Index ~作品もくじ~
- DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 5
- DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 6
- DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 7
- DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 8
- DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 9
- DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 10
- DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 11
- DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 12
- DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 13
- DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 14
- DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 1
- DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 2
- DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 3
- DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 4
- DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 5
- DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 6
- DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 7
- DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 8
- DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 9
- DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 10
- DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 11
- DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 12
- DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 13
- DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 14
- DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 1
- DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 2
- DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 3
- DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 4
- DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 5
- DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 6
- DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 7
- DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 8
- DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 9
- DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 10
- DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 11
- DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 12
- DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 13
- DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 14
- DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 15
- DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 16
- DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 1
- DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 2
- DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 3
- DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 4
- DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 5
- DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 6
- DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 7
- DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 8
- DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 9
- DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 10
»» 2015.08.13.
»» 2015.08.14.
ウエスタン小説、第7話。
ウエスタン・ドレスコード。
7.
一行は鉄道を使わず、リッチバーグで馬を借りてマーシャルスプリングスへと移動することにした。
「列車は止まるって話だが、もしマジで犯人がいたら、俺たちの動きに気付かれるかも知れないからな」
「ええ。鉄道から離れて向かう方が無難ね」
西部暮らしの長いエミルと器用なアデルは平然と馬上におり、何の苦もなく馬を操っている。
しかし今回の事件で初めて西部に足を踏み入れたサムに乗馬経験があるわけも無く、真っ青な顔で馬にしがみついている。
「す、すいません、アデルさん」
「いいって」
当然、手綱を操ることもできず、サムの乗る馬はアデルに曳かれていた。
「しかし……、お前さんの格好、西部を歩くにゃキメすぎだな」
マンハッタン島やワシントンであれば――童顔のサム自身にはいささか不釣り合いとは言え――いかにもホワイトカラー、高級な職種の人間に見える上下紺色のスーツ姿も、そこら中にタンブルウィードが転がり、赤茶けた土や砂がどこまでも広がるこの荒野においては、あからさまに浮いて見える。
「そうね。ここだと勘違いした旅芸人一座のマネージャー、って感じ」
「ドレスコードを考えるべきでした」
「ぶっ……、ねーよ、そんなもん」
サムのとぼけた言葉に、エミルとアデルは笑い出す。

「あはは……、いいわね、ドレスコード。
ウエスタンシャツをインナーにして、トップスには牛革製のジャケット。アウターにはダスターコートを羽織り、ボトムスはジーンズ。後はブーツを履いて、カウボーイハットを被る。仕上げにバンダナを首に巻けば、完璧ね」
「大事なもん忘れてるぜ」
アデルは腰に提げた小銃の台尻を、とんとんと叩く。
「これが無きゃあ、西部のドレスコードとは言えないな」
「ふふ、確かに」
エミルもポン、と拳銃を叩いて返す。
「……ごめんなさい。全部無いです」
一方で、サムはしがみついた姿勢のまま、申し訳無さそうにつぶやいた。
「マジで? いや、服装は仕方ないが、拳銃も無いのか?」
「怖くて……」
「仕方無いわね」
エミルは馬をサムの横に寄せ、予備のデリンジャー拳銃を差し出した。
「えっ?」
「何があるか分かんないでしょ? 持っておいた方がいいわよ」
「は、はい」
馬にしがみつきながらも、どうにかサムは手を伸ばし、エミルから拳銃を受け取った。
昼過ぎに出発した一行は、どうにか夕暮れまでにはマーシャルスプリングスに到着した。
「ああ……、怖かった」
「ま、帰りはお前さんだけ列車に乗りな。俺たちは馬を返さなきゃならんし」
「お手数おかけします」
程なく、三人はサルーンを見付けて馬を降り、中に入る。
「いらっしゃいませ」
出迎えたバーテンに、アデルが尋ねる。
「泊まりたいんだけど、部屋はあるか? 3人なんだけど」
「ご一緒に?」
「あー、と」
アデルはくる、と後ろを向き、エミルとサムに顔を向ける。
「いいわよ」「あ、はい」
「じゃあ一部屋で。厩(うまや)はどこかな」
「店の裏手です」
「つながせてもらうぜ」
「ええ、どうぞ。ご案内します」
バーテンがカウンターを出て、アデルを案内している間に、サムが不安そうな目を向ける。
「良かったんですか?」
「ここ小さめだし、他に客もいるみたいだから、1人1部屋ずつって余裕は無さそう。他を探すとしても、もうこんな時間だし。あんまりうろうろ出歩いて目立ちたくないもの。
ま、今夜くらいは我慢するわ。……って言っても、そんなに寝てる暇は無いでしょうけどね。あんたが言ってたところに行かなきゃいけないもの」
「あ、そうですね。……でも僕、結構ヘトヘトで」
「寝てていいわよ。時間になったら起こすから」
「ありがとうございます」
と、いつの間にか戻ってきていたアデルが口を尖らせている。
「なんだよ、エミル。随分サムに優しいな」
「あんたより紳士だもの」
「じゃ俺も紳士になろうか? お嬢さん、今宵はわたくしと語らいませんか?」
「語らない。あたしもできるだけ休みたいし。あんたも疲れてるでしょ?」
「……ごもっとも。そんじゃさっさと寝るとするか」
ウエスタン・ドレスコード。
7.
一行は鉄道を使わず、リッチバーグで馬を借りてマーシャルスプリングスへと移動することにした。
「列車は止まるって話だが、もしマジで犯人がいたら、俺たちの動きに気付かれるかも知れないからな」
「ええ。鉄道から離れて向かう方が無難ね」
西部暮らしの長いエミルと器用なアデルは平然と馬上におり、何の苦もなく馬を操っている。
しかし今回の事件で初めて西部に足を踏み入れたサムに乗馬経験があるわけも無く、真っ青な顔で馬にしがみついている。
「す、すいません、アデルさん」
「いいって」
当然、手綱を操ることもできず、サムの乗る馬はアデルに曳かれていた。
「しかし……、お前さんの格好、西部を歩くにゃキメすぎだな」
マンハッタン島やワシントンであれば――童顔のサム自身にはいささか不釣り合いとは言え――いかにもホワイトカラー、高級な職種の人間に見える上下紺色のスーツ姿も、そこら中にタンブルウィードが転がり、赤茶けた土や砂がどこまでも広がるこの荒野においては、あからさまに浮いて見える。
「そうね。ここだと勘違いした旅芸人一座のマネージャー、って感じ」
「ドレスコードを考えるべきでした」
「ぶっ……、ねーよ、そんなもん」
サムのとぼけた言葉に、エミルとアデルは笑い出す。

「あはは……、いいわね、ドレスコード。
ウエスタンシャツをインナーにして、トップスには牛革製のジャケット。アウターにはダスターコートを羽織り、ボトムスはジーンズ。後はブーツを履いて、カウボーイハットを被る。仕上げにバンダナを首に巻けば、完璧ね」
「大事なもん忘れてるぜ」
アデルは腰に提げた小銃の台尻を、とんとんと叩く。
「これが無きゃあ、西部のドレスコードとは言えないな」
「ふふ、確かに」
エミルもポン、と拳銃を叩いて返す。
「……ごめんなさい。全部無いです」
一方で、サムはしがみついた姿勢のまま、申し訳無さそうにつぶやいた。
「マジで? いや、服装は仕方ないが、拳銃も無いのか?」
「怖くて……」
「仕方無いわね」
エミルは馬をサムの横に寄せ、予備のデリンジャー拳銃を差し出した。
「えっ?」
「何があるか分かんないでしょ? 持っておいた方がいいわよ」
「は、はい」
馬にしがみつきながらも、どうにかサムは手を伸ばし、エミルから拳銃を受け取った。
昼過ぎに出発した一行は、どうにか夕暮れまでにはマーシャルスプリングスに到着した。
「ああ……、怖かった」
「ま、帰りはお前さんだけ列車に乗りな。俺たちは馬を返さなきゃならんし」
「お手数おかけします」
程なく、三人はサルーンを見付けて馬を降り、中に入る。
「いらっしゃいませ」
出迎えたバーテンに、アデルが尋ねる。
「泊まりたいんだけど、部屋はあるか? 3人なんだけど」
「ご一緒に?」
「あー、と」
アデルはくる、と後ろを向き、エミルとサムに顔を向ける。
「いいわよ」「あ、はい」
「じゃあ一部屋で。厩(うまや)はどこかな」
「店の裏手です」
「つながせてもらうぜ」
「ええ、どうぞ。ご案内します」
バーテンがカウンターを出て、アデルを案内している間に、サムが不安そうな目を向ける。
「良かったんですか?」
「ここ小さめだし、他に客もいるみたいだから、1人1部屋ずつって余裕は無さそう。他を探すとしても、もうこんな時間だし。あんまりうろうろ出歩いて目立ちたくないもの。
ま、今夜くらいは我慢するわ。……って言っても、そんなに寝てる暇は無いでしょうけどね。あんたが言ってたところに行かなきゃいけないもの」
「あ、そうですね。……でも僕、結構ヘトヘトで」
「寝てていいわよ。時間になったら起こすから」
「ありがとうございます」
と、いつの間にか戻ってきていたアデルが口を尖らせている。
「なんだよ、エミル。随分サムに優しいな」
「あんたより紳士だもの」
「じゃ俺も紳士になろうか? お嬢さん、今宵はわたくしと語らいませんか?」
「語らない。あたしもできるだけ休みたいし。あんたも疲れてるでしょ?」
「……ごもっとも。そんじゃさっさと寝るとするか」
»» 2015.08.15.
»» 2015.08.16.
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»» 2015.08.18.
»» 2015.08.19.
ウエスタン小説、第12話。
狙撃。
12.
風にかき消されながらも、パン、パンと言う破裂音が、線路上で轟く。
「うひょおっ!?」
下で作業していたロドニーが、悲鳴じみた声を上げる。
「大丈夫か!?」
「お、おう! 気にせず撃ってくれ!」
「分かった! ……っと!」
相手からも銃撃が始まり、アデルのすぐ右、炭水車の端から火花が散る。
「気を付けろよ、エミル!」
「了解!」
6900改も相手も、相当のスピードで線路を駆けているはずだが、双方から放たれる銃弾は、互いの車輌に着弾しているらしい。
エミルたちの周りでしきりに火花が散る一方、敵機関車の方でも、あちこちで光が瞬いているのが確認できる。
「当たってるっちゃ当たってるが……、いまいち狙い通りのところには当たってないな」
「これだけ風であおられてちゃ、ね。でもいいとこ行ってるみたいよ、どっちも」
そう返すエミルのすぐ側で、石炭が爆ぜる。
「弾、あと何発ある?」
「40発ってところかしら? あんたは?」
「30発、……も無さそうだ」
「あんまり無駄撃ちできそうにないわね。運良く停められたとしても、逃げられる可能性もあるし」
「かと言って応戦しなきゃ、リーランド氏がヤバい。石炭積み込む時間も考えると……」
と、そのロドニーの声がする。
「こっちはオーケーだ! 後は軽く小突きさえすりゃ外れる! 石炭を載せてってくれ!」
「分かった!」
アデルはライフルを下ろし、弾と一緒にエミルへ渡す。
「手伝ってくる。悪いが、頼む!」
「オーケー」
「すぐ戻る!」
そう言うなり、アデルは炭水車と客車の間に降りていった。
一人になったエミルは、被っていた帽子をぱさ、と石炭の上に置いた。
「……すー……」
自分の拳銃をしまい、アデルのライフルを取り、エミルは深呼吸する。
「(久々に、……本気出してみましょうか、ね)」
エミルは英語ではない言葉をつぶやきつつ、立ち上がってライフルを構えた。
「Pousse!」
パン、と音を立てて、ライフル弾が1発、放たれる。
その銃弾は若干、風にあおられながらも、後方の敵機関車の側面――幅わずか3~4インチのエアブレーキ管を、ものの見事に貫通した。

敵機関車の側面からバシュッ、と空気が抜ける音が響き、相手の騒ぐ声が聞こえる。
「……やべ……爆発……!?」
「……落ち着け……大したこと……!」
その一瞬、相手全員の意識が6900改ではなく、自車の破損箇所に向けられる。
その一瞬を突き――。
「せ、え……」「の……っ!」
連結器を外し、石炭を載せ終えた客車を、アデルとロドニーが蹴っ飛ばした。
「よっしゃ、上に上がるぞ!」
「おう!」
アデルたちが炭水車をよじ登る間に、客車は敵機関車へと、相対的に迫っていく。
「……止まれ……ブレーキ……!」
「……駄目だ……動か……!」
エミルによってブレーキを破壊された敵機関車は時速1マイルも減速できずに、そのまま客車に衝突した。
「うわああああーっ!」
悲鳴が一斉に、荒野に響き渡り――敵機関車は斜め上へと飛び上がり、そのまま線路の左前方へと落ちて、ぐしゃぐしゃと言う鈍い金属音を立てながら、ごろごろと地面を転がっていった。
「やった……!」
炭水車の側面に張り付いたまま、アデルが歓喜の叫びを上げる。
「……っと、こうしちゃいられねえ! こっちも停車しねーとな」
ロドニーが炭水車から機関部へ移る間に、エミルがアデルに手を貸し、引き上げる。
「上手く行ったみたいね」
「ああ。……いててて、安心したら痛くなってきたぜ」
アデルがうずくまり、再度スラックスの裾を上げる。動き回っていたためか、白かった布は半分以上、赤く染まっていた。
「巻き直した方がいいわね。思ってたより、傷が深そうだし」
「だな」
炭水車の上でエミルがアデルの手当てをしている間に、6900改は停車した。
狙撃。
12.
風にかき消されながらも、パン、パンと言う破裂音が、線路上で轟く。
「うひょおっ!?」
下で作業していたロドニーが、悲鳴じみた声を上げる。
「大丈夫か!?」
「お、おう! 気にせず撃ってくれ!」
「分かった! ……っと!」
相手からも銃撃が始まり、アデルのすぐ右、炭水車の端から火花が散る。
「気を付けろよ、エミル!」
「了解!」
6900改も相手も、相当のスピードで線路を駆けているはずだが、双方から放たれる銃弾は、互いの車輌に着弾しているらしい。
エミルたちの周りでしきりに火花が散る一方、敵機関車の方でも、あちこちで光が瞬いているのが確認できる。
「当たってるっちゃ当たってるが……、いまいち狙い通りのところには当たってないな」
「これだけ風であおられてちゃ、ね。でもいいとこ行ってるみたいよ、どっちも」
そう返すエミルのすぐ側で、石炭が爆ぜる。
「弾、あと何発ある?」
「40発ってところかしら? あんたは?」
「30発、……も無さそうだ」
「あんまり無駄撃ちできそうにないわね。運良く停められたとしても、逃げられる可能性もあるし」
「かと言って応戦しなきゃ、リーランド氏がヤバい。石炭積み込む時間も考えると……」
と、そのロドニーの声がする。
「こっちはオーケーだ! 後は軽く小突きさえすりゃ外れる! 石炭を載せてってくれ!」
「分かった!」
アデルはライフルを下ろし、弾と一緒にエミルへ渡す。
「手伝ってくる。悪いが、頼む!」
「オーケー」
「すぐ戻る!」
そう言うなり、アデルは炭水車と客車の間に降りていった。
一人になったエミルは、被っていた帽子をぱさ、と石炭の上に置いた。
「……すー……」
自分の拳銃をしまい、アデルのライフルを取り、エミルは深呼吸する。
「(久々に、……本気出してみましょうか、ね)」
エミルは英語ではない言葉をつぶやきつつ、立ち上がってライフルを構えた。
「Pousse!」
パン、と音を立てて、ライフル弾が1発、放たれる。
その銃弾は若干、風にあおられながらも、後方の敵機関車の側面――幅わずか3~4インチのエアブレーキ管を、ものの見事に貫通した。

敵機関車の側面からバシュッ、と空気が抜ける音が響き、相手の騒ぐ声が聞こえる。
「……やべ……爆発……!?」
「……落ち着け……大したこと……!」
その一瞬、相手全員の意識が6900改ではなく、自車の破損箇所に向けられる。
その一瞬を突き――。
「せ、え……」「の……っ!」
連結器を外し、石炭を載せ終えた客車を、アデルとロドニーが蹴っ飛ばした。
「よっしゃ、上に上がるぞ!」
「おう!」
アデルたちが炭水車をよじ登る間に、客車は敵機関車へと、相対的に迫っていく。
「……止まれ……ブレーキ……!」
「……駄目だ……動か……!」
エミルによってブレーキを破壊された敵機関車は時速1マイルも減速できずに、そのまま客車に衝突した。
「うわああああーっ!」
悲鳴が一斉に、荒野に響き渡り――敵機関車は斜め上へと飛び上がり、そのまま線路の左前方へと落ちて、ぐしゃぐしゃと言う鈍い金属音を立てながら、ごろごろと地面を転がっていった。
「やった……!」
炭水車の側面に張り付いたまま、アデルが歓喜の叫びを上げる。
「……っと、こうしちゃいられねえ! こっちも停車しねーとな」
ロドニーが炭水車から機関部へ移る間に、エミルがアデルに手を貸し、引き上げる。
「上手く行ったみたいね」
「ああ。……いててて、安心したら痛くなってきたぜ」
アデルがうずくまり、再度スラックスの裾を上げる。動き回っていたためか、白かった布は半分以上、赤く染まっていた。
「巻き直した方がいいわね。思ってたより、傷が深そうだし」
「だな」
炭水車の上でエミルがアデルの手当てをしている間に、6900改は停車した。
»» 2015.08.20.
»» 2015.08.21.
»» 2015.08.22.
»» 2016.05.20.
»» 2016.05.21.
ウエスタン小説、第3話。
西部の移民街。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
3.
アデルはいつもの如く相棒にエミルを伴い、西部の町、ヒエロテレノに向かった。
「ここはいわゆる『移民街』で、イタリア系の移民もかなり多いんだ。西部でイタリア移民のリゴーニが根城にするようなところってなると、十中八九この辺りだ。
ちなみに一番多い移民はヒスパニック系らしい。町の名前もスペイン語で、英語だと鉄のナントカって言うそうだ」
「へぇ」
エミルは辺りを見回し、アデルにこう返す。
「確かに白い肌じゃない人もチラホラ見えるわね。メキシコ辺りから来ましたって感じ」
「ああ。それだけに、治安も良くは無い。うわさじゃ荒くれ共のアジトやら、お尋ね者の隠れ家がわんさかあるとかないとか」
「じゃあもしかしたらリゴーニのアジトもあるかも、って?」
「そう言うことだ。
幸い今回も、局長を通じて連邦特務捜査局の協力を得られることになってる。アジトを見つけりゃ捜査局の人員を借りて強襲・制圧し、摘発できるだろう。
万一リゴーニを取り逃がしたとしても――あのボンクラ共じゃ、マジでやりかねないけどな――現場さえ抑えてしまえば、任務は達成できるってわけだ。
だが一方で、懸念もある。レスリーが『ほとんど何もしないうちに』、用心棒らしき何者かに殺されたことだ。レスリーはまだ、調査を始めたばっかりだったんだ。取引場所の一つも突き止めなてない状況だったのにもかかわらず、だ」
「と言うことは、レスリーが動くより前に、その用心棒がレスリーの存在に気付き……」
「ああ。先んじて始末したってことになる。相当に勘がいいか、頭の切れる奴だと見ておいた方がいいだろうな。
もしかしたらもう既に、俺たちはその用心棒に目を付けられてるかも知れない。用心しろよ、エミル」
「言われなくても」
エミルは肩をすくめ、すたすたと歩き出した。
「まずは今夜の宿を探すのと、腹ごしらえにしない? 腹ペコで、おまけにヘトヘトだってのに無駄に気を張ってても、ろくな働きはできないわよ」
「……同感だ。飯にすっか」
アデルも同じように肩をすくめて返し、エミルの後に続いた。
宿と食事のために向かったサルーンの雰囲気も、どことなく中南米を匂わせていた。
「これ、何て読むんだ? フリ……ジョレス?」
「フレホーレス。いんげん豆よ。ソパって書いてあるから、豆のスープみたいね」
「エミル、もしかしてスペイン語分かんのか?」
「簡単なものならね。伊達に放浪してないわよ」
「さっすが」
料理を持ってきてくれたマスターも、スペイン語訛りが強い。
「お待たせしました。豆のスープとタコス、揚げトルティーヤのサルサ煮です」
「うへぇ、辛そう。……くわ、やっぱ辛ぇ」
一口食べた途端、額に汗をにじませたアデルに対し、エミルは平然と、ぱくぱく口に運んでいく。
「そう? 美味しいわよ。あんた、もしかして辛いの苦手なの?」
「いや、そんなことは、……無いと思ってたんだが、……ひー、舌がしびれてきたぜ」
食べ始めてから5分もしないうちに、アデルの顔が真っ赤になる。
料理が辛い以上に、口直しのために、アルコール度数の高いテキーラを早いペースでがぶがぶ飲んでいるからだ。
「大丈夫? 顔、真っ赤よ? トマトみたいになってる」
「らいりょうぶらぁ……。これくらひ、なんれこひょ……」
「どこがよ。あんたの悪い癖ね。傍目から見ても全然大丈夫じゃないって誰でも分かるのに、強がっちゃって。
マスター、部屋借りていいかしら? こいつそろそろブッ倒れるから、放り込んでおきたいの」
「かしこまりました。1部屋で?」
「2部屋よ。こいつと別にしといて」
エミルがマスターと話している間に――エミルの予想通り、アデルはテーブルに突っ伏し、いびきを立てて眠り込んでしまった。
西部の移民街。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
3.
アデルはいつもの如く相棒にエミルを伴い、西部の町、ヒエロテレノに向かった。
「ここはいわゆる『移民街』で、イタリア系の移民もかなり多いんだ。西部でイタリア移民のリゴーニが根城にするようなところってなると、十中八九この辺りだ。
ちなみに一番多い移民はヒスパニック系らしい。町の名前もスペイン語で、英語だと鉄のナントカって言うそうだ」
「へぇ」
エミルは辺りを見回し、アデルにこう返す。
「確かに白い肌じゃない人もチラホラ見えるわね。メキシコ辺りから来ましたって感じ」
「ああ。それだけに、治安も良くは無い。うわさじゃ荒くれ共のアジトやら、お尋ね者の隠れ家がわんさかあるとかないとか」
「じゃあもしかしたらリゴーニのアジトもあるかも、って?」
「そう言うことだ。
幸い今回も、局長を通じて連邦特務捜査局の協力を得られることになってる。アジトを見つけりゃ捜査局の人員を借りて強襲・制圧し、摘発できるだろう。
万一リゴーニを取り逃がしたとしても――あのボンクラ共じゃ、マジでやりかねないけどな――現場さえ抑えてしまえば、任務は達成できるってわけだ。
だが一方で、懸念もある。レスリーが『ほとんど何もしないうちに』、用心棒らしき何者かに殺されたことだ。レスリーはまだ、調査を始めたばっかりだったんだ。取引場所の一つも突き止めなてない状況だったのにもかかわらず、だ」
「と言うことは、レスリーが動くより前に、その用心棒がレスリーの存在に気付き……」
「ああ。先んじて始末したってことになる。相当に勘がいいか、頭の切れる奴だと見ておいた方がいいだろうな。
もしかしたらもう既に、俺たちはその用心棒に目を付けられてるかも知れない。用心しろよ、エミル」
「言われなくても」
エミルは肩をすくめ、すたすたと歩き出した。
「まずは今夜の宿を探すのと、腹ごしらえにしない? 腹ペコで、おまけにヘトヘトだってのに無駄に気を張ってても、ろくな働きはできないわよ」
「……同感だ。飯にすっか」
アデルも同じように肩をすくめて返し、エミルの後に続いた。
宿と食事のために向かったサルーンの雰囲気も、どことなく中南米を匂わせていた。
「これ、何て読むんだ? フリ……ジョレス?」
「フレホーレス。いんげん豆よ。ソパって書いてあるから、豆のスープみたいね」
「エミル、もしかしてスペイン語分かんのか?」
「簡単なものならね。伊達に放浪してないわよ」
「さっすが」
料理を持ってきてくれたマスターも、スペイン語訛りが強い。
「お待たせしました。豆のスープとタコス、揚げトルティーヤのサルサ煮です」
「うへぇ、辛そう。……くわ、やっぱ辛ぇ」
一口食べた途端、額に汗をにじませたアデルに対し、エミルは平然と、ぱくぱく口に運んでいく。
「そう? 美味しいわよ。あんた、もしかして辛いの苦手なの?」
「いや、そんなことは、……無いと思ってたんだが、……ひー、舌がしびれてきたぜ」
食べ始めてから5分もしないうちに、アデルの顔が真っ赤になる。
料理が辛い以上に、口直しのために、アルコール度数の高いテキーラを早いペースでがぶがぶ飲んでいるからだ。
「大丈夫? 顔、真っ赤よ? トマトみたいになってる」
「らいりょうぶらぁ……。これくらひ、なんれこひょ……」
「どこがよ。あんたの悪い癖ね。傍目から見ても全然大丈夫じゃないって誰でも分かるのに、強がっちゃって。
マスター、部屋借りていいかしら? こいつそろそろブッ倒れるから、放り込んでおきたいの」
「かしこまりました。1部屋で?」
「2部屋よ。こいつと別にしといて」
エミルがマスターと話している間に――エミルの予想通り、アデルはテーブルに突っ伏し、いびきを立てて眠り込んでしまった。

»» 2016.05.22.
»» 2016.05.23.
»» 2016.05.24.
»» 2016.05.25.
»» 2016.05.26.
ウエスタン小説、第8話。
好敵手、現る。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
8.
その時だった。
「ロバート! 伏せてろ!」
怒声と共に、部屋の外から窓ガラスを割って、何かが投げ込まれる。
「えっ、……あ、アデルさん!?」
この問いにも答える声は無かったが、代わりに投げ込まれた煙幕弾が煙を噴き出す。
瞬く間に部屋は白煙で覆われ、視界が真っ白に染まる。
「こっちだ! 動けるか!?」
「あ……あひ……あひっ……」
ロバートの声はするが、位置が動かない。どうやら完全に腰が抜け、歩くことさえままならないらしい。
「しゃーねーなぁ、……だあッ!」
叫び声と共に、アデルが部屋の中に飛び込んできた。
それと同時に、銃声が立て続けに轟く。ロバートたちを襲ったものと、そしてエミルからの援護射撃だ。
「うおっ、わっ、ひっ」
アデルの情けない声が切れ切れに、しかし段々とエミルに近付くように聞こえてくる。
やがてもうもうと立ちこめる白煙の中から、ロバートを背負ったアデルが飛び出してきた。
「に、逃げるぞ!」
「言われなくても!」
アデルたちは逃げながら、あちこちに煙幕弾を投げ込む。
真っ白に染まった深夜のイタリア人街を、3人は大慌てで逃げて行った。
部屋の中の煙がようやく収まり、その場に残された男は、忌々しげにつぶやく。
「……Zut!」
握っていた銃の撃鉄を倒し、男はそのまま、部屋の奥へ消えた。
「はーっ、はーっ……」
「追っ手は、いないみたいね」
どうにか街の外れまで逃げ、3人はそこで座り込んだ。
「……済まなかった、ロバート」
と、アデルが沈鬱な表情を浮かべ、ロバートに頭を下げた。
「俺のせいだ。お前らをこんな、危険な目に遭わせちまった」
「アデルさん……」
ロバートも頭を下げ返す。
「俺の方こそ、あんたに折角、期待をかけてもらったってのに、こんなしくじりを……」
「……済まない」
二人が頭を垂れたまま硬直してしまったところで、エミルが声をかける。
「落ち込んでるところ悪いけど、これからどうするつもり?」
「……」
アデルは顔を上げるが、口を開こうとしない。
「混乱して、何にもアイデアが思い付かないって顔ね。でもこのままじゃどうしようもないわよ?」
「……ああ、そうだな」
アデルはのろのろと立ち上がり、数歩歩いて、またしゃがみ込んだ。
「そうだよな、手がかりは見付からなかった上に、敵に警戒されちまった。はるかに難易度が高くなったわけだ。完全に失敗だ」
「アデルさん……」
未だ泣き崩れているロバートに、アデルは弱々しい笑顔を返す。
「お前のせいじゃない。俺が完璧にしくじっちまったんだ。生きてるだけまだマシだけどな」
「マシってだけよ。このままじゃ任務の遂行なんか、絶対にできやしないわ」
「ああ、分かってる。……と言って、もう一回忍び込むってワケにも行かないだろうな」
「そりゃそうよ。今夜のことで、相手は防衛網を敷いてくるはずよ。
ほぼ間違い無く、あたしたちは町に戻ることすらできなくなってるでしょうね。下手すると、列車すら止められるかも知れないわ」
「おや、それは困りますな。わたくしの退路が絶たれてしまうではないですか」
と、飄々とした声が飛んで来る。
「……!?」
「誰!?」
声のした方へ、3人が一斉に振り向く。
そこには西部の荒野にはまったく場違いとしか思えない、全身真っ白な男が立っていた。

「お、お前は……!」
「イクトミ!?」
唖然とするエミルとアデルに構わず、相手は肩をすくめる。
「ご無沙汰しておりました、マドモアゼル。またお会いできて幸甚の至りです」
「な、何がマドモアゼルよ、このクソ野郎!」
珍しく顔を赤らめたエミルに対し、イクトミはきょとんとした表情を返す。
「おや? もうマダムでしたか?」
「違うわよ! そうじゃなくて、あんたに馴れ馴れしく話しかけられる筋合いなんか無いって言ってんのよ!」
「おやおや、つれないご返事ですな。
折角、僭越ながらこのわたくしが、あなた方に手をお貸ししようかと思っていたのですが」
「何だって?」
尋ねたアデルに、イクトミはこう返した。
「いや、わたくしも彼らからいただきたい一品がございましてね。
しかしその狙いの品物は厳重に、金庫かどこかに収められているようで、ちょっとやそっとわたくしが侵入しても、一向に見付かる気配が無かったのですよ。
一方――今の今までじっくり観察させていただきましたが――あなた方が探る情報もまた、どこをどう探しても見付からなかったご様子。
この二つの事柄には何か、符号じみたものを感じるのですが、ね」
好敵手、現る。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
8.
その時だった。
「ロバート! 伏せてろ!」
怒声と共に、部屋の外から窓ガラスを割って、何かが投げ込まれる。
「えっ、……あ、アデルさん!?」
この問いにも答える声は無かったが、代わりに投げ込まれた煙幕弾が煙を噴き出す。
瞬く間に部屋は白煙で覆われ、視界が真っ白に染まる。
「こっちだ! 動けるか!?」
「あ……あひ……あひっ……」
ロバートの声はするが、位置が動かない。どうやら完全に腰が抜け、歩くことさえままならないらしい。
「しゃーねーなぁ、……だあッ!」
叫び声と共に、アデルが部屋の中に飛び込んできた。
それと同時に、銃声が立て続けに轟く。ロバートたちを襲ったものと、そしてエミルからの援護射撃だ。
「うおっ、わっ、ひっ」
アデルの情けない声が切れ切れに、しかし段々とエミルに近付くように聞こえてくる。
やがてもうもうと立ちこめる白煙の中から、ロバートを背負ったアデルが飛び出してきた。
「に、逃げるぞ!」
「言われなくても!」
アデルたちは逃げながら、あちこちに煙幕弾を投げ込む。
真っ白に染まった深夜のイタリア人街を、3人は大慌てで逃げて行った。
部屋の中の煙がようやく収まり、その場に残された男は、忌々しげにつぶやく。
「……Zut!」
握っていた銃の撃鉄を倒し、男はそのまま、部屋の奥へ消えた。
「はーっ、はーっ……」
「追っ手は、いないみたいね」
どうにか街の外れまで逃げ、3人はそこで座り込んだ。
「……済まなかった、ロバート」
と、アデルが沈鬱な表情を浮かべ、ロバートに頭を下げた。
「俺のせいだ。お前らをこんな、危険な目に遭わせちまった」
「アデルさん……」
ロバートも頭を下げ返す。
「俺の方こそ、あんたに折角、期待をかけてもらったってのに、こんなしくじりを……」
「……済まない」
二人が頭を垂れたまま硬直してしまったところで、エミルが声をかける。
「落ち込んでるところ悪いけど、これからどうするつもり?」
「……」
アデルは顔を上げるが、口を開こうとしない。
「混乱して、何にもアイデアが思い付かないって顔ね。でもこのままじゃどうしようもないわよ?」
「……ああ、そうだな」
アデルはのろのろと立ち上がり、数歩歩いて、またしゃがみ込んだ。
「そうだよな、手がかりは見付からなかった上に、敵に警戒されちまった。はるかに難易度が高くなったわけだ。完全に失敗だ」
「アデルさん……」
未だ泣き崩れているロバートに、アデルは弱々しい笑顔を返す。
「お前のせいじゃない。俺が完璧にしくじっちまったんだ。生きてるだけまだマシだけどな」
「マシってだけよ。このままじゃ任務の遂行なんか、絶対にできやしないわ」
「ああ、分かってる。……と言って、もう一回忍び込むってワケにも行かないだろうな」
「そりゃそうよ。今夜のことで、相手は防衛網を敷いてくるはずよ。
ほぼ間違い無く、あたしたちは町に戻ることすらできなくなってるでしょうね。下手すると、列車すら止められるかも知れないわ」
「おや、それは困りますな。わたくしの退路が絶たれてしまうではないですか」
と、飄々とした声が飛んで来る。
「……!?」
「誰!?」
声のした方へ、3人が一斉に振り向く。
そこには西部の荒野にはまったく場違いとしか思えない、全身真っ白な男が立っていた。

「お、お前は……!」
「イクトミ!?」
唖然とするエミルとアデルに構わず、相手は肩をすくめる。
「ご無沙汰しておりました、マドモアゼル。またお会いできて幸甚の至りです」
「な、何がマドモアゼルよ、このクソ野郎!」
珍しく顔を赤らめたエミルに対し、イクトミはきょとんとした表情を返す。
「おや? もうマダムでしたか?」
「違うわよ! そうじゃなくて、あんたに馴れ馴れしく話しかけられる筋合いなんか無いって言ってんのよ!」
「おやおや、つれないご返事ですな。
折角、僭越ながらこのわたくしが、あなた方に手をお貸ししようかと思っていたのですが」
「何だって?」
尋ねたアデルに、イクトミはこう返した。
「いや、わたくしも彼らからいただきたい一品がございましてね。
しかしその狙いの品物は厳重に、金庫かどこかに収められているようで、ちょっとやそっとわたくしが侵入しても、一向に見付かる気配が無かったのですよ。
一方――今の今までじっくり観察させていただきましたが――あなた方が探る情報もまた、どこをどう探しても見付からなかったご様子。
この二つの事柄には何か、符号じみたものを感じるのですが、ね」
»» 2016.05.27.
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»» 2016.05.30.
»» 2016.05.31.
ウエスタン小説、第13話。
因縁のガンファイト。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
13.
一行は昇降機に飛び乗り、操作盤に群がる。
「早く!」「分かってら!」
レバーを上げ、昇降機が動き始める。
当座の安全を確認し、アデルがイクトミから手を離し、床に座らせる。
「大丈夫か、イクトミ?」
「心配ご無用、……珍しいことだ。あなたがわたくしの心配をなさるとは」
若干顔を青ざめさせながらも、イクトミは平然とした口ぶりで答える。
「弾は貫通しておりますし、骨や動脈などにも当たっていないようです。止血さえしっかりしていれば、大したことはございません。
と言うわけですみませんがムッシュ、お願いいたします」
「お、おう」
言われるまま、アデルはイクトミに止血を施した。
「だ、大丈夫なんスか?」
ロバートが怯えた声で、誰ともなく尋ねる。それは恐らくイクトミの状態では無く、トリスタンの追撃について尋ねたのだろう。
それを察したらしく、エミルが答える。
「追ってきたとしても、この昇降機自体が盾になってるようなもんよ。拳銃程度じゃ撃ち抜けないわ」
「あ、そ、そっスよね」
「いや、マドモアゼル」
と、止血を終えたイクトミが首を横に振る。
「問題が1点ございます」
「え?」
エミルが振り返ったその瞬間――昇降機ががくんと揺れ、停止した。
「……まあ、こう言うわけです」
「下で停められたか!」
アデルは昇降機を囲む立坑に目をやり、はしごを指差す。
「あれで登るぞ!」
4人ははしごに飛びつき、大急ぎで上がっていく。
その間に昇降機はふたたび動き出し、下降し始めた。
「はーっ、はーっ……」
「ひぃ、ひぃ……」
どうにか昇降機に追いつかれる前に、4人は地上に出ることができた。
「や、休んでる間は、無いぞっ」
息も絶え絶えに、アデルが急かす。
「どこか、電話、あるとこっ」
「サルーンよ!」
ほうほうの体のアデルとロバートに比べ、女性のエミルと怪我人のイクトミの方が、ぐいぐいと距離を伸ばしていく。
「ま、待って、はぁ、はぁ」
「ひー、ひー……」
アデルたちも何とか両脚を動かし、エミルたちに追いつこうとした。
だが――。
「あう……っ!」
「ロバート!」
ロバートの左脚から血しぶきが上がり、その場に倒れる。
「逃がしはせんぞ、お前ら全員ッ!」
倉庫の方から、トリスタンが立て続けに発砲しつつ迫ってきていた。
「ちっ!」
エミルが敵に気付き、即応する。彼女も走りながら、拳銃を乱射し始めた。
やがて互いに6発、銃声を轟かせたところで、その場に静寂が訪れた。
「や、……やはり!」
トリスタンは拳銃を持った手をだらんと下げ、エミルを凝視している。
「その腕前、そしてそのご尊顔! 間違い無い!」
「あんたの知ってる奴とは人違いよ!」
そう叫び、エミルは弾を装填し始める。
「私があなたのお姿を、見間違えるものか! あなたが閣下で無ければ、一体誰だと言うのだ!?
そうだ、あなたがエミル・トリーシャ・シャタリーヌその人であるならばッ!」
だが一方、トリスタンは6発装填のはずの拳銃をそのまま構え、引き金を絞った。
「これを避けられぬはずが無いッ!」

その瞬間、傍で見ていたアデルにはまったく信じられない、異様なことが起こる。
トリスタンの拳銃から、7発目の弾丸が発射されたのだ。
(変だぞ、あの拳銃……!?
それに発射の瞬間、シリンダーからガスを噴かなかった? いや、違う――シリンダーが無い!?)
そして直後の状況も、アデルにはまったく理解のできないものだった。
何故なら――弾丸の装填中を狙われたはずのエミルは平然と、硝煙をくゆらせる拳銃を片手に立っており、その逆に、先んじて銃撃したはずのトリスタンが、右手から血を流していたからである。
「……は……ははは……素晴らしい……」
しかしボタボタと血を流しながらも、トリスタンは恍惚の表情を浮かべており、感動に満ちた声でこう叫んだ。
「Magnifique! C’est magnifique!(素晴らしい!)」
「Ta gueule!(黙れ!)」
エミルが叫び返す。
「そこでじっとしてなさい! あんたには、聞きたいことがある!」
「……できぬ!」
と、トリスタンは真顔に戻り、後ずさる。
「私には成さねばならぬ大義がある! ここで死ぬわけには行かんのだ!」
そう言い残し、トリスタンはその場から逃げ去った。
因縁のガンファイト。
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13.
一行は昇降機に飛び乗り、操作盤に群がる。
「早く!」「分かってら!」
レバーを上げ、昇降機が動き始める。
当座の安全を確認し、アデルがイクトミから手を離し、床に座らせる。
「大丈夫か、イクトミ?」
「心配ご無用、……珍しいことだ。あなたがわたくしの心配をなさるとは」
若干顔を青ざめさせながらも、イクトミは平然とした口ぶりで答える。
「弾は貫通しておりますし、骨や動脈などにも当たっていないようです。止血さえしっかりしていれば、大したことはございません。
と言うわけですみませんがムッシュ、お願いいたします」
「お、おう」
言われるまま、アデルはイクトミに止血を施した。
「だ、大丈夫なんスか?」
ロバートが怯えた声で、誰ともなく尋ねる。それは恐らくイクトミの状態では無く、トリスタンの追撃について尋ねたのだろう。
それを察したらしく、エミルが答える。
「追ってきたとしても、この昇降機自体が盾になってるようなもんよ。拳銃程度じゃ撃ち抜けないわ」
「あ、そ、そっスよね」
「いや、マドモアゼル」
と、止血を終えたイクトミが首を横に振る。
「問題が1点ございます」
「え?」
エミルが振り返ったその瞬間――昇降機ががくんと揺れ、停止した。
「……まあ、こう言うわけです」
「下で停められたか!」
アデルは昇降機を囲む立坑に目をやり、はしごを指差す。
「あれで登るぞ!」
4人ははしごに飛びつき、大急ぎで上がっていく。
その間に昇降機はふたたび動き出し、下降し始めた。
「はーっ、はーっ……」
「ひぃ、ひぃ……」
どうにか昇降機に追いつかれる前に、4人は地上に出ることができた。
「や、休んでる間は、無いぞっ」
息も絶え絶えに、アデルが急かす。
「どこか、電話、あるとこっ」
「サルーンよ!」
ほうほうの体のアデルとロバートに比べ、女性のエミルと怪我人のイクトミの方が、ぐいぐいと距離を伸ばしていく。
「ま、待って、はぁ、はぁ」
「ひー、ひー……」
アデルたちも何とか両脚を動かし、エミルたちに追いつこうとした。
だが――。
「あう……っ!」
「ロバート!」
ロバートの左脚から血しぶきが上がり、その場に倒れる。
「逃がしはせんぞ、お前ら全員ッ!」
倉庫の方から、トリスタンが立て続けに発砲しつつ迫ってきていた。
「ちっ!」
エミルが敵に気付き、即応する。彼女も走りながら、拳銃を乱射し始めた。
やがて互いに6発、銃声を轟かせたところで、その場に静寂が訪れた。
「や、……やはり!」
トリスタンは拳銃を持った手をだらんと下げ、エミルを凝視している。
「その腕前、そしてそのご尊顔! 間違い無い!」
「あんたの知ってる奴とは人違いよ!」
そう叫び、エミルは弾を装填し始める。
「私があなたのお姿を、見間違えるものか! あなたが閣下で無ければ、一体誰だと言うのだ!?
そうだ、あなたがエミル・トリーシャ・シャタリーヌその人であるならばッ!」
だが一方、トリスタンは6発装填のはずの拳銃をそのまま構え、引き金を絞った。
「これを避けられぬはずが無いッ!」

その瞬間、傍で見ていたアデルにはまったく信じられない、異様なことが起こる。
トリスタンの拳銃から、7発目の弾丸が発射されたのだ。
(変だぞ、あの拳銃……!?
それに発射の瞬間、シリンダーからガスを噴かなかった? いや、違う――シリンダーが無い!?)
そして直後の状況も、アデルにはまったく理解のできないものだった。
何故なら――弾丸の装填中を狙われたはずのエミルは平然と、硝煙をくゆらせる拳銃を片手に立っており、その逆に、先んじて銃撃したはずのトリスタンが、右手から血を流していたからである。
「……は……ははは……素晴らしい……」
しかしボタボタと血を流しながらも、トリスタンは恍惚の表情を浮かべており、感動に満ちた声でこう叫んだ。
「Magnifique! C’est magnifique!(素晴らしい!)」
「Ta gueule!(黙れ!)」
エミルが叫び返す。
「そこでじっとしてなさい! あんたには、聞きたいことがある!」
「……できぬ!」
と、トリスタンは真顔に戻り、後ずさる。
「私には成さねばならぬ大義がある! ここで死ぬわけには行かんのだ!」
そう言い残し、トリスタンはその場から逃げ去った。
»» 2016.06.01.
»» 2016.06.02.
»» 2016.11.01.
»» 2016.11.02.
ウエスタン小説、第3話。
欲と義と。
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3.
「今回君に任せる件の詳細は、以下の通り。
先のN準州開発に絡む汚職事件についての追求を逃れ蒸発した代議士、セオドア・スティルマンの捜索、及び拘束だ。
無論、罪に問われているとは言え、まだ犯罪者と確定したわけでもない男を、我々が勝手に拘束するわけにはいかん。そこで逮捕権を持つ連邦特務捜査局の人間に同行し、名目上は彼に拘束させるようにしてほしい。
(と言うよりもこの件、捜査局からの依頼なんだ。また人員不足だとか予算が十分じゃあ無いだとか、何だかんだと文句をこぼしていたよ)
そう、今回もまたあのお坊ちゃん、サミュエル・クインシー捜査官と一緒に仕事してもらう。言うまでもないが、勿論エミルにも同行してもらうこと。
あと、あの、……イタリア君にも初仕事をさせてやろう。一緒に連れて行くように。
P.S.
イタリア君の名前をど忘れした。何となくは覚えているんだが。彼、名前なんだったっけか?」
「このメモ、局長から?」
尋ねたエミルに、アデルはこくりとうなずく。
「ああ。彼は今、別の事件を追っているらしい。だもんで、こうして書面での指示をもらってるってワケだ」
「……ああ、だから?」
そう返し、エミルは呆れた目を向ける。
「局長の目が届かないうちにお宝探しして、ちゃっかり独り占めしようってわけね」
「いやいや、二人占めさ。俺とお前で」
「それでも強欲ね。サムとロバートも絡むことになるのに、二人には何も無し?」
「あいつらには何かしら、俺からボーナスを出すさ。お宝が本当にあったならな」
「あ、そ。慈悲深いこと」
エミルにそう返されつつ冷たい目でじろっと眺められ、アデルは顔を背け、やがてぼそっとこうつぶやいた。
「……分かったよ。4等分だ」
「5等分にしなさいよ、そう言うのは。
仕事にかこつけて宝探しするんだから、機会を与えてくれた局長にもきっちり分けるべきじゃないの?」
エミルの言葉に、アデルは顔をしかめる。
「エミル、お前ってそんなに博愛主義だったか? いいじゃねーか、局長に内緒でも」
「一人でカネだの利権だのを独り占めしようなんて意地汚い奴は、結局ひどい目に遭うのよ。
そりゃあたしだって儲け話は嫌いじゃないけど、出さなくていいバカみたいな欲を出して、ひどい目に遭いたくないもの」
そう言ってエミルは新聞紙を広げ、アデルに紙面を見せつける。
「『スティルマン議員 新たに脱税疑惑も浮上』ですってよ?
独り占めしようとするようなろくでなしは結局悪事がバレて、こうやって追い回されて大損するのよ。
あんた、こいつに悪事の指南を受けるつもりで捜索するの?」
「……」
アデルは憮然としていたが、やがてがっくりと肩を落とし、うなずいた。
「……ごもっとも過ぎて反論できねーな、くそっ」
「ま、そんなわけだから」
そう言って、エミルはアデルの前方、衝立の向こうに声をかけた。
「もしお宝の分け前があれば、あんたにもちゃんとあげるわよ」
「どーもっス」
衝立の陰から「イタリア君」――パディントン探偵局の新人、ロバート・ビアンキが苦笑いしつつ、ひょいと顔を出した。

「あ、お前? もしかしてずっとそこにいたのか?」
目を丸くしたアデルに、ロバートは口をとがらせてこう返す。
「先輩、ひどいじゃないっスか。俺にタダ働きさせようなんて」
「反省してるって。ちゃんと渡すさ」
「へいへーい。ま、今回はそれで許してあげるっスよ、へへ」
ばつが悪そうに答えたアデルに、ロバートはニヤニヤ笑いながら、肩をすくめて返した。
欲と義と。
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3.
「今回君に任せる件の詳細は、以下の通り。
先のN準州開発に絡む汚職事件についての追求を逃れ蒸発した代議士、セオドア・スティルマンの捜索、及び拘束だ。
無論、罪に問われているとは言え、まだ犯罪者と確定したわけでもない男を、我々が勝手に拘束するわけにはいかん。そこで逮捕権を持つ連邦特務捜査局の人間に同行し、名目上は彼に拘束させるようにしてほしい。
(と言うよりもこの件、捜査局からの依頼なんだ。また人員不足だとか予算が十分じゃあ無いだとか、何だかんだと文句をこぼしていたよ)
そう、今回もまたあのお坊ちゃん、サミュエル・クインシー捜査官と一緒に仕事してもらう。言うまでもないが、勿論エミルにも同行してもらうこと。
あと、あの、……イタリア君にも初仕事をさせてやろう。一緒に連れて行くように。
P.S.
イタリア君の名前をど忘れした。何となくは覚えているんだが。彼、名前なんだったっけか?」
「このメモ、局長から?」
尋ねたエミルに、アデルはこくりとうなずく。
「ああ。彼は今、別の事件を追っているらしい。だもんで、こうして書面での指示をもらってるってワケだ」
「……ああ、だから?」
そう返し、エミルは呆れた目を向ける。
「局長の目が届かないうちにお宝探しして、ちゃっかり独り占めしようってわけね」
「いやいや、二人占めさ。俺とお前で」
「それでも強欲ね。サムとロバートも絡むことになるのに、二人には何も無し?」
「あいつらには何かしら、俺からボーナスを出すさ。お宝が本当にあったならな」
「あ、そ。慈悲深いこと」
エミルにそう返されつつ冷たい目でじろっと眺められ、アデルは顔を背け、やがてぼそっとこうつぶやいた。
「……分かったよ。4等分だ」
「5等分にしなさいよ、そう言うのは。
仕事にかこつけて宝探しするんだから、機会を与えてくれた局長にもきっちり分けるべきじゃないの?」
エミルの言葉に、アデルは顔をしかめる。
「エミル、お前ってそんなに博愛主義だったか? いいじゃねーか、局長に内緒でも」
「一人でカネだの利権だのを独り占めしようなんて意地汚い奴は、結局ひどい目に遭うのよ。
そりゃあたしだって儲け話は嫌いじゃないけど、出さなくていいバカみたいな欲を出して、ひどい目に遭いたくないもの」
そう言ってエミルは新聞紙を広げ、アデルに紙面を見せつける。
「『スティルマン議員 新たに脱税疑惑も浮上』ですってよ?
独り占めしようとするようなろくでなしは結局悪事がバレて、こうやって追い回されて大損するのよ。
あんた、こいつに悪事の指南を受けるつもりで捜索するの?」
「……」
アデルは憮然としていたが、やがてがっくりと肩を落とし、うなずいた。
「……ごもっとも過ぎて反論できねーな、くそっ」
「ま、そんなわけだから」
そう言って、エミルはアデルの前方、衝立の向こうに声をかけた。
「もしお宝の分け前があれば、あんたにもちゃんとあげるわよ」
「どーもっス」
衝立の陰から「イタリア君」――パディントン探偵局の新人、ロバート・ビアンキが苦笑いしつつ、ひょいと顔を出した。

「あ、お前? もしかしてずっとそこにいたのか?」
目を丸くしたアデルに、ロバートは口をとがらせてこう返す。
「先輩、ひどいじゃないっスか。俺にタダ働きさせようなんて」
「反省してるって。ちゃんと渡すさ」
「へいへーい。ま、今回はそれで許してあげるっスよ、へへ」
ばつが悪そうに答えたアデルに、ロバートはニヤニヤ笑いながら、肩をすくめて返した。
»» 2016.11.03.
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»» 2016.11.06.
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»» 2016.11.08.
ウエスタン小説、第9話。
部屋割り。
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9.
ワシントンを発ってから8日後、アデルたち一行は予定通りT州、フランコビルを訪れていた。
「西部っつーか、南の端まで来ちまったなー」
「そっスねー。って言うか鉄道自体が端っこ、終着駅っスもんねー」
並んで立つアデルとロバートは、だらだらと汗を流している。サムも額をハンカチで拭きながら、気温の変化を分析している。
「流石に緯度10度近くも南下すると、空気が全然違いますね。ワシントンと全然、日差しが違います」
「い……ど?」
きょとんとしたロバートを見て、サムが説明しようとする。
「あ、緯度と言うのはですね、地球上における赤道からの距離を……」「やめとけ、サム」
が、アデルがそれを止めた。
「このアホにそんな小難しい説明はするだけ無駄だ。見ろ、このきょとぉんとした顔」
「……要するに、暑いところに来たってことです」
噛み砕いた説明をしたサムに、ロバートは憮然とした顔を返した。
「子供だって知ってるっつの。メキシコの隣だし」
「その暑い国がなんで暑いか知らねーからアホだって言われんだよ」
「ちぇー」
と、エミルが胸元をぱたぱたと扇ぎながら、3人に声をかける。
「いつまで日差しの真下で駄弁ってるつもり? そのまま続けてたら3人とも、マジで頭悪くなるわよ」
「ごもっとも。そんじゃ先に、宿を取りに行くか」
「賛成っスー」
一行は駅隣のサルーンに入り、マスターに声をかける。
「ちょっと聞きたいんだが、ここって泊まれるか?」
「ええ、一泊1ドル10セントです。ただ2階に2部屋しか無いんで、2人ずつになりますが」
マスターの返答に、4人は顔を見合わせる。
「まあ、そうよね。ニューヨークやフィラデルフィアならともかく、アメリカの端近くまで来てて、そんなに部屋数のある宿なんて普通無いわよ」
「まあ、道理だな。だが今、そこを論じたってしょうがない。部屋数が増えるわけじゃないからな。
今論じるべきは、どう分けるか、だ」
アデルの言葉に、ロバートが全員の顔をぐるっと見渡す。
「姉御と先輩、俺とサムって分け方じゃダメなんスか?」
「え」
ロバートの案に、サムが目を丸くする。
「え、……って、普通に考えたらそうなるだろ?」
けげんな顔をするロバートに、サムはしどろもどろに説明する。
「あ、でも、エミルさんとアデルさんは、そう言う関係じゃ」
「いや、それは俺も知ってるって。
だけど例えばさ、ヒラの俺と姉御じゃ余計おかしいだろ。お前でもそれは同じだし」
「それは……うーん……そう……ですよね」
うなずきかけたサムに、アデルがこう提案する。
「いや、それよか1対3、エミルに1部屋、残りを俺たち、って分けた方が紳士的だろ」
「あ、……そーっスよね、そっちの方がいいっス、絶対」
ロバートは素直に納得したが――何故かサムはこの案に対しても、面食らった様子を見せた。
「えぇぇ!?」
「おいおい、待てよサム。どこも変じゃ無いだろ、今の案は? 男部屋と女部屋に分けようって話だろうが」
アデルにそう言われ、サムは目をきょろきょろさせ、もごもごとうなるが、どうやら反論の言葉が出ないらしい。
「あっ、あの、でも、……その、……そう、ですよね」
「……」
しゅんとなり、黙り込んでしまったサムを、エミルはじーっと眺めている。
その間にロバートが、マスターに声をかけようとした。
「決まりっスね。んじゃ……」
と、そこでエミルが口を開き、ロバートをさえぎる。
「マスター。部屋割りはそっちの赤毛と茶髪で1つ。それからメガネの子とあたしで1つ。よろしくね」
「……え?」
エミルの言葉に、アデルたち3人は揃って唖然となる。
「かしこまりました、ごゆっくりどうぞ。夕食は18時に、1階で出しますので」
「分かったわ。それじゃ後でね、アデル。それからロバートも」
その間にマスターが鍵を2つカウンターに置き、エミルは片方の鍵を受け取ると同時にサムの手を引いて、そのまま2階へ行ってしまった。
残されたアデルは、ロバートと顔を見合わせる。
「……ちょっと待て」
「いや、俺に言ったって」
「え、エミル、ま、まさか、あいつが、あんなのが、タイプなのか? アレがタイプだってことか?」
「分かんないっスよぉ、俺に言われたって」
「い、いや、違うよな? ほ、保護欲みたいな、子犬可愛がりたいみたいな、ソレ的なアレだよな? な? なっ? なあっ!?」
「だから分かんないっスってー……」
狼狽えるアデルをなだめつつ、ロバートはカウンターに置かれた鍵を受け取り、まだぶつぶつつぶやいている彼を引っ張るようにしつつ、2階へ向かった。
部屋割り。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
9.
ワシントンを発ってから8日後、アデルたち一行は予定通りT州、フランコビルを訪れていた。
「西部っつーか、南の端まで来ちまったなー」
「そっスねー。って言うか鉄道自体が端っこ、終着駅っスもんねー」
並んで立つアデルとロバートは、だらだらと汗を流している。サムも額をハンカチで拭きながら、気温の変化を分析している。
「流石に緯度10度近くも南下すると、空気が全然違いますね。ワシントンと全然、日差しが違います」
「い……ど?」
きょとんとしたロバートを見て、サムが説明しようとする。
「あ、緯度と言うのはですね、地球上における赤道からの距離を……」「やめとけ、サム」
が、アデルがそれを止めた。
「このアホにそんな小難しい説明はするだけ無駄だ。見ろ、このきょとぉんとした顔」
「……要するに、暑いところに来たってことです」
噛み砕いた説明をしたサムに、ロバートは憮然とした顔を返した。
「子供だって知ってるっつの。メキシコの隣だし」
「その暑い国がなんで暑いか知らねーからアホだって言われんだよ」
「ちぇー」
と、エミルが胸元をぱたぱたと扇ぎながら、3人に声をかける。
「いつまで日差しの真下で駄弁ってるつもり? そのまま続けてたら3人とも、マジで頭悪くなるわよ」
「ごもっとも。そんじゃ先に、宿を取りに行くか」
「賛成っスー」
一行は駅隣のサルーンに入り、マスターに声をかける。
「ちょっと聞きたいんだが、ここって泊まれるか?」
「ええ、一泊1ドル10セントです。ただ2階に2部屋しか無いんで、2人ずつになりますが」
マスターの返答に、4人は顔を見合わせる。
「まあ、そうよね。ニューヨークやフィラデルフィアならともかく、アメリカの端近くまで来てて、そんなに部屋数のある宿なんて普通無いわよ」
「まあ、道理だな。だが今、そこを論じたってしょうがない。部屋数が増えるわけじゃないからな。
今論じるべきは、どう分けるか、だ」
アデルの言葉に、ロバートが全員の顔をぐるっと見渡す。
「姉御と先輩、俺とサムって分け方じゃダメなんスか?」
「え」
ロバートの案に、サムが目を丸くする。
「え、……って、普通に考えたらそうなるだろ?」
けげんな顔をするロバートに、サムはしどろもどろに説明する。
「あ、でも、エミルさんとアデルさんは、そう言う関係じゃ」
「いや、それは俺も知ってるって。
だけど例えばさ、ヒラの俺と姉御じゃ余計おかしいだろ。お前でもそれは同じだし」
「それは……うーん……そう……ですよね」
うなずきかけたサムに、アデルがこう提案する。
「いや、それよか1対3、エミルに1部屋、残りを俺たち、って分けた方が紳士的だろ」
「あ、……そーっスよね、そっちの方がいいっス、絶対」
ロバートは素直に納得したが――何故かサムはこの案に対しても、面食らった様子を見せた。
「えぇぇ!?」
「おいおい、待てよサム。どこも変じゃ無いだろ、今の案は? 男部屋と女部屋に分けようって話だろうが」
アデルにそう言われ、サムは目をきょろきょろさせ、もごもごとうなるが、どうやら反論の言葉が出ないらしい。
「あっ、あの、でも、……その、……そう、ですよね」
「……」
しゅんとなり、黙り込んでしまったサムを、エミルはじーっと眺めている。
その間にロバートが、マスターに声をかけようとした。
「決まりっスね。んじゃ……」
と、そこでエミルが口を開き、ロバートをさえぎる。
「マスター。部屋割りはそっちの赤毛と茶髪で1つ。それからメガネの子とあたしで1つ。よろしくね」
「……え?」
エミルの言葉に、アデルたち3人は揃って唖然となる。
「かしこまりました、ごゆっくりどうぞ。夕食は18時に、1階で出しますので」
「分かったわ。それじゃ後でね、アデル。それからロバートも」
その間にマスターが鍵を2つカウンターに置き、エミルは片方の鍵を受け取ると同時にサムの手を引いて、そのまま2階へ行ってしまった。
残されたアデルは、ロバートと顔を見合わせる。
「……ちょっと待て」
「いや、俺に言ったって」
「え、エミル、ま、まさか、あいつが、あんなのが、タイプなのか? アレがタイプだってことか?」
「分かんないっスよぉ、俺に言われたって」
「い、いや、違うよな? ほ、保護欲みたいな、子犬可愛がりたいみたいな、ソレ的なアレだよな? な? なっ? なあっ!?」
「だから分かんないっスってー……」
狼狽えるアデルをなだめつつ、ロバートはカウンターに置かれた鍵を受け取り、まだぶつぶつつぶやいている彼を引っ張るようにしつつ、2階へ向かった。

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ウエスタン小説、第12話。
カウボーイだった男の哀愁。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
12.
アデルたちがフランコビルに着いてから、5日後。
いかにも神経の細そうな、蒼い顔をした中年の男が、大きなスーツケースを両手にそれぞれ1つずつ提げて、駅から現れた。
「……」
神経質じみた仕草で辺りを確かめつつ、男は駅を離れ、そのまま南へと歩いて行く。
1時間ほどかけ、男は「ダンカン牧場」と看板がかけられた、小さな家の前に着いた。
「ふう、ふう……、失礼、ボビー・ダンカンさんはいらっしゃるか?」
トントンとドアをノックし、少ししてその向こうから、陽気そうな男の声が返って来た。
「ちょっと待ってくれー、すぐ開ける」
その言葉通りドアが開き、中から赤ら顔の、やはり陽気そうに見える男が現れた。
「ん? ……おお、テディ! テディじゃねえか!」
「ん、ん……、ゴホン、ゴホン」
テディと呼ばれた男は辺りを見回しつつ、空咳をする。
「その、……あまり、大声を出さないでくれ、ボブ」
「あ……? どうしたんだ、テディ? 前にも増して顔が真っ青だぞ」
「血色の良い君がうらやましいよ。……いや、その、……君は最近、新聞を読んだか?」
「新聞?」
テディに尋ねられ、ボブはげらげらと笑って返した。
「おいおい、俺が文字嫌いなの、忘れちまったのか? あんなもん、暖炉の火を点けるのにしか使ったこと無えや」
「覚えている。だから君のところに来たんだ。『最近の』私の事情を、きっと君は知らないでいてくれているだろうと思って」
「あん?」
きょとんとしているボブに、テディはもう一度辺りを見回してから、こう続けた。
「中に入っていいか? 外では話せないんだ」
「おう、むさ苦しくて上院議員殿にゃ似合わんところだが、それでもいいなら」
「助かる」
家の中に通されるなり、テディは持っていたかばんをテーブルの上に置き、片方を開けた。
「おいおい、大げさなかばんだなぁ。一体何が入って……」
笑いかけたボブの顔が、凍ったように固まる。
開かれたかばんの中には300人のリンカーンが、ぎゅうぎゅう詰めになって眠っていたからだ。
「お、お、おっ、おい、テディ、な、なんだ、それっ」
「見ての通り100ドル紙幣が300枚、つまり3万ドルだ。もう一つのかばんにも、同じくらい詰め込んでいる。
ボブ、詳しいことは一切聞かないと、約束してくれないか?」
「おっ、おう。い、いいぜ」
ガタガタと震えつつも、ボブは首を縦に振った。
「本当に助かる。ありがとう、ボブ。
馬を1頭買いたいんだが、いくらになる?」
「馬だって? 競馬にでも出すのか?」
「いや、私が乗るんだ」
「お前が?」
ボブは首にかけていたバンダナで額の汗をごしごしと拭いつつ、呆れた目を向ける。
「お前が馬に乗ってたのなんて戦争前の、まだハナたれのガキだった頃の話じゃねえか。一体どうし、……あー、いや、聞かん。聞かんぞ」
「ありがとう。できれば脚が長持ちする馬がいいんだが……」
「あるぜ。値段は400ドルってところだ」
「そうか。かなりの距離を歩かせるから、食糧も用意して欲しいんだ。人と馬、両方の」
そう頼んできたテディに、ボブは神妙な顔を返した。
「テディ。お前まさか、メキシコにでも高飛びするのか? そのカネ、ヤバいヤツなのか?」
「……」
何も答えず、押し黙ったテディを見て、ボブは深くうなずいた。
「……いや、聞くなって話だったよな。答えなくていい。
分かった、1週間分でいいか?」
「ああ、助かる。調達にどれくらいかかる?」
「2時間もありゃ十分だ。総額、しめて……」
言いかけたボブに、テディはかばんの中のドル紙幣を乱雑につかみ、そのまま渡そうとした。
「2000ドルはあるだろう。これで頼む」
「お、多すぎるって! 500くらいで……」「いや」
テディは金を無理矢理、ボブに押し付ける。
「迷惑料も込みだ。恐らくこの後、面倒臭い連中が大勢押しかけて、君に根掘り葉掘り聞いてくるだろうから」
「……」
まだ渋るような表情を浮かべていたが、ボブはテディから金を受け取った。
そして2時間後、確かにボブは、馬と食糧とを調達してきてくれた。
「本当にありがとう、ボブ。それじゃ、元気で」
「おう。お前も、元気でな」
「ああ。……じゃあ」
テディはひらりと馬に乗り、そのままダンカン牧場を後にした。
「……」
牧場からさらに南下し、周囲が見渡す限りの荒野となったところで、テディは懐から煙草を取り出した。
(……何年ぶり、いや、何十年ぶりだろうか。
こうして何も無い、誰もいないところでただ一人、静かに煙草を吸うのは)
ライターで火を点け、口にくわえ、ゆっくりと吸い込む。
「ふう……」
テディは吐き出した紫煙が風に飛ばされるのをぼんやりと眺め――その向こうに、馬に乗った人影が4つ、近付いて来ていることに気付いた。
カウボーイだった男の哀愁。
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12.
アデルたちがフランコビルに着いてから、5日後。
いかにも神経の細そうな、蒼い顔をした中年の男が、大きなスーツケースを両手にそれぞれ1つずつ提げて、駅から現れた。
「……」
神経質じみた仕草で辺りを確かめつつ、男は駅を離れ、そのまま南へと歩いて行く。
1時間ほどかけ、男は「ダンカン牧場」と看板がかけられた、小さな家の前に着いた。
「ふう、ふう……、失礼、ボビー・ダンカンさんはいらっしゃるか?」
トントンとドアをノックし、少ししてその向こうから、陽気そうな男の声が返って来た。
「ちょっと待ってくれー、すぐ開ける」
その言葉通りドアが開き、中から赤ら顔の、やはり陽気そうに見える男が現れた。
「ん? ……おお、テディ! テディじゃねえか!」
「ん、ん……、ゴホン、ゴホン」
テディと呼ばれた男は辺りを見回しつつ、空咳をする。
「その、……あまり、大声を出さないでくれ、ボブ」
「あ……? どうしたんだ、テディ? 前にも増して顔が真っ青だぞ」
「血色の良い君がうらやましいよ。……いや、その、……君は最近、新聞を読んだか?」
「新聞?」
テディに尋ねられ、ボブはげらげらと笑って返した。
「おいおい、俺が文字嫌いなの、忘れちまったのか? あんなもん、暖炉の火を点けるのにしか使ったこと無えや」
「覚えている。だから君のところに来たんだ。『最近の』私の事情を、きっと君は知らないでいてくれているだろうと思って」
「あん?」
きょとんとしているボブに、テディはもう一度辺りを見回してから、こう続けた。
「中に入っていいか? 外では話せないんだ」
「おう、むさ苦しくて上院議員殿にゃ似合わんところだが、それでもいいなら」
「助かる」
家の中に通されるなり、テディは持っていたかばんをテーブルの上に置き、片方を開けた。
「おいおい、大げさなかばんだなぁ。一体何が入って……」
笑いかけたボブの顔が、凍ったように固まる。
開かれたかばんの中には300人のリンカーンが、ぎゅうぎゅう詰めになって眠っていたからだ。
「お、お、おっ、おい、テディ、な、なんだ、それっ」
「見ての通り100ドル紙幣が300枚、つまり3万ドルだ。もう一つのかばんにも、同じくらい詰め込んでいる。
ボブ、詳しいことは一切聞かないと、約束してくれないか?」
「おっ、おう。い、いいぜ」
ガタガタと震えつつも、ボブは首を縦に振った。
「本当に助かる。ありがとう、ボブ。
馬を1頭買いたいんだが、いくらになる?」
「馬だって? 競馬にでも出すのか?」
「いや、私が乗るんだ」
「お前が?」
ボブは首にかけていたバンダナで額の汗をごしごしと拭いつつ、呆れた目を向ける。
「お前が馬に乗ってたのなんて戦争前の、まだハナたれのガキだった頃の話じゃねえか。一体どうし、……あー、いや、聞かん。聞かんぞ」
「ありがとう。できれば脚が長持ちする馬がいいんだが……」
「あるぜ。値段は400ドルってところだ」
「そうか。かなりの距離を歩かせるから、食糧も用意して欲しいんだ。人と馬、両方の」
そう頼んできたテディに、ボブは神妙な顔を返した。
「テディ。お前まさか、メキシコにでも高飛びするのか? そのカネ、ヤバいヤツなのか?」
「……」
何も答えず、押し黙ったテディを見て、ボブは深くうなずいた。
「……いや、聞くなって話だったよな。答えなくていい。
分かった、1週間分でいいか?」
「ああ、助かる。調達にどれくらいかかる?」
「2時間もありゃ十分だ。総額、しめて……」
言いかけたボブに、テディはかばんの中のドル紙幣を乱雑につかみ、そのまま渡そうとした。
「2000ドルはあるだろう。これで頼む」
「お、多すぎるって! 500くらいで……」「いや」
テディは金を無理矢理、ボブに押し付ける。
「迷惑料も込みだ。恐らくこの後、面倒臭い連中が大勢押しかけて、君に根掘り葉掘り聞いてくるだろうから」
「……」
まだ渋るような表情を浮かべていたが、ボブはテディから金を受け取った。
そして2時間後、確かにボブは、馬と食糧とを調達してきてくれた。
「本当にありがとう、ボブ。それじゃ、元気で」
「おう。お前も、元気でな」
「ああ。……じゃあ」
テディはひらりと馬に乗り、そのままダンカン牧場を後にした。
「……」
牧場からさらに南下し、周囲が見渡す限りの荒野となったところで、テディは懐から煙草を取り出した。
(……何年ぶり、いや、何十年ぶりだろうか。
こうして何も無い、誰もいないところでただ一人、静かに煙草を吸うのは)
ライターで火を点け、口にくわえ、ゆっくりと吸い込む。
「ふう……」
テディは吐き出した紫煙が風に飛ばされるのをぼんやりと眺め――その向こうに、馬に乗った人影が4つ、近付いて来ていることに気付いた。

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»» 2017.04.09.
»» 2017.04.10.
»» 2017.04.11.
»» 2017.04.12.
»» 2017.04.13.
»» 2017.04.14.
ウエスタン小説、第7話。
生きていた鉄道王。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
7.
列車内での追手も難なくあしらい、アデルたち一行は、数日後には目的地であるU州の町、セントホープに到着した。
「で、そのボールドロイド氏ってのは、どこにいるんスか?」
駅前をきょろきょろと見回しながら尋ねてきたロバートに、アデルが通りの先を指差しながら答える。
「ここから西へ半マイルくらい行ったところに、『AB牧場』って呼ばれてるトコがある。そこにいるって話だ」
「じゃ、早速行きましょ」
3人は通りを西へと進みながら、この後のことを相談する。
「ボールドロイド氏に会ったら、どうするんスか?」
「まず訪ねた事情の説明だな。それからロドニーに連絡だ。
俺たちに依頼された内容はあくまで『アーサー・ボールドロイド氏の捜索』であって、説得じゃないからな」
「逃げたらどうするんスか?」
「だから息子のことを話すんだよ。いくらなんでも、息子が大変な目に遭ってるってのに、知らん顔するような親はいないだろ?」
「いるわよ」
エミルが冷めた目を向けつつ、話に割って入る。
「人間、誰も彼もが子供向けのおとぎ話みたいに、善良で慈悲深いわけじゃないのよ。子供を見捨てる親だっていっぱいいるわ。
むしろ子供のゴタゴタなんか聞いたら、『絶対会いたくない』って突っぱねるかも知れないわ。ロバートの言う通り、逃げるかもね」
「でしょ? 俺もそう思うんスけどねー」
二人に挟まれ、アデルは苦い顔を返す。
「うーん……、言われたらありそうな気がしてきたぜ。じゃあ、訪ねた理由を何か、適当に作るか」
「それがいいわね」
牧場に着くまでの間、3人はあれこれと、訪ねた理由を繕っていた。
牧場を目にした途端、ロバートが声を上げる。
「……でけー」
彼の言う通り、AB牧場は端の柵がかすんで見えるほど広く、家畜もあちこちで、小山のような固まりを作っている。
その繁盛ぶりに、アデルとエミルもぽつりとつぶやく。
「相当儲けてるみたいだな。流石、大鉄道会社を一代で築き上げただけのことはある」
「『駿馬は老いても駄馬にならず(A good horse becomes never a Jade)』ね。牧場だけに」
と、3人の前に、馬に乗った白髪の、60代はじめ頃と言った風体の老人が近付いて来る。

「何か御用かね、探偵諸君?」
「……え?」
一言も言葉を交わさないうちに素性を見破られ、アデルは面食らった。
「い、いや、俺たちは、その」「御託は結構」
弁解しようとしたアデルをぴしゃりとさえぎり、老人はとうとうと語り始めた。
「赤毛の軽薄そうな君と、隣の愚鈍そうな君。どちらも、西部の流れ者にしては身なりが良すぎる。明らかに、西部よりも経済的かつ社会的に、はるかに先進している東部地域において、最低でも月給51~2ドルは収入を得られるような職業に就いている人間の服装だ。
そして赤毛君、2回、いや、3回か。双眼鏡でこちらのことを観察していたな? 何故そんなことをするのか? 牛泥棒の下見か? とすれば服装が矛盾する。牛泥棒をしなければならんような懐事情ではあるまい。東部の道楽者が単なる物味遊山で訪れたにしても、わざわざ双眼鏡を使ってまで、牛なんぞを観察するわけが無い。となれば残る可能性はこの私を探りに来た者、即ち探偵と言うことになる。
他にも洞察と推理の材料は数多くあったが、ともかく君たちが探偵であることは、明日の天気よりも明瞭なことだった。
とは言え――そちらのお嬢さんは見事に、西部放浪者風の雰囲気が板に付いていた。残念ながらそっちの2名が足を引っ張った形だな。君だけであれば、私もだまされたかも分からん」
「お褒めに預かり光栄だわ、ボールドロイドさん」
そう返したエミルに、アデルはまた驚く。
「なんだって? このじいさんが?」
エミルが答えるより先に、老人がまた口を開く。
「ご名答だ、お嬢さん。私がアーサー・ボールドロイド、その人だ。
それで、要件は何かね? 見当は付いているが」
生きていた鉄道王。
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7.
列車内での追手も難なくあしらい、アデルたち一行は、数日後には目的地であるU州の町、セントホープに到着した。
「で、そのボールドロイド氏ってのは、どこにいるんスか?」
駅前をきょろきょろと見回しながら尋ねてきたロバートに、アデルが通りの先を指差しながら答える。
「ここから西へ半マイルくらい行ったところに、『AB牧場』って呼ばれてるトコがある。そこにいるって話だ」
「じゃ、早速行きましょ」
3人は通りを西へと進みながら、この後のことを相談する。
「ボールドロイド氏に会ったら、どうするんスか?」
「まず訪ねた事情の説明だな。それからロドニーに連絡だ。
俺たちに依頼された内容はあくまで『アーサー・ボールドロイド氏の捜索』であって、説得じゃないからな」
「逃げたらどうするんスか?」
「だから息子のことを話すんだよ。いくらなんでも、息子が大変な目に遭ってるってのに、知らん顔するような親はいないだろ?」
「いるわよ」
エミルが冷めた目を向けつつ、話に割って入る。
「人間、誰も彼もが子供向けのおとぎ話みたいに、善良で慈悲深いわけじゃないのよ。子供を見捨てる親だっていっぱいいるわ。
むしろ子供のゴタゴタなんか聞いたら、『絶対会いたくない』って突っぱねるかも知れないわ。ロバートの言う通り、逃げるかもね」
「でしょ? 俺もそう思うんスけどねー」
二人に挟まれ、アデルは苦い顔を返す。
「うーん……、言われたらありそうな気がしてきたぜ。じゃあ、訪ねた理由を何か、適当に作るか」
「それがいいわね」
牧場に着くまでの間、3人はあれこれと、訪ねた理由を繕っていた。
牧場を目にした途端、ロバートが声を上げる。
「……でけー」
彼の言う通り、AB牧場は端の柵がかすんで見えるほど広く、家畜もあちこちで、小山のような固まりを作っている。
その繁盛ぶりに、アデルとエミルもぽつりとつぶやく。
「相当儲けてるみたいだな。流石、大鉄道会社を一代で築き上げただけのことはある」
「『駿馬は老いても駄馬にならず(A good horse becomes never a Jade)』ね。牧場だけに」
と、3人の前に、馬に乗った白髪の、60代はじめ頃と言った風体の老人が近付いて来る。

「何か御用かね、探偵諸君?」
「……え?」
一言も言葉を交わさないうちに素性を見破られ、アデルは面食らった。
「い、いや、俺たちは、その」「御託は結構」
弁解しようとしたアデルをぴしゃりとさえぎり、老人はとうとうと語り始めた。
「赤毛の軽薄そうな君と、隣の愚鈍そうな君。どちらも、西部の流れ者にしては身なりが良すぎる。明らかに、西部よりも経済的かつ社会的に、はるかに先進している東部地域において、最低でも月給51~2ドルは収入を得られるような職業に就いている人間の服装だ。
そして赤毛君、2回、いや、3回か。双眼鏡でこちらのことを観察していたな? 何故そんなことをするのか? 牛泥棒の下見か? とすれば服装が矛盾する。牛泥棒をしなければならんような懐事情ではあるまい。東部の道楽者が単なる物味遊山で訪れたにしても、わざわざ双眼鏡を使ってまで、牛なんぞを観察するわけが無い。となれば残る可能性はこの私を探りに来た者、即ち探偵と言うことになる。
他にも洞察と推理の材料は数多くあったが、ともかく君たちが探偵であることは、明日の天気よりも明瞭なことだった。
とは言え――そちらのお嬢さんは見事に、西部放浪者風の雰囲気が板に付いていた。残念ながらそっちの2名が足を引っ張った形だな。君だけであれば、私もだまされたかも分からん」
「お褒めに預かり光栄だわ、ボールドロイドさん」
そう返したエミルに、アデルはまた驚く。
「なんだって? このじいさんが?」
エミルが答えるより先に、老人がまた口を開く。
「ご名答だ、お嬢さん。私がアーサー・ボールドロイド、その人だ。
それで、要件は何かね? 見当は付いているが」
»» 2017.04.15.
»» 2017.04.16.
»» 2017.04.17.
»» 2017.04.18.
DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 5
2015.08.13.[Edit]
ウエスタン小説、第5話。名策士で名士で名探偵で。5.「……と言うわけで、この会社がそもそもの元凶って感じでした」《ははは……、とんでもない会社だったもんだ》 アデルからの報告を受け、パディントン局長が電話の向こうで大笑いする。《分かった。私のツテを使って、そこに監査を送らせよう。 株式会社だから、株主総会で管理体制の甘さと粉飾について糾弾すれば即、社長は解任されるだろう》「そこまでするんですか?」 驚...
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DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 6
2015.08.14.[Edit]
ウエスタン小説、第6話。アブダクション。6. 電話を終え、アデルがテーブルに戻ってくる。「局長からの伝言だ。『会計事務所から情報を聞き出したところ、鉄道車輌とその保全部品が盗まれていたことが判明しているそうだ。 その盗まれた車輌と、これまで被害に遭った街で上がった目撃証言にあった車輌の形状とを比較し、一致した。この盗まれた車輌が、一連の犯行に使われているのは間違いないだろう。 となれば、必然的に我...
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ウエスタン小説、第7話。
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DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 7
2015.08.15.[Edit]
ウエスタン小説、第7話。ウエスタン・ドレスコード。7. 一行は鉄道を使わず、リッチバーグで馬を借りてマーシャルスプリングスへと移動することにした。「列車は止まるって話だが、もしマジで犯人がいたら、俺たちの動きに気付かれるかも知れないからな」「ええ。鉄道から離れて向かう方が無難ね」 西部暮らしの長いエミルと器用なアデルは平然と馬上におり、何の苦もなく馬を操っている。 しかし今回の事件で初めて西部に足...
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DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 8
2015.08.16.[Edit]
ウエスタン小説、第8話。工場跡の夜。8. マーシャルスプリングスに到着したその晩、エミルたちは早速、目星をつけていた車輌開発会社跡に潜入することにした。「何だか僕たち、探偵なのか泥棒なのか良く分からないことをしてますよね」「言うようになったわね、サム」 夜の闇に紛れるよう、黒いポンチョと黒い帽子を身につけた三人は、明るい往来で見れば確かに怪しい一団である。「ここが元リーランド鉄道車輌?」「はい。詳...
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DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 9
2015.08.17.[Edit]
ウエスタン小説、第9話。機関車バカ。9.「な、……なんだよ?」 男はぎょっとした表情を浮かべ、モンキーレンチを握りしめる。「動くな。もしそいつをぶん回そうとしたら、俺のウィンチェスターが先に火を噴くぜ」「あんたら、まさか強盗なのか? 黒い格好してるし……」「どっちが強盗だよ」「何がだよ?」 男とアデルとの問答を眺めていたエミルが、首を傾げる。「とりあえず、名前から聞いていいかしら」「誰の?」「あなたに...
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DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 10
2015.08.18.[Edit]
ウエスタン小説、第10話。ドッグファイト。10. と――エミルたちの背後、最早枠だけになっていたドアの方から、警笛の音が響いてくる。「え……」「まだ朝の5時前、だよな」「そ、そのはずです」 サムが懐中時計を確認してうなずく。「貨物列車か? それとも……」 その疑念を、機関室にいたロドニーが確信に変えた。「後ろから変な列車が来てるぜ、お三方ぁ!」「変なって、何が!?」 怒鳴り返したエミルに、ロドニーがぶっき...
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DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 11
2015.08.19.[Edit]
ウエスタン小説、第11話。時速100キロの真上で。11.「あんたら、無事だったか!」 6900改の機関室に移ってきたエミルたちを見て、ロドニーがほっとした表情を浮かべる。「何とかね」「いや、死人が出なくて良かったぜ、まったく。 にしても後ろの野郎、ぶつけてくるとはな! イカれてんのかよ、マジでよぉ!?」 依然として敵機関車は6900改のすぐ後ろにおり、この時、ほとんど同じ速度で動いていた。「もっと速度...
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ウエスタン小説、第12話。
狙撃。 12. 風にかき消されながらも、パン、パンと言う破裂音が、線路上で轟く。 「うひょおっ!?」 下で作業していたロドニーが、悲鳴じみた声を上げる。 「大丈夫か!?」 「お、おう! 気にせず撃ってくれ!」 「分かった! ……っと!」 相手からも銃撃が始まり、アデルのすぐ右、炭水車の端から火花が散る。 「気を付けろよ、エミル!」 「了解!」 6900改も相手も、相当のスピードで線路を駆けているはずだが、双方から放たれる銃弾は、互いの車輌に着弾しているらしい。 エミルたちの周りでしきりに火花が散る一方、敵機関車の方でも、あちこちで光が瞬いているのが確認できる。 「当たってるっちゃ当たってるが……、いまいち狙い通りのところには当たってないな」 「これだけ風であおられてちゃ、ね。でもいいとこ行ってるみたいよ、どっちも」 そう返すエミルのすぐ側で、石炭が爆ぜる。 「弾、あと何発ある?」 「40発ってところかしら? あんたは?」 「30発、……も無さそうだ」 「あんまり無駄撃ちできそうにないわね。運良く停められたとしても、逃げられる可能性もあるし」 「かと言って応戦しなきゃ、リーランド氏がヤバい。石炭積み込む時間も考えると……」 と、そのロドニーの声がする。 「こっちはオーケーだ! 後は軽く小突きさえすりゃ外れる! 石炭を載せてってくれ!」 「分かった!」 アデルはライフルを下ろし、弾と一緒にエミルへ渡す。 「手伝ってくる。悪いが、頼む!」 「オーケー」 「すぐ戻る!」 そう言うなり、アデルは炭水車と客車の間に降りていった。 一人になったエミルは、被っていた帽子をぱさ、と石炭の上に置いた。 「……すー……」 自分の拳銃をしまい、アデルのライフルを取り、エミルは深呼吸する。 「(久々に、……本気出してみましょうか、ね)」 エミルは英語ではない言葉をつぶやきつつ、立ち上がってライフルを構えた。 「Pousse!」 パン、と音を立てて、ライフル弾が1発、放たれる。 その銃弾は若干、風にあおられながらも、後方の敵機関車の側面――幅わずか3~4インチのエアブレーキ管を、ものの見事に貫通した。 ![]() 敵機関車の側面からバシュッ、と空気が抜ける音が響き、相手の騒ぐ声が聞こえる。 「……やべ……爆発……!?」 「……落ち着け……大したこと……!」 その一瞬、相手全員の意識が6900改ではなく、自車の破損箇所に向けられる。 その一瞬を突き――。 「せ、え……」「の……っ!」 連結器を外し、石炭を載せ終えた客車を、アデルとロドニーが蹴っ飛ばした。 「よっしゃ、上に上がるぞ!」 「おう!」 アデルたちが炭水車をよじ登る間に、客車は敵機関車へと、相対的に迫っていく。 「……止まれ……ブレーキ……!」 「……駄目だ……動か……!」 エミルによってブレーキを破壊された敵機関車は時速1マイルも減速できずに、そのまま客車に衝突した。 「うわああああーっ!」 悲鳴が一斉に、荒野に響き渡り――敵機関車は斜め上へと飛び上がり、そのまま線路の左前方へと落ちて、ぐしゃぐしゃと言う鈍い金属音を立てながら、ごろごろと地面を転がっていった。 「やった……!」 炭水車の側面に張り付いたまま、アデルが歓喜の叫びを上げる。 「……っと、こうしちゃいられねえ! こっちも停車しねーとな」 ロドニーが炭水車から機関部へ移る間に、エミルがアデルに手を貸し、引き上げる。 「上手く行ったみたいね」 「ああ。……いててて、安心したら痛くなってきたぜ」 アデルがうずくまり、再度スラックスの裾を上げる。動き回っていたためか、白かった布は半分以上、赤く染まっていた。 「巻き直した方がいいわね。思ってたより、傷が深そうだし」 「だな」 炭水車の上でエミルがアデルの手当てをしている間に、6900改は停車した。 |
DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 12
2015.08.20.[Edit]
ウエスタン小説、第12話。狙撃。12. 風にかき消されながらも、パン、パンと言う破裂音が、線路上で轟く。「うひょおっ!?」 下で作業していたロドニーが、悲鳴じみた声を上げる。「大丈夫か!?」「お、おう! 気にせず撃ってくれ!」「分かった! ……っと!」 相手からも銃撃が始まり、アデルのすぐ右、炭水車の端から火花が散る。「気を付けろよ、エミル!」「了解!」 6900改も相手も、相当のスピードで線路を駆け...
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DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 13
2015.08.21.[Edit]
ウエスタン小説、第13話。事件解決と、謎の男の影。13. エミルたち4人は銃やレンチを構えながら、もうもうと黒煙を上げ、荒野に横たわった敵機関車へと近付く。 と、その乗組員らしき傷だらけの男たちが、のろのろと這い出しているのが視界に入った。「動くな」 アデルがライフルを向け、彼らを制する。「う……」 男たちも銃を構えようとしたが、すぐに両手を挙げ、へたり込む。「……もういい、諦めたぜ」 リーダーらしき男...
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DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 14
2015.08.22.[Edit]
ウエスタン小説、第14話。エミルの秘密?14. 強盗団の逮捕から3時間後、連邦特務捜査局から送られてきた捜査官30名は意気揚々と、ティムたちがねぐらにしていた街跡に踏み込んだ。 ところが――。「捜査長! 街のどこにも、被疑者の姿はありません!」「なんだと……!?」 1時間以上にわたって人海戦術的に街を捜索したが、どこにもティムたちの仲間、ダリウスの姿は無かった。「違う街だったってことは考えられないの?」...
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DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 1
2016.05.20.[Edit]
およそ1年ぶりの、ウエスタン小説。自慢話。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「西部を象徴するアイテム」と言えばお前、何だか分かるか? 酒? テキーラやバーボンあおって、愉快なダンスか? ああ、それもありだな、確かに。だがもっと刺激的なものがある。 馬? 荒野を駆け抜ける一陣の風ってか? うんうん、分かる。そりゃいいな。でももっと、スピードの出るヤツがあるだろ? 汽車? 大陸を貫く超特急、っ...
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DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 2
2016.05.21.[Edit]
ウエスタン小説、第2話。「鉄麦」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「嘘でしょ? まさか、そんな……」 目を丸くして尋ねたアデルに、パディントン局長は真剣な面持ちで、首を横に振った。「これが嘘や冗談なら――とんでもなく悪質だし、おおよそ紳士の口から出るような内容じゃあ無いが――まだ笑っていられた。だが、本当の話なんだ。 ゴドフリーは殺された。胸と頭を蜂の巣にされてな」「どうして……!?」 顔を真っ...
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ウエスタン小説、第3話。
西部の移民街。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 3. アデルはいつもの如く相棒にエミルを伴い、西部の町、ヒエロテレノに向かった。 「ここはいわゆる『移民街』で、イタリア系の移民もかなり多いんだ。西部でイタリア移民のリゴーニが根城にするようなところってなると、十中八九この辺りだ。 ちなみに一番多い移民はヒスパニック系らしい。町の名前もスペイン語で、英語だと鉄のナントカって言うそうだ」 「へぇ」 エミルは辺りを見回し、アデルにこう返す。 「確かに白い肌じゃない人もチラホラ見えるわね。メキシコ辺りから来ましたって感じ」 「ああ。それだけに、治安も良くは無い。うわさじゃ荒くれ共のアジトやら、お尋ね者の隠れ家がわんさかあるとかないとか」 「じゃあもしかしたらリゴーニのアジトもあるかも、って?」 「そう言うことだ。 幸い今回も、局長を通じて連邦特務捜査局の協力を得られることになってる。アジトを見つけりゃ捜査局の人員を借りて強襲・制圧し、摘発できるだろう。 万一リゴーニを取り逃がしたとしても――あのボンクラ共じゃ、マジでやりかねないけどな――現場さえ抑えてしまえば、任務は達成できるってわけだ。 だが一方で、懸念もある。レスリーが『ほとんど何もしないうちに』、用心棒らしき何者かに殺されたことだ。レスリーはまだ、調査を始めたばっかりだったんだ。取引場所の一つも突き止めなてない状況だったのにもかかわらず、だ」 「と言うことは、レスリーが動くより前に、その用心棒がレスリーの存在に気付き……」 「ああ。先んじて始末したってことになる。相当に勘がいいか、頭の切れる奴だと見ておいた方がいいだろうな。 もしかしたらもう既に、俺たちはその用心棒に目を付けられてるかも知れない。用心しろよ、エミル」 「言われなくても」 エミルは肩をすくめ、すたすたと歩き出した。 「まずは今夜の宿を探すのと、腹ごしらえにしない? 腹ペコで、おまけにヘトヘトだってのに無駄に気を張ってても、ろくな働きはできないわよ」 「……同感だ。飯にすっか」 アデルも同じように肩をすくめて返し、エミルの後に続いた。 宿と食事のために向かったサルーンの雰囲気も、どことなく中南米を匂わせていた。 「これ、何て読むんだ? フリ……ジョレス?」 「フレホーレス。いんげん豆よ。ソパって書いてあるから、豆のスープみたいね」 「エミル、もしかしてスペイン語分かんのか?」 「簡単なものならね。伊達に放浪してないわよ」 「さっすが」 料理を持ってきてくれたマスターも、スペイン語訛りが強い。 「お待たせしました。豆のスープとタコス、揚げトルティーヤのサルサ煮です」 「うへぇ、辛そう。……くわ、やっぱ辛ぇ」 一口食べた途端、額に汗をにじませたアデルに対し、エミルは平然と、ぱくぱく口に運んでいく。 「そう? 美味しいわよ。あんた、もしかして辛いの苦手なの?」 「いや、そんなことは、……無いと思ってたんだが、……ひー、舌がしびれてきたぜ」 食べ始めてから5分もしないうちに、アデルの顔が真っ赤になる。 料理が辛い以上に、口直しのために、アルコール度数の高いテキーラを早いペースでがぶがぶ飲んでいるからだ。 「大丈夫? 顔、真っ赤よ? トマトみたいになってる」 「らいりょうぶらぁ……。これくらひ、なんれこひょ……」 「どこがよ。あんたの悪い癖ね。傍目から見ても全然大丈夫じゃないって誰でも分かるのに、強がっちゃって。 マスター、部屋借りていいかしら? こいつそろそろブッ倒れるから、放り込んでおきたいの」 「かしこまりました。1部屋で?」 「2部屋よ。こいつと別にしといて」 エミルがマスターと話している間に――エミルの予想通り、アデルはテーブルに突っ伏し、いびきを立てて眠り込んでしまった。 ![]() |
DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 3
2016.05.22.[Edit]
ウエスタン小説、第3話。西部の移民街。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. アデルはいつもの如く相棒にエミルを伴い、西部の町、ヒエロテレノに向かった。「ここはいわゆる『移民街』で、イタリア系の移民もかなり多いんだ。西部でイタリア移民のリゴーニが根城にするようなところってなると、十中八九この辺りだ。 ちなみに一番多い移民はヒスパニック系らしい。町の名前もスペイン語で、英語だと鉄のナントカって言...
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DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 4
2016.05.23.[Edit]
ウエスタン小説、第4話。語学と話術。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 翌日になり、エミルたちは町に出ていた。「うー……、気持ち悪りぃ。日光が体中に突き刺さってくる気分だ」「あんなに飲むからよ。次に飲む時はミルクかジュースにした方が良いわね」「子供かっつの。……しっかし、一風変わった西部町って感じだな、ここは」 これまでに見てきた西部各地の町に比べ、ヒエロテレノにはそれぞれの移民が持ち寄った文...
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DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 5
2016.05.24.[Edit]
ウエスタン小説、第5話。真昼の襲撃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. アデルの手に小銃が戻る頃には、アデルはすっかり、店主の名前や友人の数さえ聞き出してしまっていた。「そんでピエトロじいさん、さっきチラっと聞いた話になるんだが」「うん?」「アンタの友人の息子さん、名前を何と言ったっけ? 確か……、ジョルジオ? だっけ」「ああ。ジョルジオのぽっちゃり坊やのことか。そいつがどうした?」「俺の知...
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DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 6
2016.05.25.[Edit]
ウエスタン小説、第6話。アデルの本領発揮。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. まだ息のあった残り2人を介抱した後、アデルたちは改めて、自分たちを襲った男――彼もイタリア系の2世で、ロバート・ビアンキと言う――に尋問し返すことにした。「まず聞きたいのは、この町には本当に、リゴーニがいるのかだ。どうなんだ、ロバート?」「今はいない。でももうすぐ来る予定だとは聞いてる」「なるほど。2つ目、俺たちを探...
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DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 7
2016.05.26.[Edit]
ウエスタン小説、第7話。デジャヴ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. ロバートと彼の友人2人を寝返らせてすぐ、アデルはサルーンに戻って電話をかけた。「……ってわけで今、ビアンキらに調べさせてます」《ふむ、そうか。しかし信用できるのかね?》「大丈夫です。奴ら、すっかりのぼせちまってますからね。 ただ、その……、やはり相応の報酬は用意してやらなきゃと、俺はそう思うんですが」《ははは……》 局長の呆れ...
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ウエスタン小説、第8話。
好敵手、現る。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 8. その時だった。 「ロバート! 伏せてろ!」 怒声と共に、部屋の外から窓ガラスを割って、何かが投げ込まれる。 「えっ、……あ、アデルさん!?」 この問いにも答える声は無かったが、代わりに投げ込まれた煙幕弾が煙を噴き出す。 瞬く間に部屋は白煙で覆われ、視界が真っ白に染まる。 「こっちだ! 動けるか!?」 「あ……あひ……あひっ……」 ロバートの声はするが、位置が動かない。どうやら完全に腰が抜け、歩くことさえままならないらしい。 「しゃーねーなぁ、……だあッ!」 叫び声と共に、アデルが部屋の中に飛び込んできた。 それと同時に、銃声が立て続けに轟く。ロバートたちを襲ったものと、そしてエミルからの援護射撃だ。 「うおっ、わっ、ひっ」 アデルの情けない声が切れ切れに、しかし段々とエミルに近付くように聞こえてくる。 やがてもうもうと立ちこめる白煙の中から、ロバートを背負ったアデルが飛び出してきた。 「に、逃げるぞ!」 「言われなくても!」 アデルたちは逃げながら、あちこちに煙幕弾を投げ込む。 真っ白に染まった深夜のイタリア人街を、3人は大慌てで逃げて行った。 部屋の中の煙がようやく収まり、その場に残された男は、忌々しげにつぶやく。 「……Zut!」 握っていた銃の撃鉄を倒し、男はそのまま、部屋の奥へ消えた。 「はーっ、はーっ……」 「追っ手は、いないみたいね」 どうにか街の外れまで逃げ、3人はそこで座り込んだ。 「……済まなかった、ロバート」 と、アデルが沈鬱な表情を浮かべ、ロバートに頭を下げた。 「俺のせいだ。お前らをこんな、危険な目に遭わせちまった」 「アデルさん……」 ロバートも頭を下げ返す。 「俺の方こそ、あんたに折角、期待をかけてもらったってのに、こんなしくじりを……」 「……済まない」 二人が頭を垂れたまま硬直してしまったところで、エミルが声をかける。 「落ち込んでるところ悪いけど、これからどうするつもり?」 「……」 アデルは顔を上げるが、口を開こうとしない。 「混乱して、何にもアイデアが思い付かないって顔ね。でもこのままじゃどうしようもないわよ?」 「……ああ、そうだな」 アデルはのろのろと立ち上がり、数歩歩いて、またしゃがみ込んだ。 「そうだよな、手がかりは見付からなかった上に、敵に警戒されちまった。はるかに難易度が高くなったわけだ。完全に失敗だ」 「アデルさん……」 未だ泣き崩れているロバートに、アデルは弱々しい笑顔を返す。 「お前のせいじゃない。俺が完璧にしくじっちまったんだ。生きてるだけまだマシだけどな」 「マシってだけよ。このままじゃ任務の遂行なんか、絶対にできやしないわ」 「ああ、分かってる。……と言って、もう一回忍び込むってワケにも行かないだろうな」 「そりゃそうよ。今夜のことで、相手は防衛網を敷いてくるはずよ。 ほぼ間違い無く、あたしたちは町に戻ることすらできなくなってるでしょうね。下手すると、列車すら止められるかも知れないわ」 「おや、それは困りますな。わたくしの退路が絶たれてしまうではないですか」 と、飄々とした声が飛んで来る。 「……!?」 「誰!?」 声のした方へ、3人が一斉に振り向く。 そこには西部の荒野にはまったく場違いとしか思えない、全身真っ白な男が立っていた。 ![]() 「お、お前は……!」 「イクトミ!?」 唖然とするエミルとアデルに構わず、相手は肩をすくめる。 「ご無沙汰しておりました、マドモアゼル。またお会いできて幸甚の至りです」 「な、何がマドモアゼルよ、このクソ野郎!」 珍しく顔を赤らめたエミルに対し、イクトミはきょとんとした表情を返す。 「おや? もうマダムでしたか?」 「違うわよ! そうじゃなくて、あんたに馴れ馴れしく話しかけられる筋合いなんか無いって言ってんのよ!」 「おやおや、つれないご返事ですな。 折角、僭越ながらこのわたくしが、あなた方に手をお貸ししようかと思っていたのですが」 「何だって?」 尋ねたアデルに、イクトミはこう返した。 「いや、わたくしも彼らからいただきたい一品がございましてね。 しかしその狙いの品物は厳重に、金庫かどこかに収められているようで、ちょっとやそっとわたくしが侵入しても、一向に見付かる気配が無かったのですよ。 一方――今の今までじっくり観察させていただきましたが――あなた方が探る情報もまた、どこをどう探しても見付からなかったご様子。 この二つの事柄には何か、符号じみたものを感じるのですが、ね」 |
DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 8
2016.05.27.[Edit]
ウエスタン小説、第8話。好敵手、現る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. その時だった。「ロバート! 伏せてろ!」 怒声と共に、部屋の外から窓ガラスを割って、何かが投げ込まれる。「えっ、……あ、アデルさん!?」 この問いにも答える声は無かったが、代わりに投げ込まれた煙幕弾が煙を噴き出す。 瞬く間に部屋は白煙で覆われ、視界が真っ白に染まる。「こっちだ! 動けるか!?」「あ……あひ……あひっ……」 ロ...
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DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 9
2016.05.28.[Edit]
ウエスタン小説、第9話。因縁の相手。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9.「お前も俺たちも、見付けようとしても見付からなかった、……か」 明らかにイクトミを避ける様子を見せるエミルに対し、アデルはイクトミの話に耳を傾ける。「確かに妙な一致だな」「そうでしょう、そうでしょう。そこで名探偵のお二人にお知恵を拝借できないか、と。そう思いまして今回、お声をかけさせていただいた次第です」「けっ、お前なんぞ...
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DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 10
2016.05.29.[Edit]
ウエスタン小説、第10話。移民街の謎。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10. イクトミも交えたアデルたち一行はヒエロテレノに戻り、イクトミの隠れ家に移っていた。 伊達男のイクトミも、流石に己の家では白上下のスーツではなく、どこにでもいそうなシャツ姿となっている。(ただし東部の先進した街でなら、と言う注釈は付くが)「この町はわたくしにとっても、実に居心地がいいところです。取り分け、美酒の種類は...
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DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 11
2016.05.30.[Edit]
ウエスタン小説、第11話。エミルとイクトミ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11. アデルたち4人は駅の近くに潜み、貨物列車が来るのを待つことにした。「地下に廃鉱を利用した秘密施設が本当にあるとしても、そこからモノを運び出さなきゃカネにはできない。 となれば必然的に、駅まで酒樽を運んでくるはずだ」「次はいつ来る予定なんスか?」 尋ねたロバートに、アデルは短く首を振る。「公式な運行表通りに来る...
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DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 12
2016.05.31.[Edit]
ウエスタン小説、第12話。地下工場の攻防。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12. 地下はひんやりとしており、アデルが身震いする。「うぇ……、カビが生えそうだ」「この湿気と気温、恐らく地下水脈が近いせいでしょう」「町の下にこんなとこがあるなんて、マジで全然気付かなかったっス」「静かに」 エミルがさっと手を振り、全員を黙らせる。 そのまま恐る恐る、一行は奥へと進んでいった。(見張りとかは……)(いな...
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ウエスタン小説、第13話。
因縁のガンファイト。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 13. 一行は昇降機に飛び乗り、操作盤に群がる。 「早く!」「分かってら!」 レバーを上げ、昇降機が動き始める。 当座の安全を確認し、アデルがイクトミから手を離し、床に座らせる。 「大丈夫か、イクトミ?」 「心配ご無用、……珍しいことだ。あなたがわたくしの心配をなさるとは」 若干顔を青ざめさせながらも、イクトミは平然とした口ぶりで答える。 「弾は貫通しておりますし、骨や動脈などにも当たっていないようです。止血さえしっかりしていれば、大したことはございません。 と言うわけですみませんがムッシュ、お願いいたします」 「お、おう」 言われるまま、アデルはイクトミに止血を施した。 「だ、大丈夫なんスか?」 ロバートが怯えた声で、誰ともなく尋ねる。それは恐らくイクトミの状態では無く、トリスタンの追撃について尋ねたのだろう。 それを察したらしく、エミルが答える。 「追ってきたとしても、この昇降機自体が盾になってるようなもんよ。拳銃程度じゃ撃ち抜けないわ」 「あ、そ、そっスよね」 「いや、マドモアゼル」 と、止血を終えたイクトミが首を横に振る。 「問題が1点ございます」 「え?」 エミルが振り返ったその瞬間――昇降機ががくんと揺れ、停止した。 「……まあ、こう言うわけです」 「下で停められたか!」 アデルは昇降機を囲む立坑に目をやり、はしごを指差す。 「あれで登るぞ!」 4人ははしごに飛びつき、大急ぎで上がっていく。 その間に昇降機はふたたび動き出し、下降し始めた。 「はーっ、はーっ……」 「ひぃ、ひぃ……」 どうにか昇降機に追いつかれる前に、4人は地上に出ることができた。 「や、休んでる間は、無いぞっ」 息も絶え絶えに、アデルが急かす。 「どこか、電話、あるとこっ」 「サルーンよ!」 ほうほうの体のアデルとロバートに比べ、女性のエミルと怪我人のイクトミの方が、ぐいぐいと距離を伸ばしていく。 「ま、待って、はぁ、はぁ」 「ひー、ひー……」 アデルたちも何とか両脚を動かし、エミルたちに追いつこうとした。 だが――。 「あう……っ!」 「ロバート!」 ロバートの左脚から血しぶきが上がり、その場に倒れる。 「逃がしはせんぞ、お前ら全員ッ!」 倉庫の方から、トリスタンが立て続けに発砲しつつ迫ってきていた。 「ちっ!」 エミルが敵に気付き、即応する。彼女も走りながら、拳銃を乱射し始めた。 やがて互いに6発、銃声を轟かせたところで、その場に静寂が訪れた。 「や、……やはり!」 トリスタンは拳銃を持った手をだらんと下げ、エミルを凝視している。 「その腕前、そしてそのご尊顔! 間違い無い!」 「あんたの知ってる奴とは人違いよ!」 そう叫び、エミルは弾を装填し始める。 「私があなたのお姿を、見間違えるものか! あなたが閣下で無ければ、一体誰だと言うのだ!? そうだ、あなたがエミル・トリーシャ・シャタリーヌその人であるならばッ!」 だが一方、トリスタンは6発装填のはずの拳銃をそのまま構え、引き金を絞った。 「これを避けられぬはずが無いッ!」 ![]() その瞬間、傍で見ていたアデルにはまったく信じられない、異様なことが起こる。 トリスタンの拳銃から、7発目の弾丸が発射されたのだ。 (変だぞ、あの拳銃……!? それに発射の瞬間、シリンダーからガスを噴かなかった? いや、違う――シリンダーが無い!?) そして直後の状況も、アデルにはまったく理解のできないものだった。 何故なら――弾丸の装填中を狙われたはずのエミルは平然と、硝煙をくゆらせる拳銃を片手に立っており、その逆に、先んじて銃撃したはずのトリスタンが、右手から血を流していたからである。 「……は……ははは……素晴らしい……」 しかしボタボタと血を流しながらも、トリスタンは恍惚の表情を浮かべており、感動に満ちた声でこう叫んだ。 「Magnifique! C’est magnifique!(素晴らしい!)」 「Ta gueule!(黙れ!)」 エミルが叫び返す。 「そこでじっとしてなさい! あんたには、聞きたいことがある!」 「……できぬ!」 と、トリスタンは真顔に戻り、後ずさる。 「私には成さねばならぬ大義がある! ここで死ぬわけには行かんのだ!」 そう言い残し、トリスタンはその場から逃げ去った。 |
DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 13
2016.06.01.[Edit]
ウエスタン小説、第13話。因縁のガンファイト。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13. 一行は昇降機に飛び乗り、操作盤に群がる。「早く!」「分かってら!」 レバーを上げ、昇降機が動き始める。 当座の安全を確認し、アデルがイクトミから手を離し、床に座らせる。「大丈夫か、イクトミ?」「心配ご無用、……珍しいことだ。あなたがわたくしの心配をなさるとは」 若干顔を青ざめさせながらも、イクトミは平然とした...
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DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 14
2016.06.02.[Edit]
ウエスタン小説、第14話。新たな仲間と、かつての……。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -14.「結論から言えばだ」 ヒエロテレノの戦いから、2週間後。 アデルたちを前にし、パディントン局長が今回の結末を総括していた。「今回の任務自体は成功した。 君たちが発見してくれた地下工場を無事に摘発し、リゴーニによる武器密輸の拡大・継続を防ぐことができたのだからな。クライアントも喜んでいた。ちなみにネイサン...
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DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 1
2016.11.01.[Edit]
5ヶ月ぶりにウエスタン小説。Civil war "eve"。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. アメリカ合衆国最大の内戦、南北戦争。 勃発の直接の原因は、それまで合衆国の富裕層における「常識」であった奴隷制に対する意見の相違に起因するのだが、そもそも何故、戦わねばならぬほどに意見を違えることとなったのか? それは北部地域と南部地域の産業構造が分化し、それぞれの地域に住む人民の意識が変化していたことが、最...
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DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 2
2016.11.02.[Edit]
ウエスタン小説、第2話。おたから。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「『猛火牛(レイジングブル)』、だろ?」 アデルがニヤニヤしながら放ったその言葉に、エミルはけげんな表情を浮かべた。「なにそれ?」「あれ? 間違えたかな……」 エミルの反応を受けて、アデルは途端に自信を失う。「それがトリスタン・アルジャンの通り名だっつって、情報屋のグレースからそう聞いたんだけどなぁ」「ふーん、そうなの?」 ...
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ウエスタン小説、第3話。
欲と義と。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 3. 「今回君に任せる件の詳細は、以下の通り。 先のN準州開発に絡む汚職事件についての追求を逃れ蒸発した代議士、セオドア・スティルマンの捜索、及び拘束だ。 無論、罪に問われているとは言え、まだ犯罪者と確定したわけでもない男を、我々が勝手に拘束するわけにはいかん。そこで逮捕権を持つ連邦特務捜査局の人間に同行し、名目上は彼に拘束させるようにしてほしい。 (と言うよりもこの件、捜査局からの依頼なんだ。また人員不足だとか予算が十分じゃあ無いだとか、何だかんだと文句をこぼしていたよ) そう、今回もまたあのお坊ちゃん、サミュエル・クインシー捜査官と一緒に仕事してもらう。言うまでもないが、勿論エミルにも同行してもらうこと。 あと、あの、……イタリア君にも初仕事をさせてやろう。一緒に連れて行くように。 P.S. イタリア君の名前をど忘れした。何となくは覚えているんだが。彼、名前なんだったっけか?」 「このメモ、局長から?」 尋ねたエミルに、アデルはこくりとうなずく。 「ああ。彼は今、別の事件を追っているらしい。だもんで、こうして書面での指示をもらってるってワケだ」 「……ああ、だから?」 そう返し、エミルは呆れた目を向ける。 「局長の目が届かないうちにお宝探しして、ちゃっかり独り占めしようってわけね」 「いやいや、二人占めさ。俺とお前で」 「それでも強欲ね。サムとロバートも絡むことになるのに、二人には何も無し?」 「あいつらには何かしら、俺からボーナスを出すさ。お宝が本当にあったならな」 「あ、そ。慈悲深いこと」 エミルにそう返されつつ冷たい目でじろっと眺められ、アデルは顔を背け、やがてぼそっとこうつぶやいた。 「……分かったよ。4等分だ」 「5等分にしなさいよ、そう言うのは。 仕事にかこつけて宝探しするんだから、機会を与えてくれた局長にもきっちり分けるべきじゃないの?」 エミルの言葉に、アデルは顔をしかめる。 「エミル、お前ってそんなに博愛主義だったか? いいじゃねーか、局長に内緒でも」 「一人でカネだの利権だのを独り占めしようなんて意地汚い奴は、結局ひどい目に遭うのよ。 そりゃあたしだって儲け話は嫌いじゃないけど、出さなくていいバカみたいな欲を出して、ひどい目に遭いたくないもの」 そう言ってエミルは新聞紙を広げ、アデルに紙面を見せつける。 「『スティルマン議員 新たに脱税疑惑も浮上』ですってよ? 独り占めしようとするようなろくでなしは結局悪事がバレて、こうやって追い回されて大損するのよ。 あんた、こいつに悪事の指南を受けるつもりで捜索するの?」 「……」 アデルは憮然としていたが、やがてがっくりと肩を落とし、うなずいた。 「……ごもっとも過ぎて反論できねーな、くそっ」 「ま、そんなわけだから」 そう言って、エミルはアデルの前方、衝立の向こうに声をかけた。 「もしお宝の分け前があれば、あんたにもちゃんとあげるわよ」 「どーもっス」 衝立の陰から「イタリア君」――パディントン探偵局の新人、ロバート・ビアンキが苦笑いしつつ、ひょいと顔を出した。 ![]() 「あ、お前? もしかしてずっとそこにいたのか?」 目を丸くしたアデルに、ロバートは口をとがらせてこう返す。 「先輩、ひどいじゃないっスか。俺にタダ働きさせようなんて」 「反省してるって。ちゃんと渡すさ」 「へいへーい。ま、今回はそれで許してあげるっスよ、へへ」 ばつが悪そうに答えたアデルに、ロバートはニヤニヤ笑いながら、肩をすくめて返した。 |
DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 3
2016.11.03.[Edit]
ウエスタン小説、第3話。欲と義と。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「今回君に任せる件の詳細は、以下の通り。 先のN準州開発に絡む汚職事件についての追求を逃れ蒸発した代議士、セオドア・スティルマンの捜索、及び拘束だ。 無論、罪に問われているとは言え、まだ犯罪者と確定したわけでもない男を、我々が勝手に拘束するわけにはいかん。そこで逮捕権を持つ連邦特務捜査局の人間に同行し、名目上は彼に拘束させ...
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DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 4
2016.11.04.[Edit]
ウエスタン小説、第4話。米連邦司法省ビルにて。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「あ、そ、その、ビアンキさん、よ、よろしく……、お願いします」 前回共に仕事をしてから半年ほど経っていたが、やはりサムは以前と変わらず、シャイな様子を見せていた。「ロバートでいいぜ。こいつもお前さんと同じヒヨッコだ。仲良くしてやってくれ」「何スかそれ、子供扱いして……」 口をとがらせつつも、ロバートは素直に、サムに...
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DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 5
2016.11.05.[Edit]
ウエスタン小説、第5話。仕事と遊びと、宝探しと。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. うずくまったままのサムを放っておき、アデルたちは引き続き、資料を確認する。「んで、そのフィッシャー議員から政治基盤を受け継ぎ、上院議員にまで出世ってわけか。 そして今年、汚職が発覚、と」「汚職って、そう言やこのおっさん、何やったんスか?」尋ねたロバートに、エミルが説明する。「簡単に言えば収賄と背任、横領よ。...
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DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 6
2016.11.06.[Edit]
ウエスタン小説、第6話。二つの事件と二人の政治家。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. サムを懐柔したところで、アデルたちは改めて、その「お宝」の情報集めに取り掛かった。「で、アデル。情報屋から聞いたお宝の話って、具体的には?」「ああ。グレースから聞いたのは、こんな感じだ。 T州のとある大物政治家が1860年、即ち南北戦争の直前になって、資金を大量にかき集めたんだ。どうやら戦争が起こることを...
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DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 7
2016.11.07.[Edit]
ウエスタン小説、第7話。議員先生の足取り予測。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 司法省ビルでの情報収集を終えたアデルたちは、その日のうちに、T州行きの列車に乗り込んでいた。「サム、到着は何日後だ?」 列車がワシントン郊外に差し掛かった辺りで、アデルがサムに尋ねる。「えーと……、8日後の予定です」 手帳に視線を落としながらサムがそう返したところで、横に座っていたロバートが愕然とした表情を浮か...
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DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 8
2016.11.08.[Edit]
ウエスタン小説、第8話。二手、三手先を読む。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8.「え……?」 思ってもいなかったエミルの返答に、アデルは面食らう。「いや、変な話じゃないだろ? 時間差があるから……」「そこじゃ無いわよ、問題は」 エミルは肩をすくめつつ、こう返した。「あんた、火が点いたダイナマイトが目の前に落ちてるのを見付けても、その場でじっと突っ立ってるの?」「どう言う意味だよ?」「危ないと思っ...
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ウエスタン小説、第9話。
部屋割り。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 9. ワシントンを発ってから8日後、アデルたち一行は予定通りT州、フランコビルを訪れていた。 「西部っつーか、南の端まで来ちまったなー」 「そっスねー。って言うか鉄道自体が端っこ、終着駅っスもんねー」 並んで立つアデルとロバートは、だらだらと汗を流している。サムも額をハンカチで拭きながら、気温の変化を分析している。 「流石に緯度10度近くも南下すると、空気が全然違いますね。ワシントンと全然、日差しが違います」 「い……ど?」 きょとんとしたロバートを見て、サムが説明しようとする。 「あ、緯度と言うのはですね、地球上における赤道からの距離を……」「やめとけ、サム」 が、アデルがそれを止めた。 「このアホにそんな小難しい説明はするだけ無駄だ。見ろ、このきょとぉんとした顔」 「……要するに、暑いところに来たってことです」 噛み砕いた説明をしたサムに、ロバートは憮然とした顔を返した。 「子供だって知ってるっつの。メキシコの隣だし」 「その暑い国がなんで暑いか知らねーからアホだって言われんだよ」 「ちぇー」 と、エミルが胸元をぱたぱたと扇ぎながら、3人に声をかける。 「いつまで日差しの真下で駄弁ってるつもり? そのまま続けてたら3人とも、マジで頭悪くなるわよ」 「ごもっとも。そんじゃ先に、宿を取りに行くか」 「賛成っスー」 一行は駅隣のサルーンに入り、マスターに声をかける。 「ちょっと聞きたいんだが、ここって泊まれるか?」 「ええ、一泊1ドル10セントです。ただ2階に2部屋しか無いんで、2人ずつになりますが」 マスターの返答に、4人は顔を見合わせる。 「まあ、そうよね。ニューヨークやフィラデルフィアならともかく、アメリカの端近くまで来てて、そんなに部屋数のある宿なんて普通無いわよ」 「まあ、道理だな。だが今、そこを論じたってしょうがない。部屋数が増えるわけじゃないからな。 今論じるべきは、どう分けるか、だ」 アデルの言葉に、ロバートが全員の顔をぐるっと見渡す。 「姉御と先輩、俺とサムって分け方じゃダメなんスか?」 「え」 ロバートの案に、サムが目を丸くする。 「え、……って、普通に考えたらそうなるだろ?」 けげんな顔をするロバートに、サムはしどろもどろに説明する。 「あ、でも、エミルさんとアデルさんは、そう言う関係じゃ」 「いや、それは俺も知ってるって。 だけど例えばさ、ヒラの俺と姉御じゃ余計おかしいだろ。お前でもそれは同じだし」 「それは……うーん……そう……ですよね」 うなずきかけたサムに、アデルがこう提案する。 「いや、それよか1対3、エミルに1部屋、残りを俺たち、って分けた方が紳士的だろ」 「あ、……そーっスよね、そっちの方がいいっス、絶対」 ロバートは素直に納得したが――何故かサムはこの案に対しても、面食らった様子を見せた。 「えぇぇ!?」 「おいおい、待てよサム。どこも変じゃ無いだろ、今の案は? 男部屋と女部屋に分けようって話だろうが」 アデルにそう言われ、サムは目をきょろきょろさせ、もごもごとうなるが、どうやら反論の言葉が出ないらしい。 「あっ、あの、でも、……その、……そう、ですよね」 「……」 しゅんとなり、黙り込んでしまったサムを、エミルはじーっと眺めている。 その間にロバートが、マスターに声をかけようとした。 「決まりっスね。んじゃ……」 と、そこでエミルが口を開き、ロバートをさえぎる。 「マスター。部屋割りはそっちの赤毛と茶髪で1つ。それからメガネの子とあたしで1つ。よろしくね」 「……え?」 エミルの言葉に、アデルたち3人は揃って唖然となる。 「かしこまりました、ごゆっくりどうぞ。夕食は18時に、1階で出しますので」 「分かったわ。それじゃ後でね、アデル。それからロバートも」 その間にマスターが鍵を2つカウンターに置き、エミルは片方の鍵を受け取ると同時にサムの手を引いて、そのまま2階へ行ってしまった。 残されたアデルは、ロバートと顔を見合わせる。 「……ちょっと待て」 「いや、俺に言ったって」 「え、エミル、ま、まさか、あいつが、あんなのが、タイプなのか? アレがタイプだってことか?」 「分かんないっスよぉ、俺に言われたって」 「い、いや、違うよな? ほ、保護欲みたいな、子犬可愛がりたいみたいな、ソレ的なアレだよな? な? なっ? なあっ!?」 「だから分かんないっスってー……」 狼狽えるアデルをなだめつつ、ロバートはカウンターに置かれた鍵を受け取り、まだぶつぶつつぶやいている彼を引っ張るようにしつつ、2階へ向かった。 ![]() |
DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 9
2016.11.09.[Edit]
ウエスタン小説、第9話。部屋割り。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. ワシントンを発ってから8日後、アデルたち一行は予定通りT州、フランコビルを訪れていた。「西部っつーか、南の端まで来ちまったなー」「そっスねー。って言うか鉄道自体が端っこ、終着駅っスもんねー」 並んで立つアデルとロバートは、だらだらと汗を流している。サムも額をハンカチで拭きながら、気温の変化を分析している。「流石に緯度10...
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DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 10
2016.11.10.[Edit]
ウエスタン小説、第10話。煩悶アデル。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10.(こんな先輩、初めて見るぜ) 半月前に出た初任給で早速買った懐中時計で時間を確かめつつ、ロバートはベッドの上で、一言も発さずとぐろを巻いているアデルを眺めていた。「先輩、ちょっと寝たらどうっスか? 夕飯まであと3時間ありますし」「……」 何度か声をかけたが、アデルの耳には入っていないらしく、彼はじっと壁の方を見つめたま...
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DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 11
2016.11.11.[Edit]
ウエスタン小説、第11話。偵察。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11.「あ、俺が出ます」 ロバートはぐでっと横になったままのアデルに断りを入れ、続いてドアに向かって応じる。「姉御っスか?」「ええ。一息ついたでしょうし、そろそろ回ってみないかって声かけに来たんだけど、アデルは? 不貞寝してるの?」「え? あー、と……」「まさか! んなわけ無いって」 ロバートが返事を返しかけたところで、アデルが慌...
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ウエスタン小説、第12話。
カウボーイだった男の哀愁。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 12. アデルたちがフランコビルに着いてから、5日後。 いかにも神経の細そうな、蒼い顔をした中年の男が、大きなスーツケースを両手にそれぞれ1つずつ提げて、駅から現れた。 「……」 神経質じみた仕草で辺りを確かめつつ、男は駅を離れ、そのまま南へと歩いて行く。 1時間ほどかけ、男は「ダンカン牧場」と看板がかけられた、小さな家の前に着いた。 「ふう、ふう……、失礼、ボビー・ダンカンさんはいらっしゃるか?」 トントンとドアをノックし、少ししてその向こうから、陽気そうな男の声が返って来た。 「ちょっと待ってくれー、すぐ開ける」 その言葉通りドアが開き、中から赤ら顔の、やはり陽気そうに見える男が現れた。 「ん? ……おお、テディ! テディじゃねえか!」 「ん、ん……、ゴホン、ゴホン」 テディと呼ばれた男は辺りを見回しつつ、空咳をする。 「その、……あまり、大声を出さないでくれ、ボブ」 「あ……? どうしたんだ、テディ? 前にも増して顔が真っ青だぞ」 「血色の良い君がうらやましいよ。……いや、その、……君は最近、新聞を読んだか?」 「新聞?」 テディに尋ねられ、ボブはげらげらと笑って返した。 「おいおい、俺が文字嫌いなの、忘れちまったのか? あんなもん、暖炉の火を点けるのにしか使ったこと無えや」 「覚えている。だから君のところに来たんだ。『最近の』私の事情を、きっと君は知らないでいてくれているだろうと思って」 「あん?」 きょとんとしているボブに、テディはもう一度辺りを見回してから、こう続けた。 「中に入っていいか? 外では話せないんだ」 「おう、むさ苦しくて上院議員殿にゃ似合わんところだが、それでもいいなら」 「助かる」 家の中に通されるなり、テディは持っていたかばんをテーブルの上に置き、片方を開けた。 「おいおい、大げさなかばんだなぁ。一体何が入って……」 笑いかけたボブの顔が、凍ったように固まる。 開かれたかばんの中には300人のリンカーンが、ぎゅうぎゅう詰めになって眠っていたからだ。 「お、お、おっ、おい、テディ、な、なんだ、それっ」 「見ての通り100ドル紙幣が300枚、つまり3万ドルだ。もう一つのかばんにも、同じくらい詰め込んでいる。 ボブ、詳しいことは一切聞かないと、約束してくれないか?」 「おっ、おう。い、いいぜ」 ガタガタと震えつつも、ボブは首を縦に振った。 「本当に助かる。ありがとう、ボブ。 馬を1頭買いたいんだが、いくらになる?」 「馬だって? 競馬にでも出すのか?」 「いや、私が乗るんだ」 「お前が?」 ボブは首にかけていたバンダナで額の汗をごしごしと拭いつつ、呆れた目を向ける。 「お前が馬に乗ってたのなんて戦争前の、まだハナたれのガキだった頃の話じゃねえか。一体どうし、……あー、いや、聞かん。聞かんぞ」 「ありがとう。できれば脚が長持ちする馬がいいんだが……」 「あるぜ。値段は400ドルってところだ」 「そうか。かなりの距離を歩かせるから、食糧も用意して欲しいんだ。人と馬、両方の」 そう頼んできたテディに、ボブは神妙な顔を返した。 「テディ。お前まさか、メキシコにでも高飛びするのか? そのカネ、ヤバいヤツなのか?」 「……」 何も答えず、押し黙ったテディを見て、ボブは深くうなずいた。 「……いや、聞くなって話だったよな。答えなくていい。 分かった、1週間分でいいか?」 「ああ、助かる。調達にどれくらいかかる?」 「2時間もありゃ十分だ。総額、しめて……」 言いかけたボブに、テディはかばんの中のドル紙幣を乱雑につかみ、そのまま渡そうとした。 「2000ドルはあるだろう。これで頼む」 「お、多すぎるって! 500くらいで……」「いや」 テディは金を無理矢理、ボブに押し付ける。 「迷惑料も込みだ。恐らくこの後、面倒臭い連中が大勢押しかけて、君に根掘り葉掘り聞いてくるだろうから」 「……」 まだ渋るような表情を浮かべていたが、ボブはテディから金を受け取った。 そして2時間後、確かにボブは、馬と食糧とを調達してきてくれた。 「本当にありがとう、ボブ。それじゃ、元気で」 「おう。お前も、元気でな」 「ああ。……じゃあ」 テディはひらりと馬に乗り、そのままダンカン牧場を後にした。 「……」 牧場からさらに南下し、周囲が見渡す限りの荒野となったところで、テディは懐から煙草を取り出した。 (……何年ぶり、いや、何十年ぶりだろうか。 こうして何も無い、誰もいないところでただ一人、静かに煙草を吸うのは) ライターで火を点け、口にくわえ、ゆっくりと吸い込む。 「ふう……」 テディは吐き出した紫煙が風に飛ばされるのをぼんやりと眺め――その向こうに、馬に乗った人影が4つ、近付いて来ていることに気付いた。 ![]() |
DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 12
2016.11.12.[Edit]
ウエスタン小説、第12話。カウボーイだった男の哀愁。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12. アデルたちがフランコビルに着いてから、5日後。 いかにも神経の細そうな、蒼い顔をした中年の男が、大きなスーツケースを両手にそれぞれ1つずつ提げて、駅から現れた。「……」 神経質じみた仕草で辺りを確かめつつ、男は駅を離れ、そのまま南へと歩いて行く。 1時間ほどかけ、男は「ダンカン牧場」と看板がかけられた、...
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DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 13
2016.11.13.[Edit]
ウエスタン小説、第13話。食い違い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13.「君たちは?」 尋ねてきた相手に、アデルが先頭に立って答える。「俺たち3人はパディントン探偵局の者だ。こっちの1人は、連邦特務捜査局の人間だけどな」「ふむ」 相手は煙草をくわえたまま、ゆっくりと馬を歩かせ、近付いて来る。「つまり、私を逮捕しようと?」「話が早くて助かるぜ、セオドア・スティルマン上院議員殿」 アデルは馬を...
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DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 14
2016.11.14.[Edit]
ウエスタン小説、第14話。内戦前夜の空白。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -14. スティルマン議員をワシントンへ護送する前に、アデルたちはサンクリストへ寄り道していた。「このままじゃ気になって仕方無いし、F資金についての手がかりだけでもつかんでおきたいんだ。 協力してもらうぜ、議員先生。……ただし、このことは内緒にしてくれ」「それは司法取引かね?」 憮然とした顔で尋ねたスティルマン議員に、アデ...
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DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 15
2016.11.15.[Edit]
ウエスタン小説、第15話。誰にも語られなかった懺悔。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -15.「Thursday,12.27.1860. 先生は北部連中の言動を受け、大層お怒りになっていた。そして私に大量の資金と兵士、さらには武器を集めるよう指示された。大変な役目を負わされたものだ。 恐ろしくてたまらない。もし万が一、司法当局や政府権力が私を拘束した際、少しでもその責を逃れるために、日記を分けて...
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DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 16
2016.11.16.[Edit]
ウエスタン小説、第16話。局長の懸念。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -16. アデルたちがフランコビル南でスティルマン議員を拘束してから、10日後――。「クインシー君から報告が来たよ。スティルマン議員は無事、司法当局に引き渡されたそうだ」「そうですか、良かった」 出張から戻って来たパディントン局長から顛末を聞かされ、アデルは笑顔を作って応じた。「これでまた、捜査局とうちとのパイプが太くなるって...
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DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 1
2017.04.09.[Edit]
ウエスタン小説、第7弾。「王」と呼ばれた男。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 周知の事実であるが、アメリカ合衆国には「国王」がいない。 これは建国当初より、合衆国が「自由と平等」の精神を重んじた結果である。即ち国王などと言う「絶対君主」、唯一無二の存在が人民の中に、また、国家の中にある限り、その存在から人民が「自由」になることは叶わず、「平等」もまた、訪れ得ないからである。 なお、実際に...
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DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 2
2017.04.10.[Edit]
ウエスタン小説、第2話。機関車バカ、ふたたび。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「よーっす、お久しぶり」 応接室に入るなり、あごひげの男からフランクに挨拶され、アデルは面食らった。「え、あ、……お、お久しぶり?」「なんだよ、俺の顔忘れたのか? つれないねぇ」「えーと……」 アデルは記憶をたどり、そしてようやく、相手の名前を思い出した。「……あ! そうだ、ロドニー! ロドニー・リーランド! 機関車...
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DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 3
2017.04.11.[Edit]
ウエスタン小説、第3話。19世紀末の買収騒動。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「W&B鉄道 アトランティック海運買収計画を断念 経営破綻のおそれありとの意見も 西部開拓の一翼を担う鉄道会社、ワットウッド&ボールドロイド西部開拓鉄道が今年はじめより進めてきたアトランティック海運の買収計画について、同社最高経営責任者であるボールドロイド氏は昨日12日、正式に同計画を中止することを発表した。 ボ...
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DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 4
2017.04.12.[Edit]
ウエスタン小説、第4話。敵を制するには、まず味方から。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「流石と言うか、阿漕(あこぎ)と言うか、……ね」 U州へ向かう列車の中で経緯を聞いたエミルは肩をすくめ、こう尋ねてきた。「で、あたしは今回もあんたに同行するわけね」「ああ、そこはいつも通りだ」「その点は別に、どうこう言うつもりは無いわ。 でもなんでまた、コイツを連れてくの?」 そう言って、エミルは対面の席...
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DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 5
2017.04.13.[Edit]
ウエスタン小説、第5話。局長秘蔵の名士録。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. と、今まで軽くいびきをかいて眠っていたロバートが、ビクッと体を震わせ、「……んあ?」と間抜けな声を上げた。「むにゃ……、あれ? ……夢か」「夢? 何見てたのよ」 尋ねたエミルに、ロバートは目をこすりながら答える。「いや……、何て言うか、……まあ、子供ん頃の夢っス。ばーちゃん家で鶏肉とポルチーニ茸のトマト煮とか、……いや、何で...
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DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 6
2017.04.14.[Edit]
ウエスタン小説、第6話。「空回り」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. エミルたちの筆談に、ロバートもたどたどしく続く。《おれがさぐり入れて気ましょうか》《『気』じゃなくて『来』だアホ チラチラ見てきてる以上 俺たちは少なからずマークされてるはずだ そんなとこにノコノコ忍び寄ったら 即ボコられるぞ》《じゃあ 池になんかいい方方が?》《『池』じゃなくて『他』、『方方』じゃなくて『方法』 いい...
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ウエスタン小説、第7話。
生きていた鉄道王。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 7. 列車内での追手も難なくあしらい、アデルたち一行は、数日後には目的地であるU州の町、セントホープに到着した。 「で、そのボールドロイド氏ってのは、どこにいるんスか?」 駅前をきょろきょろと見回しながら尋ねてきたロバートに、アデルが通りの先を指差しながら答える。 「ここから西へ半マイルくらい行ったところに、『AB牧場』って呼ばれてるトコがある。そこにいるって話だ」 「じゃ、早速行きましょ」 3人は通りを西へと進みながら、この後のことを相談する。 「ボールドロイド氏に会ったら、どうするんスか?」 「まず訪ねた事情の説明だな。それからロドニーに連絡だ。 俺たちに依頼された内容はあくまで『アーサー・ボールドロイド氏の捜索』であって、説得じゃないからな」 「逃げたらどうするんスか?」 「だから息子のことを話すんだよ。いくらなんでも、息子が大変な目に遭ってるってのに、知らん顔するような親はいないだろ?」 「いるわよ」 エミルが冷めた目を向けつつ、話に割って入る。 「人間、誰も彼もが子供向けのおとぎ話みたいに、善良で慈悲深いわけじゃないのよ。子供を見捨てる親だっていっぱいいるわ。 むしろ子供のゴタゴタなんか聞いたら、『絶対会いたくない』って突っぱねるかも知れないわ。ロバートの言う通り、逃げるかもね」 「でしょ? 俺もそう思うんスけどねー」 二人に挟まれ、アデルは苦い顔を返す。 「うーん……、言われたらありそうな気がしてきたぜ。じゃあ、訪ねた理由を何か、適当に作るか」 「それがいいわね」 牧場に着くまでの間、3人はあれこれと、訪ねた理由を繕っていた。 牧場を目にした途端、ロバートが声を上げる。 「……でけー」 彼の言う通り、AB牧場は端の柵がかすんで見えるほど広く、家畜もあちこちで、小山のような固まりを作っている。 その繁盛ぶりに、アデルとエミルもぽつりとつぶやく。 「相当儲けてるみたいだな。流石、大鉄道会社を一代で築き上げただけのことはある」 「『駿馬は老いても駄馬にならず(A good horse becomes never a Jade)』ね。牧場だけに」 と、3人の前に、馬に乗った白髪の、60代はじめ頃と言った風体の老人が近付いて来る。 ![]() 「何か御用かね、探偵諸君?」 「……え?」 一言も言葉を交わさないうちに素性を見破られ、アデルは面食らった。 「い、いや、俺たちは、その」「御託は結構」 弁解しようとしたアデルをぴしゃりとさえぎり、老人はとうとうと語り始めた。 「赤毛の軽薄そうな君と、隣の愚鈍そうな君。どちらも、西部の流れ者にしては身なりが良すぎる。明らかに、西部よりも経済的かつ社会的に、はるかに先進している東部地域において、最低でも月給51~2ドルは収入を得られるような職業に就いている人間の服装だ。 そして赤毛君、2回、いや、3回か。双眼鏡でこちらのことを観察していたな? 何故そんなことをするのか? 牛泥棒の下見か? とすれば服装が矛盾する。牛泥棒をしなければならんような懐事情ではあるまい。東部の道楽者が単なる物味遊山で訪れたにしても、わざわざ双眼鏡を使ってまで、牛なんぞを観察するわけが無い。となれば残る可能性はこの私を探りに来た者、即ち探偵と言うことになる。 他にも洞察と推理の材料は数多くあったが、ともかく君たちが探偵であることは、明日の天気よりも明瞭なことだった。 とは言え――そちらのお嬢さんは見事に、西部放浪者風の雰囲気が板に付いていた。残念ながらそっちの2名が足を引っ張った形だな。君だけであれば、私もだまされたかも分からん」 「お褒めに預かり光栄だわ、ボールドロイドさん」 そう返したエミルに、アデルはまた驚く。 「なんだって? このじいさんが?」 エミルが答えるより先に、老人がまた口を開く。 「ご名答だ、お嬢さん。私がアーサー・ボールドロイド、その人だ。 それで、要件は何かね? 見当は付いているが」 |
DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 7
2017.04.15.[Edit]
ウエスタン小説、第7話。生きていた鉄道王。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 列車内での追手も難なくあしらい、アデルたち一行は、数日後には目的地であるU州の町、セントホープに到着した。「で、そのボールドロイド氏ってのは、どこにいるんスか?」 駅前をきょろきょろと見回しながら尋ねてきたロバートに、アデルが通りの先を指差しながら答える。「ここから西へ半マイルくらい行ったところに、『AB牧場』っ...
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DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 8
2017.04.16.[Edit]
ウエスタン小説、第8話。歴史の影の"FLASH"。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. アーサー老人に先導され、アデルたち3人はAB牧場の奥に構えていた屋敷に通された。「ふむ?」 アデルから今回の依頼について聞かされたアーサー老人は、首を傾げた。「そんな用事だったか。『F』のところから来たと聞いたから、もっと大事な話かと思っていたが」「いや、でも息子さんが大変なんスよ? 『そんなこと』って……」 そ...
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DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 9
2017.04.17.[Edit]
ウエスタン小説、第9話。アーサー老人の思惑。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9.「いくらFやLといえども、彼らだけで現在発生中の難事件を何件もさばく傍ら、何十人もの失踪者の足跡をつぶさに調べ上げることなど、到底不可能だ。 私の助けがあってこそ、傍目には人間業と思えないような、驚くべき速度と精度での調査が可能になると言うわけだ。 その関係は戦時中から変わらぬ、鉄の絆なのだ」 そう言って、アーサ...
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DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 10
2017.04.18.[Edit]
ウエスタン小説、第10話。迎撃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10. アーサー老人からの突然の要請に、アデルは面食らう。「な、何ですって?」「その件は早々に対処しなければ、極めて甚大な被害を被る問題なのだ。 このまま看過していれば君たちにとっても、いや、パディントン探偵局にとってもこの私、即ち西部界隈へと広がる情報網の一つを失うことになる」「そんなに?」 尋ねたエミルに、アーサー老人は深々...
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