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黄輪雑貨本店 新館

白猫夢 第1部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    麒麟の話、第1話。
    克大火の弟子;未来を見つめる者。

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    1.
     読めていたはずだ。
    「な……なんで……」
     ボクには、すべてが読めていたはずだった。
    「なんで……こうなった……」
     読めていたはずだったんだ!

     だけど何故、何故!?
    「思い知ったか、麒麟」
    「なにを、……何を、思い知れって言うんだッ!」
     何故ボクは、このいけ好かない、真っ黒な、
    「己の身の程を、だ」
    「……ッ、そんなもの!」
     魔術と求道と、マコトさんのコトくらいしか考えてない、
    「分かり切ってるさ!
     分かり切ってる、ボクはアンタより魔力がある! アンタより魔術理論に長けている! その上、アンタには無い能力も持ってる!」
     ボクより弱いハズの、
    「アンタなんかより、ずっとずっと、ボクの方が強いんだってコトもだッ!」
    「ククク……」
     まるで鴉みたいな、クセの強い笑い方をする、
    「もう一度だ……! もう一度来い! 叩き伏せてやるッ!
     来いよ、タイカああああああッ!」
     この師匠に。

    「お前のことは、十分に理解していたと思っていたが」
     何故?
    「過大評価していたようだ」
     何故なんだ?
    「お前がこれほどの、愚にもつかぬ暴挙に出ようとは。そして」
     何故、ボクは。
    「己が負けたことも、理解しようとしないとは、な」
     何故負けたんだ……?



     ボクには、分かっていた。

     ボクには、お師匠のタイカさん――ボクが知る限り、ボクを除けば、世界一の魔術師である、彼にも無い能力を持っていた。
     そのチカラが有ったから、タイカさんはボクを弟子にした。
     そして弟子になり、修行と勉強を続け、ボクの魔力と知力はぐんぐんと伸び、タイカさんに並び、そしてついには追い抜いた。
     そして今、ボクはタイカさんを実際に超えようと、挑んだ。

     分かっていた。
     分かっていたはずなのに。

     ボクには、分かっていたはずだった。
     でも――結果は、違った。
     ボクが分かっていた結果とは、まるで違っていたんだ。



     でも――負けた瞬間に、また、あることが分かった。
    「……そんなコト、するの……」
    「何かは分からんが、……俺はお前にそうするのだろう、な」
    「一体、ボクはどうなるんだ」
    「『見れ』ばいい」
    「……そう……だね……」
     それ以上、ボクは何も言えなかった。

     タイカさんが「見ろ」と言った瞬間、ボクはまた、未来を見た。
     そこにいたボクは、……もう、人間じゃ無さそうだった。

     ボクは一体、何になったんだろう……?
    白猫夢・麒麟抄 1
    »»  2012.05.01.
    * 
    麒麟を巡る話、第1話。
    大剣豪の息子。

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    1.
     とある、教会の中。
    「母さん?」
     白地に茶色と言う毛並みをした、黒髪の猫獣人の男の子が、不意にうずくまった三毛耳の母親を見て驚く。
    「どうしたの?」
    「……あ、……いや」
     普段から気丈に振る舞い、凛々しい姿を見せるこの母が、こんな青ざめた顔を見せるとは思わず、少年は戸惑った。
    「顔色、わるいよ? 大丈夫?」
     が、顔色とは裏腹に、その声はいつも通りにはっきりと、芯の通った音を放っている。
    「心配無用、……だ。疲れが溜まっていたのかも知れぬ。少し、休むとしよう」
    「あ、うん。……はい」
     少年は母の手を引き、近くの椅子に腰かけさせた。
    「ダメだよ、無理しちゃ」
    「はは……」
     母親は少年の頭を優しく撫でながら、こんな風に返してきた。
    「いや、久しぶりの旅行で、多少はしゃいでしまったようだ。
     ……思い出すよ、昔、私がこの辺りを旅していた時のことを」
    「ここ、前にも来たことあるの?」
    「ああ」
     少年も母の横に座り、続いて質問する。
    「いつ?」
    「いつだったかな、えーと……、そう、12、3年ほど昔かな」
    「その頃、何をやってたの? どんな旅だったの?」
     母親は肩をすくめ、こう返す。
    「今とそれほど、変わらない。その時も私は、剣士だった。旅は、その関係でやっていた」
    「へぇ」
     彼女の言う通り、その腰には、見事な刀が佩かれていた。
     少年は母親の活躍を、もっと小さな時から聞き及んでいたし、その旅がどれほど波瀾万丈に満ちたものであったか、想像を膨らませていた。
    「むしゃしゅぎょー、ってやつ?」
     が、この問いには若干、母親は口ごもる。
    「いや、その」
     彼女ははにかみ、答えを濁してしまった。
    「……まあ、そうしておいてくれ」
     しかし少年にとっては、その答えは彼女を剣士として尊敬するに、値するものだった。
    「すごいね、母さん」
    「……ふふっ」
     やがて胸中に生じたそのときめきは、彼にこんなことを言わせた。
    「ねえ、母さん」
    「うん?」
    「オレもいつか、むしゃしゅぎょーに出てみたい」
     その言葉に、母親はにっこりと笑って見せた。
    「はは、それはいい。剣士を目指すなら、やってみろ」
    「うん」
     少年も、満面の笑顔で応えてみせる。
    「期待しているぞ」
     母親はもう一度、少年の頭を優しく撫でつけた。
    「秋也」



    「秋也くん」
    「……んあ……」
    「秋也くーん」
    「……んにゅ……」
    「しゅ、う、や、くーん」
     三度も名前を呼ばれ、トントンと頭を叩かれたところで、秋也は飛び起きた。
    「ふあっ!? ……おっ、おはようございます、藤川の姉(あね)さん!」
    「もお、秋くん遅いよー。もしあたしが君を狙いに来た刺客だったら君、とっくに額に穴開けられて死んじゃってるわよ?」
     そう言ってクスクス笑う大先輩の短耳、藤川霙子に、秋也はぺこぺこと頭を下げた。
    「すみません、精進します」
    「ま、今日くらいは目一杯寝といた方がいいかも知れないけどね」
    「えっ?」
     聞き返した秋也に、霙子は「あ」と返した。
    「ごめーん、今のは内緒。聞かなかったことにしといて」
    「え、あ、はい……?」
     きょとんとする秋也に背を向け、霙子は身支度するよう促した。
    「顔、洗ってらっしゃい。シャキっとしとかないと、今日の試験、通らないわよ」
    「はい、ありがとうございま……」
     秋也はもう一度、ぺこりと頭を下げる。
    「……早えぇー」
     顔を挙げた時には、霙子は既に、寝室の戸を閉めた後だった。



     彼の名は、黄秋也。「縛返し」「蒼天剣」の異名を持つかの大剣豪、黄晴奈の息子である。
     この日は彼の、焔流剣士としての真価を問う日――免許皆伝試験の実施日となる。
    白猫夢・秋分抄 1
    »»  2012.05.02.
    麒麟を巡る話、第2話。
    幼馴染は家元。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「おはよう、秋也」
     家元の間に通された秋也は、ぴし、と背筋をただした。
    「おはようございます、こゆ、……家元」
     上座に座っていた、まだどこか幼さの残る長耳は、にこりと笑って立ち上がった。
    「『小雪お姉ちゃん』でも構わないけれど?」
    「い、いえ」
    「まあ、そう呼ぶような歳でも無いわよね。何だかんだ言って、わたしももう25だし、あなたも18になるし」
    「19です」
    「ああ、ごめんね。……と、コホン」
     現焔流剣術家元、焔小雪は空咳をし、場の空気を改める。
    「本日、あなたには焔流剣術の、免許皆伝試験を受けてもらいます。
     試験については、何か聞いてる?」
    「いえ」
    「なら、いいわ。付いてきなさい」
     秋也を伴い、小雪は試験場へと向かう。
    「試験の内容は、至って簡単。丸一日、つまり24時間、試験場内で眠らずに過ごすことよ」
    「あ、だから藤川の姉さん……」「ん?」「あ、いえ、何でも」
     10分ほどで秋也たちは試験の場、伏鬼心克堂に到着した。
    「入門時、あなたはここで何か、見た?」
     小雪の問いに、秋也はクスクスと笑う。
    「ええ、鬼を」
    「それなら分かると思うけれど、ここは自分の心の中で思ったことが、その場に現れるところ。
     24時間ずっと、無心ではいられないでしょうし――そんなことしてたら寝ちゃうわね――何が起ころうと、意識を途切れさせないようにね」
    「はい」
     刀と防具を装備させられた状態で、秋也は堂の中央に残された。
    「それじゃ今から、試験開始よ。24時間後、起きてる状態でわたしと問答を交わせたら、試験は合格。
     それじゃ、頑張ってね」
     そう言って小雪は、すとんと堂の扉を閉ざした。

     一人残った秋也は、入門した時のことを思い出していた。
    (朝見た夢……、アレって確か、オレが9歳か、10歳かくらいの時だよな。
     央中の、ゴールドコースト市国。あそこにある、ウィルんちの教会で、……そう、オレはあの時初めて、母さんに、『剣士になりたい』って言ったんだ。
     それから央南に戻った後、いきなり『紅蓮塞へ行くぞ』って言われて、で、このお堂で……)
     そこまで想起したところで、秋也の目の前に、入門した時に見たものと同じものが現れた。
    「……よお、久しぶり」
     現れたのは、筋骨隆々とした肉体に襤褸(ぼろ)を纏い、己の腿ほどもある金棒を担ぎ、頭に猛牛を思わせる角を一対生やした、幻想の益荒男――鬼だった。
     鬼は一言も発さず、秋也に襲い掛かってきた。
    「うお、っと!」
     秋也はひらりと初弾をかわし、刀を抜く。
    「やる気ってんなら、オレも本気出すぜ!」
     秋也の構えた刀に、火がすうっと走る。
    「『火刃』ッ!」
     秋也が10年修業した焔流剣術の神髄、「燃える刀」である。
    「さあ来いよ、筋肉デブ!」
    「グオオオオ!」
     鬼は咆哮を挙げ、秋也の頭めがけて棍棒を振り下ろす。
     それをトン、と一歩退いてかわし、すぐにまた、一歩、二歩と踏み込む。
    「りゃあああッ!」
     猛々しく燃える太刀が、鬼の額をざくりと割った。
    「ゴッ、ゥオオオオ……」
     鬼は悲鳴に近い咆哮を漏らし、ごとんと音を立て、仰向けに倒れた。
    「お、っとと」
     その振動で一瞬、秋也の体は浮き上がったが――。
    「……へへ、どんなもんだ」
     秋也はすとんと床に降り立ち、勝ち誇った。
    「コレで試験、修了か? だとすると、あんまりにも味気無さ過ぎるけど……?」
     と、自慢げに鼻を鳴らしつつ、そうつぶやいたところで――。
    「ま、そりゃそうか。コレで終わりじゃ、なぁ?」
     秋也は振り向き、いつの間にか現れた新たな鬼と対峙した。



     それから、半日後。
    「……いい加減に終われよぉ……」
     試験開始からこの時点まで、秋也は計、18匹の鬼を斬り伏せた。
     初めはひらりとかわし、さくりと斬って、それで終わっていた調伏だったが、敵は次第に、強く、速く、そしてしぶとくなっていった。
     今倒した18匹目に至っては、刀の刃がまともに通らなかった。そのため全体重をかけて突き入れるしかなく、結果――。
    「くっそ、……曲がった」
     秋也は鞘に納められなくなった刀を乱暴に投げ捨て、その場で大の字に寝転んだ。
    「もういいだろ、……もう充分だろって」
     ゼェゼェとした荒い息を鎮めながら、秋也は辺りの気配を伺う。
    (もー出んな、もー出んなよー……)
     この時秋也は、この堂が、己が心に思い浮かべたものが現れる場所であると言うことを忘れていた。
     そのため鬼が出てこない理由を、「自分が『出てくるな』と念じているから」とは理解しておらず、単に量か運の問題だと思っていた。
    (もう打ち止めなのか、それとも出るのに手間取ってんのか。
     つーか、皆こんなコト、よくやるよなぁ。どーやって24時間も戦えってんだ)
     ちなみに――彼の母、黄晴奈はこの免許皆伝試験の「設問」を理解し、見事に解いて見せたが、この時点で秋也は、まだ「設問」に気付きもしていない。
    (母さんもやったんだよなぁ、コレ。……そりゃコレ通ってたら、剣豪って呼ばれるよなぁ)
     そのため、彼はある意味、最も困難な敵を呼び出してしまった。
    白猫夢・秋分抄 2
    »»  2012.05.03.
    麒麟を巡る話、第3話。
    鬼より怖い母。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     その瞬間、空気が変わったのを、秋也は感じた。
    (……熱っつ……?)
     不意にやってきた熱気に、秋也は曲がった刀をつかんで飛び上がった。
     そこにいたのは、自分と同じくらいの歳に見える三毛耳の、猫獣人の少女だった。
    (母さん!? ……じゃない)
     自分が知るより大分若い彼女の姿に、秋也はそれが、母本人ではないとすぐに気付く。
     しかし、この期に及んでもまだ、彼は試験の本意に気付いていない。
    「なんだよ、まったく……。鬼の次は、鬼より怖えぇお袋かよ。しかも若い頃の、か?」
    「……」
     秋也の言葉に一切反応することなく、彼女は刀を振り上げ、襲い掛かってきた。
    「よ、っと!」
     彼女の初太刀をかわし、秋也は反撃に出ようとする。
    「……」
     だが彼女は両手で振り下ろした刀をくい、と返し、左手を離して、右手一本で薙いできた。
    「おわぁ!?」
     とっさに上半身を反らし、二の太刀もかわす。
     だがそこで、彼女はもう一度両手で刀を握り、再度斬りつけてきた。
    「うぐ、……っ、らああああッ!」
     三の太刀はかわし損ね、秋也の左肩にわずかながら痛みが走る。
     それでも秋也は「彼女」の足を蹴り、その反動で間合いから大きく外れた。
    「はっ、はっ……、くそ、三つ目が本命の太刀筋だったか」
     蹴られたため「彼女」も体勢を崩し、うずくまっている。
     しかし秋也が構え直すと同時に、「彼女」も構えてくる。秋也の蹴りによる痛みは、全く感じていないようだった。
    (まっずいなぁ。勝てる気がしねー)
     仕方なく構えてはいるが、まっすぐに敵の喉元を狙うべき刃先はぐにゃりと曲がり、「彼女」の背後にある、がっちりと塞がれた木戸を指している。
     秋也自身も疲労の色が濃く、少しでも気を緩めれば、刀を落としてしまいそうなほど、その両手は震えていた。
    「……あんまりこんなコト、……あんたに言えねーけど」
    「……」
    「あえて、言ってやんよ。
     来いよ、……お袋」
     その言葉に応えるように、「彼女」は刀を振り上げ、再び襲い掛かってきた。



     秋也は一度だけ、母親を本気で怒らせたことがある。
     勿論、親子であるから、叱責を受けることは多々あるし、小言を言われたことも少なくない。
     だがその時は、親子としての範疇を超えるくらいの、滅茶苦茶な怒りをぶつけられた。

     母親、黄晴奈が「蒼天剣」の異名を持つ所以は、彼女の持つ唯一無二の名刀、「晴空刀 蒼天」の別名から来ている。
     その「蒼天剣」は、今は彼女が黄海に構える焔流剣術道場に、大切に飾られているのだが、それを何年か前に、秋也がふざけて持ち出し、友人らに見せびらかしたことがある。
     これが発覚し、秋也は母親に怒られた。だがその叱り方は尋常なものではなく、秋也は頭に3針縫うほど滅多やたらに打たれ、「自分はやってはいけないことをしたのだ」と猛省した。

     勿論、現在の秋也はその理由を、良く理解している。
     とある教団の現人神から直々に賜った刀であるし、その希少性は計り知れない。それに道場のシンボル、一種の「御神体」とも言える逸品を、例え自分の息子であるとしても、子供がそう簡単に持ち出したり、盗んだりしていいものではないからだ。
     それ以上に、あの刀が恐ろしい力を秘めた、一種の「兵器」じみたものであると言うことを、秋也は持ち出し、周囲に見せびらかそうとしたその時に、深く理解させられた。



    (鞘から抜いて、刀身が見えた途端、オレも友達も、一斉に吐いたり漏らしたりしてたからなぁ……。アレは何て言ったらいいか分かんねーけど、……とにかく、怖かった。
     そりゃ、お袋もマジギレするよなぁ)
     その時に散々浴びせられた拳の痛みを、秋也は思い出していた。
    (……勝てないだろうなぁ……)
     秋也の頭には、どう考えを巡らせても、自分が母親を下す風景は、浮かんでは来なかった。



    「秋也」
     声に気付き、秋也は目を覚ます。
    「……あ……」
     目を開けると、無表情の小雪と目が合った。
    「……その……いやさ……」
    「……」
    「……だって……あんなの……」
    「……秋也」
     倒れたままの秋也に、小雪は冷たい声で問いかける。
    「問題は解けた?」
    「……え? 問題? 問題って、……なんだ?」
    「解けなかったのね」
     小雪は秋也に背を向け、入口に向かう。
     そして堂を出たところで、秋也に目を合わせず、こう告げた。
    「不合格よ」
    白猫夢・秋分抄 3
    »»  2012.05.04.
    麒麟を巡る話、第4話。
    落第。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     秋也が堂を出たところで、小雪はようやく顔を向けてきた。
    「……」
     だがその顔には、温かさは微塵も感じられない。昨日までのニコニコと笑う彼女の姿は、そこには無かった。
    「あの、こ、こゆ、……家元……」
    「残念ね」
    「う……」
     小雪は冷たいまなざしを向け、続いてこうなじる。
    「あなたはもっと、剣士として修業を積むべきね。ちょっと大きな大会で優勝して、慢心が過ぎたんじゃない?
     繰り返すわ。あなたは、落第よ。焔流剣士などとは到底呼べない半端者、未熟者。
     あなたは落伍者よ、黄秋也」
    「……っ」
     秋也は何も言えず、その場から逃げ去った。



     気が付くと、秋也は紅蓮塞からも離れ、街道からも大きく外れた、薄暗い林の中にいた。
    「はっ……、はっ……」
     息がひどく荒い。逃げた疲れに加え、十中八九通ると確信していた試験にも落第し、その結果を呑みこめないでいたからだ。
    「……ウソだろ、こんなの……」
     思わず、そんな言葉が出る。
    「オレが、……オレだぞ? 黄晴奈の息子の、黄秋也だぞ? そのオレが、なんで、……なんで、不合格に……っ」
     だが、現実逃避しようと、否定しようとも、心のどこかでは、泣く泣く理解している自分もいる。
    「……なんでだよっ……!」
     思わず、側にあった木を殴りつける。
     ミシ、と音を立て、秋也の胴くらいに太いその木の幹に、拳の跡が付いた。
    「ふざけんな、ふざけんなっ……! オレが失格だとおおぉぉッ……!?」
     秋也は落第した羞恥心と、湧き上がってきた怒りとを、続けざまに木へとぶつける。
     何度も殴りつけるうち、木はベキベキと折れ、地面へと横倒しになった。
    「……はあっ、はあっ、……はあ……っ」
     秋也の方もこらえ切れず、その場に倒れ込んだ。
    「……問題ってなんだよ、問題って? ……鬼、倒すだけじゃねーのかよ? そりゃ確かに、お袋は倒せなかったけど、でも、……倒せるワケ、ねーだろぉ?」
     怒りから戸惑い、諦観と、秋也の心の中は大きくうねり、ざわめき、そして絶望感が押し寄せてくる。
    「……帰れねえ……」
     秋也はこのまま実家に戻った後、皆がどう自分を責め立てるか考えずにはいられなかった。
    (母さんは……、きっと、オレに失望するだろう。あれだけ、『お前ならできる』って言ってもらったのに。父さんや兄貴も、がっかりするだろう。月乃も散々、オレを馬鹿にするだろうな。
     ……このまま帰ったら、オレは一家の笑い者だ。オレのせいで黄家の名に泥を塗るなんて、……そんなコト、できるかよ)
     秋也は自分が折った木に座り、考えをまとめ直す。
    (……もう実家には戻れない。少なくともちゃんと、試験を修了するまではダメだ。……でも、どうやってお袋を倒せって言うんだ?
     ……いや、でも、……待てよ? まさかオレ以外の、他に試験を受けてた奴も、お袋を相手にしたのか?
     確かにお袋は英雄って呼ばれた人だけど、ソコまでか? そんな、長年続いた試験の内容を変えさせるほど、すごいのか? 当たり前の話だけど、お袋が試験を受ける前は、お袋が試験に出るなんてコト、あるワケないし。
     じゃあお袋が、小雪さんに『自分を出すように』ってねじ込んだか? ……いくらなんでもそこまでさせるワケが無い。第一、お袋はそーゆーコトするのも、されるのも嫌いな性格だし。
     じゃあ、……アレって、……一体なんでなんだ? 何であのお堂で、オレはお袋と戦わされたんだ?)
     そのうちに、秋也にこんな考えが浮かぶ。
    (……聞いてみたいな。他の、『ちゃんとした』焔流剣士に、あの試験はどう言うものだったんだ、何を問われてたんだ、ってコトを)
     とは言え、率直にそんなことを聞いても、相手にされるわけが無い。
    (試験に落ちたオレが、『試験の答え方教えてくれ』なんて聞いたら、それじゃただのカンニングだ。教えてくれるワケが無い。
     だから、……まずは、オレのコトを知らない奴を捕まえて、……それとなく聞き出す、……しかないか。
     ……となると、ゴールドコーストとか、そーゆーのが集まるところに行かないとな。……っつっても、オレ今、金も刀も持ってないし、山越えなんてできない。
     あいつのところ、行ってみるか。あいつなら、……まあ、散々言われるだろうけど、助けてくれるだろ)
     秋也は立ち上がり、「あいつ」――弧月の若い富豪、橘喜新聞社の令嬢、橘飛鳥を訪ねることにした。
    白猫夢・秋分抄 4
    »»  2012.05.05.
    麒麟を巡る話、第5話。
    再挑戦への交渉。

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    5.
     開口一番、橘飛鳥は秋也にこう言い放った。
    「アンタって、あたしが思ってた以上にバカだったのね」
    「う……」
     苦い顔をした秋也に、飛鳥は立て続けになじってくる。
    「小雪さんの言う通りじゃん。アンタ最近、天狗になり過ぎだったし。そもそも、ちょっといーコトあると、途端に得意げになる、かるーい性格してるし。
     そんなだから試験に落ちたのよ。ホントにバカね、アンタ」
    「……返す言葉が無い。お前の言う通りだ。……って、……飛鳥?」
    「何よ?」
    「何で小雪さんがオレに言ったコト、お前が知ってるんだ?」
    「アンタね、小雪さんが晴奈さんに報告しなかったと思ってんの? その筋でとっくに聞いてんのよ」
    「……マジか……」
     落ち込む秋也に、飛鳥はふん、と鼻を鳴らす。
    「アンタがいくらごまかそう、隠そうとしても、向こうはとっくに知ってんのよ? 逃げてどーすんのよ、このバカっ」
    「……」
     すっかり縮こまった秋也に、飛鳥はふう、とため息をついて見せた。
    「で? アンタはあたしのトコに来て、何しようっての? 泣き言こぼすためじゃないわよね?」
    「……そりゃ、まあ。……どうにかしてもう一回、試験を受けさせてもらって、もし受けさせてもらえるなら、今度はちゃんと合格したいし、……試験対策したいな、って」
    「試験対策?」
    「……その」
    「まさかアンタ、試験受かった奴を探して答えを聞き出そう、なんて思ってやしないわよね?」
    「ちっ、違う違う! そうじゃない!」
     内心を見透かされた秋也は、慌てて取り繕う。
    「もう一回ちゃんと修業して、今度こそ受かるように万全を期したいんだ。で、その修業として、央中に渡ろうと……」
    「ふーん」
     飛鳥の目は明らかに疑いの色を帯びていたが、それでも納得した姿勢を見せる。
    「じゃあアンタ、央中に行きたいから金を貸せ、ってコト?」
    「……ダメかな」
    「いいわよ」
     意外にあっさり承諾され、秋也はきょとんとする。
    「い、いいのか?」
    「いいわよ」
    「条件とか……」
    「あるわよ勿論」
    「……だよな」
    「とりあえず、央中に行きたいってコトだから、旅費として5万玄出したげるわ」
    「5万も?」

     ちなみに双月暦6世紀半ば、世界経済を席巻しているのはクラムではなく、央南の玄銭と央中のエル通貨である。
     中央政府の消滅と西大海洋同盟の台頭、そして央北各州・各国の分裂によりクラムは暴落し、今では全盛期と比べようがないほどに価値は低い。
     一方で、西大海洋同盟の本部が央南にあるため、名目的には玄銭が基軸通貨の役割を果たしてはいるが、長年成長が続く央中経済に支えられるエル通貨もまた、世界中から信用を集めている。
     現在の双月世界は、二つの基軸通貨が存在しているのだ。

    「で、見たところアンタ、刀も無いみたいだし、それも工面したげる」
    「マジかよ」
    「その代わり」
     飛鳥は秋也に掌を見せ、一呼吸の間を置いて、条件を提示した。
    「昂子(あこ)を央中のミッドランドに連れてったげて」
    「昂子ちゃんを? 何で?」
    「それについては、あたしが説明したげるわ」
     と、二人が話をしていた応接間に、赤毛の長耳が現れた。
     飛鳥の母、橘小鈴である。
    「あ、ども。ご無沙汰してます」
    「んふふ、あんたも大変ねぇ」
    「う……、はい」
     そう返され、秋也は赤面するしかない。
    「ま、晴奈とか小雪ちゃんには、あたしらがうまく言っといたげるから、そんなに落ち込まないでいいわよー。また、頑張んなさいな」
    「助かります、小鈴さん」
    「んで、昂子をミッドランドに、って話なんだけどね。
     あたしが旅してた時なんだけど、鈴林って子が一緒にいたのよ。今はその子、ミッドランドにいてね。魔術師になりたいって言うから、鈴林のトコに預けようかなーって」
    「そうなんですか」
    「鈴林もいい性格してんのよねぇ。『5年くらいで帰ってきなさいよ』っつってんのに、もう20年もあっちにいんのよ。しょうがないからあたしらの方から、向こうに押しかけてやろうかと思って。
     でも飛鳥はこないだ入社させたばっかだし、あたしもアレコレ忙しいし。かと言って旦那や兄貴とか、社の連中に任せるのも心許無いしー、丁度よく手ぇ空いてんのがいないかなーって感じだったんだけど」
    「渡りに船、って言うとアンタに都合良過ぎだけどね。
     ま、そんな事情があるから、アンタには旅費兼、昂子を送る費用として、5万玄あげるわ」
    「どもっス」
     秋也はぺこりと、小鈴・飛鳥母娘に頭を下げた。



     こうして――経緯はどうあれ――秋也の旅が始まった。
     この旅は存外に長い旅となることを、秋也はまだ知らない。

    白猫夢・秋分抄 終
    白猫夢・秋分抄 5
    »»  2012.05.06.
    麒麟を巡る話、第6話。
    英雄、「大徳」の今。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     西大海洋同盟が発足したのは、双月暦520年のことである。
     元々は、「中央政府」と呼ばれた央北の超大国を壊滅・占領した「ヘブン」と呼ばれる新興軍事国に対し、北方・央中・央南の三地域が軍事・政治的連携を取ったことに端を発する組織である。
     発足後、「ヘブン」との間で戦争が起こり、その結果、同盟側が勝利を収めた。同盟側から多額の賠償金や補償を求められた「ヘブン」は瓦解し、十数の国に分裂。これにより、「中央政府」の名残はほとんど消え去り、今では央北の地域通貨、「クラム」と言う名前の由来に残っている程度になった。

     その西大海洋同盟を提唱し、そして発足させた立役者が、「蒼天剣」黄晴奈と並ぶ英雄、「大徳」エルス――リロイ・L・グラッドである。
     彼は政情が安定し、同盟の長期存続が決定した521年、同盟の加盟国首脳たちの圧倒的支持を得て、トップである総長に就任した。彼はその後、穏健に職務を全うしていたが、10年後の531年、「健康上の理由から」として、その職を辞した。
     その後2年の静養期間を経て、彼は妻の橘小鈴と共に、ある事業を立ち上げた。それが現在、央南全域にその名を知らしめる大企業、「橘喜新聞社」である。



    「やあ、シュウヤ君。久しぶりだねぇ」
     何年かぶりに見るエルスを見て、秋也は驚いた。
    「お久しぶりです。……あの、まだお体、どこか」
    「いや、悪くない、……つもりなんだけどね。年々、げっそり痩せてくるみたいで。久しぶりに会った人にはみんな、びっくりされるんだ」
     最後に会ったのは5、6年ほど前だったが、その時も確かに細身ではあった。しかしその時はまだ、秋也の目には健康的には見えていた。
     しかし今、目の前にいるエルスはひどく頬がこけ、杖を手にする姿が痛々しく感じられる。
    (確かエルスさんって、……まだ、53だったよな? もう二回りは老けて見える)
    「60、70くらいに見えちゃうかな」
    「あ、いえ、そんなことは」
     慌てて取り繕う秋也に、エルスはクスクスと笑って見せる。
    「いや、いいんだ。歳より苦労した性質でね、いや、本当に。またおじさんの昔話が……、と思われるかもだけど、本当にずっと苦労しっぱなしだったから。この姿は言わば、同盟からもらった勲章みたいなもんだよ」
    「はあ……」
    「リロイ。そんくらいでいいでしょ、『自慢話』は」
     と、エルスの唇に、小鈴が人差し指を当てる。
    「はは……、そうだった。
     まあ、小鈴から聞いたと思うけど、昂子をミッドランドに連れて行ってほしいんだ。彼女も飛鳥も、他の子も忙しいし、僕では、満足に送りきれるか不安だし」
    「ええ」
    「その代わりに、君には刀と5万玄を出す。
     それと、セイナやコユキちゃんに打診して、逃げ出した件は不問にしてもらって、その上でもう一度試験を受けられるよう、便宜を図る。
     この条件で、いいかな?」
    「はい、お願いします」
    「うん、承知した」
     エルスは扉に向き直り、声をかけた。
    「じゃあ昂子、入っておいで」
    「はいっ」
     扉が開き、まだ幼い雰囲気の残る、銀髪に長耳の女の子が入ってきた。
    「久しぶり、昂子ちゃん」
    「お久しぶりです、秋也兄ちゃん」
     ぺこ、と行儀よく頭を下げた昂子に、秋也は面食らう。
    (あれー……? コイツ、こんなに礼儀正しかったっけ)
     と、小鈴が地図を秋也たちに見せつつ、旅の行程を指示してきた。
    「ルートについては指定はしないつもりだったけど、秋也くん、修業したいって言ってたし、昂子もちょっとくらいは経験積んどいた方がいいだろうしってコトで、屏風山脈を越える道を勧めるわ」
    「分かりました」
    「それから、出発は4日後ね。刀は明日には届く予定なんだけど、昂子の学校の退学手続きが進まなくって」
    「そうなんですか」
    「ふつーの転学とは違うし、向こうが納得してくんないのよ。『安易な退学は認められない』つって。
     ま、明後日には鈴林と、その師匠の方から一筆来るから、ソレで納得するだろうし」
    「一筆ですぐ納得? そんなにすごいんですか、その、鈴林さんの師匠って」
     秋也にそう問われ、小鈴はふふん、と鼻を鳴らす。
    「聞いて驚けってヤツよ。なんとあの、『克』よ」
    「かつみ? ……って、……まさか!?」
     驚く秋也に、小鈴は続いていたずらっぽい笑みを浮かべた。
    「そう、克大火! ……の弟子の、克天狐ちゃん」
     この返しに、秋也は思わずずっこける。
    「そ、そうなんスか」
    「つっても腕は確かも確か、超々一流よ。近年じゃ『天狐ゼミ』つって、毎年20人とか30人限定で、天神大学とかの一流大学の博士課程レベルの集中講義やってるトコだし。
     今じゃ、央中で最先端の魔術研究やってる人で、天狐ゼミにいなかった奴はいないってくらいよ」
    「へぇ……」
    「ま、そうは言っても、まだ13歳だし、昂子は。
     しばらくはテンコちゃんやレイリンちゃんの手伝い役をする予定なんだ。言ってみれば、丁稚みたいなもんかな」
    「……」
     そう言って昂子の頭を撫でるエルスに対し、昂子は笑って見せていたが――。
    (……目、笑ってねー。すげー嫌そう)
     ほんの一瞬だけ垣間見せた昂子のその顔は、秋也のよく見知っている、以前の彼女のそれだった。
    白猫夢・橘喜抄 1
    »»  2012.05.08.
    麒麟を巡る話、第7話。
    20年の結果。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     エルス・小鈴夫妻には子供が4人いる。
     その内の一人、長女の飛鳥は秋也と同じ19歳ながら、既に橘喜新聞社の社員として働いており、将来は次期社長、小鈴のポストに就くと目されている。
     一方で末娘の昂子は、先月で13歳になったばかりの少女である。そんな多感な時期にある彼女は、その先月の誕生日にこんなことを言いだしたのだ。
    「お父さん。あたし、『レイリンさん』の話をお母さんからずっと聞いてて、魔法使いに憧れてきたの。普通の学生さんをやるより、魔術のお勉強がしたい」
     これにはエルスも面食らったが、一方の小鈴は、二つ返事で了承した。
    「ん、いいわよ?」
    「えっ」
     簡単に認められると思っていなかったらしく、今度は昂子の方が面食らった。
    「え、その、いいの、本当に?」
    「いいわよ。あたしも本格的に旅に出たの、あんたと一緒くらいの頃だし」
    「そうだったっけ?」
     突っ込んでくるエルスを「いいから」と制しつつ、小鈴は昂子にこう尋ねた。
    「じゃああんたは、しばらく向こうで暮らしたいってコトね? 最低5年くらいは」
    「ご、5年?」
    「もっと短いって思ってた? 今みたいな中学校のお勉強と同じくらいのレベルで、2年か3年でハイ終わり、って?」
    「それは、その、想像してなかったけど」
    「ソレくらい覚悟がいるコトよ、コレは。もし覚悟があるなら、鈴林のトコに連れてってあげるけど、どうする?」
    「え、と……」
     母の問いに、昂子は黙り込む。
     それを受けて、小鈴はこう言葉をつなげた。
    「……3日待ってあげる。その間に、本気の本気で魔術師やりたいか、それともやっぱり学生でいたいか、選びなさい」
    「……うん」

     そして3日後、昂子は魔術師になることを決意。
     小鈴はその決意に応え、学校の退学手続きや鈴林・天狐への打診など、彼女が一端の魔術師になるための下準備を、きっちりと揃えてくれた。



    「……正直言うと、ショックだったんだよねぇ」
     夕食を済ませた後、エルスは秋也を伴い、二人で酒を呑んでいたのだが、エルスは不意に、そんな風につぶやいてきた。
    「ああ、やっぱり娘さんが離れちゃうのは……」
    「うん、まあ、それもなんだけど」
     エルスはくい、と軽くグラスを口に付け、一拍間を置いて話を続ける。
    「まあ、ほら、20年くらい前、僕が同盟にいた時に、『積極的に学校を作って通わせましょう』って提唱したんだよね」
    「……ああ、なるほど」
    「だからせめて、自分の子供はちゃんと全員、学校に通わせたかったなーって言うのがね」
    「よりによって、昂子ちゃんに『イヤ!』って言われちゃったわけですね」
    「そうなんだよ」
     エルスはもう一度酒を口に含み、また一呼吸おいて話を続ける。
    「……愚痴ばっかりでごめん、とは思うけど、……もうちょっと聞いてほしいんだ。
     僕はね、シュウヤ君。同盟域内の生活向上をと思って、学校の充実とか、水道や街道の整備とか、色々やってたんだよ。
     それがもう、何か言う度に『ダメだ』『イヤだ』の大合唱だったんだよ。通すのにどれだけ苦労したか。本当にもう、みんな頭が固いのなんのって……」
    「はあ」
    「それで、本格的に胃を壊しちゃったんだよねぇ。もうこれ以上は無理だ、となっちゃってね」
    「で、親父にバトンタッチ、ってワケっスね」
    「そう、その通り。でも、……まあ、君の印象を悪くしたらごめんだけど、良く続いてると思うよ、トマスは。総長になってもう、10年近くになるんだからね」
    「でも、まあ、親父も結構辛いって言ってますよ。そのうち、兄貴に後を継がせたいって」
    「シュンジ君に、か。ああ、彼はトマスそっくりだからね。きっと、こなせるだろうな。
     ……でも、シュンジ君も相当、苦労するだろうね」
     もう一度酒を呷り、エルスはどこか落ち込んだ表情を見せた。
    「政治の世界は、どす黒いよ。全員の利益になることを提案しても、どうしてか賛成されないんだ。
     何故なら、会議の席にいるほとんど誰もが、自分や、自分の派閥とか組織の利益になるようにと、そう思ってばかりいるからね。真に皆の、公共の利益のために動いてくれる人は、本当にごくわずかだ。
     政界から離れた今でも、悔しい。もっと僕に政治的、精力的な力があれば、今の2倍か3倍は、人を幸せにできたのに」
    「……十分っスよ」
     秋也も酒を呷ってから、こう返した。
    「20年前、オレが生まれる前に比べたら、みんな快適な生活を送ってると思います。
     オレの話になっちゃいますけど、今や黄海から紅蓮塞まで、3日もかかんないんスから。お袋がまだ門下生の時なんか、1週間や10日はザラだったんですし。それは間違いなく、エルスさんが街道整備を強く訴えかけてくれたおかげです」
    「……そう言ってくれると、救われる気がするよ。ありがとう、シュウヤ君」
     エルスはグラスの酒を飲み干し、立ち上がった。
    「もう今日は、このくらいにしておこう。これ以上呑むと、明日に響きそうだ」
    「はい」
    「……じゃあ、おやすみ」
     エルスは杖を突きながら、ふらふらとした足取りで居間から離れた。
    白猫夢・橘喜抄 2
    »»  2012.05.09.
    麒麟を巡る話、第8話。
    央南と世界の変遷。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     秋也が弧月に駆け込んでから、1週間が経った。
     本来ならば、とっくに昂子を伴い、ミッドランドへと向かっているはずだったのだが、秋也にとって肝心のもの、即ち刀がまだ届いていなかったためである。

    「まーだ届かないの!? 今、ドコよ!? 発注してどんだけ経ったと思ってんの!?」
     小鈴が頭巾を頭に巻き、誰かに向かって怒鳴り散らしている。魔術による通信機器、「魔術頭巾」を使い、刀を頼んだ業者にクレームを入れているのだ。
    「……うん、……うん、……はい? ……うん、……でもねアンタ、自分で一昨日くらいには届けるって言ってたじゃん?
     じゃあ、明日には届くのね? 本当に? 間違いない? 確実に、明日ね?
     ……うん、……いいわ、一割引きで勘弁したげる。……は? 何? アンタ自分の立場分かってる? ……でしょ? じゃあ負けなさいよ。……うん、……よし。
     じゃ、よろしく。明日、絶対、必ず、よ? じゃ、ね」
     頭巾を脱ぎ、小鈴は居間で遊んでいた秋也と昂子に声をかけた。
    「明日には絶対届けるって、刀」
    「分かりました。でも、大分遅かったっスね?」
    「向こうの言い分では、在庫の取り寄せだか何だか言ってたけどね。ま、明日届かなかったら半額にしてやるわ。
     刀が届き次第、出発ね」
    「はいはーい」
     どことなく、面倒くさそうに手を振る昂子に、小鈴は苦い顔をする。
    「アンタ、行きたくないの?」
    「え? ううん、そんなコト無い無い」
    「まさか、学校行きたくないから修業するとか、そんなバカなコト考えてたワケじゃないわよね?」
    「まさかぁ」
     しれっとそう答えては見せたが、その始終気だるそうな仕草からは、あまり意欲を感じることはできない。
    「ま、いいけどね。真面目にやんなかったら、後でツケ払う羽目になるのは自分だし」
    「大丈夫だいじょーぶ、ちゃんとやるから」
    「まったく、お気楽なんだから……。誰に似たんだか」
    (小鈴さんじゃないかなぁ)
     そうは思ったが、秋也は口に出さないでおいた。
    「そー言えばさ」
     と、昂子が話題を変える。
    「在庫切れって、そんなに売れてるの、刀って」
    「ん? んー……、逆っぽい感じだったわね。最近はずーっと仕入れてなかったみたいよ」
    「そうなんスか?」
    「そりゃまあ、同盟ができて20年くらい経ってるし、今は平和だもん。武器を作っても、あんまり売れないし。
     それにほら、銃や火器の開発もガンガン進んできてるし、刀の需要は減っていってるのよ、どっちにしても」
    「……」
     その話に、秋也はわだかまりを感じた。
    (今の世の中、刀よりも銃、か……。だよな、央南連合軍だって、年々銃士隊を増やしてるって言うし、反対に、剣士隊はここ数年、補充されてないらしいし。
     ……ソレ考えると、……何かちょっと、揺らぐんだよな。オレ、このまま剣士やってて食えるのかなって)
     秋也の心中を察したらしく、小鈴がこう話を続ける。
    「ま、そうは言ってもまだまだ、刀の需要はあるわよ。この平和がいつ続くか、誰にも保証できないワケだし」
    「何かあるの?」
    「ある、っちゃあるわね。例えば、央北からの侵攻とか」
     そう返した小鈴に、昂子はけらけらと笑って見せる。
    「そんなの、あるワケないじゃん。だって央北って、超ビンボーなところでしょ? 攻めてきたって、蹴散らされちゃうって」
    「……そうね。今はね」
     小鈴はそこで、この話を切り上げた。



     20年前までは権勢を見せていた央北地域も、同盟に敗北して以降、停滞・凋落の一途をたどっていた。
     戦後、央北は複数の国に分裂し、個々に政治・経済を展開してはいたが、やがてその間で紛争が勃発、長期化した。長く続いた内戦は各国の溝をさらに深め、その結果、央北全体の政治力・経済力は著しく低下した。
     現在、央北は世界で最も貧しい部類に入る、非常に荒れた地域であると言うのが、公然の事実となっている。
    白猫夢・橘喜抄 3
    »»  2012.05.10.
    麒麟を巡る話、第9話。
    本音と言い訳の衝突。

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    4.
     翌日になり、ようやく橘邸に刀が届けられた。
    「お待たせ、秋也君。コレで準備、万端ね」
    「ありがとうございます、小鈴さん」
     喜ぶ秋也の陰で、昂子がやはりどことなく、面倒くさそうな顔をしている。
    「さーて、昂子」
    「なに?」
    「いい加減、肚決めなさいよ。アンタ自分で、『行く』っつったんだから」
    「分かってるって、行くよ、行くって」
     そんな昂子を心配してか、小鈴の横にいたエルスが優しく声をかける。
    「昂子、どうしても行きたくなかったら、今からでも学校……」「ヤだ。行くって言ってるじゃん」「……うん、そうだね」
     昂子はくるりと秋也に向き直り、その手をぐいっとつかむ。
    「行こう、秋也兄ちゃん」
    「あ、うん。……それじゃ、小鈴さん、エルスさん。お世話になりました」
    「うん、またね、シュウヤ君」
    「またなんかあったら、いつでも来なさいよ」
    「はい。……行ってきます」
    「行ってきまーす!」
     ようやく秋也と昂子は、ミッドランドへの旅を始めた。

     弧月を後にし、街道をしばらく進んだところで――。
    「……はー」
    「どうした?」
    「やっ、……っと!」
     昂子は突然、大声を挙げた。
    「やーっと、自由だーっ!」
    「……やっぱりお前、学校行きたくなかっただけか」
    「当たり前じゃん。毎日毎日、何言ってるか分かんない授業ばーっかりでさ、先生もあれダメ、これダメってうるさいし」
     ピコピコと長い耳を震わせながら愚痴をこぼす昂子に、秋也は苦い顔を向けるしかない。
    「お前なぁ……」
    「おーっと、説教なんかさせないわよ?
     兄ちゃんだって、試験から逃げたクセに」
    「……っ」
     ようやく薄まってきていた落第による痛みが、この一言でずき、と蘇った。
    「……お前」
    「ん? なに? 何か……」
     次の瞬間、秋也はばし、と昂子の頬を叩いていた。
    「きゃっ……」
    「言っていいコトと悪いコトがあるだろッ……!? オレが試験に落ちたのが、そんなにおかしいか!?」
    「……あ、……あの、兄ちゃん?」
    「いい加減にしろよ、昂子!」
     秋也は怒りを無理矢理抑えつつ、昂子の腕をつかむ。
    「痛っ、……ちょ、待ってよ! 冗談じゃん、じょーだ……」「ふざけんなッ!」
     秋也はぐい、と昂子の腕を引き上げ、昂子を半ば宙吊りにする。
    「やめてよ、痛いってば……」
    「お前、自分のコトばっかりだよな!? ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、『めんどくさい』だの『じょーだん』だの、自分の都合で話しやがって!
     ちょっとは周りのコト、考えたらどうなんだ!? 親父さん、悲しんでたんだぞ!」
    「どーでもいいよ、そんなの。口開けば、『胃が痛い』だの『昔はねぇ』だのしか言わないグータラ親父だし」
    「……てめっ……」
    「ソレにさ、魔術修行だって冗談のつもりだったんだよ。ソレをさ母さん、真に受けちゃってオオゴトにしちゃうし」
    「ソレも、お前のためを思ってやったコトじゃねーか! お前、何でソレが分からないんだ!?」
    「二人が勝手にやってんじゃん、学校のコトも修業のコトも」
    「……そんなんでよく、オレに『試験に落ちて逃げた』なんて抜かせるな!?」
     秋也は勢いよく、昂子の腕を振り払う。
     当然、昂子は道にべちゃ、と尻餅を着いた。
    「いった、あ……」
    「オレは逃げたんじゃない、やり直すんだ! ソレも、自分のためだけじゃない! オレを育てて、鍛えてくれたお袋のためでもあるんだ!
     自分の都合でのらりくらり逃げようとするお前なんかと、一緒にするなッ!」
    「……ふん」
     昂子は立ち上がり、尻を軽くはたいてから、秋也に向き直り――。
    「説教すんなって言っただろ、このッ!」
     秋也の脚を、思いっ切り蹴っ飛ばした。
    「うっぐ、……てめっ、何すんだ!?」
    「あーだこーだ抜かして、結局逃げてんのはアンタもじゃん!? 逃げてないって言うなら、今すぐあたしを放っぽって、紅蓮塞に戻ればいいじゃんよ?」
    「できるかよ!? オレはエルスさんと小鈴さんにお前を任されて……」
    「ソレ! ソレが一番、ムカってくる! 逃げの口実に、あたしを使ってる! できるだけ先延ばしにしようとしてんじゃんよ、試験受けんのをさ!?
     学校が嫌で適当言いまくってたあたしと、何が違うってのよ!?」
    「っ……」
     反論できず、秋也は黙るしかなかった。
    白猫夢・橘喜抄 4
    »»  2012.05.11.
    麒麟を巡る話、第10話。
    明日に向かって。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     喧嘩はひとまず収まったが、険悪な雰囲気は解消されなかった。
    「……」
    「……」
     街道の端と端で、二人とも背を向けて座り込んでいる。
    「……」
    「……」
     一言も言葉を交わさず、両者とも所在無さげに草を抜いたり、石や木の枝を放り投げたりしている。
     そのうちに日が傾き、街道は赤く染まり出した。
    「……ねえ」
     と、昂子の方から声をかけてきた。
    「なんだよ?」
    「……とりあえず、謝る」
    「あ?」
     振り向いた秋也の目に、頭を下げる昂子の姿が映る。
    「さっきのは、ゴメン。アンタがそんなに試験のコト気にしてるって、思ってなかったから」
    「……」
    「でも、このまま紅蓮塞に戻る、とかは言わないで」
    「なんだよ、ソレ」
    「あたしだってそれなりに、将来のコトとか考えてるしさ。このまま遊んでばっかりって、ダメだよねって。
     ソレ考えたらさ、アンタの方がまだ立派じゃん? ちゃんと試験受けて、先に進もうとしてるワケだし」
    「……」
     秋也も立ち上がり、昂子に返事をする。
    「まあ、……でも、……お前の言う通りなのは、確かだよ。お前のコト口実にしてたのは、認める。
     また落ちるのが、怖いんだ。だからせめて、もう一回行く前に、自分で修業してからもう一度って思って」
    「……どっちも、修業しなきゃいけないんだよね。このままじゃあたしたち二人とも、バカでグズのままだし」
    「……おう」
     昂子は顔を挙げ、秋也に目を向けた。
    「行こっか」
    「……そうだな」
     秋也も頭を下げる。
    「オレの方こそ悪かったよ。お前はお前なりに、頑張ろうとしてるのにな」
    「……本当に反省してる。あたし、適当なコトばっかり言っちゃう性格だから」
    「オレもすぐ、カッとなるのがな……。剣士失格だな、本当に」
    「……クス」
     と、昂子が吹き出す。
    「なんだよ?」
    「失格って、シャレのつもり?」
    「……んなつもり、ねーよ」
     秋也は肩をすくめ、昂子の手を握った。
    「ほら、行くぞ」
    「いいけど……」
     昂子はきょろ、と辺りを見回す。
    「もう夜になっちゃうよ。まだ近いけど、流石に家に戻るワケにも行かないし」
    「……だな。この辺りで、寝られるところを探すしかないか」

     二人は野宿することにし、街道の外れにある林の中に、寝床にするテントを作っていた。
    「昔はさ、こーゆーのも無かったんだってね」
    「らしいな。木の根元で毛布にくるまって、動物が寄ってこないように火とか魔術とかを……、って」
    「今はコレだもんね」
     そう言って、昂子はテントの表面に薄く描かれた魔法陣を指差す。近年研究・開発が進められた、退魔・退獣法陣である。
    「『トポリーノのネズミ『とか』除け! コレさえあれば、どこでも安心してぐっすりキャンプ!』……ってポスター、店に一杯貼ってあったよね」
    「だなぁ。オレもテントじゃないけど、愛用してる」
     そう言って秋也は、同じ魔法陣が描かれた毛布を指差す。
    「秋也兄ちゃ……、秋也って」
    「おい、呼び捨てかよ」
    「いーじゃん、別に。んでさ、秋也って、旅慣れてる方?」
    「まあ、それなりにな。合計で2年分くらいは旅に出てた」
    「その間、勉強とかしてないよね?」
    「お前じゃあるまいし。独学でやってたよ。まあ、成績としては無茶苦茶かも知れないけど、央中語はそれなりに話せるくらいには、勉強した」
    「……あ、そっか」
     途端に、昂子は不安げな表情になる。
    「話せるかなー、央中語。勉強嫌いだしなぁ」
    「向こうで過ごしてりゃ、嫌でも覚えるさ。……と、コレでテント完成だな」
     秋也はテントの中に入り、昂子に手招きした。
    「飯にしよう。腹減った」
    「そだね。缶詰?」
    「他にあるか?」
    「無いよねー」
     喧嘩したこともすっかり忘れ、二人は夕食を取り始めた。



     こうして始まった二人の旅は、本来ならばミッドランドまで3週間ほどのはずであった。
     しかし――秋也も母同様に、何かと災難に見舞われやすい性質であるらしい。
     その予定の通りには、なかなか行かなかった。

    白猫夢・橘喜抄 終
    白猫夢・橘喜抄 5
    »»  2012.05.12.
    麒麟を巡る話、第11話。
    黒い領地に来た焔。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「それは、本当ですかっ」
     そのうわさを聞いた狼獣人の少年は、思わず大声を挙げていた。
    「……あ、と。すみません」
     静かな聖堂に響き渡ったその大声は自分にも返り、彼は周囲に頭を下げる。
    「それで、その、……奴がこちらに向かっている、と?」
    「その可能性は非常に高い。
     黒荘に到着したと言うことは、それ即ち、東側の峠を上ってくるつもりであろうことは明白であるし、ならば黒鳥宮の前を通るのも、至極当然と言える」
     うわさを伝えた少年の伯父は、そこで彼に釘を刺した。
    「言っておくがウォン、軽々に武器を振るったり、行く手を妨害したりは、決してならんぞ」
    「え」
    「確かに先の武闘会に出場した僧兵の惨敗振り、我々全員にとって恥ずべき事態であった。だがそれは結局、己の未熟さ故に、出るべくして出た結果なのだ。
     それを棚に置いて、己を負かした相手にいらぬ干渉をしてはならんぞ」
    「……ええ、それはもう、はい、重々に、承知しております」
     少年――ウォンはそう前置きし、反論する。
    「しかし、焔流と我々、黒炎教団には対立の歴史があります。焔流剣士をそのまま素通りさせては、沽券に関わるものと」
    「馬鹿者め」
     ふん、と鼻を慣らし、伯父はその意見を否定する。
    「そんな歴史は、今や既に過去のものだ。
     いたずらに対立を深めていたのは、結局は我々の、ごくごく一部の者たちでしかなかったのだ。それも教団の沽券だの権威だのの大義名分を訴えていたわけではなく、単なる一派閥の我執、取るに足らぬ安いプライドによって、だ。
     それ以前にお前も知っているはずだ、522年の教主声明の内容は」
    「……知らないはずがありません。当代教主の、そして何より我が母上の声明ですから」
    「ならば、分かっているはずだ。最早、焔流と我々の間に対立など無いと。
     それともお前は、黒炎様からの詔(みことのり)を否定すると言うのか?」
    「……いえ」
    「ならばよし。……くれぐれも、足止めなどしてはならんぞ」
    「はい……」



     時間は、半日前に戻る。

     野宿で夜を明かした翌日に、秋也と昂子の二人は屏風山脈の麓にある街、黒荘に到着した。
    「結構かかったねー」
    「いや、普通よりは早いと思うぜ。お前、意外に体力あるな」
    「一応、体育の成績は上の方だったし」
     と、昂子は街並みを見渡して一言、こうつぶやいた。
    「地味だねー」
    「まあ、あんまり騒ぐような奴らじゃないからな、黒炎教団って」
    「引きこもりだらけってコト?」
    「ソレはなんか違うかなー……」
     他愛もないことをしゃべりながら、二人は街の中に入った。
     この黒荘と言う街は、央南における黒炎教団の領地となっており、布教活動の最前線でもある。
     20年以上前には、教団は西端州のほとんどを領地・教区とし、また、その周辺も教化を達成しており、権勢を奮っていたのだが、央南連合との戦争で敗北を喫して以降、黒炎教団は央南における活動圏のほとんどを失っており、布教活動もままならない状態にあった。
     その状況を打破したのが、現在の教主であるウェンディ・ウィルソンである。彼女は教団に人が入りやすくなるようにと、総本山である黒鳥宮までの峠道を整備し、さらには武闘会や演武披露と言った様々な興行を立て、これまでの密教主義・秘密主義を緩めさせたのだ。
    「お、……コレ、またやるんだな」
     秋也は街の掲示板に張られたポスターを指差し、昂子に自慢する。
    「前回の大会、オレが優勝したんだぜ」
    「へー。すごいじゃん」
     そう言っておいてから、昂子はこう返してきた。
    「なのに落ちた、と」
    「……言うなよ」
    「んふふふ」
     と、秋也はポスターを眺めながら、ぽつりとこうつぶやく。
    「……元気にしてるかな、ウィルとかシルキスとか」
    「誰?」
    「決勝と準決勝で対戦した相手。まあ、それ以前に幼馴染……、みたいなもんかな」
    「ふーん」
    「二人とも、央中のゴールドコーストって街に住んでるんだ。あそこも半年に一回、でかい大会があるんだけどさ、そいつら二人とも、以前に優勝したらしいんだ」
    「へーえ」
     気の無い昂子の返事に、秋也は苦い顔をした。
    「興味、無いか?」
    「無い」
    「……そっか。
     じゃ、まあ、……宿でも探すか。歩き通しでいい加減、疲れたし」
    白猫夢・逸狼抄 1
    »»  2012.05.13.
    麒麟を巡る話、第12話。
    確執、今もなお。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「うめー」「うまぁ」
     缶詰ではない食事を口にし、秋也と昂子は同時に感動する。
    「肉、臭くない!」
    「野菜、こんなに食べられる!」
    「やっぱり……」
     そしてまた同時に、二人は声を挙げた。
    「普通の料理、サイコー!」
     と、二人で騒いでいるところに、店主がそっとやってくる。
    「すまんが、お二方。あまり大声を出すのは遠慮願いたい」
    「あ、すんません」
     ぺこ、と頭を下げた秋也に、店主は苦々しい目線を向ける。
    「まったく、これだから焔の奴らは……」
    「え?」
     秋也たちがわずかながらも憮然とし、それに対して見た店主はぺこ、と頭を下げ返す。
    「……いや、失敬。今は友好関係にある方々に、無礼なことを言った」
     そう言い残してそそくさと立ち去った店主に、昂子も眉をひそめる。
    「何アレ、すっげー感じ悪いんだけど」
    「まあ、そう言うなって。元々さ、焔流と黒炎は仲悪かったんだしさ、今でもまだ、良く思ってないヤツもいるんだよ」
    「昔のコトじゃん」
    「お前にとっちゃ昔のコト、産まれてもいない前の話だろーけどさ、歳いったヤツにはまだ『今』の話なんだって」
    「……どーでもいーや。食べよ、食べよっ!」
     昂子はけろっとした顔で、肉を口に入れた。



     その夜――。
    「……ええ。間違いありません、見覚えがあります。宿帳の名前からしても、彼に相違ないでしょう」
     先程秋也たちをたしなめた、あの教団員の店主が、黒鳥宮の人間と「魔術頭巾」で連絡を取っていた。
    「どう致しますか?」
    《どうって、……うーん》
     真剣な声色を立てる店主に対し、相手はぼんやりとした返答を返す。
    《どうもしなくていいんじゃないかなー、なんて》
    「何故です? 表向きは休戦協定や友好宣言を結んだとは言え、あの焔流ですよ? その上、奴は先の大会で、我々に恥をかかせた! このまま何もしないで通すなど……」
    《表向きには友好にしてるでしょ? じゃあ、表向きだけでいいからニコニコ笑って通せばいいじゃないですか》
    「そんなわけには……」
    《私もね、どちらかって言えば友好派なんですよねぇ。そりゃ教団員ですから武術はたしなんではいますけども、血生臭いのや汗臭いのは嫌いなんですよ》
    「ふざけないでください!」
    《ふざけてなんかいません。私は『わざわざ無意味に揉めるようなことはしたくない、折角どちら側も仲良くしようと言ってるんだから、そのまま通す方がいいだろう』と、至極まともに主張してるだけですよ。
     それともあなた、超穏健派である今の教主に逆らうと言うおつもりですか? それこそふざけた、不遜な態度じゃありませんか?》
    「それは……、いや……」
     相手は余程面倒だったらしく、ここで話を切り上げてきた。
    《とにかく、私からは何もしないことをお勧めします。一応、上には話を通しますけど、多分私と同じ答えが返ってくるでしょうね。
     また何かあったら教えてください。それじゃ》
    「あ、ちょっ」
     店主は話を続けようとしたが、そこで通信は切れた。

     宿の中をうろついていた昂子は、この会話を物陰で、そっと耳にしていた。
    (やっぱあの店主、あたしら嫌ってたみたいね)
     昂子は欠伸を噛み殺しながら、店主の行動を嘲った。
    (話の感じからすると、相手は教団の総本山の誰か、ちょっと偉い人だったのかしらね。でも結局、襲うとかってのは却下された感じか。
     イマドキ流行んないって、武力行使とか力ずくとか、喧嘩とかメンツとか。ばっかみたい)
     昂子は小さく欠伸をし、それから寝室に戻った。



     黒荘にて秋也たちを拘束すると言う、この物騒な計画はあっさり却下されたものの、教団本部には秋也たちが来ている旨については、約束通り伝えられた。
     そして予想されていた通り、教団の上層部はそのまま通すことを決定した。
     それを良しとしなかったのが――。
    (……やはり、腑に落ちない!)
     あの少年、ウォンである。
    (母上を侮辱するわけではないが、相手は我らが誇り、教団の威信を担って舞台に上がった僧兵たちを、あろうことか公衆の面前で辱めた奴なんだぞ!? それを何の咎めもせずに通すなど、僕たちのメンツに関わる!
     僕は嫌だぞ、『黒炎教団は腑抜けの集まりだ』などと囃されるのは!)
     ウォンは壁にかけていた武器――三節棍を手にし、部屋を抜け出した。
    白猫夢・逸狼抄 2
    »»  2012.05.14.
    麒麟を巡る話、第13話。
    ウォンの暴走。

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    3.
    「あー……、だから朝食は雑だったんだな。昨夜のに比べて」
    「露骨に嫌がってたわね。ま、缶詰よりはマシだけどさ」
     翌朝、黒荘の宿を発った二人は、店主の態度について話していた。
    「にしてもさ、根に持ち過ぎだと思うんだよね。そりゃ確かに、大会で恥かかされたってのはあるだろうけど、ソレだって結局、秋也より弱かったからじゃんよ」
    「お前、ソレは教団の奴らの前では絶対言うなよ」
    「なんでよ? 間違ってないじゃん」
    「そりゃ、そう言う見方もあるだろうけどさ……。
     お前、人の傷口に塩をぐりっぐり塗り込むな。しかも無意識に」
    「そう?」
     あっけらかんと返す昂子に、秋也は苦い顔を返すしかなかった。



     自分の部屋を飛び出したウォンは、怒りに満ちた足取りで黒鳥宮の中を突き進んでいた。
    (こうなれば僕一人ででも……!)
     単騎で秋也たちを迎え撃つ覚悟を決め、ガツガツと足音を立てて闊歩していると――。
    「ウォーナード様!」
     呼び止められ、ウォンは振り返る。
     そこには顔をこわばらせた僧兵たちが6名、合掌しながら直立しているのが確認できた。
    「なんだっ」
     思わず声を荒げてしまい、ウォンは取り繕う。
    「コホン、……なんだ?」
    「我々も、焔流剣士がこちらに向かってくると聞きました。……もしや、ウォーナード様は」
    「……だとしたらどうだと言うんだ。止めるのか?」
     高圧的な口調でそう返し、僧兵たちを退けようとしたが――。
    「我々もお供致します!」
    「何? 僕に、付いてくる?」
     思ってもいない反応に、ウォンは思わず聞き返した。
    「我々も上層部の決定には納得しておりません!」
    「我々に仇なした焔流の人間をこのまま素通りにしておくなど、到底我慢なりません!」
     僧兵たちの言葉に、ウォンは思わずにやりとする。
    「……そうか、お前たちもか」
     ウォンは手にしていた三節棍を掲げ、こう叫んだ。
    「よし、他にも同志がいるはずだ! 集めて焔流を叩くぞッ!
     たるみ切った上層部の決定など、知ったことか! 僕たちは真に教団の威信を背負いし者として、憎き焔流の奴らに鉄槌を下してやるのだ!」
    「おうッ!」
    「僕は正門裏にて待機する! お前たちは修練場と住居棟を密かに周り、僕が同志を募っていることを伝え、人を集めるんだ!」
     ウォンは僧兵たちに指示を飛ばし、正門に向かって駆け出した。

     1時間後、正門裏には50名を超える僧兵たちが集まった。
    「ふむ……、意外に少ないな」
    「折悪く、ワニオン枢機卿がいらっしゃいまして。修練場の者には声をかけることができず……」
    「朝の修練に出ている者も多い分、住居棟には人が居るはずも無し、か。……いや、しかし」
     ウォンは首を振り、握り拳を固めた。
    「焔流剣士とは言え、たった一人や二人が相手であれば、これで十分事は足りる。
     よし、全員出陣だ! 憎き焔流剣士を、血祭りに挙げてやるぞ!」
    「おうッ!」
     50名を超える僧兵たちは、ウォンを先頭にして行進を始めた。
    「な……っ?」
     固まって進んでくる僧兵たちを見て、門番らは目を白黒させる。
    「何をなさるおつもりですか、ウォーナード様!?」
    「決まっている! 我らに恥をかかせた焔流の者を、ここで袋叩きにしてやるのだ!」
    「そんな……! 猊下らのご意思を、無視なさるおつもりですか!?」
     止めようとする門番に、ウォンは三節棍を向けた。
    「お前は悔しくないのか!? これ以上彼奴らに、嘲られてなるものか!
     どけ! どかなければ力づくで通るぞ!」
     ウォンが構えると同時に、背後の僧兵たちも凄んでくる。
    「う……ぐ」
     門番はそれに気圧され、仕方なく門を開けた。
    「行くぞ! 朝に黒荘を発ったのならば、こことふもとの中間地点、中腹あたりで接触するはず! それまでに峠を封鎖し、足止めするんだ!」
    「おうッ!」
     バタバタと足音を立て、門を突破した僧兵たちの後姿を見た門番は、慌てて宮内に駆け込む。
    「ウォーナード様が乱心された! 兵を集めて焔流の人間を討とうとしている! 誰か、誰か来てくれーッ!」
     この騒ぎは間もなく、教団の上層部が知ることとなった。
    白猫夢・逸狼抄 3
    »»  2012.05.15.
    麒麟を巡る話、第14話。
    峠の封鎖。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     宿を後にしてから4、5時間ほどが経ち、秋也と昂子は峠の中腹に差し掛かった。
    「もうお昼くらいだよね」
     懐中時計をチラチラと見つつ、そうつぶやいた昂子に、秋也はニヤ、と笑って見せる。
    「なんだ、もう腹減ったのか?」
    「そりゃ減るよ、朝ご飯あんなだったし」
    「ま、そりゃそうか。んじゃ、この辺りで……」
     と、秋也はそこで言葉を切り、峠の上方に目をやる。
    「どしたの?」
    「……昂子。もうちょっと、飯は待ってもらっていいか?」
    「何でよ?」
    「アレだよ」
     秋也は少し先を指し、肩をすくめた。
    「昨夜お前が言ってたコト、本気でやりやがったみたいだ」
    「へ? ……教団が襲ってくるって、アレ?」
     昂子も目を凝らし、上の様子を確認する。
     そこには黒い点が、峠に並んでいるのが見えた。
    「……アレって、教団の人?」
    「この山で黒い服を着込んで威張ってる奴らなんて、他にいるか?」
    「え、じゃあアレって、あたしたちを待ち構えてるってコト?」
    「多分な。……参ったな」
     秋也は猫耳をコリコリとかきながら、腰に佩いていた刀を抜く。
    「この分じゃ、黒荘に戻っても襲われるだろうな。……となると、前に進むしかないな」
    「えっ」
     秋也の言葉に、昂子は顔を青くする。
    「いや、無理じゃん? どう考えてもダメだって」
    「なら、戻るか? 戻っても多分、同じ目に遭うぞ?」
    「いや、ほら、あの、脇道にそれて、回り込んで逃げるとか」
    「あのな、上からオレたちの動き見てるってのに、今さら逃げてみてどうなる? 追い掛け回されるだけだぞ」
    「じゃ、じゃあさ、ごめんなさいって言って」
    「それで何とかなるなら、袋叩きにするだの何だのって発想は出ないっつの」
    「じゃ、ほら、あの、えー……」
     戸惑っている昂子に、秋也ははあ、とため息をつく。
    「お前、本当に自分の思い通りにならない状況に弱いな。逃げるか駄々こねるか、ソレばっかだよな」
    「うー……、だって」
     秋也は昂子に背を向け、歩き出した。
    「いいよ、ソコでじっとしてな。オレが何とかしてきてやるから」
    「あ、ちょ、ちょっと!」
     一人きりにされるのも嫌だったのだろう――昂子は慌てて、秋也の後に付いてきた。

     現れた秋也と昂子を見て、僧兵たちの先頭に立っていたウォンは居丈高に叫んだ。
    「やっと来たか、焔流剣士!」
    「そりゃまあ、他に道は無いし。……で、オレに何の用だ?」
     尋ねた秋也に、ウォンは三節棍を向ける。
    「お前ら焔流が、このままのうのうと我らが聖地、黒鳥宮の真正面を横切るなど、言語道断!
     よってここで、お前ら二人を……」
     と、ここで秋也が「おい」と声をかけた。
    「なんだ? 命乞いか?」
    「違げーよ。お前ら勘違いすんな、って話だよ。
     焔流はオレ一人。こっちのエルフはただの中学生。良く見てみろよ、焔流の家紋が付いてるか、こいつの服に?」
    「なに?」
     そこでウォンは、秋也と昂子を交互に見る。
    「……えーと」
    「いくら焔流が嫌いだからって、単なる旅仲間にまでとばっちり食らわすなよ。
     それでもプライドあんのかよ、お前ら? それとも誰彼構わず襲い掛かるのが、お前らの流儀か?」
    「う……」
     苦い顔をしたウォンに、秋也は畳み掛ける。
    「そもそも、お前ら恥ずかしくないのか? いくら憎い相手だからって、そんなに何十人も押しかけて袋叩きにしようってのは、三下かチンピラ共のやるコトじゃねーのか?」
    「……っ」
     今度は一転し、顔を紅潮させたウォンを、秋也はもう一度、強くたしなめた。
    「やるってんならお前一人でやれよ。取り巻きと一緒に嬲り者にして、ソレで黒炎のプライドが保てるって言い張るんなら、オレもハラ括るけどさ」
    「……いいだろう」
     ウォンは味方に背を向けたまま、こう言い放った。
    「お前たちは手を出すな。僕一人で、こいつを叩きのめすッ」
    「そう来なくっちゃな」
     秋也も刀を構え、ウォンと対峙した。
    白猫夢・逸狼抄 4
    »»  2012.05.16.
    麒麟を巡る話、第15話。
    焔流と黒炎、若獅子対決。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     多数の僧兵に囲まれた中でも、秋也の心はまるで乱れていなかった。
    (試験の時は、相手が相手だったからなー……。アレは正直、どーしたらいいか困ってた。
     こーやってハッキリ、『敵だっ』って分かってりゃ、なんも悩まないで済む)
     刃先をすい、とウォンの喉元に定め、秋也は正眼の構えを取る。
     一方のウォンも、まだ顔を紅くしてはいるものの――それが恥ずかしさからなのか、それとも逆上しているからなのかは秋也には分からなかったが――三節棍を斜めに取り、構えを見せる。
     ウォンの心が少なからず乱れているのは明らかだったが、それでも体の方は、経験と修練に裏打ちされた挙動を見せている。
    (ま、……短期決戦だな。落ち着かれたら厄介そうだ)
     秋也はぐっと一歩踏み込み、間合いを詰める。それに応じるように、ウォンも一歩、詰め寄ってきた。
    「……はあッ!」
     そこで秋也はもう一度、今度は素早く、そして強く踏み込み、間合いを一気に、ウォンの眼前にまで詰める。
    「なっ」
     急に寄ってきたこと、そして刀の間合い以上に詰め寄られたことで、ウォンはさらにうろたえたらしく、短く声を挙げた。
     ウォンは慌てて棍を振るおうとするが、秋也はそこで、刀から左手をぱっと離し、真ん中の棍を握りしめた。
    「ばっ、バカっ、何をっ」
    「ナニじゃねーよ」
     振り上げかけた棍が引っ張られ、ウォンの姿勢は腰砕けになる。
     その隙を突いて、秋也はウォンの脚を軽く蹴とばした。
    「うわあっ!?」
     当然、ウォンはこてんと前のめりに倒れる。
    「……き、汚いぞ、貴様っ」
    「袋叩きにしようとしたお前が、なーに寝言抜かしてんだよ?」
     倒れ込み、慌てて立ち上がろうとしたウォンの首筋には既に、秋也の握る刀が当てられていた。
    「勝負あったな」
     誰の目にも、ウォンの敗北は明らかだった。

     ところが、ウォンはこんなことを言い出した。
    「……ま、まだだ! かかれ、お前らっ」
    「はぁ!? 本当に袋叩きにする気か、てめー」
     秋也は呆れつつ、すぐに襲ってくるであろう、周囲の僧兵の動きに目を配ったが――。
    「……あれ?」
     誰一人として、動こうとしない。全員真っ青な顔をして、硬直していた。
    「心配するな、焔流の」
     と、野太く、そして若干しわがれた男の声が、秋也にかけられる。
    「相手の言葉に一々翻弄され、その度に言うことをコロコロと変えるような軟弱者の命令を聞け、などと言う教えは皆、受けてはおらん。
     それに引き替え、仲間を護るため、単騎で挑もうとするその心意気、そしてそれを実際に示して見せたこと。流石であるな」
    「えっと……」
     秋也は僧兵たちの背後から現れた、小山のような巨体の、初老の黒い狼獣人に、ぺこりと頭を下げた。
    「ありがとうございます、……えーと、ウィルソン卿、ですよね?」
    「いかにも。私が黒炎教団枢機卿、僧兵団総長のワニオン・ウィルソンだ」
     ワニオンはそう前置きし、一様に顔を青ざめさせている僧兵たちをかき分け、秋也の前に立った。
    「……でけっ」
     秋也の目には、ワニオンの姿はまるで、巨岩のように感じられた。
    「はっはっは、これでも四十余年、修業を積んでおるからな。そこいらの雑兵にはまだまだ負けん。
     ……と、大変な失礼をしてしまったな。私の監督不行き届きで、貴君とその同行者には、済まないことをした」
     そう言うとワニオンは、その巨体を折りたたみ、秋也に向かって深々と頭を下げた。
    「あ、いや、そんな……。オレにも昂子にも、大して危害は無かったですし、気にしないで下さい」
    「……それも情けない話である」
     ワニオンは頭を挙げ、今だ地に手を着いたままの甥、ウォンに目をやり――その頭に、ゴツンと音を立てて拳骨を喰らわせた。
    「ぶぎゃ……っ!?」
    「この痴れ者めがーッ!
     散々、手を出すなと言ったはずだ! それを無視した上で、あろうことか徒党を組んで嬲り者にしようと企み、あまつさえ無様に負けた上、卑怯にも取り決めを反故にし、兵をけしかけるとは!
     どれだけ恥の上塗りをすれば気が済むのだ、この大馬鹿者があッ!」
    「す、すみません、すみません……」
     先程の高飛車な態度から一転、ウォンはボタボタと涙をこぼしながら土下座する。
     それでもワニオンの怒りは収まらず、彼はウォンの襟をぐい、とつかんで引きずり始めた。
    「この件は猊下に報告する! ウォンの阿呆もお前らも、厳しく裁定してもらうからな! 覚悟しておけッ!」
    「ひ……っ」
     まるで稲妻が立て続けに落ちたかのような怒声に、周りの僧兵たちは一様に縮こまる。
     と、ワニオンは再度秋也と昂子に振り向き、穏やかな、しかし重みのある声でこう告げた。
    「無礼の詫び……、と言ってはなんだが、黒鳥宮横の宿を取るなら、私の名を出してくれ。無料でもてなすよう、取り計らっておく」
    「あ……、どもっス」
    「ありがと、……えーと、ワニオンさん」
     ウォンを引きずったまま、ドスドスと足音を立てて去っていくワニオンの背中を見て、秋也と昂子は同時につぶやいた。
    「……怖えぇー」
    白猫夢・逸狼抄 5
    »»  2012.05.17.
    麒麟を巡る話、第16話。
    はぐれおおかみ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ウォンが起こしたこの騒動は、教主であるウェンディ・ウィルソンによって、その日のうちに裁かれた。
     まず、ウォンに加担し、兵を集めた6人については、頭と耳、尻尾を丸刈りにした上で独房に3ヶ月の禁錮。さらに僧兵から降格、平の教団員に格下げされた。
     また、扇動に乗った50数名についても、先の6人同様丸刈りと、1ヶ月の禁錮処分が下されたものの、元から位の低い者ばかりだったため、事実上、降格の処分は無かった。
     そして騒ぎの中心人物、ウォンの処分は――。

    「は……、破門、ですって!?」
     他の教団員同様丸刈りにされたところで、ウォンは母のいる執務室に連行され、彼女からその処分を、直に聞かされた。
    「ええ、破門よ。
     この件は、教団の体面に大きな瑕(きず)を付ける、極めて重大な騒動。それを鑑みれば、温情ある処置は全く、図れる余地が無いわ」
    「し、しかし母上! 僕はその、教団の体面を思って……!」
     そう反論したウォンに、ウェンディは静かに尋ねる。
    「体面を思っての、あの騒動と? ではウォン、あなたは黒炎様と、その委任者たる教主の決定に逆らったことが、教団のためになると思ってやったと、そう言うのね?」
    「そうではありません! 僕はただ、このまま彼奴らに何もしないまま通しては、メンツが立たないと思って……」
    「そもそも私も、枢機卿も、あなたには何度も、『我々僧兵が負けたのは、その未熟さゆえである』と言ってきたはずよ。メンツ云々を言うのであれば、まず己の未熟を恥じるべきでしょう?
     それを棚に上げ、あなたは愚かな騒ぎを起こした。そしてその結果は? あなたは、勝ったの?」
    「……結果として、勝ってはおりません。しかし僕に油断が無ければ……」
    「ウォン」
     ウェンディは執務机から立ち上がり、ウォンの前に立った。
    「あなたには、自尊心が無いの?」
    「有ります! 無ければこんな騒ぎなど……!」
    「有ると言うなら、何故、現実に目を向けないの!?」
     次の瞬間、執務室にパン、と乾いた音が響く。
    「うっ……」
    「負けたことを認めず、うじうじと言い訳ばかりして! 何故負けたと言う、その事実を受け止めようとしないの!?
     あなたが言い訳しているそれは、誇りや自尊心では決して無いわ! ただの逃げ心、虚栄心よ!」
    「いえ……それは……そうじゃなく……」
     まだ口を開こうとするウォンに、ウェンディは背を向けた。
    「……あなたには心底、失望したわ。
     教主であり母である私の言うことも、上層部の叱咤も、黒炎様の詔も聞かないばかりか、自分勝手な騒ぎを起こして、その上自分の間違い、失敗を認めず、無理矢理に正当化しようとする、その性根の腐り様!
     あなたには何を教えても無駄ね。聞く耳が無いのなら、これ以上何も、教えられはしないわ」
     ウェンディは背を向けたまま、ウォンを両側から拘束している僧兵に命じた。
    「門の外に放り出しなさい。
     教主命令です――本日を以て、ウォーナード・ウィルソンは破門です」
    「御意……」
     僧兵たちは青ざめた顔のウォンを引きずり、執務室を後にした。

     一人残ったウェンディは、じんじんと痛む自分の手をさすりながら、こうつぶやいた。
    「ウィルも、あの人も、そしてウォンまでも……、か。どうして……、こうなるのかしら」



     ワニオンの厚意により、秋也と昂子は宿にて美味しい食事と、ふかふかの寝床を楽しんだ。
    「いやー……、よく眠れた」
    「ホント、ホント。あたし、この旅で初めて、アンタに感謝したわ」
    「感謝ぁ?」
    「アンタがあの時勝ってなかったら、こんな美味しい思いできなかったもん」
    「うーん……、感謝って言うならワニオンさんにじゃないか?」
     そう返され、昂子はほんの少し、考える様子を見せた。
    「……そうかも。じゃ、今のナシ! ありがとうワニオンさん!」
    「ソレもどーかと思うけどなぁ」
     いつものように他愛もないことを話しつつ、二人は央中側に通じる峠道を下っていく。
     と、秋也は道の先に、トボトボと肩を落として歩く人影を見つけた。
    「ん……?」
     秋也は軽く駆け込み、その人影に声をかけた。
    「おーい! お前、もしかして昨日の……」
    「……っ」
     振り向いたその人影は――頭と狼耳、尻尾の毛をばっさり剃られた、あのウォンだった。
    白猫夢・逸狼抄 6
    »»  2012.05.18.
    麒麟を巡る話、第17話。
    とりあえずの和解。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「あ、やっぱり! どうしたんだその頭、……と耳と尻尾と」
    「……言いたくない」
     ウォンは背を向け、逃げ去ろうとする。
     その様子を見て、秋也はピンときた。
    「もしかしてお前、破門された、……とか?」
    「……ッ!」
     足を止めたウォンに、秋也は質問を続けようかとためらう。
     ところが昂子は、お構いなしにこう言い放った。
    「え、追い出されたの? ま、自業自得だろうけど」
    「……何が、自業自得だッ」
     ウォンは振り返りざまに、昂子に向かって拳を振り上げようとする。
     が、それを察した秋也は、彼の腕をつかんで止めた。
    「いい加減にしろよ、お前。コイツに手ぇ出すなって、昨日も言ったよな?」
    「お、お前の言うことなんか、誰が聞くか! 焔流のお前なんかに……」
    「オレがドコの誰だろーと、女に手を挙げる男が最低なのは、全国・今昔ドコでもいつでも同じだろうが。
     本当にプライドねーのな、お前」
    「う……」
     ウォンの力が緩んだところで、秋也は手を離す。
    「オレが言っても聞かないだろうし、知らないヤツ相手にあんまり言いたくないけどさ、お前、そんなコトばっかりしてるから、追い出されたんじゃねーのか?」
    「ち、違う! 僕は、その……、しゅ」「『修業のため外に出た』っつって説得力、あると思ってんのか? そのズタボロの見た目で?」「……ぐ、っ」
     散々に突っ込まれ、ウォンはとうとう、ボタボタと涙を流してしまった。
    「ぼっ、僕は、……僕はっ、ひっく、教団のっ、ために、ひっく、やったのに……っ」
    「でも、ソレはやるなって散々止められてたんだろ? なんでソコまで釘刺されてやったんだよ?
     結局ソレって、お前がやりたかったから、やったんじゃねーのか? じゃあ、教団のためでも何でもねーよ。お前だけのため、……じゃねーの?」
    「……ぅーっ……ぅーっ……」
     本格的に泣き始めたウォンに、昂子はフン、と鼻を鳴らした。
    「あーあ、マジ泣きしちゃった。バカじゃん、コイツ。自分でバカやって自爆した、ってだけじゃんよ。
     ほっといてもう行こうよ、秋也」
     昂子はそう提案してきたが、秋也は首を横に振った。
    「あのなぁ……、いくら自業自得っつっても、泣いてる奴を放っとく、なんてできるわけねーだろ」
     秋也はとりあえずウォンの手を引き、街道から少し外れたところに座らせて、落ち着くのを待った。

    「落ち着いたか?」
    「……」
     ウォンは秋也たちに顔をそむけたまま、小さくうなずいた。
     ちなみに、ウォンは――その技量と、昨日の高圧的な態度からは見抜けなかったが――まだ16歳なのだと言う。
     ようやく泣き止んだ彼は、確かに年相応に見えた。
    「……お前、コレからどうするつもりだ?」
    「え……」
     ウォンは顔をそむけたまま、ぽつりとつぶやく。
    「……考えてなかった」
    「そっか。……じゃ、一緒に来るか?」
    「なっ」
     ようやくここで、ウォンは顔を向けてきた。
    「そ、そんなこと、できるわけないだろう!? 焔流と一緒になんて……」
    「あーのーなー」
     秋也はぺち、とウォンの額にデコピンを当てる。
    「いたっ、……何をする!」
    「拳骨喰らって丸刈りにされて、その上破門までされたのに、まーだそんな古臭いコト言ってんのかよ?
     もう敵じゃないし、敵である理由も無いだろ? ま、それにさ」
     秋也は日除け用に持って来ていた帽子をウォンに被せ、こう続けた。
    「このまま一人でウジウジするよりは、誰かと話してた方がまだ、気が楽だろ?」
    「……」
    「おっと、『そんなことはない!』とか言うなよ?
     だってお前、オレが声かけた時、すげー顔色悪かったしな。何にも考えられないくらい、アタマん中ぐちゃぐちゃになってたんじゃないか?」
    「……それは、……否定しない。……確かに、どうしたらいいか分からなかった」
    「でも、今はさっきよりかは落ち着いただろ? ……だからさ」
     秋也は座ったままのウォンに、すっと手を差し伸べた。
    「一緒に行こうぜ。いいよな、昂子も?」
     昂子もフン、と鼻を鳴らしはしたものの、拒否はしない。
    「別にいーよ。殴ろうとしなきゃ」
    「……」
     ウォンはしばらく、顔を伏せたままだったが――やがて、そろそろと秋也の手をつかんだ。
    「……確かに、お前の言う通りだ。一人でいるよりは、マシだろうな」
    「よし、決まり! ……っと、自己紹介してなかったな。
     オレは黄秋也。こっちは橘昂子だ」
    「……」
     ウォンは立ち上がり、ぼそぼそとした口調ながらも、名前を名乗る。
    「ウォーナード・ウィルソンだ。……うぉ、ウォンで、いい」
    「ああ。よろしくな、ウォン」
    「よろろっ」

     こうして秋也と昂子の旅に、新たな仲間、ウォンが加わることとなった。

    白猫夢・逸狼抄 終
    白猫夢・逸狼抄 7
    »»  2012.05.19.
    麒麟を巡る話、第18話。
    今後の相談。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     屏風山脈を西へ下り、三人はいよいよ央中地域に入った。

     山道を抜けた直後の、その道中――。
    「でさ、確かに香りはいいなーとは思ったんだけど、あんまり……、何だっけ、コーヒー? って飲まないからさ、味はあんまり……」
    「だよねー。ま、あたしは好きかもって思ったけど。
     ねえ、ウォンはコーヒー好きな方?」
    「……」
     秋也と昂子は山道でも何度か、ウォンに世間話を振っていたが、彼は秋也から借りた帽子を深く被ったまま、応えようとしない。
    「ねえ、ウォンってば」
     たまりかねた昂子が、ウォンの手を引っ張る。
    「なっ、……何だ?」
     ようやく、ウォンは顔を挙げる。
    「ヒトが何度も何度も声かけてんのにさー、ちょっとは反応しなさいよっての」
    「あ、ああ。悪い。……えーと、何の話をしていたんだ?」
    「いーよ、もうっ」
     昂子はウォンから手を離し、ぷい、とそっぽを向いた。
    「なんなんだ、まったく……」
    「ソレはどっちかって言うと」
     秋也も呆れ気味に、ウォンに顔を向けた。
    「オレたちの台詞だな。
     あのさ、ウォン。何か、気になるコトでもあんのか?」
    「……と、言うと?」
    「さっきからさ、オレや昂子が声かけても、返事もしねーし顔も向けねーし。何か考え事でもしてたのか?」
    「いや、そう言うわけじゃ……」
    「じゃ、どうしたんだよ? それともさ、まだ『焔流の人間とは話なんかできない』とか思って……」「いや、そう言うわけじゃない。ないんだが、……その」
     ウォンは帽子を挙げ、秋也にこんなことを尋ねてきた。
    「僕は、……その、これから、どうしたらいいんだろうかって」
    「……そう言や、ちゃんと話してなかったな」
     歩き疲れていたこともあり、三人は街道の脇に逸れて休憩しつつ、ウォンの今後を話し合うことにした。

    「でさ、ちょっと聞きたいんだけど」
     まず、秋也が確認する。
    「お前、何かしたいコトとかあんのか?」
    「したい、こと……。うーん」
     問われたウォンは、困った顔になる。
    「……分からない。……自慢じゃないが、産まれてこの方、修業と鍛錬以外はほとんど何も、したことが無いんだ。
     だから放り出されても、何をしたらいいのか」
    「だよなぁ」
    「あたしには信じらんない世界ね。ずーっと勉強ばっかりとか、ないわー」
    「お前じゃそうだろうな」
     ウォンにそう返され、昂子は膨れっ面になる。
    「ふん、だ」
    (こいつら足して2で割りゃ、丁度いいだろうになー)
     ぼんやりそんなことを考えつつ、秋也は続いて質問した。
    「じゃあさ、趣味とかも無し?」
    「無い。……強いて言えば、修業になる」
    「わー、修業バカだ」
    「うるさい」
     昂子にからかわれ、今度はウォンが顔をしかめた。
    「んじゃ、まあ。……これから行く街なら、そーゆー奴でも構ってくれるところは一杯あるし、とりあえずは何とかできるかな」
    「ってゆーと?」
     尋ねた昂子に、秋也はにやっと笑って見せた。
    「闘技場だよ。あそこなら賞金も出るし、ボーっとしてても当面は、何とかなるさ」
    「闘技場、……か。そうだな、それなら」
     不安げだったウォンの表情に、ここでようやく安堵の色が浮かんできた。
    「ほっとしたみたいだな。……じゃ、そろそろ行くか」
    「しゅっぱーつ!」
     揃って立ち上がった秋也と昂子に続く形で、ウォンも立ち上がった。
    「ああ、……行こう」
     と、昂子がここで、ウォンにビシ、と人差し指を突きつけた。
    「アンタ、堅い」
    「えっ?」
    「話し方。もうちょい柔っこくできない?」
    「と、言われても」
     また困った顔になるウォンに、昂子ははぁ、とため息をついて見せた。
    「ま、いーわ。一緒に居れば、そのうち柔くなるでしょ」
    (どーかなぁ。それよりオレとしては、お前にもーちょっとくらい、しっかりしてほしいトコなんだけどな。
     本当にもう、こんだけ両極端なのが揃うとはなぁ)
     秋也はそんなことを考えながら、二人には分からないように苦笑していた。
    白猫夢・旧交抄 1
    »»  2012.05.22.
    麒麟を巡る話、第19話。
    懐かしいあの店に。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     夕暮れを迎えるよりも少し前辺りには、三人は央中の中心地、そして世界最大の都市であるゴールドコーストに到着した。
    「確かに大きな街だ。黒鳥宮も相当に広いと思っていたが、比較にならないな」
     きょろきょろと辺りを見回すウォンに対し、昂子はフン、と鼻を鳴らして見せる。
    「アンタ、まるで田舎者ね。ちょっとは落ち着いたら?」
    「お、お前こそはしゃいでいるだろう!? 僕と同様に、首を動かしているのを見ていたぞ!?」
    「ち、違うわよ! コレは首が凝ったなーってアレよ!」
    「13歳やそこらで首が凝るものか!」
    「凝るもーんだ」
     騒ぐ二人を見かねて、秋也はパン、と手を打つ。
    「その辺で止めとけって、お前ら。ソレよりも腹減ったし、疲れもあるだろ?」
    「……まあ、そうだな」
    「減ったし疲れた」
     二人が大人しくなったところで、秋也が提案する。
    「騒ぐより、今は宿を探すのが先だ。オレも腹減ってるし、布団に飛び込みたい」
    「さんせーい」
    「隣に同じ」
    「よし。んじゃどこか、泊まる場所探すか」
    「あ、じゃあさ」
     と、昂子が手を挙げる。
    「晩御飯はさ、別のトコで食べない?」
    「ん?」
    「お母さんの従姉妹がやってる店ってのが、ココにあるらしいのよ。いっぺん、行ってみたいなーって」
    「なーるほど。……あ、ソレならオレも聞いた覚えがある。昔、お袋もお世話になったって言ってた店だな、多分。
     何だっけ、『赤虎亭』だろ?」
    「そーそー、ソレソレ」

     宿を決めた後、三人はその店を、親から聞いた記憶と、宿の主人から聞いた情報とを頼りに――役に立ったのは結局、後者だけだったが――探し当てた。
    「……どもー」
     何となく気恥ずかしくもあり、秋也は恐る恐る戸を開け、中の様子を窺った。
    「いらっしゃい」
     普通に声をかけられたが、秋也はまたも、恐る恐る尋ねる。
    「あの、橘朱海さん、ですか?」
    「違うよ」
     そう返され、秋也は「あっ」と声を挙げた。
    「すみません、間違え……」「間違ってない。ここは赤虎亭。店番が違うだけ」
    「へ?」
     戸惑っているうちに、店の奥から三角布を被った黒髪の、女性の猫獣人が出てきた。
    「アケミさんは支店の見回りと買い出しに行ってる。御用なら聞くけど? ご飯?」
    「あ、いや。ソレもなんだけど、オレたちは……」
     と、猫獣人が秋也の背後に声をかけた。
    「お帰りなさい、アケミさん」
     秋也たちが振り向くと、そこには初老の、虎獣人の女性が立っていた。
    「ああ、ただいま。秋也くん、昂子ちゃん、……と、後は誰か分からんが、とりあえず中にお入り」
     そう促されたが、秋也たちは目を丸くするばかりだった。
    「え、あの」
    「何で分かった、って顔をしてるな。
     小鈴から連絡があったんだよ。『昂子と秋也くんがこっちに来る』ってな。で、弧月からココまでの距離と日数考えたら、昨日か今日、遅くとも明日くらいには着くだろうと見当は立ててたんだ。
     それくらいのタイミングでここに来る、央南人で『猫』とエルフって組み合わせなら、十中八九お前らだろうし、それに秋也くんは顔、覚えてたしな。だから分かった」
     朱海は店に入り、猫獣人の肩をトン、と叩く。
    「コロラ、手伝ってくれ。今日はこいつらの貸切にする。ご馳走、食べさせてやろうかってな」
    「はーい」
     コロラと呼ばれた猫獣人と一緒に店の奥へ進み、厨房に入ったところで、朱海は秋也たちにもう一度、声をかけた。
    「ああ、そうそう。ウィルたちにも声、かけといた。もうちょっとしたら来るよ」
     それを聞いて、秋也の顔から笑みがこぼれる。
    「そうなんですか?」
    「おう。あいつらも喜んでたよ、また会えるってな」
     朱海は三角布を頭に巻きながら、にっこりと笑い返した。
    「とりあえず、座ってくれ。夏とは言え、あんまり風通しが良過ぎても困る。砂埃なんかが入っちまうからな。早いとこ、戸を閉めてほしいんだ」
    「あ、はい」
     秋也たちはきちんと戸を閉めてから、席に着いた。
    白猫夢・旧交抄 2
    »»  2012.05.23.
    麒麟を巡る話、第20話。
    旧友との再会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ウィルたちが来るまでの間、秋也たち三人は、カウンターの向こうで作られている料理に釘付けになっていた。
    「ソレ、何です?」
    「ん? ああ、トビウオだ。今が旬だからな、脂が乗っててうまいぞ。今朝上がったばっかりだから刺身には持って来いだし、後は天ぷらだな」
    「うはぁ……、うまそう」
     朱海の魚捌きに秋也が食い付いている横で、昂子とウォンがコロラのつかんでいる、小豆色の触手について、恐る恐る尋ねている。
    「そっちは……、タコ?」
    「うん、そう」
     山育ちのせいか、どうやらウォンは、初めてタコを見たらしい。
    「そんなの、食えるのか? まだ……、その、ウネウネしているようだが」
    「さっき切ったばかりだから。刺身にするとプリプリして美味しい。それと、こっちの大根と合わせて、煮物にする。こっちもすごく美味しい」
     まだ彼女の掌中でうごめくタコの脚を、ウォンは青い顔で見つめている。
    「う、ん。……見た目は、あの、何だな。……グロい」
    「見た目はね。でも味はいい」
     と、昂子も苦い顔でこうつぶやく。
    「ごめん、あたしもタコ、あんまり好きじゃ……」
    「そう?」
     二人の反応に、コロラはしゅんとした顔になる。
    「美味しいのに」
     それを横目で見ていた秋也が、昂子たちをたしなめる。
    「好き嫌い言うなよ。うまいぞ、タコ」
    「いや、ホント駄目なのよ。見た目が、……どうしても」
     口ごもる昂子に、朱海も口をとがらせた。
    「おいおい、食わず嫌いか? ちゃんと食べてくれよー、折角用意したんだから」
    「が、頑張る」
    「ぼ、僕も挑戦する。敵前逃亡など、も、もっての外だからな」
     顔をこわばらせている二人に、秋也は呆れた声を出した。
    「ソコまで気合入れなくてもいーだろ……」
    「ま、それにだ。弧月は内陸だし、そっちの狼坊主くん……、えーと」
    「ウォーナード……、ウォンだ」
    「ウォンくんか。君もその格好からして、山の子だろ? 海産物となると縁遠いだろうな、二人とも。
     だけどもここは港町だ。海の物に関して、まずいってことはまず、無い。あるとすりゃ、料理人の腕のせいになるが、それもこの店に関して言えば、まったく問題なしだ。
     自分で言うのも何だが、アタシの腕は確かだし、コロラもアタシがみっちり教え込んでるからな。この店でまずい物は、絶対食わせないよ。期待しててくれ」
     そう朱海が宣言したところで、入口の戸がカラカラと音を立てて開いた。
    「アケミさん、どうもー」
    「どもどもー」
     軽い挨拶と共に、背の高い、筋肉質の男女が店に入ってくる。
    「……おっ」
     狼獣人の青年の方が、秋也を見て手を挙げる。
    「シュウヤ、久しぶり!」
    「お、ウィル!」
     秋也は立ち上がり、狼獣人に会釈した。
    「久しぶりだな! ……つってもまあ、1ヶ月半くらいか?」
    「そうだな、確か。でもすげー久々って感じだ。色々あったからかな」
    「色々?」
     と、今度は虎獣人の女性が手を挙げる。
    「ウチの弟がなー、ウィルんとこの妹さんと結婚するー、て言いだしてん。
     母やんも父やんも、シルビアさんも目ぇ丸うするわ、ウィルが半ギレするわで、てんてんわんわん? やってん」
    「それを言うなら、『てんやわんや』だっつの。
     ……まあ、そんなワケでさ。この1ヶ月、すげー揉めたんだよ、クイントの奴と」
    「クイント、ってのがシルキスの弟か。何番目の?」
    「すぐ下のん。て言うか、歳考えたらギリギリやん。クイント、17やし」
    「あ、そっか」
     シルキスはふう、と鼻からため息を吹き、肩をすくめる。
    「ホンマになぁ、おマセっちゅう限度をブッちぎっとるで」
    「その上、手前勝手に話をブン回してくるしな」
    「せやなぁ。いきなり『シルフィと結婚するわー』とか、アホかっちゅうの。ほんで、どーにか話がまとまったん、一昨日やしな」
     そこで、秋也はそれとなく状況を伺ってみる。
    「まとまった、……ってコトなら、おめでとう、でいいのかな」
    「……まあ、うん。まだちょっと、くすぶり気味だけどな」
    「せやねん。そもそもからな、まだ自分一人でまともに金も稼げへん、甲斐性なしのクセしよって……」「だからさ、お前ら」
     と、朱海がカウンターへ身を乗り出し、しかめっ面をウィルたちに向ける。
    「今日は風が強いんだ。戸、開けっ放しにされちゃ困る。話は中に入ってからにしてくれよ」
    「あ、すんませーん」
     ウィルとシルキスは揃ってぺこりと頭を下げ、それから後ろ手に戸を閉めた。
    白猫夢・旧交抄 3
    »»  2012.05.24.
    麒麟を巡る話、第21話。
    ウォンの職探し。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     秋也と昂子、ウォン、そしてウィルとシルキスの5人で卓を囲み、改めて再会祝いと、初対面の挨拶とを行った。
    「どーも、アコ・タチバナ、です。13歳、魔術師を、目指して、ます。……通じてる?」
     たどたどしい央中語での挨拶に、ウィルとシルキスはにっこり笑みを返す。
    「分かる分かる」
    「大丈夫やでー」
     続いて、ウォンも自己紹介を行う。
    「ウォーナード・ウィルソンだ。……前にも会ったな」
    「そうだな。大会の、準決勝でな」
     ウィルがそう返したところで、シルキスがポン、と手を叩いた。
    「あーあー、見覚えある思たら、それかー」
    「まあ、気付かないのも無理はない。こんな頭ではな」
    「そう言えば気になってたんだけど、一体どうしたんだ、それ?」
    「……一身上の都合だ」
     そうごまかしたウォンの態度で、ウィルはそれとなく悟ったらしい。
    「そっか。……まあ、詳しいことは聞かないけどさ、大変なんだな、僧兵ってのも」
    「そう言うことにしておいてくれ。
     そうだ、……ウィル、で良かったか?」
    「ああ」
     ウォンは真剣な顔で、ウィルにこう尋ねた。
    「ウィル、確かお前は、この街の武闘大会に出場していたな?」
    「ああ、そうだけど?」
    「後で少し、詳しい話が聞きたいんだ。その、……僕も、出場したくて」
    「お前が? ふーん……」
     と、そこで料理と飲み物が運ばれてくる。
    「お待ちどうさん。さ、ドンドン食べてくれ」
    「一応飲み放題だけど、お酒の飲み過ぎと子供の飲酒は、ダメ、絶対」
    「あいあい」
    「いただきまーす」
    「……いただきます」
     ウォンの話は、そこで遮られてしまった。

     酒と料理が胃に入り、場も段々温まってくる。
    「コスズさんの話、ウチも聞いとるよー。何や、お金持ちになったらしいなー言うて」
     赤ら顔で昂子にそう話したシルキスに対し、昂子は口をとがらせる。
    「お金持ちっちゃお金持ちだけどさー、あたしは全然、その恩恵受けてないと思う。学校ばっかりでろくに遊びにも行けないしさ、お小遣いも月2000玄くらいだしさ」
    「2000、……玄? エルやといくらくらいやっけ?」
     シルキスは横に座っていたウィルの袖を引っ張り、レートを尋ねる。
    「同じくらいじゃなかったっけ?」
     回答を聞き、シルキスは苦い顔になる。
    「……アコちゃんなー、ソレ、やっぱり高い方やないのん? 2000エルあったら、この店で10日連続くらい飲み会できるで?」
    「そっかなー……? 確かにちょっとしたお金だなーってのは分かるんだけど、お金持ちなのに、お小遣いそんだけって言うのがなーって」
    「贅沢だな。そんなだから根性が無いんだ」
     ボソ、とそうつぶやいたウォンに、昂子はぺろ、と舌を出す。
    「こんじょーなんていらないもーん。そんな汗臭そうなの、あってどーすんのよ? 役に立つワケないじゃん、そんなの」
    「……」
     昂子の言葉に、他の4人は一様に、ほんのわずかに不機嫌な顔をした。
    「……まあ、お嬢様だからさ、コイツ。勘弁してやってくれよ」
     その場は秋也が取り成し、一応、場の空気から険が抜ける。
    「ああ、うん、そっか」
    「しゃーないなー」
    「……」
     一方、昂子は自分がどれだけ場にそぐわない発言をしたか、少しも察していない。
    「何ソレ? どう言う意味?」
    「いーから。お前は食ってろ、ご飯。ほれ、天ぷら」
    「ん、ありがと」
     と、話が途切れたところでウォンが、食事前にしていた話を持ち出す。
    「ウィル、さっきの話だが」
    「ん?」
    「闘技場の大会に参加するには、どうすればいいんだ?」
    「ああ、それか。
     まあ、まずは一番下の、一般人も参加できるロイドリーグってのがあってな。そこで活躍すれば、人数制限のあるレオンリーグってとこからお呼びがかかる。
     で、そこでもいい成績を出せば、さらに上級のニコルリーグに参加できて、で、そこの上位者が、最上級のエリザリーグってのに参加できる。そこが終点だな」
    「なるほど。まずは初級から、と言うわけか」
     うなずくウォンに、ウィルはこんなことを尋ねてきた。
    「お前さ、もしかしてしばらく、こっちに住むのか?」
    「え?」
    「本格的にリーグ参加するとなると、3、4ヶ月はかかるぞ。となると、ずーっと宿住まいってわけにも行かないだろ?」
    「なるほど、そう言えばそうか……」
    「それに、いくら賞金が出るっつっても、初めのうちは額も小さいし、それだけで食ってくってのはまず、無理だ。
     仕事も何かしら、見付けなきゃ」
    「仕事……、そうか、うーん」
     困った顔をしたウォンに、ウィルはこんな提案をした。
    「良かったらさ、俺とシルキスが行ってるとこに、仕事の口が無いか聞いてみようか?」
    「いいのか?」
     ウィルはにこっと笑い、うなずいた。
    「ああ、多分大丈夫だろ。俺やシルキスみたいなのが出入りしてるところだし」
    白猫夢・旧交抄 4
    »»  2012.05.25.
    麒麟を巡る話、第22話。
    自堕落娘。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     赤虎亭で飲み明かした翌日。
     秋也たちの泊まっていた宿を、ウィルが訪ねてきた。
    「よぉ、シュウヤ、ウォン」
    「おー……」
    「……」
     散々飲んでいたため、秋也はひどい頭痛を覚えている。ウォンも同様らしく、ソファにぐったりともたれながら、のろのろと手を挙げてウィルに応える。
     一方、ウィルの方はまったく響いていないらしい。
    「お前ら、二日酔いか? 顔、めちゃくちゃ蒼いけど」
    「あー……、うん……、そうみたい……、だな」
    「ひょっとして下戸か?」
    「いや……、昨夜は飲み過ぎた、……っぽい」
    「おいおい、だらしねーなぁ。
     ……あれ?」
     と、ウィルは部屋に昂子の姿が無いことに気付く。
    「あいつは?」
    「昂子か? まだ寝てる」
    「そっか。……あんまりさ、こんなこと言いたくないけど」
     ウィルは眉をひそめ、秋也たちに小声で謗る。
    「あいつ、何なんだ? 口を開けば『めんどくさい』だの『ウザい』だの『どーでもいい』だの、俺たちの話に一々突っかかって全否定してくるとか、バカにし過ぎだろ。
     昨夜は酒が入ってたから笑って許してたけどさ、なんかさ、素面になってよくよく考えてみたら、段々ムカっとして来たからさ」
    「あー、……ソレはマジで悪かった。あいつ、『お嬢様』だからさ。他人のコトなんか、ソレこそ『どーでもいい』で返してくるんだよ」
    「それが何かなぁ……。やる気無い癖して、他人のやること成すことに一々、ケチ付けてくんのがイラっと来るんだよな。
     本人が無気力なのはそいつの勝手だけどさ、俺たちの頑張りまでそいつの物差しで測られて無意味だって断言されるのは、あんまり気分いいもんじゃないぜ」
    「オレもなぁ……、事あるごとに注意してはいるんだけど、あいつ耳が長いクセして、ぜーんぜん聞く耳持ってないんだよな。正直、ちょっと持て余してるってのはある」
    「僕も同感だ。あいつ、これからミッドランドのテンコ様のところで修業を積むと言っていたが、10日くらいで逃げるんじゃないか? あんな無気力人間にまともな修行ができるとは、まったく思えない」
     そう言ってきたウォンに、秋也は反論する。
    「いや、そりゃ確かにさ、あいつは無気力で怠け者でワガママだけど、ソレでも将来のコトは、ちゃんと考えてるんだ。
     オレはちゃんとやり遂げるって信じてる」
    「そうだといいけどなぁ。
     ……あ、そうそう。こんな話をしに来たんじゃないんだ」
     ウィルはウォンの方に顔を向け、本題を切り出した。
    「ウォン、昨夜言ってた仕事の話だけど、どうする? 社長に会ってみるか?」
    「社長?」
    「ああ。こっちに来る前に寄ってみたんだけど、『会って話を聞いてみよう』ってさ」
    「そうか。……そうだな、会いたい」
    「よし、じゃあ早速……」
     そう言いかけて、ウィルは黙り込んだ。
    「どうした?」
    「……その前に、だ。
     お前ら、やっぱり酒臭いぜ。朝からやってる銭湯あるからさ、そっち寄ってからにしよう」
    「……あ、うん」

     風呂に入ってさっぱりした三人は、改めてウィルの職場に向かうことにした。
    「そう言やさ、ウィル」
    「ん?」
    「仕事って、孤児院の手伝いもやってたんじゃないのか?」
    「ああ、そっちは弟や妹も大きくなって、人手が足りてるからな。細かい仕事は、全部みんなに任せてる」
    「そっか。シルビアさんもいるしな」
    「つーか、逆に言うと」
     ウィルは肩をすくめ、冗談めかしてこううそぶく。
    「人が居すぎて俺の仕事が全部取られた、って感じだな。
     そんで、暇してたところで、闘技場関係でお世話になってた社長から、スカウトされたってわけだ」
    「へぇ。仕事って、具体的にはどんなコトやってるんだ?」
    「簡単に言うと、闘技場関係の資料集めと編集だ。大会の歴史も結構長いから、まとめて本にしようってさ」
    「面白そうだな、ソレ」
     話をしているうちに、三人はウィルの勤め先――チェイサー商会に到着した。

    「おはようございます、プレアさん」
     ウィルは秋也たちを社長室に案内し、中にいた社長、狼獣人のプレア・チェイサーに挨拶した。
    「おはよう、ウィルくん。……あら、シュウヤくんじゃない」
    「ども、お久しぶりです」
    「で、そちらの黒い『狼』くんが、働きたいって言ってる子?」
    「ええ。……ほら、ウォン」
     ウィルに促され、ウォンは黒炎教団式の挨拶、合掌を取って名乗る。
    「お初にお目にかかる。ウォーナード・ウィルソンだ」
    「ウィルソン? あら、もしかしてあなた、黒炎教団のウィルソン家?」
    「あ、ああ」
     それを聞いて、プレアはウォンの側に寄ってきた。
    「ウィルソン家は皆、イニシャルが同じと聞いたけど、あなたもW・Wなのね」
    「ええ、まあ」
    「あと、ウィルソン家の人は皆、僧兵を経験してると聞いたけど、あなたも?」
    「はい」
    「そう。……うーん」
     と、プレアは一転して、困ったような顔をした。
    「残念だけど」
    「え?」
    「あなたでは、角が立ちそうね。うちで採用するのは、難しいところだわ」
    白猫夢・旧交抄 5
    »»  2012.05.26.
    麒麟を巡る話、第23話。
    不採用通知。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     プレアの返答に、ウィルは信じられない、と言いたげな顔をする。
    「どうしてです?」
    「今は大会プロモーターと出版業が商会の主軸とは言え、うちはまだ、情報屋の端くれよ。この子が『山』でやったこと、私も聞いてるのよ」
    「……っ」
     プレアの言葉に、ウォンは顔を強張らせる。
    「ウォンが、何をしたんです?」
    「簡単に言うと、謀反ね。教団上層部の決定に反発して、カーテンロック山脈(屏風山脈の央中名)でシュウヤくんを襲ったそうなの。
     ここにシュウヤくんがいるから分かると思うけど、結果は失敗。命令を聞かなかった彼に対し、上層部は彼を破門にしたのよ」
    「……」
    「そんなことしたのか、お前……」
     目を丸くしているウィルに対し、ウォンは小さくうなずく。
    「ああ」
    「でも、今シュウヤと一緒にいるってことは、反省して和解したってことじゃ……」
    「問題はそこじゃないわ。『上の命令を聞かずに暴走した』と言うのが、採用できない何よりの理由よ」
    「う……」
    「自分勝手な判断で、自分にだけ都合のいいように動かれては困るの。私の先代、父と母が商会主だった時も、そう言う人間の存在で散々苦労したと聞いてるしね。
     でも確かにウィルくんの言う通り、今は和解したみたいだから」
     プレアはウォンの手を取り、申し訳なさそうにこう告げた。
    「もう少し様子を見させてほしいの。あなたが本当に『山』でやったことを反省し、改心したと判断できれば、うちで採用させていただくわ。
     それで構わないわね、ウォーナードくん?」
    「……仰る通りです。まだ僕は、信用に足る人間ではない。そのことを改めて、重く受け止めます。
     また、……己を改めてから、伺います」
    「ええ、待ってるわ」

     チェイサー商会を後にし、秋也たち三人はとりあえず、近くの公園で昼食を取ることにした。
    「残念だったな、ウォン」
    「そうだな。……となると、また別の仕事を探すか」
    「んー」
     ウォンの言葉に対し、秋也がこう確認する。
    「別にさ、何が何でも今すぐ、闘技場に行かなきゃってワケじゃないんだよな?」
    「ん? ……まあ、そうだが。とは言っても、僕には他に当てが無いし」
    「いや、ソレなんだけどな。一から仕事を探して、って言うのは結構きついだろ? お前、あんまりひょいひょいと人付き合いができるタイプじゃ無さそうだし」
    「……否定はできないな」
    「だろ? そんならプレアさんに、『自分は信用できる人間だ』ってアピールして、今度こそウィルと一緒に仕事できるように交渉してみたらどうかなーって」
    「どうやって?」
     そう尋ねたウィルに、秋也は自分の考えを話す。
    「まあ、ウォンが信用してもらえない原因って言えば、屏風山脈で暴れたってコトだろ? さらにその理由って言ったら、『焔流嫌い』からだし。
     じゃあ逆に言えば、焔流のオレとしばらく平和に行動してれば、もう反発するコトは無いぞってアピールにならないかな、って」
    「なるほど……」
    「理屈としては若干怪しいが、確かに大暴れせず過ごしたんなら、プレアさんも納得するだろうな」
    「だろ? ココで提案だけどさ、もうちょっと、昂子を送るのに付き合ってもらっていいか?」
     その提案に、ウォンは「む……」と短く唸る。
    「断りたいところ、だが……。あのワガママ娘を穏便に送ることが果たせられれば、確かにお前と仲良くやれた、と言う証明にはなるな。
     気乗りはしないが、付き合うとするか」
    「ありがとな、ウォン」
     秋也はにっこり笑い、ウォンと握手を交わした。



     一方、秋也たちの泊まっていた宿では――。
    (……ちぇ)
     昂子は一人、ベッドでうつ伏せになっていた。
     と言っても、寝ているわけではない。実はウィルが訪ねた辺りから目を覚ましていたのだが、彼の陰口にショックを受け、普段以上に無気力になっていたのだ。
    (嫌われたわねー、あたし。そりゃま、あんだけ自分勝手にペチャクチャ言ってたらねー)
     昂子自身、昨夜の放言については、反省はしている。しかし一方で、謝ろうと思うだけの気力も湧いてこない。
     この13年、彼女は始終「そんな感じ」で生きてきたのである。
    (こーゆートコがさ、ダメだって言うのは分かってんのよ。……分かってんだけど、……やっぱ変えられないのよね)
     自分の無気力さ、無責任さに、自分自身、愛想を尽かしている。
     しかし誰かから何かを押し付けられるのも、彼女にとっては不愉快であり、元々から少ないやる気をさらに削ぐことになる。
     何をどうしようと、やる気がまるで湧いてこない――「そんな感じ」が、彼女がこれまで過ごしてきた生き方だった。
    (あーあ、……あたしって本当に、ダメ人間よね)
     そんなことをぼんやり考えているうち、秋也の言葉を思い出す。
    ――オレはちゃんとやり遂げるって信じてる――
    「……できるワケないじゃん、あたしが」
     そうつぶやいてみたが、一方で、心の中ではこうも考えていた。
    (……今度こそ、できたらいいな。秋也が折角、信じてくれるんだから)
    白猫夢・旧交抄 6
    »»  2012.05.27.
    麒麟を巡る話、第24話。
    見方、聞き方を広げるために。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     公園で一休みしたところで、秋也たちはウィルと別れ、宿へと戻って来た。
    「ただいまー」
    「おかえり。ドコ行ってたの?」
     出迎えた昂子に、秋也は公園で買ったサンドイッチを渡す。
    「ウィルの仕事先。ウォンを雇ってもらえないかって」
    「ふーん」
     昂子はサンドイッチの包みを開きながら、ウォンに尋ねる。
    「行けそうなの?」
    「いや、駄目だった。……だからもうしばらく、お前たちと一緒に行動しようと思っている」
    「あ、そ。……あ、コレってアボカド?」
    「ああ。嫌いだったか?」
     昂子は顔をしかめ、秋也の問いにうなずく。
    「うん、無理。……こっちの、ソーセージのだけもらうね」
    「失礼な奴だな」
     と、ウォンが呆れた声を漏らす。
    「買ってきてやったものを『食べたくない』とは。家でどんな教育を受けたか、底が知れるな」
    「……」
     昂子はじろ、とウォンをにらみ、アボカドを挟んだサンドイッチを投げ付けた。
    「うっ、……何をするんだ!?」
     ウォンは飛んできたサンドイッチをつかみ、昂子をなじる。
    「食物を投げ付けるとは、マナーが悪いにも程があるだろう!? とことん無礼者だな、お前は!」
    「フン、だ」「昂子っ」
     見かねた秋也が、昂子の手からサンドイッチを取り上げる。
    「あ、何すんのよ? 食べるって言ったじゃん、ソレ」
    「食い物を粗末にすんなよ。オレから見ても、今のはお前が完璧、悪い」
    「何ソレ」
    「何ソレ、じゃねーよ。何かお前、日に日に柄が悪くなってないか?
     他人の言うコトに一々突っかかるわ、人の厚意を無碍にするわ。今のお前、まるでチンピラだぞ」
    「……っ」
     昂子の顔がみるみる紅くなる。
     次の瞬間、昂子の平手が秋也の頬にぶつけられ――かけたが、秋也はその手をひょい、とつかんでいた。
    「やると思ったよ。……なあ、何か不満があるってなら、口で言えよ? 辺り構わず当たり散らされても、こっちは困るだけなんだって」
    「不満? 不満なら、いっぱいあるわよ! ずーっとウォンばっかり構ってるし、あたしが何か言うと全部『お前が悪い』って言うし!
     そんなにあたしのコト、鬱陶しいの!?」
    「あのなぁ」
     秋也は昂子の手をつかんだまま、もう一方の、サンドイッチを持った手を昂子に向ける。
    「本気で鬱陶しかったら、オレはさっさとミッドランドにお前を預けて、央南に帰ってる。
     そうしないのは、お前にもうちょい、見聞を深めてほしいからだよ」
    「見聞? 誰がそんなコトお願いしたのよ!?」
    「聞けって。お前さ、怒ってる時って大体、自分の都合が悪くなった時だろ? 峠でもそうだったけど、自分の思い通りにならない時になると、すぐわめくし、逃げ出そうとするし。
     でもさ、事あるごとに一々わめいたり逃げたりして、ソレで全部、うまいコト行くと思うか? そんなコトばっかりやってても結局さ、『あいつはワガママばかり言って、何もできないヤツだ』って、周りからバカにされるだけだろ?
     昨夜だってそうだったろ? お前が何か言う度、ウィルやシルキス、嫌そうな顔してたろ? 自分の都合だけで、自分の話ばっかりしてたからだよ。
     お前だって嫌だろ、俺やウィルが大会で活躍した話を延々聞かされるのなんか、さ?」
    「まあ……、そりゃ、ウザいなって思うけど」
    「ソレと同じコトをしてたんだよ、昨夜のお前は。自分勝手な話ばっかりされて笑ってられるヤツなんて、この世には滅多にいないんだぜ。
     ちょっとくらいは人の話を聞くようにしなきゃ、お前本当に、周りから『ウザいヤツ』って思われて、相手にしてもらえなくなるぞ。
     お前がそんな風に一人ぼっちになってくのは嫌だし、だから俺は、今日出発してもいい宿を明日の分まで取ったんだよ。もうちょっと人の話、聞く耳を持ってほしいと思って。
     お前はお願いしてないのは分かってるけどさ、だからって、人の厚意をわざわざ踏みにじるコトも無いだろ? ソレだけはしないでくれよ、本当に、な?」
    「……」
     つかんでいた昂子の手から力が抜けるのを感じ、秋也は手を離す。
    「ほら、こっちは食べるんだろ?」
    「……うん。……あの、ウォン?」
    「なんだ」
    「そっちも食べる」
    「その前に、何か僕に言うことは無いのか」
    「……ごめん。ひどいコトした」
    「ああ」
     ウォンも小さく頭を下げ、昂子にサンドイッチを渡す。
    「僕も口汚い言葉を投げ付けた。すまない、アコ」
    「うん」

     半ば握り潰されたり投げ付けられたりしたために、折角のサンドイッチは形が崩れてしまっていたが、それでも昂子は美味しそうに平らげた。
    白猫夢・旧交抄 7
    »»  2012.05.28.
    麒麟を巡る話、第25話。
    思いを馳せる'41。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     次の日、昂子は秋也たちに手を引かれる形で、ウィルとシルキスのところへ、赤虎亭での無礼に対する謝罪を行った。
     二人は昂子の謝罪を快く受け入れ、改めて5人で市中を巡り、遊ぶことになった。

    「なーなー、どないやった、ウチのご飯?」
    「うん、すっごく美味しかった!」
     シルキスの両親が営む定食屋で昼食を取り、シルキスは昂子の反応に、上機嫌になっている。
     と、秋也はシルキスにこんな質問をする。
    「シルキスの父さんと母さんは、今どこかに出てるのか? さっき料理持って来てくれたの、妹さんみたいだったけど」
    「せやねん。ウィルん家に行っとるんよ。な、ウィル?」
    「ああ。ほら、赤虎亭で話してた、クイントとシルフィの話で」
    「ああ……。え、じゃあもう結婚するって話になったの?」
    「……それがなぁ」
     ここで厨房の奥から、声が飛んでくる。どうやら先程料理を運んできてくれた、シルキスの妹のようだ。
    「クイント兄やん、アホやねんで。昨日の朝、キャバレーみたいなところから連絡来てな、『店の女に手ぇ出しよったから、迷惑料払うてんか』って」
    「はぁ!?」
    「じゃあクイント、結婚するって言ってた横で、他の女口説いてたってコトか?」
    「せやねん。で、めでたく話は破談になったっちゅうワケや。シルフィからもきっついビンタもらうわ、ウィルからも拳骨もらうわ、その上に父やんと母やんからも『お前みたいなアホは面倒見切れへん、勘当やッ!』ちゅうて散々怒鳴られて、ウチを追い出されよってん。
     ほんで今、父やんたちがウィルん家に、謝りに行っとるとこやねん」
    「とんだ阿呆だな」
     ウォンの言葉に、シルキスはゲラゲラと笑った。
    「ホンマやわ、もう! あんなアホタレ、もう知らんわ、あははは……」

     昼食の後、秋也たちは天狐たちへの土産を買いに向かった。
    「何がいいんだろうな? 小鈴さんから何か聞いてるか、昂子?」
    「えーっとね……、甘いものがいいってさ。特に天狐さんは、チョコレート大好きなんだって」
    「鈴林さんは?」
    「聞いてない、かな。何も言ってなかったと思う」
    「ふーん……? 小鈴さんの話からしたら、鈴林さんの方がお世話になってるっぽいのにな……?」
     そんな話をしている一方で、ウィルとシルキスが、ウォンの帽子を見立てている。
    「こっちの方がかっこええんとちゃう?」
    「いや、何だよそのドクロ……。そんなの無い方がいいって。シンプルが一番だ」
    「僕もウィルの意見に賛成だ。流石にそちらは、御免被る」
    「えー……。ええと思うんやけどなぁ」
     口をとがらせるシルキスをよそに、ウィルは手に持っていた帽子を店員のところへ持っていく。
    「じゃ、これ買ってやるよ」
    「いいのか、本当に?」
    「いいって。ま、お返しはお前が俺たちのところに無事、仕事に就けてからでいいから」
    「……ありがとう」



     ミッドランドへ向かう準備を終え、翌日、秋也たちはゴールドコーストを発った。
    「じゃ、またな」
    「ああ。今度は母さんたちにも会いに来てくれ」
    「おう」
     別れの挨拶を短く済ませ、秋也たちは街を後にする。
    「……なんか、一気に静かになったね」
    「そうだな。騒がしい街だった」
     二人の言葉を聞き、秋也はふっと笑う。
    「なに?」
    「ああ、いや。オレも昔、初めてあの街に行って、で、街を出た時に、同じコト言ったなって。
     みんな、そう思うらしいぜ。お袋もそう言ってた」
    「へぇ」
    「んで、揃ってみんな、こう言うらしいぜ」
     秋也は二人に笑いかけながら、こう続けた。
    「『また、この街に来たい』ってな」
    「……なるほど。確かに」
    「そーね。楽しかったし」
     若干ひねくれ者の二人も、これには素直にうなずいていた。



     その、秋也たち三人の動きを、遠い、遠い崖の上で見つめる者がいた。
    「……あれね」
     常人ならば形どころか、数すら判別できない、米粒のようにしか見えないその距離から、その女は三人をきっちり、裸眼で把握していた。
    「一人、増えているみたいだけど……、まあ、関係ないか」
     女は手にしていた仮面を顔に被せ、それから、唯一隠れていない口元を、にやりと歪ませた。
    「本当の本当に、ボンクラなのか。それともやる時はやる子なのか。
     確かめさせてもらうわよ、黄秋也くん」
     女はその崖からとん、と飛び降り――その場から消えた。

    白猫夢・旧交抄 終
    白猫夢・旧交抄 8
    »»  2012.05.29.
    麒麟を巡る話、第26話。
    仮面の女剣士。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ゴールドコーストを後にした秋也たち三人は、ミッドランドへ向かうべく、街道を進んでいた。
    「ミッドランドまでは、あとどのくらいなんだ?」
     そう尋ねたウォンに、秋也は地図を広げながら答える。
    「えーと……、今いるのが、ココだろ。リトルマインから北にちょっと、行ったところ」
    「この先街道が分かれているが、これは西に進むんだな?」
    「ああ。で、その突き当たりにフォルピア湖がある。ココから船に乗れば、あっと言う間にミッドランドだ」
    「地図で見る限りは、ゴールドコースト―リトルマイン間より、若干長いくらいか。1日か、2日と言うところだな」
    「ああ。ソコで、この旅もおしまいだな」
     その言葉に、ウォンはふう、とため息をつく。
    「そこでようやく、あのワガママ娘のお守りも、お役御免となるわけだな」
    「ふん、だ」
     聞いていた昂子が、いたずらっぽく鼻を鳴らす。
    「どうせならあんたも、シュギョーしてったらいいんじゃないの?」
    「お前と一緒にか? お断りだ」
    「なーまけーものー」
    「お前のことだろう」
     そんな風にじゃれ合っている二人を見て、秋也は苦笑していた。

     と――。
    「ちょっと、いいかしら」
     背後から突然、声をかけられ、秋也は驚く。
    (えっ……? 今、誰もいなかったよな……?)
     そして振り向いたところで、二度驚かされた。
    「うわ、……っ?」
     後ろに立っていた女に、顔が無いように見えたからだ。
    「……あ、すみません」
     しかしよく見てみると、そのつるんとした真っ白な顔には何点か穴が開いており、左頬に当たる部分には、紫色の楓模様が刻印されている。
     仮面を被っているのだと気付き、秋也は小さく頭を下げた。
    「……」
     何も返さない女に、秋也は戸惑いつつも、もう一度声をかける。
    「あの……?」
    「あなた」
     と、女は唐突に口を開いた。
    「名前は?」
    「え?」
    「名前。あなたの名前、教えてちょうだいな」
    「はあ……? 秋也です。黄秋也」
    「やっぱり、そう」
     女は唯一、仮面に隠されていない口元を歪ませ、にやっとした笑いを見せる。
    「えっと? オレのコト、ご存じなんですか?」
    「ええ」
     次の瞬間――女は秋也を突き飛ばした。
    「おわっ!?」
     油断していたため、秋也は大きくよろめくが、とっさに力を籠めて、何とか踏みとどまる。
    「な、何すんだ!?」
    「あなた」
     女は依然、ニヤニヤと笑ったまま、腰に佩いていた直剣を抜く。
    「今ので一回、死んだわよ?」
    「ふざけんなッ!」
     秋也も刀を抜き、女に対峙する。
    「いきなり何なんだ、アンタ!?」
    「黄秋也。あなた本人には何の興味も無いけど、お願いされたから」
     女は話す声以外には何の音も発さず、秋也との距離を詰めてきた。
    「ちょっと勝負、させてもらうわよ」
    「……ッ!」
     秋也は間合いに入られた瞬間、ようやく女の殺気に気付かされる。
    (なんだ……コレ!?)
     現実と、自分の感覚とが乖離する奇妙な状況に、秋也は戦慄する。
    (目の前にいるはずのコイツの剣気が、全然捉えられない!?)
    「はッ」
     寸前で太刀筋を受け止めるが、秋也より頭半分ほど低いその女の攻撃を受け止め切れず、秋也は弾き飛ばされる。
    「……!?」
     衝撃を受け、地面を転がされても、秋也には何が起こっているのか、半ば理解できないでいる。
    「どうなってんだ……!?」
    「どうも、こうも。私はただ単にあなたに歩み寄って、ただ単に、剣を振るっただけ。
     たったそれだけで、あなたはこうも他愛なく、簡単に、弾かれた。……やっぱりあなたは、大したことのない子ね」
     女の放ったその言葉に反論したのは、意外にもウォンだった。
    「そんなことあるかッ! そいつはこの僕を負かした男だ! お前が何か、術を……!」
    「ほざいているわね、戯言を」
     女はくる、とウォンに向き直る。
    「術? 技? トリック?
     ……あははは、馬鹿にしないでくれるかしら、ボクちゃん? そんなチャチな小細工、私が使うわけないじゃない。
     この克渾沌、安くは無いわよ」
    白猫夢・遭克抄 1
    »»  2012.05.31.
    麒麟を巡る話、第27話。
    一方的な蹂躙。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「克……!?」
     その号を聞き、ウォンの狼耳がビク、と反応する。
    「戯言を言っているのはお前だッ! そんな奴は、僕は知らない!
     畏れ多きその御名を騙る不埒者め、僕が成敗してやる!」
     そう叫び、三節棍を構えたウォンに、渾沌と名乗った女はケラケラと笑って見せた。
    「そんな反応をすると言うことはあなた、黒炎教団の奴らね? ……私に言わせれば、カミサマの影にビクつく臆病犬の集まりよ!
     いらっしゃいな、子犬ちゃん! 遊んであげるわ!」
    「立て続けの侮辱……! 許さないぞ!」
     ウォンは三節棍を振り上げ、渾沌との距離を詰めようとする。
     だが――。
    「……!? いない!?」「こっちよ」
     いつの間にか、渾沌はウォンの後ろを取っていた。
    「な……!」
    「あなたに用は無いの」
     渾沌はウォンの襟をつかみ、そのまま下に引く。
    「おすわり」
     次の瞬間、ウォンの頭が深々と、地面にめり込む。
    「が……ッ!?」
     その一撃で、ウォンは呆気なく気絶した。

    「さてと」
     渾沌は倒れ伏したウォンを一瞥することもなく、秋也に向き直った。
    「かかってらっしゃい、秋也。私もさほど、暇じゃないの。さっさと終わらせたいのよ」
    「てめえ……!」
     秋也は怒りに任せ、刀に火を灯す。
    「終わらせるってんなら、終わらせてやる! お前をブッ飛ばしてな! 『火閃』ッ!」
     秋也は刀に灯った火を一層燃え上がらせ、放出する。
     火は轟々と音を立てて膨れ上がり、渾沌を巻き込んだ。
    「どうだッ!」
     勝利を確信し、秋也は空いていた左手でぐっと、握り拳を作る。
     だが――その握り拳にいつの間にか、女の手が添えられていた。
    「……!?」
    「やっぱりあなたは、大したことが無いわ」
     何事も無かったかのように、渾沌が秋也のすぐ側にいる。
    「最初の最初に、あれだけ実力差を見せ付けてあげたのに。これだけ強い相手なのだから、気を付けてかかってねって、そう教えてあげたつもりなのに。
     それでもあなたは慢心する。それでもあなたは油断する。どうして慢心できるの? どうして油断しちゃったの?
     やっぱりあなたは――駄目ね」
     ぶち、と音が鳴る。
    「あ、うっ……」
     秋也はその光景も、嘘だと思った。

     秋也の意識が、急激に遠のく。
     最後に目にしたのは、渾沌が自分の左腕を、ぷらぷらと振っている姿だった。
    「もう一度チャンスをあげる。でも、それもフイにしたら、この左腕は焼いてしまうわよ」
     そう言い残し、渾沌の姿が目の前から消えたところで、秋也の意識も途切れた。



     昂子は秋也が弾き飛ばされ、ウォンが地面にめり込んだところで、耐え切れなくなって逃げ出していた。
    「ひっ、ひっ……」
     こらえきれず、木陰にうずくまって泣いていたところで、女の声がかけられる。
    「あら、ここにいたのね」
     昂子が顔を上げると、そこには渾沌の姿があった。
     昂子は渾沌と、渾沌が抱える、魔法陣がびっしりと描かれた包帯で、ぐるぐる巻きにされた秋也の左腕を見て、短い悲鳴を上げた。
    「ひ、いっ」
    「そんなに怯えないでいいじゃない。私、あなたには全然、危害を加えるつもりは無いわよ」
     渾沌はしゃがみ込み、昂子の左頬に手を当てる。
    「い……、いや……」
    「私はね、女の子には手を上げないって決めてるの。……出したくなっちゃうことは、たまにあるけど」
     そう言うなり、渾沌は昂子の右頬に顔を寄せ、ぺろりと舐めてきた。
    「ひあ、っ!? や、やめてっ!」
    「……うふふふ、可愛いわね。
     と、あんまりいじめても可哀そうだから、真面目なお話してあげるわね」
     渾沌は軽く咳払いし、こう告げた。
    「秋也は私との勝負に負けて、腕を取られたわ。でも、取ったままじゃ何かと不自由だろうから、代わりに可愛い腕を付けてあげたの。
     それでもきっと、不便だろうから、腕を取り戻すチャンスをあげることにしたの。……ちゃんと聞いてね?」
    「は、はいっ、きっ、きいてます」
    「うふふ。……あなたに、私を呼べる『頭巾』を渡すわ」
     渾沌は袖口から布を取り出し、昂子の手に乗せる。
    「もう一度、私と戦いたいと決心できたら、これを使いなさい。
     その勝負に勝ったら、秋也の腕は元通りにしてあげる。後、大サービスだけど、あなたたち全員が相手でも、受けて立ってあげる。
     でも、もしそれでも負けてしまったら」
     渾沌はニヤ、と口元を歪ませ――昂子の口にぬる、と舌を入れてきた。
    「むぐっ、うっ、う……!?」
    「今度はあなたをもらっちゃうわよ。あなた、見た目は割と、私の好みだから」
    「は、っ……、はっ」
     恐怖と嫌悪感で、昂子の呼吸が乱れる。
     渾沌はぺろ、と自分の口をなめ、にやあっと笑って見せた。
    「じゃ、ね。……楽しみにしてるわよ、橘昂子ちゃん」
    「ひっ……、ひぃ……」
     怯える昂子をそのままにして、渾沌はその場から姿を消した。
    白猫夢・遭克抄 2
    »»  2012.06.01.
    麒麟を巡る話、第28話。
    天狐ちゃん、再び。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     秋也たちが渾沌に敗北した、その3日後――。

     ミッドランド郊外、とある屋敷の中。
    「ねえ、姉(あね)さんっ」
    「あー?」
     歩く度にシャラシャラと鈴の音を鳴らす長耳が、机に脚を乗せて座り込む狐獣人らしき少女の肩をポンポンと叩きながら、こう尋ねてきた。
    「昂子ちゃん、いつ来るんだろうねっ?」
    「知るかよ」
     狐獣人は九つある自分の尻尾をわしゃわしゃと撫でながら、気怠そうに応える。
    「来るっつって、ソレからもう、予定してた日を3日、4日過ぎてるんだろ? 途中で『やっぱヤダ』っつって、帰ったんじゃねーの?」
    「ソレは、……無いと思うけど。もしそんなコトあったら、小鈴が伝えてくるだろうし」
    「大見得切って家を出た手前、帰るに帰れねーっつーコトもあるだろ?」
    「ソレは、……ありそうだけど、無いと思いたいなーって。
     そ、ソレにさ、ほら、姉さんの『お気に入り』の息子さんも一緒なんだし、逃げるってコトは無いんじゃないかなー、なんて」
    「……じゃあ、他に何か、アクシデントみたいなのがあったってか?」
     狐獣人は机から脚を降ろし、ひょこ、と立ち上がる。
    「鈴林、お前さぁ。ファンタジーとか童話とか好きなのはお前の勝手だけどよ、もうちょっと現実的になれよなー。
     いくらあの姉さんの血筋だっつっても、そうそう毎度毎度、トラブルに巻き込まれるワケが……」
     そう返していたところで、屋敷の戸をトントン、と叩く音が響く。
    「あ、はーい!」
     鈴林と呼ばれた長耳は、姉弟子の小言を切り上げて玄関に飛んで行った。
    「……ったく」
     狐獣人は肩をすくめ、もう一度椅子に座り直そうとした。
     そこに、鈴林の叫び声が飛んでくる。
    「姉さん姉さん姉さんっ! 来て来て早く来て!」
    「あぁ? ……なんだよ、うるっせーなー」
     狐獣人は本当に面倒臭そうに、玄関へ向かう。
    「なんだよ、受講者か?」
    「違う違う違うの! 昂子ちゃんと秋也くんと、あと一人来たんだけど、あの、えっと」
    「ん? よーやく来たの、……あぁ?」
     玄関先に立っていた鈴林と、来訪者とを見て、狐獣人は目を丸くした。
    「……何があったのか、聞いた方がいいのか?」
     訪れた三人――顔全体に包帯を巻いたウォン。目に隈のできた、土気色の顔をした昂子。そして左腕を、何重もの布で覆い隠す秋也の姿に、狐獣人は怪訝な顔を向けた。



    「ふーん……? 克渾沌、ねぇ」
     秋也から話を聞き終えた狐獣人――克大火の七番弟子、金毛九尾の克天狐は、もう一度訝しげな表情を浮かべる。
     ちなみに、昂子とウォンは小屋に入るなり即座に、鈴林によって寝かし付けられた。話を聞こうにも、あまりにも心身を耗弱させており、まともに話すことすらできなかったためである。
    「その名前は知らねーな。……ただ、楓模様の付いた仮面を付けた、無茶苦茶に強ええ女、ってのには心当たりがある」
    「うんうん」
     天狐と鈴林の二人は、揃って渋い顔になった。
    「知ってるんですか?」
     尋ねた秋也に、天狐はふん、と鼻を鳴らす。
    「ああ。……忌々しいコトに負けちまったんだよな、そいつに」
    「え?」
    「意外な顔すんなよ。……つってもな、オレが負けたのは、今まで3回しかねーんだぜ?
     オレの師匠とそいつと、お前のお袋さんに、だけだ。ソレ以外は負けてねー」
    「あ、そ、そうですね」
     かしこまる秋也を見て、天狐はぷっと噴き出した。
    「あんまり堅くなんなよ、オレも話し辛い。気軽に『天狐ちゃん』っつー感じでしゃべってくれたらいいからよ」
    「あ、はい。……えーと、じゃあ、天狐ちゃん」
    「おう」
    「オレの腕……、その……、見てくれないかな、……って」
     秋也は口ごもりながら、隠していた左腕を見せる。
    「……ひっでえな。悪趣味過ぎるぜ」
    「ああ……」
     秋也の左腕があった場所には、猫の手を模したぬいぐるみが付けられていた。
    「コレは……」
     天狐がその腕をつかむと、秋也はビク、と震える。
    「感覚はあるみたいだな」
    「ああ」
     撫でたりつねったり、握ったりしながら、天狐は秋也の腕を見定める。
    「うーん……。コレは、……アレかなぁ」
    「アレ?」
    「ちょっと待て。……よっ、と」
     天狐は壁に備え付けてあった本棚から、本を取り出した。
    「と、と、……と。コレだな。
     生物と無生物との境界を弄る、『魔獣の呪』ってヤツだ」
    「治せるのか?」
    「んー」
     天狐は再度、苦い顔になる。
    「治せるっちゃ治せるけど、今ソレ治したらお前、出血多量で死ぬぜ」
    「えっ」
    「腕と肩が、魔術的なチカラで強引にくっつけられた状態だから、術を解除したらその瞬間、血が切断面からバチャバチャ飛び出すぞ。元の腕も無い状態だから、縫合とかもできないしな。
     オレとしては、そのままにしておくコトをおすすめするけど、な」
    「マジかー……」
     元々の腕とぬいぐるみの腕とで顔を覆う秋也に、天狐はさらにこう告げた。
    「一番綺麗に収まる方法としては、やっぱりその渾沌って女に、元に戻してもらうしかねーな」
    「……やっぱり、そうなるか」
     その返答に、秋也はがっくりと肩を落とした。
    白猫夢・遭克抄 3
    »»  2012.06.02.
    麒麟を巡る話、第29話。
    昂子と秋也の、ひみつ作り。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     到着から半日が過ぎた辺りで、ようやく昂子とウォンは目を覚ました。
    「……」
     しかし、昂子の顔色は依然、悪いままである。
    「昂子」
     秋也が声をかけてみるが、昂子はのろのろと顔を向けるだけで、一言も発さない。
    「大丈夫、……じゃ、ないよな」
    「……うん」
     昂子は半ばうなるような声で、それだけ返す。
    「あの、渾沌って女に、何かされたのか?」
    「……言いたくない」
    「まさか、その、変なコトとか、されて」「やめて!」
     昂子の反応に、秋也は自分の頭に氷を詰められたような気分になる。
    「まさか、……でも、女同士で、……その」
     秋也の言わんとすることを察し、昂子は短く首を横に振る。
    「ソコまでじゃないよ。……気持ち悪いキスされた。口の中に、無理矢理舌入れられた」
    「……思ったよりはひどくは無いけど、……ソレでもひどいな」
    「……ホント、気持ち悪かった」
     昂子は蒼い顔をしたまま、堅い笑顔を作る。
    「ホント、あいつおかしいよね。ホントに、気味が悪い。
     ……ねえ、秋也」
    「なんだ?」
    「……あんたのコトは特に良くも悪くも何とも思ってないし、お兄ちゃんって感じだから、……こんなの頼むのはおかしいかもなんだけどさ」
    「ん?」
    「口の中がまだ、気持ち悪いままなの。……よく考えたら初キス奪われたんだし」
    「……え、っと?」
    「でも忘れたいの。だからコレを、初にしたい」
     そう言うなり昂子は秋也に飛びつき、口付けした。
    「んむ、……お、ちょ、えっ」
    「……えへへ。……もー一回言うけど、あんたはあたしの中では、『お兄ちゃん』なんだからね。今のは、違うんだからね。そーゆーのじゃないんだからね」
     昂子はベッドから離れ、くる、と秋也に顔を向けた。
    「……忘れたいけど、忘れないでね。
     あたしの初キスは、あんたにあげたの」
     そのままぷい、と顔を背け、昂子は寝室から出て行った。
    「……お、おう」
     誰もいなくなった部屋で、秋也は一人、返事をしておいた。



     一方、一足先に目を覚ましていたウォンは、天狐に深々と頭を下げていた。
    「な、なんだよ」
     どぎまぎしている天狐に対し、ウォンは恭しく言葉を連ねる。
    「畏れ多くも黒炎様の御門下に拝しまして、恐悦至極に存じます。甚だ不義、不躾な身ではございますが……」「やめれやめれ、やーめーれーっ!」
     天狐は狐耳と尻尾を毛羽立たせながら、最敬礼で平伏していたウォンの後頭部に手刀を下ろす。
    「あいたっ」
    「オレはそーゆー堅っ苦しいのは大嫌いなんだ! もっと気さくに話してくれ!」
    「す、すみません。考えが至らず、誠に失礼を……」「だーかーらぁ」
     謝るウォンに、天狐は再度手刀を叩き付ける。
    「そんなもん、『ごめん』の一つでいいだろっつってんだってばよぉ。頼むからふつーにしゃべってくれってば」
    「あ、は、はい」
    「……にしても」
     天狐はウォンの姿を一瞥し、気の毒そうな声を漏らす。
    「何かお前、特にぼろっぼろじゃねーか? どんだけボコられたんだよ、あの女に」
    「あ、いえ。顔の傷はコントンによるものですが、頭と耳と尻尾に関しては、先程も申した通り、自分の不義によるものでして」
    「不義?」
     ウォンはそこで、自分が屏風山脈で起こした騒動と、その顛末を話した。
    「ふーん……。丸刈りされた上に破門されたのか。自業自得とはいえ、散々だな」
    「……あの、……もし、ご厚情を賜れればと」「普通語でしゃべれ」「……いえ、お願いを聞いていただけたらな、と」
    「何だよ?」
    「僕へ下された破門処分を、テンコさ……、ちゃん、のお力で、無かったことにできないか、と」
     その願いを聞いた天狐は、「チッ」と舌打ちした。
    「いるんだよな、オレのコトを黒炎教団の出張所だと思ってるヤツ」
    「え?」
    「オレは克大火の弟子であって、教団とは関係ねーの。言ってみりゃ、その教団ってのと同列であって、オレの下にいるヤツらじゃねーんだってば」
    「……そ、そうですか」
     しゅんとなるウォンの額に、天狐はとん、と、今度は優しめに手刀をぶつけた。
    「だからよ、気楽に話してくれていいんだって。オレなんかにガチガチの敬語、丁寧語はいらねーよ」
    「……はい」
    白猫夢・遭克抄 4
    »»  2012.06.03.
    麒麟を巡る話、第30話。
    三人、克を克することを目指す。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     紆余曲折あったものの、ともかくミッドランドに到着したと言うことで、天狐と鈴林は三人を労ってくれた。
    「ま、色々話し合うコトはあるけども、とりあえずお前ら、ものっすげー疲れてるオーラ出してっからな。
     今夜はとにかく、メシ食うのが先決だな」
     秋也たち三人と鈴林を伴い、天狐はミッドランドの食堂を訪ねた。
    「よっ」
     店に入り、気さくに手を振った天狐に、店主らしき短耳と猫耳の夫婦が、笑顔で手を振り返してくれた。
    「いらっしゃい、テンコちゃん」
    「今日は団体さんね。受講生の方?」
    「いや、オレの知り合い。しばらくこっちにいる予定だから、親切にしてやってくれ」
    「はーい」
     そのまま卓に着いた天狐に続き、秋也たちも座る。
    「天狐ちゃんって、人気者なんだな」
    「ま、あいつらとかも含めて、この街にいるヤツのほとんどは、小っちゃい頃からの知り合いだからな」
     それを聞いて、昂子がきょとんとする。
    「天狐ちゃんが小っちゃい頃から?」
    「逆、逆。あいつらが小っちゃい頃から、だ。オレは『若作り』だからよ」
     そう言って笑う天狐に、昂子がさらに尋ねる。
    「天狐ちゃんって、今何歳なの?」
    「ケケケ、乙女にそんなもん聞くもんじゃないぜ?」
    「え、あ、あ、うん」
     煙に巻いてくる天狐に、昂子は眼を白黒させるばかりだった。



     克天狐は元々、この湖の中央にある島、ミッドランドの街の地下深くに封印されていた「悪魔」だった。
     しかしある時、突如として彼女の精神のみが復活。魔力を蓄え、完全な復活を果たすため、彼女は仮初の肉体を駆って、街の人間や旅人を襲い始めたのだ。
     それを調伏したのが秋也の母――件の英雄、「蒼天剣」の黄晴奈である。しかし晴奈は天狐を単純に殺すことはせず、それどころか、なんと改心までさせてしまったのである。
     以後、天狐は普通の人間と同様に、ミッドランドに住むことになったのだが、彼女の魔術知識の深さ、そして技術の高さを聞きつけた魔術師たちがその教えを乞うべく、ミッドランドに押し寄せるようになった。
     彼女も「自分の知識が役に立つのなら」と、彼らに対して魔術学の集中講座を開講。現在「天狐ゼミ」と呼ばれるその講座は、毎年優秀な魔術師を育み、評判を今なお高め続けている。



    「つっても、こないだ上半期のゼミが終わったところだから、今は誰も在籍してねーんだ」
    「ソコで、昂子ちゃんを呼んだってワケなのっ。暇な内に、うちの雰囲気に慣れさせとこうってねっ」
     その会話を聞きつつ、秋也は昂子が、また「面倒臭い」と言うような態度を執りはしないかと、一瞬不安になる。
     しかし、昂子は真面目な顔で、こう答えた。
    「うん、頑張る。よろしくね鈴林、天狐ちゃん」
    「おう」
    「楽しみだねっ」
     昂子の反応を、秋也は意外に思ったが、その様子に気付いた昂子が、くすっと笑う。
    「まだ、あたしが『めんどくさいなー』とか言うと思った?」
    「えっ、……あ、いや」
    「あたしね」
     昂子はこれまで見せたことのない、堅い意志を秘めた目を向ける。
    「絶対、あいつをブン殴ってやるの。あいつは絶対、許さないから。
     だから、どんな厳しい修行でも絶対、やり遂げるって決めた」
    「……そっか」
     それを聞いて、秋也も天狐たちに、こう願い出た。
    「天狐ちゃん。オレにも、修行を付けてくれないか?」
    「あん?」
    「このままじゃいられないだろ」
     秋也はそう言って、隠した左腕を指す。
    「ま、年頃のお兄ちゃんがソレじゃ、カッコ付かないよな」
    「だろ? ソレに、……オレもあの女は、絶対許せないからな。昂子の言葉、そのまんま繰り返すけど、オレだってあの女、殴り飛ばしたいし」
    「ケケケ」
     天狐はケラケラ笑い、その申し出を受ける。
    「いいぜ、相手してやるよ」
     と、そこでウォンも申し出る。
    「僕にも修行を付けてください! 僕だって、あの女には……!」
    「おう、おう。三人まとめて、面倒見てやんよ」
     天狐はそこで、ニヤッと笑って見せる。
    「ただしやるからには、ガンガンやらせてもらうぜ。覚悟しとけよ?」
     三人は同時に、天狐に向かって笑い返した。
    「望むところだ」
    「頑張るっ」
    「よろしく、お願いします」



     こうして三人は新たな目標――「打倒・克渾沌」の元、修行を始めることとなった。

    白描夢・遭克抄 終
    白猫夢・遭克抄 5
    »»  2012.06.04.
    麒麟を巡る話、第31話。
    特別天狐ゼミ、開始。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ミッドランド郊外、丘の中腹。
    「オラ、どうしたどうしたっ! こんなもんでバテてんじゃねーぞ!」
     天狐の怒鳴り声に、膝を着いていた秋也はよろよろと立ち上がる。
    「ま、まだまだ……っ」「遅い!」
     が、立ち上がった瞬間に天狐の平手がべちん、と秋也の胸を打つ。
     痩せ気味の少女と言う見た目とは裏腹に、まるで小麦粉の詰まった袋を力一杯ぶつけられたような、どっしりとした衝撃が秋也を襲う。
    「おご、がっ」
     こらえきれず、秋也はまた地面に叩き付けられた。
    「何べん言ったら分かんだよ!? 見た目や動作だけで敵を判断すんなっ!
     オラ、次はウォン! こっち来い! 全速力!」
     そう煽られ、ウォンは勢い良く駆け込んでくる。
    「はあッ!」「ボンクラ!」
     が、突っ込んできたウォンを、天狐は上に跳び上がってひらりとかわす。
    「来いって言ってまっすぐ来るアホがいるか! 仕掛け方、もっとひねれ!」
     天狐はすとんと着地し、ウォンの背中にも、秋也に放ったような平手をぶつける。
    「ごほ……っ!」
     駆け込んできた勢いのまま、ウォンは前方に吹っ飛んで行った。
    「……っと、今日はこのぐらいにしておいてやる」
     仲良く並んで倒れた二人を見て、天狐はふん、と鼻から息を噴く。
    「後でレポート提出な。今日中に出せよ」
    「……え?」
     仰向けになっていた秋也は、慌てて飛び起きる。
    「れ、レポートって?」
    「今日一日、何をやったか。今日の反省点と、ソコから今後の課題を設定。後は、特に参考になったと思ったコト。
     今日中に出さなきゃ、今夜のメシは抜きだぞ」
     そう言い残し、天狐はその場から去った。
    「……」
     呆然としている秋也に、ウォンが鼻を押さえながら尋ねる。
    「どうした?」
    「……オレ、写本とか日記とか、文字書くの苦手なんだよ」
     ウォンは呆れた顔で、こう返した。
    「それもまた、修行だな」

     一方、昂子は鈴林から、魔術についての基礎を教わっていた。
    「今、この世界にはねっ、魔術体系が大別して3つあるのっ」
    「うん」
    「一番多いのが、央北天帝教が広まるのと一緒にっ、世界中に頒布されてきたタイムズ型。コレは央北全域と西方、北方、あとは央中の北の方でよく使われてるタイプねっ」
    「うん」
    「二番目に多いのがっ、『旅の賢者』モールからエリザ・ゴールドマン1世が教わったと言われてる、ゴールドマン型。コレは央中全域で使われてるのっ。あと、央中天帝教が広まる過程で南海や央南にも伝わってて、向こうで使ってる人は今でも結構多いよっ」
    「うん……」
    「あと1つは、アタシたちのお師匠さん、克大火が黒炎教団に伝えたのが源流となってる、ウィルソン型。コレは央中南東部から央南西部でよく知られてるタイプ。
     でねっ、アタシたちのところでも、コレに近い魔術を教えてるのっ。天狐の姉さんが、お師匠さんの直下だからねっ。だから言うなれば、アタシたちは克型って言う魔術体系を……」
    「……」
    「んっ? ……もおー」
     うとうとしている昂子を見て、鈴林は頬を膨らませる。
     と、鈴林の手がぐにょりと変形し、金属質の光沢を帯びる。そのあちこちには、鈴が大量に付いており――。
    「起きて起きて起きてーっ!」「ふぎゃあ!?」
     けたたましくジャラジャラと鳴り響く鈴の音に驚き、昂子はがばっと顔を挙げた。
    「起きたっ?」
    「……う、うん。ゴメン、寝てた」
    「ちゃんと聞いてねっ」
    「ふあ……、はーい」
     昂子は顔を両手でこすり、眠気を飛ばそうとする。
     と、鈴林がちょんちょん、と昂子の額を指で叩く。
    「な、なに?」
    「ノート書いてないっ。真っ白!」
    「え? 黒板、無いじゃん」
    「アタシが説明してたじゃないっ。ちゃんと書いてよ、ソレをっ。後でテストするからねっ?」
    「え? あ、う、うん? えーと、何て言ってたっけ……?」
    「……もおー」



     修行初日――。
     秋也はレポートが間に合わず、飯抜きになった。
     ウォンのレポートには、参考になった内容について「特にありません」としか書かれておらず、天狐から「ふざけんな」と怒られ、彼の夕食からはメニューが一品消えた。
     そして昂子もテストの点が悪かったため二品消え、パンとスープのみになった。
    白猫夢・習狐抄 1
    »»  2012.06.06.
    麒麟を巡る話、第32話。
    克天狐の教育的指導。

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    2.
     修行開始、2日目の翌朝。
     ほとんど夕食抜きにされた秋也たち三人は、朝食をガツガツと、貪るように取っていた。
    「せめてもの情けだ。朝と昼はメニュー全品、ちゃんと出してやる」
     天狐はパンをかじりながら、秋也たちに訓告する。
    「でも、レポートの内容がとんでもなくバカだったり、テストの点がどうしようもないアホさ加減だったりしたら、夕メシのグレードをどんどん下げるからな。
     反対に、ちゃんとしたレポート書いて、テストの点もちゃんと取れたら、夕メシは普通に出す。
     いいな? ちゃんと結果を、形として出せよ?」
    「はい」
    「頑張りまーす」
     三人の反応に、給仕していた鈴林がにこっと微笑む。
    「今日はお夕飯、全部食べられるといいねっ」
     その一言に、三人の食事の手が揃って止まった。
    「……はい」
    「……頑張る」

     最初の頃は三名とも、満足に夕飯を食べることができなかったが、まずはウォンがいち早く軌道に乗った。
     元々真面目な性格であり、また、教団において武芸だけではなく教養も嗜んでいたためか、天狐が及第点を出せる程度のレポートを、3、4日目辺りで出せるようになった。
     続いて及第の水準を満たしたのは、昂子だった。元々怠け者で、言われたことしか――それも、渋々としか――やろうとしない性格ではあったが、それでも鈴林が、学び方の基礎から根気強く教えていくうち、どうにか能動的にノートを取るようになり、テストの点も順調に上がっていった。



    「しっかし秋也さぁ、お前の字、すげー下手クソだなぁ」
    「苦手なんだって……」
    「ま、内容自体は悪くない。コレなら全品出してやれるな」
     そして半月が経った頃、ようやく秋也も、天狐から及第点をもらうことができた。
    「え、マジで?」
    「おう。明日もこの調子で行ってくれよ」
     その評価に、秋也は喜びかける。
     が、秋也はここで、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。
    「あのさ、天狐ちゃん」
    「ん?」
    「なんでレポートなんて書かせるんだ? オレは剣士だし、机仕事やるつもりじゃ……」
    「あのなぁ」
     秋也の疑問に、天狐は呆れ顔で答える。
    「剣士、侍だって言うなら、自分の生き道振り返る、『自省』『内省』ってコトも必要だろ?」
    「うーん、まあ」
    「闇雲に剣や刀をブンブン振ったって、付くのは無駄な筋肉だけだぜ? 『自分は何のために刀を握るのか』って常に考えながらやるから、修行になるんじゃねーか。考えるってコトは、意外に大事なんだぜ。
     例えばだ、あのいけ好かない渾沌と戦った時、お前らはあいつとマトモに戦えてたと思うか?」
    「いや、全然敵わなかった。足元にも及ばなかったよ」
    「何でだ?」
    「ソレは、まあ、オレたちが弱いから……」
    「違うな」
     天狐はビシ、と人差し指を秋也の鼻の先に突きつける。
    「相手が何やってたのか、お前らちょっとも、考えなかったんだろ?
     どーせ『オレたちには訳の分からないような奇術、トリックで惑わしてたんだ』っつって、その時点で思考停止してたろ」
    「思考停止?」
    「訳の分かんねーコトを分かんねーままにして、どう突き詰めていけば自分たちにも分かるよーになるか、自分たちに有利な状況に変えられるかって、ちっとも考えてないってコトだよ。
     あいつは変な術を使う、じゃあ勝てない。……こんな風に、お前らの思考は短絡的で、一直線なんだよ。もっと考える幅を広げなきゃ、今後一生、お前らの負け星が増えるだけだぜ?
     もっと考えろよ――例えば、変な術って何なんだ、とか。使わせないようにするにはどうしたらいいか、とか。使われても負けないようにするには、とか。
     一つの問いに答えは一つ、考えなくてもどこかに答えが載ってます、誰かが教えてくれます、みたいないかにも小学生向けの算数ドリルみてーな考え方じゃ、お前ら何べん渾沌と戦っても、絶対勝てないぜ」
    「だから、考えるためにレポートを書けってコトか?」
    「そーゆーコト。オレは全面的かつ、全方向的に、お前らを鍛えるつもりだからな」
     天狐はひょい、と机から立ち上がり、秋也に手招きした。
    「腹減った。メシ食おう」
    白猫夢・習狐抄 2
    »»  2012.06.07.
    麒麟を巡る話、第33話。
    ゼミの成果。

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    3.
     修行開始から一ヶ月が経ち、秋也たちの実力も、着実に付いていた。
    「りゃっ!」
     秋也が天狐に向け、木刀を薙ぐ。それを紙一重で避けた天狐は秋也の左側に回り、手刀を繰り出す。
    「オラあっ!」「だあッ!」
     秋也はぱっと左腕を離し、手刀をつかむ。ぬいぐるみになっていた腕はぽす、と天狐の手刀を受け止め、その威力を削ぐ。
    「それッ!」
     天狐の体勢が崩れたところで、秋也は天狐に足払いをかけた。
    「お、っとと」
     天狐は前のめりに倒れ――かけたが、秋也の左腕を逆につかみ返し、そのまま引っ張る。
    「あっ、……いででででっ!?」
     秋也の方が、地面に倒れこむ。天狐は秋也の肩甲骨に足を乗せ、秋也の腕を極めていた。
    「50点ってところだな。
     この腕を積極的に使ってみるって考え方は悪くないが、人間の腕じゃねーからな。『つかむ』ってコトを想定してない飾り物の構造だから、ちょっとひねれば簡単に、握った手がほどけちまう。
     別の使い方を考えた方がいいな」
     天狐は評価を述べ、秋也の手を離す。
    「ま、参りました」
     天狐に小さく礼をし、秋也はその場から下がる。
    「次、ウォン! ……ん?」
     ウォンを呼ぶが、姿が見えない。
    「……ソコだッ!」
     天狐はぐるんと半回転し、回し蹴りを背後に放つ。
    「おわっ!?」
     いつの間にか天狐の背後に迫っていたウォンが蹴られ、尻餅を着く。
    「秋也に構ってる間に気配を消し、忍び寄るってのはなかなかいい。だが、あからさまだな。前にいなきゃ、後ろか上だからな。もう一ひねりあった方がいい」
    「ありがとうございます」
     ウォンが立ち上がったところで、天狐はひょい、と手を挙げた。
    「今日はココまでだな。レポートはいつも通り、夕メシ前に提出な」
    「はいっ」

     一方、こちらは昂子と鈴林。
    「じゃ、そろそろテストっ。
     第一問、魔術の封印術『フォースオフ』が、どの魔術タイプにも等しく効果を発する理由は?」
    「えーと、呪文の構文により魔力が蓄積される過程で、その蓄積する部分で構文をショートさせて、溜まらないようにしてるから」
    「正解っ。じゃあ第二問、その『フォースオフ』を使用する際の注意点は?」
    「ショートにより高圧の魔力が放射されるため、自分に流れ込まないように、周囲に散らすアース的構文を必ず加えておくコト」
    「ソレと?」
    「えーと、最近、じゃないや、近年の傾向としては、術の効果継続時間を延ばすためと、使用者の負担を減らすための理由から、放射された魔力の一部を術に流れ込ませる、回生関数を組み込むのが一般化している、……で良かった?」
    「正解、正解っ! じゃあ第三問、封印術『シール』と『フォースオフ』の違いを3点」
    「1個目が、魔術タイプの違い。『シール』はゴールドマン型で、『フォースオフ』はタイムズ型。
     2個目が、『フォースオフ』は魔力を散らせるのに対し、『シール』は相手の使ってる構文に、不正な? だっけ、変な関数とか構文とかを混ぜ込んで、術式自体を成り立たなくする方法を採っているコト。
     3個目は、『フォースオフ』は対象の術式に絡まないため、自身の構文は単純なもので済む分、簡単に作れるけど、ダミーとして魔力源を複数用意するとかの対応策が採られやすい。反面、『シール』は対象の術式構文を乱すために、自身に大量の構文を必要とするから、複数名いないと発動が難しいけど、その分、術式を解析しての解除が難しいため、『フォースオフ』より、……えっと、堅固性? ……堅牢性? だっけ? を持つコトができる。
     ……だよね?」
    「うんうんっ、完璧、完璧! やったねっ、今日も満点だよっ!」
     嬉しそうに飛び跳ね、シャラシャラと音を立てて喜ぶ鈴林に、昂子も笑顔になる。
    「えへへ」
    「すごいねっ、5日連続満点なんて初めてじゃない?」
    「うん、確か初」
    「上出来、上出来。今日のお夕飯も、お楽しみにねっ」
     と、そこに天狐が戻ってくる。
    「たーだいまー、っと」
    「おかえり、姉さんっ」
     少し遅れて、秋也たちも帰ってきた。
    「戻りました」
    「おかえりー」

     そして、夕食の時間。
    「そろそろな、オレたち忙しくなるんだ」
     全品出されたメニューに三人が舌鼓を打っていたところで、天狐が話を切り出した。
    「って言うと?」
    「もう秋になるからな。下半期のゼミ生を募集するんだ。お前ら二人の修行に付き合えるのも、あと一ヶ月ってところだな。
     あ、ちなみに昂子については、次期はゼミ生と一緒に勉強して、その後は7、8期くらい、鈴林と同じように助手をしてもらうつもりをしてる。
     で、それが終わったら、晴れてお前は魔術師だ。一流のな」
    「頑張ってねっ」
    「う、うん。……えっと、じゃ、秋也とウォンは?」
    「元々、ココに長期滞在するのは考えてなかったからな。ソレを区切りにするよ」
     秋也は立ち上がり、こう宣言した。
    「オレは今度こそ、渾沌を倒してみせる。倒して、そして、もう一度、試験を受ける。ソレにもきっと、合格してみせる。
     今度こそオレは、……世界に認めさせてやる。オレは剣士なんだ、って」
     それを受けて、ウォンも立ち上がる。
    「僕は、今までに受けた恩義を、きっちり返したい。ゴールドコーストに戻って、もう一度雇ってもらえないか、頼み込んでみるよ」
    「ま、そういきり立つ前に、よ」
     天狐は手をぷらぷらと振り、二人に座るよう促した。
    「メシはちゃんと食え。な?」
    「あ、はい」
     天狐の反応が冷ややかだったので、二人は気恥ずかしくなり、俯きがちに席に着いた。
    白猫夢・習狐抄 3
    »»  2012.06.08.
    麒麟を巡る話、第34話。
    天狐ゼミのOB。

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    4.
     天狐が言っていた通り、暦が9月を迎える頃には、いかにも学生然とした若者の姿が、街にチラホラと目立ち始めた。
    「でも、全員取るワケじゃないんだろ?」
     鱒(ます)とスクランブルエッグのクレープを片手にそう尋ねた秋也に、チョコバナナクレープを頬張っていた天狐がうなずく。
    「もぐ……、ああ、毎年100人、200人は押し寄せてくるからな。んなもん全員取ってたら、授業進行がムチャクチャになっちまうぜ」
     この日は、修行は休みだった。ゼミ開講とその受講受付の事前準備のため、天狐は秋也を伴って買い物に出ているのだ。
     ちなみに他三人は、天狐の屋敷の方で大掃除に取り掛かっている。
    「一期当たり、何人くらいなんだ?」
    「そうだな、20人くらいって決めてる。そんくらいが丁度いいからよ。
     ま、時々だけど、オレのゼミを受けるコト自体がステータスだと思ってるバカや、到底オレの話を聞くレベルに達してないクセに受けようとする、身の程知らずのボンクラがうじゃうじゃ湧いたりするコトもあるから、時には4名とか5名とかになる時はある。
     前にも言ったと思うが、オレは人にモノを教える時は徹底的に教え込むからな。『ただ在籍できるだけでいい』なんて抜かすアホは、湖に蹴っ飛ばして追い出すコトにしてる。
     その分、評判は確かだぜ? 例えば、えーと、何てったっけ……、ああ、コイツだ」
     そう言って天狐は、雑貨屋に掲示されていたポスターを指差す。
    「このトポリーノってヤツ、523年……、だっけ、524年だっけかにいた受講生だったんだぜ」
    「え、マジで?」
    「マジ、マジ。当時から結構頭の切れるヤツだったんだけどな、ゼミを出た後にすぐ、ゴールドマン商会から声がかかったらしくてな。で、ソコで働いた後独立して、今じゃこうやって大ヒット商品を次々出してる実業家ってワケだ」
     これを聞いて、改めて秋也は、天狐ゼミのレベルの高さを実感した。
    「すげーなぁ、天狐ちゃんは」
    「ケケケッ」
     どうやら、天狐は褒め言葉やおだてに弱い性質らしい。秋也の素直な賞賛を受け、顔を赤らめて喜んでいた。

     と、二人の背後から声が飛んできた。
    「テンコちゃん、お久しぶりです!」
    「あん?」
     二人が振り向くと、正面に貼られていたポスターと同じ、福々しい姿の兎獣人が立っていた。
    「あれっ? ……あれ!?」
     秋也は驚き、兎獣人とポスターとを見比べる。
     一方、天狐も多少驚いてはいたようだが、すぐ会釈を返した。
    「よお、フェリー。太ったなぁ、お前」
    「あはは、テンコちゃんはお変わりないようで」
     フェリーと呼ばれた兎獣人は、秋也に目を向ける。
    「あれ、もう受講生の締切って終わっちゃってました?」
    「いや、コイツはオレの旧友の息子さん。今ちょっと、ウチで修行してるんだ。下半期講座が始まるまでな」
    「あ、そうなんですか、びっくりしたぁ。
     ……おっと、申し遅れました。私、フェルディナント・トポリーノと申します。524年上半期生でした」
     そう自己紹介し、フェリーは秋也に手を差し出す。
    「あ、ど、ども。シュウヤ・コウです。焔流の剣士です」
     秋也も手を差し出し、握手を交わす。
    「どうも、どうも」
    「あの……、トポリーノさん?」
    「はい、なんでしょう?」
    「あの、トポリーノさんですよね? トポリーノ野外雑貨の」
    「ええ、そのトポリーノです」
     ニコニコと笑うその福々しい顔は、ポスターに描かれていたものとまったく一緒だった。
    「一体どうしたんだ、そのトポリーノさんがよ?」
     と、天狐は訝しげな顔で尋ねてくる。
    「今や央中屈指の実業家さんが、なんだってこんな小島に? 商品の宣伝でもしに来たか?」
    「ああ、それもやるんですが、もう一つ目的がありまして」
    「って言うと?」
     そう尋ねたところで、天狐は「いや」と改めた。
    「待てよ、お前さっき、受講生募集について聞いたな?」
    「ええ、まあ」
    「お前、子供いたよな。一番上はもう14だか、15だかの」
    「はい」
    「連れて来てるんだろ。ウチに預けたいとか思って」
    「ご明察です」
     その回答に、天狐は苦い顔をした。
    「ウチのゼミ生だったんなら知ってんだろ、オレの性格をよ? 縁故入講なんかさせねーぞ?」
    「あ、その点は大丈夫です」
     フェリーはパタパタと手を振り、こう返した。
    「ノイン……、うちの子は優秀ですから。私に似て」
    白猫夢・習狐抄 4
    »»  2012.06.09.
    麒麟を巡る話、第35話。
    技術革新の兆しと、再戦開始。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     さらに日は進み、9月の中旬。
     天狐はゼミ入講の受付を開始した。

    「合否は3日後、ラーガ邸の中庭で掲示する。以上だ。次」
     緊張した面持ちの若者が深々と天狐に頭を下げ、その場を後にする。
     続いて入ってきたのは、先日天狐に挨拶したフェリーに似た、狐獣人の少年だった。
    「ゴールドコーストから参りました、ノイン・トポリーノです。よろしくお願いします」
     彼も天狐に深くお辞儀し、天狐の前に置かれた椅子にすとんと腰を下ろした。
    「おう。トポリーノって言うと、フェルディナント・トポリーノの……」
    「はい。父です」
     彼も若干緊張した様子を見せてはいたが、はきはきと返答する姿勢を見せている。それを受けて、天狐はこう質問した。
    「学歴……、だとかは後で聞くとして。
     お前、通ると思ってんのか?」
    「と言うと?」
    「親父さんから聞いただろうが、オレは縁故で取る気はまったく無い。その他で、アピールできるモノがあんのか?」
    「あります」
     ノインは椅子の横に置いた鞄から、懐中時計を取り出した。
    「僕が作りました」
    「時計を?」
    「はい」
    「お前な、時計を作りたいってんなら、時計職人に弟子入りすればいいんじゃねーのか? オレのところに来るのはお門違い……」「ああ、いえ」
     ノインは天狐の側に寄り、時計の裏側を見せた。
    「現在、時計は一般的に、ねじ巻き式ですよね。でも一々、人の手で巻くのが面倒だなと思って。それで、こうやって……」
     ノインが指し示した部分には、小さな魔法陣と、白い水晶が組み込まれていた。
    「微弱な電気を断続的に流す魔法陣を使って、電磁石の作用でねじを常時巻くよう、改造してみたんです」
    「へぇ?」
     ノインから時計を受け取った天狐は、目を凝らして構造を眺める。
    「……電子回路を作るヤツが、この時代にいるとはな」
    「で、ん……?」
    「あ、いや。……なるほど、面白い技術だな」
    「ありがとうございます。ただ、僕はこの構造に満足してないんです。
     大がかりなものを作るには、まあ、この魔法陣を大きくすればいいんでしょうけど、それだとスペースも大きく取らなきゃいけませんし、魔力源となる水晶も、巨大なものを用意しないといけなくなりますし。
     そこで、このゼミで雷の術について学び、省スペース化、省魔力化できるような方法を探れればな、と」
    「なるほど」
     天狐はノインに時計を返し、こう告げた。
    「他にも色々聞こうと思ったが、いらねーな。コレ一つで十分、お前の実力と意欲は分かった。
     お前は合格だ。一応3日後、ラーガ邸の中庭に合否を掲示するけど、先に伝えとくわ」
    「ありがとうございます」

     3日後、合格者が発表された。
     ノインを含めた今期の入塾者は、13名となった。



     ゼミの開講に伴い、秋也たちの修行も終わりを告げた。
    「ふう……」「はあ……」
     始まった頃は秋也もウォンも、最後まで立っていられないと言う体たらくだったが、最終日のこの日は、両者とも余裕の表情を見せていた。
    「今日は、レポートはいいな。最後だから、よ」
    「いや」
     と、秋也が答える。
    「最後だから、できれば総括してほしいんだけど、ダメかな」
    「なるほど。……分かった、じゃあ、早い目に出してくれ」
    「ありがとう、天狐ちゃん」
    「おうよ」

     三人揃って天狐の屋敷に戻ってきたところで、昂子と鈴林が出迎えた。
    「おかえり」
    「ただいま。……昂子」
     秋也は昂子に、話を切り出す。
    「今夜、呼んでほしい」
    「……渾沌ね?」
    「ああ。今日で終わりだからな、修行」
    「分かった。頭巾、持ってくるね」
     昂子が屋敷の奥へ向かったところで、天狐が尋ねてくる。
    「自習とかは、いいのか?」
     その問いに、秋也は横に首を振る。
    「いい区切りだと思うんだ。このままダラダラ続けたら、きっと踏ん切りが付かなくなるだろうし」
    「そっか。……ま、頑張れ。もし勝ったら、盛大に祝ってやるよ」
    「ああ、期待しててくれ」
     話しているうちに、昂子が頭巾を持ってきた。
    「じゃあ、……呼ぶね」
    「ああ」
     昂子が、頭巾を頭に巻く。それを、秋也とウォンはじっと見ていた。
    「……『トランスワード:渾沌』」
     一瞬の間を置き、昂子が反応する。
    「……うん。……うん。……やる」
     それから一呼吸置き――昂子は大声で叫んだ。
    「それから――アンタは、絶対ブッ飛ばしてやる! その仮面、叩き割ってあげるわ! 覚悟してなさいよッ!」
     昂子は頭巾を頭から引っぺがし、ブチブチと千切って、それから体を震わせながら、ため息をついた。
    「……はあ、っ。……ついに、やるのね」
    「ああ。……お前の仇も、一緒に取ってやるからな」
    「仇?」
     そう尋ねたウォンには答えず、昂子はこう返した。
    「あたしが取るのよ、あたしの仇は。アンタは自分の腕を取り戻すコト、考えなさいよ」
    「そうだな。……やってやろうぜ、昂子」
    「ええ。ウォンも、よろしくね」
     いきり立つ二人に、ウォンも応じた。
    「ああ。僕を侮辱した罪、きっちり贖ってもらう」
     三人は手を合わせ、同時に誓った。
    「今度こそ、渾沌に勝つ」

    白猫夢・習狐抄 終
    白猫夢・習狐抄 5
    »»  2012.06.10.
    麒麟を巡る話、第36話。
    アブない女。

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    1.
     通常、と言うよりも現在、通信魔術「トランスワード」は頭巾や壁面などに魔法陣を描く形でのデバイス(外部入出力装置)を用いて使用される。
     半永久的に効果を持続できるデバイスなしに、魔術単体で使用するとなると、「いつ連絡が来るか分からないため、常時待機状態にしなければならない」と言う利用性質上の理由から、常に術を使用し続けなければならなくなる。
     そうなると常人では、まず使用可能な状態を維持できない。四六時中、魔術が解除されないよう気を払い続けなければならないし、当然、魔力もその間、消費し続けなければならないからだ。
     ゆえに――そんな芸当ができるような者となると、常人ではないと言う結論に至る。

     その点から鑑みても彼女は「常人」、即ち「一般的な」人間ではなかった。
    「……ん」
     己の頭の中に、ぴり、とした感覚が走る。
     それを受け、彼女はぽつりと呪文を唱えた。
    「『トランスワード:リプライ』」
     魔術を発動するとすぐに、少女の声が耳に入ってくる。
    《渾沌?》
    「ええ、そうよ」
    《……準備、できた》
    「準備? 私ともう一度戦う、ってことかしら?」
    《うん》
    「いつ? 明日にでも?」
    《うん》
     緊張しているのか、少女の応答はひどく単調に聞こえる。
    「確認するわね。明日、私と勝負するのね?」
    《やる》
    「そう。楽しみね」
     渾沌はクス、と笑みを漏らす。
    「勝負が終わったら、たっぷり可愛がってあげるわね。私無しじゃいられないようになるくらい、じっくりと……」《それから》
     と、相手の声色が変わる。
    《アンタは、絶対ブッ飛ばしてやる! その仮面、叩き割ってあげるわ! 覚悟してなさいよッ!》
     そう残し、通信は切られた。
    「……うふふふ」
     渾沌は昂子の顔を思い出し、ニヤ、と口元を歪ませた。



     翌日、昼。
    「あ」
     朝食の、ハムとレタスとトマト、そしてとろけたチーズを挟んだサンドイッチを頬張っていた昂子が、唐突に声を上げた。
    「どうした?」
     同じようにサンドイッチを口に運ぼうとしていたウォンが尋ねると、昂子は困った顔をしてこう返した。
    「渾沌に、今日勝負するって言ったけど」
    「ああ」
    「今日のいつ、ドコでやるかまで決めてなかった」
    「……おいおい」
     昂子はきょろきょろと時計や窓に目を向け、うろたえている。
    「もう一回連絡……、あ、頭巾破いちゃったんだっけ。あー、どーしよー」
    「お前なぁ……。なんで破くんだよ」
    「だってさ、アレ使う時、耳元で声が聞こえるじゃん? その耳元でさ、『たっぷり可愛がってあげる、うふふ』とか言われてさ、キモって思ったらさ、つい」
    「……まあ、気持ちは分かるけど」
     と、話を聞いていた天狐が、苦い顔をする。
    「感情任せで行動すんなっつの」
    「ごめーん」
     ぺろっと舌を出す昂子に、天狐は苦笑する。
    「ったく……。
     あ、……待てよ?」
     と、天狐は席を立ち、窓に寄る。
    「どしたの?」
    「いや、頭巾を持たせたってコトなら、もしかしたら渾沌は、追跡できるような術式も組み込んでるかも、ってな」
    「そんなコトできんの?」
     目を丸くする昂子に対し、天狐は簡単に説明する。
    「『トランスワード』自体、自分の声を他のところに飛ばす術だからな。ちょっといじれば、自分の位置情報とかも伝えるコトができるはずだ」
    「あ、そっか」
    「……となると」
     天狐は窓の外に目をやり、こう続けた。
    「あの性格捻じ曲がったイカレ女のコトだ、ひょいっと現れて奇襲の一つや二つ、仕掛けかねねーぞ?」
    「……!」
    「お前ら、早めに食べ終わって準備した方がいいぜ。敵の気が緩んでるところに攻撃してくる、なんてのは戦略の基本だからな」
    「……はいっ」
     秋也たち三人は、手にしていたサンドイッチを慌てて、口の中に放り込んだ。
    白猫夢・克己抄 1
    »»  2012.06.12.
    麒麟を巡る話、第37話。
    20年前の因縁。

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    2.
     いつ襲撃してくるか分からない渾沌を迎え撃つべく、三人はミッドランドの丘、ラーガ邸前に固まっていた。

     ちなみにラーガ邸とは、このミッドランドを統治している一族、ラーガ家の住む屋敷である。元々、天狐と鈴林はこの屋敷を間借りして住んでいたのだが、天狐ゼミが本格化してくると共に手狭になったため、別に屋敷を持つことにしたのだ。
     その関係もあって、ラーガ邸と天狐の屋敷とは、さほど離れた距離にはない。それぞれ丘の上と下に位置しており、天狐たちはしばしばラーガ邸に食事に呼ばれたり、遊びに来たりしている。

     秋也とウォンは武器を構え、警戒している。
    「もし仮に、渾沌が当たり構わず攻撃してくるような、本当にイカレたヤツだったら、市街地にいるのは危ないもんな」
    「ああ。その点、この丘なら被害は比較的少ない。開けた場所だからな」
     一方、昂子は自分の取ったノートを読み返し、懸命に復習している。
    「……防御術は、相手の攻撃に対して優勢となる属性を使うこと。使用できなければ無属性の『マジックシールド』でも良いが、高位の術に対しては効果が低いため、注意すること。……また、いわゆる『重ね掛け』については、成功すれば確かに算術級数的な効果の上昇が見込めるが、術者らの息がよほど合わない限り、たのみにすべきではない。……それから……」
     そして三人の様子を、天狐と鈴林は屋敷の中で見つめていた。
     万が一、渾沌が市街地やラーガ邸にまで勝負の場を移してきた場合、自分たちが防衛を図るためである。
    「まだ来ないね……」
    「だな。まさか、待たせまくって相手をイライラさせて消耗させる作戦、……なワケもねーか。渾沌にしてみりゃ、そんなコトをするほどの相手じゃねー、とそう思ってるだろうからな」
    「……つくづく、アタシ、渾沌のコト、大っ嫌いだよっ」
     そう言って、鈴林はむくれる。
    「姉さんに失礼なコトするし、その上お腹ザクって刺してきちゃうし。
     きっとあっちこっちで、あんな風にムチャクチャなコトしてるんだよ。本っ当にもう、秋也くんたちにやっつけてもらったらいいんだよっ」
    「……ああ、同感だな。つーか、オレの目の前に現れたら、今度こそオレ自身で、ボッコボコにしてやりてーしな」
     二人は20年前、渾沌に襲撃された時のことを苦々しく思い出しながら、彼女の出現をじっと待っていた。

     と――。
    「あら?」
     天狐たちの背後から、声が聞こえてきた。
    「ここに頭巾の反応があったけど……、いないのかしら」
    「……ッ!」
     二人が振り向くと、そこにはあの仮面の女――克渾沌の姿があった。
    「てめえ……ッ」
     いきり立つ天狐に対し、渾沌は動じない。
    「三人はどこかしら? 外?」
    「誰が……」
     教えることを拒否しようとする鈴林に対し、天狐は顔に青筋を浮かべながらも、窓の外を指し示した。
    「ああ。そこの丘にいる」
    「そう」
     そう言うと、渾沌は礼も返さず、屋敷の外に出ようとした。
     それを不愉快に思ったらしく、鈴林は叫ぶ。
    「ちょっと! このままアタシたちを、……天狐の姉さんを無視して、出ていく気なのッ!?」
    「やめろ、鈴林」
     だが、天狐は渾沌を睨むも、動かない。
     それを受け、渾沌は彼女らを馬鹿にしたように、口の端を歪ませる。
    「……ふっ」
    「何がおかしいのよッ!?」
    「臆病な犬はよく吠える。でもさらに臆病な犬……、いいえ、狐は怯えて動けない」
    「……~ッ!」
     天狐はこの一言には、流石に己を御することはできなかった。
    「増上慢も大概にしやがれ、このクソアマあああッ!」
     天狐の手中に、金色に光る鉄扇が生じる。
     次の瞬間、天狐がかざしたその鉄扇から、眩い光と共に電撃が放射された。
    「喰らいやがれええッ!」
     その電撃が命中する寸前――渾沌はニヤ、と笑って見せた。
    白猫夢・克己抄 2
    »»  2012.06.13.
    麒麟を巡る話、第38話。
    克門下対決。

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    3.
     ボン、と言う鈍い音と、十数枚のガラスが割れる音とが、丘に響き渡る。
    「……!?」
     秋也たち三人は、一斉に天狐の屋敷へ振り返る。
    「今のは!?」
    「分からない。……行こう!」
     ウォンの言葉に、秋也も昂子もうなずく。
     三人は全速力で、天狐の屋敷へ戻った。

    「……やっぱりな」
     部屋の中が半壊するほどの電撃を放ったものの、天狐はそれに見合うほどの効果が無いことを、経験と直感とで分かっていた。
    「またソレかよ」
    「うふふ」
     渾沌の体から、ぱり……、と静電気の立てる高い音が鳴る。
     いや――渾沌の体、そのすべてが、パチパチとした光を放っている。渾沌の体は、電気そのものに変化していた。
     20年前、天狐に痛恨の敗北を味わわせた、あの奇怪な術である。
    「『人鬼:雷術』……、私には術も武器も、一切効かないわ」
    「そう思うのか?」
    「え……?」
     天狐の問いに、渾沌は首を向ける。
     それと同時に、天狐は鉄扇を上に挙げる。
    「オレを誰だと思ってる? 克大火門下、克天狐サマだぞ」
     次の瞬間、先程の電撃で部屋中に空いた穴から、大量の水が放射された。
    「九連『スプラッシュパイク』!」
    「……!」
     その中心にいた渾沌は、当然その水槍の、集中放水を浴びる。
    「あ、はあ……っ!?」
     水の術は雷の術に対して優勢となる――雷の術そのものと化していた渾沌には、この攻撃は流石にダメージとなったらしい。
     渾沌はたまらず、「人鬼」を解除した。
    「……く、くっ。余計なことをしたわね」
    「あ?」
    「私が、よ。悪かったわね」
     渾沌はぐっしょりと濡れた髪をかき上げ、クスっと笑う。
    「もっと警戒すべきだったわね。あの方にも、『そう思うのか?』って言われる度、散々、痛ぁい目に遭ったって言うのにね」
    「何……? お前、まさか本当に……?」
    「あなた、やっぱりあの方の娘なのね。言葉遣いと目つき、似てるところがあるわ」
    「……っ!」
     驚く天狐を尻目に、渾沌は玄関へと向かった。
    「えっ……? 娘って、……誰が、誰の?」
    「……」
     尋ねた鈴林に、天狐は答えなかった。

     秋也たちが天狐の屋敷前に着いたところで、その玄関が開く。
    「渾沌……!」
    「あら」
     中から出てきたびしょ濡れの渾沌を見て、三人は武器を構える。
    「ここで?」
    「やめろ」
     と、奥から天狐の声が返ってくる。
    「これ以上壊されてたまるか」
     渾沌は振り向かず、それに応える。
    「あなたが自分で壊したんでしょう?
     まあ、そう言うことだから。もっと広い場所に、ね?」
    「……ああ」
     秋也たち三人と渾沌は、丘の方へと場所を移した。
    「あなた、頭巾を屋敷に置きっ放しにしたでしょう? だからあそこだと思ったのよ。忘れんぼね、クスクス」
    「……」
    「あれから二ヶ月も経ったんだから、そろそろその、ぬいぐるみの左腕も馴染んできたんじゃない?」
    「……」
    「あら、髪が伸びてきたわね。ますますお坊ちゃんみたいになったわね」
    「……」
     ぺらぺらと話しかけてくる渾沌に対し、三人の誰もが、一言も発しない。
     そうするうちに、三人が元々陣取っていた場所へと戻ってきた。
    「ここでいいの?」
    「ああ」
     秋也たちは渾沌と距離を取り、武器を構える。
    「……行くぞ!」
    「いつでもどうぞ」
     渾沌も剣を抜き、両者は対峙した。



    「あの、姉さん……?」
    「……」
     屋敷に残った天狐と鈴林は、壊れた部屋の掃除と補修を行っていた。
     途中、鈴林が何度か天狐に声をかけるが、天狐は答えない。
    「姉さん。もしかして、さっき渾沌が言ってた娘って、……姉さんのコト? それから、『あの方』って言うのも、もしかして……」
    「だったらどうなんだ?」
     何度目かの問いかけで、ずっと床の穴に目を向けていた天狐が、ようやく口を開く。
    「オレを軽蔑するか? 親に唾吐いたバカ娘ってよ?」
    「しないよっ、そんなコトっ」
    「……ならいいじゃねーか。放っといてくれよ」
    「あのね、姉さん」
     鈴林は天狐の側に立ち、強い口調で言い放った。
    「軽蔑は、そりゃ、しないよっ。でも、……怒っていいコトだよねっ」
    「え……?」
    「ずっと一緒だった、しかも妹弟子のアタシに、なんでそんな大事なコト、教えてくれなかったのっ?」
    「……言いたくなかったんだよ。ソレに、言う機会が無かったから」
    「じゃあ、……今からでいいからちゃんと説明してよっ」
    「……」
     天狐は苦い顔を鈴林に向け、それから手を振り、座るように促した。
    「……しゃあねえな。話すよ、じゃあ、ちゃんと」
    白猫夢・克己抄 3
    »»  2012.06.14.
    麒麟を巡る話、第39話。
    狂気と傲慢の権化。

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    4.
     しばらく向かい合った後、渾沌が口を開いた。
    「来ないのかしら?」
    「……」
    「いつでも、って言ったじゃない。来ないなら、こっちから行くわよ」
     次の瞬間、渾沌の姿が消える。
     だが前回のように、秋也たちはただ右往左往するばかりではない。
    「『フォースオフ』!」
     まず、昂子が魔術封じを行う。
     それと同時に、秋也とウォンは昂子の側にさっと身を寄せ、昂子に背を向け、互いに護る体勢を取る。
    「あら、前より臆病になったのね?」
    「連携を取るようになった、と言ってもらおうか、このペテン師め」
    「うふふふ……」
     癇に障る笑いと共に、渾沌が姿を現す。
    「前にも言ったでしょう、術なんか使ってないって」
    「ならば何故、アコが術を使った途端に姿を現した!? 術が封じられたからではないのか!?」
    「……ふーん」
     渾沌はクスクスと笑い、手をぷらぷらと振って見せた。
    「どうやらこの前みたいには、からかえそうには無いわね。
     ええ、あなたの言った通りよ。この前は、ちょっと姿を眩ましてみたんだけど……、そうは行かないみたいね、今回は」
     悪びれもせずそう言ってのけた渾沌に、秋也は思わず舌打ちした。
    「チッ……、つくづく嫌な女だな」
    「あら、大理石細工みたいなカマトト聖女より、悪女の方がよっぽど魅力的でしょう?」
    「けっ、お前みたいな奴、誰が惚れるってんだッ!」
     そう吐き捨て、秋也が間合いを詰める。
    「らあッ!」
     勢いよく振り下ろされた秋也の刀が、渾沌の肩を捉える。
     が――渾沌は当てられるその寸前で、くい、と体をひねり、事も無げに刃をかわす。
    「あら、結構もてるのよ、私。付き合った子はみんな『私無しじゃいられない』って、死ぬほど、嬉しがるんだけどね」
     にやあ、と笑った渾沌の口元を見て、秋也の苛立ちはますます高まってくる。
    「ほざいてろッ!」
     二太刀、三太刀と刀を振るうが、渾沌はどれも紙一重でかわし、まったく当たる気配がない。
    「うふふ……、前よりは全然、ましな動きをするわね」
    「く……っ」
     十数太刀をかわしたところで、渾沌はぽん、と後ろに跳んで間合いを離す。
    「さて、と。
     最初に会って、その別れる時に、あなたに言った言葉。覚えているかしら?」
    「……?」
     唐突な問いかけに戸惑いつつも、秋也は答える。
    「大したヤツじゃない、……って、アレか?」
    「概ね、それね。そう、私はあなたに、これ以上無いくらいにはっきりと、『落第』と言い渡した。
     それからあなたは、どうしていたのかしら。駄目人間呼ばわりされて、ただ憤っていた? ただ嘆いていたかしら? ……どれも違うでしょうね。
     あなたはきっと、真面目に修行し直したはず。この私を倒せるくらいになりたいと、それこそ一所懸命に、血のにじむような努力を積み重ねてきたはずよね。
     ……うふふ、ふふ」
     そこで突然、渾沌は笑い出す。
    「何がおかしい?」
    「ああ、ごめんなさいね、うふ、ふふっ、ふふ……。
     そう言うのがね、ふふ、私、好きで、ふ、ふふっ、嫌いなのよ」
    「あ……?」
    「『自分はこんなにも努力をしたのだ、だから報われて当然』と言ってのける馬鹿は、嫌い。
     そして――そんな涙ぐましい努力をしてきた馬鹿を完膚なきまでに打ちのめし、絶望のどん底に叩き落としてやるのが大好きなのよ!」
     そう叫ぶなり、渾沌は刀を上段に構える。
    「秋也ああぁっ! あなたの努力、あなたの友情、そしてあなたの希望と未来!
     全部、ぶった斬ってあげるわ!」
     その瞬間、渾沌がこれまで放っていた、飄々とした、かつ、胡散臭い空気が消える。
     それは秋也たちが初めて彼女から感じた、凛然とした剣士の気合い――「剣気」だった。
    「……!」
     秋也は刀を構え直し、攻撃に備える。
     その仕草も、彼女にとっては笑いの種でしかなかったのだろう。
    「あはははははははああぁッ、……『地断』!」
     渾沌はゲラゲラと笑いながら、技を繰り出した。
    白猫夢・克己抄 4
    »»  2012.06.15.
    麒麟を巡る話、第40話。
    星になった秋也。

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    5.
     その異様な剣気を感じ取った昂子とウォンは、互いに防御姿勢を取る。
    「下がって、ウォン!」「僕の後ろにいろ、アコ!」
     そう同時に言い放ち、両者とも同時に、同じ術を放つ。
    「『マジックシールド』!」
     術が発動され、魔力でできた半透明の盾が二重に形成されたその直後、二人はその場から弾き飛ばされた。
    「う、わっ!?」「きゃあっ!」
     二人は元いた場所から、何メートルも後方に転がされる。
    「く、っ……」
    「いた、ぁ……」
     どうにか立ち上がり、体勢を整えようとするが、二人ともふら、と膝を着く。
    「……そんな!」
    「しゅ……」
     仁王立ちになっている渾沌の前に、ぼろぼろになった布きれが落ちていた。
     それは紛れもなく、渾沌によって取り付けられた、秋也の左腕だった。
    「秋也ああああ……っ!」
     二人は秋也の死を予感し、ともに絶叫した。

     が――。
    「……ひ、……ひとつ」
     まるでうめくような、渾沌の声が返ってくる。
    「ひとつ、聞いて、……い、いいかしら」
     と、渾沌の仮面に空いた穴、そして体中から、だらだらと赤い筋が流れてくる。
     そして口からも、ごぼごぼと泡を立てて血が噴き出している。
    「なんだ?」
     渾沌の背後から、声が聞こえてくる。
     その声を聞いた昂子とウォンは、またも同時に叫んだ。
    「秋也!?」「生きてたのか!?」
     その間に、渾沌の体がガクガクと震えだす。
    「あ、あなた……、お母さんから、……げほっ、……その技、お、教わったの、かしら」
    「技……、って?」
    「せ、……『星剣舞』、……よね、……ごぼっ、……今の、……わ、ざ」
    「せい……けん……ぶ? いや、知らない」
    「……そ、そう」
     渾沌の体が、ゆっくりと前に倒れていく。
    「……負けたわ……」
     その背後から、左腕の無い、片腕一本の秋也が現れた。
    「……正拳武ってなんだ? なんかの体術か? ……分かんねーけど」
     秋也は右腕を掲げ、昂子とウォンにこう叫んだ。
    「か、っ、……ゴホン、勝ったぞ、昂子、ウォン!」
    「……秋也……!」
     二人は同時に、秋也の元へと走って行った。



    「最初は本当に、やべーと思ってたんだ。マジでコレは、真っ二つにされるなって」
     いまだ動かない渾沌を遠巻きに眺めつつ、秋也は二人に、渾沌が「地断」を放った後のことを話し始めた。
    「でも――まあ、腕は吹っ飛ばされたけど――ギリギリ避けれた。
     で、昂子たちも何とか凌いだみたいだってのが確認できたから、オレは渾沌の方に向き直って、そしたら渾沌のヤツが、棒立ちで笑ってやがったからさ。
     ソレ見てたらすげームカついてきたから、ぱっと飛び込んで、そんで袈裟切りしてやろうと思って。そしたらソレもあいつ、何故か避けようとしねーんだよ。
     だからざっくり行ったんだけどよ、それでも笑ってやがるから、どんだけ調子こいてんだよと思って、胴を払ってみたり、後ろから刺してみたりしたんだけど、……そしたらあいつが声色変えて、『何の技使ったのよ』っつって」
    「……シュウヤ?」
     話を聞いた二人は、怪訝な顔を浮かべる。
    「ソレ、あたしたちが吹っ飛んでた時の話?」
    「だろうと思うけど。なんで?」
    「僕たちが弾かれていたのは、いくらなんでも10秒も無いはずだ。
     その10秒足らずの間に、お前は僕たちの無事を確認し、渾沌に真正面から詰め寄って、あまつさえ前やら後ろやらに回り込んで三太刀、四太刀も喰らわせたと言うのか?」
    「……え?」
     そう問われ、秋也は呆然となる。
    「……言われてみれば……、あれ?」
     秋也は思わず、問い返していた。
    「オレ、なんでそんなに色々できたんだ? しかも、あの渾沌相手に」
    「そんなの分かるワケないじゃん」
    「僕にも皆目、見当が付かない。もしやテンコちゃんが助けて、……くれたりはしていないようだし」
     辺りを見回しても、天狐や鈴林の姿は無い。
     そして――渾沌の姿も無かった。
    白猫夢・克己抄 5
    »»  2012.06.16.
    麒麟を巡る話、第41話。
    渾沌への依頼主。

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    6.
    「……!」
     渾沌がいないことに気付き、三人は戦慄する。
     が――。
    「そんなに怯えないでもいいわよ」
     その渾沌が、真正面から現れた。
    「勝負は決まったんだし、ね。私の負けよ、秋也」
    「渾沌……」
     と、渾沌はそれまで一度も外さなかった仮面を、ぱか、と外した。
    「中に血が溜まって気色悪いわね、もう」
    「うわ」
     その素顔を見て、昂子が声を上げる。
    「……ショック受けるじゃない。悲鳴なんか上げないでよ」
     渾沌はその、左眉の上から右頬にかけて深い傷が残った顔をごしごしと手拭いで拭きながら、唇を尖らせて見せた。
    「その顔……、見覚えがある」
     と、秋也がぽつりとつぶやく。
    「ずっと昔、オレが小っちゃい時に、一回……」
    「あら」
     と、仮面の血を拭い終えた渾沌がにこっと笑う。
    「覚えていてくれたのね」
    「でも、名前が違う。渾沌って、名乗ってなかったはずだ。母さんも確か、トモエって呼んで……」
    「ん? ……ああ、あの時はね」
     渾沌は仮面を被り直し、口元だけ笑って見せた。
    「今は克大火門下、九番弟子の克渾沌よ」
     と、渾沌は秋也の左肩に手を置く。
    「だから、約束や契約はちゃんと守るわよ。
     あなたは私に勝ったんだから、約束通り、腕を元通りにしてあげる」
     そう言って、渾沌はまだわずかに残っていた、ぬいぐるみの腕を引っ張る。
     すると、それまで秋也の肩と同化し、決して剥がれることの無かったその腕は、簡単に取れた。
    「これが、元の腕」
     そして、どこからか取り出した呪符だらけの腕を、秋也の肩に押し付ける。
    「……あ、……戻った」
     呪符がひとりでにぱらぱらと落ちると、そこには何事も無かったかのように、人間の腕が付けられていた。
    「おお……、良かった、ちゃんとオレの腕だ」
     左腕を回したり、握り拳を作ったりする秋也を見て、渾沌はケラケラと笑う。
    「あははは……、この期に及んでまたぬいぐるみを付けたりするほど、私は性悪じゃないわよ。
     ……さて、と。秋也、勝負も終わったことだし、そろそろ事情を説明させてもらうわね」
     渾沌はすとん、と丘に腰を下ろし、秋也たちにも座るよう促した。
    「事情って?」
    「ある人から頼まれた、って言ったじゃない。あなたと勝負するようにって」
    「そう……だっけ?」
    「そうなの。で、その頼んだ人なんだけどね」
     渾沌はそこで言葉を切り、にやりと笑う。
    「あなたのお母さんからなのよ」
    「……え?」
     思ってもいない人物を挙げられ、秋也は目を丸くする。
    「ちょ、ちょっと待ってよ!」
     と、昂子が口を挟む。
    「じゃあアンタ、晴奈さんに頼まれて、秋也の腕引きちぎったり、あたしに、その、き、き、きっ……」「ああ」
     渾沌はぺらぺらと手を振り、こう返した。
    「私が頼まれたのは、『秋也の目を醒まさせてほしい』ってだけよ。晴奈の方も、秋也が試験に落ちた原因は、自分の力を過信しすぎたことにあるんじゃないかって思ってたみたいだから。
     その方法は指定されてないし、秋也以外には手を出すなとも言われてないから、その辺りは私の勝手にさせてもらったわよ。
     心配しないでも昂子ちゃん、あなたのことは本当に、可愛いと思ってるからね」
    「うぇっ……」
     その回答に、昂子はぶるっと身を震わせた。
    「ま、それでも実際、あれだけ痛手を負うとは思って無かったわね。
     私の予定では、元々あの『地断』はかわしてもらう予定だったのよ。威力としては、本当にしっかり『マジックシールド』がかかっていれば、ギリギリで防げる程度のものだったし。
     それから二太刀、三太刀くらい斬り合って、『前より上達したわね。いいわ、及第点にしてあげる』とか適当に言って、腕を元に戻してあげるつもりだったんだけど……」
    「そう言えば……、怪我は大丈夫なのか?」
     秋也にそう問われ、渾沌はまた、ケラケラと笑った。
    「あははは……、私を誰だと思ってるの? 克大火の弟子よ、これでも」
    白猫夢・克己抄 6
    »»  2012.06.17.
    麒麟を巡る話、第42話。
    祝勝の宴。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「なんでお前が平然とオレん家の風呂使ってんだよ。しかもソレ、鈴林のだし」
     苦々しい顔でそう尋ねた天狐に対し、バスローブ姿の渾沌はけろっとした口調で返す。
    「近かったから。血まみれの格好で外、歩きたくなかったし。あなたのじゃ、私の丈に合わないし」
    「ソコじゃねえだろ。オレが言いたいのは、使わせる筋合いなんざ……」
    「あら、同門のよしみじゃない。それとも、あれだけ魔術をぶち込んでおいて、まだ因縁付けてくるつもり? あれだけやれば、20年前の借りは返せたでしょ?」
    「……」
     天狐はくる、と背を向け、渾沌にこう返した。
    「どうせメシも食ってくつもりだろ。……鈴林に言って、一人分増やしとくからな」
    「ありがとね、天狐の姉さん」
    「けっ」

     渾沌との勝負に勝利した秋也たちは、その相手と共に祝宴を催すことになった。
    「ま、倒した相手がココにいる、ってのも変な感じだが、……とにかくおめでとう、だな。
     お疲れさん、秋也、昂子、ウォン」
     天狐はそう前置きし、コップを挙げる。
    「見事に悲願を達成した三人に、乾杯!」
    「乾杯」
    「乾杯っ」
     悪魔、神仙とも言える三人から一斉に音頭を取られ、三人も照れ笑いを浮かべながら応じる。
    「乾杯、……へへ」
    「やったな秋也、ついによ」
     指導したよしみからか、天狐は取り分け嬉しそうに笑っている。
    「ありがとう、天狐ちゃん。アンタの指導が無かったら、オレは全然ダメなままだったよ」
    「はは、そりゃどーも」
     と、渾沌が尋ねてくる。
    「ところで秋也。あなた本当に、私を倒した時の技、自分で編み出したの?」
    「技、……って言うほどのものでもないと思うんだけどな。勢い任せに、滅多やたらに斬り付けただけだし」
    「ふーん……?」
     渾沌はわずかに首を傾げ、それから間を置いてこう続ける。
    「秋也、また後でじっくり、その時のこと教えてくれないかしら? とっても、気になるから」
    「ああ、いいよ」
    「ありがと。……じゃ、食べましょ」
     そう言いつつ、渾沌は仮面を付けたままで皿を手に取る。
    「えっと、渾沌?」
    「ん?」
     秋也は自分の鼻の辺りを指差し、渾沌に尋ねる。
    「仮面、取らないのか?」
    「あんまり取りたくないのよ。見たでしょ、私の素顔」
    「まあ、ソレは分かるけど、……食べにくくないかなって」
    「20年以上も付けてるから、もう慣れたわ」
    「……まあ、あんたがソレでいいならいいけど」

     一方、ウォンと昂子は、互いに複雑な表情を浮かべていた。
    「……なによ」「……そっちこそ」
     乾杯してから、と言うよりも、渾沌との勝負が終わってからずっと、両者とも怒っているような、ほっとしているような、どちらとも取れる顔を互いに向けている。
    「……なんで、僕の言うことに従わなかった?」
     ようやく、ウォンの方から話を切り出す。
    「アンタこそ、魔術はあたしの方がうまいんだから、あそこは下がってれば良かったのよ」
    「戦闘にまったく慣れていないお前が、どうこうできる相手じゃなかったはずだ。素直に僕に従っていれば良かっただろう?」
    「だから、魔術はあたしの方が……」
     言い合いを始めた二人に、鈴林が寄ってきた。
    「どうしたのっ?」
    「ああ、いや、レイリンさん。こいつがコントンとの戦いの際、勝手な行動を……」
    「何よ。結局あんたの術、弾かれてたじゃん」
    「それはお前も同じだろうが」
    「ちょ、ちょ。どーしたのってばっ」
     鈴林は憤る二人をなだめつつ、渾沌との戦いの際、二人が同時に術で防御を取った話を聞き出した。
    「へぇー」
    「へぇ、って鈴林、……怒んないの?」
     昂子にそう問われ、鈴林はきょとんとする。
    「なんでっ?」
    「だって、術が破られちゃった上に、鈴林に術を教わってもないウォンに助けてもらったりして……」
    「いいんじゃない?」
    「え?」
     鈴林はニコニコと笑いながら、昂子とウォンの手を取った。
    「コレでどっちか死んでたりしたら、そりゃ、残った方を怒るよっ。でも二人で協力して、どっちも生き残れたんだもんっ。
     勉強は失敗しても、何度でもやり直せるよっ。でもっ、実戦は失敗したら、命が危ないでしょ? ココにこうして二人ともいるなら、失敗してないってコト。だから怒るコトなんか、何にもないよっ。
     だからねっ、二人とも」
     そして鈴林は、二人の手を近付かせ、強引に握手させた。
    「戦友の無事を祝いなさい、ってコトっ」
    「え、あ、……うん」
    「あ、……ああ」
     二人は互いに照れながら、相手の手をむに、とぎこちなく握った。
    白猫夢・克己抄 7
    »»  2012.06.18.
    麒麟を巡る話、第43話。
    晴奈と渾沌の、今。

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    8.
     祝宴が終わり、天狐の屋敷にいたほとんどの人間は既に、眠りに就いていた。
     が――秋也と渾沌は話をするため、灯りの落ちた居間に来ていた。
    「暗過ぎるわね。……『ライトボール』」
     渾沌が術を使い、二人の間にほんのりとした灯りを灯す。
    「で、話ってなんだ?」
    「まず、……そうね、この傷の話からしましょうか」
     そう言って、渾沌は自分の仮面を指差す。
    「天原争乱、って知っているかしら」
    「……? うーん、聞いた覚えがあるような、無いような」
    「516年に、天玄で起こった政治騒動よ。当時の天玄と玄州、そして央南連合の代表、支配者だった天原桂って言う人が起こした事件で、私はそいつの側にいたのよ。
     で、天原は密かに黒炎教団の高僧と通じていて、彼の傀儡となって央南を操っていたの。それを咎められて天玄を放逐された彼は、権力奪還のため挙兵。で、それを迎え撃ったのが、新たに連合主席となった黄紫明大人――あなたの祖父ね」
    「あー……、なんか、聞いた覚えがあるかも。その戦い、お袋も参加してたんだっけか」
    「そう、そこよ。……ここまで聞いたらピンと来るでしょうけど」
     渾沌は仮面を外し、疵(きず)の付いた顔を見せた。
    「その時に私は晴奈と戦い、この傷を付けられて敗北したのよ」
    「そうだったのか……」
    「男のあなたには分からないと思うけど、私も一応、女だからね。顔を穢され、私は怒り狂った。……それから紆余曲折あって、私はその後にもう三度、晴奈と対決したのよ。
     でも残念ながら、結果はすべて引き分け。特に後ろ2回については、両方とも出せる限りの技、奥義を出しても、なお決着しなかった。
     そう、その奥義だけどね。私の奥義は、自分の体を魔術そのものに変えられる『人鬼』。そして晴奈の奥義が、この世の誰にも感知、察知のできない不可視の剣舞――『星剣舞』なのよ」
    「『星剣舞』……。確か、あんたが倒れる直前に言ってたな」
    「ええ。言っておくけど、私はこの世で三指に入る剣術の腕を持っていると自負してる。でも、それでも敵わなかったのは二人だけ。師匠の克大火と、あなたのお母さんだけなのよ。
     でももう、流石に晴奈も歳を取った。全盛期の動きはもう、できないでしょうね。だからと言って、そんな晴奈と戦いたいなんて思わない。私が全身全霊を懸けて倒したいと思ったのは、全盛期の彼女だから」
    「……今は、もう憎いと思ってないのか?」
    「色々あったからね。今じゃもう、たまに会って一緒にお茶するくらいの友人よ。だからこそ、あなたをどうにかしてほしいって依頼、されたんだけど。
     ……ま、それはいいのよ、どうでも。私が気になったのは、あなたがもしかしたら『星剣舞』を伝授されているのかってことよ。でも、違うのよね?」
    「ああ……。本当に、あの時は無我夢中だっただけなんだ」
     明確に否定され、渾沌は残念そうな顔をした。
    「そう……」
    「第一、オレはまだ、免許皆伝にすら至ってないんだ。……試験受けたけど、落ちたし」
    「え? 試験、受からなかったの?」
     と、渾沌は目を丸くして見せる。
    「私に数太刀浴びせられる実力があって、それでも?」
    「……あんただってお袋に勝ったコト、無いんだろ?」
    「って言うと?」
     秋也は渾沌に、免許皆伝試験の際、若き日の母親が出現したことを話した。
    「……ふーん……」
    「正直、もう一回受けて、受かるのか心配なんだよ」
    「あのね」
     と、渾沌はクスクスと笑いだした。
    「なんだよ?」
    「私は受けたことが無いから、きっちりこれが正解だって断言できないけれど、……まあ、でも。あなたの導き出した答えが、完璧に間違いって言うのは分かったわ。
     ねえ、例えばだけど。あなたは喧嘩を売られたら、すぐに買う人かしら?」
    「まあ……、買うかな」
    「それだと失格なのよ、きっと。そんな解答、絶対に試験の正解にはしないわよ」
    「え?」
    「ヒントは、これくらいね。
     ……じゃ、ね。私、帰るわ」
     渾沌は仮面を付け、すい、と立ち上がる。
    「え、ちょ、ソレだけ?」
    「後は自分で考えなさい。またね、秋也」
     秋也が目を白黒させている間に、渾沌は部屋の扉まで歩いていく。
     そして出る間際、いたずらっぽく、こう言い放った。
    「私、男が大嫌いなんだけど、あなたは別ね。ちょっといいかもって気にはなったわ」
    「は? ……はあ?」
    「次に会う時は、もっといい男になっててほしいわね」
     渾沌は背を向けてぺら、と手を振り、部屋を出て行った。
    白猫夢・克己抄 8
    »»  2012.06.19.
    麒麟を巡る話、第44話。
    三人、新たな道へ。

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    9.
     翌日――。
    「じゃ、オレは行くよ」
     旅支度を整えた秋也は、天狐と鈴林、昂子、ウォンに頭を下げる。
    「もう行くのか?」
     やや驚いた顔をするウォンに、秋也はにかっと笑って見せる。
    「ああ。前にも言ったかも知れないけど、ダラダラして次の機会を失うのは嫌なんだ。
     勝負に勝って成功の波に乗ってる間に、試験も受けたいんだ」
    「そうか。……僕も、もう少ししたらゴールドコーストへ行くよ」
    「そっか。じゃ、次に会う時はゴールドコーストで、だな」
    「ああ、恐らくは。……頑張れよ、シュウヤ」
    「お前もな」
     秋也とウォンは、がっちりと握手を交わす。
     と、昂子も二人の側に寄り、交わされた手に自分の手を乗せる。
    「しばらく、みんな離れ離れになるんだね」
    「そうだな」
    「……こんなコト言うの、あたしのキャラじゃないんだけど、……言っちゃう。
     本当に、本当に、……二人といて、すっごく、楽しかったよ」
     涙ぐむ昂子に、ウォンも目を赤くしている。
    「僕もだ。あのまま宮内で黙々と過ごしているより、何倍も、実りある日々を過ごせた。ありがとう、アコ、シュウヤ」
     二人の言葉を聞いているうちに、秋也の鼻に、切ない痛みがじわりと来る。
    「オレもだよ。オレも、二人といられて良かったと思ってる。……また、いつか」
     二人はこく、と小さくうなずく。
    「うん、……いつか」
    「いつかまた、会おう」

     三人が誓い合う様子を見て、天狐がぼそ、とつぶやく。
    「あっついヤツらだな」
    「あはは、そうだねっ」
    「久々に、スカっとした気分だぜ。本当、……何て言うか、青春してるなって」
    「ゼミ生、みんな勉強一筋だもんね」
    「ああ。……ソレに」
     と、天狐の表情が曇る。
    「オレもあーゆーコトを言い合える仲間、……会いたいよ」
    「……そうだよね。……みんな、いないんだもんね。
     でもさ、姉さん」
    「ん?」
    「できたじゃない、今回のコトで」
    「……それもそうか。そうだな、憎ったらしい妹弟子ができたんだよな。
     ケケ……、今度会ったら、改めてご馳走でもしてやるかな」
    「いいねっ」
     ケラケラと笑う天狐に、鈴林もニコニコと微笑んでいた。



     ミッドランドを離れ、湖を渡る船の上で、秋也はただ黙々と座りながら、考えを巡らせていた。
    (喧嘩をすぐ買うと、失格?
     失格ってのは、勿論、試験に失格って意味だよな? じゃ、逃げろってコトか? ……ってのも、違うよなぁ。剣士が背を向けて逃げる、なんてのは格好悪いし。
     どう言うことだ……? 戦うのは駄目、逃げてもおかしい。他にどうしろって言うんだ?)
     深く考え込むが、一向に正解と思える案は出ない。
     と、秋也は甲板を抜ける風の寒さに気付き、ぶる、と震えた。
    「うへ、寒み……」
     荷物からコートや帽子を出そうとしたところで、秋也はウォンに帽子を貸しっぱなしにしていたことを思い出した。
    (あ……、しまったな。もうあいつ、坊主じゃ無くなったんだし、返してもらえば良かった)
     秋也の脳裏に、屏風山脈で見たウォンの坊主頭がよみがえる。
    (にしても、あの時はひどかったなぁ、頭。あいつにとっちゃ、とんだ藪蛇だ。
     本当、出会った時のあいつもオレも、バカだったよなぁ……。あいつは敵だ、戦うぞ、って。あいつと旅とか修行とかした今だから、あいつと仲いいけど、もしあの時、あいつと本気で殺し合いとかになってたら、絶対こんな風にあいつのコト考えたりなんて、……ん?)
     そこまで想起したところで、秋也の頭に何か、引っかかるものがあった。
    (殺し合っていたら、あいつと仲良くなるコトなんて絶対に無かった。戦っていたら、そうはならなかった。
     戦わなかったら? 峠の下りで、その機会はあっただろ? でも、オレはなんか、あいつのコトが可哀想に思えて、だから普通に話しかけたら、……そう、ソレで今があるんだ。
     じゃあ、『あいつ』とも戦わずに、……喧嘩を売りも買いもせずに、話しかけてみたらどうなったんだろうか? まさか仲良くなれる、……か?
     いや……、『まさか』なんて、まさにオレとウォンじゃないか。会った当時、絶対仲良くなんてなれそうになかったんだ。あの時武器を向けず、帽子を貸してやったから、仲良くなれたんだ。
     そうだ――思えばオレは、目の前に現れたヤツを、勝手に敵と決めつけて襲いかかったんだ。じゃあ、……そりゃ、迎え撃ってくるに決まってる。
     ソレなのかな……? オレが戦わなければ、相手も戦おうとしなかったんだろうか)
     秋也の心に、四ヶ月前には決して至ることの無かった考えが現れた。
    (もう一度……、受けよう。
     オレは、……その考えを試してみたい。本当に、ソレが正解なのか)

    白猫夢・克己抄 終
    白猫夢・克己抄 9
    »»  2012.06.20.
    麒麟を巡る話、第45話。
    帰郷、そして再試験。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦541年、10月中旬。
     秋也は央南に戻ってきた。

    「ども……」
     昂子を送り届けたことを報告するため、橘喜新聞社の社長室に通された秋也は、デスクにかける小鈴に会釈した。
    「ありがとね、秋也くん。おかげで助かったわ」
    「いえ、そんな」
    「にしても、久しぶりね。随分長くいたみたいだけど、何かあったの?」
    「ええ、色々と」
    「聞きたいトコなんだけど、……ま、ソレは後にした方がいいでしょうね。すぐ、向こうにいくつもりでしょ?」
    「ええ」
     その返事を受け、小鈴はじっと秋也を見つめてくる。
    「……なんですか?」
    「大変だったみたいね、色々。目つきが前に見た時と、全然違って見えるわ。
     今なら、受かりそうね」
    「そうですかね?」
     一瞬、秋也は喜びかけるが、すぐに気を引き締める。その様子を見て、小鈴は苦笑した。
    「……って、前回も晴奈が言っちゃったのよね。『お前なら絶対に受かるだろう』っつって」
    「そう、ですね」
    「でも今度は、あたしのお墨付きも一緒よ。前よりは大丈夫よ。多分」
    「はは……」
     秋也はそこで真面目な顔を作り、深く頭を下げた。
    「ん?」
    「この度は大変お世話になりました。ありがとうございます、小鈴さん」
    「んふふ、どういたしまして。
     じゃ、向こうでがっつり怒られてきなさいな」
    「そうします。……それじゃ」
     秋也はもう一度頭を下げ、社長室を後にした。
     小鈴はその姿を座ったまま見送り――それから「あ」と声を上げた。
    「昂子のコト、聞いてなかった。……ま、いいか。
     あの子、案外神経図太いし。何とかやってんでしょ、きっと」



     二日後、秋也は紅蓮塞に到着した。
    「……はは……」
     逃げ出してしまった負い目からか、いつもは頼もしく見えるその城塞も、今は恐ろしいものに感じてしまう。
    「……よし」
     それでも何とか覚悟を決め、秋也は門をそっと開いた。
    「……」
     開けるとそこには、厳しい表情を浮かべた小雪が立っているのが見えた。
    「……」
     秋也は自分に向けられたその雰囲気に耐えかね、門を閉めてしまった。
    「……よくねえよ」
     と、今度は向こうから門が開く。
    「何してるの?」
     より一層冷たく睨んできた小雪を見て、秋也はぶるっと震える。
    「……はい」
     しかし逃げるわけにもいかないので、秋也は恐る恐る、門を潜った。
    「……で?」
     秋也が塞内に入ったところで、小雪がもう一度、冷たい目を向けてくる。
    「その……」
    「その?」
     弁解しようと一瞬ためらったが、秋也は覚悟を決めて座り込み、土下座した。
    「……すみませんでした!」
    「何が?」
    「折角オレにかけていただいた恩義を仇で返した数々の所業、ここに誠心誠意、謝罪いたします! 誠に申し訳ありませんでした!」
     一息にそう言い切り、秋也は地面に頭をこすりつけるようにして平伏す。
    「頭を挙げなさい」
    「……はい」
     対する小雪は、依然として冷たい表情を崩さない。
    「本来なら、あなたは破門されても文句の言えない状況にあるのよ? 試験に落第した挙句、方々逃げ回って恥をまき散らしたんだから。
     それをただ、頭を下げるだけで許してもらえるなんて随分、都合のいい話ね」
    「……」
    「と、言いたいところだけど」
     小雪は踵を返し、秋也に背を向けてこう続けた。
    「流石に央南の名だたる名士たちから、『今一度、厚情を賜ってやってはくれないか』とお願いされて、それをわたしの個人的感情だけで反故にはできないわ。
     だからこの一回で、きちんと落とし前をつけなさい、秋也」
    「じゃ、じゃあ……」
    「試験は今から。そのまま堂に上がり、前回と同じ試験を受けなさい」
    「ありがとうございます!」
     秋也は立ち上がり、頭を下げた。

     その動作の、一瞬の合間に――小雪が自分に対して、さらに一層冷たい視線を向けていたことに、秋也は気付いていなかった。
    白猫夢・立秋抄 1
    »»  2012.06.22.
    麒麟を巡る話、第46話。
    秋也のいたずら心。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     伏鬼心克堂に通された秋也は、そのまま堂の中央まで進む。
    「それじゃ、今から24時間よ」
    「分かりました」
     そのままぱたんと戸を閉め切られ、秋也は一人、堂に残る。
    「……さあ、来てみろ」
     秋也は座りもせず、直立したままの状態で、「彼女」が来るのを待った。

     1時間もしないうちに、「彼女」は現れた。
    「よお」
     四ヶ月前に「彼女」を見た時は、秋也には絶望しか感じられなかった。
     何故なら倒そうとするには、彼にとってあまりにも大き過ぎる存在だったからだ。
    「……」
     だが、今の秋也にはある考え、アイデアがあった。
    「……」
    「彼女」は一言も発さず、刀を構えている。
    「……はは。そんなにさ、邪険にしないでくれよ」
     対する秋也は刀を抜かず、諸手を挙げた形で鷹揚に構えている。
     それを不快に思ったのか、それとも「彼女」は秋也を単なる敵としてしか認識していないのか――「彼女」は刀を振り上げ、秋也に斬りかかってきた。
    「お、っと!」
     初太刀を紙一重でかわし、秋也は「彼女」の腕を取った。
    「……!」
    「なあ、あんた。オレの知ってる人に、とっても似てるけど」
     秋也は手刀を下ろし、「彼女」の刀を落とさせる。
    「……!」
    「ソレについて、話をしたいんだ」
     秋也は床に落ちた刀を蹴って堂の端へ転がす。そして同時に脇差も抜いて投げ捨て、「彼女」の武装を解除した。
    「オレは、あんたと戦いたくない。話が、したいんだよ」
    「……」
    「彼女」はとても困ったような顔をした。

     秋也は動かなくなった「彼女」に、にこっと笑いかけてみた。
    「……」
     依然として困った様子を見せる「彼女」に、秋也はあれこれと話しかけてみる。
    「まず、自己紹介からかな。オレの名前は黄秋也。多分あんたと同じ、焔流の剣士だ。今年で19歳。好きな食べ物は、魚料理なら何でも。嫌いなのは、ハーブの入ったヤツ。
     なあ、あんたも座りなよ。上向いて話は、しにくいしさ」
    「……」
     気さくに話しかけてみるが、「彼女」は困った顔を緩めない。刀が飛んで行った方向を見たり、秋也を見たりと、落ち着かない様子を見せている。
    「……話せないのかな。って言うか、元々そう言う場所じゃないんだろうな。
     なあ、あんた。……その、知ってたらうなずいてほしいんだけどさ」
     秋也はためらいがちに、「彼女」にこう尋ねてみた。
    「昔、黄晴奈って人がここに来たの、知ってるか?」
    「……」
     すると――「彼女」はまだしかめ面ながらも、小さくうなずいた。
    「あ、良かった、知ってたんだ。反応もしてくれるみたいだし」
    「……」
    「彼女」は身振り手振りで何かを伝えようとしてきた。
    「えーと……?」
    《わたし あなた 戦う》
     そう解釈できたので、秋也は首を横に振った。
    「悪いけど、あんたとじゃ戦えないよ。そんな格好してたら」
     そう返すと、やはり「彼女」は困った顔をする。
    「戦わないといけないのか?」
     そう尋ねると、「彼女」はぶんぶんとうなずいてくる。
    「一体、何のために? オレを倒したら、誰かからご褒美でももらえるのか?」
    「……(否定)」
    「じゃあ、何のためなんだ?」
    「……(答えない)」
    「ソレってさ、あんたの思い込みなんじゃないのか? 『武器を持ってるから戦う相手に違いない』とか、『自分は武器を持たされてここにいる以上、入ってきたヤツは叩きのめさないと』とかさ、そんな感じの。
     何度も言うけど、オレはあんたと話がしたいから、戻ってきたんだ。戦うつもりなんか、まったく無い」
    「……(困った顔)」
     恐らくこの堂が造られて以来、秋也以外にそんな酔狂なことを言ってのけた者はいないのだろう――「彼女」はどうしていいか、分からないようだった。
    「あ、ところであんた」
    「……?」
    「名前とか、あるのか?」
    「……(否定)」
    「ま、そりゃそうか。ここに来るヤツみんな、戦おうとするんだろうし。名前なんて聞かないだろうから、あっても意味無いか」
     秋也の言葉に、「彼女」はそれを否定しかけ、慌ててばたばたと手を振った。
    「……? え、戦おうとしないヤツもいるのか?」
    「……」
    「彼女」はもどかしそうな表情を浮かべていたが、やがて床に座り込み、つつ……、と指で文字を書き始めた。

    《戦うことが剣士のすべてじゃない と ある人は答えた それがきっと 答え》
    白猫夢・立秋抄 2
    »»  2012.06.23.
    麒麟を巡る話、第47話。
    善なる心、悪なる感情。

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    3.
    「戦うことが、すべてじゃない?」
     そう問い返しつつ、秋也は考え込む。
    「ああ、でも、……いつか、お袋が似たようなコト言ってた気がする。『剣士とは、ただ剣を持つ者に非ず。その剣を正しく使う者こそ、剣士である』とかなんとか。
     ま、言われりゃその通りなんだよな。剣をやたらめたらに振り回すヤツなんか、ただのチンピラなんだし。
     やっぱり弱きを助け、強きを挫くだとか、そう言う人の役に立つコトをしてこそ、本当にかっこいい、誇り高い剣士ってヤツなんだよな」
    《その人もきっと 同じことを言いたかった と思う》
    「……だな」
     秋也はすっくと立ち上がり、「彼女」に礼を言った。
    「ありがとう。四ヶ月前、あんたにボコられなきゃ、オレはきっとそんな風に考えなかったよ。剣士は単に強いヤツなんだって、ぼんやりとしか思ってなかったから」
    「……」
    「あの後、色々あったんだ。本当に、色々。
     ……戦わない代わりにさ、ソレ、聞いてくれないか? 迷惑かも知れないけど。……いいかな?」
    「……」
    「彼女」はこく、と小さくうなずいてくれた。

     それから時間が来るまで、秋也は話をし続けた。
     昂子たち三人と旅をした話。母との修行の話。父から勉強を教わった話。兄と妹、友人たちの話。
     己の心に溜まっていたものをすべて吐き出すように、秋也はずっと、話し続けた。



    「秋也」
     薄暗かった堂に、外からの光が一条、差し込む。
    「おはようございます、家元」
     はっきりとした声で挨拶を返した秋也に、小雪が淡々と質問を投げかける。
    「眠らなかったようね」
    「ああ」
    「その割には、さして疲れてもいないようだけど。戦ったの?」
    「いいや」
     秋也は、自分を見ている小雪のその顔に、ひどく侮蔑的な感情が潜んでいるのを感じていた。
     と、その見下したような目と口が、苛立たしげに動く。
    「じゃあ、何をしていたの?」
    「話を、色々と」
     話しているうちに、秋也は小雪に対してこれまで感じたことの無い悪感情、苛立ちと嫌悪感を覚え始めた。
     恐らくそれは、彼女の方が秋也に対して抱いていた、密かな悪意が伝播・反射したのだろう。
    「なんでそんなことしたの?」
    「じゃあ聞くけど」
     秋也は半ばなじられるような、その口調と表情にたまりかね――「もう破門でもいいや」と、半ば破れかぶれの気分になりながら――尋ね返した。
    「敵と見れば当たり構わず刀を振り回すのが、あんたの言う『剣士』ってヤツなのか?」
    「……っ」
     この応答が癇に障ったらしく、小雪の目がぴく、と震えた。
    「この堂に現れたのは、話せば分かってくれるヤツだった。だからオレは刀を抜かず、話をしていたんだ」
    「……なによ、それ」
    「それとも……、小雪」
    「はい?」
    「あんたは、敵は有無を言わさず殺すべきだと、そう言うのか? それが誇りある焔流の教えだって言うのか?」
    「……」
    「もしそんなコトを言うつもりだってんなら、オレは不合格でいい。
     そんなクソみたいな答えを要求するようなヤツにオレは師事したつもりはないし、そんなヤツから合格点もらいたいなんて、絶対、思わないからな」
    「……」
     頭に血が上っているのか、小雪の顔に赤みが差す。
     だが手を挙げるようなことはせず、小雪は震える声でこう返した。
    「……この際だから、言わせてもらうわ」
    「ああ」
    「昔からの縁で仲良くしてあげてたつもりだけど、あなたのことは、嫌いだったのよ」
    「みたいだな」
    「周囲から散々甘やかされて、チヤホヤされて、下手をすると本家のうちにいるより、密度の濃い修行をして。
     それだけ環境に恵まれておきながら、あなたは落第した。
     正直に言えば、……すっとしたわ! あなたは堕ちるべき人間なんだ、やはりまともな人間じゃなかった、ゴミ同然だったんだと、これでもかと言うほど嘲笑ってやったわ!」
    「そっか」
    「……なのに、晴奈さんも小鈴さんも、母さんたちも! ゴミのようなあなたに、あろうことかもう一度、試験を受けさせてやれなんて……ッ!
     何が家元よ! わたしの威厳や権威なんて、どこにも無いじゃない! こんなのただの雇われ店主、お神輿人間じゃないの!
     その上、あなたは……ッ」
     小雪は怒りに任せ、バキ、と音を立てて戸を叩き割る。
    「あなたは二度目の試験に、まんまと合格して見せた! 何故なのよ!? 落ちたじゃない! 一度、落ちたじゃない、あなた!」
    「そうだな」
    「なんで受かるのよ!? あなたなんかずっとずっと逃げ回って、恥をかいていれば良かったのに!
     生ゴミとして黄派焔流の名を貶めていてくれれば、わたしの評判も評価も、高まったはずなのに!」
    「……」
     怒り狂う小雪に対し、秋也はふっ、と笑って見せた。
    「何がおかしいのよッ!?」
    「合格でいいんだな」
    「……~ッ」
    「小雪」
    「何よ!?」
    「あんたの言いたいコトは分かったつもりだ。オレは証書に名前を書いてさえもらえれば、二度とココへは来ないよ。ソレでいいか?」
    「……」
     小雪はぽたぽたと血の滴る拳をそのままに、踵を返した。
    「そこで待っていなさい。証書、持ってくるわ」
    「ああ」
     半ば走り去るようにその場から消えた小雪を見送りながら、秋也はぼそ、とこうつぶやいた。
    「……未熟なのはオレだけじゃないよな。オレが言えた義理じゃないけど」



     15分後。
     秋也は皆伝の証書に名を連ねたことで、晴れて焔流免許皆伝の身となった。
    白猫夢・立秋抄 3
    »»  2012.06.24.
    麒麟を巡る話、第48話。
    大先生からの餞別。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     折角、免許皆伝を得たと言うのに、秋也の周りには誰も祝福に来ない。
     たまにすれ違う門下生は、目も合わせようとしない。同格であろう剣士らも、秋也を無視してかかっている。
    (多分、小雪がオレの悪口を言いふらしたんだろうな。……ま、いいけどさ)
     そう開き直ってはみたものの、やはり心寂しく感じている。
     これ以上嫌な気分になるのも疎ましかったため、秋也は門前で叫び回ってやろうかと、半ば冗談交じりに図っていた。
     と――その門の前に、人が立っている。
    「あ……」
    「こんにちは、秋也くん」
    「大先生、お久しぶりです」
     秋也は自分の師匠でもある母親の、さらにその師匠である長耳――焔小雪の母、焔雪乃に深々と頭を下げた。
    「あなたをお祝いしてあげようと思ってね。実は、お堂の近くにいたのよ。
     ……ひどいことを言われたわね。それこそ親が聞いたら、顔から火が出るような罵倒だったわね」
     そう告げて、雪乃は深々と頭を下げ返す。
    「あ……、えっと」
     先程、小雪が見せた失態を取り繕おうと口を開きかけたが、雪乃は静かに首を振る。
    「いいのよ。……まだ、あの子も20代の半ば。自分の意に添わないことが重なれば、苛立つこともあるでしょう。
     それは分かってあげられるけれど、それでも家元ともあろう者が、あんな無礼な放言を次々浴びせるなんてね。恥ずかしい限りだわ」
    「……あの、大先生」
     秋也はもう一度、小さく頭を下げる。
    「小雪のコト、怒らないでやってくれませんか」
    「えっ?」
    「烏滸がましい言い方になっちゃいますけど、オレがうらやましかったんだろうと思います。堅い地位やしがらみに縛られず、本当、下手すると紅蓮塞にいるより、優遇されてて。
     もしオレと小雪の立場が逆だったら、オレはもっと、口汚く罵ったでしょう」
    「そう言ってもらえると、いくらか助かった気持ちになるわ。……でも、最近ね」
     雪乃は紅蓮塞を見上げ、ふう、とため息をついた。
    「先代がご存命だった頃を、良く思い出すのよ。あの、厳しくも活気と規律のあった、世界に誇るべき霊場であった頃のことを」
    「……今は、そうじゃないと?」
    「あの子が家元になって、確かに人気は上がったみたいね。男性からの。
     でもあの子は少し、我欲と自尊心に囚われ過ぎているように思えるの。あなたの話を混ぜ返すようだけれど、あの子も優遇されているのよ。何しろ、生まれる前から家元になる運命が決まっていたのだから。
     それがあの子の性根を捻じ曲げてしまっているのね。そしてそれこそが、この塞が厳格さと規律を失いゆく原因でもある。あの子はいつか、欲と慢心で己の目を曇らせ、この紅蓮塞を悪い方向へと導くでしょうね。
     それは多分、あと10年、20年ほどで起こる。そうなれば本家であるこの紅蓮塞は、人気を一挙に失い、廃れるわ」
    「え……」
    「そして代わりに人気を集めるのは、本家に染まっていない分家の方。本家での扱いに不満を覚えた皆は、きっと分家へ流れ込むわ。
     あの子の捻じれた性格は、間違いなく将来、本家に害を為すでしょうね」
    「……」
     何も言えないでいる秋也に、雪乃はくすっと笑って見せる。
    「気にしないでいいのよ。それは、本家の問題だから。成るべくして成ること、ただそれだけのことなんだから」
    「そんな……」
    「本家焔流も古くなった存在だから、そろそろガタが来たってだけよ。新しい気風は、新しいところに任せるわ。
     だから焔流剣士、黄秋也」
     雪乃はぽん、と秋也の両肩に手を置いた。
    「あなたは自分が信じられる道を、堂々と進んで行きなさい。若いあなたには、それが最も良い道になるわ」
    「……大先生……」
     ようやくかけてもらえた温かい言葉に、秋也は思わず涙していた。



     後年――焔雪乃の予感は、残念ながら的中することとなる。
     それについては後の機会に、述べさせていただくこととする。
    白猫夢・立秋抄 4
    »»  2012.06.25.
    麒麟を巡る話、第49話。
    懐かしき我が家で。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     紅蓮塞を後にし、秋也は故郷、黄海へ戻った。
    「た、ただ……いま」
     己の生家である黄屋敷の扉をそっと開け、秋也は中を確かめる。
    「あら!」
     と、屋敷の女中と目が合う。
    「お帰りなさいませ、お坊ちゃま!」
    「ちょ、お坊ちゃまはやめてくれよ。もう19なんだし」
    「奥様、お坊ちゃんがお戻りになりましたよー!」
     恥ずかしがる秋也に構わず、女中たちは大声で屋敷の女主人を呼ぶ。
    「戻ってきたか」
     と、声が返ってきた。
    「おかえり、秋也」
     秋也の母であり、かつ、かつて世界を巡った大英雄――「蒼天剣」の黄晴奈である。
    「た、ただいま、戻りました」
    「旅の顛末は小鈴と師匠、それから天狐より伺っている。
     あいつからもな」
     そう言って晴奈は、自分の降りてきた階段を指す。
    「久しぶり、秋也」
    「おわ」
     階段から降りてきた渾沌に、秋也の尻尾はビク、と毛羽立つ。
    「だから、一々私を見て驚かないでって言ってるでしょ? 傷付くんだから、結構」
    「くく、既に疵のある身ではないか」
    「あはは、そうでした、と。
     ……おかえり、秋也」
     秋也は髪と耳、尻尾の毛並みを整え、体の埃を払い、それから改めて挨拶を返した。
    「ただいま戻りました」

    「そうか……。紅蓮塞は今や、それほど品位を落としているか」
     秋也から改めて、小雪が感情任せに叱咤した件を聞いた晴奈は、はあ、とため息をついた。
    「確かに私が塞にいた頃、何度か先代には叱られたものだ。
     だがそれは、あくまで剣士を目指していた私の未熟をたしなめてのこと。左様に己の激情に身を任せて当たり散らすようなことは、終ぞされたことは無かったものだが」
    「家元を名乗るには、まだ10年は早かったんでしょうね。とんだお子様よ」
     うそぶく渾沌に、晴奈は同意する。
    「確かにな。とは言え先代が亡くなられた際、他に資格のある者はいなかった。それを鑑みるに、改めて先代がもう少し長生きをし、小雪を導いていてくれればと、そう思わずにはいられぬ」
    「そうねぇ。私としても、まだ先代が生きてたら、ちょっと顔見せるくらいのこと、したかったわね。何だかんだあって離れたけど、先代のことは嫌いじゃ無かったし」
     昔話に花を咲かせる二人に、秋也は何となく、居心地の悪さを感じる。
     それに気付いたらしく、渾沌が話を向けてきた。
    「ねえ、秋也」
    「え? あ、何?」
    「あなた、これからどうするのかしら」
    「……うーん」
     それを問われても、秋也には答える言葉が無い。
    「どう、って言われてもな。軍じゃ剣士は募集してないし、かと言って母さんの道場で教えるばっかりってのもな……」
    「ああ、それは私も勧められぬな。お前には若さと才能がある。それをこんなところで持て余すなど、勿体無いにも程があると言うものだ。
     このまま道場を継ぐと言うくらいなら、もっと世界に目を向けてからの方がいい」
    「世界に……、目を向ける? その、武者修行って言う、そんな感じで?」
    「そうね、それもいいわね。その当代家元みたいに、狭い塞の中で囲われてるよりはずっといい経験になるわよ」
    「そっか……、うーん」
     と、渾沌が口元をにやっと歪ませてくる。
    「なんなら、私と一緒に旅してみる? 楽しいわよ、こんな美人の奥さんと一緒だったら」
    「ぅえ?」
     秋也の反応を見て、渾沌は腹を抱えて笑い出した。
    「あはは……、冗談よ、冗談。間違っても晴奈のこと、『お姉さま』だとか『お義母さま』なんて呼びたくないもの」
    「くく、私も御免被る」
     笑い合う二人に、秋也も苦笑いを返すしかなかった。

     と――客間の戸を叩く音が響いてくる。
    「お母さん、こっち?」
     続いて、少女の声が客間に届く。
    「ああ、月乃。入っておいで」
     晴奈がそう声をかけると、三毛耳の、晴奈によく似た猫獣人の少女が客間に入ってきた。
    「今月の月謝、受け取ってきたから。とりあえずあたしが……」
     と、少女は秋也を見て、表情を硬くした。
    白猫夢・立秋抄 5
    »»  2012.06.26.

    麒麟の話、第1話。
    克大火の弟子;未来を見つめる者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     読めていたはずだ。
    「な……なんで……」
     ボクには、すべてが読めていたはずだった。
    「なんで……こうなった……」
     読めていたはずだったんだ!

     だけど何故、何故!?
    「思い知ったか、麒麟」
    「なにを、……何を、思い知れって言うんだッ!」
     何故ボクは、このいけ好かない、真っ黒な、
    「己の身の程を、だ」
    「……ッ、そんなもの!」
     魔術と求道と、マコトさんのコトくらいしか考えてない、
    「分かり切ってるさ!
     分かり切ってる、ボクはアンタより魔力がある! アンタより魔術理論に長けている! その上、アンタには無い能力も持ってる!」
     ボクより弱いハズの、
    「アンタなんかより、ずっとずっと、ボクの方が強いんだってコトもだッ!」
    「ククク……」
     まるで鴉みたいな、クセの強い笑い方をする、
    「もう一度だ……! もう一度来い! 叩き伏せてやるッ!
     来いよ、タイカああああああッ!」
     この師匠に。

    「お前のことは、十分に理解していたと思っていたが」
     何故?
    「過大評価していたようだ」
     何故なんだ?
    「お前がこれほどの、愚にもつかぬ暴挙に出ようとは。そして」
     何故、ボクは。
    「己が負けたことも、理解しようとしないとは、な」
     何故負けたんだ……?



     ボクには、分かっていた。

     ボクには、お師匠のタイカさん――ボクが知る限り、ボクを除けば、世界一の魔術師である、彼にも無い能力を持っていた。
     そのチカラが有ったから、タイカさんはボクを弟子にした。
     そして弟子になり、修行と勉強を続け、ボクの魔力と知力はぐんぐんと伸び、タイカさんに並び、そしてついには追い抜いた。
     そして今、ボクはタイカさんを実際に超えようと、挑んだ。

     分かっていた。
     分かっていたはずなのに。

     ボクには、分かっていたはずだった。
     でも――結果は、違った。
     ボクが分かっていた結果とは、まるで違っていたんだ。



     でも――負けた瞬間に、また、あることが分かった。
    「……そんなコト、するの……」
    「何かは分からんが、……俺はお前にそうするのだろう、な」
    「一体、ボクはどうなるんだ」
    「『見れ』ばいい」
    「……そう……だね……」
     それ以上、ボクは何も言えなかった。

     タイカさんが「見ろ」と言った瞬間、ボクはまた、未来を見た。
     そこにいたボクは、……もう、人間じゃ無さそうだった。

     ボクは一体、何になったんだろう……?

    白猫夢・麒麟抄 1

    2012.05.01.[Edit]
    麒麟の話、第1話。克大火の弟子;未来を見つめる者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 読めていたはずだ。「な……なんで……」 ボクには、すべてが読めていたはずだった。「なんで……こうなった……」 読めていたはずだったんだ! だけど何故、何故!?「思い知ったか、麒麟」「なにを、……何を、思い知れって言うんだッ!」 何故ボクは、このいけ好かない、真っ黒な、「己の身の程を、だ」「……ッ、そんなもの!」 魔術...

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    * 

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    麒麟を巡る話、第1話。
    大剣豪の息子。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     とある、教会の中。
    「母さん?」
     白地に茶色と言う毛並みをした、黒髪の猫獣人の男の子が、不意にうずくまった三毛耳の母親を見て驚く。
    「どうしたの?」
    「……あ、……いや」
     普段から気丈に振る舞い、凛々しい姿を見せるこの母が、こんな青ざめた顔を見せるとは思わず、少年は戸惑った。
    「顔色、わるいよ? 大丈夫?」
     が、顔色とは裏腹に、その声はいつも通りにはっきりと、芯の通った音を放っている。
    「心配無用、……だ。疲れが溜まっていたのかも知れぬ。少し、休むとしよう」
    「あ、うん。……はい」
     少年は母の手を引き、近くの椅子に腰かけさせた。
    「ダメだよ、無理しちゃ」
    「はは……」
     母親は少年の頭を優しく撫でながら、こんな風に返してきた。
    「いや、久しぶりの旅行で、多少はしゃいでしまったようだ。
     ……思い出すよ、昔、私がこの辺りを旅していた時のことを」
    「ここ、前にも来たことあるの?」
    「ああ」
     少年も母の横に座り、続いて質問する。
    「いつ?」
    「いつだったかな、えーと……、そう、12、3年ほど昔かな」
    「その頃、何をやってたの? どんな旅だったの?」
     母親は肩をすくめ、こう返す。
    「今とそれほど、変わらない。その時も私は、剣士だった。旅は、その関係でやっていた」
    「へぇ」
     彼女の言う通り、その腰には、見事な刀が佩かれていた。
     少年は母親の活躍を、もっと小さな時から聞き及んでいたし、その旅がどれほど波瀾万丈に満ちたものであったか、想像を膨らませていた。
    「むしゃしゅぎょー、ってやつ?」
     が、この問いには若干、母親は口ごもる。
    「いや、その」
     彼女ははにかみ、答えを濁してしまった。
    「……まあ、そうしておいてくれ」
     しかし少年にとっては、その答えは彼女を剣士として尊敬するに、値するものだった。
    「すごいね、母さん」
    「……ふふっ」
     やがて胸中に生じたそのときめきは、彼にこんなことを言わせた。
    「ねえ、母さん」
    「うん?」
    「オレもいつか、むしゃしゅぎょーに出てみたい」
     その言葉に、母親はにっこりと笑って見せた。
    「はは、それはいい。剣士を目指すなら、やってみろ」
    「うん」
     少年も、満面の笑顔で応えてみせる。
    「期待しているぞ」
     母親はもう一度、少年の頭を優しく撫でつけた。
    「秋也」



    「秋也くん」
    「……んあ……」
    「秋也くーん」
    「……んにゅ……」
    「しゅ、う、や、くーん」
     三度も名前を呼ばれ、トントンと頭を叩かれたところで、秋也は飛び起きた。
    「ふあっ!? ……おっ、おはようございます、藤川の姉(あね)さん!」
    「もお、秋くん遅いよー。もしあたしが君を狙いに来た刺客だったら君、とっくに額に穴開けられて死んじゃってるわよ?」
     そう言ってクスクス笑う大先輩の短耳、藤川霙子に、秋也はぺこぺこと頭を下げた。
    「すみません、精進します」
    「ま、今日くらいは目一杯寝といた方がいいかも知れないけどね」
    「えっ?」
     聞き返した秋也に、霙子は「あ」と返した。
    「ごめーん、今のは内緒。聞かなかったことにしといて」
    「え、あ、はい……?」
     きょとんとする秋也に背を向け、霙子は身支度するよう促した。
    「顔、洗ってらっしゃい。シャキっとしとかないと、今日の試験、通らないわよ」
    「はい、ありがとうございま……」
     秋也はもう一度、ぺこりと頭を下げる。
    「……早えぇー」
     顔を挙げた時には、霙子は既に、寝室の戸を閉めた後だった。



     彼の名は、黄秋也。「縛返し」「蒼天剣」の異名を持つかの大剣豪、黄晴奈の息子である。
     この日は彼の、焔流剣士としての真価を問う日――免許皆伝試験の実施日となる。

    白猫夢・秋分抄 1

    2012.05.02.[Edit]
    麒麟を巡る話、第1話。大剣豪の息子。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. とある、教会の中。「母さん?」 白地に茶色と言う毛並みをした、黒髪の猫獣人の男の子が、不意にうずくまった三毛耳の母親を見て驚く。「どうしたの?」「……あ、……いや」 普段から気丈に振る舞い、凛々しい姿を見せるこの母が、こんな青ざめた顔を見せるとは思わず、少年は戸惑った。「顔色、わるいよ? 大丈夫?」 が、顔色とは裏腹に、そ...

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    麒麟を巡る話、第2話。
    幼馴染は家元。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「おはよう、秋也」
     家元の間に通された秋也は、ぴし、と背筋をただした。
    「おはようございます、こゆ、……家元」
     上座に座っていた、まだどこか幼さの残る長耳は、にこりと笑って立ち上がった。
    「『小雪お姉ちゃん』でも構わないけれど?」
    「い、いえ」
    「まあ、そう呼ぶような歳でも無いわよね。何だかんだ言って、わたしももう25だし、あなたも18になるし」
    「19です」
    「ああ、ごめんね。……と、コホン」
     現焔流剣術家元、焔小雪は空咳をし、場の空気を改める。
    「本日、あなたには焔流剣術の、免許皆伝試験を受けてもらいます。
     試験については、何か聞いてる?」
    「いえ」
    「なら、いいわ。付いてきなさい」
     秋也を伴い、小雪は試験場へと向かう。
    「試験の内容は、至って簡単。丸一日、つまり24時間、試験場内で眠らずに過ごすことよ」
    「あ、だから藤川の姉さん……」「ん?」「あ、いえ、何でも」
     10分ほどで秋也たちは試験の場、伏鬼心克堂に到着した。
    「入門時、あなたはここで何か、見た?」
     小雪の問いに、秋也はクスクスと笑う。
    「ええ、鬼を」
    「それなら分かると思うけれど、ここは自分の心の中で思ったことが、その場に現れるところ。
     24時間ずっと、無心ではいられないでしょうし――そんなことしてたら寝ちゃうわね――何が起ころうと、意識を途切れさせないようにね」
    「はい」
     刀と防具を装備させられた状態で、秋也は堂の中央に残された。
    「それじゃ今から、試験開始よ。24時間後、起きてる状態でわたしと問答を交わせたら、試験は合格。
     それじゃ、頑張ってね」
     そう言って小雪は、すとんと堂の扉を閉ざした。

     一人残った秋也は、入門した時のことを思い出していた。
    (朝見た夢……、アレって確か、オレが9歳か、10歳かくらいの時だよな。
     央中の、ゴールドコースト市国。あそこにある、ウィルんちの教会で、……そう、オレはあの時初めて、母さんに、『剣士になりたい』って言ったんだ。
     それから央南に戻った後、いきなり『紅蓮塞へ行くぞ』って言われて、で、このお堂で……)
     そこまで想起したところで、秋也の目の前に、入門した時に見たものと同じものが現れた。
    「……よお、久しぶり」
     現れたのは、筋骨隆々とした肉体に襤褸(ぼろ)を纏い、己の腿ほどもある金棒を担ぎ、頭に猛牛を思わせる角を一対生やした、幻想の益荒男――鬼だった。
     鬼は一言も発さず、秋也に襲い掛かってきた。
    「うお、っと!」
     秋也はひらりと初弾をかわし、刀を抜く。
    「やる気ってんなら、オレも本気出すぜ!」
     秋也の構えた刀に、火がすうっと走る。
    「『火刃』ッ!」
     秋也が10年修業した焔流剣術の神髄、「燃える刀」である。
    「さあ来いよ、筋肉デブ!」
    「グオオオオ!」
     鬼は咆哮を挙げ、秋也の頭めがけて棍棒を振り下ろす。
     それをトン、と一歩退いてかわし、すぐにまた、一歩、二歩と踏み込む。
    「りゃあああッ!」
     猛々しく燃える太刀が、鬼の額をざくりと割った。
    「ゴッ、ゥオオオオ……」
     鬼は悲鳴に近い咆哮を漏らし、ごとんと音を立て、仰向けに倒れた。
    「お、っとと」
     その振動で一瞬、秋也の体は浮き上がったが――。
    「……へへ、どんなもんだ」
     秋也はすとんと床に降り立ち、勝ち誇った。
    「コレで試験、修了か? だとすると、あんまりにも味気無さ過ぎるけど……?」
     と、自慢げに鼻を鳴らしつつ、そうつぶやいたところで――。
    「ま、そりゃそうか。コレで終わりじゃ、なぁ?」
     秋也は振り向き、いつの間にか現れた新たな鬼と対峙した。



     それから、半日後。
    「……いい加減に終われよぉ……」
     試験開始からこの時点まで、秋也は計、18匹の鬼を斬り伏せた。
     初めはひらりとかわし、さくりと斬って、それで終わっていた調伏だったが、敵は次第に、強く、速く、そしてしぶとくなっていった。
     今倒した18匹目に至っては、刀の刃がまともに通らなかった。そのため全体重をかけて突き入れるしかなく、結果――。
    「くっそ、……曲がった」
     秋也は鞘に納められなくなった刀を乱暴に投げ捨て、その場で大の字に寝転んだ。
    「もういいだろ、……もう充分だろって」
     ゼェゼェとした荒い息を鎮めながら、秋也は辺りの気配を伺う。
    (もー出んな、もー出んなよー……)
     この時秋也は、この堂が、己が心に思い浮かべたものが現れる場所であると言うことを忘れていた。
     そのため鬼が出てこない理由を、「自分が『出てくるな』と念じているから」とは理解しておらず、単に量か運の問題だと思っていた。
    (もう打ち止めなのか、それとも出るのに手間取ってんのか。
     つーか、皆こんなコト、よくやるよなぁ。どーやって24時間も戦えってんだ)
     ちなみに――彼の母、黄晴奈はこの免許皆伝試験の「設問」を理解し、見事に解いて見せたが、この時点で秋也は、まだ「設問」に気付きもしていない。
    (母さんもやったんだよなぁ、コレ。……そりゃコレ通ってたら、剣豪って呼ばれるよなぁ)
     そのため、彼はある意味、最も困難な敵を呼び出してしまった。

    白猫夢・秋分抄 2

    2012.05.03.[Edit]
    麒麟を巡る話、第2話。幼馴染は家元。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「おはよう、秋也」 家元の間に通された秋也は、ぴし、と背筋をただした。「おはようございます、こゆ、……家元」 上座に座っていた、まだどこか幼さの残る長耳は、にこりと笑って立ち上がった。「『小雪お姉ちゃん』でも構わないけれど?」「い、いえ」「まあ、そう呼ぶような歳でも無いわよね。何だかんだ言って、わたしももう25だし、あなた...

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    麒麟を巡る話、第3話。
    鬼より怖い母。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     その瞬間、空気が変わったのを、秋也は感じた。
    (……熱っつ……?)
     不意にやってきた熱気に、秋也は曲がった刀をつかんで飛び上がった。
     そこにいたのは、自分と同じくらいの歳に見える三毛耳の、猫獣人の少女だった。
    (母さん!? ……じゃない)
     自分が知るより大分若い彼女の姿に、秋也はそれが、母本人ではないとすぐに気付く。
     しかし、この期に及んでもまだ、彼は試験の本意に気付いていない。
    「なんだよ、まったく……。鬼の次は、鬼より怖えぇお袋かよ。しかも若い頃の、か?」
    「……」
     秋也の言葉に一切反応することなく、彼女は刀を振り上げ、襲い掛かってきた。
    「よ、っと!」
     彼女の初太刀をかわし、秋也は反撃に出ようとする。
    「……」
     だが彼女は両手で振り下ろした刀をくい、と返し、左手を離して、右手一本で薙いできた。
    「おわぁ!?」
     とっさに上半身を反らし、二の太刀もかわす。
     だがそこで、彼女はもう一度両手で刀を握り、再度斬りつけてきた。
    「うぐ、……っ、らああああッ!」
     三の太刀はかわし損ね、秋也の左肩にわずかながら痛みが走る。
     それでも秋也は「彼女」の足を蹴り、その反動で間合いから大きく外れた。
    「はっ、はっ……、くそ、三つ目が本命の太刀筋だったか」
     蹴られたため「彼女」も体勢を崩し、うずくまっている。
     しかし秋也が構え直すと同時に、「彼女」も構えてくる。秋也の蹴りによる痛みは、全く感じていないようだった。
    (まっずいなぁ。勝てる気がしねー)
     仕方なく構えてはいるが、まっすぐに敵の喉元を狙うべき刃先はぐにゃりと曲がり、「彼女」の背後にある、がっちりと塞がれた木戸を指している。
     秋也自身も疲労の色が濃く、少しでも気を緩めれば、刀を落としてしまいそうなほど、その両手は震えていた。
    「……あんまりこんなコト、……あんたに言えねーけど」
    「……」
    「あえて、言ってやんよ。
     来いよ、……お袋」
     その言葉に応えるように、「彼女」は刀を振り上げ、再び襲い掛かってきた。



     秋也は一度だけ、母親を本気で怒らせたことがある。
     勿論、親子であるから、叱責を受けることは多々あるし、小言を言われたことも少なくない。
     だがその時は、親子としての範疇を超えるくらいの、滅茶苦茶な怒りをぶつけられた。

     母親、黄晴奈が「蒼天剣」の異名を持つ所以は、彼女の持つ唯一無二の名刀、「晴空刀 蒼天」の別名から来ている。
     その「蒼天剣」は、今は彼女が黄海に構える焔流剣術道場に、大切に飾られているのだが、それを何年か前に、秋也がふざけて持ち出し、友人らに見せびらかしたことがある。
     これが発覚し、秋也は母親に怒られた。だがその叱り方は尋常なものではなく、秋也は頭に3針縫うほど滅多やたらに打たれ、「自分はやってはいけないことをしたのだ」と猛省した。

     勿論、現在の秋也はその理由を、良く理解している。
     とある教団の現人神から直々に賜った刀であるし、その希少性は計り知れない。それに道場のシンボル、一種の「御神体」とも言える逸品を、例え自分の息子であるとしても、子供がそう簡単に持ち出したり、盗んだりしていいものではないからだ。
     それ以上に、あの刀が恐ろしい力を秘めた、一種の「兵器」じみたものであると言うことを、秋也は持ち出し、周囲に見せびらかそうとしたその時に、深く理解させられた。



    (鞘から抜いて、刀身が見えた途端、オレも友達も、一斉に吐いたり漏らしたりしてたからなぁ……。アレは何て言ったらいいか分かんねーけど、……とにかく、怖かった。
     そりゃ、お袋もマジギレするよなぁ)
     その時に散々浴びせられた拳の痛みを、秋也は思い出していた。
    (……勝てないだろうなぁ……)
     秋也の頭には、どう考えを巡らせても、自分が母親を下す風景は、浮かんでは来なかった。



    「秋也」
     声に気付き、秋也は目を覚ます。
    「……あ……」
     目を開けると、無表情の小雪と目が合った。
    「……その……いやさ……」
    「……」
    「……だって……あんなの……」
    「……秋也」
     倒れたままの秋也に、小雪は冷たい声で問いかける。
    「問題は解けた?」
    「……え? 問題? 問題って、……なんだ?」
    「解けなかったのね」
     小雪は秋也に背を向け、入口に向かう。
     そして堂を出たところで、秋也に目を合わせず、こう告げた。
    「不合格よ」

    白猫夢・秋分抄 3

    2012.05.04.[Edit]
    麒麟を巡る話、第3話。鬼より怖い母。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. その瞬間、空気が変わったのを、秋也は感じた。(……熱っつ……?) 不意にやってきた熱気に、秋也は曲がった刀をつかんで飛び上がった。 そこにいたのは、自分と同じくらいの歳に見える三毛耳の、猫獣人の少女だった。(母さん!? ……じゃない) 自分が知るより大分若い彼女の姿に、秋也はそれが、母本人ではないとすぐに気付く。 しかし、こ...

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    麒麟を巡る話、第4話。
    落第。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     秋也が堂を出たところで、小雪はようやく顔を向けてきた。
    「……」
     だがその顔には、温かさは微塵も感じられない。昨日までのニコニコと笑う彼女の姿は、そこには無かった。
    「あの、こ、こゆ、……家元……」
    「残念ね」
    「う……」
     小雪は冷たいまなざしを向け、続いてこうなじる。
    「あなたはもっと、剣士として修業を積むべきね。ちょっと大きな大会で優勝して、慢心が過ぎたんじゃない?
     繰り返すわ。あなたは、落第よ。焔流剣士などとは到底呼べない半端者、未熟者。
     あなたは落伍者よ、黄秋也」
    「……っ」
     秋也は何も言えず、その場から逃げ去った。



     気が付くと、秋也は紅蓮塞からも離れ、街道からも大きく外れた、薄暗い林の中にいた。
    「はっ……、はっ……」
     息がひどく荒い。逃げた疲れに加え、十中八九通ると確信していた試験にも落第し、その結果を呑みこめないでいたからだ。
    「……ウソだろ、こんなの……」
     思わず、そんな言葉が出る。
    「オレが、……オレだぞ? 黄晴奈の息子の、黄秋也だぞ? そのオレが、なんで、……なんで、不合格に……っ」
     だが、現実逃避しようと、否定しようとも、心のどこかでは、泣く泣く理解している自分もいる。
    「……なんでだよっ……!」
     思わず、側にあった木を殴りつける。
     ミシ、と音を立て、秋也の胴くらいに太いその木の幹に、拳の跡が付いた。
    「ふざけんな、ふざけんなっ……! オレが失格だとおおぉぉッ……!?」
     秋也は落第した羞恥心と、湧き上がってきた怒りとを、続けざまに木へとぶつける。
     何度も殴りつけるうち、木はベキベキと折れ、地面へと横倒しになった。
    「……はあっ、はあっ、……はあ……っ」
     秋也の方もこらえ切れず、その場に倒れ込んだ。
    「……問題ってなんだよ、問題って? ……鬼、倒すだけじゃねーのかよ? そりゃ確かに、お袋は倒せなかったけど、でも、……倒せるワケ、ねーだろぉ?」
     怒りから戸惑い、諦観と、秋也の心の中は大きくうねり、ざわめき、そして絶望感が押し寄せてくる。
    「……帰れねえ……」
     秋也はこのまま実家に戻った後、皆がどう自分を責め立てるか考えずにはいられなかった。
    (母さんは……、きっと、オレに失望するだろう。あれだけ、『お前ならできる』って言ってもらったのに。父さんや兄貴も、がっかりするだろう。月乃も散々、オレを馬鹿にするだろうな。
     ……このまま帰ったら、オレは一家の笑い者だ。オレのせいで黄家の名に泥を塗るなんて、……そんなコト、できるかよ)
     秋也は自分が折った木に座り、考えをまとめ直す。
    (……もう実家には戻れない。少なくともちゃんと、試験を修了するまではダメだ。……でも、どうやってお袋を倒せって言うんだ?
     ……いや、でも、……待てよ? まさかオレ以外の、他に試験を受けてた奴も、お袋を相手にしたのか?
     確かにお袋は英雄って呼ばれた人だけど、ソコまでか? そんな、長年続いた試験の内容を変えさせるほど、すごいのか? 当たり前の話だけど、お袋が試験を受ける前は、お袋が試験に出るなんてコト、あるワケないし。
     じゃあお袋が、小雪さんに『自分を出すように』ってねじ込んだか? ……いくらなんでもそこまでさせるワケが無い。第一、お袋はそーゆーコトするのも、されるのも嫌いな性格だし。
     じゃあ、……アレって、……一体なんでなんだ? 何であのお堂で、オレはお袋と戦わされたんだ?)
     そのうちに、秋也にこんな考えが浮かぶ。
    (……聞いてみたいな。他の、『ちゃんとした』焔流剣士に、あの試験はどう言うものだったんだ、何を問われてたんだ、ってコトを)
     とは言え、率直にそんなことを聞いても、相手にされるわけが無い。
    (試験に落ちたオレが、『試験の答え方教えてくれ』なんて聞いたら、それじゃただのカンニングだ。教えてくれるワケが無い。
     だから、……まずは、オレのコトを知らない奴を捕まえて、……それとなく聞き出す、……しかないか。
     ……となると、ゴールドコーストとか、そーゆーのが集まるところに行かないとな。……っつっても、オレ今、金も刀も持ってないし、山越えなんてできない。
     あいつのところ、行ってみるか。あいつなら、……まあ、散々言われるだろうけど、助けてくれるだろ)
     秋也は立ち上がり、「あいつ」――弧月の若い富豪、橘喜新聞社の令嬢、橘飛鳥を訪ねることにした。

    白猫夢・秋分抄 4

    2012.05.05.[Edit]
    麒麟を巡る話、第4話。落第。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 秋也が堂を出たところで、小雪はようやく顔を向けてきた。「……」 だがその顔には、温かさは微塵も感じられない。昨日までのニコニコと笑う彼女の姿は、そこには無かった。「あの、こ、こゆ、……家元……」「残念ね」「う……」 小雪は冷たいまなざしを向け、続いてこうなじる。「あなたはもっと、剣士として修業を積むべきね。ちょっと大きな大会で優勝して...

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    麒麟を巡る話、第5話。
    再挑戦への交渉。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     開口一番、橘飛鳥は秋也にこう言い放った。
    「アンタって、あたしが思ってた以上にバカだったのね」
    「う……」
     苦い顔をした秋也に、飛鳥は立て続けになじってくる。
    「小雪さんの言う通りじゃん。アンタ最近、天狗になり過ぎだったし。そもそも、ちょっといーコトあると、途端に得意げになる、かるーい性格してるし。
     そんなだから試験に落ちたのよ。ホントにバカね、アンタ」
    「……返す言葉が無い。お前の言う通りだ。……って、……飛鳥?」
    「何よ?」
    「何で小雪さんがオレに言ったコト、お前が知ってるんだ?」
    「アンタね、小雪さんが晴奈さんに報告しなかったと思ってんの? その筋でとっくに聞いてんのよ」
    「……マジか……」
     落ち込む秋也に、飛鳥はふん、と鼻を鳴らす。
    「アンタがいくらごまかそう、隠そうとしても、向こうはとっくに知ってんのよ? 逃げてどーすんのよ、このバカっ」
    「……」
     すっかり縮こまった秋也に、飛鳥はふう、とため息をついて見せた。
    「で? アンタはあたしのトコに来て、何しようっての? 泣き言こぼすためじゃないわよね?」
    「……そりゃ、まあ。……どうにかしてもう一回、試験を受けさせてもらって、もし受けさせてもらえるなら、今度はちゃんと合格したいし、……試験対策したいな、って」
    「試験対策?」
    「……その」
    「まさかアンタ、試験受かった奴を探して答えを聞き出そう、なんて思ってやしないわよね?」
    「ちっ、違う違う! そうじゃない!」
     内心を見透かされた秋也は、慌てて取り繕う。
    「もう一回ちゃんと修業して、今度こそ受かるように万全を期したいんだ。で、その修業として、央中に渡ろうと……」
    「ふーん」
     飛鳥の目は明らかに疑いの色を帯びていたが、それでも納得した姿勢を見せる。
    「じゃあアンタ、央中に行きたいから金を貸せ、ってコト?」
    「……ダメかな」
    「いいわよ」
     意外にあっさり承諾され、秋也はきょとんとする。
    「い、いいのか?」
    「いいわよ」
    「条件とか……」
    「あるわよ勿論」
    「……だよな」
    「とりあえず、央中に行きたいってコトだから、旅費として5万玄出したげるわ」
    「5万も?」

     ちなみに双月暦6世紀半ば、世界経済を席巻しているのはクラムではなく、央南の玄銭と央中のエル通貨である。
     中央政府の消滅と西大海洋同盟の台頭、そして央北各州・各国の分裂によりクラムは暴落し、今では全盛期と比べようがないほどに価値は低い。
     一方で、西大海洋同盟の本部が央南にあるため、名目的には玄銭が基軸通貨の役割を果たしてはいるが、長年成長が続く央中経済に支えられるエル通貨もまた、世界中から信用を集めている。
     現在の双月世界は、二つの基軸通貨が存在しているのだ。

    「で、見たところアンタ、刀も無いみたいだし、それも工面したげる」
    「マジかよ」
    「その代わり」
     飛鳥は秋也に掌を見せ、一呼吸の間を置いて、条件を提示した。
    「昂子(あこ)を央中のミッドランドに連れてったげて」
    「昂子ちゃんを? 何で?」
    「それについては、あたしが説明したげるわ」
     と、二人が話をしていた応接間に、赤毛の長耳が現れた。
     飛鳥の母、橘小鈴である。
    「あ、ども。ご無沙汰してます」
    「んふふ、あんたも大変ねぇ」
    「う……、はい」
     そう返され、秋也は赤面するしかない。
    「ま、晴奈とか小雪ちゃんには、あたしらがうまく言っといたげるから、そんなに落ち込まないでいいわよー。また、頑張んなさいな」
    「助かります、小鈴さん」
    「んで、昂子をミッドランドに、って話なんだけどね。
     あたしが旅してた時なんだけど、鈴林って子が一緒にいたのよ。今はその子、ミッドランドにいてね。魔術師になりたいって言うから、鈴林のトコに預けようかなーって」
    「そうなんですか」
    「鈴林もいい性格してんのよねぇ。『5年くらいで帰ってきなさいよ』っつってんのに、もう20年もあっちにいんのよ。しょうがないからあたしらの方から、向こうに押しかけてやろうかと思って。
     でも飛鳥はこないだ入社させたばっかだし、あたしもアレコレ忙しいし。かと言って旦那や兄貴とか、社の連中に任せるのも心許無いしー、丁度よく手ぇ空いてんのがいないかなーって感じだったんだけど」
    「渡りに船、って言うとアンタに都合良過ぎだけどね。
     ま、そんな事情があるから、アンタには旅費兼、昂子を送る費用として、5万玄あげるわ」
    「どもっス」
     秋也はぺこりと、小鈴・飛鳥母娘に頭を下げた。



     こうして――経緯はどうあれ――秋也の旅が始まった。
     この旅は存外に長い旅となることを、秋也はまだ知らない。

    白猫夢・秋分抄 終

    白猫夢・秋分抄 5

    2012.05.06.[Edit]
    麒麟を巡る話、第5話。再挑戦への交渉。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 開口一番、橘飛鳥は秋也にこう言い放った。「アンタって、あたしが思ってた以上にバカだったのね」「う……」 苦い顔をした秋也に、飛鳥は立て続けになじってくる。「小雪さんの言う通りじゃん。アンタ最近、天狗になり過ぎだったし。そもそも、ちょっといーコトあると、途端に得意げになる、かるーい性格してるし。 そんなだから試験に落ちた...

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    麒麟を巡る話、第6話。
    英雄、「大徳」の今。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     西大海洋同盟が発足したのは、双月暦520年のことである。
     元々は、「中央政府」と呼ばれた央北の超大国を壊滅・占領した「ヘブン」と呼ばれる新興軍事国に対し、北方・央中・央南の三地域が軍事・政治的連携を取ったことに端を発する組織である。
     発足後、「ヘブン」との間で戦争が起こり、その結果、同盟側が勝利を収めた。同盟側から多額の賠償金や補償を求められた「ヘブン」は瓦解し、十数の国に分裂。これにより、「中央政府」の名残はほとんど消え去り、今では央北の地域通貨、「クラム」と言う名前の由来に残っている程度になった。

     その西大海洋同盟を提唱し、そして発足させた立役者が、「蒼天剣」黄晴奈と並ぶ英雄、「大徳」エルス――リロイ・L・グラッドである。
     彼は政情が安定し、同盟の長期存続が決定した521年、同盟の加盟国首脳たちの圧倒的支持を得て、トップである総長に就任した。彼はその後、穏健に職務を全うしていたが、10年後の531年、「健康上の理由から」として、その職を辞した。
     その後2年の静養期間を経て、彼は妻の橘小鈴と共に、ある事業を立ち上げた。それが現在、央南全域にその名を知らしめる大企業、「橘喜新聞社」である。



    「やあ、シュウヤ君。久しぶりだねぇ」
     何年かぶりに見るエルスを見て、秋也は驚いた。
    「お久しぶりです。……あの、まだお体、どこか」
    「いや、悪くない、……つもりなんだけどね。年々、げっそり痩せてくるみたいで。久しぶりに会った人にはみんな、びっくりされるんだ」
     最後に会ったのは5、6年ほど前だったが、その時も確かに細身ではあった。しかしその時はまだ、秋也の目には健康的には見えていた。
     しかし今、目の前にいるエルスはひどく頬がこけ、杖を手にする姿が痛々しく感じられる。
    (確かエルスさんって、……まだ、53だったよな? もう二回りは老けて見える)
    「60、70くらいに見えちゃうかな」
    「あ、いえ、そんなことは」
     慌てて取り繕う秋也に、エルスはクスクスと笑って見せる。
    「いや、いいんだ。歳より苦労した性質でね、いや、本当に。またおじさんの昔話が……、と思われるかもだけど、本当にずっと苦労しっぱなしだったから。この姿は言わば、同盟からもらった勲章みたいなもんだよ」
    「はあ……」
    「リロイ。そんくらいでいいでしょ、『自慢話』は」
     と、エルスの唇に、小鈴が人差し指を当てる。
    「はは……、そうだった。
     まあ、小鈴から聞いたと思うけど、昂子をミッドランドに連れて行ってほしいんだ。彼女も飛鳥も、他の子も忙しいし、僕では、満足に送りきれるか不安だし」
    「ええ」
    「その代わりに、君には刀と5万玄を出す。
     それと、セイナやコユキちゃんに打診して、逃げ出した件は不問にしてもらって、その上でもう一度試験を受けられるよう、便宜を図る。
     この条件で、いいかな?」
    「はい、お願いします」
    「うん、承知した」
     エルスは扉に向き直り、声をかけた。
    「じゃあ昂子、入っておいで」
    「はいっ」
     扉が開き、まだ幼い雰囲気の残る、銀髪に長耳の女の子が入ってきた。
    「久しぶり、昂子ちゃん」
    「お久しぶりです、秋也兄ちゃん」
     ぺこ、と行儀よく頭を下げた昂子に、秋也は面食らう。
    (あれー……? コイツ、こんなに礼儀正しかったっけ)
     と、小鈴が地図を秋也たちに見せつつ、旅の行程を指示してきた。
    「ルートについては指定はしないつもりだったけど、秋也くん、修業したいって言ってたし、昂子もちょっとくらいは経験積んどいた方がいいだろうしってコトで、屏風山脈を越える道を勧めるわ」
    「分かりました」
    「それから、出発は4日後ね。刀は明日には届く予定なんだけど、昂子の学校の退学手続きが進まなくって」
    「そうなんですか」
    「ふつーの転学とは違うし、向こうが納得してくんないのよ。『安易な退学は認められない』つって。
     ま、明後日には鈴林と、その師匠の方から一筆来るから、ソレで納得するだろうし」
    「一筆ですぐ納得? そんなにすごいんですか、その、鈴林さんの師匠って」
     秋也にそう問われ、小鈴はふふん、と鼻を鳴らす。
    「聞いて驚けってヤツよ。なんとあの、『克』よ」
    「かつみ? ……って、……まさか!?」
     驚く秋也に、小鈴は続いていたずらっぽい笑みを浮かべた。
    「そう、克大火! ……の弟子の、克天狐ちゃん」
     この返しに、秋也は思わずずっこける。
    「そ、そうなんスか」
    「つっても腕は確かも確か、超々一流よ。近年じゃ『天狐ゼミ』つって、毎年20人とか30人限定で、天神大学とかの一流大学の博士課程レベルの集中講義やってるトコだし。
     今じゃ、央中で最先端の魔術研究やってる人で、天狐ゼミにいなかった奴はいないってくらいよ」
    「へぇ……」
    「ま、そうは言っても、まだ13歳だし、昂子は。
     しばらくはテンコちゃんやレイリンちゃんの手伝い役をする予定なんだ。言ってみれば、丁稚みたいなもんかな」
    「……」
     そう言って昂子の頭を撫でるエルスに対し、昂子は笑って見せていたが――。
    (……目、笑ってねー。すげー嫌そう)
     ほんの一瞬だけ垣間見せた昂子のその顔は、秋也のよく見知っている、以前の彼女のそれだった。

    白猫夢・橘喜抄 1

    2012.05.08.[Edit]
    麒麟を巡る話、第6話。英雄、「大徳」の今。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 西大海洋同盟が発足したのは、双月暦520年のことである。 元々は、「中央政府」と呼ばれた央北の超大国を壊滅・占領した「ヘブン」と呼ばれる新興軍事国に対し、北方・央中・央南の三地域が軍事・政治的連携を取ったことに端を発する組織である。 発足後、「ヘブン」との間で戦争が起こり、その結果、同盟側が勝利を収めた。同盟側か...

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    麒麟を巡る話、第7話。
    20年の結果。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     エルス・小鈴夫妻には子供が4人いる。
     その内の一人、長女の飛鳥は秋也と同じ19歳ながら、既に橘喜新聞社の社員として働いており、将来は次期社長、小鈴のポストに就くと目されている。
     一方で末娘の昂子は、先月で13歳になったばかりの少女である。そんな多感な時期にある彼女は、その先月の誕生日にこんなことを言いだしたのだ。
    「お父さん。あたし、『レイリンさん』の話をお母さんからずっと聞いてて、魔法使いに憧れてきたの。普通の学生さんをやるより、魔術のお勉強がしたい」
     これにはエルスも面食らったが、一方の小鈴は、二つ返事で了承した。
    「ん、いいわよ?」
    「えっ」
     簡単に認められると思っていなかったらしく、今度は昂子の方が面食らった。
    「え、その、いいの、本当に?」
    「いいわよ。あたしも本格的に旅に出たの、あんたと一緒くらいの頃だし」
    「そうだったっけ?」
     突っ込んでくるエルスを「いいから」と制しつつ、小鈴は昂子にこう尋ねた。
    「じゃああんたは、しばらく向こうで暮らしたいってコトね? 最低5年くらいは」
    「ご、5年?」
    「もっと短いって思ってた? 今みたいな中学校のお勉強と同じくらいのレベルで、2年か3年でハイ終わり、って?」
    「それは、その、想像してなかったけど」
    「ソレくらい覚悟がいるコトよ、コレは。もし覚悟があるなら、鈴林のトコに連れてってあげるけど、どうする?」
    「え、と……」
     母の問いに、昂子は黙り込む。
     それを受けて、小鈴はこう言葉をつなげた。
    「……3日待ってあげる。その間に、本気の本気で魔術師やりたいか、それともやっぱり学生でいたいか、選びなさい」
    「……うん」

     そして3日後、昂子は魔術師になることを決意。
     小鈴はその決意に応え、学校の退学手続きや鈴林・天狐への打診など、彼女が一端の魔術師になるための下準備を、きっちりと揃えてくれた。



    「……正直言うと、ショックだったんだよねぇ」
     夕食を済ませた後、エルスは秋也を伴い、二人で酒を呑んでいたのだが、エルスは不意に、そんな風につぶやいてきた。
    「ああ、やっぱり娘さんが離れちゃうのは……」
    「うん、まあ、それもなんだけど」
     エルスはくい、と軽くグラスを口に付け、一拍間を置いて話を続ける。
    「まあ、ほら、20年くらい前、僕が同盟にいた時に、『積極的に学校を作って通わせましょう』って提唱したんだよね」
    「……ああ、なるほど」
    「だからせめて、自分の子供はちゃんと全員、学校に通わせたかったなーって言うのがね」
    「よりによって、昂子ちゃんに『イヤ!』って言われちゃったわけですね」
    「そうなんだよ」
     エルスはもう一度酒を口に含み、また一呼吸おいて話を続ける。
    「……愚痴ばっかりでごめん、とは思うけど、……もうちょっと聞いてほしいんだ。
     僕はね、シュウヤ君。同盟域内の生活向上をと思って、学校の充実とか、水道や街道の整備とか、色々やってたんだよ。
     それがもう、何か言う度に『ダメだ』『イヤだ』の大合唱だったんだよ。通すのにどれだけ苦労したか。本当にもう、みんな頭が固いのなんのって……」
    「はあ」
    「それで、本格的に胃を壊しちゃったんだよねぇ。もうこれ以上は無理だ、となっちゃってね」
    「で、親父にバトンタッチ、ってワケっスね」
    「そう、その通り。でも、……まあ、君の印象を悪くしたらごめんだけど、良く続いてると思うよ、トマスは。総長になってもう、10年近くになるんだからね」
    「でも、まあ、親父も結構辛いって言ってますよ。そのうち、兄貴に後を継がせたいって」
    「シュンジ君に、か。ああ、彼はトマスそっくりだからね。きっと、こなせるだろうな。
     ……でも、シュンジ君も相当、苦労するだろうね」
     もう一度酒を呷り、エルスはどこか落ち込んだ表情を見せた。
    「政治の世界は、どす黒いよ。全員の利益になることを提案しても、どうしてか賛成されないんだ。
     何故なら、会議の席にいるほとんど誰もが、自分や、自分の派閥とか組織の利益になるようにと、そう思ってばかりいるからね。真に皆の、公共の利益のために動いてくれる人は、本当にごくわずかだ。
     政界から離れた今でも、悔しい。もっと僕に政治的、精力的な力があれば、今の2倍か3倍は、人を幸せにできたのに」
    「……十分っスよ」
     秋也も酒を呷ってから、こう返した。
    「20年前、オレが生まれる前に比べたら、みんな快適な生活を送ってると思います。
     オレの話になっちゃいますけど、今や黄海から紅蓮塞まで、3日もかかんないんスから。お袋がまだ門下生の時なんか、1週間や10日はザラだったんですし。それは間違いなく、エルスさんが街道整備を強く訴えかけてくれたおかげです」
    「……そう言ってくれると、救われる気がするよ。ありがとう、シュウヤ君」
     エルスはグラスの酒を飲み干し、立ち上がった。
    「もう今日は、このくらいにしておこう。これ以上呑むと、明日に響きそうだ」
    「はい」
    「……じゃあ、おやすみ」
     エルスは杖を突きながら、ふらふらとした足取りで居間から離れた。

    白猫夢・橘喜抄 2

    2012.05.09.[Edit]
    麒麟を巡る話、第7話。20年の結果。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. エルス・小鈴夫妻には子供が4人いる。 その内の一人、長女の飛鳥は秋也と同じ19歳ながら、既に橘喜新聞社の社員として働いており、将来は次期社長、小鈴のポストに就くと目されている。 一方で末娘の昂子は、先月で13歳になったばかりの少女である。そんな多感な時期にある彼女は、その先月の誕生日にこんなことを言いだしたのだ。「お父...

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    麒麟を巡る話、第8話。
    央南と世界の変遷。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     秋也が弧月に駆け込んでから、1週間が経った。
     本来ならば、とっくに昂子を伴い、ミッドランドへと向かっているはずだったのだが、秋也にとって肝心のもの、即ち刀がまだ届いていなかったためである。

    「まーだ届かないの!? 今、ドコよ!? 発注してどんだけ経ったと思ってんの!?」
     小鈴が頭巾を頭に巻き、誰かに向かって怒鳴り散らしている。魔術による通信機器、「魔術頭巾」を使い、刀を頼んだ業者にクレームを入れているのだ。
    「……うん、……うん、……はい? ……うん、……でもねアンタ、自分で一昨日くらいには届けるって言ってたじゃん?
     じゃあ、明日には届くのね? 本当に? 間違いない? 確実に、明日ね?
     ……うん、……いいわ、一割引きで勘弁したげる。……は? 何? アンタ自分の立場分かってる? ……でしょ? じゃあ負けなさいよ。……うん、……よし。
     じゃ、よろしく。明日、絶対、必ず、よ? じゃ、ね」
     頭巾を脱ぎ、小鈴は居間で遊んでいた秋也と昂子に声をかけた。
    「明日には絶対届けるって、刀」
    「分かりました。でも、大分遅かったっスね?」
    「向こうの言い分では、在庫の取り寄せだか何だか言ってたけどね。ま、明日届かなかったら半額にしてやるわ。
     刀が届き次第、出発ね」
    「はいはーい」
     どことなく、面倒くさそうに手を振る昂子に、小鈴は苦い顔をする。
    「アンタ、行きたくないの?」
    「え? ううん、そんなコト無い無い」
    「まさか、学校行きたくないから修業するとか、そんなバカなコト考えてたワケじゃないわよね?」
    「まさかぁ」
     しれっとそう答えては見せたが、その始終気だるそうな仕草からは、あまり意欲を感じることはできない。
    「ま、いいけどね。真面目にやんなかったら、後でツケ払う羽目になるのは自分だし」
    「大丈夫だいじょーぶ、ちゃんとやるから」
    「まったく、お気楽なんだから……。誰に似たんだか」
    (小鈴さんじゃないかなぁ)
     そうは思ったが、秋也は口に出さないでおいた。
    「そー言えばさ」
     と、昂子が話題を変える。
    「在庫切れって、そんなに売れてるの、刀って」
    「ん? んー……、逆っぽい感じだったわね。最近はずーっと仕入れてなかったみたいよ」
    「そうなんスか?」
    「そりゃまあ、同盟ができて20年くらい経ってるし、今は平和だもん。武器を作っても、あんまり売れないし。
     それにほら、銃や火器の開発もガンガン進んできてるし、刀の需要は減っていってるのよ、どっちにしても」
    「……」
     その話に、秋也はわだかまりを感じた。
    (今の世の中、刀よりも銃、か……。だよな、央南連合軍だって、年々銃士隊を増やしてるって言うし、反対に、剣士隊はここ数年、補充されてないらしいし。
     ……ソレ考えると、……何かちょっと、揺らぐんだよな。オレ、このまま剣士やってて食えるのかなって)
     秋也の心中を察したらしく、小鈴がこう話を続ける。
    「ま、そうは言ってもまだまだ、刀の需要はあるわよ。この平和がいつ続くか、誰にも保証できないワケだし」
    「何かあるの?」
    「ある、っちゃあるわね。例えば、央北からの侵攻とか」
     そう返した小鈴に、昂子はけらけらと笑って見せる。
    「そんなの、あるワケないじゃん。だって央北って、超ビンボーなところでしょ? 攻めてきたって、蹴散らされちゃうって」
    「……そうね。今はね」
     小鈴はそこで、この話を切り上げた。



     20年前までは権勢を見せていた央北地域も、同盟に敗北して以降、停滞・凋落の一途をたどっていた。
     戦後、央北は複数の国に分裂し、個々に政治・経済を展開してはいたが、やがてその間で紛争が勃発、長期化した。長く続いた内戦は各国の溝をさらに深め、その結果、央北全体の政治力・経済力は著しく低下した。
     現在、央北は世界で最も貧しい部類に入る、非常に荒れた地域であると言うのが、公然の事実となっている。

    白猫夢・橘喜抄 3

    2012.05.10.[Edit]
    麒麟を巡る話、第8話。央南と世界の変遷。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 秋也が弧月に駆け込んでから、1週間が経った。 本来ならば、とっくに昂子を伴い、ミッドランドへと向かっているはずだったのだが、秋也にとって肝心のもの、即ち刀がまだ届いていなかったためである。「まーだ届かないの!? 今、ドコよ!? 発注してどんだけ経ったと思ってんの!?」 小鈴が頭巾を頭に巻き、誰かに向かって怒鳴り散ら...

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    麒麟を巡る話、第9話。
    本音と言い訳の衝突。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     翌日になり、ようやく橘邸に刀が届けられた。
    「お待たせ、秋也君。コレで準備、万端ね」
    「ありがとうございます、小鈴さん」
     喜ぶ秋也の陰で、昂子がやはりどことなく、面倒くさそうな顔をしている。
    「さーて、昂子」
    「なに?」
    「いい加減、肚決めなさいよ。アンタ自分で、『行く』っつったんだから」
    「分かってるって、行くよ、行くって」
     そんな昂子を心配してか、小鈴の横にいたエルスが優しく声をかける。
    「昂子、どうしても行きたくなかったら、今からでも学校……」「ヤだ。行くって言ってるじゃん」「……うん、そうだね」
     昂子はくるりと秋也に向き直り、その手をぐいっとつかむ。
    「行こう、秋也兄ちゃん」
    「あ、うん。……それじゃ、小鈴さん、エルスさん。お世話になりました」
    「うん、またね、シュウヤ君」
    「またなんかあったら、いつでも来なさいよ」
    「はい。……行ってきます」
    「行ってきまーす!」
     ようやく秋也と昂子は、ミッドランドへの旅を始めた。

     弧月を後にし、街道をしばらく進んだところで――。
    「……はー」
    「どうした?」
    「やっ、……っと!」
     昂子は突然、大声を挙げた。
    「やーっと、自由だーっ!」
    「……やっぱりお前、学校行きたくなかっただけか」
    「当たり前じゃん。毎日毎日、何言ってるか分かんない授業ばーっかりでさ、先生もあれダメ、これダメってうるさいし」
     ピコピコと長い耳を震わせながら愚痴をこぼす昂子に、秋也は苦い顔を向けるしかない。
    「お前なぁ……」
    「おーっと、説教なんかさせないわよ?
     兄ちゃんだって、試験から逃げたクセに」
    「……っ」
     ようやく薄まってきていた落第による痛みが、この一言でずき、と蘇った。
    「……お前」
    「ん? なに? 何か……」
     次の瞬間、秋也はばし、と昂子の頬を叩いていた。
    「きゃっ……」
    「言っていいコトと悪いコトがあるだろッ……!? オレが試験に落ちたのが、そんなにおかしいか!?」
    「……あ、……あの、兄ちゃん?」
    「いい加減にしろよ、昂子!」
     秋也は怒りを無理矢理抑えつつ、昂子の腕をつかむ。
    「痛っ、……ちょ、待ってよ! 冗談じゃん、じょーだ……」「ふざけんなッ!」
     秋也はぐい、と昂子の腕を引き上げ、昂子を半ば宙吊りにする。
    「やめてよ、痛いってば……」
    「お前、自分のコトばっかりだよな!? ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、『めんどくさい』だの『じょーだん』だの、自分の都合で話しやがって!
     ちょっとは周りのコト、考えたらどうなんだ!? 親父さん、悲しんでたんだぞ!」
    「どーでもいいよ、そんなの。口開けば、『胃が痛い』だの『昔はねぇ』だのしか言わないグータラ親父だし」
    「……てめっ……」
    「ソレにさ、魔術修行だって冗談のつもりだったんだよ。ソレをさ母さん、真に受けちゃってオオゴトにしちゃうし」
    「ソレも、お前のためを思ってやったコトじゃねーか! お前、何でソレが分からないんだ!?」
    「二人が勝手にやってんじゃん、学校のコトも修業のコトも」
    「……そんなんでよく、オレに『試験に落ちて逃げた』なんて抜かせるな!?」
     秋也は勢いよく、昂子の腕を振り払う。
     当然、昂子は道にべちゃ、と尻餅を着いた。
    「いった、あ……」
    「オレは逃げたんじゃない、やり直すんだ! ソレも、自分のためだけじゃない! オレを育てて、鍛えてくれたお袋のためでもあるんだ!
     自分の都合でのらりくらり逃げようとするお前なんかと、一緒にするなッ!」
    「……ふん」
     昂子は立ち上がり、尻を軽くはたいてから、秋也に向き直り――。
    「説教すんなって言っただろ、このッ!」
     秋也の脚を、思いっ切り蹴っ飛ばした。
    「うっぐ、……てめっ、何すんだ!?」
    「あーだこーだ抜かして、結局逃げてんのはアンタもじゃん!? 逃げてないって言うなら、今すぐあたしを放っぽって、紅蓮塞に戻ればいいじゃんよ?」
    「できるかよ!? オレはエルスさんと小鈴さんにお前を任されて……」
    「ソレ! ソレが一番、ムカってくる! 逃げの口実に、あたしを使ってる! できるだけ先延ばしにしようとしてんじゃんよ、試験受けんのをさ!?
     学校が嫌で適当言いまくってたあたしと、何が違うってのよ!?」
    「っ……」
     反論できず、秋也は黙るしかなかった。

    白猫夢・橘喜抄 4

    2012.05.11.[Edit]
    麒麟を巡る話、第9話。本音と言い訳の衝突。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 翌日になり、ようやく橘邸に刀が届けられた。「お待たせ、秋也君。コレで準備、万端ね」「ありがとうございます、小鈴さん」 喜ぶ秋也の陰で、昂子がやはりどことなく、面倒くさそうな顔をしている。「さーて、昂子」「なに?」「いい加減、肚決めなさいよ。アンタ自分で、『行く』っつったんだから」「分かってるって、行くよ、行くって...

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    麒麟を巡る話、第10話。
    明日に向かって。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     喧嘩はひとまず収まったが、険悪な雰囲気は解消されなかった。
    「……」
    「……」
     街道の端と端で、二人とも背を向けて座り込んでいる。
    「……」
    「……」
     一言も言葉を交わさず、両者とも所在無さげに草を抜いたり、石や木の枝を放り投げたりしている。
     そのうちに日が傾き、街道は赤く染まり出した。
    「……ねえ」
     と、昂子の方から声をかけてきた。
    「なんだよ?」
    「……とりあえず、謝る」
    「あ?」
     振り向いた秋也の目に、頭を下げる昂子の姿が映る。
    「さっきのは、ゴメン。アンタがそんなに試験のコト気にしてるって、思ってなかったから」
    「……」
    「でも、このまま紅蓮塞に戻る、とかは言わないで」
    「なんだよ、ソレ」
    「あたしだってそれなりに、将来のコトとか考えてるしさ。このまま遊んでばっかりって、ダメだよねって。
     ソレ考えたらさ、アンタの方がまだ立派じゃん? ちゃんと試験受けて、先に進もうとしてるワケだし」
    「……」
     秋也も立ち上がり、昂子に返事をする。
    「まあ、……でも、……お前の言う通りなのは、確かだよ。お前のコト口実にしてたのは、認める。
     また落ちるのが、怖いんだ。だからせめて、もう一回行く前に、自分で修業してからもう一度って思って」
    「……どっちも、修業しなきゃいけないんだよね。このままじゃあたしたち二人とも、バカでグズのままだし」
    「……おう」
     昂子は顔を挙げ、秋也に目を向けた。
    「行こっか」
    「……そうだな」
     秋也も頭を下げる。
    「オレの方こそ悪かったよ。お前はお前なりに、頑張ろうとしてるのにな」
    「……本当に反省してる。あたし、適当なコトばっかり言っちゃう性格だから」
    「オレもすぐ、カッとなるのがな……。剣士失格だな、本当に」
    「……クス」
     と、昂子が吹き出す。
    「なんだよ?」
    「失格って、シャレのつもり?」
    「……んなつもり、ねーよ」
     秋也は肩をすくめ、昂子の手を握った。
    「ほら、行くぞ」
    「いいけど……」
     昂子はきょろ、と辺りを見回す。
    「もう夜になっちゃうよ。まだ近いけど、流石に家に戻るワケにも行かないし」
    「……だな。この辺りで、寝られるところを探すしかないか」

     二人は野宿することにし、街道の外れにある林の中に、寝床にするテントを作っていた。
    「昔はさ、こーゆーのも無かったんだってね」
    「らしいな。木の根元で毛布にくるまって、動物が寄ってこないように火とか魔術とかを……、って」
    「今はコレだもんね」
     そう言って、昂子はテントの表面に薄く描かれた魔法陣を指差す。近年研究・開発が進められた、退魔・退獣法陣である。
    「『トポリーノのネズミ『とか』除け! コレさえあれば、どこでも安心してぐっすりキャンプ!』……ってポスター、店に一杯貼ってあったよね」
    「だなぁ。オレもテントじゃないけど、愛用してる」
     そう言って秋也は、同じ魔法陣が描かれた毛布を指差す。
    「秋也兄ちゃ……、秋也って」
    「おい、呼び捨てかよ」
    「いーじゃん、別に。んでさ、秋也って、旅慣れてる方?」
    「まあ、それなりにな。合計で2年分くらいは旅に出てた」
    「その間、勉強とかしてないよね?」
    「お前じゃあるまいし。独学でやってたよ。まあ、成績としては無茶苦茶かも知れないけど、央中語はそれなりに話せるくらいには、勉強した」
    「……あ、そっか」
     途端に、昂子は不安げな表情になる。
    「話せるかなー、央中語。勉強嫌いだしなぁ」
    「向こうで過ごしてりゃ、嫌でも覚えるさ。……と、コレでテント完成だな」
     秋也はテントの中に入り、昂子に手招きした。
    「飯にしよう。腹減った」
    「そだね。缶詰?」
    「他にあるか?」
    「無いよねー」
     喧嘩したこともすっかり忘れ、二人は夕食を取り始めた。



     こうして始まった二人の旅は、本来ならばミッドランドまで3週間ほどのはずであった。
     しかし――秋也も母同様に、何かと災難に見舞われやすい性質であるらしい。
     その予定の通りには、なかなか行かなかった。

    白猫夢・橘喜抄 終

    白猫夢・橘喜抄 5

    2012.05.12.[Edit]
    麒麟を巡る話、第10話。明日に向かって。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 喧嘩はひとまず収まったが、険悪な雰囲気は解消されなかった。「……」「……」 街道の端と端で、二人とも背を向けて座り込んでいる。「……」「……」 一言も言葉を交わさず、両者とも所在無さげに草を抜いたり、石や木の枝を放り投げたりしている。 そのうちに日が傾き、街道は赤く染まり出した。「……ねえ」 と、昂子の方から声をかけてきた。...

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    麒麟を巡る話、第11話。
    黒い領地に来た焔。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「それは、本当ですかっ」
     そのうわさを聞いた狼獣人の少年は、思わず大声を挙げていた。
    「……あ、と。すみません」
     静かな聖堂に響き渡ったその大声は自分にも返り、彼は周囲に頭を下げる。
    「それで、その、……奴がこちらに向かっている、と?」
    「その可能性は非常に高い。
     黒荘に到着したと言うことは、それ即ち、東側の峠を上ってくるつもりであろうことは明白であるし、ならば黒鳥宮の前を通るのも、至極当然と言える」
     うわさを伝えた少年の伯父は、そこで彼に釘を刺した。
    「言っておくがウォン、軽々に武器を振るったり、行く手を妨害したりは、決してならんぞ」
    「え」
    「確かに先の武闘会に出場した僧兵の惨敗振り、我々全員にとって恥ずべき事態であった。だがそれは結局、己の未熟さ故に、出るべくして出た結果なのだ。
     それを棚に置いて、己を負かした相手にいらぬ干渉をしてはならんぞ」
    「……ええ、それはもう、はい、重々に、承知しております」
     少年――ウォンはそう前置きし、反論する。
    「しかし、焔流と我々、黒炎教団には対立の歴史があります。焔流剣士をそのまま素通りさせては、沽券に関わるものと」
    「馬鹿者め」
     ふん、と鼻を慣らし、伯父はその意見を否定する。
    「そんな歴史は、今や既に過去のものだ。
     いたずらに対立を深めていたのは、結局は我々の、ごくごく一部の者たちでしかなかったのだ。それも教団の沽券だの権威だのの大義名分を訴えていたわけではなく、単なる一派閥の我執、取るに足らぬ安いプライドによって、だ。
     それ以前にお前も知っているはずだ、522年の教主声明の内容は」
    「……知らないはずがありません。当代教主の、そして何より我が母上の声明ですから」
    「ならば、分かっているはずだ。最早、焔流と我々の間に対立など無いと。
     それともお前は、黒炎様からの詔(みことのり)を否定すると言うのか?」
    「……いえ」
    「ならばよし。……くれぐれも、足止めなどしてはならんぞ」
    「はい……」



     時間は、半日前に戻る。

     野宿で夜を明かした翌日に、秋也と昂子の二人は屏風山脈の麓にある街、黒荘に到着した。
    「結構かかったねー」
    「いや、普通よりは早いと思うぜ。お前、意外に体力あるな」
    「一応、体育の成績は上の方だったし」
     と、昂子は街並みを見渡して一言、こうつぶやいた。
    「地味だねー」
    「まあ、あんまり騒ぐような奴らじゃないからな、黒炎教団って」
    「引きこもりだらけってコト?」
    「ソレはなんか違うかなー……」
     他愛もないことをしゃべりながら、二人は街の中に入った。
     この黒荘と言う街は、央南における黒炎教団の領地となっており、布教活動の最前線でもある。
     20年以上前には、教団は西端州のほとんどを領地・教区とし、また、その周辺も教化を達成しており、権勢を奮っていたのだが、央南連合との戦争で敗北を喫して以降、黒炎教団は央南における活動圏のほとんどを失っており、布教活動もままならない状態にあった。
     その状況を打破したのが、現在の教主であるウェンディ・ウィルソンである。彼女は教団に人が入りやすくなるようにと、総本山である黒鳥宮までの峠道を整備し、さらには武闘会や演武披露と言った様々な興行を立て、これまでの密教主義・秘密主義を緩めさせたのだ。
    「お、……コレ、またやるんだな」
     秋也は街の掲示板に張られたポスターを指差し、昂子に自慢する。
    「前回の大会、オレが優勝したんだぜ」
    「へー。すごいじゃん」
     そう言っておいてから、昂子はこう返してきた。
    「なのに落ちた、と」
    「……言うなよ」
    「んふふふ」
     と、秋也はポスターを眺めながら、ぽつりとこうつぶやく。
    「……元気にしてるかな、ウィルとかシルキスとか」
    「誰?」
    「決勝と準決勝で対戦した相手。まあ、それ以前に幼馴染……、みたいなもんかな」
    「ふーん」
    「二人とも、央中のゴールドコーストって街に住んでるんだ。あそこも半年に一回、でかい大会があるんだけどさ、そいつら二人とも、以前に優勝したらしいんだ」
    「へーえ」
     気の無い昂子の返事に、秋也は苦い顔をした。
    「興味、無いか?」
    「無い」
    「……そっか。
     じゃ、まあ、……宿でも探すか。歩き通しでいい加減、疲れたし」

    白猫夢・逸狼抄 1

    2012.05.13.[Edit]
    麒麟を巡る話、第11話。黒い領地に来た焔。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「それは、本当ですかっ」 そのうわさを聞いた狼獣人の少年は、思わず大声を挙げていた。「……あ、と。すみません」 静かな聖堂に響き渡ったその大声は自分にも返り、彼は周囲に頭を下げる。「それで、その、……奴がこちらに向かっている、と?」「その可能性は非常に高い。 黒荘に到着したと言うことは、それ即ち、東側の峠を上ってくるつ...

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    麒麟を巡る話、第12話。
    確執、今もなお。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「うめー」「うまぁ」
     缶詰ではない食事を口にし、秋也と昂子は同時に感動する。
    「肉、臭くない!」
    「野菜、こんなに食べられる!」
    「やっぱり……」
     そしてまた同時に、二人は声を挙げた。
    「普通の料理、サイコー!」
     と、二人で騒いでいるところに、店主がそっとやってくる。
    「すまんが、お二方。あまり大声を出すのは遠慮願いたい」
    「あ、すんません」
     ぺこ、と頭を下げた秋也に、店主は苦々しい目線を向ける。
    「まったく、これだから焔の奴らは……」
    「え?」
     秋也たちがわずかながらも憮然とし、それに対して見た店主はぺこ、と頭を下げ返す。
    「……いや、失敬。今は友好関係にある方々に、無礼なことを言った」
     そう言い残してそそくさと立ち去った店主に、昂子も眉をひそめる。
    「何アレ、すっげー感じ悪いんだけど」
    「まあ、そう言うなって。元々さ、焔流と黒炎は仲悪かったんだしさ、今でもまだ、良く思ってないヤツもいるんだよ」
    「昔のコトじゃん」
    「お前にとっちゃ昔のコト、産まれてもいない前の話だろーけどさ、歳いったヤツにはまだ『今』の話なんだって」
    「……どーでもいーや。食べよ、食べよっ!」
     昂子はけろっとした顔で、肉を口に入れた。



     その夜――。
    「……ええ。間違いありません、見覚えがあります。宿帳の名前からしても、彼に相違ないでしょう」
     先程秋也たちをたしなめた、あの教団員の店主が、黒鳥宮の人間と「魔術頭巾」で連絡を取っていた。
    「どう致しますか?」
    《どうって、……うーん》
     真剣な声色を立てる店主に対し、相手はぼんやりとした返答を返す。
    《どうもしなくていいんじゃないかなー、なんて》
    「何故です? 表向きは休戦協定や友好宣言を結んだとは言え、あの焔流ですよ? その上、奴は先の大会で、我々に恥をかかせた! このまま何もしないで通すなど……」
    《表向きには友好にしてるでしょ? じゃあ、表向きだけでいいからニコニコ笑って通せばいいじゃないですか》
    「そんなわけには……」
    《私もね、どちらかって言えば友好派なんですよねぇ。そりゃ教団員ですから武術はたしなんではいますけども、血生臭いのや汗臭いのは嫌いなんですよ》
    「ふざけないでください!」
    《ふざけてなんかいません。私は『わざわざ無意味に揉めるようなことはしたくない、折角どちら側も仲良くしようと言ってるんだから、そのまま通す方がいいだろう』と、至極まともに主張してるだけですよ。
     それともあなた、超穏健派である今の教主に逆らうと言うおつもりですか? それこそふざけた、不遜な態度じゃありませんか?》
    「それは……、いや……」
     相手は余程面倒だったらしく、ここで話を切り上げてきた。
    《とにかく、私からは何もしないことをお勧めします。一応、上には話を通しますけど、多分私と同じ答えが返ってくるでしょうね。
     また何かあったら教えてください。それじゃ》
    「あ、ちょっ」
     店主は話を続けようとしたが、そこで通信は切れた。

     宿の中をうろついていた昂子は、この会話を物陰で、そっと耳にしていた。
    (やっぱあの店主、あたしら嫌ってたみたいね)
     昂子は欠伸を噛み殺しながら、店主の行動を嘲った。
    (話の感じからすると、相手は教団の総本山の誰か、ちょっと偉い人だったのかしらね。でも結局、襲うとかってのは却下された感じか。
     イマドキ流行んないって、武力行使とか力ずくとか、喧嘩とかメンツとか。ばっかみたい)
     昂子は小さく欠伸をし、それから寝室に戻った。



     黒荘にて秋也たちを拘束すると言う、この物騒な計画はあっさり却下されたものの、教団本部には秋也たちが来ている旨については、約束通り伝えられた。
     そして予想されていた通り、教団の上層部はそのまま通すことを決定した。
     それを良しとしなかったのが――。
    (……やはり、腑に落ちない!)
     あの少年、ウォンである。
    (母上を侮辱するわけではないが、相手は我らが誇り、教団の威信を担って舞台に上がった僧兵たちを、あろうことか公衆の面前で辱めた奴なんだぞ!? それを何の咎めもせずに通すなど、僕たちのメンツに関わる!
     僕は嫌だぞ、『黒炎教団は腑抜けの集まりだ』などと囃されるのは!)
     ウォンは壁にかけていた武器――三節棍を手にし、部屋を抜け出した。

    白猫夢・逸狼抄 2

    2012.05.14.[Edit]
    麒麟を巡る話、第12話。確執、今もなお。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「うめー」「うまぁ」 缶詰ではない食事を口にし、秋也と昂子は同時に感動する。「肉、臭くない!」「野菜、こんなに食べられる!」「やっぱり……」 そしてまた同時に、二人は声を挙げた。「普通の料理、サイコー!」 と、二人で騒いでいるところに、店主がそっとやってくる。「すまんが、お二方。あまり大声を出すのは遠慮願いたい」「あ、...

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    麒麟を巡る話、第13話。
    ウォンの暴走。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「あー……、だから朝食は雑だったんだな。昨夜のに比べて」
    「露骨に嫌がってたわね。ま、缶詰よりはマシだけどさ」
     翌朝、黒荘の宿を発った二人は、店主の態度について話していた。
    「にしてもさ、根に持ち過ぎだと思うんだよね。そりゃ確かに、大会で恥かかされたってのはあるだろうけど、ソレだって結局、秋也より弱かったからじゃんよ」
    「お前、ソレは教団の奴らの前では絶対言うなよ」
    「なんでよ? 間違ってないじゃん」
    「そりゃ、そう言う見方もあるだろうけどさ……。
     お前、人の傷口に塩をぐりっぐり塗り込むな。しかも無意識に」
    「そう?」
     あっけらかんと返す昂子に、秋也は苦い顔を返すしかなかった。



     自分の部屋を飛び出したウォンは、怒りに満ちた足取りで黒鳥宮の中を突き進んでいた。
    (こうなれば僕一人ででも……!)
     単騎で秋也たちを迎え撃つ覚悟を決め、ガツガツと足音を立てて闊歩していると――。
    「ウォーナード様!」
     呼び止められ、ウォンは振り返る。
     そこには顔をこわばらせた僧兵たちが6名、合掌しながら直立しているのが確認できた。
    「なんだっ」
     思わず声を荒げてしまい、ウォンは取り繕う。
    「コホン、……なんだ?」
    「我々も、焔流剣士がこちらに向かってくると聞きました。……もしや、ウォーナード様は」
    「……だとしたらどうだと言うんだ。止めるのか?」
     高圧的な口調でそう返し、僧兵たちを退けようとしたが――。
    「我々もお供致します!」
    「何? 僕に、付いてくる?」
     思ってもいない反応に、ウォンは思わず聞き返した。
    「我々も上層部の決定には納得しておりません!」
    「我々に仇なした焔流の人間をこのまま素通りにしておくなど、到底我慢なりません!」
     僧兵たちの言葉に、ウォンは思わずにやりとする。
    「……そうか、お前たちもか」
     ウォンは手にしていた三節棍を掲げ、こう叫んだ。
    「よし、他にも同志がいるはずだ! 集めて焔流を叩くぞッ!
     たるみ切った上層部の決定など、知ったことか! 僕たちは真に教団の威信を背負いし者として、憎き焔流の奴らに鉄槌を下してやるのだ!」
    「おうッ!」
    「僕は正門裏にて待機する! お前たちは修練場と住居棟を密かに周り、僕が同志を募っていることを伝え、人を集めるんだ!」
     ウォンは僧兵たちに指示を飛ばし、正門に向かって駆け出した。

     1時間後、正門裏には50名を超える僧兵たちが集まった。
    「ふむ……、意外に少ないな」
    「折悪く、ワニオン枢機卿がいらっしゃいまして。修練場の者には声をかけることができず……」
    「朝の修練に出ている者も多い分、住居棟には人が居るはずも無し、か。……いや、しかし」
     ウォンは首を振り、握り拳を固めた。
    「焔流剣士とは言え、たった一人や二人が相手であれば、これで十分事は足りる。
     よし、全員出陣だ! 憎き焔流剣士を、血祭りに挙げてやるぞ!」
    「おうッ!」
     50名を超える僧兵たちは、ウォンを先頭にして行進を始めた。
    「な……っ?」
     固まって進んでくる僧兵たちを見て、門番らは目を白黒させる。
    「何をなさるおつもりですか、ウォーナード様!?」
    「決まっている! 我らに恥をかかせた焔流の者を、ここで袋叩きにしてやるのだ!」
    「そんな……! 猊下らのご意思を、無視なさるおつもりですか!?」
     止めようとする門番に、ウォンは三節棍を向けた。
    「お前は悔しくないのか!? これ以上彼奴らに、嘲られてなるものか!
     どけ! どかなければ力づくで通るぞ!」
     ウォンが構えると同時に、背後の僧兵たちも凄んでくる。
    「う……ぐ」
     門番はそれに気圧され、仕方なく門を開けた。
    「行くぞ! 朝に黒荘を発ったのならば、こことふもとの中間地点、中腹あたりで接触するはず! それまでに峠を封鎖し、足止めするんだ!」
    「おうッ!」
     バタバタと足音を立て、門を突破した僧兵たちの後姿を見た門番は、慌てて宮内に駆け込む。
    「ウォーナード様が乱心された! 兵を集めて焔流の人間を討とうとしている! 誰か、誰か来てくれーッ!」
     この騒ぎは間もなく、教団の上層部が知ることとなった。

    白猫夢・逸狼抄 3

    2012.05.15.[Edit]
    麒麟を巡る話、第13話。ウォンの暴走。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「あー……、だから朝食は雑だったんだな。昨夜のに比べて」「露骨に嫌がってたわね。ま、缶詰よりはマシだけどさ」 翌朝、黒荘の宿を発った二人は、店主の態度について話していた。「にしてもさ、根に持ち過ぎだと思うんだよね。そりゃ確かに、大会で恥かかされたってのはあるだろうけど、ソレだって結局、秋也より弱かったからじゃんよ」「お前...

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    麒麟を巡る話、第14話。
    峠の封鎖。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     宿を後にしてから4、5時間ほどが経ち、秋也と昂子は峠の中腹に差し掛かった。
    「もうお昼くらいだよね」
     懐中時計をチラチラと見つつ、そうつぶやいた昂子に、秋也はニヤ、と笑って見せる。
    「なんだ、もう腹減ったのか?」
    「そりゃ減るよ、朝ご飯あんなだったし」
    「ま、そりゃそうか。んじゃ、この辺りで……」
     と、秋也はそこで言葉を切り、峠の上方に目をやる。
    「どしたの?」
    「……昂子。もうちょっと、飯は待ってもらっていいか?」
    「何でよ?」
    「アレだよ」
     秋也は少し先を指し、肩をすくめた。
    「昨夜お前が言ってたコト、本気でやりやがったみたいだ」
    「へ? ……教団が襲ってくるって、アレ?」
     昂子も目を凝らし、上の様子を確認する。
     そこには黒い点が、峠に並んでいるのが見えた。
    「……アレって、教団の人?」
    「この山で黒い服を着込んで威張ってる奴らなんて、他にいるか?」
    「え、じゃあアレって、あたしたちを待ち構えてるってコト?」
    「多分な。……参ったな」
     秋也は猫耳をコリコリとかきながら、腰に佩いていた刀を抜く。
    「この分じゃ、黒荘に戻っても襲われるだろうな。……となると、前に進むしかないな」
    「えっ」
     秋也の言葉に、昂子は顔を青くする。
    「いや、無理じゃん? どう考えてもダメだって」
    「なら、戻るか? 戻っても多分、同じ目に遭うぞ?」
    「いや、ほら、あの、脇道にそれて、回り込んで逃げるとか」
    「あのな、上からオレたちの動き見てるってのに、今さら逃げてみてどうなる? 追い掛け回されるだけだぞ」
    「じゃ、じゃあさ、ごめんなさいって言って」
    「それで何とかなるなら、袋叩きにするだの何だのって発想は出ないっつの」
    「じゃ、ほら、あの、えー……」
     戸惑っている昂子に、秋也ははあ、とため息をつく。
    「お前、本当に自分の思い通りにならない状況に弱いな。逃げるか駄々こねるか、ソレばっかだよな」
    「うー……、だって」
     秋也は昂子に背を向け、歩き出した。
    「いいよ、ソコでじっとしてな。オレが何とかしてきてやるから」
    「あ、ちょ、ちょっと!」
     一人きりにされるのも嫌だったのだろう――昂子は慌てて、秋也の後に付いてきた。

     現れた秋也と昂子を見て、僧兵たちの先頭に立っていたウォンは居丈高に叫んだ。
    「やっと来たか、焔流剣士!」
    「そりゃまあ、他に道は無いし。……で、オレに何の用だ?」
     尋ねた秋也に、ウォンは三節棍を向ける。
    「お前ら焔流が、このままのうのうと我らが聖地、黒鳥宮の真正面を横切るなど、言語道断!
     よってここで、お前ら二人を……」
     と、ここで秋也が「おい」と声をかけた。
    「なんだ? 命乞いか?」
    「違げーよ。お前ら勘違いすんな、って話だよ。
     焔流はオレ一人。こっちのエルフはただの中学生。良く見てみろよ、焔流の家紋が付いてるか、こいつの服に?」
    「なに?」
     そこでウォンは、秋也と昂子を交互に見る。
    「……えーと」
    「いくら焔流が嫌いだからって、単なる旅仲間にまでとばっちり食らわすなよ。
     それでもプライドあんのかよ、お前ら? それとも誰彼構わず襲い掛かるのが、お前らの流儀か?」
    「う……」
     苦い顔をしたウォンに、秋也は畳み掛ける。
    「そもそも、お前ら恥ずかしくないのか? いくら憎い相手だからって、そんなに何十人も押しかけて袋叩きにしようってのは、三下かチンピラ共のやるコトじゃねーのか?」
    「……っ」
     今度は一転し、顔を紅潮させたウォンを、秋也はもう一度、強くたしなめた。
    「やるってんならお前一人でやれよ。取り巻きと一緒に嬲り者にして、ソレで黒炎のプライドが保てるって言い張るんなら、オレもハラ括るけどさ」
    「……いいだろう」
     ウォンは味方に背を向けたまま、こう言い放った。
    「お前たちは手を出すな。僕一人で、こいつを叩きのめすッ」
    「そう来なくっちゃな」
     秋也も刀を構え、ウォンと対峙した。

    白猫夢・逸狼抄 4

    2012.05.16.[Edit]
    麒麟を巡る話、第14話。峠の封鎖。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 宿を後にしてから4、5時間ほどが経ち、秋也と昂子は峠の中腹に差し掛かった。「もうお昼くらいだよね」 懐中時計をチラチラと見つつ、そうつぶやいた昂子に、秋也はニヤ、と笑って見せる。「なんだ、もう腹減ったのか?」「そりゃ減るよ、朝ご飯あんなだったし」「ま、そりゃそうか。んじゃ、この辺りで……」 と、秋也はそこで言葉を切り、峠の...

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    麒麟を巡る話、第15話。
    焔流と黒炎、若獅子対決。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     多数の僧兵に囲まれた中でも、秋也の心はまるで乱れていなかった。
    (試験の時は、相手が相手だったからなー……。アレは正直、どーしたらいいか困ってた。
     こーやってハッキリ、『敵だっ』って分かってりゃ、なんも悩まないで済む)
     刃先をすい、とウォンの喉元に定め、秋也は正眼の構えを取る。
     一方のウォンも、まだ顔を紅くしてはいるものの――それが恥ずかしさからなのか、それとも逆上しているからなのかは秋也には分からなかったが――三節棍を斜めに取り、構えを見せる。
     ウォンの心が少なからず乱れているのは明らかだったが、それでも体の方は、経験と修練に裏打ちされた挙動を見せている。
    (ま、……短期決戦だな。落ち着かれたら厄介そうだ)
     秋也はぐっと一歩踏み込み、間合いを詰める。それに応じるように、ウォンも一歩、詰め寄ってきた。
    「……はあッ!」
     そこで秋也はもう一度、今度は素早く、そして強く踏み込み、間合いを一気に、ウォンの眼前にまで詰める。
    「なっ」
     急に寄ってきたこと、そして刀の間合い以上に詰め寄られたことで、ウォンはさらにうろたえたらしく、短く声を挙げた。
     ウォンは慌てて棍を振るおうとするが、秋也はそこで、刀から左手をぱっと離し、真ん中の棍を握りしめた。
    「ばっ、バカっ、何をっ」
    「ナニじゃねーよ」
     振り上げかけた棍が引っ張られ、ウォンの姿勢は腰砕けになる。
     その隙を突いて、秋也はウォンの脚を軽く蹴とばした。
    「うわあっ!?」
     当然、ウォンはこてんと前のめりに倒れる。
    「……き、汚いぞ、貴様っ」
    「袋叩きにしようとしたお前が、なーに寝言抜かしてんだよ?」
     倒れ込み、慌てて立ち上がろうとしたウォンの首筋には既に、秋也の握る刀が当てられていた。
    「勝負あったな」
     誰の目にも、ウォンの敗北は明らかだった。

     ところが、ウォンはこんなことを言い出した。
    「……ま、まだだ! かかれ、お前らっ」
    「はぁ!? 本当に袋叩きにする気か、てめー」
     秋也は呆れつつ、すぐに襲ってくるであろう、周囲の僧兵の動きに目を配ったが――。
    「……あれ?」
     誰一人として、動こうとしない。全員真っ青な顔をして、硬直していた。
    「心配するな、焔流の」
     と、野太く、そして若干しわがれた男の声が、秋也にかけられる。
    「相手の言葉に一々翻弄され、その度に言うことをコロコロと変えるような軟弱者の命令を聞け、などと言う教えは皆、受けてはおらん。
     それに引き替え、仲間を護るため、単騎で挑もうとするその心意気、そしてそれを実際に示して見せたこと。流石であるな」
    「えっと……」
     秋也は僧兵たちの背後から現れた、小山のような巨体の、初老の黒い狼獣人に、ぺこりと頭を下げた。
    「ありがとうございます、……えーと、ウィルソン卿、ですよね?」
    「いかにも。私が黒炎教団枢機卿、僧兵団総長のワニオン・ウィルソンだ」
     ワニオンはそう前置きし、一様に顔を青ざめさせている僧兵たちをかき分け、秋也の前に立った。
    「……でけっ」
     秋也の目には、ワニオンの姿はまるで、巨岩のように感じられた。
    「はっはっは、これでも四十余年、修業を積んでおるからな。そこいらの雑兵にはまだまだ負けん。
     ……と、大変な失礼をしてしまったな。私の監督不行き届きで、貴君とその同行者には、済まないことをした」
     そう言うとワニオンは、その巨体を折りたたみ、秋也に向かって深々と頭を下げた。
    「あ、いや、そんな……。オレにも昂子にも、大して危害は無かったですし、気にしないで下さい」
    「……それも情けない話である」
     ワニオンは頭を挙げ、今だ地に手を着いたままの甥、ウォンに目をやり――その頭に、ゴツンと音を立てて拳骨を喰らわせた。
    「ぶぎゃ……っ!?」
    「この痴れ者めがーッ!
     散々、手を出すなと言ったはずだ! それを無視した上で、あろうことか徒党を組んで嬲り者にしようと企み、あまつさえ無様に負けた上、卑怯にも取り決めを反故にし、兵をけしかけるとは!
     どれだけ恥の上塗りをすれば気が済むのだ、この大馬鹿者があッ!」
    「す、すみません、すみません……」
     先程の高飛車な態度から一転、ウォンはボタボタと涙をこぼしながら土下座する。
     それでもワニオンの怒りは収まらず、彼はウォンの襟をぐい、とつかんで引きずり始めた。
    「この件は猊下に報告する! ウォンの阿呆もお前らも、厳しく裁定してもらうからな! 覚悟しておけッ!」
    「ひ……っ」
     まるで稲妻が立て続けに落ちたかのような怒声に、周りの僧兵たちは一様に縮こまる。
     と、ワニオンは再度秋也と昂子に振り向き、穏やかな、しかし重みのある声でこう告げた。
    「無礼の詫び……、と言ってはなんだが、黒鳥宮横の宿を取るなら、私の名を出してくれ。無料でもてなすよう、取り計らっておく」
    「あ……、どもっス」
    「ありがと、……えーと、ワニオンさん」
     ウォンを引きずったまま、ドスドスと足音を立てて去っていくワニオンの背中を見て、秋也と昂子は同時につぶやいた。
    「……怖えぇー」

    白猫夢・逸狼抄 5

    2012.05.17.[Edit]
    麒麟を巡る話、第15話。焔流と黒炎、若獅子対決。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 多数の僧兵に囲まれた中でも、秋也の心はまるで乱れていなかった。(試験の時は、相手が相手だったからなー……。アレは正直、どーしたらいいか困ってた。 こーやってハッキリ、『敵だっ』って分かってりゃ、なんも悩まないで済む) 刃先をすい、とウォンの喉元に定め、秋也は正眼の構えを取る。 一方のウォンも、まだ顔を紅くして...

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    麒麟を巡る話、第16話。
    はぐれおおかみ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ウォンが起こしたこの騒動は、教主であるウェンディ・ウィルソンによって、その日のうちに裁かれた。
     まず、ウォンに加担し、兵を集めた6人については、頭と耳、尻尾を丸刈りにした上で独房に3ヶ月の禁錮。さらに僧兵から降格、平の教団員に格下げされた。
     また、扇動に乗った50数名についても、先の6人同様丸刈りと、1ヶ月の禁錮処分が下されたものの、元から位の低い者ばかりだったため、事実上、降格の処分は無かった。
     そして騒ぎの中心人物、ウォンの処分は――。

    「は……、破門、ですって!?」
     他の教団員同様丸刈りにされたところで、ウォンは母のいる執務室に連行され、彼女からその処分を、直に聞かされた。
    「ええ、破門よ。
     この件は、教団の体面に大きな瑕(きず)を付ける、極めて重大な騒動。それを鑑みれば、温情ある処置は全く、図れる余地が無いわ」
    「し、しかし母上! 僕はその、教団の体面を思って……!」
     そう反論したウォンに、ウェンディは静かに尋ねる。
    「体面を思っての、あの騒動と? ではウォン、あなたは黒炎様と、その委任者たる教主の決定に逆らったことが、教団のためになると思ってやったと、そう言うのね?」
    「そうではありません! 僕はただ、このまま彼奴らに何もしないまま通しては、メンツが立たないと思って……」
    「そもそも私も、枢機卿も、あなたには何度も、『我々僧兵が負けたのは、その未熟さゆえである』と言ってきたはずよ。メンツ云々を言うのであれば、まず己の未熟を恥じるべきでしょう?
     それを棚に上げ、あなたは愚かな騒ぎを起こした。そしてその結果は? あなたは、勝ったの?」
    「……結果として、勝ってはおりません。しかし僕に油断が無ければ……」
    「ウォン」
     ウェンディは執務机から立ち上がり、ウォンの前に立った。
    「あなたには、自尊心が無いの?」
    「有ります! 無ければこんな騒ぎなど……!」
    「有ると言うなら、何故、現実に目を向けないの!?」
     次の瞬間、執務室にパン、と乾いた音が響く。
    「うっ……」
    「負けたことを認めず、うじうじと言い訳ばかりして! 何故負けたと言う、その事実を受け止めようとしないの!?
     あなたが言い訳しているそれは、誇りや自尊心では決して無いわ! ただの逃げ心、虚栄心よ!」
    「いえ……それは……そうじゃなく……」
     まだ口を開こうとするウォンに、ウェンディは背を向けた。
    「……あなたには心底、失望したわ。
     教主であり母である私の言うことも、上層部の叱咤も、黒炎様の詔も聞かないばかりか、自分勝手な騒ぎを起こして、その上自分の間違い、失敗を認めず、無理矢理に正当化しようとする、その性根の腐り様!
     あなたには何を教えても無駄ね。聞く耳が無いのなら、これ以上何も、教えられはしないわ」
     ウェンディは背を向けたまま、ウォンを両側から拘束している僧兵に命じた。
    「門の外に放り出しなさい。
     教主命令です――本日を以て、ウォーナード・ウィルソンは破門です」
    「御意……」
     僧兵たちは青ざめた顔のウォンを引きずり、執務室を後にした。

     一人残ったウェンディは、じんじんと痛む自分の手をさすりながら、こうつぶやいた。
    「ウィルも、あの人も、そしてウォンまでも……、か。どうして……、こうなるのかしら」



     ワニオンの厚意により、秋也と昂子は宿にて美味しい食事と、ふかふかの寝床を楽しんだ。
    「いやー……、よく眠れた」
    「ホント、ホント。あたし、この旅で初めて、アンタに感謝したわ」
    「感謝ぁ?」
    「アンタがあの時勝ってなかったら、こんな美味しい思いできなかったもん」
    「うーん……、感謝って言うならワニオンさんにじゃないか?」
     そう返され、昂子はほんの少し、考える様子を見せた。
    「……そうかも。じゃ、今のナシ! ありがとうワニオンさん!」
    「ソレもどーかと思うけどなぁ」
     いつものように他愛もないことを話しつつ、二人は央中側に通じる峠道を下っていく。
     と、秋也は道の先に、トボトボと肩を落として歩く人影を見つけた。
    「ん……?」
     秋也は軽く駆け込み、その人影に声をかけた。
    「おーい! お前、もしかして昨日の……」
    「……っ」
     振り向いたその人影は――頭と狼耳、尻尾の毛をばっさり剃られた、あのウォンだった。

    白猫夢・逸狼抄 6

    2012.05.18.[Edit]
    麒麟を巡る話、第16話。はぐれおおかみ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ウォンが起こしたこの騒動は、教主であるウェンディ・ウィルソンによって、その日のうちに裁かれた。 まず、ウォンに加担し、兵を集めた6人については、頭と耳、尻尾を丸刈りにした上で独房に3ヶ月の禁錮。さらに僧兵から降格、平の教団員に格下げされた。 また、扇動に乗った50数名についても、先の6人同様丸刈りと、1ヶ月の禁錮処...

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    麒麟を巡る話、第17話。
    とりあえずの和解。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「あ、やっぱり! どうしたんだその頭、……と耳と尻尾と」
    「……言いたくない」
     ウォンは背を向け、逃げ去ろうとする。
     その様子を見て、秋也はピンときた。
    「もしかしてお前、破門された、……とか?」
    「……ッ!」
     足を止めたウォンに、秋也は質問を続けようかとためらう。
     ところが昂子は、お構いなしにこう言い放った。
    「え、追い出されたの? ま、自業自得だろうけど」
    「……何が、自業自得だッ」
     ウォンは振り返りざまに、昂子に向かって拳を振り上げようとする。
     が、それを察した秋也は、彼の腕をつかんで止めた。
    「いい加減にしろよ、お前。コイツに手ぇ出すなって、昨日も言ったよな?」
    「お、お前の言うことなんか、誰が聞くか! 焔流のお前なんかに……」
    「オレがドコの誰だろーと、女に手を挙げる男が最低なのは、全国・今昔ドコでもいつでも同じだろうが。
     本当にプライドねーのな、お前」
    「う……」
     ウォンの力が緩んだところで、秋也は手を離す。
    「オレが言っても聞かないだろうし、知らないヤツ相手にあんまり言いたくないけどさ、お前、そんなコトばっかりしてるから、追い出されたんじゃねーのか?」
    「ち、違う! 僕は、その……、しゅ」「『修業のため外に出た』っつって説得力、あると思ってんのか? そのズタボロの見た目で?」「……ぐ、っ」
     散々に突っ込まれ、ウォンはとうとう、ボタボタと涙を流してしまった。
    「ぼっ、僕は、……僕はっ、ひっく、教団のっ、ために、ひっく、やったのに……っ」
    「でも、ソレはやるなって散々止められてたんだろ? なんでソコまで釘刺されてやったんだよ?
     結局ソレって、お前がやりたかったから、やったんじゃねーのか? じゃあ、教団のためでも何でもねーよ。お前だけのため、……じゃねーの?」
    「……ぅーっ……ぅーっ……」
     本格的に泣き始めたウォンに、昂子はフン、と鼻を鳴らした。
    「あーあ、マジ泣きしちゃった。バカじゃん、コイツ。自分でバカやって自爆した、ってだけじゃんよ。
     ほっといてもう行こうよ、秋也」
     昂子はそう提案してきたが、秋也は首を横に振った。
    「あのなぁ……、いくら自業自得っつっても、泣いてる奴を放っとく、なんてできるわけねーだろ」
     秋也はとりあえずウォンの手を引き、街道から少し外れたところに座らせて、落ち着くのを待った。

    「落ち着いたか?」
    「……」
     ウォンは秋也たちに顔をそむけたまま、小さくうなずいた。
     ちなみに、ウォンは――その技量と、昨日の高圧的な態度からは見抜けなかったが――まだ16歳なのだと言う。
     ようやく泣き止んだ彼は、確かに年相応に見えた。
    「……お前、コレからどうするつもりだ?」
    「え……」
     ウォンは顔をそむけたまま、ぽつりとつぶやく。
    「……考えてなかった」
    「そっか。……じゃ、一緒に来るか?」
    「なっ」
     ようやくここで、ウォンは顔を向けてきた。
    「そ、そんなこと、できるわけないだろう!? 焔流と一緒になんて……」
    「あーのーなー」
     秋也はぺち、とウォンの額にデコピンを当てる。
    「いたっ、……何をする!」
    「拳骨喰らって丸刈りにされて、その上破門までされたのに、まーだそんな古臭いコト言ってんのかよ?
     もう敵じゃないし、敵である理由も無いだろ? ま、それにさ」
     秋也は日除け用に持って来ていた帽子をウォンに被せ、こう続けた。
    「このまま一人でウジウジするよりは、誰かと話してた方がまだ、気が楽だろ?」
    「……」
    「おっと、『そんなことはない!』とか言うなよ?
     だってお前、オレが声かけた時、すげー顔色悪かったしな。何にも考えられないくらい、アタマん中ぐちゃぐちゃになってたんじゃないか?」
    「……それは、……否定しない。……確かに、どうしたらいいか分からなかった」
    「でも、今はさっきよりかは落ち着いただろ? ……だからさ」
     秋也は座ったままのウォンに、すっと手を差し伸べた。
    「一緒に行こうぜ。いいよな、昂子も?」
     昂子もフン、と鼻を鳴らしはしたものの、拒否はしない。
    「別にいーよ。殴ろうとしなきゃ」
    「……」
     ウォンはしばらく、顔を伏せたままだったが――やがて、そろそろと秋也の手をつかんだ。
    「……確かに、お前の言う通りだ。一人でいるよりは、マシだろうな」
    「よし、決まり! ……っと、自己紹介してなかったな。
     オレは黄秋也。こっちは橘昂子だ」
    「……」
     ウォンは立ち上がり、ぼそぼそとした口調ながらも、名前を名乗る。
    「ウォーナード・ウィルソンだ。……うぉ、ウォンで、いい」
    「ああ。よろしくな、ウォン」
    「よろろっ」

     こうして秋也と昂子の旅に、新たな仲間、ウォンが加わることとなった。

    白猫夢・逸狼抄 終

    白猫夢・逸狼抄 7

    2012.05.19.[Edit]
    麒麟を巡る話、第17話。とりあえずの和解。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「あ、やっぱり! どうしたんだその頭、……と耳と尻尾と」「……言いたくない」 ウォンは背を向け、逃げ去ろうとする。 その様子を見て、秋也はピンときた。「もしかしてお前、破門された、……とか?」「……ッ!」 足を止めたウォンに、秋也は質問を続けようかとためらう。 ところが昂子は、お構いなしにこう言い放った。「え、追い出された...

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    麒麟を巡る話、第18話。
    今後の相談。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     屏風山脈を西へ下り、三人はいよいよ央中地域に入った。

     山道を抜けた直後の、その道中――。
    「でさ、確かに香りはいいなーとは思ったんだけど、あんまり……、何だっけ、コーヒー? って飲まないからさ、味はあんまり……」
    「だよねー。ま、あたしは好きかもって思ったけど。
     ねえ、ウォンはコーヒー好きな方?」
    「……」
     秋也と昂子は山道でも何度か、ウォンに世間話を振っていたが、彼は秋也から借りた帽子を深く被ったまま、応えようとしない。
    「ねえ、ウォンってば」
     たまりかねた昂子が、ウォンの手を引っ張る。
    「なっ、……何だ?」
     ようやく、ウォンは顔を挙げる。
    「ヒトが何度も何度も声かけてんのにさー、ちょっとは反応しなさいよっての」
    「あ、ああ。悪い。……えーと、何の話をしていたんだ?」
    「いーよ、もうっ」
     昂子はウォンから手を離し、ぷい、とそっぽを向いた。
    「なんなんだ、まったく……」
    「ソレはどっちかって言うと」
     秋也も呆れ気味に、ウォンに顔を向けた。
    「オレたちの台詞だな。
     あのさ、ウォン。何か、気になるコトでもあんのか?」
    「……と、言うと?」
    「さっきからさ、オレや昂子が声かけても、返事もしねーし顔も向けねーし。何か考え事でもしてたのか?」
    「いや、そう言うわけじゃ……」
    「じゃ、どうしたんだよ? それともさ、まだ『焔流の人間とは話なんかできない』とか思って……」「いや、そう言うわけじゃない。ないんだが、……その」
     ウォンは帽子を挙げ、秋也にこんなことを尋ねてきた。
    「僕は、……その、これから、どうしたらいいんだろうかって」
    「……そう言や、ちゃんと話してなかったな」
     歩き疲れていたこともあり、三人は街道の脇に逸れて休憩しつつ、ウォンの今後を話し合うことにした。

    「でさ、ちょっと聞きたいんだけど」
     まず、秋也が確認する。
    「お前、何かしたいコトとかあんのか?」
    「したい、こと……。うーん」
     問われたウォンは、困った顔になる。
    「……分からない。……自慢じゃないが、産まれてこの方、修業と鍛錬以外はほとんど何も、したことが無いんだ。
     だから放り出されても、何をしたらいいのか」
    「だよなぁ」
    「あたしには信じらんない世界ね。ずーっと勉強ばっかりとか、ないわー」
    「お前じゃそうだろうな」
     ウォンにそう返され、昂子は膨れっ面になる。
    「ふん、だ」
    (こいつら足して2で割りゃ、丁度いいだろうになー)
     ぼんやりそんなことを考えつつ、秋也は続いて質問した。
    「じゃあさ、趣味とかも無し?」
    「無い。……強いて言えば、修業になる」
    「わー、修業バカだ」
    「うるさい」
     昂子にからかわれ、今度はウォンが顔をしかめた。
    「んじゃ、まあ。……これから行く街なら、そーゆー奴でも構ってくれるところは一杯あるし、とりあえずは何とかできるかな」
    「ってゆーと?」
     尋ねた昂子に、秋也はにやっと笑って見せた。
    「闘技場だよ。あそこなら賞金も出るし、ボーっとしてても当面は、何とかなるさ」
    「闘技場、……か。そうだな、それなら」
     不安げだったウォンの表情に、ここでようやく安堵の色が浮かんできた。
    「ほっとしたみたいだな。……じゃ、そろそろ行くか」
    「しゅっぱーつ!」
     揃って立ち上がった秋也と昂子に続く形で、ウォンも立ち上がった。
    「ああ、……行こう」
     と、昂子がここで、ウォンにビシ、と人差し指を突きつけた。
    「アンタ、堅い」
    「えっ?」
    「話し方。もうちょい柔っこくできない?」
    「と、言われても」
     また困った顔になるウォンに、昂子ははぁ、とため息をついて見せた。
    「ま、いーわ。一緒に居れば、そのうち柔くなるでしょ」
    (どーかなぁ。それよりオレとしては、お前にもーちょっとくらい、しっかりしてほしいトコなんだけどな。
     本当にもう、こんだけ両極端なのが揃うとはなぁ)
     秋也はそんなことを考えながら、二人には分からないように苦笑していた。

    白猫夢・旧交抄 1

    2012.05.22.[Edit]
    麒麟を巡る話、第18話。今後の相談。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 屏風山脈を西へ下り、三人はいよいよ央中地域に入った。 山道を抜けた直後の、その道中――。「でさ、確かに香りはいいなーとは思ったんだけど、あんまり……、何だっけ、コーヒー? って飲まないからさ、味はあんまり……」「だよねー。ま、あたしは好きかもって思ったけど。 ねえ、ウォンはコーヒー好きな方?」「……」 秋也と昂子は山道でも何度...

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    麒麟を巡る話、第19話。
    懐かしいあの店に。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     夕暮れを迎えるよりも少し前辺りには、三人は央中の中心地、そして世界最大の都市であるゴールドコーストに到着した。
    「確かに大きな街だ。黒鳥宮も相当に広いと思っていたが、比較にならないな」
     きょろきょろと辺りを見回すウォンに対し、昂子はフン、と鼻を鳴らして見せる。
    「アンタ、まるで田舎者ね。ちょっとは落ち着いたら?」
    「お、お前こそはしゃいでいるだろう!? 僕と同様に、首を動かしているのを見ていたぞ!?」
    「ち、違うわよ! コレは首が凝ったなーってアレよ!」
    「13歳やそこらで首が凝るものか!」
    「凝るもーんだ」
     騒ぐ二人を見かねて、秋也はパン、と手を打つ。
    「その辺で止めとけって、お前ら。ソレよりも腹減ったし、疲れもあるだろ?」
    「……まあ、そうだな」
    「減ったし疲れた」
     二人が大人しくなったところで、秋也が提案する。
    「騒ぐより、今は宿を探すのが先だ。オレも腹減ってるし、布団に飛び込みたい」
    「さんせーい」
    「隣に同じ」
    「よし。んじゃどこか、泊まる場所探すか」
    「あ、じゃあさ」
     と、昂子が手を挙げる。
    「晩御飯はさ、別のトコで食べない?」
    「ん?」
    「お母さんの従姉妹がやってる店ってのが、ココにあるらしいのよ。いっぺん、行ってみたいなーって」
    「なーるほど。……あ、ソレならオレも聞いた覚えがある。昔、お袋もお世話になったって言ってた店だな、多分。
     何だっけ、『赤虎亭』だろ?」
    「そーそー、ソレソレ」

     宿を決めた後、三人はその店を、親から聞いた記憶と、宿の主人から聞いた情報とを頼りに――役に立ったのは結局、後者だけだったが――探し当てた。
    「……どもー」
     何となく気恥ずかしくもあり、秋也は恐る恐る戸を開け、中の様子を窺った。
    「いらっしゃい」
     普通に声をかけられたが、秋也はまたも、恐る恐る尋ねる。
    「あの、橘朱海さん、ですか?」
    「違うよ」
     そう返され、秋也は「あっ」と声を挙げた。
    「すみません、間違え……」「間違ってない。ここは赤虎亭。店番が違うだけ」
    「へ?」
     戸惑っているうちに、店の奥から三角布を被った黒髪の、女性の猫獣人が出てきた。
    「アケミさんは支店の見回りと買い出しに行ってる。御用なら聞くけど? ご飯?」
    「あ、いや。ソレもなんだけど、オレたちは……」
     と、猫獣人が秋也の背後に声をかけた。
    「お帰りなさい、アケミさん」
     秋也たちが振り向くと、そこには初老の、虎獣人の女性が立っていた。
    「ああ、ただいま。秋也くん、昂子ちゃん、……と、後は誰か分からんが、とりあえず中にお入り」
     そう促されたが、秋也たちは目を丸くするばかりだった。
    「え、あの」
    「何で分かった、って顔をしてるな。
     小鈴から連絡があったんだよ。『昂子と秋也くんがこっちに来る』ってな。で、弧月からココまでの距離と日数考えたら、昨日か今日、遅くとも明日くらいには着くだろうと見当は立ててたんだ。
     それくらいのタイミングでここに来る、央南人で『猫』とエルフって組み合わせなら、十中八九お前らだろうし、それに秋也くんは顔、覚えてたしな。だから分かった」
     朱海は店に入り、猫獣人の肩をトン、と叩く。
    「コロラ、手伝ってくれ。今日はこいつらの貸切にする。ご馳走、食べさせてやろうかってな」
    「はーい」
     コロラと呼ばれた猫獣人と一緒に店の奥へ進み、厨房に入ったところで、朱海は秋也たちにもう一度、声をかけた。
    「ああ、そうそう。ウィルたちにも声、かけといた。もうちょっとしたら来るよ」
     それを聞いて、秋也の顔から笑みがこぼれる。
    「そうなんですか?」
    「おう。あいつらも喜んでたよ、また会えるってな」
     朱海は三角布を頭に巻きながら、にっこりと笑い返した。
    「とりあえず、座ってくれ。夏とは言え、あんまり風通しが良過ぎても困る。砂埃なんかが入っちまうからな。早いとこ、戸を閉めてほしいんだ」
    「あ、はい」
     秋也たちはきちんと戸を閉めてから、席に着いた。

    白猫夢・旧交抄 2

    2012.05.23.[Edit]
    麒麟を巡る話、第19話。懐かしいあの店に。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 夕暮れを迎えるよりも少し前辺りには、三人は央中の中心地、そして世界最大の都市であるゴールドコーストに到着した。「確かに大きな街だ。黒鳥宮も相当に広いと思っていたが、比較にならないな」 きょろきょろと辺りを見回すウォンに対し、昂子はフン、と鼻を鳴らして見せる。「アンタ、まるで田舎者ね。ちょっとは落ち着いたら?」「お...

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    麒麟を巡る話、第20話。
    旧友との再会。

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    3.
     ウィルたちが来るまでの間、秋也たち三人は、カウンターの向こうで作られている料理に釘付けになっていた。
    「ソレ、何です?」
    「ん? ああ、トビウオだ。今が旬だからな、脂が乗っててうまいぞ。今朝上がったばっかりだから刺身には持って来いだし、後は天ぷらだな」
    「うはぁ……、うまそう」
     朱海の魚捌きに秋也が食い付いている横で、昂子とウォンがコロラのつかんでいる、小豆色の触手について、恐る恐る尋ねている。
    「そっちは……、タコ?」
    「うん、そう」
     山育ちのせいか、どうやらウォンは、初めてタコを見たらしい。
    「そんなの、食えるのか? まだ……、その、ウネウネしているようだが」
    「さっき切ったばかりだから。刺身にするとプリプリして美味しい。それと、こっちの大根と合わせて、煮物にする。こっちもすごく美味しい」
     まだ彼女の掌中でうごめくタコの脚を、ウォンは青い顔で見つめている。
    「う、ん。……見た目は、あの、何だな。……グロい」
    「見た目はね。でも味はいい」
     と、昂子も苦い顔でこうつぶやく。
    「ごめん、あたしもタコ、あんまり好きじゃ……」
    「そう?」
     二人の反応に、コロラはしゅんとした顔になる。
    「美味しいのに」
     それを横目で見ていた秋也が、昂子たちをたしなめる。
    「好き嫌い言うなよ。うまいぞ、タコ」
    「いや、ホント駄目なのよ。見た目が、……どうしても」
     口ごもる昂子に、朱海も口をとがらせた。
    「おいおい、食わず嫌いか? ちゃんと食べてくれよー、折角用意したんだから」
    「が、頑張る」
    「ぼ、僕も挑戦する。敵前逃亡など、も、もっての外だからな」
     顔をこわばらせている二人に、秋也は呆れた声を出した。
    「ソコまで気合入れなくてもいーだろ……」
    「ま、それにだ。弧月は内陸だし、そっちの狼坊主くん……、えーと」
    「ウォーナード……、ウォンだ」
    「ウォンくんか。君もその格好からして、山の子だろ? 海産物となると縁遠いだろうな、二人とも。
     だけどもここは港町だ。海の物に関して、まずいってことはまず、無い。あるとすりゃ、料理人の腕のせいになるが、それもこの店に関して言えば、まったく問題なしだ。
     自分で言うのも何だが、アタシの腕は確かだし、コロラもアタシがみっちり教え込んでるからな。この店でまずい物は、絶対食わせないよ。期待しててくれ」
     そう朱海が宣言したところで、入口の戸がカラカラと音を立てて開いた。
    「アケミさん、どうもー」
    「どもどもー」
     軽い挨拶と共に、背の高い、筋肉質の男女が店に入ってくる。
    「……おっ」
     狼獣人の青年の方が、秋也を見て手を挙げる。
    「シュウヤ、久しぶり!」
    「お、ウィル!」
     秋也は立ち上がり、狼獣人に会釈した。
    「久しぶりだな! ……つってもまあ、1ヶ月半くらいか?」
    「そうだな、確か。でもすげー久々って感じだ。色々あったからかな」
    「色々?」
     と、今度は虎獣人の女性が手を挙げる。
    「ウチの弟がなー、ウィルんとこの妹さんと結婚するー、て言いだしてん。
     母やんも父やんも、シルビアさんも目ぇ丸うするわ、ウィルが半ギレするわで、てんてんわんわん? やってん」
    「それを言うなら、『てんやわんや』だっつの。
     ……まあ、そんなワケでさ。この1ヶ月、すげー揉めたんだよ、クイントの奴と」
    「クイント、ってのがシルキスの弟か。何番目の?」
    「すぐ下のん。て言うか、歳考えたらギリギリやん。クイント、17やし」
    「あ、そっか」
     シルキスはふう、と鼻からため息を吹き、肩をすくめる。
    「ホンマになぁ、おマセっちゅう限度をブッちぎっとるで」
    「その上、手前勝手に話をブン回してくるしな」
    「せやなぁ。いきなり『シルフィと結婚するわー』とか、アホかっちゅうの。ほんで、どーにか話がまとまったん、一昨日やしな」
     そこで、秋也はそれとなく状況を伺ってみる。
    「まとまった、……ってコトなら、おめでとう、でいいのかな」
    「……まあ、うん。まだちょっと、くすぶり気味だけどな」
    「せやねん。そもそもからな、まだ自分一人でまともに金も稼げへん、甲斐性なしのクセしよって……」「だからさ、お前ら」
     と、朱海がカウンターへ身を乗り出し、しかめっ面をウィルたちに向ける。
    「今日は風が強いんだ。戸、開けっ放しにされちゃ困る。話は中に入ってからにしてくれよ」
    「あ、すんませーん」
     ウィルとシルキスは揃ってぺこりと頭を下げ、それから後ろ手に戸を閉めた。

    白猫夢・旧交抄 3

    2012.05.24.[Edit]
    麒麟を巡る話、第20話。旧友との再会。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ウィルたちが来るまでの間、秋也たち三人は、カウンターの向こうで作られている料理に釘付けになっていた。「ソレ、何です?」「ん? ああ、トビウオだ。今が旬だからな、脂が乗っててうまいぞ。今朝上がったばっかりだから刺身には持って来いだし、後は天ぷらだな」「うはぁ……、うまそう」 朱海の魚捌きに秋也が食い付いている横で、昂子と...

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    麒麟を巡る話、第21話。
    ウォンの職探し。

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    4.
     秋也と昂子、ウォン、そしてウィルとシルキスの5人で卓を囲み、改めて再会祝いと、初対面の挨拶とを行った。
    「どーも、アコ・タチバナ、です。13歳、魔術師を、目指して、ます。……通じてる?」
     たどたどしい央中語での挨拶に、ウィルとシルキスはにっこり笑みを返す。
    「分かる分かる」
    「大丈夫やでー」
     続いて、ウォンも自己紹介を行う。
    「ウォーナード・ウィルソンだ。……前にも会ったな」
    「そうだな。大会の、準決勝でな」
     ウィルがそう返したところで、シルキスがポン、と手を叩いた。
    「あーあー、見覚えある思たら、それかー」
    「まあ、気付かないのも無理はない。こんな頭ではな」
    「そう言えば気になってたんだけど、一体どうしたんだ、それ?」
    「……一身上の都合だ」
     そうごまかしたウォンの態度で、ウィルはそれとなく悟ったらしい。
    「そっか。……まあ、詳しいことは聞かないけどさ、大変なんだな、僧兵ってのも」
    「そう言うことにしておいてくれ。
     そうだ、……ウィル、で良かったか?」
    「ああ」
     ウォンは真剣な顔で、ウィルにこう尋ねた。
    「ウィル、確かお前は、この街の武闘大会に出場していたな?」
    「ああ、そうだけど?」
    「後で少し、詳しい話が聞きたいんだ。その、……僕も、出場したくて」
    「お前が? ふーん……」
     と、そこで料理と飲み物が運ばれてくる。
    「お待ちどうさん。さ、ドンドン食べてくれ」
    「一応飲み放題だけど、お酒の飲み過ぎと子供の飲酒は、ダメ、絶対」
    「あいあい」
    「いただきまーす」
    「……いただきます」
     ウォンの話は、そこで遮られてしまった。

     酒と料理が胃に入り、場も段々温まってくる。
    「コスズさんの話、ウチも聞いとるよー。何や、お金持ちになったらしいなー言うて」
     赤ら顔で昂子にそう話したシルキスに対し、昂子は口をとがらせる。
    「お金持ちっちゃお金持ちだけどさー、あたしは全然、その恩恵受けてないと思う。学校ばっかりでろくに遊びにも行けないしさ、お小遣いも月2000玄くらいだしさ」
    「2000、……玄? エルやといくらくらいやっけ?」
     シルキスは横に座っていたウィルの袖を引っ張り、レートを尋ねる。
    「同じくらいじゃなかったっけ?」
     回答を聞き、シルキスは苦い顔になる。
    「……アコちゃんなー、ソレ、やっぱり高い方やないのん? 2000エルあったら、この店で10日連続くらい飲み会できるで?」
    「そっかなー……? 確かにちょっとしたお金だなーってのは分かるんだけど、お金持ちなのに、お小遣いそんだけって言うのがなーって」
    「贅沢だな。そんなだから根性が無いんだ」
     ボソ、とそうつぶやいたウォンに、昂子はぺろ、と舌を出す。
    「こんじょーなんていらないもーん。そんな汗臭そうなの、あってどーすんのよ? 役に立つワケないじゃん、そんなの」
    「……」
     昂子の言葉に、他の4人は一様に、ほんのわずかに不機嫌な顔をした。
    「……まあ、お嬢様だからさ、コイツ。勘弁してやってくれよ」
     その場は秋也が取り成し、一応、場の空気から険が抜ける。
    「ああ、うん、そっか」
    「しゃーないなー」
    「……」
     一方、昂子は自分がどれだけ場にそぐわない発言をしたか、少しも察していない。
    「何ソレ? どう言う意味?」
    「いーから。お前は食ってろ、ご飯。ほれ、天ぷら」
    「ん、ありがと」
     と、話が途切れたところでウォンが、食事前にしていた話を持ち出す。
    「ウィル、さっきの話だが」
    「ん?」
    「闘技場の大会に参加するには、どうすればいいんだ?」
    「ああ、それか。
     まあ、まずは一番下の、一般人も参加できるロイドリーグってのがあってな。そこで活躍すれば、人数制限のあるレオンリーグってとこからお呼びがかかる。
     で、そこでもいい成績を出せば、さらに上級のニコルリーグに参加できて、で、そこの上位者が、最上級のエリザリーグってのに参加できる。そこが終点だな」
    「なるほど。まずは初級から、と言うわけか」
     うなずくウォンに、ウィルはこんなことを尋ねてきた。
    「お前さ、もしかしてしばらく、こっちに住むのか?」
    「え?」
    「本格的にリーグ参加するとなると、3、4ヶ月はかかるぞ。となると、ずーっと宿住まいってわけにも行かないだろ?」
    「なるほど、そう言えばそうか……」
    「それに、いくら賞金が出るっつっても、初めのうちは額も小さいし、それだけで食ってくってのはまず、無理だ。
     仕事も何かしら、見付けなきゃ」
    「仕事……、そうか、うーん」
     困った顔をしたウォンに、ウィルはこんな提案をした。
    「良かったらさ、俺とシルキスが行ってるとこに、仕事の口が無いか聞いてみようか?」
    「いいのか?」
     ウィルはにこっと笑い、うなずいた。
    「ああ、多分大丈夫だろ。俺やシルキスみたいなのが出入りしてるところだし」

    白猫夢・旧交抄 4

    2012.05.25.[Edit]
    麒麟を巡る話、第21話。ウォンの職探し。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 秋也と昂子、ウォン、そしてウィルとシルキスの5人で卓を囲み、改めて再会祝いと、初対面の挨拶とを行った。「どーも、アコ・タチバナ、です。13歳、魔術師を、目指して、ます。……通じてる?」 たどたどしい央中語での挨拶に、ウィルとシルキスはにっこり笑みを返す。「分かる分かる」「大丈夫やでー」 続いて、ウォンも自己紹介を行う...

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    麒麟を巡る話、第22話。
    自堕落娘。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     赤虎亭で飲み明かした翌日。
     秋也たちの泊まっていた宿を、ウィルが訪ねてきた。
    「よぉ、シュウヤ、ウォン」
    「おー……」
    「……」
     散々飲んでいたため、秋也はひどい頭痛を覚えている。ウォンも同様らしく、ソファにぐったりともたれながら、のろのろと手を挙げてウィルに応える。
     一方、ウィルの方はまったく響いていないらしい。
    「お前ら、二日酔いか? 顔、めちゃくちゃ蒼いけど」
    「あー……、うん……、そうみたい……、だな」
    「ひょっとして下戸か?」
    「いや……、昨夜は飲み過ぎた、……っぽい」
    「おいおい、だらしねーなぁ。
     ……あれ?」
     と、ウィルは部屋に昂子の姿が無いことに気付く。
    「あいつは?」
    「昂子か? まだ寝てる」
    「そっか。……あんまりさ、こんなこと言いたくないけど」
     ウィルは眉をひそめ、秋也たちに小声で謗る。
    「あいつ、何なんだ? 口を開けば『めんどくさい』だの『ウザい』だの『どーでもいい』だの、俺たちの話に一々突っかかって全否定してくるとか、バカにし過ぎだろ。
     昨夜は酒が入ってたから笑って許してたけどさ、なんかさ、素面になってよくよく考えてみたら、段々ムカっとして来たからさ」
    「あー、……ソレはマジで悪かった。あいつ、『お嬢様』だからさ。他人のコトなんか、ソレこそ『どーでもいい』で返してくるんだよ」
    「それが何かなぁ……。やる気無い癖して、他人のやること成すことに一々、ケチ付けてくんのがイラっと来るんだよな。
     本人が無気力なのはそいつの勝手だけどさ、俺たちの頑張りまでそいつの物差しで測られて無意味だって断言されるのは、あんまり気分いいもんじゃないぜ」
    「オレもなぁ……、事あるごとに注意してはいるんだけど、あいつ耳が長いクセして、ぜーんぜん聞く耳持ってないんだよな。正直、ちょっと持て余してるってのはある」
    「僕も同感だ。あいつ、これからミッドランドのテンコ様のところで修業を積むと言っていたが、10日くらいで逃げるんじゃないか? あんな無気力人間にまともな修行ができるとは、まったく思えない」
     そう言ってきたウォンに、秋也は反論する。
    「いや、そりゃ確かにさ、あいつは無気力で怠け者でワガママだけど、ソレでも将来のコトは、ちゃんと考えてるんだ。
     オレはちゃんとやり遂げるって信じてる」
    「そうだといいけどなぁ。
     ……あ、そうそう。こんな話をしに来たんじゃないんだ」
     ウィルはウォンの方に顔を向け、本題を切り出した。
    「ウォン、昨夜言ってた仕事の話だけど、どうする? 社長に会ってみるか?」
    「社長?」
    「ああ。こっちに来る前に寄ってみたんだけど、『会って話を聞いてみよう』ってさ」
    「そうか。……そうだな、会いたい」
    「よし、じゃあ早速……」
     そう言いかけて、ウィルは黙り込んだ。
    「どうした?」
    「……その前に、だ。
     お前ら、やっぱり酒臭いぜ。朝からやってる銭湯あるからさ、そっち寄ってからにしよう」
    「……あ、うん」

     風呂に入ってさっぱりした三人は、改めてウィルの職場に向かうことにした。
    「そう言やさ、ウィル」
    「ん?」
    「仕事って、孤児院の手伝いもやってたんじゃないのか?」
    「ああ、そっちは弟や妹も大きくなって、人手が足りてるからな。細かい仕事は、全部みんなに任せてる」
    「そっか。シルビアさんもいるしな」
    「つーか、逆に言うと」
     ウィルは肩をすくめ、冗談めかしてこううそぶく。
    「人が居すぎて俺の仕事が全部取られた、って感じだな。
     そんで、暇してたところで、闘技場関係でお世話になってた社長から、スカウトされたってわけだ」
    「へぇ。仕事って、具体的にはどんなコトやってるんだ?」
    「簡単に言うと、闘技場関係の資料集めと編集だ。大会の歴史も結構長いから、まとめて本にしようってさ」
    「面白そうだな、ソレ」
     話をしているうちに、三人はウィルの勤め先――チェイサー商会に到着した。

    「おはようございます、プレアさん」
     ウィルは秋也たちを社長室に案内し、中にいた社長、狼獣人のプレア・チェイサーに挨拶した。
    「おはよう、ウィルくん。……あら、シュウヤくんじゃない」
    「ども、お久しぶりです」
    「で、そちらの黒い『狼』くんが、働きたいって言ってる子?」
    「ええ。……ほら、ウォン」
     ウィルに促され、ウォンは黒炎教団式の挨拶、合掌を取って名乗る。
    「お初にお目にかかる。ウォーナード・ウィルソンだ」
    「ウィルソン? あら、もしかしてあなた、黒炎教団のウィルソン家?」
    「あ、ああ」
     それを聞いて、プレアはウォンの側に寄ってきた。
    「ウィルソン家は皆、イニシャルが同じと聞いたけど、あなたもW・Wなのね」
    「ええ、まあ」
    「あと、ウィルソン家の人は皆、僧兵を経験してると聞いたけど、あなたも?」
    「はい」
    「そう。……うーん」
     と、プレアは一転して、困ったような顔をした。
    「残念だけど」
    「え?」
    「あなたでは、角が立ちそうね。うちで採用するのは、難しいところだわ」

    白猫夢・旧交抄 5

    2012.05.26.[Edit]
    麒麟を巡る話、第22話。自堕落娘。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 赤虎亭で飲み明かした翌日。 秋也たちの泊まっていた宿を、ウィルが訪ねてきた。「よぉ、シュウヤ、ウォン」「おー……」「……」 散々飲んでいたため、秋也はひどい頭痛を覚えている。ウォンも同様らしく、ソファにぐったりともたれながら、のろのろと手を挙げてウィルに応える。 一方、ウィルの方はまったく響いていないらしい。「お前ら、二日酔...

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    麒麟を巡る話、第23話。
    不採用通知。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     プレアの返答に、ウィルは信じられない、と言いたげな顔をする。
    「どうしてです?」
    「今は大会プロモーターと出版業が商会の主軸とは言え、うちはまだ、情報屋の端くれよ。この子が『山』でやったこと、私も聞いてるのよ」
    「……っ」
     プレアの言葉に、ウォンは顔を強張らせる。
    「ウォンが、何をしたんです?」
    「簡単に言うと、謀反ね。教団上層部の決定に反発して、カーテンロック山脈(屏風山脈の央中名)でシュウヤくんを襲ったそうなの。
     ここにシュウヤくんがいるから分かると思うけど、結果は失敗。命令を聞かなかった彼に対し、上層部は彼を破門にしたのよ」
    「……」
    「そんなことしたのか、お前……」
     目を丸くしているウィルに対し、ウォンは小さくうなずく。
    「ああ」
    「でも、今シュウヤと一緒にいるってことは、反省して和解したってことじゃ……」
    「問題はそこじゃないわ。『上の命令を聞かずに暴走した』と言うのが、採用できない何よりの理由よ」
    「う……」
    「自分勝手な判断で、自分にだけ都合のいいように動かれては困るの。私の先代、父と母が商会主だった時も、そう言う人間の存在で散々苦労したと聞いてるしね。
     でも確かにウィルくんの言う通り、今は和解したみたいだから」
     プレアはウォンの手を取り、申し訳なさそうにこう告げた。
    「もう少し様子を見させてほしいの。あなたが本当に『山』でやったことを反省し、改心したと判断できれば、うちで採用させていただくわ。
     それで構わないわね、ウォーナードくん?」
    「……仰る通りです。まだ僕は、信用に足る人間ではない。そのことを改めて、重く受け止めます。
     また、……己を改めてから、伺います」
    「ええ、待ってるわ」

     チェイサー商会を後にし、秋也たち三人はとりあえず、近くの公園で昼食を取ることにした。
    「残念だったな、ウォン」
    「そうだな。……となると、また別の仕事を探すか」
    「んー」
     ウォンの言葉に対し、秋也がこう確認する。
    「別にさ、何が何でも今すぐ、闘技場に行かなきゃってワケじゃないんだよな?」
    「ん? ……まあ、そうだが。とは言っても、僕には他に当てが無いし」
    「いや、ソレなんだけどな。一から仕事を探して、って言うのは結構きついだろ? お前、あんまりひょいひょいと人付き合いができるタイプじゃ無さそうだし」
    「……否定はできないな」
    「だろ? そんならプレアさんに、『自分は信用できる人間だ』ってアピールして、今度こそウィルと一緒に仕事できるように交渉してみたらどうかなーって」
    「どうやって?」
     そう尋ねたウィルに、秋也は自分の考えを話す。
    「まあ、ウォンが信用してもらえない原因って言えば、屏風山脈で暴れたってコトだろ? さらにその理由って言ったら、『焔流嫌い』からだし。
     じゃあ逆に言えば、焔流のオレとしばらく平和に行動してれば、もう反発するコトは無いぞってアピールにならないかな、って」
    「なるほど……」
    「理屈としては若干怪しいが、確かに大暴れせず過ごしたんなら、プレアさんも納得するだろうな」
    「だろ? ココで提案だけどさ、もうちょっと、昂子を送るのに付き合ってもらっていいか?」
     その提案に、ウォンは「む……」と短く唸る。
    「断りたいところ、だが……。あのワガママ娘を穏便に送ることが果たせられれば、確かにお前と仲良くやれた、と言う証明にはなるな。
     気乗りはしないが、付き合うとするか」
    「ありがとな、ウォン」
     秋也はにっこり笑い、ウォンと握手を交わした。



     一方、秋也たちの泊まっていた宿では――。
    (……ちぇ)
     昂子は一人、ベッドでうつ伏せになっていた。
     と言っても、寝ているわけではない。実はウィルが訪ねた辺りから目を覚ましていたのだが、彼の陰口にショックを受け、普段以上に無気力になっていたのだ。
    (嫌われたわねー、あたし。そりゃま、あんだけ自分勝手にペチャクチャ言ってたらねー)
     昂子自身、昨夜の放言については、反省はしている。しかし一方で、謝ろうと思うだけの気力も湧いてこない。
     この13年、彼女は始終「そんな感じ」で生きてきたのである。
    (こーゆートコがさ、ダメだって言うのは分かってんのよ。……分かってんだけど、……やっぱ変えられないのよね)
     自分の無気力さ、無責任さに、自分自身、愛想を尽かしている。
     しかし誰かから何かを押し付けられるのも、彼女にとっては不愉快であり、元々から少ないやる気をさらに削ぐことになる。
     何をどうしようと、やる気がまるで湧いてこない――「そんな感じ」が、彼女がこれまで過ごしてきた生き方だった。
    (あーあ、……あたしって本当に、ダメ人間よね)
     そんなことをぼんやり考えているうち、秋也の言葉を思い出す。
    ――オレはちゃんとやり遂げるって信じてる――
    「……できるワケないじゃん、あたしが」
     そうつぶやいてみたが、一方で、心の中ではこうも考えていた。
    (……今度こそ、できたらいいな。秋也が折角、信じてくれるんだから)

    白猫夢・旧交抄 6

    2012.05.27.[Edit]
    麒麟を巡る話、第23話。不採用通知。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. プレアの返答に、ウィルは信じられない、と言いたげな顔をする。「どうしてです?」「今は大会プロモーターと出版業が商会の主軸とは言え、うちはまだ、情報屋の端くれよ。この子が『山』でやったこと、私も聞いてるのよ」「……っ」 プレアの言葉に、ウォンは顔を強張らせる。「ウォンが、何をしたんです?」「簡単に言うと、謀反ね。教団上層部...

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    麒麟を巡る話、第24話。
    見方、聞き方を広げるために。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     公園で一休みしたところで、秋也たちはウィルと別れ、宿へと戻って来た。
    「ただいまー」
    「おかえり。ドコ行ってたの?」
     出迎えた昂子に、秋也は公園で買ったサンドイッチを渡す。
    「ウィルの仕事先。ウォンを雇ってもらえないかって」
    「ふーん」
     昂子はサンドイッチの包みを開きながら、ウォンに尋ねる。
    「行けそうなの?」
    「いや、駄目だった。……だからもうしばらく、お前たちと一緒に行動しようと思っている」
    「あ、そ。……あ、コレってアボカド?」
    「ああ。嫌いだったか?」
     昂子は顔をしかめ、秋也の問いにうなずく。
    「うん、無理。……こっちの、ソーセージのだけもらうね」
    「失礼な奴だな」
     と、ウォンが呆れた声を漏らす。
    「買ってきてやったものを『食べたくない』とは。家でどんな教育を受けたか、底が知れるな」
    「……」
     昂子はじろ、とウォンをにらみ、アボカドを挟んだサンドイッチを投げ付けた。
    「うっ、……何をするんだ!?」
     ウォンは飛んできたサンドイッチをつかみ、昂子をなじる。
    「食物を投げ付けるとは、マナーが悪いにも程があるだろう!? とことん無礼者だな、お前は!」
    「フン、だ」「昂子っ」
     見かねた秋也が、昂子の手からサンドイッチを取り上げる。
    「あ、何すんのよ? 食べるって言ったじゃん、ソレ」
    「食い物を粗末にすんなよ。オレから見ても、今のはお前が完璧、悪い」
    「何ソレ」
    「何ソレ、じゃねーよ。何かお前、日に日に柄が悪くなってないか?
     他人の言うコトに一々突っかかるわ、人の厚意を無碍にするわ。今のお前、まるでチンピラだぞ」
    「……っ」
     昂子の顔がみるみる紅くなる。
     次の瞬間、昂子の平手が秋也の頬にぶつけられ――かけたが、秋也はその手をひょい、とつかんでいた。
    「やると思ったよ。……なあ、何か不満があるってなら、口で言えよ? 辺り構わず当たり散らされても、こっちは困るだけなんだって」
    「不満? 不満なら、いっぱいあるわよ! ずーっとウォンばっかり構ってるし、あたしが何か言うと全部『お前が悪い』って言うし!
     そんなにあたしのコト、鬱陶しいの!?」
    「あのなぁ」
     秋也は昂子の手をつかんだまま、もう一方の、サンドイッチを持った手を昂子に向ける。
    「本気で鬱陶しかったら、オレはさっさとミッドランドにお前を預けて、央南に帰ってる。
     そうしないのは、お前にもうちょい、見聞を深めてほしいからだよ」
    「見聞? 誰がそんなコトお願いしたのよ!?」
    「聞けって。お前さ、怒ってる時って大体、自分の都合が悪くなった時だろ? 峠でもそうだったけど、自分の思い通りにならない時になると、すぐわめくし、逃げ出そうとするし。
     でもさ、事あるごとに一々わめいたり逃げたりして、ソレで全部、うまいコト行くと思うか? そんなコトばっかりやってても結局さ、『あいつはワガママばかり言って、何もできないヤツだ』って、周りからバカにされるだけだろ?
     昨夜だってそうだったろ? お前が何か言う度、ウィルやシルキス、嫌そうな顔してたろ? 自分の都合だけで、自分の話ばっかりしてたからだよ。
     お前だって嫌だろ、俺やウィルが大会で活躍した話を延々聞かされるのなんか、さ?」
    「まあ……、そりゃ、ウザいなって思うけど」
    「ソレと同じコトをしてたんだよ、昨夜のお前は。自分勝手な話ばっかりされて笑ってられるヤツなんて、この世には滅多にいないんだぜ。
     ちょっとくらいは人の話を聞くようにしなきゃ、お前本当に、周りから『ウザいヤツ』って思われて、相手にしてもらえなくなるぞ。
     お前がそんな風に一人ぼっちになってくのは嫌だし、だから俺は、今日出発してもいい宿を明日の分まで取ったんだよ。もうちょっと人の話、聞く耳を持ってほしいと思って。
     お前はお願いしてないのは分かってるけどさ、だからって、人の厚意をわざわざ踏みにじるコトも無いだろ? ソレだけはしないでくれよ、本当に、な?」
    「……」
     つかんでいた昂子の手から力が抜けるのを感じ、秋也は手を離す。
    「ほら、こっちは食べるんだろ?」
    「……うん。……あの、ウォン?」
    「なんだ」
    「そっちも食べる」
    「その前に、何か僕に言うことは無いのか」
    「……ごめん。ひどいコトした」
    「ああ」
     ウォンも小さく頭を下げ、昂子にサンドイッチを渡す。
    「僕も口汚い言葉を投げ付けた。すまない、アコ」
    「うん」

     半ば握り潰されたり投げ付けられたりしたために、折角のサンドイッチは形が崩れてしまっていたが、それでも昂子は美味しそうに平らげた。

    白猫夢・旧交抄 7

    2012.05.28.[Edit]
    麒麟を巡る話、第24話。見方、聞き方を広げるために。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 公園で一休みしたところで、秋也たちはウィルと別れ、宿へと戻って来た。「ただいまー」「おかえり。ドコ行ってたの?」 出迎えた昂子に、秋也は公園で買ったサンドイッチを渡す。「ウィルの仕事先。ウォンを雇ってもらえないかって」「ふーん」 昂子はサンドイッチの包みを開きながら、ウォンに尋ねる。「行けそうなの?」「...

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    麒麟を巡る話、第25話。
    思いを馳せる'41。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     次の日、昂子は秋也たちに手を引かれる形で、ウィルとシルキスのところへ、赤虎亭での無礼に対する謝罪を行った。
     二人は昂子の謝罪を快く受け入れ、改めて5人で市中を巡り、遊ぶことになった。

    「なーなー、どないやった、ウチのご飯?」
    「うん、すっごく美味しかった!」
     シルキスの両親が営む定食屋で昼食を取り、シルキスは昂子の反応に、上機嫌になっている。
     と、秋也はシルキスにこんな質問をする。
    「シルキスの父さんと母さんは、今どこかに出てるのか? さっき料理持って来てくれたの、妹さんみたいだったけど」
    「せやねん。ウィルん家に行っとるんよ。な、ウィル?」
    「ああ。ほら、赤虎亭で話してた、クイントとシルフィの話で」
    「ああ……。え、じゃあもう結婚するって話になったの?」
    「……それがなぁ」
     ここで厨房の奥から、声が飛んでくる。どうやら先程料理を運んできてくれた、シルキスの妹のようだ。
    「クイント兄やん、アホやねんで。昨日の朝、キャバレーみたいなところから連絡来てな、『店の女に手ぇ出しよったから、迷惑料払うてんか』って」
    「はぁ!?」
    「じゃあクイント、結婚するって言ってた横で、他の女口説いてたってコトか?」
    「せやねん。で、めでたく話は破談になったっちゅうワケや。シルフィからもきっついビンタもらうわ、ウィルからも拳骨もらうわ、その上に父やんと母やんからも『お前みたいなアホは面倒見切れへん、勘当やッ!』ちゅうて散々怒鳴られて、ウチを追い出されよってん。
     ほんで今、父やんたちがウィルん家に、謝りに行っとるとこやねん」
    「とんだ阿呆だな」
     ウォンの言葉に、シルキスはゲラゲラと笑った。
    「ホンマやわ、もう! あんなアホタレ、もう知らんわ、あははは……」

     昼食の後、秋也たちは天狐たちへの土産を買いに向かった。
    「何がいいんだろうな? 小鈴さんから何か聞いてるか、昂子?」
    「えーっとね……、甘いものがいいってさ。特に天狐さんは、チョコレート大好きなんだって」
    「鈴林さんは?」
    「聞いてない、かな。何も言ってなかったと思う」
    「ふーん……? 小鈴さんの話からしたら、鈴林さんの方がお世話になってるっぽいのにな……?」
     そんな話をしている一方で、ウィルとシルキスが、ウォンの帽子を見立てている。
    「こっちの方がかっこええんとちゃう?」
    「いや、何だよそのドクロ……。そんなの無い方がいいって。シンプルが一番だ」
    「僕もウィルの意見に賛成だ。流石にそちらは、御免被る」
    「えー……。ええと思うんやけどなぁ」
     口をとがらせるシルキスをよそに、ウィルは手に持っていた帽子を店員のところへ持っていく。
    「じゃ、これ買ってやるよ」
    「いいのか、本当に?」
    「いいって。ま、お返しはお前が俺たちのところに無事、仕事に就けてからでいいから」
    「……ありがとう」



     ミッドランドへ向かう準備を終え、翌日、秋也たちはゴールドコーストを発った。
    「じゃ、またな」
    「ああ。今度は母さんたちにも会いに来てくれ」
    「おう」
     別れの挨拶を短く済ませ、秋也たちは街を後にする。
    「……なんか、一気に静かになったね」
    「そうだな。騒がしい街だった」
     二人の言葉を聞き、秋也はふっと笑う。
    「なに?」
    「ああ、いや。オレも昔、初めてあの街に行って、で、街を出た時に、同じコト言ったなって。
     みんな、そう思うらしいぜ。お袋もそう言ってた」
    「へぇ」
    「んで、揃ってみんな、こう言うらしいぜ」
     秋也は二人に笑いかけながら、こう続けた。
    「『また、この街に来たい』ってな」
    「……なるほど。確かに」
    「そーね。楽しかったし」
     若干ひねくれ者の二人も、これには素直にうなずいていた。



     その、秋也たち三人の動きを、遠い、遠い崖の上で見つめる者がいた。
    「……あれね」
     常人ならば形どころか、数すら判別できない、米粒のようにしか見えないその距離から、その女は三人をきっちり、裸眼で把握していた。
    「一人、増えているみたいだけど……、まあ、関係ないか」
     女は手にしていた仮面を顔に被せ、それから、唯一隠れていない口元を、にやりと歪ませた。
    「本当の本当に、ボンクラなのか。それともやる時はやる子なのか。
     確かめさせてもらうわよ、黄秋也くん」
     女はその崖からとん、と飛び降り――その場から消えた。

    白猫夢・旧交抄 終

    白猫夢・旧交抄 8

    2012.05.29.[Edit]
    麒麟を巡る話、第25話。思いを馳せる'41。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 次の日、昂子は秋也たちに手を引かれる形で、ウィルとシルキスのところへ、赤虎亭での無礼に対する謝罪を行った。 二人は昂子の謝罪を快く受け入れ、改めて5人で市中を巡り、遊ぶことになった。「なーなー、どないやった、ウチのご飯?」「うん、すっごく美味しかった!」 シルキスの両親が営む定食屋で昼食を取り、シルキスは昂子の反応...

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    麒麟を巡る話、第26話。
    仮面の女剣士。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ゴールドコーストを後にした秋也たち三人は、ミッドランドへ向かうべく、街道を進んでいた。
    「ミッドランドまでは、あとどのくらいなんだ?」
     そう尋ねたウォンに、秋也は地図を広げながら答える。
    「えーと……、今いるのが、ココだろ。リトルマインから北にちょっと、行ったところ」
    「この先街道が分かれているが、これは西に進むんだな?」
    「ああ。で、その突き当たりにフォルピア湖がある。ココから船に乗れば、あっと言う間にミッドランドだ」
    「地図で見る限りは、ゴールドコースト―リトルマイン間より、若干長いくらいか。1日か、2日と言うところだな」
    「ああ。ソコで、この旅もおしまいだな」
     その言葉に、ウォンはふう、とため息をつく。
    「そこでようやく、あのワガママ娘のお守りも、お役御免となるわけだな」
    「ふん、だ」
     聞いていた昂子が、いたずらっぽく鼻を鳴らす。
    「どうせならあんたも、シュギョーしてったらいいんじゃないの?」
    「お前と一緒にか? お断りだ」
    「なーまけーものー」
    「お前のことだろう」
     そんな風にじゃれ合っている二人を見て、秋也は苦笑していた。

     と――。
    「ちょっと、いいかしら」
     背後から突然、声をかけられ、秋也は驚く。
    (えっ……? 今、誰もいなかったよな……?)
     そして振り向いたところで、二度驚かされた。
    「うわ、……っ?」
     後ろに立っていた女に、顔が無いように見えたからだ。
    「……あ、すみません」
     しかしよく見てみると、そのつるんとした真っ白な顔には何点か穴が開いており、左頬に当たる部分には、紫色の楓模様が刻印されている。
     仮面を被っているのだと気付き、秋也は小さく頭を下げた。
    「……」
     何も返さない女に、秋也は戸惑いつつも、もう一度声をかける。
    「あの……?」
    「あなた」
     と、女は唐突に口を開いた。
    「名前は?」
    「え?」
    「名前。あなたの名前、教えてちょうだいな」
    「はあ……? 秋也です。黄秋也」
    「やっぱり、そう」
     女は唯一、仮面に隠されていない口元を歪ませ、にやっとした笑いを見せる。
    「えっと? オレのコト、ご存じなんですか?」
    「ええ」
     次の瞬間――女は秋也を突き飛ばした。
    「おわっ!?」
     油断していたため、秋也は大きくよろめくが、とっさに力を籠めて、何とか踏みとどまる。
    「な、何すんだ!?」
    「あなた」
     女は依然、ニヤニヤと笑ったまま、腰に佩いていた直剣を抜く。
    「今ので一回、死んだわよ?」
    「ふざけんなッ!」
     秋也も刀を抜き、女に対峙する。
    「いきなり何なんだ、アンタ!?」
    「黄秋也。あなた本人には何の興味も無いけど、お願いされたから」
     女は話す声以外には何の音も発さず、秋也との距離を詰めてきた。
    「ちょっと勝負、させてもらうわよ」
    「……ッ!」
     秋也は間合いに入られた瞬間、ようやく女の殺気に気付かされる。
    (なんだ……コレ!?)
     現実と、自分の感覚とが乖離する奇妙な状況に、秋也は戦慄する。
    (目の前にいるはずのコイツの剣気が、全然捉えられない!?)
    「はッ」
     寸前で太刀筋を受け止めるが、秋也より頭半分ほど低いその女の攻撃を受け止め切れず、秋也は弾き飛ばされる。
    「……!?」
     衝撃を受け、地面を転がされても、秋也には何が起こっているのか、半ば理解できないでいる。
    「どうなってんだ……!?」
    「どうも、こうも。私はただ単にあなたに歩み寄って、ただ単に、剣を振るっただけ。
     たったそれだけで、あなたはこうも他愛なく、簡単に、弾かれた。……やっぱりあなたは、大したことのない子ね」
     女の放ったその言葉に反論したのは、意外にもウォンだった。
    「そんなことあるかッ! そいつはこの僕を負かした男だ! お前が何か、術を……!」
    「ほざいているわね、戯言を」
     女はくる、とウォンに向き直る。
    「術? 技? トリック?
     ……あははは、馬鹿にしないでくれるかしら、ボクちゃん? そんなチャチな小細工、私が使うわけないじゃない。
     この克渾沌、安くは無いわよ」

    白猫夢・遭克抄 1

    2012.05.31.[Edit]
    麒麟を巡る話、第26話。仮面の女剣士。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ゴールドコーストを後にした秋也たち三人は、ミッドランドへ向かうべく、街道を進んでいた。「ミッドランドまでは、あとどのくらいなんだ?」 そう尋ねたウォンに、秋也は地図を広げながら答える。「えーと……、今いるのが、ココだろ。リトルマインから北にちょっと、行ったところ」「この先街道が分かれているが、これは西に進むんだな?」「...

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    麒麟を巡る話、第27話。
    一方的な蹂躙。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「克……!?」
     その号を聞き、ウォンの狼耳がビク、と反応する。
    「戯言を言っているのはお前だッ! そんな奴は、僕は知らない!
     畏れ多きその御名を騙る不埒者め、僕が成敗してやる!」
     そう叫び、三節棍を構えたウォンに、渾沌と名乗った女はケラケラと笑って見せた。
    「そんな反応をすると言うことはあなた、黒炎教団の奴らね? ……私に言わせれば、カミサマの影にビクつく臆病犬の集まりよ!
     いらっしゃいな、子犬ちゃん! 遊んであげるわ!」
    「立て続けの侮辱……! 許さないぞ!」
     ウォンは三節棍を振り上げ、渾沌との距離を詰めようとする。
     だが――。
    「……!? いない!?」「こっちよ」
     いつの間にか、渾沌はウォンの後ろを取っていた。
    「な……!」
    「あなたに用は無いの」
     渾沌はウォンの襟をつかみ、そのまま下に引く。
    「おすわり」
     次の瞬間、ウォンの頭が深々と、地面にめり込む。
    「が……ッ!?」
     その一撃で、ウォンは呆気なく気絶した。

    「さてと」
     渾沌は倒れ伏したウォンを一瞥することもなく、秋也に向き直った。
    「かかってらっしゃい、秋也。私もさほど、暇じゃないの。さっさと終わらせたいのよ」
    「てめえ……!」
     秋也は怒りに任せ、刀に火を灯す。
    「終わらせるってんなら、終わらせてやる! お前をブッ飛ばしてな! 『火閃』ッ!」
     秋也は刀に灯った火を一層燃え上がらせ、放出する。
     火は轟々と音を立てて膨れ上がり、渾沌を巻き込んだ。
    「どうだッ!」
     勝利を確信し、秋也は空いていた左手でぐっと、握り拳を作る。
     だが――その握り拳にいつの間にか、女の手が添えられていた。
    「……!?」
    「やっぱりあなたは、大したことが無いわ」
     何事も無かったかのように、渾沌が秋也のすぐ側にいる。
    「最初の最初に、あれだけ実力差を見せ付けてあげたのに。これだけ強い相手なのだから、気を付けてかかってねって、そう教えてあげたつもりなのに。
     それでもあなたは慢心する。それでもあなたは油断する。どうして慢心できるの? どうして油断しちゃったの?
     やっぱりあなたは――駄目ね」
     ぶち、と音が鳴る。
    「あ、うっ……」
     秋也はその光景も、嘘だと思った。

     秋也の意識が、急激に遠のく。
     最後に目にしたのは、渾沌が自分の左腕を、ぷらぷらと振っている姿だった。
    「もう一度チャンスをあげる。でも、それもフイにしたら、この左腕は焼いてしまうわよ」
     そう言い残し、渾沌の姿が目の前から消えたところで、秋也の意識も途切れた。



     昂子は秋也が弾き飛ばされ、ウォンが地面にめり込んだところで、耐え切れなくなって逃げ出していた。
    「ひっ、ひっ……」
     こらえきれず、木陰にうずくまって泣いていたところで、女の声がかけられる。
    「あら、ここにいたのね」
     昂子が顔を上げると、そこには渾沌の姿があった。
     昂子は渾沌と、渾沌が抱える、魔法陣がびっしりと描かれた包帯で、ぐるぐる巻きにされた秋也の左腕を見て、短い悲鳴を上げた。
    「ひ、いっ」
    「そんなに怯えないでいいじゃない。私、あなたには全然、危害を加えるつもりは無いわよ」
     渾沌はしゃがみ込み、昂子の左頬に手を当てる。
    「い……、いや……」
    「私はね、女の子には手を上げないって決めてるの。……出したくなっちゃうことは、たまにあるけど」
     そう言うなり、渾沌は昂子の右頬に顔を寄せ、ぺろりと舐めてきた。
    「ひあ、っ!? や、やめてっ!」
    「……うふふふ、可愛いわね。
     と、あんまりいじめても可哀そうだから、真面目なお話してあげるわね」
     渾沌は軽く咳払いし、こう告げた。
    「秋也は私との勝負に負けて、腕を取られたわ。でも、取ったままじゃ何かと不自由だろうから、代わりに可愛い腕を付けてあげたの。
     それでもきっと、不便だろうから、腕を取り戻すチャンスをあげることにしたの。……ちゃんと聞いてね?」
    「は、はいっ、きっ、きいてます」
    「うふふ。……あなたに、私を呼べる『頭巾』を渡すわ」
     渾沌は袖口から布を取り出し、昂子の手に乗せる。
    「もう一度、私と戦いたいと決心できたら、これを使いなさい。
     その勝負に勝ったら、秋也の腕は元通りにしてあげる。後、大サービスだけど、あなたたち全員が相手でも、受けて立ってあげる。
     でも、もしそれでも負けてしまったら」
     渾沌はニヤ、と口元を歪ませ――昂子の口にぬる、と舌を入れてきた。
    「むぐっ、うっ、う……!?」
    「今度はあなたをもらっちゃうわよ。あなた、見た目は割と、私の好みだから」
    「は、っ……、はっ」
     恐怖と嫌悪感で、昂子の呼吸が乱れる。
     渾沌はぺろ、と自分の口をなめ、にやあっと笑って見せた。
    「じゃ、ね。……楽しみにしてるわよ、橘昂子ちゃん」
    「ひっ……、ひぃ……」
     怯える昂子をそのままにして、渾沌はその場から姿を消した。

    白猫夢・遭克抄 2

    2012.06.01.[Edit]
    麒麟を巡る話、第27話。一方的な蹂躙。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「克……!?」 その号を聞き、ウォンの狼耳がビク、と反応する。「戯言を言っているのはお前だッ! そんな奴は、僕は知らない! 畏れ多きその御名を騙る不埒者め、僕が成敗してやる!」 そう叫び、三節棍を構えたウォンに、渾沌と名乗った女はケラケラと笑って見せた。「そんな反応をすると言うことはあなた、黒炎教団の奴らね? ……私に言わ...

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    麒麟を巡る話、第28話。
    天狐ちゃん、再び。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     秋也たちが渾沌に敗北した、その3日後――。

     ミッドランド郊外、とある屋敷の中。
    「ねえ、姉(あね)さんっ」
    「あー?」
     歩く度にシャラシャラと鈴の音を鳴らす長耳が、机に脚を乗せて座り込む狐獣人らしき少女の肩をポンポンと叩きながら、こう尋ねてきた。
    「昂子ちゃん、いつ来るんだろうねっ?」
    「知るかよ」
     狐獣人は九つある自分の尻尾をわしゃわしゃと撫でながら、気怠そうに応える。
    「来るっつって、ソレからもう、予定してた日を3日、4日過ぎてるんだろ? 途中で『やっぱヤダ』っつって、帰ったんじゃねーの?」
    「ソレは、……無いと思うけど。もしそんなコトあったら、小鈴が伝えてくるだろうし」
    「大見得切って家を出た手前、帰るに帰れねーっつーコトもあるだろ?」
    「ソレは、……ありそうだけど、無いと思いたいなーって。
     そ、ソレにさ、ほら、姉さんの『お気に入り』の息子さんも一緒なんだし、逃げるってコトは無いんじゃないかなー、なんて」
    「……じゃあ、他に何か、アクシデントみたいなのがあったってか?」
     狐獣人は机から脚を降ろし、ひょこ、と立ち上がる。
    「鈴林、お前さぁ。ファンタジーとか童話とか好きなのはお前の勝手だけどよ、もうちょっと現実的になれよなー。
     いくらあの姉さんの血筋だっつっても、そうそう毎度毎度、トラブルに巻き込まれるワケが……」
     そう返していたところで、屋敷の戸をトントン、と叩く音が響く。
    「あ、はーい!」
     鈴林と呼ばれた長耳は、姉弟子の小言を切り上げて玄関に飛んで行った。
    「……ったく」
     狐獣人は肩をすくめ、もう一度椅子に座り直そうとした。
     そこに、鈴林の叫び声が飛んでくる。
    「姉さん姉さん姉さんっ! 来て来て早く来て!」
    「あぁ? ……なんだよ、うるっせーなー」
     狐獣人は本当に面倒臭そうに、玄関へ向かう。
    「なんだよ、受講者か?」
    「違う違う違うの! 昂子ちゃんと秋也くんと、あと一人来たんだけど、あの、えっと」
    「ん? よーやく来たの、……あぁ?」
     玄関先に立っていた鈴林と、来訪者とを見て、狐獣人は目を丸くした。
    「……何があったのか、聞いた方がいいのか?」
     訪れた三人――顔全体に包帯を巻いたウォン。目に隈のできた、土気色の顔をした昂子。そして左腕を、何重もの布で覆い隠す秋也の姿に、狐獣人は怪訝な顔を向けた。



    「ふーん……? 克渾沌、ねぇ」
     秋也から話を聞き終えた狐獣人――克大火の七番弟子、金毛九尾の克天狐は、もう一度訝しげな表情を浮かべる。
     ちなみに、昂子とウォンは小屋に入るなり即座に、鈴林によって寝かし付けられた。話を聞こうにも、あまりにも心身を耗弱させており、まともに話すことすらできなかったためである。
    「その名前は知らねーな。……ただ、楓模様の付いた仮面を付けた、無茶苦茶に強ええ女、ってのには心当たりがある」
    「うんうん」
     天狐と鈴林の二人は、揃って渋い顔になった。
    「知ってるんですか?」
     尋ねた秋也に、天狐はふん、と鼻を鳴らす。
    「ああ。……忌々しいコトに負けちまったんだよな、そいつに」
    「え?」
    「意外な顔すんなよ。……つってもな、オレが負けたのは、今まで3回しかねーんだぜ?
     オレの師匠とそいつと、お前のお袋さんに、だけだ。ソレ以外は負けてねー」
    「あ、そ、そうですね」
     かしこまる秋也を見て、天狐はぷっと噴き出した。
    「あんまり堅くなんなよ、オレも話し辛い。気軽に『天狐ちゃん』っつー感じでしゃべってくれたらいいからよ」
    「あ、はい。……えーと、じゃあ、天狐ちゃん」
    「おう」
    「オレの腕……、その……、見てくれないかな、……って」
     秋也は口ごもりながら、隠していた左腕を見せる。
    「……ひっでえな。悪趣味過ぎるぜ」
    「ああ……」
     秋也の左腕があった場所には、猫の手を模したぬいぐるみが付けられていた。
    「コレは……」
     天狐がその腕をつかむと、秋也はビク、と震える。
    「感覚はあるみたいだな」
    「ああ」
     撫でたりつねったり、握ったりしながら、天狐は秋也の腕を見定める。
    「うーん……。コレは、……アレかなぁ」
    「アレ?」
    「ちょっと待て。……よっ、と」
     天狐は壁に備え付けてあった本棚から、本を取り出した。
    「と、と、……と。コレだな。
     生物と無生物との境界を弄る、『魔獣の呪』ってヤツだ」
    「治せるのか?」
    「んー」
     天狐は再度、苦い顔になる。
    「治せるっちゃ治せるけど、今ソレ治したらお前、出血多量で死ぬぜ」
    「えっ」
    「腕と肩が、魔術的なチカラで強引にくっつけられた状態だから、術を解除したらその瞬間、血が切断面からバチャバチャ飛び出すぞ。元の腕も無い状態だから、縫合とかもできないしな。
     オレとしては、そのままにしておくコトをおすすめするけど、な」
    「マジかー……」
     元々の腕とぬいぐるみの腕とで顔を覆う秋也に、天狐はさらにこう告げた。
    「一番綺麗に収まる方法としては、やっぱりその渾沌って女に、元に戻してもらうしかねーな」
    「……やっぱり、そうなるか」
     その返答に、秋也はがっくりと肩を落とした。

    白猫夢・遭克抄 3

    2012.06.02.[Edit]
    麒麟を巡る話、第28話。天狐ちゃん、再び。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 秋也たちが渾沌に敗北した、その3日後――。 ミッドランド郊外、とある屋敷の中。「ねえ、姉(あね)さんっ」「あー?」 歩く度にシャラシャラと鈴の音を鳴らす長耳が、机に脚を乗せて座り込む狐獣人らしき少女の肩をポンポンと叩きながら、こう尋ねてきた。「昂子ちゃん、いつ来るんだろうねっ?」「知るかよ」 狐獣人は九つある自分の...

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    麒麟を巡る話、第29話。
    昂子と秋也の、ひみつ作り。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     到着から半日が過ぎた辺りで、ようやく昂子とウォンは目を覚ました。
    「……」
     しかし、昂子の顔色は依然、悪いままである。
    「昂子」
     秋也が声をかけてみるが、昂子はのろのろと顔を向けるだけで、一言も発さない。
    「大丈夫、……じゃ、ないよな」
    「……うん」
     昂子は半ばうなるような声で、それだけ返す。
    「あの、渾沌って女に、何かされたのか?」
    「……言いたくない」
    「まさか、その、変なコトとか、されて」「やめて!」
     昂子の反応に、秋也は自分の頭に氷を詰められたような気分になる。
    「まさか、……でも、女同士で、……その」
     秋也の言わんとすることを察し、昂子は短く首を横に振る。
    「ソコまでじゃないよ。……気持ち悪いキスされた。口の中に、無理矢理舌入れられた」
    「……思ったよりはひどくは無いけど、……ソレでもひどいな」
    「……ホント、気持ち悪かった」
     昂子は蒼い顔をしたまま、堅い笑顔を作る。
    「ホント、あいつおかしいよね。ホントに、気味が悪い。
     ……ねえ、秋也」
    「なんだ?」
    「……あんたのコトは特に良くも悪くも何とも思ってないし、お兄ちゃんって感じだから、……こんなの頼むのはおかしいかもなんだけどさ」
    「ん?」
    「口の中がまだ、気持ち悪いままなの。……よく考えたら初キス奪われたんだし」
    「……え、っと?」
    「でも忘れたいの。だからコレを、初にしたい」
     そう言うなり昂子は秋也に飛びつき、口付けした。
    「んむ、……お、ちょ、えっ」
    「……えへへ。……もー一回言うけど、あんたはあたしの中では、『お兄ちゃん』なんだからね。今のは、違うんだからね。そーゆーのじゃないんだからね」
     昂子はベッドから離れ、くる、と秋也に顔を向けた。
    「……忘れたいけど、忘れないでね。
     あたしの初キスは、あんたにあげたの」
     そのままぷい、と顔を背け、昂子は寝室から出て行った。
    「……お、おう」
     誰もいなくなった部屋で、秋也は一人、返事をしておいた。



     一方、一足先に目を覚ましていたウォンは、天狐に深々と頭を下げていた。
    「な、なんだよ」
     どぎまぎしている天狐に対し、ウォンは恭しく言葉を連ねる。
    「畏れ多くも黒炎様の御門下に拝しまして、恐悦至極に存じます。甚だ不義、不躾な身ではございますが……」「やめれやめれ、やーめーれーっ!」
     天狐は狐耳と尻尾を毛羽立たせながら、最敬礼で平伏していたウォンの後頭部に手刀を下ろす。
    「あいたっ」
    「オレはそーゆー堅っ苦しいのは大嫌いなんだ! もっと気さくに話してくれ!」
    「す、すみません。考えが至らず、誠に失礼を……」「だーかーらぁ」
     謝るウォンに、天狐は再度手刀を叩き付ける。
    「そんなもん、『ごめん』の一つでいいだろっつってんだってばよぉ。頼むからふつーにしゃべってくれってば」
    「あ、は、はい」
    「……にしても」
     天狐はウォンの姿を一瞥し、気の毒そうな声を漏らす。
    「何かお前、特にぼろっぼろじゃねーか? どんだけボコられたんだよ、あの女に」
    「あ、いえ。顔の傷はコントンによるものですが、頭と耳と尻尾に関しては、先程も申した通り、自分の不義によるものでして」
    「不義?」
     ウォンはそこで、自分が屏風山脈で起こした騒動と、その顛末を話した。
    「ふーん……。丸刈りされた上に破門されたのか。自業自得とはいえ、散々だな」
    「……あの、……もし、ご厚情を賜れればと」「普通語でしゃべれ」「……いえ、お願いを聞いていただけたらな、と」
    「何だよ?」
    「僕へ下された破門処分を、テンコさ……、ちゃん、のお力で、無かったことにできないか、と」
     その願いを聞いた天狐は、「チッ」と舌打ちした。
    「いるんだよな、オレのコトを黒炎教団の出張所だと思ってるヤツ」
    「え?」
    「オレは克大火の弟子であって、教団とは関係ねーの。言ってみりゃ、その教団ってのと同列であって、オレの下にいるヤツらじゃねーんだってば」
    「……そ、そうですか」
     しゅんとなるウォンの額に、天狐はとん、と、今度は優しめに手刀をぶつけた。
    「だからよ、気楽に話してくれていいんだって。オレなんかにガチガチの敬語、丁寧語はいらねーよ」
    「……はい」

    白猫夢・遭克抄 4

    2012.06.03.[Edit]
    麒麟を巡る話、第29話。昂子と秋也の、ひみつ作り。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 到着から半日が過ぎた辺りで、ようやく昂子とウォンは目を覚ました。「……」 しかし、昂子の顔色は依然、悪いままである。「昂子」 秋也が声をかけてみるが、昂子はのろのろと顔を向けるだけで、一言も発さない。「大丈夫、……じゃ、ないよな」「……うん」 昂子は半ばうなるような声で、それだけ返す。「あの、渾沌って女に、何か...

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    麒麟を巡る話、第30話。
    三人、克を克することを目指す。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     紆余曲折あったものの、ともかくミッドランドに到着したと言うことで、天狐と鈴林は三人を労ってくれた。
    「ま、色々話し合うコトはあるけども、とりあえずお前ら、ものっすげー疲れてるオーラ出してっからな。
     今夜はとにかく、メシ食うのが先決だな」
     秋也たち三人と鈴林を伴い、天狐はミッドランドの食堂を訪ねた。
    「よっ」
     店に入り、気さくに手を振った天狐に、店主らしき短耳と猫耳の夫婦が、笑顔で手を振り返してくれた。
    「いらっしゃい、テンコちゃん」
    「今日は団体さんね。受講生の方?」
    「いや、オレの知り合い。しばらくこっちにいる予定だから、親切にしてやってくれ」
    「はーい」
     そのまま卓に着いた天狐に続き、秋也たちも座る。
    「天狐ちゃんって、人気者なんだな」
    「ま、あいつらとかも含めて、この街にいるヤツのほとんどは、小っちゃい頃からの知り合いだからな」
     それを聞いて、昂子がきょとんとする。
    「天狐ちゃんが小っちゃい頃から?」
    「逆、逆。あいつらが小っちゃい頃から、だ。オレは『若作り』だからよ」
     そう言って笑う天狐に、昂子がさらに尋ねる。
    「天狐ちゃんって、今何歳なの?」
    「ケケケ、乙女にそんなもん聞くもんじゃないぜ?」
    「え、あ、あ、うん」
     煙に巻いてくる天狐に、昂子は眼を白黒させるばかりだった。



     克天狐は元々、この湖の中央にある島、ミッドランドの街の地下深くに封印されていた「悪魔」だった。
     しかしある時、突如として彼女の精神のみが復活。魔力を蓄え、完全な復活を果たすため、彼女は仮初の肉体を駆って、街の人間や旅人を襲い始めたのだ。
     それを調伏したのが秋也の母――件の英雄、「蒼天剣」の黄晴奈である。しかし晴奈は天狐を単純に殺すことはせず、それどころか、なんと改心までさせてしまったのである。
     以後、天狐は普通の人間と同様に、ミッドランドに住むことになったのだが、彼女の魔術知識の深さ、そして技術の高さを聞きつけた魔術師たちがその教えを乞うべく、ミッドランドに押し寄せるようになった。
     彼女も「自分の知識が役に立つのなら」と、彼らに対して魔術学の集中講座を開講。現在「天狐ゼミ」と呼ばれるその講座は、毎年優秀な魔術師を育み、評判を今なお高め続けている。



    「つっても、こないだ上半期のゼミが終わったところだから、今は誰も在籍してねーんだ」
    「ソコで、昂子ちゃんを呼んだってワケなのっ。暇な内に、うちの雰囲気に慣れさせとこうってねっ」
     その会話を聞きつつ、秋也は昂子が、また「面倒臭い」と言うような態度を執りはしないかと、一瞬不安になる。
     しかし、昂子は真面目な顔で、こう答えた。
    「うん、頑張る。よろしくね鈴林、天狐ちゃん」
    「おう」
    「楽しみだねっ」
     昂子の反応を、秋也は意外に思ったが、その様子に気付いた昂子が、くすっと笑う。
    「まだ、あたしが『めんどくさいなー』とか言うと思った?」
    「えっ、……あ、いや」
    「あたしね」
     昂子はこれまで見せたことのない、堅い意志を秘めた目を向ける。
    「絶対、あいつをブン殴ってやるの。あいつは絶対、許さないから。
     だから、どんな厳しい修行でも絶対、やり遂げるって決めた」
    「……そっか」
     それを聞いて、秋也も天狐たちに、こう願い出た。
    「天狐ちゃん。オレにも、修行を付けてくれないか?」
    「あん?」
    「このままじゃいられないだろ」
     秋也はそう言って、隠した左腕を指す。
    「ま、年頃のお兄ちゃんがソレじゃ、カッコ付かないよな」
    「だろ? ソレに、……オレもあの女は、絶対許せないからな。昂子の言葉、そのまんま繰り返すけど、オレだってあの女、殴り飛ばしたいし」
    「ケケケ」
     天狐はケラケラ笑い、その申し出を受ける。
    「いいぜ、相手してやるよ」
     と、そこでウォンも申し出る。
    「僕にも修行を付けてください! 僕だって、あの女には……!」
    「おう、おう。三人まとめて、面倒見てやんよ」
     天狐はそこで、ニヤッと笑って見せる。
    「ただしやるからには、ガンガンやらせてもらうぜ。覚悟しとけよ?」
     三人は同時に、天狐に向かって笑い返した。
    「望むところだ」
    「頑張るっ」
    「よろしく、お願いします」



     こうして三人は新たな目標――「打倒・克渾沌」の元、修行を始めることとなった。

    白描夢・遭克抄 終

    白猫夢・遭克抄 5

    2012.06.04.[Edit]
    麒麟を巡る話、第30話。三人、克を克することを目指す。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 紆余曲折あったものの、ともかくミッドランドに到着したと言うことで、天狐と鈴林は三人を労ってくれた。「ま、色々話し合うコトはあるけども、とりあえずお前ら、ものっすげー疲れてるオーラ出してっからな。 今夜はとにかく、メシ食うのが先決だな」 秋也たち三人と鈴林を伴い、天狐はミッドランドの食堂を訪ねた。「よっ...

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    麒麟を巡る話、第31話。
    特別天狐ゼミ、開始。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ミッドランド郊外、丘の中腹。
    「オラ、どうしたどうしたっ! こんなもんでバテてんじゃねーぞ!」
     天狐の怒鳴り声に、膝を着いていた秋也はよろよろと立ち上がる。
    「ま、まだまだ……っ」「遅い!」
     が、立ち上がった瞬間に天狐の平手がべちん、と秋也の胸を打つ。
     痩せ気味の少女と言う見た目とは裏腹に、まるで小麦粉の詰まった袋を力一杯ぶつけられたような、どっしりとした衝撃が秋也を襲う。
    「おご、がっ」
     こらえきれず、秋也はまた地面に叩き付けられた。
    「何べん言ったら分かんだよ!? 見た目や動作だけで敵を判断すんなっ!
     オラ、次はウォン! こっち来い! 全速力!」
     そう煽られ、ウォンは勢い良く駆け込んでくる。
    「はあッ!」「ボンクラ!」
     が、突っ込んできたウォンを、天狐は上に跳び上がってひらりとかわす。
    「来いって言ってまっすぐ来るアホがいるか! 仕掛け方、もっとひねれ!」
     天狐はすとんと着地し、ウォンの背中にも、秋也に放ったような平手をぶつける。
    「ごほ……っ!」
     駆け込んできた勢いのまま、ウォンは前方に吹っ飛んで行った。
    「……っと、今日はこのぐらいにしておいてやる」
     仲良く並んで倒れた二人を見て、天狐はふん、と鼻から息を噴く。
    「後でレポート提出な。今日中に出せよ」
    「……え?」
     仰向けになっていた秋也は、慌てて飛び起きる。
    「れ、レポートって?」
    「今日一日、何をやったか。今日の反省点と、ソコから今後の課題を設定。後は、特に参考になったと思ったコト。
     今日中に出さなきゃ、今夜のメシは抜きだぞ」
     そう言い残し、天狐はその場から去った。
    「……」
     呆然としている秋也に、ウォンが鼻を押さえながら尋ねる。
    「どうした?」
    「……オレ、写本とか日記とか、文字書くの苦手なんだよ」
     ウォンは呆れた顔で、こう返した。
    「それもまた、修行だな」

     一方、昂子は鈴林から、魔術についての基礎を教わっていた。
    「今、この世界にはねっ、魔術体系が大別して3つあるのっ」
    「うん」
    「一番多いのが、央北天帝教が広まるのと一緒にっ、世界中に頒布されてきたタイムズ型。コレは央北全域と西方、北方、あとは央中の北の方でよく使われてるタイプねっ」
    「うん」
    「二番目に多いのがっ、『旅の賢者』モールからエリザ・ゴールドマン1世が教わったと言われてる、ゴールドマン型。コレは央中全域で使われてるのっ。あと、央中天帝教が広まる過程で南海や央南にも伝わってて、向こうで使ってる人は今でも結構多いよっ」
    「うん……」
    「あと1つは、アタシたちのお師匠さん、克大火が黒炎教団に伝えたのが源流となってる、ウィルソン型。コレは央中南東部から央南西部でよく知られてるタイプ。
     でねっ、アタシたちのところでも、コレに近い魔術を教えてるのっ。天狐の姉さんが、お師匠さんの直下だからねっ。だから言うなれば、アタシたちは克型って言う魔術体系を……」
    「……」
    「んっ? ……もおー」
     うとうとしている昂子を見て、鈴林は頬を膨らませる。
     と、鈴林の手がぐにょりと変形し、金属質の光沢を帯びる。そのあちこちには、鈴が大量に付いており――。
    「起きて起きて起きてーっ!」「ふぎゃあ!?」
     けたたましくジャラジャラと鳴り響く鈴の音に驚き、昂子はがばっと顔を挙げた。
    「起きたっ?」
    「……う、うん。ゴメン、寝てた」
    「ちゃんと聞いてねっ」
    「ふあ……、はーい」
     昂子は顔を両手でこすり、眠気を飛ばそうとする。
     と、鈴林がちょんちょん、と昂子の額を指で叩く。
    「な、なに?」
    「ノート書いてないっ。真っ白!」
    「え? 黒板、無いじゃん」
    「アタシが説明してたじゃないっ。ちゃんと書いてよ、ソレをっ。後でテストするからねっ?」
    「え? あ、う、うん? えーと、何て言ってたっけ……?」
    「……もおー」



     修行初日――。
     秋也はレポートが間に合わず、飯抜きになった。
     ウォンのレポートには、参考になった内容について「特にありません」としか書かれておらず、天狐から「ふざけんな」と怒られ、彼の夕食からはメニューが一品消えた。
     そして昂子もテストの点が悪かったため二品消え、パンとスープのみになった。

    白猫夢・習狐抄 1

    2012.06.06.[Edit]
    麒麟を巡る話、第31話。特別天狐ゼミ、開始。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ミッドランド郊外、丘の中腹。「オラ、どうしたどうしたっ! こんなもんでバテてんじゃねーぞ!」 天狐の怒鳴り声に、膝を着いていた秋也はよろよろと立ち上がる。「ま、まだまだ……っ」「遅い!」 が、立ち上がった瞬間に天狐の平手がべちん、と秋也の胸を打つ。 痩せ気味の少女と言う見た目とは裏腹に、まるで小麦粉の詰まった袋を...

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    麒麟を巡る話、第32話。
    克天狐の教育的指導。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     修行開始、2日目の翌朝。
     ほとんど夕食抜きにされた秋也たち三人は、朝食をガツガツと、貪るように取っていた。
    「せめてもの情けだ。朝と昼はメニュー全品、ちゃんと出してやる」
     天狐はパンをかじりながら、秋也たちに訓告する。
    「でも、レポートの内容がとんでもなくバカだったり、テストの点がどうしようもないアホさ加減だったりしたら、夕メシのグレードをどんどん下げるからな。
     反対に、ちゃんとしたレポート書いて、テストの点もちゃんと取れたら、夕メシは普通に出す。
     いいな? ちゃんと結果を、形として出せよ?」
    「はい」
    「頑張りまーす」
     三人の反応に、給仕していた鈴林がにこっと微笑む。
    「今日はお夕飯、全部食べられるといいねっ」
     その一言に、三人の食事の手が揃って止まった。
    「……はい」
    「……頑張る」

     最初の頃は三名とも、満足に夕飯を食べることができなかったが、まずはウォンがいち早く軌道に乗った。
     元々真面目な性格であり、また、教団において武芸だけではなく教養も嗜んでいたためか、天狐が及第点を出せる程度のレポートを、3、4日目辺りで出せるようになった。
     続いて及第の水準を満たしたのは、昂子だった。元々怠け者で、言われたことしか――それも、渋々としか――やろうとしない性格ではあったが、それでも鈴林が、学び方の基礎から根気強く教えていくうち、どうにか能動的にノートを取るようになり、テストの点も順調に上がっていった。



    「しっかし秋也さぁ、お前の字、すげー下手クソだなぁ」
    「苦手なんだって……」
    「ま、内容自体は悪くない。コレなら全品出してやれるな」
     そして半月が経った頃、ようやく秋也も、天狐から及第点をもらうことができた。
    「え、マジで?」
    「おう。明日もこの調子で行ってくれよ」
     その評価に、秋也は喜びかける。
     が、秋也はここで、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。
    「あのさ、天狐ちゃん」
    「ん?」
    「なんでレポートなんて書かせるんだ? オレは剣士だし、机仕事やるつもりじゃ……」
    「あのなぁ」
     秋也の疑問に、天狐は呆れ顔で答える。
    「剣士、侍だって言うなら、自分の生き道振り返る、『自省』『内省』ってコトも必要だろ?」
    「うーん、まあ」
    「闇雲に剣や刀をブンブン振ったって、付くのは無駄な筋肉だけだぜ? 『自分は何のために刀を握るのか』って常に考えながらやるから、修行になるんじゃねーか。考えるってコトは、意外に大事なんだぜ。
     例えばだ、あのいけ好かない渾沌と戦った時、お前らはあいつとマトモに戦えてたと思うか?」
    「いや、全然敵わなかった。足元にも及ばなかったよ」
    「何でだ?」
    「ソレは、まあ、オレたちが弱いから……」
    「違うな」
     天狐はビシ、と人差し指を秋也の鼻の先に突きつける。
    「相手が何やってたのか、お前らちょっとも、考えなかったんだろ?
     どーせ『オレたちには訳の分からないような奇術、トリックで惑わしてたんだ』っつって、その時点で思考停止してたろ」
    「思考停止?」
    「訳の分かんねーコトを分かんねーままにして、どう突き詰めていけば自分たちにも分かるよーになるか、自分たちに有利な状況に変えられるかって、ちっとも考えてないってコトだよ。
     あいつは変な術を使う、じゃあ勝てない。……こんな風に、お前らの思考は短絡的で、一直線なんだよ。もっと考える幅を広げなきゃ、今後一生、お前らの負け星が増えるだけだぜ?
     もっと考えろよ――例えば、変な術って何なんだ、とか。使わせないようにするにはどうしたらいいか、とか。使われても負けないようにするには、とか。
     一つの問いに答えは一つ、考えなくてもどこかに答えが載ってます、誰かが教えてくれます、みたいないかにも小学生向けの算数ドリルみてーな考え方じゃ、お前ら何べん渾沌と戦っても、絶対勝てないぜ」
    「だから、考えるためにレポートを書けってコトか?」
    「そーゆーコト。オレは全面的かつ、全方向的に、お前らを鍛えるつもりだからな」
     天狐はひょい、と机から立ち上がり、秋也に手招きした。
    「腹減った。メシ食おう」

    白猫夢・習狐抄 2

    2012.06.07.[Edit]
    麒麟を巡る話、第32話。克天狐の教育的指導。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 修行開始、2日目の翌朝。 ほとんど夕食抜きにされた秋也たち三人は、朝食をガツガツと、貪るように取っていた。「せめてもの情けだ。朝と昼はメニュー全品、ちゃんと出してやる」 天狐はパンをかじりながら、秋也たちに訓告する。「でも、レポートの内容がとんでもなくバカだったり、テストの点がどうしようもないアホさ加減だったり...

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    麒麟を巡る話、第33話。
    ゼミの成果。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     修行開始から一ヶ月が経ち、秋也たちの実力も、着実に付いていた。
    「りゃっ!」
     秋也が天狐に向け、木刀を薙ぐ。それを紙一重で避けた天狐は秋也の左側に回り、手刀を繰り出す。
    「オラあっ!」「だあッ!」
     秋也はぱっと左腕を離し、手刀をつかむ。ぬいぐるみになっていた腕はぽす、と天狐の手刀を受け止め、その威力を削ぐ。
    「それッ!」
     天狐の体勢が崩れたところで、秋也は天狐に足払いをかけた。
    「お、っとと」
     天狐は前のめりに倒れ――かけたが、秋也の左腕を逆につかみ返し、そのまま引っ張る。
    「あっ、……いででででっ!?」
     秋也の方が、地面に倒れこむ。天狐は秋也の肩甲骨に足を乗せ、秋也の腕を極めていた。
    「50点ってところだな。
     この腕を積極的に使ってみるって考え方は悪くないが、人間の腕じゃねーからな。『つかむ』ってコトを想定してない飾り物の構造だから、ちょっとひねれば簡単に、握った手がほどけちまう。
     別の使い方を考えた方がいいな」
     天狐は評価を述べ、秋也の手を離す。
    「ま、参りました」
     天狐に小さく礼をし、秋也はその場から下がる。
    「次、ウォン! ……ん?」
     ウォンを呼ぶが、姿が見えない。
    「……ソコだッ!」
     天狐はぐるんと半回転し、回し蹴りを背後に放つ。
    「おわっ!?」
     いつの間にか天狐の背後に迫っていたウォンが蹴られ、尻餅を着く。
    「秋也に構ってる間に気配を消し、忍び寄るってのはなかなかいい。だが、あからさまだな。前にいなきゃ、後ろか上だからな。もう一ひねりあった方がいい」
    「ありがとうございます」
     ウォンが立ち上がったところで、天狐はひょい、と手を挙げた。
    「今日はココまでだな。レポートはいつも通り、夕メシ前に提出な」
    「はいっ」

     一方、こちらは昂子と鈴林。
    「じゃ、そろそろテストっ。
     第一問、魔術の封印術『フォースオフ』が、どの魔術タイプにも等しく効果を発する理由は?」
    「えーと、呪文の構文により魔力が蓄積される過程で、その蓄積する部分で構文をショートさせて、溜まらないようにしてるから」
    「正解っ。じゃあ第二問、その『フォースオフ』を使用する際の注意点は?」
    「ショートにより高圧の魔力が放射されるため、自分に流れ込まないように、周囲に散らすアース的構文を必ず加えておくコト」
    「ソレと?」
    「えーと、最近、じゃないや、近年の傾向としては、術の効果継続時間を延ばすためと、使用者の負担を減らすための理由から、放射された魔力の一部を術に流れ込ませる、回生関数を組み込むのが一般化している、……で良かった?」
    「正解、正解っ! じゃあ第三問、封印術『シール』と『フォースオフ』の違いを3点」
    「1個目が、魔術タイプの違い。『シール』はゴールドマン型で、『フォースオフ』はタイムズ型。
     2個目が、『フォースオフ』は魔力を散らせるのに対し、『シール』は相手の使ってる構文に、不正な? だっけ、変な関数とか構文とかを混ぜ込んで、術式自体を成り立たなくする方法を採っているコト。
     3個目は、『フォースオフ』は対象の術式に絡まないため、自身の構文は単純なもので済む分、簡単に作れるけど、ダミーとして魔力源を複数用意するとかの対応策が採られやすい。反面、『シール』は対象の術式構文を乱すために、自身に大量の構文を必要とするから、複数名いないと発動が難しいけど、その分、術式を解析しての解除が難しいため、『フォースオフ』より、……えっと、堅固性? ……堅牢性? だっけ? を持つコトができる。
     ……だよね?」
    「うんうんっ、完璧、完璧! やったねっ、今日も満点だよっ!」
     嬉しそうに飛び跳ね、シャラシャラと音を立てて喜ぶ鈴林に、昂子も笑顔になる。
    「えへへ」
    「すごいねっ、5日連続満点なんて初めてじゃない?」
    「うん、確か初」
    「上出来、上出来。今日のお夕飯も、お楽しみにねっ」
     と、そこに天狐が戻ってくる。
    「たーだいまー、っと」
    「おかえり、姉さんっ」
     少し遅れて、秋也たちも帰ってきた。
    「戻りました」
    「おかえりー」

     そして、夕食の時間。
    「そろそろな、オレたち忙しくなるんだ」
     全品出されたメニューに三人が舌鼓を打っていたところで、天狐が話を切り出した。
    「って言うと?」
    「もう秋になるからな。下半期のゼミ生を募集するんだ。お前ら二人の修行に付き合えるのも、あと一ヶ月ってところだな。
     あ、ちなみに昂子については、次期はゼミ生と一緒に勉強して、その後は7、8期くらい、鈴林と同じように助手をしてもらうつもりをしてる。
     で、それが終わったら、晴れてお前は魔術師だ。一流のな」
    「頑張ってねっ」
    「う、うん。……えっと、じゃ、秋也とウォンは?」
    「元々、ココに長期滞在するのは考えてなかったからな。ソレを区切りにするよ」
     秋也は立ち上がり、こう宣言した。
    「オレは今度こそ、渾沌を倒してみせる。倒して、そして、もう一度、試験を受ける。ソレにもきっと、合格してみせる。
     今度こそオレは、……世界に認めさせてやる。オレは剣士なんだ、って」
     それを受けて、ウォンも立ち上がる。
    「僕は、今までに受けた恩義を、きっちり返したい。ゴールドコーストに戻って、もう一度雇ってもらえないか、頼み込んでみるよ」
    「ま、そういきり立つ前に、よ」
     天狐は手をぷらぷらと振り、二人に座るよう促した。
    「メシはちゃんと食え。な?」
    「あ、はい」
     天狐の反応が冷ややかだったので、二人は気恥ずかしくなり、俯きがちに席に着いた。

    白猫夢・習狐抄 3

    2012.06.08.[Edit]
    麒麟を巡る話、第33話。ゼミの成果。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 修行開始から一ヶ月が経ち、秋也たちの実力も、着実に付いていた。「りゃっ!」 秋也が天狐に向け、木刀を薙ぐ。それを紙一重で避けた天狐は秋也の左側に回り、手刀を繰り出す。「オラあっ!」「だあッ!」 秋也はぱっと左腕を離し、手刀をつかむ。ぬいぐるみになっていた腕はぽす、と天狐の手刀を受け止め、その威力を削ぐ。「それッ!」 天...

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    麒麟を巡る話、第34話。
    天狐ゼミのOB。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     天狐が言っていた通り、暦が9月を迎える頃には、いかにも学生然とした若者の姿が、街にチラホラと目立ち始めた。
    「でも、全員取るワケじゃないんだろ?」
     鱒(ます)とスクランブルエッグのクレープを片手にそう尋ねた秋也に、チョコバナナクレープを頬張っていた天狐がうなずく。
    「もぐ……、ああ、毎年100人、200人は押し寄せてくるからな。んなもん全員取ってたら、授業進行がムチャクチャになっちまうぜ」
     この日は、修行は休みだった。ゼミ開講とその受講受付の事前準備のため、天狐は秋也を伴って買い物に出ているのだ。
     ちなみに他三人は、天狐の屋敷の方で大掃除に取り掛かっている。
    「一期当たり、何人くらいなんだ?」
    「そうだな、20人くらいって決めてる。そんくらいが丁度いいからよ。
     ま、時々だけど、オレのゼミを受けるコト自体がステータスだと思ってるバカや、到底オレの話を聞くレベルに達してないクセに受けようとする、身の程知らずのボンクラがうじゃうじゃ湧いたりするコトもあるから、時には4名とか5名とかになる時はある。
     前にも言ったと思うが、オレは人にモノを教える時は徹底的に教え込むからな。『ただ在籍できるだけでいい』なんて抜かすアホは、湖に蹴っ飛ばして追い出すコトにしてる。
     その分、評判は確かだぜ? 例えば、えーと、何てったっけ……、ああ、コイツだ」
     そう言って天狐は、雑貨屋に掲示されていたポスターを指差す。
    「このトポリーノってヤツ、523年……、だっけ、524年だっけかにいた受講生だったんだぜ」
    「え、マジで?」
    「マジ、マジ。当時から結構頭の切れるヤツだったんだけどな、ゼミを出た後にすぐ、ゴールドマン商会から声がかかったらしくてな。で、ソコで働いた後独立して、今じゃこうやって大ヒット商品を次々出してる実業家ってワケだ」
     これを聞いて、改めて秋也は、天狐ゼミのレベルの高さを実感した。
    「すげーなぁ、天狐ちゃんは」
    「ケケケッ」
     どうやら、天狐は褒め言葉やおだてに弱い性質らしい。秋也の素直な賞賛を受け、顔を赤らめて喜んでいた。

     と、二人の背後から声が飛んできた。
    「テンコちゃん、お久しぶりです!」
    「あん?」
     二人が振り向くと、正面に貼られていたポスターと同じ、福々しい姿の兎獣人が立っていた。
    「あれっ? ……あれ!?」
     秋也は驚き、兎獣人とポスターとを見比べる。
     一方、天狐も多少驚いてはいたようだが、すぐ会釈を返した。
    「よお、フェリー。太ったなぁ、お前」
    「あはは、テンコちゃんはお変わりないようで」
     フェリーと呼ばれた兎獣人は、秋也に目を向ける。
    「あれ、もう受講生の締切って終わっちゃってました?」
    「いや、コイツはオレの旧友の息子さん。今ちょっと、ウチで修行してるんだ。下半期講座が始まるまでな」
    「あ、そうなんですか、びっくりしたぁ。
     ……おっと、申し遅れました。私、フェルディナント・トポリーノと申します。524年上半期生でした」
     そう自己紹介し、フェリーは秋也に手を差し出す。
    「あ、ど、ども。シュウヤ・コウです。焔流の剣士です」
     秋也も手を差し出し、握手を交わす。
    「どうも、どうも」
    「あの……、トポリーノさん?」
    「はい、なんでしょう?」
    「あの、トポリーノさんですよね? トポリーノ野外雑貨の」
    「ええ、そのトポリーノです」
     ニコニコと笑うその福々しい顔は、ポスターに描かれていたものとまったく一緒だった。
    「一体どうしたんだ、そのトポリーノさんがよ?」
     と、天狐は訝しげな顔で尋ねてくる。
    「今や央中屈指の実業家さんが、なんだってこんな小島に? 商品の宣伝でもしに来たか?」
    「ああ、それもやるんですが、もう一つ目的がありまして」
    「って言うと?」
     そう尋ねたところで、天狐は「いや」と改めた。
    「待てよ、お前さっき、受講生募集について聞いたな?」
    「ええ、まあ」
    「お前、子供いたよな。一番上はもう14だか、15だかの」
    「はい」
    「連れて来てるんだろ。ウチに預けたいとか思って」
    「ご明察です」
     その回答に、天狐は苦い顔をした。
    「ウチのゼミ生だったんなら知ってんだろ、オレの性格をよ? 縁故入講なんかさせねーぞ?」
    「あ、その点は大丈夫です」
     フェリーはパタパタと手を振り、こう返した。
    「ノイン……、うちの子は優秀ですから。私に似て」

    白猫夢・習狐抄 4

    2012.06.09.[Edit]
    麒麟を巡る話、第34話。天狐ゼミのOB。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 天狐が言っていた通り、暦が9月を迎える頃には、いかにも学生然とした若者の姿が、街にチラホラと目立ち始めた。「でも、全員取るワケじゃないんだろ?」 鱒(ます)とスクランブルエッグのクレープを片手にそう尋ねた秋也に、チョコバナナクレープを頬張っていた天狐がうなずく。「もぐ……、ああ、毎年100人、200人は押し寄せてくるか...

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    麒麟を巡る話、第35話。
    技術革新の兆しと、再戦開始。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     さらに日は進み、9月の中旬。
     天狐はゼミ入講の受付を開始した。

    「合否は3日後、ラーガ邸の中庭で掲示する。以上だ。次」
     緊張した面持ちの若者が深々と天狐に頭を下げ、その場を後にする。
     続いて入ってきたのは、先日天狐に挨拶したフェリーに似た、狐獣人の少年だった。
    「ゴールドコーストから参りました、ノイン・トポリーノです。よろしくお願いします」
     彼も天狐に深くお辞儀し、天狐の前に置かれた椅子にすとんと腰を下ろした。
    「おう。トポリーノって言うと、フェルディナント・トポリーノの……」
    「はい。父です」
     彼も若干緊張した様子を見せてはいたが、はきはきと返答する姿勢を見せている。それを受けて、天狐はこう質問した。
    「学歴……、だとかは後で聞くとして。
     お前、通ると思ってんのか?」
    「と言うと?」
    「親父さんから聞いただろうが、オレは縁故で取る気はまったく無い。その他で、アピールできるモノがあんのか?」
    「あります」
     ノインは椅子の横に置いた鞄から、懐中時計を取り出した。
    「僕が作りました」
    「時計を?」
    「はい」
    「お前な、時計を作りたいってんなら、時計職人に弟子入りすればいいんじゃねーのか? オレのところに来るのはお門違い……」「ああ、いえ」
     ノインは天狐の側に寄り、時計の裏側を見せた。
    「現在、時計は一般的に、ねじ巻き式ですよね。でも一々、人の手で巻くのが面倒だなと思って。それで、こうやって……」
     ノインが指し示した部分には、小さな魔法陣と、白い水晶が組み込まれていた。
    「微弱な電気を断続的に流す魔法陣を使って、電磁石の作用でねじを常時巻くよう、改造してみたんです」
    「へぇ?」
     ノインから時計を受け取った天狐は、目を凝らして構造を眺める。
    「……電子回路を作るヤツが、この時代にいるとはな」
    「で、ん……?」
    「あ、いや。……なるほど、面白い技術だな」
    「ありがとうございます。ただ、僕はこの構造に満足してないんです。
     大がかりなものを作るには、まあ、この魔法陣を大きくすればいいんでしょうけど、それだとスペースも大きく取らなきゃいけませんし、魔力源となる水晶も、巨大なものを用意しないといけなくなりますし。
     そこで、このゼミで雷の術について学び、省スペース化、省魔力化できるような方法を探れればな、と」
    「なるほど」
     天狐はノインに時計を返し、こう告げた。
    「他にも色々聞こうと思ったが、いらねーな。コレ一つで十分、お前の実力と意欲は分かった。
     お前は合格だ。一応3日後、ラーガ邸の中庭に合否を掲示するけど、先に伝えとくわ」
    「ありがとうございます」

     3日後、合格者が発表された。
     ノインを含めた今期の入塾者は、13名となった。



     ゼミの開講に伴い、秋也たちの修行も終わりを告げた。
    「ふう……」「はあ……」
     始まった頃は秋也もウォンも、最後まで立っていられないと言う体たらくだったが、最終日のこの日は、両者とも余裕の表情を見せていた。
    「今日は、レポートはいいな。最後だから、よ」
    「いや」
     と、秋也が答える。
    「最後だから、できれば総括してほしいんだけど、ダメかな」
    「なるほど。……分かった、じゃあ、早い目に出してくれ」
    「ありがとう、天狐ちゃん」
    「おうよ」

     三人揃って天狐の屋敷に戻ってきたところで、昂子と鈴林が出迎えた。
    「おかえり」
    「ただいま。……昂子」
     秋也は昂子に、話を切り出す。
    「今夜、呼んでほしい」
    「……渾沌ね?」
    「ああ。今日で終わりだからな、修行」
    「分かった。頭巾、持ってくるね」
     昂子が屋敷の奥へ向かったところで、天狐が尋ねてくる。
    「自習とかは、いいのか?」
     その問いに、秋也は横に首を振る。
    「いい区切りだと思うんだ。このままダラダラ続けたら、きっと踏ん切りが付かなくなるだろうし」
    「そっか。……ま、頑張れ。もし勝ったら、盛大に祝ってやるよ」
    「ああ、期待しててくれ」
     話しているうちに、昂子が頭巾を持ってきた。
    「じゃあ、……呼ぶね」
    「ああ」
     昂子が、頭巾を頭に巻く。それを、秋也とウォンはじっと見ていた。
    「……『トランスワード:渾沌』」
     一瞬の間を置き、昂子が反応する。
    「……うん。……うん。……やる」
     それから一呼吸置き――昂子は大声で叫んだ。
    「それから――アンタは、絶対ブッ飛ばしてやる! その仮面、叩き割ってあげるわ! 覚悟してなさいよッ!」
     昂子は頭巾を頭から引っぺがし、ブチブチと千切って、それから体を震わせながら、ため息をついた。
    「……はあ、っ。……ついに、やるのね」
    「ああ。……お前の仇も、一緒に取ってやるからな」
    「仇?」
     そう尋ねたウォンには答えず、昂子はこう返した。
    「あたしが取るのよ、あたしの仇は。アンタは自分の腕を取り戻すコト、考えなさいよ」
    「そうだな。……やってやろうぜ、昂子」
    「ええ。ウォンも、よろしくね」
     いきり立つ二人に、ウォンも応じた。
    「ああ。僕を侮辱した罪、きっちり贖ってもらう」
     三人は手を合わせ、同時に誓った。
    「今度こそ、渾沌に勝つ」

    白猫夢・習狐抄 終

    白猫夢・習狐抄 5

    2012.06.10.[Edit]
    麒麟を巡る話、第35話。技術革新の兆しと、再戦開始。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. さらに日は進み、9月の中旬。 天狐はゼミ入講の受付を開始した。「合否は3日後、ラーガ邸の中庭で掲示する。以上だ。次」 緊張した面持ちの若者が深々と天狐に頭を下げ、その場を後にする。 続いて入ってきたのは、先日天狐に挨拶したフェリーに似た、狐獣人の少年だった。「ゴールドコーストから参りました、ノイン・トポ...

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    麒麟を巡る話、第36話。
    アブない女。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     通常、と言うよりも現在、通信魔術「トランスワード」は頭巾や壁面などに魔法陣を描く形でのデバイス(外部入出力装置)を用いて使用される。
     半永久的に効果を持続できるデバイスなしに、魔術単体で使用するとなると、「いつ連絡が来るか分からないため、常時待機状態にしなければならない」と言う利用性質上の理由から、常に術を使用し続けなければならなくなる。
     そうなると常人では、まず使用可能な状態を維持できない。四六時中、魔術が解除されないよう気を払い続けなければならないし、当然、魔力もその間、消費し続けなければならないからだ。
     ゆえに――そんな芸当ができるような者となると、常人ではないと言う結論に至る。

     その点から鑑みても彼女は「常人」、即ち「一般的な」人間ではなかった。
    「……ん」
     己の頭の中に、ぴり、とした感覚が走る。
     それを受け、彼女はぽつりと呪文を唱えた。
    「『トランスワード:リプライ』」
     魔術を発動するとすぐに、少女の声が耳に入ってくる。
    《渾沌?》
    「ええ、そうよ」
    《……準備、できた》
    「準備? 私ともう一度戦う、ってことかしら?」
    《うん》
    「いつ? 明日にでも?」
    《うん》
     緊張しているのか、少女の応答はひどく単調に聞こえる。
    「確認するわね。明日、私と勝負するのね?」
    《やる》
    「そう。楽しみね」
     渾沌はクス、と笑みを漏らす。
    「勝負が終わったら、たっぷり可愛がってあげるわね。私無しじゃいられないようになるくらい、じっくりと……」《それから》
     と、相手の声色が変わる。
    《アンタは、絶対ブッ飛ばしてやる! その仮面、叩き割ってあげるわ! 覚悟してなさいよッ!》
     そう残し、通信は切られた。
    「……うふふふ」
     渾沌は昂子の顔を思い出し、ニヤ、と口元を歪ませた。



     翌日、昼。
    「あ」
     朝食の、ハムとレタスとトマト、そしてとろけたチーズを挟んだサンドイッチを頬張っていた昂子が、唐突に声を上げた。
    「どうした?」
     同じようにサンドイッチを口に運ぼうとしていたウォンが尋ねると、昂子は困った顔をしてこう返した。
    「渾沌に、今日勝負するって言ったけど」
    「ああ」
    「今日のいつ、ドコでやるかまで決めてなかった」
    「……おいおい」
     昂子はきょろきょろと時計や窓に目を向け、うろたえている。
    「もう一回連絡……、あ、頭巾破いちゃったんだっけ。あー、どーしよー」
    「お前なぁ……。なんで破くんだよ」
    「だってさ、アレ使う時、耳元で声が聞こえるじゃん? その耳元でさ、『たっぷり可愛がってあげる、うふふ』とか言われてさ、キモって思ったらさ、つい」
    「……まあ、気持ちは分かるけど」
     と、話を聞いていた天狐が、苦い顔をする。
    「感情任せで行動すんなっつの」
    「ごめーん」
     ぺろっと舌を出す昂子に、天狐は苦笑する。
    「ったく……。
     あ、……待てよ?」
     と、天狐は席を立ち、窓に寄る。
    「どしたの?」
    「いや、頭巾を持たせたってコトなら、もしかしたら渾沌は、追跡できるような術式も組み込んでるかも、ってな」
    「そんなコトできんの?」
     目を丸くする昂子に対し、天狐は簡単に説明する。
    「『トランスワード』自体、自分の声を他のところに飛ばす術だからな。ちょっといじれば、自分の位置情報とかも伝えるコトができるはずだ」
    「あ、そっか」
    「……となると」
     天狐は窓の外に目をやり、こう続けた。
    「あの性格捻じ曲がったイカレ女のコトだ、ひょいっと現れて奇襲の一つや二つ、仕掛けかねねーぞ?」
    「……!」
    「お前ら、早めに食べ終わって準備した方がいいぜ。敵の気が緩んでるところに攻撃してくる、なんてのは戦略の基本だからな」
    「……はいっ」
     秋也たち三人は、手にしていたサンドイッチを慌てて、口の中に放り込んだ。

    白猫夢・克己抄 1

    2012.06.12.[Edit]
    麒麟を巡る話、第36話。アブない女。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 通常、と言うよりも現在、通信魔術「トランスワード」は頭巾や壁面などに魔法陣を描く形でのデバイス(外部入出力装置)を用いて使用される。 半永久的に効果を持続できるデバイスなしに、魔術単体で使用するとなると、「いつ連絡が来るか分からないため、常時待機状態にしなければならない」と言う利用性質上の理由から、常に術を使用し続けな...

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    麒麟を巡る話、第37話。
    20年前の因縁。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     いつ襲撃してくるか分からない渾沌を迎え撃つべく、三人はミッドランドの丘、ラーガ邸前に固まっていた。

     ちなみにラーガ邸とは、このミッドランドを統治している一族、ラーガ家の住む屋敷である。元々、天狐と鈴林はこの屋敷を間借りして住んでいたのだが、天狐ゼミが本格化してくると共に手狭になったため、別に屋敷を持つことにしたのだ。
     その関係もあって、ラーガ邸と天狐の屋敷とは、さほど離れた距離にはない。それぞれ丘の上と下に位置しており、天狐たちはしばしばラーガ邸に食事に呼ばれたり、遊びに来たりしている。

     秋也とウォンは武器を構え、警戒している。
    「もし仮に、渾沌が当たり構わず攻撃してくるような、本当にイカレたヤツだったら、市街地にいるのは危ないもんな」
    「ああ。その点、この丘なら被害は比較的少ない。開けた場所だからな」
     一方、昂子は自分の取ったノートを読み返し、懸命に復習している。
    「……防御術は、相手の攻撃に対して優勢となる属性を使うこと。使用できなければ無属性の『マジックシールド』でも良いが、高位の術に対しては効果が低いため、注意すること。……また、いわゆる『重ね掛け』については、成功すれば確かに算術級数的な効果の上昇が見込めるが、術者らの息がよほど合わない限り、たのみにすべきではない。……それから……」
     そして三人の様子を、天狐と鈴林は屋敷の中で見つめていた。
     万が一、渾沌が市街地やラーガ邸にまで勝負の場を移してきた場合、自分たちが防衛を図るためである。
    「まだ来ないね……」
    「だな。まさか、待たせまくって相手をイライラさせて消耗させる作戦、……なワケもねーか。渾沌にしてみりゃ、そんなコトをするほどの相手じゃねー、とそう思ってるだろうからな」
    「……つくづく、アタシ、渾沌のコト、大っ嫌いだよっ」
     そう言って、鈴林はむくれる。
    「姉さんに失礼なコトするし、その上お腹ザクって刺してきちゃうし。
     きっとあっちこっちで、あんな風にムチャクチャなコトしてるんだよ。本っ当にもう、秋也くんたちにやっつけてもらったらいいんだよっ」
    「……ああ、同感だな。つーか、オレの目の前に現れたら、今度こそオレ自身で、ボッコボコにしてやりてーしな」
     二人は20年前、渾沌に襲撃された時のことを苦々しく思い出しながら、彼女の出現をじっと待っていた。

     と――。
    「あら?」
     天狐たちの背後から、声が聞こえてきた。
    「ここに頭巾の反応があったけど……、いないのかしら」
    「……ッ!」
     二人が振り向くと、そこにはあの仮面の女――克渾沌の姿があった。
    「てめえ……ッ」
     いきり立つ天狐に対し、渾沌は動じない。
    「三人はどこかしら? 外?」
    「誰が……」
     教えることを拒否しようとする鈴林に対し、天狐は顔に青筋を浮かべながらも、窓の外を指し示した。
    「ああ。そこの丘にいる」
    「そう」
     そう言うと、渾沌は礼も返さず、屋敷の外に出ようとした。
     それを不愉快に思ったらしく、鈴林は叫ぶ。
    「ちょっと! このままアタシたちを、……天狐の姉さんを無視して、出ていく気なのッ!?」
    「やめろ、鈴林」
     だが、天狐は渾沌を睨むも、動かない。
     それを受け、渾沌は彼女らを馬鹿にしたように、口の端を歪ませる。
    「……ふっ」
    「何がおかしいのよッ!?」
    「臆病な犬はよく吠える。でもさらに臆病な犬……、いいえ、狐は怯えて動けない」
    「……~ッ!」
     天狐はこの一言には、流石に己を御することはできなかった。
    「増上慢も大概にしやがれ、このクソアマあああッ!」
     天狐の手中に、金色に光る鉄扇が生じる。
     次の瞬間、天狐がかざしたその鉄扇から、眩い光と共に電撃が放射された。
    「喰らいやがれええッ!」
     その電撃が命中する寸前――渾沌はニヤ、と笑って見せた。

    白猫夢・克己抄 2

    2012.06.13.[Edit]
    麒麟を巡る話、第37話。20年前の因縁。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. いつ襲撃してくるか分からない渾沌を迎え撃つべく、三人はミッドランドの丘、ラーガ邸前に固まっていた。 ちなみにラーガ邸とは、このミッドランドを統治している一族、ラーガ家の住む屋敷である。元々、天狐と鈴林はこの屋敷を間借りして住んでいたのだが、天狐ゼミが本格化してくると共に手狭になったため、別に屋敷を持つことにしたのだ...

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    麒麟を巡る話、第38話。
    克門下対決。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ボン、と言う鈍い音と、十数枚のガラスが割れる音とが、丘に響き渡る。
    「……!?」
     秋也たち三人は、一斉に天狐の屋敷へ振り返る。
    「今のは!?」
    「分からない。……行こう!」
     ウォンの言葉に、秋也も昂子もうなずく。
     三人は全速力で、天狐の屋敷へ戻った。

    「……やっぱりな」
     部屋の中が半壊するほどの電撃を放ったものの、天狐はそれに見合うほどの効果が無いことを、経験と直感とで分かっていた。
    「またソレかよ」
    「うふふ」
     渾沌の体から、ぱり……、と静電気の立てる高い音が鳴る。
     いや――渾沌の体、そのすべてが、パチパチとした光を放っている。渾沌の体は、電気そのものに変化していた。
     20年前、天狐に痛恨の敗北を味わわせた、あの奇怪な術である。
    「『人鬼:雷術』……、私には術も武器も、一切効かないわ」
    「そう思うのか?」
    「え……?」
     天狐の問いに、渾沌は首を向ける。
     それと同時に、天狐は鉄扇を上に挙げる。
    「オレを誰だと思ってる? 克大火門下、克天狐サマだぞ」
     次の瞬間、先程の電撃で部屋中に空いた穴から、大量の水が放射された。
    「九連『スプラッシュパイク』!」
    「……!」
     その中心にいた渾沌は、当然その水槍の、集中放水を浴びる。
    「あ、はあ……っ!?」
     水の術は雷の術に対して優勢となる――雷の術そのものと化していた渾沌には、この攻撃は流石にダメージとなったらしい。
     渾沌はたまらず、「人鬼」を解除した。
    「……く、くっ。余計なことをしたわね」
    「あ?」
    「私が、よ。悪かったわね」
     渾沌はぐっしょりと濡れた髪をかき上げ、クスっと笑う。
    「もっと警戒すべきだったわね。あの方にも、『そう思うのか?』って言われる度、散々、痛ぁい目に遭ったって言うのにね」
    「何……? お前、まさか本当に……?」
    「あなた、やっぱりあの方の娘なのね。言葉遣いと目つき、似てるところがあるわ」
    「……っ!」
     驚く天狐を尻目に、渾沌は玄関へと向かった。
    「えっ……? 娘って、……誰が、誰の?」
    「……」
     尋ねた鈴林に、天狐は答えなかった。

     秋也たちが天狐の屋敷前に着いたところで、その玄関が開く。
    「渾沌……!」
    「あら」
     中から出てきたびしょ濡れの渾沌を見て、三人は武器を構える。
    「ここで?」
    「やめろ」
     と、奥から天狐の声が返ってくる。
    「これ以上壊されてたまるか」
     渾沌は振り向かず、それに応える。
    「あなたが自分で壊したんでしょう?
     まあ、そう言うことだから。もっと広い場所に、ね?」
    「……ああ」
     秋也たち三人と渾沌は、丘の方へと場所を移した。
    「あなた、頭巾を屋敷に置きっ放しにしたでしょう? だからあそこだと思ったのよ。忘れんぼね、クスクス」
    「……」
    「あれから二ヶ月も経ったんだから、そろそろその、ぬいぐるみの左腕も馴染んできたんじゃない?」
    「……」
    「あら、髪が伸びてきたわね。ますますお坊ちゃんみたいになったわね」
    「……」
     ぺらぺらと話しかけてくる渾沌に対し、三人の誰もが、一言も発しない。
     そうするうちに、三人が元々陣取っていた場所へと戻ってきた。
    「ここでいいの?」
    「ああ」
     秋也たちは渾沌と距離を取り、武器を構える。
    「……行くぞ!」
    「いつでもどうぞ」
     渾沌も剣を抜き、両者は対峙した。



    「あの、姉さん……?」
    「……」
     屋敷に残った天狐と鈴林は、壊れた部屋の掃除と補修を行っていた。
     途中、鈴林が何度か天狐に声をかけるが、天狐は答えない。
    「姉さん。もしかして、さっき渾沌が言ってた娘って、……姉さんのコト? それから、『あの方』って言うのも、もしかして……」
    「だったらどうなんだ?」
     何度目かの問いかけで、ずっと床の穴に目を向けていた天狐が、ようやく口を開く。
    「オレを軽蔑するか? 親に唾吐いたバカ娘ってよ?」
    「しないよっ、そんなコトっ」
    「……ならいいじゃねーか。放っといてくれよ」
    「あのね、姉さん」
     鈴林は天狐の側に立ち、強い口調で言い放った。
    「軽蔑は、そりゃ、しないよっ。でも、……怒っていいコトだよねっ」
    「え……?」
    「ずっと一緒だった、しかも妹弟子のアタシに、なんでそんな大事なコト、教えてくれなかったのっ?」
    「……言いたくなかったんだよ。ソレに、言う機会が無かったから」
    「じゃあ、……今からでいいからちゃんと説明してよっ」
    「……」
     天狐は苦い顔を鈴林に向け、それから手を振り、座るように促した。
    「……しゃあねえな。話すよ、じゃあ、ちゃんと」

    白猫夢・克己抄 3

    2012.06.14.[Edit]
    麒麟を巡る話、第38話。克門下対決。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ボン、と言う鈍い音と、十数枚のガラスが割れる音とが、丘に響き渡る。「……!?」 秋也たち三人は、一斉に天狐の屋敷へ振り返る。「今のは!?」「分からない。……行こう!」 ウォンの言葉に、秋也も昂子もうなずく。 三人は全速力で、天狐の屋敷へ戻った。「……やっぱりな」 部屋の中が半壊するほどの電撃を放ったものの、天狐はそれに見合う...

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    麒麟を巡る話、第39話。
    狂気と傲慢の権化。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     しばらく向かい合った後、渾沌が口を開いた。
    「来ないのかしら?」
    「……」
    「いつでも、って言ったじゃない。来ないなら、こっちから行くわよ」
     次の瞬間、渾沌の姿が消える。
     だが前回のように、秋也たちはただ右往左往するばかりではない。
    「『フォースオフ』!」
     まず、昂子が魔術封じを行う。
     それと同時に、秋也とウォンは昂子の側にさっと身を寄せ、昂子に背を向け、互いに護る体勢を取る。
    「あら、前より臆病になったのね?」
    「連携を取るようになった、と言ってもらおうか、このペテン師め」
    「うふふふ……」
     癇に障る笑いと共に、渾沌が姿を現す。
    「前にも言ったでしょう、術なんか使ってないって」
    「ならば何故、アコが術を使った途端に姿を現した!? 術が封じられたからではないのか!?」
    「……ふーん」
     渾沌はクスクスと笑い、手をぷらぷらと振って見せた。
    「どうやらこの前みたいには、からかえそうには無いわね。
     ええ、あなたの言った通りよ。この前は、ちょっと姿を眩ましてみたんだけど……、そうは行かないみたいね、今回は」
     悪びれもせずそう言ってのけた渾沌に、秋也は思わず舌打ちした。
    「チッ……、つくづく嫌な女だな」
    「あら、大理石細工みたいなカマトト聖女より、悪女の方がよっぽど魅力的でしょう?」
    「けっ、お前みたいな奴、誰が惚れるってんだッ!」
     そう吐き捨て、秋也が間合いを詰める。
    「らあッ!」
     勢いよく振り下ろされた秋也の刀が、渾沌の肩を捉える。
     が――渾沌は当てられるその寸前で、くい、と体をひねり、事も無げに刃をかわす。
    「あら、結構もてるのよ、私。付き合った子はみんな『私無しじゃいられない』って、死ぬほど、嬉しがるんだけどね」
     にやあ、と笑った渾沌の口元を見て、秋也の苛立ちはますます高まってくる。
    「ほざいてろッ!」
     二太刀、三太刀と刀を振るうが、渾沌はどれも紙一重でかわし、まったく当たる気配がない。
    「うふふ……、前よりは全然、ましな動きをするわね」
    「く……っ」
     十数太刀をかわしたところで、渾沌はぽん、と後ろに跳んで間合いを離す。
    「さて、と。
     最初に会って、その別れる時に、あなたに言った言葉。覚えているかしら?」
    「……?」
     唐突な問いかけに戸惑いつつも、秋也は答える。
    「大したヤツじゃない、……って、アレか?」
    「概ね、それね。そう、私はあなたに、これ以上無いくらいにはっきりと、『落第』と言い渡した。
     それからあなたは、どうしていたのかしら。駄目人間呼ばわりされて、ただ憤っていた? ただ嘆いていたかしら? ……どれも違うでしょうね。
     あなたはきっと、真面目に修行し直したはず。この私を倒せるくらいになりたいと、それこそ一所懸命に、血のにじむような努力を積み重ねてきたはずよね。
     ……うふふ、ふふ」
     そこで突然、渾沌は笑い出す。
    「何がおかしい?」
    「ああ、ごめんなさいね、うふ、ふふっ、ふふ……。
     そう言うのがね、ふふ、私、好きで、ふ、ふふっ、嫌いなのよ」
    「あ……?」
    「『自分はこんなにも努力をしたのだ、だから報われて当然』と言ってのける馬鹿は、嫌い。
     そして――そんな涙ぐましい努力をしてきた馬鹿を完膚なきまでに打ちのめし、絶望のどん底に叩き落としてやるのが大好きなのよ!」
     そう叫ぶなり、渾沌は刀を上段に構える。
    「秋也ああぁっ! あなたの努力、あなたの友情、そしてあなたの希望と未来!
     全部、ぶった斬ってあげるわ!」
     その瞬間、渾沌がこれまで放っていた、飄々とした、かつ、胡散臭い空気が消える。
     それは秋也たちが初めて彼女から感じた、凛然とした剣士の気合い――「剣気」だった。
    「……!」
     秋也は刀を構え直し、攻撃に備える。
     その仕草も、彼女にとっては笑いの種でしかなかったのだろう。
    「あはははははははああぁッ、……『地断』!」
     渾沌はゲラゲラと笑いながら、技を繰り出した。

    白猫夢・克己抄 4

    2012.06.15.[Edit]
    麒麟を巡る話、第39話。狂気と傲慢の権化。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. しばらく向かい合った後、渾沌が口を開いた。「来ないのかしら?」「……」「いつでも、って言ったじゃない。来ないなら、こっちから行くわよ」 次の瞬間、渾沌の姿が消える。 だが前回のように、秋也たちはただ右往左往するばかりではない。「『フォースオフ』!」 まず、昂子が魔術封じを行う。 それと同時に、秋也とウォンは昂子の側...

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    麒麟を巡る話、第40話。
    星になった秋也。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     その異様な剣気を感じ取った昂子とウォンは、互いに防御姿勢を取る。
    「下がって、ウォン!」「僕の後ろにいろ、アコ!」
     そう同時に言い放ち、両者とも同時に、同じ術を放つ。
    「『マジックシールド』!」
     術が発動され、魔力でできた半透明の盾が二重に形成されたその直後、二人はその場から弾き飛ばされた。
    「う、わっ!?」「きゃあっ!」
     二人は元いた場所から、何メートルも後方に転がされる。
    「く、っ……」
    「いた、ぁ……」
     どうにか立ち上がり、体勢を整えようとするが、二人ともふら、と膝を着く。
    「……そんな!」
    「しゅ……」
     仁王立ちになっている渾沌の前に、ぼろぼろになった布きれが落ちていた。
     それは紛れもなく、渾沌によって取り付けられた、秋也の左腕だった。
    「秋也ああああ……っ!」
     二人は秋也の死を予感し、ともに絶叫した。

     が――。
    「……ひ、……ひとつ」
     まるでうめくような、渾沌の声が返ってくる。
    「ひとつ、聞いて、……い、いいかしら」
     と、渾沌の仮面に空いた穴、そして体中から、だらだらと赤い筋が流れてくる。
     そして口からも、ごぼごぼと泡を立てて血が噴き出している。
    「なんだ?」
     渾沌の背後から、声が聞こえてくる。
     その声を聞いた昂子とウォンは、またも同時に叫んだ。
    「秋也!?」「生きてたのか!?」
     その間に、渾沌の体がガクガクと震えだす。
    「あ、あなた……、お母さんから、……げほっ、……その技、お、教わったの、かしら」
    「技……、って?」
    「せ、……『星剣舞』、……よね、……ごぼっ、……今の、……わ、ざ」
    「せい……けん……ぶ? いや、知らない」
    「……そ、そう」
     渾沌の体が、ゆっくりと前に倒れていく。
    「……負けたわ……」
     その背後から、左腕の無い、片腕一本の秋也が現れた。
    「……正拳武ってなんだ? なんかの体術か? ……分かんねーけど」
     秋也は右腕を掲げ、昂子とウォンにこう叫んだ。
    「か、っ、……ゴホン、勝ったぞ、昂子、ウォン!」
    「……秋也……!」
     二人は同時に、秋也の元へと走って行った。



    「最初は本当に、やべーと思ってたんだ。マジでコレは、真っ二つにされるなって」
     いまだ動かない渾沌を遠巻きに眺めつつ、秋也は二人に、渾沌が「地断」を放った後のことを話し始めた。
    「でも――まあ、腕は吹っ飛ばされたけど――ギリギリ避けれた。
     で、昂子たちも何とか凌いだみたいだってのが確認できたから、オレは渾沌の方に向き直って、そしたら渾沌のヤツが、棒立ちで笑ってやがったからさ。
     ソレ見てたらすげームカついてきたから、ぱっと飛び込んで、そんで袈裟切りしてやろうと思って。そしたらソレもあいつ、何故か避けようとしねーんだよ。
     だからざっくり行ったんだけどよ、それでも笑ってやがるから、どんだけ調子こいてんだよと思って、胴を払ってみたり、後ろから刺してみたりしたんだけど、……そしたらあいつが声色変えて、『何の技使ったのよ』っつって」
    「……シュウヤ?」
     話を聞いた二人は、怪訝な顔を浮かべる。
    「ソレ、あたしたちが吹っ飛んでた時の話?」
    「だろうと思うけど。なんで?」
    「僕たちが弾かれていたのは、いくらなんでも10秒も無いはずだ。
     その10秒足らずの間に、お前は僕たちの無事を確認し、渾沌に真正面から詰め寄って、あまつさえ前やら後ろやらに回り込んで三太刀、四太刀も喰らわせたと言うのか?」
    「……え?」
     そう問われ、秋也は呆然となる。
    「……言われてみれば……、あれ?」
     秋也は思わず、問い返していた。
    「オレ、なんでそんなに色々できたんだ? しかも、あの渾沌相手に」
    「そんなの分かるワケないじゃん」
    「僕にも皆目、見当が付かない。もしやテンコちゃんが助けて、……くれたりはしていないようだし」
     辺りを見回しても、天狐や鈴林の姿は無い。
     そして――渾沌の姿も無かった。

    白猫夢・克己抄 5

    2012.06.16.[Edit]
    麒麟を巡る話、第40話。星になった秋也。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. その異様な剣気を感じ取った昂子とウォンは、互いに防御姿勢を取る。「下がって、ウォン!」「僕の後ろにいろ、アコ!」 そう同時に言い放ち、両者とも同時に、同じ術を放つ。「『マジックシールド』!」 術が発動され、魔力でできた半透明の盾が二重に形成されたその直後、二人はその場から弾き飛ばされた。「う、わっ!?」「きゃあっ!...

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    麒麟を巡る話、第41話。
    渾沌への依頼主。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「……!」
     渾沌がいないことに気付き、三人は戦慄する。
     が――。
    「そんなに怯えないでもいいわよ」
     その渾沌が、真正面から現れた。
    「勝負は決まったんだし、ね。私の負けよ、秋也」
    「渾沌……」
     と、渾沌はそれまで一度も外さなかった仮面を、ぱか、と外した。
    「中に血が溜まって気色悪いわね、もう」
    「うわ」
     その素顔を見て、昂子が声を上げる。
    「……ショック受けるじゃない。悲鳴なんか上げないでよ」
     渾沌はその、左眉の上から右頬にかけて深い傷が残った顔をごしごしと手拭いで拭きながら、唇を尖らせて見せた。
    「その顔……、見覚えがある」
     と、秋也がぽつりとつぶやく。
    「ずっと昔、オレが小っちゃい時に、一回……」
    「あら」
     と、仮面の血を拭い終えた渾沌がにこっと笑う。
    「覚えていてくれたのね」
    「でも、名前が違う。渾沌って、名乗ってなかったはずだ。母さんも確か、トモエって呼んで……」
    「ん? ……ああ、あの時はね」
     渾沌は仮面を被り直し、口元だけ笑って見せた。
    「今は克大火門下、九番弟子の克渾沌よ」
     と、渾沌は秋也の左肩に手を置く。
    「だから、約束や契約はちゃんと守るわよ。
     あなたは私に勝ったんだから、約束通り、腕を元通りにしてあげる」
     そう言って、渾沌はまだわずかに残っていた、ぬいぐるみの腕を引っ張る。
     すると、それまで秋也の肩と同化し、決して剥がれることの無かったその腕は、簡単に取れた。
    「これが、元の腕」
     そして、どこからか取り出した呪符だらけの腕を、秋也の肩に押し付ける。
    「……あ、……戻った」
     呪符がひとりでにぱらぱらと落ちると、そこには何事も無かったかのように、人間の腕が付けられていた。
    「おお……、良かった、ちゃんとオレの腕だ」
     左腕を回したり、握り拳を作ったりする秋也を見て、渾沌はケラケラと笑う。
    「あははは……、この期に及んでまたぬいぐるみを付けたりするほど、私は性悪じゃないわよ。
     ……さて、と。秋也、勝負も終わったことだし、そろそろ事情を説明させてもらうわね」
     渾沌はすとん、と丘に腰を下ろし、秋也たちにも座るよう促した。
    「事情って?」
    「ある人から頼まれた、って言ったじゃない。あなたと勝負するようにって」
    「そう……だっけ?」
    「そうなの。で、その頼んだ人なんだけどね」
     渾沌はそこで言葉を切り、にやりと笑う。
    「あなたのお母さんからなのよ」
    「……え?」
     思ってもいない人物を挙げられ、秋也は目を丸くする。
    「ちょ、ちょっと待ってよ!」
     と、昂子が口を挟む。
    「じゃあアンタ、晴奈さんに頼まれて、秋也の腕引きちぎったり、あたしに、その、き、き、きっ……」「ああ」
     渾沌はぺらぺらと手を振り、こう返した。
    「私が頼まれたのは、『秋也の目を醒まさせてほしい』ってだけよ。晴奈の方も、秋也が試験に落ちた原因は、自分の力を過信しすぎたことにあるんじゃないかって思ってたみたいだから。
     その方法は指定されてないし、秋也以外には手を出すなとも言われてないから、その辺りは私の勝手にさせてもらったわよ。
     心配しないでも昂子ちゃん、あなたのことは本当に、可愛いと思ってるからね」
    「うぇっ……」
     その回答に、昂子はぶるっと身を震わせた。
    「ま、それでも実際、あれだけ痛手を負うとは思って無かったわね。
     私の予定では、元々あの『地断』はかわしてもらう予定だったのよ。威力としては、本当にしっかり『マジックシールド』がかかっていれば、ギリギリで防げる程度のものだったし。
     それから二太刀、三太刀くらい斬り合って、『前より上達したわね。いいわ、及第点にしてあげる』とか適当に言って、腕を元に戻してあげるつもりだったんだけど……」
    「そう言えば……、怪我は大丈夫なのか?」
     秋也にそう問われ、渾沌はまた、ケラケラと笑った。
    「あははは……、私を誰だと思ってるの? 克大火の弟子よ、これでも」

    白猫夢・克己抄 6

    2012.06.17.[Edit]
    麒麟を巡る話、第41話。渾沌への依頼主。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「……!」 渾沌がいないことに気付き、三人は戦慄する。 が――。「そんなに怯えないでもいいわよ」 その渾沌が、真正面から現れた。「勝負は決まったんだし、ね。私の負けよ、秋也」「渾沌……」 と、渾沌はそれまで一度も外さなかった仮面を、ぱか、と外した。「中に血が溜まって気色悪いわね、もう」「うわ」 その素顔を見て、昂子が声を上...

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    麒麟を巡る話、第42話。
    祝勝の宴。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「なんでお前が平然とオレん家の風呂使ってんだよ。しかもソレ、鈴林のだし」
     苦々しい顔でそう尋ねた天狐に対し、バスローブ姿の渾沌はけろっとした口調で返す。
    「近かったから。血まみれの格好で外、歩きたくなかったし。あなたのじゃ、私の丈に合わないし」
    「ソコじゃねえだろ。オレが言いたいのは、使わせる筋合いなんざ……」
    「あら、同門のよしみじゃない。それとも、あれだけ魔術をぶち込んでおいて、まだ因縁付けてくるつもり? あれだけやれば、20年前の借りは返せたでしょ?」
    「……」
     天狐はくる、と背を向け、渾沌にこう返した。
    「どうせメシも食ってくつもりだろ。……鈴林に言って、一人分増やしとくからな」
    「ありがとね、天狐の姉さん」
    「けっ」

     渾沌との勝負に勝利した秋也たちは、その相手と共に祝宴を催すことになった。
    「ま、倒した相手がココにいる、ってのも変な感じだが、……とにかくおめでとう、だな。
     お疲れさん、秋也、昂子、ウォン」
     天狐はそう前置きし、コップを挙げる。
    「見事に悲願を達成した三人に、乾杯!」
    「乾杯」
    「乾杯っ」
     悪魔、神仙とも言える三人から一斉に音頭を取られ、三人も照れ笑いを浮かべながら応じる。
    「乾杯、……へへ」
    「やったな秋也、ついによ」
     指導したよしみからか、天狐は取り分け嬉しそうに笑っている。
    「ありがとう、天狐ちゃん。アンタの指導が無かったら、オレは全然ダメなままだったよ」
    「はは、そりゃどーも」
     と、渾沌が尋ねてくる。
    「ところで秋也。あなた本当に、私を倒した時の技、自分で編み出したの?」
    「技、……って言うほどのものでもないと思うんだけどな。勢い任せに、滅多やたらに斬り付けただけだし」
    「ふーん……?」
     渾沌はわずかに首を傾げ、それから間を置いてこう続ける。
    「秋也、また後でじっくり、その時のこと教えてくれないかしら? とっても、気になるから」
    「ああ、いいよ」
    「ありがと。……じゃ、食べましょ」
     そう言いつつ、渾沌は仮面を付けたままで皿を手に取る。
    「えっと、渾沌?」
    「ん?」
     秋也は自分の鼻の辺りを指差し、渾沌に尋ねる。
    「仮面、取らないのか?」
    「あんまり取りたくないのよ。見たでしょ、私の素顔」
    「まあ、ソレは分かるけど、……食べにくくないかなって」
    「20年以上も付けてるから、もう慣れたわ」
    「……まあ、あんたがソレでいいならいいけど」

     一方、ウォンと昂子は、互いに複雑な表情を浮かべていた。
    「……なによ」「……そっちこそ」
     乾杯してから、と言うよりも、渾沌との勝負が終わってからずっと、両者とも怒っているような、ほっとしているような、どちらとも取れる顔を互いに向けている。
    「……なんで、僕の言うことに従わなかった?」
     ようやく、ウォンの方から話を切り出す。
    「アンタこそ、魔術はあたしの方がうまいんだから、あそこは下がってれば良かったのよ」
    「戦闘にまったく慣れていないお前が、どうこうできる相手じゃなかったはずだ。素直に僕に従っていれば良かっただろう?」
    「だから、魔術はあたしの方が……」
     言い合いを始めた二人に、鈴林が寄ってきた。
    「どうしたのっ?」
    「ああ、いや、レイリンさん。こいつがコントンとの戦いの際、勝手な行動を……」
    「何よ。結局あんたの術、弾かれてたじゃん」
    「それはお前も同じだろうが」
    「ちょ、ちょ。どーしたのってばっ」
     鈴林は憤る二人をなだめつつ、渾沌との戦いの際、二人が同時に術で防御を取った話を聞き出した。
    「へぇー」
    「へぇ、って鈴林、……怒んないの?」
     昂子にそう問われ、鈴林はきょとんとする。
    「なんでっ?」
    「だって、術が破られちゃった上に、鈴林に術を教わってもないウォンに助けてもらったりして……」
    「いいんじゃない?」
    「え?」
     鈴林はニコニコと笑いながら、昂子とウォンの手を取った。
    「コレでどっちか死んでたりしたら、そりゃ、残った方を怒るよっ。でも二人で協力して、どっちも生き残れたんだもんっ。
     勉強は失敗しても、何度でもやり直せるよっ。でもっ、実戦は失敗したら、命が危ないでしょ? ココにこうして二人ともいるなら、失敗してないってコト。だから怒るコトなんか、何にもないよっ。
     だからねっ、二人とも」
     そして鈴林は、二人の手を近付かせ、強引に握手させた。
    「戦友の無事を祝いなさい、ってコトっ」
    「え、あ、……うん」
    「あ、……ああ」
     二人は互いに照れながら、相手の手をむに、とぎこちなく握った。

    白猫夢・克己抄 7

    2012.06.18.[Edit]
    麒麟を巡る話、第42話。祝勝の宴。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「なんでお前が平然とオレん家の風呂使ってんだよ。しかもソレ、鈴林のだし」 苦々しい顔でそう尋ねた天狐に対し、バスローブ姿の渾沌はけろっとした口調で返す。「近かったから。血まみれの格好で外、歩きたくなかったし。あなたのじゃ、私の丈に合わないし」「ソコじゃねえだろ。オレが言いたいのは、使わせる筋合いなんざ……」「あら、同門のよし...

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    麒麟を巡る話、第43話。
    晴奈と渾沌の、今。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     祝宴が終わり、天狐の屋敷にいたほとんどの人間は既に、眠りに就いていた。
     が――秋也と渾沌は話をするため、灯りの落ちた居間に来ていた。
    「暗過ぎるわね。……『ライトボール』」
     渾沌が術を使い、二人の間にほんのりとした灯りを灯す。
    「で、話ってなんだ?」
    「まず、……そうね、この傷の話からしましょうか」
     そう言って、渾沌は自分の仮面を指差す。
    「天原争乱、って知っているかしら」
    「……? うーん、聞いた覚えがあるような、無いような」
    「516年に、天玄で起こった政治騒動よ。当時の天玄と玄州、そして央南連合の代表、支配者だった天原桂って言う人が起こした事件で、私はそいつの側にいたのよ。
     で、天原は密かに黒炎教団の高僧と通じていて、彼の傀儡となって央南を操っていたの。それを咎められて天玄を放逐された彼は、権力奪還のため挙兵。で、それを迎え撃ったのが、新たに連合主席となった黄紫明大人――あなたの祖父ね」
    「あー……、なんか、聞いた覚えがあるかも。その戦い、お袋も参加してたんだっけか」
    「そう、そこよ。……ここまで聞いたらピンと来るでしょうけど」
     渾沌は仮面を外し、疵(きず)の付いた顔を見せた。
    「その時に私は晴奈と戦い、この傷を付けられて敗北したのよ」
    「そうだったのか……」
    「男のあなたには分からないと思うけど、私も一応、女だからね。顔を穢され、私は怒り狂った。……それから紆余曲折あって、私はその後にもう三度、晴奈と対決したのよ。
     でも残念ながら、結果はすべて引き分け。特に後ろ2回については、両方とも出せる限りの技、奥義を出しても、なお決着しなかった。
     そう、その奥義だけどね。私の奥義は、自分の体を魔術そのものに変えられる『人鬼』。そして晴奈の奥義が、この世の誰にも感知、察知のできない不可視の剣舞――『星剣舞』なのよ」
    「『星剣舞』……。確か、あんたが倒れる直前に言ってたな」
    「ええ。言っておくけど、私はこの世で三指に入る剣術の腕を持っていると自負してる。でも、それでも敵わなかったのは二人だけ。師匠の克大火と、あなたのお母さんだけなのよ。
     でももう、流石に晴奈も歳を取った。全盛期の動きはもう、できないでしょうね。だからと言って、そんな晴奈と戦いたいなんて思わない。私が全身全霊を懸けて倒したいと思ったのは、全盛期の彼女だから」
    「……今は、もう憎いと思ってないのか?」
    「色々あったからね。今じゃもう、たまに会って一緒にお茶するくらいの友人よ。だからこそ、あなたをどうにかしてほしいって依頼、されたんだけど。
     ……ま、それはいいのよ、どうでも。私が気になったのは、あなたがもしかしたら『星剣舞』を伝授されているのかってことよ。でも、違うのよね?」
    「ああ……。本当に、あの時は無我夢中だっただけなんだ」
     明確に否定され、渾沌は残念そうな顔をした。
    「そう……」
    「第一、オレはまだ、免許皆伝にすら至ってないんだ。……試験受けたけど、落ちたし」
    「え? 試験、受からなかったの?」
     と、渾沌は目を丸くして見せる。
    「私に数太刀浴びせられる実力があって、それでも?」
    「……あんただってお袋に勝ったコト、無いんだろ?」
    「って言うと?」
     秋也は渾沌に、免許皆伝試験の際、若き日の母親が出現したことを話した。
    「……ふーん……」
    「正直、もう一回受けて、受かるのか心配なんだよ」
    「あのね」
     と、渾沌はクスクスと笑いだした。
    「なんだよ?」
    「私は受けたことが無いから、きっちりこれが正解だって断言できないけれど、……まあ、でも。あなたの導き出した答えが、完璧に間違いって言うのは分かったわ。
     ねえ、例えばだけど。あなたは喧嘩を売られたら、すぐに買う人かしら?」
    「まあ……、買うかな」
    「それだと失格なのよ、きっと。そんな解答、絶対に試験の正解にはしないわよ」
    「え?」
    「ヒントは、これくらいね。
     ……じゃ、ね。私、帰るわ」
     渾沌は仮面を付け、すい、と立ち上がる。
    「え、ちょ、ソレだけ?」
    「後は自分で考えなさい。またね、秋也」
     秋也が目を白黒させている間に、渾沌は部屋の扉まで歩いていく。
     そして出る間際、いたずらっぽく、こう言い放った。
    「私、男が大嫌いなんだけど、あなたは別ね。ちょっといいかもって気にはなったわ」
    「は? ……はあ?」
    「次に会う時は、もっといい男になっててほしいわね」
     渾沌は背を向けてぺら、と手を振り、部屋を出て行った。

    白猫夢・克己抄 8

    2012.06.19.[Edit]
    麒麟を巡る話、第43話。晴奈と渾沌の、今。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 祝宴が終わり、天狐の屋敷にいたほとんどの人間は既に、眠りに就いていた。 が――秋也と渾沌は話をするため、灯りの落ちた居間に来ていた。「暗過ぎるわね。……『ライトボール』」 渾沌が術を使い、二人の間にほんのりとした灯りを灯す。「で、話ってなんだ?」「まず、……そうね、この傷の話からしましょうか」 そう言って、渾沌は自分の...

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    麒麟を巡る話、第44話。
    三人、新たな道へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
     翌日――。
    「じゃ、オレは行くよ」
     旅支度を整えた秋也は、天狐と鈴林、昂子、ウォンに頭を下げる。
    「もう行くのか?」
     やや驚いた顔をするウォンに、秋也はにかっと笑って見せる。
    「ああ。前にも言ったかも知れないけど、ダラダラして次の機会を失うのは嫌なんだ。
     勝負に勝って成功の波に乗ってる間に、試験も受けたいんだ」
    「そうか。……僕も、もう少ししたらゴールドコーストへ行くよ」
    「そっか。じゃ、次に会う時はゴールドコーストで、だな」
    「ああ、恐らくは。……頑張れよ、シュウヤ」
    「お前もな」
     秋也とウォンは、がっちりと握手を交わす。
     と、昂子も二人の側に寄り、交わされた手に自分の手を乗せる。
    「しばらく、みんな離れ離れになるんだね」
    「そうだな」
    「……こんなコト言うの、あたしのキャラじゃないんだけど、……言っちゃう。
     本当に、本当に、……二人といて、すっごく、楽しかったよ」
     涙ぐむ昂子に、ウォンも目を赤くしている。
    「僕もだ。あのまま宮内で黙々と過ごしているより、何倍も、実りある日々を過ごせた。ありがとう、アコ、シュウヤ」
     二人の言葉を聞いているうちに、秋也の鼻に、切ない痛みがじわりと来る。
    「オレもだよ。オレも、二人といられて良かったと思ってる。……また、いつか」
     二人はこく、と小さくうなずく。
    「うん、……いつか」
    「いつかまた、会おう」

     三人が誓い合う様子を見て、天狐がぼそ、とつぶやく。
    「あっついヤツらだな」
    「あはは、そうだねっ」
    「久々に、スカっとした気分だぜ。本当、……何て言うか、青春してるなって」
    「ゼミ生、みんな勉強一筋だもんね」
    「ああ。……ソレに」
     と、天狐の表情が曇る。
    「オレもあーゆーコトを言い合える仲間、……会いたいよ」
    「……そうだよね。……みんな、いないんだもんね。
     でもさ、姉さん」
    「ん?」
    「できたじゃない、今回のコトで」
    「……それもそうか。そうだな、憎ったらしい妹弟子ができたんだよな。
     ケケ……、今度会ったら、改めてご馳走でもしてやるかな」
    「いいねっ」
     ケラケラと笑う天狐に、鈴林もニコニコと微笑んでいた。



     ミッドランドを離れ、湖を渡る船の上で、秋也はただ黙々と座りながら、考えを巡らせていた。
    (喧嘩をすぐ買うと、失格?
     失格ってのは、勿論、試験に失格って意味だよな? じゃ、逃げろってコトか? ……ってのも、違うよなぁ。剣士が背を向けて逃げる、なんてのは格好悪いし。
     どう言うことだ……? 戦うのは駄目、逃げてもおかしい。他にどうしろって言うんだ?)
     深く考え込むが、一向に正解と思える案は出ない。
     と、秋也は甲板を抜ける風の寒さに気付き、ぶる、と震えた。
    「うへ、寒み……」
     荷物からコートや帽子を出そうとしたところで、秋也はウォンに帽子を貸しっぱなしにしていたことを思い出した。
    (あ……、しまったな。もうあいつ、坊主じゃ無くなったんだし、返してもらえば良かった)
     秋也の脳裏に、屏風山脈で見たウォンの坊主頭がよみがえる。
    (にしても、あの時はひどかったなぁ、頭。あいつにとっちゃ、とんだ藪蛇だ。
     本当、出会った時のあいつもオレも、バカだったよなぁ……。あいつは敵だ、戦うぞ、って。あいつと旅とか修行とかした今だから、あいつと仲いいけど、もしあの時、あいつと本気で殺し合いとかになってたら、絶対こんな風にあいつのコト考えたりなんて、……ん?)
     そこまで想起したところで、秋也の頭に何か、引っかかるものがあった。
    (殺し合っていたら、あいつと仲良くなるコトなんて絶対に無かった。戦っていたら、そうはならなかった。
     戦わなかったら? 峠の下りで、その機会はあっただろ? でも、オレはなんか、あいつのコトが可哀想に思えて、だから普通に話しかけたら、……そう、ソレで今があるんだ。
     じゃあ、『あいつ』とも戦わずに、……喧嘩を売りも買いもせずに、話しかけてみたらどうなったんだろうか? まさか仲良くなれる、……か?
     いや……、『まさか』なんて、まさにオレとウォンじゃないか。会った当時、絶対仲良くなんてなれそうになかったんだ。あの時武器を向けず、帽子を貸してやったから、仲良くなれたんだ。
     そうだ――思えばオレは、目の前に現れたヤツを、勝手に敵と決めつけて襲いかかったんだ。じゃあ、……そりゃ、迎え撃ってくるに決まってる。
     ソレなのかな……? オレが戦わなければ、相手も戦おうとしなかったんだろうか)
     秋也の心に、四ヶ月前には決して至ることの無かった考えが現れた。
    (もう一度……、受けよう。
     オレは、……その考えを試してみたい。本当に、ソレが正解なのか)

    白猫夢・克己抄 終

    白猫夢・克己抄 9

    2012.06.20.[Edit]
    麒麟を巡る話、第44話。三人、新たな道へ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. 翌日――。「じゃ、オレは行くよ」 旅支度を整えた秋也は、天狐と鈴林、昂子、ウォンに頭を下げる。「もう行くのか?」 やや驚いた顔をするウォンに、秋也はにかっと笑って見せる。「ああ。前にも言ったかも知れないけど、ダラダラして次の機会を失うのは嫌なんだ。 勝負に勝って成功の波に乗ってる間に、試験も受けたいんだ」「そうか。…...

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    麒麟を巡る話、第45話。
    帰郷、そして再試験。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦541年、10月中旬。
     秋也は央南に戻ってきた。

    「ども……」
     昂子を送り届けたことを報告するため、橘喜新聞社の社長室に通された秋也は、デスクにかける小鈴に会釈した。
    「ありがとね、秋也くん。おかげで助かったわ」
    「いえ、そんな」
    「にしても、久しぶりね。随分長くいたみたいだけど、何かあったの?」
    「ええ、色々と」
    「聞きたいトコなんだけど、……ま、ソレは後にした方がいいでしょうね。すぐ、向こうにいくつもりでしょ?」
    「ええ」
     その返事を受け、小鈴はじっと秋也を見つめてくる。
    「……なんですか?」
    「大変だったみたいね、色々。目つきが前に見た時と、全然違って見えるわ。
     今なら、受かりそうね」
    「そうですかね?」
     一瞬、秋也は喜びかけるが、すぐに気を引き締める。その様子を見て、小鈴は苦笑した。
    「……って、前回も晴奈が言っちゃったのよね。『お前なら絶対に受かるだろう』っつって」
    「そう、ですね」
    「でも今度は、あたしのお墨付きも一緒よ。前よりは大丈夫よ。多分」
    「はは……」
     秋也はそこで真面目な顔を作り、深く頭を下げた。
    「ん?」
    「この度は大変お世話になりました。ありがとうございます、小鈴さん」
    「んふふ、どういたしまして。
     じゃ、向こうでがっつり怒られてきなさいな」
    「そうします。……それじゃ」
     秋也はもう一度頭を下げ、社長室を後にした。
     小鈴はその姿を座ったまま見送り――それから「あ」と声を上げた。
    「昂子のコト、聞いてなかった。……ま、いいか。
     あの子、案外神経図太いし。何とかやってんでしょ、きっと」



     二日後、秋也は紅蓮塞に到着した。
    「……はは……」
     逃げ出してしまった負い目からか、いつもは頼もしく見えるその城塞も、今は恐ろしいものに感じてしまう。
    「……よし」
     それでも何とか覚悟を決め、秋也は門をそっと開いた。
    「……」
     開けるとそこには、厳しい表情を浮かべた小雪が立っているのが見えた。
    「……」
     秋也は自分に向けられたその雰囲気に耐えかね、門を閉めてしまった。
    「……よくねえよ」
     と、今度は向こうから門が開く。
    「何してるの?」
     より一層冷たく睨んできた小雪を見て、秋也はぶるっと震える。
    「……はい」
     しかし逃げるわけにもいかないので、秋也は恐る恐る、門を潜った。
    「……で?」
     秋也が塞内に入ったところで、小雪がもう一度、冷たい目を向けてくる。
    「その……」
    「その?」
     弁解しようと一瞬ためらったが、秋也は覚悟を決めて座り込み、土下座した。
    「……すみませんでした!」
    「何が?」
    「折角オレにかけていただいた恩義を仇で返した数々の所業、ここに誠心誠意、謝罪いたします! 誠に申し訳ありませんでした!」
     一息にそう言い切り、秋也は地面に頭をこすりつけるようにして平伏す。
    「頭を挙げなさい」
    「……はい」
     対する小雪は、依然として冷たい表情を崩さない。
    「本来なら、あなたは破門されても文句の言えない状況にあるのよ? 試験に落第した挙句、方々逃げ回って恥をまき散らしたんだから。
     それをただ、頭を下げるだけで許してもらえるなんて随分、都合のいい話ね」
    「……」
    「と、言いたいところだけど」
     小雪は踵を返し、秋也に背を向けてこう続けた。
    「流石に央南の名だたる名士たちから、『今一度、厚情を賜ってやってはくれないか』とお願いされて、それをわたしの個人的感情だけで反故にはできないわ。
     だからこの一回で、きちんと落とし前をつけなさい、秋也」
    「じゃ、じゃあ……」
    「試験は今から。そのまま堂に上がり、前回と同じ試験を受けなさい」
    「ありがとうございます!」
     秋也は立ち上がり、頭を下げた。

     その動作の、一瞬の合間に――小雪が自分に対して、さらに一層冷たい視線を向けていたことに、秋也は気付いていなかった。

    白猫夢・立秋抄 1

    2012.06.22.[Edit]
    麒麟を巡る話、第45話。帰郷、そして再試験。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦541年、10月中旬。 秋也は央南に戻ってきた。「ども……」 昂子を送り届けたことを報告するため、橘喜新聞社の社長室に通された秋也は、デスクにかける小鈴に会釈した。「ありがとね、秋也くん。おかげで助かったわ」「いえ、そんな」「にしても、久しぶりね。随分長くいたみたいだけど、何かあったの?」「ええ、色々と」「...

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    麒麟を巡る話、第46話。
    秋也のいたずら心。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     伏鬼心克堂に通された秋也は、そのまま堂の中央まで進む。
    「それじゃ、今から24時間よ」
    「分かりました」
     そのままぱたんと戸を閉め切られ、秋也は一人、堂に残る。
    「……さあ、来てみろ」
     秋也は座りもせず、直立したままの状態で、「彼女」が来るのを待った。

     1時間もしないうちに、「彼女」は現れた。
    「よお」
     四ヶ月前に「彼女」を見た時は、秋也には絶望しか感じられなかった。
     何故なら倒そうとするには、彼にとってあまりにも大き過ぎる存在だったからだ。
    「……」
     だが、今の秋也にはある考え、アイデアがあった。
    「……」
    「彼女」は一言も発さず、刀を構えている。
    「……はは。そんなにさ、邪険にしないでくれよ」
     対する秋也は刀を抜かず、諸手を挙げた形で鷹揚に構えている。
     それを不快に思ったのか、それとも「彼女」は秋也を単なる敵としてしか認識していないのか――「彼女」は刀を振り上げ、秋也に斬りかかってきた。
    「お、っと!」
     初太刀を紙一重でかわし、秋也は「彼女」の腕を取った。
    「……!」
    「なあ、あんた。オレの知ってる人に、とっても似てるけど」
     秋也は手刀を下ろし、「彼女」の刀を落とさせる。
    「……!」
    「ソレについて、話をしたいんだ」
     秋也は床に落ちた刀を蹴って堂の端へ転がす。そして同時に脇差も抜いて投げ捨て、「彼女」の武装を解除した。
    「オレは、あんたと戦いたくない。話が、したいんだよ」
    「……」
    「彼女」はとても困ったような顔をした。

     秋也は動かなくなった「彼女」に、にこっと笑いかけてみた。
    「……」
     依然として困った様子を見せる「彼女」に、秋也はあれこれと話しかけてみる。
    「まず、自己紹介からかな。オレの名前は黄秋也。多分あんたと同じ、焔流の剣士だ。今年で19歳。好きな食べ物は、魚料理なら何でも。嫌いなのは、ハーブの入ったヤツ。
     なあ、あんたも座りなよ。上向いて話は、しにくいしさ」
    「……」
     気さくに話しかけてみるが、「彼女」は困った顔を緩めない。刀が飛んで行った方向を見たり、秋也を見たりと、落ち着かない様子を見せている。
    「……話せないのかな。って言うか、元々そう言う場所じゃないんだろうな。
     なあ、あんた。……その、知ってたらうなずいてほしいんだけどさ」
     秋也はためらいがちに、「彼女」にこう尋ねてみた。
    「昔、黄晴奈って人がここに来たの、知ってるか?」
    「……」
     すると――「彼女」はまだしかめ面ながらも、小さくうなずいた。
    「あ、良かった、知ってたんだ。反応もしてくれるみたいだし」
    「……」
    「彼女」は身振り手振りで何かを伝えようとしてきた。
    「えーと……?」
    《わたし あなた 戦う》
     そう解釈できたので、秋也は首を横に振った。
    「悪いけど、あんたとじゃ戦えないよ。そんな格好してたら」
     そう返すと、やはり「彼女」は困った顔をする。
    「戦わないといけないのか?」
     そう尋ねると、「彼女」はぶんぶんとうなずいてくる。
    「一体、何のために? オレを倒したら、誰かからご褒美でももらえるのか?」
    「……(否定)」
    「じゃあ、何のためなんだ?」
    「……(答えない)」
    「ソレってさ、あんたの思い込みなんじゃないのか? 『武器を持ってるから戦う相手に違いない』とか、『自分は武器を持たされてここにいる以上、入ってきたヤツは叩きのめさないと』とかさ、そんな感じの。
     何度も言うけど、オレはあんたと話がしたいから、戻ってきたんだ。戦うつもりなんか、まったく無い」
    「……(困った顔)」
     恐らくこの堂が造られて以来、秋也以外にそんな酔狂なことを言ってのけた者はいないのだろう――「彼女」はどうしていいか、分からないようだった。
    「あ、ところであんた」
    「……?」
    「名前とか、あるのか?」
    「……(否定)」
    「ま、そりゃそうか。ここに来るヤツみんな、戦おうとするんだろうし。名前なんて聞かないだろうから、あっても意味無いか」
     秋也の言葉に、「彼女」はそれを否定しかけ、慌ててばたばたと手を振った。
    「……? え、戦おうとしないヤツもいるのか?」
    「……」
    「彼女」はもどかしそうな表情を浮かべていたが、やがて床に座り込み、つつ……、と指で文字を書き始めた。

    《戦うことが剣士のすべてじゃない と ある人は答えた それがきっと 答え》

    白猫夢・立秋抄 2

    2012.06.23.[Edit]
    麒麟を巡る話、第46話。秋也のいたずら心。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 伏鬼心克堂に通された秋也は、そのまま堂の中央まで進む。「それじゃ、今から24時間よ」「分かりました」 そのままぱたんと戸を閉め切られ、秋也は一人、堂に残る。「……さあ、来てみろ」 秋也は座りもせず、直立したままの状態で、「彼女」が来るのを待った。 1時間もしないうちに、「彼女」は現れた。「よお」 四ヶ月前に「彼女」...

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    麒麟を巡る話、第47話。
    善なる心、悪なる感情。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「戦うことが、すべてじゃない?」
     そう問い返しつつ、秋也は考え込む。
    「ああ、でも、……いつか、お袋が似たようなコト言ってた気がする。『剣士とは、ただ剣を持つ者に非ず。その剣を正しく使う者こそ、剣士である』とかなんとか。
     ま、言われりゃその通りなんだよな。剣をやたらめたらに振り回すヤツなんか、ただのチンピラなんだし。
     やっぱり弱きを助け、強きを挫くだとか、そう言う人の役に立つコトをしてこそ、本当にかっこいい、誇り高い剣士ってヤツなんだよな」
    《その人もきっと 同じことを言いたかった と思う》
    「……だな」
     秋也はすっくと立ち上がり、「彼女」に礼を言った。
    「ありがとう。四ヶ月前、あんたにボコられなきゃ、オレはきっとそんな風に考えなかったよ。剣士は単に強いヤツなんだって、ぼんやりとしか思ってなかったから」
    「……」
    「あの後、色々あったんだ。本当に、色々。
     ……戦わない代わりにさ、ソレ、聞いてくれないか? 迷惑かも知れないけど。……いいかな?」
    「……」
    「彼女」はこく、と小さくうなずいてくれた。

     それから時間が来るまで、秋也は話をし続けた。
     昂子たち三人と旅をした話。母との修行の話。父から勉強を教わった話。兄と妹、友人たちの話。
     己の心に溜まっていたものをすべて吐き出すように、秋也はずっと、話し続けた。



    「秋也」
     薄暗かった堂に、外からの光が一条、差し込む。
    「おはようございます、家元」
     はっきりとした声で挨拶を返した秋也に、小雪が淡々と質問を投げかける。
    「眠らなかったようね」
    「ああ」
    「その割には、さして疲れてもいないようだけど。戦ったの?」
    「いいや」
     秋也は、自分を見ている小雪のその顔に、ひどく侮蔑的な感情が潜んでいるのを感じていた。
     と、その見下したような目と口が、苛立たしげに動く。
    「じゃあ、何をしていたの?」
    「話を、色々と」
     話しているうちに、秋也は小雪に対してこれまで感じたことの無い悪感情、苛立ちと嫌悪感を覚え始めた。
     恐らくそれは、彼女の方が秋也に対して抱いていた、密かな悪意が伝播・反射したのだろう。
    「なんでそんなことしたの?」
    「じゃあ聞くけど」
     秋也は半ばなじられるような、その口調と表情にたまりかね――「もう破門でもいいや」と、半ば破れかぶれの気分になりながら――尋ね返した。
    「敵と見れば当たり構わず刀を振り回すのが、あんたの言う『剣士』ってヤツなのか?」
    「……っ」
     この応答が癇に障ったらしく、小雪の目がぴく、と震えた。
    「この堂に現れたのは、話せば分かってくれるヤツだった。だからオレは刀を抜かず、話をしていたんだ」
    「……なによ、それ」
    「それとも……、小雪」
    「はい?」
    「あんたは、敵は有無を言わさず殺すべきだと、そう言うのか? それが誇りある焔流の教えだって言うのか?」
    「……」
    「もしそんなコトを言うつもりだってんなら、オレは不合格でいい。
     そんなクソみたいな答えを要求するようなヤツにオレは師事したつもりはないし、そんなヤツから合格点もらいたいなんて、絶対、思わないからな」
    「……」
     頭に血が上っているのか、小雪の顔に赤みが差す。
     だが手を挙げるようなことはせず、小雪は震える声でこう返した。
    「……この際だから、言わせてもらうわ」
    「ああ」
    「昔からの縁で仲良くしてあげてたつもりだけど、あなたのことは、嫌いだったのよ」
    「みたいだな」
    「周囲から散々甘やかされて、チヤホヤされて、下手をすると本家のうちにいるより、密度の濃い修行をして。
     それだけ環境に恵まれておきながら、あなたは落第した。
     正直に言えば、……すっとしたわ! あなたは堕ちるべき人間なんだ、やはりまともな人間じゃなかった、ゴミ同然だったんだと、これでもかと言うほど嘲笑ってやったわ!」
    「そっか」
    「……なのに、晴奈さんも小鈴さんも、母さんたちも! ゴミのようなあなたに、あろうことかもう一度、試験を受けさせてやれなんて……ッ!
     何が家元よ! わたしの威厳や権威なんて、どこにも無いじゃない! こんなのただの雇われ店主、お神輿人間じゃないの!
     その上、あなたは……ッ」
     小雪は怒りに任せ、バキ、と音を立てて戸を叩き割る。
    「あなたは二度目の試験に、まんまと合格して見せた! 何故なのよ!? 落ちたじゃない! 一度、落ちたじゃない、あなた!」
    「そうだな」
    「なんで受かるのよ!? あなたなんかずっとずっと逃げ回って、恥をかいていれば良かったのに!
     生ゴミとして黄派焔流の名を貶めていてくれれば、わたしの評判も評価も、高まったはずなのに!」
    「……」
     怒り狂う小雪に対し、秋也はふっ、と笑って見せた。
    「何がおかしいのよッ!?」
    「合格でいいんだな」
    「……~ッ」
    「小雪」
    「何よ!?」
    「あんたの言いたいコトは分かったつもりだ。オレは証書に名前を書いてさえもらえれば、二度とココへは来ないよ。ソレでいいか?」
    「……」
     小雪はぽたぽたと血の滴る拳をそのままに、踵を返した。
    「そこで待っていなさい。証書、持ってくるわ」
    「ああ」
     半ば走り去るようにその場から消えた小雪を見送りながら、秋也はぼそ、とこうつぶやいた。
    「……未熟なのはオレだけじゃないよな。オレが言えた義理じゃないけど」



     15分後。
     秋也は皆伝の証書に名を連ねたことで、晴れて焔流免許皆伝の身となった。

    白猫夢・立秋抄 3

    2012.06.24.[Edit]
    麒麟を巡る話、第47話。善なる心、悪なる感情。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「戦うことが、すべてじゃない?」 そう問い返しつつ、秋也は考え込む。「ああ、でも、……いつか、お袋が似たようなコト言ってた気がする。『剣士とは、ただ剣を持つ者に非ず。その剣を正しく使う者こそ、剣士である』とかなんとか。 ま、言われりゃその通りなんだよな。剣をやたらめたらに振り回すヤツなんか、ただのチンピラなんだし...

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    麒麟を巡る話、第48話。
    大先生からの餞別。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     折角、免許皆伝を得たと言うのに、秋也の周りには誰も祝福に来ない。
     たまにすれ違う門下生は、目も合わせようとしない。同格であろう剣士らも、秋也を無視してかかっている。
    (多分、小雪がオレの悪口を言いふらしたんだろうな。……ま、いいけどさ)
     そう開き直ってはみたものの、やはり心寂しく感じている。
     これ以上嫌な気分になるのも疎ましかったため、秋也は門前で叫び回ってやろうかと、半ば冗談交じりに図っていた。
     と――その門の前に、人が立っている。
    「あ……」
    「こんにちは、秋也くん」
    「大先生、お久しぶりです」
     秋也は自分の師匠でもある母親の、さらにその師匠である長耳――焔小雪の母、焔雪乃に深々と頭を下げた。
    「あなたをお祝いしてあげようと思ってね。実は、お堂の近くにいたのよ。
     ……ひどいことを言われたわね。それこそ親が聞いたら、顔から火が出るような罵倒だったわね」
     そう告げて、雪乃は深々と頭を下げ返す。
    「あ……、えっと」
     先程、小雪が見せた失態を取り繕おうと口を開きかけたが、雪乃は静かに首を振る。
    「いいのよ。……まだ、あの子も20代の半ば。自分の意に添わないことが重なれば、苛立つこともあるでしょう。
     それは分かってあげられるけれど、それでも家元ともあろう者が、あんな無礼な放言を次々浴びせるなんてね。恥ずかしい限りだわ」
    「……あの、大先生」
     秋也はもう一度、小さく頭を下げる。
    「小雪のコト、怒らないでやってくれませんか」
    「えっ?」
    「烏滸がましい言い方になっちゃいますけど、オレがうらやましかったんだろうと思います。堅い地位やしがらみに縛られず、本当、下手すると紅蓮塞にいるより、優遇されてて。
     もしオレと小雪の立場が逆だったら、オレはもっと、口汚く罵ったでしょう」
    「そう言ってもらえると、いくらか助かった気持ちになるわ。……でも、最近ね」
     雪乃は紅蓮塞を見上げ、ふう、とため息をついた。
    「先代がご存命だった頃を、良く思い出すのよ。あの、厳しくも活気と規律のあった、世界に誇るべき霊場であった頃のことを」
    「……今は、そうじゃないと?」
    「あの子が家元になって、確かに人気は上がったみたいね。男性からの。
     でもあの子は少し、我欲と自尊心に囚われ過ぎているように思えるの。あなたの話を混ぜ返すようだけれど、あの子も優遇されているのよ。何しろ、生まれる前から家元になる運命が決まっていたのだから。
     それがあの子の性根を捻じ曲げてしまっているのね。そしてそれこそが、この塞が厳格さと規律を失いゆく原因でもある。あの子はいつか、欲と慢心で己の目を曇らせ、この紅蓮塞を悪い方向へと導くでしょうね。
     それは多分、あと10年、20年ほどで起こる。そうなれば本家であるこの紅蓮塞は、人気を一挙に失い、廃れるわ」
    「え……」
    「そして代わりに人気を集めるのは、本家に染まっていない分家の方。本家での扱いに不満を覚えた皆は、きっと分家へ流れ込むわ。
     あの子の捻じれた性格は、間違いなく将来、本家に害を為すでしょうね」
    「……」
     何も言えないでいる秋也に、雪乃はくすっと笑って見せる。
    「気にしないでいいのよ。それは、本家の問題だから。成るべくして成ること、ただそれだけのことなんだから」
    「そんな……」
    「本家焔流も古くなった存在だから、そろそろガタが来たってだけよ。新しい気風は、新しいところに任せるわ。
     だから焔流剣士、黄秋也」
     雪乃はぽん、と秋也の両肩に手を置いた。
    「あなたは自分が信じられる道を、堂々と進んで行きなさい。若いあなたには、それが最も良い道になるわ」
    「……大先生……」
     ようやくかけてもらえた温かい言葉に、秋也は思わず涙していた。



     後年――焔雪乃の予感は、残念ながら的中することとなる。
     それについては後の機会に、述べさせていただくこととする。

    白猫夢・立秋抄 4

    2012.06.25.[Edit]
    麒麟を巡る話、第48話。大先生からの餞別。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 折角、免許皆伝を得たと言うのに、秋也の周りには誰も祝福に来ない。 たまにすれ違う門下生は、目も合わせようとしない。同格であろう剣士らも、秋也を無視してかかっている。(多分、小雪がオレの悪口を言いふらしたんだろうな。……ま、いいけどさ) そう開き直ってはみたものの、やはり心寂しく感じている。 これ以上嫌な気分になるの...

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    麒麟を巡る話、第49話。
    懐かしき我が家で。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     紅蓮塞を後にし、秋也は故郷、黄海へ戻った。
    「た、ただ……いま」
     己の生家である黄屋敷の扉をそっと開け、秋也は中を確かめる。
    「あら!」
     と、屋敷の女中と目が合う。
    「お帰りなさいませ、お坊ちゃま!」
    「ちょ、お坊ちゃまはやめてくれよ。もう19なんだし」
    「奥様、お坊ちゃんがお戻りになりましたよー!」
     恥ずかしがる秋也に構わず、女中たちは大声で屋敷の女主人を呼ぶ。
    「戻ってきたか」
     と、声が返ってきた。
    「おかえり、秋也」
     秋也の母であり、かつ、かつて世界を巡った大英雄――「蒼天剣」の黄晴奈である。
    「た、ただいま、戻りました」
    「旅の顛末は小鈴と師匠、それから天狐より伺っている。
     あいつからもな」
     そう言って晴奈は、自分の降りてきた階段を指す。
    「久しぶり、秋也」
    「おわ」
     階段から降りてきた渾沌に、秋也の尻尾はビク、と毛羽立つ。
    「だから、一々私を見て驚かないでって言ってるでしょ? 傷付くんだから、結構」
    「くく、既に疵のある身ではないか」
    「あはは、そうでした、と。
     ……おかえり、秋也」
     秋也は髪と耳、尻尾の毛並みを整え、体の埃を払い、それから改めて挨拶を返した。
    「ただいま戻りました」

    「そうか……。紅蓮塞は今や、それほど品位を落としているか」
     秋也から改めて、小雪が感情任せに叱咤した件を聞いた晴奈は、はあ、とため息をついた。
    「確かに私が塞にいた頃、何度か先代には叱られたものだ。
     だがそれは、あくまで剣士を目指していた私の未熟をたしなめてのこと。左様に己の激情に身を任せて当たり散らすようなことは、終ぞされたことは無かったものだが」
    「家元を名乗るには、まだ10年は早かったんでしょうね。とんだお子様よ」
     うそぶく渾沌に、晴奈は同意する。
    「確かにな。とは言え先代が亡くなられた際、他に資格のある者はいなかった。それを鑑みるに、改めて先代がもう少し長生きをし、小雪を導いていてくれればと、そう思わずにはいられぬ」
    「そうねぇ。私としても、まだ先代が生きてたら、ちょっと顔見せるくらいのこと、したかったわね。何だかんだあって離れたけど、先代のことは嫌いじゃ無かったし」
     昔話に花を咲かせる二人に、秋也は何となく、居心地の悪さを感じる。
     それに気付いたらしく、渾沌が話を向けてきた。
    「ねえ、秋也」
    「え? あ、何?」
    「あなた、これからどうするのかしら」
    「……うーん」
     それを問われても、秋也には答える言葉が無い。
    「どう、って言われてもな。軍じゃ剣士は募集してないし、かと言って母さんの道場で教えるばっかりってのもな……」
    「ああ、それは私も勧められぬな。お前には若さと才能がある。それをこんなところで持て余すなど、勿体無いにも程があると言うものだ。
     このまま道場を継ぐと言うくらいなら、もっと世界に目を向けてからの方がいい」
    「世界に……、目を向ける? その、武者修行って言う、そんな感じで?」
    「そうね、それもいいわね。その当代家元みたいに、狭い塞の中で囲われてるよりはずっといい経験になるわよ」
    「そっか……、うーん」
     と、渾沌が口元をにやっと歪ませてくる。
    「なんなら、私と一緒に旅してみる? 楽しいわよ、こんな美人の奥さんと一緒だったら」
    「ぅえ?」
     秋也の反応を見て、渾沌は腹を抱えて笑い出した。
    「あはは……、冗談よ、冗談。間違っても晴奈のこと、『お姉さま』だとか『お義母さま』なんて呼びたくないもの」
    「くく、私も御免被る」
     笑い合う二人に、秋也も苦笑いを返すしかなかった。

     と――客間の戸を叩く音が響いてくる。
    「お母さん、こっち?」
     続いて、少女の声が客間に届く。
    「ああ、月乃。入っておいで」
     晴奈がそう声をかけると、三毛耳の、晴奈によく似た猫獣人の少女が客間に入ってきた。
    「今月の月謝、受け取ってきたから。とりあえずあたしが……」
     と、少女は秋也を見て、表情を硬くした。

    白猫夢・立秋抄 5

    2012.06.26.[Edit]
    麒麟を巡る話、第49話。懐かしき我が家で。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 紅蓮塞を後にし、秋也は故郷、黄海へ戻った。「た、ただ……いま」 己の生家である黄屋敷の扉をそっと開け、秋也は中を確かめる。「あら!」 と、屋敷の女中と目が合う。「お帰りなさいませ、お坊ちゃま!」「ちょ、お坊ちゃまはやめてくれよ。もう19なんだし」「奥様、お坊ちゃんがお戻りになりましたよー!」 恥ずかしがる秋也に構わ...

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