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黄輪雑貨本店 新館

DETECTIVE WESTERN

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    ウエスタン小説、第5話。
    名策士で名士で名探偵で。

    5.
    「……と言うわけで、この会社がそもそもの元凶って感じでした」
    《ははは……、とんでもない会社だったもんだ》
     アデルからの報告を受け、パディントン局長が電話の向こうで大笑いする。
    《分かった。私のツテを使って、そこに監査を送らせよう。
     株式会社だから、株主総会で管理体制の甘さと粉飾について糾弾すれば即、社長は解任されるだろう》
    「そこまでするんですか?」
     驚いたアデルに、局長の真面目な声が返ってくる。
    《そんなコソ泥御用達のような会社がいつまでものさばっていては、はっきり言って社会の悪だ。株式を持っている資産家たちにも迷惑だしな》
    「……まさか局長、S&Rの株を持ってたりなんかしませんよね?」
    《私は杜撰な投機などやらん。持ってる有価証券と言えば、アメリカとヨーロッパ数ヶ国の国債くらいだ。後は友人の会社の株、いずれも1%以下程度だな。『資産は手堅く、博打は打たず』が私の座右の銘だよ。
     ま、私の友人の中には、そこのを持ってる奴がいるかも知れんがね》

     局長がうそぶいた通り、ものの3日で、S&R鉄道株式会社に会計事務所の人間が押し寄せた。
     そして局長の読み通り――会計事務所によって山のような不正・粉飾が次々と暴かれ、S&R鉄道の業務は即座に停止した。



    「だからあのバカ社長、追い出したがったのね」
    「今も揉めてるらしいぜ。まーだ『なんも知らねえ、帰ってくれ』ってごねてるらしい」
    「とんでもないですね」
     大手を振って調査を行えるようになったため、三人は再び、S&R鉄道の車輌基地内にいた。
     ただし、今度は会計事務所の人間があちこちで監査を行う中での調査である。
    「すみません、そっちには触れないで下さい」
    「あ、悪り」
    「そっちもまだ手を付けてないので……」
    「あら、そう」
    「触んないでって言ってるでしょう!」
    「ご、ごめんなさい、あの、すみません、本当……」
     調べようとする度に検査員に止められるため、結局、三人は調査を切り上げてサルーンに戻った。

    「ま、落ち着くまで待つとするか」
    「そうね。時間はたっぷりあるし」
    「いや、でも、僕は……」
     困った顔をするサムに、アデルがこう返す。
    「局長から頼んで、出向期間を伸ばしてくれるらしいぜ。
     本来の目的じゃないが、ここの不正もそこそこ大きな事件になったっぽいからな。もう大手の新聞にも記事が出てるくらいだし、特務捜査局もホクホクだって言ってた」
    「そ、そうですか、それなら、ええ」
     と――じりりん、とサルーンの電話が鳴り、マスターが出る。
    「まいど、……あん? どちらさんで? ……へ? ああ、それっぽい人たちなら確かに、うちにいますよ」
     マスターは受話器を手で塞ぎ、怪訝な顔でエミルたちに声をかける。
    「パディントン探偵局ってとこから電話が来たんだけど、あんたたち知ってるか?」
    「へっ?」
     アデルは目を点にする。
    「ああ、関係者だけど……」
    「そうか。局長さんから電話来てるよ」
    「ど、ども。……マジかよ」
     たどたどしく席を立ち、電話に出たアデルを眺めながら、エミルはつぶやく。
    「ほんっと、名探偵だこと」
    「アデルさんがですか?」
     きょとんとしながら尋ねたサムに、エミルはぱたぱたと手を振って答える。
    「違うわ、パディントン局長よ。
     よくもまあ、遠く離れた東部のオフィスから、あたしたちがこのサルーンにいるって分かったもんね、……ってことよ」
    「……そう、ですね」
    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 5
    »»  2015.08.13.
    ウエスタン小説、第6話。
    アブダクション。

    6.
     電話を終え、アデルがテーブルに戻ってくる。
    「局長からの伝言だ。
    『会計事務所から情報を聞き出したところ、鉄道車輌とその保全部品が盗まれていたことが判明しているそうだ。
     その盗まれた車輌と、これまで被害に遭った街で上がった目撃証言にあった車輌の形状とを比較し、一致した。この盗まれた車輌が、一連の犯行に使われているのは間違いないだろう。
     となれば、必然的に我々が捜索すべきものは定まってくる。即ち、その盗んだ車輌を保管・整備するための車輌基地だ』……だってさ」
    「車輌基地、ねえ」
     つぶやいてはみたが、エミルは内心、うんざりしている。
     その様子を見て、アデルもうなずく。
    「ああ、確かにこれだけじゃ、まだ見付けられるとは言いがたい。
     S&R鉄道の路線が使われているのは間違いないだろうが、だからってその路線をつぶさに見て回ってたんじゃ、日が何回暮れるんだって話だ。
     ただ、もう一つ手がかりはある」
    「って言うと?」
     アデルはピン、と人差し指を立て、こう続ける。
    「盗まれた車輌はHKP6900型蒸気機関車、ゲージ(両輪の間の長さ。レールの横幅でもある)は3.5フィート。S&R鉄道の他の車輌も、3.5フィートで統一されてる。つまりS&Rの線路は全て、ゲージが3.5フィートで統一されてるってことだ。
     ところが近隣で被害に遭ってるダグラス&ドーソン鉄道やインターパシフィック鉄道の線路は、ゲージが3.5じゃないんだ」
    「どう言うこと? 別の車輌が使われてるってこと? それとも、S&Rから盗んだ車輌を改造してるってことかしら?」
    「前者なら、少なくとも3台の車輌が盗まれていて、それをしまえる規模の車輌基地があるってことになる。後者でも、そんな改造を施すには相当な設備がいる。
     となれば、単に屋根が付いてるって程度の倉庫ぐらいじゃ、管理や整備なんかできるわけがない。どっちにしたって、かなり大規模の車輌基地が必要になるだろう。
     そして一方で、コソ泥稼業なんかやってる奴が、どこの所属か分からんような胡散臭い車輌を、主要都市にある大型車輌基地に堂々と停めるとは考えにくい。恐らく人目に付かないようなところに停めるだろう。
     とは言え、蒸気機関車は修理やら手入れやら、手間がかなりかかる。モノの手に入りにくい山奥なんかに車輌基地を造って、もしも車輌が動かないなんてことになったら、そのまま立ち往生だからな。
     それらの情報を全て総合すれば……」
    「鉄道は一応通ってるけど、寂れてる。でもその割に、不釣り合いに大きな車輌基地があるような街。そこを探せってわけね」
    「そう言うことだ」
     サムが持っていた西部の路線図を広げ、3人はそれに該当する街が無いか確かめる。程なくしてサムが、「あっ!」と声を上げた。
    「こっ、これ、これじゃないでしょうか!?」
    「どこだ?」
    「このマーシャルスプリングスと言う街、以前はリーランド鉄道車輌と言う、鉄道車輌を開発・販売していた会社の本拠地だったんですが、その会社が数年前に無くなってまして、でも、会社の設備とか、車輌を造ってた工場とかはそのまま残ってるらしいです」
    「鉄道車輌の開発会社か……。なるほど、そう言うところなら駅はなくとも、公の路線につながる線路はあるだろうな。
     しかも会社は潰れて工場だけ残ってるってなれば、盗んだ車輌なんかを隠すのにはうってつけだな」
    「で、ですよね、ですよね! しかもここ……」
    「一連の事件があった場所からは、割りと近いわね。蒸気機関車ならそう時間をかけずに戻れそうね」
    「そ、そうなんです! どっ、どうでしょうか!?」
     顔を上気させたサムに、エミルとアデルは揃って吹き出した。
    「ぷっ……」「あはは……」
    「え? え?」
    「いや何、お前さん急に、張り切りだしたと思ってな」
    「……あ、……は、はい」
     一転、顔を真っ赤にしたサムの肩を、エミルがトントンと叩く。
    「ま、一番臭いところなのは確かね。行ってみましょ」
    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 6
    »»  2015.08.14.
    ウエスタン小説、第7話。
    ウエスタン・ドレスコード。

    7.
     一行は鉄道を使わず、リッチバーグで馬を借りてマーシャルスプリングスへと移動することにした。
    「列車は止まるって話だが、もしマジで犯人がいたら、俺たちの動きに気付かれるかも知れないからな」
    「ええ。鉄道から離れて向かう方が無難ね」
     西部暮らしの長いエミルと器用なアデルは平然と馬上におり、何の苦もなく馬を操っている。
     しかし今回の事件で初めて西部に足を踏み入れたサムに乗馬経験があるわけも無く、真っ青な顔で馬にしがみついている。
    「す、すいません、アデルさん」
    「いいって」
     当然、手綱を操ることもできず、サムの乗る馬はアデルに曳かれていた。
    「しかし……、お前さんの格好、西部を歩くにゃキメすぎだな」
     マンハッタン島やワシントンであれば――童顔のサム自身にはいささか不釣り合いとは言え――いかにもホワイトカラー、高級な職種の人間に見える上下紺色のスーツ姿も、そこら中にタンブルウィードが転がり、赤茶けた土や砂がどこまでも広がるこの荒野においては、あからさまに浮いて見える。
    「そうね。ここだと勘違いした旅芸人一座のマネージャー、って感じ」
    「ドレスコードを考えるべきでした」
    「ぶっ……、ねーよ、そんなもん」
     サムのとぼけた言葉に、エミルとアデルは笑い出す。



    「あはは……、いいわね、ドレスコード。
     ウエスタンシャツをインナーにして、トップスには牛革製のジャケット。アウターにはダスターコートを羽織り、ボトムスはジーンズ。後はブーツを履いて、カウボーイハットを被る。仕上げにバンダナを首に巻けば、完璧ね」
    「大事なもん忘れてるぜ」
     アデルは腰に提げた小銃の台尻を、とんとんと叩く。
    「これが無きゃあ、西部のドレスコードとは言えないな」
    「ふふ、確かに」
     エミルもポン、と拳銃を叩いて返す。
    「……ごめんなさい。全部無いです」
     一方で、サムはしがみついた姿勢のまま、申し訳無さそうにつぶやいた。
    「マジで? いや、服装は仕方ないが、拳銃も無いのか?」
    「怖くて……」
    「仕方無いわね」
     エミルは馬をサムの横に寄せ、予備のデリンジャー拳銃を差し出した。
    「えっ?」
    「何があるか分かんないでしょ? 持っておいた方がいいわよ」
    「は、はい」
     馬にしがみつきながらも、どうにかサムは手を伸ばし、エミルから拳銃を受け取った。

     昼過ぎに出発した一行は、どうにか夕暮れまでにはマーシャルスプリングスに到着した。
    「ああ……、怖かった」
    「ま、帰りはお前さんだけ列車に乗りな。俺たちは馬を返さなきゃならんし」
    「お手数おかけします」
     程なく、三人はサルーンを見付けて馬を降り、中に入る。
    「いらっしゃいませ」
     出迎えたバーテンに、アデルが尋ねる。
    「泊まりたいんだけど、部屋はあるか? 3人なんだけど」
    「ご一緒に?」
    「あー、と」
     アデルはくる、と後ろを向き、エミルとサムに顔を向ける。
    「いいわよ」「あ、はい」
    「じゃあ一部屋で。厩(うまや)はどこかな」
    「店の裏手です」
    「つながせてもらうぜ」
    「ええ、どうぞ。ご案内します」
     バーテンがカウンターを出て、アデルを案内している間に、サムが不安そうな目を向ける。
    「良かったんですか?」
    「ここ小さめだし、他に客もいるみたいだから、1人1部屋ずつって余裕は無さそう。他を探すとしても、もうこんな時間だし。あんまりうろうろ出歩いて目立ちたくないもの。
     ま、今夜くらいは我慢するわ。……って言っても、そんなに寝てる暇は無いでしょうけどね。あんたが言ってたところに行かなきゃいけないもの」
    「あ、そうですね。……でも僕、結構ヘトヘトで」
    「寝てていいわよ。時間になったら起こすから」
    「ありがとうございます」
     と、いつの間にか戻ってきていたアデルが口を尖らせている。
    「なんだよ、エミル。随分サムに優しいな」
    「あんたより紳士だもの」
    「じゃ俺も紳士になろうか? お嬢さん、今宵はわたくしと語らいませんか?」
    「語らない。あたしもできるだけ休みたいし。あんたも疲れてるでしょ?」
    「……ごもっとも。そんじゃさっさと寝るとするか」
    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 7
    »»  2015.08.15.
    ウエスタン小説、第8話。
    工場跡の夜。

    8.
     マーシャルスプリングスに到着したその晩、エミルたちは早速、目星をつけていた車輌開発会社跡に潜入することにした。
    「何だか僕たち、探偵なのか泥棒なのか良く分からないことをしてますよね」
    「言うようになったわね、サム」
     夜の闇に紛れるよう、黒いポンチョと黒い帽子を身につけた三人は、明るい往来で見れば確かに怪しい一団である。
    「ここが元リーランド鉄道車輌?」
    「はい。詳しく調べたところ、会社自体は8年前に閉鎖されています。それ以来施設や土地の買い手も無く、ずっと放置されたままのようです」
    「街もそんなに賑わってなかった感じだし、良からぬ奴らが隠れ家にするにゃ、ちょうど良さそうだな。
     壁にもでけえ穴開いてるし」
     出入口自体は鎖が巻かれ、厳重に施錠されているものの、敷地を囲む煉瓦の壁にはアデルが指摘した通り、いくつか崩れている箇所がある。
    「そろそろ口を閉じた方がいいわよ。壁の向こうでたむろしてるかも知れないし」
    「おう」
     三人は辺りを警戒しつつ、壁の穴から中に忍び込んだ。
    (人影は見当たらないな)
    (ええ)
     敷地内に侵入し、壁伝いに注意深く進んでいくが、人はおろか、野良犬や鼠にすら出くわさない。
    「……何にも無いわね」
    「はずれ、……でしょうか」
    「うーん」
     そのまま壁沿いに半周したところで、一行は線路に出くわした。
    「……いや、やっぱり怪しいな」
    「え?」
    「見てみろよ、線路が研いてある。誰もいないし使ってないってんなら、研いてあるわけが無い。
     だが実際、月がぼんやり映る程度にピカピカになってる。ってことは……」
    「人がいるし使ってる、ってわけね」
    「ああ、そうだ」
     アデルがそう返した瞬間――彼自身も含めて、三人全員が顔を真っ青にした。
     何故ならその台詞が、二重に聞こえたからである。

    「う……」
     アデルが恐る恐る振り返ると、そこには先端が拳大ほどもあるモンキーレンチを手にした、20半ばくらいで黒髪の、あごひげの男が立っていた。
    「あ、ちょい待ち。何もこいつでボカッと殴りかかろうってつもりじゃねーよ。整備してただけだからな。そう怖い顔しないでくれよ」
    「何の整備?」
     ポンチョの内側でこっそり拳銃を握りしめつつ、エミルが尋ねる。
    「そりゃ機関車だよ。車輌工場で船の整備する奴はいねーだろ?」
     男はニヤッと笑いながら、モンキーレンチで背後を指し示す。
    「あれだ。HKP6900型をベースに改造を施した、俺の特製マシン。聞きたいか、そのすっげーとこをよ?」
    「へぇ?」
     エミルは一瞬、アデルに目配せする。
    (HKP6900型って……)
     アデルも目で、エミルの質問に答える。
    (ああ。S&R鉄道から盗まれたのと同型の車輌だ)
    「どこが特製なのかしら?」
     尋ねたエミルに、男は嬉しそうな笑みを浮かべる。
    「おお、聞きたいか、そうかそうか。ならば聞かせてやろう。
     まず第一に燃料だ。普通は薪なんだが、俺に言わせりゃ火力に難がある。だもんでペンシルベニアから石炭を仕入れて、そいつで走らせてる。それとシリンダーやらボイラーやら、動力系の部品や機構を各3インチほど大きい物に換えてボアアップし、さらに顔が映るくらいに細かく細かく研磨して、バランスを絶妙に噛み合わせている。さらにブレーキも最新型のエアブレーキに換装した上に俺がバッチリな改良を加えたから、ごうごう全速力の状態からびたあーっと完全に止まるまで、20秒もかからない。極めつけは車輪とフレームに鋼と同張力・同剛性の合金をたっぷり使用して、なんと400ポンドもの軽量化に成功。元のHKP6900の1割増し、いや1割半、いやいや、2割強くらいは速えーぞぉ」
    「ご高説、どうも」
     エミルは半ば呆れつつ、男に尋ねた。
    「何度か運転してるのかしら?」
    「そりゃこんなスーパーマシン、走らせてやらなきゃ意味無いだろ」
    「最後に走ったのは?」
    「確か、10日くらい前だ。勿論、他の列車と進行がかぶっちゃまずいから、朝方にぐるーっとな」
    「S&R鉄道の線路を?」
    「……あんたら、さっきからなんでそんなことを聞くんだ?」
     男の顔に、けげんな様子が浮かぶ。
    「ちょうど探してたからだよ。S&R鉄道の路線を好き勝手に走り回る、HKP6900の同型機をな」
     男が嬉々として喋り倒していた間に、密かに背後に回りこんでいたアデルが、小銃を男の背に当てた。
    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 8
    »»  2015.08.16.
    ウエスタン小説、第9話。
    機関車バカ。

    9.
    「な、……なんだよ?」
     男はぎょっとした表情を浮かべ、モンキーレンチを握りしめる。
    「動くな。もしそいつをぶん回そうとしたら、俺のウィンチェスターが先に火を噴くぜ」
    「あんたら、まさか強盗なのか? 黒い格好してるし……」
    「どっちが強盗だよ」
    「何がだよ?」
     男とアデルとの問答を眺めていたエミルが、首を傾げる。
    「とりあえず、名前から聞いていいかしら」
    「誰の?」
    「あなたに決まってるでしょ」
    「俺か? 俺はロドニー・リーランドだ」
    「リーランド? もしかしてこの会社の……」
    「あー、それは親父のやつ。
     8年前に親父が死んだんで、会社を畳んだんだ。そんでたっぷり遺産ができたし、俺はそいつで隠居暮らししてる。んで、趣味の機関車改造にどっぷり没頭してる。
     俺についてはそんなとこだ。オーケー?」
    「オーケーよ。じゃあリッチバーグで盗みを働いたのは、あなたじゃないのね」
    「誰がそんなことするもんか。カネなら腐るほどある」
    「マジかよ」
     フン、と鼻を鳴らしたロドニーの態度に、背後にいたアデルは唖然とする。
    「後ろの兄さんよぉ、もういいだろ? そんなもん向けなくてもよぉ」
    「あ、……おう」
     アデルが小銃を収めたところで、今度はロドニーが質問してくる。
    「盗みとか強盗とか、何の話だ?」
    「不正に列車を動かして、この辺りの街を襲って強盗しまくってる奴らがいるのよ。あたしたちはそれを調べに来た、東部の探偵」
    「あ、僕は探偵じゃなくて……」
     サムの説明に耳を貸さず、ロドニーはぎょろ、と目をむいた。
    「なんだって? 列車を使って強盗だぁ?」
    「ええ」
    「ふてえ奴らだな、そりゃあ! 列車好きの俺としちゃ、許せん話だぜ!
     よおし、そんなら俺が一肌脱いでやろうじゃねえか!」
    「え?」
    「物心ついた時からこの辺りの線路は渡り尽くしてるし、どの路線をどの車輌が通るかってのもバッチリ把握してるんだ。そう言うふてぶてしい奴らがどこを通りそうか、ピンと来るってもんさ。
     ちょっと来い」
     ロドニーはモンキーレンチを肩に担ぎながら、三人に付いてくるよう促す。
     言われるまま付いていくと、やがてロドニーは、昔はそれなりに威厳をにじませていたと思われる、足跡だらけのドアの前に立ち、それを蹴っ飛ばして押し開いた。
    「こいつがここら辺の路線図だ」
     昔は社長室として使っていたであろうその部屋に入るなり、ロドニーはモンキーレンチで壁を指し示した。
    「あのド真ん中の赤い点が、このマーシャルスプリングスだ。見ての通り、ここもそれなりに路線が重なってるが、そこから北東に数十マイル行くと、……ほれ、あの辺り。
     ここよりもっと、色んな鉄道会社の路線が交差してるだろ? いわゆる交通結節点なんだ、あの辺りは。もっとも、地下水が湧いてるマーシャルスプリングスと違って、水とかの生活に必要なモノが近くに無いから、街は作れなかったらしいがな」
    「となると、もしかしたら強盗団も、ここを通る可能性がありますね」
     冷静に分析したサムに、ロドニーはニヤッと笑って返す。
    「おうよ。だからあの周りで列車を転がして待ち構えてりゃ、出くわしても全然おかしかねえ。
     ってわけで、だ」



     2時間後――ロドニー自慢の改造蒸気機関車、HKP6900改は煙突からごうごうと白煙を噴き上げ、西部の荒野を驀進(ばくしん)していた。
    「ひっ、ひいいい~っ……」
    「おいおいおいおい、大丈夫かよ!?」
     機関車後部に取り付けられた炭水車の、そのさらに後方で引っ張られている客車から、サムと、そしてアデルの悲鳴が上がる。
     何故なら熱心に整備された機関車とは違い、客車は8年前から放置されていたものを、何の補修もせずに取り付けただけなのである。
     ボロボロの客車には窓も扉も無く、うっすらと明るくなり始めた地平線が覗いている。そのスカスカな光景に、流石のエミルも若干、顔を青くしている。
    「ねえ、リーランドさん! 客車、真っ二つに折れそうなんだけど!?」
     三人が口々に怒鳴るが、機関部が立てる爆音か、もしくは猛烈な風切り音にかき消されているらしく、ロドニーからは何の返事も無い。
     その代わりに、のんきな歌声が機関部の方から聞こえてくる。
    「せーんろっではったらーくぜー、いーっちにーちーじゅーうっ♪」
     ギシギシと軋む客車の中で、アデルがぼそ、とつぶやいた。
    「あの機関車バカめ……。停まったらブン殴ってやる」
    「無事に停まれれば、……ね」
    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 9
    »»  2015.08.17.
    ウエスタン小説、第10話。
    ドッグファイト。

    10.
     と――エミルたちの背後、最早枠だけになっていたドアの方から、警笛の音が響いてくる。
    「え……」
    「まだ朝の5時前、だよな」
    「そ、そのはずです」
     サムが懐中時計を確認してうなずく。
    「貨物列車か? それとも……」
     その疑念を、機関室にいたロドニーが確信に変えた。
    「後ろから変な列車が来てるぜ、お三方ぁ!」
    「変なって、何が!?」
     怒鳴り返したエミルに、ロドニーがぶっきらぼうに、しかし的確な返事を返す。
    「貨物列車にしちゃあ、荷車がいっこしかねえ! いくらなんでも一つだけ運ぶなんて、コストが掛かり過ぎるぜ! 普通の鉄道会社ならあんなことしねえ!
     それによぉ、積んでる燃料も少な過ぎる! あんな量じゃ、100マイルも動かせねえ! この辺りをウロウロするので精一杯だ!
     他にもよぉ、『逃げ足上等! とにかくスピードだッ!』ってビンビン主張してやがるぜってくらい、軽量化しまくってる!
     もしかしたらありゃ、あんたらが言ってた……」
     またも警笛が鳴らされ、ロドニーの声が遮られる。
    「……っ、うっせえなあ! おい、なんか言い返してやれよ!」
    「言われなくてもそうするっての!」
     アデルが前方に怒鳴り返し、くるりと振り返って後方にも怒鳴る。
    「減速しろ! このままじゃぶつかっちまうぞ!」
     だが相手からの声は無く、依然として警笛を鳴らしてくる。
     いや――先程までは客車5つ分は空いていた距離が、今は3つ分を切るくらいに、じわじわと詰まってきている。
    「……ま、まさか」
     サムの顔が青くなる。
    「その、まさかじゃねーか?」
     アデルもゴクリとのどを鳴らす。
    「ぶつけてくる気、ね」
     エミルはばっと踵を返し、列車の前方に向かう。
    「前に逃げましょう!」
    「おう!」
    「はっ、はい!」
     そうこうしている間にも、後ろの列車は速度を増し、距離をさらに詰めてくる。
    「ぶつけてどうすんだよ……!? あいつらもただじゃ済まねーだろうに」
    「い、いえ、そうとも限らない、かも」
     サムがたどたどしくも、状況を分析する。
    「後方から猛スピードで、つ、追突されれば、前方の車輌は、お、大きくバランスを崩します。
     しゃ、車輌は、線路の上に乗っていて、固定なんか、さ、されてないですから、バランスを崩せば、だ、だ、だっ、脱線する、おそれがっ」
    「落ち着けって! とにかく急げ! 前へ行くんだ!」
     アデルがなだめ、前へと押しやるが、彼自身も明らかに狼狽しているようだった。
     その証拠に――アデルは明らかに腐っていた床板を避けて通れず、彼の足がそこにめり込んだ。
    「うわ……っ!?」「アデル!」
     アデルが床下に消える寸前で、エミルとサムが彼の腕とベルトをつかむ。
    「わ、悪い、助かった……」
    「まだ助かってないわよ!」
     どうにか引っ張り上げ、再度後方を確認すると、後ろの機関車は既に客車半分ほどまで迫っていた。
    「は……」
     三人は同時に叫び、そして全速力で、客車を駆け抜けた。
    「走れーッ!」
     機関車が客車に接触する直前、三人はどうにか、炭水車の上に飛び移る。
     と同時に――。
    「うおわぁ!?」「きゃあっ!」「ひいいぃ~……っ!」
     機関車が客車に追突し、その後ろ半分を押し潰す。残った部分も大きく歪み、車輪の1つが線路から弾き飛ばされ、6900改自身もがくん、と斜めに傾いた。

     だが自慢するだけあって、ロドニーは機関車の運転に相当、長けていたようだ。
    「ふっ……」
     くん、と車輌全体が前に引っ張られる。
    「ざけんなよ、コラあああああッ!」
     ロドニーがどんな方法を使ったのかは分からないが――HKP6900改はこの時、一瞬で時速数マイルもの加速を実現させた。
     そのため後ろからの衝撃は前へといなされ、同時に前方へと強く引っ張られたことで、車輌は脱線することなく、線路の上に戻る。
     あわや時速約50マイルで地面に叩き付けられるところだったエミルたちは、炭水車の上をごろごろと転がされるだけに留まった。
     しかし、それでも――。
    「げほっ、げほ、げほ……」
    「ちくしょう、クソがっ……」
    「何てことすんのよ、もう!」
     エミルたちは体中に石炭をまぶされ、真っ黒に汚れることとなった。
    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 10
    »»  2015.08.18.
    ウエスタン小説、第11話。
    時速100キロの真上で。

    11.
    「あんたら、無事だったか!」
     6900改の機関室に移ってきたエミルたちを見て、ロドニーがほっとした表情を浮かべる。
    「何とかね」
    「いや、死人が出なくて良かったぜ、まったく。
     にしても後ろの野郎、ぶつけてくるとはな! イカれてんのかよ、マジでよぉ!?」
     依然として敵機関車は6900改のすぐ後ろにおり、この時、ほとんど同じ速度で動いていた。
    「もっと速度出せないの? あいつらまた、追突してくるかも知れないわよ」
    「これが全速力だ。これ以上出すと炉が灼けついちまう。
     にしても、俺の6900改に付いてくるとはな……。向こうのを整備してるヤツも、相当腕がいいみたいだぜ」
    「どうすれば停められる?」
     尋ねたアデルに、ロドニーは苦い顔を返す。
    「ぶっちゃけ、6900改が急減速すりゃ、向こうにとっちゃ鉄の壁が猛スピードで迫ってくるようなもんだからな。ぶつかりゃ向こうが脱線、大破する。
     だがこっちだって無事じゃいられねえ。間違いなくこっちもブッ飛ぶし、そうなりゃ俺も含めて、今度こそあんたらはあの世行きだ」
    「じゃあこれだけ外すって言うのは、ど、どうでしょう? 非常に重たいでしょうし、少なからず、その、ダメージを与えることができると思うんですが……」
     そう言って、サムが後ろの炭水車を指差す。
    「バカ言うなよ」
     が、ロドニーはその意見を一蹴する。
    「運良く後ろのヤツらを停められたとしてもだ、その後どうすんだよ? 燃料が無きゃ、機関車は動かねーんだぜ。
     うまく停まってくれるか分かんねーのに、外した直後に急停車なんかできねー。ある程度は走らにゃならんし、そりゃ10マイル、20マイルって短距離にゃ留められん。
     炭水車から遠く離れたところで停まったが最後、機関車はそこで立ち往生だ。もう自力じゃ動かせなくなる。
     そうなりゃ、後ろのヤツと合わせて数十マイルに渡って線路を塞いじまうことになるぜ」
    「あ……、そ、そうですね」
    「じゃあ、客車はどうだ?」
     アデルの提案にも、ロドニーは苦い顔をする。
    「駄目だ、軽過ぎる。弾き飛ばされるだけだ」
    「じゃあ、両方の案を合わせてみたら?」
     エミルも炭水車を――と言うよりも、炭水車の中に積まれた石炭を指差した。
    「客車だけなら軽過ぎるかも知れないけど、多少は石炭を載せて切り離せば、相当の重石になるんじゃない?」
    「ふむ……、なるほど。そりゃいいかもな」
     ようやくロドニーがうなずき、石炭をくべていたスコップを三人の前に差し出す。
    「俺が連結を外す。誰か機関室に残って、炉の温度を維持しててくれ」
    「え……と。誰がやります?」
     恐る恐る尋ねたサムに、エミルが肩をすくめつつ答える。
    「あいつらもあたしたちが客車に現れれば、あたしたちの思惑に気付くでしょうし、妨害のために銃撃してくる可能性は大きいわ。
     となればこっちも銃を持ってないと、抵抗できないでしょうね」
    「つまり、消去法だ。
     俺は銃を持ってる。エミルもだ。リーランド氏は持ってないが、彼がいなきゃ連結器は外せない」
    「……ですよね」
     スコップはそのまま、サムの手に渡された。

     サムがジャケットを脱ぎ、ネクタイを外し、袖をまくっている間に、残る3人も炭水車の上を歩きやすいよう、軽装になる。
    「気を付けろよ」
    「あんたもね」
     エミルとアデルがひょいと石炭庫の上に乗り、ロドニーから工具を受け取る。
    「よいしょ、っと」
     同様に、難なく炭水車に乗り込んできたロドニーに工具を渡しつつ、エミルが尋ねる。
    「どれくらいかかりそう?」
    「そうだな……、流石の俺も、走ってる最中の車輌を切り離したなんて経験は無い。多少手間取るかも知れん。
     ま、それでも5分ってとこだな」
     それだけ答え、ロドニーは炭水車と客車の間に滑り込む。
     それと同時に、6900改と敵機関車がカーブに差し掛かる。
    「お、っと」
    「大丈夫?」
     よろけたアデルに手を貸し――エミルがもう一度、同じ言葉を投げかけた。
    「本当に大丈夫? 足、怪我してるみたいだけど」
    「あ、ああ。さっき落ちかけた時、どこかに引っ掛けたらしい」
    「見せて」
    「いや、大丈夫だって、ほっときゃそのうち……」
     アデルに構わず、エミルはアデルのスラックスの裾を上げる。
    「これが? サムの坊やが見たら卒倒するくらいの引っかき傷が、ほっといて大丈夫なわけないでしょ? 手当てしたげるわ」
     エミルは自分の服の裾を引きちぎり、アデルの脚に巻いた。
    「う、っ……」
    「消毒なんかはできないけど、これでとりあえずは止血できたはずよ」
    「さ、サンキュー」
     煤だらけの顔を赤くしたアデルに、エミルはため息をついて返した。
    「あたしだけじゃ、銃撃されたら反撃しきれないでしょ? いざっていう時にあんたに倒れられたら、一巻の終わりよ」
    「……お、おう」
     処置を終え、エミルは膝立ちになる。
    「カーブを曲がってる間に、あいつらもあたしたちの目論見に気付いたみたいよ。ライフル構えてるわ」
    「おっと、……よし、そんじゃこっちもやってやるか!」
     エミルたちは銃を構え、同時に引き金を引いた。
    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 11
    »»  2015.08.19.
    ウエスタン小説、第12話。
    狙撃。

    12.
     風にかき消されながらも、パン、パンと言う破裂音が、線路上で轟く。
    「うひょおっ!?」
     下で作業していたロドニーが、悲鳴じみた声を上げる。
    「大丈夫か!?」
    「お、おう! 気にせず撃ってくれ!」
    「分かった! ……っと!」
     相手からも銃撃が始まり、アデルのすぐ右、炭水車の端から火花が散る。
    「気を付けろよ、エミル!」
    「了解!」
     6900改も相手も、相当のスピードで線路を駆けているはずだが、双方から放たれる銃弾は、互いの車輌に着弾しているらしい。
     エミルたちの周りでしきりに火花が散る一方、敵機関車の方でも、あちこちで光が瞬いているのが確認できる。
    「当たってるっちゃ当たってるが……、いまいち狙い通りのところには当たってないな」
    「これだけ風であおられてちゃ、ね。でもいいとこ行ってるみたいよ、どっちも」
     そう返すエミルのすぐ側で、石炭が爆ぜる。
    「弾、あと何発ある?」
    「40発ってところかしら? あんたは?」
    「30発、……も無さそうだ」
    「あんまり無駄撃ちできそうにないわね。運良く停められたとしても、逃げられる可能性もあるし」
    「かと言って応戦しなきゃ、リーランド氏がヤバい。石炭積み込む時間も考えると……」
     と、そのロドニーの声がする。
    「こっちはオーケーだ! 後は軽く小突きさえすりゃ外れる! 石炭を載せてってくれ!」
    「分かった!」
     アデルはライフルを下ろし、弾と一緒にエミルへ渡す。
    「手伝ってくる。悪いが、頼む!」
    「オーケー」
    「すぐ戻る!」
     そう言うなり、アデルは炭水車と客車の間に降りていった。

     一人になったエミルは、被っていた帽子をぱさ、と石炭の上に置いた。
    「……すー……」
     自分の拳銃をしまい、アデルのライフルを取り、エミルは深呼吸する。
    「(久々に、……本気出してみましょうか、ね)」
     エミルは英語ではない言葉をつぶやきつつ、立ち上がってライフルを構えた。
    「Pousse!」
     パン、と音を立てて、ライフル弾が1発、放たれる。
     その銃弾は若干、風にあおられながらも、後方の敵機関車の側面――幅わずか3~4インチのエアブレーキ管を、ものの見事に貫通した。



     敵機関車の側面からバシュッ、と空気が抜ける音が響き、相手の騒ぐ声が聞こえる。
    「……やべ……爆発……!?」
    「……落ち着け……大したこと……!」
     その一瞬、相手全員の意識が6900改ではなく、自車の破損箇所に向けられる。
     その一瞬を突き――。
    「せ、え……」「の……っ!」
     連結器を外し、石炭を載せ終えた客車を、アデルとロドニーが蹴っ飛ばした。
    「よっしゃ、上に上がるぞ!」
    「おう!」
     アデルたちが炭水車をよじ登る間に、客車は敵機関車へと、相対的に迫っていく。
    「……止まれ……ブレーキ……!」
    「……駄目だ……動か……!」
     エミルによってブレーキを破壊された敵機関車は時速1マイルも減速できずに、そのまま客車に衝突した。
    「うわああああーっ!」
     悲鳴が一斉に、荒野に響き渡り――敵機関車は斜め上へと飛び上がり、そのまま線路の左前方へと落ちて、ぐしゃぐしゃと言う鈍い金属音を立てながら、ごろごろと地面を転がっていった。
    「やった……!」
     炭水車の側面に張り付いたまま、アデルが歓喜の叫びを上げる。
    「……っと、こうしちゃいられねえ! こっちも停車しねーとな」
     ロドニーが炭水車から機関部へ移る間に、エミルがアデルに手を貸し、引き上げる。
    「上手く行ったみたいね」
    「ああ。……いててて、安心したら痛くなってきたぜ」
     アデルがうずくまり、再度スラックスの裾を上げる。動き回っていたためか、白かった布は半分以上、赤く染まっていた。
    「巻き直した方がいいわね。思ってたより、傷が深そうだし」
    「だな」
     炭水車の上でエミルがアデルの手当てをしている間に、6900改は停車した。
    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 12
    »»  2015.08.20.
    ウエスタン小説、第13話。
    事件解決と、謎の男の影。

    13.
     エミルたち4人は銃やレンチを構えながら、もうもうと黒煙を上げ、荒野に横たわった敵機関車へと近付く。
     と、その乗組員らしき傷だらけの男たちが、のろのろと這い出しているのが視界に入った。
    「動くな」
     アデルがライフルを向け、彼らを制する。
    「う……」
     男たちも銃を構えようとしたが、すぐに両手を挙げ、へたり込む。
    「……もういい、諦めたぜ」
     リーダーらしき男が、エミルたちに頭を下げた。
    「俺たちは全員降参する。だから、手当てしてくれ」
    「分かった」
     全員が手当てを受けた上で、両手を縛られて拘束された。



     強盗団逮捕を連邦特務捜査局へ連絡するため、サムとロドニーが近隣の街に向かったところで、残ったエミルとアデルが、リーダーの男に尋問を始めた。
    「名前は?」
    「ティム」
    「いくつだ?」
    「29歳」
    「この列車はどこで盗んだ?」
    「知らん」
     そう答えたティムの鼻先に、アデルがライフルを突きつける。
    「ごまかすな。ちゃんと答えろ」
    「ごまかしたつもりは無い。俺は本当に知らないんだ、こいつがどこから調達されたかなんて」
    「じゃあ、誰が持ってきた?」
    「俺たちの仲間だ。整備と改造と、盗品の換金も担当してる」
    「そいつの名前は?」
    「本名かどうかは知らんが、俺たちは『ダリウス』と呼んでた。
     3年前にそいつが機関車をまるまる一台、俺たちのところに持ち込んできたんだ。で、『カネがいるから協力して集めてくれ』って。
     で、俺たちはこの辺の街から盗みまくって、それをダリウスに渡してカネに換えてもらってた。どうやってんのかは知らないし、知ろうとも思わなかったが、それなりに美味しい仕事だった。
     何しろ、追っ手が全然付いて来られないんだから、捕まる心配なんか全く無かった。証拠品だって2日、3日でダリウスが捌いてくれるんだし」
    「ふざけやがって。ともかく、その機関車はこうして鉄クズになったし、お前らも拘束した。お前ら全員、これからすするのはうまい汁じゃなく、臭いスープになるだろうぜ」
    「……だろうな」
     尋問している間に、ごとん、ごとんと音を立てて、ロドニーの6900改が――今度はちゃんと整備された客車を連結して――戻ってきた。

    「本部からは、『可及的速やかに人員を送り、身柄の引き取りに向かう』と連絡がありました。それまでは一旦、マーシャルスプリングスで待機していてくれとのことです」
    「分かった。じゃあその間に、尋問の続きと行こうか」
     強盗団全員を客車に乗せ、6900改は来た道を引き返す。
    「お前らの本拠地は?」
    「4、5年前に『ウルフ』騒ぎで人が消え、廃れた街があるんだ。俺たちは元々流れ者の集まりで、そう言う街跡は、好き勝手に寝て暮らすにゃ丁度良かった」
    「『ウルフ』って、あの『ウルフ』か。懐かしいなぁ」
    「懐かしんでる場合じゃないでしょ」
     のんきなことをつぶやくアデルを小突きつつ、今度はエミルが尋ねる。
    「どうやってダリウスは、あなたたちに接触したの?」
    「隣町にちょくちょく買い物に行ってて、そのついでにバーとかサルーンに寄ってたんだが、そこで仲良くなった」
    「僕からもいいですか?」
     手を挙げたサムに、エミルが「どうぞ」とうなずく。
    「あの車輌、色んな鉄道会社の路線をまたいで移動できていたみたいですが、ゲージが違うのに、どうやって走れたんですか?」
    「ダリウスの発明だよ。『ゲージ可変機構』とか言ってたな。3フィートから3.8フィートまで、自由にゲージを変えられるんだ。
     あと、短距離なら線路を離れて自走できるし、それで線路から線路に渡ることもできる。あんな風に転がされなきゃ、どんな線路も走れるようになってたんだ。
     そう、……どんな道でも、だ」
     と、ティムがボタボタと涙を流す。
    「どうした?」
    「結構気に入ってたんだよな、あの機関車。あいつで朝焼けの中を突っ走るのが、何より楽しかった。
     それが、あんなボロボロのスクラップになっちまって、……俺、今すげえ、ショックなんだ」
    「バカね。そんなに気に入ってたモノを悪用するなんて」
    「……ああ。本当にバカ野郎だよ、俺は」
     静かに泣き出したティムを見て、エミルは肩をすくめた。
    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 13
    »»  2015.08.21.
    ウエスタン小説、第14話。
    エミルの秘密?

    14.
     強盗団の逮捕から3時間後、連邦特務捜査局から送られてきた捜査官30名は意気揚々と、ティムたちがねぐらにしていた街跡に踏み込んだ。
     ところが――。
    「捜査長! 街のどこにも、被疑者の姿はありません!」
    「なんだと……!?」
     1時間以上にわたって人海戦術的に街を捜索したが、どこにもティムたちの仲間、ダリウスの姿は無かった。



    「違う街だったってことは考えられないの?」
    「いや、捌く前の盗品や、彼らが使っていた機関車の補修・保安部品などがあったことから、彼らの本拠であることは疑いようが無い。
     残念な話だが、そのダリウスは強盗団の逮捕を察知し、捜査員が到着する前に逃げてしまったらしい」
     事件の顛末を伝え、パディントン局長はやれやれと言いたげな表情をエミルたちに見せた。
    「そのダリウスなる男こそ、この事件の核となる人物だったのだ。彼は何としてでも逮捕しなければならない、最重要人物だったのだが……」
    「確かにティムたちだけでは盗品を捌けないし、そもそも機関車の調達もできないわけですからね」
    「その諸悪の根源となった人物を、捜査局はあろうことか、おめおめと取り逃がしてしまったんだ。
     まったく、『特務捜査局』などと名乗っておきながら、何と言うお粗末な仕事振りだ!」
     憤慨する様子を見せるが、一転、局長はニヤッと笑う。
    「……ま、それだけ我々が手助けしてやれると言うものだがな」
    「じゃ、今後も業務提携があるってことかしら?」
    「勿論だ。何しろ、捜査局始まって以来、ずっと放ったらかしだった難事件を、我々が見事に解決したんだからな。ここで相手から手を切るなんてことは、到底考えられまいよ」
     と、局長がポン、と手を叩く。
    「ああ、そうそう。あのクインシー捜査官なんだが、今回のことで、我々と合同捜査を行う際の、専任捜査官に任命されたそうだ。いわゆる『パイプ役』だな」
    「って言うと?」
    「今後も捜査局との合同捜査には、彼が来ると言うことだ」
    「マジっスか」
     嫌がるアデルに対し、エミルは飄々としている。
    「あら、いいじゃない。なかなか見どころあると思うわよ、あたしは」
    「え、……ちょ、おい、エミル?」
    「何よ?」
    「まさかお前、あのお坊ちゃんのこと……」
    「バカね」
     慌てるアデルに、エミルがくすっと笑って返す。
    「あんたが思ってるようなこと、あたしは思ってないと思うわよ、多分。
     それじゃ局長、あたしたちは次の案件の情報を集めますので」
    「ああ」
     エミルとアデルは揃って敬礼し、局長室を後にしようとする。

     と――局長が「ああ、そうだ」と呼びかけた。
    「何でしょうか?」
    「いや、ネイサン。君はいい。ミヌーに聞きたいことがあるんだ」
    「あたしに?」
    「うむ。ネイサン、君は先に行ってていいから」
    「あ、はい」
     狐につままれたような表情を浮かべながらも、アデルは素直に部屋を出る。
     エミルがそのまま残ったところで、局長は真顔でこう告げた。
    「強盗団が乗っていた機関車を捜査局の方で調べていたんだがね、妙な点があったそうなんだ」
    「妙な点?」
    「エアブレーキが破損していたらしい。それも、脱線の直前にだ。弾痕の大きさから、どうやらライフルの弾では無いかとの見解が下されている」
    「それが?」
    「脱線の直前、ネイサンはリーランド氏と一緒に作業していて、ライフルは君に預けていたそうだね。いや、そもそもあの時、彼は脚に怪我を負っていた。
     もしもネイサンがそんな状態でライフルを使い、50フィート以上は離れた幅4インチ以下のエアブレーキ管に弾を当てようとするなら、相当運が良くないか、相当並外れた銃の腕が無ければ、命中させることは到底不可能だ。そして私が知る限り、ネイサンはそこまで射撃に長けていないし、運もさほどじゃあ無い。
     君が撃ったんじゃないのか?」
    「……さあ?」
     局長の質問に対し、エミルはとぼけた回答をした。
    「あの時、アデルに銃を渡されてはいたけど、あたしは自分の銃を持ってるもの。使う道理が無いわ。
     リーランド氏を手伝う前にアデルが撃った弾が偶然、当たってたんじゃない?」
    「強盗団の証言によれば、ブレーキ管の破裂は本当に、脱線の直前だったそうだがね」
    「あの時は状況が緊迫してたし、彼らも相当焦ってたはずよ。記憶違いと思うけど」
    「……君じゃあない、と言うんだな?」
    「記憶に無いわ」
    「エミル」
     局長が、厳しい顔をエミルに向ける。
    「隠す必要は無い。君がもし、優れた能力を有していると言うのならば、それは誇っていいことだし、積極的にアピールすべきことだと、私は考える。
     それを何故、隠そうとするんだ? 謙遜は東洋の美徳だそうだが、私はそうは思わん。君もそうだろう?」
    「……」
    「隠す理由が他にある、と言うことだね?」
    「申し訳ありませんが局長」
     エミルは首を横に振り、丁寧にこう言い返した。
    「今は申し上げられません。あたしの、誇りに関わることですから」
    「そうか。ならば待とう。君がいつか自分から話してくれる、その時までな」
    「ええ、お願いします。……じゃ、行くわね」
     エミルはもう一度敬礼し、局長室を後にした。

    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ THE END
    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 14
    »»  2015.08.22.
    およそ1年ぶりの、ウエスタン小説。
    自慢話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「西部を象徴するアイテム」と言えばお前、何だか分かるか?

     酒? テキーラやバーボンあおって、愉快なダンスか? ああ、それもありだな、確かに。だがもっと刺激的なものがある。
     馬? 荒野を駆け抜ける一陣の風ってか? うんうん、分かる。そりゃいいな。でももっと、スピードの出るヤツがあるだろ?
     汽車? 大陸を貫く超特急、ってか。ははは、ああ、いいな、うん。それも西部的だ。だだっ広い荒野を抜けて、地平線の向こうまであっと言う間だ。確かに早い。
     だがなー……、俺が言いたいのはそうじゃねえんだ。分かんだろーが、アデルよぉ? 俺が一番初めにお前に教えたのは、なんだ?
     ……ああ、まあ、確かに一番初めに俺が仕掛けたのはソレだったな。噴水みてーにぴゅーっとバーボン吐きやがったのはクソ面白かったが、違う。そうじゃねえ。
     こ、れ、だ、よ。こいつ、この鉄と火薬の塊。そう、銃だ。

     今でも思い出すぜ、この愛銃に付いた傷を見ると、よ。……ちぇ、「やれやれ、何回目だ」って顔すんなっつーの。
     いいだろ、ちょっとくらい。俺の唯一の武勇伝なんだ。そりゃ、エミルの姉御やリロイの御大、それに我らが偉大なるリーダー、ジェフ・F・パディントン局長なんてお歴々の大活躍と比べちゃ、ケチなもんだけどもな。
     そう、あれは俺がまだ駆け出しの頃、探偵局に入って半年かそこいらかって時だった。局長直々の命令で、俺はとある町に出向いたんだ。内容は人探し、……のはずだったんだが、それがいつの間にかドンパチになっちまった。
     いや、それがもう、マジで何回死ぬかと思ったか! 特にこれだ、この、銃に付いたこの傷。俺と敵とで真正面からの撃ち合いになった時のなんだよ。同時だぜ、同時。俺と相手とが、同時に6発全弾撃ち尽くして、……そして、同時に倒れた。
     だが俺は気付いた、手はしびれてるがどこも痛くねえ、撃たれてねえってな。で、起き上がってみるとだ。相手は血の海に沈んでる。二度と起き上がることは無かった。
     ほっとしたところで、俺の愛銃がどっかに行っちまってたことに気付いて、慌てて探したら、結構離れたところに落ちてたんだ。どうやら相手の弾は俺じゃなく、俺の銃に当たってたってわけだ。
     な、すげーだろ? 考えても見ろよ、10ヤードは離れたところから、ピースメーカー程度の大きさのやつに、こんな小せえ鉛弾が当たる確率って言ったら、そりゃもう……。



    「……ん、がっ?」
     聞き飽きた話に眠気を誘われ、バーのカウンターに突っ伏していたアデルバート・ネイサンは、慌てて飛び起きた。
    「あ……、くそっ」
     アデルは頭を抱える。それは二日酔いによる頭痛のせいだけではない。
     1ドル40セントの伝票が、空になったグラスを重石にして、自分のすぐ横に置かれていたからだ。
    「またやりやがった、あのクソ野郎め!
     なんで毎回毎回、後輩に酒おごらせんだっつーの。んなことやってっから出世しねーんだよ、……ったく」
     アデルはぶつぶつ文句を垂れながら、渋々と財布を取り出した。

     アデルにとってはくだらなく思えたこの一夜が、彼にとって全く尊敬に値しない、ろくでなしの先輩探偵――レスリー・ゴドフリーと交わした、最後の会話となった。



     何故ならこの4日後、レスリーは穴だらけの遺体となって、寂れた鉄道の線路沿いで発見されたからである。
    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 1
    »»  2016.05.20.
    ウエスタン小説、第2話。
    「鉄麦」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「嘘でしょ? まさか、そんな……」
     目を丸くして尋ねたアデルに、パディントン局長は真剣な面持ちで、首を横に振った。
    「これが嘘や冗談なら――とんでもなく悪質だし、おおよそ紳士の口から出るような内容じゃあ無いが――まだ笑っていられた。だが、本当の話なんだ。
     ゴドフリーは殺された。胸と頭を蜂の巣にされてな」
    「どうして……!?」
     顔を真っ青にして尋ねたアデルに、局長は滅多に吸わないパイプを口にくわえながら、淡々と説明した。
    「6日前、わたしはゴドフリーに、ある人物の足跡をたどるように命じた。
     人物の名はジョージ・リゴーニ。いや、通り名を言った方が分かりやすいだろう。『鉄麦』リゴーニだ」
    「鉄麦、……と言うと、あのリゴーニですか。武器密輸の」
    「そう、それだ」
     局長はパイプをくわえたまま、机に置いてあった新聞紙にアメリカの東海岸と、ヨーロッパの図を描く。
    「君も知っての通り、リゴーニは国籍上ではイタリア王国系の移民となっているが、実際には父親の故郷とこの国とを、頻繁に行き来している。どちらに本籍があるのか分からない程にね。
     表向きの職業は穀物の貿易商とされているが、ちょっとその道に詳しい者なら誰でも、彼が本当に扱っている『商品』が何かと言うことは知っている」
    「ええ。小麦袋の底にコルトをゴロゴロ隠してるとか、トウモロコシの芯を繰り抜いてライフルの部品を埋め込んでるとか、胡散臭いうわさの尽きない奴らしいですね」
    「うわさはあくまでうわさだ。そんな子供だましなんてやっちゃいないだろう。
     しかし奴が武器の密輸を行っていると言う話自体は、かなり信憑性が高いと思われる。恐らくはイタリア王国のマフィアに向けてだろう」
    「マフィア?」
     聞き慣れない言葉を耳にし、アデルは首を傾げる。
     それを受けて、局長は新聞紙上に描いたヨーロッパの、イタリアの南辺りに丸を付けた。
    「昨今台頭しているらしい、シチリア辺りの私兵団だ。
     あの国もようやく南北が統一され、内乱が収まってからまだ十数年かそこらと言ったところだからな。王族や、王国の体制に反発する者がいてもおかしくない。
     しかしそれが事実であれば、我が国において犯罪が行われていることに他ならんし、イタリア王国にとっても直接的ないし間接的に、国際的な不利益を被ることになる」
    「と言うと?」
     アデルの問いに答えつつ、局長はイタリアと大西洋に線を引いていく。
    「例えば北の人間にとっては、南のシチリアが武器を集め武力蜂起でもしようものなら、ようやく収束した騒ぎがまたぶり返しかねんし、下手をすれば王国の分裂にまで発展する危険がある。そしてそれはイタリア王国全体にとって、対外的な力が弱まることにもなる。
     それが現実化しないまでも、不正な方法でカネと武器がやり取りされていると言うのは、紛れも無く悪評だ。リゴーニを除く他のイタリア系移民にとって彼は、迷惑極まりない行為を繰り返す男だと言うことだ」
    「ふむ……。つまり依頼主は、イタリア王国絡みの人間ってことですか」
    「そう言うことだ。ただし相当の地位にある人間だから、彼について詳しいことは明かせんがね」
     局長はそこで、アメリカの西部側に丸を付けた。
    「依頼内容はこうだ。リゴーニが武器を密造・密輸している事実を突き止め、その証拠をつかみ、可能ならば拘束すること。
     拘束できないまでも、我々が証拠を依頼人に渡せば、リゴーニは1ヶ月と経たずイタリア王国から永久追放の身となり、二度と王国の土を踏めなくなる。そうなれば当然、武器も穀物も卸せなくなる。
     同時にアメリカの当局からも追われることとなり、彼の貿易網は破綻。両国にとって有益な結果となり、ハッピーエンド。そう言う算段だったんだ。
     ところがゴドフリーに捜索させてからたった2日後、彼からの連絡が途絶えた。そして翌日のニューヨーク・タイムズの地方欄に、彼の死亡が報じられたと言うわけだ」
    「ってことは」
    「うむ。リゴーニは用心棒か何かを雇い、ゴドフリーを始末させたんだろう。
     だがこれにより、リゴーニがクロである可能性は極めて高まったと言える。そこでアデル」
     局長はパイプを机に置き、アデルの両肩をつかんだ。
    「君にこの仕事を引き継いでもらう。
     何としてでもリゴーニの悪事を暴き、レスリー・ゴドフリーの無念を晴らすんだ!」
    「……了解です、局長」
     アデルは深くうなずき、局長からの命令を受けた。
    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 2
    »»  2016.05.21.
    ウエスタン小説、第3話。
    西部の移民街。

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    3.
     アデルはいつもの如く相棒にエミルを伴い、西部の町、ヒエロテレノに向かった。
    「ここはいわゆる『移民街』で、イタリア系の移民もかなり多いんだ。西部でイタリア移民のリゴーニが根城にするようなところってなると、十中八九この辺りだ。
     ちなみに一番多い移民はヒスパニック系らしい。町の名前もスペイン語で、英語だと鉄のナントカって言うそうだ」
    「へぇ」
     エミルは辺りを見回し、アデルにこう返す。
    「確かに白い肌じゃない人もチラホラ見えるわね。メキシコ辺りから来ましたって感じ」
    「ああ。それだけに、治安も良くは無い。うわさじゃ荒くれ共のアジトやら、お尋ね者の隠れ家がわんさかあるとかないとか」
    「じゃあもしかしたらリゴーニのアジトもあるかも、って?」
    「そう言うことだ。
     幸い今回も、局長を通じて連邦特務捜査局の協力を得られることになってる。アジトを見つけりゃ捜査局の人員を借りて強襲・制圧し、摘発できるだろう。
     万一リゴーニを取り逃がしたとしても――あのボンクラ共じゃ、マジでやりかねないけどな――現場さえ抑えてしまえば、任務は達成できるってわけだ。
     だが一方で、懸念もある。レスリーが『ほとんど何もしないうちに』、用心棒らしき何者かに殺されたことだ。レスリーはまだ、調査を始めたばっかりだったんだ。取引場所の一つも突き止めなてない状況だったのにもかかわらず、だ」
    「と言うことは、レスリーが動くより前に、その用心棒がレスリーの存在に気付き……」
    「ああ。先んじて始末したってことになる。相当に勘がいいか、頭の切れる奴だと見ておいた方がいいだろうな。
     もしかしたらもう既に、俺たちはその用心棒に目を付けられてるかも知れない。用心しろよ、エミル」
    「言われなくても」
     エミルは肩をすくめ、すたすたと歩き出した。
    「まずは今夜の宿を探すのと、腹ごしらえにしない? 腹ペコで、おまけにヘトヘトだってのに無駄に気を張ってても、ろくな働きはできないわよ」
    「……同感だ。飯にすっか」
     アデルも同じように肩をすくめて返し、エミルの後に続いた。

     宿と食事のために向かったサルーンの雰囲気も、どことなく中南米を匂わせていた。
    「これ、何て読むんだ? フリ……ジョレス?」
    「フレホーレス。いんげん豆よ。ソパって書いてあるから、豆のスープみたいね」
    「エミル、もしかしてスペイン語分かんのか?」
    「簡単なものならね。伊達に放浪してないわよ」
    「さっすが」
     料理を持ってきてくれたマスターも、スペイン語訛りが強い。
    「お待たせしました。豆のスープとタコス、揚げトルティーヤのサルサ煮です」
    「うへぇ、辛そう。……くわ、やっぱ辛ぇ」
     一口食べた途端、額に汗をにじませたアデルに対し、エミルは平然と、ぱくぱく口に運んでいく。
    「そう? 美味しいわよ。あんた、もしかして辛いの苦手なの?」
    「いや、そんなことは、……無いと思ってたんだが、……ひー、舌がしびれてきたぜ」
     食べ始めてから5分もしないうちに、アデルの顔が真っ赤になる。
     料理が辛い以上に、口直しのために、アルコール度数の高いテキーラを早いペースでがぶがぶ飲んでいるからだ。
    「大丈夫? 顔、真っ赤よ? トマトみたいになってる」
    「らいりょうぶらぁ……。これくらひ、なんれこひょ……」
    「どこがよ。あんたの悪い癖ね。傍目から見ても全然大丈夫じゃないって誰でも分かるのに、強がっちゃって。
     マスター、部屋借りていいかしら? こいつそろそろブッ倒れるから、放り込んでおきたいの」
    「かしこまりました。1部屋で?」
    「2部屋よ。こいつと別にしといて」
     エミルがマスターと話している間に――エミルの予想通り、アデルはテーブルに突っ伏し、いびきを立てて眠り込んでしまった。

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 3
    »»  2016.05.22.
    ウエスタン小説、第4話。
    語学と話術。

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    4.
     翌日になり、エミルたちは町に出ていた。
    「うー……、気持ち悪りぃ。日光が体中に突き刺さってくる気分だ」
    「あんなに飲むからよ。次に飲む時はミルクかジュースにした方が良いわね」
    「子供かっつの。……しっかし、一風変わった西部町って感じだな、ここは」
     これまでに見てきた西部各地の町に比べ、ヒエロテレノにはそれぞれの移民が持ち寄った文化があちこちに根強く残っていた。
    「あっちはスペイン語の看板、こっちはフランス語。ごちゃ混ぜって感じね」
    「どっちも分からん。英語で書いてほしいね、俺としては」
    「それも店によって、って感じかしら。英語が併記してあったり、してなかったりだし。
     っと、この辺りがイタリア系みたいね」
     町をうろつくうちに、二人はイタリア語の看板が並ぶ通りに差し掛かった。
    「手がかりがあるとすれば、この辺りだろう。手始めに武器関係のとこを当たってみるとするか」
    「そうね。
     で、アデル。まさかイタリア語も分からない、なんてことは無いでしょうね? これからイタリア系商人を探るって言うのに」
    「い、いや、まさかぁ。ちゃんと勉強してきたさ、一応」
    「じゃ、あれは何のお店か分かる?」
     エミルが指差した看板を見て、アデルはしどろもどろに答える。
    「え、えーと、なんだ、アレだ、アレ。調味料とか売ってるとこだろ?」
    「へぇ? じゃ、なんでかまどや煙突があるの?」
    「え、あ、そりゃアレだ、いぶして臭いを強める用の……」
    「鉄床は何のために?」
    「それは、あの、すり潰す用に……」
    「本っ当、おバカね。と言うより、自分の物差しでしか物事測れない頭でっかちよね、あんた」
     エミルは呆れた顔で、アデルの回答を訂正した。
    「塩(英:Salt)と鍛冶屋(伊:Sarto)を混同してるでしょ」
    「……ぐっ」
    「あたしがいなかったらどうするつもりだったの?
     まさか機関車の部品(ピストン:Piston)卸売のところに行って、『ガン(Pistola)ショップはここだな!』って怒鳴り込むつもりだった?」
    「ばっ、……バカにすんな」
     アデルはエミルから顔を背け、落ち込み気味に言い返した。

     エミルの助けを借り、アデルは関係がありそうな店を、どうにか訪ねることができた。
    「……いらっしゃい」
     店に入るなり、60にはなろうかと言う店主が、いぶかしげにじろりとにらんでくる。
    (警戒されてるわね)
    (そりゃ、見るからに賞金稼ぎって奴が2人も来たらな。……任せとけ)
     短くアイコンタクトを交わし、アデルが口を開く。
    「いきなりで悪いんだが、ちょっと俺の銃を見てほしいんだ。
     どうにもレバーがギクシャクしちまってて、弾がうまく装填されない時があるんだ。こんなんじゃいざ賞金首に出くわしても、まともに戦えやしないからな」
    「ほう」
     アデルから小銃を受け取り、店主は目を光らせる。
    「M73か。……なるほど、確かに接近戦に特化させてある。4インチのソードオフ(銃身切り詰め)、ストックも若干短めになってる。グリップにも手を入れてある、と。……ほう、銃口が後継銃並みに広げてあるな。45-75弾も入れられそうだ。いや、実際使ってるようだな。
     だがやはり、お客さんの言った通りだな。華奢な部類に入る銃だし、本来装填されるべきじゃない弾を込め続けてるせいもあって、レバーがイカれかけてる。あと5発か、6発撃ったらボキン、ってところだろう。
     部品の取り替えと補強で1時間ほどかかるが、構わんか?」
    「ああ。金に糸目は付けない。よろしく頼んだ」
    「承知した」
     返事するなり、店主はアデルの小銃を分解し始めた。
     が、アデルはそれに構わず、店主にあれこれと声をかける。
    「いや、助かったぜ。ちょうど良くガンスミスがあって」
    「そうか」
    「いやさ、俺たちは見た通りの賞金稼ぎコンビなんだけどな。アレだ、マッドハッターってのを追ってたんだが、前述の通り俺の銃の具合がおかしいなってんで、慌てて直しに来たわけさ」
    「マッド、……聞いたことが無いな。となるとあんたらはネズミとウサギってとこか」
    「はっは、そんなところかな。
     しかしじいさん、商売柄だからかも知れんが、なかなか銃にゃうるさそうだな。
     俺は見た目にこだわるタイプでな。無骨な鉄むき出しのまんまよりもピカピカな方が好きでよ、レシーバ(銃機関部)を真鍮にメッキしてたんだが、よくアンタ、そいつがM1860じゃなくM1873って分かったもんだよ。
     いやさ、ライフルのラの字もよく分かってないボンクラ共が良く、『そいつは1860か? クラシカルな銃だな』なーんてマヌケなこと抜かしてくるもんだからよ」
    「そんな奴らと一緒にするな。俺はこいつで37年、飯を食ってるんだぞ。
     そもそもバリエーションとしちゃ、73にだって真鍮製はあるさ。その他にもガードの有無、サイトの形状、いくらでも違いはある。
     それくらいの違いが見抜けないようじゃ、商売上がったりってもんだ」
    「流石だねぇ。いや、恐れいったぜ」
     元々、多弁で気さくな、口八丁のアデルである。
     一見気難しそうなこの店主が銃を直すよりももっと早く、アデルは彼の心を開かせることができた。
    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 4
    »»  2016.05.23.
    ウエスタン小説、第5話。
    真昼の襲撃。

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    5.
     アデルの手に小銃が戻る頃には、アデルはすっかり、店主の名前や友人の数さえ聞き出してしまっていた。
    「そんでピエトロじいさん、さっきチラっと聞いた話になるんだが」
    「うん?」
    「アンタの友人の息子さん、名前を何と言ったっけ? 確か……、ジョルジオ? だっけ」
    「ああ。ジョルジオのぽっちゃり坊やのことか。そいつがどうした?」
    「俺の知り合いの知り合いにも似た名前がいるからさ、ちっと気になったんだ」
    「ほう?」
     一瞬、店主の目が注意深そうに、ギラリと光る。
     しかしアデルは警戒する様子を出さず、呑気そうにこう返した。
    「でも全然違うな、俺の知ってるジョルジオはガリガリのおっさんだった。
     まあいいや、こんなだだっ広い西部で偶然知り合いの知り合いの、そのまた知り合いに出くわすなんて、よっぽどのラッキー野郎ってことだな。そして残念ながら、俺はそこまでじゃない。いや、変なこと聞いて悪かったな、じいさん。
     ありがとよ、ピエトロじいさん。また何かあったら頼むわ」
    「……ああ。またな、Mr.ネイサン」
     アデルとエミルはそのまま店主に背を向け、すたすたと店を出て行った。

     イタリア人街から20ヤードほど離れたところで、アデルが口を開く。
    「で、エミル」
    「ええ。みたいね」
     短く言葉を交わし、ふたたびそのまま歩き出す。
    「じゃ、どうすっか?」
    「撃たれたくないでしょ?」
    「そりゃそうだ」
     次の瞬間、二人は走り出した。
     その一瞬後に銃声が響き、二人がいた地面が爆ぜる。
    「いきなりかよ、まったく!」
    「あんたの見立て通りね。『疑わしきは罰せよ』ってところかしら」
     二人が走る間にも、二度、三度と地面に土煙が立つ――どこかから銃撃されているのだ。
    「どこからか分かるか?」
    「はっきりとは分からないわね。でも真ん前や真後ろってことは無いでしょうね」
    「ああ。その方角からなら、延長線上を狙えば嫌でも当たるからな」
     5発目の銃弾を避け、二人は路地裏に滑り込む。
    「はぁ、はぁ……」
     路地裏から恐る恐る表通りを確かめ、アデルはため息をつく。
    「これだけゴチャゴチャした通りだ。どこから撃ってきたかなんて、見当が付けられん」
    「そうね。でも相手も見失ったみたいよ。撃ってこないし」
    「ああ、恐らくはな。……で、この後は?」
    「このまま町を出るしか無いわね。店を出てすぐ銃撃されたんだもの、敵の連携は相当よ。下手すると宿も突き止められてるわ」
    「だな」
     二人は路地裏を抜け、そのまま駅まで歩くことにした。

     だが――。
    「……参ったね、どうも」
    「ええ、本当」
     二人の行く手を阻むように、男が3人、銃を手に近付いてきた。
    「お前ら、何者だ?」
     一人が撃鉄を起こし、アデルに照準を定める。
    「何者って、何がだよ?」
     アデルは銃を構えず、尋ね返す。
    「ジョルジオ・リゴーニ氏のことを尋ねてきた奴が、ただの賞金稼ぎとは思えねえ」
    「ジョルジオ? ピエトロのじいさんが言ってた、ぽっちゃり坊っちゃんって奴のことか? 聞いてないのか、人違いだって」
    「イタリア読みじゃ分からねーようだな」
     さらにもう一人、撃鉄を起こす。
    「アメリカ読みだと、ジョージ・リゴーニだ。こっちなら知ってるだろう、探偵さんよ?」
    「彼のことを嗅ぎ回られちゃ、俺たちとしちゃ迷惑極まりないもんでな」
     3人目も撃鉄を起こし、揃ってアデルに向ける。
    「正直に言え。ウソを言ったら、この国らしく蜂の巣にしてやるぞ」
    「そうだ。頭に3発、胸に2発。それを掛ける3だ」
    「さあ、言え。いや、言わなくてもいいがな」
     そして次の瞬間、パン、と銃声が轟いた。
     しかし――倒れたのはアデルでもエミルでもなく、3人並んだうちの、真ん中にいた男だった。
    「なっ……!?」
    「お、おい、ドメニコ、……ぐあ!?」
     続いて、右側の男も肩を押さえてうずくまる。
    「さっきからあたしを無視してくれてるけど、これでようやく気付いてくれたかしら?」
     銃口から硝煙をくゆらせつつ、エミルが声をかける。
    「どうする? 素直に降参する? それともあんたも右肩に半インチのピアス穴、開けて欲しいの?」
    「う……ぐ」
     残った一人はボタボタと汗を流していたが、やがて拳銃を地面に捨て、両手を挙げて降参した。
    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 5
    »»  2016.05.24.
    ウエスタン小説、第6話。
    アデルの本領発揮。

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    6.
     まだ息のあった残り2人を介抱した後、アデルたちは改めて、自分たちを襲った男――彼もイタリア系の2世で、ロバート・ビアンキと言う――に尋問し返すことにした。
    「まず聞きたいのは、この町には本当に、リゴーニがいるのかだ。どうなんだ、ロバート?」
    「今はいない。でももうすぐ来る予定だとは聞いてる」
    「なるほど。2つ目、俺たちを探偵だと見抜いたようだが、何か『お手本』があったのか?」
    「お手本?」
    「つまり、俺たちの前にも探偵が来たことがあったのか、だ」
    「あ、ああ。つい先日、それっぽいのが来たって話は聞いた。だから俺たちも、もしかしてそうなんじゃないかって」
    「ふむ。お前らの組織に、俺たちのことは伝わってるのか? ピエトロじいさんが他の奴に伝えたりするのか?」
    「いや、まだ話してない。伝達も、この辺りは全部俺たちがすることになってる。折角の手柄を横取りされたくなかったし、組織にはまだ伝えてない」
    「良い心がけだ。そこでロバート、ちょっとばかし相談したいことがあるんだが」
     そう言って、アデルは懐から煙草を取り出し、ロバートにくわえさせる。
    「な、なんだ?」
    「協力ってヤツだよ。リゴーニがいつ来るのか、もしくはどこで武器の製造をやってんのか、探って俺たちに伝えてくれないか?
     それさえ分かれば、お前らの身の安全は保証する。お前さんの命は助けるし、お仲間もこれ以上傷つけない。
     オマケにカネもやるし、もしかしたら祖国イタリアからの感謝状ももらえるかも知れんぜ?」
    「……」
     ロバートは逡巡した様子を見せていたが、そこでさらに、アデルが誘惑する。
    「お前さん、いくつだ?」
    「あ?」
    「歳だよ。今何歳なんだ?」
    「23だ」
    「23! ほお、23と来たか!」
    「それが一体何だってんだ?」
    「俺は今年で26になる。お前さんと3つ違いだ、そう大した差じゃないよな。
     だが片や田舎町のしょぼくれた用心棒、片や大都会で難事件を追う探偵。たった3歳違うだけで、これほど人生に差が出ちまうもんなのか?
     いいや、歳なんか原因じゃあない! 俺とお前さんの大きな差はだ、ズバリこれまでの人生に、『チャンス』があったかどうかなんだ。分かるか、ロバート?」
    「ちゃ、チャンス?」
    「お前さん、このまんま10年、20年とこの町でしょんぼり暮らしてて、いつか組織の幹部、大幹部になれるなんて思ってるのか?
     いいや、組織がらみでなくったって、社会の裏や表で活躍できるような日々がいつか来ると、そう思ってるのか?」
    「な、何だよ、それ?」
    「どうだ? 今お前は、自分が活躍してると思ってるのか?
     そうじゃないよな? じゃなきゃ組織に報告せず、自分たちだけで手柄を立ててやろうなんて思うわけが無い」
    「う……、それは」
    「だが、俺は違うぜ。日々をスリルとスペクタクルが繰り返す、波乱万丈の人生だ。
     ある時は聖人気取りの賞金首と命の取り合いをし、またある時は怪盗を追って鉄道から鉄道へはしごし、はたまたある時は……」「だから何なんだよって言ってんだよ!」
     憤った様子を装ってはいるが、明らかにロバートの声は上ずっている。
    「いいか、ロバート。これはチャンスなんだぜ? だってそうだろ、俺たちに今、ここで協力すりゃ、お前も事件解決の立役者だ。
     そうなりゃ俺たちのボスにも目をかけてもらえるかも知れないんだぜ? もしかしたらそれをきっかけに、お前も我が探偵局の一員に任命され、さらにさらに俺たちみたく波乱万丈の日々を過ごせる、か、も。
     なあ、これがチャンスじゃなきゃ、何がチャンスだって言うんだ?」
    「……チャンス、か」
     幸薄い若者ならば誰でも引き込まれるようなアデルの話に、ロバートの顔色は明らかに変わっていた。
    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 6
    »»  2016.05.25.
    ウエスタン小説、第7話。
    デジャヴ。

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    7.
     ロバートと彼の友人2人を寝返らせてすぐ、アデルはサルーンに戻って電話をかけた。
    「……ってわけで今、ビアンキらに調べさせてます」
    《ふむ、そうか。しかし信用できるのかね?》
    「大丈夫です。奴ら、すっかりのぼせちまってますからね。
     ただ、その……、やはり相応の報酬は用意してやらなきゃと、俺はそう思うんですが」
    《ははは……》
     局長の呆れたような笑いが、受話器の向こうから返って来る。
    《君は本当にお人好しだな》
    「悪い癖だと、自分でも理解してるつもりなんですがね」
    《いや、いや。言うほど悪いものでもないさ。
     もし世界が君みたいな人間ばかりだったならば、犯罪などこれっぽっちも起こらんだろうからな。それは良識ある者すべての願いだよ。
     ただ、探偵としては若干危ういところではあるがね》
    「気を付けます」
    《そうだな、イタリアからの感謝状は難しいかも知れんが、報酬は何とかこちらで用意しておこう。使えそうな連中なら、君の言う通り雇ってもいいしな。
     だが念のため、予備の策も練っておいた方がいいだろう。誘惑に弱い人間が、君から受けた以上の強い誘惑を持ちかけられ、またも裏切ってしまうなんて事態も、考えられん話では無い》
    「ええ、承知しています。……では」
     電話を終え、アデルが食事の席に着こうとしたところで、エミルが神妙な顔で声をかけた。
    「アデル。あたし、デジャヴを感じてるんだけど」
    「で、じゃ、……何だって?」
    「デジャヴ(Déjà-Vu)、つまり『前にも同じことが起こった気がする』ってヤツよ」
    「ん……?」
     そう言われて、アデルも胸騒ぎを感じる。
    「そう、か。確かに以前にも同じことがあったな」
    「でしょ? あいつらがあたしたちを裏切る、裏切らない以前に、あいつらが組織から裏切られる危険は、ゼロじゃないはずよ」
    「……そうだな」



     ロバートたち3人はイタリア人街の奥、彼らの組織の本拠となっている屋敷に潜り込んでいた。
    「どうだ、見つかったか?」
    「いや……」「それっぽいのは、どこにも」
     暗い部屋の中を、燭台を片手にうろつき回りながら、3人は武器の製造場所やリゴーニの居場所を突き止めようと探っている。
     しかし10分、20分と時間が経てども、一向にそれらを示す書類も、メモ書きも見当たらない。
    「くっそー……、見つからねえ」
    「どうすんだよ、ロベルト? このままじゃアデルさんに怒られるぜ」
    「分かってるよ!」
     怒鳴り返し、ロバートは慌てて口を抑える。
    「っと、いけね」
    「バレたらどうすんだよ、まったく」
    「悪かった、……しかしこれ以上はもう時間が無いぜ。ろうそくも無くなりそうだし」
    「そうだな。まあ、今日見付からなくってもさ、また明日探せばいいだろうし、この辺で切り上げてもいいんじゃないか?」
    「……そうするか」
     あきらめ顔でロバートがうなずき、へたり込んだその時だった。

     ロバートの正面にいた友人が、「がっ」とうめき声を上げた。
    「ドメニコ?」
     顔を挙げたロバートの額やほおに、びちゃびちゃと温かい液体がかかる。
    「えっ、……え、……え、あ、ど、ドメニコ?」
     だが、友人は答えず、口から噴水のように血を噴き出しながら、仰向けに倒れる。
    「お、おい!? どうしたん、……げぼっ!?」
     続いてもう一人の友人が、胸を抑えてうつ伏せに倒れる。
    「ジョバンニ!? おい、しっかりしろ! ……ああ、そんな、マジかよっ……!」
     一瞬のうちに友人二人を撃たれ、ロバートはガタガタと震えだした。
    「ひっ……お……俺も……うっ……撃つのか……!?」
     その問いに答える代わりに、かちり、と撃鉄を起こす音が返って来た。
    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 7
    »»  2016.05.26.
    ウエスタン小説、第8話。
    好敵手、現る。

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    8.
     その時だった。
    「ロバート! 伏せてろ!」
     怒声と共に、部屋の外から窓ガラスを割って、何かが投げ込まれる。
    「えっ、……あ、アデルさん!?」
     この問いにも答える声は無かったが、代わりに投げ込まれた煙幕弾が煙を噴き出す。
     瞬く間に部屋は白煙で覆われ、視界が真っ白に染まる。
    「こっちだ! 動けるか!?」
    「あ……あひ……あひっ……」
     ロバートの声はするが、位置が動かない。どうやら完全に腰が抜け、歩くことさえままならないらしい。
    「しゃーねーなぁ、……だあッ!」
     叫び声と共に、アデルが部屋の中に飛び込んできた。
     それと同時に、銃声が立て続けに轟く。ロバートたちを襲ったものと、そしてエミルからの援護射撃だ。
    「うおっ、わっ、ひっ」
     アデルの情けない声が切れ切れに、しかし段々とエミルに近付くように聞こえてくる。
     やがてもうもうと立ちこめる白煙の中から、ロバートを背負ったアデルが飛び出してきた。
    「に、逃げるぞ!」
    「言われなくても!」
     アデルたちは逃げながら、あちこちに煙幕弾を投げ込む。
     真っ白に染まった深夜のイタリア人街を、3人は大慌てで逃げて行った。

     部屋の中の煙がようやく収まり、その場に残された男は、忌々しげにつぶやく。
    「……Zut!」
     握っていた銃の撃鉄を倒し、男はそのまま、部屋の奥へ消えた。



    「はーっ、はーっ……」
    「追っ手は、いないみたいね」
     どうにか街の外れまで逃げ、3人はそこで座り込んだ。
    「……済まなかった、ロバート」
     と、アデルが沈鬱な表情を浮かべ、ロバートに頭を下げた。
    「俺のせいだ。お前らをこんな、危険な目に遭わせちまった」
    「アデルさん……」
     ロバートも頭を下げ返す。
    「俺の方こそ、あんたに折角、期待をかけてもらったってのに、こんなしくじりを……」
    「……済まない」
     二人が頭を垂れたまま硬直してしまったところで、エミルが声をかける。
    「落ち込んでるところ悪いけど、これからどうするつもり?」
    「……」
     アデルは顔を上げるが、口を開こうとしない。
    「混乱して、何にもアイデアが思い付かないって顔ね。でもこのままじゃどうしようもないわよ?」
    「……ああ、そうだな」
     アデルはのろのろと立ち上がり、数歩歩いて、またしゃがみ込んだ。
    「そうだよな、手がかりは見付からなかった上に、敵に警戒されちまった。はるかに難易度が高くなったわけだ。完全に失敗だ」
    「アデルさん……」
     未だ泣き崩れているロバートに、アデルは弱々しい笑顔を返す。
    「お前のせいじゃない。俺が完璧にしくじっちまったんだ。生きてるだけまだマシだけどな」
    「マシってだけよ。このままじゃ任務の遂行なんか、絶対にできやしないわ」
    「ああ、分かってる。……と言って、もう一回忍び込むってワケにも行かないだろうな」
    「そりゃそうよ。今夜のことで、相手は防衛網を敷いてくるはずよ。
     ほぼ間違い無く、あたしたちは町に戻ることすらできなくなってるでしょうね。下手すると、列車すら止められるかも知れないわ」
    「おや、それは困りますな。わたくしの退路が絶たれてしまうではないですか」
     と、飄々とした声が飛んで来る。
    「……!?」
    「誰!?」
     声のした方へ、3人が一斉に振り向く。
     そこには西部の荒野にはまったく場違いとしか思えない、全身真っ白な男が立っていた。



    「お、お前は……!」
    「イクトミ!?」
     唖然とするエミルとアデルに構わず、相手は肩をすくめる。
    「ご無沙汰しておりました、マドモアゼル。またお会いできて幸甚の至りです」
    「な、何がマドモアゼルよ、このクソ野郎!」
     珍しく顔を赤らめたエミルに対し、イクトミはきょとんとした表情を返す。
    「おや? もうマダムでしたか?」
    「違うわよ! そうじゃなくて、あんたに馴れ馴れしく話しかけられる筋合いなんか無いって言ってんのよ!」
    「おやおや、つれないご返事ですな。
     折角、僭越ながらこのわたくしが、あなた方に手をお貸ししようかと思っていたのですが」
    「何だって?」
     尋ねたアデルに、イクトミはこう返した。
    「いや、わたくしも彼らからいただきたい一品がございましてね。
     しかしその狙いの品物は厳重に、金庫かどこかに収められているようで、ちょっとやそっとわたくしが侵入しても、一向に見付かる気配が無かったのですよ。
     一方――今の今までじっくり観察させていただきましたが――あなた方が探る情報もまた、どこをどう探しても見付からなかったご様子。
     この二つの事柄には何か、符号じみたものを感じるのですが、ね」
    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 8
    »»  2016.05.27.
    ウエスタン小説、第9話。
    因縁の相手。

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    9.
    「お前も俺たちも、見付けようとしても見付からなかった、……か」
     明らかにイクトミを避ける様子を見せるエミルに対し、アデルはイクトミの話に耳を傾ける。
    「確かに妙な一致だな」
    「そうでしょう、そうでしょう。そこで名探偵のお二人にお知恵を拝借できないか、と。そう思いまして今回、お声をかけさせていただいた次第です」
    「けっ、お前なんぞに頼られても嬉しかないな」
     アデルは立ち上がり、上着を脱いで汚れをはたき落としつつ、話を続ける。
    「だけどまあ、耳寄りな情報であることは確かだな。
     イクトミ、お前が狙ってるモノってのは――無論、俺たちは泥棒に手を貸すつもりは微塵も無いが――一体何なんだ? またフランス絡みか?」
    「ええ。イタリアの大英雄、ガリバルディがローマ共和国時代に使っていたとされる剣を秘蔵している、とか。
     ご存じですか、今でこそ彼の故郷はフランス共和国領となっていますが、一度だけ現在におけるイタリア王国領内となったことが……」「いらん、そんな情報はいらん」
     アデルはイクトミのうんちくを遮り、話を戻す。
    「しかし剣ってなると、割とかさばるブツだよな。流石にうわさ話よろしく、トウモロコシの中に詰め込むなんてこともできないだろうし。
     お前の腕とあの化物じみた身体能力があって、それでも見付からないってのも変な話だ」
    「お褒めに預かり光栄です。
     しかしムッシュ・ネイサンの言うこともごもっとも。わたくしはこれまで3度、あの屋敷へ密かに押し入っているのですが、その3度のいずれも、目的の物はおろか、あなた方が探しているような銃火器と言った品も、一切見たことがございません。
     となれば結論は一つ。あそこは偽の本拠であり、本当に重要な場所は別にある。そこにこそ、我々の目的の品があるのではないか、と」
    「ごっちゃにするな。俺たちは剣なんかほしくない。
     だが確かに、その線は濃厚だな」
    「そこでわたくしからご依頼申し上げたいのは、彼らの真の本拠地、これが果たしてどこにあるものなのか調べて欲しい、と言うわけです」
    「ふむ……」
     アデルは腕を組んで考え込み――かけ、慌てて声を上げた。
    「ちょっと待て、何で俺たちがお前なんかの依頼を受けなきゃならねーんだよ? さっきも言ったが、俺たちは泥棒の片棒を担ぐ気なんかまったく無いんだぞ」
    「ま、ま、そう仰らずに。
     マドモアゼル・ミヌー、これからわたくしが言うことをお聞きになれば、是非引き受けて下さると思います」
    「何よ?」
     邪険な態度を執るエミルに構わず、イクトミはこう続ける。
    「トリスタン・アルジャンを存じていますね?」
     その名前を聞いた途端、エミルの顔に険が差した。
    「ええ。覚えがあるわね」
    「彼は今回、彼奴らの用心棒を名乗って行動しているようですよ」
    「……何ですって?」
     ここまでイクトミの顔を見ようともしなかったエミルが、顔を強張らせて振り向く。
    「死んだはずでしょ?」
    「わたくしもそう思っておりました。
     しかし実際に生きておりますし、何を隠そう、あなた方の先輩が殺害されたのも、彼の仕業です」
    「マジでか?」
     アデルの顔にも、緊張が走る。
    「さらに申し上げれば、先程そちらのムッシュ・ビアンキのご友人方を殺害したのも、恐らく彼でしょう」
    「ほ、本当かよ……!」
     呆然としていたロバートも、おたおたとした様子ながらも立ち上がる。
    「正直に申し上げれば、彼の腕とわたくしの腕では、彼に若干の分があります。このまま4度目の劫(おしこみ)を謀れば、今度こそ射殺されかねません。
     ですがマドモアゼル。あなたのお力添えがあれば……」「知らないわよッ!」
     辺りに響き渡るほどの声で、エミルが怒鳴り返した。
    「あたしには何もできないわ! そんな力なんて無い!」
    「エミル……?」
     突然の怒声にたじろぐアデルを尻目に、イクトミがこう返した。
    「失礼ながら、マドモアゼル。嘘はいけませんな。
     本性は隠しても自ずと明らかになるものです。ニシン樽からはいつまでもニシンの臭いが漂うが如く、隠せないものはどうやっても隠せないのです。
     そんな益体も無いことを続けていては、あなたの心は永遠に安らげない。それどころか、その行為はあなたの心を必要以上に縛り付け、ついには壊してしまうことでしょう。
     それに――こんなことをわたくしが言う義理は無いのでしょうが――あなたが開けた扉は、いつかは、あなたご自身が閉じなければならないのでは?」
    「……」
     エミルはふたたびイクトミに背を向け、しばらく黙り込んでいたが、やがてぼそぼそとした口ぶりながらも、こう返した。
    「癪だけど、あんたの言う通りかも知れないわ。
     そうね、あいつが生きてるって言うなら、今度こそとどめを刺さなきゃね」
    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 9
    »»  2016.05.28.
    ウエスタン小説、第10話。
    移民街の謎。

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    10.
     イクトミも交えたアデルたち一行はヒエロテレノに戻り、イクトミの隠れ家に移っていた。
     伊達男のイクトミも、流石に己の家では白上下のスーツではなく、どこにでもいそうなシャツ姿となっている。(ただし東部の先進した街でなら、と言う注釈は付くが)
    「この町はわたくしにとっても、実に居心地がいいところです。取り分け、美酒の種類は近隣では類を見ませんからね」
    「美酒? 燃料の間違いじゃないの?」
     エミルが嘲る一方で、アデルは憮然としている。
    「癪(しゃく)に障るが、お前に助けてもらってるのは事実だからな。
     俺の後ろにあるガラクタは、今は見なかったことにしてやる」
     アデルの言葉に、イクトミは憮然とした顔をする。
    「ガラクタとはご無体な。全て価値ある美術品です。……ま、それはともかく。
     こちらがこの2週間、わたくしが集めたヒエロテレノおよびその周辺の情報です」
     イクトミから渡されたメモや書類を確かめながら、アデルたちは敵の本拠地を検討し合う。
    「通ってる路線は2本。W&B開拓鉄道と、インターパシフィック。とは言え、どこか離れたところに奴専用の線路が引いてあるかも分からんが」
    「周囲30マイルを探ってみましたが、それらしいものは特には」
     アデルのつぶやきに、イクトミが古ぼけたパンプスを磨きながら答える。続いて、エミルも質問する。
    「ねえ、この辺りってどこから水引いてるの?」
    「地下水です。そう深くないところに水脈があるようです」
    「この周り、畑とか果樹園は?」
    「ありませんな。荒野が広々続いているのみです」
    「ふーん……?」
     腑に落ちなさそうな声を上げたエミルに、アデルが尋ねる。
    「何か気になったのか?」
    「ええ。不釣り合いな点があるわね」
    「って言うと?」
    「お酒よ。あんたが浴びるくらいがぶがぶ飲めて、コイツも喜ぶくらい色んな種類があるのに、その原料になる蘭(テキーラの原料)とかトウモロコシ(バーボンの原料)とか、どこにも無いっておかしくない?」
    「ふむ。しかし件のリゴーニ氏は表向き、穀物商なのでしょう? であれば原料は彼が運んで、……いや、それでも妙ですな」
    「ええ。原料の件はあんたの言った通り、そう言う説明は付けられる。
     でもそれを加工するところも、見当たらないわ。少なくともあんたが集めたこの資料には、どこにもそんなのが載ってない。
     後もう一つ、気になってることがあるわ。町の名前よ。ヒエロテレノ、つまり『鉄の大地』って意味になるけど、おかしくない?」
    「って言うと、……いや」
     アデルは一瞬きょとんとしかけたが、途中で神妙な顔になる。
    「確かに変っちゃ変か。鉄の、って言ってるのに、鉱山なんかどこにも見当たらない。鉄工所なんかも無かったしな。
     ロバート、この辺りに鉄が出る鉱山は?」
    「聞いたこと無いっス。って言うか、何かの鉱山があるなんて話も、全然」
     ロバートはぷるぷると首を横に振る。
    「わたくしの方でも、そんな情報は得ておりませんな」
     イクトミも同様に、肩をすくめて否定する。
    「恐らく相当過去には、鉄を産出していたのでしょう。町ができて長いようですし、黎明期にはその名の通りの鉱山町だったのでしょうな」
    「でも、そんなの全然見たこと無いっスよ?」
     反論するロバートに対し、今度はイクトミの方が首を振る。
    「現実に即して考えるのであれば、鉱脈と言うものは原則、地面の下にあるものです。
     となれば導き出せる結論は、一つですな」
     イクトミの言葉に、エミルがうなずく。
    「ええ。町の周りに鉱脈が無いって言うなら、真下と考えるしか無いわね。
     ただ、稼働はしてないんじゃないかしら。稼働してるなら、その上にいるあたしたちに何かしらの振動が感じられるでしょうし、鉄鉱石だって運ばれてるはず。
     でも実際にこの町に一杯あって、運び出されてるのは……」
    「……そう言うことか」
     アデルとロバートも、合点の行った顔になった。
    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 10
    »»  2016.05.29.
    ウエスタン小説、第11話。
    エミルとイクトミ。

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    11.
     アデルたち4人は駅の近くに潜み、貨物列車が来るのを待つことにした。
    「地下に廃鉱を利用した秘密施設が本当にあるとしても、そこからモノを運び出さなきゃカネにはできない。
     となれば必然的に、駅まで酒樽を運んでくるはずだ」
    「次はいつ来る予定なんスか?」
     尋ねたロバートに、アデルは短く首を振る。
    「公式な運行表通りに来るとは限らん。
     地下でこっそり造ってる時点で、ほぼ間違い無く密造酒だろうからな。それを正規の方法で運ぶってのは、考えにくい」
    「イクトミ、鉄道関係は調べてないの?」
     尋ねたエミルに、イクトミは肩をすくめて返す。
    「申し訳ございません、マドモアゼル。路線までは調べておりましたが、その上に乗る車輌がいつ、何輌来るかまでは、まったく存じておりません」
    「いいわよ、別に。どうせ来るんでしょうし、いつかは」
     と、そうこうするうちに地平線の向こうから、黒い塊が近付いてきた。
    「運行表に書かれてない車輌だ。どうやら当たりだな」
     アデルがにらんだ通り、その貨物列車に次々、酒樽が積み込まれていく。
     10分か、15分ほどしたところで、酒樽をたっぷり載せた貨物列車が出発し、作業にあたっていた男たちが駅を離れ始めた。
    (行くぞ)
    (オーケー)
     アデルたちは密かに、男たちの後をつける。
     男たちは貨物列車から下ろした木箱や空の酒樽を荷車で運び、裏通りを過ぎ、倉庫の中に入っていく。
     それを見て、エミルが小声でイクトミに命じた。
    「気絶させて」
    「ウィ、マドモアゼル」
     次の瞬間、ぱっとイクトミの姿が消え、続いて倉庫から、短いうめき声が立て続けに響く。
     間を置いてイクトミが倉庫から現れ、恭しい仕草でエミルたちに声をかける。
    「片付きました。どうぞ皆様、お入り下さい」
    「ありがと」
    「勿体無きお言葉ですが、わたくしとしては別の言葉でのお返事をお聞かせ願いたいところです」
    「さあね」
     そっけないエミルの言葉に、イクトミはいつものように肩をすくめて返した。

     倉庫に入ってすぐ、4人は床に大きな穴が開いていることに気付く。
    「昇降機ですな」
    「ああ。やっぱり工場は地下にあったのか」
     程なく壁にレバーを見付け、操作する。
     ゴトゴトと音を立てて、底から床がせり上がって来た。
    「一旦下に降りて工場の存在を確かめたら、すぐ上に戻って捜査局を呼ぶぞ。
     俺たち4人で制圧なんて、そんな奇跡は起こせないからな」
    「それは困りますな。捜査局に立ち入られては、わたくしの目的が達成できません」
     そうこぼしたイクトミに、アデルが冷たい目を向ける。
    「文句があるなら1人で行って蜂の巣になって来いよ。
     最初から言ってるが、俺たちは泥棒の手伝いをするためにこんなところまで来たわけじゃないからな」
    「……致し方ありませんな。今回の品は諦めるとしましょう」
     イクトミが折れたところで、4人は昇降機を操作し、下へと降りていった。
    「ねえ」
     その途中、エミルが小声でイクトミに尋ねる。
    「如何なさいました?」
    「あんた、何者?」
     そう問われ、イクトミはきょとんとした顔を返す。
    「何者? はて、質問の意図が分かりかねますが」
    「あたしに言ったあのこととか、アルジャンを知ってるってことは、……その」
     言葉を濁しつつ、エミルは額の前で両手を合わせ、逆三角形を作った。
    「これ?」
    「以前はね」
    「馬鹿言わないでよ」
     うなずくイクトミに、エミルの顔に険が差す。
    「もう無いはずでしょ?」
    「ええ、ですから『以前』と。わたくしの認識でも、今は既に無きもののはずです」
    「生き残りってわけ? でもあたし、以前にあんたと会った覚え、無いんだけど」
    「おや?」
     意外そうな顔をして、イクトミが尋ね返す。
    「覚えていらっしゃいませんか?」
    「と言うより、まったく知らないわ」
    「嘘、……を付いているようなお顔ではございませんな。しかしわたくしの方では、確かに覚えがございます。話したことも二度、三度は。
     互いの記憶にどうも、食い違いがあるようですな」
    「そうみたいね。……っと」
     話している間に、昇降機は下階に到着した。
    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 11
    »»  2016.05.30.
    ウエスタン小説、第12話。
    地下工場の攻防。

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    12.
     地下はひんやりとしており、アデルが身震いする。
    「うぇ……、カビが生えそうだ」
    「この湿気と気温、恐らく地下水脈が近いせいでしょう」
    「町の下にこんなとこがあるなんて、マジで全然気付かなかったっス」
    「静かに」
     エミルがさっと手を振り、全員を黙らせる。
     そのまま恐る恐る、一行は奥へと進んでいった。
    (見張りとかは……)
    (いないみたいね。助かるけど)
     こまめにアイコンタクトを取りつつ、薄暗いガス灯に照らされた通路を歩く。
    (……ん? この匂いは)
     先頭に立っていたアデルが曲がり角の手前で立ち止まり、自分の鼻を指差す。
    (匂うか? アルコールだ)
    (ええ)
     全員がうなずいたのを確かめ、アデルはそっと、曲がり角の先に身を乗り出した。
    「……!」
     アデルの目に、大量の酒樽が映る。
     そしてその横にも木箱が並んでいること、さらにこの部屋にも見張りらしい姿が無いことを確認して、アデルは手招きした。
    「あったぞ。あれに違いない」
     4人は木箱の側に寄り、そっと力を入れて木箱を開ける。
    「バッチリだな」
    「ええ」
     木箱の中には、大量の小銃が詰め込まれていた。
    「ウィンチェスターM1873、……のコピー品ってとこか」
    「ここにあるの、全部がっスか!?」
    「証拠は抑えたわね。じゃあ早く戻りましょう」
    「個人的には口惜しいところですが、賛成いたします」
     4人は揃ってうなずき、元来た道を引き返すことにした。

     と――。
    「……う、っ?」
     イクトミが突然、その場にうずくまる。
    「どうした? ……!?」
     イクトミの右肩から血が噴き出し、白いスーツを真っ赤に染めていく。
    「撃たれた!?」
    「だが、銃声は……!?」
     アデルたちは銃を抜いて構えるが、それらしい姿は一向に見当たらない。
    「このまま帰ってもらっては、困るのだ」
     どこからか、声が響いてくる。だが反響が強く、どこからの声かまでは分からない。
    「私の言うことが、分かるな?」
    「トリスタン……!」
     エミルは顔を強張らせ、拳銃の撃鉄を起こす。
    「うん? 誰だ、貴様は?」
    「誰だっていいでしょ?
     あたしはあんたの顔を見たくないし、見せるつもりも無い」
    「……う、ぬ? 貴様……どこかで……?」
     虚を突かれたような声が返って来る。
    「マドモアゼル」
     と、イクトミが肩を押さえつつ、エミルの手を引く。
    「お気持ちはお察ししますが、ここで撃ち合うのは得策では無い」
    「分かってるわよ」
     そう返しつつ、エミルはアデルに目配せした。
    「オーケー!」
     それを受けて、アデルが懐から煙幕弾を取り出し、投げる。
     だが次の瞬間、弾は煙をほとんど噴き出すこと無く、空中で粉々になった。
    「な……んだって!?」
    「その手は二度も食わん。
     ……ふむ、そうだあの時も、まるで私のいるところが分かっているかのような、……とすると、……いや、……しかしそれしか無い」
     ぶつぶつと独り言が聞こえてくるが、一行は動けないでいる。
    (相手は俺たちのいる場所を完璧に把握してる。動けば撃たれるぞ)
    (分かってるわよ)
     再度目配せし、今度はエミルが口を開いた。
    「トリスタン。相変わらず、銃の腕は神がかってるわね」
    「……まさかとは思うが、……シャタリーヌ閣下?」
    「あたしの記憶では、死んだはずよ。シャタリーヌ一族も、あんたも」
    「その口調……その声……おお……まさか!」
     抑揚の無かった声に、揺らぎが生じる。
     その瞬間、エミルは拳銃の引き金を立て続けに絞った。
    「うおっ!?」
     トリスタンの声が返って来る。しかし先程のようなとらえどころの無いものでは無く、明らかに慌てた様子である。
    「今よ!」
     弾かれたかのように、エミルがその場から離れる。
     それに続いて、アデルとロバートが、イクトミを両脇から担いで走り出した。
    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 12
    »»  2016.05.31.
    ウエスタン小説、第13話。
    因縁のガンファイト。

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    13.
     一行は昇降機に飛び乗り、操作盤に群がる。
    「早く!」「分かってら!」
     レバーを上げ、昇降機が動き始める。
     当座の安全を確認し、アデルがイクトミから手を離し、床に座らせる。
    「大丈夫か、イクトミ?」
    「心配ご無用、……珍しいことだ。あなたがわたくしの心配をなさるとは」
     若干顔を青ざめさせながらも、イクトミは平然とした口ぶりで答える。
    「弾は貫通しておりますし、骨や動脈などにも当たっていないようです。止血さえしっかりしていれば、大したことはございません。
     と言うわけですみませんがムッシュ、お願いいたします」
    「お、おう」
     言われるまま、アデルはイクトミに止血を施した。
    「だ、大丈夫なんスか?」
     ロバートが怯えた声で、誰ともなく尋ねる。それは恐らくイクトミの状態では無く、トリスタンの追撃について尋ねたのだろう。
     それを察したらしく、エミルが答える。
    「追ってきたとしても、この昇降機自体が盾になってるようなもんよ。拳銃程度じゃ撃ち抜けないわ」
    「あ、そ、そっスよね」
    「いや、マドモアゼル」
     と、止血を終えたイクトミが首を横に振る。
    「問題が1点ございます」
    「え?」
     エミルが振り返ったその瞬間――昇降機ががくんと揺れ、停止した。
    「……まあ、こう言うわけです」
    「下で停められたか!」
     アデルは昇降機を囲む立坑に目をやり、はしごを指差す。
    「あれで登るぞ!」
     4人ははしごに飛びつき、大急ぎで上がっていく。
     その間に昇降機はふたたび動き出し、下降し始めた。

    「はーっ、はーっ……」
    「ひぃ、ひぃ……」
     どうにか昇降機に追いつかれる前に、4人は地上に出ることができた。
    「や、休んでる間は、無いぞっ」
     息も絶え絶えに、アデルが急かす。
    「どこか、電話、あるとこっ」
    「サルーンよ!」
     ほうほうの体のアデルとロバートに比べ、女性のエミルと怪我人のイクトミの方が、ぐいぐいと距離を伸ばしていく。
    「ま、待って、はぁ、はぁ」
    「ひー、ひー……」
     アデルたちも何とか両脚を動かし、エミルたちに追いつこうとした。
     だが――。
    「あう……っ!」
    「ロバート!」
     ロバートの左脚から血しぶきが上がり、その場に倒れる。
    「逃がしはせんぞ、お前ら全員ッ!」
     倉庫の方から、トリスタンが立て続けに発砲しつつ迫ってきていた。
    「ちっ!」
     エミルが敵に気付き、即応する。彼女も走りながら、拳銃を乱射し始めた。
     やがて互いに6発、銃声を轟かせたところで、その場に静寂が訪れた。
    「や、……やはり!」
     トリスタンは拳銃を持った手をだらんと下げ、エミルを凝視している。
    「その腕前、そしてそのご尊顔! 間違い無い!」
    「あんたの知ってる奴とは人違いよ!」
     そう叫び、エミルは弾を装填し始める。
    「私があなたのお姿を、見間違えるものか! あなたが閣下で無ければ、一体誰だと言うのだ!?
     そうだ、あなたがエミル・トリーシャ・シャタリーヌその人であるならばッ!」
     だが一方、トリスタンは6発装填のはずの拳銃をそのまま構え、引き金を絞った。
    「これを避けられぬはずが無いッ!」



     その瞬間、傍で見ていたアデルにはまったく信じられない、異様なことが起こる。
     トリスタンの拳銃から、7発目の弾丸が発射されたのだ。
    (変だぞ、あの拳銃……!?
     それに発射の瞬間、シリンダーからガスを噴かなかった? いや、違う――シリンダーが無い!?)
     そして直後の状況も、アデルにはまったく理解のできないものだった。
     何故なら――弾丸の装填中を狙われたはずのエミルは平然と、硝煙をくゆらせる拳銃を片手に立っており、その逆に、先んじて銃撃したはずのトリスタンが、右手から血を流していたからである。
    「……は……ははは……素晴らしい……」
     しかしボタボタと血を流しながらも、トリスタンは恍惚の表情を浮かべており、感動に満ちた声でこう叫んだ。
    「Magnifique! C’est magnifique!(素晴らしい!)」
    「Ta gueule!(黙れ!)」
     エミルが叫び返す。
    「そこでじっとしてなさい! あんたには、聞きたいことがある!」
    「……できぬ!」
     と、トリスタンは真顔に戻り、後ずさる。
    「私には成さねばならぬ大義がある! ここで死ぬわけには行かんのだ!」
     そう言い残し、トリスタンはその場から逃げ去った。
    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 13
    »»  2016.06.01.
    ウエスタン小説、第14話。
    新たな仲間と、かつての……。

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    14.
    「結論から言えばだ」
     ヒエロテレノの戦いから、2週間後。
     アデルたちを前にし、パディントン局長が今回の結末を総括していた。
    「今回の任務自体は成功した。
     君たちが発見してくれた地下工場を無事に摘発し、リゴーニによる武器密輸の拡大・継続を防ぐことができたのだからな。クライアントも喜んでいた。ちなみにネイサンの希望通り、感謝状も受け取っているよ。
     だが重要人物、リゴーニ本人の逮捕には至らずだ。地下工場にはおらず、地上にも姿は無かった。どうやら捜査局が来る前に逃げてしまったか、町の異変に気付いて来訪をキャンセルしたらしい。
     一方、そのトリスタン・アルジャンなる人物も、まんまと逃してしまった。つまり残念ながら、ゴドフリーの仇を討つことはできなかったと言うことになる。今回のところはね。
     強調するが、『今回のところ』とだけは、是非とも言っておきたい」
    「ええ、全く同感です」
    「そして――やはりと言うか、何と言うか――今回、偶然出くわしたイクトミも、結局は逃がしてしまった。そうだな?」
    「申し訳ありません。気付いた時には、姿が……」
     エミルが頭を下げかけたところで、局長が制する。
    「いや、いいんだ。犯罪者を野放しにしたままと言うのは気分のいいものでは無いが、釣りかけた魚が逃げたと言うだけだ。それを咎めなどせんよ。
     とは言え、だ」
     局長は残念そうに、こう続けた。
    「イクトミ。そしてトリスタン。手強い犯罪者が2人、我々の手から逃げおおせている。これは厳然たる事実だ。そして間違い無く、今後も我々と深く関わってくることになるだろう。
     よって、より一層、警戒心を強く持って任務に当たって欲しい。いいな?」
    「はい」
    「……それと」
     一転、局長は複雑な表情を浮かべ、エミルとアデルの背後にいる人物――ロバートに目をやる。
    「まあ、なんだ。人員に空きが1名出ていることは事実だ。代わりを募集せねばとは考えていた。
     しかし、君。我々の仕事は非常にハードで、常に正確かつ良識ある判断を求められる。タフで無ければやってられんし、良心が無ければやっていく資格は無い。
     その覚悟はあるかね?」
    「はっ、はい!」
     松葉杖を付いたまま、ロバートは大きくうなずいた。
    「よろしい。では今日から君も、我がパディントン探偵局の一員だ」
    「ありがとうございます、ボス!」
     局長から任命され、ロバートは顔を真っ赤にして敬礼した。



     数日後の夜。
    「じゃ、先に上がるわ。おつかれ」
    「はい、おつかれさま」
     その日の当直だったエミルは、探偵局に内側から鍵を掛け、窓にブラインドを下ろし、ニューヨーク・タイムズの夕刊を片手にして、ソファに寝転ぶ。
    「ふあ、あ……。さーて、と」
     長い夜を少しでも楽しく過ごそうと、彼女は新聞の家庭欄を探す。
    「……誰?」
     と、エミルは新聞をたたみ、振り向きもせずに問いかける。
    「こんばんは、マドモアゼル」
     その声を聞き、エミルはようやく振り返り、立ち上がった。
    「イクトミ!?」
    「ああ、いや、そう警戒なさらず。
     本日は1点確認したいことがございまして、こうして参上いたしました。敵意はございません。ご安心を」
    「……何?」
     へりくだるイクトミに、エミルは拳銃を向けずに尋ねる。
    「トリスタンが言っていたように、あなたが本当に、エミル・トリーシャ・シャタリーヌであるのかを、です」
    「……」
     エミルはしばらくイクトミをにらんでいたが、やがて口を開き――フランス語で答えた。
    「Non.Je suis Hemille Minou(違うわ。あたしはエミル・ミヌーよ)」
    「Je vous remercie pour de répondre(お答えいただきありがとうございます)」
     恭しくお辞儀し、イクトミは、今度は英語で返した。
    「また今度お会いできる時を、心より楽しみにしております」
    「あたしは楽しくないけどね」
    「相変わらず、無粋な方だ。それでは、また」
     イクトミは静かに、部屋から出て行った。

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ THE END
    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 14
    »»  2016.06.02.
    5ヶ月ぶりにウエスタン小説。
    Civil war "eve"。

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    1.
     アメリカ合衆国最大の内戦、南北戦争。
     勃発の直接の原因は、それまで合衆国の富裕層における「常識」であった奴隷制に対する意見の相違に起因するのだが、そもそも何故、戦わねばならぬほどに意見を違えることとなったのか? それは北部地域と南部地域の産業構造が分化し、それぞれの地域に住む人民の意識が変化していたことが、最も大きな原因とされている。
     プランテーションに代表される大規模農業を続けるべく、依然として「安価な」労働力を要する南部。工業化の進行により、安価でなくとも「質の高い」労働力を欲する北部。需要の質が異なる以上、意見が食い違うのは必然である。
     やがて妥協できないほどに両陣営は対立を深め、その結果、南部はアメリカ連合国として合衆国から分離。そして西暦1861年、戦争が勃発した。

     無論、一国が分裂することなど、愛国心の強い者たち、諸外国からの干渉に対し警戒を怠らぬ者たちにとっては、何としてでも避けるべき事態に他ならない。
     意見対立が激化する以前から、政治家や大実業家、その他国内における権力者たちの多くは様々な議論、様々な法整備、様々な運動を繰り返し、その結果に至らぬよう尽力を重ねていた。
     それは元々から政治的、社会的な力が強かった北部の人間だけに留まらない。南部の人間においても――元々抱いていた主義・主張の下で――東奔西走ならぬ、南奔北走を続けていた者は少なからず存在していたのである。



     1860年12月、T州。
    「あの共和党の猿(Ape)めがッ!」
     新聞の政治欄から顔を上げるなり、彼は苛立たしげに怒鳴り、新聞を引きちぎった。
    「何が『こんな提案に同意するくらいなら私は死を選ぶだろう』だ、キレイゴトばかり吐きおって!」
    「せ、先生」
     彼の背後には、顔を蒼くして立ちすくむ、いかにも神経の細そうな若い男が立っていた。
    「このままでは、我が社の経営が……」「お前だけの問題じゃない!」
     いかにも偉そうなスーツを着たその中年の男は、若者に向かって怒鳴り散らした。
    「わしの後援はいずれも奴隷無しじゃ立ちいかんのだ! このままあいつらの主張が一方的に通されてみろ、わしの政治生命も、お前らの会社もみんな終わりだ!
     かくなる上は、お前たちにも覚悟をしてもらわねばならん」
    「か、覚悟、でございますか?」
     驚く若者に、彼は続けてこう言い渡した。
    「そうだ。それもあの猿のように、ただおべっかを立て並べ、口先だけの決意表明なんぞをしてもらうのでは無い。
     わしは形として、目に見えるものとして、覚悟を見せてほしいのだ」
    「とっ、……と、申しますと」
    「これはまだ私見だが、こうまで南部連中の意見が棒に振られている以上、南部は早晩、北部と袂を分かつことになるだろう」
    「た、袂を? それはつまり、……まさか」
    「おかしな話では無い。元々イングランド人やらスコットランド人、スペイン人、オランダ人、フランス人やらがごちゃごちゃと集まってできた寄せ集めの国だ。それがまたバラバラになるだけのことだ。
     とは言え、いずれはまた一つになるであろうことも、目に見えておる。でなければイングランドやらロシアやらの帝国共がいざ攻め込んできた時、どうしようもなくなるからな。
     問題はその後だ――我が国がもう一度一つになったその時、我が国はどんな意見を持っているか、だ」
    「つまり……?」
    「北部の意見だけが残っているか。それとも南部が意見を通し切っているか。わしは後者であることを求める。
     だからこそ、まずはカネだ。何を置いても潤沢な資金が無ければ、何も成し得ぬ。だからこそカネをありったけ、わしのところに集めるのだ。
     そして残る二つは」
     男は窓に向かい、若者に背を向けつつ、こう続けた。
    「兵士と武器だ。猿や彼奴ら率いる共和党がどうしてもキレイゴトで議会を埋めたい、アメリカを満たしたいと言うのならば、わしは現物と実力を以って、現実を見せてくれる。
     とにかく早急に、大規模にかき集めろ。そしてその力を駆使し、北部の連中をアメリカ大陸から駆逐してやるのだ!」
    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 1
    »»  2016.11.01.
    ウエスタン小説、第2話。
    おたから。

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    2.
    「『猛火牛(レイジングブル)』、だろ?」
     アデルがニヤニヤしながら放ったその言葉に、エミルはけげんな表情を浮かべた。
    「なにそれ?」
    「あれ? 間違えたかな……」
     エミルの反応を受けて、アデルは途端に自信を失う。
    「それがトリスタン・アルジャンの通り名だっつって、情報屋のグレースからそう聞いたんだけどなぁ」
    「ふーん、そうなの?」
     前回、イクトミからその名を聞かされた時のそれとあまりに違う、そっけないエミルの反応に、アデルはまた面食らった。
    「そうなのって、……俺はてっきり、もうちょっと何か、過敏な反応してくるんじゃないかなーって思ったりなんかしてたわけなんだけど」
    「死んだはずの奴が生きてるって知らされたらそりゃ、びっくりするわよ。でも生きてるって分かった今、何聞いたって驚きもしないわね。
     で? 動揺したあたしに畳み掛けて、前歴を聞き出してやろうとでも思ったのかしら、探偵さん?」
    「あ、いや、そう言うわけじゃなくてだな、何て言うか」
     取り繕おうとするアデルに対し、エミルは冷ややかに言い放つ。
    「ごまかしは結構。そして答えはノーよ。
     今は何を聞かれたって、『前々職』については一切答えたくないの」
     エミルの頑なな態度に、アデルはようやく諦める。
    「まあ、じゃあそっちの話はもういいや。また今度にする。
     いや、なんでこんな話切り出して来たかって言うとだな、そのグレースって奴、情報屋なだけあってさ、色々と話を持って来てくれるんだよ。
     近所の美味しいコーヒー屋だとか、来週どこの店でバーゲンするかだとか、そう言う細かいことから、次期大統領選の両党それぞれの有力候補だとか、旧大陸のどこかの王様が死にそうだとか、ピンからキリまで揃えてるんだ」
    「それが?」
    「ま、流石に全部が全部本物、信憑性があるってわけじゃないが、半分くらいは信用できる情報だってことだ。
     んで、その中で一つ、耳寄りな情報をもらったんだ」
     長ったらしい前置きを終え、アデルはメモをエミルに差し出した。
    「何?」
    「南北戦争の開戦前に、T州とその周辺を地盤にしてたある政治家が、その戦争が始まるかもってことで、貯めてた政治資金やら資産やらを、どこかに隠したんだ。なんでも今の価値に換算して、総額50万ドルだとか、100万ドルだとか。
     ま、これだけならよくあるおとぎ話、アホみたいなトレジャーハンターがホイホイ飛びつきそうな、胡散臭い都市伝説でしかない。
     ところがそれを裏付ける資料が、『とある場所』に保管されてるらしいんだ。もしかすればその資料には、隠し場所なんかのヒントがあるかも知れない」
    「とある場所?」
     おうむ返しに尋ねたエミルに、アデルは辺りをきょろ、と伺ってから、小声でエミルの耳にささやいた。
    「コロンビア特別区、司法省の……」「は?」
     エミルはくるりとアデルに向き直り、それを遮る。
    「つまり連邦特務捜査局の資料室にある、ってこと?」
    「そう言うことだ」
    「あんた、そこに入れると思ってるの?」
     エミルはアデルから受け取ったメモを、アデルの額にぺちんと叩きつけた。
    「ただでさえ向こうはあたしたちを商売敵、面倒臭い輩だと思ってるのに、自分たちの本拠地のど真ん中にまで平然と入れてくれるって?
     そんなの、透明人間にでもならない限り不可能よ。間違い無く門前払いされるでしょうし、最悪、政府施設への不法侵入罪をでっち上げられて、パディントン探偵局ごと潰されるわよ」
    「分かってるって。俺だっていきなり、『よう、おつかれさん』なんてフレンドリーに入ろうとは思っちゃいないさ」
     メモを額からはがしつつ、アデルは肩をすくめる。
    「そこで今回、俺が任された件が絡んでくるわけだ」
    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 2
    »»  2016.11.02.
    ウエスタン小説、第3話。
    欲と義と。

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    3.
    「今回君に任せる件の詳細は、以下の通り。
     先のN準州開発に絡む汚職事件についての追求を逃れ蒸発した代議士、セオドア・スティルマンの捜索、及び拘束だ。
     無論、罪に問われているとは言え、まだ犯罪者と確定したわけでもない男を、我々が勝手に拘束するわけにはいかん。そこで逮捕権を持つ連邦特務捜査局の人間に同行し、名目上は彼に拘束させるようにしてほしい。
    (と言うよりもこの件、捜査局からの依頼なんだ。また人員不足だとか予算が十分じゃあ無いだとか、何だかんだと文句をこぼしていたよ)
     そう、今回もまたあのお坊ちゃん、サミュエル・クインシー捜査官と一緒に仕事してもらう。言うまでもないが、勿論エミルにも同行してもらうこと。
     あと、あの、……イタリア君にも初仕事をさせてやろう。一緒に連れて行くように。

    P.S.
     イタリア君の名前をど忘れした。何となくは覚えているんだが。彼、名前なんだったっけか?」



    「このメモ、局長から?」
     尋ねたエミルに、アデルはこくりとうなずく。
    「ああ。彼は今、別の事件を追っているらしい。だもんで、こうして書面での指示をもらってるってワケだ」
    「……ああ、だから?」
     そう返し、エミルは呆れた目を向ける。
    「局長の目が届かないうちにお宝探しして、ちゃっかり独り占めしようってわけね」
    「いやいや、二人占めさ。俺とお前で」
    「それでも強欲ね。サムとロバートも絡むことになるのに、二人には何も無し?」
    「あいつらには何かしら、俺からボーナスを出すさ。お宝が本当にあったならな」
    「あ、そ。慈悲深いこと」
     エミルにそう返されつつ冷たい目でじろっと眺められ、アデルは顔を背け、やがてぼそっとこうつぶやいた。
    「……分かったよ。4等分だ」
    「5等分にしなさいよ、そう言うのは。
     仕事にかこつけて宝探しするんだから、機会を与えてくれた局長にもきっちり分けるべきじゃないの?」
     エミルの言葉に、アデルは顔をしかめる。
    「エミル、お前ってそんなに博愛主義だったか? いいじゃねーか、局長に内緒でも」
    「一人でカネだの利権だのを独り占めしようなんて意地汚い奴は、結局ひどい目に遭うのよ。
     そりゃあたしだって儲け話は嫌いじゃないけど、出さなくていいバカみたいな欲を出して、ひどい目に遭いたくないもの」
     そう言ってエミルは新聞紙を広げ、アデルに紙面を見せつける。
    「『スティルマン議員 新たに脱税疑惑も浮上』ですってよ?
     独り占めしようとするようなろくでなしは結局悪事がバレて、こうやって追い回されて大損するのよ。
     あんた、こいつに悪事の指南を受けるつもりで捜索するの?」
    「……」
     アデルは憮然としていたが、やがてがっくりと肩を落とし、うなずいた。
    「……ごもっとも過ぎて反論できねーな、くそっ」
    「ま、そんなわけだから」
     そう言って、エミルはアデルの前方、衝立の向こうに声をかけた。
    「もしお宝の分け前があれば、あんたにもちゃんとあげるわよ」
    「どーもっス」
     衝立の陰から「イタリア君」――パディントン探偵局の新人、ロバート・ビアンキが苦笑いしつつ、ひょいと顔を出した。



    「あ、お前? もしかしてずっとそこにいたのか?」
     目を丸くしたアデルに、ロバートは口をとがらせてこう返す。
    「先輩、ひどいじゃないっスか。俺にタダ働きさせようなんて」
    「反省してるって。ちゃんと渡すさ」
    「へいへーい。ま、今回はそれで許してあげるっスよ、へへ」
     ばつが悪そうに答えたアデルに、ロバートはニヤニヤ笑いながら、肩をすくめて返した。
    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 3
    »»  2016.11.03.
    ウエスタン小説、第4話。
    米連邦司法省ビルにて。

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    4.
    「あ、そ、その、ビアンキさん、よ、よろしく……、お願いします」
     前回共に仕事をしてから半年ほど経っていたが、やはりサムは以前と変わらず、シャイな様子を見せていた。
    「ロバートでいいぜ。こいつもお前さんと同じヒヨッコだ。仲良くしてやってくれ」
    「何スかそれ、子供扱いして……」
     口をとがらせつつも、ロバートは素直に、サムに右手を差し出す。
    「まあ、よろしくっス」
    「あ、はい」
     サムも恐る恐ると言った様子で右手を伸ばし、握手を交わした。
    「よし、挨拶も済んだところで、だ。
     早速で悪いが、ちょっとばかしお前さんの職場にお邪魔させてもらうぜ」
     そう切り出したアデルに、サムはこくっと短くうなずいた。
    「ええ、伺っています。セオドア・スティルマン議員の消息をたどるため、資料室で彼の身辺情報を……、と言うことでしたね」
    「そうだ。今から一々、巷で情報集めしてたんじゃ、下手すりゃ議員さん、海の向こうに行っちまうか、馴染みの深いだろうメキシコへ柵越えしちまう。
     それよりか、既にある程度の情報持ってるおたくらに知恵を借りた方が、拿捕できる可能性は高くなるからな」
    「ええ、特に国政に関わる人間であれば、一定の身辺調査を行うようにしていますからね。スティルマン議員についてもファイルされているはずです」

     サムを筆頭にして、エミルたち一行は連邦特務捜査局のオフィスがある、司法省ビルの中を進む。
    「てっきり中にいる奴、みんな俺たちに敵意むき出しにしてにらんでくるかと思ってたっスけど……」
     そうつぶやいたロバートに、エミルが苦笑しつつ返す。
    「あくまで捜査局は司法省の一セクションだもの。このビルに勤めてる大部分の人たちはそいつらと無関係だろうし、何とも思って無いわよ」
    「へへ、そっスよねぇ」
     と、アデルがトン、とロバートの肩を叩く。
    「だが、彼は別だろうな」
    「彼?」
     ロバートが聞き返したが、アデルは答えず、前方、廊下の奥から歩いてくる初老の男を、それとなく指し示した。
    「……」
     アデルが言った通り、その男はエミルたちを、胡散臭いものを見るような目で眺めながら近付いて来る。
    「あ、局長。おはようございます」
     サムが立ち止まり、彼に会釈する。
    「……ああ、おはよう、クインシー捜査官」
     一方、相手は立ち止まらず、サムに手を挙げて返し、そのまま通り過ぎる。
     こう言う状況であれば大抵はアデルが突っかかるのだが、この時ばかりは流石の彼も、会釈するだけに留めていた。
    「局長って?」
     ぼそっと尋ねたロバートの頭を、アデルがぺちっと叩く。
    「サムが局長って呼ぶような奴っつったら、連邦特務捜査局の局長だろうが。
     ウィリアム・J・ミラー、司法省でも重鎮の男だ」
    「まあ、はい、そう言うことです。……ちゃんと挨拶してほしかったんですが、ロバートさん」
    「す、すんませんっス」
     ロバートが慌てて振り返るが、ミラー局長の姿は既に、廊下に無かった。

     ともかくアデルたちは資料室へ向かい、所期の目的を果たすことにした。
    「えーと、S……Sの項の……T……I……あ、あった」
     サムが言っていた通り、確かにスティルマン議員についての資料は、すぐに見つけることができた。
    「セオドア・S・スティルマン。183X年、T州出身。
     1855年に父親の事業であったS&S農園を継ぎ、57年に南部の有力政治家だったヘクター・フィッシャー元上院議員と関係を持つ。……関係?」
    「え、関係ってまさかこいつ……」「じゃないです!」
     声を上げかけたロバートを、サムが珍しく大声を出して遮った。
    「4年後の1861年、スティルマン議員はフィッシャー議員から政治基盤を受け継いでいます! 関係を持ったって言うのは、政治活動の関係のことですから! へ、変なこと言わないで下さいよ、ロバートさん!」
     一方、ロバートはニヤニヤと笑みを浮かべてこう返す。
    「……あのー、まだ俺『まさかこいつ』しか言ってないっスよ。一体ナニと思ったんスか?」
    「え、……あっ、あっ、そのっ、いやっ」
     サムは顔を真っ赤にし、その場にうずくまってしまった。
    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 4
    »»  2016.11.04.
    ウエスタン小説、第5話。
    仕事と遊びと、宝探しと。

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    5.
     うずくまったままのサムを放っておき、アデルたちは引き続き、資料を確認する。
    「んで、そのフィッシャー議員から政治基盤を受け継ぎ、上院議員にまで出世ってわけか。
     そして今年、汚職が発覚、と」
    「汚職って、そう言やこのおっさん、何やったんスか?」
    尋ねたロバートに、エミルが説明する。
    「簡単に言えば収賄と背任、横領よ。
     N準州で予定されてる鉄道事業について入札が行われてたんだけど、その裏でスティルマン議員はある鉄道会社から、8000ドルの賄賂をもらったのよ。その見返りに、その会社に最低入札価格を教えるってことでね。
     その上、準州が用意してた鉄道予算の一部も着服しようとしてたって話よ」
    「へぇー」
     感心した声を上げたロバートに、エミルは呆れた目を向ける。
    「あなた、新聞読んでないのね?」
    「え、……いやー、ははは、文字見るのが嫌いなんスよ、俺」
    「この半月で一番ホットな話題よ? 少しくらい、目を通しておいた方がいいわよ」
     エミルに続き、アデルもたしなめる。
    「そうだぜ、ロバート。学が無いオトコはモテねーぞぉ」
    「ん、んなこと無いっスよ! オトコは腕っ節っス!」
     反論するロバートに、アデルは肩をすくめて返す。
    「局長を見てみろよ、たまにご婦人の依頼人が来るが、最初はどんなに憂鬱そうにしていても、局長と話すと途端に顔をほころばせる。
     あの人はユーモアと機知にあふれてるし、何よりどんな話題にも柔軟かつ広範に応じられるからな、どんな相手でも心を開いちまう」
    「流石っスねー」
     ロバートが感心する一方で、エミルはクスクスと笑っている。
    「なんだよ?」
    「だからあなた、おしゃべりなのね。局長みたいになりたくて」
    「……」
     エミルの指摘に、アデルも顔を赤くした。

     と、先に赤面していたサムがようやく立ち直ったらしく、机に戻って来た。
    「え、えーと、それでその、資料はお役に立ったでしょうか?」
    「ん? あ、ああ」
     アデルはぷるぷると首を振り、サムに応じる。
    「そうだな、奴さんが隠れそうなところ、行きそうなところの目星は大方付いた。
     こっちの方は終わりだな」
    「こっち?」
     きょとんとした顔で尋ねたサムに、アデルはニヤニヤ笑いながら、そーっと近付いた。
    「あ、あの?」
     目を白黒させているサムの耳に、アデルはこうささやく。
    「ここからは秘密のお話だ。ここにいる俺たち以外には、他言無用だぜ?」
    「え? え?」
    「いいか、俺はある情報筋から、この資料室にはお宝のありかを示す手がかりがあると言う情報をつかんでいる。実を言えば、議員先生の情報集めなんてのは単なる口実だ」
    「な、何を?」
    「と言うわけで、今からそっちの情報集めを始める。お前さんも手伝え」
    「ま、待って下さい」
     サムはふたたび顔を真っ赤にして、慌ててアデルとの距離を取る。
    「じゃ、じゃあアデルさん、最初からそのつもりで、ここに? スティルマン議員の捜索も、そのために?」
    「いやいや、議員先生の件の方が勿論、重要だ。局長から直々に受けた命令をないがしろにするなんて邪(よこしま)なことは、これっぽっちも考えちゃいないさ。
     だが、例えばサム、お前さんが仕事で西部の方へ行って、仕事を終えて直帰するって時に、駅近くのバーで一杯やろうかと思ったとして、それを咎める奴はいないだろ?
     それと同じさ。本来やるべき仕事をきちっとこなしてりゃ、誰も文句は言わないさ」
    「それは……うーん……でも……」
     困った顔をしているサムに、エミルが声をかける。
    「ま、今回だけは大目に見てあげなさいな。このバカ、言い出したらなかなか聞かないもの」
    「ちぇ、バカはひでーなぁ」
     アデルが口をとがらせるが、エミルは彼に構わず、サムと話を続ける。
    「あなたが清廉潔白なタイプだってことは、見てれば分かるわ。だからこいつのグレーな提案も、そう簡単には受け付けられないってことも十分理解できる。正直あたしだって、バカなこと考えてるわねって思ってるしね。
     だからこれはお宝探し(Treasure)なんて欲張った話じゃなくて、単なるお遊び、レジャー(To leisure)と思えばいいのよ。
     捜査局にだって、週末に備えてデスクで新聞の娯楽欄をニヤニヤしながら眺めてる人、いるでしょ? ここで資料探しするのも、その延長みたいなもんよ。折角遊びに行くんなら観光地の下調べくらい、事前にしときたいじゃない」
    「は、はあ……」
     まだ納得しかねている様子のサムに、エミルはこう付け加えた。
    「それにあなた、仕事から離れてプライベートの時間になったら、どう過ごせばいいか分かんなくなるタイプでしょ? せいぜい家で新聞読むか気になった事件をスクラップするか、頑張って図書館に行って勉強するか、って感じ」
    「そ、それは、まあ、……否定しませんと言うか、できませんと言うか」
    「だから、たまにはあたしたちと一緒に遊びましょ、って話よ。
     ね、それならいいでしょ?」
     エミルの説得に、サムはようやく折れた。
    「……分かりました。それなら、ええ、はい」
    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 5
    »»  2016.11.05.
    ウエスタン小説、第6話。
    二つの事件と二人の政治家。

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    6.
     サムを懐柔したところで、アデルたちは改めて、その「お宝」の情報集めに取り掛かった。
    「で、アデル。情報屋から聞いたお宝の話って、具体的には?」
    「ああ。グレースから聞いたのは、こんな感じだ。
     T州のとある大物政治家が1860年、即ち南北戦争の直前になって、資金を大量にかき集めたんだ。どうやら戦争が起こることを見越して、その時自分が付くであろう陣営、即ち南軍に合流させるべく、私兵団を築くつもりだったらしい。
     しかし翌61年、その企みは失敗に終わる。何故なら首謀者だったその政治家が突然、ぽっくり逝っちまったんだそうだ。
     だもんでそいつが集めさせた資金に関しても、完全に流れが見失われた。資金がどこに回ってどう使われたのか、誰も知らないし、何も分からないままになってるって話だ」
    「つまり、そいつがお宝ってワケっスね」
     ロバートの言葉に、アデルはうんうんとうなずいた。
    「そうだ。巷じゃこいつは『F資金』と呼ばれてる。その大物政治家の頭文字が由来だそうだ。
     ってわけで、まず俺たちが探すのは、Fってイニシャルで、T州を拠点にしていた、61年まで上院議員として活動していた奴だ。
     サムが言ってた通り、この資料室には政治家、それも大物の情報がずらりとファイリングされている。その中でクサい奴がいれば、60年から61年にかけて何やってたか、徹底的に調べるんだ」
    「……えっと」
     と、サムがけげんな顔をする。
    「それ、……さっきスティルマン議員と関係があったって言う、フィッシャー議員のことでは?」
    「あ?」
     サムの意見に、アデルは肩をすくめて返す。
    「おいおい、混同しちゃいけねーよ、サムのお坊ちゃん。アレとコレとは別の話だぜ」
    「で、でも」
     サムが反論しかけたところで、ロバートも賛成票を投じてきた。
    「いや、俺も先輩の話聞いてて、なーんか『っぽい』なーって思ってたっス」
    「……うーん」
     サムとロバートの意見に押され、アデルも渋々うなずく。
    「まあ、じゃあ、まずはフィッシャー議員のとこから洗うか」

     そしてFの棚に収められていた、フィッシャー議員についての資料を確認したところで、アデルも確信せざるを得なくなった。
    「ヘクター・M・フィッシャー。178X年、旧メキシコ領(現合衆国T州)出身。
     同州の合衆国併合の際には両国の間を渡り、併合に一部貢献した実績を持つ。その他にも同州および近隣州の経済発展に尽力し、最盛期は『フィッシャー・トラスト』とまで呼ばれる、巨大な政治資金団体を形成していた、……か。
     なるほど、『F資金』はそれが基ってわけか。もしこの『F』が本当にフィッシャーのFだとするなら、だが」
    「本当だとして、っスよ」
     ロバートが恐る恐ると言った口ぶりで、アデルに尋ねる。
    「このフィッシャー議員の跡を継いだのが、さっきのスティルマン議員っスよね?」
    「ああ」
    「ってことはっスよ、議員先生、『フィッシャー・トラスト』も継いだってことっスか?」
    「……ふむ」
     アデルはもう一度、スティルマン議員についての資料を開き、目を通す。
    「可能性はありそうだな。
     経歴からして尋常じゃない。3X年に生まれて61年に政治家に転身、そして70年代末にはもう、上院議員の座に登り詰めてる。
     ちょっとやそっとカネがあっても、敗戦直後の混迷極めるT州で、30代、40代の若手政治家が上院議員に選出されるなんて、なかなかできることじゃ無い。
     ってことは、ちょっとどころじゃなくカネを持ってたってことだろうな」
    「今回追っかけてるのだって、カネが原因でしょ? ますます怪しいっスよ」
    「確かにな。となりゃ……」
     アデルは持っていたメモにぐりぐりと円を描き、話を締めた。
    「どっちの件を追うにせよ、このスティルマン議員が鍵ってわけだな」
    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 6
    »»  2016.11.06.
    ウエスタン小説、第7話。
    議員先生の足取り予測。

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    7.
     司法省ビルでの情報収集を終えたアデルたちは、その日のうちに、T州行きの列車に乗り込んでいた。
    「サム、到着は何日後だ?」
     列車がワシントン郊外に差し掛かった辺りで、アデルがサムに尋ねる。
    「えーと……、8日後の予定です」
     手帳に視線を落としながらサムがそう返したところで、横に座っていたロバートが愕然とした表情を浮かべる。
    「8日後ぉ!? 議員先生が逃げ出してからもう3日、4日経ってるってのに、さらにそんなにかかんのかよ!?」
    「し、仕方ないですよ、ロバートさん。
     で、でもですね、相手だって目的地へ向かうのに同じだけの日数を要しますし、それに加えて、資産を現金化する時間も必要になります。
     それを考えれば、僕たちには若干の余裕があるはずです」
    「現金化? つまり、カネを集めるってことか?」
     サムの説明に、ロバートは首を傾げる。
    「カネ持ちだって話なんだろ、議員先生は? なんでカネを集める必要があるんだ?」
     これを聞いて、アデルが呆れた声を出した。
    「ロバート、お前さんまさか、『カネ持ち』がそのまんま、ドル紙幣をわんさか持ってる奴だって思ってんじゃないだろうな」
    「え? そうでしょ?」
    「アホか。本物のカネ持ちはカネじゃなく、カネを株式やら土地やらの動産・不動産と言った資産にして持ってんだよ。資産にして置いときゃ地代やら配当やらで、さらにカネが入るからな。
     だが今回みたいに、いざ逃げなきゃならんって時にそんなもん持ってても、全然役には立たない。だからカネに戻すってわけだ」
    「あー、なーるほど」
    「は、話を戻しますと」
     サムが恐る恐ると言った口ぶりで、説明を続ける。
    「当然ながら、スティルマン議員がワシントンなど合衆国東部地域で有していた資産に関しては、既に凍結されています。
     ですが彼の本拠地であるT州サンクリストには、まだ相当額の資産が蓄えられていますし、地元で顔が利く分、こちらの現金化は容易なはずです。
     とは言えその総額は、資料によれば10万ドルは下らないとのことですし、完全に現金化するまでには相当の日数を要するでしょう」
    「じゅっ……」
     額を聞いて、ロバートはまた目を丸くした。
    「なんだよ、すげえカネ持ちじゃねえか!? なのになんで、裏金なんかもらおうとしてたんだよ……?」
    「答えは簡単。カネの亡者だからよ」
     窓の外を眺めていたエミルが、話の輪に入る。
    「この世には2種類の人間がいるのよ。生活に困らない程度のおカネが手に入ったらいいやって言うタイプと、おカネはいくらでもほしいってタイプ。
     あたしは前者だけど、隣のアホとか議員さんは後者みたいね」
    「アホって言うなよ……、ったく」
     口をとがらせるアデルをよそに、エミルはサムの説明を継ぐ。
    「ともかく、そう言うタイプだろうから、捜査の手が伸びるギリギリまで現金化を進めるでしょうね。
     サム、その現金化だけど、最短で何日くらいかかるか、算出できる?」
    「えーと……、そうですね、大部分が土地と債券、株式とのことですから、近隣に売却するとして、……とは言え銀行なんかを介した表向きの取引は、買い手側が後々まずいことになるでしょうから断るでしょうし、帳簿や証文の無い裏取引として……でも現金がそこまで町全体にあるか……うーん……」
     サムはぶつぶつとつぶやきながら、大まかな所要時間を返した。
    「恐らくですけど、半分の5万ドルなら一週間くらいでできると思います。ただ、残り半分も現金化しようとしたら、周りの町からかき集める必要が出るでしょうし、一ヶ月以上かかるでしょうね」
    「流石に一ヶ月もじっとしてなんかしやしないわね。じゃあ恐らく、一週間で町を立つでしょうね。
     合計すれば――ワシントンからサンクリストまで8日、半分を現金化するのに7日だから――最低でも半月はかかるってことになるわね」
     これを聞いて、アデルが話をまとめようとした。
    「となると、既に事件発覚から一週間が経過している今、明日か明後日くらいで議員先生は本拠地に到着し、現金化を始めるだろう。
     だが半分カネにするのに一週間。その間に俺たちがサンクリストに到着し、奴さんをとっ捕まえるってわけだな」
     が――エミルはこれを聞いた途端、鼻で笑った。
    「そんなの上手く行くわけないじゃない」
    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 7
    »»  2016.11.07.
    ウエスタン小説、第8話。
    二手、三手先を読む。

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    8.
    「え……?」
     思ってもいなかったエミルの返答に、アデルは面食らう。
    「いや、変な話じゃないだろ? 時間差があるから……」「そこじゃ無いわよ、問題は」
     エミルは肩をすくめつつ、こう返した。
    「あんた、火が点いたダイナマイトが目の前に落ちてるのを見付けても、その場でじっと突っ立ってるの?」
    「どう言う意味だよ?」
    「危ないと思ったらすぐ逃げるだろ、って話よ。
     事件発覚が公になるかならないかのタイミングで、まんまとワシントンから逃げおおせた奴が相手よ? そんな相手が本拠地のド真ん中で、『捕まるかも』って危険を冒しておいて、追手の心配をしてないわけが無いじゃない。
     あたしたちがのこのこ本拠地に乗り込んだら、全力で逃げ出すに決まってるわ。相手にとってはるかに地の利がある町から、ね」
    「なるほど……。言われりゃ確かに、その危険は無視できないか。そこで逃げるか隠れるかされれば、見付け出すことは難しくなるだろうな。
     だが本拠地で追わなけりゃ、どこで追うんだ?」
    「これよ」
     エミルは地図を広げ、2つの町を指し示した。
    「ここが議員さんの本拠地である、サンクリスト。
     ここから70マイルほど南にもう一つ、フランコビルって言う町があるの。隣駅でもあり、その路線の終着駅でもある町よ。
     そしてさらに南へ進んでいけば国境、その先はメキシコってわけ」
    「高飛びするには手頃なルートだな。となると馬が必要か、……あー、なるほど」
    「そうですね。そちらを抑える方が、より確実だと思います」
     うなずいているアデルとサムに対し、ロバートはぽかんとしている。
    「どう言うことっスか? その、フランコビルって町で待ち構えるってことっスか?」
    「ああ、そうだ。この町から南の国境まではかなりの距離があるし、馬の手入れや食糧なんかの補給は入念にしなきゃならない。でなきゃ国境を越える前に、地獄の門をくぐる羽目になるからな。
     そしてこの町の近隣百数十マイルにはサンクリスト以外の、他の町は無い。言い換えれば、この町以外に補給ができるところは皆無ってことだ」
    「つまりここで待ち構えてれば……」
     ロバートの言葉に、アデルは大仰にうなずいた。
    「そう、議員先生の方からやって来るはずだ。
     後はきちっと拘束し、しれっとF資金について聞き出す。ミッション終了ってわけだ」

     行動指針がまとまった後は、特に何かを検討するようなことも無く、それぞれが到着までの時間を潰していた。
    「ようやく次の町が見えてきたなー」
    「そうね」
    「今日はどの辺りまで行けるかな」
    「さあ?」
    「お、湖だ。なんだっけ、エリー湖だったか?」
    「そうじゃない?」
     ずっと外の景色を眺めているエミルに、アデルは色々話しかけてみるが、生返事しか返って来ない。
     まともな会話をあきらめたアデルは、今度はサムに話しかける。
    「なあ、サム」
    「え、あっ、はい?」
     手帳に目を通していたサムが、ぎょっとした顔をする。
    「なんだよ、声かけただけだろ」
    「あ、すみません。えーと、何でしょう?」
    「お前さん、いくつって言ってたっけ?」
    「22です」
    「ロバートのいっこ下か。大学も出てるんだよな?」
    「あ、はい。去年、H大のロースクールを」
    「……は?」
     サムの学歴を聞いて、アデルは面食らう。
    「22歳って言ったよな?」
    「はい」
    「去年、ロースクール卒業? H大の?」
    「ええ」
    「すげえな、飛び級してんじゃねえか。
     お前さん、実はものすげえ奴なんだな」
    「いや、そんなことは、全然。人と話すの、苦手ですし」
    「謙遜すんなっつの。なんだよ、超エリートだなぁ。とてもチンピラ上がりの隣に座ってる奴とは思えん」
    「ちょっ……、ひどいっスね先輩」
     サムと比較され、ロバートが口をへの字に曲げた。
    「そーゆー先輩はどうなんスか? どうせやんごとなき大学を主席で卒業とかでしょ?」
    「局長じゃあるまいし。俺はふつーの、名前も聞いたこと無いような大学の出身だよ」
     そう返したアデルに、サムが食いつく。
    「パディントン局長の母校って、どちらなんですか? あの方、イギリス訛りがありますし、やっぱりそちらの……?」
    「らしいぜ。若い頃はイギリス人だったって聞いてるしな」
    「……納得っスねぇ」
     アデルの話にロバートもサムも、うんうんとうなずいていた。
    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 8
    »»  2016.11.08.
    ウエスタン小説、第9話。
    部屋割り。

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    9.
     ワシントンを発ってから8日後、アデルたち一行は予定通りT州、フランコビルを訪れていた。
    「西部っつーか、南の端まで来ちまったなー」
    「そっスねー。って言うか鉄道自体が端っこ、終着駅っスもんねー」
     並んで立つアデルとロバートは、だらだらと汗を流している。サムも額をハンカチで拭きながら、気温の変化を分析している。
    「流石に緯度10度近くも南下すると、空気が全然違いますね。ワシントンと全然、日差しが違います」
    「い……ど?」
     きょとんとしたロバートを見て、サムが説明しようとする。
    「あ、緯度と言うのはですね、地球上における赤道からの距離を……」「やめとけ、サム」
     が、アデルがそれを止めた。
    「このアホにそんな小難しい説明はするだけ無駄だ。見ろ、このきょとぉんとした顔」
    「……要するに、暑いところに来たってことです」
     噛み砕いた説明をしたサムに、ロバートは憮然とした顔を返した。
    「子供だって知ってるっつの。メキシコの隣だし」
    「その暑い国がなんで暑いか知らねーからアホだって言われんだよ」
    「ちぇー」
     と、エミルが胸元をぱたぱたと扇ぎながら、3人に声をかける。
    「いつまで日差しの真下で駄弁ってるつもり? そのまま続けてたら3人とも、マジで頭悪くなるわよ」
    「ごもっとも。そんじゃ先に、宿を取りに行くか」
    「賛成っスー」

     一行は駅隣のサルーンに入り、マスターに声をかける。
    「ちょっと聞きたいんだが、ここって泊まれるか?」
    「ええ、一泊1ドル10セントです。ただ2階に2部屋しか無いんで、2人ずつになりますが」
     マスターの返答に、4人は顔を見合わせる。
    「まあ、そうよね。ニューヨークやフィラデルフィアならともかく、アメリカの端近くまで来てて、そんなに部屋数のある宿なんて普通無いわよ」
    「まあ、道理だな。だが今、そこを論じたってしょうがない。部屋数が増えるわけじゃないからな。
     今論じるべきは、どう分けるか、だ」
     アデルの言葉に、ロバートが全員の顔をぐるっと見渡す。
    「姉御と先輩、俺とサムって分け方じゃダメなんスか?」
    「え」
     ロバートの案に、サムが目を丸くする。
    「え、……って、普通に考えたらそうなるだろ?」
     けげんな顔をするロバートに、サムはしどろもどろに説明する。
    「あ、でも、エミルさんとアデルさんは、そう言う関係じゃ」
    「いや、それは俺も知ってるって。
     だけど例えばさ、ヒラの俺と姉御じゃ余計おかしいだろ。お前でもそれは同じだし」
    「それは……うーん……そう……ですよね」
     うなずきかけたサムに、アデルがこう提案する。
    「いや、それよか1対3、エミルに1部屋、残りを俺たち、って分けた方が紳士的だろ」
    「あ、……そーっスよね、そっちの方がいいっス、絶対」
     ロバートは素直に納得したが――何故かサムはこの案に対しても、面食らった様子を見せた。
    「えぇぇ!?」
    「おいおい、待てよサム。どこも変じゃ無いだろ、今の案は? 男部屋と女部屋に分けようって話だろうが」
     アデルにそう言われ、サムは目をきょろきょろさせ、もごもごとうなるが、どうやら反論の言葉が出ないらしい。
    「あっ、あの、でも、……その、……そう、ですよね」
    「……」
     しゅんとなり、黙り込んでしまったサムを、エミルはじーっと眺めている。
     その間にロバートが、マスターに声をかけようとした。
    「決まりっスね。んじゃ……」
     と、そこでエミルが口を開き、ロバートをさえぎる。
    「マスター。部屋割りはそっちの赤毛と茶髪で1つ。それからメガネの子とあたしで1つ。よろしくね」
    「……え?」
     エミルの言葉に、アデルたち3人は揃って唖然となる。
    「かしこまりました、ごゆっくりどうぞ。夕食は18時に、1階で出しますので」
    「分かったわ。それじゃ後でね、アデル。それからロバートも」
     その間にマスターが鍵を2つカウンターに置き、エミルは片方の鍵を受け取ると同時にサムの手を引いて、そのまま2階へ行ってしまった。
     残されたアデルは、ロバートと顔を見合わせる。
    「……ちょっと待て」
    「いや、俺に言ったって」
    「え、エミル、ま、まさか、あいつが、あんなのが、タイプなのか? アレがタイプだってことか?」
    「分かんないっスよぉ、俺に言われたって」
    「い、いや、違うよな? ほ、保護欲みたいな、子犬可愛がりたいみたいな、ソレ的なアレだよな? な? なっ? なあっ!?」
    「だから分かんないっスってー……」
     狼狽えるアデルをなだめつつ、ロバートはカウンターに置かれた鍵を受け取り、まだぶつぶつつぶやいている彼を引っ張るようにしつつ、2階へ向かった。

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 9
    »»  2016.11.09.
    ウエスタン小説、第10話。
    煩悶アデル。

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    10.
    (こんな先輩、初めて見るぜ)
     半月前に出た初任給で早速買った懐中時計で時間を確かめつつ、ロバートはベッドの上で、一言も発さずとぐろを巻いているアデルを眺めていた。
    「先輩、ちょっと寝たらどうっスか? 夕飯まであと3時間ありますし」「……」
     何度か声をかけたが、アデルの耳には入っていないらしく、彼はじっと壁の方を見つめたままである。
    (いや、壁って言うか、多分その向こう――姉御たちが今ナニしてんのかなーって考えてるんだろうなー、これ)
     たまりかねたロバートは、アデルの肩をトントンと叩く。
    「先輩、そんなに気になるんなら、聞き耳立ててみたらどうっスか?」
    「あ?」
     振り返ったアデルの顔には、汗が噴き出していた。恐らく暑さのせいだけではなく、隣が気になって仕方無いのだろう。
    「このまんま後3時間、壁を見つめてるつもりっスか? んなことしてるより、潔くコップ使って様子伺った方が、よっぽどスッキリすると思いますけど」
    「……」
     一瞬、アデルがにらんだが、すぐに壁へと目線を戻し、もう一度ロバートに向き直った。
    「取ってくれ」
    「あ、はい」
     ロバートは素直に、水差しに被さっていたコップを一つ取り、アデルに手渡した。それを受け取るなり、アデルはベッドの上を膝立ちで進み、壁にコップを押し当てて張り付く。
     が――3秒もしないうち、壁からドン、と音が響くとともに、アデルは耳を抑えてベッドの上をのたうち回った。
    「ど、どしたんスか!?」
    「……っ……うぅ……あー……ちっくしょー……エミルの奴」
     まだ耳を抑えたまま、アデルは苦い顔をロバートに向けた。
    「向こうから壁叩いてきやがった。鼓膜が破れるかと思ったぜ、くそ」
    「お見通し、ってわけっスか。流石は姉御っスね」
     どうにか割れずに済んだコップを床から拾い、アデルは水差しからコップへと水を注ぎつつ、ぶつぶつとつぶやいている。
    「だがまあ、これでともかく、エミルとあいつが変なことしてるって可能性は無くなったわけだ。多分俺がコップを壁に押し当てた音を、エミルは聞きつけたんだろう。でなきゃあんなタイミング良く、ポイント良く壁叩いたりできないしな。音が聞けたってことは、何か騒々しいことをやってる最中じゃないってことだし。既に部屋に入ってから30分は経過してるし、それまで特に何かそれっぽいことをしてる様子が無いってことは多分、あと3時間、恐らくこのままだって言う可能性は高いと見て問題無いはず、……いやしかし、俺がこう考えることをエミルが考えないとは考えにくいし、となると俺が諦めて不貞寝するこのタイミングを見計らって、『ねえサムの坊や、もっとレジャーを楽しんでみない』なんて口説き始めるかも知れないし……」
     縁ギリギリまで注いだ水に口を付けようともせず、ぶつぶつ唱えたままのアデルに、ロバートは単刀直入に尋ねた。
    「先輩、姉御のことが好きなんスね?」
    「しかし可能性としては、……ぅひぇ?」
     素っ頓狂な声を上げたアデルを見て、ロバートは噴き出した。
    「俺のことをバカだ、単純だってけなすわりには、先輩も十分おバカでド単純じゃないっスか」
    「て、てめっ」
     顔を真っ赤にするアデルに、ロバートはニヤニヤと笑って返す。
    「案外純情なんスね、先輩」
    「……純情で悪いかよ」
    「全然。むしろ先輩らしいっス」
    「バカにしてんのか?」
    「いやいや、尊敬してるんスよ」
    「どこに尊敬できる要素があんだよ」
    「だって、探偵なんて結局、人の粗探しでメシ食ってるようなもんじゃないスか。そんなこと長く続けてたら、絶対どこかスレてきて、嫌な奴になってきますって。
     でも先輩、全然そーゆーとこ無いなって。そりゃまあ、時々きっついこと言ってくるっスけど、丁寧にモノを教えてくれるし、ちょくちょく飲みに連れてってくれるし、何だかんだ言って正直者だし。
     だから俺、先輩のことは人間として尊敬してるんス、マジで」
    「お前なぁ」
     アデルは水を一息に飲み干し、ロバートに背を向けつつ、こう続ける。
    「人を見る目が甘すぎるぜ。俺だってスレたとこの一つや二つあるっての。
     あんまりさ、人を妄想で脚色したり、期待しすぎたりすんなよ。それ裏切られたら、ただ自爆するだけだからな」
    「へへへ、覚えときます」
    「……ふん」
     アデルがごろんとベッドに寝転んだところで、ドアがノックされた。
    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 10
    »»  2016.11.10.
    ウエスタン小説、第11話。
    偵察。

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    11.
    「あ、俺が出ます」
     ロバートはぐでっと横になったままのアデルに断りを入れ、続いてドアに向かって応じる。
    「姉御っスか?」
    「ええ。一息ついたでしょうし、そろそろ回ってみないかって声かけに来たんだけど、アデルは? 不貞寝してるの?」
    「え? あー、と……」「まさか! んなわけ無いって」
     ロバートが返事を返しかけたところで、アデルが慌てて飛び起き、ドアに張り付く。
    「とりあえず開ける」
    「ええ、お願い」
     アデルがドアの鍵を開け、エミルとサムを部屋に招き入れた。
    「で、どうしたって?」
    「どうって、作戦会議するんでしょ? まさかこのまま、夕食まで寝てるつもりだったの?」
    「え、……あー、まさか。いやさ、俺はてっきり、二人とも……」「『二人とも』? あたしたちが一緒におねんねしてると思ってたの?」
     しどろもどろなアデルの返答に、エミルが呆れた目を向ける。
    「あんた、あたしと組んで結構長いでしょ? あたしの好みも分からないわけ?」
    「え……、あ、いや、……わ、分かるさ、うん、分かる」
    「なら益体も無い邪推なんか、金輪際しないでちょうだい。
     ちゃんとまともな理由があって、あたしはサムと一緒の部屋にしたんだから」
    「あ、……そうなのか。……そっか」
     そうつぶやいたアデルの額を、エミルはやはり呆れた顔をしつつ、ぺちっと叩いた。
    「それで、これからどうするの? 牧場見に行く? それともここで待つ?」
    「後者に一票だな」
     アデルはそう答え、論拠を説明した。
    「来た時にも言ってたが、この町に宿なんてそう多くない。いや、恐らくここだけだろう。となれば議員先生もここを訪ねるはずだ。俺たちはそこを抑えりゃいい。
     ここなら駅の向かいだし、列車がいつ来るか、すぐ分かるしな」
    「あたしは反対ね」
     一方、エミルはこう主張する。
    「70マイル離れてるとは言え隣町だし、こっちにも何かしらのコネクションがあってもおかしくないわ。宿じゃなく、知人の家に泊まるかも知れない。
     それよりも、議員先生が来る前にそれとなく、町のことを調べておいた方がいいと思うけど」
     この意見を受け、アデルが折れた。
    「その点については同意だな。そのコネで、秘密の抜け道でも作られてたら厄介だし」

     一行はエミルの意見に則り、フランコビルをぐるっと見回っていた。
    「資料によれば人口400人弱、町の規模はおよそ直径4~5マイル。主要産業は……」「見りゃ分かるよ。牧場だろ」
     サムの説明を、ロバートが前を指差しながらさえぎる。
    「あ、は、はい。えーと、後は……」
    「町の概要はその辺でいいわ。他には、……そうね、牧場はいくつあるのかしら」
     エミルに尋ねられ、サムはぺらぺらと手帳をめくる。
    「3つあります。1つは前方のマグワイア牧場、他には町の南側に2つ、リーガン牧場とダンカン牧場です。どれも同じくらいの規模ですね」
    「同じくらい、ね。前にある牧場も馬を飼ってるみたいだし、買おうと思えば3ヶ所のどこでも買えそうね。
     ただ、議員さんが馬に乗れるかどうかは疑問だけど」
    「可能性は高いんじゃないでしょうか? 元々、農場主だったそうですし」
    「ああ、そう言ってたわね。じゃあ、その辺りも十分に可能性があるわね」
    「他に馬を調達できそうなところはある?」
    「うーん、……無さそうですね。馬を置いておけるところも、牧場とサルーンくらいです」
    「議員さんがサンクリストから馬で来たとしても、アデルが言った通りサルーンには泊まれないだろうし、そこに馬をつなぐ可能性は、まず無いわね」
     と、エミルとサムで意見交換していたところに、アデルも混じる。
    「となると議員先生、間違い無く牧場に来るだろうな。列車から馬に乗り換えるにしても、サンクリストから馬で来るにしても」
    「そうね。……とは言え3ヶ所をじっと見張るって言うのは、非現実的ね」
    「確かにな。日差しはきついし、見晴らしも良すぎる。俺たちが毎日何時間もじろじろ眺めてちゃ、不自然極まりないぜ。
     もし牧場の人間が議員先生と通じてたら、『こっちを見てる怪しい奴らがいますぜ』ってチクられて、逃げちまうかも知れん」
    「その上、3ヶ所よ。どうにか隠れて監視できる場所をそれぞれの牧場で確保できたとしても、4人じゃどうやったって手が足りないわ」
    「じゃあ、どうするんスか?」
     尋ねたロバートに、アデルが苦い顔を返した。
    「どうすっかなー……。どれか1つにヤマを張るのが効率的、……でもないな。外したら最悪だし」
    「となれば、採る方法は一つね」
     エミルの言葉に、アデルがうなずく。
    「だな」
     一方、ロバートとサムはそろって、ぽかんとした顔をしていた。
    「えっと……?」
    「なんかいい方法があるんスか? 罠でも仕掛けとくとか?」
     そう尋ねたロバートに、アデルが肩をすくめて返す。
    「イタチやウサギを追いかけてんじゃねーんだから、んなことするわけ無いだろ。
     もっと単純な方法だよ」
    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 11
    »»  2016.11.11.
    ウエスタン小説、第12話。
    カウボーイだった男の哀愁。

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    12.
     アデルたちがフランコビルに着いてから、5日後。
     いかにも神経の細そうな、蒼い顔をした中年の男が、大きなスーツケースを両手にそれぞれ1つずつ提げて、駅から現れた。
    「……」
     神経質じみた仕草で辺りを確かめつつ、男は駅を離れ、そのまま南へと歩いて行く。
     1時間ほどかけ、男は「ダンカン牧場」と看板がかけられた、小さな家の前に着いた。
    「ふう、ふう……、失礼、ボビー・ダンカンさんはいらっしゃるか?」
     トントンとドアをノックし、少ししてその向こうから、陽気そうな男の声が返って来た。
    「ちょっと待ってくれー、すぐ開ける」
     その言葉通りドアが開き、中から赤ら顔の、やはり陽気そうに見える男が現れた。
    「ん? ……おお、テディ! テディじゃねえか!」
    「ん、ん……、ゴホン、ゴホン」
     テディと呼ばれた男は辺りを見回しつつ、空咳をする。
    「その、……あまり、大声を出さないでくれ、ボブ」
    「あ……? どうしたんだ、テディ? 前にも増して顔が真っ青だぞ」
    「血色の良い君がうらやましいよ。……いや、その、……君は最近、新聞を読んだか?」
    「新聞?」
     テディに尋ねられ、ボブはげらげらと笑って返した。
    「おいおい、俺が文字嫌いなの、忘れちまったのか? あんなもん、暖炉の火を点けるのにしか使ったこと無えや」
    「覚えている。だから君のところに来たんだ。『最近の』私の事情を、きっと君は知らないでいてくれているだろうと思って」
    「あん?」
     きょとんとしているボブに、テディはもう一度辺りを見回してから、こう続けた。
    「中に入っていいか? 外では話せないんだ」
    「おう、むさ苦しくて上院議員殿にゃ似合わんところだが、それでもいいなら」
    「助かる」
     家の中に通されるなり、テディは持っていたかばんをテーブルの上に置き、片方を開けた。
    「おいおい、大げさなかばんだなぁ。一体何が入って……」
     笑いかけたボブの顔が、凍ったように固まる。
     開かれたかばんの中には300人のリンカーンが、ぎゅうぎゅう詰めになって眠っていたからだ。
    「お、お、おっ、おい、テディ、な、なんだ、それっ」
    「見ての通り100ドル紙幣が300枚、つまり3万ドルだ。もう一つのかばんにも、同じくらい詰め込んでいる。
     ボブ、詳しいことは一切聞かないと、約束してくれないか?」
    「おっ、おう。い、いいぜ」
     ガタガタと震えつつも、ボブは首を縦に振った。
    「本当に助かる。ありがとう、ボブ。
     馬を1頭買いたいんだが、いくらになる?」
    「馬だって? 競馬にでも出すのか?」
    「いや、私が乗るんだ」
    「お前が?」
     ボブは首にかけていたバンダナで額の汗をごしごしと拭いつつ、呆れた目を向ける。
    「お前が馬に乗ってたのなんて戦争前の、まだハナたれのガキだった頃の話じゃねえか。一体どうし、……あー、いや、聞かん。聞かんぞ」
    「ありがとう。できれば脚が長持ちする馬がいいんだが……」
    「あるぜ。値段は400ドルってところだ」
    「そうか。かなりの距離を歩かせるから、食糧も用意して欲しいんだ。人と馬、両方の」
     そう頼んできたテディに、ボブは神妙な顔を返した。
    「テディ。お前まさか、メキシコにでも高飛びするのか? そのカネ、ヤバいヤツなのか?」
    「……」
     何も答えず、押し黙ったテディを見て、ボブは深くうなずいた。
    「……いや、聞くなって話だったよな。答えなくていい。
     分かった、1週間分でいいか?」
    「ああ、助かる。調達にどれくらいかかる?」
    「2時間もありゃ十分だ。総額、しめて……」
     言いかけたボブに、テディはかばんの中のドル紙幣を乱雑につかみ、そのまま渡そうとした。
    「2000ドルはあるだろう。これで頼む」
    「お、多すぎるって! 500くらいで……」「いや」
     テディは金を無理矢理、ボブに押し付ける。
    「迷惑料も込みだ。恐らくこの後、面倒臭い連中が大勢押しかけて、君に根掘り葉掘り聞いてくるだろうから」
    「……」
     まだ渋るような表情を浮かべていたが、ボブはテディから金を受け取った。

     そして2時間後、確かにボブは、馬と食糧とを調達してきてくれた。
    「本当にありがとう、ボブ。それじゃ、元気で」
    「おう。お前も、元気でな」
    「ああ。……じゃあ」
     テディはひらりと馬に乗り、そのままダンカン牧場を後にした。
    「……」
     牧場からさらに南下し、周囲が見渡す限りの荒野となったところで、テディは懐から煙草を取り出した。
    (……何年ぶり、いや、何十年ぶりだろうか。
     こうして何も無い、誰もいないところでただ一人、静かに煙草を吸うのは)
     ライターで火を点け、口にくわえ、ゆっくりと吸い込む。
    「ふう……」
     テディは吐き出した紫煙が風に飛ばされるのをぼんやりと眺め――その向こうに、馬に乗った人影が4つ、近付いて来ていることに気付いた。

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 12
    »»  2016.11.12.
    ウエスタン小説、第13話。
    食い違い。

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    13.
    「君たちは?」
     尋ねてきた相手に、アデルが先頭に立って答える。
    「俺たち3人はパディントン探偵局の者だ。こっちの1人は、連邦特務捜査局の人間だけどな」
    「ふむ」
     相手は煙草をくわえたまま、ゆっくりと馬を歩かせ、近付いて来る。
    「つまり、私を逮捕しようと?」
    「話が早くて助かるぜ、セオドア・スティルマン上院議員殿」
     アデルは馬を止め、腰に提げていたライフルを構える。
    「そこで止まってもらっていいか?」
    「承知した」
     アデルに言われた通りに、スティルマン議員は馬を止め、地面に降りる。
    「何故私がここに来ると分かったのかね?」
    「単純な話だ。十中八九、あんたはメキシコに行くって読んでたからな。そこへ向かうルートで待ち構えてりゃ、あんたの方からやって来る。
     それに人目に付くサンクリストやフランコビルを離れ、人っ子一人見当たらないこの荒野まで来れば、流石にあんたの警戒も緩む。そうだろ?」
    「なるほど、理に適っている。見付かるべくして見付かってしまった、と言うわけか」
     スティルマン議員は煙草を捨て、両手を挙げた。
    「次は? 手を頭の後ろで組んで、うつ伏せになった方がいいかね?」
    「いや、そこまでしなくていい。手は縛らせてもらうが」
    「痛くないように頼む。長年書類にサインばかりしていたせいか、手首が腱鞘炎気味でね」
     何の抵抗もせず、淡々と従うスティルマン議員に、アデルは疑い深く尋ねる。
    「まさか、あきらめたのか? カネ持って高飛びしようってつもりだったんだろ?」
    「そのつもりだったが、捕まったと言うならば仕方が無い。荒事は苦手でね」
    「仕事がすぐ済んで助かるけどな、こっちは。
     さて、と。拘束したし、仕事の方はもう終わったも同然だ。そこで議員先生、あんたに聞きたいことが一つあるんだが」
    「何かね?」
     アデルも馬を降り、ライフルを構えたまま、もう一つの目的について話を切り出した。
    「F資金のことだ」
    「えふしきん? 何だね、それは」
    「あんたがヘクター・フィッシャー氏から南北戦争の勃発直前に受け継いだ、巨額の資金のことだ。
     知らないとは言わせないぜ、議員先生?」
    「……」
     スティルマン議員は首をひねり、こう返す。
    「そうまで大仰に見栄を切ってもらって大変申し訳無いのだが、……見当が付かない」
    「う、ウソつくんじゃねえ!」
     ロバートが馬上から怒鳴るが、スティルマン議員は肩をすくめるばかりである。
    「ウソではなく、本当に何のことだか分からない。
     そもそもフィッシャーと言う人物すら、私は聞いたことが無いのだが」
    「え?」
     スティルマン議員の言葉に、サムが目を丸くする。
    「せ、1861年に、あなたが彼から政治基盤を受け継いだと、あの、資料には……」
    「うん? ……ああ、なるほど。概ね事情が分かった。
     君たちは大きな勘違いをしているようだし、その資料とやらも、修正することをお勧めする」
     スティルマン議員は大きくため息をつき、こう続けた。
    「確かに私はさる人物から政治基盤を受け継ぎ、政治家となった。
     ただしそれは1861年ではなく、1871年だ。そもそも受け継いだのはフィッシャー氏からではなく、そのフィッシャー氏から受け継いだであろう人物、即ち私の伯父であるセオドア・ショーン・スティルマンからだ。
     ちなみに私の名前は、セオドア・パーシー・スティルマンだ。名前のせいで、よく伯父と間違われたよ。今もそうだがね」

     ともかくアデルたちは、スティルマン議員をフランコビルまで連れ戻し、詳しい事情を――汚職事件の方である――尋ねることにした。
    「動機? 単純にカネを必要としていたからだ。
     実は大統領の座を狙っていてね、出来る限り資金が欲しかったんだ。既にN準州の件などで実績は十分に挙げていたし、後は実弾をバラ撒いて党や財界の支持を得て……、と言うつもりだったんだが、残念ながら反対勢力に嗅ぎつけられたらしい。新聞社や司法当局にリークされて、こうして逃げ回る羽目になってしまった。
     正直、ここ数日は逃げることも嫌になってきていたんだ。だから君たちに、穏便に捕まえてもらって、感謝しているくらいだ」
    「そりゃどうも」
     アデルはぶっきらぼうに礼を述べつつ、もう一つの件についても再度、スティルマン議員に尋ねた。
    「で、さっきの話の続きなんだが、つまりもしF資金を受け継いだとするなら、あんたじゃなく伯父さんの方なんだな?」
    「恐らくそうだろう。少なくとも私は、伯父からそんな話を聞いたことは、一度も無いがね」
    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 13
    »»  2016.11.13.
    ウエスタン小説、第14話。
    内戦前夜の空白。

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    14.
     スティルマン議員をワシントンへ護送する前に、アデルたちはサンクリストへ寄り道していた。
    「このままじゃ気になって仕方無いし、F資金についての手がかりだけでもつかんでおきたいんだ。
     協力してもらうぜ、議員先生。……ただし、このことは内緒にしてくれ」
    「それは司法取引かね?」
     憮然とした顔で尋ねたスティルマン議員に、アデルはニヤ、と笑う。
    「俺にその権限は無いが、便宜は図るよう頼む。……こいつが」
     そう言って、アデルはサムの肩をポン、と叩いた。
    「えっ!? ……そ、そんな無茶な!」
    「頼むよ、サム。ほら、事情聴取の時にでもさ、『カネの一部を教会に寄進して懺悔してた』とか、『ショーウインドウ覗き込んでた子供にプレゼント買ってやった』とかさ、適当にハートフルな美談付け加えりゃさ、心象も良くなるだろ?」
    「ぼ、僕にウソをつけと? いっ、嫌ですよ!」
     流石のサムも、こんな荒唐無稽な頼み事は受け付けられないらしく、頑なな態度を執っている。
    「ウソじゃなきゃいいんでしょ?」
     と、エミルがスティルマン議員のかばんから何百ドルか取り出し、駅に備え付けられてある募金箱に、ぐしゃぐしゃと突っ込んだ。
    「ちょ、エミル!? ……お前もお前で滅茶苦茶だな」
    「どうせ持って帰ったって、お役人が何だかんだ理屈をつけて、国庫に放り込むだけでしょ? それならこっちの方がまだ、有効活用ってもんよ。
     それにもう、捜査の方は終わってるんだから、さっさとやることやって帰りたいし。ここでうだうだ言い争いなんかして、時間を潰したくないのよ、あたしは。
     さ、行きましょ」
     エミルに促され、一行はスティルマン邸へと向かった。

     スティルマン議員が逃走資金確保のために立ち寄った際に使用人をすべて解雇したため、屋敷内に人の姿は無い。
     無人となった屋敷に入り、スティルマン議員がうんざりとした顔で尋ねる。
    「それで、何を調べようと言うのかね?」
    「議員先生、この屋敷はあんたの伯父も住んでたことがあるんだよな?」
    「うむ。と言っても61年以降、彼が政治家になってからは一度も帰ってきたことは無いがね」
    「なってからは、か。じゃあその直前までは、ここにいたわけだ。
     サム、確かショーンの方のスティルマン氏は、57年からフィッシャー氏と関係があったって言ってたよな?」
    「あ、はい」
    「なら、その間に付けた日記なんかがあるかも知れん。それを探そう」
     一行はショーン氏の使っていた部屋へ入り、机や本棚を念入りに調べる。程無くして、1857年から1861年に書かれた日記を3冊、見付け出した。
     ところが――。
    「……それらしいことは何にも書いてないな。フィッシャー氏とどこに行ったとか、弟から借金の相談を受けたとか、そんなことばっかりだ」
    「言ったろう? そんな話は聞いたことが無いと」
     落胆するアデルに、スティルマン議員が呆れた目を向ける。
    「最初から、そんなものはどこにも無かったのだ。大方、当時権勢を振るっていたフィッシャー氏に嫉妬していた連中が流したデマなのだろう。
     大体、F資金などと言う与太話を真に受けて人を追い回し、こんなろくでもない家探しにまで及ぶなど、分別ある紳士がすべきことでは無いだろう。ああ、嘆かわしい」
    「くそ……」
     追っていた相手になじられ、アデルは憮然とする。
     と――日記を読んでいたエミルが、声をかけてくる。
    「アデル。ちょっと見てちょうだい」
    「なんだよ?」
    「ほら、このページ。1860年の12月終わりから61年の2月はじめまで、いきなり日にちが飛んでる」
    「ん? その辺りって確か……」
    「南部地域が合衆国から脱退し、連合国を宣言した辺りですね」
    「だよな」
     サムの注釈を受けつつ、アデルは日記を手に取る。
    「フィッシャー氏はT州有数の権力者だったし、この頃も恐らく、忙しくしてただろう。『弟子』のショーン氏も随伴してただろうし、同じく忙しかったはずだ。……となればまあ、日記が満足に書けなかったんだろうとは、考えられなくも無い。
     だがその後、唐突に日記が再開され、そのまま何事も無かったかのように続けられている。まるでこの2ヶ月の空白をごまかしているような……」
    「考えすぎだ!」
     呆れ返るスティルマン議員をよそに、アデルはもう一度、机に目を向ける。
    「この日記は、机の中にあったんだっけか」
    「ええ、真ん中の引き出しよ」
    「ふむ」
     アデルは引き出しを抜き取って引っくり返し、底面を軽く叩いてみる。
    「やっぱり二重底か。ここを……こうして……こうすれば……よし、開いた」
     中から出てきたもう一冊の日記を手に取り、アデルはページをめくった。
    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 14
    »»  2016.11.14.
    ウエスタン小説、第15話。
    誰にも語られなかった懺悔。

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    15.
    「Thursday,12.27.1860.
     先生は北部連中の言動を受け、大層お怒りになっていた。そして私に大量の資金と兵士、さらには武器を集めるよう指示された。大変な役目を負わされたものだ。
     恐ろしくてたまらない。もし万が一、司法当局や政府権力が私を拘束した際、少しでもその責を逃れるために、日記を分けて書いておくことにする。

     Friday,1.11.1861.
     先生から密かに教えられたコネを使い、ヴェルヌなる男に接触する。
     聞けば非合法の武器ブローカーであるとか。彼に注文すれば、ミニエー銃だろうとナポレオン砲だろうと、何でも欲しいだけ揃えてくれると言う。
     これで武器調達に関してはどうにかなりそうだ。後は資金と兵士だ。

     Monday,1.14.1861.
     資金の方も目処が着きそうだ。
     先生を支持している会社や団体から、合計30万ドルにも及ぶ資金を調達できた。幸運なことに、昨日の講演会にて他にも多数、先生の主張に賛同して下さる方を獲得できたため、より多くの資金を確保できるだろう。
     早速、ヴェルヌ氏に注文の手紙を送る。

     Tuesday,1.22.1861.
     資金に続き、兵隊に関しても確保できた。
     これもまた、先生の持っていた非合法ルートでの話となったが、シャタリーヌと言う男と会い、話ができた。
     あまり詳しくは話せなかったが(いや、恐ろしくて聞くことができなかったのだ)、どうやら彼は合衆国に対する地下組織を結成しているものの、武器と資金の不足に悩んでいるようだった。
     つまり私が集めてきた資金と、それを使って購入した武器を彼の組織に貸与し、その代わりに、彼の組織に合衆国で暴れてもらう。そう言う形で取引がまとまった。
     だが、嫌な予感が残る。あのシャタリーヌと言う男が、どうにも信用し切れないのだ。先生の紹介だから取引に応じたものの、人をぬらぬらと舐め回すようなあの目を思い出す度、全身に怖気が走るのだ。

     Saturday,2.2.1861.
     完全にはめられた! ヴェルヌとシャタリーヌはつながっていたのだ。
     かき集めた資金110万ドルは消えた。武器も届かない。300人は来ると言っていた兵士も、一人も私の前に現れなかった。
     これを知った先生は憤慨し、先程倒れられてしまった。医師の話では、今夜が峠だと言う。
     何と言うことだ! まさか「だまされて110万ドルを失いました」などと、支援者に弁解できるはずも無い。
     これで私の政治生命は終わりだ。それどころか、今世紀最大の横領犯として投獄されることになるだろう。

     ふと思ったが、もしも先生がこのまま亡くなったとしたら、一体どうなるだろうか?
     110万ドルが消えたことも、取引のことも、そのすべてを知っているのは私一人になるではないか。
     となれば「私は何も知らなかった」、「先生の裁量で110万がどこかに運用されたのだ」と言い張れば、事情を知らぬ皆が私を責めようはずも無い。
     そもそも先生には、これまで散々と、ひどい思いをさせられてきたのだ。この際、先生に罪をなすりつけて

     いや、そんなことは許されない。

     しかし、私の手には余る。やはり

     駄目だ!

     だが、

     やはり

     ああ、どうすればいいのだろうか。運を天に任せるしか無いのか。
     もしも本当に今夜、先生が亡くなるのならば、それは神が私ではなく、先生に対して罰を下したのだと考えよう。私はこの件を誰にも語らず、闇に葬ることにする。
     だがもし、神が先生を生かそうとされたのならば、罪は私にあるのだと考えよう。もしそうなれば、私は正直にすべてを話し、罪を悔いることにしよう」



     読み終えたところで、スティルマン議員は元々血色の悪い顔を、さらに青ざめさせていた。
    「何と言うことだ……! 伯父がそんな、下劣なことを……!」
     そしてもう一人――エミルもまた、真っ青な顔で立ちすくんでいた。
    「……」
     すべてが凍りついたような状況の中、アデルはどうしていいか分からず、日記を握りしめることしかできなかった。
    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 15
    »»  2016.11.15.
    ウエスタン小説、第16話。
    局長の懸念。

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    16.
     アデルたちがフランコビル南でスティルマン議員を拘束してから、10日後――。
    「クインシー君から報告が来たよ。スティルマン議員は無事、司法当局に引き渡されたそうだ」
    「そうですか、良かった」
     出張から戻って来たパディントン局長から顛末を聞かされ、アデルは笑顔を作って応じた。
    「これでまた、捜査局とうちとのパイプが太くなるってわけですね」
    「うむ、そうだな。イタリア君にとっても、探偵と言うものの実情をしっかり見る、いい機会になっただろう。
     そうそう毎回毎回、銃撃戦やら大捕物やらに巻き込まれる稼業だと思ってもらっては困るからな」
    「ええ、そうですね」
    「……ネイサン」
     と、局長がとん、とアデルの肩に手を置く。
    「君は何か、私に隠していることがあるんじゃあないか?」
    「い、……え、何も」
     アデルはどうにか平静を装い、局長にそう返した。
    「そうか。……ふむ、イタリア君が言っていたことと違うな」
    「えっ!?」
     局長の言葉に、アデルの平静はいとも簡単に崩れる。
    「いや、そのっ、局長にはご心配をかけまいと考えてですね」「ほう」
     途端に、局長はニヤッと笑った。
    「やはり何か隠している、と言うことだね?」
    「……あっ」
     局長にカマをかけられたことに気付き、アデルはがっくりと、その場にへたり込んだ。

     アデルからF資金にまつわる「調査結果」を聞き、局長はうなった。
    「ふーむ……」
    「あ、あの、局長。その……」
     弁解しかけたアデルに、局長は再度、ニヤッと笑って返す。
    「君がこっそり宝探しをしていたと言うことに関しては、不問にしておいてやろう。発見したものを独り占めしたと言うのならともかく、何も手に入らなかったと言うことであればね。骨折り損した君にわざわざ追い打ちをかけるのは、私の趣味じゃあ無い。
     私が気にしているのは、エミル嬢の反応だ。一体その日記の何が『あの』彼女を、そうまで心身寒からしめたのか? それが気になるんだ」
     局長はアデルが持って帰ってきていた日記を手に取り、ぺらぺらとページをめくる。
    「日記の登場人物は、書いた本人のセオドア・S・スティルマン。彼の先生であったフィッシャー氏。そしてヴェルヌなる武器密売人と、地下組織を率いるシャタリーヌ、か。
     ネイサン、以前にも別の事件――リゴーニ地下工場摘発の際に、エミル嬢が『シャタリーヌ』と呼ばれていたと聞いた覚えがあるが、間違い無いかね?」
    「あっ、……そうか、そう言えば聞き覚えがあるなー、と思ってました」
     間の抜けた回答をしたアデルに、局長はやれやれと言いたげに、肩をすくめて見せた。
    「君は自分が扱った事件を覚えていないのかね? まあいい、とにかくそのシャタリーヌと言う人物とエミル嬢には、何らかの接点があると見て間違い無いだろう。
     ここからの話は秘密にしておいてほしいのだが、ネイサン。私は密かに、そのシャタリーヌなる人物について調査してみようと思う。
     今のところ、エミル嬢は自分が抱えている秘密を打ち明ける勇気が無さそうだ。だから我々が知れる範囲まで調べ上げ、彼女が打ち明けやすくできる状況を作ってやろうと思う。
     彼女にとって、その秘密は彼女自身を苦しめ続ける根源でしか無いと、私にはそう思えてならないからね」
    「分かりました。エミルにはその件、隠しておきます」
    「頼んだよ、アデル。
     くれぐれもカマをかけられて、引っかかったりはしないように」
    「……承知してます」



     局長のオフィスを後にし、廊下に出たところで、アデルはエミルとすれ違った。
    「あ、エミル」
    「……なに?」
     いつものように冷たい態度を見せるエミルに、アデルは優しく、そして明るい声でこう切り出した。
    「グレースからいい情報を仕入れたんだ。近所にうまいコーヒーショップができたってさ」
    「それが?」
    「一緒に飲みに行こうって話だよ。パンケーキも出るらしいんだけどさ、うまいらしいぜ?
     な、俺がおごってやるからさ、一緒にどうよ?」
    「……」
     エミルはそのまま背を向け、歩き去る。
     が――去り際に、いつものように淡々とした、しかしどこか嬉しそうな声で、こう返してきた。
    「明日、あんたもあたしも休みでしょ? 朝10時、このビルの前でね」
    「……おう」
     エミルがその場から消えた後、アデルは自分がいつの間にかヘラヘラと、締まりの無い笑みを浮かべていたことに気付き、慌てて表情を引き締めた。

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ THE END
    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 16
    »»  2016.11.16.
    ウエスタン小説、第7弾。
    「王」と呼ばれた男。

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    1.
     周知の事実であるが、アメリカ合衆国には「国王」がいない。
     これは建国当初より、合衆国が「自由と平等」の精神を重んじた結果である。即ち国王などと言う「絶対君主」、唯一無二の存在が人民の中に、また、国家の中にある限り、その存在から人民が「自由」になることは叶わず、「平等」もまた、訪れ得ないからである。
     なお、実際にアメリカ独立戦争後、初代大統領ワシントンを国王に立てようと言う動きが民衆の間で沸き起こったこともあるが、ワシントン本人が「自由と平等」の観点から、これを固辞している。
     結局、建国以来一度も国王が誕生しないまま、現在に至っている。

     とは言え、合衆国の中で並々ならぬ業績と富を手にし、「王」と称された者たちは数多く存在する。
     古くは鉄鋼王カーネギー、石油王ロックフェラー、自動車王フォード、近年では不動産王トランプやIT王ゲイツ、投資王バフェットをはじめとして、合衆国の産業界はこの200余年で、数多くの王を輩出している。
     勿論、西部開拓史における産業発展の代名詞、鉄道業界においても、数多くの王が現れた。最も有名なのはニューヨーク・セントラル鉄道など数多くの鉄道会社を有していた、ヴァンダービルト。その他にもモルガン、グールドなど、19世紀アメリカ産業界の中核、大動脈となっていた鉄道に関わり、巨額の財を成した者は少なくない。
     そしてこの男もまた、鉄道王と称されるべき一人だった。



    「本気かね、アーサー?」
     対面に座る友の言葉に、彼は食事の手を止め、まじまじと相手を見つめた。
    「本気だとも、メルヴィン。私は今年限りで引退する。後のことは息子に託そうと思っている」
    「考え直せないのか? 君に去られてしまえば、わしはますます、会社からただの金庫番扱いされてしまう。
     いや、それ以前にだ。優れた経営手腕を持ち、わしの良き理解者であった君を失うのは、会社にとっても、わしにとっても大きな痛手だ」
    「ありがとう。そう言ってくれるのはとても嬉しいし、最大級の賛辞だと思っている。
     しかし私の出番はもう終わったのだ。この前の買収作戦が失敗して以降、私の地盤はぐらついている。早晩、株主や投資家たちが責め立てに来るだろう。
     そうなればきっと、君にも迷惑が及ぶ」
    「わしは、そんなことは構わん。経営権を手放せと言うのならば、そうしてやる。そんなことはわしにとって、痛手でもなんでもない。
     本当に、身を切られるほどの痛手は、君を失うことだ。君がわしの元を去ることは、100万ドルを失うことよりも、はるかに大きな損失だよ」
     メルヴィンの説得に、アーサーは肩をすくめるばかりだった。
    「そうまで言ってくれるのは、今では恐らく君だけだよ、メルヴィン。私としてもできる限りは、君の期待に応えられればとは思っているのだ。
     しかしだな、メルヴィン」
     アーサーは顔を両手で覆い、椅子にもたれかかる。
    「私は、もう疲れたのだ。だから頼む、メルヴィン。休ませてくれ」
    「……アーサー……」
     憔悴しきった様子を見せるアーサーに、メルヴィンは彼の説得を諦めた。

     それから数日後――西部有数の鉄道会社、ワットウッド&ボールドロイド西部開拓鉄道は、最高経営責任者であったアーサー・ボールドロイド氏の辞任を発表した。
     また、この日以降、同社の共同経営者であったメルヴィン・ワットウッド氏も西部の屋敷にこもるようになり、事実上、経営権を手放した。
    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 1
    »»  2017.04.09.
    ウエスタン小説、第2話。
    機関車バカ、ふたたび。

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    2.
    「よーっす、お久しぶり」
     応接室に入るなり、あごひげの男からフランクに挨拶され、アデルは面食らった。
    「え、あ、……お、お久しぶり?」
    「なんだよ、俺の顔忘れたのか? つれないねぇ」
    「えーと……」
     アデルは記憶をたどり、そしてようやく、相手の名前を思い出した。
    「……あ! そうだ、ロドニー! ロドニー・リーランド! 機関車バ、……機関車ギーク(オタク)の」
    「そうそう、俺、俺」
     そこでようやく、アデルはロドニーと握手を交わした。
    「いや、久しぶり過ぎてマジで忘れてた。悪いな」
    「いいってことよ。もうあれから、半年は過ぎてるし」
    「いや、もっとだぜ」
    「ありゃ、そうだったか? いやぁ、何しろ引きこもってると、新聞もろくに読まなくなっちまうからなぁ」
     と、アデルよりも先に応接室に来ていたパディントン局長が、穏やかな口調でロドニーに尋ねる。
    「それでリーランドさん、本日はどのようなご用件で、当探偵局にいらっしゃったのでしょうか?」
    「ああ、そうだった。
     いやさ、おたくら探偵さんだろ? ちょっと依頼したいんだわ」
    「依頼? 機関車関係か?」
     そう尋ね返したアデルに、ロドニーは首を傾げながら応じる。
    「まあ、そっち関係と言えばそう言えるかな」
    「何だよ? 機関車を時速88マイルまで加速させたいだとか言うんじゃないだろうな」
    「んなことお前さんたちに頼むかよ。そんなノウハウ聞くなら探偵局じゃなく、石炭売りか鍛冶屋にでも相談するっつの。
     そうじゃなくて鉄道関係、つーか鉄道会社関係だな」
    「鉄道会社?」
     おうむ返しに尋ね返し、今度はアデルが首を傾げる。
    「アンタ、廃業したって言ってたじゃないか。再開するのか?」
    「いや、そう言うつもりじゃない。俺じゃなく、俺の恩師に関わる依頼なんだ。
     10年前に失踪した、ボールドロイドって男を探して欲しい」
    「ボールドロイド……」
     静かに話を聞いていた局長が、口を挟む。
    「10年前に失踪した、アーサー・ボールドロイド氏のことでしょうか?」
    「え? あ、ああ、そうだ。知ってるのか?」
     ぎょっとした顔をしているロドニーに、局長はにっこり笑って答える。
    「合衆国有数の実業家でしたからな。今も天才経営者と絶賛する者は、決して少なくはないでしょう」
    「そう、その通りだ。そして、だからこそ今、探すべき男なんだ」
    「ふむ。……失礼、少々席を外します」
     そこで突然、局長は席を立ち、応接室を離れる。
    「ん、ん?」
     面食らった様子のロドニーに対し、アデルは「ああ」と声を上げる。
    「きっと局長、新聞を取りに行ったんだな」
    「新聞? ……いや、そうか。まあ、報道もされてるよな、あれだけの騒ぎじゃ」
     アデルの予想通り、程無くして局長は、数日前の新聞を手に戻って来た。
    「察するにスチュアート・ボールドロイド氏の件ですな?」
    「ああ、そうだ。さっき言ったA・ボールドロイド氏の息子で、現W&B鉄道の最高経営責任者だ。
     そして俺の、鉄道関係の師匠でもあり、かけがえのない友人でもある」
     そう言ったロドニーの顔は、暗く沈んだものとなっていた。
    「頼む、ボールドロイド氏を何としてでも見つけ出して、スチュアートさんを救ってくれ。
     あの人は今、とんでもなく困ってるんだ」
     ロドニーは局長の持っている新聞を指差し、ついには顔を覆ってしまった。

    「W&B鉄道 アトランティック海運買収計画を断念 経営破綻のおそれありとの意見も」
    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 2
    »»  2017.04.10.
    ウエスタン小説、第3話。
    19世紀末の買収騒動。

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    3.
    W&B鉄道 アトランティック海運買収計画を断念 経営破綻のおそれありとの意見も

     西部開拓の一翼を担う鉄道会社、ワットウッド&ボールドロイド西部開拓鉄道が今年はじめより進めてきたアトランティック海運の買収計画について、同社最高経営責任者であるボールドロイド氏は昨日12日、正式に同計画を中止することを発表した。
     ボールドロイド氏は計画断念の理由を『アトランティック海運の実際の収益率が当初算定されていたものより低く、買収資金の回収が当面見込めないため』としているが、関係者筋によれば、『買収資金の確保が難しくなったことから、同計画の断念に至ったのではないか』とのこと。
     また、同社は前四半期において最高経営責任者交代以来最大の減益を計上しており、『同社の経営状態は著しく悪化していると見て間違い無い』、『将来的に経営が破綻するおそれもあるのではないか』との意見も出ている」




    「この記事はどこまでが真実なのでしょうか?」
     尋ねた局長に、ロドニーは顔を若干青ざめさせつつ、首を横に、力無く振った。
    「詳しいことは俺には分からん。経営のケの字も知らんし、スチュアートさんがそんな内々のこと、部外者の俺に話すわけも無いからな。
     だけどスチュアートさんがヤバいことになってるってのは側で見てりゃ分かるし、困ってるってんなら、助けになってやりたいんだ。
     だから頼む! 俺の依頼を受けてくれないか!?」
     がばっと頭を下げて頼み込んだロドニーに、アデルは局長の顔を伺った。
    「どうします……、局長?」
    「議論の必要は無かろう。経緯や必要性はどうあれ、人探しを依頼されて断る探偵はいるまい?」
     そう返し、局長はまだ頭を下げたままのロドニーの肩に手を置いた。
    「リーランドさん。もう一度言いますが、我々は探偵です。依頼があれば基本的にお受けするのが、我々の流儀です。
     無論、お代はそれなりに頂きますが」
    「か、カネなら勿論出す! いくらだ!?」
     顔を挙げたロドニーに、局長はにっこりと温かみのある笑顔を浮かべながら、こう返した。
    「まず基本料金が50ドル。そして成功報酬が150ドル。あとは探偵1人につき、1日1ドルの活動費をいただければ」
    「いくらかかってもいい。いくらでも出してやるよ。
     その代わり、絶対見つけ出してくれ。頼んだぜ」

     ロドニーが探偵局を後にするのを窓から眺めながら、局長はアデルに切り出した。
    「アデル。今回の依頼、君が担当してくれるかね?」
    「ええ、まあ。知り合いですし」
    「うむ、それなら話が早い。
     では明日より早速、U州に向かってくれ」
    「へ?」
     ポンと命じられ、アデルはきょとんとする。
    「何故U州に?」
    「そこにA……、いや、件のアーサー・ボールドロイドがいるからだ」
    「は?」
     局長が何を言っているのか理解できず、アデルは面食らう。
    「ちょ、ちょっと待って下さい。まだ俺、調査も何も」
    「ああ、調査は終わっているよ。失踪の一ヶ月後くらいにね」
     局長の言葉に、アデルは口をぱくぱくとさせることしかできない。
    「『どうして居場所が分かっているのに、依頼主に何も言わなかった』と言いたげな顔だな。
     居場所を言ってしまったら、我々のやることが無くなってしまうだろう? せっかく調査料諸々が入ると言うのに、むざむざタダで情報を渡してしまうことはあるまい」
    「で、でも」
    「私は探偵だが、その前に我がパディントン探偵局の局長、つまり会社の社長だ。
     儲け話をみすみす逃すような社長が、どこにいると言うのかね?」
    「……局長、アンタ本っ当にズルいなぁ」
     アデルは額を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。
    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 3
    »»  2017.04.11.
    ウエスタン小説、第4話。
    敵を制するには、まず味方から。

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    4.
    「流石と言うか、阿漕(あこぎ)と言うか、……ね」
     U州へ向かう列車の中で経緯を聞いたエミルは肩をすくめ、こう尋ねてきた。
    「で、あたしは今回もあんたに同行するわけね」
    「ああ、そこはいつも通りだ」
    「その点は別に、どうこう言うつもりは無いわ。
     でもなんでまた、コイツを連れてくの?」
     そう言って、エミルは対面の席で眠りこけているロバートを指差す。
    「いくらもう探す相手が見付かってて、後は連れてくだけって言っても、2人いれば十分でしょ?」
    「理由は2つだそうだ」
     アデルは頭をかきながら、説明する。
    「1つは、日当稼ぎだ。今回の条件、『探偵1人につき1日1ドル』だからな。
     3人で向かえば1日3ドル、必要経費を引いたとしても1日で2ドル近いプラスになる。U州に行って帰ってってだけでも2、30ドルの儲けってわけさ」
    「セコいわね」
    「実にそう思うよ。で、理由の2つめは、『エクスキューズのため』だってさ」
    「つまり『未熟な調査員がいたせいで、調査に数日を要しました』って言い訳したいってこと?」
    「その分、増えるしな。日数が」
    「呆れた」
     本当に呆れた顔を見せるエミルに、アデルはニヤニヤと笑いかけた。
    「いいじゃないか。俺たちにしても、遊んで給料もらえるようなもんだ」
    「前回の仕事だってそんなに大した仕事してないじゃない。
     こんなことばっかりやってたら勘が鈍って、いざって言う時困るわよ」
    「その点は同感かな。俺にしたって、次はもうちょい歯ごたえのある仕事を希望したいね」
     当たり障りのない返事をダラダラと返しながら、アデルは局長と交わしていた「密談」を思い出していた。



    「そして3つ目の理由だが、これは私と君だけの話にしておいてくれ」
     局長から2つの呆れた理由を聞かされていたアデルは、トゲトゲしく返した。
    「なんです? 他にどんな儲け話が?」
    「そうじゃあない。言い換えよう、これはエミル嬢に聞かせたくない話だ」
    「……って言うと?」
     真面目な顔になった局長を見て、アデルも背筋を正す。
    「しばらく君に随行させることで、エミル嬢を探偵局から遠ざけておきたい。私の調べ物を、彼女に悟らせないためにね」
    「調べ物……。こないだ言ってた、シャタリーヌとヴェルヌの?」
    「そうだ。鋭いエミル嬢なら、私が何かしらコソコソやっていて、気付かないと言うことは恐らくあるまい。事実、彼女はそれとなく、私や君の動向を伺っている節があった。
     君も覚えがあるんじゃあないか?」
     そう問われ、アデルはここ数週間のエミルの様子を振り返る。
    「……そうですね。確かに最近、話したりメシ食ったりする機会が多いですね」
    「うむ。これではうかつに調査すれば、彼女に悟られてしまうかも知れん。
     そうなった場合、我々にとってあまりいい結果には結びつくまい。以前に局を抜けようとしたこともあるからね」
    「なるほど。……じゃあ、ロバートのことは?」
     尋ねられ、局長は肩をすくめる。
    「エミル嬢は鋭いと言っただろう? このタイミングで君と彼女だけをU州へ追いやれば、彼女は私の真意に気付くかも知れん。
     それをごまかすには、もっと『らしい』名目を聞かせてやった方がいい。それがさっきの『儲け話』だ。
     彼女には私が『カネにがめつくてセコい小悪党』であると、そう思わせておくんだ」
    「……承知しました」



    「どうしたの?」
     エミルに尋ねられ、アデルは我に返る。
    「ん? 何がだ?」
    「ボーッとしてたけど、考え事でも?」
    「ああ……。まあ、そんなトコだ。帰ったらジョーンズの店のコテージパイが食いたいなーって」
    「アハハ……、そんなこと?
     ご飯のことでそんな、眉間にしわ寄せるほど考え事するの? 意外と食いしん坊なのね、あんた」
    「へへ……、ほっとけ。ジャガイモ料理好きなんだよ、俺は」
     アデルは適当にごまかし、3つ目の理由について思い返すのをやめた。
    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 4
    »»  2017.04.12.
    ウエスタン小説、第5話。
    局長秘蔵の名士録。

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    5.
     と、今まで軽くいびきをかいて眠っていたロバートが、ビクッと体を震わせ、「……んあ?」と間抜けな声を上げた。
    「むにゃ……、あれ? ……夢か」
    「夢? 何見てたのよ」
     尋ねたエミルに、ロバートは目をこすりながら答える。
    「いや……、何て言うか、……まあ、子供ん頃の夢っス。ばーちゃん家で鶏肉とポルチーニ茸のトマト煮とか、……いや、何でも無いっス」
    「……ぷっ」
     顔を赤らめたロバートを見て、エミルはクスクスと笑う。
    「何よあんたたち、食べ物のことばっかりね」
    「あんたたち?」
     きょとんとするロバートに、アデルは「なんでもねえよ」とさえぎろうとしたが、エミルがさらりと返す。
    「コイツさっき真剣な顔してたから、何考えてんのって聞いたら、『コテージパイ食いたい』って言ったのよ」
    「ぷ、……あはは、何スかそれ、ひゃひゃ……」
     笑い転げるロバートに、アデルは苦い顔をするしか無かった。
     と、ロバートが一転、真面目な顔になる。
    「あ、そう言や先輩」
    「何だよ?」
    「今回の依頼の話聞いてからずーっと気になってたんスけど、俺たちが探そうとしてるボールドロイドって元社長、もう局長が見付けてるんスよね?」
    「そうだ。聞いた話じゃ、会社辞めたところから今住んでる町まで全部、足取りはつかんでたらしい」
    「じゃ、なんですぐ、その、引き止めるとか何とかしなかったんスかね?」
     そう尋ねたロバートに、アデルが肩をすくめる。
    「お前は近所のじーさんが家族に黙ってこそっと酒飲みに行ったからって、聞かれてもいないのにわざわざ、じーさんの家族に告げ口しに行くのか?」
    「……あー、まあ、そりゃしないっスね」
    「そう言うもんだろ? 今まで誰も探そうとするヤツがいなかったから、誰にも言わなかったってだけの話だ。
     局長にとっても、直接的にゃ全然関係ない相手だからな。わざわざ声かけたり、引き止めたりする理由は無い。
     だけどいつか、彼を必要とする人間が現れるかも知れない。局長はそう言うヤツらをピックアップして、居場所を控えてるってワケさ」
    「へぇー」
     感心したような声を上げ――続いて、ロバートは首を傾げた。
    「……って言うと、他にもそう言うヤツがいるってことっスか?」
    「ま、詳しく聞いたワケじゃないが、局長の性格と手際だ。何十人と控えて、手帳なり局長室の資料棚なりに収めてるんだろうさ」
    「ありそうっスねぇ」
     アデルの話に、ロバートはうんうんとうなずくばかりだった。

     と、エミルが窓に目を向け、そのままトントンと、アデルの膝を叩く。
    「……?」
     何かあるのかと、ロバートは窓の外に目を向けるが、特に目を引くようなものも見当たらない。
    「どしたんスか?」
    「……」
     エミルの方に向き直ったところで、いつの間にかアデルが、手帳を膝に乗せていることに気付く。
     そこにはこう書かれていた。
    《普通に話してろ 後ろは絶対見るな》
    「へ? ……っあー、えーと」
     声を上げ、後ろを振り返りかけるが、ロバートは慌ててごまかす。
    「な、何かありました?」
    「ええ、もう通り過ぎちゃったけど」
     そう返しつつ、エミルも自分の手帳に書き付ける。
    《客車の端と 真ん中右側 変なのがいる》
     続いて、アデルも手帳に書き足す。
    《端にいる二人組 揃って高そうなスーツに偉そうなベストと気取ったハット帽 おまけにライトニング持ってる どう見ても捜査局のヤツらだ》
    「そっ、……っスか」
     どうにか声を落ち着けつつ、ロバートは当たり障りの無い会話に腐心する。
     その間にも、エミルとアデルは手帳で会話を続けている。
    《なんで捜査局のヤツらが?》
    《何とも言えないわね 偶然かも知れない
     でもあいつら チラチラこっち見てるわ 無関係じゃなさそう》
    《となると あいつらもボールドロイドを?》
    《かもね》
    《で、真ん中にいる三人組 背中向けてる2人はカタギだろう そこそこのスーツとキャップ帽 東部にいる普通の勤め人って雰囲気だ
     だがその対面にいるヤツ あれは違うな》
    《同感 って言うか知ってるわ》
    「え?」
     そこでアデルが声を漏らし、慌てた様子で取り繕う。
    「……いやー、ははは。ロバート、お前さん今、すげー顔で欠伸してたな。眠いなら寝てていいぜ?」
    「ちょ、子供扱いしないで下さいって」
     ロバートがうまく応じたところで、筆談を再開する。
    《知り合いか?》
    《昔のね 2、3回 一緒に賞金首追ってたことがあるわ》
    《賞金稼ぎか》
    《当たり 名前はデズモンド・キャンバー 自称『銀旋風のデズ』》
    《アホな通り名だな》
    《同感 誰もそんな呼び方しなかったわ あたしも『空回りのデズ』ってからかってた》
    《とにかく問題なのは》
     のんきそうな表情を浮かべて見せつつ、アデルはこう続けた。
    《そいつらも捜査局のヤツらも 偶然ここに居合わせたのか? それとも俺たちに関係があるのか だ》
    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 5
    »»  2017.04.13.
    ウエスタン小説、第6話。
    「空回り」。

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    6.
     エミルたちの筆談に、ロバートもたどたどしく続く。
    《おれがさぐり入れて気ましょうか》
    《『気』じゃなくて『来』だアホ
     チラチラ見てきてる以上 俺たちは少なからずマークされてるはずだ そんなとこにノコノコ忍び寄ったら 即ボコられるぞ》
    《じゃあ 池になんかいい方方が?》
    《『池』じゃなくて『他』、『方方』じゃなくて『方法』
     いい考えがあるわ》
     そう返し、エミルは何かを書き綴った。

     1時間後、列車はとある駅に停車した。
     それと同時に、エミルたちは席を立つ。
    「……!」
     それを見て、二組の男たちはガタガタと立ち上がり、それぞれ窓の外に目をやる。
    「……いや、違う」
     と、エミルにデズと呼ばれていた銀髪の男が、エミルたちのいた席を見て、首を横に振る。
    「茶髪の若僧が残ってる。かばんもだ。用足しにでも行ったんだろう」
    「そ、そうですか」
     デズの言葉に、彼に同行していた男たちは座り直す。それを見て、捜査局員と思しき者たちも腰を下ろした。
     が――出発の時間になっても、エミルたちは席に戻って来ない。
    「……チッ、まさか!」
     デズは勢い良く立ち上がり、席に一人残っていたロバートのすぐ横まで迫り、彼の胸ぐらをぐいっとつかんで立ち上がらせる。
    「うげっ、なっ、なんスか!?」
     苦しそうな表情を浮かべ、顔を真っ赤にするロバートに、デズが怒鳴りつける。
    「てめえ、囮になったな!? ミヌーはどこだッ!」
    「みっ、見りゃ、分かるっしょ? ここにゃ、いないっス、って」
    「……クソがッ!」
     デズはロバートを突き飛ばし、同行していた男たちに怒鳴る。
    「おい、出るぞ! だまされた! ミヌーたちはここで降りてやがる!」
    「え、ちょっ」
    「も、もう動き始めて……」「うるせえ!」
     うろたえる男たちに、デズは怒鳴り返す。
    「てめえら、ボールドロイドの手がかり見失ってもいいってのか!? どうなんだ、ああ!?」
    「い、いや、そりゃ」
    「それは、その」
    「いいから出るぞ!」
     男たちがまごついている間にデズは窓を開け、外へと飛び出す。
     残された男たちも、奥にいた捜査局員たちも、慌ててそれに付いて行った。

     デズたちが下車して、3分ほど後――。
    「どうだった?」
     客車の扉を開け、エミルたちがロバートのいる席へと戻ってきた。
    「どうもこうも。首絞められてぎゃーぎゃー怒鳴られたっスよ」
    「ま、そーゆーヤツなのよ。だから手を切ったんだけどね」
    「ちなみに、今までどこにいたんスか? あいつら、完璧に列車降りたと思ってたみたいっスけど」
    「貨物車に隠れてたのよ。で、動き出してから屋根伝いに、ね。
     それでロバート、あいつら今回の件に関係しそうなこと、何か言ってなかった?」
     エミルに問われ、ロバートはこくりとうなずく。
    「言ってましたっス。デズってヤツが、『ボールドロイドの手がかり見失ってもいいのか』っつって」
    「なるほどな」
     それを聞いて、アデルもうなずき返す。
    「捜査局のヤツらもいないってことは、目的は同じってことだろうな。
     だが妙なのは、何故捜査局もデズたちも、ボールドロイド氏を探してるのか、だ」
    「どこかの駅で電話借りて、サムのヤツに聞いてみたらどうっスか?」
     ロバートがそう提案するが、エミルは肩をすくめる。
    「捜査局がサムじゃなく、あんなのを寄越して尾行させるってことは、捜査局はあたしたちに、自分たちがボールドロイド氏を探してることを知らせたくないのよ。もしその辺の話をオープンにしてたら、最初からサムを寄越すでしょうし。
     となれば、サムが何か知らされてるって可能性は、まず無いわ。聞いても電話代の無駄でしょうね」
    「うーん……、そうっスよねぇ」
    「とりあえずあいつらのことは、今は放っておきましょ。判断材料が無いのに判断したって、ろくなことにならないし」
     そう返したエミルに、アデルも賛成する。
    「だな。
     ま、目障りなのがいなくなったんだ。後は目的地まで、のんびりしてりゃいいさ」
     アデルは駅で買ってきたらしい新聞を広げ、読み始めた。
    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 6
    »»  2017.04.14.
    ウエスタン小説、第7話。
    生きていた鉄道王。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     列車内での追手も難なくあしらい、アデルたち一行は、数日後には目的地であるU州の町、セントホープに到着した。
    「で、そのボールドロイド氏ってのは、どこにいるんスか?」
     駅前をきょろきょろと見回しながら尋ねてきたロバートに、アデルが通りの先を指差しながら答える。
    「ここから西へ半マイルくらい行ったところに、『AB牧場』って呼ばれてるトコがある。そこにいるって話だ」
    「じゃ、早速行きましょ」
     3人は通りを西へと進みながら、この後のことを相談する。
    「ボールドロイド氏に会ったら、どうするんスか?」
    「まず訪ねた事情の説明だな。それからロドニーに連絡だ。
     俺たちに依頼された内容はあくまで『アーサー・ボールドロイド氏の捜索』であって、説得じゃないからな」
    「逃げたらどうするんスか?」
    「だから息子のことを話すんだよ。いくらなんでも、息子が大変な目に遭ってるってのに、知らん顔するような親はいないだろ?」
    「いるわよ」
     エミルが冷めた目を向けつつ、話に割って入る。
    「人間、誰も彼もが子供向けのおとぎ話みたいに、善良で慈悲深いわけじゃないのよ。子供を見捨てる親だっていっぱいいるわ。
     むしろ子供のゴタゴタなんか聞いたら、『絶対会いたくない』って突っぱねるかも知れないわ。ロバートの言う通り、逃げるかもね」
    「でしょ? 俺もそう思うんスけどねー」
     二人に挟まれ、アデルは苦い顔を返す。
    「うーん……、言われたらありそうな気がしてきたぜ。じゃあ、訪ねた理由を何か、適当に作るか」
    「それがいいわね」
     牧場に着くまでの間、3人はあれこれと、訪ねた理由を繕っていた。

     牧場を目にした途端、ロバートが声を上げる。
    「……でけー」
     彼の言う通り、AB牧場は端の柵がかすんで見えるほど広く、家畜もあちこちで、小山のような固まりを作っている。
     その繁盛ぶりに、アデルとエミルもぽつりとつぶやく。
    「相当儲けてるみたいだな。流石、大鉄道会社を一代で築き上げただけのことはある」
    「『駿馬は老いても駄馬にならず(A good horse becomes never a Jade)』ね。牧場だけに」
     と、3人の前に、馬に乗った白髪の、60代はじめ頃と言った風体の老人が近付いて来る。

    「何か御用かね、探偵諸君?」
    「……え?」
     一言も言葉を交わさないうちに素性を見破られ、アデルは面食らった。
    「い、いや、俺たちは、その」「御託は結構」
     弁解しようとしたアデルをぴしゃりとさえぎり、老人はとうとうと語り始めた。
    「赤毛の軽薄そうな君と、隣の愚鈍そうな君。どちらも、西部の流れ者にしては身なりが良すぎる。明らかに、西部よりも経済的かつ社会的に、はるかに先進している東部地域において、最低でも月給51~2ドルは収入を得られるような職業に就いている人間の服装だ。
     そして赤毛君、2回、いや、3回か。双眼鏡でこちらのことを観察していたな? 何故そんなことをするのか? 牛泥棒の下見か? とすれば服装が矛盾する。牛泥棒をしなければならんような懐事情ではあるまい。東部の道楽者が単なる物味遊山で訪れたにしても、わざわざ双眼鏡を使ってまで、牛なんぞを観察するわけが無い。となれば残る可能性はこの私を探りに来た者、即ち探偵と言うことになる。
     他にも洞察と推理の材料は数多くあったが、ともかく君たちが探偵であることは、明日の天気よりも明瞭なことだった。
     とは言え――そちらのお嬢さんは見事に、西部放浪者風の雰囲気が板に付いていた。残念ながらそっちの2名が足を引っ張った形だな。君だけであれば、私もだまされたかも分からん」
    「お褒めに預かり光栄だわ、ボールドロイドさん」
     そう返したエミルに、アデルはまた驚く。
    「なんだって? このじいさんが?」
     エミルが答えるより先に、老人がまた口を開く。
    「ご名答だ、お嬢さん。私がアーサー・ボールドロイド、その人だ。
     それで、要件は何かね? 見当は付いているが」
    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 7
    »»  2017.04.15.
    ウエスタン小説、第8話。
    歴史の影の"FLASH"。

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    8.
     アーサー老人に先導され、アデルたち3人はAB牧場の奥に構えていた屋敷に通された。
    「ふむ?」
     アデルから今回の依頼について聞かされたアーサー老人は、首を傾げた。
    「そんな用事だったか。『F』のところから来たと聞いたから、もっと大事な話かと思っていたが」
    「いや、でも息子さんが大変なんスよ? 『そんなこと』って……」
     そう言ったロバートに、アーサー老人は苦笑を返す。
    「今更おしめを変えてやる歳でもあるまい。息子だってもう、40を超えた真っ当な大人だ。自分の尻は自分で拭うさ」
    「は、はあ、……そっスか」
     ぴしゃりと言い切られ、ロバートは言葉を失う。
    「あの」
     と、アデルが手を挙げる。
    「『F』ってなんですか?」
    「うん? ……ああ、失敬。あいつがそんな話を、いち部下でしか無い君たちに話すわけが無かったな。
    『F』は彼の、戦時中のコードネームだ」
    「彼って……、パディントン局長の?」
     そう尋ねたエミルに、アーサー老人は深々とうなずいて返した。
    「うむ。J・F・パディントン。ミドルネームから取って、コードネーム『F』と言うわけだ。
     ちなみに私のコードネームは『A』。ま、チーム名の語呂合わせに使われた形だがね」
    「チーム名? と言うかあなた、局長と一緒に戦ってたの?」
     エミルの問いに、アーサー老人は得意満面の笑みを浮かべる。
    「そうとも。と言っても、前線でドンパチしていたわけじゃない。
     南北戦争時代、南軍の情況を詳(つまび)らかにすべく暗躍した極秘の諜報班、それが我ら『FLASH』チームだ」



     時は1862年、東部戦線に異状アリ!
     緒戦より北軍は南軍の進撃を御しきれず、あわや首都ワシントン陥落か、と軍本営が肝を冷やす局面が続いていたッ!
     この情況を重く見たとある将軍は――今なお名前は明かせんが――当時より優秀と評されていた我ら5名を集め、特別諜報チームを編成するよう命じたッ!
     リーダーには我らが俊英、ジェフ・F・パディントン!
     副リーダーは知る人ぞ知る賢将、リロイ・L・グレース!
     さらにこの私、アーサー・ボールドロイド、そしてジョナサン・スペンサーとハワード・ヒューイットの精鋭3名を加え、それぞれの名前や名字、ミドルネームから頭文字を拾い、チーム名は「FLASH(そう、即ち閃光ッ!)」と名付けられたッ!
     結成後すぐ、我ら5人はV州へと密かに渡り――



    「あ、あの、ちょっと?」
     自慢話を朗々と聞かせようとしてきたアーサー老人を、アデルが慌てて止める。
    「何かね、赤毛君?」
    「アデルバート・ネイサンです。その、南北戦争の頃にスパイなんかいたんですか?」
    「ネイサン君、君は阿呆か」
     ぴしゃりと言い放ち、アーサー老人は呆れた目を向ける。
    「古より戦争の要は兵站と情報だ。弾が無ければ銃は撃てんし、敵の居場所が分からなければ、その弾を何万発撃とうとも意味が無い。
     そもそも諜報活動などと言うものは、紀元前5世紀のチャイナの書物『サン・ヅ』において1チャプター丸ごと使ってとうとうと述べられるほど、古来より発達・洗練されてきたのだ。それ以降も、過去の大きな戦いでは必ずと言っていいほど、スパイ活動は行われている。古今東西を問わずな。
     事実、先の戦争においても、我々がつかんだ情報により戦局が動いた事例は、決して少なくはない。片手では数え切れんくらいにな」
    「ねえ、一つ聞いていいかしら?」
     と、今度はエミルが手を挙げた。
    「構わんよ」
    「確認だけど、あなた昔から、局長と親しかったのね?」
    「そうだ」
    「じゃあ、今でも連絡を?」
    「たまに手紙が来る程度だがね」
    「それじゃ探偵局のことも、局長があなたを始めとする失踪した著名人の居所をリストアップしてることも、もしかしてご存知だったのかしら?」
    「知っているどころか、後者の件は私もいくらか手を貸している」
    「えっ!?」
     思いもよらない話に、エミルを含め、3人が目を丸くした。
    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 8
    »»  2017.04.16.
    ウエスタン小説、第9話。
    アーサー老人の思惑。

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    9.
    「いくらFやLといえども、彼らだけで現在発生中の難事件を何件もさばく傍ら、何十人もの失踪者の足跡をつぶさに調べ上げることなど、到底不可能だ。
     私の助けがあってこそ、傍目には人間業と思えないような、驚くべき速度と精度での調査が可能になると言うわけだ。
     その関係は戦時中から変わらぬ、鉄の絆なのだ」
     そう言って、アーサー老人は自慢げな笑みを浮かべた。
    「だからこそ、今回君たちが私の元を訪れたのは、Fが電話や手紙では伝えられんような用件を伝えに来たのかと思っていたのだが、まさか息子の話だとはな。
     そして先程も話した通り、その話はノーだ。勝手にやれと伝えてくれ。ま、伝える必要も無いがね」
    「そんな……」
     食い下がろうとしたアデルに、アーサー老人はこう続ける。
    「私は息子のことを良く知っている。こんなトラブルの時、誰かにあれこれ手や口を出されるよりも、自分の力とアイデアだけで切り抜けようとするタイプだ。そしてあいつには、その方法で成功できるだけの実力と経験も備わっている。
     今更この老いぼれが口出しする意義は無いし、きっと君たちが東部へ戻る頃には、ニューヨーク・タイムズがW&Bの業績回復を伝えているだろう。
     こと人間観察と状況予測の能力に関しては、私はFを上回る。ましてや私が育てた息子のことだ。断言するが、あいつは今度の逆境を見事跳ね返し、さらなる成果を挙げ、ウォール街を驚嘆せしめて見せるだろう。
     現時点において君たちにとっては不満かつ納得行かん結果かも知れんが、ともかく今は東部へ戻りたまえ。それが最善策だ」
    「……はあ」
     わだかまりつつも、アデルはうなずくしかなかった。

     と、アーサー老人は表情を変え、エミルに尋ねる。
    「お嬢さん。君たち3人の中で、君が最も優秀そうだと思うから聞くのだが」
    「どうぞ」
    「本当に今回、スチュアートのことだけでわざわざ、私のところに来たのかね?」
    「ええ。アデルと局長からは、その件しか聞いてないわね」
    「そうか」
     そう返し、アーサー老人はくる、とアデルに向き直る。
    「赤毛君。君はFから何か聞かされているかね?」
     一瞬、局長との密談を思い出すが、アデルは否定する。
    「えっ、いや」「なるほど」
     しかしアーサー老人には見抜かれてしまったらしい。
    「つまり本当の目的は、人払いか。ふむ」
    「何か心当たりが?」
     尋ねたエミルに、アーサー老人はあごに手を当てながら、言葉を選ぶような口調で答える。
    「心当たりと言えるものは、いくらもある。しかしそのほとんどは、言ってみれば、最早調べ直すような必要も無いものばかりだ。
     となればその中から近年、ふたたび調べ直す必要があるものが出てきたか。……と言っても、それが何なのかは聞かねば分からんが。……Lに聞くか」
     アーサー老人はそこで席を立ち、部屋を後にしようとした。
    「あ、あの?」
     立ち上がり、声をかけたアデルに、アーサー老人は背を向けたまま言い放つ。
    「君たちはもう帰っていい。用はもう無かろう?」
    「あるわよ。用って言うより、報告だけど」
     そう返したエミルに、ようやくアーサー老人が振り返る。
    「何かね?」
    「あたしたちがこっちに来る途中、あなたを探してるヤツらがいたわよ。片方は連邦特務捜査局で、もう片方は賞金稼ぎ。
     あなた、何か危ないことしてるんじゃないでしょうね?」
    「……ふーむ」
     既にドアに手をかけていたアーサー老人は、テーブルに戻ってくる。
    「賞金稼ぎと言うと? 名前は分かるかね?」
    「デズモンド・キャンバー」
    「ふむ、『空回り』のデズか。
     捜査局の方は見当が付いている。後でミラーに電話しておく。それで話は終わりだ。
     しかしキャンバーなんぞに因縁を付けられるいわれは無い。となればキャンバーが何かしら依頼を受け、私を狙っているのだろう。
     他には? キャンバー一人だったのか?」
    「いいえ、会社員っぽいの2人と一緒だったわ」
    「会社員?」
     そう聞いて、アーサー老人は腕を組んでうなった。
    「ふーむ……、ふむ」
     再度立ち上がり、アーサー老人はうろうろと辺りを歩き回る。
    「……恐らく『あいつ』か? ……動きが無いとは思っていたが、……ふーむ、……きっかけはスチュアートの件だろうか、……とすると……」
    「あ、あのー」
     アデルが声をかけたところで、アーサー老人が振り返った。
    「諸君。君たちには甚だ不本意な依頼になるだろうが、それでも危急の用件だ。
     私と共に、デズモンド・キャンバーとその会社員2名を襲撃してくれ」
    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 9
    »»  2017.04.17.
    ウエスタン小説、第10話。
    迎撃。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    10.
     アーサー老人からの突然の要請に、アデルは面食らう。
    「な、何ですって?」
    「その件は早々に対処しなければ、極めて甚大な被害を被る問題なのだ。
     このまま看過していれば君たちにとっても、いや、パディントン探偵局にとってもこの私、即ち西部界隈へと広がる情報網の一つを失うことになる」
    「そんなに?」
     尋ねたエミルに、アーサー老人は深々とうなずいて返す。
    「君の服装と物腰からすれば、キャンバーの実力を知っているのだろう。確かにキャンバー一人なぞ、大した相手ではない。それは分かっている。
     私が懸念するのは、そのキャンバーに依頼した人物についてだ」
    「心当たりが?」
    「ある。だが今は何も言えん。君たちにそれを明かすのは、極めて危険なことだからだ。
     ともかく今は何も言わず、私に付いてきてくれ。それが無理だと言うのならば、君たちはこのまま、……そうだな、C州にでも行って1週間ばかりバカンスしていてくれ。
     私の足跡や本拠などは、FとL以外には絶対に知らせたくないのだ」
    「どうする、エミル?」
     アデルが尋ねると同時に、エミルがうなずいた。
    「いいわよ、ボールドロイドさん。その代わり2つ、あたしのお願いも聞いてくれるかしら?」
    「スチュアートの件か?」
     そう返したアーサー老人に、エミルは首を横に振る。
    「あなたの話じゃ放っておいていいんでしょ? そうじゃなくて……」
     エミルはにこっと微笑み、アーサー老人に耳打ちする。
    「……ふむ……ふーむ……なるほど……ははっ」
     アーサー老人は噴き出し、うんうんとうなずいた。
    「よかろう。その程度のことであれば、後程手紙で伝えよう」
    「ありがとね」
    「では諸君、すぐ出発だ」
     そう言ってアーサー老人は、壁にかかっていたスプリングフィールドを手に取った。



     翌日の夕方、U州とN州の州境。
    「ぜーっ、ぜーっ……」
    「ひぃ、ひぃ、はぁ、はぁ……」
     顔を真っ青にし、荒い息を立てながら、男たちは賞金稼ぎ、デズの後を付いて行く。
    「ま、まだ、着かないんです、かぁ」
     一人が尋ねたが、デズは声を荒げて怒鳴り返す。
    「うるっせぇ! 黙って歩いてろッ!」
    「で、でも、もう2時間も歩き通し、で」
    「文句ならあの鉄クズに言えッ! あいつがまともに動いてたんならよぉ、俺だってお前らだってこんなだだっぴろい荒野をなぁ、トボトボ歩かずに済んだんだよッ!」
    「……はぁ」
     ふたたび男たちは、黙々と歩き出した。
     と――。
    「……ん?」
     三人の前方から、4頭の馬がやって来る。
    「……あれは!」
     男が目を丸くし、立ち止まる。
    「きゃ、キャンバーさん! あの人です! あの人がボールドロイドSr.です!」
    「な、何ッ!?」
     デズも立ち止まり、続いて叫ぶ。
    「おい、てめえ! マジでボールドロイドか!?」
    「いかにも」
     先頭にいたアーサー老人が応じ、小銃を構える。
    「聞かせてもらおうか、キャンバー君。依頼内容や依頼者のことなど、洗いざらいな」
    「バカか。言えるわけねえだろ」
     デズがそう返した瞬間、彼のほおをびしっ、と音を立てて、何かが通り抜ける。
    「うっ……」
    「言わねば次は当てる。それでも構わないなら、存分に強情を貫きたまえ」
     そう返しつつ、アーサー老人は小銃に弾を込め直す。
    「だが良く考えた方がいい。かすっただけでその痛みだ。銃弾が体に突き刺されば、痛いなんてもんじゃ無い。
     私も先の戦争で少なからず痛い目に遭ってきたから分かるのだが、弾が体を通り抜けると、それはそれは猛烈に痛いものだ。いや、半オンスばかり手足の肉をえぐった程度だとしても、悲鳴を上げ、まともに立てなくなるほどの痛みが襲ってくる。
    『頭や心臓に当たらなければ生きていられる』などと知った風なことを抜かす輩がいるが、残念ながら手足に当たっただけでも致命傷となる可能性は、決して少なくない。当たった瞬間の痛みたるや、それだけで人によっては死に直結するほどの衝撃をもたらし得るからだ。
     事実、私は戦争で手や足を撃たれ、そのままショック死した人間を、1ダースは見てきている。そして君がそれらショック死した兵士たちよりも心臓の強い人間だと断言するに足る論拠、判断材料を、私は持っていない。
     君はその24、いや、25年の人生で運良く、弾が体のどこにも当たらずに済んできたようだが、今回ばかりは運が悪いかも知れない」
    「……」
     アーサー老人の話を聞くにつれて、デズの顔色がどんどん青くなっていく。
     アーサー老人は小銃を構え直し、デズに尋ねた。
    「さて、どうするかね? 素直に話してくれるか、それとも、弾丸をその身に受けると言う不運を、一度くらい味わってみるかね?」
     しばらくの沈黙の後、デズは顔を真っ青にしつつ、両手を挙げた。
    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 10
    »»  2017.04.18.

    ウエスタン小説、第5話。
    名策士で名士で名探偵で。

    5.
    「……と言うわけで、この会社がそもそもの元凶って感じでした」
    《ははは……、とんでもない会社だったもんだ》
     アデルからの報告を受け、パディントン局長が電話の向こうで大笑いする。
    《分かった。私のツテを使って、そこに監査を送らせよう。
     株式会社だから、株主総会で管理体制の甘さと粉飾について糾弾すれば即、社長は解任されるだろう》
    「そこまでするんですか?」
     驚いたアデルに、局長の真面目な声が返ってくる。
    《そんなコソ泥御用達のような会社がいつまでものさばっていては、はっきり言って社会の悪だ。株式を持っている資産家たちにも迷惑だしな》
    「……まさか局長、S&Rの株を持ってたりなんかしませんよね?」
    《私は杜撰な投機などやらん。持ってる有価証券と言えば、アメリカとヨーロッパ数ヶ国の国債くらいだ。後は友人の会社の株、いずれも1%以下程度だな。『資産は手堅く、博打は打たず』が私の座右の銘だよ。
     ま、私の友人の中には、そこのを持ってる奴がいるかも知れんがね》

     局長がうそぶいた通り、ものの3日で、S&R鉄道株式会社に会計事務所の人間が押し寄せた。
     そして局長の読み通り――会計事務所によって山のような不正・粉飾が次々と暴かれ、S&R鉄道の業務は即座に停止した。



    「だからあのバカ社長、追い出したがったのね」
    「今も揉めてるらしいぜ。まーだ『なんも知らねえ、帰ってくれ』ってごねてるらしい」
    「とんでもないですね」
     大手を振って調査を行えるようになったため、三人は再び、S&R鉄道の車輌基地内にいた。
     ただし、今度は会計事務所の人間があちこちで監査を行う中での調査である。
    「すみません、そっちには触れないで下さい」
    「あ、悪り」
    「そっちもまだ手を付けてないので……」
    「あら、そう」
    「触んないでって言ってるでしょう!」
    「ご、ごめんなさい、あの、すみません、本当……」
     調べようとする度に検査員に止められるため、結局、三人は調査を切り上げてサルーンに戻った。

    「ま、落ち着くまで待つとするか」
    「そうね。時間はたっぷりあるし」
    「いや、でも、僕は……」
     困った顔をするサムに、アデルがこう返す。
    「局長から頼んで、出向期間を伸ばしてくれるらしいぜ。
     本来の目的じゃないが、ここの不正もそこそこ大きな事件になったっぽいからな。もう大手の新聞にも記事が出てるくらいだし、特務捜査局もホクホクだって言ってた」
    「そ、そうですか、それなら、ええ」
     と――じりりん、とサルーンの電話が鳴り、マスターが出る。
    「まいど、……あん? どちらさんで? ……へ? ああ、それっぽい人たちなら確かに、うちにいますよ」
     マスターは受話器を手で塞ぎ、怪訝な顔でエミルたちに声をかける。
    「パディントン探偵局ってとこから電話が来たんだけど、あんたたち知ってるか?」
    「へっ?」
     アデルは目を点にする。
    「ああ、関係者だけど……」
    「そうか。局長さんから電話来てるよ」
    「ど、ども。……マジかよ」
     たどたどしく席を立ち、電話に出たアデルを眺めながら、エミルはつぶやく。
    「ほんっと、名探偵だこと」
    「アデルさんがですか?」
     きょとんとしながら尋ねたサムに、エミルはぱたぱたと手を振って答える。
    「違うわ、パディントン局長よ。
     よくもまあ、遠く離れた東部のオフィスから、あたしたちがこのサルーンにいるって分かったもんね、……ってことよ」
    「……そう、ですね」

    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 5

    2015.08.13.[Edit]
    ウエスタン小説、第5話。名策士で名士で名探偵で。5.「……と言うわけで、この会社がそもそもの元凶って感じでした」《ははは……、とんでもない会社だったもんだ》 アデルからの報告を受け、パディントン局長が電話の向こうで大笑いする。《分かった。私のツテを使って、そこに監査を送らせよう。 株式会社だから、株主総会で管理体制の甘さと粉飾について糾弾すれば即、社長は解任されるだろう》「そこまでするんですか?」 驚...

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    ウエスタン小説、第6話。
    アブダクション。

    6.
     電話を終え、アデルがテーブルに戻ってくる。
    「局長からの伝言だ。
    『会計事務所から情報を聞き出したところ、鉄道車輌とその保全部品が盗まれていたことが判明しているそうだ。
     その盗まれた車輌と、これまで被害に遭った街で上がった目撃証言にあった車輌の形状とを比較し、一致した。この盗まれた車輌が、一連の犯行に使われているのは間違いないだろう。
     となれば、必然的に我々が捜索すべきものは定まってくる。即ち、その盗んだ車輌を保管・整備するための車輌基地だ』……だってさ」
    「車輌基地、ねえ」
     つぶやいてはみたが、エミルは内心、うんざりしている。
     その様子を見て、アデルもうなずく。
    「ああ、確かにこれだけじゃ、まだ見付けられるとは言いがたい。
     S&R鉄道の路線が使われているのは間違いないだろうが、だからってその路線をつぶさに見て回ってたんじゃ、日が何回暮れるんだって話だ。
     ただ、もう一つ手がかりはある」
    「って言うと?」
     アデルはピン、と人差し指を立て、こう続ける。
    「盗まれた車輌はHKP6900型蒸気機関車、ゲージ(両輪の間の長さ。レールの横幅でもある)は3.5フィート。S&R鉄道の他の車輌も、3.5フィートで統一されてる。つまりS&Rの線路は全て、ゲージが3.5フィートで統一されてるってことだ。
     ところが近隣で被害に遭ってるダグラス&ドーソン鉄道やインターパシフィック鉄道の線路は、ゲージが3.5じゃないんだ」
    「どう言うこと? 別の車輌が使われてるってこと? それとも、S&Rから盗んだ車輌を改造してるってことかしら?」
    「前者なら、少なくとも3台の車輌が盗まれていて、それをしまえる規模の車輌基地があるってことになる。後者でも、そんな改造を施すには相当な設備がいる。
     となれば、単に屋根が付いてるって程度の倉庫ぐらいじゃ、管理や整備なんかできるわけがない。どっちにしたって、かなり大規模の車輌基地が必要になるだろう。
     そして一方で、コソ泥稼業なんかやってる奴が、どこの所属か分からんような胡散臭い車輌を、主要都市にある大型車輌基地に堂々と停めるとは考えにくい。恐らく人目に付かないようなところに停めるだろう。
     とは言え、蒸気機関車は修理やら手入れやら、手間がかなりかかる。モノの手に入りにくい山奥なんかに車輌基地を造って、もしも車輌が動かないなんてことになったら、そのまま立ち往生だからな。
     それらの情報を全て総合すれば……」
    「鉄道は一応通ってるけど、寂れてる。でもその割に、不釣り合いに大きな車輌基地があるような街。そこを探せってわけね」
    「そう言うことだ」
     サムが持っていた西部の路線図を広げ、3人はそれに該当する街が無いか確かめる。程なくしてサムが、「あっ!」と声を上げた。
    「こっ、これ、これじゃないでしょうか!?」
    「どこだ?」
    「このマーシャルスプリングスと言う街、以前はリーランド鉄道車輌と言う、鉄道車輌を開発・販売していた会社の本拠地だったんですが、その会社が数年前に無くなってまして、でも、会社の設備とか、車輌を造ってた工場とかはそのまま残ってるらしいです」
    「鉄道車輌の開発会社か……。なるほど、そう言うところなら駅はなくとも、公の路線につながる線路はあるだろうな。
     しかも会社は潰れて工場だけ残ってるってなれば、盗んだ車輌なんかを隠すのにはうってつけだな」
    「で、ですよね、ですよね! しかもここ……」
    「一連の事件があった場所からは、割りと近いわね。蒸気機関車ならそう時間をかけずに戻れそうね」
    「そ、そうなんです! どっ、どうでしょうか!?」
     顔を上気させたサムに、エミルとアデルは揃って吹き出した。
    「ぷっ……」「あはは……」
    「え? え?」
    「いや何、お前さん急に、張り切りだしたと思ってな」
    「……あ、……は、はい」
     一転、顔を真っ赤にしたサムの肩を、エミルがトントンと叩く。
    「ま、一番臭いところなのは確かね。行ってみましょ」

    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 6

    2015.08.14.[Edit]
    ウエスタン小説、第6話。アブダクション。6. 電話を終え、アデルがテーブルに戻ってくる。「局長からの伝言だ。『会計事務所から情報を聞き出したところ、鉄道車輌とその保全部品が盗まれていたことが判明しているそうだ。 その盗まれた車輌と、これまで被害に遭った街で上がった目撃証言にあった車輌の形状とを比較し、一致した。この盗まれた車輌が、一連の犯行に使われているのは間違いないだろう。 となれば、必然的に我...

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    ウエスタン小説、第7話。
    ウエスタン・ドレスコード。

    7.
     一行は鉄道を使わず、リッチバーグで馬を借りてマーシャルスプリングスへと移動することにした。
    「列車は止まるって話だが、もしマジで犯人がいたら、俺たちの動きに気付かれるかも知れないからな」
    「ええ。鉄道から離れて向かう方が無難ね」
     西部暮らしの長いエミルと器用なアデルは平然と馬上におり、何の苦もなく馬を操っている。
     しかし今回の事件で初めて西部に足を踏み入れたサムに乗馬経験があるわけも無く、真っ青な顔で馬にしがみついている。
    「す、すいません、アデルさん」
    「いいって」
     当然、手綱を操ることもできず、サムの乗る馬はアデルに曳かれていた。
    「しかし……、お前さんの格好、西部を歩くにゃキメすぎだな」
     マンハッタン島やワシントンであれば――童顔のサム自身にはいささか不釣り合いとは言え――いかにもホワイトカラー、高級な職種の人間に見える上下紺色のスーツ姿も、そこら中にタンブルウィードが転がり、赤茶けた土や砂がどこまでも広がるこの荒野においては、あからさまに浮いて見える。
    「そうね。ここだと勘違いした旅芸人一座のマネージャー、って感じ」
    「ドレスコードを考えるべきでした」
    「ぶっ……、ねーよ、そんなもん」
     サムのとぼけた言葉に、エミルとアデルは笑い出す。



    「あはは……、いいわね、ドレスコード。
     ウエスタンシャツをインナーにして、トップスには牛革製のジャケット。アウターにはダスターコートを羽織り、ボトムスはジーンズ。後はブーツを履いて、カウボーイハットを被る。仕上げにバンダナを首に巻けば、完璧ね」
    「大事なもん忘れてるぜ」
     アデルは腰に提げた小銃の台尻を、とんとんと叩く。
    「これが無きゃあ、西部のドレスコードとは言えないな」
    「ふふ、確かに」
     エミルもポン、と拳銃を叩いて返す。
    「……ごめんなさい。全部無いです」
     一方で、サムはしがみついた姿勢のまま、申し訳無さそうにつぶやいた。
    「マジで? いや、服装は仕方ないが、拳銃も無いのか?」
    「怖くて……」
    「仕方無いわね」
     エミルは馬をサムの横に寄せ、予備のデリンジャー拳銃を差し出した。
    「えっ?」
    「何があるか分かんないでしょ? 持っておいた方がいいわよ」
    「は、はい」
     馬にしがみつきながらも、どうにかサムは手を伸ばし、エミルから拳銃を受け取った。

     昼過ぎに出発した一行は、どうにか夕暮れまでにはマーシャルスプリングスに到着した。
    「ああ……、怖かった」
    「ま、帰りはお前さんだけ列車に乗りな。俺たちは馬を返さなきゃならんし」
    「お手数おかけします」
     程なく、三人はサルーンを見付けて馬を降り、中に入る。
    「いらっしゃいませ」
     出迎えたバーテンに、アデルが尋ねる。
    「泊まりたいんだけど、部屋はあるか? 3人なんだけど」
    「ご一緒に?」
    「あー、と」
     アデルはくる、と後ろを向き、エミルとサムに顔を向ける。
    「いいわよ」「あ、はい」
    「じゃあ一部屋で。厩(うまや)はどこかな」
    「店の裏手です」
    「つながせてもらうぜ」
    「ええ、どうぞ。ご案内します」
     バーテンがカウンターを出て、アデルを案内している間に、サムが不安そうな目を向ける。
    「良かったんですか?」
    「ここ小さめだし、他に客もいるみたいだから、1人1部屋ずつって余裕は無さそう。他を探すとしても、もうこんな時間だし。あんまりうろうろ出歩いて目立ちたくないもの。
     ま、今夜くらいは我慢するわ。……って言っても、そんなに寝てる暇は無いでしょうけどね。あんたが言ってたところに行かなきゃいけないもの」
    「あ、そうですね。……でも僕、結構ヘトヘトで」
    「寝てていいわよ。時間になったら起こすから」
    「ありがとうございます」
     と、いつの間にか戻ってきていたアデルが口を尖らせている。
    「なんだよ、エミル。随分サムに優しいな」
    「あんたより紳士だもの」
    「じゃ俺も紳士になろうか? お嬢さん、今宵はわたくしと語らいませんか?」
    「語らない。あたしもできるだけ休みたいし。あんたも疲れてるでしょ?」
    「……ごもっとも。そんじゃさっさと寝るとするか」

    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 7

    2015.08.15.[Edit]
    ウエスタン小説、第7話。ウエスタン・ドレスコード。7. 一行は鉄道を使わず、リッチバーグで馬を借りてマーシャルスプリングスへと移動することにした。「列車は止まるって話だが、もしマジで犯人がいたら、俺たちの動きに気付かれるかも知れないからな」「ええ。鉄道から離れて向かう方が無難ね」 西部暮らしの長いエミルと器用なアデルは平然と馬上におり、何の苦もなく馬を操っている。 しかし今回の事件で初めて西部に足...

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    ウエスタン小説、第8話。
    工場跡の夜。

    8.
     マーシャルスプリングスに到着したその晩、エミルたちは早速、目星をつけていた車輌開発会社跡に潜入することにした。
    「何だか僕たち、探偵なのか泥棒なのか良く分からないことをしてますよね」
    「言うようになったわね、サム」
     夜の闇に紛れるよう、黒いポンチョと黒い帽子を身につけた三人は、明るい往来で見れば確かに怪しい一団である。
    「ここが元リーランド鉄道車輌?」
    「はい。詳しく調べたところ、会社自体は8年前に閉鎖されています。それ以来施設や土地の買い手も無く、ずっと放置されたままのようです」
    「街もそんなに賑わってなかった感じだし、良からぬ奴らが隠れ家にするにゃ、ちょうど良さそうだな。
     壁にもでけえ穴開いてるし」
     出入口自体は鎖が巻かれ、厳重に施錠されているものの、敷地を囲む煉瓦の壁にはアデルが指摘した通り、いくつか崩れている箇所がある。
    「そろそろ口を閉じた方がいいわよ。壁の向こうでたむろしてるかも知れないし」
    「おう」
     三人は辺りを警戒しつつ、壁の穴から中に忍び込んだ。
    (人影は見当たらないな)
    (ええ)
     敷地内に侵入し、壁伝いに注意深く進んでいくが、人はおろか、野良犬や鼠にすら出くわさない。
    「……何にも無いわね」
    「はずれ、……でしょうか」
    「うーん」
     そのまま壁沿いに半周したところで、一行は線路に出くわした。
    「……いや、やっぱり怪しいな」
    「え?」
    「見てみろよ、線路が研いてある。誰もいないし使ってないってんなら、研いてあるわけが無い。
     だが実際、月がぼんやり映る程度にピカピカになってる。ってことは……」
    「人がいるし使ってる、ってわけね」
    「ああ、そうだ」
     アデルがそう返した瞬間――彼自身も含めて、三人全員が顔を真っ青にした。
     何故ならその台詞が、二重に聞こえたからである。

    「う……」
     アデルが恐る恐る振り返ると、そこには先端が拳大ほどもあるモンキーレンチを手にした、20半ばくらいで黒髪の、あごひげの男が立っていた。
    「あ、ちょい待ち。何もこいつでボカッと殴りかかろうってつもりじゃねーよ。整備してただけだからな。そう怖い顔しないでくれよ」
    「何の整備?」
     ポンチョの内側でこっそり拳銃を握りしめつつ、エミルが尋ねる。
    「そりゃ機関車だよ。車輌工場で船の整備する奴はいねーだろ?」
     男はニヤッと笑いながら、モンキーレンチで背後を指し示す。
    「あれだ。HKP6900型をベースに改造を施した、俺の特製マシン。聞きたいか、そのすっげーとこをよ?」
    「へぇ?」
     エミルは一瞬、アデルに目配せする。
    (HKP6900型って……)
     アデルも目で、エミルの質問に答える。
    (ああ。S&R鉄道から盗まれたのと同型の車輌だ)
    「どこが特製なのかしら?」
     尋ねたエミルに、男は嬉しそうな笑みを浮かべる。
    「おお、聞きたいか、そうかそうか。ならば聞かせてやろう。
     まず第一に燃料だ。普通は薪なんだが、俺に言わせりゃ火力に難がある。だもんでペンシルベニアから石炭を仕入れて、そいつで走らせてる。それとシリンダーやらボイラーやら、動力系の部品や機構を各3インチほど大きい物に換えてボアアップし、さらに顔が映るくらいに細かく細かく研磨して、バランスを絶妙に噛み合わせている。さらにブレーキも最新型のエアブレーキに換装した上に俺がバッチリな改良を加えたから、ごうごう全速力の状態からびたあーっと完全に止まるまで、20秒もかからない。極めつけは車輪とフレームに鋼と同張力・同剛性の合金をたっぷり使用して、なんと400ポンドもの軽量化に成功。元のHKP6900の1割増し、いや1割半、いやいや、2割強くらいは速えーぞぉ」
    「ご高説、どうも」
     エミルは半ば呆れつつ、男に尋ねた。
    「何度か運転してるのかしら?」
    「そりゃこんなスーパーマシン、走らせてやらなきゃ意味無いだろ」
    「最後に走ったのは?」
    「確か、10日くらい前だ。勿論、他の列車と進行がかぶっちゃまずいから、朝方にぐるーっとな」
    「S&R鉄道の線路を?」
    「……あんたら、さっきからなんでそんなことを聞くんだ?」
     男の顔に、けげんな様子が浮かぶ。
    「ちょうど探してたからだよ。S&R鉄道の路線を好き勝手に走り回る、HKP6900の同型機をな」
     男が嬉々として喋り倒していた間に、密かに背後に回りこんでいたアデルが、小銃を男の背に当てた。

    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 8

    2015.08.16.[Edit]
    ウエスタン小説、第8話。工場跡の夜。8. マーシャルスプリングスに到着したその晩、エミルたちは早速、目星をつけていた車輌開発会社跡に潜入することにした。「何だか僕たち、探偵なのか泥棒なのか良く分からないことをしてますよね」「言うようになったわね、サム」 夜の闇に紛れるよう、黒いポンチョと黒い帽子を身につけた三人は、明るい往来で見れば確かに怪しい一団である。「ここが元リーランド鉄道車輌?」「はい。詳...

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    ウエスタン小説、第9話。
    機関車バカ。

    9.
    「な、……なんだよ?」
     男はぎょっとした表情を浮かべ、モンキーレンチを握りしめる。
    「動くな。もしそいつをぶん回そうとしたら、俺のウィンチェスターが先に火を噴くぜ」
    「あんたら、まさか強盗なのか? 黒い格好してるし……」
    「どっちが強盗だよ」
    「何がだよ?」
     男とアデルとの問答を眺めていたエミルが、首を傾げる。
    「とりあえず、名前から聞いていいかしら」
    「誰の?」
    「あなたに決まってるでしょ」
    「俺か? 俺はロドニー・リーランドだ」
    「リーランド? もしかしてこの会社の……」
    「あー、それは親父のやつ。
     8年前に親父が死んだんで、会社を畳んだんだ。そんでたっぷり遺産ができたし、俺はそいつで隠居暮らししてる。んで、趣味の機関車改造にどっぷり没頭してる。
     俺についてはそんなとこだ。オーケー?」
    「オーケーよ。じゃあリッチバーグで盗みを働いたのは、あなたじゃないのね」
    「誰がそんなことするもんか。カネなら腐るほどある」
    「マジかよ」
     フン、と鼻を鳴らしたロドニーの態度に、背後にいたアデルは唖然とする。
    「後ろの兄さんよぉ、もういいだろ? そんなもん向けなくてもよぉ」
    「あ、……おう」
     アデルが小銃を収めたところで、今度はロドニーが質問してくる。
    「盗みとか強盗とか、何の話だ?」
    「不正に列車を動かして、この辺りの街を襲って強盗しまくってる奴らがいるのよ。あたしたちはそれを調べに来た、東部の探偵」
    「あ、僕は探偵じゃなくて……」
     サムの説明に耳を貸さず、ロドニーはぎょろ、と目をむいた。
    「なんだって? 列車を使って強盗だぁ?」
    「ええ」
    「ふてえ奴らだな、そりゃあ! 列車好きの俺としちゃ、許せん話だぜ!
     よおし、そんなら俺が一肌脱いでやろうじゃねえか!」
    「え?」
    「物心ついた時からこの辺りの線路は渡り尽くしてるし、どの路線をどの車輌が通るかってのもバッチリ把握してるんだ。そう言うふてぶてしい奴らがどこを通りそうか、ピンと来るってもんさ。
     ちょっと来い」
     ロドニーはモンキーレンチを肩に担ぎながら、三人に付いてくるよう促す。
     言われるまま付いていくと、やがてロドニーは、昔はそれなりに威厳をにじませていたと思われる、足跡だらけのドアの前に立ち、それを蹴っ飛ばして押し開いた。
    「こいつがここら辺の路線図だ」
     昔は社長室として使っていたであろうその部屋に入るなり、ロドニーはモンキーレンチで壁を指し示した。
    「あのド真ん中の赤い点が、このマーシャルスプリングスだ。見ての通り、ここもそれなりに路線が重なってるが、そこから北東に数十マイル行くと、……ほれ、あの辺り。
     ここよりもっと、色んな鉄道会社の路線が交差してるだろ? いわゆる交通結節点なんだ、あの辺りは。もっとも、地下水が湧いてるマーシャルスプリングスと違って、水とかの生活に必要なモノが近くに無いから、街は作れなかったらしいがな」
    「となると、もしかしたら強盗団も、ここを通る可能性がありますね」
     冷静に分析したサムに、ロドニーはニヤッと笑って返す。
    「おうよ。だからあの周りで列車を転がして待ち構えてりゃ、出くわしても全然おかしかねえ。
     ってわけで、だ」



     2時間後――ロドニー自慢の改造蒸気機関車、HKP6900改は煙突からごうごうと白煙を噴き上げ、西部の荒野を驀進(ばくしん)していた。
    「ひっ、ひいいい~っ……」
    「おいおいおいおい、大丈夫かよ!?」
     機関車後部に取り付けられた炭水車の、そのさらに後方で引っ張られている客車から、サムと、そしてアデルの悲鳴が上がる。
     何故なら熱心に整備された機関車とは違い、客車は8年前から放置されていたものを、何の補修もせずに取り付けただけなのである。
     ボロボロの客車には窓も扉も無く、うっすらと明るくなり始めた地平線が覗いている。そのスカスカな光景に、流石のエミルも若干、顔を青くしている。
    「ねえ、リーランドさん! 客車、真っ二つに折れそうなんだけど!?」
     三人が口々に怒鳴るが、機関部が立てる爆音か、もしくは猛烈な風切り音にかき消されているらしく、ロドニーからは何の返事も無い。
     その代わりに、のんきな歌声が機関部の方から聞こえてくる。
    「せーんろっではったらーくぜー、いーっちにーちーじゅーうっ♪」
     ギシギシと軋む客車の中で、アデルがぼそ、とつぶやいた。
    「あの機関車バカめ……。停まったらブン殴ってやる」
    「無事に停まれれば、……ね」

    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 9

    2015.08.17.[Edit]
    ウエスタン小説、第9話。機関車バカ。9.「な、……なんだよ?」 男はぎょっとした表情を浮かべ、モンキーレンチを握りしめる。「動くな。もしそいつをぶん回そうとしたら、俺のウィンチェスターが先に火を噴くぜ」「あんたら、まさか強盗なのか? 黒い格好してるし……」「どっちが強盗だよ」「何がだよ?」 男とアデルとの問答を眺めていたエミルが、首を傾げる。「とりあえず、名前から聞いていいかしら」「誰の?」「あなたに...

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    ウエスタン小説、第10話。
    ドッグファイト。

    10.
     と――エミルたちの背後、最早枠だけになっていたドアの方から、警笛の音が響いてくる。
    「え……」
    「まだ朝の5時前、だよな」
    「そ、そのはずです」
     サムが懐中時計を確認してうなずく。
    「貨物列車か? それとも……」
     その疑念を、機関室にいたロドニーが確信に変えた。
    「後ろから変な列車が来てるぜ、お三方ぁ!」
    「変なって、何が!?」
     怒鳴り返したエミルに、ロドニーがぶっきらぼうに、しかし的確な返事を返す。
    「貨物列車にしちゃあ、荷車がいっこしかねえ! いくらなんでも一つだけ運ぶなんて、コストが掛かり過ぎるぜ! 普通の鉄道会社ならあんなことしねえ!
     それによぉ、積んでる燃料も少な過ぎる! あんな量じゃ、100マイルも動かせねえ! この辺りをウロウロするので精一杯だ!
     他にもよぉ、『逃げ足上等! とにかくスピードだッ!』ってビンビン主張してやがるぜってくらい、軽量化しまくってる!
     もしかしたらありゃ、あんたらが言ってた……」
     またも警笛が鳴らされ、ロドニーの声が遮られる。
    「……っ、うっせえなあ! おい、なんか言い返してやれよ!」
    「言われなくてもそうするっての!」
     アデルが前方に怒鳴り返し、くるりと振り返って後方にも怒鳴る。
    「減速しろ! このままじゃぶつかっちまうぞ!」
     だが相手からの声は無く、依然として警笛を鳴らしてくる。
     いや――先程までは客車5つ分は空いていた距離が、今は3つ分を切るくらいに、じわじわと詰まってきている。
    「……ま、まさか」
     サムの顔が青くなる。
    「その、まさかじゃねーか?」
     アデルもゴクリとのどを鳴らす。
    「ぶつけてくる気、ね」
     エミルはばっと踵を返し、列車の前方に向かう。
    「前に逃げましょう!」
    「おう!」
    「はっ、はい!」
     そうこうしている間にも、後ろの列車は速度を増し、距離をさらに詰めてくる。
    「ぶつけてどうすんだよ……!? あいつらもただじゃ済まねーだろうに」
    「い、いえ、そうとも限らない、かも」
     サムがたどたどしくも、状況を分析する。
    「後方から猛スピードで、つ、追突されれば、前方の車輌は、お、大きくバランスを崩します。
     しゃ、車輌は、線路の上に乗っていて、固定なんか、さ、されてないですから、バランスを崩せば、だ、だ、だっ、脱線する、おそれがっ」
    「落ち着けって! とにかく急げ! 前へ行くんだ!」
     アデルがなだめ、前へと押しやるが、彼自身も明らかに狼狽しているようだった。
     その証拠に――アデルは明らかに腐っていた床板を避けて通れず、彼の足がそこにめり込んだ。
    「うわ……っ!?」「アデル!」
     アデルが床下に消える寸前で、エミルとサムが彼の腕とベルトをつかむ。
    「わ、悪い、助かった……」
    「まだ助かってないわよ!」
     どうにか引っ張り上げ、再度後方を確認すると、後ろの機関車は既に客車半分ほどまで迫っていた。
    「は……」
     三人は同時に叫び、そして全速力で、客車を駆け抜けた。
    「走れーッ!」
     機関車が客車に接触する直前、三人はどうにか、炭水車の上に飛び移る。
     と同時に――。
    「うおわぁ!?」「きゃあっ!」「ひいいぃ~……っ!」
     機関車が客車に追突し、その後ろ半分を押し潰す。残った部分も大きく歪み、車輪の1つが線路から弾き飛ばされ、6900改自身もがくん、と斜めに傾いた。

     だが自慢するだけあって、ロドニーは機関車の運転に相当、長けていたようだ。
    「ふっ……」
     くん、と車輌全体が前に引っ張られる。
    「ざけんなよ、コラあああああッ!」
     ロドニーがどんな方法を使ったのかは分からないが――HKP6900改はこの時、一瞬で時速数マイルもの加速を実現させた。
     そのため後ろからの衝撃は前へといなされ、同時に前方へと強く引っ張られたことで、車輌は脱線することなく、線路の上に戻る。
     あわや時速約50マイルで地面に叩き付けられるところだったエミルたちは、炭水車の上をごろごろと転がされるだけに留まった。
     しかし、それでも――。
    「げほっ、げほ、げほ……」
    「ちくしょう、クソがっ……」
    「何てことすんのよ、もう!」
     エミルたちは体中に石炭をまぶされ、真っ黒に汚れることとなった。

    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 10

    2015.08.18.[Edit]
    ウエスタン小説、第10話。ドッグファイト。10. と――エミルたちの背後、最早枠だけになっていたドアの方から、警笛の音が響いてくる。「え……」「まだ朝の5時前、だよな」「そ、そのはずです」 サムが懐中時計を確認してうなずく。「貨物列車か? それとも……」 その疑念を、機関室にいたロドニーが確信に変えた。「後ろから変な列車が来てるぜ、お三方ぁ!」「変なって、何が!?」 怒鳴り返したエミルに、ロドニーがぶっき...

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    ウエスタン小説、第11話。
    時速100キロの真上で。

    11.
    「あんたら、無事だったか!」
     6900改の機関室に移ってきたエミルたちを見て、ロドニーがほっとした表情を浮かべる。
    「何とかね」
    「いや、死人が出なくて良かったぜ、まったく。
     にしても後ろの野郎、ぶつけてくるとはな! イカれてんのかよ、マジでよぉ!?」
     依然として敵機関車は6900改のすぐ後ろにおり、この時、ほとんど同じ速度で動いていた。
    「もっと速度出せないの? あいつらまた、追突してくるかも知れないわよ」
    「これが全速力だ。これ以上出すと炉が灼けついちまう。
     にしても、俺の6900改に付いてくるとはな……。向こうのを整備してるヤツも、相当腕がいいみたいだぜ」
    「どうすれば停められる?」
     尋ねたアデルに、ロドニーは苦い顔を返す。
    「ぶっちゃけ、6900改が急減速すりゃ、向こうにとっちゃ鉄の壁が猛スピードで迫ってくるようなもんだからな。ぶつかりゃ向こうが脱線、大破する。
     だがこっちだって無事じゃいられねえ。間違いなくこっちもブッ飛ぶし、そうなりゃ俺も含めて、今度こそあんたらはあの世行きだ」
    「じゃあこれだけ外すって言うのは、ど、どうでしょう? 非常に重たいでしょうし、少なからず、その、ダメージを与えることができると思うんですが……」
     そう言って、サムが後ろの炭水車を指差す。
    「バカ言うなよ」
     が、ロドニーはその意見を一蹴する。
    「運良く後ろのヤツらを停められたとしてもだ、その後どうすんだよ? 燃料が無きゃ、機関車は動かねーんだぜ。
     うまく停まってくれるか分かんねーのに、外した直後に急停車なんかできねー。ある程度は走らにゃならんし、そりゃ10マイル、20マイルって短距離にゃ留められん。
     炭水車から遠く離れたところで停まったが最後、機関車はそこで立ち往生だ。もう自力じゃ動かせなくなる。
     そうなりゃ、後ろのヤツと合わせて数十マイルに渡って線路を塞いじまうことになるぜ」
    「あ……、そ、そうですね」
    「じゃあ、客車はどうだ?」
     アデルの提案にも、ロドニーは苦い顔をする。
    「駄目だ、軽過ぎる。弾き飛ばされるだけだ」
    「じゃあ、両方の案を合わせてみたら?」
     エミルも炭水車を――と言うよりも、炭水車の中に積まれた石炭を指差した。
    「客車だけなら軽過ぎるかも知れないけど、多少は石炭を載せて切り離せば、相当の重石になるんじゃない?」
    「ふむ……、なるほど。そりゃいいかもな」
     ようやくロドニーがうなずき、石炭をくべていたスコップを三人の前に差し出す。
    「俺が連結を外す。誰か機関室に残って、炉の温度を維持しててくれ」
    「え……と。誰がやります?」
     恐る恐る尋ねたサムに、エミルが肩をすくめつつ答える。
    「あいつらもあたしたちが客車に現れれば、あたしたちの思惑に気付くでしょうし、妨害のために銃撃してくる可能性は大きいわ。
     となればこっちも銃を持ってないと、抵抗できないでしょうね」
    「つまり、消去法だ。
     俺は銃を持ってる。エミルもだ。リーランド氏は持ってないが、彼がいなきゃ連結器は外せない」
    「……ですよね」
     スコップはそのまま、サムの手に渡された。

     サムがジャケットを脱ぎ、ネクタイを外し、袖をまくっている間に、残る3人も炭水車の上を歩きやすいよう、軽装になる。
    「気を付けろよ」
    「あんたもね」
     エミルとアデルがひょいと石炭庫の上に乗り、ロドニーから工具を受け取る。
    「よいしょ、っと」
     同様に、難なく炭水車に乗り込んできたロドニーに工具を渡しつつ、エミルが尋ねる。
    「どれくらいかかりそう?」
    「そうだな……、流石の俺も、走ってる最中の車輌を切り離したなんて経験は無い。多少手間取るかも知れん。
     ま、それでも5分ってとこだな」
     それだけ答え、ロドニーは炭水車と客車の間に滑り込む。
     それと同時に、6900改と敵機関車がカーブに差し掛かる。
    「お、っと」
    「大丈夫?」
     よろけたアデルに手を貸し――エミルがもう一度、同じ言葉を投げかけた。
    「本当に大丈夫? 足、怪我してるみたいだけど」
    「あ、ああ。さっき落ちかけた時、どこかに引っ掛けたらしい」
    「見せて」
    「いや、大丈夫だって、ほっときゃそのうち……」
     アデルに構わず、エミルはアデルのスラックスの裾を上げる。
    「これが? サムの坊やが見たら卒倒するくらいの引っかき傷が、ほっといて大丈夫なわけないでしょ? 手当てしたげるわ」
     エミルは自分の服の裾を引きちぎり、アデルの脚に巻いた。
    「う、っ……」
    「消毒なんかはできないけど、これでとりあえずは止血できたはずよ」
    「さ、サンキュー」
     煤だらけの顔を赤くしたアデルに、エミルはため息をついて返した。
    「あたしだけじゃ、銃撃されたら反撃しきれないでしょ? いざっていう時にあんたに倒れられたら、一巻の終わりよ」
    「……お、おう」
     処置を終え、エミルは膝立ちになる。
    「カーブを曲がってる間に、あいつらもあたしたちの目論見に気付いたみたいよ。ライフル構えてるわ」
    「おっと、……よし、そんじゃこっちもやってやるか!」
     エミルたちは銃を構え、同時に引き金を引いた。

    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 11

    2015.08.19.[Edit]
    ウエスタン小説、第11話。時速100キロの真上で。11.「あんたら、無事だったか!」 6900改の機関室に移ってきたエミルたちを見て、ロドニーがほっとした表情を浮かべる。「何とかね」「いや、死人が出なくて良かったぜ、まったく。 にしても後ろの野郎、ぶつけてくるとはな! イカれてんのかよ、マジでよぉ!?」 依然として敵機関車は6900改のすぐ後ろにおり、この時、ほとんど同じ速度で動いていた。「もっと速度...

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    ウエスタン小説、第12話。
    狙撃。

    12.
     風にかき消されながらも、パン、パンと言う破裂音が、線路上で轟く。
    「うひょおっ!?」
     下で作業していたロドニーが、悲鳴じみた声を上げる。
    「大丈夫か!?」
    「お、おう! 気にせず撃ってくれ!」
    「分かった! ……っと!」
     相手からも銃撃が始まり、アデルのすぐ右、炭水車の端から火花が散る。
    「気を付けろよ、エミル!」
    「了解!」
     6900改も相手も、相当のスピードで線路を駆けているはずだが、双方から放たれる銃弾は、互いの車輌に着弾しているらしい。
     エミルたちの周りでしきりに火花が散る一方、敵機関車の方でも、あちこちで光が瞬いているのが確認できる。
    「当たってるっちゃ当たってるが……、いまいち狙い通りのところには当たってないな」
    「これだけ風であおられてちゃ、ね。でもいいとこ行ってるみたいよ、どっちも」
     そう返すエミルのすぐ側で、石炭が爆ぜる。
    「弾、あと何発ある?」
    「40発ってところかしら? あんたは?」
    「30発、……も無さそうだ」
    「あんまり無駄撃ちできそうにないわね。運良く停められたとしても、逃げられる可能性もあるし」
    「かと言って応戦しなきゃ、リーランド氏がヤバい。石炭積み込む時間も考えると……」
     と、そのロドニーの声がする。
    「こっちはオーケーだ! 後は軽く小突きさえすりゃ外れる! 石炭を載せてってくれ!」
    「分かった!」
     アデルはライフルを下ろし、弾と一緒にエミルへ渡す。
    「手伝ってくる。悪いが、頼む!」
    「オーケー」
    「すぐ戻る!」
     そう言うなり、アデルは炭水車と客車の間に降りていった。

     一人になったエミルは、被っていた帽子をぱさ、と石炭の上に置いた。
    「……すー……」
     自分の拳銃をしまい、アデルのライフルを取り、エミルは深呼吸する。
    「(久々に、……本気出してみましょうか、ね)」
     エミルは英語ではない言葉をつぶやきつつ、立ち上がってライフルを構えた。
    「Pousse!」
     パン、と音を立てて、ライフル弾が1発、放たれる。
     その銃弾は若干、風にあおられながらも、後方の敵機関車の側面――幅わずか3~4インチのエアブレーキ管を、ものの見事に貫通した。



     敵機関車の側面からバシュッ、と空気が抜ける音が響き、相手の騒ぐ声が聞こえる。
    「……やべ……爆発……!?」
    「……落ち着け……大したこと……!」
     その一瞬、相手全員の意識が6900改ではなく、自車の破損箇所に向けられる。
     その一瞬を突き――。
    「せ、え……」「の……っ!」
     連結器を外し、石炭を載せ終えた客車を、アデルとロドニーが蹴っ飛ばした。
    「よっしゃ、上に上がるぞ!」
    「おう!」
     アデルたちが炭水車をよじ登る間に、客車は敵機関車へと、相対的に迫っていく。
    「……止まれ……ブレーキ……!」
    「……駄目だ……動か……!」
     エミルによってブレーキを破壊された敵機関車は時速1マイルも減速できずに、そのまま客車に衝突した。
    「うわああああーっ!」
     悲鳴が一斉に、荒野に響き渡り――敵機関車は斜め上へと飛び上がり、そのまま線路の左前方へと落ちて、ぐしゃぐしゃと言う鈍い金属音を立てながら、ごろごろと地面を転がっていった。
    「やった……!」
     炭水車の側面に張り付いたまま、アデルが歓喜の叫びを上げる。
    「……っと、こうしちゃいられねえ! こっちも停車しねーとな」
     ロドニーが炭水車から機関部へ移る間に、エミルがアデルに手を貸し、引き上げる。
    「上手く行ったみたいね」
    「ああ。……いててて、安心したら痛くなってきたぜ」
     アデルがうずくまり、再度スラックスの裾を上げる。動き回っていたためか、白かった布は半分以上、赤く染まっていた。
    「巻き直した方がいいわね。思ってたより、傷が深そうだし」
    「だな」
     炭水車の上でエミルがアデルの手当てをしている間に、6900改は停車した。

    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 12

    2015.08.20.[Edit]
    ウエスタン小説、第12話。狙撃。12. 風にかき消されながらも、パン、パンと言う破裂音が、線路上で轟く。「うひょおっ!?」 下で作業していたロドニーが、悲鳴じみた声を上げる。「大丈夫か!?」「お、おう! 気にせず撃ってくれ!」「分かった! ……っと!」 相手からも銃撃が始まり、アデルのすぐ右、炭水車の端から火花が散る。「気を付けろよ、エミル!」「了解!」 6900改も相手も、相当のスピードで線路を駆け...

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    ウエスタン小説、第13話。
    事件解決と、謎の男の影。

    13.
     エミルたち4人は銃やレンチを構えながら、もうもうと黒煙を上げ、荒野に横たわった敵機関車へと近付く。
     と、その乗組員らしき傷だらけの男たちが、のろのろと這い出しているのが視界に入った。
    「動くな」
     アデルがライフルを向け、彼らを制する。
    「う……」
     男たちも銃を構えようとしたが、すぐに両手を挙げ、へたり込む。
    「……もういい、諦めたぜ」
     リーダーらしき男が、エミルたちに頭を下げた。
    「俺たちは全員降参する。だから、手当てしてくれ」
    「分かった」
     全員が手当てを受けた上で、両手を縛られて拘束された。



     強盗団逮捕を連邦特務捜査局へ連絡するため、サムとロドニーが近隣の街に向かったところで、残ったエミルとアデルが、リーダーの男に尋問を始めた。
    「名前は?」
    「ティム」
    「いくつだ?」
    「29歳」
    「この列車はどこで盗んだ?」
    「知らん」
     そう答えたティムの鼻先に、アデルがライフルを突きつける。
    「ごまかすな。ちゃんと答えろ」
    「ごまかしたつもりは無い。俺は本当に知らないんだ、こいつがどこから調達されたかなんて」
    「じゃあ、誰が持ってきた?」
    「俺たちの仲間だ。整備と改造と、盗品の換金も担当してる」
    「そいつの名前は?」
    「本名かどうかは知らんが、俺たちは『ダリウス』と呼んでた。
     3年前にそいつが機関車をまるまる一台、俺たちのところに持ち込んできたんだ。で、『カネがいるから協力して集めてくれ』って。
     で、俺たちはこの辺の街から盗みまくって、それをダリウスに渡してカネに換えてもらってた。どうやってんのかは知らないし、知ろうとも思わなかったが、それなりに美味しい仕事だった。
     何しろ、追っ手が全然付いて来られないんだから、捕まる心配なんか全く無かった。証拠品だって2日、3日でダリウスが捌いてくれるんだし」
    「ふざけやがって。ともかく、その機関車はこうして鉄クズになったし、お前らも拘束した。お前ら全員、これからすするのはうまい汁じゃなく、臭いスープになるだろうぜ」
    「……だろうな」
     尋問している間に、ごとん、ごとんと音を立てて、ロドニーの6900改が――今度はちゃんと整備された客車を連結して――戻ってきた。

    「本部からは、『可及的速やかに人員を送り、身柄の引き取りに向かう』と連絡がありました。それまでは一旦、マーシャルスプリングスで待機していてくれとのことです」
    「分かった。じゃあその間に、尋問の続きと行こうか」
     強盗団全員を客車に乗せ、6900改は来た道を引き返す。
    「お前らの本拠地は?」
    「4、5年前に『ウルフ』騒ぎで人が消え、廃れた街があるんだ。俺たちは元々流れ者の集まりで、そう言う街跡は、好き勝手に寝て暮らすにゃ丁度良かった」
    「『ウルフ』って、あの『ウルフ』か。懐かしいなぁ」
    「懐かしんでる場合じゃないでしょ」
     のんきなことをつぶやくアデルを小突きつつ、今度はエミルが尋ねる。
    「どうやってダリウスは、あなたたちに接触したの?」
    「隣町にちょくちょく買い物に行ってて、そのついでにバーとかサルーンに寄ってたんだが、そこで仲良くなった」
    「僕からもいいですか?」
     手を挙げたサムに、エミルが「どうぞ」とうなずく。
    「あの車輌、色んな鉄道会社の路線をまたいで移動できていたみたいですが、ゲージが違うのに、どうやって走れたんですか?」
    「ダリウスの発明だよ。『ゲージ可変機構』とか言ってたな。3フィートから3.8フィートまで、自由にゲージを変えられるんだ。
     あと、短距離なら線路を離れて自走できるし、それで線路から線路に渡ることもできる。あんな風に転がされなきゃ、どんな線路も走れるようになってたんだ。
     そう、……どんな道でも、だ」
     と、ティムがボタボタと涙を流す。
    「どうした?」
    「結構気に入ってたんだよな、あの機関車。あいつで朝焼けの中を突っ走るのが、何より楽しかった。
     それが、あんなボロボロのスクラップになっちまって、……俺、今すげえ、ショックなんだ」
    「バカね。そんなに気に入ってたモノを悪用するなんて」
    「……ああ。本当にバカ野郎だよ、俺は」
     静かに泣き出したティムを見て、エミルは肩をすくめた。

    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 13

    2015.08.21.[Edit]
    ウエスタン小説、第13話。事件解決と、謎の男の影。13. エミルたち4人は銃やレンチを構えながら、もうもうと黒煙を上げ、荒野に横たわった敵機関車へと近付く。 と、その乗組員らしき傷だらけの男たちが、のろのろと這い出しているのが視界に入った。「動くな」 アデルがライフルを向け、彼らを制する。「う……」 男たちも銃を構えようとしたが、すぐに両手を挙げ、へたり込む。「……もういい、諦めたぜ」 リーダーらしき男...

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    ウエスタン小説、第14話。
    エミルの秘密?

    14.
     強盗団の逮捕から3時間後、連邦特務捜査局から送られてきた捜査官30名は意気揚々と、ティムたちがねぐらにしていた街跡に踏み込んだ。
     ところが――。
    「捜査長! 街のどこにも、被疑者の姿はありません!」
    「なんだと……!?」
     1時間以上にわたって人海戦術的に街を捜索したが、どこにもティムたちの仲間、ダリウスの姿は無かった。



    「違う街だったってことは考えられないの?」
    「いや、捌く前の盗品や、彼らが使っていた機関車の補修・保安部品などがあったことから、彼らの本拠であることは疑いようが無い。
     残念な話だが、そのダリウスは強盗団の逮捕を察知し、捜査員が到着する前に逃げてしまったらしい」
     事件の顛末を伝え、パディントン局長はやれやれと言いたげな表情をエミルたちに見せた。
    「そのダリウスなる男こそ、この事件の核となる人物だったのだ。彼は何としてでも逮捕しなければならない、最重要人物だったのだが……」
    「確かにティムたちだけでは盗品を捌けないし、そもそも機関車の調達もできないわけですからね」
    「その諸悪の根源となった人物を、捜査局はあろうことか、おめおめと取り逃がしてしまったんだ。
     まったく、『特務捜査局』などと名乗っておきながら、何と言うお粗末な仕事振りだ!」
     憤慨する様子を見せるが、一転、局長はニヤッと笑う。
    「……ま、それだけ我々が手助けしてやれると言うものだがな」
    「じゃ、今後も業務提携があるってことかしら?」
    「勿論だ。何しろ、捜査局始まって以来、ずっと放ったらかしだった難事件を、我々が見事に解決したんだからな。ここで相手から手を切るなんてことは、到底考えられまいよ」
     と、局長がポン、と手を叩く。
    「ああ、そうそう。あのクインシー捜査官なんだが、今回のことで、我々と合同捜査を行う際の、専任捜査官に任命されたそうだ。いわゆる『パイプ役』だな」
    「って言うと?」
    「今後も捜査局との合同捜査には、彼が来ると言うことだ」
    「マジっスか」
     嫌がるアデルに対し、エミルは飄々としている。
    「あら、いいじゃない。なかなか見どころあると思うわよ、あたしは」
    「え、……ちょ、おい、エミル?」
    「何よ?」
    「まさかお前、あのお坊ちゃんのこと……」
    「バカね」
     慌てるアデルに、エミルがくすっと笑って返す。
    「あんたが思ってるようなこと、あたしは思ってないと思うわよ、多分。
     それじゃ局長、あたしたちは次の案件の情報を集めますので」
    「ああ」
     エミルとアデルは揃って敬礼し、局長室を後にしようとする。

     と――局長が「ああ、そうだ」と呼びかけた。
    「何でしょうか?」
    「いや、ネイサン。君はいい。ミヌーに聞きたいことがあるんだ」
    「あたしに?」
    「うむ。ネイサン、君は先に行ってていいから」
    「あ、はい」
     狐につままれたような表情を浮かべながらも、アデルは素直に部屋を出る。
     エミルがそのまま残ったところで、局長は真顔でこう告げた。
    「強盗団が乗っていた機関車を捜査局の方で調べていたんだがね、妙な点があったそうなんだ」
    「妙な点?」
    「エアブレーキが破損していたらしい。それも、脱線の直前にだ。弾痕の大きさから、どうやらライフルの弾では無いかとの見解が下されている」
    「それが?」
    「脱線の直前、ネイサンはリーランド氏と一緒に作業していて、ライフルは君に預けていたそうだね。いや、そもそもあの時、彼は脚に怪我を負っていた。
     もしもネイサンがそんな状態でライフルを使い、50フィート以上は離れた幅4インチ以下のエアブレーキ管に弾を当てようとするなら、相当運が良くないか、相当並外れた銃の腕が無ければ、命中させることは到底不可能だ。そして私が知る限り、ネイサンはそこまで射撃に長けていないし、運もさほどじゃあ無い。
     君が撃ったんじゃないのか?」
    「……さあ?」
     局長の質問に対し、エミルはとぼけた回答をした。
    「あの時、アデルに銃を渡されてはいたけど、あたしは自分の銃を持ってるもの。使う道理が無いわ。
     リーランド氏を手伝う前にアデルが撃った弾が偶然、当たってたんじゃない?」
    「強盗団の証言によれば、ブレーキ管の破裂は本当に、脱線の直前だったそうだがね」
    「あの時は状況が緊迫してたし、彼らも相当焦ってたはずよ。記憶違いと思うけど」
    「……君じゃあない、と言うんだな?」
    「記憶に無いわ」
    「エミル」
     局長が、厳しい顔をエミルに向ける。
    「隠す必要は無い。君がもし、優れた能力を有していると言うのならば、それは誇っていいことだし、積極的にアピールすべきことだと、私は考える。
     それを何故、隠そうとするんだ? 謙遜は東洋の美徳だそうだが、私はそうは思わん。君もそうだろう?」
    「……」
    「隠す理由が他にある、と言うことだね?」
    「申し訳ありませんが局長」
     エミルは首を横に振り、丁寧にこう言い返した。
    「今は申し上げられません。あたしの、誇りに関わることですから」
    「そうか。ならば待とう。君がいつか自分から話してくれる、その時までな」
    「ええ、お願いします。……じゃ、行くわね」
     エミルはもう一度敬礼し、局長室を後にした。

    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ THE END

    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 14

    2015.08.22.[Edit]
    ウエスタン小説、第14話。エミルの秘密?14. 強盗団の逮捕から3時間後、連邦特務捜査局から送られてきた捜査官30名は意気揚々と、ティムたちがねぐらにしていた街跡に踏み込んだ。 ところが――。「捜査長! 街のどこにも、被疑者の姿はありません!」「なんだと……!?」 1時間以上にわたって人海戦術的に街を捜索したが、どこにもティムたちの仲間、ダリウスの姿は無かった。「違う街だったってことは考えられないの?」...

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    およそ1年ぶりの、ウエスタン小説。
    自慢話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「西部を象徴するアイテム」と言えばお前、何だか分かるか?

     酒? テキーラやバーボンあおって、愉快なダンスか? ああ、それもありだな、確かに。だがもっと刺激的なものがある。
     馬? 荒野を駆け抜ける一陣の風ってか? うんうん、分かる。そりゃいいな。でももっと、スピードの出るヤツがあるだろ?
     汽車? 大陸を貫く超特急、ってか。ははは、ああ、いいな、うん。それも西部的だ。だだっ広い荒野を抜けて、地平線の向こうまであっと言う間だ。確かに早い。
     だがなー……、俺が言いたいのはそうじゃねえんだ。分かんだろーが、アデルよぉ? 俺が一番初めにお前に教えたのは、なんだ?
     ……ああ、まあ、確かに一番初めに俺が仕掛けたのはソレだったな。噴水みてーにぴゅーっとバーボン吐きやがったのはクソ面白かったが、違う。そうじゃねえ。
     こ、れ、だ、よ。こいつ、この鉄と火薬の塊。そう、銃だ。

     今でも思い出すぜ、この愛銃に付いた傷を見ると、よ。……ちぇ、「やれやれ、何回目だ」って顔すんなっつーの。
     いいだろ、ちょっとくらい。俺の唯一の武勇伝なんだ。そりゃ、エミルの姉御やリロイの御大、それに我らが偉大なるリーダー、ジェフ・F・パディントン局長なんてお歴々の大活躍と比べちゃ、ケチなもんだけどもな。
     そう、あれは俺がまだ駆け出しの頃、探偵局に入って半年かそこいらかって時だった。局長直々の命令で、俺はとある町に出向いたんだ。内容は人探し、……のはずだったんだが、それがいつの間にかドンパチになっちまった。
     いや、それがもう、マジで何回死ぬかと思ったか! 特にこれだ、この、銃に付いたこの傷。俺と敵とで真正面からの撃ち合いになった時のなんだよ。同時だぜ、同時。俺と相手とが、同時に6発全弾撃ち尽くして、……そして、同時に倒れた。
     だが俺は気付いた、手はしびれてるがどこも痛くねえ、撃たれてねえってな。で、起き上がってみるとだ。相手は血の海に沈んでる。二度と起き上がることは無かった。
     ほっとしたところで、俺の愛銃がどっかに行っちまってたことに気付いて、慌てて探したら、結構離れたところに落ちてたんだ。どうやら相手の弾は俺じゃなく、俺の銃に当たってたってわけだ。
     な、すげーだろ? 考えても見ろよ、10ヤードは離れたところから、ピースメーカー程度の大きさのやつに、こんな小せえ鉛弾が当たる確率って言ったら、そりゃもう……。



    「……ん、がっ?」
     聞き飽きた話に眠気を誘われ、バーのカウンターに突っ伏していたアデルバート・ネイサンは、慌てて飛び起きた。
    「あ……、くそっ」
     アデルは頭を抱える。それは二日酔いによる頭痛のせいだけではない。
     1ドル40セントの伝票が、空になったグラスを重石にして、自分のすぐ横に置かれていたからだ。
    「またやりやがった、あのクソ野郎め!
     なんで毎回毎回、後輩に酒おごらせんだっつーの。んなことやってっから出世しねーんだよ、……ったく」
     アデルはぶつぶつ文句を垂れながら、渋々と財布を取り出した。

     アデルにとってはくだらなく思えたこの一夜が、彼にとって全く尊敬に値しない、ろくでなしの先輩探偵――レスリー・ゴドフリーと交わした、最後の会話となった。



     何故ならこの4日後、レスリーは穴だらけの遺体となって、寂れた鉄道の線路沿いで発見されたからである。

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 1

    2016.05.20.[Edit]
    およそ1年ぶりの、ウエスタン小説。自慢話。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「西部を象徴するアイテム」と言えばお前、何だか分かるか? 酒? テキーラやバーボンあおって、愉快なダンスか? ああ、それもありだな、確かに。だがもっと刺激的なものがある。 馬? 荒野を駆け抜ける一陣の風ってか? うんうん、分かる。そりゃいいな。でももっと、スピードの出るヤツがあるだろ? 汽車? 大陸を貫く超特急、っ...

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    ウエスタン小説、第2話。
    「鉄麦」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「嘘でしょ? まさか、そんな……」
     目を丸くして尋ねたアデルに、パディントン局長は真剣な面持ちで、首を横に振った。
    「これが嘘や冗談なら――とんでもなく悪質だし、おおよそ紳士の口から出るような内容じゃあ無いが――まだ笑っていられた。だが、本当の話なんだ。
     ゴドフリーは殺された。胸と頭を蜂の巣にされてな」
    「どうして……!?」
     顔を真っ青にして尋ねたアデルに、局長は滅多に吸わないパイプを口にくわえながら、淡々と説明した。
    「6日前、わたしはゴドフリーに、ある人物の足跡をたどるように命じた。
     人物の名はジョージ・リゴーニ。いや、通り名を言った方が分かりやすいだろう。『鉄麦』リゴーニだ」
    「鉄麦、……と言うと、あのリゴーニですか。武器密輸の」
    「そう、それだ」
     局長はパイプをくわえたまま、机に置いてあった新聞紙にアメリカの東海岸と、ヨーロッパの図を描く。
    「君も知っての通り、リゴーニは国籍上ではイタリア王国系の移民となっているが、実際には父親の故郷とこの国とを、頻繁に行き来している。どちらに本籍があるのか分からない程にね。
     表向きの職業は穀物の貿易商とされているが、ちょっとその道に詳しい者なら誰でも、彼が本当に扱っている『商品』が何かと言うことは知っている」
    「ええ。小麦袋の底にコルトをゴロゴロ隠してるとか、トウモロコシの芯を繰り抜いてライフルの部品を埋め込んでるとか、胡散臭いうわさの尽きない奴らしいですね」
    「うわさはあくまでうわさだ。そんな子供だましなんてやっちゃいないだろう。
     しかし奴が武器の密輸を行っていると言う話自体は、かなり信憑性が高いと思われる。恐らくはイタリア王国のマフィアに向けてだろう」
    「マフィア?」
     聞き慣れない言葉を耳にし、アデルは首を傾げる。
     それを受けて、局長は新聞紙上に描いたヨーロッパの、イタリアの南辺りに丸を付けた。
    「昨今台頭しているらしい、シチリア辺りの私兵団だ。
     あの国もようやく南北が統一され、内乱が収まってからまだ十数年かそこらと言ったところだからな。王族や、王国の体制に反発する者がいてもおかしくない。
     しかしそれが事実であれば、我が国において犯罪が行われていることに他ならんし、イタリア王国にとっても直接的ないし間接的に、国際的な不利益を被ることになる」
    「と言うと?」
     アデルの問いに答えつつ、局長はイタリアと大西洋に線を引いていく。
    「例えば北の人間にとっては、南のシチリアが武器を集め武力蜂起でもしようものなら、ようやく収束した騒ぎがまたぶり返しかねんし、下手をすれば王国の分裂にまで発展する危険がある。そしてそれはイタリア王国全体にとって、対外的な力が弱まることにもなる。
     それが現実化しないまでも、不正な方法でカネと武器がやり取りされていると言うのは、紛れも無く悪評だ。リゴーニを除く他のイタリア系移民にとって彼は、迷惑極まりない行為を繰り返す男だと言うことだ」
    「ふむ……。つまり依頼主は、イタリア王国絡みの人間ってことですか」
    「そう言うことだ。ただし相当の地位にある人間だから、彼について詳しいことは明かせんがね」
     局長はそこで、アメリカの西部側に丸を付けた。
    「依頼内容はこうだ。リゴーニが武器を密造・密輸している事実を突き止め、その証拠をつかみ、可能ならば拘束すること。
     拘束できないまでも、我々が証拠を依頼人に渡せば、リゴーニは1ヶ月と経たずイタリア王国から永久追放の身となり、二度と王国の土を踏めなくなる。そうなれば当然、武器も穀物も卸せなくなる。
     同時にアメリカの当局からも追われることとなり、彼の貿易網は破綻。両国にとって有益な結果となり、ハッピーエンド。そう言う算段だったんだ。
     ところがゴドフリーに捜索させてからたった2日後、彼からの連絡が途絶えた。そして翌日のニューヨーク・タイムズの地方欄に、彼の死亡が報じられたと言うわけだ」
    「ってことは」
    「うむ。リゴーニは用心棒か何かを雇い、ゴドフリーを始末させたんだろう。
     だがこれにより、リゴーニがクロである可能性は極めて高まったと言える。そこでアデル」
     局長はパイプを机に置き、アデルの両肩をつかんだ。
    「君にこの仕事を引き継いでもらう。
     何としてでもリゴーニの悪事を暴き、レスリー・ゴドフリーの無念を晴らすんだ!」
    「……了解です、局長」
     アデルは深くうなずき、局長からの命令を受けた。

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 2

    2016.05.21.[Edit]
    ウエスタン小説、第2話。「鉄麦」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「嘘でしょ? まさか、そんな……」 目を丸くして尋ねたアデルに、パディントン局長は真剣な面持ちで、首を横に振った。「これが嘘や冗談なら――とんでもなく悪質だし、おおよそ紳士の口から出るような内容じゃあ無いが――まだ笑っていられた。だが、本当の話なんだ。 ゴドフリーは殺された。胸と頭を蜂の巣にされてな」「どうして……!?」 顔を真っ...

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    ウエスタン小説、第3話。
    西部の移民街。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     アデルはいつもの如く相棒にエミルを伴い、西部の町、ヒエロテレノに向かった。
    「ここはいわゆる『移民街』で、イタリア系の移民もかなり多いんだ。西部でイタリア移民のリゴーニが根城にするようなところってなると、十中八九この辺りだ。
     ちなみに一番多い移民はヒスパニック系らしい。町の名前もスペイン語で、英語だと鉄のナントカって言うそうだ」
    「へぇ」
     エミルは辺りを見回し、アデルにこう返す。
    「確かに白い肌じゃない人もチラホラ見えるわね。メキシコ辺りから来ましたって感じ」
    「ああ。それだけに、治安も良くは無い。うわさじゃ荒くれ共のアジトやら、お尋ね者の隠れ家がわんさかあるとかないとか」
    「じゃあもしかしたらリゴーニのアジトもあるかも、って?」
    「そう言うことだ。
     幸い今回も、局長を通じて連邦特務捜査局の協力を得られることになってる。アジトを見つけりゃ捜査局の人員を借りて強襲・制圧し、摘発できるだろう。
     万一リゴーニを取り逃がしたとしても――あのボンクラ共じゃ、マジでやりかねないけどな――現場さえ抑えてしまえば、任務は達成できるってわけだ。
     だが一方で、懸念もある。レスリーが『ほとんど何もしないうちに』、用心棒らしき何者かに殺されたことだ。レスリーはまだ、調査を始めたばっかりだったんだ。取引場所の一つも突き止めなてない状況だったのにもかかわらず、だ」
    「と言うことは、レスリーが動くより前に、その用心棒がレスリーの存在に気付き……」
    「ああ。先んじて始末したってことになる。相当に勘がいいか、頭の切れる奴だと見ておいた方がいいだろうな。
     もしかしたらもう既に、俺たちはその用心棒に目を付けられてるかも知れない。用心しろよ、エミル」
    「言われなくても」
     エミルは肩をすくめ、すたすたと歩き出した。
    「まずは今夜の宿を探すのと、腹ごしらえにしない? 腹ペコで、おまけにヘトヘトだってのに無駄に気を張ってても、ろくな働きはできないわよ」
    「……同感だ。飯にすっか」
     アデルも同じように肩をすくめて返し、エミルの後に続いた。

     宿と食事のために向かったサルーンの雰囲気も、どことなく中南米を匂わせていた。
    「これ、何て読むんだ? フリ……ジョレス?」
    「フレホーレス。いんげん豆よ。ソパって書いてあるから、豆のスープみたいね」
    「エミル、もしかしてスペイン語分かんのか?」
    「簡単なものならね。伊達に放浪してないわよ」
    「さっすが」
     料理を持ってきてくれたマスターも、スペイン語訛りが強い。
    「お待たせしました。豆のスープとタコス、揚げトルティーヤのサルサ煮です」
    「うへぇ、辛そう。……くわ、やっぱ辛ぇ」
     一口食べた途端、額に汗をにじませたアデルに対し、エミルは平然と、ぱくぱく口に運んでいく。
    「そう? 美味しいわよ。あんた、もしかして辛いの苦手なの?」
    「いや、そんなことは、……無いと思ってたんだが、……ひー、舌がしびれてきたぜ」
     食べ始めてから5分もしないうちに、アデルの顔が真っ赤になる。
     料理が辛い以上に、口直しのために、アルコール度数の高いテキーラを早いペースでがぶがぶ飲んでいるからだ。
    「大丈夫? 顔、真っ赤よ? トマトみたいになってる」
    「らいりょうぶらぁ……。これくらひ、なんれこひょ……」
    「どこがよ。あんたの悪い癖ね。傍目から見ても全然大丈夫じゃないって誰でも分かるのに、強がっちゃって。
     マスター、部屋借りていいかしら? こいつそろそろブッ倒れるから、放り込んでおきたいの」
    「かしこまりました。1部屋で?」
    「2部屋よ。こいつと別にしといて」
     エミルがマスターと話している間に――エミルの予想通り、アデルはテーブルに突っ伏し、いびきを立てて眠り込んでしまった。

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 3

    2016.05.22.[Edit]
    ウエスタン小説、第3話。西部の移民街。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. アデルはいつもの如く相棒にエミルを伴い、西部の町、ヒエロテレノに向かった。「ここはいわゆる『移民街』で、イタリア系の移民もかなり多いんだ。西部でイタリア移民のリゴーニが根城にするようなところってなると、十中八九この辺りだ。 ちなみに一番多い移民はヒスパニック系らしい。町の名前もスペイン語で、英語だと鉄のナントカって言...

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    ウエスタン小説、第4話。
    語学と話術。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     翌日になり、エミルたちは町に出ていた。
    「うー……、気持ち悪りぃ。日光が体中に突き刺さってくる気分だ」
    「あんなに飲むからよ。次に飲む時はミルクかジュースにした方が良いわね」
    「子供かっつの。……しっかし、一風変わった西部町って感じだな、ここは」
     これまでに見てきた西部各地の町に比べ、ヒエロテレノにはそれぞれの移民が持ち寄った文化があちこちに根強く残っていた。
    「あっちはスペイン語の看板、こっちはフランス語。ごちゃ混ぜって感じね」
    「どっちも分からん。英語で書いてほしいね、俺としては」
    「それも店によって、って感じかしら。英語が併記してあったり、してなかったりだし。
     っと、この辺りがイタリア系みたいね」
     町をうろつくうちに、二人はイタリア語の看板が並ぶ通りに差し掛かった。
    「手がかりがあるとすれば、この辺りだろう。手始めに武器関係のとこを当たってみるとするか」
    「そうね。
     で、アデル。まさかイタリア語も分からない、なんてことは無いでしょうね? これからイタリア系商人を探るって言うのに」
    「い、いや、まさかぁ。ちゃんと勉強してきたさ、一応」
    「じゃ、あれは何のお店か分かる?」
     エミルが指差した看板を見て、アデルはしどろもどろに答える。
    「え、えーと、なんだ、アレだ、アレ。調味料とか売ってるとこだろ?」
    「へぇ? じゃ、なんでかまどや煙突があるの?」
    「え、あ、そりゃアレだ、いぶして臭いを強める用の……」
    「鉄床は何のために?」
    「それは、あの、すり潰す用に……」
    「本っ当、おバカね。と言うより、自分の物差しでしか物事測れない頭でっかちよね、あんた」
     エミルは呆れた顔で、アデルの回答を訂正した。
    「塩(英:Salt)と鍛冶屋(伊:Sarto)を混同してるでしょ」
    「……ぐっ」
    「あたしがいなかったらどうするつもりだったの?
     まさか機関車の部品(ピストン:Piston)卸売のところに行って、『ガン(Pistola)ショップはここだな!』って怒鳴り込むつもりだった?」
    「ばっ、……バカにすんな」
     アデルはエミルから顔を背け、落ち込み気味に言い返した。

     エミルの助けを借り、アデルは関係がありそうな店を、どうにか訪ねることができた。
    「……いらっしゃい」
     店に入るなり、60にはなろうかと言う店主が、いぶかしげにじろりとにらんでくる。
    (警戒されてるわね)
    (そりゃ、見るからに賞金稼ぎって奴が2人も来たらな。……任せとけ)
     短くアイコンタクトを交わし、アデルが口を開く。
    「いきなりで悪いんだが、ちょっと俺の銃を見てほしいんだ。
     どうにもレバーがギクシャクしちまってて、弾がうまく装填されない時があるんだ。こんなんじゃいざ賞金首に出くわしても、まともに戦えやしないからな」
    「ほう」
     アデルから小銃を受け取り、店主は目を光らせる。
    「M73か。……なるほど、確かに接近戦に特化させてある。4インチのソードオフ(銃身切り詰め)、ストックも若干短めになってる。グリップにも手を入れてある、と。……ほう、銃口が後継銃並みに広げてあるな。45-75弾も入れられそうだ。いや、実際使ってるようだな。
     だがやはり、お客さんの言った通りだな。華奢な部類に入る銃だし、本来装填されるべきじゃない弾を込め続けてるせいもあって、レバーがイカれかけてる。あと5発か、6発撃ったらボキン、ってところだろう。
     部品の取り替えと補強で1時間ほどかかるが、構わんか?」
    「ああ。金に糸目は付けない。よろしく頼んだ」
    「承知した」
     返事するなり、店主はアデルの小銃を分解し始めた。
     が、アデルはそれに構わず、店主にあれこれと声をかける。
    「いや、助かったぜ。ちょうど良くガンスミスがあって」
    「そうか」
    「いやさ、俺たちは見た通りの賞金稼ぎコンビなんだけどな。アレだ、マッドハッターってのを追ってたんだが、前述の通り俺の銃の具合がおかしいなってんで、慌てて直しに来たわけさ」
    「マッド、……聞いたことが無いな。となるとあんたらはネズミとウサギってとこか」
    「はっは、そんなところかな。
     しかしじいさん、商売柄だからかも知れんが、なかなか銃にゃうるさそうだな。
     俺は見た目にこだわるタイプでな。無骨な鉄むき出しのまんまよりもピカピカな方が好きでよ、レシーバ(銃機関部)を真鍮にメッキしてたんだが、よくアンタ、そいつがM1860じゃなくM1873って分かったもんだよ。
     いやさ、ライフルのラの字もよく分かってないボンクラ共が良く、『そいつは1860か? クラシカルな銃だな』なーんてマヌケなこと抜かしてくるもんだからよ」
    「そんな奴らと一緒にするな。俺はこいつで37年、飯を食ってるんだぞ。
     そもそもバリエーションとしちゃ、73にだって真鍮製はあるさ。その他にもガードの有無、サイトの形状、いくらでも違いはある。
     それくらいの違いが見抜けないようじゃ、商売上がったりってもんだ」
    「流石だねぇ。いや、恐れいったぜ」
     元々、多弁で気さくな、口八丁のアデルである。
     一見気難しそうなこの店主が銃を直すよりももっと早く、アデルは彼の心を開かせることができた。

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 4

    2016.05.23.[Edit]
    ウエスタン小説、第4話。語学と話術。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 翌日になり、エミルたちは町に出ていた。「うー……、気持ち悪りぃ。日光が体中に突き刺さってくる気分だ」「あんなに飲むからよ。次に飲む時はミルクかジュースにした方が良いわね」「子供かっつの。……しっかし、一風変わった西部町って感じだな、ここは」 これまでに見てきた西部各地の町に比べ、ヒエロテレノにはそれぞれの移民が持ち寄った文...

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    ウエスタン小説、第5話。
    真昼の襲撃。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     アデルの手に小銃が戻る頃には、アデルはすっかり、店主の名前や友人の数さえ聞き出してしまっていた。
    「そんでピエトロじいさん、さっきチラっと聞いた話になるんだが」
    「うん?」
    「アンタの友人の息子さん、名前を何と言ったっけ? 確か……、ジョルジオ? だっけ」
    「ああ。ジョルジオのぽっちゃり坊やのことか。そいつがどうした?」
    「俺の知り合いの知り合いにも似た名前がいるからさ、ちっと気になったんだ」
    「ほう?」
     一瞬、店主の目が注意深そうに、ギラリと光る。
     しかしアデルは警戒する様子を出さず、呑気そうにこう返した。
    「でも全然違うな、俺の知ってるジョルジオはガリガリのおっさんだった。
     まあいいや、こんなだだっ広い西部で偶然知り合いの知り合いの、そのまた知り合いに出くわすなんて、よっぽどのラッキー野郎ってことだな。そして残念ながら、俺はそこまでじゃない。いや、変なこと聞いて悪かったな、じいさん。
     ありがとよ、ピエトロじいさん。また何かあったら頼むわ」
    「……ああ。またな、Mr.ネイサン」
     アデルとエミルはそのまま店主に背を向け、すたすたと店を出て行った。

     イタリア人街から20ヤードほど離れたところで、アデルが口を開く。
    「で、エミル」
    「ええ。みたいね」
     短く言葉を交わし、ふたたびそのまま歩き出す。
    「じゃ、どうすっか?」
    「撃たれたくないでしょ?」
    「そりゃそうだ」
     次の瞬間、二人は走り出した。
     その一瞬後に銃声が響き、二人がいた地面が爆ぜる。
    「いきなりかよ、まったく!」
    「あんたの見立て通りね。『疑わしきは罰せよ』ってところかしら」
     二人が走る間にも、二度、三度と地面に土煙が立つ――どこかから銃撃されているのだ。
    「どこからか分かるか?」
    「はっきりとは分からないわね。でも真ん前や真後ろってことは無いでしょうね」
    「ああ。その方角からなら、延長線上を狙えば嫌でも当たるからな」
     5発目の銃弾を避け、二人は路地裏に滑り込む。
    「はぁ、はぁ……」
     路地裏から恐る恐る表通りを確かめ、アデルはため息をつく。
    「これだけゴチャゴチャした通りだ。どこから撃ってきたかなんて、見当が付けられん」
    「そうね。でも相手も見失ったみたいよ。撃ってこないし」
    「ああ、恐らくはな。……で、この後は?」
    「このまま町を出るしか無いわね。店を出てすぐ銃撃されたんだもの、敵の連携は相当よ。下手すると宿も突き止められてるわ」
    「だな」
     二人は路地裏を抜け、そのまま駅まで歩くことにした。

     だが――。
    「……参ったね、どうも」
    「ええ、本当」
     二人の行く手を阻むように、男が3人、銃を手に近付いてきた。
    「お前ら、何者だ?」
     一人が撃鉄を起こし、アデルに照準を定める。
    「何者って、何がだよ?」
     アデルは銃を構えず、尋ね返す。
    「ジョルジオ・リゴーニ氏のことを尋ねてきた奴が、ただの賞金稼ぎとは思えねえ」
    「ジョルジオ? ピエトロのじいさんが言ってた、ぽっちゃり坊っちゃんって奴のことか? 聞いてないのか、人違いだって」
    「イタリア読みじゃ分からねーようだな」
     さらにもう一人、撃鉄を起こす。
    「アメリカ読みだと、ジョージ・リゴーニだ。こっちなら知ってるだろう、探偵さんよ?」
    「彼のことを嗅ぎ回られちゃ、俺たちとしちゃ迷惑極まりないもんでな」
     3人目も撃鉄を起こし、揃ってアデルに向ける。
    「正直に言え。ウソを言ったら、この国らしく蜂の巣にしてやるぞ」
    「そうだ。頭に3発、胸に2発。それを掛ける3だ」
    「さあ、言え。いや、言わなくてもいいがな」
     そして次の瞬間、パン、と銃声が轟いた。
     しかし――倒れたのはアデルでもエミルでもなく、3人並んだうちの、真ん中にいた男だった。
    「なっ……!?」
    「お、おい、ドメニコ、……ぐあ!?」
     続いて、右側の男も肩を押さえてうずくまる。
    「さっきからあたしを無視してくれてるけど、これでようやく気付いてくれたかしら?」
     銃口から硝煙をくゆらせつつ、エミルが声をかける。
    「どうする? 素直に降参する? それともあんたも右肩に半インチのピアス穴、開けて欲しいの?」
    「う……ぐ」
     残った一人はボタボタと汗を流していたが、やがて拳銃を地面に捨て、両手を挙げて降参した。

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 5

    2016.05.24.[Edit]
    ウエスタン小説、第5話。真昼の襲撃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. アデルの手に小銃が戻る頃には、アデルはすっかり、店主の名前や友人の数さえ聞き出してしまっていた。「そんでピエトロじいさん、さっきチラっと聞いた話になるんだが」「うん?」「アンタの友人の息子さん、名前を何と言ったっけ? 確か……、ジョルジオ? だっけ」「ああ。ジョルジオのぽっちゃり坊やのことか。そいつがどうした?」「俺の知...

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    ウエスタン小説、第6話。
    アデルの本領発揮。

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    6.
     まだ息のあった残り2人を介抱した後、アデルたちは改めて、自分たちを襲った男――彼もイタリア系の2世で、ロバート・ビアンキと言う――に尋問し返すことにした。
    「まず聞きたいのは、この町には本当に、リゴーニがいるのかだ。どうなんだ、ロバート?」
    「今はいない。でももうすぐ来る予定だとは聞いてる」
    「なるほど。2つ目、俺たちを探偵だと見抜いたようだが、何か『お手本』があったのか?」
    「お手本?」
    「つまり、俺たちの前にも探偵が来たことがあったのか、だ」
    「あ、ああ。つい先日、それっぽいのが来たって話は聞いた。だから俺たちも、もしかしてそうなんじゃないかって」
    「ふむ。お前らの組織に、俺たちのことは伝わってるのか? ピエトロじいさんが他の奴に伝えたりするのか?」
    「いや、まだ話してない。伝達も、この辺りは全部俺たちがすることになってる。折角の手柄を横取りされたくなかったし、組織にはまだ伝えてない」
    「良い心がけだ。そこでロバート、ちょっとばかし相談したいことがあるんだが」
     そう言って、アデルは懐から煙草を取り出し、ロバートにくわえさせる。
    「な、なんだ?」
    「協力ってヤツだよ。リゴーニがいつ来るのか、もしくはどこで武器の製造をやってんのか、探って俺たちに伝えてくれないか?
     それさえ分かれば、お前らの身の安全は保証する。お前さんの命は助けるし、お仲間もこれ以上傷つけない。
     オマケにカネもやるし、もしかしたら祖国イタリアからの感謝状ももらえるかも知れんぜ?」
    「……」
     ロバートは逡巡した様子を見せていたが、そこでさらに、アデルが誘惑する。
    「お前さん、いくつだ?」
    「あ?」
    「歳だよ。今何歳なんだ?」
    「23だ」
    「23! ほお、23と来たか!」
    「それが一体何だってんだ?」
    「俺は今年で26になる。お前さんと3つ違いだ、そう大した差じゃないよな。
     だが片や田舎町のしょぼくれた用心棒、片や大都会で難事件を追う探偵。たった3歳違うだけで、これほど人生に差が出ちまうもんなのか?
     いいや、歳なんか原因じゃあない! 俺とお前さんの大きな差はだ、ズバリこれまでの人生に、『チャンス』があったかどうかなんだ。分かるか、ロバート?」
    「ちゃ、チャンス?」
    「お前さん、このまんま10年、20年とこの町でしょんぼり暮らしてて、いつか組織の幹部、大幹部になれるなんて思ってるのか?
     いいや、組織がらみでなくったって、社会の裏や表で活躍できるような日々がいつか来ると、そう思ってるのか?」
    「な、何だよ、それ?」
    「どうだ? 今お前は、自分が活躍してると思ってるのか?
     そうじゃないよな? じゃなきゃ組織に報告せず、自分たちだけで手柄を立ててやろうなんて思うわけが無い」
    「う……、それは」
    「だが、俺は違うぜ。日々をスリルとスペクタクルが繰り返す、波乱万丈の人生だ。
     ある時は聖人気取りの賞金首と命の取り合いをし、またある時は怪盗を追って鉄道から鉄道へはしごし、はたまたある時は……」「だから何なんだよって言ってんだよ!」
     憤った様子を装ってはいるが、明らかにロバートの声は上ずっている。
    「いいか、ロバート。これはチャンスなんだぜ? だってそうだろ、俺たちに今、ここで協力すりゃ、お前も事件解決の立役者だ。
     そうなりゃ俺たちのボスにも目をかけてもらえるかも知れないんだぜ? もしかしたらそれをきっかけに、お前も我が探偵局の一員に任命され、さらにさらに俺たちみたく波乱万丈の日々を過ごせる、か、も。
     なあ、これがチャンスじゃなきゃ、何がチャンスだって言うんだ?」
    「……チャンス、か」
     幸薄い若者ならば誰でも引き込まれるようなアデルの話に、ロバートの顔色は明らかに変わっていた。

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 6

    2016.05.25.[Edit]
    ウエスタン小説、第6話。アデルの本領発揮。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. まだ息のあった残り2人を介抱した後、アデルたちは改めて、自分たちを襲った男――彼もイタリア系の2世で、ロバート・ビアンキと言う――に尋問し返すことにした。「まず聞きたいのは、この町には本当に、リゴーニがいるのかだ。どうなんだ、ロバート?」「今はいない。でももうすぐ来る予定だとは聞いてる」「なるほど。2つ目、俺たちを探...

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    ウエスタン小説、第7話。
    デジャヴ。

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    7.
     ロバートと彼の友人2人を寝返らせてすぐ、アデルはサルーンに戻って電話をかけた。
    「……ってわけで今、ビアンキらに調べさせてます」
    《ふむ、そうか。しかし信用できるのかね?》
    「大丈夫です。奴ら、すっかりのぼせちまってますからね。
     ただ、その……、やはり相応の報酬は用意してやらなきゃと、俺はそう思うんですが」
    《ははは……》
     局長の呆れたような笑いが、受話器の向こうから返って来る。
    《君は本当にお人好しだな》
    「悪い癖だと、自分でも理解してるつもりなんですがね」
    《いや、いや。言うほど悪いものでもないさ。
     もし世界が君みたいな人間ばかりだったならば、犯罪などこれっぽっちも起こらんだろうからな。それは良識ある者すべての願いだよ。
     ただ、探偵としては若干危ういところではあるがね》
    「気を付けます」
    《そうだな、イタリアからの感謝状は難しいかも知れんが、報酬は何とかこちらで用意しておこう。使えそうな連中なら、君の言う通り雇ってもいいしな。
     だが念のため、予備の策も練っておいた方がいいだろう。誘惑に弱い人間が、君から受けた以上の強い誘惑を持ちかけられ、またも裏切ってしまうなんて事態も、考えられん話では無い》
    「ええ、承知しています。……では」
     電話を終え、アデルが食事の席に着こうとしたところで、エミルが神妙な顔で声をかけた。
    「アデル。あたし、デジャヴを感じてるんだけど」
    「で、じゃ、……何だって?」
    「デジャヴ(Déjà-Vu)、つまり『前にも同じことが起こった気がする』ってヤツよ」
    「ん……?」
     そう言われて、アデルも胸騒ぎを感じる。
    「そう、か。確かに以前にも同じことがあったな」
    「でしょ? あいつらがあたしたちを裏切る、裏切らない以前に、あいつらが組織から裏切られる危険は、ゼロじゃないはずよ」
    「……そうだな」



     ロバートたち3人はイタリア人街の奥、彼らの組織の本拠となっている屋敷に潜り込んでいた。
    「どうだ、見つかったか?」
    「いや……」「それっぽいのは、どこにも」
     暗い部屋の中を、燭台を片手にうろつき回りながら、3人は武器の製造場所やリゴーニの居場所を突き止めようと探っている。
     しかし10分、20分と時間が経てども、一向にそれらを示す書類も、メモ書きも見当たらない。
    「くっそー……、見つからねえ」
    「どうすんだよ、ロベルト? このままじゃアデルさんに怒られるぜ」
    「分かってるよ!」
     怒鳴り返し、ロバートは慌てて口を抑える。
    「っと、いけね」
    「バレたらどうすんだよ、まったく」
    「悪かった、……しかしこれ以上はもう時間が無いぜ。ろうそくも無くなりそうだし」
    「そうだな。まあ、今日見付からなくってもさ、また明日探せばいいだろうし、この辺で切り上げてもいいんじゃないか?」
    「……そうするか」
     あきらめ顔でロバートがうなずき、へたり込んだその時だった。

     ロバートの正面にいた友人が、「がっ」とうめき声を上げた。
    「ドメニコ?」
     顔を挙げたロバートの額やほおに、びちゃびちゃと温かい液体がかかる。
    「えっ、……え、……え、あ、ど、ドメニコ?」
     だが、友人は答えず、口から噴水のように血を噴き出しながら、仰向けに倒れる。
    「お、おい!? どうしたん、……げぼっ!?」
     続いてもう一人の友人が、胸を抑えてうつ伏せに倒れる。
    「ジョバンニ!? おい、しっかりしろ! ……ああ、そんな、マジかよっ……!」
     一瞬のうちに友人二人を撃たれ、ロバートはガタガタと震えだした。
    「ひっ……お……俺も……うっ……撃つのか……!?」
     その問いに答える代わりに、かちり、と撃鉄を起こす音が返って来た。

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 7

    2016.05.26.[Edit]
    ウエスタン小説、第7話。デジャヴ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. ロバートと彼の友人2人を寝返らせてすぐ、アデルはサルーンに戻って電話をかけた。「……ってわけで今、ビアンキらに調べさせてます」《ふむ、そうか。しかし信用できるのかね?》「大丈夫です。奴ら、すっかりのぼせちまってますからね。 ただ、その……、やはり相応の報酬は用意してやらなきゃと、俺はそう思うんですが」《ははは……》 局長の呆れ...

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    ウエスタン小説、第8話。
    好敵手、現る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     その時だった。
    「ロバート! 伏せてろ!」
     怒声と共に、部屋の外から窓ガラスを割って、何かが投げ込まれる。
    「えっ、……あ、アデルさん!?」
     この問いにも答える声は無かったが、代わりに投げ込まれた煙幕弾が煙を噴き出す。
     瞬く間に部屋は白煙で覆われ、視界が真っ白に染まる。
    「こっちだ! 動けるか!?」
    「あ……あひ……あひっ……」
     ロバートの声はするが、位置が動かない。どうやら完全に腰が抜け、歩くことさえままならないらしい。
    「しゃーねーなぁ、……だあッ!」
     叫び声と共に、アデルが部屋の中に飛び込んできた。
     それと同時に、銃声が立て続けに轟く。ロバートたちを襲ったものと、そしてエミルからの援護射撃だ。
    「うおっ、わっ、ひっ」
     アデルの情けない声が切れ切れに、しかし段々とエミルに近付くように聞こえてくる。
     やがてもうもうと立ちこめる白煙の中から、ロバートを背負ったアデルが飛び出してきた。
    「に、逃げるぞ!」
    「言われなくても!」
     アデルたちは逃げながら、あちこちに煙幕弾を投げ込む。
     真っ白に染まった深夜のイタリア人街を、3人は大慌てで逃げて行った。

     部屋の中の煙がようやく収まり、その場に残された男は、忌々しげにつぶやく。
    「……Zut!」
     握っていた銃の撃鉄を倒し、男はそのまま、部屋の奥へ消えた。



    「はーっ、はーっ……」
    「追っ手は、いないみたいね」
     どうにか街の外れまで逃げ、3人はそこで座り込んだ。
    「……済まなかった、ロバート」
     と、アデルが沈鬱な表情を浮かべ、ロバートに頭を下げた。
    「俺のせいだ。お前らをこんな、危険な目に遭わせちまった」
    「アデルさん……」
     ロバートも頭を下げ返す。
    「俺の方こそ、あんたに折角、期待をかけてもらったってのに、こんなしくじりを……」
    「……済まない」
     二人が頭を垂れたまま硬直してしまったところで、エミルが声をかける。
    「落ち込んでるところ悪いけど、これからどうするつもり?」
    「……」
     アデルは顔を上げるが、口を開こうとしない。
    「混乱して、何にもアイデアが思い付かないって顔ね。でもこのままじゃどうしようもないわよ?」
    「……ああ、そうだな」
     アデルはのろのろと立ち上がり、数歩歩いて、またしゃがみ込んだ。
    「そうだよな、手がかりは見付からなかった上に、敵に警戒されちまった。はるかに難易度が高くなったわけだ。完全に失敗だ」
    「アデルさん……」
     未だ泣き崩れているロバートに、アデルは弱々しい笑顔を返す。
    「お前のせいじゃない。俺が完璧にしくじっちまったんだ。生きてるだけまだマシだけどな」
    「マシってだけよ。このままじゃ任務の遂行なんか、絶対にできやしないわ」
    「ああ、分かってる。……と言って、もう一回忍び込むってワケにも行かないだろうな」
    「そりゃそうよ。今夜のことで、相手は防衛網を敷いてくるはずよ。
     ほぼ間違い無く、あたしたちは町に戻ることすらできなくなってるでしょうね。下手すると、列車すら止められるかも知れないわ」
    「おや、それは困りますな。わたくしの退路が絶たれてしまうではないですか」
     と、飄々とした声が飛んで来る。
    「……!?」
    「誰!?」
     声のした方へ、3人が一斉に振り向く。
     そこには西部の荒野にはまったく場違いとしか思えない、全身真っ白な男が立っていた。



    「お、お前は……!」
    「イクトミ!?」
     唖然とするエミルとアデルに構わず、相手は肩をすくめる。
    「ご無沙汰しておりました、マドモアゼル。またお会いできて幸甚の至りです」
    「な、何がマドモアゼルよ、このクソ野郎!」
     珍しく顔を赤らめたエミルに対し、イクトミはきょとんとした表情を返す。
    「おや? もうマダムでしたか?」
    「違うわよ! そうじゃなくて、あんたに馴れ馴れしく話しかけられる筋合いなんか無いって言ってんのよ!」
    「おやおや、つれないご返事ですな。
     折角、僭越ながらこのわたくしが、あなた方に手をお貸ししようかと思っていたのですが」
    「何だって?」
     尋ねたアデルに、イクトミはこう返した。
    「いや、わたくしも彼らからいただきたい一品がございましてね。
     しかしその狙いの品物は厳重に、金庫かどこかに収められているようで、ちょっとやそっとわたくしが侵入しても、一向に見付かる気配が無かったのですよ。
     一方――今の今までじっくり観察させていただきましたが――あなた方が探る情報もまた、どこをどう探しても見付からなかったご様子。
     この二つの事柄には何か、符号じみたものを感じるのですが、ね」

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 8

    2016.05.27.[Edit]
    ウエスタン小説、第8話。好敵手、現る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. その時だった。「ロバート! 伏せてろ!」 怒声と共に、部屋の外から窓ガラスを割って、何かが投げ込まれる。「えっ、……あ、アデルさん!?」 この問いにも答える声は無かったが、代わりに投げ込まれた煙幕弾が煙を噴き出す。 瞬く間に部屋は白煙で覆われ、視界が真っ白に染まる。「こっちだ! 動けるか!?」「あ……あひ……あひっ……」 ロ...

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    ウエスタン小説、第9話。
    因縁の相手。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
    「お前も俺たちも、見付けようとしても見付からなかった、……か」
     明らかにイクトミを避ける様子を見せるエミルに対し、アデルはイクトミの話に耳を傾ける。
    「確かに妙な一致だな」
    「そうでしょう、そうでしょう。そこで名探偵のお二人にお知恵を拝借できないか、と。そう思いまして今回、お声をかけさせていただいた次第です」
    「けっ、お前なんぞに頼られても嬉しかないな」
     アデルは立ち上がり、上着を脱いで汚れをはたき落としつつ、話を続ける。
    「だけどまあ、耳寄りな情報であることは確かだな。
     イクトミ、お前が狙ってるモノってのは――無論、俺たちは泥棒に手を貸すつもりは微塵も無いが――一体何なんだ? またフランス絡みか?」
    「ええ。イタリアの大英雄、ガリバルディがローマ共和国時代に使っていたとされる剣を秘蔵している、とか。
     ご存じですか、今でこそ彼の故郷はフランス共和国領となっていますが、一度だけ現在におけるイタリア王国領内となったことが……」「いらん、そんな情報はいらん」
     アデルはイクトミのうんちくを遮り、話を戻す。
    「しかし剣ってなると、割とかさばるブツだよな。流石にうわさ話よろしく、トウモロコシの中に詰め込むなんてこともできないだろうし。
     お前の腕とあの化物じみた身体能力があって、それでも見付からないってのも変な話だ」
    「お褒めに預かり光栄です。
     しかしムッシュ・ネイサンの言うこともごもっとも。わたくしはこれまで3度、あの屋敷へ密かに押し入っているのですが、その3度のいずれも、目的の物はおろか、あなた方が探しているような銃火器と言った品も、一切見たことがございません。
     となれば結論は一つ。あそこは偽の本拠であり、本当に重要な場所は別にある。そこにこそ、我々の目的の品があるのではないか、と」
    「ごっちゃにするな。俺たちは剣なんかほしくない。
     だが確かに、その線は濃厚だな」
    「そこでわたくしからご依頼申し上げたいのは、彼らの真の本拠地、これが果たしてどこにあるものなのか調べて欲しい、と言うわけです」
    「ふむ……」
     アデルは腕を組んで考え込み――かけ、慌てて声を上げた。
    「ちょっと待て、何で俺たちがお前なんかの依頼を受けなきゃならねーんだよ? さっきも言ったが、俺たちは泥棒の片棒を担ぐ気なんかまったく無いんだぞ」
    「ま、ま、そう仰らずに。
     マドモアゼル・ミヌー、これからわたくしが言うことをお聞きになれば、是非引き受けて下さると思います」
    「何よ?」
     邪険な態度を執るエミルに構わず、イクトミはこう続ける。
    「トリスタン・アルジャンを存じていますね?」
     その名前を聞いた途端、エミルの顔に険が差した。
    「ええ。覚えがあるわね」
    「彼は今回、彼奴らの用心棒を名乗って行動しているようですよ」
    「……何ですって?」
     ここまでイクトミの顔を見ようともしなかったエミルが、顔を強張らせて振り向く。
    「死んだはずでしょ?」
    「わたくしもそう思っておりました。
     しかし実際に生きておりますし、何を隠そう、あなた方の先輩が殺害されたのも、彼の仕業です」
    「マジでか?」
     アデルの顔にも、緊張が走る。
    「さらに申し上げれば、先程そちらのムッシュ・ビアンキのご友人方を殺害したのも、恐らく彼でしょう」
    「ほ、本当かよ……!」
     呆然としていたロバートも、おたおたとした様子ながらも立ち上がる。
    「正直に申し上げれば、彼の腕とわたくしの腕では、彼に若干の分があります。このまま4度目の劫(おしこみ)を謀れば、今度こそ射殺されかねません。
     ですがマドモアゼル。あなたのお力添えがあれば……」「知らないわよッ!」
     辺りに響き渡るほどの声で、エミルが怒鳴り返した。
    「あたしには何もできないわ! そんな力なんて無い!」
    「エミル……?」
     突然の怒声にたじろぐアデルを尻目に、イクトミがこう返した。
    「失礼ながら、マドモアゼル。嘘はいけませんな。
     本性は隠しても自ずと明らかになるものです。ニシン樽からはいつまでもニシンの臭いが漂うが如く、隠せないものはどうやっても隠せないのです。
     そんな益体も無いことを続けていては、あなたの心は永遠に安らげない。それどころか、その行為はあなたの心を必要以上に縛り付け、ついには壊してしまうことでしょう。
     それに――こんなことをわたくしが言う義理は無いのでしょうが――あなたが開けた扉は、いつかは、あなたご自身が閉じなければならないのでは?」
    「……」
     エミルはふたたびイクトミに背を向け、しばらく黙り込んでいたが、やがてぼそぼそとした口ぶりながらも、こう返した。
    「癪だけど、あんたの言う通りかも知れないわ。
     そうね、あいつが生きてるって言うなら、今度こそとどめを刺さなきゃね」

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 9

    2016.05.28.[Edit]
    ウエスタン小説、第9話。因縁の相手。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9.「お前も俺たちも、見付けようとしても見付からなかった、……か」 明らかにイクトミを避ける様子を見せるエミルに対し、アデルはイクトミの話に耳を傾ける。「確かに妙な一致だな」「そうでしょう、そうでしょう。そこで名探偵のお二人にお知恵を拝借できないか、と。そう思いまして今回、お声をかけさせていただいた次第です」「けっ、お前なんぞ...

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    ウエスタン小説、第10話。
    移民街の謎。

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    10.
     イクトミも交えたアデルたち一行はヒエロテレノに戻り、イクトミの隠れ家に移っていた。
     伊達男のイクトミも、流石に己の家では白上下のスーツではなく、どこにでもいそうなシャツ姿となっている。(ただし東部の先進した街でなら、と言う注釈は付くが)
    「この町はわたくしにとっても、実に居心地がいいところです。取り分け、美酒の種類は近隣では類を見ませんからね」
    「美酒? 燃料の間違いじゃないの?」
     エミルが嘲る一方で、アデルは憮然としている。
    「癪(しゃく)に障るが、お前に助けてもらってるのは事実だからな。
     俺の後ろにあるガラクタは、今は見なかったことにしてやる」
     アデルの言葉に、イクトミは憮然とした顔をする。
    「ガラクタとはご無体な。全て価値ある美術品です。……ま、それはともかく。
     こちらがこの2週間、わたくしが集めたヒエロテレノおよびその周辺の情報です」
     イクトミから渡されたメモや書類を確かめながら、アデルたちは敵の本拠地を検討し合う。
    「通ってる路線は2本。W&B開拓鉄道と、インターパシフィック。とは言え、どこか離れたところに奴専用の線路が引いてあるかも分からんが」
    「周囲30マイルを探ってみましたが、それらしいものは特には」
     アデルのつぶやきに、イクトミが古ぼけたパンプスを磨きながら答える。続いて、エミルも質問する。
    「ねえ、この辺りってどこから水引いてるの?」
    「地下水です。そう深くないところに水脈があるようです」
    「この周り、畑とか果樹園は?」
    「ありませんな。荒野が広々続いているのみです」
    「ふーん……?」
     腑に落ちなさそうな声を上げたエミルに、アデルが尋ねる。
    「何か気になったのか?」
    「ええ。不釣り合いな点があるわね」
    「って言うと?」
    「お酒よ。あんたが浴びるくらいがぶがぶ飲めて、コイツも喜ぶくらい色んな種類があるのに、その原料になる蘭(テキーラの原料)とかトウモロコシ(バーボンの原料)とか、どこにも無いっておかしくない?」
    「ふむ。しかし件のリゴーニ氏は表向き、穀物商なのでしょう? であれば原料は彼が運んで、……いや、それでも妙ですな」
    「ええ。原料の件はあんたの言った通り、そう言う説明は付けられる。
     でもそれを加工するところも、見当たらないわ。少なくともあんたが集めたこの資料には、どこにもそんなのが載ってない。
     後もう一つ、気になってることがあるわ。町の名前よ。ヒエロテレノ、つまり『鉄の大地』って意味になるけど、おかしくない?」
    「って言うと、……いや」
     アデルは一瞬きょとんとしかけたが、途中で神妙な顔になる。
    「確かに変っちゃ変か。鉄の、って言ってるのに、鉱山なんかどこにも見当たらない。鉄工所なんかも無かったしな。
     ロバート、この辺りに鉄が出る鉱山は?」
    「聞いたこと無いっス。って言うか、何かの鉱山があるなんて話も、全然」
     ロバートはぷるぷると首を横に振る。
    「わたくしの方でも、そんな情報は得ておりませんな」
     イクトミも同様に、肩をすくめて否定する。
    「恐らく相当過去には、鉄を産出していたのでしょう。町ができて長いようですし、黎明期にはその名の通りの鉱山町だったのでしょうな」
    「でも、そんなの全然見たこと無いっスよ?」
     反論するロバートに対し、今度はイクトミの方が首を振る。
    「現実に即して考えるのであれば、鉱脈と言うものは原則、地面の下にあるものです。
     となれば導き出せる結論は、一つですな」
     イクトミの言葉に、エミルがうなずく。
    「ええ。町の周りに鉱脈が無いって言うなら、真下と考えるしか無いわね。
     ただ、稼働はしてないんじゃないかしら。稼働してるなら、その上にいるあたしたちに何かしらの振動が感じられるでしょうし、鉄鉱石だって運ばれてるはず。
     でも実際にこの町に一杯あって、運び出されてるのは……」
    「……そう言うことか」
     アデルとロバートも、合点の行った顔になった。

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 10

    2016.05.29.[Edit]
    ウエスタン小説、第10話。移民街の謎。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10. イクトミも交えたアデルたち一行はヒエロテレノに戻り、イクトミの隠れ家に移っていた。 伊達男のイクトミも、流石に己の家では白上下のスーツではなく、どこにでもいそうなシャツ姿となっている。(ただし東部の先進した街でなら、と言う注釈は付くが)「この町はわたくしにとっても、実に居心地がいいところです。取り分け、美酒の種類は...

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    ウエスタン小説、第11話。
    エミルとイクトミ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    11.
     アデルたち4人は駅の近くに潜み、貨物列車が来るのを待つことにした。
    「地下に廃鉱を利用した秘密施設が本当にあるとしても、そこからモノを運び出さなきゃカネにはできない。
     となれば必然的に、駅まで酒樽を運んでくるはずだ」
    「次はいつ来る予定なんスか?」
     尋ねたロバートに、アデルは短く首を振る。
    「公式な運行表通りに来るとは限らん。
     地下でこっそり造ってる時点で、ほぼ間違い無く密造酒だろうからな。それを正規の方法で運ぶってのは、考えにくい」
    「イクトミ、鉄道関係は調べてないの?」
     尋ねたエミルに、イクトミは肩をすくめて返す。
    「申し訳ございません、マドモアゼル。路線までは調べておりましたが、その上に乗る車輌がいつ、何輌来るかまでは、まったく存じておりません」
    「いいわよ、別に。どうせ来るんでしょうし、いつかは」
     と、そうこうするうちに地平線の向こうから、黒い塊が近付いてきた。
    「運行表に書かれてない車輌だ。どうやら当たりだな」
     アデルがにらんだ通り、その貨物列車に次々、酒樽が積み込まれていく。
     10分か、15分ほどしたところで、酒樽をたっぷり載せた貨物列車が出発し、作業にあたっていた男たちが駅を離れ始めた。
    (行くぞ)
    (オーケー)
     アデルたちは密かに、男たちの後をつける。
     男たちは貨物列車から下ろした木箱や空の酒樽を荷車で運び、裏通りを過ぎ、倉庫の中に入っていく。
     それを見て、エミルが小声でイクトミに命じた。
    「気絶させて」
    「ウィ、マドモアゼル」
     次の瞬間、ぱっとイクトミの姿が消え、続いて倉庫から、短いうめき声が立て続けに響く。
     間を置いてイクトミが倉庫から現れ、恭しい仕草でエミルたちに声をかける。
    「片付きました。どうぞ皆様、お入り下さい」
    「ありがと」
    「勿体無きお言葉ですが、わたくしとしては別の言葉でのお返事をお聞かせ願いたいところです」
    「さあね」
     そっけないエミルの言葉に、イクトミはいつものように肩をすくめて返した。

     倉庫に入ってすぐ、4人は床に大きな穴が開いていることに気付く。
    「昇降機ですな」
    「ああ。やっぱり工場は地下にあったのか」
     程なく壁にレバーを見付け、操作する。
     ゴトゴトと音を立てて、底から床がせり上がって来た。
    「一旦下に降りて工場の存在を確かめたら、すぐ上に戻って捜査局を呼ぶぞ。
     俺たち4人で制圧なんて、そんな奇跡は起こせないからな」
    「それは困りますな。捜査局に立ち入られては、わたくしの目的が達成できません」
     そうこぼしたイクトミに、アデルが冷たい目を向ける。
    「文句があるなら1人で行って蜂の巣になって来いよ。
     最初から言ってるが、俺たちは泥棒の手伝いをするためにこんなところまで来たわけじゃないからな」
    「……致し方ありませんな。今回の品は諦めるとしましょう」
     イクトミが折れたところで、4人は昇降機を操作し、下へと降りていった。
    「ねえ」
     その途中、エミルが小声でイクトミに尋ねる。
    「如何なさいました?」
    「あんた、何者?」
     そう問われ、イクトミはきょとんとした顔を返す。
    「何者? はて、質問の意図が分かりかねますが」
    「あたしに言ったあのこととか、アルジャンを知ってるってことは、……その」
     言葉を濁しつつ、エミルは額の前で両手を合わせ、逆三角形を作った。
    「これ?」
    「以前はね」
    「馬鹿言わないでよ」
     うなずくイクトミに、エミルの顔に険が差す。
    「もう無いはずでしょ?」
    「ええ、ですから『以前』と。わたくしの認識でも、今は既に無きもののはずです」
    「生き残りってわけ? でもあたし、以前にあんたと会った覚え、無いんだけど」
    「おや?」
     意外そうな顔をして、イクトミが尋ね返す。
    「覚えていらっしゃいませんか?」
    「と言うより、まったく知らないわ」
    「嘘、……を付いているようなお顔ではございませんな。しかしわたくしの方では、確かに覚えがございます。話したことも二度、三度は。
     互いの記憶にどうも、食い違いがあるようですな」
    「そうみたいね。……っと」
     話している間に、昇降機は下階に到着した。

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 11

    2016.05.30.[Edit]
    ウエスタン小説、第11話。エミルとイクトミ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11. アデルたち4人は駅の近くに潜み、貨物列車が来るのを待つことにした。「地下に廃鉱を利用した秘密施設が本当にあるとしても、そこからモノを運び出さなきゃカネにはできない。 となれば必然的に、駅まで酒樽を運んでくるはずだ」「次はいつ来る予定なんスか?」 尋ねたロバートに、アデルは短く首を振る。「公式な運行表通りに来る...

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    ウエスタン小説、第12話。
    地下工場の攻防。

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    12.
     地下はひんやりとしており、アデルが身震いする。
    「うぇ……、カビが生えそうだ」
    「この湿気と気温、恐らく地下水脈が近いせいでしょう」
    「町の下にこんなとこがあるなんて、マジで全然気付かなかったっス」
    「静かに」
     エミルがさっと手を振り、全員を黙らせる。
     そのまま恐る恐る、一行は奥へと進んでいった。
    (見張りとかは……)
    (いないみたいね。助かるけど)
     こまめにアイコンタクトを取りつつ、薄暗いガス灯に照らされた通路を歩く。
    (……ん? この匂いは)
     先頭に立っていたアデルが曲がり角の手前で立ち止まり、自分の鼻を指差す。
    (匂うか? アルコールだ)
    (ええ)
     全員がうなずいたのを確かめ、アデルはそっと、曲がり角の先に身を乗り出した。
    「……!」
     アデルの目に、大量の酒樽が映る。
     そしてその横にも木箱が並んでいること、さらにこの部屋にも見張りらしい姿が無いことを確認して、アデルは手招きした。
    「あったぞ。あれに違いない」
     4人は木箱の側に寄り、そっと力を入れて木箱を開ける。
    「バッチリだな」
    「ええ」
     木箱の中には、大量の小銃が詰め込まれていた。
    「ウィンチェスターM1873、……のコピー品ってとこか」
    「ここにあるの、全部がっスか!?」
    「証拠は抑えたわね。じゃあ早く戻りましょう」
    「個人的には口惜しいところですが、賛成いたします」
     4人は揃ってうなずき、元来た道を引き返すことにした。

     と――。
    「……う、っ?」
     イクトミが突然、その場にうずくまる。
    「どうした? ……!?」
     イクトミの右肩から血が噴き出し、白いスーツを真っ赤に染めていく。
    「撃たれた!?」
    「だが、銃声は……!?」
     アデルたちは銃を抜いて構えるが、それらしい姿は一向に見当たらない。
    「このまま帰ってもらっては、困るのだ」
     どこからか、声が響いてくる。だが反響が強く、どこからの声かまでは分からない。
    「私の言うことが、分かるな?」
    「トリスタン……!」
     エミルは顔を強張らせ、拳銃の撃鉄を起こす。
    「うん? 誰だ、貴様は?」
    「誰だっていいでしょ?
     あたしはあんたの顔を見たくないし、見せるつもりも無い」
    「……う、ぬ? 貴様……どこかで……?」
     虚を突かれたような声が返って来る。
    「マドモアゼル」
     と、イクトミが肩を押さえつつ、エミルの手を引く。
    「お気持ちはお察ししますが、ここで撃ち合うのは得策では無い」
    「分かってるわよ」
     そう返しつつ、エミルはアデルに目配せした。
    「オーケー!」
     それを受けて、アデルが懐から煙幕弾を取り出し、投げる。
     だが次の瞬間、弾は煙をほとんど噴き出すこと無く、空中で粉々になった。
    「な……んだって!?」
    「その手は二度も食わん。
     ……ふむ、そうだあの時も、まるで私のいるところが分かっているかのような、……とすると、……いや、……しかしそれしか無い」
     ぶつぶつと独り言が聞こえてくるが、一行は動けないでいる。
    (相手は俺たちのいる場所を完璧に把握してる。動けば撃たれるぞ)
    (分かってるわよ)
     再度目配せし、今度はエミルが口を開いた。
    「トリスタン。相変わらず、銃の腕は神がかってるわね」
    「……まさかとは思うが、……シャタリーヌ閣下?」
    「あたしの記憶では、死んだはずよ。シャタリーヌ一族も、あんたも」
    「その口調……その声……おお……まさか!」
     抑揚の無かった声に、揺らぎが生じる。
     その瞬間、エミルは拳銃の引き金を立て続けに絞った。
    「うおっ!?」
     トリスタンの声が返って来る。しかし先程のようなとらえどころの無いものでは無く、明らかに慌てた様子である。
    「今よ!」
     弾かれたかのように、エミルがその場から離れる。
     それに続いて、アデルとロバートが、イクトミを両脇から担いで走り出した。

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 12

    2016.05.31.[Edit]
    ウエスタン小説、第12話。地下工場の攻防。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12. 地下はひんやりとしており、アデルが身震いする。「うぇ……、カビが生えそうだ」「この湿気と気温、恐らく地下水脈が近いせいでしょう」「町の下にこんなとこがあるなんて、マジで全然気付かなかったっス」「静かに」 エミルがさっと手を振り、全員を黙らせる。 そのまま恐る恐る、一行は奥へと進んでいった。(見張りとかは……)(いな...

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    ウエスタン小説、第13話。
    因縁のガンファイト。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    13.
     一行は昇降機に飛び乗り、操作盤に群がる。
    「早く!」「分かってら!」
     レバーを上げ、昇降機が動き始める。
     当座の安全を確認し、アデルがイクトミから手を離し、床に座らせる。
    「大丈夫か、イクトミ?」
    「心配ご無用、……珍しいことだ。あなたがわたくしの心配をなさるとは」
     若干顔を青ざめさせながらも、イクトミは平然とした口ぶりで答える。
    「弾は貫通しておりますし、骨や動脈などにも当たっていないようです。止血さえしっかりしていれば、大したことはございません。
     と言うわけですみませんがムッシュ、お願いいたします」
    「お、おう」
     言われるまま、アデルはイクトミに止血を施した。
    「だ、大丈夫なんスか?」
     ロバートが怯えた声で、誰ともなく尋ねる。それは恐らくイクトミの状態では無く、トリスタンの追撃について尋ねたのだろう。
     それを察したらしく、エミルが答える。
    「追ってきたとしても、この昇降機自体が盾になってるようなもんよ。拳銃程度じゃ撃ち抜けないわ」
    「あ、そ、そっスよね」
    「いや、マドモアゼル」
     と、止血を終えたイクトミが首を横に振る。
    「問題が1点ございます」
    「え?」
     エミルが振り返ったその瞬間――昇降機ががくんと揺れ、停止した。
    「……まあ、こう言うわけです」
    「下で停められたか!」
     アデルは昇降機を囲む立坑に目をやり、はしごを指差す。
    「あれで登るぞ!」
     4人ははしごに飛びつき、大急ぎで上がっていく。
     その間に昇降機はふたたび動き出し、下降し始めた。

    「はーっ、はーっ……」
    「ひぃ、ひぃ……」
     どうにか昇降機に追いつかれる前に、4人は地上に出ることができた。
    「や、休んでる間は、無いぞっ」
     息も絶え絶えに、アデルが急かす。
    「どこか、電話、あるとこっ」
    「サルーンよ!」
     ほうほうの体のアデルとロバートに比べ、女性のエミルと怪我人のイクトミの方が、ぐいぐいと距離を伸ばしていく。
    「ま、待って、はぁ、はぁ」
    「ひー、ひー……」
     アデルたちも何とか両脚を動かし、エミルたちに追いつこうとした。
     だが――。
    「あう……っ!」
    「ロバート!」
     ロバートの左脚から血しぶきが上がり、その場に倒れる。
    「逃がしはせんぞ、お前ら全員ッ!」
     倉庫の方から、トリスタンが立て続けに発砲しつつ迫ってきていた。
    「ちっ!」
     エミルが敵に気付き、即応する。彼女も走りながら、拳銃を乱射し始めた。
     やがて互いに6発、銃声を轟かせたところで、その場に静寂が訪れた。
    「や、……やはり!」
     トリスタンは拳銃を持った手をだらんと下げ、エミルを凝視している。
    「その腕前、そしてそのご尊顔! 間違い無い!」
    「あんたの知ってる奴とは人違いよ!」
     そう叫び、エミルは弾を装填し始める。
    「私があなたのお姿を、見間違えるものか! あなたが閣下で無ければ、一体誰だと言うのだ!?
     そうだ、あなたがエミル・トリーシャ・シャタリーヌその人であるならばッ!」
     だが一方、トリスタンは6発装填のはずの拳銃をそのまま構え、引き金を絞った。
    「これを避けられぬはずが無いッ!」



     その瞬間、傍で見ていたアデルにはまったく信じられない、異様なことが起こる。
     トリスタンの拳銃から、7発目の弾丸が発射されたのだ。
    (変だぞ、あの拳銃……!?
     それに発射の瞬間、シリンダーからガスを噴かなかった? いや、違う――シリンダーが無い!?)
     そして直後の状況も、アデルにはまったく理解のできないものだった。
     何故なら――弾丸の装填中を狙われたはずのエミルは平然と、硝煙をくゆらせる拳銃を片手に立っており、その逆に、先んじて銃撃したはずのトリスタンが、右手から血を流していたからである。
    「……は……ははは……素晴らしい……」
     しかしボタボタと血を流しながらも、トリスタンは恍惚の表情を浮かべており、感動に満ちた声でこう叫んだ。
    「Magnifique! C’est magnifique!(素晴らしい!)」
    「Ta gueule!(黙れ!)」
     エミルが叫び返す。
    「そこでじっとしてなさい! あんたには、聞きたいことがある!」
    「……できぬ!」
     と、トリスタンは真顔に戻り、後ずさる。
    「私には成さねばならぬ大義がある! ここで死ぬわけには行かんのだ!」
     そう言い残し、トリスタンはその場から逃げ去った。

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 13

    2016.06.01.[Edit]
    ウエスタン小説、第13話。因縁のガンファイト。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13. 一行は昇降機に飛び乗り、操作盤に群がる。「早く!」「分かってら!」 レバーを上げ、昇降機が動き始める。 当座の安全を確認し、アデルがイクトミから手を離し、床に座らせる。「大丈夫か、イクトミ?」「心配ご無用、……珍しいことだ。あなたがわたくしの心配をなさるとは」 若干顔を青ざめさせながらも、イクトミは平然とした...

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    ウエスタン小説、第14話。
    新たな仲間と、かつての……。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    14.
    「結論から言えばだ」
     ヒエロテレノの戦いから、2週間後。
     アデルたちを前にし、パディントン局長が今回の結末を総括していた。
    「今回の任務自体は成功した。
     君たちが発見してくれた地下工場を無事に摘発し、リゴーニによる武器密輸の拡大・継続を防ぐことができたのだからな。クライアントも喜んでいた。ちなみにネイサンの希望通り、感謝状も受け取っているよ。
     だが重要人物、リゴーニ本人の逮捕には至らずだ。地下工場にはおらず、地上にも姿は無かった。どうやら捜査局が来る前に逃げてしまったか、町の異変に気付いて来訪をキャンセルしたらしい。
     一方、そのトリスタン・アルジャンなる人物も、まんまと逃してしまった。つまり残念ながら、ゴドフリーの仇を討つことはできなかったと言うことになる。今回のところはね。
     強調するが、『今回のところ』とだけは、是非とも言っておきたい」
    「ええ、全く同感です」
    「そして――やはりと言うか、何と言うか――今回、偶然出くわしたイクトミも、結局は逃がしてしまった。そうだな?」
    「申し訳ありません。気付いた時には、姿が……」
     エミルが頭を下げかけたところで、局長が制する。
    「いや、いいんだ。犯罪者を野放しにしたままと言うのは気分のいいものでは無いが、釣りかけた魚が逃げたと言うだけだ。それを咎めなどせんよ。
     とは言え、だ」
     局長は残念そうに、こう続けた。
    「イクトミ。そしてトリスタン。手強い犯罪者が2人、我々の手から逃げおおせている。これは厳然たる事実だ。そして間違い無く、今後も我々と深く関わってくることになるだろう。
     よって、より一層、警戒心を強く持って任務に当たって欲しい。いいな?」
    「はい」
    「……それと」
     一転、局長は複雑な表情を浮かべ、エミルとアデルの背後にいる人物――ロバートに目をやる。
    「まあ、なんだ。人員に空きが1名出ていることは事実だ。代わりを募集せねばとは考えていた。
     しかし、君。我々の仕事は非常にハードで、常に正確かつ良識ある判断を求められる。タフで無ければやってられんし、良心が無ければやっていく資格は無い。
     その覚悟はあるかね?」
    「はっ、はい!」
     松葉杖を付いたまま、ロバートは大きくうなずいた。
    「よろしい。では今日から君も、我がパディントン探偵局の一員だ」
    「ありがとうございます、ボス!」
     局長から任命され、ロバートは顔を真っ赤にして敬礼した。



     数日後の夜。
    「じゃ、先に上がるわ。おつかれ」
    「はい、おつかれさま」
     その日の当直だったエミルは、探偵局に内側から鍵を掛け、窓にブラインドを下ろし、ニューヨーク・タイムズの夕刊を片手にして、ソファに寝転ぶ。
    「ふあ、あ……。さーて、と」
     長い夜を少しでも楽しく過ごそうと、彼女は新聞の家庭欄を探す。
    「……誰?」
     と、エミルは新聞をたたみ、振り向きもせずに問いかける。
    「こんばんは、マドモアゼル」
     その声を聞き、エミルはようやく振り返り、立ち上がった。
    「イクトミ!?」
    「ああ、いや、そう警戒なさらず。
     本日は1点確認したいことがございまして、こうして参上いたしました。敵意はございません。ご安心を」
    「……何?」
     へりくだるイクトミに、エミルは拳銃を向けずに尋ねる。
    「トリスタンが言っていたように、あなたが本当に、エミル・トリーシャ・シャタリーヌであるのかを、です」
    「……」
     エミルはしばらくイクトミをにらんでいたが、やがて口を開き――フランス語で答えた。
    「Non.Je suis Hemille Minou(違うわ。あたしはエミル・ミヌーよ)」
    「Je vous remercie pour de répondre(お答えいただきありがとうございます)」
     恭しくお辞儀し、イクトミは、今度は英語で返した。
    「また今度お会いできる時を、心より楽しみにしております」
    「あたしは楽しくないけどね」
    「相変わらず、無粋な方だ。それでは、また」
     イクトミは静かに、部屋から出て行った。

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ THE END

    DETECTIVE WESTERN 5 ~銃声は7回~ 14

    2016.06.02.[Edit]
    ウエスタン小説、第14話。新たな仲間と、かつての……。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -14.「結論から言えばだ」 ヒエロテレノの戦いから、2週間後。 アデルたちを前にし、パディントン局長が今回の結末を総括していた。「今回の任務自体は成功した。 君たちが発見してくれた地下工場を無事に摘発し、リゴーニによる武器密輸の拡大・継続を防ぐことができたのだからな。クライアントも喜んでいた。ちなみにネイサン...

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    5ヶ月ぶりにウエスタン小説。
    Civil war "eve"。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     アメリカ合衆国最大の内戦、南北戦争。
     勃発の直接の原因は、それまで合衆国の富裕層における「常識」であった奴隷制に対する意見の相違に起因するのだが、そもそも何故、戦わねばならぬほどに意見を違えることとなったのか? それは北部地域と南部地域の産業構造が分化し、それぞれの地域に住む人民の意識が変化していたことが、最も大きな原因とされている。
     プランテーションに代表される大規模農業を続けるべく、依然として「安価な」労働力を要する南部。工業化の進行により、安価でなくとも「質の高い」労働力を欲する北部。需要の質が異なる以上、意見が食い違うのは必然である。
     やがて妥協できないほどに両陣営は対立を深め、その結果、南部はアメリカ連合国として合衆国から分離。そして西暦1861年、戦争が勃発した。

     無論、一国が分裂することなど、愛国心の強い者たち、諸外国からの干渉に対し警戒を怠らぬ者たちにとっては、何としてでも避けるべき事態に他ならない。
     意見対立が激化する以前から、政治家や大実業家、その他国内における権力者たちの多くは様々な議論、様々な法整備、様々な運動を繰り返し、その結果に至らぬよう尽力を重ねていた。
     それは元々から政治的、社会的な力が強かった北部の人間だけに留まらない。南部の人間においても――元々抱いていた主義・主張の下で――東奔西走ならぬ、南奔北走を続けていた者は少なからず存在していたのである。



     1860年12月、T州。
    「あの共和党の猿(Ape)めがッ!」
     新聞の政治欄から顔を上げるなり、彼は苛立たしげに怒鳴り、新聞を引きちぎった。
    「何が『こんな提案に同意するくらいなら私は死を選ぶだろう』だ、キレイゴトばかり吐きおって!」
    「せ、先生」
     彼の背後には、顔を蒼くして立ちすくむ、いかにも神経の細そうな若い男が立っていた。
    「このままでは、我が社の経営が……」「お前だけの問題じゃない!」
     いかにも偉そうなスーツを着たその中年の男は、若者に向かって怒鳴り散らした。
    「わしの後援はいずれも奴隷無しじゃ立ちいかんのだ! このままあいつらの主張が一方的に通されてみろ、わしの政治生命も、お前らの会社もみんな終わりだ!
     かくなる上は、お前たちにも覚悟をしてもらわねばならん」
    「か、覚悟、でございますか?」
     驚く若者に、彼は続けてこう言い渡した。
    「そうだ。それもあの猿のように、ただおべっかを立て並べ、口先だけの決意表明なんぞをしてもらうのでは無い。
     わしは形として、目に見えるものとして、覚悟を見せてほしいのだ」
    「とっ、……と、申しますと」
    「これはまだ私見だが、こうまで南部連中の意見が棒に振られている以上、南部は早晩、北部と袂を分かつことになるだろう」
    「た、袂を? それはつまり、……まさか」
    「おかしな話では無い。元々イングランド人やらスコットランド人、スペイン人、オランダ人、フランス人やらがごちゃごちゃと集まってできた寄せ集めの国だ。それがまたバラバラになるだけのことだ。
     とは言え、いずれはまた一つになるであろうことも、目に見えておる。でなければイングランドやらロシアやらの帝国共がいざ攻め込んできた時、どうしようもなくなるからな。
     問題はその後だ――我が国がもう一度一つになったその時、我が国はどんな意見を持っているか、だ」
    「つまり……?」
    「北部の意見だけが残っているか。それとも南部が意見を通し切っているか。わしは後者であることを求める。
     だからこそ、まずはカネだ。何を置いても潤沢な資金が無ければ、何も成し得ぬ。だからこそカネをありったけ、わしのところに集めるのだ。
     そして残る二つは」
     男は窓に向かい、若者に背を向けつつ、こう続けた。
    「兵士と武器だ。猿や彼奴ら率いる共和党がどうしてもキレイゴトで議会を埋めたい、アメリカを満たしたいと言うのならば、わしは現物と実力を以って、現実を見せてくれる。
     とにかく早急に、大規模にかき集めろ。そしてその力を駆使し、北部の連中をアメリカ大陸から駆逐してやるのだ!」

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 1

    2016.11.01.[Edit]
    5ヶ月ぶりにウエスタン小説。Civil war "eve"。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. アメリカ合衆国最大の内戦、南北戦争。 勃発の直接の原因は、それまで合衆国の富裕層における「常識」であった奴隷制に対する意見の相違に起因するのだが、そもそも何故、戦わねばならぬほどに意見を違えることとなったのか? それは北部地域と南部地域の産業構造が分化し、それぞれの地域に住む人民の意識が変化していたことが、最...

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    ウエスタン小説、第2話。
    おたから。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「『猛火牛(レイジングブル)』、だろ?」
     アデルがニヤニヤしながら放ったその言葉に、エミルはけげんな表情を浮かべた。
    「なにそれ?」
    「あれ? 間違えたかな……」
     エミルの反応を受けて、アデルは途端に自信を失う。
    「それがトリスタン・アルジャンの通り名だっつって、情報屋のグレースからそう聞いたんだけどなぁ」
    「ふーん、そうなの?」
     前回、イクトミからその名を聞かされた時のそれとあまりに違う、そっけないエミルの反応に、アデルはまた面食らった。
    「そうなのって、……俺はてっきり、もうちょっと何か、過敏な反応してくるんじゃないかなーって思ったりなんかしてたわけなんだけど」
    「死んだはずの奴が生きてるって知らされたらそりゃ、びっくりするわよ。でも生きてるって分かった今、何聞いたって驚きもしないわね。
     で? 動揺したあたしに畳み掛けて、前歴を聞き出してやろうとでも思ったのかしら、探偵さん?」
    「あ、いや、そう言うわけじゃなくてだな、何て言うか」
     取り繕おうとするアデルに対し、エミルは冷ややかに言い放つ。
    「ごまかしは結構。そして答えはノーよ。
     今は何を聞かれたって、『前々職』については一切答えたくないの」
     エミルの頑なな態度に、アデルはようやく諦める。
    「まあ、じゃあそっちの話はもういいや。また今度にする。
     いや、なんでこんな話切り出して来たかって言うとだな、そのグレースって奴、情報屋なだけあってさ、色々と話を持って来てくれるんだよ。
     近所の美味しいコーヒー屋だとか、来週どこの店でバーゲンするかだとか、そう言う細かいことから、次期大統領選の両党それぞれの有力候補だとか、旧大陸のどこかの王様が死にそうだとか、ピンからキリまで揃えてるんだ」
    「それが?」
    「ま、流石に全部が全部本物、信憑性があるってわけじゃないが、半分くらいは信用できる情報だってことだ。
     んで、その中で一つ、耳寄りな情報をもらったんだ」
     長ったらしい前置きを終え、アデルはメモをエミルに差し出した。
    「何?」
    「南北戦争の開戦前に、T州とその周辺を地盤にしてたある政治家が、その戦争が始まるかもってことで、貯めてた政治資金やら資産やらを、どこかに隠したんだ。なんでも今の価値に換算して、総額50万ドルだとか、100万ドルだとか。
     ま、これだけならよくあるおとぎ話、アホみたいなトレジャーハンターがホイホイ飛びつきそうな、胡散臭い都市伝説でしかない。
     ところがそれを裏付ける資料が、『とある場所』に保管されてるらしいんだ。もしかすればその資料には、隠し場所なんかのヒントがあるかも知れない」
    「とある場所?」
     おうむ返しに尋ねたエミルに、アデルは辺りをきょろ、と伺ってから、小声でエミルの耳にささやいた。
    「コロンビア特別区、司法省の……」「は?」
     エミルはくるりとアデルに向き直り、それを遮る。
    「つまり連邦特務捜査局の資料室にある、ってこと?」
    「そう言うことだ」
    「あんた、そこに入れると思ってるの?」
     エミルはアデルから受け取ったメモを、アデルの額にぺちんと叩きつけた。
    「ただでさえ向こうはあたしたちを商売敵、面倒臭い輩だと思ってるのに、自分たちの本拠地のど真ん中にまで平然と入れてくれるって?
     そんなの、透明人間にでもならない限り不可能よ。間違い無く門前払いされるでしょうし、最悪、政府施設への不法侵入罪をでっち上げられて、パディントン探偵局ごと潰されるわよ」
    「分かってるって。俺だっていきなり、『よう、おつかれさん』なんてフレンドリーに入ろうとは思っちゃいないさ」
     メモを額からはがしつつ、アデルは肩をすくめる。
    「そこで今回、俺が任された件が絡んでくるわけだ」

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 2

    2016.11.02.[Edit]
    ウエスタン小説、第2話。おたから。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「『猛火牛(レイジングブル)』、だろ?」 アデルがニヤニヤしながら放ったその言葉に、エミルはけげんな表情を浮かべた。「なにそれ?」「あれ? 間違えたかな……」 エミルの反応を受けて、アデルは途端に自信を失う。「それがトリスタン・アルジャンの通り名だっつって、情報屋のグレースからそう聞いたんだけどなぁ」「ふーん、そうなの?」 ...

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    ウエスタン小説、第3話。
    欲と義と。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「今回君に任せる件の詳細は、以下の通り。
     先のN準州開発に絡む汚職事件についての追求を逃れ蒸発した代議士、セオドア・スティルマンの捜索、及び拘束だ。
     無論、罪に問われているとは言え、まだ犯罪者と確定したわけでもない男を、我々が勝手に拘束するわけにはいかん。そこで逮捕権を持つ連邦特務捜査局の人間に同行し、名目上は彼に拘束させるようにしてほしい。
    (と言うよりもこの件、捜査局からの依頼なんだ。また人員不足だとか予算が十分じゃあ無いだとか、何だかんだと文句をこぼしていたよ)
     そう、今回もまたあのお坊ちゃん、サミュエル・クインシー捜査官と一緒に仕事してもらう。言うまでもないが、勿論エミルにも同行してもらうこと。
     あと、あの、……イタリア君にも初仕事をさせてやろう。一緒に連れて行くように。

    P.S.
     イタリア君の名前をど忘れした。何となくは覚えているんだが。彼、名前なんだったっけか?」



    「このメモ、局長から?」
     尋ねたエミルに、アデルはこくりとうなずく。
    「ああ。彼は今、別の事件を追っているらしい。だもんで、こうして書面での指示をもらってるってワケだ」
    「……ああ、だから?」
     そう返し、エミルは呆れた目を向ける。
    「局長の目が届かないうちにお宝探しして、ちゃっかり独り占めしようってわけね」
    「いやいや、二人占めさ。俺とお前で」
    「それでも強欲ね。サムとロバートも絡むことになるのに、二人には何も無し?」
    「あいつらには何かしら、俺からボーナスを出すさ。お宝が本当にあったならな」
    「あ、そ。慈悲深いこと」
     エミルにそう返されつつ冷たい目でじろっと眺められ、アデルは顔を背け、やがてぼそっとこうつぶやいた。
    「……分かったよ。4等分だ」
    「5等分にしなさいよ、そう言うのは。
     仕事にかこつけて宝探しするんだから、機会を与えてくれた局長にもきっちり分けるべきじゃないの?」
     エミルの言葉に、アデルは顔をしかめる。
    「エミル、お前ってそんなに博愛主義だったか? いいじゃねーか、局長に内緒でも」
    「一人でカネだの利権だのを独り占めしようなんて意地汚い奴は、結局ひどい目に遭うのよ。
     そりゃあたしだって儲け話は嫌いじゃないけど、出さなくていいバカみたいな欲を出して、ひどい目に遭いたくないもの」
     そう言ってエミルは新聞紙を広げ、アデルに紙面を見せつける。
    「『スティルマン議員 新たに脱税疑惑も浮上』ですってよ?
     独り占めしようとするようなろくでなしは結局悪事がバレて、こうやって追い回されて大損するのよ。
     あんた、こいつに悪事の指南を受けるつもりで捜索するの?」
    「……」
     アデルは憮然としていたが、やがてがっくりと肩を落とし、うなずいた。
    「……ごもっとも過ぎて反論できねーな、くそっ」
    「ま、そんなわけだから」
     そう言って、エミルはアデルの前方、衝立の向こうに声をかけた。
    「もしお宝の分け前があれば、あんたにもちゃんとあげるわよ」
    「どーもっス」
     衝立の陰から「イタリア君」――パディントン探偵局の新人、ロバート・ビアンキが苦笑いしつつ、ひょいと顔を出した。



    「あ、お前? もしかしてずっとそこにいたのか?」
     目を丸くしたアデルに、ロバートは口をとがらせてこう返す。
    「先輩、ひどいじゃないっスか。俺にタダ働きさせようなんて」
    「反省してるって。ちゃんと渡すさ」
    「へいへーい。ま、今回はそれで許してあげるっスよ、へへ」
     ばつが悪そうに答えたアデルに、ロバートはニヤニヤ笑いながら、肩をすくめて返した。

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 3

    2016.11.03.[Edit]
    ウエスタン小説、第3話。欲と義と。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「今回君に任せる件の詳細は、以下の通り。 先のN準州開発に絡む汚職事件についての追求を逃れ蒸発した代議士、セオドア・スティルマンの捜索、及び拘束だ。 無論、罪に問われているとは言え、まだ犯罪者と確定したわけでもない男を、我々が勝手に拘束するわけにはいかん。そこで逮捕権を持つ連邦特務捜査局の人間に同行し、名目上は彼に拘束させ...

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    ウエスタン小説、第4話。
    米連邦司法省ビルにて。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「あ、そ、その、ビアンキさん、よ、よろしく……、お願いします」
     前回共に仕事をしてから半年ほど経っていたが、やはりサムは以前と変わらず、シャイな様子を見せていた。
    「ロバートでいいぜ。こいつもお前さんと同じヒヨッコだ。仲良くしてやってくれ」
    「何スかそれ、子供扱いして……」
     口をとがらせつつも、ロバートは素直に、サムに右手を差し出す。
    「まあ、よろしくっス」
    「あ、はい」
     サムも恐る恐ると言った様子で右手を伸ばし、握手を交わした。
    「よし、挨拶も済んだところで、だ。
     早速で悪いが、ちょっとばかしお前さんの職場にお邪魔させてもらうぜ」
     そう切り出したアデルに、サムはこくっと短くうなずいた。
    「ええ、伺っています。セオドア・スティルマン議員の消息をたどるため、資料室で彼の身辺情報を……、と言うことでしたね」
    「そうだ。今から一々、巷で情報集めしてたんじゃ、下手すりゃ議員さん、海の向こうに行っちまうか、馴染みの深いだろうメキシコへ柵越えしちまう。
     それよりか、既にある程度の情報持ってるおたくらに知恵を借りた方が、拿捕できる可能性は高くなるからな」
    「ええ、特に国政に関わる人間であれば、一定の身辺調査を行うようにしていますからね。スティルマン議員についてもファイルされているはずです」

     サムを筆頭にして、エミルたち一行は連邦特務捜査局のオフィスがある、司法省ビルの中を進む。
    「てっきり中にいる奴、みんな俺たちに敵意むき出しにしてにらんでくるかと思ってたっスけど……」
     そうつぶやいたロバートに、エミルが苦笑しつつ返す。
    「あくまで捜査局は司法省の一セクションだもの。このビルに勤めてる大部分の人たちはそいつらと無関係だろうし、何とも思って無いわよ」
    「へへ、そっスよねぇ」
     と、アデルがトン、とロバートの肩を叩く。
    「だが、彼は別だろうな」
    「彼?」
     ロバートが聞き返したが、アデルは答えず、前方、廊下の奥から歩いてくる初老の男を、それとなく指し示した。
    「……」
     アデルが言った通り、その男はエミルたちを、胡散臭いものを見るような目で眺めながら近付いて来る。
    「あ、局長。おはようございます」
     サムが立ち止まり、彼に会釈する。
    「……ああ、おはよう、クインシー捜査官」
     一方、相手は立ち止まらず、サムに手を挙げて返し、そのまま通り過ぎる。
     こう言う状況であれば大抵はアデルが突っかかるのだが、この時ばかりは流石の彼も、会釈するだけに留めていた。
    「局長って?」
     ぼそっと尋ねたロバートの頭を、アデルがぺちっと叩く。
    「サムが局長って呼ぶような奴っつったら、連邦特務捜査局の局長だろうが。
     ウィリアム・J・ミラー、司法省でも重鎮の男だ」
    「まあ、はい、そう言うことです。……ちゃんと挨拶してほしかったんですが、ロバートさん」
    「す、すんませんっス」
     ロバートが慌てて振り返るが、ミラー局長の姿は既に、廊下に無かった。

     ともかくアデルたちは資料室へ向かい、所期の目的を果たすことにした。
    「えーと、S……Sの項の……T……I……あ、あった」
     サムが言っていた通り、確かにスティルマン議員についての資料は、すぐに見つけることができた。
    「セオドア・S・スティルマン。183X年、T州出身。
     1855年に父親の事業であったS&S農園を継ぎ、57年に南部の有力政治家だったヘクター・フィッシャー元上院議員と関係を持つ。……関係?」
    「え、関係ってまさかこいつ……」「じゃないです!」
     声を上げかけたロバートを、サムが珍しく大声を出して遮った。
    「4年後の1861年、スティルマン議員はフィッシャー議員から政治基盤を受け継いでいます! 関係を持ったって言うのは、政治活動の関係のことですから! へ、変なこと言わないで下さいよ、ロバートさん!」
     一方、ロバートはニヤニヤと笑みを浮かべてこう返す。
    「……あのー、まだ俺『まさかこいつ』しか言ってないっスよ。一体ナニと思ったんスか?」
    「え、……あっ、あっ、そのっ、いやっ」
     サムは顔を真っ赤にし、その場にうずくまってしまった。

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 4

    2016.11.04.[Edit]
    ウエスタン小説、第4話。米連邦司法省ビルにて。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「あ、そ、その、ビアンキさん、よ、よろしく……、お願いします」 前回共に仕事をしてから半年ほど経っていたが、やはりサムは以前と変わらず、シャイな様子を見せていた。「ロバートでいいぜ。こいつもお前さんと同じヒヨッコだ。仲良くしてやってくれ」「何スかそれ、子供扱いして……」 口をとがらせつつも、ロバートは素直に、サムに...

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    ウエスタン小説、第5話。
    仕事と遊びと、宝探しと。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     うずくまったままのサムを放っておき、アデルたちは引き続き、資料を確認する。
    「んで、そのフィッシャー議員から政治基盤を受け継ぎ、上院議員にまで出世ってわけか。
     そして今年、汚職が発覚、と」
    「汚職って、そう言やこのおっさん、何やったんスか?」
    尋ねたロバートに、エミルが説明する。
    「簡単に言えば収賄と背任、横領よ。
     N準州で予定されてる鉄道事業について入札が行われてたんだけど、その裏でスティルマン議員はある鉄道会社から、8000ドルの賄賂をもらったのよ。その見返りに、その会社に最低入札価格を教えるってことでね。
     その上、準州が用意してた鉄道予算の一部も着服しようとしてたって話よ」
    「へぇー」
     感心した声を上げたロバートに、エミルは呆れた目を向ける。
    「あなた、新聞読んでないのね?」
    「え、……いやー、ははは、文字見るのが嫌いなんスよ、俺」
    「この半月で一番ホットな話題よ? 少しくらい、目を通しておいた方がいいわよ」
     エミルに続き、アデルもたしなめる。
    「そうだぜ、ロバート。学が無いオトコはモテねーぞぉ」
    「ん、んなこと無いっスよ! オトコは腕っ節っス!」
     反論するロバートに、アデルは肩をすくめて返す。
    「局長を見てみろよ、たまにご婦人の依頼人が来るが、最初はどんなに憂鬱そうにしていても、局長と話すと途端に顔をほころばせる。
     あの人はユーモアと機知にあふれてるし、何よりどんな話題にも柔軟かつ広範に応じられるからな、どんな相手でも心を開いちまう」
    「流石っスねー」
     ロバートが感心する一方で、エミルはクスクスと笑っている。
    「なんだよ?」
    「だからあなた、おしゃべりなのね。局長みたいになりたくて」
    「……」
     エミルの指摘に、アデルも顔を赤くした。

     と、先に赤面していたサムがようやく立ち直ったらしく、机に戻って来た。
    「え、えーと、それでその、資料はお役に立ったでしょうか?」
    「ん? あ、ああ」
     アデルはぷるぷると首を振り、サムに応じる。
    「そうだな、奴さんが隠れそうなところ、行きそうなところの目星は大方付いた。
     こっちの方は終わりだな」
    「こっち?」
     きょとんとした顔で尋ねたサムに、アデルはニヤニヤ笑いながら、そーっと近付いた。
    「あ、あの?」
     目を白黒させているサムの耳に、アデルはこうささやく。
    「ここからは秘密のお話だ。ここにいる俺たち以外には、他言無用だぜ?」
    「え? え?」
    「いいか、俺はある情報筋から、この資料室にはお宝のありかを示す手がかりがあると言う情報をつかんでいる。実を言えば、議員先生の情報集めなんてのは単なる口実だ」
    「な、何を?」
    「と言うわけで、今からそっちの情報集めを始める。お前さんも手伝え」
    「ま、待って下さい」
     サムはふたたび顔を真っ赤にして、慌ててアデルとの距離を取る。
    「じゃ、じゃあアデルさん、最初からそのつもりで、ここに? スティルマン議員の捜索も、そのために?」
    「いやいや、議員先生の件の方が勿論、重要だ。局長から直々に受けた命令をないがしろにするなんて邪(よこしま)なことは、これっぽっちも考えちゃいないさ。
     だが、例えばサム、お前さんが仕事で西部の方へ行って、仕事を終えて直帰するって時に、駅近くのバーで一杯やろうかと思ったとして、それを咎める奴はいないだろ?
     それと同じさ。本来やるべき仕事をきちっとこなしてりゃ、誰も文句は言わないさ」
    「それは……うーん……でも……」
     困った顔をしているサムに、エミルが声をかける。
    「ま、今回だけは大目に見てあげなさいな。このバカ、言い出したらなかなか聞かないもの」
    「ちぇ、バカはひでーなぁ」
     アデルが口をとがらせるが、エミルは彼に構わず、サムと話を続ける。
    「あなたが清廉潔白なタイプだってことは、見てれば分かるわ。だからこいつのグレーな提案も、そう簡単には受け付けられないってことも十分理解できる。正直あたしだって、バカなこと考えてるわねって思ってるしね。
     だからこれはお宝探し(Treasure)なんて欲張った話じゃなくて、単なるお遊び、レジャー(To leisure)と思えばいいのよ。
     捜査局にだって、週末に備えてデスクで新聞の娯楽欄をニヤニヤしながら眺めてる人、いるでしょ? ここで資料探しするのも、その延長みたいなもんよ。折角遊びに行くんなら観光地の下調べくらい、事前にしときたいじゃない」
    「は、はあ……」
     まだ納得しかねている様子のサムに、エミルはこう付け加えた。
    「それにあなた、仕事から離れてプライベートの時間になったら、どう過ごせばいいか分かんなくなるタイプでしょ? せいぜい家で新聞読むか気になった事件をスクラップするか、頑張って図書館に行って勉強するか、って感じ」
    「そ、それは、まあ、……否定しませんと言うか、できませんと言うか」
    「だから、たまにはあたしたちと一緒に遊びましょ、って話よ。
     ね、それならいいでしょ?」
     エミルの説得に、サムはようやく折れた。
    「……分かりました。それなら、ええ、はい」

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 5

    2016.11.05.[Edit]
    ウエスタン小説、第5話。仕事と遊びと、宝探しと。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. うずくまったままのサムを放っておき、アデルたちは引き続き、資料を確認する。「んで、そのフィッシャー議員から政治基盤を受け継ぎ、上院議員にまで出世ってわけか。 そして今年、汚職が発覚、と」「汚職って、そう言やこのおっさん、何やったんスか?」尋ねたロバートに、エミルが説明する。「簡単に言えば収賄と背任、横領よ。...

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    ウエスタン小説、第6話。
    二つの事件と二人の政治家。

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    6.
     サムを懐柔したところで、アデルたちは改めて、その「お宝」の情報集めに取り掛かった。
    「で、アデル。情報屋から聞いたお宝の話って、具体的には?」
    「ああ。グレースから聞いたのは、こんな感じだ。
     T州のとある大物政治家が1860年、即ち南北戦争の直前になって、資金を大量にかき集めたんだ。どうやら戦争が起こることを見越して、その時自分が付くであろう陣営、即ち南軍に合流させるべく、私兵団を築くつもりだったらしい。
     しかし翌61年、その企みは失敗に終わる。何故なら首謀者だったその政治家が突然、ぽっくり逝っちまったんだそうだ。
     だもんでそいつが集めさせた資金に関しても、完全に流れが見失われた。資金がどこに回ってどう使われたのか、誰も知らないし、何も分からないままになってるって話だ」
    「つまり、そいつがお宝ってワケっスね」
     ロバートの言葉に、アデルはうんうんとうなずいた。
    「そうだ。巷じゃこいつは『F資金』と呼ばれてる。その大物政治家の頭文字が由来だそうだ。
     ってわけで、まず俺たちが探すのは、Fってイニシャルで、T州を拠点にしていた、61年まで上院議員として活動していた奴だ。
     サムが言ってた通り、この資料室には政治家、それも大物の情報がずらりとファイリングされている。その中でクサい奴がいれば、60年から61年にかけて何やってたか、徹底的に調べるんだ」
    「……えっと」
     と、サムがけげんな顔をする。
    「それ、……さっきスティルマン議員と関係があったって言う、フィッシャー議員のことでは?」
    「あ?」
     サムの意見に、アデルは肩をすくめて返す。
    「おいおい、混同しちゃいけねーよ、サムのお坊ちゃん。アレとコレとは別の話だぜ」
    「で、でも」
     サムが反論しかけたところで、ロバートも賛成票を投じてきた。
    「いや、俺も先輩の話聞いてて、なーんか『っぽい』なーって思ってたっス」
    「……うーん」
     サムとロバートの意見に押され、アデルも渋々うなずく。
    「まあ、じゃあ、まずはフィッシャー議員のとこから洗うか」

     そしてFの棚に収められていた、フィッシャー議員についての資料を確認したところで、アデルも確信せざるを得なくなった。
    「ヘクター・M・フィッシャー。178X年、旧メキシコ領(現合衆国T州)出身。
     同州の合衆国併合の際には両国の間を渡り、併合に一部貢献した実績を持つ。その他にも同州および近隣州の経済発展に尽力し、最盛期は『フィッシャー・トラスト』とまで呼ばれる、巨大な政治資金団体を形成していた、……か。
     なるほど、『F資金』はそれが基ってわけか。もしこの『F』が本当にフィッシャーのFだとするなら、だが」
    「本当だとして、っスよ」
     ロバートが恐る恐ると言った口ぶりで、アデルに尋ねる。
    「このフィッシャー議員の跡を継いだのが、さっきのスティルマン議員っスよね?」
    「ああ」
    「ってことはっスよ、議員先生、『フィッシャー・トラスト』も継いだってことっスか?」
    「……ふむ」
     アデルはもう一度、スティルマン議員についての資料を開き、目を通す。
    「可能性はありそうだな。
     経歴からして尋常じゃない。3X年に生まれて61年に政治家に転身、そして70年代末にはもう、上院議員の座に登り詰めてる。
     ちょっとやそっとカネがあっても、敗戦直後の混迷極めるT州で、30代、40代の若手政治家が上院議員に選出されるなんて、なかなかできることじゃ無い。
     ってことは、ちょっとどころじゃなくカネを持ってたってことだろうな」
    「今回追っかけてるのだって、カネが原因でしょ? ますます怪しいっスよ」
    「確かにな。となりゃ……」
     アデルは持っていたメモにぐりぐりと円を描き、話を締めた。
    「どっちの件を追うにせよ、このスティルマン議員が鍵ってわけだな」

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 6

    2016.11.06.[Edit]
    ウエスタン小説、第6話。二つの事件と二人の政治家。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. サムを懐柔したところで、アデルたちは改めて、その「お宝」の情報集めに取り掛かった。「で、アデル。情報屋から聞いたお宝の話って、具体的には?」「ああ。グレースから聞いたのは、こんな感じだ。 T州のとある大物政治家が1860年、即ち南北戦争の直前になって、資金を大量にかき集めたんだ。どうやら戦争が起こることを...

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    ウエスタン小説、第7話。
    議員先生の足取り予測。

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    7.
     司法省ビルでの情報収集を終えたアデルたちは、その日のうちに、T州行きの列車に乗り込んでいた。
    「サム、到着は何日後だ?」
     列車がワシントン郊外に差し掛かった辺りで、アデルがサムに尋ねる。
    「えーと……、8日後の予定です」
     手帳に視線を落としながらサムがそう返したところで、横に座っていたロバートが愕然とした表情を浮かべる。
    「8日後ぉ!? 議員先生が逃げ出してからもう3日、4日経ってるってのに、さらにそんなにかかんのかよ!?」
    「し、仕方ないですよ、ロバートさん。
     で、でもですね、相手だって目的地へ向かうのに同じだけの日数を要しますし、それに加えて、資産を現金化する時間も必要になります。
     それを考えれば、僕たちには若干の余裕があるはずです」
    「現金化? つまり、カネを集めるってことか?」
     サムの説明に、ロバートは首を傾げる。
    「カネ持ちだって話なんだろ、議員先生は? なんでカネを集める必要があるんだ?」
     これを聞いて、アデルが呆れた声を出した。
    「ロバート、お前さんまさか、『カネ持ち』がそのまんま、ドル紙幣をわんさか持ってる奴だって思ってんじゃないだろうな」
    「え? そうでしょ?」
    「アホか。本物のカネ持ちはカネじゃなく、カネを株式やら土地やらの動産・不動産と言った資産にして持ってんだよ。資産にして置いときゃ地代やら配当やらで、さらにカネが入るからな。
     だが今回みたいに、いざ逃げなきゃならんって時にそんなもん持ってても、全然役には立たない。だからカネに戻すってわけだ」
    「あー、なーるほど」
    「は、話を戻しますと」
     サムが恐る恐ると言った口ぶりで、説明を続ける。
    「当然ながら、スティルマン議員がワシントンなど合衆国東部地域で有していた資産に関しては、既に凍結されています。
     ですが彼の本拠地であるT州サンクリストには、まだ相当額の資産が蓄えられていますし、地元で顔が利く分、こちらの現金化は容易なはずです。
     とは言えその総額は、資料によれば10万ドルは下らないとのことですし、完全に現金化するまでには相当の日数を要するでしょう」
    「じゅっ……」
     額を聞いて、ロバートはまた目を丸くした。
    「なんだよ、すげえカネ持ちじゃねえか!? なのになんで、裏金なんかもらおうとしてたんだよ……?」
    「答えは簡単。カネの亡者だからよ」
     窓の外を眺めていたエミルが、話の輪に入る。
    「この世には2種類の人間がいるのよ。生活に困らない程度のおカネが手に入ったらいいやって言うタイプと、おカネはいくらでもほしいってタイプ。
     あたしは前者だけど、隣のアホとか議員さんは後者みたいね」
    「アホって言うなよ……、ったく」
     口をとがらせるアデルをよそに、エミルはサムの説明を継ぐ。
    「ともかく、そう言うタイプだろうから、捜査の手が伸びるギリギリまで現金化を進めるでしょうね。
     サム、その現金化だけど、最短で何日くらいかかるか、算出できる?」
    「えーと……、そうですね、大部分が土地と債券、株式とのことですから、近隣に売却するとして、……とは言え銀行なんかを介した表向きの取引は、買い手側が後々まずいことになるでしょうから断るでしょうし、帳簿や証文の無い裏取引として……でも現金がそこまで町全体にあるか……うーん……」
     サムはぶつぶつとつぶやきながら、大まかな所要時間を返した。
    「恐らくですけど、半分の5万ドルなら一週間くらいでできると思います。ただ、残り半分も現金化しようとしたら、周りの町からかき集める必要が出るでしょうし、一ヶ月以上かかるでしょうね」
    「流石に一ヶ月もじっとしてなんかしやしないわね。じゃあ恐らく、一週間で町を立つでしょうね。
     合計すれば――ワシントンからサンクリストまで8日、半分を現金化するのに7日だから――最低でも半月はかかるってことになるわね」
     これを聞いて、アデルが話をまとめようとした。
    「となると、既に事件発覚から一週間が経過している今、明日か明後日くらいで議員先生は本拠地に到着し、現金化を始めるだろう。
     だが半分カネにするのに一週間。その間に俺たちがサンクリストに到着し、奴さんをとっ捕まえるってわけだな」
     が――エミルはこれを聞いた途端、鼻で笑った。
    「そんなの上手く行くわけないじゃない」

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 7

    2016.11.07.[Edit]
    ウエスタン小説、第7話。議員先生の足取り予測。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 司法省ビルでの情報収集を終えたアデルたちは、その日のうちに、T州行きの列車に乗り込んでいた。「サム、到着は何日後だ?」 列車がワシントン郊外に差し掛かった辺りで、アデルがサムに尋ねる。「えーと……、8日後の予定です」 手帳に視線を落としながらサムがそう返したところで、横に座っていたロバートが愕然とした表情を浮か...

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    ウエスタン小説、第8話。
    二手、三手先を読む。

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    8.
    「え……?」
     思ってもいなかったエミルの返答に、アデルは面食らう。
    「いや、変な話じゃないだろ? 時間差があるから……」「そこじゃ無いわよ、問題は」
     エミルは肩をすくめつつ、こう返した。
    「あんた、火が点いたダイナマイトが目の前に落ちてるのを見付けても、その場でじっと突っ立ってるの?」
    「どう言う意味だよ?」
    「危ないと思ったらすぐ逃げるだろ、って話よ。
     事件発覚が公になるかならないかのタイミングで、まんまとワシントンから逃げおおせた奴が相手よ? そんな相手が本拠地のド真ん中で、『捕まるかも』って危険を冒しておいて、追手の心配をしてないわけが無いじゃない。
     あたしたちがのこのこ本拠地に乗り込んだら、全力で逃げ出すに決まってるわ。相手にとってはるかに地の利がある町から、ね」
    「なるほど……。言われりゃ確かに、その危険は無視できないか。そこで逃げるか隠れるかされれば、見付け出すことは難しくなるだろうな。
     だが本拠地で追わなけりゃ、どこで追うんだ?」
    「これよ」
     エミルは地図を広げ、2つの町を指し示した。
    「ここが議員さんの本拠地である、サンクリスト。
     ここから70マイルほど南にもう一つ、フランコビルって言う町があるの。隣駅でもあり、その路線の終着駅でもある町よ。
     そしてさらに南へ進んでいけば国境、その先はメキシコってわけ」
    「高飛びするには手頃なルートだな。となると馬が必要か、……あー、なるほど」
    「そうですね。そちらを抑える方が、より確実だと思います」
     うなずいているアデルとサムに対し、ロバートはぽかんとしている。
    「どう言うことっスか? その、フランコビルって町で待ち構えるってことっスか?」
    「ああ、そうだ。この町から南の国境まではかなりの距離があるし、馬の手入れや食糧なんかの補給は入念にしなきゃならない。でなきゃ国境を越える前に、地獄の門をくぐる羽目になるからな。
     そしてこの町の近隣百数十マイルにはサンクリスト以外の、他の町は無い。言い換えれば、この町以外に補給ができるところは皆無ってことだ」
    「つまりここで待ち構えてれば……」
     ロバートの言葉に、アデルは大仰にうなずいた。
    「そう、議員先生の方からやって来るはずだ。
     後はきちっと拘束し、しれっとF資金について聞き出す。ミッション終了ってわけだ」

     行動指針がまとまった後は、特に何かを検討するようなことも無く、それぞれが到着までの時間を潰していた。
    「ようやく次の町が見えてきたなー」
    「そうね」
    「今日はどの辺りまで行けるかな」
    「さあ?」
    「お、湖だ。なんだっけ、エリー湖だったか?」
    「そうじゃない?」
     ずっと外の景色を眺めているエミルに、アデルは色々話しかけてみるが、生返事しか返って来ない。
     まともな会話をあきらめたアデルは、今度はサムに話しかける。
    「なあ、サム」
    「え、あっ、はい?」
     手帳に目を通していたサムが、ぎょっとした顔をする。
    「なんだよ、声かけただけだろ」
    「あ、すみません。えーと、何でしょう?」
    「お前さん、いくつって言ってたっけ?」
    「22です」
    「ロバートのいっこ下か。大学も出てるんだよな?」
    「あ、はい。去年、H大のロースクールを」
    「……は?」
     サムの学歴を聞いて、アデルは面食らう。
    「22歳って言ったよな?」
    「はい」
    「去年、ロースクール卒業? H大の?」
    「ええ」
    「すげえな、飛び級してんじゃねえか。
     お前さん、実はものすげえ奴なんだな」
    「いや、そんなことは、全然。人と話すの、苦手ですし」
    「謙遜すんなっつの。なんだよ、超エリートだなぁ。とてもチンピラ上がりの隣に座ってる奴とは思えん」
    「ちょっ……、ひどいっスね先輩」
     サムと比較され、ロバートが口をへの字に曲げた。
    「そーゆー先輩はどうなんスか? どうせやんごとなき大学を主席で卒業とかでしょ?」
    「局長じゃあるまいし。俺はふつーの、名前も聞いたこと無いような大学の出身だよ」
     そう返したアデルに、サムが食いつく。
    「パディントン局長の母校って、どちらなんですか? あの方、イギリス訛りがありますし、やっぱりそちらの……?」
    「らしいぜ。若い頃はイギリス人だったって聞いてるしな」
    「……納得っスねぇ」
     アデルの話にロバートもサムも、うんうんとうなずいていた。

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 8

    2016.11.08.[Edit]
    ウエスタン小説、第8話。二手、三手先を読む。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8.「え……?」 思ってもいなかったエミルの返答に、アデルは面食らう。「いや、変な話じゃないだろ? 時間差があるから……」「そこじゃ無いわよ、問題は」 エミルは肩をすくめつつ、こう返した。「あんた、火が点いたダイナマイトが目の前に落ちてるのを見付けても、その場でじっと突っ立ってるの?」「どう言う意味だよ?」「危ないと思っ...

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    ウエスタン小説、第9話。
    部屋割り。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
     ワシントンを発ってから8日後、アデルたち一行は予定通りT州、フランコビルを訪れていた。
    「西部っつーか、南の端まで来ちまったなー」
    「そっスねー。って言うか鉄道自体が端っこ、終着駅っスもんねー」
     並んで立つアデルとロバートは、だらだらと汗を流している。サムも額をハンカチで拭きながら、気温の変化を分析している。
    「流石に緯度10度近くも南下すると、空気が全然違いますね。ワシントンと全然、日差しが違います」
    「い……ど?」
     きょとんとしたロバートを見て、サムが説明しようとする。
    「あ、緯度と言うのはですね、地球上における赤道からの距離を……」「やめとけ、サム」
     が、アデルがそれを止めた。
    「このアホにそんな小難しい説明はするだけ無駄だ。見ろ、このきょとぉんとした顔」
    「……要するに、暑いところに来たってことです」
     噛み砕いた説明をしたサムに、ロバートは憮然とした顔を返した。
    「子供だって知ってるっつの。メキシコの隣だし」
    「その暑い国がなんで暑いか知らねーからアホだって言われんだよ」
    「ちぇー」
     と、エミルが胸元をぱたぱたと扇ぎながら、3人に声をかける。
    「いつまで日差しの真下で駄弁ってるつもり? そのまま続けてたら3人とも、マジで頭悪くなるわよ」
    「ごもっとも。そんじゃ先に、宿を取りに行くか」
    「賛成っスー」

     一行は駅隣のサルーンに入り、マスターに声をかける。
    「ちょっと聞きたいんだが、ここって泊まれるか?」
    「ええ、一泊1ドル10セントです。ただ2階に2部屋しか無いんで、2人ずつになりますが」
     マスターの返答に、4人は顔を見合わせる。
    「まあ、そうよね。ニューヨークやフィラデルフィアならともかく、アメリカの端近くまで来てて、そんなに部屋数のある宿なんて普通無いわよ」
    「まあ、道理だな。だが今、そこを論じたってしょうがない。部屋数が増えるわけじゃないからな。
     今論じるべきは、どう分けるか、だ」
     アデルの言葉に、ロバートが全員の顔をぐるっと見渡す。
    「姉御と先輩、俺とサムって分け方じゃダメなんスか?」
    「え」
     ロバートの案に、サムが目を丸くする。
    「え、……って、普通に考えたらそうなるだろ?」
     けげんな顔をするロバートに、サムはしどろもどろに説明する。
    「あ、でも、エミルさんとアデルさんは、そう言う関係じゃ」
    「いや、それは俺も知ってるって。
     だけど例えばさ、ヒラの俺と姉御じゃ余計おかしいだろ。お前でもそれは同じだし」
    「それは……うーん……そう……ですよね」
     うなずきかけたサムに、アデルがこう提案する。
    「いや、それよか1対3、エミルに1部屋、残りを俺たち、って分けた方が紳士的だろ」
    「あ、……そーっスよね、そっちの方がいいっス、絶対」
     ロバートは素直に納得したが――何故かサムはこの案に対しても、面食らった様子を見せた。
    「えぇぇ!?」
    「おいおい、待てよサム。どこも変じゃ無いだろ、今の案は? 男部屋と女部屋に分けようって話だろうが」
     アデルにそう言われ、サムは目をきょろきょろさせ、もごもごとうなるが、どうやら反論の言葉が出ないらしい。
    「あっ、あの、でも、……その、……そう、ですよね」
    「……」
     しゅんとなり、黙り込んでしまったサムを、エミルはじーっと眺めている。
     その間にロバートが、マスターに声をかけようとした。
    「決まりっスね。んじゃ……」
     と、そこでエミルが口を開き、ロバートをさえぎる。
    「マスター。部屋割りはそっちの赤毛と茶髪で1つ。それからメガネの子とあたしで1つ。よろしくね」
    「……え?」
     エミルの言葉に、アデルたち3人は揃って唖然となる。
    「かしこまりました、ごゆっくりどうぞ。夕食は18時に、1階で出しますので」
    「分かったわ。それじゃ後でね、アデル。それからロバートも」
     その間にマスターが鍵を2つカウンターに置き、エミルは片方の鍵を受け取ると同時にサムの手を引いて、そのまま2階へ行ってしまった。
     残されたアデルは、ロバートと顔を見合わせる。
    「……ちょっと待て」
    「いや、俺に言ったって」
    「え、エミル、ま、まさか、あいつが、あんなのが、タイプなのか? アレがタイプだってことか?」
    「分かんないっスよぉ、俺に言われたって」
    「い、いや、違うよな? ほ、保護欲みたいな、子犬可愛がりたいみたいな、ソレ的なアレだよな? な? なっ? なあっ!?」
    「だから分かんないっスってー……」
     狼狽えるアデルをなだめつつ、ロバートはカウンターに置かれた鍵を受け取り、まだぶつぶつつぶやいている彼を引っ張るようにしつつ、2階へ向かった。

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 9

    2016.11.09.[Edit]
    ウエスタン小説、第9話。部屋割り。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. ワシントンを発ってから8日後、アデルたち一行は予定通りT州、フランコビルを訪れていた。「西部っつーか、南の端まで来ちまったなー」「そっスねー。って言うか鉄道自体が端っこ、終着駅っスもんねー」 並んで立つアデルとロバートは、だらだらと汗を流している。サムも額をハンカチで拭きながら、気温の変化を分析している。「流石に緯度10...

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    ウエスタン小説、第10話。
    煩悶アデル。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    10.
    (こんな先輩、初めて見るぜ)
     半月前に出た初任給で早速買った懐中時計で時間を確かめつつ、ロバートはベッドの上で、一言も発さずとぐろを巻いているアデルを眺めていた。
    「先輩、ちょっと寝たらどうっスか? 夕飯まであと3時間ありますし」「……」
     何度か声をかけたが、アデルの耳には入っていないらしく、彼はじっと壁の方を見つめたままである。
    (いや、壁って言うか、多分その向こう――姉御たちが今ナニしてんのかなーって考えてるんだろうなー、これ)
     たまりかねたロバートは、アデルの肩をトントンと叩く。
    「先輩、そんなに気になるんなら、聞き耳立ててみたらどうっスか?」
    「あ?」
     振り返ったアデルの顔には、汗が噴き出していた。恐らく暑さのせいだけではなく、隣が気になって仕方無いのだろう。
    「このまんま後3時間、壁を見つめてるつもりっスか? んなことしてるより、潔くコップ使って様子伺った方が、よっぽどスッキリすると思いますけど」
    「……」
     一瞬、アデルがにらんだが、すぐに壁へと目線を戻し、もう一度ロバートに向き直った。
    「取ってくれ」
    「あ、はい」
     ロバートは素直に、水差しに被さっていたコップを一つ取り、アデルに手渡した。それを受け取るなり、アデルはベッドの上を膝立ちで進み、壁にコップを押し当てて張り付く。
     が――3秒もしないうち、壁からドン、と音が響くとともに、アデルは耳を抑えてベッドの上をのたうち回った。
    「ど、どしたんスか!?」
    「……っ……うぅ……あー……ちっくしょー……エミルの奴」
     まだ耳を抑えたまま、アデルは苦い顔をロバートに向けた。
    「向こうから壁叩いてきやがった。鼓膜が破れるかと思ったぜ、くそ」
    「お見通し、ってわけっスか。流石は姉御っスね」
     どうにか割れずに済んだコップを床から拾い、アデルは水差しからコップへと水を注ぎつつ、ぶつぶつとつぶやいている。
    「だがまあ、これでともかく、エミルとあいつが変なことしてるって可能性は無くなったわけだ。多分俺がコップを壁に押し当てた音を、エミルは聞きつけたんだろう。でなきゃあんなタイミング良く、ポイント良く壁叩いたりできないしな。音が聞けたってことは、何か騒々しいことをやってる最中じゃないってことだし。既に部屋に入ってから30分は経過してるし、それまで特に何かそれっぽいことをしてる様子が無いってことは多分、あと3時間、恐らくこのままだって言う可能性は高いと見て問題無いはず、……いやしかし、俺がこう考えることをエミルが考えないとは考えにくいし、となると俺が諦めて不貞寝するこのタイミングを見計らって、『ねえサムの坊や、もっとレジャーを楽しんでみない』なんて口説き始めるかも知れないし……」
     縁ギリギリまで注いだ水に口を付けようともせず、ぶつぶつ唱えたままのアデルに、ロバートは単刀直入に尋ねた。
    「先輩、姉御のことが好きなんスね?」
    「しかし可能性としては、……ぅひぇ?」
     素っ頓狂な声を上げたアデルを見て、ロバートは噴き出した。
    「俺のことをバカだ、単純だってけなすわりには、先輩も十分おバカでド単純じゃないっスか」
    「て、てめっ」
     顔を真っ赤にするアデルに、ロバートはニヤニヤと笑って返す。
    「案外純情なんスね、先輩」
    「……純情で悪いかよ」
    「全然。むしろ先輩らしいっス」
    「バカにしてんのか?」
    「いやいや、尊敬してるんスよ」
    「どこに尊敬できる要素があんだよ」
    「だって、探偵なんて結局、人の粗探しでメシ食ってるようなもんじゃないスか。そんなこと長く続けてたら、絶対どこかスレてきて、嫌な奴になってきますって。
     でも先輩、全然そーゆーとこ無いなって。そりゃまあ、時々きっついこと言ってくるっスけど、丁寧にモノを教えてくれるし、ちょくちょく飲みに連れてってくれるし、何だかんだ言って正直者だし。
     だから俺、先輩のことは人間として尊敬してるんス、マジで」
    「お前なぁ」
     アデルは水を一息に飲み干し、ロバートに背を向けつつ、こう続ける。
    「人を見る目が甘すぎるぜ。俺だってスレたとこの一つや二つあるっての。
     あんまりさ、人を妄想で脚色したり、期待しすぎたりすんなよ。それ裏切られたら、ただ自爆するだけだからな」
    「へへへ、覚えときます」
    「……ふん」
     アデルがごろんとベッドに寝転んだところで、ドアがノックされた。

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 10

    2016.11.10.[Edit]
    ウエスタン小説、第10話。煩悶アデル。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10.(こんな先輩、初めて見るぜ) 半月前に出た初任給で早速買った懐中時計で時間を確かめつつ、ロバートはベッドの上で、一言も発さずとぐろを巻いているアデルを眺めていた。「先輩、ちょっと寝たらどうっスか? 夕飯まであと3時間ありますし」「……」 何度か声をかけたが、アデルの耳には入っていないらしく、彼はじっと壁の方を見つめたま...

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    ウエスタン小説、第11話。
    偵察。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    11.
    「あ、俺が出ます」
     ロバートはぐでっと横になったままのアデルに断りを入れ、続いてドアに向かって応じる。
    「姉御っスか?」
    「ええ。一息ついたでしょうし、そろそろ回ってみないかって声かけに来たんだけど、アデルは? 不貞寝してるの?」
    「え? あー、と……」「まさか! んなわけ無いって」
     ロバートが返事を返しかけたところで、アデルが慌てて飛び起き、ドアに張り付く。
    「とりあえず開ける」
    「ええ、お願い」
     アデルがドアの鍵を開け、エミルとサムを部屋に招き入れた。
    「で、どうしたって?」
    「どうって、作戦会議するんでしょ? まさかこのまま、夕食まで寝てるつもりだったの?」
    「え、……あー、まさか。いやさ、俺はてっきり、二人とも……」「『二人とも』? あたしたちが一緒におねんねしてると思ってたの?」
     しどろもどろなアデルの返答に、エミルが呆れた目を向ける。
    「あんた、あたしと組んで結構長いでしょ? あたしの好みも分からないわけ?」
    「え……、あ、いや、……わ、分かるさ、うん、分かる」
    「なら益体も無い邪推なんか、金輪際しないでちょうだい。
     ちゃんとまともな理由があって、あたしはサムと一緒の部屋にしたんだから」
    「あ、……そうなのか。……そっか」
     そうつぶやいたアデルの額を、エミルはやはり呆れた顔をしつつ、ぺちっと叩いた。
    「それで、これからどうするの? 牧場見に行く? それともここで待つ?」
    「後者に一票だな」
     アデルはそう答え、論拠を説明した。
    「来た時にも言ってたが、この町に宿なんてそう多くない。いや、恐らくここだけだろう。となれば議員先生もここを訪ねるはずだ。俺たちはそこを抑えりゃいい。
     ここなら駅の向かいだし、列車がいつ来るか、すぐ分かるしな」
    「あたしは反対ね」
     一方、エミルはこう主張する。
    「70マイル離れてるとは言え隣町だし、こっちにも何かしらのコネクションがあってもおかしくないわ。宿じゃなく、知人の家に泊まるかも知れない。
     それよりも、議員先生が来る前にそれとなく、町のことを調べておいた方がいいと思うけど」
     この意見を受け、アデルが折れた。
    「その点については同意だな。そのコネで、秘密の抜け道でも作られてたら厄介だし」

     一行はエミルの意見に則り、フランコビルをぐるっと見回っていた。
    「資料によれば人口400人弱、町の規模はおよそ直径4~5マイル。主要産業は……」「見りゃ分かるよ。牧場だろ」
     サムの説明を、ロバートが前を指差しながらさえぎる。
    「あ、は、はい。えーと、後は……」
    「町の概要はその辺でいいわ。他には、……そうね、牧場はいくつあるのかしら」
     エミルに尋ねられ、サムはぺらぺらと手帳をめくる。
    「3つあります。1つは前方のマグワイア牧場、他には町の南側に2つ、リーガン牧場とダンカン牧場です。どれも同じくらいの規模ですね」
    「同じくらい、ね。前にある牧場も馬を飼ってるみたいだし、買おうと思えば3ヶ所のどこでも買えそうね。
     ただ、議員さんが馬に乗れるかどうかは疑問だけど」
    「可能性は高いんじゃないでしょうか? 元々、農場主だったそうですし」
    「ああ、そう言ってたわね。じゃあ、その辺りも十分に可能性があるわね」
    「他に馬を調達できそうなところはある?」
    「うーん、……無さそうですね。馬を置いておけるところも、牧場とサルーンくらいです」
    「議員さんがサンクリストから馬で来たとしても、アデルが言った通りサルーンには泊まれないだろうし、そこに馬をつなぐ可能性は、まず無いわね」
     と、エミルとサムで意見交換していたところに、アデルも混じる。
    「となると議員先生、間違い無く牧場に来るだろうな。列車から馬に乗り換えるにしても、サンクリストから馬で来るにしても」
    「そうね。……とは言え3ヶ所をじっと見張るって言うのは、非現実的ね」
    「確かにな。日差しはきついし、見晴らしも良すぎる。俺たちが毎日何時間もじろじろ眺めてちゃ、不自然極まりないぜ。
     もし牧場の人間が議員先生と通じてたら、『こっちを見てる怪しい奴らがいますぜ』ってチクられて、逃げちまうかも知れん」
    「その上、3ヶ所よ。どうにか隠れて監視できる場所をそれぞれの牧場で確保できたとしても、4人じゃどうやったって手が足りないわ」
    「じゃあ、どうするんスか?」
     尋ねたロバートに、アデルが苦い顔を返した。
    「どうすっかなー……。どれか1つにヤマを張るのが効率的、……でもないな。外したら最悪だし」
    「となれば、採る方法は一つね」
     エミルの言葉に、アデルがうなずく。
    「だな」
     一方、ロバートとサムはそろって、ぽかんとした顔をしていた。
    「えっと……?」
    「なんかいい方法があるんスか? 罠でも仕掛けとくとか?」
     そう尋ねたロバートに、アデルが肩をすくめて返す。
    「イタチやウサギを追いかけてんじゃねーんだから、んなことするわけ無いだろ。
     もっと単純な方法だよ」

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 11

    2016.11.11.[Edit]
    ウエスタン小説、第11話。偵察。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11.「あ、俺が出ます」 ロバートはぐでっと横になったままのアデルに断りを入れ、続いてドアに向かって応じる。「姉御っスか?」「ええ。一息ついたでしょうし、そろそろ回ってみないかって声かけに来たんだけど、アデルは? 不貞寝してるの?」「え? あー、と……」「まさか! んなわけ無いって」 ロバートが返事を返しかけたところで、アデルが慌...

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    ウエスタン小説、第12話。
    カウボーイだった男の哀愁。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    12.
     アデルたちがフランコビルに着いてから、5日後。
     いかにも神経の細そうな、蒼い顔をした中年の男が、大きなスーツケースを両手にそれぞれ1つずつ提げて、駅から現れた。
    「……」
     神経質じみた仕草で辺りを確かめつつ、男は駅を離れ、そのまま南へと歩いて行く。
     1時間ほどかけ、男は「ダンカン牧場」と看板がかけられた、小さな家の前に着いた。
    「ふう、ふう……、失礼、ボビー・ダンカンさんはいらっしゃるか?」
     トントンとドアをノックし、少ししてその向こうから、陽気そうな男の声が返って来た。
    「ちょっと待ってくれー、すぐ開ける」
     その言葉通りドアが開き、中から赤ら顔の、やはり陽気そうに見える男が現れた。
    「ん? ……おお、テディ! テディじゃねえか!」
    「ん、ん……、ゴホン、ゴホン」
     テディと呼ばれた男は辺りを見回しつつ、空咳をする。
    「その、……あまり、大声を出さないでくれ、ボブ」
    「あ……? どうしたんだ、テディ? 前にも増して顔が真っ青だぞ」
    「血色の良い君がうらやましいよ。……いや、その、……君は最近、新聞を読んだか?」
    「新聞?」
     テディに尋ねられ、ボブはげらげらと笑って返した。
    「おいおい、俺が文字嫌いなの、忘れちまったのか? あんなもん、暖炉の火を点けるのにしか使ったこと無えや」
    「覚えている。だから君のところに来たんだ。『最近の』私の事情を、きっと君は知らないでいてくれているだろうと思って」
    「あん?」
     きょとんとしているボブに、テディはもう一度辺りを見回してから、こう続けた。
    「中に入っていいか? 外では話せないんだ」
    「おう、むさ苦しくて上院議員殿にゃ似合わんところだが、それでもいいなら」
    「助かる」
     家の中に通されるなり、テディは持っていたかばんをテーブルの上に置き、片方を開けた。
    「おいおい、大げさなかばんだなぁ。一体何が入って……」
     笑いかけたボブの顔が、凍ったように固まる。
     開かれたかばんの中には300人のリンカーンが、ぎゅうぎゅう詰めになって眠っていたからだ。
    「お、お、おっ、おい、テディ、な、なんだ、それっ」
    「見ての通り100ドル紙幣が300枚、つまり3万ドルだ。もう一つのかばんにも、同じくらい詰め込んでいる。
     ボブ、詳しいことは一切聞かないと、約束してくれないか?」
    「おっ、おう。い、いいぜ」
     ガタガタと震えつつも、ボブは首を縦に振った。
    「本当に助かる。ありがとう、ボブ。
     馬を1頭買いたいんだが、いくらになる?」
    「馬だって? 競馬にでも出すのか?」
    「いや、私が乗るんだ」
    「お前が?」
     ボブは首にかけていたバンダナで額の汗をごしごしと拭いつつ、呆れた目を向ける。
    「お前が馬に乗ってたのなんて戦争前の、まだハナたれのガキだった頃の話じゃねえか。一体どうし、……あー、いや、聞かん。聞かんぞ」
    「ありがとう。できれば脚が長持ちする馬がいいんだが……」
    「あるぜ。値段は400ドルってところだ」
    「そうか。かなりの距離を歩かせるから、食糧も用意して欲しいんだ。人と馬、両方の」
     そう頼んできたテディに、ボブは神妙な顔を返した。
    「テディ。お前まさか、メキシコにでも高飛びするのか? そのカネ、ヤバいヤツなのか?」
    「……」
     何も答えず、押し黙ったテディを見て、ボブは深くうなずいた。
    「……いや、聞くなって話だったよな。答えなくていい。
     分かった、1週間分でいいか?」
    「ああ、助かる。調達にどれくらいかかる?」
    「2時間もありゃ十分だ。総額、しめて……」
     言いかけたボブに、テディはかばんの中のドル紙幣を乱雑につかみ、そのまま渡そうとした。
    「2000ドルはあるだろう。これで頼む」
    「お、多すぎるって! 500くらいで……」「いや」
     テディは金を無理矢理、ボブに押し付ける。
    「迷惑料も込みだ。恐らくこの後、面倒臭い連中が大勢押しかけて、君に根掘り葉掘り聞いてくるだろうから」
    「……」
     まだ渋るような表情を浮かべていたが、ボブはテディから金を受け取った。

     そして2時間後、確かにボブは、馬と食糧とを調達してきてくれた。
    「本当にありがとう、ボブ。それじゃ、元気で」
    「おう。お前も、元気でな」
    「ああ。……じゃあ」
     テディはひらりと馬に乗り、そのままダンカン牧場を後にした。
    「……」
     牧場からさらに南下し、周囲が見渡す限りの荒野となったところで、テディは懐から煙草を取り出した。
    (……何年ぶり、いや、何十年ぶりだろうか。
     こうして何も無い、誰もいないところでただ一人、静かに煙草を吸うのは)
     ライターで火を点け、口にくわえ、ゆっくりと吸い込む。
    「ふう……」
     テディは吐き出した紫煙が風に飛ばされるのをぼんやりと眺め――その向こうに、馬に乗った人影が4つ、近付いて来ていることに気付いた。

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 12

    2016.11.12.[Edit]
    ウエスタン小説、第12話。カウボーイだった男の哀愁。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12. アデルたちがフランコビルに着いてから、5日後。 いかにも神経の細そうな、蒼い顔をした中年の男が、大きなスーツケースを両手にそれぞれ1つずつ提げて、駅から現れた。「……」 神経質じみた仕草で辺りを確かめつつ、男は駅を離れ、そのまま南へと歩いて行く。 1時間ほどかけ、男は「ダンカン牧場」と看板がかけられた、...

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    ウエスタン小説、第13話。
    食い違い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    13.
    「君たちは?」
     尋ねてきた相手に、アデルが先頭に立って答える。
    「俺たち3人はパディントン探偵局の者だ。こっちの1人は、連邦特務捜査局の人間だけどな」
    「ふむ」
     相手は煙草をくわえたまま、ゆっくりと馬を歩かせ、近付いて来る。
    「つまり、私を逮捕しようと?」
    「話が早くて助かるぜ、セオドア・スティルマン上院議員殿」
     アデルは馬を止め、腰に提げていたライフルを構える。
    「そこで止まってもらっていいか?」
    「承知した」
     アデルに言われた通りに、スティルマン議員は馬を止め、地面に降りる。
    「何故私がここに来ると分かったのかね?」
    「単純な話だ。十中八九、あんたはメキシコに行くって読んでたからな。そこへ向かうルートで待ち構えてりゃ、あんたの方からやって来る。
     それに人目に付くサンクリストやフランコビルを離れ、人っ子一人見当たらないこの荒野まで来れば、流石にあんたの警戒も緩む。そうだろ?」
    「なるほど、理に適っている。見付かるべくして見付かってしまった、と言うわけか」
     スティルマン議員は煙草を捨て、両手を挙げた。
    「次は? 手を頭の後ろで組んで、うつ伏せになった方がいいかね?」
    「いや、そこまでしなくていい。手は縛らせてもらうが」
    「痛くないように頼む。長年書類にサインばかりしていたせいか、手首が腱鞘炎気味でね」
     何の抵抗もせず、淡々と従うスティルマン議員に、アデルは疑い深く尋ねる。
    「まさか、あきらめたのか? カネ持って高飛びしようってつもりだったんだろ?」
    「そのつもりだったが、捕まったと言うならば仕方が無い。荒事は苦手でね」
    「仕事がすぐ済んで助かるけどな、こっちは。
     さて、と。拘束したし、仕事の方はもう終わったも同然だ。そこで議員先生、あんたに聞きたいことが一つあるんだが」
    「何かね?」
     アデルも馬を降り、ライフルを構えたまま、もう一つの目的について話を切り出した。
    「F資金のことだ」
    「えふしきん? 何だね、それは」
    「あんたがヘクター・フィッシャー氏から南北戦争の勃発直前に受け継いだ、巨額の資金のことだ。
     知らないとは言わせないぜ、議員先生?」
    「……」
     スティルマン議員は首をひねり、こう返す。
    「そうまで大仰に見栄を切ってもらって大変申し訳無いのだが、……見当が付かない」
    「う、ウソつくんじゃねえ!」
     ロバートが馬上から怒鳴るが、スティルマン議員は肩をすくめるばかりである。
    「ウソではなく、本当に何のことだか分からない。
     そもそもフィッシャーと言う人物すら、私は聞いたことが無いのだが」
    「え?」
     スティルマン議員の言葉に、サムが目を丸くする。
    「せ、1861年に、あなたが彼から政治基盤を受け継いだと、あの、資料には……」
    「うん? ……ああ、なるほど。概ね事情が分かった。
     君たちは大きな勘違いをしているようだし、その資料とやらも、修正することをお勧めする」
     スティルマン議員は大きくため息をつき、こう続けた。
    「確かに私はさる人物から政治基盤を受け継ぎ、政治家となった。
     ただしそれは1861年ではなく、1871年だ。そもそも受け継いだのはフィッシャー氏からではなく、そのフィッシャー氏から受け継いだであろう人物、即ち私の伯父であるセオドア・ショーン・スティルマンからだ。
     ちなみに私の名前は、セオドア・パーシー・スティルマンだ。名前のせいで、よく伯父と間違われたよ。今もそうだがね」

     ともかくアデルたちは、スティルマン議員をフランコビルまで連れ戻し、詳しい事情を――汚職事件の方である――尋ねることにした。
    「動機? 単純にカネを必要としていたからだ。
     実は大統領の座を狙っていてね、出来る限り資金が欲しかったんだ。既にN準州の件などで実績は十分に挙げていたし、後は実弾をバラ撒いて党や財界の支持を得て……、と言うつもりだったんだが、残念ながら反対勢力に嗅ぎつけられたらしい。新聞社や司法当局にリークされて、こうして逃げ回る羽目になってしまった。
     正直、ここ数日は逃げることも嫌になってきていたんだ。だから君たちに、穏便に捕まえてもらって、感謝しているくらいだ」
    「そりゃどうも」
     アデルはぶっきらぼうに礼を述べつつ、もう一つの件についても再度、スティルマン議員に尋ねた。
    「で、さっきの話の続きなんだが、つまりもしF資金を受け継いだとするなら、あんたじゃなく伯父さんの方なんだな?」
    「恐らくそうだろう。少なくとも私は、伯父からそんな話を聞いたことは、一度も無いがね」

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 13

    2016.11.13.[Edit]
    ウエスタン小説、第13話。食い違い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13.「君たちは?」 尋ねてきた相手に、アデルが先頭に立って答える。「俺たち3人はパディントン探偵局の者だ。こっちの1人は、連邦特務捜査局の人間だけどな」「ふむ」 相手は煙草をくわえたまま、ゆっくりと馬を歩かせ、近付いて来る。「つまり、私を逮捕しようと?」「話が早くて助かるぜ、セオドア・スティルマン上院議員殿」 アデルは馬を...

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    ウエスタン小説、第14話。
    内戦前夜の空白。

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    14.
     スティルマン議員をワシントンへ護送する前に、アデルたちはサンクリストへ寄り道していた。
    「このままじゃ気になって仕方無いし、F資金についての手がかりだけでもつかんでおきたいんだ。
     協力してもらうぜ、議員先生。……ただし、このことは内緒にしてくれ」
    「それは司法取引かね?」
     憮然とした顔で尋ねたスティルマン議員に、アデルはニヤ、と笑う。
    「俺にその権限は無いが、便宜は図るよう頼む。……こいつが」
     そう言って、アデルはサムの肩をポン、と叩いた。
    「えっ!? ……そ、そんな無茶な!」
    「頼むよ、サム。ほら、事情聴取の時にでもさ、『カネの一部を教会に寄進して懺悔してた』とか、『ショーウインドウ覗き込んでた子供にプレゼント買ってやった』とかさ、適当にハートフルな美談付け加えりゃさ、心象も良くなるだろ?」
    「ぼ、僕にウソをつけと? いっ、嫌ですよ!」
     流石のサムも、こんな荒唐無稽な頼み事は受け付けられないらしく、頑なな態度を執っている。
    「ウソじゃなきゃいいんでしょ?」
     と、エミルがスティルマン議員のかばんから何百ドルか取り出し、駅に備え付けられてある募金箱に、ぐしゃぐしゃと突っ込んだ。
    「ちょ、エミル!? ……お前もお前で滅茶苦茶だな」
    「どうせ持って帰ったって、お役人が何だかんだ理屈をつけて、国庫に放り込むだけでしょ? それならこっちの方がまだ、有効活用ってもんよ。
     それにもう、捜査の方は終わってるんだから、さっさとやることやって帰りたいし。ここでうだうだ言い争いなんかして、時間を潰したくないのよ、あたしは。
     さ、行きましょ」
     エミルに促され、一行はスティルマン邸へと向かった。

     スティルマン議員が逃走資金確保のために立ち寄った際に使用人をすべて解雇したため、屋敷内に人の姿は無い。
     無人となった屋敷に入り、スティルマン議員がうんざりとした顔で尋ねる。
    「それで、何を調べようと言うのかね?」
    「議員先生、この屋敷はあんたの伯父も住んでたことがあるんだよな?」
    「うむ。と言っても61年以降、彼が政治家になってからは一度も帰ってきたことは無いがね」
    「なってからは、か。じゃあその直前までは、ここにいたわけだ。
     サム、確かショーンの方のスティルマン氏は、57年からフィッシャー氏と関係があったって言ってたよな?」
    「あ、はい」
    「なら、その間に付けた日記なんかがあるかも知れん。それを探そう」
     一行はショーン氏の使っていた部屋へ入り、机や本棚を念入りに調べる。程無くして、1857年から1861年に書かれた日記を3冊、見付け出した。
     ところが――。
    「……それらしいことは何にも書いてないな。フィッシャー氏とどこに行ったとか、弟から借金の相談を受けたとか、そんなことばっかりだ」
    「言ったろう? そんな話は聞いたことが無いと」
     落胆するアデルに、スティルマン議員が呆れた目を向ける。
    「最初から、そんなものはどこにも無かったのだ。大方、当時権勢を振るっていたフィッシャー氏に嫉妬していた連中が流したデマなのだろう。
     大体、F資金などと言う与太話を真に受けて人を追い回し、こんなろくでもない家探しにまで及ぶなど、分別ある紳士がすべきことでは無いだろう。ああ、嘆かわしい」
    「くそ……」
     追っていた相手になじられ、アデルは憮然とする。
     と――日記を読んでいたエミルが、声をかけてくる。
    「アデル。ちょっと見てちょうだい」
    「なんだよ?」
    「ほら、このページ。1860年の12月終わりから61年の2月はじめまで、いきなり日にちが飛んでる」
    「ん? その辺りって確か……」
    「南部地域が合衆国から脱退し、連合国を宣言した辺りですね」
    「だよな」
     サムの注釈を受けつつ、アデルは日記を手に取る。
    「フィッシャー氏はT州有数の権力者だったし、この頃も恐らく、忙しくしてただろう。『弟子』のショーン氏も随伴してただろうし、同じく忙しかったはずだ。……となればまあ、日記が満足に書けなかったんだろうとは、考えられなくも無い。
     だがその後、唐突に日記が再開され、そのまま何事も無かったかのように続けられている。まるでこの2ヶ月の空白をごまかしているような……」
    「考えすぎだ!」
     呆れ返るスティルマン議員をよそに、アデルはもう一度、机に目を向ける。
    「この日記は、机の中にあったんだっけか」
    「ええ、真ん中の引き出しよ」
    「ふむ」
     アデルは引き出しを抜き取って引っくり返し、底面を軽く叩いてみる。
    「やっぱり二重底か。ここを……こうして……こうすれば……よし、開いた」
     中から出てきたもう一冊の日記を手に取り、アデルはページをめくった。

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 14

    2016.11.14.[Edit]
    ウエスタン小説、第14話。内戦前夜の空白。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -14. スティルマン議員をワシントンへ護送する前に、アデルたちはサンクリストへ寄り道していた。「このままじゃ気になって仕方無いし、F資金についての手がかりだけでもつかんでおきたいんだ。 協力してもらうぜ、議員先生。……ただし、このことは内緒にしてくれ」「それは司法取引かね?」 憮然とした顔で尋ねたスティルマン議員に、アデ...

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    ウエスタン小説、第15話。
    誰にも語られなかった懺悔。

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    15.
    「Thursday,12.27.1860.
     先生は北部連中の言動を受け、大層お怒りになっていた。そして私に大量の資金と兵士、さらには武器を集めるよう指示された。大変な役目を負わされたものだ。
     恐ろしくてたまらない。もし万が一、司法当局や政府権力が私を拘束した際、少しでもその責を逃れるために、日記を分けて書いておくことにする。

     Friday,1.11.1861.
     先生から密かに教えられたコネを使い、ヴェルヌなる男に接触する。
     聞けば非合法の武器ブローカーであるとか。彼に注文すれば、ミニエー銃だろうとナポレオン砲だろうと、何でも欲しいだけ揃えてくれると言う。
     これで武器調達に関してはどうにかなりそうだ。後は資金と兵士だ。

     Monday,1.14.1861.
     資金の方も目処が着きそうだ。
     先生を支持している会社や団体から、合計30万ドルにも及ぶ資金を調達できた。幸運なことに、昨日の講演会にて他にも多数、先生の主張に賛同して下さる方を獲得できたため、より多くの資金を確保できるだろう。
     早速、ヴェルヌ氏に注文の手紙を送る。

     Tuesday,1.22.1861.
     資金に続き、兵隊に関しても確保できた。
     これもまた、先生の持っていた非合法ルートでの話となったが、シャタリーヌと言う男と会い、話ができた。
     あまり詳しくは話せなかったが(いや、恐ろしくて聞くことができなかったのだ)、どうやら彼は合衆国に対する地下組織を結成しているものの、武器と資金の不足に悩んでいるようだった。
     つまり私が集めてきた資金と、それを使って購入した武器を彼の組織に貸与し、その代わりに、彼の組織に合衆国で暴れてもらう。そう言う形で取引がまとまった。
     だが、嫌な予感が残る。あのシャタリーヌと言う男が、どうにも信用し切れないのだ。先生の紹介だから取引に応じたものの、人をぬらぬらと舐め回すようなあの目を思い出す度、全身に怖気が走るのだ。

     Saturday,2.2.1861.
     完全にはめられた! ヴェルヌとシャタリーヌはつながっていたのだ。
     かき集めた資金110万ドルは消えた。武器も届かない。300人は来ると言っていた兵士も、一人も私の前に現れなかった。
     これを知った先生は憤慨し、先程倒れられてしまった。医師の話では、今夜が峠だと言う。
     何と言うことだ! まさか「だまされて110万ドルを失いました」などと、支援者に弁解できるはずも無い。
     これで私の政治生命は終わりだ。それどころか、今世紀最大の横領犯として投獄されることになるだろう。

     ふと思ったが、もしも先生がこのまま亡くなったとしたら、一体どうなるだろうか?
     110万ドルが消えたことも、取引のことも、そのすべてを知っているのは私一人になるではないか。
     となれば「私は何も知らなかった」、「先生の裁量で110万がどこかに運用されたのだ」と言い張れば、事情を知らぬ皆が私を責めようはずも無い。
     そもそも先生には、これまで散々と、ひどい思いをさせられてきたのだ。この際、先生に罪をなすりつけて

     いや、そんなことは許されない。

     しかし、私の手には余る。やはり

     駄目だ!

     だが、

     やはり

     ああ、どうすればいいのだろうか。運を天に任せるしか無いのか。
     もしも本当に今夜、先生が亡くなるのならば、それは神が私ではなく、先生に対して罰を下したのだと考えよう。私はこの件を誰にも語らず、闇に葬ることにする。
     だがもし、神が先生を生かそうとされたのならば、罪は私にあるのだと考えよう。もしそうなれば、私は正直にすべてを話し、罪を悔いることにしよう」



     読み終えたところで、スティルマン議員は元々血色の悪い顔を、さらに青ざめさせていた。
    「何と言うことだ……! 伯父がそんな、下劣なことを……!」
     そしてもう一人――エミルもまた、真っ青な顔で立ちすくんでいた。
    「……」
     すべてが凍りついたような状況の中、アデルはどうしていいか分からず、日記を握りしめることしかできなかった。

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 15

    2016.11.15.[Edit]
    ウエスタン小説、第15話。誰にも語られなかった懺悔。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -15.「Thursday,12.27.1860. 先生は北部連中の言動を受け、大層お怒りになっていた。そして私に大量の資金と兵士、さらには武器を集めるよう指示された。大変な役目を負わされたものだ。 恐ろしくてたまらない。もし万が一、司法当局や政府権力が私を拘束した際、少しでもその責を逃れるために、日記を分けて...

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    ウエスタン小説、第16話。
    局長の懸念。

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    16.
     アデルたちがフランコビル南でスティルマン議員を拘束してから、10日後――。
    「クインシー君から報告が来たよ。スティルマン議員は無事、司法当局に引き渡されたそうだ」
    「そうですか、良かった」
     出張から戻って来たパディントン局長から顛末を聞かされ、アデルは笑顔を作って応じた。
    「これでまた、捜査局とうちとのパイプが太くなるってわけですね」
    「うむ、そうだな。イタリア君にとっても、探偵と言うものの実情をしっかり見る、いい機会になっただろう。
     そうそう毎回毎回、銃撃戦やら大捕物やらに巻き込まれる稼業だと思ってもらっては困るからな」
    「ええ、そうですね」
    「……ネイサン」
     と、局長がとん、とアデルの肩に手を置く。
    「君は何か、私に隠していることがあるんじゃあないか?」
    「い、……え、何も」
     アデルはどうにか平静を装い、局長にそう返した。
    「そうか。……ふむ、イタリア君が言っていたことと違うな」
    「えっ!?」
     局長の言葉に、アデルの平静はいとも簡単に崩れる。
    「いや、そのっ、局長にはご心配をかけまいと考えてですね」「ほう」
     途端に、局長はニヤッと笑った。
    「やはり何か隠している、と言うことだね?」
    「……あっ」
     局長にカマをかけられたことに気付き、アデルはがっくりと、その場にへたり込んだ。

     アデルからF資金にまつわる「調査結果」を聞き、局長はうなった。
    「ふーむ……」
    「あ、あの、局長。その……」
     弁解しかけたアデルに、局長は再度、ニヤッと笑って返す。
    「君がこっそり宝探しをしていたと言うことに関しては、不問にしておいてやろう。発見したものを独り占めしたと言うのならともかく、何も手に入らなかったと言うことであればね。骨折り損した君にわざわざ追い打ちをかけるのは、私の趣味じゃあ無い。
     私が気にしているのは、エミル嬢の反応だ。一体その日記の何が『あの』彼女を、そうまで心身寒からしめたのか? それが気になるんだ」
     局長はアデルが持って帰ってきていた日記を手に取り、ぺらぺらとページをめくる。
    「日記の登場人物は、書いた本人のセオドア・S・スティルマン。彼の先生であったフィッシャー氏。そしてヴェルヌなる武器密売人と、地下組織を率いるシャタリーヌ、か。
     ネイサン、以前にも別の事件――リゴーニ地下工場摘発の際に、エミル嬢が『シャタリーヌ』と呼ばれていたと聞いた覚えがあるが、間違い無いかね?」
    「あっ、……そうか、そう言えば聞き覚えがあるなー、と思ってました」
     間の抜けた回答をしたアデルに、局長はやれやれと言いたげに、肩をすくめて見せた。
    「君は自分が扱った事件を覚えていないのかね? まあいい、とにかくそのシャタリーヌと言う人物とエミル嬢には、何らかの接点があると見て間違い無いだろう。
     ここからの話は秘密にしておいてほしいのだが、ネイサン。私は密かに、そのシャタリーヌなる人物について調査してみようと思う。
     今のところ、エミル嬢は自分が抱えている秘密を打ち明ける勇気が無さそうだ。だから我々が知れる範囲まで調べ上げ、彼女が打ち明けやすくできる状況を作ってやろうと思う。
     彼女にとって、その秘密は彼女自身を苦しめ続ける根源でしか無いと、私にはそう思えてならないからね」
    「分かりました。エミルにはその件、隠しておきます」
    「頼んだよ、アデル。
     くれぐれもカマをかけられて、引っかかったりはしないように」
    「……承知してます」



     局長のオフィスを後にし、廊下に出たところで、アデルはエミルとすれ違った。
    「あ、エミル」
    「……なに?」
     いつものように冷たい態度を見せるエミルに、アデルは優しく、そして明るい声でこう切り出した。
    「グレースからいい情報を仕入れたんだ。近所にうまいコーヒーショップができたってさ」
    「それが?」
    「一緒に飲みに行こうって話だよ。パンケーキも出るらしいんだけどさ、うまいらしいぜ?
     な、俺がおごってやるからさ、一緒にどうよ?」
    「……」
     エミルはそのまま背を向け、歩き去る。
     が――去り際に、いつものように淡々とした、しかしどこか嬉しそうな声で、こう返してきた。
    「明日、あんたもあたしも休みでしょ? 朝10時、このビルの前でね」
    「……おう」
     エミルがその場から消えた後、アデルは自分がいつの間にかヘラヘラと、締まりの無い笑みを浮かべていたことに気付き、慌てて表情を引き締めた。

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ THE END

    DETECTIVE WESTERN 6 ~ オールド・サザン・ドリーム ~ 16

    2016.11.16.[Edit]
    ウエスタン小説、第16話。局長の懸念。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -16. アデルたちがフランコビル南でスティルマン議員を拘束してから、10日後――。「クインシー君から報告が来たよ。スティルマン議員は無事、司法当局に引き渡されたそうだ」「そうですか、良かった」 出張から戻って来たパディントン局長から顛末を聞かされ、アデルは笑顔を作って応じた。「これでまた、捜査局とうちとのパイプが太くなるって...

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    ウエスタン小説、第7弾。
    「王」と呼ばれた男。

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    1.
     周知の事実であるが、アメリカ合衆国には「国王」がいない。
     これは建国当初より、合衆国が「自由と平等」の精神を重んじた結果である。即ち国王などと言う「絶対君主」、唯一無二の存在が人民の中に、また、国家の中にある限り、その存在から人民が「自由」になることは叶わず、「平等」もまた、訪れ得ないからである。
     なお、実際にアメリカ独立戦争後、初代大統領ワシントンを国王に立てようと言う動きが民衆の間で沸き起こったこともあるが、ワシントン本人が「自由と平等」の観点から、これを固辞している。
     結局、建国以来一度も国王が誕生しないまま、現在に至っている。

     とは言え、合衆国の中で並々ならぬ業績と富を手にし、「王」と称された者たちは数多く存在する。
     古くは鉄鋼王カーネギー、石油王ロックフェラー、自動車王フォード、近年では不動産王トランプやIT王ゲイツ、投資王バフェットをはじめとして、合衆国の産業界はこの200余年で、数多くの王を輩出している。
     勿論、西部開拓史における産業発展の代名詞、鉄道業界においても、数多くの王が現れた。最も有名なのはニューヨーク・セントラル鉄道など数多くの鉄道会社を有していた、ヴァンダービルト。その他にもモルガン、グールドなど、19世紀アメリカ産業界の中核、大動脈となっていた鉄道に関わり、巨額の財を成した者は少なくない。
     そしてこの男もまた、鉄道王と称されるべき一人だった。



    「本気かね、アーサー?」
     対面に座る友の言葉に、彼は食事の手を止め、まじまじと相手を見つめた。
    「本気だとも、メルヴィン。私は今年限りで引退する。後のことは息子に託そうと思っている」
    「考え直せないのか? 君に去られてしまえば、わしはますます、会社からただの金庫番扱いされてしまう。
     いや、それ以前にだ。優れた経営手腕を持ち、わしの良き理解者であった君を失うのは、会社にとっても、わしにとっても大きな痛手だ」
    「ありがとう。そう言ってくれるのはとても嬉しいし、最大級の賛辞だと思っている。
     しかし私の出番はもう終わったのだ。この前の買収作戦が失敗して以降、私の地盤はぐらついている。早晩、株主や投資家たちが責め立てに来るだろう。
     そうなればきっと、君にも迷惑が及ぶ」
    「わしは、そんなことは構わん。経営権を手放せと言うのならば、そうしてやる。そんなことはわしにとって、痛手でもなんでもない。
     本当に、身を切られるほどの痛手は、君を失うことだ。君がわしの元を去ることは、100万ドルを失うことよりも、はるかに大きな損失だよ」
     メルヴィンの説得に、アーサーは肩をすくめるばかりだった。
    「そうまで言ってくれるのは、今では恐らく君だけだよ、メルヴィン。私としてもできる限りは、君の期待に応えられればとは思っているのだ。
     しかしだな、メルヴィン」
     アーサーは顔を両手で覆い、椅子にもたれかかる。
    「私は、もう疲れたのだ。だから頼む、メルヴィン。休ませてくれ」
    「……アーサー……」
     憔悴しきった様子を見せるアーサーに、メルヴィンは彼の説得を諦めた。

     それから数日後――西部有数の鉄道会社、ワットウッド&ボールドロイド西部開拓鉄道は、最高経営責任者であったアーサー・ボールドロイド氏の辞任を発表した。
     また、この日以降、同社の共同経営者であったメルヴィン・ワットウッド氏も西部の屋敷にこもるようになり、事実上、経営権を手放した。

    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 1

    2017.04.09.[Edit]
    ウエスタン小説、第7弾。「王」と呼ばれた男。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 周知の事実であるが、アメリカ合衆国には「国王」がいない。 これは建国当初より、合衆国が「自由と平等」の精神を重んじた結果である。即ち国王などと言う「絶対君主」、唯一無二の存在が人民の中に、また、国家の中にある限り、その存在から人民が「自由」になることは叶わず、「平等」もまた、訪れ得ないからである。 なお、実際に...

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    ウエスタン小説、第2話。
    機関車バカ、ふたたび。

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    2.
    「よーっす、お久しぶり」
     応接室に入るなり、あごひげの男からフランクに挨拶され、アデルは面食らった。
    「え、あ、……お、お久しぶり?」
    「なんだよ、俺の顔忘れたのか? つれないねぇ」
    「えーと……」
     アデルは記憶をたどり、そしてようやく、相手の名前を思い出した。
    「……あ! そうだ、ロドニー! ロドニー・リーランド! 機関車バ、……機関車ギーク(オタク)の」
    「そうそう、俺、俺」
     そこでようやく、アデルはロドニーと握手を交わした。
    「いや、久しぶり過ぎてマジで忘れてた。悪いな」
    「いいってことよ。もうあれから、半年は過ぎてるし」
    「いや、もっとだぜ」
    「ありゃ、そうだったか? いやぁ、何しろ引きこもってると、新聞もろくに読まなくなっちまうからなぁ」
     と、アデルよりも先に応接室に来ていたパディントン局長が、穏やかな口調でロドニーに尋ねる。
    「それでリーランドさん、本日はどのようなご用件で、当探偵局にいらっしゃったのでしょうか?」
    「ああ、そうだった。
     いやさ、おたくら探偵さんだろ? ちょっと依頼したいんだわ」
    「依頼? 機関車関係か?」
     そう尋ね返したアデルに、ロドニーは首を傾げながら応じる。
    「まあ、そっち関係と言えばそう言えるかな」
    「何だよ? 機関車を時速88マイルまで加速させたいだとか言うんじゃないだろうな」
    「んなことお前さんたちに頼むかよ。そんなノウハウ聞くなら探偵局じゃなく、石炭売りか鍛冶屋にでも相談するっつの。
     そうじゃなくて鉄道関係、つーか鉄道会社関係だな」
    「鉄道会社?」
     おうむ返しに尋ね返し、今度はアデルが首を傾げる。
    「アンタ、廃業したって言ってたじゃないか。再開するのか?」
    「いや、そう言うつもりじゃない。俺じゃなく、俺の恩師に関わる依頼なんだ。
     10年前に失踪した、ボールドロイドって男を探して欲しい」
    「ボールドロイド……」
     静かに話を聞いていた局長が、口を挟む。
    「10年前に失踪した、アーサー・ボールドロイド氏のことでしょうか?」
    「え? あ、ああ、そうだ。知ってるのか?」
     ぎょっとした顔をしているロドニーに、局長はにっこり笑って答える。
    「合衆国有数の実業家でしたからな。今も天才経営者と絶賛する者は、決して少なくはないでしょう」
    「そう、その通りだ。そして、だからこそ今、探すべき男なんだ」
    「ふむ。……失礼、少々席を外します」
     そこで突然、局長は席を立ち、応接室を離れる。
    「ん、ん?」
     面食らった様子のロドニーに対し、アデルは「ああ」と声を上げる。
    「きっと局長、新聞を取りに行ったんだな」
    「新聞? ……いや、そうか。まあ、報道もされてるよな、あれだけの騒ぎじゃ」
     アデルの予想通り、程無くして局長は、数日前の新聞を手に戻って来た。
    「察するにスチュアート・ボールドロイド氏の件ですな?」
    「ああ、そうだ。さっき言ったA・ボールドロイド氏の息子で、現W&B鉄道の最高経営責任者だ。
     そして俺の、鉄道関係の師匠でもあり、かけがえのない友人でもある」
     そう言ったロドニーの顔は、暗く沈んだものとなっていた。
    「頼む、ボールドロイド氏を何としてでも見つけ出して、スチュアートさんを救ってくれ。
     あの人は今、とんでもなく困ってるんだ」
     ロドニーは局長の持っている新聞を指差し、ついには顔を覆ってしまった。

    「W&B鉄道 アトランティック海運買収計画を断念 経営破綻のおそれありとの意見も」

    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 2

    2017.04.10.[Edit]
    ウエスタン小説、第2話。機関車バカ、ふたたび。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「よーっす、お久しぶり」 応接室に入るなり、あごひげの男からフランクに挨拶され、アデルは面食らった。「え、あ、……お、お久しぶり?」「なんだよ、俺の顔忘れたのか? つれないねぇ」「えーと……」 アデルは記憶をたどり、そしてようやく、相手の名前を思い出した。「……あ! そうだ、ロドニー! ロドニー・リーランド! 機関車...

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    ウエスタン小説、第3話。
    19世紀末の買収騒動。

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    3.
    W&B鉄道 アトランティック海運買収計画を断念 経営破綻のおそれありとの意見も

     西部開拓の一翼を担う鉄道会社、ワットウッド&ボールドロイド西部開拓鉄道が今年はじめより進めてきたアトランティック海運の買収計画について、同社最高経営責任者であるボールドロイド氏は昨日12日、正式に同計画を中止することを発表した。
     ボールドロイド氏は計画断念の理由を『アトランティック海運の実際の収益率が当初算定されていたものより低く、買収資金の回収が当面見込めないため』としているが、関係者筋によれば、『買収資金の確保が難しくなったことから、同計画の断念に至ったのではないか』とのこと。
     また、同社は前四半期において最高経営責任者交代以来最大の減益を計上しており、『同社の経営状態は著しく悪化していると見て間違い無い』、『将来的に経営が破綻するおそれもあるのではないか』との意見も出ている」




    「この記事はどこまでが真実なのでしょうか?」
     尋ねた局長に、ロドニーは顔を若干青ざめさせつつ、首を横に、力無く振った。
    「詳しいことは俺には分からん。経営のケの字も知らんし、スチュアートさんがそんな内々のこと、部外者の俺に話すわけも無いからな。
     だけどスチュアートさんがヤバいことになってるってのは側で見てりゃ分かるし、困ってるってんなら、助けになってやりたいんだ。
     だから頼む! 俺の依頼を受けてくれないか!?」
     がばっと頭を下げて頼み込んだロドニーに、アデルは局長の顔を伺った。
    「どうします……、局長?」
    「議論の必要は無かろう。経緯や必要性はどうあれ、人探しを依頼されて断る探偵はいるまい?」
     そう返し、局長はまだ頭を下げたままのロドニーの肩に手を置いた。
    「リーランドさん。もう一度言いますが、我々は探偵です。依頼があれば基本的にお受けするのが、我々の流儀です。
     無論、お代はそれなりに頂きますが」
    「か、カネなら勿論出す! いくらだ!?」
     顔を挙げたロドニーに、局長はにっこりと温かみのある笑顔を浮かべながら、こう返した。
    「まず基本料金が50ドル。そして成功報酬が150ドル。あとは探偵1人につき、1日1ドルの活動費をいただければ」
    「いくらかかってもいい。いくらでも出してやるよ。
     その代わり、絶対見つけ出してくれ。頼んだぜ」

     ロドニーが探偵局を後にするのを窓から眺めながら、局長はアデルに切り出した。
    「アデル。今回の依頼、君が担当してくれるかね?」
    「ええ、まあ。知り合いですし」
    「うむ、それなら話が早い。
     では明日より早速、U州に向かってくれ」
    「へ?」
     ポンと命じられ、アデルはきょとんとする。
    「何故U州に?」
    「そこにA……、いや、件のアーサー・ボールドロイドがいるからだ」
    「は?」
     局長が何を言っているのか理解できず、アデルは面食らう。
    「ちょ、ちょっと待って下さい。まだ俺、調査も何も」
    「ああ、調査は終わっているよ。失踪の一ヶ月後くらいにね」
     局長の言葉に、アデルは口をぱくぱくとさせることしかできない。
    「『どうして居場所が分かっているのに、依頼主に何も言わなかった』と言いたげな顔だな。
     居場所を言ってしまったら、我々のやることが無くなってしまうだろう? せっかく調査料諸々が入ると言うのに、むざむざタダで情報を渡してしまうことはあるまい」
    「で、でも」
    「私は探偵だが、その前に我がパディントン探偵局の局長、つまり会社の社長だ。
     儲け話をみすみす逃すような社長が、どこにいると言うのかね?」
    「……局長、アンタ本っ当にズルいなぁ」
     アデルは額を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。

    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 3

    2017.04.11.[Edit]
    ウエスタン小説、第3話。19世紀末の買収騒動。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「W&B鉄道 アトランティック海運買収計画を断念 経営破綻のおそれありとの意見も 西部開拓の一翼を担う鉄道会社、ワットウッド&ボールドロイド西部開拓鉄道が今年はじめより進めてきたアトランティック海運の買収計画について、同社最高経営責任者であるボールドロイド氏は昨日12日、正式に同計画を中止することを発表した。 ボ...

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    ウエスタン小説、第4話。
    敵を制するには、まず味方から。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「流石と言うか、阿漕(あこぎ)と言うか、……ね」
     U州へ向かう列車の中で経緯を聞いたエミルは肩をすくめ、こう尋ねてきた。
    「で、あたしは今回もあんたに同行するわけね」
    「ああ、そこはいつも通りだ」
    「その点は別に、どうこう言うつもりは無いわ。
     でもなんでまた、コイツを連れてくの?」
     そう言って、エミルは対面の席で眠りこけているロバートを指差す。
    「いくらもう探す相手が見付かってて、後は連れてくだけって言っても、2人いれば十分でしょ?」
    「理由は2つだそうだ」
     アデルは頭をかきながら、説明する。
    「1つは、日当稼ぎだ。今回の条件、『探偵1人につき1日1ドル』だからな。
     3人で向かえば1日3ドル、必要経費を引いたとしても1日で2ドル近いプラスになる。U州に行って帰ってってだけでも2、30ドルの儲けってわけさ」
    「セコいわね」
    「実にそう思うよ。で、理由の2つめは、『エクスキューズのため』だってさ」
    「つまり『未熟な調査員がいたせいで、調査に数日を要しました』って言い訳したいってこと?」
    「その分、増えるしな。日数が」
    「呆れた」
     本当に呆れた顔を見せるエミルに、アデルはニヤニヤと笑いかけた。
    「いいじゃないか。俺たちにしても、遊んで給料もらえるようなもんだ」
    「前回の仕事だってそんなに大した仕事してないじゃない。
     こんなことばっかりやってたら勘が鈍って、いざって言う時困るわよ」
    「その点は同感かな。俺にしたって、次はもうちょい歯ごたえのある仕事を希望したいね」
     当たり障りのない返事をダラダラと返しながら、アデルは局長と交わしていた「密談」を思い出していた。



    「そして3つ目の理由だが、これは私と君だけの話にしておいてくれ」
     局長から2つの呆れた理由を聞かされていたアデルは、トゲトゲしく返した。
    「なんです? 他にどんな儲け話が?」
    「そうじゃあない。言い換えよう、これはエミル嬢に聞かせたくない話だ」
    「……って言うと?」
     真面目な顔になった局長を見て、アデルも背筋を正す。
    「しばらく君に随行させることで、エミル嬢を探偵局から遠ざけておきたい。私の調べ物を、彼女に悟らせないためにね」
    「調べ物……。こないだ言ってた、シャタリーヌとヴェルヌの?」
    「そうだ。鋭いエミル嬢なら、私が何かしらコソコソやっていて、気付かないと言うことは恐らくあるまい。事実、彼女はそれとなく、私や君の動向を伺っている節があった。
     君も覚えがあるんじゃあないか?」
     そう問われ、アデルはここ数週間のエミルの様子を振り返る。
    「……そうですね。確かに最近、話したりメシ食ったりする機会が多いですね」
    「うむ。これではうかつに調査すれば、彼女に悟られてしまうかも知れん。
     そうなった場合、我々にとってあまりいい結果には結びつくまい。以前に局を抜けようとしたこともあるからね」
    「なるほど。……じゃあ、ロバートのことは?」
     尋ねられ、局長は肩をすくめる。
    「エミル嬢は鋭いと言っただろう? このタイミングで君と彼女だけをU州へ追いやれば、彼女は私の真意に気付くかも知れん。
     それをごまかすには、もっと『らしい』名目を聞かせてやった方がいい。それがさっきの『儲け話』だ。
     彼女には私が『カネにがめつくてセコい小悪党』であると、そう思わせておくんだ」
    「……承知しました」



    「どうしたの?」
     エミルに尋ねられ、アデルは我に返る。
    「ん? 何がだ?」
    「ボーッとしてたけど、考え事でも?」
    「ああ……。まあ、そんなトコだ。帰ったらジョーンズの店のコテージパイが食いたいなーって」
    「アハハ……、そんなこと?
     ご飯のことでそんな、眉間にしわ寄せるほど考え事するの? 意外と食いしん坊なのね、あんた」
    「へへ……、ほっとけ。ジャガイモ料理好きなんだよ、俺は」
     アデルは適当にごまかし、3つ目の理由について思い返すのをやめた。

    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 4

    2017.04.12.[Edit]
    ウエスタン小説、第4話。敵を制するには、まず味方から。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「流石と言うか、阿漕(あこぎ)と言うか、……ね」 U州へ向かう列車の中で経緯を聞いたエミルは肩をすくめ、こう尋ねてきた。「で、あたしは今回もあんたに同行するわけね」「ああ、そこはいつも通りだ」「その点は別に、どうこう言うつもりは無いわ。 でもなんでまた、コイツを連れてくの?」 そう言って、エミルは対面の席...

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    ウエスタン小説、第5話。
    局長秘蔵の名士録。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     と、今まで軽くいびきをかいて眠っていたロバートが、ビクッと体を震わせ、「……んあ?」と間抜けな声を上げた。
    「むにゃ……、あれ? ……夢か」
    「夢? 何見てたのよ」
     尋ねたエミルに、ロバートは目をこすりながら答える。
    「いや……、何て言うか、……まあ、子供ん頃の夢っス。ばーちゃん家で鶏肉とポルチーニ茸のトマト煮とか、……いや、何でも無いっス」
    「……ぷっ」
     顔を赤らめたロバートを見て、エミルはクスクスと笑う。
    「何よあんたたち、食べ物のことばっかりね」
    「あんたたち?」
     きょとんとするロバートに、アデルは「なんでもねえよ」とさえぎろうとしたが、エミルがさらりと返す。
    「コイツさっき真剣な顔してたから、何考えてんのって聞いたら、『コテージパイ食いたい』って言ったのよ」
    「ぷ、……あはは、何スかそれ、ひゃひゃ……」
     笑い転げるロバートに、アデルは苦い顔をするしか無かった。
     と、ロバートが一転、真面目な顔になる。
    「あ、そう言や先輩」
    「何だよ?」
    「今回の依頼の話聞いてからずーっと気になってたんスけど、俺たちが探そうとしてるボールドロイドって元社長、もう局長が見付けてるんスよね?」
    「そうだ。聞いた話じゃ、会社辞めたところから今住んでる町まで全部、足取りはつかんでたらしい」
    「じゃ、なんですぐ、その、引き止めるとか何とかしなかったんスかね?」
     そう尋ねたロバートに、アデルが肩をすくめる。
    「お前は近所のじーさんが家族に黙ってこそっと酒飲みに行ったからって、聞かれてもいないのにわざわざ、じーさんの家族に告げ口しに行くのか?」
    「……あー、まあ、そりゃしないっスね」
    「そう言うもんだろ? 今まで誰も探そうとするヤツがいなかったから、誰にも言わなかったってだけの話だ。
     局長にとっても、直接的にゃ全然関係ない相手だからな。わざわざ声かけたり、引き止めたりする理由は無い。
     だけどいつか、彼を必要とする人間が現れるかも知れない。局長はそう言うヤツらをピックアップして、居場所を控えてるってワケさ」
    「へぇー」
     感心したような声を上げ――続いて、ロバートは首を傾げた。
    「……って言うと、他にもそう言うヤツがいるってことっスか?」
    「ま、詳しく聞いたワケじゃないが、局長の性格と手際だ。何十人と控えて、手帳なり局長室の資料棚なりに収めてるんだろうさ」
    「ありそうっスねぇ」
     アデルの話に、ロバートはうんうんとうなずくばかりだった。

     と、エミルが窓に目を向け、そのままトントンと、アデルの膝を叩く。
    「……?」
     何かあるのかと、ロバートは窓の外に目を向けるが、特に目を引くようなものも見当たらない。
    「どしたんスか?」
    「……」
     エミルの方に向き直ったところで、いつの間にかアデルが、手帳を膝に乗せていることに気付く。
     そこにはこう書かれていた。
    《普通に話してろ 後ろは絶対見るな》
    「へ? ……っあー、えーと」
     声を上げ、後ろを振り返りかけるが、ロバートは慌ててごまかす。
    「な、何かありました?」
    「ええ、もう通り過ぎちゃったけど」
     そう返しつつ、エミルも自分の手帳に書き付ける。
    《客車の端と 真ん中右側 変なのがいる》
     続いて、アデルも手帳に書き足す。
    《端にいる二人組 揃って高そうなスーツに偉そうなベストと気取ったハット帽 おまけにライトニング持ってる どう見ても捜査局のヤツらだ》
    「そっ、……っスか」
     どうにか声を落ち着けつつ、ロバートは当たり障りの無い会話に腐心する。
     その間にも、エミルとアデルは手帳で会話を続けている。
    《なんで捜査局のヤツらが?》
    《何とも言えないわね 偶然かも知れない
     でもあいつら チラチラこっち見てるわ 無関係じゃなさそう》
    《となると あいつらもボールドロイドを?》
    《かもね》
    《で、真ん中にいる三人組 背中向けてる2人はカタギだろう そこそこのスーツとキャップ帽 東部にいる普通の勤め人って雰囲気だ
     だがその対面にいるヤツ あれは違うな》
    《同感 って言うか知ってるわ》
    「え?」
     そこでアデルが声を漏らし、慌てた様子で取り繕う。
    「……いやー、ははは。ロバート、お前さん今、すげー顔で欠伸してたな。眠いなら寝てていいぜ?」
    「ちょ、子供扱いしないで下さいって」
     ロバートがうまく応じたところで、筆談を再開する。
    《知り合いか?》
    《昔のね 2、3回 一緒に賞金首追ってたことがあるわ》
    《賞金稼ぎか》
    《当たり 名前はデズモンド・キャンバー 自称『銀旋風のデズ』》
    《アホな通り名だな》
    《同感 誰もそんな呼び方しなかったわ あたしも『空回りのデズ』ってからかってた》
    《とにかく問題なのは》
     のんきそうな表情を浮かべて見せつつ、アデルはこう続けた。
    《そいつらも捜査局のヤツらも 偶然ここに居合わせたのか? それとも俺たちに関係があるのか だ》

    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 5

    2017.04.13.[Edit]
    ウエスタン小説、第5話。局長秘蔵の名士録。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. と、今まで軽くいびきをかいて眠っていたロバートが、ビクッと体を震わせ、「……んあ?」と間抜けな声を上げた。「むにゃ……、あれ? ……夢か」「夢? 何見てたのよ」 尋ねたエミルに、ロバートは目をこすりながら答える。「いや……、何て言うか、……まあ、子供ん頃の夢っス。ばーちゃん家で鶏肉とポルチーニ茸のトマト煮とか、……いや、何で...

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    ウエスタン小説、第6話。
    「空回り」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     エミルたちの筆談に、ロバートもたどたどしく続く。
    《おれがさぐり入れて気ましょうか》
    《『気』じゃなくて『来』だアホ
     チラチラ見てきてる以上 俺たちは少なからずマークされてるはずだ そんなとこにノコノコ忍び寄ったら 即ボコられるぞ》
    《じゃあ 池になんかいい方方が?》
    《『池』じゃなくて『他』、『方方』じゃなくて『方法』
     いい考えがあるわ》
     そう返し、エミルは何かを書き綴った。

     1時間後、列車はとある駅に停車した。
     それと同時に、エミルたちは席を立つ。
    「……!」
     それを見て、二組の男たちはガタガタと立ち上がり、それぞれ窓の外に目をやる。
    「……いや、違う」
     と、エミルにデズと呼ばれていた銀髪の男が、エミルたちのいた席を見て、首を横に振る。
    「茶髪の若僧が残ってる。かばんもだ。用足しにでも行ったんだろう」
    「そ、そうですか」
     デズの言葉に、彼に同行していた男たちは座り直す。それを見て、捜査局員と思しき者たちも腰を下ろした。
     が――出発の時間になっても、エミルたちは席に戻って来ない。
    「……チッ、まさか!」
     デズは勢い良く立ち上がり、席に一人残っていたロバートのすぐ横まで迫り、彼の胸ぐらをぐいっとつかんで立ち上がらせる。
    「うげっ、なっ、なんスか!?」
     苦しそうな表情を浮かべ、顔を真っ赤にするロバートに、デズが怒鳴りつける。
    「てめえ、囮になったな!? ミヌーはどこだッ!」
    「みっ、見りゃ、分かるっしょ? ここにゃ、いないっス、って」
    「……クソがッ!」
     デズはロバートを突き飛ばし、同行していた男たちに怒鳴る。
    「おい、出るぞ! だまされた! ミヌーたちはここで降りてやがる!」
    「え、ちょっ」
    「も、もう動き始めて……」「うるせえ!」
     うろたえる男たちに、デズは怒鳴り返す。
    「てめえら、ボールドロイドの手がかり見失ってもいいってのか!? どうなんだ、ああ!?」
    「い、いや、そりゃ」
    「それは、その」
    「いいから出るぞ!」
     男たちがまごついている間にデズは窓を開け、外へと飛び出す。
     残された男たちも、奥にいた捜査局員たちも、慌ててそれに付いて行った。

     デズたちが下車して、3分ほど後――。
    「どうだった?」
     客車の扉を開け、エミルたちがロバートのいる席へと戻ってきた。
    「どうもこうも。首絞められてぎゃーぎゃー怒鳴られたっスよ」
    「ま、そーゆーヤツなのよ。だから手を切ったんだけどね」
    「ちなみに、今までどこにいたんスか? あいつら、完璧に列車降りたと思ってたみたいっスけど」
    「貨物車に隠れてたのよ。で、動き出してから屋根伝いに、ね。
     それでロバート、あいつら今回の件に関係しそうなこと、何か言ってなかった?」
     エミルに問われ、ロバートはこくりとうなずく。
    「言ってましたっス。デズってヤツが、『ボールドロイドの手がかり見失ってもいいのか』っつって」
    「なるほどな」
     それを聞いて、アデルもうなずき返す。
    「捜査局のヤツらもいないってことは、目的は同じってことだろうな。
     だが妙なのは、何故捜査局もデズたちも、ボールドロイド氏を探してるのか、だ」
    「どこかの駅で電話借りて、サムのヤツに聞いてみたらどうっスか?」
     ロバートがそう提案するが、エミルは肩をすくめる。
    「捜査局がサムじゃなく、あんなのを寄越して尾行させるってことは、捜査局はあたしたちに、自分たちがボールドロイド氏を探してることを知らせたくないのよ。もしその辺の話をオープンにしてたら、最初からサムを寄越すでしょうし。
     となれば、サムが何か知らされてるって可能性は、まず無いわ。聞いても電話代の無駄でしょうね」
    「うーん……、そうっスよねぇ」
    「とりあえずあいつらのことは、今は放っておきましょ。判断材料が無いのに判断したって、ろくなことにならないし」
     そう返したエミルに、アデルも賛成する。
    「だな。
     ま、目障りなのがいなくなったんだ。後は目的地まで、のんびりしてりゃいいさ」
     アデルは駅で買ってきたらしい新聞を広げ、読み始めた。

    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 6

    2017.04.14.[Edit]
    ウエスタン小説、第6話。「空回り」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. エミルたちの筆談に、ロバートもたどたどしく続く。《おれがさぐり入れて気ましょうか》《『気』じゃなくて『来』だアホ チラチラ見てきてる以上 俺たちは少なからずマークされてるはずだ そんなとこにノコノコ忍び寄ったら 即ボコられるぞ》《じゃあ 池になんかいい方方が?》《『池』じゃなくて『他』、『方方』じゃなくて『方法』 いい...

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    ウエスタン小説、第7話。
    生きていた鉄道王。

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    7.
     列車内での追手も難なくあしらい、アデルたち一行は、数日後には目的地であるU州の町、セントホープに到着した。
    「で、そのボールドロイド氏ってのは、どこにいるんスか?」
     駅前をきょろきょろと見回しながら尋ねてきたロバートに、アデルが通りの先を指差しながら答える。
    「ここから西へ半マイルくらい行ったところに、『AB牧場』って呼ばれてるトコがある。そこにいるって話だ」
    「じゃ、早速行きましょ」
     3人は通りを西へと進みながら、この後のことを相談する。
    「ボールドロイド氏に会ったら、どうするんスか?」
    「まず訪ねた事情の説明だな。それからロドニーに連絡だ。
     俺たちに依頼された内容はあくまで『アーサー・ボールドロイド氏の捜索』であって、説得じゃないからな」
    「逃げたらどうするんスか?」
    「だから息子のことを話すんだよ。いくらなんでも、息子が大変な目に遭ってるってのに、知らん顔するような親はいないだろ?」
    「いるわよ」
     エミルが冷めた目を向けつつ、話に割って入る。
    「人間、誰も彼もが子供向けのおとぎ話みたいに、善良で慈悲深いわけじゃないのよ。子供を見捨てる親だっていっぱいいるわ。
     むしろ子供のゴタゴタなんか聞いたら、『絶対会いたくない』って突っぱねるかも知れないわ。ロバートの言う通り、逃げるかもね」
    「でしょ? 俺もそう思うんスけどねー」
     二人に挟まれ、アデルは苦い顔を返す。
    「うーん……、言われたらありそうな気がしてきたぜ。じゃあ、訪ねた理由を何か、適当に作るか」
    「それがいいわね」
     牧場に着くまでの間、3人はあれこれと、訪ねた理由を繕っていた。

     牧場を目にした途端、ロバートが声を上げる。
    「……でけー」
     彼の言う通り、AB牧場は端の柵がかすんで見えるほど広く、家畜もあちこちで、小山のような固まりを作っている。
     その繁盛ぶりに、アデルとエミルもぽつりとつぶやく。
    「相当儲けてるみたいだな。流石、大鉄道会社を一代で築き上げただけのことはある」
    「『駿馬は老いても駄馬にならず(A good horse becomes never a Jade)』ね。牧場だけに」
     と、3人の前に、馬に乗った白髪の、60代はじめ頃と言った風体の老人が近付いて来る。

    「何か御用かね、探偵諸君?」
    「……え?」
     一言も言葉を交わさないうちに素性を見破られ、アデルは面食らった。
    「い、いや、俺たちは、その」「御託は結構」
     弁解しようとしたアデルをぴしゃりとさえぎり、老人はとうとうと語り始めた。
    「赤毛の軽薄そうな君と、隣の愚鈍そうな君。どちらも、西部の流れ者にしては身なりが良すぎる。明らかに、西部よりも経済的かつ社会的に、はるかに先進している東部地域において、最低でも月給51~2ドルは収入を得られるような職業に就いている人間の服装だ。
     そして赤毛君、2回、いや、3回か。双眼鏡でこちらのことを観察していたな? 何故そんなことをするのか? 牛泥棒の下見か? とすれば服装が矛盾する。牛泥棒をしなければならんような懐事情ではあるまい。東部の道楽者が単なる物味遊山で訪れたにしても、わざわざ双眼鏡を使ってまで、牛なんぞを観察するわけが無い。となれば残る可能性はこの私を探りに来た者、即ち探偵と言うことになる。
     他にも洞察と推理の材料は数多くあったが、ともかく君たちが探偵であることは、明日の天気よりも明瞭なことだった。
     とは言え――そちらのお嬢さんは見事に、西部放浪者風の雰囲気が板に付いていた。残念ながらそっちの2名が足を引っ張った形だな。君だけであれば、私もだまされたかも分からん」
    「お褒めに預かり光栄だわ、ボールドロイドさん」
     そう返したエミルに、アデルはまた驚く。
    「なんだって? このじいさんが?」
     エミルが答えるより先に、老人がまた口を開く。
    「ご名答だ、お嬢さん。私がアーサー・ボールドロイド、その人だ。
     それで、要件は何かね? 見当は付いているが」

    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 7

    2017.04.15.[Edit]
    ウエスタン小説、第7話。生きていた鉄道王。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 列車内での追手も難なくあしらい、アデルたち一行は、数日後には目的地であるU州の町、セントホープに到着した。「で、そのボールドロイド氏ってのは、どこにいるんスか?」 駅前をきょろきょろと見回しながら尋ねてきたロバートに、アデルが通りの先を指差しながら答える。「ここから西へ半マイルくらい行ったところに、『AB牧場』っ...

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    ウエスタン小説、第8話。
    歴史の影の"FLASH"。

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    8.
     アーサー老人に先導され、アデルたち3人はAB牧場の奥に構えていた屋敷に通された。
    「ふむ?」
     アデルから今回の依頼について聞かされたアーサー老人は、首を傾げた。
    「そんな用事だったか。『F』のところから来たと聞いたから、もっと大事な話かと思っていたが」
    「いや、でも息子さんが大変なんスよ? 『そんなこと』って……」
     そう言ったロバートに、アーサー老人は苦笑を返す。
    「今更おしめを変えてやる歳でもあるまい。息子だってもう、40を超えた真っ当な大人だ。自分の尻は自分で拭うさ」
    「は、はあ、……そっスか」
     ぴしゃりと言い切られ、ロバートは言葉を失う。
    「あの」
     と、アデルが手を挙げる。
    「『F』ってなんですか?」
    「うん? ……ああ、失敬。あいつがそんな話を、いち部下でしか無い君たちに話すわけが無かったな。
    『F』は彼の、戦時中のコードネームだ」
    「彼って……、パディントン局長の?」
     そう尋ねたエミルに、アーサー老人は深々とうなずいて返した。
    「うむ。J・F・パディントン。ミドルネームから取って、コードネーム『F』と言うわけだ。
     ちなみに私のコードネームは『A』。ま、チーム名の語呂合わせに使われた形だがね」
    「チーム名? と言うかあなた、局長と一緒に戦ってたの?」
     エミルの問いに、アーサー老人は得意満面の笑みを浮かべる。
    「そうとも。と言っても、前線でドンパチしていたわけじゃない。
     南北戦争時代、南軍の情況を詳(つまび)らかにすべく暗躍した極秘の諜報班、それが我ら『FLASH』チームだ」



     時は1862年、東部戦線に異状アリ!
     緒戦より北軍は南軍の進撃を御しきれず、あわや首都ワシントン陥落か、と軍本営が肝を冷やす局面が続いていたッ!
     この情況を重く見たとある将軍は――今なお名前は明かせんが――当時より優秀と評されていた我ら5名を集め、特別諜報チームを編成するよう命じたッ!
     リーダーには我らが俊英、ジェフ・F・パディントン!
     副リーダーは知る人ぞ知る賢将、リロイ・L・グレース!
     さらにこの私、アーサー・ボールドロイド、そしてジョナサン・スペンサーとハワード・ヒューイットの精鋭3名を加え、それぞれの名前や名字、ミドルネームから頭文字を拾い、チーム名は「FLASH(そう、即ち閃光ッ!)」と名付けられたッ!
     結成後すぐ、我ら5人はV州へと密かに渡り――



    「あ、あの、ちょっと?」
     自慢話を朗々と聞かせようとしてきたアーサー老人を、アデルが慌てて止める。
    「何かね、赤毛君?」
    「アデルバート・ネイサンです。その、南北戦争の頃にスパイなんかいたんですか?」
    「ネイサン君、君は阿呆か」
     ぴしゃりと言い放ち、アーサー老人は呆れた目を向ける。
    「古より戦争の要は兵站と情報だ。弾が無ければ銃は撃てんし、敵の居場所が分からなければ、その弾を何万発撃とうとも意味が無い。
     そもそも諜報活動などと言うものは、紀元前5世紀のチャイナの書物『サン・ヅ』において1チャプター丸ごと使ってとうとうと述べられるほど、古来より発達・洗練されてきたのだ。それ以降も、過去の大きな戦いでは必ずと言っていいほど、スパイ活動は行われている。古今東西を問わずな。
     事実、先の戦争においても、我々がつかんだ情報により戦局が動いた事例は、決して少なくはない。片手では数え切れんくらいにな」
    「ねえ、一つ聞いていいかしら?」
     と、今度はエミルが手を挙げた。
    「構わんよ」
    「確認だけど、あなた昔から、局長と親しかったのね?」
    「そうだ」
    「じゃあ、今でも連絡を?」
    「たまに手紙が来る程度だがね」
    「それじゃ探偵局のことも、局長があなたを始めとする失踪した著名人の居所をリストアップしてることも、もしかしてご存知だったのかしら?」
    「知っているどころか、後者の件は私もいくらか手を貸している」
    「えっ!?」
     思いもよらない話に、エミルを含め、3人が目を丸くした。

    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 8

    2017.04.16.[Edit]
    ウエスタン小説、第8話。歴史の影の"FLASH"。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. アーサー老人に先導され、アデルたち3人はAB牧場の奥に構えていた屋敷に通された。「ふむ?」 アデルから今回の依頼について聞かされたアーサー老人は、首を傾げた。「そんな用事だったか。『F』のところから来たと聞いたから、もっと大事な話かと思っていたが」「いや、でも息子さんが大変なんスよ? 『そんなこと』って……」 そ...

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    ウエスタン小説、第9話。
    アーサー老人の思惑。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
    「いくらFやLといえども、彼らだけで現在発生中の難事件を何件もさばく傍ら、何十人もの失踪者の足跡をつぶさに調べ上げることなど、到底不可能だ。
     私の助けがあってこそ、傍目には人間業と思えないような、驚くべき速度と精度での調査が可能になると言うわけだ。
     その関係は戦時中から変わらぬ、鉄の絆なのだ」
     そう言って、アーサー老人は自慢げな笑みを浮かべた。
    「だからこそ、今回君たちが私の元を訪れたのは、Fが電話や手紙では伝えられんような用件を伝えに来たのかと思っていたのだが、まさか息子の話だとはな。
     そして先程も話した通り、その話はノーだ。勝手にやれと伝えてくれ。ま、伝える必要も無いがね」
    「そんな……」
     食い下がろうとしたアデルに、アーサー老人はこう続ける。
    「私は息子のことを良く知っている。こんなトラブルの時、誰かにあれこれ手や口を出されるよりも、自分の力とアイデアだけで切り抜けようとするタイプだ。そしてあいつには、その方法で成功できるだけの実力と経験も備わっている。
     今更この老いぼれが口出しする意義は無いし、きっと君たちが東部へ戻る頃には、ニューヨーク・タイムズがW&Bの業績回復を伝えているだろう。
     こと人間観察と状況予測の能力に関しては、私はFを上回る。ましてや私が育てた息子のことだ。断言するが、あいつは今度の逆境を見事跳ね返し、さらなる成果を挙げ、ウォール街を驚嘆せしめて見せるだろう。
     現時点において君たちにとっては不満かつ納得行かん結果かも知れんが、ともかく今は東部へ戻りたまえ。それが最善策だ」
    「……はあ」
     わだかまりつつも、アデルはうなずくしかなかった。

     と、アーサー老人は表情を変え、エミルに尋ねる。
    「お嬢さん。君たち3人の中で、君が最も優秀そうだと思うから聞くのだが」
    「どうぞ」
    「本当に今回、スチュアートのことだけでわざわざ、私のところに来たのかね?」
    「ええ。アデルと局長からは、その件しか聞いてないわね」
    「そうか」
     そう返し、アーサー老人はくる、とアデルに向き直る。
    「赤毛君。君はFから何か聞かされているかね?」
     一瞬、局長との密談を思い出すが、アデルは否定する。
    「えっ、いや」「なるほど」
     しかしアーサー老人には見抜かれてしまったらしい。
    「つまり本当の目的は、人払いか。ふむ」
    「何か心当たりが?」
     尋ねたエミルに、アーサー老人はあごに手を当てながら、言葉を選ぶような口調で答える。
    「心当たりと言えるものは、いくらもある。しかしそのほとんどは、言ってみれば、最早調べ直すような必要も無いものばかりだ。
     となればその中から近年、ふたたび調べ直す必要があるものが出てきたか。……と言っても、それが何なのかは聞かねば分からんが。……Lに聞くか」
     アーサー老人はそこで席を立ち、部屋を後にしようとした。
    「あ、あの?」
     立ち上がり、声をかけたアデルに、アーサー老人は背を向けたまま言い放つ。
    「君たちはもう帰っていい。用はもう無かろう?」
    「あるわよ。用って言うより、報告だけど」
     そう返したエミルに、ようやくアーサー老人が振り返る。
    「何かね?」
    「あたしたちがこっちに来る途中、あなたを探してるヤツらがいたわよ。片方は連邦特務捜査局で、もう片方は賞金稼ぎ。
     あなた、何か危ないことしてるんじゃないでしょうね?」
    「……ふーむ」
     既にドアに手をかけていたアーサー老人は、テーブルに戻ってくる。
    「賞金稼ぎと言うと? 名前は分かるかね?」
    「デズモンド・キャンバー」
    「ふむ、『空回り』のデズか。
     捜査局の方は見当が付いている。後でミラーに電話しておく。それで話は終わりだ。
     しかしキャンバーなんぞに因縁を付けられるいわれは無い。となればキャンバーが何かしら依頼を受け、私を狙っているのだろう。
     他には? キャンバー一人だったのか?」
    「いいえ、会社員っぽいの2人と一緒だったわ」
    「会社員?」
     そう聞いて、アーサー老人は腕を組んでうなった。
    「ふーむ……、ふむ」
     再度立ち上がり、アーサー老人はうろうろと辺りを歩き回る。
    「……恐らく『あいつ』か? ……動きが無いとは思っていたが、……ふーむ、……きっかけはスチュアートの件だろうか、……とすると……」
    「あ、あのー」
     アデルが声をかけたところで、アーサー老人が振り返った。
    「諸君。君たちには甚だ不本意な依頼になるだろうが、それでも危急の用件だ。
     私と共に、デズモンド・キャンバーとその会社員2名を襲撃してくれ」

    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 9

    2017.04.17.[Edit]
    ウエスタン小説、第9話。アーサー老人の思惑。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9.「いくらFやLといえども、彼らだけで現在発生中の難事件を何件もさばく傍ら、何十人もの失踪者の足跡をつぶさに調べ上げることなど、到底不可能だ。 私の助けがあってこそ、傍目には人間業と思えないような、驚くべき速度と精度での調査が可能になると言うわけだ。 その関係は戦時中から変わらぬ、鉄の絆なのだ」 そう言って、アーサ...

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    ウエスタン小説、第10話。
    迎撃。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    10.
     アーサー老人からの突然の要請に、アデルは面食らう。
    「な、何ですって?」
    「その件は早々に対処しなければ、極めて甚大な被害を被る問題なのだ。
     このまま看過していれば君たちにとっても、いや、パディントン探偵局にとってもこの私、即ち西部界隈へと広がる情報網の一つを失うことになる」
    「そんなに?」
     尋ねたエミルに、アーサー老人は深々とうなずいて返す。
    「君の服装と物腰からすれば、キャンバーの実力を知っているのだろう。確かにキャンバー一人なぞ、大した相手ではない。それは分かっている。
     私が懸念するのは、そのキャンバーに依頼した人物についてだ」
    「心当たりが?」
    「ある。だが今は何も言えん。君たちにそれを明かすのは、極めて危険なことだからだ。
     ともかく今は何も言わず、私に付いてきてくれ。それが無理だと言うのならば、君たちはこのまま、……そうだな、C州にでも行って1週間ばかりバカンスしていてくれ。
     私の足跡や本拠などは、FとL以外には絶対に知らせたくないのだ」
    「どうする、エミル?」
     アデルが尋ねると同時に、エミルがうなずいた。
    「いいわよ、ボールドロイドさん。その代わり2つ、あたしのお願いも聞いてくれるかしら?」
    「スチュアートの件か?」
     そう返したアーサー老人に、エミルは首を横に振る。
    「あなたの話じゃ放っておいていいんでしょ? そうじゃなくて……」
     エミルはにこっと微笑み、アーサー老人に耳打ちする。
    「……ふむ……ふーむ……なるほど……ははっ」
     アーサー老人は噴き出し、うんうんとうなずいた。
    「よかろう。その程度のことであれば、後程手紙で伝えよう」
    「ありがとね」
    「では諸君、すぐ出発だ」
     そう言ってアーサー老人は、壁にかかっていたスプリングフィールドを手に取った。



     翌日の夕方、U州とN州の州境。
    「ぜーっ、ぜーっ……」
    「ひぃ、ひぃ、はぁ、はぁ……」
     顔を真っ青にし、荒い息を立てながら、男たちは賞金稼ぎ、デズの後を付いて行く。
    「ま、まだ、着かないんです、かぁ」
     一人が尋ねたが、デズは声を荒げて怒鳴り返す。
    「うるっせぇ! 黙って歩いてろッ!」
    「で、でも、もう2時間も歩き通し、で」
    「文句ならあの鉄クズに言えッ! あいつがまともに動いてたんならよぉ、俺だってお前らだってこんなだだっぴろい荒野をなぁ、トボトボ歩かずに済んだんだよッ!」
    「……はぁ」
     ふたたび男たちは、黙々と歩き出した。
     と――。
    「……ん?」
     三人の前方から、4頭の馬がやって来る。
    「……あれは!」
     男が目を丸くし、立ち止まる。
    「きゃ、キャンバーさん! あの人です! あの人がボールドロイドSr.です!」
    「な、何ッ!?」
     デズも立ち止まり、続いて叫ぶ。
    「おい、てめえ! マジでボールドロイドか!?」
    「いかにも」
     先頭にいたアーサー老人が応じ、小銃を構える。
    「聞かせてもらおうか、キャンバー君。依頼内容や依頼者のことなど、洗いざらいな」
    「バカか。言えるわけねえだろ」
     デズがそう返した瞬間、彼のほおをびしっ、と音を立てて、何かが通り抜ける。
    「うっ……」
    「言わねば次は当てる。それでも構わないなら、存分に強情を貫きたまえ」
     そう返しつつ、アーサー老人は小銃に弾を込め直す。
    「だが良く考えた方がいい。かすっただけでその痛みだ。銃弾が体に突き刺されば、痛いなんてもんじゃ無い。
     私も先の戦争で少なからず痛い目に遭ってきたから分かるのだが、弾が体を通り抜けると、それはそれは猛烈に痛いものだ。いや、半オンスばかり手足の肉をえぐった程度だとしても、悲鳴を上げ、まともに立てなくなるほどの痛みが襲ってくる。
    『頭や心臓に当たらなければ生きていられる』などと知った風なことを抜かす輩がいるが、残念ながら手足に当たっただけでも致命傷となる可能性は、決して少なくない。当たった瞬間の痛みたるや、それだけで人によっては死に直結するほどの衝撃をもたらし得るからだ。
     事実、私は戦争で手や足を撃たれ、そのままショック死した人間を、1ダースは見てきている。そして君がそれらショック死した兵士たちよりも心臓の強い人間だと断言するに足る論拠、判断材料を、私は持っていない。
     君はその24、いや、25年の人生で運良く、弾が体のどこにも当たらずに済んできたようだが、今回ばかりは運が悪いかも知れない」
    「……」
     アーサー老人の話を聞くにつれて、デズの顔色がどんどん青くなっていく。
     アーサー老人は小銃を構え直し、デズに尋ねた。
    「さて、どうするかね? 素直に話してくれるか、それとも、弾丸をその身に受けると言う不運を、一度くらい味わってみるかね?」
     しばらくの沈黙の後、デズは顔を真っ青にしつつ、両手を挙げた。

    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 10

    2017.04.18.[Edit]
    ウエスタン小説、第10話。迎撃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10. アーサー老人からの突然の要請に、アデルは面食らう。「な、何ですって?」「その件は早々に対処しなければ、極めて甚大な被害を被る問題なのだ。 このまま看過していれば君たちにとっても、いや、パディントン探偵局にとってもこの私、即ち西部界隈へと広がる情報網の一つを失うことになる」「そんなに?」 尋ねたエミルに、アーサー老人は深々...

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