黄輪雑貨本店 新館

白猫夢 第5部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    麒麟の話、第5話。
    実験結果。

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    5.
     ボクの人生実験は、見事、成功を収めたワケだ。
     え? どこでボクが関わったかって?
     まあ、ボクが操ったってコト、操られた本人は覚えてないし、一見無事に終わったように見えるもんね。気が付かなくっても、仕方ないって言えば仕方ないさ。



     結論から言えば、……えーと、誰だったっけ、確か、……ああ、シノハラだかって言うヤツ。アイツの計画は成功するはずだったのさ。
     ボクが何も介入しなければ、セイナと対峙したあの局面で、セイナは実力の半分も出せず、いや、ほぼ何もできないままシノハラに負け、殺されてたはずなんだ。
     ところが実際には、セイナは絶好調。気力充実、燃えに燃えた状態で、シノハラをブッ倒した。
     それでシノハラの、すべての計画がおじゃんになった。

     何故、セイナはあの時、へこんでもめげてもいなかったのか?
     それはあの直前、妹弟子に励まされたおかげさ。今回も彼女は、「妹」のおかげで勝ったんだ。それが無かったら、間違い無く負けてた。
     でも、良く考えてほしい。どうしてソコに、エーコがいたのか。元々紅蓮塞にいたはずのエーコが、何故あの時、セイナの側にいたのかを。

     ん? ボクが操ったのはエーコなのか、って? 違う違う。別のヤツを、もっと前から操作してたのさ。
     エーコがコウカイに来るきっかけって、何だったか覚えてるかい? エーコは師匠、ユキノが紅蓮塞を離れるって知ったから、ソレに付いて行ったんだ。
     もしあの時、ユキノが「自分が子供たちを迎えに行く」なんて言わなかったら、ユキノとツキノが戦うコトなんて無かったし、エーコがその騒ぎに気付いてユキノのトコに向かう、なんてコトも起こり得なかった。そしたらエーコがユキノに付いて行ってコウカイに向かうコトなんか無く、そうなるとセイナの側にいるコトも無かった。

     すべてはユキノが、「何の気なしに」娘を迎えに行ったコトで変わった――もう分かるだろ?
     そう、ボクが操ったのは、ユキノだ。



     もし、ユキノを操らなかったら、あの先どうなっていたか。
     ちょっとだけ、教えてあげるよ。

     まず、ユキノはコウカイに着く前に、カサハラの裏切りを受けるコトになる。
     その結果、どうにかカサハラを返り討ちにはできるんだけども、夫のリョータは死に、ユキノの精神はどん底に落ちるのさ。それこそ「紅蓮塞で騒ぎがあった」なんて、まともにしゃべれないくらいに。
     そんなユキノを介抱してる間に、紅蓮塞が攻め込んで来る。橘喜新聞社に内情を暴露されるコトも無く、シノハラやツキノによって完璧に牛耳られ、大勢の兵力を集めた状態でね。
     しかも身内だったシノハラに土壇場で裏切られて、しかも「人殺しが正義を語るな」なんて罵られて、セイナの精神はグニャグニャになっちゃう。
     セイナはとても戦えるような状態じゃなくなり、そして殺される。シノハラは積年の恨みを晴らす。……はずだったのさ。

     ボクがたった一人、ユキノを動かしただけで、世界がコレだけ変わってしまうんだ。



     でも、この成果を生かしてまたすぐ次の計画に、……とは、ちょっとできないんだ。
     まだ次の主人公が、生まれてないからね。……あ、いや。もう生まれるのかな。もうちょいくらいかな?

     次に世界が動くのは、もうちょい後になる。
     ソレまでボクも、ちょっと休ませてもらうよ。
     
     だからこの間に起こったコトについては、ボクの行動の埒外の話だからね?
    白猫夢・麒麟抄 5
    »»  2013.04.20.
    麒麟を巡る話、第207話。
    Oldspaper。

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    1.
    「GCデイリー 政治欄 539年11月某日
     公安局新局長にJ・スピリット氏が就任 金火狐一族外からの選出は3期37年ぶり」

    「CCタイムズ 541年4月某日
     ヘブンズ・クラム史上最安値を更新 央北の止まらぬ凋落」

    「GCデイリー 地域欄 526年6月某日
     苦節9年!!! S・ミーシャ、ついに栄冠を手にする!」

    「橘喜新聞 544年8月某日
     紅蓮塞と央南連合の停戦交渉まとまる 紅州は本年末にも独立か」

    「GCデイリー 経済欄 540年1月某日
     H・T・ゴールドマン氏 総帥職の任期満了に伴い今年を以て引退 後任選挙は7月予定」

    「リーグ9 539年11月某日
     あのキングが……帰ってきた!? ウィアードJr、エリザリーグに参戦ッッッ!!!」

    「青東新報 532年7月某日
     西大海洋同盟総長L・グラッド氏 辞任を表明 健康上の理由からか」

    「CCタイムズ 547年2月某日
     ヘブン王国の中立姿勢ついに崩れる 天政会に加盟を表明 第一中央政府時代に逆行か」



    「あのさぁ」
     古新聞の束を投げ捨て、彼女は売店の店主に尋ねた。
    「これのどこが『新』聞なのよ? 20年前のヤツまであるじゃない」
    「道に落ちてるのとかそこらの宿屋に残ってたのとかを、かき集めて乾かして売ってるだけだしなぁ」
     店主はいかにもやる気無さげに、そう返す。
    「うわ、汚っ」
    「いらなきゃ結構。さ、冷やかしは帰った帰った」
     店主はニヤニヤ笑って、その女を見下す。
    「……消毒してやる」
    「あ?」
     次の瞬間――古新聞が一斉に燃え上がった。
    「うおわー!? なっ、何しやがんだああっ!?」
    「もっとマシな商売しなさいよ。こんなカビ臭いことしてないで」
     燃え上がる新聞を挟んで、女はべー、と舌を出す。
    「ふっざけんなああッ!」
     店主は店の奥から散弾銃を取り出し、女に向ける。
    「死ねッ!」
     怒りに任せ、店主は散弾銃を乱射した。
     しかしその直前、女は魔術で壁を作る。散弾はその半透明の壁に弾かれ、四方八方に飛び散る。そしてそのうち数発が、店主の方へと跳ね返り――。
    「いでえッ!? ひー、ひー……」
     店主は肩を押さえ、のたうち回る。
    「……くく、あははは……」
     女は魔術を解き、この地域のものではない銀貨を一枚指で弾き、うずくまる店主の背中に乗せる。
    「いい見世物だったわ」
    「て、めっ……!」
     女は背を向けて、そのまま立ち去った。



     ここは央北、イーストフィールド。
     央北の超集権政治体制、「中央政府」崩壊から四半世紀が経った今、ここはトラスと言う名の国の、首都となっていた。
    白猫夢・流猫抄 1
    »»  2013.04.21.
    麒麟を巡る話、第208話。
    黒い猫獣人と茶色い猫獣人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    (流れに流れてこんなところまで来たけど……)
     彼女は街道沿いに唯一残っていた街路樹にもたれつつ、市街地を見渡してため息をつく。
    (うわさ以上ね、央北って。ゴミ売ってゴミを稼いでるようなもんじゃない)
     彼女は鞄から新聞を取り出し――道端に落ちていたようなものでは無く、1ヶ月前に央中で、暇つぶしのため買ったものである――経済欄を確認する。
    「1エルが……、大体で、220か230クラムってところかしら。あ、でも1ヶ月前の話だから、もっと安いかしら。
     んー……、じゃあさっきあいつに投げ付けた100エルって、こっちじゃ結構価値があったのね。無駄遣いしちゃったかな」
    「いいんじゃない? あたしから見ても面白かったし」
     横からの声に、彼女の茶色い猫耳がぴくんと動く。
    「誰、アンタ」
     そこにいたのは、赤毛に黒い毛並みをした――とは言え、その生え際からは白い地毛が見え隠れしており、染めたものと分かる――自分と同じ猫獣人だった。
    「誰でも。……ねえねえ、あたしにも新聞見せて」
    「嫌」
    「いいじゃない」
     そう言うと黒耳の「猫」は、茶耳からひょいと新聞を取り上げる。
    「あ、こら」
    「まーまー。……ってこれも大概古いわね。
     代わりにあたしの見せてあげる。こっちの方がまだ新しいわよ」
     黒耳から受け取った新聞を広げ、茶耳は顔をしかめた。
    「これも古いじゃない。半月前の」
    「だから新しい情報が欲しかったんだけどね。……あーあ、ここって本当にボロっちい街。何にも手に入りゃしない」
    「そうね。アンタのそのコーヒーゼリーみたいな耳も、簡単に染められなさそうだし」
    「アンタだってそうじゃない」
     黒耳は口を尖らせ、茶耳を指差す。
    「アンタも染めてるクチでしょ? 色、抜けかかってるし」
    「え、マジ?」
     茶耳はぽふ、と両手で耳を隠す。
    「あと何か、斑(まだら)になってる。自分でやったでしょ」
    「え、ええ、そう」
    「どっかで染髪料見付けたらさ、あたしがやってあげようか?」
     馴れ馴れしく提案してくる黒耳に、茶耳は顔をしかめる。
    「嫌よ。名前も知らないような奴に、触らせたくないわ」
    「あ、そっか」
     黒耳は新聞をリュックにしまいながら、自己紹介した。
    「あたしはプレタ。あっちこっち旅してる。歳は21。好きなものはスズキのカルパッチョ。市国で食べて以来病み付きなのよ」
    「そんなことまで聞いてないし、聞くつもりも、……って」
     プレタを邪険にしていた茶耳が、きょとんとする。
    「21歳?」
    「そう」
    「あたしと同い年ね」
    「あれ、そうなの? もっと下かなと思ってた。童顔なのね」
    「こっちの台詞よ。10代だと思ってたわ」
    「……へー」
     これを聞くなり、プレタはニコニコ笑い出した。
    「何よ?」
    「似てるなー、って」
    「あたしと? ……そうね」
     茶耳は何故だか、この馴れ馴れしい、同い年で同じ猫獣人の女性に、不思議な親近感を覚えていた。
    「ちょっとどっかで、座って話さない? マシなの売ってる露店でも見つけてさ」
    「ええ、いいわよ。
     それでアンタ、名前は? あたしが名乗ったんだしさ、教えてくれてもいいかなー、って思うんだけど。
     それにいつまでも『アンタ』じゃ話しにくいし」
    「ん……」
     茶耳は少しためらったが、こう答えた。
    「……マロンよ。ちなみにアンタはスズキ、カルパッチョにしたのが好きって言ったけど、あたしは塩焼き派だから」
    「あら、惜しい」

     少し歩き回ったところで比較的綺麗な露店を見付け、二人は近くにあった適当な木箱に並んで腰かけた。
    「はい、オレンジジュースで良かった?」
    「ええ、ありがと」
     最初は邪険にしていたマロンだったが、いざ話し出すと、不思議なほどプレタとは気が合った。
    「ねえ、プレタは何でこんなところに?」
    「特に目的も無く、って感じ。フラフラしてただけ」
    「あはは……、あたしもよ。フラフラしてた」
    「似てるわね、本当。背も体格も一緒くらいだし。もしかして体重やスリーサイズまで一緒だったりして」
    「まさかぁ」
     と、ここで会話が止まる。
     二人は顔を見合わせ、ほぼ同時に口を開く。
    「……上から」
     そして同時に、同じ数値を述べた。
    「85・58・84」
     一瞬の間をおいて、プレタが顔を赤くしつつ指摘する。
    「嘘つき。82・60・84でしょ」
    「……バレた?」
    「そりゃ、……あたしもサバ読んだもん」
    「……あはははっ」
     二人とも顔を真っ赤にし、大笑いした。
    白猫夢・流猫抄 2
    »»  2013.04.22.
    麒麟を巡る話、第209話。
    チンピラのあしらい方。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     と――通りの向こうから、騒がしい声が聞こえて来る。
    「いました! あいつです!」
    「おうッ!」
     マロンたちが振り向くと、そこには銃や剣を構えた、いかにもならず者と言った風体の男たちが近付いてくるのが見えた。
    「あ、さっきの」
    「ああ、古新聞屋」
     二人は顔を見合わせ、短く言葉を交わす。
    「戦う?」
    「面倒臭い」
    「同意見。逃げよっか」
    「賛成、さんせーい」
     二人は男たちの来る方と反対を振り向き――揃って顔をしかめる。
    「……なんかあっちからも、似たようなのが来るんだけど」
    「うわー……」
    「どうしたの?」
    「あれ、あたしがさっきボコった奴だわ。あっちも仲間連れてきたみたい」
    「揉めるわねぇ、アンタもあたしも」
    「前から後ろから、……か。どうしよっか、マロン」
    「そりゃ、横じゃない?」
    「そーね」
     二人は先程まで座っていた木箱と、その背後にある苔むした壁に視線を向ける。
    「じゃ、行きますか」
    「ん」
     二人は木箱に乗り、さらにそこから壁へ向かって跳んだ。

     ひらりと壁を越え、二人は元々は公園だったと思われる、荒地の中に踏み込む。
    「うえ、汚っ」
     公園を一瞥したマロンが、そうつぶやく。
    「まるでゴミ捨て場ね。カビ臭いし、なんか腐った臭いもするし。うわ、キノコ生えてる」
    「さっさと出ましょ。鼻が曲がるわ」
    「後ろからも来てるしね」
     プレタの言葉に、マロンは今越えてきた壁へと視線を向ける。
    「……しつこいわね」
     そこには既に3名、チンピラ風の男たちが散弾銃を手に壁を乗り越えて来ていた。
    「待ちやがれ、お前らッ!」
     一名が散弾銃を構え、二人を狙う。
    「撃てば?」
     マロンがフン、と鼻を鳴らし、チンピラを挑発する。
    「撃ったらあッ!」
     簡単に挑発に乗ったチンピラが、散弾銃の引き金を絞る。
     しかし――弾は全く当たらない。
    「ぱっと見、威力重視に改造してあるわね。ダメージがデカい分、飛距離は無いわよね?」
    「そうね。目一杯ソードオフ(銃身を切り詰め威力を高める改造)してあるし、精々20メートルまででしょ」
     二人の読み通り、バラ撒かれた散弾は地面に無数の穴を空けるばかりで、既にこの時30メートル以上離れているマロンたちには、全く届いていない。
    「オラオラオラああッ!」
     しかしそんなことにも気付かないらしく、チンピラたちは散弾銃を乱射している。そのうちに――。
    「いってえぇ!?」
    「お、ちょ、てめっ、弾飛んで来たぞっ!」
    「るせえッ、お前が近付き過ぎなんだッ!」
     安全性を無視した改造のためにでたらめな跳弾が起こり、仲間の側に被害が及ぶ。
     やがてチンピラたちは勝手に揉め始め、その隙にマロンたちはさっさと、その場から駆け出していた。
    「……アホね。自分の使う武器の状態くらい、知っときなさいよ」
    「同感」
     銃声と罵声を背にしながら、二人は悠々と公園を出ようとする。
     ところが――。
    「……あら」
    「回り込まれてたみたいね」
     公園の入口にも、男たちが大勢詰めかけているのが見えた。
    「いたぞ!」
    「撃て、撃て、撃てッ!」
     今度は前方から銃弾が飛んでくる。しかし先程の散弾銃とは違い、こちらは中距離用の、命中精度の高い小銃である。うかつに動けば狙撃されるおそれがあるため、二人は動かない。
     その代わり二人同時に、魔術で壁を作った。
    「『マジックシールド』!」
     二人がかりで築いた二重の盾により、銃弾は完全に遮断された。
    「チッ……、魔術師か! じゃあ囲んで袋叩きにするぞ! 魔術師なら接近されりゃどうしようも無いはずだ!」
    「おうッ!」
     男たちは小銃をひっくり返し、鈍器を持つように振りかざして、二人に突っ込んでくる。
    「どうする?」
    「どうって、やるならやる、……でしょ?」
    「そうね」
     二人は腰に佩いていた武器を、同時に取り出した。
     と――互いにその得物を見て、二人は「あら」とつぶやく。
    「刀? アンタも?」
    「え、ええ。……面白いわね、ここまで一緒なんて」
    「これを切り抜けたら、改めてじっくり話、したいわね」
    「賛成。……じゃ、……やるわよ!」
    「ええ!」
     マロンとプレタはぱっと駆け出し、押し寄せて来る男たちの中へと斬り込んでいった。
    白猫夢・流猫抄 3
    »»  2013.04.23.
    麒麟を巡る話、第210話。
    スカウト。

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    4.
     恐らくその男たちは、刀一本で突然襲い掛かってきた彼女たちを、追い込まれて気が触れたか、捨て鉢になったかとしか思っていなかっただろう。
     多少は虚を突かれたらしく、構えられていた小銃がわずかにぶれる。それでも男たちの勢いは止まることなく、二人と交差した。
    「……!?」
     ところが――次の瞬間、彼らは愕然とする。ほんの直前まですぐ目の前、ばっちり捉えられる位置にいたはずの彼女たちが、姿を消したからだ。
    「う……っ」
     気付いた時には、彼女らが自分の真横や、背後にいる。
    「うげっ!?」「ぎゃっ!」「まじ、か、よ……」
     そして全員が、一瞬のうちに倒されていた。

    「……ま、こんな真っ昼間から血の海なんか見たくないし、峰打ちで勘弁してあげるわ」
     刀を納めたマロンは、プレタに声をかける。
    「どうする、これから?」
    「そうね……」
     プレタは辺りを見回し、こう返した。
    「ケチが付いちゃったから、もうここに長居する気にもならないわね。全体的に臭うし」
    「同感ね。じゃ、さっさと……」
     マロンが応じかけた、その時だった。
    「すごいな、あんたら」
     短耳の男が一人、平手でプレタたちに近付いて来た。
    「……」
     これ以上この街と関わり合いたくないと考えていた二人は、互いにさっと目配せし、男を無視して立ち去ろうとした。
    「待ってくれ」
     が、男は慌てて駆け寄って来る。
    「……なに?」
     いかにも面倒臭いと言う声色で返したマロンに、男は頭を下げた。
    「俺に付いて来てくれないか?」
    「なんで?」
     男の唐突な申し出に、当然マロンはうざったそうに尋ね返す。
     それでも男はぺこっとお辞儀をし、丁寧な態度で話してくる。
    「人手を探してるんだ。いわゆる、荒事をやってくれるって奴を。
     いや、ただ暴れりゃいいって話じゃない。ちょっと……、俺たちの組織と対立してる、手強い勢力がいてな。そいつらとやり合うために、できる限り強い奴が欲しい。
     で、そう言う奴を探してるところで、あんたらが揉めてるのを見付けてさ。傍から見てりゃ、とんでもない腕前じゃないか。こりゃあ唯一無二の逸材だ、そう思って声をかけさせてもらったんだが……」
    「荒事をやってもらいたいって、つまり傭兵ってこと?」
     まともに応じたプレタに、男はほっとした顔を見せる。
    「そうだ。あんたらが来てくれりゃ、すごく心強い。報酬も弾むからさ、な?」
    「報酬ったって、どうせクラムでしょ?」
     フンと鼻を鳴らし、プレタは断ろうとする。
    「あんなクズみたいな金、いくらあろうがお断りよ」
    「いやいや、クラムじゃない」
     男はそう言って、懐から紙幣を取り出した。
    「……何それ」
    「俺たちの側の金だ。ほんの4、5年前に発行した通貨で、コノンと名付けられた」
    「価値は? 1エル換算でいくら程度なの?」
     プレタに問い詰められ、男は目をそらす。
    「今のところは、……その、今のところは、だぜ。まだ取引されてない」
    「ゴミじゃない。ここ以外じゃ使えないんでしょ」
    「そのうち使えるさ。俺たちが『戦い』に勝てばな」
    「戦い? さっき言ってた、対立してる奴との?」
    「そうだ。あんたたちも知っての通り、今、央北では2つの勢力が争ってるんだ。俺たちは『新央北』側なんだ」
     こう説明されても、二人にはピンとこない。
    「しん……?」
    「何?」
     二人の反応に、男は一瞬困ったような目を見せる。
    「知らない? こっちじゃ一番ホットな話題なんだが、……その反応だと、央北事情にはあんまり詳しくなさそうだな。
     じゃあ、その説明も兼ねてさ、どこかで飯でもどうだろう」
    「……どうする?」
     耳打ちしたマロンに、プレタは小さくうなずいて返した。
    「お腹も空いたし、色々教えてくれるんなら、行って損は無いと思うけどね。もし何かするつもりなら、また暴れるだけよ」
    「勘弁してくれ」
     プレタの物騒な言葉に、男は蒼い顔になった。
    白猫夢・流猫抄 4
    »»  2013.04.24.
    麒麟を巡る話、第211話。
    荒野から蘇るものたち。

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    5.
     かつて央北に君臨した超大国、「中央政府」が完全に消滅して20年余りが経ち、央北の政治・経済は崩壊していた。
     その顕著な例が、「クラム」と呼ばれる通貨の暴落である。元々は中央政府が発行・管理していた基軸通貨だったのだが、四半世紀前の戦争で同国が崩壊した後、その管理を担ったのはヘブン王国だった。
     だが、通貨の価値は管理する国の「力」に反映される。中央政府と言う超大国ほどの国力を持たない、敗戦国のヘブン王国がクラムの管理を担っても、その価値を維持できるわけが無かったのだ。
     戦前は1クラム8~10玄程度だった為替レートも、年を追うごとにクラムの価値が下がっていったため、いつしか立場は逆転。今では1クラムの価値は0.04玄程度しかなく、ヘブン王国と、それに追随してきた央北諸国の経済状況は、最悪の局面を迎えることとなった。



    「そこでヘブン王国が泣きついたのが、あの胡散臭え『天政会』ってわけなんだ」
     マロンたちをスカウトしてきたこの短耳の男、マルセロ・イッシオは、あの公園近くにあった露店で央北の政治経済事情を説明した。
     しかしマロンたちは肩をすくめ、こう返す。
    「あの、って言われてもねぇ。聞いたこと無いわ」
    「同じく」
    「そっか……。じゃあ、それも簡単に説明する。
     天帝教は、……流石に知ってるだろ?」
    「ええ。それは大丈夫。央北と央中を中心に広まってる宗教でしょ」
     マロンの回答に、マルセロは微妙な顔をしつつもうなずく。
    「大体合ってる。ただ、央中と央北とでは、ちょっと性格と言うか、毛色が違う。これから俺が説明するのは央北の方の、古来からある天帝教の方になる。
     まあ、その央北の天帝教なんだが、昔には中央政府の中核だったこともある」
    「それも歴史の勉強で聞いたわ」
    「でも4世紀の黒白戦争で中央政府が負けた後、首都だったクロスセントラルから追い出された。それ以来ただの教団として、央北の片隅で縮こまってたわけなんだが、その事情が動いたのが30年前の、黒炎戦争の時なんだ。
     自分たちを追い出した中央政府がこの戦争で倒れたんで、こりゃもしかしたらまた、自分たちが政治の舵取りができるようになるかもって思った急進派の連中が、シンクタンク(政治組織に関して意見・提案を立てる団体)なんてのを作った。これが『天帝教政治審議会』、通称『天政会』ってわけだ。
     そして続く日上戦争で、央北をまとめてた『ヘブン』がバラバラになった時、奴らは動いた。それまで中央政府や『ヘブン』に属してた州が国として独立したはいいが、それまで『お上』に任せてたせいで、国をどう動かしていいか分からない。そんな奴らに対し、天政会はアドバイザー役と言うか、コンサルタントみたいなのを申し出た。
     何をどうすればいいか途方に暮れてた奴らにとっちゃ、この申し出はさぞありがたかっただろうが、天政会にとっちゃいいカモだ。たちまち籠絡し、自分たちの言うことをただ聞かせるだけの人形、傀儡政権に仕立て上げちまった。
     そんな傀儡国家がこの30年で既に6つ、央北の西側3分の1にまで及んでいる。天政会にとっては思い通りの展開になっていたが、ここでさっき言った事件が起こった」
    「事件? ヘブン王国が天政会に泣きついた、って言ってたアレ?」
     プレタの言葉に、マルセロは深々とうなずいて見せた。
    「そう、それだ。クラム管理国であったヘブン王国がここに下ったことで、天政会は自由にクラムを操作できる権限を手に入れた。
     これで央北は、ますます旧き悪しき中央政府時代に逆行していくだろうと、央北の人間の大半に呆れられる一方、央北外の投資家やら政治家は、これを好機と見ている。それは何故か?」
    「うーん……?」
     答えが分からず黙るマロンに対し、プレタは淀みなく答えた。
    「天政会の母体、央北天帝教が金と権力持ってるからでしょ? 中央大陸以外にも信者は多いし、外交しようってことになったら話も通しやすいでしょうしね。
     これまでとは桁違いに信用が増すでしょうし、連動して価値も上がっていくでしょうね」
    「そう言うことだ。事実、ヘブン王国が天政会に下って以降は、クラムの価値がじわじわとではあるが、上がり始めている。
     とは言え、また神様に政治を任せるなんてのは真っ平御免。そう考える央北人は、決して少なくない。それでまた黒白戦争とか黒炎戦争みたいなことになったら、嫌だからな。そう考えたこっち側、つまり央北東側の人間は、天政会に対抗するため同盟を組んだ。
     それが『新央北秩序構築同盟』、通称『新央北』なんだ」
    「ふーん」
     二人は同時に、それだけ返す。
    「ふーん、ってお前らなぁ……」
    「あのね、マルセロだったっけ、あんた。あたしもマロンも、そんな政治臭い話を聞きに付いて来たわけじゃないのよ?
     あたしたちにとって重要なのは、まともな金をくれるのか? ってことよ」
    「あー、まあ、そうだな。そうだった。
     ただ、順序を追って説明したいんだ。でないと金の話には持って行きづらい。もうちょっと付き合ってもらいたいんだが……」
    「……短めに頼むわ」
    白猫夢・流猫抄 5
    »»  2013.04.25.
    麒麟を巡る話、第212話。
    紙幣。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     マルセロはもう一度、懐から紙幣を取り出す。
    「さっきの話の続きだけど、『新央北』である俺たちは、もう一度あの悪名高い中央政府を作りかねないような奴らの金は使いたくないわけだ。何故ならその金、即ちクラムは俺たちには操作できないからだ。
     敵の都合で価値の変わる金を使ってるままじゃ、結局は向こうの言いなりになるしか無い。そこで俺たちは別に通貨を創ったわけだ。それがコノン、この金になる」
    「金って、……さっきから気になってたんだけど」
     マロンはその紙幣をマルセロの手から取り、まじまじと眺める。
    「……紙よね?」
    「紙だよ」
    「頭おかしいの?」
    「いいや、真面目さ」
    「こんなの火点けたら一瞬で無くなるじゃない」
    「金貨や銀貨とかだって、火事になれば熔けるだろ?
     そもそも古典を紐解けば、金銀以外の安価な卑金属で通貨を造った例もある。だったら紙で造ったって問題無いさ」
    「偽造し放題じゃない。ただの紙なんだし」
    「ところがところが」
     マルセロはマロンから紙幣を返してもらい、その表面をぐるりと指し示す。
    「原版はかなり精密・精巧に作ってある。おまけに銀行の金庫とか牢屋の鍵とかに使ってる錠式魔法陣も応用して描き込んであるから、偽造はまず、不可能だ」
    「ふーん……?」
     良く見てみると、印刷されている絵――優しい目をした、しかしどこか間の抜けた服を着た、狐獣人の肖像画だ――は精密に描かれており、確かに真似して描けそうにはない。また、その版画の下に魔法陣らしき光彩があり、これも半端な魔術では誤魔化せそうにない。
    「なるほどね。偽造できなさそう」
    「だろ? 実際、その点が認められたのと、発行元の俺たちが積極的に使うよう徹底しているのとで、既にこいつは『新央北』圏内じゃ真っ当な通貨として使われている。
     今あんたらが食ってるその海老とレタスのサンドとオレンジジュースだって、コノンで売ってるしな。ほれ、メニュー見てみ」
     言われるままに、二人はメニューを確認する。
    「……ホントだ。『サンドイッチ:どれも6コノン』って書いてある」
    「でも、この店があたしたちを騙すために作ったって可能性も……」「馬鹿言っちゃいけない」
     プレタの不安に、マルセロは苛立った顔を見せる。
    「そんなに言うならだ。10コノン渡すから、周りの適当な店に入って買い物してみろよ」
    「いいわよ」
     マルセロからコノンを受け取り、プレタはその場を離れようとする。
    「……あんた、もしこれが本当に使えるとして、よ?」
    「ん?」
    「あたしがそのまま逃げるとは思わないの?」
    「妹を置いてか?」
    「……はい?」
     きょとんとしたプレタに、マルセロも同様に「あれ?」と声を漏らし、マロンを指差す。
    「こっちが姉さんか?」
    「えっ」
     マルセロの言葉に、マロンとプレタは顔を見合わせた。
    「姉妹?」
    「そんなに顔も似てて、同じ猫獣人で、使う得物まで一緒。まさかそれで姉妹じゃないって言わないよな?」
     こう言われ、マロンは噴き出した。
    「……ぷ、くく」
    「あはは……」
     笑い出す二人に、マルセロは怪訝な顔を見せる。
    「何だ? 何か、おかしかったか?」
     マロンは笑いをこらえながら、小さくうなずいた。
    「いえ、いえね、……ああ、まあ、いいわ。
     ええ、そっちが姉でいいわ」
    「そうか。まあ、とにかく使ってみてくれ。本当に使えるから」

     実際にプレタが使ってみたところ、確かにコノンでの支払いができた。
    「使えたわ。はい、チョコクレープとベビーケーキとココア」
    「……まさか、全部使ってないよな」
     不安がるマルセロに、プレタはぺらぺらと手を振って返す。
    「使ったわよ。きっちり10コノン」
    「お前なぁ……、まあ、いいか。これで分かってくれたな?」
    「ええ、信じるわ」
    「あんたらが俺たちに協力してくれたら――勿論、働きに応じてだけど――コノンで報酬を支払う。この街、いや、『新央北』圏内にいる限りは不自由しない程度には払うつもりだ。
     まあ、この街だって確かに汚いが、そこそこには飯はうまいし、日用品も揃ってる。ちょっと長居しても不満は無いと思うぜ」
    「……んー」
     プレタとマロンはもう一度顔を見合わせ、同時にうなずいた。
    「いいわ。どうせブラブラ旅してた身だし、ちゃんと金になるなら傭兵くらい、してあげる」
    「ありがとよ。……っと、じゃあとりあえず、俺の本拠地に来てもらおうか。そこで仕事の話をしたい」
    「分かったわ。じゃ、おやつはそっちで食べるとしましょうか」
    白猫夢・流猫抄 6
    »»  2013.04.26.
    麒麟を巡る話、第213話。
    変人侯爵。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     マルセロに案内され、二人は大きな屋敷へと入った。
    「街中ゴミだらけだったけど、ここは綺麗ね。塵ひとつ落ちてないし、それなりに金持ちそうな造り」
     プレタにそう褒められ、マルセロは「はは……」と笑う。
    「言わば市長官邸だからな。ここが汚かったらどうしようもないぜ」
    「市長官邸?」
     マロンに尋ねられ、マルセロは廊下を歩きつつ説明する。
    「本来の名前は旧トランプ邸つって、元々この街の大地主の家だったんだが、何だかんだで没落したらしい。で、当時の市長が買い取ったらしいが、なーんでか……」
     廊下の途中にあった、人相のまるで揃わない肖像画の列を指差し、マルセロは笑う。
    「その市長やってた奴の一家も、代が替わった途端に破産して夜逃げ。その後も何度か持ち主が替わったんだが、三代保った試しが無い。
     やがてこの家は……」
     くる、と二人に向き直り、マルセロは声色を変えてこう続けた。
    「『貧乏神邸』なんて言う、ひでー名前が付いたってわけさ」
    「……そんないわくつきの家を官邸に?」
     怪訝な顔をしたプレタに、マルセロは肩をすくめて見せた。
    「そこが俺の雇い主、トラス卿の一番ヘンなところさ。変わり者なんだ、トラス卿は」
     と、マルセロの背後からすう……、と音も無く、狼獣人の男性が忍び寄ってきた。
    「変わり者で結構」「おわっ!?」
     その狼獣人に肩をつかまれ、マルセロは目を丸くする。
    「き、卿!?」
    「私くらい変人でなきゃ、わざわざ紙で金を造ろうだなんて思わんよ。しかし実際は大成功してるわけだ。じゃあ変わり者だっていいじゃないか。そうでしょう、お嬢さん?」
    「はあ……」
     目を白黒させているマロンに、その銀髪に茶と銀の毛並をした狼獣人はにっこりと笑いかけた。
    「お初にお目にかかります、『猫』のお嬢さん方。私が『新央北』の風雲児、ショウ・トラス侯爵だ。以後、お見知り置きを」
    「ど、どうも」

     マルセロが言った通り、確かにトラス卿は変人のようだった。
    「そもそもこの家を買った経緯だが、元々は私の父が央北分裂の際、この街とその周辺を国として独立させたわけでな。
     分裂前、父は『ヘブン』の内務大臣でね。『ヘブン』の王様があんまりにも信用が無さそうだ、ああこりゃ『ヘブン』も長くないなと見切って、早々にこの街を我が物にしようと画策したと言うわけだ。
     その目論見は成功し、ついでにヘブン王国からちょっとばかし――ヘブンズ・クラムじゃない方の、通称『オリジナル』クラムで7、8億ほど――ちょろまかし、トラス王国を立ち上げたわけだ」
     トラス卿は二人が席に着くなり、ぺらぺらと自分とこの国の経歴を語りだした。
    「なかなかの出世譚ですね」
     プレタがそう返したが、トラス卿は一転、しょんぼりとした顔になる。
    「いやぁ、ところがだ。お嬢さんもご存知の通り、オリジナル・クラムからヘブンズ・クラムに切り替わって以降、価値は著しく下がってしまったわけで。独立当初は栄華を極めた我が国も、コノン発行前までは貧乏、貧乏で汲々としていた」
     かと思うと、今度は居丈高になる。
    「その上鼻持ちならぬあの天政会がヘブン王国を牛耳り、クラムの命脈を握り締めてしまった! これはいよいよ古の悪夢、神権政治による中央政府の復活となるのではないか、そう危惧する者も大勢……」「そこは聞きました」「おお、そうだったか」
     トラス卿は表情を真面目なものにころっと変え、こう続ける。
    「まあ、そうした諸侯を集めて同盟を作り、『天政会』に対抗しようと蹶起。それが現在、私が主導している『新央北』と言うわけだ」
     得意げな顔をしたトラス卿に、マロンが尋ねる。
    「あの……、それで卿、この家を購入された経緯と言うのは?」
    「あ、そうだった。いやいや、脱線してしまって申し訳無い。
     そうそう、父がトラス王国を建国した時官邸にしていたのが、父の持っていた別荘でな。しかし国としての体面が整うにつれて、何かと手狭になってしまった。
     じゃあもっと大きい屋敷を造るか買うかしようと言うことになり、そこで目を付けたのがこの、『貧乏神邸』だった。
     イッシオ君から聞いた通り、この屋敷は悪評のために誰も住みたがらず、ずーっと空き家となっていたから、かなりの安値で買えた、と言うわけだ」
    「なるほど」
    「もしも悪評が本物だったら、私か、私の子供の代で潰れるとのことだが、……ま、その点は心配無用。
     私には子供どころか、伴侶もいないのでな、わはは……」
     トラス卿は笑って見せたが、二人と、横にいたマルセロは苦笑いを返すしかなかった。
    白猫夢・流猫抄 7
    »»  2013.04.27.
    麒麟を巡る話、第214話。
    ダーティー・マネーゲーム。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     トラス卿が一々話を脱線させてしまうため、二人はマルセロから仕事内容の説明を受けた。
    「二人にやってもらいたい仕事についてだが、まずは『新央北』と『天政会』の対立状況から説明させてもらう。
     現在、『天政会』は央中・央南やその他外大陸との金融・為替取引を繰り返している状態だ。各地に散らばる天帝教徒の豪商や有力者層と密かに連携を取り、クラムを高騰させようとしてるんだ」
    「『高騰させようと』って、そんな簡単にできるものなの?」
     尋ねたプレタに、トラス卿が答える。
    「そんなに難しい話じゃない。今だって金ヅルが付いたって評判だけで、簡単にクラム高に転じている。
     それに『天政会』の政治・経済復興のノウハウは馬鹿にできない。ヘブン王国を初めとして、支配下にある国が順調に経済成長すれば、比例してクラムの価値も見直される。
     むしろ今までの低成長は、『天政会』がわざと市場操作して抑えつけてた節もあるくらいだから、奴らはこうなることを、ずっと狙ってたのかも知れん」
    「そうなの?」
    「ま、それを前提として、だ。
     クラム高騰後にヘブン王国に圧力をかけ、大量にクラムを発行すれば、それだけで奴らは世界一の大金持ちになる。無論、大量発行によって多少のクラム安にはなるだろうが、それを補って余りある利益が懐に収まるはずだ。
     しかしこの前提条件には、一つのネックがある。それは『順調に経済成長すれば』ってことだ」
    「……ふーん」
     と、プレタは話の先を読んだらしい。
    「つまり『天政会』の主導によって経済成長しようとしてる国に攻め込んで引っ掻き回せば、その目論見を潰せる、と?」
    「そう言うことだ。そしてそこにトラス卿は、いくつかの仕掛けを施している」
    「うむ」
     トラス卿は側にあった金庫から、何枚かの証文の束を取り出した。
    「例えば――何人かの代理人を通して、『天政会』支配圏の国に対し、コノン建てで国債や各商会・商社、その他団体の債券を購入している。今はまだ価値の低いコノンだし、一般の人間はこんな裏工作があろうなどとは知る由も無いから、喜んで支払ってくれる。
     ところが、我々の目論見が見事達成され、クラムの価値が暴落した暁には、コノンは相対的に価値を高めている。そこで債権の償還(利息付きでの返済)を求めるが、それは恐らくデフォルト(債務不履行)となるだろうし、そうなった場合、我々は現物を差し押さえる。
     その現物と言うのが、つまり――」
    「クラム通貨圏内の動産、不動産ってわけね。うまく行けば敵を国ごと買える、と」
    「そう言うことだ。その他にも色々、奴らの取引に紛れ込む形で仕掛けを施している。
     君たちの活躍によってクラムが今以上に暴落し、代わりにコノンが暴騰すれば、我々の方が世界一の金持ちになれると言うわけだ。
     そうなった場合、君たちに支払ったコノンは……」
    「今はクズ同然でも、その時には巨万の富になってる、ってわけね」
    「うむ」
     得意満面にうなずいたトラス卿だったが、すぐに浮かない顔をする。
    「しかし問題が3つある」
    「と言うと?」
    「一つは、かなり乱暴に暴れ回らなければこの作戦が実らない、と言うことだ。ちょっとやそっと引っ掻き回した程度では、奴らの成長計画をご破算にするのは難しい。
     それに関連して二つ目だが、やり過ぎても駄目だ」
    「なんで?」
     尋ねたマロンに、プレタが答える。
    「アンタ、散々打ち倒してボロボロになった相手の土地やら商会やら、欲しい?」
    「あ、そう言うことね」
    「そう、その通りだ。あまり破壊行為をやり過ぎると、いざ我々が買い取る場合、その価値を著しく損ねてしまっている可能性が高まる。
     できれば計画の邪魔程度に抑え、人員や施設、その他生産地などの破壊はしないようにしてほしい」
    「分かったわ」
    「そして三つ目だが、これが最も君たちにとって過酷な要因となる。
     奴らも我々がこうして邪魔しにくることは読んでいるはずだ。となれば、その阻止を行おうとするのは当然だ」
    「つまりその、実際に阻止しようって奴らとあたしたちが衝突するってわけね」
     プレタの言葉に、マルセロがうなずく。
    「ああ。既に俺たちの情報網で、奴らが支配下の各国から兵隊を集めて防衛隊を結成したと言う情報をキャッチしている。
     そして央中の金火狐商会から、大量に武器・弾薬を買い付けたって情報もな」
    「さぞ手強そうね」
    「……で、どうだろう?」
     と、トラス卿が不安げな目でプレタたちを眺めてくる。
    「非常に危険であるし、困難な仕事でもある。しかし報酬は間違いなく支払う。
     やってくれるか……?」
    「いいわよ」
     プレタとマロンは逡巡する様子も見せず、同時に承諾した。
    白猫夢・流猫抄 8
    »»  2013.04.28.
    麒麟を巡る話、第215話。
    姉妹の契りと、古い夢。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
    「おお、そうか! いや、非常に助かる、ありがとう」
     喜ぶトラス卿に、二人はまた同時に人差し指を立て、条件を出す。
    「その代わり報酬と、しばらくあたしたちの住む場所は、うんと奮発してよね」
    「ああ、いいとも。……いや、そうだな」
     トラス卿は一瞬考え込む様子を見せ、こう返した。
    「二人ともここに住むか?」
    「え?」
    「この街で住むのに一番いい場所は、間違いなくここだ。不足は無いが、どうかな?」
    「いいの?」
    「私しか住んでないからな。一人で持て余していたところだ。
     いや、無論、こんなむさ苦しい中年男がずっと側にいるなんて嫌だ、と言うなら、別の住まいを探すが」
    「……んー」
     プレタがマロンに耳打ちし、相談する。
    「あたしは別に構わないけど、あんたは?」
    「いいわよ? 面白いおっさんだし」
    「じゃ、決まりね」
     二人がうなずいたところで、トラス卿はにっこりと笑った。
    「うむ、よろしく。……と、名前を聞いてなかったな」
    「あ、そう言えばそうね。あたしはプレタ。こっちはマロン。姉妹みたいなもんよ」
    「うむ。……では早速、部屋を見繕うとしよう」

     トラス卿から部屋を与えられ、二人は早速休むことにした。
    「作戦会議は明日、別のところで行う。それじゃゆっくり休んでくれ」
    「ありがと」
     と――扉を閉める直前、トラス卿が不安そうな顔をする。
    「遠慮してないか?」
    「いいえ?」
    「一人一部屋でも構わないんだが……、本当に二人一緒で良かったか?」
    「ええ。色々話もあるから」
    「そうか。……うん、まあ、それじゃ。
     お休み、お嬢さん方」
     扉が閉まったところで、ベッドに腰掛けていたマロンが口を開く。
    「……完璧、姉妹ってことになったわね」
    「いいじゃない。あれこれ説明するより手っ取り早いし」
    「あ、ううん。不満は無いのよ。ただ……」
    「ただ?」
     マロンはニッと、口角を上げて見せた。
    「あたし、お姉ちゃん欲しかったのよね。兄とかはいたけど」
    「……そーね。あたしも妹とか、女の子の兄弟欲しかったわ」
    「えへへ……」
     どちらからともなく、笑いが漏れる。
    「ね、ね」
    「ん?」
     マロンはベッドからぴょんと立ち上がり、プレタにこう耳打ちした。
    「あたしたちに苗字付けるとしたら、何にする?」
    「んー……、そうね……」
     悩むプレタに、マロンが続ける。
    「あたし、いい案があるのよ。ミニーノってどう?」
    「……いいかもね。じゃ、これからしばらくはミニーノ姉妹ってことね」
    「うふふ……、よろしくね」
     マロンは顔を真っ赤にしつつ、ベッドに寝転んだ。
    「じゃ、お休みっ!」
    「はいはい、お休み」
     プレタも自分のベッドに入り、すぐに眠りに就いた。



     彼女は夢を見た。
     それはまだ13歳の頃――彼女が央南にいた頃の思い出だった。
    「ねえ、朔明さん」
    「うん……?」
     傍らで自分を優しく眺めてくれていた男に、彼女は微笑んだ。
    「あたし……、あなたの悲願が叶えられるなら、何でもするから」
    「ああ……」
     男は彼女の唇に、ちょんと自分の唇を重ねた。
    「君が手を貸してくれるなら、成功しないはずが無いさ」
    「ええ。……ええ、だから、……朔明さん」
    「ん?」
    「……あたしを、愛してると言って。そう言ってくれたら、あたし、この先一生、あなたに付いて行くから」
    「……はは」
     男は笑い、彼女の頭を撫でながら、彼女の言う通りに応えた。
    「愛してるよ、月乃」

     そう答えた男の顔は――木の洞のようだった。



    「うあ……っ!」
     がば、と飛び起きる。
    「……はぁ……はぁ……」
     甘い思い出が悪夢に変わり、彼女は全身に汗をかいていた。
    「……んにゃ……どうしたの……?」
     声をかけられたが、彼女は取り繕う。
    「……ううん、何でもない。変な夢見ちゃった」
    「……こっちで一緒に寝る……?」
     その提案に、彼女は素直に従った。
    「そうするわ。……ごめんね、お邪魔するわ」
    「いいわよ、そんなの……」
     今度は二人で一緒に、眠りに就く。

     かつて「黄月乃」だった彼女は――今度は昔の夢を見ず、ゆっくりと眠ることができた。

    白猫夢・流猫抄 終
    白猫夢・流猫抄 9
    »»  2013.04.29.
    麒麟を巡る話、第216話。
    「ファルコン」部隊。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     トラス卿の傭兵となったプレタとマロンは、早速マルセロ率いる遊撃隊――通称「ファルコン」部隊の本営に案内された。
    「諸君、今日は新しく我々の仲間となった人間を2名、紹介しよう」
     この部隊の司令であるマルセロが壇上に立ち、そう前置きしたところで、彼の前に並ぶ隊員たちがざわ……、とどよめいた。
     それを受けて、マルセロが苦笑する。
    「なかなかの美人だが、それで採ったわけじゃない。抜群の腕利きなんだ。非常に有力な戦力であると、大いに期待していい。
     では簡単に、自己紹介してもらおうか」
     マルセロに促され、「姉」のプレタが応じた。
    「どうも。あたしはプレタ・ミニーノ。こっちの茶色い耳の方がマロン・ミニーノ。二人とも刀と魔術を使うわ。よろしく」
     と――紹介を終えた途端、隊員たちから手が挙がる。
    「はい、はいはい! 歳はいくつ?」「好きな食べ物は?」「好みのタイプ教えて!」
     浮足立った隊員たちを、マルセロが一喝する。
    「朝から寝ぼけてんのか、アホ共っ! お前らのデート相手に連れて来たんじゃないぞ!」
     その一声で、隊員たちはピタ、と騒ぐのをやめた。
    「……コホン。では早速、今回の仕事について説明する」

     マルセロは背後に置いてあった黒板に、簡単な地図を描く。
    「今回は隣国、カプリ王国へ向かう。ここ数週間で『天政会』の人間が多数目撃されており、情報部の調べでは同国内において商会や市町村の買収を行っているとのことだ。
     同国は近年の不況に抗えず、商会および市政当局の半数が財政破綻ないし破産している。恐らく『天政会』はそれらを二束三文で買い叩き、央北東部進攻への足掛かりとしようとしているのだろう。
     勿論、このまま買い叩かれていくのを看過する我々では無い。しかし一方で、同国の各組織が金を受け取れずに破産していくのをただ眺めると言うのも忍びない。
     と言うわけで今回の作戦は、こうだ。買収を行うため、『天政会』は多額の資金を同国内に持ち込んでいる。と言っても現在、国際競争力の無いヘブンズ・クラムでは無い。調べによれば央中のエル通貨だ。およそ7億5千万、カプリ王国政府の歳入の3割強と言う、相当の金額だ。
     我々はこれを奪い本国に移送した後にロンダリング(不正行為によって得た金を、正当な方法で手に入れたように偽装・隠蔽すること)を行い、改めて『新央北』からの融資として同国に送る。
     作戦が成功すれば『天政会』は巨額の損失を被ると同時に、同国の我々に対する信用度は大きく増し、『新央北』の勢力拡大につながるだろう」
     説明を聞き、マロンがプレタに耳打ちする。
    (もっともらしいこと言ってるけど、強盗よね)
    (そう言えるわね)
     それを横目で見ていたマルセロがにらむ。
    「私語は慎んでもらおう。まだ説明の途中だ」
    「あ、ごめんなさい」
    「コホン。……で、我々の作戦だ。
     A隊は先に現地入りし、資金奪取後の逃走経路の確保を行ってくれ。
     B隊とC隊は実際に攻撃を加えてくれ。D隊はそれを遠隔から支援だ。
     いつものように奴らは魔術と銃器を主体とした布陣を敷き、拠点防衛を行っているはずだ。周囲の建物上部からD隊が監視を行い、敵兵の位置を確認。そこでB・C隊は攻撃を開始。D隊は戦闘中も、B・C隊に逐次状況を知らせてくれ。
     そして敵を一掃し、拠点制圧に成功し資金を奪い次第、全隊速やかに現場から離脱しろ。
     で……」
     マルセロは二人にもう一度目を向け、こう命じた。
    「二人はC隊に入ってくれ。B隊が奇襲した後、増援を防ぐ形で臨場だ」
    「分かったわ」
    「説明は以上だ。A隊は本日中に、残りは3日以内に現地入りし、準備を整えるように。では各隊、綿密に作戦を練ってくれ」
     そう締めくくり、マルセロは壇から降りる。そこでマロンが尋ねた。
    「ねえ?」
    「うん?」
    「アンタは参加するの?」
    「無論だ。俺は後方支援のD隊隊長として参加する。戦闘中何かあれば、C隊の隊長と俺が聞くからな」
    「分かったわ」
     マルセロが会議室を後にしたところで、坊主頭で頬と顎全面に濃いひげを生やした、色黒の熊獣人が声をかけてきた。
    「お前ら、C隊に配属だったな? 俺がC隊隊長のグレゴ・マーキーだ。
     早速会議を始める。付いて来い」
     グレゴの言葉に、マロンがげんなりした顔になる。
    「また会議? ……当たり前って言えばそうなんだけど」
    「いきなり敵陣に飛び込むバカがいるかよ。つべこべ言うな」
     グレゴはむすっとした顔で、二人と隊員たちに付いて来るよう促した。
    白猫夢・隼襲抄 1
    »»  2013.05.01.
    麒麟を巡る話、第217話。
    御託と本音。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     トラス王国の西、カプリ王国。
     こちらも先代トラス卿と同じく、中央政府の混乱と崩壊に乗じて独立した国家である。しかしトラス父子ほどの政治手腕は無かったらしく、建国から10年と経たぬうち、早々に財政破綻をきたした。
     隣国と言う関係もあって、トラス王国は何度か資金援助を行ってはいたのだが、それも焼け石に水であったらしく、一向に再建の目途は立っていなかった。



    《困窮するこの国に救いの手を差し伸べる。それが我々がこの国に対して施すことのできる、最高の善行だ。
     しかしこれを妬み、我々の用意した義援金を奪おうとする悪徳の輩がおる。事実、我々は過去に二度その妨害を受けており、その被害は決して小さな額ではない。
     ましてや今回用意した義援金は、約8億エル。これほどの富を心待ちにしているその国の皆に届かず、悪徳の輩の私腹に収まるとなれば、奪った彼らだけではなく、我々さえも、地獄へ落とされるに足りるほどの咎を背負うこととなるだろう。
     我らが主神、ゼロは仰っている。『己や、己が守るものを脅かす者があった時、武器を取り彼らと戦うことは、決して悪い行いではない』と。まさに今、そのお言葉通りのことが起ころうとしているのだ。
     我々は決して、悪徳の輩に打ち負かされるようなことがあってはならない。……では皆、どうか我々のため、そして困窮する人々のため、今回も奮闘してくれ》
     そう締めくくられ、天帝教の大司教からの通信が切れる。
     拡声用の魔法陣の前には大司祭と司祭数名、そして重武装した兵士が、ずらりと並んでいた。

    「ファルコン」情報部の調べ通り、既に「天政会」は多額の金と、それを護るための兵士1中隊をカプリ王国に送り込んでいた。
     今この時、彼らが滞在しているこの建物には8億エルと言う巨額の資金が収められており、そして建物の2つや3つ程度なら簡単に吹き飛ばせる量の――明らかに過剰な量の爆薬が、あちこちに積まれていた。

     つい先程まで恭しい言葉を並べ立てて演説していた大司教だったが、その腹の内には怒りが煮えたぎっていた。
    (忌々しい狗どもめ……! 今度こそ討ち取ってくれよう!
     相当な無理を通して、これだけの武器を揃えたのだ。これだけあれば以前のような敗北を、三度も喫しはせん!
     罠も仕掛けておるからな……ひひひ)



     トラス王国での作戦会議から2日後、ミニーノ姉妹とC隊はカプリ王国に入った。
     とは言え一度にぞろぞろと入ってきたわけでは無い。目立つのを避けるため、2人か3人ずつで、バラバラに入国していた。
    「央北の内地には初めて入るけど……、トラス王国とあんまり変わんないわね。悪い意味で」
    「そうね。悪い意味で」
     二人の目の前には、ゴミだらけの路地が続いている。
    「で、落ち合うのってどこだっけ?」
    「えーと……、この先の……、あれかしら、あの茶色い建物の右手に、……で」
     C隊の作戦会議の内容を思い出しつつ、二人は指定された場所へと向かう。
    「ここ、かしら? ……あ、ここっぽいわね」
     廃屋にしか見えない建物を訪ね、浮浪者風の偽装を施した隊員と合言葉を交わし、二人は中に入る。
    「おう、来たか」
     入ったところで、グレゴが出迎えた。
    「どうも。……もう全員集まった?」
    「いや、まだもう少しと言うところだ。夕方までに揃う予定だ。
     ああ、そうそう。お前らの武器も届いてるぞ。あっちに置いてある」
    「ありがと」
     軽く会釈し、示された方へ向かおうとしたところで、グレゴが「フン」と鼻を鳴らした。
    「ろくに敬語も使えんのか!? 上官だぞ、俺は!」
     そう怒鳴られるが、プレタがさらりと返す。
    「隊長が尊敬に値する人間なら使うわよ。そんなこと言うなら、きっちりいい仕事して見せてほしいわね」
    「不遜な奴らめ!」
     もう一度鼻を鳴らし、グレゴは大股でその場から離れた。
    白猫夢・隼襲抄 2
    »»  2013.05.02.
    麒麟を巡る話、第218話。
    夜に紛れて。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     現地入りから2日後、マルセロから全隊に連絡が入った。
    《敵のアジトに動きがあった。どうやら今夜のうちに資金を運び出すようだ。
     運び出す金は全部じゃないだろうが、それでも二手に分かれる分、警備は手薄になる。運び出された方は放っておいて、残りを奪いに行くぞ》
    「了解!」
     通信を終えるなり、グレゴは拳を振り上げて怒鳴る。
    「準備はいいか、お前らッ! ブッ込んでいくぞッ!」
    「おうッ!」
     隊員たちは武器を振り上げ、これに応じた。
     プレタたちも一応拳を上げて応じる。が、グレゴが苦い顔を向けて来た。
    「声が小さい! もう一回! 行くぞーッ!」
    「……おー」



    窓を閉め切った、小ぢんまりとした建物から司祭と、彼を囲む形で兵士が現れる。
     その司祭の背後には、同様に兵士が2名と、エル貨幣を大量に積んだ木箱が続く。
    「お、お願いしますね、みなさん」
    「……」
     司祭はおどおどとした物腰で、兵士や、背後の木箱をきょろきょろと落ち着きなく確認するが、兵士たちは黙々と歩を進める。
    「本当にその、大変な任務ですよね、ね、本当」
    「……」
    「いや、私もまさかこんな危険な役目を任されるなんて、本当、思いもしなくてですね」
    「……司祭殿」
     と、前を歩いていた兵士が、司祭に顔を向けず応える。
    「お静かに願います」
    「あ、は、はい、どうもすみません、本当。いや、いつもは物静かなんですよ、私。でも緊張すると、何かしゃべらないと間が持たないって言うか……」
    「司祭殿」
    「……あ、すみません」
     ようやく司祭が黙り込んだところで、その兵士が立ち止まった。
    「ど、どうしました?」
    「いや……、何か物音がしたような、と」
     兵士たちは小銃を構え、辺りを警戒する。
     と、路地裏からひょこ、と猫が姿を見せた。
    「な、なんだ、猫じゃないですか」
    「そのようですな」
     兵士はそう返し、猫に向けて小銃を撃った。
    「なっ……!」
     当たりこそしなかったものの、猫は相当驚いたらしく、悲鳴のような鳴き声を上げて走り去っていった。
    「なっ、何をなさるのですか!」
    「作戦の邪魔ですから」
    「無益な殺生はいけません!」
    「……あなたの上司の、大司祭殿も仰っていたではないですか。『自分を脅かす者があった場合には攻撃して構わない』と」
    「あなたは猫に襲われて死ぬような人ではないでしょう!? どこが脅威ですかっ!
     まったく、不信心な! いいですか、聖書の『大卿行北記』第6章第3節には……」「ええ、ええ、分かりました。行きましょう、司祭様」
     司祭がわめきたてるまま、一行はその場から去って行った。

    「……あ、あっぶねぇ」
     物陰に潜んでいたB隊隊員の一人は、すぐ目の前に空いた壁の穴を見て、冷や汗をかいていた。
    「運が良かったな。もう少し前にいたら、作戦開始前に殉死してたぞ」
    「良いのか悪いのか分からんよ……」
     隊員たちは恐る恐る往来を確かめ、人の姿が無いことを確認する。
    「よし、進むぞ」
     B隊は往来に移り、「天政会」の人間が来た方へと駆け出した。
     間もなく先程の、小ぢんまりとした建物に到着し、そこでまた物陰に隠れる。そこでB隊隊長、ジェラルドが作戦の再確認を行った。
    「攻撃の手筈は分かっているな?
     まず閃光手榴弾を投げ込み、入口付近の兵士を行動不能にする。そこで第一班が乗り込み、外から手榴弾と小銃を使用し内部を攻撃。
     この際に内部からの攻撃があることが予想されるが、それを想定して第二班が魔術封じと煙幕を使い、敵の魔術と銃火器とを無力化させる。
     内部の敵が全滅、あるいは戦闘不能となったところで内部へ潜入。この辺りで既に出発していた敵兵が戻ってくる可能性があるが、それはC隊が処理することになっているため、我々は資金の回収に徹すること。
     資金を回収し次第イッシオ司令に連絡し、A隊をよこしてもらって離脱。……全員、大丈夫だな?」
     無言でうなずく隊員たちを確認し、ジェラルドは命令を下した。
    「作戦開始だ」
    白猫夢・隼襲抄 3
    »»  2013.05.03.
    麒麟を巡る話、第219話。
    作戦遂行。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     B隊の一人が物陰に隠れたまま、閃光手榴弾を投げ付ける。
    「……?」
     相手の兵士が地面に視線を落とした次の瞬間、ボン、と言うくぐもった音と共に、真っ暗な往来が一瞬、真っ白に染まる。
    「うわ、うわーっ!?」
    「み、耳っ、目がっ、うあっ」
     強烈な音と光で、兵士たちは悶絶する。
     同時にB隊が小銃を構えながら、建物前へと駆け出してきた。
    「今だ、撃て、撃てッ!」
    「了解!」
     隊長の号令に従い、B隊全員が走りながら小銃を撃ち散らす。
    「うあ……っ」「ぎゃっ!」
     武器を落とし、半ばうずくまっていた兵士たちは、なす術も無く倒れていく。
     入口の警備が全滅したところで、ジェラルドが短く叫ぶ。
    「制圧完了! 中に進入する!」
     B隊はそのまま、建物内へとなだれ込んでいった。

    「出だしは上々だな」
     離れた場所からこの様子を確認していたマルセロは、ほっとした顔で双眼鏡を下げつつ、煙草をくわえた。
    「後は援軍を蹴散らしつつ、資金を奪って逃げるだけだな。
     先発隊の動きはどうだ?」
     この問いに、同じく監視を行っていたD隊員の一人が答える。
    「手榴弾の音で襲撃には気付いたようですが……、そのまま進んでいます」
    「そのまま?」
     これを聞いて、マルセロは一旦、煙草を口から離す。
    「てっきり引き返してくるもんだと思ってたが……、移送任務を優先させるつもりかな。
     まあいい、来ないならそれはそれで楽だ。C隊に問題無しと伝えよう」
     マルセロは煙草をくわえ直しつつ、「魔術頭巾」を頭に巻き付けた。
    「司令、煙草……」
     と、それを見た隊員が咎める。
    「ん?」
    「燃えますよ、『頭巾』」
    「おっと、そうか」
     まだ一吸いもしていない煙草をぐりぐりと踏みつつ、マルセロはつぶやく。
    「もっと手軽に使えないもんかね、この『頭巾』ってのは。火気厳禁、一々頭に巻かなきゃ使えない、使う時は常に待機状態じゃなきゃならん……。
     せめて片手でひょい、っと使えるようにならんもんかねぇ?」
    「100年、200年こうだったんですから、この先もきっとこのままですよ」
    「そんなもんかね……。っと、ダベってる場合じゃないな。
     ……ん、ん、『トランスワード:C』」
     呪文を唱えてから一瞬間を置いて、C隊通信兵の返事が返ってきた。
    《C隊。どうぞ》
    「おう、俺だ。先発隊はそのまま目的地に向かうつもりらしい。C隊は現場付近で警戒態勢を続けてくれ」
    《了解》

     マルセロからの命令を受け、グレゴはC隊全員にそれを伝えた。
    「先発隊は現場に戻ることなく、そのまま進んだそうだ。俺たちの側でやることは無くなった。念のため現場で待機し、B隊を補助だ」
    「了解しました」
     C隊のほぼ全員が敬礼し、その命令通りに動こうとする。
     ところが――プレタとマロンは敬礼もせず、こう返した。
    「変じゃない?」
    「あ?」
     グレゴは途端に苛立った顔を見せる。
    「上官の命令が聞けんのか! つべこべ言わずさっさと……」
     と、怒鳴りかけたグレゴを無視して、マロンは通信兵から「頭巾」を奪い取る。
    「おい、何なんだお前ら!? さっさと返せ! 動け! 行けッ!」
     怒鳴り散らすグレゴには構わず、マロンは「頭巾」を巻き付けた。
    「マルセロ、聞いてる?」
    《ん? お前……、プレタか?》
    「マロンよ」
    《どうした? つーかそれ、誰の『頭巾』だ?》
    「いいから。おかしいと思わない?」
    《何がだ? それはすぐ行けって言う俺の命令より優先されることか?》
     背後で散々怒鳴り散らしているグレゴに対し、マルセロは静かに尋ねる。
    「ええ。先発隊はそのまま向かったって言ったわよね?」
    《そうだ。恐らく移送任務を優先したんだろう。それだけか?》
    「それだけじゃないわ。B隊がすんなり入って行けたのよ?」
    《綿密に突入を計画してたからな。そりゃ、うまく行かなきゃ困る》
    「表には兵士が2人だけ。奥から出て来る様子も無し。
     アンタの話じゃ、敵は重武装して構えてるはずじゃなかったの? 先発隊も軽装だったわよ?」
    《……ん? ……む……》
     一旦、マルセロの応答が止まり、そして怪訝そうな声が返って来る。
    《なるほど。確かに容易過ぎる。つまり罠が仕掛けられていると?》
    「多分ね。B隊に連絡して、すぐ引き返させて」
    「いい加減にしろ、お前らあああッ!」
     と、プレタに抑えられていたグレゴが激昂する。
    「ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃと何を文句言ってるんだッ! 傭兵の癖に命令ひとつ聞けんのかッ! 俺がさっさと行けと言ったら、お前らは言われた通りにさっさと……」
    「……じゃあ隊長。今、司令から連絡入ったわよ」
    「ぬっ?」
    「『B隊は撤収。C隊は先発隊を追え』とのことよ」
    「はあ!?」
     グレゴはこの伝言を伝えたマロンに、怒りに満ちた目を向けた。
    「嘘をつけ! なんで司令がそんなことを……」
     ふたたび怒鳴りかけた、その時だった。

     つい先程B隊が進入した建物が、突然爆発した。
    白猫夢・隼襲抄 4
    »»  2013.05.04.
    麒麟を巡る話、第220話。
    罠の看破。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「おおっ!?」
     背後から聞こえて来た轟音に、司祭は上ずった声を漏らした。
    「せ、成功……、したみたいですね」
    「そうですな」
     振り向くと、真っ赤に照らされた煙が曇り空へと昇っているのが見える。
    「……しかし、……うーん」
    「どうされました?」
    「いくら大義のためとは言え、相手が賊であるとは言え……、罠に嵌めて皆殺しにする、と言うのは間違っていると思うのですが」
    「聖職者らしいお言葉ですが、これは相手と我々の戦争であることをお忘れなきよう。
     過去に2度、相手に痛手を負わされましたし、その際に犠牲者も出ています。同じ目に遭わせていけないと、そんなことを言っていては我々の墓が増えるばかりです」
    「しかし……、しかしこれは……」
     と、司祭の顔が強張る。
    「ひっ……」
    「どうされ、……」
     兵士たちも司祭の目線の先を追い、そこで後方から小銃を構えた者たちが追って来ることに気付いた。
    「ま、前からも来てます!」
    「……ぬう」
     前後から挟み撃ちにされ、一行は止まらざるを得なくなった。

    「後もう少し撤収が遅れたら、……と思うとゾッとするぜ」
    「やっぱり運がいいな、今日は」
     煤だらけになったB隊隊員たちは、揃ってプレタたちに礼を言った。
    「あんたが撤収させろって言ったらしいな。ありがとう、マジで助かった」
    「いいわよ、そんなの」
    「仲間って言ってる奴らを、見殺しになんてできないでしょ?」
     ひらひらと手を振り応じるミニーノ姉妹に対し、グレゴはギリギリと歯ぎしりしている。
    「いい気になるなよ……」
    「なってたのは誰よ? 呑気にあの建物の前に突っ立ってたら、アンタも木端微塵になってたわよ、きっと」
    「『過去2回成功したから今回もちょろい相手だ』、なんて思ってたんじゃないの?」
    「……ぐぬ」
     顔を真っ赤にし、黙り込んだグレゴに背を向け、プレタは拘束した兵士たちに尋ねる。
    「で、アンタたちの本当の拠点はどこ?」
    「誰が言うか」
    「言わなきゃ痛い目見るわよ」
    「……」
     口を閉ざす兵士たちから視線をそらし、プレタは司祭を指差す。
    「アンタが」
    「ひえっ!?」
    「ねえ、アンタ。昔のむごーい拷問って、聞いたこと無い?」
     マロンはにやぁ、と笑って見せる。
    「南海の話なんだけど、とある将軍が敵国に捕まった時に、こーんな拷問を受けたの」
    「ど、どんな……、ご、拷問、でしょうか?」
    「顔の前に火薬を積まれて、それに火を点けられるの」
    「え……」
    「勿論、将軍はそこから離れようとするけれど……」
    「す、するけれど?」
    「椅子にがーっちりと縛り付けられてるから、少しも身動きできないの。
     丁度今のアンタみたいに、……ね」
    「ひっ……」
     マロンは魔術で指先に火を作り、それを司祭の鼻先に、そっと近付けて行く。
    「パチパチ、パチパチぃ、……って音を立てて、火薬は次第に鼻先で燃えていく。
     目の前がどんどん真っ赤になっていく。どんどん火が近付いて来る。
     逃げなきゃ顔が大火傷を負うのは、確実。……でも、動けない」
    「やっ、やめて……」
    「ほら、すぐ近くに火が……」
     指と鼻先が拳半分まで近付いたところで、司祭は泣いて白状した。
    「いいい、言いますぅ! 6番通りの9丁目、『ホテル・ファミリア』ですぅ!
     ほ、ほら言いました! 正直に! ね! ね!? だ、だからどうか火は、火はぁ~……」
    「ありがと」
     マロンはにこっと笑い、指先の火を消す。プレタは振り返り、号令をかけた。
    「聞いた通りよ。みんな、行くわよ!」
    「貴様が命令するな! するのは上官だ! つまり俺だ!」
     グレゴが憤慨しつつプレタの前に立ちはだかり、命令し直した。
    「行くぞ! 『ホテル・ファミリア』だッ!」
     拘束した司祭と兵士たちをそのままにし、B・C隊はその場から駆け出して行った。



     15分後、「ホテル・ファミリア」にて。
    「これで小うるさい羽虫共がいなくなったと思うと、せいせいするわい……!」
     未だ黒煙を上げる建物を窓辺から眺めながら、大司祭はワインをあおっていた。
    「金火狐から買い付けた高性能爆薬、実に50キロ超……! 彼奴らが一挙に詰めかけたところで爆破すれば、ひとたまりもあるまいて!」
    「そう、ですな」
     嬉々とした表情を浮かべる大司祭に対し、部下の司祭らは浮かない顔をしている。
    「しかし卿、いくら敵であるとは言え、その、殺すと言うのは」
    「大司教からのご命令ではないか! 逆らえと言うのか!?
     それにだ、どうせ我々天帝教に恭順せぬ異教徒! 死んだところで神が怒る道理も無し、だ!」
    「……」
     既に相当酔っぱらっているのか、大司祭の語気は次第に荒くなる。
    「忘れたわけではあるまい、過去2度の屈辱を!? 既に滅びようかと言う国をわざわざ救ってやろうと慈悲の心を出してやった我々に、奴らは銃を向けたのだぞ! 天帝教への冒涜に等しいではないか! ならば神も助けてくれよう、目をつぶってくれようと言うもの!
     これはむしろ奴らにとっての救済、贖罪なのだよ! せいぜいあの世で罪を贖わせればいいのだ! いひっ、ひひ、ひひひ……」
     狂気じみた笑いを漏らす大司祭に、部下たちは眉をひそめていた。

     が――その表情は次の瞬間、恐怖のそれに変わった。
     室内にその「相手」が、多数詰めかけてきたからだ。
    白猫夢・隼襲抄 5
    »»  2013.05.05.
    麒麟を巡る話、第221話。
    金の流れと政治動向。

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    6.
    「黙って聞いてりゃあ……!」
     先陣切って踏み込んできたグレゴは、大司祭に小銃を向ける。
    「ひょ、……ひゃあっ!?」
     部下たちより大分遅れて事態を呑み込んだらしい大司祭は、ワインを窓の外に落としてしまった。
    「な、何故生きておるのだ、羽虫共!?」
    「フン……! お前らみてえなうらなり野郎の浅知恵、見破れんわけが無えッ!」
     見破った本人を散々なじったことも棚に上げ、グレゴは居丈高に怒鳴り散らした。
    「さあ、大人しくしやがれ、てめえら! 抵抗なんかするんじゃねえぞ!」
    「ひいい……」
     グレゴの脅しが相当に効いたらしく、大司祭たちは素直に従った。

    「ファルコン」部隊はこの場にいた「天政会」全員を拘束し、悠々と金を運び出すことができた。
    「A隊がぼやいてたぜ、『逃走ルートを必死で確保したってのに、これじゃ遠足じゃねえか』ってな」
    「ま、いいじゃない。楽できるのに越したことないでしょ?」
    「違いない、ははは……」
     窮地から一転、大勝利へと導くことができたためか、マルセロは上機嫌になっていた。
    「しかし……、こいつは相当のワルだったな」
     表情を忌々しそうなものに変え、マルセロは大司祭を顎で指し示す。
    「偉いお坊さんの癖して、大量虐殺しようとしやがって。なーにが大司祭だっつの。随分と徳の無いこったな、え?
     しかも、俺たちを羽虫呼ばわりしてたって?」
    「ええ」
    「殺した方が神様も喜ぶとか言ってたわよ」
    「おいおい、何だそりゃ。ふざけてんなあ、まったく!」
     マルセロは突然、大司祭を蹴り飛ばした。
    「ふげえ……っ」
    「ナメてんじゃねーぞ、生臭坊主! 俺たちを羽虫だのなんだの言ったらしいが、てめえの方がよっぽど虫けらじゃねえかッ!
     よくもまあ、自分の悪事をそこまでご大層に言い訳できたもんだな、ああ!?」
    「はう、はう……」
     大司祭はボタボタと涙と鼻血を流し、床に倒れる。
    「お前の企んだ爆殺計画は俺たちが公表する。これで『天政会』は央北の救世主から一転、てめえのことしか考えてねえクズに貶められるってわけだ」
    「そっ、それだけは……!」
     もぞもぞと起き上がった大司教の顔をもう一度蹴り、マルセロは突っぱねた。
    「やめてほしいってか? やなこった。
     俺たちはお前らが潰れるってんなら、何だってやるつもりだ。恨むんならしょうもねえことを企てた、自分の腐ったオツムを恨みな。
     よし、金は運び終えた! ダラダラこんなとこに長居する用は無い! 撤収だ!」
    「ファルコン」たちはマルセロの号令に応じ、拘束した大司祭たちを放ったまま、その場を後にした。



     その後の流れは、非常に流動的で素早いものとなった。

     まず、強奪計画のわずか2日後。トラス王国政府からの正式な援助金として、ロンダリング済の8億エルがカプリ王国へと融資された。カプリ王国はこれに深い感謝の意を表明し、「新央北」諸国との関係を強める意向を公表した。

     一方、「天政会」からの援助が事実上の不履行となったこともあり、カプリ王国は「天政会」に対し遺憾の意を表明。「天政会」下の諸国との国交を見直すとの声明を発表した。
     加えて、「天政会」の大司祭が高性能爆薬を使って大量虐殺を計画していたことも、出所不明な、しかし信憑性のあるうわさとして人々の口に上った。
     この2つのニュースが央北中に伝わったことにより、「天政会」の評判は一時期、下落した。



     一時期、と言うのは――その後「天政会」から、次のような声明があったからである。

    「我々の名を騙った偽僧侶が存在し、カプリ王国にて大規模な窃盗を行おうと、大規模融資と称して侵入していたとの調べが付いており、その犯人らも既に友好諸国の協力により検挙、および処刑した。
     我々がカプリ王国にそのような融資を行おうとした事実は存在せず、我々は今回の件とは無関係である」
    白猫夢・隼襲抄 6
    »»  2013.05.06.
    麒麟を巡る話、第222話。
    二人の活躍。

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    7.
    「その後の調べだとな」
     強奪計画から1ヶ月後、貧乏神邸。
     ミニーノ姉妹はマルセロから、「天政会」の執った悪評回避策を聞かされた。
    「あの時俺が蹴っ飛ばした坊さん、ニセモノに仕立て上げられたんだとさ」
    「ニセモノ?」
    「ああ。『天政会』はそもそも、融資なんかしようとも思ってなかったんだと言ってのけやがった。全部その『ニセ大司祭』が盗み目的でカプリ王国に押し入る方便だった、ってな」
    「呆れるわね……」
    「とんでもない言い訳作ったわね」
    「その通りだ、まったく!」
     話に加わっていたトラス卿は、忌々しげに言い捨てた。
    「つまり『融資云々の話は元から存在しないのだから、カプリ王国から不履行だのなんだの文句を言われるような筋合いは無い』って、強引にはねつけたと言うわけさ」
    「ま、向こうにしてみりゃ、もう当分の間は自分らになびきそうにない国になったわけだから、冷たくしたって何の問題も無いってことだ。
     現場主任だったあの坊さんも口封じに処刑されたらしいし、真実は既にうやむやになったってわけだ」
    「……改めて、悪どい奴らね」
    「まさに巨魁だ。一筋縄では行かんよ」
     と、トラス卿はいつものようにころっと、表情を変えて見せる。
    「しかぁし! 我々に注視して論じるに、今回の作戦は大成功と言う他無い!
     文句無く金は奪い上げたわけだし、カプリ王国との交流も強まった。我々としては万々歳の結果だ」
    「その通り。多少危うかったものの、我が『ファルコン』部隊も極めて満足行く仕事を成し遂げられた。
     プレタ。マロン。偏(ひとえ)にお前らのおかげだ。ありがとう」
     そう言ってマルセロは、二人に向かって深々と頭を下げた。
    「いいわよ、そんなの」
     いつものようにプレタはひらひらと手を振って返すが、マルセロは依然、頭を下げたままでいる。
    「そうは行かない。これからのことを考えればな」
    「……って言うと?」
     マルセロは顔を挙げ、二人にこう願い出た。
    「お前らの腕はすごい。兵士、傭兵として見るに、まさに超一流だ。申し分無い。
     だがお前らをそのまま一兵卒で使っても、結局は一兵卒の効用しか成さない。もっと重職をあてがった方が、お前らの真価をより発揮できるはずだ。
     そこで、どうだろう? D隊に転属して、俺の補佐をしてくれないか?」
    「え……?」
    「お前らの危険察知力。洞察力。そして行動力。どれを取ってもリーダー役に据えるのが適切であると、俺は思っている。
     俺も人をまとめ上げるのには自信があるし、トラス卿の右腕として働いてるから、世情にも詳しいし知識も豊富だと自負はしてる。
     だが『とっさの判断』ってのには、正直自信が無い。あの時だって、お前らがはっきり方向性を示してくれたから、俺は『戻れ』と命令できたんだ。
     な、頼む! お前らが助けてくれれば『ファルコン』も、ひいては『新央北』も負けなしだ! 報酬だって最初に言ってたのより、たんまり弾む!」
    「……うーん」
     ミニーノ姉妹は一旦場を離れ、二人で相談する。
    「どうする?」
    「あたしは構わないわよ。行くあてなんて全く無いわけだし、どこかで重用してくれるって言うんなら、願っても無いことだと思ってるわ」
    「そう、ね。……あたしもそう。どうせ他にやることなんて無いし、ね」
     二人はマルセロたちに向き直り、快諾した。
    「いいわ。その任、謹んで承るわ」
    「同じく」
     それを聞いて、マルセロと、そしてトラス卿は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
    「そうか、うん……、ありがとう。これからもよろしく頼む」
    「うむ。私からも礼を言わせてもらおう。ありがとう、二人とも」
     と、そのトラス卿に向かって、マロンがいたずらっぽくこう返した。
    「これでしばらく可愛い子ちゃん二人と一緒に暮らせる、ってわけね」
    「あぅ、……あ、い、いや、そんな、ゴホンゴホン、まさかまさか」
     トラス卿はごにょごにょとつぶやきながら、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。



     この後――ミニーノ姉妹は「新央北」にとって強力な指揮官として、この地で権勢を奮うこととなる。

    白猫夢・隼襲抄 終
    白猫夢・隼襲抄 7
    »»  2013.05.07.
    麒麟を巡る話、第223話。
    「天政会」の資金繰り。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ミニーノ姉妹が「新央北」に加担し、1年半が過ぎた。

     その間、「ファルコン」部隊の出動は4度あったが――そのいずれにおいても、二人は並々ならぬ貢献を積み、「新央北」の興隆を大いに盛り立てた。
     一方の「天政会」側も進出計画の度に策を弄し、「ファルコン」に打撃を与えよう、あるいは完膚なきまでに潰そうと画策した。
     しかしそのどれもがミニーノ姉妹の洞察と機転、グレゴをはじめとする各隊隊長の獅子奮迅の活躍、そしてそれらを最適な状態に取りまとめたマルセロの、非常に密な連携によって、すべて潰えていた。

     そのため、当初「圧倒的に優勢」「何の不都合や想定外の事態も、発生することは無い」「確実に高騰するはず」と予想されていたクラム圏の市場は伸び悩み、高騰により大金を得ようと目論んでいた「天政会」幹部たちは、こぞって戦々恐々としていた。



    「これは……、ぬう」
    「非常に難しい事態になりましたな」
     償還期限の近い債券の額面をにらみ、幹部たちはうめく。
    「計画が順調に進んでいれば、現在の時点で当初の運営資金の2倍を獲得しているはずだったが……」
    「『新央北』の度重なる介入・妨害により、クラムの価値は予想の半分強、1エル230クラム台で横ばいとなっております」
    「厳しいな。200クラムを切っていてほしかったが……」
    「今年度中に返済期限を迎える債権の総額は、エル建てで約20億。借入れ当時は10億強、1エル200クラムで返済できた場合では、その返済額は……」「そんなことは論じる必要が無い。必要なのはどこから資金を調達するか、だ」
     幹部らの座る卓の、最も奥に座っていた壮年の、短耳の男が苛立たしげに話を切り替える。
    「取り急ぎ返済すべきは、まずはこの20億エルだ。
     現実の、現在のレートで換算すれば、返済額は4600億クラムとなる。しかし我々の裁量で動かせる資金は現在、4200から4300億程度だ。
     このままでは債務不履行となり、この評議会の運営が破綻しかねない」
    「む……う」
    「あ、いや、枢機卿」
     と、幹部の一人が手を挙げる。
    「なんだ?」
    「その……、こんなこともあろうかと、と言うか、その、……敵方、もとい、異教徒らの用いる通貨を運用するのは、その、どうか……、と思ってはいたのですが」
    「うん? つまり君……、コノンで取引していた、と?」
     枢機卿と呼ばれた短耳の問いに、手を挙げた猫獣人はおどおどとしながらもうなずく。
    「は、はい。その……、不信心なことと深く恥じてはおりましたが、会の存続のためと、……その、はい」
    「ふむ。それはエルに換算して、どのくらいの額だ?」
    「え? あ、あ、はい、えーと、2億エル、……ほどには」
    「そうか。換えるにはどの程度時間がかかる?」
    「1週間もかからないかと。人気が伸びておりますし、……あ、いえ」
     汗をしきりに拭いながら応答する猫獣人に、枢機卿は深くうなずいた。
    「事実は事実だ。短期的にではあるが、現在クラムよりもコノンの方が、価値を高めつつある。
     その先見の明を評価することはあれど、まさか『異教徒の金に手を出すなどと』と叱咤したりはせん。これで当座の危機を凌げるのだから、君には感謝せねばなるまい」
    「は、……はい、ありがとうございます」
     深々と頭を下げた猫獣人から目を離し、枢機卿はこう続けた。
    「我々は、我らが主のため、主の末裔であるタイムズ一族の、再びの繁栄のために、金と権力、影響力とを集めるべく邁進している。
     それ故、例え異教徒の使う金であろうと、結果的に我々の益につながるのであれば積極的に運用すべし、……と私は考えている。一時のしがらみに囚われ余計な回り道をするより、究極的、最終的に我々が王座に立つためであれば、時には敵と手を組んでもよい、……とも、考えている」
    「す、枢機卿!?」
     天帝教の重鎮、中核に限りなく近い人物にしては不適切とも言える発言に、幹部たちはどよめく。
    「最終的には、だ。そこは忘れないでほしい。『大卿行北記』でも、当時の敵であった人間と友好を深め、改宗させた逸話がある。
     それもまた、我々の勝ちでは無いだろうか? 彼らが改悛し、教化されれば、それもまた、我々の支配圏が広がったと言うことになる。
     間違えてはいけない――彼らを負かすことが我々の勝利ではない。我々がふたたび世界へと羽ばたき、その果てにまで威光を輝かすことこそが、真の勝利なのだ」
     この枢機卿の言葉に、幹部のほとんどは感銘を受け、賞賛した。
    「なるほど……。確かに仰る通りですな」
    「忘れべからざるお話です。深く心に刻みました」
    「うむ。……では認識を新たにしたところで、次の融資計画を練ることにしよう」

     しかし――あくまで天帝教が唯一無二の存在であり、他の有象無象とは対等に接することすら愚かと考える一部の幹部には、この言葉の真意は十分に伝わらなかった。
    (べちゃくちゃと言い訳しておいて、結局は『敵を手を組んでも』、だと!? よくもそんなことを言えたものだ!
     やはりこのボンクラ聖下では、天帝教を再びの栄光に導けるはずもない)
    白猫夢・天謀抄 1
    »»  2013.05.09.
    麒麟を巡る話、第224話。
    興隆する「新央北」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「グッドニュースだ、皆!」
     喜色満面で遊戯室に飛び込んできたトラス卿に、ミニーノ姉妹とマルセロは、ビリヤード台から顔を挙げた。
    「どうしたんですか、卿?」
    「ふっふっふ……、これを見てくれ」
     トラス卿はビリヤード台に新聞を広げ、経済欄を指差した。
    「半年前に為替取引を解禁して以降、我らがコノンは順調に最高値を更新していた! そして今日、ついに1エル300コノンを切ったのだ!
     一方のクラムと言えばだ、昨年までアナリストたちの多くが1エル200クラムを切ると予想していたにもかかわらず、いまだ230クラム台で停滞している状態だ。
     この状況が続けばより投機的価値の高いコノンへと、世界各地域の資金が流れてくることは明白! それによってさらにコノン高が起こり、我々は世界一の大金持ちに、また一歩近付くこととなるのだ! うはははははっ……」
    「喜ばしいことです」
     そう返したマルセロに対し、プレタは懐疑的になる。
    「でもその反面、コノン圏内ではデフレが起こってるらしいじゃない」
    「う」
     痛いところを突かれ、トラス卿の笑顔が凍る。
    「まだ十分に、央北圏内にさえ流通しきってないのにじゃんじゃんコノン高が続くもんだから、為替市場じゃ数少ないコノンを片っ端から買い漁られて、肝心の『新央北』では不足してきてるって聞いたわよ。
    『新央北』全体で自分たちの手持ちが無くなっていくんだから、そりゃ買い物しようにもできなくなるのは当たり前じゃない」
    「まあ、その、あれは紙だから、刷ろうと思えばいくらでも……」
    「意匠が複雑なのと魔法陣描くのに手間がかかるせいで、一日の発行量はせいぜい10万から20万くらいでしょ? 為替市場の需要を全然満たしきれてないじゃない。
     発行する端から国外に流出していくわよ、そんなペースじゃ」
    「し、しかしまあ、高く値が付いてくれるのだから、結局は我々の……」
    「その『我々』の大半、実際に使う奴らに『手に入らなくて使えない』って嘆かれてんじゃない。
     使いどころのないお金なんか、それこそ紙切れ同然よ? 呑気してたら市場から『使用価値の無い貨幣だ』って見放されて、『天政会』と戦うどころの話じゃ無くなるわ」
    「……ぜ、善処するよ」
     トラス卿が経済談義でやり込められ、しょんぼりするのを見て、マロンとマルセロは同時に噴き出した。



     プレタの指摘があった通り、コノンの需要が発行量を著しく上回っており、発行・管理元であるこのトラス王国においても、コノン紙幣は満足に、街中に出回っていなかった。
     しかしそれでも、央北の覇権を争っている当事国である。この1年半で――極めてグレーな方法によるものではあるが――各方面での信用は篤くなりつつあり、その影響で経済は急激に回復し、街は活気を取り戻しつつあった。
    「あ、ここも舗装されたのね」
    「ゴミも消えてるわ。……あ、ここ」
     街に出たプレタたち二人は、街道の整備後も唯一残された街路樹の前で立ち止まる。
    「懐かしいわね」
    「え?」
    「あら、覚えてない? ここでアンタとあたし、初めて会ったのよ」
    「そうだった? ……そうだったかも」
     プレタは街路樹にもたれ、通りを眺める。
    「不思議ね」
    「え?」
    「偶然アンタがここにいなきゃ、あたしとアンタは知り合うことなんか、絶対無かったはずだし。
     そう考えれば、今の生活なんか、幻みたいなもんよね」
    「……いいえ、幻とはあたし、思わない」
     マロンはぎゅっと、プレタの手を握る。
    「きっと運命だったんだと思う。アンタと会ったことも、マルセロと知り合ったことも、『ファルコン』に入って戦ってきたことも。
     ……あたしが、故郷から、逃げてきたことも」
    「マロン?」
    「……そう考えないと、あたし、頭の中で、過去をきちんと清算しきれない」
     複雑な表情を浮かべたマロンに、プレタは笑いかける。
    「過去は過去。今と過去は、別のものよ。あたしの考えは、そう。アンタは、違うの?」
    「……あたしたちは、似てる。似てるけれど、やっぱり心の底の、底の方では、ほんのちょっとだけ違うのよ」
    「そりゃそうよ。全部一緒なら、アンタはあたしそのものになっちゃうもの。
     でもこうして別の人間として、存在してる。どこまで似ても、どこまで近くても、こうしてはっきり分かれてるし、それだからこそ、こうして……」
     プレタはぎゅっと、マロンを抱きしめた。
    「こうして、アンタを包み、支えられる」
    「……プレタ」
    「いつまでも一緒にいてほしい。あたしがどうなっても、アンタがどうなっても。
     あたしもアンタと出会ったことだけは、間違いなく運命だと思うから」
    「……ええ」
     マロンは顔を真っ赤にして、こくっとうなずいた。
    白猫夢・天謀抄 2
    »»  2013.05.10.
    麒麟を巡る話、第225話。
    大司教の陰謀。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「早速、仕事の話をさせてもらおう」
     黒い頭巾で顔を隠した男の前に、6人の男女が並んで立っていた。
    「まず、トラス王国大蔵大臣、ショウ・トラス侯爵についてだが、彼は秘密裏に非合法行為を請け負う私設軍隊を有しており、その蛮行は目に余るものがある。これを看過すれば、央北全体にとって好ましくない結果を及ぼすことになるだろう
     よって、その司令官および幹部の殺害を依頼したい。ターゲットは6名だ。まず、マルセロ・イッシオ司令官。そのイッシオ司令官の補佐官2名。そしてイッシオ司令官直属の指揮官3名。
     以上の6名だ。方法は問わない」
     と――並んでいた6人のうち、赤地に先端が黒い狐耳の、茶髪の男性が手を挙げる。
    「つまるところ、にっくき商売敵の小うるさい手先を亡き者にして『新央北』に非合法手段を使えなくさせ、クラム全面勝利の足掛けにしたいと言うわけですな、セドリック・アストン大司教」
    「な、何故私の名前を、……い、いや」
     黒頭巾がうろたえたところで、狐獣人は歯を見せて笑う。
    「我々もこう言う稼業を長く続けるとなると、依頼人の素性くらい洗うのは必須でしてね。
     いつ何時手のひらを返されて、あなたの直属だった大司祭殿のように切り捨てられるか、と言う懸念があれば、このくらいするのは当然でしょう?」
    「う……ぐ」
     アストン大司教は黒頭巾を脱ぎ、苦々しげな顔をあらわにして見せた。
    「まあ、そもそも我々のような下賤の者たちと密会していたとバレれば、立場も危ういでしょう。勿論何かしらの不都合が発生しない限りは公表なぞしやしませんし、これでひとまずの安全が確保されたとしておきましょう。
     で、報酬はいかほどで?」
    「司令補佐官と指揮官にはそれぞれ5000万クラム。司令官には8500万クラムを出そう」
    「ざけんな、安いぞ」
     派手なジャケットを羽織った、いかにもチンピラ然とした虎獣人の男が異議を唱える。
    「向こうさんの大臣やら司令官やらっちゅう重要人物を俺らに襲わせといて、その報酬が20万から30万エルか?
     人のことを下に下に見るんは勝手やけど、相場に合わんやろが」
    「その通り」
     と、「狐」も同意する。
    「死亡後の影響が半端なくデカい、央北の運命を左右するくらいの人間を殺すってのに、そんな大仕事をたった20万で請け負えってのはケチに過ぎますぜ。
     これが全部成功し、敵方がガタガタになりゃ、あんたらが手にする利益は誰も想像できないレベルの、とんでもない額に上るはずでしょう?」
    「な、ならば成功させればいい話だ!」
     大司教は軽く狼狽しつつも、こう反論する。
    「クラムで払うと言ったはずだ! 暗殺成功後、クラム高は絶対に起こる! ならば支払ったそのクラムも、エルに換算して50万、100万、いいや200万にだって……!」
    「わたくしたちは不確実を嫌うものですから」
     この反論にも、青と緑の派手な帽子とコートを着た、種族不明の女が応じる。
    「あなたの仰るクラム高が現実に起こると言う保証は、ご用意できませんでしょう」
    「う……」
    「そう言うわけです、聖下。現在価値で、少なくとも最低500万エルからでなきゃ、この依頼は受けられませんぜ?」
    「その……、我々のことを調べているのなら、その、実情は分かっていることと思うが……」
     大司教は歯切れ悪く、その要求を呑むことが難しいと暗に返す。しかし「狐」はにべもなく、さらにこう返す。
    「存じちゃいますがね、相場は相場だ。我々のような腕利きを雇おうって言うんなら、それくらいは出してくれなきゃ困りますぜ。
     それにだ、確かにあんた方『天政会』の台所事情が若干焦げ臭いってことは存じておりますが、こう言う時のために金を出してくれるパトロンが聖下個人に付いている、ってこともまた、存じておるわけですよ。
     ねえそうでしょ、カーウィン・ゴールドマンさん?」
    「……!」
     この言葉に、大司教と――そして壁を覆っていたカーテンの裏側に潜んでいた男がたじろいだ。
    「……君の調査力と洞察力は凄まじいな。私のことを調べたばかりか、ここにいることまで見抜くとは」
    「『仕事を完璧にこなすためにはいい目、いい鼻、そしていい頭が必須だ』、と言うのが親父の遺言でしてね。
     聖下が大金をバラ撒くような、しかも他人においそれと聞かせられないような話をするのに、聖下と一蓮托生のあなたがこの場にいないわけが無い。そう踏んだわけです」
    「なるほど」
     カーテンを翻し、金地に先端の赤い耳と尻尾を有した、身なりのいい狐獣人の男が現れた。
    「なかなか含蓄のある言葉だ。参考にさせてもらおう。
     君の名も聞いておきたい。何と言うのかな?」
    「ロベルト・ブリッツェンと申します。よろしくお見知り置きを」
     ロベルトはニヤ、と笑い、恭しくお辞儀をして見せた。
    白猫夢・天謀抄 3
    »»  2013.05.11.
    麒麟を巡る話、第226話。
    敵の急所へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「ファルコン」部隊は通算8度目の出動を行うため、作戦会議を開いていた。
     今回の任務は央北のまさに「中央」――ヘブン王国の隣にある小国、セブロ市国への潜入である。
    「まだうわさの範疇(はんちゅう)だが……」
     そう前置きし、マルセロは地図を指し示す。
    「『天政会』がこの街に、今年第二四半期末に期限を迎える債務を返済するための準備金、200億エルを移送したとの情報が入った。
     知っての通り、この国は『天政会』が央北内における為替・先物・金融、その他多数の商取引を行うために造られた街だ。それ故うわさと言えど、信憑性はかなり高いものと考えられる。
     よしんば、うわさ自体がデマだったとしても、ここを荒らせば奴らの資金運用計画にとって重大な影響を及ぼすことができるのは確実。可能であれば時期を問わず攻め込んでおきたかった場所だった。
     しかし……、今までそれは不可能だったわけだ。この国と我が国までの距離は遠く、さらに警備は厳重そのもの。ここへ飛び込もうものなら生きて帰ることなど、望むべくも無い。それほど困難かつ実現の可能性が希薄な計画だった」
     そこで言葉を切り、マルセロはまるで自分の雇い主のように、ガラリと表情を変えて見せた。
    「……だがッ! 我らが『ファルコン』の、結成以来2年間にわたる決死の工作活動によって、それがついに実現する時が来た!
     ここへ侵入・脱出するまでの経路は完全に掌握されており、武器・弾薬、車輌、その他兵站確保の手段も整えられている! そして何より……」
     マルセロは隊員たちを見据え、ニヤッと笑う。
    「百戦錬磨の屈強な戦士がこれだけズラリと揃っている! 生半可な兵隊や戦術じゃ、俺たちを止めることはできやしない!
     いよいよ『天政会』の屋台骨をがっちりと握り、揺さぶれる時が来たんだ……!」
    「……」
     顔を紅潮させる司令官に、隊員たちも喜色満面になっていく。
     と、ここでマルセロは真顔に戻り、こう続けた。
    「だが、実戦の際に何が起こるか分からないのは、いつものことだ。思いもよらない目に遭い、敗走することも、いつだって有り得ない話じゃ無い。
     ここでそんなことになったら、今までの苦労と戦果は水の泡だ。それだけは避けたい。今度も十分に気を付けて、任務に当たってくれ。くれぐれも慢心、過信にかられた行動はしないよう、極めて冷静な行動を行うように。
     以上だ。各自、計画を立ててくれ」

    A~C隊が会議室を後にしたところで、マロンが口を開いた。
    「『天政会』が造った街って言ってたけど……、何でわざわざ? すぐ近くに自分の配下でクラム管理国の、ヘブン王国があるのに」
    「そりゃ、逆だな」
     マルセロにそう返され、マロンはきょとんとする。
    「逆って?」
    「市国を作った後で、王国が下ったんだよ。その辺りの経緯を説明するとだ」
     マルセロは作戦会議に使っていた地図を、まだ火を点けていない煙草で指し示す。
    「確かに元々、セブロ市国はヘブン王国の一部だったんだ。
     ヘブン王国が『天政会』の傘下に下る前の話になるが、まだその頃はヘブン王国も自力で経済再生をする気力と意欲はあったんだ。
     しかし残念ながら、気力と意欲はあっても、実力と経験が無かった。7年前――先代女王が崩御し、現在の国王へ代替わりしてすぐの頃に、そのボンクラ国王が大規模な経費削減策を執ったんだ。『現在の国力で賄える程度に、国の規模を縮小する』ってな。
     しかし結果と言えば、惨々たるもの。杜撰な算定の元、農地やら工場やら、生産能力のある州や街まで無計画に売り飛ばしちまったせいで、コストを下げる以上に、国全体の生産力を大きく落ち込ませちまったんだ」
    「マルセロ、話ずれてるわよ」
     プレタが肩をすくめ、質問を継ぐ。
    「その国土売却計画の一環として売られた街が、現在のセブロ市国ってことね?」
    「そう言うことだ。『天政会』にとっちゃ落とそうと思ってた城が、自分から門を開いたようなもんさ。
     当然奴らはここを買い叩き、巨大な取引所を築き上げた。そしてその中で、目の前で発行されるクラムをことごとく為替市場から追い出すような、そんな取引を徹底的に続けた。
     その結果、元々安かったクラムはさらに価値を落とし、さっき言ったヘブン王国自身の生産力激減との相乗効果により、ついにクラムの発行・管理国であるはずの強国・ヘブン王国は、経済破綻をきたした。
     進退を極めたヘブン王国には最早、自分たちをへこました張本人である、『天政会』の誘いを受け入れる以外の方法は無かった、……ってわけさ」
    白猫夢・天謀抄 4
    »»  2013.05.12.
    麒麟を巡る話、第227話。
    マルセロの策。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     作戦会議から2週間後――ミニーノ姉妹、および「ファルコン」部隊の全員が、セブロ市国に潜入した。
    「央北で見てきた中で、一番活気のある街ね」
    「ああ。金の集まり方が半端じゃないからな。『天政会』の金庫と言っても過言じゃない」
    「でも、『天政会』の幹部連中はここじゃなく、マーソルにいるんでしょ? なんでそんな、面倒なことしてるのかしらね」
     マーソルとは、旧名を天帝廟と言い、元々は歴代天帝の墓所が併設されていた小さな港である。黒白戦争で天帝一族がこの地に追いやられて以降は、天帝教の総本山としての機能を有するようになった。
    「ま、色々理由はあるだろうが、一番の理由は『天政会』の上役である天帝教教皇庁の、監視の目が届かないところで金儲けしたいってことだろうな。
     流石にお坊さんが銭金集めに躍起になってるなんて、あんまり面白いもんでも無いし」
    「そりゃそうね」

     三人は早々と拠点へ籠り、今回の作戦を確認することにした。
    「手筈はこうだ。
     まず標的だが、『天政会』はこの市国において金融取引を主とする商会を作り、証券・為替取引所を運営させている。
     通常時においても数億から数十億エルの準備金・運用資金がここには収められているが、近々償還間近の債務があり、その支払いのために約200億エルが集められているそうだ。
     そこで俺たちはこの証券取引所を襲撃し、その200億エルを奪う」
    「成功すれば『天政会』はデフォルト(債務不履行)を起こす。そうなれば一気に信用を失い、市場から締め出されるでしょうね」
    「うまく行けばな。ま、そうでなくても、200億エルを失うってだけで致命的だ。奴らの計画が軒並み頓挫するのは確実。奴らが足を止めたその隙に、一気に俺たちが先を行く。
     それもうまく行ってくれれば……」
    「『新央北』と『天政会』の差は決定的なものになる。央北の覇権は『新央北』のものになる。……ってことね」
    「そう言うことだ」
     マルセロは一枚の地図を机に広げ、中心を指し示す。
    「ここが目標地点、取引所の金庫室だ。
     準備金が蓄えられていると言うこともあって、現在、取引所の警備は厳重になっている。ヘブン王国から多数の兵士を借り、護りに当たらせているとのことだ。
     しかし一方、ヘブン王国側としては、己の国を貶めた張本人らである『天政会』に対して嫌悪感を持っている国民が少なからず存在しているのも事実だし、当然その中には兵士も含まれている。
     恐らく未必の範疇ながらも、『天政会』に何らかの打撃が加えられても構わないと考える者もいるだろう。
     俺たちはそれを突く形で、ここを襲撃する」

     日が沈み、街の灯も落ちた頃になって、「ファルコン」部隊は動き出した。
    「ま、実を言えばもう既に、作戦の半分は終了してるも同然なんだ」
     D隊の拠点にて、マルセロはくわえ煙草で笑みを浮かべている。
    「この半月のうちに、取引所を警備する奴らの素性は粗方洗っている。
     で、その中で『天政会』の施設警備をすることに対し、多かれ少なかれ不満を持っている奴に対し、密かに金を渡している。『俺たちが襲撃する時、ほんのちょっとでいいから隙を見せて侵入させてくれればいい』って伝えつつな。
     言い換えれば、真剣に警備させないってことだ。勿論、職務責任上は真面目に仕事しなきゃならないが、もし警備に失敗したとしても、罰するのは『天政会』じゃない。『天政会』から命令された、王国だ。
     王国自体、『天政会』に対して悪感情を持ってるわけだし、失敗したって大して咎められないのは目に見えてる。だから『ちょっとくらい怠けたっていいさ』って気分は、元からあるんだ。
     ましてやこの仕事を誰のためにするかって言えば、にっくき『天政会』のためだ。元から本腰なんか入れたくないような仕事を命じられたところに、俺たちの懐柔だ。
    『ほんのちょっと手を抜くくらいならいいかも』と思って不思議はないし、そもそも戦ったら被害を被る危険もある。誰だって危険な目には遭いたくないし、じゃあ言うこと聞いておこうかとなる。
     結果、厳重なはずの警備には、あちこちに隙ができる。俺たちはそれをすり抜け、そのまま金を強奪していくってわけさ」
    「ま、悪くない作戦ではあるわね。被害は少ない方がいいわ」
     プレタから及第点を与えられ、マルセロはニヤ、と笑って返す。
    「だろ?」
    「でももし、クソ真面目に応戦する奴が大勢いたら?」
    「その点も抜かりない。
     さっき言った調査で、警備の穴はある程度把握できている。そこを縫うような形で侵入すれば、もし応戦する奴が大勢いたとしても、相手する回数はかなり少なくできる。
     こちらの戦闘力の高さを考えれば、特に支障なく進めるはずだ」
    「じゃ、後は臨機応変に指示を送るくらいね」
    「ああ。……ま、1時間もあれば片が付くだろうさ」
     マルセロはニヤニヤと笑いながら、煙草に火を点けた。

     その安堵感を打ち破ったのは――突然立ち上がって叫んだ、通信兵だった。
    白猫夢・天謀抄 5
    »»  2013.05.13.
    麒麟を巡る話、第228話。
    接触。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「頭巾」を被っていた通信兵が唐突に、大声を上げる。
    「だ、……誰だ、お前は!?」
    「どうした?」
     マルセロが尋ねたが、通信兵は耳を押さえ、何かに聞き入っている。
    「おい?」
    「……し、司令官!」
     通信兵は困惑した顔を、マルセロに向ける。
    「その、……その、A隊と思われる『頭巾』からの、通信が」
     妙な言い回しに、マルセロとミニーノ姉妹は揃って怪訝な表情を浮かべる。
    「思われる? アセラかフレッコじゃないの?」
     プレタはA隊の隊長とその通信兵の名前を出したが、相手は首を横に振る。
    「貸しなさい」
     プレタは通信兵から「頭巾」を受け取り、頭に巻いた。
    「アンタ、誰?」
    《俺かい?》
     通信兵が困惑していた通り、確かにその声はプレタたちには聞き覚えのない声だった。
    《さーて、誰だろうな?》
    「ふざけないで。その頭巾、誰から奪ったの?」
    《ちょっと考えりゃ分かるだろ?》
     挑発するような男の声に、プレタは一瞬、押し黙る。
    「……」
    《お? 怒っちゃったか? くく……》
    「あたしたちの部隊を襲ったのね?」
    《ああ》
    「隊員は無事?」
    《今のところはな。とりあえず、縛ってあるだけさ》
    「解放する気は?」
    《あんたら次第さ》
     横で別の「頭巾」を使い、話を聞いていたマルセロが、そこで割って入る。
    「言ってみろ。何が望みだ?」
    《あんた……、マルセロ・イッシオ司令官だな?》
    「……そうだ」
    《あんたの身柄さぁ。それとあんたのお付き二人もだ》
     この要求を聞いたマルセロは一瞬、プレタたちの顔を見る。
    「……」
     それを受け、プレタが代わりに返答する。
    「一つ、聞くわよ」
    《どうぞ》
    「アセラは、……隊長は無事なの?」
    《……ひひ》

     次の瞬間――プレタは部屋中がビリビリと震えるほどの怒声を放った。
    「ふざけてんじゃないわよ、このクソ野郎おおおッ!」
    《……っく、……なんだよ、いきなり》
    「狙いは各隊隊長と司令官、そしてあたしたち二人ね? そしてもう既に、アセラは死んでいる。そうね!?」
    《何でそう思うよ?》
    「アンタの応答の、一瞬の間がそれを語ってるわ……! 違うと言うなら、アセラを出しなさいよ!」
    《……まあ、……まあ、落ち着けよ。そりゃまあ、ちょっと痛めつけはしたが、……生きてるのは、生きてる。気、失ってはいるけど、まだ、生きてる、……と思うぜ》
    「生きてる『と思う』?」
     その回答に、プレタの語気がさらに荒くなる。
    「アセラに何をしたかなんて聞かないわ。……アンタ」
    《なんだ?》
    「殺すわ」
     そう返し、プレタは「頭巾」を頭から剥ぎ取り、地面に叩きつけた。
    「お、おい、プレタ……」
     マルセロは困惑した表情を浮かべ、恐る恐る声をかける。
     しかし――プレタは唐突に、マルセロとマロンを引き寄せ、ひそ……、とつぶやいた。
    「敵はここを狙ってくるわ」
    「え?」
    「あれだけ大声を出して、周囲に位置を報せたんだもの。相手は『怒りで我を忘れたバカ女なんか、余裕で狩り殺せる』と高をくくり、攻め込んでくるはずよ」
    「お前、……じゃ、今のは演技だったのか?」
    「そうよ」
     プレタはニヤ……、と笑って見せる。
    「あの状況じゃ、きっと敵はどこにいるか分からないまま。適当に身柄受け渡し場所を指示され、相手のペースで事を運ばされたでしょうね。
     でも今、こうしてあたしたちが隙を見せてあげた。敵は『面倒な交渉や、その振りをするよりも、さっさと叩くチャンスだ』とにらんでるはずよ」
    「そこまで読み当てられるのか?」
    「読んだんじゃないわ。導いたのよ。そうなるようにね。これであたしたちのペースで事を運べるわ。
     ……ほら、来たみたいよ」
     プレタの言った通り――拠点の外から、ぱき……、と煉瓦の欠片を踏む音が響いた。

    白猫夢・天謀抄 終
    白猫夢・天謀抄 6
    »»  2013.05.14.
    麒麟を巡る話、第229話。
    隼狩り。

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    1.
     ミニーノ姉妹と刺客が接触する、その2時間前。

     B隊隊長ジェラルドとその隊員たちは作戦通りに、取引所の金庫室前に集まっていた。
    「万事、予定通りだな。後はこの金庫をこじ開けるだけ、……と」
     マルセロから連絡を受けていた通り、確かにここまで、取引所を警備していた敵兵はほとんど応戦などする様子を見せず、中にはB隊を無視してそのまま歩き去る者すらいる有様だった。
    「司令官の仰ってた通りでしたね」
    「ああ。まさかここまでうまく行くとは思わなかった。工作が効いたな」
     これまでにないくらいの呆気なさに、隊長を含む隊員の誰もが、緊張感を無くしていた。
    「ここまで楽に進むのなんて、アレ以来ですね」
    「アレ? ……って言うと?」
    「ほら、カプリ王国の時の。って言ってもあれは罠でしたけど」
    「ああ……」
     隊員の言葉に同意しかけ、そこでジェラルドは嫌な予感を覚える。
    「……ああ?」
    「どうしました?」
    「……何か……ヤバいな?」
    「え?」
     ジェラルドは金庫の前に集まっている隊員たちに、慌てて号令をかけた。
    「離れろ! 何か嫌な……」
     が――言い終わらないうちに、ギギギ……、と金属がこすれるような音が響き渡る。
    「……っ」
     その音と共に金庫が内側から開き、そこからこん、こんと硬い音を立て、手榴弾が飛んできた。



     同時刻。
     C隊隊長グレゴは取引所周辺に隊員たちを配置し、不測の事態に備えて見張らせていたが――その誰とも連絡が取れなくなっていた。
    「どうなってる……!? それに何だ、今の爆発音は……!?」
     完全に孤立し、そしてうろたえたグレゴは、まったく身動きが取れなくなる。
     と、そこへローブを着た、一見浮浪者風の男がフラ……、と現れる。
    「すまないが……、そこの『熊』の方……」
    「あ、あぁ!? い、忙しいんだ俺は! あっちへ行け!」
     いまだ狼狽したままのグレゴに対し、その長耳の青年はじりじりと近付いて来る。
    「あっちへ行けと言っているだろう!」
    「君は……」
     青年はひょい、と手を挙げる。
     次の瞬間――グレゴは物理的にも、身動きが取れなくなった。
    「ぬ、が、かっ……、これ、はっ、……!?」
     一瞬のうちにグレゴを鎖でがんじがらめにした青年は、にやぁ、と笑った。
    「マーキー大尉で間違い無いな?」
    「き、きさ、まっ、何者、……ぐえ、……っ」
     首を強く絞められ、グレゴの意識が消えた。



     そしてこの時――A隊は全員縄で縛られ、ある場所に閉じ込められていた。
    「てめえ……! 何なんだよ、くそッ!」
     A隊隊長アセラは、自分たちの目の前で悠然と座り込む、狐獣人の男をにらみつけていた。
    「何って、いわゆる刺客ってヤツさぁ。あんたら『ファルコン』の幹部を全員始末してくれって頼まれたんだよ」
    「なっ……!?」
    「お前ら身動きできねーから、俺、安心してこんなこと言っちゃうけどよ」
     そう前置きし、狐獣人――ロベルト・ブリッツェンはニヤニヤと笑う。
    「イッシオ司令官ってのも、とんだ間抜けだな」
    「何だと!?」
    「一端の策略家気取って、取引所の警備に金をバラ撒いたそうだが、……くっく、まさかそれが全員入れ替わったなんて、思いもしなかったみてーだなぁ?」
    「え……!?」
    「もうちょっと考えりゃ分かるだろうに――用心深い『天政会』の奴らが、自分たちに反感持ってるヘブン王国のヤツらを警備に当たらせるわきゃねーだろーが。
     まあ、確かに先週までは詰めてたぜ、王国のヤツらが。しかしアンタらにとっちゃ非常に残念なことに、今週に入って警備体制を丸ごと一新。警備してたのは全員ヘブン王国以外の、敬虔な天帝教信者ばっかりってワケよ。
     その上で、俺からちょいと一言、アドバイスもさせてもらったんだ」
    「アドバイスだって?」
     尋ねたアセラに、ロベルトは肩をすくめて返した。
    「『自分の作戦が完璧にうまく行ってると勘違いしてるアホを騙し、金庫前までおびき寄せれば、そこで一網打尽にできますぜ』ってな」
    「……!」
     アセラの顔が真っ青になるのを見て、ロベルトは嬉しそうに笑った。
    「ひっひっひ……、B隊は今頃、全滅してるだろうな。金庫室の前はグチャグチャになってるだろうさ」
    「てめえ……!」
    「おっと、それだけじゃないぜ。C隊も攻撃を仕掛けてる。凄腕の暗殺者をけしかけたからな、そっちも全滅だろう」
    「……!」
    「そして」
     ロベルトは立ち上がり、アセラの襟をつかんで強引に立ち上がらせる。
    「な、何しやがる!」
    「A隊も今から全滅する」
     ロベルトは背負っていた銃のような「何か」を、身動きできない隊員たちに向けた。
    白猫夢・死線抄 1
    »»  2013.05.16.
    麒麟を巡る話、第230話。
    バカ虎。

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    2.
     時間と場所は現在の、ミニーノ姉妹らがいる拠点に戻る。
    「……」
     その場にいた全員が息を呑み、外に立っている刺客の気配を伺う。
    (どうするんだ、プレタ)
     マルセロが小声で尋ねたが、プレタは目を向けず、ぼそぼそと何かをつぶやく。
    (……?)
    (先手必勝よ)
     プレタの代わりに、マロンがそう答える。
     その言葉の通り――プレタは閉め切っていた窓へ向けて、魔術を放った。
    「『ファイアランス』!」
     炎の槍が窓を雨戸ごと貫き、外へと飛んで行く。
     その直後、刺客と思しき男の、慌てた声が聞こえて来た。
    「うわ、ちょ、何、……アカンてアカンて、ちょ、うわっ、火点いたっ」
    「……!」
     その声に、プレタとマロンは顔を強張らせた。
    「みんな、爆弾よ! 隠れて!」
    「なに……!?」
     聞き返すより先に、窓の外からまた、男の声が聞こえて来る。
    「しゃあない、オラあッ!」
     二人の言葉通り、割れた窓から爆弾が投げ込まれ、そして炸裂した。

     屋外に潜んでいたその虎獣人は、「ふう」とため息を漏らした。
    「危ない危ない……。死ぬか思たわ」
     窓からもくもくと上がる煙を確認し、虎獣人は深々とうなずく。
    「なんぼ何でも死んだやろ、うん」
     虎獣人は中の様子を確認せず、そのまま踵を返そうとする。
     が――その窓を蹴破り、ミニーノ姉妹が飛び出してきた。
    「え……、ウソやろ、生きとったんか!?」
    「あんなので誰が死ぬもんですか」
    「……しぶといなぁ」
     虎獣人は二人に向き直り、拳を構える。
    「ほんなら、きっちり始末するまでや! かかって来いや、おぉ!?」
    「……マジ、チンピラって感じね」
     プレタはふう、とため息をつき、一歩前に出る。
    「マロン、アンタは中に戻って、ケガ人がいないか見てきて」
    「分かったわ」
    「え……。お前、1対1でやるつもりなんか?」
     虎獣人は面食らったような顔をし、そしてすぐに苛立った様子を見せる。
    「なめんなや、『猫』ぉ……ッ」
    「なめるわよ。アンタみたいな三下、何人出て来たって相手じゃないわ」
    「言うたなッ!」
     虎獣人は激昂し、襲い掛かってきた。

    「っだらあッ!」
     虎獣人が先制し、拳を振り下ろす。
     プレタはそれをひらりとかわし、虎獣人へ蹴りを放った。
    「……ッ!」
     とっさに虎獣人が受け、プレタは右足を挙げたままの状態になる。
    「何や? 俺に素手で挑む気か?」
    「アンタみたいなバカに刀振り回すなんて、刀が勿体無いわ。素手で十分よ」
    「ヘッ、ほざけ!」
     虎獣人はプレタの足を引っ張り、自分の方へ寄せようとする。
     が、プレタは抵抗せず、逆に虎獣人の方へと飛び込んだ。
    「おっ……!?」
    「とりあえず、鼻からかしらね」
     ふわ、と空中に浮いた状態から、プレタは左足を引き、虎獣人の顔に乗せ、そのまま踏みつける。
    「ふ、が、……があああッ!?」
     ボキボキと鈍い音を立てて、虎獣人は倒れ込んだ。
    「……まだやる?」
     何事も無かったかのように着地したプレタは、倒れたままの虎獣人に、挑発気味に声をかける。
    「……ふ、ふっざけんなぁッ!」
     虎獣人は勢いよく起き上がり、鼻を押さえる。
    「……くそ、折れとるやないか。男前が台無しや」
    「アンタ、頭だけじゃなくてセンスも悪いのね。どこがいい顔してんのよ? いかにもチンピラでございます、みたいな貧相で下品な顔してるくせに」
    「チンピラ、チンピラて、お前ええ加減にせえよ」
     虎獣人は鼻を押さえ、バキ、ゴキ、と鼻から痛そうな音を立てて形を直す。
    「うっ、……はぁ、はぁ、……めっちゃ痛い」
    「でしょうね。
     で、もう一度聞くけど。まだ、やるつもり?」
    「やるに……」
     虎獣人はブッ、と鼻血を噴き出しながら、再度プレタに飛び掛かる。
    「決まってんやろがあああッ!」
    「……じゃあ、アンタはきっと3分後、悶絶してるわね」
     これもひらりとかわし、プレタは素手で構えて見せた。
    「悪いけどあたし、アンタみたいなバカ大っ嫌いなのよ。
     絶対無事でいさせないつもりだから、せいぜい覚悟しときなさいよ?」
    白猫夢・死線抄 2
    »»  2013.05.17.
    麒麟を巡る話、第231話。
    肉弾戦。

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    3.
     建物内に戻ったマロンは、顔を真っ青にして倒れたマルセロを発見した。
    「マルセロ、大丈夫!?」
    「……だい……じょうぶ……と言いたいが」
     マルセロは倒れ込んだまま、弱々しい声で答える。
    「爆発で……色々飛んできた……あちこち……ぶつけたらしい」
    「……あんまり得意じゃないけど、一応、治療術は使えるから。じっとしてなさい」
     そう前置きし、マロンは屈み込んで治療術をかける。
    「『キュア』。……応急処置にもならないかも知れないけど、我慢して」
    「……いや……わりと……痛みがひいてきた」
     まだ横になったままではあるが、マルセロの顔に赤みが戻って来る。
    「他の……奴は?」
    「見てくる」
     マロンは立ち上がり、周囲を見渡す。
    「うう……」「いたい……」
     あちこちからうめき声が聞こえてはいるが、どうやら死んだ者はいないようだった。
    「誰か、動ける?」
    「あ……はい……」
     比較的軽傷の者、無傷の者と協力し、マロンは仲間の手当てを行った。
    「マロン副官、いいんですか?」
     と、マロンに包帯を巻いてもらっていた者が尋ねてくる。
    「何が?」
    「今、外には刺客がいるんじゃ」
    「ああ……。大丈夫よ、プレタがいるし」
    「助けに行ってあげた方が……」
     心配そうにする隊員に、マロンはくすっと笑って返した。
    「必要ないわ。プレタはすごく強いから」



     己の繰り出す技をことごとく避けられ、刺客の虎獣人は目に見えて苛立っていた。
    「ちょろちょろしてんなや、このアマあぁ……!」
    「お断りよ。殴られたくないし」
     一方のプレタは、口ではからかい、嘲り、罵っていたが、その実――内心は冷静なままだった。
    (勝つこと自体は簡単。この手のタイプは怒らせれば怒らせるほど、動きが大味で乱暴になっていく。大きな隙を見せたところで急所を突けば、それで仕留められるわ。
     でも、ただ殺したり、口も利けない程に痛めつけたりするのは駄目。こいつから情報を得なければ、あたしたちは次の手を見失ってしまう。そうなれば、アセラたちを助けることができなくなる。
     となれば……、動けなくするだけに留めなきゃいけない。なら、……こう行くとしましょうか)
     プレタはニヤ、と笑みを浮かべて見せ、さらに挑発を重ねた。
    「どうしたの? あなたが動くなって言ったのに、攻撃してこないのかしら? こんなにじっとしていてあげたのに、何をぼんやりしてるのよ」
     そう言った後、プレタはさらに人差し指をくいくいと曲げ、来るように促してみる。
    「うっ……、んな、……なめんなああああッ!」
     これを受け、虎獣人はいよいよ激昂した。
    「やったらあッ!」
     この戦闘で何度目かになるタックルを、プレタは後ろに退きつつ受ける。
    「お、わ……っ!?」
     勢いを削がれ、虎獣人は前につんのめる。
     その瞬間――プレタは虎獣人の太い首に、右腕を這うように回して締め上げ、さらに左腕を添えて上から抑え込み、裸絞めの姿勢を取る。
    「ぐげっ……、げ、げ……っ、な、なめっ、な……」
     虎獣人は悶絶しつつも、プレタの腕を外そうともがくが、それより先にプレタが腰を落とし、虎獣人の体全体を地面に押し付ける。
    「くっ、がっ、か……、ご……、っ……」
     5秒としないうちに、虎獣人は口から泡を吐いて気絶した。

     気を失ったままの虎獣人を縛り上げたところで、ミニーノ姉妹は救急用アルコールを染み込ませた布を、気付け薬代わりに彼の鼻に近付ける。
    「……ふあっ、な、何や!? ……あ」
     目を覚ました虎獣人と、プレタの視線が合う。
    「時間が無いわ。さっさと教えなさい」
    「あ……?」
    「アンタたちの拠点はどこ? 指揮してるのは誰?」
    「……ああ、そう言うことか」
     虎獣人はぷい、とそっぽを向こうとしたが、その顔をマロンが刀の柄でひっぱたく。
    「いで……っ」
    「二度も言わせないで。時間が無いのよ。
     拠点はどこか、言いなさい」
    「言うてどうなんねん。言っても言わんでも俺、殺されるんやろ?」
    「素直に言えば命は助けてあげるわ。でもいつまでも言わないままなら……」
     マロンが刀を抜き、虎獣人に突きつける。
    「目一杯痛めつけてやる。覚悟しなさいよ」
    「あ、そうでっか、ふーん、そら怖いなぁ」
    「……」
     馬鹿にしたような態度を執る虎獣人に、二人は静かに激怒した。
    白猫夢・死線抄 3
    »»  2013.05.18.
    麒麟を巡る話、第232話。
    卑怯者の赤狐。

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    4.
    「言わないつもりね?」
    「誰が言うか、ボケ」
     虎獣人がそう返した瞬間、マロンは彼の右肩に刀をぶつっ、と突き入れた。
    「うっ、……ぐ、ぐく、っ」
    「『人質だから殺されはしない』と思ってる? それなら見当違いよ。
     きっと後30分もすれば、アセラたちは全員殺される。そうなればアンタの利用価値は無くなる。
     無くなった以上、生かす理由は無いし、怒り狂ってるあたしたちの憂さ晴らしに使われるだけよ」
     マロンは刀を持つ手をゆっくりと、時計回りにひねる。
     その瞬間、虎獣人は地の底から響いてくるかのようなうめき声を漏らした。
    「うお、おっ、あ、あうああああ……っ」
    「痛い? 痛いでしょうね。あなたの体が今まさに、ブチブチと千切られてるんですものね。
     でもあたしたちが仲間を失ったその時、その痛みはその百倍、いいえ、千倍としても釣り合わないほどになる。アンタを生きたまま細切れにしたとしても、その痛みは決して癒されないのよ。
     それともアンタは、自分の身が千切られる痛みの方が勝ると言うつもりかしら?」
     マロンは先程とは逆方向に、手首をゆっくりとひねって見せる。
    「はうっ、はう、あ、ひ、ひぎ、ひぎいいい……」
    「あたしたちの質問に素直に答えるなら、刀を抜いてあげるわ。でもあくまでも強情を張ると言うなら、今度は右腿に同じことをする。
     それでも言わないなら、今度は左肩。次は左腿。その次は右手の甲。その次は……」「わ、わ、わか、った、分かったから、やめ、やめて、やめてくれ……」
     虎獣人はボタボタと泣きながら、二人の要求を呑んだ。

     二人はまず――質問しづらいと言うことで――虎獣人の名前から聞き出した。
    「クイント・ロードセラー、……ね。央中南部の出身、と」
    「そうや」
     一応手当てはされたものの、クイントの顔色は土気色に近い。
    「聞いたことあるわね。頭は超絶に悪いけど、腕っ節だけで依頼を無理矢理こなす野蛮人、もとい、傭兵だって」
    「ほっとけ……」
    「で、クイント。さっさと教えてくれない?」
    「俺たちの拠点か? えーと……、どう言ったらええかなぁ、……て、そんな怖い目ぇしんといてえや。ちゃんと言うから。
     あの、ほら、あれや」
    「あれって何よ」
    「あのー、あれや。えーと、ほら、取引所の裏んとこに、あの、女神さんの像、あったやろ?」
    「聖クラム・タイムズ太后像?」
    「それや、それ。で、あの像の下にな、隠し扉みたいなんがあるねん」
    「そんなのが……?」
     話を聞いていたマルセロが、小さくうなずく。
    「この街は『天政会』が造ったんだ。奴ら専用の地下道の一本や二本、あっても不思議じゃない」
    「そこにアセラたちはいるのね?」
    「おる、……と思う」
    「思うって何よ?」
    「いや、俺はあんたら探してあちこち回っとっただけやし。作戦開始からずっと、拠点には戻ってへんねん」
    「でも、他に人を隠せる場所は無さそうね。取引所も爆破されたみたいだし。
     次の質問だけど、アンタたちの数は? 何人で襲ったの?」
    「俺を入れて6人や」
    「6人? たった6人で、50人近くいたあたしたちの部隊を全滅させたって言うの?」
    「俺はこんな体たらくやけど、他の5人は凄腕や。お前らなんか相手になるかいな、……あ、いや、……うそや、うそ」
     クイントをにらみつけたまま、プレタは質問を重ねる。
    「リーダーは誰?」
    「ロベルト・ブリッツェンっちゅう、赤毛の狐獣人や。ヘブン王国の元少尉やと聞いとる」
    「ブリッツェン? あの『裏切り者』ブリッツェンか?」
    「……かなぁ? いや、俺も雇われて1年くらいやし、うわさ程度にしか聞いてへんねんけど」
    「こいつはまずいな……」
     名前を聞いたマルセロは、苦い顔をする。
    「誰なの?」
    「お前らは知らんだろうが、7年か8年ほど前、ヘブン王国で内戦が勃発したんだ。
     クラムの価値を操作されないよう他国と距離を置き、独立性を維持しようとする女王・軍部派と、他国とより強い連携を取ってクラムの価値を投機的に高め、自国資産を殖やそうとした王子・内閣派に分かれてな。
     結果は王子派の勝利だったが、その後のことはこないだ話した通りだ。で、そのブリッツェンってのが、女王派の一人だったんだ。と言っても親の方だが」
    「どう言うこと?」
    「そのロベルトってのの親父がルドルフ・ブリッツェン少将って奴で、劣勢だった女王派、いや、女王を最期まで守り抜き、殉死したんだ。ヘブン王国では敗将ながら忠義に篤い男として尊敬を集め、死んだ後に二階級特進した。
     ところが息子のロベルトは開戦間も無く、女王派を裏切った。その一件が勝敗を決定付けたとも言われている。ちなみに終戦間際、親父を撃ったのも奴ってうわさだ。
     相当に頭の切れる男で、義理より人情より、何より利益を最優先する冷血漢だそうだ」
    白猫夢・死線抄 4
    »»  2013.05.19.
    麒麟を巡る話、第233話。
    真夜中の死闘。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「そんな男が……、それだけ切れる男が何故、この作戦に介入したのかしら?」
     クイントへの質問とも、単なる疑問とも取れる、中途半端な声色を出したプレタに、クイントが答える。
    「知らん。けどな、結局は金やと思うで。大司教だか何だかに交渉しとった時、金や金や言うてたからな」
    「大司教?」
     プレタの疑問が解消されないまま、話は別方向に移る。
    「あ……、その……、内緒やってんけど、……まあ、もうええか。
     何でもセドリック・アストンとか言う奴が、今回の依頼を出しとんねん。あんたら皆殺しにしろっちゅうてな」
    「なるほどな……。あの下衆野郎め」
    「知ってるの?」
    「『天政会』のナンバー2で、かなり金汚い坊さんだ。
    『天政会』の資金運用計画のほぼ半分を任されてるが、黒いうわさが絶えない。なるほど、そんな奴ならロベルト元少尉とも馬が合うさ。
     ……聞くことは全部聞いた。こいつ、どうする?」
    「へっ?」
     マルセロの言葉に、クイントは蒼ざめる。
    「ちょ、ちょい、待てや、おい!? 助けてくれる言うたやないか!?」
    「お二人さん次第だ。俺は殺しておく方がいいと思うがね」
    「時間が無いわ。ここに転がしておけばいい」
    「……それもアリか」
     三人はクイントを置き去りにし、D隊に命令した。
    「俺たちは敵拠点に向かう。お前らはここで待機しろ」
    「そんな……」
    「我々も行きます!」
     そう答えた隊員たちに、マルセロは首を横に振る。
    「駄目だ。このD隊は後方支援を主な業務としている。他3隊を全滅させた手練に対抗できるとは到底、思えない。
     だからお前らは、俺たちの支援をしてくれ」
    「……分かりました!」
     ビシ、と敬礼した隊員たちに、マルセロは苦笑して見せた。
    「っつっても、……俺もからきしだけどな。
     でも俺は責任者だ。その俺がここに率いてきてしまったせいで、部隊の奴は死んだんだ。
     だからせめて、俺たちを襲った刺客に一矢報いなきゃ、死んだ奴が浮かばれやしねえよ」
     マルセロは懐からリボルバー拳銃を取り出し、安全装置を外す。
    「俺も肚を括る。一緒に戦うぜ」
    「ええ」
    「行きましょう」
     三人はそれ以上何も言葉を交わさず、拠点を後にした。



     時間は真夜中を過ぎていたが、あちこちに人の姿がある。どうやら取引所の爆発を聞きつけ、騒然としているらしい。
    「……なあ」
     と、マルセロがその騒ぎに紛れそうなくらいの小さな声で、二人に尋ねた。
    「俺は、……悪人だろうか」
    「は?」
    「いや……、分かってる。『新央北』のためだと言って、あちこちで非合法な活動をしてきた。俺はきっと、天国には行けない。それは、分かってるんだ。
     でも俺は、皆を死なせるつもりは無かった……! 今回だって被害が出ないように、最善の手を採ったつもりだったんだよ!」
    「マルセロ……」
    「それを、……それを利用されて、……皆、……死んだ……」
    「……まだよ」
     目に涙を浮かべているマルセロの肩を、マロンが優しく叩く。
    「まだ、助けられる奴が残ってるかも知れないでしょ? だからあたしたちは、行くのよ」
    「……そう、……だな」
     人ごみを抜け、いまだ煙を上げる取引所を通り過ぎ、三人は広場に出る。
    「あれね?」
    「ああ。前にあるあの石像だ。
     ……だが、やはり。素直に通しちゃくれないらしいな」
     三人と目標の石像のちょうど中間辺りに、ローブをまとった長耳の青年と、太い筒を背負った軍服姿の、短耳の女性が立っている。
    「やっぱりあいつ、やられたっぽぃ」
     話しかけて来たその女性に、プレタが答える。
    「そうよ。アンタたちも同じ目に遭わせてあげる。覚悟しなさい」
    「するのは貴様らの方だ。
     ミニーノ姉妹……、多少腕は立つと聞き及んでいるが、この『スティングレイ』と『キャバリエ』の敵ではない」
    「その通りぃ」
     相手はそれぞれ横に跳んで離れ、ミニーノ姉妹とマルセロを囲んだ。
    「貴様らの命、頂戴する!」
    「しちゃぃ!」
     それに応じ、ミニーノ姉妹も背を向け合い、敵に刀を向けた。

     が――それよりも早く動いたのは、マルセロだった。
     彼は既に敵二人が離れたその場所に向かって、銃弾を放っていた。
    白猫夢・死線抄 5
    »»  2013.05.20.
    麒麟を巡る話、第234話。
    当代赤エイと人間武器庫。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     聖クラム太后像の前、何も無いように見えた空間に突然、赤いものが飛び散る。
    「……ぐふ……っ」
     気付けば短耳の男が一人、額から血を流し、仰向けに倒れていた。どうやら魔術で姿を消し、潜んでいたらしい。
    「……なんと」
    「スティングレイ」と名乗った長耳が、苦々しく吐き捨てる。
    「侮っていたが……、まさか貴様が『ブレイザー』の存在に気付くとは」
    「人をなめるもんじゃないぜ。
     大仰な台詞、傲慢な態度、目を引く動き……、手品師かっつの。俺たちの注意を逸らそうとしてるのが見え見えだぜ。
     何か隠してるって、わざわざ言ってるようなもんじゃねえか」
    「……一筋縄では行かん相手のようだな。認識を改めるとしよう。
    『キャバリエ』! 本気で戦え! この辺り一帯、焼け野原にするつもりでな!」
    「りょうかぃ!」
    「キャバリエ」と呼ばれた短耳は、背負っていた筒をマロンに向けて構える。
    「撃てーぃ!」
    「……?」
     攻撃しようとしていることは分かったが、何をするのかマロンには見当が付かない。
     それでもその何かに備え、マロンは魔術で防御を試みる。
    「『マジックシールド』!」
     それとほぼ同時に、「キャバリエ」が構えた筒からポン、と言う鈍い音と共に、何かが発射された。
    「……!」
     広場に炸裂音が響き渡り、マロンは魔術の壁ごと吹き飛ばされた。

    「マロン!」
    「スティングレイ」と対峙していたプレタは一瞬、妹に気を取られる。
    「ふ……、余所見とはなかなか間が抜けている」
     その一瞬を突く形で、「スティングレイ」が仕掛けてきた。
    「……! これは……、鎖!?」
    「スティングレイ」が広げたローブから、数本の鎖が飛び出している。それがプレタの刀と右腕とを絡め取り、動きを封じていた。
    「我が一族のお家芸、鎖の捕縛術だ! 最早勝負は付いたな」
    「……ふうん」
     この間マルセロは、身動きの取れないプレタと、地面に叩きつけられぐったりとしているマロンとを交互に見るばかりで、動けないでいた。
    「どっちに加勢すりゃ……」
     と、その一言に対し、二人が同時に答えた。
    「いらないわ」「一人で十分よ」
    「はぃ?」「なに……?」
     不敵なその言葉に、敵二人は同時に顔をしかめる。
    「十分だと? その体たらくでか?」
    「アンタ、離れてるから絶対安全だって思ってるんじゃない?」
    「ぬ……?」
     プレタは相手に悟られないよう短く、そして小声で呪文を唱え、密かに魔術を発動させる。
    「金属はおしなべて熱の伝導率が高いわ。この鎖も例外じゃないでしょ?」
    「……!」
     数秒も経たないうちに鎖に赤みが差し、「スティングレイ」の方に向かって熱が伝播していく。
    「くっ……!」
     鎖が「スティングレイ」側から外れ、プレタと「スティングレイ」の中間にジャラジャラと音を立てて落ちる。橙色にたぎり、ちりちりと鳴るその鎖をチラ、と眺め、「スティングレイ」は舌打ちした。
    「相当の火術使いのようだな。あのわずかな間に、これほど鉄を灼くとは」
    「うかつに攻めれば火傷するわよ、ふふ……」

     一方、立ち上がったマロンは再度「キャバリエ」と対峙していたが、両者ともすぐには動かない。
    「撃ってきなさいよ。さっきは油断したけど、今度はきっちり受け切ってあげるから」
    「お断りぃ。何か仕掛けようとしてるの、見え見えだしぃ」
    「あっそ。……じゃ、こっちから行くわよ」
     マロンは刀を正眼に構え、じりじりと間を詰める。
    「あたしが吹っ飛ばされ、倒れてた時がアンタの、最大の勝機だったはず。なのに攻撃してこなかったのは何故?」
    「……」
    「答えは簡単。その武器、威力はものすごいけど、連射できないのね。そして射程距離はかなり短い。
     だから数メートルも弾かれ、身動きできなかったあたしに追い打ちをかけられなかった。ついでに言えば、初弾で仕留めようと思っていたから、二の矢、三の矢なんて用意してなかった。そうよね?」
    「……」
    「キャバリエ」は何も言わず、発射器を構えたままでいる。
    「もうタネは割れてるんだから、開き直って弾を込め直したら? そうしなきゃアンタ、死ぬだけよ」
     間合いを詰めつつ挑発し、マロンは「キャバリエ」の出方を伺う。
    「……」
    「キャバリエ」はやがて、無言で発射器に弾を込め始めた。
     彼女の視線が一瞬、自分から離れるのを確認し、マロンは一気に距離を詰める。
    「せやあッ!」
    「……なワケなぃ」
     と――「キャバリエ」は突然、発射器を捨てる。そして同時に、軍服の袖から短銃を取り出して見せた。
    「ウチらが二の矢、三の矢を用意してないわけ、なぃし!」
     マロンが射程距離ギリギリに踏み込んだところで、「キャバリエ」は銃を撃ってきた。
    白猫夢・死線抄 6
    »»  2013.05.21.
    麒麟を巡る話、第235話。
    W窮地。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     しばらくプレタとにらみ合っていた「スティングレイ」は突然、ローブを脱ぎ捨てた。
    「小賢しい貴様には、半端な技では逆効果になるだろう。ならば私の全力を以て圧倒するまでだ!」
     ローブの下には無数の鎖が、まるで帷子(かたびら)のように彼の体を覆っていた。
    「ここからが本番だ! 行くぞ、ミニーノ!」
    「スティングレイ」はその無数の鎖を、一気に体からはがし、投げ付ける。
    「……!」
     プレタは飛び退いてかわそうと考えたが、それが不可能であることを悟った。
    (多過ぎる……!)
    「スティングレイ」の姿が一瞬隠れるほどの、大量の鎖が飛んできたからだ。
    「……『マジックシールド』!」
     急いで防御術を唱え、そのおびただしい鎖から身を護ろうとする。
     術が発動し、プレタの周りに半透明の、魔術の盾が展開されるとほぼ同時に、鎖が一斉にプレタに向かって叩き付けられた。
    「く、っ……!」
     プレタの周囲全方向から、頭がどうかしてしまうかと思うほどの、鎖がジャラジャラとこすれ、ぶつかり合う音が鳴り響く。
     そしてそれ以上に、鎖がぶつかってくる衝撃が、「盾」越しにビリビリと伝わって来る。
    (長い……! いつまで続くのよ!?)
     鎖はプレタの「盾」に阻まれ、弾かれて、プレタの周囲の床を削り、輪を作っていく。地面に落ちた鎖は再び「スティングレイ」の元に戻り、そしてまたプレタに向かって飛んでいく。
    「私の魔力が持つか、貴様の魔力が持つか、だ!」
     そう叫ぶ「スティングレイ」の顔色は、既に蒼ざめ始めている。
     一方のプレタも、こめかみや眼輪、喉奥にずきずきとした気持ち悪さを感じていた。魔力を大量消費した時に起こる、軽度のショック症状である。
    「……っ」
     疲労を感じた瞬間、プレタの「盾」にビシ、とひびが走る。
     そのわずかな変化を確認した「スティングレイ」は、鎖をそのひびに一点集中してきた。
    「畳みかけて……やるッ!」
    「……う、あっ」
     ひびはみるみるうちに大きくなり、間も無く「盾」を砕く。
    「とどめだーッ!」「……っ!」
     鎖はプレタの術を貫通し、彼女を滅多打ちにした。

    「う、……っ」
     銃弾が頬をかすめ、マロンは顔をしかめる。
     だがその一方、安堵してもいた。自分の予想通りに、「キャバリエ」が動いたからである。
    「……この距離で、……一発も当たらなぃ!?」
     両手に構えた5連装のリボルバー拳銃を10発全弾撃ち尽くした「キャバリエ」は、目を丸くしていた。
    「すばしっこぃ、……なんてもんじゃなぃ! 勘、良過ぎぃ……」
    「ハァ、ハァ……」
     息を整えつつ、マロンはこう返して見せる。
    「アンタが、あの筒だけで武装してるとは思えなかったもの。
     それに、あたしに追い打ちかけようとせず、じっとしてたもう一つの理由――動くと体中に装備してる武器がカチャカチャ鳴って、バレるからよね?」
    「くっそぉ……」
    「キャバリエ」は拳銃を捨て、袖をめくる。
    「まだ負けなぃ!」
     袖から出てきたロッドを取り出して構えつつ、「キャバリエ」が叫ぶ。
    「あと! さっきの武器は『ランチャー』だから! 『筒』とか言わなぃ!」
    「……マニアね」
     マロンは頬の血を拭い、刀を構え直した。
    「決着させましょう」
    「望むところ!」
     対峙する間も無く、二人は交錯した。
    「りゃあッ!」
    「てえぃ!」
     刀と刀が鍔迫り合いするのとは違う、ビシッとした音が響く。
    (硬い! 一般的な、木製のじゃないわね。
     鋼鉄製? ……でもない。今の音は……)
    「ふふふ……」
    「キャバリエ」はニヤニヤと笑いながら、自分からマロンの疑問に答えた。
    「金火狐のおエラぃさんからもらった、最新の合金製ロッド! ナイフだろうが刀だろうが、これがあれば関係なぃ! 全部ブチ折ってやる!」
    「……やってみなさいよ」
     そう返したものの、マロンは――相手に悟られまいと、視線は落とさないものの――自分の刀が、致命的なダメージを受けていることに感付いていた。
    (今の衝撃……、刀の芯鉄までイカれたみたい。何べんも交わしたら、本当に折れるわね)
     それでも刀を構え直し、もう一度「キャバリエ」と交錯する。
    「はああッ!」
    「もうぃっぱああつ!」
     今度は――完全に悟られたと分かるくらいに――鈍く、粘った音が響いた。
    「……ちっ」
    「ほら、ウチのぃった通り!」
     鍔元近くではあるが、マロンの刀は目に見えて欠けていた。
    白猫夢・死線抄 7
    »»  2013.05.22.

    麒麟の話、第5話。
    実験結果。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ボクの人生実験は、見事、成功を収めたワケだ。
     え? どこでボクが関わったかって?
     まあ、ボクが操ったってコト、操られた本人は覚えてないし、一見無事に終わったように見えるもんね。気が付かなくっても、仕方ないって言えば仕方ないさ。



     結論から言えば、……えーと、誰だったっけ、確か、……ああ、シノハラだかって言うヤツ。アイツの計画は成功するはずだったのさ。
     ボクが何も介入しなければ、セイナと対峙したあの局面で、セイナは実力の半分も出せず、いや、ほぼ何もできないままシノハラに負け、殺されてたはずなんだ。
     ところが実際には、セイナは絶好調。気力充実、燃えに燃えた状態で、シノハラをブッ倒した。
     それでシノハラの、すべての計画がおじゃんになった。

     何故、セイナはあの時、へこんでもめげてもいなかったのか?
     それはあの直前、妹弟子に励まされたおかげさ。今回も彼女は、「妹」のおかげで勝ったんだ。それが無かったら、間違い無く負けてた。
     でも、良く考えてほしい。どうしてソコに、エーコがいたのか。元々紅蓮塞にいたはずのエーコが、何故あの時、セイナの側にいたのかを。

     ん? ボクが操ったのはエーコなのか、って? 違う違う。別のヤツを、もっと前から操作してたのさ。
     エーコがコウカイに来るきっかけって、何だったか覚えてるかい? エーコは師匠、ユキノが紅蓮塞を離れるって知ったから、ソレに付いて行ったんだ。
     もしあの時、ユキノが「自分が子供たちを迎えに行く」なんて言わなかったら、ユキノとツキノが戦うコトなんて無かったし、エーコがその騒ぎに気付いてユキノのトコに向かう、なんてコトも起こり得なかった。そしたらエーコがユキノに付いて行ってコウカイに向かうコトなんか無く、そうなるとセイナの側にいるコトも無かった。

     すべてはユキノが、「何の気なしに」娘を迎えに行ったコトで変わった――もう分かるだろ?
     そう、ボクが操ったのは、ユキノだ。



     もし、ユキノを操らなかったら、あの先どうなっていたか。
     ちょっとだけ、教えてあげるよ。

     まず、ユキノはコウカイに着く前に、カサハラの裏切りを受けるコトになる。
     その結果、どうにかカサハラを返り討ちにはできるんだけども、夫のリョータは死に、ユキノの精神はどん底に落ちるのさ。それこそ「紅蓮塞で騒ぎがあった」なんて、まともにしゃべれないくらいに。
     そんなユキノを介抱してる間に、紅蓮塞が攻め込んで来る。橘喜新聞社に内情を暴露されるコトも無く、シノハラやツキノによって完璧に牛耳られ、大勢の兵力を集めた状態でね。
     しかも身内だったシノハラに土壇場で裏切られて、しかも「人殺しが正義を語るな」なんて罵られて、セイナの精神はグニャグニャになっちゃう。
     セイナはとても戦えるような状態じゃなくなり、そして殺される。シノハラは積年の恨みを晴らす。……はずだったのさ。

     ボクがたった一人、ユキノを動かしただけで、世界がコレだけ変わってしまうんだ。



     でも、この成果を生かしてまたすぐ次の計画に、……とは、ちょっとできないんだ。
     まだ次の主人公が、生まれてないからね。……あ、いや。もう生まれるのかな。もうちょいくらいかな?

     次に世界が動くのは、もうちょい後になる。
     ソレまでボクも、ちょっと休ませてもらうよ。
     
     だからこの間に起こったコトについては、ボクの行動の埒外の話だからね?

    白猫夢・麒麟抄 5

    2013.04.20.[Edit]
    麒麟の話、第5話。実験結果。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ボクの人生実験は、見事、成功を収めたワケだ。 え? どこでボクが関わったかって? まあ、ボクが操ったってコト、操られた本人は覚えてないし、一見無事に終わったように見えるもんね。気が付かなくっても、仕方ないって言えば仕方ないさ。 結論から言えば、……えーと、誰だったっけ、確か、……ああ、シノハラだかって言うヤツ。アイツの計画は成功す...

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    麒麟を巡る話、第207話。
    Oldspaper。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「GCデイリー 政治欄 539年11月某日
     公安局新局長にJ・スピリット氏が就任 金火狐一族外からの選出は3期37年ぶり」

    「CCタイムズ 541年4月某日
     ヘブンズ・クラム史上最安値を更新 央北の止まらぬ凋落」

    「GCデイリー 地域欄 526年6月某日
     苦節9年!!! S・ミーシャ、ついに栄冠を手にする!」

    「橘喜新聞 544年8月某日
     紅蓮塞と央南連合の停戦交渉まとまる 紅州は本年末にも独立か」

    「GCデイリー 経済欄 540年1月某日
     H・T・ゴールドマン氏 総帥職の任期満了に伴い今年を以て引退 後任選挙は7月予定」

    「リーグ9 539年11月某日
     あのキングが……帰ってきた!? ウィアードJr、エリザリーグに参戦ッッッ!!!」

    「青東新報 532年7月某日
     西大海洋同盟総長L・グラッド氏 辞任を表明 健康上の理由からか」

    「CCタイムズ 547年2月某日
     ヘブン王国の中立姿勢ついに崩れる 天政会に加盟を表明 第一中央政府時代に逆行か」



    「あのさぁ」
     古新聞の束を投げ捨て、彼女は売店の店主に尋ねた。
    「これのどこが『新』聞なのよ? 20年前のヤツまであるじゃない」
    「道に落ちてるのとかそこらの宿屋に残ってたのとかを、かき集めて乾かして売ってるだけだしなぁ」
     店主はいかにもやる気無さげに、そう返す。
    「うわ、汚っ」
    「いらなきゃ結構。さ、冷やかしは帰った帰った」
     店主はニヤニヤ笑って、その女を見下す。
    「……消毒してやる」
    「あ?」
     次の瞬間――古新聞が一斉に燃え上がった。
    「うおわー!? なっ、何しやがんだああっ!?」
    「もっとマシな商売しなさいよ。こんなカビ臭いことしてないで」
     燃え上がる新聞を挟んで、女はべー、と舌を出す。
    「ふっざけんなああッ!」
     店主は店の奥から散弾銃を取り出し、女に向ける。
    「死ねッ!」
     怒りに任せ、店主は散弾銃を乱射した。
     しかしその直前、女は魔術で壁を作る。散弾はその半透明の壁に弾かれ、四方八方に飛び散る。そしてそのうち数発が、店主の方へと跳ね返り――。
    「いでえッ!? ひー、ひー……」
     店主は肩を押さえ、のたうち回る。
    「……くく、あははは……」
     女は魔術を解き、この地域のものではない銀貨を一枚指で弾き、うずくまる店主の背中に乗せる。
    「いい見世物だったわ」
    「て、めっ……!」
     女は背を向けて、そのまま立ち去った。



     ここは央北、イーストフィールド。
     央北の超集権政治体制、「中央政府」崩壊から四半世紀が経った今、ここはトラスと言う名の国の、首都となっていた。

    白猫夢・流猫抄 1

    2013.04.21.[Edit]
    麒麟を巡る話、第207話。Oldspaper。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「GCデイリー 政治欄 539年11月某日 公安局新局長にJ・スピリット氏が就任 金火狐一族外からの選出は3期37年ぶり」「CCタイムズ 541年4月某日 ヘブンズ・クラム史上最安値を更新 央北の止まらぬ凋落」「GCデイリー 地域欄 526年6月某日 苦節9年!!! S・ミーシャ、ついに栄冠を手にする!」「橘喜新聞 54...

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    麒麟を巡る話、第208話。
    黒い猫獣人と茶色い猫獣人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    (流れに流れてこんなところまで来たけど……)
     彼女は街道沿いに唯一残っていた街路樹にもたれつつ、市街地を見渡してため息をつく。
    (うわさ以上ね、央北って。ゴミ売ってゴミを稼いでるようなもんじゃない)
     彼女は鞄から新聞を取り出し――道端に落ちていたようなものでは無く、1ヶ月前に央中で、暇つぶしのため買ったものである――経済欄を確認する。
    「1エルが……、大体で、220か230クラムってところかしら。あ、でも1ヶ月前の話だから、もっと安いかしら。
     んー……、じゃあさっきあいつに投げ付けた100エルって、こっちじゃ結構価値があったのね。無駄遣いしちゃったかな」
    「いいんじゃない? あたしから見ても面白かったし」
     横からの声に、彼女の茶色い猫耳がぴくんと動く。
    「誰、アンタ」
     そこにいたのは、赤毛に黒い毛並みをした――とは言え、その生え際からは白い地毛が見え隠れしており、染めたものと分かる――自分と同じ猫獣人だった。
    「誰でも。……ねえねえ、あたしにも新聞見せて」
    「嫌」
    「いいじゃない」
     そう言うと黒耳の「猫」は、茶耳からひょいと新聞を取り上げる。
    「あ、こら」
    「まーまー。……ってこれも大概古いわね。
     代わりにあたしの見せてあげる。こっちの方がまだ新しいわよ」
     黒耳から受け取った新聞を広げ、茶耳は顔をしかめた。
    「これも古いじゃない。半月前の」
    「だから新しい情報が欲しかったんだけどね。……あーあ、ここって本当にボロっちい街。何にも手に入りゃしない」
    「そうね。アンタのそのコーヒーゼリーみたいな耳も、簡単に染められなさそうだし」
    「アンタだってそうじゃない」
     黒耳は口を尖らせ、茶耳を指差す。
    「アンタも染めてるクチでしょ? 色、抜けかかってるし」
    「え、マジ?」
     茶耳はぽふ、と両手で耳を隠す。
    「あと何か、斑(まだら)になってる。自分でやったでしょ」
    「え、ええ、そう」
    「どっかで染髪料見付けたらさ、あたしがやってあげようか?」
     馴れ馴れしく提案してくる黒耳に、茶耳は顔をしかめる。
    「嫌よ。名前も知らないような奴に、触らせたくないわ」
    「あ、そっか」
     黒耳は新聞をリュックにしまいながら、自己紹介した。
    「あたしはプレタ。あっちこっち旅してる。歳は21。好きなものはスズキのカルパッチョ。市国で食べて以来病み付きなのよ」
    「そんなことまで聞いてないし、聞くつもりも、……って」
     プレタを邪険にしていた茶耳が、きょとんとする。
    「21歳?」
    「そう」
    「あたしと同い年ね」
    「あれ、そうなの? もっと下かなと思ってた。童顔なのね」
    「こっちの台詞よ。10代だと思ってたわ」
    「……へー」
     これを聞くなり、プレタはニコニコ笑い出した。
    「何よ?」
    「似てるなー、って」
    「あたしと? ……そうね」
     茶耳は何故だか、この馴れ馴れしい、同い年で同じ猫獣人の女性に、不思議な親近感を覚えていた。
    「ちょっとどっかで、座って話さない? マシなの売ってる露店でも見つけてさ」
    「ええ、いいわよ。
     それでアンタ、名前は? あたしが名乗ったんだしさ、教えてくれてもいいかなー、って思うんだけど。
     それにいつまでも『アンタ』じゃ話しにくいし」
    「ん……」
     茶耳は少しためらったが、こう答えた。
    「……マロンよ。ちなみにアンタはスズキ、カルパッチョにしたのが好きって言ったけど、あたしは塩焼き派だから」
    「あら、惜しい」

     少し歩き回ったところで比較的綺麗な露店を見付け、二人は近くにあった適当な木箱に並んで腰かけた。
    「はい、オレンジジュースで良かった?」
    「ええ、ありがと」
     最初は邪険にしていたマロンだったが、いざ話し出すと、不思議なほどプレタとは気が合った。
    「ねえ、プレタは何でこんなところに?」
    「特に目的も無く、って感じ。フラフラしてただけ」
    「あはは……、あたしもよ。フラフラしてた」
    「似てるわね、本当。背も体格も一緒くらいだし。もしかして体重やスリーサイズまで一緒だったりして」
    「まさかぁ」
     と、ここで会話が止まる。
     二人は顔を見合わせ、ほぼ同時に口を開く。
    「……上から」
     そして同時に、同じ数値を述べた。
    「85・58・84」
     一瞬の間をおいて、プレタが顔を赤くしつつ指摘する。
    「嘘つき。82・60・84でしょ」
    「……バレた?」
    「そりゃ、……あたしもサバ読んだもん」
    「……あはははっ」
     二人とも顔を真っ赤にし、大笑いした。

    白猫夢・流猫抄 2

    2013.04.22.[Edit]
    麒麟を巡る話、第208話。黒い猫獣人と茶色い猫獣人。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.(流れに流れてこんなところまで来たけど……) 彼女は街道沿いに唯一残っていた街路樹にもたれつつ、市街地を見渡してため息をつく。(うわさ以上ね、央北って。ゴミ売ってゴミを稼いでるようなもんじゃない) 彼女は鞄から新聞を取り出し――道端に落ちていたようなものでは無く、1ヶ月前に央中で、暇つぶしのため買ったものである...

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    麒麟を巡る話、第209話。
    チンピラのあしらい方。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     と――通りの向こうから、騒がしい声が聞こえて来る。
    「いました! あいつです!」
    「おうッ!」
     マロンたちが振り向くと、そこには銃や剣を構えた、いかにもならず者と言った風体の男たちが近付いてくるのが見えた。
    「あ、さっきの」
    「ああ、古新聞屋」
     二人は顔を見合わせ、短く言葉を交わす。
    「戦う?」
    「面倒臭い」
    「同意見。逃げよっか」
    「賛成、さんせーい」
     二人は男たちの来る方と反対を振り向き――揃って顔をしかめる。
    「……なんかあっちからも、似たようなのが来るんだけど」
    「うわー……」
    「どうしたの?」
    「あれ、あたしがさっきボコった奴だわ。あっちも仲間連れてきたみたい」
    「揉めるわねぇ、アンタもあたしも」
    「前から後ろから、……か。どうしよっか、マロン」
    「そりゃ、横じゃない?」
    「そーね」
     二人は先程まで座っていた木箱と、その背後にある苔むした壁に視線を向ける。
    「じゃ、行きますか」
    「ん」
     二人は木箱に乗り、さらにそこから壁へ向かって跳んだ。

     ひらりと壁を越え、二人は元々は公園だったと思われる、荒地の中に踏み込む。
    「うえ、汚っ」
     公園を一瞥したマロンが、そうつぶやく。
    「まるでゴミ捨て場ね。カビ臭いし、なんか腐った臭いもするし。うわ、キノコ生えてる」
    「さっさと出ましょ。鼻が曲がるわ」
    「後ろからも来てるしね」
     プレタの言葉に、マロンは今越えてきた壁へと視線を向ける。
    「……しつこいわね」
     そこには既に3名、チンピラ風の男たちが散弾銃を手に壁を乗り越えて来ていた。
    「待ちやがれ、お前らッ!」
     一名が散弾銃を構え、二人を狙う。
    「撃てば?」
     マロンがフン、と鼻を鳴らし、チンピラを挑発する。
    「撃ったらあッ!」
     簡単に挑発に乗ったチンピラが、散弾銃の引き金を絞る。
     しかし――弾は全く当たらない。
    「ぱっと見、威力重視に改造してあるわね。ダメージがデカい分、飛距離は無いわよね?」
    「そうね。目一杯ソードオフ(銃身を切り詰め威力を高める改造)してあるし、精々20メートルまででしょ」
     二人の読み通り、バラ撒かれた散弾は地面に無数の穴を空けるばかりで、既にこの時30メートル以上離れているマロンたちには、全く届いていない。
    「オラオラオラああッ!」
     しかしそんなことにも気付かないらしく、チンピラたちは散弾銃を乱射している。そのうちに――。
    「いってえぇ!?」
    「お、ちょ、てめっ、弾飛んで来たぞっ!」
    「るせえッ、お前が近付き過ぎなんだッ!」
     安全性を無視した改造のためにでたらめな跳弾が起こり、仲間の側に被害が及ぶ。
     やがてチンピラたちは勝手に揉め始め、その隙にマロンたちはさっさと、その場から駆け出していた。
    「……アホね。自分の使う武器の状態くらい、知っときなさいよ」
    「同感」
     銃声と罵声を背にしながら、二人は悠々と公園を出ようとする。
     ところが――。
    「……あら」
    「回り込まれてたみたいね」
     公園の入口にも、男たちが大勢詰めかけているのが見えた。
    「いたぞ!」
    「撃て、撃て、撃てッ!」
     今度は前方から銃弾が飛んでくる。しかし先程の散弾銃とは違い、こちらは中距離用の、命中精度の高い小銃である。うかつに動けば狙撃されるおそれがあるため、二人は動かない。
     その代わり二人同時に、魔術で壁を作った。
    「『マジックシールド』!」
     二人がかりで築いた二重の盾により、銃弾は完全に遮断された。
    「チッ……、魔術師か! じゃあ囲んで袋叩きにするぞ! 魔術師なら接近されりゃどうしようも無いはずだ!」
    「おうッ!」
     男たちは小銃をひっくり返し、鈍器を持つように振りかざして、二人に突っ込んでくる。
    「どうする?」
    「どうって、やるならやる、……でしょ?」
    「そうね」
     二人は腰に佩いていた武器を、同時に取り出した。
     と――互いにその得物を見て、二人は「あら」とつぶやく。
    「刀? アンタも?」
    「え、ええ。……面白いわね、ここまで一緒なんて」
    「これを切り抜けたら、改めてじっくり話、したいわね」
    「賛成。……じゃ、……やるわよ!」
    「ええ!」
     マロンとプレタはぱっと駆け出し、押し寄せて来る男たちの中へと斬り込んでいった。

    白猫夢・流猫抄 3

    2013.04.23.[Edit]
    麒麟を巡る話、第209話。チンピラのあしらい方。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. と――通りの向こうから、騒がしい声が聞こえて来る。「いました! あいつです!」「おうッ!」 マロンたちが振り向くと、そこには銃や剣を構えた、いかにもならず者と言った風体の男たちが近付いてくるのが見えた。「あ、さっきの」「ああ、古新聞屋」 二人は顔を見合わせ、短く言葉を交わす。「戦う?」「面倒臭い」「同意見。逃げ...

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    麒麟を巡る話、第210話。
    スカウト。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     恐らくその男たちは、刀一本で突然襲い掛かってきた彼女たちを、追い込まれて気が触れたか、捨て鉢になったかとしか思っていなかっただろう。
     多少は虚を突かれたらしく、構えられていた小銃がわずかにぶれる。それでも男たちの勢いは止まることなく、二人と交差した。
    「……!?」
     ところが――次の瞬間、彼らは愕然とする。ほんの直前まですぐ目の前、ばっちり捉えられる位置にいたはずの彼女たちが、姿を消したからだ。
    「う……っ」
     気付いた時には、彼女らが自分の真横や、背後にいる。
    「うげっ!?」「ぎゃっ!」「まじ、か、よ……」
     そして全員が、一瞬のうちに倒されていた。

    「……ま、こんな真っ昼間から血の海なんか見たくないし、峰打ちで勘弁してあげるわ」
     刀を納めたマロンは、プレタに声をかける。
    「どうする、これから?」
    「そうね……」
     プレタは辺りを見回し、こう返した。
    「ケチが付いちゃったから、もうここに長居する気にもならないわね。全体的に臭うし」
    「同感ね。じゃ、さっさと……」
     マロンが応じかけた、その時だった。
    「すごいな、あんたら」
     短耳の男が一人、平手でプレタたちに近付いて来た。
    「……」
     これ以上この街と関わり合いたくないと考えていた二人は、互いにさっと目配せし、男を無視して立ち去ろうとした。
    「待ってくれ」
     が、男は慌てて駆け寄って来る。
    「……なに?」
     いかにも面倒臭いと言う声色で返したマロンに、男は頭を下げた。
    「俺に付いて来てくれないか?」
    「なんで?」
     男の唐突な申し出に、当然マロンはうざったそうに尋ね返す。
     それでも男はぺこっとお辞儀をし、丁寧な態度で話してくる。
    「人手を探してるんだ。いわゆる、荒事をやってくれるって奴を。
     いや、ただ暴れりゃいいって話じゃない。ちょっと……、俺たちの組織と対立してる、手強い勢力がいてな。そいつらとやり合うために、できる限り強い奴が欲しい。
     で、そう言う奴を探してるところで、あんたらが揉めてるのを見付けてさ。傍から見てりゃ、とんでもない腕前じゃないか。こりゃあ唯一無二の逸材だ、そう思って声をかけさせてもらったんだが……」
    「荒事をやってもらいたいって、つまり傭兵ってこと?」
     まともに応じたプレタに、男はほっとした顔を見せる。
    「そうだ。あんたらが来てくれりゃ、すごく心強い。報酬も弾むからさ、な?」
    「報酬ったって、どうせクラムでしょ?」
     フンと鼻を鳴らし、プレタは断ろうとする。
    「あんなクズみたいな金、いくらあろうがお断りよ」
    「いやいや、クラムじゃない」
     男はそう言って、懐から紙幣を取り出した。
    「……何それ」
    「俺たちの側の金だ。ほんの4、5年前に発行した通貨で、コノンと名付けられた」
    「価値は? 1エル換算でいくら程度なの?」
     プレタに問い詰められ、男は目をそらす。
    「今のところは、……その、今のところは、だぜ。まだ取引されてない」
    「ゴミじゃない。ここ以外じゃ使えないんでしょ」
    「そのうち使えるさ。俺たちが『戦い』に勝てばな」
    「戦い? さっき言ってた、対立してる奴との?」
    「そうだ。あんたたちも知っての通り、今、央北では2つの勢力が争ってるんだ。俺たちは『新央北』側なんだ」
     こう説明されても、二人にはピンとこない。
    「しん……?」
    「何?」
     二人の反応に、男は一瞬困ったような目を見せる。
    「知らない? こっちじゃ一番ホットな話題なんだが、……その反応だと、央北事情にはあんまり詳しくなさそうだな。
     じゃあ、その説明も兼ねてさ、どこかで飯でもどうだろう」
    「……どうする?」
     耳打ちしたマロンに、プレタは小さくうなずいて返した。
    「お腹も空いたし、色々教えてくれるんなら、行って損は無いと思うけどね。もし何かするつもりなら、また暴れるだけよ」
    「勘弁してくれ」
     プレタの物騒な言葉に、男は蒼い顔になった。

    白猫夢・流猫抄 4

    2013.04.24.[Edit]
    麒麟を巡る話、第210話。スカウト。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 恐らくその男たちは、刀一本で突然襲い掛かってきた彼女たちを、追い込まれて気が触れたか、捨て鉢になったかとしか思っていなかっただろう。 多少は虚を突かれたらしく、構えられていた小銃がわずかにぶれる。それでも男たちの勢いは止まることなく、二人と交差した。「……!?」 ところが――次の瞬間、彼らは愕然とする。ほんの直前まですぐ目の...

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    麒麟を巡る話、第211話。
    荒野から蘇るものたち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     かつて央北に君臨した超大国、「中央政府」が完全に消滅して20年余りが経ち、央北の政治・経済は崩壊していた。
     その顕著な例が、「クラム」と呼ばれる通貨の暴落である。元々は中央政府が発行・管理していた基軸通貨だったのだが、四半世紀前の戦争で同国が崩壊した後、その管理を担ったのはヘブン王国だった。
     だが、通貨の価値は管理する国の「力」に反映される。中央政府と言う超大国ほどの国力を持たない、敗戦国のヘブン王国がクラムの管理を担っても、その価値を維持できるわけが無かったのだ。
     戦前は1クラム8~10玄程度だった為替レートも、年を追うごとにクラムの価値が下がっていったため、いつしか立場は逆転。今では1クラムの価値は0.04玄程度しかなく、ヘブン王国と、それに追随してきた央北諸国の経済状況は、最悪の局面を迎えることとなった。



    「そこでヘブン王国が泣きついたのが、あの胡散臭え『天政会』ってわけなんだ」
     マロンたちをスカウトしてきたこの短耳の男、マルセロ・イッシオは、あの公園近くにあった露店で央北の政治経済事情を説明した。
     しかしマロンたちは肩をすくめ、こう返す。
    「あの、って言われてもねぇ。聞いたこと無いわ」
    「同じく」
    「そっか……。じゃあ、それも簡単に説明する。
     天帝教は、……流石に知ってるだろ?」
    「ええ。それは大丈夫。央北と央中を中心に広まってる宗教でしょ」
     マロンの回答に、マルセロは微妙な顔をしつつもうなずく。
    「大体合ってる。ただ、央中と央北とでは、ちょっと性格と言うか、毛色が違う。これから俺が説明するのは央北の方の、古来からある天帝教の方になる。
     まあ、その央北の天帝教なんだが、昔には中央政府の中核だったこともある」
    「それも歴史の勉強で聞いたわ」
    「でも4世紀の黒白戦争で中央政府が負けた後、首都だったクロスセントラルから追い出された。それ以来ただの教団として、央北の片隅で縮こまってたわけなんだが、その事情が動いたのが30年前の、黒炎戦争の時なんだ。
     自分たちを追い出した中央政府がこの戦争で倒れたんで、こりゃもしかしたらまた、自分たちが政治の舵取りができるようになるかもって思った急進派の連中が、シンクタンク(政治組織に関して意見・提案を立てる団体)なんてのを作った。これが『天帝教政治審議会』、通称『天政会』ってわけだ。
     そして続く日上戦争で、央北をまとめてた『ヘブン』がバラバラになった時、奴らは動いた。それまで中央政府や『ヘブン』に属してた州が国として独立したはいいが、それまで『お上』に任せてたせいで、国をどう動かしていいか分からない。そんな奴らに対し、天政会はアドバイザー役と言うか、コンサルタントみたいなのを申し出た。
     何をどうすればいいか途方に暮れてた奴らにとっちゃ、この申し出はさぞありがたかっただろうが、天政会にとっちゃいいカモだ。たちまち籠絡し、自分たちの言うことをただ聞かせるだけの人形、傀儡政権に仕立て上げちまった。
     そんな傀儡国家がこの30年で既に6つ、央北の西側3分の1にまで及んでいる。天政会にとっては思い通りの展開になっていたが、ここでさっき言った事件が起こった」
    「事件? ヘブン王国が天政会に泣きついた、って言ってたアレ?」
     プレタの言葉に、マルセロは深々とうなずいて見せた。
    「そう、それだ。クラム管理国であったヘブン王国がここに下ったことで、天政会は自由にクラムを操作できる権限を手に入れた。
     これで央北は、ますます旧き悪しき中央政府時代に逆行していくだろうと、央北の人間の大半に呆れられる一方、央北外の投資家やら政治家は、これを好機と見ている。それは何故か?」
    「うーん……?」
     答えが分からず黙るマロンに対し、プレタは淀みなく答えた。
    「天政会の母体、央北天帝教が金と権力持ってるからでしょ? 中央大陸以外にも信者は多いし、外交しようってことになったら話も通しやすいでしょうしね。
     これまでとは桁違いに信用が増すでしょうし、連動して価値も上がっていくでしょうね」
    「そう言うことだ。事実、ヘブン王国が天政会に下って以降は、クラムの価値がじわじわとではあるが、上がり始めている。
     とは言え、また神様に政治を任せるなんてのは真っ平御免。そう考える央北人は、決して少なくない。それでまた黒白戦争とか黒炎戦争みたいなことになったら、嫌だからな。そう考えたこっち側、つまり央北東側の人間は、天政会に対抗するため同盟を組んだ。
     それが『新央北秩序構築同盟』、通称『新央北』なんだ」
    「ふーん」
     二人は同時に、それだけ返す。
    「ふーん、ってお前らなぁ……」
    「あのね、マルセロだったっけ、あんた。あたしもマロンも、そんな政治臭い話を聞きに付いて来たわけじゃないのよ?
     あたしたちにとって重要なのは、まともな金をくれるのか? ってことよ」
    「あー、まあ、そうだな。そうだった。
     ただ、順序を追って説明したいんだ。でないと金の話には持って行きづらい。もうちょっと付き合ってもらいたいんだが……」
    「……短めに頼むわ」

    白猫夢・流猫抄 5

    2013.04.25.[Edit]
    麒麟を巡る話、第211話。荒野から蘇るものたち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. かつて央北に君臨した超大国、「中央政府」が完全に消滅して20年余りが経ち、央北の政治・経済は崩壊していた。 その顕著な例が、「クラム」と呼ばれる通貨の暴落である。元々は中央政府が発行・管理していた基軸通貨だったのだが、四半世紀前の戦争で同国が崩壊した後、その管理を担ったのはヘブン王国だった。 だが、通貨の価値...

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    麒麟を巡る話、第212話。
    紙幣。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     マルセロはもう一度、懐から紙幣を取り出す。
    「さっきの話の続きだけど、『新央北』である俺たちは、もう一度あの悪名高い中央政府を作りかねないような奴らの金は使いたくないわけだ。何故ならその金、即ちクラムは俺たちには操作できないからだ。
     敵の都合で価値の変わる金を使ってるままじゃ、結局は向こうの言いなりになるしか無い。そこで俺たちは別に通貨を創ったわけだ。それがコノン、この金になる」
    「金って、……さっきから気になってたんだけど」
     マロンはその紙幣をマルセロの手から取り、まじまじと眺める。
    「……紙よね?」
    「紙だよ」
    「頭おかしいの?」
    「いいや、真面目さ」
    「こんなの火点けたら一瞬で無くなるじゃない」
    「金貨や銀貨とかだって、火事になれば熔けるだろ?
     そもそも古典を紐解けば、金銀以外の安価な卑金属で通貨を造った例もある。だったら紙で造ったって問題無いさ」
    「偽造し放題じゃない。ただの紙なんだし」
    「ところがところが」
     マルセロはマロンから紙幣を返してもらい、その表面をぐるりと指し示す。
    「原版はかなり精密・精巧に作ってある。おまけに銀行の金庫とか牢屋の鍵とかに使ってる錠式魔法陣も応用して描き込んであるから、偽造はまず、不可能だ」
    「ふーん……?」
     良く見てみると、印刷されている絵――優しい目をした、しかしどこか間の抜けた服を着た、狐獣人の肖像画だ――は精密に描かれており、確かに真似して描けそうにはない。また、その版画の下に魔法陣らしき光彩があり、これも半端な魔術では誤魔化せそうにない。
    「なるほどね。偽造できなさそう」
    「だろ? 実際、その点が認められたのと、発行元の俺たちが積極的に使うよう徹底しているのとで、既にこいつは『新央北』圏内じゃ真っ当な通貨として使われている。
     今あんたらが食ってるその海老とレタスのサンドとオレンジジュースだって、コノンで売ってるしな。ほれ、メニュー見てみ」
     言われるままに、二人はメニューを確認する。
    「……ホントだ。『サンドイッチ:どれも6コノン』って書いてある」
    「でも、この店があたしたちを騙すために作ったって可能性も……」「馬鹿言っちゃいけない」
     プレタの不安に、マルセロは苛立った顔を見せる。
    「そんなに言うならだ。10コノン渡すから、周りの適当な店に入って買い物してみろよ」
    「いいわよ」
     マルセロからコノンを受け取り、プレタはその場を離れようとする。
    「……あんた、もしこれが本当に使えるとして、よ?」
    「ん?」
    「あたしがそのまま逃げるとは思わないの?」
    「妹を置いてか?」
    「……はい?」
     きょとんとしたプレタに、マルセロも同様に「あれ?」と声を漏らし、マロンを指差す。
    「こっちが姉さんか?」
    「えっ」
     マルセロの言葉に、マロンとプレタは顔を見合わせた。
    「姉妹?」
    「そんなに顔も似てて、同じ猫獣人で、使う得物まで一緒。まさかそれで姉妹じゃないって言わないよな?」
     こう言われ、マロンは噴き出した。
    「……ぷ、くく」
    「あはは……」
     笑い出す二人に、マルセロは怪訝な顔を見せる。
    「何だ? 何か、おかしかったか?」
     マロンは笑いをこらえながら、小さくうなずいた。
    「いえ、いえね、……ああ、まあ、いいわ。
     ええ、そっちが姉でいいわ」
    「そうか。まあ、とにかく使ってみてくれ。本当に使えるから」

     実際にプレタが使ってみたところ、確かにコノンでの支払いができた。
    「使えたわ。はい、チョコクレープとベビーケーキとココア」
    「……まさか、全部使ってないよな」
     不安がるマルセロに、プレタはぺらぺらと手を振って返す。
    「使ったわよ。きっちり10コノン」
    「お前なぁ……、まあ、いいか。これで分かってくれたな?」
    「ええ、信じるわ」
    「あんたらが俺たちに協力してくれたら――勿論、働きに応じてだけど――コノンで報酬を支払う。この街、いや、『新央北』圏内にいる限りは不自由しない程度には払うつもりだ。
     まあ、この街だって確かに汚いが、そこそこには飯はうまいし、日用品も揃ってる。ちょっと長居しても不満は無いと思うぜ」
    「……んー」
     プレタとマロンはもう一度顔を見合わせ、同時にうなずいた。
    「いいわ。どうせブラブラ旅してた身だし、ちゃんと金になるなら傭兵くらい、してあげる」
    「ありがとよ。……っと、じゃあとりあえず、俺の本拠地に来てもらおうか。そこで仕事の話をしたい」
    「分かったわ。じゃ、おやつはそっちで食べるとしましょうか」

    白猫夢・流猫抄 6

    2013.04.26.[Edit]
    麒麟を巡る話、第212話。紙幣。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. マルセロはもう一度、懐から紙幣を取り出す。「さっきの話の続きだけど、『新央北』である俺たちは、もう一度あの悪名高い中央政府を作りかねないような奴らの金は使いたくないわけだ。何故ならその金、即ちクラムは俺たちには操作できないからだ。 敵の都合で価値の変わる金を使ってるままじゃ、結局は向こうの言いなりになるしか無い。そこで俺たち...

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    麒麟を巡る話、第213話。
    変人侯爵。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     マルセロに案内され、二人は大きな屋敷へと入った。
    「街中ゴミだらけだったけど、ここは綺麗ね。塵ひとつ落ちてないし、それなりに金持ちそうな造り」
     プレタにそう褒められ、マルセロは「はは……」と笑う。
    「言わば市長官邸だからな。ここが汚かったらどうしようもないぜ」
    「市長官邸?」
     マロンに尋ねられ、マルセロは廊下を歩きつつ説明する。
    「本来の名前は旧トランプ邸つって、元々この街の大地主の家だったんだが、何だかんだで没落したらしい。で、当時の市長が買い取ったらしいが、なーんでか……」
     廊下の途中にあった、人相のまるで揃わない肖像画の列を指差し、マルセロは笑う。
    「その市長やってた奴の一家も、代が替わった途端に破産して夜逃げ。その後も何度か持ち主が替わったんだが、三代保った試しが無い。
     やがてこの家は……」
     くる、と二人に向き直り、マルセロは声色を変えてこう続けた。
    「『貧乏神邸』なんて言う、ひでー名前が付いたってわけさ」
    「……そんないわくつきの家を官邸に?」
     怪訝な顔をしたプレタに、マルセロは肩をすくめて見せた。
    「そこが俺の雇い主、トラス卿の一番ヘンなところさ。変わり者なんだ、トラス卿は」
     と、マルセロの背後からすう……、と音も無く、狼獣人の男性が忍び寄ってきた。
    「変わり者で結構」「おわっ!?」
     その狼獣人に肩をつかまれ、マルセロは目を丸くする。
    「き、卿!?」
    「私くらい変人でなきゃ、わざわざ紙で金を造ろうだなんて思わんよ。しかし実際は大成功してるわけだ。じゃあ変わり者だっていいじゃないか。そうでしょう、お嬢さん?」
    「はあ……」
     目を白黒させているマロンに、その銀髪に茶と銀の毛並をした狼獣人はにっこりと笑いかけた。
    「お初にお目にかかります、『猫』のお嬢さん方。私が『新央北』の風雲児、ショウ・トラス侯爵だ。以後、お見知り置きを」
    「ど、どうも」

     マルセロが言った通り、確かにトラス卿は変人のようだった。
    「そもそもこの家を買った経緯だが、元々は私の父が央北分裂の際、この街とその周辺を国として独立させたわけでな。
     分裂前、父は『ヘブン』の内務大臣でね。『ヘブン』の王様があんまりにも信用が無さそうだ、ああこりゃ『ヘブン』も長くないなと見切って、早々にこの街を我が物にしようと画策したと言うわけだ。
     その目論見は成功し、ついでにヘブン王国からちょっとばかし――ヘブンズ・クラムじゃない方の、通称『オリジナル』クラムで7、8億ほど――ちょろまかし、トラス王国を立ち上げたわけだ」
     トラス卿は二人が席に着くなり、ぺらぺらと自分とこの国の経歴を語りだした。
    「なかなかの出世譚ですね」
     プレタがそう返したが、トラス卿は一転、しょんぼりとした顔になる。
    「いやぁ、ところがだ。お嬢さんもご存知の通り、オリジナル・クラムからヘブンズ・クラムに切り替わって以降、価値は著しく下がってしまったわけで。独立当初は栄華を極めた我が国も、コノン発行前までは貧乏、貧乏で汲々としていた」
     かと思うと、今度は居丈高になる。
    「その上鼻持ちならぬあの天政会がヘブン王国を牛耳り、クラムの命脈を握り締めてしまった! これはいよいよ古の悪夢、神権政治による中央政府の復活となるのではないか、そう危惧する者も大勢……」「そこは聞きました」「おお、そうだったか」
     トラス卿は表情を真面目なものにころっと変え、こう続ける。
    「まあ、そうした諸侯を集めて同盟を作り、『天政会』に対抗しようと蹶起。それが現在、私が主導している『新央北』と言うわけだ」
     得意げな顔をしたトラス卿に、マロンが尋ねる。
    「あの……、それで卿、この家を購入された経緯と言うのは?」
    「あ、そうだった。いやいや、脱線してしまって申し訳無い。
     そうそう、父がトラス王国を建国した時官邸にしていたのが、父の持っていた別荘でな。しかし国としての体面が整うにつれて、何かと手狭になってしまった。
     じゃあもっと大きい屋敷を造るか買うかしようと言うことになり、そこで目を付けたのがこの、『貧乏神邸』だった。
     イッシオ君から聞いた通り、この屋敷は悪評のために誰も住みたがらず、ずーっと空き家となっていたから、かなりの安値で買えた、と言うわけだ」
    「なるほど」
    「もしも悪評が本物だったら、私か、私の子供の代で潰れるとのことだが、……ま、その点は心配無用。
     私には子供どころか、伴侶もいないのでな、わはは……」
     トラス卿は笑って見せたが、二人と、横にいたマルセロは苦笑いを返すしかなかった。

    白猫夢・流猫抄 7

    2013.04.27.[Edit]
    麒麟を巡る話、第213話。変人侯爵。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. マルセロに案内され、二人は大きな屋敷へと入った。「街中ゴミだらけだったけど、ここは綺麗ね。塵ひとつ落ちてないし、それなりに金持ちそうな造り」 プレタにそう褒められ、マルセロは「はは……」と笑う。「言わば市長官邸だからな。ここが汚かったらどうしようもないぜ」「市長官邸?」 マロンに尋ねられ、マルセロは廊下を歩きつつ説明する。...

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    麒麟を巡る話、第214話。
    ダーティー・マネーゲーム。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     トラス卿が一々話を脱線させてしまうため、二人はマルセロから仕事内容の説明を受けた。
    「二人にやってもらいたい仕事についてだが、まずは『新央北』と『天政会』の対立状況から説明させてもらう。
     現在、『天政会』は央中・央南やその他外大陸との金融・為替取引を繰り返している状態だ。各地に散らばる天帝教徒の豪商や有力者層と密かに連携を取り、クラムを高騰させようとしてるんだ」
    「『高騰させようと』って、そんな簡単にできるものなの?」
     尋ねたプレタに、トラス卿が答える。
    「そんなに難しい話じゃない。今だって金ヅルが付いたって評判だけで、簡単にクラム高に転じている。
     それに『天政会』の政治・経済復興のノウハウは馬鹿にできない。ヘブン王国を初めとして、支配下にある国が順調に経済成長すれば、比例してクラムの価値も見直される。
     むしろ今までの低成長は、『天政会』がわざと市場操作して抑えつけてた節もあるくらいだから、奴らはこうなることを、ずっと狙ってたのかも知れん」
    「そうなの?」
    「ま、それを前提として、だ。
     クラム高騰後にヘブン王国に圧力をかけ、大量にクラムを発行すれば、それだけで奴らは世界一の大金持ちになる。無論、大量発行によって多少のクラム安にはなるだろうが、それを補って余りある利益が懐に収まるはずだ。
     しかしこの前提条件には、一つのネックがある。それは『順調に経済成長すれば』ってことだ」
    「……ふーん」
     と、プレタは話の先を読んだらしい。
    「つまり『天政会』の主導によって経済成長しようとしてる国に攻め込んで引っ掻き回せば、その目論見を潰せる、と?」
    「そう言うことだ。そしてそこにトラス卿は、いくつかの仕掛けを施している」
    「うむ」
     トラス卿は側にあった金庫から、何枚かの証文の束を取り出した。
    「例えば――何人かの代理人を通して、『天政会』支配圏の国に対し、コノン建てで国債や各商会・商社、その他団体の債券を購入している。今はまだ価値の低いコノンだし、一般の人間はこんな裏工作があろうなどとは知る由も無いから、喜んで支払ってくれる。
     ところが、我々の目論見が見事達成され、クラムの価値が暴落した暁には、コノンは相対的に価値を高めている。そこで債権の償還(利息付きでの返済)を求めるが、それは恐らくデフォルト(債務不履行)となるだろうし、そうなった場合、我々は現物を差し押さえる。
     その現物と言うのが、つまり――」
    「クラム通貨圏内の動産、不動産ってわけね。うまく行けば敵を国ごと買える、と」
    「そう言うことだ。その他にも色々、奴らの取引に紛れ込む形で仕掛けを施している。
     君たちの活躍によってクラムが今以上に暴落し、代わりにコノンが暴騰すれば、我々の方が世界一の金持ちになれると言うわけだ。
     そうなった場合、君たちに支払ったコノンは……」
    「今はクズ同然でも、その時には巨万の富になってる、ってわけね」
    「うむ」
     得意満面にうなずいたトラス卿だったが、すぐに浮かない顔をする。
    「しかし問題が3つある」
    「と言うと?」
    「一つは、かなり乱暴に暴れ回らなければこの作戦が実らない、と言うことだ。ちょっとやそっと引っ掻き回した程度では、奴らの成長計画をご破算にするのは難しい。
     それに関連して二つ目だが、やり過ぎても駄目だ」
    「なんで?」
     尋ねたマロンに、プレタが答える。
    「アンタ、散々打ち倒してボロボロになった相手の土地やら商会やら、欲しい?」
    「あ、そう言うことね」
    「そう、その通りだ。あまり破壊行為をやり過ぎると、いざ我々が買い取る場合、その価値を著しく損ねてしまっている可能性が高まる。
     できれば計画の邪魔程度に抑え、人員や施設、その他生産地などの破壊はしないようにしてほしい」
    「分かったわ」
    「そして三つ目だが、これが最も君たちにとって過酷な要因となる。
     奴らも我々がこうして邪魔しにくることは読んでいるはずだ。となれば、その阻止を行おうとするのは当然だ」
    「つまりその、実際に阻止しようって奴らとあたしたちが衝突するってわけね」
     プレタの言葉に、マルセロがうなずく。
    「ああ。既に俺たちの情報網で、奴らが支配下の各国から兵隊を集めて防衛隊を結成したと言う情報をキャッチしている。
     そして央中の金火狐商会から、大量に武器・弾薬を買い付けたって情報もな」
    「さぞ手強そうね」
    「……で、どうだろう?」
     と、トラス卿が不安げな目でプレタたちを眺めてくる。
    「非常に危険であるし、困難な仕事でもある。しかし報酬は間違いなく支払う。
     やってくれるか……?」
    「いいわよ」
     プレタとマロンは逡巡する様子も見せず、同時に承諾した。

    白猫夢・流猫抄 8

    2013.04.28.[Edit]
    麒麟を巡る話、第214話。ダーティー・マネーゲーム。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. トラス卿が一々話を脱線させてしまうため、二人はマルセロから仕事内容の説明を受けた。「二人にやってもらいたい仕事についてだが、まずは『新央北』と『天政会』の対立状況から説明させてもらう。 現在、『天政会』は央中・央南やその他外大陸との金融・為替取引を繰り返している状態だ。各地に散らばる天帝教徒の豪商や有力者...

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    麒麟を巡る話、第215話。
    姉妹の契りと、古い夢。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
    「おお、そうか! いや、非常に助かる、ありがとう」
     喜ぶトラス卿に、二人はまた同時に人差し指を立て、条件を出す。
    「その代わり報酬と、しばらくあたしたちの住む場所は、うんと奮発してよね」
    「ああ、いいとも。……いや、そうだな」
     トラス卿は一瞬考え込む様子を見せ、こう返した。
    「二人ともここに住むか?」
    「え?」
    「この街で住むのに一番いい場所は、間違いなくここだ。不足は無いが、どうかな?」
    「いいの?」
    「私しか住んでないからな。一人で持て余していたところだ。
     いや、無論、こんなむさ苦しい中年男がずっと側にいるなんて嫌だ、と言うなら、別の住まいを探すが」
    「……んー」
     プレタがマロンに耳打ちし、相談する。
    「あたしは別に構わないけど、あんたは?」
    「いいわよ? 面白いおっさんだし」
    「じゃ、決まりね」
     二人がうなずいたところで、トラス卿はにっこりと笑った。
    「うむ、よろしく。……と、名前を聞いてなかったな」
    「あ、そう言えばそうね。あたしはプレタ。こっちはマロン。姉妹みたいなもんよ」
    「うむ。……では早速、部屋を見繕うとしよう」

     トラス卿から部屋を与えられ、二人は早速休むことにした。
    「作戦会議は明日、別のところで行う。それじゃゆっくり休んでくれ」
    「ありがと」
     と――扉を閉める直前、トラス卿が不安そうな顔をする。
    「遠慮してないか?」
    「いいえ?」
    「一人一部屋でも構わないんだが……、本当に二人一緒で良かったか?」
    「ええ。色々話もあるから」
    「そうか。……うん、まあ、それじゃ。
     お休み、お嬢さん方」
     扉が閉まったところで、ベッドに腰掛けていたマロンが口を開く。
    「……完璧、姉妹ってことになったわね」
    「いいじゃない。あれこれ説明するより手っ取り早いし」
    「あ、ううん。不満は無いのよ。ただ……」
    「ただ?」
     マロンはニッと、口角を上げて見せた。
    「あたし、お姉ちゃん欲しかったのよね。兄とかはいたけど」
    「……そーね。あたしも妹とか、女の子の兄弟欲しかったわ」
    「えへへ……」
     どちらからともなく、笑いが漏れる。
    「ね、ね」
    「ん?」
     マロンはベッドからぴょんと立ち上がり、プレタにこう耳打ちした。
    「あたしたちに苗字付けるとしたら、何にする?」
    「んー……、そうね……」
     悩むプレタに、マロンが続ける。
    「あたし、いい案があるのよ。ミニーノってどう?」
    「……いいかもね。じゃ、これからしばらくはミニーノ姉妹ってことね」
    「うふふ……、よろしくね」
     マロンは顔を真っ赤にしつつ、ベッドに寝転んだ。
    「じゃ、お休みっ!」
    「はいはい、お休み」
     プレタも自分のベッドに入り、すぐに眠りに就いた。



     彼女は夢を見た。
     それはまだ13歳の頃――彼女が央南にいた頃の思い出だった。
    「ねえ、朔明さん」
    「うん……?」
     傍らで自分を優しく眺めてくれていた男に、彼女は微笑んだ。
    「あたし……、あなたの悲願が叶えられるなら、何でもするから」
    「ああ……」
     男は彼女の唇に、ちょんと自分の唇を重ねた。
    「君が手を貸してくれるなら、成功しないはずが無いさ」
    「ええ。……ええ、だから、……朔明さん」
    「ん?」
    「……あたしを、愛してると言って。そう言ってくれたら、あたし、この先一生、あなたに付いて行くから」
    「……はは」
     男は笑い、彼女の頭を撫でながら、彼女の言う通りに応えた。
    「愛してるよ、月乃」

     そう答えた男の顔は――木の洞のようだった。



    「うあ……っ!」
     がば、と飛び起きる。
    「……はぁ……はぁ……」
     甘い思い出が悪夢に変わり、彼女は全身に汗をかいていた。
    「……んにゃ……どうしたの……?」
     声をかけられたが、彼女は取り繕う。
    「……ううん、何でもない。変な夢見ちゃった」
    「……こっちで一緒に寝る……?」
     その提案に、彼女は素直に従った。
    「そうするわ。……ごめんね、お邪魔するわ」
    「いいわよ、そんなの……」
     今度は二人で一緒に、眠りに就く。

     かつて「黄月乃」だった彼女は――今度は昔の夢を見ず、ゆっくりと眠ることができた。

    白猫夢・流猫抄 終

    白猫夢・流猫抄 9

    2013.04.29.[Edit]
    麒麟を巡る話、第215話。姉妹の契りと、古い夢。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9.「おお、そうか! いや、非常に助かる、ありがとう」 喜ぶトラス卿に、二人はまた同時に人差し指を立て、条件を出す。「その代わり報酬と、しばらくあたしたちの住む場所は、うんと奮発してよね」「ああ、いいとも。……いや、そうだな」 トラス卿は一瞬考え込む様子を見せ、こう返した。「二人ともここに住むか?」「え?」「この街で...

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    麒麟を巡る話、第216話。
    「ファルコン」部隊。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     トラス卿の傭兵となったプレタとマロンは、早速マルセロ率いる遊撃隊――通称「ファルコン」部隊の本営に案内された。
    「諸君、今日は新しく我々の仲間となった人間を2名、紹介しよう」
     この部隊の司令であるマルセロが壇上に立ち、そう前置きしたところで、彼の前に並ぶ隊員たちがざわ……、とどよめいた。
     それを受けて、マルセロが苦笑する。
    「なかなかの美人だが、それで採ったわけじゃない。抜群の腕利きなんだ。非常に有力な戦力であると、大いに期待していい。
     では簡単に、自己紹介してもらおうか」
     マルセロに促され、「姉」のプレタが応じた。
    「どうも。あたしはプレタ・ミニーノ。こっちの茶色い耳の方がマロン・ミニーノ。二人とも刀と魔術を使うわ。よろしく」
     と――紹介を終えた途端、隊員たちから手が挙がる。
    「はい、はいはい! 歳はいくつ?」「好きな食べ物は?」「好みのタイプ教えて!」
     浮足立った隊員たちを、マルセロが一喝する。
    「朝から寝ぼけてんのか、アホ共っ! お前らのデート相手に連れて来たんじゃないぞ!」
     その一声で、隊員たちはピタ、と騒ぐのをやめた。
    「……コホン。では早速、今回の仕事について説明する」

     マルセロは背後に置いてあった黒板に、簡単な地図を描く。
    「今回は隣国、カプリ王国へ向かう。ここ数週間で『天政会』の人間が多数目撃されており、情報部の調べでは同国内において商会や市町村の買収を行っているとのことだ。
     同国は近年の不況に抗えず、商会および市政当局の半数が財政破綻ないし破産している。恐らく『天政会』はそれらを二束三文で買い叩き、央北東部進攻への足掛かりとしようとしているのだろう。
     勿論、このまま買い叩かれていくのを看過する我々では無い。しかし一方で、同国の各組織が金を受け取れずに破産していくのをただ眺めると言うのも忍びない。
     と言うわけで今回の作戦は、こうだ。買収を行うため、『天政会』は多額の資金を同国内に持ち込んでいる。と言っても現在、国際競争力の無いヘブンズ・クラムでは無い。調べによれば央中のエル通貨だ。およそ7億5千万、カプリ王国政府の歳入の3割強と言う、相当の金額だ。
     我々はこれを奪い本国に移送した後にロンダリング(不正行為によって得た金を、正当な方法で手に入れたように偽装・隠蔽すること)を行い、改めて『新央北』からの融資として同国に送る。
     作戦が成功すれば『天政会』は巨額の損失を被ると同時に、同国の我々に対する信用度は大きく増し、『新央北』の勢力拡大につながるだろう」
     説明を聞き、マロンがプレタに耳打ちする。
    (もっともらしいこと言ってるけど、強盗よね)
    (そう言えるわね)
     それを横目で見ていたマルセロがにらむ。
    「私語は慎んでもらおう。まだ説明の途中だ」
    「あ、ごめんなさい」
    「コホン。……で、我々の作戦だ。
     A隊は先に現地入りし、資金奪取後の逃走経路の確保を行ってくれ。
     B隊とC隊は実際に攻撃を加えてくれ。D隊はそれを遠隔から支援だ。
     いつものように奴らは魔術と銃器を主体とした布陣を敷き、拠点防衛を行っているはずだ。周囲の建物上部からD隊が監視を行い、敵兵の位置を確認。そこでB・C隊は攻撃を開始。D隊は戦闘中も、B・C隊に逐次状況を知らせてくれ。
     そして敵を一掃し、拠点制圧に成功し資金を奪い次第、全隊速やかに現場から離脱しろ。
     で……」
     マルセロは二人にもう一度目を向け、こう命じた。
    「二人はC隊に入ってくれ。B隊が奇襲した後、増援を防ぐ形で臨場だ」
    「分かったわ」
    「説明は以上だ。A隊は本日中に、残りは3日以内に現地入りし、準備を整えるように。では各隊、綿密に作戦を練ってくれ」
     そう締めくくり、マルセロは壇から降りる。そこでマロンが尋ねた。
    「ねえ?」
    「うん?」
    「アンタは参加するの?」
    「無論だ。俺は後方支援のD隊隊長として参加する。戦闘中何かあれば、C隊の隊長と俺が聞くからな」
    「分かったわ」
     マルセロが会議室を後にしたところで、坊主頭で頬と顎全面に濃いひげを生やした、色黒の熊獣人が声をかけてきた。
    「お前ら、C隊に配属だったな? 俺がC隊隊長のグレゴ・マーキーだ。
     早速会議を始める。付いて来い」
     グレゴの言葉に、マロンがげんなりした顔になる。
    「また会議? ……当たり前って言えばそうなんだけど」
    「いきなり敵陣に飛び込むバカがいるかよ。つべこべ言うな」
     グレゴはむすっとした顔で、二人と隊員たちに付いて来るよう促した。

    白猫夢・隼襲抄 1

    2013.05.01.[Edit]
    麒麟を巡る話、第216話。「ファルコン」部隊。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. トラス卿の傭兵となったプレタとマロンは、早速マルセロ率いる遊撃隊――通称「ファルコン」部隊の本営に案内された。「諸君、今日は新しく我々の仲間となった人間を2名、紹介しよう」 この部隊の司令であるマルセロが壇上に立ち、そう前置きしたところで、彼の前に並ぶ隊員たちがざわ……、とどよめいた。 それを受けて、マルセロが苦笑...

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    麒麟を巡る話、第217話。
    御託と本音。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     トラス王国の西、カプリ王国。
     こちらも先代トラス卿と同じく、中央政府の混乱と崩壊に乗じて独立した国家である。しかしトラス父子ほどの政治手腕は無かったらしく、建国から10年と経たぬうち、早々に財政破綻をきたした。
     隣国と言う関係もあって、トラス王国は何度か資金援助を行ってはいたのだが、それも焼け石に水であったらしく、一向に再建の目途は立っていなかった。



    《困窮するこの国に救いの手を差し伸べる。それが我々がこの国に対して施すことのできる、最高の善行だ。
     しかしこれを妬み、我々の用意した義援金を奪おうとする悪徳の輩がおる。事実、我々は過去に二度その妨害を受けており、その被害は決して小さな額ではない。
     ましてや今回用意した義援金は、約8億エル。これほどの富を心待ちにしているその国の皆に届かず、悪徳の輩の私腹に収まるとなれば、奪った彼らだけではなく、我々さえも、地獄へ落とされるに足りるほどの咎を背負うこととなるだろう。
     我らが主神、ゼロは仰っている。『己や、己が守るものを脅かす者があった時、武器を取り彼らと戦うことは、決して悪い行いではない』と。まさに今、そのお言葉通りのことが起ころうとしているのだ。
     我々は決して、悪徳の輩に打ち負かされるようなことがあってはならない。……では皆、どうか我々のため、そして困窮する人々のため、今回も奮闘してくれ》
     そう締めくくられ、天帝教の大司教からの通信が切れる。
     拡声用の魔法陣の前には大司祭と司祭数名、そして重武装した兵士が、ずらりと並んでいた。

    「ファルコン」情報部の調べ通り、既に「天政会」は多額の金と、それを護るための兵士1中隊をカプリ王国に送り込んでいた。
     今この時、彼らが滞在しているこの建物には8億エルと言う巨額の資金が収められており、そして建物の2つや3つ程度なら簡単に吹き飛ばせる量の――明らかに過剰な量の爆薬が、あちこちに積まれていた。

     つい先程まで恭しい言葉を並べ立てて演説していた大司教だったが、その腹の内には怒りが煮えたぎっていた。
    (忌々しい狗どもめ……! 今度こそ討ち取ってくれよう!
     相当な無理を通して、これだけの武器を揃えたのだ。これだけあれば以前のような敗北を、三度も喫しはせん!
     罠も仕掛けておるからな……ひひひ)



     トラス王国での作戦会議から2日後、ミニーノ姉妹とC隊はカプリ王国に入った。
     とは言え一度にぞろぞろと入ってきたわけでは無い。目立つのを避けるため、2人か3人ずつで、バラバラに入国していた。
    「央北の内地には初めて入るけど……、トラス王国とあんまり変わんないわね。悪い意味で」
    「そうね。悪い意味で」
     二人の目の前には、ゴミだらけの路地が続いている。
    「で、落ち合うのってどこだっけ?」
    「えーと……、この先の……、あれかしら、あの茶色い建物の右手に、……で」
     C隊の作戦会議の内容を思い出しつつ、二人は指定された場所へと向かう。
    「ここ、かしら? ……あ、ここっぽいわね」
     廃屋にしか見えない建物を訪ね、浮浪者風の偽装を施した隊員と合言葉を交わし、二人は中に入る。
    「おう、来たか」
     入ったところで、グレゴが出迎えた。
    「どうも。……もう全員集まった?」
    「いや、まだもう少しと言うところだ。夕方までに揃う予定だ。
     ああ、そうそう。お前らの武器も届いてるぞ。あっちに置いてある」
    「ありがと」
     軽く会釈し、示された方へ向かおうとしたところで、グレゴが「フン」と鼻を鳴らした。
    「ろくに敬語も使えんのか!? 上官だぞ、俺は!」
     そう怒鳴られるが、プレタがさらりと返す。
    「隊長が尊敬に値する人間なら使うわよ。そんなこと言うなら、きっちりいい仕事して見せてほしいわね」
    「不遜な奴らめ!」
     もう一度鼻を鳴らし、グレゴは大股でその場から離れた。

    白猫夢・隼襲抄 2

    2013.05.02.[Edit]
    麒麟を巡る話、第217話。御託と本音。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. トラス王国の西、カプリ王国。 こちらも先代トラス卿と同じく、中央政府の混乱と崩壊に乗じて独立した国家である。しかしトラス父子ほどの政治手腕は無かったらしく、建国から10年と経たぬうち、早々に財政破綻をきたした。 隣国と言う関係もあって、トラス王国は何度か資金援助を行ってはいたのだが、それも焼け石に水であったらしく、一向...

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    麒麟を巡る話、第218話。
    夜に紛れて。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     現地入りから2日後、マルセロから全隊に連絡が入った。
    《敵のアジトに動きがあった。どうやら今夜のうちに資金を運び出すようだ。
     運び出す金は全部じゃないだろうが、それでも二手に分かれる分、警備は手薄になる。運び出された方は放っておいて、残りを奪いに行くぞ》
    「了解!」
     通信を終えるなり、グレゴは拳を振り上げて怒鳴る。
    「準備はいいか、お前らッ! ブッ込んでいくぞッ!」
    「おうッ!」
     隊員たちは武器を振り上げ、これに応じた。
     プレタたちも一応拳を上げて応じる。が、グレゴが苦い顔を向けて来た。
    「声が小さい! もう一回! 行くぞーッ!」
    「……おー」



    窓を閉め切った、小ぢんまりとした建物から司祭と、彼を囲む形で兵士が現れる。
     その司祭の背後には、同様に兵士が2名と、エル貨幣を大量に積んだ木箱が続く。
    「お、お願いしますね、みなさん」
    「……」
     司祭はおどおどとした物腰で、兵士や、背後の木箱をきょろきょろと落ち着きなく確認するが、兵士たちは黙々と歩を進める。
    「本当にその、大変な任務ですよね、ね、本当」
    「……」
    「いや、私もまさかこんな危険な役目を任されるなんて、本当、思いもしなくてですね」
    「……司祭殿」
     と、前を歩いていた兵士が、司祭に顔を向けず応える。
    「お静かに願います」
    「あ、は、はい、どうもすみません、本当。いや、いつもは物静かなんですよ、私。でも緊張すると、何かしゃべらないと間が持たないって言うか……」
    「司祭殿」
    「……あ、すみません」
     ようやく司祭が黙り込んだところで、その兵士が立ち止まった。
    「ど、どうしました?」
    「いや……、何か物音がしたような、と」
     兵士たちは小銃を構え、辺りを警戒する。
     と、路地裏からひょこ、と猫が姿を見せた。
    「な、なんだ、猫じゃないですか」
    「そのようですな」
     兵士はそう返し、猫に向けて小銃を撃った。
    「なっ……!」
     当たりこそしなかったものの、猫は相当驚いたらしく、悲鳴のような鳴き声を上げて走り去っていった。
    「なっ、何をなさるのですか!」
    「作戦の邪魔ですから」
    「無益な殺生はいけません!」
    「……あなたの上司の、大司祭殿も仰っていたではないですか。『自分を脅かす者があった場合には攻撃して構わない』と」
    「あなたは猫に襲われて死ぬような人ではないでしょう!? どこが脅威ですかっ!
     まったく、不信心な! いいですか、聖書の『大卿行北記』第6章第3節には……」「ええ、ええ、分かりました。行きましょう、司祭様」
     司祭がわめきたてるまま、一行はその場から去って行った。

    「……あ、あっぶねぇ」
     物陰に潜んでいたB隊隊員の一人は、すぐ目の前に空いた壁の穴を見て、冷や汗をかいていた。
    「運が良かったな。もう少し前にいたら、作戦開始前に殉死してたぞ」
    「良いのか悪いのか分からんよ……」
     隊員たちは恐る恐る往来を確かめ、人の姿が無いことを確認する。
    「よし、進むぞ」
     B隊は往来に移り、「天政会」の人間が来た方へと駆け出した。
     間もなく先程の、小ぢんまりとした建物に到着し、そこでまた物陰に隠れる。そこでB隊隊長、ジェラルドが作戦の再確認を行った。
    「攻撃の手筈は分かっているな?
     まず閃光手榴弾を投げ込み、入口付近の兵士を行動不能にする。そこで第一班が乗り込み、外から手榴弾と小銃を使用し内部を攻撃。
     この際に内部からの攻撃があることが予想されるが、それを想定して第二班が魔術封じと煙幕を使い、敵の魔術と銃火器とを無力化させる。
     内部の敵が全滅、あるいは戦闘不能となったところで内部へ潜入。この辺りで既に出発していた敵兵が戻ってくる可能性があるが、それはC隊が処理することになっているため、我々は資金の回収に徹すること。
     資金を回収し次第イッシオ司令に連絡し、A隊をよこしてもらって離脱。……全員、大丈夫だな?」
     無言でうなずく隊員たちを確認し、ジェラルドは命令を下した。
    「作戦開始だ」

    白猫夢・隼襲抄 3

    2013.05.03.[Edit]
    麒麟を巡る話、第218話。夜に紛れて。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 現地入りから2日後、マルセロから全隊に連絡が入った。《敵のアジトに動きがあった。どうやら今夜のうちに資金を運び出すようだ。 運び出す金は全部じゃないだろうが、それでも二手に分かれる分、警備は手薄になる。運び出された方は放っておいて、残りを奪いに行くぞ》「了解!」 通信を終えるなり、グレゴは拳を振り上げて怒鳴る。「準備は...

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    麒麟を巡る話、第219話。
    作戦遂行。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     B隊の一人が物陰に隠れたまま、閃光手榴弾を投げ付ける。
    「……?」
     相手の兵士が地面に視線を落とした次の瞬間、ボン、と言うくぐもった音と共に、真っ暗な往来が一瞬、真っ白に染まる。
    「うわ、うわーっ!?」
    「み、耳っ、目がっ、うあっ」
     強烈な音と光で、兵士たちは悶絶する。
     同時にB隊が小銃を構えながら、建物前へと駆け出してきた。
    「今だ、撃て、撃てッ!」
    「了解!」
     隊長の号令に従い、B隊全員が走りながら小銃を撃ち散らす。
    「うあ……っ」「ぎゃっ!」
     武器を落とし、半ばうずくまっていた兵士たちは、なす術も無く倒れていく。
     入口の警備が全滅したところで、ジェラルドが短く叫ぶ。
    「制圧完了! 中に進入する!」
     B隊はそのまま、建物内へとなだれ込んでいった。

    「出だしは上々だな」
     離れた場所からこの様子を確認していたマルセロは、ほっとした顔で双眼鏡を下げつつ、煙草をくわえた。
    「後は援軍を蹴散らしつつ、資金を奪って逃げるだけだな。
     先発隊の動きはどうだ?」
     この問いに、同じく監視を行っていたD隊員の一人が答える。
    「手榴弾の音で襲撃には気付いたようですが……、そのまま進んでいます」
    「そのまま?」
     これを聞いて、マルセロは一旦、煙草を口から離す。
    「てっきり引き返してくるもんだと思ってたが……、移送任務を優先させるつもりかな。
     まあいい、来ないならそれはそれで楽だ。C隊に問題無しと伝えよう」
     マルセロは煙草をくわえ直しつつ、「魔術頭巾」を頭に巻き付けた。
    「司令、煙草……」
     と、それを見た隊員が咎める。
    「ん?」
    「燃えますよ、『頭巾』」
    「おっと、そうか」
     まだ一吸いもしていない煙草をぐりぐりと踏みつつ、マルセロはつぶやく。
    「もっと手軽に使えないもんかね、この『頭巾』ってのは。火気厳禁、一々頭に巻かなきゃ使えない、使う時は常に待機状態じゃなきゃならん……。
     せめて片手でひょい、っと使えるようにならんもんかねぇ?」
    「100年、200年こうだったんですから、この先もきっとこのままですよ」
    「そんなもんかね……。っと、ダベってる場合じゃないな。
     ……ん、ん、『トランスワード:C』」
     呪文を唱えてから一瞬間を置いて、C隊通信兵の返事が返ってきた。
    《C隊。どうぞ》
    「おう、俺だ。先発隊はそのまま目的地に向かうつもりらしい。C隊は現場付近で警戒態勢を続けてくれ」
    《了解》

     マルセロからの命令を受け、グレゴはC隊全員にそれを伝えた。
    「先発隊は現場に戻ることなく、そのまま進んだそうだ。俺たちの側でやることは無くなった。念のため現場で待機し、B隊を補助だ」
    「了解しました」
     C隊のほぼ全員が敬礼し、その命令通りに動こうとする。
     ところが――プレタとマロンは敬礼もせず、こう返した。
    「変じゃない?」
    「あ?」
     グレゴは途端に苛立った顔を見せる。
    「上官の命令が聞けんのか! つべこべ言わずさっさと……」
     と、怒鳴りかけたグレゴを無視して、マロンは通信兵から「頭巾」を奪い取る。
    「おい、何なんだお前ら!? さっさと返せ! 動け! 行けッ!」
     怒鳴り散らすグレゴには構わず、マロンは「頭巾」を巻き付けた。
    「マルセロ、聞いてる?」
    《ん? お前……、プレタか?》
    「マロンよ」
    《どうした? つーかそれ、誰の『頭巾』だ?》
    「いいから。おかしいと思わない?」
    《何がだ? それはすぐ行けって言う俺の命令より優先されることか?》
     背後で散々怒鳴り散らしているグレゴに対し、マルセロは静かに尋ねる。
    「ええ。先発隊はそのまま向かったって言ったわよね?」
    《そうだ。恐らく移送任務を優先したんだろう。それだけか?》
    「それだけじゃないわ。B隊がすんなり入って行けたのよ?」
    《綿密に突入を計画してたからな。そりゃ、うまく行かなきゃ困る》
    「表には兵士が2人だけ。奥から出て来る様子も無し。
     アンタの話じゃ、敵は重武装して構えてるはずじゃなかったの? 先発隊も軽装だったわよ?」
    《……ん? ……む……》
     一旦、マルセロの応答が止まり、そして怪訝そうな声が返って来る。
    《なるほど。確かに容易過ぎる。つまり罠が仕掛けられていると?》
    「多分ね。B隊に連絡して、すぐ引き返させて」
    「いい加減にしろ、お前らあああッ!」
     と、プレタに抑えられていたグレゴが激昂する。
    「ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃと何を文句言ってるんだッ! 傭兵の癖に命令ひとつ聞けんのかッ! 俺がさっさと行けと言ったら、お前らは言われた通りにさっさと……」
    「……じゃあ隊長。今、司令から連絡入ったわよ」
    「ぬっ?」
    「『B隊は撤収。C隊は先発隊を追え』とのことよ」
    「はあ!?」
     グレゴはこの伝言を伝えたマロンに、怒りに満ちた目を向けた。
    「嘘をつけ! なんで司令がそんなことを……」
     ふたたび怒鳴りかけた、その時だった。

     つい先程B隊が進入した建物が、突然爆発した。

    白猫夢・隼襲抄 4

    2013.05.04.[Edit]
    麒麟を巡る話、第219話。作戦遂行。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. B隊の一人が物陰に隠れたまま、閃光手榴弾を投げ付ける。「……?」 相手の兵士が地面に視線を落とした次の瞬間、ボン、と言うくぐもった音と共に、真っ暗な往来が一瞬、真っ白に染まる。「うわ、うわーっ!?」「み、耳っ、目がっ、うあっ」 強烈な音と光で、兵士たちは悶絶する。 同時にB隊が小銃を構えながら、建物前へと駆け出してきた。「...

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    麒麟を巡る話、第220話。
    罠の看破。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「おおっ!?」
     背後から聞こえて来た轟音に、司祭は上ずった声を漏らした。
    「せ、成功……、したみたいですね」
    「そうですな」
     振り向くと、真っ赤に照らされた煙が曇り空へと昇っているのが見える。
    「……しかし、……うーん」
    「どうされました?」
    「いくら大義のためとは言え、相手が賊であるとは言え……、罠に嵌めて皆殺しにする、と言うのは間違っていると思うのですが」
    「聖職者らしいお言葉ですが、これは相手と我々の戦争であることをお忘れなきよう。
     過去に2度、相手に痛手を負わされましたし、その際に犠牲者も出ています。同じ目に遭わせていけないと、そんなことを言っていては我々の墓が増えるばかりです」
    「しかし……、しかしこれは……」
     と、司祭の顔が強張る。
    「ひっ……」
    「どうされ、……」
     兵士たちも司祭の目線の先を追い、そこで後方から小銃を構えた者たちが追って来ることに気付いた。
    「ま、前からも来てます!」
    「……ぬう」
     前後から挟み撃ちにされ、一行は止まらざるを得なくなった。

    「後もう少し撤収が遅れたら、……と思うとゾッとするぜ」
    「やっぱり運がいいな、今日は」
     煤だらけになったB隊隊員たちは、揃ってプレタたちに礼を言った。
    「あんたが撤収させろって言ったらしいな。ありがとう、マジで助かった」
    「いいわよ、そんなの」
    「仲間って言ってる奴らを、見殺しになんてできないでしょ?」
     ひらひらと手を振り応じるミニーノ姉妹に対し、グレゴはギリギリと歯ぎしりしている。
    「いい気になるなよ……」
    「なってたのは誰よ? 呑気にあの建物の前に突っ立ってたら、アンタも木端微塵になってたわよ、きっと」
    「『過去2回成功したから今回もちょろい相手だ』、なんて思ってたんじゃないの?」
    「……ぐぬ」
     顔を真っ赤にし、黙り込んだグレゴに背を向け、プレタは拘束した兵士たちに尋ねる。
    「で、アンタたちの本当の拠点はどこ?」
    「誰が言うか」
    「言わなきゃ痛い目見るわよ」
    「……」
     口を閉ざす兵士たちから視線をそらし、プレタは司祭を指差す。
    「アンタが」
    「ひえっ!?」
    「ねえ、アンタ。昔のむごーい拷問って、聞いたこと無い?」
     マロンはにやぁ、と笑って見せる。
    「南海の話なんだけど、とある将軍が敵国に捕まった時に、こーんな拷問を受けたの」
    「ど、どんな……、ご、拷問、でしょうか?」
    「顔の前に火薬を積まれて、それに火を点けられるの」
    「え……」
    「勿論、将軍はそこから離れようとするけれど……」
    「す、するけれど?」
    「椅子にがーっちりと縛り付けられてるから、少しも身動きできないの。
     丁度今のアンタみたいに、……ね」
    「ひっ……」
     マロンは魔術で指先に火を作り、それを司祭の鼻先に、そっと近付けて行く。
    「パチパチ、パチパチぃ、……って音を立てて、火薬は次第に鼻先で燃えていく。
     目の前がどんどん真っ赤になっていく。どんどん火が近付いて来る。
     逃げなきゃ顔が大火傷を負うのは、確実。……でも、動けない」
    「やっ、やめて……」
    「ほら、すぐ近くに火が……」
     指と鼻先が拳半分まで近付いたところで、司祭は泣いて白状した。
    「いいい、言いますぅ! 6番通りの9丁目、『ホテル・ファミリア』ですぅ!
     ほ、ほら言いました! 正直に! ね! ね!? だ、だからどうか火は、火はぁ~……」
    「ありがと」
     マロンはにこっと笑い、指先の火を消す。プレタは振り返り、号令をかけた。
    「聞いた通りよ。みんな、行くわよ!」
    「貴様が命令するな! するのは上官だ! つまり俺だ!」
     グレゴが憤慨しつつプレタの前に立ちはだかり、命令し直した。
    「行くぞ! 『ホテル・ファミリア』だッ!」
     拘束した司祭と兵士たちをそのままにし、B・C隊はその場から駆け出して行った。



     15分後、「ホテル・ファミリア」にて。
    「これで小うるさい羽虫共がいなくなったと思うと、せいせいするわい……!」
     未だ黒煙を上げる建物を窓辺から眺めながら、大司祭はワインをあおっていた。
    「金火狐から買い付けた高性能爆薬、実に50キロ超……! 彼奴らが一挙に詰めかけたところで爆破すれば、ひとたまりもあるまいて!」
    「そう、ですな」
     嬉々とした表情を浮かべる大司祭に対し、部下の司祭らは浮かない顔をしている。
    「しかし卿、いくら敵であるとは言え、その、殺すと言うのは」
    「大司教からのご命令ではないか! 逆らえと言うのか!?
     それにだ、どうせ我々天帝教に恭順せぬ異教徒! 死んだところで神が怒る道理も無し、だ!」
    「……」
     既に相当酔っぱらっているのか、大司祭の語気は次第に荒くなる。
    「忘れたわけではあるまい、過去2度の屈辱を!? 既に滅びようかと言う国をわざわざ救ってやろうと慈悲の心を出してやった我々に、奴らは銃を向けたのだぞ! 天帝教への冒涜に等しいではないか! ならば神も助けてくれよう、目をつぶってくれようと言うもの!
     これはむしろ奴らにとっての救済、贖罪なのだよ! せいぜいあの世で罪を贖わせればいいのだ! いひっ、ひひ、ひひひ……」
     狂気じみた笑いを漏らす大司祭に、部下たちは眉をひそめていた。

     が――その表情は次の瞬間、恐怖のそれに変わった。
     室内にその「相手」が、多数詰めかけてきたからだ。

    白猫夢・隼襲抄 5

    2013.05.05.[Edit]
    麒麟を巡る話、第220話。罠の看破。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「おおっ!?」 背後から聞こえて来た轟音に、司祭は上ずった声を漏らした。「せ、成功……、したみたいですね」「そうですな」 振り向くと、真っ赤に照らされた煙が曇り空へと昇っているのが見える。「……しかし、……うーん」「どうされました?」「いくら大義のためとは言え、相手が賊であるとは言え……、罠に嵌めて皆殺しにする、と言うのは間違って...

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    麒麟を巡る話、第221話。
    金の流れと政治動向。

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    6.
    「黙って聞いてりゃあ……!」
     先陣切って踏み込んできたグレゴは、大司祭に小銃を向ける。
    「ひょ、……ひゃあっ!?」
     部下たちより大分遅れて事態を呑み込んだらしい大司祭は、ワインを窓の外に落としてしまった。
    「な、何故生きておるのだ、羽虫共!?」
    「フン……! お前らみてえなうらなり野郎の浅知恵、見破れんわけが無えッ!」
     見破った本人を散々なじったことも棚に上げ、グレゴは居丈高に怒鳴り散らした。
    「さあ、大人しくしやがれ、てめえら! 抵抗なんかするんじゃねえぞ!」
    「ひいい……」
     グレゴの脅しが相当に効いたらしく、大司祭たちは素直に従った。

    「ファルコン」部隊はこの場にいた「天政会」全員を拘束し、悠々と金を運び出すことができた。
    「A隊がぼやいてたぜ、『逃走ルートを必死で確保したってのに、これじゃ遠足じゃねえか』ってな」
    「ま、いいじゃない。楽できるのに越したことないでしょ?」
    「違いない、ははは……」
     窮地から一転、大勝利へと導くことができたためか、マルセロは上機嫌になっていた。
    「しかし……、こいつは相当のワルだったな」
     表情を忌々しそうなものに変え、マルセロは大司祭を顎で指し示す。
    「偉いお坊さんの癖して、大量虐殺しようとしやがって。なーにが大司祭だっつの。随分と徳の無いこったな、え?
     しかも、俺たちを羽虫呼ばわりしてたって?」
    「ええ」
    「殺した方が神様も喜ぶとか言ってたわよ」
    「おいおい、何だそりゃ。ふざけてんなあ、まったく!」
     マルセロは突然、大司祭を蹴り飛ばした。
    「ふげえ……っ」
    「ナメてんじゃねーぞ、生臭坊主! 俺たちを羽虫だのなんだの言ったらしいが、てめえの方がよっぽど虫けらじゃねえかッ!
     よくもまあ、自分の悪事をそこまでご大層に言い訳できたもんだな、ああ!?」
    「はう、はう……」
     大司祭はボタボタと涙と鼻血を流し、床に倒れる。
    「お前の企んだ爆殺計画は俺たちが公表する。これで『天政会』は央北の救世主から一転、てめえのことしか考えてねえクズに貶められるってわけだ」
    「そっ、それだけは……!」
     もぞもぞと起き上がった大司教の顔をもう一度蹴り、マルセロは突っぱねた。
    「やめてほしいってか? やなこった。
     俺たちはお前らが潰れるってんなら、何だってやるつもりだ。恨むんならしょうもねえことを企てた、自分の腐ったオツムを恨みな。
     よし、金は運び終えた! ダラダラこんなとこに長居する用は無い! 撤収だ!」
    「ファルコン」たちはマルセロの号令に応じ、拘束した大司祭たちを放ったまま、その場を後にした。



     その後の流れは、非常に流動的で素早いものとなった。

     まず、強奪計画のわずか2日後。トラス王国政府からの正式な援助金として、ロンダリング済の8億エルがカプリ王国へと融資された。カプリ王国はこれに深い感謝の意を表明し、「新央北」諸国との関係を強める意向を公表した。

     一方、「天政会」からの援助が事実上の不履行となったこともあり、カプリ王国は「天政会」に対し遺憾の意を表明。「天政会」下の諸国との国交を見直すとの声明を発表した。
     加えて、「天政会」の大司祭が高性能爆薬を使って大量虐殺を計画していたことも、出所不明な、しかし信憑性のあるうわさとして人々の口に上った。
     この2つのニュースが央北中に伝わったことにより、「天政会」の評判は一時期、下落した。



     一時期、と言うのは――その後「天政会」から、次のような声明があったからである。

    「我々の名を騙った偽僧侶が存在し、カプリ王国にて大規模な窃盗を行おうと、大規模融資と称して侵入していたとの調べが付いており、その犯人らも既に友好諸国の協力により検挙、および処刑した。
     我々がカプリ王国にそのような融資を行おうとした事実は存在せず、我々は今回の件とは無関係である」

    白猫夢・隼襲抄 6

    2013.05.06.[Edit]
    麒麟を巡る話、第221話。金の流れと政治動向。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「黙って聞いてりゃあ……!」 先陣切って踏み込んできたグレゴは、大司祭に小銃を向ける。「ひょ、……ひゃあっ!?」 部下たちより大分遅れて事態を呑み込んだらしい大司祭は、ワインを窓の外に落としてしまった。「な、何故生きておるのだ、羽虫共!?」「フン……! お前らみてえなうらなり野郎の浅知恵、見破れんわけが無えッ!」 見破...

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    麒麟を巡る話、第222話。
    二人の活躍。

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    7.
    「その後の調べだとな」
     強奪計画から1ヶ月後、貧乏神邸。
     ミニーノ姉妹はマルセロから、「天政会」の執った悪評回避策を聞かされた。
    「あの時俺が蹴っ飛ばした坊さん、ニセモノに仕立て上げられたんだとさ」
    「ニセモノ?」
    「ああ。『天政会』はそもそも、融資なんかしようとも思ってなかったんだと言ってのけやがった。全部その『ニセ大司祭』が盗み目的でカプリ王国に押し入る方便だった、ってな」
    「呆れるわね……」
    「とんでもない言い訳作ったわね」
    「その通りだ、まったく!」
     話に加わっていたトラス卿は、忌々しげに言い捨てた。
    「つまり『融資云々の話は元から存在しないのだから、カプリ王国から不履行だのなんだの文句を言われるような筋合いは無い』って、強引にはねつけたと言うわけさ」
    「ま、向こうにしてみりゃ、もう当分の間は自分らになびきそうにない国になったわけだから、冷たくしたって何の問題も無いってことだ。
     現場主任だったあの坊さんも口封じに処刑されたらしいし、真実は既にうやむやになったってわけだ」
    「……改めて、悪どい奴らね」
    「まさに巨魁だ。一筋縄では行かんよ」
     と、トラス卿はいつものようにころっと、表情を変えて見せる。
    「しかぁし! 我々に注視して論じるに、今回の作戦は大成功と言う他無い!
     文句無く金は奪い上げたわけだし、カプリ王国との交流も強まった。我々としては万々歳の結果だ」
    「その通り。多少危うかったものの、我が『ファルコン』部隊も極めて満足行く仕事を成し遂げられた。
     プレタ。マロン。偏(ひとえ)にお前らのおかげだ。ありがとう」
     そう言ってマルセロは、二人に向かって深々と頭を下げた。
    「いいわよ、そんなの」
     いつものようにプレタはひらひらと手を振って返すが、マルセロは依然、頭を下げたままでいる。
    「そうは行かない。これからのことを考えればな」
    「……って言うと?」
     マルセロは顔を挙げ、二人にこう願い出た。
    「お前らの腕はすごい。兵士、傭兵として見るに、まさに超一流だ。申し分無い。
     だがお前らをそのまま一兵卒で使っても、結局は一兵卒の効用しか成さない。もっと重職をあてがった方が、お前らの真価をより発揮できるはずだ。
     そこで、どうだろう? D隊に転属して、俺の補佐をしてくれないか?」
    「え……?」
    「お前らの危険察知力。洞察力。そして行動力。どれを取ってもリーダー役に据えるのが適切であると、俺は思っている。
     俺も人をまとめ上げるのには自信があるし、トラス卿の右腕として働いてるから、世情にも詳しいし知識も豊富だと自負はしてる。
     だが『とっさの判断』ってのには、正直自信が無い。あの時だって、お前らがはっきり方向性を示してくれたから、俺は『戻れ』と命令できたんだ。
     な、頼む! お前らが助けてくれれば『ファルコン』も、ひいては『新央北』も負けなしだ! 報酬だって最初に言ってたのより、たんまり弾む!」
    「……うーん」
     ミニーノ姉妹は一旦場を離れ、二人で相談する。
    「どうする?」
    「あたしは構わないわよ。行くあてなんて全く無いわけだし、どこかで重用してくれるって言うんなら、願っても無いことだと思ってるわ」
    「そう、ね。……あたしもそう。どうせ他にやることなんて無いし、ね」
     二人はマルセロたちに向き直り、快諾した。
    「いいわ。その任、謹んで承るわ」
    「同じく」
     それを聞いて、マルセロと、そしてトラス卿は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
    「そうか、うん……、ありがとう。これからもよろしく頼む」
    「うむ。私からも礼を言わせてもらおう。ありがとう、二人とも」
     と、そのトラス卿に向かって、マロンがいたずらっぽくこう返した。
    「これでしばらく可愛い子ちゃん二人と一緒に暮らせる、ってわけね」
    「あぅ、……あ、い、いや、そんな、ゴホンゴホン、まさかまさか」
     トラス卿はごにょごにょとつぶやきながら、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。



     この後――ミニーノ姉妹は「新央北」にとって強力な指揮官として、この地で権勢を奮うこととなる。

    白猫夢・隼襲抄 終

    白猫夢・隼襲抄 7

    2013.05.07.[Edit]
    麒麟を巡る話、第222話。二人の活躍。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「その後の調べだとな」 強奪計画から1ヶ月後、貧乏神邸。 ミニーノ姉妹はマルセロから、「天政会」の執った悪評回避策を聞かされた。「あの時俺が蹴っ飛ばした坊さん、ニセモノに仕立て上げられたんだとさ」「ニセモノ?」「ああ。『天政会』はそもそも、融資なんかしようとも思ってなかったんだと言ってのけやがった。全部その『ニセ大司祭』...

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    麒麟を巡る話、第223話。
    「天政会」の資金繰り。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ミニーノ姉妹が「新央北」に加担し、1年半が過ぎた。

     その間、「ファルコン」部隊の出動は4度あったが――そのいずれにおいても、二人は並々ならぬ貢献を積み、「新央北」の興隆を大いに盛り立てた。
     一方の「天政会」側も進出計画の度に策を弄し、「ファルコン」に打撃を与えよう、あるいは完膚なきまでに潰そうと画策した。
     しかしそのどれもがミニーノ姉妹の洞察と機転、グレゴをはじめとする各隊隊長の獅子奮迅の活躍、そしてそれらを最適な状態に取りまとめたマルセロの、非常に密な連携によって、すべて潰えていた。

     そのため、当初「圧倒的に優勢」「何の不都合や想定外の事態も、発生することは無い」「確実に高騰するはず」と予想されていたクラム圏の市場は伸び悩み、高騰により大金を得ようと目論んでいた「天政会」幹部たちは、こぞって戦々恐々としていた。



    「これは……、ぬう」
    「非常に難しい事態になりましたな」
     償還期限の近い債券の額面をにらみ、幹部たちはうめく。
    「計画が順調に進んでいれば、現在の時点で当初の運営資金の2倍を獲得しているはずだったが……」
    「『新央北』の度重なる介入・妨害により、クラムの価値は予想の半分強、1エル230クラム台で横ばいとなっております」
    「厳しいな。200クラムを切っていてほしかったが……」
    「今年度中に返済期限を迎える債権の総額は、エル建てで約20億。借入れ当時は10億強、1エル200クラムで返済できた場合では、その返済額は……」「そんなことは論じる必要が無い。必要なのはどこから資金を調達するか、だ」
     幹部らの座る卓の、最も奥に座っていた壮年の、短耳の男が苛立たしげに話を切り替える。
    「取り急ぎ返済すべきは、まずはこの20億エルだ。
     現実の、現在のレートで換算すれば、返済額は4600億クラムとなる。しかし我々の裁量で動かせる資金は現在、4200から4300億程度だ。
     このままでは債務不履行となり、この評議会の運営が破綻しかねない」
    「む……う」
    「あ、いや、枢機卿」
     と、幹部の一人が手を挙げる。
    「なんだ?」
    「その……、こんなこともあろうかと、と言うか、その、……敵方、もとい、異教徒らの用いる通貨を運用するのは、その、どうか……、と思ってはいたのですが」
    「うん? つまり君……、コノンで取引していた、と?」
     枢機卿と呼ばれた短耳の問いに、手を挙げた猫獣人はおどおどとしながらもうなずく。
    「は、はい。その……、不信心なことと深く恥じてはおりましたが、会の存続のためと、……その、はい」
    「ふむ。それはエルに換算して、どのくらいの額だ?」
    「え? あ、あ、はい、えーと、2億エル、……ほどには」
    「そうか。換えるにはどの程度時間がかかる?」
    「1週間もかからないかと。人気が伸びておりますし、……あ、いえ」
     汗をしきりに拭いながら応答する猫獣人に、枢機卿は深くうなずいた。
    「事実は事実だ。短期的にではあるが、現在クラムよりもコノンの方が、価値を高めつつある。
     その先見の明を評価することはあれど、まさか『異教徒の金に手を出すなどと』と叱咤したりはせん。これで当座の危機を凌げるのだから、君には感謝せねばなるまい」
    「は、……はい、ありがとうございます」
     深々と頭を下げた猫獣人から目を離し、枢機卿はこう続けた。
    「我々は、我らが主のため、主の末裔であるタイムズ一族の、再びの繁栄のために、金と権力、影響力とを集めるべく邁進している。
     それ故、例え異教徒の使う金であろうと、結果的に我々の益につながるのであれば積極的に運用すべし、……と私は考えている。一時のしがらみに囚われ余計な回り道をするより、究極的、最終的に我々が王座に立つためであれば、時には敵と手を組んでもよい、……とも、考えている」
    「す、枢機卿!?」
     天帝教の重鎮、中核に限りなく近い人物にしては不適切とも言える発言に、幹部たちはどよめく。
    「最終的には、だ。そこは忘れないでほしい。『大卿行北記』でも、当時の敵であった人間と友好を深め、改宗させた逸話がある。
     それもまた、我々の勝ちでは無いだろうか? 彼らが改悛し、教化されれば、それもまた、我々の支配圏が広がったと言うことになる。
     間違えてはいけない――彼らを負かすことが我々の勝利ではない。我々がふたたび世界へと羽ばたき、その果てにまで威光を輝かすことこそが、真の勝利なのだ」
     この枢機卿の言葉に、幹部のほとんどは感銘を受け、賞賛した。
    「なるほど……。確かに仰る通りですな」
    「忘れべからざるお話です。深く心に刻みました」
    「うむ。……では認識を新たにしたところで、次の融資計画を練ることにしよう」

     しかし――あくまで天帝教が唯一無二の存在であり、他の有象無象とは対等に接することすら愚かと考える一部の幹部には、この言葉の真意は十分に伝わらなかった。
    (べちゃくちゃと言い訳しておいて、結局は『敵を手を組んでも』、だと!? よくもそんなことを言えたものだ!
     やはりこのボンクラ聖下では、天帝教を再びの栄光に導けるはずもない)

    白猫夢・天謀抄 1

    2013.05.09.[Edit]
    麒麟を巡る話、第223話。「天政会」の資金繰り。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ミニーノ姉妹が「新央北」に加担し、1年半が過ぎた。 その間、「ファルコン」部隊の出動は4度あったが――そのいずれにおいても、二人は並々ならぬ貢献を積み、「新央北」の興隆を大いに盛り立てた。 一方の「天政会」側も進出計画の度に策を弄し、「ファルコン」に打撃を与えよう、あるいは完膚なきまでに潰そうと画策した。 しか...

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    麒麟を巡る話、第224話。
    興隆する「新央北」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「グッドニュースだ、皆!」
     喜色満面で遊戯室に飛び込んできたトラス卿に、ミニーノ姉妹とマルセロは、ビリヤード台から顔を挙げた。
    「どうしたんですか、卿?」
    「ふっふっふ……、これを見てくれ」
     トラス卿はビリヤード台に新聞を広げ、経済欄を指差した。
    「半年前に為替取引を解禁して以降、我らがコノンは順調に最高値を更新していた! そして今日、ついに1エル300コノンを切ったのだ!
     一方のクラムと言えばだ、昨年までアナリストたちの多くが1エル200クラムを切ると予想していたにもかかわらず、いまだ230クラム台で停滞している状態だ。
     この状況が続けばより投機的価値の高いコノンへと、世界各地域の資金が流れてくることは明白! それによってさらにコノン高が起こり、我々は世界一の大金持ちに、また一歩近付くこととなるのだ! うはははははっ……」
    「喜ばしいことです」
     そう返したマルセロに対し、プレタは懐疑的になる。
    「でもその反面、コノン圏内ではデフレが起こってるらしいじゃない」
    「う」
     痛いところを突かれ、トラス卿の笑顔が凍る。
    「まだ十分に、央北圏内にさえ流通しきってないのにじゃんじゃんコノン高が続くもんだから、為替市場じゃ数少ないコノンを片っ端から買い漁られて、肝心の『新央北』では不足してきてるって聞いたわよ。
    『新央北』全体で自分たちの手持ちが無くなっていくんだから、そりゃ買い物しようにもできなくなるのは当たり前じゃない」
    「まあ、その、あれは紙だから、刷ろうと思えばいくらでも……」
    「意匠が複雑なのと魔法陣描くのに手間がかかるせいで、一日の発行量はせいぜい10万から20万くらいでしょ? 為替市場の需要を全然満たしきれてないじゃない。
     発行する端から国外に流出していくわよ、そんなペースじゃ」
    「し、しかしまあ、高く値が付いてくれるのだから、結局は我々の……」
    「その『我々』の大半、実際に使う奴らに『手に入らなくて使えない』って嘆かれてんじゃない。
     使いどころのないお金なんか、それこそ紙切れ同然よ? 呑気してたら市場から『使用価値の無い貨幣だ』って見放されて、『天政会』と戦うどころの話じゃ無くなるわ」
    「……ぜ、善処するよ」
     トラス卿が経済談義でやり込められ、しょんぼりするのを見て、マロンとマルセロは同時に噴き出した。



     プレタの指摘があった通り、コノンの需要が発行量を著しく上回っており、発行・管理元であるこのトラス王国においても、コノン紙幣は満足に、街中に出回っていなかった。
     しかしそれでも、央北の覇権を争っている当事国である。この1年半で――極めてグレーな方法によるものではあるが――各方面での信用は篤くなりつつあり、その影響で経済は急激に回復し、街は活気を取り戻しつつあった。
    「あ、ここも舗装されたのね」
    「ゴミも消えてるわ。……あ、ここ」
     街に出たプレタたち二人は、街道の整備後も唯一残された街路樹の前で立ち止まる。
    「懐かしいわね」
    「え?」
    「あら、覚えてない? ここでアンタとあたし、初めて会ったのよ」
    「そうだった? ……そうだったかも」
     プレタは街路樹にもたれ、通りを眺める。
    「不思議ね」
    「え?」
    「偶然アンタがここにいなきゃ、あたしとアンタは知り合うことなんか、絶対無かったはずだし。
     そう考えれば、今の生活なんか、幻みたいなもんよね」
    「……いいえ、幻とはあたし、思わない」
     マロンはぎゅっと、プレタの手を握る。
    「きっと運命だったんだと思う。アンタと会ったことも、マルセロと知り合ったことも、『ファルコン』に入って戦ってきたことも。
     ……あたしが、故郷から、逃げてきたことも」
    「マロン?」
    「……そう考えないと、あたし、頭の中で、過去をきちんと清算しきれない」
     複雑な表情を浮かべたマロンに、プレタは笑いかける。
    「過去は過去。今と過去は、別のものよ。あたしの考えは、そう。アンタは、違うの?」
    「……あたしたちは、似てる。似てるけれど、やっぱり心の底の、底の方では、ほんのちょっとだけ違うのよ」
    「そりゃそうよ。全部一緒なら、アンタはあたしそのものになっちゃうもの。
     でもこうして別の人間として、存在してる。どこまで似ても、どこまで近くても、こうしてはっきり分かれてるし、それだからこそ、こうして……」
     プレタはぎゅっと、マロンを抱きしめた。
    「こうして、アンタを包み、支えられる」
    「……プレタ」
    「いつまでも一緒にいてほしい。あたしがどうなっても、アンタがどうなっても。
     あたしもアンタと出会ったことだけは、間違いなく運命だと思うから」
    「……ええ」
     マロンは顔を真っ赤にして、こくっとうなずいた。

    白猫夢・天謀抄 2

    2013.05.10.[Edit]
    麒麟を巡る話、第224話。興隆する「新央北」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「グッドニュースだ、皆!」 喜色満面で遊戯室に飛び込んできたトラス卿に、ミニーノ姉妹とマルセロは、ビリヤード台から顔を挙げた。「どうしたんですか、卿?」「ふっふっふ……、これを見てくれ」 トラス卿はビリヤード台に新聞を広げ、経済欄を指差した。「半年前に為替取引を解禁して以降、我らがコノンは順調に最高値を更新していた...

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    麒麟を巡る話、第225話。
    大司教の陰謀。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「早速、仕事の話をさせてもらおう」
     黒い頭巾で顔を隠した男の前に、6人の男女が並んで立っていた。
    「まず、トラス王国大蔵大臣、ショウ・トラス侯爵についてだが、彼は秘密裏に非合法行為を請け負う私設軍隊を有しており、その蛮行は目に余るものがある。これを看過すれば、央北全体にとって好ましくない結果を及ぼすことになるだろう
     よって、その司令官および幹部の殺害を依頼したい。ターゲットは6名だ。まず、マルセロ・イッシオ司令官。そのイッシオ司令官の補佐官2名。そしてイッシオ司令官直属の指揮官3名。
     以上の6名だ。方法は問わない」
     と――並んでいた6人のうち、赤地に先端が黒い狐耳の、茶髪の男性が手を挙げる。
    「つまるところ、にっくき商売敵の小うるさい手先を亡き者にして『新央北』に非合法手段を使えなくさせ、クラム全面勝利の足掛けにしたいと言うわけですな、セドリック・アストン大司教」
    「な、何故私の名前を、……い、いや」
     黒頭巾がうろたえたところで、狐獣人は歯を見せて笑う。
    「我々もこう言う稼業を長く続けるとなると、依頼人の素性くらい洗うのは必須でしてね。
     いつ何時手のひらを返されて、あなたの直属だった大司祭殿のように切り捨てられるか、と言う懸念があれば、このくらいするのは当然でしょう?」
    「う……ぐ」
     アストン大司教は黒頭巾を脱ぎ、苦々しげな顔をあらわにして見せた。
    「まあ、そもそも我々のような下賤の者たちと密会していたとバレれば、立場も危ういでしょう。勿論何かしらの不都合が発生しない限りは公表なぞしやしませんし、これでひとまずの安全が確保されたとしておきましょう。
     で、報酬はいかほどで?」
    「司令補佐官と指揮官にはそれぞれ5000万クラム。司令官には8500万クラムを出そう」
    「ざけんな、安いぞ」
     派手なジャケットを羽織った、いかにもチンピラ然とした虎獣人の男が異議を唱える。
    「向こうさんの大臣やら司令官やらっちゅう重要人物を俺らに襲わせといて、その報酬が20万から30万エルか?
     人のことを下に下に見るんは勝手やけど、相場に合わんやろが」
    「その通り」
     と、「狐」も同意する。
    「死亡後の影響が半端なくデカい、央北の運命を左右するくらいの人間を殺すってのに、そんな大仕事をたった20万で請け負えってのはケチに過ぎますぜ。
     これが全部成功し、敵方がガタガタになりゃ、あんたらが手にする利益は誰も想像できないレベルの、とんでもない額に上るはずでしょう?」
    「な、ならば成功させればいい話だ!」
     大司教は軽く狼狽しつつも、こう反論する。
    「クラムで払うと言ったはずだ! 暗殺成功後、クラム高は絶対に起こる! ならば支払ったそのクラムも、エルに換算して50万、100万、いいや200万にだって……!」
    「わたくしたちは不確実を嫌うものですから」
     この反論にも、青と緑の派手な帽子とコートを着た、種族不明の女が応じる。
    「あなたの仰るクラム高が現実に起こると言う保証は、ご用意できませんでしょう」
    「う……」
    「そう言うわけです、聖下。現在価値で、少なくとも最低500万エルからでなきゃ、この依頼は受けられませんぜ?」
    「その……、我々のことを調べているのなら、その、実情は分かっていることと思うが……」
     大司教は歯切れ悪く、その要求を呑むことが難しいと暗に返す。しかし「狐」はにべもなく、さらにこう返す。
    「存じちゃいますがね、相場は相場だ。我々のような腕利きを雇おうって言うんなら、それくらいは出してくれなきゃ困りますぜ。
     それにだ、確かにあんた方『天政会』の台所事情が若干焦げ臭いってことは存じておりますが、こう言う時のために金を出してくれるパトロンが聖下個人に付いている、ってこともまた、存じておるわけですよ。
     ねえそうでしょ、カーウィン・ゴールドマンさん?」
    「……!」
     この言葉に、大司教と――そして壁を覆っていたカーテンの裏側に潜んでいた男がたじろいだ。
    「……君の調査力と洞察力は凄まじいな。私のことを調べたばかりか、ここにいることまで見抜くとは」
    「『仕事を完璧にこなすためにはいい目、いい鼻、そしていい頭が必須だ』、と言うのが親父の遺言でしてね。
     聖下が大金をバラ撒くような、しかも他人においそれと聞かせられないような話をするのに、聖下と一蓮托生のあなたがこの場にいないわけが無い。そう踏んだわけです」
    「なるほど」
     カーテンを翻し、金地に先端の赤い耳と尻尾を有した、身なりのいい狐獣人の男が現れた。
    「なかなか含蓄のある言葉だ。参考にさせてもらおう。
     君の名も聞いておきたい。何と言うのかな?」
    「ロベルト・ブリッツェンと申します。よろしくお見知り置きを」
     ロベルトはニヤ、と笑い、恭しくお辞儀をして見せた。

    白猫夢・天謀抄 3

    2013.05.11.[Edit]
    麒麟を巡る話、第225話。大司教の陰謀。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「早速、仕事の話をさせてもらおう」 黒い頭巾で顔を隠した男の前に、6人の男女が並んで立っていた。「まず、トラス王国大蔵大臣、ショウ・トラス侯爵についてだが、彼は秘密裏に非合法行為を請け負う私設軍隊を有しており、その蛮行は目に余るものがある。これを看過すれば、央北全体にとって好ましくない結果を及ぼすことになるだろう よっ...

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    麒麟を巡る話、第226話。
    敵の急所へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「ファルコン」部隊は通算8度目の出動を行うため、作戦会議を開いていた。
     今回の任務は央北のまさに「中央」――ヘブン王国の隣にある小国、セブロ市国への潜入である。
    「まだうわさの範疇(はんちゅう)だが……」
     そう前置きし、マルセロは地図を指し示す。
    「『天政会』がこの街に、今年第二四半期末に期限を迎える債務を返済するための準備金、200億エルを移送したとの情報が入った。
     知っての通り、この国は『天政会』が央北内における為替・先物・金融、その他多数の商取引を行うために造られた街だ。それ故うわさと言えど、信憑性はかなり高いものと考えられる。
     よしんば、うわさ自体がデマだったとしても、ここを荒らせば奴らの資金運用計画にとって重大な影響を及ぼすことができるのは確実。可能であれば時期を問わず攻め込んでおきたかった場所だった。
     しかし……、今までそれは不可能だったわけだ。この国と我が国までの距離は遠く、さらに警備は厳重そのもの。ここへ飛び込もうものなら生きて帰ることなど、望むべくも無い。それほど困難かつ実現の可能性が希薄な計画だった」
     そこで言葉を切り、マルセロはまるで自分の雇い主のように、ガラリと表情を変えて見せた。
    「……だがッ! 我らが『ファルコン』の、結成以来2年間にわたる決死の工作活動によって、それがついに実現する時が来た!
     ここへ侵入・脱出するまでの経路は完全に掌握されており、武器・弾薬、車輌、その他兵站確保の手段も整えられている! そして何より……」
     マルセロは隊員たちを見据え、ニヤッと笑う。
    「百戦錬磨の屈強な戦士がこれだけズラリと揃っている! 生半可な兵隊や戦術じゃ、俺たちを止めることはできやしない!
     いよいよ『天政会』の屋台骨をがっちりと握り、揺さぶれる時が来たんだ……!」
    「……」
     顔を紅潮させる司令官に、隊員たちも喜色満面になっていく。
     と、ここでマルセロは真顔に戻り、こう続けた。
    「だが、実戦の際に何が起こるか分からないのは、いつものことだ。思いもよらない目に遭い、敗走することも、いつだって有り得ない話じゃ無い。
     ここでそんなことになったら、今までの苦労と戦果は水の泡だ。それだけは避けたい。今度も十分に気を付けて、任務に当たってくれ。くれぐれも慢心、過信にかられた行動はしないよう、極めて冷静な行動を行うように。
     以上だ。各自、計画を立ててくれ」

    A~C隊が会議室を後にしたところで、マロンが口を開いた。
    「『天政会』が造った街って言ってたけど……、何でわざわざ? すぐ近くに自分の配下でクラム管理国の、ヘブン王国があるのに」
    「そりゃ、逆だな」
     マルセロにそう返され、マロンはきょとんとする。
    「逆って?」
    「市国を作った後で、王国が下ったんだよ。その辺りの経緯を説明するとだ」
     マルセロは作戦会議に使っていた地図を、まだ火を点けていない煙草で指し示す。
    「確かに元々、セブロ市国はヘブン王国の一部だったんだ。
     ヘブン王国が『天政会』の傘下に下る前の話になるが、まだその頃はヘブン王国も自力で経済再生をする気力と意欲はあったんだ。
     しかし残念ながら、気力と意欲はあっても、実力と経験が無かった。7年前――先代女王が崩御し、現在の国王へ代替わりしてすぐの頃に、そのボンクラ国王が大規模な経費削減策を執ったんだ。『現在の国力で賄える程度に、国の規模を縮小する』ってな。
     しかし結果と言えば、惨々たるもの。杜撰な算定の元、農地やら工場やら、生産能力のある州や街まで無計画に売り飛ばしちまったせいで、コストを下げる以上に、国全体の生産力を大きく落ち込ませちまったんだ」
    「マルセロ、話ずれてるわよ」
     プレタが肩をすくめ、質問を継ぐ。
    「その国土売却計画の一環として売られた街が、現在のセブロ市国ってことね?」
    「そう言うことだ。『天政会』にとっちゃ落とそうと思ってた城が、自分から門を開いたようなもんさ。
     当然奴らはここを買い叩き、巨大な取引所を築き上げた。そしてその中で、目の前で発行されるクラムをことごとく為替市場から追い出すような、そんな取引を徹底的に続けた。
     その結果、元々安かったクラムはさらに価値を落とし、さっき言ったヘブン王国自身の生産力激減との相乗効果により、ついにクラムの発行・管理国であるはずの強国・ヘブン王国は、経済破綻をきたした。
     進退を極めたヘブン王国には最早、自分たちをへこました張本人である、『天政会』の誘いを受け入れる以外の方法は無かった、……ってわけさ」

    白猫夢・天謀抄 4

    2013.05.12.[Edit]
    麒麟を巡る話、第226話。敵の急所へ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「ファルコン」部隊は通算8度目の出動を行うため、作戦会議を開いていた。 今回の任務は央北のまさに「中央」――ヘブン王国の隣にある小国、セブロ市国への潜入である。「まだうわさの範疇(はんちゅう)だが……」 そう前置きし、マルセロは地図を指し示す。「『天政会』がこの街に、今年第二四半期末に期限を迎える債務を返済するための準備金、...

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    麒麟を巡る話、第227話。
    マルセロの策。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     作戦会議から2週間後――ミニーノ姉妹、および「ファルコン」部隊の全員が、セブロ市国に潜入した。
    「央北で見てきた中で、一番活気のある街ね」
    「ああ。金の集まり方が半端じゃないからな。『天政会』の金庫と言っても過言じゃない」
    「でも、『天政会』の幹部連中はここじゃなく、マーソルにいるんでしょ? なんでそんな、面倒なことしてるのかしらね」
     マーソルとは、旧名を天帝廟と言い、元々は歴代天帝の墓所が併設されていた小さな港である。黒白戦争で天帝一族がこの地に追いやられて以降は、天帝教の総本山としての機能を有するようになった。
    「ま、色々理由はあるだろうが、一番の理由は『天政会』の上役である天帝教教皇庁の、監視の目が届かないところで金儲けしたいってことだろうな。
     流石にお坊さんが銭金集めに躍起になってるなんて、あんまり面白いもんでも無いし」
    「そりゃそうね」

     三人は早々と拠点へ籠り、今回の作戦を確認することにした。
    「手筈はこうだ。
     まず標的だが、『天政会』はこの市国において金融取引を主とする商会を作り、証券・為替取引所を運営させている。
     通常時においても数億から数十億エルの準備金・運用資金がここには収められているが、近々償還間近の債務があり、その支払いのために約200億エルが集められているそうだ。
     そこで俺たちはこの証券取引所を襲撃し、その200億エルを奪う」
    「成功すれば『天政会』はデフォルト(債務不履行)を起こす。そうなれば一気に信用を失い、市場から締め出されるでしょうね」
    「うまく行けばな。ま、そうでなくても、200億エルを失うってだけで致命的だ。奴らの計画が軒並み頓挫するのは確実。奴らが足を止めたその隙に、一気に俺たちが先を行く。
     それもうまく行ってくれれば……」
    「『新央北』と『天政会』の差は決定的なものになる。央北の覇権は『新央北』のものになる。……ってことね」
    「そう言うことだ」
     マルセロは一枚の地図を机に広げ、中心を指し示す。
    「ここが目標地点、取引所の金庫室だ。
     準備金が蓄えられていると言うこともあって、現在、取引所の警備は厳重になっている。ヘブン王国から多数の兵士を借り、護りに当たらせているとのことだ。
     しかし一方、ヘブン王国側としては、己の国を貶めた張本人らである『天政会』に対して嫌悪感を持っている国民が少なからず存在しているのも事実だし、当然その中には兵士も含まれている。
     恐らく未必の範疇ながらも、『天政会』に何らかの打撃が加えられても構わないと考える者もいるだろう。
     俺たちはそれを突く形で、ここを襲撃する」

     日が沈み、街の灯も落ちた頃になって、「ファルコン」部隊は動き出した。
    「ま、実を言えばもう既に、作戦の半分は終了してるも同然なんだ」
     D隊の拠点にて、マルセロはくわえ煙草で笑みを浮かべている。
    「この半月のうちに、取引所を警備する奴らの素性は粗方洗っている。
     で、その中で『天政会』の施設警備をすることに対し、多かれ少なかれ不満を持っている奴に対し、密かに金を渡している。『俺たちが襲撃する時、ほんのちょっとでいいから隙を見せて侵入させてくれればいい』って伝えつつな。
     言い換えれば、真剣に警備させないってことだ。勿論、職務責任上は真面目に仕事しなきゃならないが、もし警備に失敗したとしても、罰するのは『天政会』じゃない。『天政会』から命令された、王国だ。
     王国自体、『天政会』に対して悪感情を持ってるわけだし、失敗したって大して咎められないのは目に見えてる。だから『ちょっとくらい怠けたっていいさ』って気分は、元からあるんだ。
     ましてやこの仕事を誰のためにするかって言えば、にっくき『天政会』のためだ。元から本腰なんか入れたくないような仕事を命じられたところに、俺たちの懐柔だ。
    『ほんのちょっと手を抜くくらいならいいかも』と思って不思議はないし、そもそも戦ったら被害を被る危険もある。誰だって危険な目には遭いたくないし、じゃあ言うこと聞いておこうかとなる。
     結果、厳重なはずの警備には、あちこちに隙ができる。俺たちはそれをすり抜け、そのまま金を強奪していくってわけさ」
    「ま、悪くない作戦ではあるわね。被害は少ない方がいいわ」
     プレタから及第点を与えられ、マルセロはニヤ、と笑って返す。
    「だろ?」
    「でももし、クソ真面目に応戦する奴が大勢いたら?」
    「その点も抜かりない。
     さっき言った調査で、警備の穴はある程度把握できている。そこを縫うような形で侵入すれば、もし応戦する奴が大勢いたとしても、相手する回数はかなり少なくできる。
     こちらの戦闘力の高さを考えれば、特に支障なく進めるはずだ」
    「じゃ、後は臨機応変に指示を送るくらいね」
    「ああ。……ま、1時間もあれば片が付くだろうさ」
     マルセロはニヤニヤと笑いながら、煙草に火を点けた。

     その安堵感を打ち破ったのは――突然立ち上がって叫んだ、通信兵だった。

    白猫夢・天謀抄 5

    2013.05.13.[Edit]
    麒麟を巡る話、第227話。マルセロの策。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 作戦会議から2週間後――ミニーノ姉妹、および「ファルコン」部隊の全員が、セブロ市国に潜入した。「央北で見てきた中で、一番活気のある街ね」「ああ。金の集まり方が半端じゃないからな。『天政会』の金庫と言っても過言じゃない」「でも、『天政会』の幹部連中はここじゃなく、マーソルにいるんでしょ? なんでそんな、面倒なことしてるの...

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    麒麟を巡る話、第228話。
    接触。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「頭巾」を被っていた通信兵が唐突に、大声を上げる。
    「だ、……誰だ、お前は!?」
    「どうした?」
     マルセロが尋ねたが、通信兵は耳を押さえ、何かに聞き入っている。
    「おい?」
    「……し、司令官!」
     通信兵は困惑した顔を、マルセロに向ける。
    「その、……その、A隊と思われる『頭巾』からの、通信が」
     妙な言い回しに、マルセロとミニーノ姉妹は揃って怪訝な表情を浮かべる。
    「思われる? アセラかフレッコじゃないの?」
     プレタはA隊の隊長とその通信兵の名前を出したが、相手は首を横に振る。
    「貸しなさい」
     プレタは通信兵から「頭巾」を受け取り、頭に巻いた。
    「アンタ、誰?」
    《俺かい?》
     通信兵が困惑していた通り、確かにその声はプレタたちには聞き覚えのない声だった。
    《さーて、誰だろうな?》
    「ふざけないで。その頭巾、誰から奪ったの?」
    《ちょっと考えりゃ分かるだろ?》
     挑発するような男の声に、プレタは一瞬、押し黙る。
    「……」
    《お? 怒っちゃったか? くく……》
    「あたしたちの部隊を襲ったのね?」
    《ああ》
    「隊員は無事?」
    《今のところはな。とりあえず、縛ってあるだけさ》
    「解放する気は?」
    《あんたら次第さ》
     横で別の「頭巾」を使い、話を聞いていたマルセロが、そこで割って入る。
    「言ってみろ。何が望みだ?」
    《あんた……、マルセロ・イッシオ司令官だな?》
    「……そうだ」
    《あんたの身柄さぁ。それとあんたのお付き二人もだ》
     この要求を聞いたマルセロは一瞬、プレタたちの顔を見る。
    「……」
     それを受け、プレタが代わりに返答する。
    「一つ、聞くわよ」
    《どうぞ》
    「アセラは、……隊長は無事なの?」
    《……ひひ》

     次の瞬間――プレタは部屋中がビリビリと震えるほどの怒声を放った。
    「ふざけてんじゃないわよ、このクソ野郎おおおッ!」
    《……っく、……なんだよ、いきなり》
    「狙いは各隊隊長と司令官、そしてあたしたち二人ね? そしてもう既に、アセラは死んでいる。そうね!?」
    《何でそう思うよ?》
    「アンタの応答の、一瞬の間がそれを語ってるわ……! 違うと言うなら、アセラを出しなさいよ!」
    《……まあ、……まあ、落ち着けよ。そりゃまあ、ちょっと痛めつけはしたが、……生きてるのは、生きてる。気、失ってはいるけど、まだ、生きてる、……と思うぜ》
    「生きてる『と思う』?」
     その回答に、プレタの語気がさらに荒くなる。
    「アセラに何をしたかなんて聞かないわ。……アンタ」
    《なんだ?》
    「殺すわ」
     そう返し、プレタは「頭巾」を頭から剥ぎ取り、地面に叩きつけた。
    「お、おい、プレタ……」
     マルセロは困惑した表情を浮かべ、恐る恐る声をかける。
     しかし――プレタは唐突に、マルセロとマロンを引き寄せ、ひそ……、とつぶやいた。
    「敵はここを狙ってくるわ」
    「え?」
    「あれだけ大声を出して、周囲に位置を報せたんだもの。相手は『怒りで我を忘れたバカ女なんか、余裕で狩り殺せる』と高をくくり、攻め込んでくるはずよ」
    「お前、……じゃ、今のは演技だったのか?」
    「そうよ」
     プレタはニヤ……、と笑って見せる。
    「あの状況じゃ、きっと敵はどこにいるか分からないまま。適当に身柄受け渡し場所を指示され、相手のペースで事を運ばされたでしょうね。
     でも今、こうしてあたしたちが隙を見せてあげた。敵は『面倒な交渉や、その振りをするよりも、さっさと叩くチャンスだ』とにらんでるはずよ」
    「そこまで読み当てられるのか?」
    「読んだんじゃないわ。導いたのよ。そうなるようにね。これであたしたちのペースで事を運べるわ。
     ……ほら、来たみたいよ」
     プレタの言った通り――拠点の外から、ぱき……、と煉瓦の欠片を踏む音が響いた。

    白猫夢・天謀抄 終

    白猫夢・天謀抄 6

    2013.05.14.[Edit]
    麒麟を巡る話、第228話。接触。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「頭巾」を被っていた通信兵が唐突に、大声を上げる。「だ、……誰だ、お前は!?」「どうした?」 マルセロが尋ねたが、通信兵は耳を押さえ、何かに聞き入っている。「おい?」「……し、司令官!」 通信兵は困惑した顔を、マルセロに向ける。「その、……その、A隊と思われる『頭巾』からの、通信が」 妙な言い回しに、マルセロとミニーノ姉妹は揃って怪...

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    麒麟を巡る話、第229話。
    隼狩り。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ミニーノ姉妹と刺客が接触する、その2時間前。

     B隊隊長ジェラルドとその隊員たちは作戦通りに、取引所の金庫室前に集まっていた。
    「万事、予定通りだな。後はこの金庫をこじ開けるだけ、……と」
     マルセロから連絡を受けていた通り、確かにここまで、取引所を警備していた敵兵はほとんど応戦などする様子を見せず、中にはB隊を無視してそのまま歩き去る者すらいる有様だった。
    「司令官の仰ってた通りでしたね」
    「ああ。まさかここまでうまく行くとは思わなかった。工作が効いたな」
     これまでにないくらいの呆気なさに、隊長を含む隊員の誰もが、緊張感を無くしていた。
    「ここまで楽に進むのなんて、アレ以来ですね」
    「アレ? ……って言うと?」
    「ほら、カプリ王国の時の。って言ってもあれは罠でしたけど」
    「ああ……」
     隊員の言葉に同意しかけ、そこでジェラルドは嫌な予感を覚える。
    「……ああ?」
    「どうしました?」
    「……何か……ヤバいな?」
    「え?」
     ジェラルドは金庫の前に集まっている隊員たちに、慌てて号令をかけた。
    「離れろ! 何か嫌な……」
     が――言い終わらないうちに、ギギギ……、と金属がこすれるような音が響き渡る。
    「……っ」
     その音と共に金庫が内側から開き、そこからこん、こんと硬い音を立て、手榴弾が飛んできた。



     同時刻。
     C隊隊長グレゴは取引所周辺に隊員たちを配置し、不測の事態に備えて見張らせていたが――その誰とも連絡が取れなくなっていた。
    「どうなってる……!? それに何だ、今の爆発音は……!?」
     完全に孤立し、そしてうろたえたグレゴは、まったく身動きが取れなくなる。
     と、そこへローブを着た、一見浮浪者風の男がフラ……、と現れる。
    「すまないが……、そこの『熊』の方……」
    「あ、あぁ!? い、忙しいんだ俺は! あっちへ行け!」
     いまだ狼狽したままのグレゴに対し、その長耳の青年はじりじりと近付いて来る。
    「あっちへ行けと言っているだろう!」
    「君は……」
     青年はひょい、と手を挙げる。
     次の瞬間――グレゴは物理的にも、身動きが取れなくなった。
    「ぬ、が、かっ……、これ、はっ、……!?」
     一瞬のうちにグレゴを鎖でがんじがらめにした青年は、にやぁ、と笑った。
    「マーキー大尉で間違い無いな?」
    「き、きさ、まっ、何者、……ぐえ、……っ」
     首を強く絞められ、グレゴの意識が消えた。



     そしてこの時――A隊は全員縄で縛られ、ある場所に閉じ込められていた。
    「てめえ……! 何なんだよ、くそッ!」
     A隊隊長アセラは、自分たちの目の前で悠然と座り込む、狐獣人の男をにらみつけていた。
    「何って、いわゆる刺客ってヤツさぁ。あんたら『ファルコン』の幹部を全員始末してくれって頼まれたんだよ」
    「なっ……!?」
    「お前ら身動きできねーから、俺、安心してこんなこと言っちゃうけどよ」
     そう前置きし、狐獣人――ロベルト・ブリッツェンはニヤニヤと笑う。
    「イッシオ司令官ってのも、とんだ間抜けだな」
    「何だと!?」
    「一端の策略家気取って、取引所の警備に金をバラ撒いたそうだが、……くっく、まさかそれが全員入れ替わったなんて、思いもしなかったみてーだなぁ?」
    「え……!?」
    「もうちょっと考えりゃ分かるだろうに――用心深い『天政会』の奴らが、自分たちに反感持ってるヘブン王国のヤツらを警備に当たらせるわきゃねーだろーが。
     まあ、確かに先週までは詰めてたぜ、王国のヤツらが。しかしアンタらにとっちゃ非常に残念なことに、今週に入って警備体制を丸ごと一新。警備してたのは全員ヘブン王国以外の、敬虔な天帝教信者ばっかりってワケよ。
     その上で、俺からちょいと一言、アドバイスもさせてもらったんだ」
    「アドバイスだって?」
     尋ねたアセラに、ロベルトは肩をすくめて返した。
    「『自分の作戦が完璧にうまく行ってると勘違いしてるアホを騙し、金庫前までおびき寄せれば、そこで一網打尽にできますぜ』ってな」
    「……!」
     アセラの顔が真っ青になるのを見て、ロベルトは嬉しそうに笑った。
    「ひっひっひ……、B隊は今頃、全滅してるだろうな。金庫室の前はグチャグチャになってるだろうさ」
    「てめえ……!」
    「おっと、それだけじゃないぜ。C隊も攻撃を仕掛けてる。凄腕の暗殺者をけしかけたからな、そっちも全滅だろう」
    「……!」
    「そして」
     ロベルトは立ち上がり、アセラの襟をつかんで強引に立ち上がらせる。
    「な、何しやがる!」
    「A隊も今から全滅する」
     ロベルトは背負っていた銃のような「何か」を、身動きできない隊員たちに向けた。

    白猫夢・死線抄 1

    2013.05.16.[Edit]
    麒麟を巡る話、第229話。隼狩り。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ミニーノ姉妹と刺客が接触する、その2時間前。 B隊隊長ジェラルドとその隊員たちは作戦通りに、取引所の金庫室前に集まっていた。「万事、予定通りだな。後はこの金庫をこじ開けるだけ、……と」 マルセロから連絡を受けていた通り、確かにここまで、取引所を警備していた敵兵はほとんど応戦などする様子を見せず、中にはB隊を無視してそのまま歩...

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    麒麟を巡る話、第230話。
    バカ虎。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     時間と場所は現在の、ミニーノ姉妹らがいる拠点に戻る。
    「……」
     その場にいた全員が息を呑み、外に立っている刺客の気配を伺う。
    (どうするんだ、プレタ)
     マルセロが小声で尋ねたが、プレタは目を向けず、ぼそぼそと何かをつぶやく。
    (……?)
    (先手必勝よ)
     プレタの代わりに、マロンがそう答える。
     その言葉の通り――プレタは閉め切っていた窓へ向けて、魔術を放った。
    「『ファイアランス』!」
     炎の槍が窓を雨戸ごと貫き、外へと飛んで行く。
     その直後、刺客と思しき男の、慌てた声が聞こえて来た。
    「うわ、ちょ、何、……アカンてアカンて、ちょ、うわっ、火点いたっ」
    「……!」
     その声に、プレタとマロンは顔を強張らせた。
    「みんな、爆弾よ! 隠れて!」
    「なに……!?」
     聞き返すより先に、窓の外からまた、男の声が聞こえて来る。
    「しゃあない、オラあッ!」
     二人の言葉通り、割れた窓から爆弾が投げ込まれ、そして炸裂した。

     屋外に潜んでいたその虎獣人は、「ふう」とため息を漏らした。
    「危ない危ない……。死ぬか思たわ」
     窓からもくもくと上がる煙を確認し、虎獣人は深々とうなずく。
    「なんぼ何でも死んだやろ、うん」
     虎獣人は中の様子を確認せず、そのまま踵を返そうとする。
     が――その窓を蹴破り、ミニーノ姉妹が飛び出してきた。
    「え……、ウソやろ、生きとったんか!?」
    「あんなので誰が死ぬもんですか」
    「……しぶといなぁ」
     虎獣人は二人に向き直り、拳を構える。
    「ほんなら、きっちり始末するまでや! かかって来いや、おぉ!?」
    「……マジ、チンピラって感じね」
     プレタはふう、とため息をつき、一歩前に出る。
    「マロン、アンタは中に戻って、ケガ人がいないか見てきて」
    「分かったわ」
    「え……。お前、1対1でやるつもりなんか?」
     虎獣人は面食らったような顔をし、そしてすぐに苛立った様子を見せる。
    「なめんなや、『猫』ぉ……ッ」
    「なめるわよ。アンタみたいな三下、何人出て来たって相手じゃないわ」
    「言うたなッ!」
     虎獣人は激昂し、襲い掛かってきた。

    「っだらあッ!」
     虎獣人が先制し、拳を振り下ろす。
     プレタはそれをひらりとかわし、虎獣人へ蹴りを放った。
    「……ッ!」
     とっさに虎獣人が受け、プレタは右足を挙げたままの状態になる。
    「何や? 俺に素手で挑む気か?」
    「アンタみたいなバカに刀振り回すなんて、刀が勿体無いわ。素手で十分よ」
    「ヘッ、ほざけ!」
     虎獣人はプレタの足を引っ張り、自分の方へ寄せようとする。
     が、プレタは抵抗せず、逆に虎獣人の方へと飛び込んだ。
    「おっ……!?」
    「とりあえず、鼻からかしらね」
     ふわ、と空中に浮いた状態から、プレタは左足を引き、虎獣人の顔に乗せ、そのまま踏みつける。
    「ふ、が、……があああッ!?」
     ボキボキと鈍い音を立てて、虎獣人は倒れ込んだ。
    「……まだやる?」
     何事も無かったかのように着地したプレタは、倒れたままの虎獣人に、挑発気味に声をかける。
    「……ふ、ふっざけんなぁッ!」
     虎獣人は勢いよく起き上がり、鼻を押さえる。
    「……くそ、折れとるやないか。男前が台無しや」
    「アンタ、頭だけじゃなくてセンスも悪いのね。どこがいい顔してんのよ? いかにもチンピラでございます、みたいな貧相で下品な顔してるくせに」
    「チンピラ、チンピラて、お前ええ加減にせえよ」
     虎獣人は鼻を押さえ、バキ、ゴキ、と鼻から痛そうな音を立てて形を直す。
    「うっ、……はぁ、はぁ、……めっちゃ痛い」
    「でしょうね。
     で、もう一度聞くけど。まだ、やるつもり?」
    「やるに……」
     虎獣人はブッ、と鼻血を噴き出しながら、再度プレタに飛び掛かる。
    「決まってんやろがあああッ!」
    「……じゃあ、アンタはきっと3分後、悶絶してるわね」
     これもひらりとかわし、プレタは素手で構えて見せた。
    「悪いけどあたし、アンタみたいなバカ大っ嫌いなのよ。
     絶対無事でいさせないつもりだから、せいぜい覚悟しときなさいよ?」

    白猫夢・死線抄 2

    2013.05.17.[Edit]
    麒麟を巡る話、第230話。バカ虎。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 時間と場所は現在の、ミニーノ姉妹らがいる拠点に戻る。「……」 その場にいた全員が息を呑み、外に立っている刺客の気配を伺う。(どうするんだ、プレタ) マルセロが小声で尋ねたが、プレタは目を向けず、ぼそぼそと何かをつぶやく。(……?)(先手必勝よ) プレタの代わりに、マロンがそう答える。 その言葉の通り――プレタは閉め切っていた窓へ...

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    麒麟を巡る話、第231話。
    肉弾戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     建物内に戻ったマロンは、顔を真っ青にして倒れたマルセロを発見した。
    「マルセロ、大丈夫!?」
    「……だい……じょうぶ……と言いたいが」
     マルセロは倒れ込んだまま、弱々しい声で答える。
    「爆発で……色々飛んできた……あちこち……ぶつけたらしい」
    「……あんまり得意じゃないけど、一応、治療術は使えるから。じっとしてなさい」
     そう前置きし、マロンは屈み込んで治療術をかける。
    「『キュア』。……応急処置にもならないかも知れないけど、我慢して」
    「……いや……わりと……痛みがひいてきた」
     まだ横になったままではあるが、マルセロの顔に赤みが戻って来る。
    「他の……奴は?」
    「見てくる」
     マロンは立ち上がり、周囲を見渡す。
    「うう……」「いたい……」
     あちこちからうめき声が聞こえてはいるが、どうやら死んだ者はいないようだった。
    「誰か、動ける?」
    「あ……はい……」
     比較的軽傷の者、無傷の者と協力し、マロンは仲間の手当てを行った。
    「マロン副官、いいんですか?」
     と、マロンに包帯を巻いてもらっていた者が尋ねてくる。
    「何が?」
    「今、外には刺客がいるんじゃ」
    「ああ……。大丈夫よ、プレタがいるし」
    「助けに行ってあげた方が……」
     心配そうにする隊員に、マロンはくすっと笑って返した。
    「必要ないわ。プレタはすごく強いから」



     己の繰り出す技をことごとく避けられ、刺客の虎獣人は目に見えて苛立っていた。
    「ちょろちょろしてんなや、このアマあぁ……!」
    「お断りよ。殴られたくないし」
     一方のプレタは、口ではからかい、嘲り、罵っていたが、その実――内心は冷静なままだった。
    (勝つこと自体は簡単。この手のタイプは怒らせれば怒らせるほど、動きが大味で乱暴になっていく。大きな隙を見せたところで急所を突けば、それで仕留められるわ。
     でも、ただ殺したり、口も利けない程に痛めつけたりするのは駄目。こいつから情報を得なければ、あたしたちは次の手を見失ってしまう。そうなれば、アセラたちを助けることができなくなる。
     となれば……、動けなくするだけに留めなきゃいけない。なら、……こう行くとしましょうか)
     プレタはニヤ、と笑みを浮かべて見せ、さらに挑発を重ねた。
    「どうしたの? あなたが動くなって言ったのに、攻撃してこないのかしら? こんなにじっとしていてあげたのに、何をぼんやりしてるのよ」
     そう言った後、プレタはさらに人差し指をくいくいと曲げ、来るように促してみる。
    「うっ……、んな、……なめんなああああッ!」
     これを受け、虎獣人はいよいよ激昂した。
    「やったらあッ!」
     この戦闘で何度目かになるタックルを、プレタは後ろに退きつつ受ける。
    「お、わ……っ!?」
     勢いを削がれ、虎獣人は前につんのめる。
     その瞬間――プレタは虎獣人の太い首に、右腕を這うように回して締め上げ、さらに左腕を添えて上から抑え込み、裸絞めの姿勢を取る。
    「ぐげっ……、げ、げ……っ、な、なめっ、な……」
     虎獣人は悶絶しつつも、プレタの腕を外そうともがくが、それより先にプレタが腰を落とし、虎獣人の体全体を地面に押し付ける。
    「くっ、がっ、か……、ご……、っ……」
     5秒としないうちに、虎獣人は口から泡を吐いて気絶した。

     気を失ったままの虎獣人を縛り上げたところで、ミニーノ姉妹は救急用アルコールを染み込ませた布を、気付け薬代わりに彼の鼻に近付ける。
    「……ふあっ、な、何や!? ……あ」
     目を覚ました虎獣人と、プレタの視線が合う。
    「時間が無いわ。さっさと教えなさい」
    「あ……?」
    「アンタたちの拠点はどこ? 指揮してるのは誰?」
    「……ああ、そう言うことか」
     虎獣人はぷい、とそっぽを向こうとしたが、その顔をマロンが刀の柄でひっぱたく。
    「いで……っ」
    「二度も言わせないで。時間が無いのよ。
     拠点はどこか、言いなさい」
    「言うてどうなんねん。言っても言わんでも俺、殺されるんやろ?」
    「素直に言えば命は助けてあげるわ。でもいつまでも言わないままなら……」
     マロンが刀を抜き、虎獣人に突きつける。
    「目一杯痛めつけてやる。覚悟しなさいよ」
    「あ、そうでっか、ふーん、そら怖いなぁ」
    「……」
     馬鹿にしたような態度を執る虎獣人に、二人は静かに激怒した。

    白猫夢・死線抄 3

    2013.05.18.[Edit]
    麒麟を巡る話、第231話。肉弾戦。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 建物内に戻ったマロンは、顔を真っ青にして倒れたマルセロを発見した。「マルセロ、大丈夫!?」「……だい……じょうぶ……と言いたいが」 マルセロは倒れ込んだまま、弱々しい声で答える。「爆発で……色々飛んできた……あちこち……ぶつけたらしい」「……あんまり得意じゃないけど、一応、治療術は使えるから。じっとしてなさい」 そう前置きし、マロンは屈...

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    麒麟を巡る話、第232話。
    卑怯者の赤狐。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「言わないつもりね?」
    「誰が言うか、ボケ」
     虎獣人がそう返した瞬間、マロンは彼の右肩に刀をぶつっ、と突き入れた。
    「うっ、……ぐ、ぐく、っ」
    「『人質だから殺されはしない』と思ってる? それなら見当違いよ。
     きっと後30分もすれば、アセラたちは全員殺される。そうなればアンタの利用価値は無くなる。
     無くなった以上、生かす理由は無いし、怒り狂ってるあたしたちの憂さ晴らしに使われるだけよ」
     マロンは刀を持つ手をゆっくりと、時計回りにひねる。
     その瞬間、虎獣人は地の底から響いてくるかのようなうめき声を漏らした。
    「うお、おっ、あ、あうああああ……っ」
    「痛い? 痛いでしょうね。あなたの体が今まさに、ブチブチと千切られてるんですものね。
     でもあたしたちが仲間を失ったその時、その痛みはその百倍、いいえ、千倍としても釣り合わないほどになる。アンタを生きたまま細切れにしたとしても、その痛みは決して癒されないのよ。
     それともアンタは、自分の身が千切られる痛みの方が勝ると言うつもりかしら?」
     マロンは先程とは逆方向に、手首をゆっくりとひねって見せる。
    「はうっ、はう、あ、ひ、ひぎ、ひぎいいい……」
    「あたしたちの質問に素直に答えるなら、刀を抜いてあげるわ。でもあくまでも強情を張ると言うなら、今度は右腿に同じことをする。
     それでも言わないなら、今度は左肩。次は左腿。その次は右手の甲。その次は……」「わ、わ、わか、った、分かったから、やめ、やめて、やめてくれ……」
     虎獣人はボタボタと泣きながら、二人の要求を呑んだ。

     二人はまず――質問しづらいと言うことで――虎獣人の名前から聞き出した。
    「クイント・ロードセラー、……ね。央中南部の出身、と」
    「そうや」
     一応手当てはされたものの、クイントの顔色は土気色に近い。
    「聞いたことあるわね。頭は超絶に悪いけど、腕っ節だけで依頼を無理矢理こなす野蛮人、もとい、傭兵だって」
    「ほっとけ……」
    「で、クイント。さっさと教えてくれない?」
    「俺たちの拠点か? えーと……、どう言ったらええかなぁ、……て、そんな怖い目ぇしんといてえや。ちゃんと言うから。
     あの、ほら、あれや」
    「あれって何よ」
    「あのー、あれや。えーと、ほら、取引所の裏んとこに、あの、女神さんの像、あったやろ?」
    「聖クラム・タイムズ太后像?」
    「それや、それ。で、あの像の下にな、隠し扉みたいなんがあるねん」
    「そんなのが……?」
     話を聞いていたマルセロが、小さくうなずく。
    「この街は『天政会』が造ったんだ。奴ら専用の地下道の一本や二本、あっても不思議じゃない」
    「そこにアセラたちはいるのね?」
    「おる、……と思う」
    「思うって何よ?」
    「いや、俺はあんたら探してあちこち回っとっただけやし。作戦開始からずっと、拠点には戻ってへんねん」
    「でも、他に人を隠せる場所は無さそうね。取引所も爆破されたみたいだし。
     次の質問だけど、アンタたちの数は? 何人で襲ったの?」
    「俺を入れて6人や」
    「6人? たった6人で、50人近くいたあたしたちの部隊を全滅させたって言うの?」
    「俺はこんな体たらくやけど、他の5人は凄腕や。お前らなんか相手になるかいな、……あ、いや、……うそや、うそ」
     クイントをにらみつけたまま、プレタは質問を重ねる。
    「リーダーは誰?」
    「ロベルト・ブリッツェンっちゅう、赤毛の狐獣人や。ヘブン王国の元少尉やと聞いとる」
    「ブリッツェン? あの『裏切り者』ブリッツェンか?」
    「……かなぁ? いや、俺も雇われて1年くらいやし、うわさ程度にしか聞いてへんねんけど」
    「こいつはまずいな……」
     名前を聞いたマルセロは、苦い顔をする。
    「誰なの?」
    「お前らは知らんだろうが、7年か8年ほど前、ヘブン王国で内戦が勃発したんだ。
     クラムの価値を操作されないよう他国と距離を置き、独立性を維持しようとする女王・軍部派と、他国とより強い連携を取ってクラムの価値を投機的に高め、自国資産を殖やそうとした王子・内閣派に分かれてな。
     結果は王子派の勝利だったが、その後のことはこないだ話した通りだ。で、そのブリッツェンってのが、女王派の一人だったんだ。と言っても親の方だが」
    「どう言うこと?」
    「そのロベルトってのの親父がルドルフ・ブリッツェン少将って奴で、劣勢だった女王派、いや、女王を最期まで守り抜き、殉死したんだ。ヘブン王国では敗将ながら忠義に篤い男として尊敬を集め、死んだ後に二階級特進した。
     ところが息子のロベルトは開戦間も無く、女王派を裏切った。その一件が勝敗を決定付けたとも言われている。ちなみに終戦間際、親父を撃ったのも奴ってうわさだ。
     相当に頭の切れる男で、義理より人情より、何より利益を最優先する冷血漢だそうだ」

    白猫夢・死線抄 4

    2013.05.19.[Edit]
    麒麟を巡る話、第232話。卑怯者の赤狐。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「言わないつもりね?」「誰が言うか、ボケ」 虎獣人がそう返した瞬間、マロンは彼の右肩に刀をぶつっ、と突き入れた。「うっ、……ぐ、ぐく、っ」「『人質だから殺されはしない』と思ってる? それなら見当違いよ。 きっと後30分もすれば、アセラたちは全員殺される。そうなればアンタの利用価値は無くなる。 無くなった以上、生かす理由は...

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    麒麟を巡る話、第233話。
    真夜中の死闘。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「そんな男が……、それだけ切れる男が何故、この作戦に介入したのかしら?」
     クイントへの質問とも、単なる疑問とも取れる、中途半端な声色を出したプレタに、クイントが答える。
    「知らん。けどな、結局は金やと思うで。大司教だか何だかに交渉しとった時、金や金や言うてたからな」
    「大司教?」
     プレタの疑問が解消されないまま、話は別方向に移る。
    「あ……、その……、内緒やってんけど、……まあ、もうええか。
     何でもセドリック・アストンとか言う奴が、今回の依頼を出しとんねん。あんたら皆殺しにしろっちゅうてな」
    「なるほどな……。あの下衆野郎め」
    「知ってるの?」
    「『天政会』のナンバー2で、かなり金汚い坊さんだ。
    『天政会』の資金運用計画のほぼ半分を任されてるが、黒いうわさが絶えない。なるほど、そんな奴ならロベルト元少尉とも馬が合うさ。
     ……聞くことは全部聞いた。こいつ、どうする?」
    「へっ?」
     マルセロの言葉に、クイントは蒼ざめる。
    「ちょ、ちょい、待てや、おい!? 助けてくれる言うたやないか!?」
    「お二人さん次第だ。俺は殺しておく方がいいと思うがね」
    「時間が無いわ。ここに転がしておけばいい」
    「……それもアリか」
     三人はクイントを置き去りにし、D隊に命令した。
    「俺たちは敵拠点に向かう。お前らはここで待機しろ」
    「そんな……」
    「我々も行きます!」
     そう答えた隊員たちに、マルセロは首を横に振る。
    「駄目だ。このD隊は後方支援を主な業務としている。他3隊を全滅させた手練に対抗できるとは到底、思えない。
     だからお前らは、俺たちの支援をしてくれ」
    「……分かりました!」
     ビシ、と敬礼した隊員たちに、マルセロは苦笑して見せた。
    「っつっても、……俺もからきしだけどな。
     でも俺は責任者だ。その俺がここに率いてきてしまったせいで、部隊の奴は死んだんだ。
     だからせめて、俺たちを襲った刺客に一矢報いなきゃ、死んだ奴が浮かばれやしねえよ」
     マルセロは懐からリボルバー拳銃を取り出し、安全装置を外す。
    「俺も肚を括る。一緒に戦うぜ」
    「ええ」
    「行きましょう」
     三人はそれ以上何も言葉を交わさず、拠点を後にした。



     時間は真夜中を過ぎていたが、あちこちに人の姿がある。どうやら取引所の爆発を聞きつけ、騒然としているらしい。
    「……なあ」
     と、マルセロがその騒ぎに紛れそうなくらいの小さな声で、二人に尋ねた。
    「俺は、……悪人だろうか」
    「は?」
    「いや……、分かってる。『新央北』のためだと言って、あちこちで非合法な活動をしてきた。俺はきっと、天国には行けない。それは、分かってるんだ。
     でも俺は、皆を死なせるつもりは無かった……! 今回だって被害が出ないように、最善の手を採ったつもりだったんだよ!」
    「マルセロ……」
    「それを、……それを利用されて、……皆、……死んだ……」
    「……まだよ」
     目に涙を浮かべているマルセロの肩を、マロンが優しく叩く。
    「まだ、助けられる奴が残ってるかも知れないでしょ? だからあたしたちは、行くのよ」
    「……そう、……だな」
     人ごみを抜け、いまだ煙を上げる取引所を通り過ぎ、三人は広場に出る。
    「あれね?」
    「ああ。前にあるあの石像だ。
     ……だが、やはり。素直に通しちゃくれないらしいな」
     三人と目標の石像のちょうど中間辺りに、ローブをまとった長耳の青年と、太い筒を背負った軍服姿の、短耳の女性が立っている。
    「やっぱりあいつ、やられたっぽぃ」
     話しかけて来たその女性に、プレタが答える。
    「そうよ。アンタたちも同じ目に遭わせてあげる。覚悟しなさい」
    「するのは貴様らの方だ。
     ミニーノ姉妹……、多少腕は立つと聞き及んでいるが、この『スティングレイ』と『キャバリエ』の敵ではない」
    「その通りぃ」
     相手はそれぞれ横に跳んで離れ、ミニーノ姉妹とマルセロを囲んだ。
    「貴様らの命、頂戴する!」
    「しちゃぃ!」
     それに応じ、ミニーノ姉妹も背を向け合い、敵に刀を向けた。

     が――それよりも早く動いたのは、マルセロだった。
     彼は既に敵二人が離れたその場所に向かって、銃弾を放っていた。

    白猫夢・死線抄 5

    2013.05.20.[Edit]
    麒麟を巡る話、第233話。真夜中の死闘。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「そんな男が……、それだけ切れる男が何故、この作戦に介入したのかしら?」 クイントへの質問とも、単なる疑問とも取れる、中途半端な声色を出したプレタに、クイントが答える。「知らん。けどな、結局は金やと思うで。大司教だか何だかに交渉しとった時、金や金や言うてたからな」「大司教?」 プレタの疑問が解消されないまま、話は別方向に...

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    麒麟を巡る話、第234話。
    当代赤エイと人間武器庫。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     聖クラム太后像の前、何も無いように見えた空間に突然、赤いものが飛び散る。
    「……ぐふ……っ」
     気付けば短耳の男が一人、額から血を流し、仰向けに倒れていた。どうやら魔術で姿を消し、潜んでいたらしい。
    「……なんと」
    「スティングレイ」と名乗った長耳が、苦々しく吐き捨てる。
    「侮っていたが……、まさか貴様が『ブレイザー』の存在に気付くとは」
    「人をなめるもんじゃないぜ。
     大仰な台詞、傲慢な態度、目を引く動き……、手品師かっつの。俺たちの注意を逸らそうとしてるのが見え見えだぜ。
     何か隠してるって、わざわざ言ってるようなもんじゃねえか」
    「……一筋縄では行かん相手のようだな。認識を改めるとしよう。
    『キャバリエ』! 本気で戦え! この辺り一帯、焼け野原にするつもりでな!」
    「りょうかぃ!」
    「キャバリエ」と呼ばれた短耳は、背負っていた筒をマロンに向けて構える。
    「撃てーぃ!」
    「……?」
     攻撃しようとしていることは分かったが、何をするのかマロンには見当が付かない。
     それでもその何かに備え、マロンは魔術で防御を試みる。
    「『マジックシールド』!」
     それとほぼ同時に、「キャバリエ」が構えた筒からポン、と言う鈍い音と共に、何かが発射された。
    「……!」
     広場に炸裂音が響き渡り、マロンは魔術の壁ごと吹き飛ばされた。

    「マロン!」
    「スティングレイ」と対峙していたプレタは一瞬、妹に気を取られる。
    「ふ……、余所見とはなかなか間が抜けている」
     その一瞬を突く形で、「スティングレイ」が仕掛けてきた。
    「……! これは……、鎖!?」
    「スティングレイ」が広げたローブから、数本の鎖が飛び出している。それがプレタの刀と右腕とを絡め取り、動きを封じていた。
    「我が一族のお家芸、鎖の捕縛術だ! 最早勝負は付いたな」
    「……ふうん」
     この間マルセロは、身動きの取れないプレタと、地面に叩きつけられぐったりとしているマロンとを交互に見るばかりで、動けないでいた。
    「どっちに加勢すりゃ……」
     と、その一言に対し、二人が同時に答えた。
    「いらないわ」「一人で十分よ」
    「はぃ?」「なに……?」
     不敵なその言葉に、敵二人は同時に顔をしかめる。
    「十分だと? その体たらくでか?」
    「アンタ、離れてるから絶対安全だって思ってるんじゃない?」
    「ぬ……?」
     プレタは相手に悟られないよう短く、そして小声で呪文を唱え、密かに魔術を発動させる。
    「金属はおしなべて熱の伝導率が高いわ。この鎖も例外じゃないでしょ?」
    「……!」
     数秒も経たないうちに鎖に赤みが差し、「スティングレイ」の方に向かって熱が伝播していく。
    「くっ……!」
     鎖が「スティングレイ」側から外れ、プレタと「スティングレイ」の中間にジャラジャラと音を立てて落ちる。橙色にたぎり、ちりちりと鳴るその鎖をチラ、と眺め、「スティングレイ」は舌打ちした。
    「相当の火術使いのようだな。あのわずかな間に、これほど鉄を灼くとは」
    「うかつに攻めれば火傷するわよ、ふふ……」

     一方、立ち上がったマロンは再度「キャバリエ」と対峙していたが、両者ともすぐには動かない。
    「撃ってきなさいよ。さっきは油断したけど、今度はきっちり受け切ってあげるから」
    「お断りぃ。何か仕掛けようとしてるの、見え見えだしぃ」
    「あっそ。……じゃ、こっちから行くわよ」
     マロンは刀を正眼に構え、じりじりと間を詰める。
    「あたしが吹っ飛ばされ、倒れてた時がアンタの、最大の勝機だったはず。なのに攻撃してこなかったのは何故?」
    「……」
    「答えは簡単。その武器、威力はものすごいけど、連射できないのね。そして射程距離はかなり短い。
     だから数メートルも弾かれ、身動きできなかったあたしに追い打ちをかけられなかった。ついでに言えば、初弾で仕留めようと思っていたから、二の矢、三の矢なんて用意してなかった。そうよね?」
    「……」
    「キャバリエ」は何も言わず、発射器を構えたままでいる。
    「もうタネは割れてるんだから、開き直って弾を込め直したら? そうしなきゃアンタ、死ぬだけよ」
     間合いを詰めつつ挑発し、マロンは「キャバリエ」の出方を伺う。
    「……」
    「キャバリエ」はやがて、無言で発射器に弾を込め始めた。
     彼女の視線が一瞬、自分から離れるのを確認し、マロンは一気に距離を詰める。
    「せやあッ!」
    「……なワケなぃ」
     と――「キャバリエ」は突然、発射器を捨てる。そして同時に、軍服の袖から短銃を取り出して見せた。
    「ウチらが二の矢、三の矢を用意してないわけ、なぃし!」
     マロンが射程距離ギリギリに踏み込んだところで、「キャバリエ」は銃を撃ってきた。

    白猫夢・死線抄 6

    2013.05.21.[Edit]
    麒麟を巡る話、第234話。当代赤エイと人間武器庫。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 聖クラム太后像の前、何も無いように見えた空間に突然、赤いものが飛び散る。「……ぐふ……っ」 気付けば短耳の男が一人、額から血を流し、仰向けに倒れていた。どうやら魔術で姿を消し、潜んでいたらしい。「……なんと」「スティングレイ」と名乗った長耳が、苦々しく吐き捨てる。「侮っていたが……、まさか貴様が『ブレイザー』の存在...

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    麒麟を巡る話、第235話。
    W窮地。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     しばらくプレタとにらみ合っていた「スティングレイ」は突然、ローブを脱ぎ捨てた。
    「小賢しい貴様には、半端な技では逆効果になるだろう。ならば私の全力を以て圧倒するまでだ!」
     ローブの下には無数の鎖が、まるで帷子(かたびら)のように彼の体を覆っていた。
    「ここからが本番だ! 行くぞ、ミニーノ!」
    「スティングレイ」はその無数の鎖を、一気に体からはがし、投げ付ける。
    「……!」
     プレタは飛び退いてかわそうと考えたが、それが不可能であることを悟った。
    (多過ぎる……!)
    「スティングレイ」の姿が一瞬隠れるほどの、大量の鎖が飛んできたからだ。
    「……『マジックシールド』!」
     急いで防御術を唱え、そのおびただしい鎖から身を護ろうとする。
     術が発動し、プレタの周りに半透明の、魔術の盾が展開されるとほぼ同時に、鎖が一斉にプレタに向かって叩き付けられた。
    「く、っ……!」
     プレタの周囲全方向から、頭がどうかしてしまうかと思うほどの、鎖がジャラジャラとこすれ、ぶつかり合う音が鳴り響く。
     そしてそれ以上に、鎖がぶつかってくる衝撃が、「盾」越しにビリビリと伝わって来る。
    (長い……! いつまで続くのよ!?)
     鎖はプレタの「盾」に阻まれ、弾かれて、プレタの周囲の床を削り、輪を作っていく。地面に落ちた鎖は再び「スティングレイ」の元に戻り、そしてまたプレタに向かって飛んでいく。
    「私の魔力が持つか、貴様の魔力が持つか、だ!」
     そう叫ぶ「スティングレイ」の顔色は、既に蒼ざめ始めている。
     一方のプレタも、こめかみや眼輪、喉奥にずきずきとした気持ち悪さを感じていた。魔力を大量消費した時に起こる、軽度のショック症状である。
    「……っ」
     疲労を感じた瞬間、プレタの「盾」にビシ、とひびが走る。
     そのわずかな変化を確認した「スティングレイ」は、鎖をそのひびに一点集中してきた。
    「畳みかけて……やるッ!」
    「……う、あっ」
     ひびはみるみるうちに大きくなり、間も無く「盾」を砕く。
    「とどめだーッ!」「……っ!」
     鎖はプレタの術を貫通し、彼女を滅多打ちにした。

    「う、……っ」
     銃弾が頬をかすめ、マロンは顔をしかめる。
     だがその一方、安堵してもいた。自分の予想通りに、「キャバリエ」が動いたからである。
    「……この距離で、……一発も当たらなぃ!?」
     両手に構えた5連装のリボルバー拳銃を10発全弾撃ち尽くした「キャバリエ」は、目を丸くしていた。
    「すばしっこぃ、……なんてもんじゃなぃ! 勘、良過ぎぃ……」
    「ハァ、ハァ……」
     息を整えつつ、マロンはこう返して見せる。
    「アンタが、あの筒だけで武装してるとは思えなかったもの。
     それに、あたしに追い打ちかけようとせず、じっとしてたもう一つの理由――動くと体中に装備してる武器がカチャカチャ鳴って、バレるからよね?」
    「くっそぉ……」
    「キャバリエ」は拳銃を捨て、袖をめくる。
    「まだ負けなぃ!」
     袖から出てきたロッドを取り出して構えつつ、「キャバリエ」が叫ぶ。
    「あと! さっきの武器は『ランチャー』だから! 『筒』とか言わなぃ!」
    「……マニアね」
     マロンは頬の血を拭い、刀を構え直した。
    「決着させましょう」
    「望むところ!」
     対峙する間も無く、二人は交錯した。
    「りゃあッ!」
    「てえぃ!」
     刀と刀が鍔迫り合いするのとは違う、ビシッとした音が響く。
    (硬い! 一般的な、木製のじゃないわね。
     鋼鉄製? ……でもない。今の音は……)
    「ふふふ……」
    「キャバリエ」はニヤニヤと笑いながら、自分からマロンの疑問に答えた。
    「金火狐のおエラぃさんからもらった、最新の合金製ロッド! ナイフだろうが刀だろうが、これがあれば関係なぃ! 全部ブチ折ってやる!」
    「……やってみなさいよ」
     そう返したものの、マロンは――相手に悟られまいと、視線は落とさないものの――自分の刀が、致命的なダメージを受けていることに感付いていた。
    (今の衝撃……、刀の芯鉄までイカれたみたい。何べんも交わしたら、本当に折れるわね)
     それでも刀を構え直し、もう一度「キャバリエ」と交錯する。
    「はああッ!」
    「もうぃっぱああつ!」
     今度は――完全に悟られたと分かるくらいに――鈍く、粘った音が響いた。
    「……ちっ」
    「ほら、ウチのぃった通り!」
     鍔元近くではあるが、マロンの刀は目に見えて欠けていた。

    白猫夢・死線抄 7

    2013.05.22.[Edit]
    麒麟を巡る話、第235話。W窮地。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. しばらくプレタとにらみ合っていた「スティングレイ」は突然、ローブを脱ぎ捨てた。「小賢しい貴様には、半端な技では逆効果になるだろう。ならば私の全力を以て圧倒するまでだ!」 ローブの下には無数の鎖が、まるで帷子(かたびら)のように彼の体を覆っていた。「ここからが本番だ! 行くぞ、ミニーノ!」「スティングレイ」はその無数の鎖を、...

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