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黄輪雑貨本店 新館

火紅狐 第7部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    フォコの話、339話目。
    金火狐一族の大転換。

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    1.
    「えー、まずは謝罪をば」
     二ヶ月半ぶりに見る若き総帥――「ニコル3世」こと、ニコル・フォコ・ゴールドマンに対し、一族の半数は不安そうな表情を、そして残り半数は疑念の表情を浮かべていた。
    「野暮用があれこれ重なってしもて、ご迷惑をおかけしました」
    「野暮用て、何があったんや?」
     一人がそう尋ねる。
    「総帥が代替わりして、色々せなアカンっちゅうこの時期に、それを放っぽってまでやらなアカンような用事があったっちゅうんか?」
    「ええ」
     質問に対し、フォコはしれっと答える。
    「僕に子供がおることが分かりましてな。父親の僕が直々に、迎えに行ってたんですわ」
    「な!?」
    「母親の方は、既に亡くなってしもてましてな。これはもう、何としてでも引き取らなアカンと決心しまして。で、引き取ってきたわけですわ」
    「あ、アンタ、いきなり何を言うかと思えば」
    「あ、それからですな」
     フォコはニコニコと笑いながら、自分の右薬指にはまった指輪を見せた。
    「その旅に随行してくれたネール家の方と、婚約しまして」
    「はぁ!?」
     立て続けの告白に、一族は二度ずっこけた。
    「ちょ、お前正気か!?」
    「子供引き取ってから嫁さんもらうて、逆やろ!?」
    「しかもネール家て、一回ウチらを告発したっちゅう話もあるところやないか!」
    「どう言うつもりやねんな!?」
    「あえて理由を付けるなら」
     フォコはこれまた平然と回答する。
    「『先代』が何やかやとしょうもないことばっかりしたせいで、ウチらの信用は急落しとります。その回復が、まず何よりやらなアカンことでしょう?
     で、代替わりしたことで一応、信用をこれ以上落とすことは避けられました。と言うても、まだまだ僕も若輩者ですし、もうちょい社会、世間一般の信頼性を高めたいと、そう考えとりました。
     その方法の一つが、結婚ですな。流石にいつまでも一人でフラフラしとるよりも、しっかりと家族を持ってはる人の方が、世間さんの見方は違いますしな。
     それに今言うてはった通り、ネール家が我々を、っちゅうか先代を糾弾したことは今や、公然の事実。そこと僕、つまり新しい総帥が関係を結ぶっちゅうことは即ち、ネール家とゴールドマン家が和解したと取れるわけです。
     信用回復にこれだけ効果のある手段は、そうそう無いんやないでしょうか?」
    「ま、まあ、そうとも言えるな」
     一族が納得したところで、フォコはぺろっと舌を出して見せた。
    「……ちゅうのんは建前。
     結局、僕も彼女も互いに惚れてしもたんですな。相思相愛っちゅうやつです」
    「おいおい……」
    「じゃあ子供は何のために?」
     その問いに対し、フォコは自分より年長の質問者をにらみつけた。
    「あ? 今何て言わはりました?」
    「いや、子供を引き取ったのにも何か、打算があってのことかと」
    「アンタは子供をダシにして、何か画策しようっちゅうんか!」
     フォコはダン、と机を叩き、非難する。
    「そないな浅ましいこと、よお考えられるな!? 先代やあるまいし、卑怯でえげつないにも程があるで!」
    「あ、いや、その」
    「恥を知らんかい、恥をッ!」
    「……す、すんまへん」
     フォコに叱咤され、質問した者は縮こまった。
     そこでフォコは小さく咳をして、場の空気を切り替える。
    「……と、まあ。僕の新しい家族に関しての話は、以上です。結婚式はおいおい予定を立てて、と考えとります。
     で、ここから本題ですけども」
     フォコは黒板を持って来させ、チョークででかでかと、こう書きつけた。

    「ゴールドコースト構想」

    「……?」
    「何や、それ?」
     首をかしげる一族に、フォコは続けて簡単な街の地図を描いて見せる。
    「現在、このイエローコーストの街は、主に鉱業と水産業を主軸として成り立ってます。いや、厳密に言えばウチらが来て以降は、鉱業従事者が9割を超える状態にある。
     このまま鉱山都市として機能し続けるのであればそれで構わへんでしょうが、金も鉄も、錫も鉛も、いずれは尽きます。そして尽きた時、この街はどうなるか? そしてウチらは?」
    「そら……、尽きたらまた移動して、どこか新しい鉱床を見つけるか」
    「小規模の鉱業主であればそれでええかも知れませんが、既にウチは巨大な商会となっとります。これを移動させるとなれば、かなりの手間と危険が伴います。
     前回の、カレイドマインからここへの移動は、まだ移動するに難しくない程度の規模でしたし、中央軍さんの手助けもありました。今、同じように移動しようとしたら、馬車やら荷車やら用心棒さんやらがどれだけ必要になるか。その間襲われてしもたら、撃退するどころか、無事でいられるかも保証が無い。ここから移動するのは、決して得策やないんです」
    「しかし、掘れるもんが無くなったらどないするんや? ウチは鉱業で成り立って……」
    「そこからの脱却。僕はそれを、提案します。ゴールドマン家は最早、金を掘って売るだけの商家には留まらせません」
     フォコのこの発言に、一族は騒然となった。
    火紅狐・興中記 1
    »»  2011.12.11.
    フォコの話、340話目。
    過去の発展、未来の展望。

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    2.
    「な、何やて!?」
    「ウチらは、金を掘ってこそのゴールドマン家やで!?」
    「それ抜きにしたら、金火狐やない!」
     口々に反対する一族に対し、フォコは淡々とした、しかし強い決意を秘めた声で持論を通そうとする。
    「皆さんの混乱、当惑は、当然のことやとは思います。
     しかし、重ねて言いますが、ゴールドマン家は非常に拡大しました。到底、ただ金を掘るだけの商家に収まらない規模に到達している。いや、もうその規模、規格を大きく超えてしまっていると、僕は考えとります。
     確かにこれまでずっと、鉱業で身を立ててきた家です。しかし、そうなったのはいつからか、ご存じでしょうか?」
    「そら、初代からずっとやろ」
     そう言った者に、フォコは首を横に振る。
    「いいえ。厳密には三代目総帥、レオン1世の頃からです。
     初代のエリザさんは非常に精力的な人物やったと、歴史の本の多くは言うてます。1世紀前半にあった二天戦争に従軍しとった時も、戦闘に参加する傍ら、立ち寄った街と将来どう関係を結び、どう利益を作り、どう発展させるかを熱心に検討しとったそうです。新たな稼ぎ場所、市場を、創成しようとしとったんですな。
     それだけやなく、開祖さんは鉱業や都市開発の他にも、武具製造や造船にも手を伸ばしていたと聞きます。初代の頃は、今よりもっと広範に、多岐に渡って商売を広げとったんですわ。
     それが今のように、ほとんど鉱業一本になってしもたんは、二代目のロイドの失敗からです。残念ながら『お母さん』ほど商売の腕が良くなかったために、初代で築き上げた商売のほとんどが頓挫してしもたんですわ。
     業績悪化の責任を取って二代目は失脚し、代わりに従兄弟のレオンが鉱業一本に絞らせて、事態の収拾に当たった。
     そこからずっとですわ。1世紀の末に起こした失敗からずっと、金火狐はその失敗に怯え、鉱業だけやるっちゅうことをしてきたわけです。……ここまで言うてしもたら言い過ぎかも分かりませんが、僕は先代がのさばった原因は、ここにあるんやないかと思うんです。
     そら、金を掘ったら儲かりますわ。でもそれ以上の進歩を恐れ、金を掘って儲けたお金を、新しいことに使おう、投資しようとはせんかった。せやからこそ、急進的な商人だった、あの忌み嫌うべき最低の下衆、ケネス・エンターゲートに付け入る隙を与えてしもた。
     皆さん、また同じことをするつもりですか? また1世紀から続けたことを懲りもせずに続け、また進歩的な商人に付け入られて、また、先代の頃のように隷属するつもりですか?」
    「……」
     苦い顔を並べる一族に、フォコは自分の構想を説明した。
    「僕たちの未来はどっちかです。進歩した商人に喰われるか、それか自分たちが進歩するか。
     僕は喰われたいとは思いません。当然、後者を選びます。そしてそのための第一歩、僕たちがただの鉱山掘りから脱却し、真に世界を動かす大商家になるための第一歩として、この街を永世、金火狐の本拠地と定め、そして街の開発と発展促進を本業としていくことを提案します」
    「……ちょっと聞いときたいんやけど」
     と、大叔父のジャンニが手を挙げた。
    「街の開発利権は先代が中央政府から買うとるし、開発するのんに一応、不都合はあらへん。
     せやけど、開発費はどないするんや? それから、どんな風に街を作るのかも、展望を聞かせてもろてもええか?」
    「開発費に関しては、当面は僕の私財を投じて。総帥になるにあたって支払った支度金を除いても、まだ個人資産として十数億は持っとりますし、基礎開発にはそれを、全額つぎ込む予定です。
     どのように開発するかですが、まずは港の造成からですな。ここからあちこちへ出向く時に度々思てたことですが、船を停泊させるのんには一応、現在の規模でも十分です。しかし今後の発展を考えるに、もし現在の十倍程度船がやって来ることになれば、あっと言う間にパンクしてまいます」
    「十倍って、アホな」
    「そないにガンガン来るかいな」
    「夢物語もええかげんにしときいや」
     鼻で笑う者に対し、フォコは根拠をつぶさに説明する。
    「例えば西方のセラーパーク。ここには西方大三角形の一角、エール家が運営するジョーヌ海運の本拠があります。街の規模は、現在のイエローコーストの7、8倍です。そして交通量は、イエローコーストの20倍以上。
     もしこの街が、そこと同規模に発展するとすれば、交通量も相応に増えると見て、何らおかしいことはあらへんでしょう? 加えて、この街は現在でも貴金属や鉄鉱石の出荷のために船が出入りしとりますが、距離や海流・海路のことを考えても、南海や央南への便も悪くない。
     将来的に鉱業以外に進出し、それらの地域に向けて大幅な輸出を行うことになった際、どんだけ少なく見積もっても十倍、二十倍の交通量になるのは明白です」
    「ホンマかなぁ……」
    「結局は仮定に仮定の話やんか」
     フォコの熱意に対し、一族の半分近くは否定的な態度を見せる。
     しかし、ジャンニは熱心に応答してくれた。
    「港作るっちゅうのんは、俺も賛成や。俺の今の見立てでも、手狭な感じがあるからな。
     それにや、今のところ港の管理はウチらがしてへんから、余計な手数料やらチップやらを一々払うのんが慣習化しとるし、俺としてはそれも気にかかっとる。
     ニコル、お前も他の事業にも手を出したいっちゅうてるし、これもついでに何とかでけへんかな?」
    「ええですな、やりましょ」
     ようやく積極的に応じてくれる者が現れ、フォコは内心ほっとした。
    火紅狐・興中記 2
    »»  2011.12.12.
    フォコの話、341話目。
    財団の誕生。

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    3.
     会議の空気が自分に向いてきたと感じ、フォコは話を大きく広げ始めた。
    「海運業に関しては、僕に心得があります。現在、港の管理はどこが?」
     ジャンニが肯定的な反応を見せたことで、他の者も少しずつ意見を出し始めた。
    「街の奴に任せとる。商会とかはあらへん」
    「せやったら、管理する商会を作りましょか」
    「ほんで、その後の開発は?」
    「今現在、央北に本拠のあるエンターゲート製造の基盤を全部、こっちに移しましょか。ほんで商会名も変えて、名実ともにウチのもんにした上で、工業振興の足掛かりにしましょ。
     それから僕のツテで、北方と南海、西方に対しての武器輸出を行い、代わりにその三地域から何らかの商品を輸入し、ここで売る場を作りましょ」
    「何らかて言うと?」
    「そうですな……、例えば食料品とか奢侈(しゃし)品で言えば、北方からは塩やモルト酒、南海からは香辛料や煙草、西方からはワインや美術品とかですな。
     他のものについても、売れそうならおいおい仕入れていきましょか」
    「案外おもろそうやな、街を作るのんも」
     と、会議の場が活発になったところで、一人がこんなことを言った。
    「しかし……、後が滅茶苦茶きつなりそうやな」
    「て言うと?」
    「今話に挙がっただけで、商会が3つも増えることになる。このままその、アンタが言うてたみたいに、……何ちゅうたっけ、セールパーク?」
    「セラーパークですな」
    「それや、何とかパーク。そこと同じくらいに大きくするって言うたら、……街の規模、ここの8倍やったっけ。8かけるの3で、24社も商会増やさなあかんようになるんやないか?」
    「まあ、それは極端な計算やけども、確かにこのまま野放図に開発しとったら、パンクしてまうな」
    「その各種商会を管理する、団体やら組合やらを作る必要があるなぁ」
    「せやなぁ」
    「まあ、これについてもぼんやりとは考えとりました」
     と、フォコは黒板に今までの案を書き連ねながら、その構想を語る。
    「それに街の管理も、大きな規模で考えた方がええと思います。それこそ一つの国、つまり都市国家、『市国』と言う構想で。
     そこで提案するのんが、ゴールドマン商会や、今から作ろうかと思てる商会、そして市政に関しても、すべてを統括する機関――財団の設立です」
    「ふむ……」
     一通り書き終え、フォコは不敵な笑みを浮かべる。
    「とりあえず皆さん、やる気になってきたところで、実際に行動してみませんか? 明日、いや、今日から今出てきた案、港湾関係の整備から実行して行きましょ」
    「せやな」
    「ついでに今ここで創設と宣言、いっぺんにしてしまいましょ」
     フォコは黒板をくる、と裏返し、そこに書き付けた。
    「これよりこの街、イエローコーストを『ゴールドコースト』と改め、市政および商工業の体制を一新・一元管理するとともに、その市政、およびこれに関係する商工業の管理団体として、我々は『金火狐財団』を設立します」



     前述の通り、この街の開発利権はケネスが中央政府から買い取っており、これには統治権も含まれていた。
     そして総帥として持っていた諸権利はすべて現総帥、フォコに渡っているため、当然この権利についても、フォコの所有となっている。
    「ちゅうことはやな」
     会議を終え、フォコは自分の寝室にて、イヴォラを膝に乗せて話をしていた。
    「お父さん、ここの市長も兼任するっちゅうことになるんやね」
    「すごーい」
     会議の内容を聞き、イヴォラは目を輝かせている。
    「でもお仕事いっぱいだよね」
    「せやねぇ」
     一転、イヴォラはしょんぼりした顔をする。
    「……いつランニャとけっこんするの? 予定、開けらんないよね」
    「うーん」
     ちなみに今、ランニャはクラフトランドに帰省している。
     大火の刀を打つ要員として駆り出されているのも理由の一つだが、フォコとの結婚に当たって、彼女の今後の身の振り方を母親、ルピアと相談するのが、本来の目的である。
    「けっこんしたら、ランニャはこっちに住むんでしょ?」
    「そのつもりやと思う」
    「でもランニャ、向こうにも色々仕事が残ってるみたいだよ」
    「でも物理的になぁ、あっちとこっちと行き来すんのは難しいしなぁ。
     ちょっとこれ見てみ」
     フォコはイヴォラを膝から下ろし、壁にかけてある地図へと向かう。
    「央中っちゅうのんがほら、こんだけ川やら湖やら多くてなー。なかなか街道整備や橋を架けるっちゅうのんがでけへんねん。
     せやから途中の川とか湖を、舟で渡るのんが一般的なんやけど、それでも一ヶ月、二ヶ月のちょっとした旅やねん。
     このままランニャがクラフトランドに仕事残したまんまやと、往復で最長四ヶ月になってまうし、ほとんど会えへんようになってしまうからなぁ。それにこれから、イヴォラの弟やら妹がでけるかも分からんし」
    「そうなったらうれしいけど、それでランニャに辛い思いしてほしくないよ」
    「同感やねぇ。なんかええ方法ないかなぁ」
    「うーん」
     一族を集めての会議の次は、父娘二人での会議が始まった。
    火紅狐・興中記 3
    »»  2011.12.13.
    フォコの話、342話目。
    大火の秘密。

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    4.
    「しかし何度聞いても、驚くことばかりだなぁ。僕の知識だと、鋼にミスリル化処理なんて、ありえない話なんだけど」
    「常識や定説など、技術の革新や情報量の変化でいくらでもうつろうものだ。現実に、これがあるのだからな」
     そう言って大火は、藍色に光る鋼板を手に取って見せる。
    「現行で世間一般に広まっている製造・処理法とは、基本的に違うからな。この技術が一般化するには、あと100年や200年では足りんだろう、な」
    「是非とも教えてほしいんだけどねぇ」
    「断る。そうそうみだりにばら撒いていい技術ではない」
    「そうかなぁ? 便利だと思うんだけど」
     と、二人で話していたところに、ルピアが苦い顔でやって来た。
    「シロッコ。昼食後、執務室に来いと言っただろう? 何故工房にいる?」
    「え、そうだっけ?」
    「そうだ」
    「ごめんごめん、聞いてなかったかも」
    「いい加減にしろよ。お前は私や娘たちと話をするより、鉄板を撫でてる方が好きなのか?」
    「いや、それは無いよ、無いけど、いや、本当に。聞いてなかっただけなんだ」
    「私が面前でしている話を、まるで聞いてなかったと?」
    「ごめん、あの時はほら、これの話を」
     そう言ってシロッコは大火から鋼板を受け取り、ルピアに見せる。
    「これすごいんだって、鋼なのにミスリル化……」「いい加減にしろと、何度言わせる気だ?」
     ルピアは鋼板を取り上げ、壁に投げつける。
     びいい……、と震えた音を立てて漆喰の壁に突き刺さった鋼板を見て、シロッコの狼尻尾が毛羽立った。
    「あ……、その……」「来い」「……はい」
     うなだれたシロッコを伴い部屋から出るところで、ルピアは大火に向き直る。
    「悪いなカツミくん。つい、投げてしまった」
    「構わん。その程度で曲がる素材ではないし、丁度いい人払いにもなった」
    「そうか。じゃ、また後で、な」
    「ああ」

     大火は一人工房に残り、「黄金の目録」を片手にしながら作業台をぼんやり眺めていた。
    「……」
     作業台の上にとん、と「目録」を置き、ゆっくりと開く。
     開かれたその、金属を思わせる輝きを放つページには、大火と、そして彼を囲む八人の男女が、恐ろしく精密に、写実に記されていた。
    「……クク……」
     その絵を撫で、大火は珍しく、力なさげに笑った。
    「詫びの言葉も無い、……な。あいつが折角、俺のために打ってくれたと言うのに」
     大火は目録を閉じ、これもまた珍しく、落ち込んだ様子で顔を伏せた。

     その時だった。
    《……や……じ……》
    「……?」
     大火の耳に、かすかに少女のものらしき声が飛び込んできた。
    「……空耳、……では」
    《……いに……まって……だろ……ッ!》
     声は先程よりも鮮明に届く。
    「お前か、一聖(かずせ)?」
    《その名前で呼ぶんじゃねえッ!》
     今度の声は、大火が顔をしかめるくらいに強く響いた。
    《オレは天狐だ! あの、世界の終わりの時からなッ!》
    「そうか、では天狐と呼ぼう。どうやら蘇ったようだな」
    《いいや、残念ながらまだ。まだ、封印を半分くらい、解いただけさあぁ……! でも、もうじきだぜぇ?》
    「そうそう抜けられるような封印は、施してはいなかったはずだが」
    《お前が教えたトリックの一つだぜ、忘れたのか? 術の対象をずらすコトで無効化させちまう、ってヤツさあ》
    「なるほど、確かにその手法はある。お前にかけた封印は確かに長重かつ複雑だったからな、少しでも乱れや揺らぎがあれば、効力は消えるだろう、な。
     だが気になるのは、いつ、どこに、そんな細工を仕掛ける間があったのか、だ」
    《ケケケ……、ケッケッケッ……》
     そのけたたましい笑い声は、どこか悲しそうにも聞こえた。
    《お前、『夜桜』を折りやがったな?》
    「……良く分かったな」
    《ソレだよ、ソレ。お前に封印さ……る前に、オレは『夜桜』……術を仕掛けて、……しもお前が……を裏切るようなコト……まり、このオレが折角……ンタに……った……を……》
     怒りに満ちた声は、次第に遠くなっていく。
    「かず、……天狐」
    《……れるな……オレは……めーを……》
     会話が途切れる直前、天狐の殺意に満ちた一言が、大火の耳に突き刺さった。
    《てめーを、ぜってー許さねえからな》
    「……」

    「どうした、カツミくん?」
    「……うん?」
     大火が顔を挙げると、工房に戻ってきたルピアと目が合った。
    「顔色が悪いな? 珍しく青いぞ。と言っても、元々の色が黒いから、じっくり見なきゃ分からんが」
    「……いや、何でもない。思案に暮れていたせいだろう」
    「そうか……?」
     ルピアは大火の側に座り、じっと目を見つめる。
    「……見たことのある目つきだ」
    「何?」
    「ああ、そうだ、思い出した。……あんまり思い出したくもないが」
     ルピアはニカッと笑い、大火に耳打ちした。
    「なあ、カツミくん。君……」
    「……!」
     大火は相当驚いたのだろう――ガタンと椅子を倒し、立ち上がった。

    火紅狐・興中記 終
    火紅狐・興中記 4
    »»  2011.12.14.
    フォコの話、343話目。
    新時代を迎える街。

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    1.
     ゴールドコースト、そして金火狐財団の整備は、着々と進んでいた。
    「案外早く、港の改築も終わりそうですな」
    「せやなぁ」
     フォコはジャンニとイヴォラを伴い、順調に工事が進む港を視察していた。
    「この分やと、今月末くらいまでには終わるやろ。そうなると次は、市街地の開発になるけども」
    「ええ。何か問題でも?」
    「いや、金は足りてるんかなと思て」
    「まあ確かに、カツカツになる可能性はありますな。港開発で既に、2億ほど溶けてますし」
    「大丈夫なんか?」
     そう尋ねたジャンニに対し、フォコはにっこりと笑う。
    「必要最低限の開発は進められる計算にはなっとります。後は港湾使用料や地代、事業税なんかを取っていけば、4~5年くらいで投資額は回収でけると考えてます。
     それに回収でける頃には、今以上に発展しとるでしょうし、開発予算もザクザク貯まっとるでしょうな。その循環で、いくらでも開発していけるはずですわ」
    「そう上手く行くかなぁ……」
    「既に央中の、小中規模の商会や組合から、ここで商売させてほしいっちゅう申し出が入ってきてますし、ここから一番近い外地域の南海からも、貿易について話し合いたいっちゅう連絡が入ってます。
     そろそろ北方と西方からも打診が来るでしょうし、それが来次第、貿易したいっちゅう皆さんをここに集めて、今後の貿易体制を整える会議でもしようかな、と」
    「どんどん大事になってきよるなぁ。でもまあ、そこら辺が全部うまいこと行ったら、確かに莫大な金が入ってきよるな」
    「ええ。そうなるよう、これから一層の尽力が必要になりますな」
    「せやなぁ。……ホンマに、金銀だけ掘ってた時代は終わりそうやな」
    「時代は変わるもんですわ。特に今は、中央政府の動向も不安定ですし、その反面、央中経済はウチを中心に、急激な回復傾向にありますからな。両者の力関係が逆転しても、まったくおかしくない。
     間違いなくこの数年で、歴史は大きく動くでしょう」
    「新時代の到来、か。そう考えると」
     ジャンニはニヤリと笑い、フォコを軽く小突いた。
    「ワクワクするわ、なぁ?」
    「ええ、これからが新時代ですよ、金火狐一族の」
     そう言って、フォコは手を引いていたイヴォラに笑いかける。
    「見ときやー、もしかしたら僕の次にこの街を動かすのん、君になるかも知れへんのやし」
    「うん」
     にっこりと笑い返したイヴォラに対し、ジャンニは複雑そうな表情を浮かべた。
    「あー、その、ニコル。ちょと、あっちの方で、二人で話せえへんか?」
    「え? ……ああ、じゃあイヴォラ。ここで待っててや」
    「はーい」

     海の方を向き、港の淵に座るイヴォラの後姿をチラチラと確認しつつ、フォコは尋ねる。
    「なんでしょ、話っちゅうのんは?」
    「お前、……あの子を、次の総帥にするつもりなんか?」
     ジャンニに神妙な顔でそう問われ、フォコは彼の本意――ひいては金火狐一族の総意であろう本意を察した。
    「猫獣人やから、もしかしたら本当は僕の子供や無いんではないか、と?」
    「おいおい、それは飛躍しす、……あー、いや。確かにそう言う意見も無いでは無いけども、俺が言いたいんは、……まあ、近いっちゃ近いねん。
     先代こそ――無理矢理に近いねんけども――短耳やったけども、それ以外の、今までの総帥は皆、『狐』やったからなぁ。
     もしお前が将来、次の総帥をあの子にしよかって言い出したら、かなり揉めると思うねん」
    「せやけど大叔父さん。三代目のレオン1世のお母さんは、猫獣人でしたやろ?
     それを考えたら、『猫』がなってもそんな、血筋的には問題無いと思うんですけども」
    「うーん……。まあ、そう言うてしもたらそうやねんけども」
    「それにまあ、あの子にもあの子でやりたいことはあるでしょうし、今から将来を決めてまうのんは気が早いにも程があるっちゅうもんです。
     僕はそう思てますし、何が何でもあの子を次期総帥に、と言う気持ちはありません」
    「さっき言うてたんと違うやんか、それ。お前さっき、イヴォラがこの街を動かすかも知れへんみたいなん、言うてたやん」
    「あくまで『かも』、仮定の話ですわ。そら、なってほしいなって気持ちはありますけども、あの子が別のことしたいっちゅうたら、そっちを応援するつもりですわ。
     まあ、かと言って今から経営の勉強さして、無駄になるっちゅうことは無いでしょうからな。こうして今みたいに、あちこちを見させて勉強さしとくんも、あの子のためになるかな、と思うてのことです」
    「……ん、まあ。何を言うたかて、お前が総帥、ウチらのトップやからな。
     先代ん時みたいな、よほど無茶苦茶なことにならん限りは、俺は口出しする気も無いし、皆もせえへんやろう」
    「……ふむ」
     と、フォコはジャンニの回答で、あるアイデアを閃いた。
    「それは、あんまりよろしくないかも知れませんな」
    「え?」
    「僕が総帥やからって、皆は追従して全部任せっぱなし、では八代目、九代目と同じことですわ。
     ご意見番みたいな部門を、財団に設けましょか」
    「ふむ……、ええかもな」
    「仮に、監査局とでもしときましょか。総帥の行動を監査する局、っちゅうことで。
     良ければ大叔父さん、そこの局長とかどうです?」
    「俺が?」
    「今までも先代に噛みついたり、僕にも色々、意見をぶつけてきてくれますし。適任かと」
    「まあ、ええけど」

     このアイデアはその日のうちに実施され、フォコの要望通り、ジャンニが局長に就任した。
    火紅狐・序事記 1
    »»  2011.12.16.
    フォコの話、344話目。
    優れた才と、それを継ぐ者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     313年の4月末時点で、金火狐財団は次の6部門で構成されることとなった。

     まず、財団に関する全権限を有し、各局の行動を統括する「総帥」。
     前述の、総帥の決定と行動を監査し、それが著しく財団の利益と各局間の公正を損ねるものであれば糾弾、および弾劾決議を執り行える権利を持つ「監査局」。
     そしてゴールドコーストの市政を担う「市政局」。この局のトップである市長職には現在フォコが就いているが、現在行っている都市開発が一段落したところで、別の者にこの地位を譲渡することを、フォコは約束している。
     続いて市内の商工業を管理する「産業管理局」。ここにはゴールドマン商会も含まれており、これもまた、現時点ではフォコが局長を兼任している。
     また、財団創設時から議題に挙げられていた港湾の管理に加え、陸路からの出入りも併せて管理する「入出管理局」も設けている。
     そして最後に、市内の治安維持の確保のため、この双月暦4世紀の時代では類を見ない規模の警察組織、「公安局」を設けることを、フォコは提案した。

    「公安局、……なぁ」
     提案した当初、この部門の存在は、あまり重要視されてはいなかった。
    「ここ、どうやって稼ぐとこなん?」
    「稼ぎません。言うてみれば、他の部門が稼ぐのを邪魔された時、それを追い払う役目を持っとります」
    「稼がへんねやったら、いらんのとちゃうん?」
     否定的な意見に対し、フォコは強く持論を押し通す。
    「それは違います。
     僕の経験談になりますけども、かつてクラフトランド近郊のオークボックスっちゅう街は、カジノを中心とする歓楽街で、一見にぎわってはおりました。
     しかしその実、治安は最悪。巷には金を失ったチンピラ同然の人間があふれ返り、街をとことん汚しとりました。そのためにカジノ客、カジノ関係者以外の人間はことごとく街を去り、地場産業は壊滅。
     また一方で、カジノによって加熱するギャンブル需要のために職人が吸い寄せられ、クラフトランドをはじめとする、周辺地域の生産力は激減。はっきり言うて、オークボックスは央中北部における寄生虫、疫病神も同然の街でした。
     今現在は、適切な都市開発の推進によって、まともと言える状態にはなっとりますけども、これと同じことがこのゴールドコーストで起こったら、どれほどの損害になるか。折角整え直した港も、商工業街も全部、機能不全に陥ってしもたら、どれほどバカらしいことか」
    「ふむ……」
    「あと南海においても、警察組織も倫理意識も無い地域が多く、そこは例外なく悪の巣窟、ならず者国家と化しとりました。
     僕自身、誘拐された上に奴隷として人身売買の市場に連れ去られたこともあります。これを真っ当な商売やと思うような人間は、よもやこの中にはおりませんやろな?」
    「そら、まあ」
    「流石にドン引きするわ」
    「まともな労働環境であれば三十数年、かつ、健全に経済を支える存在にあるはずの人間がさらわれて奴隷化し、たったの数年で使い潰された挙句に、稼ぎは全部奴隷主のもの、なんちゅうのんは、正常な経済を著しく損ねる。そう、先代の時代とまったく同じことになる。
     他にも例を挙げれば枚挙に暇がありませんけども、ともかくこのように、まともに治安維持のでけへん街、地域は非常に不経済であり、発展が著しく滞ります。
     僕の目標はズバリ、ゴールドコーストを世界一の街にすることです。一々、犯罪やらろくでもない商売やらで発展を止めることは、絶対にしたくないんですわ」
    「なるほどなぁ」
    「一理あると言えばあるか」
     フォコの説得が功を奏し、この部門も設立されることとなった。

     会議の後、フォコはまた、ジャンニと二人きりで話をしていた。
    「しかしニコル、お前の提案はよぉ通るなぁ。今日の公安局の話なんて、じーさんらが納得すると思わへんかったけども」
    「ま、あっちこっち回って貯め込んだ経験がありますからな。伊達に世界を旅してませんわ」
    「……やっぱりお前が総帥になって、正解やったな。お前やったら本当に、この街を世界一大きくでけるかもなぁ」
    「はは、頑張ります」
     ニコニコと嬉しそうに酒を飲むフォコを眺めながら、ジャンニは彼の姿に、漠然とした不安を感じていた。
    (こいつが自分で言うてたことやけど――金火狐が一度大きくなったのに、結局しぼんでしもた、その理由。初代が広げた商会を、二代目が支えきれへんかったからや、っちゅうことやったよな。
     こいつも、就任して早々、どデカい構想をバンバン打ち出して、財団を作ると言いよった。多分、それは上手く行くやろう。こいつが総帥である限り、その試みは多分、全部上手く行くやろうな。
     ……でも、その後がどうなるか。確かにこいつの娘も賢しそうな雰囲気はありよるけど、『猫』やからなぁ。金火狐の、大多数の反感を買う可能性もある。恐らく、総帥にはなられへんやろな。
     それでもし、こいつ並の商才を持った奴が現れへんかったら、……大きくなった財団と街は、維持できるんやろか)
     ジャンニは財団の未来を思いつつ、フォコと同じように酒を呷った。
    火紅狐・序事記 2
    »»  2011.12.17.
    フォコの話、345話目。
    水面下で起こる不穏。

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    3.
     さらに日は進み、313年の5月。
     開発計画の第一段階――財団設立と港湾開発、および商工業体制の確立は完了した。
    「早速、市場が立っとりますな」
    「せやな。……と、ご苦労さん」
     フォコとジャンニ、そしてイヴォラは、往来の反対側から歩いてきた公安職員に手を振り、挨拶した。
    「はっ、ありがとうございます!」
     職員たちはフォコたちを見るなり足を止め、ビシ、と敬礼する。
    「そんな堅くならんでええよ。ほんで、どないやろ? 今日も平和かな?」
     そう尋ねたフォコに、職員は敬礼を解き、はきはきとした口調で返す。
    「はい、本日も異常ありません」
    「そうか、ありがとさん。ほな、引き続き頑張ってや」
    「はいっ!」
     職員たちは再度敬礼し、その場から立ち去っていった。
    「……ちょと、物々しい感じはあるけども、ま、ええくらいかな」
    「ええ。まだ公安局が発足して一ヶ月も経ってませんし、皆さんも緊張してはるんでしょうな。そのうちこなれてきますわ。
     ま、これでならず者が割り込んでわーわー言うようなことは、起こらへんでしょ」
    「せやろなぁ。……と、そうや」
     ここでジャンニが、フォコに憮然とした目を向けてきた。
    「何でか俺の方にも、『総帥はいつ結婚するんやろな』って質問が来たんやけど。そっちの話はどないなっとるん?」
    「……耳にタコですわ」
    「タコだねー」
     フォコとイヴォラは、同時に苦い顔をした。
    「『頭巾』でちょくちょく連絡は取ってるんですけども、まあ、ちょっと、……向こうも色々難航しとるらしくて。向こうさんが落ち着くまで、ちょっと保留しとこかなって」「アホか」
     ジャンニは呆れた顔で、フォコを諌める。
    「ヨメさんもらうような大事なこと、なんで保留すんねん。向こうに恥かかす気か?
     それにな、巷でもかなりうわさになってるんやで、『あのやもめ総帥、いつ結婚するんやろ』って」
    「……ん、……まあ、そうですな。街の開発も一段落したことですし、一応、向こうと相談してみますわ」
    「そうせえ。……俺も耳タコやからな」
     肩をすくめて苦笑するジャンニに、フォコたち父娘もクスッと笑った。
     が――フォコは表情を変え、ジャンニにぼそ、と耳打ちした。
    「……なるべくなら心配をかけさせたく無かったんですが」
    「何やて?」
    「大叔父さんやったら、落ち着いて聞いてくれるでしょうな。
     今夜、ネール組合総長と連絡を取ります。一緒に話を、聞いてもろてええですか?」
    「は……?」

     その晩、フォコはジャンニを伴い、ルピアと連絡を取った。
    「ちゅうわけで、結婚の話もボチボチ出てきとるんです。……でも」
    《ああ。無理だな》
    「な、なんでやねんな?」
     一緒に「魔術頭巾」を巻いて話を聞いていたジャンニは、目を丸くする。
    《聞いてないのか、ジャンニ?》
    「何をや?」
    《中央政府の動向をだ》
    「現状? 軍務大臣がとうとう更迭されよって、ほんで、央南から久しぶりに、統治についての打診があったとか何とか。
     それ以外に最近、特に大きな動きは無かったはずや。少なくともウチら商人に関するようなもんは……」
    《フォコくん。説明してくれるか?》
    「ええ。……そうですな、単刀直入に言うと。
     無関係どころか、中央政府はウチらを攻撃する気、満々なんですわ」
    「ホンマかいな? なんでまた……」
    「何でかっちゅうたら、宗教的な理由からです。
     元々、ケネスがこっちに中央軍の軍隊引っ張ってきた口実は、央北天帝教を信奉せず――向こうから見たら――自分勝手に新しい宗教、央中天帝教を創って祀り上げとるウチらをこらしめるため、やったわけです」
    「まあ、そうやな。そんなん言うてたわ」
    「で、ケネスがウチらの総帥になって、それで宗教問題は一応の解決を見たわけですけども。
     しかしその後、僕が総帥になったことで、中央政府はまた、央中天帝教の台頭があるんやないかと懸念しとるんですわ。
     実際、今日の視察でも、街にできてた教会、見とりましたでしょ? あそこは、あの央北天帝教のシンボル、『スリップクロス』を掲げてましたか?」
    「いや……、掲げとったんは、『ロタ・デラ・フォルティッサ』――『エリザさん』のお守りやったな。央中天帝教のシンボルや。
     まあ、そうなるわな。お前が総帥になって以後、商会とこの街への、中央政府からの影響力は格段に小さなった。そら当然、今まで街で偉そうにしとった央北天帝教も、影を潜めざるを得えへんわなぁ」
    《そう。そしてそれを、天帝教の現教皇であるオーヴェル・タイムズ帝が良しとするはずが無い。『このまま放っておけばまた、央中は央中天帝教の天下になるだろう』、そう考えているのは明白だ。
     よって、このまま看過していれば、中央政府がこちらへ攻め込んでくる可能性は高い。まあ、それが半年後か一年後か、それとももう少し後になるかは分からんが、な》
     これを聞いて、ジャンニは首をかしげた。
    「えらい腰の重い話やな……? 今の天帝さんやったら、もっと苛(いら)ちやろかと思っとったけども」
    「なんでか言うたら、大叔父さんも言うてた通り、天帝さんは今、央南の方に目を向けてはるからですわ。
     央南の名代さんがやられてしもたから、天帝さんとしては何が何でも、元の状態に戻したい。そう思てはるんでしょうな」
    「元の状態っちゅうと?」
    「焔軍が治めとる今の央南をまっさらにして、新しく名代を置き直す。そう考えとるはずです」
    「……つまり、その焔軍っちゅうのんと戦争するつもりなんか」
    《そう言うことだ》
    火紅狐・序事記 3
    »»  2011.12.18.
    フォコの話、346話目。
    直接対決の兆し。

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    4.
     フォコが財団を設立し、ゴールドコーストの開発を始めたのと、ほぼ同時期。
     清家姉弟を連れて央南に戻ったランドは、中央政府の官僚たちと連絡を取り、保留されたままの案件を消化しようとしていた。

     元々ランドたち焔軍側は、清家の本拠である白京を陥落させた後、そのまま清家の家長、即ち清王朝の国王へその諸権利を譲渡してもらうことを要求し、それがまとまり次第、中央政府に正式に、焔軍の統領、焔玄蔵が名代職に就くことを認可してもらう、と計画を立てており、結果としてはその直前、陥落させるところまでは順調に進んでいたのだ。
     しかし清王朝を牛耳っていた商人、サザリー・エールの策略により、後継者である清家姉弟、清双葉、清三守は西方へと連れ去られてしまい、清王朝から焔軍へと、名代職の譲渡を行うことが法律上、できなくなっていた。

     その問題をすべて解消し、ランドは意気揚々と、名代職譲渡の認可と、今後の国交関係を協議する旨を送ったのだが――。



    「……要請は、却下となりました」
    「何故だ? お主の言った問題はすべて、解決したはずではないか!」
     白京、王城の小議事堂。
     声を荒げ、そう問いかけた玄蔵に、ランドは肩をすくめつつ、経緯を説明した。
    「何が何でも、清王朝が以前のまま統治すべきだと、天帝陛下がごねたとか。……ほとんど駄々に近いですね。難癖を付けていると言ってもいい。
     とにかく焔軍が統治することは、絶対に認めない。名代職の譲渡も認可しない。もしも断行するつもりならば、我々は実力行使も辞さない、と」
    「話が違うではないか! 天帝であれど、先人の取り決めを覆すことは無い、お主はそう言ったはずだろう!?」
    「ええ、確かに。しかし……、何と言うか。当代の帝は余程、我が強いようで」
    「どう言う意味だ?」
    「軍務大臣だったカーチス・バーミー卿が更迭、および処刑されたことはご存知ですか?」
    「いや、知らん。大臣ともあろう者が処刑とは、一体どんな罪を犯したのだ?」
    「彼が推し進めていたのは、結果から言えば世界各地の戦乱を激化させるような政策でした。
     名目こそ『世界再平定のための積極的介入』でしたが、その実、やっていたことは武器や弾薬、資金の供給と、自分に与する人間や団体、組織が行った、世界平定憲法や世界戦時法などの法規・法律に触れる行為に対する、超法規的容認。
     つまり、彼らがどんなに世界各地で罪を重ねようと、『絶対に捕まえたり罰したりしない』と大臣が自ら認めると言う、平和・平定につながるようなものでは到底、無かったんです」
    「外道に過ぎるな。まこと、下衆の所業だ……!」
    「ええ、仰る通り。で、これらの計画には、世界中を自分たちの元に平伏せ、隷属させると言うとんでもない本意があったわけですが、それは僕や、僕の友人たちの働きにより、阻止することができました。
     このおぞましい計画は完全に頓挫し、ついに天帝もバーミー卿の本意に気付いたわけです。そして、そのためにバーミー卿は逮捕・更迭され、果てには処刑されてしまったわけです。
     ついでに言えば、バーミー卿に加担していた大商人、ケネス・エンターゲート氏もゴールドマン商会総帥の座を追われて失踪し、バーミー卿の一味は一掃されています」
    「ふむ、どうにか騒動は収まったわけか。
     ……ん? この話が要請の却下と、どう関わるのだ?」
     尋ねた玄蔵に、ランドは説明を続ける。
    「我々も一味と思われているからですよ。世界全域に渡る騒乱を起こした、その一味と」
    「何故に?」
    「元々、清王朝は中央政府側であり、それに対立する者として我々が現れました。その上で、清王朝の叛意が露見するなどして、名代職の権利剥奪、そこから停止に変わり、戦争になった、……と言う流れがあったわけです。
     ここで天帝の気に障ったのが、エンターゲート氏の口添えにより、名代職の権利停止を、凍結と言う処分にしたことです」
    「つまり、バーミー一派の説得によって己の決定を覆されたことを、帝は根に持っていたと言うわけか」
    「そうなりますね。……で、何をどう思ったのか、天帝はこの戦争自体、清王朝と我々の仕組んだ茶番劇だと決め付けたわけです」
    「茶番!? 何ともまあ、ふざけたことを!」
    「まあ、そう思うのも無理は無い。結果的に我々は清王朝の後継者を抱き込み、その権利が譲渡された、と伝えたわけですから」
    「そんなことを茶番の証拠だ、などと思われてもなぁ……」
     苦い顔をする玄蔵に、ランドもうなずくしかない。
    「ええ。……しかし向こうの元首は頑として動かないのは確実ですし、周囲からの諌言も最早、耳には入らない。
     間違いなく中央軍は、我々に牙をむいてくるでしょうね」
    火紅狐・序事記 4
    »»  2011.12.19.
    フォコの話、347話目。
    直接対決の兆し。

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    5.
    「ファスタ卿、それでは、どう対処なされるのですか?」
     コツ、コツ、と小さな音を立てながら、杖を持ち、目に厚い布を巻いた少女が部屋の中に入ってきた。
    「双葉殿下、聞いておられたのですか」
     席を立ち、そう尋ねた玄蔵に、双葉は小さくうなずく。
    「ええ、近くを歩いていたら、話し声が聞こえましたので」
    「扉は閉めていたはずですが……、どうやらこの議事堂、隙間か何かがあるようですな」
    「いいえ。風の音は、扉以外からは聞こえません。間違いなく密室です。……わたしは特別、耳が良くなりました故」
    「あ、……いや、これはとんだ失礼を」
    「クスクス……、失礼はお互い様です。
     それよりもファスタ卿、中央軍が攻めてくるとのお話でしたが、対応は如何に?」
     散々悲惨な目に遭ったからか、それとも顔の3分の1ほどを隠す布が神秘的に見せているのか、双葉は16歳と言う年齢にしては、ひどく大人びた雰囲気を漂わせていた。
     そのせいか、王朝を征服・占領した側の玄蔵とランドも、彼女を前にすると、妙にかしこまってしまう。
    「そうですね……、中央政府とのコネクション、人脈は全滅ですし、これ以上の交渉や根回しは不可能でしょう。
     そうでなくとも、前回の中央政府内の内部決定が余計な横槍で覆された以上、天帝陛下はもう、他者の言葉を聞こうとはしないでしょう」
    「それはもう、伺いました。先を仰って下さいな」
    「あ、はい。……結論から申し上げましょう。戦争は不可避です」
    「そうですか」
     双葉はひょいと杖を挙げ、椅子の位置を確かめようとする。
    「あ、殿下。こちらへ」
     その様子を見た玄蔵は、慌ててゴトゴトと椅子を持ってくる。
     双葉は玄蔵の立てたその物音で、位置を把握したらしい――杖で位置を確かめることも無く、二、三歩進み、すとんとその椅子に腰を落とした。
    「ありがとうございます、閣下。
     それではファスタ卿、続いて問いますが、勝算はあるのですか?」
     そう問われ、ランドは一瞬押し黙る。
    「……ええ、それは」「難しいのですね」
     その一瞬の間で、双葉は察したらしい。
    「難しい、……でしょうね。そのまま、攻め込まれれば」
    「何か方策をお持ちなのですか?」
    「一応は」
    「伺ってもよろしいでしょうか」
    「ええ。……まず、そもそも。我々にとって何が勝利で、何が敗北なのか。そこから論じましょう。
     敗北とは一体、我々がどんな状態になれば、そうと言えるでしょうか?」
    「それは勿論、この白京が制圧され、我々が拿捕ないし殺害されればでは無かろうか」
     答えた玄蔵に、ランドはうなずいて見せる。
    「ええ、それで正解です。……となれば、敵はどう動くか」
    「まあ、大艦隊なり何なりを率いて、ここへ攻め込むのが常道であろうな。それ以外に道は無い。まさか克の如く、一瞬で来られるわけも無し」
    「そこです。幸いにも、世界最強の敵が進める道は、一本しか無いんです。逆に言えば、その一本を抑えてしまえば、敵は手も足も出なくなります」
    「理屈はそうですが、具体的にはどのような手段を?」
    「いくつか考えてありますが、それは置いておいて。
     次に、我々の勝利とは何でしょうか?」
    「それはもちろ、……ん」
     答えようとした玄蔵が、途中で言葉を切る。
    「……いや、うーむ」
    「言ってみてください」
    「いや、これは非常識に過ぎるし」
    「思い付くままにどうぞ」
    「……その、……まあ、……敵の本拠を制圧し、……その、……敵の元帥を拿捕ないし、……あるいは、討ち取ることが、……できれば、……そう言えるのでは、なかろうか」
    「でしょうね」
     さらりとうなずいて見せたランドに、玄蔵は唖然とする。
    「卿よ、いくらなんでもそれは、荒唐無稽に過ぎはせんか? 相手は中央軍、中央政府――紛うことなき、世界最高の戦力なのだぞ?」
    「ええ。5年前なら僕も難色を示したでしょうね、その選択は」
     そう返したランドに、双葉は不思議そうな声色で尋ねてきた。
    「では……、今なら難しくないと言うのですか?」
    「ええ」
     ランドはうなずき、自信たっぷりにこう言った。
    「今現在に至るまでに築いた僕たちの陣営、コネクションがあれば、勝算は十分にあります」

    火紅狐・序事記 終
    火紅狐・序事記 5
    »»  2011.12.20.
    フォコの話、348話目。
    暴君の始動。

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    1.
    「わっ、私はただ、陛下の世界再平定をお助けしようと……! 紛うことのない、本当の、真実のことです、だからお慈悲、ひ、ひっ、……!」
     彼の弁明が終わらないうちに、どかっ、と重たいものが叩き付けられる音が、処刑場に響く。
    「……」
     様子を見ていた白装束の、短耳の男――第8代天帝、オーヴェル・タイムズは、その白い靴にぽた、と付いた一滴の紅を見て、顔をしかめた。
    「靴が汚れた。替えを持て」
    「はい、ただいま」
     靴が用意されるまでの間、オーヴェル帝は処刑台に転がったものを眺めていた。
    「……まったくもって、忌々しいことぞ。あろうことか朕の膝元に、あのような不敬、不徳の輩が居座っておったとは」
    「しかし陛下、一時はバーミー卿を擁護していらっしゃったでは……」「言うな」
     オーヴェル帝はキッと、側に付いていた官僚をにらみつけた。
    「朕の、最大の汚点である。あのような輩の甘言に惑わされるとは、あってはならぬ愚挙であった。
     ……ついては、すべてを考え直さなくてはなるまい」
    「と、言いますと」
    「彼奴の言により、朕はいくつもの決定を覆してしまった。最たる例が、央南の名代職に対する処分について、じゃ。
     当初の決定では名代職追放と、そう朕は命じた。じゃがあの豚めが、『先代天帝たちの沽券に係わる』などと佞言を並べ立てたがために、その決定をあろうことか、この朕自ら、無いものにさせてしまった。
     その結果、どうなったか? 我が中央政府が積極的に介入することは遮られ、現地での成り行き任せの末に、名代側がまさかの敗北と言う、我らの顔に泥を塗る結果に終わってしまったではないか!
     その上、その敗北の一端に、バーミー卿の一味が関わっていたとも聞く! どうせ下劣な彼奴のこと、敗北し衰退した名代を抱き込んで傀儡化し、央南を意のままに操ろうと目論んでおったのであろう。
     そう考えると、……こうも思えてくる」
     オーヴェル帝はつかつかと、処刑台の前まで歩み寄る。
    「名代側を滅ぼしたと言う焔軍とやら、彼奴らももしや、この豚めの仲間、一味では無かろうか? 朕はそう、考えておるのだ。
     ああ……、忌々しい! まったくもって忌々しい豚めがッ!」
     オーヴェル帝はそう叫び、右脚を目一杯振り抜く。
     間を置いて、処刑台の端からびちゃっ、と言う水音が返ってきた。
    「……よって、朕の考えはこうじゃ。
     央南名代を下し、首都・白京に居座るならず者、焔軍の存在を許してはならぬ! 彼奴らがどんな巧言令色・手練手管を用いようとも、我が中央軍の総力を以て、彼奴らを完膚なきまでに粉砕し、骨抜きとなった名代もろとも、断罪してくれる!
     良いか、皆の者! すぐに、出兵の準備を整えるのじゃ! 今一度、朕の正義の鋭さ、堅さ、強さを、世界に知らしめてやるのじゃ!」
     この暴虐な決定に、官僚たちは一様に青ざめ、何とか諌めようとする。
    「し、しかし陛下! 央南での戦乱が収束した後、事実、混乱は収まり、平和が訪れつつあるのですぞ!?
     それを今更引っ掻き回すようなことをされるのは、むしろ我々の主張、正義・大義を曇らすことに……!」「何じゃと?」
     しかしオーヴェル帝は聞く耳を持たず、諌めようとした官僚に詰め寄る。
    「お前は朕に楯突こうと言うのじゃな? この現人神、世界を統べる最高位に鎮座する、朕に」
    「い、いえ、そんなことはございません! 私はあくまで、陛下の体面を慮って……」「それ以上口を開けば」
     オーヴェル帝はがっ、と官僚の顔を鷲掴みにし、こう叫んだ。
    「次に朕が蹴飛ばすのは、この不細工な球となるぞッ!」
    「ひ……っ」
     オーヴェル帝はそこで官僚の顔から手を離し、冷たい声でこう尋ねた。
    「靴の替えは、まだか?」



     中央軍の遠征準備は、近年稀に見る速さで進められた。
     近年の同軍は、前軍務大臣のバーミー卿がこの十数年、本腰を入れて司令に当たっていなかったこともあり、その動きは鈍重なものだった。
     だが、今回の出兵は天帝自らが発した命令、即ち「勅令」である。そのため中央軍の士気は非常に高く、これまで一ヶ月、二ヶ月かかっていた準備は、その数倍の規模に広げられたにもかかわらず、たったの半月で完了した。
    火紅狐・封臣記 1
    »»  2011.12.22.
    フォコの話、349話目。
    中央軍の無敵艦隊。

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    2.
     勅命が発せられた、この遠征の陣頭指揮に当たったのは、新しい軍務大臣に就任した狼獣人の軍人、ジョージ・コーネリアス卿である。
     本来ならば大将である彼が自ら戦場に赴くことなど、極めて異例なことなのだが、今回は勅命を受けてのことであるし、何より中央政府の威信を背負った戦いである。万が一にも負けることの許されない戦いであるため、彼が自ら志願し、出向くこととなったのだ。
     コーネリアス卿の意気込みが伝播し、全軍の士気は非常に高いものとなった。

     彼らはまず、央北西部の港、ウエストポートを出航し、そのまま南下した後、一旦央中の名代職、バイエル家の本拠地である港町、オリーブポートに寄港し、休養と軍事物資の供給を行った後、央南の白京まで侵攻する予定となっていた。
     威信をかけた遠征と言うことで、総勢40隻を超える大艦隊が差し向けられることとなったが、統率には特に混乱もなく、艦隊はオリーブポートまでの道のりを消化した。

     問題が起こったのは、このオリーブポートを出航して3日後のことだった。



    「この時点で、まだカーテンロック南岬が見えないか。……船足が大分、遅いようだ」
     艦橋に立ち、船の向う方角を眺めていたコーネリアス卿は、これまでより鈍い艦の動きが気にかかっていた。
    「少し、物資を積み過ぎたかも知れないな」
     そうつぶやいた彼に、側近が肩をすくめて見せる。
    「まあ、今回は何が何でも勝たなければならない戦いですし」
    「……そうだな。むしろ、圧倒的な物量を持って然るべきか。多少の鈍足は、目をつぶるとするか」
     そう話しているうち、彼らの視界の左端に、港町の姿が映った。
    「あれは?」
    「ええと……、イエローコーストですね。確かゴールドマン商会の本拠があるとか」
    「ゴールドマン商会……、前任に取り入っていたケネス・エンターゲート氏の商会か」
    「いえ、今年に入ってエンターゲート氏は失脚したそうです。
     現在は確か、ニコル・ゴールドマン3世とか言う狐獣人が、総帥に就いているとか」
    「そうか。……であれば、既にバーミー一派ではない、と言うことか?」
    「そうなりますが、現総帥は央中天帝教の熱心な信者であり、我々と敵対関係にあります」
    「むう……。応援は、求められそうにはないな。我が艦隊の前線基地にできるかと思ったのだが」
    「難しいでしょう。協力は期待できません。寄港も許可しないでしょうし」
    「まあ、下手に近寄らない限り、計画に支障は無かろう。無視して進むぞ」
     コーネリアス卿は気を引き締め直し、このまま進行を続けることを命じた。

     と、その時だった。
     ドン、と言うくぐもった音と共に艦橋ががくんと揺れ、卿はよろける。
    「な、何だ!?」
     とっさに机の端をつかみ、その場は倒れずに済む。だがつかんだ机が、つつ……、と自分の方に向かって滑り出す。
    「わ、わ、わっ……」
     慌てて机から離れ、卿は壁に身を寄せた。
    「どうなっている、艦長!? 状況を確認しろ!」
     動揺しつつも、卿は艦長に命じ、艦内各部に呼びかけさせた。
    《爆発です! 積んでいた火薬が爆発し、武器庫が吹き飛びました!》
    《船体右後部に穴が! 浸水しています!》
    《浸水、抑えられません! 至急、退避命令を!》
     混乱を聞いた卿の顔から、ざあっと血の気が引いていく。
    「なっ、……艦長! 対応しろ!」
    「は、はい!」
     艦長は大慌てで艦内のあちこちに指示を出し、沈没しないよう対処している。
     と――卿たちの乗る艦の右後方からも、ドンと言う爆発音が響き渡った。
    「どう言うことだ!?」
    「分かりません! 敵の姿はありませんし、侵入された様子も……!」
     そうこうしているうちに、40隻超の軍艦すべてから、火の手が上がり始めた。

     4時間後――。
    「ゼェ、ゼェ……、げほっ」
     ずぶ濡れになり、ゴールドコーストの港に漂着したコーネリアス卿は、海水を吐きながら、呆然とつぶやいた。
    「こ、こんな、ことが……。
     わ、我らの無敵艦隊が、……まさか、た、戦う前に、……沈む、とはっ」



     この「事故」により、中央軍の威信をかけた大艦隊は、戦闘に入ることなく全滅した。
     また、生き残った兵士およびコーネリアス卿は、心神耗弱のためゴールドコーストに逗留することを要請。フォコはこれを受諾した。
    火紅狐・封臣記 2
    »»  2011.12.23.
    フォコの話、350話目。
    手厚いもてなしの裏には。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「くそっ……、何と言うことだ」
     ゴールドコーストの金火狐屋敷で療養することとなったコーネリアス卿は、忌々しげに窓の外に広がる海を眺めていた。
     1万数千に上る兵士のほとんどは市内の宿や民家に泊まっていたのだが、中央政府の要人である卿は、「そんな貴人をやっすい宿に泊まらすなんてでけません。どうぞウチの方へ」と、フォコが自ら招待していたのだ。
    「あれだけの人員と装備を搭載していた艦が、一隻残らずすべて沈没とは。とんでもない失態だ……!」
     就任後初の任務に失敗したため、卿はひどく落胆していた。
    「閣下、ちょとよろしいですか?」
     と、そこへフォコが、娘のイヴォラを伴って現れた。
    「ああ、ニコル卿。何かご用ですかな」
    「いえいえ、意気消沈してはるみたいですし、気晴らしに食事でもどうか、と思いまして」
    「ふむ……。そうですな、確かに気が塞いでいたところです。是非、お願いします」

     屋敷の食堂へと歩きながら、フォコたちと卿は会話を交わす。
    「まさか異教徒の私が、これほどあなた方に厚遇されるとは思いませんでした」
    「あはは……、央中天帝教に『異教徒は排除せよ』と言うような教えはありません。皆さん等しく、『お客さん』ですわ」
    「ははは、なるほど。となると宿代が心配ではあるが……」
    「まあ、流石にタダでとは言いませんけども、非常時のことですし、お安くしときます」
    「それは助かる。帰国後に支払う形であれは、もっと助かるのだが」
    「ええ、そのつもりです。難破した人から直に金を取ろうっちゅうんは、流石にアコギ過ぎますからな」
    「ありがとう、ニコル卿。深い配慮、誠に痛み入る」
     そう言ってから、コーネリアス卿は肩をすくめ、苦笑してみせる。
    「……帝もあなたほど聡明で寛容であれば、こんな目に遭わずに済んだのだが」
    「宮仕えは苦労が多いと聞きますが、ホンマなんですなぁ」
    「おっと、私がこんなことを言っていたとは、吹聴しないでほしい」
    「勿論。なー、イヴォラ」
    「なー」
     二人して笑い合うフォコ親子に、コーネリアス卿はクス、と微笑んだ。
    「いやいや、卿を見るに、まったくうらやましいことばかりだ。
     私にも子供がいるが、残念ながらあなた方のように、あまり親しくない。私が仕事漬けなせいで、家族とは疎遠になってしまってね」
    「そらいけませんな、家族は大事にせなあきませんよ」
    「分かっている。会えないのは残念だが、不足の無いようにはしているつもりだ」
    「もし逗留期間が伸びそうやったら、こちらに招待してみてはどうです? 楽しいところですよ、ここは」
    「はは、それもいいな。……あ、いやいや、あまり長居しては、職を失ってしまう」
    「あはは……」



     食事を共にし、何度か話をするうちに、コーネリアス卿はすっかり、フォコと親しくなっていた。
    (異邦人の私を、これほど手厚く持て成してくれるとは。卿の懐の深さ、本当に学ぶべきものだ)
     卿はフォコに敬服しつつ、寝室へ向かう途中――。
    「……ええ……段階……ちゅうところ……」
     そのフォコの声が、彼の執務室からひそひそと聞こえてくるのに気が付いた。
    「うん……?」
     いつものひょうきんな口調とは打って変わった、真剣みを帯びた声に、コーネリアス卿は不穏なものを感じる。
    (恩人を詮索すると言うのは、気が引けるが……)
     そう思ってはみたが、これまでに聞いたことのない語気の堅さがどうしても気にかかったため、卿はそっと執務室の前に張り付き、聞き耳を立てた。

    「ええ、まずは第一段階終了、ちゅうところでしょうな」
     フォコは「魔術頭巾」にて、央南の玄蔵、そして滞在中のランドと連絡を取っていた。
    《では、しばらく中央軍が再侵攻することは無い、と見て間違い無いのだな?》
    「まず、ありまへんな。向こうさんは問題なく、ジョージ・コーネリアス艦隊が央南へ向かっとるもん、と思とるはずです。
     情報統制は、内外カッチリまとめとりますからな」
    「……!?」
     これを聞いていたコーネリアス卿は、目を丸くした。
    (情報統制により、我々の現況が中央政府に伝わっていない……!?
     何故だ!? 何故卿が、そのようなことを?)
     気が付いた時には、コーネリアス卿は扉を開け、中へ転がり込んでいた。
    「……あー、と。すみません、ホムラ閣下。ちょと、通信切りますで」
     フォコは「頭巾」を脱ぎ、押し入ってきたコーネリアス卿に、やんわりと声をかけた。
    「どないしました、コーネリアス閣下? 何や、悪い夢でも見やはりましたか」
    「……ああ、見てしまったよ」
     卿はふらふらと立ち上がり、後ろ手でそっと扉を閉めた。
    火紅狐・封臣記 3
    »»  2011.12.24.
    フォコの話、351話目。
    金火狐総帥の立場。

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    4.
     コーネリアス卿は顔を青ざめさせつつも、強い口調でフォコを詰問する。
    「何故、情報を遮断したのだ、ニコル卿!?
     これは明らかに、我々の軍務執行を妨害している! 大変な重罪なのだぞ!?」
     いきり立つコーネリアス卿に対し、フォコは卓に置かれていた黄金製の杯をひょいと取り、差し出した。
    「まず、お話を聞いていただきたいんですけども、よろしいですやろか?」
    「……聞こうじゃないか」
     卿はフォコをにらみつけつつも、杯を手に取る。
     フォコは同じく黄金でできたピッチャーを卓から取り、卿に酒を注いだ。
    「北方から輸入した蒸留酒に、同じく南海から輸入したオレンジを搾って香り付けに加え、ウチの鉱山から出た炭酸水で割ったカクテルですわ」
    「……ん」
     一口すすった卿の顔が、すぐに赤くなってくる。
    「まずくは……、無いな。むしろうまい。ちょっと、……強いが」
    「火酒がベースですからな。炭酸で割っても、14、5度くらいあるでしょうな。
     ……ま、ボチボチ話、してきましょか。どうぞ、座ってください」
     そう言って、フォコは卓の椅子を引き、卿に座るよう促す。
    「ああ。……ニコル卿、私は、……あなたを、信じていたのだが」
    「どうも」
     卿が座ったところで、フォコも卓に付き、酒を自分の杯に注ぐ。
    「まず、立場をはっきりさせときますけども。僕は、中央政府の味方ではありません」
    「だろうな。こんなことをするくらいだから……」「それは、今は置いといてください」
     フォコはもう一度、卿に酒を注いだ。
    「僕がお話していきたいのは、そこへ至るまでへのことです。
     もう一度言いますが、僕、そして僕の率いる金火狐財団と、このゴールドコーストは、中央政府に味方をする気は、毛頭ありません。
     何故なら先々代の頃まで、我々と中央政府の間には深い確執があり、特に金をはじめとする貴金属の売買では、いつも揉めとりましたからな。
     そして先代の時代には、中央政府の側に付くような方針が多かった。ですが……」
    「ああ、知っている。私の方でも、先代の軍務大臣が、その先代総帥と結託して、世界を混乱に陥れたのだからな。
     それを考えれば私も君も、先代と同じ轍を踏みたいとは思わない」
    「まあ、そう言うことです。
     ……そう言うことなんですが、何故先代がそんな暴力的な行動、商人への派兵っちゅう無茶を実行できたんか、卿はご存知でしょうか?」
    「……いや。そう言われてみれば、知らないな」
     フォコは2杯目に口を付けながら、その理由を説明し始めた。
    「央北と央中では、中央政府が行使でける権威・権力の効果に、差があったからですわ。
     中央政府が在野の商人たちに財貨を要求する時、どのような条件で依頼されているか、卿はご存知ですか?」
    「寄進で成り立っている、……のが、建前ではあるが」
    「ええ、実際は神の名を借りた、強引な徴発です。まあ、これが央北天帝教の方であれば、まだご利益もあるかなと、自分をごまかすこともでけるでしょうが、我々央中の人間は納得が行きません。
     まともに顔も姿も見たことの無いような、山の向こうの人を神様やと崇めるっちゅうのんは、とてもやないですけど、でけませんのですわ。
     それこそが、央中天帝教の発祥なんですわ。乱暴に供物を要求し、奪い去る神様なんか、奉ってなんかおられへん、ちゅうわけです」
    「ズバリと言ってしまったな、卿」
    「ええ、ウチらはみんな、ズバズバっと言うてました。それはもうはっきり、『央北天帝教なんか知るかいな』と、何代にも渡って跳ね除けとったわけです。
     ほんで、それが天帝さんの怒りに触れたんですわ。相手もきっちり、『世界は朕のものである』と宣言しとりますからな。その宣言に真っ向から対立する我々のことが、煙たくてしゃあなかったことと思います」
    「……その鬱憤を晴らす形で、軍部とエンターゲート氏に指示を出した上で、堂々と強権発動に踏み切った、と?」
    「ええ、仰る通りです」
    「まさか!」
     フォコの話を聞き、コーネリアス卿はぐい、と酒をあおった。
    「それは暴論だ、卿よ。今の陛下ならいざ知らず、その強権発動――即ち央中商人、ゴールドマン家の封じ込めが行われたのは、まだ先代がご存命の頃だ。
     先代、ソロン・タイムズ帝はどちらかと言えば気弱なタイプ、良く言えば穏健派だった。そんなお方が、商人たちに刃を向けさせるような命令をしたとは、どう考えても筋が通らないではないか」
    「いいえ、閣下。軍部やエンターゲート氏の誘導があったにせよ、ソロン帝が自ら、認可しとったんです。
     その事実はこちら側で、裏付けを取っとりますから」
    「裏付け?」
     フォコの返答に、コーネリアス卿は酒に酔いかけていた顔を一転、引き締めて見せた。
    火紅狐・封臣記 4
    »»  2011.12.25.
    フォコの話、352話目。
    日暮れゆく大国。

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    5.
    「まあ、もしかしたらと思いましてな。総帥になってからすぐ、密かに央北へ飛び、これを回収したんですわ」
     フォコは席を立ち、本棚の奥にあった隠し金庫から、一封の書簡を取り出した。
    「それは?」
    「天帝陛下が先代のやることを容認・黙認すると確約した、密文書です。しっかり先代天帝、ソロン・タイムズのサインと拇印も付いてますで」
    「な……、に?」
     自分の主張をすべて引っくり返すその返答に、コーネリアス卿は固まった。
    「み、見せろ! 見せてくれ!」
    「落ち着いてください。破らないように」
    「あ、ああ」
     フォコからそっと書簡を受け取り、卿は中身を確認する。
    「……な、んと」
    「いくら密約やっちゅうても、狡猾な先代のこと、形に残さへんはずが無い。それが、これです」
    「……」
     コーネリアス卿は書簡をフォコに返し、椅子に座ってぐったりとなる。
    「……現天帝が特に堕落、腐敗したものと思っていたが、先代からそうだったと言うのか」
    「ええ。恐らくはまた、その前からも。でなければ『寄進』がこんなにも常習化しとるわけが無い」
    「だから卿、君は中央政府と敵対する、と言うわけか」
    「もう恐らく、今後何代繰り返しても天帝一族と、その威光を笠に着た中央政府の方々は、同じことをするでしょうな。
     もしも今起こっとる騒動、戦争が終わっても、今の中央政府が残っとったらまた、同じことの繰り返しですわ。
     また供物を無理矢理求められ、また我々央中商人が突っぱね、そしてまた揉める原因となる。僕が巻き込まれ、先々代が餌食にされた先代の騒動は、発生から10年以上経って、ようやく収まりました。
     戦争後、また10年、20年、こんな争いを繰り返したいですか、閣下は?」
    「……確かに、やりたくはない。
     だが、……君の話を聞くに、君は中央政府転覆を企んでいるようにしか聞こえない。まさか、……そのつもりではあるまいな?」
    「そのつもりです」
     フォコにそう返答され、コーネリアス卿は杯をばしゃ、と床に落としてしまった。
    「正気と思えない……! できると思っているのか!?」
    「真っ向勝負であれば不可能です。ですが、今なら勝機はあります」
     卿の落とした杯を拾いながらそう返すフォコに、彼は憮然とした顔をする。
    「勝機? 私の率いた大艦隊が全滅したからか? 兵力が激減したから、勝ち目が出てきたと?」
    「それだけやと、半分ですな。その上に、全滅した大艦隊が生きとると、向こうさんが思っとるからです。
     それに、他にも勝機はあります」
    「例えば?」
    「僕と友人とのツテで、かなりの数の兵隊を世界中から集められます。
     それをけしかければ、流石の中央政府も大慌てになるのんは間違い無いでしょう」
    「その兵と言うのは、どこから?」
    「それは流石に言えません。もしあなたが、中央の軍事機密を明かしてくれるなら、言うてもいいんですが」
    「それは……、言えないな。
     だが卿よ、確かに詳しくは言えないが、中央軍の守りは堅い。地形から言っても、南には山があり、東には崖が多く、上陸には向かない。西と北には港があるが、そこには大規模な軍港、軍事施設が並んでいる。多少の大群を以てしても、到底攻略はできない。
     この守りをどうやって切り抜けるつもりだ? まさか、物量作戦で無理矢理に押し入ろうと言うわけではあるまいな?」
    「それも、言えませんな。
     言うにはコーネリアス閣下、あなたにご協力していただかへんと」
    火紅狐・封臣記 5
    »»  2011.12.26.
    フォコの話、353話目。
    戦争と虐殺の境界。

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    6.
    「協力? ……ああ」
     新たに差し出された盃を受け取るが、卿は口を付けない。
    「軍事機密を、と言うわけか。
     ……協力したいが、私には軍務大臣としての責任がある。簡単に口を割ってしまえば、私には終生、裏切り者の烙印を押されるだろう」
    「烙印を押す人を、消そうとしとるわけですけどな」
    「確実とは言えまい? 君たちが敗北すれば、私の更迭・処刑は確実だ」
    「では閣下、あなたはこのままでいいと?」
     フォコは3杯目に口を付けつつ、説得を続ける。
    「既に我々の計画は動き始めています。あなたの協力が得られなくても、我々は中央政府へ侵攻します。そうなれば、双方の被害は数万、十数万にも上るでしょう。
     その状態で我々が勝ったとしても、被害は甚大。世界に大きな爪痕を残すこととなる。逆に中央政府が勝ったとしても腐敗は残ったまま、いずれ同じ騒ぎが起こるでしょう。
     ですが、あなたに今、協力していただければ、その被害はずっと少ないものになり、かつ、中央政府に勝つ可能性はずっと高まります。
     あなたの協力次第で、この先死ぬ人間の量が変わるんですよ」
    「極論だ。ここで君を叩きのめし、市街にいる兵士を集めて戻れば、中央政府側の優位は盤石なものになる。君たちの側が勝つ可能性は、0に等しくなるだろう」
    「それも、一つの選択です。しかし閣下」
     フォコは立ち上がり、窓を指差した。
    「あなたがそれを選択した場合、少なくともこの街は、消え去ることになるでしょうな」
    「う……」
     この言葉に、コーネリアス卿はうめいた。
    「見て下さい、あの街の灯り。聞いて下さい、人々のざわめきを。
     あなたが帰れば、活気と希望に満ち溢れたこの街は、灰燼(かいじん)に帰すことになる。あなたがこの数週間、慣れ親しんだこの街が、あなたのせいで燃やし尽くされることになる」
     フォコの説得に対し、コーネリアス卿の顔に迷いの色が浮かぶ。
     だが、彼はなおも反論する。
    「そ、それは君の要求を呑んだ場合も同じことだ! どちらにせよ、死者が出るのは避けられん!」
    「その数と内容が大きく、変わるんです。
     閣下、軍務大臣たるあなたなら、分かるでしょう? 兵士が何らかの被害を受け――率直に言えば死ぬのは、国益やら国防やらを鑑みるに、確かに仕方の無い部分もあります。ただ、彼らはその危険を冒すだけの価値があると信じ、また、その価値に見合うものが支払われるから、軍務に就き、兵役をこなし、戦場へ向かうんですわ。
     でもあなたが帰ってしまえば、死ぬのはそんな覚悟も無く、戦火に晒されても何の補償も受けられない平民。戦いたくない、平和に暮らしたいと望む人々。
     その違いは、分かりますな?」
    「む……う」
    「我々が望むのは、あくまで中央政府の転覆と解体。一方で中央政府、いや、天帝さんが望むのは、自分に反逆する者の消滅と死。
     中央政府は決してこの央中地域――央中天帝教を掲げ、天帝と中央政府に供物を渡さない商人の集う、この『狐と狼の世界』を、このまま残そうなどとは考えないでしょう。
     いや、それ以上の悪夢もありえる――今、天帝さんはもはや過去のものとなった幻想、『世界平定』をもう一度、自分の代で成そうとしている節があります。
     閣下も、それはお気付きでしょう?」
    「……確かに」
    「もはや、現在の世界は文明も文化も無い、無明の時代ではありません。
     世界各地で、それぞれが独自に文明や文化を築いている今、『世界平定』――世界すべての文明・文化を一元化するなどと言う試みは、もはや害悪そのもの。
     無理矢理に、実力を行使してでも成そうとするならば、その犠牲は決して小さいものにはなりませんでしょうな。
     もう一度お願いします、ジョージ・コーネリアス閣下。あなたの協力があれば、この央中は焼かれずに済みます。
     そして、世界中で平和に暮らす皆が、無意味な戦火に晒されることも無い。最小限の犠牲で、この世界にはびこる腐敗が取り除かれるんです。
     どうか、我々にご協力を」
    火紅狐・封臣記 6
    »»  2011.12.27.
    フォコの話、354話目。
    大国崩壊の序曲。

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    7.
     コーネリアス卿はしばらく黙っていたが、不意に杯を振り上げ、酒を一気に飲み込んだ。
    「……げほ、げほっ」
    「閣下、大丈夫ですか?」
    「ああ、……げほっ、大丈夫だ。
     極めて苦渋の決断と言わざるを得ない。私は生粋の、央北天帝教信者だ。愚君といえども、現人神と崇められる陛下には、忠誠を誓っている。それに軍務大臣と言う、極めて重大な責任を担う要職にも就いている。
     君の要求を呑めば、私は今世紀最大の裏切り者となるだろうな」
    「それは無いですわ。そんなん言うたら、閣下と僕、それぞれの先代の方が、最悪の裏切り者ですて」
    「はは……、それもそうか。……ニコル卿、要求を呑むにあたって、いくつか願いを聞いてもらいたい」
    「何なりと」
    「陛下に弓引く以上、央北天帝教の教徒ではいられない。明日にでも、央中天帝教に改宗したい。できるだろうか?」
    「ええ、手配しときましょ」
    「それと、クロスセントラルに残した家族が気がかりだ。私が裏切ったことを知れば、陛下は決して家族を生かそうとしないだろう」
    「それも手配しましょ。安全にこちらに来させるよう、すぐに手を回しときます」
    「それから、街にいる兵士たちも皆、こちらに住まわせてはもらえないだろうか。帰すわけにもいかんし、そうなれば職を失うことになるからな」
    「勿論。既に皆さんの方には話をしとるところです」
     それを聞いて、卿は目を丸くした。
    「そ、そうなのか?」
    「勅令で来たとは言え、沈没騒ぎで士気がだだ下がりでしたからな。向こうの方から、『こっちに住まわしてもらえへんやろか』と」
    「……なんだ、まったく。それならそうと、言ってくれればいいのに」
    「流石に『大臣』には言われへんでしょう。……ま、明日なら皆、気軽に報告してくるでしょうな」
    「明日、か。……大変な夜明けが来るな」
    「もう夜も更けてきましたし、酒も大分回ってきました。今日はもう、ゆっくりお休みください」
    「そうさせてもらおう」



     コーネリアス卿の協力により、フォコたちの側は強力なアドバンテージを2つ手に入れることができた。

     一つは、中央軍を事実上、足止めしたこと。央南攻略に傾注し、大艦隊を差し向けて侵攻している(と中央軍側は思っている)ため、他地域への攻略は後回しとなっている。
     逆の見方をすれば、差し当たって央中や央南に、中央軍が攻めてくることは無い。フォコたちからすれば、何の妨害も受けることなく、悠々と攻撃の準備を整えることが可能になったのである。

     そしてもう一つは、中央軍の陣容が丸裸になったこと。中央軍のトップ、軍務大臣のコーネリアス卿からの情報提供により、現在の中央軍の兵力および装備はすべて把握できた。
     それによれば中央軍の兵力は約10万、うち2万5千が央南制圧に乗り出し、その7割がゴールドコーストに納められている。
     また、残りの7万5千も、その約半数が中央政府の首都、クロスセントラルとその近郊の防衛に当たっており、残る4万弱は央北の各主要都市に散らばっているとのことだった。
    (なお双月暦4世紀のこの時代、中央軍には陸軍・海軍の区別は無い。兵士のほとんどが、水陸両用に扱われている)

     情報を伝え終えたところで、コーネリアス卿は改めて、フォコにこう尋ねた。
    「ニコル卿、これで私の方から伝えることは以上だ。
     そろそろ、君の方の『機密情報』を教えてもらいたい」
    「ええ。……と言いたいところですが、この話をするには、僕より適任がいてます」
    「と言うと?」
    「この大反乱、中央政府攻略を計画した当人。ランド・ファスタ卿です」
    「なんと、ファスタ卿が首謀者だったのか……! なるほど、中央から逐電した後、行方知れずと聞いてはいたが、まさかこんなことを考えていたとは」
    「彼なりに正義・大義とは何かを考えた結果ですわ。
     そろそろ、こちらに着く頃です」
     と、そう伝えたところで――。
    「待たせたな」
     部屋の隅に、いきなり大火とランドが現れた。
    「おわっ!? ……な、何だこれは、ニコル卿!? いきなり人が……!」
    「あの黒い人が、そう言う術を持ってはるんですわ。
     さて、と。早速ですけども、作戦会議の方、しましょか」
     フォコはにっこりと笑いながら、部屋のカーテンを引いた。

    火紅狐・封臣記 終
    火紅狐・封臣記 7
    »»  2011.12.28.
    フォコの話、355話目。
    聖地襲撃。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     これまで、何度も論じてきたことであるが――央北は、「天帝と政治の世界」である。

     政治の世界、とそう呼ばれる所以は、容易に想像が付くであろう。
     言うまでも無く、世界政治の中枢であり、世界全域の舵取りを担う、途方もなく強い権力を持つ組織――中央大陸全域の統治府、通称「中央政府」が、この地を本拠としているからである。
     では一方で、天帝の世界とも呼ばれるのは、何故か? これもこの世界に住まう人間であれば、想像は容易なことだ。
     中央政府と同様に、天帝一族もまた、この地を本拠としているからである。

     天帝一族がこの地を本拠とする、その代表例の一つは、前述の通り、中央政府の存在である。天帝がすべての権力と責務を負い、その頂点に君臨しているのだ。
     ちょっとした弾みや、ほんの気紛れででも――比喩ではなく――世界の命運を大きく揺さぶり、変えてしまうほどの権力と、実行力を持つ。だからこそ現人神と言う、いささか胡散臭い触れ込みが与える印象以上の畏敬の念を持って、民衆から崇め奉られているのだ。
     だがもう一つ、この地を「天帝の世界」と言わしめる所以がある。そちらは中央政府ほどの存在感は無いが、それでも央北天帝教信者にとっては、二つとない聖地として崇められているものだ。
     それが、代々の天帝を祀る大霊殿――天帝廟(てんていびょう)である。



     日々、権謀術数が渦巻く首都、クロスセントラルとは違い、この地は概ね、平和だった。
     央北圏内に、天帝一族の墓を暴こうなどと言う不届き者はまず、いないからである。
    「ふあ、あ……、東側正門、異常ありません」
    「同じく、北側本殿前、異常なしっス」
    「南側広場、異常なーし」
     天帝の墓と言うことで、こちらも一応、中央軍の警備管内ではある。しかし前述の通り、ここを襲おうと言う不敬な人間は、少なくとも央北地域内にはいない。
     廟の警備に就く兵士は皆、緊張感の欠片もなかった。
    「……?」
     が、その日は何かがおかしかった。
    「西側、祭祀(さいし)港の担当は?」
    「あれ?」
    「いないっスね」
    「寝てるのかな」
     普段から平和なだけに、こんな会話も飛び出してしまうのだが、それでもやはり、不安視する者もいなくはない。
    「何かあったかもしれないっスね?」
    「何かって何だよ? 泥棒でも入ったか?」
    「んなわけ、……まあ、無いとは思うが」
    「一応、見に行きましょうか」
     いつまで経っても現れない見回り担当をいぶかしんだ他の兵士たちは、その担当場所、天帝廟の西側にある祭祀港へ向かうことにした。

     祭祀港とは、天帝廟における儀式や祭事で使用される、小さめの港である。そのため、本来は一般的な港のように、船の出入りは無い。
     ところがその日は、沖から侵入した黒い船が一隻、港に泊まっていた。
    「むぐ、ぐ……っ」
     その船のマストに、ここの巡回を行っていたた兵士たちが縄と猿ぐつわで縛られ、固められていた。
    「むぐ、むぐっ」
     そのうちの一名が、もごもごと何かをわめき出したため、船の縁に腰かけていた、黒ずくめの長耳が顔を向けた。
    「何だ?」
     猿ぐつわを外してやると、途端にその兵士は怒鳴り付けてきた。
    「こんなことをして、ただでは済まんぞ! こんな、こんなっ……、こんな畏れ多いことを!」
    「……知るか」
     その長耳は、ちゃら、と何かを兵士の前に差し出した。
    「なんだ、それは……?」
    「九つの金属板で造られたロタのお守り、『ロタ・デラ・フォルティッサ』だ。まあ、央北天帝教が唯一の信仰だと信じて疑わないお前らには、何のことか分かるまいが」
    「ろ……、た?」
     きょとんとした兵士に、長耳は「ああ」と声を上げた。
    「こっちじゃロータス(lotus)、蓮のことだ。『向こう』では、ロタ(lota)って言うらしい。
     まだ俺たちは、あっちに帰依してから日が浅いが、向こうは良くしてくれる。決して、『信仰と供物を寄越せ寄越せ』なんてゴリ押しなんかしない」
    「あっち? 向こう? ……何のことなんだ?」
     相手の反応を見た長耳は肩をすくめ、そのまま背を向けた。
    「おい、答えろよ! お前ら一体、どこの、誰なんだよ!?」
    「分からない、なんてのは傲慢だな、つくづく」
     長耳はチラ、と顔を向け、忌々しげにつぶやいた。
    「お前らの上にいる現人神様が認めようとしない、存在すら許そうとしない。
     俺たちはそんな神様の使いだよ」
    火紅狐・囲陸記 1
    »»  2012.01.02.
    フォコの話、356話目。
    宗教テロの檄文。

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    2.
     港の異変に気付き、天帝廟を守る兵士たちは騒然としていた。
    「あの黒い船は……!?」
    「分からん。少なくとも、友好的なものでは無い」
     その兵士の言う通り、船の甲板には縄で縛られた同僚の姿が見えている。
    「ど、どうする? 助けないといけないよな」
    「そりゃあそうだが、……しかし」
     船の周辺には、黒衣を着た者たちが、武器を手に巡回を行っている。その数は今ここに居る兵士よりも多く、その上実戦経験に乏しい彼らが、同僚の救出や港の奪還を行えるとは、到底思えなかった。
    「一旦兵舎に戻って、応援を呼ぼう」
    「それが……」
     いい、と言おうとして、兵士は硬直した。
    「その兵舎ってのは、どこだ? 落としておかなきゃな」
    「あ……う……」
     いつの間にか現れた黒ずくめの狼獣人が、その兵士の首にナイフを当てていたからだ。
    「安心しな。あんたらが騒いだり抵抗したりしなきゃ、殺したりなんかしねえよ」
    「……」
     そこにいた兵士は、無言でコクコクとうなずいた。

     結局――黒衣の兵士たちが上陸してから2時間余りで、天帝廟は制圧されてしまった。
     天帝廟を完全に制圧・占拠した彼らは兵士の一人を解放し、一通の書簡を持たせた。
    「いいか、これをしっかり天帝陛下……、いや、オーヴェル・タイムズ帝に送り届けてくれ」
     黒衣の兵士はそれだけ言って兵士を廟の敷地内から追い出し、その門を堅く閉ざした。
    「……大変な……ことになった」
     書簡を持たされた兵士は青ざめた顔で、首都のクロスセントラルまで一人、とぼとぼと向かう羽目になった。



    「央北天帝教教皇 兼 中央政府天帝 オーヴェル・タイムズへ告ぐ
     天帝廟は 我々『央中の黒い蓮』が占拠した

     我々は 貴君らが長年その存在を否定してきた 央中天帝教の信徒である
     だが 一部の者は 央北天帝教から 宗旨替えをした者たちである
     これまで貴君と その臣下たちは かつて貴君の教下にあったその者たちに
     散々! 捻じ曲がった教義を押し付けて 蹂躙し!
     散々! おおよそ信仰とは無縁な供物を差し出すよう要求し 搾取してきた!

     これが神のすることであろうか? 否!
     高邁にして高潔たる 神聖な神のすることでは 断じて無い!
     そう思ったからこそ 彼らは我々の元に帰依したのである

     だが貴君は こんなことでは我々を認めようなどとは 決して思わないだろう
     そこで我々は 央北天帝教に対し 天誅を 下すことにした!

     現在 天帝廟は我々の支配下にある
     そこにいた 中央軍の兵士共々 無傷で返して欲しければ
     以下の要求を 速やかに受諾せよ

     1、央中天帝教の存在を公式に認め 今後永年に渡り 政治的、軍事的、そして文化的迫害をしないと宣言すること
     2、央中全域に対し 今後永年に渡り 一切の政治的、軍事的、そして文化的介入をしないと宣言すること
     3、この100年余の間受け続けてきた迫害に対し 中央政府として正式に 謝罪と賠償を行うこと
     3補、賠償に関しては 1000億クラム あるいは 上述の金額に相当する物品を提供すること
     4、特に悪政、悪習極まるは 貴君の時代におけるものである よって 貴君の退位を可及的速やかに執り行い 天帝の座を 永久に退くこと

     この要求が履行され次第 我々は平和的に 天帝廟から撤退することを確約する
     ただし 要求が2ヶ月待っても履行されない あるいは 要求を却下された場合
     中央軍の兵士諸共 天帝廟は爆破、破壊する

     極めて重々に 真剣に 考慮されたし

    央中の黒い蓮 代表 R・F」



     その書簡が中央政府に届けられたのは、それから1週間が経ってからだった。
    「な……ん……じゃと……ッ」
     当然、オーヴェル帝はこの内容に激怒した。
    「何と言う恥知らず、愚か者、不敬の輩かッ!
     事もあろうに朕の、我々一族の霊場を穢すとは……ッ! しかも1000億クラムと、朕の退位の要求じゃと!?
     馬鹿者めが! そんなふざけた要求なぞ、到底呑めるかッ!」
     いきり立つ天帝を、側近の官僚たちは慌てて鎮めようとした。
    「お、落ち着いてください、陛下!」
    「これが落ち着いてなどいられるか! 即刻、皆殺しじゃ! そのような者共、中央軍の全力を以て血祭りに挙げてくれる!」
    「し、しかし今、軍務大臣のコーネリアス卿は不在であります! 彼の許可無しに軍を勝手に動かしては……」「動かしては、なんじゃ!? 朕は世界の帝なるぞ! であれば彼奴の軍は朕の軍、どう動かそうと勝手ではないか!」
     鎮めようとした側近を突き飛ばし、オーヴェル帝は中央軍の本営である軍務院へと向かった。
    「……行ってしまわれた」
    「これは……、とんでもない事態になるかも知れんな」
     残された官僚たちは、揃って頭を抱えた。
    火紅狐・囲陸記 2
    »»  2012.01.03.
    フォコの話、357話目。
    囲まれた大陸北部。

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    3.
     ドカドカと乱暴な足音を立てて執務室に入ってきたオーヴェル帝を見て、軍務大臣を代行していた長耳の、ダグラス・ジョーンズ中将は慌てて立ち上がり、敬礼した。
    「こ、これは天帝陛下! 如何なされました、そんなにお顔を真っ赤にされて……」「兵を出せッ! 何としてでも不埒な賊共を皆殺しにするのじゃッ!」「な、何を?」
     突然の出動要請に目を白黒させながらも、中将はオーヴェル帝をなだめ、天帝廟が占拠されたことを聞き出した。
    「……なんと」
    「このまま朕の血筋を虚仮にされて、黙ってなぞいられんわ!」
    「それは、……確かにそうです。私も正当な天帝教の信徒ですし、聖地を穢されて黙っているわけには行きません」
    「うむ、よう言った! では早速、大連隊を……」
     顔をほころばせ、出動を命じかけたオーヴェル帝に、中将は苦い顔をして返した。
    「ですが、……今、……本当に今し方、緊急配備の要請が……」
    「緊急!? 聖域を占拠される以上の緊急事態が、あると言うのか!?」
    「……如何に陛下とて、四肢を引きちぎられるのと、目の前で経典を焼かれるのとでは、前者を忌避するものと存じますが」
    「……どう言う意味じゃ?」
     けげんな顔をしたオーヴェル帝に、中将は机の上に広げられていた央北の地図を指し示した。
    「今朝早く、ノースポートとウエストポート、それぞれ50キロ程度離れた洋上にて、大艦隊が陣取っているのが確認されたと、『頭巾通信』により伝えられました。
     彼らも『央中の黒い蓮』を名乗り、現在、両港の出入りを封鎖しています。陛下の要請が無ければ、今すぐにでも軍の出動を命じていたところでした」
    「ノースポートとウエストポートも、占拠されておると言うのか!?」
     信じられないと言う顔を向けたオーヴェル帝に、中将は小さく首を振る。
    「いえ、厳密には港ではなく、海上を封鎖されているのです。
     港に上陸されれば、間違いなく両軍で多数の犠牲者が出るでしょう。相手はそれを嫌っているようです」
    「あくまでも『平和的に』か。……偽善者め」
    「とは言え、実質的には港が封鎖されたも同然。船の出入りができない以上、港は海に突き出た、半端な橋でしかありません。
     このまま封鎖が続けば――まあ、これに関しては財務大臣にお聞きいただいた方が正確でしょうが――央北における貿易は完全にストップし、深刻な経済不安が起こるでしょう」
    「ならば即刻出動し、駆逐すれば良いではないか。その上で天帝廟に……」「いいえ、陛下」
     中将はさらに苦い顔を見せ、今度は大きく首を振った。
    「ノースポートも、ウエストポートも、軍事的に見て重要な拠点です。何しろ崖の多い央北、大きな港が造れる場所は、そこしか無いのですから。
     それだけに、配備されている兵力も少なくは無いのです。数で言えば、常時8千人規模で警備をしております。
     そこから『もっと増援を』、と呼びかけられているのです。どれだけの敵艦が集まっているか、ご想像いただきたい」
    「……倍にするとして、各々8千ずつか。であれば計、1万6千。それに相当する数の、敵艦の数は……」
    「1隻辺り500人が乗り込むと考えて、おおよそ、30隻。対する我々は、コーネリアス卿が40隻を率いて向かっている今、彼らに対抗できるクラスの軍艦は、合計10隻ほどにしか」
    「30対10、……か」
    「乗り込める限度は600名まで。それを考えると、我々が送り出せる兵力は6千までとなり、これでは到底、駆逐などできるはずも……」
    「何を気弱な! であればコーネリアス卿を呼び戻し、港と沖とで挟み撃ちにすれば良いではないか!」
    「ええ、私もその方法を執るつもりです。
     ですが、陛下。その間、陛下が命じられた天帝廟への派兵は、実行するにかなり厳しいものになります。各地を警備する兵士の中から、既に港奪還へ向けて動いている者が、約1万5千名。
     この上で天帝廟へも兵を割くとなると、各都市の警備が疎かになってしまいます。この状況で、南からも攻め込まれれば……」
    「危うい、と言うわけか。
     じゃが、このまま天帝廟が奸賊の手に落ちたままには、到底しておけぬ。このまま放っておけば、朕と天帝教の権威は、大きく損なわれるであろう。
     多少の危険はあろうとも、朕が許そう。即刻、兵を向けよ」
    「……御意」



     勅命を受けたジョーンズ中将はこの時、言い知れぬ不安を感じていた。
     前軍務大臣バーミー卿の処刑。新たな軍務大臣コーネリアス卿の、就任早々の不在。そして謎の過激派宗教組織からの襲撃。
     あまりにも不安的、かつ緊急的な要素が重なり合っていくこの状況に、中将はさらに悪いことが起こりそうな予感を覚えていた。

     そしてその予感はさらに1週間後、現実のものとなった。
    火紅狐・囲陸記 3
    »»  2012.01.04.
    フォコの話、358話目。
    黒い蓮の作戦会議。

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    4.
     ノースポートとウエストポート、そして天帝廟に現れた「黒い蓮」を迎撃、撃退しようと、多数の兵士が央北各都市からかき集められ、行軍しているその最中。
     軍務大臣代行のジョーンズ中将の元に、さらなる凶報が届けられた。

    「ばっ……、馬鹿な! ウォールロックからもだと!?」
     新たに4ヶ所目――央北と央中とを隔てるウォールロック山脈からも「黒い蓮」の襲撃を受けたと、報告が入ったのだ。
    「……周辺の兵士を向かわせろ。防衛状況がスカスカな今、何としてでも侵入させるわけにはいかん!」
     青ざめた顔でそう命じ、中将はがくりと椅子に座り込み、机にもたれかかった。
    「恐れていたことが現実となったか……!
     早くコーネリアス卿が戻ってこなければ、……まさかの事態もありえる」



    《とにかく今現在、4ヶ所からその『黒い蓮』と言う組織に攻められている状態です! これはもしかすると、二天戦争以来の大規模な軍事衝突になるかも知れません!
     できる限り早急に、帰還を要請します!》
    「ああ、うむ。だがこちらとしても、急いではいるのだが、生憎の時化でな。下手に進めば大艦隊といえども、難破する恐れがある。
     もうしばらく、持ちこたえてくれ」
    《了解であります! お早いお帰りを、お待ちしております!》
     通信が切れたところで、コーネリアス卿は苦笑した。
    「……私はひどい男だな。信じて待つ部下を、こうして騙し続けているのだから」
    「しゃあないです。無益な血を流すよりはマシでしょう」
     コーネリアス卿は「頭巾」を解きつつ、円卓に貼られた世界地図を一瞥した。
    「ノースポートとウエストポートの両港、天帝廟、そして新たにウォールロック山脈。央北へ至る4ヶ所を、これで封鎖したわけか。
     さらには同時多発的に襲撃を受けたため、各地の警備は脆くなっている。今ここで央北内に侵入できれば、あの超大国、中央政府をねじ伏せることも、不可能ではない。
     なるほど、ニコル卿、ファスタ卿。勝算が仄見えてきたな」
    「ええ。しかし問題が無いわけでもありません」
     ランドは地図上に置いてある軍艦の駒を、すい、と棒で動かす。
    「両港を大軍勢をけしかけて海上封鎖している、と見せかけているだけですからね。実際のところ、両港に向かわせた30隻のうち3分の2は、ハリボテも同然ですし。
     今はコーネリアス艦隊が来ると信じ、待機状態にありますが、もしこれが待ち切れない、自分たちだけで戦おう、と覚悟を決められてしまうと……」
    「恐らく用意されているのは、港に残る10隻すべてだろう。10対10となると、脅しも効かん。駆逐される危険は高い」
    「ウォールロック山脈からの部隊にしても、山越えですからね。あまり長重な装備はさせられないですし、封鎖はできても戦力と考えてはいけない」
    「では、天帝廟から本隊を送り込むわけか」
     そう尋ねたコーネリアス卿に、ランドはふるふると首を振る。
    「いいえ。あそこから首都までは隘路(あいろ――崖などに囲まれた細長く狭い道)が多く、下手に兵を進めると一網打尽の危険もあります。ここへは敵を誘導するとしても、こちらが進むのは危険です」
    「……? では、どこから攻め込むつもりだ?」
     ランドは棒の先をトン、と地図上のとある地点に置いた。
    「ここから進みます」
    「何? ……卿、これはどう言う意味だ?」
     指示棒は央北東部の街――イーストフィールドを指し示していた。
    「……卿?」
    「はい」
    「存じているはずだが」
    「何をでしょう」
    「央北には、崖が多い。それも女子供が飛び込めるようなものでは無い、洗濯板やおろし金の如き断崖絶壁だ。
     イーストフィールドとて、環境は同じはずだ。到底、軍艦など泊められるものでは無い。よしんば、沖へ停泊して小型舟艇で乗り込むにしても、一度に十数名が限度。まともに戦える数を送り込むのに何日、いや、何週間かかるか……!」
    「ええ、今から送れば間に合わないでしょうね」
    「ならば何故!?」
    「ですから」
     ランドはそこで、ニヤッと笑って見せた。
    「今から仕掛けるわけではないんです。
     もうこの策は随分前、昨年から仕掛けているんですよ」
    火紅狐・囲陸記 4
    »»  2012.01.05.
    フォコの話、359話目。
    打ちこまれた杭。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     央北封鎖の半年前、オークボックスにて。
    「あんたがネールの刀自さんの、息子さんかい」
    「ええ、ランド・ファスタと申します」
     ランドはフォコと大火を伴い、あの大親分、ヨセフ・トランプ翁と面会していた。
    「……あの姐御さんとは、似ても似つかねえな。ひょろっちくて、ドンと押したら窓の外までブッ飛びそうな体つきしてやがらぁ」
    「血はつながってないんです。父の再婚相手なので」
    「ほう、そうかい。……ま、本題に入ろうか、お兄ちゃんよ。
     俺に頼みてえことってのは、一体なんだ?」
     ランドは脇に抱えていた地図を広げ、翁に見せる。
    「ん? こりゃウチの街、……だったところだな」
    「ええ、その通り。イーストフィールドの地図です」
    「こいつが、何だって?」
    「あなたは元々ここの大地主であり、この周辺の地理についても非常に詳しいと存じます」
     ランドの堅い言い回しに顔をしかめつつ、トランプ翁はうなずく。
    「ああ、まあな。どこの畑に何が植わってるだとか、どこの通りに誰が店を出してるかとか、それくらいは今でもソラで言えるぜ」
    「では、お聞きしますが――この街では、小規模ながら海産物や塩を売っていますよね?」
    「お? まあ、確かに売っちゃいるが、……本当に小規模だぞ。街の外にゃ卸してないからな。余所者のお前さんが、どうしてそれを?」
     ランドの代わりに、フォコが答える。
    「僕がエンターゲート氏の有していた全権利を継承しとるからです。イーストフィールドについての利権も、僕のもんですし」
    「なるほど、そんなら商売事も知ってておかしくはねぇな。で、その塩だの魚だのが、一体どうしたって?」
    「余所者の僕が知る限り、イーストフィールドは崖近くにある街です。製塩所はともかくとして、港や釣り場があるとは、聞いたことが無いのですが」
    「ああ、なるほどな」
     そう問われ、トランプ翁はニヤニヤとした顔でうなずいた。
    「確かにあるっちゃ、ある。街の奴らが半ば趣味や道楽で使う、ちっちぇえ漁場はな。
     ただ、ちっとばかし入り組んでっから、改装してちゃんとした港にするってなると、バカみてえな金がかかるし、酪農だの牧畜だので生活はできてっから、んなもんを無理に造る必要も無え。
     だもんで、そのまんまにしてあるってわけよ」
    「では、資金的・技術的問題がクリアできれば、港の造成は可能と言うことですね?」
    「おう。……ニコル卿、まさかあんた、あそこに港を造るつもりなのか?」
     けげんな顔をしたトランプ翁に、フォコはうなずいて見せた。
    「ええ、それでできれば翁にも、現地に同行していただいて、住民の皆さんの説得に協力していただければ、と思てたんですけども、よろしいでしょか?」
    「説得? んなもん、俺がいなくても賛成するさ。元々央北にゃろくな港が無えし、できるってんならできるで、喜ぶ奴もいるだろうしな」
    「あー、と」
     そこでランドが、申し訳なさそうに手を挙げた。
    「造成もなんですが、もう一つ、お願いしたいことがありまして」
    「もう一つ……?」
    「ええ。少しの間、家を離れてもらいたいんです」
    「誰にだ?」
    「全員です。イーストフィールドの住民全員を、央中の方へ一時、転居させたいんです」
    「なっ、……んだってぇ?」
     流石のトランプ翁も、この要請には面食らった。



     一連の交渉には多少、難航したものの、ランドの計画は結局、全面的に推し進められることとなった。
     そして314年現在、イーストフィールドには――。
    「……準備は万全だね。街の住民が丸ごと敵兵とすり替わっているだなんて、思いもよらないだろうな」
    「流石は『千里眼鏡』のファスタ卿、……っちゅうところですな」
    「まあ、そうなるのかな」
     ランドは眼鏡に手をやり、フォコに尋ねた。
    「その、……二つ名、って言えばいいのかな。それ、誰が付けたんだろうね」
    「僕が聞いたんは、イールさんからですわ。広めたんも多分、イールさんでしょうな」
    「イールか……。恥ずかしいなぁ、なんか。
     ま、……とにかく、これでこちら側の準備は整った。それも、考えうる最良の状態で」
    「ですな。兵隊さんの数も、4、5千くらい集まってくれれば上等と思てたところで、なんと2万近くも集まってくれはりましたからな。
     加えて、この街は元々、ウチの先代が自治権やら自衛権やら中央政府から買うとったおかげで、半ば独立都市扱いで放っとかれとりましたからな。それに加えて、あちこちからの襲撃でてんやわんやになっとる今、この街は完全にノーマーク、構ってられへんっちゅう状態。
     ここから急襲すれば、世界最強と謳われる中央軍も……」
    「勝算は高い。
     ……ついに、機は熟したと、言うべきかな。いよいよこの、連綿と続いていた戦いは、最終局面に突入する」
     ランドはどこか感慨深げに、そうつぶやいた。

    火紅狐・囲陸記 終
    火紅狐・囲陸記 5
    »»  2012.01.06.
    フォコの話、360話目。
    3世紀ぶりの衝撃。

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    1.
     央北を囲むような4方向からの強襲を受け、中央政府は混乱していた。

     対応は後手後手に回り、また、海上方面からの援軍をたのみにし、外周防衛を重視した戦略のために、央北内、即ち中央政府の直轄領内の防衛は、スカスカなものとなっていた。
     特に普段より兵の数が減っていたのは、他ならぬ首都、クロスセントラルである。通常ならば中央軍の3分の1に当たる、3万5千もの兵士が寄せられているのだが、前述の防衛のためにその4分の3が駆り出され、現在の兵力は1万を割っていた。
     平時ならば休暇中にあるはずの兵士までも、その大部分が央北外周部に動員され、大規模に建てられた兵舎には、今はまばらにしか兵士の姿は無かった。



    「へへ、今のうち今のうち……」
     名高い中央軍の兵士といえども、その質はピンからキリまである。
     純粋に、中央政府を思って精勤する兵士もいれば、単に金や兵士としての職権目当てに所属する者もいるし、その中でもさらに、隙あらば同僚の金や私物を盗もうとする小悪党もいる。
     空室だらけになった兵舎に忍び込んだこの兵士もまた、そんな愚者の一人だった。
    「……よし、空いた! へへ、そりゃあ兵卒にかける金なんか無いってのは分かるがよ、安普請もほどほどにしないとなぁ。こーやってコソ泥の餌食になるってもんだぜ、まったく。
     ……って俺が言うことじゃないよねー」
     同僚の部屋に忍び込んだ彼は、ニヤニヤと笑いつつ、猫耳と尻尾をピコピコと揺らしながら物色を始めた。

     と――。
    「おい、お前!」「ひゃあっ!?」
     扉が開いているのを不思議に思ったのだろう――外にいた将校が、部屋の中にいた彼に向かって怒鳴りつけた。
    「そこで何をしている!? ……ん!?」
     明らかにこじ開けられた形跡のある、傷だらけになったドアノブを見て、将校は怒りに満ちた目を向けた。
    「お前、まさか……!」
    「す、すいませんすいません! 出来心ですうっかりですついなんです! マジ勘弁してください本当にすいません!」
     その場で土下座し、平謝りする兵士に、将校は怒りでガチガチと歯を震わせ、にらみつけていたが――無理矢理に咳込み、冷静ぶった態度を執った。
    「……ん、んん、ごほんッ! く……、まあ、……まあいい! それどころではないのだ!
     お前も早く来い! 東大外門だ!」
    「……へ?」
     てっきり処罰が言い渡されるものと思っていた兵士は、きょとんとした顔を将校に向ける。
    「え、あの? いいんですか?」
    「……本来ならば厳罰ものだが、今はそんなことを言っている場合ではないのだ!」
    「えっと……? 前に広報のあった、ノースポートとかに敵艦がってヤツですか?」
    「そんなことで、どうして東側へ集める!? もっと直接的な、緊急事態だ!」
    「ちょくせつてきなきんきゅーじたい?」
     ぽかんとした兵士の襟元を、将校はぐい、とつかんで無理矢理立たせた。
    「敵襲だ! 突如東側より、敵と思われる集団が多数、押し寄せてきているのだ!」
    「敵って、……この、クロスセントラルにですか!?」



     彼が驚いたのも、無理はない。
     央北、つまり中央政府の領地内に敵が侵入したことは、かつて古代に起こった戦争以来、実に約300年、3世紀ぶりのことだったからだ。
     それどころか首都に攻め入られたことなど、有史以来一度も無く、誰も想像すらしないような事態なのである。



    「既に門前、10キロ地点にまで到達しているとの情報を受けている!
     今現在、我々部隊長、班長クラスの人間が兵舎や各持ち場を回り、兵士と物資をかき集め、応戦に備えている最中だ。
     ……勿論、我らが中央軍が負けることなど無い、いや、あってはならんのだ! 何としてでも東大外門で奴らを食い止め、この世界を守らねばならん!」
     将校の言葉に、兵士は違和感を覚えた。
    「……あの、こんな時に何なんっスけど」
    「なんだ!?」
    「……いや、何でもないっス。じゃあ、その、……向かいます」
     その場から離れようとした兵士の襟を、将校がもう一度掴む。
    「待て」
    「な、何でしょう」
    「コソ泥を企てたお前のことだ、逃げようとするかも知れん。私と一緒に来い」
    「……へーいへい」
    火紅狐・黒蓮記 1
    »»  2012.01.08.
    フォコの話、361話目。
    ランドの扇動演説。

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    2.
     イーストフィールドを出発した2万余の軍――ランドが「央中の黒い蓮」と名付けた大部隊は、何の妨害も受けることなく、中央政府の首都、クロスセントラルを目前にしていた。
    「こんなにすんなり進めるとは、驚きましたわ」
     そうつぶやいたフォコに、隣に立つランドはニコニコと笑みを向ける。
    「恐らくだけど、非常に時期が良かったんだと思う。
     元々、港町や山岳地帯へ兵が向けられ、内部の守りが緩くなった時を狙う作戦だったけど、最もいいタイミングをつかめたんだろうね」
    「最もいい、っちゅうと?」
    「どの派兵も丁度、目的地に到着する前後くらい、かな。
     首都からは遠く離れてしまい、戻ろうにも数日を要する。これがもうちょっと早ければ、僕たちはとっくに引き返してきた軍に襲撃されてただろうし、もうちょっと遅かったら、企みを看破される恐れもあった。
     それにもう一つ、僕たちにとって有利に働いたことがある」
     ランドは単眼鏡で首都の様子を伺いつつ、話を続ける。
    「コーネリアス卿の試算によれば、今現在、クロスセントラルに駐留している兵士の数は、1万を切ってるそうだよ」
    「そんなに少ないんですか?」
    「コーネリアス卿の部下、……いや、元部下からの報告によれば、泡を食った天帝が、何としてでも央北内に侵入させないために、各都市への派兵をかなり多めにするよう命じたらしい。
     でも、兵士の数は有限だ。別のところに寄せた分、内部はかなりスカスカになってしまった。そのために、2万対1万なんて言う、非常に有利な展開に持って行くことができた」
    「でもランド」
     と、この行軍に加わっていたイールが手を挙げる。
    「コレから行くの、敵の本拠地なのよ? 流石に守りを固めてると思うんだけど……」
    「そうさ。確かに守りを固めてる。
     だけどそれは、ノースポートやウォールロック峠と言った玄関口、外との境界に限ってのことさ。『外』からの侵入を許さないために、中央軍の外堀は非常に深く、広い。だけど彼らは、『中』からの反発を想定してはいなかった。
     確かにこの300年、央北の人々は天帝のやることに異議を唱えなかったし、反抗もしなかった。『神に逆らうことなど、決してあってはならぬ』と、徹底的に教え込まれていたからさ。
     だから、『中』の守りはそれほど堅いものでは無い。この央北において、自分に牙をむいてくるような人間はいない――と、彼らもまた、信じていたからさ」
     ランドは単眼鏡をしまい、「黒い蓮」たちに命じた。
    「砲兵部隊、前へ! 目標、東大外門!」
    「了解!」
     ゴトゴトと音を立て、大砲がゆっくりと、しかし威圧感を持って、門の方へと向きを変える。
    「構え! ……そのまま、待機!」
     ランドの指示に、兵士たちは忠実に従う。右手に燐寸を、左手に大砲へとつながる導火線を持ったまま、ピタリと静止する。
    「……みんな」
     と、ランドが全軍の方へ振り向き、彼らを静かに見据えた。
    「この戦いには、2つの意義がある。
     一つは、世界に戦火を広げようとする中央政府の横暴を、もう一つは、絶対的教義であると、唯一信仰すべしと教え込まれた央北天帝教の横暴を、それぞれ、懲らしめるためだ。
     だけど、……しかし、同時にそれは、この世界を揺るがす、あるいは、破壊することにもなる。この300年、この二つの月に見守られた世界、『双月の世界』の進歩と調和は、中央政府と天帝教の力によるものだったからだ。
     ……だけども、……みんな」
     ランドは眼鏡を外し、裸眼になった顔を向ける。
    「どんなものにも、老いはやってくるものだ。
     使い慣れた剣も、やがては折れる。座り心地のいい椅子も、いつかは壊れる。そしてどんな名君、素晴らしき都も、いつかは死に、滅び去るものだ。
     かつて世界の中心、僕たちの指導者となってきたあの真っ白な城、ドミニオン城は、もはや見た目通りの、白亜の城じゃなくなった。あの中はもう、絶え間なく続く権力闘争で手垢が付いて黒ずみ、その上に愚君の出現によって、いよいよ最悪の局面へと進もうとしている。
     このまま腐りゆき、毒をまき散らす彼らに対し、僕たちはもはや、追従することはできない。信用も信頼も、できはしない。……だから」
     ランドはもう一度門を向き、眼鏡をかけ、諸手を挙げて号令を発した。
    「これ以上の災禍が起きる前に、僕たちが引導を渡し、終わらせなくちゃならないんだッ! それは正に、今、ここでだ!
     砲兵部隊、全員点火ッ! 目標に向け、全力で攻撃せよッ!」
     号令と共に、部隊の全前面からぢりぢりとした音が聞こえてくる。
    「撃てえええぇーッ!」
     ランドの怒声が一瞬響き渡り、そしてそれは、いくつもの炸裂音によってかき消された。
    火紅狐・黒蓮記 2
    »»  2012.01.09.
    フォコの話、362話目。
    ただ一度の、本拠決戦。

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    3.
     あのコソ泥じみた猫獣人の兵士と、それを引っ張ってきた短耳の将校が東大外門の内側に到着するかしないかのところで、彼ら二人は、絶望的な事態を確認した。
    「うわ、……っ」
    「遅かったか……!」
     襲撃を強く想定していないとは言え、「大」と名の付く門である。
     首都の防衛に配属されてから、ずっと彼らが見上げてきたその大きな門は、彼らの目の前で木端微塵に吹き飛ばされたのだ。
    「敵襲、敵襲!」
    「門が破られた! 繰り返す、東大外門が破られた!」
    「死傷者多数! 応援を、応援をーッ!」
     門のこちら側は、既に地獄と化していた。
    「……戦うんだ! ほら、行くぞ!」
     そう言って剣を抜きかけた将校に、兵士はプルプルと首を振った。
    「い、……いやだ」
    「何を寝ぼけている! 剣を抜くんだ! 早く!」
     迫る将校に、兵士は後ずさる。
    「無理……ですよ……」
    「ふざけるな! 戦ってもいないうちから……!」
    「じゃあ勝てる要素があるんですか!? こっちの守りは、1万ちょっとの兵士と、あの門だったんですよ!?
     それがあんな……簡単に……!」
     既に門は原形を留めておらず、周辺の道や壁は無残にえぐれ、めくれ返ってしまっている。
     さらに、門を破られまいと後ろから押していた兵士もまた、砲撃に巻き込まれ、倒れた者は人の形すら留めていない。
     残る兵士たちも、連綿と続く砲撃になす術もなく、退却を始めていた。
    「……く……!」
    「逃げましょう! ここにいたら、俺たち死にます!」
    「……わか、った。……退却、……する」
     将校と兵士は踵を返し、その場から走り去った。

     ランドの号令で始まった砲撃は、簡単に東大外門の防衛ラインを突き崩した。
    「全軍、前進! 魔術部隊、構え!」
     がら空きになった門を通過し、ランドは次に来るであろう攻撃を予想し、対策を取る。
    「魔術部隊、唱え! 『フォースオフ』!」
    「了解! 『フォースオフ』!」
     400人余りで構成された魔術部隊が揃って「術封じ」を発動させると同時に、こちらに向かってきていた火の槍、土の槍が、呆気なく四散する。
    「中央軍の攻勢パターンは把握できてるさ。魔術や大砲による大規模攻撃、次いで人海戦術を軸とした白兵戦だ。
     だけどもあの初弾に加え、次に来る反撃を、こうして無力化すれば……」
    「心が折れる、っちゅうやつですな」
    「そう言うことさ。恐らく前線に出ていた半数以上は、戦意を喪失してるはずだ」
     ランドの読み通り、中央軍の兵士たちはバラバラと、戦線から離れ始めた。
    「最強の軍と言っても、それは量での話だ。質を見れば、内戦に次ぐ内戦を重ねてきた北方や央南、南海とは比べ物にならない。
     彼らのアドバンテージをことごとく奪う戦略を以てすれば、一両日中にこの、クロスセントラルを制圧できるはずだ」
     第一の防衛ラインである東大外門を破り、ランドたちの軍は続いて第二ライン、郊外から市街地へと入るまでの、幅3キロ程度の緑地と東小外門が待つ地帯へと侵入した。

     東大外門前から退却した兵士と将校は、なおも迫ってくる敵軍を、木々の陰から確認していた。
    「どうなっている、援軍は……!?」
     敵軍に見つからないように潜んでいた将校が、苛立たしげに市街地の方へと目を向ける。
    「どうやら向こうは大砲を使って攻撃しているようだが、それはこちらも用意している! 同等の装備で防御を固めれば、呆気なく侵入されることは無いはずだ……!」
     それを聞いて、兵士ははあ、とため息をついた。
    「上官殿。もしかして、休暇中でした?」
    「うん? ……ああ、長期休暇で二ヶ月ほど過ごすはずだったが」
    「休暇に入ったのは、半月前?」
    「うむ?」
     そこで兵士はぼそ、とつぶやいた。
    「……何だと? そんな馬鹿な!」
    「そのバカが、直々に仰ったことっスよ。……あいつ頭おかしいっスよ、マジで」
    「貴様、それは不敬罪に当たるぞ!」
     声を荒げる将校に、兵士はぷるぷると首を振って見せた。
    「……そんな罪名、今日明日には消えて無くなってますよ。その、敬う相手ごと」
    火紅狐・黒蓮記 3
    »»  2012.01.10.
    フォコの話、363話目。
    悪魔に屈した神の軍。

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    4.
     クロスセントラルは、環状に形成された都市である。
     まず中心部に、中央政府の拠点であり、同時に天帝一族が住まう城としての機能を備えている、ドミニオン城。
     それを護る形で政務院や軍務院など、中央政府の全執務院がそれぞれ厚い壁でできた回廊でつながれており、この間に内門が設けられている。
     これが最終防衛ラインとなるが、さらにそれを囲む形で市街地が形成され、これを包み込む形で第二防衛ラインの境界である城壁と、小外門が築かれている。
     そしてその外には、「将来、都市が拡大した際の開発用地」と、「万が一敵が攻めてきた際の交戦地」としての役割を担う緑地が置かれている。
     それらすべてを囲む形でさらに城壁が築かれ、これが第一防衛ラインとなっている。

     ランドたちはこの第一ラインを既に突破し、緑地帯を突き進んでいた。



     突然の敵襲で混乱し、戦意を失いかけていた中央軍も、何とか指揮系統をまとめ直したらしい。
     東小外門の前には兵士が隊列を組み、陣取っていた。
    「集まり直すことは、想定の範囲内だ。流石にここを落とされたら、彼らは路頭に迷うだろうからね」
    「強行突破します?」
     そう尋ねたフォコに、ランドは首を横に振る。
    「いや、このまま乱暴に押し入るような真似はしたくない。それをやってしまうと、市街地に被害が及ぶ。それじゃ、あの街に住む人たちにとって、僕たちはただのならず者になってしまう。
     僕たちの行動はあくまでも、これまで弾圧されてきた央中天帝教が、先に突き付けた要求を無視した天帝に対して武力蜂起し、報復して見せた、……と言う筋書きの上で、行ったことだ。その報復行為はあくまで『中央政府に』であり、民間人にその責任を負わせるのは筋違いだ。
     だからあの布陣も、できれば被害を最小限に留める形で崩したい。と言うわけでタイカ」
     ランドは背後に立っていた大火に、こう命じた。
    「彼らにあまり当たらないように、魔術を掃射してほしい。10分か、15分ほど」
    「……承知した」
     大火は刀を抜き払い、ランドたちの陣から単騎で離れようとする。
    「あ、タイカ」
     と、それをランドが呼び止めた。
    「……なんだ?」
    「刀、新しいのができたんだね」
    「ああ」
     大火はニヤ、と唇の端をわずかに歪ませた。
    「名付けて『妖艶刀 雪月花』――なかなかの出来だ。お前の両親と妹には、感謝している」
    「どうも」
     それだけ交わし、大火は前に進んだ。

     単騎でやって来た大火に、中央軍の兵士たちは若干、戸惑っていた。
    「なん……だ?」
    「交渉に来たのか?」
    「どうする?」
     ざわざわと騒ぎ出す兵士たちを、背後に構えていた将校たちは一喝する。
    「私語厳禁! 黙って警戒態勢を続けろ!」
    「りょ、了解!」
     敵陣が静まったところで、大火は刀を振り上げた。
    「……『五月雨』」
     振り下ろした途端、数条の剣閃が敵陣に向かって飛んでいく。
     ランドに命じられた通り、その剣閃は布陣を突っ切る形で門まで進み、一瞬で破壊したが、兵士は衝撃波で吹き飛ばされただけに留まる。
     だがそれでも、兵士たちを慌てさせ、行動を起こさせるには十分だった。
    「こ、攻撃だ! 応戦、応戦せよ!」
    「はっ、はい!」
     しかしこれも、ランドの計算通りであり――。
    「無血で、か。……面倒なことばかり言ってくれるものだ」
     大火は立て続けに「飛ぶ剣閃」や風の術を放ち、兵士を弾き返す。
     死なない程度に威力を抑えたため、兵士たちはただ転がされ、城壁に叩き付けられるだけに留まるものの、一様に愕然とした表情を浮かべていた。
    「な……、なんだ、今の!?」
    「嘘だろ、一千や二千いる俺たちが……」
    「……一人も、あいつに近付けない」
     多数押し寄せてくる兵士を、大火はまるでボールを投げるかのように、一人残らず城壁へと弾いていく。
     攻撃はおろか、接近することすらできず、次第に兵士たちの士気は乱れていく。
    「て、撤収、撤収だ!」
    「攻撃が通らない! 何もできない!」
    「退却させてくれーッ!」
     散々に無力感を味わった兵士たちは武器を捨て、小外門の中へとなだれ込んでいった。
    「その辺でいい、タイカ。それくらいで十分だよ」
    「そうか」
     大火は刀を納め、陣の中へと戻ってきた。
    火紅狐・黒蓮記 4
    »»  2012.01.11.
    フォコの話、364話目。
    愚君、ここに極まれり。

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    5.
     東小外門の防衛を退け、市街地へと入ってきたランドたちは、そこからは簡単に行軍を進めることができた。
     どうやら二度の撤退と大火による威嚇攻撃で、戦意を完全に喪失したらしく、兵士たちの大半はドミニオン城へと逃げ込んだようだった。
     それでもまだ多少、果敢に反撃してくる者もいたが、最早陣形を組んで攻められるような状態ではなく、ランドたちの相手には到底、ならなかった。
    「……? 変だな」
     と、その状況を受けて、ランドがけげんな表情を浮かべる。
    「どないしはりました?」
    「中央軍は、旧エンターゲート製造から武器を買っていたはずだ。当然その中には、大砲や火薬もあったはず。
     なのにこれまでの、二ヶ所の防衛ラインで使おうともしなかったし、配備されてる様子も無かった。
     その上、今いる市街地なら、僕たちは固まって行動せざるを得ない。ここで砲撃されればひとたまりもないし、形振り構わず使うなら、今が最後のチャンスと言っていい。
     なのに、……既に戦力にならない白兵戦でのみ、細々と応戦だなんて?」
    「……言われてみれば、そうですな?」
     フォコとランドは互いに首をかしげつつも、行軍を続けた。



     ランドたちが東小外門を破る、2時間ほど前――。
    「へ、陛下!」
    「なんだ、騒々しい」
     東大外門が破られたと言う報告を受けた近衛兵が、オーヴェル帝の私室に飛び込んできた。
    「敵襲でございます!」
    「敵襲? どこにだ? また港か?」
    「いえ、この聖都にでございます!」
    「……何?」
     それを聞き、オーヴェル帝は顔色を変えた。
    「それは真か!?」
    「は、はい! 敵軍の服装を見るに、件の『黒い蓮』ではないかとの報告が……」「どけッ!」
     オーヴェル帝は近衛兵の話を聞かず、彼を突き飛ばして私室を後にし、大慌てで軍務院へ駆けた。
    「軍務大臣、……ではなく、軍務大臣代行! いるか!?」
     オーヴェル帝は執務室の扉を乱暴に蹴り開き、真っ青な顔をして机に着いていたジョーンズ中将に向かって怒鳴りつけた。
    「どうなっておる!? 敵襲とはどう言うことぞ!? 守りは万全では無かったのか!?」
    「陛下、その、詳しく説明を、その、……いや、それよりも」
     中将はバタバタと慌ただしく立ち上がり、オーヴェル帝に恐る恐る尋ねた。
    「現場の方より、我が軍に配備されていたはずの大砲、350門が一つ残らず解体されている、との報告がありました!
     しかも聞けば、陛下直々に解体するよう、命じられたと言うではないですか!? 何故そんなことを!?
     あまつさえ、何故私にそれを、報告してくださらなかったのです!?」
    「大砲? ……ああ、あの悪魔の筒のことか」
     オーヴェル帝は平然とそう返し、続いてこう言ってのけた。
    「後で報告させようとして、そのまま忘れておったわ。
     まあ……、あの賊将共の一派が残した武具なぞ、置いてはおけぬと思い立ってな、つい半月ほど前に、朕から直々に、現場の者に命じたのだ」
     この返答に、中将は強いめまいを覚えた。
    「なん……です……と? 何故それを……いや、……何故そんなことを!?」
    「朕に同じことを言わせるつもりか、貴様は? 下衆共の遺した遺産なぞ、名誉ある我が中央軍が使うことなど、あってはならんからじゃ!」
    「ば、馬鹿な!」
     思わずそう叫び、中将は慌てて口を抑えたが――。
    「……馬鹿? 朕をそう呼んだのか、貴様!?」
     時既に遅く、オーヴェル帝は顔を真っ赤にし、ぶるぶると震えていた。
    「朕を、朕を馬鹿にするのか、貴様ああああッ!」
     オーヴェル帝は中将の胸ぐらをつかみ、その顔に拳骨を振り下ろした。
    「ぐあっ……、な、何を!?」
    「まさか逆賊共の武器をつつ使えと、貴様はそう言うのか! この聖都を、けけけ穢れた武器で護ると言うのか、貴様はああああ!?」
     倒れ込んだ中将に、オーヴェル帝は蹴りを浴びせ、次いで中将の座っていた椅子を振り上げ、さらに殴りつける。
    「お、落ち着いてくださ、げぼっ」
    「この逆賊め! 外道め! まさかこのせせせ聖地を邪教の者どもにおめおめ踏み荒らさせただけには留まらず、その上けけ穢れた武器を使おうと言うのか!? そ、その怠慢と愚行、万死に値する! 即刻、ううう打ち首にしてくれようぞ!」
    「……待ってください、陛下!」
     中将はどうにか天帝の暴行から逃れ、鼻や口から血を流したまま、反論する。
    「お言葉ですが陛下、あなた自身が、この首都の防御を外周へ回せと仰せられたのですぞ? 私はその後意見に対し、しっかりと『それは危険である』と、申し上げたはずです!
     そして陛下、あなたはこうも仰ったはず! 『多少の危険はあろうとも、朕が許そう。即刻、兵を向けよ』と!
     その一方で、今や防衛・侵攻に欠かせない、最新鋭の兵器を廃棄するなど! そんな無茶ばかりされては、中央軍といえども張り子の虎になってしまいます!」
     懸命に言葉を重ねた中将だったが、怒り心頭に発したオーヴェル帝は全く耳を貸さない。
    「き、貴様……ッ、朕の、朕の言葉を穢すかあああッ!」
     オーヴェル帝は怒りに任せて椅子を振り上げ、中将に叩き付けた。
    火紅狐・黒蓮記 5
    »»  2012.01.12.
    フォコの話、365話目。
    神権政治、命脈尽きる時。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「うぐ、うっ……!」
     椅子は中将の胸と顎、鼻を打ち、バラバラになる。中将の方も、前歯を二本吐き出し、仰向けに倒れた。
    「ちちち朕の、朕をななななんだと思うておるううう!?」
     突然の敵襲に加え、滅多に反論や罵倒などされたことが無いために、オーヴェル帝は額に青筋を浮かべて激昂していた。
    「貴様きさまきさまあああああ!」
    「うっ、が、げほっ」
     倒れ込んだ中将に、オーヴェル帝はなおも蹴りを浴びせる。
    「良いか! 良いか貴様ああ! 朕は絶対なのだ!
     朕が『鴉は白い』と言えば、世界中の鴉をお前が白く塗り潰すべきなのだ! それを貴様は、こともあろうに、この朕に楯突くとは!
     この逆徒め! 下衆め! 愚か者め! 死ね! 死んでわびろ! 死ねええええ!」
    「……う、うう」
     罵詈雑言と殺意交じりに、散々に暴行され、敬虔な天帝教信徒であるジョーンズ中将も――この一瞬――頭の中が燃え上がった。
    「しっ、……」
    「む? まだ何か言おうと……」
    「……貴様が、死ねえッ!」

    「……っ!」
     中将が我に返った時には、天帝の姿は彼のそばになかった。
    「わ、私は、……何を?」
    「……う、お、ああう」
     うめき声に気付き、中将はそちらを向く。
    「……! へ、陛下!?」
     壁際に、白い法衣を赤く濡らしたオーヴェル帝の姿があった。
    「ひい……、ひい……」
     オーヴェル帝の肩には、中将が護身のために持っていた短刀が突き立てられていた。その位置から致命傷ではないと、中将はすぐに気付いたが、天帝には分からない。
    「こ、こっ……」
    「ここ? どこです?」
     駆け寄った中将に、オーヴェル帝は怯えた顔を向け、壁伝いにずるずると這い、逃げようとする。
    「こ、殺さないでくれ……、朕はまだ、死にとうない……」
    「……」
     この時、ジョーンズ中将の脳裏に、様々な思考が飛来した。
    (私は何と言うことを……! 事もあろうに、天帝陛下に刃を向けてしまった! わ、私はもうおしまいだ!
     ……いや、しかし、それにしても、陛下の言葉はあまりにひどすぎた。あれが神のお言葉だと言うのか?
     それに、私に責任を押し付けるかのような言動も、あんまりではないか! 陛下がやれと仰ったから、私は実行したのだ! それをすべて、私のせいになど……!
     本当に、……彼は我々の上に立つべき御方なのか?)
     そう思った彼の目に、天帝の情けない姿が映る。
     先程まで散々自分を罵倒し、殴り倒した彼は、顔からは涙と洟を垂らし、腰から下を濡らしながら、力なく泣き叫んでいた。
    「た、たのむ、ころさないでくれ……」
    「『頼む』、……ですと」
     この瞬間、中将の中で神は死んだ。
    「……貴様は誰だ」
    「え……」
     怯える天帝に、中将は冷たい目を向けた。
    「貴様は……、天帝では無かったのか?
     我々を導いてくれる神は――この世にいなかったと言うのかーッ!」
     中将は壁に並べられていた直剣を、感情的にむしり取った。

    「中将閣下、敵軍が東小外門を破り、……!?」
     状況を伝えに来た伝令は執務室に入った途端、その惨状を目にした。
    「かっ、かかか閣下、あ、あな、あなたは、ま、まま、まさかっ……!?」
    「……非常に残念な報告がある」
     ジョーンズ中将は血の滴る剣を捨て、淡々とこう述べた。
    「オーヴェル・タイムズ陛下は、……此度の軍事的失敗と宗教反乱に深い責任を感じ、……自害なされた。……私は助けようとしたのだが、……とっくの昔に手遅れだった」
    「……そのお言葉は、……とても信じられません、閣下」
     伝令は大声で、周辺の兵士たちを呼び寄せた。



     ランドたちがドミニオン城の前に到達した途端、城門がそっと開かれた。
    「え……?」
     目を丸くするランドに近付いてきたのは、白旗を掲げた政務大臣――ランドの後釜に収まった、元同僚だった。
    「前大臣閣下、……あの、覚えておいででしょうか?」
    「あ、……うん。君が、交渉役を?」
    「……と言うか、伝令役です。実は……」
     ランドは数年ぶりに会った元同僚の口から、錯乱した軍務大臣代行によって、天帝が殺害されたと言う凶報を聞かされた。
    「……そうか。それなら、仕方が無いな」
     ランドは城を囲んでいた兵士たちに目配せし、付いてくるよう促した。
    「入らせてもらうよ。抵抗は、しないね?」
    「……しても、どうもならないでしょう」
    「だろうね。ちなみに、その軍務大臣代行はどうしたの?」
    「拘束しています。まだ錯乱状態にあるので」
    「そうか。……まあ、協議は君や、他の人たちとやるよ」

     主権である天帝が亡くなり、さらに軍事部門のトップである軍務大臣と、その代行が不在のため、中央政府は「黒い蓮」に対し何の対抗措置も執れないまま、協議に入った。
     そのため協議内容は終始、「黒い蓮」側に有利なものとなり、以前に伝えられた要求はそのまま、受諾されることとなった。
     とは言え、1000億クラムなどと言う巨額の賠償金は、到底払えるものでは無い。そこでランドは、こう要求した。
    「では1000億の代わりに、それに相当するものを私に譲渡していただきたい。
     そう、中央政府の主権を。1000億に見合う椅子だと、私は思っているのですが」



     この要求も受諾され、この日を以て天帝一族による神権政治――3世紀に渡った神代(かみよ)の時代は、終わりを告げた。

    火紅狐・黒蓮記 終
    火紅狐・黒蓮記 6
    »»  2012.01.13.
    フォコの話、366話目。
    街の混乱、組織の混乱。

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    1.
     双月暦314年、5月。
     天帝を主権とする中央政府が解体され、その首都であったクロスセントラルは、緊張に包まれていた。
     これまで街を警護していた中央軍の姿はどこにも見当たらず、その代わりに「異教の徒」――央中天帝教の武力組織、「黒い蓮」が闊歩していたからだ。
    「どうなるんだろう……」
     街のとある礼拝所――見た目こそ教会なのだが、この街に総本山があるため、分類上はそうなる――に集まっていた住民たちは、外を恐る恐る眺めながら、一様に不安げな顔を突き合わせていた。
    「とりあえず、『危害は加えない』とは言ってたけど……」
    「異教徒だからなぁ、……あいつらにとっては」
    「あいつら事あるごとに『迫害されてきた』『その報いを受けよ』って言ってるからなぁ」
    「……もろ、目の仇にしてるよな」
     そこで彼らは、奥に祀られていた偶像に目をやる。
    「どうせあいつら、天帝教関係を追い出すだろうし、この像とかも……」
    「まあ、多分。……やっとくか?」
    「……媚びといて損は無いよな、きっと」
     彼らは煉瓦や棒切れを手に、偶像へと近付いた。

     別の礼拝所では――。
    「どうかどうか、お願いいたします……」
    「彼らを鎮めてくださいますよう……」
     こちらには、狐獣人を象った女神像が祀られていた。
     元々、この「狐の女神様」――エリザ・ゴールドマンは、古代における「世界平定」に協力した功績から、央北天帝教における神の一柱に挙げられている。
     その扱いを拡大解釈し、央中にとって都合のいい形で祭り上げたのが、央中天帝教の発祥である。
     そのつながり、起源を知る者たちがここに集い、彼女に祈りを捧げているのである。

     また別の、礼拝所――。
    「ここは壊させないぞ!」
    「退け、悪魔どもめ!」
     中にいた者たちが扉の前にバリケードを張り、外で困った顔をして立つ「黒い蓮」たちに、ポンポンと石や木片を投げつけている。
    「いや、その……」
    「黙れ! お前らのせいで、天帝陛下が死んだのだ!」
    「これ以上犠牲を増やしてなるものか! 我々は徹底的に抗戦する!」
    「……ダメだこりゃ。話にならん」
     聞く耳を持たず、半狂乱になって喚き散らす彼らに、「黒い蓮」は小さく首を振って背を向け、そのまま立ち去った。



    「……と言うように、街は現在、混乱の渦中にあるようです」
     中央政府側の政務大臣から報告を受けたランドは、元々自分が就いていた、政務大臣の机に頬杖をつき、「うーん……」とうなった。
    「いまいち、僕たちが民間人に危害を加えない、と言うのが伝わってないみたいだね。……仕方ないことではあるけど」
    「と申しますと?」
    「向こうにとっては、僕たちはどう解釈されようと『異教徒』だ。
     言い換えれば、自分たちの常識が通用しない、何だか良く分からない、怖い相手なんだ。その怖い相手が街中をウロウロ……、なんて言うのは、確かに正気でなんかいられない。こっちの言うことなんて、どう優しく言ったって悪魔の叫び声と一緒だろうしね。
     このまま『黒い蓮』を市内に徘徊させたままじゃ、その恐怖から暴動やら集団自決やらしかねないな」
    「それはよろしくありませんな」
    「とは言え、話もまとまってないうちに引き揚げさせるわけにも行かないし、早いところ、新しい統治体制を築き直さないといけないね」
     ランドは机を離れ、政務大臣に付いてくるよう促した。
    「今日の協議を始めよう。遅くても、あと3、4日以内には話をまとめたい」
    「承知しました。各執務院の大臣を集めてまいります」
    「よろしく」



     首都制圧から2週間近く経った現在、その「新しい統治体制」は次のようにまとまっていた。
     まず天帝一族、タイムズ家の今後の扱いについて。これまで神の名の元に政治を統率してきた天帝一族は、「黒い蓮」が以前に要求した通り、永久に中央政府、および世界政治と関わらないことを約束させられ、一族全員が、まだ「黒い蓮」の占拠下にある天帝廟へと移送された。
     これ自体はすんなりと話はまとまったのだが、次の議題である中央政府自体の処遇については、数日の協議を経てなお、決定が難航していた。
     神権政治を廃することに成功した今、最早「天帝への寄進」を名目とした徴発はできない。これまでより強制力が抑えられるのは確実であるし、「従来の体制で存続させても、問題ないのでは」と言う意見もあったが、ランドはこれを「非常に楽観的、および保身的な意見」として却下。別の口実で徴発しようとする不埒者の存在を考えるランド側からは、より厳しい再編を求めており、それが争点となっていた。
     また、中央政府を攻撃するために結成された「黒い蓮」からも、今回の作戦成功に対する報酬を求められている。彼らの7割以上は、実は央中天帝教の信者ではなく、これまでフォコやランドたちと懇意にしてきた北方や南海、央南の諸国から派遣されてきた兵士であり、中央政府からタイムズ一族を追い出したところで、その7割にとっては特に、感慨深いものでもない。
     とは言え単純に金品などでは、彼らの雇い主である各国の王や大臣が納得しない。彼らも全くの善意、無償で兵を貸したわけではなく、何らかの見返りを密かに求めているのは明白だからだ。



    「……やれやれ、だ。まだまだ僕の戦争は、終わってないみたいだ」
     ランドはそうつぶやきながら眼鏡を顔から外し、拭こうとした。
    火紅狐・契克記 1
    »»  2012.01.15.
    フォコの話、367話目。
    契約履行。

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    2.
     と――。
    「ランド」
     これまで何度もあったように、唐突に、彼の声がランドへと投げかけられた。
    「あ、タイカ」
     ランドは眼鏡をかけ直し、声のした方へと向く。
    「どうしたの?」
     そう尋ねたが、大火は答えない。
    「……」
     その顔はいつもと同じ仏頂面だったが、ランドには何かが違うように感じられた。
    「どうしたのかな……?」
    「……」
     大火はす、と扉に手をかざし、術を使って鍵をかけた。
    「大事な話、……かな」
    「ああ、そうだ」
     大火はランドの方を向き、こう尋ねた。
    「ランド。お前はこの世界を動かしていた中央政府を今、我が物にしたわけだ」
    「そうだね。確かに僕は、中央政府を手に入れた形になる」
    「では問うが」
     大火は一歩、ランドの方へ近付いてきた。
    「世界は、救われたわけだな?」
    「え?」
     その問いに、ランドは一瞬、きょとんとなる。
    「救われ……? ああ」
     そして7年前、自分が政治犯として投獄され、その渦中で叫んだことを思い出した。
    「そうだね、うん、救われたんだと思う。
     バーミー卿と、彼に協力していたエンターゲート氏は消えた。その後に残った暴君、オーヴェル帝も崩御した。そして中央政府は機能を停止し、生まれ変わろうとしている。
     前中央政府における禍根はすべて、断たれた。世界は救われた、はずだ」
    「そうか」

     次の瞬間、ランドの視界がすとん、と落ちた。
    「あれ?」
     ランドは自分が、いつの間にか膝立ちになっていることに気付く。
    「おかしいな、ごめん、何か腰が抜けて……?」
     一瞬、脚が無くなってしまったのかと思ったが、振り返ってみるとしっかり、脚があるのが確認できる。
    「え、っ……?」
     頭ががくん、と重みを増す。膝立ちすらできなくなり、床に手を付いてしまう。
    「……ねえ、タイカ。君、何かしたの?」
    「ああ。7年前に、な」
    「そんなに、前から?」
    「契約内容を確認しよう。お前は『世界を救うためであれば、自分の所有物を何でも譲渡する』と、俺に言った。そうだな?」
    「そう、だね、うん。確かに、そんなこと、言った気が、する」
    「当時のお前が所有していたものは、囚人服と眼鏡、そして……」
     大火は倒れ込んでしまったランドの顔を挙げさせ、自分に目を向けさせる。
    「お前の肉体だ」
    「ああ、そう、か。僕が、ほしいと」
    「それ以外に譲渡できたものは、当時には無い。
     この契約に、『先物』は無しだ。当時、お前が持っていたもので、支払ってもらう」
    「あー……、なるほど、ね。囚人服は、あの時、渡したし、あの時の、眼鏡は、スペア、として、胸ポケットに、しまってある。
     じゃあ、後は、……僕だけだ。僕、自身」



     ランドはこの時何故か、自分の肉体が損なわれると言う悲観も、何をされるのかと言う恐怖も、これからの仕事ができない悔しさも、抱いてはいなかった。
     目の前にいるこの悪魔が、確かに自分の契約や約束、命令通りに今まで働き、自分が期待する以上に貢献してくれたことは、十二分に分かっているつもりだったし、契約内容に則って動くことを、彼が曲げることは無いと理解していたからだ。

     即ち――この克大火は、何が起ころうとも、世界を救うに値する仕事をした分だけ、それに見合う契約を履行するのだと、ランドは理解していた。
     そしてそれには、一つの例外も無いことも。



    「そうだ」
     理解していたからこそ、ランドは何の抵抗もしなかったし、しようとも思わなかった。
     ランドは大火の顔をじっと見て、それから目を閉じた。
    火紅狐・契克記 2
    »»  2012.01.16.
    フォコの話、368話目。
    反乱百出。

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    3.
     ランド・ファスタ卿の失踪は、その日のうちに知れ渡った。
     そして瞬く間に、混乱が起こり始めた。

     まず騒ぎ出したのは、「黒い蓮」の台頭で縮こまっていた中央軍だった。
    「なに、ファスタ卿が失踪……?」
     オーヴェル帝暗殺の罪で拘束されていたジョーンズ中将のところに、将校が数名、密かに押しかけ、こそこそと報告を行う。
    「ええ。最高指導者を失った『黒い蓮』は今現在、右往左往している状態です。ナンバー2のゴールドマン氏が抑えてはいるようですが、観察するにどうも、一枚岩では無いようで」
    「と言うと?」
    「我々も、彼らは全員、央中からの人間、つまりは央中天帝教の信者だと思っていたのですが、密かに話を聞けば、どうやらファスタ卿とゴールドマン氏のコネクションを使って大陸外と央南からかき集めた、各国の兵士のようです。
     つまり、奴らの大半は央中天帝教となんら関係の無い、ただの傭兵同然の者たちです」
    「……それを公にすれば、奴らの要求する内容は」
    「ええ。大半を反故にできるはずです。何しろ、1000億やら地位獲得やらを要求した奴ら本体が、大ウソつきの集まりなわけですから」
     将校らは中将の戒めを解き、続けてこうささやいた。
    「しかし、モノは考えようです。奴らは我々にとって、いい働きをしてくれました」
    「うん?」
    「大砲解体の件と言い、聖都防衛網をグチャグチャにした件と言い、オーヴェル帝は中央政府にとって、神は神でも疫病神でした。恐らく前体制下で、……その、……閣下があれを殺害なさっても、結果は政治犯が一人増えるだけ、だったでしょう。
     しかし天帝一族が追いやられ、政治的混乱の頂点に達している今、……蹶起(けっき)のチャンスかと」
    「私が、その筆頭になれと言うのか?」
     そう尋ねた中将に、将校たちはコクリとうなずいた。
    「我々一同、それを望んでおります。
     今現在、『黒い蓮』と交渉に当たっている大臣たちは到底、王の器ではありません。何しろ、奴らとの交渉にひたすら平身低頭し、ぬらりぬらりと逃げ回っている始末!
     中将閣下、あなたが新たな王となれば必ずや、我々を虚仮にした『黒い蓮』を蹴散らし、我々中央政府、そして中央軍の権力を強めた、新たな統治体制が敷けるものと信じておりますので」
     それを受けて、戒めの解かれた中将はゴク、と唾を呑んだ。
    「……分かった」



     一方、「黒い蓮」の統率が大きく乱れたため、この2週間ずっと、市内を巡回していた彼らの姿は、非常に少ないものとなっていた。
     その間隙を縫うように集まった市民たちは、密かに話し合っていた。
    「あの異教徒共、なんか知らんがバタバタ慌ただしく動いてるみたいだぜ」
    「らしいな。聞きかじった話だと、お偉いさんがいなくなったらしい」
     その情報に、一同は目を丸くする。
    「逃げたってのか?」
    「いや、失踪、……とは聞いてるが、本当に逃げたのかもな」
     と、一人が声を潜め、こんなことを言い出す。
    「いや、もしかしたら……」
    「もしかしたら?」
    「利権狙いで、誰かに暗殺された、……とか」
    「……まさかぁ」
    「いや、あるかもよ。なにせ、『1000億の代わりに中央政府を寄越せ』っつった奴だったらしいし、そんだけ価値のある椅子なら、……誰か狙って当然、だろ?」
     その与太話を受け、さらに変な方向へと話が弾む。
    「……俺たちも混乱に乗じて、……狙わね?」
    「……アリだな。央中だかどっかの異教徒共を王様と崇め奉るよりは、俺たちが王様になってやった方がいい。そうに決まってる」
    「決まりだな。……人と武器を集めて、ドミニオン城に向かうか」



     ランドが失踪したことで、フォコも少なからず混乱していた。
    「いや、せやからですな、ファスタ卿も同じことを指摘しとったはずです。分かりますやろ、軍を攻め込ませておいて、それをそのまんま引き揚げさす、ちゅうのんは……」
    「そのファスタ卿がいない以上、そちらとの協議はできない! 我々は彼に主権を渡したのであって、ゴールドマン卿、あなたではない!」
    「ですから、今は僕がその主権を……」
    「そんな取り決めが、いつされたと!? したと言うのなら、その証明をしてくださらねば!」
    「暫定的な決定、ちゅうもんがありますでしょ……、もお」
     ランドの代わりに交渉に臨もうとしたが、相手は元々、少しでも相手側に隙や綻びがあれば、目一杯にごね倒してきた小役人の集まりである。
     半ば駄々っ子の如く、牛歩戦術的に交渉を混ぜ返し、必死に延命を図ろうとする彼らに、フォコは辟易していた。
    (一体どこに行ってしもたんや……!? このままいない、っちゅうことになれば、まとまりかけとった交渉が、全部水の泡になってまう。
     参るわ、ホンマに……! 早よ探さな)
     フォコは以前、自身が経験した拉致事件を思い出し、その筋で「黒い蓮」にランドの捜査を当たらせた。
     だが成果は全く上がらず、時間だけがただただ過ぎていくばかりだった。
    火紅狐・契克記 3
    »»  2012.01.17.
    フォコの話、369話目。
    クロスセントラルの暴動。

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    4.
     ランド不在による混乱は日を追うごとに拡大し、6月を迎えた頃、ついに聖都は決壊した。



    「ゴールドマン卿、大変です!」
     埒の明かない交渉に集中するため、城内で寝泊まりしていたフォコの元に、「黒い蓮」の伝令が飛び込んできた。
    「何や一体、……って」
     のそりと毛布を払い、起き上がったフォコの目に、頭から血を流している伝令の姿が映る。
    「だ、大丈夫かいな!?」
    「市内において、市民たちが反乱を起こしています! 我々も若干名襲われ、負傷者が出ています!」
    「……まずいな、ランドさんが思てたことが現実になってしもたか。
     分かった、鎮圧のため……」
     命令しかけたフォコは、そこで口を閉じた。
    「……どう言うつもりか、説明してもろてもええです?」
     伝令の背後に、武器を構えた中央軍の兵士たちが並んでいたからだ。
    「我々は中央政府の防衛力、そのものだ! 中央政府を脅かすお前らを、これ以上放っておけない!」
    「は……!? 何をいまさら! お前ら、負けた側やないか!」
     怒鳴るフォコに対し、兵士たちは槍先を向けて牽制する。
    「まだ終わっていない! タイムズ一族が消えただけだ! 我々はこの国の新たな王として、ダグラス・ジョーンズ閣下を擁立した!
     我々はもう一度戦う! もう一度、この聖都を占拠した逆賊共、お前らとだ!」
    「……どいつもこいつも、話を混ぜっ返しよって」
     フォコはギリギリと歯噛みしつつも、彼らに投降した。

     牢に移されたフォコは、そこでイールや「黒い蓮」の指揮官たちと会った。
    「君らもか……」
    「みたいね。……やられたわ、まったく!」
     鉄格子をガン、と蹴り、イールは尻尾を怒らせて悔しがる。
    「すっかり油断してたわ、ホント。街の連中は大人しそうにしてたし、中央軍の奴らも兵舎に引きこもってたし。
     ソレが今になって、どっちも蜂起するなんて。……軍人失格ね」
     そう独り言ちるイールの左手には、包帯が巻かれていた。
    「イールさんも、街で攻撃を?」
    「ええ。みんなと巡回してたら、いきなり石投げられたのよ。で、城に逃げ帰ったら、いきなり拘束されて、こっちにポイ、よ」
    「災難でしたな」
    「アンタは無傷みたいね」
    「寝とったところを捕まりましたからな。運が良かった、……と言うべきか」
    「悪いわよ。でなきゃこんなトコ、押し込まれたりしないって」
    「……散々ですな。まさかこんな展開になるとは」
     フォコとイールは同時にため息をつき、窓の方へ耳を向ける。
    「……やってるわね」
    「みたいですな」
     窓の外からは争う声が絶え間なく、聞こえてきていた。



    「繰り返す! 本日を以て我々中央軍中将、ダグラス・ジョーンズ閣下が蹶起し、中央政府の……、ぐふっ!?」
     中将の即位を宣言しようとした兵士の顔に、市民の投げた瓦礫がめり込む。
    「うるせえ! 今まで引っ込んでたクセして何が王様だ、馬鹿野郎!」
    「そうだそうだ! そんな引きこもり野郎、誰が奉ってやるもんか!」
    「役立たずの軍隊や大臣サマなんざ、そのまま引っ込んでいやがれ! 俺たちが異教徒共をブッ殺してやる!」
     倒れた兵士から武具をむしり取り、市民たちは口々に中央軍や大臣、「黒い蓮」への不満と非難をわめく。
     暴徒と化した市民は、そのまま城へと向かい始めた。

    「陛下! 城内は制圧完了しましたが、市街地にいる『黒い蓮』の掃討、および同場所において発生した暴動は、まだ抑え切れておりません!」
     王を僭称したジョーンズ中将に、市内での状況が報告されていた。
    「むう……、これでは折角『黒い蓮』の幹部連中を一掃したと言うのに、意味が無いな」
    「どうなさいますか、陛下?」
     中将は伝令に背を向け、こう言ってのけた。
    「どうせ市街地にいる『黒い蓮』の掃討作戦の最中であるし、多少の『とばっちり』は仕方の無いことだ。
     どさくさに紛れる形で、我々に反抗する者は構わず攻撃しろ。まずは我々に従ってもらわねばな」
    「……承知いたしました」



     加熱を続ける暴動と、杜撰な鎮圧・掃討作戦とが衝突し、市街地は瞬く間に、血に染まった。
    火紅狐・契克記 4
    »»  2012.01.18.
    フォコの話、370話目。
    克大火クーデター。

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    5.
     市街地で発生した暴動は、拡大と悪化の一途をたどっていた。
     と――。
    「オラオラ、兵士なんか無駄だ無駄だ、……げぼっ」
    「それ以上抵抗するなら容赦せん、……か、は」
     あちこちで繰り広げられていた戦闘が突然、止まる。
    「……な、なんだ?」
    「み、みんな……、死んでる」
     つい数秒前まで荒々しく武器を振りかざしていた者たちが、一瞬で血まみれになり、バタバタと倒れていく。
    「……あ……」
    「……ひ……」
     残っていた彼らの目に、悪魔のように真っ黒な男の姿が映る。
    「満足か?」
    「……」
    「……」
     それを見た途端、兵士も、市民も、同時に武器を足元に捨て、戦意を喪失したことを示す。
    「……抵抗は無意味だ」
     そう言い残し、男は市街地から立ち去った。

    「な……、なんだ? いきなり静かになった……?」
     暴動を城の上層で見ていたジョーンズ中将も、この異状に気付く。
    「だ、誰か報告を! 現状を報告せよ!」
    「報告か。では、してやろう」
     と、中将の前に、その原因――大火が現れた。
    「暴動は鎮圧された。これで満足か?」
    「お、お前は、ファスタ卿の……!?」
    「王を名乗っていたようだが」
     大火は血の滴る刀を構え、中将に歩み寄る。
    「お前はどうやら世界平定どころか、街一つ平和にすることすらできん、猿大将のようだな。……いや、猿中将と言うべきか」
    「ま、待て! わ、悪かった!」
    「何がだ?」
    「ふぁ、ファスタ卿を差し置いて王になろうとしたのは、その、……ほんの、ちょっとした欲が出たんだ!
     わ、私は大人しく、獄に戻る! 拘束していた幹部たちも、解放する! だ、だからファスタ卿には、その……」
    「ランドは、既に関係無い」
     大火は刀を振り上げ、中将の首に狙いを定める。
    「な、なに? お前は、ファスタ卿の護衛では……」
    「護衛は、先月で終わりだ」
     大火は中将の体に対して平行に、刀を薙いだ。
     ごとん、と言う音を立て、その場に崩れ落ちた中将の残骸を見て、大火ははあ、とため息をついた。
    「世界を統べようと言う覇者気取りはいつでも、こんなものか。
     『あいつ』が難訓の作で無ければ、そのまま任せたのだが――そればかりは、俺の容認できるところではないから、……な」



     暴動発生から数時間後、フォコたちは解放された。
     そして同時に、天地が引っくり返るような情報を通達された。
    「はぁ……!?」
    「か、カツミが王に!?」
     克大火が失踪したランド・ファスタ卿の代わりに全権を掌握し、中央政府の主権となったこと。
     今回の暴動の中心人物となった中将と、彼を焚き付けた将校、および暴動を主導した市民十数名が、大火自身の手で処刑されたこと。
     そしてその直後、大火が大臣らを招集し、彼らと協議する形で政治運営を行う議会制を採択し、大火を中心とする新たな中央政府が創立されたこと。
     そしてさらに――。
    「『黒い蓮』に関係する者は全員、央北より即時退去するように、……ですか」
    「何なのよソレ……!? アイツが利権も利益も何もかも、全部持ってっちゃったってコトなの!?」
    「そうみたいですな……。
     僕たちの、負けです。……ランドさんも負け。中央政府も負け。
     中央軍も負け。勿論、クロスセントラル市民の皆さんも負け。『黒い蓮』も、負けです。
     央中天帝教も、央北天帝教も、どっちも負け。
     勝ったのは一人――タイカさんだけ、ですわ」
     フォコはがっくりとうなだれ、それ以上何も言わなかった。



     フォコのこの言葉は、ある意味で正鵠を得ていた。
     これにより、大火は強大な政治的権力と、経済的権力を得たからである。
     それは正に、かつてフォコを数年に渡って苦しめたあの男――ケネス・エンターゲートが思い描いていたような、世界征服を完了させた姿だった。

    火紅狐・契克記 終
    火紅狐・契克記 5
    »»  2012.01.19.
    フォコの話、371話目。
    黒い悪魔の治世。

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    1.
     大火が中央政府の長となってから、しばらくは、世界に大きな混乱は起きなかった。
     大火が外交よりも、内政問題に重点を置き、結果として、大陸外での紛糾については、その当該国に処理を放任していたためである。



     前中央政府の場合は、天帝教を主軸として、政治・宗教の両面から統制・統治してきたために、内部からの反乱は起こりえなかった。
     だがその反面、非天帝教圏からは少なからず反発的な態度があったし、それに対しては資金と人員とで大きく勝る中央軍を楯に、強気の外交を進めてきた。
     300年の間守られてきた「世界平定」は、こうした両陣営の政治・経済・軍事、そして宗教と言う、4つのバランスによって保たれてきたのだ。

     しかし大火は、その力学を己の身一つで崩した。
     自分が長となったことで起こるであろう反発・反乱を想定し、先んじて防ぐために、まずはあの蛮行とも言える示威行動――市街地における虐殺と、城内における処刑を行ったのだ。
     これにより、大火は前述の4つの力関係とはまた別の、「恐怖」と言う圧力を街中に、そして中央政府内にかけた。
     その結果、大火に反発できる者は、中央政府内にはいなくなった。

     とは言え、大火は民衆を怯えさせるばかりではなく――。
    「新しいお触れ……?」
    「ああ、何でもあの『黒い悪魔』から、直々にお達しが出たとか」
    「何て言ったんだ……? まさか生き血を差し出せ、とか?」
    「……いや、そんな怖い話じゃないらしい。何でも……、『信教の自由』とか」
    「なにそれ?」
     大火はこれまで央北を支配していた天帝教について、強制的に信奉せよとも、片っ端から廃絶せよとも言わず、「信じたいのならば勝手に信じればいい」と公言したのだ。
     これは中央軍と「黒い蓮」の衝突で右往左往し、後の市街地暴動で荒んでいた人々を、心の底から安堵させた。
    「マジかー……。ああ、天帝様の石像ブッ壊したから、いつ罰を受けるかとヒヤヒヤしてたけど」
    「お前、そんなことしたのか……」
    「俺は逆に、央中天帝教に絶対改宗しろとか言われるのかと思って、もー毎日吐きそうで吐きそうで……」
    「……案外、『黒い悪魔』もそんなに、無茶苦茶な奴ってわけでもないらしいな」

     続いて大火は、天帝廟に追いやられたタイムズ一族のところへ向かい、新たな天帝教教皇である、第9代天帝を定めさせた。
     その上で彼と、天帝教の主立った司祭や司教を、彼らの元総本山であるクロスセントラルへ連れ、その地でこう宣言させた。
    「我々は新中央政府の公認の元、改めてこの地へ、布教を行います。
     しかしその活動には不純、不浄なものがあってはなりません。我々は初代天帝、ゼロ・タイムズ帝の遺した教書・経典の一言一句に従い、不要な寄進は一切受けぬものと誓います。
     また、カツミ氏と取り決めた、『天帝一族は永年に渡り中央政府に関与してはならない』と言う約定を、末代に渡るまで遵守することを、誓います」
     大火は天帝教の影響力を、宗教のみに限定することを図ったのだ。
     こうして天帝をクロスセントラルの市民、即ち天帝教信者たちの前に立たせて宣言し、確約させたことで、タイムズ一族を世界を統べる天帝から、一宗教組織の教皇へと、その地位を下方へ固定させることに成功した。

     このように、大火はしばらくの間ずっと、内政にのみ目を向けた政治運営を行っていた。
     そのため、これまで干渉を受けていた諸国にとっては、この期間はこれまで約300年続いていた関係を見直す、絶好の機会となった。



     人心を操作し、その上で安定させ、タイムズ一族と央北天帝教の復権の芽を潰したところで、大火のところに、密かに客がやってきた。
    「よお、克。偉くなっちゃったねぇ」
     「旅の賢者」モールである。
    「……」
    「何か考えがあってのコト、だろ? じゃなきゃキミみたいなタイプが、上からあーだこーだ言うような役なんて、やりゃしないからね」
    「……クク」
     大火は数ヶ月ぶりに、唇の端をにじませた。
    火紅狐・猫討記 1
    »»  2012.01.24.
    フォコの話、372話目。
    千年級の会話;国盗りの理由。

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    2.
     大火の顔を見て、モールはニヤニヤ笑っている。
    「……なんだ?」
    「いや、似合わないなーと思ってね。私ならやりたかないねぇ」
    「俺とて、進んでやろうとも思わん」
     そう返した大火に、モールはもう一度、にやぁ、と笑みを向ける。
    「じゃあ、とっとと辞めたらいいじゃないね」
    「まだだ。まだ、やることがある」
    「って言うと?」
     大火は静かに辺りを伺ってから、モールにこう告げた。
    「3つ、ある」
    「3つ、ねぇ」
    「一つは、資金の確保だ。
     難訓も恐らく、資金を蓄えるために何らかの計画を図り、成功させていると、俺は見ている」
    「だろうね。でなきゃ2年前、あんな大規模なゴーレム製造工場を造ってポイ、なんてもったいないコトはできない。ただのお遊びにしちゃ、手が込み過ぎだしね」
    「ああ。それに対抗するとなれば、同等の資金を積み上げなければならんだろう、な」
    「なるほど、なるほど。二つ目は?」
    「情報網の構築、および情報収集だ。この世界の、現在の文明レベルでは、まともに情報を集めるだけでも手間がかかる。
     現時点で最も巨大な組織を、俺にとって都合のいいように改築し、そこから世界中の情報を集めさせようと考えている」
    「ふむ、そりゃあ名案っちゃ名案だね。私も、世界をあっちこっちブラブラして情報を集めてはいるんだけども、遅れてるコトが多くってねぇ。
     ひどいトコなんか、いまだに中央政府が前のまんまで、まーだ7代目が生きてるって思ってたし。……っと、そーだ。目的を忘れるトコだったね」
     モールはひょい、と三角帽子を脱ぎ、大火に近寄る。
    「なんだ?」
    「一発殴らせろ」
     言うが早いか、モールはいきなり、大火の懐に拳を突き入れた。
    「う、……く、……何をする?」
     にらんできた大火に対し、モールは怒りに満ちた表情で返す。
    「当然の報い、……にはちょっとまだ足らないけどもね。
     私ゃね、ゼロとは親友だったんだ」
    「ゼロ? ……初代天帝の、ゼロ・タイムズか」
    「そーだよ。あいつが汗水垂らして必死に作った組織を、しっちゃかめっちゃかにしやがって!
     これでもまだ、私の怒りとあいつへの無礼にゃ釣り合わないトコだけども、……まあ、組織としてはとっくに消費期限の切れたトコだったし、潰れて当然だってコトを加味して、コレくらいで勘弁してやるね」
    「……そうか。悪かったな」
     大火は顔を若干しかめつつ、床に落ちていたモールの帽子を軽く手で払い、頭に載せて返した。
    「フン。……で、あと一個、やんなきゃならないってのは、一体何だね?」
     大火はもう一度仏頂面を作り、静かに答えた。
    「……お前の言うように、俺は為政者の器ではないし、機を見て退くつもりだ。
     だが次の為政者、支配者にふさわしい者は、未だ現れない。手を挙げる奴、挙げようとする奴はどいつもこいつも、我欲にまみれた愚者ばかりだ」
    「まともに治められる奴がいなきゃ、折角キミが構築しようとするシステムも、満足に働くわけが無い。
     極端に言えば、次の時代を任せられるような奴が現れない限り、キミは仮初めの王で居続けなきゃいけないわけだね」
    「……せめて、あのジョーンズとか言う軍人が、まともであってくれれば幸いだったのだが」
    「あー、聞いたよ。勝手に王様を名乗って、街の奴らを皆殺しにしようとしたとか」
    「それに近いな。
     結局、為政者に適う人材は、まだ俺の前に現れていない。抑えつけるために、力を誇示し過ぎたようだ。今現在、俺の周りにいる大臣たちはどれも、俺の顔を見ようともしないから、な」
    「ビビらせ過ぎたねぇ。そんな状況ならむしろ、キミの命を狙うくらいの奴の方がいいかもね」
     そう言ってモールは、懐からぺら、と紙を差し出した。
    「うん?」
    「北方でね、キミに対する反乱組織が結成されつつある。
     リーダーは、イール・サンドラ元准将。どうやらキミを、ランド・ファスタ卿暗殺の犯人と決め付け、キミを亡き者にしようと企んでいるらしい」
    「……だから?」
     大火は肩をすくめ、モールが暗に示した案を却下しようとする。
    「俺を殺させ、イールを新たな王に立てろとでも言うのか? そんな茶番は御免だ」
    「だろうね。……でもね、克」
     モールはもう一度、大火の側に寄った。
    「アルが、……復活したんだ」
    「……なんだと?」
    火紅狐・猫討記 2
    »»  2012.01.25.
    フォコの話、373話目。
    心乱れるイール。

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    3.
     314年、9月。
     央北より強制退去を命じられたイールは、そのままフォコたちとも別れ、北方へと戻ってきた。



    「……なるほど。……では、ジーン王国に対して、今回の軍事行動による報酬は、支払われないようだな」
    「申し訳ございません、陛下」
     頭を下げたイールに、国王クラウスは小さく首を振った。
    「いや、いい。こちらの人的被害は、負傷者が数名のみであるし、軍艦を出した費用についても、軍事演習であったと割り切るつもりだ。
     こうしてサンドラ将軍、貴君も無事な身で戻ってきてくれたし」
    「……お言葉ですが、陛下」
     イールは顔を挙げる。
     それと同時に、彼女の足元にぽた、と涙が落ちた。
    「一名だけ、ここへ戻って来られなかった者がおります」
    「……存じている。……そうだったな、失言であった。
     サンドラ将軍、……しばらく、休暇を命じる。此度の戦い、誠に心身を削ったものであろう。ゆっくり静養し、心と体を癒せ」
    「……ありがたきお言葉、痛み入ります」

     ジーン王国首都、フェルタイルの小さな私邸に戻ったイールは、フォコと連絡を取った。
    《ええ、とりあえず僕の身に関しては、政治的には自由になりましたからな。溜まっとる仕事をちゃっちゃと整理して、来年くらいには、結婚式を挙げる予定をしとります》
    「そう、おめでと。……ねえ、ホコウ」
    《なんでしょ?》
    「あなたは、ランドが死んだと思う?」
    《……事実として、既に四ヶ月も経っているのに、ランドさんの消息はどこからも伝わってきてませんからな。
     僕が南海の奴隷島から脱出でけたように、ランドさんくらいの知恵者であれば、逆境やら災難やらから、いくらでも脱出でけるはずです。
     そんな話は世界中のどこからも、聞いてません。……となれば、実質的には》
    「……そう」
     イールはフォコの返答に、落胆せざるを得なかった。
    「希望は、無いのね」
    《イールさん?》
    「ホコウ。あたしは、あいつだと思ってるの」
    《あいつ、って?》
    「分からない? ランドがいなくなって、あいつが王様になったのよ。
     ずっとずっと、ランドの後ろでボーっと突っ立ってたのは、このためだったのよ!」
    《イールさん? どないしたんですか、落ち着いて下さい》
     語調を荒げ始めたイールをなだめようと、フォコはやんわりとした声をかける。
    「落ち着いて? 落ち着いて、ですって!? どうして、落ち着いてなんかいられるって言うのよ!?
     ランドが、あいつに殺されたのよ!? そしてあいつが、ランドが座るべきだった椅子を奪い去って、今ものうのうと座ってるのよ!?
     それを、落ち着けですって!? できると思ってるの!?」
    《その、イールさん、冷静になってくださいて。タイカさんが殺したっちゅう証拠、有るんですか?》
    「……無いわよ。でも、状況証拠なら十分じゃない。少なくとも、あたしにとっては十分よ」
    《早まったらあきませんで、イールさん。もっと冷静に……》「さよなら。お幸せにね」
     落ち着かせようとするフォコの通信を、イールは無理矢理に切り上げた。

     イールは窓を閉め切った私邸で一人、薄暗い燭台の灯りを頼りに、昼夜を問わず何日も、ガリガリと白紙の書にペンを走らせていた。
    (あいつには……、普通じゃ勝ち目はない。生半可な魔術じゃ、傷も付けられない。
     でも一度、あいつがピクリとも動けないくらいの致命傷を負ったことがある。そう、あの工場での戦い。モールさんに後で聞いたら、あの時ホコウと戦ってた奴から二太刀受けて、死にかけてたって。
     それが気にかかるのよ――あいつの強さは尋常じゃない。とても、真正面から向かって斬れるような相手じゃない。なのに、ホコウにあしらわれるようなハゲオヤジからの攻撃を、まともに食らったって言うの?
     よっぽど油断してたとしか思えない。……そう、そう考えると、あの時見た『アレ』は、辻褄が合うのよ。
     そう、溶鉱炉に落ちた刀の柄、ミスリル化珪素まみれの、二太刀食らったタイカ。全部つなぎ合わせれば、答えは一つ。……あいつは過信したのよ、自分の力を。
     あのハゲオヤジが持ってた剣は、なんかの魔法陣がゴテゴテと付けられてた。それを気にも留めず、『自分には絶対効くワケが無い』と信じて、自分の方から真正面に飛び込んだんでしょうね。
     そしてハゲオヤジに返り討ちに遭い、溶鉱炉に突き落された。……それが多分、あの時起こったコトの真相。……なら、あたしが執る作戦は、一つしかない)
     イールは何ページも、何十ページもにも渡り、ひたすら呪文を書き綴った。

     と――イールはその途中、背後で立った物音に気付く。
    「……誰?」
     振り返った先には、7年前に死んだはずの、あのフードの男が立っていた。
    火紅狐・猫討記 3
    »»  2012.01.26.
    フォコの話、374話目。
    将軍の離反と王国の体面。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「アルコン?」
     そう呼びかけたイールに、そのフードの男は淡々と答えた。
    「そうだ。ようやく北方へ戻ってきたな、イール」
    「タイカが、アンタを殺したって言ってたけど。どうして生きてるの?」
    「お前はあの男の言葉を信じるのか?」
     アルコンはギチギチとした金属的な音を立てながら、イールに近寄る。
    「お前の想い人を殺し、育ての親である私を打ち倒したあの男を、お前は信じるのか?」
    「……っ」
     その言葉に、イールは椅子を倒して立ち上がる。
    「それは、本当なの?」
    「ああ、そうだ。私はあの男によって……」「ソコじゃない!」
     イールは思わず、ガンと机を叩いて叫んでいた。
    「ランドを殺したのは、ホントにあの、タイカ・カツミだって言うの!? あたしはソレを、聞いてんのよッ!」
    「……そうだ。私には分かる。あの『黒い悪魔』こそが、諸悪の根源なのだ」
    「そう。……アンタのコトは、ずっと嫌いだったけど」
     イールはブルブルと震えながら、悲壮な笑みを浮かべた。
    「その意見だけは、あたしも賛成するわ。……あたしは今、本気で決意した。
     あたしが、あの『黒い悪魔』、タイカ・カツミを殺してやるわ」
     そう宣言したイールに、アルコンは籠手で固められた右手を向けた。
    「イール。よくぞ、決意してくれた。
     私の存在理由、お前をこの世界の女王にすると言う計画にとって、あいつは最優先に、排除しなければならぬ対象だ。
     これよりお前の潜在能力を、開花させよう。お前は真に、この世界を統べる女王となるのだ」
    「あたしの能力を、開花……?」
     尋ねたイールに何も言わず、アルコンは彼女の額に手を押し当てた。

     数日後、クラウス王の元に、驚くべき報告が届けられた。
    「サンドラ卿の私邸が、全焼……!?」
    「はい、今朝未明頃と思われます。放火したのは、恐らくサンドラ将軍本人かと」
    「どう言うことだ?」
    「本日、軍部宛にこのような手紙が送られておりました」
     手紙を受け取ったクラウス王は、読み終えるなり「ああ……」と声を漏らした。
    「何と言うことだ……」
     そこへ、騒ぎを聞きつけたレブが駆け込んでくる。
    「陛下、イール……、サンドラ卿の私邸が燃えたと聞きましたが……!?」
    「ああ。彼女は、もう止められない」
    「それは、どう言う……?」
     答える代わりに、クラウス王は手紙をレブへと手渡した。



    「国王陛下ならびに、ジーン王国軍本営御陣へ

     私、イール・サンドラはこの度、世界最大の逆賊、タイカ・カツミを討伐することを決意致しました。
     つきましては、被害や影響が及ぶことを鑑み、本日を以て将軍職を辞し、市井にて同志を募る所存です。
     どうかこれらの行為について、邪魔や、あるいは手助けをなさらぬよう。

    ジーン王国軍准将 イール・サンドラ」



    「これは……!」
    「非常に困ったことになった、と、……言わざるを得ない」
     クラウス王は、沈んだ面持ちで彼女の行為を嘆く。
    「今やカツミ氏は、強大な政治力と軍事力を有した、軽視のできぬ存在だ。
     彼に楯突く勢力を、彼女は恐らく、この地で集めるだろう。それが成功するにせよ、失敗に終わるにせよ、建国からまだ10年も経たぬ我が国にとって、政治騒乱の火種になりかねん。
     できることであれば、一刻も早く彼女を、……保護し、冷静にさせねばならんだろうが、それも難しいだろうな。何しろ、我が軍の二枚看板であったのだから」
    「……『であった』とか、『火種になりかねん』とか」
     レブは思わず、叫んでいた。
    「陛下はサンドラ卿をもう、厄介者扱いするのですか!?」
    「……しているのは彼女の方と言っていい。彼女は我々に、はっきり『邪魔をするな』と言ってのけたのだからな。
     それに勘違いしないでもらいたい、将軍」
     クラウスは額に手を当て、重たげなため息交じりに、こう弁明した。
    「私とて、彼女の身を少なからず案じているのだ。少しでも我が父の胸先が違えば、この国を治めていたのはあるいは、彼女だったのかも知れんのだからな。
     そして私自身も、多少形は違えども、それを望んでもいたのだ。彼女と歩んでいければどれだけ良かったか、とな」
    「それは陛下、もしかして、……いえ」
     レブはクラウス王の口走った言葉に、少なからず驚かされた。
    「……失礼致しました。執務に戻ります」
     そのため、レブはそれ以上クラウス王に詰問することをやめ、その場を去った。
    火紅狐・猫討記 4
    »»  2012.01.27.
    フォコの話、375話目。
    極秘会談。

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    5.
     クラウス王が懸念していた通り、イールの離反と反大火を掲げた私兵集めにより、北方沿岸部では少なからず混乱が起こっていた。
    「サンドラ将軍が挙兵したって、聞いたか?」
    「うんうん、聞いた聞いた」
    「何でも、新しく中央政府の主になったナントカってのを倒すんだとか」
    「あの『猫姫』が、相当頭に来てるらしい」
    「おお、こわいこわい」
    「……気になるのは山間部の方だ。サンドラ将軍が自分勝手に動いてるのに、止めようとも応援しようともしてないとか。まったく無視してるみたいだ」
    「何考えてるんだろうな、まったく!」
     元々より「猫姫」イールの人気は高く、彼女が離反すること自体が、ジーン王国にとっては憂慮すべき事態だった。「人気者」の彼女が離れれば、国民たちは離れた元、即ち軍部と王室政府には何らかの大きな問題があるのでは、と言う邪推をされやすかったためである。
     その懸念通り、ジーン王国沿岸部では、王国に対する不信感が、日に日に募っていった。そしてそれは、イールの同志集めをさらに容易なものにしていた。



     モールからの情報提供に加え、己の統治体制(システム)を揺るがす人間がいることを無視する大火ではない。
     大火は「魔術通信」により、クラウス王と直接会談を行った。
    「では、イールが俺に対する反乱組織を構築している、と言うのは確かなのだな」
    《ええ、……その通りです。私の方でも軍を使い、行方を追ってはいるのですが、成果は芳しくなく……》
    「……だろうな」
    《え?》
    「クラウス。芳しくない、と言ったが、実際のところはどうなのか、正直に言ってもらおうか」
    《え、いや、本当に成果は、その……》
    「挙がっていないどころか、逆効果になっているのではないか? 俺はそう、にらんでいるのだが」
    《う……》
     間を置いて、クラウス王の困り果てた声が、大火の脳内に返ってくる。
    《……仰る通りです。どうにか居場所をつかみ、説得、あるいは拿捕に向かわせても、その半数以上が帰ってきません。恐らく返り討ちに遭ったか……》
    「寝返った可能性もある、と言うことだな。……なるほど、お前にとっては真に、憂慮すべき事態だな。
     では、こうしよう。お前の軍勢では彼女を説得も、捕えることもできない。いや、できたとして、彼女の在野における人気は非常に高く、お前の国に悪影響を与えることは明白だ。つまるところ、彼女に対して何らかの手立てを講じても、逆効果となる可能性が非常に高い。
     一方で、狙われた俺が彼女を拘束ないし撃退しても、それは戦闘行為でしかないわけだ」
    《……つまり陛下、あなたが》
    「俺を陛下などと呼ぶな、クラウス王。以前通りに呼んでくれて構わん」
    《……タイカ、あなたがこの北方の地に、直接乗り込むつもりだと》
    「そうだ。……俺の予想では、お前への影響を彼女なりに考え、山間部には寄り付こうとはしないはずだ。恐らく沿岸部でのみ、同志集めをしているはず。
     お前はこの件に関し、『最初から関与していなかった。すべては彼女の独断であり、自分が動き出す前に事件は終わっていた』と言い張ることを要請、および推奨しよう」
    《え? ……では、この会談も》
    「俺とお前が偶然にも、同時刻に独り言を言っていた。それだけだ」
     大火はそこで、通信を切った。

     大火に言われた通りに、クラウス王はイール捜索に関するすべての対策を打ち切り、捜査資料もすべて破棄させた。
    「どう言うことですか、陛下!?」
     この行為は勿論、レブの知るところになった。
    「……この件に関しては、……市井の流れに任せることにした」
     そう返したクラウス王に、レブは目を丸くする。
    「本気ですか!? このままイールがタイカにやられても、いいって言うんですか!?」
    「もとより彼女は、カツミ氏との直接対決を望んでいた。……我々が止めても、彼女は飛び出すだけだ」
    「だからって……!」
     レブはわなわなと震え、踵を返そうとする。
    「どうする気だ?」
    「決まってる! このまま見殺しになんかできません! 俺は一人ででも、あいつを……」
    「それはならん! 傍観せよと、……いや」
    「傍観『せよ』? 誰にです? ……まさか陛下!?」
     レブはキッとクラウス王をにらみ、非難した。
    「タイカからそう命じられたと言うんですか!? 馬鹿な! 今や敵国のトップとなったあいつの命令を、国王のあなたが受けたと言うんですかッ!」
    「……」
     何も言えず、黙り込むクラウス王に、レブはもう一度、背を向けた。
    「……今日限りでジーン王国軍少将の地位を、退かせていただきます。あんたに対する忠誠心なんてのは、今この場で吹き飛んだよ」
    「……」
    「俺は勝手にやる」
    「ま、待て、ギジュン卿!」
     止めようとしたクラウス王に構わず、レブは立ち去った。
    火紅狐・猫討記 5
    »»  2012.01.28.
    フォコの話、376話目。
    急襲された反乱軍。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     双月暦315年、3月。
     イールの集めた反乱軍は、既にその規模を1千人に増やしていた。
    「サンドラ卿、次はどこへ、志願を募りに?」
    「そうね……、沿岸部へは一通り、声をかけ終わったし」
     問われたイールは、チラ、と背後のアルコンに目をやった。
     アルコンが現れて以降、イールは強力な魔力と強靭な身体能力を手に入れた。そこから発せられるカリスマ性が、元々の「猫姫」人気と相まって、反乱軍の規模拡大に貢献していた。
    「沿岸部での人員獲得は、既に限界だろう。山間部、あるいは北方大陸外に手を伸ばすべきだ」
     アルコンの答えに、イールは小さくうなずいた。
    「そうね。敵が海の向こうにいるのに、まだこっち側でウロウロしてるってのもね。そろそろ、海を渡る頃よ」
    「しかし、敵軍は先の戦いで数を減らしたとはいえ、まだ10万近くは……」
    「ソレは全体の話でしょ? 拠点防衛に関しては、半分の5万程度。しかもあたしたちの行軍にいるのは、さらに半分の3万程度。1千名くらいなら、偽装して侵入は可能だし、むしろ現地で混乱に乗じて人を募った方が、集めやすいかも知れない。
     そろそろ、中央大陸へ……」
     イールが決定を下そうとした、その時だった。
     ドゴ、と言う鈍く重い音が、彼女がふたたび本拠地にしていた小村、ブラックウッドに響き渡った。

     慌てて音のした方へ向かったイールは、街の北側にある岩壁に、大きな穴が開いているのを確認した。
    「攻撃されてる……!? まさかもう、攻めてきたって言うの!?」
    「落ち着け、イール。現状のはんだ……」
     イールを抑えようとしたアルコンの言葉が、途中で途切れる。
     彼のすぐ前に、今まさに標的と挙げていた男が立っていたからだ。
    「まさか」
     再び口を開きかけたアルコンの顔に、大火はがつっ、と音を立てて刀を突き立てた。
    「あ、アルコン!?」
    「イール。良く聞け」
     大火はアルコンの喉奥に刀を突き立てたまま、青ざめるイールに顔を向けて静かに告げた。
    「これから1時間半ほど後、ここから南西にある丘陵地帯に中央軍の兵士が一個大隊、集結する。
     逃げても構わんが、その場合は中央軍の勝利と宣伝させてもらう。戦っても構わんが、その場合は俺自らが出張る。
     故に、お前らに勝ち目は無い。その上で、余計な人的被害を出したくなければ、前者を選択することを推奨する。
     以上だ。この鉄クズは、俺が処分しておく」
     それだけ伝え、大火はアルコンとともに姿を消した。
     と、後から追いついてきた同志たちが、慌ててイールの元に集まってきた。
    「サンドラ卿、ご無事ですか!?」
    「お顔が真っ青ですが、お怪我でも!?」
    「……え……?」
     ほんの10秒、20秒程度の出来事だったためか――イール以外に、大火の姿を見た者はいなかった。

     ブラックウッドから離れた大火は、まだ刀で突き刺したままのアルコンに声をかける。
    「残念だったな、アルコン・サンドラ。いや、アル」
    「……! ナゼ、私ノ名前ヲ!?」
    「情報提供があった。お前がふたたびイール・サンドラを傀儡とし、世界支配に乗り出すと」
    「イ、一体、誰ガ!?」
    「こうした秘密の暴露をする際、提供者を明かさないのが定石だろう?
     そいつからの情報提供により、お前は俺の計画、そして今後の世界情勢にとって、著しく邪魔な存在だと認識している。このまま放っておけば、面倒なことになるのは明白。
     よってイールと共に、お前は消す」
    「コ、コノ痴レ者メ! 私ガ担ッタ崇高ナ計画、神ノ思シ召シヲ知ラズ、己ガ都合デ御子ヲ消スト言ウノカ!」
    「それはお前のことだ、鉄クズ。
     俺は徹底的に、臆面も無く『神』などと名乗る、痴れ者共を駆除する。それが俺の目的だ。お前の主人も、俺の弟子も含めて、な」
    「……? オ前ノ弟子? ドウ言ウ……」
     アルが聞き返す前に、大火はその頭部を粉々に砕いた。



     大火からの忠告を受けたが、元よりイールは論理的判断より、感情的判断を優先する性分である。
     このまま撤退し、仇敵に対して恥を晒すよりも、彼女は戦って散ることを選択した。
    「……愚か者め」
     先陣を切って丘陵地帯にやってきたイールを、中央軍の本陣から確認した大火は、周りにこう命じた。
    「敵将、イール・サンドラ卿に最後通牒を送る。それで投降するならば、そのまま全員を拘束する。
     だがもし、それに従わないと言うのであれば、交戦はやむなしだ。しばらくここで待て」
    「分かりました、カツミ様」
     大火は一人、丘陵地帯に向かって歩を進めた。
    火紅狐・猫討記 6
    »»  2012.01.29.
    フォコの話、377話目。
    猫姫と悪魔。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     丘の上に立った人影を見て、イールは思わず叫んだ。
    「タイカ! アンタね!?」
    「それは何についての質問だ?」
     応じた大火に、イールは苛立たしげに拳を震わせ、近寄ろうとする。
    「サンドラ卿! 危険です!」
    「罠があるかも……」
     止めようとした周囲の者を振り切り、イールは質問を重ねる。
    「ランドよ! ランドを殺したのは、アンタ!?」
    「殺した、と言う表現は適切ではない。代価を払った、と言うのが的確な……」「グチャグチャごまかしてんじゃないわよ! いいわ、あたしは確信した! アンタが犯人だってね!」
     イールは後ろを振り向き、皆にこう告げた。
    「あたしは、あいつと戦ってくる。それであたしが戻ってくれば、あたしの、反乱軍の勝ちよ。
     でももし、あたしが戻らず、代わりに中央軍がゾロゾロやって来るようなコトがあったら、……あたしの負けだと思って。そのまま、逃げていいから」
    「サンドラ卿……」
    「……じゃあ、行ってくる」
     イールは鞭を手に取り、丘の上へと向かった。

     丘の頂上まで登ったところで、大火が声をかけてきた。
    「イール。率直に言うぞ。これ以上、俺の邪魔をするな」
    「邪魔って、何? アンタを殺そうと付け狙ってるコト? そりゃあ、邪魔でしょうね」
    「分かっていないようだな」
     そう返した大火に、イールは自分でも不気味に思うほどの苛立ちを覚え、口からその感情を噴き出させた。
    「分からなくていい。どうせもう、あたしにとってはこんな世界、どうなったっていいんだもの。そう、アイツのいない世界なんて」
    「あいつ?」
    「ランドよ。アンタみたいなのには分かんないかも知れないけど、あたしはずっと、アイツのコトが好きだったのよ。
     そりゃ、何度あっちこっち誘ってデートしてもズレたコトばっか言うし、何度告白しても気付いてもらえなかったし、何やったってあたしに振り向いてくれなかったけど、……でも、……でも! 大好きだったのよ!
     だからタイカ、アイツを殺したアンタは生かしておけない! アンタさえ殺せれば、あたしはどうなったって構わないッ!」
     叫び切り、イールは腰に付けていたサイドパックから魔術書を取り出した。
    「ふむ」
    「消えろ、消えろッ、消えろおおおおーッ! 『ライデン』!」
     イールが呪文を唱えた瞬間、周囲の空気が一変した。

     始めに大火が気付いたのは、周囲のパチパチとした、気泡のような炸裂音だった。
    「これは……」
     術の発動と同時に、イールが持っていた魔術書は、ブスブスと煙を上げ始める。
     そしてイール自身も、髪や服の表面に、わずかながら煙が立っている。
    (周囲の電荷量が異様に増大している……。『雷』の術であるのは明白だが、……これほど急激に、広範囲にわたって膨れ上がるのは……)
     異状を察知し、大火はその場から離れようとする。
     だが、いち早くイールが鞭を使い、大火の腕をからめ捕る。
    「む……」
    「ドコ行こうって言うのよ、タイカ? 言ったでしょ、生かしておけないって?
     うふふ……、まさかあたしがこんなにすごい術を使うなんて、思っても見なかったでしょうね? アンタ、自分以外はみんな弱っちいヤツと決め付けてるから、こんなコトになるのよ。
     ……にしても、思った以上にひどいコトになりそうね、この分だと」
     パチパチと鳴っていた炸裂音は、やがてバチ、バチッと激しく、甲高く音を変える。
    「この術は一回発動したら、もう止められないわ。周囲は限界一杯まで帯電し、ちょっと動くだけでも……」
     そう言って、イールはぐい、と鞭を引く。すると途端にパン、と火花を立て、鞭は焼き切れた。
     だが、大火は動かない。
    「あら、もう逃げないの?」
    「もう間に合うまい。逃げた瞬間、俺に蓄積された静電気が静電誘導を起こして放電し、俺は一瞬で黒焦げになるだろうから、な」
    「んー……、まだ何言ってるのか分かんないけど、分かってはくれたみたいね。
     そうよ、もう何したって、無駄」
     イールの長い緑髪も、大火の濡羽のような癖のある黒髪も、蓄電によりごわごわとうねっている。
     そしてその先からなお、パチパチとした音が鳴りやまないでいた。
    「でも、もう一度言うわ。
     あたしはどうなったって構わないのよ。そう、黒焦げになったって、構やしないの。ソレでアイツのところに逝けるなら、何だってするわ」
    「……イール。お前は勘違いしている」
     大火は彼女に向かって、ある事実を伝えた。
    「……は?」
     それを聞いたイールは、責めるような視線を大火に向けてくる。
    「何言ってんの? アンタが殺したって……」
    「あの鉄クズからそう聞いたのか? それはあいつが、実際に見たと言ったのか? そしてお前も、実際に見たと?」
    「……言って、ないけど。でも、状況的には……」
    「物的証拠なしに自分で思い込み、挙句に勝手な判断で暴走、か。リーダーの器とは思えんな」
    「……じゃあ。……じゃあ! 逆に証拠はあるの!? あいつが……」
    「耐え切れれば、見せてやろう」
     大火はす、と一歩引く。
    「この状態から自然に放電するのを待っていては、数時間を要する。
     その間ずっと中央軍、もしくはお前の率いた反乱軍は待つだろうか? いや、いずれはここへ進入し、そうなれば地獄絵図と化すだろう。
     お前はそれを望んでいるのか? 少なくとも、俺にとっては望ましい光景ではない」
    「……どうすれば、いいの? どうしたら、皆を巻き込まずに済むの?」
    「もう一度言うぞ。耐え切れ」
     大火は刀を抜き、術を唱えた。
    「……とは言え俺も耐えられるか、流石に自信は無いが、な」
     大火は刀を掲げ、術を発動する。
     次の瞬間、辺りは眩い光に包まれた。
    火紅狐・猫討記 7
    »»  2012.01.30.
    フォコの話、378話目。
    不胎化された反乱。

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    8.
     イールと大火の様子を、固唾を呑んで見守っていた反乱軍は、丘の上から空へと、極太の稲妻が放射されたのを見た。
    「な、なんだ、あれは……!?」
    「サンドラ卿だ! サンドラ卿が、『雷』の術を使ったんだ!」
    「じゃあ、交渉は……」
    「決裂した、……か」
     それから10分後、丘から一人、降りて来るのが確認された。
    「あ……、ああ……」
    「『黒い悪魔』……」
     やって来たのは、全身からブスブスと煙を立て、顔の至る穴から血を流した、大火の姿だった。
    「……最後通牒を言い渡す」
     今にも倒れそうなその姿に似合わない、淡々とした、しかししっかりとした口調で、大火は投降を促した。

     イールが倒れたことを悟った反乱軍は、大火の説得に、素直に応じた。
     反乱軍は即座に中央軍によって拘束・拿捕され、全員が2ヶ月の懲役刑を言い渡された。



    「……そうか、間に合わなかったか」
     ジーン王国軍を離れ、単身反乱軍に参加することを決意したレブだったが、彼が沿岸部、グリーンプールに到着し、彼らの本拠地を探そうとしたところで、既に反乱軍が投降していたことを、現地の兵士から聞かされた。
    「サンドラ卿はどうなった?」
    「遺体は見つかっておりませんが、死んだものと思われます。
     私も人づてに聞いただけですが、交戦の現場は、それはもうひどい有様だったようで」
    「どこだったんだ?」
     レブは兵士から場所を聞き、そこへと向かった。

    「ここか……」
     ブラックウッド近隣の丘にやって来たレブは、その惨状を目にした。
    「……確かにひでえな」
     丘の頂上だったと思われる場所はひどく焼け焦げ、クレーター状にえぐられていた。
    「どんな戦いだったか、……一目瞭然ってやつだな。こりゃ確かに、死体も残らなかっただろうな」
     レブはクレーターを降り、その中心点、爆心地へ向かう。
    「ここでの戦いから、1週間は経ってるって聞いたが……、焦げ臭えな、まだ。
     ……ん?」
     レブは真っ黒に焼け焦げた地面に、何かが埋まっているのに気付く。
    「これは……、魔術書か? ……つっても俺には、さっぱりだけど」
     表紙こそ半ば炭化していたものの、中身はほぼ原形を留めており、記述された呪文や魔法陣はほとんど損なわれていなかった。
    「……マフスなら分かるかな。……他に何も無さそうだし、帰るか」

     レブは山間部に戻り、既に自分の妻となっていたマフスに、その焦げた魔術書を見せた。
    「これは……、ええ、多分イールさんの書いたものだと思います。わたしも何度か、イールさんの研究内容を見せていただいたことがありますし、筆跡や構文に、見覚えがあります」
    「そっか……。死体も残ってなかったらしいし、家も全焼。あいつの遺品は、これだけだ」
    「そうですか……。ひどい話ですね」
    「……ああ、ひどいな。恐らく俺が助太刀したところで、結果は変わらなかっただろう。
     タイカの実力は、俺もよく知ってる。こうなることは、予想できなかったわけじゃない。正直な話、陛下がイールを見捨てたことを、納得してる自分もいるんだ」
    「あなた……」
    「……馬鹿だなぁ、俺。それを分かってたってのに、陛下に唾吐いちまった。
     どーすっかなぁ、これから」
     虎耳をゴシゴシとこするレブに、マフスはにこっと笑いかけた。
    「それなら、わたしの故郷に来ては如何かしら」
    「お前の? ……ああ、いいかもな」
    「あなたの経歴なら、向こうですぐに仕官もできるでしょうし。どうかしら?」
    「……ま、そうだな。納得したっつっても、俺にはもう、王国に付いてく気は無いし。
     お前と一緒に、新しい生活を始めるのが一番いい」
    「うふふっ」



     レブ・マフス夫妻は北方を離れ、南海ベール王国に渡った。
     その後、レブはベール王国の将軍として迎えられ、後に護国卿へと昇進。軍人として高い名声と実績を積む一方で家族にも恵まれ、南海で幸せに一生を過ごした。

     一方、「猫姫」イールを見離したとされ、国民からの支持を一時失ったジーン王国ではあったが、後に反大火派であることを公言し、支持を回復。諸般の事情から、大火はこれを黙認した。
     その事情――316年に行われた「サウストレードの大交渉」こそが、後に「黒白戦争」と呼ばれるこの長い戦いの、終着点となる。

    火紅狐・猫討記 終
    火紅狐・猫討記 8
    »»  2012.01.31.
    フォコの話、379話目。
    放置され続けた独立問題。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     北方で起こった反乱を鎮め、大火統治による中央政府の権威と威光は、改めて拡大の傾向を示していた。
     しかし一方で、既に大火による粛清から1年余りが経過しており、大臣級・閣僚級の者たちの中には、大火に対する恐怖が鈍くなり始めた者もいた。
    「カツミ様。央北における統治は、十分になされたものと、我々は考えております。そろそろ央中および央南に、我々の威光を今一度、知らしめては如何でしょうか?」
     この大臣のように、あたかも自分が中央政府の権力を握っているかのような発言をにじませる者も少なくなかったが、大火にとっては――。
    (もし俺がここで降りようものなら、こいつらは途端に図に乗るだろうな)
     未だ「システム」維持に足る人材を見つけていない大火は、進言してきた大臣に対し、否定的な態度を執った。
    「なるほど、一理ある。だが俺の目の届かぬ場所はまだ多い。そこで俺にとって不利益なことが計画されていない、とは断言できない。
     まだしばらくは、内政を重視しようと考えている」
    「ですが、カツミ様。つい先日にも北方へ向かわれたわけですし、そろそろ外交にも目を向けられては如何でしょうか? 央南でも、動きがあるとのことですし」
    「動き?」
     尋ねた大火に、大臣は得意満面に説明しようとする。
    「央南の名代問題です。元々の名代一族であった清家を、焔軍なる者たちが……」「その件に関しては、十分に知っている。俺自身が関わっていたからな」「あ、そ、それは勿論、存じておりますが」
     反論されつつも、大臣は説得を続けようとする。
    「しかし前政府でも、この問題は決着していない、と言うか、オーヴェル帝が反故にしようと艦隊を差し向けた次第で……」
    「ふむ」
    「その艦隊も、実は『黒い蓮』に寝返ったと言いますし、……ああ、いや、これもご存じのことであるとは存じますが、……ともかくこの問題については、中央政府側からは実質的に、何の対処もできておらず、この数年間、保留の状態にあります。
     カツミ様、あなたの代になっても未だ、こちらからは通達も、何もしていない状態です。このまま放っておかれては、央南は我々の意向を無視し、独断専横を始めることは確実。
     最悪の場合、離反や独立、あるいは前政府で危惧された、央南全土を挙げての宣戦布告もあり得るかと」
     と、こうまくし立てられた大火に、ふと、ある考えがよぎった。
    「……」
    「カツミ様?」
    「……ああ、聞いている。
     なるほど。言われてみれば確かに、放任にしては少しばかり、度が過ぎたな。
     一つ、『通信』を送ってみるか。その上で必要があれば、出向いてみよう」
    「ええ、そう、そうです! 是非とも!」
     あからさまな大臣の態度に、大火は釘を刺しておいた。
    「言っておくが、単騎と言う条件であれば、俺は今すぐにでも、一瞬で、央南へ向かうことができる」
    「え?」
    「逆に見れば、一瞬で向こうから戻ることも可能だと言うことだ。それを忘れるなよ」
    「……はい。肝に銘じておきます。決してその、鬼の居ぬ間にとか、そう言うことはありませんので、……あ、いえ、鬼と言うのは言葉の綾でして、他意は……」
     もごもごと弁解する大臣に背を向け、大火はその場を離れた。
    「では、準備をしてくる。もし出向くことになれば、不在の間は頼んでおくぞ」
    「……あ、はい。いってらっしゃいませ」



     一方、央南の白京では――。
    「結局のところ、あの戦い以降は、中央政府からは何も言ってこない、……と言うことですね」
    「左様にございます、殿下」
     玉座に座り、玄蔵から話を聞いた双葉は、落ち着いた口調で問いかける。
    「既に、克氏が中央政府を掌握してから2年近くになると言うのに、我々に対してはこれまで通りに清家が統治せよとも、焔家に権限を渡せとも、何も言ってこない。
     ここまでで、わたしの認識に誤りはありますか、閣下?」
    「いいえ、ございません。……殿下、何故突然、そのような話をされるのです?」
    「わたしも央南での戦の時のように、幼いままではありません。齢18、世界に『目』を向ければ、この歳で一国の主になる者もいると言いますし」
     双葉はわざと、目を隠している布に指を当てて見せる。
    「は、はは……、ええ、そうですな」
    「……わたしの冗談、お気に召さなかったかしら」
    「あ、いえ。そんなことは」
    「蓮蔵さんは笑ってくれましたけどね」
    「え?」
    「こちらの話です。
     わたしが言いたいのは、その気になれば盲人のわたしも、政に携わることができる、と言うことです。目は見えずとも、耳は聞こえますし、頭も鈍くありませんから」
    「まあ、確かに不可能ではございますまい。とは言え、今も実質的に、我々がこの白京を占領しているのですから、我々をないがしろにはしていただきたくは無い」
    「存じております。……そこで閣下。わたしと、もう一人から、ある提案があります」
    「ある提案?」
     玄蔵が聞き返したところで、王の間の戸を叩く者が現れた。
    火紅狐・闘焔記 1
    »»  2012.02.02.
    フォコの話、380話目。
    焔統領、驚愕す。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「誰だ?」
     聞き返した玄蔵に、若い男の声が答える。
    「僕です」
    「お前か。どうした?」
     す、と戸を開き、一人の青年が入ってきた。
     玄蔵の長男、焔蓮蔵である。
    「双葉殿下が言っていた『もう一人』と言うのは、僕のことです」
    「うん?」
    「そこからは、わたしが」
     双葉は蓮蔵に手招きしつつ、こう提案した。
    「わたしの家系、つまり清家と焔家とが親戚関係になれば、話は早いのでは、と言うことです」
    「なぬ?」
    「名代職は同一の家系に与えられる、と言うのが、確か世界的な法で定まっていたとのことですし、それならば一番揉めずに済むのは、わたしがそのまま女王となること。
     とは言え、それでは焔家の立つ瀬は無い。それなら、わたしの婿に焔家のどなたかがなっていただければ、話はまとまるのでは、と。そう考えたのです。
     わたしと、蓮蔵さんが」
    「……つ、つまり? 蓮蔵、お前?」
    「はい」
     蓮蔵は深く頭を下げ、こう返した。
    「双葉殿下、……いえ、双葉とは、実はかなり前から深い仲になっておりまして」
    「それで、思い付いたのです。両家にとって一番話がまとまるのは、『これ』ではないか、と」
     話を聞き終えた玄蔵は、ぽかんとする他なかった。
    「……なんと。……気付かなんだ」
    「すみません、父さん」
     再度頭を下げた息子に、玄蔵はゴツ、と軽く拳骨を見舞った。
    「この馬鹿者っ。よりによってやんごとなきこの方を、口説いたと言うのか!」
    「いえ。わたしの方からです」
     しれっと双葉に返され、玄蔵はもう一度唖然とする。
    「色々とお世話をして下さるうちに、つい」
    「つい、……では済まないでしょう! まったく、ご自分の身分をどう思ってらっしゃるのか!」
    「ええ。これが数年前の政治事情であれば、『つい』では済まなかったでしょう。
     でも焔軍がこの都を占領し、名代問題も片付いていない今であれば、これは逆に、『良い話』ではないでしょうか」
    「……うーむ」
     玄蔵は頭やヒゲをクシャクシャとかきながら、その場をウロウロと回り始めた。
    「うーむ」
    「父さん、あの」
    「うーむ」
    「本当に、その」
    「うーむ」
     蓮蔵が何を言っても、玄蔵の耳に入ってこない。
     と、双葉が立ち上がり、玄蔵に声をかけた。
    「お義父さま」
    「うー、……えっ、な、義父ですと!?」
     ようやく立ち止まった玄蔵に、双葉は続けてしれっとこう言ってのける。
    「そうでしょう? わたしと蓮蔵さんが結婚すれば、あなたはわたしの義父です」
    「……いや、それはそうでありますが」
    「それとも反対なされますか? 他にもっといい案がおありであれば、諦めます」
    「い、いやいや! そんな! ……あー」
     玄蔵は深々とうなずき、ため息交じりにこう返した。
    「……そうだな。これ以上の良案は、かのファスタ卿とて思い付くまい。……いやむしろ、あの朴念仁では、この案には至るまいよ。
     相分かった、早速婚儀の準備を進めるとしようか」
    「ありがとうございます、閣下」
     にこっと笑いかけた双葉に、玄蔵も苦笑いを返すしかなかった。

     と、そこにまた、王の間の戸を叩く者が現れた。
    「焔統領、中央政府の克氏より『通信』が入っております」
    「……なに?」
     つい先程まで和やかだった雰囲気が、一瞬にしてぴりっと緊張した。
    「こちらです」
     伝令から受け取った「頭巾」を取り、玄蔵は応答する。
    「……焔軍統領、焔玄蔵だ」
    《久しぶりだな、玄蔵》
    「おう。……要件は何だ、克」
    《この数年保留としていた件を、処理しようと思い立ったので、な。
     中央政府からの要求としては、元通りに名代として清家を立て、これまで通りに歳入額の年15%を『寄進』、ではなく『上納』するように、とのことだ》
    「15? ……ちと、待て」
     玄蔵は伝令に、清王朝の左大臣だった尾形卿を呼ぶよう指示しつつ、大火と話を続ける。
    「拙者は正直に言えば、政治や経済にはさして明るくは無い。無いが、それはちと、高過ぎるように思うのだが」
    《確かに戦前、清王朝の叛意が明らかになる前は、1.5~2%を前後していたそうだ。
     しかし中央政府側の意見としては、『前中央政府が倒れる原因の一端には、清王朝が引き起こした央南の混乱も加味される。その責任を、金銭で支払う形で取ってほしい』とのことだ》
    「……先程から聞くに、克よ。お主の意見では無く、中央政府の大臣共の意見ではないのか、それは?」
    《その通りだ。俺個人としては、こんな課税などどうでもいい。はっきり言ってしまえば、無くとも十分に運営可能だから、な。不必要に国庫を肥やす名目にしか思えん》
    「ならば何故、お主はそれを拙者らに通達、提案する? お主の地位と性情なら、己の気に食わん意見なぞ、いくらでも撥ね付けられよう」
    《……玄蔵。大臣を呼んだようだが、そいつに聞かせるなよ、ここからの話は》
    「うん……?」
     少しして、尾形卿が玄蔵の元へとやって来たが、丁度そこで、玄蔵は「通信」を切ってしまった。
    火紅狐・闘焔記 2
    »»  2012.02.03.
    フォコの話、381話目。
    良い話と悪い話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「あ、あのー? 私に御用と言うのは、なんでしょうか……?」
     尾形卿が恐る恐る、玄蔵へと声をかける。
    「ああ、うむ。……尾形卿、良い話と悪い話がある」
     玄蔵は「通信頭巾」を脱ぎながら、落ち着いた声を作って、こう説明した。
    「まず良い話であるが、双葉殿下がそこの、拙者の不肖の息子である蓮蔵を、その、見初められてな。当人同士で話された結果、婚姻を結びたいと仰られた」
    「なんと」
     尾形卿はぴょこ、と猫耳と尻尾を立て、嬉しそうな顔になった。
    「それは良いお話でございますね。清家と焔家が結べば、ここ数年続いた問題にも、良好な形で片が付けられましょう」
    「それに関連して、だが。悪い話と言うのが、こうだ。
     中央政府が克大火主導の元、新たに動き出したのは知っておろう?」
    「ええ、存じております」
    「今しがた、その克から連絡が入った。以前と同様に、清家を名代とする統治体制を維持するようにと。
     そして従来から存在していた1.5~2%と言う奉納金も、上納金と名を変え、割合も15%と増やして、これまで通り送るようにとのことだ」
    「……はい? おいくつですって?」
    「15だ」
    「……ご、ご冗談を。ただでさえ2%でも、我々にとっては少なからず重荷となっていた額でございます。それを15だなどとは、我々に死ねと言っているようなもの! あまつさえ、先の戦争で発生した莫大な額の国債を、少しずつでも返済しなければならないと言うのに、そんな大金を毎年納めていたのでは、利子も払えませんぞ!?
     到底その額では、私も含め大臣、家臣一同、納得できません!」
     温和な尾形卿には珍しい、真っ向からの反対に、玄蔵も深くうなずくしかない。
    「左様、拙者もこれには反対した。しかし克からは、『もしこの要求が通らなければ、再び大艦隊を差し向けることになる』と返ってきた」
    「そ、それで閣下、何とお答えに?」
    「……つい、頭に血が上ってな。突っぱねてしまった。『そんな業突く張りの要求を呑むほど、拙者らは寛容にござらんし、愚昧でも無い! そんな寝言を吹かすような輩を上君と信奉するくらいなら、央南は中央政府より決別する!』、……とな」
    「なっ、……何と言うことを」
     先程とは一転して、尾形卿の猫耳と尻尾はしおしおと垂れる。
    「そ、それでは中央軍が再び、この地へやってくると言うことですか!?」
    「……いや、……そうはならんだろう」
    「……克氏が、お許しになったと言うのですか」
    「その点に関しては、逆と言えるな。
     克は激昂したらしくてな、『では貴様とお前とで決着を付けよう。その結果次第で、お前らに対する措置を検討する』と言って、通信が切れた」
    「それは、つまり、……どう言うことです?」
     青ざめた顔の尾形卿に、玄蔵も額に汗を浮かべながら、こう答えた。
    「一騎打ちだ。拙者と、克とでな。拙者が勝てば、央南は中央政府の軍門から脱却、独立が認められる。だが負ければ、上納金15%では済まぬだろうな」
    「か、……勝ち目は、……いえ」
     尾形卿も、大火の強さについては何度も耳にしている。
     予想を口にするのを恐れたのか、尾形卿はそのまま踵を返し、立ち去ってしまった。

     玄蔵と蓮蔵、そして双葉の三人だけになったところで、双葉が口を開いた。
    「もう、義父上とお呼びしてよろしいでしょうか?」
    「う、うむ」
    「では義父上。わたしには、義父上が今、尾形卿に伝えられた話と、『頭巾』で話されていたものは、まったく違う内容ではないかと思っていたのですが」
     双葉の言葉に、玄蔵はポリポリと頭をかいた。
    「殿下の目、あ、いや、……耳はごまかせませんな」
    「わたしが義父上と呼ぶのですから、義父上も双葉と呼んでくださって結構です」
    「……双葉殿、仰る通りです。克より、『そう言っておけ』と指示がありました」
    「やはり、そうでしたか。声色に、嘘が混じっていたように感じられたので」
    「本当は、『私見としては、神権政治だの『世界平定』構想だのが破綻した今、中央政府が央南までわざわざ威光を示す理由は無い。よって、お前らに央南を任せることにし、その案を大臣たちが納得するよう、一芝居を打ちたい。……ただし、腕の一本程度は覚悟してもらうが』とのことでした」
     玄蔵の返答を聞き、双葉は頬に手を当てつつ、首をかしげる。
    「……話の内容は理解できたつもりですが、その意図が分かりかねますね。どうして自ら、領土を狭めるようなことをなさるのか」
     双葉の問いに、玄蔵も首をひねるしかなかった。
    「拙者にも皆目、見当は付きません。しかしこれは、かなり有益な話です。
     乗らない手は無いでしょう」
    火紅狐・闘焔記 3
    »»  2012.02.04.
    フォコの話、382話目。
    一騎打ち。

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    4.
     玄蔵と大火の密談から3ヶ月後、両者の決闘の場が、白京郊外に立てられた。
     決闘場には中央軍と焔軍の幹部、清王朝の重臣、そして双葉と蓮蔵とが見届け人として集められ、二人が揃うのを待っていた。
    「待たせたな」
     と、真っ白な紋付袴に赤い鉢巻とたすきで待ち構えていた玄蔵の前に、いつも通りに真っ黒な出で立ちで、大火が現れた。
    「こんな乱暴な決定は、普通なら閣僚級の決議などで通るどころか、提案されるはずもないのだが」
     そう前置きしつつ、大火は中央政府での決定事項を、改めて伝えた。
    「俺とお前との一騎打ちに、央南統治における諸権利の全決定権を委ねることを、奴らは満場一致で承諾した。
     よほど、俺が勝つものと確信しているらしい。もっとも玄蔵、お前の側の見届け人たちも、そう思っているようだが、な」
     大火の話に、玄蔵はわざとらしく笑って見せる。
    「かっかっか……、まこと、盲信とは恐ろしきものよ」
    「うん?」
    「勝負事に絶対なぞござらん。敵がどれほど鬼神や悪魔の如き強さを持っていると言っても、それ即ち勝利に値する、と言う論理は成立するまい。
     どんな前評判があろうと、いざ勝負に入れば『まさか』はいくらでも起こりうるものよ」
    「……クク、違いない」
     大火は刀を抜くが、まだ構えはしない。
    「決着についてだが、流石に殺す、殺されると言うような野蛮極まりない判定では、今後の統治や評価に関わるし、何よりあまりに原始的で、無粋に過ぎる。
     そこで、だ」
     大火は空いた左手で、自分の眉間と肩、そして腕と胸、腹を指差した。
    「この7ヶ所のうち3ヶ所に、先に刀を当てた方を勝ちとしよう。傷の有無は問わん。それでいいか?」
    「結構」
     玄蔵が刀を抜き、正眼に構えたところで、大火も刀を右手一本で、脇に構えた。
    「始めるぞ」

     玄蔵は当初、「燃える刀」を使うかどうか、逡巡していた。
    (使えば確かに、克に一太刀くらいは浴びせられるかも知れぬ。……とは言え、その一太刀が有効打となるかは、別の話だ。
     それにこの決闘、有効打以外の取り決めをしていない。克も賢しい男だ、恐らくわざと取り決めておらんのだろう。……そう、拙者が『火刃』を使えば、克も『一閃』や『五月雨』を、堂々と使ってくる。この勝負は暗に、そう言う条件付けがなされているのだろうな。
     強い手を一度使えば、相手もより一層の強い手で攻め返す――この勝負、軽々には動けぬ。長期戦は、必至であるな)
     と、大火が声をかけてくる。
    「来ないのか?」
    「う……ぬ」
    「来ないなら、こちらから行くぞ」
     そう言うと、大火は脇構えを崩さず、じり、と一歩分にじり寄ってきた。
    「く……」
     促される形で、玄蔵も一歩、前へと進む。
     やがて両者が互いの間合いに踏み込むか踏み込まないかのところまで寄ったところで、大火が仕掛けてきた。
    「はッ!」
     大火は脇に構えていた刀を片手のまま、打ち上げるように振り払う。
    「ふん……ッ」
     それを見切った玄蔵は、向かってくる刀を弾こうと、両手を振り下ろし、自分の刀を叩き付ける。
     だが、大火の振るった刀は予想以上に重たく、逆に玄蔵の刀が弾かれてしまった。
    「うお、……ッ!」
     弾かれたことで、玄蔵の構えは強制的に、上段構えへと変わる。
     がら空きになった腕、そして腹に、大火が手首を返し、もう一度払いをかけてきた。
    「……させるかあッ!」
     玄蔵は上段になった構えから、ぐるりと腰を左に引いてのけぞらせる。間一髪のところで、大火の刀は玄蔵を捉えられず、ひゅんと音を立てるだけに留まった。
    「……ふうっ、……はあ」
     玄蔵は三歩ほど下がり、もう一度刀を構え直す。
    「いやいや、やはり貴様はなかなかの剣豪、右手一本で振るう太刀筋が、これほど重いとは」
    「お前は両手で握りしめている割には、柔すぎるな」
    「はは、失礼仕った」
     玄蔵はすっ、と短く息を吸い込み、続いて叫んだ。
    「……では、今度はこちらから参るぞッ!」
     玄蔵は離した間合いを、今度は自分から狭めていった。
    火紅狐・闘焔記 4
    »»  2012.02.05.
    フォコの話、383話目。
    未来をかけた真剣勝負。

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    5.
     玄蔵には最初、一つの楽観的な予測、期待があった。
    (わざわざ大艦隊や口八丁、手八丁の官僚共を差し向けるでもなく、己の身一つで交渉に来たくらいだ。
     ならばこの一騎打ちに関しても、実のところは半ば八百長――苦戦しているように見せかけて、結局は拙者側が勝つように、水を向けて来るのではないか?)
     そう考え、対決に臨んだのだが――。
    (……まずいな。彼奴は、手加減する気が無いらしい。
     いや、確かに『一閃』や魔術を使ってはこない。それは確かに手加減と言える。使われたら、ひとたまりも無いからな。
     しかし、剣術本体に関しては――これは迷いない、本気の太刀筋だ)
     一騎打ちが始まってからまだ3分も経っておらず、間合いに踏み込み刀を交えたのは、たった数合に過ぎない。
     しかし玄蔵は、まるで一晩中全力疾走したかのような、極度の疲労を覚えていた。
    (拙者の人生の中で最も過酷な勝負となるな、これは)
     彼自身から技、術を教わっている故に、玄蔵も十二分に、大火の実力を理解している。その情報が玄蔵に、この勝負に勝ち目が無いことを悟らせていた。
     しかし――玄蔵は勝負を放棄しようとは、全く思っていなかった。
    (拙者がここで引けば、央南は今度こそ荒廃し、草一つ生えぬ荒れ地となる。
     15%もの上納金、武力による圧力外交、……そして何より、克からの恐怖。もしここで拙者が負けるようなことがあれば、それらが一挙に、央南の地を焼くことになろう。
     それは、……ならん! あってなるものか!)
     一瞬だが、玄蔵はチラ、と見届け人席に座る、手を取り合って見守る双葉と蓮蔵に目をやる。
    (あの二人の未来のためにも、……央南の、未来のためにもだ!)
     玄蔵はすう、と大きく息を吸い、大火に飛びかかった。
    「でえやあああーッ!」
     玄蔵は勢いよく刀を振り下ろし、大火の額を狙う。
    「……」
     大火はそれに応じて刀を上に構え、防御しようとする。
     しかし玄蔵はぐっと右脚に力を入れて体を止め、己の姿勢を無理矢理に低くする。
    「……っ」
     上段に構えたため、大火の胴はがら空きになっている。
     その一瞬の隙を突き、玄蔵は半ば転倒したような体勢で、大火にぶつかった。
    「う、……っ」
     長身の大火が、ぐら、と揺れる。
    「はあっ、はあっ……」
     玄蔵はばっと身を翻し、ふたたび構え直した。
     だが――。
    「ち、父上!」「お義父さま!」
     玄蔵の右肩から、だくだくと血が噴き出していた。
    「く……、流石に無傷では済まなんだな。……しかしこれで」
     大火の着ていた黒いシャツにも、切り傷が付けられている。
    「1勝1敗、と言うところか」
    「……もっともその一勝を得るのに」
     大火も体勢を整え、構え直す。
     ボタボタと血を滴らせる玄蔵に対し、大火の方は特に失血している様子は無かった。
    「多少、高く付いたな」
    「それでも勝ちは勝ちだ。あと2勝挙げれば、拙者は堂々、勝利を誇れる」
    「そう上手く行けばいいが、な」

     虚勢を張ったものの、この時点で既に、玄蔵はただならぬ寒気を右腕から感じていた。
    (まずいな……。少しばかり深いぞ、この傷)
     玄蔵は羽織を破り、肩にきつく巻きつける。
     その間、じっと自分を見ていた大火に、玄蔵は脂汗の浮いた笑顔を向け、こう尋ねる。
    「どうした、克。拙者は今、動けんぞ?」
    「傷の手当てくらい、待ってやる。俺は傷を負わんし、それくらいの条件を付けんと、釣り合わんだろう?」
    「……くっく、それは痛み入る」
     傷の手当てを終え、玄蔵は右手を一度、閉じ、開いてみる。
    (動くことは動く、……が。それでもしびれた感じがあるな。
     あと2ヶ所ではあるが、いきなり利き腕が犠牲になるとは。……しかし)
     玄蔵は両手で、刀を構えた。
    (あの悪魔、克大火に刀を当てられたのは、間違いなく僥倖。『できる』と言うことだ。
     勝負は負けと、決まったわけでは無い!)
    「待たせたな克、再開だ!」
     玄蔵は今一度、己を奮い立たせるべく、大声を発して大火と対峙し直した。
    火紅狐・闘焔記 5
    »»  2012.02.06.
    フォコの話、384話目。
    悪魔の厚意。

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    6.
     一騎打ちの開始から、20分余りが経過した。
     玄蔵は何度も己を懸命に扇動、鼓舞し、奮い立たせ、胴に続いてどうにかもう一太刀、大火に浴びせることはできた。
     しかしその計二太刀を獲得する代わりに、玄蔵はかなりの深手を負っていた。
    「ふっ、ふっ、……はあっ」
     一太刀目に右肩を、そして二太刀目には額を斬られ、真っ白だった装束は既に、半分近くが血で赤く染まっている。
    「玄蔵」
     と、大火が声をかけてきた。
    「その失血、既に命に関わる量に達しているはずだ。降参する、と言うなら、聞かんでもないぞ」
     降参を促しつつ――大火は一瞬、パチ、と片目を閉じて見せた。
    (……? どう言うつもりだ?)
     その意図を探り、玄蔵はほんのわずか、周囲に目を向ける。
    (見届け人には……、今の合図は見えていまい。克は今、彼らに背を向けているのだから。
     つまり、……拙者に何かをさせて、華を持たせてやろう、と言うことか?)
     玄蔵は思考をまとめ、大火に答えた。
    「……気遣い、誠に痛み入る。確かにお主の言う通り、体中にいささか寒気が走っている。このまま戦えば、死に至るやも知れん。
     だが、……それは負けても同じこと! ならば拙者、敵に背は向けんッ!」
     玄蔵はそう叫ぶなり、大火に向かって走り出した。
    「……」
     大火もそれに応じ、刀を構えて見せたが、明らかに一呼吸分、動作を遅らせている。
     そしてさらに、声には出さず、唇の動きだけで、玄蔵にこう伝えてきた。
    《左胴を狙う。右肩を狙え》
    (……承知!)
     玄蔵は心の中で応え、大火の指示する通りに刀を振り抜いた。
     ざく、と肉の斬れる手ごたえを感じるとほぼ同時に、大火が予告した通り、左脇腹からずき、とした痛みが走った。
    「う、ぐっ……」
     たまらず、玄蔵は左脇を押さえ、うずくまる。
    「斬ったには斬ったが、……お前の方がまだ少し、早かったな」
    「……そ、うか」
     玄蔵はそれだけ返し、そのまま、その場に倒れ込んだ。



     玄蔵が目を覚ますと、そこは王宮の医務室だった。
    「……生き延びた、……ようだな」
     腕や腹、額の様子を、目視や横にあった鏡などで確認してみたが、包帯がわずかに赤く染まってはいるものの、特に致命傷と感じるところは無い。また、刀傷特有の、ぴりぴりとした痛みはあるが、耐えられないほどでも無い。
     自分の無事を確認したところで、玄蔵は周囲を見回し、声をかけてみた。
    「誰かおらんか?」
     しかし返事は返ってこない。
    (双葉殿や蓮蔵くらいは心配して看てくれるか、……とは思ったが、恐らく今は、試合の決着直後。
     まさかの結末に泡を食っているであろう中央の大臣や官僚らを相手に、早速交渉を進めているのだろう。
     とは言え、医者もいないとは。……まあ、その程度の怪我と言うことか)
     軽くため息をつき、玄蔵は布団から這い出ようとした。
     と――。
    《目を覚ましたようだな》
     どこからか、大火の声が飛んできた。
    「む……?」
     もう一度、自分の額に巻かれている包帯を確認し、そこに魔法陣が描かれた紙が挟まっているのに気付く。
    「克、お前か?」
    《そうだ》
    「拙者の勝ち、で相違無いか?」
    《ああ》
     それを確認した玄蔵は、礼を述べた。
    「……お主の厚慮、誠に感謝する」
    《うん?》
    「拙者らに有利なよう、働きかけてくれたこと。一騎打ちの場で、手心を加えてくれたこと。まこと、感謝の極みだ」
    《……ああ。俺にも考えるところがあったからな。俺の方こそ、疑わずに従ってくれたことに、礼を述べたい》
    「それについてだが、克よ」
     玄蔵は周囲に人がいないことをもう一度確認し、ずっと考えていた疑問をぶつけた。
    「何故、拙者らに有利な措置を執った? いや、確かに不満なぞ無いし、以前の密議で、拙者らとしては納得できる説明もあった。
     だがそれでは、お主の手柄にも、利益にもならんだろう?」
    《なに、簡単なことだ。
     いくら俺が古今無双の魔術師でも、一々世界を飛び回ってあれこれ命じるのは、面倒極まりないし、時間を大いに無駄にする。それよりも知慮のある現地の人間に任せ、今後の情報交換を目論んだ方が、俺の希望・理想に沿う。
     それに央南から金をもらったところで、そのまま俺の懐に入るかと言えば、そうでは無い。間に立つ大臣やら官僚やらに取られ、そいつらの私腹を肥やすのが関の山。央南がこのまま中央政府の属国であったところで、俺の利益にはならん。むしろ、いらん敵を作って肥えさせるだけの話だから、な。
     それならば、中央政府をこのまま大国でいさせる理由は無い。もっと規模を縮小させ、単なる一情報機関、一政治機関に留めさせておいた方が、余程俺の役に立つと言うものだ。
     ……まあ、それに》
     大火は間を置いて、こんなことを言った。
    《俺を慕い、協力する奴には、俺はどうしても、手を貸してやりたい性分で、な。
     今回の件も、俺の教えを真摯に聞き、出会ってから今まで、終始俺に対して何の敵意も見せなかったお前だからこそ、この茶番を仕組む気にもなったわけだ》
    「克……」
    《……これで話は終わりだ。その魔法陣は、誰かが見る前に焼いて捨てろ》
    「承知した」
     玄蔵は包帯から紙を抜き、魔術でポンと、火を灯した。
    火紅狐・闘焔記 6
    »»  2012.02.07.
    フォコの話、385話目。
    央南の平穏、中央の不穏。

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    7.
     玄蔵と大火の一騎打ちが前者の勝利に終わり、中央政府と清王朝との交渉は、以下の形でまとめられた。
     まず、これまで続いていた、清王朝の中央への従属関係を解消。今後は同位、対等の国家として、関係を築いていくことが約束された。
     それに伴い、懸念されていた上納金についても、撤廃することで両者が合意。中央政府は央南を、完全に手放す形となった。
     央南における国際問題がすべて解決されたため、改めて清家と焔家の縁談が進められた。

    「如何でしょう、お義父さま?」
    「ええ、似合っております」
    「それは何よりです」
     花嫁衣装を披露する双葉に、玄蔵は顔をほころばせる。
    「しかし、想像もしませんでしたな。まさか双葉殿、あなたが蓮蔵を婿に取るとは」
    「あら、そうですか?」
    「拙者が言ってはまた、あいつは顔をしかめるでしょうが、……あまり腕っ節の無い、ひょろひょろと頼り無い優男ですぞ、倅は」
    「そうなのですか? でも、見た目がどうなのかは、わたしには関係の無いことですし。
     それよりもお話をしている時などは、機知に富んでいると言うか、聡明と言うか、話をしていて非常に穏やかで、魅力的な方と感じていますよ」
    「そう仰っていただければ、幸いです。
     ……まあ、今後の治世に求められるのは、大勢を覆してみせる神算鬼謀でも、怪力乱神を語る奸雄でもございますまい。
     穏やかに意見を聞き分け、中庸な判断を下す。それくらいの、温和な君主が望ましいでしょうな」
    「それなら適任ですね。わたしも、蓮蔵さんも」
     ころころと笑う義娘に、玄蔵も笑って返した。

     その後正式に双葉が国王となり、玄蔵は軍の総司令官、大将に任ぜられた。
     玄蔵が没するまでの20年余、央南には平和が訪れた。



     一方――。
    「カツミ様、これはいくらなんでも……」
     央南との交渉が惨々たる結果に終わり、中央政府の大臣・官僚たちは、こぞって大火を非難した。
    「あろうことか、央南独立とは! 考えられていた中で、最悪の展開ですぞ!」
    「中央政府の税収は、これで9割以下に激減することになります!」
    「これから世界中を回り、関係再構築と統治体制の確立・強化を成さねばならぬと言うその矢先に、こんなことをされては……!」
    「一体どう、責任を取るおつもりですか!?」
     これらの非難に対し、大火は平然と、こう返した。
    「責任と言ったが、そもそも今回、交渉を一騎打ちの結果に準ずるものと俺が提案し、それを全会一致で賛成したのは、お前たちでは無かったか?」
    「そ、それは確かに我々ですが、しかしあなたが確実に勝つものと……」
    「確実に勝つものと考え、常識的な交渉手段を放棄したのは俺では無く、実務者クラスのお前たちだろう? 世界最大の統治府に属する者として、その判断はあまりにもお粗末と、俺は思うのだが」
    「ご自分の不始末を人に押し付けるおつもりですか、カツミ様!」
    「もう一つ、税収減と言った者もいるが、現在の政治体制になって以後、央南からの徴収は無かったはずだ。
     それで問題なく運営されていたのだし、この件を以て政治運営が困難になる、などと唱えるのは、余程の出費を無理矢理に捻出しようと企んでいるとしか思えんな。
     それに、だ。世界に手を広げよう、世界全体を統治しようと言う発想は、前政府の『世界平定』構想そのもの。お前らはそれに辟易していたはずではないのか? 陰で天帝の、その夢想・妄想を謗(そし)る者が、いなかったわけではあるまい?
     俺自身も、この中の半分以上から、前政府に対する不平、不満や非難、罵倒、中傷を、呆れるほど聞いた覚えがあるのだが、な」
    「それとこれとをつなげ、詭弁を弄されても困ります!
     我々が言いたいのは、カツミ様、あなたは中央政府の主権者であるのに、何故、中央政府のためにならぬことをなさるのか、と……」
    「俺とてむざむざ、自分に不利益を被るような行動を執ろうとは思っていない。
     それよりも、だ」
     言い合いにうんざりし、大火は無理矢理に話を切り上げた。
    「どうしても責任を取らせたい、と言うのであれば、それ相応の対価を求めるのだが、それでもいいのか?」
    「……と、言いますと?」
    「俺の座る椅子を、買えと言うことだ。俺は自ら退く気は、さらさら無い。それをどうしても退け、と言うことであれば、何かしらの見返りが無くては、な」
    「……これは、……あくまで仮定として、ですが。
     おいくらで、売るおつもりです?」
    「ランド・ファスタ卿の言を借りれば、1000億クラムの価値があるとのことだ。
     用意できるのか?」
    「……それは……」
    「できないのならば、話はこれで終わりだ」
     閉口する大臣たちを横目に眺めつつ、大火は会議の場から去ろうとした。
    「……カツミ様!」
     と、官僚の一人が呼び止める。
    「なんだ?」
    「……次の、央中との交渉は、……一騎打ちなど提案なさらぬよう、くれぐれもお願い致します」
    「承知した」
     大火は軽く手を振って同意する姿勢を見せ、議事堂を後にした。

    火紅狐・闘焔記 終
    火紅狐・闘焔記 7
    »»  2012.02.08.
    フォコの話、386話目。
    央中再開発計画。

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    1.
     央北から撤退した後しばらくして、フォコはある壮大な計画を立ち上げた。
     それは実にダイナミックで、いかにも金火狐総帥らしく、また、いかにも「ニコル3世ならやりかねない」と、後世において高く評価されるものだった。

     央中で有数の商人たちをゴールドコーストの商工会議所に集めたフォコは、その壮大な計画を発表した。
    「ずーと考えとったんです。今度、僕の奥さんになるランニャ・ネール氏が、どないしたら実家のクラフトランドとこことを、楽に行き来でけるようになるかなー、っちゅうのんを。
     で、これが何ちゅうても一番、単純で効果的、さらには奥さんだけやなく、央中に住むみんなにとっても美味しい、利益の出る方法やないか、と。
     それが、『央中再開発計画』ですわ」
    「央中……、再開発?」
    「ご存じのように、央中の主要都市間には、それぞれをつなぐ形で街道が張られており、そのルート上における利益は、相当なもの。それに比例する形で、街もそれぞれ大きく発展しとります。しかしそのルートから一度外れてしまうと、いきなり寂れてしまう。街道を1キロ、2キロ外れたら、小都市からいきなりド田舎ですわ。
     これまでこの歴史、主要都市間にのみ大きな街道が敷かれていたことによる効果は、確かに主要都市とその交点上における発展を促し、今ここにこうしてお集まりいただいている皆さんの利益につながっとったわけですけども、……さ、ここからが問題ですわ。
     皆さんは数年前、央中を襲った未曾有の不況、通称、『清王朝大恐慌』のことを覚えてらっしゃるでしょう。そう、央南の清王朝に無茶な投機をした上、その王朝がまさかの破産、崩壊と言う、異例の事態。あの時期には、かなりの老舗さん、大店さんでさえもポンポン潰れるほどの甚大な損害をもたらし、今なお、央中の経済は冷えたまま。
     さっき言うた、街道をつなげたことにより創出されてきた利益はこの一件、ここ数年の事件で吹っ飛んでしもてます。今ここにいらっしゃる皆さんも、新たに稼ぎ口、稼げる場を確保せなアカンと、少なからず危惧されとるでしょう。
     その商売の場を、我々自身で建設・運営し、利益を創出していく。即ち新たに街道と、その中間点、交点に街を築くことで央中の産業・商売を活性化させる。
     それが、この計画の本意です」
     ここまで説明したところで、数名から批判的・懐疑的な意見が挙がった。
    「現在、あんたの言う通り、我々の多くは赤字で苦しんでいる。死に体同然の今、そんな金のかかる事業に手を出して、もし失敗したら、どう責任を取ってくれる?」
    「賛同したくない、と言うのであれば、それで結構です。賛同してくれる方とだけ、この事業を進めるつもりです。
     事業に参加してくだされば、出資・協力してもろた分だけ配当を支払う予定としています。発生した損害についても、ある程度は補償する用意もあります」
    「実際に再開発を行ったとして、どれだけ儲かると予想してるんだ? その費用は?」
    「旧イエローコーストをゴールドコーストと改称し、再開発した際の費用を軸に試算を行ったところ、今回の再開発にはおよそ、1200億クラム相当の開発費を必要とします。
     ただしこれは最終的な総額であり、計画は長期的かつ段階的に進めていく予定としとります。第一次開発計画、即ち街道の再整備と新たな交易地の基幹開発にかかる費用は、およそ100億クラム程度やと考えとります。また、この第一次計画の費用に関しても、我々金火狐財団がその半額、50億クラムを出資する予定です。
     そしてゴールドコースト市が発足した313年以降から本年までの、金火狐財団における粗利益は、年平均でおよそ35、6億クラム。数年後、ゴールドコースト開発が一通り完了した頃には、年200億に拡大するだろうと見込んどります。
     同じ手法で行われる再開発計画に関しても、第一次計画については、10年程度で費用の回収が見込めるでしょう」
    「開発利権を丸ごと買ったゴールドコースト単体でなら、成功してもおかしくない。だけども央中全域となると、あいつらが黙っているかどうか……」
    「中央政府のことですか? それなら、ご心配なく」
     フォコはドンと自分の胸を叩き、自信を持って答えた。
    「現在、中央政府は央北の情勢安定のため、内政重視の政策を執っています。外交に目が向くのは、もう少ししてからでしょう。
     そうなる前に、こちら側で利権を創出・獲得し、そして実質的に、央中の全権利を我々のものにする。前中央政府のように『中央大陸はすべて自分たちのもの』と主張される前に、我々央中の人間が、我々の土地を買い占めてしまうんです」
    「そんなことしたら、あいつら武力行使してでも奪いに来るんじゃ……」
    「大丈夫です。そうさせないアイデアが、僕にあります」
    火紅狐・大渉記 1
    »»  2012.02.10.
    フォコの話、387話目。
    湖のほとりで。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     金火狐財団主導で提唱された央中再開発計画は、当初は懐疑的に見る者も多かったが、ゴールドコーストでの利益が拡大し、好景気が周辺地域に波及している事実もあり、結局、多くの賛同者が財団の下へと集まった。
     財団側は賛同者と連携を組み、正式に開発を進めることを決定。そして316年の初め、ついに央中再開発計画は始動された。



     フォコの希望と、開発計画における効率的な利益の創出とを両立する形で、開発の第一段階はゴールドコーストとクラフトランドと言う二大商家を直結するルートの構築が採択された。
     そのルートの途上――央中最大の湖であるフォルピア湖のほとりで、フォコとランニャ、そしてイヴォラは久々に揃い、話をしていた。
    「えらい遅くなってしもて、……ゴメンな、ホンマ」
    「ううん、いいんだ」
     横に座るイヴォラの頭を撫でつつ、ランニャは嬉しそうに笑っている。
    「だってあたし、子供の頃から数えて、もう15、6年は待ってたんだよ。婚約から2年くらい待たされたって、平気さ」
    「う、……その」
    「あ、ヘンな意味じゃないよ! ……いや、やっぱりそーゆー意味は入ってるかな。
     ずっとずーっと、待ち焦がれてたんだから、……ね?」
    「うん、……ごめん」
    「……でも」
     ランニャはイヴォラの頭をクシャクシャと撫でながら、フォコに笑いかけた。
    「もうすぐ、その思いも報われるんだ。君と一緒になれるなら、こうして待つ時間もワクワクできるんだから、いいよ」
    「……いや、もーそろそろ、落ち着けるはずやし。それが終わったら、ホンマに挙げるから、結婚式」
    「うん。楽しみにしてる。……母さんもさ、張り切っちゃって。もうあたしのドレス、10着はあるんだよ。まったく、どんだけデカい式を挙げるつもりなんだかな」
    「はは……」

     と――二人の様子を見ていたイヴォラが、こんなことを言った。
    「お父さん、ランニャ。……なんでさっきから、湖の方、チラチラ見てはるの? いいフンイキやのに、何や変にソワソワしてはる」
    「えっ」「あっ」
     娘に看破され、二人は揃ってそっぽを向く。
     その反応を見たイヴォラは、続けて質問してくる。
    「ここに来たんも、もしかして、二人で会うことやなくて、あの島を見るんが目的やない?」
    「う……」
    「見てたら分かるよ、二人で何回も何回も、あっち見てこっち見てしとるもん。あの島になんか、あるん?」
    「……それはちょっとな、今はまだ、話せへんねん」
     フォコは苦い顔をしながら席を立ち、イヴォラの前で膝立ちになった。
    「もうちょっと後……、君が大人になる頃には、話したげるわ。今はな、『ある人』との約束もあるし、あの湖について、あんまりうわさ、されたくないんよ」
    「……うん、分かった。きっと教えてな。きっとやで?」
    「うん、約束や」
     フォコはイヴォラの手を握り、にこっと笑いかけた。
     その一方で、ランニャは湖の中央に浮かぶ、ゴールドコーストの半分程度の面積のある島に目をやりながら、ぽつりとつぶやいた。
    「約束、か。……『あいつ』、果たしてくれるのかな?」
    「そら、『あの人』は守るわ。それは間違いない」
    「……だろーね」
     イヴォラが聞きたそうにしていたが、フォコが目を向けると、彼女はぷい、と横を向いてしまった。
    「……言えへんのでしょ?」
    「あー、……うん。これもな、今言うてしまうとご破算になってしまうからな、何もかも」
    「やったら、……聞かへんとくわ」
    「悪いな、ホンマ。君にナイショばっかりしてしもて」
    「でもいつか、教えてくれるんやったら、ええもん」
     父娘のやり取りを聞いていたランニャが、ぷっと吹き出した。
    「……なんよ?」
    「フォコ、君って本っ当に、……、や、なんでもない」
    「何やねんな」
    「何でも無いって。……まあ、アレだ。
     イヴォラは、フォコに似てきたね。話し方とか、仕草とか。そっくりだよ」
    「そう? そんなに似てきとるかな?」
    「うん、うん」
     顔を向けたイヴォラに、ランニャはクスクスと笑いながらうなずいて見せた。
    火紅狐・大渉記 2
    »»  2012.02.11.
    フォコの話、388話目。
    宮中在魔、官心暗鬼。

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    3.
     前回の、央南との交渉における大失態を受け、中央政府の閣僚・官僚たちは密かに、大火に対する協議を重ねていた。
    「そもそも、カツミ氏は央中、央南側の人間だった。……であれば、もしかして」
    「それは私も考えておりました。『黒い蓮』を追い返したり、北方における反乱を鎮圧したりなどの目くらましはあったものの、その本意は……」
    「恐らくは、そうだろうな。
     カツミ氏は我々央北の、取り分け中央政府の人間に対して、決して友好的ではない。いや、はっきり言ってしまえば、明確に敵意を持っていると考えていい」
    「とすると……」
    「ああ。占領後に起きた中央軍のクーデター鎮圧、天帝教の権力封印、央南独立の幇助……。どれをとっても、我々中央政府にとってはマイナス、勢力を減退させる事件だった。反面、央中・央南の人間にとっては、長きに渡る主従関係からの独立を、実質的に認められたわけだ。
     そして中央軍、即ち我々の側の人間が立ち上がったのを無理矢理に抑えつけたのは、どう見ても我々に対する示威行動、即ち……」
    「何らかの行動を、我々が勝手に起こそうものなら、容赦はしない。……と言うことですか」
    「どれもこれも、結局は我々の地位・権力を貶めるものだ! このままでは、かつては世界中にその威光を示していた我々の力は、雲散霧消してしまう」
     小役人の集まりといえど、彼らは非常に賢しい部類に入る人間ばかりである。
     大火の思惑を見抜き、そしてその結論から、彼らはこんな対策を打ち出した。
    「早急に、カツミ氏を主権の座から、下ろさねばなりませんね……」
    「その通りだ。そうしなければ、今度は央中までもが、我々に牙を剥くことになる。いや、先の戦争で既に剥かれてはいるのだが、このまま看過すれば、それこそ我々の制御ができない事態に陥るだろうな」
    「少なくとも今度予定されている、央中との関係を明確にする協議の場には、彼を出してはまずいでしょうね」
    「うむ。もしカツミ氏がこちらの代表として出席すれば、恐らくは裏の裏で話がまとめられ、央南の時と同様に、一方的な内容で終わってしまうのは目に見えている。
     何としてでも、カツミ氏は協議の場に出してはなるまい」
    「……しかし、そう上手く行くでしょうか? 何と言っても、彼は今、我々の上に立っている状態です。勝手に話を進めれば、それこそ逆鱗に触れるのでは」
     ある官僚の言葉に、そこにいた皆は顔をしかめる。
    「むう……」
    「どうすれば、彼を出し抜けるか……?」
     と、会議の中心にいた長耳の外務大臣、ヘンリー・ランフィールド卿が提案しようとした。
    「とりあえず先手と言うことで、央中名代とは連絡を取っている。それから交渉の場を……」
     そこへ官僚が、慌てて転がり込んでくる。
    「た、大変です!」
    「騒がしいな……。一体どうした?」
    「カツミ様より、『央中名代との交渉の場をサウスボックスに立てている。外務大臣、政務大臣、そして両名下に属する大臣、次官級の者は早急に、そこへ向かうように』との指示がたった今、下りました!」
    「……な、なに?」
    「バカな、今その話を我々が……」
    「……先手を打たれたのは、我々の方だったか」
     ランフィールド卿は、苦々しくそうつぶやいた。

     右往左往しながら密議の場所を飛び出した閣僚たちを、大火は城の窓から眺めていた。
    (ここまでは予想通りだ。常にあいつらの一歩前に進んでいるよう、話を進めてきた。
     もう少し進めば、奴らが慌てふためいている間に、話は全て終わる)
     と、会議に加わっていた大臣の一人が、ゼェゼェと荒い息を立てながら、大火の前に現れた。
    「かっ、カツミ、様、……、こ、困ります」
    「うん?」
    「我々に、何の、相談も無く、このような、ことをされては……。我々の方にも、色々と、準備がある、と言うのに……」
    「交渉に当たっての、前政府が有していた央中に関する諸権利のまとめか? それとも名代一族に対する、損害賠償などの請求の算定か?」
     大火は窓の外、先程まで密議が交わされていた外務院を指差す。
    「そう言ったものはすべて、お前らが前もって、あの院で揃えていたと考えて見ていたのだが。俺の誤解だったか?」
    「うっ、あ……、そ、それは」
     顔を真っ赤にしていた大臣は、途端に真っ青になった。
    「……まとめて、あります。では、旅支度をしてまいります。失礼いたします」
    「15時に城を出る用意をさせている。それまでに準備をしておけ」
    「は……」
     大臣は逃げるように、その場から立ち去った。
    火紅狐・大渉記 3
    »»  2012.02.12.

    フォコの話、339話目。
    金火狐一族の大転換。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「えー、まずは謝罪をば」
     二ヶ月半ぶりに見る若き総帥――「ニコル3世」こと、ニコル・フォコ・ゴールドマンに対し、一族の半数は不安そうな表情を、そして残り半数は疑念の表情を浮かべていた。
    「野暮用があれこれ重なってしもて、ご迷惑をおかけしました」
    「野暮用て、何があったんや?」
     一人がそう尋ねる。
    「総帥が代替わりして、色々せなアカンっちゅうこの時期に、それを放っぽってまでやらなアカンような用事があったっちゅうんか?」
    「ええ」
     質問に対し、フォコはしれっと答える。
    「僕に子供がおることが分かりましてな。父親の僕が直々に、迎えに行ってたんですわ」
    「な!?」
    「母親の方は、既に亡くなってしもてましてな。これはもう、何としてでも引き取らなアカンと決心しまして。で、引き取ってきたわけですわ」
    「あ、アンタ、いきなり何を言うかと思えば」
    「あ、それからですな」
     フォコはニコニコと笑いながら、自分の右薬指にはまった指輪を見せた。
    「その旅に随行してくれたネール家の方と、婚約しまして」
    「はぁ!?」
     立て続けの告白に、一族は二度ずっこけた。
    「ちょ、お前正気か!?」
    「子供引き取ってから嫁さんもらうて、逆やろ!?」
    「しかもネール家て、一回ウチらを告発したっちゅう話もあるところやないか!」
    「どう言うつもりやねんな!?」
    「あえて理由を付けるなら」
     フォコはこれまた平然と回答する。
    「『先代』が何やかやとしょうもないことばっかりしたせいで、ウチらの信用は急落しとります。その回復が、まず何よりやらなアカンことでしょう?
     で、代替わりしたことで一応、信用をこれ以上落とすことは避けられました。と言うても、まだまだ僕も若輩者ですし、もうちょい社会、世間一般の信頼性を高めたいと、そう考えとりました。
     その方法の一つが、結婚ですな。流石にいつまでも一人でフラフラしとるよりも、しっかりと家族を持ってはる人の方が、世間さんの見方は違いますしな。
     それに今言うてはった通り、ネール家が我々を、っちゅうか先代を糾弾したことは今や、公然の事実。そこと僕、つまり新しい総帥が関係を結ぶっちゅうことは即ち、ネール家とゴールドマン家が和解したと取れるわけです。
     信用回復にこれだけ効果のある手段は、そうそう無いんやないでしょうか?」
    「ま、まあ、そうとも言えるな」
     一族が納得したところで、フォコはぺろっと舌を出して見せた。
    「……ちゅうのんは建前。
     結局、僕も彼女も互いに惚れてしもたんですな。相思相愛っちゅうやつです」
    「おいおい……」
    「じゃあ子供は何のために?」
     その問いに対し、フォコは自分より年長の質問者をにらみつけた。
    「あ? 今何て言わはりました?」
    「いや、子供を引き取ったのにも何か、打算があってのことかと」
    「アンタは子供をダシにして、何か画策しようっちゅうんか!」
     フォコはダン、と机を叩き、非難する。
    「そないな浅ましいこと、よお考えられるな!? 先代やあるまいし、卑怯でえげつないにも程があるで!」
    「あ、いや、その」
    「恥を知らんかい、恥をッ!」
    「……す、すんまへん」
     フォコに叱咤され、質問した者は縮こまった。
     そこでフォコは小さく咳をして、場の空気を切り替える。
    「……と、まあ。僕の新しい家族に関しての話は、以上です。結婚式はおいおい予定を立てて、と考えとります。
     で、ここから本題ですけども」
     フォコは黒板を持って来させ、チョークででかでかと、こう書きつけた。

    「ゴールドコースト構想」

    「……?」
    「何や、それ?」
     首をかしげる一族に、フォコは続けて簡単な街の地図を描いて見せる。
    「現在、このイエローコーストの街は、主に鉱業と水産業を主軸として成り立ってます。いや、厳密に言えばウチらが来て以降は、鉱業従事者が9割を超える状態にある。
     このまま鉱山都市として機能し続けるのであればそれで構わへんでしょうが、金も鉄も、錫も鉛も、いずれは尽きます。そして尽きた時、この街はどうなるか? そしてウチらは?」
    「そら……、尽きたらまた移動して、どこか新しい鉱床を見つけるか」
    「小規模の鉱業主であればそれでええかも知れませんが、既にウチは巨大な商会となっとります。これを移動させるとなれば、かなりの手間と危険が伴います。
     前回の、カレイドマインからここへの移動は、まだ移動するに難しくない程度の規模でしたし、中央軍さんの手助けもありました。今、同じように移動しようとしたら、馬車やら荷車やら用心棒さんやらがどれだけ必要になるか。その間襲われてしもたら、撃退するどころか、無事でいられるかも保証が無い。ここから移動するのは、決して得策やないんです」
    「しかし、掘れるもんが無くなったらどないするんや? ウチは鉱業で成り立って……」
    「そこからの脱却。僕はそれを、提案します。ゴールドマン家は最早、金を掘って売るだけの商家には留まらせません」
     フォコのこの発言に、一族は騒然となった。

    火紅狐・興中記 1

    2011.12.11.[Edit]
    フォコの話、339話目。金火狐一族の大転換。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「えー、まずは謝罪をば」 二ヶ月半ぶりに見る若き総帥――「ニコル3世」こと、ニコル・フォコ・ゴールドマンに対し、一族の半数は不安そうな表情を、そして残り半数は疑念の表情を浮かべていた。「野暮用があれこれ重なってしもて、ご迷惑をおかけしました」「野暮用て、何があったんや?」 一人がそう尋ねる。「総帥が代替わりして、色々...

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    フォコの話、340話目。
    過去の発展、未来の展望。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「な、何やて!?」
    「ウチらは、金を掘ってこそのゴールドマン家やで!?」
    「それ抜きにしたら、金火狐やない!」
     口々に反対する一族に対し、フォコは淡々とした、しかし強い決意を秘めた声で持論を通そうとする。
    「皆さんの混乱、当惑は、当然のことやとは思います。
     しかし、重ねて言いますが、ゴールドマン家は非常に拡大しました。到底、ただ金を掘るだけの商家に収まらない規模に到達している。いや、もうその規模、規格を大きく超えてしまっていると、僕は考えとります。
     確かにこれまでずっと、鉱業で身を立ててきた家です。しかし、そうなったのはいつからか、ご存じでしょうか?」
    「そら、初代からずっとやろ」
     そう言った者に、フォコは首を横に振る。
    「いいえ。厳密には三代目総帥、レオン1世の頃からです。
     初代のエリザさんは非常に精力的な人物やったと、歴史の本の多くは言うてます。1世紀前半にあった二天戦争に従軍しとった時も、戦闘に参加する傍ら、立ち寄った街と将来どう関係を結び、どう利益を作り、どう発展させるかを熱心に検討しとったそうです。新たな稼ぎ場所、市場を、創成しようとしとったんですな。
     それだけやなく、開祖さんは鉱業や都市開発の他にも、武具製造や造船にも手を伸ばしていたと聞きます。初代の頃は、今よりもっと広範に、多岐に渡って商売を広げとったんですわ。
     それが今のように、ほとんど鉱業一本になってしもたんは、二代目のロイドの失敗からです。残念ながら『お母さん』ほど商売の腕が良くなかったために、初代で築き上げた商売のほとんどが頓挫してしもたんですわ。
     業績悪化の責任を取って二代目は失脚し、代わりに従兄弟のレオンが鉱業一本に絞らせて、事態の収拾に当たった。
     そこからずっとですわ。1世紀の末に起こした失敗からずっと、金火狐はその失敗に怯え、鉱業だけやるっちゅうことをしてきたわけです。……ここまで言うてしもたら言い過ぎかも分かりませんが、僕は先代がのさばった原因は、ここにあるんやないかと思うんです。
     そら、金を掘ったら儲かりますわ。でもそれ以上の進歩を恐れ、金を掘って儲けたお金を、新しいことに使おう、投資しようとはせんかった。せやからこそ、急進的な商人だった、あの忌み嫌うべき最低の下衆、ケネス・エンターゲートに付け入る隙を与えてしもた。
     皆さん、また同じことをするつもりですか? また1世紀から続けたことを懲りもせずに続け、また進歩的な商人に付け入られて、また、先代の頃のように隷属するつもりですか?」
    「……」
     苦い顔を並べる一族に、フォコは自分の構想を説明した。
    「僕たちの未来はどっちかです。進歩した商人に喰われるか、それか自分たちが進歩するか。
     僕は喰われたいとは思いません。当然、後者を選びます。そしてそのための第一歩、僕たちがただの鉱山掘りから脱却し、真に世界を動かす大商家になるための第一歩として、この街を永世、金火狐の本拠地と定め、そして街の開発と発展促進を本業としていくことを提案します」
    「……ちょっと聞いときたいんやけど」
     と、大叔父のジャンニが手を挙げた。
    「街の開発利権は先代が中央政府から買うとるし、開発するのんに一応、不都合はあらへん。
     せやけど、開発費はどないするんや? それから、どんな風に街を作るのかも、展望を聞かせてもろてもええか?」
    「開発費に関しては、当面は僕の私財を投じて。総帥になるにあたって支払った支度金を除いても、まだ個人資産として十数億は持っとりますし、基礎開発にはそれを、全額つぎ込む予定です。
     どのように開発するかですが、まずは港の造成からですな。ここからあちこちへ出向く時に度々思てたことですが、船を停泊させるのんには一応、現在の規模でも十分です。しかし今後の発展を考えるに、もし現在の十倍程度船がやって来ることになれば、あっと言う間にパンクしてまいます」
    「十倍って、アホな」
    「そないにガンガン来るかいな」
    「夢物語もええかげんにしときいや」
     鼻で笑う者に対し、フォコは根拠をつぶさに説明する。
    「例えば西方のセラーパーク。ここには西方大三角形の一角、エール家が運営するジョーヌ海運の本拠があります。街の規模は、現在のイエローコーストの7、8倍です。そして交通量は、イエローコーストの20倍以上。
     もしこの街が、そこと同規模に発展するとすれば、交通量も相応に増えると見て、何らおかしいことはあらへんでしょう? 加えて、この街は現在でも貴金属や鉄鉱石の出荷のために船が出入りしとりますが、距離や海流・海路のことを考えても、南海や央南への便も悪くない。
     将来的に鉱業以外に進出し、それらの地域に向けて大幅な輸出を行うことになった際、どんだけ少なく見積もっても十倍、二十倍の交通量になるのは明白です」
    「ホンマかなぁ……」
    「結局は仮定に仮定の話やんか」
     フォコの熱意に対し、一族の半分近くは否定的な態度を見せる。
     しかし、ジャンニは熱心に応答してくれた。
    「港作るっちゅうのんは、俺も賛成や。俺の今の見立てでも、手狭な感じがあるからな。
     それにや、今のところ港の管理はウチらがしてへんから、余計な手数料やらチップやらを一々払うのんが慣習化しとるし、俺としてはそれも気にかかっとる。
     ニコル、お前も他の事業にも手を出したいっちゅうてるし、これもついでに何とかでけへんかな?」
    「ええですな、やりましょ」
     ようやく積極的に応じてくれる者が現れ、フォコは内心ほっとした。

    火紅狐・興中記 2

    2011.12.12.[Edit]
    フォコの話、340話目。過去の発展、未来の展望。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「な、何やて!?」「ウチらは、金を掘ってこそのゴールドマン家やで!?」「それ抜きにしたら、金火狐やない!」 口々に反対する一族に対し、フォコは淡々とした、しかし強い決意を秘めた声で持論を通そうとする。「皆さんの混乱、当惑は、当然のことやとは思います。 しかし、重ねて言いますが、ゴールドマン家は非常に拡大しました...

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    フォコの話、341話目。
    財団の誕生。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     会議の空気が自分に向いてきたと感じ、フォコは話を大きく広げ始めた。
    「海運業に関しては、僕に心得があります。現在、港の管理はどこが?」
     ジャンニが肯定的な反応を見せたことで、他の者も少しずつ意見を出し始めた。
    「街の奴に任せとる。商会とかはあらへん」
    「せやったら、管理する商会を作りましょか」
    「ほんで、その後の開発は?」
    「今現在、央北に本拠のあるエンターゲート製造の基盤を全部、こっちに移しましょか。ほんで商会名も変えて、名実ともにウチのもんにした上で、工業振興の足掛かりにしましょ。
     それから僕のツテで、北方と南海、西方に対しての武器輸出を行い、代わりにその三地域から何らかの商品を輸入し、ここで売る場を作りましょ」
    「何らかて言うと?」
    「そうですな……、例えば食料品とか奢侈(しゃし)品で言えば、北方からは塩やモルト酒、南海からは香辛料や煙草、西方からはワインや美術品とかですな。
     他のものについても、売れそうならおいおい仕入れていきましょか」
    「案外おもろそうやな、街を作るのんも」
     と、会議の場が活発になったところで、一人がこんなことを言った。
    「しかし……、後が滅茶苦茶きつなりそうやな」
    「て言うと?」
    「今話に挙がっただけで、商会が3つも増えることになる。このままその、アンタが言うてたみたいに、……何ちゅうたっけ、セールパーク?」
    「セラーパークですな」
    「それや、何とかパーク。そこと同じくらいに大きくするって言うたら、……街の規模、ここの8倍やったっけ。8かけるの3で、24社も商会増やさなあかんようになるんやないか?」
    「まあ、それは極端な計算やけども、確かにこのまま野放図に開発しとったら、パンクしてまうな」
    「その各種商会を管理する、団体やら組合やらを作る必要があるなぁ」
    「せやなぁ」
    「まあ、これについてもぼんやりとは考えとりました」
     と、フォコは黒板に今までの案を書き連ねながら、その構想を語る。
    「それに街の管理も、大きな規模で考えた方がええと思います。それこそ一つの国、つまり都市国家、『市国』と言う構想で。
     そこで提案するのんが、ゴールドマン商会や、今から作ろうかと思てる商会、そして市政に関しても、すべてを統括する機関――財団の設立です」
    「ふむ……」
     一通り書き終え、フォコは不敵な笑みを浮かべる。
    「とりあえず皆さん、やる気になってきたところで、実際に行動してみませんか? 明日、いや、今日から今出てきた案、港湾関係の整備から実行して行きましょ」
    「せやな」
    「ついでに今ここで創設と宣言、いっぺんにしてしまいましょ」
     フォコは黒板をくる、と裏返し、そこに書き付けた。
    「これよりこの街、イエローコーストを『ゴールドコースト』と改め、市政および商工業の体制を一新・一元管理するとともに、その市政、およびこれに関係する商工業の管理団体として、我々は『金火狐財団』を設立します」



     前述の通り、この街の開発利権はケネスが中央政府から買い取っており、これには統治権も含まれていた。
     そして総帥として持っていた諸権利はすべて現総帥、フォコに渡っているため、当然この権利についても、フォコの所有となっている。
    「ちゅうことはやな」
     会議を終え、フォコは自分の寝室にて、イヴォラを膝に乗せて話をしていた。
    「お父さん、ここの市長も兼任するっちゅうことになるんやね」
    「すごーい」
     会議の内容を聞き、イヴォラは目を輝かせている。
    「でもお仕事いっぱいだよね」
    「せやねぇ」
     一転、イヴォラはしょんぼりした顔をする。
    「……いつランニャとけっこんするの? 予定、開けらんないよね」
    「うーん」
     ちなみに今、ランニャはクラフトランドに帰省している。
     大火の刀を打つ要員として駆り出されているのも理由の一つだが、フォコとの結婚に当たって、彼女の今後の身の振り方を母親、ルピアと相談するのが、本来の目的である。
    「けっこんしたら、ランニャはこっちに住むんでしょ?」
    「そのつもりやと思う」
    「でもランニャ、向こうにも色々仕事が残ってるみたいだよ」
    「でも物理的になぁ、あっちとこっちと行き来すんのは難しいしなぁ。
     ちょっとこれ見てみ」
     フォコはイヴォラを膝から下ろし、壁にかけてある地図へと向かう。
    「央中っちゅうのんがほら、こんだけ川やら湖やら多くてなー。なかなか街道整備や橋を架けるっちゅうのんがでけへんねん。
     せやから途中の川とか湖を、舟で渡るのんが一般的なんやけど、それでも一ヶ月、二ヶ月のちょっとした旅やねん。
     このままランニャがクラフトランドに仕事残したまんまやと、往復で最長四ヶ月になってまうし、ほとんど会えへんようになってしまうからなぁ。それにこれから、イヴォラの弟やら妹がでけるかも分からんし」
    「そうなったらうれしいけど、それでランニャに辛い思いしてほしくないよ」
    「同感やねぇ。なんかええ方法ないかなぁ」
    「うーん」
     一族を集めての会議の次は、父娘二人での会議が始まった。

    火紅狐・興中記 3

    2011.12.13.[Edit]
    フォコの話、341話目。財団の誕生。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 会議の空気が自分に向いてきたと感じ、フォコは話を大きく広げ始めた。「海運業に関しては、僕に心得があります。現在、港の管理はどこが?」 ジャンニが肯定的な反応を見せたことで、他の者も少しずつ意見を出し始めた。「街の奴に任せとる。商会とかはあらへん」「せやったら、管理する商会を作りましょか」「ほんで、その後の開発は?」「今現...

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    フォコの話、342話目。
    大火の秘密。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「しかし何度聞いても、驚くことばかりだなぁ。僕の知識だと、鋼にミスリル化処理なんて、ありえない話なんだけど」
    「常識や定説など、技術の革新や情報量の変化でいくらでもうつろうものだ。現実に、これがあるのだからな」
     そう言って大火は、藍色に光る鋼板を手に取って見せる。
    「現行で世間一般に広まっている製造・処理法とは、基本的に違うからな。この技術が一般化するには、あと100年や200年では足りんだろう、な」
    「是非とも教えてほしいんだけどねぇ」
    「断る。そうそうみだりにばら撒いていい技術ではない」
    「そうかなぁ? 便利だと思うんだけど」
     と、二人で話していたところに、ルピアが苦い顔でやって来た。
    「シロッコ。昼食後、執務室に来いと言っただろう? 何故工房にいる?」
    「え、そうだっけ?」
    「そうだ」
    「ごめんごめん、聞いてなかったかも」
    「いい加減にしろよ。お前は私や娘たちと話をするより、鉄板を撫でてる方が好きなのか?」
    「いや、それは無いよ、無いけど、いや、本当に。聞いてなかっただけなんだ」
    「私が面前でしている話を、まるで聞いてなかったと?」
    「ごめん、あの時はほら、これの話を」
     そう言ってシロッコは大火から鋼板を受け取り、ルピアに見せる。
    「これすごいんだって、鋼なのにミスリル化……」「いい加減にしろと、何度言わせる気だ?」
     ルピアは鋼板を取り上げ、壁に投げつける。
     びいい……、と震えた音を立てて漆喰の壁に突き刺さった鋼板を見て、シロッコの狼尻尾が毛羽立った。
    「あ……、その……」「来い」「……はい」
     うなだれたシロッコを伴い部屋から出るところで、ルピアは大火に向き直る。
    「悪いなカツミくん。つい、投げてしまった」
    「構わん。その程度で曲がる素材ではないし、丁度いい人払いにもなった」
    「そうか。じゃ、また後で、な」
    「ああ」

     大火は一人工房に残り、「黄金の目録」を片手にしながら作業台をぼんやり眺めていた。
    「……」
     作業台の上にとん、と「目録」を置き、ゆっくりと開く。
     開かれたその、金属を思わせる輝きを放つページには、大火と、そして彼を囲む八人の男女が、恐ろしく精密に、写実に記されていた。
    「……クク……」
     その絵を撫で、大火は珍しく、力なさげに笑った。
    「詫びの言葉も無い、……な。あいつが折角、俺のために打ってくれたと言うのに」
     大火は目録を閉じ、これもまた珍しく、落ち込んだ様子で顔を伏せた。

     その時だった。
    《……や……じ……》
    「……?」
     大火の耳に、かすかに少女のものらしき声が飛び込んできた。
    「……空耳、……では」
    《……いに……まって……だろ……ッ!》
     声は先程よりも鮮明に届く。
    「お前か、一聖(かずせ)?」
    《その名前で呼ぶんじゃねえッ!》
     今度の声は、大火が顔をしかめるくらいに強く響いた。
    《オレは天狐だ! あの、世界の終わりの時からなッ!》
    「そうか、では天狐と呼ぼう。どうやら蘇ったようだな」
    《いいや、残念ながらまだ。まだ、封印を半分くらい、解いただけさあぁ……! でも、もうじきだぜぇ?》
    「そうそう抜けられるような封印は、施してはいなかったはずだが」
    《お前が教えたトリックの一つだぜ、忘れたのか? 術の対象をずらすコトで無効化させちまう、ってヤツさあ》
    「なるほど、確かにその手法はある。お前にかけた封印は確かに長重かつ複雑だったからな、少しでも乱れや揺らぎがあれば、効力は消えるだろう、な。
     だが気になるのは、いつ、どこに、そんな細工を仕掛ける間があったのか、だ」
    《ケケケ……、ケッケッケッ……》
     そのけたたましい笑い声は、どこか悲しそうにも聞こえた。
    《お前、『夜桜』を折りやがったな?》
    「……良く分かったな」
    《ソレだよ、ソレ。お前に封印さ……る前に、オレは『夜桜』……術を仕掛けて、……しもお前が……を裏切るようなコト……まり、このオレが折角……ンタに……った……を……》
     怒りに満ちた声は、次第に遠くなっていく。
    「かず、……天狐」
    《……れるな……オレは……めーを……》
     会話が途切れる直前、天狐の殺意に満ちた一言が、大火の耳に突き刺さった。
    《てめーを、ぜってー許さねえからな》
    「……」

    「どうした、カツミくん?」
    「……うん?」
     大火が顔を挙げると、工房に戻ってきたルピアと目が合った。
    「顔色が悪いな? 珍しく青いぞ。と言っても、元々の色が黒いから、じっくり見なきゃ分からんが」
    「……いや、何でもない。思案に暮れていたせいだろう」
    「そうか……?」
     ルピアは大火の側に座り、じっと目を見つめる。
    「……見たことのある目つきだ」
    「何?」
    「ああ、そうだ、思い出した。……あんまり思い出したくもないが」
     ルピアはニカッと笑い、大火に耳打ちした。
    「なあ、カツミくん。君……」
    「……!」
     大火は相当驚いたのだろう――ガタンと椅子を倒し、立ち上がった。

    火紅狐・興中記 終

    火紅狐・興中記 4

    2011.12.14.[Edit]
    フォコの話、342話目。大火の秘密。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「しかし何度聞いても、驚くことばかりだなぁ。僕の知識だと、鋼にミスリル化処理なんて、ありえない話なんだけど」「常識や定説など、技術の革新や情報量の変化でいくらでもうつろうものだ。現実に、これがあるのだからな」 そう言って大火は、藍色に光る鋼板を手に取って見せる。「現行で世間一般に広まっている製造・処理法とは、基本的に違うか...

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    フォコの話、343話目。
    新時代を迎える街。

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    1.
     ゴールドコースト、そして金火狐財団の整備は、着々と進んでいた。
    「案外早く、港の改築も終わりそうですな」
    「せやなぁ」
     フォコはジャンニとイヴォラを伴い、順調に工事が進む港を視察していた。
    「この分やと、今月末くらいまでには終わるやろ。そうなると次は、市街地の開発になるけども」
    「ええ。何か問題でも?」
    「いや、金は足りてるんかなと思て」
    「まあ確かに、カツカツになる可能性はありますな。港開発で既に、2億ほど溶けてますし」
    「大丈夫なんか?」
     そう尋ねたジャンニに対し、フォコはにっこりと笑う。
    「必要最低限の開発は進められる計算にはなっとります。後は港湾使用料や地代、事業税なんかを取っていけば、4~5年くらいで投資額は回収でけると考えてます。
     それに回収でける頃には、今以上に発展しとるでしょうし、開発予算もザクザク貯まっとるでしょうな。その循環で、いくらでも開発していけるはずですわ」
    「そう上手く行くかなぁ……」
    「既に央中の、小中規模の商会や組合から、ここで商売させてほしいっちゅう申し出が入ってきてますし、ここから一番近い外地域の南海からも、貿易について話し合いたいっちゅう連絡が入ってます。
     そろそろ北方と西方からも打診が来るでしょうし、それが来次第、貿易したいっちゅう皆さんをここに集めて、今後の貿易体制を整える会議でもしようかな、と」
    「どんどん大事になってきよるなぁ。でもまあ、そこら辺が全部うまいこと行ったら、確かに莫大な金が入ってきよるな」
    「ええ。そうなるよう、これから一層の尽力が必要になりますな」
    「せやなぁ。……ホンマに、金銀だけ掘ってた時代は終わりそうやな」
    「時代は変わるもんですわ。特に今は、中央政府の動向も不安定ですし、その反面、央中経済はウチを中心に、急激な回復傾向にありますからな。両者の力関係が逆転しても、まったくおかしくない。
     間違いなくこの数年で、歴史は大きく動くでしょう」
    「新時代の到来、か。そう考えると」
     ジャンニはニヤリと笑い、フォコを軽く小突いた。
    「ワクワクするわ、なぁ?」
    「ええ、これからが新時代ですよ、金火狐一族の」
     そう言って、フォコは手を引いていたイヴォラに笑いかける。
    「見ときやー、もしかしたら僕の次にこの街を動かすのん、君になるかも知れへんのやし」
    「うん」
     にっこりと笑い返したイヴォラに対し、ジャンニは複雑そうな表情を浮かべた。
    「あー、その、ニコル。ちょと、あっちの方で、二人で話せえへんか?」
    「え? ……ああ、じゃあイヴォラ。ここで待っててや」
    「はーい」

     海の方を向き、港の淵に座るイヴォラの後姿をチラチラと確認しつつ、フォコは尋ねる。
    「なんでしょ、話っちゅうのんは?」
    「お前、……あの子を、次の総帥にするつもりなんか?」
     ジャンニに神妙な顔でそう問われ、フォコは彼の本意――ひいては金火狐一族の総意であろう本意を察した。
    「猫獣人やから、もしかしたら本当は僕の子供や無いんではないか、と?」
    「おいおい、それは飛躍しす、……あー、いや。確かにそう言う意見も無いでは無いけども、俺が言いたいんは、……まあ、近いっちゃ近いねん。
     先代こそ――無理矢理に近いねんけども――短耳やったけども、それ以外の、今までの総帥は皆、『狐』やったからなぁ。
     もしお前が将来、次の総帥をあの子にしよかって言い出したら、かなり揉めると思うねん」
    「せやけど大叔父さん。三代目のレオン1世のお母さんは、猫獣人でしたやろ?
     それを考えたら、『猫』がなってもそんな、血筋的には問題無いと思うんですけども」
    「うーん……。まあ、そう言うてしもたらそうやねんけども」
    「それにまあ、あの子にもあの子でやりたいことはあるでしょうし、今から将来を決めてまうのんは気が早いにも程があるっちゅうもんです。
     僕はそう思てますし、何が何でもあの子を次期総帥に、と言う気持ちはありません」
    「さっき言うてたんと違うやんか、それ。お前さっき、イヴォラがこの街を動かすかも知れへんみたいなん、言うてたやん」
    「あくまで『かも』、仮定の話ですわ。そら、なってほしいなって気持ちはありますけども、あの子が別のことしたいっちゅうたら、そっちを応援するつもりですわ。
     まあ、かと言って今から経営の勉強さして、無駄になるっちゅうことは無いでしょうからな。こうして今みたいに、あちこちを見させて勉強さしとくんも、あの子のためになるかな、と思うてのことです」
    「……ん、まあ。何を言うたかて、お前が総帥、ウチらのトップやからな。
     先代ん時みたいな、よほど無茶苦茶なことにならん限りは、俺は口出しする気も無いし、皆もせえへんやろう」
    「……ふむ」
     と、フォコはジャンニの回答で、あるアイデアを閃いた。
    「それは、あんまりよろしくないかも知れませんな」
    「え?」
    「僕が総帥やからって、皆は追従して全部任せっぱなし、では八代目、九代目と同じことですわ。
     ご意見番みたいな部門を、財団に設けましょか」
    「ふむ……、ええかもな」
    「仮に、監査局とでもしときましょか。総帥の行動を監査する局、っちゅうことで。
     良ければ大叔父さん、そこの局長とかどうです?」
    「俺が?」
    「今までも先代に噛みついたり、僕にも色々、意見をぶつけてきてくれますし。適任かと」
    「まあ、ええけど」

     このアイデアはその日のうちに実施され、フォコの要望通り、ジャンニが局長に就任した。

    火紅狐・序事記 1

    2011.12.16.[Edit]
    フォコの話、343話目。新時代を迎える街。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ゴールドコースト、そして金火狐財団の整備は、着々と進んでいた。「案外早く、港の改築も終わりそうですな」「せやなぁ」 フォコはジャンニとイヴォラを伴い、順調に工事が進む港を視察していた。「この分やと、今月末くらいまでには終わるやろ。そうなると次は、市街地の開発になるけども」「ええ。何か問題でも?」「いや、金は足りてる...

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    フォコの話、344話目。
    優れた才と、それを継ぐ者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     313年の4月末時点で、金火狐財団は次の6部門で構成されることとなった。

     まず、財団に関する全権限を有し、各局の行動を統括する「総帥」。
     前述の、総帥の決定と行動を監査し、それが著しく財団の利益と各局間の公正を損ねるものであれば糾弾、および弾劾決議を執り行える権利を持つ「監査局」。
     そしてゴールドコーストの市政を担う「市政局」。この局のトップである市長職には現在フォコが就いているが、現在行っている都市開発が一段落したところで、別の者にこの地位を譲渡することを、フォコは約束している。
     続いて市内の商工業を管理する「産業管理局」。ここにはゴールドマン商会も含まれており、これもまた、現時点ではフォコが局長を兼任している。
     また、財団創設時から議題に挙げられていた港湾の管理に加え、陸路からの出入りも併せて管理する「入出管理局」も設けている。
     そして最後に、市内の治安維持の確保のため、この双月暦4世紀の時代では類を見ない規模の警察組織、「公安局」を設けることを、フォコは提案した。

    「公安局、……なぁ」
     提案した当初、この部門の存在は、あまり重要視されてはいなかった。
    「ここ、どうやって稼ぐとこなん?」
    「稼ぎません。言うてみれば、他の部門が稼ぐのを邪魔された時、それを追い払う役目を持っとります」
    「稼がへんねやったら、いらんのとちゃうん?」
     否定的な意見に対し、フォコは強く持論を押し通す。
    「それは違います。
     僕の経験談になりますけども、かつてクラフトランド近郊のオークボックスっちゅう街は、カジノを中心とする歓楽街で、一見にぎわってはおりました。
     しかしその実、治安は最悪。巷には金を失ったチンピラ同然の人間があふれ返り、街をとことん汚しとりました。そのためにカジノ客、カジノ関係者以外の人間はことごとく街を去り、地場産業は壊滅。
     また一方で、カジノによって加熱するギャンブル需要のために職人が吸い寄せられ、クラフトランドをはじめとする、周辺地域の生産力は激減。はっきり言うて、オークボックスは央中北部における寄生虫、疫病神も同然の街でした。
     今現在は、適切な都市開発の推進によって、まともと言える状態にはなっとりますけども、これと同じことがこのゴールドコーストで起こったら、どれほどの損害になるか。折角整え直した港も、商工業街も全部、機能不全に陥ってしもたら、どれほどバカらしいことか」
    「ふむ……」
    「あと南海においても、警察組織も倫理意識も無い地域が多く、そこは例外なく悪の巣窟、ならず者国家と化しとりました。
     僕自身、誘拐された上に奴隷として人身売買の市場に連れ去られたこともあります。これを真っ当な商売やと思うような人間は、よもやこの中にはおりませんやろな?」
    「そら、まあ」
    「流石にドン引きするわ」
    「まともな労働環境であれば三十数年、かつ、健全に経済を支える存在にあるはずの人間がさらわれて奴隷化し、たったの数年で使い潰された挙句に、稼ぎは全部奴隷主のもの、なんちゅうのんは、正常な経済を著しく損ねる。そう、先代の時代とまったく同じことになる。
     他にも例を挙げれば枚挙に暇がありませんけども、ともかくこのように、まともに治安維持のでけへん街、地域は非常に不経済であり、発展が著しく滞ります。
     僕の目標はズバリ、ゴールドコーストを世界一の街にすることです。一々、犯罪やらろくでもない商売やらで発展を止めることは、絶対にしたくないんですわ」
    「なるほどなぁ」
    「一理あると言えばあるか」
     フォコの説得が功を奏し、この部門も設立されることとなった。

     会議の後、フォコはまた、ジャンニと二人きりで話をしていた。
    「しかしニコル、お前の提案はよぉ通るなぁ。今日の公安局の話なんて、じーさんらが納得すると思わへんかったけども」
    「ま、あっちこっち回って貯め込んだ経験がありますからな。伊達に世界を旅してませんわ」
    「……やっぱりお前が総帥になって、正解やったな。お前やったら本当に、この街を世界一大きくでけるかもなぁ」
    「はは、頑張ります」
     ニコニコと嬉しそうに酒を飲むフォコを眺めながら、ジャンニは彼の姿に、漠然とした不安を感じていた。
    (こいつが自分で言うてたことやけど――金火狐が一度大きくなったのに、結局しぼんでしもた、その理由。初代が広げた商会を、二代目が支えきれへんかったからや、っちゅうことやったよな。
     こいつも、就任して早々、どデカい構想をバンバン打ち出して、財団を作ると言いよった。多分、それは上手く行くやろう。こいつが総帥である限り、その試みは多分、全部上手く行くやろうな。
     ……でも、その後がどうなるか。確かにこいつの娘も賢しそうな雰囲気はありよるけど、『猫』やからなぁ。金火狐の、大多数の反感を買う可能性もある。恐らく、総帥にはなられへんやろな。
     それでもし、こいつ並の商才を持った奴が現れへんかったら、……大きくなった財団と街は、維持できるんやろか)
     ジャンニは財団の未来を思いつつ、フォコと同じように酒を呷った。

    火紅狐・序事記 2

    2011.12.17.[Edit]
    フォコの話、344話目。優れた才と、それを継ぐ者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 313年の4月末時点で、金火狐財団は次の6部門で構成されることとなった。 まず、財団に関する全権限を有し、各局の行動を統括する「総帥」。 前述の、総帥の決定と行動を監査し、それが著しく財団の利益と各局間の公正を損ねるものであれば糾弾、および弾劾決議を執り行える権利を持つ「監査局」。 そしてゴールドコーストの...

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    フォコの話、345話目。
    水面下で起こる不穏。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     さらに日は進み、313年の5月。
     開発計画の第一段階――財団設立と港湾開発、および商工業体制の確立は完了した。
    「早速、市場が立っとりますな」
    「せやな。……と、ご苦労さん」
     フォコとジャンニ、そしてイヴォラは、往来の反対側から歩いてきた公安職員に手を振り、挨拶した。
    「はっ、ありがとうございます!」
     職員たちはフォコたちを見るなり足を止め、ビシ、と敬礼する。
    「そんな堅くならんでええよ。ほんで、どないやろ? 今日も平和かな?」
     そう尋ねたフォコに、職員は敬礼を解き、はきはきとした口調で返す。
    「はい、本日も異常ありません」
    「そうか、ありがとさん。ほな、引き続き頑張ってや」
    「はいっ!」
     職員たちは再度敬礼し、その場から立ち去っていった。
    「……ちょと、物々しい感じはあるけども、ま、ええくらいかな」
    「ええ。まだ公安局が発足して一ヶ月も経ってませんし、皆さんも緊張してはるんでしょうな。そのうちこなれてきますわ。
     ま、これでならず者が割り込んでわーわー言うようなことは、起こらへんでしょ」
    「せやろなぁ。……と、そうや」
     ここでジャンニが、フォコに憮然とした目を向けてきた。
    「何でか俺の方にも、『総帥はいつ結婚するんやろな』って質問が来たんやけど。そっちの話はどないなっとるん?」
    「……耳にタコですわ」
    「タコだねー」
     フォコとイヴォラは、同時に苦い顔をした。
    「『頭巾』でちょくちょく連絡は取ってるんですけども、まあ、ちょっと、……向こうも色々難航しとるらしくて。向こうさんが落ち着くまで、ちょっと保留しとこかなって」「アホか」
     ジャンニは呆れた顔で、フォコを諌める。
    「ヨメさんもらうような大事なこと、なんで保留すんねん。向こうに恥かかす気か?
     それにな、巷でもかなりうわさになってるんやで、『あのやもめ総帥、いつ結婚するんやろ』って」
    「……ん、……まあ、そうですな。街の開発も一段落したことですし、一応、向こうと相談してみますわ」
    「そうせえ。……俺も耳タコやからな」
     肩をすくめて苦笑するジャンニに、フォコたち父娘もクスッと笑った。
     が――フォコは表情を変え、ジャンニにぼそ、と耳打ちした。
    「……なるべくなら心配をかけさせたく無かったんですが」
    「何やて?」
    「大叔父さんやったら、落ち着いて聞いてくれるでしょうな。
     今夜、ネール組合総長と連絡を取ります。一緒に話を、聞いてもろてええですか?」
    「は……?」

     その晩、フォコはジャンニを伴い、ルピアと連絡を取った。
    「ちゅうわけで、結婚の話もボチボチ出てきとるんです。……でも」
    《ああ。無理だな》
    「な、なんでやねんな?」
     一緒に「魔術頭巾」を巻いて話を聞いていたジャンニは、目を丸くする。
    《聞いてないのか、ジャンニ?》
    「何をや?」
    《中央政府の動向をだ》
    「現状? 軍務大臣がとうとう更迭されよって、ほんで、央南から久しぶりに、統治についての打診があったとか何とか。
     それ以外に最近、特に大きな動きは無かったはずや。少なくともウチら商人に関するようなもんは……」
    《フォコくん。説明してくれるか?》
    「ええ。……そうですな、単刀直入に言うと。
     無関係どころか、中央政府はウチらを攻撃する気、満々なんですわ」
    「ホンマかいな? なんでまた……」
    「何でかっちゅうたら、宗教的な理由からです。
     元々、ケネスがこっちに中央軍の軍隊引っ張ってきた口実は、央北天帝教を信奉せず――向こうから見たら――自分勝手に新しい宗教、央中天帝教を創って祀り上げとるウチらをこらしめるため、やったわけです」
    「まあ、そうやな。そんなん言うてたわ」
    「で、ケネスがウチらの総帥になって、それで宗教問題は一応の解決を見たわけですけども。
     しかしその後、僕が総帥になったことで、中央政府はまた、央中天帝教の台頭があるんやないかと懸念しとるんですわ。
     実際、今日の視察でも、街にできてた教会、見とりましたでしょ? あそこは、あの央北天帝教のシンボル、『スリップクロス』を掲げてましたか?」
    「いや……、掲げとったんは、『ロタ・デラ・フォルティッサ』――『エリザさん』のお守りやったな。央中天帝教のシンボルや。
     まあ、そうなるわな。お前が総帥になって以後、商会とこの街への、中央政府からの影響力は格段に小さなった。そら当然、今まで街で偉そうにしとった央北天帝教も、影を潜めざるを得えへんわなぁ」
    《そう。そしてそれを、天帝教の現教皇であるオーヴェル・タイムズ帝が良しとするはずが無い。『このまま放っておけばまた、央中は央中天帝教の天下になるだろう』、そう考えているのは明白だ。
     よって、このまま看過していれば、中央政府がこちらへ攻め込んでくる可能性は高い。まあ、それが半年後か一年後か、それとももう少し後になるかは分からんが、な》
     これを聞いて、ジャンニは首をかしげた。
    「えらい腰の重い話やな……? 今の天帝さんやったら、もっと苛(いら)ちやろかと思っとったけども」
    「なんでか言うたら、大叔父さんも言うてた通り、天帝さんは今、央南の方に目を向けてはるからですわ。
     央南の名代さんがやられてしもたから、天帝さんとしては何が何でも、元の状態に戻したい。そう思てはるんでしょうな」
    「元の状態っちゅうと?」
    「焔軍が治めとる今の央南をまっさらにして、新しく名代を置き直す。そう考えとるはずです」
    「……つまり、その焔軍っちゅうのんと戦争するつもりなんか」
    《そう言うことだ》

    火紅狐・序事記 3

    2011.12.18.[Edit]
    フォコの話、345話目。水面下で起こる不穏。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. さらに日は進み、313年の5月。 開発計画の第一段階――財団設立と港湾開発、および商工業体制の確立は完了した。「早速、市場が立っとりますな」「せやな。……と、ご苦労さん」 フォコとジャンニ、そしてイヴォラは、往来の反対側から歩いてきた公安職員に手を振り、挨拶した。「はっ、ありがとうございます!」 職員たちはフォコたち...

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    フォコの話、346話目。
    直接対決の兆し。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     フォコが財団を設立し、ゴールドコーストの開発を始めたのと、ほぼ同時期。
     清家姉弟を連れて央南に戻ったランドは、中央政府の官僚たちと連絡を取り、保留されたままの案件を消化しようとしていた。

     元々ランドたち焔軍側は、清家の本拠である白京を陥落させた後、そのまま清家の家長、即ち清王朝の国王へその諸権利を譲渡してもらうことを要求し、それがまとまり次第、中央政府に正式に、焔軍の統領、焔玄蔵が名代職に就くことを認可してもらう、と計画を立てており、結果としてはその直前、陥落させるところまでは順調に進んでいたのだ。
     しかし清王朝を牛耳っていた商人、サザリー・エールの策略により、後継者である清家姉弟、清双葉、清三守は西方へと連れ去られてしまい、清王朝から焔軍へと、名代職の譲渡を行うことが法律上、できなくなっていた。

     その問題をすべて解消し、ランドは意気揚々と、名代職譲渡の認可と、今後の国交関係を協議する旨を送ったのだが――。



    「……要請は、却下となりました」
    「何故だ? お主の言った問題はすべて、解決したはずではないか!」
     白京、王城の小議事堂。
     声を荒げ、そう問いかけた玄蔵に、ランドは肩をすくめつつ、経緯を説明した。
    「何が何でも、清王朝が以前のまま統治すべきだと、天帝陛下がごねたとか。……ほとんど駄々に近いですね。難癖を付けていると言ってもいい。
     とにかく焔軍が統治することは、絶対に認めない。名代職の譲渡も認可しない。もしも断行するつもりならば、我々は実力行使も辞さない、と」
    「話が違うではないか! 天帝であれど、先人の取り決めを覆すことは無い、お主はそう言ったはずだろう!?」
    「ええ、確かに。しかし……、何と言うか。当代の帝は余程、我が強いようで」
    「どう言う意味だ?」
    「軍務大臣だったカーチス・バーミー卿が更迭、および処刑されたことはご存知ですか?」
    「いや、知らん。大臣ともあろう者が処刑とは、一体どんな罪を犯したのだ?」
    「彼が推し進めていたのは、結果から言えば世界各地の戦乱を激化させるような政策でした。
     名目こそ『世界再平定のための積極的介入』でしたが、その実、やっていたことは武器や弾薬、資金の供給と、自分に与する人間や団体、組織が行った、世界平定憲法や世界戦時法などの法規・法律に触れる行為に対する、超法規的容認。
     つまり、彼らがどんなに世界各地で罪を重ねようと、『絶対に捕まえたり罰したりしない』と大臣が自ら認めると言う、平和・平定につながるようなものでは到底、無かったんです」
    「外道に過ぎるな。まこと、下衆の所業だ……!」
    「ええ、仰る通り。で、これらの計画には、世界中を自分たちの元に平伏せ、隷属させると言うとんでもない本意があったわけですが、それは僕や、僕の友人たちの働きにより、阻止することができました。
     このおぞましい計画は完全に頓挫し、ついに天帝もバーミー卿の本意に気付いたわけです。そして、そのためにバーミー卿は逮捕・更迭され、果てには処刑されてしまったわけです。
     ついでに言えば、バーミー卿に加担していた大商人、ケネス・エンターゲート氏もゴールドマン商会総帥の座を追われて失踪し、バーミー卿の一味は一掃されています」
    「ふむ、どうにか騒動は収まったわけか。
     ……ん? この話が要請の却下と、どう関わるのだ?」
     尋ねた玄蔵に、ランドは説明を続ける。
    「我々も一味と思われているからですよ。世界全域に渡る騒乱を起こした、その一味と」
    「何故に?」
    「元々、清王朝は中央政府側であり、それに対立する者として我々が現れました。その上で、清王朝の叛意が露見するなどして、名代職の権利剥奪、そこから停止に変わり、戦争になった、……と言う流れがあったわけです。
     ここで天帝の気に障ったのが、エンターゲート氏の口添えにより、名代職の権利停止を、凍結と言う処分にしたことです」
    「つまり、バーミー一派の説得によって己の決定を覆されたことを、帝は根に持っていたと言うわけか」
    「そうなりますね。……で、何をどう思ったのか、天帝はこの戦争自体、清王朝と我々の仕組んだ茶番劇だと決め付けたわけです」
    「茶番!? 何ともまあ、ふざけたことを!」
    「まあ、そう思うのも無理は無い。結果的に我々は清王朝の後継者を抱き込み、その権利が譲渡された、と伝えたわけですから」
    「そんなことを茶番の証拠だ、などと思われてもなぁ……」
     苦い顔をする玄蔵に、ランドもうなずくしかない。
    「ええ。……しかし向こうの元首は頑として動かないのは確実ですし、周囲からの諌言も最早、耳には入らない。
     間違いなく中央軍は、我々に牙をむいてくるでしょうね」

    火紅狐・序事記 4

    2011.12.19.[Edit]
    フォコの話、346話目。直接対決の兆し。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. フォコが財団を設立し、ゴールドコーストの開発を始めたのと、ほぼ同時期。 清家姉弟を連れて央南に戻ったランドは、中央政府の官僚たちと連絡を取り、保留されたままの案件を消化しようとしていた。 元々ランドたち焔軍側は、清家の本拠である白京を陥落させた後、そのまま清家の家長、即ち清王朝の国王へその諸権利を譲渡してもらうことを...

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    フォコの話、347話目。
    直接対決の兆し。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「ファスタ卿、それでは、どう対処なされるのですか?」
     コツ、コツ、と小さな音を立てながら、杖を持ち、目に厚い布を巻いた少女が部屋の中に入ってきた。
    「双葉殿下、聞いておられたのですか」
     席を立ち、そう尋ねた玄蔵に、双葉は小さくうなずく。
    「ええ、近くを歩いていたら、話し声が聞こえましたので」
    「扉は閉めていたはずですが……、どうやらこの議事堂、隙間か何かがあるようですな」
    「いいえ。風の音は、扉以外からは聞こえません。間違いなく密室です。……わたしは特別、耳が良くなりました故」
    「あ、……いや、これはとんだ失礼を」
    「クスクス……、失礼はお互い様です。
     それよりもファスタ卿、中央軍が攻めてくるとのお話でしたが、対応は如何に?」
     散々悲惨な目に遭ったからか、それとも顔の3分の1ほどを隠す布が神秘的に見せているのか、双葉は16歳と言う年齢にしては、ひどく大人びた雰囲気を漂わせていた。
     そのせいか、王朝を征服・占領した側の玄蔵とランドも、彼女を前にすると、妙にかしこまってしまう。
    「そうですね……、中央政府とのコネクション、人脈は全滅ですし、これ以上の交渉や根回しは不可能でしょう。
     そうでなくとも、前回の中央政府内の内部決定が余計な横槍で覆された以上、天帝陛下はもう、他者の言葉を聞こうとはしないでしょう」
    「それはもう、伺いました。先を仰って下さいな」
    「あ、はい。……結論から申し上げましょう。戦争は不可避です」
    「そうですか」
     双葉はひょいと杖を挙げ、椅子の位置を確かめようとする。
    「あ、殿下。こちらへ」
     その様子を見た玄蔵は、慌ててゴトゴトと椅子を持ってくる。
     双葉は玄蔵の立てたその物音で、位置を把握したらしい――杖で位置を確かめることも無く、二、三歩進み、すとんとその椅子に腰を落とした。
    「ありがとうございます、閣下。
     それではファスタ卿、続いて問いますが、勝算はあるのですか?」
     そう問われ、ランドは一瞬押し黙る。
    「……ええ、それは」「難しいのですね」
     その一瞬の間で、双葉は察したらしい。
    「難しい、……でしょうね。そのまま、攻め込まれれば」
    「何か方策をお持ちなのですか?」
    「一応は」
    「伺ってもよろしいでしょうか」
    「ええ。……まず、そもそも。我々にとって何が勝利で、何が敗北なのか。そこから論じましょう。
     敗北とは一体、我々がどんな状態になれば、そうと言えるでしょうか?」
    「それは勿論、この白京が制圧され、我々が拿捕ないし殺害されればでは無かろうか」
     答えた玄蔵に、ランドはうなずいて見せる。
    「ええ、それで正解です。……となれば、敵はどう動くか」
    「まあ、大艦隊なり何なりを率いて、ここへ攻め込むのが常道であろうな。それ以外に道は無い。まさか克の如く、一瞬で来られるわけも無し」
    「そこです。幸いにも、世界最強の敵が進める道は、一本しか無いんです。逆に言えば、その一本を抑えてしまえば、敵は手も足も出なくなります」
    「理屈はそうですが、具体的にはどのような手段を?」
    「いくつか考えてありますが、それは置いておいて。
     次に、我々の勝利とは何でしょうか?」
    「それはもちろ、……ん」
     答えようとした玄蔵が、途中で言葉を切る。
    「……いや、うーむ」
    「言ってみてください」
    「いや、これは非常識に過ぎるし」
    「思い付くままにどうぞ」
    「……その、……まあ、……敵の本拠を制圧し、……その、……敵の元帥を拿捕ないし、……あるいは、討ち取ることが、……できれば、……そう言えるのでは、なかろうか」
    「でしょうね」
     さらりとうなずいて見せたランドに、玄蔵は唖然とする。
    「卿よ、いくらなんでもそれは、荒唐無稽に過ぎはせんか? 相手は中央軍、中央政府――紛うことなき、世界最高の戦力なのだぞ?」
    「ええ。5年前なら僕も難色を示したでしょうね、その選択は」
     そう返したランドに、双葉は不思議そうな声色で尋ねてきた。
    「では……、今なら難しくないと言うのですか?」
    「ええ」
     ランドはうなずき、自信たっぷりにこう言った。
    「今現在に至るまでに築いた僕たちの陣営、コネクションがあれば、勝算は十分にあります」

    火紅狐・序事記 終

    火紅狐・序事記 5

    2011.12.20.[Edit]
    フォコの話、347話目。直接対決の兆し。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「ファスタ卿、それでは、どう対処なされるのですか?」 コツ、コツ、と小さな音を立てながら、杖を持ち、目に厚い布を巻いた少女が部屋の中に入ってきた。「双葉殿下、聞いておられたのですか」 席を立ち、そう尋ねた玄蔵に、双葉は小さくうなずく。「ええ、近くを歩いていたら、話し声が聞こえましたので」「扉は閉めていたはずですが……、ど...

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    フォコの話、348話目。
    暴君の始動。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「わっ、私はただ、陛下の世界再平定をお助けしようと……! 紛うことのない、本当の、真実のことです、だからお慈悲、ひ、ひっ、……!」
     彼の弁明が終わらないうちに、どかっ、と重たいものが叩き付けられる音が、処刑場に響く。
    「……」
     様子を見ていた白装束の、短耳の男――第8代天帝、オーヴェル・タイムズは、その白い靴にぽた、と付いた一滴の紅を見て、顔をしかめた。
    「靴が汚れた。替えを持て」
    「はい、ただいま」
     靴が用意されるまでの間、オーヴェル帝は処刑台に転がったものを眺めていた。
    「……まったくもって、忌々しいことぞ。あろうことか朕の膝元に、あのような不敬、不徳の輩が居座っておったとは」
    「しかし陛下、一時はバーミー卿を擁護していらっしゃったでは……」「言うな」
     オーヴェル帝はキッと、側に付いていた官僚をにらみつけた。
    「朕の、最大の汚点である。あのような輩の甘言に惑わされるとは、あってはならぬ愚挙であった。
     ……ついては、すべてを考え直さなくてはなるまい」
    「と、言いますと」
    「彼奴の言により、朕はいくつもの決定を覆してしまった。最たる例が、央南の名代職に対する処分について、じゃ。
     当初の決定では名代職追放と、そう朕は命じた。じゃがあの豚めが、『先代天帝たちの沽券に係わる』などと佞言を並べ立てたがために、その決定をあろうことか、この朕自ら、無いものにさせてしまった。
     その結果、どうなったか? 我が中央政府が積極的に介入することは遮られ、現地での成り行き任せの末に、名代側がまさかの敗北と言う、我らの顔に泥を塗る結果に終わってしまったではないか!
     その上、その敗北の一端に、バーミー卿の一味が関わっていたとも聞く! どうせ下劣な彼奴のこと、敗北し衰退した名代を抱き込んで傀儡化し、央南を意のままに操ろうと目論んでおったのであろう。
     そう考えると、……こうも思えてくる」
     オーヴェル帝はつかつかと、処刑台の前まで歩み寄る。
    「名代側を滅ぼしたと言う焔軍とやら、彼奴らももしや、この豚めの仲間、一味では無かろうか? 朕はそう、考えておるのだ。
     ああ……、忌々しい! まったくもって忌々しい豚めがッ!」
     オーヴェル帝はそう叫び、右脚を目一杯振り抜く。
     間を置いて、処刑台の端からびちゃっ、と言う水音が返ってきた。
    「……よって、朕の考えはこうじゃ。
     央南名代を下し、首都・白京に居座るならず者、焔軍の存在を許してはならぬ! 彼奴らがどんな巧言令色・手練手管を用いようとも、我が中央軍の総力を以て、彼奴らを完膚なきまでに粉砕し、骨抜きとなった名代もろとも、断罪してくれる!
     良いか、皆の者! すぐに、出兵の準備を整えるのじゃ! 今一度、朕の正義の鋭さ、堅さ、強さを、世界に知らしめてやるのじゃ!」
     この暴虐な決定に、官僚たちは一様に青ざめ、何とか諌めようとする。
    「し、しかし陛下! 央南での戦乱が収束した後、事実、混乱は収まり、平和が訪れつつあるのですぞ!?
     それを今更引っ掻き回すようなことをされるのは、むしろ我々の主張、正義・大義を曇らすことに……!」「何じゃと?」
     しかしオーヴェル帝は聞く耳を持たず、諌めようとした官僚に詰め寄る。
    「お前は朕に楯突こうと言うのじゃな? この現人神、世界を統べる最高位に鎮座する、朕に」
    「い、いえ、そんなことはございません! 私はあくまで、陛下の体面を慮って……」「それ以上口を開けば」
     オーヴェル帝はがっ、と官僚の顔を鷲掴みにし、こう叫んだ。
    「次に朕が蹴飛ばすのは、この不細工な球となるぞッ!」
    「ひ……っ」
     オーヴェル帝はそこで官僚の顔から手を離し、冷たい声でこう尋ねた。
    「靴の替えは、まだか?」



     中央軍の遠征準備は、近年稀に見る速さで進められた。
     近年の同軍は、前軍務大臣のバーミー卿がこの十数年、本腰を入れて司令に当たっていなかったこともあり、その動きは鈍重なものだった。
     だが、今回の出兵は天帝自らが発した命令、即ち「勅令」である。そのため中央軍の士気は非常に高く、これまで一ヶ月、二ヶ月かかっていた準備は、その数倍の規模に広げられたにもかかわらず、たったの半月で完了した。

    火紅狐・封臣記 1

    2011.12.22.[Edit]
    フォコの話、348話目。暴君の始動。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「わっ、私はただ、陛下の世界再平定をお助けしようと……! 紛うことのない、本当の、真実のことです、だからお慈悲、ひ、ひっ、……!」 彼の弁明が終わらないうちに、どかっ、と重たいものが叩き付けられる音が、処刑場に響く。「……」 様子を見ていた白装束の、短耳の男――第8代天帝、オーヴェル・タイムズは、その白い靴にぽた、と付いた一滴の紅...

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    フォコの話、349話目。
    中央軍の無敵艦隊。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     勅命が発せられた、この遠征の陣頭指揮に当たったのは、新しい軍務大臣に就任した狼獣人の軍人、ジョージ・コーネリアス卿である。
     本来ならば大将である彼が自ら戦場に赴くことなど、極めて異例なことなのだが、今回は勅命を受けてのことであるし、何より中央政府の威信を背負った戦いである。万が一にも負けることの許されない戦いであるため、彼が自ら志願し、出向くこととなったのだ。
     コーネリアス卿の意気込みが伝播し、全軍の士気は非常に高いものとなった。

     彼らはまず、央北西部の港、ウエストポートを出航し、そのまま南下した後、一旦央中の名代職、バイエル家の本拠地である港町、オリーブポートに寄港し、休養と軍事物資の供給を行った後、央南の白京まで侵攻する予定となっていた。
     威信をかけた遠征と言うことで、総勢40隻を超える大艦隊が差し向けられることとなったが、統率には特に混乱もなく、艦隊はオリーブポートまでの道のりを消化した。

     問題が起こったのは、このオリーブポートを出航して3日後のことだった。



    「この時点で、まだカーテンロック南岬が見えないか。……船足が大分、遅いようだ」
     艦橋に立ち、船の向う方角を眺めていたコーネリアス卿は、これまでより鈍い艦の動きが気にかかっていた。
    「少し、物資を積み過ぎたかも知れないな」
     そうつぶやいた彼に、側近が肩をすくめて見せる。
    「まあ、今回は何が何でも勝たなければならない戦いですし」
    「……そうだな。むしろ、圧倒的な物量を持って然るべきか。多少の鈍足は、目をつぶるとするか」
     そう話しているうち、彼らの視界の左端に、港町の姿が映った。
    「あれは?」
    「ええと……、イエローコーストですね。確かゴールドマン商会の本拠があるとか」
    「ゴールドマン商会……、前任に取り入っていたケネス・エンターゲート氏の商会か」
    「いえ、今年に入ってエンターゲート氏は失脚したそうです。
     現在は確か、ニコル・ゴールドマン3世とか言う狐獣人が、総帥に就いているとか」
    「そうか。……であれば、既にバーミー一派ではない、と言うことか?」
    「そうなりますが、現総帥は央中天帝教の熱心な信者であり、我々と敵対関係にあります」
    「むう……。応援は、求められそうにはないな。我が艦隊の前線基地にできるかと思ったのだが」
    「難しいでしょう。協力は期待できません。寄港も許可しないでしょうし」
    「まあ、下手に近寄らない限り、計画に支障は無かろう。無視して進むぞ」
     コーネリアス卿は気を引き締め直し、このまま進行を続けることを命じた。

     と、その時だった。
     ドン、と言うくぐもった音と共に艦橋ががくんと揺れ、卿はよろける。
    「な、何だ!?」
     とっさに机の端をつかみ、その場は倒れずに済む。だがつかんだ机が、つつ……、と自分の方に向かって滑り出す。
    「わ、わ、わっ……」
     慌てて机から離れ、卿は壁に身を寄せた。
    「どうなっている、艦長!? 状況を確認しろ!」
     動揺しつつも、卿は艦長に命じ、艦内各部に呼びかけさせた。
    《爆発です! 積んでいた火薬が爆発し、武器庫が吹き飛びました!》
    《船体右後部に穴が! 浸水しています!》
    《浸水、抑えられません! 至急、退避命令を!》
     混乱を聞いた卿の顔から、ざあっと血の気が引いていく。
    「なっ、……艦長! 対応しろ!」
    「は、はい!」
     艦長は大慌てで艦内のあちこちに指示を出し、沈没しないよう対処している。
     と――卿たちの乗る艦の右後方からも、ドンと言う爆発音が響き渡った。
    「どう言うことだ!?」
    「分かりません! 敵の姿はありませんし、侵入された様子も……!」
     そうこうしているうちに、40隻超の軍艦すべてから、火の手が上がり始めた。

     4時間後――。
    「ゼェ、ゼェ……、げほっ」
     ずぶ濡れになり、ゴールドコーストの港に漂着したコーネリアス卿は、海水を吐きながら、呆然とつぶやいた。
    「こ、こんな、ことが……。
     わ、我らの無敵艦隊が、……まさか、た、戦う前に、……沈む、とはっ」



     この「事故」により、中央軍の威信をかけた大艦隊は、戦闘に入ることなく全滅した。
     また、生き残った兵士およびコーネリアス卿は、心神耗弱のためゴールドコーストに逗留することを要請。フォコはこれを受諾した。

    火紅狐・封臣記 2

    2011.12.23.[Edit]
    フォコの話、349話目。中央軍の無敵艦隊。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 勅命が発せられた、この遠征の陣頭指揮に当たったのは、新しい軍務大臣に就任した狼獣人の軍人、ジョージ・コーネリアス卿である。 本来ならば大将である彼が自ら戦場に赴くことなど、極めて異例なことなのだが、今回は勅命を受けてのことであるし、何より中央政府の威信を背負った戦いである。万が一にも負けることの許されない戦いである...

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    フォコの話、350話目。
    手厚いもてなしの裏には。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「くそっ……、何と言うことだ」
     ゴールドコーストの金火狐屋敷で療養することとなったコーネリアス卿は、忌々しげに窓の外に広がる海を眺めていた。
     1万数千に上る兵士のほとんどは市内の宿や民家に泊まっていたのだが、中央政府の要人である卿は、「そんな貴人をやっすい宿に泊まらすなんてでけません。どうぞウチの方へ」と、フォコが自ら招待していたのだ。
    「あれだけの人員と装備を搭載していた艦が、一隻残らずすべて沈没とは。とんでもない失態だ……!」
     就任後初の任務に失敗したため、卿はひどく落胆していた。
    「閣下、ちょとよろしいですか?」
     と、そこへフォコが、娘のイヴォラを伴って現れた。
    「ああ、ニコル卿。何かご用ですかな」
    「いえいえ、意気消沈してはるみたいですし、気晴らしに食事でもどうか、と思いまして」
    「ふむ……。そうですな、確かに気が塞いでいたところです。是非、お願いします」

     屋敷の食堂へと歩きながら、フォコたちと卿は会話を交わす。
    「まさか異教徒の私が、これほどあなた方に厚遇されるとは思いませんでした」
    「あはは……、央中天帝教に『異教徒は排除せよ』と言うような教えはありません。皆さん等しく、『お客さん』ですわ」
    「ははは、なるほど。となると宿代が心配ではあるが……」
    「まあ、流石にタダでとは言いませんけども、非常時のことですし、お安くしときます」
    「それは助かる。帰国後に支払う形であれは、もっと助かるのだが」
    「ええ、そのつもりです。難破した人から直に金を取ろうっちゅうんは、流石にアコギ過ぎますからな」
    「ありがとう、ニコル卿。深い配慮、誠に痛み入る」
     そう言ってから、コーネリアス卿は肩をすくめ、苦笑してみせる。
    「……帝もあなたほど聡明で寛容であれば、こんな目に遭わずに済んだのだが」
    「宮仕えは苦労が多いと聞きますが、ホンマなんですなぁ」
    「おっと、私がこんなことを言っていたとは、吹聴しないでほしい」
    「勿論。なー、イヴォラ」
    「なー」
     二人して笑い合うフォコ親子に、コーネリアス卿はクス、と微笑んだ。
    「いやいや、卿を見るに、まったくうらやましいことばかりだ。
     私にも子供がいるが、残念ながらあなた方のように、あまり親しくない。私が仕事漬けなせいで、家族とは疎遠になってしまってね」
    「そらいけませんな、家族は大事にせなあきませんよ」
    「分かっている。会えないのは残念だが、不足の無いようにはしているつもりだ」
    「もし逗留期間が伸びそうやったら、こちらに招待してみてはどうです? 楽しいところですよ、ここは」
    「はは、それもいいな。……あ、いやいや、あまり長居しては、職を失ってしまう」
    「あはは……」



     食事を共にし、何度か話をするうちに、コーネリアス卿はすっかり、フォコと親しくなっていた。
    (異邦人の私を、これほど手厚く持て成してくれるとは。卿の懐の深さ、本当に学ぶべきものだ)
     卿はフォコに敬服しつつ、寝室へ向かう途中――。
    「……ええ……段階……ちゅうところ……」
     そのフォコの声が、彼の執務室からひそひそと聞こえてくるのに気が付いた。
    「うん……?」
     いつものひょうきんな口調とは打って変わった、真剣みを帯びた声に、コーネリアス卿は不穏なものを感じる。
    (恩人を詮索すると言うのは、気が引けるが……)
     そう思ってはみたが、これまでに聞いたことのない語気の堅さがどうしても気にかかったため、卿はそっと執務室の前に張り付き、聞き耳を立てた。

    「ええ、まずは第一段階終了、ちゅうところでしょうな」
     フォコは「魔術頭巾」にて、央南の玄蔵、そして滞在中のランドと連絡を取っていた。
    《では、しばらく中央軍が再侵攻することは無い、と見て間違い無いのだな?》
    「まず、ありまへんな。向こうさんは問題なく、ジョージ・コーネリアス艦隊が央南へ向かっとるもん、と思とるはずです。
     情報統制は、内外カッチリまとめとりますからな」
    「……!?」
     これを聞いていたコーネリアス卿は、目を丸くした。
    (情報統制により、我々の現況が中央政府に伝わっていない……!?
     何故だ!? 何故卿が、そのようなことを?)
     気が付いた時には、コーネリアス卿は扉を開け、中へ転がり込んでいた。
    「……あー、と。すみません、ホムラ閣下。ちょと、通信切りますで」
     フォコは「頭巾」を脱ぎ、押し入ってきたコーネリアス卿に、やんわりと声をかけた。
    「どないしました、コーネリアス閣下? 何や、悪い夢でも見やはりましたか」
    「……ああ、見てしまったよ」
     卿はふらふらと立ち上がり、後ろ手でそっと扉を閉めた。

    火紅狐・封臣記 3

    2011.12.24.[Edit]
    フォコの話、350話目。手厚いもてなしの裏には。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「くそっ……、何と言うことだ」 ゴールドコーストの金火狐屋敷で療養することとなったコーネリアス卿は、忌々しげに窓の外に広がる海を眺めていた。 1万数千に上る兵士のほとんどは市内の宿や民家に泊まっていたのだが、中央政府の要人である卿は、「そんな貴人をやっすい宿に泊まらすなんてでけません。どうぞウチの方へ」と、フォコ...

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    フォコの話、351話目。
    金火狐総帥の立場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     コーネリアス卿は顔を青ざめさせつつも、強い口調でフォコを詰問する。
    「何故、情報を遮断したのだ、ニコル卿!?
     これは明らかに、我々の軍務執行を妨害している! 大変な重罪なのだぞ!?」
     いきり立つコーネリアス卿に対し、フォコは卓に置かれていた黄金製の杯をひょいと取り、差し出した。
    「まず、お話を聞いていただきたいんですけども、よろしいですやろか?」
    「……聞こうじゃないか」
     卿はフォコをにらみつけつつも、杯を手に取る。
     フォコは同じく黄金でできたピッチャーを卓から取り、卿に酒を注いだ。
    「北方から輸入した蒸留酒に、同じく南海から輸入したオレンジを搾って香り付けに加え、ウチの鉱山から出た炭酸水で割ったカクテルですわ」
    「……ん」
     一口すすった卿の顔が、すぐに赤くなってくる。
    「まずくは……、無いな。むしろうまい。ちょっと、……強いが」
    「火酒がベースですからな。炭酸で割っても、14、5度くらいあるでしょうな。
     ……ま、ボチボチ話、してきましょか。どうぞ、座ってください」
     そう言って、フォコは卓の椅子を引き、卿に座るよう促す。
    「ああ。……ニコル卿、私は、……あなたを、信じていたのだが」
    「どうも」
     卿が座ったところで、フォコも卓に付き、酒を自分の杯に注ぐ。
    「まず、立場をはっきりさせときますけども。僕は、中央政府の味方ではありません」
    「だろうな。こんなことをするくらいだから……」「それは、今は置いといてください」
     フォコはもう一度、卿に酒を注いだ。
    「僕がお話していきたいのは、そこへ至るまでへのことです。
     もう一度言いますが、僕、そして僕の率いる金火狐財団と、このゴールドコーストは、中央政府に味方をする気は、毛頭ありません。
     何故なら先々代の頃まで、我々と中央政府の間には深い確執があり、特に金をはじめとする貴金属の売買では、いつも揉めとりましたからな。
     そして先代の時代には、中央政府の側に付くような方針が多かった。ですが……」
    「ああ、知っている。私の方でも、先代の軍務大臣が、その先代総帥と結託して、世界を混乱に陥れたのだからな。
     それを考えれば私も君も、先代と同じ轍を踏みたいとは思わない」
    「まあ、そう言うことです。
     ……そう言うことなんですが、何故先代がそんな暴力的な行動、商人への派兵っちゅう無茶を実行できたんか、卿はご存知でしょうか?」
    「……いや。そう言われてみれば、知らないな」
     フォコは2杯目に口を付けながら、その理由を説明し始めた。
    「央北と央中では、中央政府が行使でける権威・権力の効果に、差があったからですわ。
     中央政府が在野の商人たちに財貨を要求する時、どのような条件で依頼されているか、卿はご存知ですか?」
    「寄進で成り立っている、……のが、建前ではあるが」
    「ええ、実際は神の名を借りた、強引な徴発です。まあ、これが央北天帝教の方であれば、まだご利益もあるかなと、自分をごまかすこともでけるでしょうが、我々央中の人間は納得が行きません。
     まともに顔も姿も見たことの無いような、山の向こうの人を神様やと崇めるっちゅうのんは、とてもやないですけど、でけませんのですわ。
     それこそが、央中天帝教の発祥なんですわ。乱暴に供物を要求し、奪い去る神様なんか、奉ってなんかおられへん、ちゅうわけです」
    「ズバリと言ってしまったな、卿」
    「ええ、ウチらはみんな、ズバズバっと言うてました。それはもうはっきり、『央北天帝教なんか知るかいな』と、何代にも渡って跳ね除けとったわけです。
     ほんで、それが天帝さんの怒りに触れたんですわ。相手もきっちり、『世界は朕のものである』と宣言しとりますからな。その宣言に真っ向から対立する我々のことが、煙たくてしゃあなかったことと思います」
    「……その鬱憤を晴らす形で、軍部とエンターゲート氏に指示を出した上で、堂々と強権発動に踏み切った、と?」
    「ええ、仰る通りです」
    「まさか!」
     フォコの話を聞き、コーネリアス卿はぐい、と酒をあおった。
    「それは暴論だ、卿よ。今の陛下ならいざ知らず、その強権発動――即ち央中商人、ゴールドマン家の封じ込めが行われたのは、まだ先代がご存命の頃だ。
     先代、ソロン・タイムズ帝はどちらかと言えば気弱なタイプ、良く言えば穏健派だった。そんなお方が、商人たちに刃を向けさせるような命令をしたとは、どう考えても筋が通らないではないか」
    「いいえ、閣下。軍部やエンターゲート氏の誘導があったにせよ、ソロン帝が自ら、認可しとったんです。
     その事実はこちら側で、裏付けを取っとりますから」
    「裏付け?」
     フォコの返答に、コーネリアス卿は酒に酔いかけていた顔を一転、引き締めて見せた。

    火紅狐・封臣記 4

    2011.12.25.[Edit]
    フォコの話、351話目。金火狐総帥の立場。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. コーネリアス卿は顔を青ざめさせつつも、強い口調でフォコを詰問する。「何故、情報を遮断したのだ、ニコル卿!? これは明らかに、我々の軍務執行を妨害している! 大変な重罪なのだぞ!?」 いきり立つコーネリアス卿に対し、フォコは卓に置かれていた黄金製の杯をひょいと取り、差し出した。「まず、お話を聞いていただきたいんですけ...

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    フォコの話、352話目。
    日暮れゆく大国。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「まあ、もしかしたらと思いましてな。総帥になってからすぐ、密かに央北へ飛び、これを回収したんですわ」
     フォコは席を立ち、本棚の奥にあった隠し金庫から、一封の書簡を取り出した。
    「それは?」
    「天帝陛下が先代のやることを容認・黙認すると確約した、密文書です。しっかり先代天帝、ソロン・タイムズのサインと拇印も付いてますで」
    「な……、に?」
     自分の主張をすべて引っくり返すその返答に、コーネリアス卿は固まった。
    「み、見せろ! 見せてくれ!」
    「落ち着いてください。破らないように」
    「あ、ああ」
     フォコからそっと書簡を受け取り、卿は中身を確認する。
    「……な、んと」
    「いくら密約やっちゅうても、狡猾な先代のこと、形に残さへんはずが無い。それが、これです」
    「……」
     コーネリアス卿は書簡をフォコに返し、椅子に座ってぐったりとなる。
    「……現天帝が特に堕落、腐敗したものと思っていたが、先代からそうだったと言うのか」
    「ええ。恐らくはまた、その前からも。でなければ『寄進』がこんなにも常習化しとるわけが無い」
    「だから卿、君は中央政府と敵対する、と言うわけか」
    「もう恐らく、今後何代繰り返しても天帝一族と、その威光を笠に着た中央政府の方々は、同じことをするでしょうな。
     もしも今起こっとる騒動、戦争が終わっても、今の中央政府が残っとったらまた、同じことの繰り返しですわ。
     また供物を無理矢理求められ、また我々央中商人が突っぱね、そしてまた揉める原因となる。僕が巻き込まれ、先々代が餌食にされた先代の騒動は、発生から10年以上経って、ようやく収まりました。
     戦争後、また10年、20年、こんな争いを繰り返したいですか、閣下は?」
    「……確かに、やりたくはない。
     だが、……君の話を聞くに、君は中央政府転覆を企んでいるようにしか聞こえない。まさか、……そのつもりではあるまいな?」
    「そのつもりです」
     フォコにそう返答され、コーネリアス卿は杯をばしゃ、と床に落としてしまった。
    「正気と思えない……! できると思っているのか!?」
    「真っ向勝負であれば不可能です。ですが、今なら勝機はあります」
     卿の落とした杯を拾いながらそう返すフォコに、彼は憮然とした顔をする。
    「勝機? 私の率いた大艦隊が全滅したからか? 兵力が激減したから、勝ち目が出てきたと?」
    「それだけやと、半分ですな。その上に、全滅した大艦隊が生きとると、向こうさんが思っとるからです。
     それに、他にも勝機はあります」
    「例えば?」
    「僕と友人とのツテで、かなりの数の兵隊を世界中から集められます。
     それをけしかければ、流石の中央政府も大慌てになるのんは間違い無いでしょう」
    「その兵と言うのは、どこから?」
    「それは流石に言えません。もしあなたが、中央の軍事機密を明かしてくれるなら、言うてもいいんですが」
    「それは……、言えないな。
     だが卿よ、確かに詳しくは言えないが、中央軍の守りは堅い。地形から言っても、南には山があり、東には崖が多く、上陸には向かない。西と北には港があるが、そこには大規模な軍港、軍事施設が並んでいる。多少の大群を以てしても、到底攻略はできない。
     この守りをどうやって切り抜けるつもりだ? まさか、物量作戦で無理矢理に押し入ろうと言うわけではあるまいな?」
    「それも、言えませんな。
     言うにはコーネリアス閣下、あなたにご協力していただかへんと」

    火紅狐・封臣記 5

    2011.12.26.[Edit]
    フォコの話、352話目。日暮れゆく大国。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「まあ、もしかしたらと思いましてな。総帥になってからすぐ、密かに央北へ飛び、これを回収したんですわ」 フォコは席を立ち、本棚の奥にあった隠し金庫から、一封の書簡を取り出した。「それは?」「天帝陛下が先代のやることを容認・黙認すると確約した、密文書です。しっかり先代天帝、ソロン・タイムズのサインと拇印も付いてますで」「な...

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    フォコの話、353話目。
    戦争と虐殺の境界。

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    6.
    「協力? ……ああ」
     新たに差し出された盃を受け取るが、卿は口を付けない。
    「軍事機密を、と言うわけか。
     ……協力したいが、私には軍務大臣としての責任がある。簡単に口を割ってしまえば、私には終生、裏切り者の烙印を押されるだろう」
    「烙印を押す人を、消そうとしとるわけですけどな」
    「確実とは言えまい? 君たちが敗北すれば、私の更迭・処刑は確実だ」
    「では閣下、あなたはこのままでいいと?」
     フォコは3杯目に口を付けつつ、説得を続ける。
    「既に我々の計画は動き始めています。あなたの協力が得られなくても、我々は中央政府へ侵攻します。そうなれば、双方の被害は数万、十数万にも上るでしょう。
     その状態で我々が勝ったとしても、被害は甚大。世界に大きな爪痕を残すこととなる。逆に中央政府が勝ったとしても腐敗は残ったまま、いずれ同じ騒ぎが起こるでしょう。
     ですが、あなたに今、協力していただければ、その被害はずっと少ないものになり、かつ、中央政府に勝つ可能性はずっと高まります。
     あなたの協力次第で、この先死ぬ人間の量が変わるんですよ」
    「極論だ。ここで君を叩きのめし、市街にいる兵士を集めて戻れば、中央政府側の優位は盤石なものになる。君たちの側が勝つ可能性は、0に等しくなるだろう」
    「それも、一つの選択です。しかし閣下」
     フォコは立ち上がり、窓を指差した。
    「あなたがそれを選択した場合、少なくともこの街は、消え去ることになるでしょうな」
    「う……」
     この言葉に、コーネリアス卿はうめいた。
    「見て下さい、あの街の灯り。聞いて下さい、人々のざわめきを。
     あなたが帰れば、活気と希望に満ち溢れたこの街は、灰燼(かいじん)に帰すことになる。あなたがこの数週間、慣れ親しんだこの街が、あなたのせいで燃やし尽くされることになる」
     フォコの説得に対し、コーネリアス卿の顔に迷いの色が浮かぶ。
     だが、彼はなおも反論する。
    「そ、それは君の要求を呑んだ場合も同じことだ! どちらにせよ、死者が出るのは避けられん!」
    「その数と内容が大きく、変わるんです。
     閣下、軍務大臣たるあなたなら、分かるでしょう? 兵士が何らかの被害を受け――率直に言えば死ぬのは、国益やら国防やらを鑑みるに、確かに仕方の無い部分もあります。ただ、彼らはその危険を冒すだけの価値があると信じ、また、その価値に見合うものが支払われるから、軍務に就き、兵役をこなし、戦場へ向かうんですわ。
     でもあなたが帰ってしまえば、死ぬのはそんな覚悟も無く、戦火に晒されても何の補償も受けられない平民。戦いたくない、平和に暮らしたいと望む人々。
     その違いは、分かりますな?」
    「む……う」
    「我々が望むのは、あくまで中央政府の転覆と解体。一方で中央政府、いや、天帝さんが望むのは、自分に反逆する者の消滅と死。
     中央政府は決してこの央中地域――央中天帝教を掲げ、天帝と中央政府に供物を渡さない商人の集う、この『狐と狼の世界』を、このまま残そうなどとは考えないでしょう。
     いや、それ以上の悪夢もありえる――今、天帝さんはもはや過去のものとなった幻想、『世界平定』をもう一度、自分の代で成そうとしている節があります。
     閣下も、それはお気付きでしょう?」
    「……確かに」
    「もはや、現在の世界は文明も文化も無い、無明の時代ではありません。
     世界各地で、それぞれが独自に文明や文化を築いている今、『世界平定』――世界すべての文明・文化を一元化するなどと言う試みは、もはや害悪そのもの。
     無理矢理に、実力を行使してでも成そうとするならば、その犠牲は決して小さいものにはなりませんでしょうな。
     もう一度お願いします、ジョージ・コーネリアス閣下。あなたの協力があれば、この央中は焼かれずに済みます。
     そして、世界中で平和に暮らす皆が、無意味な戦火に晒されることも無い。最小限の犠牲で、この世界にはびこる腐敗が取り除かれるんです。
     どうか、我々にご協力を」

    火紅狐・封臣記 6

    2011.12.27.[Edit]
    フォコの話、353話目。戦争と虐殺の境界。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「協力? ……ああ」 新たに差し出された盃を受け取るが、卿は口を付けない。「軍事機密を、と言うわけか。 ……協力したいが、私には軍務大臣としての責任がある。簡単に口を割ってしまえば、私には終生、裏切り者の烙印を押されるだろう」「烙印を押す人を、消そうとしとるわけですけどな」「確実とは言えまい? 君たちが敗北すれば、私の更...

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    フォコの話、354話目。
    大国崩壊の序曲。

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    7.
     コーネリアス卿はしばらく黙っていたが、不意に杯を振り上げ、酒を一気に飲み込んだ。
    「……げほ、げほっ」
    「閣下、大丈夫ですか?」
    「ああ、……げほっ、大丈夫だ。
     極めて苦渋の決断と言わざるを得ない。私は生粋の、央北天帝教信者だ。愚君といえども、現人神と崇められる陛下には、忠誠を誓っている。それに軍務大臣と言う、極めて重大な責任を担う要職にも就いている。
     君の要求を呑めば、私は今世紀最大の裏切り者となるだろうな」
    「それは無いですわ。そんなん言うたら、閣下と僕、それぞれの先代の方が、最悪の裏切り者ですて」
    「はは……、それもそうか。……ニコル卿、要求を呑むにあたって、いくつか願いを聞いてもらいたい」
    「何なりと」
    「陛下に弓引く以上、央北天帝教の教徒ではいられない。明日にでも、央中天帝教に改宗したい。できるだろうか?」
    「ええ、手配しときましょ」
    「それと、クロスセントラルに残した家族が気がかりだ。私が裏切ったことを知れば、陛下は決して家族を生かそうとしないだろう」
    「それも手配しましょ。安全にこちらに来させるよう、すぐに手を回しときます」
    「それから、街にいる兵士たちも皆、こちらに住まわせてはもらえないだろうか。帰すわけにもいかんし、そうなれば職を失うことになるからな」
    「勿論。既に皆さんの方には話をしとるところです」
     それを聞いて、卿は目を丸くした。
    「そ、そうなのか?」
    「勅令で来たとは言え、沈没騒ぎで士気がだだ下がりでしたからな。向こうの方から、『こっちに住まわしてもらえへんやろか』と」
    「……なんだ、まったく。それならそうと、言ってくれればいいのに」
    「流石に『大臣』には言われへんでしょう。……ま、明日なら皆、気軽に報告してくるでしょうな」
    「明日、か。……大変な夜明けが来るな」
    「もう夜も更けてきましたし、酒も大分回ってきました。今日はもう、ゆっくりお休みください」
    「そうさせてもらおう」



     コーネリアス卿の協力により、フォコたちの側は強力なアドバンテージを2つ手に入れることができた。

     一つは、中央軍を事実上、足止めしたこと。央南攻略に傾注し、大艦隊を差し向けて侵攻している(と中央軍側は思っている)ため、他地域への攻略は後回しとなっている。
     逆の見方をすれば、差し当たって央中や央南に、中央軍が攻めてくることは無い。フォコたちからすれば、何の妨害も受けることなく、悠々と攻撃の準備を整えることが可能になったのである。

     そしてもう一つは、中央軍の陣容が丸裸になったこと。中央軍のトップ、軍務大臣のコーネリアス卿からの情報提供により、現在の中央軍の兵力および装備はすべて把握できた。
     それによれば中央軍の兵力は約10万、うち2万5千が央南制圧に乗り出し、その7割がゴールドコーストに納められている。
     また、残りの7万5千も、その約半数が中央政府の首都、クロスセントラルとその近郊の防衛に当たっており、残る4万弱は央北の各主要都市に散らばっているとのことだった。
    (なお双月暦4世紀のこの時代、中央軍には陸軍・海軍の区別は無い。兵士のほとんどが、水陸両用に扱われている)

     情報を伝え終えたところで、コーネリアス卿は改めて、フォコにこう尋ねた。
    「ニコル卿、これで私の方から伝えることは以上だ。
     そろそろ、君の方の『機密情報』を教えてもらいたい」
    「ええ。……と言いたいところですが、この話をするには、僕より適任がいてます」
    「と言うと?」
    「この大反乱、中央政府攻略を計画した当人。ランド・ファスタ卿です」
    「なんと、ファスタ卿が首謀者だったのか……! なるほど、中央から逐電した後、行方知れずと聞いてはいたが、まさかこんなことを考えていたとは」
    「彼なりに正義・大義とは何かを考えた結果ですわ。
     そろそろ、こちらに着く頃です」
     と、そう伝えたところで――。
    「待たせたな」
     部屋の隅に、いきなり大火とランドが現れた。
    「おわっ!? ……な、何だこれは、ニコル卿!? いきなり人が……!」
    「あの黒い人が、そう言う術を持ってはるんですわ。
     さて、と。早速ですけども、作戦会議の方、しましょか」
     フォコはにっこりと笑いながら、部屋のカーテンを引いた。

    火紅狐・封臣記 終

    火紅狐・封臣記 7

    2011.12.28.[Edit]
    フォコの話、354話目。大国崩壊の序曲。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. コーネリアス卿はしばらく黙っていたが、不意に杯を振り上げ、酒を一気に飲み込んだ。「……げほ、げほっ」「閣下、大丈夫ですか?」「ああ、……げほっ、大丈夫だ。 極めて苦渋の決断と言わざるを得ない。私は生粋の、央北天帝教信者だ。愚君といえども、現人神と崇められる陛下には、忠誠を誓っている。それに軍務大臣と言う、極めて重大な責任...

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    フォコの話、355話目。
    聖地襲撃。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     これまで、何度も論じてきたことであるが――央北は、「天帝と政治の世界」である。

     政治の世界、とそう呼ばれる所以は、容易に想像が付くであろう。
     言うまでも無く、世界政治の中枢であり、世界全域の舵取りを担う、途方もなく強い権力を持つ組織――中央大陸全域の統治府、通称「中央政府」が、この地を本拠としているからである。
     では一方で、天帝の世界とも呼ばれるのは、何故か? これもこの世界に住まう人間であれば、想像は容易なことだ。
     中央政府と同様に、天帝一族もまた、この地を本拠としているからである。

     天帝一族がこの地を本拠とする、その代表例の一つは、前述の通り、中央政府の存在である。天帝がすべての権力と責務を負い、その頂点に君臨しているのだ。
     ちょっとした弾みや、ほんの気紛れででも――比喩ではなく――世界の命運を大きく揺さぶり、変えてしまうほどの権力と、実行力を持つ。だからこそ現人神と言う、いささか胡散臭い触れ込みが与える印象以上の畏敬の念を持って、民衆から崇め奉られているのだ。
     だがもう一つ、この地を「天帝の世界」と言わしめる所以がある。そちらは中央政府ほどの存在感は無いが、それでも央北天帝教信者にとっては、二つとない聖地として崇められているものだ。
     それが、代々の天帝を祀る大霊殿――天帝廟(てんていびょう)である。



     日々、権謀術数が渦巻く首都、クロスセントラルとは違い、この地は概ね、平和だった。
     央北圏内に、天帝一族の墓を暴こうなどと言う不届き者はまず、いないからである。
    「ふあ、あ……、東側正門、異常ありません」
    「同じく、北側本殿前、異常なしっス」
    「南側広場、異常なーし」
     天帝の墓と言うことで、こちらも一応、中央軍の警備管内ではある。しかし前述の通り、ここを襲おうと言う不敬な人間は、少なくとも央北地域内にはいない。
     廟の警備に就く兵士は皆、緊張感の欠片もなかった。
    「……?」
     が、その日は何かがおかしかった。
    「西側、祭祀(さいし)港の担当は?」
    「あれ?」
    「いないっスね」
    「寝てるのかな」
     普段から平和なだけに、こんな会話も飛び出してしまうのだが、それでもやはり、不安視する者もいなくはない。
    「何かあったかもしれないっスね?」
    「何かって何だよ? 泥棒でも入ったか?」
    「んなわけ、……まあ、無いとは思うが」
    「一応、見に行きましょうか」
     いつまで経っても現れない見回り担当をいぶかしんだ他の兵士たちは、その担当場所、天帝廟の西側にある祭祀港へ向かうことにした。

     祭祀港とは、天帝廟における儀式や祭事で使用される、小さめの港である。そのため、本来は一般的な港のように、船の出入りは無い。
     ところがその日は、沖から侵入した黒い船が一隻、港に泊まっていた。
    「むぐ、ぐ……っ」
     その船のマストに、ここの巡回を行っていたた兵士たちが縄と猿ぐつわで縛られ、固められていた。
    「むぐ、むぐっ」
     そのうちの一名が、もごもごと何かをわめき出したため、船の縁に腰かけていた、黒ずくめの長耳が顔を向けた。
    「何だ?」
     猿ぐつわを外してやると、途端にその兵士は怒鳴り付けてきた。
    「こんなことをして、ただでは済まんぞ! こんな、こんなっ……、こんな畏れ多いことを!」
    「……知るか」
     その長耳は、ちゃら、と何かを兵士の前に差し出した。
    「なんだ、それは……?」
    「九つの金属板で造られたロタのお守り、『ロタ・デラ・フォルティッサ』だ。まあ、央北天帝教が唯一の信仰だと信じて疑わないお前らには、何のことか分かるまいが」
    「ろ……、た?」
     きょとんとした兵士に、長耳は「ああ」と声を上げた。
    「こっちじゃロータス(lotus)、蓮のことだ。『向こう』では、ロタ(lota)って言うらしい。
     まだ俺たちは、あっちに帰依してから日が浅いが、向こうは良くしてくれる。決して、『信仰と供物を寄越せ寄越せ』なんてゴリ押しなんかしない」
    「あっち? 向こう? ……何のことなんだ?」
     相手の反応を見た長耳は肩をすくめ、そのまま背を向けた。
    「おい、答えろよ! お前ら一体、どこの、誰なんだよ!?」
    「分からない、なんてのは傲慢だな、つくづく」
     長耳はチラ、と顔を向け、忌々しげにつぶやいた。
    「お前らの上にいる現人神様が認めようとしない、存在すら許そうとしない。
     俺たちはそんな神様の使いだよ」

    火紅狐・囲陸記 1

    2012.01.02.[Edit]
    フォコの話、355話目。聖地襲撃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. これまで、何度も論じてきたことであるが――央北は、「天帝と政治の世界」である。 政治の世界、とそう呼ばれる所以は、容易に想像が付くであろう。 言うまでも無く、世界政治の中枢であり、世界全域の舵取りを担う、途方もなく強い権力を持つ組織――中央大陸全域の統治府、通称「中央政府」が、この地を本拠としているからである。 では一方で、天...

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    フォコの話、356話目。
    宗教テロの檄文。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     港の異変に気付き、天帝廟を守る兵士たちは騒然としていた。
    「あの黒い船は……!?」
    「分からん。少なくとも、友好的なものでは無い」
     その兵士の言う通り、船の甲板には縄で縛られた同僚の姿が見えている。
    「ど、どうする? 助けないといけないよな」
    「そりゃあそうだが、……しかし」
     船の周辺には、黒衣を着た者たちが、武器を手に巡回を行っている。その数は今ここに居る兵士よりも多く、その上実戦経験に乏しい彼らが、同僚の救出や港の奪還を行えるとは、到底思えなかった。
    「一旦兵舎に戻って、応援を呼ぼう」
    「それが……」
     いい、と言おうとして、兵士は硬直した。
    「その兵舎ってのは、どこだ? 落としておかなきゃな」
    「あ……う……」
     いつの間にか現れた黒ずくめの狼獣人が、その兵士の首にナイフを当てていたからだ。
    「安心しな。あんたらが騒いだり抵抗したりしなきゃ、殺したりなんかしねえよ」
    「……」
     そこにいた兵士は、無言でコクコクとうなずいた。

     結局――黒衣の兵士たちが上陸してから2時間余りで、天帝廟は制圧されてしまった。
     天帝廟を完全に制圧・占拠した彼らは兵士の一人を解放し、一通の書簡を持たせた。
    「いいか、これをしっかり天帝陛下……、いや、オーヴェル・タイムズ帝に送り届けてくれ」
     黒衣の兵士はそれだけ言って兵士を廟の敷地内から追い出し、その門を堅く閉ざした。
    「……大変な……ことになった」
     書簡を持たされた兵士は青ざめた顔で、首都のクロスセントラルまで一人、とぼとぼと向かう羽目になった。



    「央北天帝教教皇 兼 中央政府天帝 オーヴェル・タイムズへ告ぐ
     天帝廟は 我々『央中の黒い蓮』が占拠した

     我々は 貴君らが長年その存在を否定してきた 央中天帝教の信徒である
     だが 一部の者は 央北天帝教から 宗旨替えをした者たちである
     これまで貴君と その臣下たちは かつて貴君の教下にあったその者たちに
     散々! 捻じ曲がった教義を押し付けて 蹂躙し!
     散々! おおよそ信仰とは無縁な供物を差し出すよう要求し 搾取してきた!

     これが神のすることであろうか? 否!
     高邁にして高潔たる 神聖な神のすることでは 断じて無い!
     そう思ったからこそ 彼らは我々の元に帰依したのである

     だが貴君は こんなことでは我々を認めようなどとは 決して思わないだろう
     そこで我々は 央北天帝教に対し 天誅を 下すことにした!

     現在 天帝廟は我々の支配下にある
     そこにいた 中央軍の兵士共々 無傷で返して欲しければ
     以下の要求を 速やかに受諾せよ

     1、央中天帝教の存在を公式に認め 今後永年に渡り 政治的、軍事的、そして文化的迫害をしないと宣言すること
     2、央中全域に対し 今後永年に渡り 一切の政治的、軍事的、そして文化的介入をしないと宣言すること
     3、この100年余の間受け続けてきた迫害に対し 中央政府として正式に 謝罪と賠償を行うこと
     3補、賠償に関しては 1000億クラム あるいは 上述の金額に相当する物品を提供すること
     4、特に悪政、悪習極まるは 貴君の時代におけるものである よって 貴君の退位を可及的速やかに執り行い 天帝の座を 永久に退くこと

     この要求が履行され次第 我々は平和的に 天帝廟から撤退することを確約する
     ただし 要求が2ヶ月待っても履行されない あるいは 要求を却下された場合
     中央軍の兵士諸共 天帝廟は爆破、破壊する

     極めて重々に 真剣に 考慮されたし

    央中の黒い蓮 代表 R・F」



     その書簡が中央政府に届けられたのは、それから1週間が経ってからだった。
    「な……ん……じゃと……ッ」
     当然、オーヴェル帝はこの内容に激怒した。
    「何と言う恥知らず、愚か者、不敬の輩かッ!
     事もあろうに朕の、我々一族の霊場を穢すとは……ッ! しかも1000億クラムと、朕の退位の要求じゃと!?
     馬鹿者めが! そんなふざけた要求なぞ、到底呑めるかッ!」
     いきり立つ天帝を、側近の官僚たちは慌てて鎮めようとした。
    「お、落ち着いてください、陛下!」
    「これが落ち着いてなどいられるか! 即刻、皆殺しじゃ! そのような者共、中央軍の全力を以て血祭りに挙げてくれる!」
    「し、しかし今、軍務大臣のコーネリアス卿は不在であります! 彼の許可無しに軍を勝手に動かしては……」「動かしては、なんじゃ!? 朕は世界の帝なるぞ! であれば彼奴の軍は朕の軍、どう動かそうと勝手ではないか!」
     鎮めようとした側近を突き飛ばし、オーヴェル帝は中央軍の本営である軍務院へと向かった。
    「……行ってしまわれた」
    「これは……、とんでもない事態になるかも知れんな」
     残された官僚たちは、揃って頭を抱えた。

    火紅狐・囲陸記 2

    2012.01.03.[Edit]
    フォコの話、356話目。宗教テロの檄文。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 港の異変に気付き、天帝廟を守る兵士たちは騒然としていた。「あの黒い船は……!?」「分からん。少なくとも、友好的なものでは無い」 その兵士の言う通り、船の甲板には縄で縛られた同僚の姿が見えている。「ど、どうする? 助けないといけないよな」「そりゃあそうだが、……しかし」 船の周辺には、黒衣を着た者たちが、武器を手に巡回を行...

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    フォコの話、357話目。
    囲まれた大陸北部。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ドカドカと乱暴な足音を立てて執務室に入ってきたオーヴェル帝を見て、軍務大臣を代行していた長耳の、ダグラス・ジョーンズ中将は慌てて立ち上がり、敬礼した。
    「こ、これは天帝陛下! 如何なされました、そんなにお顔を真っ赤にされて……」「兵を出せッ! 何としてでも不埒な賊共を皆殺しにするのじゃッ!」「な、何を?」
     突然の出動要請に目を白黒させながらも、中将はオーヴェル帝をなだめ、天帝廟が占拠されたことを聞き出した。
    「……なんと」
    「このまま朕の血筋を虚仮にされて、黙ってなぞいられんわ!」
    「それは、……確かにそうです。私も正当な天帝教の信徒ですし、聖地を穢されて黙っているわけには行きません」
    「うむ、よう言った! では早速、大連隊を……」
     顔をほころばせ、出動を命じかけたオーヴェル帝に、中将は苦い顔をして返した。
    「ですが、……今、……本当に今し方、緊急配備の要請が……」
    「緊急!? 聖域を占拠される以上の緊急事態が、あると言うのか!?」
    「……如何に陛下とて、四肢を引きちぎられるのと、目の前で経典を焼かれるのとでは、前者を忌避するものと存じますが」
    「……どう言う意味じゃ?」
     けげんな顔をしたオーヴェル帝に、中将は机の上に広げられていた央北の地図を指し示した。
    「今朝早く、ノースポートとウエストポート、それぞれ50キロ程度離れた洋上にて、大艦隊が陣取っているのが確認されたと、『頭巾通信』により伝えられました。
     彼らも『央中の黒い蓮』を名乗り、現在、両港の出入りを封鎖しています。陛下の要請が無ければ、今すぐにでも軍の出動を命じていたところでした」
    「ノースポートとウエストポートも、占拠されておると言うのか!?」
     信じられないと言う顔を向けたオーヴェル帝に、中将は小さく首を振る。
    「いえ、厳密には港ではなく、海上を封鎖されているのです。
     港に上陸されれば、間違いなく両軍で多数の犠牲者が出るでしょう。相手はそれを嫌っているようです」
    「あくまでも『平和的に』か。……偽善者め」
    「とは言え、実質的には港が封鎖されたも同然。船の出入りができない以上、港は海に突き出た、半端な橋でしかありません。
     このまま封鎖が続けば――まあ、これに関しては財務大臣にお聞きいただいた方が正確でしょうが――央北における貿易は完全にストップし、深刻な経済不安が起こるでしょう」
    「ならば即刻出動し、駆逐すれば良いではないか。その上で天帝廟に……」「いいえ、陛下」
     中将はさらに苦い顔を見せ、今度は大きく首を振った。
    「ノースポートも、ウエストポートも、軍事的に見て重要な拠点です。何しろ崖の多い央北、大きな港が造れる場所は、そこしか無いのですから。
     それだけに、配備されている兵力も少なくは無いのです。数で言えば、常時8千人規模で警備をしております。
     そこから『もっと増援を』、と呼びかけられているのです。どれだけの敵艦が集まっているか、ご想像いただきたい」
    「……倍にするとして、各々8千ずつか。であれば計、1万6千。それに相当する数の、敵艦の数は……」
    「1隻辺り500人が乗り込むと考えて、おおよそ、30隻。対する我々は、コーネリアス卿が40隻を率いて向かっている今、彼らに対抗できるクラスの軍艦は、合計10隻ほどにしか」
    「30対10、……か」
    「乗り込める限度は600名まで。それを考えると、我々が送り出せる兵力は6千までとなり、これでは到底、駆逐などできるはずも……」
    「何を気弱な! であればコーネリアス卿を呼び戻し、港と沖とで挟み撃ちにすれば良いではないか!」
    「ええ、私もその方法を執るつもりです。
     ですが、陛下。その間、陛下が命じられた天帝廟への派兵は、実行するにかなり厳しいものになります。各地を警備する兵士の中から、既に港奪還へ向けて動いている者が、約1万5千名。
     この上で天帝廟へも兵を割くとなると、各都市の警備が疎かになってしまいます。この状況で、南からも攻め込まれれば……」
    「危うい、と言うわけか。
     じゃが、このまま天帝廟が奸賊の手に落ちたままには、到底しておけぬ。このまま放っておけば、朕と天帝教の権威は、大きく損なわれるであろう。
     多少の危険はあろうとも、朕が許そう。即刻、兵を向けよ」
    「……御意」



     勅命を受けたジョーンズ中将はこの時、言い知れぬ不安を感じていた。
     前軍務大臣バーミー卿の処刑。新たな軍務大臣コーネリアス卿の、就任早々の不在。そして謎の過激派宗教組織からの襲撃。
     あまりにも不安的、かつ緊急的な要素が重なり合っていくこの状況に、中将はさらに悪いことが起こりそうな予感を覚えていた。

     そしてその予感はさらに1週間後、現実のものとなった。

    火紅狐・囲陸記 3

    2012.01.04.[Edit]
    フォコの話、357話目。囲まれた大陸北部。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ドカドカと乱暴な足音を立てて執務室に入ってきたオーヴェル帝を見て、軍務大臣を代行していた長耳の、ダグラス・ジョーンズ中将は慌てて立ち上がり、敬礼した。「こ、これは天帝陛下! 如何なされました、そんなにお顔を真っ赤にされて……」「兵を出せッ! 何としてでも不埒な賊共を皆殺しにするのじゃッ!」「な、何を?」 突然の出動要...

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    フォコの話、358話目。
    黒い蓮の作戦会議。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ノースポートとウエストポート、そして天帝廟に現れた「黒い蓮」を迎撃、撃退しようと、多数の兵士が央北各都市からかき集められ、行軍しているその最中。
     軍務大臣代行のジョーンズ中将の元に、さらなる凶報が届けられた。

    「ばっ……、馬鹿な! ウォールロックからもだと!?」
     新たに4ヶ所目――央北と央中とを隔てるウォールロック山脈からも「黒い蓮」の襲撃を受けたと、報告が入ったのだ。
    「……周辺の兵士を向かわせろ。防衛状況がスカスカな今、何としてでも侵入させるわけにはいかん!」
     青ざめた顔でそう命じ、中将はがくりと椅子に座り込み、机にもたれかかった。
    「恐れていたことが現実となったか……!
     早くコーネリアス卿が戻ってこなければ、……まさかの事態もありえる」



    《とにかく今現在、4ヶ所からその『黒い蓮』と言う組織に攻められている状態です! これはもしかすると、二天戦争以来の大規模な軍事衝突になるかも知れません!
     できる限り早急に、帰還を要請します!》
    「ああ、うむ。だがこちらとしても、急いではいるのだが、生憎の時化でな。下手に進めば大艦隊といえども、難破する恐れがある。
     もうしばらく、持ちこたえてくれ」
    《了解であります! お早いお帰りを、お待ちしております!》
     通信が切れたところで、コーネリアス卿は苦笑した。
    「……私はひどい男だな。信じて待つ部下を、こうして騙し続けているのだから」
    「しゃあないです。無益な血を流すよりはマシでしょう」
     コーネリアス卿は「頭巾」を解きつつ、円卓に貼られた世界地図を一瞥した。
    「ノースポートとウエストポートの両港、天帝廟、そして新たにウォールロック山脈。央北へ至る4ヶ所を、これで封鎖したわけか。
     さらには同時多発的に襲撃を受けたため、各地の警備は脆くなっている。今ここで央北内に侵入できれば、あの超大国、中央政府をねじ伏せることも、不可能ではない。
     なるほど、ニコル卿、ファスタ卿。勝算が仄見えてきたな」
    「ええ。しかし問題が無いわけでもありません」
     ランドは地図上に置いてある軍艦の駒を、すい、と棒で動かす。
    「両港を大軍勢をけしかけて海上封鎖している、と見せかけているだけですからね。実際のところ、両港に向かわせた30隻のうち3分の2は、ハリボテも同然ですし。
     今はコーネリアス艦隊が来ると信じ、待機状態にありますが、もしこれが待ち切れない、自分たちだけで戦おう、と覚悟を決められてしまうと……」
    「恐らく用意されているのは、港に残る10隻すべてだろう。10対10となると、脅しも効かん。駆逐される危険は高い」
    「ウォールロック山脈からの部隊にしても、山越えですからね。あまり長重な装備はさせられないですし、封鎖はできても戦力と考えてはいけない」
    「では、天帝廟から本隊を送り込むわけか」
     そう尋ねたコーネリアス卿に、ランドはふるふると首を振る。
    「いいえ。あそこから首都までは隘路(あいろ――崖などに囲まれた細長く狭い道)が多く、下手に兵を進めると一網打尽の危険もあります。ここへは敵を誘導するとしても、こちらが進むのは危険です」
    「……? では、どこから攻め込むつもりだ?」
     ランドは棒の先をトン、と地図上のとある地点に置いた。
    「ここから進みます」
    「何? ……卿、これはどう言う意味だ?」
     指示棒は央北東部の街――イーストフィールドを指し示していた。
    「……卿?」
    「はい」
    「存じているはずだが」
    「何をでしょう」
    「央北には、崖が多い。それも女子供が飛び込めるようなものでは無い、洗濯板やおろし金の如き断崖絶壁だ。
     イーストフィールドとて、環境は同じはずだ。到底、軍艦など泊められるものでは無い。よしんば、沖へ停泊して小型舟艇で乗り込むにしても、一度に十数名が限度。まともに戦える数を送り込むのに何日、いや、何週間かかるか……!」
    「ええ、今から送れば間に合わないでしょうね」
    「ならば何故!?」
    「ですから」
     ランドはそこで、ニヤッと笑って見せた。
    「今から仕掛けるわけではないんです。
     もうこの策は随分前、昨年から仕掛けているんですよ」

    火紅狐・囲陸記 4

    2012.01.05.[Edit]
    フォコの話、358話目。黒い蓮の作戦会議。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ノースポートとウエストポート、そして天帝廟に現れた「黒い蓮」を迎撃、撃退しようと、多数の兵士が央北各都市からかき集められ、行軍しているその最中。 軍務大臣代行のジョーンズ中将の元に、さらなる凶報が届けられた。「ばっ……、馬鹿な! ウォールロックからもだと!?」 新たに4ヶ所目――央北と央中とを隔てるウォールロック山脈か...

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    フォコの話、359話目。
    打ちこまれた杭。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     央北封鎖の半年前、オークボックスにて。
    「あんたがネールの刀自さんの、息子さんかい」
    「ええ、ランド・ファスタと申します」
     ランドはフォコと大火を伴い、あの大親分、ヨセフ・トランプ翁と面会していた。
    「……あの姐御さんとは、似ても似つかねえな。ひょろっちくて、ドンと押したら窓の外までブッ飛びそうな体つきしてやがらぁ」
    「血はつながってないんです。父の再婚相手なので」
    「ほう、そうかい。……ま、本題に入ろうか、お兄ちゃんよ。
     俺に頼みてえことってのは、一体なんだ?」
     ランドは脇に抱えていた地図を広げ、翁に見せる。
    「ん? こりゃウチの街、……だったところだな」
    「ええ、その通り。イーストフィールドの地図です」
    「こいつが、何だって?」
    「あなたは元々ここの大地主であり、この周辺の地理についても非常に詳しいと存じます」
     ランドの堅い言い回しに顔をしかめつつ、トランプ翁はうなずく。
    「ああ、まあな。どこの畑に何が植わってるだとか、どこの通りに誰が店を出してるかとか、それくらいは今でもソラで言えるぜ」
    「では、お聞きしますが――この街では、小規模ながら海産物や塩を売っていますよね?」
    「お? まあ、確かに売っちゃいるが、……本当に小規模だぞ。街の外にゃ卸してないからな。余所者のお前さんが、どうしてそれを?」
     ランドの代わりに、フォコが答える。
    「僕がエンターゲート氏の有していた全権利を継承しとるからです。イーストフィールドについての利権も、僕のもんですし」
    「なるほど、そんなら商売事も知ってておかしくはねぇな。で、その塩だの魚だのが、一体どうしたって?」
    「余所者の僕が知る限り、イーストフィールドは崖近くにある街です。製塩所はともかくとして、港や釣り場があるとは、聞いたことが無いのですが」
    「ああ、なるほどな」
     そう問われ、トランプ翁はニヤニヤとした顔でうなずいた。
    「確かにあるっちゃ、ある。街の奴らが半ば趣味や道楽で使う、ちっちぇえ漁場はな。
     ただ、ちっとばかし入り組んでっから、改装してちゃんとした港にするってなると、バカみてえな金がかかるし、酪農だの牧畜だので生活はできてっから、んなもんを無理に造る必要も無え。
     だもんで、そのまんまにしてあるってわけよ」
    「では、資金的・技術的問題がクリアできれば、港の造成は可能と言うことですね?」
    「おう。……ニコル卿、まさかあんた、あそこに港を造るつもりなのか?」
     けげんな顔をしたトランプ翁に、フォコはうなずいて見せた。
    「ええ、それでできれば翁にも、現地に同行していただいて、住民の皆さんの説得に協力していただければ、と思てたんですけども、よろしいでしょか?」
    「説得? んなもん、俺がいなくても賛成するさ。元々央北にゃろくな港が無えし、できるってんならできるで、喜ぶ奴もいるだろうしな」
    「あー、と」
     そこでランドが、申し訳なさそうに手を挙げた。
    「造成もなんですが、もう一つ、お願いしたいことがありまして」
    「もう一つ……?」
    「ええ。少しの間、家を離れてもらいたいんです」
    「誰にだ?」
    「全員です。イーストフィールドの住民全員を、央中の方へ一時、転居させたいんです」
    「なっ、……んだってぇ?」
     流石のトランプ翁も、この要請には面食らった。



     一連の交渉には多少、難航したものの、ランドの計画は結局、全面的に推し進められることとなった。
     そして314年現在、イーストフィールドには――。
    「……準備は万全だね。街の住民が丸ごと敵兵とすり替わっているだなんて、思いもよらないだろうな」
    「流石は『千里眼鏡』のファスタ卿、……っちゅうところですな」
    「まあ、そうなるのかな」
     ランドは眼鏡に手をやり、フォコに尋ねた。
    「その、……二つ名、って言えばいいのかな。それ、誰が付けたんだろうね」
    「僕が聞いたんは、イールさんからですわ。広めたんも多分、イールさんでしょうな」
    「イールか……。恥ずかしいなぁ、なんか。
     ま、……とにかく、これでこちら側の準備は整った。それも、考えうる最良の状態で」
    「ですな。兵隊さんの数も、4、5千くらい集まってくれれば上等と思てたところで、なんと2万近くも集まってくれはりましたからな。
     加えて、この街は元々、ウチの先代が自治権やら自衛権やら中央政府から買うとったおかげで、半ば独立都市扱いで放っとかれとりましたからな。それに加えて、あちこちからの襲撃でてんやわんやになっとる今、この街は完全にノーマーク、構ってられへんっちゅう状態。
     ここから急襲すれば、世界最強と謳われる中央軍も……」
    「勝算は高い。
     ……ついに、機は熟したと、言うべきかな。いよいよこの、連綿と続いていた戦いは、最終局面に突入する」
     ランドはどこか感慨深げに、そうつぶやいた。

    火紅狐・囲陸記 終

    火紅狐・囲陸記 5

    2012.01.06.[Edit]
    フォコの話、359話目。打ちこまれた杭。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 央北封鎖の半年前、オークボックスにて。「あんたがネールの刀自さんの、息子さんかい」「ええ、ランド・ファスタと申します」 ランドはフォコと大火を伴い、あの大親分、ヨセフ・トランプ翁と面会していた。「……あの姐御さんとは、似ても似つかねえな。ひょろっちくて、ドンと押したら窓の外までブッ飛びそうな体つきしてやがらぁ」「血はつ...

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    フォコの話、360話目。
    3世紀ぶりの衝撃。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     央北を囲むような4方向からの強襲を受け、中央政府は混乱していた。

     対応は後手後手に回り、また、海上方面からの援軍をたのみにし、外周防衛を重視した戦略のために、央北内、即ち中央政府の直轄領内の防衛は、スカスカなものとなっていた。
     特に普段より兵の数が減っていたのは、他ならぬ首都、クロスセントラルである。通常ならば中央軍の3分の1に当たる、3万5千もの兵士が寄せられているのだが、前述の防衛のためにその4分の3が駆り出され、現在の兵力は1万を割っていた。
     平時ならば休暇中にあるはずの兵士までも、その大部分が央北外周部に動員され、大規模に建てられた兵舎には、今はまばらにしか兵士の姿は無かった。



    「へへ、今のうち今のうち……」
     名高い中央軍の兵士といえども、その質はピンからキリまである。
     純粋に、中央政府を思って精勤する兵士もいれば、単に金や兵士としての職権目当てに所属する者もいるし、その中でもさらに、隙あらば同僚の金や私物を盗もうとする小悪党もいる。
     空室だらけになった兵舎に忍び込んだこの兵士もまた、そんな愚者の一人だった。
    「……よし、空いた! へへ、そりゃあ兵卒にかける金なんか無いってのは分かるがよ、安普請もほどほどにしないとなぁ。こーやってコソ泥の餌食になるってもんだぜ、まったく。
     ……って俺が言うことじゃないよねー」
     同僚の部屋に忍び込んだ彼は、ニヤニヤと笑いつつ、猫耳と尻尾をピコピコと揺らしながら物色を始めた。

     と――。
    「おい、お前!」「ひゃあっ!?」
     扉が開いているのを不思議に思ったのだろう――外にいた将校が、部屋の中にいた彼に向かって怒鳴りつけた。
    「そこで何をしている!? ……ん!?」
     明らかにこじ開けられた形跡のある、傷だらけになったドアノブを見て、将校は怒りに満ちた目を向けた。
    「お前、まさか……!」
    「す、すいませんすいません! 出来心ですうっかりですついなんです! マジ勘弁してください本当にすいません!」
     その場で土下座し、平謝りする兵士に、将校は怒りでガチガチと歯を震わせ、にらみつけていたが――無理矢理に咳込み、冷静ぶった態度を執った。
    「……ん、んん、ごほんッ! く……、まあ、……まあいい! それどころではないのだ!
     お前も早く来い! 東大外門だ!」
    「……へ?」
     てっきり処罰が言い渡されるものと思っていた兵士は、きょとんとした顔を将校に向ける。
    「え、あの? いいんですか?」
    「……本来ならば厳罰ものだが、今はそんなことを言っている場合ではないのだ!」
    「えっと……? 前に広報のあった、ノースポートとかに敵艦がってヤツですか?」
    「そんなことで、どうして東側へ集める!? もっと直接的な、緊急事態だ!」
    「ちょくせつてきなきんきゅーじたい?」
     ぽかんとした兵士の襟元を、将校はぐい、とつかんで無理矢理立たせた。
    「敵襲だ! 突如東側より、敵と思われる集団が多数、押し寄せてきているのだ!」
    「敵って、……この、クロスセントラルにですか!?」



     彼が驚いたのも、無理はない。
     央北、つまり中央政府の領地内に敵が侵入したことは、かつて古代に起こった戦争以来、実に約300年、3世紀ぶりのことだったからだ。
     それどころか首都に攻め入られたことなど、有史以来一度も無く、誰も想像すらしないような事態なのである。



    「既に門前、10キロ地点にまで到達しているとの情報を受けている!
     今現在、我々部隊長、班長クラスの人間が兵舎や各持ち場を回り、兵士と物資をかき集め、応戦に備えている最中だ。
     ……勿論、我らが中央軍が負けることなど無い、いや、あってはならんのだ! 何としてでも東大外門で奴らを食い止め、この世界を守らねばならん!」
     将校の言葉に、兵士は違和感を覚えた。
    「……あの、こんな時に何なんっスけど」
    「なんだ!?」
    「……いや、何でもないっス。じゃあ、その、……向かいます」
     その場から離れようとした兵士の襟を、将校がもう一度掴む。
    「待て」
    「な、何でしょう」
    「コソ泥を企てたお前のことだ、逃げようとするかも知れん。私と一緒に来い」
    「……へーいへい」

    火紅狐・黒蓮記 1

    2012.01.08.[Edit]
    フォコの話、360話目。3世紀ぶりの衝撃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 央北を囲むような4方向からの強襲を受け、中央政府は混乱していた。 対応は後手後手に回り、また、海上方面からの援軍をたのみにし、外周防衛を重視した戦略のために、央北内、即ち中央政府の直轄領内の防衛は、スカスカなものとなっていた。 特に普段より兵の数が減っていたのは、他ならぬ首都、クロスセントラルである。通常ならば中央...

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    フォコの話、361話目。
    ランドの扇動演説。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     イーストフィールドを出発した2万余の軍――ランドが「央中の黒い蓮」と名付けた大部隊は、何の妨害も受けることなく、中央政府の首都、クロスセントラルを目前にしていた。
    「こんなにすんなり進めるとは、驚きましたわ」
     そうつぶやいたフォコに、隣に立つランドはニコニコと笑みを向ける。
    「恐らくだけど、非常に時期が良かったんだと思う。
     元々、港町や山岳地帯へ兵が向けられ、内部の守りが緩くなった時を狙う作戦だったけど、最もいいタイミングをつかめたんだろうね」
    「最もいい、っちゅうと?」
    「どの派兵も丁度、目的地に到着する前後くらい、かな。
     首都からは遠く離れてしまい、戻ろうにも数日を要する。これがもうちょっと早ければ、僕たちはとっくに引き返してきた軍に襲撃されてただろうし、もうちょっと遅かったら、企みを看破される恐れもあった。
     それにもう一つ、僕たちにとって有利に働いたことがある」
     ランドは単眼鏡で首都の様子を伺いつつ、話を続ける。
    「コーネリアス卿の試算によれば、今現在、クロスセントラルに駐留している兵士の数は、1万を切ってるそうだよ」
    「そんなに少ないんですか?」
    「コーネリアス卿の部下、……いや、元部下からの報告によれば、泡を食った天帝が、何としてでも央北内に侵入させないために、各都市への派兵をかなり多めにするよう命じたらしい。
     でも、兵士の数は有限だ。別のところに寄せた分、内部はかなりスカスカになってしまった。そのために、2万対1万なんて言う、非常に有利な展開に持って行くことができた」
    「でもランド」
     と、この行軍に加わっていたイールが手を挙げる。
    「コレから行くの、敵の本拠地なのよ? 流石に守りを固めてると思うんだけど……」
    「そうさ。確かに守りを固めてる。
     だけどそれは、ノースポートやウォールロック峠と言った玄関口、外との境界に限ってのことさ。『外』からの侵入を許さないために、中央軍の外堀は非常に深く、広い。だけど彼らは、『中』からの反発を想定してはいなかった。
     確かにこの300年、央北の人々は天帝のやることに異議を唱えなかったし、反抗もしなかった。『神に逆らうことなど、決してあってはならぬ』と、徹底的に教え込まれていたからさ。
     だから、『中』の守りはそれほど堅いものでは無い。この央北において、自分に牙をむいてくるような人間はいない――と、彼らもまた、信じていたからさ」
     ランドは単眼鏡をしまい、「黒い蓮」たちに命じた。
    「砲兵部隊、前へ! 目標、東大外門!」
    「了解!」
     ゴトゴトと音を立て、大砲がゆっくりと、しかし威圧感を持って、門の方へと向きを変える。
    「構え! ……そのまま、待機!」
     ランドの指示に、兵士たちは忠実に従う。右手に燐寸を、左手に大砲へとつながる導火線を持ったまま、ピタリと静止する。
    「……みんな」
     と、ランドが全軍の方へ振り向き、彼らを静かに見据えた。
    「この戦いには、2つの意義がある。
     一つは、世界に戦火を広げようとする中央政府の横暴を、もう一つは、絶対的教義であると、唯一信仰すべしと教え込まれた央北天帝教の横暴を、それぞれ、懲らしめるためだ。
     だけど、……しかし、同時にそれは、この世界を揺るがす、あるいは、破壊することにもなる。この300年、この二つの月に見守られた世界、『双月の世界』の進歩と調和は、中央政府と天帝教の力によるものだったからだ。
     ……だけども、……みんな」
     ランドは眼鏡を外し、裸眼になった顔を向ける。
    「どんなものにも、老いはやってくるものだ。
     使い慣れた剣も、やがては折れる。座り心地のいい椅子も、いつかは壊れる。そしてどんな名君、素晴らしき都も、いつかは死に、滅び去るものだ。
     かつて世界の中心、僕たちの指導者となってきたあの真っ白な城、ドミニオン城は、もはや見た目通りの、白亜の城じゃなくなった。あの中はもう、絶え間なく続く権力闘争で手垢が付いて黒ずみ、その上に愚君の出現によって、いよいよ最悪の局面へと進もうとしている。
     このまま腐りゆき、毒をまき散らす彼らに対し、僕たちはもはや、追従することはできない。信用も信頼も、できはしない。……だから」
     ランドはもう一度門を向き、眼鏡をかけ、諸手を挙げて号令を発した。
    「これ以上の災禍が起きる前に、僕たちが引導を渡し、終わらせなくちゃならないんだッ! それは正に、今、ここでだ!
     砲兵部隊、全員点火ッ! 目標に向け、全力で攻撃せよッ!」
     号令と共に、部隊の全前面からぢりぢりとした音が聞こえてくる。
    「撃てえええぇーッ!」
     ランドの怒声が一瞬響き渡り、そしてそれは、いくつもの炸裂音によってかき消された。

    火紅狐・黒蓮記 2

    2012.01.09.[Edit]
    フォコの話、361話目。ランドの扇動演説。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. イーストフィールドを出発した2万余の軍――ランドが「央中の黒い蓮」と名付けた大部隊は、何の妨害も受けることなく、中央政府の首都、クロスセントラルを目前にしていた。「こんなにすんなり進めるとは、驚きましたわ」 そうつぶやいたフォコに、隣に立つランドはニコニコと笑みを向ける。「恐らくだけど、非常に時期が良かったんだと思う...

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    フォコの話、362話目。
    ただ一度の、本拠決戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     あのコソ泥じみた猫獣人の兵士と、それを引っ張ってきた短耳の将校が東大外門の内側に到着するかしないかのところで、彼ら二人は、絶望的な事態を確認した。
    「うわ、……っ」
    「遅かったか……!」
     襲撃を強く想定していないとは言え、「大」と名の付く門である。
     首都の防衛に配属されてから、ずっと彼らが見上げてきたその大きな門は、彼らの目の前で木端微塵に吹き飛ばされたのだ。
    「敵襲、敵襲!」
    「門が破られた! 繰り返す、東大外門が破られた!」
    「死傷者多数! 応援を、応援をーッ!」
     門のこちら側は、既に地獄と化していた。
    「……戦うんだ! ほら、行くぞ!」
     そう言って剣を抜きかけた将校に、兵士はプルプルと首を振った。
    「い、……いやだ」
    「何を寝ぼけている! 剣を抜くんだ! 早く!」
     迫る将校に、兵士は後ずさる。
    「無理……ですよ……」
    「ふざけるな! 戦ってもいないうちから……!」
    「じゃあ勝てる要素があるんですか!? こっちの守りは、1万ちょっとの兵士と、あの門だったんですよ!?
     それがあんな……簡単に……!」
     既に門は原形を留めておらず、周辺の道や壁は無残にえぐれ、めくれ返ってしまっている。
     さらに、門を破られまいと後ろから押していた兵士もまた、砲撃に巻き込まれ、倒れた者は人の形すら留めていない。
     残る兵士たちも、連綿と続く砲撃になす術もなく、退却を始めていた。
    「……く……!」
    「逃げましょう! ここにいたら、俺たち死にます!」
    「……わか、った。……退却、……する」
     将校と兵士は踵を返し、その場から走り去った。

     ランドの号令で始まった砲撃は、簡単に東大外門の防衛ラインを突き崩した。
    「全軍、前進! 魔術部隊、構え!」
     がら空きになった門を通過し、ランドは次に来るであろう攻撃を予想し、対策を取る。
    「魔術部隊、唱え! 『フォースオフ』!」
    「了解! 『フォースオフ』!」
     400人余りで構成された魔術部隊が揃って「術封じ」を発動させると同時に、こちらに向かってきていた火の槍、土の槍が、呆気なく四散する。
    「中央軍の攻勢パターンは把握できてるさ。魔術や大砲による大規模攻撃、次いで人海戦術を軸とした白兵戦だ。
     だけどもあの初弾に加え、次に来る反撃を、こうして無力化すれば……」
    「心が折れる、っちゅうやつですな」
    「そう言うことさ。恐らく前線に出ていた半数以上は、戦意を喪失してるはずだ」
     ランドの読み通り、中央軍の兵士たちはバラバラと、戦線から離れ始めた。
    「最強の軍と言っても、それは量での話だ。質を見れば、内戦に次ぐ内戦を重ねてきた北方や央南、南海とは比べ物にならない。
     彼らのアドバンテージをことごとく奪う戦略を以てすれば、一両日中にこの、クロスセントラルを制圧できるはずだ」
     第一の防衛ラインである東大外門を破り、ランドたちの軍は続いて第二ライン、郊外から市街地へと入るまでの、幅3キロ程度の緑地と東小外門が待つ地帯へと侵入した。

     東大外門前から退却した兵士と将校は、なおも迫ってくる敵軍を、木々の陰から確認していた。
    「どうなっている、援軍は……!?」
     敵軍に見つからないように潜んでいた将校が、苛立たしげに市街地の方へと目を向ける。
    「どうやら向こうは大砲を使って攻撃しているようだが、それはこちらも用意している! 同等の装備で防御を固めれば、呆気なく侵入されることは無いはずだ……!」
     それを聞いて、兵士ははあ、とため息をついた。
    「上官殿。もしかして、休暇中でした?」
    「うん? ……ああ、長期休暇で二ヶ月ほど過ごすはずだったが」
    「休暇に入ったのは、半月前?」
    「うむ?」
     そこで兵士はぼそ、とつぶやいた。
    「……何だと? そんな馬鹿な!」
    「そのバカが、直々に仰ったことっスよ。……あいつ頭おかしいっスよ、マジで」
    「貴様、それは不敬罪に当たるぞ!」
     声を荒げる将校に、兵士はぷるぷると首を振って見せた。
    「……そんな罪名、今日明日には消えて無くなってますよ。その、敬う相手ごと」

    火紅狐・黒蓮記 3

    2012.01.10.[Edit]
    フォコの話、362話目。ただ一度の、本拠決戦。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. あのコソ泥じみた猫獣人の兵士と、それを引っ張ってきた短耳の将校が東大外門の内側に到着するかしないかのところで、彼ら二人は、絶望的な事態を確認した。「うわ、……っ」「遅かったか……!」 襲撃を強く想定していないとは言え、「大」と名の付く門である。 首都の防衛に配属されてから、ずっと彼らが見上げてきたその大きな門は、彼...

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    フォコの話、363話目。
    悪魔に屈した神の軍。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     クロスセントラルは、環状に形成された都市である。
     まず中心部に、中央政府の拠点であり、同時に天帝一族が住まう城としての機能を備えている、ドミニオン城。
     それを護る形で政務院や軍務院など、中央政府の全執務院がそれぞれ厚い壁でできた回廊でつながれており、この間に内門が設けられている。
     これが最終防衛ラインとなるが、さらにそれを囲む形で市街地が形成され、これを包み込む形で第二防衛ラインの境界である城壁と、小外門が築かれている。
     そしてその外には、「将来、都市が拡大した際の開発用地」と、「万が一敵が攻めてきた際の交戦地」としての役割を担う緑地が置かれている。
     それらすべてを囲む形でさらに城壁が築かれ、これが第一防衛ラインとなっている。

     ランドたちはこの第一ラインを既に突破し、緑地帯を突き進んでいた。



     突然の敵襲で混乱し、戦意を失いかけていた中央軍も、何とか指揮系統をまとめ直したらしい。
     東小外門の前には兵士が隊列を組み、陣取っていた。
    「集まり直すことは、想定の範囲内だ。流石にここを落とされたら、彼らは路頭に迷うだろうからね」
    「強行突破します?」
     そう尋ねたフォコに、ランドは首を横に振る。
    「いや、このまま乱暴に押し入るような真似はしたくない。それをやってしまうと、市街地に被害が及ぶ。それじゃ、あの街に住む人たちにとって、僕たちはただのならず者になってしまう。
     僕たちの行動はあくまでも、これまで弾圧されてきた央中天帝教が、先に突き付けた要求を無視した天帝に対して武力蜂起し、報復して見せた、……と言う筋書きの上で、行ったことだ。その報復行為はあくまで『中央政府に』であり、民間人にその責任を負わせるのは筋違いだ。
     だからあの布陣も、できれば被害を最小限に留める形で崩したい。と言うわけでタイカ」
     ランドは背後に立っていた大火に、こう命じた。
    「彼らにあまり当たらないように、魔術を掃射してほしい。10分か、15分ほど」
    「……承知した」
     大火は刀を抜き払い、ランドたちの陣から単騎で離れようとする。
    「あ、タイカ」
     と、それをランドが呼び止めた。
    「……なんだ?」
    「刀、新しいのができたんだね」
    「ああ」
     大火はニヤ、と唇の端をわずかに歪ませた。
    「名付けて『妖艶刀 雪月花』――なかなかの出来だ。お前の両親と妹には、感謝している」
    「どうも」
     それだけ交わし、大火は前に進んだ。

     単騎でやって来た大火に、中央軍の兵士たちは若干、戸惑っていた。
    「なん……だ?」
    「交渉に来たのか?」
    「どうする?」
     ざわざわと騒ぎ出す兵士たちを、背後に構えていた将校たちは一喝する。
    「私語厳禁! 黙って警戒態勢を続けろ!」
    「りょ、了解!」
     敵陣が静まったところで、大火は刀を振り上げた。
    「……『五月雨』」
     振り下ろした途端、数条の剣閃が敵陣に向かって飛んでいく。
     ランドに命じられた通り、その剣閃は布陣を突っ切る形で門まで進み、一瞬で破壊したが、兵士は衝撃波で吹き飛ばされただけに留まる。
     だがそれでも、兵士たちを慌てさせ、行動を起こさせるには十分だった。
    「こ、攻撃だ! 応戦、応戦せよ!」
    「はっ、はい!」
     しかしこれも、ランドの計算通りであり――。
    「無血で、か。……面倒なことばかり言ってくれるものだ」
     大火は立て続けに「飛ぶ剣閃」や風の術を放ち、兵士を弾き返す。
     死なない程度に威力を抑えたため、兵士たちはただ転がされ、城壁に叩き付けられるだけに留まるものの、一様に愕然とした表情を浮かべていた。
    「な……、なんだ、今の!?」
    「嘘だろ、一千や二千いる俺たちが……」
    「……一人も、あいつに近付けない」
     多数押し寄せてくる兵士を、大火はまるでボールを投げるかのように、一人残らず城壁へと弾いていく。
     攻撃はおろか、接近することすらできず、次第に兵士たちの士気は乱れていく。
    「て、撤収、撤収だ!」
    「攻撃が通らない! 何もできない!」
    「退却させてくれーッ!」
     散々に無力感を味わった兵士たちは武器を捨て、小外門の中へとなだれ込んでいった。
    「その辺でいい、タイカ。それくらいで十分だよ」
    「そうか」
     大火は刀を納め、陣の中へと戻ってきた。

    火紅狐・黒蓮記 4

    2012.01.11.[Edit]
    フォコの話、363話目。悪魔に屈した神の軍。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. クロスセントラルは、環状に形成された都市である。 まず中心部に、中央政府の拠点であり、同時に天帝一族が住まう城としての機能を備えている、ドミニオン城。 それを護る形で政務院や軍務院など、中央政府の全執務院がそれぞれ厚い壁でできた回廊でつながれており、この間に内門が設けられている。 これが最終防衛ラインとなるが、さ...

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    フォコの話、364話目。
    愚君、ここに極まれり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     東小外門の防衛を退け、市街地へと入ってきたランドたちは、そこからは簡単に行軍を進めることができた。
     どうやら二度の撤退と大火による威嚇攻撃で、戦意を完全に喪失したらしく、兵士たちの大半はドミニオン城へと逃げ込んだようだった。
     それでもまだ多少、果敢に反撃してくる者もいたが、最早陣形を組んで攻められるような状態ではなく、ランドたちの相手には到底、ならなかった。
    「……? 変だな」
     と、その状況を受けて、ランドがけげんな表情を浮かべる。
    「どないしはりました?」
    「中央軍は、旧エンターゲート製造から武器を買っていたはずだ。当然その中には、大砲や火薬もあったはず。
     なのにこれまでの、二ヶ所の防衛ラインで使おうともしなかったし、配備されてる様子も無かった。
     その上、今いる市街地なら、僕たちは固まって行動せざるを得ない。ここで砲撃されればひとたまりもないし、形振り構わず使うなら、今が最後のチャンスと言っていい。
     なのに、……既に戦力にならない白兵戦でのみ、細々と応戦だなんて?」
    「……言われてみれば、そうですな?」
     フォコとランドは互いに首をかしげつつも、行軍を続けた。



     ランドたちが東小外門を破る、2時間ほど前――。
    「へ、陛下!」
    「なんだ、騒々しい」
     東大外門が破られたと言う報告を受けた近衛兵が、オーヴェル帝の私室に飛び込んできた。
    「敵襲でございます!」
    「敵襲? どこにだ? また港か?」
    「いえ、この聖都にでございます!」
    「……何?」
     それを聞き、オーヴェル帝は顔色を変えた。
    「それは真か!?」
    「は、はい! 敵軍の服装を見るに、件の『黒い蓮』ではないかとの報告が……」「どけッ!」
     オーヴェル帝は近衛兵の話を聞かず、彼を突き飛ばして私室を後にし、大慌てで軍務院へ駆けた。
    「軍務大臣、……ではなく、軍務大臣代行! いるか!?」
     オーヴェル帝は執務室の扉を乱暴に蹴り開き、真っ青な顔をして机に着いていたジョーンズ中将に向かって怒鳴りつけた。
    「どうなっておる!? 敵襲とはどう言うことぞ!? 守りは万全では無かったのか!?」
    「陛下、その、詳しく説明を、その、……いや、それよりも」
     中将はバタバタと慌ただしく立ち上がり、オーヴェル帝に恐る恐る尋ねた。
    「現場の方より、我が軍に配備されていたはずの大砲、350門が一つ残らず解体されている、との報告がありました!
     しかも聞けば、陛下直々に解体するよう、命じられたと言うではないですか!? 何故そんなことを!?
     あまつさえ、何故私にそれを、報告してくださらなかったのです!?」
    「大砲? ……ああ、あの悪魔の筒のことか」
     オーヴェル帝は平然とそう返し、続いてこう言ってのけた。
    「後で報告させようとして、そのまま忘れておったわ。
     まあ……、あの賊将共の一派が残した武具なぞ、置いてはおけぬと思い立ってな、つい半月ほど前に、朕から直々に、現場の者に命じたのだ」
     この返答に、中将は強いめまいを覚えた。
    「なん……です……と? 何故それを……いや、……何故そんなことを!?」
    「朕に同じことを言わせるつもりか、貴様は? 下衆共の遺した遺産なぞ、名誉ある我が中央軍が使うことなど、あってはならんからじゃ!」
    「ば、馬鹿な!」
     思わずそう叫び、中将は慌てて口を抑えたが――。
    「……馬鹿? 朕をそう呼んだのか、貴様!?」
     時既に遅く、オーヴェル帝は顔を真っ赤にし、ぶるぶると震えていた。
    「朕を、朕を馬鹿にするのか、貴様ああああッ!」
     オーヴェル帝は中将の胸ぐらをつかみ、その顔に拳骨を振り下ろした。
    「ぐあっ……、な、何を!?」
    「まさか逆賊共の武器をつつ使えと、貴様はそう言うのか! この聖都を、けけけ穢れた武器で護ると言うのか、貴様はああああ!?」
     倒れ込んだ中将に、オーヴェル帝は蹴りを浴びせ、次いで中将の座っていた椅子を振り上げ、さらに殴りつける。
    「お、落ち着いてくださ、げぼっ」
    「この逆賊め! 外道め! まさかこのせせせ聖地を邪教の者どもにおめおめ踏み荒らさせただけには留まらず、その上けけ穢れた武器を使おうと言うのか!? そ、その怠慢と愚行、万死に値する! 即刻、ううう打ち首にしてくれようぞ!」
    「……待ってください、陛下!」
     中将はどうにか天帝の暴行から逃れ、鼻や口から血を流したまま、反論する。
    「お言葉ですが陛下、あなた自身が、この首都の防御を外周へ回せと仰せられたのですぞ? 私はその後意見に対し、しっかりと『それは危険である』と、申し上げたはずです!
     そして陛下、あなたはこうも仰ったはず! 『多少の危険はあろうとも、朕が許そう。即刻、兵を向けよ』と!
     その一方で、今や防衛・侵攻に欠かせない、最新鋭の兵器を廃棄するなど! そんな無茶ばかりされては、中央軍といえども張り子の虎になってしまいます!」
     懸命に言葉を重ねた中将だったが、怒り心頭に発したオーヴェル帝は全く耳を貸さない。
    「き、貴様……ッ、朕の、朕の言葉を穢すかあああッ!」
     オーヴェル帝は怒りに任せて椅子を振り上げ、中将に叩き付けた。

    火紅狐・黒蓮記 5

    2012.01.12.[Edit]
    フォコの話、364話目。愚君、ここに極まれり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 東小外門の防衛を退け、市街地へと入ってきたランドたちは、そこからは簡単に行軍を進めることができた。 どうやら二度の撤退と大火による威嚇攻撃で、戦意を完全に喪失したらしく、兵士たちの大半はドミニオン城へと逃げ込んだようだった。 それでもまだ多少、果敢に反撃してくる者もいたが、最早陣形を組んで攻められるような状態で...

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    フォコの話、365話目。
    神権政治、命脈尽きる時。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「うぐ、うっ……!」
     椅子は中将の胸と顎、鼻を打ち、バラバラになる。中将の方も、前歯を二本吐き出し、仰向けに倒れた。
    「ちちち朕の、朕をななななんだと思うておるううう!?」
     突然の敵襲に加え、滅多に反論や罵倒などされたことが無いために、オーヴェル帝は額に青筋を浮かべて激昂していた。
    「貴様きさまきさまあああああ!」
    「うっ、が、げほっ」
     倒れ込んだ中将に、オーヴェル帝はなおも蹴りを浴びせる。
    「良いか! 良いか貴様ああ! 朕は絶対なのだ!
     朕が『鴉は白い』と言えば、世界中の鴉をお前が白く塗り潰すべきなのだ! それを貴様は、こともあろうに、この朕に楯突くとは!
     この逆徒め! 下衆め! 愚か者め! 死ね! 死んでわびろ! 死ねええええ!」
    「……う、うう」
     罵詈雑言と殺意交じりに、散々に暴行され、敬虔な天帝教信徒であるジョーンズ中将も――この一瞬――頭の中が燃え上がった。
    「しっ、……」
    「む? まだ何か言おうと……」
    「……貴様が、死ねえッ!」

    「……っ!」
     中将が我に返った時には、天帝の姿は彼のそばになかった。
    「わ、私は、……何を?」
    「……う、お、ああう」
     うめき声に気付き、中将はそちらを向く。
    「……! へ、陛下!?」
     壁際に、白い法衣を赤く濡らしたオーヴェル帝の姿があった。
    「ひい……、ひい……」
     オーヴェル帝の肩には、中将が護身のために持っていた短刀が突き立てられていた。その位置から致命傷ではないと、中将はすぐに気付いたが、天帝には分からない。
    「こ、こっ……」
    「ここ? どこです?」
     駆け寄った中将に、オーヴェル帝は怯えた顔を向け、壁伝いにずるずると這い、逃げようとする。
    「こ、殺さないでくれ……、朕はまだ、死にとうない……」
    「……」
     この時、ジョーンズ中将の脳裏に、様々な思考が飛来した。
    (私は何と言うことを……! 事もあろうに、天帝陛下に刃を向けてしまった! わ、私はもうおしまいだ!
     ……いや、しかし、それにしても、陛下の言葉はあまりにひどすぎた。あれが神のお言葉だと言うのか?
     それに、私に責任を押し付けるかのような言動も、あんまりではないか! 陛下がやれと仰ったから、私は実行したのだ! それをすべて、私のせいになど……!
     本当に、……彼は我々の上に立つべき御方なのか?)
     そう思った彼の目に、天帝の情けない姿が映る。
     先程まで散々自分を罵倒し、殴り倒した彼は、顔からは涙と洟を垂らし、腰から下を濡らしながら、力なく泣き叫んでいた。
    「た、たのむ、ころさないでくれ……」
    「『頼む』、……ですと」
     この瞬間、中将の中で神は死んだ。
    「……貴様は誰だ」
    「え……」
     怯える天帝に、中将は冷たい目を向けた。
    「貴様は……、天帝では無かったのか?
     我々を導いてくれる神は――この世にいなかったと言うのかーッ!」
     中将は壁に並べられていた直剣を、感情的にむしり取った。

    「中将閣下、敵軍が東小外門を破り、……!?」
     状況を伝えに来た伝令は執務室に入った途端、その惨状を目にした。
    「かっ、かかか閣下、あ、あな、あなたは、ま、まま、まさかっ……!?」
    「……非常に残念な報告がある」
     ジョーンズ中将は血の滴る剣を捨て、淡々とこう述べた。
    「オーヴェル・タイムズ陛下は、……此度の軍事的失敗と宗教反乱に深い責任を感じ、……自害なされた。……私は助けようとしたのだが、……とっくの昔に手遅れだった」
    「……そのお言葉は、……とても信じられません、閣下」
     伝令は大声で、周辺の兵士たちを呼び寄せた。



     ランドたちがドミニオン城の前に到達した途端、城門がそっと開かれた。
    「え……?」
     目を丸くするランドに近付いてきたのは、白旗を掲げた政務大臣――ランドの後釜に収まった、元同僚だった。
    「前大臣閣下、……あの、覚えておいででしょうか?」
    「あ、……うん。君が、交渉役を?」
    「……と言うか、伝令役です。実は……」
     ランドは数年ぶりに会った元同僚の口から、錯乱した軍務大臣代行によって、天帝が殺害されたと言う凶報を聞かされた。
    「……そうか。それなら、仕方が無いな」
     ランドは城を囲んでいた兵士たちに目配せし、付いてくるよう促した。
    「入らせてもらうよ。抵抗は、しないね?」
    「……しても、どうもならないでしょう」
    「だろうね。ちなみに、その軍務大臣代行はどうしたの?」
    「拘束しています。まだ錯乱状態にあるので」
    「そうか。……まあ、協議は君や、他の人たちとやるよ」

     主権である天帝が亡くなり、さらに軍事部門のトップである軍務大臣と、その代行が不在のため、中央政府は「黒い蓮」に対し何の対抗措置も執れないまま、協議に入った。
     そのため協議内容は終始、「黒い蓮」側に有利なものとなり、以前に伝えられた要求はそのまま、受諾されることとなった。
     とは言え、1000億クラムなどと言う巨額の賠償金は、到底払えるものでは無い。そこでランドは、こう要求した。
    「では1000億の代わりに、それに相当するものを私に譲渡していただきたい。
     そう、中央政府の主権を。1000億に見合う椅子だと、私は思っているのですが」



     この要求も受諾され、この日を以て天帝一族による神権政治――3世紀に渡った神代(かみよ)の時代は、終わりを告げた。

    火紅狐・黒蓮記 終

    火紅狐・黒蓮記 6

    2012.01.13.[Edit]
    フォコの話、365話目。神権政治、命脈尽きる時。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「うぐ、うっ……!」 椅子は中将の胸と顎、鼻を打ち、バラバラになる。中将の方も、前歯を二本吐き出し、仰向けに倒れた。「ちちち朕の、朕をななななんだと思うておるううう!?」 突然の敵襲に加え、滅多に反論や罵倒などされたことが無いために、オーヴェル帝は額に青筋を浮かべて激昂していた。「貴様きさまきさまあああああ!」「...

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    フォコの話、366話目。
    街の混乱、組織の混乱。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦314年、5月。
     天帝を主権とする中央政府が解体され、その首都であったクロスセントラルは、緊張に包まれていた。
     これまで街を警護していた中央軍の姿はどこにも見当たらず、その代わりに「異教の徒」――央中天帝教の武力組織、「黒い蓮」が闊歩していたからだ。
    「どうなるんだろう……」
     街のとある礼拝所――見た目こそ教会なのだが、この街に総本山があるため、分類上はそうなる――に集まっていた住民たちは、外を恐る恐る眺めながら、一様に不安げな顔を突き合わせていた。
    「とりあえず、『危害は加えない』とは言ってたけど……」
    「異教徒だからなぁ、……あいつらにとっては」
    「あいつら事あるごとに『迫害されてきた』『その報いを受けよ』って言ってるからなぁ」
    「……もろ、目の仇にしてるよな」
     そこで彼らは、奥に祀られていた偶像に目をやる。
    「どうせあいつら、天帝教関係を追い出すだろうし、この像とかも……」
    「まあ、多分。……やっとくか?」
    「……媚びといて損は無いよな、きっと」
     彼らは煉瓦や棒切れを手に、偶像へと近付いた。

     別の礼拝所では――。
    「どうかどうか、お願いいたします……」
    「彼らを鎮めてくださいますよう……」
     こちらには、狐獣人を象った女神像が祀られていた。
     元々、この「狐の女神様」――エリザ・ゴールドマンは、古代における「世界平定」に協力した功績から、央北天帝教における神の一柱に挙げられている。
     その扱いを拡大解釈し、央中にとって都合のいい形で祭り上げたのが、央中天帝教の発祥である。
     そのつながり、起源を知る者たちがここに集い、彼女に祈りを捧げているのである。

     また別の、礼拝所――。
    「ここは壊させないぞ!」
    「退け、悪魔どもめ!」
     中にいた者たちが扉の前にバリケードを張り、外で困った顔をして立つ「黒い蓮」たちに、ポンポンと石や木片を投げつけている。
    「いや、その……」
    「黙れ! お前らのせいで、天帝陛下が死んだのだ!」
    「これ以上犠牲を増やしてなるものか! 我々は徹底的に抗戦する!」
    「……ダメだこりゃ。話にならん」
     聞く耳を持たず、半狂乱になって喚き散らす彼らに、「黒い蓮」は小さく首を振って背を向け、そのまま立ち去った。



    「……と言うように、街は現在、混乱の渦中にあるようです」
     中央政府側の政務大臣から報告を受けたランドは、元々自分が就いていた、政務大臣の机に頬杖をつき、「うーん……」とうなった。
    「いまいち、僕たちが民間人に危害を加えない、と言うのが伝わってないみたいだね。……仕方ないことではあるけど」
    「と申しますと?」
    「向こうにとっては、僕たちはどう解釈されようと『異教徒』だ。
     言い換えれば、自分たちの常識が通用しない、何だか良く分からない、怖い相手なんだ。その怖い相手が街中をウロウロ……、なんて言うのは、確かに正気でなんかいられない。こっちの言うことなんて、どう優しく言ったって悪魔の叫び声と一緒だろうしね。
     このまま『黒い蓮』を市内に徘徊させたままじゃ、その恐怖から暴動やら集団自決やらしかねないな」
    「それはよろしくありませんな」
    「とは言え、話もまとまってないうちに引き揚げさせるわけにも行かないし、早いところ、新しい統治体制を築き直さないといけないね」
     ランドは机を離れ、政務大臣に付いてくるよう促した。
    「今日の協議を始めよう。遅くても、あと3、4日以内には話をまとめたい」
    「承知しました。各執務院の大臣を集めてまいります」
    「よろしく」



     首都制圧から2週間近く経った現在、その「新しい統治体制」は次のようにまとまっていた。
     まず天帝一族、タイムズ家の今後の扱いについて。これまで神の名の元に政治を統率してきた天帝一族は、「黒い蓮」が以前に要求した通り、永久に中央政府、および世界政治と関わらないことを約束させられ、一族全員が、まだ「黒い蓮」の占拠下にある天帝廟へと移送された。
     これ自体はすんなりと話はまとまったのだが、次の議題である中央政府自体の処遇については、数日の協議を経てなお、決定が難航していた。
     神権政治を廃することに成功した今、最早「天帝への寄進」を名目とした徴発はできない。これまでより強制力が抑えられるのは確実であるし、「従来の体制で存続させても、問題ないのでは」と言う意見もあったが、ランドはこれを「非常に楽観的、および保身的な意見」として却下。別の口実で徴発しようとする不埒者の存在を考えるランド側からは、より厳しい再編を求めており、それが争点となっていた。
     また、中央政府を攻撃するために結成された「黒い蓮」からも、今回の作戦成功に対する報酬を求められている。彼らの7割以上は、実は央中天帝教の信者ではなく、これまでフォコやランドたちと懇意にしてきた北方や南海、央南の諸国から派遣されてきた兵士であり、中央政府からタイムズ一族を追い出したところで、その7割にとっては特に、感慨深いものでもない。
     とは言え単純に金品などでは、彼らの雇い主である各国の王や大臣が納得しない。彼らも全くの善意、無償で兵を貸したわけではなく、何らかの見返りを密かに求めているのは明白だからだ。



    「……やれやれ、だ。まだまだ僕の戦争は、終わってないみたいだ」
     ランドはそうつぶやきながら眼鏡を顔から外し、拭こうとした。

    火紅狐・契克記 1

    2012.01.15.[Edit]
    フォコの話、366話目。街の混乱、組織の混乱。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦314年、5月。 天帝を主権とする中央政府が解体され、その首都であったクロスセントラルは、緊張に包まれていた。 これまで街を警護していた中央軍の姿はどこにも見当たらず、その代わりに「異教の徒」――央中天帝教の武力組織、「黒い蓮」が闊歩していたからだ。「どうなるんだろう……」 街のとある礼拝所――見た目こそ教会な...

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    フォコの話、367話目。
    契約履行。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     と――。
    「ランド」
     これまで何度もあったように、唐突に、彼の声がランドへと投げかけられた。
    「あ、タイカ」
     ランドは眼鏡をかけ直し、声のした方へと向く。
    「どうしたの?」
     そう尋ねたが、大火は答えない。
    「……」
     その顔はいつもと同じ仏頂面だったが、ランドには何かが違うように感じられた。
    「どうしたのかな……?」
    「……」
     大火はす、と扉に手をかざし、術を使って鍵をかけた。
    「大事な話、……かな」
    「ああ、そうだ」
     大火はランドの方を向き、こう尋ねた。
    「ランド。お前はこの世界を動かしていた中央政府を今、我が物にしたわけだ」
    「そうだね。確かに僕は、中央政府を手に入れた形になる」
    「では問うが」
     大火は一歩、ランドの方へ近付いてきた。
    「世界は、救われたわけだな?」
    「え?」
     その問いに、ランドは一瞬、きょとんとなる。
    「救われ……? ああ」
     そして7年前、自分が政治犯として投獄され、その渦中で叫んだことを思い出した。
    「そうだね、うん、救われたんだと思う。
     バーミー卿と、彼に協力していたエンターゲート氏は消えた。その後に残った暴君、オーヴェル帝も崩御した。そして中央政府は機能を停止し、生まれ変わろうとしている。
     前中央政府における禍根はすべて、断たれた。世界は救われた、はずだ」
    「そうか」

     次の瞬間、ランドの視界がすとん、と落ちた。
    「あれ?」
     ランドは自分が、いつの間にか膝立ちになっていることに気付く。
    「おかしいな、ごめん、何か腰が抜けて……?」
     一瞬、脚が無くなってしまったのかと思ったが、振り返ってみるとしっかり、脚があるのが確認できる。
    「え、っ……?」
     頭ががくん、と重みを増す。膝立ちすらできなくなり、床に手を付いてしまう。
    「……ねえ、タイカ。君、何かしたの?」
    「ああ。7年前に、な」
    「そんなに、前から?」
    「契約内容を確認しよう。お前は『世界を救うためであれば、自分の所有物を何でも譲渡する』と、俺に言った。そうだな?」
    「そう、だね、うん。確かに、そんなこと、言った気が、する」
    「当時のお前が所有していたものは、囚人服と眼鏡、そして……」
     大火は倒れ込んでしまったランドの顔を挙げさせ、自分に目を向けさせる。
    「お前の肉体だ」
    「ああ、そう、か。僕が、ほしいと」
    「それ以外に譲渡できたものは、当時には無い。
     この契約に、『先物』は無しだ。当時、お前が持っていたもので、支払ってもらう」
    「あー……、なるほど、ね。囚人服は、あの時、渡したし、あの時の、眼鏡は、スペア、として、胸ポケットに、しまってある。
     じゃあ、後は、……僕だけだ。僕、自身」



     ランドはこの時何故か、自分の肉体が損なわれると言う悲観も、何をされるのかと言う恐怖も、これからの仕事ができない悔しさも、抱いてはいなかった。
     目の前にいるこの悪魔が、確かに自分の契約や約束、命令通りに今まで働き、自分が期待する以上に貢献してくれたことは、十二分に分かっているつもりだったし、契約内容に則って動くことを、彼が曲げることは無いと理解していたからだ。

     即ち――この克大火は、何が起ころうとも、世界を救うに値する仕事をした分だけ、それに見合う契約を履行するのだと、ランドは理解していた。
     そしてそれには、一つの例外も無いことも。



    「そうだ」
     理解していたからこそ、ランドは何の抵抗もしなかったし、しようとも思わなかった。
     ランドは大火の顔をじっと見て、それから目を閉じた。

    火紅狐・契克記 2

    2012.01.16.[Edit]
    フォコの話、367話目。契約履行。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. と――。「ランド」 これまで何度もあったように、唐突に、彼の声がランドへと投げかけられた。「あ、タイカ」 ランドは眼鏡をかけ直し、声のした方へと向く。「どうしたの?」 そう尋ねたが、大火は答えない。「……」 その顔はいつもと同じ仏頂面だったが、ランドには何かが違うように感じられた。「どうしたのかな……?」「……」 大火はす、と扉に...

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    フォコの話、368話目。
    反乱百出。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ランド・ファスタ卿の失踪は、その日のうちに知れ渡った。
     そして瞬く間に、混乱が起こり始めた。

     まず騒ぎ出したのは、「黒い蓮」の台頭で縮こまっていた中央軍だった。
    「なに、ファスタ卿が失踪……?」
     オーヴェル帝暗殺の罪で拘束されていたジョーンズ中将のところに、将校が数名、密かに押しかけ、こそこそと報告を行う。
    「ええ。最高指導者を失った『黒い蓮』は今現在、右往左往している状態です。ナンバー2のゴールドマン氏が抑えてはいるようですが、観察するにどうも、一枚岩では無いようで」
    「と言うと?」
    「我々も、彼らは全員、央中からの人間、つまりは央中天帝教の信者だと思っていたのですが、密かに話を聞けば、どうやらファスタ卿とゴールドマン氏のコネクションを使って大陸外と央南からかき集めた、各国の兵士のようです。
     つまり、奴らの大半は央中天帝教となんら関係の無い、ただの傭兵同然の者たちです」
    「……それを公にすれば、奴らの要求する内容は」
    「ええ。大半を反故にできるはずです。何しろ、1000億やら地位獲得やらを要求した奴ら本体が、大ウソつきの集まりなわけですから」
     将校らは中将の戒めを解き、続けてこうささやいた。
    「しかし、モノは考えようです。奴らは我々にとって、いい働きをしてくれました」
    「うん?」
    「大砲解体の件と言い、聖都防衛網をグチャグチャにした件と言い、オーヴェル帝は中央政府にとって、神は神でも疫病神でした。恐らく前体制下で、……その、……閣下があれを殺害なさっても、結果は政治犯が一人増えるだけ、だったでしょう。
     しかし天帝一族が追いやられ、政治的混乱の頂点に達している今、……蹶起(けっき)のチャンスかと」
    「私が、その筆頭になれと言うのか?」
     そう尋ねた中将に、将校たちはコクリとうなずいた。
    「我々一同、それを望んでおります。
     今現在、『黒い蓮』と交渉に当たっている大臣たちは到底、王の器ではありません。何しろ、奴らとの交渉にひたすら平身低頭し、ぬらりぬらりと逃げ回っている始末!
     中将閣下、あなたが新たな王となれば必ずや、我々を虚仮にした『黒い蓮』を蹴散らし、我々中央政府、そして中央軍の権力を強めた、新たな統治体制が敷けるものと信じておりますので」
     それを受けて、戒めの解かれた中将はゴク、と唾を呑んだ。
    「……分かった」



     一方、「黒い蓮」の統率が大きく乱れたため、この2週間ずっと、市内を巡回していた彼らの姿は、非常に少ないものとなっていた。
     その間隙を縫うように集まった市民たちは、密かに話し合っていた。
    「あの異教徒共、なんか知らんがバタバタ慌ただしく動いてるみたいだぜ」
    「らしいな。聞きかじった話だと、お偉いさんがいなくなったらしい」
     その情報に、一同は目を丸くする。
    「逃げたってのか?」
    「いや、失踪、……とは聞いてるが、本当に逃げたのかもな」
     と、一人が声を潜め、こんなことを言い出す。
    「いや、もしかしたら……」
    「もしかしたら?」
    「利権狙いで、誰かに暗殺された、……とか」
    「……まさかぁ」
    「いや、あるかもよ。なにせ、『1000億の代わりに中央政府を寄越せ』っつった奴だったらしいし、そんだけ価値のある椅子なら、……誰か狙って当然、だろ?」
     その与太話を受け、さらに変な方向へと話が弾む。
    「……俺たちも混乱に乗じて、……狙わね?」
    「……アリだな。央中だかどっかの異教徒共を王様と崇め奉るよりは、俺たちが王様になってやった方がいい。そうに決まってる」
    「決まりだな。……人と武器を集めて、ドミニオン城に向かうか」



     ランドが失踪したことで、フォコも少なからず混乱していた。
    「いや、せやからですな、ファスタ卿も同じことを指摘しとったはずです。分かりますやろ、軍を攻め込ませておいて、それをそのまんま引き揚げさす、ちゅうのんは……」
    「そのファスタ卿がいない以上、そちらとの協議はできない! 我々は彼に主権を渡したのであって、ゴールドマン卿、あなたではない!」
    「ですから、今は僕がその主権を……」
    「そんな取り決めが、いつされたと!? したと言うのなら、その証明をしてくださらねば!」
    「暫定的な決定、ちゅうもんがありますでしょ……、もお」
     ランドの代わりに交渉に臨もうとしたが、相手は元々、少しでも相手側に隙や綻びがあれば、目一杯にごね倒してきた小役人の集まりである。
     半ば駄々っ子の如く、牛歩戦術的に交渉を混ぜ返し、必死に延命を図ろうとする彼らに、フォコは辟易していた。
    (一体どこに行ってしもたんや……!? このままいない、っちゅうことになれば、まとまりかけとった交渉が、全部水の泡になってまう。
     参るわ、ホンマに……! 早よ探さな)
     フォコは以前、自身が経験した拉致事件を思い出し、その筋で「黒い蓮」にランドの捜査を当たらせた。
     だが成果は全く上がらず、時間だけがただただ過ぎていくばかりだった。

    火紅狐・契克記 3

    2012.01.17.[Edit]
    フォコの話、368話目。反乱百出。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ランド・ファスタ卿の失踪は、その日のうちに知れ渡った。 そして瞬く間に、混乱が起こり始めた。 まず騒ぎ出したのは、「黒い蓮」の台頭で縮こまっていた中央軍だった。「なに、ファスタ卿が失踪……?」 オーヴェル帝暗殺の罪で拘束されていたジョーンズ中将のところに、将校が数名、密かに押しかけ、こそこそと報告を行う。「ええ。最高指導者を...

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    フォコの話、369話目。
    クロスセントラルの暴動。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ランド不在による混乱は日を追うごとに拡大し、6月を迎えた頃、ついに聖都は決壊した。



    「ゴールドマン卿、大変です!」
     埒の明かない交渉に集中するため、城内で寝泊まりしていたフォコの元に、「黒い蓮」の伝令が飛び込んできた。
    「何や一体、……って」
     のそりと毛布を払い、起き上がったフォコの目に、頭から血を流している伝令の姿が映る。
    「だ、大丈夫かいな!?」
    「市内において、市民たちが反乱を起こしています! 我々も若干名襲われ、負傷者が出ています!」
    「……まずいな、ランドさんが思てたことが現実になってしもたか。
     分かった、鎮圧のため……」
     命令しかけたフォコは、そこで口を閉じた。
    「……どう言うつもりか、説明してもろてもええです?」
     伝令の背後に、武器を構えた中央軍の兵士たちが並んでいたからだ。
    「我々は中央政府の防衛力、そのものだ! 中央政府を脅かすお前らを、これ以上放っておけない!」
    「は……!? 何をいまさら! お前ら、負けた側やないか!」
     怒鳴るフォコに対し、兵士たちは槍先を向けて牽制する。
    「まだ終わっていない! タイムズ一族が消えただけだ! 我々はこの国の新たな王として、ダグラス・ジョーンズ閣下を擁立した!
     我々はもう一度戦う! もう一度、この聖都を占拠した逆賊共、お前らとだ!」
    「……どいつもこいつも、話を混ぜっ返しよって」
     フォコはギリギリと歯噛みしつつも、彼らに投降した。

     牢に移されたフォコは、そこでイールや「黒い蓮」の指揮官たちと会った。
    「君らもか……」
    「みたいね。……やられたわ、まったく!」
     鉄格子をガン、と蹴り、イールは尻尾を怒らせて悔しがる。
    「すっかり油断してたわ、ホント。街の連中は大人しそうにしてたし、中央軍の奴らも兵舎に引きこもってたし。
     ソレが今になって、どっちも蜂起するなんて。……軍人失格ね」
     そう独り言ちるイールの左手には、包帯が巻かれていた。
    「イールさんも、街で攻撃を?」
    「ええ。みんなと巡回してたら、いきなり石投げられたのよ。で、城に逃げ帰ったら、いきなり拘束されて、こっちにポイ、よ」
    「災難でしたな」
    「アンタは無傷みたいね」
    「寝とったところを捕まりましたからな。運が良かった、……と言うべきか」
    「悪いわよ。でなきゃこんなトコ、押し込まれたりしないって」
    「……散々ですな。まさかこんな展開になるとは」
     フォコとイールは同時にため息をつき、窓の方へ耳を向ける。
    「……やってるわね」
    「みたいですな」
     窓の外からは争う声が絶え間なく、聞こえてきていた。



    「繰り返す! 本日を以て我々中央軍中将、ダグラス・ジョーンズ閣下が蹶起し、中央政府の……、ぐふっ!?」
     中将の即位を宣言しようとした兵士の顔に、市民の投げた瓦礫がめり込む。
    「うるせえ! 今まで引っ込んでたクセして何が王様だ、馬鹿野郎!」
    「そうだそうだ! そんな引きこもり野郎、誰が奉ってやるもんか!」
    「役立たずの軍隊や大臣サマなんざ、そのまま引っ込んでいやがれ! 俺たちが異教徒共をブッ殺してやる!」
     倒れた兵士から武具をむしり取り、市民たちは口々に中央軍や大臣、「黒い蓮」への不満と非難をわめく。
     暴徒と化した市民は、そのまま城へと向かい始めた。

    「陛下! 城内は制圧完了しましたが、市街地にいる『黒い蓮』の掃討、および同場所において発生した暴動は、まだ抑え切れておりません!」
     王を僭称したジョーンズ中将に、市内での状況が報告されていた。
    「むう……、これでは折角『黒い蓮』の幹部連中を一掃したと言うのに、意味が無いな」
    「どうなさいますか、陛下?」
     中将は伝令に背を向け、こう言ってのけた。
    「どうせ市街地にいる『黒い蓮』の掃討作戦の最中であるし、多少の『とばっちり』は仕方の無いことだ。
     どさくさに紛れる形で、我々に反抗する者は構わず攻撃しろ。まずは我々に従ってもらわねばな」
    「……承知いたしました」



     加熱を続ける暴動と、杜撰な鎮圧・掃討作戦とが衝突し、市街地は瞬く間に、血に染まった。

    火紅狐・契克記 4

    2012.01.18.[Edit]
    フォコの話、369話目。クロスセントラルの暴動。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ランド不在による混乱は日を追うごとに拡大し、6月を迎えた頃、ついに聖都は決壊した。「ゴールドマン卿、大変です!」 埒の明かない交渉に集中するため、城内で寝泊まりしていたフォコの元に、「黒い蓮」の伝令が飛び込んできた。「何や一体、……って」 のそりと毛布を払い、起き上がったフォコの目に、頭から血を流している伝令の...

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    フォコの話、370話目。
    克大火クーデター。

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    5.
     市街地で発生した暴動は、拡大と悪化の一途をたどっていた。
     と――。
    「オラオラ、兵士なんか無駄だ無駄だ、……げぼっ」
    「それ以上抵抗するなら容赦せん、……か、は」
     あちこちで繰り広げられていた戦闘が突然、止まる。
    「……な、なんだ?」
    「み、みんな……、死んでる」
     つい数秒前まで荒々しく武器を振りかざしていた者たちが、一瞬で血まみれになり、バタバタと倒れていく。
    「……あ……」
    「……ひ……」
     残っていた彼らの目に、悪魔のように真っ黒な男の姿が映る。
    「満足か?」
    「……」
    「……」
     それを見た途端、兵士も、市民も、同時に武器を足元に捨て、戦意を喪失したことを示す。
    「……抵抗は無意味だ」
     そう言い残し、男は市街地から立ち去った。

    「な……、なんだ? いきなり静かになった……?」
     暴動を城の上層で見ていたジョーンズ中将も、この異状に気付く。
    「だ、誰か報告を! 現状を報告せよ!」
    「報告か。では、してやろう」
     と、中将の前に、その原因――大火が現れた。
    「暴動は鎮圧された。これで満足か?」
    「お、お前は、ファスタ卿の……!?」
    「王を名乗っていたようだが」
     大火は血の滴る刀を構え、中将に歩み寄る。
    「お前はどうやら世界平定どころか、街一つ平和にすることすらできん、猿大将のようだな。……いや、猿中将と言うべきか」
    「ま、待て! わ、悪かった!」
    「何がだ?」
    「ふぁ、ファスタ卿を差し置いて王になろうとしたのは、その、……ほんの、ちょっとした欲が出たんだ!
     わ、私は大人しく、獄に戻る! 拘束していた幹部たちも、解放する! だ、だからファスタ卿には、その……」
    「ランドは、既に関係無い」
     大火は刀を振り上げ、中将の首に狙いを定める。
    「な、なに? お前は、ファスタ卿の護衛では……」
    「護衛は、先月で終わりだ」
     大火は中将の体に対して平行に、刀を薙いだ。
     ごとん、と言う音を立て、その場に崩れ落ちた中将の残骸を見て、大火ははあ、とため息をついた。
    「世界を統べようと言う覇者気取りはいつでも、こんなものか。
     『あいつ』が難訓の作で無ければ、そのまま任せたのだが――そればかりは、俺の容認できるところではないから、……な」



     暴動発生から数時間後、フォコたちは解放された。
     そして同時に、天地が引っくり返るような情報を通達された。
    「はぁ……!?」
    「か、カツミが王に!?」
     克大火が失踪したランド・ファスタ卿の代わりに全権を掌握し、中央政府の主権となったこと。
     今回の暴動の中心人物となった中将と、彼を焚き付けた将校、および暴動を主導した市民十数名が、大火自身の手で処刑されたこと。
     そしてその直後、大火が大臣らを招集し、彼らと協議する形で政治運営を行う議会制を採択し、大火を中心とする新たな中央政府が創立されたこと。
     そしてさらに――。
    「『黒い蓮』に関係する者は全員、央北より即時退去するように、……ですか」
    「何なのよソレ……!? アイツが利権も利益も何もかも、全部持ってっちゃったってコトなの!?」
    「そうみたいですな……。
     僕たちの、負けです。……ランドさんも負け。中央政府も負け。
     中央軍も負け。勿論、クロスセントラル市民の皆さんも負け。『黒い蓮』も、負けです。
     央中天帝教も、央北天帝教も、どっちも負け。
     勝ったのは一人――タイカさんだけ、ですわ」
     フォコはがっくりとうなだれ、それ以上何も言わなかった。



     フォコのこの言葉は、ある意味で正鵠を得ていた。
     これにより、大火は強大な政治的権力と、経済的権力を得たからである。
     それは正に、かつてフォコを数年に渡って苦しめたあの男――ケネス・エンターゲートが思い描いていたような、世界征服を完了させた姿だった。

    火紅狐・契克記 終

    火紅狐・契克記 5

    2012.01.19.[Edit]
    フォコの話、370話目。克大火クーデター。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 市街地で発生した暴動は、拡大と悪化の一途をたどっていた。 と――。「オラオラ、兵士なんか無駄だ無駄だ、……げぼっ」「それ以上抵抗するなら容赦せん、……か、は」 あちこちで繰り広げられていた戦闘が突然、止まる。「……な、なんだ?」「み、みんな……、死んでる」 つい数秒前まで荒々しく武器を振りかざしていた者たちが、一瞬で血まみれ...

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    フォコの話、371話目。
    黒い悪魔の治世。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     大火が中央政府の長となってから、しばらくは、世界に大きな混乱は起きなかった。
     大火が外交よりも、内政問題に重点を置き、結果として、大陸外での紛糾については、その当該国に処理を放任していたためである。



     前中央政府の場合は、天帝教を主軸として、政治・宗教の両面から統制・統治してきたために、内部からの反乱は起こりえなかった。
     だがその反面、非天帝教圏からは少なからず反発的な態度があったし、それに対しては資金と人員とで大きく勝る中央軍を楯に、強気の外交を進めてきた。
     300年の間守られてきた「世界平定」は、こうした両陣営の政治・経済・軍事、そして宗教と言う、4つのバランスによって保たれてきたのだ。

     しかし大火は、その力学を己の身一つで崩した。
     自分が長となったことで起こるであろう反発・反乱を想定し、先んじて防ぐために、まずはあの蛮行とも言える示威行動――市街地における虐殺と、城内における処刑を行ったのだ。
     これにより、大火は前述の4つの力関係とはまた別の、「恐怖」と言う圧力を街中に、そして中央政府内にかけた。
     その結果、大火に反発できる者は、中央政府内にはいなくなった。

     とは言え、大火は民衆を怯えさせるばかりではなく――。
    「新しいお触れ……?」
    「ああ、何でもあの『黒い悪魔』から、直々にお達しが出たとか」
    「何て言ったんだ……? まさか生き血を差し出せ、とか?」
    「……いや、そんな怖い話じゃないらしい。何でも……、『信教の自由』とか」
    「なにそれ?」
     大火はこれまで央北を支配していた天帝教について、強制的に信奉せよとも、片っ端から廃絶せよとも言わず、「信じたいのならば勝手に信じればいい」と公言したのだ。
     これは中央軍と「黒い蓮」の衝突で右往左往し、後の市街地暴動で荒んでいた人々を、心の底から安堵させた。
    「マジかー……。ああ、天帝様の石像ブッ壊したから、いつ罰を受けるかとヒヤヒヤしてたけど」
    「お前、そんなことしたのか……」
    「俺は逆に、央中天帝教に絶対改宗しろとか言われるのかと思って、もー毎日吐きそうで吐きそうで……」
    「……案外、『黒い悪魔』もそんなに、無茶苦茶な奴ってわけでもないらしいな」

     続いて大火は、天帝廟に追いやられたタイムズ一族のところへ向かい、新たな天帝教教皇である、第9代天帝を定めさせた。
     その上で彼と、天帝教の主立った司祭や司教を、彼らの元総本山であるクロスセントラルへ連れ、その地でこう宣言させた。
    「我々は新中央政府の公認の元、改めてこの地へ、布教を行います。
     しかしその活動には不純、不浄なものがあってはなりません。我々は初代天帝、ゼロ・タイムズ帝の遺した教書・経典の一言一句に従い、不要な寄進は一切受けぬものと誓います。
     また、カツミ氏と取り決めた、『天帝一族は永年に渡り中央政府に関与してはならない』と言う約定を、末代に渡るまで遵守することを、誓います」
     大火は天帝教の影響力を、宗教のみに限定することを図ったのだ。
     こうして天帝をクロスセントラルの市民、即ち天帝教信者たちの前に立たせて宣言し、確約させたことで、タイムズ一族を世界を統べる天帝から、一宗教組織の教皇へと、その地位を下方へ固定させることに成功した。

     このように、大火はしばらくの間ずっと、内政にのみ目を向けた政治運営を行っていた。
     そのため、これまで干渉を受けていた諸国にとっては、この期間はこれまで約300年続いていた関係を見直す、絶好の機会となった。



     人心を操作し、その上で安定させ、タイムズ一族と央北天帝教の復権の芽を潰したところで、大火のところに、密かに客がやってきた。
    「よお、克。偉くなっちゃったねぇ」
     「旅の賢者」モールである。
    「……」
    「何か考えがあってのコト、だろ? じゃなきゃキミみたいなタイプが、上からあーだこーだ言うような役なんて、やりゃしないからね」
    「……クク」
     大火は数ヶ月ぶりに、唇の端をにじませた。

    火紅狐・猫討記 1

    2012.01.24.[Edit]
    フォコの話、371話目。黒い悪魔の治世。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 大火が中央政府の長となってから、しばらくは、世界に大きな混乱は起きなかった。 大火が外交よりも、内政問題に重点を置き、結果として、大陸外での紛糾については、その当該国に処理を放任していたためである。 前中央政府の場合は、天帝教を主軸として、政治・宗教の両面から統制・統治してきたために、内部からの反乱は起こりえなかっ...

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    フォコの話、372話目。
    千年級の会話;国盗りの理由。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     大火の顔を見て、モールはニヤニヤ笑っている。
    「……なんだ?」
    「いや、似合わないなーと思ってね。私ならやりたかないねぇ」
    「俺とて、進んでやろうとも思わん」
     そう返した大火に、モールはもう一度、にやぁ、と笑みを向ける。
    「じゃあ、とっとと辞めたらいいじゃないね」
    「まだだ。まだ、やることがある」
    「って言うと?」
     大火は静かに辺りを伺ってから、モールにこう告げた。
    「3つ、ある」
    「3つ、ねぇ」
    「一つは、資金の確保だ。
     難訓も恐らく、資金を蓄えるために何らかの計画を図り、成功させていると、俺は見ている」
    「だろうね。でなきゃ2年前、あんな大規模なゴーレム製造工場を造ってポイ、なんてもったいないコトはできない。ただのお遊びにしちゃ、手が込み過ぎだしね」
    「ああ。それに対抗するとなれば、同等の資金を積み上げなければならんだろう、な」
    「なるほど、なるほど。二つ目は?」
    「情報網の構築、および情報収集だ。この世界の、現在の文明レベルでは、まともに情報を集めるだけでも手間がかかる。
     現時点で最も巨大な組織を、俺にとって都合のいいように改築し、そこから世界中の情報を集めさせようと考えている」
    「ふむ、そりゃあ名案っちゃ名案だね。私も、世界をあっちこっちブラブラして情報を集めてはいるんだけども、遅れてるコトが多くってねぇ。
     ひどいトコなんか、いまだに中央政府が前のまんまで、まーだ7代目が生きてるって思ってたし。……っと、そーだ。目的を忘れるトコだったね」
     モールはひょい、と三角帽子を脱ぎ、大火に近寄る。
    「なんだ?」
    「一発殴らせろ」
     言うが早いか、モールはいきなり、大火の懐に拳を突き入れた。
    「う、……く、……何をする?」
     にらんできた大火に対し、モールは怒りに満ちた表情で返す。
    「当然の報い、……にはちょっとまだ足らないけどもね。
     私ゃね、ゼロとは親友だったんだ」
    「ゼロ? ……初代天帝の、ゼロ・タイムズか」
    「そーだよ。あいつが汗水垂らして必死に作った組織を、しっちゃかめっちゃかにしやがって!
     これでもまだ、私の怒りとあいつへの無礼にゃ釣り合わないトコだけども、……まあ、組織としてはとっくに消費期限の切れたトコだったし、潰れて当然だってコトを加味して、コレくらいで勘弁してやるね」
    「……そうか。悪かったな」
     大火は顔を若干しかめつつ、床に落ちていたモールの帽子を軽く手で払い、頭に載せて返した。
    「フン。……で、あと一個、やんなきゃならないってのは、一体何だね?」
     大火はもう一度仏頂面を作り、静かに答えた。
    「……お前の言うように、俺は為政者の器ではないし、機を見て退くつもりだ。
     だが次の為政者、支配者にふさわしい者は、未だ現れない。手を挙げる奴、挙げようとする奴はどいつもこいつも、我欲にまみれた愚者ばかりだ」
    「まともに治められる奴がいなきゃ、折角キミが構築しようとするシステムも、満足に働くわけが無い。
     極端に言えば、次の時代を任せられるような奴が現れない限り、キミは仮初めの王で居続けなきゃいけないわけだね」
    「……せめて、あのジョーンズとか言う軍人が、まともであってくれれば幸いだったのだが」
    「あー、聞いたよ。勝手に王様を名乗って、街の奴らを皆殺しにしようとしたとか」
    「それに近いな。
     結局、為政者に適う人材は、まだ俺の前に現れていない。抑えつけるために、力を誇示し過ぎたようだ。今現在、俺の周りにいる大臣たちはどれも、俺の顔を見ようともしないから、な」
    「ビビらせ過ぎたねぇ。そんな状況ならむしろ、キミの命を狙うくらいの奴の方がいいかもね」
     そう言ってモールは、懐からぺら、と紙を差し出した。
    「うん?」
    「北方でね、キミに対する反乱組織が結成されつつある。
     リーダーは、イール・サンドラ元准将。どうやらキミを、ランド・ファスタ卿暗殺の犯人と決め付け、キミを亡き者にしようと企んでいるらしい」
    「……だから?」
     大火は肩をすくめ、モールが暗に示した案を却下しようとする。
    「俺を殺させ、イールを新たな王に立てろとでも言うのか? そんな茶番は御免だ」
    「だろうね。……でもね、克」
     モールはもう一度、大火の側に寄った。
    「アルが、……復活したんだ」
    「……なんだと?」

    火紅狐・猫討記 2

    2012.01.25.[Edit]
    フォコの話、372話目。千年級の会話;国盗りの理由。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 大火の顔を見て、モールはニヤニヤ笑っている。「……なんだ?」「いや、似合わないなーと思ってね。私ならやりたかないねぇ」「俺とて、進んでやろうとも思わん」 そう返した大火に、モールはもう一度、にやぁ、と笑みを向ける。「じゃあ、とっとと辞めたらいいじゃないね」「まだだ。まだ、やることがある」「って言うと?」 大...

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    フォコの話、373話目。
    心乱れるイール。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     314年、9月。
     央北より強制退去を命じられたイールは、そのままフォコたちとも別れ、北方へと戻ってきた。



    「……なるほど。……では、ジーン王国に対して、今回の軍事行動による報酬は、支払われないようだな」
    「申し訳ございません、陛下」
     頭を下げたイールに、国王クラウスは小さく首を振った。
    「いや、いい。こちらの人的被害は、負傷者が数名のみであるし、軍艦を出した費用についても、軍事演習であったと割り切るつもりだ。
     こうしてサンドラ将軍、貴君も無事な身で戻ってきてくれたし」
    「……お言葉ですが、陛下」
     イールは顔を挙げる。
     それと同時に、彼女の足元にぽた、と涙が落ちた。
    「一名だけ、ここへ戻って来られなかった者がおります」
    「……存じている。……そうだったな、失言であった。
     サンドラ将軍、……しばらく、休暇を命じる。此度の戦い、誠に心身を削ったものであろう。ゆっくり静養し、心と体を癒せ」
    「……ありがたきお言葉、痛み入ります」

     ジーン王国首都、フェルタイルの小さな私邸に戻ったイールは、フォコと連絡を取った。
    《ええ、とりあえず僕の身に関しては、政治的には自由になりましたからな。溜まっとる仕事をちゃっちゃと整理して、来年くらいには、結婚式を挙げる予定をしとります》
    「そう、おめでと。……ねえ、ホコウ」
    《なんでしょ?》
    「あなたは、ランドが死んだと思う?」
    《……事実として、既に四ヶ月も経っているのに、ランドさんの消息はどこからも伝わってきてませんからな。
     僕が南海の奴隷島から脱出でけたように、ランドさんくらいの知恵者であれば、逆境やら災難やらから、いくらでも脱出でけるはずです。
     そんな話は世界中のどこからも、聞いてません。……となれば、実質的には》
    「……そう」
     イールはフォコの返答に、落胆せざるを得なかった。
    「希望は、無いのね」
    《イールさん?》
    「ホコウ。あたしは、あいつだと思ってるの」
    《あいつ、って?》
    「分からない? ランドがいなくなって、あいつが王様になったのよ。
     ずっとずっと、ランドの後ろでボーっと突っ立ってたのは、このためだったのよ!」
    《イールさん? どないしたんですか、落ち着いて下さい》
     語調を荒げ始めたイールをなだめようと、フォコはやんわりとした声をかける。
    「落ち着いて? 落ち着いて、ですって!? どうして、落ち着いてなんかいられるって言うのよ!?
     ランドが、あいつに殺されたのよ!? そしてあいつが、ランドが座るべきだった椅子を奪い去って、今ものうのうと座ってるのよ!?
     それを、落ち着けですって!? できると思ってるの!?」
    《その、イールさん、冷静になってくださいて。タイカさんが殺したっちゅう証拠、有るんですか?》
    「……無いわよ。でも、状況証拠なら十分じゃない。少なくとも、あたしにとっては十分よ」
    《早まったらあきませんで、イールさん。もっと冷静に……》「さよなら。お幸せにね」
     落ち着かせようとするフォコの通信を、イールは無理矢理に切り上げた。

     イールは窓を閉め切った私邸で一人、薄暗い燭台の灯りを頼りに、昼夜を問わず何日も、ガリガリと白紙の書にペンを走らせていた。
    (あいつには……、普通じゃ勝ち目はない。生半可な魔術じゃ、傷も付けられない。
     でも一度、あいつがピクリとも動けないくらいの致命傷を負ったことがある。そう、あの工場での戦い。モールさんに後で聞いたら、あの時ホコウと戦ってた奴から二太刀受けて、死にかけてたって。
     それが気にかかるのよ――あいつの強さは尋常じゃない。とても、真正面から向かって斬れるような相手じゃない。なのに、ホコウにあしらわれるようなハゲオヤジからの攻撃を、まともに食らったって言うの?
     よっぽど油断してたとしか思えない。……そう、そう考えると、あの時見た『アレ』は、辻褄が合うのよ。
     そう、溶鉱炉に落ちた刀の柄、ミスリル化珪素まみれの、二太刀食らったタイカ。全部つなぎ合わせれば、答えは一つ。……あいつは過信したのよ、自分の力を。
     あのハゲオヤジが持ってた剣は、なんかの魔法陣がゴテゴテと付けられてた。それを気にも留めず、『自分には絶対効くワケが無い』と信じて、自分の方から真正面に飛び込んだんでしょうね。
     そしてハゲオヤジに返り討ちに遭い、溶鉱炉に突き落された。……それが多分、あの時起こったコトの真相。……なら、あたしが執る作戦は、一つしかない)
     イールは何ページも、何十ページもにも渡り、ひたすら呪文を書き綴った。

     と――イールはその途中、背後で立った物音に気付く。
    「……誰?」
     振り返った先には、7年前に死んだはずの、あのフードの男が立っていた。

    火紅狐・猫討記 3

    2012.01.26.[Edit]
    フォコの話、373話目。心乱れるイール。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 314年、9月。 央北より強制退去を命じられたイールは、そのままフォコたちとも別れ、北方へと戻ってきた。「……なるほど。……では、ジーン王国に対して、今回の軍事行動による報酬は、支払われないようだな」「申し訳ございません、陛下」 頭を下げたイールに、国王クラウスは小さく首を振った。「いや、いい。こちらの人的被害は、負傷者...

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    フォコの話、374話目。
    将軍の離反と王国の体面。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「アルコン?」
     そう呼びかけたイールに、そのフードの男は淡々と答えた。
    「そうだ。ようやく北方へ戻ってきたな、イール」
    「タイカが、アンタを殺したって言ってたけど。どうして生きてるの?」
    「お前はあの男の言葉を信じるのか?」
     アルコンはギチギチとした金属的な音を立てながら、イールに近寄る。
    「お前の想い人を殺し、育ての親である私を打ち倒したあの男を、お前は信じるのか?」
    「……っ」
     その言葉に、イールは椅子を倒して立ち上がる。
    「それは、本当なの?」
    「ああ、そうだ。私はあの男によって……」「ソコじゃない!」
     イールは思わず、ガンと机を叩いて叫んでいた。
    「ランドを殺したのは、ホントにあの、タイカ・カツミだって言うの!? あたしはソレを、聞いてんのよッ!」
    「……そうだ。私には分かる。あの『黒い悪魔』こそが、諸悪の根源なのだ」
    「そう。……アンタのコトは、ずっと嫌いだったけど」
     イールはブルブルと震えながら、悲壮な笑みを浮かべた。
    「その意見だけは、あたしも賛成するわ。……あたしは今、本気で決意した。
     あたしが、あの『黒い悪魔』、タイカ・カツミを殺してやるわ」
     そう宣言したイールに、アルコンは籠手で固められた右手を向けた。
    「イール。よくぞ、決意してくれた。
     私の存在理由、お前をこの世界の女王にすると言う計画にとって、あいつは最優先に、排除しなければならぬ対象だ。
     これよりお前の潜在能力を、開花させよう。お前は真に、この世界を統べる女王となるのだ」
    「あたしの能力を、開花……?」
     尋ねたイールに何も言わず、アルコンは彼女の額に手を押し当てた。

     数日後、クラウス王の元に、驚くべき報告が届けられた。
    「サンドラ卿の私邸が、全焼……!?」
    「はい、今朝未明頃と思われます。放火したのは、恐らくサンドラ将軍本人かと」
    「どう言うことだ?」
    「本日、軍部宛にこのような手紙が送られておりました」
     手紙を受け取ったクラウス王は、読み終えるなり「ああ……」と声を漏らした。
    「何と言うことだ……」
     そこへ、騒ぎを聞きつけたレブが駆け込んでくる。
    「陛下、イール……、サンドラ卿の私邸が燃えたと聞きましたが……!?」
    「ああ。彼女は、もう止められない」
    「それは、どう言う……?」
     答える代わりに、クラウス王は手紙をレブへと手渡した。



    「国王陛下ならびに、ジーン王国軍本営御陣へ

     私、イール・サンドラはこの度、世界最大の逆賊、タイカ・カツミを討伐することを決意致しました。
     つきましては、被害や影響が及ぶことを鑑み、本日を以て将軍職を辞し、市井にて同志を募る所存です。
     どうかこれらの行為について、邪魔や、あるいは手助けをなさらぬよう。

    ジーン王国軍准将 イール・サンドラ」



    「これは……!」
    「非常に困ったことになった、と、……言わざるを得ない」
     クラウス王は、沈んだ面持ちで彼女の行為を嘆く。
    「今やカツミ氏は、強大な政治力と軍事力を有した、軽視のできぬ存在だ。
     彼に楯突く勢力を、彼女は恐らく、この地で集めるだろう。それが成功するにせよ、失敗に終わるにせよ、建国からまだ10年も経たぬ我が国にとって、政治騒乱の火種になりかねん。
     できることであれば、一刻も早く彼女を、……保護し、冷静にさせねばならんだろうが、それも難しいだろうな。何しろ、我が軍の二枚看板であったのだから」
    「……『であった』とか、『火種になりかねん』とか」
     レブは思わず、叫んでいた。
    「陛下はサンドラ卿をもう、厄介者扱いするのですか!?」
    「……しているのは彼女の方と言っていい。彼女は我々に、はっきり『邪魔をするな』と言ってのけたのだからな。
     それに勘違いしないでもらいたい、将軍」
     クラウスは額に手を当て、重たげなため息交じりに、こう弁明した。
    「私とて、彼女の身を少なからず案じているのだ。少しでも我が父の胸先が違えば、この国を治めていたのはあるいは、彼女だったのかも知れんのだからな。
     そして私自身も、多少形は違えども、それを望んでもいたのだ。彼女と歩んでいければどれだけ良かったか、とな」
    「それは陛下、もしかして、……いえ」
     レブはクラウス王の口走った言葉に、少なからず驚かされた。
    「……失礼致しました。執務に戻ります」
     そのため、レブはそれ以上クラウス王に詰問することをやめ、その場を去った。

    火紅狐・猫討記 4

    2012.01.27.[Edit]
    フォコの話、374話目。将軍の離反と王国の体面。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「アルコン?」 そう呼びかけたイールに、そのフードの男は淡々と答えた。「そうだ。ようやく北方へ戻ってきたな、イール」「タイカが、アンタを殺したって言ってたけど。どうして生きてるの?」「お前はあの男の言葉を信じるのか?」 アルコンはギチギチとした金属的な音を立てながら、イールに近寄る。「お前の想い人を殺し、育ての...

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    フォコの話、375話目。
    極秘会談。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     クラウス王が懸念していた通り、イールの離反と反大火を掲げた私兵集めにより、北方沿岸部では少なからず混乱が起こっていた。
    「サンドラ将軍が挙兵したって、聞いたか?」
    「うんうん、聞いた聞いた」
    「何でも、新しく中央政府の主になったナントカってのを倒すんだとか」
    「あの『猫姫』が、相当頭に来てるらしい」
    「おお、こわいこわい」
    「……気になるのは山間部の方だ。サンドラ将軍が自分勝手に動いてるのに、止めようとも応援しようともしてないとか。まったく無視してるみたいだ」
    「何考えてるんだろうな、まったく!」
     元々より「猫姫」イールの人気は高く、彼女が離反すること自体が、ジーン王国にとっては憂慮すべき事態だった。「人気者」の彼女が離れれば、国民たちは離れた元、即ち軍部と王室政府には何らかの大きな問題があるのでは、と言う邪推をされやすかったためである。
     その懸念通り、ジーン王国沿岸部では、王国に対する不信感が、日に日に募っていった。そしてそれは、イールの同志集めをさらに容易なものにしていた。



     モールからの情報提供に加え、己の統治体制(システム)を揺るがす人間がいることを無視する大火ではない。
     大火は「魔術通信」により、クラウス王と直接会談を行った。
    「では、イールが俺に対する反乱組織を構築している、と言うのは確かなのだな」
    《ええ、……その通りです。私の方でも軍を使い、行方を追ってはいるのですが、成果は芳しくなく……》
    「……だろうな」
    《え?》
    「クラウス。芳しくない、と言ったが、実際のところはどうなのか、正直に言ってもらおうか」
    《え、いや、本当に成果は、その……》
    「挙がっていないどころか、逆効果になっているのではないか? 俺はそう、にらんでいるのだが」
    《う……》
     間を置いて、クラウス王の困り果てた声が、大火の脳内に返ってくる。
    《……仰る通りです。どうにか居場所をつかみ、説得、あるいは拿捕に向かわせても、その半数以上が帰ってきません。恐らく返り討ちに遭ったか……》
    「寝返った可能性もある、と言うことだな。……なるほど、お前にとっては真に、憂慮すべき事態だな。
     では、こうしよう。お前の軍勢では彼女を説得も、捕えることもできない。いや、できたとして、彼女の在野における人気は非常に高く、お前の国に悪影響を与えることは明白だ。つまるところ、彼女に対して何らかの手立てを講じても、逆効果となる可能性が非常に高い。
     一方で、狙われた俺が彼女を拘束ないし撃退しても、それは戦闘行為でしかないわけだ」
    《……つまり陛下、あなたが》
    「俺を陛下などと呼ぶな、クラウス王。以前通りに呼んでくれて構わん」
    《……タイカ、あなたがこの北方の地に、直接乗り込むつもりだと》
    「そうだ。……俺の予想では、お前への影響を彼女なりに考え、山間部には寄り付こうとはしないはずだ。恐らく沿岸部でのみ、同志集めをしているはず。
     お前はこの件に関し、『最初から関与していなかった。すべては彼女の独断であり、自分が動き出す前に事件は終わっていた』と言い張ることを要請、および推奨しよう」
    《え? ……では、この会談も》
    「俺とお前が偶然にも、同時刻に独り言を言っていた。それだけだ」
     大火はそこで、通信を切った。

     大火に言われた通りに、クラウス王はイール捜索に関するすべての対策を打ち切り、捜査資料もすべて破棄させた。
    「どう言うことですか、陛下!?」
     この行為は勿論、レブの知るところになった。
    「……この件に関しては、……市井の流れに任せることにした」
     そう返したクラウス王に、レブは目を丸くする。
    「本気ですか!? このままイールがタイカにやられても、いいって言うんですか!?」
    「もとより彼女は、カツミ氏との直接対決を望んでいた。……我々が止めても、彼女は飛び出すだけだ」
    「だからって……!」
     レブはわなわなと震え、踵を返そうとする。
    「どうする気だ?」
    「決まってる! このまま見殺しになんかできません! 俺は一人ででも、あいつを……」
    「それはならん! 傍観せよと、……いや」
    「傍観『せよ』? 誰にです? ……まさか陛下!?」
     レブはキッとクラウス王をにらみ、非難した。
    「タイカからそう命じられたと言うんですか!? 馬鹿な! 今や敵国のトップとなったあいつの命令を、国王のあなたが受けたと言うんですかッ!」
    「……」
     何も言えず、黙り込むクラウス王に、レブはもう一度、背を向けた。
    「……今日限りでジーン王国軍少将の地位を、退かせていただきます。あんたに対する忠誠心なんてのは、今この場で吹き飛んだよ」
    「……」
    「俺は勝手にやる」
    「ま、待て、ギジュン卿!」
     止めようとしたクラウス王に構わず、レブは立ち去った。

    火紅狐・猫討記 5

    2012.01.28.[Edit]
    フォコの話、375話目。極秘会談。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. クラウス王が懸念していた通り、イールの離反と反大火を掲げた私兵集めにより、北方沿岸部では少なからず混乱が起こっていた。「サンドラ将軍が挙兵したって、聞いたか?」「うんうん、聞いた聞いた」「何でも、新しく中央政府の主になったナントカってのを倒すんだとか」「あの『猫姫』が、相当頭に来てるらしい」「おお、こわいこわい」「……気にな...

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    フォコの話、376話目。
    急襲された反乱軍。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     双月暦315年、3月。
     イールの集めた反乱軍は、既にその規模を1千人に増やしていた。
    「サンドラ卿、次はどこへ、志願を募りに?」
    「そうね……、沿岸部へは一通り、声をかけ終わったし」
     問われたイールは、チラ、と背後のアルコンに目をやった。
     アルコンが現れて以降、イールは強力な魔力と強靭な身体能力を手に入れた。そこから発せられるカリスマ性が、元々の「猫姫」人気と相まって、反乱軍の規模拡大に貢献していた。
    「沿岸部での人員獲得は、既に限界だろう。山間部、あるいは北方大陸外に手を伸ばすべきだ」
     アルコンの答えに、イールは小さくうなずいた。
    「そうね。敵が海の向こうにいるのに、まだこっち側でウロウロしてるってのもね。そろそろ、海を渡る頃よ」
    「しかし、敵軍は先の戦いで数を減らしたとはいえ、まだ10万近くは……」
    「ソレは全体の話でしょ? 拠点防衛に関しては、半分の5万程度。しかもあたしたちの行軍にいるのは、さらに半分の3万程度。1千名くらいなら、偽装して侵入は可能だし、むしろ現地で混乱に乗じて人を募った方が、集めやすいかも知れない。
     そろそろ、中央大陸へ……」
     イールが決定を下そうとした、その時だった。
     ドゴ、と言う鈍く重い音が、彼女がふたたび本拠地にしていた小村、ブラックウッドに響き渡った。

     慌てて音のした方へ向かったイールは、街の北側にある岩壁に、大きな穴が開いているのを確認した。
    「攻撃されてる……!? まさかもう、攻めてきたって言うの!?」
    「落ち着け、イール。現状のはんだ……」
     イールを抑えようとしたアルコンの言葉が、途中で途切れる。
     彼のすぐ前に、今まさに標的と挙げていた男が立っていたからだ。
    「まさか」
     再び口を開きかけたアルコンの顔に、大火はがつっ、と音を立てて刀を突き立てた。
    「あ、アルコン!?」
    「イール。良く聞け」
     大火はアルコンの喉奥に刀を突き立てたまま、青ざめるイールに顔を向けて静かに告げた。
    「これから1時間半ほど後、ここから南西にある丘陵地帯に中央軍の兵士が一個大隊、集結する。
     逃げても構わんが、その場合は中央軍の勝利と宣伝させてもらう。戦っても構わんが、その場合は俺自らが出張る。
     故に、お前らに勝ち目は無い。その上で、余計な人的被害を出したくなければ、前者を選択することを推奨する。
     以上だ。この鉄クズは、俺が処分しておく」
     それだけ伝え、大火はアルコンとともに姿を消した。
     と、後から追いついてきた同志たちが、慌ててイールの元に集まってきた。
    「サンドラ卿、ご無事ですか!?」
    「お顔が真っ青ですが、お怪我でも!?」
    「……え……?」
     ほんの10秒、20秒程度の出来事だったためか――イール以外に、大火の姿を見た者はいなかった。

     ブラックウッドから離れた大火は、まだ刀で突き刺したままのアルコンに声をかける。
    「残念だったな、アルコン・サンドラ。いや、アル」
    「……! ナゼ、私ノ名前ヲ!?」
    「情報提供があった。お前がふたたびイール・サンドラを傀儡とし、世界支配に乗り出すと」
    「イ、一体、誰ガ!?」
    「こうした秘密の暴露をする際、提供者を明かさないのが定石だろう?
     そいつからの情報提供により、お前は俺の計画、そして今後の世界情勢にとって、著しく邪魔な存在だと認識している。このまま放っておけば、面倒なことになるのは明白。
     よってイールと共に、お前は消す」
    「コ、コノ痴レ者メ! 私ガ担ッタ崇高ナ計画、神ノ思シ召シヲ知ラズ、己ガ都合デ御子ヲ消スト言ウノカ!」
    「それはお前のことだ、鉄クズ。
     俺は徹底的に、臆面も無く『神』などと名乗る、痴れ者共を駆除する。それが俺の目的だ。お前の主人も、俺の弟子も含めて、な」
    「……? オ前ノ弟子? ドウ言ウ……」
     アルが聞き返す前に、大火はその頭部を粉々に砕いた。



     大火からの忠告を受けたが、元よりイールは論理的判断より、感情的判断を優先する性分である。
     このまま撤退し、仇敵に対して恥を晒すよりも、彼女は戦って散ることを選択した。
    「……愚か者め」
     先陣を切って丘陵地帯にやってきたイールを、中央軍の本陣から確認した大火は、周りにこう命じた。
    「敵将、イール・サンドラ卿に最後通牒を送る。それで投降するならば、そのまま全員を拘束する。
     だがもし、それに従わないと言うのであれば、交戦はやむなしだ。しばらくここで待て」
    「分かりました、カツミ様」
     大火は一人、丘陵地帯に向かって歩を進めた。

    火紅狐・猫討記 6

    2012.01.29.[Edit]
    フォコの話、376話目。急襲された反乱軍。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 双月暦315年、3月。 イールの集めた反乱軍は、既にその規模を1千人に増やしていた。「サンドラ卿、次はどこへ、志願を募りに?」「そうね……、沿岸部へは一通り、声をかけ終わったし」 問われたイールは、チラ、と背後のアルコンに目をやった。 アルコンが現れて以降、イールは強力な魔力と強靭な身体能力を手に入れた。そこから発せ...

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    フォコの話、377話目。
    猫姫と悪魔。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     丘の上に立った人影を見て、イールは思わず叫んだ。
    「タイカ! アンタね!?」
    「それは何についての質問だ?」
     応じた大火に、イールは苛立たしげに拳を震わせ、近寄ろうとする。
    「サンドラ卿! 危険です!」
    「罠があるかも……」
     止めようとした周囲の者を振り切り、イールは質問を重ねる。
    「ランドよ! ランドを殺したのは、アンタ!?」
    「殺した、と言う表現は適切ではない。代価を払った、と言うのが的確な……」「グチャグチャごまかしてんじゃないわよ! いいわ、あたしは確信した! アンタが犯人だってね!」
     イールは後ろを振り向き、皆にこう告げた。
    「あたしは、あいつと戦ってくる。それであたしが戻ってくれば、あたしの、反乱軍の勝ちよ。
     でももし、あたしが戻らず、代わりに中央軍がゾロゾロやって来るようなコトがあったら、……あたしの負けだと思って。そのまま、逃げていいから」
    「サンドラ卿……」
    「……じゃあ、行ってくる」
     イールは鞭を手に取り、丘の上へと向かった。

     丘の頂上まで登ったところで、大火が声をかけてきた。
    「イール。率直に言うぞ。これ以上、俺の邪魔をするな」
    「邪魔って、何? アンタを殺そうと付け狙ってるコト? そりゃあ、邪魔でしょうね」
    「分かっていないようだな」
     そう返した大火に、イールは自分でも不気味に思うほどの苛立ちを覚え、口からその感情を噴き出させた。
    「分からなくていい。どうせもう、あたしにとってはこんな世界、どうなったっていいんだもの。そう、アイツのいない世界なんて」
    「あいつ?」
    「ランドよ。アンタみたいなのには分かんないかも知れないけど、あたしはずっと、アイツのコトが好きだったのよ。
     そりゃ、何度あっちこっち誘ってデートしてもズレたコトばっか言うし、何度告白しても気付いてもらえなかったし、何やったってあたしに振り向いてくれなかったけど、……でも、……でも! 大好きだったのよ!
     だからタイカ、アイツを殺したアンタは生かしておけない! アンタさえ殺せれば、あたしはどうなったって構わないッ!」
     叫び切り、イールは腰に付けていたサイドパックから魔術書を取り出した。
    「ふむ」
    「消えろ、消えろッ、消えろおおおおーッ! 『ライデン』!」
     イールが呪文を唱えた瞬間、周囲の空気が一変した。

     始めに大火が気付いたのは、周囲のパチパチとした、気泡のような炸裂音だった。
    「これは……」
     術の発動と同時に、イールが持っていた魔術書は、ブスブスと煙を上げ始める。
     そしてイール自身も、髪や服の表面に、わずかながら煙が立っている。
    (周囲の電荷量が異様に増大している……。『雷』の術であるのは明白だが、……これほど急激に、広範囲にわたって膨れ上がるのは……)
     異状を察知し、大火はその場から離れようとする。
     だが、いち早くイールが鞭を使い、大火の腕をからめ捕る。
    「む……」
    「ドコ行こうって言うのよ、タイカ? 言ったでしょ、生かしておけないって?
     うふふ……、まさかあたしがこんなにすごい術を使うなんて、思っても見なかったでしょうね? アンタ、自分以外はみんな弱っちいヤツと決め付けてるから、こんなコトになるのよ。
     ……にしても、思った以上にひどいコトになりそうね、この分だと」
     パチパチと鳴っていた炸裂音は、やがてバチ、バチッと激しく、甲高く音を変える。
    「この術は一回発動したら、もう止められないわ。周囲は限界一杯まで帯電し、ちょっと動くだけでも……」
     そう言って、イールはぐい、と鞭を引く。すると途端にパン、と火花を立て、鞭は焼き切れた。
     だが、大火は動かない。
    「あら、もう逃げないの?」
    「もう間に合うまい。逃げた瞬間、俺に蓄積された静電気が静電誘導を起こして放電し、俺は一瞬で黒焦げになるだろうから、な」
    「んー……、まだ何言ってるのか分かんないけど、分かってはくれたみたいね。
     そうよ、もう何したって、無駄」
     イールの長い緑髪も、大火の濡羽のような癖のある黒髪も、蓄電によりごわごわとうねっている。
     そしてその先からなお、パチパチとした音が鳴りやまないでいた。
    「でも、もう一度言うわ。
     あたしはどうなったって構わないのよ。そう、黒焦げになったって、構やしないの。ソレでアイツのところに逝けるなら、何だってするわ」
    「……イール。お前は勘違いしている」
     大火は彼女に向かって、ある事実を伝えた。
    「……は?」
     それを聞いたイールは、責めるような視線を大火に向けてくる。
    「何言ってんの? アンタが殺したって……」
    「あの鉄クズからそう聞いたのか? それはあいつが、実際に見たと言ったのか? そしてお前も、実際に見たと?」
    「……言って、ないけど。でも、状況的には……」
    「物的証拠なしに自分で思い込み、挙句に勝手な判断で暴走、か。リーダーの器とは思えんな」
    「……じゃあ。……じゃあ! 逆に証拠はあるの!? あいつが……」
    「耐え切れれば、見せてやろう」
     大火はす、と一歩引く。
    「この状態から自然に放電するのを待っていては、数時間を要する。
     その間ずっと中央軍、もしくはお前の率いた反乱軍は待つだろうか? いや、いずれはここへ進入し、そうなれば地獄絵図と化すだろう。
     お前はそれを望んでいるのか? 少なくとも、俺にとっては望ましい光景ではない」
    「……どうすれば、いいの? どうしたら、皆を巻き込まずに済むの?」
    「もう一度言うぞ。耐え切れ」
     大火は刀を抜き、術を唱えた。
    「……とは言え俺も耐えられるか、流石に自信は無いが、な」
     大火は刀を掲げ、術を発動する。
     次の瞬間、辺りは眩い光に包まれた。

    火紅狐・猫討記 7

    2012.01.30.[Edit]
    フォコの話、377話目。猫姫と悪魔。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 丘の上に立った人影を見て、イールは思わず叫んだ。「タイカ! アンタね!?」「それは何についての質問だ?」 応じた大火に、イールは苛立たしげに拳を震わせ、近寄ろうとする。「サンドラ卿! 危険です!」「罠があるかも……」 止めようとした周囲の者を振り切り、イールは質問を重ねる。「ランドよ! ランドを殺したのは、アンタ!?」「殺...

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    フォコの話、378話目。
    不胎化された反乱。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     イールと大火の様子を、固唾を呑んで見守っていた反乱軍は、丘の上から空へと、極太の稲妻が放射されたのを見た。
    「な、なんだ、あれは……!?」
    「サンドラ卿だ! サンドラ卿が、『雷』の術を使ったんだ!」
    「じゃあ、交渉は……」
    「決裂した、……か」
     それから10分後、丘から一人、降りて来るのが確認された。
    「あ……、ああ……」
    「『黒い悪魔』……」
     やって来たのは、全身からブスブスと煙を立て、顔の至る穴から血を流した、大火の姿だった。
    「……最後通牒を言い渡す」
     今にも倒れそうなその姿に似合わない、淡々とした、しかししっかりとした口調で、大火は投降を促した。

     イールが倒れたことを悟った反乱軍は、大火の説得に、素直に応じた。
     反乱軍は即座に中央軍によって拘束・拿捕され、全員が2ヶ月の懲役刑を言い渡された。



    「……そうか、間に合わなかったか」
     ジーン王国軍を離れ、単身反乱軍に参加することを決意したレブだったが、彼が沿岸部、グリーンプールに到着し、彼らの本拠地を探そうとしたところで、既に反乱軍が投降していたことを、現地の兵士から聞かされた。
    「サンドラ卿はどうなった?」
    「遺体は見つかっておりませんが、死んだものと思われます。
     私も人づてに聞いただけですが、交戦の現場は、それはもうひどい有様だったようで」
    「どこだったんだ?」
     レブは兵士から場所を聞き、そこへと向かった。

    「ここか……」
     ブラックウッド近隣の丘にやって来たレブは、その惨状を目にした。
    「……確かにひでえな」
     丘の頂上だったと思われる場所はひどく焼け焦げ、クレーター状にえぐられていた。
    「どんな戦いだったか、……一目瞭然ってやつだな。こりゃ確かに、死体も残らなかっただろうな」
     レブはクレーターを降り、その中心点、爆心地へ向かう。
    「ここでの戦いから、1週間は経ってるって聞いたが……、焦げ臭えな、まだ。
     ……ん?」
     レブは真っ黒に焼け焦げた地面に、何かが埋まっているのに気付く。
    「これは……、魔術書か? ……つっても俺には、さっぱりだけど」
     表紙こそ半ば炭化していたものの、中身はほぼ原形を留めており、記述された呪文や魔法陣はほとんど損なわれていなかった。
    「……マフスなら分かるかな。……他に何も無さそうだし、帰るか」

     レブは山間部に戻り、既に自分の妻となっていたマフスに、その焦げた魔術書を見せた。
    「これは……、ええ、多分イールさんの書いたものだと思います。わたしも何度か、イールさんの研究内容を見せていただいたことがありますし、筆跡や構文に、見覚えがあります」
    「そっか……。死体も残ってなかったらしいし、家も全焼。あいつの遺品は、これだけだ」
    「そうですか……。ひどい話ですね」
    「……ああ、ひどいな。恐らく俺が助太刀したところで、結果は変わらなかっただろう。
     タイカの実力は、俺もよく知ってる。こうなることは、予想できなかったわけじゃない。正直な話、陛下がイールを見捨てたことを、納得してる自分もいるんだ」
    「あなた……」
    「……馬鹿だなぁ、俺。それを分かってたってのに、陛下に唾吐いちまった。
     どーすっかなぁ、これから」
     虎耳をゴシゴシとこするレブに、マフスはにこっと笑いかけた。
    「それなら、わたしの故郷に来ては如何かしら」
    「お前の? ……ああ、いいかもな」
    「あなたの経歴なら、向こうですぐに仕官もできるでしょうし。どうかしら?」
    「……ま、そうだな。納得したっつっても、俺にはもう、王国に付いてく気は無いし。
     お前と一緒に、新しい生活を始めるのが一番いい」
    「うふふっ」



     レブ・マフス夫妻は北方を離れ、南海ベール王国に渡った。
     その後、レブはベール王国の将軍として迎えられ、後に護国卿へと昇進。軍人として高い名声と実績を積む一方で家族にも恵まれ、南海で幸せに一生を過ごした。

     一方、「猫姫」イールを見離したとされ、国民からの支持を一時失ったジーン王国ではあったが、後に反大火派であることを公言し、支持を回復。諸般の事情から、大火はこれを黙認した。
     その事情――316年に行われた「サウストレードの大交渉」こそが、後に「黒白戦争」と呼ばれるこの長い戦いの、終着点となる。

    火紅狐・猫討記 終

    火紅狐・猫討記 8

    2012.01.31.[Edit]
    フォコの話、378話目。不胎化された反乱。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. イールと大火の様子を、固唾を呑んで見守っていた反乱軍は、丘の上から空へと、極太の稲妻が放射されたのを見た。「な、なんだ、あれは……!?」「サンドラ卿だ! サンドラ卿が、『雷』の術を使ったんだ!」「じゃあ、交渉は……」「決裂した、……か」 それから10分後、丘から一人、降りて来るのが確認された。「あ……、ああ……」「『黒い悪魔...

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    フォコの話、379話目。
    放置され続けた独立問題。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     北方で起こった反乱を鎮め、大火統治による中央政府の権威と威光は、改めて拡大の傾向を示していた。
     しかし一方で、既に大火による粛清から1年余りが経過しており、大臣級・閣僚級の者たちの中には、大火に対する恐怖が鈍くなり始めた者もいた。
    「カツミ様。央北における統治は、十分になされたものと、我々は考えております。そろそろ央中および央南に、我々の威光を今一度、知らしめては如何でしょうか?」
     この大臣のように、あたかも自分が中央政府の権力を握っているかのような発言をにじませる者も少なくなかったが、大火にとっては――。
    (もし俺がここで降りようものなら、こいつらは途端に図に乗るだろうな)
     未だ「システム」維持に足る人材を見つけていない大火は、進言してきた大臣に対し、否定的な態度を執った。
    「なるほど、一理ある。だが俺の目の届かぬ場所はまだ多い。そこで俺にとって不利益なことが計画されていない、とは断言できない。
     まだしばらくは、内政を重視しようと考えている」
    「ですが、カツミ様。つい先日にも北方へ向かわれたわけですし、そろそろ外交にも目を向けられては如何でしょうか? 央南でも、動きがあるとのことですし」
    「動き?」
     尋ねた大火に、大臣は得意満面に説明しようとする。
    「央南の名代問題です。元々の名代一族であった清家を、焔軍なる者たちが……」「その件に関しては、十分に知っている。俺自身が関わっていたからな」「あ、そ、それは勿論、存じておりますが」
     反論されつつも、大臣は説得を続けようとする。
    「しかし前政府でも、この問題は決着していない、と言うか、オーヴェル帝が反故にしようと艦隊を差し向けた次第で……」
    「ふむ」
    「その艦隊も、実は『黒い蓮』に寝返ったと言いますし、……ああ、いや、これもご存じのことであるとは存じますが、……ともかくこの問題については、中央政府側からは実質的に、何の対処もできておらず、この数年間、保留の状態にあります。
     カツミ様、あなたの代になっても未だ、こちらからは通達も、何もしていない状態です。このまま放っておかれては、央南は我々の意向を無視し、独断専横を始めることは確実。
     最悪の場合、離反や独立、あるいは前政府で危惧された、央南全土を挙げての宣戦布告もあり得るかと」
     と、こうまくし立てられた大火に、ふと、ある考えがよぎった。
    「……」
    「カツミ様?」
    「……ああ、聞いている。
     なるほど。言われてみれば確かに、放任にしては少しばかり、度が過ぎたな。
     一つ、『通信』を送ってみるか。その上で必要があれば、出向いてみよう」
    「ええ、そう、そうです! 是非とも!」
     あからさまな大臣の態度に、大火は釘を刺しておいた。
    「言っておくが、単騎と言う条件であれば、俺は今すぐにでも、一瞬で、央南へ向かうことができる」
    「え?」
    「逆に見れば、一瞬で向こうから戻ることも可能だと言うことだ。それを忘れるなよ」
    「……はい。肝に銘じておきます。決してその、鬼の居ぬ間にとか、そう言うことはありませんので、……あ、いえ、鬼と言うのは言葉の綾でして、他意は……」
     もごもごと弁解する大臣に背を向け、大火はその場を離れた。
    「では、準備をしてくる。もし出向くことになれば、不在の間は頼んでおくぞ」
    「……あ、はい。いってらっしゃいませ」



     一方、央南の白京では――。
    「結局のところ、あの戦い以降は、中央政府からは何も言ってこない、……と言うことですね」
    「左様にございます、殿下」
     玉座に座り、玄蔵から話を聞いた双葉は、落ち着いた口調で問いかける。
    「既に、克氏が中央政府を掌握してから2年近くになると言うのに、我々に対してはこれまで通りに清家が統治せよとも、焔家に権限を渡せとも、何も言ってこない。
     ここまでで、わたしの認識に誤りはありますか、閣下?」
    「いいえ、ございません。……殿下、何故突然、そのような話をされるのです?」
    「わたしも央南での戦の時のように、幼いままではありません。齢18、世界に『目』を向ければ、この歳で一国の主になる者もいると言いますし」
     双葉はわざと、目を隠している布に指を当てて見せる。
    「は、はは……、ええ、そうですな」
    「……わたしの冗談、お気に召さなかったかしら」
    「あ、いえ。そんなことは」
    「蓮蔵さんは笑ってくれましたけどね」
    「え?」
    「こちらの話です。
     わたしが言いたいのは、その気になれば盲人のわたしも、政に携わることができる、と言うことです。目は見えずとも、耳は聞こえますし、頭も鈍くありませんから」
    「まあ、確かに不可能ではございますまい。とは言え、今も実質的に、我々がこの白京を占領しているのですから、我々をないがしろにはしていただきたくは無い」
    「存じております。……そこで閣下。わたしと、もう一人から、ある提案があります」
    「ある提案?」
     玄蔵が聞き返したところで、王の間の戸を叩く者が現れた。

    火紅狐・闘焔記 1

    2012.02.02.[Edit]
    フォコの話、379話目。放置され続けた独立問題。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 北方で起こった反乱を鎮め、大火統治による中央政府の権威と威光は、改めて拡大の傾向を示していた。 しかし一方で、既に大火による粛清から1年余りが経過しており、大臣級・閣僚級の者たちの中には、大火に対する恐怖が鈍くなり始めた者もいた。「カツミ様。央北における統治は、十分になされたものと、我々は考えております。そろ...

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    フォコの話、380話目。
    焔統領、驚愕す。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「誰だ?」
     聞き返した玄蔵に、若い男の声が答える。
    「僕です」
    「お前か。どうした?」
     す、と戸を開き、一人の青年が入ってきた。
     玄蔵の長男、焔蓮蔵である。
    「双葉殿下が言っていた『もう一人』と言うのは、僕のことです」
    「うん?」
    「そこからは、わたしが」
     双葉は蓮蔵に手招きしつつ、こう提案した。
    「わたしの家系、つまり清家と焔家とが親戚関係になれば、話は早いのでは、と言うことです」
    「なぬ?」
    「名代職は同一の家系に与えられる、と言うのが、確か世界的な法で定まっていたとのことですし、それならば一番揉めずに済むのは、わたしがそのまま女王となること。
     とは言え、それでは焔家の立つ瀬は無い。それなら、わたしの婿に焔家のどなたかがなっていただければ、話はまとまるのでは、と。そう考えたのです。
     わたしと、蓮蔵さんが」
    「……つ、つまり? 蓮蔵、お前?」
    「はい」
     蓮蔵は深く頭を下げ、こう返した。
    「双葉殿下、……いえ、双葉とは、実はかなり前から深い仲になっておりまして」
    「それで、思い付いたのです。両家にとって一番話がまとまるのは、『これ』ではないか、と」
     話を聞き終えた玄蔵は、ぽかんとする他なかった。
    「……なんと。……気付かなんだ」
    「すみません、父さん」
     再度頭を下げた息子に、玄蔵はゴツ、と軽く拳骨を見舞った。
    「この馬鹿者っ。よりによってやんごとなきこの方を、口説いたと言うのか!」
    「いえ。わたしの方からです」
     しれっと双葉に返され、玄蔵はもう一度唖然とする。
    「色々とお世話をして下さるうちに、つい」
    「つい、……では済まないでしょう! まったく、ご自分の身分をどう思ってらっしゃるのか!」
    「ええ。これが数年前の政治事情であれば、『つい』では済まなかったでしょう。
     でも焔軍がこの都を占領し、名代問題も片付いていない今であれば、これは逆に、『良い話』ではないでしょうか」
    「……うーむ」
     玄蔵は頭やヒゲをクシャクシャとかきながら、その場をウロウロと回り始めた。
    「うーむ」
    「父さん、あの」
    「うーむ」
    「本当に、その」
    「うーむ」
     蓮蔵が何を言っても、玄蔵の耳に入ってこない。
     と、双葉が立ち上がり、玄蔵に声をかけた。
    「お義父さま」
    「うー、……えっ、な、義父ですと!?」
     ようやく立ち止まった玄蔵に、双葉は続けてしれっとこう言ってのける。
    「そうでしょう? わたしと蓮蔵さんが結婚すれば、あなたはわたしの義父です」
    「……いや、それはそうでありますが」
    「それとも反対なされますか? 他にもっといい案がおありであれば、諦めます」
    「い、いやいや! そんな! ……あー」
     玄蔵は深々とうなずき、ため息交じりにこう返した。
    「……そうだな。これ以上の良案は、かのファスタ卿とて思い付くまい。……いやむしろ、あの朴念仁では、この案には至るまいよ。
     相分かった、早速婚儀の準備を進めるとしようか」
    「ありがとうございます、閣下」
     にこっと笑いかけた双葉に、玄蔵も苦笑いを返すしかなかった。

     と、そこにまた、王の間の戸を叩く者が現れた。
    「焔統領、中央政府の克氏より『通信』が入っております」
    「……なに?」
     つい先程まで和やかだった雰囲気が、一瞬にしてぴりっと緊張した。
    「こちらです」
     伝令から受け取った「頭巾」を取り、玄蔵は応答する。
    「……焔軍統領、焔玄蔵だ」
    《久しぶりだな、玄蔵》
    「おう。……要件は何だ、克」
    《この数年保留としていた件を、処理しようと思い立ったので、な。
     中央政府からの要求としては、元通りに名代として清家を立て、これまで通りに歳入額の年15%を『寄進』、ではなく『上納』するように、とのことだ》
    「15? ……ちと、待て」
     玄蔵は伝令に、清王朝の左大臣だった尾形卿を呼ぶよう指示しつつ、大火と話を続ける。
    「拙者は正直に言えば、政治や経済にはさして明るくは無い。無いが、それはちと、高過ぎるように思うのだが」
    《確かに戦前、清王朝の叛意が明らかになる前は、1.5~2%を前後していたそうだ。
     しかし中央政府側の意見としては、『前中央政府が倒れる原因の一端には、清王朝が引き起こした央南の混乱も加味される。その責任を、金銭で支払う形で取ってほしい』とのことだ》
    「……先程から聞くに、克よ。お主の意見では無く、中央政府の大臣共の意見ではないのか、それは?」
    《その通りだ。俺個人としては、こんな課税などどうでもいい。はっきり言ってしまえば、無くとも十分に運営可能だから、な。不必要に国庫を肥やす名目にしか思えん》
    「ならば何故、お主はそれを拙者らに通達、提案する? お主の地位と性情なら、己の気に食わん意見なぞ、いくらでも撥ね付けられよう」
    《……玄蔵。大臣を呼んだようだが、そいつに聞かせるなよ、ここからの話は》
    「うん……?」
     少しして、尾形卿が玄蔵の元へとやって来たが、丁度そこで、玄蔵は「通信」を切ってしまった。

    火紅狐・闘焔記 2

    2012.02.03.[Edit]
    フォコの話、380話目。焔統領、驚愕す。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「誰だ?」 聞き返した玄蔵に、若い男の声が答える。「僕です」「お前か。どうした?」 す、と戸を開き、一人の青年が入ってきた。 玄蔵の長男、焔蓮蔵である。「双葉殿下が言っていた『もう一人』と言うのは、僕のことです」「うん?」「そこからは、わたしが」 双葉は蓮蔵に手招きしつつ、こう提案した。「わたしの家系、つまり清家と焔家...

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    フォコの話、381話目。
    良い話と悪い話。

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    3.
    「あ、あのー? 私に御用と言うのは、なんでしょうか……?」
     尾形卿が恐る恐る、玄蔵へと声をかける。
    「ああ、うむ。……尾形卿、良い話と悪い話がある」
     玄蔵は「通信頭巾」を脱ぎながら、落ち着いた声を作って、こう説明した。
    「まず良い話であるが、双葉殿下がそこの、拙者の不肖の息子である蓮蔵を、その、見初められてな。当人同士で話された結果、婚姻を結びたいと仰られた」
    「なんと」
     尾形卿はぴょこ、と猫耳と尻尾を立て、嬉しそうな顔になった。
    「それは良いお話でございますね。清家と焔家が結べば、ここ数年続いた問題にも、良好な形で片が付けられましょう」
    「それに関連して、だが。悪い話と言うのが、こうだ。
     中央政府が克大火主導の元、新たに動き出したのは知っておろう?」
    「ええ、存じております」
    「今しがた、その克から連絡が入った。以前と同様に、清家を名代とする統治体制を維持するようにと。
     そして従来から存在していた1.5~2%と言う奉納金も、上納金と名を変え、割合も15%と増やして、これまで通り送るようにとのことだ」
    「……はい? おいくつですって?」
    「15だ」
    「……ご、ご冗談を。ただでさえ2%でも、我々にとっては少なからず重荷となっていた額でございます。それを15だなどとは、我々に死ねと言っているようなもの! あまつさえ、先の戦争で発生した莫大な額の国債を、少しずつでも返済しなければならないと言うのに、そんな大金を毎年納めていたのでは、利子も払えませんぞ!?
     到底その額では、私も含め大臣、家臣一同、納得できません!」
     温和な尾形卿には珍しい、真っ向からの反対に、玄蔵も深くうなずくしかない。
    「左様、拙者もこれには反対した。しかし克からは、『もしこの要求が通らなければ、再び大艦隊を差し向けることになる』と返ってきた」
    「そ、それで閣下、何とお答えに?」
    「……つい、頭に血が上ってな。突っぱねてしまった。『そんな業突く張りの要求を呑むほど、拙者らは寛容にござらんし、愚昧でも無い! そんな寝言を吹かすような輩を上君と信奉するくらいなら、央南は中央政府より決別する!』、……とな」
    「なっ、……何と言うことを」
     先程とは一転して、尾形卿の猫耳と尻尾はしおしおと垂れる。
    「そ、それでは中央軍が再び、この地へやってくると言うことですか!?」
    「……いや、……そうはならんだろう」
    「……克氏が、お許しになったと言うのですか」
    「その点に関しては、逆と言えるな。
     克は激昂したらしくてな、『では貴様とお前とで決着を付けよう。その結果次第で、お前らに対する措置を検討する』と言って、通信が切れた」
    「それは、つまり、……どう言うことです?」
     青ざめた顔の尾形卿に、玄蔵も額に汗を浮かべながら、こう答えた。
    「一騎打ちだ。拙者と、克とでな。拙者が勝てば、央南は中央政府の軍門から脱却、独立が認められる。だが負ければ、上納金15%では済まぬだろうな」
    「か、……勝ち目は、……いえ」
     尾形卿も、大火の強さについては何度も耳にしている。
     予想を口にするのを恐れたのか、尾形卿はそのまま踵を返し、立ち去ってしまった。

     玄蔵と蓮蔵、そして双葉の三人だけになったところで、双葉が口を開いた。
    「もう、義父上とお呼びしてよろしいでしょうか?」
    「う、うむ」
    「では義父上。わたしには、義父上が今、尾形卿に伝えられた話と、『頭巾』で話されていたものは、まったく違う内容ではないかと思っていたのですが」
     双葉の言葉に、玄蔵はポリポリと頭をかいた。
    「殿下の目、あ、いや、……耳はごまかせませんな」
    「わたしが義父上と呼ぶのですから、義父上も双葉と呼んでくださって結構です」
    「……双葉殿、仰る通りです。克より、『そう言っておけ』と指示がありました」
    「やはり、そうでしたか。声色に、嘘が混じっていたように感じられたので」
    「本当は、『私見としては、神権政治だの『世界平定』構想だのが破綻した今、中央政府が央南までわざわざ威光を示す理由は無い。よって、お前らに央南を任せることにし、その案を大臣たちが納得するよう、一芝居を打ちたい。……ただし、腕の一本程度は覚悟してもらうが』とのことでした」
     玄蔵の返答を聞き、双葉は頬に手を当てつつ、首をかしげる。
    「……話の内容は理解できたつもりですが、その意図が分かりかねますね。どうして自ら、領土を狭めるようなことをなさるのか」
     双葉の問いに、玄蔵も首をひねるしかなかった。
    「拙者にも皆目、見当は付きません。しかしこれは、かなり有益な話です。
     乗らない手は無いでしょう」

    火紅狐・闘焔記 3

    2012.02.04.[Edit]
    フォコの話、381話目。良い話と悪い話。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「あ、あのー? 私に御用と言うのは、なんでしょうか……?」 尾形卿が恐る恐る、玄蔵へと声をかける。「ああ、うむ。……尾形卿、良い話と悪い話がある」 玄蔵は「通信頭巾」を脱ぎながら、落ち着いた声を作って、こう説明した。「まず良い話であるが、双葉殿下がそこの、拙者の不肖の息子である蓮蔵を、その、見初められてな。当人同士で話され...

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    フォコの話、382話目。
    一騎打ち。

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    4.
     玄蔵と大火の密談から3ヶ月後、両者の決闘の場が、白京郊外に立てられた。
     決闘場には中央軍と焔軍の幹部、清王朝の重臣、そして双葉と蓮蔵とが見届け人として集められ、二人が揃うのを待っていた。
    「待たせたな」
     と、真っ白な紋付袴に赤い鉢巻とたすきで待ち構えていた玄蔵の前に、いつも通りに真っ黒な出で立ちで、大火が現れた。
    「こんな乱暴な決定は、普通なら閣僚級の決議などで通るどころか、提案されるはずもないのだが」
     そう前置きしつつ、大火は中央政府での決定事項を、改めて伝えた。
    「俺とお前との一騎打ちに、央南統治における諸権利の全決定権を委ねることを、奴らは満場一致で承諾した。
     よほど、俺が勝つものと確信しているらしい。もっとも玄蔵、お前の側の見届け人たちも、そう思っているようだが、な」
     大火の話に、玄蔵はわざとらしく笑って見せる。
    「かっかっか……、まこと、盲信とは恐ろしきものよ」
    「うん?」
    「勝負事に絶対なぞござらん。敵がどれほど鬼神や悪魔の如き強さを持っていると言っても、それ即ち勝利に値する、と言う論理は成立するまい。
     どんな前評判があろうと、いざ勝負に入れば『まさか』はいくらでも起こりうるものよ」
    「……クク、違いない」
     大火は刀を抜くが、まだ構えはしない。
    「決着についてだが、流石に殺す、殺されると言うような野蛮極まりない判定では、今後の統治や評価に関わるし、何よりあまりに原始的で、無粋に過ぎる。
     そこで、だ」
     大火は空いた左手で、自分の眉間と肩、そして腕と胸、腹を指差した。
    「この7ヶ所のうち3ヶ所に、先に刀を当てた方を勝ちとしよう。傷の有無は問わん。それでいいか?」
    「結構」
     玄蔵が刀を抜き、正眼に構えたところで、大火も刀を右手一本で、脇に構えた。
    「始めるぞ」

     玄蔵は当初、「燃える刀」を使うかどうか、逡巡していた。
    (使えば確かに、克に一太刀くらいは浴びせられるかも知れぬ。……とは言え、その一太刀が有効打となるかは、別の話だ。
     それにこの決闘、有効打以外の取り決めをしていない。克も賢しい男だ、恐らくわざと取り決めておらんのだろう。……そう、拙者が『火刃』を使えば、克も『一閃』や『五月雨』を、堂々と使ってくる。この勝負は暗に、そう言う条件付けがなされているのだろうな。
     強い手を一度使えば、相手もより一層の強い手で攻め返す――この勝負、軽々には動けぬ。長期戦は、必至であるな)
     と、大火が声をかけてくる。
    「来ないのか?」
    「う……ぬ」
    「来ないなら、こちらから行くぞ」
     そう言うと、大火は脇構えを崩さず、じり、と一歩分にじり寄ってきた。
    「く……」
     促される形で、玄蔵も一歩、前へと進む。
     やがて両者が互いの間合いに踏み込むか踏み込まないかのところまで寄ったところで、大火が仕掛けてきた。
    「はッ!」
     大火は脇に構えていた刀を片手のまま、打ち上げるように振り払う。
    「ふん……ッ」
     それを見切った玄蔵は、向かってくる刀を弾こうと、両手を振り下ろし、自分の刀を叩き付ける。
     だが、大火の振るった刀は予想以上に重たく、逆に玄蔵の刀が弾かれてしまった。
    「うお、……ッ!」
     弾かれたことで、玄蔵の構えは強制的に、上段構えへと変わる。
     がら空きになった腕、そして腹に、大火が手首を返し、もう一度払いをかけてきた。
    「……させるかあッ!」
     玄蔵は上段になった構えから、ぐるりと腰を左に引いてのけぞらせる。間一髪のところで、大火の刀は玄蔵を捉えられず、ひゅんと音を立てるだけに留まった。
    「……ふうっ、……はあ」
     玄蔵は三歩ほど下がり、もう一度刀を構え直す。
    「いやいや、やはり貴様はなかなかの剣豪、右手一本で振るう太刀筋が、これほど重いとは」
    「お前は両手で握りしめている割には、柔すぎるな」
    「はは、失礼仕った」
     玄蔵はすっ、と短く息を吸い込み、続いて叫んだ。
    「……では、今度はこちらから参るぞッ!」
     玄蔵は離した間合いを、今度は自分から狭めていった。

    火紅狐・闘焔記 4

    2012.02.05.[Edit]
    フォコの話、382話目。一騎打ち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 玄蔵と大火の密談から3ヶ月後、両者の決闘の場が、白京郊外に立てられた。 決闘場には中央軍と焔軍の幹部、清王朝の重臣、そして双葉と蓮蔵とが見届け人として集められ、二人が揃うのを待っていた。「待たせたな」 と、真っ白な紋付袴に赤い鉢巻とたすきで待ち構えていた玄蔵の前に、いつも通りに真っ黒な出で立ちで、大火が現れた。「こんな乱暴...

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    フォコの話、383話目。
    未来をかけた真剣勝負。

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    5.
     玄蔵には最初、一つの楽観的な予測、期待があった。
    (わざわざ大艦隊や口八丁、手八丁の官僚共を差し向けるでもなく、己の身一つで交渉に来たくらいだ。
     ならばこの一騎打ちに関しても、実のところは半ば八百長――苦戦しているように見せかけて、結局は拙者側が勝つように、水を向けて来るのではないか?)
     そう考え、対決に臨んだのだが――。
    (……まずいな。彼奴は、手加減する気が無いらしい。
     いや、確かに『一閃』や魔術を使ってはこない。それは確かに手加減と言える。使われたら、ひとたまりも無いからな。
     しかし、剣術本体に関しては――これは迷いない、本気の太刀筋だ)
     一騎打ちが始まってからまだ3分も経っておらず、間合いに踏み込み刀を交えたのは、たった数合に過ぎない。
     しかし玄蔵は、まるで一晩中全力疾走したかのような、極度の疲労を覚えていた。
    (拙者の人生の中で最も過酷な勝負となるな、これは)
     彼自身から技、術を教わっている故に、玄蔵も十二分に、大火の実力を理解している。その情報が玄蔵に、この勝負に勝ち目が無いことを悟らせていた。
     しかし――玄蔵は勝負を放棄しようとは、全く思っていなかった。
    (拙者がここで引けば、央南は今度こそ荒廃し、草一つ生えぬ荒れ地となる。
     15%もの上納金、武力による圧力外交、……そして何より、克からの恐怖。もしここで拙者が負けるようなことがあれば、それらが一挙に、央南の地を焼くことになろう。
     それは、……ならん! あってなるものか!)
     一瞬だが、玄蔵はチラ、と見届け人席に座る、手を取り合って見守る双葉と蓮蔵に目をやる。
    (あの二人の未来のためにも、……央南の、未来のためにもだ!)
     玄蔵はすう、と大きく息を吸い、大火に飛びかかった。
    「でえやあああーッ!」
     玄蔵は勢いよく刀を振り下ろし、大火の額を狙う。
    「……」
     大火はそれに応じて刀を上に構え、防御しようとする。
     しかし玄蔵はぐっと右脚に力を入れて体を止め、己の姿勢を無理矢理に低くする。
    「……っ」
     上段に構えたため、大火の胴はがら空きになっている。
     その一瞬の隙を突き、玄蔵は半ば転倒したような体勢で、大火にぶつかった。
    「う、……っ」
     長身の大火が、ぐら、と揺れる。
    「はあっ、はあっ……」
     玄蔵はばっと身を翻し、ふたたび構え直した。
     だが――。
    「ち、父上!」「お義父さま!」
     玄蔵の右肩から、だくだくと血が噴き出していた。
    「く……、流石に無傷では済まなんだな。……しかしこれで」
     大火の着ていた黒いシャツにも、切り傷が付けられている。
    「1勝1敗、と言うところか」
    「……もっともその一勝を得るのに」
     大火も体勢を整え、構え直す。
     ボタボタと血を滴らせる玄蔵に対し、大火の方は特に失血している様子は無かった。
    「多少、高く付いたな」
    「それでも勝ちは勝ちだ。あと2勝挙げれば、拙者は堂々、勝利を誇れる」
    「そう上手く行けばいいが、な」

     虚勢を張ったものの、この時点で既に、玄蔵はただならぬ寒気を右腕から感じていた。
    (まずいな……。少しばかり深いぞ、この傷)
     玄蔵は羽織を破り、肩にきつく巻きつける。
     その間、じっと自分を見ていた大火に、玄蔵は脂汗の浮いた笑顔を向け、こう尋ねる。
    「どうした、克。拙者は今、動けんぞ?」
    「傷の手当てくらい、待ってやる。俺は傷を負わんし、それくらいの条件を付けんと、釣り合わんだろう?」
    「……くっく、それは痛み入る」
     傷の手当てを終え、玄蔵は右手を一度、閉じ、開いてみる。
    (動くことは動く、……が。それでもしびれた感じがあるな。
     あと2ヶ所ではあるが、いきなり利き腕が犠牲になるとは。……しかし)
     玄蔵は両手で、刀を構えた。
    (あの悪魔、克大火に刀を当てられたのは、間違いなく僥倖。『できる』と言うことだ。
     勝負は負けと、決まったわけでは無い!)
    「待たせたな克、再開だ!」
     玄蔵は今一度、己を奮い立たせるべく、大声を発して大火と対峙し直した。

    火紅狐・闘焔記 5

    2012.02.06.[Edit]
    フォコの話、383話目。未来をかけた真剣勝負。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 玄蔵には最初、一つの楽観的な予測、期待があった。(わざわざ大艦隊や口八丁、手八丁の官僚共を差し向けるでもなく、己の身一つで交渉に来たくらいだ。 ならばこの一騎打ちに関しても、実のところは半ば八百長――苦戦しているように見せかけて、結局は拙者側が勝つように、水を向けて来るのではないか?) そう考え、対決に臨んだのだ...

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    フォコの話、384話目。
    悪魔の厚意。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     一騎打ちの開始から、20分余りが経過した。
     玄蔵は何度も己を懸命に扇動、鼓舞し、奮い立たせ、胴に続いてどうにかもう一太刀、大火に浴びせることはできた。
     しかしその計二太刀を獲得する代わりに、玄蔵はかなりの深手を負っていた。
    「ふっ、ふっ、……はあっ」
     一太刀目に右肩を、そして二太刀目には額を斬られ、真っ白だった装束は既に、半分近くが血で赤く染まっている。
    「玄蔵」
     と、大火が声をかけてきた。
    「その失血、既に命に関わる量に達しているはずだ。降参する、と言うなら、聞かんでもないぞ」
     降参を促しつつ――大火は一瞬、パチ、と片目を閉じて見せた。
    (……? どう言うつもりだ?)
     その意図を探り、玄蔵はほんのわずか、周囲に目を向ける。
    (見届け人には……、今の合図は見えていまい。克は今、彼らに背を向けているのだから。
     つまり、……拙者に何かをさせて、華を持たせてやろう、と言うことか?)
     玄蔵は思考をまとめ、大火に答えた。
    「……気遣い、誠に痛み入る。確かにお主の言う通り、体中にいささか寒気が走っている。このまま戦えば、死に至るやも知れん。
     だが、……それは負けても同じこと! ならば拙者、敵に背は向けんッ!」
     玄蔵はそう叫ぶなり、大火に向かって走り出した。
    「……」
     大火もそれに応じ、刀を構えて見せたが、明らかに一呼吸分、動作を遅らせている。
     そしてさらに、声には出さず、唇の動きだけで、玄蔵にこう伝えてきた。
    《左胴を狙う。右肩を狙え》
    (……承知!)
     玄蔵は心の中で応え、大火の指示する通りに刀を振り抜いた。
     ざく、と肉の斬れる手ごたえを感じるとほぼ同時に、大火が予告した通り、左脇腹からずき、とした痛みが走った。
    「う、ぐっ……」
     たまらず、玄蔵は左脇を押さえ、うずくまる。
    「斬ったには斬ったが、……お前の方がまだ少し、早かったな」
    「……そ、うか」
     玄蔵はそれだけ返し、そのまま、その場に倒れ込んだ。



     玄蔵が目を覚ますと、そこは王宮の医務室だった。
    「……生き延びた、……ようだな」
     腕や腹、額の様子を、目視や横にあった鏡などで確認してみたが、包帯がわずかに赤く染まってはいるものの、特に致命傷と感じるところは無い。また、刀傷特有の、ぴりぴりとした痛みはあるが、耐えられないほどでも無い。
     自分の無事を確認したところで、玄蔵は周囲を見回し、声をかけてみた。
    「誰かおらんか?」
     しかし返事は返ってこない。
    (双葉殿や蓮蔵くらいは心配して看てくれるか、……とは思ったが、恐らく今は、試合の決着直後。
     まさかの結末に泡を食っているであろう中央の大臣や官僚らを相手に、早速交渉を進めているのだろう。
     とは言え、医者もいないとは。……まあ、その程度の怪我と言うことか)
     軽くため息をつき、玄蔵は布団から這い出ようとした。
     と――。
    《目を覚ましたようだな》
     どこからか、大火の声が飛んできた。
    「む……?」
     もう一度、自分の額に巻かれている包帯を確認し、そこに魔法陣が描かれた紙が挟まっているのに気付く。
    「克、お前か?」
    《そうだ》
    「拙者の勝ち、で相違無いか?」
    《ああ》
     それを確認した玄蔵は、礼を述べた。
    「……お主の厚慮、誠に感謝する」
    《うん?》
    「拙者らに有利なよう、働きかけてくれたこと。一騎打ちの場で、手心を加えてくれたこと。まこと、感謝の極みだ」
    《……ああ。俺にも考えるところがあったからな。俺の方こそ、疑わずに従ってくれたことに、礼を述べたい》
    「それについてだが、克よ」
     玄蔵は周囲に人がいないことをもう一度確認し、ずっと考えていた疑問をぶつけた。
    「何故、拙者らに有利な措置を執った? いや、確かに不満なぞ無いし、以前の密議で、拙者らとしては納得できる説明もあった。
     だがそれでは、お主の手柄にも、利益にもならんだろう?」
    《なに、簡単なことだ。
     いくら俺が古今無双の魔術師でも、一々世界を飛び回ってあれこれ命じるのは、面倒極まりないし、時間を大いに無駄にする。それよりも知慮のある現地の人間に任せ、今後の情報交換を目論んだ方が、俺の希望・理想に沿う。
     それに央南から金をもらったところで、そのまま俺の懐に入るかと言えば、そうでは無い。間に立つ大臣やら官僚やらに取られ、そいつらの私腹を肥やすのが関の山。央南がこのまま中央政府の属国であったところで、俺の利益にはならん。むしろ、いらん敵を作って肥えさせるだけの話だから、な。
     それならば、中央政府をこのまま大国でいさせる理由は無い。もっと規模を縮小させ、単なる一情報機関、一政治機関に留めさせておいた方が、余程俺の役に立つと言うものだ。
     ……まあ、それに》
     大火は間を置いて、こんなことを言った。
    《俺を慕い、協力する奴には、俺はどうしても、手を貸してやりたい性分で、な。
     今回の件も、俺の教えを真摯に聞き、出会ってから今まで、終始俺に対して何の敵意も見せなかったお前だからこそ、この茶番を仕組む気にもなったわけだ》
    「克……」
    《……これで話は終わりだ。その魔法陣は、誰かが見る前に焼いて捨てろ》
    「承知した」
     玄蔵は包帯から紙を抜き、魔術でポンと、火を灯した。

    火紅狐・闘焔記 6

    2012.02.07.[Edit]
    フォコの話、384話目。悪魔の厚意。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 一騎打ちの開始から、20分余りが経過した。 玄蔵は何度も己を懸命に扇動、鼓舞し、奮い立たせ、胴に続いてどうにかもう一太刀、大火に浴びせることはできた。 しかしその計二太刀を獲得する代わりに、玄蔵はかなりの深手を負っていた。「ふっ、ふっ、……はあっ」 一太刀目に右肩を、そして二太刀目には額を斬られ、真っ白だった装束は既に、半...

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    フォコの話、385話目。
    央南の平穏、中央の不穏。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     玄蔵と大火の一騎打ちが前者の勝利に終わり、中央政府と清王朝との交渉は、以下の形でまとめられた。
     まず、これまで続いていた、清王朝の中央への従属関係を解消。今後は同位、対等の国家として、関係を築いていくことが約束された。
     それに伴い、懸念されていた上納金についても、撤廃することで両者が合意。中央政府は央南を、完全に手放す形となった。
     央南における国際問題がすべて解決されたため、改めて清家と焔家の縁談が進められた。

    「如何でしょう、お義父さま?」
    「ええ、似合っております」
    「それは何よりです」
     花嫁衣装を披露する双葉に、玄蔵は顔をほころばせる。
    「しかし、想像もしませんでしたな。まさか双葉殿、あなたが蓮蔵を婿に取るとは」
    「あら、そうですか?」
    「拙者が言ってはまた、あいつは顔をしかめるでしょうが、……あまり腕っ節の無い、ひょろひょろと頼り無い優男ですぞ、倅は」
    「そうなのですか? でも、見た目がどうなのかは、わたしには関係の無いことですし。
     それよりもお話をしている時などは、機知に富んでいると言うか、聡明と言うか、話をしていて非常に穏やかで、魅力的な方と感じていますよ」
    「そう仰っていただければ、幸いです。
     ……まあ、今後の治世に求められるのは、大勢を覆してみせる神算鬼謀でも、怪力乱神を語る奸雄でもございますまい。
     穏やかに意見を聞き分け、中庸な判断を下す。それくらいの、温和な君主が望ましいでしょうな」
    「それなら適任ですね。わたしも、蓮蔵さんも」
     ころころと笑う義娘に、玄蔵も笑って返した。

     その後正式に双葉が国王となり、玄蔵は軍の総司令官、大将に任ぜられた。
     玄蔵が没するまでの20年余、央南には平和が訪れた。



     一方――。
    「カツミ様、これはいくらなんでも……」
     央南との交渉が惨々たる結果に終わり、中央政府の大臣・官僚たちは、こぞって大火を非難した。
    「あろうことか、央南独立とは! 考えられていた中で、最悪の展開ですぞ!」
    「中央政府の税収は、これで9割以下に激減することになります!」
    「これから世界中を回り、関係再構築と統治体制の確立・強化を成さねばならぬと言うその矢先に、こんなことをされては……!」
    「一体どう、責任を取るおつもりですか!?」
     これらの非難に対し、大火は平然と、こう返した。
    「責任と言ったが、そもそも今回、交渉を一騎打ちの結果に準ずるものと俺が提案し、それを全会一致で賛成したのは、お前たちでは無かったか?」
    「そ、それは確かに我々ですが、しかしあなたが確実に勝つものと……」
    「確実に勝つものと考え、常識的な交渉手段を放棄したのは俺では無く、実務者クラスのお前たちだろう? 世界最大の統治府に属する者として、その判断はあまりにもお粗末と、俺は思うのだが」
    「ご自分の不始末を人に押し付けるおつもりですか、カツミ様!」
    「もう一つ、税収減と言った者もいるが、現在の政治体制になって以後、央南からの徴収は無かったはずだ。
     それで問題なく運営されていたのだし、この件を以て政治運営が困難になる、などと唱えるのは、余程の出費を無理矢理に捻出しようと企んでいるとしか思えんな。
     それに、だ。世界に手を広げよう、世界全体を統治しようと言う発想は、前政府の『世界平定』構想そのもの。お前らはそれに辟易していたはずではないのか? 陰で天帝の、その夢想・妄想を謗(そし)る者が、いなかったわけではあるまい?
     俺自身も、この中の半分以上から、前政府に対する不平、不満や非難、罵倒、中傷を、呆れるほど聞いた覚えがあるのだが、な」
    「それとこれとをつなげ、詭弁を弄されても困ります!
     我々が言いたいのは、カツミ様、あなたは中央政府の主権者であるのに、何故、中央政府のためにならぬことをなさるのか、と……」
    「俺とてむざむざ、自分に不利益を被るような行動を執ろうとは思っていない。
     それよりも、だ」
     言い合いにうんざりし、大火は無理矢理に話を切り上げた。
    「どうしても責任を取らせたい、と言うのであれば、それ相応の対価を求めるのだが、それでもいいのか?」
    「……と、言いますと?」
    「俺の座る椅子を、買えと言うことだ。俺は自ら退く気は、さらさら無い。それをどうしても退け、と言うことであれば、何かしらの見返りが無くては、な」
    「……これは、……あくまで仮定として、ですが。
     おいくらで、売るおつもりです?」
    「ランド・ファスタ卿の言を借りれば、1000億クラムの価値があるとのことだ。
     用意できるのか?」
    「……それは……」
    「できないのならば、話はこれで終わりだ」
     閉口する大臣たちを横目に眺めつつ、大火は会議の場から去ろうとした。
    「……カツミ様!」
     と、官僚の一人が呼び止める。
    「なんだ?」
    「……次の、央中との交渉は、……一騎打ちなど提案なさらぬよう、くれぐれもお願い致します」
    「承知した」
     大火は軽く手を振って同意する姿勢を見せ、議事堂を後にした。

    火紅狐・闘焔記 終

    火紅狐・闘焔記 7

    2012.02.08.[Edit]
    フォコの話、385話目。央南の平穏、中央の不穏。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 玄蔵と大火の一騎打ちが前者の勝利に終わり、中央政府と清王朝との交渉は、以下の形でまとめられた。 まず、これまで続いていた、清王朝の中央への従属関係を解消。今後は同位、対等の国家として、関係を築いていくことが約束された。 それに伴い、懸念されていた上納金についても、撤廃することで両者が合意。中央政府は央南を、完...

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    フォコの話、386話目。
    央中再開発計画。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     央北から撤退した後しばらくして、フォコはある壮大な計画を立ち上げた。
     それは実にダイナミックで、いかにも金火狐総帥らしく、また、いかにも「ニコル3世ならやりかねない」と、後世において高く評価されるものだった。

     央中で有数の商人たちをゴールドコーストの商工会議所に集めたフォコは、その壮大な計画を発表した。
    「ずーと考えとったんです。今度、僕の奥さんになるランニャ・ネール氏が、どないしたら実家のクラフトランドとこことを、楽に行き来でけるようになるかなー、っちゅうのんを。
     で、これが何ちゅうても一番、単純で効果的、さらには奥さんだけやなく、央中に住むみんなにとっても美味しい、利益の出る方法やないか、と。
     それが、『央中再開発計画』ですわ」
    「央中……、再開発?」
    「ご存じのように、央中の主要都市間には、それぞれをつなぐ形で街道が張られており、そのルート上における利益は、相当なもの。それに比例する形で、街もそれぞれ大きく発展しとります。しかしそのルートから一度外れてしまうと、いきなり寂れてしまう。街道を1キロ、2キロ外れたら、小都市からいきなりド田舎ですわ。
     これまでこの歴史、主要都市間にのみ大きな街道が敷かれていたことによる効果は、確かに主要都市とその交点上における発展を促し、今ここにこうしてお集まりいただいている皆さんの利益につながっとったわけですけども、……さ、ここからが問題ですわ。
     皆さんは数年前、央中を襲った未曾有の不況、通称、『清王朝大恐慌』のことを覚えてらっしゃるでしょう。そう、央南の清王朝に無茶な投機をした上、その王朝がまさかの破産、崩壊と言う、異例の事態。あの時期には、かなりの老舗さん、大店さんでさえもポンポン潰れるほどの甚大な損害をもたらし、今なお、央中の経済は冷えたまま。
     さっき言うた、街道をつなげたことにより創出されてきた利益はこの一件、ここ数年の事件で吹っ飛んでしもてます。今ここにいらっしゃる皆さんも、新たに稼ぎ口、稼げる場を確保せなアカンと、少なからず危惧されとるでしょう。
     その商売の場を、我々自身で建設・運営し、利益を創出していく。即ち新たに街道と、その中間点、交点に街を築くことで央中の産業・商売を活性化させる。
     それが、この計画の本意です」
     ここまで説明したところで、数名から批判的・懐疑的な意見が挙がった。
    「現在、あんたの言う通り、我々の多くは赤字で苦しんでいる。死に体同然の今、そんな金のかかる事業に手を出して、もし失敗したら、どう責任を取ってくれる?」
    「賛同したくない、と言うのであれば、それで結構です。賛同してくれる方とだけ、この事業を進めるつもりです。
     事業に参加してくだされば、出資・協力してもろた分だけ配当を支払う予定としています。発生した損害についても、ある程度は補償する用意もあります」
    「実際に再開発を行ったとして、どれだけ儲かると予想してるんだ? その費用は?」
    「旧イエローコーストをゴールドコーストと改称し、再開発した際の費用を軸に試算を行ったところ、今回の再開発にはおよそ、1200億クラム相当の開発費を必要とします。
     ただしこれは最終的な総額であり、計画は長期的かつ段階的に進めていく予定としとります。第一次開発計画、即ち街道の再整備と新たな交易地の基幹開発にかかる費用は、およそ100億クラム程度やと考えとります。また、この第一次計画の費用に関しても、我々金火狐財団がその半額、50億クラムを出資する予定です。
     そしてゴールドコースト市が発足した313年以降から本年までの、金火狐財団における粗利益は、年平均でおよそ35、6億クラム。数年後、ゴールドコースト開発が一通り完了した頃には、年200億に拡大するだろうと見込んどります。
     同じ手法で行われる再開発計画に関しても、第一次計画については、10年程度で費用の回収が見込めるでしょう」
    「開発利権を丸ごと買ったゴールドコースト単体でなら、成功してもおかしくない。だけども央中全域となると、あいつらが黙っているかどうか……」
    「中央政府のことですか? それなら、ご心配なく」
     フォコはドンと自分の胸を叩き、自信を持って答えた。
    「現在、中央政府は央北の情勢安定のため、内政重視の政策を執っています。外交に目が向くのは、もう少ししてからでしょう。
     そうなる前に、こちら側で利権を創出・獲得し、そして実質的に、央中の全権利を我々のものにする。前中央政府のように『中央大陸はすべて自分たちのもの』と主張される前に、我々央中の人間が、我々の土地を買い占めてしまうんです」
    「そんなことしたら、あいつら武力行使してでも奪いに来るんじゃ……」
    「大丈夫です。そうさせないアイデアが、僕にあります」

    火紅狐・大渉記 1

    2012.02.10.[Edit]
    フォコの話、386話目。央中再開発計画。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 央北から撤退した後しばらくして、フォコはある壮大な計画を立ち上げた。 それは実にダイナミックで、いかにも金火狐総帥らしく、また、いかにも「ニコル3世ならやりかねない」と、後世において高く評価されるものだった。 央中で有数の商人たちをゴールドコーストの商工会議所に集めたフォコは、その壮大な計画を発表した。「ずーと考えと...

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    フォコの話、387話目。
    湖のほとりで。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     金火狐財団主導で提唱された央中再開発計画は、当初は懐疑的に見る者も多かったが、ゴールドコーストでの利益が拡大し、好景気が周辺地域に波及している事実もあり、結局、多くの賛同者が財団の下へと集まった。
     財団側は賛同者と連携を組み、正式に開発を進めることを決定。そして316年の初め、ついに央中再開発計画は始動された。



     フォコの希望と、開発計画における効率的な利益の創出とを両立する形で、開発の第一段階はゴールドコーストとクラフトランドと言う二大商家を直結するルートの構築が採択された。
     そのルートの途上――央中最大の湖であるフォルピア湖のほとりで、フォコとランニャ、そしてイヴォラは久々に揃い、話をしていた。
    「えらい遅くなってしもて、……ゴメンな、ホンマ」
    「ううん、いいんだ」
     横に座るイヴォラの頭を撫でつつ、ランニャは嬉しそうに笑っている。
    「だってあたし、子供の頃から数えて、もう15、6年は待ってたんだよ。婚約から2年くらい待たされたって、平気さ」
    「う、……その」
    「あ、ヘンな意味じゃないよ! ……いや、やっぱりそーゆー意味は入ってるかな。
     ずっとずーっと、待ち焦がれてたんだから、……ね?」
    「うん、……ごめん」
    「……でも」
     ランニャはイヴォラの頭をクシャクシャと撫でながら、フォコに笑いかけた。
    「もうすぐ、その思いも報われるんだ。君と一緒になれるなら、こうして待つ時間もワクワクできるんだから、いいよ」
    「……いや、もーそろそろ、落ち着けるはずやし。それが終わったら、ホンマに挙げるから、結婚式」
    「うん。楽しみにしてる。……母さんもさ、張り切っちゃって。もうあたしのドレス、10着はあるんだよ。まったく、どんだけデカい式を挙げるつもりなんだかな」
    「はは……」

     と――二人の様子を見ていたイヴォラが、こんなことを言った。
    「お父さん、ランニャ。……なんでさっきから、湖の方、チラチラ見てはるの? いいフンイキやのに、何や変にソワソワしてはる」
    「えっ」「あっ」
     娘に看破され、二人は揃ってそっぽを向く。
     その反応を見たイヴォラは、続けて質問してくる。
    「ここに来たんも、もしかして、二人で会うことやなくて、あの島を見るんが目的やない?」
    「う……」
    「見てたら分かるよ、二人で何回も何回も、あっち見てこっち見てしとるもん。あの島になんか、あるん?」
    「……それはちょっとな、今はまだ、話せへんねん」
     フォコは苦い顔をしながら席を立ち、イヴォラの前で膝立ちになった。
    「もうちょっと後……、君が大人になる頃には、話したげるわ。今はな、『ある人』との約束もあるし、あの湖について、あんまりうわさ、されたくないんよ」
    「……うん、分かった。きっと教えてな。きっとやで?」
    「うん、約束や」
     フォコはイヴォラの手を握り、にこっと笑いかけた。
     その一方で、ランニャは湖の中央に浮かぶ、ゴールドコーストの半分程度の面積のある島に目をやりながら、ぽつりとつぶやいた。
    「約束、か。……『あいつ』、果たしてくれるのかな?」
    「そら、『あの人』は守るわ。それは間違いない」
    「……だろーね」
     イヴォラが聞きたそうにしていたが、フォコが目を向けると、彼女はぷい、と横を向いてしまった。
    「……言えへんのでしょ?」
    「あー、……うん。これもな、今言うてしまうとご破算になってしまうからな、何もかも」
    「やったら、……聞かへんとくわ」
    「悪いな、ホンマ。君にナイショばっかりしてしもて」
    「でもいつか、教えてくれるんやったら、ええもん」
     父娘のやり取りを聞いていたランニャが、ぷっと吹き出した。
    「……なんよ?」
    「フォコ、君って本っ当に、……、や、なんでもない」
    「何やねんな」
    「何でも無いって。……まあ、アレだ。
     イヴォラは、フォコに似てきたね。話し方とか、仕草とか。そっくりだよ」
    「そう? そんなに似てきとるかな?」
    「うん、うん」
     顔を向けたイヴォラに、ランニャはクスクスと笑いながらうなずいて見せた。

    火紅狐・大渉記 2

    2012.02.11.[Edit]
    フォコの話、387話目。湖のほとりで。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 金火狐財団主導で提唱された央中再開発計画は、当初は懐疑的に見る者も多かったが、ゴールドコーストでの利益が拡大し、好景気が周辺地域に波及している事実もあり、結局、多くの賛同者が財団の下へと集まった。 財団側は賛同者と連携を組み、正式に開発を進めることを決定。そして316年の初め、ついに央中再開発計画は始動された。 フォコ...

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    フォコの話、388話目。
    宮中在魔、官心暗鬼。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     前回の、央南との交渉における大失態を受け、中央政府の閣僚・官僚たちは密かに、大火に対する協議を重ねていた。
    「そもそも、カツミ氏は央中、央南側の人間だった。……であれば、もしかして」
    「それは私も考えておりました。『黒い蓮』を追い返したり、北方における反乱を鎮圧したりなどの目くらましはあったものの、その本意は……」
    「恐らくは、そうだろうな。
     カツミ氏は我々央北の、取り分け中央政府の人間に対して、決して友好的ではない。いや、はっきり言ってしまえば、明確に敵意を持っていると考えていい」
    「とすると……」
    「ああ。占領後に起きた中央軍のクーデター鎮圧、天帝教の権力封印、央南独立の幇助……。どれをとっても、我々中央政府にとってはマイナス、勢力を減退させる事件だった。反面、央中・央南の人間にとっては、長きに渡る主従関係からの独立を、実質的に認められたわけだ。
     そして中央軍、即ち我々の側の人間が立ち上がったのを無理矢理に抑えつけたのは、どう見ても我々に対する示威行動、即ち……」
    「何らかの行動を、我々が勝手に起こそうものなら、容赦はしない。……と言うことですか」
    「どれもこれも、結局は我々の地位・権力を貶めるものだ! このままでは、かつては世界中にその威光を示していた我々の力は、雲散霧消してしまう」
     小役人の集まりといえど、彼らは非常に賢しい部類に入る人間ばかりである。
     大火の思惑を見抜き、そしてその結論から、彼らはこんな対策を打ち出した。
    「早急に、カツミ氏を主権の座から、下ろさねばなりませんね……」
    「その通りだ。そうしなければ、今度は央中までもが、我々に牙を剥くことになる。いや、先の戦争で既に剥かれてはいるのだが、このまま看過すれば、それこそ我々の制御ができない事態に陥るだろうな」
    「少なくとも今度予定されている、央中との関係を明確にする協議の場には、彼を出してはまずいでしょうね」
    「うむ。もしカツミ氏がこちらの代表として出席すれば、恐らくは裏の裏で話がまとめられ、央南の時と同様に、一方的な内容で終わってしまうのは目に見えている。
     何としてでも、カツミ氏は協議の場に出してはなるまい」
    「……しかし、そう上手く行くでしょうか? 何と言っても、彼は今、我々の上に立っている状態です。勝手に話を進めれば、それこそ逆鱗に触れるのでは」
     ある官僚の言葉に、そこにいた皆は顔をしかめる。
    「むう……」
    「どうすれば、彼を出し抜けるか……?」
     と、会議の中心にいた長耳の外務大臣、ヘンリー・ランフィールド卿が提案しようとした。
    「とりあえず先手と言うことで、央中名代とは連絡を取っている。それから交渉の場を……」
     そこへ官僚が、慌てて転がり込んでくる。
    「た、大変です!」
    「騒がしいな……。一体どうした?」
    「カツミ様より、『央中名代との交渉の場をサウスボックスに立てている。外務大臣、政務大臣、そして両名下に属する大臣、次官級の者は早急に、そこへ向かうように』との指示がたった今、下りました!」
    「……な、なに?」
    「バカな、今その話を我々が……」
    「……先手を打たれたのは、我々の方だったか」
     ランフィールド卿は、苦々しくそうつぶやいた。

     右往左往しながら密議の場所を飛び出した閣僚たちを、大火は城の窓から眺めていた。
    (ここまでは予想通りだ。常にあいつらの一歩前に進んでいるよう、話を進めてきた。
     もう少し進めば、奴らが慌てふためいている間に、話は全て終わる)
     と、会議に加わっていた大臣の一人が、ゼェゼェと荒い息を立てながら、大火の前に現れた。
    「かっ、カツミ、様、……、こ、困ります」
    「うん?」
    「我々に、何の、相談も無く、このような、ことをされては……。我々の方にも、色々と、準備がある、と言うのに……」
    「交渉に当たっての、前政府が有していた央中に関する諸権利のまとめか? それとも名代一族に対する、損害賠償などの請求の算定か?」
     大火は窓の外、先程まで密議が交わされていた外務院を指差す。
    「そう言ったものはすべて、お前らが前もって、あの院で揃えていたと考えて見ていたのだが。俺の誤解だったか?」
    「うっ、あ……、そ、それは」
     顔を真っ赤にしていた大臣は、途端に真っ青になった。
    「……まとめて、あります。では、旅支度をしてまいります。失礼いたします」
    「15時に城を出る用意をさせている。それまでに準備をしておけ」
    「は……」
     大臣は逃げるように、その場から立ち去った。

    火紅狐・大渉記 3

    2012.02.12.[Edit]
    フォコの話、388話目。宮中在魔、官心暗鬼。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 前回の、央南との交渉における大失態を受け、中央政府の閣僚・官僚たちは密かに、大火に対する協議を重ねていた。「そもそも、カツミ氏は央中、央南側の人間だった。……であれば、もしかして」「それは私も考えておりました。『黒い蓮』を追い返したり、北方における反乱を鎮圧したりなどの目くらましはあったものの、その本意は……」「恐ら...

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