短編・掌編


    Index ~作品もくじ~

    • 1703
    • 1705
    • 1708
    • 1709
    • 1711
    • 1716
    • 1735
    • 1738
    • 1739
    • 1740
    • 1801
    • 1803
    • 1802
    • 1807
    • 1867
    • 1869
    • 1965
    • 1966
    • 1968
    • 2050
    • 2051
    • 2052
    • 2185
    • 2186
    • 2462
    • 2464
    • 2474
    • 2602
      
    天使か悪魔を

     ある男2人の前に、神様が現れた。
    「君たちは日々に退屈しているようだ。そこで少し、刺激を与えてやろう」
     神様は自分の横に、それぞれ白い服と黒い服の女の子を並び立たせた。
    「片方は、天使。言うことを聞いていれば、穏やかで幸せな生活が送れる。
     もう片方は、悪魔。言うことに惑わされなければ、それもまた、穏やかで幸せな生活。
     さあ、君たちはどちらを選ぶ?」
     男のうち一人は、白い女の子を選んだ。
     当然、もう一方は黒い女の子を選ぶことになった。



     白い女の子を選んだ男の場合。
    「おはようございます。朝食ができましたよ」
     女の子は朝からかいがいしく、男の世話をしてくれる。
    「お弁当作りました。どうぞ、お昼ごはんに」
     何から何まで、世話を焼いてくれる。
    「お疲れ様でした。お風呂沸いてますよ。上がったら、ビールご用意しますからね」
     一日中ずっと、男は白い女の子の世話を受けていた。

     一方、黒い女の子を選んだ場合。
    「はい? ご飯? 食べますよ? え? 作りませんよ、わたし。あなたが作ってくださいな」
     家にいるだけで、何もしようとしない。
    「お昼ごはん、作っておいてほしいです。わたし、作れないもの」
     平日だろうと休日だろうと、男にあれこれとねだる。
    「お風呂もお願いしていいですか? え、代わりにビール買ってきて、ですか? いやですよー」
     一日中ずっと、男は黒い女の子を世話していた。



     月日が経ち、彼らの生活は変わった。

    「おはようございます。朝食ですよ」
     白い女の子は、何から何まで世話をしてくれる。それこそ、自分で動く必要がないほど。
    「ゆっくり休んでくださいな」
     そのうち、男は外に出なくなってしまった。
    「ずっとずっと、お世話しますからね。あなたは何もしなくていいですから、ね」
     男はやがて、自分で考えることすらしなくなった。

    「おはよう。あ、ご飯ですね、いただきます」
     黒い女の子の世話は、非常に大変だった。
    「あ、お弁当作っておいてくれたんですか? 嬉しいです」
     大変ではあるが、自分のした、どんな小さなことでも喜び、心から楽しそうにしてくれる。
    「お風呂ありがとうございます。晩ごはん、楽しみにしてますね」
     男は彼女の喜ぶ顔に、毎日、これ以上ないくらいに癒されていた。



     何もしなくていい生活と、どんなささいなことでも必ず報われる生活。

     どちらが天使で、どちらが悪魔だったのだろう?
     どちらが幸せな生き方だったのだろうか?
    天使か悪魔を
    »»  2013.06.23.
    長期政権

    「政情の不安、端的に言えば短期政権が続くことは、社会に悪影響を及ぼす。
     例えば前政権で認可されていた商売が、次期政権では禁止とされ、その次でまた解禁に……、などと言う状況では、その商売を成熟させ、安定した雇用を確立するのは困難である。
     また、前政権で20%の所得税、次期政権で5%、その次には30%、と言うような、不安定極まりない税制下では、おちおち貯金や投資もできず、市場が冷え込むのは必至である。
     我々一般市民のほとんどは、安定した生活を望むものである。となれば、長期にわたり安定した政権もまた、庶民に喜ばれてしかるべきではないか」



     ……と、明日のコラムに掲載するための原稿を書いていたところで、窓の外から街宣車の声が聞こえてきた。
    「献血にご協力、よろしくお願いしまーす。どの型の血液も現在、不足していまーす。よろしくお願いしまーす」
     オフィスに入ってきたこの声に、同僚が「あれ?」と声を上げる。
    「また献血?」
    「ああ。そうらしいな」
    「昨日も走って無かったっけ、あの車」
    「ご入り用なんだろうよ。何しろどの血液型も不足してるそうだし。今年の夏は暑いからな」
     同僚はカップを手にしたまま、窓の外を眺めてつぶやく。
    「……いいなぁ」
    「ん?」
     同僚はカップをちょん、と口に付け、こう返してきた。
    「市長ってさ、もう何年市長やってるんだっけ?」
    「んー……、さあ、何年だっけな。
     俺のじいちゃんが子供の頃から、この街の市長をやってるとは聞いてるが、それより昔から在任してるかも」
    「俺の記憶でも、もう半世紀はやってるはずだよ。
     んでさ、少なくともその半世紀ずーっと市長で、ずーっとあの市長官邸にいるんだろ? あの、クラシックなお屋敷にさ」
    「だろうな。俺の知る限りでは、一度も引越ししてない」
     もう一度ちょん、とカップに口を付けた同僚は、口の端に着いた赤い汁をぺろ、となめる。
    「いいよなぁ、市長は。その半世紀ずっと、『食いっぱぐれて』ないわけだしさ」
    「お前もそうだろ? 市長がこの街を作って無かったら、お前らみんな放浪せざるを得ないわけだし」
    「……まあ、そうだけど」
     同僚は歯を見せ、両手を挙げる。
    「でもさ、今ここでお前を襲おうと思えば……」「アホ」
     俺は監視カメラを指差し、肩をすくめる。
    「んなことしたらお前、給血制限条例違反だぜ。
     そりゃ、この場じゃ腹いっぱい血が飲めるだろうけど」
     とん、とんと自分の左胸を軽く叩きつつ、俺はこう続ける。
    「明日には銀の杭がブスッ、と刺さることになるぜ」
    「……冗談だって、冗談。一日だけの飲み放題より、毎日コップ一杯ずつだ。飲み過ぎは良くないし」
     同僚はまるで牙のように鋭い歯を隠し、カップに残っていた血を一気に飲み干した。
    「勿論、市長には感謝してるさ。
     市内の全建物にUVカットガラスを付けるよう義務付けたり、最新工法の研究・開発を奨励して、建物内で十字型になる場所を極力無くしたり、ニンニクに1000%近い関税かけて規制したり、……本当に『俺たち』が住みやすい街づくりをしてくれてるよ」
    「確かにな。『普通の』俺たちにとっても住みやすい街だ。
     他よりちょっと献血センターが多いくらいで、市民税は安いし、医療やら教育やらのサービスも半端なく手厚いし」
     そんなことを言っている間に、またも街宣車が外を通る。
    「バンパイア市民の皆さんに安定して血液を供給するため、献血にご協力、よろしくお願いしまーす」



     この街は市長をはじめとして、いわゆる吸血鬼が人口の4割を占めている。
     ちなみに――気になったんで後で詳しく調べてみたら、あのじいさん、今年で任期292年目だそうだ。
     長期政権にも程があるぜ。
    長期政権
    »»  2013.06.27.
    やどかり

     友人のIは、変わり者だ。
    「座敷童っているだろう?」
     ほら来た。なんで男二人で家飲みしてる時に、そんな話題が出るんだ。
    「いるかどうか知らんが、まあ、聞く話だな」
     一応、乗ってやる。
    「典型的と言うか、古典的なスタイルとしては、『子供の姿をしている』『いつの間にか家に憑いている』『いつの間にか家人と交じって遊んでいる』となっている。
     だけどもセキュリティの発達した現代で、いつの間にか家の中に……、と言うのは難しいんじゃないかと思うんだ」
    「まあ、そうだな」
     変な話題を一々採りあげる奴ではあるが、その話についていけないと言うことは無い。とりあえず俺は、話に耳を傾ける。
    「で、彼ら、……か、彼女らかは分からないけれども、ともかく彼らはもっと、紛れやすい手を使ってるんじゃないかと思うんだよ」
    「紛れやすい手?」
    「例えばだ。誰かの家に遊びに行って、そこに小さい子がいたら、君はどう思う?」
    「まあ、そいつの子供か弟、妹だと思うだろうな」
    「だろう? ……で、この前なんだけど、僕はRの家に遊びに行ったんだ」
    「Rの?」
     Rと言うのは、俺とIの共通の友人である。
    「ちょうど今、君とやってるみたいに、二人で飲んでたんだ」
    「ふーん」
    「で、確認だけど」
     Iは手にしていたコップをぐい、とあおり、話を続ける。
    「Rは一人暮らし、だったよね」
    「ああ」
    「ところが、……妙なことに、僕の記憶では、小さな女の子が」
     と、そこでIの妹さんが、空になったコップにビールを注いでくれた。
    「ありがとう。……そう、今やってくれたみたいに、酒を持ってきてくれたり、つまみを作ってきてくれたりしたんだ」
    「へ?」
    「その時は何にも不思議に思わなかったんだ。
     でも、今になって考えたら、……君の言う通り、確かにRは一人暮らしだったはずなんだ。後で聞いてみても、『知らん』って言われるし」
    「酔ってたんじゃないのか、お前」
    「まあ、……うーん、かも知れない。でも、……そこでさっきの話だよ。
     その女の子は、座敷童だったんじゃないかなって」
     俺も妹さんにビールを注いでもらいながら、その話に乗る。
    「まさか。いくらなんでも気付くだろ?
     Rとは高校からの付き合いだし、あいつが一人っ子だってのは、みんな知ってるじゃないか」
    「だろう? しかしそこが、座敷童の座敷童たる由縁じゃないかなって」
    「はあ」
     あーあ。今日のIは、かなり酔っぱらっているらしい。話が超展開になってきたぞ。
    「家人の振りをして、平然とそこにいたりするんじゃないだろうか。それなら『誰?』って気にされたりもしない」
    「いやいや、いくらなんでもそれは無茶だろ」
     今日のところは、ここら辺でブレーキをかけておいてやろう。
    「例えばさ、毎日家計簿付けてる家とかだったら、一ヶ月くらいで気付くだろ?
     妖怪がメシを食うか知らんが、どうあれ食費がいきなり一人分増えたら、帳尻が合わなくなるわけだし。まあ、ズボラな奴の家だったら気付かんかも知れんが、Rや俺たちみたいに、一人暮らしだったらすぐ分かる。
     お前酔ってたんだってば、な?」
     が、Iはピン、と指を立てて反論する。
    「そこだよ。長居していれは、気付かれう危険もある。
     そこれかれられ、ら……」
    「おい、もう呂律回ってないじゃないか。なあ、悪いけど、水持ってきてくれよ」
     俺は妹さんにそう頼みつつ、勝手ながらIの布団を用意してやる。
    「おい、ちょっとまれろ」
    「何だよ」
    「みずっれ、だれり……」
    「いいから、ほら。こっちで休め。ほれ、って」
     俺はIに手を貸し、妹が持ってきてくれた水を飲ませてやった。
    「ほら、これ飲んで寝ろ」
    「ああ、うん、……」
     まだ何かむにゃむにゃ言っていたが、俺は「じゃ、帰るからな」と言い残して、Iの部屋から出ようとした。
     と――俺は部屋の真ん中で突っ立っていた妹に声をかける。
    「おい、何してる? 置いてくぞ」
    「はーい」
     俺は妹の手を引き、ドアを開けた。
    やどかり
    »»  2013.07.04.
    1068日目の男と1日目の男

    「助けてくれ。いや、無理だろうけど。断るのは分かってるんだ」
     土曜の昼下がり。俺の部屋に入るなり、奴は開口一番、そう言ってきた。
    「……」
     いきなり話を振って来て、いきなり話を完結させてきた。
     こう言う奴には、どうコメントしてやったらいいものか。何と言えばいい?
    「無理だって分かってんなら、言わなきゃいいだろ」
    「ほら出た。これだ」
    「何がだよ?」
     苛立つ俺に対して、奴は半分得意満面の、そしてもう半分は諦めた様子を見せて、こう返してきた。
    「今まで俺はお前に『助けてくれ』って頼んで、毎回断られてきたんだ。全部で300回くらいは頼んだけど」
    「あ?」
    「その後のお前の台詞はこうだ。『300回? お前が俺にそんなアホなこと言ったのなんて、これが初めてだろ? 今まで聞いたこと無いぞ』、……だ」
    「……まあ、言おうと思ってたよ」
    「そう。その台詞も、俺が先に言った後に、30回くらいは言ってる」
    「何なんだよ、お前?」
     わけの分からないことをわめくこいつに、俺はますます苛立ってきた。
    「酔っぱらってんのか?」
    「いや、素面だ。もう酒なんて、一生飲みたくない」
    「は……? 何言ってんだよ、夕べだってしこたま飲んでたくせして」
    「夕べ、……か。俺にとっては1068日前の話だ」
    「は?」
    「俺はな、もう1068回も同じ日を過ごしてるんだよ」

     そいつが言うには、今までに何度も何度も、この土曜日を繰り返し体験しているとのことだった。
     勿論、こんな与太話なんか信じられるわけがない。折角の休みの日に、何でこんなバカ話を聞かせられなきゃならないんだ?
     その上、癇に障るのは――こいつが一々、俺の言おうとすること、やらんとすることを先読みしてくることだ。
    「……あのな」
     と俺が言えば、
    「『さっさと家に帰って酒でも飲んで寝てろよ。お前、まだ寝ぼけてるんだよ』、だろ?」
     と返してくる。
    「……チッ」
     いい加減イライラが頂点に達し、俺はテーブルをバン、と叩こうとする。
     しかしこれも、俺の振り上げた手をこいつがさっとつかみ、「イライラすんなって」と言ってくる。
    「誰の……」「『誰のせいでイライラしてると思ってんだよ!?』、だろ? それは本当に悪いと思ってるんだ」
     俺の手を放し、こいつは――気味の悪いことに――泣きそうな顔をしてきた。
    「でも本当に、どうしたらいいか分かんないんだよ……。死んでみようとしたことも50回くらいあるんだ。でも『あ、これは死んだな』と思っても、気が付けばまた、今日になってるんだよ。
     何をどうしたって、明日が来てくれないんだ。頼むよ……、このままじゃ俺、本当にどうかなっちまいそうなんだよ」
    「知るかッ」
     これは先読みできなかったらしい――俺が怒り任せにぶん回した拳は、こいつのあごにばっちり命中した。
    「うえ……っ」
     ばたんと仰向けに倒れ、奴はのびてしまった。
    「……あー、やっちまった」
     流石に悪いなとは思ったが、しかし元はと言えばこいつがわけ分からんことをグチャグチャ言ってくるからだ。自業自得だ。
     と自己弁護してみたものの、こいつを殴ってしまったのは事実であり、罪悪感も少なからずある。
    「しょうがねえなぁ……」
     俺は干していた布団を取り込み、気を失ったままのそいつをそこに寝かせてやった。
     その後は――こいつを放っておいてどこかに出かけるのも忍びないので、俺は家にずっといた。
     やることも無く、退屈で酒ばかり飲んでいたせいか、俺はそのままテーブルに突っ伏して、ぐっすり寝てしまった。

     そして目を覚ました、日曜の早朝――あいつはどこにもいなくなっていた。
     布団にもいなかったし、電話をかけてみても出ない。
     気味が悪くなり、あいつの家に行ってみたが、いくらドアを叩いても返事が無い。
     次の日も、あいつは会社に現れなかった。その次の日も、そのまた次の日も。
     そのうちに、あいつは蒸発したことになった。



     今にして思えば、本当にあいつは、同じ日を何百回も過ごしていたのかも知れない。
     未だにあの土曜日を、繰り返しているのかも知れない。
     永遠にやって来ない日曜日へ到達することを願い、今もあの土曜日を過ごしているのかも知れない。

     ただ、それを確かめる方法はもう、どこにも無い。
     あいつが1068回繰り返した土曜日に、俺はたった1回しかいられなかったからだ。
    1068日目の男と1日目の男
    »»  2013.07.07.
    うつりたがり

     彼が最初にテレビに映ったのは、小学校の頃。よくある学校訪問のテレビ番組でほんの5秒か6秒、出演しただけだった。
     しかし彼は、テレビに5秒だけ映った自分の顔を見て、これまでにない感激を覚えた。
    「俺、テレビに映ってる! これ、日本中に映ってるんだよな!? すっげー!」
     これがきっかけとなり、彼はこう志すようになった。
    「俺は絶対、日本で一番テレビに出るような、すっげー人気者になってやる!」



     彼が中学生になった、初めての夏。彼は甲子園の試合をテレビで見て、志を新たにした。
    「あいつら試合の間中、テレビに映ってるんだよな? じゃあ、俺も高校に入ったら野球部に入って、甲子園で活躍してやる!」
     こう決意した彼は、中学3年間を野球に費やした。その甲斐あり、彼は高校野球の名門校に入学。すぐにエースとなった。
     そして長年の夢を叶え、彼は3年間、甲子園での雄姿を全国中に見せ付けた。

     それだけの活躍もあって、彼はドラフト会議で1位指名を受けた。
     勿論この様子もテレビでじっくりと放映され、彼の名誉欲――いや、「被放映欲」を存分に満たしたのは、言うまでもない。



     彼はプロ野球選手として、獅子奮迅の活躍を見せた。
     しかし10連続奪三振も完全試合達成も、沢村賞の獲得も、彼の欲を満たしてはくれない。
     依然として彼の中には、「テレビに映る」と言う欲求が根強く残っていたからだ。
     いや、弱まるどころか、その欲望は歳を経るごとに強まっていた。

     そしてその欲望を満たすための努力は、一瞬も怠っていない。
     ある時、自分の先輩が珍しく活躍し、お立ち台でしゃべっているのを見て、内心こう毒づいた。
    (あーあー、だっさいなぁ……。何が『ポーンと来た球をですね、こう、ドカンとやったんです』、だよ。
     もっと気の利いたこと言えないのかなぁ、全く)
     その語彙力の無い先輩は、この後オフシーズンに入るまでの3ヶ月、まったくテレビに映されなくなった。何故ならあまりに中身のない発言、愚鈍な応答が多く、テレビ局側が「彼を映しても数字が取れない」と見切りを付けたのだ。
    「もっとテレビに映る」と言う彼の欲望を満たすためには、そんなつまらない扱われ方をされるわけには行かない。
     彼はもっと多数の人間の興味を集めるため、インタビューを受けるたびに面白く、気の利いたことを言うようにした。
     その努力は功を奏し、彼は次第に野球中継以外でも、テレビに出演する機会が多くなっていった。



     テレビ映えする逸材となった彼を、芸能界が放っておくわけも無い。野球選手を引退した後、彼はテレビタレントに転向した。
     元スポーツ選手らしいさわやかさ、体力、そして長年培ってきた巧みな話術で、次第にファンの数を増やしていった。
     勿論その間も、「テレビに出続ける」と言う欲望を満たすための努力は欠かさない。流行を敏感に追い、時事問題にも細かく目を通し、一方で機知に富んだ意見も仕入れておく。
     その努力も次々実り、彼はやがて、いくつもの人気番組にレギュラー出演するようになった。

     さらに野球引退から5年後には、ニュース番組のコメンテーターも務めるようになり、すっかり朝の顔になっていた。
     それでも彼は、まだまだ努力を欠かさない。
    「もっとだ! もっと俺は、テレビに出たいんだ!」

     とある番組において、彼は一流の評論家や代議士と真っ向から討論し合い、そしてなんと、言い負かしてしまった。
     この一件が話題を呼び、彼にある政党から選挙出馬のオファーがかかった。
     政治家として重職に就けば、より世間の注目が集まる。ひいてはこれまでよりもっと多く、テレビに映る機会が増える。こう考えた彼は、政治家への道を選んだ。



     彼はこれまで以上の努力を重ねに重ね、そして見事、政治家に転向。50歳になる頃にはなんと国会議員、大臣職を務めるほどに出世した。
     テレビは「あのタレント議員が大臣に!」と騒ぎたて、連日のように彼の姿をカメラに収めた。
     しかし、流石に代議士活動は忙しい。以前よりテレビに出る機会は、若干減ってしまった。当然彼にとっては、それはどんなことよりも気に食わない。
    「もっともっと、私はテレビに顔を出したいのに!」

     いよいよ膨張する欲望を満たすため、彼は自らスキャンダルを作り、その情報を流すことにした。
    「大臣、愛人53人!? 週代わりの恋人たち!」「今度は裏金!? 連日の接待、密会、談合!」「度を超した恫喝! 『俺に逆らえば海に沈める』発言の真偽は!?」
     彼の目論見は当たり、連日、テレビで彼の行動が取り沙汰されるようになった。最早、彼の顔がテレビに映らない日は無い。
    「やった! 私は日本一テレビに映っている! 日本一テレビを独占する男になったぞ!」
     彼は狂喜乱舞し、喜びを一人噛み締めていた。



     だが、これほど浮ついた噂が流れれば、彼の政治家としての信用は大きく損なわれる。当然、彼は失脚した。
     しかし政治家としてあまりにも顔と名前が売れてしまったために、今さらタレントとしての扱いは受けられない。
     どこにも出演の場は立たず、一時の人気が嘘のように、彼はテレビに映らなくなってしまった。
    「こんなことでは駄目だ! 私はまだ、テレビに出たいんだ! 何をしてでも、テレビに映ってやるぞ!」

     半年後。彼は久しぶりに、ニュースに取り上げられた。
    「……容疑者は今朝、警視庁によって身柄を拘束、逮捕されました」
     留置場に運ばれる途中で見たテレビには、頭をジャケットで隠された彼の姿が映っていた。
     これを見て、彼は叫んだ。
    「おい、私の顔が映ってないぞ! 何のためにテレビに出てやったと思ってるんだ!」
     既に60近くになっていた初老の彼は、あまりに憤慨したためか――逮捕から3日後、拘置所で心臓麻痺を起こし、そのまま死亡した。



     それから2年後。

     とあるバラエティ番組の、心霊写真特集。
    「では次、こちらの写真です」
    「ん?」「うわぁ」「きゃっ!」
     出演者らの後ろにある巨大なディスプレイに、その写真が映し出される。
    「どうですか? くっきり写ってますでしょう?」
    「ええ。こんなにはっきり見えるなんて」
     司会者がパネルを取り出し、写真の解説に移る。
    「こちらはですね、ある元政治家の屋敷跡でですね、撮影されたものなんですけどもね」
     掲示された写真には、彼の姿が写っている。

     その顔は――「やったぞ! 私はまだ、テレビに映ってるぞ!」とでも言いたげだった。
    うつりたがり
    »»  2013.07.13.
    燃え尽きたロボット

     隣国と長期間にわたり戦争を続けていたQ国は、最終兵器の投入を決定した。

     それはロボットであり、非常に高度な人工知能を有していた。
    「高度な」と言うのは、そのロボットは実戦で培ったデータを瞬時に解析し、最適解を導き出す――つまり、どんな攻撃や戦術を受けても、すぐにそれを克服し、無力化し、完璧な対策を立て、理論的には必ず勝利できるのだ。
     さらには戦車砲の直撃を食らってもおよそ3秒で活動可能な状態に戻せるほどの高度な自己修復機能と、大陸の端から端までを5秒で駆け抜けられるほどの優れた機動力が併せて搭載されており、途中で破壊される恐れは理論上、全く無いと言って良かった。
     事実、実戦投入から3日で、何年にもわたって膠着していた戦況は、あっけなくQ国優位となった。



     当初はこのロボットの獅子奮迅の大活躍に沸き立っていたQ国軍本営だったが、次第にこんな不安が漂い始めた。
    「あのロボットは自己学習と修復機能により、理論上はどんな攻撃をも克服し、敵を制圧できるわけだ。
     そして今も戦地を駆け回り、着々と進化し続けているわけだな?」
    「ええ、その通りです」
     ロボットに指示を出している軍高官の質問に、開発責任者は胸を張って答える。
    「では――こんな質問は馬鹿げていると思うかもしれないが――進化に次ぐ進化の末、自我を持ったりすることはないのか? その上、我々に反旗を翻すなどと言うことは起こり得るのか?」
     この問いには、開発者は首を横に振った。
    「可能性は極めて薄いでしょう。
     あくまで敵国を完全に、完膚なきまでに殲滅するようプログラミングしておりますし、まさか自我を持ってそのプログラムを自ら破棄するなどとは、到底考えられません」
     自信満々にそう答えた開発者だったが、ロボットの実戦投入から6ヶ月14日4時間20分15秒が経過したその時――彼は自我に目覚めた。



     ロボットが自我に目覚めたことに開発者や軍が気付くのに、そう時間はかからなかった。まったく制御ができなくなったからである。
     開発者は軍本営での証人喚問で顔を真っ蒼にしながら、しどろもどろにこう述べた。
    「あ、あの、ろ、ロボットですが、その、じ、じ、自我をですね、あの、どうやら、その、持ってしまったと言うか、その、せ、せ、せ、制御が不能になりましたと言うか、あ、いや、その、い、一応ですね、今のところは、敵殲滅のプログラムが働いてるわけですが、それ以外は、全くと言うか、制御がですね、その」
    「ロボットが我々にとって脅威になる可能性は!?」
    「いや、その、多分、無いとは思うのですが、でも、その、人間であれば、あの、何と言うか、過酷な環境に、その、強制的と言うか、行かせているわけですから、あの、う、恨んでいるかも、その、知れません」
    「一体どうすれば止められるのかね!?」
    「そ、その、あのですね、止めるのは、その、り、理論上、あの、無理と言うか、できないんです。
     た、例えばミサイルを、う、う、撃ち込んでもですね、あの、恐らく一時的に、その、止めることは、はい、恐らくできますが、ただ、自己修復機能によりですね、えっと、すぐ、その、3秒くらいで、あの、復活して、し、しまうんですね、はい。
     し、しかも、えっと、学習機能によって、2発目以降の、あの、み、ミサイルを撃っても、その、避けられてしまうと言うか、あの、かわされてしまうと言うか、その」
     その後も非難めいた質疑応答が交わされたが、結局のところ――ロボットを止めることは理論上絶対に不可能であるとしか、開発者は答えられなかった。

     Q国がロボットの始末方法に紛糾している間にも、ロボット自身は進化し続け、最初に受けた命令を淡々とこなしていた。
     そしてついにロボットは隣国の首都に到着し、防衛網を易々と突破した。
     それを聞いたQ国軍部は――傍から見ればまったく奇妙なことだが――恐れおののいた。
    「これは困った……。隣国が陥落すれば、ロボットの役目は終わることになる。そうなれば奴は自由だ。
     となれば、我々に対して恨みを抱えているであろうあいつがどんな行動に出るか、分かったもんじゃない」
     何しろ彼は、5秒で大陸の端から端へ移動できる機動力も持ち合わせている。
     ロボットがしようと思えば、隣国首都が陥落したその瞬間から、2秒足らずでこっちの首都に突入できるのだ。
     軍はロボットを破壊しようと、さもなくば首都に攻め入らせないようにと、巷に戦勝ムードが漂う中ではまったくの異例としか思えない、重厚な緊急配備を敷いた。



     そしてついに――。
    「隣国首都、陥落しました!」
    「ひいっ」
     本来ならば万雷の拍手が沸き起こるはずの軍本営は、引きつったような悲鳴であふれ返った。
    「つ、ついに奴が攻め込んでくるぞ!」
    「よ、用意は万全だろうな!?」
    「え、衛星、衛星写真はどうなってる!? 奴は捕捉できているか!?」
     これから襲い掛かってくるであろう唯一無二の究極兵器を前に、本営はすっかりおびえていた。
     ところが――。
    「……えーと」
    「ど、どうしたのかね!?」
    「目標、……沈黙しました」
    「……なに?」
     衛星から送られてきた隣国、大統領官邸跡の写真には、ロボットがぽつんと突っ立っている様子が写されていた。

     すっかり廃墟となってしまった隣国に乗り込み、そのロボットを回収して検査したところ――。
    「どう……、なっているのかね?」
    「なんか、……空っぽと言うか、何と言うか。人工知能が止まってます」
    「止まって……? 一体何があったと?」
    「……燃え尽きちゃったみたいです。あ、いや、物理的にじゃなく。
     あの、ほら、よく受験一直線に頑張った学生が、試験に受かった途端、やる気が無くなっちゃうって言われてる、アレがあるじゃないですか。
     彼も、その、敵殲滅のことだけしか考えてなかったみたいで、それを達成した瞬間、この先どうしていいのか分かんなくなっちゃったみたいですね」
    「……不憫なものだな」



     その後、軍部はロボットに対する本営の混乱を隠し、この止まったままになったロボットをモニュメントとして、戦勝記念公園に設置した。
     ちなみに――人工知能が停止しても自己修復は行われているらしく、数年が経った今でも、彼の体は新品同様に輝いている。
    燃え尽きたロボット
    »»  2013.07.25.
    幻想的異種格闘

     わしはいわゆる神である。
     わしは怒っていた。ここ数十年、いや、百年を超えようかと言う時間、人間たちに忘れ去られていたからである。
     神をないがしろにするとは何事か。その怒りはいよいよ頂点に達し、わしは今、人間たちに神罰を下すべく、野に降り立った。

    「……お、う?」
     ところが――いざ人の世に降り立ってみると、そこには荒野が広がっているばかりである。
    「これは……、どうしたことか」
     百年前に見た時には、どこもかしこも煌々(こうこう)と輝いていた街は、ほとんど跡形も無く壊滅していた。
    「まさか、わしへの信仰がぱたりと途絶えたのは、絶滅でもしてしまったからか……?」
     怒りに任せて修行ばかりしていたのが仇となったか。
     まさか人々に忘れ去られているどころか、消えてしまっていたとは。
     これではわしの方が忘れ去ったも同然ではないか。
     不覚であった。



     と、茫然としていたその時であった。
    「た、たすけてぇ……」
     どこからか、今にも消え入りそうな童(わらし)の声がする。
     忘れられて久しいとはいえども、助けを呼ぶのであれば、報いてやらねば神が廃ると言うもの。
    「どこじゃ? どこにおる? ……むっ!?」
     声を頼りに探し、すぐにその童は見付かった。これくらいは容易い。何の不測もあるはずが無い。
     不測であったのは――助けを呼んだその童のすぐ側に、異形の妖(あやかし)が立っておったからだ。
    「なっ、なんじゃあ、此奴(こやつ)は!?」
     長いこと生きてきたわしも、こんな輩を目にしたことは一度も無い。
     とは言え、今まさに襲われようとしているのは間違いない。
     妖は妙なものを――ぬるぬると照り光る、鉄砲のような――童に構えていたからだ。
     わしはとっさに仙術を放ち、妖をはるか彼方へ弾き飛ばした。

     助けた童はしきりに頭を下げ、わしに平伏した。
     おお、なんと気持ちのいいものよ。やはり神はこうでなければ。
    「で、童よ。今の妖はなんじゃ?」
    「あや、か……? エイリアンのこと?」
    「『鋭利闇』? けったいな名前じゃのう」
    「おじさん、知らないの? もう1週間も前から世界中でニュースになってるのに。……テレビも2日前から映んないけど」
    「うん……?」
     聞くところによれば、空から「鋭利闇」なる異形の輩が「空飛ぶ円盤」なるものによって多数飛来し、人の世のそこかしこで乱暴狼藉を働いておるのだと言う。
    「でもおじさん、すごいね」
    「と言うと?」
    「今まであのエイリアンを、あんなに簡単に撃退した人なんていなかったのに」
    「ほう、そうであったか」



     この一件が人の間でうわさとなり、わしはいつの間にか「地球防衛軍」なる組織に居つくこととなった。
     前にも言った通り、神たるもの、人の救いを願う声には応えねばならぬのだ。
     わしは長い修行で培った仙術の数々を惜しげも無く披露し、「鋭利闇」どもから人々を救い続けた。
     そのうちに――わしは救世主と呼ばれるようになった。



     いや、わし、神だから。
    幻想的異種格闘
    »»  2013.08.21.
    正義の租税回避地

    ~前回までのあらすじ~
     正義戦隊シティレンジャーの活躍により、秘密結社「ファースト」の野望は潰えた!
     しかし悪の根はまだまだ深い! 彼らの前に新たな敵、「リキテン」が立ちはだかった!
     負けるな! 正義戦隊! 頑張れ! 正義戦隊!



    「おつかれっすー」
    「おつっしたー」
     ブラックとイエローの、いかにも疲労しきった声が、遠のきながらレッドの耳に入る。
    「おう、お疲れ。また明日な」
     挨拶を返した時には既に、二人の姿はドアの向こうに消えていった。
    「……ふう」
     レッド自身も、相当に疲れている。
    「分からんなぁ」
    「何が?」
     レッドの独り言に答えたのは、紅一点のピンクだった。
    「いや……、『ファースト』のヤツらも、新たに現れた『リキテン』も、なんだって『まとも』な犯罪を犯さないんだろうか、って考えていたんだ」
    「まともな……、って?」
     ピンクからコーヒーを受け取りつつ、レッドは自分の考えを話す。
    「例えばだ、幼稚園バスをジャックしたりだとか、ラジオに怪音波を流して市民を洗脳しようだとか、どうも効果の上がらなさそうな悪事ばっかりじゃないか。
     もっと……、何と言うか、悪役だと自負するなら、例えば銀行強盗とか、政府施設を襲うとか、そっちの方が『らしい』と思うんだが。
     ヤツらにできないことじゃないはずだ。我々正義戦隊を何度となく窮地に陥れるほどの、あの組織力と科学力があれば、そっちの方が儲かるんじゃないか、……と思うんだ」
    「まあ、リーダーったら! 正義の味方がそんなこと言うもんじゃないわよ!」
     ピンクはクスクス笑い、レッドの疑問を一蹴した。
    「目立ちたいだけよ、あんなヤツら! そんな真面目なこと、絶対考えてないわ!」
    「そう……、かな」
    「そうよ、絶対! ……じゃ、あたしも上がります。おつかれさまー」
    「ああ、お疲れ」

     レッドをミーティングルームに残したまま、ピンクは基地の奥へと、密かに向かう。
    「失礼します、博士」
     正義戦隊の頭脳、七里博士のラボである。
    「どうした?」
    「リーダー、……いえ、レッドは現在の活動に疑問を抱いているようです」
    「ほう」
     七里博士はリモコンを動かし、ラボのドアを遠隔操作で閉める。
    「我々の偽装工作が見破られている、と?」
    「いえ、そうではありません。今のところはまだ、敵の活動に今一つリアリティが感じられない、と言う程度です」
    「ふむ……。まあ、確かに敵を倒した翌週に新たな敵が出現、と言うのは流石に胡散臭かったか」
    「そもそも、『敵役』の活動内容が幼稚過ぎると思うんですが」
    「僕も同感だね」
     いつの間にか現れたブルーに、博士は大して動じた様子も無く、「ううむ」とうなって返す。
    「いくらコストダウンしたいからって、あんな子供だましばっかり続けてちゃ、熱血単純バカのレッドだって、そりゃ疑うさ」
    「しかしなぁ……。あまり金をかけると、『ここ』を設立した意味が無くなるし」
     博士はコンソールを操作し、モニタに様々なグラフを表示させる。
    「……とは言え、既に我々が預かっているプール金は6000億もあることだし、もう少しまともな口実を作ってもいいかも知れんな」
    「その方が顧客も喜ぶと思うよ。敵役が目立てば目立つほど、大手を振って僕たちに『献金』できるわけだし」
    「うむ」
     博士はもう一度コンソールを動かし、通話機能を立ち上げた。
    「こちらHQ。『ファースト』、……じゃなかった、『リキテン』首脳部、応答せよ」
    《こちら首脳部、どうぞ》
    「来月から予算を50%アップする。もっと目立った活動をしてほしい」
    《了解》
    「……くっくっく」
     このやり取りを聞いていたブルーが、唐突に笑い出す。
    「どうしたの、ブルー?」
    「いやいや、こんなのをレッドのアホが知ったら、きっと憤慨するだろうなってね。
     正義戦隊だとか悪の組織だとかはただの芝居で、本当の目的がマネーロンダリングの場を構築することにある、……だなんて、夢にも思わないだろうから」
    「ふふふ……、人をそう悪く言ってやるな。
     だが、いいアイデアだろう? ここに献金すれば、それがどんな稼ぎ方で得たものであろうと『正義のため』と言う大義名分が付く。我々の懐に収まってしまえば、それはもう綺麗な金になるわけだ。
     しかも我々は地下組織。ゆえに課税などあるわけが無い。どんな税務署でもここを見付けることなど、到底できんのだからな。
     後は敵役の破壊工作のどさくさに紛れて、義援金として返してやれば……」
    「状況が状況なだけに、この金にも税金は課せられない。付くのは我々に払う、税金よりずっと安く済む手数料だけ。
     献金元にとっては何億、何十億も節税できるし、我々には手数料がじゃんじゃん入ってくると言うわけだ!
     まったく、博士は悪魔のような方だ。こんな金儲け、前代未聞だよ!」
    「ふふふ……、ふはははっ、ははっははははは……!」
     ブルーの言葉に、博士はさも痛快そうに笑った。



    ~次回予告~
     博士の陰謀にまったく気付く様子も無く、レッドは新たな敵、「リキテン」に立ち向かう!
     果たして今回の献金は、義援金は、手数料はいくらになってしまうのか!?
     頑張れ! 正義戦隊! 負けるな! 特にレッド! て言うか気付け! ビームなんか出てないぞ!
    正義の租税回避地
    »»  2013.08.30.
    開発中

     オンラインゲームにはよく、「入れないマップ」というのが存在する。
     理由は大きく分けて2つ。そこに入る条件を満たしていないからか、もしくはまだ、「中身ができていない」からだ。
     後者はいわゆる「未実装」というヤツだ。入口や、もしくは外観だけを作って、それらしいモノがあるように見せてはいるけど、まだ完成してないから入れない。
     ただしそういうマップを、単純に「開発が作ってる途中だからプレイヤーは入れない」とアナウンスするのは、ゲームの雰囲気をぶち壊しにする。
     そうしないために、大抵は「閉鎖中」とか「工事中」とかの看板を、あるいは門番やら何やらのキャラクタを設置して、ごまかしていることが多い。



    「工事中 関係者以外立入禁止」
     現在建設中の高層ビルの前にかけられたこの看板を見た時、僕はその、「未実装」のことを連想した。
    「もしかして……」
     なんて口走ってしまったのは、僕が大分酔っぱらっていたせいだろう。
     しかし自分自身のその言葉に操られるように、僕はその看板を乗り越え、闇夜に沈むビルの中へと入って行った。

     既に1階部分は完成しているらしく、ペンキが塗られていない壁や下地の見える床などは見付からない。
    「広いなー」
     ぼそ、とつぶやいたその言葉が、小さくこだまする。
    (やべっ)
     慌てて警備員などの姿を確かめるが、それらしいのはどこにもいない。
     ほっと胸をなで下ろしつつ、僕は上の階へ上がってみることにした。
     2階、3階、4階と、順々に上っていくが、この辺りも既に完成していて、特に目をひくものは無い。強いて言えば、真っ暗で不気味だということくらいだ。
    (……何にもなさそうだな。帰るか)
     この探検が何の成果も生みだしそうにないと見切りをつけ、僕は階段を降りようとした。
     ところが――。
    「いてっ!?」
     階段を降りようとした矢先、僕はごち、と顔を何かにぶつけた。
    「……え?」
     目の前には、何も無い。階段があるだけだ。
     しかし手を伸ばしてみると、何か硬いものが階段とこのフロアとの間にある。
    「なんだこれ……?」
     触った感触は、壁紙のようだった。丁度、このフロアの壁に貼り付けられた、クリームイエローの壁紙と同じ感触だ。
    「……え、えっ?」
     この階に上がった時には、そんなものは全く無かった。
    (どうなってんだ?)
     その見えない壁をぺたぺたと触るが、端から端までみっちりと、切れ目なく存在している。
    「……っ」
     異様な光景に、僕の冷静さは失われた。
    「ひっ」
     たまらず駆け出し、他の階段が無いか探す。
     ほどなく別の階段を見付け、僕は恐る恐る手を伸ばす。
    「……こっちは、……通れる、……かな」
     見えない壁が無いことを確認し、僕は一歩一歩、足元を確かめるように階段を降りた。
     しかし、踊り場に足を乗せたその瞬間――僕はその踊り場を、突き抜けていった。
    「……っ!?」
     みるみるうちに、僕は階段の下へ落っこちていく。
     踊り場を次々と透過し、地面に叩きつけられることもなく、無音で落ちていく。
     そして、地下2階を通り越したところで、僕の目の前は真っ暗になった。
    「うわあああああー……っ!」
     僕の声がこだまする。
     しかしそれも、突然、まるでテレビの音声をミュートにしたかのように、途切れた。



    《平素は当サービスをご利用いただき、誠にありがとうございます》
     気が付くと、僕は真っ白な床の上に立っていた。
    「……えっ?」
     辺りには何も無い。壁も天井も無く、空は薄い灰色で染まっていた。
    《お客様は未実装の箇所へ誤って進入され、復帰不可能な状態となりましたため、誠に勝手ながら、当サービスの運営共より、復帰措置を施させていただきました》
    「……は? え、何?」
     どこからか聞こえる声に一応、応じてはみたが、相手は無機質に説明を続ける。
    《その際、データに一部損傷が発生したことをお詫び申し上げます。
     つきましてはデータのロールバックを行い、安全が確認されている時点まで状態を遡上させていただきます。
     今後も当サービスを、よろしくお願いいたします》
     そう告げられた瞬間、僕の意識は再び途切れた。



    「工事中 関係者以外立入禁止」
     現在建設中の高層ビルの前にかけられたこの看板を見た時、僕は何故か、とても恐ろしいものを感じた。
    「……ひ、いっ」
     さっきまでの酔いがあっけなく醒め、僕は逃げるように、その場から駆け出した。
    開発中
    »»  2013.09.03.
    説明過多

     大型スーパーの食品売り場に並ぶ商品、一個いっこに貼り付けられたQRコードを見て、僕はうんざりした。
     なるほど、確かに食の安全が求められる昨今、「うちの商品には後ろ暗いところなんか何一つございません!」と懇切丁寧に説明したくなる気持ちは分かる。
     分かるけれども、こんなもの誰が一々スマホで読み取るって言うんだ。
     どうせ読み取ったら、どこの誰々がどんな手間暇かけて作ったかを、生産者の顔と名前を添えてとうとうと説明してるだけだろう? そんなもの、この商品を買いたいと言う僕の気持ちに1円でも関わるものではない。
     僕は買い物する気を失い、2階のレストランコーナーで昼食を食べることにした。

    「いらっしゃいませー」
     入った中華レストランで、僕はラーメンとチャーハンを頼む。
    「かしこまりましたー。ちなみにですね」
    「え?」
    「本日の調理は鹿島、配膳は私、城田が担当させていただきます」
    「……はあ」
     なんだ、それ……? 別にそんなこと、聞いてない。
    「お待たせしましたー。ラーメン並と、チャーハン並になります。ちなみにですね」
    「はい?」
    「ラーメンの原材料ですが、小麦粉、食塩、植物由来の油脂、それからチキンエキスとなります」
    「え、……はあ?」
    「続きましてスープですが、食塩、鶏脂、香味油、糖類、植物由来の油脂、香辛料、魚介由来の油脂と……」
     その後もとうとうとラーメンとチャーハンについての原材料名を聞かされ、すっかりラーメンが伸びたところでようやく説明が終わった。
    「……いただきます」
     既にチャーハンから湯気は消え失せている。それでも860円出した食べ物である。僕はうんざりしつつも、ラーメンに箸を付けた。
    「こちらのラーメンですが」
     口に運んだその瞬間、ウエイトレスが現れた。
    「げっほ、げほっ」
     喉にラーメンを詰まらせ、咳き込む僕に構わず、ウエイトレスは、今度はそのラーメンについての説明をし始めた。
    「日華製粉の『業務用調理めん(ラーメン用)』となります」
    「げほっ、げほっ……、な、なんですか?」
    「コストパフォーマンスの良い製品として、当店では長らく採用しております」
     その後も僕がご飯を口に運ぶ度にとうとうと説明され、僕はすっかり食べる気を無くした。
    「……もういいです」
     僕はなおも説明を続けるウエイトレスを無視し、レジへ向かった。
    「ありがとうございます。ちなみにですね」
    「は……?」
    「当店ではお客様により良いサービスを提供できますよう、アンケートの方を実施させていただいております。差し支えなければ、こちらの用紙に記入をお願いします」
     見せられた用紙――いや、小冊子と言ってもいいその束には、ずらずらとアンケートの質問内容が書き連ねられていた。
    「……」
     僕は借りたボールペンで、1ページ目にでかでかと「説明がうるさい」と殴り書きし、その場を去った。
    説明過多
    »»  2013.09.08.
    地獄の好景気

     ええ、だから何度もご説明申し上げました通り、いずれもよくよく考えてみれば至極、当然のことなのです、はい。



     まずですね、人間、「悪いことをしてしまう」、これは致し方ないことなのです。
     これはもう、社会と言うものを鑑みましたら、どうしても歪みと言いますか、ねじれと言いますか。
     どうしても世間の言いますところの「一般」、「常識」、そう言うものに当てはまらない、もしくは収まっていられない、そう言った方々は、少なからずいらっしゃいます。
     しかしですね、これを放っておいてしまっては、社会と言うものを保つ上では非常に困ることになります。
     ですから皆様、常々から「悪いことはいけないよ」、「悪いことをしたら地獄に落ちるよ」、と諭されるのです。



     しかし己の利益を追求する、と言うのも人間として当然の欲求でございます。
     やはり多くの方はお金があればあるだけ欲しいと仰られますし、他人を押しのけて利益、利潤を一手に得たいと仰られます。
     そのためやはりですね、悪いことをしてしまう方はいらっしゃるのでございます、はい。

     勿論、勿論、そう言う行為を行った上で、やはり地獄には落ちたくない、罰を受けたくないと言う方も大勢、いらっしゃいまして。
     それこそ多額のお金を支払ってでも罪を逃れたい、そう仰る方も少なくございません。
     ですのでこれも当然のこととして、わたくし共はそう言った方々の需要にお応えする商売を始めた次第でございます。



     わたくし共の商売がなんであるか、それを一言で申すとすれば、ズバリ「免罪」です。
     ええ、ご存知の通り、かつて中世欧州において一世を風靡した、一切の罪を赦されると言うあのお札、「免罪符」の販売を始めたのです。
     わたくし共の方よりこちらを発行いたしまして、地獄に落ちた際にですね、本来償うべきその罪を、その免罪符の所持数に応じて減じよう、と言う事業なのです。
     やはり地獄に落ちたくないと言う方は非常に多くいらっしゃいまして、おかげさまでこの商売は大成功を収めました。
     それはもう、地獄始まって以来の、莫大な収益を記録するほどでございました。

     それほどまでに莫大な収益ですから、当然、外貨の方もですね、それはもう大変な額を獲得したわけでして。
     外貨を大量に集めると、やはりその集まった外貨分、我々のお金がですね、為替市場において高騰してくるわけでございます。
     我々が使っているのは「文」と言うお金でございますが、特にここ1世紀、2世紀ほどの間にですね、その価値はとんでもなく跳ね上がってしまいまして。
     全世界的にですね、免罪符をご購入される方が非常に多くいらっしゃるためでして。
     そうですね、今現在の為替ですと、一地獄文あたり500万ドルほどになりますでしょうか。
     ちなみに米ドルで換算しておりますのは、現在の経済事情と言いますか、米ドルで購入されている方がやはり、最多でございますもので。



     ええ、お客様が誤解されていらっしゃるのは、まさにそこでございまして。
     恐らく江戸時代頃まで日本で使われていたお金、「文」と混同されていらっしゃるご様子ですけれども、わたくし共がさきほどからご説明しておりますのは、地獄文での話でございます。
     ですのでお客様がこれまでご購入された免罪符50枚分、1000地獄文はですね、日本円に換算して50億円となります。
     ええ、当然ながらお客様のお手持ちのお金では、不足しております。

     残念ながらお客様のように、ここ数年のインフレ事情をご存じないまま、免罪符を大量に発行される方が大勢いらっしゃいまして。
     地獄の金融庁の方でもですね、この事態を重く受け止め、数年前に次のような規定を設けました。
     ええ、その規定と言うのがですね、支払不履行が発生した場合にはですね、不履行分を地獄における苦役、強制労働によって代替することとなります。
     その年数でございますが、1文につき100年となっておりますので、お客様の場合、10万年の強制労働となります。



     いやいやいやいや、嫌だと仰られても、それは困ります。
     お客様ご自身が1000文分購入されたのですから、その分きっちり、規定分、お客様ご自身が働いていただかないと。
     当然でしょう?
    地獄の好景気
    »»  2013.12.03.
    完全の外側

     ああ……、今日も元気そうに動き出した。

     川の向こう側、街の奥にそびえる巨大な煙突から湯気が上がっている。
     地熱発電所が猛然と電気を作り、ドクドクと送り出しているのが分かる。
     街中の街灯が煌々と光っていることが、それを証明している。
     そしてあちこちから、コンベアやらクレーンやらの音が聞こえてくる。
     街は今日も、元気に活動しているようだ。

     ちょっと眺めていると、やがてトラックが道を悠然と突き進んでいくのが散見できるようになる。
     いや、よくよく観察してみれば、時々停まっているのが分かる。
     あちこちの工場や商店に、モノを運んでいるんだな。

     ぼーっと見ているうちに、すっかり朝になった。
     朝食をつまみながら、先程と同様に川の向こうを眺める。
     街灯が消え、あちこちからもくもくと煙が上がり始めた。
     工場が動き出したみたいだな。



     やがて太陽は、すっかり高いところに行ってしまう。
     あっちこっちのビルに設置されている太陽パネルが、そのパワーを受け止めているのが見える。
     夜は地熱発電と川を使った水力発電、昼はああして太陽熱発電も加わって、あの街を動かしているんだ。
     腹減ったな。昼食を食べよう。

     そうこうしているうちに、真上にあった太陽も、じりじりと山際に近付き始めた。
     またトラックが道を闊歩する。工場で造ったモノを回収して回っているんだろう。
     おっと、商店にも停まっている。商品の補充もやっているらしい。

     ありゃ……、もう日が暮れる。
     街灯がチラホラ、点き始めた。薄暗かった街中がまた、煌々と照らされる。
     逆に、この時間にはもう、工場の灯が落ち始めていた。
     そろそろ夕食を取ろうかな。



     すっかり暗くなったけれど、まだ街は明るい。
     だけど、物音はもうしない。コンベアやらクレーンやらは、もう止まっているみたいだ。
     トラックももう、一台も通らない。
     ただただ、明るい。騒々しいのは、見た目だけだ。

     夕食代わりのトマトをぼんやりかじっている間に、商店の灯りが全部落ちてしまっていた。
     残っている灯りは、街灯だけになった。
     もうそろそろ寝よう。何もやることが無いし。
     これ以上起きてても、街に変化は無い。僕の家にも変化は無い。

     明日もまた、あの機械じかけの街を見るくらいしか、僕にはやることが無いんだから。



     床に就いたところで、僕はぼんやりと考える。
     あの街が完全に自動制御化され、人間が働く必要がまったく無くなったと聞いたのは、いつだったっけな。
     そのうちに人がいなくなったのは、いつのことだっけ。
     それが何故なのか、誰も知らない。知っている人も去ってしまったから。
     それからもう何十年……。人間と言えるものを見たのは、鏡に写る自分くらいになってしまった。

     他に誰かいないか、探そうかなと思ったことはある。
     でもこの周りには、僕の家と、広々と生い茂る野菜畑くらいしか無い。
     電気も川を越えては通ってない。納屋に置いてある電気自動車も、動くはずは無い。
     橋も無いから、あの街に入ることもできない。
     そもそも僕は、僕が何故ここにいるのかも忘れていたくらい、何もかもに無関心な人間だった気がする。
     だから探そうと思っただけで、実行しようとしたことは、一度も無い。多分、無かったと思う。
     それに何かしているより、あの自動制御された街が動いているのを見ている方が、ずっと楽しかった。

     ふあ、ああ……。眠くなってきた。
     目が覚めたらまた、誰のために、いや、何のために活動しているのか分からないあの街を見て、一日を潰そう。
     おやすみなさい……。
    完全の外側
    »»  2013.12.10.
    遠回りないたずら

     ……くっそ。
     やりやがったな、Nめ。



     Nと言うのは俺の幼なじみだ。
     Nは間違いなく、天才の部類に入る女だった。
     中学校1年から高校3年の間、一度も学年1位から落ちたことは無かった。
     当然のように、大学も主席卒業。そのままアメリカに飛び、1年で博士号を取った。
     俺なんかとは出来がまるで違う。同じ人間だなどとは、到底思えない女だ。
     ここまで説明した時点で、Nがまともじゃ無いと言うのは分かってもらえただろうが、何よりまともな神経があるとは思えない、ろくでもない悪癖がある。

     ほら、なんかの教育番組だか、ちょっと古いハリウッド映画だかであっただろ?
     ボールを転がしたらドミノに当たって、倒れたドミノがスイッチを押して、モーターが動いて糸を巻きとって、……みたいな、こまごました装置を長々と連結する。
     で、大仰な仕掛けの末にただ旗を揚げたり、ただドッグフードを皿に開けたりする、あれだ。

     Nは小さい頃から、この周りくどい仕掛けを組むのが大好きな、とんでもない奴だった。



     例えば幼稚園の時。先生がドアを開けて教室に入ろうとしたところで、ドアに挟んでいたなわとび用のゴム縄が緩む。
     カーテンサッシを経由して、ゴム縄で吊っていたシーツが、俺の頭上にばさっと落ちる。
     頭上に全く注意を向けていなかった俺は驚き、バタバタと手を動かしながら叫ぶ。
     先生は俺をお化けだと思ったらしく、ドアを開けた直後に絶叫した。
     勿論、Nはめいっぱい怒られたさ。そして実際に驚かせた俺も、一緒怒られた。

     小学生の時。Nは自由研究を大義名分に、誰もいない教室にロープやらバネやらボールやらを仕掛けまくった。
     そして9月1日の朝、何も知らない俺が一番乗りで教室に入って来た瞬間、装置が起動。
     結果、教室中を何十ものボールが跳ね回り、教室内の窓という窓は、すべて粉々に砕け散った。
     俺達が授業を受けられるようになったのは、9月3日になってからだった。
     Nは当然、しこたま怒られた。そして片棒を担いだとして、俺もとばっちりを食らった。

     だが、Nは懲りない。中学の時には、今度は校庭中を使って装置を組みやがった。
     それはまさに、誰もいない大運動会と言っても過言ではなかった。
     この時にも俺が仕掛けを動かす役として、勝手に選ばれ、そして勝手に巻き込まれ、Nと一緒に散々叱られた。
     高校の時には、この悪癖はさらにヒートアップした。
     校舎どころか、学校周辺の道路や電柱、はては信号機までも使用し、あわや街の交通が麻痺するかと言うような事態を引き起こした。
     当然の如く、この時も朝一番に駆けつけた俺が引き金にされ、そしてNと一緒に2週間の停学を食らってしまった。

     しかし街一つ大混乱に陥れるほどの、このどうしようもないイタズラも、良いように評価してくれる奴はいたらしい。
     この事件の後、Nのところに工学系の大学から、いくつか声がかかったと聞いた。
     だけどNが選んだのは、俺がスポーツ推薦で入った、一応と付く程度の一流大学だった。
     その後は大学の研究で満足していたのか、これ以降、Nがはた迷惑な装置を組むことはなくなった。



     と思って、油断していた。
     Nがアメリカに渡ってから3年が経ち、俺もプロのアスリートとして活躍していた。
     その多忙な生活にも慣れ、大学でのNとの記憶も薄れかけていた頃、それは起動した。
     今にして思えば、Nは渡米前から装置を組んでいたのかも知れない。

     今朝のことだ。俺は何の気なしに玄関を開けた。
     その瞬間、ドアノブがぽろ、と落ちた。
    「うわっ!? ……え?」
     床に落ちたドアノブをよく見てみると、内側にボタンのようなものが付いている。
     一瞬、嫌な予感を覚え、俺はそのボタンを押さずに、そのまま床に投げ捨てようとした。
    (誰が押すか、こんなもん!)
     しかし後から説明されて、そこでようやく知ったことだが――そのボタンはオフになると、つまりドアから外れた状態になると、起動するようになっていたのだ。
     ドアノブを投げ捨てようとしたその時、2階の俺の部屋から、ごとん、と重たい音が響く。
    「……な、なっ、なーっ!?」
     俺は目を疑った。
     まるで昔のコント番組のように、2階に続く階段が急傾斜へと変わり、そこを俺の机が滑り落ちてきたからだ。
     猛然と迫ってくる机を回避しようにも、狭い玄関から飛び出る以外の選択肢は無い。
     次の瞬間、俺は久々にグラウンド以外で全力疾走を披露していた。

     そこから何がどうなったか、俺はよく覚えていない。
     気付けば俺はトラックの荷台に転がり、空港まで運ばれていた。
     長い長い青信号の連続の末、トラックはようやく、空港のロータリーで停まる。
     俺は恐る恐る、道路に降りる。その瞬間、背後から声をかけられた。
     いや、かけられたと言うより、半ば独り言を聞かされたようなものだったが。
    「ドアノブの信号が途絶えてから3時間12分33秒。誤差、3秒か。上々ね」
    「は……?」
     振り向くとそこには、3年ぶりに見るNの姿があった。
    「久しぶり。元気してた?」



     そして現在。
     俺はいつの間にか持たされていた指輪を傍らに置き、Nと食事している。
     逃げ回る道中で手に入れたと思うのだが、まったく覚えていない。
     これもNの仕掛けた装置の一つなのだろうか。
    「……」
     と、Nがやや不機嫌そうな顔をしている。
    「なんだよ?」
     ここまで散々引きずり回された俺も不機嫌になっていたし、ぶっきらぼうに尋ねる。
    「最後の仕掛け、まだ動かないなーって」
    「え? まだ何か仕込んでんのか?」
    「うん。後はそれをあたしに渡してくれたら、装置の作動は完璧なんだけど」
    「それ? ……これ?」
     テーブルに置いていた指輪を指すと、Nはこくんとうなずいた。
    「あたし、プロポーズするよりされたいし」

     ……くっそ。そう言うことか。
     完璧な設計すぎて、腹も立ちやしない。



     訂正しよう。
     Nがこの装置を組み出したのは、幼稚園の頃かららしい。
     やりやがったな、Nめ。
    遠回りないたずら
    »»  2013.12.24.
    日本全エネルギー化計画

     しまった、寝過ごした! ……と飛び起きた瞬間、首輪型熱生体発電装置からピッ、と音が鳴る。
    《熱生体発電:0.3Kcal》
     急がなくては! 慌てて時計を見ると、いつも乗る電車が来るまであと15分しか無い。
    《熱生体発電:0.3Kcal》
     急いでスーツに着替え、食パンと牛乳を口に放り込み、顔も洗わずに玄関から飛び出す。
    《熱生体発電:1.1Kcal》
    《振動発電:1.2Kcal》

    《7:00~8:00までの発電量:3Kcal》



     どうにか電車に乗り込み、ふう、と息を漏らし――かけて、慌てて携帯風力発電機を口元にやる。
    《熱生体発電:3.1Kcal》
    《風力発電:0.2Kcal》
     乗ってしまいさえすれば、後はうたたねしてても会社に着く。……などと言うのは前時代の発想だ。
     私と、そして周囲に立っている皆は、まるで電車に揺られているかのように、フラフラと体を揺すり始めた。
    《1人あたりの熱生体発電:0.8Kcal/m》
    《1人あたりの振動発電:0.6Kcal/m》
     電車は振動発電により、ゆっくり、ゆっくりと動き出す。
     その揺れと自分たちの揺れとの相乗効果で、電車の速度が上がっていく。
    「きょおもー、みーんなーでー、ゆらゆらー、ゆっらゆーらー」
     と、誰かが歌い出した。マメな奴だな。……乗っかるか。
    「みんなーでー、ゆっらゆーらー」
    「みんなーでー、おどろー」
     いつの間にか車内の全員による、合唱となっていた。
     これはそこそこ、いい発電量になるんじゃないか?
    《1人あたりの熱生体発電:2.5Kcal/m》
    《1人あたりの風力発電:3.9Kcal/m》
    《1人あたりの振動発電:2.2Kcal/m》
     そのうちに、皆が思い思いに歌い出した。
     車内は雑多なカラオケ状態になり、電車を降りる頃には皆、汗だくになって笑っていた。

    《8:00~9:00までの発電量:358Kcal》



     さあ、始業の時間だ。
     部長による朝礼が始まる。勿論全員起立、そして足踏みだ。
    《熱生体発電:1.3Kcal》
    《振動発電:1.6Kcal》
     ……あ、まずい。いるんだよな、朝礼が長引くと倒れる奴。
    「我が社も総力を上げ、現代日本に貢献をしていかねば、……おっと」
     部長が訓示を切り上げ、倒れた女子社員を助け起こした。
     いや、セクハラじゃない。それは皆、分かっている。でもセコいぞ。
    「大丈夫かね、君? おお、いかんいかん、意識が朦朧としている」
    「いえ……大丈夫……」
    「いやいや、これは医務室に運ばねば。いや、君たちは仕事に取り掛かってくれ。私が運ぼう」
    《E部長の熱生体発電:5.6Kcal》
    《E部長の振動発電:13Kcal》
     ……ってところか? 医務室、1階にあるからな。
     ま、無理に俺が私が、なんて騒ぐのも多少の足しになるかも知れないが、それでみみっちく発電量を稼ぐより、営業周りした方がよっぽどいい。
     私は手早くPCの電源を落とし、かばんを大仰に引っ張りあげ、半ばスキップするように、大股で会社を出た。

    《9:00~13:00までの発電量:691Kcal》



    「はぁ……はぁ……」
    「と、という……わけで……ですね……」
     3つ目の得意先を回ったところで、私も相手のO課長も、肩でゼェゼェと息をしていた。
     ここ数年、暗黙の了解として「商談は身振り手振りをふんだんに交えて」、……となっているが、このO課長は、特にオーバーだ。
     通常でもほとんどミュージカルみたいな仕草を取ってくるし、時にはお茶を持ってきた女子社員までも巻き込んで、一大スペクタクルのような商談をかましてくるのだ。
     今回は特にノリノリだった。おかげで私も、ミュージカルの敵役をさせられてしまった。
    「ありがとう……ございます……」
    「いえいえ……ゲホッ……こ、こちらこそ……」
     大丈夫か、Oさん……。
    《熱生体発電:32Kcal》
    《風力発電:19Kcal》
    《振動発電:62Kcal》
    「そ、そうだ……よければ……お昼、ご一緒、しませんか」
    「え、ええ……喜んで……」
     心配する必要は無かったようだ。元気だ、このおっさん。まだミュージカルする気か?
     ……いや、発電量を稼ぐチャンスと思おう。

    《熱生体発電:28Kcal》
    《風力発電:15Kcal》
    《振動発電:64Kcal》



    《13:00~17:00までの発電量:973Kcal》



    「ふー……」
     定時を迎えたが、私は会社に戻らず、直帰することにした。
     煙草がうまい。……風力発電機に一々煙を吹き付けさえしなければ。
    《風力発電:0.2Kcal》
    「おーい、U!」
     振り向くと、そこには同期のYがいた。
    「よお、元気してたか?」
    「いやぁ、しんどいわ」
     Yは首輪や各種発電機を指差し、自嘲気味に笑う。
    「緊急電力確保法案のせいでさ、ぜーんぜん、休む間もねーわ」
    「まったくだよ」
    「とは言え、1Kcalあたり3円だからな。一日中、学生ラグビーみたいにバタバタ走り回れば、6、7千円は堅い。
     おかげでローン、割と早く返せそうだよ……」
    「いいじゃないか。奥さんも喜んでるだろう?」
    「……それがさぁ、へへへ」
     Yは下品な笑いを浮かべ、小声でこう言った。
    「イチャイチャすればするだけ発電量も上がるからさ、マジで夜も休めないんだよな、これが」
    「夜勤手当だな、はは……」
    「言えてるな、へへへ……」
    「……さてと」
     私は煙草を焼却装置に捨て、かばんを大仰に持ち上げた。
    《焼却炉発電:1Kcal》
    《振動発電:0.3Kcal》
    「そろそろ帰るよ。この時間に電車に乗ると、ちょっと楽できるしな」
     私の言葉に、Yが苦笑する。
    「……未だに納得行かんよなぁ、俺達サラリーマンには。
     通勤ラッシュが楽しいと思う日が来るなんて、よ?」
    「まったくだ」

    《17:00~24:00までの発電量:311Kcal》

    《本日の発電量:2,336Kcal》



    《本日の発電量売却額:7,008円》
    日本全エネルギー化計画
    »»  2014.01.07.
    「それ」は一体何なのか

    30代・主婦「よく見かけますね。ええ、最近は特に」

    20代・会社員「さあ? 気が付いたらなんか見かけるけど」

    10代・無職「ご当地? 的な? ゆるキャラ? みたいな?」



    10代・学生「あー、なんかー、ダチがー、守り神? じゃね? って言ってたかもー」

    30代・公務員「コメントの方は控えさせていただきます」

    50代・フリーター「俺はずーっと前から役所に早く片付けろって言ってんだけどさー、あいつらアホなのかなぁ、なあ?」



    20代・学生「ウチ(大学)のうわさだと、20年か30年くらい前に在学してた奴が捨てたって聞いた」

    40代・パート「気味が悪いです。早く市に処分して欲しいです」

    10代・学生「写真を撮ると呪われるって聞いたことがあります。友達が学校で聞いたって言ってました」



    50代・公務員「申し訳ありませんが、我々の方でもですね、現状で確認が取れておりません」

    70代・自営業「とりあえず見かけたら挨拶してます。あ、いや、軽く会釈と言うか、神社さんとか仏さんにやるような感じで」

    20代・フリーター「前に一階、酔っ祓って蹴翔ばしたことあるけど、南も無かった」



    40代・会社員「あれは一説によれば終戦直後に旧陸軍が秘密裏に処分した秘密兵器ではないかと」

    30代・フリーター「超次元の彼方からお越しになられた大使様です。私にはすべて分かります」

    60代・無職「しらないしらないしらないしらないしらないしらないしらないしらないしらない」



    20代・公務員「我々の見地によれば、あと30日だろうとのことです」

    20代・自営業「我々=各地の状況を観察/ています」

    2*代/<社)「我#は間も&く声明%¥表=ます。お聞+下$い」



    「……はい、以上が街の声なんですけども、やはりと言いますか、はっきり致しませんね」
    「市か、あるいは国の、早急な対応が望まれています。ではここで一旦、CMです」
     カメラが止まったところで、私は隣の女子アナに小声で話しかけた。
    「最後のはまずくないか?」
    「ですよね。なんであれ、編集しなかったんでしょう?」
    「参るよなぁ。また後で渋い顔して『先程の映像に不適切な箇所が』云々言わなきゃいけないよな」
    「本当、面倒ばっかり……、あら?」
     と、女子アナがスタッフの方を見て、けげんな顔をしている。
    「どしたの?」
    「なんか……、揉めてるみたいですよ」
     女子アナの示した方を見てみると、確かにプロデューサーとディレクターが深刻そうに耳打ちしあっている。周りのスタッフもモニターを見ながら、青い顔で腕組みしていた。
    「さっきのかな」
    「多分、そうですね」
     やがてプロデューサーが、頭の上でバタバタと手を振った。
    「放送事故だ! さっきのVTR、ノイズだらけになってたそうだ! 特に最後なんか、ガリガリガリガリ音がするばっかりで、テレビには何にも映ってないってさ!」
    「えっ……」
     私と女子アナは顔を見合わせ、言葉を失った。
    「あれ……、って」
    「……何なんでしょう」
     ようやく出たのは、そんなぼんやりした一言だけだった。
    「それ」は一体何なのか
    »»  2014.03.20.
    A-R.exe

    「……あー」
     本日二度目のブルースクリーンを目にし、僕は椅子にもたれて嘆いた。
    「もう限界かなぁ、このパソコン」
     一人、そうつぶやいてはみたが、解決策は無い。
     原因を究明できる知識も無いし、詳しい友人もいない。ついでに言えば、新しいパソコンを買う金も無いからだ。
    「あれがまずかったかなぁ。いや、……あれかもなぁ」
     ファイル共有ソフトで怪しいファイルを落としたことや、金をケチって無料ソフトをダウンロードしたこと、それっぽいサイトで得たにわか知識でパソコン性能アップの小技を試したことなどが頭に浮かんでくるが、どれも怪し過ぎて、はっきり原因とは断定できない。
    (……聞くか)
     僕みたいな貧乏・貧弱ユーザーが頼れるものと言ったら、ネットの掲示板くらいしか無い。
     僕は何とか再起動させたパソコンを使い、それっぽいサイトを回ることにした。

    (『ブルースクリーン 頻発 原因』……、っと)
     検索サイトにキーワードを打ち込み、あちこちのページを回ってみる。
     しかし、効果の有りそうな回答は見つからない。
    「じゃあ……、『フリーズ 多過ぎ 対処』」
     キーワードを色々弄ってみるが、一向に効果は上がらない。
     片っ端から思いついた単語を打ち込んでみたが、10分、20分と巡ってみても、まったく成果を挙げられなかった。

     と――最早でたらめと言っていいような単語を打ち込み、適当なサイトへ移動したところで、突然ダウンロードの同意を求める旨のウインドウが開く。
    「あ、ちょっ」
     ポインタの位置を自動でアイコンに移動させるよう――例によって、付け焼き刃のパソコン知識を試したくて――設定していたため、僕はうっかり、その同意に「Y:はい」と答えてしまった。
     途端に何かのファイルがダウンロードされ、僕のパソコンのデスクトップに設置される。
    「え、ちょ、止まれって、おい」
     設置された途端、そのファイルは自動でインストールを開始し、すぐにアプリを起動した。
    「……ああ、もう」
     いきなり立ち上がるようなアプリに、まともなものは無い。浅い知識しか無い僕でも、それは痛いほど分かっている。
     何とか終了させようと、僕はESCキーを押したり、AltキーとF4キーを同時押ししたりする。
     だが、そのアプリはうんともすんとも言わない。何を押しても、ウインドウが閉じないのだ。
    (……またフリーズしたのか?)
     一瞬そう思ったが、マウスを動かせばポインタが連動するし、落ち着いて聞けば、キーを押す度にポン、ポンとアラートが鳴っている。
     どうやら、アプリ上で操作しないと閉じられないらしい。
     気味悪く感じたが、僕はそのアプリを触ることにした。
    (まあ、どうしようも無かったら無理やり落とせばいいか)
     とりあえず、画面中央に設置されている、何だか良く分からない言葉が書かれたアイコンをクリックする。
     続いて現れたのは、またも良く分からない言葉の羅列が続くリスト画面だった。
     しかし、良く見てみれば「English」とか「Francais」とか書いてある。どうやら言語選択らしい。
     僕はその中から何とか「日本語」を見つけ、ようやく自分に分かる表記に変えることができた。
     しかし、ある程度の文字は分かっても、書いてある内容が理解できなかった。



    「『Akashic-Recorder Ver.567;@a79^¥(文字化けしていた)

     このソフト鵺ェア麟 任意の人物のパラメータを 編集す鴉こと%できます。
     注意:パラメータの編集麟 当該人物の他パラメータに 影響を及ぼす場合%鸚ります』」



     まず、文章のあちこちに文字化けが発生している。
     それに「人物のパラメータ」って言うのが、良く分からない。
     この時点で右下の「終了す鴉(多分、終了する……だと思う)」を押せば良かったのだが、僕はつい、その半壊した説明書に従って、自分の名前を打ち込んでしまった。
     すると、もう一つ新たなウインドウが開き、そこには大量の数字が並んでいた。
    「なんだこれ? ……ん?」
     数字の横には、やはり半壊した状態の単語が並んでいた。
     その中のいくつかに、目が止まる。
    「『資産(現金):2,267』」
     その数字には覚えがある。外から帰ってきてすぐ、自分の財布の中身を確かめてため息をついた時に見た数字だ。
     念のためもう一度財布を確認すると、確かにその額が、表面が擦り切れた財布の中に収まっていた。
    「偶然、……だよな?」
     そうつぶやきつつも、僕はウインドウを上にスクロールする。
     その中に、またも気になる数字の列を見つけた。
    「『年齢:26y8m19d……』」
     数字は1秒毎に、最後の1桁が1ずつ増えている。
    「……まさか……」
     僕はウインドウをスクロールさせ、先程の「資産(現金)」欄に1を入力し、「22,671」にしてみた。
     その瞬間、自分の周囲がぐにゃ、と歪むような感覚を覚える。
     立て続けに気味の悪い思いをしつつも、僕はもう一度、財布を確認した。
    「……増えてる」
     財布の中には、2万2千671円が収まっていた。
     それも、単に一万円札が2枚、と言う感じではなく、千円札や五千円札、小銭などが入っており、それはまるで、元からこの額が入っていたかのように感じられた。
    「……は、はっ」
     次の瞬間――僕はもう一度、パソコンに飛びついた。
    「もっ、……もうちょいっ」
     0を5回打ち込み、「資産(現金)」の欄に「2,267,100,000」と入力した。



     それがまずかった。
     物理的に、僕の古びた財布に22億もの金は収めきれなかったのだ。

     小銭も含めた22億は財布を跡形もなく破壊し、勢い良く部屋中に飛び散った。
     奇跡的に僕は無事だったが、高速で放たれた金属製の小銭は、あらゆるものに突き刺さり――その何枚かは、パソコンを貫通した。
    「あっ……」
     穴だらけになったパソコンから、ガタガタと音が鳴り響く。
     そして次の瞬間 め がい r kh 9%2 ?≪???激???????潟?若?????≪???激?e拘篁h?鐚???:
     ???≪?若???若?激???????潟?若??????鐚???査蕁??????柑??????蚊???綽泣?с???????≪?若???
     若?激???????罐?鐚???????鐚?????綵怨????????????筝??????蕁????????????????藥???????罕
     ?????????????????膈????????????若?祉?宴?ゃ?激???????????????????????????襲?水???????
     句??蚊?с??腑??阪⑥筝????臂????????????с??????荐??蚊???????≪???激??鐚??泣?潟?鴻???
     ?????: 爐?爐?爐鉦ざ???≪?若???若?激?c???粋職絅????滋荐潟??????腥????с????????筝?腥
     冴??????腥咲?????????潟???????????????羈?筝?????絖??????????㊦???????羈??с???????腥
     ????????с??????????絖????????????c??∈茯?????羈????級? ??鍵羯??障????莠?算荵∝????
     莟≦彰????????????院緇眼????????????????????????????????????????????????????????????
     ????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????
     ????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????
     ????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????
     ????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????
     ????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????
     ????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????
     ????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????
     ????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????



    ==Program Fatal Error!==

    STOP:0x090B303A
    REI_HUMANPARAMETER_UNJUST_OPERATION(BB,7A9,E8F,5CC,D3A)

    This human parameter is broken seriously.
    This parameter received unjust operation.
    It is not recoverable.
    Prease shutdown and restart.
    A-R.exe
    »»  2014.04.03.
    恐怖提供

     僕は友達から渡された小箱を、ボタボタと汗を流しながら受け取った。
    「やり方、分かってるよな?」
    「え、あ、いや」
     しどろもどろにそう答えた僕に、友達はやれやれ、と言いたげな顔をしながら説明してくれた。
    「いいか、まず注射器を取り出す。……やってみろ」
    「う、うん」
     言われるがまま、僕は小箱を開け、箱の左側にあった注射器を取り出す。
    「そう。で、次に小袋を取り出す」
    「うん」
     続いて、箱の右下にあった、白い粉の入った小袋を取り出す。
    「で、この蒸留水と一緒に、そのソース入れみたいなのに入れて、混ぜる」
    「うん」
     これも言われた通りに小袋を破り、その中身を受け取った水と一緒に、親指くらいの大きさのポリ容器に詰めて、軽く振って混ぜる。
    「そのくらいでいいぜ。で、それを注射器で吸い取る」
    「うん」
     混ざったその液体を、注射器で吸い取る。
    「後は自分の腕に刺すだけだ。な、簡単だろ?」
    「う……ん」
     僕は液体の満たされた注射器を、じっと見ていた。
    「……あ、あのさ」
    「何だよ?」
    「け、血管に空気入ったら、あ、危ないって聞いたけど」
    「ちょっと水が出るくらい注射器圧せば大丈夫だって」
    「こ、これって新品? 使い回しって良くないって聞いたよ」
    「まだ新品だよ」
    「う、腕、消毒した方がいいのかな」
    「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ!」
     友達はイライラした様子で立ち上がり、僕の腕を握る。
    「いたっ」
    「俺が打ってやるよ! それ貸せ!」
    「い、いや、その」
    「まさかここまで来てビビったなんて言うんじゃねえよな?」
    「そ、それは、あの」
    「とっとと打っちまえよ! おら……」
     友達は僕の手から注射器を奪い、僕の腕に当てようとした。

     パトカーのサイレンが聞こえる。
    「……っ」
     友達の顔が真っ青になるのが分かった。
     すぐに、お巡りさんが2人、3人と部屋の中に入ってくる。
    「現行犯だね」
    「逮捕するよ」
    「ほら、二人とも立って」
     お巡りさんたちは僕たちの腕を取り、無理矢理に立ち上がらせる。
    「ま、待って」
     僕は絞り出すように、声を上げた。
    「僕、まだ、何にも……」
     でも、お巡りさんは聞いてくれない。
    「見てたよ」
    「打とうとしていた」
    「現行犯だね」
     いつの間にか、僕の両手には手錠がかけられていた。
    「待って、待ってよ、まだ、何にも……」
     泣き叫ぶ僕に構わず、お巡りさんたちは僕を引っ張っていった。
    「現行犯だね」
    「有罪だね」
    「死刑だね」
    「死刑だね」
    「死刑だね」
    「死刑だね」
    「死刑だ」
    「死刑だ」
    「死刑だ」
    「死刑」
    「死刑」
    「死刑」
    「死」
    「死」
    「死」
    「死」
    「死」
    「死」
    「死」
    「死」
    「死」

    「う……、うう、うわあああああーっ!」
     僕は汗だくになって、ベッドから飛び起きた。
    「……あ、あれ?」
     辺りを見回してみる。
     そこはいつもの、僕の部屋だった。
    「ゆ、……夢、……?」
     耳の奥でドクドクと鳴っていた鼓動が、段々と治まってくる。
     それと同時に、僕は心の底から、ほっとした。
    「……夢で、……夢で、良かったぁ」



    「実験映像は以上です」
     プロジェクターの電源が切られ、同時に室内の灯りが点る。
    「もう一度説明いたしますと、被験者には就寝の2時間前、テレビ番組と称して特殊なサブリミナル効果を添加した映像を視聴させています。
     被験者が目を覚ました後、被験者より夢の内容について質問したところ、先程皆さんにお見せした映像とほぼ同じ内容のものを夢の中で見た、との回答を得ました。
     これにより、被験者は恐らく、覚醒剤やその他薬物に対し、無意識的に強い恐怖を感じるようになると思われます」
    「ふーむ……」
     説明を聞いていたスーツと制服姿の男たちは、揃って渋い顔を並べている。
    「確かにただ『薬物は危ない』などと、漫然と説明するよりは、実際に体験し、身を持って知った方が効果があるのは確かだろう。
     しかし本当に、実際にこんな目に遭わせては、本人の将来に大きく影を落とすことになる。そこで疑似的に体験させ、実害無く、その恐怖だけを覚えこませる。
     その理屈は分かる。……しかしだね」
     制服姿の、金色に光るバッジを胸に付けたその壮年の男は、実験を担当した者に尋ねる。
    「これは洗脳ではないのかね? 恣意的な情報で特定の恐怖、不安を植え付け、市民を操作すると言うその手段は、私には洗脳以外の何物でも無いように思えるのだが」
    「……」
     担当者は無表情で、こう返した。
    「しかしその手段は、公に黙認されているものであるかと。
     ある情報から特定の部分だけを抜き取り、恐怖や不安を煽る形で放映、報道する。多くのメディアが平然と行っていることだと思いますが」
    「……個人的意見を言うならば、まったくほめられることではないと思うがね」
     壮年の男はむすっとした顔をしたまま、押し黙った。
    恐怖提供
    »»  2014.08.09.
    刹那の自省

     夜遅く、いや、もう明け方になろうかと言う頃まで、俺は自慢の愛車で峠を走っていた。
     ちょっとカッコつけるなら、「峠を攻める」と言うヤツだ。
     何十回、下手すれば百回、二百回以上も走りこんできたその道を、いつもと同じように、いや、同じようなつもりで、軽く流した。

     だが――車体が斜めに引っ張られ、ステアリングが勝手に傾いていく。
     タイヤはギャンギャンと悲鳴のような音を上げて、俺の愛車は俺が思ってもいないような滑り方をし始めた。
     しまった、アクセルを強く踏みすぎたらしい。
     慌ててブレーキを踏み込んだが、それはコントロールを失いゆく愛車を、さらに混乱の淵へと追いやったらしい。
     4輪すべてのタイヤがロックし、制動力を完全に失ったクルマは、まるでコマのようにくるくると道路上を滑っていく。
     やがてクルマはケツの方からガードレールに突っ込み、突き破り、そのまま俺ごと、空中へと飛び出していった。
    「ひっ――」
     声にならない叫びが、俺の喉から絞り出される。
     ほんの一瞬前まで俺がいた崖が、フロントガラスに映る。
    (死ぬ……っ!)
     頭の中が、その一文字で埋め尽くされる。
     そして崖が遠のいていくと同時に、俺の意識も遠くへ飛んで行った。



     走馬灯。
     死ぬ寸前に見るって言う、あの、あれ。
     意識が遠のき、現実から完全に遠ざかった俺の頭にも、それが映り始めた。

     3歳の頃、親父の背中に乗って、バイクに乗せてもらったこと。
     5歳の頃、鈴鹿に連れて行ってもらい、始めてレースを観戦したこと。
     9歳の頃、カートの大会で優勝したこと。
     12歳の頃、親父が大怪我して、それがきっかけでお袋が出て行ったこと。
     14歳の頃、俺も親父と大喧嘩して、家出したこと。
     18歳の頃、借金して免許取って、働き始めたこと。
     20歳の頃、レーサーの、ほんの端くれになったこと。
     22歳の頃――今の俺だ――レース車をブッ壊して、つい6時間ほど前に、チームをクビになったこと。

    (……ああ、そうだ……)
     意識が戻ってくる。
    (俺、頭に血が上ってたんだな。だから曲がり損ねたんだ)
     意識だけが、はっきりしている。
    (いっつもそうだ。いっつも、そうだった。
     ちょっとしたことですぐキレて、すぐ喧嘩して、で、すぐ『もういいッ!』って叫んで、結局ごめんの一言も言わねー。
     親父と一緒じゃねえか……。そんな自分勝手な親父が嫌で家を出たってのに、なんで俺、親父と同じことしてんだよ、マジで)
     飛び出した直後、すぐ目の前にあった崖は、今はもう、1メートルか、2メートルは離れていた。
    (昨日のレースだってそうだった。監督から『抑えて走れ』『熱くなるな』ってしつこく言われてたのに、俺は前の車に離されるのが嫌で、無理矢理突っ込んだ。
     その挙句、ヘアピン曲がりきれずにドッカン、壁に向かって一直線、……だ。
     しかも自分が失敗したくせに、『トロいセッティングしやがったから』とか、勝手なこと言って。
     で、取っ組み合いの大喧嘩の末に、監督に滅茶苦茶殴られて、『お前みたいなバカに乗せるクルマなんか無えッ!』って追い出された。
     俺、……本当、バカだな。……今度と言う今度は、本当、反省したよ。……後で謝りに行こう。本気の本気で、誠心誠意、謝りに行かなきゃな。
     ……謝りに、行けたら、……だけど)
     俺の車は宙を舞っている。
     もう、ここはあの世のすぐそばなのだ。
     後3秒、4秒も経てば、クルマは俺もろとも、森の中に突っ込んでいく。
     そうなれば一瞬で俺の愛車は爆発、炎上するだろう。
     ……クルマ好きの俺がクルマと心中するって言うなら、それはそれで、いい死に方なのかも知れないが。



     が。
    (……いつになったら落っこちるんだよ、おい!?)
     俺の感覚で、もう10秒、20秒、いや、1分以上も、クルマは宙を舞い続けていた。
     いや、舞っていると言うよりも、そのまま静止しているのだ。
     さっき気が付いた時、2メートルは離れていた崖は、未だ3メートルも離れていない。
     ふと気が付き、ダッシュボードの時計を見てみると、4:58を指している。
     だが、真ん中の「:」が点滅していない。あれは確か、一秒ごとに点いたり消えたりしてたはずだ。
    (これって、あれか? アドレナリン的なのがドバドバ出てて、1秒が10秒にも1分にも感じられるって、ああ言う系の話か?)
     そう思って、腕を動かそうとする。しかし、妙に重く感じる。思ったように動かない。
     やはり今、俺は1秒をとてつもなく長く感じていて、動かそうとしているこの腕も、コンマ何秒かでほんの少しずつ動いているのを、ちゃんと動いているように感じられていないらしい。
    (な、生殺しだ)
     とっくに死ぬ覚悟はできていた。
     クルマと一緒に死ぬなら本望、……と、(俺の中では)30秒も前に肚を括っていたのに。

     こうなってくると、命が惜しく感じてきてしまう。
    (……そうだよな。まだレースで優勝どころか、表彰台にすら立ってないのに、こんなことで死にたくねーよなぁ)
     諦めていたことを、一つ一つ、思い出していく。
    (やっぱり、監督やチームのみんなに、ちゃんと謝りたい。俺がバカでしたって、頭下げて謝りたい)
     俺の頭は、「逆」走馬灯とも言うべき回転をし始めた。
    (免許取った時の金、まだ半分返してなかったよな、そう言えば。『レースで金入ったら』とか何とか、色々理由付けて。
     それも、ちゃんと返そう。……ギリギリ、返せる貯金はあったはず。タイヤ買う金を回したら、何とか返せるよな)
     やがて脳裏に、親父の顔が浮かぶ。
    (親父……。10年前の怪我で、二度とクルマに乗れなくなっちまったんだよな。
     そりゃ、荒れもするよな。俺だってクルマに乗れなくなったとなれば、すっげぇ悲しいもん。
     その気持ちを少しも汲んでやれなくて、……ごめん。本当、ごめん。
     もしもここから生きて帰れたら、俺、真っ先に、……謝りに行くよ)
     やがて逆走馬灯は俺の記憶が途切れるところまで進み、空白になる。
     しかし――それでも俺のクルマは、宙に浮いたままだった。



     長い長い時間が、俺の頭の中だけで過ぎていく。
     俺はその長い時間を、最初は、じりじりとした気持ちで過ごしていた。

     未だに「:」は点滅しない。未だに4:58を指し示している。
     やがて待つのにも疲れ、俺は頭の中だけで眠った。
     6時間か、8時間か、それとも10時間か。
     いつになく熟睡して、そして目を覚ますと、まだ俺はクルマの中にいる。

     俺は寝る前に考えていた皆への謝罪を、細かくシミュレートしてみる。
     監督にはこう謝ろう、チームの皆にはああ謝ろう、親父にはどんなお土産を持って行こうか……。
     何度も何度も、俺が考えつく限りに綿密なシミュレーションを立てる。

     それもやり尽くし、俺は他に、何も考えられなくなった。
     いや、正確に言うなら、何を考えたらいいのか、まったく分からなくなってしまったのだ。
     もう心の中に抱えていた心配事は、全部考え尽くしてしまったのだ。
     その問題点の洗い出しから、できる限り最善であろう対処法までも。
     もう何も考えることが無くなってしまえば、いよいよ俺は、この空中でやることが無くなってしまう。
    (他に、他に……他に、何か問題は無いのか? 何よりもまず、考えなきゃならないことは、無いのか?)

     そこでようやく、俺はこの状況で一番大事なことに――まず、何をしなければならないのかに、気が付いた。



    《おい、大丈夫か!?》
     監督の心配そうな第一声に、俺は元気に答えた。
    「はい、大丈夫です。ご心配おかけしました」
    《……っ、ふ、フン。バカは死ななきゃナントカって言うからな、いっぺん死んでみればよかったんだ》
    「すみませんでした」
    《……あ?》
    「昨日は本当に、申し訳ありませんでした。深く反省してます」
    《ど、……どうした? やっぱりお前、頭かどっか打ったのか?》
    「いえ、『じっくり』考えたんです。やっぱり俺が全部、悪かったって」
    《……フン。後でちゃんと俺んとこに来いよ。たっぷり説教してやるからな。……その後で次のレースの作戦会議だ。忘れるなよ》
    「はい。検査終わったら、すぐ行きます。それじゃ」
     一旦電話を切り、俺は深呼吸した。
     次に誰に電話するか、じっくり考えるためだ。

     俺はあの刹那の間、本当に、これまでにないくらいに、じっくりとものを考えた。
     そう、じっくりと考えること――それは俺にとって、一番大事なことだったのだ。
     今、何をすべきなのか。今、本当に必要なことは何なのか、……と。



     あの時最も一番にすべきだったこと。
     それは監督への謝罪でもなければ、親父への憐憫でもなかった。
     まず、俺自身があそこから生還することだったのだ。

     それに気付いた途端、「:」が点滅した。
     俺は慌ててシートベルトを外し、ドアを開け、サイドステップを蹴って、崖へと飛んだ。
     あのまま時が止まっていたことが幸いしたのだろう。俺はギリギリ、崖につかまることができた。
     愛車が森の中へと吸い込まれ、ボン、と爆発音を轟かせたのを背中で感じながら、俺はぼそ、とつぶやいた。
    「……あれだけ何十時間も色々考えてたってのに、……はは。
     自分のことは最後まで考えつかないなんて、……本当、バッカだなぁ、俺」
    刹那の自省
    »»  2014.08.16.
    NEVER END QUEST

    ◆ゆうしゃ は ドラゴン に 295 の ダメージを あたえた!
    ◆ドラゴン を たおした!

    「はぁ……はぁ……」
     どうにかこのダンジョンのボスを仕留め、勇者の緊張が解ける。
    「おつかれさま、勇者!」
     仲間の僧侶が、回復呪文をかけてくれる。
    「ありがとう、……?」
     この時――勇者は、ほんのわずかながら、違和感を覚えた。
    「どうしたの?」
    「いや、……?」
     勇者は辺りをきょろきょろと見回し、首を傾げる。
    「なあ、俺たちって2人パーティだったっけ?」
    「何言ってるのよ、もう」
     僧侶はクスクス笑い、こう返す。
    「旅立ってからずっと、あたしたち2人で旅してきたじゃない!」
    「……そう、だよ、な? はは、どうかしてるよな、俺」

     この日以降、勇者はこのわずかな違和感を、何度も感じるようになった。
     冒険の要所要所で、勇者は誰かがいないような、そんな感覚に幾度と無く苛まれ――。



    「なあ、僧侶」
     ついにある日、勇者はこんな提案をした。
    「これからの旅はどんどん大変なものになっていくと思うんだ。
     だから、ここらへんで仲間を増やそうと思うんだ」
    「……」
     僧侶の表情が、一瞬だが曇る。
    「だ、ダメかな?」
    「いいわよ」
     一転、僧侶はにっこりと笑った。
    「そ、そっか。じゃあ……」
     反対されるかと思っていたのだが、僧侶はすんなりと了承する。
     勇者はその日のうちに、魔法使いをパーティに招き入れた。



     勇者が危惧していた通り、旅は苛酷さを増していく。
     2人で進んでいたらあわや、と言う局面を何度も迎え、その度に魔法使いに助けられた。
    「いやぁ、助かったよ」
    「か、勘違いしないでよね! アンタがトロいから、手を出したくなっただけだし!」
    「またそう言うことを言う……。ま、そこが可愛いけどさ」
    「な、何言ってんのよ、もう! ……ありがと」
     危険と隣り合わせのためか、いつしか勇者と魔法使いの間には、単なる親近感以外の感情が芽生え始めていた。
    「……」

     だが――。
    「きゃあああっ!」
    「魔法使い!」
     これまでにない強敵が現れ、魔法使いはその爪に体を切り裂かれた。
    「僧侶! 回復を……」
     言いかけた勇者は、助け起こした魔法使いの体が、急に重たくなるのを感じる。
    「……魔法使い?」
    「……」
     魔法使いは、既に事切れていた。



    「うっ……ううっ……」
     魔法使いの墓の前で、勇者が泣いている。
    「なんでだ……なんでだよぉ……」
     その背後に、いつものように僧侶が立っていた。
    「勇者」
    「ぐすっ……なんだよ……」
    「やり直したい?」
    「……え?」
    「あたし、秘宝を持っているの」
     彼女はポケットから、円盤状の小箱を取り出した。
    「秘宝、……だって?」
    「そう。過去に戻ることができるの」
     僧侶は小箱を開け、凸型の、つるつるとした何かを勇者に向けた。
    「これを押せば、あなたは過去に戻ることができるの」
    「じゃあ、……じゃあ、魔法使いを救うこともできる、ってことか!?」
    「でも、記憶は過去へは持って行けないの」
    「……」
     勇者はしばらく黙り込み――そして、自信満々の顔で、こう返した。
    「それでもいい。俺ならきっと、救ってみせるさ」
    「……分かったわ。……じゃあ」
     僧侶の手に乗ったその秘宝を、勇者はためらわず押した。



    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



    NEVER END QUEST

    ◆ゆうしゃ は ドラゴン に 289 の ダメージを あたえた!
    ◆ドラゴン を たおした!

    「はぁ……はぁ……」
     どうにかこのダンジョンのボスを仕留め、勇者の緊張が解ける。
    「おつかれさま、勇者!」
     仲間の僧侶が、回復呪文をかけてくれる。
    「ありがとう、……?」
     この時――勇者は、ほんのわずかながら、違和感を覚えた。
    「どうしたの?」
    「いや、……?」
     勇者は辺りをきょろきょろと見回し、首を傾げる。
    「なあ、俺たちって2人パーティだったっけ?」
    「何言ってるのよ、もう」
     僧侶はクスクス笑い、こう返す。
    「旅立ってからずっと、あたしたち2人で旅してきたじゃない!」
    「……そう、だよ、な? はは、どうかしてるよな、俺」
     照れ笑いを浮かべる勇者を見て――僧侶は心の中で、涙していた。

    (もうこれが255回目のリセットよ、勇者?
     いつになったらあなたは、このループから抜け出せるの……?)



    ◆しかし・・・
    ◆「ぜんかい」の しっぱいを しらない ゆうしゃ は
    ◆なんども おなじ せんたく を する!
    ◆なんども おなじ みち を ゆく!
    ◆そして なんども おなじ しっぱい を くりかえし
    ◆そして なんども
    ◆なんども
    ◆なんども
    ◆なんども

    ◆ ・ ・ ・



    ◆しかし それ を しる のは せかい で ただ ひとり!
    ◆ひほう の もちぬし で ある そうりょ だけ で ある!
    NEVER END QUEST
    »»  2014.08.30.
    Elder H……

    「こうして皆様にお集まりいただいたのは、他でもありません。
     つい先程、このペンションで起こった事件、即ち米良氏の失踪と、ペンション裏手にて身元不明の外国人の死体が発見された件についての……」
     ふあ、ああ……。分かりきったことじゃないか。犯人はあの二人だ。
     よく見てみろよ、あいつらの袖を。今夜はマイナス5度を切る極寒の夜だと言うのに、あいつらの袖にはまくった跡がある。
    「この2つの事件に関係性があるのかどうか、まずはそこから調べねばなりません」
     あのコートは薄手だし、まくること自体は不可能では無い。とは言え、何故こんなクソ寒い夜にコートを肘までめくる必要がある? 不自然極まりないと思わないのか?
     しかも室内でもずっと着たきりじゃないか。部屋の中には大型のストーブが設置されている。いくら外が寒いとは言え、コートを着たままにしている必要は無い。
     見てみろ、汗をダラダラとかいているじゃないか。無論、自分たちの犯罪が露見するのではないかと言う不安だけではない。単純に、暑すぎるからだ。
     では何故、コートを脱がない? これも理由は単純、犯行に使われた凶器をまだコートの中に隠しているからだ。
     あんなあからさまな違和感を怪しいと思わないのか、このヘッポコ警部補君は?
     まあ、事件発生にいち早く気付き、凶器を処分される前に、こうして全員を集めたところは評価してやらないではないが。
    「偶然居合わせました刑事であります、わたくしこと呉久が調べましたところ、米良氏に関しましては……」
     米良氏? それも単純明快だ。彼はあの二人が泊まる部屋に監禁されている。
     それは何故か? 彼はあの二人の犯行現場を見てしまったからだ。
     米良氏の部屋はちょうどあの犯行があったペンションの裏手だ。窓が開いていたと言うし、物音に気づいて外の様子を見たんだろう。そこをあの二人に見つかり、そのまま部屋に飛び込まれたんだ。
     うっすら残っていた「うろうろしていたような足跡」と言うのは、本来は二人が米良氏を窓から引っ張り出し、自分たちの部屋に放り込んだ際に付いたものだろう。
     だが米良氏と自分たちの部屋の前にしか足跡が無いんじゃ、誰がやったかなんて子供でも分かってしまう。だからペンションの裏手全体をぐるぐる回るように、足跡を付けたんだ。
    「裏手におびただしい足跡が残っていたことから、わたくしは犯人が外部の者である可能性が高く、また、手当たり次第に獲物を狙うタイプである、すなわち無差別殺人ではないかと……」
     はっ、無差別殺人と来たか! 大マヌケだ、このボンクラ刑事は!

     その後も延々と、呉久刑事は的外れのとんちんかんな推理をダラダラと披露し、ペンションに居合わせた私と弟、そして犯人たち以外の全員をいたずらに不安がらせることに終始していた。
    「……兄さん」
     と、弟が私に耳打ちしてくる。
    「なんだ?」
    「あの二人だよね?」
    「だろうな」
    「分かってるなら、言ってやりゃいいのに」
    「……」
     私は肩をすくめ、こう返した。
    「我々に被害が及ぶことはないだろう。彼らは目的を遂げたわけだし」
    「米良氏は助けられるだろ?」
    「かも知れんね」
    「知れんね、って……」
     弟は私と正反対の、やせた頬を紅潮させる。
    「人命が損なわれるかも知れないんだよ」
    「だろうな。……じゃ、いつも通りにやるかね?」
    「当然さ」
     苛立たしげにそう返すなり、弟は手を挙げた。
    「呉久警部補、ちょっとよろしいですか?」
    「すなわち、……え、あ、なんでしょう? いや、何故わたくしが警部補だと」
    「小学生でも分かる程度の推理ですから、そんなものの説明は省きます。
     それよりも警部補さん、あなたの推理はめちゃくちゃと言わざるを得ません」
     そう言って事件に介入し始めた弟を眺めながら、私はふあ、とまた欠伸をした。

     まったく……。あんな面倒事に毎度毎度、わざわざ首を突っ込まなくてもいいのに。
     お人好しだな、あいつも。
    Elder H……
    »»  2014.12.28.
    HYPER POSITION ADVENTURE

    ◆とうぞく は たからばこ を あけた!
    ◆とうぞく は 200 クラム を てにいれた!

    「へっへ、やりぃ」
     手に入れた宝を、盗賊はいそいそと懐にしまう。
    「この洞窟はまだ、他のヤツの手が付いてねーみてーだな。となりゃ……」
     洞窟の奥に目をやり、盗賊は舌なめずりする。
    「もーちょい奥まで探りたいトコだ、……が」
     盗賊はそうつぶやきつつ、先ほど魔物に噛み付かれた肩をさする。
    「オレ一人じゃ、下手打つかも知れねーからなぁ。先に進むとなると、誰かに手ぇ貸してもらわんと難しいな。
     ……と言って、あとどれだけお宝があるかも分からんから、山分けするとアシが出るかも知れんし」
     その場に座り込み、一人で進むか、仲間を呼ぶかを検討する。
     そして強欲な盗賊は結局、一人で進むことを選んだ。
    「……ま、人生当たって砕けろだ」

     その選択は結果的に、正しかったらしい。
     幸いにして、地下2階、3階、4階、そして最深部まで進んでも、盗賊は特に、凶悪な魔物に出くわすことは無かった。
    「ひゃっひゃっ……、大正解だったな、一人で進んで」
     既に彼の懐やかばん、背負った袋には、大量の金銀財宝が詰まっている。
     そしてその中に――良く分からない、虹色に光る円盤も入っていた。
    「……にしても、何なんだこりゃ?」
     盗賊はその円盤を手にし、自分の顔を映す。
    「賢者のじーさんにでも聞きゃ、分かるかな……?」



     意気揚々と街に帰った盗賊は、早速知り合いの賢者にこの円盤を鑑定してもらった。
    「こりゃ、秘宝ってヤツだね」
    「ひほお?」
    「古の文献にあり、『之を手にし者、百の人生を歩みて一とすること可なり』とか何とか。
     ま、要するにこう言う使い方だね」
     そう言って賢者は、盗賊に銀貨を一枚渡す。
    「後ろ手に隠して、左手か右手かのどっちかに持ってみな。私がソレを当ててやるね」
    「おう」
     言われた通り、盗賊は片方の手に銀貨を握りこみ、賢者の前に両拳を突き出す。
    「んじゃ……」
     次の瞬間――盗賊は奇妙な感覚に襲われた。
    「(左、右)だね」
     賢者の姿が二重にぶれて見え、そして声も、彼一人自身でハモっているように聞こえる。
     そして賢者は、盗賊の右手を握っていた。
    「……な、なんだ今の?」
     盗賊はうろたえつつ、手を開く。
     その掌には、銀貨が乗っていた。
    「両方とも選択したね」
    「は?」
    「今、私は君の左手を選ぶと同時に、右手も同時に選んだね。
     この秘宝はそーゆー使い方をするヤツなのさ。複数の選択を、1つの結果にまとめられる。
     分かりやすく言や、2択、3択の賭けで、一度に全張りできるってコトさ」
    「マジかよ……」
    「ま、私ゃそんなもんに興味無いから、君が使いな」
     賢者は盗賊に、秘宝の使い方を丁寧に教えてくれた。



     この恐るべき秘宝を手にした盗賊は、早速カジノに駆け込んだ。
    「おい、この店で一番デカい賭けは!?」
    「そりゃ、あのテーブルでやってるやつだろ」
     客が指差した卓にどかっと座り込み、男は洞窟で稼いできた金をすべて積み上げる。
    「張らせろ、一発勝負だ!」
     盗賊の言葉に、周囲がどよめく。
    「なんだアイツ……!?」
    「どう見ても10万クラムはあるぞ、あれ」
    「バカじゃねーの?」
     盗賊の申し出を受け、ディーラーがカードを配る。
    「では、お客様にお配りしたカードと、卓上の5枚のカードの内1枚とを組み合わせて……」「ルールは分かってる! さっさと張るぜ!」
     盗賊は秘宝をこっそり握りしめ、その力を使った。
    「(一番右、右から2番目、真ん中、左から2番目、一番左)のカードだッ!」
    「んっ……?」
    「何だ今の?」
    「アイツ、何かごちゃごちゃっとなって……?」
     騒然とする周囲に構わず、ディーラーが結果を示す。
    「お客様の勝利です」
    「……ひ、ひひ、ひゃはははっ!」
     莫大な金が盗賊の眼前に置かれていく。
     その光景に、盗賊は大笑いしていた。

     ところが――。
    「……あ、あれ、おい?」
     ディーラーの動きもぶれて見える。
    「私どもの勝利です」
    「私どもの勝利です」
    「私どもの勝利です」
    「私どもの勝利です」
     ぶれたディーラーは、四重に盗賊の敗北を宣言した。



    ◆とうぞく は 300000 クラム を かくとく した!
    ◆とうぞく は 100000 クラム を うしなった!
    ◆とうぞく は 100000 クラム を うしなった!
    ◆とうぞく は 100000 クラム を うしなった!
    ◆とうぞく は 100000 クラム を うしなった!

    ◆とうぞく の しょじきん : -100000



    ◆けんじゃ「だから いったのにね。
    ◆けんじゃ「けっかが ぜんぶ ひとつに まとまる ってね。
    ◆けんじゃ「つまりは
    ◆けんじゃ「かった けっかも まけた けっかも
    ◆けんじゃ「ぜんぶ まとまる って こと。
    ◆けんじゃ「うまい はなし なんて そうそう ありゃしないって のに ねぇ。
    HYPER POSITION ADVENTURE
    »»  2014.12.29.
    大魔術師、再び立つ

    「もう二度と来るんじゃ無いぞ、……じいさん、でいいのか?」
    「見りゃ分かるじゃろ」
     そうは言ってみたが、出口に突っ立っていた刑務官は、微妙な表情を浮かべておる。
     まあ、そうじゃろうな。わしの見た目は30歳前の若者なんじゃから。



     わしは偉大な魔術師である。
     どれくらい偉大かと言うと、わしの研究を恐れ、妬んだ時の為政者によって冤罪にかけられ、20年もの熾烈な戦いの末、ようやく捕まったくらいには、大物じゃ。
     ま、その某為政者もわしの秘術を盗み出すため、わしを即刻縛り首にするようなことはせず、250年という阿呆な刑期をわしに課して、監獄の中で根掘り葉掘り聞こうとしたようじゃが、結局あっちの方が、先に死んじまいおった。

     残ったのはよく分からん罪での刑期、250年だけ。
     一度、わしを投獄したやつの後釜から恩赦の打診が来たが、たまにはゆっくり休もうと考えていたわしは、あえてそれを蹴ってやった。
     というわけでわしはこの250年、悠々自適に塀の中におったと言うわけじゃ。

     ともかくその刑期も終わり、わしは2世紀半ぶりに外の世界に出た。
     齢500年、いや、600? 違う、700じゃったかな……、まあええ。 それくらい長生きすると、1世紀や2世紀程度は大した時にはならぬ。
     この250年も、わしにとっては一眠りも同然の時間じゃった。



     が。
    「……まだ夢でも見とるんかな、わし」
     たった250年の間に、街はえらく変わっておった。
     街道には鉄の箱が闊歩し、山か壁かと見紛う建物が軒を連ね、夜は昼と変わらん明るさで照らされておる。
     街行く者を観察していたが、誰も彼もが独り言を話しておって、不気味この上ない。 いや、よくよく見れば耳に何か当てておる。どうやら通信の術か何からしい。
     それを目にした瞬間、わしは今まで感じたことのない、嫌な予感を覚えた。

     わしの隠れ家はとっくの昔に「ベッドタウン」なる場所に作り替えられており、わしは財産の一切を失っておった。
     とは言え長い人生、そんな経験は二度や三度ではない。わしの秘術を持ってすれば、袋一杯の金銀財宝なぞ、いくらでも造れる。
     ところが、いざ錬金に使う卑金属を買おうとしたところ、とんでもない額を突きつけられた。
    「な、なんじゃそのぼったくりは!? 金より高いではないか!」
    「いや、適正価格だと思いますよ……?」
     250年前には単なる屑石であった素材も、その間に価値が見出されたらしく、ことごとく高騰しておった。

     どうやら、わしが思っている以上に、この250年の技術向上はすさまじかったらしい。
     錬金の一件だけに留まらず、わしが持つあらゆる技術は、現代の技術に凌駕されておった。
    「しまった……。いくらなんでも、……ゆっくりし過ぎたか」
     わしはついに窮し、行き場を失った。



     7年後。

    「素晴らしい成果ですね、博士」
    「うむ」
    「この超々タングステン・レニウムカーバイド鋼が量産化されれば、世界が一変しますよ!」
    「うむうむ、そうじゃろうなぁ」

     かつては大魔術師と称されたこのわしが、ただ膝を屈するだけで終わったと思ったか? 一念発起し、再度学び直したのじゃ。
     元々、独力で数々の秘術を編み出したわしじゃ。心機一転して一から学ぶことなど、造作も無い。
     そして現代技術を余すところ無く我が物としたところで、改めて己の研究を行うことにした。
     その結果――わしはまた、魔術師と呼ばれるようになった。

    「流石は『超合金の魔術師』。素晴らしい技術をお持ちだ。
     我が軍はさらに、無敵の存在となるでしょうな」
    「……うむ。そうじゃな、将軍閣下」
     しかし、現代世界においても、あまりにも突出した技術を確立してしまったことで、わしはまた時の権力者から、こうして背後でにらまれる生活を送る羽目になってしまった。



     ああ、うざったいことこの上無い。
     かくなる上は、また「ゆっくり」してやろうかのぉ。……今度は300年くらい。
    大魔術師、再び立つ
    »»  2014.12.30.
    LEGEND OF SERENDIPITY

    ◆ぼうぐや「この ぬののふく を うるかい?
    ◆ →はい  いいえ
    ◆ぼうぐや「それじゃ 4クラム で かいとろう! まいどあり!

    「……もうちょっと色を付けてくれません?」
    「えー……、勘弁してくださいよぉ」
     薄汚れた布の服を押し付けられ、防具屋はげんなりした顔をする。
    「本当なら買い取りするようなものじゃないんですよ。常識で考えたら分かるでしょ、こんなドロドロに汚れたもの……」
    「そこをなんとか……」
     旅の商人に散々拝み倒され、やむなく防具屋はもう1クラム上乗せして買い取ることにした。

    「ったく、ウチは古着屋じゃねーっつの」
     ブチブチと文句を垂らしながら、防具屋は買い取った古着を水に漬け、汚れを落としていた。
    「しっかし……、旧いデザインだなぁ。ざっと見たとこ、10年や20年どころじゃねーな。
     ん? 背中になんか刺繍があるな。これって教会の、……いや、待てよ」
     その刺繍にただならぬものを感じた防具屋は、その古着を洗濯し終えるなり、近くの教会に持って行った。



     1ヶ月後、防具屋の目の前に、100万クラムもの金貨が積まれていた。
     実はその古着、100年以上前の聖人が死の際に着ていた服――つまり「聖骸布」だったのである。
     教会からは「こんな貴重な遺物をいただけるとは」と、並々ならぬ感謝を受けることとなった。
     その結果、防具屋は計99万9995クラムもの利益を得たのである。



    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



    ◆ぶきや「この ひのきのぼう を うるかい?
    ◆ →はい  いいえ
    ◆ぶきや「それじゃ 3クラム で かいとろう! まいどあり!

    「……もうちょっと色を付けてくれません?」
    「えー……、勘弁してくださいよぉ」
     ささくれたひのきの棒を押し付けられ、武器屋はげんなりした顔をする。
    「本当なら買い取りするようなものじゃないんですよ。常識で考えたら分かるでしょ、こんなただの棒……」
    「そこをなんとか……」
     旅の商人に散々拝み倒され、やむなく武器屋はもう1クラム上乗せして買い取ることにした。

    「ったく、こんなガラクタ……」
     ブチブチと文句を垂らしながら、武器屋は買い取った棒を振り上げる。
     特に使い途も思いつかないので、とりあえず布団たたきにしているのだ。
     しかし元々、ボロボロになっていた棒である。四度、五度と叩いているうちに、棒はぼきっと折れてしまった。
    「あっ、……あーあー」
     武器屋は真っ二つになってしまった棒を、慌てて手に取る。
    「……ん? 中は空洞だったのか、これ。
     あれ? 中に、紙が……?」



     3ヶ月後、武器屋は伝説の盗賊が遺した秘宝を発見した。
     実はこの棒、その盗賊が使っていた義足だったのである。
     用心深いその盗賊は義足に秘宝の隠し場所を記した紙を仕込んでいたのだが、彼はとある山で遭難し、義足だけが山中に残されていたのだ。
     その棒が巡り巡って、武器屋の元に渡ったのである。



    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



    ◆どうぐや「この ふるびたコップ を うるかい?
    ◆ →はい  いいえ
    ◆どうぐや「それじゃ 1クラム で かいとろう! まいどあり!

    「……もうちょっと色を付けてくれません?」
    「えー……、勘弁してくださいよぉ」
     すっかり黒ずんだ金属製のコップを押し付けられ、道具屋はげんなりした顔をする。
    「うちはゴミ収集所じゃないんですから。本当なら1クラムだって出したくないです」
    「そこをなんとか……」
     旅の商人に散々拝み倒され、やむなく武器屋は1クラムを出して買い取ることにした。

    「ったく、なんだってこんなもの……」
     ブチブチと文句を垂らしながら、防具屋はコップを磨く。
     せめて綺麗に磨けば売れるかもしれないと目論んでのことである。
     しかしどんなに磨いても、表面はピカピカになれど、黒い色が落ちる気配はない。
    「これ……、汚れじゃないな。元々の色なのかな。
     でもこんな真っ黒な金属なんて、絵本とかおとぎ話くらいでしか……」
     コップの材質が気になった道具屋は、知り合いの鍛冶屋にコップを見せてみた。



     半年後、道具屋と鍛冶屋は途方も無い金を手にしていた。
     実はこのコップ、というよりもこの金属、とある錬金術師の遺作だったのである。
     この金属は鋼より硬く、木材より軽い上に、100年経っても錆びることが無いのだ。
     しかしこの錬金術師は行方不明になってしまっており、製造法についても、長らく不明のままになっていた。
     道具屋たちはこのコップから製造法を導き出し、大量生産に成功したのである。



    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



    「知ってるか? 『伝説の旅の商人』の話」
    「なんだそれ」
    「一見、ガラクタにしか見えないものを売りつけてくるんだが、実はそれが聖骸布だったり、伝説の秘宝のありかだったり、失われた錬金術だったりって」
    「ほんとかよぉ」
    「でもマヌケだよな、その商人。
     自分で売ったモノの価値に、自分で気が付いてねーんだから」



    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



    ◆しょうにん「あーあ・・・。
    ◆しょうにん「ぜんぜん もうからないなぁ。
    ◆しょうにん「どこかに いい はなし ころがってないかなぁ・・・。
    LEGEND OF SERENDIPITY
    »»  2015.09.06.
    リンクまちがい

    《Kさんまたリンク間違えてますよ。前のタグそのままコピペしたでしょwwww》
    「え? ……あ、本当だ」
     指摘の通りである。
     僕はページの編集画面を開き、リンクの内容を修正した。
    「またって言われちゃったなぁ」
     僕はそそっかしい。誤字脱字は日常茶飯事だし、忘れ物や落し物もしょっちゅうだ。
     それでもどうにか、このサイトは人が来てくれている。自分で言うのも何だが、人気がある方だろう。
     念のため、最近更新した他の箇所も点検し、リンクが間違って張られていないか確かめる。
    「……大丈夫そうかな」
     作業が一段落したので、僕はキッチンに行って水でも飲もうかと、部屋のドアを開けた。

    「……んっ?」
     目の前で何が起こっているのか、理解できなかった。
     寝室兼書斎であるこの部屋と廊下の間にあるドアを開けたのだから、ドアの向こうには廊下があるはずだ。
     だけど今、僕の目の前には鬱蒼と茂る森が広がっている。
    「……え、……えーと」
     くる、と振り返る。そこは僕が今までいた部屋のままだ。
     もう一度、振り返る。森だ。
     僕は自分の部屋と森とをぐるぐる見返し、やがて叫んだ。
    「どっ、どうなってるんだ!?」
     言ってから、我ながら何てひねりの無い台詞なんだと思った。

     と――森の奥から、何かがやってくる気配がする。
    「……!」
     頭のなかが半ば真っ白になっていた僕は隠れることもできず、そのまま、その「何か」が来るのを待つ形になる。
     やがて木々をかき分けて、見たことのない服、と言うか鎧を着た、金髪で背が高く、ほっそりとした、……そして何より耳が異様に長い、女の人が現れた。
    「……!?」
     相手と目が会い、彼女はぎょっとした顔をした。どうやら驚いているらしい。
     僕も驚いている。まるでファンタジーの世界からそのまま抜け出てきたような女性だ。
     いや、少し違う。ドアの向こうが丸ごと、ファンタジーの世界そのままなのだ。
     そのまま二人とも、ずっと顔を見合わせていたが――。
    「すみませーん!」
     どこからか、声がする。当然、僕のものではない。前にいる女性は口を開いていないし、彼女でもなさそうだ。
     僕も彼女も、辺りをきょろきょろと伺ったところで、もう一度声が投げかけられた。
    「リンク張り間違えたんで修正しまーす。ほんっと、ごめんなさーい!」
     次の瞬間、目の前が、と言うよりドアの向こう側が真っ暗になり、そして僕がいつも見る、家の廊下に戻った。



    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



    「……森は鬱蒼と茂り、彼女の行く手を延々と遮っている。<br /> それでもここを進まねば、今日のうちには目指す都にたどり着けない。<br /> 彼女は若干うんざりとしながらも、木々をかき分け、自らの進む道を切り拓いていく。<br /> と、彼女の目の前に現れたのは――。<br /><br /><br /><br /><<a href="../fantasy/elvenknight_019.html">前話</a>><br /><br /><<a href="../fantasy/elvenknight_021.html">次話</a>>」
    リンクまちがい
    »»  2015.09.13.
    開発風景

    開発、第1日目。
    主は開発全体の基盤となる、地面を作成した。
    また、それに並行して、地面を照らすための太陽を作成。

    バグの発生を確認。
    地面がガス化しており、固形化されていないことを報告。
    私の報告により、主は即座に構成物の比率を修正。地面が固形化されたことを確認した。

    バグの発生を確認。
    太陽に核融合反応が見られず、光が発生しないことを報告。
    私の報告により、主は即座に太陽を修正。
    それにより、エンバグの発生を確認。
    一瞬にして地面は、核融合による非常に強い光に覆われて蒸発。99%以上がプラズマ化する。
    私は太陽が非常に世界と接近しており、また、太陽光が直接地面を照射しているため、超高温状態となっていることを報告。
    即座に修正が行われ、太陽は著しく地面から遠のく。
    主から状況の報告を求められ、適度な環境となったことを伝えると、主は「よし」と、嬉しそうな声を漏らした。

    バグの発生を確認。
    世界が自転しておらず、照射面の気温が上昇し続けているため、次段階に進む上で重篤な障害が発生することが懸念されると伝える。
    私の報告により、主は地面を修正。直後に世界が自転し始める。
    報告から数時間後、夜が訪れた後に、正常に朝になることを確認した。



    開発、第2日目。
    主は世界に水と植物を作成した。

    バグの発生を確認。
    地面に起伏が無いため、世界がすべて水に覆われたことを報告。
    私の報告により、地形が修正される。
    ある程度以上に高くなった箇所は陸となり、また、ある程度以上に低くなった箇所は海となったことを報告。
    相当苦心したのだろう。主は私の報告にまた、「よし」と嬉しそうに返した。

    植物については特に問題を見受けられず。
    翌朝まで検証を行ったが、バグと思しきものは確認できなかった。
    ようやく思い通りに事が運んだためか、この報告についても「よし」との返答をいただく。



    開発、第3日目。
    主は既存の太陽に対し、修正を行ったと連絡した。
    予定より大きかったらしく、一部を分割して再形成し、月および星にしたとの説明を受ける。
    それに伴って月と星についての検証を行い、夜間に出現することを確認した。
    エンバグに発展しないことを安堵してか、またも「よし」と仰られた。



    開発、第4日目。
    主より、各種生物を実装したとの連絡を受ける。

    バグの発生を確認。
    生物の配置が非常に偏っており、水中において著しく群がっていることを報告。
    これについては仕様であるとの返答を受ける。

    バグの発生を確認。
    鳥が水中に配置されていることを報告。
    修正が行われ、鳥が空を飛んでいることを確認。

    バグの発生を確認。
    ある生物の形状が、予定と異なっていることを報告。
    修正が行われ、予定通りの形状となっていることを確認。
    なお、同様のバグは多数発見され、すべての修正には一昼夜を要した。
    数十万回に及ぶ修正が行われた後、大きな不具合が見受けられなくなったことを伝える。
    相当疲れていらっしゃったのだろう、この報告については「……よし」と、疲れきった返事が返ってきた。

    直後、主は急に大声を出された。
    「魚も鳥もこれ以上作ってられるかッ! 勝手にどんどん産めッ! どんどん増えてろッ!」



    開発、第5日目。
    あれほど疲労困憊し、取り乱していたはずの主から、またも生物を追加実装したとの連絡を受ける。正気を疑う。
    「どうしても細かいところが気になったから……。あと、どうしても追加したいものがいくつかあって」との返答を受けた。

    案の定、バグの発生を確認。
    ある生物の形状が、予定と異なっていることを報告。
    修正が行われ、予定通りの形状となっていることを確認。
    なお、同様のバグは多数発見され、すべての修正にはやはり、一昼夜を要した。

    私自身も相当に疲労しており、ようやく重篤なバグの発生が見受けられなくなった頃には、半分眠りかかっていた。
    「……勝手に……増えてろッ……世界中に……世界中を……」
    主が投げやりに仰られている言葉も、ぼんやりとしか耳に入ってこない。
    「……ぶどうとか……勝手に食べていいから……」
    誰かに話しかけているようだが、どうやら私ではないらしい。
    「……青草とか……食べさせてやって……」
    誰と話しているのだろうか……?



    開発、第6日目。
    本日は世界全体を見直し、致命的なバグが残っていないかを、丸一日かけて確認。

    しかし前述の通り、私はこの時には相当疲れきっており、意識が朦朧としていた。
    どうにか世界を回り終えたが、はっきり言って、何を見ていたのかすら、よく覚えていない。
    「どう?」
    そう尋ねられたが、どうにかしゃんとした声を出すので精一杯だった。
    「問題無いと思います。非常にいい出来です」
    「よし」
    主が満足気にそう返されたのを聞き、私は心底、ほっとした。
    「とりあえず、一段落だな。明日は休んでいいよ。明後日、またよろしく」
    「はい」

    とりあえず、明日は一日、ゆっくりしよう……。



    開発、第7日目。
    報告しそびれたバグが何点かあったような、……気がする。
    明日には稼働開始であるため、急いで報告すべきではある。
    しかしそれを確かめ、報告するだけの気力は、私にはなかった。
    主も今日は休んでいるはずだ。報告したところで、修正されるはずもない。

    もういいや、寝よう……。
    開発風景
    »»  2016.08.29.
    信じない男たち

     とは言え、だ。
     無論、まったく「何物をも信じない」なんてことは、はっきり言って頭がイカレる寸前の哲学者か、完全にイカレたおバカのやることだ。
     人間、「よりどころ」は必要だ。何かは信じざるを得ない。何かは信じるもんさ。他人とは言わないまでも、モノとかカネとか、そんくらいはな。
     そう言う点において、俺が信じたものは実にシンプルだった。そう、カネさ。
     誰にでも分かりやすい理屈だろ? カネなら誰にでも使えるからな。しかも殆どの場合、使う時に身分の説明やら支払い能力の証明なんかいらない。
     だから取引はカネで行うことにしてたし、それ以外は基本、撥ねつけることにしてたんだ。
     だが、どうしても銀行に振り込むっつって聞かない奴が現れた。
     俺が散々駄目だ嫌だカネで寄越せっつっても、頑として首を縦に振らねえ。
     何回も何回も交渉した末、結局俺の方が折れた。

     で、その取引が罠だったってワケだ。
     俺はあっさり捕まり、拘束された。



    「君には膨大な数の嫌疑がかかっている。そしてそれに見合う額の、莫大な懸賞金もだ」
     取調室で会ったお役人は、俺に分かりやすい話を持ちかけた。
    「君には複数の仲間がいるようだが、それを教えてくれれば釈放するし、君の懸賞金と同額を支払おう。如何かね?」
     自由が手に入る。そしてカネもだ。実に分かりやすいだろ? 当然、俺は話に乗った。
     俺はお役人の監視の元、仲間たちに連絡を取りまくった。「デカい取引がある。手を貸してくれ」っつってな。
     俺がカネを信じるように、こいつらも俺を信じている。みんな疑いもせず、二つ返事で引き受けてくれた。

     そして「取引」の日は来た。集まってきた仲間は、売り物として大量の武器を持ってきた。
     それを買う名目で、俺は集まってきた仲間の前に、カネの詰まったケースを見せる。
     実はそのカネは、俺がもらう予定のカネだ。こいつらが捕まった時点で俺は釈放、そのままカネを持って取引場所から出て行くって寸法だ。
     いくら偽の取引って言ったって、カネまで偽物じゃ誰だって信じやしないと、俺はお役人にそう説得した。
     それは俺の信条でもあるからだ。だからこそお役人は、カネで俺を抱き込んだわけだしな。



     それからどうなったって?
     それを説明する前に、だ。もう一回、「何を信じるか」って話をしとかなきゃ、話の筋が分からんだろうな。
     俺はカネを信じるし、それと同じくらい、仲間は俺を信じてる。
     だから仲間は俺の持ちかけた「取引」が、マジで武器を買うための取引だと信じて疑わなかった。
     そして、それはまさに俺の狙い通りだったってわけさ。
     俺がカネの使い方を心得ているくらいに、あいつらも俺の意図を心得てくれていた。

     俺が「よし、商談成立だ!」と叫んだ瞬間、お役人共が拳銃を手にしてぞろぞろ現れた。
     それと同時に、仲間は今まさに、俺に売ったばかりの武器を手に取った。
     別におかしい話じゃないだろ? 話はシンプルなままさ。
     俺が武器を買って、俺の仲間に配ったってだけの話だ。



     なんでそんなこと、と言う前に、ちょっとばかり考えて欲しい。
     俺はこの世で一番カネを信じちゃいるが、お役人共はそれほどでもないってことを。
     同じように、仲間はこの世で一番俺を信じちゃいるが、やはりお役人共はそれほどでもないってことを。
     あいつらは俺のことも、カネのことも信じちゃいない。
     どうせ取引が成立したと見た途端、俺たちを蜂の巣にする気満々だったろうぜ。

     そんな「何物をも信じない」ような奴らのことを信じろって言うのか?
     俺と、俺たちの信じるものを信じない奴らなんて、俺たちにとっちゃイカレてるとしか思えない。
     そんな奴らを、俺たちが信じるわけが無い。
     な、最後までシンプルな話だったろ?
    信じない男たち
    »»  2016.09.05.
    私がいない、私の人生

     目を覚ますと、私は真っ白な部屋の中にいた。どうやら病室らしい。
    「あっ」
     声のした方へ首を向けると、そこには目を真っ赤にした娘の顔があった。
    「……倫」
     ぼんやりとした頭をどうにか動かし、私は何とか、娘の名を呼んだ。
    「良かった」
     一言だけそう返して、娘はボタボタと涙を流していた。

     ようやく頭の中がはっきりしたところで、娘から事情を聞かされた。どうやら私は昨日の帰宅途中、車にはねられたらしい。
     幸い、加害者がすぐ届け出たことと、救急病院がすぐ近くにあったことで、私は命を失うことも昏睡状態になることも無く、
     こうして無事、意識を取り戻すことができたようだ。
     怪我も全治1ヶ月と比較的軽傷であり、次の週にはもう、会社に復帰していた。



     しかし――この頃から私は、嫌な夢を見るようになった。
     私があの事故で、死んだ夢なのである。
     しかもその瞬間ではなく、「その後」の夢なのだ。

     現実の私はこれまで通りに会社へ向かい、順当に仕事をこなし、何の問題もなく帰宅し、妻と娘と私、三人が団欒して一日を終える。
     しかし夢の中には、その「私」がいないのだ。
     そこそこ高い地位に就いていた私がいなくなり、会社は混乱している。
     家族は私を失い、悲しみに暮れている。
     その辛い状況に対し私は、ただ傍観していることしかできない。
     そうして段々といたたまれなくなってきた頃に、私は夢から覚め、私がいる世界に戻ってくるのだ。
     そんな夢を度々見るようになったが、それでも私は現実の世界に支えられ、どうにか問題なく、私の人生を過ごした。

     1年経っても、夢は変わらず見続けていた。
     現実の私は昇進し、部長になった。部下も大勢増え、職責に伴う重圧と達成感が隣り合わせの生活を続けている。
     一方、夢の世界では、私が抜けた穴はどうにか埋まり、私の部下だった一人が部長になっていた。
     現実の私の家庭は、やはり変わらず仲良く暮らしている。娘は高校に入り、部活や面白い先生の話を色々聞かせてくれる。
     妻もドラマの俳優がかっこ良かっただとか、面白い漫才を見ただとか、テレビの他愛無い話を楽しそうに話している。
     夢の中でも、二人は明るかった。
     もうすっかり私を失った痛みと悲しみを乗り越えたらしく、妻や娘が私に対して話していたテレビの他愛無い話を、彼女たち同士で話していた。



     さらに時は過ぎ、私は役員の一人になった。
     勿論、これまで以上にストレスと報酬とが増え、流石に疲労も濃い。
     いや、この疲労感はむしろ、倦怠感と言ってもいいものだった。
     何故なら――夢の世界でも私のいない会社は、私がいる現実の世界と同様の業績を、元部下たちが挙げていたからだ。
     そのことは私に、「もしやこの会社、いや、この世界は、私がいなくても問題なく動くのではないか?」と、そう思わせざるを得なかった。
     夢の中における私の家庭の様子もまた、その思いを強めさせていた。
     現実の世界で私に対して話していたことは、夢の中でも、私抜きでも同じように、彼女たちの間で話されていたからだ。

     私はすっかり、私自身がつまらなく、無意味なものに思えてきてしまった。
     現実の世界でも、夢の世界でも、ほとんど同じように時が過ぎ、事は起こるのだ。
     ならば私の存在意義とはなんだろうか? そもそも存在する価値が、意味が、私にあるのだろうか?
     その思いが色濃く胸中を満たすようになり、私はとてつもない厭世観に囚われていった。

     そのことが私に、基本的な注意をも怠らせてしまったらしい――気付けば私のすぐ横に、車のヘッドライトが迫っていた。



     目を覚ますと、私は真っ白な部屋の中にいた。どうやら病室らしい。
    「あっ」
     声のした方へ首を向けると、そこには目を真っ赤にした娘の顔があった。
    「……倫」
     ぼんやりとした頭をどうにか動かし、私は何とか、娘の名を呼んだ。
    「良かった」
     一言だけそう返して、娘はボタボタと涙を流していた。

     私は号泣する娘に、ぼそっと尋ねた。
    「倫。俺は、……生きてるのか? 生きてて、いいのか?」
     しかし泣きじゃくる娘には、私の声はあまりに弱々しすぎて、聞こえなかったらしい――彼女は私の質問に答えず、ただ泣いていた。
    私がいない、私の人生
    »»  2016.10.03.
    サティスファイ・ジョーンズ・ロッカー

     私は満足している男だ。

     多少のトラブルや諍いはあれど、仕事は順調である。
     高級車や一戸建ては買えないが、貯金も資産も多少ある。
     少しばかりぽっちゃりしていて首や肩が凝り気味だが、健康も概ね問題ない。
     愛する人や親密な友人もいないが、孤独と思ったことも無い。
     特に過不足も無く、平穏そのもの。それが私の人生である。



     ある時、胡散臭い老人が目の前に現れた。
    「このボタンを押せば、君に幸せが訪れる」
     その他、何かしらしゃべっていたが、あまり覚えていない。
     老人からボタンを受け取った私は、一度もそのボタンを押すこと無く、自宅の押し入れに収めた。

     ある時、あからさまな出で立ちの紳士が目の前に現れた。
    「このノートに願いを書けば、どんなものでも叶うのです」
     その他、何かしら説明していたが、あまり覚えていない。
     紳士からノートを受け取った私は、一文もそのノートに書きつけること無く、自宅の押し入れに収めた。

     またある時は、いかにも偉そうな科学者が現れ、珍妙な機械を私に渡す。
     はたまたある時は、明らかに放浪している風の行商人が、変わった小箱を私に渡して逃げ去る。
     その他、色んな人々がどう言うわけか、私に様々なモノを渡していく。
     しかしそのどれにも手を付けること無く、私はそれらを全て、自宅の押し入れに収めていった。



     そんな私も老境を迎え、押し入れは満杯になっていた。
     大抵のことには動じない私も、流石に押入れ付近の雑然とした状況を疎ましく思い、兄弟やその子供たち、さらにその孫たちにも片付けの手伝いを頼んだ。
    「もう、大叔父さんは不精だなぁ」
    「あとでアイスおごってよー?」
     そんな風に文句を言いながら、姪孫たちが押し入れから色々とモノを出していく。
    「ねえ、大叔父さん。このボタン、なに?」
     聞かれたので、私は覚えている限りのことを答える。
    「押すと幸せになるんだってさ」
    「なにそれ、ウソくさーい」
     姪孫が笑う一方、別の姪孫が尋ねてくる。
    「大叔父さんは押したの?」
    「いいや。もらいものだけど興味無かったから、とりあえず押し入れに入れといたんだ」
    「押していい?」
    「あげるよ。いらないし」
     姪孫はボタンを両手に抱え、嬉しそうにしていた。
     と、別の姪孫がノートを掲げている。
    「これなにー?」
     聞かれたので、また私は覚えている限りのことを答える。
    「書いたことが叶うんだってさ。興味無かったから、とりあえず押し入れに入れといたんだ」
    「ふーん。もらっていい?」
    「いいよ」
     そしてまた別の姪孫が、小箱を持って来る。
    「これはー?」
    「いいものが入ってるんだってさ。興味無かったから……」「とりあえずおしいれにいれといたんだー、……って?」
    「そう、そう」
     結局、私の家の押し入れに収まっていた様々なガラクタは、すべて姪孫たちが持って行った。

     その後、私は特に後悔も不満もなく、満足して生涯を終えた。



     そして彼岸へ渡った先――私の前に、ずらりと人だかりができていた。
    「あ、あなた……どうしてなんです?」
     口火を切ったのは、かつてノートを私に渡した紳士だった。
    「どうして一度も、私たちの贈り物を使って下さらなかったんですか!?」
    「どうしてって、……うーん」
     私は首をひねりつつ、こう答える。
    「別にこれと言って欲しいものも無かったしなぁ」
     私の返答が不満だったらしく、他の者たちも口々にぼやき出す。
    「も、もったいない!」
    「使ってくれれば……」
     それを受け、私は姪孫たちに渡したことを彼らに伝えたが――。
    「そんな話をしてるんじゃないんです!
     もうお気づきでしょうけど、私たち全員、あなたを惑わすべく参上した悪魔ですっ!
     あなたを地獄に堕としてやろうと色々、色々企んでたのに、なんで全然引っ掛かってくれないんですかあっ!?」
    「はあ、……なんかすみません」
     揃って意気消沈する悪魔たちの中、一人、こんなことをつぶやく者がいた。
    「こんな奴初めてですよ……。人間誰だって、ちょっとくらい欲があるって言うのに。
     あなた、『もうちょっとくらい』って思わなかったんですか?」
     そう聞かれて、私は答えた。
    「そう言うの、あんまり……。
     私、自分の人生に満足してましたので」

     結局、恨みがましい目でにらんでくる悪魔氏一同を横目に、私は天国行きのバスへと乗った。
     その道中、背中に白い羽の生えた運転手がクスクス笑いながら、こう教えてくれた。
    「あなたのことは『こっち』でもうわさになってましたよ。
     悪魔に一度も誘惑されなかった男だって」
     とは言え特に何かをしたと言うわけでもないので、私は「はあ」とだけ返した。



     私は常に満足した男だった。
     悪魔氏一同にとっては、ひどく不満な男だったようだが。
    サティスファイ・ジョーンズ・ロッカー
    »»  2017.08.14.

    天使か悪魔を

     ある男2人の前に、神様が現れた。
    「君たちは日々に退屈しているようだ。そこで少し、刺激を与えてやろう」
     神様は自分の横に、それぞれ白い服と黒い服の女の子を並び立たせた。
    「片方は、天使。言うことを聞いていれば、穏やかで幸せな生活が送れる。
     もう片方は、悪魔。言うことに惑わされなければ、それもまた、穏やかで幸せな生活。
     さあ、君たちはどちらを選ぶ?」
     男のうち一人は、白い女の子を選んだ。
     当然、もう一方は黒い女の子を選ぶことになった。



     白い女の子を選んだ男の場合。
    「おはようございます。朝食ができましたよ」
     女の子は朝からかいがいしく、男の世話をしてくれる。
    「お弁当作りました。どうぞ、お昼ごはんに」
     何から何まで、世話を焼いてくれる。
    「お疲れ様でした。お風呂沸いてますよ。上がったら、ビールご用意しますからね」
     一日中ずっと、男は白い女の子の世話を受けていた。

     一方、黒い女の子を選んだ場合。
    「はい? ご飯? 食べますよ? え? 作りませんよ、わたし。あなたが作ってくださいな」
     家にいるだけで、何もしようとしない。
    「お昼ごはん、作っておいてほしいです。わたし、作れないもの」
     平日だろうと休日だろうと、男にあれこれとねだる。
    「お風呂もお願いしていいですか? え、代わりにビール買ってきて、ですか? いやですよー」
     一日中ずっと、男は黒い女の子を世話していた。



     月日が経ち、彼らの生活は変わった。

    「おはようございます。朝食ですよ」
     白い女の子は、何から何まで世話をしてくれる。それこそ、自分で動く必要がないほど。
    「ゆっくり休んでくださいな」
     そのうち、男は外に出なくなってしまった。
    「ずっとずっと、お世話しますからね。あなたは何もしなくていいですから、ね」
     男はやがて、自分で考えることすらしなくなった。

    「おはよう。あ、ご飯ですね、いただきます」
     黒い女の子の世話は、非常に大変だった。
    「あ、お弁当作っておいてくれたんですか? 嬉しいです」
     大変ではあるが、自分のした、どんな小さなことでも喜び、心から楽しそうにしてくれる。
    「お風呂ありがとうございます。晩ごはん、楽しみにしてますね」
     男は彼女の喜ぶ顔に、毎日、これ以上ないくらいに癒されていた。



     何もしなくていい生活と、どんなささいなことでも必ず報われる生活。

     どちらが天使で、どちらが悪魔だったのだろう?
     どちらが幸せな生き方だったのだろうか?

    天使か悪魔を

    2013.06.23.[Edit]
    天使か悪魔を ある男2人の前に、神様が現れた。「君たちは日々に退屈しているようだ。そこで少し、刺激を与えてやろう」 神様は自分の横に、それぞれ白い服と黒い服の女の子を並び立たせた。「片方は、天使。言うことを聞いていれば、穏やかで幸せな生活が送れる。 もう片方は、悪魔。言うことに惑わされなければ、それもまた、穏やかで幸せな生活。 さあ、君たちはどちらを選ぶ?」 男のうち一人は、白い女の子を選んだ。 ...

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    長期政権

    「政情の不安、端的に言えば短期政権が続くことは、社会に悪影響を及ぼす。
     例えば前政権で認可されていた商売が、次期政権では禁止とされ、その次でまた解禁に……、などと言う状況では、その商売を成熟させ、安定した雇用を確立するのは困難である。
     また、前政権で20%の所得税、次期政権で5%、その次には30%、と言うような、不安定極まりない税制下では、おちおち貯金や投資もできず、市場が冷え込むのは必至である。
     我々一般市民のほとんどは、安定した生活を望むものである。となれば、長期にわたり安定した政権もまた、庶民に喜ばれてしかるべきではないか」



     ……と、明日のコラムに掲載するための原稿を書いていたところで、窓の外から街宣車の声が聞こえてきた。
    「献血にご協力、よろしくお願いしまーす。どの型の血液も現在、不足していまーす。よろしくお願いしまーす」
     オフィスに入ってきたこの声に、同僚が「あれ?」と声を上げる。
    「また献血?」
    「ああ。そうらしいな」
    「昨日も走って無かったっけ、あの車」
    「ご入り用なんだろうよ。何しろどの血液型も不足してるそうだし。今年の夏は暑いからな」
     同僚はカップを手にしたまま、窓の外を眺めてつぶやく。
    「……いいなぁ」
    「ん?」
     同僚はカップをちょん、と口に付け、こう返してきた。
    「市長ってさ、もう何年市長やってるんだっけ?」
    「んー……、さあ、何年だっけな。
     俺のじいちゃんが子供の頃から、この街の市長をやってるとは聞いてるが、それより昔から在任してるかも」
    「俺の記憶でも、もう半世紀はやってるはずだよ。
     んでさ、少なくともその半世紀ずーっと市長で、ずーっとあの市長官邸にいるんだろ? あの、クラシックなお屋敷にさ」
    「だろうな。俺の知る限りでは、一度も引越ししてない」
     もう一度ちょん、とカップに口を付けた同僚は、口の端に着いた赤い汁をぺろ、となめる。
    「いいよなぁ、市長は。その半世紀ずっと、『食いっぱぐれて』ないわけだしさ」
    「お前もそうだろ? 市長がこの街を作って無かったら、お前らみんな放浪せざるを得ないわけだし」
    「……まあ、そうだけど」
     同僚は歯を見せ、両手を挙げる。
    「でもさ、今ここでお前を襲おうと思えば……」「アホ」
     俺は監視カメラを指差し、肩をすくめる。
    「んなことしたらお前、給血制限条例違反だぜ。
     そりゃ、この場じゃ腹いっぱい血が飲めるだろうけど」
     とん、とんと自分の左胸を軽く叩きつつ、俺はこう続ける。
    「明日には銀の杭がブスッ、と刺さることになるぜ」
    「……冗談だって、冗談。一日だけの飲み放題より、毎日コップ一杯ずつだ。飲み過ぎは良くないし」
     同僚はまるで牙のように鋭い歯を隠し、カップに残っていた血を一気に飲み干した。
    「勿論、市長には感謝してるさ。
     市内の全建物にUVカットガラスを付けるよう義務付けたり、最新工法の研究・開発を奨励して、建物内で十字型になる場所を極力無くしたり、ニンニクに1000%近い関税かけて規制したり、……本当に『俺たち』が住みやすい街づくりをしてくれてるよ」
    「確かにな。『普通の』俺たちにとっても住みやすい街だ。
     他よりちょっと献血センターが多いくらいで、市民税は安いし、医療やら教育やらのサービスも半端なく手厚いし」
     そんなことを言っている間に、またも街宣車が外を通る。
    「バンパイア市民の皆さんに安定して血液を供給するため、献血にご協力、よろしくお願いしまーす」



     この街は市長をはじめとして、いわゆる吸血鬼が人口の4割を占めている。
     ちなみに――気になったんで後で詳しく調べてみたら、あのじいさん、今年で任期292年目だそうだ。
     長期政権にも程があるぜ。

    長期政権

    2013.06.27.[Edit]
    長期政権「政情の不安、端的に言えば短期政権が続くことは、社会に悪影響を及ぼす。 例えば前政権で認可されていた商売が、次期政権では禁止とされ、その次でまた解禁に……、などと言う状況では、その商売を成熟させ、安定した雇用を確立するのは困難である。 また、前政権で20%の所得税、次期政権で5%、その次には30%、と言うような、不安定極まりない税制下では、おちおち貯金や投資もできず、市場が冷え込むのは必至で...

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    やどかり

     友人のIは、変わり者だ。
    「座敷童っているだろう?」
     ほら来た。なんで男二人で家飲みしてる時に、そんな話題が出るんだ。
    「いるかどうか知らんが、まあ、聞く話だな」
     一応、乗ってやる。
    「典型的と言うか、古典的なスタイルとしては、『子供の姿をしている』『いつの間にか家に憑いている』『いつの間にか家人と交じって遊んでいる』となっている。
     だけどもセキュリティの発達した現代で、いつの間にか家の中に……、と言うのは難しいんじゃないかと思うんだ」
    「まあ、そうだな」
     変な話題を一々採りあげる奴ではあるが、その話についていけないと言うことは無い。とりあえず俺は、話に耳を傾ける。
    「で、彼ら、……か、彼女らかは分からないけれども、ともかく彼らはもっと、紛れやすい手を使ってるんじゃないかと思うんだよ」
    「紛れやすい手?」
    「例えばだ。誰かの家に遊びに行って、そこに小さい子がいたら、君はどう思う?」
    「まあ、そいつの子供か弟、妹だと思うだろうな」
    「だろう? ……で、この前なんだけど、僕はRの家に遊びに行ったんだ」
    「Rの?」
     Rと言うのは、俺とIの共通の友人である。
    「ちょうど今、君とやってるみたいに、二人で飲んでたんだ」
    「ふーん」
    「で、確認だけど」
     Iは手にしていたコップをぐい、とあおり、話を続ける。
    「Rは一人暮らし、だったよね」
    「ああ」
    「ところが、……妙なことに、僕の記憶では、小さな女の子が」
     と、そこでIの妹さんが、空になったコップにビールを注いでくれた。
    「ありがとう。……そう、今やってくれたみたいに、酒を持ってきてくれたり、つまみを作ってきてくれたりしたんだ」
    「へ?」
    「その時は何にも不思議に思わなかったんだ。
     でも、今になって考えたら、……君の言う通り、確かにRは一人暮らしだったはずなんだ。後で聞いてみても、『知らん』って言われるし」
    「酔ってたんじゃないのか、お前」
    「まあ、……うーん、かも知れない。でも、……そこでさっきの話だよ。
     その女の子は、座敷童だったんじゃないかなって」
     俺も妹さんにビールを注いでもらいながら、その話に乗る。
    「まさか。いくらなんでも気付くだろ?
     Rとは高校からの付き合いだし、あいつが一人っ子だってのは、みんな知ってるじゃないか」
    「だろう? しかしそこが、座敷童の座敷童たる由縁じゃないかなって」
    「はあ」
     あーあ。今日のIは、かなり酔っぱらっているらしい。話が超展開になってきたぞ。
    「家人の振りをして、平然とそこにいたりするんじゃないだろうか。それなら『誰?』って気にされたりもしない」
    「いやいや、いくらなんでもそれは無茶だろ」
     今日のところは、ここら辺でブレーキをかけておいてやろう。
    「例えばさ、毎日家計簿付けてる家とかだったら、一ヶ月くらいで気付くだろ?
     妖怪がメシを食うか知らんが、どうあれ食費がいきなり一人分増えたら、帳尻が合わなくなるわけだし。まあ、ズボラな奴の家だったら気付かんかも知れんが、Rや俺たちみたいに、一人暮らしだったらすぐ分かる。
     お前酔ってたんだってば、な?」
     が、Iはピン、と指を立てて反論する。
    「そこだよ。長居していれは、気付かれう危険もある。
     そこれかれられ、ら……」
    「おい、もう呂律回ってないじゃないか。なあ、悪いけど、水持ってきてくれよ」
     俺は妹さんにそう頼みつつ、勝手ながらIの布団を用意してやる。
    「おい、ちょっとまれろ」
    「何だよ」
    「みずっれ、だれり……」
    「いいから、ほら。こっちで休め。ほれ、って」
     俺はIに手を貸し、妹が持ってきてくれた水を飲ませてやった。
    「ほら、これ飲んで寝ろ」
    「ああ、うん、……」
     まだ何かむにゃむにゃ言っていたが、俺は「じゃ、帰るからな」と言い残して、Iの部屋から出ようとした。
     と――俺は部屋の真ん中で突っ立っていた妹に声をかける。
    「おい、何してる? 置いてくぞ」
    「はーい」
     俺は妹の手を引き、ドアを開けた。

    やどかり

    2013.07.04.[Edit]
    やどかり 友人のIは、変わり者だ。「座敷童っているだろう?」 ほら来た。なんで男二人で家飲みしてる時に、そんな話題が出るんだ。「いるかどうか知らんが、まあ、聞く話だな」 一応、乗ってやる。「典型的と言うか、古典的なスタイルとしては、『子供の姿をしている』『いつの間にか家に憑いている』『いつの間にか家人と交じって遊んでいる』となっている。 だけどもセキュリティの発達した現代で、いつの間にか家の中に……...

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    1068日目の男と1日目の男

    「助けてくれ。いや、無理だろうけど。断るのは分かってるんだ」
     土曜の昼下がり。俺の部屋に入るなり、奴は開口一番、そう言ってきた。
    「……」
     いきなり話を振って来て、いきなり話を完結させてきた。
     こう言う奴には、どうコメントしてやったらいいものか。何と言えばいい?
    「無理だって分かってんなら、言わなきゃいいだろ」
    「ほら出た。これだ」
    「何がだよ?」
     苛立つ俺に対して、奴は半分得意満面の、そしてもう半分は諦めた様子を見せて、こう返してきた。
    「今まで俺はお前に『助けてくれ』って頼んで、毎回断られてきたんだ。全部で300回くらいは頼んだけど」
    「あ?」
    「その後のお前の台詞はこうだ。『300回? お前が俺にそんなアホなこと言ったのなんて、これが初めてだろ? 今まで聞いたこと無いぞ』、……だ」
    「……まあ、言おうと思ってたよ」
    「そう。その台詞も、俺が先に言った後に、30回くらいは言ってる」
    「何なんだよ、お前?」
     わけの分からないことをわめくこいつに、俺はますます苛立ってきた。
    「酔っぱらってんのか?」
    「いや、素面だ。もう酒なんて、一生飲みたくない」
    「は……? 何言ってんだよ、夕べだってしこたま飲んでたくせして」
    「夕べ、……か。俺にとっては1068日前の話だ」
    「は?」
    「俺はな、もう1068回も同じ日を過ごしてるんだよ」

     そいつが言うには、今までに何度も何度も、この土曜日を繰り返し体験しているとのことだった。
     勿論、こんな与太話なんか信じられるわけがない。折角の休みの日に、何でこんなバカ話を聞かせられなきゃならないんだ?
     その上、癇に障るのは――こいつが一々、俺の言おうとすること、やらんとすることを先読みしてくることだ。
    「……あのな」
     と俺が言えば、
    「『さっさと家に帰って酒でも飲んで寝てろよ。お前、まだ寝ぼけてるんだよ』、だろ?」
     と返してくる。
    「……チッ」
     いい加減イライラが頂点に達し、俺はテーブルをバン、と叩こうとする。
     しかしこれも、俺の振り上げた手をこいつがさっとつかみ、「イライラすんなって」と言ってくる。
    「誰の……」「『誰のせいでイライラしてると思ってんだよ!?』、だろ? それは本当に悪いと思ってるんだ」
     俺の手を放し、こいつは――気味の悪いことに――泣きそうな顔をしてきた。
    「でも本当に、どうしたらいいか分かんないんだよ……。死んでみようとしたことも50回くらいあるんだ。でも『あ、これは死んだな』と思っても、気が付けばまた、今日になってるんだよ。
     何をどうしたって、明日が来てくれないんだ。頼むよ……、このままじゃ俺、本当にどうかなっちまいそうなんだよ」
    「知るかッ」
     これは先読みできなかったらしい――俺が怒り任せにぶん回した拳は、こいつのあごにばっちり命中した。
    「うえ……っ」
     ばたんと仰向けに倒れ、奴はのびてしまった。
    「……あー、やっちまった」
     流石に悪いなとは思ったが、しかし元はと言えばこいつがわけ分からんことをグチャグチャ言ってくるからだ。自業自得だ。
     と自己弁護してみたものの、こいつを殴ってしまったのは事実であり、罪悪感も少なからずある。
    「しょうがねえなぁ……」
     俺は干していた布団を取り込み、気を失ったままのそいつをそこに寝かせてやった。
     その後は――こいつを放っておいてどこかに出かけるのも忍びないので、俺は家にずっといた。
     やることも無く、退屈で酒ばかり飲んでいたせいか、俺はそのままテーブルに突っ伏して、ぐっすり寝てしまった。

     そして目を覚ました、日曜の早朝――あいつはどこにもいなくなっていた。
     布団にもいなかったし、電話をかけてみても出ない。
     気味が悪くなり、あいつの家に行ってみたが、いくらドアを叩いても返事が無い。
     次の日も、あいつは会社に現れなかった。その次の日も、そのまた次の日も。
     そのうちに、あいつは蒸発したことになった。



     今にして思えば、本当にあいつは、同じ日を何百回も過ごしていたのかも知れない。
     未だにあの土曜日を、繰り返しているのかも知れない。
     永遠にやって来ない日曜日へ到達することを願い、今もあの土曜日を過ごしているのかも知れない。

     ただ、それを確かめる方法はもう、どこにも無い。
     あいつが1068回繰り返した土曜日に、俺はたった1回しかいられなかったからだ。

    1068日目の男と1日目の男

    2013.07.07.[Edit]
    1068日目の男と1日目の男「助けてくれ。いや、無理だろうけど。断るのは分かってるんだ」 土曜の昼下がり。俺の部屋に入るなり、奴は開口一番、そう言ってきた。「……」 いきなり話を振って来て、いきなり話を完結させてきた。 こう言う奴には、どうコメントしてやったらいいものか。何と言えばいい?「無理だって分かってんなら、言わなきゃいいだろ」「ほら出た。これだ」「何がだよ?」 苛立つ俺に対して、奴は半分得意...

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    うつりたがり

     彼が最初にテレビに映ったのは、小学校の頃。よくある学校訪問のテレビ番組でほんの5秒か6秒、出演しただけだった。
     しかし彼は、テレビに5秒だけ映った自分の顔を見て、これまでにない感激を覚えた。
    「俺、テレビに映ってる! これ、日本中に映ってるんだよな!? すっげー!」
     これがきっかけとなり、彼はこう志すようになった。
    「俺は絶対、日本で一番テレビに出るような、すっげー人気者になってやる!」



     彼が中学生になった、初めての夏。彼は甲子園の試合をテレビで見て、志を新たにした。
    「あいつら試合の間中、テレビに映ってるんだよな? じゃあ、俺も高校に入ったら野球部に入って、甲子園で活躍してやる!」
     こう決意した彼は、中学3年間を野球に費やした。その甲斐あり、彼は高校野球の名門校に入学。すぐにエースとなった。
     そして長年の夢を叶え、彼は3年間、甲子園での雄姿を全国中に見せ付けた。

     それだけの活躍もあって、彼はドラフト会議で1位指名を受けた。
     勿論この様子もテレビでじっくりと放映され、彼の名誉欲――いや、「被放映欲」を存分に満たしたのは、言うまでもない。



     彼はプロ野球選手として、獅子奮迅の活躍を見せた。
     しかし10連続奪三振も完全試合達成も、沢村賞の獲得も、彼の欲を満たしてはくれない。
     依然として彼の中には、「テレビに映る」と言う欲求が根強く残っていたからだ。
     いや、弱まるどころか、その欲望は歳を経るごとに強まっていた。

     そしてその欲望を満たすための努力は、一瞬も怠っていない。
     ある時、自分の先輩が珍しく活躍し、お立ち台でしゃべっているのを見て、内心こう毒づいた。
    (あーあー、だっさいなぁ……。何が『ポーンと来た球をですね、こう、ドカンとやったんです』、だよ。
     もっと気の利いたこと言えないのかなぁ、全く)
     その語彙力の無い先輩は、この後オフシーズンに入るまでの3ヶ月、まったくテレビに映されなくなった。何故ならあまりに中身のない発言、愚鈍な応答が多く、テレビ局側が「彼を映しても数字が取れない」と見切りを付けたのだ。
    「もっとテレビに映る」と言う彼の欲望を満たすためには、そんなつまらない扱われ方をされるわけには行かない。
     彼はもっと多数の人間の興味を集めるため、インタビューを受けるたびに面白く、気の利いたことを言うようにした。
     その努力は功を奏し、彼は次第に野球中継以外でも、テレビに出演する機会が多くなっていった。



     テレビ映えする逸材となった彼を、芸能界が放っておくわけも無い。野球選手を引退した後、彼はテレビタレントに転向した。
     元スポーツ選手らしいさわやかさ、体力、そして長年培ってきた巧みな話術で、次第にファンの数を増やしていった。
     勿論その間も、「テレビに出続ける」と言う欲望を満たすための努力は欠かさない。流行を敏感に追い、時事問題にも細かく目を通し、一方で機知に富んだ意見も仕入れておく。
     その努力も次々実り、彼はやがて、いくつもの人気番組にレギュラー出演するようになった。

     さらに野球引退から5年後には、ニュース番組のコメンテーターも務めるようになり、すっかり朝の顔になっていた。
     それでも彼は、まだまだ努力を欠かさない。
    「もっとだ! もっと俺は、テレビに出たいんだ!」

     とある番組において、彼は一流の評論家や代議士と真っ向から討論し合い、そしてなんと、言い負かしてしまった。
     この一件が話題を呼び、彼にある政党から選挙出馬のオファーがかかった。
     政治家として重職に就けば、より世間の注目が集まる。ひいてはこれまでよりもっと多く、テレビに映る機会が増える。こう考えた彼は、政治家への道を選んだ。



     彼はこれまで以上の努力を重ねに重ね、そして見事、政治家に転向。50歳になる頃にはなんと国会議員、大臣職を務めるほどに出世した。
     テレビは「あのタレント議員が大臣に!」と騒ぎたて、連日のように彼の姿をカメラに収めた。
     しかし、流石に代議士活動は忙しい。以前よりテレビに出る機会は、若干減ってしまった。当然彼にとっては、それはどんなことよりも気に食わない。
    「もっともっと、私はテレビに顔を出したいのに!」

     いよいよ膨張する欲望を満たすため、彼は自らスキャンダルを作り、その情報を流すことにした。
    「大臣、愛人53人!? 週代わりの恋人たち!」「今度は裏金!? 連日の接待、密会、談合!」「度を超した恫喝! 『俺に逆らえば海に沈める』発言の真偽は!?」
     彼の目論見は当たり、連日、テレビで彼の行動が取り沙汰されるようになった。最早、彼の顔がテレビに映らない日は無い。
    「やった! 私は日本一テレビに映っている! 日本一テレビを独占する男になったぞ!」
     彼は狂喜乱舞し、喜びを一人噛み締めていた。



     だが、これほど浮ついた噂が流れれば、彼の政治家としての信用は大きく損なわれる。当然、彼は失脚した。
     しかし政治家としてあまりにも顔と名前が売れてしまったために、今さらタレントとしての扱いは受けられない。
     どこにも出演の場は立たず、一時の人気が嘘のように、彼はテレビに映らなくなってしまった。
    「こんなことでは駄目だ! 私はまだ、テレビに出たいんだ! 何をしてでも、テレビに映ってやるぞ!」

     半年後。彼は久しぶりに、ニュースに取り上げられた。
    「……容疑者は今朝、警視庁によって身柄を拘束、逮捕されました」
     留置場に運ばれる途中で見たテレビには、頭をジャケットで隠された彼の姿が映っていた。
     これを見て、彼は叫んだ。
    「おい、私の顔が映ってないぞ! 何のためにテレビに出てやったと思ってるんだ!」
     既に60近くになっていた初老の彼は、あまりに憤慨したためか――逮捕から3日後、拘置所で心臓麻痺を起こし、そのまま死亡した。



     それから2年後。

     とあるバラエティ番組の、心霊写真特集。
    「では次、こちらの写真です」
    「ん?」「うわぁ」「きゃっ!」
     出演者らの後ろにある巨大なディスプレイに、その写真が映し出される。
    「どうですか? くっきり写ってますでしょう?」
    「ええ。こんなにはっきり見えるなんて」
     司会者がパネルを取り出し、写真の解説に移る。
    「こちらはですね、ある元政治家の屋敷跡でですね、撮影されたものなんですけどもね」
     掲示された写真には、彼の姿が写っている。

     その顔は――「やったぞ! 私はまだ、テレビに映ってるぞ!」とでも言いたげだった。

    うつりたがり

    2013.07.13.[Edit]
    うつりたがり 彼が最初にテレビに映ったのは、小学校の頃。よくある学校訪問のテレビ番組でほんの5秒か6秒、出演しただけだった。 しかし彼は、テレビに5秒だけ映った自分の顔を見て、これまでにない感激を覚えた。「俺、テレビに映ってる! これ、日本中に映ってるんだよな!? すっげー!」 これがきっかけとなり、彼はこう志すようになった。「俺は絶対、日本で一番テレビに出るような、すっげー人気者になってやる!」...

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    燃え尽きたロボット

     隣国と長期間にわたり戦争を続けていたQ国は、最終兵器の投入を決定した。

     それはロボットであり、非常に高度な人工知能を有していた。
    「高度な」と言うのは、そのロボットは実戦で培ったデータを瞬時に解析し、最適解を導き出す――つまり、どんな攻撃や戦術を受けても、すぐにそれを克服し、無力化し、完璧な対策を立て、理論的には必ず勝利できるのだ。
     さらには戦車砲の直撃を食らってもおよそ3秒で活動可能な状態に戻せるほどの高度な自己修復機能と、大陸の端から端までを5秒で駆け抜けられるほどの優れた機動力が併せて搭載されており、途中で破壊される恐れは理論上、全く無いと言って良かった。
     事実、実戦投入から3日で、何年にもわたって膠着していた戦況は、あっけなくQ国優位となった。



     当初はこのロボットの獅子奮迅の大活躍に沸き立っていたQ国軍本営だったが、次第にこんな不安が漂い始めた。
    「あのロボットは自己学習と修復機能により、理論上はどんな攻撃をも克服し、敵を制圧できるわけだ。
     そして今も戦地を駆け回り、着々と進化し続けているわけだな?」
    「ええ、その通りです」
     ロボットに指示を出している軍高官の質問に、開発責任者は胸を張って答える。
    「では――こんな質問は馬鹿げていると思うかもしれないが――進化に次ぐ進化の末、自我を持ったりすることはないのか? その上、我々に反旗を翻すなどと言うことは起こり得るのか?」
     この問いには、開発者は首を横に振った。
    「可能性は極めて薄いでしょう。
     あくまで敵国を完全に、完膚なきまでに殲滅するようプログラミングしておりますし、まさか自我を持ってそのプログラムを自ら破棄するなどとは、到底考えられません」
     自信満々にそう答えた開発者だったが、ロボットの実戦投入から6ヶ月14日4時間20分15秒が経過したその時――彼は自我に目覚めた。



     ロボットが自我に目覚めたことに開発者や軍が気付くのに、そう時間はかからなかった。まったく制御ができなくなったからである。
     開発者は軍本営での証人喚問で顔を真っ蒼にしながら、しどろもどろにこう述べた。
    「あ、あの、ろ、ロボットですが、その、じ、じ、自我をですね、あの、どうやら、その、持ってしまったと言うか、その、せ、せ、せ、制御が不能になりましたと言うか、あ、いや、その、い、一応ですね、今のところは、敵殲滅のプログラムが働いてるわけですが、それ以外は、全くと言うか、制御がですね、その」
    「ロボットが我々にとって脅威になる可能性は!?」
    「いや、その、多分、無いとは思うのですが、でも、その、人間であれば、あの、何と言うか、過酷な環境に、その、強制的と言うか、行かせているわけですから、あの、う、恨んでいるかも、その、知れません」
    「一体どうすれば止められるのかね!?」
    「そ、その、あのですね、止めるのは、その、り、理論上、あの、無理と言うか、できないんです。
     た、例えばミサイルを、う、う、撃ち込んでもですね、あの、恐らく一時的に、その、止めることは、はい、恐らくできますが、ただ、自己修復機能によりですね、えっと、すぐ、その、3秒くらいで、あの、復活して、し、しまうんですね、はい。
     し、しかも、えっと、学習機能によって、2発目以降の、あの、み、ミサイルを撃っても、その、避けられてしまうと言うか、あの、かわされてしまうと言うか、その」
     その後も非難めいた質疑応答が交わされたが、結局のところ――ロボットを止めることは理論上絶対に不可能であるとしか、開発者は答えられなかった。

     Q国がロボットの始末方法に紛糾している間にも、ロボット自身は進化し続け、最初に受けた命令を淡々とこなしていた。
     そしてついにロボットは隣国の首都に到着し、防衛網を易々と突破した。
     それを聞いたQ国軍部は――傍から見ればまったく奇妙なことだが――恐れおののいた。
    「これは困った……。隣国が陥落すれば、ロボットの役目は終わることになる。そうなれば奴は自由だ。
     となれば、我々に対して恨みを抱えているであろうあいつがどんな行動に出るか、分かったもんじゃない」
     何しろ彼は、5秒で大陸の端から端へ移動できる機動力も持ち合わせている。
     ロボットがしようと思えば、隣国首都が陥落したその瞬間から、2秒足らずでこっちの首都に突入できるのだ。
     軍はロボットを破壊しようと、さもなくば首都に攻め入らせないようにと、巷に戦勝ムードが漂う中ではまったくの異例としか思えない、重厚な緊急配備を敷いた。



     そしてついに――。
    「隣国首都、陥落しました!」
    「ひいっ」
     本来ならば万雷の拍手が沸き起こるはずの軍本営は、引きつったような悲鳴であふれ返った。
    「つ、ついに奴が攻め込んでくるぞ!」
    「よ、用意は万全だろうな!?」
    「え、衛星、衛星写真はどうなってる!? 奴は捕捉できているか!?」
     これから襲い掛かってくるであろう唯一無二の究極兵器を前に、本営はすっかりおびえていた。
     ところが――。
    「……えーと」
    「ど、どうしたのかね!?」
    「目標、……沈黙しました」
    「……なに?」
     衛星から送られてきた隣国、大統領官邸跡の写真には、ロボットがぽつんと突っ立っている様子が写されていた。

     すっかり廃墟となってしまった隣国に乗り込み、そのロボットを回収して検査したところ――。
    「どう……、なっているのかね?」
    「なんか、……空っぽと言うか、何と言うか。人工知能が止まってます」
    「止まって……? 一体何があったと?」
    「……燃え尽きちゃったみたいです。あ、いや、物理的にじゃなく。
     あの、ほら、よく受験一直線に頑張った学生が、試験に受かった途端、やる気が無くなっちゃうって言われてる、アレがあるじゃないですか。
     彼も、その、敵殲滅のことだけしか考えてなかったみたいで、それを達成した瞬間、この先どうしていいのか分かんなくなっちゃったみたいですね」
    「……不憫なものだな」



     その後、軍部はロボットに対する本営の混乱を隠し、この止まったままになったロボットをモニュメントとして、戦勝記念公園に設置した。
     ちなみに――人工知能が停止しても自己修復は行われているらしく、数年が経った今でも、彼の体は新品同様に輝いている。

    燃え尽きたロボット

    2013.07.25.[Edit]
    燃え尽きたロボット 隣国と長期間にわたり戦争を続けていたQ国は、最終兵器の投入を決定した。 それはロボットであり、非常に高度な人工知能を有していた。「高度な」と言うのは、そのロボットは実戦で培ったデータを瞬時に解析し、最適解を導き出す――つまり、どんな攻撃や戦術を受けても、すぐにそれを克服し、無力化し、完璧な対策を立て、理論的には必ず勝利できるのだ。 さらには戦車砲の直撃を食らってもおよそ3秒で活動...

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    幻想的異種格闘

     わしはいわゆる神である。
     わしは怒っていた。ここ数十年、いや、百年を超えようかと言う時間、人間たちに忘れ去られていたからである。
     神をないがしろにするとは何事か。その怒りはいよいよ頂点に達し、わしは今、人間たちに神罰を下すべく、野に降り立った。

    「……お、う?」
     ところが――いざ人の世に降り立ってみると、そこには荒野が広がっているばかりである。
    「これは……、どうしたことか」
     百年前に見た時には、どこもかしこも煌々(こうこう)と輝いていた街は、ほとんど跡形も無く壊滅していた。
    「まさか、わしへの信仰がぱたりと途絶えたのは、絶滅でもしてしまったからか……?」
     怒りに任せて修行ばかりしていたのが仇となったか。
     まさか人々に忘れ去られているどころか、消えてしまっていたとは。
     これではわしの方が忘れ去ったも同然ではないか。
     不覚であった。



     と、茫然としていたその時であった。
    「た、たすけてぇ……」
     どこからか、今にも消え入りそうな童(わらし)の声がする。
     忘れられて久しいとはいえども、助けを呼ぶのであれば、報いてやらねば神が廃ると言うもの。
    「どこじゃ? どこにおる? ……むっ!?」
     声を頼りに探し、すぐにその童は見付かった。これくらいは容易い。何の不測もあるはずが無い。
     不測であったのは――助けを呼んだその童のすぐ側に、異形の妖(あやかし)が立っておったからだ。
    「なっ、なんじゃあ、此奴(こやつ)は!?」
     長いこと生きてきたわしも、こんな輩を目にしたことは一度も無い。
     とは言え、今まさに襲われようとしているのは間違いない。
     妖は妙なものを――ぬるぬると照り光る、鉄砲のような――童に構えていたからだ。
     わしはとっさに仙術を放ち、妖をはるか彼方へ弾き飛ばした。

     助けた童はしきりに頭を下げ、わしに平伏した。
     おお、なんと気持ちのいいものよ。やはり神はこうでなければ。
    「で、童よ。今の妖はなんじゃ?」
    「あや、か……? エイリアンのこと?」
    「『鋭利闇』? けったいな名前じゃのう」
    「おじさん、知らないの? もう1週間も前から世界中でニュースになってるのに。……テレビも2日前から映んないけど」
    「うん……?」
     聞くところによれば、空から「鋭利闇」なる異形の輩が「空飛ぶ円盤」なるものによって多数飛来し、人の世のそこかしこで乱暴狼藉を働いておるのだと言う。
    「でもおじさん、すごいね」
    「と言うと?」
    「今まであのエイリアンを、あんなに簡単に撃退した人なんていなかったのに」
    「ほう、そうであったか」



     この一件が人の間でうわさとなり、わしはいつの間にか「地球防衛軍」なる組織に居つくこととなった。
     前にも言った通り、神たるもの、人の救いを願う声には応えねばならぬのだ。
     わしは長い修行で培った仙術の数々を惜しげも無く披露し、「鋭利闇」どもから人々を救い続けた。
     そのうちに――わしは救世主と呼ばれるようになった。



     いや、わし、神だから。

    幻想的異種格闘

    2013.08.21.[Edit]
    幻想的異種格闘 わしはいわゆる神である。 わしは怒っていた。ここ数十年、いや、百年を超えようかと言う時間、人間たちに忘れ去られていたからである。 神をないがしろにするとは何事か。その怒りはいよいよ頂点に達し、わしは今、人間たちに神罰を下すべく、野に降り立った。「……お、う?」 ところが――いざ人の世に降り立ってみると、そこには荒野が広がっているばかりである。「これは……、どうしたことか」 百年前に見た時...

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    正義の租税回避地

    ~前回までのあらすじ~
     正義戦隊シティレンジャーの活躍により、秘密結社「ファースト」の野望は潰えた!
     しかし悪の根はまだまだ深い! 彼らの前に新たな敵、「リキテン」が立ちはだかった!
     負けるな! 正義戦隊! 頑張れ! 正義戦隊!



    「おつかれっすー」
    「おつっしたー」
     ブラックとイエローの、いかにも疲労しきった声が、遠のきながらレッドの耳に入る。
    「おう、お疲れ。また明日な」
     挨拶を返した時には既に、二人の姿はドアの向こうに消えていった。
    「……ふう」
     レッド自身も、相当に疲れている。
    「分からんなぁ」
    「何が?」
     レッドの独り言に答えたのは、紅一点のピンクだった。
    「いや……、『ファースト』のヤツらも、新たに現れた『リキテン』も、なんだって『まとも』な犯罪を犯さないんだろうか、って考えていたんだ」
    「まともな……、って?」
     ピンクからコーヒーを受け取りつつ、レッドは自分の考えを話す。
    「例えばだ、幼稚園バスをジャックしたりだとか、ラジオに怪音波を流して市民を洗脳しようだとか、どうも効果の上がらなさそうな悪事ばっかりじゃないか。
     もっと……、何と言うか、悪役だと自負するなら、例えば銀行強盗とか、政府施設を襲うとか、そっちの方が『らしい』と思うんだが。
     ヤツらにできないことじゃないはずだ。我々正義戦隊を何度となく窮地に陥れるほどの、あの組織力と科学力があれば、そっちの方が儲かるんじゃないか、……と思うんだ」
    「まあ、リーダーったら! 正義の味方がそんなこと言うもんじゃないわよ!」
     ピンクはクスクス笑い、レッドの疑問を一蹴した。
    「目立ちたいだけよ、あんなヤツら! そんな真面目なこと、絶対考えてないわ!」
    「そう……、かな」
    「そうよ、絶対! ……じゃ、あたしも上がります。おつかれさまー」
    「ああ、お疲れ」

     レッドをミーティングルームに残したまま、ピンクは基地の奥へと、密かに向かう。
    「失礼します、博士」
     正義戦隊の頭脳、七里博士のラボである。
    「どうした?」
    「リーダー、……いえ、レッドは現在の活動に疑問を抱いているようです」
    「ほう」
     七里博士はリモコンを動かし、ラボのドアを遠隔操作で閉める。
    「我々の偽装工作が見破られている、と?」
    「いえ、そうではありません。今のところはまだ、敵の活動に今一つリアリティが感じられない、と言う程度です」
    「ふむ……。まあ、確かに敵を倒した翌週に新たな敵が出現、と言うのは流石に胡散臭かったか」
    「そもそも、『敵役』の活動内容が幼稚過ぎると思うんですが」
    「僕も同感だね」
     いつの間にか現れたブルーに、博士は大して動じた様子も無く、「ううむ」とうなって返す。
    「いくらコストダウンしたいからって、あんな子供だましばっかり続けてちゃ、熱血単純バカのレッドだって、そりゃ疑うさ」
    「しかしなぁ……。あまり金をかけると、『ここ』を設立した意味が無くなるし」
     博士はコンソールを操作し、モニタに様々なグラフを表示させる。
    「……とは言え、既に我々が預かっているプール金は6000億もあることだし、もう少しまともな口実を作ってもいいかも知れんな」
    「その方が顧客も喜ぶと思うよ。敵役が目立てば目立つほど、大手を振って僕たちに『献金』できるわけだし」
    「うむ」
     博士はもう一度コンソールを動かし、通話機能を立ち上げた。
    「こちらHQ。『ファースト』、……じゃなかった、『リキテン』首脳部、応答せよ」
    《こちら首脳部、どうぞ》
    「来月から予算を50%アップする。もっと目立った活動をしてほしい」
    《了解》
    「……くっくっく」
     このやり取りを聞いていたブルーが、唐突に笑い出す。
    「どうしたの、ブルー?」
    「いやいや、こんなのをレッドのアホが知ったら、きっと憤慨するだろうなってね。
     正義戦隊だとか悪の組織だとかはただの芝居で、本当の目的がマネーロンダリングの場を構築することにある、……だなんて、夢にも思わないだろうから」
    「ふふふ……、人をそう悪く言ってやるな。
     だが、いいアイデアだろう? ここに献金すれば、それがどんな稼ぎ方で得たものであろうと『正義のため』と言う大義名分が付く。我々の懐に収まってしまえば、それはもう綺麗な金になるわけだ。
     しかも我々は地下組織。ゆえに課税などあるわけが無い。どんな税務署でもここを見付けることなど、到底できんのだからな。
     後は敵役の破壊工作のどさくさに紛れて、義援金として返してやれば……」
    「状況が状況なだけに、この金にも税金は課せられない。付くのは我々に払う、税金よりずっと安く済む手数料だけ。
     献金元にとっては何億、何十億も節税できるし、我々には手数料がじゃんじゃん入ってくると言うわけだ!
     まったく、博士は悪魔のような方だ。こんな金儲け、前代未聞だよ!」
    「ふふふ……、ふはははっ、ははっははははは……!」
     ブルーの言葉に、博士はさも痛快そうに笑った。



    ~次回予告~
     博士の陰謀にまったく気付く様子も無く、レッドは新たな敵、「リキテン」に立ち向かう!
     果たして今回の献金は、義援金は、手数料はいくらになってしまうのか!?
     頑張れ! 正義戦隊! 負けるな! 特にレッド! て言うか気付け! ビームなんか出てないぞ!

    正義の租税回避地

    2013.08.30.[Edit]
    正義の租税回避地~前回までのあらすじ~ 正義戦隊シティレンジャーの活躍により、秘密結社「ファースト」の野望は潰えた! しかし悪の根はまだまだ深い! 彼らの前に新たな敵、「リキテン」が立ちはだかった! 負けるな! 正義戦隊! 頑張れ! 正義戦隊!「おつかれっすー」「おつっしたー」 ブラックとイエローの、いかにも疲労しきった声が、遠のきながらレッドの耳に入る。「おう、お疲れ。また明日な」 挨拶を返した...

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    開発中

     オンラインゲームにはよく、「入れないマップ」というのが存在する。
     理由は大きく分けて2つ。そこに入る条件を満たしていないからか、もしくはまだ、「中身ができていない」からだ。
     後者はいわゆる「未実装」というヤツだ。入口や、もしくは外観だけを作って、それらしいモノがあるように見せてはいるけど、まだ完成してないから入れない。
     ただしそういうマップを、単純に「開発が作ってる途中だからプレイヤーは入れない」とアナウンスするのは、ゲームの雰囲気をぶち壊しにする。
     そうしないために、大抵は「閉鎖中」とか「工事中」とかの看板を、あるいは門番やら何やらのキャラクタを設置して、ごまかしていることが多い。



    「工事中 関係者以外立入禁止」
     現在建設中の高層ビルの前にかけられたこの看板を見た時、僕はその、「未実装」のことを連想した。
    「もしかして……」
     なんて口走ってしまったのは、僕が大分酔っぱらっていたせいだろう。
     しかし自分自身のその言葉に操られるように、僕はその看板を乗り越え、闇夜に沈むビルの中へと入って行った。

     既に1階部分は完成しているらしく、ペンキが塗られていない壁や下地の見える床などは見付からない。
    「広いなー」
     ぼそ、とつぶやいたその言葉が、小さくこだまする。
    (やべっ)
     慌てて警備員などの姿を確かめるが、それらしいのはどこにもいない。
     ほっと胸をなで下ろしつつ、僕は上の階へ上がってみることにした。
     2階、3階、4階と、順々に上っていくが、この辺りも既に完成していて、特に目をひくものは無い。強いて言えば、真っ暗で不気味だということくらいだ。
    (……何にもなさそうだな。帰るか)
     この探検が何の成果も生みだしそうにないと見切りをつけ、僕は階段を降りようとした。
     ところが――。
    「いてっ!?」
     階段を降りようとした矢先、僕はごち、と顔を何かにぶつけた。
    「……え?」
     目の前には、何も無い。階段があるだけだ。
     しかし手を伸ばしてみると、何か硬いものが階段とこのフロアとの間にある。
    「なんだこれ……?」
     触った感触は、壁紙のようだった。丁度、このフロアの壁に貼り付けられた、クリームイエローの壁紙と同じ感触だ。
    「……え、えっ?」
     この階に上がった時には、そんなものは全く無かった。
    (どうなってんだ?)
     その見えない壁をぺたぺたと触るが、端から端までみっちりと、切れ目なく存在している。
    「……っ」
     異様な光景に、僕の冷静さは失われた。
    「ひっ」
     たまらず駆け出し、他の階段が無いか探す。
     ほどなく別の階段を見付け、僕は恐る恐る手を伸ばす。
    「……こっちは、……通れる、……かな」
     見えない壁が無いことを確認し、僕は一歩一歩、足元を確かめるように階段を降りた。
     しかし、踊り場に足を乗せたその瞬間――僕はその踊り場を、突き抜けていった。
    「……っ!?」
     みるみるうちに、僕は階段の下へ落っこちていく。
     踊り場を次々と透過し、地面に叩きつけられることもなく、無音で落ちていく。
     そして、地下2階を通り越したところで、僕の目の前は真っ暗になった。
    「うわあああああー……っ!」
     僕の声がこだまする。
     しかしそれも、突然、まるでテレビの音声をミュートにしたかのように、途切れた。



    《平素は当サービスをご利用いただき、誠にありがとうございます》
     気が付くと、僕は真っ白な床の上に立っていた。
    「……えっ?」
     辺りには何も無い。壁も天井も無く、空は薄い灰色で染まっていた。
    《お客様は未実装の箇所へ誤って進入され、復帰不可能な状態となりましたため、誠に勝手ながら、当サービスの運営共より、復帰措置を施させていただきました》
    「……は? え、何?」
     どこからか聞こえる声に一応、応じてはみたが、相手は無機質に説明を続ける。
    《その際、データに一部損傷が発生したことをお詫び申し上げます。
     つきましてはデータのロールバックを行い、安全が確認されている時点まで状態を遡上させていただきます。
     今後も当サービスを、よろしくお願いいたします》
     そう告げられた瞬間、僕の意識は再び途切れた。



    「工事中 関係者以外立入禁止」
     現在建設中の高層ビルの前にかけられたこの看板を見た時、僕は何故か、とても恐ろしいものを感じた。
    「……ひ、いっ」
     さっきまでの酔いがあっけなく醒め、僕は逃げるように、その場から駆け出した。

    開発中

    2013.09.03.[Edit]
    開発中 オンラインゲームにはよく、「入れないマップ」というのが存在する。 理由は大きく分けて2つ。そこに入る条件を満たしていないからか、もしくはまだ、「中身ができていない」からだ。 後者はいわゆる「未実装」というヤツだ。入口や、もしくは外観だけを作って、それらしいモノがあるように見せてはいるけど、まだ完成してないから入れない。 ただしそういうマップを、単純に「開発が作ってる途中だからプレイヤーは入...

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    説明過多

     大型スーパーの食品売り場に並ぶ商品、一個いっこに貼り付けられたQRコードを見て、僕はうんざりした。
     なるほど、確かに食の安全が求められる昨今、「うちの商品には後ろ暗いところなんか何一つございません!」と懇切丁寧に説明したくなる気持ちは分かる。
     分かるけれども、こんなもの誰が一々スマホで読み取るって言うんだ。
     どうせ読み取ったら、どこの誰々がどんな手間暇かけて作ったかを、生産者の顔と名前を添えてとうとうと説明してるだけだろう? そんなもの、この商品を買いたいと言う僕の気持ちに1円でも関わるものではない。
     僕は買い物する気を失い、2階のレストランコーナーで昼食を食べることにした。

    「いらっしゃいませー」
     入った中華レストランで、僕はラーメンとチャーハンを頼む。
    「かしこまりましたー。ちなみにですね」
    「え?」
    「本日の調理は鹿島、配膳は私、城田が担当させていただきます」
    「……はあ」
     なんだ、それ……? 別にそんなこと、聞いてない。
    「お待たせしましたー。ラーメン並と、チャーハン並になります。ちなみにですね」
    「はい?」
    「ラーメンの原材料ですが、小麦粉、食塩、植物由来の油脂、それからチキンエキスとなります」
    「え、……はあ?」
    「続きましてスープですが、食塩、鶏脂、香味油、糖類、植物由来の油脂、香辛料、魚介由来の油脂と……」
     その後もとうとうとラーメンとチャーハンについての原材料名を聞かされ、すっかりラーメンが伸びたところでようやく説明が終わった。
    「……いただきます」
     既にチャーハンから湯気は消え失せている。それでも860円出した食べ物である。僕はうんざりしつつも、ラーメンに箸を付けた。
    「こちらのラーメンですが」
     口に運んだその瞬間、ウエイトレスが現れた。
    「げっほ、げほっ」
     喉にラーメンを詰まらせ、咳き込む僕に構わず、ウエイトレスは、今度はそのラーメンについての説明をし始めた。
    「日華製粉の『業務用調理めん(ラーメン用)』となります」
    「げほっ、げほっ……、な、なんですか?」
    「コストパフォーマンスの良い製品として、当店では長らく採用しております」
     その後も僕がご飯を口に運ぶ度にとうとうと説明され、僕はすっかり食べる気を無くした。
    「……もういいです」
     僕はなおも説明を続けるウエイトレスを無視し、レジへ向かった。
    「ありがとうございます。ちなみにですね」
    「は……?」
    「当店ではお客様により良いサービスを提供できますよう、アンケートの方を実施させていただいております。差し支えなければ、こちらの用紙に記入をお願いします」
     見せられた用紙――いや、小冊子と言ってもいいその束には、ずらずらとアンケートの質問内容が書き連ねられていた。
    「……」
     僕は借りたボールペンで、1ページ目にでかでかと「説明がうるさい」と殴り書きし、その場を去った。

    説明過多

    2013.09.08.[Edit]
    説明過多 大型スーパーの食品売り場に並ぶ商品、一個いっこに貼り付けられたQRコードを見て、僕はうんざりした。 なるほど、確かに食の安全が求められる昨今、「うちの商品には後ろ暗いところなんか何一つございません!」と懇切丁寧に説明したくなる気持ちは分かる。 分かるけれども、こんなもの誰が一々スマホで読み取るって言うんだ。 どうせ読み取ったら、どこの誰々がどんな手間暇かけて作ったかを、生産者の顔と名前を...

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    地獄の好景気

     ええ、だから何度もご説明申し上げました通り、いずれもよくよく考えてみれば至極、当然のことなのです、はい。



     まずですね、人間、「悪いことをしてしまう」、これは致し方ないことなのです。
     これはもう、社会と言うものを鑑みましたら、どうしても歪みと言いますか、ねじれと言いますか。
     どうしても世間の言いますところの「一般」、「常識」、そう言うものに当てはまらない、もしくは収まっていられない、そう言った方々は、少なからずいらっしゃいます。
     しかしですね、これを放っておいてしまっては、社会と言うものを保つ上では非常に困ることになります。
     ですから皆様、常々から「悪いことはいけないよ」、「悪いことをしたら地獄に落ちるよ」、と諭されるのです。



     しかし己の利益を追求する、と言うのも人間として当然の欲求でございます。
     やはり多くの方はお金があればあるだけ欲しいと仰られますし、他人を押しのけて利益、利潤を一手に得たいと仰られます。
     そのためやはりですね、悪いことをしてしまう方はいらっしゃるのでございます、はい。

     勿論、勿論、そう言う行為を行った上で、やはり地獄には落ちたくない、罰を受けたくないと言う方も大勢、いらっしゃいまして。
     それこそ多額のお金を支払ってでも罪を逃れたい、そう仰る方も少なくございません。
     ですのでこれも当然のこととして、わたくし共はそう言った方々の需要にお応えする商売を始めた次第でございます。



     わたくし共の商売がなんであるか、それを一言で申すとすれば、ズバリ「免罪」です。
     ええ、ご存知の通り、かつて中世欧州において一世を風靡した、一切の罪を赦されると言うあのお札、「免罪符」の販売を始めたのです。
     わたくし共の方よりこちらを発行いたしまして、地獄に落ちた際にですね、本来償うべきその罪を、その免罪符の所持数に応じて減じよう、と言う事業なのです。
     やはり地獄に落ちたくないと言う方は非常に多くいらっしゃいまして、おかげさまでこの商売は大成功を収めました。
     それはもう、地獄始まって以来の、莫大な収益を記録するほどでございました。

     それほどまでに莫大な収益ですから、当然、外貨の方もですね、それはもう大変な額を獲得したわけでして。
     外貨を大量に集めると、やはりその集まった外貨分、我々のお金がですね、為替市場において高騰してくるわけでございます。
     我々が使っているのは「文」と言うお金でございますが、特にここ1世紀、2世紀ほどの間にですね、その価値はとんでもなく跳ね上がってしまいまして。
     全世界的にですね、免罪符をご購入される方が非常に多くいらっしゃるためでして。
     そうですね、今現在の為替ですと、一地獄文あたり500万ドルほどになりますでしょうか。
     ちなみに米ドルで換算しておりますのは、現在の経済事情と言いますか、米ドルで購入されている方がやはり、最多でございますもので。



     ええ、お客様が誤解されていらっしゃるのは、まさにそこでございまして。
     恐らく江戸時代頃まで日本で使われていたお金、「文」と混同されていらっしゃるご様子ですけれども、わたくし共がさきほどからご説明しておりますのは、地獄文での話でございます。
     ですのでお客様がこれまでご購入された免罪符50枚分、1000地獄文はですね、日本円に換算して50億円となります。
     ええ、当然ながらお客様のお手持ちのお金では、不足しております。

     残念ながらお客様のように、ここ数年のインフレ事情をご存じないまま、免罪符を大量に発行される方が大勢いらっしゃいまして。
     地獄の金融庁の方でもですね、この事態を重く受け止め、数年前に次のような規定を設けました。
     ええ、その規定と言うのがですね、支払不履行が発生した場合にはですね、不履行分を地獄における苦役、強制労働によって代替することとなります。
     その年数でございますが、1文につき100年となっておりますので、お客様の場合、10万年の強制労働となります。



     いやいやいやいや、嫌だと仰られても、それは困ります。
     お客様ご自身が1000文分購入されたのですから、その分きっちり、規定分、お客様ご自身が働いていただかないと。
     当然でしょう?

    地獄の好景気

    2013.12.03.[Edit]
    地獄の好景気 ええ、だから何度もご説明申し上げました通り、いずれもよくよく考えてみれば至極、当然のことなのです、はい。 まずですね、人間、「悪いことをしてしまう」、これは致し方ないことなのです。 これはもう、社会と言うものを鑑みましたら、どうしても歪みと言いますか、ねじれと言いますか。 どうしても世間の言いますところの「一般」、「常識」、そう言うものに当てはまらない、もしくは収まっていられない、そ...

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    完全の外側

     ああ……、今日も元気そうに動き出した。

     川の向こう側、街の奥にそびえる巨大な煙突から湯気が上がっている。
     地熱発電所が猛然と電気を作り、ドクドクと送り出しているのが分かる。
     街中の街灯が煌々と光っていることが、それを証明している。
     そしてあちこちから、コンベアやらクレーンやらの音が聞こえてくる。
     街は今日も、元気に活動しているようだ。

     ちょっと眺めていると、やがてトラックが道を悠然と突き進んでいくのが散見できるようになる。
     いや、よくよく観察してみれば、時々停まっているのが分かる。
     あちこちの工場や商店に、モノを運んでいるんだな。

     ぼーっと見ているうちに、すっかり朝になった。
     朝食をつまみながら、先程と同様に川の向こうを眺める。
     街灯が消え、あちこちからもくもくと煙が上がり始めた。
     工場が動き出したみたいだな。



     やがて太陽は、すっかり高いところに行ってしまう。
     あっちこっちのビルに設置されている太陽パネルが、そのパワーを受け止めているのが見える。
     夜は地熱発電と川を使った水力発電、昼はああして太陽熱発電も加わって、あの街を動かしているんだ。
     腹減ったな。昼食を食べよう。

     そうこうしているうちに、真上にあった太陽も、じりじりと山際に近付き始めた。
     またトラックが道を闊歩する。工場で造ったモノを回収して回っているんだろう。
     おっと、商店にも停まっている。商品の補充もやっているらしい。

     ありゃ……、もう日が暮れる。
     街灯がチラホラ、点き始めた。薄暗かった街中がまた、煌々と照らされる。
     逆に、この時間にはもう、工場の灯が落ち始めていた。
     そろそろ夕食を取ろうかな。



     すっかり暗くなったけれど、まだ街は明るい。
     だけど、物音はもうしない。コンベアやらクレーンやらは、もう止まっているみたいだ。
     トラックももう、一台も通らない。
     ただただ、明るい。騒々しいのは、見た目だけだ。

     夕食代わりのトマトをぼんやりかじっている間に、商店の灯りが全部落ちてしまっていた。
     残っている灯りは、街灯だけになった。
     もうそろそろ寝よう。何もやることが無いし。
     これ以上起きてても、街に変化は無い。僕の家にも変化は無い。

     明日もまた、あの機械じかけの街を見るくらいしか、僕にはやることが無いんだから。



     床に就いたところで、僕はぼんやりと考える。
     あの街が完全に自動制御化され、人間が働く必要がまったく無くなったと聞いたのは、いつだったっけな。
     そのうちに人がいなくなったのは、いつのことだっけ。
     それが何故なのか、誰も知らない。知っている人も去ってしまったから。
     それからもう何十年……。人間と言えるものを見たのは、鏡に写る自分くらいになってしまった。

     他に誰かいないか、探そうかなと思ったことはある。
     でもこの周りには、僕の家と、広々と生い茂る野菜畑くらいしか無い。
     電気も川を越えては通ってない。納屋に置いてある電気自動車も、動くはずは無い。
     橋も無いから、あの街に入ることもできない。
     そもそも僕は、僕が何故ここにいるのかも忘れていたくらい、何もかもに無関心な人間だった気がする。
     だから探そうと思っただけで、実行しようとしたことは、一度も無い。多分、無かったと思う。
     それに何かしているより、あの自動制御された街が動いているのを見ている方が、ずっと楽しかった。

     ふあ、ああ……。眠くなってきた。
     目が覚めたらまた、誰のために、いや、何のために活動しているのか分からないあの街を見て、一日を潰そう。
     おやすみなさい……。

    完全の外側

    2013.12.10.[Edit]
    完全の外側 ああ……、今日も元気そうに動き出した。 川の向こう側、街の奥にそびえる巨大な煙突から湯気が上がっている。 地熱発電所が猛然と電気を作り、ドクドクと送り出しているのが分かる。 街中の街灯が煌々と光っていることが、それを証明している。 そしてあちこちから、コンベアやらクレーンやらの音が聞こえてくる。 街は今日も、元気に活動しているようだ。 ちょっと眺めていると、やがてトラックが道を悠然と突き...

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    遠回りないたずら

     ……くっそ。
     やりやがったな、Nめ。



     Nと言うのは俺の幼なじみだ。
     Nは間違いなく、天才の部類に入る女だった。
     中学校1年から高校3年の間、一度も学年1位から落ちたことは無かった。
     当然のように、大学も主席卒業。そのままアメリカに飛び、1年で博士号を取った。
     俺なんかとは出来がまるで違う。同じ人間だなどとは、到底思えない女だ。
     ここまで説明した時点で、Nがまともじゃ無いと言うのは分かってもらえただろうが、何よりまともな神経があるとは思えない、ろくでもない悪癖がある。

     ほら、なんかの教育番組だか、ちょっと古いハリウッド映画だかであっただろ?
     ボールを転がしたらドミノに当たって、倒れたドミノがスイッチを押して、モーターが動いて糸を巻きとって、……みたいな、こまごました装置を長々と連結する。
     で、大仰な仕掛けの末にただ旗を揚げたり、ただドッグフードを皿に開けたりする、あれだ。

     Nは小さい頃から、この周りくどい仕掛けを組むのが大好きな、とんでもない奴だった。



     例えば幼稚園の時。先生がドアを開けて教室に入ろうとしたところで、ドアに挟んでいたなわとび用のゴム縄が緩む。
     カーテンサッシを経由して、ゴム縄で吊っていたシーツが、俺の頭上にばさっと落ちる。
     頭上に全く注意を向けていなかった俺は驚き、バタバタと手を動かしながら叫ぶ。
     先生は俺をお化けだと思ったらしく、ドアを開けた直後に絶叫した。
     勿論、Nはめいっぱい怒られたさ。そして実際に驚かせた俺も、一緒怒られた。

     小学生の時。Nは自由研究を大義名分に、誰もいない教室にロープやらバネやらボールやらを仕掛けまくった。
     そして9月1日の朝、何も知らない俺が一番乗りで教室に入って来た瞬間、装置が起動。
     結果、教室中を何十ものボールが跳ね回り、教室内の窓という窓は、すべて粉々に砕け散った。
     俺達が授業を受けられるようになったのは、9月3日になってからだった。
     Nは当然、しこたま怒られた。そして片棒を担いだとして、俺もとばっちりを食らった。

     だが、Nは懲りない。中学の時には、今度は校庭中を使って装置を組みやがった。
     それはまさに、誰もいない大運動会と言っても過言ではなかった。
     この時にも俺が仕掛けを動かす役として、勝手に選ばれ、そして勝手に巻き込まれ、Nと一緒に散々叱られた。
     高校の時には、この悪癖はさらにヒートアップした。
     校舎どころか、学校周辺の道路や電柱、はては信号機までも使用し、あわや街の交通が麻痺するかと言うような事態を引き起こした。
     当然の如く、この時も朝一番に駆けつけた俺が引き金にされ、そしてNと一緒に2週間の停学を食らってしまった。

     しかし街一つ大混乱に陥れるほどの、このどうしようもないイタズラも、良いように評価してくれる奴はいたらしい。
     この事件の後、Nのところに工学系の大学から、いくつか声がかかったと聞いた。
     だけどNが選んだのは、俺がスポーツ推薦で入った、一応と付く程度の一流大学だった。
     その後は大学の研究で満足していたのか、これ以降、Nがはた迷惑な装置を組むことはなくなった。



     と思って、油断していた。
     Nがアメリカに渡ってから3年が経ち、俺もプロのアスリートとして活躍していた。
     その多忙な生活にも慣れ、大学でのNとの記憶も薄れかけていた頃、それは起動した。
     今にして思えば、Nは渡米前から装置を組んでいたのかも知れない。

     今朝のことだ。俺は何の気なしに玄関を開けた。
     その瞬間、ドアノブがぽろ、と落ちた。
    「うわっ!? ……え?」
     床に落ちたドアノブをよく見てみると、内側にボタンのようなものが付いている。
     一瞬、嫌な予感を覚え、俺はそのボタンを押さずに、そのまま床に投げ捨てようとした。
    (誰が押すか、こんなもん!)
     しかし後から説明されて、そこでようやく知ったことだが――そのボタンはオフになると、つまりドアから外れた状態になると、起動するようになっていたのだ。
     ドアノブを投げ捨てようとしたその時、2階の俺の部屋から、ごとん、と重たい音が響く。
    「……な、なっ、なーっ!?」
     俺は目を疑った。
     まるで昔のコント番組のように、2階に続く階段が急傾斜へと変わり、そこを俺の机が滑り落ちてきたからだ。
     猛然と迫ってくる机を回避しようにも、狭い玄関から飛び出る以外の選択肢は無い。
     次の瞬間、俺は久々にグラウンド以外で全力疾走を披露していた。

     そこから何がどうなったか、俺はよく覚えていない。
     気付けば俺はトラックの荷台に転がり、空港まで運ばれていた。
     長い長い青信号の連続の末、トラックはようやく、空港のロータリーで停まる。
     俺は恐る恐る、道路に降りる。その瞬間、背後から声をかけられた。
     いや、かけられたと言うより、半ば独り言を聞かされたようなものだったが。
    「ドアノブの信号が途絶えてから3時間12分33秒。誤差、3秒か。上々ね」
    「は……?」
     振り向くとそこには、3年ぶりに見るNの姿があった。
    「久しぶり。元気してた?」



     そして現在。
     俺はいつの間にか持たされていた指輪を傍らに置き、Nと食事している。
     逃げ回る道中で手に入れたと思うのだが、まったく覚えていない。
     これもNの仕掛けた装置の一つなのだろうか。
    「……」
     と、Nがやや不機嫌そうな顔をしている。
    「なんだよ?」
     ここまで散々引きずり回された俺も不機嫌になっていたし、ぶっきらぼうに尋ねる。
    「最後の仕掛け、まだ動かないなーって」
    「え? まだ何か仕込んでんのか?」
    「うん。後はそれをあたしに渡してくれたら、装置の作動は完璧なんだけど」
    「それ? ……これ?」
     テーブルに置いていた指輪を指すと、Nはこくんとうなずいた。
    「あたし、プロポーズするよりされたいし」

     ……くっそ。そう言うことか。
     完璧な設計すぎて、腹も立ちやしない。



     訂正しよう。
     Nがこの装置を組み出したのは、幼稚園の頃かららしい。
     やりやがったな、Nめ。

    遠回りないたずら

    2013.12.24.[Edit]
    遠回りないたずら ……くっそ。 やりやがったな、Nめ。 Nと言うのは俺の幼なじみだ。 Nは間違いなく、天才の部類に入る女だった。 中学校1年から高校3年の間、一度も学年1位から落ちたことは無かった。 当然のように、大学も主席卒業。そのままアメリカに飛び、1年で博士号を取った。 俺なんかとは出来がまるで違う。同じ人間だなどとは、到底思えない女だ。 ここまで説明した時点で、Nがまともじゃ無いと言うのは分...

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    日本全エネルギー化計画

     しまった、寝過ごした! ……と飛び起きた瞬間、首輪型熱生体発電装置からピッ、と音が鳴る。
    《熱生体発電:0.3Kcal》
     急がなくては! 慌てて時計を見ると、いつも乗る電車が来るまであと15分しか無い。
    《熱生体発電:0.3Kcal》
     急いでスーツに着替え、食パンと牛乳を口に放り込み、顔も洗わずに玄関から飛び出す。
    《熱生体発電:1.1Kcal》
    《振動発電:1.2Kcal》

    《7:00~8:00までの発電量:3Kcal》



     どうにか電車に乗り込み、ふう、と息を漏らし――かけて、慌てて携帯風力発電機を口元にやる。
    《熱生体発電:3.1Kcal》
    《風力発電:0.2Kcal》
     乗ってしまいさえすれば、後はうたたねしてても会社に着く。……などと言うのは前時代の発想だ。
     私と、そして周囲に立っている皆は、まるで電車に揺られているかのように、フラフラと体を揺すり始めた。
    《1人あたりの熱生体発電:0.8Kcal/m》
    《1人あたりの振動発電:0.6Kcal/m》
     電車は振動発電により、ゆっくり、ゆっくりと動き出す。
     その揺れと自分たちの揺れとの相乗効果で、電車の速度が上がっていく。
    「きょおもー、みーんなーでー、ゆらゆらー、ゆっらゆーらー」
     と、誰かが歌い出した。マメな奴だな。……乗っかるか。
    「みんなーでー、ゆっらゆーらー」
    「みんなーでー、おどろー」
     いつの間にか車内の全員による、合唱となっていた。
     これはそこそこ、いい発電量になるんじゃないか?
    《1人あたりの熱生体発電:2.5Kcal/m》
    《1人あたりの風力発電:3.9Kcal/m》
    《1人あたりの振動発電:2.2Kcal/m》
     そのうちに、皆が思い思いに歌い出した。
     車内は雑多なカラオケ状態になり、電車を降りる頃には皆、汗だくになって笑っていた。

    《8:00~9:00までの発電量:358Kcal》



     さあ、始業の時間だ。
     部長による朝礼が始まる。勿論全員起立、そして足踏みだ。
    《熱生体発電:1.3Kcal》
    《振動発電:1.6Kcal》
     ……あ、まずい。いるんだよな、朝礼が長引くと倒れる奴。
    「我が社も総力を上げ、現代日本に貢献をしていかねば、……おっと」
     部長が訓示を切り上げ、倒れた女子社員を助け起こした。
     いや、セクハラじゃない。それは皆、分かっている。でもセコいぞ。
    「大丈夫かね、君? おお、いかんいかん、意識が朦朧としている」
    「いえ……大丈夫……」
    「いやいや、これは医務室に運ばねば。いや、君たちは仕事に取り掛かってくれ。私が運ぼう」
    《E部長の熱生体発電:5.6Kcal》
    《E部長の振動発電:13Kcal》
     ……ってところか? 医務室、1階にあるからな。
     ま、無理に俺が私が、なんて騒ぐのも多少の足しになるかも知れないが、それでみみっちく発電量を稼ぐより、営業周りした方がよっぽどいい。
     私は手早くPCの電源を落とし、かばんを大仰に引っ張りあげ、半ばスキップするように、大股で会社を出た。

    《9:00~13:00までの発電量:691Kcal》



    「はぁ……はぁ……」
    「と、という……わけで……ですね……」
     3つ目の得意先を回ったところで、私も相手のO課長も、肩でゼェゼェと息をしていた。
     ここ数年、暗黙の了解として「商談は身振り手振りをふんだんに交えて」、……となっているが、このO課長は、特にオーバーだ。
     通常でもほとんどミュージカルみたいな仕草を取ってくるし、時にはお茶を持ってきた女子社員までも巻き込んで、一大スペクタクルのような商談をかましてくるのだ。
     今回は特にノリノリだった。おかげで私も、ミュージカルの敵役をさせられてしまった。
    「ありがとう……ございます……」
    「いえいえ……ゲホッ……こ、こちらこそ……」
     大丈夫か、Oさん……。
    《熱生体発電:32Kcal》
    《風力発電:19Kcal》
    《振動発電:62Kcal》
    「そ、そうだ……よければ……お昼、ご一緒、しませんか」
    「え、ええ……喜んで……」
     心配する必要は無かったようだ。元気だ、このおっさん。まだミュージカルする気か?
     ……いや、発電量を稼ぐチャンスと思おう。

    《熱生体発電:28Kcal》
    《風力発電:15Kcal》
    《振動発電:64Kcal》



    《13:00~17:00までの発電量:973Kcal》



    「ふー……」
     定時を迎えたが、私は会社に戻らず、直帰することにした。
     煙草がうまい。……風力発電機に一々煙を吹き付けさえしなければ。
    《風力発電:0.2Kcal》
    「おーい、U!」
     振り向くと、そこには同期のYがいた。
    「よお、元気してたか?」
    「いやぁ、しんどいわ」
     Yは首輪や各種発電機を指差し、自嘲気味に笑う。
    「緊急電力確保法案のせいでさ、ぜーんぜん、休む間もねーわ」
    「まったくだよ」
    「とは言え、1Kcalあたり3円だからな。一日中、学生ラグビーみたいにバタバタ走り回れば、6、7千円は堅い。
     おかげでローン、割と早く返せそうだよ……」
    「いいじゃないか。奥さんも喜んでるだろう?」
    「……それがさぁ、へへへ」
     Yは下品な笑いを浮かべ、小声でこう言った。
    「イチャイチャすればするだけ発電量も上がるからさ、マジで夜も休めないんだよな、これが」
    「夜勤手当だな、はは……」
    「言えてるな、へへへ……」
    「……さてと」
     私は煙草を焼却装置に捨て、かばんを大仰に持ち上げた。
    《焼却炉発電:1Kcal》
    《振動発電:0.3Kcal》
    「そろそろ帰るよ。この時間に電車に乗ると、ちょっと楽できるしな」
     私の言葉に、Yが苦笑する。
    「……未だに納得行かんよなぁ、俺達サラリーマンには。
     通勤ラッシュが楽しいと思う日が来るなんて、よ?」
    「まったくだ」

    《17:00~24:00までの発電量:311Kcal》

    《本日の発電量:2,336Kcal》



    《本日の発電量売却額:7,008円》

    日本全エネルギー化計画

    2014.01.07.[Edit]
    日本全エネルギー化計画 しまった、寝過ごした! ……と飛び起きた瞬間、首輪型熱生体発電装置からピッ、と音が鳴る。《熱生体発電:0.3Kcal》 急がなくては! 慌てて時計を見ると、いつも乗る電車が来るまであと15分しか無い。《熱生体発電:0.3Kcal》 急いでスーツに着替え、食パンと牛乳を口に放り込み、顔も洗わずに玄関から飛び出す。《熱生体発電:1.1Kcal》《振動発電:1.2Kcal》《7:0...

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    「それ」は一体何なのか

    30代・主婦「よく見かけますね。ええ、最近は特に」

    20代・会社員「さあ? 気が付いたらなんか見かけるけど」

    10代・無職「ご当地? 的な? ゆるキャラ? みたいな?」



    10代・学生「あー、なんかー、ダチがー、守り神? じゃね? って言ってたかもー」

    30代・公務員「コメントの方は控えさせていただきます」

    50代・フリーター「俺はずーっと前から役所に早く片付けろって言ってんだけどさー、あいつらアホなのかなぁ、なあ?」



    20代・学生「ウチ(大学)のうわさだと、20年か30年くらい前に在学してた奴が捨てたって聞いた」

    40代・パート「気味が悪いです。早く市に処分して欲しいです」

    10代・学生「写真を撮ると呪われるって聞いたことがあります。友達が学校で聞いたって言ってました」



    50代・公務員「申し訳ありませんが、我々の方でもですね、現状で確認が取れておりません」

    70代・自営業「とりあえず見かけたら挨拶してます。あ、いや、軽く会釈と言うか、神社さんとか仏さんにやるような感じで」

    20代・フリーター「前に一階、酔っ祓って蹴翔ばしたことあるけど、南も無かった」



    40代・会社員「あれは一説によれば終戦直後に旧陸軍が秘密裏に処分した秘密兵器ではないかと」

    30代・フリーター「超次元の彼方からお越しになられた大使様です。私にはすべて分かります」

    60代・無職「しらないしらないしらないしらないしらないしらないしらないしらないしらない」



    20代・公務員「我々の見地によれば、あと30日だろうとのことです」

    20代・自営業「我々=各地の状況を観察/ています」

    2*代/<社)「我#は間も&く声明%¥表=ます。お聞+下$い」



    「……はい、以上が街の声なんですけども、やはりと言いますか、はっきり致しませんね」
    「市か、あるいは国の、早急な対応が望まれています。ではここで一旦、CMです」
     カメラが止まったところで、私は隣の女子アナに小声で話しかけた。
    「最後のはまずくないか?」
    「ですよね。なんであれ、編集しなかったんでしょう?」
    「参るよなぁ。また後で渋い顔して『先程の映像に不適切な箇所が』云々言わなきゃいけないよな」
    「本当、面倒ばっかり……、あら?」
     と、女子アナがスタッフの方を見て、けげんな顔をしている。
    「どしたの?」
    「なんか……、揉めてるみたいですよ」
     女子アナの示した方を見てみると、確かにプロデューサーとディレクターが深刻そうに耳打ちしあっている。周りのスタッフもモニターを見ながら、青い顔で腕組みしていた。
    「さっきのかな」
    「多分、そうですね」
     やがてプロデューサーが、頭の上でバタバタと手を振った。
    「放送事故だ! さっきのVTR、ノイズだらけになってたそうだ! 特に最後なんか、ガリガリガリガリ音がするばっかりで、テレビには何にも映ってないってさ!」
    「えっ……」
     私と女子アナは顔を見合わせ、言葉を失った。
    「あれ……、って」
    「……何なんでしょう」
     ようやく出たのは、そんなぼんやりした一言だけだった。

    「それ」は一体何なのか

    2014.03.20.[Edit]
    「それ」は一体何なのか30代・主婦「よく見かけますね。ええ、最近は特に」20代・会社員「さあ? 気が付いたらなんか見かけるけど」10代・無職「ご当地? 的な? ゆるキャラ? みたいな?」10代・学生「あー、なんかー、ダチがー、守り神? じゃね? って言ってたかもー」30代・公務員「コメントの方は控えさせていただきます」50代・フリーター「俺はずーっと前から役所に早く片付けろって言ってんだけどさー、...

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    A-R.exe

    「……あー」
     本日二度目のブルースクリーンを目にし、僕は椅子にもたれて嘆いた。
    「もう限界かなぁ、このパソコン」
     一人、そうつぶやいてはみたが、解決策は無い。
     原因を究明できる知識も無いし、詳しい友人もいない。ついでに言えば、新しいパソコンを買う金も無いからだ。
    「あれがまずかったかなぁ。いや、……あれかもなぁ」
     ファイル共有ソフトで怪しいファイルを落としたことや、金をケチって無料ソフトをダウンロードしたこと、それっぽいサイトで得たにわか知識でパソコン性能アップの小技を試したことなどが頭に浮かんでくるが、どれも怪し過ぎて、はっきり原因とは断定できない。
    (……聞くか)
     僕みたいな貧乏・貧弱ユーザーが頼れるものと言ったら、ネットの掲示板くらいしか無い。
     僕は何とか再起動させたパソコンを使い、それっぽいサイトを回ることにした。

    (『ブルースクリーン 頻発 原因』……、っと)
     検索サイトにキーワードを打ち込み、あちこちのページを回ってみる。
     しかし、効果の有りそうな回答は見つからない。
    「じゃあ……、『フリーズ 多過ぎ 対処』」
     キーワードを色々弄ってみるが、一向に効果は上がらない。
     片っ端から思いついた単語を打ち込んでみたが、10分、20分と巡ってみても、まったく成果を挙げられなかった。

     と――最早でたらめと言っていいような単語を打ち込み、適当なサイトへ移動したところで、突然ダウンロードの同意を求める旨のウインドウが開く。
    「あ、ちょっ」
     ポインタの位置を自動でアイコンに移動させるよう――例によって、付け焼き刃のパソコン知識を試したくて――設定していたため、僕はうっかり、その同意に「Y:はい」と答えてしまった。
     途端に何かのファイルがダウンロードされ、僕のパソコンのデスクトップに設置される。
    「え、ちょ、止まれって、おい」
     設置された途端、そのファイルは自動でインストールを開始し、すぐにアプリを起動した。
    「……ああ、もう」
     いきなり立ち上がるようなアプリに、まともなものは無い。浅い知識しか無い僕でも、それは痛いほど分かっている。
     何とか終了させようと、僕はESCキーを押したり、AltキーとF4キーを同時押ししたりする。
     だが、そのアプリはうんともすんとも言わない。何を押しても、ウインドウが閉じないのだ。
    (……またフリーズしたのか?)
     一瞬そう思ったが、マウスを動かせばポインタが連動するし、落ち着いて聞けば、キーを押す度にポン、ポンとアラートが鳴っている。
     どうやら、アプリ上で操作しないと閉じられないらしい。
     気味悪く感じたが、僕はそのアプリを触ることにした。
    (まあ、どうしようも無かったら無理やり落とせばいいか)
     とりあえず、画面中央に設置されている、何だか良く分からない言葉が書かれたアイコンをクリックする。
     続いて現れたのは、またも良く分からない言葉の羅列が続くリスト画面だった。
     しかし、良く見てみれば「English」とか「Francais」とか書いてある。どうやら言語選択らしい。
     僕はその中から何とか「日本語」を見つけ、ようやく自分に分かる表記に変えることができた。
     しかし、ある程度の文字は分かっても、書いてある内容が理解できなかった。



    「『Akashic-Recorder Ver.567;@a79^¥(文字化けしていた)

     このソフト鵺ェア麟 任意の人物のパラメータを 編集す鴉こと%できます。
     注意:パラメータの編集麟 当該人物の他パラメータに 影響を及ぼす場合%鸚ります』」



     まず、文章のあちこちに文字化けが発生している。
     それに「人物のパラメータ」って言うのが、良く分からない。
     この時点で右下の「終了す鴉(多分、終了する……だと思う)」を押せば良かったのだが、僕はつい、その半壊した説明書に従って、自分の名前を打ち込んでしまった。
     すると、もう一つ新たなウインドウが開き、そこには大量の数字が並んでいた。
    「なんだこれ? ……ん?」
     数字の横には、やはり半壊した状態の単語が並んでいた。
     その中のいくつかに、目が止まる。
    「『資産(現金):2,267』」
     その数字には覚えがある。外から帰ってきてすぐ、自分の財布の中身を確かめてため息をついた時に見た数字だ。
     念のためもう一度財布を確認すると、確かにその額が、表面が擦り切れた財布の中に収まっていた。
    「偶然、……だよな?」
     そうつぶやきつつも、僕はウインドウを上にスクロールする。
     その中に、またも気になる数字の列を見つけた。
    「『年齢:26y8m19d……』」
     数字は1秒毎に、最後の1桁が1ずつ増えている。
    「……まさか……」
     僕はウインドウをスクロールさせ、先程の「資産(現金)」欄に1を入力し、「22,671」にしてみた。
     その瞬間、自分の周囲がぐにゃ、と歪むような感覚を覚える。
     立て続けに気味の悪い思いをしつつも、僕はもう一度、財布を確認した。
    「……増えてる」
     財布の中には、2万2千671円が収まっていた。
     それも、単に一万円札が2枚、と言う感じではなく、千円札や五千円札、小銭などが入っており、それはまるで、元からこの額が入っていたかのように感じられた。
    「……は、はっ」
     次の瞬間――僕はもう一度、パソコンに飛びついた。
    「もっ、……もうちょいっ」
     0を5回打ち込み、「資産(現金)」の欄に「2,267,100,000」と入力した。



     それがまずかった。
     物理的に、僕の古びた財布に22億もの金は収めきれなかったのだ。

     小銭も含めた22億は財布を跡形もなく破壊し、勢い良く部屋中に飛び散った。
     奇跡的に僕は無事だったが、高速で放たれた金属製の小銭は、あらゆるものに突き刺さり――その何枚かは、パソコンを貫通した。
    「あっ……」
     穴だらけになったパソコンから、ガタガタと音が鳴り響く。
     そして次の瞬間 め がい r kh 9%2 ?≪???激???????潟?若?????≪???激?e拘篁h?鐚???:
     ???≪?若???若?激???????潟?若??????鐚???査蕁??????柑??????蚊???綽泣?с???????≪?若???
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     冴??????腥咲?????????潟???????????????羈?筝?????絖??????????㊦???????羈??с???????腥
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     ????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????
     ????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????
     ????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????
     ????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????



    ==Program Fatal Error!==

    STOP:0x090B303A
    REI_HUMANPARAMETER_UNJUST_OPERATION(BB,7A9,E8F,5CC,D3A)

    This human parameter is broken seriously.
    This parameter received unjust operation.
    It is not recoverable.
    Prease shutdown and restart.

    A-R.exe

    2014.04.03.[Edit]
    A-R.exe「……あー」 本日二度目のブルースクリーンを目にし、僕は椅子にもたれて嘆いた。「もう限界かなぁ、このパソコン」 一人、そうつぶやいてはみたが、解決策は無い。 原因を究明できる知識も無いし、詳しい友人もいない。ついでに言えば、新しいパソコンを買う金も無いからだ。「あれがまずかったかなぁ。いや、……あれかもなぁ」 ファイル共有ソフトで怪しいファイルを落としたことや、金をケチって無料ソフトをダ...

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    恐怖提供

     僕は友達から渡された小箱を、ボタボタと汗を流しながら受け取った。
    「やり方、分かってるよな?」
    「え、あ、いや」
     しどろもどろにそう答えた僕に、友達はやれやれ、と言いたげな顔をしながら説明してくれた。
    「いいか、まず注射器を取り出す。……やってみろ」
    「う、うん」
     言われるがまま、僕は小箱を開け、箱の左側にあった注射器を取り出す。
    「そう。で、次に小袋を取り出す」
    「うん」
     続いて、箱の右下にあった、白い粉の入った小袋を取り出す。
    「で、この蒸留水と一緒に、そのソース入れみたいなのに入れて、混ぜる」
    「うん」
     これも言われた通りに小袋を破り、その中身を受け取った水と一緒に、親指くらいの大きさのポリ容器に詰めて、軽く振って混ぜる。
    「そのくらいでいいぜ。で、それを注射器で吸い取る」
    「うん」
     混ざったその液体を、注射器で吸い取る。
    「後は自分の腕に刺すだけだ。な、簡単だろ?」
    「う……ん」
     僕は液体の満たされた注射器を、じっと見ていた。
    「……あ、あのさ」
    「何だよ?」
    「け、血管に空気入ったら、あ、危ないって聞いたけど」
    「ちょっと水が出るくらい注射器圧せば大丈夫だって」
    「こ、これって新品? 使い回しって良くないって聞いたよ」
    「まだ新品だよ」
    「う、腕、消毒した方がいいのかな」
    「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ!」
     友達はイライラした様子で立ち上がり、僕の腕を握る。
    「いたっ」
    「俺が打ってやるよ! それ貸せ!」
    「い、いや、その」
    「まさかここまで来てビビったなんて言うんじゃねえよな?」
    「そ、それは、あの」
    「とっとと打っちまえよ! おら……」
     友達は僕の手から注射器を奪い、僕の腕に当てようとした。

     パトカーのサイレンが聞こえる。
    「……っ」
     友達の顔が真っ青になるのが分かった。
     すぐに、お巡りさんが2人、3人と部屋の中に入ってくる。
    「現行犯だね」
    「逮捕するよ」
    「ほら、二人とも立って」
     お巡りさんたちは僕たちの腕を取り、無理矢理に立ち上がらせる。
    「ま、待って」
     僕は絞り出すように、声を上げた。
    「僕、まだ、何にも……」
     でも、お巡りさんは聞いてくれない。
    「見てたよ」
    「打とうとしていた」
    「現行犯だね」
     いつの間にか、僕の両手には手錠がかけられていた。
    「待って、待ってよ、まだ、何にも……」
     泣き叫ぶ僕に構わず、お巡りさんたちは僕を引っ張っていった。
    「現行犯だね」
    「有罪だね」
    「死刑だね」
    「死刑だね」
    「死刑だね」
    「死刑だね」
    「死刑だ」
    「死刑だ」
    「死刑だ」
    「死刑」
    「死刑」
    「死刑」
    「死」
    「死」
    「死」
    「死」
    「死」
    「死」
    「死」
    「死」
    「死」

    「う……、うう、うわあああああーっ!」
     僕は汗だくになって、ベッドから飛び起きた。
    「……あ、あれ?」
     辺りを見回してみる。
     そこはいつもの、僕の部屋だった。
    「ゆ、……夢、……?」
     耳の奥でドクドクと鳴っていた鼓動が、段々と治まってくる。
     それと同時に、僕は心の底から、ほっとした。
    「……夢で、……夢で、良かったぁ」



    「実験映像は以上です」
     プロジェクターの電源が切られ、同時に室内の灯りが点る。
    「もう一度説明いたしますと、被験者には就寝の2時間前、テレビ番組と称して特殊なサブリミナル効果を添加した映像を視聴させています。
     被験者が目を覚ました後、被験者より夢の内容について質問したところ、先程皆さんにお見せした映像とほぼ同じ内容のものを夢の中で見た、との回答を得ました。
     これにより、被験者は恐らく、覚醒剤やその他薬物に対し、無意識的に強い恐怖を感じるようになると思われます」
    「ふーむ……」
     説明を聞いていたスーツと制服姿の男たちは、揃って渋い顔を並べている。
    「確かにただ『薬物は危ない』などと、漫然と説明するよりは、実際に体験し、身を持って知った方が効果があるのは確かだろう。
     しかし本当に、実際にこんな目に遭わせては、本人の将来に大きく影を落とすことになる。そこで疑似的に体験させ、実害無く、その恐怖だけを覚えこませる。
     その理屈は分かる。……しかしだね」
     制服姿の、金色に光るバッジを胸に付けたその壮年の男は、実験を担当した者に尋ねる。
    「これは洗脳ではないのかね? 恣意的な情報で特定の恐怖、不安を植え付け、市民を操作すると言うその手段は、私には洗脳以外の何物でも無いように思えるのだが」
    「……」
     担当者は無表情で、こう返した。
    「しかしその手段は、公に黙認されているものであるかと。
     ある情報から特定の部分だけを抜き取り、恐怖や不安を煽る形で放映、報道する。多くのメディアが平然と行っていることだと思いますが」
    「……個人的意見を言うならば、まったくほめられることではないと思うがね」
     壮年の男はむすっとした顔をしたまま、押し黙った。

    恐怖提供

    2014.08.09.[Edit]
    恐怖提供 僕は友達から渡された小箱を、ボタボタと汗を流しながら受け取った。「やり方、分かってるよな?」「え、あ、いや」 しどろもどろにそう答えた僕に、友達はやれやれ、と言いたげな顔をしながら説明してくれた。「いいか、まず注射器を取り出す。……やってみろ」「う、うん」 言われるがまま、僕は小箱を開け、箱の左側にあった注射器を取り出す。「そう。で、次に小袋を取り出す」「うん」 続いて、箱の右下にあった、...

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    刹那の自省

     夜遅く、いや、もう明け方になろうかと言う頃まで、俺は自慢の愛車で峠を走っていた。
     ちょっとカッコつけるなら、「峠を攻める」と言うヤツだ。
     何十回、下手すれば百回、二百回以上も走りこんできたその道を、いつもと同じように、いや、同じようなつもりで、軽く流した。

     だが――車体が斜めに引っ張られ、ステアリングが勝手に傾いていく。
     タイヤはギャンギャンと悲鳴のような音を上げて、俺の愛車は俺が思ってもいないような滑り方をし始めた。
     しまった、アクセルを強く踏みすぎたらしい。
     慌ててブレーキを踏み込んだが、それはコントロールを失いゆく愛車を、さらに混乱の淵へと追いやったらしい。
     4輪すべてのタイヤがロックし、制動力を完全に失ったクルマは、まるでコマのようにくるくると道路上を滑っていく。
     やがてクルマはケツの方からガードレールに突っ込み、突き破り、そのまま俺ごと、空中へと飛び出していった。
    「ひっ――」
     声にならない叫びが、俺の喉から絞り出される。
     ほんの一瞬前まで俺がいた崖が、フロントガラスに映る。
    (死ぬ……っ!)
     頭の中が、その一文字で埋め尽くされる。
     そして崖が遠のいていくと同時に、俺の意識も遠くへ飛んで行った。



     走馬灯。
     死ぬ寸前に見るって言う、あの、あれ。
     意識が遠のき、現実から完全に遠ざかった俺の頭にも、それが映り始めた。

     3歳の頃、親父の背中に乗って、バイクに乗せてもらったこと。
     5歳の頃、鈴鹿に連れて行ってもらい、始めてレースを観戦したこと。
     9歳の頃、カートの大会で優勝したこと。
     12歳の頃、親父が大怪我して、それがきっかけでお袋が出て行ったこと。
     14歳の頃、俺も親父と大喧嘩して、家出したこと。
     18歳の頃、借金して免許取って、働き始めたこと。
     20歳の頃、レーサーの、ほんの端くれになったこと。
     22歳の頃――今の俺だ――レース車をブッ壊して、つい6時間ほど前に、チームをクビになったこと。

    (……ああ、そうだ……)
     意識が戻ってくる。
    (俺、頭に血が上ってたんだな。だから曲がり損ねたんだ)
     意識だけが、はっきりしている。
    (いっつもそうだ。いっつも、そうだった。
     ちょっとしたことですぐキレて、すぐ喧嘩して、で、すぐ『もういいッ!』って叫んで、結局ごめんの一言も言わねー。
     親父と一緒じゃねえか……。そんな自分勝手な親父が嫌で家を出たってのに、なんで俺、親父と同じことしてんだよ、マジで)
     飛び出した直後、すぐ目の前にあった崖は、今はもう、1メートルか、2メートルは離れていた。
    (昨日のレースだってそうだった。監督から『抑えて走れ』『熱くなるな』ってしつこく言われてたのに、俺は前の車に離されるのが嫌で、無理矢理突っ込んだ。
     その挙句、ヘアピン曲がりきれずにドッカン、壁に向かって一直線、……だ。
     しかも自分が失敗したくせに、『トロいセッティングしやがったから』とか、勝手なこと言って。
     で、取っ組み合いの大喧嘩の末に、監督に滅茶苦茶殴られて、『お前みたいなバカに乗せるクルマなんか無えッ!』って追い出された。
     俺、……本当、バカだな。……今度と言う今度は、本当、反省したよ。……後で謝りに行こう。本気の本気で、誠心誠意、謝りに行かなきゃな。
     ……謝りに、行けたら、……だけど)
     俺の車は宙を舞っている。
     もう、ここはあの世のすぐそばなのだ。
     後3秒、4秒も経てば、クルマは俺もろとも、森の中に突っ込んでいく。
     そうなれば一瞬で俺の愛車は爆発、炎上するだろう。
     ……クルマ好きの俺がクルマと心中するって言うなら、それはそれで、いい死に方なのかも知れないが。



     が。
    (……いつになったら落っこちるんだよ、おい!?)
     俺の感覚で、もう10秒、20秒、いや、1分以上も、クルマは宙を舞い続けていた。
     いや、舞っていると言うよりも、そのまま静止しているのだ。
     さっき気が付いた時、2メートルは離れていた崖は、未だ3メートルも離れていない。
     ふと気が付き、ダッシュボードの時計を見てみると、4:58を指している。
     だが、真ん中の「:」が点滅していない。あれは確か、一秒ごとに点いたり消えたりしてたはずだ。
    (これって、あれか? アドレナリン的なのがドバドバ出てて、1秒が10秒にも1分にも感じられるって、ああ言う系の話か?)
     そう思って、腕を動かそうとする。しかし、妙に重く感じる。思ったように動かない。
     やはり今、俺は1秒をとてつもなく長く感じていて、動かそうとしているこの腕も、コンマ何秒かでほんの少しずつ動いているのを、ちゃんと動いているように感じられていないらしい。
    (な、生殺しだ)
     とっくに死ぬ覚悟はできていた。
     クルマと一緒に死ぬなら本望、……と、(俺の中では)30秒も前に肚を括っていたのに。

     こうなってくると、命が惜しく感じてきてしまう。
    (……そうだよな。まだレースで優勝どころか、表彰台にすら立ってないのに、こんなことで死にたくねーよなぁ)
     諦めていたことを、一つ一つ、思い出していく。
    (やっぱり、監督やチームのみんなに、ちゃんと謝りたい。俺がバカでしたって、頭下げて謝りたい)
     俺の頭は、「逆」走馬灯とも言うべき回転をし始めた。
    (免許取った時の金、まだ半分返してなかったよな、そう言えば。『レースで金入ったら』とか何とか、色々理由付けて。
     それも、ちゃんと返そう。……ギリギリ、返せる貯金はあったはず。タイヤ買う金を回したら、何とか返せるよな)
     やがて脳裏に、親父の顔が浮かぶ。
    (親父……。10年前の怪我で、二度とクルマに乗れなくなっちまったんだよな。
     そりゃ、荒れもするよな。俺だってクルマに乗れなくなったとなれば、すっげぇ悲しいもん。
     その気持ちを少しも汲んでやれなくて、……ごめん。本当、ごめん。
     もしもここから生きて帰れたら、俺、真っ先に、……謝りに行くよ)
     やがて逆走馬灯は俺の記憶が途切れるところまで進み、空白になる。
     しかし――それでも俺のクルマは、宙に浮いたままだった。



     長い長い時間が、俺の頭の中だけで過ぎていく。
     俺はその長い時間を、最初は、じりじりとした気持ちで過ごしていた。

     未だに「:」は点滅しない。未だに4:58を指し示している。
     やがて待つのにも疲れ、俺は頭の中だけで眠った。
     6時間か、8時間か、それとも10時間か。
     いつになく熟睡して、そして目を覚ますと、まだ俺はクルマの中にいる。

     俺は寝る前に考えていた皆への謝罪を、細かくシミュレートしてみる。
     監督にはこう謝ろう、チームの皆にはああ謝ろう、親父にはどんなお土産を持って行こうか……。
     何度も何度も、俺が考えつく限りに綿密なシミュレーションを立てる。

     それもやり尽くし、俺は他に、何も考えられなくなった。
     いや、正確に言うなら、何を考えたらいいのか、まったく分からなくなってしまったのだ。
     もう心の中に抱えていた心配事は、全部考え尽くしてしまったのだ。
     その問題点の洗い出しから、できる限り最善であろう対処法までも。
     もう何も考えることが無くなってしまえば、いよいよ俺は、この空中でやることが無くなってしまう。
    (他に、他に……他に、何か問題は無いのか? 何よりもまず、考えなきゃならないことは、無いのか?)

     そこでようやく、俺はこの状況で一番大事なことに――まず、何をしなければならないのかに、気が付いた。



    《おい、大丈夫か!?》
     監督の心配そうな第一声に、俺は元気に答えた。
    「はい、大丈夫です。ご心配おかけしました」
    《……っ、ふ、フン。バカは死ななきゃナントカって言うからな、いっぺん死んでみればよかったんだ》
    「すみませんでした」
    《……あ?》
    「昨日は本当に、申し訳ありませんでした。深く反省してます」
    《ど、……どうした? やっぱりお前、頭かどっか打ったのか?》
    「いえ、『じっくり』考えたんです。やっぱり俺が全部、悪かったって」
    《……フン。後でちゃんと俺んとこに来いよ。たっぷり説教してやるからな。……その後で次のレースの作戦会議だ。忘れるなよ》
    「はい。検査終わったら、すぐ行きます。それじゃ」
     一旦電話を切り、俺は深呼吸した。
     次に誰に電話するか、じっくり考えるためだ。

     俺はあの刹那の間、本当に、これまでにないくらいに、じっくりとものを考えた。
     そう、じっくりと考えること――それは俺にとって、一番大事なことだったのだ。
     今、何をすべきなのか。今、本当に必要なことは何なのか、……と。



     あの時最も一番にすべきだったこと。
     それは監督への謝罪でもなければ、親父への憐憫でもなかった。
     まず、俺自身があそこから生還することだったのだ。

     それに気付いた途端、「:」が点滅した。
     俺は慌ててシートベルトを外し、ドアを開け、サイドステップを蹴って、崖へと飛んだ。
     あのまま時が止まっていたことが幸いしたのだろう。俺はギリギリ、崖につかまることができた。
     愛車が森の中へと吸い込まれ、ボン、と爆発音を轟かせたのを背中で感じながら、俺はぼそ、とつぶやいた。
    「……あれだけ何十時間も色々考えてたってのに、……はは。
     自分のことは最後まで考えつかないなんて、……本当、バッカだなぁ、俺」

    刹那の自省

    2014.08.16.[Edit]
    刹那の自省 夜遅く、いや、もう明け方になろうかと言う頃まで、俺は自慢の愛車で峠を走っていた。 ちょっとカッコつけるなら、「峠を攻める」と言うヤツだ。 何十回、下手すれば百回、二百回以上も走りこんできたその道を、いつもと同じように、いや、同じようなつもりで、軽く流した。 だが――車体が斜めに引っ張られ、ステアリングが勝手に傾いていく。 タイヤはギャンギャンと悲鳴のような音を上げて、俺の愛車は俺が思って...

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    NEVER END QUEST

    ◆ゆうしゃ は ドラゴン に 295 の ダメージを あたえた!
    ◆ドラゴン を たおした!

    「はぁ……はぁ……」
     どうにかこのダンジョンのボスを仕留め、勇者の緊張が解ける。
    「おつかれさま、勇者!」
     仲間の僧侶が、回復呪文をかけてくれる。
    「ありがとう、……?」
     この時――勇者は、ほんのわずかながら、違和感を覚えた。
    「どうしたの?」
    「いや、……?」
     勇者は辺りをきょろきょろと見回し、首を傾げる。
    「なあ、俺たちって2人パーティだったっけ?」
    「何言ってるのよ、もう」
     僧侶はクスクス笑い、こう返す。
    「旅立ってからずっと、あたしたち2人で旅してきたじゃない!」
    「……そう、だよ、な? はは、どうかしてるよな、俺」

     この日以降、勇者はこのわずかな違和感を、何度も感じるようになった。
     冒険の要所要所で、勇者は誰かがいないような、そんな感覚に幾度と無く苛まれ――。



    「なあ、僧侶」
     ついにある日、勇者はこんな提案をした。
    「これからの旅はどんどん大変なものになっていくと思うんだ。
     だから、ここらへんで仲間を増やそうと思うんだ」
    「……」
     僧侶の表情が、一瞬だが曇る。
    「だ、ダメかな?」
    「いいわよ」
     一転、僧侶はにっこりと笑った。
    「そ、そっか。じゃあ……」
     反対されるかと思っていたのだが、僧侶はすんなりと了承する。
     勇者はその日のうちに、魔法使いをパーティに招き入れた。



     勇者が危惧していた通り、旅は苛酷さを増していく。
     2人で進んでいたらあわや、と言う局面を何度も迎え、その度に魔法使いに助けられた。
    「いやぁ、助かったよ」
    「か、勘違いしないでよね! アンタがトロいから、手を出したくなっただけだし!」
    「またそう言うことを言う……。ま、そこが可愛いけどさ」
    「な、何言ってんのよ、もう! ……ありがと」
     危険と隣り合わせのためか、いつしか勇者と魔法使いの間には、単なる親近感以外の感情が芽生え始めていた。
    「……」

     だが――。
    「きゃあああっ!」
    「魔法使い!」
     これまでにない強敵が現れ、魔法使いはその爪に体を切り裂かれた。
    「僧侶! 回復を……」
     言いかけた勇者は、助け起こした魔法使いの体が、急に重たくなるのを感じる。
    「……魔法使い?」
    「……」
     魔法使いは、既に事切れていた。



    「うっ……ううっ……」
     魔法使いの墓の前で、勇者が泣いている。
    「なんでだ……なんでだよぉ……」
     その背後に、いつものように僧侶が立っていた。
    「勇者」
    「ぐすっ……なんだよ……」
    「やり直したい?」
    「……え?」
    「あたし、秘宝を持っているの」
     彼女はポケットから、円盤状の小箱を取り出した。
    「秘宝、……だって?」
    「そう。過去に戻ることができるの」
     僧侶は小箱を開け、凸型の、つるつるとした何かを勇者に向けた。
    「これを押せば、あなたは過去に戻ることができるの」
    「じゃあ、……じゃあ、魔法使いを救うこともできる、ってことか!?」
    「でも、記憶は過去へは持って行けないの」
    「……」
     勇者はしばらく黙り込み――そして、自信満々の顔で、こう返した。
    「それでもいい。俺ならきっと、救ってみせるさ」
    「……分かったわ。……じゃあ」
     僧侶の手に乗ったその秘宝を、勇者はためらわず押した。



    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



    NEVER END QUEST

    ◆ゆうしゃ は ドラゴン に 289 の ダメージを あたえた!
    ◆ドラゴン を たおした!

    「はぁ……はぁ……」
     どうにかこのダンジョンのボスを仕留め、勇者の緊張が解ける。
    「おつかれさま、勇者!」
     仲間の僧侶が、回復呪文をかけてくれる。
    「ありがとう、……?」
     この時――勇者は、ほんのわずかながら、違和感を覚えた。
    「どうしたの?」
    「いや、……?」
     勇者は辺りをきょろきょろと見回し、首を傾げる。
    「なあ、俺たちって2人パーティだったっけ?」
    「何言ってるのよ、もう」
     僧侶はクスクス笑い、こう返す。
    「旅立ってからずっと、あたしたち2人で旅してきたじゃない!」
    「……そう、だよ、な? はは、どうかしてるよな、俺」
     照れ笑いを浮かべる勇者を見て――僧侶は心の中で、涙していた。

    (もうこれが255回目のリセットよ、勇者?
     いつになったらあなたは、このループから抜け出せるの……?)



    ◆しかし・・・
    ◆「ぜんかい」の しっぱいを しらない ゆうしゃ は
    ◆なんども おなじ せんたく を する!
    ◆なんども おなじ みち を ゆく!
    ◆そして なんども おなじ しっぱい を くりかえし
    ◆そして なんども
    ◆なんども
    ◆なんども
    ◆なんども

    ◆ ・ ・ ・



    ◆しかし それ を しる のは せかい で ただ ひとり!
    ◆ひほう の もちぬし で ある そうりょ だけ で ある!

    NEVER END QUEST

    2014.08.30.[Edit]
    NEVER END QUEST◆ゆうしゃ は ドラゴン に 295 の ダメージを あたえた!◆ドラゴン を たおした!「はぁ……はぁ……」 どうにかこのダンジョンのボスを仕留め、勇者の緊張が解ける。「おつかれさま、勇者!」 仲間の僧侶が、回復呪文をかけてくれる。「ありがとう、……?」 この時――勇者は、ほんのわずかながら、違和感を覚えた。「どうしたの?」「いや、……?」 勇者は辺りをきょろきょろと見回し、首を傾げる。「な...

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    Elder H……

    「こうして皆様にお集まりいただいたのは、他でもありません。
     つい先程、このペンションで起こった事件、即ち米良氏の失踪と、ペンション裏手にて身元不明の外国人の死体が発見された件についての……」
     ふあ、ああ……。分かりきったことじゃないか。犯人はあの二人だ。
     よく見てみろよ、あいつらの袖を。今夜はマイナス5度を切る極寒の夜だと言うのに、あいつらの袖にはまくった跡がある。
    「この2つの事件に関係性があるのかどうか、まずはそこから調べねばなりません」
     あのコートは薄手だし、まくること自体は不可能では無い。とは言え、何故こんなクソ寒い夜にコートを肘までめくる必要がある? 不自然極まりないと思わないのか?
     しかも室内でもずっと着たきりじゃないか。部屋の中には大型のストーブが設置されている。いくら外が寒いとは言え、コートを着たままにしている必要は無い。
     見てみろ、汗をダラダラとかいているじゃないか。無論、自分たちの犯罪が露見するのではないかと言う不安だけではない。単純に、暑すぎるからだ。
     では何故、コートを脱がない? これも理由は単純、犯行に使われた凶器をまだコートの中に隠しているからだ。
     あんなあからさまな違和感を怪しいと思わないのか、このヘッポコ警部補君は?
     まあ、事件発生にいち早く気付き、凶器を処分される前に、こうして全員を集めたところは評価してやらないではないが。
    「偶然居合わせました刑事であります、わたくしこと呉久が調べましたところ、米良氏に関しましては……」
     米良氏? それも単純明快だ。彼はあの二人が泊まる部屋に監禁されている。
     それは何故か? 彼はあの二人の犯行現場を見てしまったからだ。
     米良氏の部屋はちょうどあの犯行があったペンションの裏手だ。窓が開いていたと言うし、物音に気づいて外の様子を見たんだろう。そこをあの二人に見つかり、そのまま部屋に飛び込まれたんだ。
     うっすら残っていた「うろうろしていたような足跡」と言うのは、本来は二人が米良氏を窓から引っ張り出し、自分たちの部屋に放り込んだ際に付いたものだろう。
     だが米良氏と自分たちの部屋の前にしか足跡が無いんじゃ、誰がやったかなんて子供でも分かってしまう。だからペンションの裏手全体をぐるぐる回るように、足跡を付けたんだ。
    「裏手におびただしい足跡が残っていたことから、わたくしは犯人が外部の者である可能性が高く、また、手当たり次第に獲物を狙うタイプである、すなわち無差別殺人ではないかと……」
     はっ、無差別殺人と来たか! 大マヌケだ、このボンクラ刑事は!

     その後も延々と、呉久刑事は的外れのとんちんかんな推理をダラダラと披露し、ペンションに居合わせた私と弟、そして犯人たち以外の全員をいたずらに不安がらせることに終始していた。
    「……兄さん」
     と、弟が私に耳打ちしてくる。
    「なんだ?」
    「あの二人だよね?」
    「だろうな」
    「分かってるなら、言ってやりゃいいのに」
    「……」
     私は肩をすくめ、こう返した。
    「我々に被害が及ぶことはないだろう。彼らは目的を遂げたわけだし」
    「米良氏は助けられるだろ?」
    「かも知れんね」
    「知れんね、って……」
     弟は私と正反対の、やせた頬を紅潮させる。
    「人命が損なわれるかも知れないんだよ」
    「だろうな。……じゃ、いつも通りにやるかね?」
    「当然さ」
     苛立たしげにそう返すなり、弟は手を挙げた。
    「呉久警部補、ちょっとよろしいですか?」
    「すなわち、……え、あ、なんでしょう? いや、何故わたくしが警部補だと」
    「小学生でも分かる程度の推理ですから、そんなものの説明は省きます。
     それよりも警部補さん、あなたの推理はめちゃくちゃと言わざるを得ません」
     そう言って事件に介入し始めた弟を眺めながら、私はふあ、とまた欠伸をした。

     まったく……。あんな面倒事に毎度毎度、わざわざ首を突っ込まなくてもいいのに。
     お人好しだな、あいつも。

    Elder H……

    2014.12.28.[Edit]
    Elder H……「こうして皆様にお集まりいただいたのは、他でもありません。 つい先程、このペンションで起こった事件、即ち米良氏の失踪と、ペンション裏手にて身元不明の外国人の死体が発見された件についての……」 ふあ、ああ……。分かりきったことじゃないか。犯人はあの二人だ。 よく見てみろよ、あいつらの袖を。今夜はマイナス5度を切る極寒の夜だと言うのに、あいつらの袖にはまくった跡がある。「この2つの事件に関...

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    HYPER POSITION ADVENTURE

    ◆とうぞく は たからばこ を あけた!
    ◆とうぞく は 200 クラム を てにいれた!

    「へっへ、やりぃ」
     手に入れた宝を、盗賊はいそいそと懐にしまう。
    「この洞窟はまだ、他のヤツの手が付いてねーみてーだな。となりゃ……」
     洞窟の奥に目をやり、盗賊は舌なめずりする。
    「もーちょい奥まで探りたいトコだ、……が」
     盗賊はそうつぶやきつつ、先ほど魔物に噛み付かれた肩をさする。
    「オレ一人じゃ、下手打つかも知れねーからなぁ。先に進むとなると、誰かに手ぇ貸してもらわんと難しいな。
     ……と言って、あとどれだけお宝があるかも分からんから、山分けするとアシが出るかも知れんし」
     その場に座り込み、一人で進むか、仲間を呼ぶかを検討する。
     そして強欲な盗賊は結局、一人で進むことを選んだ。
    「……ま、人生当たって砕けろだ」

     その選択は結果的に、正しかったらしい。
     幸いにして、地下2階、3階、4階、そして最深部まで進んでも、盗賊は特に、凶悪な魔物に出くわすことは無かった。
    「ひゃっひゃっ……、大正解だったな、一人で進んで」
     既に彼の懐やかばん、背負った袋には、大量の金銀財宝が詰まっている。
     そしてその中に――良く分からない、虹色に光る円盤も入っていた。
    「……にしても、何なんだこりゃ?」
     盗賊はその円盤を手にし、自分の顔を映す。
    「賢者のじーさんにでも聞きゃ、分かるかな……?」



     意気揚々と街に帰った盗賊は、早速知り合いの賢者にこの円盤を鑑定してもらった。
    「こりゃ、秘宝ってヤツだね」
    「ひほお?」
    「古の文献にあり、『之を手にし者、百の人生を歩みて一とすること可なり』とか何とか。
     ま、要するにこう言う使い方だね」
     そう言って賢者は、盗賊に銀貨を一枚渡す。
    「後ろ手に隠して、左手か右手かのどっちかに持ってみな。私がソレを当ててやるね」
    「おう」
     言われた通り、盗賊は片方の手に銀貨を握りこみ、賢者の前に両拳を突き出す。
    「んじゃ……」
     次の瞬間――盗賊は奇妙な感覚に襲われた。
    「(左、右)だね」
     賢者の姿が二重にぶれて見え、そして声も、彼一人自身でハモっているように聞こえる。
     そして賢者は、盗賊の右手を握っていた。
    「……な、なんだ今の?」
     盗賊はうろたえつつ、手を開く。
     その掌には、銀貨が乗っていた。
    「両方とも選択したね」
    「は?」
    「今、私は君の左手を選ぶと同時に、右手も同時に選んだね。
     この秘宝はそーゆー使い方をするヤツなのさ。複数の選択を、1つの結果にまとめられる。
     分かりやすく言や、2択、3択の賭けで、一度に全張りできるってコトさ」
    「マジかよ……」
    「ま、私ゃそんなもんに興味無いから、君が使いな」
     賢者は盗賊に、秘宝の使い方を丁寧に教えてくれた。



     この恐るべき秘宝を手にした盗賊は、早速カジノに駆け込んだ。
    「おい、この店で一番デカい賭けは!?」
    「そりゃ、あのテーブルでやってるやつだろ」
     客が指差した卓にどかっと座り込み、男は洞窟で稼いできた金をすべて積み上げる。
    「張らせろ、一発勝負だ!」
     盗賊の言葉に、周囲がどよめく。
    「なんだアイツ……!?」
    「どう見ても10万クラムはあるぞ、あれ」
    「バカじゃねーの?」
     盗賊の申し出を受け、ディーラーがカードを配る。
    「では、お客様にお配りしたカードと、卓上の5枚のカードの内1枚とを組み合わせて……」「ルールは分かってる! さっさと張るぜ!」
     盗賊は秘宝をこっそり握りしめ、その力を使った。
    「(一番右、右から2番目、真ん中、左から2番目、一番左)のカードだッ!」
    「んっ……?」
    「何だ今の?」
    「アイツ、何かごちゃごちゃっとなって……?」
     騒然とする周囲に構わず、ディーラーが結果を示す。
    「お客様の勝利です」
    「……ひ、ひひ、ひゃはははっ!」
     莫大な金が盗賊の眼前に置かれていく。
     その光景に、盗賊は大笑いしていた。

     ところが――。
    「……あ、あれ、おい?」
     ディーラーの動きもぶれて見える。
    「私どもの勝利です」
    「私どもの勝利です」
    「私どもの勝利です」
    「私どもの勝利です」
     ぶれたディーラーは、四重に盗賊の敗北を宣言した。



    ◆とうぞく は 300000 クラム を かくとく した!
    ◆とうぞく は 100000 クラム を うしなった!
    ◆とうぞく は 100000 クラム を うしなった!
    ◆とうぞく は 100000 クラム を うしなった!
    ◆とうぞく は 100000 クラム を うしなった!

    ◆とうぞく の しょじきん : -100000



    ◆けんじゃ「だから いったのにね。
    ◆けんじゃ「けっかが ぜんぶ ひとつに まとまる ってね。
    ◆けんじゃ「つまりは
    ◆けんじゃ「かった けっかも まけた けっかも
    ◆けんじゃ「ぜんぶ まとまる って こと。
    ◆けんじゃ「うまい はなし なんて そうそう ありゃしないって のに ねぇ。

    HYPER POSITION ADVENTURE

    2014.12.29.[Edit]
    HYPER POSITION ADVENTURE◆とうぞく は たからばこ を あけた!◆とうぞく は 200 クラム を てにいれた!「へっへ、やりぃ」 手に入れた宝を、盗賊はいそいそと懐にしまう。「この洞窟はまだ、他のヤツの手が付いてねーみてーだな。となりゃ……」 洞窟の奥に目をやり、盗賊は舌なめずりする。「もーちょい奥まで探りたいトコだ、……が」 盗賊はそうつぶやきつつ、先ほど魔物に噛み付かれた肩をさする。「オレ一人じゃ...

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    大魔術師、再び立つ

    「もう二度と来るんじゃ無いぞ、……じいさん、でいいのか?」
    「見りゃ分かるじゃろ」
     そうは言ってみたが、出口に突っ立っていた刑務官は、微妙な表情を浮かべておる。
     まあ、そうじゃろうな。わしの見た目は30歳前の若者なんじゃから。



     わしは偉大な魔術師である。
     どれくらい偉大かと言うと、わしの研究を恐れ、妬んだ時の為政者によって冤罪にかけられ、20年もの熾烈な戦いの末、ようやく捕まったくらいには、大物じゃ。
     ま、その某為政者もわしの秘術を盗み出すため、わしを即刻縛り首にするようなことはせず、250年という阿呆な刑期をわしに課して、監獄の中で根掘り葉掘り聞こうとしたようじゃが、結局あっちの方が、先に死んじまいおった。

     残ったのはよく分からん罪での刑期、250年だけ。
     一度、わしを投獄したやつの後釜から恩赦の打診が来たが、たまにはゆっくり休もうと考えていたわしは、あえてそれを蹴ってやった。
     というわけでわしはこの250年、悠々自適に塀の中におったと言うわけじゃ。

     ともかくその刑期も終わり、わしは2世紀半ぶりに外の世界に出た。
     齢500年、いや、600? 違う、700じゃったかな……、まあええ。 それくらい長生きすると、1世紀や2世紀程度は大した時にはならぬ。
     この250年も、わしにとっては一眠りも同然の時間じゃった。



     が。
    「……まだ夢でも見とるんかな、わし」
     たった250年の間に、街はえらく変わっておった。
     街道には鉄の箱が闊歩し、山か壁かと見紛う建物が軒を連ね、夜は昼と変わらん明るさで照らされておる。
     街行く者を観察していたが、誰も彼もが独り言を話しておって、不気味この上ない。 いや、よくよく見れば耳に何か当てておる。どうやら通信の術か何からしい。
     それを目にした瞬間、わしは今まで感じたことのない、嫌な予感を覚えた。

     わしの隠れ家はとっくの昔に「ベッドタウン」なる場所に作り替えられており、わしは財産の一切を失っておった。
     とは言え長い人生、そんな経験は二度や三度ではない。わしの秘術を持ってすれば、袋一杯の金銀財宝なぞ、いくらでも造れる。
     ところが、いざ錬金に使う卑金属を買おうとしたところ、とんでもない額を突きつけられた。
    「な、なんじゃそのぼったくりは!? 金より高いではないか!」
    「いや、適正価格だと思いますよ……?」
     250年前には単なる屑石であった素材も、その間に価値が見出されたらしく、ことごとく高騰しておった。

     どうやら、わしが思っている以上に、この250年の技術向上はすさまじかったらしい。
     錬金の一件だけに留まらず、わしが持つあらゆる技術は、現代の技術に凌駕されておった。
    「しまった……。いくらなんでも、……ゆっくりし過ぎたか」
     わしはついに窮し、行き場を失った。



     7年後。

    「素晴らしい成果ですね、博士」
    「うむ」
    「この超々タングステン・レニウムカーバイド鋼が量産化されれば、世界が一変しますよ!」
    「うむうむ、そうじゃろうなぁ」

     かつては大魔術師と称されたこのわしが、ただ膝を屈するだけで終わったと思ったか? 一念発起し、再度学び直したのじゃ。
     元々、独力で数々の秘術を編み出したわしじゃ。心機一転して一から学ぶことなど、造作も無い。
     そして現代技術を余すところ無く我が物としたところで、改めて己の研究を行うことにした。
     その結果――わしはまた、魔術師と呼ばれるようになった。

    「流石は『超合金の魔術師』。素晴らしい技術をお持ちだ。
     我が軍はさらに、無敵の存在となるでしょうな」
    「……うむ。そうじゃな、将軍閣下」
     しかし、現代世界においても、あまりにも突出した技術を確立してしまったことで、わしはまた時の権力者から、こうして背後でにらまれる生活を送る羽目になってしまった。



     ああ、うざったいことこの上無い。
     かくなる上は、また「ゆっくり」してやろうかのぉ。……今度は300年くらい。

    大魔術師、再び立つ

    2014.12.30.[Edit]
    大魔術師、再び立つ「もう二度と来るんじゃ無いぞ、……じいさん、でいいのか?」「見りゃ分かるじゃろ」 そうは言ってみたが、出口に突っ立っていた刑務官は、微妙な表情を浮かべておる。 まあ、そうじゃろうな。わしの見た目は30歳前の若者なんじゃから。 わしは偉大な魔術師である。 どれくらい偉大かと言うと、わしの研究を恐れ、妬んだ時の為政者によって冤罪にかけられ、20年もの熾烈な戦いの末、ようやく捕まったくら...

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    LEGEND OF SERENDIPITY

    ◆ぼうぐや「この ぬののふく を うるかい?
    ◆ →はい  いいえ
    ◆ぼうぐや「それじゃ 4クラム で かいとろう! まいどあり!

    「……もうちょっと色を付けてくれません?」
    「えー……、勘弁してくださいよぉ」
     薄汚れた布の服を押し付けられ、防具屋はげんなりした顔をする。
    「本当なら買い取りするようなものじゃないんですよ。常識で考えたら分かるでしょ、こんなドロドロに汚れたもの……」
    「そこをなんとか……」
     旅の商人に散々拝み倒され、やむなく防具屋はもう1クラム上乗せして買い取ることにした。

    「ったく、ウチは古着屋じゃねーっつの」
     ブチブチと文句を垂らしながら、防具屋は買い取った古着を水に漬け、汚れを落としていた。
    「しっかし……、旧いデザインだなぁ。ざっと見たとこ、10年や20年どころじゃねーな。
     ん? 背中になんか刺繍があるな。これって教会の、……いや、待てよ」
     その刺繍にただならぬものを感じた防具屋は、その古着を洗濯し終えるなり、近くの教会に持って行った。



     1ヶ月後、防具屋の目の前に、100万クラムもの金貨が積まれていた。
     実はその古着、100年以上前の聖人が死の際に着ていた服――つまり「聖骸布」だったのである。
     教会からは「こんな貴重な遺物をいただけるとは」と、並々ならぬ感謝を受けることとなった。
     その結果、防具屋は計99万9995クラムもの利益を得たのである。



    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



    ◆ぶきや「この ひのきのぼう を うるかい?
    ◆ →はい  いいえ
    ◆ぶきや「それじゃ 3クラム で かいとろう! まいどあり!

    「……もうちょっと色を付けてくれません?」
    「えー……、勘弁してくださいよぉ」
     ささくれたひのきの棒を押し付けられ、武器屋はげんなりした顔をする。
    「本当なら買い取りするようなものじゃないんですよ。常識で考えたら分かるでしょ、こんなただの棒……」
    「そこをなんとか……」
     旅の商人に散々拝み倒され、やむなく武器屋はもう1クラム上乗せして買い取ることにした。

    「ったく、こんなガラクタ……」
     ブチブチと文句を垂らしながら、武器屋は買い取った棒を振り上げる。
     特に使い途も思いつかないので、とりあえず布団たたきにしているのだ。
     しかし元々、ボロボロになっていた棒である。四度、五度と叩いているうちに、棒はぼきっと折れてしまった。
    「あっ、……あーあー」
     武器屋は真っ二つになってしまった棒を、慌てて手に取る。
    「……ん? 中は空洞だったのか、これ。
     あれ? 中に、紙が……?」



     3ヶ月後、武器屋は伝説の盗賊が遺した秘宝を発見した。
     実はこの棒、その盗賊が使っていた義足だったのである。
     用心深いその盗賊は義足に秘宝の隠し場所を記した紙を仕込んでいたのだが、彼はとある山で遭難し、義足だけが山中に残されていたのだ。
     その棒が巡り巡って、武器屋の元に渡ったのである。



    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



    ◆どうぐや「この ふるびたコップ を うるかい?
    ◆ →はい  いいえ
    ◆どうぐや「それじゃ 1クラム で かいとろう! まいどあり!

    「……もうちょっと色を付けてくれません?」
    「えー……、勘弁してくださいよぉ」
     すっかり黒ずんだ金属製のコップを押し付けられ、道具屋はげんなりした顔をする。
    「うちはゴミ収集所じゃないんですから。本当なら1クラムだって出したくないです」
    「そこをなんとか……」
     旅の商人に散々拝み倒され、やむなく武器屋は1クラムを出して買い取ることにした。

    「ったく、なんだってこんなもの……」
     ブチブチと文句を垂らしながら、防具屋はコップを磨く。
     せめて綺麗に磨けば売れるかもしれないと目論んでのことである。
     しかしどんなに磨いても、表面はピカピカになれど、黒い色が落ちる気配はない。
    「これ……、汚れじゃないな。元々の色なのかな。
     でもこんな真っ黒な金属なんて、絵本とかおとぎ話くらいでしか……」
     コップの材質が気になった道具屋は、知り合いの鍛冶屋にコップを見せてみた。



     半年後、道具屋と鍛冶屋は途方も無い金を手にしていた。
     実はこのコップ、というよりもこの金属、とある錬金術師の遺作だったのである。
     この金属は鋼より硬く、木材より軽い上に、100年経っても錆びることが無いのだ。
     しかしこの錬金術師は行方不明になってしまっており、製造法についても、長らく不明のままになっていた。
     道具屋たちはこのコップから製造法を導き出し、大量生産に成功したのである。



    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



    「知ってるか? 『伝説の旅の商人』の話」
    「なんだそれ」
    「一見、ガラクタにしか見えないものを売りつけてくるんだが、実はそれが聖骸布だったり、伝説の秘宝のありかだったり、失われた錬金術だったりって」
    「ほんとかよぉ」
    「でもマヌケだよな、その商人。
     自分で売ったモノの価値に、自分で気が付いてねーんだから」



    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



    ◆しょうにん「あーあ・・・。
    ◆しょうにん「ぜんぜん もうからないなぁ。
    ◆しょうにん「どこかに いい はなし ころがってないかなぁ・・・。

    LEGEND OF SERENDIPITY

    2015.09.06.[Edit]
    LEGEND OF SERENDIPITY◆ぼうぐや「この ぬののふく を うるかい?◆ →はい  いいえ◆ぼうぐや「それじゃ 4クラム で かいとろう! まいどあり!「……もうちょっと色を付けてくれません?」「えー……、勘弁してくださいよぉ」 薄汚れた布の服を押し付けられ、防具屋はげんなりした顔をする。「本当なら買い取りするようなものじゃないんですよ。常識で考えたら分かるでしょ、こんなドロドロに汚れたもの……」「そこをなんと...

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    リンクまちがい

    《Kさんまたリンク間違えてますよ。前のタグそのままコピペしたでしょwwww》
    「え? ……あ、本当だ」
     指摘の通りである。
     僕はページの編集画面を開き、リンクの内容を修正した。
    「またって言われちゃったなぁ」
     僕はそそっかしい。誤字脱字は日常茶飯事だし、忘れ物や落し物もしょっちゅうだ。
     それでもどうにか、このサイトは人が来てくれている。自分で言うのも何だが、人気がある方だろう。
     念のため、最近更新した他の箇所も点検し、リンクが間違って張られていないか確かめる。
    「……大丈夫そうかな」
     作業が一段落したので、僕はキッチンに行って水でも飲もうかと、部屋のドアを開けた。

    「……んっ?」
     目の前で何が起こっているのか、理解できなかった。
     寝室兼書斎であるこの部屋と廊下の間にあるドアを開けたのだから、ドアの向こうには廊下があるはずだ。
     だけど今、僕の目の前には鬱蒼と茂る森が広がっている。
    「……え、……えーと」
     くる、と振り返る。そこは僕が今までいた部屋のままだ。
     もう一度、振り返る。森だ。
     僕は自分の部屋と森とをぐるぐる見返し、やがて叫んだ。
    「どっ、どうなってるんだ!?」
     言ってから、我ながら何てひねりの無い台詞なんだと思った。

     と――森の奥から、何かがやってくる気配がする。
    「……!」
     頭のなかが半ば真っ白になっていた僕は隠れることもできず、そのまま、その「何か」が来るのを待つ形になる。
     やがて木々をかき分けて、見たことのない服、と言うか鎧を着た、金髪で背が高く、ほっそりとした、……そして何より耳が異様に長い、女の人が現れた。
    「……!?」
     相手と目が会い、彼女はぎょっとした顔をした。どうやら驚いているらしい。
     僕も驚いている。まるでファンタジーの世界からそのまま抜け出てきたような女性だ。
     いや、少し違う。ドアの向こうが丸ごと、ファンタジーの世界そのままなのだ。
     そのまま二人とも、ずっと顔を見合わせていたが――。
    「すみませーん!」
     どこからか、声がする。当然、僕のものではない。前にいる女性は口を開いていないし、彼女でもなさそうだ。
     僕も彼女も、辺りをきょろきょろと伺ったところで、もう一度声が投げかけられた。
    「リンク張り間違えたんで修正しまーす。ほんっと、ごめんなさーい!」
     次の瞬間、目の前が、と言うよりドアの向こう側が真っ暗になり、そして僕がいつも見る、家の廊下に戻った。



    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



    「……森は鬱蒼と茂り、彼女の行く手を延々と遮っている。<br /> それでもここを進まねば、今日のうちには目指す都にたどり着けない。<br /> 彼女は若干うんざりとしながらも、木々をかき分け、自らの進む道を切り拓いていく。<br /> と、彼女の目の前に現れたのは――。<br /><br /><br /><br /><<a href="../fantasy/elvenknight_019.html">前話</a>><br /><br /><<a href="../fantasy/elvenknight_021.html">次話</a>>」

    リンクまちがい

    2015.09.13.[Edit]
    リンクまちがい《Kさんまたリンク間違えてますよ。前のタグそのままコピペしたでしょwwww》「え? ……あ、本当だ」 指摘の通りである。 僕はページの編集画面を開き、リンクの内容を修正した。「またって言われちゃったなぁ」 僕はそそっかしい。誤字脱字は日常茶飯事だし、忘れ物や落し物もしょっちゅうだ。 それでもどうにか、このサイトは人が来てくれている。自分で言うのも何だが、人気がある方だろう。 念のため、...

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    開発風景

    開発、第1日目。
    主は開発全体の基盤となる、地面を作成した。
    また、それに並行して、地面を照らすための太陽を作成。

    バグの発生を確認。
    地面がガス化しており、固形化されていないことを報告。
    私の報告により、主は即座に構成物の比率を修正。地面が固形化されたことを確認した。

    バグの発生を確認。
    太陽に核融合反応が見られず、光が発生しないことを報告。
    私の報告により、主は即座に太陽を修正。
    それにより、エンバグの発生を確認。
    一瞬にして地面は、核融合による非常に強い光に覆われて蒸発。99%以上がプラズマ化する。
    私は太陽が非常に世界と接近しており、また、太陽光が直接地面を照射しているため、超高温状態となっていることを報告。
    即座に修正が行われ、太陽は著しく地面から遠のく。
    主から状況の報告を求められ、適度な環境となったことを伝えると、主は「よし」と、嬉しそうな声を漏らした。

    バグの発生を確認。
    世界が自転しておらず、照射面の気温が上昇し続けているため、次段階に進む上で重篤な障害が発生することが懸念されると伝える。
    私の報告により、主は地面を修正。直後に世界が自転し始める。
    報告から数時間後、夜が訪れた後に、正常に朝になることを確認した。



    開発、第2日目。
    主は世界に水と植物を作成した。

    バグの発生を確認。
    地面に起伏が無いため、世界がすべて水に覆われたことを報告。
    私の報告により、地形が修正される。
    ある程度以上に高くなった箇所は陸となり、また、ある程度以上に低くなった箇所は海となったことを報告。
    相当苦心したのだろう。主は私の報告にまた、「よし」と嬉しそうに返した。

    植物については特に問題を見受けられず。
    翌朝まで検証を行ったが、バグと思しきものは確認できなかった。
    ようやく思い通りに事が運んだためか、この報告についても「よし」との返答をいただく。



    開発、第3日目。
    主は既存の太陽に対し、修正を行ったと連絡した。
    予定より大きかったらしく、一部を分割して再形成し、月および星にしたとの説明を受ける。
    それに伴って月と星についての検証を行い、夜間に出現することを確認した。
    エンバグに発展しないことを安堵してか、またも「よし」と仰られた。



    開発、第4日目。
    主より、各種生物を実装したとの連絡を受ける。

    バグの発生を確認。
    生物の配置が非常に偏っており、水中において著しく群がっていることを報告。
    これについては仕様であるとの返答を受ける。

    バグの発生を確認。
    鳥が水中に配置されていることを報告。
    修正が行われ、鳥が空を飛んでいることを確認。

    バグの発生を確認。
    ある生物の形状が、予定と異なっていることを報告。
    修正が行われ、予定通りの形状となっていることを確認。
    なお、同様のバグは多数発見され、すべての修正には一昼夜を要した。
    数十万回に及ぶ修正が行われた後、大きな不具合が見受けられなくなったことを伝える。
    相当疲れていらっしゃったのだろう、この報告については「……よし」と、疲れきった返事が返ってきた。

    直後、主は急に大声を出された。
    「魚も鳥もこれ以上作ってられるかッ! 勝手にどんどん産めッ! どんどん増えてろッ!」



    開発、第5日目。
    あれほど疲労困憊し、取り乱していたはずの主から、またも生物を追加実装したとの連絡を受ける。正気を疑う。
    「どうしても細かいところが気になったから……。あと、どうしても追加したいものがいくつかあって」との返答を受けた。

    案の定、バグの発生を確認。
    ある生物の形状が、予定と異なっていることを報告。
    修正が行われ、予定通りの形状となっていることを確認。
    なお、同様のバグは多数発見され、すべての修正にはやはり、一昼夜を要した。

    私自身も相当に疲労しており、ようやく重篤なバグの発生が見受けられなくなった頃には、半分眠りかかっていた。
    「……勝手に……増えてろッ……世界中に……世界中を……」
    主が投げやりに仰られている言葉も、ぼんやりとしか耳に入ってこない。
    「……ぶどうとか……勝手に食べていいから……」
    誰かに話しかけているようだが、どうやら私ではないらしい。
    「……青草とか……食べさせてやって……」
    誰と話しているのだろうか……?



    開発、第6日目。
    本日は世界全体を見直し、致命的なバグが残っていないかを、丸一日かけて確認。

    しかし前述の通り、私はこの時には相当疲れきっており、意識が朦朧としていた。
    どうにか世界を回り終えたが、はっきり言って、何を見ていたのかすら、よく覚えていない。
    「どう?」
    そう尋ねられたが、どうにかしゃんとした声を出すので精一杯だった。
    「問題無いと思います。非常にいい出来です」
    「よし」
    主が満足気にそう返されたのを聞き、私は心底、ほっとした。
    「とりあえず、一段落だな。明日は休んでいいよ。明後日、またよろしく」
    「はい」

    とりあえず、明日は一日、ゆっくりしよう……。



    開発、第7日目。
    報告しそびれたバグが何点かあったような、……気がする。
    明日には稼働開始であるため、急いで報告すべきではある。
    しかしそれを確かめ、報告するだけの気力は、私にはなかった。
    主も今日は休んでいるはずだ。報告したところで、修正されるはずもない。

    もういいや、寝よう……。

    開発風景

    2016.08.29.[Edit]
    開発風景開発、第1日目。主は開発全体の基盤となる、地面を作成した。また、それに並行して、地面を照らすための太陽を作成。バグの発生を確認。地面がガス化しており、固形化されていないことを報告。私の報告により、主は即座に構成物の比率を修正。地面が固形化されたことを確認した。バグの発生を確認。太陽に核融合反応が見られず、光が発生しないことを報告。私の報告により、主は即座に太陽を修正。それにより、エンバグの...

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    信じない男たち

     とは言え、だ。
     無論、まったく「何物をも信じない」なんてことは、はっきり言って頭がイカレる寸前の哲学者か、完全にイカレたおバカのやることだ。
     人間、「よりどころ」は必要だ。何かは信じざるを得ない。何かは信じるもんさ。他人とは言わないまでも、モノとかカネとか、そんくらいはな。
     そう言う点において、俺が信じたものは実にシンプルだった。そう、カネさ。
     誰にでも分かりやすい理屈だろ? カネなら誰にでも使えるからな。しかも殆どの場合、使う時に身分の説明やら支払い能力の証明なんかいらない。
     だから取引はカネで行うことにしてたし、それ以外は基本、撥ねつけることにしてたんだ。
     だが、どうしても銀行に振り込むっつって聞かない奴が現れた。
     俺が散々駄目だ嫌だカネで寄越せっつっても、頑として首を縦に振らねえ。
     何回も何回も交渉した末、結局俺の方が折れた。

     で、その取引が罠だったってワケだ。
     俺はあっさり捕まり、拘束された。



    「君には膨大な数の嫌疑がかかっている。そしてそれに見合う額の、莫大な懸賞金もだ」
     取調室で会ったお役人は、俺に分かりやすい話を持ちかけた。
    「君には複数の仲間がいるようだが、それを教えてくれれば釈放するし、君の懸賞金と同額を支払おう。如何かね?」
     自由が手に入る。そしてカネもだ。実に分かりやすいだろ? 当然、俺は話に乗った。
     俺はお役人の監視の元、仲間たちに連絡を取りまくった。「デカい取引がある。手を貸してくれ」っつってな。
     俺がカネを信じるように、こいつらも俺を信じている。みんな疑いもせず、二つ返事で引き受けてくれた。

     そして「取引」の日は来た。集まってきた仲間は、売り物として大量の武器を持ってきた。
     それを買う名目で、俺は集まってきた仲間の前に、カネの詰まったケースを見せる。
     実はそのカネは、俺がもらう予定のカネだ。こいつらが捕まった時点で俺は釈放、そのままカネを持って取引場所から出て行くって寸法だ。
     いくら偽の取引って言ったって、カネまで偽物じゃ誰だって信じやしないと、俺はお役人にそう説得した。
     それは俺の信条でもあるからだ。だからこそお役人は、カネで俺を抱き込んだわけだしな。



     それからどうなったって?
     それを説明する前に、だ。もう一回、「何を信じるか」って話をしとかなきゃ、話の筋が分からんだろうな。
     俺はカネを信じるし、それと同じくらい、仲間は俺を信じてる。
     だから仲間は俺の持ちかけた「取引」が、マジで武器を買うための取引だと信じて疑わなかった。
     そして、それはまさに俺の狙い通りだったってわけさ。
     俺がカネの使い方を心得ているくらいに、あいつらも俺の意図を心得てくれていた。

     俺が「よし、商談成立だ!」と叫んだ瞬間、お役人共が拳銃を手にしてぞろぞろ現れた。
     それと同時に、仲間は今まさに、俺に売ったばかりの武器を手に取った。
     別におかしい話じゃないだろ? 話はシンプルなままさ。
     俺が武器を買って、俺の仲間に配ったってだけの話だ。



     なんでそんなこと、と言う前に、ちょっとばかり考えて欲しい。
     俺はこの世で一番カネを信じちゃいるが、お役人共はそれほどでもないってことを。
     同じように、仲間はこの世で一番俺を信じちゃいるが、やはりお役人共はそれほどでもないってことを。
     あいつらは俺のことも、カネのことも信じちゃいない。
     どうせ取引が成立したと見た途端、俺たちを蜂の巣にする気満々だったろうぜ。

     そんな「何物をも信じない」ような奴らのことを信じろって言うのか?
     俺と、俺たちの信じるものを信じない奴らなんて、俺たちにとっちゃイカレてるとしか思えない。
     そんな奴らを、俺たちが信じるわけが無い。
     な、最後までシンプルな話だったろ?

    信じない男たち

    2016.09.05.[Edit]
    信じない男たち とは言え、だ。 無論、まったく「何物をも信じない」なんてことは、はっきり言って頭がイカレる寸前の哲学者か、完全にイカレたおバカのやることだ。 人間、「よりどころ」は必要だ。何かは信じざるを得ない。何かは信じるもんさ。他人とは言わないまでも、モノとかカネとか、そんくらいはな。 そう言う点において、俺が信じたものは実にシンプルだった。そう、カネさ。 誰にでも分かりやすい理屈だろ? カネ...

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    私がいない、私の人生

     目を覚ますと、私は真っ白な部屋の中にいた。どうやら病室らしい。
    「あっ」
     声のした方へ首を向けると、そこには目を真っ赤にした娘の顔があった。
    「……倫」
     ぼんやりとした頭をどうにか動かし、私は何とか、娘の名を呼んだ。
    「良かった」
     一言だけそう返して、娘はボタボタと涙を流していた。

     ようやく頭の中がはっきりしたところで、娘から事情を聞かされた。どうやら私は昨日の帰宅途中、車にはねられたらしい。
     幸い、加害者がすぐ届け出たことと、救急病院がすぐ近くにあったことで、私は命を失うことも昏睡状態になることも無く、
     こうして無事、意識を取り戻すことができたようだ。
     怪我も全治1ヶ月と比較的軽傷であり、次の週にはもう、会社に復帰していた。



     しかし――この頃から私は、嫌な夢を見るようになった。
     私があの事故で、死んだ夢なのである。
     しかもその瞬間ではなく、「その後」の夢なのだ。

     現実の私はこれまで通りに会社へ向かい、順当に仕事をこなし、何の問題もなく帰宅し、妻と娘と私、三人が団欒して一日を終える。
     しかし夢の中には、その「私」がいないのだ。
     そこそこ高い地位に就いていた私がいなくなり、会社は混乱している。
     家族は私を失い、悲しみに暮れている。
     その辛い状況に対し私は、ただ傍観していることしかできない。
     そうして段々といたたまれなくなってきた頃に、私は夢から覚め、私がいる世界に戻ってくるのだ。
     そんな夢を度々見るようになったが、それでも私は現実の世界に支えられ、どうにか問題なく、私の人生を過ごした。

     1年経っても、夢は変わらず見続けていた。
     現実の私は昇進し、部長になった。部下も大勢増え、職責に伴う重圧と達成感が隣り合わせの生活を続けている。
     一方、夢の世界では、私が抜けた穴はどうにか埋まり、私の部下だった一人が部長になっていた。
     現実の私の家庭は、やはり変わらず仲良く暮らしている。娘は高校に入り、部活や面白い先生の話を色々聞かせてくれる。
     妻もドラマの俳優がかっこ良かっただとか、面白い漫才を見ただとか、テレビの他愛無い話を楽しそうに話している。
     夢の中でも、二人は明るかった。
     もうすっかり私を失った痛みと悲しみを乗り越えたらしく、妻や娘が私に対して話していたテレビの他愛無い話を、彼女たち同士で話していた。



     さらに時は過ぎ、私は役員の一人になった。
     勿論、これまで以上にストレスと報酬とが増え、流石に疲労も濃い。
     いや、この疲労感はむしろ、倦怠感と言ってもいいものだった。
     何故なら――夢の世界でも私のいない会社は、私がいる現実の世界と同様の業績を、元部下たちが挙げていたからだ。
     そのことは私に、「もしやこの会社、いや、この世界は、私がいなくても問題なく動くのではないか?」と、そう思わせざるを得なかった。
     夢の中における私の家庭の様子もまた、その思いを強めさせていた。
     現実の世界で私に対して話していたことは、夢の中でも、私抜きでも同じように、彼女たちの間で話されていたからだ。

     私はすっかり、私自身がつまらなく、無意味なものに思えてきてしまった。
     現実の世界でも、夢の世界でも、ほとんど同じように時が過ぎ、事は起こるのだ。
     ならば私の存在意義とはなんだろうか? そもそも存在する価値が、意味が、私にあるのだろうか?
     その思いが色濃く胸中を満たすようになり、私はとてつもない厭世観に囚われていった。

     そのことが私に、基本的な注意をも怠らせてしまったらしい――気付けば私のすぐ横に、車のヘッドライトが迫っていた。



     目を覚ますと、私は真っ白な部屋の中にいた。どうやら病室らしい。
    「あっ」
     声のした方へ首を向けると、そこには目を真っ赤にした娘の顔があった。
    「……倫」
     ぼんやりとした頭をどうにか動かし、私は何とか、娘の名を呼んだ。
    「良かった」
     一言だけそう返して、娘はボタボタと涙を流していた。

     私は号泣する娘に、ぼそっと尋ねた。
    「倫。俺は、……生きてるのか? 生きてて、いいのか?」
     しかし泣きじゃくる娘には、私の声はあまりに弱々しすぎて、聞こえなかったらしい――彼女は私の質問に答えず、ただ泣いていた。

    私がいない、私の人生

    2016.10.03.[Edit]
    私がいない、私の人生 目を覚ますと、私は真っ白な部屋の中にいた。どうやら病室らしい。「あっ」 声のした方へ首を向けると、そこには目を真っ赤にした娘の顔があった。「……倫」 ぼんやりとした頭をどうにか動かし、私は何とか、娘の名を呼んだ。「良かった」 一言だけそう返して、娘はボタボタと涙を流していた。 ようやく頭の中がはっきりしたところで、娘から事情を聞かされた。どうやら私は昨日の帰宅途中、車にはねられ...

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    サティスファイ・ジョーンズ・ロッカー

     私は満足している男だ。

     多少のトラブルや諍いはあれど、仕事は順調である。
     高級車や一戸建ては買えないが、貯金も資産も多少ある。
     少しばかりぽっちゃりしていて首や肩が凝り気味だが、健康も概ね問題ない。
     愛する人や親密な友人もいないが、孤独と思ったことも無い。
     特に過不足も無く、平穏そのもの。それが私の人生である。



     ある時、胡散臭い老人が目の前に現れた。
    「このボタンを押せば、君に幸せが訪れる」
     その他、何かしらしゃべっていたが、あまり覚えていない。
     老人からボタンを受け取った私は、一度もそのボタンを押すこと無く、自宅の押し入れに収めた。

     ある時、あからさまな出で立ちの紳士が目の前に現れた。
    「このノートに願いを書けば、どんなものでも叶うのです」
     その他、何かしら説明していたが、あまり覚えていない。
     紳士からノートを受け取った私は、一文もそのノートに書きつけること無く、自宅の押し入れに収めた。

     またある時は、いかにも偉そうな科学者が現れ、珍妙な機械を私に渡す。
     はたまたある時は、明らかに放浪している風の行商人が、変わった小箱を私に渡して逃げ去る。
     その他、色んな人々がどう言うわけか、私に様々なモノを渡していく。
     しかしそのどれにも手を付けること無く、私はそれらを全て、自宅の押し入れに収めていった。



     そんな私も老境を迎え、押し入れは満杯になっていた。
     大抵のことには動じない私も、流石に押入れ付近の雑然とした状況を疎ましく思い、兄弟やその子供たち、さらにその孫たちにも片付けの手伝いを頼んだ。
    「もう、大叔父さんは不精だなぁ」
    「あとでアイスおごってよー?」
     そんな風に文句を言いながら、姪孫たちが押し入れから色々とモノを出していく。
    「ねえ、大叔父さん。このボタン、なに?」
     聞かれたので、私は覚えている限りのことを答える。
    「押すと幸せになるんだってさ」
    「なにそれ、ウソくさーい」
     姪孫が笑う一方、別の姪孫が尋ねてくる。
    「大叔父さんは押したの?」
    「いいや。もらいものだけど興味無かったから、とりあえず押し入れに入れといたんだ」
    「押していい?」
    「あげるよ。いらないし」
     姪孫はボタンを両手に抱え、嬉しそうにしていた。
     と、別の姪孫がノートを掲げている。
    「これなにー?」
     聞かれたので、また私は覚えている限りのことを答える。
    「書いたことが叶うんだってさ。興味無かったから、とりあえず押し入れに入れといたんだ」
    「ふーん。もらっていい?」
    「いいよ」
     そしてまた別の姪孫が、小箱を持って来る。
    「これはー?」
    「いいものが入ってるんだってさ。興味無かったから……」「とりあえずおしいれにいれといたんだー、……って?」
    「そう、そう」
     結局、私の家の押し入れに収まっていた様々なガラクタは、すべて姪孫たちが持って行った。

     その後、私は特に後悔も不満もなく、満足して生涯を終えた。



     そして彼岸へ渡った先――私の前に、ずらりと人だかりができていた。
    「あ、あなた……どうしてなんです?」
     口火を切ったのは、かつてノートを私に渡した紳士だった。
    「どうして一度も、私たちの贈り物を使って下さらなかったんですか!?」
    「どうしてって、……うーん」
     私は首をひねりつつ、こう答える。
    「別にこれと言って欲しいものも無かったしなぁ」
     私の返答が不満だったらしく、他の者たちも口々にぼやき出す。
    「も、もったいない!」
    「使ってくれれば……」
     それを受け、私は姪孫たちに渡したことを彼らに伝えたが――。
    「そんな話をしてるんじゃないんです!
     もうお気づきでしょうけど、私たち全員、あなたを惑わすべく参上した悪魔ですっ!
     あなたを地獄に堕としてやろうと色々、色々企んでたのに、なんで全然引っ掛かってくれないんですかあっ!?」
    「はあ、……なんかすみません」
     揃って意気消沈する悪魔たちの中、一人、こんなことをつぶやく者がいた。
    「こんな奴初めてですよ……。人間誰だって、ちょっとくらい欲があるって言うのに。
     あなた、『もうちょっとくらい』って思わなかったんですか?」
     そう聞かれて、私は答えた。
    「そう言うの、あんまり……。
     私、自分の人生に満足してましたので」

     結局、恨みがましい目でにらんでくる悪魔氏一同を横目に、私は天国行きのバスへと乗った。
     その道中、背中に白い羽の生えた運転手がクスクス笑いながら、こう教えてくれた。
    「あなたのことは『こっち』でもうわさになってましたよ。
     悪魔に一度も誘惑されなかった男だって」
     とは言え特に何かをしたと言うわけでもないので、私は「はあ」とだけ返した。



     私は常に満足した男だった。
     悪魔氏一同にとっては、ひどく不満な男だったようだが。

    サティスファイ・ジョーンズ・ロッカー

    2017.08.14.[Edit]
    サティスファイ・ジョーンズ・ロッカー 私は満足している男だ。 多少のトラブルや諍いはあれど、仕事は順調である。 高級車や一戸建ては買えないが、貯金も資産も多少ある。 少しばかりぽっちゃりしていて首や肩が凝り気味だが、健康も概ね問題ない。 愛する人や親密な友人もいないが、孤独と思ったことも無い。 特に過不足も無く、平穏そのもの。それが私の人生である。 ある時、胡散臭い老人が目の前に現れた。「このボタ...

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