦に来た狐。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「はあ……、と」
     その日の仕事を終え、その兎獣人の男は道端に腰を下ろした。
    「……」
     その視線の先には大きな、しかし閉鎖され、荒れ果てた商店が構えている。
    「……」
     懐から煙草を取り出し、火を点けようとして、マッチを持っていないことに気付く。
    「……何だかな」
     火の点いていない煙草を口から離し、忌々しげに捨てようとした。
     と――。
    「火、いります?」
    「え?」
     背後から、声がかけられる。
    「あ、う、うん。ありがとう」
    「ほい、と」
     男は魔術で火を点けてくれた、親切な狐獣人の男に、小さく会釈する。
    「ふう……。やっぱり仕事終わりの一服はいい。ほっとする」
    「そんなもんですかね。ああ、僕、煙草吸わへんので、よう分からへんのですけども」
     その「狐」は、わりと流暢に西方語を話している。だが、各所に妙な訛りがあり、それが男の興味を惹いた。
    「……西方語、うまいね。どこで学んだの?」
    「南海の、ちょっと大きな造船所で」
    「へぇ。南海でも西方語使うんだね」
    「ウチんとこ、語学教育に結構、力入れてはりましたから」
     その狐獣人は、ひょいと男の横に座り込んだ。だが、特になれなれしいと感じることも無く、男には彼の行為が、至極自然なものに感じられた。
     だから男も自然に、質問を投げかけようかと言う気になる。
    「何てところ?」
    「うーん……、もうとっくに無くなったところですし、言うても知らんかもです」
    「そっか。南海も、色々あったみたいだからね。僕の妹も南海で働いてたんだけど、色々あって戻ってきたんだ」
    「へぇ」
    「でも、……うーん、南海の人には悪いけど、その余波って言うか、特需が発生したみたいでね。最近、こっちの景気がぐんぐん良くなってきてるんだ。
     僕もここ数年、まともな職に就けてなかったんだけど、最近ようやく、荷物運びの仕事が見つかったんだ。50近い身にはきついけど、仕事があるだけまし、……かな」
    「……せやけど、あの店は一向に取り返せへん、っちゅうことですか?」
     「狐」の言葉に、男はびく、と身を震わせた。
    「見てたら分かりますよ。座り込んでから煙草くわえるまでに、ためいき3回。僕と話しながら、チラチラ見ること6回。
     あそこ、元はあなたの店やったんでしょ」
    「……ちょっと違うかな。僕の、父の店だった。
     僕の父は、かつて西方三大商家の一角を担っていたんだけど、亡くなってからが大変でね。中央からの商人が出張ってきて、その『大三角形』潰しにかかったんだ。
     それがもう、ちょっとした戦争みたいになっちゃってね。結局僕たちの家は莫大な借金を背負わされ、他の二つともこれ以上ないくらい、関係が悪くなった。
     結局、一家はバラバラ。どこにも助けてもらえず、僕も、僕の兄弟も、離散しちゃったんだ。で、今はこうして細々と暮らしてるってわけさ」
    「……ふむ、間違いなさそうですな」
     と、「狐」は嬉しそうな顔をした。
    「間違いないって、一体何のことかな」
    「ずっと探してましたで、エールさん」
    「僕を?」
    「もしかしたらこっちに来はるんちゃうかなと思って、来てみた甲斐がありました。まあ、狙った相手とは違いましたけども」
    「狙った相手って?」
    「サザリー・エール。央南で一国を潰し、大規模な恐慌を引き起こした奴ですわ。知ってはりますでしょ?」
     「狐」の問いに、男は黙り込んだ。
    「……弟だ。誠意を持たない奴で、残念ながらあまり、商人向きじゃなかった。……本当に、そんなことを?」
     問い返され、「狐」はこくりとうなずいた。
    「そしてもう一つ、罪を犯してるんです。
     子供を2名、誘拐してるんですよ。フタバ・セイと、ミツモリ・セイって姉弟を」
    「そんなことまで? あの、その話、もっと詳しく……」
     男は煙草を消し、「狐」に続けて質問した。
     だが、「狐」は立ち上がり、男に手を差し伸べる。
    「話はもうちょっと、落ち着けるところでしましょか。……あ、と。自己紹介が遅れました。
     僕の名前は、ホコウ。火紅・ソレイユです」

    火紅狐・落兎記 1

    2011.07.17.[Edit]
    フォコの話、254話目。兎の邦に来た狐。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「はあ……、と」 その日の仕事を終え、その兎獣人の男は道端に腰を下ろした。「……」 その視線の先には大きな、しかし閉鎖され、荒れ果てた商店が構えている。「……」 懐から煙草を取り出し、火を点けようとして、マッチを持っていないことに気付く。「……何だかな」 火の点いていない煙草を口から離し、忌々しげに捨てようとした。 と――。「火...

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    フォコの話、255話目。
    まだ金火狐は名乗れないから。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     フォコは西方でも依然、自分のことを「火紅・ソレイユ」と名乗っていた。
     それには2つの理由がある。一つは、相手に警戒させないため。今や、「ゴールドマン」と言う名はケネスのせいで悪名高いものとなっており、既に央中においては忌避・差別の対象となっている。
     そんな時勢で簡単に「ゴールドマン」の姓を名乗っては、ろくに話もできずに追い払われる可能性も濃い。そのため、フォコは今もこの名を名乗り続けているのだ。

     そしてもう一つは、かつての仲間――ジョーヌ海運特別造船所のメンバーがこの名を聞き、自分の元へやって来てくれないかと言う期待からである。
     しかし西方に来て1週間が過ぎ、ここ、セラーパークを訪れても、一向に仲間についての情報は集まらなかった。

     この日までは。



    「ほな、改めて自己紹介の方、お願いします」
     フォコに促され、彼はフォコの仲間たちに自己紹介した。
    「あ、はい。僕の名前は、ルシアン・エール。エール商会の先代当主、セブス・エールの長男だ。……今はただの、運び屋のおじさんだけど」
     それを受けて、仲間たちも名乗る。
    「僕はランド・ファスタ。北方ジーン王国の、戦略研究室室長だ」
    「あたしはその妹のランニャ・ネール。ネール職人組合の一員さ」
    「あ、えっと、わたしは南海の、ベール王国の王族で、マフシード・キアン・ベールと申します」
    「ファン・ロックスと申します。西方と南海で商売をしております」
    「あたしはイール・サンドラ。ランドと同じく、ジーン王国から来たわ」
    「右に同じ。レブ・ギジュンだ」
    「克大火」
    「ふっふっふ、私がかの有名な賢者、モー……」「ま、こんなところですね」「ちょ、ちょいちょい待ちなって、まだ私名乗って……」
     大仰な自己紹介をしようとしたモールを抑えつつ、フォコは本題を切り出した。
    「それでルシアンさん、弟さんの話なんですけども」
    「あ、うん」
     憮然とした顔のモールをチラチラと横目で見つつ、ルシアンは話題に乗った。
    「国家転覆に、数十億を超える債権の踏み倒し、加えて誘拐か……。サザリーは頭がおかしくなってしまったんだろうか。そこまでの重罪を重ねるなんて」
    「弟さんとは、今は交流は?」
     フォコの問いに、ルシアンは済まなさそうに首を振る。
    「残念ながら、無い。と言うか、4年か、5年ほど、彼は央南にいたそうだし、交流って言うのは、ちょっと」
    「あ、そうですよね」
    「でも、すぐ下の弟のミシェルなら何か知ってるかもしれないな。まあ、こっちも交流は無いんだけど」
    「どちらにいてはります?」
    「この街の外れに、屋敷があるんだ。僕の記憶に間違いがなければ、多分まだそこにいるはずだよ」
     その話に、ランニャが首をかしげる。
    「ルシアンさんは、屋敷には住んでないの?」
    「……うん、まあ。仲違いと言うか、出入り禁止を食らってね。家督も遺産も、1クラムももらえず、さ」
    「なんでまた……?」
    「まあ、……ちょっと商売で、しくじったんだ。時価300億クラムほど損害を出してしまってね、その責任を取る形で勘当された」
    「うわぁ……」
    「まあ、……あ、いや」
     ルシアンは何かを言いかけて、小さく首を振る。
    「(ともかく)、僕は案内しかできないよ。敷地内には絶対入るなって言われてるからね」
    「はい?」「え?」
    「だから、勘当されたから……」「いえ、あの」
     と、マフスが手を挙げる。
    「(ともかく)、と仰いましたが、南海語をご存じなのですか?」
    「え? あ、これ、南海語だったんだ」
     そう返したルシアンに、フォコは直感的に、あることを感じ取った。
    「妹さんが南海から戻ってきた、ちゅうてましたね?」
    「ああ、うん。(ともかく)って言うの、妹の口癖なんだ。
     妹の死んだ旦那さんの口癖で、いつの間にかうつっちゃったんだって。姪たちも(ともかく)(ともかく)って言ってたから、僕にもうつっちゃったみたいだな」
    「……姪御さん、もしかして『兎』の三つ子とちゃいます?」
    「え? 何で分かったの?」
     その返答に、フォコはガタン、と椅子を倒して立ち上がった。
    「すみません、ルシアンさん。家の方に、案内していただけませんか?
     あ、ご実家の方やなくて、今あなたが妹さんと住んではる家の方に」

    火紅狐・落兎記 2

    2011.07.18.[Edit]
    フォコの話、255話目。まだ金火狐は名乗れないから。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. フォコは西方でも依然、自分のことを「火紅・ソレイユ」と名乗っていた。 それには2つの理由がある。一つは、相手に警戒させないため。今や、「ゴールドマン」と言う名はケネスのせいで悪名高いものとなっており、既に央中においては忌避・差別の対象となっている。 そんな時勢で簡単に「ゴールドマン」の姓を名乗っては、ろく...

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    フォコの話、256話目。
    懐かしい再会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     フォコはルシアンを急かし、彼の家に案内してもらった。
    「ここが僕の家だけど……」
     ルシアンの家は、ひどく色あせたボロ家だった。
    「ちょっと、呼んでもろてええですか? 火紅と言えば分かると思います」
    「ああ」
     ルシアンは玄関を開け、奥に声をかける。
    「プラチナ、ただいま。君にお客さんが来てるんだけど」
    「……お客さん?」
     奥から、フォコにとって非常に懐かしい声が返ってきた。
    「ホコウさん、と言えば分かるって……」
    「……なんですって?」
     驚いた声と共に、奥からドスドスとした足音がやってきた。
    「……ウソ、え、……本当に、ホコウくんなの!?」
    「ご無沙汰してました、おかみさん」
     フォコは深々と頭を下げ、実に8年ぶりとなる「おかみさん」――ルーテシア・ジョーヌとの再会を果たした。

     フォコは奥に通され、そこで改めて、ルーと会話を交わした。
    「びっくりしましたで、ホンマに。まさかおかみさん、エール家の人やったとは思いませんでした」
    「ごめんね、事情があって隠してたのよ。
     そう、わたしの本名は、プラチナ・エール。エール四兄妹の、末っ子。でも若い頃あの人に惹かれて、どうしてもあの人にお金を貸してあげてって、お父さんに頼んだの。
     だけど西方三大商会、『大三角形』のメンツもあったし、よそから来た夫にそう簡単には出資できなかった。そこでわたしが考えたのが、……既成事実」
    「は、はは……」
     兄のルシアンが、苦い顔をする。
    「『もう結婚しちゃったの。だからこの人も、エール家の一員になったのよ』って言ったら、流石のお父さんも引っくり返っちゃった」
    「そらそうですよ。僕かて同じ目に遭うたらそら、ズッコケますて」
     今はもう、ふっくらと丸くなっており、聖母の如く優しげな印象を醸し出しているルーの激白に、フォコも面食らっていた。
    「で、出資してもらうのには成功したんだけど、代わりの条件が二つ。
     わたしが勘当され、エール家の家督継承権を失うこと。それと、最低10年は西方を離れること。
     大商人としての父さんのメンツを大事にした結果ではあるけど、……それでもかなり出資してくれたし、感謝してるわ」
     と、ここでフォコがあることに気付く。
    「あ、そう言えば娘さんたちはどこに?」
    「みんな2、3年前に自立したわよ。リモナは早々に結婚して、今は子供が一人。プルーネは商売を始めたけど、まだ軌道には乗ってないらしいわ。
     あ、そうそう。ペルシェなんだけどね、モーリスさんに弟子入りしたのよ」
    「モーリスさんに?」
     思いも寄らない話に、フォコはまた驚かされた。
    「モーリスさん、こっちでも船の設計事務所を建てたんだけど、そこそこうまく行ってるみたいよ。
     まあ、みんな今のところ、最近の好景気でそこそこ儲けてるみたい。わたしも近くのパン屋で働いてるし」
    「……その好景気なんですけども」

     ルーはフォコから、サザリーが央南で起こした事件を伝えられ、目を丸くした。
    「じゃあ、今の好景気って、央中・央南が恐慌になったからなのね」
    「シーソーみたいなもんですわ。向こうが沈んだ分、余った需要がこっちで満たされて、浮き上がってるんです」
    「あらあら、そう聞いちゃうと、素直に喜べないわねぇ」
     年を経ても、ルーは相変わらずおっとりとして見える。
    「そんなわけで、僕たちはサザリーさんを探してるんですわ。恐慌脱出の鍵は、彼が握っとるんですし」
    「なるほどねぇ」



     久々の再会を果たした後、フォコはランドと大火を伴い、ルシアンとルーとの案内で、セラーパーク郊外の屋敷に着いた。
    「ここが僕たちの実家だけど、……思ってた以上にボロボロだなぁ」
     屋敷は荒れ果て、庭には枯れ木とゴミが溜まっている。窓も何枚か割れており、ガラスの代わりに板が張られていた。
    「……ホンマにここ、人が住んでます?」
    「住んでると思うよ。ほら」
     と、ランドが窓の一つを指差す。
    「あ」
     窓の向こうには、しかめっ面をした兎獣人の男が、こちらを眺めているのが見えた。

    火紅狐・落兎記 3

    2011.07.19.[Edit]
    フォコの話、256話目。懐かしい再会。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. フォコはルシアンを急かし、彼の家に案内してもらった。「ここが僕の家だけど……」 ルシアンの家は、ひどく色あせたボロ家だった。「ちょっと、呼んでもろてええですか? 火紅と言えば分かると思います」「ああ」 ルシアンは玄関を開け、奥に声をかける。「プラチナ、ただいま。君にお客さんが来てるんだけど」「……お客さん?」 奥から、フォ...

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    フォコの話、257話目。
    落ちぶれた大商家。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     フォコたちはルーとルシアンを門前で待たせ、屋敷へと足を踏み入れた。
     と、その瞬間。
    「帰ってくれ! 誰も来るんじゃない!」
     屋敷の方から、非常に嫌気に満ちた怒鳴り声が飛んでくる。
    「あれが……?」
     振り返って尋ねたフォコに、ルシアンがうなずいて見せる。
    「ああ。すぐ下の弟、ミシェル・エールだ」
    「どうも」
     フォコは屋敷に向き直り、ミシェルに向かって声をかける。
    「突然失礼します、エール卿! 僕らは……」「帰れ!」
     屋敷の窓から花瓶が投げられ、フォコのすぐ前でガシャン、と音を立てて割れる。
    「おわっ!?」
    「それ以上足を踏み入れたら、今度は椅子を投げるぞ! さあ帰れ! 帰ってくれ!」
    「……なんなんですか、あれ」
    「よほど、人を避けたいみたいだね」
    「どうします?」
     フォコとランドは短く相談し、結論を出す。
    「行くしかないだろ」
    「そうですな」
     二人はわめき散らすミシェルに構わず、屋敷へと進む。
    「まだ帰らないのか! 帰れと言っただろう! くそッ!」
     ミシェルは予告通り、今度は椅子を投げてきた。が――。
    「『マジックシールド』」
     大火の術により、椅子は三人の頭上で弾かれた。
    「あっ、……くそ、くそ、くそッ! 何度言えば分かる!? 入るな! 入るなーッ!」
     なおもわめき続けるミシェルを一瞥し、フォコたちはそのまま屋敷へと入った。

     屋敷内も、外と変わらず荒れ果てていた。
    「ひどい有様ですな。ほんまに金、無いんでしょうな」
    「だろうね。……うーん?」
     と、ランドが廊下に積もったほこりを見て、疑念のこもった声を挙げる。
    「足跡は一つ、か」
    「え?」
    「ここには彼しか住んでないらしい。少なくともここ数年は」
    「ほな、サザリーもいてないでしょうね」
    「みたいだね。……まあ、聞くだけ聞いてみよう」
     と、屋敷の主が顔を真っ赤にして、二階から降りてきた。
    「出て行けと言っただろう! 耳が聞こえないのか!」
    「十分聞こえてます。やかましいくらいですわ。
     と、自己紹介させていただきます。僕は火紅・ソレイユと申します。北方キルシュ流通大番頭兼、南海ロクミン大商会主任顧問をしております」
    「そんな大層な肩書の人間が、私などに何の用があると言うのだ!? 投機でも勧めに来たのか!? それとも詐欺商法か!? 生憎だな、私は一銭も持ってないぞ!」
     どうやら相当に苛立っているらしく、ミシェルは手にした燭台を振り上げようとする。
    「ちょ、落ち着いてくださいて! ちょっと人探ししてるだけなんですて!」
    「人だと? 私は何も知らん! 帰れ!」
    「話聞いてくださいって、もう」
    「知るかッ! とっとと……」
    「……タイカさん、この人落ち着かせる術とかありません?」
    「ある」
     大火は短く呪文を唱え、術を放った。
    「『ネットバインド』」
     ひゅん、と風を切り、ミシェルの両手両足に糸状の何かが絡みつく。
    「なっ、なんだ!?」
    「宙吊りにすれば、大人しくもなるだろう」
     まるで蜘蛛の巣に絡め取られた虫のように、ミシェルは一瞬のうちに拘束され、天井からぶらぶらと吊り下げられた。
    「ほな、落ち着いて話の方、させていただきますで」
    「……」
     憮然とするミシェルに、フォコは質問をぶつけた。
    「あなたの弟さん、サザリー・エールさんに、ここ最近会いました?」
    「……会ってない」
    「ここ最近、連絡を取ったことは?」
    「無い」
     ミシェルがそう答えたところで、大火がつぶやいた。
    「嘘だな」
    「……っ、何を根拠に!」
    「オーラ、……と言ってもお前たちには見えんか。
     まあ、別に根拠を挙げるとするなら、その髪型だな」
     言われて見てみると、確かに先程まで何かを巻いていたように、妙にぺったりした部分がある。
    「『魔術頭巾』で会話していたな?」
    「な、何のことだか」
     ミシェルはとぼけてみせたが、大火は追及を止めない。
    「ランド、恐らく2階にあるはずだ。取って来てくれ」
    「分かった」
    「恐らくは、こいつの使っている机かどこかにあるだろう」
    「うん、見てくる」
     少しして、ランドが「頭巾」を手に戻ってくる。
    「これ?」
    「ああ、それだ」
    「これだけで相手が分かるもんなの?」
    「俺にかかれば造作もない」
     大火は「頭巾」を受け取り、ぼそ、と何かを唱えた。
    「……なるほど。ここから北東、国境沿いの、川の上流に小屋があるのか」
    「な、何故それを、……う、う」
     うっかり口を滑らせ、語るに落ちたミシェルは、うなだれるしかなくなる。
    「そこに、サザリーがいるんですな?」
    「……ああ。いた」
    「いた?」
     聞き返したフォコに、ミシェルは力なく笑った。
    「私のツテから逃走資金を得て、とっくにそこから逃げているよ。『頭巾』もそこに捨てているだろう。
     そこから先は、私も知らん。あいつの勝手に任せている」
    「ツテって、どこです?」
    「スパス産業だ。南海での失敗で経営縮小したものの、私たちより金を持っているからな」
    「……そうでしたな、ここはあいつの故郷。南海から叩き出したんですし、こっちに来るしかないですわな、そら」
     それを聞いて、ミシェルは「あ……」と声を挙げた。
    「なんです?」
    「君は確か、ロクミン大商会の関係者と言っていたな?」
    「はい」
    「聞いた話だが……、以前そこは、ロクシルムと言う名前ではなかったか?」
    「ええ、そうですよ」
     そこでミシェルは黙り込み、またうなだれた。
    「……何か?」
    「……そうか……。君たちが、南海のヒーロー、か」
    「はい?」
    「私から話すことはもう、本当に無い。……帰ってくれ」
    「……ええ、失礼します」
     フォコたちはミシェルの縄を解いてやり、そのまま屋敷を後にした。

    火紅狐・落兎記 4

    2011.07.20.[Edit]
    フォコの話、257話目。落ちぶれた大商家。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. フォコたちはルーとルシアンを門前で待たせ、屋敷へと足を踏み入れた。 と、その瞬間。「帰ってくれ! 誰も来るんじゃない!」 屋敷の方から、非常に嫌気に満ちた怒鳴り声が飛んでくる。「あれが……?」 振り返って尋ねたフォコに、ルシアンがうなずいて見せる。「ああ。すぐ下の弟、ミシェル・エールだ」「どうも」 フォコは屋敷に向き...

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    フォコの話、258話目。
    西方大三角形。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     手がかりを失ったフォコたちは、今後の作戦を検討し直すことにした。
    「ホンマにこのままでは、雲をつかむような話になってきますで」
    「確かに。西方もそう狭い土地ではありませんし、もしもこの国を出られたら、どうしようもなくなります」
    「と言うと?」
     ファンは机上に西方大陸の地図を置き、ペンで国境線を強調する。
    「今私たちがいるのがこの西方東部、マチェレ王国なんですが、この西方大陸は南海地域のように、多数の国家がひしめき合っており、その上仲も良くない。好戦的な気風があるんですな。
     ですので国境を越えるには、いくつもの審査や制限がかかります。もし国境を越えられた場合、我々がサザリー氏を追うことは、非常に困難になるでしょうな」
    「しかし逆を返せば、彼も国境を越えることは難しいわけでしょう? その線はあまり考えなくても大丈夫なのでは?」
     マフスの意見に、ファンは苦い顔で首を振る。
    「今ご説明したのは、あくまで一般人の場合です。実を申せば、国境を簡単に越えられる、2つの特殊な抜け道があるんです。
     一つは、いわゆる『お坊さん』ですな。宗教関係者はどの国でも、全体的に優遇措置を設けており、比較的審査が簡潔なものになっています」
    「それは何故?」
     ランドに尋ねられ、ファンは細かく説明してくれた。
    「軍事力で西方各国が拮抗し合っている今、他の国よりアドバンテージを高めるには、経済力か、もしくは宗教力の獲得が重要視されているからです。
     例えばマチェレ王国は中央政府の影響力が少なくない場所ですから、天帝教の教会も多い。自然、巷には天帝教信者が数多く集まり、他国へ布教に向かう者も多くなるわけです。
     布教がうまく行き国境の向こう側が天帝教に染まれば、実質その国を征服したも同然なわけですから、王国はむしろ、他国巡礼を奨励しているわけです。
     逆を返せば、国境の向こうで広まっている、西方土着の諸宗教にも同じことが言えるわけですし、向こうも同様の対応・処遇をしていますから、その結果、宗教関係者の通行は容易になっているわけです」
    「なるほど。守りに入るのではなく、むしろ攻撃的な理由からなんですね。
     後、話の途中で、軍事力に抱き合わせる力として、宗教力の他に経済力を挙げていましたが、つまり国境を容易に越えられる、二つ目の抜け道と言うのは……」
     ファンは深々とうなずき、言葉を継ぐ。
    「ええ、お察しの通り、大きな商家であることですね。
     何度かお聞きでしょうが、西方には『大三角形』と呼ばれる三大商家があります。一つが既にご存じの、海運業と造船業を営むエール家。一つが、鉄鋼業と加工業のリオン家。そしてもう一つが、鉱業と農林業のトット家。
     あ、余談ですけども私、昔はトット系列の商店に10年ほど籍を置いておりました。……まあ、それは置いておいて。
     トット家から資源が生産され、リオン家がそれを加工し、エール家が世界に供給する。この『大三角形』は西方経済にとってまさに大動脈、西方中にお金を送り込む心臓と言ってもいい働きをしていました。
     ……が、それも数年前までの話」
     その先を、ルシアンが継ぐ。
    「『大三角形』は、崩壊した。うち……、エール家の凋落によって。
     鉄鋼品の莫大な消費先を失い、リオン家は在庫まみれ。それを受けてトット家も、鉱山の操業を停止せざるを得ない状況に陥りかけた。
     で、その大損害を出したエール家の信用は失われ、代わりに台頭してきたのがスパス産業。南海開発に力を入れてたおかげで、他二家の在庫を、一時は解消してくれたのはいいんだけど、……その後が段々おかしくなってきちゃってね。
     どうも、あの悪名高きゴールドマン商会がバックに付いてたみたいで、彼らに大量の武器を供給しようとしたんだ。まあ、いいか悪いかは別として、それで儲かるなら、みんな黙認もするだろうけど……」
     フォコが苦笑しつつ、話の先を読む。
    「武器供給先に予定されとった北方の軍閥が、みんな揃って借金返して手を切ってしもたんと、旧ロクシルムの活躍で南海から追い払われたんとで、武器やら何やらの在庫が、全部スパス産業に戻ってきてしもたんですな」
    「そうらしいね、どうも。それで出資元のゴールドマン商会と大揉めして、また西方の経済は停滞しかかってたんだ。
     そこに、央中での恐慌騒ぎさ。向こうでの需要・供給がこっちに来たみたいで、また景気が回復してきてる。
     ……あ、と。話が逸れちゃったね」
    「ともかく、その『大三角形』と、南海から撤退したとはいえ、依然勢力を維持しているスパス産業系列に関しては、ほぼノーチェックと言ううわさです。
     そして話の筋をつなげていけば……」
     ランドが顔をしかめつつ、結論を口にする。
    「サザリー氏はスパス氏の手引きで、悠々と国境を越えることができるってわけか」
    「恐らく、そうでしょう。もう今頃は、我々の手の届かない場所にいる可能性は、非常に濃い。
     ただの金持ちや遠い土地の評判だけでは、国境の門は開かないでしょうし……」
     難しい問題が浮かび上がり、会議の空気は重くなる。
     と――フォコが「んー」と、あごに手を当てながらうなる。
    「……ほんなら逆に、金と西方での名声があれば何とかなる、ちゅうことですな」
    「え?」
     フォコは立ち上がり、ニヤリと笑った。
    「ええアイデアがありますで」

    火紅狐・落兎記 終

    火紅狐・落兎記 5

    2011.07.21.[Edit]
    フォコの話、258話目。西方大三角形。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 手がかりを失ったフォコたちは、今後の作戦を検討し直すことにした。「ホンマにこのままでは、雲をつかむような話になってきますで」「確かに。西方もそう狭い土地ではありませんし、もしもこの国を出られたら、どうしようもなくなります」「と言うと?」 ファンは机上に西方大陸の地図を置き、ペンで国境線を強調する。「今私たちがいるのがこ...

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    フォコの話、259話目。
    変わらない頑固者、見違えた兎娘。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     西方の港町、ブリックロードの、とある設計事務所。
    「おじちゃん、こんなのどうかな?」
    「……毎回頼んでいるが、『おじちゃん』はよしてくれ。仮にも私は、君の上司なのだから」
    「いいじゃん。それより見て見て」
     濃い銀色をした髪と耳、尻尾の兎獣人にせがまれ、その分厚い眼鏡をかけた短耳は設計図を眺める。
    「どう? カッコ良くない?」
    「この形状では中央部に、あまりにも剪断(せんだん)力がかかり過ぎる。中規模程度の時化に襲われた途端に、真ん中から破砕してしまうだろう」
    「えー、作って見なきゃ分かんないじゃんよー」
     弟子の意見に、男は肩をすくめる。
    「作らずとも、予測が付く。もっと剛性を高められるよう、修正したまえ」
    「むー」
     兎獣人の娘は口を尖らせつつ、加筆して返された設計図に目を通す。
    「カッコ良いのになぁ」
    「何度も言うが、見た目より中身を重視した方がいい。客が必要としているのは利便性であって、装飾ではない」
    「んなコト言ったって、おじちゃんのデザインは質素過ぎるんだって。もっとさー……」
     と、文句を言いかけたところで、彼女の兎耳がぴょこりと、事務所の入口に向けられた。
    「どうした?」
    「お客さんっぽいよ」
    「そうか。……よっこい、しょ」
     男は机から離れ、肩や首をゴキゴキと鳴らしながら、入口に向かった。
     それと同時に扉が開かれ、誰かが入ってきた。
    「いらっしゃいませ、ディーズ設計事務所に……」
     言いかけたところで、男は言葉を失った。
    「……まさか君は」
    「お久しぶりです、モーリスさん」
     来客者は、フォコだった。

    「生きていて何よりだ。また君に会えたことを、嬉しく思うよ」
    「ありがとうございます、モーリスさん」
     再会を喜びつつ、フォコは事務所内を見渡してみた。
     と、机で頭を抱えている兎獣人を見て、フォコは目を見開く。
    「あの子が、ペルシェちゃん? 大きくなりましたね」
    「そうだ。……頭領に似て、精密さを求める設計でも我を通そうとするから、説得するのに骨が折れる」
    「はは……」
     と、話題に上ったペルシェが顔を上げ、こちらに振り向く。
    「もー、おじちゃんいっつもソレばっかり言うし」
    「……これも困りものだ。『所長と呼びなさい』と何度も言っているのだが、一向にそうしてくれない。おかげで商談の時は、いつも赤面させられる」
    「……そうですかぁ」
     8年前と全く変わらない師匠の姿と、大きく変わったペルシェとを見比べて、フォコは何だか、とても温かく、嬉しい気持ちになった。
    「それで、ホコウ君。君が私のところに来たのは、単に生存報告や旧交を温めに来たわけではないだろう? 君の性格から言って、何らかの実利を伴わなければ、旧い知り合いを訪ねようとはしないだろうし」
    「流石ですな。実は一つ、問題を抱えとりまして」
     フォコは現在直面している案件――サザリーの行方を追っている旨を説明した。
    「ふむ……。そのサザリー・エールなる人物は、私としても恐らくは、既に近隣のインディゴ王国なりコニフェル王国なりへ逃れてしまっているだろうと思う。
    例えば『大三角形』クラスの権威でも持たない限り、捜索は容易ではないだろうな」
    「それです。その権威、作ってしまおうかと思いましてな」
     フォコの言葉に、モーリスは顔をしかめた。
    「……ホコウ君。いくらなんでも、増上慢に過ぎはしないか?」
    「え?」
    「なるほど、君の遍歴を聞くに、確かに8年と言う期間を考えれば、常人を大きく超える成長ぶり、拡大ぶりを見せたと認めよう。
     だがまだ25の若造だし、その活躍は西方でしたわけではない。排他的かつ同族主義的なきらいのある西方では、そんな経歴は逆効果だ。
     君がいくら、北方や南海における活躍や権力を見せ付けたところで、西方では単に嫌われ、追い払われるだけだぞ。もっと自分の身の程を分かって行動すべきだ」
    「……分かってますって。確かに、ポッと出の僕がいくらわーわー言うたって、こっちの皆さんは兎耳一つ、ぱたりとも動かしたりせえへんでしょうな。
     だから――『ここ』で活躍した人の力、借りさせてもらおうかと思うんです」

    火紅狐・集僚記 1

    2011.07.23.[Edit]
    フォコの話、259話目。変わらない頑固者、見違えた兎娘。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 西方の港町、ブリックロードの、とある設計事務所。「おじちゃん、こんなのどうかな?」「……毎回頼んでいるが、『おじちゃん』はよしてくれ。仮にも私は、君の上司なのだから」「いいじゃん。それより見て見て」 濃い銀色をした髪と耳、尻尾の兎獣人にせがまれ、その分厚い眼鏡をかけた短耳は設計図を眺める。「どう? カッ...

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    フォコの話、260話目。
    死んでもカリスマ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     フォコの提案に対しても、モーリスはなお相好を崩さない。
    「それで、私のところへ? ……だとするなら失望したと言わざるを得ない。君はもっと、客観的に物事を見られる人間だと思っていたのだが。
     確かにこの8年間で、私も自分の店を立ち上げ、一定の成功を収めたとは自負している。だがこの西方、いや、この国内の全商人と比較しても、微々たるものでしかない。私より成功した人間は多いし、彼らの方がよほど権力を有している。
     今の私はしがない、小さな商店主に過ぎない。頼みにされても、応えきれないよ」
    「そらそうでしょうな」
     フォコは謙遜したモーリスの言葉を、さらに貶めてみせた。
    「僕かて、しょぼくれた商店の力で何とかしようなんて思てません」
    「……ちょっと、兄ちゃん」
     と、机に向かっていたペルシェが、怒りに満ちた顔で、こちらへ歩いてきた。
    「しょぼくれた店って、何だよ? バカにすんなよ、こっちはこれでも、精一杯に仕事してんだ! アンタみたいに大成功したワケじゃないけど、それでも実績はあるんだよ。それをけなすなんて、アンタでも容赦しないぞ!」
    「ほな、聞くけど」
     フォコも立ち上がり、ペルシェに向き合う。
    「君のお父さんと僕、どっちが偉いと思う?」
    「……ふざけんなあああッ!」
     ペルシェは顔を真っ赤にし、フォコを目一杯殴りつけた。
    「うぐっ……」
    「ドコまで調子に乗ってるんだ、テメエ! お前みたいな薄汚い狐野郎より、父さんの方が百倍は偉いに決まってんだろうが!
     久々に顔を見て懐かしいと思ったけど、もう顔も見たくない! とっとと帰れーッ!」
     ペルシェは散々まくし立て、倒れ込んだフォコを、さらに蹴り飛ばそうとする。
     それを背後から、モーリスが抑える。
    「落ち着きたまえ、ペルシェ! 気持ちは分かるが、落ち着くんだ!」
    「ハァ、ハァ……」
     羽交い絞めにされ、ようやくペルシェは止まる。
    「……ホコウ君。私も失礼ながら、彼女と同意見だ。
     君は確かに成功した商人だが、私の中では頭領とは、比較にならない。彼は本当に、西方の風雲児だった男だ。君とは比べるべくもない。
     思い上がるのも、大概にしたまえ」
     モーリスがそう諭したところで、フォコはよろよろと立ち上がりながら、突然笑い出した。
    「……ふふ、あはは、……いいですな、うん。二人とも、おやっさんのこと、今でも誇りに思てくれてるみたいで。
     それでこそ、僕の計画がうまく行くっちゅうもんですわ」
    「……なに?」
     フォコは唇ににじんだ血を拭き取りながら、椅子に座り直した。
    「僕かて、自分の身の程は分かっとりますよ。
     僕なんかより、おやっさんの方が絶対偉いに決まっとります。僕と同じ年の頃、既に西方商人であの人のことを知らない人なんて、いないくらいやったんですからな。
     僕が力を借りたいのんは、ペルシェちゃんでもモーリスさんでもありません。おやっさんの力なんです」
    「どう言うことだ……?」
     フォコの真意が分からず、モーリス師弟は怪訝な顔をした。

     フォコは自分の顔の腫れにも構わず、自分の計画を話し始めた。
    「8年経った今でも、おやっさんの存在はお二人に強い影響を与えとります。それは恐らく、特別造船所の皆に限らず、西方で10年以上商人やっとる人にも。
     仮に今、おやっさんがこの西方に帰ってきたら、その皆さんはどう反応しはるでしょうか」
    「嬉しい」
     率直に自分の感想を述べたペルシェに対し、モーリスは冷静に推察する。
    「恐らく、今でも影響力は健在だろうな。
     仮に死ぬこと無く、今でも商売を続けていれば、今現在アバントが就いている地位にいるのは、彼ではなく頭領だっただろう。それほどの実力と、存在感のある人だった。
     端的な意見を述べれば、例えばアバント率いるスパス産業の構成の、その半分は、ジョーヌ海運のものだ。頭領が戻ってきたと知れば、それらの商店・商会は、すぐにでも我々の方へ移るだろう。アバントにしても、恐らく二、三日でその地位を失うことになる」
    「でしょう? 今や『新三角形』とまでうわさされとるスパス産業ですら、骨抜きにされる影響力。それを利用せえへん手はありません。
     だから今、僕はおやっさんを復活させようかと思うてるんですよ」
    「はぁ……?」
     ペルシェが口を「へ」の字に曲げる。
    「兄ちゃん、ジョーシキって分かってる? 死んだ人は、生き返ったりしないんだよ」
    「……ふふ」
     フォコは不敵に笑い、こう返した。
    「常識知らずは三流の結果しか残せへん。常識をわきまえてようやく、二流の結果が出せる。
     せやけど一流はな、自分に都合のええもんを常識に変えてしまえるんや」

    火紅狐・集僚記 2

    2011.07.24.[Edit]
    フォコの話、260話目。死んでもカリスマ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. フォコの提案に対しても、モーリスはなお相好を崩さない。「それで、私のところへ? ……だとするなら失望したと言わざるを得ない。君はもっと、客観的に物事を見られる人間だと思っていたのだが。 確かにこの8年間で、私も自分の店を立ち上げ、一定の成功を収めたとは自負している。だがこの西方、いや、この国内の全商人と比較しても、微...

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    フォコの話、261話目。
    兎三人娘、集結。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ブリックロードの繁華街。
     立ち並ぶ露店の一つを、フォコとモーリス師弟は訪れた。
    「いらっしゃーい、……あれ? ペルシェじゃん。モーリスさんも。どしたの?」
     その露店の主はジョーヌ三姉妹の次女、プルーネだった。
    「おひさ。……ねーねー、この人誰だか分かる?」
     そう言ってペルシェは、フォコの袖を引っ張る。
    「んー? 珍しいね、狐獣人の人って。アンタの恋人?」
    「違うって。ほら、『狐』って言ったら……」
    「『狐』って言ったら……」
     プルーネは考える仕草を見せ、ポンと手を打つ。
    「あ、分かった!」
    「そう、この人は……」
    「外国のお客さん!」
     プルーネのとぼけた回答に、三人がずっこける。
    「そこちゃうわっ」
     フォコが呆れつつ、ヒントを出す。
    「覚えてへんかなぁ? ほら、僕のこと、昔に……」
    「んー」
     プルーネはフォコの顔をしげしげと見つめ、もう一度ポンと手を打つ。
    「あ、じゃああれだ、昔ナラン島に来た職人さんの……」
    「そうそうそうそう!」
    「シロッコさん!」「なんでやねん!」
     フォコは思わず、プルーネに突っ込んだ。
    「あの人『狼』やろっ」
    「あれー?」
     埒が明かないので、モーリスが正解を出す。
    「……ホコウ君だよ。ホコウ・ソレイユ君」
    「誰だっけ?」
     きょとんとするプルーネに、フォコは脱力するしかなかった。

     改めて説明し、プルーネはようやくフォコのことを思い出してくれた。
    「あーあー、そう言えばいたいた」
    「忘れんといてほしいなぁ」
    「ゴメンゴメン、忙しくってさ」
    「……そうは見えへんけどな」
     説明を受けている間、露店を訪れた客は一名も無い。
    「きょ、今日はヒマなんだって。いつもはもっと、ワイワイして……」
    「まあ、そこはええねん。ちょっと内々で話したいんやけど、今日はもう店、閉めてもろてええかな」
    「ヤだよ。生活かかってるんだし」
     突っぱねたプルーネに、ペルシェが耳打ちする。
    「お父さんに関する話なんだよ。お父さん復活プロジェクト」
    「えっ?」
     目を丸くしたプルーネに、フォコが笑いかける。
    「聞いてみたくない? 面白い話なんやけどなぁ」
    「……3分待って」
     プルーネは商品を片付けだし、途中で顔を挙げる。
    「手伝ってもらっていい?」
    「ええよ」
     フォコはにっこり笑い、袖をまくった。



     プルーネを伴い、モーリスの事務所に戻ってきたところで、事務所の玄関からルーが現れた。
    「あれ、お母さんも?」
    「うん、リモナちゃんと旦那さんも一緒よ」
     その言葉通り、ルーに続いて赤ん坊を抱えたリモナが出てきた。
    「あ、ホントに火紅兄ちゃんだ!」
    「どもども、ご無沙汰しとりまして」
     続いて、短耳の男が現れる。
    「あ、もしかしてそちらが旦那さんです?」
    「うん。……ほらアンタ、自己紹介、自己紹介」
     リモナに促され、その内気そうな男はぺこりと頭を下げた。
    「初めまして、レギ・メジャンです。小さいですけど、ブドウ農園を経営してます」
    「どもども、火紅・ソレイユです。……と、これでジョーヌ三姉妹とおかみさん、モーリスさんと、粗方集まりましたな。
     後は、……その、……あの」
     口ごもるフォコを見て、ルーが済まなさそうに告げる。
    「ティナちゃんね? ……残念だけど、わたしも行方は知らないの。西方に戻ってすぐ、行方が分からなくなっちゃって」
    「そうですか……。まあ、これだけいれば計画には、問題ありません」
    「計画って言うけどさ、一体、このメンバーで何すんの?」
     尋ねたプルーネに、フォコは笑顔を作って答えた。
    「おやっさんとジョーヌ海運を、蘇らせるんです」
    「ソコ、ちゃんと聞いておきたいんだけど」
    「うんうん」
     続いて、ペルシェとリモナも尋ねてくる。
    「一体どうやって、蘇らせるって言うの?」
    「ま、それはおいおい。
     とりあえずは、皆との再会を祝うんと、僕の方の仲間紹介とを兼ねて、ご飯でも食べに行きましょか」
     フォコの提案に、三姉妹は顔をほころばせる。
    「お、いいねぇ~」
    「兄ちゃんのオゴリ?」
    「勿論」
     ビシ、と親指を立てたフォコを、三姉妹は「太っ腹ぁ」「お大尽だねぇ」とはやし立てた。

    火紅狐・集僚記 3

    2011.07.25.[Edit]
    フォコの話、261話目。兎三人娘、集結。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ブリックロードの繁華街。 立ち並ぶ露店の一つを、フォコとモーリス師弟は訪れた。「いらっしゃーい、……あれ? ペルシェじゃん。モーリスさんも。どしたの?」 その露店の主はジョーヌ三姉妹の次女、プルーネだった。「おひさ。……ねーねー、この人誰だか分かる?」 そう言ってペルシェは、フォコの袖を引っ張る。「んー? 珍しいね、狐獣...

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    フォコの話、262話目。
    死者の復活。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     フォコがジョーヌ三姉妹を集めてから、2日後。
     マチェレ王国の主要都市に、こんなビラが出回った。
    「ジョーヌ海運人材募集 経験不問 希望者はブリックロードのディーズ設計事務所まで」

     ビラが出回ったその日のうちに、ブリックロードには大量の人間が集まった。
     まだ閉まったままの事務所を前に、職人と思しき者たちが雑談を交わしている。
    「あなたも、ジョーヌ海運の募集に?」
    「ええ、まあ」
    「結構条件いいですもんね。今働いてるところの倍以上の給金だし」
    「ですねぇ。こっちなんか、三倍ですよ」
    「それに、『あの』ジョーヌ海運だとしたら」
    「あ、実は私、昔のジョーヌ海運にいたんですよ」
    「お、あなたもですか。……いやぁ、あの頃は良かった。おやっさんが結構乱暴な人でしたけど、基本的に意見を聞いてくれる人でしたからねぇ」
    「そうそう。それに比べて、今はねぇ」
    「旧海運がスパス産業に吸収されましたけど、そうなってからはもう、給料は減らされるし、仕事はきつくなるしで」
    「ええ、本当に。まあ、女房子供を養わないといけませんから、今まで渋々やってましたけど」
     と、事務所の扉が開かれる。
    「皆さん、お待たせしましたー」
     扉を開けて現れたのは、ルーである。
    「今から面接を開始しまーす。整理札の番号順に、入ってきてくださーい」

     まず、5名が事務所内に通される。
    「よう、お前ら」
    「……!」
     彼らにとって聞き覚えのあるダミ声が、事務所内に響く。
    「お、……おやっさん?」
    「何だお前ら、オレの顔を忘れたのか?」
     ほんのり薄暗い事務所の奥にある机の、その向こうに座っている男を見て、職人たちはビシ、と背筋を糺した。
    「い、いえっ」
    「……あー、ちっと悪いんだけっども、昔のケガがなーかなか治らなくてな。座ったまんまで話させてもらうが、カンベンな」
    「あ、いえ、そんな、恐縮です」
     フードと包帯で半ば隠されてはいたが、職人たちが見る限り、その男はクリオ・ジョーヌに間違いなかった。

    「本当に、本当におやっさんだった! おやっさんが、戻ってきたぞ!」
    「マジかよ……!?」
     事務所から慌てて出てきた職人たちの言葉に、事務所を囲んでいた全員がざわめく。
    「本当だ! あの話し方もそのまんまだし、俺たちのこと、ちゃんと覚えててくれてた! 間違いなく、あれはおやっさんだよ!」
     と、扉の向こうからひょい、とルーが顔を出す。
    「次の人、どうぞー」

     こんな調子で、2日間かけて面接は行われ、そのほとんどが即日採用となった。
     そして同時に、国中に「クリオ・ジョーヌ復活」の報せが飛び交った。



     面接を終えて、クリオ? は包帯を取りつつ、隠れていたモールに声をかけた。
    「もうええですよ、……うわぁ、のどが気持ち悪い」
    「だろうねぇ。あんまりやり過ぎると、その術はのどを傷めるね。……ほい、解除」
     包帯を取り終え、その下に隠れていた「魔術頭巾」をはぎ取り、濡れたタオルで顔をゴシゴシと拭く。
     そこに現れたのは、フォコの顔だった。
    「あー、あー。……水もらえます? まだちょい、のどがいがらっぽくて」
    「はい、どうぞ」
     ルーに水をもらい、フォコはぺこりと頭を下げた。
    「ホンマ、お疲れ様でした。助かりましたわ」
    「いえいえ、こちらこそ」

     フォコはクリオに変装し、包帯で隠した「魔術頭巾」でルーから職人たちの情報を伝えられつつ、モールの術で声を変えて応対していたのだ。
     包帯とフード、そして「頭巾」で耳は隠せたし、机に座りっ放しだったため、身長や尻尾が違うことも十分に隠すことができた。さらに、わざと事務所内を暗めにしていたこともあって、細かい顔の違いは十分に誤魔化すことができた。
     そして応募に来た者たちに「間違いなく本人だ」と認識させたことで、後はうわさが一人歩きし、風説上は完全に復活したものとなるだろう――と言うのが、フォコの狙いである。

    「でも、こんなの何べんもできないでしょ」
     そう尋ねたペルシェに、フォコは肩をすくめる。
    「いや、もうこれで終いです。後は僕たちが代理として動けば、それで十分です。
     元からおやっさん、南海とこっちとを行ったり来たりしとったんですから、不在でも怪しまれませんしな」
    「なーるほーどねー」
     感心するプルーネに笑いかけつつ、フォコは応募してきた者たちの履歴を見返す。
    「……ええですな。やっぱり半分くらい、いや、7割くらいはスパス系の人らでした」
     そうつぶやいたフォコに、ファンが尋ねる。
    「もしや、……と思うのですが、ニコル卿」
    「なんでしょ?」
    「乗っ取りをなさるおつもりで?」
     その問いに、フォコは不敵に笑った。
    「それも目論んでます。まあ、本来の目的はあくまで、国境を越えられるくらいの影響力作りですけども……」
     そこで一旦言葉を切り、フォコは顔を伏せ、ぽつりとこう言った。
    「……あいつを許したことはこの8年間、一度もありません」

    火紅狐・集僚記 4

    2011.07.26.[Edit]
    フォコの話、262話目。死者の復活。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. フォコがジョーヌ三姉妹を集めてから、2日後。 マチェレ王国の主要都市に、こんなビラが出回った。「ジョーヌ海運人材募集 経験不問 希望者はブリックロードのディーズ設計事務所まで」 ビラが出回ったその日のうちに、ブリックロードには大量の人間が集まった。 まだ閉まったままの事務所を前に、職人と思しき者たちが雑談を交わしている。...

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    フォコの話、263話目。
    8年ぶりの仇敵。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     フォコは南海で店を立ち上げた時のように、キルシュ流通やネール職人組合、ロクミン大商会から出資を募り、総額5億クラムの資金を集めた。
     その資金を元に、フォコは新ジョーヌ海運を創業した。

     この動きに最も驚かされ、激しく動揺したのは、他ならぬアバント・スパスである。
    「バカな! そんなのは嘘だ! 虚言だ!」
     そう叫んではみたものの――誰もいない工場内では、既に手遅れである。
     本拠にしていたエカルラット王国、スカーレットヒルの軍需工場から大急ぎでマチェレ王国まで出張り、各都市の事務所や商店、工場を周ったが、どこももぬけの殻と化していた。
     元からアバントの経営方針やお小言、叱咤にうんざりしていたところに、「おやっさん」クリオの復活である。元いた職場より非常に良い条件での引き抜きもあって、全員がこれに応じたのだ。
     そのためマチェレ国内におけるスパス産業は、完全に操業を停止していた。
    「くそ、バカどもめッ! 誰かいないのかッ!」
     アバントの怒声は、空しく響くだけだった。

     アバントは怒りに任せ、セラーパークの繁華街に向かう。
    「ここ、……だったか? こんなに人がいるとは……?」
     新ジョーヌ海運の本店となった、元エール商会の商店に乗り込み、事実を確認しようとしたのである。
     ほんの数日前まで廃屋となっていた商店は、往年のにぎわいを取り戻しており、人であふれかえっていた。
    「……ええい!
     どけッ! 邪魔だッ!」
     アバントは客たちをかき分け、店に入って怒鳴る。
    「この大ウソつきの、詐欺師どもッ! 何がクリオ・ジョーヌ復活だッ! そんなに言うなら本人を出してみやがれーッ!」
     その怒鳴り声に、騒がしかった店内は静まり返る。

     と――店の奥から、男が現れた。
    「おーおー、これはこれは、スパス総裁さんやありませんか」
     その姿を目にし、アバントの顔が真っ青になる。
    「……ホコウ……!?」
    「店に入るなり営業妨害とは、大商会の総裁が聞いて呆れますな。まるでチンピラやないですか」
    「き、貴様、生きていたのか!?」
     わなわなと震えるアバントを指差し、フォコは周りの丁稚たちに命じる。
    「つまみ出しなさい。商売の邪魔ですし、話は僕が、外で聞いときますわ」
    「はい」「ただいま」
     元スパス産業の丁稚たちに両脇を取られ、アバントはぐいぐいと店の外に引きずり出された。
    「離せ! 俺を誰だと思ってる、このクズ共!」
    「人の店の者を見るなりクズ呼ばわりとは、器が知れますな」
     フォコも店の外に出て、アバントと対峙する。
    「……しかし、変わりましたな。見事に禿げてしもて」
    「う、うるさい!」
     アバントは顔も、禿げた頭も真っ赤にし、フォコに食ってかかる。
    「お前だったのか、この詐欺師め! ふざけたことを! クリオは死んだんだ! 人をだまして商売とは、お前の器も……」「死んだ?」
     が、フォコは意に介しない。
    「死んだってあんた、自分の目でおやっさんの死んだところを、その目でばっちり見たとでも言わはるんですか? そんな侮辱しはるんでしたら、出るとこ出ましょか?」
    「……う」
     事実、クリオが死んだのを確認したのはフォコ一人だけであるし、その本人がさも生きているかのように、強気に出ているのだから、アバントも自信を持って、「じゃあ訴えてみろ」とは言えない。
    「さ、死んだっちゅう証拠、あるんやったら出してみてくれはりますか? 無いんやったら、とっとと帰ってほしいんですけどもな」
    「……ホコウうぅ……!」
     アバントはギリギリと歯ぎしりするが、それ以上暴れることもできず、踵を返した。
    「……覚えていろよ、ホコウ。きっと総帥が、お前を潰してくれるだろうからな」
    「『総帥が』ってあんた、ホンマに総裁、一つの組織のリーダーのつもりですか?」
     その一言に、アバントの足が止まる。
    「おかしい話ですな。現地にいるあんたが、遠い中央の人間を頼りにしはるとか。
     総裁とか人に呼ばせとるくせに、まるでガキの使いや。『おかーちゃーん、たすけてーなー、うえーん』みたいな感じがしよるわ」
    「ぐ、う……っ」
     プルプルと背中を震わせるのを見て、フォコは追い打ちをかけた。
    「やるんやったらあんた自身で始末つけたらんかい! おんぶにだっこに肩車されとるような身で、自分のことを『総裁』とか人に呼ばすなや、ヌケサクが!」
    「……っ」
     アバントは振り返らず、その場を足早に立ち去った。

     その直後――店の方から、パチパチと拍手が聞こえてきた。
    「ん……?」
     振り返ってみると、丁稚たちが並んでフォコに、賞賛を送っている。
    「ありがとうございます、副総裁!」
    「胸がすっとしました……!」
    「あのタコ親父に、あれだけガツンと言ってくれるなんて!」
     フォコは苦笑し、店員たちにこう返した。
    「……まあ、あのおっさんとのゴタゴタは全部、僕が引き受けたりますわ。せやから皆さん、気にせず商売に精を出してくれたらええですしな。
     さ、店に戻ってください。お客さん待たしたらあきませんで」
    「はいっ!」
     丁稚たちは意気揚々と、店に戻っていった。
     それを見送りつつ、フォコはぼそ、とつぶやく。
    「ここからが本番や。見とれよ、ケネス。
     こっちでもガンガン、お前の牙城を叩いたるからな……!」

    火紅狐・集僚記 終

    火紅狐・集僚記 5

    2011.07.27.[Edit]
    フォコの話、263話目。8年ぶりの仇敵。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. フォコは南海で店を立ち上げた時のように、キルシュ流通やネール職人組合、ロクミン大商会から出資を募り、総額5億クラムの資金を集めた。 その資金を元に、フォコは新ジョーヌ海運を創業した。 この動きに最も驚かされ、激しく動揺したのは、他ならぬアバント・スパスである。「バカな! そんなのは嘘だ! 虚言だ!」 そう叫んではみた...

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    フォコの話、264話目。
    大商会の威光。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「あ、ジョーヌ海運の方ですね。おうわさはかねがね」
    「どもども」
     マチェレ王国―コニフェル王国間、国境監視所。
     フォコはランニャとモール、プルーネを連れて、ここを管理する役人と会っていた。
    「ちょっとお隣さんへ行きたいんですけども、ええです?」
    「どういったご用件でしょうか? あ、手続き上でですね、どうしてもそこだけ、きちんと聞かないといけませんので、ご容赦のほどを」
     恐らくこの役人は、ただの一般国民に対しては、こんなへりくだり方などしないだろう。
     だがフォコがジョーヌ海運副総裁を名乗り、その証を見せたところ、役人は前述のように、ひどく低姿勢になった。
    「ええ、おやっさん……、あー、と、総裁が商売の方、もっかい西方全国へ展開して行こかと仰られまして、僕がその視察に」
    「あ、なるほどなるほど、かしこまりました。えーと、まあ、その、本来手続き上でですね、審査などでお時間『など』をいくらかいただくんですけども」
    「あー」
     フォコはにっこり笑い、一旦ポケットに右手を入れてから握手する。
    「これで」
    「……ありがとうございます」
     役人は手を離すが、右手は拳を握ったままだ。
    「では手続き上、通行許可証の発行だけ、ちょっとお時間を取らさせていただきます。少々お待ちくださいませ」
     役人は右手を隠し気味に、そそくさと監視所の奥へ消えていった。
    「……いくら渡したの、兄ちゃん?」
    「2000キュー。こっちの金貨、ちっちゃいの2枚やね」
    「案外安いね? もっと渡すもんかと思ってたけど」
    「もっぺん帰ってくる時も同額渡すやろし、それで十分やろ」
     と、役人がニコニコしながら、許可証を手に戻ってきた。
    「はい、ソレイユ様。こちらが皆さんの許可証となります」
    「どもども」

     フォコの予想していた通り、「ジョーヌ海運」のブランド力は絶大だった。
     始業からほんの数日で店舗は大盛況、設計所や造船所はフル稼働の状態となり、その評判はマチェレ王国中に届いていた。
     国境通過審査においてもその効果は絶大であり、一般人であれば数週間待たされた上に許可証発行ができるかできないか、優遇を受ける宗教人であっても一両日待たされると言うところを、たったの15分で通過することができた。
    「おやっさん様々やな」
    「……んでもさ、いつまでお父さんが生きてるって言うつもり? 流石にそんな長く続けてられないし、もしバレたら大変だよ?」
     プルーネの質問に、フォコはニヤリと笑う。
    「せやね、3ヶ月くらい後かな。
     西方中に商売の基盤を築き、いよいよこれからと言うところで突然の悲報。その遺志を娘たちが継いで、……なんちゅうのんは、結構ドラマチックやと思わへん?」
    「……ワルいなぁ、兄ちゃんは」
     プルーネはクスクスと笑い、フォコの肩をバンバン叩いた。



     発起・資金調達から人材募集、開業までをたったの1週間で済ませ、早々に新ジョーヌ海運の経営を軌道に乗せたフォコは、本来の目的――央中恐慌の鍵となる清王朝の後継者、清双葉・三守姉弟と、彼らを連れ回しているサザリーの捜索に乗り出した。
     ただし、「自分はサザリー・エールを探している」と公言して回っては、標的のサザリー自身や彼を擁護するスパス側を警戒させることになるし、仮にも「大三角形」の人間を付け狙っていると知れれば、この地での商売に悪影響を及ぼしかねない。
     そのため公には、先程の役人に話したように、「西方各地へ営業、および商談に向かう」としている。



     国境を抜け、1時間半ほど歩いたところで、一行はコニフェル王国の端に位置する、小さな街に到着した。
    「ま、仕事も仕事できちんとこなしとかな、あきませんしな」
    「こっちに来たってことは兄ちゃん、リオン家の人にでも会うつもりしてんの? こっちに本拠、あったよね」
     プルーネにまた問われ、フォコは小さくうなずく。
    「ああ、そやったねぇ。挨拶しとこかな」
    「……」
     と、二人の後ろにいたランニャが頬を膨らませていることに、モールが気付く。
    「どうしたね?」
    「どうしたもこうしたもないっ」
     ランニャは尻尾を怒らせながら、フォコの後ろ姿をにらんでいた。

    火紅狐・回西記 1

    2011.07.29.[Edit]
    フォコの話、264話目。大商会の威光。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「あ、ジョーヌ海運の方ですね。おうわさはかねがね」「どもども」 マチェレ王国―コニフェル王国間、国境監視所。 フォコはランニャとモール、プルーネを連れて、ここを管理する役人と会っていた。「ちょっとお隣さんへ行きたいんですけども、ええです?」「どういったご用件でしょうか? あ、手続き上でですね、どうしてもそこだけ、きちんと...

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    フォコの話、265話目。
    見放された総裁。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     一方、フォコに追い払われたアバントは、本拠地であるスカーレットヒルに戻ってきていた。
    「くそおぉ……、ホコウの奴め……ッ」
     頭の中は怒りで真っ赤に煮えたぎっていたが、ここでケネスにフォコのことを報告するのも、彼に負けたようで悔しい。
     何より彼自身に魔力は無いため、誰かに代理で「頭巾」を使って報告してもらう必要があるが、彼の自尊心から言って「火紅にあしらわれた」などと、自分から他人に知らせることなどできない。
    「誰がガキの使いだ、くそッ」
     怒りを紛らわせようと、ワインを瓶から直接グビグビと飲み込んでいく。
    「総裁……。まだ昼間ですよ」
     見かねた大番頭がそう忠告するが、基本的にアバントは下の人間を軽く見る性格である。
    「あぁ? 昼間だからどうした? この国に『昼間に酒を飲むことを禁ずる』なんて法律は無いぞ!」
    「確かにございません。しかし今はまだ、就業時間の最中で……」
    「丁稚どもがあくせくあくせく働いてるから、俺も汗水たらして木材でも担げと言うのか?
     はっ、この俺を誰だと思ってる!? アバント・スパス総裁だ! この商会で、いいや、この国で一番金持ち、一番偉いんだぞ! 何故俺が、そんなことをしなきゃならんのだッ!」
    「いや、別にそんなことまでは……。私が言いたいのはですね、職人たちのやる気に関わりますから、どうか皆の手本、見本になるようにと……」「うるさい、小言野郎ッ!」
     アバントは酔いと怒りに任せ、酒瓶を投げる。酒瓶は大番頭の頭をかすめて壁に叩きつけられ、パン、と音を立てて割れた。
    「……っ」
    「見本だと? ああ、いい見本だろうが、この俺は!?
     クズがあくせくゴミみたいに働いてる横で、こうしてお前の言うように、真っ昼間っから酒をグイグイ飲める身分だ! うらやましいだろうが、え!?
     早くこの俺のようになれと言う、いい見本じゃないか!」
    「……総裁。何か、あったのですか? 戻ってきてからずっと、そんな調子ではありませんか」
     大番頭の言葉に、アバントはピク、と体を震わせる。
    「……で、出ていけ! さっさと仕事に戻れ!」
    「総裁……」
    「聞こえなかったのか!? さっさと部屋から出ていけッ!」
    「……失礼しました」
     取りつく島もなく、大番頭はそそくさと部屋を後にした。
    「……くそっ」
     アバントは机に足を投げ出し、またワインを飲み始めた。

     フォコと対面する前から、スパス産業の業績は悪化していた。
     予定されていた北方への武具大量輸出が破算になったことに加え、大金を投じてきた南海から全面的に撤退せざるを得なくなったことで、経営は行き詰りつつあったのだ。
     それでなくても、海外資本を笠に着た新参者の上に、経営力の無さを度々露呈してきた、商人としては落第、西方商業網にとって裏切り者同然の男である。
     エール商会と旧ジョーヌ海運を吸収し成り上がった直後は、「大三角形」筋をはじめとして何かと持てはやされ、商売の話も引っ切り無しに持ち込まれていたが、設立から8年が経った今、スパス産業は西方の各商会から、半ば村八分にされている状況にあった。
     それでもまだ、ケネスから央中に恐慌を起こす計画を聞かされ、それによって発生するであろう利益を分けてもらえると聞かされていたし、事実、大量に残っていた在庫も恐慌発生以後、順調にさばけてきてはいた。このまま穏便に過ごせば、何とか経営を立て直せるだろうと、アバントは安堵していたところだったのだ。
     そこに新ジョーヌ海運の登場と引き抜き、フォコからの挑発である。アバントが怒り狂うのも、当然と言えた。

     とは言え、不調の原因は自分の身から出た錆である。
     セラーパークでフォコと対峙したうわさを聞いた者は、誰一人としてアバントに同情などしなかった。
    「いいなぁ、マチェレ王国の奴らは。全員するっと、ここから抜けられて」
    「俺たちもできるならしたいよなぁ」
    「うんうん」
    「あ、そうそう。さっきさぁ、事務所の方行ったらさ」
    「何かあったのか?」
    「酒くせーんだよ。またタコ総裁が、酒飲んで暴れてやがるんだ。……やってらんねーぜ」
    「全くだ。……こっちでもジョーヌ海運からの募集があったらさ、皆で移らねーか?」
    「ああ、そうしようそうしよう」
    「誰があんなバカのために仕事なんかするかっつーの」
     本拠地、スカーレットヒルの工場においても、アバントは皆から見放されていた。

    火紅狐・回西記 2

    2011.07.30.[Edit]
    フォコの話、265話目。見放された総裁。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 一方、フォコに追い払われたアバントは、本拠地であるスカーレットヒルに戻ってきていた。「くそおぉ……、ホコウの奴め……ッ」 頭の中は怒りで真っ赤に煮えたぎっていたが、ここでケネスにフォコのことを報告するのも、彼に負けたようで悔しい。 何より彼自身に魔力は無いため、誰かに代理で「頭巾」を使って報告してもらう必要があるが、彼の...

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    フォコの話、266話目。
    「大三角形」との接触。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     フォコたちがコニフェル王国入りしてから3日後。
    「では、ヒノキ材20トンと、ブナ材18トンと。後は……」
    「防腐剤と接着剤ですね。よろしければ私の方から、問屋を紹介させていただいても?」
    「あ、助かります。どうもですー」
     フォコは手早く王国の主要都市を回り、資材の買い付けを行っていた。
     そして今、商談を交わしているのが、件の「大三角形」の一角――リオン家の一人、茶色い毛並みの兎獣人、サーシャ・リオンである。
    「ほな、明日にでもご紹介いただいたとこ、訪ねてみます」
    「はい。あ、ちなみにそのお店、私の甥夫婦が経営してるんです」
    「ほうほう。あ、そう言えばうちの方でも、総裁の娘さんで、夫婦で農場を経営されてはる人がおりましてな。
     僕、『外』の人間なもんであんまり、こっちの慣習と言うか、そう言うのんに疎いんですけども。結構多いんでしょうか、ご夫婦とかご家族で経営されてるとこって」
     話は商談から雑談に移り、両者の間にくだけた雰囲気が流れる。
    「西方は『家族ぐるみ』の風潮が強いんです。山や深い森が多いせいか、一つの家族、家系が固まって共同生活を営むことが多く、それがそのまま文化になってるんですね。
     近年では街道や船なんかで割と拓けてきましたが、それでもソレイユさんの仰っていた通り、家族、一族で固まって店を経営、と言うスタイルが主流ですね。
     ……でも、そこから考えると特殊ですよね、ジョーヌ海運さんって。失礼ですけど、『狐』で外国人のソレイユさんが、副総裁だなんて」
    「総裁とは長年の付き合いなもんで。僕が14歳の丁稚しとった頃から、総裁一家とは懇意にしとりましたし」
    「へぇ……。今おいくつでしたっけ、ソレイユさん?」
    「25になります」
     それを聞いて、サーシャはピコ、と兎耳を揺らす。
    「と言うことは11年で、丁稚から副総裁へ? 随分な出世ですね」
     その言葉に、フォコは自分が疑われていることを悟る。
     しかし、無理に取り繕おうとはせず、フォコはある程度真実を話すことにした。
    「……まあ、何ですかね。実を言うてしまえば、ジョーヌ海運の方で、えらい騒ぎがあったんですわ」
    「騒ぎ?」
    「僕は昔、南海のジョーヌ海運特別造船所っちゅうところにいたんです。ほんで、そこに、……まあ、ある男がおりまして。
     そいつは番頭やっとったんですが、総裁の命とその座を狙っとったんですよ。ほんで、ある時ついに、襲われてしまいました」
    「襲われた……? でもあなた、ジョーヌ総裁は生きていると」
    「まあ、そこから色々あったんですわ。僕も大ケガを負いましたし、本当にもう、僕自身ですら、死んでしまったもんと思てました。
     ところがですわ」

     フォコはそこから大嘘を立て続けにつき通し、話を作り上げた。
    「グス……、なんて感動的な……。本当に、……グスッ、大変だったんですね」
    「あ、いえ、そんな」
     涙ぐむほど信用した様子を見せたサーシャは、フォコにこんなことを尋ねてきた。
    「……グスッ。……失礼しました。
     あの、聞いていた感じだと、その番頭をしていた男と言うのは、……もしかして、アバント・スパス氏では?」
    「ご存じで?」
    「そりゃ、まあ。……今や私たち『大三角形』の敵ですから。
     それ以前に、彼自身が経歴を明かして、ジョーヌ海運を買収する理由にしていましたから」
    「……何と言ってました?」
     サーシャは肩をすくめ、こう答えた。
    「……そうですね、こんな感じだったかしら。『自分が尊敬してやまない総裁が亡くなった今、彼の遺志を継げるのは自分しかいない。どうか自分に大義を全うさせてくれ』と」
    「……ふざけたことを」
    「ええ、お話を伺った今、私もそう思います。
     それに何より、彼は参入してきた当初から、西方資本における寄生虫と見なされてきましたし、特に最近では害しか成さない存在。
     我々『大三角形』、いえ、西方で活動するすべての商人の、最大の敵と言ってもいい男です」

    火紅狐・回西記 3

    2011.07.31.[Edit]
    フォコの話、266話目。「大三角形」との接触。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. フォコたちがコニフェル王国入りしてから3日後。「では、ヒノキ材20トンと、ブナ材18トンと。後は……」「防腐剤と接着剤ですね。よろしければ私の方から、問屋を紹介させていただいても?」「あ、助かります。どうもですー」 フォコは手早く王国の主要都市を回り、資材の買い付けを行っていた。 そして今、商談を交わしているのが...

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    フォコの話、267話目。
    西方人気質。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     サーシャのその言葉に、フォコは不穏なものを感じた。
    「最大の敵?」
    「ええ」
    「敵、っちゅうことは、何らかの攻撃なり、制裁を加えようと?」
    「その予定です」
     うなずきはするが、サーシャは詳しい説明をしない。そこでフォコの方から、推理を立ててみた。
    「商人がする攻撃っちゅうたら、資源や資材の差し止めとかですか?」
    「まあ、そんなところですね」
    「トット家の方と協力して?」
    「彼らの手も借ります」
    「他に攻撃があるとすれば、取引の停止ですな」
    「それも行う予定です」
    「西方商人最大の敵と仰ってましたけども、『大三角形』以外にも協力を?」
    「信用できる筋には話を通しているところです」
    「……割と、スラスラ答えていただけますな」
    「あなたも引き込もうかと考えているところです。今のところ私だけ、ですけれど」
     そう言って、サーシャはニコリと笑う。
    「僕たちも、信用していただけたようで」
    「ええ。先程の商談も、派手なうわさとは裏腹に、堅実かつ真っ当なものでしたし、あなたの話がまるきり嘘、とは思えません」
    「ありがとうございます」
     頭を下げたフォコに、サーシャは顔を近付けてきた。
    「今月24日の夜8時、ご予定は?」
    「……空いとります」
     フォコは頭を下げたまま、目を合わさず答える。
    「トット家の本拠、フェルミナ王国の城下町、ブラックヒルの郊外で、我々リオン家とトット家を中心とした会合を開く予定です。
     良ければあなた方も、いらしてください」
    「……はい」
     フォコは顔を挙げ、サーシャにニコリと笑顔を見せた。



     一通りの営業回りを終え、フォコたちは半月ぶりにセラーパークのエール商会本店に戻ってきた。
    「へぇ、『大三角形』を挙げてスパス潰し、か。それがうまく行けば、案外サザリー氏探しもうまく行きそうだね」
     話を聞いたランドは、ほっとした顔をした。
    「そうですな。……と言うか、僕たちが無理無理に介入せんでも、もしかしたらうまく行っとったんやないでしょうか?」
    「と言うと?」
     マフスに尋ねられ、フォコが説明しようとする。
    「ああ、話を聞いてた感じでは……」「嫌われまくってたんだよ、サザリーって奴をかくまってるその、アバントっておっさん。な?」
     が、途中でランニャが口をはさむ。
    「あ、うん、そやね」
    「だからさ、みんながみんな、いつか潰してやろうって思ってたし、そうなればアバント頼みのサザリーも……」「あのな、ランニャ」
     今度はフォコの方から、ランニャの話を遮る。
    「それ、今僕が説明したことやろ? 何で同じ話するん?」
    「え、……いや、ほら」
    「はぁ……。ま、ええけど。
     まあ、アバントの評判や経営能力以外でも、もう一つサザリー氏の逃亡生活が破綻するやろうなって要因があるんよ。思ってた以上に西方の、異邦人に対する『目』は厳しかったっちゅうことや。
     ちょっとでも土地の者と違うと、かなり目ざとく観察してきはるからな。こっちの人間であるサザリー氏はともかく、央南人の、年端もいかへん姉弟がうろうろしとって、それを気にせえへんようなお国柄ではない。
     ちょっとでも気になる奴が街に出とったら、一週間で国中にうわさが広まってもおかしくないようなトコなんや」
     フォコの説明が一段落すると同時に、またランニャが口を開く。
    「中央だったら、あんまり考えられないよな、それ。ウチのところでも、央南から来た職人はいっぱいいたし。ウチじゃそんなの気にしないのに、こっちはもう、変にジロジロ見られるし、かと言ってお店に行ったら、めちゃくちゃ無愛想だし」
    「せやね」
     もう一度ランニャの話を止めて、フォコが本題を続ける。
    「まあ、そんな感じやし、逃亡中の人間がホイホイ動けるような土地やない。
     あと、元々スパス産業の経営が行き詰っとったこともあるし、それにそもそも耳ざとい商人が、央南で国を潰した同業者、サザリー・エール氏の評判を聞いてへんっちゅうことは、まずない。
     逃走してる三人が三人、この国では異様に目立つ存在なんや。どこへ行っても、すぐ見つかってしまうやろな」
    「あ、えっと、うん、そうだよね! あたしもフォコ君とあちこち回って来たけどさー」「ランニャ」
     フォコがここで、ランニャに尋ねる。
    「さっきから何なん? ちょこちょこ口出してくるわりに、話を一々脱線させようとして……?」
    「え? そう? いや、そんなつもりじゃなくてさ、あたしはほら、フォコ君の……」
    「話が進まへん。ちょっと落ち着き」
    「……分かったよ」
     ランニャは憮然とした顔をし、ぷい、とそっぽを向いた。
    「……まあ、話を戻して。
     ともかく、僕たちはその、『大三角形』の会合に招待されたわけですわ。これは今後のことを考えるに、非常に大きなチャンスと言えます。
     うまく行けば、ここにいる元エール家ゆかりの僕たちが、新しい『大三角形』の一角になれます。そしてそれは将来的に、僕とランドさんの最終目標――ケネスたちの経済・軍事支配を破る一助となるでしょう」

    火紅狐・回西記 4

    2011.08.01.[Edit]
    フォコの話、267話目。西方人気質。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. サーシャのその言葉に、フォコは不穏なものを感じた。「最大の敵?」「ええ」「敵、っちゅうことは、何らかの攻撃なり、制裁を加えようと?」「その予定です」 うなずきはするが、サーシャは詳しい説明をしない。そこでフォコの方から、推理を立ててみた。「商人がする攻撃っちゅうたら、資源や資材の差し止めとかですか?」「まあ、そんなところ...

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    フォコの話、268話目。
    フォコの囚われ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     エール本店での会議を終え、皆は三々五々に散る。
     ある者は早々に宿へ戻って床に就き、またある者は今後の商業展開を検討し合い、そしてある者は――。

    「ひっく、ひっく、ぐす……」
     ランニャは歳の近いマフスとイール、そして暇だったレブとランドを伴って、バーに来ていた。
    「ランニャ、呑み過ぎだよ」
     兄のランドがそう諭すが、ランニャはぶるぶると首を振る。
    「ぐすっ、ぐすっ……、いいんだよぅ、呑まなきゃやってらんないよぅ」
    「落ち着いてください、ランニャさん」
     横にいたマフスからもたしなめられるが、却ってランニャの荒れ方がひどくなるばかりだ。
    「うるさいよぉ、どうせあたしは落ち着きがないんだぁ、ふえぇぇん」
    「駄々っ子だな、まるで」
     今度はレブが煽ってみたが、これも火に油を注ぐだけだった。
    「うあーん」
    「……ほっといた方がいいんじゃない?」
     イールの意見に、ランド以外の皆は無言でうなずく。
     しかしランドは、両手で小さく×を作る。
    「そうも行かないよ。この子は自制が利かないから。
     ……ほらランニャ、水。もうお酒はおしまい。ね?」
    「ひっく、ひっく……、ごくごく」
     兄が差し出した水を、ランニャは泣きながら一気にあおった。
    「……お兄ちゃん、優しいな」
    「そりゃ、ね」
     ランドは優しくランニャの頭を撫で、水をもう一杯渡す。
    「よしよし、もうたっぷりお酒は呑んだんだし、次はゆっくりでいいから吐き出しなよ、君の中に溜まってるものを、さ」
    「……お母さんと同じこと言ってる」
    「意識して言ったからね。ほら、僕になら気軽に言えるだろ? 何でも話しなよ」
    「うん……」
     ランニャはようやく落ち着いた様子を見せ、ぽつぽつと話し始めた。
    「お兄ちゃんもさ、あたしがフォコ君のこと、大好きだって知ってるだろ」
    「うん。昔っからべったりだったよね」
    「でさ、何年かぶりに再会して、やったー! ……って思ってたのにさ、あいつ、他の女にばっかりずーっと、目を向けてるんだもん。
     そのくせ、あたしには『うるさい』とか『黙ってろ』とか、つめったいことばーっかり言ってくるし。もうあいつ、あたしのこと、嫌いなんだよ」
    「それは無いよ。彼は嫌いなものは、きっぱりと排除するタイプだ。もし君を嫌っているなら、なんだかんだと言いくるめて、クラフトランドに帰してるさ」
    「……なんか、それだとあたしがド素直なアホみたいじゃん」
    「いやいや、君が素直なんじゃなく、彼が狡猾なんだよ。……まあ、それは置いといて。
     ランニャ、君がずっとずっと昔からホコウのことを好きだったように、ホコウはホコウで、ずっとずっと昔から、ティナさんのことを好きなんだよ。
     君のホコウに対する愛情は、簡単に切り替えられるほど軽いものかい?」
    「……そんなわけ、ないじゃないか」
    「だろう? きっと彼もそれくらい強い愛情を、ティナさんに抱いてる。だからこそ、君がどれほど今、強く押しかけても、彼は見向きもしないだろう。
     彼は8年間、囚われっぱなしなんだよ。ティナさんへの愛と、その感情をどこにも持って行けない自分自身に。
     君が今すべきことは、彼の視界に無理矢理立つことじゃない。囚われたままの彼を解放してやらなきゃいけないんだ。解放されない限り、彼はいつまでも、君の方を向いたりなんかしない。いつまでも、邪険に扱われるままさ」
    「……そう、だよな」
     ランニャはとろんとした目をしながらも、神妙な顔つきで、もう一度水を口に運んだ。
    「……どうすりゃいいんだろう?」
    「そりゃ、一つしかない」
     今度はランドの方が、酒を口に運ぶ。
    「彼の心の整理を、きっちりと付けさせるしかない。
     何の情報も無いから、生きているか、それとも死んでいるのか、判断できないけども――ティナさんがどうなったか、ホコウがちゃんと知り、納得することでしか、整理は付けられない。
     君にできることは、それしかない。ホコウを助けて、ティナさんに会わせてあげるしかないんだ。……そこから、まあ、口説くなりなんなり」
    「……それ、超、難しいじゃんか。愛し合ってる二人が再会を果たしたところに、あたしが無理無理割り込んでいくなんて、邪魔者なだけじゃないか」
     口をとがらせる妹に、ランドは肩をすくめて笑いかけた。
    「僕にもできそうにはないな、それは。……後は、まあ、『二人目』になるとか?」
    「ばーか。それじゃケネスのクズ野郎と一緒じゃんか」
     ランニャはクスクス笑い、ランドにデコピンをぶつけた。

    火紅狐・回西記 5

    2011.08.02.[Edit]
    フォコの話、268話目。フォコの囚われ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. エール本店での会議を終え、皆は三々五々に散る。 ある者は早々に宿へ戻って床に就き、またある者は今後の商業展開を検討し合い、そしてある者は――。「ひっく、ひっく、ぐす……」 ランニャは歳の近いマフスとイール、そして暇だったレブとランドを伴って、バーに来ていた。「ランニャ、呑み過ぎだよ」 兄のランドがそう諭すが、ランニャはぶ...

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    フォコの話、269話目。
    千年級の会話;賢者の体、悪魔の呪い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     白い満月と、赤い下弦の月が浮かぶ夜。
     エール商店の屋根の上に、二つの人影があった。
    「よう、克」
    「……」
     上がってきた大火に、モールはひょい、と手招きする。
    「何の用だ?」
    「いやさ、ちょいと聞いておきたいコトが、いくつかあったもんでね。君なら私の疑問に、何でも答えてくれそうだからね」
    「さあな」
     肩をすくめてみせた大火に、モールはニヤリと笑って返す。
    「質問、いっこめ。
     こいつ、知ってる?」
     そう言って、モールは自分を指差した。
    「……その質問に、どう答えたものか」
     大火はクク、と鳥のような笑いをもらした。
    「……やっぱりだ。やっぱり君は、私の思っていた通りの人間だね。私の質問の真意に、ちゃんと気付いてくれているね」
     そう言ったモールに、大火はわずかに口の端をにじませながら、こう答えた。
    「一つの問いに、答えは二つだ――お前のことは知らん。お前の『体』のことは、見当が付いている」
    「ほう。じゃ、その見当を聞かせてくれないかね、この体についての」
    「お前は既に解答を知っているのだろう? その体を使っているのだから」
     むすっとした顔を返す大火に、モールはぺろっと舌を出した。
    「実は私ゃ、この体が単に『魅力的』だったから奪っただけなんだよね。詳しい部分は、私にも分からないんだ。
     だから、知りたいんだよね。知ってるコト、分かったコトがあれば、教えてほしいんだよ」
    「ふむ」
     大火はモールに近づき、その体や髪、長い耳、瞳などをつぶさに点検した。
    「俺の見解だが、……そうだな、言うならば『人工物』だ」
    「だろうね。不自然だもん」
     モールはけらけらと笑い、自分の体を触る。
    「通常の、普通の人間の魔力容量を100とするなら、『こいつ』は軽く6~7000を超えている。
     もし『こいつ』が私に『喰われ』なければ、確実に『こいつ』は世界を丸っきり変えていただろうね」
    「だろうな。どれほど体質的に恵まれていようと、ただの人間では1000が精一杯。
     それ以上を無理矢理に超えれば、発狂するか血が腐るか、それとも全身不随になるか、さもなくば脳が溶け出すか、だ」
    「そう、その通りだ。普通は肉体が持ちっこないから、杖や魔導書でカバーせざるを得ない。
     その常識をこの体は、ブッちぎりで超越しちゃっている。そして私が出会った時、『こいつ』はまったくの健常者だった。どう考えても、自然のモノじゃないね」
    「ではお前は、何者なのだ?」
     そう尋ねた大火に、モールは真顔を作って答えた。
    「私の名前は、モール・リッチ。死せる賢者、リッチ(Lych)さ。
     私の、オリジナルの肉体は、とうに滅びている。そう……、『この世界』が始まる、ちょっと前の頃に」
    「……なるほど……!」
     大火の細い目が、見開かれた。
    「お前も、『旧世界』の住人だったのか」
    「君もか。……何だか嬉しいね。もう私一人だけなんだと、そう思っていたからねぇ」
    「俺も同感だ。……いや、少し違うな。
     俺と、もう三、四人だけだと、そう思っていた」
    「何だって?」
     今度は、モールが目を見開く。
    「他にも生きてるっての?」
    「ああ。俺の弟子が、三人。……まあ、そいつらは半ば死んでいるようなものだが。
     だが、それとは別に、もう一人――俺が最も憎む女が、どうやら生きているらしい」
     そう言って、大火は左手袋をはがす。
     裸になり、白い月に晒されたその左手は、薬指が無くなっているのが確認できた。
    「……呪いをかけたね、バカな呪いを」
    「ああ、まったくだ。若い頃の自分を顧みるに、いつも忸怩(じくじ)たる思いをさせられる」
    「その、君に大恥をかかせた相手が、まだのうのうと生きているってか」
    「恐らくは、な」
     それを聞いて、モールは思わず笑ってしまう。
    「ふ、あはは、くっくく……」
    「何がおかしい」
     顔をしかめる大火に、モールは手をパタパタ振って見せる。
    「いや、いやね、私、君のコトは、女に興味のない朴念仁だとばっかり思ってたもんでね。いや、ゴメンゴメン、ほんと、悪い悪い」
    「……ふん」
     と、モールはまた真顔を作り、もう一つ尋ねた。
    「と、もいっこ質問があるんだ」
    「何だ?」
     モールはもう一度、自分の体を指差した。
    「『こいつ』と同じようなヤツ、……私らの中にまだ、いるよね?」
     その問いに、大火は静かにうなずいた。

    火紅狐・回西記 6

    2011.08.03.[Edit]
    フォコの話、269話目。千年級の会話;賢者の体、悪魔の呪い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 白い満月と、赤い下弦の月が浮かぶ夜。 エール商店の屋根の上に、二つの人影があった。「よう、克」「……」 上がってきた大火に、モールはひょい、と手招きする。「何の用だ?」「いやさ、ちょいと聞いておきたいコトが、いくつかあったもんでね。君なら私の疑問に、何でも答えてくれそうだからね」「さあな」 肩をすく...

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    フォコの話、270話目。
    罠か、善意か?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     312年、5月24日。
     フォコはランドとファン、ルー、ルシアン、ペルシェを連れ、「大三角形」の会合が行われるフェルミナ王国を訪れた。
    「いや、しかし、緊張しますな、ニコル卿」
    「ええ、確かに」
     西方商業界の大物たちが揃うとあって、フォコもファンも、緊張の色を隠せない。
     そんな二人を和ませようと、ルーがやんわりと尋ねてくる。
    「今日は、誰が来るって?」
    「えーと……。まず、僕が直接会うたサーシャ卿と、それから彼女のお兄さんの、ギュスト・リオン卿。
     それと、二人のお父さんで、リオン商会の総裁である、ルイ=ベルフォード・リオン翁。
     トット商会側からは、総裁のエルフェノーラ・トット媼と、息子さんのアンリ・トット卿とその奥さんのマリー・フィナ氏。
     後は西方のあちこちから、有力な商人が何名か来ると聞いてます」
    「あら」
     返事を聞いて、ルーがにこっと笑う。
    「アンリ君はわたしが小っちゃい頃、会ったことあるわよ。そっかー、そりゃ結婚してるわよねぇ」
    「そら、歳が一緒くらいでしたら、ねぇ」
    「んま、ホコウ君ったら。女性の歳のことなんか、話題に挙げちゃ嫌よ?」
     そう言ってちょん、と背中を突かれ、フォコは妙な声を挙げてしまう。
    「ふひゃぁ!?」
    「クスクス……」
     と、ルシアンもおずおずと口を開く。
    「僕も、リオン翁とトット媼には会ったことがあるよ。まだ、本家の方にいた時。色々と教えてもらったなぁ。……うぅ、そう考えると会い辛いなぁ」
    「まあ、しゃあないでしょう。
     ちゅうか、こうして面と向かって会うチャンスなんて、今の身分ではもう滅多にないんですし、ここで『精一杯再起できるよう頑張ります』とアピールしといた方が、後々ええんとちゃいます?」
    「なるほど、そう言う見方もあるよな……。そうだな、そうしよう」
     頼りなさげなルシアンに、ペルシェが喝を入れる。
    「しっかりしてよ、伯父さん。この中で二番目に歳食ってるくせに」
    「はは……、面目ない」
     と、最も年長者であるファンが、「ふむ……」と短くうなる。
    「どうしました、ファンさん?」
    「あ、いや。……まあ、その。これはあくまで私見でございますが、何だか妙に、うまく行き過ぎているような気も、しないではないのです」
    「え?」
    「私も西方商人の端くれでございますから、彼らの性情はよく存じているつもりです。
     先日ニコル卿も仰っていた通り、西方人と言うのは排他的で、家族主義の人間たちです。仲間内、家族内での信頼関係は非常に厚いものですが、反面、仲間でない者、裏切り者に対しては、非常に冷酷な態度を執る者たちです。
     そんな西方商人の代表、総元締たるリオン家の方が、こんなにも簡単に、つい一月、二月前に店を構えたばかりの我々に、易々と胸襟を開くとは、どうしても腑に落ちんのです」
    「……確かに、それはみょんな話だとは思ったな」
     ファンの意見に、ランドもうなずいた。
    「ホコウ。考えてみれば、彼らにとって僕たちは、丸っきりスパス氏と同じ立場なんじゃないか?」
    「え? ……ふむ」
    フォコはランドの言葉を反芻し、内省する。
    「確かに、店を立ち上げた時の資金は北方や南海、央中からのですし、それはまさに外国資本そのものです。現地で大量に人員を引き抜いたことも、突然現れて西方全国に商売を展開し始めたのも、一緒。
     ランドさんの言う通り、『大三角形』の皆さんからしたら、新たな脅威に見えるでしょうな」
    「だろう? ……これはもしかしたら、罠かも知れないよ。
     ホコウ、今からでもタイカを……」
     言いかけたランドに、フォコは静かに首を振った。
    「何でです?」
    「何でって、罠に対してそのまま飛び込めって言うのかい?」
    「向こうは例え嘘でも、僕たちを信用するポーズを取って、丁重に招待してくれたんです。そこへ武器を手にして会合へ参加するなんて、とんでもなく失礼やないですか。
     形だけでも礼を尽くしてくれたんやったら、僕たちもそれに則るのが礼儀でしょう?」
    「理屈はそうだけど、じゃあ君は、会合の場に足を一歩踏み入れた途端、全身を矢に射抜かれてもいいやって言うのかい?」
    「心配のし過ぎやないですか? そこまで無茶苦茶なことするような人たちやとは、僕には思えませんよ……」
     フォコの意見に、ルシアンたち兄妹はうなずいた。
    「ええ、流石にそこまでするなんて思えないわ」
    「そうだよ。いくらなんでも、考え過ぎだ。第一、今は疎遠になったとはいえ、僕たちエール家の人間もいるんだから、そんな乱暴なんかしやしないさ」
    「……うーん」
     ランドはまだ腑に落ち無さそうな顔をしていたが、それ以上反論しなかった。



     夜になり、フォコたちは会合の場、トット家の別荘を訪ねた。
    「こんばんは、ジョーヌ海運の者です」
    「ようこそいらっしゃいました」
     トット家の使用人たちが出迎え、ほどなく招待主のサーシャも、屋敷の奥から姿を見せた。
    「ようこそ、ソレイユ副総裁。そして、エール家の皆様。それから……、ロックスさんと、ファスタさんでしたか」
    「お招きいただき、光栄の極みです」
     フォコは前言通りに深く頭を下げ、礼を尽くす。
    「そうかしこまらずに。
     ああ、既にリオン、トット両家の当主が奥におります。まだ少し早いですが、良ければ会っていただけますか?」
    「ええ、是非」
     サーシャに先導され、一行は屋敷の奥へと進む。
    「こちらです」
     と、サーシャは大きな扉の手前に立ち、すっと横に引いた。
    「この奥におります。どうぞ」
    「あ、はい」
     促されるままに、フォコたちは扉を開け、中の大広間へと入る。

     と――。
    「ソレイユさん」
     背後から、サーシャの声がかけられた。
    「あなた、バカなの?」
    「……」
     フォコは目の前に並ぶ従者たちと、その手に構えられている弩弓や剣、短槍を見て、肩をすくめた。
    「……だから言ったのに」
     ランドの呆れた声にも振り返らず、フォコは広間の中央に座る二人の、兎獣人の老人――リオン翁と、トット媼を見つめていた。

    火紅狐・回西記 終

    火紅狐・回西記 7

    2011.08.04.[Edit]
    フォコの話、270話目。罠か、善意か?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 312年、5月24日。 フォコはランドとファン、ルー、ルシアン、ペルシェを連れ、「大三角形」の会合が行われるフェルミナ王国を訪れた。「いや、しかし、緊張しますな、ニコル卿」「ええ、確かに」 西方商業界の大物たちが揃うとあって、フォコもファンも、緊張の色を隠せない。 そんな二人を和ませようと、ルーがやんわりと尋ねてくる。...

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    フォコの話、271話目。
    真実をお話しなさい。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     武器を手にした従者たちに取り囲まれ、身動きのできないフォコたちの前に、サーシャが立ちはだかる。
    「私の涙が、本物だと思った? 本当にあんなホラ話、信じてもらえたと思ってたの?」
    「……」
    「調べたところ、あなたの周りには荒事処理に向いていそうな人間が何人もいたみたいだけど、何故ここへ連れて来なかったの?」
    「……」
    「そんなに私たちのこと、信用していたの? そうだとしても、不用心過ぎない?」
    「……」
    「質問に答えたら?」
    「……」
     フォコは何も言わず、じっとサーシャを眺める。
    「私の言ってること、分からないのかしら? それとも怯えてるの? あなた、思ってたより……」「よい、サーシャ。下がっていなさい」
     と、サーシャの背後にいた兎獣人の、老人の男性が声をかける。
    「お父様……」
    「その……、金と赤の毛並みの、狐獣人の彼と話がしたい。こちらに連れてきなさい」
    「はい」
     サーシャは素直に従い、フォコに付いてくるよう促した。
    「こっちへ来て」
    「……」
     フォコも、言われるがままに付いていく。
     広間の中央で、豪奢なソファに腰掛けていた兎獣人二人の前に連れて来られたフォコは、深々とお辞儀をした。
    「初めまして。ジョーヌ海運副総裁、火紅・ソレイユと申します」
    「……」
     老人二名はじっとフォコをにらみ、やがてゆっくりと口を開いた。
    「お初にお目にかかる。リオン家当主、ルイ=ベルフォード・リオンだ」
    「わたくしはトット家の当主、エルフェノーラ・トットと申します」
    「……」
     そこで言葉が途切れる。
     互いに顔を見つめ合った後、口を開いたのはリオン翁だった。
    「……初めに聞いておこう、ソレイユ君とやら。
     君は副総裁だそうだが、……彼はどこだ?」
    「彼、ですか?」
     とフォコは尋ねてはみたが、それが誰を指すのかは理解していた。
    「あの、猫獣人の騒々しい小男、クリオ・ジョーヌだ。おかしいとは、思わないのかね?」
    「……」
    「こうしてリオン家、トット家の当主二人が出席するこの会合で、何故トップたる彼ではなく、副総裁、ナンバー2の君がやって来た? 筋が違うと思わんのかね?
     それとも……、彼は我々より上の人間だと、君はそう思っているのか?」
    「いえ、そんなことは」
    「ならば何故、この場にいない? 時間は20日近く与えたはずだ。南海にいると言うなら、魔術師を雇うなり何なりして船を急がせ、この場に到着するよう図るべきではないのか? それだけの余裕も手段も、あっただろう?」
    「それは……」
     言い訳を考えようとするフォコに、今度はトット媼が尋ねてくる。
    「もしできないと言うのなら、前もって、これこれこうした事情により……、と、説明してしかるべきでは? それも怠るとは、よほどわたくしたちを軽く見ているようですね」
    「そうでは、ありません」
    「では、どう考えていた?
     ……いや、いい。もう、はっきりと言ってやろう、詐欺師くん」
     リオン翁は傍らに立てかけていた杖で、フォコを指した。
    「ジョーヌ総裁は、既にこの世におらんのだろう? だからこそ物理的に、ここへ来ることもできないし、心理的にも、彼の不在を我々に通達しようとは思わなかったのだ。
     君は彼がいないことを知っている。いないと言うことは、実質のトップ、ナンバー1は他ならぬ君であり、それを知っているが故に、ここに来るべき人間は君自身だと、君は無意識的に考えていたのだろう。
     だからこそ、ジョーヌ総裁がここへ来られないことを伝えるのを、怠ってしまったのだ。そうだろう、ゴールドマン君?」
    「……っ」
     嘘と偽名を看破され、フォコは言葉を失う。
    「その金と赤の毛並みで、そこいらの無名の商人だなどとは言わせんよ、『狐』くん。
     西方商人の我々にとっては、その毛並みは最も警戒すべき商家、ゴールドマン家の人間である、何よりの証ではないか」
    「さあ、真実をお話しなさい。
     何の狙いで、死人が生きているように見せかけ、海外資本を注入して、倒れた商会とエール本家から断絶された人間とを復帰させ、西方中を練り歩いたのか。
     もうこれより先、嘘は、一切つくことを許しませんよ」
    「……」
     フォコはすぐには答えられず、じっと黙っていた。
     しかし、自分と仲間に無数の武器が向けられ、西方の権力者に文字通り睨まれているこの状況で、話す他にやれるべきことは無い。
    「……改めて、自己紹介をさせていただきます」
     フォコはもう一度、深々と頭を下げた。
    「僕の本当の名前は、ニコル・フォコ・ゴールドマンと申します」

    火紅狐・双老記 1

    2011.08.07.[Edit]
    フォコの話、271話目。真実をお話しなさい。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 武器を手にした従者たちに取り囲まれ、身動きのできないフォコたちの前に、サーシャが立ちはだかる。「私の涙が、本物だと思った? 本当にあんなホラ話、信じてもらえたと思ってたの?」「……」「調べたところ、あなたの周りには荒事処理に向いていそうな人間が何人もいたみたいだけど、何故ここへ連れて来なかったの?」「……」「そんなに...

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    フォコの話、272話目。
    目的は、3つ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     本名を名乗ったフォコに、両当主は小さくうなずいた。
    「ニコル、か。原初の大商人と称される、初代ゴールドマン家当主、『金火狐』エリザ・ゴールドマンの実弟と同じ名だな。
     ではニコル卿、君は何故、この地へやって来た? 何故、この地で大嘘をつき、商売を立ち上げたのだ?
     ホコウ・ソレイユと名乗る君のことを、我々はつぶさに調べた。なるほど、経歴の大部分に嘘は無い。北方でキルシュ流通の大番頭、ナンバー2になり、その後南海において旧ロクシルム商業連合、現ロクミン大商会の結成に立ち会い、そこの顧問に収まった。
     その間に、北方で経済復興を成し、南海ではスパス産業を打ち負かし、それぞれで巨額の富と莫大なシェアを獲得――経歴を見るに、君は相当のやり手のようだ。
     だが、その後に何故、ここへやって来たのか? その関係性が、今一つつかめない。我々両家の大多数が、『北方、南海と商業網を拡げてきたのだから、その延長線上の行為、即ちここへものうのうと商売網を拡げに来たのだろう』と考えてはいるが、それにしてはやり方が奇抜で、かつ、真実を知れば皆が激怒するようなやり口だ。
     聞かせてくれないか、ニコル卿。君の目的は、一体なんだ?」
     リオン翁に淡々と尋ねられ、フォコは口を開いた。
    「目的は、3つ。
     一つは、央南において一国を壊滅状態においやり、その王位継承者を誘拐し、この西方へ逃げ込んだ最低の商人、サザリー・エール氏を捜索するためです」
    「ふむ。わたくしたちも、そのうわさは存じています。
     誇りある我々『大三角形』の一角、エール家が最早、そこまで没落したのかと、これほど憤り、心の痛む話はありません。商売と呼ぶにはあまりにも卑劣で、残忍で、恥ずべき行いをした彼を、わたくしたちは絶対に、許しはしないでしょう。
     そして同時に、彼がスパス産業と通じていると言うことも、存じています。だからこその『スパス潰し』だったのですが、その点においてはあなたと、わたくしたちの利害は一致しますね」
    「はい」
    「しかし、あなたに何の関係が? この数年ずっと央南で活動していた彼と、何の関わりがあるのですか?」
    「それについては、彼から」
     フォコはランドを指し示し、話すよう促す。
    「……長い裸耳の方、こちらへ」
    「はい」
     手招きされたランドはフォコの横に立ち、央南での経緯を説明した。
    「なるほど。その継承者を連れ戻さない限り、中央における恐慌は止まないと。
     ゴールドマン家の方なら、確かに央中での恐慌は憂うべき事態でしょうね。しかしわたくしたちにとっては、単なる特需のきっかけでしかない。彼らを西方から返す義理はありません」
     そう返したトット媼に、フォコは首を横に振った。
    「いいえ、トット媼。僕は、ゴールドマン家の者ではありません」
    「……嘘は、許さないと言ったはずです」
    「嘘ではありません。僕はゴールドマン家を、追われた身なんです」
    「追われた?」
     そう尋ね返され、フォコは自分の経歴を明かした。
    「なるほど、現当主のケネス・ゴールドマンが、あなたのご両親を……。そう聞けば、わざわざ北方や南海で立身した説明が付きますね。
     なるほど、理由の2つ目が分かりました。あなたは亡きクリオ・ジョーヌの遺した奥方やその縁者が不遇を囲っていたのを不憫に思い、彼らのいる『ジョーヌ海運』を、もう一度立ち上げたかった、……と言うわけですね」
    「そうです」
     フォコはうなずき、回答した。
    「僕の知るジョーヌ海運は、非常に働き甲斐があり、楽しく、社会の役に立つと、深く実感できた職場でした。また、僕の商人としての基礎は、ジョーヌ海運で培ったものです。
     そんな大恩あるジョーヌ海運が、アバント・スパスの強欲とケネス・エンターゲートの野心のために吸収され、歪められ、辱められた。僕にはそれが、たまらなく許せなかったんです」

    火紅狐・双老記 2

    2011.08.08.[Edit]
    フォコの話、272話目。目的は、3つ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 本名を名乗ったフォコに、両当主は小さくうなずいた。「ニコル、か。原初の大商人と称される、初代ゴールドマン家当主、『金火狐』エリザ・ゴールドマンの実弟と同じ名だな。 ではニコル卿、君は何故、この地へやって来た? 何故、この地で大嘘をつき、商売を立ち上げたのだ? ホコウ・ソレイユと名乗る君のことを、我々はつぶさに調べた。な...

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    フォコの話、273話目。
    それほどの力を持ちながら。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「……」「……」
     フォコの答弁に、老人たちは顔を寄せ合い、ボソボソと何かを交わす。
     少しして、リオン翁がフォコに目を向ける。
    「なるほど。一つは、サザリー・エール君の捜索。もう一つは、ジョーヌ海運の復活。君が動いた理由は概ね、分かった。
     だがこんな理由だけでは、君をここから帰すわけには行かん」
    「何故です?」
    「もし、仮に。我々が君の行いを容認し、スパスを潰し、ジョーヌ海運と、こちらにいるエール家の人間が台頭して、新たな『大三角形』を形成できたとしよう。
     その時、我々は大きな問題を抱えることになる。君の息がかかった、新たなエール家とジョーヌ海運と言う、味方ではあるが敵ともなりうる巨大な組織を、我々の中に招き入れることになるからだ。
     君がもし、西方を支配しようと目論む、野心ある商人であるならば、これは我々にとって由々しき事態となる。それは単純に、我々の地位や権威が脅かされると言うだけではない。
     一度門戸を開き、胸襟を許した人間を排斥、排除することは、家族(ファミリー)に重きを置く我々にとっては、とてつもない罪を作ることになるからだ。
     家族を傷付けようと言う者には、我々は断固として制裁を加えなければならない。だが家族に対して制裁を加えることは、同時に我々へも帰ってくる、罰にもなる。
     我々の組織(ファミリー)の掟は、何を置いてもその組織と、組織の人間に対する『信用』、『信頼』なのだ。それを反故にすることは、自分と、そして相手が相互に与え、受けたその『信頼』を踏みにじる行為に他ならぬ。
     西方人は、信じた人間には無償の愛と施し、援助を惜しまない。だが、信じた人間との間にひとたび裏切りが起これば、それはもう、何を以ってしても償えぬ。そしてその結果、血みどろの戦争、殺戮が起こっても、致し方ない。だからこそ、一度信じた人間は、容易には裏切ってはならぬ。それが西方人の考えだ。
     実際、現在の西方では争いが絶えん。西方における国同士の争いの原因は結局のところ、そこに帰結するのだ。遠い遠い昔、外国の力、即ち中央政府やその配下の諸侯、中央商人の力を借りたいくつかの国が、古くから続いてきた西方人同士の信頼関係を破棄した。
     その報いとして、現在の戦争、緊張状態が残っている。この美しい西方の地を愛する我々は、もうこれ以上、同じ西方人の間で、余計な争いを増やしたくは無いのだ。
     そこで私たちは、君に問うてきた。君は果たして、我々に害のない存在なのか? 君は果たして、新たな争いを持ち込みはしないか? そして、果たして我々に、利益をもたらしてくれる、信じるに値する存在なのか? と。
     私たちが知りたいのは、そこだ。今まで聞かされてきたのは、結局は君の側の利益に関わるものだけだ。聞かせてもらおう、君の言う、3つ目の理由を。
     それがもし、我々の側の利益につながらない、結局は君たちの都合による話であれば、もうこれ以上、会話を交わす意味は無い」
     そう言って、リオン翁は杖の先をひょい、と挙げる。
     従者たちが3名、フォコとランドの方へ、武器を構えたまま近付いてきた。
    「死にはしないまでも、気を失う程度には痛め付けさせてもらおう。それをニコル卿、君が我々についてきた数々の嘘の代償としよう。
     その後君たちを箱に詰め、港まで運ぶ。そのまま何らかの荷物と一緒に紛れさせる形で、国外へと退去してもらうぞ」
    「……っ」
     そんな目に遭えば、下手をすれば箱詰めのまま死んでしまう。ランドとフォコは、ゴクリと固唾を呑んだ。
    「それが嫌、と言うのであれば、わたくしたちが十分納得の行く説明をなさい。
     さあ、話しなさい。あなたが西方を訪れた、3つ目の理由を」
    「……」
     トット媼に問われ、フォコはもう一度固唾を呑む。
    「喉が、乾きましたか?」
    「……ええ」
    「水でも?」
    「いいえ。話を終えてから、いただきます」
     フォコは額に浮かんだ汗を袖で拭い、自分の信念を語った。

    「僕には、個人的な希望や恨み、仲間の幸せや生活、組織の維持と成長など、色んな課題や使命、欲望、あるいは期待が、非常に数多く、この身に寄せられています。
     確かにそれは、解決し、維持していくべきものです。今日を生き、自分と周りの生活を保ち、向上させるために、どうしても継続しなければならないことです。
     しかし目先の問題の解決に追われ、自分の周りばかりの現状維持に努めることが、果たして、……僭越ながら、北方や南海で大きな成功を収め、何十万、あるいは百万、二百万に上る人間の生活と命運を担う立場となった僕の、やることだろうか、と。
     苦難を乗り越え、危急を脱し、成功と名声、富を積み上げる毎に、僕の中でそうした思いは、強まっていきました」
    「……」
     両大老は、黙ってフォコの言葉を聞いている。
    「烏滸がましい考えかも知れませんが、僕はこの数年間の商売で、既に力を手に入れている。その気になれば、世界の進む方向、方角を――ほんのわずか、1度か、2度かだけでも――変える力を。
     それほどの力を持ちながら、僕は、ただ欲望と野望を満たすためだけに、己の人生を生きていいのか、と。
     もっと、より多くの人々のために、その人たちが豊かに、楽しく、明るく暮らせるために、その力を行使すべきなのではないか、と。
     そう自問し続けています」

    火紅狐・双老記 3

    2011.08.09.[Edit]
    フォコの話、273話目。それほどの力を持ちながら。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「……」「……」 フォコの答弁に、老人たちは顔を寄せ合い、ボソボソと何かを交わす。 少しして、リオン翁がフォコに目を向ける。「なるほど。一つは、サザリー・エール君の捜索。もう一つは、ジョーヌ海運の復活。君が動いた理由は概ね、分かった。 だがこんな理由だけでは、君をここから帰すわけには行かん」「何故です?」「もし、...

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    フォコの話、274話目。
    そのお願いのために。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     トット媼が口を開く。
    「つまり、世界平和のために、ここへ来たと?」
    「少し……、違います。引き続き、もう少し詳しく、話をさせていただくことを、ご容赦ください」
     フォコはぺこ、と頭を下げ、話を続けた。
    「確かにトット媼、仰る通り僕の最終的な目標は、世界の平和になるでしょう。ですが、ただいたずらにそれを唱えるだけで、何ができるでしょうか?
     こうして口を開き、しゃべることは、無料、無償でできる。しかし、そうであるが故に、力など無い。ただ『平和を目指しましょう』と言うだけで、誰が世界を平和にできるでしょうか?
     重い荷を運ぶ人間に、ただ『頑張れ』などと言ったところで、何の助けにもならない。本当に助けになることは、その荷を一緒に持ってやること。それか、荷を運ぶ車を買ってやるか。
     本当に人を助けるには、筋力なり、財力なりの、『力』がいる。その力を、僕は商会と言う形で手に入れてきました。……ですが、今の僕には」
     フォコはそこで言葉を切り、隣に立つランドの肩を叩いた。
    「親友であり、真に世界の行く末を憂う義士、ランド・ファスタ卿の考える世界平和――寡数の人間によっていいように操られ、世界各地の、数千万に上る数の人間をことごとく不幸に陥れる中央政府を打倒し、新たな世界秩序を築き上げる。
     その崇高な理念を実現させてやれるだけの力は、まだ僕にはありません。もっと、力が必要なのです」
    「……そこで、我々を吸収し、自分の力にしようと?」
     そう尋ねたリオン翁に、フォコは静かに首を振って否定した。
    「それのどこが、『平和』と言えます? 誰かを傷付けてまで、自分の考えを無理無理推し進める自分勝手な人間に、『平和』を唱える資格なんて!
     僕はそんな乱暴な方法で、世界平和なんか目指したいと思いません。味方になってくれるかも知れない、少なくともこうして話を最後まで聞いていただけるような、礼を尽くしていただける方に、刃を向けるようなことは絶対に致しませんし、その用意も一切しなかった。
     もしもあなたが、徹頭徹尾、僕たちを完全に敵と断定し、最初から対立されていたら、その通りではありませんが。流石の僕も、明らかな敵――世界平和などどうでもいい、自分の身と利益だけがすべて、他人はすべて獲物かゴミ――そんな輩に対しては、真っ向から攻勢に出ますから。
     こちらからも問わせていただきます。あなた方は、どちらです? 自分の利益が大事な方ですか? それとも、世界にあまねく皆の平和と利益を願う方ですか?
     もし後者であるなら、是非とも力を貸していただきたい。そのお願いのために、僕はここへ来たのです」
    「……」
     話を終えたフォコを、両大老はじっと見つめていた。
     やがてトット媼が、ゆっくりと口を開いた。
    「……質問を受けておいて、さらに質問を重ねるのは失礼かと思いますが、一つだけ。
     あなたは……、本当は、エール家の人間ではないのですか?」
    「いいえ……?」
     思っても無い質問をされ、フォコはきょとんとする。
    「そうですか、……そうでしょうね。
     しかし、既視感を感じずにはいられません。ねえ、ルイ?」
    「ああ。確かに私も、同じ男の姿を、この金と赤の狐獣人に見た」
    「……?」
     首をかしげたフォコに、ようやく老人たちは笑いかけてくれた。
     リオン翁が立ち上がり、従者たちに命じる。
    「晩餐の支度を。少しばかり夜は更けたが、まだ二日酔いをしない程度にはディナーを楽しめる時間だからな」
    「かしこまりました」
     フォコたちを囲んでいた従者は武器を下ろし、ささっと広間から出て行った。
     と、トット媼が従者の一人を呼ぶ。
    「ちょっと、いいかしら」
    「はい」
    「水をニコル卿に差し上げてちょうだい。長々とお話されて、喉がひどく乾いてらっしゃるでしょうからね」
    「かしこまりました」
    「それから、ご来賓の皆さんに席を。ずっと立ちっぱなしにさせてしまいましたからね」
    「はい」
     警戒が解かれ、フォコたち一行は揃って、安堵のため息を漏らした。

    火紅狐・双老記 4

    2011.08.10.[Edit]
    フォコの話、274話目。そのお願いのために。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. トット媼が口を開く。「つまり、世界平和のために、ここへ来たと?」「少し……、違います。引き続き、もう少し詳しく、話をさせていただくことを、ご容赦ください」 フォコはぺこ、と頭を下げ、話を続けた。「確かにトット媼、仰る通り僕の最終的な目標は、世界の平和になるでしょう。ですが、ただいたずらにそれを唱えるだけで、何ができ...

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    フォコの話、275話目。
    問題が残っています。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     従者が持ってきた水を一気に呷り、フォコは両大老にぺこりと頭を下げた。
    「お許しいただき、誠に痛み入ります」
    「うむ。我々も、思うところがあったものでな」
     そう答えたリオン翁はフォコに手招きし、同時にまだ硬直したままのルーとルシアンを呼び寄せた。
    「椅子が遅いな。もう少し立ったままで話をさせてもらうことを、ご容赦願いたい」
    「あ、いえ、そんな」
    「ニコル卿。君はセブス……、セバスチャン・エール翁と会ったことがあるのか?」
     そう問われ、フォコはきょとんとする。
    「いいえ。何故です?」
    「そうか、会ったことも無く、先程の所信を語ったのか。驚かされたな、本当に」
    「ええ、確かに」
     トット媼も同意し、自分たちがフォコを許した理由を語った。
    「ルシアン・エール。プラチナ・エール。君たちは、セブスのことを覚えているか?」
    「ええ、勿論です」
     うなずくエール兄妹に、リオン翁はニヤリと笑って見せた。
    「さっきの、ニコル卿の言葉。どう思った?」
     そう問われ、ルシアンはもう一度うなずく。
    「……僕もびっくりしてるんです。親父がいつか言っていたこと、そのまんまだったので」
    「え?」
     話の流れが分からず、フォコとルーは目を白黒させるばかりである。
     と、そこへようやく、3人が並んで座れる程度の長椅子と、真っ赤なワインが運ばれてきた。
    「お待たせした。さあ、かけてくれ。
     と……、話の続きだが、かつて先代エール家当主、セバスチャン・エール卿は、『大三角形』の力を、広く世界に行使することはできないかと考えていた。
     そう、ニコル卿、君の言った通り、強い権力を持った我々が、単に西方の経済循環を維持するだけで、大商家の役割を果たしているのかと、疑問に思っていたのだ」
     それを聞いて、フォコは驚いた。
    「それは、確かにさっき、僕が言ったことと、すごく良く似ていますね」
    「うむ。……だが残念ながら、彼からその話を聞いた当時の我々は、もっと内々にしか目を向けていなかったのだ。
     不安定な世界情勢に対し、我々が選んだのは組織の保身だった。余計な争いに身を投じず、この『大三角形』の維持を選んだのだ。
     しかし……、その結果はどうだったか? セブス亡き後のエール家はあっと言う間に、死に体になってしまった。『大三角形』崩壊のその余波は我々をも襲い、西方経済全体の停滞、後退をも招いた。
     さらにあの鼻持ちならぬスパス産業の台頭に関しても、我々は組織を維持するために、またも保身を選んだ。その結果、増長したスパスは西方内の商店や工場を次々に買い叩き、我々の商業網を蝕んでいった。
     この二度の危機でようやく、我々は悟ったのだ。組織の維持のためには、ただ嵐をやり過ごそうとするだけ、身を守っているだけでは駄目なのだ、と」
    「しかし今のわたくしたちでは、どうしても『攻め』ができないのです。
     老いたわたくしやルイでは、組織の現状維持が精一杯。わたくしたちの子供も、何十年も西方のやり方で続けてきた分、急な方針転換ができない。かと言って今現在、若手に組織全体の方向性をガラリと換え、成長させられるような人材も無し。
     悔しいことに、現実の問題として、わたくしたちだけでスパス産業を、そして背後にいるエンターゲート氏を西方から追い出すことはできないのです」
    「そこへニコル卿、君の出現だ。
     さっきも述べた通り、我々にとって君は、非常に不気味な存在だったのだ。我々の中には、これを三度目の危機、蝕まれつつある西方経済に追い打ちをかける者、と考える者も少なくなかった。
     しかし、エルを初めとして、君は現状を打開する救世主になるかもしれない、と考える者もいた。そこで私たちは、君を試したのだ。
     結果、君は私とエルが思っていたよりも、ずっと素晴らしい見識の持ち主であることが分かった。是非とも、我々の計画――『スパス潰し』に協力してもらいたい」
    「ありがとうございます」
     と、フォコはそこで頭を下げたが――。
    「……ただ、一つだけ問題が残っています」
     そこでまた、両大老が表情を曇らせた。
    「あなたは西方に対し、大きな嘘をついたまま。それは、お忘れになっては困るわ」
    「……う」
    「恐らく君は、……そうだな、二ヶ月か、三ヶ月か経った辺りで、ジョーヌ氏死亡のうわさを流し、ルシアン君かプラチナ君、もしくはジョーヌ氏の娘さん辺りを、新たな総裁に立てようと考えていたのではないか?」
    「……仰る通りです」
     フォコの返答に、リオン翁は非難の目を向けた。
    「そこだ。君は嘘をつき過ぎる。極めて悪い性根だ。その不義だけは、改めてほしい。
     不義によって、エール家は没落したのだからな」
     そう言って、両大老はルシアンに――かつてはエール家の後継者と目されていた男に、目を向けた。

    火紅狐・双老記 終

    火紅狐・双老記 5

    2011.08.11.[Edit]
    フォコの話、275話目。問題が残っています。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 従者が持ってきた水を一気に呷り、フォコは両大老にぺこりと頭を下げた。「お許しいただき、誠に痛み入ります」「うむ。我々も、思うところがあったものでな」 そう答えたリオン翁はフォコに手招きし、同時にまだ硬直したままのルーとルシアンを呼び寄せた。「椅子が遅いな。もう少し立ったままで話をさせてもらうことを、ご容赦願いたい...

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    フォコの話、276話目。
    エール家の、一つ目の受難。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦305年の初め。
    「なんと……! 亡くなったか、セブスの奴」
     報せを聞いたリオン翁は、興じていたチェスの卓から離れ、従者に命じた。
    「すぐエール家の屋敷へ向かう。用意をしてくれ」
    「かしこまりました」
     と、共にゲームをしていた息子、カントがまだ卓に着いているのを見て、軽く叱咤する。
    「何をボーっとしている! お前も来んか」
    「あ、は、はいはい。じゃ、兄さんたちも呼べるだけ呼んできましょうか」
    「うむ。……ああ、いや。ギュストは今、西方を離れている。他の皆も、少なくとも国内にはいるはずだが、呼んで来られるような場所にはいないはずだ。
     随行するのは、お前だけでいい。私が行けば、礼を失することはあるまい」
    「はいはい、杖替わりですね」
     立ち上がったカントに、リオン翁はこう尋ねた。
    「……厳しい局面とは思わんか?」
    「え? さっきのチェスですか?」
    「阿呆。西方のことだ」
     やって来た従者から帽子を受け取りつつ、リオン翁はこう続ける。
    「半遊び人のお前でも、昨年から央中で起こっているゴールドマン商会再編の話は聞いておろう」
    「あー、はい。3年か4年くらい前に当主になった、裸耳の何とかって人が、一族の商売を自分のところに集めて、再配分し直したとか何とか」
    「……まったく、お前ときたら。『何とか』ばかりだな。
     まあいい、概ねその通りだ。さらにその前後、その当主は己に商会の権力を集中させ、中央政府や地方の国家、軍事勢力に加担し、各地で戦争を誘発させているのだとも聞いている」
    「そりゃまた、物騒なことで」
     呑気に返したカントを一瞥し、リオン翁はふう、と落胆したため息を漏らした。
    「他人事ではない。既に南海と北方は大荒れだ。次に狙われるのは、中央大陸の南部か、あるいは……」
    「この西方か、ってことですか。でも父さん、いくら権勢を極める商人と言っても、西方へ乗り込むのは難しいんじゃないですか」
    「ほう。流石にお前でも、それは分かるか」
    「そりゃボンクラですけど、30年ちょっとはあなたの息子やってますから。
     外国から意気揚々と乗り込んできた商人を、ことごとく『大三角形』は追い出してきた。店舗は貸さない、工場も人員も貸さない、資金も名義も貸さない。徹頭徹尾、海外から来た商人は、港町から一歩も進出できないようにしてきた。
     商品を売る場も無い、作る場も無い、作る材料や機会すら与えない、……じゃ、どんな凄腕だって手の打ちようなんかない。いくらその、何とかマン商会が強大な権力者といえど、西方の玄関口、ブリックロードやセラーパークに着いてから3日で、諦めて撤退するでしょ」
    「……そうだな。『大三角形』は動脈であり、権威であり、そして壁でもある。
     セブスがいなくとも、その息子のルシアンや、ミシェルはそれなりに優秀だ。多少危なっかしい感は否めないが、エール家を維持できる程度には実力があるし、不足する点は我々が助けてやれば、問題はないだろう。
     依然として、何人たりとも『大三角形』を破ることはあるまい」



     エール家での葬儀が済み、リオン翁はエール家の遺族たちと話す機会を得た。
    「ご無沙汰しております、リオン翁」
    「うむ。……重ね重ね、愁傷であった」
    「ありがとうございます」
     喪主を務めたルシアン・エールは、リオン翁の挨拶に深々と頭を下げた。
    「我々三大老の中で最も年少だったあいつが、先に逝くとは思わなかった。私の方が先かと思っていたのにな」
    「近年は、特にふさぎ込むことが多く、とても悩んでいた様子でした。それが、死期を早めてしまったのかも知れません」
    「そうか……」
     リオン翁は椅子に腰を下ろし、ぼそ、とつぶやいた。
    「……プラチナのことかな」
    「それもあるでしょうし、他にも悩みは多かったのでしょう。
     最近では、南海から進出してきた、……と言うよりも、出戻ってきた、スパスと言う新興商人のこともありましたからね」
    「スパスか……。いくら代表者が西方人とは言え、海外資本で身を固め、その上我々に、特に君たちエール商会に、真っ向から対立していたからな。到底、心許せる相手ではない。
     もう少しあいつ……、いや、我々に若さがあれば、ばっさりと排除しただろうにな。老いとは恐ろしい。何かにつけ、行動が鈍くなる」
    「……ご心配なく」
     ルシアンはリオン翁の前に膝立ちになって、こう宣言した。
    「僕が、何とかします。これでも次の、エール家当主と目されている身ですから」
    「……頼んだぞ、ルシアン」

    火紅狐・確執記 1

    2011.08.13.[Edit]
    フォコの話、276話目。エール家の、一つ目の受難。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦305年の初め。「なんと……! 亡くなったか、セブスの奴」 報せを聞いたリオン翁は、興じていたチェスの卓から離れ、従者に命じた。「すぐエール家の屋敷へ向かう。用意をしてくれ」「かしこまりました」 と、共にゲームをしていた息子、カントがまだ卓に着いているのを見て、軽く叱咤する。「何をボーっとしている! お...

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    フォコの話、277話目。
    当主争いと、妹との再会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ルシアン・エールは、「それなりに」当主向きの人材と言えた。
     大局観があり、世相にも詳しく、そして何に対しても公平、かつ公正で、温情ある判断が下せる男だったからだ。
     反面、優柔不断で冷徹な思考のできない、今一つ詰めの甘い面もあったが、彼がトップを務めているいくつかの商会は、どこも平穏な経営・運営が成されており、どの方面からも信用が厚かった。

     そしてもう一人、次期当主と目される人物がいた。彼のすぐ下の弟、ミシェル・エールである。
     こちらはルシアンとは逆に、判断を明確に、はっきりと付ける性格であり、どこよりも迅速に、かつ大胆に動くことを得意としていた。
     そのため、彼が独り立ちしてからの10年近くで、何度も大きな事業を成功させた一方で、彼に不満や恨みを持つ者も、少なくない。彼に出し抜かれて被害を被り、敵となった相手も多かったのだ。

     一方で、まったく当主争いから外れていたのが、三男のサザリー・エールである。
     彼は万人に黒を白と納得させてしまえるだけの弁舌を持っていたが、いかんせん親しみやカリスマとは全く無縁の、まるで死神のように不気味な風貌の醜男だったし、何より商売のセンスに欠けていたからだ。
     ルシアンのように組織全体の和と利益を重んじるわけでもなく、ミシェルのように投機に敏いわけでもない。口の他には商人としての才能と良識が乏しく、彼自身も当主など狙ってはいなかった。

     エール家の当主争いは、当初はルシアン派が優勢であった。
     西方商業界のみならず、商売においては「信用」が物を言う。「この人は自分に損をさせない」と言う信頼関係があるからこそ、取引が成り立つからだ。
     その点において、博愛主義のルシアンは西方の各国、各都市から支持されており、セブス・エール翁が擁していた人間の多くも、ルシアンが当主になることを強く望んでいた。
     反面、機に敏く、常に大きな利益を創出してきたミシェルの外馬に乗ろうと言う者も、少なくない。ルシアンに一歩及ばないものの、こちらも支持者は数多く存在した。
     このまま自然に流れを任せれば、恐らくはルシアンが次の当主となり、ミシェルはその補佐に回るだろうと言うのが、「大三角形」筋をはじめとする、西方商人たちのおおよその予想だった。

     それが狂い始めたのは、長らく行方知れずだった末娘、プラチナ・エール――クリオと共に南海へ渡っていたルーテシアが三人の娘を連れ、ルシアンの元を訪ねた辺りからだった。



    「君は……」
     自分の目の前に立つ、子連れの女性に、ルシアンはどう話をしようかと、軽く困惑していた。
    「お久しぶりです、兄さん」
    「……だよね。うん、見覚えがある。えーと、後、そのー、後ろにいるのは、……君の子供、でいいのかな」
    「はい。青いチョーカーの子が、リモナ。白が、プルーネ。そして赤が、ペルシェ。
     ほら、三人とも伯父さんにご挨拶なさい」
     ルーに促され、三人娘は揃ってぺこりと頭を下げた。
    「はじめまして」「おじちゃん」「よろしくね」
    「あ、うん。よろしく。……えーと、プラチナ。いくつか、説明してほしいんだけど、いいかな?
     まず、君がこのエール家からいなくなって、もう15年になる。その間、一体君は、どこにいたの? それと、その子供たちの父親は誰なの? 後、どうして今戻ってきたのかも聞きたいんだけど、……いいかな?」
    「ええ。一つ目と二つ目の質問だけど、一度に答えさせてもらうわね。
     わたしは15年前、クリオ・ジョーヌと結婚したの」
     これを聞いて、ルシアンの兎耳がぴょんと跳ね上がった。
    「く、……クリオ・ジョーヌ!? あの、『怒鳴り込み屋』ジョーヌのところにいたの!?」
    「ええ。で、この子たちはクリオとの子供。15年前、彼と一緒に南海へ渡って、それから、……去年まで、一緒に」
    「じゃあ今、彼と、ジョーヌ海運は? 聞いた話では、突然経営が止まって破綻したと聞いているけど……」
     その言葉に、ルーはぽろぽろと涙を流した。
    「……殺されたらしいの」
    「なん……だって」
    「でも、誰が殺したか……。若頭のアバントは丁稚のホコウくんと、ジャールがやったと言っていたけれど、一方で同じ丁稚のアミルは、アバントが真犯人に決まってるって言うし」
     その返答に、ルシアンは腕を組んでうなった。
    「もしかしてアバントって、アバント・スパスのこと?」
    「ええ」
    「……僕も、根拠が無いのに失礼とは思うけど、そのアミルって人に同意かな。
     ジョーヌ海運が経営破綻した、ってさっき言ったけど、その破綻した商会を買い叩いて成り上がったのは、他ならぬアバント氏だもの。
     今の話を聞いた上では、ジョーヌ氏を殺してその商会を奪い取ったとしか思えないよ」
    「……わたしも、……そう思ってる」
     ルーはその場に崩れ落ち、顔を覆って泣き出した。
    「わたし、グス、もうっ、頼れる人が、グスッ、いないのよ……」
    「……プラチナ。事情は、分かったよ」
     ルシアンはルーの側に立ち、ハンカチを差し出した。
    「僕が、何とかしてあげるよ」

    火紅狐・確執記 2

    2011.08.14.[Edit]
    フォコの話、277話目。当主争いと、妹との再会。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ルシアン・エールは、「それなりに」当主向きの人材と言えた。 大局観があり、世相にも詳しく、そして何に対しても公平、かつ公正で、温情ある判断が下せる男だったからだ。 反面、優柔不断で冷徹な思考のできない、今一つ詰めの甘い面もあったが、彼がトップを務めているいくつかの商会は、どこも平穏な経営・運営が成されており、...

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    フォコの話、278話目。
    スパス産業の台頭。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     指を折られ、散々袋叩きに遭い、その上拘束されたまま、南海の無人島にほっぽり出されたアバントを回収したのは、他でもないケネスだった。
    「これはこれは。ナイスミドルが見る影もない」
     応急処置を受け、甲板に寝かされていたアバントの姿を見下ろし、ケネスは薄笑いを浮かべている。
    「ゼェ……、ゼェ……」
    「どうだね、スパス君。療養も兼ねて、このまま西方へ戻っておくか? 今さらナラン島に戻っても仕方あるまい?」
    「そ……そう、ですね……」
     その返答を聞き、ケネスはニヤリと笑った。
    「そうか。なら、都合がいい」
    「つ、都合です、か?」
    「そうだな……。半年ばかり向こうで活動し、ジョーヌ海運を買収しておいてくれ」
     そう命じられ、アバントは目を丸くした。
    「ば、ばい、しゅう?」
    「そうだ。さっきの砲撃で、クリオ・ジョーヌとお付きの有象無象は死んだはずだ。となれば、西方の、そして南海に展開されているジョーヌ海運は、どうなるか?
     カリスマ的存在の総裁が不在となれば、海運の経営はままならん。3ヶ月もすれば、どうごまかしても不在の影響は濃くなる。お前の怪我が治るくらいの頃には、ジョーヌ海運の操業は完全停止、経営破綻は確実だ。
     海運に残された丁稚ども、職人どもはただ右往左往、座して死すのを待つばかりの状態だ。そこでお前が、『自分がジョーヌの代わりになる』と名乗りを上げ、実績を挙げれば、半年で海運はお前のものになる」
    「し、しかし、クリオが、いないとは言え、ほ、他にも、実力のある、奴は、いますよ。お、俺なんかが、て、手を、挙げたところで、どうにも……」
    「だから実績を挙げれば、と言っただろう? 私の話が理解できないのか?」
     ケネスは馬鹿にしたような目を向けつつ、ジョーヌ海運奪取の算段を伝えた。
    「まずは向こうで、商会を立ち上げろ。人員と資金は、私が都合してやる。その後で、大口の仕事を回す。
     それで勝手に、実績は挙がる。過程はどうあれ、稼ぐ人間が総裁になると宣言して、誰が文句を言うというのだ?」
    「なる……ほど」
     アバントは血まみれの顔をたどたどしく拭きながら、改めてケネスの計略と力に恐れ入った。

     ケネスの言葉通り、ジョーヌ海運から独立してスパス産業を立ち上げ、半年もする頃には、海運の人間は誰もアバントに対抗・反発できなくなっていた。
     アバントの成すがままにジョーヌ海運は解体・買収され、アバントは西方商業界の、新たな急先鋒となった。



     その急激な成長に最も警戒したのは、他ならぬルシアンである。
     妹からアバントの凶状を聞き及んでいたし、西方商人の間ではタブーとされていた、海外資本による西方内での経営展開を押し通した、「大三角形」の権威と商業網に、真っ向から対立する男だったからだ。
    「どう対抗すべきかな、エールの若旦那?」
     スパス産業の台頭を受け、「大三角形」の主要人物、特に次代を担うと目されている者たちが集い、どう対応するか、協議を行うこととなった。
    「若旦那なんてそんな、ははは……。まあ、それはさておき」
     当然、この場にはルシアンもおり、その場にいた誰もが彼を、正当な次期エール家当主として扱っていた。
    「僕の意見としては、やはりスパス産業には、厳しい態度を執るべきかと思うね」
    「ほう?」
     ルシアン同様、次期リオン家当主になるだろうとうわさされているギュスターヴ・リオン、通称ギュストは、ルシアンの意見に首をかしげた。
    「意外だな。君のことだから、協調路線を執るかと思っていたが」
    「少し思うところがあってね」
    「思うところとは?」
     ギュストにそう問われ、ルシアンは口を開きかけた。
    「え、っと……」
     しかし、その「思うところ」――可愛い妹の、その夫の死にアバントが関わっており、そのため強い不快感を覚えていることなど、口に出すことはできない。
     何故ならその夫とは、アバント以前に西方で嫌われていた外国商人、クリオ・ジョーヌその人のことであり、その彼と縁者であることが発覚すれば、ルシアン、そしてエール家の信用は急落するからだ。
     優柔不断で、どちらかと言えば臆病な面があり、さらに次期当主と目され、その家督と権威を一身に背負う身となったルシアンに、その事実を告白し、さらにそれを逆手にとって皆の同情と信用を得ようなどと言う離れ業は、到底できるはずもなかった。
    「……そうだな、まあ、僕の近しい知人と言うべきか、そんな感じの人間からも、あまりいいうわさを聞いてないからね。
     それに何より、我々『大三角形』の、最大の敵となろうとしている。今のうちに手を打たなければ……」「最大の敵、だと?」
     自論を通そうとしたルシアンに、場の奥にいたリオン翁が声を上げた。

    火紅狐・確執記 3

    2011.08.15.[Edit]
    フォコの話、278話目。スパス産業の台頭。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 指を折られ、散々袋叩きに遭い、その上拘束されたまま、南海の無人島にほっぽり出されたアバントを回収したのは、他でもないケネスだった。「これはこれは。ナイスミドルが見る影もない」 応急処置を受け、甲板に寝かされていたアバントの姿を見下ろし、ケネスは薄笑いを浮かべている。「ゼェ……、ゼェ……」「どうだね、スパス君。療養も兼ね...

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    フォコの話、279話目。
    三重の大三角形。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     リオン翁はルシアンをにらみ、杖で指し示しながら尋ねる。
    「ルシアン、君はあのスパス氏が我々、この巨大な三つの商家と、等しい敵となると言うのかね?」
    「え、あ、いえ」
    「ならば『最大の敵』と言う、その定義はなんだ?」
    「そ、の……」
    「……軽はずみな発言は、くれぐれも控えてもらおう。
     いいかね、私がこの30余年何度も言ってきたことであるし、ここにいる若い諸君には既に、聞き飽きた言葉ではあろうが」
     リオン翁は立ち上がり、威厳のある声を以て、全員にこう演説した。
    「エール家、トット家、そして我がリオン家が成す『大三角形』は、西方の経済を動かす動脈であり、外界からの侵入・侵略を一切許さぬ壁であり、そして西方すべての商人の頂点に立つ、権威そのものなのだ。
     その我々が、小物の一人や二人にこうして雁首を揃え、戦々恐々としているだけでも、皆の不安をあおろうかと言うのに、敵とみなして徹底抗戦せよ、徹底的に叩き出せ、……と、広く伝えると言うのか?
     短期的には確かに、スパスを追い出すことには成功するだろう。我々の力を以てすればな。だが小物相手に全力を出したその後、影響はどう出てくるか? こんな小事で出さずともよい全力を出し、それが我々の権威、メンツを揺るがせるようなことには決してつながらないと、誰が断言できる?」
    「……」
    「私は、大いに反対だ。まずは現状の維持、スパス産業とは必要以上に取引をせず、監視する。それ以上のことは、すべきではないと考えている。
     もし今後、仮に、ルシアンの言う通り、スパス産業が『大三角形』を脅かす危険があると、明確に判断ができた場合、そこで然るべき行動を起こせば良いのだ。
     何か、他に意見のある者は?」
     そう問われても、最年長者であり、「大三角形」の要であるリオン翁に対し、反対意見を述べられるような者など、いるはずもない。
    「……では、会議はこれまでだ。また何かあれば、私やエルの方から召集をかけよう」
     始終、リオン翁に誘導される形で、会議は幕を閉じた。

     会議の後――。
    「サーシャ。一つ、調べてほしいことがある」
     リオン翁は娘のサーシャを、己の執務室に呼び出した。
    「何をでしょうか、お父様」
    「ルシアン・エールのことだ。お前も今日の会議に参加していて、気にはならなかったか?」
    「……そうですね。ルシアンは、あまり強い主張をするタイプではありません。それなのに、今日はどこか、態度が硬かった」
    「そう、そこが気にかかる。何より、スパス産業を『最大の敵になるかも知れない』と論じたことも、引っかかる。
     一体彼は、アバント・スパス氏に何を感じたのか……?」
    「彼とスパス氏の接点を探れ、と言うわけですね」
    「そう言うことだ。……それから、彼はこうも言っていた。『近しい知人から、スパス氏についての悪いうわさを聞いている』と。
     その知人が誰であるかも、探ってみてくれ」
    「分かりました」



     一方、エール家の次男、ミシェルは、密かにとある商人と会談していた。
    「……率直に言わせてもらおう。こんな計画は、馬鹿馬鹿しいにも程がある」
     言うまでもなく、その商人とはケネスのことである。
    「そうですかな、ミシェル卿? ……ああ、いやいや。そう思う方が大多数であるからこその話ですからな、これは」
    「父上名義の債権を返済すると言うから、こうしてわざわざ出向いてみたが、こんな荒唐無稽な話を聞かされるとは、思いもよらなかった。
     一体どうやって、央中商人を軒並み破滅・破綻させると言うのだ? 確かに君の言う通り、世界の主流は中央大陸であり、経済界もまた然り、だ。あらゆるシェアは中央、特に央北と央中とが、その大部分を握っている。
     このシェアの半分を握る央中商業界が停止、あるいは壊滅すれば、それは確かに君の言う通り、我々西方商人が乗り出し、取って代わる絶好の機会になるだろう。
     だが、現実的に考えてみれば、そんなことは起こりえないことだろう? 我々西方商業界がそうであるように、央中の商業界も厳然たるルールと、相互利益の精神で動いている。誰か一人が常軌を逸して儲けることは不文律的に許されていないし、軒並み大損することを防ぐように、各種商会やギルドが連携を密にしている。
     君の言うような未来――世界経済全体が破綻を迎え、寡数の商人が好き勝手に商売をして、ほぼ無限に稼げるようなシステムが構築される、などと言うような壊滅的、大破局的な状況は、誰も望んでいないし、君一人の思惑で進められるものではないはずだ」
    「ええ、確かに。私一人では、ただの夢、幻ですな。ですが、これを実行するのは私一人ではない。
     既に下準備は、着々と整えているのですよ。央中最大の商会であり、強力な資金力と商業網を持つゴールドマン商会を手中に収め、世界の政治・軍事バランスに強い影響力を持つ中央政府も、私の思うままに操れる。その上で、南海の戦乱と北方の経済破綻により、数年のうちにこの二地域は私と、私の腹心・同志のものになる。
     いや、もう半ばなっていると言っていい。事実、南海では、私の管理下にあるレヴィア王国はつい最近、最大勢力のベール王国を下し、北方においても十を超える軍閥が、私への莫大な借金で言いなりになっている。
     で、残るは央南とこの西方だけ、と言うところなのですが……」
    「誇大妄想も甚だしい!」
     ケネスの、あまりにもスケールの大きすぎる話に、ミシェルは胡散臭さしか感じられなかった。

    火紅狐・確執記 4

    2011.08.16.[Edit]
    フォコの話、279話目。三重の大三角形。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. リオン翁はルシアンをにらみ、杖で指し示しながら尋ねる。「ルシアン、君はあのスパス氏が我々、この巨大な三つの商家と、等しい敵となると言うのかね?」「え、あ、いえ」「ならば『最大の敵』と言う、その定義はなんだ?」「そ、の……」「……軽はずみな発言は、くれぐれも控えてもらおう。 いいかね、私がこの30余年何度も言ってきたことで...

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    フォコの話、280話目。
    305年の三者会談。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     呆れ返るミシェルに、ケネスはなおも自説を述べ続ける。
    「まあ、お聞きいただきたい。聞いていただければその道程、完全掌握の筋道は、自ずと分かるでしょう。
     先程も申し上げた通り、私の計画上、央中商人たちが存在し、商売をし続けていることは、非常に邪魔になる。そして一方で、央南と西方も奪取したいと考えている。となれば、同時進行で進めてみてはどうか、……と」
    「同時進行?」
     尋ね返したミシェルに対し、ケネスはニヤリと笑って見せた。
    「央南の中央政府名代である清家の当主、清一富王は凡愚ながら野心を持つ、取り入るには好都合の存在。彼を操り、央中に対して多額の債務を負わせます。
     そして彼に挙兵させ、確実に負けるであろう戦い、……そうですな、中央政府打倒などに向かわせて、央南を壊滅させるのです」
    「……」
     何と言うことのない、世間話でもするかのような口調で、世界の一地域を崩壊させようと提案するケネスに、ミシェルは強い嫌悪感を覚えた。
    「なるほど、君の言いたいことは分かった。名代であれば、絶大な信用を持っているからな。多少乱暴で強引な取引をしても、支払い能力は十分にあると判断される。
     その『絶対に潰れない取引先』を潰し、債権者となった央中商人たちを軒並み破産させると言うことか」
    「その通り」
    「もう一度言おう。君は、馬鹿げている。正気だとは思えない」
     ミシェルは大きく横に首を振り、この計画を否定する。
    「その清王朝、いくらなんでもそこまで愚鈍ではないだろう。
     中央政府打倒などと言う話からして、あまりにも非現実的だ。よしんば、その与太話をカズトミとか言うバカ殿が信じたとして、一体どれだけ借金を負わせるつもりだ? 30億クラムか? それとも50億? そんな額を、国王の裁量だけで動かせるわけがないだろう? 動かすには、その周りの大臣たちをも巻き込まねばならない。大臣なのだから、有識者でないはずが無い。間違いなく彼らは、そんな馬鹿げた浪費をさせないよう、制止するはずだ。
     そんな話など、実現するわけがない。私の弟のように、太陽を第三の月と信じ込ませるような弁舌の持ち主でもいない限りはな」
    「ええ。だからこそ、私はあなたにお話を持ちかけたのです」
    「……なんだと?」
     思いもよらない返答に、ミシェルはきょとんとする。

     それと同時に、閉め切っていたドアからノックの音が聞こえてきた。
    「入りたまえ」
    「へへ、どうも失礼しますよ、ケネスさん、それから兄さんも」
     入ってきたのは、話題に上ったそのサザリーだった。
    「既に、サザリー君は私の計画に賛同してくれています。是非とも、一国の王様をだましてみたいと申し出てくれました」
    「サザリー、お前……!」
     立ち上がりかけたミシェルの両肩に手をやりながら、サザリーはへらへらと笑いかけた。
    「まあまあ、面白い話じゃないか、兄さん。
     この計画が成功すれば、僕たちは中央大陸の三分の一を、とても一国の価格とは思えない、とんでもない安値で買えるんだよ? その利益たるや、この西方大陸での稼ぎをはるかに超えるはずだ。
     世界一は勿論、ケネスさんに譲るとしても、世界で二番目の大商人に、僕たちがなれるんだよ?」
    「道理を考えろ、サザリー! 世界の一地域を丸ごと潰して掌握するなど、中央政府が許すものか! 必ず何のかんのと理由をつけ、報復に出る!
     いいやそれ以前に、例えお前でも、央南の有識者陣を全員だまして浪費させるなど、到底できるものか!」
    「おや、これはおかしなことを。あなたは、弟のサザリー君ならできると仰っていたではないですか」
     そう突っ込んだケネスを、ミシェルはキッとにらみ付けた。
    「言葉の綾だ! 現実を考えれば、できるはずが……」「ところが現実は、あなたが思っていたよりも軟弱だったのですよ」「……どう言う意味だ?」
     ケネスはいやらしい笑みを浮かべ、サザリーにあごを向ける。
     それを受けて、サザリーは嬉しそうに話し始めた。
    「うん、僕は既に一度、央南に渡り、向こうの王様に会ってきたんだ。耳寄りな話があるって言って」
    「な……」
     目を丸くしたミシェルに畳み掛けるように、サザリーは話を続ける。
    「ケネスさんの人脈とコネで、面会できたんだよ。で、話をつけて、もう既に一件、6200万クラムをツケさせてるんだ。
     この調子だと、数年で目標額の30億にすぐ達しますよ、ケネスさん」
    「ご苦労。……と言うわけです、ミシェル卿。
     案ずるより産むが易し、と言うやつですな。あなたが無理だ、できないと諦める話を、我々はとっくに実行に移し、易々と成功させている。
     これに乗らないとは、『投機のミシェル・エール』の名が廃りますよ」
    「う……」
     そこでケネスは立ち上がり、卓の向かい側に座るミシェルに、ずい、と顔を近づけた。
    「それにミシェル卿。今、あなたが狙っているものを手に入れるチャンスも、私は提供するつもりですよ」
    「狙っている……、もの?」
     それを聞いて、ミシェルはまた、けげんな顔をした。

    火紅狐・確執記 5

    2011.08.17.[Edit]
    フォコの話、280話目。305年の三者会談。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 呆れ返るミシェルに、ケネスはなおも自説を述べ続ける。「まあ、お聞きいただきたい。聞いていただければその道程、完全掌握の筋道は、自ずと分かるでしょう。 先程も申し上げた通り、私の計画上、央中商人たちが存在し、商売をし続けていることは、非常に邪魔になる。そして一方で、央南と西方も奪取したいと考えている。となれば、同時...

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    フォコの話、281話目。
    家族主義、組織主義の衝突。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     双月暦305年――エール家にとってこの年は、3つの不幸が連なった年であった。
     そのうちの1つが、セブス・エール翁の死であることは言うまでもないが、残る2つは――。



    「ルシアン。何故、私が怒っているか、分かっているかね?」
    「いえ……」
     ルシアンはリオン翁から呼び出され、「大三角形」の主要人物たちの居並ぶ前に一人立たされ、審問を受けることとなった。
    「僕が、何か怒らせてしまうようなことを?」
    「そうだとも。君は私に対して、いや、『大三角形』として深く、強い絆で結ばれた皆に対して、やってはならぬことをした。それが何か、分かるかね?」
    「……分かりません」
     そう答えたルシアンに、リオン翁はふう……、と深いため息をついた。
    「そうか、身に覚えがないと言うのだな、ルシアン。
     ……私は、密かに君の身辺を探らせていた」
    「えっ」
     目を丸くするルシアンに、リオン翁はこう続けた。
    「何故、こんなことをしたか、だが。
     君の不穏かつ不適切、不相応な発言――スパス氏を『最大の敵』と称したことが、あまりにも気にかかったためだ。
     温厚な君が、明確な敵意を発したのは一体、何故か? それを、探らせていたのだ」
    「それは……」
     弁明しようとしたところで、リオン翁が杖の先を、がつっ、と苛立たしげな音を立てて床に叩き付けた。
    「私の話に異議があると言うのなら、私が話し終えてからにしてもらおうか」
    「……は、はい」
     縮こまったルシアンをにらみつつ、リオン翁は調査結果を述べた。
    「何週間か前に、君の所へ身を寄せた人間が、4名いることが分かった。1名は、長らく行方知らずになっていた、プラチナ・エールだと言う。
     それだけをとれば、何とも感動的な話だ。私としても、彼女のことは気にかけていたからな。だが、彼女には3人の娘がいた。そこから、話がおかしくなってくる」
    「……」
    「その娘3名は、どうやらあの、クリオ・ジョーヌとの子供らしいな」
     リオン翁の暴露に、審問の場は騒然となった。
    「ジョーヌ……!?」
    「まさか、彼とつながりが?」
    「初耳だぞ!」
     それらの声に対し、リオン翁は深々とうなずいてみせた。
    「私もだ。そして皆の反応を見て分かる通り、それはまったくもって喜ばしいことではない。何故ならジョーヌ氏は、西方の人間ではないからだ。
     プラチナは、大変なことをしでかしてしまった。『大三角形』は西方のためのものであり、外の人間のためのものではない。西方人にとっては外界からの侵略・侵入を阻む壁であるはずの我々の中に、あろうことか外国人を引き入れたのだ。
     こんなことは到底、容認できるはずが無い! プラチナは、我々の関係に深いひびを入れたのだ! これはもう、大罪を犯したと言っても過言ではない」
     妹を悪しざまに罵られ、温和なルシアンも流石に嫌悪感を覚える。
    「そんな言い方、ないでしょう」
    「何を言うか! ではルシアン、君はこれを何と言うことのないことだと?
     確かにセラーパークなどの港町なら、大したこととは見られまい。毎日のように大勢の外国人が押し寄せるのだから、その中で恋愛感情も芽生えることも、少しばかりはあるだろう。
     だがそれは、何の責任も権威も持たぬ、底辺の労働者くらいであれば誰も構いはせん、と言う話だ。そんな有象無象と、西方の経済を背負って立つ我々三大商家とを同じ天秤にかけるつもりなのか、君は!?」
    「なっ……」
     平然と弱者を見下し、貶めるこの放言に、いよいよルシアンは怒り出した。
    「リオン翁、それは正気で言っていることですか!?」
    「何を怒る? 本当のことだろう?
     では君は、君の今いる地位を、路上でゴミ箱を漁る浮浪者に与えても、何ら『大三角形』にも、西方経済にも影響は無いと言うのか?」
    「それとこれとは、筋の違う話でしょう? 詭弁じゃないですか!
     ではリオン翁、あなたは僕の妹がしたことは、何の祝福も称賛も得られない、唾棄すべき行為だと言うのですか!」
    「そうだ」
     その返答に、ルシアンの理性が、ぷつりと音を立てた。
    「……ふざけないでくださいッ! あなたは、あなたは……、愛する夫を失い、悲嘆にくれる妹を、さらに傷つけようと言うのですか!?」
    「話はこれまでだ、ルシアン。もう君とは、話す意義がない」
    「……え?」
     急ににべもない態度を執られ、ルシアンは虚を突かれる。
    「聞こえなかったのか? 君にはもはや、私に対して発言する権限はないのだ」
     そうリオン翁が言い放つと同時に、ルシアンは両脇を、リオン家の従者に抱えられた。

    火紅狐・確執記 6

    2011.08.18.[Edit]
    フォコの話、281話目。家族主義、組織主義の衝突。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 双月暦305年――エール家にとってこの年は、3つの不幸が連なった年であった。 そのうちの1つが、セブス・エール翁の死であることは言うまでもないが、残る2つは――。「ルシアン。何故、私が怒っているか、分かっているかね?」「いえ……」 ルシアンはリオン翁から呼び出され、「大三角形」の主要人物たちの居並ぶ前に一人立たさ...

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    フォコの話、282話目。
    エール商会ゼネスト。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「な、何を!?」
    「ルシアン。私は既に、ある決定を下している。
     プラチナのしたことは、到底容認はできない。よって、彼女をエール家から追放することを強く要請する」
    「そんな!」
     ルシアンの反応を見て、リオン翁は大きなため息をついた。
    「だろうな。君なら、そう反応するだろうと思っていた。
     だが、これも『大三角形』の維持のためだ。それを呑めないと言うのなら、我々は君にも連帯責任を取ってもらわねばならんと考えている」
    「連帯責任?」
    「現在、プラチナを擁護しているのは、次期エール家当主と目されている、君だ。
     だが、考えてもらいたい。『大三角形』の一角を担う者が、『大三角形』を脅かしている者を擁護しているなど、おかしい話だろう?」
    「そんな言い草こそ、おかしい……!」
     自分をにらみつけるルシアンに対し、リオン翁はふう、と重たげなため息をつく。
    「だから我々は、君が次期エール家の当主に就く権利を放棄するよう、これも要求する。
     プラチナの追放と、君の辞退。この二つの要求が受諾できないのであれば、我々は今後、エール家との取引の一切を停止する」
    「な……っ」
     これを聞いて、ルシアンは青ざめた。
    「よく、考えるように」
     リオン翁は杖で扉を指し示し、従者たちを使ってルシアンを追い出した。



     西方は、何かにつけて「組織」と「家族」を重視する傾向にある。
     この騒動も、ルシアンは妹と姪たちの安全と尊厳を尊重し、また、リオン翁は「大三角形」の体面を尊重した結果、起こったものだった。
     そのため、この時点での話し合いでは、両者は対立するばかりで、ルシアンの主張が通ることもなく、リオン翁の要求が通ることも、また無かった。

     だが、その衝突と反目は、エール家を窮地に追い込むこととなった。
     「大三角形」との取引停止を受け、エール商会の操業はストップせざるを得なかった。大口の原料・資材の供給元であるリオン家とトット家から、木板一枚、ネジ一本すら買えなくなってしまったからだ。
     そのため新しい供給元を探さなければならなくなり、ルシアンが奔走しようとしていたところで――。
    「何だって……!?」
     エール商会の傘下にある工場・商店のほとんどで、ルシアンに対する大規模な反対運動が勃発し、商会の運営が不可能になってしまったのだ。
    「……みんなからの要求は?」
     そう尋ねたルシアンに、商会の大番頭は何も言わず、ルシアンの顔をじっと見つめた。
    「……僕の、……次期当主の辞退か」
    「ええ。やはり、『大三角形』との取引が再開されないことには」
    「……話し合いの機会を、設けてくれ」
    「……それが……」
     何故か、大番頭はそこで言葉を濁す。
    「どうした?」
    「……話し合いは、既に始まっておりまして」
    「え?」
     予想外の展開に、ルシアンは面食らう。
    「僕がいない状態で、何故話が進んでいるんだ?」
    「……」
     だが大番頭は何も言わず、すっと後ずさりした。
    「どう言うことなんだ、一体!?」
    「……」
     そのまま、大番頭は執務室から離れる。
     そして代わりに、したり顔のミシェルとサザリーが入ってきた。

    「やあ、兄さん」
     ニヤニヤとした顔で、ミシェルはルシアンに詰め寄ってくる。
    「き、君が代わりに話を?」
    「そうだ。それでだが、まあ、結論から言おうか?」
    「……ああ」
     ルシアンがそう答えた途端、ミシェルはルシアンが座っている机を蹴りつけた。
    「兄さん、あんたはクビだ。エール商会に属するすべての商店・工場から、手を引いてもらう。そして勿論、エール家からも出て行ってもらうぞ!」
    「な……」
    「この数週間、あんたはあっちこっちを回って、原料・資材の買い付けに奔走していたようだが、その間商会の操業は完全に停止していた。
     その間の損失が一体、どれほどのものか、分かっているか?」
     この質問に、ルシアンは「う……」とうめくしかなかった。
    「分かっているようだな。そう、時価300億クラムにも上る、天文学的な大損害だ!
     まず、それが辞めてもらう、第一の理由だ。これに関して、異議申し立てがあるか?」
    「……」
     何も言えないルシアンに畳み掛けるように、サザリーが話を継いだ。
    「そして二つ目、あんたはあのリオン翁を怒らせちゃったんだ!
     もしもこのまま、何とか資材供給元が見つかったとして、あんたはそのまんま、のうのうと西方で商売できると思うの? できないでしょ、そんなの!
     あのクソじじいのことだ、何かにつけて邪魔してくるに決まってる! そうなったらまた、同じことが起きる! あんたがこのまま、エール商会に居座ってたらね!」
    「く……」
    「そして3つ目だ」
     再度、ミシェルが口を開く。
    「あんたは、プラチナとその娘たちを保護している。そう、西方人ではない人間との子供を、だ」

    火紅狐・確執記 7

    2011.08.19.[Edit]
    フォコの話、282話目。エール商会ゼネスト。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「な、何を!?」「ルシアン。私は既に、ある決定を下している。 プラチナのしたことは、到底容認はできない。よって、彼女をエール家から追放することを強く要請する」「そんな!」 ルシアンの反応を見て、リオン翁は大きなため息をついた。「だろうな。君なら、そう反応するだろうと思っていた。 だが、これも『大三角形』の維持のため...

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    フォコの話、283話目。
    当主問題の、最悪の解決。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     リオン翁に続き、ミシェルまでもがリモナたちを否定したことで、ルシアンはまたも激昂した。
    「君まで、そんなことを言うのか! 例え半分でも、僕たちと血がつながっている子たちだろう!?」
    「だが半分は違う。そうである以上、私には擁護する理由はないし、その点においてはリオン翁と同意見だ。
     かねてからリオン翁に要請されてただろう、エール家から彼女らを追い出すことを? それに対しあんたが嫌だと言ったから、この騒ぎになったのだ。
     その全責任はあんたにある。だからこそ、あんたは出て行ってもらわなければならない。それとも300億を払い、リオン翁が納得するような説明をしてくれるのか?」
    「……それは……できないが……しかし……」
     苦い顔をするルシアンに、ミシェルはフンと鼻を鳴らした。
    「さっさとそこから立て、ルシアン」
    「えっ……」
    「できない以上、あんたはもうエール家の人間ではない。ましてや、次期当主でもない。そこに座る権利など、無い!」
     そう言うとミシェルはルシアンの胸ぐらをつかみ、無理矢理に椅子から引きずりおろした。
    「な、何をする!?」
    「聞こえなかったか、ルシアン」
     ミシェルはあごをしゃくり、サザリーに手伝うよう促す。
    「出て行ってもらう。二度と、うちの敷居をまたぐな」
    「はいはい出て行った、出て行った!」
     ミシェルとサザリーはルシアンの両脇をつかみ、そのまま屋敷の外まで連れ出した。

     その直後、ルーテシア母娘も同様に追い出され、ルシアンたちは路頭に迷うこととなった。



    「……これで満足か、ゴールドマン総帥」
    「ええ」
     ルシアンを追い出し、エール家当主となったミシェルは、再びケネスと会っていた。
    「本当にこれで、300億を肩代わりしてくれるんだろうな」
    「勿論ですとも。ただし、いずれは返済してもらわねばなりませんがね」
    「だろうな」
     当主となったものの、すぐに一連の騒動のツケが回り、ミシェルは既に汲々(きゅうきゅう)としていた。
     ルシアンを罷免するために叩き付けた時価300億の負債は当然、当主となったミシェルに返ってきた。これ自体は、ケネスからの借り入れと、スパス産業への商店・工場売却で凌ぐことはできたのだが――。
    「いつ頃、スパス産業を潰す?」
     ケネスの援助で台頭し、現在も急成長を続けるスパス産業の力は、300億の負債で傾いたエール商会には到底、対抗できるものではなくなっていた。
     このまま何年も経てば、いずれエール家は没落し、スパス産業に取って代わられる。それではミシェルたちに、何の旨味もない話だったが――。
    「まあ、北方や南海の戦争で一山、二山当ててからですから、短く見積もっても5年ほどでしょうな」
    「5年もかかるのか」
    「獲物は太らせてから食べるのが、最も賢く、最も美味になる。そう説明した通りです」
    「それは、分かっているが……」

     ケネスから持ちかけられた話は、こうだった。
     スパス産業が成長し、西方での権力を強めることで、西方商業網は従来の「大三角形」に依存したものから、スパス産業中心のものへと遷移していく。
     そうなれば現在のエール家同様、リオン家・トット家の影響力も弱まることとなり、「大三角形」は弱体化、あるいは消滅する。
     そうして西方商業網が作り変えられたところで、ケネスがアバントに指示を出し、何らかの方法でスパス産業をエール家へと明け渡す。
     これがすべて成功すれば、西方商業網はエール家、即ちミシェル一人に支配されることになる――と言うものだった。
     最初からケネスは、アバントのことを当て馬程度にしか見ておらず、本懐はエール家を籠絡・操縦することにあったのだ。

    「今現在、屋敷内だけでも火が点いたような状況にある。使用人はすべて解雇し、調度品や宝物も売り払った。
     5年も待たされては、我々は干上がってしまう。……まさか、それが目的ではないだろうな?」
    「まさか。このままスパス君に任せたところで、結局は『新参者』のレッテルを拭い去ることはできない。せっかく商業網を再編しても、彼では持て余すでしょう。そこはやはり、伝統と権威あるあなた方が舵取りをしなければ。
     まあ、私の方から生活費は都合しておきましょう」
    「……ああ。頼んだ」
     ほんの一瞬だが、沈んだ顔を見せたミシェルを見て、ケネスは内心ほくそ笑んでいた。
    (ククク……! そうやって落ち込んでいろ! 罪悪感を抱いていろ!
     お前もこの件で、相当後ろめたい思いをしたはずだ。そう、実の兄弟を追い出したと言う、西方人にはこらえがたい罪を犯したと、そう思っているはずだ。
     いったん罪の意識を抱えたら、それはどこまでも付きまとう――お前の行動は、その意識のせいで限定されていく。いくら稼ごうとも、心のどこかから『この利益はルシアンを追い出したからこそ……』とささやいてくる。いくら成功を積み重ねようとも、夢にはきっとお前の兄と妹が出てくるだろう。
     そしてそのうち、漠然と、しかし永続的に、こう思うはずだ――『罪を償わなければ』と。それでもう、お前の行動は操れる。
     こいつはもう、贖罪と言う理由なしに行動は起こせなくなる)



     ケネスの読み通り、「投機のミシェル」とまで呼ばれた彼はその後、自発的な経営・投資を行えなくなってしまった。現状の維持・悪化の回避ばかりを考え、新たな利益に飛びつけなくなったのだ。
     委縮した当主を筆頭に置いたエール家は、みるみる衰退していった。

    火紅狐・確執記 8

    2011.08.20.[Edit]
    フォコの話、283話目。当主問題の、最悪の解決。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. リオン翁に続き、ミシェルまでもがリモナたちを否定したことで、ルシアンはまたも激昂した。「君まで、そんなことを言うのか! 例え半分でも、僕たちと血がつながっている子たちだろう!?」「だが半分は違う。そうである以上、私には擁護する理由はないし、その点においてはリオン翁と同意見だ。 かねてからリオン翁に要請されてた...

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