黄輪雑貨本店 新館

白猫夢 第1部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    麒麟の話、第1話。
    克大火の弟子;未来を見つめる者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     読めていたはずだ。
    「な……なんで……」
     ボクには、すべてが読めていたはずだった。
    「なんで……こうなった……」
     読めていたはずだったんだ!

     だけど何故、何故!?
    「思い知ったか、麒麟」
    「なにを、……何を、思い知れって言うんだッ!」
     何故ボクは、このいけ好かない、真っ黒な、
    「己の身の程を、だ」
    「……ッ、そんなもの!」
     魔術と求道と、マコトさんのコトくらいしか考えてない、
    「分かり切ってるさ!
     分かり切ってる、ボクはアンタより魔力がある! アンタより魔術理論に長けている! その上、アンタには無い能力も持ってる!」
     ボクより弱いハズの、
    「アンタなんかより、ずっとずっと、ボクの方が強いんだってコトもだッ!」
    「ククク……」
     まるで鴉みたいな、クセの強い笑い方をする、
    「もう一度だ……! もう一度来い! 叩き伏せてやるッ!
     来いよ、タイカああああああッ!」
     この師匠に。

    「お前のことは、十分に理解していたと思っていたが」
     何故?
    「過大評価していたようだ」
     何故なんだ?
    「お前がこれほどの、愚にもつかぬ暴挙に出ようとは。そして」
     何故、ボクは。
    「己が負けたことも、理解しようとしないとは、な」
     何故負けたんだ……?



     ボクには、分かっていた。

     ボクには、お師匠のタイカさん――ボクが知る限り、ボクを除けば、世界一の魔術師である、彼にも無い能力を持っていた。
     そのチカラが有ったから、タイカさんはボクを弟子にした。
     そして弟子になり、修行と勉強を続け、ボクの魔力と知力はぐんぐんと伸び、タイカさんに並び、そしてついには追い抜いた。
     そして今、ボクはタイカさんを実際に超えようと、挑んだ。

     分かっていた。
     分かっていたはずなのに。

     ボクには、分かっていたはずだった。
     でも――結果は、違った。
     ボクが分かっていた結果とは、まるで違っていたんだ。



     でも――負けた瞬間に、また、あることが分かった。
    「……そんなコト、するの……」
    「何かは分からんが、……俺はお前にそうするのだろう、な」
    「一体、ボクはどうなるんだ」
    「『見れ』ばいい」
    「……そう……だね……」
     それ以上、ボクは何も言えなかった。

     タイカさんが「見ろ」と言った瞬間、ボクはまた、未来を見た。
     そこにいたボクは、……もう、人間じゃ無さそうだった。

     ボクは一体、何になったんだろう……?
    白猫夢・麒麟抄 1
    »»  2012.05.01.
    * 
    麒麟を巡る話、第1話。
    大剣豪の息子。

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    1.
     とある、教会の中。
    「母さん?」
     白地に茶色と言う毛並みをした、黒髪の猫獣人の男の子が、不意にうずくまった三毛耳の母親を見て驚く。
    「どうしたの?」
    「……あ、……いや」
     普段から気丈に振る舞い、凛々しい姿を見せるこの母が、こんな青ざめた顔を見せるとは思わず、少年は戸惑った。
    「顔色、わるいよ? 大丈夫?」
     が、顔色とは裏腹に、その声はいつも通りにはっきりと、芯の通った音を放っている。
    「心配無用、……だ。疲れが溜まっていたのかも知れぬ。少し、休むとしよう」
    「あ、うん。……はい」
     少年は母の手を引き、近くの椅子に腰かけさせた。
    「ダメだよ、無理しちゃ」
    「はは……」
     母親は少年の頭を優しく撫でながら、こんな風に返してきた。
    「いや、久しぶりの旅行で、多少はしゃいでしまったようだ。
     ……思い出すよ、昔、私がこの辺りを旅していた時のことを」
    「ここ、前にも来たことあるの?」
    「ああ」
     少年も母の横に座り、続いて質問する。
    「いつ?」
    「いつだったかな、えーと……、そう、12、3年ほど昔かな」
    「その頃、何をやってたの? どんな旅だったの?」
     母親は肩をすくめ、こう返す。
    「今とそれほど、変わらない。その時も私は、剣士だった。旅は、その関係でやっていた」
    「へぇ」
     彼女の言う通り、その腰には、見事な刀が佩かれていた。
     少年は母親の活躍を、もっと小さな時から聞き及んでいたし、その旅がどれほど波瀾万丈に満ちたものであったか、想像を膨らませていた。
    「むしゃしゅぎょー、ってやつ?」
     が、この問いには若干、母親は口ごもる。
    「いや、その」
     彼女ははにかみ、答えを濁してしまった。
    「……まあ、そうしておいてくれ」
     しかし少年にとっては、その答えは彼女を剣士として尊敬するに、値するものだった。
    「すごいね、母さん」
    「……ふふっ」
     やがて胸中に生じたそのときめきは、彼にこんなことを言わせた。
    「ねえ、母さん」
    「うん?」
    「オレもいつか、むしゃしゅぎょーに出てみたい」
     その言葉に、母親はにっこりと笑って見せた。
    「はは、それはいい。剣士を目指すなら、やってみろ」
    「うん」
     少年も、満面の笑顔で応えてみせる。
    「期待しているぞ」
     母親はもう一度、少年の頭を優しく撫でつけた。
    「秋也」



    「秋也くん」
    「……んあ……」
    「秋也くーん」
    「……んにゅ……」
    「しゅ、う、や、くーん」
     三度も名前を呼ばれ、トントンと頭を叩かれたところで、秋也は飛び起きた。
    「ふあっ!? ……おっ、おはようございます、藤川の姉(あね)さん!」
    「もお、秋くん遅いよー。もしあたしが君を狙いに来た刺客だったら君、とっくに額に穴開けられて死んじゃってるわよ?」
     そう言ってクスクス笑う大先輩の短耳、藤川霙子に、秋也はぺこぺこと頭を下げた。
    「すみません、精進します」
    「ま、今日くらいは目一杯寝といた方がいいかも知れないけどね」
    「えっ?」
     聞き返した秋也に、霙子は「あ」と返した。
    「ごめーん、今のは内緒。聞かなかったことにしといて」
    「え、あ、はい……?」
     きょとんとする秋也に背を向け、霙子は身支度するよう促した。
    「顔、洗ってらっしゃい。シャキっとしとかないと、今日の試験、通らないわよ」
    「はい、ありがとうございま……」
     秋也はもう一度、ぺこりと頭を下げる。
    「……早えぇー」
     顔を挙げた時には、霙子は既に、寝室の戸を閉めた後だった。



     彼の名は、黄秋也。「縛返し」「蒼天剣」の異名を持つかの大剣豪、黄晴奈の息子である。
     この日は彼の、焔流剣士としての真価を問う日――免許皆伝試験の実施日となる。
    白猫夢・秋分抄 1
    »»  2012.05.02.
    麒麟を巡る話、第2話。
    幼馴染は家元。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「おはよう、秋也」
     家元の間に通された秋也は、ぴし、と背筋をただした。
    「おはようございます、こゆ、……家元」
     上座に座っていた、まだどこか幼さの残る長耳は、にこりと笑って立ち上がった。
    「『小雪お姉ちゃん』でも構わないけれど?」
    「い、いえ」
    「まあ、そう呼ぶような歳でも無いわよね。何だかんだ言って、わたしももう25だし、あなたも18になるし」
    「19です」
    「ああ、ごめんね。……と、コホン」
     現焔流剣術家元、焔小雪は空咳をし、場の空気を改める。
    「本日、あなたには焔流剣術の、免許皆伝試験を受けてもらいます。
     試験については、何か聞いてる?」
    「いえ」
    「なら、いいわ。付いてきなさい」
     秋也を伴い、小雪は試験場へと向かう。
    「試験の内容は、至って簡単。丸一日、つまり24時間、試験場内で眠らずに過ごすことよ」
    「あ、だから藤川の姉さん……」「ん?」「あ、いえ、何でも」
     10分ほどで秋也たちは試験の場、伏鬼心克堂に到着した。
    「入門時、あなたはここで何か、見た?」
     小雪の問いに、秋也はクスクスと笑う。
    「ええ、鬼を」
    「それなら分かると思うけれど、ここは自分の心の中で思ったことが、その場に現れるところ。
     24時間ずっと、無心ではいられないでしょうし――そんなことしてたら寝ちゃうわね――何が起ころうと、意識を途切れさせないようにね」
    「はい」
     刀と防具を装備させられた状態で、秋也は堂の中央に残された。
    「それじゃ今から、試験開始よ。24時間後、起きてる状態でわたしと問答を交わせたら、試験は合格。
     それじゃ、頑張ってね」
     そう言って小雪は、すとんと堂の扉を閉ざした。

     一人残った秋也は、入門した時のことを思い出していた。
    (朝見た夢……、アレって確か、オレが9歳か、10歳かくらいの時だよな。
     央中の、ゴールドコースト市国。あそこにある、ウィルんちの教会で、……そう、オレはあの時初めて、母さんに、『剣士になりたい』って言ったんだ。
     それから央南に戻った後、いきなり『紅蓮塞へ行くぞ』って言われて、で、このお堂で……)
     そこまで想起したところで、秋也の目の前に、入門した時に見たものと同じものが現れた。
    「……よお、久しぶり」
     現れたのは、筋骨隆々とした肉体に襤褸(ぼろ)を纏い、己の腿ほどもある金棒を担ぎ、頭に猛牛を思わせる角を一対生やした、幻想の益荒男――鬼だった。
     鬼は一言も発さず、秋也に襲い掛かってきた。
    「うお、っと!」
     秋也はひらりと初弾をかわし、刀を抜く。
    「やる気ってんなら、オレも本気出すぜ!」
     秋也の構えた刀に、火がすうっと走る。
    「『火刃』ッ!」
     秋也が10年修業した焔流剣術の神髄、「燃える刀」である。
    「さあ来いよ、筋肉デブ!」
    「グオオオオ!」
     鬼は咆哮を挙げ、秋也の頭めがけて棍棒を振り下ろす。
     それをトン、と一歩退いてかわし、すぐにまた、一歩、二歩と踏み込む。
    「りゃあああッ!」
     猛々しく燃える太刀が、鬼の額をざくりと割った。
    「ゴッ、ゥオオオオ……」
     鬼は悲鳴に近い咆哮を漏らし、ごとんと音を立て、仰向けに倒れた。
    「お、っとと」
     その振動で一瞬、秋也の体は浮き上がったが――。
    「……へへ、どんなもんだ」
     秋也はすとんと床に降り立ち、勝ち誇った。
    「コレで試験、修了か? だとすると、あんまりにも味気無さ過ぎるけど……?」
     と、自慢げに鼻を鳴らしつつ、そうつぶやいたところで――。
    「ま、そりゃそうか。コレで終わりじゃ、なぁ?」
     秋也は振り向き、いつの間にか現れた新たな鬼と対峙した。



     それから、半日後。
    「……いい加減に終われよぉ……」
     試験開始からこの時点まで、秋也は計、18匹の鬼を斬り伏せた。
     初めはひらりとかわし、さくりと斬って、それで終わっていた調伏だったが、敵は次第に、強く、速く、そしてしぶとくなっていった。
     今倒した18匹目に至っては、刀の刃がまともに通らなかった。そのため全体重をかけて突き入れるしかなく、結果――。
    「くっそ、……曲がった」
     秋也は鞘に納められなくなった刀を乱暴に投げ捨て、その場で大の字に寝転んだ。
    「もういいだろ、……もう充分だろって」
     ゼェゼェとした荒い息を鎮めながら、秋也は辺りの気配を伺う。
    (もー出んな、もー出んなよー……)
     この時秋也は、この堂が、己が心に思い浮かべたものが現れる場所であると言うことを忘れていた。
     そのため鬼が出てこない理由を、「自分が『出てくるな』と念じているから」とは理解しておらず、単に量か運の問題だと思っていた。
    (もう打ち止めなのか、それとも出るのに手間取ってんのか。
     つーか、皆こんなコト、よくやるよなぁ。どーやって24時間も戦えってんだ)
     ちなみに――彼の母、黄晴奈はこの免許皆伝試験の「設問」を理解し、見事に解いて見せたが、この時点で秋也は、まだ「設問」に気付きもしていない。
    (母さんもやったんだよなぁ、コレ。……そりゃコレ通ってたら、剣豪って呼ばれるよなぁ)
     そのため、彼はある意味、最も困難な敵を呼び出してしまった。
    白猫夢・秋分抄 2
    »»  2012.05.03.
    麒麟を巡る話、第3話。
    鬼より怖い母。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     その瞬間、空気が変わったのを、秋也は感じた。
    (……熱っつ……?)
     不意にやってきた熱気に、秋也は曲がった刀をつかんで飛び上がった。
     そこにいたのは、自分と同じくらいの歳に見える三毛耳の、猫獣人の少女だった。
    (母さん!? ……じゃない)
     自分が知るより大分若い彼女の姿に、秋也はそれが、母本人ではないとすぐに気付く。
     しかし、この期に及んでもまだ、彼は試験の本意に気付いていない。
    「なんだよ、まったく……。鬼の次は、鬼より怖えぇお袋かよ。しかも若い頃の、か?」
    「……」
     秋也の言葉に一切反応することなく、彼女は刀を振り上げ、襲い掛かってきた。
    「よ、っと!」
     彼女の初太刀をかわし、秋也は反撃に出ようとする。
    「……」
     だが彼女は両手で振り下ろした刀をくい、と返し、左手を離して、右手一本で薙いできた。
    「おわぁ!?」
     とっさに上半身を反らし、二の太刀もかわす。
     だがそこで、彼女はもう一度両手で刀を握り、再度斬りつけてきた。
    「うぐ、……っ、らああああッ!」
     三の太刀はかわし損ね、秋也の左肩にわずかながら痛みが走る。
     それでも秋也は「彼女」の足を蹴り、その反動で間合いから大きく外れた。
    「はっ、はっ……、くそ、三つ目が本命の太刀筋だったか」
     蹴られたため「彼女」も体勢を崩し、うずくまっている。
     しかし秋也が構え直すと同時に、「彼女」も構えてくる。秋也の蹴りによる痛みは、全く感じていないようだった。
    (まっずいなぁ。勝てる気がしねー)
     仕方なく構えてはいるが、まっすぐに敵の喉元を狙うべき刃先はぐにゃりと曲がり、「彼女」の背後にある、がっちりと塞がれた木戸を指している。
     秋也自身も疲労の色が濃く、少しでも気を緩めれば、刀を落としてしまいそうなほど、その両手は震えていた。
    「……あんまりこんなコト、……あんたに言えねーけど」
    「……」
    「あえて、言ってやんよ。
     来いよ、……お袋」
     その言葉に応えるように、「彼女」は刀を振り上げ、再び襲い掛かってきた。



     秋也は一度だけ、母親を本気で怒らせたことがある。
     勿論、親子であるから、叱責を受けることは多々あるし、小言を言われたことも少なくない。
     だがその時は、親子としての範疇を超えるくらいの、滅茶苦茶な怒りをぶつけられた。

     母親、黄晴奈が「蒼天剣」の異名を持つ所以は、彼女の持つ唯一無二の名刀、「晴空刀 蒼天」の別名から来ている。
     その「蒼天剣」は、今は彼女が黄海に構える焔流剣術道場に、大切に飾られているのだが、それを何年か前に、秋也がふざけて持ち出し、友人らに見せびらかしたことがある。
     これが発覚し、秋也は母親に怒られた。だがその叱り方は尋常なものではなく、秋也は頭に3針縫うほど滅多やたらに打たれ、「自分はやってはいけないことをしたのだ」と猛省した。

     勿論、現在の秋也はその理由を、良く理解している。
     とある教団の現人神から直々に賜った刀であるし、その希少性は計り知れない。それに道場のシンボル、一種の「御神体」とも言える逸品を、例え自分の息子であるとしても、子供がそう簡単に持ち出したり、盗んだりしていいものではないからだ。
     それ以上に、あの刀が恐ろしい力を秘めた、一種の「兵器」じみたものであると言うことを、秋也は持ち出し、周囲に見せびらかそうとしたその時に、深く理解させられた。



    (鞘から抜いて、刀身が見えた途端、オレも友達も、一斉に吐いたり漏らしたりしてたからなぁ……。アレは何て言ったらいいか分かんねーけど、……とにかく、怖かった。
     そりゃ、お袋もマジギレするよなぁ)
     その時に散々浴びせられた拳の痛みを、秋也は思い出していた。
    (……勝てないだろうなぁ……)
     秋也の頭には、どう考えを巡らせても、自分が母親を下す風景は、浮かんでは来なかった。



    「秋也」
     声に気付き、秋也は目を覚ます。
    「……あ……」
     目を開けると、無表情の小雪と目が合った。
    「……その……いやさ……」
    「……」
    「……だって……あんなの……」
    「……秋也」
     倒れたままの秋也に、小雪は冷たい声で問いかける。
    「問題は解けた?」
    「……え? 問題? 問題って、……なんだ?」
    「解けなかったのね」
     小雪は秋也に背を向け、入口に向かう。
     そして堂を出たところで、秋也に目を合わせず、こう告げた。
    「不合格よ」
    白猫夢・秋分抄 3
    »»  2012.05.04.
    麒麟を巡る話、第4話。
    落第。

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    4.
     秋也が堂を出たところで、小雪はようやく顔を向けてきた。
    「……」
     だがその顔には、温かさは微塵も感じられない。昨日までのニコニコと笑う彼女の姿は、そこには無かった。
    「あの、こ、こゆ、……家元……」
    「残念ね」
    「う……」
     小雪は冷たいまなざしを向け、続いてこうなじる。
    「あなたはもっと、剣士として修業を積むべきね。ちょっと大きな大会で優勝して、慢心が過ぎたんじゃない?
     繰り返すわ。あなたは、落第よ。焔流剣士などとは到底呼べない半端者、未熟者。
     あなたは落伍者よ、黄秋也」
    「……っ」
     秋也は何も言えず、その場から逃げ去った。



     気が付くと、秋也は紅蓮塞からも離れ、街道からも大きく外れた、薄暗い林の中にいた。
    「はっ……、はっ……」
     息がひどく荒い。逃げた疲れに加え、十中八九通ると確信していた試験にも落第し、その結果を呑みこめないでいたからだ。
    「……ウソだろ、こんなの……」
     思わず、そんな言葉が出る。
    「オレが、……オレだぞ? 黄晴奈の息子の、黄秋也だぞ? そのオレが、なんで、……なんで、不合格に……っ」
     だが、現実逃避しようと、否定しようとも、心のどこかでは、泣く泣く理解している自分もいる。
    「……なんでだよっ……!」
     思わず、側にあった木を殴りつける。
     ミシ、と音を立て、秋也の胴くらいに太いその木の幹に、拳の跡が付いた。
    「ふざけんな、ふざけんなっ……! オレが失格だとおおぉぉッ……!?」
     秋也は落第した羞恥心と、湧き上がってきた怒りとを、続けざまに木へとぶつける。
     何度も殴りつけるうち、木はベキベキと折れ、地面へと横倒しになった。
    「……はあっ、はあっ、……はあ……っ」
     秋也の方もこらえ切れず、その場に倒れ込んだ。
    「……問題ってなんだよ、問題って? ……鬼、倒すだけじゃねーのかよ? そりゃ確かに、お袋は倒せなかったけど、でも、……倒せるワケ、ねーだろぉ?」
     怒りから戸惑い、諦観と、秋也の心の中は大きくうねり、ざわめき、そして絶望感が押し寄せてくる。
    「……帰れねえ……」
     秋也はこのまま実家に戻った後、皆がどう自分を責め立てるか考えずにはいられなかった。
    (母さんは……、きっと、オレに失望するだろう。あれだけ、『お前ならできる』って言ってもらったのに。父さんや兄貴も、がっかりするだろう。月乃も散々、オレを馬鹿にするだろうな。
     ……このまま帰ったら、オレは一家の笑い者だ。オレのせいで黄家の名に泥を塗るなんて、……そんなコト、できるかよ)
     秋也は自分が折った木に座り、考えをまとめ直す。
    (……もう実家には戻れない。少なくともちゃんと、試験を修了するまではダメだ。……でも、どうやってお袋を倒せって言うんだ?
     ……いや、でも、……待てよ? まさかオレ以外の、他に試験を受けてた奴も、お袋を相手にしたのか?
     確かにお袋は英雄って呼ばれた人だけど、ソコまでか? そんな、長年続いた試験の内容を変えさせるほど、すごいのか? 当たり前の話だけど、お袋が試験を受ける前は、お袋が試験に出るなんてコト、あるワケないし。
     じゃあお袋が、小雪さんに『自分を出すように』ってねじ込んだか? ……いくらなんでもそこまでさせるワケが無い。第一、お袋はそーゆーコトするのも、されるのも嫌いな性格だし。
     じゃあ、……アレって、……一体なんでなんだ? 何であのお堂で、オレはお袋と戦わされたんだ?)
     そのうちに、秋也にこんな考えが浮かぶ。
    (……聞いてみたいな。他の、『ちゃんとした』焔流剣士に、あの試験はどう言うものだったんだ、何を問われてたんだ、ってコトを)
     とは言え、率直にそんなことを聞いても、相手にされるわけが無い。
    (試験に落ちたオレが、『試験の答え方教えてくれ』なんて聞いたら、それじゃただのカンニングだ。教えてくれるワケが無い。
     だから、……まずは、オレのコトを知らない奴を捕まえて、……それとなく聞き出す、……しかないか。
     ……となると、ゴールドコーストとか、そーゆーのが集まるところに行かないとな。……っつっても、オレ今、金も刀も持ってないし、山越えなんてできない。
     あいつのところ、行ってみるか。あいつなら、……まあ、散々言われるだろうけど、助けてくれるだろ)
     秋也は立ち上がり、「あいつ」――弧月の若い富豪、橘喜新聞社の令嬢、橘飛鳥を訪ねることにした。
    白猫夢・秋分抄 4
    »»  2012.05.05.
    麒麟を巡る話、第5話。
    再挑戦への交渉。

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    5.
     開口一番、橘飛鳥は秋也にこう言い放った。
    「アンタって、あたしが思ってた以上にバカだったのね」
    「う……」
     苦い顔をした秋也に、飛鳥は立て続けになじってくる。
    「小雪さんの言う通りじゃん。アンタ最近、天狗になり過ぎだったし。そもそも、ちょっといーコトあると、途端に得意げになる、かるーい性格してるし。
     そんなだから試験に落ちたのよ。ホントにバカね、アンタ」
    「……返す言葉が無い。お前の言う通りだ。……って、……飛鳥?」
    「何よ?」
    「何で小雪さんがオレに言ったコト、お前が知ってるんだ?」
    「アンタね、小雪さんが晴奈さんに報告しなかったと思ってんの? その筋でとっくに聞いてんのよ」
    「……マジか……」
     落ち込む秋也に、飛鳥はふん、と鼻を鳴らす。
    「アンタがいくらごまかそう、隠そうとしても、向こうはとっくに知ってんのよ? 逃げてどーすんのよ、このバカっ」
    「……」
     すっかり縮こまった秋也に、飛鳥はふう、とため息をついて見せた。
    「で? アンタはあたしのトコに来て、何しようっての? 泣き言こぼすためじゃないわよね?」
    「……そりゃ、まあ。……どうにかしてもう一回、試験を受けさせてもらって、もし受けさせてもらえるなら、今度はちゃんと合格したいし、……試験対策したいな、って」
    「試験対策?」
    「……その」
    「まさかアンタ、試験受かった奴を探して答えを聞き出そう、なんて思ってやしないわよね?」
    「ちっ、違う違う! そうじゃない!」
     内心を見透かされた秋也は、慌てて取り繕う。
    「もう一回ちゃんと修業して、今度こそ受かるように万全を期したいんだ。で、その修業として、央中に渡ろうと……」
    「ふーん」
     飛鳥の目は明らかに疑いの色を帯びていたが、それでも納得した姿勢を見せる。
    「じゃあアンタ、央中に行きたいから金を貸せ、ってコト?」
    「……ダメかな」
    「いいわよ」
     意外にあっさり承諾され、秋也はきょとんとする。
    「い、いいのか?」
    「いいわよ」
    「条件とか……」
    「あるわよ勿論」
    「……だよな」
    「とりあえず、央中に行きたいってコトだから、旅費として5万玄出したげるわ」
    「5万も?」

     ちなみに双月暦6世紀半ば、世界経済を席巻しているのはクラムではなく、央南の玄銭と央中のエル通貨である。
     中央政府の消滅と西大海洋同盟の台頭、そして央北各州・各国の分裂によりクラムは暴落し、今では全盛期と比べようがないほどに価値は低い。
     一方で、西大海洋同盟の本部が央南にあるため、名目的には玄銭が基軸通貨の役割を果たしてはいるが、長年成長が続く央中経済に支えられるエル通貨もまた、世界中から信用を集めている。
     現在の双月世界は、二つの基軸通貨が存在しているのだ。

    「で、見たところアンタ、刀も無いみたいだし、それも工面したげる」
    「マジかよ」
    「その代わり」
     飛鳥は秋也に掌を見せ、一呼吸の間を置いて、条件を提示した。
    「昂子(あこ)を央中のミッドランドに連れてったげて」
    「昂子ちゃんを? 何で?」
    「それについては、あたしが説明したげるわ」
     と、二人が話をしていた応接間に、赤毛の長耳が現れた。
     飛鳥の母、橘小鈴である。
    「あ、ども。ご無沙汰してます」
    「んふふ、あんたも大変ねぇ」
    「う……、はい」
     そう返され、秋也は赤面するしかない。
    「ま、晴奈とか小雪ちゃんには、あたしらがうまく言っといたげるから、そんなに落ち込まないでいいわよー。また、頑張んなさいな」
    「助かります、小鈴さん」
    「んで、昂子をミッドランドに、って話なんだけどね。
     あたしが旅してた時なんだけど、鈴林って子が一緒にいたのよ。今はその子、ミッドランドにいてね。魔術師になりたいって言うから、鈴林のトコに預けようかなーって」
    「そうなんですか」
    「鈴林もいい性格してんのよねぇ。『5年くらいで帰ってきなさいよ』っつってんのに、もう20年もあっちにいんのよ。しょうがないからあたしらの方から、向こうに押しかけてやろうかと思って。
     でも飛鳥はこないだ入社させたばっかだし、あたしもアレコレ忙しいし。かと言って旦那や兄貴とか、社の連中に任せるのも心許無いしー、丁度よく手ぇ空いてんのがいないかなーって感じだったんだけど」
    「渡りに船、って言うとアンタに都合良過ぎだけどね。
     ま、そんな事情があるから、アンタには旅費兼、昂子を送る費用として、5万玄あげるわ」
    「どもっス」
     秋也はぺこりと、小鈴・飛鳥母娘に頭を下げた。



     こうして――経緯はどうあれ――秋也の旅が始まった。
     この旅は存外に長い旅となることを、秋也はまだ知らない。

    白猫夢・秋分抄 終
    白猫夢・秋分抄 5
    »»  2012.05.06.
    麒麟を巡る話、第6話。
    英雄、「大徳」の今。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     西大海洋同盟が発足したのは、双月暦520年のことである。
     元々は、「中央政府」と呼ばれた央北の超大国を壊滅・占領した「ヘブン」と呼ばれる新興軍事国に対し、北方・央中・央南の三地域が軍事・政治的連携を取ったことに端を発する組織である。
     発足後、「ヘブン」との間で戦争が起こり、その結果、同盟側が勝利を収めた。同盟側から多額の賠償金や補償を求められた「ヘブン」は瓦解し、十数の国に分裂。これにより、「中央政府」の名残はほとんど消え去り、今では央北の地域通貨、「クラム」と言う名前の由来に残っている程度になった。

     その西大海洋同盟を提唱し、そして発足させた立役者が、「蒼天剣」黄晴奈と並ぶ英雄、「大徳」エルス――リロイ・L・グラッドである。
     彼は政情が安定し、同盟の長期存続が決定した521年、同盟の加盟国首脳たちの圧倒的支持を得て、トップである総長に就任した。彼はその後、穏健に職務を全うしていたが、10年後の531年、「健康上の理由から」として、その職を辞した。
     その後2年の静養期間を経て、彼は妻の橘小鈴と共に、ある事業を立ち上げた。それが現在、央南全域にその名を知らしめる大企業、「橘喜新聞社」である。



    「やあ、シュウヤ君。久しぶりだねぇ」
     何年かぶりに見るエルスを見て、秋也は驚いた。
    「お久しぶりです。……あの、まだお体、どこか」
    「いや、悪くない、……つもりなんだけどね。年々、げっそり痩せてくるみたいで。久しぶりに会った人にはみんな、びっくりされるんだ」
     最後に会ったのは5、6年ほど前だったが、その時も確かに細身ではあった。しかしその時はまだ、秋也の目には健康的には見えていた。
     しかし今、目の前にいるエルスはひどく頬がこけ、杖を手にする姿が痛々しく感じられる。
    (確かエルスさんって、……まだ、53だったよな? もう二回りは老けて見える)
    「60、70くらいに見えちゃうかな」
    「あ、いえ、そんなことは」
     慌てて取り繕う秋也に、エルスはクスクスと笑って見せる。
    「いや、いいんだ。歳より苦労した性質でね、いや、本当に。またおじさんの昔話が……、と思われるかもだけど、本当にずっと苦労しっぱなしだったから。この姿は言わば、同盟からもらった勲章みたいなもんだよ」
    「はあ……」
    「リロイ。そんくらいでいいでしょ、『自慢話』は」
     と、エルスの唇に、小鈴が人差し指を当てる。
    「はは……、そうだった。
     まあ、小鈴から聞いたと思うけど、昂子をミッドランドに連れて行ってほしいんだ。彼女も飛鳥も、他の子も忙しいし、僕では、満足に送りきれるか不安だし」
    「ええ」
    「その代わりに、君には刀と5万玄を出す。
     それと、セイナやコユキちゃんに打診して、逃げ出した件は不問にしてもらって、その上でもう一度試験を受けられるよう、便宜を図る。
     この条件で、いいかな?」
    「はい、お願いします」
    「うん、承知した」
     エルスは扉に向き直り、声をかけた。
    「じゃあ昂子、入っておいで」
    「はいっ」
     扉が開き、まだ幼い雰囲気の残る、銀髪に長耳の女の子が入ってきた。
    「久しぶり、昂子ちゃん」
    「お久しぶりです、秋也兄ちゃん」
     ぺこ、と行儀よく頭を下げた昂子に、秋也は面食らう。
    (あれー……? コイツ、こんなに礼儀正しかったっけ)
     と、小鈴が地図を秋也たちに見せつつ、旅の行程を指示してきた。
    「ルートについては指定はしないつもりだったけど、秋也くん、修業したいって言ってたし、昂子もちょっとくらいは経験積んどいた方がいいだろうしってコトで、屏風山脈を越える道を勧めるわ」
    「分かりました」
    「それから、出発は4日後ね。刀は明日には届く予定なんだけど、昂子の学校の退学手続きが進まなくって」
    「そうなんですか」
    「ふつーの転学とは違うし、向こうが納得してくんないのよ。『安易な退学は認められない』つって。
     ま、明後日には鈴林と、その師匠の方から一筆来るから、ソレで納得するだろうし」
    「一筆ですぐ納得? そんなにすごいんですか、その、鈴林さんの師匠って」
     秋也にそう問われ、小鈴はふふん、と鼻を鳴らす。
    「聞いて驚けってヤツよ。なんとあの、『克』よ」
    「かつみ? ……って、……まさか!?」
     驚く秋也に、小鈴は続いていたずらっぽい笑みを浮かべた。
    「そう、克大火! ……の弟子の、克天狐ちゃん」
     この返しに、秋也は思わずずっこける。
    「そ、そうなんスか」
    「つっても腕は確かも確か、超々一流よ。近年じゃ『天狐ゼミ』つって、毎年20人とか30人限定で、天神大学とかの一流大学の博士課程レベルの集中講義やってるトコだし。
     今じゃ、央中で最先端の魔術研究やってる人で、天狐ゼミにいなかった奴はいないってくらいよ」
    「へぇ……」
    「ま、そうは言っても、まだ13歳だし、昂子は。
     しばらくはテンコちゃんやレイリンちゃんの手伝い役をする予定なんだ。言ってみれば、丁稚みたいなもんかな」
    「……」
     そう言って昂子の頭を撫でるエルスに対し、昂子は笑って見せていたが――。
    (……目、笑ってねー。すげー嫌そう)
     ほんの一瞬だけ垣間見せた昂子のその顔は、秋也のよく見知っている、以前の彼女のそれだった。
    白猫夢・橘喜抄 1
    »»  2012.05.08.
    麒麟を巡る話、第7話。
    20年の結果。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     エルス・小鈴夫妻には子供が4人いる。
     その内の一人、長女の飛鳥は秋也と同じ19歳ながら、既に橘喜新聞社の社員として働いており、将来は次期社長、小鈴のポストに就くと目されている。
     一方で末娘の昂子は、先月で13歳になったばかりの少女である。そんな多感な時期にある彼女は、その先月の誕生日にこんなことを言いだしたのだ。
    「お父さん。あたし、『レイリンさん』の話をお母さんからずっと聞いてて、魔法使いに憧れてきたの。普通の学生さんをやるより、魔術のお勉強がしたい」
     これにはエルスも面食らったが、一方の小鈴は、二つ返事で了承した。
    「ん、いいわよ?」
    「えっ」
     簡単に認められると思っていなかったらしく、今度は昂子の方が面食らった。
    「え、その、いいの、本当に?」
    「いいわよ。あたしも本格的に旅に出たの、あんたと一緒くらいの頃だし」
    「そうだったっけ?」
     突っ込んでくるエルスを「いいから」と制しつつ、小鈴は昂子にこう尋ねた。
    「じゃああんたは、しばらく向こうで暮らしたいってコトね? 最低5年くらいは」
    「ご、5年?」
    「もっと短いって思ってた? 今みたいな中学校のお勉強と同じくらいのレベルで、2年か3年でハイ終わり、って?」
    「それは、その、想像してなかったけど」
    「ソレくらい覚悟がいるコトよ、コレは。もし覚悟があるなら、鈴林のトコに連れてってあげるけど、どうする?」
    「え、と……」
     母の問いに、昂子は黙り込む。
     それを受けて、小鈴はこう言葉をつなげた。
    「……3日待ってあげる。その間に、本気の本気で魔術師やりたいか、それともやっぱり学生でいたいか、選びなさい」
    「……うん」

     そして3日後、昂子は魔術師になることを決意。
     小鈴はその決意に応え、学校の退学手続きや鈴林・天狐への打診など、彼女が一端の魔術師になるための下準備を、きっちりと揃えてくれた。



    「……正直言うと、ショックだったんだよねぇ」
     夕食を済ませた後、エルスは秋也を伴い、二人で酒を呑んでいたのだが、エルスは不意に、そんな風につぶやいてきた。
    「ああ、やっぱり娘さんが離れちゃうのは……」
    「うん、まあ、それもなんだけど」
     エルスはくい、と軽くグラスを口に付け、一拍間を置いて話を続ける。
    「まあ、ほら、20年くらい前、僕が同盟にいた時に、『積極的に学校を作って通わせましょう』って提唱したんだよね」
    「……ああ、なるほど」
    「だからせめて、自分の子供はちゃんと全員、学校に通わせたかったなーって言うのがね」
    「よりによって、昂子ちゃんに『イヤ!』って言われちゃったわけですね」
    「そうなんだよ」
     エルスはもう一度酒を口に含み、また一呼吸おいて話を続ける。
    「……愚痴ばっかりでごめん、とは思うけど、……もうちょっと聞いてほしいんだ。
     僕はね、シュウヤ君。同盟域内の生活向上をと思って、学校の充実とか、水道や街道の整備とか、色々やってたんだよ。
     それがもう、何か言う度に『ダメだ』『イヤだ』の大合唱だったんだよ。通すのにどれだけ苦労したか。本当にもう、みんな頭が固いのなんのって……」
    「はあ」
    「それで、本格的に胃を壊しちゃったんだよねぇ。もうこれ以上は無理だ、となっちゃってね」
    「で、親父にバトンタッチ、ってワケっスね」
    「そう、その通り。でも、……まあ、君の印象を悪くしたらごめんだけど、良く続いてると思うよ、トマスは。総長になってもう、10年近くになるんだからね」
    「でも、まあ、親父も結構辛いって言ってますよ。そのうち、兄貴に後を継がせたいって」
    「シュンジ君に、か。ああ、彼はトマスそっくりだからね。きっと、こなせるだろうな。
     ……でも、シュンジ君も相当、苦労するだろうね」
     もう一度酒を呷り、エルスはどこか落ち込んだ表情を見せた。
    「政治の世界は、どす黒いよ。全員の利益になることを提案しても、どうしてか賛成されないんだ。
     何故なら、会議の席にいるほとんど誰もが、自分や、自分の派閥とか組織の利益になるようにと、そう思ってばかりいるからね。真に皆の、公共の利益のために動いてくれる人は、本当にごくわずかだ。
     政界から離れた今でも、悔しい。もっと僕に政治的、精力的な力があれば、今の2倍か3倍は、人を幸せにできたのに」
    「……十分っスよ」
     秋也も酒を呷ってから、こう返した。
    「20年前、オレが生まれる前に比べたら、みんな快適な生活を送ってると思います。
     オレの話になっちゃいますけど、今や黄海から紅蓮塞まで、3日もかかんないんスから。お袋がまだ門下生の時なんか、1週間や10日はザラだったんですし。それは間違いなく、エルスさんが街道整備を強く訴えかけてくれたおかげです」
    「……そう言ってくれると、救われる気がするよ。ありがとう、シュウヤ君」
     エルスはグラスの酒を飲み干し、立ち上がった。
    「もう今日は、このくらいにしておこう。これ以上呑むと、明日に響きそうだ」
    「はい」
    「……じゃあ、おやすみ」
     エルスは杖を突きながら、ふらふらとした足取りで居間から離れた。
    白猫夢・橘喜抄 2
    »»  2012.05.09.
    麒麟を巡る話、第8話。
    央南と世界の変遷。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     秋也が弧月に駆け込んでから、1週間が経った。
     本来ならば、とっくに昂子を伴い、ミッドランドへと向かっているはずだったのだが、秋也にとって肝心のもの、即ち刀がまだ届いていなかったためである。

    「まーだ届かないの!? 今、ドコよ!? 発注してどんだけ経ったと思ってんの!?」
     小鈴が頭巾を頭に巻き、誰かに向かって怒鳴り散らしている。魔術による通信機器、「魔術頭巾」を使い、刀を頼んだ業者にクレームを入れているのだ。
    「……うん、……うん、……はい? ……うん、……でもねアンタ、自分で一昨日くらいには届けるって言ってたじゃん?
     じゃあ、明日には届くのね? 本当に? 間違いない? 確実に、明日ね?
     ……うん、……いいわ、一割引きで勘弁したげる。……は? 何? アンタ自分の立場分かってる? ……でしょ? じゃあ負けなさいよ。……うん、……よし。
     じゃ、よろしく。明日、絶対、必ず、よ? じゃ、ね」
     頭巾を脱ぎ、小鈴は居間で遊んでいた秋也と昂子に声をかけた。
    「明日には絶対届けるって、刀」
    「分かりました。でも、大分遅かったっスね?」
    「向こうの言い分では、在庫の取り寄せだか何だか言ってたけどね。ま、明日届かなかったら半額にしてやるわ。
     刀が届き次第、出発ね」
    「はいはーい」
     どことなく、面倒くさそうに手を振る昂子に、小鈴は苦い顔をする。
    「アンタ、行きたくないの?」
    「え? ううん、そんなコト無い無い」
    「まさか、学校行きたくないから修業するとか、そんなバカなコト考えてたワケじゃないわよね?」
    「まさかぁ」
     しれっとそう答えては見せたが、その始終気だるそうな仕草からは、あまり意欲を感じることはできない。
    「ま、いいけどね。真面目にやんなかったら、後でツケ払う羽目になるのは自分だし」
    「大丈夫だいじょーぶ、ちゃんとやるから」
    「まったく、お気楽なんだから……。誰に似たんだか」
    (小鈴さんじゃないかなぁ)
     そうは思ったが、秋也は口に出さないでおいた。
    「そー言えばさ」
     と、昂子が話題を変える。
    「在庫切れって、そんなに売れてるの、刀って」
    「ん? んー……、逆っぽい感じだったわね。最近はずーっと仕入れてなかったみたいよ」
    「そうなんスか?」
    「そりゃまあ、同盟ができて20年くらい経ってるし、今は平和だもん。武器を作っても、あんまり売れないし。
     それにほら、銃や火器の開発もガンガン進んできてるし、刀の需要は減っていってるのよ、どっちにしても」
    「……」
     その話に、秋也はわだかまりを感じた。
    (今の世の中、刀よりも銃、か……。だよな、央南連合軍だって、年々銃士隊を増やしてるって言うし、反対に、剣士隊はここ数年、補充されてないらしいし。
     ……ソレ考えると、……何かちょっと、揺らぐんだよな。オレ、このまま剣士やってて食えるのかなって)
     秋也の心中を察したらしく、小鈴がこう話を続ける。
    「ま、そうは言ってもまだまだ、刀の需要はあるわよ。この平和がいつ続くか、誰にも保証できないワケだし」
    「何かあるの?」
    「ある、っちゃあるわね。例えば、央北からの侵攻とか」
     そう返した小鈴に、昂子はけらけらと笑って見せる。
    「そんなの、あるワケないじゃん。だって央北って、超ビンボーなところでしょ? 攻めてきたって、蹴散らされちゃうって」
    「……そうね。今はね」
     小鈴はそこで、この話を切り上げた。



     20年前までは権勢を見せていた央北地域も、同盟に敗北して以降、停滞・凋落の一途をたどっていた。
     戦後、央北は複数の国に分裂し、個々に政治・経済を展開してはいたが、やがてその間で紛争が勃発、長期化した。長く続いた内戦は各国の溝をさらに深め、その結果、央北全体の政治力・経済力は著しく低下した。
     現在、央北は世界で最も貧しい部類に入る、非常に荒れた地域であると言うのが、公然の事実となっている。
    白猫夢・橘喜抄 3
    »»  2012.05.10.
    麒麟を巡る話、第9話。
    本音と言い訳の衝突。

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    4.
     翌日になり、ようやく橘邸に刀が届けられた。
    「お待たせ、秋也君。コレで準備、万端ね」
    「ありがとうございます、小鈴さん」
     喜ぶ秋也の陰で、昂子がやはりどことなく、面倒くさそうな顔をしている。
    「さーて、昂子」
    「なに?」
    「いい加減、肚決めなさいよ。アンタ自分で、『行く』っつったんだから」
    「分かってるって、行くよ、行くって」
     そんな昂子を心配してか、小鈴の横にいたエルスが優しく声をかける。
    「昂子、どうしても行きたくなかったら、今からでも学校……」「ヤだ。行くって言ってるじゃん」「……うん、そうだね」
     昂子はくるりと秋也に向き直り、その手をぐいっとつかむ。
    「行こう、秋也兄ちゃん」
    「あ、うん。……それじゃ、小鈴さん、エルスさん。お世話になりました」
    「うん、またね、シュウヤ君」
    「またなんかあったら、いつでも来なさいよ」
    「はい。……行ってきます」
    「行ってきまーす!」
     ようやく秋也と昂子は、ミッドランドへの旅を始めた。

     弧月を後にし、街道をしばらく進んだところで――。
    「……はー」
    「どうした?」
    「やっ、……っと!」
     昂子は突然、大声を挙げた。
    「やーっと、自由だーっ!」
    「……やっぱりお前、学校行きたくなかっただけか」
    「当たり前じゃん。毎日毎日、何言ってるか分かんない授業ばーっかりでさ、先生もあれダメ、これダメってうるさいし」
     ピコピコと長い耳を震わせながら愚痴をこぼす昂子に、秋也は苦い顔を向けるしかない。
    「お前なぁ……」
    「おーっと、説教なんかさせないわよ?
     兄ちゃんだって、試験から逃げたクセに」
    「……っ」
     ようやく薄まってきていた落第による痛みが、この一言でずき、と蘇った。
    「……お前」
    「ん? なに? 何か……」
     次の瞬間、秋也はばし、と昂子の頬を叩いていた。
    「きゃっ……」
    「言っていいコトと悪いコトがあるだろッ……!? オレが試験に落ちたのが、そんなにおかしいか!?」
    「……あ、……あの、兄ちゃん?」
    「いい加減にしろよ、昂子!」
     秋也は怒りを無理矢理抑えつつ、昂子の腕をつかむ。
    「痛っ、……ちょ、待ってよ! 冗談じゃん、じょーだ……」「ふざけんなッ!」
     秋也はぐい、と昂子の腕を引き上げ、昂子を半ば宙吊りにする。
    「やめてよ、痛いってば……」
    「お前、自分のコトばっかりだよな!? ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、『めんどくさい』だの『じょーだん』だの、自分の都合で話しやがって!
     ちょっとは周りのコト、考えたらどうなんだ!? 親父さん、悲しんでたんだぞ!」
    「どーでもいいよ、そんなの。口開けば、『胃が痛い』だの『昔はねぇ』だのしか言わないグータラ親父だし」
    「……てめっ……」
    「ソレにさ、魔術修行だって冗談のつもりだったんだよ。ソレをさ母さん、真に受けちゃってオオゴトにしちゃうし」
    「ソレも、お前のためを思ってやったコトじゃねーか! お前、何でソレが分からないんだ!?」
    「二人が勝手にやってんじゃん、学校のコトも修業のコトも」
    「……そんなんでよく、オレに『試験に落ちて逃げた』なんて抜かせるな!?」
     秋也は勢いよく、昂子の腕を振り払う。
     当然、昂子は道にべちゃ、と尻餅を着いた。
    「いった、あ……」
    「オレは逃げたんじゃない、やり直すんだ! ソレも、自分のためだけじゃない! オレを育てて、鍛えてくれたお袋のためでもあるんだ!
     自分の都合でのらりくらり逃げようとするお前なんかと、一緒にするなッ!」
    「……ふん」
     昂子は立ち上がり、尻を軽くはたいてから、秋也に向き直り――。
    「説教すんなって言っただろ、このッ!」
     秋也の脚を、思いっ切り蹴っ飛ばした。
    「うっぐ、……てめっ、何すんだ!?」
    「あーだこーだ抜かして、結局逃げてんのはアンタもじゃん!? 逃げてないって言うなら、今すぐあたしを放っぽって、紅蓮塞に戻ればいいじゃんよ?」
    「できるかよ!? オレはエルスさんと小鈴さんにお前を任されて……」
    「ソレ! ソレが一番、ムカってくる! 逃げの口実に、あたしを使ってる! できるだけ先延ばしにしようとしてんじゃんよ、試験受けんのをさ!?
     学校が嫌で適当言いまくってたあたしと、何が違うってのよ!?」
    「っ……」
     反論できず、秋也は黙るしかなかった。
    白猫夢・橘喜抄 4
    »»  2012.05.11.
    麒麟を巡る話、第10話。
    明日に向かって。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     喧嘩はひとまず収まったが、険悪な雰囲気は解消されなかった。
    「……」
    「……」
     街道の端と端で、二人とも背を向けて座り込んでいる。
    「……」
    「……」
     一言も言葉を交わさず、両者とも所在無さげに草を抜いたり、石や木の枝を放り投げたりしている。
     そのうちに日が傾き、街道は赤く染まり出した。
    「……ねえ」
     と、昂子の方から声をかけてきた。
    「なんだよ?」
    「……とりあえず、謝る」
    「あ?」
     振り向いた秋也の目に、頭を下げる昂子の姿が映る。
    「さっきのは、ゴメン。アンタがそんなに試験のコト気にしてるって、思ってなかったから」
    「……」
    「でも、このまま紅蓮塞に戻る、とかは言わないで」
    「なんだよ、ソレ」
    「あたしだってそれなりに、将来のコトとか考えてるしさ。このまま遊んでばっかりって、ダメだよねって。
     ソレ考えたらさ、アンタの方がまだ立派じゃん? ちゃんと試験受けて、先に進もうとしてるワケだし」
    「……」
     秋也も立ち上がり、昂子に返事をする。
    「まあ、……でも、……お前の言う通りなのは、確かだよ。お前のコト口実にしてたのは、認める。
     また落ちるのが、怖いんだ。だからせめて、もう一回行く前に、自分で修業してからもう一度って思って」
    「……どっちも、修業しなきゃいけないんだよね。このままじゃあたしたち二人とも、バカでグズのままだし」
    「……おう」
     昂子は顔を挙げ、秋也に目を向けた。
    「行こっか」
    「……そうだな」
     秋也も頭を下げる。
    「オレの方こそ悪かったよ。お前はお前なりに、頑張ろうとしてるのにな」
    「……本当に反省してる。あたし、適当なコトばっかり言っちゃう性格だから」
    「オレもすぐ、カッとなるのがな……。剣士失格だな、本当に」
    「……クス」
     と、昂子が吹き出す。
    「なんだよ?」
    「失格って、シャレのつもり?」
    「……んなつもり、ねーよ」
     秋也は肩をすくめ、昂子の手を握った。
    「ほら、行くぞ」
    「いいけど……」
     昂子はきょろ、と辺りを見回す。
    「もう夜になっちゃうよ。まだ近いけど、流石に家に戻るワケにも行かないし」
    「……だな。この辺りで、寝られるところを探すしかないか」

     二人は野宿することにし、街道の外れにある林の中に、寝床にするテントを作っていた。
    「昔はさ、こーゆーのも無かったんだってね」
    「らしいな。木の根元で毛布にくるまって、動物が寄ってこないように火とか魔術とかを……、って」
    「今はコレだもんね」
     そう言って、昂子はテントの表面に薄く描かれた魔法陣を指差す。近年研究・開発が進められた、退魔・退獣法陣である。
    「『トポリーノのネズミ『とか』除け! コレさえあれば、どこでも安心してぐっすりキャンプ!』……ってポスター、店に一杯貼ってあったよね」
    「だなぁ。オレもテントじゃないけど、愛用してる」
     そう言って秋也は、同じ魔法陣が描かれた毛布を指差す。
    「秋也兄ちゃ……、秋也って」
    「おい、呼び捨てかよ」
    「いーじゃん、別に。んでさ、秋也って、旅慣れてる方?」
    「まあ、それなりにな。合計で2年分くらいは旅に出てた」
    「その間、勉強とかしてないよね?」
    「お前じゃあるまいし。独学でやってたよ。まあ、成績としては無茶苦茶かも知れないけど、央中語はそれなりに話せるくらいには、勉強した」
    「……あ、そっか」
     途端に、昂子は不安げな表情になる。
    「話せるかなー、央中語。勉強嫌いだしなぁ」
    「向こうで過ごしてりゃ、嫌でも覚えるさ。……と、コレでテント完成だな」
     秋也はテントの中に入り、昂子に手招きした。
    「飯にしよう。腹減った」
    「そだね。缶詰?」
    「他にあるか?」
    「無いよねー」
     喧嘩したこともすっかり忘れ、二人は夕食を取り始めた。



     こうして始まった二人の旅は、本来ならばミッドランドまで3週間ほどのはずであった。
     しかし――秋也も母同様に、何かと災難に見舞われやすい性質であるらしい。
     その予定の通りには、なかなか行かなかった。

    白猫夢・橘喜抄 終
    白猫夢・橘喜抄 5
    »»  2012.05.12.
    麒麟を巡る話、第11話。
    黒い領地に来た焔。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「それは、本当ですかっ」
     そのうわさを聞いた狼獣人の少年は、思わず大声を挙げていた。
    「……あ、と。すみません」
     静かな聖堂に響き渡ったその大声は自分にも返り、彼は周囲に頭を下げる。
    「それで、その、……奴がこちらに向かっている、と?」
    「その可能性は非常に高い。
     黒荘に到着したと言うことは、それ即ち、東側の峠を上ってくるつもりであろうことは明白であるし、ならば黒鳥宮の前を通るのも、至極当然と言える」
     うわさを伝えた少年の伯父は、そこで彼に釘を刺した。
    「言っておくがウォン、軽々に武器を振るったり、行く手を妨害したりは、決してならんぞ」
    「え」
    「確かに先の武闘会に出場した僧兵の惨敗振り、我々全員にとって恥ずべき事態であった。だがそれは結局、己の未熟さ故に、出るべくして出た結果なのだ。
     それを棚に置いて、己を負かした相手にいらぬ干渉をしてはならんぞ」
    「……ええ、それはもう、はい、重々に、承知しております」
     少年――ウォンはそう前置きし、反論する。
    「しかし、焔流と我々、黒炎教団には対立の歴史があります。焔流剣士をそのまま素通りさせては、沽券に関わるものと」
    「馬鹿者め」
     ふん、と鼻を慣らし、伯父はその意見を否定する。
    「そんな歴史は、今や既に過去のものだ。
     いたずらに対立を深めていたのは、結局は我々の、ごくごく一部の者たちでしかなかったのだ。それも教団の沽券だの権威だのの大義名分を訴えていたわけではなく、単なる一派閥の我執、取るに足らぬ安いプライドによって、だ。
     それ以前にお前も知っているはずだ、522年の教主声明の内容は」
    「……知らないはずがありません。当代教主の、そして何より我が母上の声明ですから」
    「ならば、分かっているはずだ。最早、焔流と我々の間に対立など無いと。
     それともお前は、黒炎様からの詔(みことのり)を否定すると言うのか?」
    「……いえ」
    「ならばよし。……くれぐれも、足止めなどしてはならんぞ」
    「はい……」



     時間は、半日前に戻る。

     野宿で夜を明かした翌日に、秋也と昂子の二人は屏風山脈の麓にある街、黒荘に到着した。
    「結構かかったねー」
    「いや、普通よりは早いと思うぜ。お前、意外に体力あるな」
    「一応、体育の成績は上の方だったし」
     と、昂子は街並みを見渡して一言、こうつぶやいた。
    「地味だねー」
    「まあ、あんまり騒ぐような奴らじゃないからな、黒炎教団って」
    「引きこもりだらけってコト?」
    「ソレはなんか違うかなー……」
     他愛もないことをしゃべりながら、二人は街の中に入った。
     この黒荘と言う街は、央南における黒炎教団の領地となっており、布教活動の最前線でもある。
     20年以上前には、教団は西端州のほとんどを領地・教区とし、また、その周辺も教化を達成しており、権勢を奮っていたのだが、央南連合との戦争で敗北を喫して以降、黒炎教団は央南における活動圏のほとんどを失っており、布教活動もままならない状態にあった。
     その状況を打破したのが、現在の教主であるウェンディ・ウィルソンである。彼女は教団に人が入りやすくなるようにと、総本山である黒鳥宮までの峠道を整備し、さらには武闘会や演武披露と言った様々な興行を立て、これまでの密教主義・秘密主義を緩めさせたのだ。
    「お、……コレ、またやるんだな」
     秋也は街の掲示板に張られたポスターを指差し、昂子に自慢する。
    「前回の大会、オレが優勝したんだぜ」
    「へー。すごいじゃん」
     そう言っておいてから、昂子はこう返してきた。
    「なのに落ちた、と」
    「……言うなよ」
    「んふふふ」
     と、秋也はポスターを眺めながら、ぽつりとこうつぶやく。
    「……元気にしてるかな、ウィルとかシルキスとか」
    「誰?」
    「決勝と準決勝で対戦した相手。まあ、それ以前に幼馴染……、みたいなもんかな」
    「ふーん」
    「二人とも、央中のゴールドコーストって街に住んでるんだ。あそこも半年に一回、でかい大会があるんだけどさ、そいつら二人とも、以前に優勝したらしいんだ」
    「へーえ」
     気の無い昂子の返事に、秋也は苦い顔をした。
    「興味、無いか?」
    「無い」
    「……そっか。
     じゃ、まあ、……宿でも探すか。歩き通しでいい加減、疲れたし」
    白猫夢・逸狼抄 1
    »»  2012.05.13.
    麒麟を巡る話、第12話。
    確執、今もなお。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「うめー」「うまぁ」
     缶詰ではない食事を口にし、秋也と昂子は同時に感動する。
    「肉、臭くない!」
    「野菜、こんなに食べられる!」
    「やっぱり……」
     そしてまた同時に、二人は声を挙げた。
    「普通の料理、サイコー!」
     と、二人で騒いでいるところに、店主がそっとやってくる。
    「すまんが、お二方。あまり大声を出すのは遠慮願いたい」
    「あ、すんません」
     ぺこ、と頭を下げた秋也に、店主は苦々しい目線を向ける。
    「まったく、これだから焔の奴らは……」
    「え?」
     秋也たちがわずかながらも憮然とし、それに対して見た店主はぺこ、と頭を下げ返す。
    「……いや、失敬。今は友好関係にある方々に、無礼なことを言った」
     そう言い残してそそくさと立ち去った店主に、昂子も眉をひそめる。
    「何アレ、すっげー感じ悪いんだけど」
    「まあ、そう言うなって。元々さ、焔流と黒炎は仲悪かったんだしさ、今でもまだ、良く思ってないヤツもいるんだよ」
    「昔のコトじゃん」
    「お前にとっちゃ昔のコト、産まれてもいない前の話だろーけどさ、歳いったヤツにはまだ『今』の話なんだって」
    「……どーでもいーや。食べよ、食べよっ!」
     昂子はけろっとした顔で、肉を口に入れた。



     その夜――。
    「……ええ。間違いありません、見覚えがあります。宿帳の名前からしても、彼に相違ないでしょう」
     先程秋也たちをたしなめた、あの教団員の店主が、黒鳥宮の人間と「魔術頭巾」で連絡を取っていた。
    「どう致しますか?」
    《どうって、……うーん》
     真剣な声色を立てる店主に対し、相手はぼんやりとした返答を返す。
    《どうもしなくていいんじゃないかなー、なんて》
    「何故です? 表向きは休戦協定や友好宣言を結んだとは言え、あの焔流ですよ? その上、奴は先の大会で、我々に恥をかかせた! このまま何もしないで通すなど……」
    《表向きには友好にしてるでしょ? じゃあ、表向きだけでいいからニコニコ笑って通せばいいじゃないですか》
    「そんなわけには……」
    《私もね、どちらかって言えば友好派なんですよねぇ。そりゃ教団員ですから武術はたしなんではいますけども、血生臭いのや汗臭いのは嫌いなんですよ》
    「ふざけないでください!」
    《ふざけてなんかいません。私は『わざわざ無意味に揉めるようなことはしたくない、折角どちら側も仲良くしようと言ってるんだから、そのまま通す方がいいだろう』と、至極まともに主張してるだけですよ。
     それともあなた、超穏健派である今の教主に逆らうと言うおつもりですか? それこそふざけた、不遜な態度じゃありませんか?》
    「それは……、いや……」
     相手は余程面倒だったらしく、ここで話を切り上げてきた。
    《とにかく、私からは何もしないことをお勧めします。一応、上には話を通しますけど、多分私と同じ答えが返ってくるでしょうね。
     また何かあったら教えてください。それじゃ》
    「あ、ちょっ」
     店主は話を続けようとしたが、そこで通信は切れた。

     宿の中をうろついていた昂子は、この会話を物陰で、そっと耳にしていた。
    (やっぱあの店主、あたしら嫌ってたみたいね)
     昂子は欠伸を噛み殺しながら、店主の行動を嘲った。
    (話の感じからすると、相手は教団の総本山の誰か、ちょっと偉い人だったのかしらね。でも結局、襲うとかってのは却下された感じか。
     イマドキ流行んないって、武力行使とか力ずくとか、喧嘩とかメンツとか。ばっかみたい)
     昂子は小さく欠伸をし、それから寝室に戻った。



     黒荘にて秋也たちを拘束すると言う、この物騒な計画はあっさり却下されたものの、教団本部には秋也たちが来ている旨については、約束通り伝えられた。
     そして予想されていた通り、教団の上層部はそのまま通すことを決定した。
     それを良しとしなかったのが――。
    (……やはり、腑に落ちない!)
     あの少年、ウォンである。
    (母上を侮辱するわけではないが、相手は我らが誇り、教団の威信を担って舞台に上がった僧兵たちを、あろうことか公衆の面前で辱めた奴なんだぞ!? それを何の咎めもせずに通すなど、僕たちのメンツに関わる!
     僕は嫌だぞ、『黒炎教団は腑抜けの集まりだ』などと囃されるのは!)
     ウォンは壁にかけていた武器――三節棍を手にし、部屋を抜け出した。
    白猫夢・逸狼抄 2
    »»  2012.05.14.
    麒麟を巡る話、第13話。
    ウォンの暴走。

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    3.
    「あー……、だから朝食は雑だったんだな。昨夜のに比べて」
    「露骨に嫌がってたわね。ま、缶詰よりはマシだけどさ」
     翌朝、黒荘の宿を発った二人は、店主の態度について話していた。
    「にしてもさ、根に持ち過ぎだと思うんだよね。そりゃ確かに、大会で恥かかされたってのはあるだろうけど、ソレだって結局、秋也より弱かったからじゃんよ」
    「お前、ソレは教団の奴らの前では絶対言うなよ」
    「なんでよ? 間違ってないじゃん」
    「そりゃ、そう言う見方もあるだろうけどさ……。
     お前、人の傷口に塩をぐりっぐり塗り込むな。しかも無意識に」
    「そう?」
     あっけらかんと返す昂子に、秋也は苦い顔を返すしかなかった。



     自分の部屋を飛び出したウォンは、怒りに満ちた足取りで黒鳥宮の中を突き進んでいた。
    (こうなれば僕一人ででも……!)
     単騎で秋也たちを迎え撃つ覚悟を決め、ガツガツと足音を立てて闊歩していると――。
    「ウォーナード様!」
     呼び止められ、ウォンは振り返る。
     そこには顔をこわばらせた僧兵たちが6名、合掌しながら直立しているのが確認できた。
    「なんだっ」
     思わず声を荒げてしまい、ウォンは取り繕う。
    「コホン、……なんだ?」
    「我々も、焔流剣士がこちらに向かってくると聞きました。……もしや、ウォーナード様は」
    「……だとしたらどうだと言うんだ。止めるのか?」
     高圧的な口調でそう返し、僧兵たちを退けようとしたが――。
    「我々もお供致します!」
    「何? 僕に、付いてくる?」
     思ってもいない反応に、ウォンは思わず聞き返した。
    「我々も上層部の決定には納得しておりません!」
    「我々に仇なした焔流の人間をこのまま素通りにしておくなど、到底我慢なりません!」
     僧兵たちの言葉に、ウォンは思わずにやりとする。
    「……そうか、お前たちもか」
     ウォンは手にしていた三節棍を掲げ、こう叫んだ。
    「よし、他にも同志がいるはずだ! 集めて焔流を叩くぞッ!
     たるみ切った上層部の決定など、知ったことか! 僕たちは真に教団の威信を背負いし者として、憎き焔流の奴らに鉄槌を下してやるのだ!」
    「おうッ!」
    「僕は正門裏にて待機する! お前たちは修練場と住居棟を密かに周り、僕が同志を募っていることを伝え、人を集めるんだ!」
     ウォンは僧兵たちに指示を飛ばし、正門に向かって駆け出した。

     1時間後、正門裏には50名を超える僧兵たちが集まった。
    「ふむ……、意外に少ないな」
    「折悪く、ワニオン枢機卿がいらっしゃいまして。修練場の者には声をかけることができず……」
    「朝の修練に出ている者も多い分、住居棟には人が居るはずも無し、か。……いや、しかし」
     ウォンは首を振り、握り拳を固めた。
    「焔流剣士とは言え、たった一人や二人が相手であれば、これで十分事は足りる。
     よし、全員出陣だ! 憎き焔流剣士を、血祭りに挙げてやるぞ!」
    「おうッ!」
     50名を超える僧兵たちは、ウォンを先頭にして行進を始めた。
    「な……っ?」
     固まって進んでくる僧兵たちを見て、門番らは目を白黒させる。
    「何をなさるおつもりですか、ウォーナード様!?」
    「決まっている! 我らに恥をかかせた焔流の者を、ここで袋叩きにしてやるのだ!」
    「そんな……! 猊下らのご意思を、無視なさるおつもりですか!?」
     止めようとする門番に、ウォンは三節棍を向けた。
    「お前は悔しくないのか!? これ以上彼奴らに、嘲られてなるものか!
     どけ! どかなければ力づくで通るぞ!」
     ウォンが構えると同時に、背後の僧兵たちも凄んでくる。
    「う……ぐ」
     門番はそれに気圧され、仕方なく門を開けた。
    「行くぞ! 朝に黒荘を発ったのならば、こことふもとの中間地点、中腹あたりで接触するはず! それまでに峠を封鎖し、足止めするんだ!」
    「おうッ!」
     バタバタと足音を立て、門を突破した僧兵たちの後姿を見た門番は、慌てて宮内に駆け込む。
    「ウォーナード様が乱心された! 兵を集めて焔流の人間を討とうとしている! 誰か、誰か来てくれーッ!」
     この騒ぎは間もなく、教団の上層部が知ることとなった。
    白猫夢・逸狼抄 3
    »»  2012.05.15.
    麒麟を巡る話、第14話。
    峠の封鎖。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     宿を後にしてから4、5時間ほどが経ち、秋也と昂子は峠の中腹に差し掛かった。
    「もうお昼くらいだよね」
     懐中時計をチラチラと見つつ、そうつぶやいた昂子に、秋也はニヤ、と笑って見せる。
    「なんだ、もう腹減ったのか?」
    「そりゃ減るよ、朝ご飯あんなだったし」
    「ま、そりゃそうか。んじゃ、この辺りで……」
     と、秋也はそこで言葉を切り、峠の上方に目をやる。
    「どしたの?」
    「……昂子。もうちょっと、飯は待ってもらっていいか?」
    「何でよ?」
    「アレだよ」
     秋也は少し先を指し、肩をすくめた。
    「昨夜お前が言ってたコト、本気でやりやがったみたいだ」
    「へ? ……教団が襲ってくるって、アレ?」
     昂子も目を凝らし、上の様子を確認する。
     そこには黒い点が、峠に並んでいるのが見えた。
    「……アレって、教団の人?」
    「この山で黒い服を着込んで威張ってる奴らなんて、他にいるか?」
    「え、じゃあアレって、あたしたちを待ち構えてるってコト?」
    「多分な。……参ったな」
     秋也は猫耳をコリコリとかきながら、腰に佩いていた刀を抜く。
    「この分じゃ、黒荘に戻っても襲われるだろうな。……となると、前に進むしかないな」
    「えっ」
     秋也の言葉に、昂子は顔を青くする。
    「いや、無理じゃん? どう考えてもダメだって」
    「なら、戻るか? 戻っても多分、同じ目に遭うぞ?」
    「いや、ほら、あの、脇道にそれて、回り込んで逃げるとか」
    「あのな、上からオレたちの動き見てるってのに、今さら逃げてみてどうなる? 追い掛け回されるだけだぞ」
    「じゃ、じゃあさ、ごめんなさいって言って」
    「それで何とかなるなら、袋叩きにするだの何だのって発想は出ないっつの」
    「じゃ、ほら、あの、えー……」
     戸惑っている昂子に、秋也ははあ、とため息をつく。
    「お前、本当に自分の思い通りにならない状況に弱いな。逃げるか駄々こねるか、ソレばっかだよな」
    「うー……、だって」
     秋也は昂子に背を向け、歩き出した。
    「いいよ、ソコでじっとしてな。オレが何とかしてきてやるから」
    「あ、ちょ、ちょっと!」
     一人きりにされるのも嫌だったのだろう――昂子は慌てて、秋也の後に付いてきた。

     現れた秋也と昂子を見て、僧兵たちの先頭に立っていたウォンは居丈高に叫んだ。
    「やっと来たか、焔流剣士!」
    「そりゃまあ、他に道は無いし。……で、オレに何の用だ?」
     尋ねた秋也に、ウォンは三節棍を向ける。
    「お前ら焔流が、このままのうのうと我らが聖地、黒鳥宮の真正面を横切るなど、言語道断!
     よってここで、お前ら二人を……」
     と、ここで秋也が「おい」と声をかけた。
    「なんだ? 命乞いか?」
    「違げーよ。お前ら勘違いすんな、って話だよ。
     焔流はオレ一人。こっちのエルフはただの中学生。良く見てみろよ、焔流の家紋が付いてるか、こいつの服に?」
    「なに?」
     そこでウォンは、秋也と昂子を交互に見る。
    「……えーと」
    「いくら焔流が嫌いだからって、単なる旅仲間にまでとばっちり食らわすなよ。
     それでもプライドあんのかよ、お前ら? それとも誰彼構わず襲い掛かるのが、お前らの流儀か?」
    「う……」
     苦い顔をしたウォンに、秋也は畳み掛ける。
    「そもそも、お前ら恥ずかしくないのか? いくら憎い相手だからって、そんなに何十人も押しかけて袋叩きにしようってのは、三下かチンピラ共のやるコトじゃねーのか?」
    「……っ」
     今度は一転し、顔を紅潮させたウォンを、秋也はもう一度、強くたしなめた。
    「やるってんならお前一人でやれよ。取り巻きと一緒に嬲り者にして、ソレで黒炎のプライドが保てるって言い張るんなら、オレもハラ括るけどさ」
    「……いいだろう」
     ウォンは味方に背を向けたまま、こう言い放った。
    「お前たちは手を出すな。僕一人で、こいつを叩きのめすッ」
    「そう来なくっちゃな」
     秋也も刀を構え、ウォンと対峙した。
    白猫夢・逸狼抄 4
    »»  2012.05.16.
    麒麟を巡る話、第15話。
    焔流と黒炎、若獅子対決。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     多数の僧兵に囲まれた中でも、秋也の心はまるで乱れていなかった。
    (試験の時は、相手が相手だったからなー……。アレは正直、どーしたらいいか困ってた。
     こーやってハッキリ、『敵だっ』って分かってりゃ、なんも悩まないで済む)
     刃先をすい、とウォンの喉元に定め、秋也は正眼の構えを取る。
     一方のウォンも、まだ顔を紅くしてはいるものの――それが恥ずかしさからなのか、それとも逆上しているからなのかは秋也には分からなかったが――三節棍を斜めに取り、構えを見せる。
     ウォンの心が少なからず乱れているのは明らかだったが、それでも体の方は、経験と修練に裏打ちされた挙動を見せている。
    (ま、……短期決戦だな。落ち着かれたら厄介そうだ)
     秋也はぐっと一歩踏み込み、間合いを詰める。それに応じるように、ウォンも一歩、詰め寄ってきた。
    「……はあッ!」
     そこで秋也はもう一度、今度は素早く、そして強く踏み込み、間合いを一気に、ウォンの眼前にまで詰める。
    「なっ」
     急に寄ってきたこと、そして刀の間合い以上に詰め寄られたことで、ウォンはさらにうろたえたらしく、短く声を挙げた。
     ウォンは慌てて棍を振るおうとするが、秋也はそこで、刀から左手をぱっと離し、真ん中の棍を握りしめた。
    「ばっ、バカっ、何をっ」
    「ナニじゃねーよ」
     振り上げかけた棍が引っ張られ、ウォンの姿勢は腰砕けになる。
     その隙を突いて、秋也はウォンの脚を軽く蹴とばした。
    「うわあっ!?」
     当然、ウォンはこてんと前のめりに倒れる。
    「……き、汚いぞ、貴様っ」
    「袋叩きにしようとしたお前が、なーに寝言抜かしてんだよ?」
     倒れ込み、慌てて立ち上がろうとしたウォンの首筋には既に、秋也の握る刀が当てられていた。
    「勝負あったな」
     誰の目にも、ウォンの敗北は明らかだった。

     ところが、ウォンはこんなことを言い出した。
    「……ま、まだだ! かかれ、お前らっ」
    「はぁ!? 本当に袋叩きにする気か、てめー」
     秋也は呆れつつ、すぐに襲ってくるであろう、周囲の僧兵の動きに目を配ったが――。
    「……あれ?」
     誰一人として、動こうとしない。全員真っ青な顔をして、硬直していた。
    「心配するな、焔流の」
     と、野太く、そして若干しわがれた男の声が、秋也にかけられる。
    「相手の言葉に一々翻弄され、その度に言うことをコロコロと変えるような軟弱者の命令を聞け、などと言う教えは皆、受けてはおらん。
     それに引き替え、仲間を護るため、単騎で挑もうとするその心意気、そしてそれを実際に示して見せたこと。流石であるな」
    「えっと……」
     秋也は僧兵たちの背後から現れた、小山のような巨体の、初老の黒い狼獣人に、ぺこりと頭を下げた。
    「ありがとうございます、……えーと、ウィルソン卿、ですよね?」
    「いかにも。私が黒炎教団枢機卿、僧兵団総長のワニオン・ウィルソンだ」
     ワニオンはそう前置きし、一様に顔を青ざめさせている僧兵たちをかき分け、秋也の前に立った。
    「……でけっ」
     秋也の目には、ワニオンの姿はまるで、巨岩のように感じられた。
    「はっはっは、これでも四十余年、修業を積んでおるからな。そこいらの雑兵にはまだまだ負けん。
     ……と、大変な失礼をしてしまったな。私の監督不行き届きで、貴君とその同行者には、済まないことをした」
     そう言うとワニオンは、その巨体を折りたたみ、秋也に向かって深々と頭を下げた。
    「あ、いや、そんな……。オレにも昂子にも、大して危害は無かったですし、気にしないで下さい」
    「……それも情けない話である」
     ワニオンは頭を挙げ、今だ地に手を着いたままの甥、ウォンに目をやり――その頭に、ゴツンと音を立てて拳骨を喰らわせた。
    「ぶぎゃ……っ!?」
    「この痴れ者めがーッ!
     散々、手を出すなと言ったはずだ! それを無視した上で、あろうことか徒党を組んで嬲り者にしようと企み、あまつさえ無様に負けた上、卑怯にも取り決めを反故にし、兵をけしかけるとは!
     どれだけ恥の上塗りをすれば気が済むのだ、この大馬鹿者があッ!」
    「す、すみません、すみません……」
     先程の高飛車な態度から一転、ウォンはボタボタと涙をこぼしながら土下座する。
     それでもワニオンの怒りは収まらず、彼はウォンの襟をぐい、とつかんで引きずり始めた。
    「この件は猊下に報告する! ウォンの阿呆もお前らも、厳しく裁定してもらうからな! 覚悟しておけッ!」
    「ひ……っ」
     まるで稲妻が立て続けに落ちたかのような怒声に、周りの僧兵たちは一様に縮こまる。
     と、ワニオンは再度秋也と昂子に振り向き、穏やかな、しかし重みのある声でこう告げた。
    「無礼の詫び……、と言ってはなんだが、黒鳥宮横の宿を取るなら、私の名を出してくれ。無料でもてなすよう、取り計らっておく」
    「あ……、どもっス」
    「ありがと、……えーと、ワニオンさん」
     ウォンを引きずったまま、ドスドスと足音を立てて去っていくワニオンの背中を見て、秋也と昂子は同時につぶやいた。
    「……怖えぇー」
    白猫夢・逸狼抄 5
    »»  2012.05.17.
    麒麟を巡る話、第16話。
    はぐれおおかみ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ウォンが起こしたこの騒動は、教主であるウェンディ・ウィルソンによって、その日のうちに裁かれた。
     まず、ウォンに加担し、兵を集めた6人については、頭と耳、尻尾を丸刈りにした上で独房に3ヶ月の禁錮。さらに僧兵から降格、平の教団員に格下げされた。
     また、扇動に乗った50数名についても、先の6人同様丸刈りと、1ヶ月の禁錮処分が下されたものの、元から位の低い者ばかりだったため、事実上、降格の処分は無かった。
     そして騒ぎの中心人物、ウォンの処分は――。

    「は……、破門、ですって!?」
     他の教団員同様丸刈りにされたところで、ウォンは母のいる執務室に連行され、彼女からその処分を、直に聞かされた。
    「ええ、破門よ。
     この件は、教団の体面に大きな瑕(きず)を付ける、極めて重大な騒動。それを鑑みれば、温情ある処置は全く、図れる余地が無いわ」
    「し、しかし母上! 僕はその、教団の体面を思って……!」
     そう反論したウォンに、ウェンディは静かに尋ねる。
    「体面を思っての、あの騒動と? ではウォン、あなたは黒炎様と、その委任者たる教主の決定に逆らったことが、教団のためになると思ってやったと、そう言うのね?」
    「そうではありません! 僕はただ、このまま彼奴らに何もしないまま通しては、メンツが立たないと思って……」
    「そもそも私も、枢機卿も、あなたには何度も、『我々僧兵が負けたのは、その未熟さゆえである』と言ってきたはずよ。メンツ云々を言うのであれば、まず己の未熟を恥じるべきでしょう?
     それを棚に上げ、あなたは愚かな騒ぎを起こした。そしてその結果は? あなたは、勝ったの?」
    「……結果として、勝ってはおりません。しかし僕に油断が無ければ……」
    「ウォン」
     ウェンディは執務机から立ち上がり、ウォンの前に立った。
    「あなたには、自尊心が無いの?」
    「有ります! 無ければこんな騒ぎなど……!」
    「有ると言うなら、何故、現実に目を向けないの!?」
     次の瞬間、執務室にパン、と乾いた音が響く。
    「うっ……」
    「負けたことを認めず、うじうじと言い訳ばかりして! 何故負けたと言う、その事実を受け止めようとしないの!?
     あなたが言い訳しているそれは、誇りや自尊心では決して無いわ! ただの逃げ心、虚栄心よ!」
    「いえ……それは……そうじゃなく……」
     まだ口を開こうとするウォンに、ウェンディは背を向けた。
    「……あなたには心底、失望したわ。
     教主であり母である私の言うことも、上層部の叱咤も、黒炎様の詔も聞かないばかりか、自分勝手な騒ぎを起こして、その上自分の間違い、失敗を認めず、無理矢理に正当化しようとする、その性根の腐り様!
     あなたには何を教えても無駄ね。聞く耳が無いのなら、これ以上何も、教えられはしないわ」
     ウェンディは背を向けたまま、ウォンを両側から拘束している僧兵に命じた。
    「門の外に放り出しなさい。
     教主命令です――本日を以て、ウォーナード・ウィルソンは破門です」
    「御意……」
     僧兵たちは青ざめた顔のウォンを引きずり、執務室を後にした。

     一人残ったウェンディは、じんじんと痛む自分の手をさすりながら、こうつぶやいた。
    「ウィルも、あの人も、そしてウォンまでも……、か。どうして……、こうなるのかしら」



     ワニオンの厚意により、秋也と昂子は宿にて美味しい食事と、ふかふかの寝床を楽しんだ。
    「いやー……、よく眠れた」
    「ホント、ホント。あたし、この旅で初めて、アンタに感謝したわ」
    「感謝ぁ?」
    「アンタがあの時勝ってなかったら、こんな美味しい思いできなかったもん」
    「うーん……、感謝って言うならワニオンさんにじゃないか?」
     そう返され、昂子はほんの少し、考える様子を見せた。
    「……そうかも。じゃ、今のナシ! ありがとうワニオンさん!」
    「ソレもどーかと思うけどなぁ」
     いつものように他愛もないことを話しつつ、二人は央中側に通じる峠道を下っていく。
     と、秋也は道の先に、トボトボと肩を落として歩く人影を見つけた。
    「ん……?」
     秋也は軽く駆け込み、その人影に声をかけた。
    「おーい! お前、もしかして昨日の……」
    「……っ」
     振り向いたその人影は――頭と狼耳、尻尾の毛をばっさり剃られた、あのウォンだった。
    白猫夢・逸狼抄 6
    »»  2012.05.18.
    麒麟を巡る話、第17話。
    とりあえずの和解。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「あ、やっぱり! どうしたんだその頭、……と耳と尻尾と」
    「……言いたくない」
     ウォンは背を向け、逃げ去ろうとする。
     その様子を見て、秋也はピンときた。
    「もしかしてお前、破門された、……とか?」
    「……ッ!」
     足を止めたウォンに、秋也は質問を続けようかとためらう。
     ところが昂子は、お構いなしにこう言い放った。
    「え、追い出されたの? ま、自業自得だろうけど」
    「……何が、自業自得だッ」
     ウォンは振り返りざまに、昂子に向かって拳を振り上げようとする。
     が、それを察した秋也は、彼の腕をつかんで止めた。
    「いい加減にしろよ、お前。コイツに手ぇ出すなって、昨日も言ったよな?」
    「お、お前の言うことなんか、誰が聞くか! 焔流のお前なんかに……」
    「オレがドコの誰だろーと、女に手を挙げる男が最低なのは、全国・今昔ドコでもいつでも同じだろうが。
     本当にプライドねーのな、お前」
    「う……」
     ウォンの力が緩んだところで、秋也は手を離す。
    「オレが言っても聞かないだろうし、知らないヤツ相手にあんまり言いたくないけどさ、お前、そんなコトばっかりしてるから、追い出されたんじゃねーのか?」
    「ち、違う! 僕は、その……、しゅ」「『修業のため外に出た』っつって説得力、あると思ってんのか? そのズタボロの見た目で?」「……ぐ、っ」
     散々に突っ込まれ、ウォンはとうとう、ボタボタと涙を流してしまった。
    「ぼっ、僕は、……僕はっ、ひっく、教団のっ、ために、ひっく、やったのに……っ」
    「でも、ソレはやるなって散々止められてたんだろ? なんでソコまで釘刺されてやったんだよ?
     結局ソレって、お前がやりたかったから、やったんじゃねーのか? じゃあ、教団のためでも何でもねーよ。お前だけのため、……じゃねーの?」
    「……ぅーっ……ぅーっ……」
     本格的に泣き始めたウォンに、昂子はフン、と鼻を鳴らした。
    「あーあ、マジ泣きしちゃった。バカじゃん、コイツ。自分でバカやって自爆した、ってだけじゃんよ。
     ほっといてもう行こうよ、秋也」
     昂子はそう提案してきたが、秋也は首を横に振った。
    「あのなぁ……、いくら自業自得っつっても、泣いてる奴を放っとく、なんてできるわけねーだろ」
     秋也はとりあえずウォンの手を引き、街道から少し外れたところに座らせて、落ち着くのを待った。

    「落ち着いたか?」
    「……」
     ウォンは秋也たちに顔をそむけたまま、小さくうなずいた。
     ちなみに、ウォンは――その技量と、昨日の高圧的な態度からは見抜けなかったが――まだ16歳なのだと言う。
     ようやく泣き止んだ彼は、確かに年相応に見えた。
    「……お前、コレからどうするつもりだ?」
    「え……」
     ウォンは顔をそむけたまま、ぽつりとつぶやく。
    「……考えてなかった」
    「そっか。……じゃ、一緒に来るか?」
    「なっ」
     ようやくここで、ウォンは顔を向けてきた。
    「そ、そんなこと、できるわけないだろう!? 焔流と一緒になんて……」
    「あーのーなー」
     秋也はぺち、とウォンの額にデコピンを当てる。
    「いたっ、……何をする!」
    「拳骨喰らって丸刈りにされて、その上破門までされたのに、まーだそんな古臭いコト言ってんのかよ?
     もう敵じゃないし、敵である理由も無いだろ? ま、それにさ」
     秋也は日除け用に持って来ていた帽子をウォンに被せ、こう続けた。
    「このまま一人でウジウジするよりは、誰かと話してた方がまだ、気が楽だろ?」
    「……」
    「おっと、『そんなことはない!』とか言うなよ?
     だってお前、オレが声かけた時、すげー顔色悪かったしな。何にも考えられないくらい、アタマん中ぐちゃぐちゃになってたんじゃないか?」
    「……それは、……否定しない。……確かに、どうしたらいいか分からなかった」
    「でも、今はさっきよりかは落ち着いただろ? ……だからさ」
     秋也は座ったままのウォンに、すっと手を差し伸べた。
    「一緒に行こうぜ。いいよな、昂子も?」
     昂子もフン、と鼻を鳴らしはしたものの、拒否はしない。
    「別にいーよ。殴ろうとしなきゃ」
    「……」
     ウォンはしばらく、顔を伏せたままだったが――やがて、そろそろと秋也の手をつかんだ。
    「……確かに、お前の言う通りだ。一人でいるよりは、マシだろうな」
    「よし、決まり! ……っと、自己紹介してなかったな。
     オレは黄秋也。こっちは橘昂子だ」
    「……」
     ウォンは立ち上がり、ぼそぼそとした口調ながらも、名前を名乗る。
    「ウォーナード・ウィルソンだ。……うぉ、ウォンで、いい」
    「ああ。よろしくな、ウォン」
    「よろろっ」

     こうして秋也と昂子の旅に、新たな仲間、ウォンが加わることとなった。

    白猫夢・逸狼抄 終
    白猫夢・逸狼抄 7
    »»  2012.05.19.
    麒麟を巡る話、第18話。
    今後の相談。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     屏風山脈を西へ下り、三人はいよいよ央中地域に入った。

     山道を抜けた直後の、その道中――。
    「でさ、確かに香りはいいなーとは思ったんだけど、あんまり……、何だっけ、コーヒー? って飲まないからさ、味はあんまり……」
    「だよねー。ま、あたしは好きかもって思ったけど。
     ねえ、ウォンはコーヒー好きな方?」
    「……」
     秋也と昂子は山道でも何度か、ウォンに世間話を振っていたが、彼は秋也から借りた帽子を深く被ったまま、応えようとしない。
    「ねえ、ウォンってば」
     たまりかねた昂子が、ウォンの手を引っ張る。
    「なっ、……何だ?」
     ようやく、ウォンは顔を挙げる。
    「ヒトが何度も何度も声かけてんのにさー、ちょっとは反応しなさいよっての」
    「あ、ああ。悪い。……えーと、何の話をしていたんだ?」
    「いーよ、もうっ」
     昂子はウォンから手を離し、ぷい、とそっぽを向いた。
    「なんなんだ、まったく……」
    「ソレはどっちかって言うと」
     秋也も呆れ気味に、ウォンに顔を向けた。
    「オレたちの台詞だな。
     あのさ、ウォン。何か、気になるコトでもあんのか?」
    「……と、言うと?」
    「さっきからさ、オレや昂子が声かけても、返事もしねーし顔も向けねーし。何か考え事でもしてたのか?」
    「いや、そう言うわけじゃ……」
    「じゃ、どうしたんだよ? それともさ、まだ『焔流の人間とは話なんかできない』とか思って……」「いや、そう言うわけじゃない。ないんだが、……その」
     ウォンは帽子を挙げ、秋也にこんなことを尋ねてきた。
    「僕は、……その、これから、どうしたらいいんだろうかって」
    「……そう言や、ちゃんと話してなかったな」
     歩き疲れていたこともあり、三人は街道の脇に逸れて休憩しつつ、ウォンの今後を話し合うことにした。

    「でさ、ちょっと聞きたいんだけど」
     まず、秋也が確認する。
    「お前、何かしたいコトとかあんのか?」
    「したい、こと……。うーん」
     問われたウォンは、困った顔になる。
    「……分からない。……自慢じゃないが、産まれてこの方、修業と鍛錬以外はほとんど何も、したことが無いんだ。
     だから放り出されても、何をしたらいいのか」
    「だよなぁ」
    「あたしには信じらんない世界ね。ずーっと勉強ばっかりとか、ないわー」
    「お前じゃそうだろうな」
     ウォンにそう返され、昂子は膨れっ面になる。
    「ふん、だ」
    (こいつら足して2で割りゃ、丁度いいだろうになー)
     ぼんやりそんなことを考えつつ、秋也は続いて質問した。
    「じゃあさ、趣味とかも無し?」
    「無い。……強いて言えば、修業になる」
    「わー、修業バカだ」
    「うるさい」
     昂子にからかわれ、今度はウォンが顔をしかめた。
    「んじゃ、まあ。……これから行く街なら、そーゆー奴でも構ってくれるところは一杯あるし、とりあえずは何とかできるかな」
    「ってゆーと?」
     尋ねた昂子に、秋也はにやっと笑って見せた。
    「闘技場だよ。あそこなら賞金も出るし、ボーっとしてても当面は、何とかなるさ」
    「闘技場、……か。そうだな、それなら」
     不安げだったウォンの表情に、ここでようやく安堵の色が浮かんできた。
    「ほっとしたみたいだな。……じゃ、そろそろ行くか」
    「しゅっぱーつ!」
     揃って立ち上がった秋也と昂子に続く形で、ウォンも立ち上がった。
    「ああ、……行こう」
     と、昂子がここで、ウォンにビシ、と人差し指を突きつけた。
    「アンタ、堅い」
    「えっ?」
    「話し方。もうちょい柔っこくできない?」
    「と、言われても」
     また困った顔になるウォンに、昂子ははぁ、とため息をついて見せた。
    「ま、いーわ。一緒に居れば、そのうち柔くなるでしょ」
    (どーかなぁ。それよりオレとしては、お前にもーちょっとくらい、しっかりしてほしいトコなんだけどな。
     本当にもう、こんだけ両極端なのが揃うとはなぁ)
     秋也はそんなことを考えながら、二人には分からないように苦笑していた。
    白猫夢・旧交抄 1
    »»  2012.05.22.
    麒麟を巡る話、第19話。
    懐かしいあの店に。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     夕暮れを迎えるよりも少し前辺りには、三人は央中の中心地、そして世界最大の都市であるゴールドコーストに到着した。
    「確かに大きな街だ。黒鳥宮も相当に広いと思っていたが、比較にならないな」
     きょろきょろと辺りを見回すウォンに対し、昂子はフン、と鼻を鳴らして見せる。
    「アンタ、まるで田舎者ね。ちょっとは落ち着いたら?」
    「お、お前こそはしゃいでいるだろう!? 僕と同様に、首を動かしているのを見ていたぞ!?」
    「ち、違うわよ! コレは首が凝ったなーってアレよ!」
    「13歳やそこらで首が凝るものか!」
    「凝るもーんだ」
     騒ぐ二人を見かねて、秋也はパン、と手を打つ。
    「その辺で止めとけって、お前ら。ソレよりも腹減ったし、疲れもあるだろ?」
    「……まあ、そうだな」
    「減ったし疲れた」
     二人が大人しくなったところで、秋也が提案する。
    「騒ぐより、今は宿を探すのが先だ。オレも腹減ってるし、布団に飛び込みたい」
    「さんせーい」
    「隣に同じ」
    「よし。んじゃどこか、泊まる場所探すか」
    「あ、じゃあさ」
     と、昂子が手を挙げる。
    「晩御飯はさ、別のトコで食べない?」
    「ん?」
    「お母さんの従姉妹がやってる店ってのが、ココにあるらしいのよ。いっぺん、行ってみたいなーって」
    「なーるほど。……あ、ソレならオレも聞いた覚えがある。昔、お袋もお世話になったって言ってた店だな、多分。
     何だっけ、『赤虎亭』だろ?」
    「そーそー、ソレソレ」

     宿を決めた後、三人はその店を、親から聞いた記憶と、宿の主人から聞いた情報とを頼りに――役に立ったのは結局、後者だけだったが――探し当てた。
    「……どもー」
     何となく気恥ずかしくもあり、秋也は恐る恐る戸を開け、中の様子を窺った。
    「いらっしゃい」
     普通に声をかけられたが、秋也はまたも、恐る恐る尋ねる。
    「あの、橘朱海さん、ですか?」
    「違うよ」
     そう返され、秋也は「あっ」と声を挙げた。
    「すみません、間違え……」「間違ってない。ここは赤虎亭。店番が違うだけ」
    「へ?」
     戸惑っているうちに、店の奥から三角布を被った黒髪の、女性の猫獣人が出てきた。
    「アケミさんは支店の見回りと買い出しに行ってる。御用なら聞くけど? ご飯?」
    「あ、いや。ソレもなんだけど、オレたちは……」
     と、猫獣人が秋也の背後に声をかけた。
    「お帰りなさい、アケミさん」
     秋也たちが振り向くと、そこには初老の、虎獣人の女性が立っていた。
    「ああ、ただいま。秋也くん、昂子ちゃん、……と、後は誰か分からんが、とりあえず中にお入り」
     そう促されたが、秋也たちは目を丸くするばかりだった。
    「え、あの」
    「何で分かった、って顔をしてるな。
     小鈴から連絡があったんだよ。『昂子と秋也くんがこっちに来る』ってな。で、弧月からココまでの距離と日数考えたら、昨日か今日、遅くとも明日くらいには着くだろうと見当は立ててたんだ。
     それくらいのタイミングでここに来る、央南人で『猫』とエルフって組み合わせなら、十中八九お前らだろうし、それに秋也くんは顔、覚えてたしな。だから分かった」
     朱海は店に入り、猫獣人の肩をトン、と叩く。
    「コロラ、手伝ってくれ。今日はこいつらの貸切にする。ご馳走、食べさせてやろうかってな」
    「はーい」
     コロラと呼ばれた猫獣人と一緒に店の奥へ進み、厨房に入ったところで、朱海は秋也たちにもう一度、声をかけた。
    「ああ、そうそう。ウィルたちにも声、かけといた。もうちょっとしたら来るよ」
     それを聞いて、秋也の顔から笑みがこぼれる。
    「そうなんですか?」
    「おう。あいつらも喜んでたよ、また会えるってな」
     朱海は三角布を頭に巻きながら、にっこりと笑い返した。
    「とりあえず、座ってくれ。夏とは言え、あんまり風通しが良過ぎても困る。砂埃なんかが入っちまうからな。早いとこ、戸を閉めてほしいんだ」
    「あ、はい」
     秋也たちはきちんと戸を閉めてから、席に着いた。
    白猫夢・旧交抄 2
    »»  2012.05.23.
    麒麟を巡る話、第20話。
    旧友との再会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ウィルたちが来るまでの間、秋也たち三人は、カウンターの向こうで作られている料理に釘付けになっていた。
    「ソレ、何です?」
    「ん? ああ、トビウオだ。今が旬だからな、脂が乗っててうまいぞ。今朝上がったばっかりだから刺身には持って来いだし、後は天ぷらだな」
    「うはぁ……、うまそう」
     朱海の魚捌きに秋也が食い付いている横で、昂子とウォンがコロラのつかんでいる、小豆色の触手について、恐る恐る尋ねている。
    「そっちは……、タコ?」
    「うん、そう」
     山育ちのせいか、どうやらウォンは、初めてタコを見たらしい。
    「そんなの、食えるのか? まだ……、その、ウネウネしているようだが」
    「さっき切ったばかりだから。刺身にするとプリプリして美味しい。それと、こっちの大根と合わせて、煮物にする。こっちもすごく美味しい」
     まだ彼女の掌中でうごめくタコの脚を、ウォンは青い顔で見つめている。
    「う、ん。……見た目は、あの、何だな。……グロい」
    「見た目はね。でも味はいい」
     と、昂子も苦い顔でこうつぶやく。
    「ごめん、あたしもタコ、あんまり好きじゃ……」
    「そう?」
     二人の反応に、コロラはしゅんとした顔になる。
    「美味しいのに」
     それを横目で見ていた秋也が、昂子たちをたしなめる。
    「好き嫌い言うなよ。うまいぞ、タコ」
    「いや、ホント駄目なのよ。見た目が、……どうしても」
     口ごもる昂子に、朱海も口をとがらせた。
    「おいおい、食わず嫌いか? ちゃんと食べてくれよー、折角用意したんだから」
    「が、頑張る」
    「ぼ、僕も挑戦する。敵前逃亡など、も、もっての外だからな」
     顔をこわばらせている二人に、秋也は呆れた声を出した。
    「ソコまで気合入れなくてもいーだろ……」
    「ま、それにだ。弧月は内陸だし、そっちの狼坊主くん……、えーと」
    「ウォーナード……、ウォンだ」
    「ウォンくんか。君もその格好からして、山の子だろ? 海産物となると縁遠いだろうな、二人とも。
     だけどもここは港町だ。海の物に関して、まずいってことはまず、無い。あるとすりゃ、料理人の腕のせいになるが、それもこの店に関して言えば、まったく問題なしだ。
     自分で言うのも何だが、アタシの腕は確かだし、コロラもアタシがみっちり教え込んでるからな。この店でまずい物は、絶対食わせないよ。期待しててくれ」
     そう朱海が宣言したところで、入口の戸がカラカラと音を立てて開いた。
    「アケミさん、どうもー」
    「どもどもー」
     軽い挨拶と共に、背の高い、筋肉質の男女が店に入ってくる。
    「……おっ」
     狼獣人の青年の方が、秋也を見て手を挙げる。
    「シュウヤ、久しぶり!」
    「お、ウィル!」
     秋也は立ち上がり、狼獣人に会釈した。
    「久しぶりだな! ……つってもまあ、1ヶ月半くらいか?」
    「そうだな、確か。でもすげー久々って感じだ。色々あったからかな」
    「色々?」
     と、今度は虎獣人の女性が手を挙げる。
    「ウチの弟がなー、ウィルんとこの妹さんと結婚するー、て言いだしてん。
     母やんも父やんも、シルビアさんも目ぇ丸うするわ、ウィルが半ギレするわで、てんてんわんわん? やってん」
    「それを言うなら、『てんやわんや』だっつの。
     ……まあ、そんなワケでさ。この1ヶ月、すげー揉めたんだよ、クイントの奴と」
    「クイント、ってのがシルキスの弟か。何番目の?」
    「すぐ下のん。て言うか、歳考えたらギリギリやん。クイント、17やし」
    「あ、そっか」
     シルキスはふう、と鼻からため息を吹き、肩をすくめる。
    「ホンマになぁ、おマセっちゅう限度をブッちぎっとるで」
    「その上、手前勝手に話をブン回してくるしな」
    「せやなぁ。いきなり『シルフィと結婚するわー』とか、アホかっちゅうの。ほんで、どーにか話がまとまったん、一昨日やしな」
     そこで、秋也はそれとなく状況を伺ってみる。
    「まとまった、……ってコトなら、おめでとう、でいいのかな」
    「……まあ、うん。まだちょっと、くすぶり気味だけどな」
    「せやねん。そもそもからな、まだ自分一人でまともに金も稼げへん、甲斐性なしのクセしよって……」「だからさ、お前ら」
     と、朱海がカウンターへ身を乗り出し、しかめっ面をウィルたちに向ける。
    「今日は風が強いんだ。戸、開けっ放しにされちゃ困る。話は中に入ってからにしてくれよ」
    「あ、すんませーん」
     ウィルとシルキスは揃ってぺこりと頭を下げ、それから後ろ手に戸を閉めた。
    白猫夢・旧交抄 3
    »»  2012.05.24.
    麒麟を巡る話、第21話。
    ウォンの職探し。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     秋也と昂子、ウォン、そしてウィルとシルキスの5人で卓を囲み、改めて再会祝いと、初対面の挨拶とを行った。
    「どーも、アコ・タチバナ、です。13歳、魔術師を、目指して、ます。……通じてる?」
     たどたどしい央中語での挨拶に、ウィルとシルキスはにっこり笑みを返す。
    「分かる分かる」
    「大丈夫やでー」
     続いて、ウォンも自己紹介を行う。
    「ウォーナード・ウィルソンだ。……前にも会ったな」
    「そうだな。大会の、準決勝でな」
     ウィルがそう返したところで、シルキスがポン、と手を叩いた。
    「あーあー、見覚えある思たら、それかー」
    「まあ、気付かないのも無理はない。こんな頭ではな」
    「そう言えば気になってたんだけど、一体どうしたんだ、それ?」
    「……一身上の都合だ」
     そうごまかしたウォンの態度で、ウィルはそれとなく悟ったらしい。
    「そっか。……まあ、詳しいことは聞かないけどさ、大変なんだな、僧兵ってのも」
    「そう言うことにしておいてくれ。
     そうだ、……ウィル、で良かったか?」
    「ああ」
     ウォンは真剣な顔で、ウィルにこう尋ねた。
    「ウィル、確かお前は、この街の武闘大会に出場していたな?」
    「ああ、そうだけど?」
    「後で少し、詳しい話が聞きたいんだ。その、……僕も、出場したくて」
    「お前が? ふーん……」
     と、そこで料理と飲み物が運ばれてくる。
    「お待ちどうさん。さ、ドンドン食べてくれ」
    「一応飲み放題だけど、お酒の飲み過ぎと子供の飲酒は、ダメ、絶対」
    「あいあい」
    「いただきまーす」
    「……いただきます」
     ウォンの話は、そこで遮られてしまった。

     酒と料理が胃に入り、場も段々温まってくる。
    「コスズさんの話、ウチも聞いとるよー。何や、お金持ちになったらしいなー言うて」
     赤ら顔で昂子にそう話したシルキスに対し、昂子は口をとがらせる。
    「お金持ちっちゃお金持ちだけどさー、あたしは全然、その恩恵受けてないと思う。学校ばっかりでろくに遊びにも行けないしさ、お小遣いも月2000玄くらいだしさ」
    「2000、……玄? エルやといくらくらいやっけ?」
     シルキスは横に座っていたウィルの袖を引っ張り、レートを尋ねる。
    「同じくらいじゃなかったっけ?」
     回答を聞き、シルキスは苦い顔になる。
    「……アコちゃんなー、ソレ、やっぱり高い方やないのん? 2000エルあったら、この店で10日連続くらい飲み会できるで?」
    「そっかなー……? 確かにちょっとしたお金だなーってのは分かるんだけど、お金持ちなのに、お小遣いそんだけって言うのがなーって」
    「贅沢だな。そんなだから根性が無いんだ」
     ボソ、とそうつぶやいたウォンに、昂子はぺろ、と舌を出す。
    「こんじょーなんていらないもーん。そんな汗臭そうなの、あってどーすんのよ? 役に立つワケないじゃん、そんなの」
    「……」
     昂子の言葉に、他の4人は一様に、ほんのわずかに不機嫌な顔をした。
    「……まあ、お嬢様だからさ、コイツ。勘弁してやってくれよ」
     その場は秋也が取り成し、一応、場の空気から険が抜ける。
    「ああ、うん、そっか」
    「しゃーないなー」
    「……」
     一方、昂子は自分がどれだけ場にそぐわない発言をしたか、少しも察していない。
    「何ソレ? どう言う意味?」
    「いーから。お前は食ってろ、ご飯。ほれ、天ぷら」
    「ん、ありがと」
     と、話が途切れたところでウォンが、食事前にしていた話を持ち出す。
    「ウィル、さっきの話だが」
    「ん?」
    「闘技場の大会に参加するには、どうすればいいんだ?」
    「ああ、それか。
     まあ、まずは一番下の、一般人も参加できるロイドリーグってのがあってな。そこで活躍すれば、人数制限のあるレオンリーグってとこからお呼びがかかる。
     で、そこでもいい成績を出せば、さらに上級のニコルリーグに参加できて、で、そこの上位者が、最上級のエリザリーグってのに参加できる。そこが終点だな」
    「なるほど。まずは初級から、と言うわけか」
     うなずくウォンに、ウィルはこんなことを尋ねてきた。
    「お前さ、もしかしてしばらく、こっちに住むのか?」
    「え?」
    「本格的にリーグ参加するとなると、3、4ヶ月はかかるぞ。となると、ずーっと宿住まいってわけにも行かないだろ?」
    「なるほど、そう言えばそうか……」
    「それに、いくら賞金が出るっつっても、初めのうちは額も小さいし、それだけで食ってくってのはまず、無理だ。
     仕事も何かしら、見付けなきゃ」
    「仕事……、そうか、うーん」
     困った顔をしたウォンに、ウィルはこんな提案をした。
    「良かったらさ、俺とシルキスが行ってるとこに、仕事の口が無いか聞いてみようか?」
    「いいのか?」
     ウィルはにこっと笑い、うなずいた。
    「ああ、多分大丈夫だろ。俺やシルキスみたいなのが出入りしてるところだし」
    白猫夢・旧交抄 4
    »»  2012.05.25.
    麒麟を巡る話、第22話。
    自堕落娘。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     赤虎亭で飲み明かした翌日。
     秋也たちの泊まっていた宿を、ウィルが訪ねてきた。
    「よぉ、シュウヤ、ウォン」
    「おー……」
    「……」
     散々飲んでいたため、秋也はひどい頭痛を覚えている。ウォンも同様らしく、ソファにぐったりともたれながら、のろのろと手を挙げてウィルに応える。
     一方、ウィルの方はまったく響いていないらしい。
    「お前ら、二日酔いか? 顔、めちゃくちゃ蒼いけど」
    「あー……、うん……、そうみたい……、だな」
    「ひょっとして下戸か?」
    「いや……、昨夜は飲み過ぎた、……っぽい」
    「おいおい、だらしねーなぁ。
     ……あれ?」
     と、ウィルは部屋に昂子の姿が無いことに気付く。
    「あいつは?」
    「昂子か? まだ寝てる」
    「そっか。……あんまりさ、こんなこと言いたくないけど」
     ウィルは眉をひそめ、秋也たちに小声で謗る。
    「あいつ、何なんだ? 口を開けば『めんどくさい』だの『ウザい』だの『どーでもいい』だの、俺たちの話に一々突っかかって全否定してくるとか、バカにし過ぎだろ。
     昨夜は酒が入ってたから笑って許してたけどさ、なんかさ、素面になってよくよく考えてみたら、段々ムカっとして来たからさ」
    「あー、……ソレはマジで悪かった。あいつ、『お嬢様』だからさ。他人のコトなんか、ソレこそ『どーでもいい』で返してくるんだよ」
    「それが何かなぁ……。やる気無い癖して、他人のやること成すことに一々、ケチ付けてくんのがイラっと来るんだよな。
     本人が無気力なのはそいつの勝手だけどさ、俺たちの頑張りまでそいつの物差しで測られて無意味だって断言されるのは、あんまり気分いいもんじゃないぜ」
    「オレもなぁ……、事あるごとに注意してはいるんだけど、あいつ耳が長いクセして、ぜーんぜん聞く耳持ってないんだよな。正直、ちょっと持て余してるってのはある」
    「僕も同感だ。あいつ、これからミッドランドのテンコ様のところで修業を積むと言っていたが、10日くらいで逃げるんじゃないか? あんな無気力人間にまともな修行ができるとは、まったく思えない」
     そう言ってきたウォンに、秋也は反論する。
    「いや、そりゃ確かにさ、あいつは無気力で怠け者でワガママだけど、ソレでも将来のコトは、ちゃんと考えてるんだ。
     オレはちゃんとやり遂げるって信じてる」
    「そうだといいけどなぁ。
     ……あ、そうそう。こんな話をしに来たんじゃないんだ」
     ウィルはウォンの方に顔を向け、本題を切り出した。
    「ウォン、昨夜言ってた仕事の話だけど、どうする? 社長に会ってみるか?」
    「社長?」
    「ああ。こっちに来る前に寄ってみたんだけど、『会って話を聞いてみよう』ってさ」
    「そうか。……そうだな、会いたい」
    「よし、じゃあ早速……」
     そう言いかけて、ウィルは黙り込んだ。
    「どうした?」
    「……その前に、だ。
     お前ら、やっぱり酒臭いぜ。朝からやってる銭湯あるからさ、そっち寄ってからにしよう」
    「……あ、うん」

     風呂に入ってさっぱりした三人は、改めてウィルの職場に向かうことにした。
    「そう言やさ、ウィル」
    「ん?」
    「仕事って、孤児院の手伝いもやってたんじゃないのか?」
    「ああ、そっちは弟や妹も大きくなって、人手が足りてるからな。細かい仕事は、全部みんなに任せてる」
    「そっか。シルビアさんもいるしな」
    「つーか、逆に言うと」
     ウィルは肩をすくめ、冗談めかしてこううそぶく。
    「人が居すぎて俺の仕事が全部取られた、って感じだな。
     そんで、暇してたところで、闘技場関係でお世話になってた社長から、スカウトされたってわけだ」
    「へぇ。仕事って、具体的にはどんなコトやってるんだ?」
    「簡単に言うと、闘技場関係の資料集めと編集だ。大会の歴史も結構長いから、まとめて本にしようってさ」
    「面白そうだな、ソレ」
     話をしているうちに、三人はウィルの勤め先――チェイサー商会に到着した。

    「おはようございます、プレアさん」
     ウィルは秋也たちを社長室に案内し、中にいた社長、狼獣人のプレア・チェイサーに挨拶した。
    「おはよう、ウィルくん。……あら、シュウヤくんじゃない」
    「ども、お久しぶりです」
    「で、そちらの黒い『狼』くんが、働きたいって言ってる子?」
    「ええ。……ほら、ウォン」
     ウィルに促され、ウォンは黒炎教団式の挨拶、合掌を取って名乗る。
    「お初にお目にかかる。ウォーナード・ウィルソンだ」
    「ウィルソン? あら、もしかしてあなた、黒炎教団のウィルソン家?」
    「あ、ああ」
     それを聞いて、プレアはウォンの側に寄ってきた。
    「ウィルソン家は皆、イニシャルが同じと聞いたけど、あなたもW・Wなのね」
    「ええ、まあ」
    「あと、ウィルソン家の人は皆、僧兵を経験してると聞いたけど、あなたも?」
    「はい」
    「そう。……うーん」
     と、プレアは一転して、困ったような顔をした。
    「残念だけど」
    「え?」
    「あなたでは、角が立ちそうね。うちで採用するのは、難しいところだわ」
    白猫夢・旧交抄 5
    »»  2012.05.26.
    麒麟を巡る話、第23話。
    不採用通知。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     プレアの返答に、ウィルは信じられない、と言いたげな顔をする。
    「どうしてです?」
    「今は大会プロモーターと出版業が商会の主軸とは言え、うちはまだ、情報屋の端くれよ。この子が『山』でやったこと、私も聞いてるのよ」
    「……っ」
     プレアの言葉に、ウォンは顔を強張らせる。
    「ウォンが、何をしたんです?」
    「簡単に言うと、謀反ね。教団上層部の決定に反発して、カーテンロック山脈(屏風山脈の央中名)でシュウヤくんを襲ったそうなの。
     ここにシュウヤくんがいるから分かると思うけど、結果は失敗。命令を聞かなかった彼に対し、上層部は彼を破門にしたのよ」
    「……」
    「そんなことしたのか、お前……」
     目を丸くしているウィルに対し、ウォンは小さくうなずく。
    「ああ」
    「でも、今シュウヤと一緒にいるってことは、反省して和解したってことじゃ……」
    「問題はそこじゃないわ。『上の命令を聞かずに暴走した』と言うのが、採用できない何よりの理由よ」
    「う……」
    「自分勝手な判断で、自分にだけ都合のいいように動かれては困るの。私の先代、父と母が商会主だった時も、そう言う人間の存在で散々苦労したと聞いてるしね。
     でも確かにウィルくんの言う通り、今は和解したみたいだから」
     プレアはウォンの手を取り、申し訳なさそうにこう告げた。
    「もう少し様子を見させてほしいの。あなたが本当に『山』でやったことを反省し、改心したと判断できれば、うちで採用させていただくわ。
     それで構わないわね、ウォーナードくん?」
    「……仰る通りです。まだ僕は、信用に足る人間ではない。そのことを改めて、重く受け止めます。
     また、……己を改めてから、伺います」
    「ええ、待ってるわ」

     チェイサー商会を後にし、秋也たち三人はとりあえず、近くの公園で昼食を取ることにした。
    「残念だったな、ウォン」
    「そうだな。……となると、また別の仕事を探すか」
    「んー」
     ウォンの言葉に対し、秋也がこう確認する。
    「別にさ、何が何でも今すぐ、闘技場に行かなきゃってワケじゃないんだよな?」
    「ん? ……まあ、そうだが。とは言っても、僕には他に当てが無いし」
    「いや、ソレなんだけどな。一から仕事を探して、って言うのは結構きついだろ? お前、あんまりひょいひょいと人付き合いができるタイプじゃ無さそうだし」
    「……否定はできないな」
    「だろ? そんならプレアさんに、『自分は信用できる人間だ』ってアピールして、今度こそウィルと一緒に仕事できるように交渉してみたらどうかなーって」
    「どうやって?」
     そう尋ねたウィルに、秋也は自分の考えを話す。
    「まあ、ウォンが信用してもらえない原因って言えば、屏風山脈で暴れたってコトだろ? さらにその理由って言ったら、『焔流嫌い』からだし。
     じゃあ逆に言えば、焔流のオレとしばらく平和に行動してれば、もう反発するコトは無いぞってアピールにならないかな、って」
    「なるほど……」
    「理屈としては若干怪しいが、確かに大暴れせず過ごしたんなら、プレアさんも納得するだろうな」
    「だろ? ココで提案だけどさ、もうちょっと、昂子を送るのに付き合ってもらっていいか?」
     その提案に、ウォンは「む……」と短く唸る。
    「断りたいところ、だが……。あのワガママ娘を穏便に送ることが果たせられれば、確かにお前と仲良くやれた、と言う証明にはなるな。
     気乗りはしないが、付き合うとするか」
    「ありがとな、ウォン」
     秋也はにっこり笑い、ウォンと握手を交わした。



     一方、秋也たちの泊まっていた宿では――。
    (……ちぇ)
     昂子は一人、ベッドでうつ伏せになっていた。
     と言っても、寝ているわけではない。実はウィルが訪ねた辺りから目を覚ましていたのだが、彼の陰口にショックを受け、普段以上に無気力になっていたのだ。
    (嫌われたわねー、あたし。そりゃま、あんだけ自分勝手にペチャクチャ言ってたらねー)
     昂子自身、昨夜の放言については、反省はしている。しかし一方で、謝ろうと思うだけの気力も湧いてこない。
     この13年、彼女は始終「そんな感じ」で生きてきたのである。
    (こーゆートコがさ、ダメだって言うのは分かってんのよ。……分かってんだけど、……やっぱ変えられないのよね)
     自分の無気力さ、無責任さに、自分自身、愛想を尽かしている。
     しかし誰かから何かを押し付けられるのも、彼女にとっては不愉快であり、元々から少ないやる気をさらに削ぐことになる。
     何をどうしようと、やる気がまるで湧いてこない――「そんな感じ」が、彼女がこれまで過ごしてきた生き方だった。
    (あーあ、……あたしって本当に、ダメ人間よね)
     そんなことをぼんやり考えているうち、秋也の言葉を思い出す。
    ――オレはちゃんとやり遂げるって信じてる――
    「……できるワケないじゃん、あたしが」
     そうつぶやいてみたが、一方で、心の中ではこうも考えていた。
    (……今度こそ、できたらいいな。秋也が折角、信じてくれるんだから)
    白猫夢・旧交抄 6
    »»  2012.05.27.
    麒麟を巡る話、第24話。
    見方、聞き方を広げるために。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     公園で一休みしたところで、秋也たちはウィルと別れ、宿へと戻って来た。
    「ただいまー」
    「おかえり。ドコ行ってたの?」
     出迎えた昂子に、秋也は公園で買ったサンドイッチを渡す。
    「ウィルの仕事先。ウォンを雇ってもらえないかって」
    「ふーん」
     昂子はサンドイッチの包みを開きながら、ウォンに尋ねる。
    「行けそうなの?」
    「いや、駄目だった。……だからもうしばらく、お前たちと一緒に行動しようと思っている」
    「あ、そ。……あ、コレってアボカド?」
    「ああ。嫌いだったか?」
     昂子は顔をしかめ、秋也の問いにうなずく。
    「うん、無理。……こっちの、ソーセージのだけもらうね」
    「失礼な奴だな」
     と、ウォンが呆れた声を漏らす。
    「買ってきてやったものを『食べたくない』とは。家でどんな教育を受けたか、底が知れるな」
    「……」
     昂子はじろ、とウォンをにらみ、アボカドを挟んだサンドイッチを投げ付けた。
    「うっ、……何をするんだ!?」
     ウォンは飛んできたサンドイッチをつかみ、昂子をなじる。
    「食物を投げ付けるとは、マナーが悪いにも程があるだろう!? とことん無礼者だな、お前は!」
    「フン、だ」「昂子っ」
     見かねた秋也が、昂子の手からサンドイッチを取り上げる。
    「あ、何すんのよ? 食べるって言ったじゃん、ソレ」
    「食い物を粗末にすんなよ。オレから見ても、今のはお前が完璧、悪い」
    「何ソレ」
    「何ソレ、じゃねーよ。何かお前、日に日に柄が悪くなってないか?
     他人の言うコトに一々突っかかるわ、人の厚意を無碍にするわ。今のお前、まるでチンピラだぞ」
    「……っ」
     昂子の顔がみるみる紅くなる。
     次の瞬間、昂子の平手が秋也の頬にぶつけられ――かけたが、秋也はその手をひょい、とつかんでいた。
    「やると思ったよ。……なあ、何か不満があるってなら、口で言えよ? 辺り構わず当たり散らされても、こっちは困るだけなんだって」
    「不満? 不満なら、いっぱいあるわよ! ずーっとウォンばっかり構ってるし、あたしが何か言うと全部『お前が悪い』って言うし!
     そんなにあたしのコト、鬱陶しいの!?」
    「あのなぁ」
     秋也は昂子の手をつかんだまま、もう一方の、サンドイッチを持った手を昂子に向ける。
    「本気で鬱陶しかったら、オレはさっさとミッドランドにお前を預けて、央南に帰ってる。
     そうしないのは、お前にもうちょい、見聞を深めてほしいからだよ」
    「見聞? 誰がそんなコトお願いしたのよ!?」
    「聞けって。お前さ、怒ってる時って大体、自分の都合が悪くなった時だろ? 峠でもそうだったけど、自分の思い通りにならない時になると、すぐわめくし、逃げ出そうとするし。
     でもさ、事あるごとに一々わめいたり逃げたりして、ソレで全部、うまいコト行くと思うか? そんなコトばっかりやってても結局さ、『あいつはワガママばかり言って、何もできないヤツだ』って、周りからバカにされるだけだろ?
     昨夜だってそうだったろ? お前が何か言う度、ウィルやシルキス、嫌そうな顔してたろ? 自分の都合だけで、自分の話ばっかりしてたからだよ。
     お前だって嫌だろ、俺やウィルが大会で活躍した話を延々聞かされるのなんか、さ?」
    「まあ……、そりゃ、ウザいなって思うけど」
    「ソレと同じコトをしてたんだよ、昨夜のお前は。自分勝手な話ばっかりされて笑ってられるヤツなんて、この世には滅多にいないんだぜ。
     ちょっとくらいは人の話を聞くようにしなきゃ、お前本当に、周りから『ウザいヤツ』って思われて、相手にしてもらえなくなるぞ。
     お前がそんな風に一人ぼっちになってくのは嫌だし、だから俺は、今日出発してもいい宿を明日の分まで取ったんだよ。もうちょっと人の話、聞く耳を持ってほしいと思って。
     お前はお願いしてないのは分かってるけどさ、だからって、人の厚意をわざわざ踏みにじるコトも無いだろ? ソレだけはしないでくれよ、本当に、な?」
    「……」
     つかんでいた昂子の手から力が抜けるのを感じ、秋也は手を離す。
    「ほら、こっちは食べるんだろ?」
    「……うん。……あの、ウォン?」
    「なんだ」
    「そっちも食べる」
    「その前に、何か僕に言うことは無いのか」
    「……ごめん。ひどいコトした」
    「ああ」
     ウォンも小さく頭を下げ、昂子にサンドイッチを渡す。
    「僕も口汚い言葉を投げ付けた。すまない、アコ」
    「うん」

     半ば握り潰されたり投げ付けられたりしたために、折角のサンドイッチは形が崩れてしまっていたが、それでも昂子は美味しそうに平らげた。
    白猫夢・旧交抄 7
    »»  2012.05.28.
    麒麟を巡る話、第25話。
    思いを馳せる'41。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     次の日、昂子は秋也たちに手を引かれる形で、ウィルとシルキスのところへ、赤虎亭での無礼に対する謝罪を行った。
     二人は昂子の謝罪を快く受け入れ、改めて5人で市中を巡り、遊ぶことになった。

    「なーなー、どないやった、ウチのご飯?」
    「うん、すっごく美味しかった!」
     シルキスの両親が営む定食屋で昼食を取り、シルキスは昂子の反応に、上機嫌になっている。
     と、秋也はシルキスにこんな質問をする。
    「シルキスの父さんと母さんは、今どこかに出てるのか? さっき料理持って来てくれたの、妹さんみたいだったけど」
    「せやねん。ウィルん家に行っとるんよ。な、ウィル?」
    「ああ。ほら、赤虎亭で話してた、クイントとシルフィの話で」
    「ああ……。え、じゃあもう結婚するって話になったの?」
    「……それがなぁ」
     ここで厨房の奥から、声が飛んでくる。どうやら先程料理を運んできてくれた、シルキスの妹のようだ。
    「クイント兄やん、アホやねんで。昨日の朝、キャバレーみたいなところから連絡来てな、『店の女に手ぇ出しよったから、迷惑料払うてんか』って」
    「はぁ!?」
    「じゃあクイント、結婚するって言ってた横で、他の女口説いてたってコトか?」
    「せやねん。で、めでたく話は破談になったっちゅうワケや。シルフィからもきっついビンタもらうわ、ウィルからも拳骨もらうわ、その上に父やんと母やんからも『お前みたいなアホは面倒見切れへん、勘当やッ!』ちゅうて散々怒鳴られて、ウチを追い出されよってん。
     ほんで今、父やんたちがウィルん家に、謝りに行っとるとこやねん」
    「とんだ阿呆だな」
     ウォンの言葉に、シルキスはゲラゲラと笑った。
    「ホンマやわ、もう! あんなアホタレ、もう知らんわ、あははは……」

     昼食の後、秋也たちは天狐たちへの土産を買いに向かった。
    「何がいいんだろうな? 小鈴さんから何か聞いてるか、昂子?」
    「えーっとね……、甘いものがいいってさ。特に天狐さんは、チョコレート大好きなんだって」
    「鈴林さんは?」
    「聞いてない、かな。何も言ってなかったと思う」
    「ふーん……? 小鈴さんの話からしたら、鈴林さんの方がお世話になってるっぽいのにな……?」
     そんな話をしている一方で、ウィルとシルキスが、ウォンの帽子を見立てている。
    「こっちの方がかっこええんとちゃう?」
    「いや、何だよそのドクロ……。そんなの無い方がいいって。シンプルが一番だ」
    「僕もウィルの意見に賛成だ。流石にそちらは、御免被る」
    「えー……。ええと思うんやけどなぁ」
     口をとがらせるシルキスをよそに、ウィルは手に持っていた帽子を店員のところへ持っていく。
    「じゃ、これ買ってやるよ」
    「いいのか、本当に?」
    「いいって。ま、お返しはお前が俺たちのところに無事、仕事に就けてからでいいから」
    「……ありがとう」



     ミッドランドへ向かう準備を終え、翌日、秋也たちはゴールドコーストを発った。
    「じゃ、またな」
    「ああ。今度は母さんたちにも会いに来てくれ」
    「おう」
     別れの挨拶を短く済ませ、秋也たちは街を後にする。
    「……なんか、一気に静かになったね」
    「そうだな。騒がしい街だった」
     二人の言葉を聞き、秋也はふっと笑う。
    「なに?」
    「ああ、いや。オレも昔、初めてあの街に行って、で、街を出た時に、同じコト言ったなって。
     みんな、そう思うらしいぜ。お袋もそう言ってた」
    「へぇ」
    「んで、揃ってみんな、こう言うらしいぜ」
     秋也は二人に笑いかけながら、こう続けた。
    「『また、この街に来たい』ってな」
    「……なるほど。確かに」
    「そーね。楽しかったし」
     若干ひねくれ者の二人も、これには素直にうなずいていた。



     その、秋也たち三人の動きを、遠い、遠い崖の上で見つめる者がいた。
    「……あれね」
     常人ならば形どころか、数すら判別できない、米粒のようにしか見えないその距離から、その女は三人をきっちり、裸眼で把握していた。
    「一人、増えているみたいだけど……、まあ、関係ないか」
     女は手にしていた仮面を顔に被せ、それから、唯一隠れていない口元を、にやりと歪ませた。
    「本当の本当に、ボンクラなのか。それともやる時はやる子なのか。
     確かめさせてもらうわよ、黄秋也くん」
     女はその崖からとん、と飛び降り――その場から消えた。

    白猫夢・旧交抄 終
    白猫夢・旧交抄 8
    »»  2012.05.29.
    麒麟を巡る話、第26話。
    仮面の女剣士。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ゴールドコーストを後にした秋也たち三人は、ミッドランドへ向かうべく、街道を進んでいた。
    「ミッドランドまでは、あとどのくらいなんだ?」
     そう尋ねたウォンに、秋也は地図を広げながら答える。
    「えーと……、今いるのが、ココだろ。リトルマインから北にちょっと、行ったところ」
    「この先街道が分かれているが、これは西に進むんだな?」
    「ああ。で、その突き当たりにフォルピア湖がある。ココから船に乗れば、あっと言う間にミッドランドだ」
    「地図で見る限りは、ゴールドコースト―リトルマイン間より、若干長いくらいか。1日か、2日と言うところだな」
    「ああ。ソコで、この旅もおしまいだな」
     その言葉に、ウォンはふう、とため息をつく。
    「そこでようやく、あのワガママ娘のお守りも、お役御免となるわけだな」
    「ふん、だ」
     聞いていた昂子が、いたずらっぽく鼻を鳴らす。
    「どうせならあんたも、シュギョーしてったらいいんじゃないの?」
    「お前と一緒にか? お断りだ」
    「なーまけーものー」
    「お前のことだろう」
     そんな風にじゃれ合っている二人を見て、秋也は苦笑していた。

     と――。
    「ちょっと、いいかしら」
     背後から突然、声をかけられ、秋也は驚く。
    (えっ……? 今、誰もいなかったよな……?)
     そして振り向いたところで、二度驚かされた。
    「うわ、……っ?」
     後ろに立っていた女に、顔が無いように見えたからだ。
    「……あ、すみません」
     しかしよく見てみると、そのつるんとした真っ白な顔には何点か穴が開いており、左頬に当たる部分には、紫色の楓模様が刻印されている。
     仮面を被っているのだと気付き、秋也は小さく頭を下げた。
    「……」
     何も返さない女に、秋也は戸惑いつつも、もう一度声をかける。
    「あの……?」
    「あなた」
     と、女は唐突に口を開いた。
    「名前は?」
    「え?」
    「名前。あなたの名前、教えてちょうだいな」
    「はあ……? 秋也です。黄秋也」
    「やっぱり、そう」
     女は唯一、仮面に隠されていない口元を歪ませ、にやっとした笑いを見せる。
    「えっと? オレのコト、ご存じなんですか?」
    「ええ」
     次の瞬間――女は秋也を突き飛ばした。
    「おわっ!?」
     油断していたため、秋也は大きくよろめくが、とっさに力を籠めて、何とか踏みとどまる。
    「な、何すんだ!?」
    「あなた」
     女は依然、ニヤニヤと笑ったまま、腰に佩いていた直剣を抜く。
    「今ので一回、死んだわよ?」
    「ふざけんなッ!」
     秋也も刀を抜き、女に対峙する。
    「いきなり何なんだ、アンタ!?」
    「黄秋也。あなた本人には何の興味も無いけど、お願いされたから」
     女は話す声以外には何の音も発さず、秋也との距離を詰めてきた。
    「ちょっと勝負、させてもらうわよ」
    「……ッ!」
     秋也は間合いに入られた瞬間、ようやく女の殺気に気付かされる。
    (なんだ……コレ!?)
     現実と、自分の感覚とが乖離する奇妙な状況に、秋也は戦慄する。
    (目の前にいるはずのコイツの剣気が、全然捉えられない!?)
    「はッ」
     寸前で太刀筋を受け止めるが、秋也より頭半分ほど低いその女の攻撃を受け止め切れず、秋也は弾き飛ばされる。
    「……!?」
     衝撃を受け、地面を転がされても、秋也には何が起こっているのか、半ば理解できないでいる。
    「どうなってんだ……!?」
    「どうも、こうも。私はただ単にあなたに歩み寄って、ただ単に、剣を振るっただけ。
     たったそれだけで、あなたはこうも他愛なく、簡単に、弾かれた。……やっぱりあなたは、大したことのない子ね」
     女の放ったその言葉に反論したのは、意外にもウォンだった。
    「そんなことあるかッ! そいつはこの僕を負かした男だ! お前が何か、術を……!」
    「ほざいているわね、戯言を」
     女はくる、とウォンに向き直る。
    「術? 技? トリック?
     ……あははは、馬鹿にしないでくれるかしら、ボクちゃん? そんなチャチな小細工、私が使うわけないじゃない。
     この克渾沌、安くは無いわよ」
    白猫夢・遭克抄 1
    »»  2012.05.31.
    麒麟を巡る話、第27話。
    一方的な蹂躙。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「克……!?」
     その号を聞き、ウォンの狼耳がビク、と反応する。
    「戯言を言っているのはお前だッ! そんな奴は、僕は知らない!
     畏れ多きその御名を騙る不埒者め、僕が成敗してやる!」
     そう叫び、三節棍を構えたウォンに、渾沌と名乗った女はケラケラと笑って見せた。
    「そんな反応をすると言うことはあなた、黒炎教団の奴らね? ……私に言わせれば、カミサマの影にビクつく臆病犬の集まりよ!
     いらっしゃいな、子犬ちゃん! 遊んであげるわ!」
    「立て続けの侮辱……! 許さないぞ!」
     ウォンは三節棍を振り上げ、渾沌との距離を詰めようとする。
     だが――。
    「……!? いない!?」「こっちよ」
     いつの間にか、渾沌はウォンの後ろを取っていた。
    「な……!」
    「あなたに用は無いの」
     渾沌はウォンの襟をつかみ、そのまま下に引く。
    「おすわり」
     次の瞬間、ウォンの頭が深々と、地面にめり込む。
    「が……ッ!?」
     その一撃で、ウォンは呆気なく気絶した。

    「さてと」
     渾沌は倒れ伏したウォンを一瞥することもなく、秋也に向き直った。
    「かかってらっしゃい、秋也。私もさほど、暇じゃないの。さっさと終わらせたいのよ」
    「てめえ……!」
     秋也は怒りに任せ、刀に火を灯す。
    「終わらせるってんなら、終わらせてやる! お前をブッ飛ばしてな! 『火閃』ッ!」
     秋也は刀に灯った火を一層燃え上がらせ、放出する。
     火は轟々と音を立てて膨れ上がり、渾沌を巻き込んだ。
    「どうだッ!」
     勝利を確信し、秋也は空いていた左手でぐっと、握り拳を作る。
     だが――その握り拳にいつの間にか、女の手が添えられていた。
    「……!?」
    「やっぱりあなたは、大したことが無いわ」
     何事も無かったかのように、渾沌が秋也のすぐ側にいる。
    「最初の最初に、あれだけ実力差を見せ付けてあげたのに。これだけ強い相手なのだから、気を付けてかかってねって、そう教えてあげたつもりなのに。
     それでもあなたは慢心する。それでもあなたは油断する。どうして慢心できるの? どうして油断しちゃったの?
     やっぱりあなたは――駄目ね」
     ぶち、と音が鳴る。
    「あ、うっ……」
     秋也はその光景も、嘘だと思った。

     秋也の意識が、急激に遠のく。
     最後に目にしたのは、渾沌が自分の左腕を、ぷらぷらと振っている姿だった。
    「もう一度チャンスをあげる。でも、それもフイにしたら、この左腕は焼いてしまうわよ」
     そう言い残し、渾沌の姿が目の前から消えたところで、秋也の意識も途切れた。



     昂子は秋也が弾き飛ばされ、ウォンが地面にめり込んだところで、耐え切れなくなって逃げ出していた。
    「ひっ、ひっ……」
     こらえきれず、木陰にうずくまって泣いていたところで、女の声がかけられる。
    「あら、ここにいたのね」
     昂子が顔を上げると、そこには渾沌の姿があった。
     昂子は渾沌と、渾沌が抱える、魔法陣がびっしりと描かれた包帯で、ぐるぐる巻きにされた秋也の左腕を見て、短い悲鳴を上げた。
    「ひ、いっ」
    「そんなに怯えないでいいじゃない。私、あなたには全然、危害を加えるつもりは無いわよ」
     渾沌はしゃがみ込み、昂子の左頬に手を当てる。
    「い……、いや……」
    「私はね、女の子には手を上げないって決めてるの。……出したくなっちゃうことは、たまにあるけど」
     そう言うなり、渾沌は昂子の右頬に顔を寄せ、ぺろりと舐めてきた。
    「ひあ、っ!? や、やめてっ!」
    「……うふふふ、可愛いわね。
     と、あんまりいじめても可哀そうだから、真面目なお話してあげるわね」
     渾沌は軽く咳払いし、こう告げた。
    「秋也は私との勝負に負けて、腕を取られたわ。でも、取ったままじゃ何かと不自由だろうから、代わりに可愛い腕を付けてあげたの。
     それでもきっと、不便だろうから、腕を取り戻すチャンスをあげることにしたの。……ちゃんと聞いてね?」
    「は、はいっ、きっ、きいてます」
    「うふふ。……あなたに、私を呼べる『頭巾』を渡すわ」
     渾沌は袖口から布を取り出し、昂子の手に乗せる。
    「もう一度、私と戦いたいと決心できたら、これを使いなさい。
     その勝負に勝ったら、秋也の腕は元通りにしてあげる。後、大サービスだけど、あなたたち全員が相手でも、受けて立ってあげる。
     でも、もしそれでも負けてしまったら」
     渾沌はニヤ、と口元を歪ませ――昂子の口にぬる、と舌を入れてきた。
    「むぐっ、うっ、う……!?」
    「今度はあなたをもらっちゃうわよ。あなた、見た目は割と、私の好みだから」
    「は、っ……、はっ」
     恐怖と嫌悪感で、昂子の呼吸が乱れる。
     渾沌はぺろ、と自分の口をなめ、にやあっと笑って見せた。
    「じゃ、ね。……楽しみにしてるわよ、橘昂子ちゃん」
    「ひっ……、ひぃ……」
     怯える昂子をそのままにして、渾沌はその場から姿を消した。
    白猫夢・遭克抄 2
    »»  2012.06.01.
    麒麟を巡る話、第28話。
    天狐ちゃん、再び。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     秋也たちが渾沌に敗北した、その3日後――。

     ミッドランド郊外、とある屋敷の中。
    「ねえ、姉(あね)さんっ」
    「あー?」
     歩く度にシャラシャラと鈴の音を鳴らす長耳が、机に脚を乗せて座り込む狐獣人らしき少女の肩をポンポンと叩きながら、こう尋ねてきた。
    「昂子ちゃん、いつ来るんだろうねっ?」
    「知るかよ」
     狐獣人は九つある自分の尻尾をわしゃわしゃと撫でながら、気怠そうに応える。
    「来るっつって、ソレからもう、予定してた日を3日、4日過ぎてるんだろ? 途中で『やっぱヤダ』っつって、帰ったんじゃねーの?」
    「ソレは、……無いと思うけど。もしそんなコトあったら、小鈴が伝えてくるだろうし」
    「大見得切って家を出た手前、帰るに帰れねーっつーコトもあるだろ?」
    「ソレは、……ありそうだけど、無いと思いたいなーって。
     そ、ソレにさ、ほら、姉さんの『お気に入り』の息子さんも一緒なんだし、逃げるってコトは無いんじゃないかなー、なんて」
    「……じゃあ、他に何か、アクシデントみたいなのがあったってか?」
     狐獣人は机から脚を降ろし、ひょこ、と立ち上がる。
    「鈴林、お前さぁ。ファンタジーとか童話とか好きなのはお前の勝手だけどよ、もうちょっと現実的になれよなー。
     いくらあの姉さんの血筋だっつっても、そうそう毎度毎度、トラブルに巻き込まれるワケが……」
     そう返していたところで、屋敷の戸をトントン、と叩く音が響く。
    「あ、はーい!」
     鈴林と呼ばれた長耳は、姉弟子の小言を切り上げて玄関に飛んで行った。
    「……ったく」
     狐獣人は肩をすくめ、もう一度椅子に座り直そうとした。
     そこに、鈴林の叫び声が飛んでくる。
    「姉さん姉さん姉さんっ! 来て来て早く来て!」
    「あぁ? ……なんだよ、うるっせーなー」
     狐獣人は本当に面倒臭そうに、玄関へ向かう。
    「なんだよ、受講者か?」
    「違う違う違うの! 昂子ちゃんと秋也くんと、あと一人来たんだけど、あの、えっと」
    「ん? よーやく来たの、……あぁ?」
     玄関先に立っていた鈴林と、来訪者とを見て、狐獣人は目を丸くした。
    「……何があったのか、聞いた方がいいのか?」
     訪れた三人――顔全体に包帯を巻いたウォン。目に隈のできた、土気色の顔をした昂子。そして左腕を、何重もの布で覆い隠す秋也の姿に、狐獣人は怪訝な顔を向けた。



    「ふーん……? 克渾沌、ねぇ」
     秋也から話を聞き終えた狐獣人――克大火の七番弟子、金毛九尾の克天狐は、もう一度訝しげな表情を浮かべる。
     ちなみに、昂子とウォンは小屋に入るなり即座に、鈴林によって寝かし付けられた。話を聞こうにも、あまりにも心身を耗弱させており、まともに話すことすらできなかったためである。
    「その名前は知らねーな。……ただ、楓模様の付いた仮面を付けた、無茶苦茶に強ええ女、ってのには心当たりがある」
    「うんうん」
     天狐と鈴林の二人は、揃って渋い顔になった。
    「知ってるんですか?」
     尋ねた秋也に、天狐はふん、と鼻を鳴らす。
    「ああ。……忌々しいコトに負けちまったんだよな、そいつに」
    「え?」
    「意外な顔すんなよ。……つってもな、オレが負けたのは、今まで3回しかねーんだぜ?
     オレの師匠とそいつと、お前のお袋さんに、だけだ。ソレ以外は負けてねー」
    「あ、そ、そうですね」
     かしこまる秋也を見て、天狐はぷっと噴き出した。
    「あんまり堅くなんなよ、オレも話し辛い。気軽に『天狐ちゃん』っつー感じでしゃべってくれたらいいからよ」
    「あ、はい。……えーと、じゃあ、天狐ちゃん」
    「おう」
    「オレの腕……、その……、見てくれないかな、……って」
     秋也は口ごもりながら、隠していた左腕を見せる。
    「……ひっでえな。悪趣味過ぎるぜ」
    「ああ……」
     秋也の左腕があった場所には、猫の手を模したぬいぐるみが付けられていた。
    「コレは……」
     天狐がその腕をつかむと、秋也はビク、と震える。
    「感覚はあるみたいだな」
    「ああ」
     撫でたりつねったり、握ったりしながら、天狐は秋也の腕を見定める。
    「うーん……。コレは、……アレかなぁ」
    「アレ?」
    「ちょっと待て。……よっ、と」
     天狐は壁に備え付けてあった本棚から、本を取り出した。
    「と、と、……と。コレだな。
     生物と無生物との境界を弄る、『魔獣の呪』ってヤツだ」
    「治せるのか?」
    「んー」
     天狐は再度、苦い顔になる。
    「治せるっちゃ治せるけど、今ソレ治したらお前、出血多量で死ぬぜ」
    「えっ」
    「腕と肩が、魔術的なチカラで強引にくっつけられた状態だから、術を解除したらその瞬間、血が切断面からバチャバチャ飛び出すぞ。元の腕も無い状態だから、縫合とかもできないしな。
     オレとしては、そのままにしておくコトをおすすめするけど、な」
    「マジかー……」
     元々の腕とぬいぐるみの腕とで顔を覆う秋也に、天狐はさらにこう告げた。
    「一番綺麗に収まる方法としては、やっぱりその渾沌って女に、元に戻してもらうしかねーな」
    「……やっぱり、そうなるか」
     その返答に、秋也はがっくりと肩を落とした。
    白猫夢・遭克抄 3
    »»  2012.06.02.
    麒麟を巡る話、第29話。
    昂子と秋也の、ひみつ作り。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     到着から半日が過ぎた辺りで、ようやく昂子とウォンは目を覚ました。
    「……」
     しかし、昂子の顔色は依然、悪いままである。
    「昂子」
     秋也が声をかけてみるが、昂子はのろのろと顔を向けるだけで、一言も発さない。
    「大丈夫、……じゃ、ないよな」
    「……うん」
     昂子は半ばうなるような声で、それだけ返す。
    「あの、渾沌って女に、何かされたのか?」
    「……言いたくない」
    「まさか、その、変なコトとか、されて」「やめて!」
     昂子の反応に、秋也は自分の頭に氷を詰められたような気分になる。
    「まさか、……でも、女同士で、……その」
     秋也の言わんとすることを察し、昂子は短く首を横に振る。
    「ソコまでじゃないよ。……気持ち悪いキスされた。口の中に、無理矢理舌入れられた」
    「……思ったよりはひどくは無いけど、……ソレでもひどいな」
    「……ホント、気持ち悪かった」
     昂子は蒼い顔をしたまま、堅い笑顔を作る。
    「ホント、あいつおかしいよね。ホントに、気味が悪い。
     ……ねえ、秋也」
    「なんだ?」
    「……あんたのコトは特に良くも悪くも何とも思ってないし、お兄ちゃんって感じだから、……こんなの頼むのはおかしいかもなんだけどさ」
    「ん?」
    「口の中がまだ、気持ち悪いままなの。……よく考えたら初キス奪われたんだし」
    「……え、っと?」
    「でも忘れたいの。だからコレを、初にしたい」
     そう言うなり昂子は秋也に飛びつき、口付けした。
    「んむ、……お、ちょ、えっ」
    「……えへへ。……もー一回言うけど、あんたはあたしの中では、『お兄ちゃん』なんだからね。今のは、違うんだからね。そーゆーのじゃないんだからね」
     昂子はベッドから離れ、くる、と秋也に顔を向けた。
    「……忘れたいけど、忘れないでね。
     あたしの初キスは、あんたにあげたの」
     そのままぷい、と顔を背け、昂子は寝室から出て行った。
    「……お、おう」
     誰もいなくなった部屋で、秋也は一人、返事をしておいた。



     一方、一足先に目を覚ましていたウォンは、天狐に深々と頭を下げていた。
    「な、なんだよ」
     どぎまぎしている天狐に対し、ウォンは恭しく言葉を連ねる。
    「畏れ多くも黒炎様の御門下に拝しまして、恐悦至極に存じます。甚だ不義、不躾な身ではございますが……」「やめれやめれ、やーめーれーっ!」
     天狐は狐耳と尻尾を毛羽立たせながら、最敬礼で平伏していたウォンの後頭部に手刀を下ろす。
    「あいたっ」
    「オレはそーゆー堅っ苦しいのは大嫌いなんだ! もっと気さくに話してくれ!」
    「す、すみません。考えが至らず、誠に失礼を……」「だーかーらぁ」
     謝るウォンに、天狐は再度手刀を叩き付ける。
    「そんなもん、『ごめん』の一つでいいだろっつってんだってばよぉ。頼むからふつーにしゃべってくれってば」
    「あ、は、はい」
    「……にしても」
     天狐はウォンの姿を一瞥し、気の毒そうな声を漏らす。
    「何かお前、特にぼろっぼろじゃねーか? どんだけボコられたんだよ、あの女に」
    「あ、いえ。顔の傷はコントンによるものですが、頭と耳と尻尾に関しては、先程も申した通り、自分の不義によるものでして」
    「不義?」
     ウォンはそこで、自分が屏風山脈で起こした騒動と、その顛末を話した。
    「ふーん……。丸刈りされた上に破門されたのか。自業自得とはいえ、散々だな」
    「……あの、……もし、ご厚情を賜れればと」「普通語でしゃべれ」「……いえ、お願いを聞いていただけたらな、と」
    「何だよ?」
    「僕へ下された破門処分を、テンコさ……、ちゃん、のお力で、無かったことにできないか、と」
     その願いを聞いた天狐は、「チッ」と舌打ちした。
    「いるんだよな、オレのコトを黒炎教団の出張所だと思ってるヤツ」
    「え?」
    「オレは克大火の弟子であって、教団とは関係ねーの。言ってみりゃ、その教団ってのと同列であって、オレの下にいるヤツらじゃねーんだってば」
    「……そ、そうですか」
     しゅんとなるウォンの額に、天狐はとん、と、今度は優しめに手刀をぶつけた。
    「だからよ、気楽に話してくれていいんだって。オレなんかにガチガチの敬語、丁寧語はいらねーよ」
    「……はい」
    白猫夢・遭克抄 4
    »»  2012.06.03.

    麒麟の話、第1話。
    克大火の弟子;未来を見つめる者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     読めていたはずだ。
    「な……なんで……」
     ボクには、すべてが読めていたはずだった。
    「なんで……こうなった……」
     読めていたはずだったんだ!

     だけど何故、何故!?
    「思い知ったか、麒麟」
    「なにを、……何を、思い知れって言うんだッ!」
     何故ボクは、このいけ好かない、真っ黒な、
    「己の身の程を、だ」
    「……ッ、そんなもの!」
     魔術と求道と、マコトさんのコトくらいしか考えてない、
    「分かり切ってるさ!
     分かり切ってる、ボクはアンタより魔力がある! アンタより魔術理論に長けている! その上、アンタには無い能力も持ってる!」
     ボクより弱いハズの、
    「アンタなんかより、ずっとずっと、ボクの方が強いんだってコトもだッ!」
    「ククク……」
     まるで鴉みたいな、クセの強い笑い方をする、
    「もう一度だ……! もう一度来い! 叩き伏せてやるッ!
     来いよ、タイカああああああッ!」
     この師匠に。

    「お前のことは、十分に理解していたと思っていたが」
     何故?
    「過大評価していたようだ」
     何故なんだ?
    「お前がこれほどの、愚にもつかぬ暴挙に出ようとは。そして」
     何故、ボクは。
    「己が負けたことも、理解しようとしないとは、な」
     何故負けたんだ……?



     ボクには、分かっていた。

     ボクには、お師匠のタイカさん――ボクが知る限り、ボクを除けば、世界一の魔術師である、彼にも無い能力を持っていた。
     そのチカラが有ったから、タイカさんはボクを弟子にした。
     そして弟子になり、修行と勉強を続け、ボクの魔力と知力はぐんぐんと伸び、タイカさんに並び、そしてついには追い抜いた。
     そして今、ボクはタイカさんを実際に超えようと、挑んだ。

     分かっていた。
     分かっていたはずなのに。

     ボクには、分かっていたはずだった。
     でも――結果は、違った。
     ボクが分かっていた結果とは、まるで違っていたんだ。



     でも――負けた瞬間に、また、あることが分かった。
    「……そんなコト、するの……」
    「何かは分からんが、……俺はお前にそうするのだろう、な」
    「一体、ボクはどうなるんだ」
    「『見れ』ばいい」
    「……そう……だね……」
     それ以上、ボクは何も言えなかった。

     タイカさんが「見ろ」と言った瞬間、ボクはまた、未来を見た。
     そこにいたボクは、……もう、人間じゃ無さそうだった。

     ボクは一体、何になったんだろう……?

    白猫夢・麒麟抄 1

    2012.05.01.[Edit]
    麒麟の話、第1話。克大火の弟子;未来を見つめる者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 読めていたはずだ。「な……なんで……」 ボクには、すべてが読めていたはずだった。「なんで……こうなった……」 読めていたはずだったんだ! だけど何故、何故!?「思い知ったか、麒麟」「なにを、……何を、思い知れって言うんだッ!」 何故ボクは、このいけ好かない、真っ黒な、「己の身の程を、だ」「……ッ、そんなもの!」 魔術...

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    * 

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    麒麟を巡る話、第1話。
    大剣豪の息子。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     とある、教会の中。
    「母さん?」
     白地に茶色と言う毛並みをした、黒髪の猫獣人の男の子が、不意にうずくまった三毛耳の母親を見て驚く。
    「どうしたの?」
    「……あ、……いや」
     普段から気丈に振る舞い、凛々しい姿を見せるこの母が、こんな青ざめた顔を見せるとは思わず、少年は戸惑った。
    「顔色、わるいよ? 大丈夫?」
     が、顔色とは裏腹に、その声はいつも通りにはっきりと、芯の通った音を放っている。
    「心配無用、……だ。疲れが溜まっていたのかも知れぬ。少し、休むとしよう」
    「あ、うん。……はい」
     少年は母の手を引き、近くの椅子に腰かけさせた。
    「ダメだよ、無理しちゃ」
    「はは……」
     母親は少年の頭を優しく撫でながら、こんな風に返してきた。
    「いや、久しぶりの旅行で、多少はしゃいでしまったようだ。
     ……思い出すよ、昔、私がこの辺りを旅していた時のことを」
    「ここ、前にも来たことあるの?」
    「ああ」
     少年も母の横に座り、続いて質問する。
    「いつ?」
    「いつだったかな、えーと……、そう、12、3年ほど昔かな」
    「その頃、何をやってたの? どんな旅だったの?」
     母親は肩をすくめ、こう返す。
    「今とそれほど、変わらない。その時も私は、剣士だった。旅は、その関係でやっていた」
    「へぇ」
     彼女の言う通り、その腰には、見事な刀が佩かれていた。
     少年は母親の活躍を、もっと小さな時から聞き及んでいたし、その旅がどれほど波瀾万丈に満ちたものであったか、想像を膨らませていた。
    「むしゃしゅぎょー、ってやつ?」
     が、この問いには若干、母親は口ごもる。
    「いや、その」
     彼女ははにかみ、答えを濁してしまった。
    「……まあ、そうしておいてくれ」
     しかし少年にとっては、その答えは彼女を剣士として尊敬するに、値するものだった。
    「すごいね、母さん」
    「……ふふっ」
     やがて胸中に生じたそのときめきは、彼にこんなことを言わせた。
    「ねえ、母さん」
    「うん?」
    「オレもいつか、むしゃしゅぎょーに出てみたい」
     その言葉に、母親はにっこりと笑って見せた。
    「はは、それはいい。剣士を目指すなら、やってみろ」
    「うん」
     少年も、満面の笑顔で応えてみせる。
    「期待しているぞ」
     母親はもう一度、少年の頭を優しく撫でつけた。
    「秋也」



    「秋也くん」
    「……んあ……」
    「秋也くーん」
    「……んにゅ……」
    「しゅ、う、や、くーん」
     三度も名前を呼ばれ、トントンと頭を叩かれたところで、秋也は飛び起きた。
    「ふあっ!? ……おっ、おはようございます、藤川の姉(あね)さん!」
    「もお、秋くん遅いよー。もしあたしが君を狙いに来た刺客だったら君、とっくに額に穴開けられて死んじゃってるわよ?」
     そう言ってクスクス笑う大先輩の短耳、藤川霙子に、秋也はぺこぺこと頭を下げた。
    「すみません、精進します」
    「ま、今日くらいは目一杯寝といた方がいいかも知れないけどね」
    「えっ?」
     聞き返した秋也に、霙子は「あ」と返した。
    「ごめーん、今のは内緒。聞かなかったことにしといて」
    「え、あ、はい……?」
     きょとんとする秋也に背を向け、霙子は身支度するよう促した。
    「顔、洗ってらっしゃい。シャキっとしとかないと、今日の試験、通らないわよ」
    「はい、ありがとうございま……」
     秋也はもう一度、ぺこりと頭を下げる。
    「……早えぇー」
     顔を挙げた時には、霙子は既に、寝室の戸を閉めた後だった。



     彼の名は、黄秋也。「縛返し」「蒼天剣」の異名を持つかの大剣豪、黄晴奈の息子である。
     この日は彼の、焔流剣士としての真価を問う日――免許皆伝試験の実施日となる。

    白猫夢・秋分抄 1

    2012.05.02.[Edit]
    麒麟を巡る話、第1話。大剣豪の息子。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. とある、教会の中。「母さん?」 白地に茶色と言う毛並みをした、黒髪の猫獣人の男の子が、不意にうずくまった三毛耳の母親を見て驚く。「どうしたの?」「……あ、……いや」 普段から気丈に振る舞い、凛々しい姿を見せるこの母が、こんな青ざめた顔を見せるとは思わず、少年は戸惑った。「顔色、わるいよ? 大丈夫?」 が、顔色とは裏腹に、そ...

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    麒麟を巡る話、第2話。
    幼馴染は家元。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「おはよう、秋也」
     家元の間に通された秋也は、ぴし、と背筋をただした。
    「おはようございます、こゆ、……家元」
     上座に座っていた、まだどこか幼さの残る長耳は、にこりと笑って立ち上がった。
    「『小雪お姉ちゃん』でも構わないけれど?」
    「い、いえ」
    「まあ、そう呼ぶような歳でも無いわよね。何だかんだ言って、わたしももう25だし、あなたも18になるし」
    「19です」
    「ああ、ごめんね。……と、コホン」
     現焔流剣術家元、焔小雪は空咳をし、場の空気を改める。
    「本日、あなたには焔流剣術の、免許皆伝試験を受けてもらいます。
     試験については、何か聞いてる?」
    「いえ」
    「なら、いいわ。付いてきなさい」
     秋也を伴い、小雪は試験場へと向かう。
    「試験の内容は、至って簡単。丸一日、つまり24時間、試験場内で眠らずに過ごすことよ」
    「あ、だから藤川の姉さん……」「ん?」「あ、いえ、何でも」
     10分ほどで秋也たちは試験の場、伏鬼心克堂に到着した。
    「入門時、あなたはここで何か、見た?」
     小雪の問いに、秋也はクスクスと笑う。
    「ええ、鬼を」
    「それなら分かると思うけれど、ここは自分の心の中で思ったことが、その場に現れるところ。
     24時間ずっと、無心ではいられないでしょうし――そんなことしてたら寝ちゃうわね――何が起ころうと、意識を途切れさせないようにね」
    「はい」
     刀と防具を装備させられた状態で、秋也は堂の中央に残された。
    「それじゃ今から、試験開始よ。24時間後、起きてる状態でわたしと問答を交わせたら、試験は合格。
     それじゃ、頑張ってね」
     そう言って小雪は、すとんと堂の扉を閉ざした。

     一人残った秋也は、入門した時のことを思い出していた。
    (朝見た夢……、アレって確か、オレが9歳か、10歳かくらいの時だよな。
     央中の、ゴールドコースト市国。あそこにある、ウィルんちの教会で、……そう、オレはあの時初めて、母さんに、『剣士になりたい』って言ったんだ。
     それから央南に戻った後、いきなり『紅蓮塞へ行くぞ』って言われて、で、このお堂で……)
     そこまで想起したところで、秋也の目の前に、入門した時に見たものと同じものが現れた。
    「……よお、久しぶり」
     現れたのは、筋骨隆々とした肉体に襤褸(ぼろ)を纏い、己の腿ほどもある金棒を担ぎ、頭に猛牛を思わせる角を一対生やした、幻想の益荒男――鬼だった。
     鬼は一言も発さず、秋也に襲い掛かってきた。
    「うお、っと!」
     秋也はひらりと初弾をかわし、刀を抜く。
    「やる気ってんなら、オレも本気出すぜ!」
     秋也の構えた刀に、火がすうっと走る。
    「『火刃』ッ!」
     秋也が10年修業した焔流剣術の神髄、「燃える刀」である。
    「さあ来いよ、筋肉デブ!」
    「グオオオオ!」
     鬼は咆哮を挙げ、秋也の頭めがけて棍棒を振り下ろす。
     それをトン、と一歩退いてかわし、すぐにまた、一歩、二歩と踏み込む。
    「りゃあああッ!」
     猛々しく燃える太刀が、鬼の額をざくりと割った。
    「ゴッ、ゥオオオオ……」
     鬼は悲鳴に近い咆哮を漏らし、ごとんと音を立て、仰向けに倒れた。
    「お、っとと」
     その振動で一瞬、秋也の体は浮き上がったが――。
    「……へへ、どんなもんだ」
     秋也はすとんと床に降り立ち、勝ち誇った。
    「コレで試験、修了か? だとすると、あんまりにも味気無さ過ぎるけど……?」
     と、自慢げに鼻を鳴らしつつ、そうつぶやいたところで――。
    「ま、そりゃそうか。コレで終わりじゃ、なぁ?」
     秋也は振り向き、いつの間にか現れた新たな鬼と対峙した。



     それから、半日後。
    「……いい加減に終われよぉ……」
     試験開始からこの時点まで、秋也は計、18匹の鬼を斬り伏せた。
     初めはひらりとかわし、さくりと斬って、それで終わっていた調伏だったが、敵は次第に、強く、速く、そしてしぶとくなっていった。
     今倒した18匹目に至っては、刀の刃がまともに通らなかった。そのため全体重をかけて突き入れるしかなく、結果――。
    「くっそ、……曲がった」
     秋也は鞘に納められなくなった刀を乱暴に投げ捨て、その場で大の字に寝転んだ。
    「もういいだろ、……もう充分だろって」
     ゼェゼェとした荒い息を鎮めながら、秋也は辺りの気配を伺う。
    (もー出んな、もー出んなよー……)
     この時秋也は、この堂が、己が心に思い浮かべたものが現れる場所であると言うことを忘れていた。
     そのため鬼が出てこない理由を、「自分が『出てくるな』と念じているから」とは理解しておらず、単に量か運の問題だと思っていた。
    (もう打ち止めなのか、それとも出るのに手間取ってんのか。
     つーか、皆こんなコト、よくやるよなぁ。どーやって24時間も戦えってんだ)
     ちなみに――彼の母、黄晴奈はこの免許皆伝試験の「設問」を理解し、見事に解いて見せたが、この時点で秋也は、まだ「設問」に気付きもしていない。
    (母さんもやったんだよなぁ、コレ。……そりゃコレ通ってたら、剣豪って呼ばれるよなぁ)
     そのため、彼はある意味、最も困難な敵を呼び出してしまった。

    白猫夢・秋分抄 2

    2012.05.03.[Edit]
    麒麟を巡る話、第2話。幼馴染は家元。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「おはよう、秋也」 家元の間に通された秋也は、ぴし、と背筋をただした。「おはようございます、こゆ、……家元」 上座に座っていた、まだどこか幼さの残る長耳は、にこりと笑って立ち上がった。「『小雪お姉ちゃん』でも構わないけれど?」「い、いえ」「まあ、そう呼ぶような歳でも無いわよね。何だかんだ言って、わたしももう25だし、あなた...

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    麒麟を巡る話、第3話。
    鬼より怖い母。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     その瞬間、空気が変わったのを、秋也は感じた。
    (……熱っつ……?)
     不意にやってきた熱気に、秋也は曲がった刀をつかんで飛び上がった。
     そこにいたのは、自分と同じくらいの歳に見える三毛耳の、猫獣人の少女だった。
    (母さん!? ……じゃない)
     自分が知るより大分若い彼女の姿に、秋也はそれが、母本人ではないとすぐに気付く。
     しかし、この期に及んでもまだ、彼は試験の本意に気付いていない。
    「なんだよ、まったく……。鬼の次は、鬼より怖えぇお袋かよ。しかも若い頃の、か?」
    「……」
     秋也の言葉に一切反応することなく、彼女は刀を振り上げ、襲い掛かってきた。
    「よ、っと!」
     彼女の初太刀をかわし、秋也は反撃に出ようとする。
    「……」
     だが彼女は両手で振り下ろした刀をくい、と返し、左手を離して、右手一本で薙いできた。
    「おわぁ!?」
     とっさに上半身を反らし、二の太刀もかわす。
     だがそこで、彼女はもう一度両手で刀を握り、再度斬りつけてきた。
    「うぐ、……っ、らああああッ!」
     三の太刀はかわし損ね、秋也の左肩にわずかながら痛みが走る。
     それでも秋也は「彼女」の足を蹴り、その反動で間合いから大きく外れた。
    「はっ、はっ……、くそ、三つ目が本命の太刀筋だったか」
     蹴られたため「彼女」も体勢を崩し、うずくまっている。
     しかし秋也が構え直すと同時に、「彼女」も構えてくる。秋也の蹴りによる痛みは、全く感じていないようだった。
    (まっずいなぁ。勝てる気がしねー)
     仕方なく構えてはいるが、まっすぐに敵の喉元を狙うべき刃先はぐにゃりと曲がり、「彼女」の背後にある、がっちりと塞がれた木戸を指している。
     秋也自身も疲労の色が濃く、少しでも気を緩めれば、刀を落としてしまいそうなほど、その両手は震えていた。
    「……あんまりこんなコト、……あんたに言えねーけど」
    「……」
    「あえて、言ってやんよ。
     来いよ、……お袋」
     その言葉に応えるように、「彼女」は刀を振り上げ、再び襲い掛かってきた。



     秋也は一度だけ、母親を本気で怒らせたことがある。
     勿論、親子であるから、叱責を受けることは多々あるし、小言を言われたことも少なくない。
     だがその時は、親子としての範疇を超えるくらいの、滅茶苦茶な怒りをぶつけられた。

     母親、黄晴奈が「蒼天剣」の異名を持つ所以は、彼女の持つ唯一無二の名刀、「晴空刀 蒼天」の別名から来ている。
     その「蒼天剣」は、今は彼女が黄海に構える焔流剣術道場に、大切に飾られているのだが、それを何年か前に、秋也がふざけて持ち出し、友人らに見せびらかしたことがある。
     これが発覚し、秋也は母親に怒られた。だがその叱り方は尋常なものではなく、秋也は頭に3針縫うほど滅多やたらに打たれ、「自分はやってはいけないことをしたのだ」と猛省した。

     勿論、現在の秋也はその理由を、良く理解している。
     とある教団の現人神から直々に賜った刀であるし、その希少性は計り知れない。それに道場のシンボル、一種の「御神体」とも言える逸品を、例え自分の息子であるとしても、子供がそう簡単に持ち出したり、盗んだりしていいものではないからだ。
     それ以上に、あの刀が恐ろしい力を秘めた、一種の「兵器」じみたものであると言うことを、秋也は持ち出し、周囲に見せびらかそうとしたその時に、深く理解させられた。



    (鞘から抜いて、刀身が見えた途端、オレも友達も、一斉に吐いたり漏らしたりしてたからなぁ……。アレは何て言ったらいいか分かんねーけど、……とにかく、怖かった。
     そりゃ、お袋もマジギレするよなぁ)
     その時に散々浴びせられた拳の痛みを、秋也は思い出していた。
    (……勝てないだろうなぁ……)
     秋也の頭には、どう考えを巡らせても、自分が母親を下す風景は、浮かんでは来なかった。



    「秋也」
     声に気付き、秋也は目を覚ます。
    「……あ……」
     目を開けると、無表情の小雪と目が合った。
    「……その……いやさ……」
    「……」
    「……だって……あんなの……」
    「……秋也」
     倒れたままの秋也に、小雪は冷たい声で問いかける。
    「問題は解けた?」
    「……え? 問題? 問題って、……なんだ?」
    「解けなかったのね」
     小雪は秋也に背を向け、入口に向かう。
     そして堂を出たところで、秋也に目を合わせず、こう告げた。
    「不合格よ」

    白猫夢・秋分抄 3

    2012.05.04.[Edit]
    麒麟を巡る話、第3話。鬼より怖い母。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. その瞬間、空気が変わったのを、秋也は感じた。(……熱っつ……?) 不意にやってきた熱気に、秋也は曲がった刀をつかんで飛び上がった。 そこにいたのは、自分と同じくらいの歳に見える三毛耳の、猫獣人の少女だった。(母さん!? ……じゃない) 自分が知るより大分若い彼女の姿に、秋也はそれが、母本人ではないとすぐに気付く。 しかし、こ...

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    麒麟を巡る話、第4話。
    落第。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     秋也が堂を出たところで、小雪はようやく顔を向けてきた。
    「……」
     だがその顔には、温かさは微塵も感じられない。昨日までのニコニコと笑う彼女の姿は、そこには無かった。
    「あの、こ、こゆ、……家元……」
    「残念ね」
    「う……」
     小雪は冷たいまなざしを向け、続いてこうなじる。
    「あなたはもっと、剣士として修業を積むべきね。ちょっと大きな大会で優勝して、慢心が過ぎたんじゃない?
     繰り返すわ。あなたは、落第よ。焔流剣士などとは到底呼べない半端者、未熟者。
     あなたは落伍者よ、黄秋也」
    「……っ」
     秋也は何も言えず、その場から逃げ去った。



     気が付くと、秋也は紅蓮塞からも離れ、街道からも大きく外れた、薄暗い林の中にいた。
    「はっ……、はっ……」
     息がひどく荒い。逃げた疲れに加え、十中八九通ると確信していた試験にも落第し、その結果を呑みこめないでいたからだ。
    「……ウソだろ、こんなの……」
     思わず、そんな言葉が出る。
    「オレが、……オレだぞ? 黄晴奈の息子の、黄秋也だぞ? そのオレが、なんで、……なんで、不合格に……っ」
     だが、現実逃避しようと、否定しようとも、心のどこかでは、泣く泣く理解している自分もいる。
    「……なんでだよっ……!」
     思わず、側にあった木を殴りつける。
     ミシ、と音を立て、秋也の胴くらいに太いその木の幹に、拳の跡が付いた。
    「ふざけんな、ふざけんなっ……! オレが失格だとおおぉぉッ……!?」
     秋也は落第した羞恥心と、湧き上がってきた怒りとを、続けざまに木へとぶつける。
     何度も殴りつけるうち、木はベキベキと折れ、地面へと横倒しになった。
    「……はあっ、はあっ、……はあ……っ」
     秋也の方もこらえ切れず、その場に倒れ込んだ。
    「……問題ってなんだよ、問題って? ……鬼、倒すだけじゃねーのかよ? そりゃ確かに、お袋は倒せなかったけど、でも、……倒せるワケ、ねーだろぉ?」
     怒りから戸惑い、諦観と、秋也の心の中は大きくうねり、ざわめき、そして絶望感が押し寄せてくる。
    「……帰れねえ……」
     秋也はこのまま実家に戻った後、皆がどう自分を責め立てるか考えずにはいられなかった。
    (母さんは……、きっと、オレに失望するだろう。あれだけ、『お前ならできる』って言ってもらったのに。父さんや兄貴も、がっかりするだろう。月乃も散々、オレを馬鹿にするだろうな。
     ……このまま帰ったら、オレは一家の笑い者だ。オレのせいで黄家の名に泥を塗るなんて、……そんなコト、できるかよ)
     秋也は自分が折った木に座り、考えをまとめ直す。
    (……もう実家には戻れない。少なくともちゃんと、試験を修了するまではダメだ。……でも、どうやってお袋を倒せって言うんだ?
     ……いや、でも、……待てよ? まさかオレ以外の、他に試験を受けてた奴も、お袋を相手にしたのか?
     確かにお袋は英雄って呼ばれた人だけど、ソコまでか? そんな、長年続いた試験の内容を変えさせるほど、すごいのか? 当たり前の話だけど、お袋が試験を受ける前は、お袋が試験に出るなんてコト、あるワケないし。
     じゃあお袋が、小雪さんに『自分を出すように』ってねじ込んだか? ……いくらなんでもそこまでさせるワケが無い。第一、お袋はそーゆーコトするのも、されるのも嫌いな性格だし。
     じゃあ、……アレって、……一体なんでなんだ? 何であのお堂で、オレはお袋と戦わされたんだ?)
     そのうちに、秋也にこんな考えが浮かぶ。
    (……聞いてみたいな。他の、『ちゃんとした』焔流剣士に、あの試験はどう言うものだったんだ、何を問われてたんだ、ってコトを)
     とは言え、率直にそんなことを聞いても、相手にされるわけが無い。
    (試験に落ちたオレが、『試験の答え方教えてくれ』なんて聞いたら、それじゃただのカンニングだ。教えてくれるワケが無い。
     だから、……まずは、オレのコトを知らない奴を捕まえて、……それとなく聞き出す、……しかないか。
     ……となると、ゴールドコーストとか、そーゆーのが集まるところに行かないとな。……っつっても、オレ今、金も刀も持ってないし、山越えなんてできない。
     あいつのところ、行ってみるか。あいつなら、……まあ、散々言われるだろうけど、助けてくれるだろ)
     秋也は立ち上がり、「あいつ」――弧月の若い富豪、橘喜新聞社の令嬢、橘飛鳥を訪ねることにした。

    白猫夢・秋分抄 4

    2012.05.05.[Edit]
    麒麟を巡る話、第4話。落第。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 秋也が堂を出たところで、小雪はようやく顔を向けてきた。「……」 だがその顔には、温かさは微塵も感じられない。昨日までのニコニコと笑う彼女の姿は、そこには無かった。「あの、こ、こゆ、……家元……」「残念ね」「う……」 小雪は冷たいまなざしを向け、続いてこうなじる。「あなたはもっと、剣士として修業を積むべきね。ちょっと大きな大会で優勝して...

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    麒麟を巡る話、第5話。
    再挑戦への交渉。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     開口一番、橘飛鳥は秋也にこう言い放った。
    「アンタって、あたしが思ってた以上にバカだったのね」
    「う……」
     苦い顔をした秋也に、飛鳥は立て続けになじってくる。
    「小雪さんの言う通りじゃん。アンタ最近、天狗になり過ぎだったし。そもそも、ちょっといーコトあると、途端に得意げになる、かるーい性格してるし。
     そんなだから試験に落ちたのよ。ホントにバカね、アンタ」
    「……返す言葉が無い。お前の言う通りだ。……って、……飛鳥?」
    「何よ?」
    「何で小雪さんがオレに言ったコト、お前が知ってるんだ?」
    「アンタね、小雪さんが晴奈さんに報告しなかったと思ってんの? その筋でとっくに聞いてんのよ」
    「……マジか……」
     落ち込む秋也に、飛鳥はふん、と鼻を鳴らす。
    「アンタがいくらごまかそう、隠そうとしても、向こうはとっくに知ってんのよ? 逃げてどーすんのよ、このバカっ」
    「……」
     すっかり縮こまった秋也に、飛鳥はふう、とため息をついて見せた。
    「で? アンタはあたしのトコに来て、何しようっての? 泣き言こぼすためじゃないわよね?」
    「……そりゃ、まあ。……どうにかしてもう一回、試験を受けさせてもらって、もし受けさせてもらえるなら、今度はちゃんと合格したいし、……試験対策したいな、って」
    「試験対策?」
    「……その」
    「まさかアンタ、試験受かった奴を探して答えを聞き出そう、なんて思ってやしないわよね?」
    「ちっ、違う違う! そうじゃない!」
     内心を見透かされた秋也は、慌てて取り繕う。
    「もう一回ちゃんと修業して、今度こそ受かるように万全を期したいんだ。で、その修業として、央中に渡ろうと……」
    「ふーん」
     飛鳥の目は明らかに疑いの色を帯びていたが、それでも納得した姿勢を見せる。
    「じゃあアンタ、央中に行きたいから金を貸せ、ってコト?」
    「……ダメかな」
    「いいわよ」
     意外にあっさり承諾され、秋也はきょとんとする。
    「い、いいのか?」
    「いいわよ」
    「条件とか……」
    「あるわよ勿論」
    「……だよな」
    「とりあえず、央中に行きたいってコトだから、旅費として5万玄出したげるわ」
    「5万も?」

     ちなみに双月暦6世紀半ば、世界経済を席巻しているのはクラムではなく、央南の玄銭と央中のエル通貨である。
     中央政府の消滅と西大海洋同盟の台頭、そして央北各州・各国の分裂によりクラムは暴落し、今では全盛期と比べようがないほどに価値は低い。
     一方で、西大海洋同盟の本部が央南にあるため、名目的には玄銭が基軸通貨の役割を果たしてはいるが、長年成長が続く央中経済に支えられるエル通貨もまた、世界中から信用を集めている。
     現在の双月世界は、二つの基軸通貨が存在しているのだ。

    「で、見たところアンタ、刀も無いみたいだし、それも工面したげる」
    「マジかよ」
    「その代わり」
     飛鳥は秋也に掌を見せ、一呼吸の間を置いて、条件を提示した。
    「昂子(あこ)を央中のミッドランドに連れてったげて」
    「昂子ちゃんを? 何で?」
    「それについては、あたしが説明したげるわ」
     と、二人が話をしていた応接間に、赤毛の長耳が現れた。
     飛鳥の母、橘小鈴である。
    「あ、ども。ご無沙汰してます」
    「んふふ、あんたも大変ねぇ」
    「う……、はい」
     そう返され、秋也は赤面するしかない。
    「ま、晴奈とか小雪ちゃんには、あたしらがうまく言っといたげるから、そんなに落ち込まないでいいわよー。また、頑張んなさいな」
    「助かります、小鈴さん」
    「んで、昂子をミッドランドに、って話なんだけどね。
     あたしが旅してた時なんだけど、鈴林って子が一緒にいたのよ。今はその子、ミッドランドにいてね。魔術師になりたいって言うから、鈴林のトコに預けようかなーって」
    「そうなんですか」
    「鈴林もいい性格してんのよねぇ。『5年くらいで帰ってきなさいよ』っつってんのに、もう20年もあっちにいんのよ。しょうがないからあたしらの方から、向こうに押しかけてやろうかと思って。
     でも飛鳥はこないだ入社させたばっかだし、あたしもアレコレ忙しいし。かと言って旦那や兄貴とか、社の連中に任せるのも心許無いしー、丁度よく手ぇ空いてんのがいないかなーって感じだったんだけど」
    「渡りに船、って言うとアンタに都合良過ぎだけどね。
     ま、そんな事情があるから、アンタには旅費兼、昂子を送る費用として、5万玄あげるわ」
    「どもっス」
     秋也はぺこりと、小鈴・飛鳥母娘に頭を下げた。



     こうして――経緯はどうあれ――秋也の旅が始まった。
     この旅は存外に長い旅となることを、秋也はまだ知らない。

    白猫夢・秋分抄 終

    白猫夢・秋分抄 5

    2012.05.06.[Edit]
    麒麟を巡る話、第5話。再挑戦への交渉。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 開口一番、橘飛鳥は秋也にこう言い放った。「アンタって、あたしが思ってた以上にバカだったのね」「う……」 苦い顔をした秋也に、飛鳥は立て続けになじってくる。「小雪さんの言う通りじゃん。アンタ最近、天狗になり過ぎだったし。そもそも、ちょっといーコトあると、途端に得意げになる、かるーい性格してるし。 そんなだから試験に落ちた...

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    麒麟を巡る話、第6話。
    英雄、「大徳」の今。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     西大海洋同盟が発足したのは、双月暦520年のことである。
     元々は、「中央政府」と呼ばれた央北の超大国を壊滅・占領した「ヘブン」と呼ばれる新興軍事国に対し、北方・央中・央南の三地域が軍事・政治的連携を取ったことに端を発する組織である。
     発足後、「ヘブン」との間で戦争が起こり、その結果、同盟側が勝利を収めた。同盟側から多額の賠償金や補償を求められた「ヘブン」は瓦解し、十数の国に分裂。これにより、「中央政府」の名残はほとんど消え去り、今では央北の地域通貨、「クラム」と言う名前の由来に残っている程度になった。

     その西大海洋同盟を提唱し、そして発足させた立役者が、「蒼天剣」黄晴奈と並ぶ英雄、「大徳」エルス――リロイ・L・グラッドである。
     彼は政情が安定し、同盟の長期存続が決定した521年、同盟の加盟国首脳たちの圧倒的支持を得て、トップである総長に就任した。彼はその後、穏健に職務を全うしていたが、10年後の531年、「健康上の理由から」として、その職を辞した。
     その後2年の静養期間を経て、彼は妻の橘小鈴と共に、ある事業を立ち上げた。それが現在、央南全域にその名を知らしめる大企業、「橘喜新聞社」である。



    「やあ、シュウヤ君。久しぶりだねぇ」
     何年かぶりに見るエルスを見て、秋也は驚いた。
    「お久しぶりです。……あの、まだお体、どこか」
    「いや、悪くない、……つもりなんだけどね。年々、げっそり痩せてくるみたいで。久しぶりに会った人にはみんな、びっくりされるんだ」
     最後に会ったのは5、6年ほど前だったが、その時も確かに細身ではあった。しかしその時はまだ、秋也の目には健康的には見えていた。
     しかし今、目の前にいるエルスはひどく頬がこけ、杖を手にする姿が痛々しく感じられる。
    (確かエルスさんって、……まだ、53だったよな? もう二回りは老けて見える)
    「60、70くらいに見えちゃうかな」
    「あ、いえ、そんなことは」
     慌てて取り繕う秋也に、エルスはクスクスと笑って見せる。
    「いや、いいんだ。歳より苦労した性質でね、いや、本当に。またおじさんの昔話が……、と思われるかもだけど、本当にずっと苦労しっぱなしだったから。この姿は言わば、同盟からもらった勲章みたいなもんだよ」
    「はあ……」
    「リロイ。そんくらいでいいでしょ、『自慢話』は」
     と、エルスの唇に、小鈴が人差し指を当てる。
    「はは……、そうだった。
     まあ、小鈴から聞いたと思うけど、昂子をミッドランドに連れて行ってほしいんだ。彼女も飛鳥も、他の子も忙しいし、僕では、満足に送りきれるか不安だし」
    「ええ」
    「その代わりに、君には刀と5万玄を出す。
     それと、セイナやコユキちゃんに打診して、逃げ出した件は不問にしてもらって、その上でもう一度試験を受けられるよう、便宜を図る。
     この条件で、いいかな?」
    「はい、お願いします」
    「うん、承知した」
     エルスは扉に向き直り、声をかけた。
    「じゃあ昂子、入っておいで」
    「はいっ」
     扉が開き、まだ幼い雰囲気の残る、銀髪に長耳の女の子が入ってきた。
    「久しぶり、昂子ちゃん」
    「お久しぶりです、秋也兄ちゃん」
     ぺこ、と行儀よく頭を下げた昂子に、秋也は面食らう。
    (あれー……? コイツ、こんなに礼儀正しかったっけ)
     と、小鈴が地図を秋也たちに見せつつ、旅の行程を指示してきた。
    「ルートについては指定はしないつもりだったけど、秋也くん、修業したいって言ってたし、昂子もちょっとくらいは経験積んどいた方がいいだろうしってコトで、屏風山脈を越える道を勧めるわ」
    「分かりました」
    「それから、出発は4日後ね。刀は明日には届く予定なんだけど、昂子の学校の退学手続きが進まなくって」
    「そうなんですか」
    「ふつーの転学とは違うし、向こうが納得してくんないのよ。『安易な退学は認められない』つって。
     ま、明後日には鈴林と、その師匠の方から一筆来るから、ソレで納得するだろうし」
    「一筆ですぐ納得? そんなにすごいんですか、その、鈴林さんの師匠って」
     秋也にそう問われ、小鈴はふふん、と鼻を鳴らす。
    「聞いて驚けってヤツよ。なんとあの、『克』よ」
    「かつみ? ……って、……まさか!?」
     驚く秋也に、小鈴は続いていたずらっぽい笑みを浮かべた。
    「そう、克大火! ……の弟子の、克天狐ちゃん」
     この返しに、秋也は思わずずっこける。
    「そ、そうなんスか」
    「つっても腕は確かも確か、超々一流よ。近年じゃ『天狐ゼミ』つって、毎年20人とか30人限定で、天神大学とかの一流大学の博士課程レベルの集中講義やってるトコだし。
     今じゃ、央中で最先端の魔術研究やってる人で、天狐ゼミにいなかった奴はいないってくらいよ」
    「へぇ……」
    「ま、そうは言っても、まだ13歳だし、昂子は。
     しばらくはテンコちゃんやレイリンちゃんの手伝い役をする予定なんだ。言ってみれば、丁稚みたいなもんかな」
    「……」
     そう言って昂子の頭を撫でるエルスに対し、昂子は笑って見せていたが――。
    (……目、笑ってねー。すげー嫌そう)
     ほんの一瞬だけ垣間見せた昂子のその顔は、秋也のよく見知っている、以前の彼女のそれだった。

    白猫夢・橘喜抄 1

    2012.05.08.[Edit]
    麒麟を巡る話、第6話。英雄、「大徳」の今。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 西大海洋同盟が発足したのは、双月暦520年のことである。 元々は、「中央政府」と呼ばれた央北の超大国を壊滅・占領した「ヘブン」と呼ばれる新興軍事国に対し、北方・央中・央南の三地域が軍事・政治的連携を取ったことに端を発する組織である。 発足後、「ヘブン」との間で戦争が起こり、その結果、同盟側が勝利を収めた。同盟側か...

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    麒麟を巡る話、第7話。
    20年の結果。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     エルス・小鈴夫妻には子供が4人いる。
     その内の一人、長女の飛鳥は秋也と同じ19歳ながら、既に橘喜新聞社の社員として働いており、将来は次期社長、小鈴のポストに就くと目されている。
     一方で末娘の昂子は、先月で13歳になったばかりの少女である。そんな多感な時期にある彼女は、その先月の誕生日にこんなことを言いだしたのだ。
    「お父さん。あたし、『レイリンさん』の話をお母さんからずっと聞いてて、魔法使いに憧れてきたの。普通の学生さんをやるより、魔術のお勉強がしたい」
     これにはエルスも面食らったが、一方の小鈴は、二つ返事で了承した。
    「ん、いいわよ?」
    「えっ」
     簡単に認められると思っていなかったらしく、今度は昂子の方が面食らった。
    「え、その、いいの、本当に?」
    「いいわよ。あたしも本格的に旅に出たの、あんたと一緒くらいの頃だし」
    「そうだったっけ?」
     突っ込んでくるエルスを「いいから」と制しつつ、小鈴は昂子にこう尋ねた。
    「じゃああんたは、しばらく向こうで暮らしたいってコトね? 最低5年くらいは」
    「ご、5年?」
    「もっと短いって思ってた? 今みたいな中学校のお勉強と同じくらいのレベルで、2年か3年でハイ終わり、って?」
    「それは、その、想像してなかったけど」
    「ソレくらい覚悟がいるコトよ、コレは。もし覚悟があるなら、鈴林のトコに連れてってあげるけど、どうする?」
    「え、と……」
     母の問いに、昂子は黙り込む。
     それを受けて、小鈴はこう言葉をつなげた。
    「……3日待ってあげる。その間に、本気の本気で魔術師やりたいか、それともやっぱり学生でいたいか、選びなさい」
    「……うん」

     そして3日後、昂子は魔術師になることを決意。
     小鈴はその決意に応え、学校の退学手続きや鈴林・天狐への打診など、彼女が一端の魔術師になるための下準備を、きっちりと揃えてくれた。



    「……正直言うと、ショックだったんだよねぇ」
     夕食を済ませた後、エルスは秋也を伴い、二人で酒を呑んでいたのだが、エルスは不意に、そんな風につぶやいてきた。
    「ああ、やっぱり娘さんが離れちゃうのは……」
    「うん、まあ、それもなんだけど」
     エルスはくい、と軽くグラスを口に付け、一拍間を置いて話を続ける。
    「まあ、ほら、20年くらい前、僕が同盟にいた時に、『積極的に学校を作って通わせましょう』って提唱したんだよね」
    「……ああ、なるほど」
    「だからせめて、自分の子供はちゃんと全員、学校に通わせたかったなーって言うのがね」
    「よりによって、昂子ちゃんに『イヤ!』って言われちゃったわけですね」
    「そうなんだよ」
     エルスはもう一度酒を口に含み、また一呼吸おいて話を続ける。
    「……愚痴ばっかりでごめん、とは思うけど、……もうちょっと聞いてほしいんだ。
     僕はね、シュウヤ君。同盟域内の生活向上をと思って、学校の充実とか、水道や街道の整備とか、色々やってたんだよ。
     それがもう、何か言う度に『ダメだ』『イヤだ』の大合唱だったんだよ。通すのにどれだけ苦労したか。本当にもう、みんな頭が固いのなんのって……」
    「はあ」
    「それで、本格的に胃を壊しちゃったんだよねぇ。もうこれ以上は無理だ、となっちゃってね」
    「で、親父にバトンタッチ、ってワケっスね」
    「そう、その通り。でも、……まあ、君の印象を悪くしたらごめんだけど、良く続いてると思うよ、トマスは。総長になってもう、10年近くになるんだからね」
    「でも、まあ、親父も結構辛いって言ってますよ。そのうち、兄貴に後を継がせたいって」
    「シュンジ君に、か。ああ、彼はトマスそっくりだからね。きっと、こなせるだろうな。
     ……でも、シュンジ君も相当、苦労するだろうね」
     もう一度酒を呷り、エルスはどこか落ち込んだ表情を見せた。
    「政治の世界は、どす黒いよ。全員の利益になることを提案しても、どうしてか賛成されないんだ。
     何故なら、会議の席にいるほとんど誰もが、自分や、自分の派閥とか組織の利益になるようにと、そう思ってばかりいるからね。真に皆の、公共の利益のために動いてくれる人は、本当にごくわずかだ。
     政界から離れた今でも、悔しい。もっと僕に政治的、精力的な力があれば、今の2倍か3倍は、人を幸せにできたのに」
    「……十分っスよ」
     秋也も酒を呷ってから、こう返した。
    「20年前、オレが生まれる前に比べたら、みんな快適な生活を送ってると思います。
     オレの話になっちゃいますけど、今や黄海から紅蓮塞まで、3日もかかんないんスから。お袋がまだ門下生の時なんか、1週間や10日はザラだったんですし。それは間違いなく、エルスさんが街道整備を強く訴えかけてくれたおかげです」
    「……そう言ってくれると、救われる気がするよ。ありがとう、シュウヤ君」
     エルスはグラスの酒を飲み干し、立ち上がった。
    「もう今日は、このくらいにしておこう。これ以上呑むと、明日に響きそうだ」
    「はい」
    「……じゃあ、おやすみ」
     エルスは杖を突きながら、ふらふらとした足取りで居間から離れた。

    白猫夢・橘喜抄 2

    2012.05.09.[Edit]
    麒麟を巡る話、第7話。20年の結果。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. エルス・小鈴夫妻には子供が4人いる。 その内の一人、長女の飛鳥は秋也と同じ19歳ながら、既に橘喜新聞社の社員として働いており、将来は次期社長、小鈴のポストに就くと目されている。 一方で末娘の昂子は、先月で13歳になったばかりの少女である。そんな多感な時期にある彼女は、その先月の誕生日にこんなことを言いだしたのだ。「お父...

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    麒麟を巡る話、第8話。
    央南と世界の変遷。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     秋也が弧月に駆け込んでから、1週間が経った。
     本来ならば、とっくに昂子を伴い、ミッドランドへと向かっているはずだったのだが、秋也にとって肝心のもの、即ち刀がまだ届いていなかったためである。

    「まーだ届かないの!? 今、ドコよ!? 発注してどんだけ経ったと思ってんの!?」
     小鈴が頭巾を頭に巻き、誰かに向かって怒鳴り散らしている。魔術による通信機器、「魔術頭巾」を使い、刀を頼んだ業者にクレームを入れているのだ。
    「……うん、……うん、……はい? ……うん、……でもねアンタ、自分で一昨日くらいには届けるって言ってたじゃん?
     じゃあ、明日には届くのね? 本当に? 間違いない? 確実に、明日ね?
     ……うん、……いいわ、一割引きで勘弁したげる。……は? 何? アンタ自分の立場分かってる? ……でしょ? じゃあ負けなさいよ。……うん、……よし。
     じゃ、よろしく。明日、絶対、必ず、よ? じゃ、ね」
     頭巾を脱ぎ、小鈴は居間で遊んでいた秋也と昂子に声をかけた。
    「明日には絶対届けるって、刀」
    「分かりました。でも、大分遅かったっスね?」
    「向こうの言い分では、在庫の取り寄せだか何だか言ってたけどね。ま、明日届かなかったら半額にしてやるわ。
     刀が届き次第、出発ね」
    「はいはーい」
     どことなく、面倒くさそうに手を振る昂子に、小鈴は苦い顔をする。
    「アンタ、行きたくないの?」
    「え? ううん、そんなコト無い無い」
    「まさか、学校行きたくないから修業するとか、そんなバカなコト考えてたワケじゃないわよね?」
    「まさかぁ」
     しれっとそう答えては見せたが、その始終気だるそうな仕草からは、あまり意欲を感じることはできない。
    「ま、いいけどね。真面目にやんなかったら、後でツケ払う羽目になるのは自分だし」
    「大丈夫だいじょーぶ、ちゃんとやるから」
    「まったく、お気楽なんだから……。誰に似たんだか」
    (小鈴さんじゃないかなぁ)
     そうは思ったが、秋也は口に出さないでおいた。
    「そー言えばさ」
     と、昂子が話題を変える。
    「在庫切れって、そんなに売れてるの、刀って」
    「ん? んー……、逆っぽい感じだったわね。最近はずーっと仕入れてなかったみたいよ」
    「そうなんスか?」
    「そりゃまあ、同盟ができて20年くらい経ってるし、今は平和だもん。武器を作っても、あんまり売れないし。
     それにほら、銃や火器の開発もガンガン進んできてるし、刀の需要は減っていってるのよ、どっちにしても」
    「……」
     その話に、秋也はわだかまりを感じた。
    (今の世の中、刀よりも銃、か……。だよな、央南連合軍だって、年々銃士隊を増やしてるって言うし、反対に、剣士隊はここ数年、補充されてないらしいし。
     ……ソレ考えると、……何かちょっと、揺らぐんだよな。オレ、このまま剣士やってて食えるのかなって)
     秋也の心中を察したらしく、小鈴がこう話を続ける。
    「ま、そうは言ってもまだまだ、刀の需要はあるわよ。この平和がいつ続くか、誰にも保証できないワケだし」
    「何かあるの?」
    「ある、っちゃあるわね。例えば、央北からの侵攻とか」
     そう返した小鈴に、昂子はけらけらと笑って見せる。
    「そんなの、あるワケないじゃん。だって央北って、超ビンボーなところでしょ? 攻めてきたって、蹴散らされちゃうって」
    「……そうね。今はね」
     小鈴はそこで、この話を切り上げた。



     20年前までは権勢を見せていた央北地域も、同盟に敗北して以降、停滞・凋落の一途をたどっていた。
     戦後、央北は複数の国に分裂し、個々に政治・経済を展開してはいたが、やがてその間で紛争が勃発、長期化した。長く続いた内戦は各国の溝をさらに深め、その結果、央北全体の政治力・経済力は著しく低下した。
     現在、央北は世界で最も貧しい部類に入る、非常に荒れた地域であると言うのが、公然の事実となっている。

    白猫夢・橘喜抄 3

    2012.05.10.[Edit]
    麒麟を巡る話、第8話。央南と世界の変遷。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 秋也が弧月に駆け込んでから、1週間が経った。 本来ならば、とっくに昂子を伴い、ミッドランドへと向かっているはずだったのだが、秋也にとって肝心のもの、即ち刀がまだ届いていなかったためである。「まーだ届かないの!? 今、ドコよ!? 発注してどんだけ経ったと思ってんの!?」 小鈴が頭巾を頭に巻き、誰かに向かって怒鳴り散ら...

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    麒麟を巡る話、第9話。
    本音と言い訳の衝突。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     翌日になり、ようやく橘邸に刀が届けられた。
    「お待たせ、秋也君。コレで準備、万端ね」
    「ありがとうございます、小鈴さん」
     喜ぶ秋也の陰で、昂子がやはりどことなく、面倒くさそうな顔をしている。
    「さーて、昂子」
    「なに?」
    「いい加減、肚決めなさいよ。アンタ自分で、『行く』っつったんだから」
    「分かってるって、行くよ、行くって」
     そんな昂子を心配してか、小鈴の横にいたエルスが優しく声をかける。
    「昂子、どうしても行きたくなかったら、今からでも学校……」「ヤだ。行くって言ってるじゃん」「……うん、そうだね」
     昂子はくるりと秋也に向き直り、その手をぐいっとつかむ。
    「行こう、秋也兄ちゃん」
    「あ、うん。……それじゃ、小鈴さん、エルスさん。お世話になりました」
    「うん、またね、シュウヤ君」
    「またなんかあったら、いつでも来なさいよ」
    「はい。……行ってきます」
    「行ってきまーす!」
     ようやく秋也と昂子は、ミッドランドへの旅を始めた。

     弧月を後にし、街道をしばらく進んだところで――。
    「……はー」
    「どうした?」
    「やっ、……っと!」
     昂子は突然、大声を挙げた。
    「やーっと、自由だーっ!」
    「……やっぱりお前、学校行きたくなかっただけか」
    「当たり前じゃん。毎日毎日、何言ってるか分かんない授業ばーっかりでさ、先生もあれダメ、これダメってうるさいし」
     ピコピコと長い耳を震わせながら愚痴をこぼす昂子に、秋也は苦い顔を向けるしかない。
    「お前なぁ……」
    「おーっと、説教なんかさせないわよ?
     兄ちゃんだって、試験から逃げたクセに」
    「……っ」
     ようやく薄まってきていた落第による痛みが、この一言でずき、と蘇った。
    「……お前」
    「ん? なに? 何か……」
     次の瞬間、秋也はばし、と昂子の頬を叩いていた。
    「きゃっ……」
    「言っていいコトと悪いコトがあるだろッ……!? オレが試験に落ちたのが、そんなにおかしいか!?」
    「……あ、……あの、兄ちゃん?」
    「いい加減にしろよ、昂子!」
     秋也は怒りを無理矢理抑えつつ、昂子の腕をつかむ。
    「痛っ、……ちょ、待ってよ! 冗談じゃん、じょーだ……」「ふざけんなッ!」
     秋也はぐい、と昂子の腕を引き上げ、昂子を半ば宙吊りにする。
    「やめてよ、痛いってば……」
    「お前、自分のコトばっかりだよな!? ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、『めんどくさい』だの『じょーだん』だの、自分の都合で話しやがって!
     ちょっとは周りのコト、考えたらどうなんだ!? 親父さん、悲しんでたんだぞ!」
    「どーでもいいよ、そんなの。口開けば、『胃が痛い』だの『昔はねぇ』だのしか言わないグータラ親父だし」
    「……てめっ……」
    「ソレにさ、魔術修行だって冗談のつもりだったんだよ。ソレをさ母さん、真に受けちゃってオオゴトにしちゃうし」
    「ソレも、お前のためを思ってやったコトじゃねーか! お前、何でソレが分からないんだ!?」
    「二人が勝手にやってんじゃん、学校のコトも修業のコトも」
    「……そんなんでよく、オレに『試験に落ちて逃げた』なんて抜かせるな!?」
     秋也は勢いよく、昂子の腕を振り払う。
     当然、昂子は道にべちゃ、と尻餅を着いた。
    「いった、あ……」
    「オレは逃げたんじゃない、やり直すんだ! ソレも、自分のためだけじゃない! オレを育てて、鍛えてくれたお袋のためでもあるんだ!
     自分の都合でのらりくらり逃げようとするお前なんかと、一緒にするなッ!」
    「……ふん」
     昂子は立ち上がり、尻を軽くはたいてから、秋也に向き直り――。
    「説教すんなって言っただろ、このッ!」
     秋也の脚を、思いっ切り蹴っ飛ばした。
    「うっぐ、……てめっ、何すんだ!?」
    「あーだこーだ抜かして、結局逃げてんのはアンタもじゃん!? 逃げてないって言うなら、今すぐあたしを放っぽって、紅蓮塞に戻ればいいじゃんよ?」
    「できるかよ!? オレはエルスさんと小鈴さんにお前を任されて……」
    「ソレ! ソレが一番、ムカってくる! 逃げの口実に、あたしを使ってる! できるだけ先延ばしにしようとしてんじゃんよ、試験受けんのをさ!?
     学校が嫌で適当言いまくってたあたしと、何が違うってのよ!?」
    「っ……」
     反論できず、秋也は黙るしかなかった。

    白猫夢・橘喜抄 4

    2012.05.11.[Edit]
    麒麟を巡る話、第9話。本音と言い訳の衝突。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 翌日になり、ようやく橘邸に刀が届けられた。「お待たせ、秋也君。コレで準備、万端ね」「ありがとうございます、小鈴さん」 喜ぶ秋也の陰で、昂子がやはりどことなく、面倒くさそうな顔をしている。「さーて、昂子」「なに?」「いい加減、肚決めなさいよ。アンタ自分で、『行く』っつったんだから」「分かってるって、行くよ、行くって...

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    麒麟を巡る話、第10話。
    明日に向かって。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     喧嘩はひとまず収まったが、険悪な雰囲気は解消されなかった。
    「……」
    「……」
     街道の端と端で、二人とも背を向けて座り込んでいる。
    「……」
    「……」
     一言も言葉を交わさず、両者とも所在無さげに草を抜いたり、石や木の枝を放り投げたりしている。
     そのうちに日が傾き、街道は赤く染まり出した。
    「……ねえ」
     と、昂子の方から声をかけてきた。
    「なんだよ?」
    「……とりあえず、謝る」
    「あ?」
     振り向いた秋也の目に、頭を下げる昂子の姿が映る。
    「さっきのは、ゴメン。アンタがそんなに試験のコト気にしてるって、思ってなかったから」
    「……」
    「でも、このまま紅蓮塞に戻る、とかは言わないで」
    「なんだよ、ソレ」
    「あたしだってそれなりに、将来のコトとか考えてるしさ。このまま遊んでばっかりって、ダメだよねって。
     ソレ考えたらさ、アンタの方がまだ立派じゃん? ちゃんと試験受けて、先に進もうとしてるワケだし」
    「……」
     秋也も立ち上がり、昂子に返事をする。
    「まあ、……でも、……お前の言う通りなのは、確かだよ。お前のコト口実にしてたのは、認める。
     また落ちるのが、怖いんだ。だからせめて、もう一回行く前に、自分で修業してからもう一度って思って」
    「……どっちも、修業しなきゃいけないんだよね。このままじゃあたしたち二人とも、バカでグズのままだし」
    「……おう」
     昂子は顔を挙げ、秋也に目を向けた。
    「行こっか」
    「……そうだな」
     秋也も頭を下げる。
    「オレの方こそ悪かったよ。お前はお前なりに、頑張ろうとしてるのにな」
    「……本当に反省してる。あたし、適当なコトばっかり言っちゃう性格だから」
    「オレもすぐ、カッとなるのがな……。剣士失格だな、本当に」
    「……クス」
     と、昂子が吹き出す。
    「なんだよ?」
    「失格って、シャレのつもり?」
    「……んなつもり、ねーよ」
     秋也は肩をすくめ、昂子の手を握った。
    「ほら、行くぞ」
    「いいけど……」
     昂子はきょろ、と辺りを見回す。
    「もう夜になっちゃうよ。まだ近いけど、流石に家に戻るワケにも行かないし」
    「……だな。この辺りで、寝られるところを探すしかないか」

     二人は野宿することにし、街道の外れにある林の中に、寝床にするテントを作っていた。
    「昔はさ、こーゆーのも無かったんだってね」
    「らしいな。木の根元で毛布にくるまって、動物が寄ってこないように火とか魔術とかを……、って」
    「今はコレだもんね」
     そう言って、昂子はテントの表面に薄く描かれた魔法陣を指差す。近年研究・開発が進められた、退魔・退獣法陣である。
    「『トポリーノのネズミ『とか』除け! コレさえあれば、どこでも安心してぐっすりキャンプ!』……ってポスター、店に一杯貼ってあったよね」
    「だなぁ。オレもテントじゃないけど、愛用してる」
     そう言って秋也は、同じ魔法陣が描かれた毛布を指差す。
    「秋也兄ちゃ……、秋也って」
    「おい、呼び捨てかよ」
    「いーじゃん、別に。んでさ、秋也って、旅慣れてる方?」
    「まあ、それなりにな。合計で2年分くらいは旅に出てた」
    「その間、勉強とかしてないよね?」
    「お前じゃあるまいし。独学でやってたよ。まあ、成績としては無茶苦茶かも知れないけど、央中語はそれなりに話せるくらいには、勉強した」
    「……あ、そっか」
     途端に、昂子は不安げな表情になる。
    「話せるかなー、央中語。勉強嫌いだしなぁ」
    「向こうで過ごしてりゃ、嫌でも覚えるさ。……と、コレでテント完成だな」
     秋也はテントの中に入り、昂子に手招きした。
    「飯にしよう。腹減った」
    「そだね。缶詰?」
    「他にあるか?」
    「無いよねー」
     喧嘩したこともすっかり忘れ、二人は夕食を取り始めた。



     こうして始まった二人の旅は、本来ならばミッドランドまで3週間ほどのはずであった。
     しかし――秋也も母同様に、何かと災難に見舞われやすい性質であるらしい。
     その予定の通りには、なかなか行かなかった。

    白猫夢・橘喜抄 終

    白猫夢・橘喜抄 5

    2012.05.12.[Edit]
    麒麟を巡る話、第10話。明日に向かって。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 喧嘩はひとまず収まったが、険悪な雰囲気は解消されなかった。「……」「……」 街道の端と端で、二人とも背を向けて座り込んでいる。「……」「……」 一言も言葉を交わさず、両者とも所在無さげに草を抜いたり、石や木の枝を放り投げたりしている。 そのうちに日が傾き、街道は赤く染まり出した。「……ねえ」 と、昂子の方から声をかけてきた。...

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    麒麟を巡る話、第11話。
    黒い領地に来た焔。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「それは、本当ですかっ」
     そのうわさを聞いた狼獣人の少年は、思わず大声を挙げていた。
    「……あ、と。すみません」
     静かな聖堂に響き渡ったその大声は自分にも返り、彼は周囲に頭を下げる。
    「それで、その、……奴がこちらに向かっている、と?」
    「その可能性は非常に高い。
     黒荘に到着したと言うことは、それ即ち、東側の峠を上ってくるつもりであろうことは明白であるし、ならば黒鳥宮の前を通るのも、至極当然と言える」
     うわさを伝えた少年の伯父は、そこで彼に釘を刺した。
    「言っておくがウォン、軽々に武器を振るったり、行く手を妨害したりは、決してならんぞ」
    「え」
    「確かに先の武闘会に出場した僧兵の惨敗振り、我々全員にとって恥ずべき事態であった。だがそれは結局、己の未熟さ故に、出るべくして出た結果なのだ。
     それを棚に置いて、己を負かした相手にいらぬ干渉をしてはならんぞ」
    「……ええ、それはもう、はい、重々に、承知しております」
     少年――ウォンはそう前置きし、反論する。
    「しかし、焔流と我々、黒炎教団には対立の歴史があります。焔流剣士をそのまま素通りさせては、沽券に関わるものと」
    「馬鹿者め」
     ふん、と鼻を慣らし、伯父はその意見を否定する。
    「そんな歴史は、今や既に過去のものだ。
     いたずらに対立を深めていたのは、結局は我々の、ごくごく一部の者たちでしかなかったのだ。それも教団の沽券だの権威だのの大義名分を訴えていたわけではなく、単なる一派閥の我執、取るに足らぬ安いプライドによって、だ。
     それ以前にお前も知っているはずだ、522年の教主声明の内容は」
    「……知らないはずがありません。当代教主の、そして何より我が母上の声明ですから」
    「ならば、分かっているはずだ。最早、焔流と我々の間に対立など無いと。
     それともお前は、黒炎様からの詔(みことのり)を否定すると言うのか?」
    「……いえ」
    「ならばよし。……くれぐれも、足止めなどしてはならんぞ」
    「はい……」



     時間は、半日前に戻る。

     野宿で夜を明かした翌日に、秋也と昂子の二人は屏風山脈の麓にある街、黒荘に到着した。
    「結構かかったねー」
    「いや、普通よりは早いと思うぜ。お前、意外に体力あるな」
    「一応、体育の成績は上の方だったし」
     と、昂子は街並みを見渡して一言、こうつぶやいた。
    「地味だねー」
    「まあ、あんまり騒ぐような奴らじゃないからな、黒炎教団って」
    「引きこもりだらけってコト?」
    「ソレはなんか違うかなー……」
     他愛もないことをしゃべりながら、二人は街の中に入った。
     この黒荘と言う街は、央南における黒炎教団の領地となっており、布教活動の最前線でもある。
     20年以上前には、教団は西端州のほとんどを領地・教区とし、また、その周辺も教化を達成しており、権勢を奮っていたのだが、央南連合との戦争で敗北を喫して以降、黒炎教団は央南における活動圏のほとんどを失っており、布教活動もままならない状態にあった。
     その状況を打破したのが、現在の教主であるウェンディ・ウィルソンである。彼女は教団に人が入りやすくなるようにと、総本山である黒鳥宮までの峠道を整備し、さらには武闘会や演武披露と言った様々な興行を立て、これまでの密教主義・秘密主義を緩めさせたのだ。
    「お、……コレ、またやるんだな」
     秋也は街の掲示板に張られたポスターを指差し、昂子に自慢する。
    「前回の大会、オレが優勝したんだぜ」
    「へー。すごいじゃん」
     そう言っておいてから、昂子はこう返してきた。
    「なのに落ちた、と」
    「……言うなよ」
    「んふふふ」
     と、秋也はポスターを眺めながら、ぽつりとこうつぶやく。
    「……元気にしてるかな、ウィルとかシルキスとか」
    「誰?」
    「決勝と準決勝で対戦した相手。まあ、それ以前に幼馴染……、みたいなもんかな」
    「ふーん」
    「二人とも、央中のゴールドコーストって街に住んでるんだ。あそこも半年に一回、でかい大会があるんだけどさ、そいつら二人とも、以前に優勝したらしいんだ」
    「へーえ」
     気の無い昂子の返事に、秋也は苦い顔をした。
    「興味、無いか?」
    「無い」
    「……そっか。
     じゃ、まあ、……宿でも探すか。歩き通しでいい加減、疲れたし」

    白猫夢・逸狼抄 1

    2012.05.13.[Edit]
    麒麟を巡る話、第11話。黒い領地に来た焔。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「それは、本当ですかっ」 そのうわさを聞いた狼獣人の少年は、思わず大声を挙げていた。「……あ、と。すみません」 静かな聖堂に響き渡ったその大声は自分にも返り、彼は周囲に頭を下げる。「それで、その、……奴がこちらに向かっている、と?」「その可能性は非常に高い。 黒荘に到着したと言うことは、それ即ち、東側の峠を上ってくるつ...

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    麒麟を巡る話、第12話。
    確執、今もなお。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「うめー」「うまぁ」
     缶詰ではない食事を口にし、秋也と昂子は同時に感動する。
    「肉、臭くない!」
    「野菜、こんなに食べられる!」
    「やっぱり……」
     そしてまた同時に、二人は声を挙げた。
    「普通の料理、サイコー!」
     と、二人で騒いでいるところに、店主がそっとやってくる。
    「すまんが、お二方。あまり大声を出すのは遠慮願いたい」
    「あ、すんません」
     ぺこ、と頭を下げた秋也に、店主は苦々しい目線を向ける。
    「まったく、これだから焔の奴らは……」
    「え?」
     秋也たちがわずかながらも憮然とし、それに対して見た店主はぺこ、と頭を下げ返す。
    「……いや、失敬。今は友好関係にある方々に、無礼なことを言った」
     そう言い残してそそくさと立ち去った店主に、昂子も眉をひそめる。
    「何アレ、すっげー感じ悪いんだけど」
    「まあ、そう言うなって。元々さ、焔流と黒炎は仲悪かったんだしさ、今でもまだ、良く思ってないヤツもいるんだよ」
    「昔のコトじゃん」
    「お前にとっちゃ昔のコト、産まれてもいない前の話だろーけどさ、歳いったヤツにはまだ『今』の話なんだって」
    「……どーでもいーや。食べよ、食べよっ!」
     昂子はけろっとした顔で、肉を口に入れた。



     その夜――。
    「……ええ。間違いありません、見覚えがあります。宿帳の名前からしても、彼に相違ないでしょう」
     先程秋也たちをたしなめた、あの教団員の店主が、黒鳥宮の人間と「魔術頭巾」で連絡を取っていた。
    「どう致しますか?」
    《どうって、……うーん》
     真剣な声色を立てる店主に対し、相手はぼんやりとした返答を返す。
    《どうもしなくていいんじゃないかなー、なんて》
    「何故です? 表向きは休戦協定や友好宣言を結んだとは言え、あの焔流ですよ? その上、奴は先の大会で、我々に恥をかかせた! このまま何もしないで通すなど……」
    《表向きには友好にしてるでしょ? じゃあ、表向きだけでいいからニコニコ笑って通せばいいじゃないですか》
    「そんなわけには……」
    《私もね、どちらかって言えば友好派なんですよねぇ。そりゃ教団員ですから武術はたしなんではいますけども、血生臭いのや汗臭いのは嫌いなんですよ》
    「ふざけないでください!」
    《ふざけてなんかいません。私は『わざわざ無意味に揉めるようなことはしたくない、折角どちら側も仲良くしようと言ってるんだから、そのまま通す方がいいだろう』と、至極まともに主張してるだけですよ。
     それともあなた、超穏健派である今の教主に逆らうと言うおつもりですか? それこそふざけた、不遜な態度じゃありませんか?》
    「それは……、いや……」
     相手は余程面倒だったらしく、ここで話を切り上げてきた。
    《とにかく、私からは何もしないことをお勧めします。一応、上には話を通しますけど、多分私と同じ答えが返ってくるでしょうね。
     また何かあったら教えてください。それじゃ》
    「あ、ちょっ」
     店主は話を続けようとしたが、そこで通信は切れた。

     宿の中をうろついていた昂子は、この会話を物陰で、そっと耳にしていた。
    (やっぱあの店主、あたしら嫌ってたみたいね)
     昂子は欠伸を噛み殺しながら、店主の行動を嘲った。
    (話の感じからすると、相手は教団の総本山の誰か、ちょっと偉い人だったのかしらね。でも結局、襲うとかってのは却下された感じか。
     イマドキ流行んないって、武力行使とか力ずくとか、喧嘩とかメンツとか。ばっかみたい)
     昂子は小さく欠伸をし、それから寝室に戻った。



     黒荘にて秋也たちを拘束すると言う、この物騒な計画はあっさり却下されたものの、教団本部には秋也たちが来ている旨については、約束通り伝えられた。
     そして予想されていた通り、教団の上層部はそのまま通すことを決定した。
     それを良しとしなかったのが――。
    (……やはり、腑に落ちない!)
     あの少年、ウォンである。
    (母上を侮辱するわけではないが、相手は我らが誇り、教団の威信を担って舞台に上がった僧兵たちを、あろうことか公衆の面前で辱めた奴なんだぞ!? それを何の咎めもせずに通すなど、僕たちのメンツに関わる!
     僕は嫌だぞ、『黒炎教団は腑抜けの集まりだ』などと囃されるのは!)
     ウォンは壁にかけていた武器――三節棍を手にし、部屋を抜け出した。

    白猫夢・逸狼抄 2

    2012.05.14.[Edit]
    麒麟を巡る話、第12話。確執、今もなお。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「うめー」「うまぁ」 缶詰ではない食事を口にし、秋也と昂子は同時に感動する。「肉、臭くない!」「野菜、こんなに食べられる!」「やっぱり……」 そしてまた同時に、二人は声を挙げた。「普通の料理、サイコー!」 と、二人で騒いでいるところに、店主がそっとやってくる。「すまんが、お二方。あまり大声を出すのは遠慮願いたい」「あ、...

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    麒麟を巡る話、第13話。
    ウォンの暴走。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「あー……、だから朝食は雑だったんだな。昨夜のに比べて」
    「露骨に嫌がってたわね。ま、缶詰よりはマシだけどさ」
     翌朝、黒荘の宿を発った二人は、店主の態度について話していた。
    「にしてもさ、根に持ち過ぎだと思うんだよね。そりゃ確かに、大会で恥かかされたってのはあるだろうけど、ソレだって結局、秋也より弱かったからじゃんよ」
    「お前、ソレは教団の奴らの前では絶対言うなよ」
    「なんでよ? 間違ってないじゃん」
    「そりゃ、そう言う見方もあるだろうけどさ……。
     お前、人の傷口に塩をぐりっぐり塗り込むな。しかも無意識に」
    「そう?」
     あっけらかんと返す昂子に、秋也は苦い顔を返すしかなかった。



     自分の部屋を飛び出したウォンは、怒りに満ちた足取りで黒鳥宮の中を突き進んでいた。
    (こうなれば僕一人ででも……!)
     単騎で秋也たちを迎え撃つ覚悟を決め、ガツガツと足音を立てて闊歩していると――。
    「ウォーナード様!」
     呼び止められ、ウォンは振り返る。
     そこには顔をこわばらせた僧兵たちが6名、合掌しながら直立しているのが確認できた。
    「なんだっ」
     思わず声を荒げてしまい、ウォンは取り繕う。
    「コホン、……なんだ?」
    「我々も、焔流剣士がこちらに向かってくると聞きました。……もしや、ウォーナード様は」
    「……だとしたらどうだと言うんだ。止めるのか?」
     高圧的な口調でそう返し、僧兵たちを退けようとしたが――。
    「我々もお供致します!」
    「何? 僕に、付いてくる?」
     思ってもいない反応に、ウォンは思わず聞き返した。
    「我々も上層部の決定には納得しておりません!」
    「我々に仇なした焔流の人間をこのまま素通りにしておくなど、到底我慢なりません!」
     僧兵たちの言葉に、ウォンは思わずにやりとする。
    「……そうか、お前たちもか」
     ウォンは手にしていた三節棍を掲げ、こう叫んだ。
    「よし、他にも同志がいるはずだ! 集めて焔流を叩くぞッ!
     たるみ切った上層部の決定など、知ったことか! 僕たちは真に教団の威信を背負いし者として、憎き焔流の奴らに鉄槌を下してやるのだ!」
    「おうッ!」
    「僕は正門裏にて待機する! お前たちは修練場と住居棟を密かに周り、僕が同志を募っていることを伝え、人を集めるんだ!」
     ウォンは僧兵たちに指示を飛ばし、正門に向かって駆け出した。

     1時間後、正門裏には50名を超える僧兵たちが集まった。
    「ふむ……、意外に少ないな」
    「折悪く、ワニオン枢機卿がいらっしゃいまして。修練場の者には声をかけることができず……」
    「朝の修練に出ている者も多い分、住居棟には人が居るはずも無し、か。……いや、しかし」
     ウォンは首を振り、握り拳を固めた。
    「焔流剣士とは言え、たった一人や二人が相手であれば、これで十分事は足りる。
     よし、全員出陣だ! 憎き焔流剣士を、血祭りに挙げてやるぞ!」
    「おうッ!」
     50名を超える僧兵たちは、ウォンを先頭にして行進を始めた。
    「な……っ?」
     固まって進んでくる僧兵たちを見て、門番らは目を白黒させる。
    「何をなさるおつもりですか、ウォーナード様!?」
    「決まっている! 我らに恥をかかせた焔流の者を、ここで袋叩きにしてやるのだ!」
    「そんな……! 猊下らのご意思を、無視なさるおつもりですか!?」
     止めようとする門番に、ウォンは三節棍を向けた。
    「お前は悔しくないのか!? これ以上彼奴らに、嘲られてなるものか!
     どけ! どかなければ力づくで通るぞ!」
     ウォンが構えると同時に、背後の僧兵たちも凄んでくる。
    「う……ぐ」
     門番はそれに気圧され、仕方なく門を開けた。
    「行くぞ! 朝に黒荘を発ったのならば、こことふもとの中間地点、中腹あたりで接触するはず! それまでに峠を封鎖し、足止めするんだ!」
    「おうッ!」
     バタバタと足音を立て、門を突破した僧兵たちの後姿を見た門番は、慌てて宮内に駆け込む。
    「ウォーナード様が乱心された! 兵を集めて焔流の人間を討とうとしている! 誰か、誰か来てくれーッ!」
     この騒ぎは間もなく、教団の上層部が知ることとなった。

    白猫夢・逸狼抄 3

    2012.05.15.[Edit]
    麒麟を巡る話、第13話。ウォンの暴走。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「あー……、だから朝食は雑だったんだな。昨夜のに比べて」「露骨に嫌がってたわね。ま、缶詰よりはマシだけどさ」 翌朝、黒荘の宿を発った二人は、店主の態度について話していた。「にしてもさ、根に持ち過ぎだと思うんだよね。そりゃ確かに、大会で恥かかされたってのはあるだろうけど、ソレだって結局、秋也より弱かったからじゃんよ」「お前...

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    麒麟を巡る話、第14話。
    峠の封鎖。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     宿を後にしてから4、5時間ほどが経ち、秋也と昂子は峠の中腹に差し掛かった。
    「もうお昼くらいだよね」
     懐中時計をチラチラと見つつ、そうつぶやいた昂子に、秋也はニヤ、と笑って見せる。
    「なんだ、もう腹減ったのか?」
    「そりゃ減るよ、朝ご飯あんなだったし」
    「ま、そりゃそうか。んじゃ、この辺りで……」
     と、秋也はそこで言葉を切り、峠の上方に目をやる。
    「どしたの?」
    「……昂子。もうちょっと、飯は待ってもらっていいか?」
    「何でよ?」
    「アレだよ」
     秋也は少し先を指し、肩をすくめた。
    「昨夜お前が言ってたコト、本気でやりやがったみたいだ」
    「へ? ……教団が襲ってくるって、アレ?」
     昂子も目を凝らし、上の様子を確認する。
     そこには黒い点が、峠に並んでいるのが見えた。
    「……アレって、教団の人?」
    「この山で黒い服を着込んで威張ってる奴らなんて、他にいるか?」
    「え、じゃあアレって、あたしたちを待ち構えてるってコト?」
    「多分な。……参ったな」
     秋也は猫耳をコリコリとかきながら、腰に佩いていた刀を抜く。
    「この分じゃ、黒荘に戻っても襲われるだろうな。……となると、前に進むしかないな」
    「えっ」
     秋也の言葉に、昂子は顔を青くする。
    「いや、無理じゃん? どう考えてもダメだって」
    「なら、戻るか? 戻っても多分、同じ目に遭うぞ?」
    「いや、ほら、あの、脇道にそれて、回り込んで逃げるとか」
    「あのな、上からオレたちの動き見てるってのに、今さら逃げてみてどうなる? 追い掛け回されるだけだぞ」
    「じゃ、じゃあさ、ごめんなさいって言って」
    「それで何とかなるなら、袋叩きにするだの何だのって発想は出ないっつの」
    「じゃ、ほら、あの、えー……」
     戸惑っている昂子に、秋也ははあ、とため息をつく。
    「お前、本当に自分の思い通りにならない状況に弱いな。逃げるか駄々こねるか、ソレばっかだよな」
    「うー……、だって」
     秋也は昂子に背を向け、歩き出した。
    「いいよ、ソコでじっとしてな。オレが何とかしてきてやるから」
    「あ、ちょ、ちょっと!」
     一人きりにされるのも嫌だったのだろう――昂子は慌てて、秋也の後に付いてきた。

     現れた秋也と昂子を見て、僧兵たちの先頭に立っていたウォンは居丈高に叫んだ。
    「やっと来たか、焔流剣士!」
    「そりゃまあ、他に道は無いし。……で、オレに何の用だ?」
     尋ねた秋也に、ウォンは三節棍を向ける。
    「お前ら焔流が、このままのうのうと我らが聖地、黒鳥宮の真正面を横切るなど、言語道断!
     よってここで、お前ら二人を……」
     と、ここで秋也が「おい」と声をかけた。
    「なんだ? 命乞いか?」
    「違げーよ。お前ら勘違いすんな、って話だよ。
     焔流はオレ一人。こっちのエルフはただの中学生。良く見てみろよ、焔流の家紋が付いてるか、こいつの服に?」
    「なに?」
     そこでウォンは、秋也と昂子を交互に見る。
    「……えーと」
    「いくら焔流が嫌いだからって、単なる旅仲間にまでとばっちり食らわすなよ。
     それでもプライドあんのかよ、お前ら? それとも誰彼構わず襲い掛かるのが、お前らの流儀か?」
    「う……」
     苦い顔をしたウォンに、秋也は畳み掛ける。
    「そもそも、お前ら恥ずかしくないのか? いくら憎い相手だからって、そんなに何十人も押しかけて袋叩きにしようってのは、三下かチンピラ共のやるコトじゃねーのか?」
    「……っ」
     今度は一転し、顔を紅潮させたウォンを、秋也はもう一度、強くたしなめた。
    「やるってんならお前一人でやれよ。取り巻きと一緒に嬲り者にして、ソレで黒炎のプライドが保てるって言い張るんなら、オレもハラ括るけどさ」
    「……いいだろう」
     ウォンは味方に背を向けたまま、こう言い放った。
    「お前たちは手を出すな。僕一人で、こいつを叩きのめすッ」
    「そう来なくっちゃな」
     秋也も刀を構え、ウォンと対峙した。

    白猫夢・逸狼抄 4

    2012.05.16.[Edit]
    麒麟を巡る話、第14話。峠の封鎖。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 宿を後にしてから4、5時間ほどが経ち、秋也と昂子は峠の中腹に差し掛かった。「もうお昼くらいだよね」 懐中時計をチラチラと見つつ、そうつぶやいた昂子に、秋也はニヤ、と笑って見せる。「なんだ、もう腹減ったのか?」「そりゃ減るよ、朝ご飯あんなだったし」「ま、そりゃそうか。んじゃ、この辺りで……」 と、秋也はそこで言葉を切り、峠の...

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    麒麟を巡る話、第15話。
    焔流と黒炎、若獅子対決。

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    5.
     多数の僧兵に囲まれた中でも、秋也の心はまるで乱れていなかった。
    (試験の時は、相手が相手だったからなー……。アレは正直、どーしたらいいか困ってた。
     こーやってハッキリ、『敵だっ』って分かってりゃ、なんも悩まないで済む)
     刃先をすい、とウォンの喉元に定め、秋也は正眼の構えを取る。
     一方のウォンも、まだ顔を紅くしてはいるものの――それが恥ずかしさからなのか、それとも逆上しているからなのかは秋也には分からなかったが――三節棍を斜めに取り、構えを見せる。
     ウォンの心が少なからず乱れているのは明らかだったが、それでも体の方は、経験と修練に裏打ちされた挙動を見せている。
    (ま、……短期決戦だな。落ち着かれたら厄介そうだ)
     秋也はぐっと一歩踏み込み、間合いを詰める。それに応じるように、ウォンも一歩、詰め寄ってきた。
    「……はあッ!」
     そこで秋也はもう一度、今度は素早く、そして強く踏み込み、間合いを一気に、ウォンの眼前にまで詰める。
    「なっ」
     急に寄ってきたこと、そして刀の間合い以上に詰め寄られたことで、ウォンはさらにうろたえたらしく、短く声を挙げた。
     ウォンは慌てて棍を振るおうとするが、秋也はそこで、刀から左手をぱっと離し、真ん中の棍を握りしめた。
    「ばっ、バカっ、何をっ」
    「ナニじゃねーよ」
     振り上げかけた棍が引っ張られ、ウォンの姿勢は腰砕けになる。
     その隙を突いて、秋也はウォンの脚を軽く蹴とばした。
    「うわあっ!?」
     当然、ウォンはこてんと前のめりに倒れる。
    「……き、汚いぞ、貴様っ」
    「袋叩きにしようとしたお前が、なーに寝言抜かしてんだよ?」
     倒れ込み、慌てて立ち上がろうとしたウォンの首筋には既に、秋也の握る刀が当てられていた。
    「勝負あったな」
     誰の目にも、ウォンの敗北は明らかだった。

     ところが、ウォンはこんなことを言い出した。
    「……ま、まだだ! かかれ、お前らっ」
    「はぁ!? 本当に袋叩きにする気か、てめー」
     秋也は呆れつつ、すぐに襲ってくるであろう、周囲の僧兵の動きに目を配ったが――。
    「……あれ?」
     誰一人として、動こうとしない。全員真っ青な顔をして、硬直していた。
    「心配するな、焔流の」
     と、野太く、そして若干しわがれた男の声が、秋也にかけられる。
    「相手の言葉に一々翻弄され、その度に言うことをコロコロと変えるような軟弱者の命令を聞け、などと言う教えは皆、受けてはおらん。
     それに引き替え、仲間を護るため、単騎で挑もうとするその心意気、そしてそれを実際に示して見せたこと。流石であるな」
    「えっと……」
     秋也は僧兵たちの背後から現れた、小山のような巨体の、初老の黒い狼獣人に、ぺこりと頭を下げた。
    「ありがとうございます、……えーと、ウィルソン卿、ですよね?」
    「いかにも。私が黒炎教団枢機卿、僧兵団総長のワニオン・ウィルソンだ」
     ワニオンはそう前置きし、一様に顔を青ざめさせている僧兵たちをかき分け、秋也の前に立った。
    「……でけっ」
     秋也の目には、ワニオンの姿はまるで、巨岩のように感じられた。
    「はっはっは、これでも四十余年、修業を積んでおるからな。そこいらの雑兵にはまだまだ負けん。
     ……と、大変な失礼をしてしまったな。私の監督不行き届きで、貴君とその同行者には、済まないことをした」
     そう言うとワニオンは、その巨体を折りたたみ、秋也に向かって深々と頭を下げた。
    「あ、いや、そんな……。オレにも昂子にも、大して危害は無かったですし、気にしないで下さい」
    「……それも情けない話である」
     ワニオンは頭を挙げ、今だ地に手を着いたままの甥、ウォンに目をやり――その頭に、ゴツンと音を立てて拳骨を喰らわせた。
    「ぶぎゃ……っ!?」
    「この痴れ者めがーッ!
     散々、手を出すなと言ったはずだ! それを無視した上で、あろうことか徒党を組んで嬲り者にしようと企み、あまつさえ無様に負けた上、卑怯にも取り決めを反故にし、兵をけしかけるとは!
     どれだけ恥の上塗りをすれば気が済むのだ、この大馬鹿者があッ!」
    「す、すみません、すみません……」
     先程の高飛車な態度から一転、ウォンはボタボタと涙をこぼしながら土下座する。
     それでもワニオンの怒りは収まらず、彼はウォンの襟をぐい、とつかんで引きずり始めた。
    「この件は猊下に報告する! ウォンの阿呆もお前らも、厳しく裁定してもらうからな! 覚悟しておけッ!」
    「ひ……っ」
     まるで稲妻が立て続けに落ちたかのような怒声に、周りの僧兵たちは一様に縮こまる。
     と、ワニオンは再度秋也と昂子に振り向き、穏やかな、しかし重みのある声でこう告げた。
    「無礼の詫び……、と言ってはなんだが、黒鳥宮横の宿を取るなら、私の名を出してくれ。無料でもてなすよう、取り計らっておく」
    「あ……、どもっス」
    「ありがと、……えーと、ワニオンさん」
     ウォンを引きずったまま、ドスドスと足音を立てて去っていくワニオンの背中を見て、秋也と昂子は同時につぶやいた。
    「……怖えぇー」

    白猫夢・逸狼抄 5

    2012.05.17.[Edit]
    麒麟を巡る話、第15話。焔流と黒炎、若獅子対決。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 多数の僧兵に囲まれた中でも、秋也の心はまるで乱れていなかった。(試験の時は、相手が相手だったからなー……。アレは正直、どーしたらいいか困ってた。 こーやってハッキリ、『敵だっ』って分かってりゃ、なんも悩まないで済む) 刃先をすい、とウォンの喉元に定め、秋也は正眼の構えを取る。 一方のウォンも、まだ顔を紅くして...

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    麒麟を巡る話、第16話。
    はぐれおおかみ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ウォンが起こしたこの騒動は、教主であるウェンディ・ウィルソンによって、その日のうちに裁かれた。
     まず、ウォンに加担し、兵を集めた6人については、頭と耳、尻尾を丸刈りにした上で独房に3ヶ月の禁錮。さらに僧兵から降格、平の教団員に格下げされた。
     また、扇動に乗った50数名についても、先の6人同様丸刈りと、1ヶ月の禁錮処分が下されたものの、元から位の低い者ばかりだったため、事実上、降格の処分は無かった。
     そして騒ぎの中心人物、ウォンの処分は――。

    「は……、破門、ですって!?」
     他の教団員同様丸刈りにされたところで、ウォンは母のいる執務室に連行され、彼女からその処分を、直に聞かされた。
    「ええ、破門よ。
     この件は、教団の体面に大きな瑕(きず)を付ける、極めて重大な騒動。それを鑑みれば、温情ある処置は全く、図れる余地が無いわ」
    「し、しかし母上! 僕はその、教団の体面を思って……!」
     そう反論したウォンに、ウェンディは静かに尋ねる。
    「体面を思っての、あの騒動と? ではウォン、あなたは黒炎様と、その委任者たる教主の決定に逆らったことが、教団のためになると思ってやったと、そう言うのね?」
    「そうではありません! 僕はただ、このまま彼奴らに何もしないまま通しては、メンツが立たないと思って……」
    「そもそも私も、枢機卿も、あなたには何度も、『我々僧兵が負けたのは、その未熟さゆえである』と言ってきたはずよ。メンツ云々を言うのであれば、まず己の未熟を恥じるべきでしょう?
     それを棚に上げ、あなたは愚かな騒ぎを起こした。そしてその結果は? あなたは、勝ったの?」
    「……結果として、勝ってはおりません。しかし僕に油断が無ければ……」
    「ウォン」
     ウェンディは執務机から立ち上がり、ウォンの前に立った。
    「あなたには、自尊心が無いの?」
    「有ります! 無ければこんな騒ぎなど……!」
    「有ると言うなら、何故、現実に目を向けないの!?」
     次の瞬間、執務室にパン、と乾いた音が響く。
    「うっ……」
    「負けたことを認めず、うじうじと言い訳ばかりして! 何故負けたと言う、その事実を受け止めようとしないの!?
     あなたが言い訳しているそれは、誇りや自尊心では決して無いわ! ただの逃げ心、虚栄心よ!」
    「いえ……それは……そうじゃなく……」
     まだ口を開こうとするウォンに、ウェンディは背を向けた。
    「……あなたには心底、失望したわ。
     教主であり母である私の言うことも、上層部の叱咤も、黒炎様の詔も聞かないばかりか、自分勝手な騒ぎを起こして、その上自分の間違い、失敗を認めず、無理矢理に正当化しようとする、その性根の腐り様!
     あなたには何を教えても無駄ね。聞く耳が無いのなら、これ以上何も、教えられはしないわ」
     ウェンディは背を向けたまま、ウォンを両側から拘束している僧兵に命じた。
    「門の外に放り出しなさい。
     教主命令です――本日を以て、ウォーナード・ウィルソンは破門です」
    「御意……」
     僧兵たちは青ざめた顔のウォンを引きずり、執務室を後にした。

     一人残ったウェンディは、じんじんと痛む自分の手をさすりながら、こうつぶやいた。
    「ウィルも、あの人も、そしてウォンまでも……、か。どうして……、こうなるのかしら」



     ワニオンの厚意により、秋也と昂子は宿にて美味しい食事と、ふかふかの寝床を楽しんだ。
    「いやー……、よく眠れた」
    「ホント、ホント。あたし、この旅で初めて、アンタに感謝したわ」
    「感謝ぁ?」
    「アンタがあの時勝ってなかったら、こんな美味しい思いできなかったもん」
    「うーん……、感謝って言うならワニオンさんにじゃないか?」
     そう返され、昂子はほんの少し、考える様子を見せた。
    「……そうかも。じゃ、今のナシ! ありがとうワニオンさん!」
    「ソレもどーかと思うけどなぁ」
     いつものように他愛もないことを話しつつ、二人は央中側に通じる峠道を下っていく。
     と、秋也は道の先に、トボトボと肩を落として歩く人影を見つけた。
    「ん……?」
     秋也は軽く駆け込み、その人影に声をかけた。
    「おーい! お前、もしかして昨日の……」
    「……っ」
     振り向いたその人影は――頭と狼耳、尻尾の毛をばっさり剃られた、あのウォンだった。

    白猫夢・逸狼抄 6

    2012.05.18.[Edit]
    麒麟を巡る話、第16話。はぐれおおかみ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ウォンが起こしたこの騒動は、教主であるウェンディ・ウィルソンによって、その日のうちに裁かれた。 まず、ウォンに加担し、兵を集めた6人については、頭と耳、尻尾を丸刈りにした上で独房に3ヶ月の禁錮。さらに僧兵から降格、平の教団員に格下げされた。 また、扇動に乗った50数名についても、先の6人同様丸刈りと、1ヶ月の禁錮処...

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    麒麟を巡る話、第17話。
    とりあえずの和解。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「あ、やっぱり! どうしたんだその頭、……と耳と尻尾と」
    「……言いたくない」
     ウォンは背を向け、逃げ去ろうとする。
     その様子を見て、秋也はピンときた。
    「もしかしてお前、破門された、……とか?」
    「……ッ!」
     足を止めたウォンに、秋也は質問を続けようかとためらう。
     ところが昂子は、お構いなしにこう言い放った。
    「え、追い出されたの? ま、自業自得だろうけど」
    「……何が、自業自得だッ」
     ウォンは振り返りざまに、昂子に向かって拳を振り上げようとする。
     が、それを察した秋也は、彼の腕をつかんで止めた。
    「いい加減にしろよ、お前。コイツに手ぇ出すなって、昨日も言ったよな?」
    「お、お前の言うことなんか、誰が聞くか! 焔流のお前なんかに……」
    「オレがドコの誰だろーと、女に手を挙げる男が最低なのは、全国・今昔ドコでもいつでも同じだろうが。
     本当にプライドねーのな、お前」
    「う……」
     ウォンの力が緩んだところで、秋也は手を離す。
    「オレが言っても聞かないだろうし、知らないヤツ相手にあんまり言いたくないけどさ、お前、そんなコトばっかりしてるから、追い出されたんじゃねーのか?」
    「ち、違う! 僕は、その……、しゅ」「『修業のため外に出た』っつって説得力、あると思ってんのか? そのズタボロの見た目で?」「……ぐ、っ」
     散々に突っ込まれ、ウォンはとうとう、ボタボタと涙を流してしまった。
    「ぼっ、僕は、……僕はっ、ひっく、教団のっ、ために、ひっく、やったのに……っ」
    「でも、ソレはやるなって散々止められてたんだろ? なんでソコまで釘刺されてやったんだよ?
     結局ソレって、お前がやりたかったから、やったんじゃねーのか? じゃあ、教団のためでも何でもねーよ。お前だけのため、……じゃねーの?」
    「……ぅーっ……ぅーっ……」
     本格的に泣き始めたウォンに、昂子はフン、と鼻を鳴らした。
    「あーあ、マジ泣きしちゃった。バカじゃん、コイツ。自分でバカやって自爆した、ってだけじゃんよ。
     ほっといてもう行こうよ、秋也」
     昂子はそう提案してきたが、秋也は首を横に振った。
    「あのなぁ……、いくら自業自得っつっても、泣いてる奴を放っとく、なんてできるわけねーだろ」
     秋也はとりあえずウォンの手を引き、街道から少し外れたところに座らせて、落ち着くのを待った。

    「落ち着いたか?」
    「……」
     ウォンは秋也たちに顔をそむけたまま、小さくうなずいた。
     ちなみに、ウォンは――その技量と、昨日の高圧的な態度からは見抜けなかったが――まだ16歳なのだと言う。
     ようやく泣き止んだ彼は、確かに年相応に見えた。
    「……お前、コレからどうするつもりだ?」
    「え……」
     ウォンは顔をそむけたまま、ぽつりとつぶやく。
    「……考えてなかった」
    「そっか。……じゃ、一緒に来るか?」
    「なっ」
     ようやくここで、ウォンは顔を向けてきた。
    「そ、そんなこと、できるわけないだろう!? 焔流と一緒になんて……」
    「あーのーなー」
     秋也はぺち、とウォンの額にデコピンを当てる。
    「いたっ、……何をする!」
    「拳骨喰らって丸刈りにされて、その上破門までされたのに、まーだそんな古臭いコト言ってんのかよ?
     もう敵じゃないし、敵である理由も無いだろ? ま、それにさ」
     秋也は日除け用に持って来ていた帽子をウォンに被せ、こう続けた。
    「このまま一人でウジウジするよりは、誰かと話してた方がまだ、気が楽だろ?」
    「……」
    「おっと、『そんなことはない!』とか言うなよ?
     だってお前、オレが声かけた時、すげー顔色悪かったしな。何にも考えられないくらい、アタマん中ぐちゃぐちゃになってたんじゃないか?」
    「……それは、……否定しない。……確かに、どうしたらいいか分からなかった」
    「でも、今はさっきよりかは落ち着いただろ? ……だからさ」
     秋也は座ったままのウォンに、すっと手を差し伸べた。
    「一緒に行こうぜ。いいよな、昂子も?」
     昂子もフン、と鼻を鳴らしはしたものの、拒否はしない。
    「別にいーよ。殴ろうとしなきゃ」
    「……」
     ウォンはしばらく、顔を伏せたままだったが――やがて、そろそろと秋也の手をつかんだ。
    「……確かに、お前の言う通りだ。一人でいるよりは、マシだろうな」
    「よし、決まり! ……っと、自己紹介してなかったな。
     オレは黄秋也。こっちは橘昂子だ」
    「……」
     ウォンは立ち上がり、ぼそぼそとした口調ながらも、名前を名乗る。
    「ウォーナード・ウィルソンだ。……うぉ、ウォンで、いい」
    「ああ。よろしくな、ウォン」
    「よろろっ」

     こうして秋也と昂子の旅に、新たな仲間、ウォンが加わることとなった。

    白猫夢・逸狼抄 終

    白猫夢・逸狼抄 7

    2012.05.19.[Edit]
    麒麟を巡る話、第17話。とりあえずの和解。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「あ、やっぱり! どうしたんだその頭、……と耳と尻尾と」「……言いたくない」 ウォンは背を向け、逃げ去ろうとする。 その様子を見て、秋也はピンときた。「もしかしてお前、破門された、……とか?」「……ッ!」 足を止めたウォンに、秋也は質問を続けようかとためらう。 ところが昂子は、お構いなしにこう言い放った。「え、追い出された...

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    麒麟を巡る話、第18話。
    今後の相談。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     屏風山脈を西へ下り、三人はいよいよ央中地域に入った。

     山道を抜けた直後の、その道中――。
    「でさ、確かに香りはいいなーとは思ったんだけど、あんまり……、何だっけ、コーヒー? って飲まないからさ、味はあんまり……」
    「だよねー。ま、あたしは好きかもって思ったけど。
     ねえ、ウォンはコーヒー好きな方?」
    「……」
     秋也と昂子は山道でも何度か、ウォンに世間話を振っていたが、彼は秋也から借りた帽子を深く被ったまま、応えようとしない。
    「ねえ、ウォンってば」
     たまりかねた昂子が、ウォンの手を引っ張る。
    「なっ、……何だ?」
     ようやく、ウォンは顔を挙げる。
    「ヒトが何度も何度も声かけてんのにさー、ちょっとは反応しなさいよっての」
    「あ、ああ。悪い。……えーと、何の話をしていたんだ?」
    「いーよ、もうっ」
     昂子はウォンから手を離し、ぷい、とそっぽを向いた。
    「なんなんだ、まったく……」
    「ソレはどっちかって言うと」
     秋也も呆れ気味に、ウォンに顔を向けた。
    「オレたちの台詞だな。
     あのさ、ウォン。何か、気になるコトでもあんのか?」
    「……と、言うと?」
    「さっきからさ、オレや昂子が声かけても、返事もしねーし顔も向けねーし。何か考え事でもしてたのか?」
    「いや、そう言うわけじゃ……」
    「じゃ、どうしたんだよ? それともさ、まだ『焔流の人間とは話なんかできない』とか思って……」「いや、そう言うわけじゃない。ないんだが、……その」
     ウォンは帽子を挙げ、秋也にこんなことを尋ねてきた。
    「僕は、……その、これから、どうしたらいいんだろうかって」
    「……そう言や、ちゃんと話してなかったな」
     歩き疲れていたこともあり、三人は街道の脇に逸れて休憩しつつ、ウォンの今後を話し合うことにした。

    「でさ、ちょっと聞きたいんだけど」
     まず、秋也が確認する。
    「お前、何かしたいコトとかあんのか?」
    「したい、こと……。うーん」
     問われたウォンは、困った顔になる。
    「……分からない。……自慢じゃないが、産まれてこの方、修業と鍛錬以外はほとんど何も、したことが無いんだ。
     だから放り出されても、何をしたらいいのか」
    「だよなぁ」
    「あたしには信じらんない世界ね。ずーっと勉強ばっかりとか、ないわー」
    「お前じゃそうだろうな」
     ウォンにそう返され、昂子は膨れっ面になる。
    「ふん、だ」
    (こいつら足して2で割りゃ、丁度いいだろうになー)
     ぼんやりそんなことを考えつつ、秋也は続いて質問した。
    「じゃあさ、趣味とかも無し?」
    「無い。……強いて言えば、修業になる」
    「わー、修業バカだ」
    「うるさい」
     昂子にからかわれ、今度はウォンが顔をしかめた。
    「んじゃ、まあ。……これから行く街なら、そーゆー奴でも構ってくれるところは一杯あるし、とりあえずは何とかできるかな」
    「ってゆーと?」
     尋ねた昂子に、秋也はにやっと笑って見せた。
    「闘技場だよ。あそこなら賞金も出るし、ボーっとしてても当面は、何とかなるさ」
    「闘技場、……か。そうだな、それなら」
     不安げだったウォンの表情に、ここでようやく安堵の色が浮かんできた。
    「ほっとしたみたいだな。……じゃ、そろそろ行くか」
    「しゅっぱーつ!」
     揃って立ち上がった秋也と昂子に続く形で、ウォンも立ち上がった。
    「ああ、……行こう」
     と、昂子がここで、ウォンにビシ、と人差し指を突きつけた。
    「アンタ、堅い」
    「えっ?」
    「話し方。もうちょい柔っこくできない?」
    「と、言われても」
     また困った顔になるウォンに、昂子ははぁ、とため息をついて見せた。
    「ま、いーわ。一緒に居れば、そのうち柔くなるでしょ」
    (どーかなぁ。それよりオレとしては、お前にもーちょっとくらい、しっかりしてほしいトコなんだけどな。
     本当にもう、こんだけ両極端なのが揃うとはなぁ)
     秋也はそんなことを考えながら、二人には分からないように苦笑していた。

    白猫夢・旧交抄 1

    2012.05.22.[Edit]
    麒麟を巡る話、第18話。今後の相談。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 屏風山脈を西へ下り、三人はいよいよ央中地域に入った。 山道を抜けた直後の、その道中――。「でさ、確かに香りはいいなーとは思ったんだけど、あんまり……、何だっけ、コーヒー? って飲まないからさ、味はあんまり……」「だよねー。ま、あたしは好きかもって思ったけど。 ねえ、ウォンはコーヒー好きな方?」「……」 秋也と昂子は山道でも何度...

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    麒麟を巡る話、第19話。
    懐かしいあの店に。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     夕暮れを迎えるよりも少し前辺りには、三人は央中の中心地、そして世界最大の都市であるゴールドコーストに到着した。
    「確かに大きな街だ。黒鳥宮も相当に広いと思っていたが、比較にならないな」
     きょろきょろと辺りを見回すウォンに対し、昂子はフン、と鼻を鳴らして見せる。
    「アンタ、まるで田舎者ね。ちょっとは落ち着いたら?」
    「お、お前こそはしゃいでいるだろう!? 僕と同様に、首を動かしているのを見ていたぞ!?」
    「ち、違うわよ! コレは首が凝ったなーってアレよ!」
    「13歳やそこらで首が凝るものか!」
    「凝るもーんだ」
     騒ぐ二人を見かねて、秋也はパン、と手を打つ。
    「その辺で止めとけって、お前ら。ソレよりも腹減ったし、疲れもあるだろ?」
    「……まあ、そうだな」
    「減ったし疲れた」
     二人が大人しくなったところで、秋也が提案する。
    「騒ぐより、今は宿を探すのが先だ。オレも腹減ってるし、布団に飛び込みたい」
    「さんせーい」
    「隣に同じ」
    「よし。んじゃどこか、泊まる場所探すか」
    「あ、じゃあさ」
     と、昂子が手を挙げる。
    「晩御飯はさ、別のトコで食べない?」
    「ん?」
    「お母さんの従姉妹がやってる店ってのが、ココにあるらしいのよ。いっぺん、行ってみたいなーって」
    「なーるほど。……あ、ソレならオレも聞いた覚えがある。昔、お袋もお世話になったって言ってた店だな、多分。
     何だっけ、『赤虎亭』だろ?」
    「そーそー、ソレソレ」

     宿を決めた後、三人はその店を、親から聞いた記憶と、宿の主人から聞いた情報とを頼りに――役に立ったのは結局、後者だけだったが――探し当てた。
    「……どもー」
     何となく気恥ずかしくもあり、秋也は恐る恐る戸を開け、中の様子を窺った。
    「いらっしゃい」
     普通に声をかけられたが、秋也はまたも、恐る恐る尋ねる。
    「あの、橘朱海さん、ですか?」
    「違うよ」
     そう返され、秋也は「あっ」と声を挙げた。
    「すみません、間違え……」「間違ってない。ここは赤虎亭。店番が違うだけ」
    「へ?」
     戸惑っているうちに、店の奥から三角布を被った黒髪の、女性の猫獣人が出てきた。
    「アケミさんは支店の見回りと買い出しに行ってる。御用なら聞くけど? ご飯?」
    「あ、いや。ソレもなんだけど、オレたちは……」
     と、猫獣人が秋也の背後に声をかけた。
    「お帰りなさい、アケミさん」
     秋也たちが振り向くと、そこには初老の、虎獣人の女性が立っていた。
    「ああ、ただいま。秋也くん、昂子ちゃん、……と、後は誰か分からんが、とりあえず中にお入り」
     そう促されたが、秋也たちは目を丸くするばかりだった。
    「え、あの」
    「何で分かった、って顔をしてるな。
     小鈴から連絡があったんだよ。『昂子と秋也くんがこっちに来る』ってな。で、弧月からココまでの距離と日数考えたら、昨日か今日、遅くとも明日くらいには着くだろうと見当は立ててたんだ。
     それくらいのタイミングでここに来る、央南人で『猫』とエルフって組み合わせなら、十中八九お前らだろうし、それに秋也くんは顔、覚えてたしな。だから分かった」
     朱海は店に入り、猫獣人の肩をトン、と叩く。
    「コロラ、手伝ってくれ。今日はこいつらの貸切にする。ご馳走、食べさせてやろうかってな」
    「はーい」
     コロラと呼ばれた猫獣人と一緒に店の奥へ進み、厨房に入ったところで、朱海は秋也たちにもう一度、声をかけた。
    「ああ、そうそう。ウィルたちにも声、かけといた。もうちょっとしたら来るよ」
     それを聞いて、秋也の顔から笑みがこぼれる。
    「そうなんですか?」
    「おう。あいつらも喜んでたよ、また会えるってな」
     朱海は三角布を頭に巻きながら、にっこりと笑い返した。
    「とりあえず、座ってくれ。夏とは言え、あんまり風通しが良過ぎても困る。砂埃なんかが入っちまうからな。早いとこ、戸を閉めてほしいんだ」
    「あ、はい」
     秋也たちはきちんと戸を閉めてから、席に着いた。

    白猫夢・旧交抄 2

    2012.05.23.[Edit]
    麒麟を巡る話、第19話。懐かしいあの店に。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 夕暮れを迎えるよりも少し前辺りには、三人は央中の中心地、そして世界最大の都市であるゴールドコーストに到着した。「確かに大きな街だ。黒鳥宮も相当に広いと思っていたが、比較にならないな」 きょろきょろと辺りを見回すウォンに対し、昂子はフン、と鼻を鳴らして見せる。「アンタ、まるで田舎者ね。ちょっとは落ち着いたら?」「お...

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    麒麟を巡る話、第20話。
    旧友との再会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ウィルたちが来るまでの間、秋也たち三人は、カウンターの向こうで作られている料理に釘付けになっていた。
    「ソレ、何です?」
    「ん? ああ、トビウオだ。今が旬だからな、脂が乗っててうまいぞ。今朝上がったばっかりだから刺身には持って来いだし、後は天ぷらだな」
    「うはぁ……、うまそう」
     朱海の魚捌きに秋也が食い付いている横で、昂子とウォンがコロラのつかんでいる、小豆色の触手について、恐る恐る尋ねている。
    「そっちは……、タコ?」
    「うん、そう」
     山育ちのせいか、どうやらウォンは、初めてタコを見たらしい。
    「そんなの、食えるのか? まだ……、その、ウネウネしているようだが」
    「さっき切ったばかりだから。刺身にするとプリプリして美味しい。それと、こっちの大根と合わせて、煮物にする。こっちもすごく美味しい」
     まだ彼女の掌中でうごめくタコの脚を、ウォンは青い顔で見つめている。
    「う、ん。……見た目は、あの、何だな。……グロい」
    「見た目はね。でも味はいい」
     と、昂子も苦い顔でこうつぶやく。
    「ごめん、あたしもタコ、あんまり好きじゃ……」
    「そう?」
     二人の反応に、コロラはしゅんとした顔になる。
    「美味しいのに」
     それを横目で見ていた秋也が、昂子たちをたしなめる。
    「好き嫌い言うなよ。うまいぞ、タコ」
    「いや、ホント駄目なのよ。見た目が、……どうしても」
     口ごもる昂子に、朱海も口をとがらせた。
    「おいおい、食わず嫌いか? ちゃんと食べてくれよー、折角用意したんだから」
    「が、頑張る」
    「ぼ、僕も挑戦する。敵前逃亡など、も、もっての外だからな」
     顔をこわばらせている二人に、秋也は呆れた声を出した。
    「ソコまで気合入れなくてもいーだろ……」
    「ま、それにだ。弧月は内陸だし、そっちの狼坊主くん……、えーと」
    「ウォーナード……、ウォンだ」
    「ウォンくんか。君もその格好からして、山の子だろ? 海産物となると縁遠いだろうな、二人とも。
     だけどもここは港町だ。海の物に関して、まずいってことはまず、無い。あるとすりゃ、料理人の腕のせいになるが、それもこの店に関して言えば、まったく問題なしだ。
     自分で言うのも何だが、アタシの腕は確かだし、コロラもアタシがみっちり教え込んでるからな。この店でまずい物は、絶対食わせないよ。期待しててくれ」
     そう朱海が宣言したところで、入口の戸がカラカラと音を立てて開いた。
    「アケミさん、どうもー」
    「どもどもー」
     軽い挨拶と共に、背の高い、筋肉質の男女が店に入ってくる。
    「……おっ」
     狼獣人の青年の方が、秋也を見て手を挙げる。
    「シュウヤ、久しぶり!」
    「お、ウィル!」
     秋也は立ち上がり、狼獣人に会釈した。
    「久しぶりだな! ……つってもまあ、1ヶ月半くらいか?」
    「そうだな、確か。でもすげー久々って感じだ。色々あったからかな」
    「色々?」
     と、今度は虎獣人の女性が手を挙げる。
    「ウチの弟がなー、ウィルんとこの妹さんと結婚するー、て言いだしてん。
     母やんも父やんも、シルビアさんも目ぇ丸うするわ、ウィルが半ギレするわで、てんてんわんわん? やってん」
    「それを言うなら、『てんやわんや』だっつの。
     ……まあ、そんなワケでさ。この1ヶ月、すげー揉めたんだよ、クイントの奴と」
    「クイント、ってのがシルキスの弟か。何番目の?」
    「すぐ下のん。て言うか、歳考えたらギリギリやん。クイント、17やし」
    「あ、そっか」
     シルキスはふう、と鼻からため息を吹き、肩をすくめる。
    「ホンマになぁ、おマセっちゅう限度をブッちぎっとるで」
    「その上、手前勝手に話をブン回してくるしな」
    「せやなぁ。いきなり『シルフィと結婚するわー』とか、アホかっちゅうの。ほんで、どーにか話がまとまったん、一昨日やしな」
     そこで、秋也はそれとなく状況を伺ってみる。
    「まとまった、……ってコトなら、おめでとう、でいいのかな」
    「……まあ、うん。まだちょっと、くすぶり気味だけどな」
    「せやねん。そもそもからな、まだ自分一人でまともに金も稼げへん、甲斐性なしのクセしよって……」「だからさ、お前ら」
     と、朱海がカウンターへ身を乗り出し、しかめっ面をウィルたちに向ける。
    「今日は風が強いんだ。戸、開けっ放しにされちゃ困る。話は中に入ってからにしてくれよ」
    「あ、すんませーん」
     ウィルとシルキスは揃ってぺこりと頭を下げ、それから後ろ手に戸を閉めた。

    白猫夢・旧交抄 3

    2012.05.24.[Edit]
    麒麟を巡る話、第20話。旧友との再会。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ウィルたちが来るまでの間、秋也たち三人は、カウンターの向こうで作られている料理に釘付けになっていた。「ソレ、何です?」「ん? ああ、トビウオだ。今が旬だからな、脂が乗っててうまいぞ。今朝上がったばっかりだから刺身には持って来いだし、後は天ぷらだな」「うはぁ……、うまそう」 朱海の魚捌きに秋也が食い付いている横で、昂子と...

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    麒麟を巡る話、第21話。
    ウォンの職探し。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     秋也と昂子、ウォン、そしてウィルとシルキスの5人で卓を囲み、改めて再会祝いと、初対面の挨拶とを行った。
    「どーも、アコ・タチバナ、です。13歳、魔術師を、目指して、ます。……通じてる?」
     たどたどしい央中語での挨拶に、ウィルとシルキスはにっこり笑みを返す。
    「分かる分かる」
    「大丈夫やでー」
     続いて、ウォンも自己紹介を行う。
    「ウォーナード・ウィルソンだ。……前にも会ったな」
    「そうだな。大会の、準決勝でな」
     ウィルがそう返したところで、シルキスがポン、と手を叩いた。
    「あーあー、見覚えある思たら、それかー」
    「まあ、気付かないのも無理はない。こんな頭ではな」
    「そう言えば気になってたんだけど、一体どうしたんだ、それ?」
    「……一身上の都合だ」
     そうごまかしたウォンの態度で、ウィルはそれとなく悟ったらしい。
    「そっか。……まあ、詳しいことは聞かないけどさ、大変なんだな、僧兵ってのも」
    「そう言うことにしておいてくれ。
     そうだ、……ウィル、で良かったか?」
    「ああ」
     ウォンは真剣な顔で、ウィルにこう尋ねた。
    「ウィル、確かお前は、この街の武闘大会に出場していたな?」
    「ああ、そうだけど?」
    「後で少し、詳しい話が聞きたいんだ。その、……僕も、出場したくて」
    「お前が? ふーん……」
     と、そこで料理と飲み物が運ばれてくる。
    「お待ちどうさん。さ、ドンドン食べてくれ」
    「一応飲み放題だけど、お酒の飲み過ぎと子供の飲酒は、ダメ、絶対」
    「あいあい」
    「いただきまーす」
    「……いただきます」
     ウォンの話は、そこで遮られてしまった。

     酒と料理が胃に入り、場も段々温まってくる。
    「コスズさんの話、ウチも聞いとるよー。何や、お金持ちになったらしいなー言うて」
     赤ら顔で昂子にそう話したシルキスに対し、昂子は口をとがらせる。
    「お金持ちっちゃお金持ちだけどさー、あたしは全然、その恩恵受けてないと思う。学校ばっかりでろくに遊びにも行けないしさ、お小遣いも月2000玄くらいだしさ」
    「2000、……玄? エルやといくらくらいやっけ?」
     シルキスは横に座っていたウィルの袖を引っ張り、レートを尋ねる。
    「同じくらいじゃなかったっけ?」
     回答を聞き、シルキスは苦い顔になる。
    「……アコちゃんなー、ソレ、やっぱり高い方やないのん? 2000エルあったら、この店で10日連続くらい飲み会できるで?」
    「そっかなー……? 確かにちょっとしたお金だなーってのは分かるんだけど、お金持ちなのに、お小遣いそんだけって言うのがなーって」
    「贅沢だな。そんなだから根性が無いんだ」
     ボソ、とそうつぶやいたウォンに、昂子はぺろ、と舌を出す。
    「こんじょーなんていらないもーん。そんな汗臭そうなの、あってどーすんのよ? 役に立つワケないじゃん、そんなの」
    「……」
     昂子の言葉に、他の4人は一様に、ほんのわずかに不機嫌な顔をした。
    「……まあ、お嬢様だからさ、コイツ。勘弁してやってくれよ」
     その場は秋也が取り成し、一応、場の空気から険が抜ける。
    「ああ、うん、そっか」
    「しゃーないなー」
    「……」
     一方、昂子は自分がどれだけ場にそぐわない発言をしたか、少しも察していない。
    「何ソレ? どう言う意味?」
    「いーから。お前は食ってろ、ご飯。ほれ、天ぷら」
    「ん、ありがと」
     と、話が途切れたところでウォンが、食事前にしていた話を持ち出す。
    「ウィル、さっきの話だが」
    「ん?」
    「闘技場の大会に参加するには、どうすればいいんだ?」
    「ああ、それか。
     まあ、まずは一番下の、一般人も参加できるロイドリーグってのがあってな。そこで活躍すれば、人数制限のあるレオンリーグってとこからお呼びがかかる。
     で、そこでもいい成績を出せば、さらに上級のニコルリーグに参加できて、で、そこの上位者が、最上級のエリザリーグってのに参加できる。そこが終点だな」
    「なるほど。まずは初級から、と言うわけか」
     うなずくウォンに、ウィルはこんなことを尋ねてきた。
    「お前さ、もしかしてしばらく、こっちに住むのか?」
    「え?」
    「本格的にリーグ参加するとなると、3、4ヶ月はかかるぞ。となると、ずーっと宿住まいってわけにも行かないだろ?」
    「なるほど、そう言えばそうか……」
    「それに、いくら賞金が出るっつっても、初めのうちは額も小さいし、それだけで食ってくってのはまず、無理だ。
     仕事も何かしら、見付けなきゃ」
    「仕事……、そうか、うーん」
     困った顔をしたウォンに、ウィルはこんな提案をした。
    「良かったらさ、俺とシルキスが行ってるとこに、仕事の口が無いか聞いてみようか?」
    「いいのか?」
     ウィルはにこっと笑い、うなずいた。
    「ああ、多分大丈夫だろ。俺やシルキスみたいなのが出入りしてるところだし」

    白猫夢・旧交抄 4

    2012.05.25.[Edit]
    麒麟を巡る話、第21話。ウォンの職探し。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 秋也と昂子、ウォン、そしてウィルとシルキスの5人で卓を囲み、改めて再会祝いと、初対面の挨拶とを行った。「どーも、アコ・タチバナ、です。13歳、魔術師を、目指して、ます。……通じてる?」 たどたどしい央中語での挨拶に、ウィルとシルキスはにっこり笑みを返す。「分かる分かる」「大丈夫やでー」 続いて、ウォンも自己紹介を行う...

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    麒麟を巡る話、第22話。
    自堕落娘。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     赤虎亭で飲み明かした翌日。
     秋也たちの泊まっていた宿を、ウィルが訪ねてきた。
    「よぉ、シュウヤ、ウォン」
    「おー……」
    「……」
     散々飲んでいたため、秋也はひどい頭痛を覚えている。ウォンも同様らしく、ソファにぐったりともたれながら、のろのろと手を挙げてウィルに応える。
     一方、ウィルの方はまったく響いていないらしい。
    「お前ら、二日酔いか? 顔、めちゃくちゃ蒼いけど」
    「あー……、うん……、そうみたい……、だな」
    「ひょっとして下戸か?」
    「いや……、昨夜は飲み過ぎた、……っぽい」
    「おいおい、だらしねーなぁ。
     ……あれ?」
     と、ウィルは部屋に昂子の姿が無いことに気付く。
    「あいつは?」
    「昂子か? まだ寝てる」
    「そっか。……あんまりさ、こんなこと言いたくないけど」
     ウィルは眉をひそめ、秋也たちに小声で謗る。
    「あいつ、何なんだ? 口を開けば『めんどくさい』だの『ウザい』だの『どーでもいい』だの、俺たちの話に一々突っかかって全否定してくるとか、バカにし過ぎだろ。
     昨夜は酒が入ってたから笑って許してたけどさ、なんかさ、素面になってよくよく考えてみたら、段々ムカっとして来たからさ」
    「あー、……ソレはマジで悪かった。あいつ、『お嬢様』だからさ。他人のコトなんか、ソレこそ『どーでもいい』で返してくるんだよ」
    「それが何かなぁ……。やる気無い癖して、他人のやること成すことに一々、ケチ付けてくんのがイラっと来るんだよな。
     本人が無気力なのはそいつの勝手だけどさ、俺たちの頑張りまでそいつの物差しで測られて無意味だって断言されるのは、あんまり気分いいもんじゃないぜ」
    「オレもなぁ……、事あるごとに注意してはいるんだけど、あいつ耳が長いクセして、ぜーんぜん聞く耳持ってないんだよな。正直、ちょっと持て余してるってのはある」
    「僕も同感だ。あいつ、これからミッドランドのテンコ様のところで修業を積むと言っていたが、10日くらいで逃げるんじゃないか? あんな無気力人間にまともな修行ができるとは、まったく思えない」
     そう言ってきたウォンに、秋也は反論する。
    「いや、そりゃ確かにさ、あいつは無気力で怠け者でワガママだけど、ソレでも将来のコトは、ちゃんと考えてるんだ。
     オレはちゃんとやり遂げるって信じてる」
    「そうだといいけどなぁ。
     ……あ、そうそう。こんな話をしに来たんじゃないんだ」
     ウィルはウォンの方に顔を向け、本題を切り出した。
    「ウォン、昨夜言ってた仕事の話だけど、どうする? 社長に会ってみるか?」
    「社長?」
    「ああ。こっちに来る前に寄ってみたんだけど、『会って話を聞いてみよう』ってさ」
    「そうか。……そうだな、会いたい」
    「よし、じゃあ早速……」
     そう言いかけて、ウィルは黙り込んだ。
    「どうした?」
    「……その前に、だ。
     お前ら、やっぱり酒臭いぜ。朝からやってる銭湯あるからさ、そっち寄ってからにしよう」
    「……あ、うん」

     風呂に入ってさっぱりした三人は、改めてウィルの職場に向かうことにした。
    「そう言やさ、ウィル」
    「ん?」
    「仕事って、孤児院の手伝いもやってたんじゃないのか?」
    「ああ、そっちは弟や妹も大きくなって、人手が足りてるからな。細かい仕事は、全部みんなに任せてる」
    「そっか。シルビアさんもいるしな」
    「つーか、逆に言うと」
     ウィルは肩をすくめ、冗談めかしてこううそぶく。
    「人が居すぎて俺の仕事が全部取られた、って感じだな。
     そんで、暇してたところで、闘技場関係でお世話になってた社長から、スカウトされたってわけだ」
    「へぇ。仕事って、具体的にはどんなコトやってるんだ?」
    「簡単に言うと、闘技場関係の資料集めと編集だ。大会の歴史も結構長いから、まとめて本にしようってさ」
    「面白そうだな、ソレ」
     話をしているうちに、三人はウィルの勤め先――チェイサー商会に到着した。

    「おはようございます、プレアさん」
     ウィルは秋也たちを社長室に案内し、中にいた社長、狼獣人のプレア・チェイサーに挨拶した。
    「おはよう、ウィルくん。……あら、シュウヤくんじゃない」
    「ども、お久しぶりです」
    「で、そちらの黒い『狼』くんが、働きたいって言ってる子?」
    「ええ。……ほら、ウォン」
     ウィルに促され、ウォンは黒炎教団式の挨拶、合掌を取って名乗る。
    「お初にお目にかかる。ウォーナード・ウィルソンだ」
    「ウィルソン? あら、もしかしてあなた、黒炎教団のウィルソン家?」
    「あ、ああ」
     それを聞いて、プレアはウォンの側に寄ってきた。
    「ウィルソン家は皆、イニシャルが同じと聞いたけど、あなたもW・Wなのね」
    「ええ、まあ」
    「あと、ウィルソン家の人は皆、僧兵を経験してると聞いたけど、あなたも?」
    「はい」
    「そう。……うーん」
     と、プレアは一転して、困ったような顔をした。
    「残念だけど」
    「え?」
    「あなたでは、角が立ちそうね。うちで採用するのは、難しいところだわ」

    白猫夢・旧交抄 5

    2012.05.26.[Edit]
    麒麟を巡る話、第22話。自堕落娘。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 赤虎亭で飲み明かした翌日。 秋也たちの泊まっていた宿を、ウィルが訪ねてきた。「よぉ、シュウヤ、ウォン」「おー……」「……」 散々飲んでいたため、秋也はひどい頭痛を覚えている。ウォンも同様らしく、ソファにぐったりともたれながら、のろのろと手を挙げてウィルに応える。 一方、ウィルの方はまったく響いていないらしい。「お前ら、二日酔...

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    麒麟を巡る話、第23話。
    不採用通知。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     プレアの返答に、ウィルは信じられない、と言いたげな顔をする。
    「どうしてです?」
    「今は大会プロモーターと出版業が商会の主軸とは言え、うちはまだ、情報屋の端くれよ。この子が『山』でやったこと、私も聞いてるのよ」
    「……っ」
     プレアの言葉に、ウォンは顔を強張らせる。
    「ウォンが、何をしたんです?」
    「簡単に言うと、謀反ね。教団上層部の決定に反発して、カーテンロック山脈(屏風山脈の央中名)でシュウヤくんを襲ったそうなの。
     ここにシュウヤくんがいるから分かると思うけど、結果は失敗。命令を聞かなかった彼に対し、上層部は彼を破門にしたのよ」
    「……」
    「そんなことしたのか、お前……」
     目を丸くしているウィルに対し、ウォンは小さくうなずく。
    「ああ」
    「でも、今シュウヤと一緒にいるってことは、反省して和解したってことじゃ……」
    「問題はそこじゃないわ。『上の命令を聞かずに暴走した』と言うのが、採用できない何よりの理由よ」
    「う……」
    「自分勝手な判断で、自分にだけ都合のいいように動かれては困るの。私の先代、父と母が商会主だった時も、そう言う人間の存在で散々苦労したと聞いてるしね。
     でも確かにウィルくんの言う通り、今は和解したみたいだから」
     プレアはウォンの手を取り、申し訳なさそうにこう告げた。
    「もう少し様子を見させてほしいの。あなたが本当に『山』でやったことを反省し、改心したと判断できれば、うちで採用させていただくわ。
     それで構わないわね、ウォーナードくん?」
    「……仰る通りです。まだ僕は、信用に足る人間ではない。そのことを改めて、重く受け止めます。
     また、……己を改めてから、伺います」
    「ええ、待ってるわ」

     チェイサー商会を後にし、秋也たち三人はとりあえず、近くの公園で昼食を取ることにした。
    「残念だったな、ウォン」
    「そうだな。……となると、また別の仕事を探すか」
    「んー」
     ウォンの言葉に対し、秋也がこう確認する。
    「別にさ、何が何でも今すぐ、闘技場に行かなきゃってワケじゃないんだよな?」
    「ん? ……まあ、そうだが。とは言っても、僕には他に当てが無いし」
    「いや、ソレなんだけどな。一から仕事を探して、って言うのは結構きついだろ? お前、あんまりひょいひょいと人付き合いができるタイプじゃ無さそうだし」
    「……否定はできないな」
    「だろ? そんならプレアさんに、『自分は信用できる人間だ』ってアピールして、今度こそウィルと一緒に仕事できるように交渉してみたらどうかなーって」
    「どうやって?」
     そう尋ねたウィルに、秋也は自分の考えを話す。
    「まあ、ウォンが信用してもらえない原因って言えば、屏風山脈で暴れたってコトだろ? さらにその理由って言ったら、『焔流嫌い』からだし。
     じゃあ逆に言えば、焔流のオレとしばらく平和に行動してれば、もう反発するコトは無いぞってアピールにならないかな、って」
    「なるほど……」
    「理屈としては若干怪しいが、確かに大暴れせず過ごしたんなら、プレアさんも納得するだろうな」
    「だろ? ココで提案だけどさ、もうちょっと、昂子を送るのに付き合ってもらっていいか?」
     その提案に、ウォンは「む……」と短く唸る。
    「断りたいところ、だが……。あのワガママ娘を穏便に送ることが果たせられれば、確かにお前と仲良くやれた、と言う証明にはなるな。
     気乗りはしないが、付き合うとするか」
    「ありがとな、ウォン」
     秋也はにっこり笑い、ウォンと握手を交わした。



     一方、秋也たちの泊まっていた宿では――。
    (……ちぇ)
     昂子は一人、ベッドでうつ伏せになっていた。
     と言っても、寝ているわけではない。実はウィルが訪ねた辺りから目を覚ましていたのだが、彼の陰口にショックを受け、普段以上に無気力になっていたのだ。
    (嫌われたわねー、あたし。そりゃま、あんだけ自分勝手にペチャクチャ言ってたらねー)
     昂子自身、昨夜の放言については、反省はしている。しかし一方で、謝ろうと思うだけの気力も湧いてこない。
     この13年、彼女は始終「そんな感じ」で生きてきたのである。
    (こーゆートコがさ、ダメだって言うのは分かってんのよ。……分かってんだけど、……やっぱ変えられないのよね)
     自分の無気力さ、無責任さに、自分自身、愛想を尽かしている。
     しかし誰かから何かを押し付けられるのも、彼女にとっては不愉快であり、元々から少ないやる気をさらに削ぐことになる。
     何をどうしようと、やる気がまるで湧いてこない――「そんな感じ」が、彼女がこれまで過ごしてきた生き方だった。
    (あーあ、……あたしって本当に、ダメ人間よね)
     そんなことをぼんやり考えているうち、秋也の言葉を思い出す。
    ――オレはちゃんとやり遂げるって信じてる――
    「……できるワケないじゃん、あたしが」
     そうつぶやいてみたが、一方で、心の中ではこうも考えていた。
    (……今度こそ、できたらいいな。秋也が折角、信じてくれるんだから)

    白猫夢・旧交抄 6

    2012.05.27.[Edit]
    麒麟を巡る話、第23話。不採用通知。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. プレアの返答に、ウィルは信じられない、と言いたげな顔をする。「どうしてです?」「今は大会プロモーターと出版業が商会の主軸とは言え、うちはまだ、情報屋の端くれよ。この子が『山』でやったこと、私も聞いてるのよ」「……っ」 プレアの言葉に、ウォンは顔を強張らせる。「ウォンが、何をしたんです?」「簡単に言うと、謀反ね。教団上層部...

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    麒麟を巡る話、第24話。
    見方、聞き方を広げるために。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     公園で一休みしたところで、秋也たちはウィルと別れ、宿へと戻って来た。
    「ただいまー」
    「おかえり。ドコ行ってたの?」
     出迎えた昂子に、秋也は公園で買ったサンドイッチを渡す。
    「ウィルの仕事先。ウォンを雇ってもらえないかって」
    「ふーん」
     昂子はサンドイッチの包みを開きながら、ウォンに尋ねる。
    「行けそうなの?」
    「いや、駄目だった。……だからもうしばらく、お前たちと一緒に行動しようと思っている」
    「あ、そ。……あ、コレってアボカド?」
    「ああ。嫌いだったか?」
     昂子は顔をしかめ、秋也の問いにうなずく。
    「うん、無理。……こっちの、ソーセージのだけもらうね」
    「失礼な奴だな」
     と、ウォンが呆れた声を漏らす。
    「買ってきてやったものを『食べたくない』とは。家でどんな教育を受けたか、底が知れるな」
    「……」
     昂子はじろ、とウォンをにらみ、アボカドを挟んだサンドイッチを投げ付けた。
    「うっ、……何をするんだ!?」
     ウォンは飛んできたサンドイッチをつかみ、昂子をなじる。
    「食物を投げ付けるとは、マナーが悪いにも程があるだろう!? とことん無礼者だな、お前は!」
    「フン、だ」「昂子っ」
     見かねた秋也が、昂子の手からサンドイッチを取り上げる。
    「あ、何すんのよ? 食べるって言ったじゃん、ソレ」
    「食い物を粗末にすんなよ。オレから見ても、今のはお前が完璧、悪い」
    「何ソレ」
    「何ソレ、じゃねーよ。何かお前、日に日に柄が悪くなってないか?
     他人の言うコトに一々突っかかるわ、人の厚意を無碍にするわ。今のお前、まるでチンピラだぞ」
    「……っ」
     昂子の顔がみるみる紅くなる。
     次の瞬間、昂子の平手が秋也の頬にぶつけられ――かけたが、秋也はその手をひょい、とつかんでいた。
    「やると思ったよ。……なあ、何か不満があるってなら、口で言えよ? 辺り構わず当たり散らされても、こっちは困るだけなんだって」
    「不満? 不満なら、いっぱいあるわよ! ずーっとウォンばっかり構ってるし、あたしが何か言うと全部『お前が悪い』って言うし!
     そんなにあたしのコト、鬱陶しいの!?」
    「あのなぁ」
     秋也は昂子の手をつかんだまま、もう一方の、サンドイッチを持った手を昂子に向ける。
    「本気で鬱陶しかったら、オレはさっさとミッドランドにお前を預けて、央南に帰ってる。
     そうしないのは、お前にもうちょい、見聞を深めてほしいからだよ」
    「見聞? 誰がそんなコトお願いしたのよ!?」
    「聞けって。お前さ、怒ってる時って大体、自分の都合が悪くなった時だろ? 峠でもそうだったけど、自分の思い通りにならない時になると、すぐわめくし、逃げ出そうとするし。
     でもさ、事あるごとに一々わめいたり逃げたりして、ソレで全部、うまいコト行くと思うか? そんなコトばっかりやってても結局さ、『あいつはワガママばかり言って、何もできないヤツだ』って、周りからバカにされるだけだろ?
     昨夜だってそうだったろ? お前が何か言う度、ウィルやシルキス、嫌そうな顔してたろ? 自分の都合だけで、自分の話ばっかりしてたからだよ。
     お前だって嫌だろ、俺やウィルが大会で活躍した話を延々聞かされるのなんか、さ?」
    「まあ……、そりゃ、ウザいなって思うけど」
    「ソレと同じコトをしてたんだよ、昨夜のお前は。自分勝手な話ばっかりされて笑ってられるヤツなんて、この世には滅多にいないんだぜ。
     ちょっとくらいは人の話を聞くようにしなきゃ、お前本当に、周りから『ウザいヤツ』って思われて、相手にしてもらえなくなるぞ。
     お前がそんな風に一人ぼっちになってくのは嫌だし、だから俺は、今日出発してもいい宿を明日の分まで取ったんだよ。もうちょっと人の話、聞く耳を持ってほしいと思って。
     お前はお願いしてないのは分かってるけどさ、だからって、人の厚意をわざわざ踏みにじるコトも無いだろ? ソレだけはしないでくれよ、本当に、な?」
    「……」
     つかんでいた昂子の手から力が抜けるのを感じ、秋也は手を離す。
    「ほら、こっちは食べるんだろ?」
    「……うん。……あの、ウォン?」
    「なんだ」
    「そっちも食べる」
    「その前に、何か僕に言うことは無いのか」
    「……ごめん。ひどいコトした」
    「ああ」
     ウォンも小さく頭を下げ、昂子にサンドイッチを渡す。
    「僕も口汚い言葉を投げ付けた。すまない、アコ」
    「うん」

     半ば握り潰されたり投げ付けられたりしたために、折角のサンドイッチは形が崩れてしまっていたが、それでも昂子は美味しそうに平らげた。

    白猫夢・旧交抄 7

    2012.05.28.[Edit]
    麒麟を巡る話、第24話。見方、聞き方を広げるために。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 公園で一休みしたところで、秋也たちはウィルと別れ、宿へと戻って来た。「ただいまー」「おかえり。ドコ行ってたの?」 出迎えた昂子に、秋也は公園で買ったサンドイッチを渡す。「ウィルの仕事先。ウォンを雇ってもらえないかって」「ふーん」 昂子はサンドイッチの包みを開きながら、ウォンに尋ねる。「行けそうなの?」「...

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    麒麟を巡る話、第25話。
    思いを馳せる'41。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     次の日、昂子は秋也たちに手を引かれる形で、ウィルとシルキスのところへ、赤虎亭での無礼に対する謝罪を行った。
     二人は昂子の謝罪を快く受け入れ、改めて5人で市中を巡り、遊ぶことになった。

    「なーなー、どないやった、ウチのご飯?」
    「うん、すっごく美味しかった!」
     シルキスの両親が営む定食屋で昼食を取り、シルキスは昂子の反応に、上機嫌になっている。
     と、秋也はシルキスにこんな質問をする。
    「シルキスの父さんと母さんは、今どこかに出てるのか? さっき料理持って来てくれたの、妹さんみたいだったけど」
    「せやねん。ウィルん家に行っとるんよ。な、ウィル?」
    「ああ。ほら、赤虎亭で話してた、クイントとシルフィの話で」
    「ああ……。え、じゃあもう結婚するって話になったの?」
    「……それがなぁ」
     ここで厨房の奥から、声が飛んでくる。どうやら先程料理を運んできてくれた、シルキスの妹のようだ。
    「クイント兄やん、アホやねんで。昨日の朝、キャバレーみたいなところから連絡来てな、『店の女に手ぇ出しよったから、迷惑料払うてんか』って」
    「はぁ!?」
    「じゃあクイント、結婚するって言ってた横で、他の女口説いてたってコトか?」
    「せやねん。で、めでたく話は破談になったっちゅうワケや。シルフィからもきっついビンタもらうわ、ウィルからも拳骨もらうわ、その上に父やんと母やんからも『お前みたいなアホは面倒見切れへん、勘当やッ!』ちゅうて散々怒鳴られて、ウチを追い出されよってん。
     ほんで今、父やんたちがウィルん家に、謝りに行っとるとこやねん」
    「とんだ阿呆だな」
     ウォンの言葉に、シルキスはゲラゲラと笑った。
    「ホンマやわ、もう! あんなアホタレ、もう知らんわ、あははは……」

     昼食の後、秋也たちは天狐たちへの土産を買いに向かった。
    「何がいいんだろうな? 小鈴さんから何か聞いてるか、昂子?」
    「えーっとね……、甘いものがいいってさ。特に天狐さんは、チョコレート大好きなんだって」
    「鈴林さんは?」
    「聞いてない、かな。何も言ってなかったと思う」
    「ふーん……? 小鈴さんの話からしたら、鈴林さんの方がお世話になってるっぽいのにな……?」
     そんな話をしている一方で、ウィルとシルキスが、ウォンの帽子を見立てている。
    「こっちの方がかっこええんとちゃう?」
    「いや、何だよそのドクロ……。そんなの無い方がいいって。シンプルが一番だ」
    「僕もウィルの意見に賛成だ。流石にそちらは、御免被る」
    「えー……。ええと思うんやけどなぁ」
     口をとがらせるシルキスをよそに、ウィルは手に持っていた帽子を店員のところへ持っていく。
    「じゃ、これ買ってやるよ」
    「いいのか、本当に?」
    「いいって。ま、お返しはお前が俺たちのところに無事、仕事に就けてからでいいから」
    「……ありがとう」



     ミッドランドへ向かう準備を終え、翌日、秋也たちはゴールドコーストを発った。
    「じゃ、またな」
    「ああ。今度は母さんたちにも会いに来てくれ」
    「おう」
     別れの挨拶を短く済ませ、秋也たちは街を後にする。
    「……なんか、一気に静かになったね」
    「そうだな。騒がしい街だった」
     二人の言葉を聞き、秋也はふっと笑う。
    「なに?」
    「ああ、いや。オレも昔、初めてあの街に行って、で、街を出た時に、同じコト言ったなって。
     みんな、そう思うらしいぜ。お袋もそう言ってた」
    「へぇ」
    「んで、揃ってみんな、こう言うらしいぜ」
     秋也は二人に笑いかけながら、こう続けた。
    「『また、この街に来たい』ってな」
    「……なるほど。確かに」
    「そーね。楽しかったし」
     若干ひねくれ者の二人も、これには素直にうなずいていた。



     その、秋也たち三人の動きを、遠い、遠い崖の上で見つめる者がいた。
    「……あれね」
     常人ならば形どころか、数すら判別できない、米粒のようにしか見えないその距離から、その女は三人をきっちり、裸眼で把握していた。
    「一人、増えているみたいだけど……、まあ、関係ないか」
     女は手にしていた仮面を顔に被せ、それから、唯一隠れていない口元を、にやりと歪ませた。
    「本当の本当に、ボンクラなのか。それともやる時はやる子なのか。
     確かめさせてもらうわよ、黄秋也くん」
     女はその崖からとん、と飛び降り――その場から消えた。

    白猫夢・旧交抄 終

    白猫夢・旧交抄 8

    2012.05.29.[Edit]
    麒麟を巡る話、第25話。思いを馳せる'41。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 次の日、昂子は秋也たちに手を引かれる形で、ウィルとシルキスのところへ、赤虎亭での無礼に対する謝罪を行った。 二人は昂子の謝罪を快く受け入れ、改めて5人で市中を巡り、遊ぶことになった。「なーなー、どないやった、ウチのご飯?」「うん、すっごく美味しかった!」 シルキスの両親が営む定食屋で昼食を取り、シルキスは昂子の反応...

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    麒麟を巡る話、第26話。
    仮面の女剣士。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ゴールドコーストを後にした秋也たち三人は、ミッドランドへ向かうべく、街道を進んでいた。
    「ミッドランドまでは、あとどのくらいなんだ?」
     そう尋ねたウォンに、秋也は地図を広げながら答える。
    「えーと……、今いるのが、ココだろ。リトルマインから北にちょっと、行ったところ」
    「この先街道が分かれているが、これは西に進むんだな?」
    「ああ。で、その突き当たりにフォルピア湖がある。ココから船に乗れば、あっと言う間にミッドランドだ」
    「地図で見る限りは、ゴールドコースト―リトルマイン間より、若干長いくらいか。1日か、2日と言うところだな」
    「ああ。ソコで、この旅もおしまいだな」
     その言葉に、ウォンはふう、とため息をつく。
    「そこでようやく、あのワガママ娘のお守りも、お役御免となるわけだな」
    「ふん、だ」
     聞いていた昂子が、いたずらっぽく鼻を鳴らす。
    「どうせならあんたも、シュギョーしてったらいいんじゃないの?」
    「お前と一緒にか? お断りだ」
    「なーまけーものー」
    「お前のことだろう」
     そんな風にじゃれ合っている二人を見て、秋也は苦笑していた。

     と――。
    「ちょっと、いいかしら」
     背後から突然、声をかけられ、秋也は驚く。
    (えっ……? 今、誰もいなかったよな……?)
     そして振り向いたところで、二度驚かされた。
    「うわ、……っ?」
     後ろに立っていた女に、顔が無いように見えたからだ。
    「……あ、すみません」
     しかしよく見てみると、そのつるんとした真っ白な顔には何点か穴が開いており、左頬に当たる部分には、紫色の楓模様が刻印されている。
     仮面を被っているのだと気付き、秋也は小さく頭を下げた。
    「……」
     何も返さない女に、秋也は戸惑いつつも、もう一度声をかける。
    「あの……?」
    「あなた」
     と、女は唐突に口を開いた。
    「名前は?」
    「え?」
    「名前。あなたの名前、教えてちょうだいな」
    「はあ……? 秋也です。黄秋也」
    「やっぱり、そう」
     女は唯一、仮面に隠されていない口元を歪ませ、にやっとした笑いを見せる。
    「えっと? オレのコト、ご存じなんですか?」
    「ええ」
     次の瞬間――女は秋也を突き飛ばした。
    「おわっ!?」
     油断していたため、秋也は大きくよろめくが、とっさに力を籠めて、何とか踏みとどまる。
    「な、何すんだ!?」
    「あなた」
     女は依然、ニヤニヤと笑ったまま、腰に佩いていた直剣を抜く。
    「今ので一回、死んだわよ?」
    「ふざけんなッ!」
     秋也も刀を抜き、女に対峙する。
    「いきなり何なんだ、アンタ!?」
    「黄秋也。あなた本人には何の興味も無いけど、お願いされたから」
     女は話す声以外には何の音も発さず、秋也との距離を詰めてきた。
    「ちょっと勝負、させてもらうわよ」
    「……ッ!」
     秋也は間合いに入られた瞬間、ようやく女の殺気に気付かされる。
    (なんだ……コレ!?)
     現実と、自分の感覚とが乖離する奇妙な状況に、秋也は戦慄する。
    (目の前にいるはずのコイツの剣気が、全然捉えられない!?)
    「はッ」
     寸前で太刀筋を受け止めるが、秋也より頭半分ほど低いその女の攻撃を受け止め切れず、秋也は弾き飛ばされる。
    「……!?」
     衝撃を受け、地面を転がされても、秋也には何が起こっているのか、半ば理解できないでいる。
    「どうなってんだ……!?」
    「どうも、こうも。私はただ単にあなたに歩み寄って、ただ単に、剣を振るっただけ。
     たったそれだけで、あなたはこうも他愛なく、簡単に、弾かれた。……やっぱりあなたは、大したことのない子ね」
     女の放ったその言葉に反論したのは、意外にもウォンだった。
    「そんなことあるかッ! そいつはこの僕を負かした男だ! お前が何か、術を……!」
    「ほざいているわね、戯言を」
     女はくる、とウォンに向き直る。
    「術? 技? トリック?
     ……あははは、馬鹿にしないでくれるかしら、ボクちゃん? そんなチャチな小細工、私が使うわけないじゃない。
     この克渾沌、安くは無いわよ」

    白猫夢・遭克抄 1

    2012.05.31.[Edit]
    麒麟を巡る話、第26話。仮面の女剣士。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ゴールドコーストを後にした秋也たち三人は、ミッドランドへ向かうべく、街道を進んでいた。「ミッドランドまでは、あとどのくらいなんだ?」 そう尋ねたウォンに、秋也は地図を広げながら答える。「えーと……、今いるのが、ココだろ。リトルマインから北にちょっと、行ったところ」「この先街道が分かれているが、これは西に進むんだな?」「...

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    麒麟を巡る話、第27話。
    一方的な蹂躙。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「克……!?」
     その号を聞き、ウォンの狼耳がビク、と反応する。
    「戯言を言っているのはお前だッ! そんな奴は、僕は知らない!
     畏れ多きその御名を騙る不埒者め、僕が成敗してやる!」
     そう叫び、三節棍を構えたウォンに、渾沌と名乗った女はケラケラと笑って見せた。
    「そんな反応をすると言うことはあなた、黒炎教団の奴らね? ……私に言わせれば、カミサマの影にビクつく臆病犬の集まりよ!
     いらっしゃいな、子犬ちゃん! 遊んであげるわ!」
    「立て続けの侮辱……! 許さないぞ!」
     ウォンは三節棍を振り上げ、渾沌との距離を詰めようとする。
     だが――。
    「……!? いない!?」「こっちよ」
     いつの間にか、渾沌はウォンの後ろを取っていた。
    「な……!」
    「あなたに用は無いの」
     渾沌はウォンの襟をつかみ、そのまま下に引く。
    「おすわり」
     次の瞬間、ウォンの頭が深々と、地面にめり込む。
    「が……ッ!?」
     その一撃で、ウォンは呆気なく気絶した。

    「さてと」
     渾沌は倒れ伏したウォンを一瞥することもなく、秋也に向き直った。
    「かかってらっしゃい、秋也。私もさほど、暇じゃないの。さっさと終わらせたいのよ」
    「てめえ……!」
     秋也は怒りに任せ、刀に火を灯す。
    「終わらせるってんなら、終わらせてやる! お前をブッ飛ばしてな! 『火閃』ッ!」
     秋也は刀に灯った火を一層燃え上がらせ、放出する。
     火は轟々と音を立てて膨れ上がり、渾沌を巻き込んだ。
    「どうだッ!」
     勝利を確信し、秋也は空いていた左手でぐっと、握り拳を作る。
     だが――その握り拳にいつの間にか、女の手が添えられていた。
    「……!?」
    「やっぱりあなたは、大したことが無いわ」
     何事も無かったかのように、渾沌が秋也のすぐ側にいる。
    「最初の最初に、あれだけ実力差を見せ付けてあげたのに。これだけ強い相手なのだから、気を付けてかかってねって、そう教えてあげたつもりなのに。
     それでもあなたは慢心する。それでもあなたは油断する。どうして慢心できるの? どうして油断しちゃったの?
     やっぱりあなたは――駄目ね」
     ぶち、と音が鳴る。
    「あ、うっ……」
     秋也はその光景も、嘘だと思った。

     秋也の意識が、急激に遠のく。
     最後に目にしたのは、渾沌が自分の左腕を、ぷらぷらと振っている姿だった。
    「もう一度チャンスをあげる。でも、それもフイにしたら、この左腕は焼いてしまうわよ」
     そう言い残し、渾沌の姿が目の前から消えたところで、秋也の意識も途切れた。



     昂子は秋也が弾き飛ばされ、ウォンが地面にめり込んだところで、耐え切れなくなって逃げ出していた。
    「ひっ、ひっ……」
     こらえきれず、木陰にうずくまって泣いていたところで、女の声がかけられる。
    「あら、ここにいたのね」
     昂子が顔を上げると、そこには渾沌の姿があった。
     昂子は渾沌と、渾沌が抱える、魔法陣がびっしりと描かれた包帯で、ぐるぐる巻きにされた秋也の左腕を見て、短い悲鳴を上げた。
    「ひ、いっ」
    「そんなに怯えないでいいじゃない。私、あなたには全然、危害を加えるつもりは無いわよ」
     渾沌はしゃがみ込み、昂子の左頬に手を当てる。
    「い……、いや……」
    「私はね、女の子には手を上げないって決めてるの。……出したくなっちゃうことは、たまにあるけど」
     そう言うなり、渾沌は昂子の右頬に顔を寄せ、ぺろりと舐めてきた。
    「ひあ、っ!? や、やめてっ!」
    「……うふふふ、可愛いわね。
     と、あんまりいじめても可哀そうだから、真面目なお話してあげるわね」
     渾沌は軽く咳払いし、こう告げた。
    「秋也は私との勝負に負けて、腕を取られたわ。でも、取ったままじゃ何かと不自由だろうから、代わりに可愛い腕を付けてあげたの。
     それでもきっと、不便だろうから、腕を取り戻すチャンスをあげることにしたの。……ちゃんと聞いてね?」
    「は、はいっ、きっ、きいてます」
    「うふふ。……あなたに、私を呼べる『頭巾』を渡すわ」
     渾沌は袖口から布を取り出し、昂子の手に乗せる。
    「もう一度、私と戦いたいと決心できたら、これを使いなさい。
     その勝負に勝ったら、秋也の腕は元通りにしてあげる。後、大サービスだけど、あなたたち全員が相手でも、受けて立ってあげる。
     でも、もしそれでも負けてしまったら」
     渾沌はニヤ、と口元を歪ませ――昂子の口にぬる、と舌を入れてきた。
    「むぐっ、うっ、う……!?」
    「今度はあなたをもらっちゃうわよ。あなた、見た目は割と、私の好みだから」
    「は、っ……、はっ」
     恐怖と嫌悪感で、昂子の呼吸が乱れる。
     渾沌はぺろ、と自分の口をなめ、にやあっと笑って見せた。
    「じゃ、ね。……楽しみにしてるわよ、橘昂子ちゃん」
    「ひっ……、ひぃ……」
     怯える昂子をそのままにして、渾沌はその場から姿を消した。

    白猫夢・遭克抄 2

    2012.06.01.[Edit]
    麒麟を巡る話、第27話。一方的な蹂躙。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「克……!?」 その号を聞き、ウォンの狼耳がビク、と反応する。「戯言を言っているのはお前だッ! そんな奴は、僕は知らない! 畏れ多きその御名を騙る不埒者め、僕が成敗してやる!」 そう叫び、三節棍を構えたウォンに、渾沌と名乗った女はケラケラと笑って見せた。「そんな反応をすると言うことはあなた、黒炎教団の奴らね? ……私に言わ...

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    麒麟を巡る話、第28話。
    天狐ちゃん、再び。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     秋也たちが渾沌に敗北した、その3日後――。

     ミッドランド郊外、とある屋敷の中。
    「ねえ、姉(あね)さんっ」
    「あー?」
     歩く度にシャラシャラと鈴の音を鳴らす長耳が、机に脚を乗せて座り込む狐獣人らしき少女の肩をポンポンと叩きながら、こう尋ねてきた。
    「昂子ちゃん、いつ来るんだろうねっ?」
    「知るかよ」
     狐獣人は九つある自分の尻尾をわしゃわしゃと撫でながら、気怠そうに応える。
    「来るっつって、ソレからもう、予定してた日を3日、4日過ぎてるんだろ? 途中で『やっぱヤダ』っつって、帰ったんじゃねーの?」
    「ソレは、……無いと思うけど。もしそんなコトあったら、小鈴が伝えてくるだろうし」
    「大見得切って家を出た手前、帰るに帰れねーっつーコトもあるだろ?」
    「ソレは、……ありそうだけど、無いと思いたいなーって。
     そ、ソレにさ、ほら、姉さんの『お気に入り』の息子さんも一緒なんだし、逃げるってコトは無いんじゃないかなー、なんて」
    「……じゃあ、他に何か、アクシデントみたいなのがあったってか?」
     狐獣人は机から脚を降ろし、ひょこ、と立ち上がる。
    「鈴林、お前さぁ。ファンタジーとか童話とか好きなのはお前の勝手だけどよ、もうちょっと現実的になれよなー。
     いくらあの姉さんの血筋だっつっても、そうそう毎度毎度、トラブルに巻き込まれるワケが……」
     そう返していたところで、屋敷の戸をトントン、と叩く音が響く。
    「あ、はーい!」
     鈴林と呼ばれた長耳は、姉弟子の小言を切り上げて玄関に飛んで行った。
    「……ったく」
     狐獣人は肩をすくめ、もう一度椅子に座り直そうとした。
     そこに、鈴林の叫び声が飛んでくる。
    「姉さん姉さん姉さんっ! 来て来て早く来て!」
    「あぁ? ……なんだよ、うるっせーなー」
     狐獣人は本当に面倒臭そうに、玄関へ向かう。
    「なんだよ、受講者か?」
    「違う違う違うの! 昂子ちゃんと秋也くんと、あと一人来たんだけど、あの、えっと」
    「ん? よーやく来たの、……あぁ?」
     玄関先に立っていた鈴林と、来訪者とを見て、狐獣人は目を丸くした。
    「……何があったのか、聞いた方がいいのか?」
     訪れた三人――顔全体に包帯を巻いたウォン。目に隈のできた、土気色の顔をした昂子。そして左腕を、何重もの布で覆い隠す秋也の姿に、狐獣人は怪訝な顔を向けた。



    「ふーん……? 克渾沌、ねぇ」
     秋也から話を聞き終えた狐獣人――克大火の七番弟子、金毛九尾の克天狐は、もう一度訝しげな表情を浮かべる。
     ちなみに、昂子とウォンは小屋に入るなり即座に、鈴林によって寝かし付けられた。話を聞こうにも、あまりにも心身を耗弱させており、まともに話すことすらできなかったためである。
    「その名前は知らねーな。……ただ、楓模様の付いた仮面を付けた、無茶苦茶に強ええ女、ってのには心当たりがある」
    「うんうん」
     天狐と鈴林の二人は、揃って渋い顔になった。
    「知ってるんですか?」
     尋ねた秋也に、天狐はふん、と鼻を鳴らす。
    「ああ。……忌々しいコトに負けちまったんだよな、そいつに」
    「え?」
    「意外な顔すんなよ。……つってもな、オレが負けたのは、今まで3回しかねーんだぜ?
     オレの師匠とそいつと、お前のお袋さんに、だけだ。ソレ以外は負けてねー」
    「あ、そ、そうですね」
     かしこまる秋也を見て、天狐はぷっと噴き出した。
    「あんまり堅くなんなよ、オレも話し辛い。気軽に『天狐ちゃん』っつー感じでしゃべってくれたらいいからよ」
    「あ、はい。……えーと、じゃあ、天狐ちゃん」
    「おう」
    「オレの腕……、その……、見てくれないかな、……って」
     秋也は口ごもりながら、隠していた左腕を見せる。
    「……ひっでえな。悪趣味過ぎるぜ」
    「ああ……」
     秋也の左腕があった場所には、猫の手を模したぬいぐるみが付けられていた。
    「コレは……」
     天狐がその腕をつかむと、秋也はビク、と震える。
    「感覚はあるみたいだな」
    「ああ」
     撫でたりつねったり、握ったりしながら、天狐は秋也の腕を見定める。
    「うーん……。コレは、……アレかなぁ」
    「アレ?」
    「ちょっと待て。……よっ、と」
     天狐は壁に備え付けてあった本棚から、本を取り出した。
    「と、と、……と。コレだな。
     生物と無生物との境界を弄る、『魔獣の呪』ってヤツだ」
    「治せるのか?」
    「んー」
     天狐は再度、苦い顔になる。
    「治せるっちゃ治せるけど、今ソレ治したらお前、出血多量で死ぬぜ」
    「えっ」
    「腕と肩が、魔術的なチカラで強引にくっつけられた状態だから、術を解除したらその瞬間、血が切断面からバチャバチャ飛び出すぞ。元の腕も無い状態だから、縫合とかもできないしな。
     オレとしては、そのままにしておくコトをおすすめするけど、な」
    「マジかー……」
     元々の腕とぬいぐるみの腕とで顔を覆う秋也に、天狐はさらにこう告げた。
    「一番綺麗に収まる方法としては、やっぱりその渾沌って女に、元に戻してもらうしかねーな」
    「……やっぱり、そうなるか」
     その返答に、秋也はがっくりと肩を落とした。

    白猫夢・遭克抄 3

    2012.06.02.[Edit]
    麒麟を巡る話、第28話。天狐ちゃん、再び。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 秋也たちが渾沌に敗北した、その3日後――。 ミッドランド郊外、とある屋敷の中。「ねえ、姉(あね)さんっ」「あー?」 歩く度にシャラシャラと鈴の音を鳴らす長耳が、机に脚を乗せて座り込む狐獣人らしき少女の肩をポンポンと叩きながら、こう尋ねてきた。「昂子ちゃん、いつ来るんだろうねっ?」「知るかよ」 狐獣人は九つある自分の...

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    麒麟を巡る話、第29話。
    昂子と秋也の、ひみつ作り。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     到着から半日が過ぎた辺りで、ようやく昂子とウォンは目を覚ました。
    「……」
     しかし、昂子の顔色は依然、悪いままである。
    「昂子」
     秋也が声をかけてみるが、昂子はのろのろと顔を向けるだけで、一言も発さない。
    「大丈夫、……じゃ、ないよな」
    「……うん」
     昂子は半ばうなるような声で、それだけ返す。
    「あの、渾沌って女に、何かされたのか?」
    「……言いたくない」
    「まさか、その、変なコトとか、されて」「やめて!」
     昂子の反応に、秋也は自分の頭に氷を詰められたような気分になる。
    「まさか、……でも、女同士で、……その」
     秋也の言わんとすることを察し、昂子は短く首を横に振る。
    「ソコまでじゃないよ。……気持ち悪いキスされた。口の中に、無理矢理舌入れられた」
    「……思ったよりはひどくは無いけど、……ソレでもひどいな」
    「……ホント、気持ち悪かった」
     昂子は蒼い顔をしたまま、堅い笑顔を作る。
    「ホント、あいつおかしいよね。ホントに、気味が悪い。
     ……ねえ、秋也」
    「なんだ?」
    「……あんたのコトは特に良くも悪くも何とも思ってないし、お兄ちゃんって感じだから、……こんなの頼むのはおかしいかもなんだけどさ」
    「ん?」
    「口の中がまだ、気持ち悪いままなの。……よく考えたら初キス奪われたんだし」
    「……え、っと?」
    「でも忘れたいの。だからコレを、初にしたい」
     そう言うなり昂子は秋也に飛びつき、口付けした。
    「んむ、……お、ちょ、えっ」
    「……えへへ。……もー一回言うけど、あんたはあたしの中では、『お兄ちゃん』なんだからね。今のは、違うんだからね。そーゆーのじゃないんだからね」
     昂子はベッドから離れ、くる、と秋也に顔を向けた。
    「……忘れたいけど、忘れないでね。
     あたしの初キスは、あんたにあげたの」
     そのままぷい、と顔を背け、昂子は寝室から出て行った。
    「……お、おう」
     誰もいなくなった部屋で、秋也は一人、返事をしておいた。



     一方、一足先に目を覚ましていたウォンは、天狐に深々と頭を下げていた。
    「な、なんだよ」
     どぎまぎしている天狐に対し、ウォンは恭しく言葉を連ねる。
    「畏れ多くも黒炎様の御門下に拝しまして、恐悦至極に存じます。甚だ不義、不躾な身ではございますが……」「やめれやめれ、やーめーれーっ!」
     天狐は狐耳と尻尾を毛羽立たせながら、最敬礼で平伏していたウォンの後頭部に手刀を下ろす。
    「あいたっ」
    「オレはそーゆー堅っ苦しいのは大嫌いなんだ! もっと気さくに話してくれ!」
    「す、すみません。考えが至らず、誠に失礼を……」「だーかーらぁ」
     謝るウォンに、天狐は再度手刀を叩き付ける。
    「そんなもん、『ごめん』の一つでいいだろっつってんだってばよぉ。頼むからふつーにしゃべってくれってば」
    「あ、は、はい」
    「……にしても」
     天狐はウォンの姿を一瞥し、気の毒そうな声を漏らす。
    「何かお前、特にぼろっぼろじゃねーか? どんだけボコられたんだよ、あの女に」
    「あ、いえ。顔の傷はコントンによるものですが、頭と耳と尻尾に関しては、先程も申した通り、自分の不義によるものでして」
    「不義?」
     ウォンはそこで、自分が屏風山脈で起こした騒動と、その顛末を話した。
    「ふーん……。丸刈りされた上に破門されたのか。自業自得とはいえ、散々だな」
    「……あの、……もし、ご厚情を賜れればと」「普通語でしゃべれ」「……いえ、お願いを聞いていただけたらな、と」
    「何だよ?」
    「僕へ下された破門処分を、テンコさ……、ちゃん、のお力で、無かったことにできないか、と」
     その願いを聞いた天狐は、「チッ」と舌打ちした。
    「いるんだよな、オレのコトを黒炎教団の出張所だと思ってるヤツ」
    「え?」
    「オレは克大火の弟子であって、教団とは関係ねーの。言ってみりゃ、その教団ってのと同列であって、オレの下にいるヤツらじゃねーんだってば」
    「……そ、そうですか」
     しゅんとなるウォンの額に、天狐はとん、と、今度は優しめに手刀をぶつけた。
    「だからよ、気楽に話してくれていいんだって。オレなんかにガチガチの敬語、丁寧語はいらねーよ」
    「……はい」

    白猫夢・遭克抄 4

    2012.06.03.[Edit]
    麒麟を巡る話、第29話。昂子と秋也の、ひみつ作り。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 到着から半日が過ぎた辺りで、ようやく昂子とウォンは目を覚ました。「……」 しかし、昂子の顔色は依然、悪いままである。「昂子」 秋也が声をかけてみるが、昂子はのろのろと顔を向けるだけで、一言も発さない。「大丈夫、……じゃ、ないよな」「……うん」 昂子は半ばうなるような声で、それだけ返す。「あの、渾沌って女に、何か...

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