黄輪雑貨本店 新館

白猫夢 第2部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    麒麟の話、第2話。
    夢世界の預言者。

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    2.
     戦いに敗れ、ボクは封印された。

     何故タイカさんは殺さなかったのか? 彼は何も言わなかったが、理由は大体分かってる。
     魔力が欲しかったからだ。ボクの、彼を凌駕するほどの、膨大な魔力が。
     事実、ボクがその中に封じられた超々巨大魔法陣――「システム」は、ボクの体を核として魔力を集め、そしてタイカさんの元へ送っていた。
     そしてそれが、「黒い悪魔」の不死身伝説につながったワケだ。
     どれだけ滅茶苦茶に攻撃を受けても、何事も無かったかのように復活、回復できるだけの魔術と、その起動を可能にする量の魔力が、いつでも送られてるワケだし。
     死ぬワケが無いんだ。

     と言っても。
     その「システム」も万全じゃないらしかった。
     あまりに重篤なダメージを受けてしまうと、魔力供給が追っつかないらしい。
     その一例が、黒白戦争時代――実際に中央で戦争したのと、その前後の何やかやあった時代のコトだ――タイカさんがナンクンの人形に仕掛けられた罠にかかり、「バニッシャー」でどてっ腹をブチ抜かれた時だ。
     アレは本気でヤバかったんだろう。やむなくタイカさんは、「システム」の維持に使っていた魔力の一部を自分に回した。
     ソレでその場は切り抜けられたんだけど、……その代わりに、彼にとっては面白くないコトになったワケだ。
    「システム」の維持が1ランク下がり、そのために、ボクの意識だけがよみがえった。



     目覚めたところで、ボクはある人に出会った。
     その人は、面白いコトをしていた。
     自分の子孫に色々と助言を与え、導こうとしていたんだ。いわゆる霊夢(れいむ)――有益なコトを伝えてくれる、いい夢――を見させているつもりらしかった。
     彼女は幽霊だった。とっくの昔に体は死んでしまっていたけど、元々かなり腕のいい魔術師で、彼女のお師匠からその方法を教わったらしく、その魂は死後も健在なまま。
     それはボクも、ある意味で同じだった。体は死んだも同然――厳密に言えば死んでないけど、動けないし動かせないんじゃ、死んでるのと同じだろ――だけど、その心、魂は自由に動ける。
     ボクと彼女は、すぐに意気投合した。
     ボクも彼女と同じように、人の夢に出て、色々助言をしたくなったんだ。



     でも、勘違いしないでほしい。
     ボクはボクのために、霊夢を見させているんだ。
    白猫夢・麒麟抄 2
    »»  2012.07.22.
    麒麟を巡る話、第51話。
    白猫との出会い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    《く、ふふっ》
     目の前に立つ白い「猫」は、秋也を見て笑っている。
    「なっ、……誰だ、あんた!?」
     慌てて飛び起きる秋也に、「猫」はさらに笑い転げる。
    《くふっ、くふ、くふふ……。いや、いや。そんなに慌てなくていいよ、シュウヤ》
    「あ……? オレを、知ってるのか?」
    《ああ、知ってるよ。四ヶ月、テンコちゃんのトコで頑張ってたコトも、一度は試験に落ちたけど、ちゃんと合格できたってコトもね》
    「……?」
     得体の知れない相手に、秋也は一歩退いて警戒する。
    《そんなに怪しがらなくてもいいんだってば。
     ボクはね、シュウヤ。キミにいいコトを教えるために来たんだよ》
    「なんだって?」
     猫獣人はクスクス笑いながら近寄り、秋也の鼻先へピンと、人差し指を差して見せた。
    《キミを英雄にしてあげる》
    「英雄? ……だと?」
    《そう、英雄。キミのお母さんのような、世界に名を轟かせる、そんな英雄に》
    「……ワケ分かんね」
     秋也はこれが夢なのだろうと、うっすらとではあるが感じていた。
    「頬でもつねるか。こんなワケ分からん夢、見てても面白くないし」
    《えい》
     と、それを聞いた「猫」の方から、秋也の猫耳をぎりぎりとつねってきた。
    「あいでででででっ、やめっ、やめろっ!」
    《どう? 目、覚めるかい?》
    「……ぐっ」
    「猫」から手を離され、秋也はじんじんと痛む猫耳をさすっていたが、一向に夢から覚める様子は無い。
    《ボクの見せる夢は、コレくらいじゃ覚めないのさ。
     さあ、シュウヤ。真面目にボクの話をお聞き。キミにとってすごく耳寄りな、いい話なんだからね》
    「……分かったよ」
     秋也は諦め、その場に座り込んだ。
    「その前にさ、ちょっと聞きたいんだけど」
    《何をかな?》
    「あんた、名前は何て言うんだ? オレの名前を呼ばれるばっかりじゃ、不公平だろ? そっちも教えてくれるのが筋じゃないのか?」
    《分かってないなぁ、シュウヤ》
     秋也の問いに、「猫」はやれやれと言いたげに肩をすくめ、首を振って見せた。
    《キミはボクに対して、何もできない。この時点で公平じゃ、無いよね? まさかボクがキミの言うコト、聞くとでも?》
    「な……」
    《相手によっちゃ公平に接してくれるだろうけど、残念ながらボクは公平主義がキライなんだ。
     だからさ、シュウヤ。ボクはキミにアレコレ言って聞かせるけど、キミが何か言ったって、ボクが全うに、当然至極に答えるだなんて、思わないでよ?》
    「……」
     話の通じない相手と悟り、秋也は口をつぐむしかなかった。
     秋也が黙り込んだところで、「猫」は話を続けた。
    《まあ、ボクについては呼びたいように呼べばいい。白猫とでも、銀猫とでもさ。
     ソレよりも本題だけど、キミ、コレから予定はある? 西方に行って、何かしようって思ってる?》
    「いや……、特には、何も」
     まだ憮然とするものを感じてはいたが、秋也はとりあえず話に応じた。
    《そりゃいい。なら尚更、ボクの言うコトに従った方がいい。
     キミが到着する港は西方の玄関口、ブリックロードってトコなんだけど、ソコである仕事をやってくれるヤツを募集してるんだ》
    「ある仕事?」
    《簡単に言えば、運び屋さ。そいつらに声をかけて、ソレに付いていくんだ。
     ま、最初は断られるだろうけどね。でも諦めず、『自分を使ってほしい』って頼み込むんだ》
    「なんで? オレがなんでそんなコト、しなきゃならないんだ?」
     当然湧いた、秋也のその疑問に対し、白猫はフン、と鼻を鳴らした。
    《二度も言わせるなよ、シュウヤ。ボクがキミの質問に答える義務も、キミが質問する権利も、ボクは認めないよ。
     とにかくやるんだ、シュウヤ。分かった?》
    「いや、そんなムチャクチャな話……」《わ、か、っ、た!? そう聞いてるんだよ、ボクが!》
     あまりにも剣呑で、かつ、有無を言わせないその剣幕に、秋也はうなずくしかなかった。
    「……分かったよ。やるだけやるよ、やれって言うなら」
    《よろしい。
     ではいい旅を、シュウヤ》
    白猫がそう言った瞬間、秋也の意識は途切れ――。

    「……ん、がっ?」
     船室のベッドから、転がり落ちていた。
    白猫夢・起点抄 1
    »»  2012.07.23.
    麒麟を巡る話、第52話。
    煉瓦造りの港町。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     秋也を乗せて央南、黄海の街を発った船は、それから一ヶ月ほどで西方の玄関口と言われる港町、ブリックロードに到着した。

    「なんか……、潮の香りに混じって……」
     港に降り立った秋也の鼻が、海の雰囲気ともう一つ、土の焼ける匂いを感じ取る。
    「……ああ、だから『ブリックロード(煉瓦道)』か」
     辺りを軽く見まわし、秋也はその匂いの正体と、街の名前の由来に気付いた。
     各所に煉瓦で作られた建築物が立ち並び、また、港を行き交う積荷やコンテナにも、煉瓦が山積みになっている。
     さらに港から街に向かう道のあちこちに、もうもうと煙を吐き出す煉瓦工場が立ち並んでおり、秋也の歩いているその道にまでも、煉瓦が敷き詰められている。
     どこを見渡しても、赤褐色の無い場所は無かった。
    「煉瓦の一大産地なんだな」
     秋也は一休みしようと、これまた煉瓦がびっしりと並べられた広場の一角にある椅子に――勿論、煉瓦造りである――座り込む。
    「流石に食べ物まで煉瓦、……なんてあるワケないか」
     そんな風に冗談を一人、こぼしていると――。
    「あるぜ」
    「えっ」
     横に座り込んだ茶色い耳の、赤毛の兎獣人が――その色合いは、まさに煉瓦である――ニヤリと笑って応じてきた。
     ちなみに西方は、人口の九割以上が兎獣人で構成されている。秋也のような猫獣人や、中央大陸では平均的に分布して見られる短耳・長耳も、ここでは少数派である。
    「ほら、あの炉端焼き」
    「え? アレ? ……マジで煉瓦、食ってんのか?」
     尋ねた秋也に、兎獣人はゲラゲラと笑い転げる。
    「いや、いや、俺の央中語のヒアリングが悪かったな、ごめんごめん。
     煉瓦を食うんじゃなくて、熱した煉瓦の上で焼いたのを食ってるんだ。鉄板焼きならぬ煉瓦焼きだな」
    「ああ、そっか、そうだよな。……ビックリしたぜ」
    「ところでお兄ちゃん、旅の人かい? ここいらにゃいない耳と顔をしてるが」
     気さくに尋ねてきた兎獣人に、秋也も笑って返す。
    「ああ、そうなんだ。まだこっちに着いたばかりで、あんまり西方語も良く解ってないんだけど……」
    「簡単さ。ちょっと気取ってしゃべってりゃ、そのうちペラペラさ」
     そう言いながらポーズを取って見せる兎獣人に、秋也はクスクスと笑う。
    「はは……、こうかな?」
     秋也も真似して、ポーズを取ってみる。
    「あはは、そうそう、それそれ」
    「こう?」
    「いや、こう」
    「こうか」
    「こんな風に」
    「こうっ」
    「それそれ、ぎゃははは……」
    「あはははは……」
     基本的にのんきな秋也は、兎獣人と一緒に笑い転げていた。



     ひとしきり笑ったところで兎獣人と別れた秋也は、白猫に会った夢のことを思い出していた。
    (運び屋、……ねぇ)
     それらしいものが無いかあちこち見て回るが、一向に見付からない。
     そこで秋也は、天狐から教わった「類推思考」に頼ってみることにした。
    (運び屋ってコトだから、当然、モノを運ぶワケだ。港町、……いや、煉瓦造りの街から運ぶモノって言えば、やっぱり煉瓦なワケで。
     逆に言えば、煉瓦を運んでるヤツの中に、いわゆる『運び屋』関係もいるんじゃねーかな……?)
     そう考え、秋也は港に戻ろうとした。
     と――まさにその、港の方角から、煉瓦を積んだ荷車がやって来る。そして荷車はそのまま、秋也の横を通り過ぎて行った。
    「……付いて行ってみるかな」
     秋也はゴトゴトと音を立て、往来を突っ切っていく荷車の後を追いかけることにした。
     荷車は街のあちこちで止まり、その都度街の者と会話を交わし、煉瓦を売っている。どうやら普通の周り売りらしい。
    (ありゃ、ハズレかな)
     そう思いつつも、他に当ても無いため、秋也は後を追いかける。
     すると積荷が半分になった辺りで、いかつい姿の短耳二人が煉瓦売りに近付いてきた。

    「おい、そこの」
     黒髪の、中年手前くらいの短耳が、やや横柄な態度で煉瓦売りを呼び止める。
    「へえ、なんでやしょ」
    「その煉瓦、いくらだ?」
     と、今度は頭を丸めた方の、相方よりは大分賢そうな、壮年の短耳が尋ねる。
    「キロ売りで、25キューです」
    「後、どれくらい残っている?」
    「ええと……、大体、50個くらいは」
    「他には無いのか?」
    「倉庫にはあと、300個か、もうちょっとはありやすよ」
    「あるだけ買う。いくらになる?」
    「あるだけ? え、本当に?」
    「我々が嘘を付くと言うのか!」
     憤慨する黒髪に、煉瓦売りは「ひゃ」と短い悲鳴を上げ、兎耳を震わせる。
    「こら、威嚇するな。……いや、失敬、失敬。
     我々の国で建築のため、少しばかり大量に買い付けを命じられてな。少なくとも1000個以上、できるようなら買えるだけ買い付けてくるようにと仰せつかっていてな」
    「はあ……、なるほど。えーと、じゃあ、わしの知り合いにも頼んで、煉瓦をご用意させていただきますですが、どうでやしょ?」
    「うむ、助かる。では今から頼めるか?」
    「はい、喜んで! あ、どこに運びやしょ?」
    「街外れに、我々の仲間が集まっているところがある。『シャルル・ロガンから託った』と言えば応じてくれる」
    「はい、承りました! じゃ、早速!」
     そう言うなり煉瓦売りは、ゴトゴトと荷車を引っ張って走り去っていった。
    白猫夢・起点抄 2
    »»  2012.07.24.
    麒麟を巡る話、第53話。
    真面目将軍とワイン漬けマスター。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「あんなじいさんに頼んで本当に大丈夫でしょうか、閣下?」
     煉瓦売りが見えなくなったところで、黒髪の方の短耳がそうこぼす。
    「心配あるまい。私が見たところ、質は悪くなさそうだった。仮にあの翁とそのツテから1000個集められるとして、2万5千くらいとなれば予算よりは大分安く上がる。
     他の班もそろそろ、買い付けを終えるところだろう。後は帝国に、確実に運ぶ方法を考えるだけだ」
    (帝国?)
     隠れて様子を伺っていた秋也は、その穏やかならぬ単語を聞き、猫耳をピク、と揺らす。
    「それなら先程、それ関係を請け負う奴らがたむろする場所を見つけています。多少柄は悪いようですが、如何せん、あの街道を突破することを考えれば……」
    「多少気の荒い方が集まった方が乗り切れるやも、か。
     よし、そこに向かうとしよう。案内を頼む、サンデル」
    「御意」
     二人は並んで、その場を後にする。
     秋也もこっそり、二人の後を付いて行くことにした。

     シャルル・ロガンと名乗っていた短耳、そしてサンデルと呼ばれていた短耳二人は、寂れた裏通りに入る。
    「ここか?」
    「情報によれば」
     二人は店の看板が半分朽ちた酒場の前で立ち止まり、中を覗き込む。
    「……ふむ」
     どうやら誰かがいたらしく、そのまま二人は中に入った。
     秋也も店の入り口にそっと立ち、中の様子を覗き見る。
    「失礼。私はグリスロージュ帝国の将軍、シャルル・ロガンと言う者だ。貴君らに頼みたいことがあって参った次第である」
    「あ~……?」
     いかにも場末の酒場に似合いそうな、酒に浸かったならず者たちが、ふらふらと顔を上げる。
    「貴君らには、帝国までの荷運びをやってもらいたい。報酬は弾むが、請け負ってくれるか?」
    「グリスロージュ帝国、ってぇ、……あの……、西方三国を喰ってるって言う……」
     誰かがつぶやいたその言葉に、ロガン卿は小さくうなずく。
    「如何にも。我々側の言葉で言えば、その三国を平和裏に統合、統一せんとする正統なる国家である。
     それ故、我が国は今まさに飛ぶ鳥を落とす勢い、日に日に勢力圏を拡大しつつある強大な国家であり、その分報酬の払いも非常に良いものであることを約束する」
    「……ちょっとぉ、……聞くっけどさぁ~」
     カウンターに突っ伏していた、白毛に銀のピアスをごてごてと付けた、あまり真っ当な生き方をしていなさそうな店主らしき兎獣人が、のろのろと真っ赤な顔を上げる。
    「陸路で行く気かぃ~……? それともぉ……、海路でかぃ~……?」
    「……陸路の予定だ」
    「あはぁ、やっぱりなぁ~……」
     それを聞いた店主は、ゲラゲラと笑い出した。
    「いひ、ひっひっひ……、最近の帝国さんはよぉ~……、とてもじゃないがぁ~……、船なんか出せやぁしないもんなぁ~……」
    「我々を愚弄するかっ!」
     サンデルが猛るが、ロガン卿はそれを無言で手を払い、制する。
    「耳が痛い限りであるな。その様子であれば、我々の窮状も察していただけよう」
    「おう、おう、おぅ~……」
     店主は兎耳をふらふらと揺らしながらうなずき、こう返す。
    「なんだっけぇ~……、あの、あれ、あれだ、……あ~、プラティノアール王国からのよぉ~……、海上封鎖をまともに受けちまってよぉ~……、物資供給が全っ然できないってよぉ~……、うわさになってるよなぁ~……」
    「その通りだ。それ故、陸路での物資運搬が現在、我々の生命線となっているのだ。
     ここからが依頼内容となるのだが、よろしいか?」
    「よろしい、よろしいよぉ~」
     店主はこくり、こくりと、うたた寝をするかのようにうなずく。
    「……本当によろしいか?」
    「よろしくともぉ~」
     ロガン卿は苦い顔をし、一瞬黙り込んだが、やがて口を開いた。
    「現在、我々は軍事物資をブリックロード他、このマチェレ王国各所より買い付け、集積しているところだ。
     その軍事物資を我々の帝国、グリスロージュの首都、カプラスランドまで運搬してほしい」
    「はぁ~……、なるほどねぇ~……」
     そう応じてはきたが、店主は半分ほど酒の残った瓶を撫でるばかりで、それ以上答えない。
     たまりかねたらしく、サンデルが声を荒げてきた。
    「どうなんだ!? やるのか、やらないのか!?」
    「……もういっこぉ、……聞くっけどよぉ~」
     と、店主は瓶に残っていた酒を呷りながら質問する。
    「このマチェレ王国からよぉ~……、将軍さんらのグリスロージュ帝国までよぉ~……、行くってぇなるとよぉ~……。
     途中で絶対にさぁ~……、あの、あれだ、あそこ、あの街道をよぉ~……、通らなくちゃならないよねぇ~……?」
    「……っ」
    「やっぱりだねぇ~……」
     店主はふらふらとした足取りで立ち上がり、壁に貼ってある地図をへろへろと指差した。
    「西方三国だった時代からさぁ~……、この北の方の山はよぉ~……、険しすぎて荷物なんか運べないしよぉ~……、となると道って言やぁ、このぉ~……」
     そして店主が指差した地名を見た二人は、揃って顔をしかめた。
    「プラティノアール王国の領地を横断してるよぉ~……、『ブリック―マーブル街道』をさぁ~……、突っ切っていかなきゃならなくなるよねぇ~……」
    白猫夢・起点抄 3
    »»  2012.07.25.
    麒麟を巡る話、第54話。
    危険な荷運び。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     店主の指摘に、ロガン卿もサンデルも苦い顔をして黙り込む。
    「おやあ~……? まさかあんた方よぉ~……、しれーっとそれ、黙って依頼しようなんてぇ~……、思ってたりしたのかなぁ~……?」
    「い、いや、それは……」
     取り繕おうとするサンデルを制し、ロガン卿が弁解する。
    「貴君の言う通り、確かに我々はあえてその件に触れなかった。
     と言うのも、道と事情に詳しい貴君らであればそのルートには触れず、別のルートを紹介してくれるのではないかと期待したからだ」
    「モノは言いようだねぇ~……」
    「しかし残念ながら、貴君らもブリック―マーブル街道以外のルートは存じておらんようだな」
    「そりゃあまあ、ねぇ~……。我々は自由と平和と煉瓦の焼ける香りと、ちょっとばかしのお金とワインをこよなく愛する、健全なマチェレ国民だもんなぁ~……」
    「堕落と言うのだ、それは!」
     サンデルが猛るが、店主は意に介さない。
    「そりゃあまあ、毎日戦争でお忙しい帝国民さんらにとっちゃあよぉ~……、俺たちの暮らしはそりゃもう、怠惰なもんだと思うんだろうけれっどもよぉ~……。
     しかしだよ、薬缶みたいな髪形のお兄さんよぉ~……。毎日酒が飲めて、毎日働こうと思えば働き口がいくらでもある、こーんないい街によぉ~……、そんなキナ臭くて堅っ苦しい主義主張なんぞ、持ち込むのが野暮ってもんだろぉ~……?」
    「ふざけるなッ、誰が薬缶だ、誰が!」
     今にも頭から湯気を噴き出しそうなサンデルを、ロガン卿がたしなめる。
    「その辺にしておけ。我々は国民性の是非を討議しに来たわけでは無いのだ。
     話を戻すが、やはりブリック―マーブルを通るしか無いわけだな」
    「そうなるねぇ~……」
    「では、不可能だろうか? 街道を通り、かつ、軍事物資を帝国に届ける、と言う計画を実行するのは」
    「難しいねぇ~……。なにせプラティノアール王国じゃ、あっちこっちに兵隊さんらが網を張ってるもんねぇ~……。何が何でも帝国さんをとっちめてやろうってお国だしさぁ~……、間違いなく襲われるねぇ~……」
    「そうか……。分かった、邪魔したな」
     そう言って、ロガン卿は酒場を去ろうとした。
     が――。
    「ああ、ちょっと待ちなぁ~……、ロガンの旦那さんよぉ~……」
    「うん?」
    「難しいって言ったが、無理とは言ってないよぉ~……」
    「ほう」
     返しかけた踵を戻し、ロガン卿は詳しく尋ねる。
    「何か策があるのか?」
    「まあ、100%襲われるってのから、50%くらいにはできるかなってのがねぇ~……」
    「と言うと?」
    「簡単だよ、囮を使うのさぁ~……」
    「確かに偽の荷車を用意し二手に分かれれば、物資を取られる危険は半分になるのが道理だ。だが相手の軍勢もそう、少なくない。両方を襲われることもあるではないか」
    「そうだろうねぇ~……。一つ拿捕して、その後でもう一つ、似たような奴らを見つけたら、拿捕しようって思うだろうねぇ~……」
    「なんだ、馬鹿馬鹿しい!」
     吐き捨てるようにそう言ったサンデルに、店主がにやあっと笑いかける。
    「でもさぁ~……、二つ拿捕して、王国軍さんがそいつらを連行したらさぁ~……、街道はガラ空きになるんじゃないかなぁ~……?
     いくらなんでも怪しいのが一個、二個通り過ぎた後、さらにもう一個来るなんてよぉ~……、思いもしないんじゃないかなぁ~……」
    「なるほど。二重に囮を仕掛け、それに手を取られた隙を突き、本命を行かせるわけだな。
     となると、大分人手が必要になりそうだが……」
    「50人は用意できるよぉ~……。一人当たり、一日2600キューでぇ~……、危険手当と死亡補償としてぇ~……、それぞれ20000、80000でぇ~……、どうかなぁ~……?」
    「……手当に関しては、その額で構わん。しかしカプラスランドまでは、早くとも2週間を要する道のりとなる。50人雇うとなれば、総額200万キュー近くになってしまう。もう少し、安くはなるまいか?」
    「嫌って言うなら、ウチは手を引かしてもらうよぉ~……。
     ウチだって抱えてる人材にさぁ~……、もしものことがあったら困るんだからさぁ~……。支払いはちゃんとしてもらわないとねぇ~……」
     店主の要求に、ロガン卿はしばらく渋い顔を向けていたが、やがて折れた。
    「……分かった。その額で頼もう」
    「毎度ありぃ~……」
    白猫夢・起点抄 4
    »»  2012.07.26.
    麒麟を巡る話、第55話。
    破落戸バー。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ロガン卿らが酒場を出て行ってすぐ、秋也はその店に飛び込んだ。
    「すまない、失礼するぜ!」
    「あ~……?」
     カウンターに突っ伏す寸前だった店主が、のろのろと顔を上げる。
    「なんだ、今日は客の多い日だなぁ~……?」
    「客って言うか、何ていうか、ええと、……まあ、いいや。
     おっちゃん、さっき仕事受けたよな?」
    「あ~……、受けたけども、それがどうしたぁ~……?」
    「オレ、その仕事に雇ってくれないか?」
    「はぁ~……?」
     頼み込んできた秋也の顔を見て、店主は黙り込んだ。
    「……」
    「な、頼むよ。ほら、なんだ、その、金に困って……」「ないよねぇ~……」
     店主は棚から新しい酒瓶を出し、栓を抜きながらこう返す。
    「お兄ちゃん、身なりが綺麗すぎるよぉ~……。金に困ってたら、そんな格好してないよぉ~……」
    「あ、じゃあ、その、この国の仕事に触れてみて、見聞をさ」「ないよねぇ~……」
     と、この方便も嘘だと看破される。
    「お兄ちゃん、どう見ても真っ当なタイプの人だよねぇ~……。そんな真面目くんがさぁ~……、わざわざこーんな裏通りの小汚い店に入ってさぁ~……、見聞深めたいなんて話、ないよぉ~……」
    「えーと、じゃあ、……えー」
    「帰った方がいいよぉ~……。今ならさぁ~……、そのかばんくらいで許してあげるからさぁ~……」
    「……なんだって?」
     秋也の問いに店主が答える代わりに、店のあちこちから小汚い兎獣人たちが数名、割れた酒瓶や短刀を手にして現れた。
    「君が悪いんだよぉ~……? こーんな店に、一人で入って来るなんてさぁ~……」
     店主はそう言うなり、空になっていた酒瓶を、秋也目がけて投げ付けてきた。
    「わ、っと!?」
     飛んできた酒瓶をすれすれでかわすと同時に、近くまで迫っていた兎獣人2人が短刀を腰だめに構え、秋也の胴を狙ってくる。
    「ひひひ、金だ金だぁ~!」
    「金が自分から飛び込んできやがった、へへへへ……!」
     が、秋也は肩にかけていたかばんをぐるんと振り回し、片方の兎獣人の顔に叩き付ける。
    「ふえっ!?」
    「だーれが……、こんなところでやられるかってんだ!」
     動きの止まった兎獣人の足を、秋也はぱしっと乾いた音を立てて蹴り払う。
    「おわあ!?」
     倒れこんだ兎獣人を飛び越し、もう一人の方にもかばんを叩き付け、続いて平手を胸に入れる。
    「ぬへっ!?」
     べちんと痛々しげな音と共に、兎獣人は床に倒れ込む。
     その間に、新たな兎獣人が3名、秋也に向かってくるが――。
    「うらあっ! ……て、あれ?」「こっちだよ、マヌケ」
     酒瓶を振り下ろした兎獣人のすぐ後ろに回った秋也は、相手の背中を平手で叩く。
    「ほ、ほあー!?」
     兎獣人は酒瓶を落とし、背中を押さえて悶絶する。
     一瞬のうちに倒れた仲間を見て唖然とする残り2人にも、秋也は左と右、それぞれの手で平手を食らわせ、吹っ飛ばした。
    「ふぎゃー!?」「いてえー!?」
     あっと言う間に5人が倒され、赤ら顔の店主も目を丸くする。
    「な、なんちゅう早業だぁ」
    「どうだ? もう他にはいないのか?」
    「……う、うーん。残念だけどもぉ、……いないんだよね」
     もごもごとつぶやきながら、店主はそろそろと屈み、カウンターの下に隠れようとしている。
     と、膝立ちになった辺りで突然、本物の兎のようにぴょんと飛び跳ねた。
    「……と思ったら来た! アルト来た! これで勝てる! やっちゃって、アルト!」
    「は?」
     いつの間にか入り口に立っていた赤毛の兎獣人が、怪訝な顔を向けてくる。
    「あれ、あんた……?」
     秋也が問いかけるのをさえぎり、店主がわめく。
    「そいつ、うちの奴らをボコボコにしちゃったんだよぉ! 目一杯ブッ飛ばしちゃってぇ~!」
    「つってもなぁ」
     アルトと呼ばれた兎獣人は、困った顔を秋也に向けてきた。
    「さっき一緒に楽しく露店メシ食った奴を殴るなんて、俺の性にゃ合わないぜ。あんただって殴られんの、嫌だろ?」
    「そりゃ、まあ」
     そう答えた秋也に、アルトは肩をすくめた。
    「それより飲むか? 店主はアホだけど仕事はちゃんとする奴だから、酒もうまいぜ」
    「ああ、そっちの方が断然いいよ」
     そう応答し、秋也とアルトは同時に笑った。
    白猫夢・起点抄 5
    »»  2012.07.27.
    麒麟を巡る話、第56話。
    パスポーター・トッド。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「大体、そりゃマスターが悪いんだよ。入ってきた客をいきなり襲う店があるかっつの」
     アルトの叱責に、店主はもごもごと弁解する。
    「いやさぁ、『人を見たら金袋と思え』ってさぁ~、じいちゃんから教わったからねぇ~」
    「捨てっちまえよ、そんな教え」
     二人のやり取りに、秋也は思わず噴き出す。
    「ぷ、くく……」
    「すまないな、本当。こいつ、礼儀と倫理観ってもんがアルコールで蒸発しちまってんだ。だから酔っぱらったまま店に立つし、一見の客をいきなり襲ったりもするし。
     ま、それに慣れさえすりゃ、タダみたいな値段で酒は飲み放題だし、話も色々融通してくれっから。残念ながらあえて美点を無理くり挙げるとすれば、そこだけになるんだけれっども」
    「ひっどいなぁ~」
    「否定できるもんならしてみろよ、まったく。こんな滅茶苦茶な店、世界中でここだけだっつーの」
     そう悪態をついたところで、アルトは話題を変える。
    「っと、それで……、えっと、シュウヤだっけ。
     何でまた、運び屋なんかやりたいんだ? 5対1で圧勝できるような実力があるんなら、他にいくらでも働く口なんかあるだろうに」
    「まあ、その、色々事情がさ」
    「その事情、聞かせてくんねえかな。どうしても教えたくないってんなら、そりゃ、無理には聞かないけどさ」
    「うーん……、信じてもらえるかどうか」
     そう前置きし、秋也は夢の中で白猫に会い、運び屋をやるよう指示されていたことを説明した。
    「……白猫、か。となるとそりゃ、『白猫の夢』ってことなのか?」
    「『白猫の夢』……。そっか、……そうなのかも知れない」



     夢の中に白い猫獣人が現れて預言を与え、この夢を見た者は幸せになれると言ううわさは、この双月暦6世紀頃には既に広く知られており、秋也もこのうわさは何度か耳にしていた。
     ちなみに彼の母、黄晴奈もこの夢を見た一人と言われている。



    「もしそれがマジで『白猫の夢』だってんなら、従わない手は無いだろ」
     そう言うとアルトは、店主にこう提案した。
    「マスター、こいつから運び屋やりたいって言ってんだから、やらせりゃいいだろ」
    「いや、でもさぁ~、西方人じゃないってのはちょっとねぇ~」
    「別に構やしないだろ、依頼人からしたら。仕事やるんなら、それが兎だろうが猫だろうが、問題ないわけだし。
     ま、それにさ。こいつを雇うんなら、俺も一緒に行ってやるぜ?」
     そう言ってアルトは、パチ、とウインクを店主に送る。
    「……あ、え、ホントに?」
     アルトの言葉に、店主は顔をほころばせて見せる。
    「いやいやいや、あんたが来てくれるならそりゃもう、どんな条件だって呑んじゃうよぉ~!
     よし決めた、シュウヤくん、君採用! よろしくちゃん!」
    「なんだよ、よろしくちゃんって……。
     まあいい、とりあえずそう言うことになった。改めて自己紹介させてもらうぜ。
     俺の名前はアルト・トッドレール。何でも屋だ」
    「何でも屋?」
     そう尋ねた秋也に、店主が代わりに答える。
    「西方じゃあ、彼を知らない人なんていないよぉ~。
     パン屋から煉瓦焼き、博打の代打ちから用心棒、果ては弁護士、魔術師まで一通りこなしてみせる、まさに天才!
     彼に頼んだ仕事がこれまで失敗に終わったことなんて、一回も無いんだよぉ~」
    「そりゃ言い過ぎさ、俺だって多少はしくじったりもする」
     そう前置きしつつも、アルトは続いてこう言ってのけた。
    「つっても、ここ数年はヘマやった覚えは無いけれっどもな。俺と一緒にいれば、怖いもんなしだぜ?
     ま、そう言うわけだ。よろしく頼むぜ、シュウヤ」
    「ああ。よろしく、アルト」
     秋也とアルトは酒の入ったグラスを交わし、乾杯した。



     この、西方に来てすぐ就いた、何と言うことの無さそうに感じた仕事が、大変な冒険の起点になるとは――のんきな秋也に、分かるはずも無かった。

    白猫夢・起点抄 終
    白猫夢・起点抄 6
    »»  2012.07.28.
    麒麟を巡る話、第57話。
    西方史のお勉強。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     秋也はあのワイン漬けの店主に指示された通りに、アルトと共にブリックロードの郊外へと向かっていた。
    「なあ、アルト」
    「ん?」
     その道中、秋也はいくつかの質問をぶつけてみた。
    「実を言うとオレ、これから会う奴らのコト、隠れて見てたんだ。ワケありそうだなーと思って」
    「ふーん……? それが、何か気になることでも?」
    「ああ。『帝国』の人間だって名乗ってたけど、……正直、いい印象が無いなって。
     オレ、中央の人間だからさ、『帝』を名乗るタイプってあんまり、その、何と言うか、胡散臭いって言うか」
     これを聞いたアルトは、うんうんとうなずいて返した。
    「なるほどな。ま、確かに西方でも『帝国』なんて名乗る輩がまともじゃあないのは、昔っからの通説さぁ。
     確かにいわゆる『双月暦』以前、帝国を名乗るのはちょこちょこいたそうだけれっども、然るにその僭称(せんしょう)は自らを『乱暴者の総大将である』と名乗ってるようなもんだ。
     例えば紀元前1~2世紀頃にゃあフェルミナ帝国なんてのがあったらしいが、歴史書の多くははっきり『愚君の連鎖であった』と評してるし、さらに遡ること100年、紀元前3世紀以前にもトネール帝国なんつうのもあったらしいが、これもまた歴代揃ってバカ殿揃いと言われてる。
     そもそも俺に言わせてもらえば、『中央政府』を打ち立てた天帝なんてのもおバカ一族さ。そりゃま、こっちの皇帝に比べりゃ最初の方だけは多少はいいことしたっぽいが、末期が悲惨に過ぎらぁ。
     最後の皇帝なんかあれやこれや無茶振りしまくった挙句に、部下に逆ギレされて殺されちまったんだろ?」
    「らしいな。詳しくは知らないけど」
    「確か8代目……、オーバル? ……違うな、オーヴェルだっけか。まあいいや、名前なんてどうでも。
     ともかく俺たちからしても、今のこのご時世に『帝国』なんて名乗るような奴らは胡散臭く感じてるのさ。だけれっどもその分、性質はかなり悪そうって評判もある。
     元々、西方の南西には3つの王国があってな。プラティノアール、ロージュマーブル、それからグリサルジャンって王国が、3つだ。この三国、とにかく仲が悪くってな。ちょくちょく戦争したり、しなかったり、と思ったらいつの間にかまたやってたり、ってな具合だったんだけれっども。
     そもそもそんだけ戦争が長続きできて、かつ、長続きさせた理由が、この三国が三国とも、希少な金属の産出地だったってことにある。銀や銅、白金や、最近じゃニッケルなんかの鉱床も見付かったんだが、そんなのがこの三国の北にある山脈を横断する形で、ながーく連なっててな。それを寄越せ、嫌だ、じゃあ奪うぞってんで、ちっとも仲良くなんかしなかったんだ、これが。
     で、希少金属の産地だから金はある。だもんで三国とも金に飽かせて兵隊やら武器やらじゃんじゃん買い込んで戦争しっぱなし、……だったんだけれっども、ここ十数年で事情が大きく変わってきた。それが、『グリスロージュ帝国』って奴さ。
     まずそいつらは一番西にあったグリサルジャン王国を陥落させ、そこで帝国を名乗った。そっからガンガン東に侵攻して、10年くらい前にロージュマーブル王国の領地を全部奪い取り、現在の国名に呼び方を変えた。
     今は隣国となったプラティノアール王国と戦ってる最中らしいんだが、これはどうも、うまく行ってないらしい」
    「ああ、ちょっと聞いたけど、王国側から海上封鎖されてるらしいな」
    「らしいな。その他にも王国側は、他の国と陸続きになってる利点を活かして色々と条約やら条項やらを結んで、帝国を西方の中で村八分にしようとしてるらしいぜ。
     その中心人物である王国の宰相がまた、変わった奴らしくてな……」
     と、そこまで話したところで二人は郊外の、それらしい人間がたむろしている場所に到着した。
    白猫夢・荷運抄 1
    »»  2012.07.30.
    麒麟を巡る話、第58話。
    仁に篤き帝国将軍。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     いかにも軍人風の人間が集まっている、その中心に立っている人物に、秋也たちは声をかけた。
    「ロガン卿ですね?」
    「いかにも。貴君らは?」
     ここまで聞いてきた物騒なうわさとは裏腹に、ロガン卿はやんわりとした物腰で応じてきた。
    「『酒跳亭』から派遣されました、シュウヤ・コウと……」
    「アルト・トッドレールです」
     アルトがそう名乗った途端、場がざわめく。
    「トッドレール?」
    「ってあの……」
    「『何でも屋』トッドか?」
     そしてロガン卿の横に立っていたあのジャーヘッド(薬缶刈り)のサンデルが顔色を変え、アルトに歩み寄ってきた。
    「貴君があの『何でも屋』トッドであるか?」
    「で、ありますねぇ」
    「いや、これは会えて重畳と言うもの! 吾輩も評判はかねがね聞いている! その、よければ握手など……」
     そう申し出たサンデルに対し、アルトはぷい、と苦い顔をロガン卿に向けて見せる。
    「おやー、これは私めの勘違いでしたかな」
    「うん?」
    「私ゃ運び屋として呼ばれたと思ってたんですがねぇ? 大スターの舞台俳優として呼ばれたつもりは微塵もありませんで、ちっとばかし衣装を間違えてしまったようだ」
    「……失敬した」
     ロガン卿も苦虫を噛むような顔を見せ、サンデルの頭をはたく。
    「あいてっ」
    「帝国軍人ともあろう者が、浮ついた態度を執るな! まったく、情けない。
     ……本題に入ろう。我々はここ、マチェレ王国より我らがグリスロージュ帝国まで、軍事物資を運搬する予定を立てている。しかし今現在、海路による輸送は諸事情により……」
    「存じております、閣下。陸路でしか行けないと言うことも、その陸路とはブリック―マーブル街道一本しかないと言うことも。
     その先の、詳しい運搬方法をお聞かせ願いたい」
     アルトに急かされ、ロガン卿はもう一度苦い顔をする。
    「……コホン。では、作戦についてだが。
     既に現在、3輌の馬車を帝国に向けて走らせている。勿論これは、囮だ。そしてさらに1輌の囮を走らせ、これを敵には本命と思わせる。
     そして敵の警戒が先の4輌に向けられたところで、本物の本命、即ち我々の馬車を送る。首尾よく行けば、これで軍事物資を帝国首都まで無事、運搬できるであろう」
    「あの、質問いいですか?」
     と、ここで秋也が手を挙げる。
    「なんだ?」
    「囮の4輌は、どうなるんです?」
    「どうなる、とは?」
    「敵国に捕まるってコトになるんですよね? じゃあもしかしたら、命の危険だってあるんじゃ……」
    「何を分かり切ったことを!」
     その問いを、サンデルが鼻で笑う。
    「いいか、今は戦争の最中だ! 多少の犠牲など、あって然るべきではないか! 甘ったるいことを抜かすな!」
    「……」
     その回答に秋也が憮然とするのと同時に、ロガン卿が「馬鹿者!」とサンデルを一喝した。
    「それではあの鼻持ちならぬ、人でなしの参謀と一緒ではないか! お前は一般人と戦闘員の区別も付かんのかッ!?」
    「あ、いや、そんなつもりでは……」
    「いいか!? 我々は高潔たる帝国軍人であり、また、そうあるよう努力すべき義務があるのだ!」
    「……申し訳ありません、閣下! 軽率な発言でありました!」
     サンデルは顔を真っ赤にし、深々と頭を下げて謝罪した。
    「分かればいい。以後、気を付けるように」
    「はいっ」
    「……ゴホン。話の腰を折ったな。
     今述べたように、我々は軍人として高潔であるつもりであるし、相応に誇りも持っている。それと同様、敵国といえどもプラティノアールの兵もまた、不義非道の輩ではない。拿捕した相手が一般人と分かれば、彼奴らは即刻解放し、強制帰国させるであろう。その点については、安心していいはずだ。
     とは言えそれはあくまで、一般人の場合だ。軍同士、兵隊同士とあれば、サンデルの言う通りになる。戦争の最中であるし、敵国の人間である我々が領地内に入ってきたとなれば、彼奴らから攻撃を受けても文句は言えん。
     つまりこの本命、帝国軍人が守りを固める本隊に就くのは貴君らにとって、最も危険であると言える」
    「ま、その分」
     ここまでじっと話を聞いていたアルトがにやあっと笑い、胸の前に親指と人差し指で輪を作ってこう尋ねる。
    「危険手当なんかは、ちっとくらいは多めに出してもらえるんでしょう?」
    「……元よりそのつもりであるし、何より、貴君に手を貸してもらえるとあれば、もっと弾んで然るべきだろう。
     とは言え現在、軍の出納部門にはそう余裕は与えられておらん。今回の作戦で割り当てられていた予算は既に赤字が出ているからな。これで失敗すれば、まず報酬は無いものと思っていてほしい」
    「逆に大成功しちまえば、きっちりボーナスまで払ってもらえる。そう期待してますぜ」
     アルトはもう一度、にやっと笑って見せた。
    白猫夢・荷運抄 2
    »»  2012.07.31.
    麒麟を巡る話、第59話。
    輸送作戦の開始。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     マチェレ王国の出国手続きを終え、いよいよ秋也たちが就く本隊はブリック―マーブル街道を西へと進み始めた。
    「どーよ?」
     国境を越えてから15分ほどして、御者台に座って手綱を握っていたアルトが、横に並んで座っていた秋也に尋ねる。
    「ん?」
    「剣士って言ってたけど、戦場に出た経験は無いんだろ?」
    「ああ」
    「こうして漠然と敵に狙われる気分、初めて味わったんじゃないかって、さ」
    「そうだな……、まあ……」
     秋也は辺りを見回すが、特に危険な様子やその兆候は見付からない。
    「実感が無い、ってのが正直な感想だな」
    「だろうな。まだ、マークされてもいないからな」
     馬車は前述の作戦に加え、より目を付けられないようにと、一般の荷馬車風に擬装されていたし、秋也たちもいかにも平穏な農民が好みそうなポンチョと帽子を被っている。
    「このまま平穏無事に……、って行く可能性って、どれくらいだろ」
    「俺の見立てじゃあ、半分以下ってところだな」
    「半分以下?」
     不安がる秋也に対し、アルトはその論拠を聞かせる。
    「まず偽々作戦が無い場合を考えるとな。こうやってカモフラージュするってのは、通常の戦闘においても、よく使われてる戦術、作戦なわけだ。それだけに成果はあるし、一方で見破るテクニックも少なくない。だからこれ単体だと、成功確率は良くて7割弱ってところだ。
     で、マスターが嬉々として立てた偽々作戦だけれっども、俺の予想と勘から言わせてもらえば、あんまりなーって感じはあるんだ」
    「あんまり?」
    「今回みたいな、落とし穴を避けた先にもういっこ落とし穴を作っとく、なんて戦術も結構昔からあるし、効果も高い。その点で言うと、擬装作戦と同じなんだよな。だから7割かけるの7割で、5割を切る計算になる。
     でさ、昨日言いかけてた話になるんだけれっども、何年か前に新しくプラティノアール王国の宰相になった奴ってのが、とんでもない切れ者だってうわさがあるんだ。
     その宰相閣下さんが、こんな古典的な戦法の重ね合わせを見抜けないようなマヌケとは、俺にゃ到底思えないんだよな」
    「つってもさ、その宰相って、まあ、宰相だからさ、相当忙しいんだろ? 流石にこんな細かい末端の動きにまで目を配るなんてコト、できないんじゃないか?」
    「それも一理、だな。
     ただ、俺たちが加担してるこれは、敵国のやってる『軍事行動』だ。それを今まさに戦時中って言うこの時、見抜けない司令官がいるかよって話になってくる。
     もしいたとして、それは明らかな防衛の穴だぜ。聡明な宰相閣下さんであれば、そんなマヌケの首を挿げ替えるくらいのことはやってのけると、俺はそう思うがねぇ……?」
    「……」
     アルトの見解を聞き、秋也は不安を覚える。
    「……どーよ?」
    「なにが?」
     秋也のそんな顔をニヤニヤと眺めながら、アルトが再度尋ねてきた。
    「不安になってきたんじゃないか?」
    「そりゃ、……まあ、な」

     アルトに軽く脅されたものの、作戦開始からの数日間は実にのどかな旅となった。
     その間に秋也は――ある意味、剣術の腕以上にこの才能は、彼にとってかけがえのない特長と言えるかも知れない――ロガン卿やサンデル、その他この本隊に付随していた帝国の兵士たちと親しくなることができた。
    「なるほど、貴君は央南の出なのか。道理で顔つきが違うはずだ」
    「ええ、みたいですね。将軍も短耳ですけど、生まれはこちらなんですか?」
     秋也にそう問われ、ロガン卿は「うむ」とうなずく。
    「私もサンデルも、実を言えば央北系の三世なのだ。家系も歳も違うが、似た点が多くてな。その縁からか、何度も共に行動しておる」
    「そうなんですか」
     と、ここでサンデルも話に加わる。
    「実を申せば我々二人とも、元はグリサルジャン王国の兵だったのだが、敗戦後、帝国に登用されたのだ。帝国との戦争時、そこそこ程度にはいい働きをしたと評価されてな」
    「お前の場合はそこそこだろう。私はもう少しばかりは活躍したぞ」
    「ははは、閣下には敵いませんなぁ」
    「ふっふふ……」
     会った当初は彼らに対し、取っ付きにくい印象を覚えていた秋也だったが、こうして寝食を共にするうち、案外大らかで性根の清々しい者たちと分かり、打ち解けることができた。



     そのため――後にプラティノアール王国の兵たちによって襲撃された際、秋也は彼らに対し、最初は深い嫌悪感を抱くことになる。
    白猫夢・荷運抄 3
    »»  2012.08.01.
    麒麟を巡る話、第60話。
    難所への突入。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     街道を進んでから、10日以上が経過した。
    「今日もいーい天気だなぁ」
     この日も馬車の操縦はアルトに任され、秋也はその横に座っていた。
    「だなぁ。本日も異状なし、か。……囮のみんな、どうしてるんでしょうね?」
     振り返ってそう尋ねた秋也に、ロガン卿がこう返す。
    「首尾よく――我々にとっての意味であるが――進んでいれば、恐らくは既に捕まり、そして数日程度の拘留後、マチェレ王国に送還されているだろう。
     しかしそれに関して、気になることもある」
    「って言うと?」
     秋也の問いに、アルトが代わりに答える。
    「この街道、基本はバーンと抜けた一本道なんだけれっども、最近行き来した痕跡が少ない、……ってことですね?」
    「左様」
    「ん……?」
     首をかしげる秋也とサンデルに、アルトが詳しく説明する。
    「俺たちの前には、囮が4輌進んでた。そんなら途中まで、そいつらの轍なり一旦停止して食事にしたりしたって言う痕跡が、4輌分以上なきゃおかしいはずだろ?
     だけれっどもよ、ここまでの行程でその痕跡は――王国内の奴らが使ったことを加味しても――少な過ぎるんだよ。俺の見立てじゃあ1輌か、2輌分しか無かったんだ」
    「私も同意見だ。これではまるで、我々以外に利用していないようではないか、と」
    「囮が行ったはず、……なのに?」
    「逆だな。囮はこの道を進んでない、……いや、進めなかったんだ。それも恐らく、出発から3日か4日、ともかく入国してすぐくらいで止まってる」
    「……つまり、もう既に捕まった、と?」
    「そう考えるのが筋だが、そうなるとおかしいことが一個出てくる」
     アルトはそこで、目だけを動かして辺りを見渡した。
    「おかしいコトって?」
    「シュウヤ、お前さんはもうちょっと自分に目を向けた方がいいぜ。
     つまりだ、俺たちがなんで捕まりもせず、ここまで来られたのかってことだよ」
     そう言っているうちに、馬車は薄暗い森の中に入っていく。
    「そして幸か不幸か、この街道は今までは概ね拓けた場所を通っていたが、この一ヶ所――プラティノアール王国西部に広がる大森林地帯、ローバーウォードだけは迂回するにも広過ぎるってんで、こうしてど真ん中を突っ切るしかないってわけだ」
     アルトの説明を、ロガン卿が継ぐ。
    「軍事的言い換えをするとすれば、これまでは交地、即ち非常に見渡しの良い地形が続いたわけであり、敵が密かに狙う、あるいは襲ってくるには不都合なところばかりだった。
     だがこの場所は明らかに泛地(はんち)。見通しが悪く、かつ険阻であり、人間がいくらでも潜み、待ち構えていられる場所だ。
     そろそろ警戒しておけ――私が敵将であるなら、ここは敵を仕留めるに持って来いの場所だ」
     その言葉に、秋也も、他の兵士たちも、そろそろと武器を手に取りだした。

     鬱蒼(うっそう)とした森の中を、馬車はゆっくりと進んでいく。
    「アルト、……もういっこ聞いていいか?」
    「なんだ?」
    「さっきの話だけど、なんで囮はすぐ捕まえた癖に、俺たちは泳がされたんだ?」
    「理由は2つだな」
     アルトは手綱を忙しなく動かし、馬を逸らせないように努めながら、その質問に答える。
    「一つは、囮は無抵抗だったからすぐ捕まえられたんだろうが、武装した俺たちはそうは行かないだろう、って言う敵さんの判断だろうよ。だから、捕まえやすいところまで進めさせたってとこだろうな。
     もう一つは、俺たちの疲労を待ってたんだろう。元気一杯に応戦してこられちゃ、そりゃあ面倒だけれっども、こうして緊張しっぱなしの状態で何日も泳がされりゃ、体力・気力共に削られる。それにここはもう、帝国との国境間近だ。どうしたって気は逸る。だがその分、注意力はガンガン散っていくからな。
     ロガン閣下と同じく、俺が敵将だったらこの森は、楽に落とせるポイントだと……」
     その説明の途中で――アルトは突然パン、と手綱を弾く。当然、馬車を曳いていた馬は驚き、前脚をぐい、と挙げる。
     それとほぼ同時に、馬の脚元の地面が乾いた破裂音と共に、ほんのわずかに爆ぜた。
    「……!」
    「敵襲! 敵襲! 11時上方に敵兵あり!」
     アルトはそれまでの飄々とした声色をガラリと変え、大声で叫んだ。
    「何……!」
    「馬が狙われている! 迎撃求む!」
     アルトの声が馬車内に響き、兵士たちは銃を手にして後方から飛び出す。
    「11時上方了解!」
    「撃て、撃てッ!」
     兵士たちは銃身の長い小銃(ライフル)を構え、アルトの指示した方向に向かって弾を撃ち込む。
     パン、パンと立て続けに音がこだまする中で、アルトが秋也の服を引っ張ってきた。
    「3時、9時方向両面から敵が来る! シュウヤは9時側に回り込め!」
    「お、……おう!」
     呆気にとられかけていた秋也だったが、アルトの指示を何とか呑み込み、刀を抜いて馬車の左側に走る。
    「……!」
     と、森の奥から剣や銃を持った兵士たちが多数、駆け込んでくる。
     言葉で伝えられた際にはぼんやり気味な反応を返した秋也だったが、兵士を目で確認した瞬間、元来好戦的な秋也は、自分の成すべきことを把握する。
    「うりゃああッ!」
     考えるより先に体が、彼らの方へと向かっていった。
    白猫夢・荷運抄 4
    »»  2012.08.02.
    麒麟を巡る話、第61話。
    秋也、臨場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     秋也の前に現れた兵士は3名。うち2名が剣を手にしていたが、その奥に小銃を手にした兵士が構えている。
     それを見て、秋也は舌打ちする。と言っても不得手に感じたとか、面倒な相手であると思ったとかではない。
    (ココでも銃かよ、ったく……!)
     剣士の秋也としては、己の活躍を奪う銃と言う存在が疎ましかったのである。
    「でやーっ!」
     剣を持った兵士たち2名が、同時に秋也を襲う。
     しかしその技量は到底、焔流の免許皆伝を得た剣士を相手にするには不足していた。
    「甘めえよッ!」
     相手の剣を紙一重ですいすいとかわし、秋也は彼らの背後に回り込む。それを見た銃士は銃を構え、秋也に狙いを定めてきたが――。
    「『火閃』!」
     目の前で火柱が上がり、狙う相手が視界から消える。
    「……っ!?」
    「どこだ!?」
     剣士たちの目にも、秋也の姿は映らない。
     と、次の瞬間――。
    「うぐっ!?」「ぎゃっ!?」
     ゴツ、と硬いもの同士がぶつかり合う鈍い音と共に、剣を持った兵士二人が折り重なるように倒れる。
     秋也が彼らの背後に回り、その頭を兜ごと、押し付け合うようにぶつけさせたのだ。
    「……!」
     再び現れた秋也を目にした銃士は、慌ててもう一度照準を合わせようとする。
     が、秋也はそれに構わず、銃士に向かって突っ込んだ。
    「卑怯者よろしく遠くから狙うんなら、ソレもアリだろーけどな」
     銃身よりも短い間合いに踏み込まれ、銃士は攻撃の術を失う。
    「近接戦じゃ、まだこっちが上だな」
     秋也は銃士の顔面に、思い切り正拳をぶつけた。

     王国兵たちが完全に気を失ったのを確認し、秋也は馬車に戻ってきた。
     丁度他の兵士も敵を撃退したらしく、ぞろぞろと戻ってくる。
    「首尾は?」
     そう尋ねたロガン卿に対し、兵士たちは口々に報告を返す。
    「11時方向の敵、全滅しました!」
    「3時方向の敵、撤退!」
     それを受けて秋也も、同様に返す。
    「えーと、9時方向の敵、全滅です」
    「よろしい。被害は?」
    「ありません」
    「馬もみんな、無事ですぜ」
     アルトがそう返したところで、サンデルがぎょろ、と彼を睨む。
    「お前……、戦っていたか?」
    「いいえ。馬が死なないように采配はしてましたがね」
    「……そうか。……しかし」
    「必要でやしょ?」
     しれっとそう返されては、サンデルはうなるしかない。
    「……うむ」
    「では出発だ」
     ロガン卿の号令に従い、秋也たちは手早く馬車に乗り込み、輸送を再開した。
     と、馬車が走り出してまもなく、秋也は前方に、血まみれで倒れている王国兵を見つけた。
    「……死んでますね」
    「やむを得んことだ。戦闘であったからな」
     そう返すロガン卿に対し、サンデルは秋也に向かって憮然とした顔をする。
    「何だ、お前はもしかして、相手を殺さなかったのか?」
    「え、……ええ。気絶はさせましたが」
    「それでも剣士か、情けない!」
    「……」
     黙り込む秋也に、ロガン卿がこう尋ねる。
    「相手は戦闘不能にしたか?」
    「はい。剣は折りましたし、銃も真っ二つにしておきました」
    「ならば構わん。意識が戻ったところで、どうにもできまい。何が何でも殺さねばならんとは、誰も定めておらんのだからな。
     戦時中の兵士と言うのはとかく、正気や常識を無くしていく稼業だ。とは言え、人を殺して当たり前だとは、……兵士の統括者たる将軍の地位にいるとは言え、私は堂々と口にはしたくない。
     やむを得ないことではあるのは、十二分に承知しているつもりではあるがな」
    「閣下、それでは相手が減りません」
     そう反論したサンデルに、ロガン卿は苦い顔を向けた。
    「相手も同じ人間ではないか。彼らにも家族はいよう。殺せばその分、恨んでくる人間の数が増える。
     綺麗ごとを言っているのは百も承知だが、私は、お前たちに無用な恨みなど背負ってほしくは無いのだ。サンデル、お前はどうか分からんが、私は恨まれて平然としてはおれん」
    「……仰ることはよく解りますが、……しかし」
    「そもそも、敵を全滅させれば、確かにそれは勝利と言えるが、相手が『参った』と言っても、それもまた、勝利と言えよう? 実際、我々の祖国は滅びはしたが、我々は死んではおらんわけであるし。
     一人残らず殺せ、などと言うのは愚か者か外道、もしくはあの人でなし参謀だけだ」
    「む……」
     まだ少し、わだかまりのある表情を浮かべてはいたが、よほどその参謀を嫌っているらしい。サンデルはそれ以上、反論しなかった。
    白猫夢・荷運抄 5
    »»  2012.08.03.
    麒麟を巡る話、第62話。
    無事、帝国領へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     結局秋也たちは、ローバーウォード森林地帯において3回、プラティノアール王国からの襲撃を受けた。
     しかしそのどれもを、帝国側に一人の死者も出すことなく撃退して見せ、彼らは見事に国境の門を叩いた。
    「おお……、閣下! ご無事でしたか!」
     門を開け、向こう側にいた兵士たちが一斉に飛び出し、出迎える。
    「あれから二ヶ月も経ち、我々はどれだけ閣下らの無事をお祈りしたことか!」
    「よい、よい。労いの言葉をかけてくれるのは嬉しいが、実のところはあまり、期待はされておらなんだろう?
     あ、いや、諸君らの本心を疑うわけでは無い。軍本営の意向が、恐らくはそうであろう、と言うことを言いたかったのだ」
    「……仰る通りです。中には『参謀閣下が厄介払いをしたのではないか』とまでうそぶく者も」
    「かかか……、ならば一泡吹かせられようと言うもの。私にとっては大戦果であるな。
     済まないが諸君、我々は死線をいくらか潜って疲れた。少しばかり、ここで休ませてはもらえんだろうか?」
     ロガン卿の要請に、門番たちは敬礼で返した。
    「了解であります、閣下。すぐに寝床を用意致します」
    「うむ」
     と、ロガン卿と門番が話している間、秋也は門の内と外とをきょろきょろ見返していた。
    「どうした?」
    「いや、国境って言ってたけど、向こうの……、プラティノアール側の兵士はいないんだなって」
    「そりゃま、この国境はグリスロージュ側が勝手に延ばしたもんだからな。国境って言うより、前線基地って考えた方がいい」
    「……? なら尚更、兵士がいないなんて」
    「今現在の、事実上の交戦区域、かつプラティノアール側の国境線はあの森と、そこを出た辺りなんだよ。
     普段だったらあの森に入る前に何やかやと襲撃されてるだろうが、ま、今回に限っては相手方が、俺たちを森の中に誘導するために人払いしてたんだろうよ。今頃はさぞ、悔しがってるだろうけどな。
     そんでも、この作戦は一度きりさ――また同じことやろうとしたら、今度は間違いなく集中砲火を喰らってハイおしまい、だろうしな」
     そんなことを話しているうちに、どうやら寝床の準備が整ったらしい。
    「おい、二人とも! いつまで門前でくっちゃべっているんだ!? 早くこっちに来い!」
     サンデルがいつものようにフンフンと鼻を鳴らしながら、二人に手を振ってきた。



     さらに4日後。
     秋也たちはグリスロージュ帝国の首都、カプラスランドに到着した。
    「なんか……、本当にこっちは、戦時中なんだって感じがするな」
     街行く人々の顔に穏やかな色は見えず、どことなく苦しそうにすら見える。
    「やっぱり海上封鎖とか、そう言うのが効いてるのかな」
    「それもある。鉱産資源と森林資源を除けば、我が国は豊かとは言い難い。海上封鎖により貿易が止まって以降、食糧難の傾向が出始めている。既に配給制の話も、あちこちから出ている状況にある。
     そして、それに関連して起こっている問題が、政府側の士気低下だ。……部外者である貴君らにはあまり多くは話せないが、今現在、帝政政府および軍本営は、皇帝派と参謀派に分かれていてな」
    「俺は多少、聞き及んでますぜ。皇帝陛下は民意優先派、参謀は戦争断行派なんでしょ?」
    「左様。……これ以上のことは、今は私の口からは言えんな」
     それを受け、アルトが代わりに解説する。
    「要するに今、帝国は戦争やめて休戦してほしいって言ってる国民の意見を尊重したいって派と、勝つまで戦争をやめるわけには行かないって言う参謀殿に追従する派に分かれてるんだ。
     で、閣下は前者ですよね?」
    「その論調で言えば、前者と言うことになる」
     立場上からか、ロガン卿は婉曲な言い方をしている。
    「普通に考えりゃ、王様、皇帝様の意見が絶対、……なはずなんだけれっども。
     ところが現在、帝国軍の実権を握ってるのは参謀殿なんだ。皇帝さんがどうも、参謀に反発できてないんだってさ。って言うのも、元々は……」「トッド君」
     と、ロガン卿が苦い顔を向けてきた。
    「情報通の貴君であれば、この街でそんな話をすればどうなるか、知らぬわけではなかろう?」
    「……ですやね。いや、これは失敬」
     アルトはそう返し、肩をすくめて見せた。
    白猫夢・荷運抄 6
    »»  2012.08.04.
    麒麟を巡る話、第63話。
    フードの参謀。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     中途半端なところで話を切られたため、秋也には何が何だか、良く分からないことばかりだったが――。
    「遠路、大儀であった」
     その本人に会ったところで、秋也はこの国の実情を何となくながらも把握した。
     見事に指令を達成して見せたロガン卿らと秋也、そしてアルトは帝国軍参謀、アロイス・クサーラ卿から直々に呼び出され、一応の褒賞を受けた。
     と言っても――。
    「此度の任務を達成したこと、誠に喜ばしいことと、陛下も仰られている。
     よってシャルル・ロガン少将、貴君には50万キュー、その補佐を行ったサンデル・マーニュ大尉には10万キュー、それから……、補佐をしたそこの二名、そして随行した兵士たちにはそれぞれ、5千キューを授ける」
     分厚いフードを深々と被っているため表情こそ見えないが、アロイスの態度と棒読みに近い、抑揚のない労いの言葉は明らかに、ロガン卿らを疎ましく思っているようだった。
    「参謀閣下」
     と、ロガン卿が口を開く。
    「失礼ながら申し上げます。ここの両名、並びに兵士たち全員が此度の任務において、少なからず重要な働きを見せました。敵の襲撃を立て続けに受け、さらにはそれをすべて撃退して見せたのですぞ。
     それだけの成果をたった5千で評価するとは、これを兵士らが聞けば士気を大きく下げることと思われますが……」
    「そうか」
     するとアロイスは、盆に載せていた金貨をすべて、床にこぼして見せた。
    「……っ」
    「では褒賞は無かったこととする。払わなければ、評判も立つまい」
    「ぐぐ、ぐっ……!」
     この態度に、サンデルは顔を真っ赤にする。
     一方、ロガン卿は非難をやめない。
    「参謀閣下。あなたは虫が付くから、枯れるからと言う理由で、見事な桜をわざわざ切り倒す方のようですな」
    「うん?」
    「兵士を、いや、人を管理するのが異様に下手くそだと言うことです。なるほど、帝国拡大に20年もかかるわけだ。いやいや、大した仕事っぷりには頭が下がりますな」
    「……」
     ロガン卿は踵を返し、アロイスに背を向ける。
    「ご忠告致そう、参謀閣下。この私めを本営から遠ざけようとすればするほど民意は、そして兵士の心は、あなたから離れていくでしょうな。
     何しろ私は皇帝陛下の懐刀であり、軍本営でもそれなりの重鎮ですからな」
    「……」
     ロガン卿は何も言い返さないアロイスに目もくれず、秋也らに声をかけた。
    「行くぞ。褒賞については、改めて私から出そう。5千などと言うはした金ではなく」
    「ありがとうございます、ロガン閣下。頼りになるお方でいらっしゃる」
     アルトはチラ、とアロイスを一瞥してから、そう答えた。



    「しっかし……、実際にクサーラ卿を目にしましたけれっども」
     アルトはビールをぐい、と呷り、アロイスに対する感想を述べた。
    「何て言うか、本気で心ってもんが無さ気な感じでしたねぇ。そのくせ、閣下に敵意丸出しでしたし。ありゃ、嫌われて然るべきお方だ」
    「左様、左様」
     アロイスの前から立ち去った後、ロガン卿は秋也たちを自分の屋敷に招待し、今回の作戦成功を祝う宴席を催してくれた。
     その途上で兵士らから聞かされ、また、市民たちの態度で知ったことだが、シャルル・ロガン少将と言う人物は、帝国内でも相当に地位が高く、かつ、人民から慕われる将軍であるようだった。
     ロガン卿の私邸で開かれたこの会一つ取っても、それが良く分かる。宴席に出された酒や料理は近所の店から厚意で持ち寄られたものであるし、その会場となった庭もまた、相当な広さを誇っている。
     さらには軍人とは到底見えない、単なる市民らも数多く参加しており、秋也はロガン卿の人気に驚くばかりだった。
    「ロガン卿、本当に慕われてるんスねぇ」
    「そりゃ、帝国領から敵陣を突っ切って物資を運ぶなんて超危険な任務、やりたがる兵士がわんさかいるわけですな」
    「ソレ、気になってたんですが……」
     と、秋也はリンゴジュース――自分がさほど強くない性質と分かっているので、酒は飲んでいない――を片手に、こんな質問をぶつけた。
    「どうしてコレほど人気と地位のあるロガン卿が、あんな危険な任務に? その、例えば……、ですけど、サンデルさんに頼むとかは……」
    「うむ。敵兵に狙われる危険がなく、平坦な道のりであり、また、あの屑参謀が絡んでいなければ、私は確かに、サンデルに任せていたであろう。
     だが残念ながら、それらの条件がすべて揃っていたのでな。特にあの参謀の冷血たるや、真冬の鉄の如しだ。
     状況如何によっては極めて非人道的手段を講じねばならなくなるような此度の任務、彼奴の好きにさせてはどれほどの被害を生むか分からなんだし、とても人任せにはできなかったのだ」
    「なるほど、さすが閣下。仁の塊のようなお方だ」
     感心するアルトの背後で、顔を真っ赤にしたサンデルが泣いている。
    「うう、ひっく、何と……、何と心優しきお方であることか!
     ひっく、……不肖、このサンデル・マーニュ、ぐすっ、地の果てだろうと天の彼方であろうとお供いたしますぞ、ひっく、……ヒック」
     その顔の赤さが感情の昂ぶりから来たものなのか、それとも酒のせいなのかは、良く分からなかった。
    白猫夢・荷運抄 7
    »»  2012.08.05.
    麒麟を巡る話、第64話。
    ロガン卿からの依頼。

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    8.
     祝宴も終わり、秋也とアルトはそのまま、ロガン卿の屋敷に泊まることになった。
     夜も遅く、宿が取れないことも理由の一つではあったが、最も大きな理由は――。
    「すまんな、引き留めてしまって」
    「あ、いえ」
    「こんな豪華なお屋敷に泊まらせていただけるってんなら、いくらでも」
     ロガン卿が、二人と折り入って話がしたいと切り出したからだ。
     ちなみに屋敷には普段から、ロガン卿と彼の娘しかおらず、使用人なども必要最低限、屋敷に通う形で雇っているため、夜も更けた現在、屋敷内にはこの3人の他に人の姿は無い。
    「それで何でやしょ、話と言うのは」
    「うむ。……まず、トッド君。貴君は西方のあちこちで活躍を収める、『パスポーター』の異名を取る男と聞いている」
    「まあ、そうらしいですな」
    「そしてシュウヤ君。君も相当の手練れであり、そして何より、仁愛の精神を持った剣士であると、私は見受けしている」
    「どもっス」
     そこでロガン卿は一旦、言葉を切る。
    「……どこに間諜が紛れているか分からぬ昨今、落ち着いてこんな話ができるのは、私の屋敷くらいのものでな。そのため、こうして引き留めた。
     話と言うのは他でもない、今現在、我々が隣国と戦っている、その件に関してのことだ。貴君らは少なからず、私の本懐、本意を知っていてくれているものと、そう思っている」
    「ええ」
     アルトはコク、とうなずいて見せる。秋也も声は出さずに、同様にうなずいた。
    「当初は在野の、ごくごく小規模な私軍であったモダス中隊が我々の祖国、グリサルジャンを陥落させ、グリソモダス帝国を築いたのは、双月暦526年のこと。
     そして隣国であったロージュマーブルを陥落させ、国号をグリスロージュと変えたのがわずか3年後の、529年のことだ。
     それほどまでにフィッボ・モダス皇帝陛下の軍勢は、いや、陛下ご本人は、強かったのだ。一個の軍を率いる将としても、単騎の兵士としてもだ。
     だが、それ以降から急に、帝国の進軍は鈍る。これは対外的・対内的の両面に、理由があるのだ」
    「対外的……、にはプラティノアールの名宰相、ハーミット卿の存在ですね?」
     そう尋ねたアルトに、ロガン卿は短くうなずいて返す。
    「うむ。そのハーミット卿が突如、プラティノアールの宰相として名を馳せて以降、我が国は国際的に孤立の一途を辿ることとなった。
     海上封鎖による貿易停止、西方数ヶ国にわたる商取引の凍結措置の指示および誘導、市場における帝国産品に対する大々的なバッシング――微に入り細に入り、ハーミット卿は軍事力ではなく、政治力と経済制裁によって我々を攻撃してきた。
     その効果は年を経るごとに強まっている。かつては飛ぶ鳥を落とす勢いを誇った我が国は、このまま看過しては早晩、立ち枯れようと言うところまで来ている。
     そしてもう一つ、対内的に帝国がその歩を止めてしまっている原因。それはトッド君、君が以前に言いかけていた通り、陛下と参謀とで、意見の強い相違が生じているためだ。
     経済的状況から鑑みればこれ以上の戦争続行はすべきではないし、この数十年で最も長きに渡る戦争状態によって、臣民の心は荒んでいる。陛下をはじめとする帝室政府要人の半数以上は戦争をただちに止め、プラティノアールと和平交渉すべきであると考えている。
     だが一方で、これほど政治的・市場的圧力をかけられた状態で、こちらから休戦を申し出てはメンツに関わる、西方中から安く見られると言い張る者も少なくない。参謀を中心として、この主張が強い勢力を保ち続けている。
     それ故に、戦争を直ちに止めるわけにも行かず、かと言って戦況を優勢にできる手立ても見出せないままに、ダラダラと戦争が続いているのだ」
    「……政治的な話は、どうにも耳がイライラしちまうもんでしてね」
     と、アルトが兎耳をコリコリとかきながら尋ねる。
    「結局のところ、閣下は俺たちに何を頼みたいんで? それをお聞かせ願いたい」
    「頼みと言うのは、他でもない」
     ロガン卿はここで、頭を下げた。
    「陛下に会い、依頼を受けてはもらえんだろうか」
    「依頼? それは陛下御自らの、と言うことで?」
    「そうだ。陛下は現在の、閉塞した状況を打開できる人間を密かに募集されていたのだ。
     そう、軍に属さず、かつ、『ある極秘任務』を遂行できるに足る能力を持つ人材を」
    「なるほど、合点が行きましたぜ」
     アルトはそう言って、にやっと笑う。
    「いくらなんでも、皇帝陛下の懐刀とまで名乗るようなお方が、あんな些末の任務に関わるとは――いくら仁に篤いお方とは言え――不可解でしたからねぇ。
     そしてそのお眼鏡に、俺とシュウヤとが適ったわけですな?」
    「そう言うことだ。……引き受けてもらえんか」
     しばらくの沈黙が三人の間に流れた後、アルトが口を開く。
    「聞くだけ聞いてみましょうか。それでもいいでしょうかね?」
    「構わん。口外さえしなければ」
    「シュウヤ、お前さんはどうする?」
     アルトに問われ、秋也も答える。
    「ロガン卿に頼み込まれて、嫌だなんて言えません。右に同じです」
    「……恩に着る」



     こうして秋也とアルトはグリスロージュ帝国最大の人物、フィッボ・モダス帝に会うこととなった。

    白猫夢・荷運抄 終
    白猫夢・荷運抄 8
    »»  2012.08.06.
    麒麟を巡る話、第65話。
    白い猫、白い夢、白い兎。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ロガン卿の屋敷に泊まった、その夜のこと。
    《よくやったよ、シュウヤ。まずは第一段階突破だ》
     秋也はまた、夢の中であの白い猫獣人と会っていた。
    「第一段階? まだ、この先があるのか?」
    《キミは本当にバカなんだね》
    「は?」
    《今はまだ、帝国の中に入ったってだけじゃないか。コレからもっともっと、活躍していかなきゃいけないだろ?》
    「ああ、まあ、そうだよな」
     秋也の反応に、白猫は口をとがらせる。
    《何か不満でもあるって言うの?》
    「無いって言えば無いけどさ」
    《無いならいいだろ?
     で、次だ。キミた、……キミは明日、帝国のトップ、皇帝に会うコトになるワケだ。で、その席で皇帝から、こう依頼される。『プラティノアール王国に亡命する、その手助けをして欲しい』ってね》
    「ぼ、亡命? なんで……?」
    《ソコまで一々ボクに説明させるなよ。皇帝の方から説明してくれるし、ソレで把握しな》
    「……えーと、……白猫?」
     白猫の話に引っかかるものを感じ、秋也は質問する。
    《なんだよ?》
    「何で、そんなコトが分かるんだ?」
    《って言うと?》
    「オレが皇帝に会うのも、ソコで依頼を聞くのも、明日の話だろ? なんで皇帝が依頼する内容を、アンタが知ってるんだ?」
    《ああ、そんなコトか。簡単さ》
     白猫は右手の人差し指と中指とで、自分の両目を指差す。
    《ボクには未来が見えるのさ。だからこの先何が起こるかなんて、レストランのメニューを見るが如し、なんだよ》
    「予知能力、……ってヤツか」
    《そう言うコトさ。
     話を戻すけど、シュウヤ。キミはこの依頼を受け、王国に向かうんだ。皇帝の護衛としてね》
    「またあの森や街道を戻るコトになるのか。しんどいなぁ……」
    《ナニ言ってんだ、剣士のクセに。ちゃんとやるんだよ、シュウヤ》
    「ああ、やるよ。その方がいいんだろ?」
    《そう。ボクの言う通りにすればこの後の人生、万事うまく行くんだからね。
     間違っても途中でやめたり、逆らったりなんてしないようにね》
     威圧的にそう言い放つ白猫に、秋也は何となく、嫌なものを感じていた。
    (なんでオレが、コイツの言うコト聞かなきゃいけないんだ……?)
    《分かったかい、シュウヤ?》
     白猫が再度、尋ねてくる。
    「……分かってるよ。アンタの言う通りにするさ」
     そこで、秋也の夢は途切れた。



     そして、まだ鶏鳴も聞こえないくらいの、霧深い早朝。
     秋也とアルトはロガン卿に連れられ、街の北にある皇帝の居城、カプラス城を訪ねた。
    「まだ旅の疲れも取れきらぬ身であるのに、こんな時間に貴君らを連れ回すこと、誠に申し訳なく思う」
    「いえ、そんな」
    「これくらい早ければ参謀派も皇帝派も、まだ眠ってらっしゃるでしょうからね。致し方ないことです」
    「うむ……」
     三人は城の中庭に進み、そこで足を止める。
    「しばし待っていてくれ。もうすぐいらっしゃるはずだ」
    「皇帝陛下が、ですな」
    「うむ」
     既に季節は秋から冬へと差し掛かる頃であり、三人の吐く息は白い。
    「寒み……」
     秋也は思わず、そうつぶやく。
    「すまんな。屋敷に戻り次第、温かいものを用意させよう」
    「あ、すみません」
    「いや」
     と、どこからか声がかけられる。
    「流石に早過ぎた。だから今、用意しておいたよ」
     秋也たちが振り向くと、そこには所々紫色のメッシュが入った銀髪に、白い毛並みの兎耳と尻尾の、質素だが品のある服を着た若い兎獣人の男が、湯気の立つマグカップが4つ乗った盆を手にして立っているのが見えた。
    「陛下! 申し訳ございません、お気を遣わせてしまい……」
    「いや、いや。謝るのは私の方だ。ここの冬が突き刺すような寒気を伴うのは、何年も住んで知っているはずなのに、こんな無礼をしてしまった。
     そう言うわけだから、これはおわびだ。ささ、飲んでくれたまえ」
     そう返し、兎獣人――フィッボ・モダス帝はにこっと微笑みながら、盆を差し出した。
    白猫夢・飾帝抄 1
    »»  2012.08.08.
    麒麟を巡る話、第66話。
    帝国の政治対立。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ほかほかと湯気の立つホットミルクを手にしながら、モダス帝は話を切り出した。
    「ロガンから聞いたと思うが、今この国、いや、この城内は極めて不安定な状態にある。理由はたった一つ、我々の中で内輪もめをしているからだ。
     長年私を支えてきてくれた参謀、アロイス・クサーラが、頑として停戦に納得せず、勝つまで続けると主張し続けているのだ」
    「しかし陛下、その件について、俺には納得致しかねる点がいくつかあるんですがね」
    「何をかな」
     尋ねたモダス帝に対し、アルトはまったく畏れる気配もなく、率直に聞く。
    「若輩者ですけれっども、陛下のご活躍についてはかねがね、聞き及んでおりますもので。
     たった200人余りのモダス中隊を率い、蹶起からわずか3年でグリサルジャン王国を陥落させたのを皮切りに、あちこちの戦で連戦連勝。
     古代より争いの絶えなかったこの西方南部三国のうち二国を統一することに成功しちまった、まさに人間業とは思えぬ大躍進、偉業の数々を打ち立てたお人だ。
     それが何故、この10年の間ずっと、くすぶっていらっしゃるんで? 陛下ほどのお力があれば、かのハーミット卿の手練手管など、仕掛けられる前に打ち砕けたたはず。
     その10年、いや、それ以上昔にロージュマーブルを陥としたと言うのに、なぜそのまま、プラティノアール侵攻まで進めなかったのか?
     俺が一番気になってるのは、そこなんでさ」
     この問いに、モダス帝は苦い顔を向ける。
    「……今は皇帝と名乗ってはいるが、私は元々、一介の、学も術も持たぬ一村民だった。それに、数多くの戦を通して幾度となく血に濡れてきた身だ。
     その身の上でこんな綺麗ごとを口にするなど、道理を知らぬ愚か者だと、誹りを免れないだろうが――私はこれ以上、血を見たくない。私の地位を固めるために人が死ぬのは、それが敵であろうと味方であろうと、最早私にとってはこれ以上ない苦痛、責苦なのだ。
     だから私は10年前、矛を収め、剣を捨てようとした。『三国すべてを掌握する必要はないはずだ。二国を治めるだけで十分であるし、この現状で良しとしよう』、……と、これ以上の戦争を起こさぬことを提案したのだ。
     しかしその提案は、アロイスに却下された。その後アロイスは、独断で兵を動かしてプラティノアールへ侵攻し、無理矢理に開戦へと持ち込んだ」
     モダス帝はぐい、と一息にホットミルクを飲み干し、話を続けた。
    「しかし、それこそがアロイスの犯した、帝国にとって最大の失敗だったのだ……!
     ハーミット卿はそれを口実に西方諸国の同情を集め、瞬く間に様々な協定・条約を結んだ。そのすべてが帝国の貿易網を破壊するものであり、結果、帝国の財産はこの10年の経済封鎖により、いよいよもって尽き始めた。
     だが、それでも――私は平和を訴え続けてきたし、アロイスもまた、独断専行によって戦争を継続させてきた。恥ずべきことだが、今や軍の半分以上は私の統率から事実上、外れている。『腑抜けになった皇帝をこれ以上、奉ってなどいられない』と言うことなのだろう」
    「失礼ながら陛下」
     と、アルトが話をさえぎる。
    「それは質問にお答えいただいたのではなく、組織内のごたごたを説明されているだけのように思えます。俺とこのシュウヤは、政治学の講釈や実例を聞きに来たわけではありません」
    「む……」
    「はっきりお尋ね申し上げましょう。
     陛下――そう、元は平民の出にせよ、今はこの帝国で最もお偉い、『皇帝陛下』ともあろうお方が、何故、その勝手ばかりする参謀を更迭してしまわれないのか?
     それが一番手っ取り早いじゃありませんか? こんなことは、ちょっと政治をかじった若造にすら思い付く話でしょう?」
    「……」
     この質問に、モダス帝は黙り込む。
    「それとも……、あのクサーラ卿を更迭してはまずい理由がおありで?」
    「……」
     モダス帝はマグカップを静かに盆の上に置き、それからぼそっと、こう尋ね返した。
    「君たちは、悪魔、と言うものを信じるか?」
    白猫夢・飾帝抄 2
    »»  2012.08.09.
    麒麟を巡る話、第67話。
    悪魔は今も。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「え、悪魔……?」
     この問いに、秋也は面食らう。アルトも同様らしく、怪訝な顔を見せている。
    「悪魔ですって?」
    「そう。いくら殺しても死なない。跡形もなく死骸を消し飛ばしても、いつの間にか背後に立っている。そんな、悪魔だ。
     その存在を、信じるか?」
    「それは、……物語や、演劇なんかの話で?」
    「現実において、だ」
    「いや、……お尋ねいただいてこんな返答は不躾かとは思いますが、……常識とは思えません。もしそんなのを真面目に信じている者があれば、嘲笑うところでさ」
    「だろうな」
     アルトの返答に、モダス帝は寂しげな笑みを見せた。
     が、秋也の返答はまったく逆だった。
    「いる……、でしょうね。オレの知り合いにもそう名乗ってる、金毛九尾の魔術師が一人いますし、そうとしか思えない剣士を相手に戦ったコトもあります。
     いてもおかしくないと、オレは思います」
    「……そうか」
     秋也の答えに、モダス帝は今度は、ほっとした顔になる。
    「詳しく聞いてみたいところだが、……信じてくれるならば、先を話すことにしよう。
     単刀直入に言おう。アロイス・クサーラは悪魔だ。それこそ何度殺そうとも蘇り、粉微塵にしようとも復活する、思い出すだけでも身の毛がよだつ、世にもおぞましき存在だ」
    「仰る意味が分かりかねます。それは比喩ですか? それとも本当に、実行されたお話で?」
    「後者だ。私は実際に6度もアロイスを暗殺しようと企て、そしてそのすべてが失敗に終わったのだ。
     確かに私のこの手で、奴を谷底へ突き落とし、頭を斧ではね、廃坑にありったけの火薬を詰め、そこに閉じ込めて爆破し、……とにかく、ただの人間ならばまず間違いなく死ぬはずの方法で、奴を6度も葬った。
     だが結果は、諸君の知っての通りだ。その都度、奴は何事も無かったかのように復活してきた。そして6回目の暗殺が失敗に終わったその時、私の心は折れてしまった。最早あいつを殺すことはできないと、心に深々と刻まれてしまったのだ。
     それから10年――私は最早、西方南部を牛耳る器ではない、お飾りの皇帝となってしまったのだ」
    「なるほど。にわかには信じられませんが、その話が本当であれば、確かにこれはどうしようもない存在だ。
     ……となると我々に頼みたいこととは、どうやら7度目の暗殺などでは無いようですな」
    「ああ。それは君たちを無駄死にさせるようなものだ。そんなことは、到底頼めない。
     かと言って、従軍して戦争を勝利に導け、とも言えない。それは結局、アロイスの思うつぼだ。仮に勝利し西方南部を統一しようものなら、奴は今度は、西方全土を征服する計画を嬉々として練るだろうからな」
    「ふむ。結局、問題の根っこはクサーラ卿にあるわけだ。しかし卿本人をどうこうするのは、我々にゃ不可能。そしてこれ以上、卿の言いなりになるのも嫌だ、と。
     となると……、残る策は陛下、あなたが隣国に亡命し、卿を一人残して悪者にしてしまおう、と言うところですか」
    「……明察だ。そう、その通りだ。既に私の身は、ただのお飾りでしかない。政治運営の主幹は、アロイスが握っている。私がいなくとも、帝国にとっては何の問題も無いのだ。
     勿論、身勝手な話であることは重々承知している。だがこれ以上、『私のために』などと口実を付けられて戦争を起こされ、その結果数多くの死者を出すのは――改めて言うが――耐え難い苦痛なのだ」
    「なるほど。御自分で仰った通り、身勝手ですな」
     アルトは侮蔑的な目を、モダス帝に向ける。
    「実情はどうあれ、この国の代表者、第一の人間として今までふんぞり返ってきたあなたが、亡命を選ぶんですか。あなたを慕ってきた人々を置いてけぼりにして。
     そりゃ、とんだ無責任じゃあないですかねぇ?」
    「……百も承知だ」
    「だったら、もっといい方法があるじゃないですか。あなたが一人、責任を取って死ねばいい。わざわざお隣さんのとこに押しかけて、迷惑をかけることは無いでしょう?」
    「トッド君!」
     ロガン卿が声を荒げるが、モダス帝はそれを制する。
    「そう考えるのはもっともだ。至極、当然の話だろう。だが考え方によっては、死ぬ方が身勝手ではないのか?」
    「って言うと?」
    「私が死ねば、それ以降はもう私には、何の手出しもできない。すべてがアロイスの掌中に収まることとなる。そうなればどれほど、おぞましき結果となるか!」
    「ですから、そりゃ亡命しても一緒で……」
    「だが亡命しプラティノアールの力を借りれば、今よりももっと、アロイスを討てる可能性は高まるのではないか? 私はそう思っているのだ」
    「……ふむ」
     一瞬の間を置き、アルトは頭を下げた。
    「なるほどなるほど、亡命案が首尾よく行けば、あの聡明なハーミット卿から知恵を借りることもできるわけだ。ご自分一人で挑むよりは、まだ可能性が模索できる。
     いやいや、その考えには至りませんで。これは御見それいたしました」
    「無論、アロイスを討伐した暁には皇帝として復権し、元通りに私が帝国を治め、己の責務を全うすることを約束しよう。
     あくまでこれは、アロイス討伐のための亡命なのだ。死んでしまっては、この策を実行することができない」
    「ええ、ええ、十分に承知致しております、陛下」
     アルトはもう一度、頭を下げて見せた。
    白猫夢・飾帝抄 3
    »»  2012.08.10.
    麒麟を巡る話、第68話。
    亡命計画の下準備。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     モダス帝からの依頼を引き受けた秋也とアルトは、ロガン卿と共に亡命の計画を立てることとなった。
    「まず、どうやって出国させるかですな」
    「うむ。その点については、私に案がある。
     トッド君、君の着ているジャケットやキャスケット帽は、西方における一般的な若者の服装と言える。それに似たものを陛下に、お召しになってもらおうと考えているのだ」
    「変装させて、一般人に紛れさせて出国させよう、ってコトですか」
    「そうだ。それにシュウヤ君とトッド君、君たちは元々、この国の人間ではない。用事が済んでそそくさと出国したとしても、それには何ら不審なところは無いわけだ。
     だからそれに紛れれば、より容易に出国できるかと考えている」
    「となると、陛下の身柄は俺とシュウヤとで預かる。閣下とはここでお別れ、と言うことになりますね」
    「そうなる。勿論、報酬は前金で支払うつもりだ」
    「そりゃどうも。
     では、陛下はいつ来られるんで?」
    「それも手筈を整えている。明後日、陛下は側近を伴い鹿狩りに出られる。私も勿論、そこに随行する。
     山際の森近くで催されるため、獲物を追って森に分け入ることも良くある。そこで……」
    「俺とシュウヤとが森に潜み、そこにやって来る陛下と落ち合って、そこから連れ出すと言うわけですな」
     計画がまとまり、秋也たちはその準備に向かった。

     アルトの手際は、実に鮮やかなものだった。
     自分が今着ているものと似たような服を揃え、髪の色をごまかすためのかつらを作り、さらにその合間に、狩場の下見まで済ませてしまった。
     秋也はこの間、アルトの荷物持ちしかやることが無かった。
    「アルト、あんた本当に、何でもできるんだな」
    「簡単さぁ。やろうと思えば大体、何だってできるもんさ。
    『できない』って言ってる奴の多くは、できないんじゃなくて『しない』ってだけだ。何だかんだ理由を付けてな」
    「そんなもんかな」
    「そんなもんさ。とは言え、俺にもできないことはある」
     それを聞いて、秋也は意外に思った。
    「って言うと?」
    「俺の場合、広く浅くだからな。どんな技術でも、本職として長年やってる奴にゃ敵わない。
     例えばシュウヤ、お前さんと俺とが戦ったとして、俺は多分、すぐ負けちまうだろうな。杖術と剣術にも多少の心得はあるけれっども、結局は我流だし。真面目に修行してきたお前さんのそれとじゃ、どうしたって見劣りするのさ。
     ……はは、だから俺は『何でも屋』なのさ。どの道でも、一流になれなかったんだから」
    「そっか。……いや、だとしてもさ、『何でも屋』としては一流じゃないか? ずっと、しくじったコトないんだろ?」
    「それも逆に言えば」
     アルトは己を嘲るように、こう返した。
    「二流の腕で成功する程度の仕事しか受けてないってことさ。俺は結局、半端者だよ」
    「……」
     秋也の頭には、返す言葉が浮かばない。
     と、その様子を見たアルトが顔をくしゃ、と歪ませて大笑いした。
    「うひゃひゃ……、謙遜だよ、謙遜。マジになるなって」
    「あ、お、おう」
     と、そんな風に話をしていたところに――。
    「あ、あのぅ」
     部屋の外から、少女の声がかけられた。
    「ん? ……あ、ども」
    「おっと、少しばかり騒々しかったようで」
    「い、いえ。大丈夫です。……えっと、お邪魔します」
     入ってきたのはロガン卿の一人娘の短耳、ノヴァだった。
    「父から、その、お二人を持て成すようにと、託ったので、……えっと、お昼ごはんを」
    「おりょ? そりゃ、ありがたい」
     アルトはテーブルに広げていた服や地図を片付け、ノヴァが持ってきた料理を、これも手際よく並べ始めた。
    「ありがとう、お嬢さん」
    「い、いえ。そ、それじゃわたしは……」
     立ち去ろうとするノヴァに、アルトは声をかける。
    「良ければ可愛いご令嬢とご一緒に席を囲みたいのですが、御相席いただいてもよろしいでしょうか?」
    「ひぇえ!?」
     ノヴァは顔を真っ赤にし、後ずさる。
    「……あ、いや。ご迷惑であれば、無理には」
    「い、いえいえ! か、構いません! 持って来ます!」
     ノヴァはバタバタと慌てた足取りで、自分の分を取りに向かった。
    白猫夢・飾帝抄 4
    »»  2012.08.11.
    麒麟を巡る話、第69話。
    箱入り娘の口説き方。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     後にロガン卿から聞いた話だが、ノヴァは大分、人見知りする性格とのことだった。
     実際、秋也たちと共に食事を取ることになった、この時の彼女は、食事を始めてからずっとうつむいていた。
    「あの……?」
     ずっと顔を合わせない彼女に不安を感じ、秋也が声をかけた。
    「ひゃ、……はい! な、な、何でしょうかっ」
    「何か、……その、気に障ったのかな」
    「えっ?」
     ようやく顔を挙げた彼女に、秋也はこう尋ねる。
    「オレたちの方、全然見てくれないなと思って。何かしたかな、って」
    「い、いえ、そんなこと。あの、えっと、……あまり、わたし、その、家の人以外と、話をしないのです。その、あまり家からも、出ませんし」
    「そりゃ、勿体無いことだ」
     と、アルトが口を開く。
    「こんな可憐な方が、多感な時期に、まるで籠の中のカナリアの如く、家の中でじっとされているとは。まさか、お父上から外に出るなと言い付けられているとか?」
    「いえ、そんなことは、全然……。ただわたしが、人付き合いをしない、と言うか、その、慣れない、だけで」
    「ほうほう」
     するとアルトは、ひょいとノヴァの側に寄り、甘い笑顔を作って見せる。
    「重ね重ね勿体無いことだ。折角、青春を謳歌する自由のある今、己の心をぐいぐいと広げることのできる、二度と訪れぬこの時期に、黙々と家で過ごしてその機会を逃すなど!
     そう、昔の偉人も仰っているでしょう、『人の出会いは不可思議で心躍るもの』と。人と人が出会い、心通わせること。それはどれほど奇跡に満ち、そして美しいことであるか!」
     歯の浮くような台詞を並べ立て出したアルトに、秋也は唖然とする。
    (こいつ……、そうだろうなとは薄々思ってたけど、軟派だなぁ)
    「え、あ、……そう、ですね、はい」
     対するノヴァも、まったくこの方面の経験が無いのだろう。何ら訝しく思うことなく、それどころか顔を紅潮させ、感動しているように見える。
     その間にもアルトは、美辞麗句を並べ立ててノヴァを口説く。
    「どうでしょう、お嬢さん。物は試しです。一度我々と一緒に、外へ遊びに出てみる、と言うのは如何でしょうか? きっと素敵な思い出になるはずです」
    「え、でも、……ええと」
     多少逡巡した様子を見せたものの、アルトの言葉に相当、刺激を受けたらしい。
    「……では、少し、だけ」
     その言葉を引き出させたアルトに、秋也はただただ感心するばかりだった。
    (こいつ、詐欺師もできるんじゃねーか?)

     秋也とアルトはノヴァを伴って、もう一度外出した。
     しかしその途中から、秋也はそれとなく、アルトが彼女と二人きりになりたいと思っていることを察し、適当に口実を作って離れた。
    (……いいのかなぁ。まあ、そりゃ、誰も『ロガン卿の娘を口説くな』なんて言っちゃいないけどさ。
     でも明日、オレたちは陛下を連れて逃げるんだぞ? そんな時に、後ろ髪引かれるようなコト、していいのかって思うんだけどなぁ……)
     そんなことをぼんやり考えながら、秋也はロガン卿の屋敷に戻った。



     秋也が戻ってから2時間ほど遅れて、アルトたちも戻ってきた。
    「……」
     ノヴァを見てみると、彼女は顔を真っ赤にし、ぼんやりとだが、しかし喜んでいるような表情を浮かべている。相当、アルトとのデートに感動したようだった。
     半ば浮いているかのような足取りで彼女が離れたところで、秋也は小声でアルトに詰問した。
    「おい、アルト」
    「ん?」
    「いいのかよ、こんな時に」
    「こんな時だからだよ」
     アルトはさして乱れてもいない襟を、勿体ぶった仕草で直して見せながら、くるりと背を向けてその場から立ち去ろうとする。

     その間際――。
    「……本当に……には感謝しなきゃな……」
    「え?」
     アルトが何かをつぶやいたのが聞こえ、秋也は聞き返す。
    「何か言ったか?」
    「……何でもない」
     アルトは秋也に背を向けたまま手を振って、廊下の奥へと消えた。

    白猫夢・飾帝抄 終
    白猫夢・飾帝抄 5
    »»  2012.08.12.
    麒麟を巡る話、第70話。
    賢帝の逐電。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     モダス帝の亡命作戦、決行当日。
     この日は冬先にしては穏やかで暖かい天気となり、絶好の狩り日和と言えた。
    「……」
     が、皇帝をはじめとして、随行している側近らの顔色は優れない。
     その理由は、経済事情が差し迫りつつあるこの時期に遊興へと出向く皇帝の行動を訝しがっていること、そしてあの冷酷な参謀、アロイスが同行していたからだ。
    「フィッボ。こんなことをしている場合ではないはずだ。すぐに戻れ」
     そのアロイスが、まったく敬意を表さない、高圧的な命令口調でモダス帝に尋ねる。
    「私はそうは思わない。それともアロイス、君は部屋に閉じこもって延々と平行線をたどる会議を催す方が、国民にとって有益だと思っているのか?」
    「少なくとも敵ではなく、単なる獣に対して弓を射るのは無為でしかあるまい」
    「ははは……、何も鹿を狩るだけが目的と言うわけでは無い。たまには場所と趣向を変えて、皆と意見交換をしたいと言うだけだ。
     私はそちらの方が、まだ有意義になると考えている」
     モダス帝の言葉を、アロイスはにべもなく否定した。
    「そんな道理は存在しない。早急に、執務に戻るのだ」
     しかしモダス帝はそれを無視し、背負っていた弓を構える。
    「分かった、分かった。そんな苦言は終わらせてから、ゆっくりと聞こうじゃないか」
    「……」
     この様子を、側近の輪から一歩退いた形で眺めていたロガン卿は、内心冷や冷やしていた。
    (今日が計画の実行日だと言うのに、陛下からどうも、緊張感を感じない。まさか、このまま本当に狩りだけをして、そのまま城に帰ってしまうつもりではあるまいな?
     ……いやいや、それは無いか。陛下が現状を疎んじているのも、体勢を立て直してクサーラ卿と対峙しようと決意されたのも、嘘やごまかしではない、現実のことだ。
     となれば、あの気の無い様子は演技、……と見るしかないか)
     そのうちに、一行は狩場に到着した。
    「さて、と。それでは諸君、腕比べと行こうか」
    「そうですな……、ここまで来て政治議論は無粋と言うもの」
    「どうせなら楽しむとしましょうか」
     側近らの大半は軍人であり、それなりに狩りを楽しむ気風も趣向もある。
    「陛下、それでは私はあちらを狙って……」
     と、一人が山際に特に近い森を指差すと、モダス帝は「あ」と声を上げた。
    「しまったな、私もそこを狙っていたのだが」
    「あ、そうでしたか。ではお譲りいたします」
    「ありがとう、助かる」
     その言動に、ロガン卿はほっとした。
    (作戦の実行地点に固執された、……のならば、陛下はやる気だろう。
     ならば私は、私に課せられた役割を全うするとしよう)

     仕留めた鹿を運ぶなどの理由から、狩りは二人一組で行われることになっている。そしてモダス帝がその相手に、アロイスではなくロガン卿を選ぶのも、かねてから「自分は陛下の懐刀だ」とロガン卿が言っている通り、当然と言えた。
    「……これで、こちら側の準備は整ったわけだ」
     二人きりになり、森の中深くに分け入ったところで、モダス帝が口を開く。
    「ええ。後のことは、お任せください」
    「頼んだ。……だがシャルル」
     モダス帝は真剣な顔を、ロガン卿に向けた。
    「今回の計画は、あくまで帝国のために、即ち帝国に住まう善良なる臣民のために行うことだ。
     私の努力を、無駄にはしてくれるな」
    「と言うと?」
    「首尾よくアロイスを討つことに成功し、私が帝国に戻って来た時。お前がいなくては、何の意味も無いのだからな。
     決して、己の命を賭すような真似はしないでくれ」
    「……承知致しました」
     ロガン卿は深々と、頭を下げた。
     と、そこに忍び寄る者たちが現れる。
    「どうも……」
     その二人が秋也たちであることを確認し、ロガン卿とモダス帝は小さく手を振った。
    「ああ、ありがとう。
     ではトッド君、コウ君。君たちに私の命を預けるとしよう」
    白猫夢・離国抄 1
    »»  2012.08.14.
    麒麟を巡る話、第71話。
    皇帝逃しの偽装。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     狩りの開始から4時間が経ち、側近たちのほとんどが出発地点へと戻ってきた。
    「ほう、これは中々大きな……」
    「いやいや、貴君の獲物も相当ですぞ」
    「皆、今回は大勝と言えるな」
     口々に猟果を褒め合っているところに、アロイスの重々しい声が飛んでくる。
    「フィッボはまだ戻らないのか?」
    「……え?」
     それを受け、側近たちはきょろきょろと、辺りを見回す。
    「いません、……な?」
    「ロガン卿も見当たらない」
    「まだ戻っていない、……にしては遅い」
    「まさか……」
     側近たちの顔から、喜びの笑みが消える。
    「探せ」
     そしてアロイスも、焦りのにじんだ声を投げつける。
    「探すのだ! 何かあってからでは遅いぞ!」
     側近とアロイスは慌てて、モダス帝が向かっていった森へと駆け込んだ。

     そしてすぐに、ロガン卿の方は見つかった。
     しかし彼は木の根元に倒れ、気を失っていると言う、尋常ならざる状態で発見された。
    「ロガン卿、しっかりしろ!」
    「そ、その顔は!?」
     ロガン卿は頭から血を流しており、左こめかみには黒々としたあざが付いている。
    「う、ぬ……」
     助け起こされ、口に気付けのアルコールを含ませられたところで、ようやく目を覚ます。
    「いたた……、どう、した?」
    「それはこちらの台詞だ!」
    「一体何があったのだ!? 陛下はどこに!?」
     ロガン卿はぼんやりとした顔を向け、ぼそぼそとこう返した。
    「そう言えば……、熊が現れて……」
    「熊?」
    「この時期に? ……いや、冬眠にはまだ大分早いか」
     ロガン卿の言った通り、彼が頭部に受けた傷は、確かに熊の爪痕にも見える。
    「私は陛下を守ろうと……、だが……、殴られて……」
    「何と言うことだ……」
    「さ、探すのだ! 陛下の身に何かあっては!」
     側近たちは慌てて、周囲に散る。
     だが――夜までかけても、モダス帝を見付けることはできなかった。



     城に戻り、手当てを受け終えたロガン卿は、そそくさと自分の屋敷に戻った。
    「お、お、お父様!? そ、その顔は……!」
     迎えるなり顔を蒼ざめさせた娘、ノヴァに、ロガン卿はにこっと笑いかけた。
    「心配するな、大丈夫だ。……まだ痛むが。
     それよりも、……まあ、敷地内とは言え、外でできる話ではない。中で話そう」
    「え? あ、はい」
     屋敷の中に入り、がっちりと玄関を施錠したところで、ロガン卿は小声でこう話した。
    「お前にだけ、事の顛末を伝えよう。お前ならみだりに、他人に話したりはしないだろうからな」
    「な、何を、ですか?」
    「表向き……、には。陛下は本日の狩りの途中、熊に襲われ行方不明と言うことになっている。明日も、そして恐らくは明後日以降も大々的に山林へ兵を放ち、捜索が行われるだろう」
    「へ、陛下が……!? ああ、なんと言うこと……!」
     ノヴァは口を押さえ、顔をさらに蒼くする。
     と、ロガン卿は自分の胸の前でぱた、と手を振った。
    「表向きには、だ。兵士も陛下の側近らも、真相は知らん」
    「……と言いますと?」
    「真相は私と陛下、そして昨日まで家にいたあの二人だけが知っている」
    「アルトさんと、シュウヤさんがですか?」
    「そうだ。二人は陛下を伴い、既に帝国を出ているはずだ」
    「……え? えっ? えええっ!?」
     きょとんとしていたノヴァの顔が、再度蒼ざめる。
    「ま、ま、まさか? そ、そんな、嘘でしょう?」
    「いや、本当の話だ。陛下はプラティノアールに亡命したのだ」
    「そんな……」
     くら、とノヴァの頭が後ろへ落ちかける。
     それを支えつつ、ロガン卿は話を続けた。
    「熊に襲われたと擬装するため、トッド君にわざと殴りつけられ、シュウヤ君の刀で傷を作ってもらった。この頭の包帯は、それだ。
     そして陛下は変装し、トッド君らと共に国境へ向かったはずだ。昼前に起こったことであるし、今はもう、カプラスランドから遠く離れているだろう」
    「……あ! で、では、わたしが昨日見た、服や地図は」
    「恐らく変装用の服と、プラティノアール王国首都、シルバーレイクまでの道のりを記した地図だろう」
     話を聞き終え、ノヴァの顔色はほとんど、白に近くなっている。
    「そんな……、陛下はこの国を、み、見捨てたと……」
    「そうではない。あの逆臣にして悪魔たるクサーラ卿を討つための、苦渋の決断なのだ」
    「どう言うことですか?」
     ノヴァが尋ね返した、その時だった。

     玄関からバン、と言う破裂音が轟いた。
    白猫夢・離国抄 2
    »»  2012.08.15.
    麒麟を巡る話、第72話。
    悪魔参謀の襲撃。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「なっ……!?」
     ロガン卿は娘を居間に残し、慌てて玄関へと向かう。
     堅く施錠したはずの玄関には、大穴が空いていた。
    「何をするのだ、クサーラ卿!?」
     多数の兵士を背にしたアロイスが、破壊された玄関から入ってくる。
    「事実確認を行うぞ、ロガン少将」
    「事実? 一体何の話だ?」
     とぼけては見せたが、ロガン卿の内心は凍りそうなほど、恐怖で冷え切っていた。
    「お前は熊に襲われて気絶したためフィッボを見失ったと、そう言ったな?」
    「……そうだ」
    「だが不可解な点が2つある。
     冬眠前の、餌を探し回っているであろう熊に襲われながら、何故お前は生きているのだ? 餌として巣に運ばれていないのは、何故だ?」
    「野獣の考えなぞ知らん。壮年の身であるし、美味そうには見えなかったのだろう」
    「そして熊に襲われ、傷を負ったとお前はそう言っていたが、四足で歩いているはずの熊に襲われたにしては、傷口には土や泥の類が付いていなかった。
     そもそも周囲には、熊が通ったであろう形跡は何も無かった。爪痕も、毛も、足跡すらも無い。さらにはお前を襲い、付着したであろうはずの血も無かった。そこに熊がいたと言う形跡は、何一つ存在しなかったのだ。
     まさかお前は、翼を生やした熊にでも襲われたとでも言うまいな?」
    「そ、れは……」
     答えに詰まるロガン卿に、アロイスはさらに詰め寄る。
    「真相を話すのだ、ロガン少将。お前の説明では、状況の整合性が付かない。
     答えろ。お前は何を仕組んだ? フィッボはどこにいる? 何が狙いだ?」
    「くっ……」
     ロガン卿は弁解を諦め、屋敷の中に引き返そうとした。
     だが――。
    「答えろ、と言っているのだ!」
     ガキン、と硬いバネが弾かれたような音を立て、突如、アロイスが跳躍する。
    「う、おっ、……おおおっ!?」
     まるで砲撃でも受けたかのように、ロガン卿の眼前に大穴が空く。
     その大穴からアロイスが、床板がバキバキと音を立てて割れる音を立てながら這い上がってくる。
    「次は貴様を狙う。死にたくなければ答えるのだ」
    「……どの道、私を生かしておく気は無かろう!?」
     ロガン卿は腰に佩いていた剣を抜き、アロイスに斬りかかった。
    「せやあああッ!」
     勢いよく振り下ろされた剣が、アロイスの頭頂部に叩き付けられる。
     だが剣はぽっきりと、叩き付けた部分から折れてしまった。
    「なっ、……馬鹿な!?」
    「死にたいようだな、ロガン少将。ならば望み通り……!」
     アロイスは体勢を低く取り、ロガン卿に襲い掛かってきた。

     と、その時――。
    「閣下あああああッ!」
     ぎち……、と音を立て、アロイスの頭部に槍がめり込んだ。
    「グ、ガ、カッ……!?」
     アロイスは飛んできた槍の勢いを抑え切れず、穴の中に転がり落ちる。
     だがすぐに体勢を整え――るつもりだったのだろう。穴から這い出たところで、アロイスのはいていた具足から、ガキンとバネの弾ける音が響く。
     どうやら、玄関や床を破壊した時と同じ技を仕掛けたものの、槍に邪魔されて発動のタイミングがずれ、今になって発動したらしい。
    「シマッ、……アアアァァ~ッ!」
     金気走ったようなアロイスの声が、空遠くへ伸びていく。
     アロイスは、今度は屋敷の二階部分を吹き飛ばして、どこかへすっ飛んで行った。
    「はあっ、はあっ、……閣下! ご無事でございますか!」
     どこからか、野太い男の声が飛んでくる。
    「サンデル! お前か!?」
    「おお、閣下! 良かった、間に合いましたか!」
     武装したサンデルが、屋敷の中に飛び込んで来た。
    「助かった、礼を言うぞ!」
    「ありがたき幸せ! ……と、話している場合ではないですぞ! 既に屋敷は取り囲まれております!」
     サンデルが息せき切ってそう伝えたものの、外にいた兵士たちは、揃って困った顔を並べている。
     どうやら兵士たちはアロイスが無理矢理に引っ張ってきたらしく、ロガン卿らに襲いかかるようなことはしてこない。
    「……諸君!」
     それを察知したロガン卿が、屋敷の外に出てこう叫んだ。
    「私は諸君らに詫びねばならん! 私は、陛下の亡命を手配したのだ!」
    「……!?」
     これを聞いて、兵士たちは一様に目を丸くする。
    「だがこれだけは誓おう! 陛下の、そして私の本意はあの悪魔、アロイス・クサーラ卿の討伐にあるのだ!
     諸君、そのままそこで静観していてくれんか!? 私も今、国を抜ける! 陛下をお助けするためにだ!」
    「……」
     兵士たちは、今度はきょろ、と辺りを見回す。
     そしてどうやら、動かなければならない理由――即ち、自分たちを大恩あるロガン卿にけしかけさせたアロイスの姿が無いことを確認したらしく、全員が無言でうなずいた。
    「感謝する!」
     ロガン卿は屋敷内に引き返し、ぐったりしているノヴァを抱きかかえる。
    「お前も連れて行く! じっとしていろ!」
    「はっ、はい」
     ロガン父娘は屋敷の外に出る。
     と、待機していたサンデルが敬礼し、こう申し出た。
    「吾輩もお供いたします!」
    「……感謝するぞ、サンデル」
     三人は直立不動し、敬礼した兵士たちを横目に、屋敷から逃げ去った。
    白猫夢・離国抄 3
    »»  2012.08.16.
    麒麟を巡る話、第73話。
    長い長い一日。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ロガン卿ら三人は大急ぎで街を抜け、郊外まで進んだ。
    「この先に、軍の詰所がある。馬車を借りれるか、聞いて来よう」
    「危険では……? 既に、軍全体に閣下を拿捕せよとの通達が出ておりますし」
     そう尋ねたサンデルに、ロガン卿は首を横に振る。
    「私が相手であれば、融通も利くだろう。ここで待っていてくれ」
     そう言ってロガン卿は娘を背から下ろし、詰所に歩いて行った。
    「……あ、あのぅ」
     と、ノヴァが恐る恐る、サンデルに顔を向ける。
    「何でしょうか」
    「ど、どうして、マーニュさんは、その、あんな危険な目に遭ってまで、父を助けてくれたのですか? その、父を捕まえろと言う、通達が出ていると言っていたのに」
    「言うまでもないことです。吾輩をはじめとして、この国の兵士のほとんど大半と言っていいくらいの人間が、閣下には恩義がある。
     閣下の尽力が無ければ、吾輩ら兵士の3分の1は、あの憎きクサーラ卿の無謀・無策によって、とっくに土の中にいたでしょうからな」
    「そ、そうですか」
     話しているうちに、ロガン卿が馬車に乗って戻って来た。
    「借りることができた。さあ、乗ってくれ」

     馬車を駆り、逃亡から1時間後には、三人は街の灯がうっすらと見えるくらいの距離まで離れることができた。
    「……済まなかった」
     と、ロガン卿が唐突に口を開く。
    「計画通りであれば、事態が急変するまでに、少なくとも1週間かそこらは猶予があったはずであり、我々に危害が加えられることは無かったはずだったのだが。
     まさかクサーラ卿に、擬装を見破られるとは」
    「済んだことです。お気になさらぬよう。
     ……と、もしやすると陛下たちも同じ道を進んでいるやも知れませんな」
    「そうだな。首尾よく拾えれば良いのだが」
     と、そう話していた矢先に、ノヴァが「あ」と声を上げた。
    「どうした?」
    「あっ、いえ、あの、多分見間違い……」
    「何と見間違えたのかな、ノヴァ?」
     ロガン卿が優しい口調でそう尋ねると、ノヴァは顔を赤らめながら、ぼそ、とつぶやく。
    「あの、アルトさん、に、その、似た方がいた、ように、えっと、でも」
    「アルト? ……トッド君か?」
     ノヴァが小さくうなずくのも確認せず、ロガン卿は馬車を止めて飛び降りる。
    「そこにいるのは、もしや……?」
     街道をわずかに外れ、毛布を胸の辺りにかけて、木の根元に寝転がっていた兎獣人に声をかける。
    「おや、その声は」
     兎獣人は顔を挙げ、ロガン卿に応答する。
    「やはり閣下でございましたか。察するに、早くも露見したと言うところでしょうか」
    「流石の慧眼であるな。その通りだ」
     アルトはひょいと立ち上がり、キャスケット帽を被って街道へと歩み寄る。
    「となると、ここでグズグズはしていられないようですな。
     陛下とシュウヤを起こしてきます。二人とも安全のため、奥で休んでもらっていたもので」
    「助かる」
     アルトは森の奥に入り、少しして秋也とモダス帝を伴って戻ってきた。
     モダス帝は目をこすりながら、ロガン卿に声をかける。
    「やあ、シャルル。しばらくぶりだな」
    「朝に別れたばかりでしょう」
     苦い顔を向けたロガン卿に、モダス帝はクスクスと笑って見せた。
    「そうだった。しかし君にとっては、もう何日も経った気分ではないか?」
    「仰る通りですな。まったく大変な一日でしたよ」
    「それは悪かった。君をなるべく危険には晒すまいとしたのだが、裏目になったようだ。
     こうなったら素直に頼むしかない。シャルル、一緒に来てくれるか?」
    「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします。ただ、2人ばかり増えてしまいましたが」
    「旅のお供は多い方が楽しいもんですぜ」
     と、アルトが口を挟む。
    「よろしくお願いいたします、ロガン卿、そしてノヴァお嬢様」
     優雅に頭を下げたアルトに、ロガン卿は怪訝な目を向ける。
    「トッド君?」
    「なんでしょう?」
    「まさか……、手は付けておらんだろうな?」
    「まさかまさか。そうでしょう?」
     そう言っておいて、アルトはノヴァに笑顔を向ける。ところがそれを見たノヴァは、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
     初心過ぎる反応を返されたアルトは、慌ててロガン卿に弁解する。
    「……いやいや、本当に手を付けてなどおりません。ただ少しばかり、シュウヤを交えて話をしたくらいで。
     そうでしょう、ね、お嬢様?」
    「えっ、あっ、は、はい」
     ぶんぶんと頭を振る娘と冷や汗を浮かべるアルトとを交互に見比べ、ロガン卿ははあ、とため息を漏らした。
    「……信じることにしよう。だがトッド君、私は君を陛下の護衛として雇ったのだと言うことは、忘れないでもらいたい」
    「勿論ですとも。さ、さ、早く馬車に乗りましょう」
     アルトはそそくさと馬車に乗り、手綱を握って見せる。
    「シュウヤ、またお前さんに手伝ってもらいたいんだが、構わないか?」
    「ああ、いいよ」
     三々五々、馬車に乗り込む面々を、その一歩後ろで眺めつつ、秋也も馬車に向かう。
    「……まったく、行きも帰りもとんだ旅になりそうだな」
     秋也が小さくつぶやいたその言葉は、誰にも聞かれなかった。

    白猫夢・離国抄 終
    白猫夢・離国抄 4
    »»  2012.08.17.
    麒麟を巡る話、第74話。
    混乱する城内。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     モダス帝の失踪と、それに帝国の重鎮であるロガン卿が関与していた事実を受け、カプラス城内は大騒ぎになっていた。
    「まさかロガン卿が、こんな大それたことを企てるとは……」
    「陛下は果たしてご無事なのだろうか」
     側近らが集まり今後の対応、即ち誰がこの国を、皇帝に代行して引っ張っていくかを論じる場が立てられたが、誰も彼もがそれを口に出そうとしない。
    「……」
     会議の中心に座りながらまだ何も発言しない参謀アロイスが、その役割を担うであろうことは十中八九明らかだったからである。
    「……」
    「あの、クサーラ卿」
     会議が進展しないので、ようやく一人が声をかける。
    「なんだッ!?」
    「あっ、いや、……何でもござぃません」
     が、まるで吠えるように返事を返され、二の句が継げなくなる。
    「……卿!」
     と、意を決したらしい他の者が、負けじと強い口調で尋ねる。
    「なんだと聞いている!」
    「このままでは埒が明きません! どうか卿、あなたが陛下の代行を務める形で、当面の統治を行っていただけませんか?」
    「……」
     が、アロイスは答えない。
    「あの……?」
    「クサーラ卿?」
    「如何でしょうか?」
     側近らが何度か尋ね返すと、彼は唐突に立ち上がり、依然きつい口調のまま尋ね返してきた。
    「お前たちはフィッボがもう既にいないものとして、今後の統治を考えているのか?」
    「え? いや、ですからいない間は、と……」
    「フィッボはすぐ戻る! いいや、連れ戻すのだ! あのなんら道理の分かっていない無知蒙昧の逆臣、シャルル・ロガンの手からな!
     こんな会議などのんびりやっている場合ではない! いいか、すぐにフィッボ奪還の部隊を結成するのだ! 一日、一時間でも早く、フィッボをこの国の玉座に戻すのだ!」
    「い、いや、ですから。勿論奪還するにしても、その間は空位なわけですから」
     会議を進めようとした側近に、突然アロイスは歩み寄る。
    「分からんのかッ!」
    「え、あの、きょ」
     次の瞬間――その側近が、椅子ごと姿を消す。
    「!?」
    「ひっ……!」
     一瞬間を置いて、ぐちゃ、と何かが壁に叩きつけられる水っぽい音が、室内に鈍く響く。
    「何度も言わせるな……! 早急に、連れ戻すのだ!」
     そう叫び、アロイスは場を後にする。
    「うう……」
    「なんと、恐ろしい……」
     壁に頭からぶつけられ、下半身だけになった同僚の、血まみれの姿を見た側近らは、一様に顔を青ざめさせた。

     フィッボ・モダス帝の失踪したその日から、カプラス城内の雰囲気は悪しきものに変わった。
     アロイスの狂気じみた捜索が始まるとともに、いつ何時彼の機嫌を損ね、人の姿から血の詰まった肉塊へと変えられるかと言う物理的・直接的恐怖が、城内を覆っていた。
     そんな状況では、まともな政治運営すらできるわけがない。城内の、そして帝国の情勢は、さらに悪化の一途をたどった。



     一方、こちらはそんな事情など全く知る由もない秋也たち一行。
    「……ってなわけで、今も3世は生きているとのたまう教授らが絶えることはない、と言うわけでございます」
     馬車の中では、追われていることなど微塵も感じさせない陽気な口調で、アルトが面白おかしく話を聞かせている。
    「へぇ……。何と言うか、その……、不思議な、感じのお話ですね」
    「なるほど、大富豪の失踪と隠し財産のうわさ、であるか。確かにロマンめいたものを感じずにはいられんな」
     素直に感動した様子のロガン父娘に対し、御者台に座る秋也とサンデルは、懐疑的な意見を返す。
    「吾輩には眉唾としか思えんがなぁ」
    「まあ、オレもどっちかって言えば同意見っスねぇ。陛下はどうお考えでしょう?」
     秋也がそう水を向け、モダス帝はくすくすと笑って返す。
    「そうだな、私も現実主義者だから、そう信じられる話ではない。しかし実際、君は『ミッドランドの悪魔』に出会ったのだろう?」
    「え? ええ、まあ」
    「私の記憶が確かならば、ミッドランドはニコル3世が造成した街のはずだ。そしてその悪魔も、元々3世の別荘だった屋敷の地下に封印されていたのだろう?
     ならば他の、3世が造った街のどこかに、悪魔ではないにしろ、何かしらが封印されていてもおかしくはない。
     夢のある考えをするなら、それも有りだろう?」
    「なるほど、一理あるっスね」
    「ふむぅ……、確かに」
     二人が感心したところで、モダス帝が肩をすくめて見せる。
    「ああ、そうだ。言おう、言おうと思ってうっかりしていたが。
     旅の間だけで構わんから、どうか私のことは敬称ではなく、気楽にフィッボと呼んでもらえないだろうか?」
    「え、いや……」
    「繰り返し言うようだが、私は元々、在野の平民なのだ。そんな男が『帝』だの『陛下』だの祭り上げられるのは、正直落ち着かない。
     それに旅の間、そんな勿体つけた呼び方をしているのが周りに聞こえたら、問題の種になりかねん。極力、同僚・同輩として接してくれ」
     そこでアルトがくるりと顔を向け、こう答えてきた。
    「了解であります。ではこの旅の間は、単純にフィッボ君と」
    「ああ、そうしてくれ」
     モダス帝――フィッボは嬉しそうにうなずいた。
    白猫夢・帝憶抄 1
    »»  2012.08.19.
    麒麟を巡る話、第75話。
    慇懃無礼。

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    2.
     秋也たちの旅は、その往路の時にも増して危険なものであるはずだったが、どうやら帝都における混乱が、そのまま地方の軍事・警察配備にも響いているらしい。
     街をいくつか抜ける合間に、何度も軍や警吏とすれ違ったが、彼らは――皇帝のフィッボが間近で、にこやかに笑いかけても――むすっとした顔で素通りするばかりであった。
    「こうなると、私が皇帝だったことすら怪しいものだな」
     そううそぶくフィッボに、ロガン卿は苦い顔を返す。
    「いやいや、陛下、……もとい、フィッボ様は確かにその、『それ』であります」
    「……そうだな。そうであった」
     笑いながらそうつぶやいたフィッボに対し、御者台に座るアルトは、彼には顔を向けずに皮肉を返した。
    「のんきな御方ですな。重責から解放され、いささか能天気になったと見える」
    「トッド君!」
     ロガン卿がたしなめようとしたが、フィッボはそれを制する。
    「いや、アルト君の言う通りだ。少し気楽に過ぎたよ」
    「いえいえ、俺の言うことなど御気になさらぬよう。何しろ在野の、破落戸(ごろつき)同然の身でありますので」
    「……」
     アルトが嫌味なほど卑屈な態度を執ってくるため、馬車内の空気に険が差す。
     その空気を嫌った秋也は、つい大声を出してしまう。
    「おい、アルト!」
    「なんだよ?」
    「何か気に食わないって言うなら、はっきり言ったらどうだ?」
    「は?」
     アルトは、今度はきっちり秋也の方をにらんで答える。
    「すると何かい、お前さん。やんごとなきこの御方に『私めは貴方様のこれこれこう言うところが鼻持ちならんのであります』と真正面から言ってのけろ、とでも言うのかい?」
    「……貴様ッ!」
     次の瞬間――サンデルがアルトの襟を引っ張り、御者台から引きずり下ろした。
    「……っ、なんです大尉殿?」
    「無礼千万にも程があるだろうが! 陛下がこれほど心を砕いてくださっていると言うのに、何故貴様は一々癇に障る物言いばかりするのだ!」
    「だから、その質問に対してはさっきと同じ答えですよ。分からん御方ですな」
     アルトはくしゃくしゃにされた襟を正し、サンデルに背を向けた。
    「……~ッ」
    「もういい、サンデル」
     顔を真っ赤にして憤るサンデルを、ロガン卿がなだめる。
    「彼は彼なりに、何かしら思うところがあるのだろう。そしてそれは、口に出せばここにいる全員の気を害するものであり、故に思慮深い彼は言わんのだろう」
    「そう思っていただいて結構です、閣下」
     アルトはチラ、とロガン卿に目を向け、これだけ言って寝転んでしまった。
    「俺はしばらく休みます。お気遣いは無用です」
    「分かった」
     そう返しつつ、ロガン卿は御者台に座り、小声で秋也に尋ねてきた。
    「もしやと思うが、まさかトッド君はカプラスランドからずっとフィッボ様に対し、あの剣呑な調子で応対していたのか?」
    「ええ、はい。変なんですよ、ずっと。いつものアイツらしくなくて」
    「確かにそれは言える。いや、この道中にしても、私や娘に話す際はいつもの、気さくな彼であった。
     陛下に対して何か、悪い印象を持っているようだな」
    「そう……、なんですかね。オレからしたら、フィッボさんもすごくいい人だと思うんスけど」
    「多少の語弊はあるが、私も同意見だ。
     私は今までフィッボ様を含め、3人の君主に仕えてきたが、その中でもフィッボ様は最も優れ、慈愛に満ちた主だと、私は胸を張って言える」
    「いや、そんなことは……」
     否定しかけたフィッボに対し、サンデルがぶるぶると首を振った。
    「ご謙遜を! 吾輩なぞが言えることではありませんが、フィッボ様は誠に、為政者の鑑たる御方と存じております!」
    「そうか、うん、……それはありがとう」
    「いやいや、勿体無きお言葉を……」
     フィッボが困った顔をする反面、サンデルは嬉しそうに笑う。
    「……」
     この会話を聞いていたのかいなかったのか、アルトはこの間ずっと、毛布を被って横になっていた。
    白猫夢・帝憶抄 2
    »»  2012.08.20.
    麒麟を巡る話、第76話。
    野宿の夜。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     いくら急ぎの旅とは言え、夜になっては馬車を満足に走らせることはできない。道の見通しが悪く、路面状況も非常に分かり辛いし、何より馬が怖がるためである。
     かと言って、宿を取って休むことも勿論できない。一般的な西方風の服装をしたアルトとフィッボ、ノヴァはともかく、いかにも軍人風のロガン卿とサンデルに加え、異国の剣士である秋也と言う奇妙な面子では、いくらなんでも目に付き過ぎるからだ。
     消去法的に一行は、野宿と言う休息方法を採ることになった。

    「すう……、すう……」
    「ぐう、ぐう……」
    「んごご……、んがっ……」
     幸いにして、馬車は大人6人がゆったり足を伸ばして寝転べることができるくらいには広い。秋也を一人、寝ずの番に立て、残りは馬車の中で寝息を立てている。
    「ふあ、……ああ」
     秋也は欠伸を噛み殺しながら、焚火替わりの「火術灯」――これも言わずと知れた、トポリーノ野外雑貨の人気商品である――をぼんやり眺めていた。
    (こうして落ち着いて考えてみると、とんでもないコトになってるんだよなぁ。一国の主を連れて、その国に追われる身になってるって……。
     成り行きでここまで、コトが大きくなるなんて)
     秋也は改めて、白猫に対する訝しい思いを抱いた。
    (白猫……、アイツは一体何なんだろう。どうしてもオレには、何か良からぬコトのために、アイツにいいようにされてるような気しかしないんだよな。
     そりゃ確かに未来は見えるんだろうさ。誰も予想してないような、こんな事態にオレをひょいと巻き込ませられるんだから。だからアイツの力は確かだ。ソレは、納得できる。
     納得できないのは、その意図だ。どうしてオレなんだ? なんでオレをこんなコトに巻き込ませたんだ? ソレが分からない。
     アイツは一体オレを、どうしたいんだろうか)
     そんなことを考えているうち、目の前に置いていた「火術灯」の光がぼや……、と薄くなる。
    「あれっ? ……おっかしいな」
     灯が弱くなった原因を調べようと、秋也は手袋をはめ、それを手に取る。
    「んー……? 燃料はまだ入ってるよな? 空気穴も塞がってないし。となると……」
     ぱか、と灯りの蓋を開け、中の様子を確かめる。
    「うーん……」
     しかし特におかしいと思うような点もなく、秋也はうなるしかない。
     と、秋也の背後からひょい、と手が伸びる。
    「ああ、なるほど」
    「フィッボさん?」
     秋也の背後に、いつの間にかフィッボが立っていた。
    (あれ……、いつ起きたんだろ?)
     秋也も――免許皆伝に成り立てとは言え――ひとかどの剣士であるし、気配の読み方もそれなりに知っている。
     ところがこの兎獣人の気配を、秋也は少しも察知することができなかった。
    「ほら、ここ。魔法陣の基板が入ってるが、割れてしまっている。寿命だな」
    「え、……じゃあもう壊れちゃったってコトっスか」
    「ああ。元々が軍の備品だから、荒い使い方をしていたのだろうね。……いや、でも」
     フィッボは基板を取り出し、目を凝らして調べる。
    「直せるんですか?」
    「応急処置くらいならできなくもなさそうだ。ちょっと、馬車の中の灯りを取ってくる」
     そう言うとフィッボは、ポンと飛び跳ねた。
    「……っ!」
     俊敏な秋也やアルトでも、はしごを使わなければ登れない程度には大きな馬車である。
     ところがフィッボは、音もなくその大きな馬車の中に飛び込み、そして静かに地面へ降り立ち、秋也のところへ戻ってきた。
    「随分……、身軽なんですね」
    「ああ。私は少しばかり、他人より身体能力が高いから。
     早めに直してしまおう。これが無いと、皆が凍えてしまうからな」
     そう言ってフィッボは秋也の横に腰を下ろし、灯りを修理し始めた。
    「最前線にいた時は、こうやって何度も基板を修繕したものさ。戦い始めた頃は、補給もままならない状況が度々あったからね」
    「そっか……、昔はフィッボさん、戦ってたんですよね」
    「ああ。今はもう、武器を手に取るのも嫌になってしまったが」
    「どうしてです? 何かあった、とか?」
     そう聞いた時、秋也は内心、しまったと思った。フィッボの顔が、ひどく曇ってしまったからだ。
    「あ、えと……、その、……言いたくなければ、今の、無しで」
    「いや、話しておこう。君に依頼した内容にも、関わってくることだし」
     フィッボはそう返し、基板をいじりながら、昔の話をしてくれた。
    白猫夢・帝憶抄 3
    »»  2012.08.21.
    麒麟を巡る話、第77話。
    鉱山事故と杜撰な対応。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     双月暦523年、西方南部三国の一つ、グリサルジャン王国の最北端の、今は無きとある村。
     いや――その村はその日、消滅したのだ。



    「はぁっ、はぁ……、げほっ、げほっ」
     元々はほんのりと紫を帯びた赤い髪は、所々が白く脱色してしまっている。数時間前まで彼の自慢だった濃い銀色の兎耳と尻尾にも、白い斑点がぽつぽつと浮かんでいる。
    「だ、誰か……、助けて……」
     彼はがくんと膝を着き、その場に倒れこんだ。
     結局はそれが彼、フィリップの命を救うことになった。何故なら村を滅ぼし、彼の髪や耳尾を脱色させた原因であるそのガスは、空気より軽いものだったからだ。

     フィリップと彼の父親、父親の友人、そして彼自身の友人の多くは、村の北にある鉱山で働く鉱夫だった。
     俗に「西方三国」と呼ばれる三ヶ国の北には、東西に延びる形で希少金属の鉱脈があり、彼らはその採掘を生業としていた。
     しかし鉱山採掘には、様々な危険が伴う。掘り進んだ穴が落盤し、生き埋めになる危険。溶岩帯や間欠泉を掘り当て、焼け死ぬ危険。突如現れたクレバスに落ちる危険。そして――ガスが発生する危険もある。
     その日、鉱夫たちが掘り当ててしまったものは、その中でも極めて悪性の高いガスだった。毒性の強さに加え、極めて可燃性の高いガスであったため、掘り当てた瞬間に起こった火花でガスは一挙に爆発。彼以外の鉱夫は全員この爆発と、それによって起こった落盤によって死亡した。
     フィリップはこの時偶然にも、石を運び出す作業の最中であったため、爆風に吹き飛ばされるだけで済んだが、悪夢はそれで終わりではなかった。それまで村の下に溜まっていたものの、安定した状態にあったガスが、鉱山での爆発によって次々に連鎖反応を起こし、爆発と噴出を繰り返したのだ。

    「……っ」
     彼が目を覚ました時には、地表に噴き出したガスははるか上空へ散り、中毒の危険は去っていた。
     しかし依然、地中のガスは燃え続けており――。
    「……嘘だ、こんなの……! 夢に……、夢に決まってるっ……」
     村があった場所は大きく陥没し、轟々と火柱を上げる地獄絵図と化していた。



     数時間後、フィリップを含め生き残った村の人間十数名は、騒ぎを聞き付けた王国軍によって救出・保護された。
     そこでフィリップは、肉親や友人が亡くなったこと、村が壊滅状態になったことを聞かされたが、さらに彼を打ちのめしたのが――。
    「なんですって……!?」
    「だから、言った通りだ。明日には全員、基地から退去してもらう」
    「そんな無茶な! まだ顔が真っ青な子もいるし、僕みたいに、大ケガしてる人だって……」
    「口答えするな! これも御国のためだ」
     なんと国王から軍を通じて、保護した翌日には村へ戻って採掘を再開するようにとの指示が下されたのだ。
     爆発により坑道は完全に塞がっているし、村も依然として火柱が上がったままである。採掘どころか、まともに生活すらできない状況であることを、彼は通知してきた将校に訴えたが――。
    「ああ、分かった分かった! もういい、とにかく帰れ!
     我々は近々また、ロージュマーブルと戦争せねばならんのだ! こんな下らんことにいつまでも関わらせるな!」
    「は……!?」
     自分たちの、生死に関わる問題を「下らん」と言い切られ、温厚なフィリップも流石に激昂した。
    「く、下らないですって……! あなたたち程じゃないにしろ、僕たちだって死ぬ危険があったこの事故を、下らないと、そう言うんですか!?」
    「口答えするのか、貴様ッ!」
     その後に何があったかフィリップは覚えていなかったが、どうやら将校に殴る、蹴るの暴行を散々受け、気絶したらしい。

     もう一度目を覚ました時、フィリップは牢に放り込まれていた。
    「うっ、……く」
     痛む体を無理やりに起こし、彼は鉄格子によろよろとしがみついた。
    「僕は……、僕は許さないぞ……! 人の暮らしより、国民の安全より、自分勝手にドンパチやる方が好きなのか、お前らーッ!」
     その叫びに、すぐ兵士たちが駆けつける。
     フィリップはもう一度、体中が紫色になるまで殴りつけられた。



     これがフィリップ・モダス――後のフィッボ・モダス帝が立身しようと決意した、その契機である。
    白猫夢・帝憶抄 4
    »»  2012.08.22.
    麒麟を巡る話、第78話。
    鉄の悪魔、六度目の降臨。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     フィリップは傷だらけのまま、基地の外に放り出された。
     正確に言えば、粗忽な兵士たちが気絶した彼を死んだものと勘違いし、ゴミと一緒に山へ捨てたのである。
    「ひゅー、ひゅ、っー……」
     放り出されてから数時間後、どうにか息を吹き返したものの、そのまま放置されれば死ぬのは明らかだった。
     しかしフィリップには、既に指一本動かすだけの気力も、体力も残っていない。
    (こんな……、こんな死に方……!)
     奇跡的に戻った意識が、刻一刻と薄まっていく。
    (僕の人生って……、一体……、なん……だったん……だ……)
     腫れ上がった目から、血と一緒に涙が流れてくる。
     フィリップは今度こそ、死を覚悟した。

     その時だった。
    「お前はここで死ぬべき器ではない」
     瀕死の彼に、話しかける者がいる。
    「ひゅーっ……」
     言葉を返そうとしたが、どうやら肺かのどに穴が開いているらしい。声はただの風音となって、口から出てきた。
     それでも、そのフードを深く被った男は、フィリップの意思を察したようだった。
    「私は御子に仕える命を受けた者。そう、お前こそが次代の御子となるべき器なのだ」
     彼が何を言っているのかはさっぱり分からなかったが、それでもフィリップは、口からひゅーひゅーと弱々しい声を出し、助けを乞う。
    「お前に力を与えよう。この世を動かし、意のままに操れるだけの力を」
     フードの男が、フィリップの額に掌を押し付けた。



    「……!」
     鳥の鳴き声で、フィリップは目を覚ました。
    「あ……れ?」
     昨夜の出来事が、脳裏に蘇ってくる。
    「ここは……、天国?」
    「そうではない。現世だ」
     傍らに立っていたあのフードの男が、フィリップの独り言に答えた。
    「うわっ!? ……あ、と、あなたは、昨夜の?」
    「そうだ」
    「あなたが、僕を助けてくれたの?」
    「正確には違う。お前自身の力を増幅し、その結果、お前はお前自身の力で、己の傷を治したのだ」
    「……? どう言うこと?」
     男の言うことが分からず、フィリップは首を傾げる。
    「立てるか?」
     フィリップの問いに対し、男はそう返した。
    「え? ……うん、普通に立てるよ」
    「兵士らにあれだけ暴行を受けた体でも、か?」
    「あれ? そう言えば……」
     フィリップは自分の体を確かめてみる。服はボロボロになっているが、体にはあざ一つ付いていない。
    「人間には自然治癒力と言う力が備わっている。多少の怪我でも、放っておけば数日で治ってしまうのは、その力によるものだ。だが普通の人間であれば肉が裂け、骨が折れるようなダメージまで治癒できる力は持っていない。
     お前はその限界を、大きく凌駕しているのだ」
    「僕が? まさか! だって僕は、ただの鉱夫見習いだよ?」
     否定するフィリップに対し、男は突然、フィリップの腕を取った。
    「な、なに?」
    「良く見てみるがいい、己の腕を」
    「え……?」
     言われるがまま、フィリップは自分の腕を観察する。
    「……あれ?」
     鉱山で働いていたし、元々それなりに筋肉は付いていた。
     しかし今、男に掴まれているその腕は、昨日とはまるで筋肉の量、そして付き方が違って見える。
    「これって……?」
    「もう一度言う。お前の力は飛躍的に増幅されているのだ。昨日までのお前とは、まったくの別人と思え」
    「って言われても」
     ぼんやりとした返事をしたフィリップの手を放し、男は近くの木を指差した。
    「殴ってみろ。全力でだ。それですべてが分かる」
    「えー……、痛そうなんだけど」
     文句を言いながらも、フィリップは拳を固め、木の前に立ってみる。
     自分でも信じられないほど腕にみなぎっていた力を、試してみたくなったからだ。
    「じゃあ、……えいっ!」
     フィリップは言われた通りに、木の幹を殴りつける。
     次の瞬間――ベキベキと木の裂ける音とともに、フィリップの拳が木の反対側に突き抜けていた。
    「なっ、……えええっ!?」
    「分かっただろう。お前は既に、昨日までのお前ではないのだ。
     お前は御子――乱れしこの世を真に治める使命を負った、この世にただ一人の存在なのだ」
    白猫夢・帝憶抄 5
    »»  2012.08.24.
    麒麟を巡る話、第79話。
    怒りの戦場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     フィリップの村でガス爆発事故が起こった、その翌日の夜――。
    「整備を急げ! 明日には前線へ、物資を運び出さねばならんのだ!」
    「了解です!」
     フィリップが暴行を受けたこの基地では、再び起こると目されている戦争に向け、準備が進められていた。
     彼らの頭には鉱村での爆発のことなど、既に欠片も残っていない。

     だから――この襲撃が一体何の理由で行われたか、誰も分からなかった。
    「……ん?」
     どこかから悲鳴が聞こえ、作業の手が止まる。
    「今のは?」
     誰ともなく問いかけられたが、そこへ「答え」の方からやって来た。
    「そんなに戦争したいのか、あんたら」
    「え?」
     バキバキと音を立て、鉄製の扉が引きちぎられる。
    「なっ……!?」
    「そんなに戦争したいのかって聞いてるんだ! どうなんだ、答えろッ!」
     入ってきた兎獣人の少年――フィリップを見て、兵士たちは武器を取り、バタバタと彼の周りに散開する。
    「何者だ!?」
    「ロージュマーブルの刺客か!?」
    「それともプラティノアールの……?」
     口々に兵士たちが素性を尋ねてくるが、フィリップが「そうだ」と答えられるものは、一つとして無かった。
    「僕を覚えていないのか? 僕たちを、覚えていないと言うのか?」
     フィリップの問いに対しても、彼らは呆れた反応を見せた。
    「なに……?」
    「誰だ?」
    「会ったことが?」
     きょとんとする彼らの中には、フィリップを殴りつけた者もいる。
     それでも覚えがない様子の彼らを見て、いよいよフィリップは怒り出した。
    「そんなに戦争がしたいんだな。自国の僕たちが生きるか死ぬかの目に遭ってるってのに、あんたらはそんなことも気にせず、隣の国と戦うことばかりに活き活きしてるのか。
     じゃあ、やってやるよ……! 僕一人と、お前らとでだッ!」
     そう叫び、フィリップは徒手空拳のまま、兵士の一人に駆け寄る。
    「む……!」
     兵士は腰に佩いていた短剣を抜きかけたが、その前にフィリップの拳が彼の顎を捉える。
    「はが……っ」
     一撃で顎と首の骨が粉砕され、兵士の歯が4分の3近く、床や壁に飛び散る。そして兵士自身も殴られた衝撃でくるくると二回転し、床へと倒れ込む。
     その首はさらに180度曲がり、彼は自分の背中を見つめる形となって息絶えた。
    「な、なんて馬鹿力だ!?」
    「くそッ! これならどうだッ!」
     他の兵士が小銃をフィリップに向け、引き金を引く。
     ところがその瞬間――。
    「ごばっ……」
     いつの間にかぐにゃりと曲げられていた銃身に弾が詰まり、腔発(こうはつ)する。腰に抱え込む形で構えていたため、散乱した小銃の部品が彼の腹を貫通し、拳大の大穴を開けた。
    「……ば、馬鹿な」
     10秒も経たないうちに2人が惨殺され、兵士たちは戦慄した。
    「どうした!? やらないのか!? これがあんたらの望みだったんだろ……!?」
    「ひっ……」

     フィリップの村が突如として消滅したように、その基地もフィリップが乗り込んでから1時間余りで、呆気なく壊滅した。



    「……」
     あちこちで火の手が上がり、燃え落ちる基地を背にして、フィリップは立ち尽くしていた。
    「気は済んだか」
     と、あのフードの男がいつの間にか、彼の傍らに立っていた。
    「……済んだよ。……いや、やっぱりまだ、モヤモヤしてるかも。いや、してる。
     だってこんなことをしても、父さんも母さんも妹たちも、友達も帰って来ないんだもの。怒りを無茶苦茶にぶちまけただけだよ、こんなの」
    「しかし迂遠(うえん)ながらも、原因の一つは潰したわけだ」
    「原因だって?」
     尋ねたフィリップに、フードの男はこう答える。
    「そもそも、お前たちが暗い穴倉の奥底で鉱石を掘っていたのは誰のためだ? 石を掘らず、地上で草や牛を相手にしていれば、此度の事故など起こるはずも無かった。違うか?」
    「……違わない、ね」
    「石を欲したのは誰だ? お前たちだったか? お前たちはあの石ころを食べていたのか?」
    「それも違う。欲したのは、王様だ。戦費を稼ぐために、僕たちに何十年も採掘することを強いていたんだ。
     ……そうか、そう言うことか。分かったよ。王様が戦争やりたいって言わなけりゃ、僕たちは鉱夫なんてやってなかったんだな」
     フィリップは振り返り、燃える基地に足を向けた。
    「どこへ行く?」
    「まだ燃えてない装備があるかも知れない。それを、取りに行く」
    「それを使って、何をする?」
    「王様がそんなに戦争したいんなら、僕が相手になってやる。
     そして――王様を倒す。僕がその上に立つんだ」
     フードの男はそれを聞くと、こう返した。
    「よろしい。ではお前はこれより、御子たる証となる名を名乗るのだ。
     お前の名は、これよりフィッボだ」

     これがフィリップ少年とフードの男、アロイス・クサーラ卿との出会いだった。
    白猫夢・帝憶抄 6
    »»  2012.08.25.

    麒麟の話、第2話。
    夢世界の預言者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     戦いに敗れ、ボクは封印された。

     何故タイカさんは殺さなかったのか? 彼は何も言わなかったが、理由は大体分かってる。
     魔力が欲しかったからだ。ボクの、彼を凌駕するほどの、膨大な魔力が。
     事実、ボクがその中に封じられた超々巨大魔法陣――「システム」は、ボクの体を核として魔力を集め、そしてタイカさんの元へ送っていた。
     そしてそれが、「黒い悪魔」の不死身伝説につながったワケだ。
     どれだけ滅茶苦茶に攻撃を受けても、何事も無かったかのように復活、回復できるだけの魔術と、その起動を可能にする量の魔力が、いつでも送られてるワケだし。
     死ぬワケが無いんだ。

     と言っても。
     その「システム」も万全じゃないらしかった。
     あまりに重篤なダメージを受けてしまうと、魔力供給が追っつかないらしい。
     その一例が、黒白戦争時代――実際に中央で戦争したのと、その前後の何やかやあった時代のコトだ――タイカさんがナンクンの人形に仕掛けられた罠にかかり、「バニッシャー」でどてっ腹をブチ抜かれた時だ。
     アレは本気でヤバかったんだろう。やむなくタイカさんは、「システム」の維持に使っていた魔力の一部を自分に回した。
     ソレでその場は切り抜けられたんだけど、……その代わりに、彼にとっては面白くないコトになったワケだ。
    「システム」の維持が1ランク下がり、そのために、ボクの意識だけがよみがえった。



     目覚めたところで、ボクはある人に出会った。
     その人は、面白いコトをしていた。
     自分の子孫に色々と助言を与え、導こうとしていたんだ。いわゆる霊夢(れいむ)――有益なコトを伝えてくれる、いい夢――を見させているつもりらしかった。
     彼女は幽霊だった。とっくの昔に体は死んでしまっていたけど、元々かなり腕のいい魔術師で、彼女のお師匠からその方法を教わったらしく、その魂は死後も健在なまま。
     それはボクも、ある意味で同じだった。体は死んだも同然――厳密に言えば死んでないけど、動けないし動かせないんじゃ、死んでるのと同じだろ――だけど、その心、魂は自由に動ける。
     ボクと彼女は、すぐに意気投合した。
     ボクも彼女と同じように、人の夢に出て、色々助言をしたくなったんだ。



     でも、勘違いしないでほしい。
     ボクはボクのために、霊夢を見させているんだ。

    白猫夢・麒麟抄 2

    2012.07.22.[Edit]
    麒麟の話、第2話。夢世界の預言者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 戦いに敗れ、ボクは封印された。 何故タイカさんは殺さなかったのか? 彼は何も言わなかったが、理由は大体分かってる。 魔力が欲しかったからだ。ボクの、彼を凌駕するほどの、膨大な魔力が。 事実、ボクがその中に封じられた超々巨大魔法陣――「システム」は、ボクの体を核として魔力を集め、そしてタイカさんの元へ送っていた。 そしてそれ...

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    麒麟を巡る話、第51話。
    白猫との出会い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    《く、ふふっ》
     目の前に立つ白い「猫」は、秋也を見て笑っている。
    「なっ、……誰だ、あんた!?」
     慌てて飛び起きる秋也に、「猫」はさらに笑い転げる。
    《くふっ、くふ、くふふ……。いや、いや。そんなに慌てなくていいよ、シュウヤ》
    「あ……? オレを、知ってるのか?」
    《ああ、知ってるよ。四ヶ月、テンコちゃんのトコで頑張ってたコトも、一度は試験に落ちたけど、ちゃんと合格できたってコトもね》
    「……?」
     得体の知れない相手に、秋也は一歩退いて警戒する。
    《そんなに怪しがらなくてもいいんだってば。
     ボクはね、シュウヤ。キミにいいコトを教えるために来たんだよ》
    「なんだって?」
     猫獣人はクスクス笑いながら近寄り、秋也の鼻先へピンと、人差し指を差して見せた。
    《キミを英雄にしてあげる》
    「英雄? ……だと?」
    《そう、英雄。キミのお母さんのような、世界に名を轟かせる、そんな英雄に》
    「……ワケ分かんね」
     秋也はこれが夢なのだろうと、うっすらとではあるが感じていた。
    「頬でもつねるか。こんなワケ分からん夢、見てても面白くないし」
    《えい》
     と、それを聞いた「猫」の方から、秋也の猫耳をぎりぎりとつねってきた。
    「あいでででででっ、やめっ、やめろっ!」
    《どう? 目、覚めるかい?》
    「……ぐっ」
    「猫」から手を離され、秋也はじんじんと痛む猫耳をさすっていたが、一向に夢から覚める様子は無い。
    《ボクの見せる夢は、コレくらいじゃ覚めないのさ。
     さあ、シュウヤ。真面目にボクの話をお聞き。キミにとってすごく耳寄りな、いい話なんだからね》
    「……分かったよ」
     秋也は諦め、その場に座り込んだ。
    「その前にさ、ちょっと聞きたいんだけど」
    《何をかな?》
    「あんた、名前は何て言うんだ? オレの名前を呼ばれるばっかりじゃ、不公平だろ? そっちも教えてくれるのが筋じゃないのか?」
    《分かってないなぁ、シュウヤ》
     秋也の問いに、「猫」はやれやれと言いたげに肩をすくめ、首を振って見せた。
    《キミはボクに対して、何もできない。この時点で公平じゃ、無いよね? まさかボクがキミの言うコト、聞くとでも?》
    「な……」
    《相手によっちゃ公平に接してくれるだろうけど、残念ながらボクは公平主義がキライなんだ。
     だからさ、シュウヤ。ボクはキミにアレコレ言って聞かせるけど、キミが何か言ったって、ボクが全うに、当然至極に答えるだなんて、思わないでよ?》
    「……」
     話の通じない相手と悟り、秋也は口をつぐむしかなかった。
     秋也が黙り込んだところで、「猫」は話を続けた。
    《まあ、ボクについては呼びたいように呼べばいい。白猫とでも、銀猫とでもさ。
     ソレよりも本題だけど、キミ、コレから予定はある? 西方に行って、何かしようって思ってる?》
    「いや……、特には、何も」
     まだ憮然とするものを感じてはいたが、秋也はとりあえず話に応じた。
    《そりゃいい。なら尚更、ボクの言うコトに従った方がいい。
     キミが到着する港は西方の玄関口、ブリックロードってトコなんだけど、ソコである仕事をやってくれるヤツを募集してるんだ》
    「ある仕事?」
    《簡単に言えば、運び屋さ。そいつらに声をかけて、ソレに付いていくんだ。
     ま、最初は断られるだろうけどね。でも諦めず、『自分を使ってほしい』って頼み込むんだ》
    「なんで? オレがなんでそんなコト、しなきゃならないんだ?」
     当然湧いた、秋也のその疑問に対し、白猫はフン、と鼻を鳴らした。
    《二度も言わせるなよ、シュウヤ。ボクがキミの質問に答える義務も、キミが質問する権利も、ボクは認めないよ。
     とにかくやるんだ、シュウヤ。分かった?》
    「いや、そんなムチャクチャな話……」《わ、か、っ、た!? そう聞いてるんだよ、ボクが!》
     あまりにも剣呑で、かつ、有無を言わせないその剣幕に、秋也はうなずくしかなかった。
    「……分かったよ。やるだけやるよ、やれって言うなら」
    《よろしい。
     ではいい旅を、シュウヤ》
    白猫がそう言った瞬間、秋也の意識は途切れ――。

    「……ん、がっ?」
     船室のベッドから、転がり落ちていた。

    白猫夢・起点抄 1

    2012.07.23.[Edit]
    麒麟を巡る話、第51話。白猫との出会い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.《く、ふふっ》 目の前に立つ白い「猫」は、秋也を見て笑っている。「なっ、……誰だ、あんた!?」 慌てて飛び起きる秋也に、「猫」はさらに笑い転げる。《くふっ、くふ、くふふ……。いや、いや。そんなに慌てなくていいよ、シュウヤ》「あ……? オレを、知ってるのか?」《ああ、知ってるよ。四ヶ月、テンコちゃんのトコで頑張ってたコトも、...

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    麒麟を巡る話、第52話。
    煉瓦造りの港町。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     秋也を乗せて央南、黄海の街を発った船は、それから一ヶ月ほどで西方の玄関口と言われる港町、ブリックロードに到着した。

    「なんか……、潮の香りに混じって……」
     港に降り立った秋也の鼻が、海の雰囲気ともう一つ、土の焼ける匂いを感じ取る。
    「……ああ、だから『ブリックロード(煉瓦道)』か」
     辺りを軽く見まわし、秋也はその匂いの正体と、街の名前の由来に気付いた。
     各所に煉瓦で作られた建築物が立ち並び、また、港を行き交う積荷やコンテナにも、煉瓦が山積みになっている。
     さらに港から街に向かう道のあちこちに、もうもうと煙を吐き出す煉瓦工場が立ち並んでおり、秋也の歩いているその道にまでも、煉瓦が敷き詰められている。
     どこを見渡しても、赤褐色の無い場所は無かった。
    「煉瓦の一大産地なんだな」
     秋也は一休みしようと、これまた煉瓦がびっしりと並べられた広場の一角にある椅子に――勿論、煉瓦造りである――座り込む。
    「流石に食べ物まで煉瓦、……なんてあるワケないか」
     そんな風に冗談を一人、こぼしていると――。
    「あるぜ」
    「えっ」
     横に座り込んだ茶色い耳の、赤毛の兎獣人が――その色合いは、まさに煉瓦である――ニヤリと笑って応じてきた。
     ちなみに西方は、人口の九割以上が兎獣人で構成されている。秋也のような猫獣人や、中央大陸では平均的に分布して見られる短耳・長耳も、ここでは少数派である。
    「ほら、あの炉端焼き」
    「え? アレ? ……マジで煉瓦、食ってんのか?」
     尋ねた秋也に、兎獣人はゲラゲラと笑い転げる。
    「いや、いや、俺の央中語のヒアリングが悪かったな、ごめんごめん。
     煉瓦を食うんじゃなくて、熱した煉瓦の上で焼いたのを食ってるんだ。鉄板焼きならぬ煉瓦焼きだな」
    「ああ、そっか、そうだよな。……ビックリしたぜ」
    「ところでお兄ちゃん、旅の人かい? ここいらにゃいない耳と顔をしてるが」
     気さくに尋ねてきた兎獣人に、秋也も笑って返す。
    「ああ、そうなんだ。まだこっちに着いたばかりで、あんまり西方語も良く解ってないんだけど……」
    「簡単さ。ちょっと気取ってしゃべってりゃ、そのうちペラペラさ」
     そう言いながらポーズを取って見せる兎獣人に、秋也はクスクスと笑う。
    「はは……、こうかな?」
     秋也も真似して、ポーズを取ってみる。
    「あはは、そうそう、それそれ」
    「こう?」
    「いや、こう」
    「こうか」
    「こんな風に」
    「こうっ」
    「それそれ、ぎゃははは……」
    「あはははは……」
     基本的にのんきな秋也は、兎獣人と一緒に笑い転げていた。



     ひとしきり笑ったところで兎獣人と別れた秋也は、白猫に会った夢のことを思い出していた。
    (運び屋、……ねぇ)
     それらしいものが無いかあちこち見て回るが、一向に見付からない。
     そこで秋也は、天狐から教わった「類推思考」に頼ってみることにした。
    (運び屋ってコトだから、当然、モノを運ぶワケだ。港町、……いや、煉瓦造りの街から運ぶモノって言えば、やっぱり煉瓦なワケで。
     逆に言えば、煉瓦を運んでるヤツの中に、いわゆる『運び屋』関係もいるんじゃねーかな……?)
     そう考え、秋也は港に戻ろうとした。
     と――まさにその、港の方角から、煉瓦を積んだ荷車がやって来る。そして荷車はそのまま、秋也の横を通り過ぎて行った。
    「……付いて行ってみるかな」
     秋也はゴトゴトと音を立て、往来を突っ切っていく荷車の後を追いかけることにした。
     荷車は街のあちこちで止まり、その都度街の者と会話を交わし、煉瓦を売っている。どうやら普通の周り売りらしい。
    (ありゃ、ハズレかな)
     そう思いつつも、他に当ても無いため、秋也は後を追いかける。
     すると積荷が半分になった辺りで、いかつい姿の短耳二人が煉瓦売りに近付いてきた。

    「おい、そこの」
     黒髪の、中年手前くらいの短耳が、やや横柄な態度で煉瓦売りを呼び止める。
    「へえ、なんでやしょ」
    「その煉瓦、いくらだ?」
     と、今度は頭を丸めた方の、相方よりは大分賢そうな、壮年の短耳が尋ねる。
    「キロ売りで、25キューです」
    「後、どれくらい残っている?」
    「ええと……、大体、50個くらいは」
    「他には無いのか?」
    「倉庫にはあと、300個か、もうちょっとはありやすよ」
    「あるだけ買う。いくらになる?」
    「あるだけ? え、本当に?」
    「我々が嘘を付くと言うのか!」
     憤慨する黒髪に、煉瓦売りは「ひゃ」と短い悲鳴を上げ、兎耳を震わせる。
    「こら、威嚇するな。……いや、失敬、失敬。
     我々の国で建築のため、少しばかり大量に買い付けを命じられてな。少なくとも1000個以上、できるようなら買えるだけ買い付けてくるようにと仰せつかっていてな」
    「はあ……、なるほど。えーと、じゃあ、わしの知り合いにも頼んで、煉瓦をご用意させていただきますですが、どうでやしょ?」
    「うむ、助かる。では今から頼めるか?」
    「はい、喜んで! あ、どこに運びやしょ?」
    「街外れに、我々の仲間が集まっているところがある。『シャルル・ロガンから託った』と言えば応じてくれる」
    「はい、承りました! じゃ、早速!」
     そう言うなり煉瓦売りは、ゴトゴトと荷車を引っ張って走り去っていった。

    白猫夢・起点抄 2

    2012.07.24.[Edit]
    麒麟を巡る話、第52話。煉瓦造りの港町。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 秋也を乗せて央南、黄海の街を発った船は、それから一ヶ月ほどで西方の玄関口と言われる港町、ブリックロードに到着した。「なんか……、潮の香りに混じって……」 港に降り立った秋也の鼻が、海の雰囲気ともう一つ、土の焼ける匂いを感じ取る。「……ああ、だから『ブリックロード(煉瓦道)』か」 辺りを軽く見まわし、秋也はその匂いの正体と...

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    麒麟を巡る話、第53話。
    真面目将軍とワイン漬けマスター。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「あんなじいさんに頼んで本当に大丈夫でしょうか、閣下?」
     煉瓦売りが見えなくなったところで、黒髪の方の短耳がそうこぼす。
    「心配あるまい。私が見たところ、質は悪くなさそうだった。仮にあの翁とそのツテから1000個集められるとして、2万5千くらいとなれば予算よりは大分安く上がる。
     他の班もそろそろ、買い付けを終えるところだろう。後は帝国に、確実に運ぶ方法を考えるだけだ」
    (帝国?)
     隠れて様子を伺っていた秋也は、その穏やかならぬ単語を聞き、猫耳をピク、と揺らす。
    「それなら先程、それ関係を請け負う奴らがたむろする場所を見つけています。多少柄は悪いようですが、如何せん、あの街道を突破することを考えれば……」
    「多少気の荒い方が集まった方が乗り切れるやも、か。
     よし、そこに向かうとしよう。案内を頼む、サンデル」
    「御意」
     二人は並んで、その場を後にする。
     秋也もこっそり、二人の後を付いて行くことにした。

     シャルル・ロガンと名乗っていた短耳、そしてサンデルと呼ばれていた短耳二人は、寂れた裏通りに入る。
    「ここか?」
    「情報によれば」
     二人は店の看板が半分朽ちた酒場の前で立ち止まり、中を覗き込む。
    「……ふむ」
     どうやら誰かがいたらしく、そのまま二人は中に入った。
     秋也も店の入り口にそっと立ち、中の様子を覗き見る。
    「失礼。私はグリスロージュ帝国の将軍、シャルル・ロガンと言う者だ。貴君らに頼みたいことがあって参った次第である」
    「あ~……?」
     いかにも場末の酒場に似合いそうな、酒に浸かったならず者たちが、ふらふらと顔を上げる。
    「貴君らには、帝国までの荷運びをやってもらいたい。報酬は弾むが、請け負ってくれるか?」
    「グリスロージュ帝国、ってぇ、……あの……、西方三国を喰ってるって言う……」
     誰かがつぶやいたその言葉に、ロガン卿は小さくうなずく。
    「如何にも。我々側の言葉で言えば、その三国を平和裏に統合、統一せんとする正統なる国家である。
     それ故、我が国は今まさに飛ぶ鳥を落とす勢い、日に日に勢力圏を拡大しつつある強大な国家であり、その分報酬の払いも非常に良いものであることを約束する」
    「……ちょっとぉ、……聞くっけどさぁ~」
     カウンターに突っ伏していた、白毛に銀のピアスをごてごてと付けた、あまり真っ当な生き方をしていなさそうな店主らしき兎獣人が、のろのろと真っ赤な顔を上げる。
    「陸路で行く気かぃ~……? それともぉ……、海路でかぃ~……?」
    「……陸路の予定だ」
    「あはぁ、やっぱりなぁ~……」
     それを聞いた店主は、ゲラゲラと笑い出した。
    「いひ、ひっひっひ……、最近の帝国さんはよぉ~……、とてもじゃないがぁ~……、船なんか出せやぁしないもんなぁ~……」
    「我々を愚弄するかっ!」
     サンデルが猛るが、ロガン卿はそれを無言で手を払い、制する。
    「耳が痛い限りであるな。その様子であれば、我々の窮状も察していただけよう」
    「おう、おう、おぅ~……」
     店主は兎耳をふらふらと揺らしながらうなずき、こう返す。
    「なんだっけぇ~……、あの、あれ、あれだ、……あ~、プラティノアール王国からのよぉ~……、海上封鎖をまともに受けちまってよぉ~……、物資供給が全っ然できないってよぉ~……、うわさになってるよなぁ~……」
    「その通りだ。それ故、陸路での物資運搬が現在、我々の生命線となっているのだ。
     ここからが依頼内容となるのだが、よろしいか?」
    「よろしい、よろしいよぉ~」
     店主はこくり、こくりと、うたた寝をするかのようにうなずく。
    「……本当によろしいか?」
    「よろしくともぉ~」
     ロガン卿は苦い顔をし、一瞬黙り込んだが、やがて口を開いた。
    「現在、我々は軍事物資をブリックロード他、このマチェレ王国各所より買い付け、集積しているところだ。
     その軍事物資を我々の帝国、グリスロージュの首都、カプラスランドまで運搬してほしい」
    「はぁ~……、なるほどねぇ~……」
     そう応じてはきたが、店主は半分ほど酒の残った瓶を撫でるばかりで、それ以上答えない。
     たまりかねたらしく、サンデルが声を荒げてきた。
    「どうなんだ!? やるのか、やらないのか!?」
    「……もういっこぉ、……聞くっけどよぉ~」
     と、店主は瓶に残っていた酒を呷りながら質問する。
    「このマチェレ王国からよぉ~……、将軍さんらのグリスロージュ帝国までよぉ~……、行くってぇなるとよぉ~……。
     途中で絶対にさぁ~……、あの、あれだ、あそこ、あの街道をよぉ~……、通らなくちゃならないよねぇ~……?」
    「……っ」
    「やっぱりだねぇ~……」
     店主はふらふらとした足取りで立ち上がり、壁に貼ってある地図をへろへろと指差した。
    「西方三国だった時代からさぁ~……、この北の方の山はよぉ~……、険しすぎて荷物なんか運べないしよぉ~……、となると道って言やぁ、このぉ~……」
     そして店主が指差した地名を見た二人は、揃って顔をしかめた。
    「プラティノアール王国の領地を横断してるよぉ~……、『ブリック―マーブル街道』をさぁ~……、突っ切っていかなきゃならなくなるよねぇ~……」

    白猫夢・起点抄 3

    2012.07.25.[Edit]
    麒麟を巡る話、第53話。真面目将軍とワイン漬けマスター。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「あんなじいさんに頼んで本当に大丈夫でしょうか、閣下?」 煉瓦売りが見えなくなったところで、黒髪の方の短耳がそうこぼす。「心配あるまい。私が見たところ、質は悪くなさそうだった。仮にあの翁とそのツテから1000個集められるとして、2万5千くらいとなれば予算よりは大分安く上がる。 他の班もそろそろ、買い付...

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    麒麟を巡る話、第54話。
    危険な荷運び。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     店主の指摘に、ロガン卿もサンデルも苦い顔をして黙り込む。
    「おやあ~……? まさかあんた方よぉ~……、しれーっとそれ、黙って依頼しようなんてぇ~……、思ってたりしたのかなぁ~……?」
    「い、いや、それは……」
     取り繕おうとするサンデルを制し、ロガン卿が弁解する。
    「貴君の言う通り、確かに我々はあえてその件に触れなかった。
     と言うのも、道と事情に詳しい貴君らであればそのルートには触れず、別のルートを紹介してくれるのではないかと期待したからだ」
    「モノは言いようだねぇ~……」
    「しかし残念ながら、貴君らもブリック―マーブル街道以外のルートは存じておらんようだな」
    「そりゃあまあ、ねぇ~……。我々は自由と平和と煉瓦の焼ける香りと、ちょっとばかしのお金とワインをこよなく愛する、健全なマチェレ国民だもんなぁ~……」
    「堕落と言うのだ、それは!」
     サンデルが猛るが、店主は意に介さない。
    「そりゃあまあ、毎日戦争でお忙しい帝国民さんらにとっちゃあよぉ~……、俺たちの暮らしはそりゃもう、怠惰なもんだと思うんだろうけれっどもよぉ~……。
     しかしだよ、薬缶みたいな髪形のお兄さんよぉ~……。毎日酒が飲めて、毎日働こうと思えば働き口がいくらでもある、こーんないい街によぉ~……、そんなキナ臭くて堅っ苦しい主義主張なんぞ、持ち込むのが野暮ってもんだろぉ~……?」
    「ふざけるなッ、誰が薬缶だ、誰が!」
     今にも頭から湯気を噴き出しそうなサンデルを、ロガン卿がたしなめる。
    「その辺にしておけ。我々は国民性の是非を討議しに来たわけでは無いのだ。
     話を戻すが、やはりブリック―マーブルを通るしか無いわけだな」
    「そうなるねぇ~……」
    「では、不可能だろうか? 街道を通り、かつ、軍事物資を帝国に届ける、と言う計画を実行するのは」
    「難しいねぇ~……。なにせプラティノアール王国じゃ、あっちこっちに兵隊さんらが網を張ってるもんねぇ~……。何が何でも帝国さんをとっちめてやろうってお国だしさぁ~……、間違いなく襲われるねぇ~……」
    「そうか……。分かった、邪魔したな」
     そう言って、ロガン卿は酒場を去ろうとした。
     が――。
    「ああ、ちょっと待ちなぁ~……、ロガンの旦那さんよぉ~……」
    「うん?」
    「難しいって言ったが、無理とは言ってないよぉ~……」
    「ほう」
     返しかけた踵を戻し、ロガン卿は詳しく尋ねる。
    「何か策があるのか?」
    「まあ、100%襲われるってのから、50%くらいにはできるかなってのがねぇ~……」
    「と言うと?」
    「簡単だよ、囮を使うのさぁ~……」
    「確かに偽の荷車を用意し二手に分かれれば、物資を取られる危険は半分になるのが道理だ。だが相手の軍勢もそう、少なくない。両方を襲われることもあるではないか」
    「そうだろうねぇ~……。一つ拿捕して、その後でもう一つ、似たような奴らを見つけたら、拿捕しようって思うだろうねぇ~……」
    「なんだ、馬鹿馬鹿しい!」
     吐き捨てるようにそう言ったサンデルに、店主がにやあっと笑いかける。
    「でもさぁ~……、二つ拿捕して、王国軍さんがそいつらを連行したらさぁ~……、街道はガラ空きになるんじゃないかなぁ~……?
     いくらなんでも怪しいのが一個、二個通り過ぎた後、さらにもう一個来るなんてよぉ~……、思いもしないんじゃないかなぁ~……」
    「なるほど。二重に囮を仕掛け、それに手を取られた隙を突き、本命を行かせるわけだな。
     となると、大分人手が必要になりそうだが……」
    「50人は用意できるよぉ~……。一人当たり、一日2600キューでぇ~……、危険手当と死亡補償としてぇ~……、それぞれ20000、80000でぇ~……、どうかなぁ~……?」
    「……手当に関しては、その額で構わん。しかしカプラスランドまでは、早くとも2週間を要する道のりとなる。50人雇うとなれば、総額200万キュー近くになってしまう。もう少し、安くはなるまいか?」
    「嫌って言うなら、ウチは手を引かしてもらうよぉ~……。
     ウチだって抱えてる人材にさぁ~……、もしものことがあったら困るんだからさぁ~……。支払いはちゃんとしてもらわないとねぇ~……」
     店主の要求に、ロガン卿はしばらく渋い顔を向けていたが、やがて折れた。
    「……分かった。その額で頼もう」
    「毎度ありぃ~……」

    白猫夢・起点抄 4

    2012.07.26.[Edit]
    麒麟を巡る話、第54話。危険な荷運び。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 店主の指摘に、ロガン卿もサンデルも苦い顔をして黙り込む。「おやあ~……? まさかあんた方よぉ~……、しれーっとそれ、黙って依頼しようなんてぇ~……、思ってたりしたのかなぁ~……?」「い、いや、それは……」 取り繕おうとするサンデルを制し、ロガン卿が弁解する。「貴君の言う通り、確かに我々はあえてその件に触れなかった。 と言うのも...

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    麒麟を巡る話、第55話。
    破落戸バー。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ロガン卿らが酒場を出て行ってすぐ、秋也はその店に飛び込んだ。
    「すまない、失礼するぜ!」
    「あ~……?」
     カウンターに突っ伏す寸前だった店主が、のろのろと顔を上げる。
    「なんだ、今日は客の多い日だなぁ~……?」
    「客って言うか、何ていうか、ええと、……まあ、いいや。
     おっちゃん、さっき仕事受けたよな?」
    「あ~……、受けたけども、それがどうしたぁ~……?」
    「オレ、その仕事に雇ってくれないか?」
    「はぁ~……?」
     頼み込んできた秋也の顔を見て、店主は黙り込んだ。
    「……」
    「な、頼むよ。ほら、なんだ、その、金に困って……」「ないよねぇ~……」
     店主は棚から新しい酒瓶を出し、栓を抜きながらこう返す。
    「お兄ちゃん、身なりが綺麗すぎるよぉ~……。金に困ってたら、そんな格好してないよぉ~……」
    「あ、じゃあ、その、この国の仕事に触れてみて、見聞をさ」「ないよねぇ~……」
     と、この方便も嘘だと看破される。
    「お兄ちゃん、どう見ても真っ当なタイプの人だよねぇ~……。そんな真面目くんがさぁ~……、わざわざこーんな裏通りの小汚い店に入ってさぁ~……、見聞深めたいなんて話、ないよぉ~……」
    「えーと、じゃあ、……えー」
    「帰った方がいいよぉ~……。今ならさぁ~……、そのかばんくらいで許してあげるからさぁ~……」
    「……なんだって?」
     秋也の問いに店主が答える代わりに、店のあちこちから小汚い兎獣人たちが数名、割れた酒瓶や短刀を手にして現れた。
    「君が悪いんだよぉ~……? こーんな店に、一人で入って来るなんてさぁ~……」
     店主はそう言うなり、空になっていた酒瓶を、秋也目がけて投げ付けてきた。
    「わ、っと!?」
     飛んできた酒瓶をすれすれでかわすと同時に、近くまで迫っていた兎獣人2人が短刀を腰だめに構え、秋也の胴を狙ってくる。
    「ひひひ、金だ金だぁ~!」
    「金が自分から飛び込んできやがった、へへへへ……!」
     が、秋也は肩にかけていたかばんをぐるんと振り回し、片方の兎獣人の顔に叩き付ける。
    「ふえっ!?」
    「だーれが……、こんなところでやられるかってんだ!」
     動きの止まった兎獣人の足を、秋也はぱしっと乾いた音を立てて蹴り払う。
    「おわあ!?」
     倒れこんだ兎獣人を飛び越し、もう一人の方にもかばんを叩き付け、続いて平手を胸に入れる。
    「ぬへっ!?」
     べちんと痛々しげな音と共に、兎獣人は床に倒れ込む。
     その間に、新たな兎獣人が3名、秋也に向かってくるが――。
    「うらあっ! ……て、あれ?」「こっちだよ、マヌケ」
     酒瓶を振り下ろした兎獣人のすぐ後ろに回った秋也は、相手の背中を平手で叩く。
    「ほ、ほあー!?」
     兎獣人は酒瓶を落とし、背中を押さえて悶絶する。
     一瞬のうちに倒れた仲間を見て唖然とする残り2人にも、秋也は左と右、それぞれの手で平手を食らわせ、吹っ飛ばした。
    「ふぎゃー!?」「いてえー!?」
     あっと言う間に5人が倒され、赤ら顔の店主も目を丸くする。
    「な、なんちゅう早業だぁ」
    「どうだ? もう他にはいないのか?」
    「……う、うーん。残念だけどもぉ、……いないんだよね」
     もごもごとつぶやきながら、店主はそろそろと屈み、カウンターの下に隠れようとしている。
     と、膝立ちになった辺りで突然、本物の兎のようにぴょんと飛び跳ねた。
    「……と思ったら来た! アルト来た! これで勝てる! やっちゃって、アルト!」
    「は?」
     いつの間にか入り口に立っていた赤毛の兎獣人が、怪訝な顔を向けてくる。
    「あれ、あんた……?」
     秋也が問いかけるのをさえぎり、店主がわめく。
    「そいつ、うちの奴らをボコボコにしちゃったんだよぉ! 目一杯ブッ飛ばしちゃってぇ~!」
    「つってもなぁ」
     アルトと呼ばれた兎獣人は、困った顔を秋也に向けてきた。
    「さっき一緒に楽しく露店メシ食った奴を殴るなんて、俺の性にゃ合わないぜ。あんただって殴られんの、嫌だろ?」
    「そりゃ、まあ」
     そう答えた秋也に、アルトは肩をすくめた。
    「それより飲むか? 店主はアホだけど仕事はちゃんとする奴だから、酒もうまいぜ」
    「ああ、そっちの方が断然いいよ」
     そう応答し、秋也とアルトは同時に笑った。

    白猫夢・起点抄 5

    2012.07.27.[Edit]
    麒麟を巡る話、第55話。破落戸バー。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ロガン卿らが酒場を出て行ってすぐ、秋也はその店に飛び込んだ。「すまない、失礼するぜ!」「あ~……?」 カウンターに突っ伏す寸前だった店主が、のろのろと顔を上げる。「なんだ、今日は客の多い日だなぁ~……?」「客って言うか、何ていうか、ええと、……まあ、いいや。 おっちゃん、さっき仕事受けたよな?」「あ~……、受けたけども、それが...

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    麒麟を巡る話、第56話。
    パスポーター・トッド。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「大体、そりゃマスターが悪いんだよ。入ってきた客をいきなり襲う店があるかっつの」
     アルトの叱責に、店主はもごもごと弁解する。
    「いやさぁ、『人を見たら金袋と思え』ってさぁ~、じいちゃんから教わったからねぇ~」
    「捨てっちまえよ、そんな教え」
     二人のやり取りに、秋也は思わず噴き出す。
    「ぷ、くく……」
    「すまないな、本当。こいつ、礼儀と倫理観ってもんがアルコールで蒸発しちまってんだ。だから酔っぱらったまま店に立つし、一見の客をいきなり襲ったりもするし。
     ま、それに慣れさえすりゃ、タダみたいな値段で酒は飲み放題だし、話も色々融通してくれっから。残念ながらあえて美点を無理くり挙げるとすれば、そこだけになるんだけれっども」
    「ひっどいなぁ~」
    「否定できるもんならしてみろよ、まったく。こんな滅茶苦茶な店、世界中でここだけだっつーの」
     そう悪態をついたところで、アルトは話題を変える。
    「っと、それで……、えっと、シュウヤだっけ。
     何でまた、運び屋なんかやりたいんだ? 5対1で圧勝できるような実力があるんなら、他にいくらでも働く口なんかあるだろうに」
    「まあ、その、色々事情がさ」
    「その事情、聞かせてくんねえかな。どうしても教えたくないってんなら、そりゃ、無理には聞かないけどさ」
    「うーん……、信じてもらえるかどうか」
     そう前置きし、秋也は夢の中で白猫に会い、運び屋をやるよう指示されていたことを説明した。
    「……白猫、か。となるとそりゃ、『白猫の夢』ってことなのか?」
    「『白猫の夢』……。そっか、……そうなのかも知れない」



     夢の中に白い猫獣人が現れて預言を与え、この夢を見た者は幸せになれると言ううわさは、この双月暦6世紀頃には既に広く知られており、秋也もこのうわさは何度か耳にしていた。
     ちなみに彼の母、黄晴奈もこの夢を見た一人と言われている。



    「もしそれがマジで『白猫の夢』だってんなら、従わない手は無いだろ」
     そう言うとアルトは、店主にこう提案した。
    「マスター、こいつから運び屋やりたいって言ってんだから、やらせりゃいいだろ」
    「いや、でもさぁ~、西方人じゃないってのはちょっとねぇ~」
    「別に構やしないだろ、依頼人からしたら。仕事やるんなら、それが兎だろうが猫だろうが、問題ないわけだし。
     ま、それにさ。こいつを雇うんなら、俺も一緒に行ってやるぜ?」
     そう言ってアルトは、パチ、とウインクを店主に送る。
    「……あ、え、ホントに?」
     アルトの言葉に、店主は顔をほころばせて見せる。
    「いやいやいや、あんたが来てくれるならそりゃもう、どんな条件だって呑んじゃうよぉ~!
     よし決めた、シュウヤくん、君採用! よろしくちゃん!」
    「なんだよ、よろしくちゃんって……。
     まあいい、とりあえずそう言うことになった。改めて自己紹介させてもらうぜ。
     俺の名前はアルト・トッドレール。何でも屋だ」
    「何でも屋?」
     そう尋ねた秋也に、店主が代わりに答える。
    「西方じゃあ、彼を知らない人なんていないよぉ~。
     パン屋から煉瓦焼き、博打の代打ちから用心棒、果ては弁護士、魔術師まで一通りこなしてみせる、まさに天才!
     彼に頼んだ仕事がこれまで失敗に終わったことなんて、一回も無いんだよぉ~」
    「そりゃ言い過ぎさ、俺だって多少はしくじったりもする」
     そう前置きしつつも、アルトは続いてこう言ってのけた。
    「つっても、ここ数年はヘマやった覚えは無いけれっどもな。俺と一緒にいれば、怖いもんなしだぜ?
     ま、そう言うわけだ。よろしく頼むぜ、シュウヤ」
    「ああ。よろしく、アルト」
     秋也とアルトは酒の入ったグラスを交わし、乾杯した。



     この、西方に来てすぐ就いた、何と言うことの無さそうに感じた仕事が、大変な冒険の起点になるとは――のんきな秋也に、分かるはずも無かった。

    白猫夢・起点抄 終

    白猫夢・起点抄 6

    2012.07.28.[Edit]
    麒麟を巡る話、第56話。パスポーター・トッド。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「大体、そりゃマスターが悪いんだよ。入ってきた客をいきなり襲う店があるかっつの」 アルトの叱責に、店主はもごもごと弁解する。「いやさぁ、『人を見たら金袋と思え』ってさぁ~、じいちゃんから教わったからねぇ~」「捨てっちまえよ、そんな教え」 二人のやり取りに、秋也は思わず噴き出す。「ぷ、くく……」「すまないな、本当。...

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    麒麟を巡る話、第57話。
    西方史のお勉強。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     秋也はあのワイン漬けの店主に指示された通りに、アルトと共にブリックロードの郊外へと向かっていた。
    「なあ、アルト」
    「ん?」
     その道中、秋也はいくつかの質問をぶつけてみた。
    「実を言うとオレ、これから会う奴らのコト、隠れて見てたんだ。ワケありそうだなーと思って」
    「ふーん……? それが、何か気になることでも?」
    「ああ。『帝国』の人間だって名乗ってたけど、……正直、いい印象が無いなって。
     オレ、中央の人間だからさ、『帝』を名乗るタイプってあんまり、その、何と言うか、胡散臭いって言うか」
     これを聞いたアルトは、うんうんとうなずいて返した。
    「なるほどな。ま、確かに西方でも『帝国』なんて名乗る輩がまともじゃあないのは、昔っからの通説さぁ。
     確かにいわゆる『双月暦』以前、帝国を名乗るのはちょこちょこいたそうだけれっども、然るにその僭称(せんしょう)は自らを『乱暴者の総大将である』と名乗ってるようなもんだ。
     例えば紀元前1~2世紀頃にゃあフェルミナ帝国なんてのがあったらしいが、歴史書の多くははっきり『愚君の連鎖であった』と評してるし、さらに遡ること100年、紀元前3世紀以前にもトネール帝国なんつうのもあったらしいが、これもまた歴代揃ってバカ殿揃いと言われてる。
     そもそも俺に言わせてもらえば、『中央政府』を打ち立てた天帝なんてのもおバカ一族さ。そりゃま、こっちの皇帝に比べりゃ最初の方だけは多少はいいことしたっぽいが、末期が悲惨に過ぎらぁ。
     最後の皇帝なんかあれやこれや無茶振りしまくった挙句に、部下に逆ギレされて殺されちまったんだろ?」
    「らしいな。詳しくは知らないけど」
    「確か8代目……、オーバル? ……違うな、オーヴェルだっけか。まあいいや、名前なんてどうでも。
     ともかく俺たちからしても、今のこのご時世に『帝国』なんて名乗るような奴らは胡散臭く感じてるのさ。だけれっどもその分、性質はかなり悪そうって評判もある。
     元々、西方の南西には3つの王国があってな。プラティノアール、ロージュマーブル、それからグリサルジャンって王国が、3つだ。この三国、とにかく仲が悪くってな。ちょくちょく戦争したり、しなかったり、と思ったらいつの間にかまたやってたり、ってな具合だったんだけれっども。
     そもそもそんだけ戦争が長続きできて、かつ、長続きさせた理由が、この三国が三国とも、希少な金属の産出地だったってことにある。銀や銅、白金や、最近じゃニッケルなんかの鉱床も見付かったんだが、そんなのがこの三国の北にある山脈を横断する形で、ながーく連なっててな。それを寄越せ、嫌だ、じゃあ奪うぞってんで、ちっとも仲良くなんかしなかったんだ、これが。
     で、希少金属の産地だから金はある。だもんで三国とも金に飽かせて兵隊やら武器やらじゃんじゃん買い込んで戦争しっぱなし、……だったんだけれっども、ここ十数年で事情が大きく変わってきた。それが、『グリスロージュ帝国』って奴さ。
     まずそいつらは一番西にあったグリサルジャン王国を陥落させ、そこで帝国を名乗った。そっからガンガン東に侵攻して、10年くらい前にロージュマーブル王国の領地を全部奪い取り、現在の国名に呼び方を変えた。
     今は隣国となったプラティノアール王国と戦ってる最中らしいんだが、これはどうも、うまく行ってないらしい」
    「ああ、ちょっと聞いたけど、王国側から海上封鎖されてるらしいな」
    「らしいな。その他にも王国側は、他の国と陸続きになってる利点を活かして色々と条約やら条項やらを結んで、帝国を西方の中で村八分にしようとしてるらしいぜ。
     その中心人物である王国の宰相がまた、変わった奴らしくてな……」
     と、そこまで話したところで二人は郊外の、それらしい人間がたむろしている場所に到着した。

    白猫夢・荷運抄 1

    2012.07.30.[Edit]
    麒麟を巡る話、第57話。西方史のお勉強。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 秋也はあのワイン漬けの店主に指示された通りに、アルトと共にブリックロードの郊外へと向かっていた。「なあ、アルト」「ん?」 その道中、秋也はいくつかの質問をぶつけてみた。「実を言うとオレ、これから会う奴らのコト、隠れて見てたんだ。ワケありそうだなーと思って」「ふーん……? それが、何か気になることでも?」「ああ。『帝国...

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    麒麟を巡る話、第58話。
    仁に篤き帝国将軍。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     いかにも軍人風の人間が集まっている、その中心に立っている人物に、秋也たちは声をかけた。
    「ロガン卿ですね?」
    「いかにも。貴君らは?」
     ここまで聞いてきた物騒なうわさとは裏腹に、ロガン卿はやんわりとした物腰で応じてきた。
    「『酒跳亭』から派遣されました、シュウヤ・コウと……」
    「アルト・トッドレールです」
     アルトがそう名乗った途端、場がざわめく。
    「トッドレール?」
    「ってあの……」
    「『何でも屋』トッドか?」
     そしてロガン卿の横に立っていたあのジャーヘッド(薬缶刈り)のサンデルが顔色を変え、アルトに歩み寄ってきた。
    「貴君があの『何でも屋』トッドであるか?」
    「で、ありますねぇ」
    「いや、これは会えて重畳と言うもの! 吾輩も評判はかねがね聞いている! その、よければ握手など……」
     そう申し出たサンデルに対し、アルトはぷい、と苦い顔をロガン卿に向けて見せる。
    「おやー、これは私めの勘違いでしたかな」
    「うん?」
    「私ゃ運び屋として呼ばれたと思ってたんですがねぇ? 大スターの舞台俳優として呼ばれたつもりは微塵もありませんで、ちっとばかし衣装を間違えてしまったようだ」
    「……失敬した」
     ロガン卿も苦虫を噛むような顔を見せ、サンデルの頭をはたく。
    「あいてっ」
    「帝国軍人ともあろう者が、浮ついた態度を執るな! まったく、情けない。
     ……本題に入ろう。我々はここ、マチェレ王国より我らがグリスロージュ帝国まで、軍事物資を運搬する予定を立てている。しかし今現在、海路による輸送は諸事情により……」
    「存じております、閣下。陸路でしか行けないと言うことも、その陸路とはブリック―マーブル街道一本しかないと言うことも。
     その先の、詳しい運搬方法をお聞かせ願いたい」
     アルトに急かされ、ロガン卿はもう一度苦い顔をする。
    「……コホン。では、作戦についてだが。
     既に現在、3輌の馬車を帝国に向けて走らせている。勿論これは、囮だ。そしてさらに1輌の囮を走らせ、これを敵には本命と思わせる。
     そして敵の警戒が先の4輌に向けられたところで、本物の本命、即ち我々の馬車を送る。首尾よく行けば、これで軍事物資を帝国首都まで無事、運搬できるであろう」
    「あの、質問いいですか?」
     と、ここで秋也が手を挙げる。
    「なんだ?」
    「囮の4輌は、どうなるんです?」
    「どうなる、とは?」
    「敵国に捕まるってコトになるんですよね? じゃあもしかしたら、命の危険だってあるんじゃ……」
    「何を分かり切ったことを!」
     その問いを、サンデルが鼻で笑う。
    「いいか、今は戦争の最中だ! 多少の犠牲など、あって然るべきではないか! 甘ったるいことを抜かすな!」
    「……」
     その回答に秋也が憮然とするのと同時に、ロガン卿が「馬鹿者!」とサンデルを一喝した。
    「それではあの鼻持ちならぬ、人でなしの参謀と一緒ではないか! お前は一般人と戦闘員の区別も付かんのかッ!?」
    「あ、いや、そんなつもりでは……」
    「いいか!? 我々は高潔たる帝国軍人であり、また、そうあるよう努力すべき義務があるのだ!」
    「……申し訳ありません、閣下! 軽率な発言でありました!」
     サンデルは顔を真っ赤にし、深々と頭を下げて謝罪した。
    「分かればいい。以後、気を付けるように」
    「はいっ」
    「……ゴホン。話の腰を折ったな。
     今述べたように、我々は軍人として高潔であるつもりであるし、相応に誇りも持っている。それと同様、敵国といえどもプラティノアールの兵もまた、不義非道の輩ではない。拿捕した相手が一般人と分かれば、彼奴らは即刻解放し、強制帰国させるであろう。その点については、安心していいはずだ。
     とは言えそれはあくまで、一般人の場合だ。軍同士、兵隊同士とあれば、サンデルの言う通りになる。戦争の最中であるし、敵国の人間である我々が領地内に入ってきたとなれば、彼奴らから攻撃を受けても文句は言えん。
     つまりこの本命、帝国軍人が守りを固める本隊に就くのは貴君らにとって、最も危険であると言える」
    「ま、その分」
     ここまでじっと話を聞いていたアルトがにやあっと笑い、胸の前に親指と人差し指で輪を作ってこう尋ねる。
    「危険手当なんかは、ちっとくらいは多めに出してもらえるんでしょう?」
    「……元よりそのつもりであるし、何より、貴君に手を貸してもらえるとあれば、もっと弾んで然るべきだろう。
     とは言え現在、軍の出納部門にはそう余裕は与えられておらん。今回の作戦で割り当てられていた予算は既に赤字が出ているからな。これで失敗すれば、まず報酬は無いものと思っていてほしい」
    「逆に大成功しちまえば、きっちりボーナスまで払ってもらえる。そう期待してますぜ」
     アルトはもう一度、にやっと笑って見せた。

    白猫夢・荷運抄 2

    2012.07.31.[Edit]
    麒麟を巡る話、第58話。仁に篤き帝国将軍。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. いかにも軍人風の人間が集まっている、その中心に立っている人物に、秋也たちは声をかけた。「ロガン卿ですね?」「いかにも。貴君らは?」 ここまで聞いてきた物騒なうわさとは裏腹に、ロガン卿はやんわりとした物腰で応じてきた。「『酒跳亭』から派遣されました、シュウヤ・コウと……」「アルト・トッドレールです」 アルトがそう名乗...

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    麒麟を巡る話、第59話。
    輸送作戦の開始。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     マチェレ王国の出国手続きを終え、いよいよ秋也たちが就く本隊はブリック―マーブル街道を西へと進み始めた。
    「どーよ?」
     国境を越えてから15分ほどして、御者台に座って手綱を握っていたアルトが、横に並んで座っていた秋也に尋ねる。
    「ん?」
    「剣士って言ってたけど、戦場に出た経験は無いんだろ?」
    「ああ」
    「こうして漠然と敵に狙われる気分、初めて味わったんじゃないかって、さ」
    「そうだな……、まあ……」
     秋也は辺りを見回すが、特に危険な様子やその兆候は見付からない。
    「実感が無い、ってのが正直な感想だな」
    「だろうな。まだ、マークされてもいないからな」
     馬車は前述の作戦に加え、より目を付けられないようにと、一般の荷馬車風に擬装されていたし、秋也たちもいかにも平穏な農民が好みそうなポンチョと帽子を被っている。
    「このまま平穏無事に……、って行く可能性って、どれくらいだろ」
    「俺の見立てじゃあ、半分以下ってところだな」
    「半分以下?」
     不安がる秋也に対し、アルトはその論拠を聞かせる。
    「まず偽々作戦が無い場合を考えるとな。こうやってカモフラージュするってのは、通常の戦闘においても、よく使われてる戦術、作戦なわけだ。それだけに成果はあるし、一方で見破るテクニックも少なくない。だからこれ単体だと、成功確率は良くて7割弱ってところだ。
     で、マスターが嬉々として立てた偽々作戦だけれっども、俺の予想と勘から言わせてもらえば、あんまりなーって感じはあるんだ」
    「あんまり?」
    「今回みたいな、落とし穴を避けた先にもういっこ落とし穴を作っとく、なんて戦術も結構昔からあるし、効果も高い。その点で言うと、擬装作戦と同じなんだよな。だから7割かけるの7割で、5割を切る計算になる。
     でさ、昨日言いかけてた話になるんだけれっども、何年か前に新しくプラティノアール王国の宰相になった奴ってのが、とんでもない切れ者だってうわさがあるんだ。
     その宰相閣下さんが、こんな古典的な戦法の重ね合わせを見抜けないようなマヌケとは、俺にゃ到底思えないんだよな」
    「つってもさ、その宰相って、まあ、宰相だからさ、相当忙しいんだろ? 流石にこんな細かい末端の動きにまで目を配るなんてコト、できないんじゃないか?」
    「それも一理、だな。
     ただ、俺たちが加担してるこれは、敵国のやってる『軍事行動』だ。それを今まさに戦時中って言うこの時、見抜けない司令官がいるかよって話になってくる。
     もしいたとして、それは明らかな防衛の穴だぜ。聡明な宰相閣下さんであれば、そんなマヌケの首を挿げ替えるくらいのことはやってのけると、俺はそう思うがねぇ……?」
    「……」
     アルトの見解を聞き、秋也は不安を覚える。
    「……どーよ?」
    「なにが?」
     秋也のそんな顔をニヤニヤと眺めながら、アルトが再度尋ねてきた。
    「不安になってきたんじゃないか?」
    「そりゃ、……まあ、な」

     アルトに軽く脅されたものの、作戦開始からの数日間は実にのどかな旅となった。
     その間に秋也は――ある意味、剣術の腕以上にこの才能は、彼にとってかけがえのない特長と言えるかも知れない――ロガン卿やサンデル、その他この本隊に付随していた帝国の兵士たちと親しくなることができた。
    「なるほど、貴君は央南の出なのか。道理で顔つきが違うはずだ」
    「ええ、みたいですね。将軍も短耳ですけど、生まれはこちらなんですか?」
     秋也にそう問われ、ロガン卿は「うむ」とうなずく。
    「私もサンデルも、実を言えば央北系の三世なのだ。家系も歳も違うが、似た点が多くてな。その縁からか、何度も共に行動しておる」
    「そうなんですか」
     と、ここでサンデルも話に加わる。
    「実を申せば我々二人とも、元はグリサルジャン王国の兵だったのだが、敗戦後、帝国に登用されたのだ。帝国との戦争時、そこそこ程度にはいい働きをしたと評価されてな」
    「お前の場合はそこそこだろう。私はもう少しばかりは活躍したぞ」
    「ははは、閣下には敵いませんなぁ」
    「ふっふふ……」
     会った当初は彼らに対し、取っ付きにくい印象を覚えていた秋也だったが、こうして寝食を共にするうち、案外大らかで性根の清々しい者たちと分かり、打ち解けることができた。



     そのため――後にプラティノアール王国の兵たちによって襲撃された際、秋也は彼らに対し、最初は深い嫌悪感を抱くことになる。

    白猫夢・荷運抄 3

    2012.08.01.[Edit]
    麒麟を巡る話、第59話。輸送作戦の開始。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. マチェレ王国の出国手続きを終え、いよいよ秋也たちが就く本隊はブリック―マーブル街道を西へと進み始めた。「どーよ?」 国境を越えてから15分ほどして、御者台に座って手綱を握っていたアルトが、横に並んで座っていた秋也に尋ねる。「ん?」「剣士って言ってたけど、戦場に出た経験は無いんだろ?」「ああ」「こうして漠然と敵に狙われ...

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    麒麟を巡る話、第60話。
    難所への突入。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     街道を進んでから、10日以上が経過した。
    「今日もいーい天気だなぁ」
     この日も馬車の操縦はアルトに任され、秋也はその横に座っていた。
    「だなぁ。本日も異状なし、か。……囮のみんな、どうしてるんでしょうね?」
     振り返ってそう尋ねた秋也に、ロガン卿がこう返す。
    「首尾よく――我々にとっての意味であるが――進んでいれば、恐らくは既に捕まり、そして数日程度の拘留後、マチェレ王国に送還されているだろう。
     しかしそれに関して、気になることもある」
    「って言うと?」
     秋也の問いに、アルトが代わりに答える。
    「この街道、基本はバーンと抜けた一本道なんだけれっども、最近行き来した痕跡が少ない、……ってことですね?」
    「左様」
    「ん……?」
     首をかしげる秋也とサンデルに、アルトが詳しく説明する。
    「俺たちの前には、囮が4輌進んでた。そんなら途中まで、そいつらの轍なり一旦停止して食事にしたりしたって言う痕跡が、4輌分以上なきゃおかしいはずだろ?
     だけれっどもよ、ここまでの行程でその痕跡は――王国内の奴らが使ったことを加味しても――少な過ぎるんだよ。俺の見立てじゃあ1輌か、2輌分しか無かったんだ」
    「私も同意見だ。これではまるで、我々以外に利用していないようではないか、と」
    「囮が行ったはず、……なのに?」
    「逆だな。囮はこの道を進んでない、……いや、進めなかったんだ。それも恐らく、出発から3日か4日、ともかく入国してすぐくらいで止まってる」
    「……つまり、もう既に捕まった、と?」
    「そう考えるのが筋だが、そうなるとおかしいことが一個出てくる」
     アルトはそこで、目だけを動かして辺りを見渡した。
    「おかしいコトって?」
    「シュウヤ、お前さんはもうちょっと自分に目を向けた方がいいぜ。
     つまりだ、俺たちがなんで捕まりもせず、ここまで来られたのかってことだよ」
     そう言っているうちに、馬車は薄暗い森の中に入っていく。
    「そして幸か不幸か、この街道は今までは概ね拓けた場所を通っていたが、この一ヶ所――プラティノアール王国西部に広がる大森林地帯、ローバーウォードだけは迂回するにも広過ぎるってんで、こうしてど真ん中を突っ切るしかないってわけだ」
     アルトの説明を、ロガン卿が継ぐ。
    「軍事的言い換えをするとすれば、これまでは交地、即ち非常に見渡しの良い地形が続いたわけであり、敵が密かに狙う、あるいは襲ってくるには不都合なところばかりだった。
     だがこの場所は明らかに泛地(はんち)。見通しが悪く、かつ険阻であり、人間がいくらでも潜み、待ち構えていられる場所だ。
     そろそろ警戒しておけ――私が敵将であるなら、ここは敵を仕留めるに持って来いの場所だ」
     その言葉に、秋也も、他の兵士たちも、そろそろと武器を手に取りだした。

     鬱蒼(うっそう)とした森の中を、馬車はゆっくりと進んでいく。
    「アルト、……もういっこ聞いていいか?」
    「なんだ?」
    「さっきの話だけど、なんで囮はすぐ捕まえた癖に、俺たちは泳がされたんだ?」
    「理由は2つだな」
     アルトは手綱を忙しなく動かし、馬を逸らせないように努めながら、その質問に答える。
    「一つは、囮は無抵抗だったからすぐ捕まえられたんだろうが、武装した俺たちはそうは行かないだろう、って言う敵さんの判断だろうよ。だから、捕まえやすいところまで進めさせたってとこだろうな。
     もう一つは、俺たちの疲労を待ってたんだろう。元気一杯に応戦してこられちゃ、そりゃあ面倒だけれっども、こうして緊張しっぱなしの状態で何日も泳がされりゃ、体力・気力共に削られる。それにここはもう、帝国との国境間近だ。どうしたって気は逸る。だがその分、注意力はガンガン散っていくからな。
     ロガン閣下と同じく、俺が敵将だったらこの森は、楽に落とせるポイントだと……」
     その説明の途中で――アルトは突然パン、と手綱を弾く。当然、馬車を曳いていた馬は驚き、前脚をぐい、と挙げる。
     それとほぼ同時に、馬の脚元の地面が乾いた破裂音と共に、ほんのわずかに爆ぜた。
    「……!」
    「敵襲! 敵襲! 11時上方に敵兵あり!」
     アルトはそれまでの飄々とした声色をガラリと変え、大声で叫んだ。
    「何……!」
    「馬が狙われている! 迎撃求む!」
     アルトの声が馬車内に響き、兵士たちは銃を手にして後方から飛び出す。
    「11時上方了解!」
    「撃て、撃てッ!」
     兵士たちは銃身の長い小銃(ライフル)を構え、アルトの指示した方向に向かって弾を撃ち込む。
     パン、パンと立て続けに音がこだまする中で、アルトが秋也の服を引っ張ってきた。
    「3時、9時方向両面から敵が来る! シュウヤは9時側に回り込め!」
    「お、……おう!」
     呆気にとられかけていた秋也だったが、アルトの指示を何とか呑み込み、刀を抜いて馬車の左側に走る。
    「……!」
     と、森の奥から剣や銃を持った兵士たちが多数、駆け込んでくる。
     言葉で伝えられた際にはぼんやり気味な反応を返した秋也だったが、兵士を目で確認した瞬間、元来好戦的な秋也は、自分の成すべきことを把握する。
    「うりゃああッ!」
     考えるより先に体が、彼らの方へと向かっていった。

    白猫夢・荷運抄 4

    2012.08.02.[Edit]
    麒麟を巡る話、第60話。難所への突入。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 街道を進んでから、10日以上が経過した。「今日もいーい天気だなぁ」 この日も馬車の操縦はアルトに任され、秋也はその横に座っていた。「だなぁ。本日も異状なし、か。……囮のみんな、どうしてるんでしょうね?」 振り返ってそう尋ねた秋也に、ロガン卿がこう返す。「首尾よく――我々にとっての意味であるが――進んでいれば、恐らくは既に捕...

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    麒麟を巡る話、第61話。
    秋也、臨場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     秋也の前に現れた兵士は3名。うち2名が剣を手にしていたが、その奥に小銃を手にした兵士が構えている。
     それを見て、秋也は舌打ちする。と言っても不得手に感じたとか、面倒な相手であると思ったとかではない。
    (ココでも銃かよ、ったく……!)
     剣士の秋也としては、己の活躍を奪う銃と言う存在が疎ましかったのである。
    「でやーっ!」
     剣を持った兵士たち2名が、同時に秋也を襲う。
     しかしその技量は到底、焔流の免許皆伝を得た剣士を相手にするには不足していた。
    「甘めえよッ!」
     相手の剣を紙一重ですいすいとかわし、秋也は彼らの背後に回り込む。それを見た銃士は銃を構え、秋也に狙いを定めてきたが――。
    「『火閃』!」
     目の前で火柱が上がり、狙う相手が視界から消える。
    「……っ!?」
    「どこだ!?」
     剣士たちの目にも、秋也の姿は映らない。
     と、次の瞬間――。
    「うぐっ!?」「ぎゃっ!?」
     ゴツ、と硬いもの同士がぶつかり合う鈍い音と共に、剣を持った兵士二人が折り重なるように倒れる。
     秋也が彼らの背後に回り、その頭を兜ごと、押し付け合うようにぶつけさせたのだ。
    「……!」
     再び現れた秋也を目にした銃士は、慌ててもう一度照準を合わせようとする。
     が、秋也はそれに構わず、銃士に向かって突っ込んだ。
    「卑怯者よろしく遠くから狙うんなら、ソレもアリだろーけどな」
     銃身よりも短い間合いに踏み込まれ、銃士は攻撃の術を失う。
    「近接戦じゃ、まだこっちが上だな」
     秋也は銃士の顔面に、思い切り正拳をぶつけた。

     王国兵たちが完全に気を失ったのを確認し、秋也は馬車に戻ってきた。
     丁度他の兵士も敵を撃退したらしく、ぞろぞろと戻ってくる。
    「首尾は?」
     そう尋ねたロガン卿に対し、兵士たちは口々に報告を返す。
    「11時方向の敵、全滅しました!」
    「3時方向の敵、撤退!」
     それを受けて秋也も、同様に返す。
    「えーと、9時方向の敵、全滅です」
    「よろしい。被害は?」
    「ありません」
    「馬もみんな、無事ですぜ」
     アルトがそう返したところで、サンデルがぎょろ、と彼を睨む。
    「お前……、戦っていたか?」
    「いいえ。馬が死なないように采配はしてましたがね」
    「……そうか。……しかし」
    「必要でやしょ?」
     しれっとそう返されては、サンデルはうなるしかない。
    「……うむ」
    「では出発だ」
     ロガン卿の号令に従い、秋也たちは手早く馬車に乗り込み、輸送を再開した。
     と、馬車が走り出してまもなく、秋也は前方に、血まみれで倒れている王国兵を見つけた。
    「……死んでますね」
    「やむを得んことだ。戦闘であったからな」
     そう返すロガン卿に対し、サンデルは秋也に向かって憮然とした顔をする。
    「何だ、お前はもしかして、相手を殺さなかったのか?」
    「え、……ええ。気絶はさせましたが」
    「それでも剣士か、情けない!」
    「……」
     黙り込む秋也に、ロガン卿がこう尋ねる。
    「相手は戦闘不能にしたか?」
    「はい。剣は折りましたし、銃も真っ二つにしておきました」
    「ならば構わん。意識が戻ったところで、どうにもできまい。何が何でも殺さねばならんとは、誰も定めておらんのだからな。
     戦時中の兵士と言うのはとかく、正気や常識を無くしていく稼業だ。とは言え、人を殺して当たり前だとは、……兵士の統括者たる将軍の地位にいるとは言え、私は堂々と口にはしたくない。
     やむを得ないことではあるのは、十二分に承知しているつもりではあるがな」
    「閣下、それでは相手が減りません」
     そう反論したサンデルに、ロガン卿は苦い顔を向けた。
    「相手も同じ人間ではないか。彼らにも家族はいよう。殺せばその分、恨んでくる人間の数が増える。
     綺麗ごとを言っているのは百も承知だが、私は、お前たちに無用な恨みなど背負ってほしくは無いのだ。サンデル、お前はどうか分からんが、私は恨まれて平然としてはおれん」
    「……仰ることはよく解りますが、……しかし」
    「そもそも、敵を全滅させれば、確かにそれは勝利と言えるが、相手が『参った』と言っても、それもまた、勝利と言えよう? 実際、我々の祖国は滅びはしたが、我々は死んではおらんわけであるし。
     一人残らず殺せ、などと言うのは愚か者か外道、もしくはあの人でなし参謀だけだ」
    「む……」
     まだ少し、わだかまりのある表情を浮かべてはいたが、よほどその参謀を嫌っているらしい。サンデルはそれ以上、反論しなかった。

    白猫夢・荷運抄 5

    2012.08.03.[Edit]
    麒麟を巡る話、第61話。秋也、臨場。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 秋也の前に現れた兵士は3名。うち2名が剣を手にしていたが、その奥に小銃を手にした兵士が構えている。 それを見て、秋也は舌打ちする。と言っても不得手に感じたとか、面倒な相手であると思ったとかではない。(ココでも銃かよ、ったく……!) 剣士の秋也としては、己の活躍を奪う銃と言う存在が疎ましかったのである。「でやーっ!」 剣を...

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    麒麟を巡る話、第62話。
    無事、帝国領へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     結局秋也たちは、ローバーウォード森林地帯において3回、プラティノアール王国からの襲撃を受けた。
     しかしそのどれもを、帝国側に一人の死者も出すことなく撃退して見せ、彼らは見事に国境の門を叩いた。
    「おお……、閣下! ご無事でしたか!」
     門を開け、向こう側にいた兵士たちが一斉に飛び出し、出迎える。
    「あれから二ヶ月も経ち、我々はどれだけ閣下らの無事をお祈りしたことか!」
    「よい、よい。労いの言葉をかけてくれるのは嬉しいが、実のところはあまり、期待はされておらなんだろう?
     あ、いや、諸君らの本心を疑うわけでは無い。軍本営の意向が、恐らくはそうであろう、と言うことを言いたかったのだ」
    「……仰る通りです。中には『参謀閣下が厄介払いをしたのではないか』とまでうそぶく者も」
    「かかか……、ならば一泡吹かせられようと言うもの。私にとっては大戦果であるな。
     済まないが諸君、我々は死線をいくらか潜って疲れた。少しばかり、ここで休ませてはもらえんだろうか?」
     ロガン卿の要請に、門番たちは敬礼で返した。
    「了解であります、閣下。すぐに寝床を用意致します」
    「うむ」
     と、ロガン卿と門番が話している間、秋也は門の内と外とをきょろきょろ見返していた。
    「どうした?」
    「いや、国境って言ってたけど、向こうの……、プラティノアール側の兵士はいないんだなって」
    「そりゃま、この国境はグリスロージュ側が勝手に延ばしたもんだからな。国境って言うより、前線基地って考えた方がいい」
    「……? なら尚更、兵士がいないなんて」
    「今現在の、事実上の交戦区域、かつプラティノアール側の国境線はあの森と、そこを出た辺りなんだよ。
     普段だったらあの森に入る前に何やかやと襲撃されてるだろうが、ま、今回に限っては相手方が、俺たちを森の中に誘導するために人払いしてたんだろうよ。今頃はさぞ、悔しがってるだろうけどな。
     そんでも、この作戦は一度きりさ――また同じことやろうとしたら、今度は間違いなく集中砲火を喰らってハイおしまい、だろうしな」
     そんなことを話しているうちに、どうやら寝床の準備が整ったらしい。
    「おい、二人とも! いつまで門前でくっちゃべっているんだ!? 早くこっちに来い!」
     サンデルがいつものようにフンフンと鼻を鳴らしながら、二人に手を振ってきた。



     さらに4日後。
     秋也たちはグリスロージュ帝国の首都、カプラスランドに到着した。
    「なんか……、本当にこっちは、戦時中なんだって感じがするな」
     街行く人々の顔に穏やかな色は見えず、どことなく苦しそうにすら見える。
    「やっぱり海上封鎖とか、そう言うのが効いてるのかな」
    「それもある。鉱産資源と森林資源を除けば、我が国は豊かとは言い難い。海上封鎖により貿易が止まって以降、食糧難の傾向が出始めている。既に配給制の話も、あちこちから出ている状況にある。
     そして、それに関連して起こっている問題が、政府側の士気低下だ。……部外者である貴君らにはあまり多くは話せないが、今現在、帝政政府および軍本営は、皇帝派と参謀派に分かれていてな」
    「俺は多少、聞き及んでますぜ。皇帝陛下は民意優先派、参謀は戦争断行派なんでしょ?」
    「左様。……これ以上のことは、今は私の口からは言えんな」
     それを受け、アルトが代わりに解説する。
    「要するに今、帝国は戦争やめて休戦してほしいって言ってる国民の意見を尊重したいって派と、勝つまで戦争をやめるわけには行かないって言う参謀殿に追従する派に分かれてるんだ。
     で、閣下は前者ですよね?」
    「その論調で言えば、前者と言うことになる」
     立場上からか、ロガン卿は婉曲な言い方をしている。
    「普通に考えりゃ、王様、皇帝様の意見が絶対、……なはずなんだけれっども。
     ところが現在、帝国軍の実権を握ってるのは参謀殿なんだ。皇帝さんがどうも、参謀に反発できてないんだってさ。って言うのも、元々は……」「トッド君」
     と、ロガン卿が苦い顔を向けてきた。
    「情報通の貴君であれば、この街でそんな話をすればどうなるか、知らぬわけではなかろう?」
    「……ですやね。いや、これは失敬」
     アルトはそう返し、肩をすくめて見せた。

    白猫夢・荷運抄 6

    2012.08.04.[Edit]
    麒麟を巡る話、第62話。無事、帝国領へ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 結局秋也たちは、ローバーウォード森林地帯において3回、プラティノアール王国からの襲撃を受けた。 しかしそのどれもを、帝国側に一人の死者も出すことなく撃退して見せ、彼らは見事に国境の門を叩いた。「おお……、閣下! ご無事でしたか!」 門を開け、向こう側にいた兵士たちが一斉に飛び出し、出迎える。「あれから二ヶ月も経ち、我...

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    麒麟を巡る話、第63話。
    フードの参謀。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     中途半端なところで話を切られたため、秋也には何が何だか、良く分からないことばかりだったが――。
    「遠路、大儀であった」
     その本人に会ったところで、秋也はこの国の実情を何となくながらも把握した。
     見事に指令を達成して見せたロガン卿らと秋也、そしてアルトは帝国軍参謀、アロイス・クサーラ卿から直々に呼び出され、一応の褒賞を受けた。
     と言っても――。
    「此度の任務を達成したこと、誠に喜ばしいことと、陛下も仰られている。
     よってシャルル・ロガン少将、貴君には50万キュー、その補佐を行ったサンデル・マーニュ大尉には10万キュー、それから……、補佐をしたそこの二名、そして随行した兵士たちにはそれぞれ、5千キューを授ける」
     分厚いフードを深々と被っているため表情こそ見えないが、アロイスの態度と棒読みに近い、抑揚のない労いの言葉は明らかに、ロガン卿らを疎ましく思っているようだった。
    「参謀閣下」
     と、ロガン卿が口を開く。
    「失礼ながら申し上げます。ここの両名、並びに兵士たち全員が此度の任務において、少なからず重要な働きを見せました。敵の襲撃を立て続けに受け、さらにはそれをすべて撃退して見せたのですぞ。
     それだけの成果をたった5千で評価するとは、これを兵士らが聞けば士気を大きく下げることと思われますが……」
    「そうか」
     するとアロイスは、盆に載せていた金貨をすべて、床にこぼして見せた。
    「……っ」
    「では褒賞は無かったこととする。払わなければ、評判も立つまい」
    「ぐぐ、ぐっ……!」
     この態度に、サンデルは顔を真っ赤にする。
     一方、ロガン卿は非難をやめない。
    「参謀閣下。あなたは虫が付くから、枯れるからと言う理由で、見事な桜をわざわざ切り倒す方のようですな」
    「うん?」
    「兵士を、いや、人を管理するのが異様に下手くそだと言うことです。なるほど、帝国拡大に20年もかかるわけだ。いやいや、大した仕事っぷりには頭が下がりますな」
    「……」
     ロガン卿は踵を返し、アロイスに背を向ける。
    「ご忠告致そう、参謀閣下。この私めを本営から遠ざけようとすればするほど民意は、そして兵士の心は、あなたから離れていくでしょうな。
     何しろ私は皇帝陛下の懐刀であり、軍本営でもそれなりの重鎮ですからな」
    「……」
     ロガン卿は何も言い返さないアロイスに目もくれず、秋也らに声をかけた。
    「行くぞ。褒賞については、改めて私から出そう。5千などと言うはした金ではなく」
    「ありがとうございます、ロガン閣下。頼りになるお方でいらっしゃる」
     アルトはチラ、とアロイスを一瞥してから、そう答えた。



    「しっかし……、実際にクサーラ卿を目にしましたけれっども」
     アルトはビールをぐい、と呷り、アロイスに対する感想を述べた。
    「何て言うか、本気で心ってもんが無さ気な感じでしたねぇ。そのくせ、閣下に敵意丸出しでしたし。ありゃ、嫌われて然るべきお方だ」
    「左様、左様」
     アロイスの前から立ち去った後、ロガン卿は秋也たちを自分の屋敷に招待し、今回の作戦成功を祝う宴席を催してくれた。
     その途上で兵士らから聞かされ、また、市民たちの態度で知ったことだが、シャルル・ロガン少将と言う人物は、帝国内でも相当に地位が高く、かつ、人民から慕われる将軍であるようだった。
     ロガン卿の私邸で開かれたこの会一つ取っても、それが良く分かる。宴席に出された酒や料理は近所の店から厚意で持ち寄られたものであるし、その会場となった庭もまた、相当な広さを誇っている。
     さらには軍人とは到底見えない、単なる市民らも数多く参加しており、秋也はロガン卿の人気に驚くばかりだった。
    「ロガン卿、本当に慕われてるんスねぇ」
    「そりゃ、帝国領から敵陣を突っ切って物資を運ぶなんて超危険な任務、やりたがる兵士がわんさかいるわけですな」
    「ソレ、気になってたんですが……」
     と、秋也はリンゴジュース――自分がさほど強くない性質と分かっているので、酒は飲んでいない――を片手に、こんな質問をぶつけた。
    「どうしてコレほど人気と地位のあるロガン卿が、あんな危険な任務に? その、例えば……、ですけど、サンデルさんに頼むとかは……」
    「うむ。敵兵に狙われる危険がなく、平坦な道のりであり、また、あの屑参謀が絡んでいなければ、私は確かに、サンデルに任せていたであろう。
     だが残念ながら、それらの条件がすべて揃っていたのでな。特にあの参謀の冷血たるや、真冬の鉄の如しだ。
     状況如何によっては極めて非人道的手段を講じねばならなくなるような此度の任務、彼奴の好きにさせてはどれほどの被害を生むか分からなんだし、とても人任せにはできなかったのだ」
    「なるほど、さすが閣下。仁の塊のようなお方だ」
     感心するアルトの背後で、顔を真っ赤にしたサンデルが泣いている。
    「うう、ひっく、何と……、何と心優しきお方であることか!
     ひっく、……不肖、このサンデル・マーニュ、ぐすっ、地の果てだろうと天の彼方であろうとお供いたしますぞ、ひっく、……ヒック」
     その顔の赤さが感情の昂ぶりから来たものなのか、それとも酒のせいなのかは、良く分からなかった。

    白猫夢・荷運抄 7

    2012.08.05.[Edit]
    麒麟を巡る話、第63話。フードの参謀。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 中途半端なところで話を切られたため、秋也には何が何だか、良く分からないことばかりだったが――。「遠路、大儀であった」 その本人に会ったところで、秋也はこの国の実情を何となくながらも把握した。 見事に指令を達成して見せたロガン卿らと秋也、そしてアルトは帝国軍参謀、アロイス・クサーラ卿から直々に呼び出され、一応の褒賞を受け...

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    麒麟を巡る話、第64話。
    ロガン卿からの依頼。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     祝宴も終わり、秋也とアルトはそのまま、ロガン卿の屋敷に泊まることになった。
     夜も遅く、宿が取れないことも理由の一つではあったが、最も大きな理由は――。
    「すまんな、引き留めてしまって」
    「あ、いえ」
    「こんな豪華なお屋敷に泊まらせていただけるってんなら、いくらでも」
     ロガン卿が、二人と折り入って話がしたいと切り出したからだ。
     ちなみに屋敷には普段から、ロガン卿と彼の娘しかおらず、使用人なども必要最低限、屋敷に通う形で雇っているため、夜も更けた現在、屋敷内にはこの3人の他に人の姿は無い。
    「それで何でやしょ、話と言うのは」
    「うむ。……まず、トッド君。貴君は西方のあちこちで活躍を収める、『パスポーター』の異名を取る男と聞いている」
    「まあ、そうらしいですな」
    「そしてシュウヤ君。君も相当の手練れであり、そして何より、仁愛の精神を持った剣士であると、私は見受けしている」
    「どもっス」
     そこでロガン卿は一旦、言葉を切る。
    「……どこに間諜が紛れているか分からぬ昨今、落ち着いてこんな話ができるのは、私の屋敷くらいのものでな。そのため、こうして引き留めた。
     話と言うのは他でもない、今現在、我々が隣国と戦っている、その件に関してのことだ。貴君らは少なからず、私の本懐、本意を知っていてくれているものと、そう思っている」
    「ええ」
     アルトはコク、とうなずいて見せる。秋也も声は出さずに、同様にうなずいた。
    「当初は在野の、ごくごく小規模な私軍であったモダス中隊が我々の祖国、グリサルジャンを陥落させ、グリソモダス帝国を築いたのは、双月暦526年のこと。
     そして隣国であったロージュマーブルを陥落させ、国号をグリスロージュと変えたのがわずか3年後の、529年のことだ。
     それほどまでにフィッボ・モダス皇帝陛下の軍勢は、いや、陛下ご本人は、強かったのだ。一個の軍を率いる将としても、単騎の兵士としてもだ。
     だが、それ以降から急に、帝国の進軍は鈍る。これは対外的・対内的の両面に、理由があるのだ」
    「対外的……、にはプラティノアールの名宰相、ハーミット卿の存在ですね?」
     そう尋ねたアルトに、ロガン卿は短くうなずいて返す。
    「うむ。そのハーミット卿が突如、プラティノアールの宰相として名を馳せて以降、我が国は国際的に孤立の一途を辿ることとなった。
     海上封鎖による貿易停止、西方数ヶ国にわたる商取引の凍結措置の指示および誘導、市場における帝国産品に対する大々的なバッシング――微に入り細に入り、ハーミット卿は軍事力ではなく、政治力と経済制裁によって我々を攻撃してきた。
     その効果は年を経るごとに強まっている。かつては飛ぶ鳥を落とす勢いを誇った我が国は、このまま看過しては早晩、立ち枯れようと言うところまで来ている。
     そしてもう一つ、対内的に帝国がその歩を止めてしまっている原因。それはトッド君、君が以前に言いかけていた通り、陛下と参謀とで、意見の強い相違が生じているためだ。
     経済的状況から鑑みればこれ以上の戦争続行はすべきではないし、この数十年で最も長きに渡る戦争状態によって、臣民の心は荒んでいる。陛下をはじめとする帝室政府要人の半数以上は戦争をただちに止め、プラティノアールと和平交渉すべきであると考えている。
     だが一方で、これほど政治的・市場的圧力をかけられた状態で、こちらから休戦を申し出てはメンツに関わる、西方中から安く見られると言い張る者も少なくない。参謀を中心として、この主張が強い勢力を保ち続けている。
     それ故に、戦争を直ちに止めるわけにも行かず、かと言って戦況を優勢にできる手立ても見出せないままに、ダラダラと戦争が続いているのだ」
    「……政治的な話は、どうにも耳がイライラしちまうもんでしてね」
     と、アルトが兎耳をコリコリとかきながら尋ねる。
    「結局のところ、閣下は俺たちに何を頼みたいんで? それをお聞かせ願いたい」
    「頼みと言うのは、他でもない」
     ロガン卿はここで、頭を下げた。
    「陛下に会い、依頼を受けてはもらえんだろうか」
    「依頼? それは陛下御自らの、と言うことで?」
    「そうだ。陛下は現在の、閉塞した状況を打開できる人間を密かに募集されていたのだ。
     そう、軍に属さず、かつ、『ある極秘任務』を遂行できるに足る能力を持つ人材を」
    「なるほど、合点が行きましたぜ」
     アルトはそう言って、にやっと笑う。
    「いくらなんでも、皇帝陛下の懐刀とまで名乗るようなお方が、あんな些末の任務に関わるとは――いくら仁に篤いお方とは言え――不可解でしたからねぇ。
     そしてそのお眼鏡に、俺とシュウヤとが適ったわけですな?」
    「そう言うことだ。……引き受けてもらえんか」
     しばらくの沈黙が三人の間に流れた後、アルトが口を開く。
    「聞くだけ聞いてみましょうか。それでもいいでしょうかね?」
    「構わん。口外さえしなければ」
    「シュウヤ、お前さんはどうする?」
     アルトに問われ、秋也も答える。
    「ロガン卿に頼み込まれて、嫌だなんて言えません。右に同じです」
    「……恩に着る」



     こうして秋也とアルトはグリスロージュ帝国最大の人物、フィッボ・モダス帝に会うこととなった。

    白猫夢・荷運抄 終

    白猫夢・荷運抄 8

    2012.08.06.[Edit]
    麒麟を巡る話、第64話。ロガン卿からの依頼。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 祝宴も終わり、秋也とアルトはそのまま、ロガン卿の屋敷に泊まることになった。 夜も遅く、宿が取れないことも理由の一つではあったが、最も大きな理由は――。「すまんな、引き留めてしまって」「あ、いえ」「こんな豪華なお屋敷に泊まらせていただけるってんなら、いくらでも」 ロガン卿が、二人と折り入って話がしたいと切り出したか...

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    麒麟を巡る話、第65話。
    白い猫、白い夢、白い兎。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ロガン卿の屋敷に泊まった、その夜のこと。
    《よくやったよ、シュウヤ。まずは第一段階突破だ》
     秋也はまた、夢の中であの白い猫獣人と会っていた。
    「第一段階? まだ、この先があるのか?」
    《キミは本当にバカなんだね》
    「は?」
    《今はまだ、帝国の中に入ったってだけじゃないか。コレからもっともっと、活躍していかなきゃいけないだろ?》
    「ああ、まあ、そうだよな」
     秋也の反応に、白猫は口をとがらせる。
    《何か不満でもあるって言うの?》
    「無いって言えば無いけどさ」
    《無いならいいだろ?
     で、次だ。キミた、……キミは明日、帝国のトップ、皇帝に会うコトになるワケだ。で、その席で皇帝から、こう依頼される。『プラティノアール王国に亡命する、その手助けをして欲しい』ってね》
    「ぼ、亡命? なんで……?」
    《ソコまで一々ボクに説明させるなよ。皇帝の方から説明してくれるし、ソレで把握しな》
    「……えーと、……白猫?」
     白猫の話に引っかかるものを感じ、秋也は質問する。
    《なんだよ?》
    「何で、そんなコトが分かるんだ?」
    《って言うと?》
    「オレが皇帝に会うのも、ソコで依頼を聞くのも、明日の話だろ? なんで皇帝が依頼する内容を、アンタが知ってるんだ?」
    《ああ、そんなコトか。簡単さ》
     白猫は右手の人差し指と中指とで、自分の両目を指差す。
    《ボクには未来が見えるのさ。だからこの先何が起こるかなんて、レストランのメニューを見るが如し、なんだよ》
    「予知能力、……ってヤツか」
    《そう言うコトさ。
     話を戻すけど、シュウヤ。キミはこの依頼を受け、王国に向かうんだ。皇帝の護衛としてね》
    「またあの森や街道を戻るコトになるのか。しんどいなぁ……」
    《ナニ言ってんだ、剣士のクセに。ちゃんとやるんだよ、シュウヤ》
    「ああ、やるよ。その方がいいんだろ?」
    《そう。ボクの言う通りにすればこの後の人生、万事うまく行くんだからね。
     間違っても途中でやめたり、逆らったりなんてしないようにね》
     威圧的にそう言い放つ白猫に、秋也は何となく、嫌なものを感じていた。
    (なんでオレが、コイツの言うコト聞かなきゃいけないんだ……?)
    《分かったかい、シュウヤ?》
     白猫が再度、尋ねてくる。
    「……分かってるよ。アンタの言う通りにするさ」
     そこで、秋也の夢は途切れた。



     そして、まだ鶏鳴も聞こえないくらいの、霧深い早朝。
     秋也とアルトはロガン卿に連れられ、街の北にある皇帝の居城、カプラス城を訪ねた。
    「まだ旅の疲れも取れきらぬ身であるのに、こんな時間に貴君らを連れ回すこと、誠に申し訳なく思う」
    「いえ、そんな」
    「これくらい早ければ参謀派も皇帝派も、まだ眠ってらっしゃるでしょうからね。致し方ないことです」
    「うむ……」
     三人は城の中庭に進み、そこで足を止める。
    「しばし待っていてくれ。もうすぐいらっしゃるはずだ」
    「皇帝陛下が、ですな」
    「うむ」
     既に季節は秋から冬へと差し掛かる頃であり、三人の吐く息は白い。
    「寒み……」
     秋也は思わず、そうつぶやく。
    「すまんな。屋敷に戻り次第、温かいものを用意させよう」
    「あ、すみません」
    「いや」
     と、どこからか声がかけられる。
    「流石に早過ぎた。だから今、用意しておいたよ」
     秋也たちが振り向くと、そこには所々紫色のメッシュが入った銀髪に、白い毛並みの兎耳と尻尾の、質素だが品のある服を着た若い兎獣人の男が、湯気の立つマグカップが4つ乗った盆を手にして立っているのが見えた。
    「陛下! 申し訳ございません、お気を遣わせてしまい……」
    「いや、いや。謝るのは私の方だ。ここの冬が突き刺すような寒気を伴うのは、何年も住んで知っているはずなのに、こんな無礼をしてしまった。
     そう言うわけだから、これはおわびだ。ささ、飲んでくれたまえ」
     そう返し、兎獣人――フィッボ・モダス帝はにこっと微笑みながら、盆を差し出した。

    白猫夢・飾帝抄 1

    2012.08.08.[Edit]
    麒麟を巡る話、第65話。白い猫、白い夢、白い兎。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ロガン卿の屋敷に泊まった、その夜のこと。《よくやったよ、シュウヤ。まずは第一段階突破だ》 秋也はまた、夢の中であの白い猫獣人と会っていた。「第一段階? まだ、この先があるのか?」《キミは本当にバカなんだね》「は?」《今はまだ、帝国の中に入ったってだけじゃないか。コレからもっともっと、活躍していかなきゃいけな...

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    麒麟を巡る話、第66話。
    帝国の政治対立。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ほかほかと湯気の立つホットミルクを手にしながら、モダス帝は話を切り出した。
    「ロガンから聞いたと思うが、今この国、いや、この城内は極めて不安定な状態にある。理由はたった一つ、我々の中で内輪もめをしているからだ。
     長年私を支えてきてくれた参謀、アロイス・クサーラが、頑として停戦に納得せず、勝つまで続けると主張し続けているのだ」
    「しかし陛下、その件について、俺には納得致しかねる点がいくつかあるんですがね」
    「何をかな」
     尋ねたモダス帝に対し、アルトはまったく畏れる気配もなく、率直に聞く。
    「若輩者ですけれっども、陛下のご活躍についてはかねがね、聞き及んでおりますもので。
     たった200人余りのモダス中隊を率い、蹶起からわずか3年でグリサルジャン王国を陥落させたのを皮切りに、あちこちの戦で連戦連勝。
     古代より争いの絶えなかったこの西方南部三国のうち二国を統一することに成功しちまった、まさに人間業とは思えぬ大躍進、偉業の数々を打ち立てたお人だ。
     それが何故、この10年の間ずっと、くすぶっていらっしゃるんで? 陛下ほどのお力があれば、かのハーミット卿の手練手管など、仕掛けられる前に打ち砕けたたはず。
     その10年、いや、それ以上昔にロージュマーブルを陥としたと言うのに、なぜそのまま、プラティノアール侵攻まで進めなかったのか?
     俺が一番気になってるのは、そこなんでさ」
     この問いに、モダス帝は苦い顔を向ける。
    「……今は皇帝と名乗ってはいるが、私は元々、一介の、学も術も持たぬ一村民だった。それに、数多くの戦を通して幾度となく血に濡れてきた身だ。
     その身の上でこんな綺麗ごとを口にするなど、道理を知らぬ愚か者だと、誹りを免れないだろうが――私はこれ以上、血を見たくない。私の地位を固めるために人が死ぬのは、それが敵であろうと味方であろうと、最早私にとってはこれ以上ない苦痛、責苦なのだ。
     だから私は10年前、矛を収め、剣を捨てようとした。『三国すべてを掌握する必要はないはずだ。二国を治めるだけで十分であるし、この現状で良しとしよう』、……と、これ以上の戦争を起こさぬことを提案したのだ。
     しかしその提案は、アロイスに却下された。その後アロイスは、独断で兵を動かしてプラティノアールへ侵攻し、無理矢理に開戦へと持ち込んだ」
     モダス帝はぐい、と一息にホットミルクを飲み干し、話を続けた。
    「しかし、それこそがアロイスの犯した、帝国にとって最大の失敗だったのだ……!
     ハーミット卿はそれを口実に西方諸国の同情を集め、瞬く間に様々な協定・条約を結んだ。そのすべてが帝国の貿易網を破壊するものであり、結果、帝国の財産はこの10年の経済封鎖により、いよいよもって尽き始めた。
     だが、それでも――私は平和を訴え続けてきたし、アロイスもまた、独断専行によって戦争を継続させてきた。恥ずべきことだが、今や軍の半分以上は私の統率から事実上、外れている。『腑抜けになった皇帝をこれ以上、奉ってなどいられない』と言うことなのだろう」
    「失礼ながら陛下」
     と、アルトが話をさえぎる。
    「それは質問にお答えいただいたのではなく、組織内のごたごたを説明されているだけのように思えます。俺とこのシュウヤは、政治学の講釈や実例を聞きに来たわけではありません」
    「む……」
    「はっきりお尋ね申し上げましょう。
     陛下――そう、元は平民の出にせよ、今はこの帝国で最もお偉い、『皇帝陛下』ともあろうお方が、何故、その勝手ばかりする参謀を更迭してしまわれないのか?
     それが一番手っ取り早いじゃありませんか? こんなことは、ちょっと政治をかじった若造にすら思い付く話でしょう?」
    「……」
     この質問に、モダス帝は黙り込む。
    「それとも……、あのクサーラ卿を更迭してはまずい理由がおありで?」
    「……」
     モダス帝はマグカップを静かに盆の上に置き、それからぼそっと、こう尋ね返した。
    「君たちは、悪魔、と言うものを信じるか?」

    白猫夢・飾帝抄 2

    2012.08.09.[Edit]
    麒麟を巡る話、第66話。帝国の政治対立。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ほかほかと湯気の立つホットミルクを手にしながら、モダス帝は話を切り出した。「ロガンから聞いたと思うが、今この国、いや、この城内は極めて不安定な状態にある。理由はたった一つ、我々の中で内輪もめをしているからだ。 長年私を支えてきてくれた参謀、アロイス・クサーラが、頑として停戦に納得せず、勝つまで続けると主張し続けてい...

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    麒麟を巡る話、第67話。
    悪魔は今も。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「え、悪魔……?」
     この問いに、秋也は面食らう。アルトも同様らしく、怪訝な顔を見せている。
    「悪魔ですって?」
    「そう。いくら殺しても死なない。跡形もなく死骸を消し飛ばしても、いつの間にか背後に立っている。そんな、悪魔だ。
     その存在を、信じるか?」
    「それは、……物語や、演劇なんかの話で?」
    「現実において、だ」
    「いや、……お尋ねいただいてこんな返答は不躾かとは思いますが、……常識とは思えません。もしそんなのを真面目に信じている者があれば、嘲笑うところでさ」
    「だろうな」
     アルトの返答に、モダス帝は寂しげな笑みを見せた。
     が、秋也の返答はまったく逆だった。
    「いる……、でしょうね。オレの知り合いにもそう名乗ってる、金毛九尾の魔術師が一人いますし、そうとしか思えない剣士を相手に戦ったコトもあります。
     いてもおかしくないと、オレは思います」
    「……そうか」
     秋也の答えに、モダス帝は今度は、ほっとした顔になる。
    「詳しく聞いてみたいところだが、……信じてくれるならば、先を話すことにしよう。
     単刀直入に言おう。アロイス・クサーラは悪魔だ。それこそ何度殺そうとも蘇り、粉微塵にしようとも復活する、思い出すだけでも身の毛がよだつ、世にもおぞましき存在だ」
    「仰る意味が分かりかねます。それは比喩ですか? それとも本当に、実行されたお話で?」
    「後者だ。私は実際に6度もアロイスを暗殺しようと企て、そしてそのすべてが失敗に終わったのだ。
     確かに私のこの手で、奴を谷底へ突き落とし、頭を斧ではね、廃坑にありったけの火薬を詰め、そこに閉じ込めて爆破し、……とにかく、ただの人間ならばまず間違いなく死ぬはずの方法で、奴を6度も葬った。
     だが結果は、諸君の知っての通りだ。その都度、奴は何事も無かったかのように復活してきた。そして6回目の暗殺が失敗に終わったその時、私の心は折れてしまった。最早あいつを殺すことはできないと、心に深々と刻まれてしまったのだ。
     それから10年――私は最早、西方南部を牛耳る器ではない、お飾りの皇帝となってしまったのだ」
    「なるほど。にわかには信じられませんが、その話が本当であれば、確かにこれはどうしようもない存在だ。
     ……となると我々に頼みたいこととは、どうやら7度目の暗殺などでは無いようですな」
    「ああ。それは君たちを無駄死にさせるようなものだ。そんなことは、到底頼めない。
     かと言って、従軍して戦争を勝利に導け、とも言えない。それは結局、アロイスの思うつぼだ。仮に勝利し西方南部を統一しようものなら、奴は今度は、西方全土を征服する計画を嬉々として練るだろうからな」
    「ふむ。結局、問題の根っこはクサーラ卿にあるわけだ。しかし卿本人をどうこうするのは、我々にゃ不可能。そしてこれ以上、卿の言いなりになるのも嫌だ、と。
     となると……、残る策は陛下、あなたが隣国に亡命し、卿を一人残して悪者にしてしまおう、と言うところですか」
    「……明察だ。そう、その通りだ。既に私の身は、ただのお飾りでしかない。政治運営の主幹は、アロイスが握っている。私がいなくとも、帝国にとっては何の問題も無いのだ。
     勿論、身勝手な話であることは重々承知している。だがこれ以上、『私のために』などと口実を付けられて戦争を起こされ、その結果数多くの死者を出すのは――改めて言うが――耐え難い苦痛なのだ」
    「なるほど。御自分で仰った通り、身勝手ですな」
     アルトは侮蔑的な目を、モダス帝に向ける。
    「実情はどうあれ、この国の代表者、第一の人間として今までふんぞり返ってきたあなたが、亡命を選ぶんですか。あなたを慕ってきた人々を置いてけぼりにして。
     そりゃ、とんだ無責任じゃあないですかねぇ?」
    「……百も承知だ」
    「だったら、もっといい方法があるじゃないですか。あなたが一人、責任を取って死ねばいい。わざわざお隣さんのとこに押しかけて、迷惑をかけることは無いでしょう?」
    「トッド君!」
     ロガン卿が声を荒げるが、モダス帝はそれを制する。
    「そう考えるのはもっともだ。至極、当然の話だろう。だが考え方によっては、死ぬ方が身勝手ではないのか?」
    「って言うと?」
    「私が死ねば、それ以降はもう私には、何の手出しもできない。すべてがアロイスの掌中に収まることとなる。そうなればどれほど、おぞましき結果となるか!」
    「ですから、そりゃ亡命しても一緒で……」
    「だが亡命しプラティノアールの力を借りれば、今よりももっと、アロイスを討てる可能性は高まるのではないか? 私はそう思っているのだ」
    「……ふむ」
     一瞬の間を置き、アルトは頭を下げた。
    「なるほどなるほど、亡命案が首尾よく行けば、あの聡明なハーミット卿から知恵を借りることもできるわけだ。ご自分一人で挑むよりは、まだ可能性が模索できる。
     いやいや、その考えには至りませんで。これは御見それいたしました」
    「無論、アロイスを討伐した暁には皇帝として復権し、元通りに私が帝国を治め、己の責務を全うすることを約束しよう。
     あくまでこれは、アロイス討伐のための亡命なのだ。死んでしまっては、この策を実行することができない」
    「ええ、ええ、十分に承知致しております、陛下」
     アルトはもう一度、頭を下げて見せた。

    白猫夢・飾帝抄 3

    2012.08.10.[Edit]
    麒麟を巡る話、第67話。悪魔は今も。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「え、悪魔……?」 この問いに、秋也は面食らう。アルトも同様らしく、怪訝な顔を見せている。「悪魔ですって?」「そう。いくら殺しても死なない。跡形もなく死骸を消し飛ばしても、いつの間にか背後に立っている。そんな、悪魔だ。 その存在を、信じるか?」「それは、……物語や、演劇なんかの話で?」「現実において、だ」「いや、……お尋ねいた...

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    麒麟を巡る話、第68話。
    亡命計画の下準備。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     モダス帝からの依頼を引き受けた秋也とアルトは、ロガン卿と共に亡命の計画を立てることとなった。
    「まず、どうやって出国させるかですな」
    「うむ。その点については、私に案がある。
     トッド君、君の着ているジャケットやキャスケット帽は、西方における一般的な若者の服装と言える。それに似たものを陛下に、お召しになってもらおうと考えているのだ」
    「変装させて、一般人に紛れさせて出国させよう、ってコトですか」
    「そうだ。それにシュウヤ君とトッド君、君たちは元々、この国の人間ではない。用事が済んでそそくさと出国したとしても、それには何ら不審なところは無いわけだ。
     だからそれに紛れれば、より容易に出国できるかと考えている」
    「となると、陛下の身柄は俺とシュウヤとで預かる。閣下とはここでお別れ、と言うことになりますね」
    「そうなる。勿論、報酬は前金で支払うつもりだ」
    「そりゃどうも。
     では、陛下はいつ来られるんで?」
    「それも手筈を整えている。明後日、陛下は側近を伴い鹿狩りに出られる。私も勿論、そこに随行する。
     山際の森近くで催されるため、獲物を追って森に分け入ることも良くある。そこで……」
    「俺とシュウヤとが森に潜み、そこにやって来る陛下と落ち合って、そこから連れ出すと言うわけですな」
     計画がまとまり、秋也たちはその準備に向かった。

     アルトの手際は、実に鮮やかなものだった。
     自分が今着ているものと似たような服を揃え、髪の色をごまかすためのかつらを作り、さらにその合間に、狩場の下見まで済ませてしまった。
     秋也はこの間、アルトの荷物持ちしかやることが無かった。
    「アルト、あんた本当に、何でもできるんだな」
    「簡単さぁ。やろうと思えば大体、何だってできるもんさ。
    『できない』って言ってる奴の多くは、できないんじゃなくて『しない』ってだけだ。何だかんだ理由を付けてな」
    「そんなもんかな」
    「そんなもんさ。とは言え、俺にもできないことはある」
     それを聞いて、秋也は意外に思った。
    「って言うと?」
    「俺の場合、広く浅くだからな。どんな技術でも、本職として長年やってる奴にゃ敵わない。
     例えばシュウヤ、お前さんと俺とが戦ったとして、俺は多分、すぐ負けちまうだろうな。杖術と剣術にも多少の心得はあるけれっども、結局は我流だし。真面目に修行してきたお前さんのそれとじゃ、どうしたって見劣りするのさ。
     ……はは、だから俺は『何でも屋』なのさ。どの道でも、一流になれなかったんだから」
    「そっか。……いや、だとしてもさ、『何でも屋』としては一流じゃないか? ずっと、しくじったコトないんだろ?」
    「それも逆に言えば」
     アルトは己を嘲るように、こう返した。
    「二流の腕で成功する程度の仕事しか受けてないってことさ。俺は結局、半端者だよ」
    「……」
     秋也の頭には、返す言葉が浮かばない。
     と、その様子を見たアルトが顔をくしゃ、と歪ませて大笑いした。
    「うひゃひゃ……、謙遜だよ、謙遜。マジになるなって」
    「あ、お、おう」
     と、そんな風に話をしていたところに――。
    「あ、あのぅ」
     部屋の外から、少女の声がかけられた。
    「ん? ……あ、ども」
    「おっと、少しばかり騒々しかったようで」
    「い、いえ。大丈夫です。……えっと、お邪魔します」
     入ってきたのはロガン卿の一人娘の短耳、ノヴァだった。
    「父から、その、お二人を持て成すようにと、託ったので、……えっと、お昼ごはんを」
    「おりょ? そりゃ、ありがたい」
     アルトはテーブルに広げていた服や地図を片付け、ノヴァが持ってきた料理を、これも手際よく並べ始めた。
    「ありがとう、お嬢さん」
    「い、いえ。そ、それじゃわたしは……」
     立ち去ろうとするノヴァに、アルトは声をかける。
    「良ければ可愛いご令嬢とご一緒に席を囲みたいのですが、御相席いただいてもよろしいでしょうか?」
    「ひぇえ!?」
     ノヴァは顔を真っ赤にし、後ずさる。
    「……あ、いや。ご迷惑であれば、無理には」
    「い、いえいえ! か、構いません! 持って来ます!」
     ノヴァはバタバタと慌てた足取りで、自分の分を取りに向かった。

    白猫夢・飾帝抄 4

    2012.08.11.[Edit]
    麒麟を巡る話、第68話。亡命計画の下準備。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. モダス帝からの依頼を引き受けた秋也とアルトは、ロガン卿と共に亡命の計画を立てることとなった。「まず、どうやって出国させるかですな」「うむ。その点については、私に案がある。 トッド君、君の着ているジャケットやキャスケット帽は、西方における一般的な若者の服装と言える。それに似たものを陛下に、お召しになってもらおうと考...

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    麒麟を巡る話、第69話。
    箱入り娘の口説き方。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     後にロガン卿から聞いた話だが、ノヴァは大分、人見知りする性格とのことだった。
     実際、秋也たちと共に食事を取ることになった、この時の彼女は、食事を始めてからずっとうつむいていた。
    「あの……?」
     ずっと顔を合わせない彼女に不安を感じ、秋也が声をかけた。
    「ひゃ、……はい! な、な、何でしょうかっ」
    「何か、……その、気に障ったのかな」
    「えっ?」
     ようやく顔を挙げた彼女に、秋也はこう尋ねる。
    「オレたちの方、全然見てくれないなと思って。何かしたかな、って」
    「い、いえ、そんなこと。あの、えっと、……あまり、わたし、その、家の人以外と、話をしないのです。その、あまり家からも、出ませんし」
    「そりゃ、勿体無いことだ」
     と、アルトが口を開く。
    「こんな可憐な方が、多感な時期に、まるで籠の中のカナリアの如く、家の中でじっとされているとは。まさか、お父上から外に出るなと言い付けられているとか?」
    「いえ、そんなことは、全然……。ただわたしが、人付き合いをしない、と言うか、その、慣れない、だけで」
    「ほうほう」
     するとアルトは、ひょいとノヴァの側に寄り、甘い笑顔を作って見せる。
    「重ね重ね勿体無いことだ。折角、青春を謳歌する自由のある今、己の心をぐいぐいと広げることのできる、二度と訪れぬこの時期に、黙々と家で過ごしてその機会を逃すなど!
     そう、昔の偉人も仰っているでしょう、『人の出会いは不可思議で心躍るもの』と。人と人が出会い、心通わせること。それはどれほど奇跡に満ち、そして美しいことであるか!」
     歯の浮くような台詞を並べ立て出したアルトに、秋也は唖然とする。
    (こいつ……、そうだろうなとは薄々思ってたけど、軟派だなぁ)
    「え、あ、……そう、ですね、はい」
     対するノヴァも、まったくこの方面の経験が無いのだろう。何ら訝しく思うことなく、それどころか顔を紅潮させ、感動しているように見える。
     その間にもアルトは、美辞麗句を並べ立ててノヴァを口説く。
    「どうでしょう、お嬢さん。物は試しです。一度我々と一緒に、外へ遊びに出てみる、と言うのは如何でしょうか? きっと素敵な思い出になるはずです」
    「え、でも、……ええと」
     多少逡巡した様子を見せたものの、アルトの言葉に相当、刺激を受けたらしい。
    「……では、少し、だけ」
     その言葉を引き出させたアルトに、秋也はただただ感心するばかりだった。
    (こいつ、詐欺師もできるんじゃねーか?)

     秋也とアルトはノヴァを伴って、もう一度外出した。
     しかしその途中から、秋也はそれとなく、アルトが彼女と二人きりになりたいと思っていることを察し、適当に口実を作って離れた。
    (……いいのかなぁ。まあ、そりゃ、誰も『ロガン卿の娘を口説くな』なんて言っちゃいないけどさ。
     でも明日、オレたちは陛下を連れて逃げるんだぞ? そんな時に、後ろ髪引かれるようなコト、していいのかって思うんだけどなぁ……)
     そんなことをぼんやり考えながら、秋也はロガン卿の屋敷に戻った。



     秋也が戻ってから2時間ほど遅れて、アルトたちも戻ってきた。
    「……」
     ノヴァを見てみると、彼女は顔を真っ赤にし、ぼんやりとだが、しかし喜んでいるような表情を浮かべている。相当、アルトとのデートに感動したようだった。
     半ば浮いているかのような足取りで彼女が離れたところで、秋也は小声でアルトに詰問した。
    「おい、アルト」
    「ん?」
    「いいのかよ、こんな時に」
    「こんな時だからだよ」
     アルトはさして乱れてもいない襟を、勿体ぶった仕草で直して見せながら、くるりと背を向けてその場から立ち去ろうとする。

     その間際――。
    「……本当に……には感謝しなきゃな……」
    「え?」
     アルトが何かをつぶやいたのが聞こえ、秋也は聞き返す。
    「何か言ったか?」
    「……何でもない」
     アルトは秋也に背を向けたまま手を振って、廊下の奥へと消えた。

    白猫夢・飾帝抄 終

    白猫夢・飾帝抄 5

    2012.08.12.[Edit]
    麒麟を巡る話、第69話。箱入り娘の口説き方。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 後にロガン卿から聞いた話だが、ノヴァは大分、人見知りする性格とのことだった。 実際、秋也たちと共に食事を取ることになった、この時の彼女は、食事を始めてからずっとうつむいていた。「あの……?」 ずっと顔を合わせない彼女に不安を感じ、秋也が声をかけた。「ひゃ、……はい! な、な、何でしょうかっ」「何か、……その、気に障っ...

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    麒麟を巡る話、第70話。
    賢帝の逐電。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     モダス帝の亡命作戦、決行当日。
     この日は冬先にしては穏やかで暖かい天気となり、絶好の狩り日和と言えた。
    「……」
     が、皇帝をはじめとして、随行している側近らの顔色は優れない。
     その理由は、経済事情が差し迫りつつあるこの時期に遊興へと出向く皇帝の行動を訝しがっていること、そしてあの冷酷な参謀、アロイスが同行していたからだ。
    「フィッボ。こんなことをしている場合ではないはずだ。すぐに戻れ」
     そのアロイスが、まったく敬意を表さない、高圧的な命令口調でモダス帝に尋ねる。
    「私はそうは思わない。それともアロイス、君は部屋に閉じこもって延々と平行線をたどる会議を催す方が、国民にとって有益だと思っているのか?」
    「少なくとも敵ではなく、単なる獣に対して弓を射るのは無為でしかあるまい」
    「ははは……、何も鹿を狩るだけが目的と言うわけでは無い。たまには場所と趣向を変えて、皆と意見交換をしたいと言うだけだ。
     私はそちらの方が、まだ有意義になると考えている」
     モダス帝の言葉を、アロイスはにべもなく否定した。
    「そんな道理は存在しない。早急に、執務に戻るのだ」
     しかしモダス帝はそれを無視し、背負っていた弓を構える。
    「分かった、分かった。そんな苦言は終わらせてから、ゆっくりと聞こうじゃないか」
    「……」
     この様子を、側近の輪から一歩退いた形で眺めていたロガン卿は、内心冷や冷やしていた。
    (今日が計画の実行日だと言うのに、陛下からどうも、緊張感を感じない。まさか、このまま本当に狩りだけをして、そのまま城に帰ってしまうつもりではあるまいな?
     ……いやいや、それは無いか。陛下が現状を疎んじているのも、体勢を立て直してクサーラ卿と対峙しようと決意されたのも、嘘やごまかしではない、現実のことだ。
     となれば、あの気の無い様子は演技、……と見るしかないか)
     そのうちに、一行は狩場に到着した。
    「さて、と。それでは諸君、腕比べと行こうか」
    「そうですな……、ここまで来て政治議論は無粋と言うもの」
    「どうせなら楽しむとしましょうか」
     側近らの大半は軍人であり、それなりに狩りを楽しむ気風も趣向もある。
    「陛下、それでは私はあちらを狙って……」
     と、一人が山際に特に近い森を指差すと、モダス帝は「あ」と声を上げた。
    「しまったな、私もそこを狙っていたのだが」
    「あ、そうでしたか。ではお譲りいたします」
    「ありがとう、助かる」
     その言動に、ロガン卿はほっとした。
    (作戦の実行地点に固執された、……のならば、陛下はやる気だろう。
     ならば私は、私に課せられた役割を全うするとしよう)

     仕留めた鹿を運ぶなどの理由から、狩りは二人一組で行われることになっている。そしてモダス帝がその相手に、アロイスではなくロガン卿を選ぶのも、かねてから「自分は陛下の懐刀だ」とロガン卿が言っている通り、当然と言えた。
    「……これで、こちら側の準備は整ったわけだ」
     二人きりになり、森の中深くに分け入ったところで、モダス帝が口を開く。
    「ええ。後のことは、お任せください」
    「頼んだ。……だがシャルル」
     モダス帝は真剣な顔を、ロガン卿に向けた。
    「今回の計画は、あくまで帝国のために、即ち帝国に住まう善良なる臣民のために行うことだ。
     私の努力を、無駄にはしてくれるな」
    「と言うと?」
    「首尾よくアロイスを討つことに成功し、私が帝国に戻って来た時。お前がいなくては、何の意味も無いのだからな。
     決して、己の命を賭すような真似はしないでくれ」
    「……承知致しました」
     ロガン卿は深々と、頭を下げた。
     と、そこに忍び寄る者たちが現れる。
    「どうも……」
     その二人が秋也たちであることを確認し、ロガン卿とモダス帝は小さく手を振った。
    「ああ、ありがとう。
     ではトッド君、コウ君。君たちに私の命を預けるとしよう」

    白猫夢・離国抄 1

    2012.08.14.[Edit]
    麒麟を巡る話、第70話。賢帝の逐電。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. モダス帝の亡命作戦、決行当日。 この日は冬先にしては穏やかで暖かい天気となり、絶好の狩り日和と言えた。「……」 が、皇帝をはじめとして、随行している側近らの顔色は優れない。 その理由は、経済事情が差し迫りつつあるこの時期に遊興へと出向く皇帝の行動を訝しがっていること、そしてあの冷酷な参謀、アロイスが同行していたからだ。「...

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    麒麟を巡る話、第71話。
    皇帝逃しの偽装。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     狩りの開始から4時間が経ち、側近たちのほとんどが出発地点へと戻ってきた。
    「ほう、これは中々大きな……」
    「いやいや、貴君の獲物も相当ですぞ」
    「皆、今回は大勝と言えるな」
     口々に猟果を褒め合っているところに、アロイスの重々しい声が飛んでくる。
    「フィッボはまだ戻らないのか?」
    「……え?」
     それを受け、側近たちはきょろきょろと、辺りを見回す。
    「いません、……な?」
    「ロガン卿も見当たらない」
    「まだ戻っていない、……にしては遅い」
    「まさか……」
     側近たちの顔から、喜びの笑みが消える。
    「探せ」
     そしてアロイスも、焦りのにじんだ声を投げつける。
    「探すのだ! 何かあってからでは遅いぞ!」
     側近とアロイスは慌てて、モダス帝が向かっていった森へと駆け込んだ。

     そしてすぐに、ロガン卿の方は見つかった。
     しかし彼は木の根元に倒れ、気を失っていると言う、尋常ならざる状態で発見された。
    「ロガン卿、しっかりしろ!」
    「そ、その顔は!?」
     ロガン卿は頭から血を流しており、左こめかみには黒々としたあざが付いている。
    「う、ぬ……」
     助け起こされ、口に気付けのアルコールを含ませられたところで、ようやく目を覚ます。
    「いたた……、どう、した?」
    「それはこちらの台詞だ!」
    「一体何があったのだ!? 陛下はどこに!?」
     ロガン卿はぼんやりとした顔を向け、ぼそぼそとこう返した。
    「そう言えば……、熊が現れて……」
    「熊?」
    「この時期に? ……いや、冬眠にはまだ大分早いか」
     ロガン卿の言った通り、彼が頭部に受けた傷は、確かに熊の爪痕にも見える。
    「私は陛下を守ろうと……、だが……、殴られて……」
    「何と言うことだ……」
    「さ、探すのだ! 陛下の身に何かあっては!」
     側近たちは慌てて、周囲に散る。
     だが――夜までかけても、モダス帝を見付けることはできなかった。



     城に戻り、手当てを受け終えたロガン卿は、そそくさと自分の屋敷に戻った。
    「お、お、お父様!? そ、その顔は……!」
     迎えるなり顔を蒼ざめさせた娘、ノヴァに、ロガン卿はにこっと笑いかけた。
    「心配するな、大丈夫だ。……まだ痛むが。
     それよりも、……まあ、敷地内とは言え、外でできる話ではない。中で話そう」
    「え? あ、はい」
     屋敷の中に入り、がっちりと玄関を施錠したところで、ロガン卿は小声でこう話した。
    「お前にだけ、事の顛末を伝えよう。お前ならみだりに、他人に話したりはしないだろうからな」
    「な、何を、ですか?」
    「表向き……、には。陛下は本日の狩りの途中、熊に襲われ行方不明と言うことになっている。明日も、そして恐らくは明後日以降も大々的に山林へ兵を放ち、捜索が行われるだろう」
    「へ、陛下が……!? ああ、なんと言うこと……!」
     ノヴァは口を押さえ、顔をさらに蒼くする。
     と、ロガン卿は自分の胸の前でぱた、と手を振った。
    「表向きには、だ。兵士も陛下の側近らも、真相は知らん」
    「……と言いますと?」
    「真相は私と陛下、そして昨日まで家にいたあの二人だけが知っている」
    「アルトさんと、シュウヤさんがですか?」
    「そうだ。二人は陛下を伴い、既に帝国を出ているはずだ」
    「……え? えっ? えええっ!?」
     きょとんとしていたノヴァの顔が、再度蒼ざめる。
    「ま、ま、まさか? そ、そんな、嘘でしょう?」
    「いや、本当の話だ。陛下はプラティノアールに亡命したのだ」
    「そんな……」
     くら、とノヴァの頭が後ろへ落ちかける。
     それを支えつつ、ロガン卿は話を続けた。
    「熊に襲われたと擬装するため、トッド君にわざと殴りつけられ、シュウヤ君の刀で傷を作ってもらった。この頭の包帯は、それだ。
     そして陛下は変装し、トッド君らと共に国境へ向かったはずだ。昼前に起こったことであるし、今はもう、カプラスランドから遠く離れているだろう」
    「……あ! で、では、わたしが昨日見た、服や地図は」
    「恐らく変装用の服と、プラティノアール王国首都、シルバーレイクまでの道のりを記した地図だろう」
     話を聞き終え、ノヴァの顔色はほとんど、白に近くなっている。
    「そんな……、陛下はこの国を、み、見捨てたと……」
    「そうではない。あの逆臣にして悪魔たるクサーラ卿を討つための、苦渋の決断なのだ」
    「どう言うことですか?」
     ノヴァが尋ね返した、その時だった。

     玄関からバン、と言う破裂音が轟いた。

    白猫夢・離国抄 2

    2012.08.15.[Edit]
    麒麟を巡る話、第71話。皇帝逃しの偽装。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 狩りの開始から4時間が経ち、側近たちのほとんどが出発地点へと戻ってきた。「ほう、これは中々大きな……」「いやいや、貴君の獲物も相当ですぞ」「皆、今回は大勝と言えるな」 口々に猟果を褒め合っているところに、アロイスの重々しい声が飛んでくる。「フィッボはまだ戻らないのか?」「……え?」 それを受け、側近たちはきょろきょろと...

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    麒麟を巡る話、第72話。
    悪魔参謀の襲撃。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「なっ……!?」
     ロガン卿は娘を居間に残し、慌てて玄関へと向かう。
     堅く施錠したはずの玄関には、大穴が空いていた。
    「何をするのだ、クサーラ卿!?」
     多数の兵士を背にしたアロイスが、破壊された玄関から入ってくる。
    「事実確認を行うぞ、ロガン少将」
    「事実? 一体何の話だ?」
     とぼけては見せたが、ロガン卿の内心は凍りそうなほど、恐怖で冷え切っていた。
    「お前は熊に襲われて気絶したためフィッボを見失ったと、そう言ったな?」
    「……そうだ」
    「だが不可解な点が2つある。
     冬眠前の、餌を探し回っているであろう熊に襲われながら、何故お前は生きているのだ? 餌として巣に運ばれていないのは、何故だ?」
    「野獣の考えなぞ知らん。壮年の身であるし、美味そうには見えなかったのだろう」
    「そして熊に襲われ、傷を負ったとお前はそう言っていたが、四足で歩いているはずの熊に襲われたにしては、傷口には土や泥の類が付いていなかった。
     そもそも周囲には、熊が通ったであろう形跡は何も無かった。爪痕も、毛も、足跡すらも無い。さらにはお前を襲い、付着したであろうはずの血も無かった。そこに熊がいたと言う形跡は、何一つ存在しなかったのだ。
     まさかお前は、翼を生やした熊にでも襲われたとでも言うまいな?」
    「そ、れは……」
     答えに詰まるロガン卿に、アロイスはさらに詰め寄る。
    「真相を話すのだ、ロガン少将。お前の説明では、状況の整合性が付かない。
     答えろ。お前は何を仕組んだ? フィッボはどこにいる? 何が狙いだ?」
    「くっ……」
     ロガン卿は弁解を諦め、屋敷の中に引き返そうとした。
     だが――。
    「答えろ、と言っているのだ!」
     ガキン、と硬いバネが弾かれたような音を立て、突如、アロイスが跳躍する。
    「う、おっ、……おおおっ!?」
     まるで砲撃でも受けたかのように、ロガン卿の眼前に大穴が空く。
     その大穴からアロイスが、床板がバキバキと音を立てて割れる音を立てながら這い上がってくる。
    「次は貴様を狙う。死にたくなければ答えるのだ」
    「……どの道、私を生かしておく気は無かろう!?」
     ロガン卿は腰に佩いていた剣を抜き、アロイスに斬りかかった。
    「せやあああッ!」
     勢いよく振り下ろされた剣が、アロイスの頭頂部に叩き付けられる。
     だが剣はぽっきりと、叩き付けた部分から折れてしまった。
    「なっ、……馬鹿な!?」
    「死にたいようだな、ロガン少将。ならば望み通り……!」
     アロイスは体勢を低く取り、ロガン卿に襲い掛かってきた。

     と、その時――。
    「閣下あああああッ!」
     ぎち……、と音を立て、アロイスの頭部に槍がめり込んだ。
    「グ、ガ、カッ……!?」
     アロイスは飛んできた槍の勢いを抑え切れず、穴の中に転がり落ちる。
     だがすぐに体勢を整え――るつもりだったのだろう。穴から這い出たところで、アロイスのはいていた具足から、ガキンとバネの弾ける音が響く。
     どうやら、玄関や床を破壊した時と同じ技を仕掛けたものの、槍に邪魔されて発動のタイミングがずれ、今になって発動したらしい。
    「シマッ、……アアアァァ~ッ!」
     金気走ったようなアロイスの声が、空遠くへ伸びていく。
     アロイスは、今度は屋敷の二階部分を吹き飛ばして、どこかへすっ飛んで行った。
    「はあっ、はあっ、……閣下! ご無事でございますか!」
     どこからか、野太い男の声が飛んでくる。
    「サンデル! お前か!?」
    「おお、閣下! 良かった、間に合いましたか!」
     武装したサンデルが、屋敷の中に飛び込んで来た。
    「助かった、礼を言うぞ!」
    「ありがたき幸せ! ……と、話している場合ではないですぞ! 既に屋敷は取り囲まれております!」
     サンデルが息せき切ってそう伝えたものの、外にいた兵士たちは、揃って困った顔を並べている。
     どうやら兵士たちはアロイスが無理矢理に引っ張ってきたらしく、ロガン卿らに襲いかかるようなことはしてこない。
    「……諸君!」
     それを察知したロガン卿が、屋敷の外に出てこう叫んだ。
    「私は諸君らに詫びねばならん! 私は、陛下の亡命を手配したのだ!」
    「……!?」
     これを聞いて、兵士たちは一様に目を丸くする。
    「だがこれだけは誓おう! 陛下の、そして私の本意はあの悪魔、アロイス・クサーラ卿の討伐にあるのだ!
     諸君、そのままそこで静観していてくれんか!? 私も今、国を抜ける! 陛下をお助けするためにだ!」
    「……」
     兵士たちは、今度はきょろ、と辺りを見回す。
     そしてどうやら、動かなければならない理由――即ち、自分たちを大恩あるロガン卿にけしかけさせたアロイスの姿が無いことを確認したらしく、全員が無言でうなずいた。
    「感謝する!」
     ロガン卿は屋敷内に引き返し、ぐったりしているノヴァを抱きかかえる。
    「お前も連れて行く! じっとしていろ!」
    「はっ、はい」
     ロガン父娘は屋敷の外に出る。
     と、待機していたサンデルが敬礼し、こう申し出た。
    「吾輩もお供いたします!」
    「……感謝するぞ、サンデル」
     三人は直立不動し、敬礼した兵士たちを横目に、屋敷から逃げ去った。

    白猫夢・離国抄 3

    2012.08.16.[Edit]
    麒麟を巡る話、第72話。悪魔参謀の襲撃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「なっ……!?」 ロガン卿は娘を居間に残し、慌てて玄関へと向かう。 堅く施錠したはずの玄関には、大穴が空いていた。「何をするのだ、クサーラ卿!?」 多数の兵士を背にしたアロイスが、破壊された玄関から入ってくる。「事実確認を行うぞ、ロガン少将」「事実? 一体何の話だ?」 とぼけては見せたが、ロガン卿の内心は凍りそうなほど...

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    麒麟を巡る話、第73話。
    長い長い一日。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ロガン卿ら三人は大急ぎで街を抜け、郊外まで進んだ。
    「この先に、軍の詰所がある。馬車を借りれるか、聞いて来よう」
    「危険では……? 既に、軍全体に閣下を拿捕せよとの通達が出ておりますし」
     そう尋ねたサンデルに、ロガン卿は首を横に振る。
    「私が相手であれば、融通も利くだろう。ここで待っていてくれ」
     そう言ってロガン卿は娘を背から下ろし、詰所に歩いて行った。
    「……あ、あのぅ」
     と、ノヴァが恐る恐る、サンデルに顔を向ける。
    「何でしょうか」
    「ど、どうして、マーニュさんは、その、あんな危険な目に遭ってまで、父を助けてくれたのですか? その、父を捕まえろと言う、通達が出ていると言っていたのに」
    「言うまでもないことです。吾輩をはじめとして、この国の兵士のほとんど大半と言っていいくらいの人間が、閣下には恩義がある。
     閣下の尽力が無ければ、吾輩ら兵士の3分の1は、あの憎きクサーラ卿の無謀・無策によって、とっくに土の中にいたでしょうからな」
    「そ、そうですか」
     話しているうちに、ロガン卿が馬車に乗って戻って来た。
    「借りることができた。さあ、乗ってくれ」

     馬車を駆り、逃亡から1時間後には、三人は街の灯がうっすらと見えるくらいの距離まで離れることができた。
    「……済まなかった」
     と、ロガン卿が唐突に口を開く。
    「計画通りであれば、事態が急変するまでに、少なくとも1週間かそこらは猶予があったはずであり、我々に危害が加えられることは無かったはずだったのだが。
     まさかクサーラ卿に、擬装を見破られるとは」
    「済んだことです。お気になさらぬよう。
     ……と、もしやすると陛下たちも同じ道を進んでいるやも知れませんな」
    「そうだな。首尾よく拾えれば良いのだが」
     と、そう話していた矢先に、ノヴァが「あ」と声を上げた。
    「どうした?」
    「あっ、いえ、あの、多分見間違い……」
    「何と見間違えたのかな、ノヴァ?」
     ロガン卿が優しい口調でそう尋ねると、ノヴァは顔を赤らめながら、ぼそ、とつぶやく。
    「あの、アルトさん、に、その、似た方がいた、ように、えっと、でも」
    「アルト? ……トッド君か?」
     ノヴァが小さくうなずくのも確認せず、ロガン卿は馬車を止めて飛び降りる。
    「そこにいるのは、もしや……?」
     街道をわずかに外れ、毛布を胸の辺りにかけて、木の根元に寝転がっていた兎獣人に声をかける。
    「おや、その声は」
     兎獣人は顔を挙げ、ロガン卿に応答する。
    「やはり閣下でございましたか。察するに、早くも露見したと言うところでしょうか」
    「流石の慧眼であるな。その通りだ」
     アルトはひょいと立ち上がり、キャスケット帽を被って街道へと歩み寄る。
    「となると、ここでグズグズはしていられないようですな。
     陛下とシュウヤを起こしてきます。二人とも安全のため、奥で休んでもらっていたもので」
    「助かる」
     アルトは森の奥に入り、少しして秋也とモダス帝を伴って戻ってきた。
     モダス帝は目をこすりながら、ロガン卿に声をかける。
    「やあ、シャルル。しばらくぶりだな」
    「朝に別れたばかりでしょう」
     苦い顔を向けたロガン卿に、モダス帝はクスクスと笑って見せた。
    「そうだった。しかし君にとっては、もう何日も経った気分ではないか?」
    「仰る通りですな。まったく大変な一日でしたよ」
    「それは悪かった。君をなるべく危険には晒すまいとしたのだが、裏目になったようだ。
     こうなったら素直に頼むしかない。シャルル、一緒に来てくれるか?」
    「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします。ただ、2人ばかり増えてしまいましたが」
    「旅のお供は多い方が楽しいもんですぜ」
     と、アルトが口を挟む。
    「よろしくお願いいたします、ロガン卿、そしてノヴァお嬢様」
     優雅に頭を下げたアルトに、ロガン卿は怪訝な目を向ける。
    「トッド君?」
    「なんでしょう?」
    「まさか……、手は付けておらんだろうな?」
    「まさかまさか。そうでしょう?」
     そう言っておいて、アルトはノヴァに笑顔を向ける。ところがそれを見たノヴァは、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
     初心過ぎる反応を返されたアルトは、慌ててロガン卿に弁解する。
    「……いやいや、本当に手を付けてなどおりません。ただ少しばかり、シュウヤを交えて話をしたくらいで。
     そうでしょう、ね、お嬢様?」
    「えっ、あっ、は、はい」
     ぶんぶんと頭を振る娘と冷や汗を浮かべるアルトとを交互に見比べ、ロガン卿ははあ、とため息を漏らした。
    「……信じることにしよう。だがトッド君、私は君を陛下の護衛として雇ったのだと言うことは、忘れないでもらいたい」
    「勿論ですとも。さ、さ、早く馬車に乗りましょう」
     アルトはそそくさと馬車に乗り、手綱を握って見せる。
    「シュウヤ、またお前さんに手伝ってもらいたいんだが、構わないか?」
    「ああ、いいよ」
     三々五々、馬車に乗り込む面々を、その一歩後ろで眺めつつ、秋也も馬車に向かう。
    「……まったく、行きも帰りもとんだ旅になりそうだな」
     秋也が小さくつぶやいたその言葉は、誰にも聞かれなかった。

    白猫夢・離国抄 終

    白猫夢・離国抄 4

    2012.08.17.[Edit]
    麒麟を巡る話、第73話。長い長い一日。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ロガン卿ら三人は大急ぎで街を抜け、郊外まで進んだ。「この先に、軍の詰所がある。馬車を借りれるか、聞いて来よう」「危険では……? 既に、軍全体に閣下を拿捕せよとの通達が出ておりますし」 そう尋ねたサンデルに、ロガン卿は首を横に振る。「私が相手であれば、融通も利くだろう。ここで待っていてくれ」 そう言ってロガン卿は娘を背か...

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    麒麟を巡る話、第74話。
    混乱する城内。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     モダス帝の失踪と、それに帝国の重鎮であるロガン卿が関与していた事実を受け、カプラス城内は大騒ぎになっていた。
    「まさかロガン卿が、こんな大それたことを企てるとは……」
    「陛下は果たしてご無事なのだろうか」
     側近らが集まり今後の対応、即ち誰がこの国を、皇帝に代行して引っ張っていくかを論じる場が立てられたが、誰も彼もがそれを口に出そうとしない。
    「……」
     会議の中心に座りながらまだ何も発言しない参謀アロイスが、その役割を担うであろうことは十中八九明らかだったからである。
    「……」
    「あの、クサーラ卿」
     会議が進展しないので、ようやく一人が声をかける。
    「なんだッ!?」
    「あっ、いや、……何でもござぃません」
     が、まるで吠えるように返事を返され、二の句が継げなくなる。
    「……卿!」
     と、意を決したらしい他の者が、負けじと強い口調で尋ねる。
    「なんだと聞いている!」
    「このままでは埒が明きません! どうか卿、あなたが陛下の代行を務める形で、当面の統治を行っていただけませんか?」
    「……」
     が、アロイスは答えない。
    「あの……?」
    「クサーラ卿?」
    「如何でしょうか?」
     側近らが何度か尋ね返すと、彼は唐突に立ち上がり、依然きつい口調のまま尋ね返してきた。
    「お前たちはフィッボがもう既にいないものとして、今後の統治を考えているのか?」
    「え? いや、ですからいない間は、と……」
    「フィッボはすぐ戻る! いいや、連れ戻すのだ! あのなんら道理の分かっていない無知蒙昧の逆臣、シャルル・ロガンの手からな!
     こんな会議などのんびりやっている場合ではない! いいか、すぐにフィッボ奪還の部隊を結成するのだ! 一日、一時間でも早く、フィッボをこの国の玉座に戻すのだ!」
    「い、いや、ですから。勿論奪還するにしても、その間は空位なわけですから」
     会議を進めようとした側近に、突然アロイスは歩み寄る。
    「分からんのかッ!」
    「え、あの、きょ」
     次の瞬間――その側近が、椅子ごと姿を消す。
    「!?」
    「ひっ……!」
     一瞬間を置いて、ぐちゃ、と何かが壁に叩きつけられる水っぽい音が、室内に鈍く響く。
    「何度も言わせるな……! 早急に、連れ戻すのだ!」
     そう叫び、アロイスは場を後にする。
    「うう……」
    「なんと、恐ろしい……」
     壁に頭からぶつけられ、下半身だけになった同僚の、血まみれの姿を見た側近らは、一様に顔を青ざめさせた。

     フィッボ・モダス帝の失踪したその日から、カプラス城内の雰囲気は悪しきものに変わった。
     アロイスの狂気じみた捜索が始まるとともに、いつ何時彼の機嫌を損ね、人の姿から血の詰まった肉塊へと変えられるかと言う物理的・直接的恐怖が、城内を覆っていた。
     そんな状況では、まともな政治運営すらできるわけがない。城内の、そして帝国の情勢は、さらに悪化の一途をたどった。



     一方、こちらはそんな事情など全く知る由もない秋也たち一行。
    「……ってなわけで、今も3世は生きているとのたまう教授らが絶えることはない、と言うわけでございます」
     馬車の中では、追われていることなど微塵も感じさせない陽気な口調で、アルトが面白おかしく話を聞かせている。
    「へぇ……。何と言うか、その……、不思議な、感じのお話ですね」
    「なるほど、大富豪の失踪と隠し財産のうわさ、であるか。確かにロマンめいたものを感じずにはいられんな」
     素直に感動した様子のロガン父娘に対し、御者台に座る秋也とサンデルは、懐疑的な意見を返す。
    「吾輩には眉唾としか思えんがなぁ」
    「まあ、オレもどっちかって言えば同意見っスねぇ。陛下はどうお考えでしょう?」
     秋也がそう水を向け、モダス帝はくすくすと笑って返す。
    「そうだな、私も現実主義者だから、そう信じられる話ではない。しかし実際、君は『ミッドランドの悪魔』に出会ったのだろう?」
    「え? ええ、まあ」
    「私の記憶が確かならば、ミッドランドはニコル3世が造成した街のはずだ。そしてその悪魔も、元々3世の別荘だった屋敷の地下に封印されていたのだろう?
     ならば他の、3世が造った街のどこかに、悪魔ではないにしろ、何かしらが封印されていてもおかしくはない。
     夢のある考えをするなら、それも有りだろう?」
    「なるほど、一理あるっスね」
    「ふむぅ……、確かに」
     二人が感心したところで、モダス帝が肩をすくめて見せる。
    「ああ、そうだ。言おう、言おうと思ってうっかりしていたが。
     旅の間だけで構わんから、どうか私のことは敬称ではなく、気楽にフィッボと呼んでもらえないだろうか?」
    「え、いや……」
    「繰り返し言うようだが、私は元々、在野の平民なのだ。そんな男が『帝』だの『陛下』だの祭り上げられるのは、正直落ち着かない。
     それに旅の間、そんな勿体つけた呼び方をしているのが周りに聞こえたら、問題の種になりかねん。極力、同僚・同輩として接してくれ」
     そこでアルトがくるりと顔を向け、こう答えてきた。
    「了解であります。ではこの旅の間は、単純にフィッボ君と」
    「ああ、そうしてくれ」
     モダス帝――フィッボは嬉しそうにうなずいた。

    白猫夢・帝憶抄 1

    2012.08.19.[Edit]
    麒麟を巡る話、第74話。混乱する城内。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. モダス帝の失踪と、それに帝国の重鎮であるロガン卿が関与していた事実を受け、カプラス城内は大騒ぎになっていた。「まさかロガン卿が、こんな大それたことを企てるとは……」「陛下は果たしてご無事なのだろうか」 側近らが集まり今後の対応、即ち誰がこの国を、皇帝に代行して引っ張っていくかを論じる場が立てられたが、誰も彼もがそれを口...

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    麒麟を巡る話、第75話。
    慇懃無礼。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     秋也たちの旅は、その往路の時にも増して危険なものであるはずだったが、どうやら帝都における混乱が、そのまま地方の軍事・警察配備にも響いているらしい。
     街をいくつか抜ける合間に、何度も軍や警吏とすれ違ったが、彼らは――皇帝のフィッボが間近で、にこやかに笑いかけても――むすっとした顔で素通りするばかりであった。
    「こうなると、私が皇帝だったことすら怪しいものだな」
     そううそぶくフィッボに、ロガン卿は苦い顔を返す。
    「いやいや、陛下、……もとい、フィッボ様は確かにその、『それ』であります」
    「……そうだな。そうであった」
     笑いながらそうつぶやいたフィッボに対し、御者台に座るアルトは、彼には顔を向けずに皮肉を返した。
    「のんきな御方ですな。重責から解放され、いささか能天気になったと見える」
    「トッド君!」
     ロガン卿がたしなめようとしたが、フィッボはそれを制する。
    「いや、アルト君の言う通りだ。少し気楽に過ぎたよ」
    「いえいえ、俺の言うことなど御気になさらぬよう。何しろ在野の、破落戸(ごろつき)同然の身でありますので」
    「……」
     アルトが嫌味なほど卑屈な態度を執ってくるため、馬車内の空気に険が差す。
     その空気を嫌った秋也は、つい大声を出してしまう。
    「おい、アルト!」
    「なんだよ?」
    「何か気に食わないって言うなら、はっきり言ったらどうだ?」
    「は?」
     アルトは、今度はきっちり秋也の方をにらんで答える。
    「すると何かい、お前さん。やんごとなきこの御方に『私めは貴方様のこれこれこう言うところが鼻持ちならんのであります』と真正面から言ってのけろ、とでも言うのかい?」
    「……貴様ッ!」
     次の瞬間――サンデルがアルトの襟を引っ張り、御者台から引きずり下ろした。
    「……っ、なんです大尉殿?」
    「無礼千万にも程があるだろうが! 陛下がこれほど心を砕いてくださっていると言うのに、何故貴様は一々癇に障る物言いばかりするのだ!」
    「だから、その質問に対してはさっきと同じ答えですよ。分からん御方ですな」
     アルトはくしゃくしゃにされた襟を正し、サンデルに背を向けた。
    「……~ッ」
    「もういい、サンデル」
     顔を真っ赤にして憤るサンデルを、ロガン卿がなだめる。
    「彼は彼なりに、何かしら思うところがあるのだろう。そしてそれは、口に出せばここにいる全員の気を害するものであり、故に思慮深い彼は言わんのだろう」
    「そう思っていただいて結構です、閣下」
     アルトはチラ、とロガン卿に目を向け、これだけ言って寝転んでしまった。
    「俺はしばらく休みます。お気遣いは無用です」
    「分かった」
     そう返しつつ、ロガン卿は御者台に座り、小声で秋也に尋ねてきた。
    「もしやと思うが、まさかトッド君はカプラスランドからずっとフィッボ様に対し、あの剣呑な調子で応対していたのか?」
    「ええ、はい。変なんですよ、ずっと。いつものアイツらしくなくて」
    「確かにそれは言える。いや、この道中にしても、私や娘に話す際はいつもの、気さくな彼であった。
     陛下に対して何か、悪い印象を持っているようだな」
    「そう……、なんですかね。オレからしたら、フィッボさんもすごくいい人だと思うんスけど」
    「多少の語弊はあるが、私も同意見だ。
     私は今までフィッボ様を含め、3人の君主に仕えてきたが、その中でもフィッボ様は最も優れ、慈愛に満ちた主だと、私は胸を張って言える」
    「いや、そんなことは……」
     否定しかけたフィッボに対し、サンデルがぶるぶると首を振った。
    「ご謙遜を! 吾輩なぞが言えることではありませんが、フィッボ様は誠に、為政者の鑑たる御方と存じております!」
    「そうか、うん、……それはありがとう」
    「いやいや、勿体無きお言葉を……」
     フィッボが困った顔をする反面、サンデルは嬉しそうに笑う。
    「……」
     この会話を聞いていたのかいなかったのか、アルトはこの間ずっと、毛布を被って横になっていた。

    白猫夢・帝憶抄 2

    2012.08.20.[Edit]
    麒麟を巡る話、第75話。慇懃無礼。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 秋也たちの旅は、その往路の時にも増して危険なものであるはずだったが、どうやら帝都における混乱が、そのまま地方の軍事・警察配備にも響いているらしい。 街をいくつか抜ける合間に、何度も軍や警吏とすれ違ったが、彼らは――皇帝のフィッボが間近で、にこやかに笑いかけても――むすっとした顔で素通りするばかりであった。「こうなると、私が皇...

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    麒麟を巡る話、第76話。
    野宿の夜。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     いくら急ぎの旅とは言え、夜になっては馬車を満足に走らせることはできない。道の見通しが悪く、路面状況も非常に分かり辛いし、何より馬が怖がるためである。
     かと言って、宿を取って休むことも勿論できない。一般的な西方風の服装をしたアルトとフィッボ、ノヴァはともかく、いかにも軍人風のロガン卿とサンデルに加え、異国の剣士である秋也と言う奇妙な面子では、いくらなんでも目に付き過ぎるからだ。
     消去法的に一行は、野宿と言う休息方法を採ることになった。

    「すう……、すう……」
    「ぐう、ぐう……」
    「んごご……、んがっ……」
     幸いにして、馬車は大人6人がゆったり足を伸ばして寝転べることができるくらいには広い。秋也を一人、寝ずの番に立て、残りは馬車の中で寝息を立てている。
    「ふあ、……ああ」
     秋也は欠伸を噛み殺しながら、焚火替わりの「火術灯」――これも言わずと知れた、トポリーノ野外雑貨の人気商品である――をぼんやり眺めていた。
    (こうして落ち着いて考えてみると、とんでもないコトになってるんだよなぁ。一国の主を連れて、その国に追われる身になってるって……。
     成り行きでここまで、コトが大きくなるなんて)
     秋也は改めて、白猫に対する訝しい思いを抱いた。
    (白猫……、アイツは一体何なんだろう。どうしてもオレには、何か良からぬコトのために、アイツにいいようにされてるような気しかしないんだよな。
     そりゃ確かに未来は見えるんだろうさ。誰も予想してないような、こんな事態にオレをひょいと巻き込ませられるんだから。だからアイツの力は確かだ。ソレは、納得できる。
     納得できないのは、その意図だ。どうしてオレなんだ? なんでオレをこんなコトに巻き込ませたんだ? ソレが分からない。
     アイツは一体オレを、どうしたいんだろうか)
     そんなことを考えているうち、目の前に置いていた「火術灯」の光がぼや……、と薄くなる。
    「あれっ? ……おっかしいな」
     灯が弱くなった原因を調べようと、秋也は手袋をはめ、それを手に取る。
    「んー……? 燃料はまだ入ってるよな? 空気穴も塞がってないし。となると……」
     ぱか、と灯りの蓋を開け、中の様子を確かめる。
    「うーん……」
     しかし特におかしいと思うような点もなく、秋也はうなるしかない。
     と、秋也の背後からひょい、と手が伸びる。
    「ああ、なるほど」
    「フィッボさん?」
     秋也の背後に、いつの間にかフィッボが立っていた。
    (あれ……、いつ起きたんだろ?)
     秋也も――免許皆伝に成り立てとは言え――ひとかどの剣士であるし、気配の読み方もそれなりに知っている。
     ところがこの兎獣人の気配を、秋也は少しも察知することができなかった。
    「ほら、ここ。魔法陣の基板が入ってるが、割れてしまっている。寿命だな」
    「え、……じゃあもう壊れちゃったってコトっスか」
    「ああ。元々が軍の備品だから、荒い使い方をしていたのだろうね。……いや、でも」
     フィッボは基板を取り出し、目を凝らして調べる。
    「直せるんですか?」
    「応急処置くらいならできなくもなさそうだ。ちょっと、馬車の中の灯りを取ってくる」
     そう言うとフィッボは、ポンと飛び跳ねた。
    「……っ!」
     俊敏な秋也やアルトでも、はしごを使わなければ登れない程度には大きな馬車である。
     ところがフィッボは、音もなくその大きな馬車の中に飛び込み、そして静かに地面へ降り立ち、秋也のところへ戻ってきた。
    「随分……、身軽なんですね」
    「ああ。私は少しばかり、他人より身体能力が高いから。
     早めに直してしまおう。これが無いと、皆が凍えてしまうからな」
     そう言ってフィッボは秋也の横に腰を下ろし、灯りを修理し始めた。
    「最前線にいた時は、こうやって何度も基板を修繕したものさ。戦い始めた頃は、補給もままならない状況が度々あったからね」
    「そっか……、昔はフィッボさん、戦ってたんですよね」
    「ああ。今はもう、武器を手に取るのも嫌になってしまったが」
    「どうしてです? 何かあった、とか?」
     そう聞いた時、秋也は内心、しまったと思った。フィッボの顔が、ひどく曇ってしまったからだ。
    「あ、えと……、その、……言いたくなければ、今の、無しで」
    「いや、話しておこう。君に依頼した内容にも、関わってくることだし」
     フィッボはそう返し、基板をいじりながら、昔の話をしてくれた。

    白猫夢・帝憶抄 3

    2012.08.21.[Edit]
    麒麟を巡る話、第76話。野宿の夜。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. いくら急ぎの旅とは言え、夜になっては馬車を満足に走らせることはできない。道の見通しが悪く、路面状況も非常に分かり辛いし、何より馬が怖がるためである。 かと言って、宿を取って休むことも勿論できない。一般的な西方風の服装をしたアルトとフィッボ、ノヴァはともかく、いかにも軍人風のロガン卿とサンデルに加え、異国の剣士である秋也と...

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    麒麟を巡る話、第77話。
    鉱山事故と杜撰な対応。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     双月暦523年、西方南部三国の一つ、グリサルジャン王国の最北端の、今は無きとある村。
     いや――その村はその日、消滅したのだ。



    「はぁっ、はぁ……、げほっ、げほっ」
     元々はほんのりと紫を帯びた赤い髪は、所々が白く脱色してしまっている。数時間前まで彼の自慢だった濃い銀色の兎耳と尻尾にも、白い斑点がぽつぽつと浮かんでいる。
    「だ、誰か……、助けて……」
     彼はがくんと膝を着き、その場に倒れこんだ。
     結局はそれが彼、フィリップの命を救うことになった。何故なら村を滅ぼし、彼の髪や耳尾を脱色させた原因であるそのガスは、空気より軽いものだったからだ。

     フィリップと彼の父親、父親の友人、そして彼自身の友人の多くは、村の北にある鉱山で働く鉱夫だった。
     俗に「西方三国」と呼ばれる三ヶ国の北には、東西に延びる形で希少金属の鉱脈があり、彼らはその採掘を生業としていた。
     しかし鉱山採掘には、様々な危険が伴う。掘り進んだ穴が落盤し、生き埋めになる危険。溶岩帯や間欠泉を掘り当て、焼け死ぬ危険。突如現れたクレバスに落ちる危険。そして――ガスが発生する危険もある。
     その日、鉱夫たちが掘り当ててしまったものは、その中でも極めて悪性の高いガスだった。毒性の強さに加え、極めて可燃性の高いガスであったため、掘り当てた瞬間に起こった火花でガスは一挙に爆発。彼以外の鉱夫は全員この爆発と、それによって起こった落盤によって死亡した。
     フィリップはこの時偶然にも、石を運び出す作業の最中であったため、爆風に吹き飛ばされるだけで済んだが、悪夢はそれで終わりではなかった。それまで村の下に溜まっていたものの、安定した状態にあったガスが、鉱山での爆発によって次々に連鎖反応を起こし、爆発と噴出を繰り返したのだ。

    「……っ」
     彼が目を覚ました時には、地表に噴き出したガスははるか上空へ散り、中毒の危険は去っていた。
     しかし依然、地中のガスは燃え続けており――。
    「……嘘だ、こんなの……! 夢に……、夢に決まってるっ……」
     村があった場所は大きく陥没し、轟々と火柱を上げる地獄絵図と化していた。



     数時間後、フィリップを含め生き残った村の人間十数名は、騒ぎを聞き付けた王国軍によって救出・保護された。
     そこでフィリップは、肉親や友人が亡くなったこと、村が壊滅状態になったことを聞かされたが、さらに彼を打ちのめしたのが――。
    「なんですって……!?」
    「だから、言った通りだ。明日には全員、基地から退去してもらう」
    「そんな無茶な! まだ顔が真っ青な子もいるし、僕みたいに、大ケガしてる人だって……」
    「口答えするな! これも御国のためだ」
     なんと国王から軍を通じて、保護した翌日には村へ戻って採掘を再開するようにとの指示が下されたのだ。
     爆発により坑道は完全に塞がっているし、村も依然として火柱が上がったままである。採掘どころか、まともに生活すらできない状況であることを、彼は通知してきた将校に訴えたが――。
    「ああ、分かった分かった! もういい、とにかく帰れ!
     我々は近々また、ロージュマーブルと戦争せねばならんのだ! こんな下らんことにいつまでも関わらせるな!」
    「は……!?」
     自分たちの、生死に関わる問題を「下らん」と言い切られ、温厚なフィリップも流石に激昂した。
    「く、下らないですって……! あなたたち程じゃないにしろ、僕たちだって死ぬ危険があったこの事故を、下らないと、そう言うんですか!?」
    「口答えするのか、貴様ッ!」
     その後に何があったかフィリップは覚えていなかったが、どうやら将校に殴る、蹴るの暴行を散々受け、気絶したらしい。

     もう一度目を覚ました時、フィリップは牢に放り込まれていた。
    「うっ、……く」
     痛む体を無理やりに起こし、彼は鉄格子によろよろとしがみついた。
    「僕は……、僕は許さないぞ……! 人の暮らしより、国民の安全より、自分勝手にドンパチやる方が好きなのか、お前らーッ!」
     その叫びに、すぐ兵士たちが駆けつける。
     フィリップはもう一度、体中が紫色になるまで殴りつけられた。



     これがフィリップ・モダス――後のフィッボ・モダス帝が立身しようと決意した、その契機である。

    白猫夢・帝憶抄 4

    2012.08.22.[Edit]
    麒麟を巡る話、第77話。鉱山事故と杜撰な対応。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 双月暦523年、西方南部三国の一つ、グリサルジャン王国の最北端の、今は無きとある村。 いや――その村はその日、消滅したのだ。「はぁっ、はぁ……、げほっ、げほっ」 元々はほんのりと紫を帯びた赤い髪は、所々が白く脱色してしまっている。数時間前まで彼の自慢だった濃い銀色の兎耳と尻尾にも、白い斑点がぽつぽつと浮かんでいる...

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    麒麟を巡る話、第78話。
    鉄の悪魔、六度目の降臨。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     フィリップは傷だらけのまま、基地の外に放り出された。
     正確に言えば、粗忽な兵士たちが気絶した彼を死んだものと勘違いし、ゴミと一緒に山へ捨てたのである。
    「ひゅー、ひゅ、っー……」
     放り出されてから数時間後、どうにか息を吹き返したものの、そのまま放置されれば死ぬのは明らかだった。
     しかしフィリップには、既に指一本動かすだけの気力も、体力も残っていない。
    (こんな……、こんな死に方……!)
     奇跡的に戻った意識が、刻一刻と薄まっていく。
    (僕の人生って……、一体……、なん……だったん……だ……)
     腫れ上がった目から、血と一緒に涙が流れてくる。
     フィリップは今度こそ、死を覚悟した。

     その時だった。
    「お前はここで死ぬべき器ではない」
     瀕死の彼に、話しかける者がいる。
    「ひゅーっ……」
     言葉を返そうとしたが、どうやら肺かのどに穴が開いているらしい。声はただの風音となって、口から出てきた。
     それでも、そのフードを深く被った男は、フィリップの意思を察したようだった。
    「私は御子に仕える命を受けた者。そう、お前こそが次代の御子となるべき器なのだ」
     彼が何を言っているのかはさっぱり分からなかったが、それでもフィリップは、口からひゅーひゅーと弱々しい声を出し、助けを乞う。
    「お前に力を与えよう。この世を動かし、意のままに操れるだけの力を」
     フードの男が、フィリップの額に掌を押し付けた。



    「……!」
     鳥の鳴き声で、フィリップは目を覚ました。
    「あ……れ?」
     昨夜の出来事が、脳裏に蘇ってくる。
    「ここは……、天国?」
    「そうではない。現世だ」
     傍らに立っていたあのフードの男が、フィリップの独り言に答えた。
    「うわっ!? ……あ、と、あなたは、昨夜の?」
    「そうだ」
    「あなたが、僕を助けてくれたの?」
    「正確には違う。お前自身の力を増幅し、その結果、お前はお前自身の力で、己の傷を治したのだ」
    「……? どう言うこと?」
     男の言うことが分からず、フィリップは首を傾げる。
    「立てるか?」
     フィリップの問いに対し、男はそう返した。
    「え? ……うん、普通に立てるよ」
    「兵士らにあれだけ暴行を受けた体でも、か?」
    「あれ? そう言えば……」
     フィリップは自分の体を確かめてみる。服はボロボロになっているが、体にはあざ一つ付いていない。
    「人間には自然治癒力と言う力が備わっている。多少の怪我でも、放っておけば数日で治ってしまうのは、その力によるものだ。だが普通の人間であれば肉が裂け、骨が折れるようなダメージまで治癒できる力は持っていない。
     お前はその限界を、大きく凌駕しているのだ」
    「僕が? まさか! だって僕は、ただの鉱夫見習いだよ?」
     否定するフィリップに対し、男は突然、フィリップの腕を取った。
    「な、なに?」
    「良く見てみるがいい、己の腕を」
    「え……?」
     言われるがまま、フィリップは自分の腕を観察する。
    「……あれ?」
     鉱山で働いていたし、元々それなりに筋肉は付いていた。
     しかし今、男に掴まれているその腕は、昨日とはまるで筋肉の量、そして付き方が違って見える。
    「これって……?」
    「もう一度言う。お前の力は飛躍的に増幅されているのだ。昨日までのお前とは、まったくの別人と思え」
    「って言われても」
     ぼんやりとした返事をしたフィリップの手を放し、男は近くの木を指差した。
    「殴ってみろ。全力でだ。それですべてが分かる」
    「えー……、痛そうなんだけど」
     文句を言いながらも、フィリップは拳を固め、木の前に立ってみる。
     自分でも信じられないほど腕にみなぎっていた力を、試してみたくなったからだ。
    「じゃあ、……えいっ!」
     フィリップは言われた通りに、木の幹を殴りつける。
     次の瞬間――ベキベキと木の裂ける音とともに、フィリップの拳が木の反対側に突き抜けていた。
    「なっ、……えええっ!?」
    「分かっただろう。お前は既に、昨日までのお前ではないのだ。
     お前は御子――乱れしこの世を真に治める使命を負った、この世にただ一人の存在なのだ」

    白猫夢・帝憶抄 5

    2012.08.24.[Edit]
    麒麟を巡る話、第78話。鉄の悪魔、六度目の降臨。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. フィリップは傷だらけのまま、基地の外に放り出された。 正確に言えば、粗忽な兵士たちが気絶した彼を死んだものと勘違いし、ゴミと一緒に山へ捨てたのである。「ひゅー、ひゅ、っー……」 放り出されてから数時間後、どうにか息を吹き返したものの、そのまま放置されれば死ぬのは明らかだった。 しかしフィリップには、既に指一本...

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    麒麟を巡る話、第79話。
    怒りの戦場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     フィリップの村でガス爆発事故が起こった、その翌日の夜――。
    「整備を急げ! 明日には前線へ、物資を運び出さねばならんのだ!」
    「了解です!」
     フィリップが暴行を受けたこの基地では、再び起こると目されている戦争に向け、準備が進められていた。
     彼らの頭には鉱村での爆発のことなど、既に欠片も残っていない。

     だから――この襲撃が一体何の理由で行われたか、誰も分からなかった。
    「……ん?」
     どこかから悲鳴が聞こえ、作業の手が止まる。
    「今のは?」
     誰ともなく問いかけられたが、そこへ「答え」の方からやって来た。
    「そんなに戦争したいのか、あんたら」
    「え?」
     バキバキと音を立て、鉄製の扉が引きちぎられる。
    「なっ……!?」
    「そんなに戦争したいのかって聞いてるんだ! どうなんだ、答えろッ!」
     入ってきた兎獣人の少年――フィリップを見て、兵士たちは武器を取り、バタバタと彼の周りに散開する。
    「何者だ!?」
    「ロージュマーブルの刺客か!?」
    「それともプラティノアールの……?」
     口々に兵士たちが素性を尋ねてくるが、フィリップが「そうだ」と答えられるものは、一つとして無かった。
    「僕を覚えていないのか? 僕たちを、覚えていないと言うのか?」
     フィリップの問いに対しても、彼らは呆れた反応を見せた。
    「なに……?」
    「誰だ?」
    「会ったことが?」
     きょとんとする彼らの中には、フィリップを殴りつけた者もいる。
     それでも覚えがない様子の彼らを見て、いよいよフィリップは怒り出した。
    「そんなに戦争がしたいんだな。自国の僕たちが生きるか死ぬかの目に遭ってるってのに、あんたらはそんなことも気にせず、隣の国と戦うことばかりに活き活きしてるのか。
     じゃあ、やってやるよ……! 僕一人と、お前らとでだッ!」
     そう叫び、フィリップは徒手空拳のまま、兵士の一人に駆け寄る。
    「む……!」
     兵士は腰に佩いていた短剣を抜きかけたが、その前にフィリップの拳が彼の顎を捉える。
    「はが……っ」
     一撃で顎と首の骨が粉砕され、兵士の歯が4分の3近く、床や壁に飛び散る。そして兵士自身も殴られた衝撃でくるくると二回転し、床へと倒れ込む。
     その首はさらに180度曲がり、彼は自分の背中を見つめる形となって息絶えた。
    「な、なんて馬鹿力だ!?」
    「くそッ! これならどうだッ!」
     他の兵士が小銃をフィリップに向け、引き金を引く。
     ところがその瞬間――。
    「ごばっ……」
     いつの間にかぐにゃりと曲げられていた銃身に弾が詰まり、腔発(こうはつ)する。腰に抱え込む形で構えていたため、散乱した小銃の部品が彼の腹を貫通し、拳大の大穴を開けた。
    「……ば、馬鹿な」
     10秒も経たないうちに2人が惨殺され、兵士たちは戦慄した。
    「どうした!? やらないのか!? これがあんたらの望みだったんだろ……!?」
    「ひっ……」

     フィリップの村が突如として消滅したように、その基地もフィリップが乗り込んでから1時間余りで、呆気なく壊滅した。



    「……」
     あちこちで火の手が上がり、燃え落ちる基地を背にして、フィリップは立ち尽くしていた。
    「気は済んだか」
     と、あのフードの男がいつの間にか、彼の傍らに立っていた。
    「……済んだよ。……いや、やっぱりまだ、モヤモヤしてるかも。いや、してる。
     だってこんなことをしても、父さんも母さんも妹たちも、友達も帰って来ないんだもの。怒りを無茶苦茶にぶちまけただけだよ、こんなの」
    「しかし迂遠(うえん)ながらも、原因の一つは潰したわけだ」
    「原因だって?」
     尋ねたフィリップに、フードの男はこう答える。
    「そもそも、お前たちが暗い穴倉の奥底で鉱石を掘っていたのは誰のためだ? 石を掘らず、地上で草や牛を相手にしていれば、此度の事故など起こるはずも無かった。違うか?」
    「……違わない、ね」
    「石を欲したのは誰だ? お前たちだったか? お前たちはあの石ころを食べていたのか?」
    「それも違う。欲したのは、王様だ。戦費を稼ぐために、僕たちに何十年も採掘することを強いていたんだ。
     ……そうか、そう言うことか。分かったよ。王様が戦争やりたいって言わなけりゃ、僕たちは鉱夫なんてやってなかったんだな」
     フィリップは振り返り、燃える基地に足を向けた。
    「どこへ行く?」
    「まだ燃えてない装備があるかも知れない。それを、取りに行く」
    「それを使って、何をする?」
    「王様がそんなに戦争したいんなら、僕が相手になってやる。
     そして――王様を倒す。僕がその上に立つんだ」
     フードの男はそれを聞くと、こう返した。
    「よろしい。ではお前はこれより、御子たる証となる名を名乗るのだ。
     お前の名は、これよりフィッボだ」

     これがフィリップ少年とフードの男、アロイス・クサーラ卿との出会いだった。

    白猫夢・帝憶抄 6

    2012.08.25.[Edit]
    麒麟を巡る話、第79話。怒りの戦場。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. フィリップの村でガス爆発事故が起こった、その翌日の夜――。「整備を急げ! 明日には前線へ、物資を運び出さねばならんのだ!」「了解です!」 フィリップが暴行を受けたこの基地では、再び起こると目されている戦争に向け、準備が進められていた。 彼らの頭には鉱村での爆発のことなど、既に欠片も残っていない。 だから――この襲撃が一体何...

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