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黄輪雑貨本店 新館

DETECTIVE WESTERN

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    ウエスタン小説、第11話。
    衰えぬ推理力。

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    11.
     デズたち3人をアデルたちに囲ませ、アーサー老人はデズに再度尋ねた。
    「君が依頼されたのは、どんな内容だ? 私の捜索かね?」
    「いや、暗殺だ。あんたを殺せと」
     それを聞いて、アデルが慌てて尋ねる。
    「ちょ、ちょっと待てよ!? 暗殺だと!?」
    「黙っていてくれんかね、赤毛君」
     アデルに釘を刺し、アーサー老人は詰問を続ける。
    「依頼者は?」
    「ジョン・デイビス。東部で鉄道関連の会社を経営してるって話だった」
    「偽名臭いな。恐らくはカットアウト(本当の依頼者を隠すための代理人)だろう。言わずともいい身元をわざわざ話したのも妙だ。十中八九、嘘だろう。
     帯同している二人は何者かね? 君の同業者か? それとも暗殺の見届人か?」
    「見届人だ。デイビス氏から連れて行くようにと」
    「ふむ。ではキャンバー君、そのジョン某から、何故私を暗殺して欲しいと言われた?」
    「何でも、最近のW&Bの件だか何だかで、あんたが復帰するようなことがあったら困るからって」
    「それも妙な話だ。私が復帰することを懸念するのならば、それこそW&B退任のすぐ後にでも、手を打ちに来ようと言うものだ。あれから何年も経った今に比べれば、退任直後の方が私の足跡もいくらか残っていただろうし、より容易に探し得るだろう。
     W&Bのゴタゴタなんぞは、方便に過ぎん。本当の目的は私そのものにあるのだろう。その私に接触してこようと言う人間が現れたからこそ、黒幕は慌ててそのジョン某に命じ、君へ依頼させたのだろう」
    「って、言うと?」
     きょとんとするデズに、アーサー老人は続けてこう尋ねる。
    「君が依頼を受けたのは、今月の14日と言うところだろう?」
    「な、何で知ってんだ?」
     ぎょっとした顔を見せたデズに、アーサー老人はニヤッと、得意気に笑って返す。
    「知りはしない。初歩的な推理だよ。
     本格的にW&Bの不調が報じられたのが今月12日だ。パディントン探偵局が私の息子の近くにいたであろうリーランド氏から依頼を受けたのはその1~2日後だろうが、同氏の動きを黒幕がかねてより把握していたとすれば、同氏が息子の不手際を耳にしてどう動くかも予測が付いていただろうし、どんな依頼を探偵局にするかも、容易に推理し得るだろう。
     即ち『息子を元気付けるべく、父親のアーサー・ボールドロイドを探して欲しい』、と言う依頼をな」
    「そ、それが、……どうした?」
     何が何だか分からない、と言いたげな顔をしているデズに、アーサー老人は呆れた目を向ける。
    「そんな依頼がF、即ちパディントン局長に入れば、その黒幕はこう考えるはずだ。『あのパディントン局長の手際ならば、この数年全く足跡のつかめなかったアーサー・ボールドロイドを、極めて容易に、かつ、迅速に発見し得るだろう』と。
     それを見越して黒幕は君をこの西部に向かわせ、この探偵諸君を追わせることで、私の居所を突き止めようとしたのだ。違うかね?」
    「い、いや、まあ、……確かに、依頼された時に、そう入れ知恵されたけど」
    「そうだろうな。そこまでは容易に推理し得る」
     こくこくとうなずいたデズにくるりと背を向け、アーサー老人は帽子越しに頭をかきつつ、推察を続ける。
    「しかし私の目から見ても、そして君の評判からしても――奇跡的に私のところまで行き着いたとして、そこから私の暗殺が可能かどうか? それについては確実に成し得ると言う確証は持てない。事実、君はこうして拘束されてしまっているわけだからな。
     無論、そんなことは黒幕も懸念しているだろうし、ましてや本当に失敗してしまうなど、彼にとってはあってはならない事態だ。となれば……」
     そこまで語ったところで――銃声が、荒野にこだました。
    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 11
    »»  2017.04.19.
    ウエスタン小説、第12話。
    騙し合い。

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    12.
    「……」
     アーサー老人は一言も発することなく、その場に倒れた。
    「ぼ、ボールドロイドさん!?」
     アデルが大声で叫び、馬を降りて彼の側に寄る。
    「おっと、動くなよ」
     と、デズと同様に囲まれていたはずの男たちが、いつの間にかその輪を抜け、アデルたちに拳銃を向けている。
    「あんまり無駄な犠牲は出したくないんだ。そのまんま、大人しくしててくれるか?」
    「お前ら……、何者だ!?」
     声を荒げて尋ねたアデルに、男の一人が肩をすくめる。
    「言う必要は無い。俺たちとしてはこのまま何の痕跡も残さず、さっさと逃げたいんだ。
     だからあんたたちも荒野の決闘しようなんて思わずに、じっとしててくれ」
    「見逃すってことかしら?」
     そう返したエミルに、男は大仰にうなずいて見せた。
    「ああ、そうだ。馬を俺たちに渡して、そのまま1マイルほど歩き去ってくれれば、俺たちもわざわざあんたたちを撃ったりしない。約束するよ」
    「嘘おっしゃい」
     男の話を、エミルは鼻で笑う。
    「痕跡を残したくないって人間が、あたしたちを黙って帰すわけないじゃない」
    「……ふっ」
     男たちはニヤリと笑い、揃って拳銃を構えた。

     が――次の瞬間、2度の銃声と共に、揃って膝を付く。
    「う……ぐ……」
     脚を抑え、倒れ込んだところで、アーサー老人が硝煙をくゆらせる小銃を杖にして、むくりと起き上がる。
    「人間の性と言うべきか」
     アーサー老人は小銃を構え、倒れた男たちに話しかける。
    「人間、無防備なところがあればあるほど、いや、無防備なところを見せれば見せるほど、そこを狙おうとするものだ。
     背を向け、頭を帽子や手で覆うと、10人中10人がどう言うわけか、背中を撃とうとする。
     コートの裏に、鉄板を仕込んでいたとしてもだ」
     2人の鼻先に小銃の銃口を向け、アーサー老人が命じようとする。
    「探偵諸君、いつまでもぼんやりしていないで……」「これでしょ?」
     と、そこでエミルがアーサー老人の横に立ち、縄をぷらぷらと振って見せる。
    「うむ。手早く頼む」
     アーサー老人は満足げにうなずいた。



     男たちを縄で縛り、揃って馬に載せたところで、アーサー老人がカンテラを二人の顔に近付ける。
    「ミヌー君。彼らに見覚えはあるかね?」
    「無いわね。……なんであたしに聞くの?」
    「赤毛君は明らかに東部暮らしが長く、よほど有名でなければ西部者の情報など、逐一控えてはいないだろう。
     若僧君は探偵業に就いてまだ、半年も経っていまい。持つ情報は赤毛君よりも、もっと少ないと見て然るべきだ。
     反面、君は西部暮らしが相当長いと見える。恐らくは7年か、8年と言ったところだろう。そもそも名前を聞いた覚えがある。辣腕(らつわん)の賞金稼ぎとしてな。
     確か、エミル・『フェアリー』・ミヌーだったかな?」
    「ええ」
    「まさか君ほどの手練が、Fの下にいたとはな。……ああ、それよりもこいつらの検分だ。
     さっきの言葉遣い――と言うか訛りだな――それと銃の扱いの熟練具合、場馴れした様子からしても、この2人が西部で暮らして相当長いと言うことは、まず間違いあるまい。
     他に何か、身分が分かるものはあるか……?」
     そうつぶやきながら、アーサー老人は男たちの服を調べる。
     と、男の懐からぽろ、と何かが落ちる。
    「うん? ……ネックレスか。何かのシンボルだな」
     もう一人からもネックレスを見付け、アーサー老人はあごに手を当てつつ、考察する。
    「三角形と言うことはフリーメイソンか、イルミナティか、……いや、どちらでも無さそうだ。
     鎖が付いている方向からして、これは逆三角形か。そして目も、人のものではないようだ。瞳が細い。
     まるで、猫のような……」
     ネックレスを眺めていたアーサー老人が、くる、とエミルの方に向き直る。
    「どうした、ミヌー君? 顔色が悪いが」
     アーサー老人の言う通り、エミルは真っ青な顔で、そのネックレスを凝視していた。
    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 12
    »»  2017.04.20.
    ウエスタン小説、第13話。
    猫の目と三角形(Yeux de chat et un triangle)。

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    13.

    「ミヌー君」
     アーサー老人はデズを囲むアデルたちをチラ、と確認し、エミルに耳打ちした。
    「君は何か知っているのかね、このシンボルについて?」
    「し、……知らないわ」
     そう答えたエミルに、アーサー老人は首を横に振って返す。
    「私の得意分野は人間観察だと言っただろう? 君が嘘をついているのは明白だ。
     隠したいと言うのであれば、今ならあの二人はデズを構うのに夢中だ。私もそう簡単に、秘密を漏らす男ではない。教会の懺悔室より、情報の防衛力は堅固であるつもりだ。
     話したまえ、ミヌー君」
    「……その、マークは」
     エミルは震える声で、話し始めた。
    「その組織の創始者、シャタリーヌ(Chatalaine)の名前が猫(chat)に通じることと、そしてあなたが推察していたように、世界的な秘密結社の多くが『三角形』をシンボルとして登用していることから、そう言う風に象(かたど)られたの」
    「ふむ」
    「でも、……その組織は、10年以上前に、潰れたはず。今更こんなものを、持ってるヤツなんて、いるはずが」
    「見たところ、ネックレスは比較的新しい。10年ものだとは、到底見えん。せいぜい1年か、2年と言ったところだろう。
     そして『潰れた』ではなかろう。君が『潰した』のだ。違うかね?」
    「……ええ、そうよ」
    「だが、その組織に詳しい君が見たことのない男たちが、揃ってネックレスを懐に入れている。ネックレスの具合から見ても、組織への加入は、少なくとも2年前だろう。
     この事実だけでも、君が潰したはずのその組織が、2年前には復活していたことは明白だ」
    「……っ」
     ネックレスを握りしめ、エミルは黙り込む。
    「ともかく、これでつながったよ」
     アーサー老人はもう一つのネックレスを指にかけて軽く振り回しつつ、考察を続ける。
    「なるほど。私が予想していた事態が現実になろうとしている、……と言うことだろう」
    「……どう言うこと?」
     尋ねたエミルに、アーサー老人は肩をすくめて返す。
    「私の情報防衛力は堅固だと言っただろう? 今は明かせん。
     君がもう少し、込み入った事情を教えてくれるなら別だがね」
     そう返され、エミルもアデルたちをチラ、と見る。
    「……じゃあ、……1つ、だけ。
     あたしの、昔の名前。エミル・トリーシャ・シャタリーヌよ」
    「察するに、その組織の創始者の血縁者と言うところか。恐らくは、……いや、こんな要点のぼやけた掛け合いをしていても、埒が明かんな。約束したことであるし、私ももう少し、秘密の話を明かすとしよう。
     その創始者の名前を、私は知っている。ジャン=ジャック・ノワール・シャタリーヌだろう?」
    「……!」
     無言で目を剥いたエミルに、アーサー老人は小さくうなずいて見せる。
    「だが彼の死亡は、我々も確認している。確かに11年前だ。その息子も翌年、C州で死体が発見されている。
     察するにどちらも君が殺したのではないかと、私は考えている。どうかね?」
    「……そうよ」
     答えたエミルに、アーサー老人は笑いかける。
    「打ち明けた秘密が2つになったな。ではもう少し、詳しく話そう。
     彼が組織なんぞを持っていたと言うことは、実は彼の死後に分かったことだ。だから組織について、詳しいことはまるで知らん。恐らくFたちも知るまい。
     だがシャタリーヌ親子が故郷でやっていた悪行も、この国で企てていたことも、ある程度は把握している。恐らく君が彼らを殺害しなければ、合衆国は先の戦争以上の混乱にあえぎ、崩壊の危機を迎えていただろう。
     ともかく昨日、君が私に依頼した件については、調べ次第すぐに伝えよう。もし本当に組織が復活していたと言うのならば、可及的速やかに、再度壊滅させねばならんだろうからな」
    「ええ。……お願いね、ボールドロイドさん」
     エミルは深々と、アーサー老人に頭を下げた。
    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 13
    »»  2017.04.21.
    ウエスタン小説、第14話。
    買収劇の顛末と、局長の真の目的。

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    14.
    W&B鉄道 アトランティック海運を買収 『海運の株価暴落の責任取った』と説明

     西部開拓の一翼を担う鉄道会社、ワットウッド&ボールドロイド西部開拓鉄道が先日中止を発表したアトランティック海運の買収計画について、同社最高経営責任者であるボールドロイド氏は昨日28日、かねてからの計画通り、アトランティック海運を買収したことを発表した。
     中止を発表していた計画を事実上進めていたことについて、ボールドロイド氏は『12日の当社の発表を受け、アトランティック海運の株価が急落していた。同社の株主総会がその責任を当社に追求してきたため、同社との協議を重ねた結果、やむなく市場価格の13.5%増しでの購入に応じた』と説明している。
     しかし買収断念の報道後、アトランティック海運の株価は昨日28日までに約40%もの下落を記録しており、関係者筋からは『株価暴落を狙うために買収断念を発表したのではないか』、『極めて姑息な敵対的買収とも判じられる』との意見も出ている」




     W&Bの買収成功を報じる新聞を机に置いて、ロドニーはパディントン局長と、そしてU州から戻ったばかりのアデルに、深々と頭を下げていた。
    「本っ当に済まん! 俺の早とちりって言うか、スチュアートさんに騙されてたっていうか、……いやもう、ともかく本当に、済まなかった!」
    「いやいや、お気になさらず。頭を上げて下さい」
     やんわりとなだめつつも、局長はにこにこと微笑んでいる。
    「まさかメディアを利用しての買収工作とは。これは私も予想外でした。おかげでリーランドさんも我々も、見事に踊らされてしまいましたな。
     とは言え探偵局の人間を3名、実際に西部へ派遣したのは事実ですからな。その分の支払いはしていただかないと……」
    「う……」
     ロドニーは苦い顔を挙げたが、やがて観念したようにうなずいた。
    「しゃーねーよなぁ。分かった、払うよ。いくらになる?」
    「基本料金が50ドル、そして3名を23日派遣したので、69ドル。成功報酬は結構ですので、合計119ドルとなります。
     ああ、端数を省いて110ドルで構いませんよ」
    「おお、そりゃありがとう。んじゃ、まあ、……ホイ、と」
     ロドニーは懐から小切手帳を取り出し、金額を書いて差し出した。

     ロドニーが帰ったところで、アデルは局長に苦い顔を向けた。
    「阿漕なとこは阿漕ですね、局長」
    「稼ぐべき時は稼がねば。それが経営者と言うものだろう?」
     ロドニーが置いていった新聞を手に取り、局長はニヤッと笑う。
    「それでネイサン、Aはどうしていた? 元気だったか?」
    「……そこですよ、局長」
     アデルはため息をつき、局長に尋ねた。
    「失踪者のリストアップだの何だのって話以前に、ボールドロイド氏のこと、知ってたんですよね?」
    「うむ、長い付き合いだ」
    「じゃあなんで俺たちに、最初から『ボールドロイドは親しい友人だ』と教えてくれなかったんですか?」
    「理由は3つだ」
     新聞をたたみながら、局長は飄々とした様子でドアを開ける。
    「君たちも聞きたかろう?」
    「……っ」
     ドアの向こうには、エミルとロバートが立っていた。
    「い、いや、その、局長」
     しどろもどろに何か言おうとしたロバートの肩に手を置き、局長が中に入るよう促す。
    「立ち話もなんだ、ゆっくり歓談しようじゃあないか。
     多少は胸襟を開いて話すつもりだよ、今日はね」
    「それなら話が早いわ」
     そう返し、エミルはアデルの横に座る。
    「詳しく聞かせてくれないかしら?
     どうして今回、局長はあたしたちを『調査』って名目で、長い付き合いのボールドロイドさんのところへわざわざ送ったのか」
    「うむ、詳しく説明しよう。
     ……と、エミル。済まんがコーヒーを頼んでも構わんかね? ゆったり話をしようと言うのに、飲み物が無いんじゃあ息が詰まってしまうからね」
    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 14
    »»  2017.04.22.
    ウエスタン小説、第15話。
    彼女の、旧い名は。

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    15.
     エミルが淹れたコーヒーを手にしつつ、局長は今回の事情を説明し始めた。
    「まず理由の1つ目は、君たちがリーランド氏に実情を打ち明ける可能性があったからだ。以前の『宝探し』でも、エミル嬢は博愛主義を披露してくれていたからね。
     無論、一般的にはそれは悪いことじゃあない。むしろ、賞賛されるべき精神だ。だが打ち明けたとして、リーランド氏はどうするだろうか?」
    「間違い無く、セントホープに向かうでしょうね」
     エミルの回答に、局長は「うむ」とうなずく。
    「その通りだ。そしてそれは、2つ目の理由と合わせて、非常に危険な行為なのだ」
     それを受けて、今度はアデルが答える。
    「つまり俺たちやロドニーを監視してるヤツがいて、そしてソイツは躊躇(ちゅうちょ)なく殺人すら犯すヤツである、と。
     そんなヤツが俺たちの近辺にいることを、局長は気付いてたんですね」
    「そう言うことだ。
     現れた時期としては、リゴーニ地下工場事件の後くらいになる。狡猾な相手らしく、君にはまったく気取らせなかったようだが、その点において第三者となっていた私にはむしろ、その存在が透けて見えるようだったよ。
     このまま放置していては、君たちの身の危険や、情報漏洩どころの騒ぎじゃあない。確実に、我が探偵局にとって大きなマイナスを呼び込む存在だ。だから今回、君たちを東部から離れさせたことで、そいつの油断を誘ったのだ」
    「と言うことは……」
     尋ねたエミルに、局長は肩をすくめて返す。
    「尾行者自体は見付けたし、それなりの制裁も加えた。だがその背後にいるであろう人間には、残念ながら手が届かず、だ。
     とは言え今回のことで、相手も警戒したはずだ。事実、今日は君たちの周囲に怪しい人間はいなかったと、リロイから聞いている」
    「じゃあ、当面は尾行や盗み聞きなんかの心配はいらなさそうね。
     それで、3つ目は?」
    「それはだね……」
     急かすエミルを、局長はじっと、静かな表情で見つめている。
    「……なに?」
    「エミル。前もって言っておくが、Aは決して、常に私より上手(うわて)じゃあないと言うことだ」
    「どう言う……」
     言いかけたエミルは、途中で何故か、アデルを見る。
    「……そう言うこと?」
    「まあ、似たようなものだ」
    「へ?」
     きょとんとするアデルを横目にしながら、エミルは額に手を当て、呆れた仕草を見せる。
    「カマをかけたのね、ボールドロイドさんに? あたしが内緒にしてって言ったこと、全部知ってるってわけね」
    「うむ。だが言っただろう、今日はオープンに話すと。私がそうするのに、君がクローズなままじゃあ、話がし辛くて仕方が無い。
     だから今回は、私が聞いたことについては、君は素直に答えて欲しい。繰り返すようだが、その代わりに君が聞いたことについては、私も素直に答えるつもりだ。
     構わんかね、エミル?」
    「……オーケー。今日だけは、そうするわ」
     エミルがぐったりと椅子にもたれかかったところで、局長は話を再開した。
    「さて、ネイサン。それからビアンキ君。彼女の名前についてだが、『エミル・ミヌー』の他にもう一つ、古くからの名前を持っていることについて、知っていたかね?」
    「いや……?」
     揃って首を傾げる2人にうんうんとうなずいて見せながら、局長はこう続ける。
    「エミル・トリーシャ・シャタリーヌ。それが、彼女が16歳まで使っていた名前だ」
    「シャタリーヌ? それって……」
     尋ねかけたアデルに、局長は再度、うなずいて返す。
    「そう、S・S・スティルマンの隠された日記帳で、君が見たことのある名前だ。
     これは私やAの調査を元にした、仮定の話だが――そのシャタリーヌは、恐らくエミル嬢の父親だ。と言っても、彼女にも確証は無いだろうがね」
    「ええ、でもあたしも、何となくそうだろうとは思ってたわ。日記に書かれていた、『人をぬらぬらと舐め回すような目』って表現が、まるで父そっくりだったから」
    「まさにそう言う男だったらしい。と言っても、私も直に会ったことは無いが」
     そう言って、局長は手帳を懐から出した。
    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 15
    »»  2017.04.23.
    ウエスタン小説、第16話。
    忌まわしき復活に備えて。

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    16.
    「その男の名前は、ルシフェル・ブラン・シャタリーヌ。
     付けられた名前からしてその父親、『大閣下(Grand Excellence)』ジャン=ジャック・ノワール・シャタリーヌの趣味の悪さがにじみ出ているな」
    「そこまで調べてたの?」
     驚いた顔を見せたエミルに、局長は三度、うなずいて返した。
    「私とリロイ、そしてAの調査力を総合・発揮した結果だよ。ともかく本題は、ルシフェルの方だ。
     現時点で分かっているだけでも、彼の遍歴はとても白(blanc/ブラン)なんてもんじゃあない。強盗や脅迫、略取・誘拐は言うに及ばず、あの『ウルフ』に匹敵する規模の、都市単位での破壊工作や大量虐殺までも行っている。その犯罪がすべて立証されていれば、16、7回は首を絞められているはずだ。
     だが正義の裁きが下るその前に、彼は在野の人間の手で罰を与えられている。そう、実の娘によってね」
     それを聞いたアデルとロバートは、エミルに向き直る。
     エミルはその誰とも目を合わさず、力無くうなずいた。
    「ええ、そうよ。あたしが殺した。あいつはどうしようもない悪党だったもの」
    「正義感だけが理由ではあるまい。私怨もあるだろう」
    「……っ」
    「だがまあ、そこは深く追及しない。君の心中や殺害の経緯がどうであろうと、ルシフェルが極悪人であったことに変わりはないからね。
     問題とすべきなのは――トリスタン・アルジャンの暗躍、Aを狙った2人の男、そして君たちを尾行していた者――君が完膚無きまでに潰したはずのその組織が、どう言うわけかこの1~2年において復活し、活動している節があることだ。
     近い将来、組織は我がパディントン探偵局に対し、攻勢に出るだろう」
    「可能性は大きいでしょうね。このままなら」
     そう返したエミルに、局長はにこりと笑って見せる。
    「まさかこの期に及んでまだ、局を抜けるだの何だのと言うつもりではあるまいね?」
    「そうしたいのは山々だけど、尾行者やボールドロイドさんの話をしたってことは、もう手遅れだと思ってるんでしょ?」
    「その通り。既に我々は全員、マークされている。君を狙うと共に、我が探偵局をも同様に狙っているはずだ。今更君が抜けたところで、2が1と1になるだけだ。彼らにとってはイコール2でしかない。
     と言うわけでだ、エミル。離れると言う選択は最早、無意味だ。それよりも連携を密にし、共に闘うことを選んで欲しい。
     そのために、Aと君たちとを引き合わせた。それが3つ目の理由だ」
    「え……」
     揃っていぶかしむエミルたち3人に、局長はこう続けた。
    「私は今世紀アメリカ最大の、大探偵王だと自負している。どんな難事件も、どんな強敵も見事退け、討ち滅ぼし、殲滅できると言う、確固たる自信を持っている。
     だが、だからこそあらゆる危険、あらゆる脅威に対して、私は常に、最大限に対策を練り、配慮せねばならない。
     そしてその『危険』、『脅威』とは、私自身の命が脅かされる危険をも含んでいる。とは言え、敵と相討ちになっていると言うのなら、まだいい。懸念すべきは、私の身が潰えたにもかかわらず、敵がのうのうと生き残っていると言うケースだ。
     万が一そんなケースが発生し、そして、君たちだけでは残ったその敵に勝てないと判断したら、その時はAを頼って欲しい。そうした場合のためにも、Aはノーマッド(放浪者)として合衆国諸州を渡り歩いているのだ」
     いつもの飄々とした様子を見せない、真面目な顔の局長に、アデルたち3人は静かに、だがはっきりと、うなずいて見せた。

     一転――局長はいつもの、飄々とした様子に戻る。
    「あ、そうそう。Aについてだがね」
    「はい?」
    「まあ、エミルは気付いていると思うが、実はAB牧場もセントホープも、Aの本拠じゃあない」
    「へっ?」
     揃って目を丸くするアデルとロバートに対し、エミルは「やっぱり?」と返す。
    「『私の本拠はFとLにしか知らせたくない』って言ってたし、多分そうなんだろうなとは思ってたわ。
     ついさっき局長も、『Aはノーマッドだ』って言ったしね」
    「うむ。だから基本的に、こちらから連絡はできん。定期的に向こうから手紙や電話は来るがね」
    「……そんな人、どうやって頼れって言うんスか?」
     呆れ顔で尋ねたロバートに、局長は何も言わず、肩をすくめるばかりだった。


    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ END
    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 16
    »»  2017.04.24.
    ウエスタン小説、第8弾。
    電話連絡。

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    1.
     これまでの作中で何度も、さも当然のように使われてきた電話だが――史実として、電話のシステム自体が確立されたのは1876年(A・G・ベルの特許申請と成立)、そして合衆国において電話会社が開業されたのが、そのおよそ2年後である。さらにはその2年後、普及数は5万世帯にも上っていたと言われている。
     その通信網の多くは当然、発展の目覚ましい東部に張られたものだが、「遠く離れた人間と瞬時かつ同時に会話できる」と言うかつてない利便性は、鉄道と馬以外の交通手段が乏しい西部においても、絶大な効果を発揮できたと考えられる。
     その観点から、本作では電話を用いた通信網が西部にも、多少なりとも存在していると仮定・考察し、物語を展開している。



    「報告は以上です」
     淡々と報告を終え、彼は相手の言葉を待つ。
     間を置いて、穏やかで飄々とした声が返って来た。
    《ありがとう、A。ところで……》
     その声に、いたずらじみた色が混じる。
    《この前私が送った三人はどうだったかね? 君の眼鏡に適う者はいたかな?》
     それに対し、A――アーサー・ボールドロイド老人も冗談交じりに答えた。
    「茶髪のイタリア系だったか、あれは探偵向きでは無いでしょう。勘は鈍いし観察力も皆無。度胸も根性も無い。いわゆるヘタレですな。
     ただ、敏捷性は申し分無いし、言うことも素直に聞く。根気良く鍛えれば多少は使い物になるでしょうな。と言っても探偵ではなく、兵卒かそこらとして、ですが。
     赤毛の青年はまずまずと言ったところでしょう。探偵に不可欠の観察力、洞察力、推理力は身に付いているようですし、何より口が良く回る。交渉事や尋問、聞き込みに対してなら、恐らく探偵局一の逸材でしょう。
     ま、口が回り過ぎなきらいもありますがね。弁が立つ分、舌禍や失言も多いでしょうな」
     人物評を聞き、受話器の向こうから笑い声が聞こえてくる。
    《ははは……、確かに、確かに。やはり君の人物眼は確かだ。
     それで、彼女は? 若手の中では一番の期待株なのだが》
    「彼女……、エミル・ミヌーですか」
     ふう、とため息を付き、アーサー老人はこう続けた。
    「若手どころか、私の知る全探偵局メンバーの中でも1、2を争うでしょう。戦闘能力に関しては、ですが。
     いや、探偵としての能力も高い。先述の赤毛君よりも、もしかすれば高い観察力と洞察力を有しているかも知れません」
    《ふむ。……A、そのエミルの戦闘能力について、君の考えを聞きたい》
     尋ねられ、アーサー老人は応じる。
    「物腰や身のこなしからして、近接戦闘の技術は非常に高いでしょう。ナイフや鞭はおろか、素手でも相当の実力を発揮するはずです。並のゴロツキ相手ならものの2、3秒でノックアウトでしょうな。
     射撃能力に関しては、実際に銃を撃つ様子を目にしたことなどはありませんが、少なくとも相当な視力を有していると思われます。赤毛君が双眼鏡を使っていたところで、彼女はほぼ間違い無く裸眼で、私の顔を認識していたようですからな。
     仮に20ヤード先に拳大のワッペンを置いたとしても、彼女ならきっちり意匠の詳細を認識し、階級や所属を言い当てるでしょう。
     ただ、やはり現時点では、情報が甚だしく不足しています。願わくばまた彼女に会い、いくらか探りを入れてみたいところですな。
     とは言え、また直に会うのは得策では無いでしょう」
    《ふむ? ……いや、なるほど。彼女は警戒するからな。名前の通り、子猫(minou)のようなところがあると言うか。そんな状況で会っても、前回と変わらんからな》
    「ええ、仰る通りです。可能ならば、彼女が何かに注視しているところを陰から観察する、……と言うようなシチュエーションがあればいいのですが」
    《用意できればいいのだがね。難しい注文だな》
    「いや……、あくまで単なる希望です。いつも通りの、私のやり方で探ってみるとします」
    《うむ。
     では、A。また次回の、定期連絡を待っているよ》
    「ええ、では」
     電話を終え、アーサー老人はくる、と踵を返し、サルーンのマスターに声をかける。
    「バーボンを」
    「はい、かしこまりま……」
     マスターが答えかけたその瞬間――サルーンの空気が凍りつく。
     その異様な気配をアーサー老人も感じ取り、入口に目を向ける。
    「ごきげんよう、ご老人。騒がしい夜になりそうですな」
     そこには全身真っ白のスーツに身を包んだ伊達男が、拳銃を構えて立っていた。
    「……貴様……イクトミ……!?」
     アーサー老人は戦慄する。
     そして――銃声が、サルーン内に轟いた。
    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 1
    »»  2017.09.18.
    ウエスタン小説、第2話。
    怪盗紳士、三度目の登場。

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    2.
    「で、どの店の豆が美味しいって話なの?」
    「そこなんだよなぁ」
     エミルと共に街の大通りを歩きながら、アデルは肩をすくめる。
    「グレースの奴、コロンビア産のがどーの、アフリカの方から輸入したのがどーのって色々うんちくを垂れてばっかで、結局『ここがあたしのイチオシね』ってのを教えてくれなかったんだよ。
     しまいにゃ俺も『ああ、こりゃ聞くだけ時間の無駄だ』と思って、適当に切り上げてきちまったんだよな」
    「役に立たないわね。勿論あんたじゃなくて、アシュリーの方がだけど」
    「まったくだ」
     この日、二人は揃って買い物袋を抱えながら、街をぶらついていた。
     と言ってもプライベートではなく、探偵局で使う紙やインクなどの消耗品、そしてコーヒーやドーナツと言った飲食物の買い出しである。
     それでも単調なデスクワークよりも幾分気楽な作業であるためか、それとも街を流れる秋風が心地いいためか、二人の雰囲気は軽く、呑気なものだった。
     そんな雰囲気の中で交わす取り留めの無い話が、アデルが交流を持つ情報屋のアシュリー・グレースに触れたところで、エミルが尋ねてきた。
    「そう言えば聞いた話だけど、あの子、副局長の娘さんですって?」
    「苗字も一緒だし、多分そうなんだろ。
     局長曰く、副局長は『情報収集と分析、そしてその応用・活用にかけては、彼の右に出る者はいない』って話だし、そこら辺の才能が娘に遺伝したんだろうな」
    「お父さんに比べたら、腕と扱う情報は雲泥の差だけどね。
     でも本当に娘さんなら、なんでうちに入らないのかしら? 街の裏手でコソコソやってるより、よっぽどマシなはずなのに」
    「さあ……? 今度、副局長に聞いてみたらどうだ?」
    「その『今度』がいつになるやら、だけどね」
    「違いない。あの人いつも、いるのかいないのか分からんって感じだし。あの人の席、いつ見ても猫しかいないからなぁ」
    「あはは……」
     のんびり世間話に興じながら、二人は通りの角を曲がり――その途端に揃って駆け出し、裏路地に滑り込んだ。
    「あんたも気付いてた?」
    「そりゃな。と言うより、わざと姿を見せてる気配すらあったぜ」
    「そうね。あたしもそれは感じてた。
     となると多分、あたしたちがこの路地に隠れることも計算に入れてるでしょうね。……そうでしょ?」
     通りに向かって呼びかけたところで、声が返って来る。
    「ええ、ご明察です」
    「……また、あんたなの?」
     エミルがげんなりした声を漏らす。
     間を置いて、声の主が裏路地に入ってきた。
    「ごきげんよう、マドモアゼル・ミヌー。それからムッシュ・ネイサン」
     現れたのは、あの「西部の怪盗紳士」――イクトミだった。



    「何の用だよ?」
     ぶっきらぼうに尋ねたアデルに、イクトミは恭しく帽子を脱ぎ、お辞儀をする。
    「単刀直入に申しますと、依頼をお願いしたく参上した次第です」
    「……あんたねぇ」
     呆れ顔で眺めていたエミルが、こめかみを押さえている。
    「さっきあたしたちを尾行してた時、普通の――あたしたちにとっての普通よ――スーツ姿だったじゃない。
     あたしたちと話をするためだけに、この一瞬でわざわざその白スーツに着替えたわけ?」
    「ええ。依頼するのですから、正装が適切かと思いまして」
     臆面も無くそう返すイクトミに、アデルは悪態をつく。
    「正装、ねぇ。俺には仮装に見えるが。
     まあいい。依頼だの何だの言ってるが、そんなもん俺たちが受けると思うのか? お前、自分がお尋ね者だってことが、全然分かって無いだろ」
    「良く存じておりますとも。自分のことですから。
     そしてムッシュ・ネイサンがどうであれ、マドモアゼル、あなたはこれからわたくしの言うことを、聞く気でいるはずです」
    「ええ、そうね。アデルがこう言う反応するってことも、あたしが半端な見返りじゃ動いたりしないってことも、全部把握しての、あんたのこの行動ですもの。
     さぞやあたしが求めてやまないような、そんな極上の報酬を持ってきてるんでしょうね?」
    「勿論ですとも」
     イクトミはにっこりと、微塵も悪意を感じさせない笑みを返した。
    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 2
    »»  2017.09.19.
    ウエスタン小説、第3話。
    銀板写真。

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    3.
    「で、報酬は?」
     エミルが尋ねたところで、イクトミは懐に手を入れた。
    「あ、拳銃などではございませんから、そう緊張なさらず。マドモアゼルもホルスターから手を離して下さい。
     お見せしたいのは、こちらです」
     イクトミはゆっくりと懐から手を抜き、一枚の銀板写真を二人に見せた。
    「この写真、中央に写っている人物については、マドモアゼルには説明の必要はございませんでしょう」
    「……ええ、そうね」
     写真を目にした途端、エミルは明らかに不機嫌な様子を見せる。
    「こんなの残ってたのね」
    「フランス人らしく、洒落たお方でしたから。自己顕示欲もいささか強いご様子でしたし」
    「ええ、このいかにも『わしは旧大陸が誇る叡智の結晶である』って言いたげなしたり顔、見てて吐き気がするわ」
     二人のやり取りを聞き、アデルは首をかしげる。
    「何が写ってるんだ?」
    「こちらは、……っと、マドモアゼル。わたくしから説明差し上げてもよろしいでしょうか?」
    「勝手にどうぞ」
    「では、……コホン。
     この写真は187X年、C州にて撮影されました。ご存知の通り銀板写真と言うものは基本、複製が利かぬものでして、そのためその場で何枚も撮られまして。
     1時間も2時間も笑顔で直立していなければならず、幹部一同、こんな遊びに付き合わされるのは二度と御免だ、次は一人で突っ立っててくれ、……などと言い合うのが我々だけでの酒の席における、定番の肴でした」
    「あ……?」
    「失礼、話が逸れました。
     ともかくこの写真は、その組織の首領と幹部一同の集合写真なのです」
    「組織、……って、まさか」
    「ムッシュ・ネイサンもご存知のようですね、我らが組織の存在を。
     そう、この写真の中央に鎮座しておられますのは、かつて『大閣下』と称された組織の首領、JJ・N・シャタリーヌ氏です」
     エミルが罵った通り、写真の中央に写っているその老人の顔は、下卑た性根を感じさせずにはいられない、醜く歪んだものであった。
    「それで笑顔のつもりなんだから、内面の汚さが分かるでしょ?」
    「これが笑顔だって? ……ああ、確かにありありと分かるな」
    「わたくしにしても、この悪鬼の如き笑顔は二度と拝したくないものです。
     さて、そんなおぞましい写真をお二人にお見せしたのは、何も大閣下の下劣な顔を認識させようと言うつもりではありません。
     注目していただきたいのは、この3名でございます」
     そう言って、イクトミはとん、とんと2ヶ所を指し示した。
    「こちらの2名、ムッシュ・ネイサンも以前に顔を合わせたことがあるのですが、覚えておいででしょうか?」
    「以前に……? いや、待て。確かにこっちのいかつい方は見覚えがある。
     こいつ、もしかして……?」
    「ええ、『猛火牛(レイジングブル)』ことトリスタン・アルジャンです。彼は組織の上級幹部でした。そして横にいる、彼の弟も」
    「弟?」
     尋ねたアデルに、イクトミは肩をすくめる。
    「あなたと初めてお会いした黄金銃事件、その発端となった黄金製SAA。あれを製作したのがその彼、ディミトリ・アルジャンなのです」
    「へぇ……?」
    「ねえ、イクトミ。あんたの話が無駄に長ったらしいってことは嫌になるほどよく分かったから」
     エミルが若干苛立った様子で、話をさえぎる。
    「その写真に何の意味があるのか、さっさと教えてちょうだい」
    「そう焦らずに、マドモアゼル。
     わたくしが依頼したいのは、もう一つ指し示した人物についてなのです」
     そう言ってイクトミは、ある人物をもう一度指差した。
    「彼の名はアンリ=ルイ・ギルマン。彼の行方を探していただきたいのです」
    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 3
    »»  2017.09.20.
    ウエスタン小説、第4話。
    アルジャン兄弟。

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    4.
    「アンリ=ルイ・ギルマン?」
     首を傾げつつも、アデルは懐からメモを取り出し、その名を書きつける。
    「名前からしてそいつもフランス系か? スペルはこれでいいのか?」
    「Hが抜けていますね。あと、AではなくEです」
    「分かりづれえな、無音のアッシュ(注:フランス語は基本として、語頭の『H』を抜いて発音する)かよ」
    「それがフランス語と言うものです」
    「こいつが今、どこにいるのかが知りたいのか?」
     尋ねたアデルに、イクトミは恭しくうなずく。
    「その通りでございます」
    「ちょっと待ちなさいよ」
     と、エミルが再度さえぎる。
    「あんた、受けるつもりなの? まだ報酬が何なのかも聞いてないのに?」
    「ああ、そうか。つい流れに乗せられちまった」
     アデルは首をぶるぶると振り、イクトミをにらみつける。
    「いい加減聞かせてみろよ、お前が持ってきた報酬とやらをよ?」
    「ええ。先程示したものこそが、わたくしの提示する報酬でございます」
    「何だって?」
     首を傾げるアデルとは反対に、エミルは納得言ったような表情を浮かべる。
    「そう言うこと?」
    「さて、どうでしょうか」
     そんな風に言葉を交わしつつ、目配せし合った二人に、アデルは苛立たしさを覚えた。
    「何だよ?」
    「つまりね、こいつは知ってるのよ。『あの二人』の居場所を」
     エミルからそう説明されるが、アデルには依然としてピンと来ない。
    「あの……二人?」
    「アルジャン兄弟よ。ほら、いつものあんたなら手帳開いて、賞金額を確かめるところじゃない?」
    「ん? ……お、おう」
     言われるがまま、アデルは自分の手帳を開き、賞金首のリストを確認する。
    「トリスタン・アルジャン、賞金9800ドル。結構な大物だな。
     ディミトリの方はデータが無いが……」
    「一応ながら、ディミトリは一般市民として生活しているようですから。
     しかし兄のトリスタン、即ち犯罪者へ改造拳銃を提供したり、非合法のルートでM1873のコピー品を国内外へ流したりと、裏を覗けばかなり『臭い』ことを行っているようです」
    「M1873のコピー品……? おい、それってまさか」
    「ええ、ご明察です。あのリゴーニ地下工場で見た、大量の武器。
     あの製造にも、ディミトリが関わっていたようなのです」
    「マジか」
     これを聞いて、アデルは真剣になった。
    「それが本当なら、アルジャン弟も立派な犯罪者ってわけだ。
     少なくともウィンチェスター社からは著作権侵害で訴えられるだろうし、そもそも密輸って点でお縄になる」
     エミルも真面目な顔でうなずいている。
    「軽く見積もっても3~4000ドルのお尋ね者になるわね。兄弟合わせれば12000ドルに届くかも知れないわ」
    「と言うわけです。これはかなりの報酬と言えるのではないかと、わたくしは思っているのですが」
     そう尋ねたイクトミに、二人は揃ってうなずいて返した。
    「なるほどね。確かに美味しい話だわ」
    「捕まえられれば、の話だがな」
    「お二人ならばそれが可能、そう思って提示した次第です。
     どうでしょうか? わたくしの依頼、お受けになっていただけますか?」
    「この場ですぐイエスとは言えないわね。あたしたちは基本的に、探偵局の人間だし」
     そう返したエミルに、イクトミは苦い顔をする。
    「と言って探偵局にわたくしが依頼しに参れば、その場で拘束されるでしょう?」
    「当たり前だろ。強盗殺人犯を放っておくわけが無い」
     アデルにも冷たい態度を取られ、イクトミはやれやれと言いたげに首を振る。
    「では、ここは一旦お暇するといたしましょう。また明日、午後3時に、電話にてご連絡いたします。その時に返事をお聞かせ下さい。
     では、わたくしはこれにて」
    「え?」
     次の瞬間、イクトミはほとんど垂直に飛び上がり、ビルとビルの間をとん、とんと蹴って二人の頭上をやすやすと越え、そのまま大通りへと消えた。
    「……やられた」
     上をぽかんと見上げたまま、アデルがうめく。
    「あっちのペースに乗せられっぱなしね。
     まあ、とりあえず帰って局長と相談しましょ」
     そう言って、エミルは傍らに置いていた買い物袋を手に取った。
    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 4
    »»  2017.09.21.
    ウエスタン小説、第5話。
    無理筋の依頼。

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    5.
    「なるほど」
     アデルたちの話を聞き終え、パディントン局長はそれだけ言って黙り込んだ。
    「……どうしましょうか?」
     沈黙に耐えかね、アデルが尋ねる。
    「ふむ……」
     しかし、局長はうなるばかりで、返事は返って来ない。
    「迷うことがあるのかしら?」
     エミルからそう問われ、ようやく局長は応じた。
    「いや、迷っているわけじゃあない。
     君の言う通り、その依頼は受けて然るべきものだろう。我が探偵局が凶悪犯2名を拿捕できる絶好のチャンスだ。情報提供者が犯罪者だとしても、そんなことはチャンスを逃す理由にはならん。
     一方で、疑問がある。イクトミが何故我々に対し、そんな依頼をしてきたのか? その点だ」
    「確かにね」
     局長の指摘に、エミルもうなずいて返す。
    「あの怪盗気取りの伊達男がわざわざあたしたちの前に現れ、わざわざ依頼なんかしに来るその理由が、さっぱり分からないものね」
    「そう、それだ。
     彼は探偵として動けば、恐らくそこいらのヘボ探偵より余程、いい仕事をするだろう。リゴーニ地下工場事件の一件だけでも、その才能と実力がよく分かる。
     が、それ故に何故、我々に依頼してきたのかと言う疑問も、一つの解が付けられるだろう。即ち、彼のその『相当の手腕』を以てしてもなお、そのアンリ=ルイ・ギルマンなる人物の足跡を追うことができなかったのだろう、と言うことだ」
    「なる……ほど」
     局長の見解を聞き、アデルは嫌な予感を覚える。
    「つまり我々にとっても、この依頼は相当な無理筋だ、と見るべきでしょうね」
    「うむ。……そこでエミル、君に聞きたいことがある」
     局長からそう尋ねられ、エミルはけげんな顔を向ける。
    「どうしたの、改まって?」
    「君は『組織』に詳しい、と考えていいのだね?」
    「ええ、まあ。少なくともあなたよりは詳しいでしょうね」
    「では尋ねるが、このギルマンと言う人物は、『組織』においてどんな役割を担っていたのかね?」
     局長の質問に、エミルはわずかに表情を曇らせる。
    「それは……」
    「言えない、と言うことかね?」
    「違うの。そうじゃなくて、……そうね、まず、あたしが『組織』でどんな立場にいたかってことから話すけれど」
     そう前置きし、エミルはぽつりぽつりと言った口調で話し始めた。
    「まず、あたしが『大閣下』の孫だったって話は、知ってるわよね?」
    「うむ」
    「その、言ってみれば、……何て言うか、そう言う立場って、例えば国王に対する王女、みたいなものじゃない?」
     珍しく、顔を赤らめつつ話すエミルを見て、アデルは内心、笑いが込み上げそうになる。
     それを見透かされたらしく、エミルがにらんでくる。
    「なによ?」
    「い、いや。何でも」
    「……コホン。と、ともかく、そう言う、その、王女って、例えば騎士団に入ったり、政治に携わったりする?」
    「なるほど。つまり、言わば君は『籠の鳥』として扱われていた、と言うことか」
    「そう言うこと。だから、あんまり幹部がどうだったとか、『組織』が何をしてたかとか、詳しくないのよ。
     だからそのギルマンって奴も、全然面識は無いの」
    「ふーむ……。となると、手がかりが全く無いな。イクトミに聞くしか無さそうだ」
    「どうでしょうね? 依頼してくるほどだから、相手も大したことは知らないんじゃ……?」
     そう返したアデルに、局長は肩をすくめる。
    「何の接点も関係も無い人間を探してくれなどと頼むような人間は、この世にはまずいるまい。捜索を依頼するのならば、必ず何かしらのつながりがあって然るべきだ。返事をするのはそれを聞いてからだろう。
     仮にアデルが言う通り、本当に何の接点も無く、何の手がかりも与えられないとなると、その依頼は断る他無い。何の手がかりも無いまま局員をあてどなく放浪させるほど、我が探偵局は暇ではないからな」
    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 5
    »»  2017.09.22.
    ウエスタン小説、第6話。
    探偵王と怪盗の邂逅。

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    6.
     翌日、3時。
     壁に取り付けられた電話がじりりん、と鳴り出したところで、局長がすぐに受話器を取った。
    「はい、こちらパディントン探偵局。……うむ、そうだ。私がパディントンだ。
     君はイクトミかね?」
     局長の後ろで様子を伺っていたアデルとエミルは、顔を見合わせる。
    「来たわね」
    「流石、伊達男。3時きっかりだな」
     その間にも、局長とイクトミは電話越しに会話を交わしている。
    「そうだ。私が話をする。……いや、彼女はいるよ。私の後ろにね。
     ……そうは行かない。君はエミル嬢にではなく、このパディントン探偵局に対して依頼したのだろう? ……個人的に、であったとしてもだ。彼女は個人業じゃあなく、局に所属する人間だ。である以上、彼女の仕事は局がマネジメントするのが道理だろう? ……ははは、馬鹿を言うものではない。いつ終わるとも知れん仕事をさせるために休暇を取らせるなど、私が認めると思うのかね? ……そう言うことだ。それが嫌だと言うのならば、これまで通り一人で捜索したまえ。
     ……うむ。ではもう少し詳しい話をしようじゃあないか。いつまでもそんなところで私たちを眺めていないで、……そうだな、こっちのビルの斜向いに店がある。君のいるウォールナッツビルの、3つ左隣の店だ。……そう、ブルース・ジョーンズ・カフェだ。
     そこなら捕まる、捕まえるなんて話抜きで相談もできるだろう? 無論、衆人環視の中でドンパチやるほど、我々も無法者じゃあないからな。君もそう言うタイプのはずだ。
     ……決まりだな。私たちもすぐ向かうから、君もすぐ来たまえ」
     そこで局長は電話を切り、窓の外に向かって手を振る。
     その様子を眺めていたエミルが、呆れた声を上げた。
    「あのビルにいたの?」
    「うむ、予想はしていた。彼も慌てたようだよ。居場所を言い当てられたものだから、指摘した瞬間、声が上ずったよ」
    「伊達男も形無しね、クスクス……」



     15分後、局長が指定した喫茶店に、一般的な――今度は「東部都市では」と言う意味で――スーツ姿で、イクトミが姿を現した。
    「あら、白上下じゃないのね」
     指摘したエミルに、イクトミは苦笑いを返す。
    「流石に目立ってしまいますから。わたくしも、色々と狙われる身でしてね」
    「ふむ」
     イクトミのその言葉に、局長が納得したような声を漏らす。
    「つまりギルマン某を探したい、と言うのは、やはり組織に関係してのことかね?」
    「左様です」
     イクトミが椅子に座ったところで、局長がメニューを差し出す。
    「私がおごろう。ここのコテージパイは絶品だそうだよ」
    「ほう。ではそれと、コーヒーを」
     そう返したイクトミに、局長はニヤっと笑いかける。
    「君もコーヒー派かね?」
    「ええ。氏はイギリス系とお見受けしますが、紅茶は?」
    「実を言えば、あまり好きじゃあないんだ。それがイギリスを離れた理由の一つでもある」
    「変わった方ですな」
    「君ほどじゃあないさ」
     やり取りを交わす間に注文し終え、間も無く一同の座るテーブルにコーヒーが4つ、運ばれてくる。
    「コテージパイが温まるまでにはまだ多少、時間がある。それまでに話を詰めておこう。
     まず、君からの依頼を受けるか否かについてだが、君から何かしらの情報を得られれば、受けてもいいと考えている」
    「情報……、何のでしょうか?」
    「まず、アンリ=ルイ・ギルマンとは何者なのか? 組織においてどんな役割を担っていたのか?
     そして何故、君はギルマンを探しているのか? それを聞かせて欲しい」
    「ふむ」
     イクトミはコーヒーを一口飲み、それから局長の質問に応じた。
    「ギルマンはいわゆる『ロジスティクス(兵站活動)』を担当していました。
     武器・弾薬と言った装備の調達や侵攻・逃走経路の確保、基地や備蓄施設の設営、その他組織が行う作戦について、あらゆる後方支援を行う立場にありました。
     そして……」
     イクトミはそこで言葉を切り、エミルに視線を向けた。
    「なによ?」
    「大閣下がマドモアゼルの手にかかって死んだと思わせ――その実、陥落せんとする本拠地からまんまと彼を連れ出したのも、ギルマンの仕業なのです」
    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 6
    »»  2017.09.23.
    ウエスタン小説、第7話。
    組織攻略の端緒。

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    7.
     イクトミの言葉に、エミルは血相を変えた。
    「嘘でしょ?」
    「これが嘘であれば、わたくしは喜んでホラ吹きと呼ばれましょう。どんな嘲(あざけ)りを受けたとしても、どれほど幸せなことか。
     ですが、甚(はなは)だ残念なことに、これは事実なのです。わたくしも間違い無く死んだものだ、と思っておりました」
    「何があったの?」
    「そもそもの発端は、古巣に呼び戻されたことです。
     そう、再び組織の幹部として活動せよ、との命令が、わたくしに下ったのです」
     やってきたコテージパイにチラ、と左目を向けつつ、イクトミはこう続ける。
    「しかし今やわたくしは、孤独と砂漠の乾いた風、そして祖国フランスから渡ってきた美術品の数々を愛する日々を謳歌(おうか)しております。今更あの狂気の集団に戻ろうなどとは、露ほども思っておりません。
     ですので丁重にお断りいたしましたところ、それから執拗(しつよう)に襲撃を受けまして。無論、トリスタン級の怪人でも現れぬ限り、わたくしが手こずるようなことは全くもってありえないのですが、それでも昼も夜も、場所も構わずに襲われては、たまったものではありません。
     故に組織の現状を知り、逆にこちらから襲撃することで、二度と勧誘されぬようにと画策していたのですが、その過程で3つのことが分かったのです。
     1つは、組織は以前と変わらず、大閣下の統率下にあること。2つは、組織はわたくしと同様、生き残った元幹部たちに召集をかけ、そのほとんどがそれに応じ、復帰していること。
     そして3つ、元幹部の一人であるギルマンには召集がかかっておらず、にもかかわらず、組織の兵站が以前のように機能していることです」
    「どう言うことだ?」
     尋ねたアデルに、イクトミではなく、局長が答えた。
    「つまりギルマンは組織から離れることなく、ずっとシャタリーヌの元にいたと言うことか」
    「左様でございます。恐らくは大閣下が逃走している間もずっと、彼の本分である逃走ルートの確保に努め、同道していたものと思われます。
     であれば彼のいるところに、かなり高い確率で、大閣下本人か、もしくは本拠地なり移動ルートなり、彼に関する何らかの情報が存在するものと」
    「その情報をつかみ、君は組織を攻撃すると言うわけか。
     そして――なるほど、君が何故、アルジャン兄弟を売るような真似をするのか。それも理解したよ。
     要するに君は、エミルにアルジャン兄弟を始末してもらいたいと言うわけだね?」
    「ええ、仰る通りです。先程も申し上げました通り、流石のわたくしでも、トリスタンには一歩及ばぬものでして。
     ですがマドモアゼルならば、あの怪人を下すことは容易なはずです。事実、以前に対決した際にも、彼女はトリスタンを退けておりますから」
    「買いかぶりよ」
     エミルはそう返すが、イクトミは首を横に振る。
    「買いかぶりなどではございません。極めて公平かつ客観的な評価です。わたくしはマドモアゼルの実力を、良く存じておりますから」
     そう返したイクトミに、局長と、そしてアデルが反応した。
    「ふむ?」
    「どう言うことだ? 一緒に戦ってたって言うのか?」
     アデルに問われ、イクトミはけげんな表情を浮かべる。
    「左様ですが、何か? 顔ぶりから察するに、『そんなわけがあるか』とでも言いたげなご様子ですな」
    「昨日、我々がエミル嬢に、ギルマンに付いて何か知らないか尋ねたのだが、彼女は『自分は幹部連中との関わりは無かった』と答えたんだ。
     しかし君は幹部だったのだろう? となれば話が矛盾する。彼女が嘘をついたとも考えにくい」
    「ふむ」
     イクトミはエミルにチラ、と視線を向け、こう返した。
    「確かに一緒に仕事をしていたとか、作戦に参加していたとか、そう言った事実はございません。ですがプライベートでは、それなりに親交はございます。
     その折に、実力の程は十分拝見しております」
    「なるほど。
     まあ、ともかく――君の言葉を額面通り信じるとすれば、君にはアルジャン兄弟を無傷で葬れると言うメリットが有るわけだ。
     そして我々も、彼らに懸けられた懸賞金を手にし、名うての賞金首を仕留めた名声をも得られると言うわけだ。
     いいだろう。君の依頼、受けることにしよう」
    「ありがとうございます」
     イクトミがほっとした顔をし、握手しようと手を差し出したところで、局長がこう続けた。
    「ただし、こちらも条件がある」
    「なんでしょうか?」
     いぶかしげに片眉を上げたイクトミに、局長は立ち上がるよう促す。
    「詳しい話は離れてしよう。君と私だけでね」
    「局長?」
     目を丸くするエミルとアデルをよそに、イクトミは素直に立ち上がり、そのまま二人で店の奥へと消えた。
    「……どう言うこと?」
     尋ねたエミルに、アデルは肩をすくめるしか無かった。
    「局長お得意の工作か何か、……だろうな」

     数分後、二人は何事も無かったかのように奥から戻り、それからにこやかに歓談しつつ、コテージパイとコーヒーを平らげた後、そのままイクトミは店を出ていった。
     アデルたちは局長の出した条件や密談の内容について尋ねたが、局長はニコニコと微笑みながらコーヒーを飲むばかりで、何も答えなかった。
    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 7
    »»  2017.09.24.
    ウエスタン小説、第8話。
    記憶の矛盾。

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    8.
     わだかまりつつも探偵局に戻ったところで、アデルは局長に尋ねる。
    「それで局長、どうやってギルマンを探すんです? また例の名士録に名前があったり、とか?」
    「いや、流石にまったく情報が無い。リロイに聞いてみるとしよう。
     リロイは今日は非番だが、彼が非番にやることと言えば本を読むか、奥さんとチェスするか、後はあの三毛猫をからかうくらいだ。呼べばすぐ来る。
     と言うわけでアデル、リロイを呼んでおいてくれるか? 住所は知っているな?」
    「ええ。行ってきます」
    「うむ」

     アデルが局を出たところで、エミルが再度、局長に尋ねる。
    「それで局長、イクトミに何の条件を出したの?」
    「さてね」
    「……あいつがいるから話せなかった、ってことじゃないのね」
    「うむ。あれは正真正銘、私とイクトミとの間で交わした約束だ。君たちに打ち明けることは、今は無理だ。
     機が熟せば話しても構わないとは、考えているがね」
    「そう」
    「それよりもだ、エミル」
     と、局長は真面目な顔になり、小声で尋ねる。
    「君の言っていることとイクトミの話には、矛盾や齟齬(そご)が散見される。
     さっきも取り沙汰したが――君は『幹部陣とのつながりは無かった』と言っていた。しかし一方、イクトミは『親交はあった』と言う。
     無論、君とイクトミとの価値観の違いなどから、『一方は親しくしていたつもりだったがもう一方はそんな風に思っていなかった』と言うようなことはあるだろう。しかし――細部ばかりとは言え――彼と君の話には、食い違う点がいくつもある。
     一体、どう言うことなんだ? 本当に君とイクトミは、同じ組織に属していたのかね?」
    「それは本当、……だと、思うわ」
    「思う?」
    「そうじゃなきゃ、あいつがあたしを知ってる道理が無いでしょ?」
    「それは確かにそうだ。しかし一致しない点があるのは、何故だ?」
    「……それは、多分」
     エミルは一瞬口ごもり、恐る恐ると言った口ぶりになる。
    「あたしの記憶が、少し、……いえ、かなり、壊れているんだろう、と」
    「壊れている?」
    「ええ。あなたも知っていることだけど、あたしは組織の大閣下、即ち祖父を殺した。……いえ、イクトミによれば死んでないのよね。
     とは言え肉親同士の殺し合いなんて、結構ハードな話でしょ?」
    「確かにね」
    「そのせいか、……あの頃の記憶が、……あんまり、はっきりしないのよ。よっぽど嫌な思い出があるのか、……思い出そうとしても、どうしても思い出せないのよ」
    「ふーむ……」
     エミルの話を受け、局長は苦い顔をする。
    「確かにどこぞの大学だか研究機関だかで、あまりに深刻かつ衝撃的な体験をした者は、精神に悪影響を及ぼすと言うような説が唱えられていたと記憶しているが、……ふーむ、君のような鋼の精神の持ち主であっても、例外では無いと言うことか」
    「鋼なんかじゃないわよ。あたし、これでもナイーブなの。
     ともかく局長、お願いするけど――あんまり、あたしに組織の話、聞かないでほしいの。聞かれても大体答えられないと思うし、思い出そうとすると、アタマ痛くなるのよ」
    「うむ、分かった。まあ、組織の情報を抜きにしても、君が得難い人材であることには変わりない。今後は聞かないことにするよ。
     さて、そろそろアデルが戻ってくる頃だろう。リロイの分も合わせて、コーヒーを淹れてきてもらって構わないかね?」
    「いいけど、……局長、あなたさっき、2杯飲んでたでしょ? まだ飲むの?」
    「うむ。質の良いコーヒーは何杯飲んでもいいものだ。淹れる人間の腕も関係してくるがね。君のコーヒーなら一樽だって飲める」
    「あら、ありがと」
    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 8
    »»  2017.09.25.
    ウエスタン小説、第9話。
    霧中の敵を追え。

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    9.
    「参ったね、これは」
     リロイ副局長が帰った後、局長は腕を組んでうなった。
    「リロイでも、か。なるほど、イクトミが依頼してくるわけだ」
     常より局長から「情報収集能力に長けている」と称される彼でさえも、ギルマンについては、何の情報も持っていなかったのである。
    「一応、ツテを頼るとは言ってましたけど……」
    「望み薄だな。しかし、だ」
     局長はパイプを手に取り、火を灯す。
    「東洋のことわざには、『火の無いところに煙は立たぬ』とある。
     生きている以上は何か食わねばならんし、となれば店で買うなり、畑や牧場を持つなりすることが予想される。であれば店で聞き込みを行うなり、土地台帳を照会するなりすれば、素性は割れる。一人の生きた人間がこの世界で活動している以上、必ずその痕跡は、どこかに残るものだ。
     ましてやギルマンと言う男は、兵站管理を任ぜられていると言うじゃあないか。となればどこかで武器・弾薬の買い付け、もしくは製造を行い、それを各拠点に運ぶと言う活動を積極的に、かつ、大規模に行っていることは予想できる。
     リゴーニ地下工場事件にトリスタン・アルジャンが関わっていたことを考えれば、あれが組織の一端であったことは、想像に難くない。となれば武器の製造は恐らく、地下活動的に行っているだろう。そこからギルマンを探すのは難しいかも知れん。
     しかしその輸送はどうだろうか? 全米に鉄道網が充足しつつある昨今、彼らがそれら公式な鉄道網を押しのけ、独自の鉄道路線を何千マイルも占有しているとは考えにくい。少なからず公共の路線を流用していると考えて間違い無いだろう。事実、リゴーニ事件においてはW&Bやインターパシフィックの路線が使われていたと言うしね。
     としても、それが一々、どこそこの鉄道会社に運行を届け出ているとも考えにくい。多少なりとも偽装していることは考えられるが、それでものべつ幕無しに届け出ていれば、秘密でも何でもなくなってしまう。
     さてネイサン。ここで一つ、私にアテが思い付いたわけだが、君はどうかね?」
     局長に問われ、アデルもピンと来る。
    「つまり鉄道関係に詳しい奴から、不審な人物や車輌なんかの目撃情報を集めてみる、と」
    「そう言うことだ。そしてネイサン、君の友人にいただろう? 西部の鉄道網について非常に詳しい、機関車ギークの男が」
    「なーるほど」

     アデルは早速、その「機関車ギーク」――マーシャルスプリングスの道楽者、ロドニー・リーランドに電話をかけた。
    《も、……もしもーし?》
     数年前に廃業されたと言っていたものの、会社が使っていた電話回線はまだ、生きていたらしい。
     受話器の向こうから、ロドニーのいぶかしげな声が聞こえてきた。
    「おう、俺だ。アデルバート・ネイサン」
    《あ、ああ、お前さんかぁ。こないだはどうもな。
     っつーか、びっくりさせんなよ。いきなりデスクの電話鳴ったからさ、驚いて椅子から引っくり返っちまったぜ》
    「悪いな、突然。って言うか、電話なんてそんなもんだろ」
    《そりゃそうか。んで、どうしたんだ?》
    「ちょっと聞きたいんだが、……そうだな、そっちで何か、事件だとか、悪いうわさだとか、そう言うの無いか?」
    《は?》
     ロドニーのけげんな声が返って来る。
    《あんたいつから、ゴシップ記者になったんだ?》
    「いや、そうじゃない。詳しい事情は話せないんだが、ある男を鉄道関係から追っててな。そっち方面でそれらしい情報が無いか、調べてるところなんだ」
    《ああ、まだ探偵屋だったか。そう言うことなら色々、教えてやるが……。
     何が知りたいんだ? 鉄道情報なら何でもござれだ。各鉄道会社の景気から、どこの駅のコーヒーがうまいかまで、何でも聞いてくれ》
    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 9
    »»  2017.09.26.
    ウエスタン小説、第10話。
    鉄道犯罪。

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    10.
    「そうだな、まずは、……不審な鉄道車輌、なんてのは?」
     尋ねたアデルに、ロドニーは苦い声を返してくる。
    《『何でも』って言ったばっかりで悪いが、それは答えられん。いや、『言えない』ってことじゃなくてな、『言い切れない』んだ。
     俺みたいな大鉄道愛好家や各鉄道会社、その他警察とかその関係者だとかにゃ残念でならんが、鉄道を使った犯罪やら不正なんて話は、あっちこっちでうわさされてる。お前さんが今尋ねた『不審な車輌』なんてのは、それこそあっちこっちで目撃されてるし、捕まえようも無い。
     ティム・リード鉄道強盗団みたいなのを捕まえられたのは、マジで奇跡ってヤツだろうよ》
    「そんなに多いのか? その鉄道強盗団を捕まえた辺りの頃は、そんなに跋扈(ばっこ)してるなんて話は聞いて無かったが……?」
    《そうだな、正確に言えばその直後から増えだしたって感じだ。恐らくあの時聞いた、ダリウスって野郎のせいだろう。
     俺もあの時、サムとかから話を聞かせてもらってたんだが、盗まれた車輌やその部品を使ってるだろうなって言う不審車輌の情報は、かなり聞く。それに『ゲージ可変機構』が取り付けられてるらしい車輌があるってのも、最近良く耳にしてる。
     多分だけども、ダリウスがあっちこっちにバラ撒いてるんだろう。何の目的かは分からんが、パテント料みたいな感じでカネもらってるとしたら、相当稼いでるだろうな》
    「ふーむ……」
     アデルがロドニーから聞いた情報を書き留めたメモを見て、局長がうなる。
    「確証は無いがそのダリウスも、組織の一員なのかも知れないな。
     私の記憶しているところでは、ダリウス氏が活動を開始したのは3年か、4年前だったはずだ。そして組織の活動再開は、少なくとも2年以上前から。時期はかなり近い。いや、重複していると見てもいいだろう。
     ダリウスが資材と資金を集め、組織の活動に充てていた可能性は、十分に考えられる」
    「そうね……」
     エミルたちが話しているのを背に受けつつ、アデルは質問を続ける。
    「じゃあ、そのダリウスについて、何か知らないか?」
    《そっちについては、さっぱりだ。
     あの一件以来、鉄道関係に指名手配が回ってるが、ダリウスを見たって奴は出てこない。そのくせ、あいつにつながってるっぽいうわさはポロポロ出て来る。
     まるで幽霊かなんかだよ、まったく》
    「そうか……」
     その後もあれこれと質問を重ねるが、ギルマンにつながりそうな情報は、一向に入手できない。

     と、局長がトン、トンとアデルの肩を叩き、代わるよう促してきた。
    「あ、はい。……いや、局長が話をしたいって」
     受話器が局長に渡され、彼はこう質問した。
    「すみません、突然。いや何、私からもちょっと、聞かせていただこうかと思いまして。
     リーランドさん、鉄道輸送に関して尋ねたいのですが、お詳しいでしょうか」
    《ああ、まあ、そりゃ、それなりには》
    「ではここ1年か2年の間に、大量の武器・弾薬が――そうですな、一小隊が十分活動できる程度の量で――頻繁に運ばれたと言う記録はございますか?」
    《んー……? ちょっと待ってくれ。思い出す。……あー、と、そうだな、ちょくちょく聞いてる》
    「O州やK州、N州近辺ではどうでしょう? 特に多いのではないですか?」
    《……局長さん、なんか知ってるのか? いや、確かにこの2年、その辺りで武器が運ばれまくってるって話を聞くからさ》
    「やはり、ですか。
     もしやと思いますが、その輸送の中でも非正規と思われるものについてですが、それらに最も使用されていた路線は、W&Bのものでは?」
    《あ、ああ。確かによく使われてるって話は、……聞いてる》
    「なるほど。可能なら、その関係者をピックアップしていただきたいのですが」
    《ちょっと時間をくれれば、まとめられると思うぜ。あっちこっち電話して、多分明日か、明後日くらいには返事できる》
    「では3日後の同時刻辺り、またこちらからご連絡を差し上げます。よしなに」

     電話を切り、局長はふう、と息を吐いた。
    「やれやれ、当たってしまったか」
    「局長……? 何か、つかんでたんですか?」
     尋ねたアデルに、局長はこう答える。
    「イクトミが襲撃された、と言っていただろう? そこから推理したんだ。
     そもそもイクトミに指名手配がかけられたのは1年ほど前だが、その容疑は何だったか、知っているね?」
    「ええ。殺人が契機となった、と」
    「そこだ。それが起こる前までは、彼は奇抜な紳士、風変わりな窃盗犯としての評判しか無かった。いわゆる『怪盗』と言うやつだ。
     だがN州における強盗殺人――西部方面への投資家として知られていたフランシスコ・メイ氏の殺害が、全米への指名手配の契機となった。
     そして指名手配の直後、2件目の殺人が起こる。それがグレッグ・ポートマンSrの件だ。これがイクトミの名を『悪名高き卑劣漢』として、決定的に知らしめることとなったわけだ」
    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 10
    »»  2017.09.27.
    ウエスタン小説、第11話。
    怪盗紳士の真の顔。

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    11.
    「それじゃ殺人犯として名前が知られ出したのは、最近の話なのね?」
     エミルにそう尋ねられ、局長はうなずく。
    「うむ。しかし妙なのは、それに関する風説の流れの、その『速さ』だ。
     確かに『強盗殺人』などと言うものは卑劣で恥ずべき犯罪であるし、故に悪評として広まるのが早いことは、想像に難くない。だがそれにしても、他の凶悪犯の名が知れ渡る速度と比較すれば、あまりにも早すぎるのだ。
     例えばあの『スカーレット・ウルフ』の場合、1881年にW州における大量殺人が発覚し、それを東部の司法当局が知り、懸賞金の額が上がったのは、そのさらに半年も後だった。
     80年代のはじめであれば、既に電話網が確立されて久しいし、鉄道網だって成熟の度合いは今とほとんど変わらない。にもかかわらず『ウルフ』は半年、イクトミは数週間だ。
     3桁を超える無差別殺人を犯してきた『ウルフ』と、資産家2人だけのイクトミであれば、人民に危険を及ぼす可能性は、どう考えたって前者だ。当局にしても、イクトミなんぞを『ウルフ』以上の危険人物だと捉えていたとは思えん。
     となれば、考えられるのは――風説を操り、司法当局へ伝わる速度を早めた者がいる、と言うことだ」
    「つまり組織の奴らが、イクトミを捕らえるために、世論と司法当局を利用したってこと?」
     エミルのこの問いにも、局長は同様にうなずいて見せた。
    「無論、『捕まえるのはあくまで自分たちだ』とは、考えていただろうがね。……おっと、話が逸れてしまった。
     ともかくイクトミを拿捕、拘束、あるいは殺害せんと、組織は全力を挙げている。風説の流布にしてもそうだし、滅多やたらに襲撃しているのも、そうと言える。
     であればギルマンも大忙しだろう。組織の兵隊たちに、じゃぶじゃぶと武器・弾薬を供給していたに違いない」
    「……! つまりO州・K州・N州で頻繁に武器の輸送を行っていた奴が……」
     アデルの言葉に、局長はニヤっと笑った。
    「そうだ。我々が黄金銃事件で得た、イクトミの犯行ルート及び盗難品リストと、その密輸送の情報を合わせれば……」
    「自ずとギルマンの動向がつかめる、ってワケね」



     3日後、ロドニーから伝えられた情報と、自分たちの資料を基にし、局長は見事、目標を割り出すことに成功した。
    「ジャック・スミサーなる、この人物が怪しいな。
     いかにも偽名だが、それだけじゃあない。イクトミが盗みを働く前後数日、決まって貨物車1~2台分の武器・弾薬をその近辺に送っている。
     この人物を洗えば、かなり高い確率でギルマンを突き止めることができるだろう」
    「ねえ、局長。あなたの話しぶりから、ずっと考えてたんだけど」
     と、エミルが口を挟む。
    「イクトミが『美術品』を盗むのは、もしかして口実だったんじゃない?
     そしてあなた、それを知っていたか、イクトミから聞いていたんじゃないかしら?」
    「……うむ」
     局長は目線を資料に落としたまま、小さくうなずく。
    「私も世間から見向きもされぬ、しかし一部の愛好家には高く評価されると言うような逸品にはロマンがあると考えるタイプであるし、多少は蒐集(しゅうしゅう)もしている。
     だがそんな私の目からしても、イクトミの集めた美術品のほとんどは、はっきり言ってガラクタとしか映らなかった。
     事実、黄金銃事件で押収し、持ち主のところに返そうとしたモノのほとんどは、『いらない』と突っ返された。元の持ち主もゴミとしか思っていなかったような、益体(やくたい)も無い代物ばかりだったんだよ。
     とすれば彼が盗みを働いていたのは、本来の目的を隠すための偽装(フェイク)なのではないか? ……と、そう考えていた。
     その考えが確信に変わったのは、リゴーニ事件だ。彼は『ガリバルディの剣』なるものを盗もうとうそぶいていたらしいが、地上の屋敷にも地下工場にも、それに該当しそうなものは無かったそうだ。
     リゴーニ、あるいは彼の部下が持ち去った可能性も無くは無いが、剣を置く台座であるとか壁に掛けるフックだとか、そう言うものも、どこにも無かったと聞いている。つまり『元々剣があった』と言う形跡は、まるで無かったんだ。
     その上、君たちをわざわざ、自分の隠れ家に連れ込んだこともおかしい。そんなことをすれば間違い無く、隠れ家は司法当局に抑えられる。血道を上げて集めたはずのコレクションが押収されてしまうことは、容易に想像できたはずだ。
     なのに彼はあっさり隠れ家に君たちを入れていたし、さらにその後、一つとして取りに戻ったような様子も無かった。
     つまり彼は剣を口実にして君たちに協力を求め、最初から地下工場を暴くつもりだったのだ」
    「え、……じゃあ」
     目を丸くするアデルに、局長は目線をチラ、と向けた。
    「そうだ。彼の正体は、フランス絡みの美術品を蒐(あつ)める怪盗紳士でも、卑劣な強盗殺人を繰り返す凶悪犯でも無い。
     彼は組織を潰すため、たった一人で行動していた、義勇の士だったのだ」
    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 11
    »»  2017.09.28.
    ウエスタン小説、第12話。
    イクトミ襲撃の夜。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    12.
    「ごきげんよう、ご老人。騒がしい夜になりそうですな」
     そこには全身真っ白のスーツに身を包んだ伊達男が、拳銃を構えて立っていた。
    「……貴様……イクトミ……!?」
     アーサー老人は戦慄する。
     そして――銃声が、サルーン内に轟いた。



     だが、アーサー老人は傷一つ負うこと無く、その場に立ち尽くしたままだった。
    「……な、……なぬぅ?」
     流石のアーサー老人も、何が起こったのか把握するのに、数秒の間を要した。
     そして周囲の人間が、一人残らず射殺されていることに気付き、アーサー老人はもう一度イクトミに視線を向けた。
    「どう言うことだ? 何故彼らを殺した? まさかこいつらが一人ひとり、リーブル硬貨(18世紀までフランス王国で使われていた貨幣)を握っていたと言うわけでもあるまい」
    「ええ、左様です。
     彼らはあなたを狙っていたのです。そしてわたくしはあなたを探していた。であれば彼らを排除せねば、当然の帰結として、わたくしの目的は達せられません」
    「彼ら? こいつら全員が、私をだと?」
     アーサー老人はどぎまぎとしつつ、もう一度辺りを見回す。
    「彼らの懐を探ってみて下さい。その証明が見付かるはずです」
    「……うむ」
     イクトミの言う通りに、アーサー老人はカウンターに突っ伏したバーテンの懐を探り――そして、あの「猫目の三角形」が象(かたど)られたネックレスを発見した。
    「こいつら……!」
    「あなたはいささか、組織について知りすぎました。組織があなたや、あなた方を消そうとしています」
    「それを私に知らせるために、ここへ来たと言うのか?」
    「それも理由の一つです。あなた方がいなくなれば、わたくしもまた、早晩倒れることとなりますから」
    「どう言うことかね? ……ああ、いや」
     アーサー老人は長年の経験と勘、そして磨き抜いた人物眼から、イクトミに敵意が無く、友好的に接しようと距離を図っているのだと察し、フランクな声色を作る。
    「立ち話もなんだ、バーボンでもどうかね?」
     アーサー老人はカウンターの内側に周り、バーテンの死体をどかして、グラスを2つ取り出す。
    「ご厚意、痛み入ります」
     イクトミはほっとしたような顔をし、恭しく会釈をしてから、カウンターの席に付いた。

     カウンター周辺に漂っていた血と硝煙の匂いが、酒とつまみのバターピーナツの匂いに押しやられたところで、イクトミは話を切り出してきた。
    「わたくしのことを、いくらかお話してもよろしいでしょうか?」
    「うむ、聞かせてくれ」
     イクトミはバーボンを一息に飲み、ふう、と息を吐き出した。
    「インディアンとしての本名は、わたくしにも分かりません。
     仏系の父親からは一応、『アマンド・ヴァレリ』なる名をいただいておりましたが、10歳、いや、11歳くらいの頃から、自分からそう名乗ることは無くなりました。
     父はインディアンであった母のことを、家畜程度にしか思っていなかったことが分かりましたからね。その血を引くわたくしのことも、どう思っていたか。いや、悪感情を抱いていたことは間違い無いでしょう。
     そんな事情でしたから、11歳の頃に家を出ました。そんなわけで幼いながらも放浪の日々に入り、間も無く組織が『人材育成のため』と称して、わたくしを略取・誘拐しました。
     そこで私は、新たに『アレーニェ(蜘蛛)』と名付けられました。身体能力が他の子供と比べ、飛び抜けて高かったからでしょう。……しかしその名も結局、組織を抜けた際に捨てました。
     その後、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て――わたくしは、己で自分自身を『イクトミ』と名付けたのです」
    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 12
    »»  2017.09.29.
    ウエスタン小説、第13話。
    独白。

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    13.
    「人に歴史あり、か。だがそれを私に聞かせて、何をしたい?」
     アーサー老人に2杯めのバーボンを注がれ、それもイクトミは飲み干す。
    「誰かに私の人となりを知っていただきたい、……などと言うのは厚かましいですな。いや、そんなことは申しますまい。お願いの話を、先にいたしましょう。
     組織と戦い、壊滅させることは、わたくしに課された宿命。この生命を賭してでも、成し遂げねばならぬ役目です。ですがわたくしには今、味方がおりません。
     どうか組織と戦うため、力をお貸しいただけませんでしょうか?」
     アーサー老人もバーボンを呷(あお)り、静かにうなずく。
    「どの道、私もFも組織と戦おうとしていたのだ。我々にとっても、君と言う凄腕の協力が得られると言うのならば、断る理由は無い。
     だが君と手を組むと言うことは、即ち探偵が犯罪者と手を組むと言うことでもある。関係を明かすことは、我々にとってマイナスになるだろう」
    「ご心配なく。いくつかの理由から、結果的にその心配は無くなるでしょう」
     イクトミの回りくどい言い方に、アーサー老人は首を傾げる。
    「どう言う意味かね?」
    「わたくしが公に殺害した人間については、ご存知でしょうか」
    「2件――1人目はN州レッドヤードの投資家、フランシスコ・メイ氏が秘匿していたと言う、18世紀製の気球用バーナーだったか、それを強奪するために殺害。
     そして2人目は、全純金製のSAA(シングル・アクション・アーミー)を強奪するため、グレッグ・ポートマン氏を。……と記憶している」
    「ええ、左様です。世間一般には、わたくしがそれら『ガラクタ』の蒐集のため、彼らを殺害したものと認識されているでしょう」
    「『ガラクタ』だと?」
     思いもよらないイクトミの言葉に、アーサー老人は自分の耳を疑った。
    「お前は、……まさか、……まさか、数々の窃盗行為は、偽装だったと言うのか?」
    「左様です。それについても、詳しく説明せねば、何が何だか見当も付きますまい」



     わたくしが組織との戦いを始めたのは、およそ1年半か、2年ほど前でしたか……。

     あの狂気の集団から逃れ、気ままな生活を謳歌していたのですが、そこへ突如、無くなったはずの組織からの召集令状が届きました。
     偽名で生活し、犯罪とは縁遠い職業に就き、少しばかりの友人に囲まれていた、わたくしのところに。
     当然、わたくしは令状を無視しました。今更あんなところには戻れない、戻りたくない、……と。
     そして、半月ほど経った頃でしょうか――わたくしは突然、町の銀行を襲ったコソ泥としての汚名を着せられ、訳の分からぬままに拘束・投獄されました。
     わたくしには、その一日はとても、とても恐ろしく、冷たく、おぞましい一日でした。昨日まで淡々と仕事に勤しんでいた職場を叩き出され、昨晩まで仲良く酒を飲んでいた友人たちに口汚く罵られながら、わたくしの新たな人生には無縁と信じていた監獄に突然、放り込まれたのですから。

     しかし、さらに恐ろしいのは、ここからでした。
     檻の中で打ちひしがれていたわたくしの前に、あの紋章を持つ者が2名、現れたのです。彼らはわたくしに、こう告げました。
    「これで我々の力が、良く分かっただろう。
     素直に我々の下に戻ってくるなら、すぐにでもここから出してやる。断ると言うのならば、君は明日にでも絞首刑になるだろう。
     窃盗と、友人殺しの罪でね」
     そう告げられた瞬間――わたくしの心の中に突如、天啓のようなものが飛来しました。いや、それはむしろ呪詛(じゅそ)、呪いの言葉と言ってもいいようなものだったのかも知れません。
     組織がこの世にある限り、わたくしには未来永劫、平和で幸せな生活などと言うものは訪れないのだと。

     わたくしは立ち上がり、檻の鉄柵をこの両の腕で引きちぎって牢を抜け、慌てふためく彼らを殴り据えて気絶させ、牢の中へ投げ捨てました。
     そしてわたくしは、町から逃げたのです。
    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 13
    »»  2017.09.30.
    ウエスタン小説、第14話。
    組織を討つために。

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    14.
     わたくしは本懐を隠すため、そしてわたくしが組織に「アレーニェ」だと悟られぬために、怪盗「イクトミ」を演じることにいたしました。
     まったく何の価値も無い、盗んだとしても何の被害も出ないようなモノを、さも価値があるかのように仰々しく盗み出すと言う、滑稽な道化を演じたのです。
     その裏で、わたくしは組織がどれだけの人員を有し、どこに本拠や基地を構え、何を計画しているのか探り、明らかになったものから逐次、潰しておりました。
     はじめのうちは、それは少しずつながらも成果を上げておりました。わずかながらも組織の力を削ぐことに成功し、地道に続けていればいつかは呪いを振り払い、ふたたび幸せで穏やかな生活を獲得できるのではと、淡い期待も抱いておりました。
     ですが現幹部の一人、フランシスコ・メイを倒した辺りから、組織もわたくしがかつての「アレーニェ」だと気付いたようでした。それを境に、組織はあちこちに兵隊を撒き、わたくしを襲わせ始めたのです。
     それに加え、組織はわたくしがガラクタのためにメイを殺害したと言ううわさを広め、かつてわたくしを投獄した時のように、警察や司法権力の力を借りてわたくしを捕らえようとしたのです。
     わたくしは改めて、組織の執拗さと陰湿さを認識しましたが、最早、後には引けません。その汚名をあえて否定せず、むしろ汚名を借りる形で、2人目の幹部を殺害しました。そう、黄金銃のポートマン老人です。
     しかしこれは、結果的に言えばかなり悪い事態を引き起こしてしまいました。あなた方パディントン探偵局を敵に回した挙句、わたくしの部下、相棒となっていた男を失うことになりましたからね。

     とは言え、あのマドモアゼル・エミルと再会できたことは、わたくしにとってこの上ない喜びでした。あの女(ひと)もわたくしと共に組織を憎み、共に戦ったことがあるのですから。
     旧組織陥落の折に生き別れとなり、二度と逢えぬものと諦めておりましたが、こうしてふたたび巡り逢えたのは、まさしく運命なのだと、組織を今度こそ潰すために神がお遣わしになったのだと、そう確信したのです。

     あの女(ひと)と共に戦うことができれば、わたくしは今度こそ、組織を完膚無きまでに潰し、人並みの生活と、ささやかな幸せを獲得できると――そう信じているのです。



    「つまり組織が崩壊し、君が殺害した2名がその幹部であると言う証拠が出れば、強盗殺人の容疑は帳消しになる。
     窃盗行為にしても、価値の無いガラクタ品ばかりだ。被害を訴え出る者などいるはずも無い。
     組織を潰すことができれば、君にかけられている数々の嫌疑・賞金は消える。我々と手を組んでいたことが分かったとしても、潰れた後であれば何の問題も無くなる、と言うわけだ」
     空になったバーボンの瓶を床に置き、アーサー老人はうんうんとうなずく。
    「しかし安直に『協力してくれ』『よかろう』などと話を進めるのには、無理がある。
     将来的に組織が無くなれば万々歳だが、その前に組織が手を打ち、我々と君との関係が明るみに出れば、組織を追うどころではなくなるだろうからな。
     とは言え手はある。少し待っていたまえ」
     アーサー老人はニヤ、と笑い、電話に向かった。



    「まさか君がAと接触していたなどとは、夢にも思わなかった」
     ブルース・ジョーンズ・カフェの奥で、パディントン局長はクスクスと笑いながら、イクトミと卓を囲んでいた。
    「流石のパディントン局長も、面食らったと言うわけですな。ボールドロイド氏も、一矢報いたと言う気分でしょうな」
    「勝率はトントンだよ。私が勝つこともあれば、Aが一杯食わすことも、往々にしてある。
     ま、そんなことよりも、だ。君と連携することとして、今後について策を講じていかねばなるまい。相手は『組織』、1人や2人じゃあないんだからな。
     初手は3人で話した通り、我々がアルジャン兄弟を捕らえ、君がギルマンを討つ。それによって組織は強い駒を失うと共に、兵站活動も滞ることとなる。言わば『腕』と『脚』を失うことになるのだ。
     仮にこれが狩りだとしたなら、腕と脚を失った獣を、次はどう攻略する?」
    「ふむ……。トリスタンさえいなくなれば、わたくしに恐れるものはございません。首尾よくギルマンを討てていれば、組織は兵隊を動かすこともできなくなるはずです。相手からの攻撃は、まず無くなると見ていいでしょう。
     となれば後は、『頭』を撃ち抜くばかりでしょう」
    「よかろう。その時は私の方でも全力を挙げ、君を援護する。いや、援護だけじゃあない。エミル嬢も説得し、前線に向かわせよう。
     君とエミル嬢がいれば、確実とは言えないまでも、かなり高い勝率を得られるはずだ」
    「はい、善処いたします」
     局長とイクトミは同時に立ち上がり、固い握手を結んだ。
    「では、ギルマンの手がかりが分かり次第、連絡するよ」
    「よろしくお願いいたします」
    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 14
    »»  2017.10.01.
    ウエスタン小説、第15話。
    31日、決断のとき。

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    15.
     局長はギルマンの目星を付けてすぐに、イクトミへ連絡した。
    「……と言うわけだ。そのジャック・スミサーと、彼の会社を調べれば、ギルマンへの手がかりが得られるだろう」
    《ありがとうございます。やはりあなたは優れた探偵王だ》
    「喜んでもらえたようで何よりだ。
     それよりイクトミ。今、私の側には誰もいない。人払いしているからね。エミルたちにも席を外してもらっている。
     この会話が誰かに聞かれると言うことは、無いと思ってくれていい」
    《ふむ……?》
     イクトミのいぶかしげな声が返ってきたところで、局長も再度、周囲に怪しい気配が無いことを確認してから、こう尋ねた。
    「Aはそこに?」
    《ええ、おります。お互い、今は一人でいると大変危険ですから》
    「状況は切迫している、……と言うことか。であれば早い内に、行動を起こさねばならんな。
     教えてくれるかね、イクトミ。アルジャン兄弟は今、どこにいる?」
    《A州のスリーバックス、メリー通りにあるレッドラクーンビル。そこにディミトリ・アルジャンの工房があります。
     そして2週間後の31日、ディミトリは兄トリスタンに、新たな拳銃を提供するとの情報を得ております》
    「その情報、どうやって入手を?」
    《何を隠そう、私とムッシュ・ボールドロイドは今、その隣室に潜んでいるのです》
    「何だって?」
     驚く局長に、イクトミはこう続ける。
    《電話回線に細工をし、ディミトリが電話で交わした会話はすべて、筒抜けになっております。一方で、わたくしたちの会話が傍受されないよう、スイッチ式に盗聴の可・不可を切り替えることもできます。
     普段から銃のことしか頭にないディミトリのこと、自分の電話に細工をされていることなど、まったく気付くはずも無い。事実ここに潜んで2日が経とうとしておりますが、今日も彼は、電話で兄と会話を交わしております。
     組織のことについて、それはもう明け透けに、そして何の隠し立てもせずに、です》
    「ほう……」
     と、電話の声がアーサー老人のものに変わる。
    《おかげで色々と、情報を得ることができました。情報源としては、もう十分にディミトリは役立ちました。
     我々はすぐ、ここを発つ予定です。入手した情報を頼りに、組織からの攻撃をかいくぐりつつ、ギルマンを追うつもりです。
     エミル嬢に襲撃させても、別段、何の問題も発生しないでしょう》
    「そうか。ではすぐ、準備する。今日、明日中には連邦特務捜査局の人間も連れて、A州へ発つことができるだろう」
    《幸運を祈ります。では》
     がちゃ、と電話が切れる。
     そしてすぐ、局長は別のところに電話をかけた。
    《こちら司法省、連邦特務捜査……》「やあ、ミラー。私だよ。ジェフ・パディントンだ」
     相手の挨拶をさえぎり、局長が名乗る。
    《……あんたか。一体何の用だ?》
     相手――連邦特務捜査局局長、ウィリアム・ミラーは、あからさまに邪険そうな声で応対する。
    「合同捜査をお願いしたい。極めて重要かつ、危険度の高い依頼だ」
     しかし局長がそう切り出した途端、その声色は真剣なものに変わった。
    《詳しく聞かせてくれ》
    「相手は『猛火牛』こと、トリスタン・アルジャン。
     N州でのリゴーニ地下工場事件やO州のトレバー銀行強盗事件、W州のユナイテッド製鉄工場爆破事件などの主犯ないしは重要関係者と目されている人物だ」
    《ほう》
    「出現する場所がつかめた。情報源は明かせないが、確かだ。
     確実に逮捕するため、人員を貸して欲しい。何人寄越せる?」
    《見繕ってみよう。……その、なんだ》
     ためらうようなミラーの口調から、局長は彼が言わんとすることを察する。
    「分かっているさ、危険な捜査になる。あの子は呼ばんよ」
    《恩に着る。1時間ほどくれ。こちらから連絡する》
    「分かった」
     ふたたび、電話が切れる。
     局長は局員たちが集まるオフィスに入り、声をかけた。
    「ネイサン。エミル。それから、ビアンキ君。
     仕事だ」

    DETECTIVE WESTERN 8 ~悪名高き依頼人~ THE END
    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 15
    »»  2017.10.02.
    新年はじめから、ウエスタン小説連載開始。
    銃の整備屋。

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    1.
     一般的に広く認知されている形での回転式拳銃(リボルバー)が軍だけではなく民間にも普及しだしたのは1830年代、コルト・パターソンと呼ばれるモデルの登場以降とされている。
     その後に登場したコルト・SAA(シングルアクションアーミー)やウィンチェスター・M1873ライフルと言った「西部を征服した銃」などに印象付けられるように、西部開拓史を語る上で、「銃」の存在は不可欠である。
     この「超兵器」が無ければ、アメリカに渡った移民たちが19世紀中に西部開拓を終わらせることなど、到底できなかっただろう。

     勿論――これは銃に限らず言えることであるが――昨今のファンタジー作品の如く、一度買えば永遠に使い続けられるような代物ではない。
     砂塵吹き荒ぶ過酷な環境を渡り歩く際にも常に携行され、使用する度に強力な火薬の力を受け止めるのである。ろくな手入れをしなければ10年どころか、1年や半年ももたずに壊れてしまう。
     かと言って「相手を撃ち殺す度丁寧に銃身を掃除する、几帳面な荒くれガンマン」などと言う存在が普遍的であったとは、到底考えにくい。それ故、この時代のガンスミス(銃の整備屋)はそれなりに、食いっぱぐれるようなことは無かったのだろう。



    「いらっしゃいませ」
     A州スリーバックスの市街地、レッドラクーンビル。
     西部では珍しい、3階建てのその木造建築の1階に店を構えるそのガンスミスは、その日も陰鬱な態度で客を出迎えた。
    「銃を直してほしいんだが、どのくらいかかる?」
     そう尋ねつつ、客は腰の左に付けたホルスターから拳銃を抜き、台の上に置く。
    「モノは、……ええと、……SAAの、4と4分の1インチ、……45口径ロングコルト弾、……ええと、……うん、……はい。
     ライフリングとか、シリンダーとか、……全部、泥が溜まってる。傷だらけだ。沼にでも落としたんですか?」
    「んなことはどうでもいいだろ? 俺はいくらかかるかって聞いてるんだ」
     苛立たしげに尋ねてきた男に、ガンスミスは慌てた口ぶりで答える。
    「ああ、ええ、すみません。ええと、そうですね、4ドル半、いえ、4ドルで」
    「ああ?」
     値段を聞いた途端、男はバン、と台を叩く。
    「高すぎる。2ドルに負けろ」
    「無理言わないで下さい。ほとんど全ての部品、換えなきゃいけませんし」
    「全部だぁ? ここはどこだ? ホットドッグ屋か? あの万力はパン挟むヤツか? 違うだろ? ここがガンスミスだって聞いたから俺は来たんだよ、ここに」
    「ですから、4ドルいただければ」
    「高いって言ってんだろうが!?」
     男はいきりだち、腰の右に付けていたホルスターからもう一挺、拳銃を抜いて構えた。
    「2ドル、いいや、1ドルでやれ。さもなきゃてめーにくれてやるのは1セントの鉛弾だ」
    「……はぁ」
     ガンスミスは台の上に置かれた、泥だらけの拳銃に視線を落とす。
    「盗品だな、このSAA」
    「な、なんだと? てっ、てめっ、適当こいてんじゃねえぞ!」
    「職業柄、適当は嫌いでね。
     あんたが普段愛用してる2インチモデルは利き腕ですぱっと抜ける位置にあったけど、こっちのはそうじゃない、左のホルスターから抜いてた。そのホルスターにしても、ベルト穴が2つほどズレて広がってる。あんたのじゃないってことだ。
     銃にしても、泥は付いてても錆や腐食は無い。そんなに長時間、水に浸かってた感じじゃないな。本当の持ち主を撃ち殺した後、沼の中に落っこちたのを奪って自分のものにしようとしたけど、泥や石ころが詰まったせいでどう頑張っても引き金引けなかったから、僕のところに持ってきたってところかな」
     ガンスミスの推理は、どうやら寸分の狂いも無く的中したらしい。男の顔色が、みるみるうちに青くなっていったからだ。
    「だっ……、だ、だったら、どっ、どうだってんだ!?」
    「もういいよ。相手するの、めんどくさいし」
    「は?」
     男がけげんな顔をした、次の瞬間――ぱす、と小さな音と共に、男の額に穴が空いた。

    「君みたいな馬鹿を相手にする気は無いよ。じゃあね」
     その陰気なガンスミス――ディミトリ・アルジャンは硝煙をくゆらせる、妙な銃身の付いたデリンジャー拳銃を台の上に放り投げ、ぶつぶつと一人言をつぶやきながら、壁に掛けられた電話に向かった。
    「あと5日だっけ。……やれやれ、せめて兄貴が来るのが明日だったら、手間も省けるのにな。
    『ゴミ掃除』も面倒になったもんだ」
    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 1
    »»  2018.01.02.
    ウエスタン小説、第2話。
    合同捜査チーム。

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    2.
    「大事(おおごと)になってるな」
     そうつぶやいたアデルに、向かいの席に座っていたロバートがかくんかくんと首を振って答える。
    「マジすごいっスね。こんな大勢……」
    「しかもこの車輌1台、丸ごと俺たちの貸し切りだぜ。
     その上、経費も向こう持ちだってさ。局長が喜んでた」
    「太っ腹っスねー、流石お役人って感じっス」
     騒いでいた二人の脚を、エミルが蹴りつける。
    「いてっ」「あいたっ!? ……なにするんスか、姉御」
    「みんな、こっちにらんできてるわよ。騒ぐんなら客車の外でやりなさい」
    「……おっとと」
     慌てて口を手で押さえるが、それでもアデルは会話をやめない。
    「しかしさ、特務捜査局も本気出してきてるよな、これ」
    「そりゃそうよ。かなりの凶悪犯だもの、トリスタンは。
     むしろこれくらいの人数でかからなきゃ、返り討ちにされるわ」
     そう返し、エミルも客車の中を一瞥する。
     客車にはアデルたちを含め20人ほど乗っていたが、その全員が連邦特務捜査局の人間である。
     さらには拳銃や小銃、散弾銃と言った物騒なものを軒並み装備しており、その光景は「捕物」と言うよりも、軍隊の遠征を彷彿とさせるものだった。
    「奥に2つある木箱、何だか分かるか?」
     尋ねたアデルに、ロバートは、今度は首を横に振る。
    「何スか?」
    「ガトリング銃だよ。どうしても逃げられそうになった時の、最後の手段らしいぜ」
    「が、ガトリングっスか!? 無茶苦茶じゃないっスか」
    「あんたらねぇ」
     もう一度、エミルが二人の脚を蹴る。
    「いってぇ」「あうちっ!?」
    「あんまりぐだぐだしゃべってると、あたしがあんたたちをガトリングで撃つわよ」
    「わ、分かった、分かった」「すんませんっス……」
     二人が黙り込み、ようやくエミルがほっとしたような表情を見せる。
    「あ、そう言や」
     が、すぐにロバートが口を開き、エミルがまた、目を吊り上がらせた。
    「まだ何かあるの?」
    「あ、いえ、あのー、……ちょっと質問っス、はい」
    「どうぞ。短めにね」
    「そ、そのっスね、何でこんなに厳重警戒なんだろうなーって。
     トリスタン・アルジャンって、そんなにヤバいヤツなんスか? いや、俺も一回遭ったし、ヤバさは何となく分かるんスけど、相手は弟含めて、たったの2人っスよ?
     ガトリングまで用意するなんて、やり過ぎなんじゃないかなーって思うんスけども」
    「やり過ぎとは思わないわね、あたしは」
     一転、エミルの顔から険が抜ける。
    「聞いた話じゃ、あいつには猛火牛(レイジングブル)だなんて大仰な仇名があるらしいけど、実態はそれどころじゃないわ。
     その野牛と、それから獅子と灰色熊を足して、そこへさらに3を掛けたような、屈強かつ異様な肉体の持ち主よ。その上、一度こうと決めたら絶対に曲げない、まさに鋼の如き精神をも兼ね備えてる。
     そんな人間重機関車みたいなバケモノが真っ向から襲ってきたら、あんた勝てると、……いえ、生きてられると思う?」
    「う……」
     トリスタンの人物評を聞き、ロバートは顔を青くする。
    「犯罪歴も凶悪よ。局長が調べた範囲だけでも、5つの州と準州、30近い町で殺人と強盗、州や連邦政府の施設に対し不法侵入および破壊工作。さらには東海岸沖でも船を沈めたり積荷を奪ったりの海賊行為、……と、やりたい放題。
     その存在が政府筋に知られて以降、懸賞金は右肩上がり。でも検挙しようとする度、捜査官や保安官は重傷を負うか、殺されるか。軍隊まで動かして捕まえようとしたこともあったらしいけれど、それもことごとく失敗。
     実は今回も、局長からA州州軍へ働きかけたらしいんだけど、断られたって話よ。局長曰く、『派遣できるほどの余裕が無いとの返事だったが、失敗して恥をかきたくないと言うのが本音だろう』、……ですって」
    「そんな、……軍まで尻尾巻いて逃げるようなヤツ相手に、……俺たち、大丈夫なんスか?」
     恐る恐る尋ねたロバートに、エミルはぷい、と顔をそらしつつ、こう返した。
    「大丈夫ってことにしなきゃまずいわよ。そうじゃなきゃ死ぬんだし」
     どことなく弱気そうなエミルの様子に、アデルも不安を覚えていた。
    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 2
    »»  2018.01.03.
    ウエスタン小説、第3話。
    サムのうわさ。

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    3.
     と、ロバートが中腰気味に立ち上がり、客車をきょろきょろと眺める。
    「どうした?」
     尋ねたアデルに、ロバートはこう返す。
    「いや、そう言やサムのヤツ、いないなーって。あいつ、探偵局との連絡役でしょ?」
    「そう言や見てないな。……つっても、今回のヤマにゃ不向きだろ。もろにインテリ系だし、銃も持ってないって言ってたし。
     案外、今回は『急に熱が出ました』とか何とか言い訳して、逃げたんじゃないか?」
     アデルがそんな冗談を言ったところで、彼の背後から声が飛んでくる。
    「サムって、サミュエル・クインシーの坊やのことか?」
    「ん? ああ、そうだ」
     アデルが振り返り、返事したところで、声の主が立ち上がり、帽子を取って会釈する。



    「いきなり声かけて済まんな。俺はダニエル・スタンハート。ダンって呼んでくれ」
    「ああ、よろしくな、ダン。俺はアデルバート・ネイサン。アデルでいい」
     アデルも立ち上がって会釈を返し、軽く握手する。
    「それでダン、サムのことを知ってるのか?」
    「ああ。あいつなら今頃、N州に向かってるぜ。
     俺たちが出発する前日くらいだったか、うちの局長から直々に命令があったらしくてさ、大急ぎでオフィスを飛び出すのを見た。ま、何を命令されたかまでは知らないが」
    「妙なタイミングだな」
     アデルは首を傾げ、そう返す。
    「まるでこの遠征に行かせまいとしたみたいじゃないか」
    「俺たちの中でも、そう思ってる奴は結構いる。
     口の悪い奴なんか、『サムの坊やはミラー局長の恋人なんじゃないか』なんてほざく始末さ」
    「そりゃまたひでえうわさだなぁ、ははは……」
     アデルは笑い飛ばしたが、ダンは神妙な顔をしつつ席を離れ、アデルの横に座り直した。
    「笑い事じゃない、……かも知れないんだよな、これが」
    「……って言うと?」
     尋ねたアデルに、ダンはぐっと顔を近付け、こそこそと話し始めた。
    「サムが特務局に入ったこと自体、局長が工作したんじゃないかって言われてるんだ」
    「何だって?」
    「ここにいる奴らを見てりゃ察しも付くだろうが、どいつもこいつも実務主義、現場主義ってタイプばっかりだ。
     だがサムはそれと真逆って言うか、対極って言うか、言うなれば理論派って感じだろ?」
    「ああ、確かにな」
    「そりゃ、そう言うタイプが職場に多くいた方が効率的になるのかも分からんし、何かといい感じのアイデアが出て来るってこともあるだろう。そう言う考えで、局長は積極的に採用しようと思ってるのかも知れん。
     だがそう言うインテリ派は、今まで『外注』って言うか、大学の教授だとか研究所のお偉いさんに話を聞きに行くだけで十分、事足りてたんだ。わざわざ局員として雇うほどの必要性は無い。なのになんで、わざわざ銃もろくに握ったことの無い、なよっちくてひょろひょろのメガネくんを雇ったのか?
     そのおかげで、特務局のあっちこっちで『まさかマジでインテリかき集めるつもりなのか?』『それともサムの坊や、局長のお気にいりなのか?』なんて話がささやかれてる有様さ」
    「言っちゃなんだけど、下衆ばっかりね」
     と、アデルたちの会話にエミルも加わる。
    「あの子は確かに銃もろくに撃てないし、気弱で吃(ども)りもあるけど、アタマの良さは本物よ。あの子の判断と知識のおかげであたしたちの捜査が進展したことは何度もあるし、探偵や捜査官向きのいい人材だと、あたしは思ってる。
     そんな子を侮辱したり、陰口叩いたりする奴らの方がろくでなしよ」
    「ん、ん、……まあ、そう言ってやらないでくれ」
     ダンが苦い顔をし、エミルに応える。
    「確かに俺にしても、今――ちょこっとだぜ、ちょこっと――あいつを悪く言ったのは反省してる。
     特務局の奴らだって、サムに後ろ暗いところがあるなんて、本心からは思っちゃいないさ。根は良い奴ばっかりだ。それは俺が保証する」
    「そうね。あなたも謝罪してくれたし、あたしも言い過ぎたかもね」
    「分かってくれて嬉しいよ」
     にこっと笑ったダンに、エミルもニッと口の端を上げて返した。
    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 3
    »»  2018.01.04.
    ウエスタン小説、第4話。
    bewitched by the "F"ox。

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    4.
    「そんで、だ」
     と、ダンが真面目な顔になり、こう続けた。
    「あんましマトモなもんじゃないが――こっちの情報を教えたんだ。今度はあんたらの持ってる情報を教えて欲しいんだがな?」
    「って言うと?」
     そう返したアデルに、ダンはまた、ニヤっと笑う。
    「今回の件について、だよ。
     いや、大体のことは俺も把握してるつもりだ。凶悪犯トリスタン・アルジャンと、その弟を逮捕しようって話だろ?」
    「ええ、そうよ」
     うなずくエミルに、ダンは肩をすくめて返す。
    「だが、そこに至るまでの経緯がよく分からん。
     そもそも俺たち『実働部隊』に通達が来たのが、ほとんど出発前のことだ。うちの局長からいきなり『トリスタンの居場所をつかんだ。弟にも容疑がかかってる。すぐ向かってすぐ拘束しろ』、って言われて装備ポイポイ渡されて、そんで汽車にダダっと乗り込んだわけさ。
     だが、それまで俺たちも――多分あんたたちもだろうが――トリスタンの居場所どころか、奴についてのろくな情報も持っちゃいなかった。
     悪名ばかりを轟かせ、我々捜査当局を嘲笑う、実体無き凶悪犯ってわけだ。そんな幽霊(ゴースト)みたいな奴の情報をつかんだのが、あんたらんトコの局長だって言うじゃないか。
     東洋のことわざじゃ、何が何だか分かんねえって状況を、『狐につままれる』って言うだろ? まさに今回、それなんだよ。『フォックス』パディントンに首根っこつままれて、振り回されてるようなもんさ、俺たち特務局側は。
     だもんで、いまいち『やってやるぞ』って気分にならん。実際、ミラー局長だって半信半疑って感じで説明していたしな。
     だからさ、あんたらが知ってること、教えてくれないかなーってさ。これは俺だけじゃなく、今ここにいる全員が思ってることでもあるんだよ」
     ダンの言う通り、いつの間にか客車内にいた特務局員全員が、エミルたちに視線を向けている。
     そのプレッシャーに圧されたのか、エミルがふう、と息を吐いた。
    「分かったわよ。でも知ってることと言えることだけよ? こっちも業務上の守秘義務があるから、言えないことは絶対に言わない。
     それでオーケー?」
    「おう」
    「まず、今回とはまったく別件の捜査を依頼してた人間から、リークがあったのよ。それもズバリ、『自分はトリスタン・アルジャンの居場所を知っている』ってね。で、その別件の解決と引き換えに、居場所を教えてもらったってわけ。
     ただしあたしたちがその依頼者から直接聞いたわけじゃない。その依頼者からパディントン局長に電話で伝えられて、それがあたしたちや、あんたたちの局長に伝えられたのよ。
     あたしから言えることはそれくらいね。それ以上は、これ」
     そう言って人差し指を口に当てたエミルに、ダンは苦い顔を見せる。
    「あんまり有力な情報じゃないな。想像の範疇(はんちゅう)を超えない、ってくらいだ」
    「でしょうね」
    「正直、それじゃ納得しきれん」
    「同感ね。でもあたしからはこれ以上、何とも言えないわ」
    「……じゃあ」
     がた、がたっとあちこちから音を立てて、特務局員たちがエミルの周りに寄ってくる。
    「到着まで一旦、仕事のことは抜きにしてさ、何かさ、あれだ、話でもしようや」
    「な、いいだろ? いや、下心なんかありゃしねえよ? たださ、こう言う稼業やってるとさ」
    「何と言うか、あれだ。女と、いや、レディと、ほら、真っ当に親しくなるチャンスってのが、なかなか、あれで、うん」
    「って言うかお嬢さん、普通に、いや、普通以上に綺麗だし、こりゃ話しかけなきゃ男じゃねえって言うか、な?」
     揃って助平顔でニヤつく特務局員たちを一瞥(いちべつ)し、エミルは頬杖を突きつつ、はぁ、とため息をついた。
    「サムの印象があるから、あたし、もっと特務捜査局ってお堅いイメージ持ってたんだけど、そうでもないのね」
    「だけどさ」
     と、アデルが肩をすくめる。
    「俺たちが一番最初に会った特務局員って、結構乱暴なクソ野郎だったろ? マド何とかって言ったっけか」
    「それもそうね。じゃ、本当にあの子が特殊なのね。何かと」
    「だろうな。……ん?」
     アデルはうなずいて返そうとしかけたが、その途中、違和感を覚える。
    「エミル、『何かと』ってどう言う意味……」
     尋ねようとしたが――既にエミルは特務局員たちから質問攻めに遭っており、アデルには答えられないようだった。
    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 4
    »»  2018.01.05.
    ウエスタン小説、第5話。
    敵地目前の作戦会議。

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    5.
     特務局の人間とすっかり打ち解けた頃になって、列車は目的地であるスリーバックスの2つ手前の駅、ジョージタウンに到着した。
     と、ここで一人が立ち上がり、全員を見渡す。
    「皆、聞いてくれ」
    「どうした、リーダー?」
     尋ねたダンに、リーダーと呼ばれたその男――ローランド・グリーン捜査長はこう続けた。
    「明日にはスリーバックスに到着するところまで来たわけだが、このまま全員でなだれ込むのは得策じゃないと、俺は考えている」
    「って言うと?」
     別の一人に尋ねられ、ローはもう一度、周囲を一瞥する。
    「考えても見てくれ、こんな大人数で押しかけてきたら、間違い無く騒ぎになる。となれば明日スリーバックスに来るはずのアルジャンが警戒し、引き返す可能性が高くなる。
     わざわざ20人で乗り込んでおいて、何の成果も挙げられませんでした、……じゃあ、バカみたいだろ?」
    「ま、そりゃそうだ」
    「だから提案として、ここで半数が列車を降り、もう半数が次の駅で降りる。
     そして明日、3~4名ずつで一日かけてスリーバックスに逐次進入し、目的地であるレッドラクーンビルをじわじわ囲み、翌日に訪れるはずのアルジャンが来るのを待ち構える。
     こう言う作戦はどうだろうか?」
     この提案に、何名かは同意した。
    「同じことは俺も考えてた」
    「確かにな。いくらなんでもこんな大人数で陣取ってちゃ、コヨーテだって寄って来ねえよ」
    「同感」
     一方で、渋る様子を見せる者も少なくない。
    「いや、そしたら後ろのアレとかどうすんだよ」
    「誰かにガトリング抱えさせて、明日まで一緒におねんねしてろって言うのか?」
    「俺は嫌」
     ダンも反対派に回る。
    「俺はまずいだろうって方に一票だ。
     相手をナメてかかってないか、リーダー? あの『猛火牛』なんだぜ? もしも俺たちの予想よりちょっとでも早くアルジャンが到着して、明らかに政府筋の俺たちとかち合ったりでもしてみろよ。
     無茶苦茶やるので有名な暴れ牛が、いきなり拳銃ブッ放したりなんかしないって保証は、どこにも無いんだぜ。
     いざそうなった時に頭数が無いってんじゃ、どうしようも無いだろ。エミルの姐さんだって、あいつは『人間重機関車』だっつってるんだしさ」
     ダンの意見に、賛成派だった者も次々、意見を翻す。
    「だよなぁ。早撃ち・暴れ撃ちでも有名だし」
    「もし撃ち合いにでもなったら、逮捕どころの騒ぎじゃないぜ。
     下手すりゃ一般人に被害が出て、新聞社に抗議の手紙が押し寄せ……」
    「最悪、特務局は取り潰し、俺たち全員懲戒免職ってことにもなりかねんぞ」
     意見が割れ、皆はローへ異口同音に尋ねる。
    「で、結局どうすんだ、リーダー? 全員で行くか? それとも逐次か?」
     皆に囲まれ、ローは思案する様子を見せる。
    「反対派の意見も確かに考慮すべき点はある。ダンの言う通り、相手は西部最悪と言っていいくらいの凶悪犯だ。ちょっとやそっとの人数で囲んだとしても、突破されるかも知れない。その点だけを考えるなら、確かに20人全員で押しかけた方が確実だろう。
     だがまず、大前提として、俺たちはアルジャンを町におびき寄せ、罠の中に飛び込んでもらわなきゃ困るんだ。現状でそれ以外に、あの凶悪犯を可能な限り平和裏に逮捕する手立ては無いんだからな。
     となれば俺たちの目論見、即ちアルジャンの逮捕を確実に達成することを第一に考えるなら、俺たちがそこにいると、相手に気取られるわけには行かないだろう?
     だから、……反対してる皆には済まないが、逐次案を採る。繰り返すが、より確実を期すための決断だ。どうか納得して欲しい」
     そこでローが帽子を取り、深々と頭を下げる。
     リーダーにそこまでされては、皆も首を縦に振るしか無い。
    「分かったよ、リーダー」
    「あんたがそこまで言うんなら、従うさ」
    「ありがとう、皆」
     ほっとした顔を見せたローを、皆がやれやれと言いたげな顔で囲む。
    「それじゃ早速、ここで降りる奴を決めるとするか」
    「そうだな」
     特務局員らが話し合う傍ら――アデルたち3人はずっと、その成り行きを冷ややかに眺めていた。
    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 5
    »»  2018.01.06.
    ウエスタン小説、第6話。
    猛火牛、来る。

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    6.
     ジョージタウンで作戦会議が行われた、その2日後。
     駅に掛けられた時計が2時40分を指すとほぼ同時に、列車がスリーバックス駅に到着した。
    「……」
     到着と同時に、一瞬、熊と見紛うほどの筋骨隆々の男が、のそりと客車から現れる。
     件(くだん)の「猛火牛」こと、トリスタン・アルジャンである。
    「……ふむ」
     彼は辺りをうかがい、むすっとした表情のまま、駅を後にし、通りを闊歩(かっぽ)する。
     その間にも時折、彼は周囲に視線を向けていたが、その都度安心したかのような、しかし、どこか腑に落ち無いと言いたげな鼻息を漏らし、歩き続ける。
     やがて目的の場所――弟の経営するガンスミス店が入った3階建ての木造建築、レッドラクーンビルの前に着く。
    「……」
     そこでももう一度、トリスタンは周囲を見回し、首を傾げる。
     が、それ以上何かするでもなく、彼は店に入った。
    「ディム、私だ。少し早いが、来たぞ」
    「ああ、兄さん」
     店の奥から弟、ディミトリ・アルジャンが手を拭きながら現れる。
    「いや、時間通りだよ。3時きっかり」
    「そうか」
     トリスタンは自分の懐中時計と、壁に掛けられた時計とを見比べ、またわずかに首を傾げた。
    「ではお前の時計が早いようだ。
     私の時計は駅の時計と合致していたが、こちらとは合っていない」
    「いいじゃないか」
     ディミトリは肩をすくめ、ふたたび店の奥へ戻る。
    「2つ時計があるんだ。同じ時間を示したって無駄だろ」
    「変わり者だな、相変わらず」
    「僕に言わせりゃ、兄さんも相当さ。なんだってそこまで神経質に、時間を気にするのさ?」
    「それが時間と言うものだ」
     トリスタンは奥へ進まず、店の中央に佇んだまま、弟の背中を眺めている。
    「私には、守らぬ人間の方が信じられん」
    「人それぞれ。合わせようって無理矢理言う方が、僕にはどうかしてると思うけどね」
    「その点は相変わらず、意見が合わんな」
    「逆に言えばその1点だけさ。他はわりと合ってるじゃないか」
     奥から戻ってきたディミトリが、左手に持っていたコーヒー入りのカップを差し出す。
    「これもね。バーボン嫌いだったろ?」
    「当然だ」
     トリスタンはカップを受け取り、掲げてみせる。
    「酒は人を堕落させる」
    「出た、兄さんの流儀その1」
     ディミトリはニヤニヤ笑いながら、右手のフラスコを掲げる。
    「ま、どんどん飲んでよ。いっぱいあるから」
    「いや」
     と、トリスタンはカップを傍らの机に置く。
    「本来の目的を先に済ませておきたい。渡してくれ」
    「ん? ああ、うん、拳銃だったね」
     ディミトリは棚から箱を取り出し、トリスタンに向かって開ける。
    「はいこれ。M1874のノンフルート、6インチカスタム。しっかり整備しといたよ」
    「うむ」
     トリスタンは拳銃を受け取り、懐に収め――ると見せかけ、それを突然、ディミトリに向けた。
    「な……、何だよ、兄さん? 物騒だなぁ」
    「妙なことばかりが起こっている」
     ディミトリの問いに応えず、トリスタンはじっとその顔を見据えつつ、話をし始める。
    「お前から銃を受け取るため、この町に来た。それ自体はいつものこと、至極まともな出来事だ。疑いの目を向ける余地など無い。
     疑うべきはこの町に着く2駅前、ジョージタウンからのことだ。私に対して、妙な視線が向けられているのを感じていた。明らかにあの狗(いぬ)共、連邦特務捜査局の奴らのものだ。
     なのでいつもの如く、組織に確認を取ってみれば、確かに私を拿捕せんと向かっている一団があると言う。数は20名。だが組織からの指示により無力化されており、後は私が各個撃破すれば終わりだ、との返答も得ていた。
     故に待ち構えていたが、ジョージタウンにおいても、その次のトマスリバーにおいても、そしてここ、スリーバックスに到着しても、視線は感じれど、姿をまったく現さず、何か仕掛けてくるような気配も無い。
     そして極めつけは――ディム、お前のことだ」
     かちり、と拳銃の撃鉄を起こし、トリスタンは続けて問う。
    「お前の瞳は私が知る限り、この31年間ずっと、緑色だったはずだ。
     だが今のお前は何故、茶色い目をしているのだ?」
    「……っ」
     飄々(ひょうひょう)と振る舞っていたディミトリの顔に、ここで初めて、焦りの色が浮かんだ。
    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 6
    »»  2018.01.07.
    ウエスタン小説、第7話。
    牛狩りの時。

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    7.
     パン、と火薬が弾ける音が響くと同時に、ディミトリの姿はトリスタンの前から消え失せていた。
     だが――。
    「私をなめるなよ、アレーニェ!」
     すかさずトリスタンは、天井に向かってもう一発放つ。
    「うっ……」
     一瞬間を置いて、うめき声と共に白い塊がどさり、とトリスタンの前に落ちてきた。



    「流石はトリス。僕の動きを、見切っていたか」
     力無く笑うイクトミのほおからは、ぼたぼたと血が滴っている。
    「とは言え、どうにかかわしはしたがね」
    「この前のような道化振る舞いはどうした、アレーニェ?」
     トリスタンはイクトミを見下ろし、三度撃鉄を起こす。
    「お嬢に気に入られようとしていたようだが、滑稽はなはだしい。何の効果も無い。惨めなだけだぞ、アレーニェ。
     それとも我々の目を眩(くら)まそうとしていたのか? だがそれも無意味だったな。世間の有象無象共に『怪盗紳士イクトミ』などと己を呼ばせていい気になっていたようだが、我々の目は少しもごまかせない。
     そう、お前のやってきたことなど、何一つ実を結びはしないのだ。我々に楯突こうなど、所詮は愚行に過ぎん」
    「……ご高説を賜り大変痛み入りますが」
     と――イクトミの口調がいつもの、慇懃(いんぎん)なものに変わる。
    「わたくしはいくら無駄だ、無意味だと罵られ、なじられようとも、その歩みを止める気など毛頭ございません。
     それがわたくしの、成すべき宿命でございますればッ!」
     ふたたび、イクトミは姿を消す。
    「くどいぞ、アレーニェ!」
     トリスタンが吼えるように怒鳴り、拳銃を構えた瞬間――周りの棚や机、さらには窓や壁に至るまで、ぼこぼこと穴が空き始めた。
    「ぬう……ッ!?」

    「撃て撃て撃て撃てーッ!」
     外では特務局員がガトリング銃を構え、掃射を始めていた。
     その横にはアデルたちと、縛られた上に猿ぐつわを噛まされ、完全に無力化されたローと、そしてディミトリ、さらにはどう言う経緯か、アーサー老人の姿までもがある。
    「ビルが倒れようと構わん! 中はトリスタン一人だけだ! ビルごと葬ってやれーッ!」
     ダンの号令に応じ、ガトリング銃に加え、他の者たちも次々に銃を構えて、ビルに向かって集中砲火を浴びせる。
    (……なあ)
     と、アデルが小声でエミルに尋ねる。
    (ボールドロイドさんの話じゃ、中にイクトミがいるんだろ?)
    (ええ、協力を取り付けたらしいから。どうやって接触したのか知らないけど)
    (流石と言うか、何と言うか。
     でもあそこまで撃ちまくられたら、イクトミの奴、蜂の巣になってんじゃないか?)
    (心配無用)
     エミルの代わりに、ディミトリの縄をつかんでいたアーサー老人が答える。
    (彼ならもう既に、ビルを出ているはずだ)
     続いて、エミルもうなずいて返す。
    (でしょうね。問題はトリスタンの方よ)
    (問題って……、蜂の巣っスよ?)
     けげんな顔で尋ねてきたロバートに、エミルは首を横に振って返す。
    (あいつがこの程度でくたばってくれるようなヤワな奴なら、苦労なんかするわけ無いわ)
    (へ……? い、いや、あんだけ撃ち込まれてるんスよ? 普通、死ぬっスって)
    (言ったでしょ? あいつは普通じゃないのよ)
     問答している内に、ビルの1階部分がぐしゃりと潰れ、2階・3階も滝のようになだれ落ち、土煙の中に沈んでいく。
    「もが、もが……」
     真っ青な顔で様子を見ていたディミトリが、猿ぐつわ越しに泣きそうな声を漏らす。
    「残念だったな、ディミトリ・アルジャン。お前のお城、消えて無くなっちまったぜ?」
     ディミトリの襟をつかみ、ダンが勝ち誇った顔を見せつける。
    「お前も兄貴も、まとめて絞首台に送ってやるぜ! もっとも兄貴の方は、その前に土の下らしいけどな」
     土煙がアデルたちのいるところにまで及び、自然、局員たちの攻撃の手が止む。
    「いくらなんでも、もう……」
     誰かがそう言いかけたところで、エミルが叫ぶ。
    「まだよ! 止めないで! 撃ち続けて!」
    「え……?」
     局員たちが何を言うのか、と言いたげな顔をエミルに向けた、その瞬間だった。
    「ぐばっ……」
     その中の一人の顔が、まるで壁に投げつけられたトマトのように飛び散った。
    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 7
    »»  2018.01.08.
    ウエスタン小説、第8話。
    策謀巡る捜査線。

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    8.
     決戦前日の午前7時、ジョージタウンの次の駅、トマスリバーにて。
    「それじゃ皆、出発だ」
     半数を前の駅に残し、10名となった人員を前にし、ローは指示を出す。
    「次の便に乗り込み、スリーバックスに到着後、マーティン班は貨物車に潜んで待機。午後1時になったらビル前の第1ポイントに向かってくれ。
     バロウズ班は到着後すぐに駅を出て、第2ポイントに。それから俺の班は、午後2時まで駅で待ってから、第3ポイントに行くぞ」
    「……」
     ところが――誰ひとりとして敬礼もせず、姿勢も正さず、「了解」の一言も発しない。
    「なんだ?」
     ローがけげんな顔をし、尋ねたところで、背後からとん、と肩に手が置かれる。
    「え……」
     振り向いた次の瞬間、前の駅で降りたはずのダンが怒りを満面ににじませた顔で、ローのあごを殴りつけてきた。
    「ぎゃっ!?」
    「お芝居はそこまでだぜ、リーダー」
    「な……何故?」
     情けなく尻もちを着き、そのまま動けないでいるローに、ダンが拳銃を向ける。
    「何でここにってか? てめーの企みを見抜いてたからだよ。
     大体、無茶な話じゃねえか。いくらバレるかもって言ったってよ、20人プラス3人の大軍を、わざわざ3人、4人に分けるなんざ、自殺行為もいいところだ。各個撃破して殺してくれって言ってるようなもんだろ。
     じゃあどうして、そんなことをするのか? 簡単な話だ、殺してもらおうと図ってたんだ。俺たち特務捜査局にとって憎むべき凶悪犯であるはずの、トリスタン・アルジャンにな」
    「ば、馬鹿な! なんで俺がそんなこと……」
     弁解しかけたローに、エミルも拳銃を向けつつ近付いて来る。
    「それも単純な話ね。あんたがそう頼まれたからよ。今度はスミスだかジョンだか知らないけどね。
     昨夜、確かにあたしたちはジョージタウンで降りたわ。今日の昼の便で、スリーバックスに向かうってことでね。
     でもその前にちょっと、電話を掛けてみたのよ。特務捜査局にね」
    「……!」
     エミルの話を聞き、ローの顔から血の気が引く。その真っ青な顔を憮然と眺めつつ、アデルが話を継いだ。
    「特務局に電話してみたら、ミラー局長からものすごく驚かれたよ。『なんで今まで電話してこなかったんだ』、ってさ。
     どうやらあんたがご熱心に電話してたのは、特務局にじゃなく、もっと別のところだったってことだ。
     で、本当はどこに電話してたのか、ミラー局長を通じて電話会社に調べてもらった。そしたら……」
     そこでエミルがニッと笑い、ふたたび話を続ける。
    「A州、セントメアリー――スリーバックスの先にある駅に何度も電話してたってことが分かったわ。
     つまりあたしたちの動きは、組織にバレてるってことよね。あんたが逐一報告してくれたおかげで」
    「し、知らん! なんだよ、組織って?」
     ローは白を切ろうとするが、エミルはそこで、ダンに向き直る。
    「ダン、こいつの身体検査して。三角形のネックレスか何か、持ってるはずよ」
    「よし来た」
     ダンはごそごそとローの懐を探り、「あったぜ」と答える。
    「これか? この、三角形と目みたいなのが付いた奴」
    「それね。もう言い逃れできないわよ、リーダーさん?」
    「う……ぐ」
     ローはそれ以上反論せず、うつむいて黙り込んだ。
    「……しかし、となるとだ」
     ネックレスを握りしめたまま、ダンが不安そうな表情になる。
    「俺たちがこのままノコノコとスリーバックスに行っちまったら、返り討ちに遭うってことだろ? 何日も潰して折角ここまで来たってのに、退却しなきゃならんってのは悔しいぜ」
    「そうとも言い切れないわよ」
     エミルがパチ、とウインクする。
    「トリスタンはあたしたちが来ていることを知ってはいても、こうしてスパイがバレたことについては知らないわ。
     罠を張ってると高をくくって、堂々と真正面から乗り込んでくるはずよ。それこそ、あいつにとって最も大きな隙になる。
     だから、結論はゴーよ。このまま22人総出で、あの化物を退治しに行きましょう」
    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 8
    »»  2018.01.09.
    ウエスタン小説、第9話。
    怪物。

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    9.
     ロー拘束から時間は進み、同日、夜7時。
     じりりん、と鳴った電話を、ディミトリが取った。
     いや――。
    「はい、こちらレッドラクーン・ガンスミス。……ああ、いやいや、マドモアゼルでしたか」
     ディミトリの姿をした男は、相手の声を聞くなり、己の声色をガラリと変えた。
    「……ええ、ええ。問題はありません。たまに来る組織かららしき電話も、適当にあしらっております。……ええ、疑っている様子など、まったく。と言うより、そんなことは端から想定していないのでしょう。
     まさかディミトリが既に、我々の手に落ちているなどとは、……ね」
     そう言いつつ、ディミトリ――に変装したイクトミは、目の前に座らされている、本物のディミトリを見下ろす。
    「……」
     拘束されたディミトリが忌々しげな目で見つめていることに気付き、イクトミは彼に対し、恭しく会釈して返す。
    「では予定通り、明日3時に。……はい、……はい、では」
     電話を終え、イクトミはディミトリに尋ねる。
    「如何されましたか、ディミトリ?」
    「……その気取ったしゃべり方をやめろ、アレーニェ。気に障る」
    「ははは」
     突然、イクトミは乾いた笑い声を上げる。
    「なっ、何だ?」
    「じゃあ僕からも提案だ、ディミトリ。僕のことをアレーニェと呼ぶのはやめろ」
    「何だって?」
    「その名前は強制的に与えられた、僕にとって嫌な思い出しか無いものだ。
     今の僕は、イクトミだ。僕のことを呼ぶのなら、そう呼べ」
    「……何だっていい、お前が名乗りたい名前なんか、僕の知ったことじゃない。
     とにかくこんな馬鹿げた真似は、すぐにやめるべきだ。組織の恐ろしさは、いや、兄貴の恐ろしさは、あんたが一番、身を以て知ってるはずだ。
     特にその右目に、しっかりと刻まれてるはずだよな?」
     ディミトリのその一言に、イクトミの笑顔が凍りつく。
    「あんたはけったいな白スーツで現れたり気持ち悪いしゃべり方したり、道化芝居が随分上手みたいだけど、その目だけはごまかせないみたいだな。
     その右目、兄貴にやられてるって聞いたぜ。一応目玉は残ってるみたいだけど、ほとんど見えやしないんだろ? へへ、へ、へっ」
    「……」
     次の瞬間――ディミトリの右膝から、血しぶきが飛び散る。
    「はぐぁ……っ」
    「僕を愚弄することこそ、やめるべきことだ。今の君は、僕に生殺与奪のすべてを握られているのだから」
    「はぁ……はぁ……」
     ディミトリが顔を真っ青にしたところで、イクトミの背後から「やめたまえ」と声がかけられる。
    「他ならぬエミル嬢の頼みで、わざわざギルマン捜索を延期してまで確保した人質だ。殺しては、全てが水の泡だ。
     君の冷静は、うわべや演技では無いだろう?」
    「……ええ」
     イクトミはアーサー老人にす、と頭を下げ、それからディミトリに止血を施した。
    「弾はかすらせただけです。死に直結するようなものではございません」
    「うむ、いつもの君だ。
     さて、ディミトリ君。明日には君の兄、トリスタン・アルジャンがここへ到着するわけだが、君は兄にどの程度勝算があると思っているかね?」
    「……100%だ。兄貴がこの程度の策や罠なんかで、やられたりするもんか」
    「論理性を重視する君のことだ、何か明確な根拠があるのだろう? 言ってみたまえ」
     アーサー老人に尋ねられ、ディミトリは脂汗の浮いた顔でニヤっと笑った。
    「論理だって? あの人に論理なんか、何の意味も成さないよ」



     突然頭が吹き飛んだ同僚を目の当たりにし、局員たちの顔が恐怖で凍りつく。
    「なっ、あ……」
    「す、スティーブ、……スティーブ!?」
    「ち、……畜生ッ!」
     振り向こうとしたその直後、さらにもう一人、ぼごんと胸に大穴が空き、大量の血しぶきを上げる。
    「ひっ……」
    「しょっ、ショットガンだ! 隠れろ!」
     どうにか壁に潜み、局員たちは混乱を抑えようとする。
    「何でだ!? あれだけ撃ち込んで、何故生きてる!?」
    「そもそも変だろ!? 反撃してくるなんてよぉ!? できるわけねーじゃねーか!」
    「ひっ……ひっ……はっ……ダメだ、ダメだ、ダメだ……」
     だが、一瞬の内に同僚2名が惨殺され、彼らは半ば錯乱しかかっていた。
    「……怪物(モンスター)……!」
     誰からともなく漏れ出たその言葉に、その場にいた全員の絶望感が表れていた。
    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 9
    »»  2018.01.10.
    ウエスタン小説、第10話。
    カスタム・リボルバー。

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    10.
    「ディミトリ君」
     と、アーサー老人がディミトリの襟をぐい、と引き、無理矢理に顔を向けさせる。
    「……何だよ」
     憮然とした顔で応じたディミトリに、アーサー老人が小銃を向ける。
    「君の兄について知っていることを、可能な限り詳細に聞かせたまえ。特に装備についてだ。
     誰かがショットガンだと叫んでいたが、あのビルからここまでは、優に50ヤードは離れている。到底、ショットガンの弾が届くような距離では無い。だが威力に関しては、確かにショットガン並みだ。人の頭が粉々になった程だからな。
     一体どんな武器を使えば、ショットガンの威力とライフルの有効射程が両立できるのだ? それを把握せねば、我々に勝利は無い」
    「ヘッ」
     だが、ディミトリは悪態をつくばかりで、質問に応じようとはしない。
     それを受けて、ダンも拳銃をディミトリに向ける。
    「言えよ。言わなきゃ俺も、マジで撃つぜ」
    「そんなこと言っちまったら、兄貴にとって不利になる。それじゃ僕が助からない。
     じゃあ言わない方が、僕にとって得だろ?」
     ディミトリがふてぶてしく、そう答えた瞬間――パン、と火薬の弾ける音が、ダンからではなく、エミルの拳銃から放たれた。
    「ぎあっ……」
     続いてディミトリの短い悲鳴が部屋に響き、その場の全員が彼に注目する。
    「ひっ、ひいっ、はっ、……な、……に、……するんだ」
     ディミトリが左耳の辺りを押さえているが、指の隙間からボタボタと、血がこぼれている。
    「聞く耳持ってないみたいだから、千切ってあげたのよ。右耳も行っとく?」
     かちり、と拳銃の撃鉄を起こし、エミルがこう続ける。
    「このまま放っておいたら、確かにあたしたちは全滅するでしょうね。でもそれまで10分はあるでしょ? あんたを拷問にかけるだけの時間は十分にあるわ。
     ま、あと10分辛抱できるって言うなら、強情張って黙ってればいいだけだけどね」
    「ひ……」
     まだ硝煙をくゆらせるスコフィールドの銃口を右手の甲に当てられ、ディミトリの顔面は蒼白になる。
    「今すぐ素直に言うなら、手は勘弁してあげるわよ。職人だもの、利き手は命より大事よね……?」
    「あ、あっ、う、……い、言う、言うっ。言うよっ」
     ディミトリは泣きそうな顔で、トリスタンの情報を話し始めた。
    「兄貴は基本的に、銃身の長い銃は使わない。ピストルに比べて携行しにくく、接近戦では不利になるからだ。だからライフルとかショットガンは持ってない。
     今、兄貴が使ったのは、店に置いてたM1874シャメロー・デルビン式リボルバーだろう。ただしカスタムしてある」
    「どんな改造を?」
     尋ねたアーサー老人に、ディミトリは一転――耳を撃たれた直後にも関わらず――どこか恍惚(こうこつ)とした表情で語る。
    「一番の特徴はホットロード(強装弾)化さ。シリンダー部分を18ミリ伸長し、通常使用される11ミリ×17ミリ弾より9ミリも薬莢長を伸ばした僕特製の11ミリ×26ミリ弾を使用できる。当然、火薬量も増やしてあるから、至近距離で撃てば機関車の車輪をブチ抜くくらいの威力は出せる。まるで大口径ライフルみたいだろ?
     ただし、そんなものを考え無しにブチかましてたら、そこらの人間じゃ肩を外すだけじゃ済まないし――まあ、兄貴ならそんなマヌケなことは起きないだろうけど――そうでなくとも、銃本体に相当のダメージが返って来る。
     だから兄貴には、『こないだのAカスタムみたく、調子に乗って連射したりするなよ』とは何度か伝えてある。今撃ってこないのは、多分そのせい」
    「ふむ」
     アーサー老人は深くうなずき、窓越しに様子を見ている局員に声をかける。
    「窓から離れていた方がいい。ディミトリ君の話からすれば、こんな1インチにも満たぬ漆喰の壁くらいは、容易に貫通しうる代物のようだ。
     彼奴からすれば、窓際に潜んでいるくらいのことは見越すだろう。そこにいては、撃ってくれと言っているようなものだ」
    「は、はいっ」
     外部の人間であるはずのアーサー老人に、局員たちは素直に従う。
     直後、確かにアーサー老人の予見した通り、窓付近がぼご、ぼごっと鈍い音を立てて砕けた。
    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 10
    »»  2018.01.11.
    ウエスタン小説、第11話。
    活路を見出せ。

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    11.
     まだ戦々恐々としつつも、アーサー老人の極めて冷静な振る舞いに、局員たちの頭も冷えてきたらしい。
    「じゃあつまり、トリスタンは立て続けに攻撃してこれないってことなのか?」
     尋ねたダンに、ディミトリはうなずいて返す。
    「そうだよ。これは僕の経験から来る予測だけども、あの銃は多分、続けて6、7発も撃ったらシリンダー部分が熱膨張を起こし、残ってる弾がぎゅうぎゅうに締め付けられ、一斉に破裂しちまう。そんなことになったら、流石の兄貴でも腕が千切れ飛ぶだろう。
     そもそも弾自体、僕の特製なんだ。そこいらの店じゃ売ってるはずも無い。あんたたちがブッ壊してくれた店の中に、24発あるだけさ」
    「さっきビルから2回、銃声が聞こえたな。それに加えて、こっちは2名やられたし、窓際には2つ銃痕ができた。
     とすると――あいつが外して無い限り――残りの弾は18発ってことになるな」
     いつの間にか、アーサー老人とディミトリを除く全員が円陣を組むように集まり、対策を練り始める。
    「加えて、ディミトリの言葉を信じるとすれば、もう6発撃ってることになるから、銃には相当熱がこもってるはずだ」
    「冷やそうったって、そう簡単に冷えやしないだろう。となれば別の得物で攻撃してこざるを得ないだろうな」
    「おいディミトリ、奴は他にどんな武器を持ってる?」
     アーサー老人に止血を施してもらいつつ、ディミトリが答える。
    「いつも持ってるのは、普通のM1873と、カスタムしたやつの2挺だ。と言ってもこっちは通常の11ミリ×17ミリ弾を使う奴だけどね」
    「となればM1874が使えるようになるまで、その2挺で戦うしかないわけだ」
    「2人やられはしたが、まだこっちにはガトリング銃も、他の武器もある。
     奴の姿が見え次第、もういっぺん総攻撃だ」
    「待って」
     と、エミルが手を挙げる。
    「いくら何でも、こいつの言うことを素直に信用しすぎじゃない?」
    「馬鹿言うな」
     エミルの指摘に、ディミトリが憤った声を漏らす。
    「そりゃ確かに、あんたたちなんかに情報を渡す義理なんか無い。でも嘘ついたら間違い無くあんた、僕を撃ち殺すだろ?」
    「そりゃそうよ。こんな切羽詰まった時に騙すようなクズ、あたしが許すわけ無いじゃない」
    「だから、今まで言ったことは全部本当だよ。
     そもそもガンスミスの僕が、銃に関することでデタラメ言ったりなんかするもんか。その点はプライドがあるからね」
    「じゃ、あんたの言うことが本当だとして」
     そう前置きし、エミルは話を続ける。
    「それでも相手は、あの崩れ落ちるビルの中から生還した上、あの距離から一瞬で2人撃ち殺した奴よ? どんなに警戒したって、しすぎるってことは無いわ。
     二手に別れましょう。半分はここで奴の注意を引き付け、残り半分が左右から囲む。それならどうにか、あのトリスタンを抑えられるかも知れない」
     エミルの提案に、アーサー老人も賛成する。
    「私もその案を推そう。このままここで全員が固まっていては、トリスタンが逃げる可能性もある。そうなればスティーブ君とマシュー君は、ただの犬死にになってしまう」
     二人の意見に、局員たちは顔を見合わせ、揃ってうなずく。
    「分かった。じゃあ、誰が奴の左右に回り込む?」
     再度顔を見合わせるが、誰も答えない。
     眺めていたエミルが、はあ、とため息を付き、手を挙げる。
    「あたしが行く。他には?」
    「じゃ、……じゃあ、俺も」
     続いて、アデルがそろそろと手を挙げる。
    「お二人が行くなら、もちろん俺も行くっスよ」
     顔を青ざめさせつつも、ロバートが続く。
     3人手を挙げたことで、ようやく局員たちも覚悟を決めたらしい。
    「分かった。俺もやるよ」
     ダンと他2名が手を挙げたところで、エミルがうなずく。
    「オーケー。この6人で行くわよ。
     あたしたちはここを出て、右側に回る。あんたたちは左側からお願い」
    「分かった」
    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 11
    »»  2018.01.12.
    ウエスタン小説、第12話。
    三方包囲作戦。

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    12.
     2基のガトリング銃が動き始めたところで、エミルたちも小屋を出る。
    「分かってると思うけど、T字に囲まないようにね。囲むならY字によ」
    「勿論さ。俺たちとあんたたちで同士討ちになっちまうからな。
     じゃ、……気を付けてな」
     ダンたちに背を向け、エミルたち3人は路地を駆ける。
    「ガトリングのおかげで足音は聞こえちゃいないと思うけれど、気を抜かないようにね。ボールドロイドさんも言ってたけど、あいつならこうやって囲むことも、予想するだろうから」
    「了解っス」
     路地の端まで進み、アデルが大通りの様子をうかがう。
    「いるぜ。ビル跡の真ん前に立ってやがる。……ガトリングは当たってねーのか?」
     苦い顔をするアデルの横に立ち、エミルが肩をすくめる。
    「あいつなら当たっても跳ね返しそうな気がするわね」
    「無茶言うなよ」
    「……ま、それは冗談だけど。
     実際、ガトリング銃に命中精度なんか求めるもんじゃないわよ。あれは弾幕を張ることはできても、一発一発を全部目標に命中させられるほど、取り回しは良くないもの」
    「ま、言われりゃ確かにそうだ。デカいビルには当てられても、人間1人だけ狙って撃ち込みまくってみたところで、そうそう当たりゃしないわな。
     その上、周りの瓦礫やら地面やらに着弾しまくってるせいで、肝心のトリスタンが土煙に紛れちまってる。そうでなくでもガトリングから大量に硝煙が上がってるせいで元から視界が悪いだろうし、狙おうにも狙えないってわけか」
     実際、トリスタンにはほとんど命中していないらしく――土煙越しでもそれと分かる程度に――行動不能になるようなダメージを受けた様子は見られない。
     ロバートも2人に続いて覗き込みつつ、不安げに尋ねてくる。
    「で、どうするんスか? このままノコノコ出てきたんじゃ、狙い撃ちされるだけっスよ?」
    「だからこその包囲作戦だ」
     それに対し、アデルが得意げに説明する。
    「左と右、両方から同時に攻め込まれたら、どんな奴だって少なからず戸惑う。その一瞬を突き、3方向から仕掛けられるだけの攻撃を仕掛ける。
     ただ、この作戦でも最悪、誰か1人、2人は犠牲になるかも知れん。それでもやらなきゃ、もっと殉職者が出るか、あるいは逃げられるおそれがある。
     だから、行くしか無いってことだ。覚悟決めろよ、ロバート」
    「……うっす」
     ロバートはごくりと固唾を呑み、拳銃を腰のホルスターから抜く。アデルも小銃を肩から下ろし、レバーを引く。
    「エミル。お前の合図で行く」
    「いいわよ」
     そう返しつつ、エミルも拳銃の撃鉄を起こす。ほぼ同時にガトリングのけたたましい射撃音がやみ、トリスタンが拳銃を上方に構えた。
     その瞬間、エミルが短く叫ぶ。
    「今よ!」
     エミルたち3人は、あらん限りの全速力で路地を飛び出し、大通りに躍り出た。

    「……!」
     トリスタンがエミルたちに気付き、構えた拳銃をエミルたちに向けかける。
     だが振り返った直後、今度は反対側からダンたちが飛び出してくる。
    「っ……」
     わずかながら、トリスタンがうめく声がアデルの耳に入ってくる。
     岩のように動かなかった相手からにじみ出た、その明らかな動揺を感じ取り、アデルは勝利を確信した。
    (獲った……ッ!)
     中途半端な位置で拳銃を掲げたまま、トリスタンの動きが止まる。
     6人は一斉に引き金を絞り、トリスタンに集中砲火を浴びせた。



     だが、その直後――エミルが終始懸念し、警戒し、そして恐れていたことは、決して彼女の杞憂ではなかったのだと言うことを、アデルはその身を以て知ることとなった。
    「……なめるなあああああッ!」
     トリスタンは拳銃を掲げていた右手を、そのまま左側に倒す。
     それと同時に、懐からもう一挺の拳銃を抜き取り、そのまま右側に向ける。
     瞬時に3発、4発と連射し、ダン側の1名と――そしてアデルの体から、血しぶきが上がった。
    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 12
    »»  2018.01.13.
    ウエスタン小説、第13話。
    子猫と猛火牛の交錯。

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    13.
    「……う……!?」
     アデルは自分の右腕から血煙が上がるのを目にしたものの、それが何を意味するのか、一瞬では理解できなかった。
     だが、ボタボタと滝のように流れる血と、そして右腕から発せられる激痛が、アデルにその意味を、無理矢理に理解させた。
    「……あっ、が、……ぎゃああああっ!」
     こらえ切れず、アデルはその場に倒れ込む。
    「あ……、兄貴ッ!?」
     ロバートが駆け寄ってくるが、アデルに応じる余裕は全く無い。
    「うああ……うあ……いで……え……痛ええ……うあ……ああ……」
     口を閉じようとしても、勝手に悲鳴が漏れていく。
    「ヤバいっスって、これ、血、あのっ、姉御、そのっ……」
     ロバートが顔を真っ青にし、エミルに助けを求めるが、エミルは既にその場にいない。
     その時、エミルはトリスタンに向かって駆け出しながら、弾を撃ち続けていた。
    「Merde! Un salop! Quelle terrible chose tu lui fais!?(このクソ野郎! なんてことすんのよ!?)」
     その間にもトリスタンは、ダンの隣にいたもう一人を撃ち、残った1挺をエミルに向けていた。
    「S'il te plaît, pardonne-moi,mademoiselle(お許しを、お嬢)」
     そして前回対峙した時と同様、トリスタンは7発目の銃弾を発射する。
     しかし――エミルはそれを事も無げにかわし切り、お返しとばかりに2発、反撃した。
    「Je ne suis jamais surpris par un tel tour deux fois,un stupide(そんな手品で二度も驚きやしないわよ、おバカ)」
     流石のトリスタンもこれはかわせなかったらしく、1発は右肩を貫通し、そしてもう1発は額を削り、そのまま倒れさせた。

    「……やった……?」
     地面に伏せていたダンが顔を挙げ、恐る恐るトリスタンに近付く。
    「……ど、……どうだ?」
     拳銃を構えたまま、おっかなびっくりと言った様子でトリスタンの体を蹴り、動かないことを確認し、そのまま二歩、三歩と下がる。
    「……やったぞ!」
     そう叫び、ダンはその場に座り込んだ。
     エミルも一瞬、ほっとした表情を浮かべかけたが――。
    「……アデル! あんた、生きてる!?」
     エミルが振り向いたところで、ロバートが困り果てた声を上げる。
    「あ、姉御、姉御、兄貴が、兄貴が……」
    「……まさか」
     エミルが慌てて駆け寄り、アデルの側に座り込む。
    「バカ! こ、こんなところで、あんな奴のせいで、……そんな……」
    「あー、と」
     と、真っ青な顔をしていたエミルの肩に、とん、と手が置かれる。
    「俺のために感動的に泣いてくれるのはすげー嬉しいが、まだ死んでねーよ」
    「……え」
     むくりとアデルが上半身を起こし、左腕でロバートを小突く。
    「腕を貫通したから心底痛いっちゃ痛いが、指は普通に動かせるし、出血もヤバいってほどじゃない。骨だとか血管だとか、致命傷になりそうなところはそれてくれたらしい。
     だからロバート、お前も泣いてないで、さっさと手当てしてくれ。痛すぎて、マジで気ぃ失いそうだ」
    「へっ? ……あ、兄貴? 生きてるんスか?」
    「死んでてほしいのかよ、てめーは?」
    「いやいやいやいやそんなそんな、んなこと無いっスって! あ、えーと、手当てっスね? すんません、すぐ!」
     ロバートにたどたどしく止血を施してもらいながら、アデルはニヤニヤとエミルに笑って見せる。
    「ほれ、エミル。俺にいつまでも構ってないで、さっさとトリスタンを確保してこいよ。殺したとは言え、奴なら死んでも生き返ってきそうだからな」
    「……そう、ね。一応、縛るくらいのことはしておきましょうか」
     そう言って振り返ったところで、ダンが既に、トリスタンを縛っているのが確認できた。
    「こっちも死んでないみたいだぜ。脈があるのを確認した。気絶はしてるがな」
    「あら? 額を撃ったのに?」
    「それなんだが、骨がちこっと見えてる程度の銃創だ。どうやらかすめただけらしい」
    「……流石に『猛火牛』と言うべきかしら。あたしに反撃されてなお、紙一重でかわしてたのね」
     ため息をつくエミルに、止血を終えたアデルが軽口を叩く。
    「どっちもどっちだな。お前だってトリスタンの最後の1発、ひらっとかわしてたじゃないか」
    「あいつが7発撃てる特殊拳銃を持ってるってことは、前回の時点で分かってたことだもの。今回だって土壇場で使ってくるだろうってことは、予測できてたわ。
     ま、自爆覚悟でM1874を使われてたら、どうなってたか分からないけど」
     そこで3人同時にため息をつき――今回の大捕物は、一応の収束を迎えた。
    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 13
    »»  2018.01.14.
    ウエスタン小説、第14話。
    天才ディミトリの傑作拳銃。

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    14.
    「にしても」
     横たわるトリスタンを引き気味に見下ろしつつ、アデルがうなる。
    「これじゃまるで、鉄製の繭(まゆ)だな」
    「当然の配慮さ」
     隣に立っていたダンが、苦々しげに返す。
    「エミルの姐さんから再三、忠告されたからな。『こいつはここまでしなきゃならない相手よ』っつってな」
     トリスタンが気を失っている間に、どうにか生き残った局員たちが総出で周囲から鋼線や鎖を集め、彼をがんじがらめに縛り上げたのだ。
     当然この際に、トリスタンの武装も解除されており――。
    「こんなデカい弾で撃ったら、そりゃ頭もブッ飛ぶっスよねー……」
     隣の部屋では、エミルたちが彼の所持していた武器を検分していた。
    「11ミリって言うと、えーと、何口径くらいなんスかね?」
    「44口径相当ね。人どころか、それこそ野牛でも一撃よ」
     エミルの言葉に、依然拘束されたままのディミトリが嬉しそうにニヤついている。
    「傑作だろ? ウフ、フフ、フフフ」
    「ふん。……それよりあたしが気になるのは、こっちの銃の方ね」
     そう言いながら、エミルはシリンダーの無い、奇妙な形の拳銃を手に取った。
    「そもそも、どこに弾込めるのかから、良く分からないわね。今時、先込め式ってことも無いでしょうし」
    「ああ、そいつ?」
     半ば一人言にも聞こえるエミルの問いに、ディミトリが喜々として食いつく。
    「それはものっすごぉぉぉい発明さ。銃の常識が変わるくらいのね。
     左横のボタンを押してみな。弾倉が出て来る。ガトリング銃みたいなアレさ。ただ、あんな落下式の、安っぽい作りじゃない。バネで持ち上げて機関部に弾を押し込めるようになってる。で、弾倉を入れたら上のトグルレバーを引いて……」
    「ふーん……?」
     説明もそこそこに、エミルはその奇妙な拳銃をかちゃかちゃと操作し、引き金を引く。
     次の瞬間、パン、と音を立てて、弾丸がディミトリのすぐ右にある壁に突き刺さり、彼は顔を真っ青にした。
    「あ、あ、あわっ、あっ、……あんた、マジで僕を殺す気か!? 死んだらどうすんだよ!?」
    「へぇ、次の弾が自動で装填されるのね。空になった薬莢まで勝手に出してくれるみたいだし。なかなか便利ね」
     ディミトリの抗議に耳を貸さず、エミルはその拳銃をあれこれといじってみる。
    「弾倉にはいくつ弾が入るの? 7発?」
    「……ああ、そうだよ」
     憮然とした顔で答えたディミトリに、エミルがまた、拳銃を向ける。
    「な、や、やめろって、マジで」
    「心配しなくても、もう弾、入って無いわよ」
     そう言って、エミルはかち、かちと引き金を引いて見せる。
    「言うなれば自動装填・自動排莢拳銃? ……言いにくいわね。縮めて自動拳銃(オートマチック)ってところね」
    「ああ、僕もそう呼んでたよ。
     使い方に慣れりゃ、ガンファイトが劇的に変わること、間違い無しさ。弾倉を複数持ってりゃ、リボルバーとは比べ物にならないくらいの速さで再装填(リロード)できるからね」
    「そうみたいね」
     エミルは弾の入った弾倉を手にし、自動拳銃に弾を装填する。
    「これ、あたしがガメちゃおうかしら」
    「ダメだって」
     ダンが苦い顔のまま、エミルに振り返る。
    「そいつもM1874も、特務局が押収する。トリスタン・アルジャンおよびディミトリ・アルジャン兄弟の、犯罪行為の証拠の一つとしてな」
    「残念ね。……っと、そう言えば」
     エミルが辺りを見回し、首を傾げる。
    「さっきから見てないと思ったけど、やっぱりいないわね」
     その一人言じみたつぶやきに、アデルが応じる。
    「誰がだ?」
     そう言いつつも、アデルも部屋の中を確認し、アーサー老人の姿が無いことに気が付いた。
    「ボールドロイドさんか?」
    「ええ。ま、元々局長経由で無理言って、こっちに来てもらってたんだもの。イクトミと一緒って言ってたし、これから二人でギルマン確保に向かうんでしょうね」
    「イクトミと、か。……しかし、何でボールドロイドさんとイクトミが、一緒にいたんだろうな? って言うか、いつの間に知り合ったんだか」
     首を傾げるアデルに、エミルも手をぱたぱたと振って返す。
    「あたしにもさっぱり。
     でも、思い当たる節は、あると言えばあるわね。こないだ局長とイクトミがカフェで二人っきりで話してたでしょ? あの時に紹介してもらった、とか」
    「なるほど、そうかもな。……ま、経緯はどうあれ、もう彼がいなくても大丈夫だろう」
     そう言って、アデルは部屋の隅にいるディミトリとローを指差す。
    「二人はあの通りだし、トリスタンも鎖でぐるぐる巻きって状態だ。後は移送場所が決まり次第、そこへ送るだけだ」
    「そうね」
    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 14
    »»  2018.01.15.
    ウエスタン小説、第15話。
    急転直下。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    15.
     一同の間に安心感が漂い始めたところで、エミルが背伸びをしつつ、アデルに尋ねる。
    「何だか疲れがドッと出た感じだし、サルーンにでも行ってご飯食べない?」
    「ああ、そうだな。俺も何だかんだ言って、頭がフラフラしてるんだ」
    「致命傷じゃないとは言え、結構血が出たものね」
    「ってことだからダン、俺たちちょっとメシ食いに行ってくるけど、いいか?」
     アデルにそう頼まれ、ダンは快くうなずいた。
    「ああ。どっちみち、そろそろ交代で休憩って体制にしようかって考えてたところだ。
     あんたたちと、それからハリー、スコット、……あと俺も行くか。先に2時間、休憩に入ろう。で、残りで順々に休憩回すって形で」
    「ありがとよ」
     アデルは左腕を挙げ、そのままエミルとロバート、ダン、そして名前を呼ばれた局員2人を連れて小屋を離れた。



     そして、2時間後――。
    「戻ったぜ、……!?」
     帰って来た6人が、小屋に入るなり硬直した。
    「……なんだ、こりゃ」
     信じられないと言いたげな声色で、ダンがつぶやく。
     小屋の中にいた、アデルやダンたちを除く局員16名が全て、血まみれの死体になって転がっていたからだ。
     いや――。
    「だ、……ダン、……ぶ、じ、だったか」
     まだ息のある者が数名残っていることに気付き、アデルたちは慌てて手当てを試みた。
     それでも生き残ったのはわずか4名だけとなっており、さらには――。
    「……ローも殺されてる。それにディミトリがいない。トリスタンもだ。
     一体ここで、何があったんだ?」
     ダンの問いかけに、どうにか息を吹き返した局員の一人が、弱々しく答えた。
    「あんたたちが、休憩に入って、1時間、くらい、後かな……。
     縛ってたはずの、トリスタンの、様子を見に行った、ライアンが、叫び声、挙げてさ。何だって思って、銃持って、部屋に入ったら、トリスタンの奴が、立ってたんだ。
     床にはライアンが、首折られた、状態になって、倒れてた。やばいと、思ったんだ、けど、全員で撃てば、抑えられるって、思って。
     でもあいつ、俺たちに飛び掛かって、誰かの銃、奪って、その場で乱れ撃ち、しやがったんだ。それでほとんど、死んだ。俺も撃たれた。
     俺たちを倒した、トリスタンは、そのまま隣の部屋、行って、その後、銃声が3、4回、したんだ。見てないけど、多分、ローを、撃ったんだ。
     その時、トリスタンが、しゃべってた、って言うか、怒鳴ってた。『貴様は何の役にも立たぬ』、『生きる価値の無いゴミめ』とか何とか。返事、無かったし、もう、その時点で、多分、ローは、死んでたんだろう」
    「……そうか」
     ダンは帽子を深く被り、局員の肩をとん、とんと軽く叩く。
    「死ぬんじゃねえぞ、フランク。死んだら許さねえからな」
    「分かってる、分かってるさ、ダン。俺が、こんなところで、くたばるかってんだ」

     一方、アデルたちはトリスタンがいた部屋に戻り、床に散らばった鋼線や鎖を調べていた。
    「流石に引きちぎったような感じじゃない。となると、ディミトリが解いたのか?」
    「あいつだって縛られてたのに、んなことできやしないっスよ」
    「じゃあ、一体誰が……?」
     と、エミルが鋼線を手に取り、ぐにぐにと曲げたり、伸ばしたりしつつ、忌々しげにつぶやく。
    「あのクソ野郎、気絶したフリしてたのね」
    「何だって?」
     目を丸くしたアデルに、エミルは鋼線を見せる。
    「何本か、変にたわんだ跡が付いてる。鎖にも血や、手の皮が付いてるところがあるわ。
     縛られる時、隙を伺って一部を握り込んでたのよ」
    「なるほどな。縛られた後で握った部分を離せば、鎖だろうが鋼線だろうが、勝手に緩むってわけか。……くそッ」
     アデルは床の鎖を蹴り、苛立たしげに叫んだ。
    「これで結局、俺たちはA州くんだりまで出張って、十数名も死人を出しただけで終わったってわけか、畜生!」
    「ええ。『証拠品』も消えてる。トリスタンにとっては、被害は利用価値の無くなったスパイを失っただけ。
     あたしたちの、完敗よ」
    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 15
    »»  2018.01.16.
    ウエスタン小説、第16話。
    さらなる危機。

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    16.
    《……そうか》
     電話の向こうから帰って来たミラー局長の声は、ひどく落ち込んでいた。
    「申し訳ありません、局長」
     答えたダンに、ミラー局長が《いや》と返す。
    《君の責任では無い。と言うよりも、責任を追求できる状況には無い、と言った方が適切だろう》
    「……と、言うと?」
    《結論から言おう。
     連邦特務捜査局はその権限と機能を、連邦政府からの命令によって停止された》
    「な、何ですって? 一体、どう言うことなんですか?」
     思いもよらないことを耳にし、ダンは声を荒げる。
    「トリスタンの確保は、元から失敗の危険が大きかったんですよ? 実際に失敗したと言って、それだけで……」
    《その一件だけでは無いのだ》
     そう前置きし、ミラー局長は話を続ける。
    《実は君たちの他に3件、同時に派遣を行っていたのだ。
     君たちが発つ前後、いくつかの事件の捜査進展、もしくは解決に足る情報が入り、君たちも含めて4チーム、合計64名もの人員を合衆国中部・西部に送っていたのだ。
     だが、……君たちの中にスパイがいたことから、おおよその想像は付くだろう?》
    「……まさか」
     ダンの顔から血の気が失せる。それを見越したかのように、ミラー局長が《そうだ》と答えた。
    《結果から考えるに、特務捜査局には相当数のスパイがいたらしい。君たち以外の3チームはすべて消息を絶ち、誰一人として、ワシントンに戻って来ない。
     事態を重く見た司法省は先程、特務局の業務停止を通達した。こっちに残っていた局員は全員拘束され、監視下に置かれている。私にしても、このオフィスに軟禁されている状態だ。
     これまでの実績の低さから鑑みても、復活が認められることはまず、有り得ないだろう。恐らく君たちが成功していたとしても、覆ることは無い。
     特務捜査局は、もう終わったのだ》
    「そんな……!」
    《……スタンハート捜査官。頼みがある》
     と、ミラー局長の声が、これまでより一層、悲痛なものに変わった。

    《私は、君たちに対して一つ、裏切りを犯していた》
    「な、……何です、それは?」
     ごくりと唾を呑んだダンに、ミラー局長が恐る恐ると言った口ぶりで答える。
    《何も、私も実はスパイだったなどと、とんでもないことを言うつもりは無い。裏切りと言うのは、言うなれば、人事に関する操作だ。
     私はある者に身分を偽らせ、特務局の捜査員として入局させたのだ。君たちには、その人物の名前は、サミュエル・クインシーと聞かせていた。
     だが、実際には……》
     続く局長の言葉に、ダンは耳を疑った。
    「……はぁ!? あ、あいつがですか!?」
    《そうだ。
     頼む、スタンハート。あいつを助けてくれないか? 頼めるのは現在拘束されておらず、監視も受けていない君たちだけだ。
     もし引き受けてくれれば、私に出来る限りのことは尽くさせてもらうつもりだ。
     だから、……頼む。あいつがいなくなったら、私は、……私は……!》
    「……」
     ダンは黙り込み、その場にしゃがみ込んだ。
    《スタンハート? どうした?》
    「……俺一人でどうにかなる問題じゃ無いのは、分かってますよね?
     残った仲間の中で動けるのは、俺を除けば2人しかいないんです。それと、パディントン探偵局の奴ら3人。
     探偵局の奴らが手を貸してくれたとしても、6人です。たった6人で、サムを助け出せって言うんですか?」
    《法外な頼みであることは、十分に承知している。成功の可能性は極めて低いだろう。
     だが、私には頼むしか無いんだ》
    「……10分、時間を下さい。相談してきます」
     そこで、ダンは電話を切った。

     アデルたちのいる小屋に戻ってきたダンは、ミラー局長から依頼された内容を皆に話した。
    「……は?」
     当然と言うべきか、全員が唖然とした顔になる。
    「い、いや? どう言うことだよ、それ?」
    「言ったままだ。
     特務局は壊滅した。残った局員は全員、拘束・監視されてる。
     そして生き残った奴でサムを助けてこい、……だとさ」
    「前2つはまだ納得できる。当然の処置だろうからな」
    「だがワケ分からんのは3つ目だ」
    「何でわざわざこの状況で、サムを助けに行かなきゃならないんだ?」
     異口同音に尋ねてくる皆に、ダンは苦い顔を向けた。
    「その、……これも今聞かされて、俺自身もマジかよって思ってることなんだが」
     と、ダンをさえぎり、エミルが口を開いた。
    「あたしは知ってたわよ。サムのこと」
    「え?」
     目を丸くするダンに、エミルがこう続けた。
    「本人から聞いたもの。『事情があるから』って。
     あたしは手を貸すわよ。あの子、助けに行きましょう」
     その一言に、アデルが手を挙げる。
    「お前がやるってんなら、俺も行く。坊やには世話になってるしな」
    「ありがと」
     エミルが笑みを返したところで、ロバートも続く。
    「さっきも言った通りっス。お二人が行くなら俺もっス」
    「と言うわけで、これで3人よ。で、話を聞いたあんた自身は?」
     エミルに尋ねられ、ダンは顔を帽子で覆いつつ、うなずいた。
    「やるよ。事情を聞かされたら、嫌って言えねえよ」
    「その事情って結局、何なんだ?」
     残る2人が尋ねたところで、ダンが答えた。
    「結論から言うぜ。
     サミュエル・クインシーは偽名だ。本名はサマンサ・ミラーだとさ」
    「……え」
    「それって、つまり」
     エミルとダンを除く全員が、驚いた様子を見せる。
     それを受けて、エミルがこう続けた。
    「つまり、そう言うこと。『あの子』は局長の娘なのよ」

    DETECTIVE WESTERN 9 ~赤錆びたガンスミス~ THE END
    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 16
    »»  2018.01.17.
    半年ぶりのウエスタン小説、第10弾。
    真っ黒な地獄の中で。

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    1.
     アメリカ合衆国の発展に大陸横断鉄道が少なからず寄与していたことは以前に述べたが、その鉄道自体の原動力となったのは何か? これは周知の通り、石炭である。
     石炭自体は紀元前よりその存在が知られており、世界各地で燃料として用いられてきたが、その役割が大きく変化したのは18世紀後半、蒸気機関の発明に代表される、産業革命以降である。
     蒸気機関とは、簡単に言えば「水の沸騰により発生する蒸気圧を、動力に変換する装置」である。水を大量に、かつ、高速で熱し、膨大な蒸気圧を発生させるには、石炭はうってつけの物質だったのだ。
     石油や天然ガスに比べて遥かに安価な上、世界各地で採掘できるため、石油の大量採掘が可能となる20世紀に入るまで、石炭は工業と輸送業の主軸を担っていた。

     だが、石炭と一口に言っても、その質には大きな幅がある。
     質の良し悪しは一般的に、化石化した植物の炭化の度合いで計られるのだが、完全に炭化しきった無煙炭や、それに準ずる瀝青炭(れきせいたん)は発生する熱量も多く、蒸気機関車の燃料や炭素鋼の原料など、用途は豊富である。
     一方、炭化が進んでいない褐炭や泥炭は燃やしても大した熱量が得られないばかりか、空気中の酸素と勝手に化合して自然発火してしまうような、ろくでもない代物が多く、工業規模での需要を満たせるものでは無い。
     そして質の高いものほど希少であり、反対に、質の低いものほどあふれ返るのが自然の道理である。北米大陸には無煙炭を多く含む良質の石炭層が、他地域に比べて比較的多く存在するものの、やはりそうした高品質の地層は、そうそう発見されるものでは無い。



     この炭鉱で働く彼らもまた、一向に質の良い石炭が手に入らないことに、業を煮やしていた。
    「クソがッ!」
     試掘によって出てきた茶色い塊をべちゃっと床に叩きつけ、男は憤る。
    「完全に本社の奴ら、読みを外してやがる! こんなところ100年掘ったって、ろくなもん出やしないぜ!」
     採掘から戻ってきた男の部下たちも、泥だらけになった顔を揃って歪ませている。
    「結局、最初にちょっと瀝青炭が出ただけ、……ですよね」
    「ああ」
    「でもそれっきりですよね」
    「ああ」
    「……このまんま、出なかったら」
    「クビだよ。お前らも、俺も」
    「監督も?」
    「じゃなきゃこんな僻地に、週4ドル半で送り込むかよ? 出たらそのまま飼い殺し、出なきゃサヨナラってことだ。
     あいつら、いっつもそうだ。クソ野郎共め……!」
     のどの奥から絞り出すような怒りの言葉と共に、監督と呼ばれた男は椅子を蹴り飛ばす。
    「俺は勤めてもう16年にもなるが、ろくに給料も上げないクセして、あれやこれや無茶ばっかり言いやがる。
     んでちょっとばかしケチつけたら、こんな彼方へ左遷ってわけだ。まったく奴らときたら……」
     監督の愚痴が始まり、部下たちはげんなりした表情を浮かべる。
     薄暗い部屋の中で、聞くに堪(た)えない罵詈雑言をただただ一方的に聞かせられ続けるだけの、その地獄のような時間は、永遠に続くようにも思えた。

     その時だった。
    「かっ、監督、監督ーっ!」
     一人の若い男が、小屋の中に転がり込んできた。
    「だから俺はな、……な、何だよ、ケビン?」
    「こ、こんな、こんなもん、で、で、出たんスけどっ」
    「こんなもん……?」
     監督を含めた小屋の中の全員が、その若者、ケビンに注目する。
     いや――視線はケビンにではなく、彼が抱える、白い石の塊に向けられていた。
    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 1
    »»  2018.08.07.
    ウエスタン小説、第2話。
    サマンサ・ミラー。

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    2.
    「いや、納得っちゃ納得なんだけどさ」
     トリスタンとの死闘を生き延びたパディントン探偵局のアデルたち3人、そして連邦特務捜査局のダン、ハリー、スコットを加えた計6人は、ミラー局長からの依頼を果たすべく、作戦会議と状況確認とを兼ねた会話に興じていた。
    「確かにサムはおどおどって言うかなよなよって言うか、一端(いっぱし)の男じゃないとは思ってたさ。うわさ通り、局長の恋人なんじゃないかってくらい。
     でもマジで女だとは思わなかった。完全にだまされてたぜ」
    「同感だな」
     アデルはコートのボタンを閉じながら、うんうんとうなずいている。
    「だがエミル、お前一体どこで、あいつが女だってことに気が付いてたんだ?」
    「代議士事件の時よ。宿に泊まるって時、2人ずつで2部屋借りようって話になったじゃない」
    「ああ、そんなことあったな」
    「そう言やあん時、サムのヤツ俺と兄貴と3人で1部屋借りようって提案したら、すげーうろたえてましたよね」
     思い返すロバートに、エミルが「それよ」と返す。
    「あの提案でうろたえるなんて、理由はそんなに無いじゃない。人に服の中を見せたくないってことね、ってピンと来たのよ。
     で、あの子と2人で部屋借りて、二人きりになったところで『事情聞かせてちょうだい』って言ったら、教えてくれたわ。
     ミラー局長が連邦特務捜査局を立ち上げたのはいいけど、集まる人材は保安官に毛の生えたようなのばっかり。勇敢で行動力があるのはいいけど、頭脳面で優秀な人材って言うのが、全然見付からなかったのよ。
     そこで目を付けたのが、H大ロースクールを飛び級で卒業した自分の娘、サマンサ。だけど司法省は女性雇用を認めてないから、苦肉の策として、性別をごまかして雇用したってわけ。
     ま、そんな提案、流石のサムも嫌だって断ったらしいんだけど、お父さんが全然折れてくれなくて、それで渋々承諾したって話よ」
    「無茶するなぁ、局長も」
     苦い顔をしつつ、ダンは机の上に地図を広げる。
    「ま、ともかくサムの経緯についてはそれくらいだな。今重要なのは、そのお嬢さんをどうやって助けるかってことだ。
     で、そもそもサムがどんな指令を受けてN州へ向かったかなんだが……」
     ダンは地図に記されたある町を指差しつつ、ミラー局長から聞かされた内容を伝えた。
    「P州で横領事件起こした奴が、このアッシュバレーって町に逃げ込んだって情報を、局長がキャッチしたんだ。
     それだけならそう危険だって臭いも無い。俺だってそう感じるし、局長もそう思ったんだろう。サムと他3名の計4名だけで、俺たちみたいに厳重な武装も無し。せいぜい拳銃を懐に入れとくくらいの軽装で向かったらしい。
     雲行きがおかしくなったのは、サムたちが出発して4、5日経った辺りの頃だ。基本、出張したら毎日電話連絡するのが俺たちの捜査方針だが、今回の俺たちと同様、突然連絡が途絶えた。とは言えサムたちが向かったのはほとんど鉄道も無い、かなりのド田舎だって話だから、そもそも電話が見付からないんだろう程度に思ってたらしい。
     だけどさらに数日が経ち、今回の業務停止につながる事件が発生した。俺たちを含む3チーム全てから、連絡が無くなっちまったんだ。
     ま、それだけならまだ、司法省がヒステリックに反応するってことも無かっただろうが……」
     ダンはそこで言葉を切り、ふーっと苛立たしげなため息を挟んだ。
    「司法省長官宛てに、匿名の電話が入ったらしい。
    『我々を探るために特務局が派遣したチームは全て、我々が壊滅させた。お前たちの動きも逐一監視している。これ以上、我々を嗅ぎ回るような行為はやめておくことだ』っつってな」
    「組織からの電話ってわけか」
     神妙な顔でつぶやいたアデルに、ダンも渋い顔で「だろうな」と答える。
    「そんなこと言われりゃ当然、司法省はパニックを起こす。事実その時点で、特務局には連絡途絶した4チーム64人がいたわけだし、さらに間の悪いことに、局長はその事実を司法省に報告してなかったんだ。
     局長に言わせりゃ、その時点まではまだ、そんな大事になってるなんて夢にも思ってなかったらしく、報告までするような必要は無いと判断してたそうだが、司法省にとっちゃそれは局長の背任行為、つまり『局長が司法省にとって不都合な事実を隠蔽した』と思わせるに十分だった。
     で、すっかりヒステリー起こした司法省は即刻、特務局を凍結した。局長自身も自分のオフィスに閉じ込められて、厳重な監視体制下にあるってことだ」
    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 2
    »»  2018.08.08.
    ウエスタン小説、第3話。
    司法省クライシス。

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    3.
    「そんな状態でよく、サムを助けてくれなんて話ができたわね。そもそもサムを男として特務局に引き入れたことが、そもそも背任行為じゃない。
     そんなことが司法省にバレたら、クビどころじゃ済まないんじゃない?」
     エミルの疑問に、ダンもうんうんとうなずいて返す。
    「だろうな。最悪、罰金刑か投獄されるか、かなりヤバい状況にあることは間違い無いだろう。
     だが今のところ、確かに監視されてるのはされてるみたいだが、どうやらオフイスに監視員がぞろぞろ詰めてたり、電話を傍聴したりって感じじゃ無い。じゃなきゃ俺と『娘を助けろ』なんて話、できやしないからな。
     と言うか多分、司法省も局長宛てに電話が来るとは思って無かったんじゃないかな」
    「って言うと?」
     けげんな顔をして尋ねたスコットに、アデルが答える。
    「マジで3チーム全滅ってことなら、誰からも電話なんか入るわけ無いって話だろ。
     仮に組織が電話かけてくるんなら、わざわざミラー局長じゃなく、司法省長官にかけるだろうからな」
    「なるほどな。……だけどそれ、何か変じゃないか?」
     ハリーにそう返され、今度はアデルがけげんな顔をする。
    「どう言う意味だ?」
    「いきなり誰だか分からん奴から『お前のチーム皆殺しにしたぞ』なんて電話かかってきて、それを真に受けんのかって話だよ。
     いくら局長が連絡途絶を報告してなかったとしてもさ、簡単に信じすぎだろ?」
     ハリーの意見に、アデルも一転、首をかしげた。
    「確かに……。そんな眉唾な話、まんま信じる方がどうかしてるな」
     話し合っていた皆の顔に、不安の色が浮かぶ。
    「もしかしたら、だけど……。信じるとか真に受けるとかそう言うレベルじゃなく、司法省は元からその経緯を『知ってた』んじゃないか?」
    「つまり、司法省に組織の手先が既に入り込んでて、そいつが匿名の電話を口実に、組織を探ってた特務局を潰しにかかったってことか」
    「その説が事実だとすると――それだけ迅速に手を打ってきたって言うなら――最悪、司法省長官からして、組織の一員って可能性も出て来るな」
    「マジか……」
     やがて6人は、互いに神妙な顔を突き合わせた。
    「どうあれ、サムを助けようと助けまいと、このままワシントンに戻るのはヤバそうだな」
    「確かにな。下手すると『お前らも局長派だな』みたいな難癖付けられて、揃ってお縄になりかねん」
    「じゃ、どうすんだ?」
     誰ともなく尋ねたダンに、ロバートが手を挙げる。
    「パディントン探偵局に来るってのはどうスか?」
    「はぁ?」
     その突拍子も無い提案に、ダンたち3人は目を丸くしたが――一転、異口同音に「いいかもな」と言い出した。
    「元から特務局が潰れるって話だったんだし、仕事内容が同じだってんなら、それでもいいよなぁ」
    「同感。ま、そっちの局長がどう言うか次第だけども」
    「アデル、良かったら口聞いてもらえないか?」
     3人から頭を下げられ、アデルは苦い顔をする。
    「そりゃあんたたちの頼みなら嫌とは言えないが、探偵局の人手は足りてるからなぁ。こっちの局長がうんと言うかどうか分からんぜ」
    「ま、そこら辺は『狐』サマ次第ってとこか。……じゃないっつの」
     ダンはブルブルと首を振り、話を元に戻す。
    「今話すべきはサムのことだろ」
    「あ、そうだった」
    「コホン、……えーと、どこまで話したっけか。ああ、そうそう、特務局が業務停止しちまったってとこからか。
     ともかくそんな状況だから、特務局からの支援も受けられないし、逮捕権限も取り上げられた状態だと考えた方がいい。だからもう、横領犯の逮捕云々って話は、捨てていいだろう。
     そりゃ犯罪者を野放しにするのは腹立たしいが、逮捕権限を失った俺たちがバッジ見せて『逮捕する』っつって連行したところで、ワシントンに着いた途端、俺達まで逮捕されちまうだろう。そんなのはバカバカしすぎるぜ」
    「となれば、純粋にサムを助け出すことだけを考えりゃいいってことだな。それと、同行した仲間3人も」
     と、そこでエミルが手を挙げる。
    「それが目的なら、一番重要な情報がまったく抜けてると思うんだけど?」
    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 3
    »»  2018.08.09.
    ウエスタン小説、第4話。
    三流探偵。

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    4.
    「って言うと?」
     きょとんとした顔を並べるダンたちに、エミルが呆れた目を向ける。
    「サムたちが向かった場所は分かったわよ。その目的も把握したし、あんたたちの状況についてもオーケーよ。
     で、サムが今どう言う状況にあるか、それは予想できてる?」
     そう問われ、ダンがさも当然と言いたげに答える。
    「そりゃ、組織に捕まってるってことだろ。こんな状況だし、それ以外考えられんぜ」
     そこでアデルが「いや」と口を挟む。
    「そうは言い切れん。何でもかんでも組織の仕業ってわけじゃ無いだろ。
     そもそもさっき言ってた匿名の電話、『組織を探ってるチームは全員潰した』って話だが、サムたちは探ってたわけじゃないだろ?」
    「……あ、そう言やそうか」
    「脅しの材料にするなら、俺たち3チームを潰したってことをそのまんま伝えりゃ、それで十分だ。組織の捜査に加わってないサムたち4人にまで手ぇ出すなんて、余計な手間が増えるってだけだぜ。よっぽどのヒマ人共なのかよって話になる。
     第一、特務局が凍結された今、サムたちや、捜査で出かけてる他の局員には、組織に対抗できるような手立ては無くなってる。普通に考えりゃ、そいつらは放っとけば路頭に迷っておしまいだ。
     そんなのをわざわざ襲うなんて悠長なことするくらいなら、もっと別のことに人員やらカネやら費やすだろう。それこそ政府施設を襲うだとか、列車強盗するだとかな。
     故に、この事件に組織が関わってるって可能性は、かなり低い。となれば、もっと高い可能性を追った方がいい」
    「な……る、ほど」
     ダンが黙り込んだところで、アデルはこう続ける。
    「普通の事件と同様のケースで考えてみて――組織なんかと関係無い、いつも俺たちが関わってる捜査だとして――その横領犯に返り討ちにされたって可能性が一番高いだろう」
    「そう、そこよ。その横領犯にやられてる可能性が高いでしょうに、あんたたち全然、そこに触れようとしないじゃない。『組織の仕業に違いない』って決めつけて。
     いくら組織が今、あんまりにも目立ってるからって、最も有り得る可能性を無視して慌てふためいてたら、簡単に足元すくわれるわよ。
     突飛なことをあれこれあげつらうより、まずは可能性の高い方から順に、対応策を考えるべきじゃない?」
    「う……」
     ダンが恥ずかしそうに顔を赤らめたところで、エミルがさらに追及する。
    「と言うか、そもそもサムたちからの電話連絡が無くなったってだけでしょ、現状で分かってるのは。
     それならミラー局長の当初の予測通り、電話の無い環境にいるってだけじゃないの? N州なんて合衆国の外れみたいなところなんだし」
    「ま、まあ、そうだな」
    「あんたたち、やってることが滅茶苦茶よ。ちょっと予想外の事態に見舞われたくらいで、まともな議論もできないくらいにうろたえちゃって。
     よくそんな体たらくで、捜査員なんかやってたもんね」
    「め、面目無い」
     散々突っつかれ、ダンは目に見えてげんなりしている。
     見かねたのか、エミルは語気を、いくらか優しいものに改めた。
    「はあ……。とにかく、集められるだけの情報を集めましょう。
     とりあえずあたし、局長に電話してくるわね。あ、ミラーさんの方じゃなく、うちのパディントン局長の方ね」
    「なんで?」
     一転、面食らった顔を並べ、エミルの後ろ姿を見送るダンたち3人に、アデルが代わりに説明した。
    「特務捜査局が大変な状況にあるってことは、パディントン局長も把握してるはずだ。なんだかんだ言って『商売仲間』だし、持ちつ持たれつの関係も築いてきたんだからな。
     だからほぼ確実に、局長も俺たちの身を案じてるだろうし、対応策もいくらか用意してるだろう」
    「まさか! いくらあの『フォックス』でも、そこまで……」
     ハリーが反論しかけたところで、電話口に立っていたエミルが、一同に声をかけてきた。
    「局長から指示があったわよ。『一同、N州へ向かい状況確認を行うとともに、サムたちが危険な状態にある場合には、速やかに救出を行うこと。なお、特務局の状況は把握している。ダンたち3名についても、現状では帰投せず同行し、一旦探偵局に逃げた方が懸命だろう。受け入れる準備をしておく』だそうよ」
    「……は?」
    「マジでか……」
    「……怖ええな、あのおっさん」
     ダンたち3人は揃って顔を青ざめさせ、口をつぐんだ。
    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 4
    »»  2018.08.10.
    ウエスタン小説、第5話。
    事件の詳細。

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    5.
     パディントン局長から情報と指示を受け、一行は今後の対策を練ることにした。
    「現時点でも相変わらず、特務局は凍結状態。ミラー局長も依然として拘束されたままだし、局員たちも――元々残ってた奴、捜査から戻ってきた奴問わず――オフィスに缶詰めにされてるそうよ。
     サムについても、どうやら状況は変わってないみたい。局長が司法省の友人を介して情報を集めてるらしいんだけど、特務局宛ての電話は今のところ、ダンがかけたやつだけみたいね」
    「俺たちが出発する直前にサムたちのチームは出発してたから、日数から考えて、とっくに到着してるはずだ。首尾良く行ってるならもう逮捕し終えて、どこか電話の通じる駅まで戻って、連絡するはずだろう。
     それが無いってことは……」
    「横領犯を見付けられないでいるか、返り討ちに遭ってる可能性が高いってことだ。どっちの場合にせよ、特務局のゴタゴタを知れるような状況には無いだろう。
     どうあれ、俺たちが行く必要があるだろうな」
     アデルの言葉に、一同はそろってうなずいた。
    「となるとまず、事件の概要を知っとかないとな。ダン、その辺りは聞いてるのか?」
     スコットに問われ、ダンはうなずいて返す。
    「大丈夫だ。一応、メモしてるぜ。
     まず、横領犯についてだが、名前はオーウェン・グリフィス。1842年生まれ、イングランド系。結婚歴はあるが、現在は妻子無し。
     P州にあるメッセマー鉱業って石炭会社の社員だったんだが、1ヶ月前に約12万ドルを会社の金庫から盗み出し、蒸発。P州の警察当局が行方を調べたが、既に州内にいないことが分かった時点で、捜査は合衆国全域に捜査網を持つ特務局へと移管された。
     で、特務局が捜査を続行し、N州アッシュバレーに会社が所有する炭鉱があること、そしてグリフィスがそこの責任者だったってことが分かった。そこからグリフィスはそこに逃げた可能性が高いだろうってアタリを付け、地元警察に張らせてたところ、本人らしき人物を付近で見かけたとの報告があった。で、サムたちに向かわせたってわけだ」
    「グリフィスの特徴は?」
     尋ねたアデルに、ダンは肩をすくめて返す。
    「身長は5フィート7インチ。体重は147ポンド。体には傷やあざ、その他デカいほくろなんかも無し。茶髪で瞳の色は黒。特徴と言えるようなものはこれと言って無い。いわゆる『目立たない奴』だな。
     仕事ぶりは真面目で、同僚や上司とはそれなりに親しくはしてたそうだが、一緒にメシ食ったり、どこか遊びに行ったりって付き合いは、ほとんど無かったそうだ。
     事件発生時から姿が見えず、また、事件の直後に汽車で州を出ていたことが発覚したことから、P州当局、そして特務局共、彼を犯人と断定した、……ってわけだ」
     ダンが事件の概要を説明し終えたところで、ハリーが首をかしげる。
    「外部の犯行だとか、他に怪しい奴なんかは無かったのか?」
    「犯行があったとされる時間帯――他の社員が退勤した夕方から、出社してくる朝まで――社内にいたのは、その日当直だったグリフィス一人だ。
     そのグリフィスが事件後にP州の駅で目撃されていたことから、外部犯が当直のグリフィスを殺し、金庫を破ったって線はまず無い。
     もし外部犯がグリフィスをすり抜けてカネ盗んでたって言うなら、グリフィスは素直に警察へ届け出るだろう。それをせず、P州から高飛びしてるってことは、ほぼ間違い無くグリフィスが犯人だってことになる」
    「聞く限りじゃ、破綻や矛盾は無さそうね。さっきの組織云々と違って」
    「やめろよ……」
     ダンは顔を赤らめつつ、手帳を閉じる。
    「これだけなら本当、どうってこと無い奴って感じなんだがな。これで何で、サムたちが手こずるんだか」
    「ともかく、行くしか無いだろ」
     アデルがそう返し、椅子から立ち上がる。
    「今日はもう暗いし、列車も終業時刻をとっくに過ぎてる。
     アルジャン兄弟だって列車に乗れたとは考え辛いし、馬か何かで、何十マイルも離れた隣町にでも移動中だろう。となれば組織に連絡して報復にやって来るだとか、そんなことをする間も無いはずだ。
     ってわけで、一晩ゆっくり休んで、朝一番でN州へ向かおう。これ以上真剣な面(つら)付き合わせてあーだこーだ言い合ってたら、俺、マジにブッ倒れちまうぜ」
    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 5
    »»  2018.08.11.
    ウエスタン小説、第6話。
    銃創。

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    6.
     アデルが予測していた通り、アルジャン兄弟や組織からの襲撃も無く、アデルたち一行は一晩を安穏に過ごし、翌朝を迎えた。
    「ふあ、あー……」
     宿を一歩出て、背伸びをしたところで、アデルはすぐに腕を下げ、「いてて……」とうめく。
    (やっぱ一日くらいじゃ、治っちゃくれないよな)
     撃たれた右腕をコートの上からさすり、ずきずきとした痛みが残っていることを確認する。
    (ま……、痛いが、痛いってだけだな。腕も指も動くし、放っときゃそのうち治るさ)
     と、背後から声をかけられる。
    「『放っときゃ治る』なんて思ってないわよね」
    「えっ!? あ、いや」
     弁解しかけたところで、エミルがさらに釘を刺してくる。
    「そんなの、半世紀前の考えよ? きちんと治したきゃ、包帯変えたり消毒したり、ちゃんと治るまで手当て続けなさいよ」
    「お、おう」
     と、エミルがアデルのコートの襟を引き、脱ぐよう促してくる。
    「見せてみなさいよ。あんた、いっつもケガしても、隠すじゃない。
     化膿したり腐ったりしたら、手遅れになるわよ。切り落としたくないでしょ?」
    「い、いや、いいって。自分でやるって、後で」
     渋るアデルを、エミルは軽くにらみつけてくる。
    「何よ? まさかあんたも女だなんて言うつもりじゃないでしょうね?」
    「バカ言うなよ。……分かったよ、脱ぐって。脱げばいいんだろ」
     アデルはもたもたとコートを脱ぎ、左手をたどたどしく動かして、シャツの袖をまくろうとする。
    「……っ、……あー、……くそっ」
     しかし利き腕側でないことに加え、右腕の痛みが邪魔をして、思うようにボタンを外すことができない。
     見かねたらしく、エミルが手を添えてきた。
    「外したげるわよ」
    「わ、悪い」
     シャツの袖を脱がすなり、エミルは一転、呆れた目を向けてくる。
    「あんたねぇ……」
     アデルの右腕に巻かれた包帯が、赤茶けた色に染まっていたからだ。



    「血は止まってるっぽいから、昨日からずっと使ってるんでしょ、この包帯」
    「……バレたか」
    「バレたか、じゃないわよ。マジに切り落とすことになりかねないわよ、こんな汚いことしてたら」
     エミルはぐい、とアデルの左腕を引っ張り、宿の中に連れて行く。
    「宿なら包帯も消毒薬もいっぱいあるでしょうし、ちょっともらいましょ」
    「ああ……」
     と、二人が戻ってきたところで、宿のマスターが声をかけてきた。
    「お客さーん、エミル・ミヌーって名前?」
    「そうよ。電話?」
    「そう、パディントン探偵局ってところから」
    「出るわ。あ、その間、こいつの包帯変えるのお願いしていいかしら?」
    「ああ、いいよー」
     そのまま電話口まですたすたと歩き去るエミルを眺め――マスターと目が合ったところで、彼が心配そうに声をかけてきた。
    「お客さん……。めっちゃくちゃ俺のことにらんでるけど、そんなに傷、痛むの?」

     アデルの手当てが終わったところで、丁度エミルも電話を終えたらしい。
    「あら、綺麗に巻いてもらえたわね」
    「ちぇ、何か子供扱いされてるな。……で、局長は何て?」
    「話す前に、皆呼びましょ。そろそろ朝ご飯食べて列車に乗り込む準備しとかないと、遅れちゃうもの」
    「そうだな。……っと」
     言っているうちに、ロバートとダンたち3人が階段を降りてくる。
    「おはよーっス、兄貴、姉貴」
    「今、電話がどうとかって言ってたが……」
    「丁度いいわね。マスター、ご飯もらえる? 6人分ね」
    「はいはーい」
     店主がその場を離れたところで、ロバートたちが席に着く。
    「電話って? 一体どこ……、いや、こんな時かけてくるなんて、局長だけっスよね」
    「ええ。まだあたしたちがスリーバックスにいるって読んで、追加情報をくれたのよ」
     エミルの言葉に、アデルは首をかしげる。
    「追加情報? 特務局のことか?」
    「それもあるけど、メインは横領事件の方ね。
     犯人の身辺について、一つ分かったことがあるって」
    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 6
    »»  2018.08.12.
    ウエスタン小説、第7話。
    追加連絡。

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    7.
    「息子?」
     朝食のベーコントーストを飲み込み、ダンが尋ね返す。
    「ええ。ただ、苗字も違うし、周囲の人間もそんな話聞いたこと無いって話だから、グリフィス本人は気付いてなかったかも知れないけど」
     局長からの電話で、グリフィスの監督する鉱山に、彼の息子が勤めていたことが判明したと伝えられたのである。
    「名前は?」
    「会社には、ケビン・モリスンって登録してたそうよ」
    「偽名、……とも何とも言えないな」
    「局長がざっと調べた限りじゃ、本名じゃないかって。グリフィスの、別れた奥さんの苗字がモリスンらしいから」
    「まあ、ケビンって名前も、モリスンって苗字も多いからな。グリフィスSrも息子だと思わなかったんだろう。
     しかし偶然とは思えないな。親父の管理してる鉱山に、息子が勤めてたってのは」
     アデルがつぶやいたその疑問に、エミルも同意する。
    「そうね。事件もあったわけだし」
    「思ったんだが」
     と、ダンが手を挙げる。
    「親子だって言うなら、似てたんじゃないか?」
    「あん?」
    「いやほら、駅だとか、アッシュバレーだとかで、グリフィスを見たって話だったろ?
     もしかしたらそいつ、グリフィスじゃなく、息子のモリスンの方だったのかもって」
    「……だとしたら?」
     けげんな顔をしたハリーに、ダンは得意そうな様子でこう続ける。
    「俺の推理だけど、グリフィスはもうとっくにモリスンに殺されてて、モリスンがカネを盗んだのかもって。
     いやほら、グリフィスの評判から言って、盗みを働くようなタイプじゃないって話だったしさ。良くあるだろ、『似た顔のヤツが別にいた』って、アレだよ、アレ」
    「三文推理小説ね、本当にそんな展開だったら」
     ダンの仮説を聞いたエミルが、呆れた目を彼に向ける。
    「もしその線が本当だったとしたら、事件から1ヶ月経ってるんだから、グリフィスの死体がどこかで発見されてるでしょ?
     局長からそんな話聞いてないし、その事実は今のところ、無いみたいよ」
    「近くの川にでも投げ捨てればそうそう見つかりゃしないだろうし、俺は有り得ると思うんだけどなぁ」
    「相当な手間じゃない? 忍び込んでカネを盗んだ上、人を殺して川まで運び出すなんて、そんなこと一人で、誰にも見付からずにできるかしら。
     第一、似てるとしても、親子なんだから、少なくとも20歳は年齢が違うはずでしょ? 40代の中年と20代の青年を見間違えるようなこと、そうそう無いと思うんだけど」
     エミルの反論に、ダンを除く全員が賛成する。
    「俺もそう思う」
    「いくら何でも、話がうますぎだ」
    「こじつけに近いぜ」
    「……だよなぁ」
     自分でもそう思ったのか、ダンは顔を赤らめつつ、コーヒーを一息に飲み干した。
    「まあいいや、この話はこれくらいで。
     ともかく、早くメシ食って支度しなきゃ、列車が出ちまうぜ」
    「そうだな」
     その後は取り留めもない話を交わしつつ、一行は朝食を平らげた。

     列車に乗り込み、動き出したところで、エミルが「あ、そうそう」と続けた。
    「局長からの電話、もう一つ伝えとくことがあったわ。
     特務局の状況だけど、明日か明後日くらいには、ミラー局長と局員が解放されるかもって」
    「解放されるって?」
     ほっとした顔をするダンに、エミルは肩をすくめて返す。
    「解放されるって言うより、追い出されるって言った方が的確でしょうけどね。
     ここ数日、オフィスにいた全員の身辺調査を行って、組織だとかの裏が無いってことが判明したから、とりあえず家には帰してもらえるらしいけど――司法省に組織の手が及んでるとすれば――間違い無く局長以下、全員が更迭・免職されるわね。
     組織にとって、特務局はパディントン探偵局の次にうっとうしい敵だもの。口実さえあれば、いつでも潰す気だったでしょうし」
    「そうか……そうだよな」
     ダンたちが意気消沈する横で、ロバートが不安そうに尋ねる。
    「探偵局は大丈夫なんスか?」
    「誰が潰すのよ? うちのトップは司法省長官でも州知事でも、大統領でもないわよ」
    「……あ、そう言やそうっスね」
    「そもそもうちにパディントン局長がいる限り、誰にも潰せやしないわ。そんな心配、あたしたちがする必要なんか無いし、気を揉むだけ無駄よ。
     だからあたしたちは、捜査に集中しましょう。それがベストよ。あたしたちにとっても、局長にとってもね」
    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 7
    »»  2018.08.13.
    ウエスタン小説、第8話。
    ゴーストタウン。

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    8.
     スリーバックスを発って5日後、アデルたち一行はN州、アッシュバレーに到着した。
    「……本当に何にも無いな」
     通りを見渡すが、薄汚れた家屋がまばらにあるばかりで、賑わっているような様子は全く見られない。
    「電線も無い。これじゃ確かに、電話連絡なんてできるはずが無いな」
    「それどころじゃないぞ。郵便局も保安官オフィスも無い。軒並み潰れてる」
     駅のすぐそばにあった建物を指差しつつ、ダンが呆れた声を漏らす。
    「ほぼ廃村って感じだな。本当にこんなところに、人が住んでんのか?」
    「そうね……」
     エミルが往来を見回し、首を横に振る。
    「ここ数ヶ月、馬車も荷車も通ってないって感じ。足跡も、せいぜい2人、3人ってところかしら」
    「3人だろう。3種類ある」
     アデルがしゃがみ込み、その足跡を調べる。
    「ただ、靴の形は一緒だな。大きさは違うが、靴底のパターンが同じだ。恐らく会社か州軍だとかからの支給品なんだろう。
     同じ会社の同僚3人が、駅に届いた荷物を受け取ったってところだろうな」
    「それに靴底のパターンが、やたらゴツいぜ。相当ハードな環境で働いてるんだろうな」
     ダンもアデルと同様にしゃがみ込み、その足跡を指先で触る。
    「その可能性は高いな。となりゃ、メッセマー鉱業の人間ってことで間違い無いだろう。
     ……何だよダン、あんたも結構やるじゃないか」
    「へへ……、伊達に特務局でしごかれてないさ」
     二人して笑い合ったところで、一転、アデルは首を傾げる。
    「だけど妙だな。3つあって、それが全部、作業員のヤツか」
    「何が妙なんだ?」
     尋ねたダンに、エミルが呆れ気味に答える。
    「サムたちよ。ここに来たはずでしょ?」
    「……あ、そうか」
     一行はきょろきょろと辺りを見回すが、それらしい足跡は見当たらない。
     と、様子をうかがっていたらしい年配の駅員が、とぼとぼとした足取りで近寄ってくる。
    「あんたら、さっきから何しとるんだ? 財布でも落としたのか?」
    「いや、何でも。……っと、ちょっと聞きたいんだが」
     アデルが立ち上がり、駅員に質問する。
    「俺たちの他に、スーツ姿で来たヤツらはいないか?」
    「スーツで? さあ……?」
     駅員は目をしょぼしょぼとさせながら、首を横に振る。
    「覚えが無いね」
    「最近雨が降ったのは?」
    「3日前くらいかなぁ」
    「そもそも、ここって人がいるのか?」
    「俺がいるだろ」
    「いや、そうじゃなくて、あんた以外に人が住んでるのかってことだよ。ざっと見たところ、店もサルーンも何も無いように見えるしさ」
    「鉱山の奴が4人か、5人くらい、……いや、6人? だっけか。まあ、そいつらくらいだな。
     あんたの言う通り、ここにゃもう店が無いから、ここで直に行商人と売り買いしてるみたいだよ」
    「『みたい』って……、あんた、ここで仕事してるんだろ?」
     呆れ気味にアデルがそう尋ねたところで、駅員は恥ずかしそうに笑って返す。
    「ヒマだからさ……。大抵寝とるんだ」
    「……そうか」
     その他、2、3点尋ねてみたものの、駅員からは大した情報を得ることはできなかった。

     駅員を適当にあしらい、駅舎へ戻っていったところで、ふたたびアデルたちは足跡に着目する。
    「あのくたびれたじいさんの話だから正確なことは分からないが、ともかくごく最近、雨が降ったって話だから――計算上、1週間くらい前にはサムたちが到着してたはずだし――サムたちの足跡が消えててもおかしくない。
     足跡が見当たらない以上、下手すりゃサムたちがここに来てない可能性もある。……とは言え、それは考えにくいけどな」
    「他に目的地も無いもんな」
     ハリーの一言にうなずきつつ、アデルが続ける。
    「だから来てることを前提として考えりゃ、間違い無くサムたちは、メッセマー鉱業を訪ねてるはずだ。
     この足跡も多分メッセマー鉱業のヤツらのだろうし、たどれば着くだろう」
     一行は駅を後にし、足跡に沿って街を抜けた。
    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 8
    »»  2018.08.14.
    ウエスタン小説、第9話。
    疑惑の炭鉱。

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    9.
     街を出て程無く、アデルたちは薄汚れたあばら家の前に到着する。
    「『メッセマー鉱業 アッシュバレー営業所』って看板が付いてるな。一応って感じでだが」
    「なんか傾いてないか……?」
     ハリーとスコットが指摘した通り、その小屋はあちこちに穴が空いており、今にも崩れそうな様相を呈していた。
     と、小屋の奥にあった坑道から、人がわらわらと現れる。
    「おい、あんたら……」
     スコットが彼らに声をかけようとしたところで、相手からの怒鳴り声が返ってくる。
    「んなトコでボーッと突っ立ってんじゃねえッ! 下がれ、下がれ!」
    「……! おっ、おう」
     状況を察し、アデルたちは大慌てで踵を返し、小屋の方へ走ろうとする。
     が、一人、ぽかんとした顔で突っ立っていたロバートを、残り5人が慌てて引っ張る。
    「バカ、鉱山だぞここ!」
    「え? は?」
    「マイトだよ、マイト!」
    「真糸?」
    「寝ぼけたこと言ってる場合か!」
    「坑道から大急ぎで人が出てきて『下がれ』っつってんだ、分かんだろ!?」
    「何が……」
    「ああ、もう!」
     まだ状況を把握できていなさそうなロバートを小屋の裏まで引っ張り込み、5人は耳を抑えて身を屈める。
     次の瞬間――ぼごん、とくぐもった音と共に、周囲がぐらっと揺れる。
    「おわっ!?」
    「……ダイナマイト使うくらい分かれよ」
    「す、すんませんっス」

     発破による粉塵が収まってきたところで、改めてアデルたちは、メッセマー鉱業の人間に声をかけた。
    「パディントン探偵局? それが一体、うちに何の用だ?」
     現場監督のジム・マクレガーは、けげんな目で一行を一瞥する。
    「監査なら本社に行けよ。うちにある帳簿なんて、メシとマイトのことしか書いてねえぞ」
    「いや、そうじゃない。数日くらい前に、ここに連邦特務捜査局の人間が来なかったか?」
     尋ねた途端、マクレガー監督の顔に険が差す。
    「あ? 捜査局だ? 知りゃしねえよ」
     その反応を見て、アデルは強い語調で尋ね直す。
    「もう一度聞くぞ。連邦特務捜査局の人間が、ここに来たはずだ。知ってることを話してくれ」
    「知らねえって言って……」
     怒鳴りかけた瞬間、マクレガー監督は硬直する。
     対面にいたエミルが、拳銃を抜いたからだ。
    「なに、……する、気だ、姉ちゃんよ?」
     恐る恐る尋ねるマクレガー監督に、エミルはもう一方の手でハンカチを取り出しつつ、こう返す。
    「別に? あなたが正直に話してくれたら、ほこりを払って終わりよ。
     でも強情張る気なら、掃除のはずみで弾が2、3発くらい出てきちゃうかも知れないけど」
    「……ぐっ」
     たじろぐ様子を見せるが、マクレガー監督はなお、頑なな態度を執る。
    「仮に俺がそいつらを知ってるとして、そしたら、あんたたちは何する気だ?」
    「なるほど」
     そこでアデルは、背後に立っていたダンたちを親指で差す。
    「ちなみにこいつらも特務局の人間だ。いや、だったと言うべきだな」
    「だった……?」
    「詳しい経緯は省くが、先日、特務局は解体された。当然、こいつらに逮捕権は無い。
     仮にあんたらが何らかの罪を犯したとして、それでも、あんたらを捕まえることはできない。その上で、だ。
     もしも特務局の人間がいるなら、解体された件を伝えて、一緒に引き上げようってだけだ」
    「……」
     マクレガー監督はしばらく黙り込んでいたが、やがて、はあと一息吐き、不安そうな口調で尋ねてきた。
    「本当に逮捕はしないんだな?」
    「あんたらを勝手に逮捕したら、俺が逮捕されちまうよ。そんな権限は無いからな」
    「……来てくれ」
     そう言って、マクレガー監督はアデルたちに背を向け、坑道に向かって歩き出した。
    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 9
    »»  2018.08.15.
    ウエスタン小説、第10話。
    暗澹の中の光明。

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    10.
     坑道を入ってすぐ、マクレガー監督は木箱が積まれた側道の前で立ち止まる。
    「さっきマイト使ったが、どっちも結構奥だから大丈夫、……なはずだ」
    「どっちも?」
     尋ねたアデルに、マクレガー監督は正面を指差す。
    「今掘ってる方は半マイル先まで進んでる。こっちの側道はその半分くらいで諦めたけどな。
     ただ、小屋に入らない資材だとかを入れるのには便利してたから、1週間前まで倉庫代わりにしてた」
    「1週間前?」
     マクレガー監督は木箱をひょいひょいとどかしつつ、話を続ける。
    「1週間前、特務捜査局だって人間が4人、うちに来たんだ。だけど、……その、色々事情があってな。ここに閉じ込めるしかなくなっちまったんだ」
    「てめえ、監禁してたのか!?」
     血相を変えるダンに、マクレガー監督は申し訳無さそうに頭を下げる。
    「本当に済まねえと思ってる。……本当に、逮捕しないでくれるんだよな?」
    「逮捕しない。だが状況如何によっちゃ、一発二発殴らせてもらうぞ」
    「う……、ま、まあ、仕方ねえな。
     と、ともかくだ。一応、メシとか寝床とか、不自由無くはさせてた。常に見張りは付けてたけど」
     木箱をどかし終え、マクレガー監督は奥へと進もうとする。
     と、そこでエミルが声をかけた。
    「ねえ、監督さん?」
    「ん?」
    「サム……、いえ、特務局の人間4人を監禁した事情って、一体何なの?」
    「それは……、まあ、……色々だ」
    「話しなさいよ。状況がまったくつかめないまま、あたしたちもノコノコあんたに付いて行ってそのまま監禁されちゃ、たまったもんじゃないわ」
    「……」
     マクレガー監督は苦々しい表情を、エミルに向ける。
    「話さなきゃダメか?」
    「俺からも聞きたいところだな」
     腰に提げていた小銃に手を添えつつ、アデルも同意する。
    「特務局の人間、つまり司法当局の人間を無理矢理閉じ込めなきゃならんような事情が何なのか聞いとかないと、確かに後の展開が読めないからな。
     よっぽど誰にも知られちゃならない何かがあるとしたら、俺たちも生かしちゃおけんってことになるだろ?」
    「……分かった。だが、その」
     マクレガー監督は表情を崩さず、ぼそぼそとこう続けた。
    「俺はしゃべるのが苦手なんだ。そもそも、今回のことは何から話していいやらって感じなんだ。頭がどうにかなりそうなことばかり起こっちまって、本当、気が動転しまくってるって状態なんだよ。
     だから、多分、長くなるし、ワケ分からんと思うが、それでも聞く気か?」
    「ああ」
    「……分かった」





     2ヶ月前――。
    「かっ、監督、監督ーっ!」
     いつものように、マクレガー監督が部下たちに呪詛(じゅそ)めいた愚痴を延々と吐いていたところに、一番若い部下、ケビンが転がり込んできた。
    「だから俺はな、……な、何だよ、ケビン?」
    「こ、こんな、こんなもん、で、で、出たんスけどっ」
    「こんなもん……?」
     マクレガー監督を含めた小屋の中の全員が、ケビンに注目する。
     いや――視線はケビンにではなく、彼が抱える、白い石の塊に向けられていた。
    「何だそりゃ?」
    「……か、か、監督っ」
     と、部下の中でも一番年長のナンバー2、ゴードンが慌てた声を上げる。
    「そいつはダイヤだ! ダイヤモンドですよ!」
    「だ、……ダイヤぁ?」
     マクレガー監督はゴードンの顔を見、もう一度ケビンの方に向き直る。
    「何バカなこと言ってんだ。俺は16年炭鉱で仕事してるが、んなもん出てきたことなんか一度も無えぞ」
    「いや、しかし実際出てきたわけですし」
    「あのな、本当にダイヤだってんなら」
     苛立たしげに返しつつ、マクレガー監督はケビンが抱える岩塊をつかむ。
    「あの窓ガラスにこすりつけりゃ、切れるはずだわな。ほれ、見てろ」
     そう言って、マクレガー監督は岩塊で窓ガラスをガリガリと引っかき――まるで布をナイフで裂くように、さっくりと切れたガラス片は、がしゃん、と音を立てて床に落ちた。
    「ほら見た通りだ、こんなもんちっとも、……切れてるじゃねえか!?」
     途端にマクレガー監督は血相を変え、自分の手中にある岩塊をにらみつけた。
    「マジかよ」
    「……マジですね」
     予想外の事態に、マクレガー監督もゴードンも、他の作業員たちも、呆然とした顔で黙り込むしかなかった。
    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 10
    »»  2018.08.16.
    ウエスタン小説、第11話。
    降って湧いた福音。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    11.
    「と、とと、ともかくだ」
     マクレガー監督はガタガタと震えながらも、ダイヤの原石を机に置き、その前に座り込んだ。
    「お、お前らも座れ。と、と、とりあえず、あ、アレだ、か、か、会議だ」
    「はっ、はひ」
    「りょうきゃ、……了解っス」
     全員、机を囲んで座り込んだが、誰も言葉を発しない。
     誰も彼も、この親指の先程度の、ほんのり透き通る石に、すっかり気圧されてしまっていたのだ。
    「……で、その、アレだ、ケビン」
    「うっス」
    「どこで見付けた?」
    「坑道っス」
    「んなこたぁ分かってんだよ! そこら辺の道端に落ちてるわきゃねえだろうが!?」
    「あ、す、すんません! あの、昨日おやっさんがダメだっつってたトコっス」
    「あそこでか? 泥炭も褐炭も出なくなっちまって、やたら岩にしかぶつからなくなっちまったからな……。でも、そうか、うーん……」
     マクレガー監督は原石を恐る恐る手に取り、つぶさに眺める。
    「俺も詳しいわけじゃないが、ダイヤってのは確かに、こう言う青っぽいような黒っぽいような岩ん中から出てくるって話は、坑夫筋の知り合いから聞いたことはある。
     だけども、マジでダイヤ鉱床を掘り当てちまったってことは……」
     その言葉に、全員がごくりと固唾を飲む。
    「……俺たち、大金持ちっスか?」
     ケビンがおずおずと尋ねるが、マクレガー監督はがっかりした顔をケビンに向ける。
    「いや、そうはならねえよ。
     このダイヤは、メッセマー鉱業所有の鉱山から出たんだからな。出たものは全部、会社のものだ」
    「そんな……」
     と、ゴードンが原石に視線を向けたまま、ぼそっとつぶやく。
    「分かりゃしないですよ」
    「あん?」
    「俺たちが、いや、ケビンが今の今、誰も予想してないところでダイヤ掘ったなんてこと、本社の誰が知ってるって言うんです?
     このまま黙っちまいましょうよ」
    「……うーん」
     ゴードンの意見に、マクレガー監督は悩ましげにうなる。
    「まあなぁ……。考えてみりゃ、会社には散々煮え湯を飲まされてきたわけだし、今だってこんな僻地(へきち)に飛ばされてるわけだし。
     もしかしたら来る日も来る日も泥だらけになって穴ぐらにこもって頑張ってる俺たちに、神様がプレゼントしてくれたのかもな、……なんてな」
    「おやっさん、そんなに熱心でしたっけ」
    「これ見りゃ教会に通う気にも、賛美歌歌う気にもなるってもんだ」
     マクレガー監督は椅子から立ち上がりつつ、ケビンに尋ねる。
    「ケビン、案内してくれ。もしまだまだ原石採れるってんなら、色々考えなきゃならんからな」
    「うっス」

     その後、日が暮れるまで試掘を続け、マクレガー監督らはなんと2カラット相当ものダイヤを掘り出すことができた。
     だが――。
    「硬ってえなあ、クソっ」
    「つるはしが欠けましたぜ、おやっさん」
     ダイヤの鉱床となるキンバリー岩は相応に硬い岩石であり、錬鉄製のつるはしで掘り出すことは容易ではなかった。
     ゴードンが差し出した、先が大きく欠けたつるはしを一瞥し、マクレガー監督は悪態をつく。
    「ケッ、こんな安物何本あったって、掘り出せるもんか!
     いや、そもそも石炭とダイヤじゃ、硬さが天と地だからな。もっとマシな装備を用意しなきゃ、どうしようも無いぜ」
    「でも、そんな予算無いですよ」
    「……本社に掛け合ってみるか」
    「えっ!? 言うんですか、会社に」
    「勿論、あんなクソ会社に、バカ正直に『ダイヤ出たんですけど』なんて言いやしない。まあ、『石炭出そうです』とか適当に言って、予算出してもらおうぜ」
     マクレガー監督は本社に手紙を出し、返事を待った。



     半月後――本社から届いた手紙には、ただ二行、こう書かれていただけだった。
    「予算追加の必要性無し
     現状の装備で対応せよ」
    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 11
    »»  2018.08.17.
    ウエスタン小説、第12話。
    決死の強盗。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    12.
    「……っざけんなボケえええッ!」
     手紙を読んだ途端、マクレガー監督は激怒した。
    「つくづくケチな会社だぜ、まったくよぉ! ……とは言え、確かにここで石炭掘るのに3万ドルもいらんからな。普通に、ただ石炭掘るだけって本社が考えるなら、要求が通るワケねーか」
    「でも、どうするんです? このまま壁眺めてるだけじゃ、どうにもなりませんぜ」
     ゴードンの言葉に、マクレガー監督は苦々しい表情を見せる。
    「分かってら。俺名義でどこかで借金して、……いや、もしもダイヤがまともに出なかったらヤバいか。そもそも一炭鉱夫に3万ドルも貸すはずが無え」
    「……あの」
     と、ケビンが意を決したように手を挙げ、立ち上がる。
    「俺が取って来ます」
    「あん?」
    「俺が本社に忍び込んで、カネを盗って来ます」
    「お、おいおい」
     突拍子も無いケビンの提案に、マクレガー監督は目を丸くする。
    「バカなこと言うなよ、ケビン。いくらなんでも、そこまでやっちまったら……」
    「俺だって、こんな合衆国の端っこまで飛ばされて、毎日毎日どろっどろに汚れて働かされてるってのに、その見返りがたったの週3ドルじゃあ、ちっとも納得できないですよ。
     会社だって、少しくらい報いを受けりゃいいんですよ」
    「……」
     その場にいた全員が、ケビンと同じ不満を抱いていたのだろう――罪を犯そうと息巻くケビンを、誰一人、咎めることができなかった。



     その8日後の夜、ケビンは単身、P州のメッセマー鉱業本社に忍び込んでいた。
     運良く鍵の開いていた窓から侵入し、ケビンは誰もいない、夜の社内を恐る恐るうろつく。
    (ツイてるぜ、俺。こりゃもう、神様が俺にやれ、盗んでよしっつってるんだろうな)
     そんな自分勝手なことを考えている間に、ケビンは難なく、金庫前にたどり着いた。
     だが――。
    「うっ」
     金庫にはダイヤル式の鍵が付いており、ケビンがその暗証番号を知るはずも無い。
    (……神様ぁ)
     神に祈りつつ、ダイヤルをかちゃかちゃと回してはみるが、何の反応も返っては来ない。
    (こうなったら壊して……)
     そんなことも考えてはみるものの、自分の手にあるのは一箱分のマッチだけである。
     また、金庫ごと盗み出そうにも、相手は3フィート以上もの大きな鉄塊である。ケビン一人では到底、その場から動かすことさえできそうになかった。
    「……こんなのって無いだろ、神様。あんまりだ」
     ついにケビンは途方に暮れ、金庫の前にへたり込んでしまった。

     と――。
    「誰だ!?」
     背後から、男の声が投げかけられる。
    (やべっ!)
     慌てて立ち上がり、後ずさったところで、ケビンは男と目が合う。
    「う……っ!?」
     その、カンテラに照らされた顔を見た途端、ケビンも、そしてその男も、同じ表情を浮かべた。
     いや――同じだったのは表情ではなく、顔そのものだったのだ。
    「な、んっ……!?」
     相手も面食らっているらしく、自分より20年は老けた顔を引きつらせている。
    「あ、あ……」
     ケビンも混乱していたが、どうにか口を開き、恐る恐る相手に尋ねてみた。
    「あんた、……誰だ?」
    「わ、私か? 私はオーウェン・グリフィス。ここの社員で、今晩の当直だ」
    「オーウェン? ……オーウェン・グリフィス!?」
     その名前を聞いた途端、ケビンの頭は驚愕と、そして怒りで満たされた。
    「あんた、デイジー・モリスンって知ってるか? 24年前、イギリスから移民でやって来た、デイジー・モリスンだ」
    「で、デイジー? ああ、そのデイジーには、心当たりがある。昔結婚したことがあるが、そのデイジーだろうか」
    「そうかよ」
     瞬間、ケビンはオーウェンに殴りかかっていた。
    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 12
    »»  2018.08.18.
    ウエスタン小説、第13話。
    20年越しの和解。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    13.
    「ぐあっ!?」
     ケビンに殴られ、オーウェンは床を転げる。
     そのまま伸びてしまったオーウェンに、ケビンは怒りに満ちた怒声をぶつける。
    「俺はそのデイジーの息子だよ、クソ野郎がッ!」
    「……じゃ、じゃあ君は、ケビンか?」
    「そうだよ畜生! てめえのせいで俺は、この20年間ずっと死ぬ思いしてきたんだ!」
    「ま、待て! 私の話を聞け!」
    「うるせえッ!」
     倒れ込んだオーウェンになおも殴りかかろうとしたケビンに、オーウェンが怒鳴った。
    「デイジーが浮気したんだ!」
    「なっ……」
     その一言に、ケビンは動きを止める。
    「う、……ウソつくなよ。助かろうと思って」
    「嘘じゃないし、そもそも離婚と、君を引き取ることを言い出したのは、彼女の方だ。
     私のことを覚えているのなら、ウィリス・ウォルトンのことも知ってるだろう?」
    「……義理の親父だ。いや、だったヤツだ」
    「彼女はウィリスに熱を上げて、私のことを振ったんだよ。……その後の顛末も聞いてる。
     ウィリスから随分ひどい目に遭わされて、結局彼とも、半年で離婚したと」
    「ああ」
    「それでも君には謝らなければならない。ウィリスと別れた後、一度だけ、彼女からよりを戻さないかと手紙が来たんだ。
     だが私は、それに返事を出さなかった。『別れるのも自分の都合なら、元に戻るのも君の都合でか』と、当時の私は頭に来ていたからだ。
     だから君のことも、結果的に見捨てることになってしまった」
     オーウェンはその場にうずくまり、深々と頭を下げた。
    「君の気の済むようにしてくれ。私はどんな罰でも、甘んじて受ける」
    「……」
     父だった男の、薄くなった後頭部を眺めていたケビンは、拳を振り上げかけたが――力無く、だらんと下ろした。
    「いいよ、もう。お袋に問題があったってのは事実だし、お袋に散々迷惑かけられたあんたを、息子の俺がさらに痛めつけようなんて、神様が許しゃしないさ」
    「……ありがとう」
     オーウェンは顔を上げ――一転、けげんな様子を見せた。
    「しかし、……君は何故、ここに? 私に会いに来たのか? こんな夜中に?」
    「あっ、いや」
     ケビンはごまかそうとするが、目が勝手に、金庫の方へと向いてしまう。
     その視線を読んだらしく、オーウェンが声を上げる。
    「まさか、空巣か?」
    「うっ、……あ、ああ。会社がどうしても資金出してくれないって言うから、こっちから、その、取りに来たと言うか、いただこうと言うか」
    「あ」
     それを聞いて、オーウェンは目を丸くする。
    「もしかして君は今、N州に? アッシュバレー炭鉱で働いてるのか?」
    「ああ」
    「少し前に、アッシュバレー炭鉱から予算増額の要請が来たが、不要と判断したから断ったんだ。
     それで君が来たのか。……しかし、変じゃないか」
     オーウェンは立ち上がり、殴られて腫れ上がった左頬を抑えながら尋ねる。
    「あの規模の炭鉱に3万ドルは、どう考えても過剰投下だ。仮にあの山一帯が全て無煙炭の塊だったとしても、そこまで必要なはずが無い。
     一体何故君は、いや、君たちは、盗みを働こうとしてまで予算を欲しがるんだ?」
    「それは……」
     ケビンは仕方無く、ダイヤ鉱床が出てきたことをオーウェンに話した。
    「ダイヤだって!?」
    「あ、ああ。監督も今の予算じゃ掘り出せないって」
    「それはそうだろうな。確かにそれが本当なら、3万ドルは妥当、……でもないな」
     オーウェンはかぶりを振り、こう指摘する。
    「炭鉱についてのノウハウしか無い君たちが、今まで取り掛かったことの無い類の鉱床に手を出すとなると、軌道に乗せるまでにはかなりのコストがかかるはずだ。
     多分、3万では足りなくなる。二度、三度と、予算を追加することになるだろうな」
    「えっ……」
    「もし最初の予算を認可していたとしても、そんなに何度も万単位の予算を要求していれば、遅かれ早かれ怪しまれる。そうなれば早晩、本社幹部はダイヤの可能性に気付くだろう。
     どちらにしても、その計画は杜撰極まりない。本社にバレて、君たちは横領犯として告訴されるのがオチだ」
    「そんな……」
     厳しい評価に、ケビンは落胆する。
     だが――。
    「だから、最初から10万持って行けば、発覚の可能性はずっと少なくなる」
    「へ? ……今、何て?」
     尋ねるケビンに応じる代わりに、オーウェンは金庫のダイヤルを回す。
    「今、金庫の中には、10万ドルは入ってるはずだ。これを持って行きなさい」
    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 13
    »»  2018.08.19.

    ウエスタン小説、第11話。
    衰えぬ推理力。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    11.
     デズたち3人をアデルたちに囲ませ、アーサー老人はデズに再度尋ねた。
    「君が依頼されたのは、どんな内容だ? 私の捜索かね?」
    「いや、暗殺だ。あんたを殺せと」
     それを聞いて、アデルが慌てて尋ねる。
    「ちょ、ちょっと待てよ!? 暗殺だと!?」
    「黙っていてくれんかね、赤毛君」
     アデルに釘を刺し、アーサー老人は詰問を続ける。
    「依頼者は?」
    「ジョン・デイビス。東部で鉄道関連の会社を経営してるって話だった」
    「偽名臭いな。恐らくはカットアウト(本当の依頼者を隠すための代理人)だろう。言わずともいい身元をわざわざ話したのも妙だ。十中八九、嘘だろう。
     帯同している二人は何者かね? 君の同業者か? それとも暗殺の見届人か?」
    「見届人だ。デイビス氏から連れて行くようにと」
    「ふむ。ではキャンバー君、そのジョン某から、何故私を暗殺して欲しいと言われた?」
    「何でも、最近のW&Bの件だか何だかで、あんたが復帰するようなことがあったら困るからって」
    「それも妙な話だ。私が復帰することを懸念するのならば、それこそW&B退任のすぐ後にでも、手を打ちに来ようと言うものだ。あれから何年も経った今に比べれば、退任直後の方が私の足跡もいくらか残っていただろうし、より容易に探し得るだろう。
     W&Bのゴタゴタなんぞは、方便に過ぎん。本当の目的は私そのものにあるのだろう。その私に接触してこようと言う人間が現れたからこそ、黒幕は慌ててそのジョン某に命じ、君へ依頼させたのだろう」
    「って、言うと?」
     きょとんとするデズに、アーサー老人は続けてこう尋ねる。
    「君が依頼を受けたのは、今月の14日と言うところだろう?」
    「な、何で知ってんだ?」
     ぎょっとした顔を見せたデズに、アーサー老人はニヤッと、得意気に笑って返す。
    「知りはしない。初歩的な推理だよ。
     本格的にW&Bの不調が報じられたのが今月12日だ。パディントン探偵局が私の息子の近くにいたであろうリーランド氏から依頼を受けたのはその1~2日後だろうが、同氏の動きを黒幕がかねてより把握していたとすれば、同氏が息子の不手際を耳にしてどう動くかも予測が付いていただろうし、どんな依頼を探偵局にするかも、容易に推理し得るだろう。
     即ち『息子を元気付けるべく、父親のアーサー・ボールドロイドを探して欲しい』、と言う依頼をな」
    「そ、それが、……どうした?」
     何が何だか分からない、と言いたげな顔をしているデズに、アーサー老人は呆れた目を向ける。
    「そんな依頼がF、即ちパディントン局長に入れば、その黒幕はこう考えるはずだ。『あのパディントン局長の手際ならば、この数年全く足跡のつかめなかったアーサー・ボールドロイドを、極めて容易に、かつ、迅速に発見し得るだろう』と。
     それを見越して黒幕は君をこの西部に向かわせ、この探偵諸君を追わせることで、私の居所を突き止めようとしたのだ。違うかね?」
    「い、いや、まあ、……確かに、依頼された時に、そう入れ知恵されたけど」
    「そうだろうな。そこまでは容易に推理し得る」
     こくこくとうなずいたデズにくるりと背を向け、アーサー老人は帽子越しに頭をかきつつ、推察を続ける。
    「しかし私の目から見ても、そして君の評判からしても――奇跡的に私のところまで行き着いたとして、そこから私の暗殺が可能かどうか? それについては確実に成し得ると言う確証は持てない。事実、君はこうして拘束されてしまっているわけだからな。
     無論、そんなことは黒幕も懸念しているだろうし、ましてや本当に失敗してしまうなど、彼にとってはあってはならない事態だ。となれば……」
     そこまで語ったところで――銃声が、荒野にこだました。

    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 11

    2017.04.19.[Edit]
    ウエスタン小説、第11話。衰えぬ推理力。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11. デズたち3人をアデルたちに囲ませ、アーサー老人はデズに再度尋ねた。「君が依頼されたのは、どんな内容だ? 私の捜索かね?」「いや、暗殺だ。あんたを殺せと」 それを聞いて、アデルが慌てて尋ねる。「ちょ、ちょっと待てよ!? 暗殺だと!?」「黙っていてくれんかね、赤毛君」 アデルに釘を刺し、アーサー老人は詰問を続ける。「...

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    ウエスタン小説、第12話。
    騙し合い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    12.
    「……」
     アーサー老人は一言も発することなく、その場に倒れた。
    「ぼ、ボールドロイドさん!?」
     アデルが大声で叫び、馬を降りて彼の側に寄る。
    「おっと、動くなよ」
     と、デズと同様に囲まれていたはずの男たちが、いつの間にかその輪を抜け、アデルたちに拳銃を向けている。
    「あんまり無駄な犠牲は出したくないんだ。そのまんま、大人しくしててくれるか?」
    「お前ら……、何者だ!?」
     声を荒げて尋ねたアデルに、男の一人が肩をすくめる。
    「言う必要は無い。俺たちとしてはこのまま何の痕跡も残さず、さっさと逃げたいんだ。
     だからあんたたちも荒野の決闘しようなんて思わずに、じっとしててくれ」
    「見逃すってことかしら?」
     そう返したエミルに、男は大仰にうなずいて見せた。
    「ああ、そうだ。馬を俺たちに渡して、そのまま1マイルほど歩き去ってくれれば、俺たちもわざわざあんたたちを撃ったりしない。約束するよ」
    「嘘おっしゃい」
     男の話を、エミルは鼻で笑う。
    「痕跡を残したくないって人間が、あたしたちを黙って帰すわけないじゃない」
    「……ふっ」
     男たちはニヤリと笑い、揃って拳銃を構えた。

     が――次の瞬間、2度の銃声と共に、揃って膝を付く。
    「う……ぐ……」
     脚を抑え、倒れ込んだところで、アーサー老人が硝煙をくゆらせる小銃を杖にして、むくりと起き上がる。
    「人間の性と言うべきか」
     アーサー老人は小銃を構え、倒れた男たちに話しかける。
    「人間、無防備なところがあればあるほど、いや、無防備なところを見せれば見せるほど、そこを狙おうとするものだ。
     背を向け、頭を帽子や手で覆うと、10人中10人がどう言うわけか、背中を撃とうとする。
     コートの裏に、鉄板を仕込んでいたとしてもだ」
     2人の鼻先に小銃の銃口を向け、アーサー老人が命じようとする。
    「探偵諸君、いつまでもぼんやりしていないで……」「これでしょ?」
     と、そこでエミルがアーサー老人の横に立ち、縄をぷらぷらと振って見せる。
    「うむ。手早く頼む」
     アーサー老人は満足げにうなずいた。



     男たちを縄で縛り、揃って馬に載せたところで、アーサー老人がカンテラを二人の顔に近付ける。
    「ミヌー君。彼らに見覚えはあるかね?」
    「無いわね。……なんであたしに聞くの?」
    「赤毛君は明らかに東部暮らしが長く、よほど有名でなければ西部者の情報など、逐一控えてはいないだろう。
     若僧君は探偵業に就いてまだ、半年も経っていまい。持つ情報は赤毛君よりも、もっと少ないと見て然るべきだ。
     反面、君は西部暮らしが相当長いと見える。恐らくは7年か、8年と言ったところだろう。そもそも名前を聞いた覚えがある。辣腕(らつわん)の賞金稼ぎとしてな。
     確か、エミル・『フェアリー』・ミヌーだったかな?」
    「ええ」
    「まさか君ほどの手練が、Fの下にいたとはな。……ああ、それよりもこいつらの検分だ。
     さっきの言葉遣い――と言うか訛りだな――それと銃の扱いの熟練具合、場馴れした様子からしても、この2人が西部で暮らして相当長いと言うことは、まず間違いあるまい。
     他に何か、身分が分かるものはあるか……?」
     そうつぶやきながら、アーサー老人は男たちの服を調べる。
     と、男の懐からぽろ、と何かが落ちる。
    「うん? ……ネックレスか。何かのシンボルだな」
     もう一人からもネックレスを見付け、アーサー老人はあごに手を当てつつ、考察する。
    「三角形と言うことはフリーメイソンか、イルミナティか、……いや、どちらでも無さそうだ。
     鎖が付いている方向からして、これは逆三角形か。そして目も、人のものではないようだ。瞳が細い。
     まるで、猫のような……」
     ネックレスを眺めていたアーサー老人が、くる、とエミルの方に向き直る。
    「どうした、ミヌー君? 顔色が悪いが」
     アーサー老人の言う通り、エミルは真っ青な顔で、そのネックレスを凝視していた。

    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 12

    2017.04.20.[Edit]
    ウエスタン小説、第12話。騙し合い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12.「……」 アーサー老人は一言も発することなく、その場に倒れた。「ぼ、ボールドロイドさん!?」 アデルが大声で叫び、馬を降りて彼の側に寄る。「おっと、動くなよ」 と、デズと同様に囲まれていたはずの男たちが、いつの間にかその輪を抜け、アデルたちに拳銃を向けている。「あんまり無駄な犠牲は出したくないんだ。そのまんま、大人しくし...

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    ウエスタン小説、第13話。
    猫の目と三角形(Yeux de chat et un triangle)。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    13.

    「ミヌー君」
     アーサー老人はデズを囲むアデルたちをチラ、と確認し、エミルに耳打ちした。
    「君は何か知っているのかね、このシンボルについて?」
    「し、……知らないわ」
     そう答えたエミルに、アーサー老人は首を横に振って返す。
    「私の得意分野は人間観察だと言っただろう? 君が嘘をついているのは明白だ。
     隠したいと言うのであれば、今ならあの二人はデズを構うのに夢中だ。私もそう簡単に、秘密を漏らす男ではない。教会の懺悔室より、情報の防衛力は堅固であるつもりだ。
     話したまえ、ミヌー君」
    「……その、マークは」
     エミルは震える声で、話し始めた。
    「その組織の創始者、シャタリーヌ(Chatalaine)の名前が猫(chat)に通じることと、そしてあなたが推察していたように、世界的な秘密結社の多くが『三角形』をシンボルとして登用していることから、そう言う風に象(かたど)られたの」
    「ふむ」
    「でも、……その組織は、10年以上前に、潰れたはず。今更こんなものを、持ってるヤツなんて、いるはずが」
    「見たところ、ネックレスは比較的新しい。10年ものだとは、到底見えん。せいぜい1年か、2年と言ったところだろう。
     そして『潰れた』ではなかろう。君が『潰した』のだ。違うかね?」
    「……ええ、そうよ」
    「だが、その組織に詳しい君が見たことのない男たちが、揃ってネックレスを懐に入れている。ネックレスの具合から見ても、組織への加入は、少なくとも2年前だろう。
     この事実だけでも、君が潰したはずのその組織が、2年前には復活していたことは明白だ」
    「……っ」
     ネックレスを握りしめ、エミルは黙り込む。
    「ともかく、これでつながったよ」
     アーサー老人はもう一つのネックレスを指にかけて軽く振り回しつつ、考察を続ける。
    「なるほど。私が予想していた事態が現実になろうとしている、……と言うことだろう」
    「……どう言うこと?」
     尋ねたエミルに、アーサー老人は肩をすくめて返す。
    「私の情報防衛力は堅固だと言っただろう? 今は明かせん。
     君がもう少し、込み入った事情を教えてくれるなら別だがね」
     そう返され、エミルもアデルたちをチラ、と見る。
    「……じゃあ、……1つ、だけ。
     あたしの、昔の名前。エミル・トリーシャ・シャタリーヌよ」
    「察するに、その組織の創始者の血縁者と言うところか。恐らくは、……いや、こんな要点のぼやけた掛け合いをしていても、埒が明かんな。約束したことであるし、私ももう少し、秘密の話を明かすとしよう。
     その創始者の名前を、私は知っている。ジャン=ジャック・ノワール・シャタリーヌだろう?」
    「……!」
     無言で目を剥いたエミルに、アーサー老人は小さくうなずいて見せる。
    「だが彼の死亡は、我々も確認している。確かに11年前だ。その息子も翌年、C州で死体が発見されている。
     察するにどちらも君が殺したのではないかと、私は考えている。どうかね?」
    「……そうよ」
     答えたエミルに、アーサー老人は笑いかける。
    「打ち明けた秘密が2つになったな。ではもう少し、詳しく話そう。
     彼が組織なんぞを持っていたと言うことは、実は彼の死後に分かったことだ。だから組織について、詳しいことはまるで知らん。恐らくFたちも知るまい。
     だがシャタリーヌ親子が故郷でやっていた悪行も、この国で企てていたことも、ある程度は把握している。恐らく君が彼らを殺害しなければ、合衆国は先の戦争以上の混乱にあえぎ、崩壊の危機を迎えていただろう。
     ともかく昨日、君が私に依頼した件については、調べ次第すぐに伝えよう。もし本当に組織が復活していたと言うのならば、可及的速やかに、再度壊滅させねばならんだろうからな」
    「ええ。……お願いね、ボールドロイドさん」
     エミルは深々と、アーサー老人に頭を下げた。

    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 13

    2017.04.21.[Edit]
    ウエスタン小説、第13話。猫の目と三角形(Yeux de chat et un triangle)。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13.「ミヌー君」 アーサー老人はデズを囲むアデルたちをチラ、と確認し、エミルに耳打ちした。「君は何か知っているのかね、このシンボルについて?」「し、……知らないわ」 そう答えたエミルに、アーサー老人は首を横に振って返す。「私の得意分野は人間観察だと言っただろう? 君が嘘をついているのは明白...

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    ウエスタン小説、第14話。
    買収劇の顛末と、局長の真の目的。

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    14.
    W&B鉄道 アトランティック海運を買収 『海運の株価暴落の責任取った』と説明

     西部開拓の一翼を担う鉄道会社、ワットウッド&ボールドロイド西部開拓鉄道が先日中止を発表したアトランティック海運の買収計画について、同社最高経営責任者であるボールドロイド氏は昨日28日、かねてからの計画通り、アトランティック海運を買収したことを発表した。
     中止を発表していた計画を事実上進めていたことについて、ボールドロイド氏は『12日の当社の発表を受け、アトランティック海運の株価が急落していた。同社の株主総会がその責任を当社に追求してきたため、同社との協議を重ねた結果、やむなく市場価格の13.5%増しでの購入に応じた』と説明している。
     しかし買収断念の報道後、アトランティック海運の株価は昨日28日までに約40%もの下落を記録しており、関係者筋からは『株価暴落を狙うために買収断念を発表したのではないか』、『極めて姑息な敵対的買収とも判じられる』との意見も出ている」




     W&Bの買収成功を報じる新聞を机に置いて、ロドニーはパディントン局長と、そしてU州から戻ったばかりのアデルに、深々と頭を下げていた。
    「本っ当に済まん! 俺の早とちりって言うか、スチュアートさんに騙されてたっていうか、……いやもう、ともかく本当に、済まなかった!」
    「いやいや、お気になさらず。頭を上げて下さい」
     やんわりとなだめつつも、局長はにこにこと微笑んでいる。
    「まさかメディアを利用しての買収工作とは。これは私も予想外でした。おかげでリーランドさんも我々も、見事に踊らされてしまいましたな。
     とは言え探偵局の人間を3名、実際に西部へ派遣したのは事実ですからな。その分の支払いはしていただかないと……」
    「う……」
     ロドニーは苦い顔を挙げたが、やがて観念したようにうなずいた。
    「しゃーねーよなぁ。分かった、払うよ。いくらになる?」
    「基本料金が50ドル、そして3名を23日派遣したので、69ドル。成功報酬は結構ですので、合計119ドルとなります。
     ああ、端数を省いて110ドルで構いませんよ」
    「おお、そりゃありがとう。んじゃ、まあ、……ホイ、と」
     ロドニーは懐から小切手帳を取り出し、金額を書いて差し出した。

     ロドニーが帰ったところで、アデルは局長に苦い顔を向けた。
    「阿漕なとこは阿漕ですね、局長」
    「稼ぐべき時は稼がねば。それが経営者と言うものだろう?」
     ロドニーが置いていった新聞を手に取り、局長はニヤッと笑う。
    「それでネイサン、Aはどうしていた? 元気だったか?」
    「……そこですよ、局長」
     アデルはため息をつき、局長に尋ねた。
    「失踪者のリストアップだの何だのって話以前に、ボールドロイド氏のこと、知ってたんですよね?」
    「うむ、長い付き合いだ」
    「じゃあなんで俺たちに、最初から『ボールドロイドは親しい友人だ』と教えてくれなかったんですか?」
    「理由は3つだ」
     新聞をたたみながら、局長は飄々とした様子でドアを開ける。
    「君たちも聞きたかろう?」
    「……っ」
     ドアの向こうには、エミルとロバートが立っていた。
    「い、いや、その、局長」
     しどろもどろに何か言おうとしたロバートの肩に手を置き、局長が中に入るよう促す。
    「立ち話もなんだ、ゆっくり歓談しようじゃあないか。
     多少は胸襟を開いて話すつもりだよ、今日はね」
    「それなら話が早いわ」
     そう返し、エミルはアデルの横に座る。
    「詳しく聞かせてくれないかしら?
     どうして今回、局長はあたしたちを『調査』って名目で、長い付き合いのボールドロイドさんのところへわざわざ送ったのか」
    「うむ、詳しく説明しよう。
     ……と、エミル。済まんがコーヒーを頼んでも構わんかね? ゆったり話をしようと言うのに、飲み物が無いんじゃあ息が詰まってしまうからね」

    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 14

    2017.04.22.[Edit]
    ウエスタン小説、第14話。買収劇の顛末と、局長の真の目的。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -14.「W&B鉄道 アトランティック海運を買収 『海運の株価暴落の責任取った』と説明 西部開拓の一翼を担う鉄道会社、ワットウッド&ボールドロイド西部開拓鉄道が先日中止を発表したアトランティック海運の買収計画について、同社最高経営責任者であるボールドロイド氏は昨日28日、かねてからの計画通り、アトランティ...

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    ウエスタン小説、第15話。
    彼女の、旧い名は。

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    15.
     エミルが淹れたコーヒーを手にしつつ、局長は今回の事情を説明し始めた。
    「まず理由の1つ目は、君たちがリーランド氏に実情を打ち明ける可能性があったからだ。以前の『宝探し』でも、エミル嬢は博愛主義を披露してくれていたからね。
     無論、一般的にはそれは悪いことじゃあない。むしろ、賞賛されるべき精神だ。だが打ち明けたとして、リーランド氏はどうするだろうか?」
    「間違い無く、セントホープに向かうでしょうね」
     エミルの回答に、局長は「うむ」とうなずく。
    「その通りだ。そしてそれは、2つ目の理由と合わせて、非常に危険な行為なのだ」
     それを受けて、今度はアデルが答える。
    「つまり俺たちやロドニーを監視してるヤツがいて、そしてソイツは躊躇(ちゅうちょ)なく殺人すら犯すヤツである、と。
     そんなヤツが俺たちの近辺にいることを、局長は気付いてたんですね」
    「そう言うことだ。
     現れた時期としては、リゴーニ地下工場事件の後くらいになる。狡猾な相手らしく、君にはまったく気取らせなかったようだが、その点において第三者となっていた私にはむしろ、その存在が透けて見えるようだったよ。
     このまま放置していては、君たちの身の危険や、情報漏洩どころの騒ぎじゃあない。確実に、我が探偵局にとって大きなマイナスを呼び込む存在だ。だから今回、君たちを東部から離れさせたことで、そいつの油断を誘ったのだ」
    「と言うことは……」
     尋ねたエミルに、局長は肩をすくめて返す。
    「尾行者自体は見付けたし、それなりの制裁も加えた。だがその背後にいるであろう人間には、残念ながら手が届かず、だ。
     とは言え今回のことで、相手も警戒したはずだ。事実、今日は君たちの周囲に怪しい人間はいなかったと、リロイから聞いている」
    「じゃあ、当面は尾行や盗み聞きなんかの心配はいらなさそうね。
     それで、3つ目は?」
    「それはだね……」
     急かすエミルを、局長はじっと、静かな表情で見つめている。
    「……なに?」
    「エミル。前もって言っておくが、Aは決して、常に私より上手(うわて)じゃあないと言うことだ」
    「どう言う……」
     言いかけたエミルは、途中で何故か、アデルを見る。
    「……そう言うこと?」
    「まあ、似たようなものだ」
    「へ?」
     きょとんとするアデルを横目にしながら、エミルは額に手を当て、呆れた仕草を見せる。
    「カマをかけたのね、ボールドロイドさんに? あたしが内緒にしてって言ったこと、全部知ってるってわけね」
    「うむ。だが言っただろう、今日はオープンに話すと。私がそうするのに、君がクローズなままじゃあ、話がし辛くて仕方が無い。
     だから今回は、私が聞いたことについては、君は素直に答えて欲しい。繰り返すようだが、その代わりに君が聞いたことについては、私も素直に答えるつもりだ。
     構わんかね、エミル?」
    「……オーケー。今日だけは、そうするわ」
     エミルがぐったりと椅子にもたれかかったところで、局長は話を再開した。
    「さて、ネイサン。それからビアンキ君。彼女の名前についてだが、『エミル・ミヌー』の他にもう一つ、古くからの名前を持っていることについて、知っていたかね?」
    「いや……?」
     揃って首を傾げる2人にうんうんとうなずいて見せながら、局長はこう続ける。
    「エミル・トリーシャ・シャタリーヌ。それが、彼女が16歳まで使っていた名前だ」
    「シャタリーヌ? それって……」
     尋ねかけたアデルに、局長は再度、うなずいて返す。
    「そう、S・S・スティルマンの隠された日記帳で、君が見たことのある名前だ。
     これは私やAの調査を元にした、仮定の話だが――そのシャタリーヌは、恐らくエミル嬢の父親だ。と言っても、彼女にも確証は無いだろうがね」
    「ええ、でもあたしも、何となくそうだろうとは思ってたわ。日記に書かれていた、『人をぬらぬらと舐め回すような目』って表現が、まるで父そっくりだったから」
    「まさにそう言う男だったらしい。と言っても、私も直に会ったことは無いが」
     そう言って、局長は手帳を懐から出した。

    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 15

    2017.04.23.[Edit]
    ウエスタン小説、第15話。彼女の、旧い名は。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -15. エミルが淹れたコーヒーを手にしつつ、局長は今回の事情を説明し始めた。「まず理由の1つ目は、君たちがリーランド氏に実情を打ち明ける可能性があったからだ。以前の『宝探し』でも、エミル嬢は博愛主義を披露してくれていたからね。 無論、一般的にはそれは悪いことじゃあない。むしろ、賞賛されるべき精神だ。だが打ち明けたとし...

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    ウエスタン小説、第16話。
    忌まわしき復活に備えて。

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    16.
    「その男の名前は、ルシフェル・ブラン・シャタリーヌ。
     付けられた名前からしてその父親、『大閣下(Grand Excellence)』ジャン=ジャック・ノワール・シャタリーヌの趣味の悪さがにじみ出ているな」
    「そこまで調べてたの?」
     驚いた顔を見せたエミルに、局長は三度、うなずいて返した。
    「私とリロイ、そしてAの調査力を総合・発揮した結果だよ。ともかく本題は、ルシフェルの方だ。
     現時点で分かっているだけでも、彼の遍歴はとても白(blanc/ブラン)なんてもんじゃあない。強盗や脅迫、略取・誘拐は言うに及ばず、あの『ウルフ』に匹敵する規模の、都市単位での破壊工作や大量虐殺までも行っている。その犯罪がすべて立証されていれば、16、7回は首を絞められているはずだ。
     だが正義の裁きが下るその前に、彼は在野の人間の手で罰を与えられている。そう、実の娘によってね」
     それを聞いたアデルとロバートは、エミルに向き直る。
     エミルはその誰とも目を合わさず、力無くうなずいた。
    「ええ、そうよ。あたしが殺した。あいつはどうしようもない悪党だったもの」
    「正義感だけが理由ではあるまい。私怨もあるだろう」
    「……っ」
    「だがまあ、そこは深く追及しない。君の心中や殺害の経緯がどうであろうと、ルシフェルが極悪人であったことに変わりはないからね。
     問題とすべきなのは――トリスタン・アルジャンの暗躍、Aを狙った2人の男、そして君たちを尾行していた者――君が完膚無きまでに潰したはずのその組織が、どう言うわけかこの1~2年において復活し、活動している節があることだ。
     近い将来、組織は我がパディントン探偵局に対し、攻勢に出るだろう」
    「可能性は大きいでしょうね。このままなら」
     そう返したエミルに、局長はにこりと笑って見せる。
    「まさかこの期に及んでまだ、局を抜けるだの何だのと言うつもりではあるまいね?」
    「そうしたいのは山々だけど、尾行者やボールドロイドさんの話をしたってことは、もう手遅れだと思ってるんでしょ?」
    「その通り。既に我々は全員、マークされている。君を狙うと共に、我が探偵局をも同様に狙っているはずだ。今更君が抜けたところで、2が1と1になるだけだ。彼らにとってはイコール2でしかない。
     と言うわけでだ、エミル。離れると言う選択は最早、無意味だ。それよりも連携を密にし、共に闘うことを選んで欲しい。
     そのために、Aと君たちとを引き合わせた。それが3つ目の理由だ」
    「え……」
     揃っていぶかしむエミルたち3人に、局長はこう続けた。
    「私は今世紀アメリカ最大の、大探偵王だと自負している。どんな難事件も、どんな強敵も見事退け、討ち滅ぼし、殲滅できると言う、確固たる自信を持っている。
     だが、だからこそあらゆる危険、あらゆる脅威に対して、私は常に、最大限に対策を練り、配慮せねばならない。
     そしてその『危険』、『脅威』とは、私自身の命が脅かされる危険をも含んでいる。とは言え、敵と相討ちになっていると言うのなら、まだいい。懸念すべきは、私の身が潰えたにもかかわらず、敵がのうのうと生き残っていると言うケースだ。
     万が一そんなケースが発生し、そして、君たちだけでは残ったその敵に勝てないと判断したら、その時はAを頼って欲しい。そうした場合のためにも、Aはノーマッド(放浪者)として合衆国諸州を渡り歩いているのだ」
     いつもの飄々とした様子を見せない、真面目な顔の局長に、アデルたち3人は静かに、だがはっきりと、うなずいて見せた。

     一転――局長はいつもの、飄々とした様子に戻る。
    「あ、そうそう。Aについてだがね」
    「はい?」
    「まあ、エミルは気付いていると思うが、実はAB牧場もセントホープも、Aの本拠じゃあない」
    「へっ?」
     揃って目を丸くするアデルとロバートに対し、エミルは「やっぱり?」と返す。
    「『私の本拠はFとLにしか知らせたくない』って言ってたし、多分そうなんだろうなとは思ってたわ。
     ついさっき局長も、『Aはノーマッドだ』って言ったしね」
    「うむ。だから基本的に、こちらから連絡はできん。定期的に向こうから手紙や電話は来るがね」
    「……そんな人、どうやって頼れって言うんスか?」
     呆れ顔で尋ねたロバートに、局長は何も言わず、肩をすくめるばかりだった。


    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ END

    DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 16

    2017.04.24.[Edit]
    ウエスタン小説、第16話。忌まわしき復活に備えて。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -16.「その男の名前は、ルシフェル・ブラン・シャタリーヌ。 付けられた名前からしてその父親、『大閣下(Grand Excellence)』ジャン=ジャック・ノワール・シャタリーヌの趣味の悪さがにじみ出ているな」「そこまで調べてたの?」 驚いた顔を見せたエミルに、局長は三度、うなずいて返した。「私とリロイ、そしてAの調査力を総合...

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    ウエスタン小説、第8弾。
    電話連絡。

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    1.
     これまでの作中で何度も、さも当然のように使われてきた電話だが――史実として、電話のシステム自体が確立されたのは1876年(A・G・ベルの特許申請と成立)、そして合衆国において電話会社が開業されたのが、そのおよそ2年後である。さらにはその2年後、普及数は5万世帯にも上っていたと言われている。
     その通信網の多くは当然、発展の目覚ましい東部に張られたものだが、「遠く離れた人間と瞬時かつ同時に会話できる」と言うかつてない利便性は、鉄道と馬以外の交通手段が乏しい西部においても、絶大な効果を発揮できたと考えられる。
     その観点から、本作では電話を用いた通信網が西部にも、多少なりとも存在していると仮定・考察し、物語を展開している。



    「報告は以上です」
     淡々と報告を終え、彼は相手の言葉を待つ。
     間を置いて、穏やかで飄々とした声が返って来た。
    《ありがとう、A。ところで……》
     その声に、いたずらじみた色が混じる。
    《この前私が送った三人はどうだったかね? 君の眼鏡に適う者はいたかな?》
     それに対し、A――アーサー・ボールドロイド老人も冗談交じりに答えた。
    「茶髪のイタリア系だったか、あれは探偵向きでは無いでしょう。勘は鈍いし観察力も皆無。度胸も根性も無い。いわゆるヘタレですな。
     ただ、敏捷性は申し分無いし、言うことも素直に聞く。根気良く鍛えれば多少は使い物になるでしょうな。と言っても探偵ではなく、兵卒かそこらとして、ですが。
     赤毛の青年はまずまずと言ったところでしょう。探偵に不可欠の観察力、洞察力、推理力は身に付いているようですし、何より口が良く回る。交渉事や尋問、聞き込みに対してなら、恐らく探偵局一の逸材でしょう。
     ま、口が回り過ぎなきらいもありますがね。弁が立つ分、舌禍や失言も多いでしょうな」
     人物評を聞き、受話器の向こうから笑い声が聞こえてくる。
    《ははは……、確かに、確かに。やはり君の人物眼は確かだ。
     それで、彼女は? 若手の中では一番の期待株なのだが》
    「彼女……、エミル・ミヌーですか」
     ふう、とため息を付き、アーサー老人はこう続けた。
    「若手どころか、私の知る全探偵局メンバーの中でも1、2を争うでしょう。戦闘能力に関しては、ですが。
     いや、探偵としての能力も高い。先述の赤毛君よりも、もしかすれば高い観察力と洞察力を有しているかも知れません」
    《ふむ。……A、そのエミルの戦闘能力について、君の考えを聞きたい》
     尋ねられ、アーサー老人は応じる。
    「物腰や身のこなしからして、近接戦闘の技術は非常に高いでしょう。ナイフや鞭はおろか、素手でも相当の実力を発揮するはずです。並のゴロツキ相手ならものの2、3秒でノックアウトでしょうな。
     射撃能力に関しては、実際に銃を撃つ様子を目にしたことなどはありませんが、少なくとも相当な視力を有していると思われます。赤毛君が双眼鏡を使っていたところで、彼女はほぼ間違い無く裸眼で、私の顔を認識していたようですからな。
     仮に20ヤード先に拳大のワッペンを置いたとしても、彼女ならきっちり意匠の詳細を認識し、階級や所属を言い当てるでしょう。
     ただ、やはり現時点では、情報が甚だしく不足しています。願わくばまた彼女に会い、いくらか探りを入れてみたいところですな。
     とは言え、また直に会うのは得策では無いでしょう」
    《ふむ? ……いや、なるほど。彼女は警戒するからな。名前の通り、子猫(minou)のようなところがあると言うか。そんな状況で会っても、前回と変わらんからな》
    「ええ、仰る通りです。可能ならば、彼女が何かに注視しているところを陰から観察する、……と言うようなシチュエーションがあればいいのですが」
    《用意できればいいのだがね。難しい注文だな》
    「いや……、あくまで単なる希望です。いつも通りの、私のやり方で探ってみるとします」
    《うむ。
     では、A。また次回の、定期連絡を待っているよ》
    「ええ、では」
     電話を終え、アーサー老人はくる、と踵を返し、サルーンのマスターに声をかける。
    「バーボンを」
    「はい、かしこまりま……」
     マスターが答えかけたその瞬間――サルーンの空気が凍りつく。
     その異様な気配をアーサー老人も感じ取り、入口に目を向ける。
    「ごきげんよう、ご老人。騒がしい夜になりそうですな」
     そこには全身真っ白のスーツに身を包んだ伊達男が、拳銃を構えて立っていた。
    「……貴様……イクトミ……!?」
     アーサー老人は戦慄する。
     そして――銃声が、サルーン内に轟いた。

    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 1

    2017.09.18.[Edit]
    ウエスタン小説、第8弾。電話連絡。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. これまでの作中で何度も、さも当然のように使われてきた電話だが――史実として、電話のシステム自体が確立されたのは1876年(A・G・ベルの特許申請と成立)、そして合衆国において電話会社が開業されたのが、そのおよそ2年後である。さらにはその2年後、普及数は5万世帯にも上っていたと言われている。 その通信網の多くは当然、発展の目...

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    ウエスタン小説、第2話。
    怪盗紳士、三度目の登場。

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    2.
    「で、どの店の豆が美味しいって話なの?」
    「そこなんだよなぁ」
     エミルと共に街の大通りを歩きながら、アデルは肩をすくめる。
    「グレースの奴、コロンビア産のがどーの、アフリカの方から輸入したのがどーのって色々うんちくを垂れてばっかで、結局『ここがあたしのイチオシね』ってのを教えてくれなかったんだよ。
     しまいにゃ俺も『ああ、こりゃ聞くだけ時間の無駄だ』と思って、適当に切り上げてきちまったんだよな」
    「役に立たないわね。勿論あんたじゃなくて、アシュリーの方がだけど」
    「まったくだ」
     この日、二人は揃って買い物袋を抱えながら、街をぶらついていた。
     と言ってもプライベートではなく、探偵局で使う紙やインクなどの消耗品、そしてコーヒーやドーナツと言った飲食物の買い出しである。
     それでも単調なデスクワークよりも幾分気楽な作業であるためか、それとも街を流れる秋風が心地いいためか、二人の雰囲気は軽く、呑気なものだった。
     そんな雰囲気の中で交わす取り留めの無い話が、アデルが交流を持つ情報屋のアシュリー・グレースに触れたところで、エミルが尋ねてきた。
    「そう言えば聞いた話だけど、あの子、副局長の娘さんですって?」
    「苗字も一緒だし、多分そうなんだろ。
     局長曰く、副局長は『情報収集と分析、そしてその応用・活用にかけては、彼の右に出る者はいない』って話だし、そこら辺の才能が娘に遺伝したんだろうな」
    「お父さんに比べたら、腕と扱う情報は雲泥の差だけどね。
     でも本当に娘さんなら、なんでうちに入らないのかしら? 街の裏手でコソコソやってるより、よっぽどマシなはずなのに」
    「さあ……? 今度、副局長に聞いてみたらどうだ?」
    「その『今度』がいつになるやら、だけどね」
    「違いない。あの人いつも、いるのかいないのか分からんって感じだし。あの人の席、いつ見ても猫しかいないからなぁ」
    「あはは……」
     のんびり世間話に興じながら、二人は通りの角を曲がり――その途端に揃って駆け出し、裏路地に滑り込んだ。
    「あんたも気付いてた?」
    「そりゃな。と言うより、わざと姿を見せてる気配すらあったぜ」
    「そうね。あたしもそれは感じてた。
     となると多分、あたしたちがこの路地に隠れることも計算に入れてるでしょうね。……そうでしょ?」
     通りに向かって呼びかけたところで、声が返って来る。
    「ええ、ご明察です」
    「……また、あんたなの?」
     エミルがげんなりした声を漏らす。
     間を置いて、声の主が裏路地に入ってきた。
    「ごきげんよう、マドモアゼル・ミヌー。それからムッシュ・ネイサン」
     現れたのは、あの「西部の怪盗紳士」――イクトミだった。



    「何の用だよ?」
     ぶっきらぼうに尋ねたアデルに、イクトミは恭しく帽子を脱ぎ、お辞儀をする。
    「単刀直入に申しますと、依頼をお願いしたく参上した次第です」
    「……あんたねぇ」
     呆れ顔で眺めていたエミルが、こめかみを押さえている。
    「さっきあたしたちを尾行してた時、普通の――あたしたちにとっての普通よ――スーツ姿だったじゃない。
     あたしたちと話をするためだけに、この一瞬でわざわざその白スーツに着替えたわけ?」
    「ええ。依頼するのですから、正装が適切かと思いまして」
     臆面も無くそう返すイクトミに、アデルは悪態をつく。
    「正装、ねぇ。俺には仮装に見えるが。
     まあいい。依頼だの何だの言ってるが、そんなもん俺たちが受けると思うのか? お前、自分がお尋ね者だってことが、全然分かって無いだろ」
    「良く存じておりますとも。自分のことですから。
     そしてムッシュ・ネイサンがどうであれ、マドモアゼル、あなたはこれからわたくしの言うことを、聞く気でいるはずです」
    「ええ、そうね。アデルがこう言う反応するってことも、あたしが半端な見返りじゃ動いたりしないってことも、全部把握しての、あんたのこの行動ですもの。
     さぞやあたしが求めてやまないような、そんな極上の報酬を持ってきてるんでしょうね?」
    「勿論ですとも」
     イクトミはにっこりと、微塵も悪意を感じさせない笑みを返した。

    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 2

    2017.09.19.[Edit]
    ウエスタン小説、第2話。怪盗紳士、三度目の登場。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「で、どの店の豆が美味しいって話なの?」「そこなんだよなぁ」 エミルと共に街の大通りを歩きながら、アデルは肩をすくめる。「グレースの奴、コロンビア産のがどーの、アフリカの方から輸入したのがどーのって色々うんちくを垂れてばっかで、結局『ここがあたしのイチオシね』ってのを教えてくれなかったんだよ。 しまいにゃ俺も...

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    ウエスタン小説、第3話。
    銀板写真。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「で、報酬は?」
     エミルが尋ねたところで、イクトミは懐に手を入れた。
    「あ、拳銃などではございませんから、そう緊張なさらず。マドモアゼルもホルスターから手を離して下さい。
     お見せしたいのは、こちらです」
     イクトミはゆっくりと懐から手を抜き、一枚の銀板写真を二人に見せた。
    「この写真、中央に写っている人物については、マドモアゼルには説明の必要はございませんでしょう」
    「……ええ、そうね」
     写真を目にした途端、エミルは明らかに不機嫌な様子を見せる。
    「こんなの残ってたのね」
    「フランス人らしく、洒落たお方でしたから。自己顕示欲もいささか強いご様子でしたし」
    「ええ、このいかにも『わしは旧大陸が誇る叡智の結晶である』って言いたげなしたり顔、見てて吐き気がするわ」
     二人のやり取りを聞き、アデルは首をかしげる。
    「何が写ってるんだ?」
    「こちらは、……っと、マドモアゼル。わたくしから説明差し上げてもよろしいでしょうか?」
    「勝手にどうぞ」
    「では、……コホン。
     この写真は187X年、C州にて撮影されました。ご存知の通り銀板写真と言うものは基本、複製が利かぬものでして、そのためその場で何枚も撮られまして。
     1時間も2時間も笑顔で直立していなければならず、幹部一同、こんな遊びに付き合わされるのは二度と御免だ、次は一人で突っ立っててくれ、……などと言い合うのが我々だけでの酒の席における、定番の肴でした」
    「あ……?」
    「失礼、話が逸れました。
     ともかくこの写真は、その組織の首領と幹部一同の集合写真なのです」
    「組織、……って、まさか」
    「ムッシュ・ネイサンもご存知のようですね、我らが組織の存在を。
     そう、この写真の中央に鎮座しておられますのは、かつて『大閣下』と称された組織の首領、JJ・N・シャタリーヌ氏です」
     エミルが罵った通り、写真の中央に写っているその老人の顔は、下卑た性根を感じさせずにはいられない、醜く歪んだものであった。
    「それで笑顔のつもりなんだから、内面の汚さが分かるでしょ?」
    「これが笑顔だって? ……ああ、確かにありありと分かるな」
    「わたくしにしても、この悪鬼の如き笑顔は二度と拝したくないものです。
     さて、そんなおぞましい写真をお二人にお見せしたのは、何も大閣下の下劣な顔を認識させようと言うつもりではありません。
     注目していただきたいのは、この3名でございます」
     そう言って、イクトミはとん、とんと2ヶ所を指し示した。
    「こちらの2名、ムッシュ・ネイサンも以前に顔を合わせたことがあるのですが、覚えておいででしょうか?」
    「以前に……? いや、待て。確かにこっちのいかつい方は見覚えがある。
     こいつ、もしかして……?」
    「ええ、『猛火牛(レイジングブル)』ことトリスタン・アルジャンです。彼は組織の上級幹部でした。そして横にいる、彼の弟も」
    「弟?」
     尋ねたアデルに、イクトミは肩をすくめる。
    「あなたと初めてお会いした黄金銃事件、その発端となった黄金製SAA。あれを製作したのがその彼、ディミトリ・アルジャンなのです」
    「へぇ……?」
    「ねえ、イクトミ。あんたの話が無駄に長ったらしいってことは嫌になるほどよく分かったから」
     エミルが若干苛立った様子で、話をさえぎる。
    「その写真に何の意味があるのか、さっさと教えてちょうだい」
    「そう焦らずに、マドモアゼル。
     わたくしが依頼したいのは、もう一つ指し示した人物についてなのです」
     そう言ってイクトミは、ある人物をもう一度指差した。
    「彼の名はアンリ=ルイ・ギルマン。彼の行方を探していただきたいのです」

    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 3

    2017.09.20.[Edit]
    ウエスタン小説、第3話。銀板写真。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「で、報酬は?」 エミルが尋ねたところで、イクトミは懐に手を入れた。「あ、拳銃などではございませんから、そう緊張なさらず。マドモアゼルもホルスターから手を離して下さい。 お見せしたいのは、こちらです」 イクトミはゆっくりと懐から手を抜き、一枚の銀板写真を二人に見せた。「この写真、中央に写っている人物については、マドモアゼル...

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    ウエスタン小説、第4話。
    アルジャン兄弟。

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    4.
    「アンリ=ルイ・ギルマン?」
     首を傾げつつも、アデルは懐からメモを取り出し、その名を書きつける。
    「名前からしてそいつもフランス系か? スペルはこれでいいのか?」
    「Hが抜けていますね。あと、AではなくEです」
    「分かりづれえな、無音のアッシュ(注:フランス語は基本として、語頭の『H』を抜いて発音する)かよ」
    「それがフランス語と言うものです」
    「こいつが今、どこにいるのかが知りたいのか?」
     尋ねたアデルに、イクトミは恭しくうなずく。
    「その通りでございます」
    「ちょっと待ちなさいよ」
     と、エミルが再度さえぎる。
    「あんた、受けるつもりなの? まだ報酬が何なのかも聞いてないのに?」
    「ああ、そうか。つい流れに乗せられちまった」
     アデルは首をぶるぶると振り、イクトミをにらみつける。
    「いい加減聞かせてみろよ、お前が持ってきた報酬とやらをよ?」
    「ええ。先程示したものこそが、わたくしの提示する報酬でございます」
    「何だって?」
     首を傾げるアデルとは反対に、エミルは納得言ったような表情を浮かべる。
    「そう言うこと?」
    「さて、どうでしょうか」
     そんな風に言葉を交わしつつ、目配せし合った二人に、アデルは苛立たしさを覚えた。
    「何だよ?」
    「つまりね、こいつは知ってるのよ。『あの二人』の居場所を」
     エミルからそう説明されるが、アデルには依然としてピンと来ない。
    「あの……二人?」
    「アルジャン兄弟よ。ほら、いつものあんたなら手帳開いて、賞金額を確かめるところじゃない?」
    「ん? ……お、おう」
     言われるがまま、アデルは自分の手帳を開き、賞金首のリストを確認する。
    「トリスタン・アルジャン、賞金9800ドル。結構な大物だな。
     ディミトリの方はデータが無いが……」
    「一応ながら、ディミトリは一般市民として生活しているようですから。
     しかし兄のトリスタン、即ち犯罪者へ改造拳銃を提供したり、非合法のルートでM1873のコピー品を国内外へ流したりと、裏を覗けばかなり『臭い』ことを行っているようです」
    「M1873のコピー品……? おい、それってまさか」
    「ええ、ご明察です。あのリゴーニ地下工場で見た、大量の武器。
     あの製造にも、ディミトリが関わっていたようなのです」
    「マジか」
     これを聞いて、アデルは真剣になった。
    「それが本当なら、アルジャン弟も立派な犯罪者ってわけだ。
     少なくともウィンチェスター社からは著作権侵害で訴えられるだろうし、そもそも密輸って点でお縄になる」
     エミルも真面目な顔でうなずいている。
    「軽く見積もっても3~4000ドルのお尋ね者になるわね。兄弟合わせれば12000ドルに届くかも知れないわ」
    「と言うわけです。これはかなりの報酬と言えるのではないかと、わたくしは思っているのですが」
     そう尋ねたイクトミに、二人は揃ってうなずいて返した。
    「なるほどね。確かに美味しい話だわ」
    「捕まえられれば、の話だがな」
    「お二人ならばそれが可能、そう思って提示した次第です。
     どうでしょうか? わたくしの依頼、お受けになっていただけますか?」
    「この場ですぐイエスとは言えないわね。あたしたちは基本的に、探偵局の人間だし」
     そう返したエミルに、イクトミは苦い顔をする。
    「と言って探偵局にわたくしが依頼しに参れば、その場で拘束されるでしょう?」
    「当たり前だろ。強盗殺人犯を放っておくわけが無い」
     アデルにも冷たい態度を取られ、イクトミはやれやれと言いたげに首を振る。
    「では、ここは一旦お暇するといたしましょう。また明日、午後3時に、電話にてご連絡いたします。その時に返事をお聞かせ下さい。
     では、わたくしはこれにて」
    「え?」
     次の瞬間、イクトミはほとんど垂直に飛び上がり、ビルとビルの間をとん、とんと蹴って二人の頭上をやすやすと越え、そのまま大通りへと消えた。
    「……やられた」
     上をぽかんと見上げたまま、アデルがうめく。
    「あっちのペースに乗せられっぱなしね。
     まあ、とりあえず帰って局長と相談しましょ」
     そう言って、エミルは傍らに置いていた買い物袋を手に取った。

    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 4

    2017.09.21.[Edit]
    ウエスタン小説、第4話。アルジャン兄弟。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「アンリ=ルイ・ギルマン?」 首を傾げつつも、アデルは懐からメモを取り出し、その名を書きつける。「名前からしてそいつもフランス系か? スペルはこれでいいのか?」「Hが抜けていますね。あと、AではなくEです」「分かりづれえな、無音のアッシュ(注:フランス語は基本として、語頭の『H』を抜いて発音する)かよ」「それがフラン...

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    ウエスタン小説、第5話。
    無理筋の依頼。

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    5.
    「なるほど」
     アデルたちの話を聞き終え、パディントン局長はそれだけ言って黙り込んだ。
    「……どうしましょうか?」
     沈黙に耐えかね、アデルが尋ねる。
    「ふむ……」
     しかし、局長はうなるばかりで、返事は返って来ない。
    「迷うことがあるのかしら?」
     エミルからそう問われ、ようやく局長は応じた。
    「いや、迷っているわけじゃあない。
     君の言う通り、その依頼は受けて然るべきものだろう。我が探偵局が凶悪犯2名を拿捕できる絶好のチャンスだ。情報提供者が犯罪者だとしても、そんなことはチャンスを逃す理由にはならん。
     一方で、疑問がある。イクトミが何故我々に対し、そんな依頼をしてきたのか? その点だ」
    「確かにね」
     局長の指摘に、エミルもうなずいて返す。
    「あの怪盗気取りの伊達男がわざわざあたしたちの前に現れ、わざわざ依頼なんかしに来るその理由が、さっぱり分からないものね」
    「そう、それだ。
     彼は探偵として動けば、恐らくそこいらのヘボ探偵より余程、いい仕事をするだろう。リゴーニ地下工場事件の一件だけでも、その才能と実力がよく分かる。
     が、それ故に何故、我々に依頼してきたのかと言う疑問も、一つの解が付けられるだろう。即ち、彼のその『相当の手腕』を以てしてもなお、そのアンリ=ルイ・ギルマンなる人物の足跡を追うことができなかったのだろう、と言うことだ」
    「なる……ほど」
     局長の見解を聞き、アデルは嫌な予感を覚える。
    「つまり我々にとっても、この依頼は相当な無理筋だ、と見るべきでしょうね」
    「うむ。……そこでエミル、君に聞きたいことがある」
     局長からそう尋ねられ、エミルはけげんな顔を向ける。
    「どうしたの、改まって?」
    「君は『組織』に詳しい、と考えていいのだね?」
    「ええ、まあ。少なくともあなたよりは詳しいでしょうね」
    「では尋ねるが、このギルマンと言う人物は、『組織』においてどんな役割を担っていたのかね?」
     局長の質問に、エミルはわずかに表情を曇らせる。
    「それは……」
    「言えない、と言うことかね?」
    「違うの。そうじゃなくて、……そうね、まず、あたしが『組織』でどんな立場にいたかってことから話すけれど」
     そう前置きし、エミルはぽつりぽつりと言った口調で話し始めた。
    「まず、あたしが『大閣下』の孫だったって話は、知ってるわよね?」
    「うむ」
    「その、言ってみれば、……何て言うか、そう言う立場って、例えば国王に対する王女、みたいなものじゃない?」
     珍しく、顔を赤らめつつ話すエミルを見て、アデルは内心、笑いが込み上げそうになる。
     それを見透かされたらしく、エミルがにらんでくる。
    「なによ?」
    「い、いや。何でも」
    「……コホン。と、ともかく、そう言う、その、王女って、例えば騎士団に入ったり、政治に携わったりする?」
    「なるほど。つまり、言わば君は『籠の鳥』として扱われていた、と言うことか」
    「そう言うこと。だから、あんまり幹部がどうだったとか、『組織』が何をしてたかとか、詳しくないのよ。
     だからそのギルマンって奴も、全然面識は無いの」
    「ふーむ……。となると、手がかりが全く無いな。イクトミに聞くしか無さそうだ」
    「どうでしょうね? 依頼してくるほどだから、相手も大したことは知らないんじゃ……?」
     そう返したアデルに、局長は肩をすくめる。
    「何の接点も関係も無い人間を探してくれなどと頼むような人間は、この世にはまずいるまい。捜索を依頼するのならば、必ず何かしらのつながりがあって然るべきだ。返事をするのはそれを聞いてからだろう。
     仮にアデルが言う通り、本当に何の接点も無く、何の手がかりも与えられないとなると、その依頼は断る他無い。何の手がかりも無いまま局員をあてどなく放浪させるほど、我が探偵局は暇ではないからな」

    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 5

    2017.09.22.[Edit]
    ウエスタン小説、第5話。無理筋の依頼。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「なるほど」 アデルたちの話を聞き終え、パディントン局長はそれだけ言って黙り込んだ。「……どうしましょうか?」 沈黙に耐えかね、アデルが尋ねる。「ふむ……」 しかし、局長はうなるばかりで、返事は返って来ない。「迷うことがあるのかしら?」 エミルからそう問われ、ようやく局長は応じた。「いや、迷っているわけじゃあない。 君の言...

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    ウエスタン小説、第6話。
    探偵王と怪盗の邂逅。

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    6.
     翌日、3時。
     壁に取り付けられた電話がじりりん、と鳴り出したところで、局長がすぐに受話器を取った。
    「はい、こちらパディントン探偵局。……うむ、そうだ。私がパディントンだ。
     君はイクトミかね?」
     局長の後ろで様子を伺っていたアデルとエミルは、顔を見合わせる。
    「来たわね」
    「流石、伊達男。3時きっかりだな」
     その間にも、局長とイクトミは電話越しに会話を交わしている。
    「そうだ。私が話をする。……いや、彼女はいるよ。私の後ろにね。
     ……そうは行かない。君はエミル嬢にではなく、このパディントン探偵局に対して依頼したのだろう? ……個人的に、であったとしてもだ。彼女は個人業じゃあなく、局に所属する人間だ。である以上、彼女の仕事は局がマネジメントするのが道理だろう? ……ははは、馬鹿を言うものではない。いつ終わるとも知れん仕事をさせるために休暇を取らせるなど、私が認めると思うのかね? ……そう言うことだ。それが嫌だと言うのならば、これまで通り一人で捜索したまえ。
     ……うむ。ではもう少し詳しい話をしようじゃあないか。いつまでもそんなところで私たちを眺めていないで、……そうだな、こっちのビルの斜向いに店がある。君のいるウォールナッツビルの、3つ左隣の店だ。……そう、ブルース・ジョーンズ・カフェだ。
     そこなら捕まる、捕まえるなんて話抜きで相談もできるだろう? 無論、衆人環視の中でドンパチやるほど、我々も無法者じゃあないからな。君もそう言うタイプのはずだ。
     ……決まりだな。私たちもすぐ向かうから、君もすぐ来たまえ」
     そこで局長は電話を切り、窓の外に向かって手を振る。
     その様子を眺めていたエミルが、呆れた声を上げた。
    「あのビルにいたの?」
    「うむ、予想はしていた。彼も慌てたようだよ。居場所を言い当てられたものだから、指摘した瞬間、声が上ずったよ」
    「伊達男も形無しね、クスクス……」



     15分後、局長が指定した喫茶店に、一般的な――今度は「東部都市では」と言う意味で――スーツ姿で、イクトミが姿を現した。
    「あら、白上下じゃないのね」
     指摘したエミルに、イクトミは苦笑いを返す。
    「流石に目立ってしまいますから。わたくしも、色々と狙われる身でしてね」
    「ふむ」
     イクトミのその言葉に、局長が納得したような声を漏らす。
    「つまりギルマン某を探したい、と言うのは、やはり組織に関係してのことかね?」
    「左様です」
     イクトミが椅子に座ったところで、局長がメニューを差し出す。
    「私がおごろう。ここのコテージパイは絶品だそうだよ」
    「ほう。ではそれと、コーヒーを」
     そう返したイクトミに、局長はニヤっと笑いかける。
    「君もコーヒー派かね?」
    「ええ。氏はイギリス系とお見受けしますが、紅茶は?」
    「実を言えば、あまり好きじゃあないんだ。それがイギリスを離れた理由の一つでもある」
    「変わった方ですな」
    「君ほどじゃあないさ」
     やり取りを交わす間に注文し終え、間も無く一同の座るテーブルにコーヒーが4つ、運ばれてくる。
    「コテージパイが温まるまでにはまだ多少、時間がある。それまでに話を詰めておこう。
     まず、君からの依頼を受けるか否かについてだが、君から何かしらの情報を得られれば、受けてもいいと考えている」
    「情報……、何のでしょうか?」
    「まず、アンリ=ルイ・ギルマンとは何者なのか? 組織においてどんな役割を担っていたのか?
     そして何故、君はギルマンを探しているのか? それを聞かせて欲しい」
    「ふむ」
     イクトミはコーヒーを一口飲み、それから局長の質問に応じた。
    「ギルマンはいわゆる『ロジスティクス(兵站活動)』を担当していました。
     武器・弾薬と言った装備の調達や侵攻・逃走経路の確保、基地や備蓄施設の設営、その他組織が行う作戦について、あらゆる後方支援を行う立場にありました。
     そして……」
     イクトミはそこで言葉を切り、エミルに視線を向けた。
    「なによ?」
    「大閣下がマドモアゼルの手にかかって死んだと思わせ――その実、陥落せんとする本拠地からまんまと彼を連れ出したのも、ギルマンの仕業なのです」

    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 6

    2017.09.23.[Edit]
    ウエスタン小説、第6話。探偵王と怪盗の邂逅。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 翌日、3時。 壁に取り付けられた電話がじりりん、と鳴り出したところで、局長がすぐに受話器を取った。「はい、こちらパディントン探偵局。……うむ、そうだ。私がパディントンだ。 君はイクトミかね?」 局長の後ろで様子を伺っていたアデルとエミルは、顔を見合わせる。「来たわね」「流石、伊達男。3時きっかりだな」 その間にも...

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    ウエスタン小説、第7話。
    組織攻略の端緒。

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    7.
     イクトミの言葉に、エミルは血相を変えた。
    「嘘でしょ?」
    「これが嘘であれば、わたくしは喜んでホラ吹きと呼ばれましょう。どんな嘲(あざけ)りを受けたとしても、どれほど幸せなことか。
     ですが、甚(はなは)だ残念なことに、これは事実なのです。わたくしも間違い無く死んだものだ、と思っておりました」
    「何があったの?」
    「そもそもの発端は、古巣に呼び戻されたことです。
     そう、再び組織の幹部として活動せよ、との命令が、わたくしに下ったのです」
     やってきたコテージパイにチラ、と左目を向けつつ、イクトミはこう続ける。
    「しかし今やわたくしは、孤独と砂漠の乾いた風、そして祖国フランスから渡ってきた美術品の数々を愛する日々を謳歌(おうか)しております。今更あの狂気の集団に戻ろうなどとは、露ほども思っておりません。
     ですので丁重にお断りいたしましたところ、それから執拗(しつよう)に襲撃を受けまして。無論、トリスタン級の怪人でも現れぬ限り、わたくしが手こずるようなことは全くもってありえないのですが、それでも昼も夜も、場所も構わずに襲われては、たまったものではありません。
     故に組織の現状を知り、逆にこちらから襲撃することで、二度と勧誘されぬようにと画策していたのですが、その過程で3つのことが分かったのです。
     1つは、組織は以前と変わらず、大閣下の統率下にあること。2つは、組織はわたくしと同様、生き残った元幹部たちに召集をかけ、そのほとんどがそれに応じ、復帰していること。
     そして3つ、元幹部の一人であるギルマンには召集がかかっておらず、にもかかわらず、組織の兵站が以前のように機能していることです」
    「どう言うことだ?」
     尋ねたアデルに、イクトミではなく、局長が答えた。
    「つまりギルマンは組織から離れることなく、ずっとシャタリーヌの元にいたと言うことか」
    「左様でございます。恐らくは大閣下が逃走している間もずっと、彼の本分である逃走ルートの確保に努め、同道していたものと思われます。
     であれば彼のいるところに、かなり高い確率で、大閣下本人か、もしくは本拠地なり移動ルートなり、彼に関する何らかの情報が存在するものと」
    「その情報をつかみ、君は組織を攻撃すると言うわけか。
     そして――なるほど、君が何故、アルジャン兄弟を売るような真似をするのか。それも理解したよ。
     要するに君は、エミルにアルジャン兄弟を始末してもらいたいと言うわけだね?」
    「ええ、仰る通りです。先程も申し上げました通り、流石のわたくしでも、トリスタンには一歩及ばぬものでして。
     ですがマドモアゼルならば、あの怪人を下すことは容易なはずです。事実、以前に対決した際にも、彼女はトリスタンを退けておりますから」
    「買いかぶりよ」
     エミルはそう返すが、イクトミは首を横に振る。
    「買いかぶりなどではございません。極めて公平かつ客観的な評価です。わたくしはマドモアゼルの実力を、良く存じておりますから」
     そう返したイクトミに、局長と、そしてアデルが反応した。
    「ふむ?」
    「どう言うことだ? 一緒に戦ってたって言うのか?」
     アデルに問われ、イクトミはけげんな表情を浮かべる。
    「左様ですが、何か? 顔ぶりから察するに、『そんなわけがあるか』とでも言いたげなご様子ですな」
    「昨日、我々がエミル嬢に、ギルマンに付いて何か知らないか尋ねたのだが、彼女は『自分は幹部連中との関わりは無かった』と答えたんだ。
     しかし君は幹部だったのだろう? となれば話が矛盾する。彼女が嘘をついたとも考えにくい」
    「ふむ」
     イクトミはエミルにチラ、と視線を向け、こう返した。
    「確かに一緒に仕事をしていたとか、作戦に参加していたとか、そう言った事実はございません。ですがプライベートでは、それなりに親交はございます。
     その折に、実力の程は十分拝見しております」
    「なるほど。
     まあ、ともかく――君の言葉を額面通り信じるとすれば、君にはアルジャン兄弟を無傷で葬れると言うメリットが有るわけだ。
     そして我々も、彼らに懸けられた懸賞金を手にし、名うての賞金首を仕留めた名声をも得られると言うわけだ。
     いいだろう。君の依頼、受けることにしよう」
    「ありがとうございます」
     イクトミがほっとした顔をし、握手しようと手を差し出したところで、局長がこう続けた。
    「ただし、こちらも条件がある」
    「なんでしょうか?」
     いぶかしげに片眉を上げたイクトミに、局長は立ち上がるよう促す。
    「詳しい話は離れてしよう。君と私だけでね」
    「局長?」
     目を丸くするエミルとアデルをよそに、イクトミは素直に立ち上がり、そのまま二人で店の奥へと消えた。
    「……どう言うこと?」
     尋ねたエミルに、アデルは肩をすくめるしか無かった。
    「局長お得意の工作か何か、……だろうな」

     数分後、二人は何事も無かったかのように奥から戻り、それからにこやかに歓談しつつ、コテージパイとコーヒーを平らげた後、そのままイクトミは店を出ていった。
     アデルたちは局長の出した条件や密談の内容について尋ねたが、局長はニコニコと微笑みながらコーヒーを飲むばかりで、何も答えなかった。

    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 7

    2017.09.24.[Edit]
    ウエスタン小説、第7話。組織攻略の端緒。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. イクトミの言葉に、エミルは血相を変えた。「嘘でしょ?」「これが嘘であれば、わたくしは喜んでホラ吹きと呼ばれましょう。どんな嘲(あざけ)りを受けたとしても、どれほど幸せなことか。 ですが、甚(はなは)だ残念なことに、これは事実なのです。わたくしも間違い無く死んだものだ、と思っておりました」「何があったの?」「そもそも...

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    ウエスタン小説、第8話。
    記憶の矛盾。

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    8.
     わだかまりつつも探偵局に戻ったところで、アデルは局長に尋ねる。
    「それで局長、どうやってギルマンを探すんです? また例の名士録に名前があったり、とか?」
    「いや、流石にまったく情報が無い。リロイに聞いてみるとしよう。
     リロイは今日は非番だが、彼が非番にやることと言えば本を読むか、奥さんとチェスするか、後はあの三毛猫をからかうくらいだ。呼べばすぐ来る。
     と言うわけでアデル、リロイを呼んでおいてくれるか? 住所は知っているな?」
    「ええ。行ってきます」
    「うむ」

     アデルが局を出たところで、エミルが再度、局長に尋ねる。
    「それで局長、イクトミに何の条件を出したの?」
    「さてね」
    「……あいつがいるから話せなかった、ってことじゃないのね」
    「うむ。あれは正真正銘、私とイクトミとの間で交わした約束だ。君たちに打ち明けることは、今は無理だ。
     機が熟せば話しても構わないとは、考えているがね」
    「そう」
    「それよりもだ、エミル」
     と、局長は真面目な顔になり、小声で尋ねる。
    「君の言っていることとイクトミの話には、矛盾や齟齬(そご)が散見される。
     さっきも取り沙汰したが――君は『幹部陣とのつながりは無かった』と言っていた。しかし一方、イクトミは『親交はあった』と言う。
     無論、君とイクトミとの価値観の違いなどから、『一方は親しくしていたつもりだったがもう一方はそんな風に思っていなかった』と言うようなことはあるだろう。しかし――細部ばかりとは言え――彼と君の話には、食い違う点がいくつもある。
     一体、どう言うことなんだ? 本当に君とイクトミは、同じ組織に属していたのかね?」
    「それは本当、……だと、思うわ」
    「思う?」
    「そうじゃなきゃ、あいつがあたしを知ってる道理が無いでしょ?」
    「それは確かにそうだ。しかし一致しない点があるのは、何故だ?」
    「……それは、多分」
     エミルは一瞬口ごもり、恐る恐ると言った口ぶりになる。
    「あたしの記憶が、少し、……いえ、かなり、壊れているんだろう、と」
    「壊れている?」
    「ええ。あなたも知っていることだけど、あたしは組織の大閣下、即ち祖父を殺した。……いえ、イクトミによれば死んでないのよね。
     とは言え肉親同士の殺し合いなんて、結構ハードな話でしょ?」
    「確かにね」
    「そのせいか、……あの頃の記憶が、……あんまり、はっきりしないのよ。よっぽど嫌な思い出があるのか、……思い出そうとしても、どうしても思い出せないのよ」
    「ふーむ……」
     エミルの話を受け、局長は苦い顔をする。
    「確かにどこぞの大学だか研究機関だかで、あまりに深刻かつ衝撃的な体験をした者は、精神に悪影響を及ぼすと言うような説が唱えられていたと記憶しているが、……ふーむ、君のような鋼の精神の持ち主であっても、例外では無いと言うことか」
    「鋼なんかじゃないわよ。あたし、これでもナイーブなの。
     ともかく局長、お願いするけど――あんまり、あたしに組織の話、聞かないでほしいの。聞かれても大体答えられないと思うし、思い出そうとすると、アタマ痛くなるのよ」
    「うむ、分かった。まあ、組織の情報を抜きにしても、君が得難い人材であることには変わりない。今後は聞かないことにするよ。
     さて、そろそろアデルが戻ってくる頃だろう。リロイの分も合わせて、コーヒーを淹れてきてもらって構わないかね?」
    「いいけど、……局長、あなたさっき、2杯飲んでたでしょ? まだ飲むの?」
    「うむ。質の良いコーヒーは何杯飲んでもいいものだ。淹れる人間の腕も関係してくるがね。君のコーヒーなら一樽だって飲める」
    「あら、ありがと」

    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 8

    2017.09.25.[Edit]
    ウエスタン小説、第8話。記憶の矛盾。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. わだかまりつつも探偵局に戻ったところで、アデルは局長に尋ねる。「それで局長、どうやってギルマンを探すんです? また例の名士録に名前があったり、とか?」「いや、流石にまったく情報が無い。リロイに聞いてみるとしよう。 リロイは今日は非番だが、彼が非番にやることと言えば本を読むか、奥さんとチェスするか、後はあの三毛猫をからか...

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    ウエスタン小説、第9話。
    霧中の敵を追え。

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    9.
    「参ったね、これは」
     リロイ副局長が帰った後、局長は腕を組んでうなった。
    「リロイでも、か。なるほど、イクトミが依頼してくるわけだ」
     常より局長から「情報収集能力に長けている」と称される彼でさえも、ギルマンについては、何の情報も持っていなかったのである。
    「一応、ツテを頼るとは言ってましたけど……」
    「望み薄だな。しかし、だ」
     局長はパイプを手に取り、火を灯す。
    「東洋のことわざには、『火の無いところに煙は立たぬ』とある。
     生きている以上は何か食わねばならんし、となれば店で買うなり、畑や牧場を持つなりすることが予想される。であれば店で聞き込みを行うなり、土地台帳を照会するなりすれば、素性は割れる。一人の生きた人間がこの世界で活動している以上、必ずその痕跡は、どこかに残るものだ。
     ましてやギルマンと言う男は、兵站管理を任ぜられていると言うじゃあないか。となればどこかで武器・弾薬の買い付け、もしくは製造を行い、それを各拠点に運ぶと言う活動を積極的に、かつ、大規模に行っていることは予想できる。
     リゴーニ地下工場事件にトリスタン・アルジャンが関わっていたことを考えれば、あれが組織の一端であったことは、想像に難くない。となれば武器の製造は恐らく、地下活動的に行っているだろう。そこからギルマンを探すのは難しいかも知れん。
     しかしその輸送はどうだろうか? 全米に鉄道網が充足しつつある昨今、彼らがそれら公式な鉄道網を押しのけ、独自の鉄道路線を何千マイルも占有しているとは考えにくい。少なからず公共の路線を流用していると考えて間違い無いだろう。事実、リゴーニ事件においてはW&Bやインターパシフィックの路線が使われていたと言うしね。
     としても、それが一々、どこそこの鉄道会社に運行を届け出ているとも考えにくい。多少なりとも偽装していることは考えられるが、それでものべつ幕無しに届け出ていれば、秘密でも何でもなくなってしまう。
     さてネイサン。ここで一つ、私にアテが思い付いたわけだが、君はどうかね?」
     局長に問われ、アデルもピンと来る。
    「つまり鉄道関係に詳しい奴から、不審な人物や車輌なんかの目撃情報を集めてみる、と」
    「そう言うことだ。そしてネイサン、君の友人にいただろう? 西部の鉄道網について非常に詳しい、機関車ギークの男が」
    「なーるほど」

     アデルは早速、その「機関車ギーク」――マーシャルスプリングスの道楽者、ロドニー・リーランドに電話をかけた。
    《も、……もしもーし?》
     数年前に廃業されたと言っていたものの、会社が使っていた電話回線はまだ、生きていたらしい。
     受話器の向こうから、ロドニーのいぶかしげな声が聞こえてきた。
    「おう、俺だ。アデルバート・ネイサン」
    《あ、ああ、お前さんかぁ。こないだはどうもな。
     っつーか、びっくりさせんなよ。いきなりデスクの電話鳴ったからさ、驚いて椅子から引っくり返っちまったぜ》
    「悪いな、突然。って言うか、電話なんてそんなもんだろ」
    《そりゃそうか。んで、どうしたんだ?》
    「ちょっと聞きたいんだが、……そうだな、そっちで何か、事件だとか、悪いうわさだとか、そう言うの無いか?」
    《は?》
     ロドニーのけげんな声が返って来る。
    《あんたいつから、ゴシップ記者になったんだ?》
    「いや、そうじゃない。詳しい事情は話せないんだが、ある男を鉄道関係から追っててな。そっち方面でそれらしい情報が無いか、調べてるところなんだ」
    《ああ、まだ探偵屋だったか。そう言うことなら色々、教えてやるが……。
     何が知りたいんだ? 鉄道情報なら何でもござれだ。各鉄道会社の景気から、どこの駅のコーヒーがうまいかまで、何でも聞いてくれ》

    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 9

    2017.09.26.[Edit]
    ウエスタン小説、第9話。霧中の敵を追え。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9.「参ったね、これは」 リロイ副局長が帰った後、局長は腕を組んでうなった。「リロイでも、か。なるほど、イクトミが依頼してくるわけだ」 常より局長から「情報収集能力に長けている」と称される彼でさえも、ギルマンについては、何の情報も持っていなかったのである。「一応、ツテを頼るとは言ってましたけど……」「望み薄だな。しかし、だ...

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    ウエスタン小説、第10話。
    鉄道犯罪。

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    10.
    「そうだな、まずは、……不審な鉄道車輌、なんてのは?」
     尋ねたアデルに、ロドニーは苦い声を返してくる。
    《『何でも』って言ったばっかりで悪いが、それは答えられん。いや、『言えない』ってことじゃなくてな、『言い切れない』んだ。
     俺みたいな大鉄道愛好家や各鉄道会社、その他警察とかその関係者だとかにゃ残念でならんが、鉄道を使った犯罪やら不正なんて話は、あっちこっちでうわさされてる。お前さんが今尋ねた『不審な車輌』なんてのは、それこそあっちこっちで目撃されてるし、捕まえようも無い。
     ティム・リード鉄道強盗団みたいなのを捕まえられたのは、マジで奇跡ってヤツだろうよ》
    「そんなに多いのか? その鉄道強盗団を捕まえた辺りの頃は、そんなに跋扈(ばっこ)してるなんて話は聞いて無かったが……?」
    《そうだな、正確に言えばその直後から増えだしたって感じだ。恐らくあの時聞いた、ダリウスって野郎のせいだろう。
     俺もあの時、サムとかから話を聞かせてもらってたんだが、盗まれた車輌やその部品を使ってるだろうなって言う不審車輌の情報は、かなり聞く。それに『ゲージ可変機構』が取り付けられてるらしい車輌があるってのも、最近良く耳にしてる。
     多分だけども、ダリウスがあっちこっちにバラ撒いてるんだろう。何の目的かは分からんが、パテント料みたいな感じでカネもらってるとしたら、相当稼いでるだろうな》
    「ふーむ……」
     アデルがロドニーから聞いた情報を書き留めたメモを見て、局長がうなる。
    「確証は無いがそのダリウスも、組織の一員なのかも知れないな。
     私の記憶しているところでは、ダリウス氏が活動を開始したのは3年か、4年前だったはずだ。そして組織の活動再開は、少なくとも2年以上前から。時期はかなり近い。いや、重複していると見てもいいだろう。
     ダリウスが資材と資金を集め、組織の活動に充てていた可能性は、十分に考えられる」
    「そうね……」
     エミルたちが話しているのを背に受けつつ、アデルは質問を続ける。
    「じゃあ、そのダリウスについて、何か知らないか?」
    《そっちについては、さっぱりだ。
     あの一件以来、鉄道関係に指名手配が回ってるが、ダリウスを見たって奴は出てこない。そのくせ、あいつにつながってるっぽいうわさはポロポロ出て来る。
     まるで幽霊かなんかだよ、まったく》
    「そうか……」
     その後もあれこれと質問を重ねるが、ギルマンにつながりそうな情報は、一向に入手できない。

     と、局長がトン、トンとアデルの肩を叩き、代わるよう促してきた。
    「あ、はい。……いや、局長が話をしたいって」
     受話器が局長に渡され、彼はこう質問した。
    「すみません、突然。いや何、私からもちょっと、聞かせていただこうかと思いまして。
     リーランドさん、鉄道輸送に関して尋ねたいのですが、お詳しいでしょうか」
    《ああ、まあ、そりゃ、それなりには》
    「ではここ1年か2年の間に、大量の武器・弾薬が――そうですな、一小隊が十分活動できる程度の量で――頻繁に運ばれたと言う記録はございますか?」
    《んー……? ちょっと待ってくれ。思い出す。……あー、と、そうだな、ちょくちょく聞いてる》
    「O州やK州、N州近辺ではどうでしょう? 特に多いのではないですか?」
    《……局長さん、なんか知ってるのか? いや、確かにこの2年、その辺りで武器が運ばれまくってるって話を聞くからさ》
    「やはり、ですか。
     もしやと思いますが、その輸送の中でも非正規と思われるものについてですが、それらに最も使用されていた路線は、W&Bのものでは?」
    《あ、ああ。確かによく使われてるって話は、……聞いてる》
    「なるほど。可能なら、その関係者をピックアップしていただきたいのですが」
    《ちょっと時間をくれれば、まとめられると思うぜ。あっちこっち電話して、多分明日か、明後日くらいには返事できる》
    「では3日後の同時刻辺り、またこちらからご連絡を差し上げます。よしなに」

     電話を切り、局長はふう、と息を吐いた。
    「やれやれ、当たってしまったか」
    「局長……? 何か、つかんでたんですか?」
     尋ねたアデルに、局長はこう答える。
    「イクトミが襲撃された、と言っていただろう? そこから推理したんだ。
     そもそもイクトミに指名手配がかけられたのは1年ほど前だが、その容疑は何だったか、知っているね?」
    「ええ。殺人が契機となった、と」
    「そこだ。それが起こる前までは、彼は奇抜な紳士、風変わりな窃盗犯としての評判しか無かった。いわゆる『怪盗』と言うやつだ。
     だがN州における強盗殺人――西部方面への投資家として知られていたフランシスコ・メイ氏の殺害が、全米への指名手配の契機となった。
     そして指名手配の直後、2件目の殺人が起こる。それがグレッグ・ポートマンSrの件だ。これがイクトミの名を『悪名高き卑劣漢』として、決定的に知らしめることとなったわけだ」

    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 10

    2017.09.27.[Edit]
    ウエスタン小説、第10話。鉄道犯罪。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10.「そうだな、まずは、……不審な鉄道車輌、なんてのは?」 尋ねたアデルに、ロドニーは苦い声を返してくる。《『何でも』って言ったばっかりで悪いが、それは答えられん。いや、『言えない』ってことじゃなくてな、『言い切れない』んだ。 俺みたいな大鉄道愛好家や各鉄道会社、その他警察とかその関係者だとかにゃ残念でならんが、鉄道を使った...

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    ウエスタン小説、第11話。
    怪盗紳士の真の顔。

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    11.
    「それじゃ殺人犯として名前が知られ出したのは、最近の話なのね?」
     エミルにそう尋ねられ、局長はうなずく。
    「うむ。しかし妙なのは、それに関する風説の流れの、その『速さ』だ。
     確かに『強盗殺人』などと言うものは卑劣で恥ずべき犯罪であるし、故に悪評として広まるのが早いことは、想像に難くない。だがそれにしても、他の凶悪犯の名が知れ渡る速度と比較すれば、あまりにも早すぎるのだ。
     例えばあの『スカーレット・ウルフ』の場合、1881年にW州における大量殺人が発覚し、それを東部の司法当局が知り、懸賞金の額が上がったのは、そのさらに半年も後だった。
     80年代のはじめであれば、既に電話網が確立されて久しいし、鉄道網だって成熟の度合いは今とほとんど変わらない。にもかかわらず『ウルフ』は半年、イクトミは数週間だ。
     3桁を超える無差別殺人を犯してきた『ウルフ』と、資産家2人だけのイクトミであれば、人民に危険を及ぼす可能性は、どう考えたって前者だ。当局にしても、イクトミなんぞを『ウルフ』以上の危険人物だと捉えていたとは思えん。
     となれば、考えられるのは――風説を操り、司法当局へ伝わる速度を早めた者がいる、と言うことだ」
    「つまり組織の奴らが、イクトミを捕らえるために、世論と司法当局を利用したってこと?」
     エミルのこの問いにも、局長は同様にうなずいて見せた。
    「無論、『捕まえるのはあくまで自分たちだ』とは、考えていただろうがね。……おっと、話が逸れてしまった。
     ともかくイクトミを拿捕、拘束、あるいは殺害せんと、組織は全力を挙げている。風説の流布にしてもそうだし、滅多やたらに襲撃しているのも、そうと言える。
     であればギルマンも大忙しだろう。組織の兵隊たちに、じゃぶじゃぶと武器・弾薬を供給していたに違いない」
    「……! つまりO州・K州・N州で頻繁に武器の輸送を行っていた奴が……」
     アデルの言葉に、局長はニヤっと笑った。
    「そうだ。我々が黄金銃事件で得た、イクトミの犯行ルート及び盗難品リストと、その密輸送の情報を合わせれば……」
    「自ずとギルマンの動向がつかめる、ってワケね」



     3日後、ロドニーから伝えられた情報と、自分たちの資料を基にし、局長は見事、目標を割り出すことに成功した。
    「ジャック・スミサーなる、この人物が怪しいな。
     いかにも偽名だが、それだけじゃあない。イクトミが盗みを働く前後数日、決まって貨物車1~2台分の武器・弾薬をその近辺に送っている。
     この人物を洗えば、かなり高い確率でギルマンを突き止めることができるだろう」
    「ねえ、局長。あなたの話しぶりから、ずっと考えてたんだけど」
     と、エミルが口を挟む。
    「イクトミが『美術品』を盗むのは、もしかして口実だったんじゃない?
     そしてあなた、それを知っていたか、イクトミから聞いていたんじゃないかしら?」
    「……うむ」
     局長は目線を資料に落としたまま、小さくうなずく。
    「私も世間から見向きもされぬ、しかし一部の愛好家には高く評価されると言うような逸品にはロマンがあると考えるタイプであるし、多少は蒐集(しゅうしゅう)もしている。
     だがそんな私の目からしても、イクトミの集めた美術品のほとんどは、はっきり言ってガラクタとしか映らなかった。
     事実、黄金銃事件で押収し、持ち主のところに返そうとしたモノのほとんどは、『いらない』と突っ返された。元の持ち主もゴミとしか思っていなかったような、益体(やくたい)も無い代物ばかりだったんだよ。
     とすれば彼が盗みを働いていたのは、本来の目的を隠すための偽装(フェイク)なのではないか? ……と、そう考えていた。
     その考えが確信に変わったのは、リゴーニ事件だ。彼は『ガリバルディの剣』なるものを盗もうとうそぶいていたらしいが、地上の屋敷にも地下工場にも、それに該当しそうなものは無かったそうだ。
     リゴーニ、あるいは彼の部下が持ち去った可能性も無くは無いが、剣を置く台座であるとか壁に掛けるフックだとか、そう言うものも、どこにも無かったと聞いている。つまり『元々剣があった』と言う形跡は、まるで無かったんだ。
     その上、君たちをわざわざ、自分の隠れ家に連れ込んだこともおかしい。そんなことをすれば間違い無く、隠れ家は司法当局に抑えられる。血道を上げて集めたはずのコレクションが押収されてしまうことは、容易に想像できたはずだ。
     なのに彼はあっさり隠れ家に君たちを入れていたし、さらにその後、一つとして取りに戻ったような様子も無かった。
     つまり彼は剣を口実にして君たちに協力を求め、最初から地下工場を暴くつもりだったのだ」
    「え、……じゃあ」
     目を丸くするアデルに、局長は目線をチラ、と向けた。
    「そうだ。彼の正体は、フランス絡みの美術品を蒐(あつ)める怪盗紳士でも、卑劣な強盗殺人を繰り返す凶悪犯でも無い。
     彼は組織を潰すため、たった一人で行動していた、義勇の士だったのだ」

    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 11

    2017.09.28.[Edit]
    ウエスタン小説、第11話。怪盗紳士の真の顔。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11.「それじゃ殺人犯として名前が知られ出したのは、最近の話なのね?」 エミルにそう尋ねられ、局長はうなずく。「うむ。しかし妙なのは、それに関する風説の流れの、その『速さ』だ。 確かに『強盗殺人』などと言うものは卑劣で恥ずべき犯罪であるし、故に悪評として広まるのが早いことは、想像に難くない。だがそれにしても、他の凶悪...

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    ウエスタン小説、第12話。
    イクトミ襲撃の夜。

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    12.
    「ごきげんよう、ご老人。騒がしい夜になりそうですな」
     そこには全身真っ白のスーツに身を包んだ伊達男が、拳銃を構えて立っていた。
    「……貴様……イクトミ……!?」
     アーサー老人は戦慄する。
     そして――銃声が、サルーン内に轟いた。



     だが、アーサー老人は傷一つ負うこと無く、その場に立ち尽くしたままだった。
    「……な、……なぬぅ?」
     流石のアーサー老人も、何が起こったのか把握するのに、数秒の間を要した。
     そして周囲の人間が、一人残らず射殺されていることに気付き、アーサー老人はもう一度イクトミに視線を向けた。
    「どう言うことだ? 何故彼らを殺した? まさかこいつらが一人ひとり、リーブル硬貨(18世紀までフランス王国で使われていた貨幣)を握っていたと言うわけでもあるまい」
    「ええ、左様です。
     彼らはあなたを狙っていたのです。そしてわたくしはあなたを探していた。であれば彼らを排除せねば、当然の帰結として、わたくしの目的は達せられません」
    「彼ら? こいつら全員が、私をだと?」
     アーサー老人はどぎまぎとしつつ、もう一度辺りを見回す。
    「彼らの懐を探ってみて下さい。その証明が見付かるはずです」
    「……うむ」
     イクトミの言う通りに、アーサー老人はカウンターに突っ伏したバーテンの懐を探り――そして、あの「猫目の三角形」が象(かたど)られたネックレスを発見した。
    「こいつら……!」
    「あなたはいささか、組織について知りすぎました。組織があなたや、あなた方を消そうとしています」
    「それを私に知らせるために、ここへ来たと言うのか?」
    「それも理由の一つです。あなた方がいなくなれば、わたくしもまた、早晩倒れることとなりますから」
    「どう言うことかね? ……ああ、いや」
     アーサー老人は長年の経験と勘、そして磨き抜いた人物眼から、イクトミに敵意が無く、友好的に接しようと距離を図っているのだと察し、フランクな声色を作る。
    「立ち話もなんだ、バーボンでもどうかね?」
     アーサー老人はカウンターの内側に周り、バーテンの死体をどかして、グラスを2つ取り出す。
    「ご厚意、痛み入ります」
     イクトミはほっとしたような顔をし、恭しく会釈をしてから、カウンターの席に付いた。

     カウンター周辺に漂っていた血と硝煙の匂いが、酒とつまみのバターピーナツの匂いに押しやられたところで、イクトミは話を切り出してきた。
    「わたくしのことを、いくらかお話してもよろしいでしょうか?」
    「うむ、聞かせてくれ」
     イクトミはバーボンを一息に飲み、ふう、と息を吐き出した。
    「インディアンとしての本名は、わたくしにも分かりません。
     仏系の父親からは一応、『アマンド・ヴァレリ』なる名をいただいておりましたが、10歳、いや、11歳くらいの頃から、自分からそう名乗ることは無くなりました。
     父はインディアンであった母のことを、家畜程度にしか思っていなかったことが分かりましたからね。その血を引くわたくしのことも、どう思っていたか。いや、悪感情を抱いていたことは間違い無いでしょう。
     そんな事情でしたから、11歳の頃に家を出ました。そんなわけで幼いながらも放浪の日々に入り、間も無く組織が『人材育成のため』と称して、わたくしを略取・誘拐しました。
     そこで私は、新たに『アレーニェ(蜘蛛)』と名付けられました。身体能力が他の子供と比べ、飛び抜けて高かったからでしょう。……しかしその名も結局、組織を抜けた際に捨てました。
     その後、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て――わたくしは、己で自分自身を『イクトミ』と名付けたのです」

    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 12

    2017.09.29.[Edit]
    ウエスタン小説、第12話。イクトミ襲撃の夜。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12.「ごきげんよう、ご老人。騒がしい夜になりそうですな」 そこには全身真っ白のスーツに身を包んだ伊達男が、拳銃を構えて立っていた。「……貴様……イクトミ……!?」 アーサー老人は戦慄する。 そして――銃声が、サルーン内に轟いた。 だが、アーサー老人は傷一つ負うこと無く、その場に立ち尽くしたままだった。「……な、……なぬぅ?」 ...

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    ウエスタン小説、第13話。
    独白。

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    13.
    「人に歴史あり、か。だがそれを私に聞かせて、何をしたい?」
     アーサー老人に2杯めのバーボンを注がれ、それもイクトミは飲み干す。
    「誰かに私の人となりを知っていただきたい、……などと言うのは厚かましいですな。いや、そんなことは申しますまい。お願いの話を、先にいたしましょう。
     組織と戦い、壊滅させることは、わたくしに課された宿命。この生命を賭してでも、成し遂げねばならぬ役目です。ですがわたくしには今、味方がおりません。
     どうか組織と戦うため、力をお貸しいただけませんでしょうか?」
     アーサー老人もバーボンを呷(あお)り、静かにうなずく。
    「どの道、私もFも組織と戦おうとしていたのだ。我々にとっても、君と言う凄腕の協力が得られると言うのならば、断る理由は無い。
     だが君と手を組むと言うことは、即ち探偵が犯罪者と手を組むと言うことでもある。関係を明かすことは、我々にとってマイナスになるだろう」
    「ご心配なく。いくつかの理由から、結果的にその心配は無くなるでしょう」
     イクトミの回りくどい言い方に、アーサー老人は首を傾げる。
    「どう言う意味かね?」
    「わたくしが公に殺害した人間については、ご存知でしょうか」
    「2件――1人目はN州レッドヤードの投資家、フランシスコ・メイ氏が秘匿していたと言う、18世紀製の気球用バーナーだったか、それを強奪するために殺害。
     そして2人目は、全純金製のSAA(シングル・アクション・アーミー)を強奪するため、グレッグ・ポートマン氏を。……と記憶している」
    「ええ、左様です。世間一般には、わたくしがそれら『ガラクタ』の蒐集のため、彼らを殺害したものと認識されているでしょう」
    「『ガラクタ』だと?」
     思いもよらないイクトミの言葉に、アーサー老人は自分の耳を疑った。
    「お前は、……まさか、……まさか、数々の窃盗行為は、偽装だったと言うのか?」
    「左様です。それについても、詳しく説明せねば、何が何だか見当も付きますまい」



     わたくしが組織との戦いを始めたのは、およそ1年半か、2年ほど前でしたか……。

     あの狂気の集団から逃れ、気ままな生活を謳歌していたのですが、そこへ突如、無くなったはずの組織からの召集令状が届きました。
     偽名で生活し、犯罪とは縁遠い職業に就き、少しばかりの友人に囲まれていた、わたくしのところに。
     当然、わたくしは令状を無視しました。今更あんなところには戻れない、戻りたくない、……と。
     そして、半月ほど経った頃でしょうか――わたくしは突然、町の銀行を襲ったコソ泥としての汚名を着せられ、訳の分からぬままに拘束・投獄されました。
     わたくしには、その一日はとても、とても恐ろしく、冷たく、おぞましい一日でした。昨日まで淡々と仕事に勤しんでいた職場を叩き出され、昨晩まで仲良く酒を飲んでいた友人たちに口汚く罵られながら、わたくしの新たな人生には無縁と信じていた監獄に突然、放り込まれたのですから。

     しかし、さらに恐ろしいのは、ここからでした。
     檻の中で打ちひしがれていたわたくしの前に、あの紋章を持つ者が2名、現れたのです。彼らはわたくしに、こう告げました。
    「これで我々の力が、良く分かっただろう。
     素直に我々の下に戻ってくるなら、すぐにでもここから出してやる。断ると言うのならば、君は明日にでも絞首刑になるだろう。
     窃盗と、友人殺しの罪でね」
     そう告げられた瞬間――わたくしの心の中に突如、天啓のようなものが飛来しました。いや、それはむしろ呪詛(じゅそ)、呪いの言葉と言ってもいいようなものだったのかも知れません。
     組織がこの世にある限り、わたくしには未来永劫、平和で幸せな生活などと言うものは訪れないのだと。

     わたくしは立ち上がり、檻の鉄柵をこの両の腕で引きちぎって牢を抜け、慌てふためく彼らを殴り据えて気絶させ、牢の中へ投げ捨てました。
     そしてわたくしは、町から逃げたのです。

    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 13

    2017.09.30.[Edit]
    ウエスタン小説、第13話。独白。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13.「人に歴史あり、か。だがそれを私に聞かせて、何をしたい?」 アーサー老人に2杯めのバーボンを注がれ、それもイクトミは飲み干す。「誰かに私の人となりを知っていただきたい、……などと言うのは厚かましいですな。いや、そんなことは申しますまい。お願いの話を、先にいたしましょう。 組織と戦い、壊滅させることは、わたくしに課された宿命。...

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    ウエスタン小説、第14話。
    組織を討つために。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    14.
     わたくしは本懐を隠すため、そしてわたくしが組織に「アレーニェ」だと悟られぬために、怪盗「イクトミ」を演じることにいたしました。
     まったく何の価値も無い、盗んだとしても何の被害も出ないようなモノを、さも価値があるかのように仰々しく盗み出すと言う、滑稽な道化を演じたのです。
     その裏で、わたくしは組織がどれだけの人員を有し、どこに本拠や基地を構え、何を計画しているのか探り、明らかになったものから逐次、潰しておりました。
     はじめのうちは、それは少しずつながらも成果を上げておりました。わずかながらも組織の力を削ぐことに成功し、地道に続けていればいつかは呪いを振り払い、ふたたび幸せで穏やかな生活を獲得できるのではと、淡い期待も抱いておりました。
     ですが現幹部の一人、フランシスコ・メイを倒した辺りから、組織もわたくしがかつての「アレーニェ」だと気付いたようでした。それを境に、組織はあちこちに兵隊を撒き、わたくしを襲わせ始めたのです。
     それに加え、組織はわたくしがガラクタのためにメイを殺害したと言ううわさを広め、かつてわたくしを投獄した時のように、警察や司法権力の力を借りてわたくしを捕らえようとしたのです。
     わたくしは改めて、組織の執拗さと陰湿さを認識しましたが、最早、後には引けません。その汚名をあえて否定せず、むしろ汚名を借りる形で、2人目の幹部を殺害しました。そう、黄金銃のポートマン老人です。
     しかしこれは、結果的に言えばかなり悪い事態を引き起こしてしまいました。あなた方パディントン探偵局を敵に回した挙句、わたくしの部下、相棒となっていた男を失うことになりましたからね。

     とは言え、あのマドモアゼル・エミルと再会できたことは、わたくしにとってこの上ない喜びでした。あの女(ひと)もわたくしと共に組織を憎み、共に戦ったことがあるのですから。
     旧組織陥落の折に生き別れとなり、二度と逢えぬものと諦めておりましたが、こうしてふたたび巡り逢えたのは、まさしく運命なのだと、組織を今度こそ潰すために神がお遣わしになったのだと、そう確信したのです。

     あの女(ひと)と共に戦うことができれば、わたくしは今度こそ、組織を完膚無きまでに潰し、人並みの生活と、ささやかな幸せを獲得できると――そう信じているのです。



    「つまり組織が崩壊し、君が殺害した2名がその幹部であると言う証拠が出れば、強盗殺人の容疑は帳消しになる。
     窃盗行為にしても、価値の無いガラクタ品ばかりだ。被害を訴え出る者などいるはずも無い。
     組織を潰すことができれば、君にかけられている数々の嫌疑・賞金は消える。我々と手を組んでいたことが分かったとしても、潰れた後であれば何の問題も無くなる、と言うわけだ」
     空になったバーボンの瓶を床に置き、アーサー老人はうんうんとうなずく。
    「しかし安直に『協力してくれ』『よかろう』などと話を進めるのには、無理がある。
     将来的に組織が無くなれば万々歳だが、その前に組織が手を打ち、我々と君との関係が明るみに出れば、組織を追うどころではなくなるだろうからな。
     とは言え手はある。少し待っていたまえ」
     アーサー老人はニヤ、と笑い、電話に向かった。



    「まさか君がAと接触していたなどとは、夢にも思わなかった」
     ブルース・ジョーンズ・カフェの奥で、パディントン局長はクスクスと笑いながら、イクトミと卓を囲んでいた。
    「流石のパディントン局長も、面食らったと言うわけですな。ボールドロイド氏も、一矢報いたと言う気分でしょうな」
    「勝率はトントンだよ。私が勝つこともあれば、Aが一杯食わすことも、往々にしてある。
     ま、そんなことよりも、だ。君と連携することとして、今後について策を講じていかねばなるまい。相手は『組織』、1人や2人じゃあないんだからな。
     初手は3人で話した通り、我々がアルジャン兄弟を捕らえ、君がギルマンを討つ。それによって組織は強い駒を失うと共に、兵站活動も滞ることとなる。言わば『腕』と『脚』を失うことになるのだ。
     仮にこれが狩りだとしたなら、腕と脚を失った獣を、次はどう攻略する?」
    「ふむ……。トリスタンさえいなくなれば、わたくしに恐れるものはございません。首尾よくギルマンを討てていれば、組織は兵隊を動かすこともできなくなるはずです。相手からの攻撃は、まず無くなると見ていいでしょう。
     となれば後は、『頭』を撃ち抜くばかりでしょう」
    「よかろう。その時は私の方でも全力を挙げ、君を援護する。いや、援護だけじゃあない。エミル嬢も説得し、前線に向かわせよう。
     君とエミル嬢がいれば、確実とは言えないまでも、かなり高い勝率を得られるはずだ」
    「はい、善処いたします」
     局長とイクトミは同時に立ち上がり、固い握手を結んだ。
    「では、ギルマンの手がかりが分かり次第、連絡するよ」
    「よろしくお願いいたします」

    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 14

    2017.10.01.[Edit]
    ウエスタン小説、第14話。組織を討つために。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -14. わたくしは本懐を隠すため、そしてわたくしが組織に「アレーニェ」だと悟られぬために、怪盗「イクトミ」を演じることにいたしました。 まったく何の価値も無い、盗んだとしても何の被害も出ないようなモノを、さも価値があるかのように仰々しく盗み出すと言う、滑稽な道化を演じたのです。 その裏で、わたくしは組織がどれだけの人...

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    ウエスタン小説、第15話。
    31日、決断のとき。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    15.
     局長はギルマンの目星を付けてすぐに、イクトミへ連絡した。
    「……と言うわけだ。そのジャック・スミサーと、彼の会社を調べれば、ギルマンへの手がかりが得られるだろう」
    《ありがとうございます。やはりあなたは優れた探偵王だ》
    「喜んでもらえたようで何よりだ。
     それよりイクトミ。今、私の側には誰もいない。人払いしているからね。エミルたちにも席を外してもらっている。
     この会話が誰かに聞かれると言うことは、無いと思ってくれていい」
    《ふむ……?》
     イクトミのいぶかしげな声が返ってきたところで、局長も再度、周囲に怪しい気配が無いことを確認してから、こう尋ねた。
    「Aはそこに?」
    《ええ、おります。お互い、今は一人でいると大変危険ですから》
    「状況は切迫している、……と言うことか。であれば早い内に、行動を起こさねばならんな。
     教えてくれるかね、イクトミ。アルジャン兄弟は今、どこにいる?」
    《A州のスリーバックス、メリー通りにあるレッドラクーンビル。そこにディミトリ・アルジャンの工房があります。
     そして2週間後の31日、ディミトリは兄トリスタンに、新たな拳銃を提供するとの情報を得ております》
    「その情報、どうやって入手を?」
    《何を隠そう、私とムッシュ・ボールドロイドは今、その隣室に潜んでいるのです》
    「何だって?」
     驚く局長に、イクトミはこう続ける。
    《電話回線に細工をし、ディミトリが電話で交わした会話はすべて、筒抜けになっております。一方で、わたくしたちの会話が傍受されないよう、スイッチ式に盗聴の可・不可を切り替えることもできます。
     普段から銃のことしか頭にないディミトリのこと、自分の電話に細工をされていることなど、まったく気付くはずも無い。事実ここに潜んで2日が経とうとしておりますが、今日も彼は、電話で兄と会話を交わしております。
     組織のことについて、それはもう明け透けに、そして何の隠し立てもせずに、です》
    「ほう……」
     と、電話の声がアーサー老人のものに変わる。
    《おかげで色々と、情報を得ることができました。情報源としては、もう十分にディミトリは役立ちました。
     我々はすぐ、ここを発つ予定です。入手した情報を頼りに、組織からの攻撃をかいくぐりつつ、ギルマンを追うつもりです。
     エミル嬢に襲撃させても、別段、何の問題も発生しないでしょう》
    「そうか。ではすぐ、準備する。今日、明日中には連邦特務捜査局の人間も連れて、A州へ発つことができるだろう」
    《幸運を祈ります。では》
     がちゃ、と電話が切れる。
     そしてすぐ、局長は別のところに電話をかけた。
    《こちら司法省、連邦特務捜査……》「やあ、ミラー。私だよ。ジェフ・パディントンだ」
     相手の挨拶をさえぎり、局長が名乗る。
    《……あんたか。一体何の用だ?》
     相手――連邦特務捜査局局長、ウィリアム・ミラーは、あからさまに邪険そうな声で応対する。
    「合同捜査をお願いしたい。極めて重要かつ、危険度の高い依頼だ」
     しかし局長がそう切り出した途端、その声色は真剣なものに変わった。
    《詳しく聞かせてくれ》
    「相手は『猛火牛』こと、トリスタン・アルジャン。
     N州でのリゴーニ地下工場事件やO州のトレバー銀行強盗事件、W州のユナイテッド製鉄工場爆破事件などの主犯ないしは重要関係者と目されている人物だ」
    《ほう》
    「出現する場所がつかめた。情報源は明かせないが、確かだ。
     確実に逮捕するため、人員を貸して欲しい。何人寄越せる?」
    《見繕ってみよう。……その、なんだ》
     ためらうようなミラーの口調から、局長は彼が言わんとすることを察する。
    「分かっているさ、危険な捜査になる。あの子は呼ばんよ」
    《恩に着る。1時間ほどくれ。こちらから連絡する》
    「分かった」
     ふたたび、電話が切れる。
     局長は局員たちが集まるオフィスに入り、声をかけた。
    「ネイサン。エミル。それから、ビアンキ君。
     仕事だ」

    DETECTIVE WESTERN 8 ~悪名高き依頼人~ THE END

    DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 15

    2017.10.02.[Edit]
    ウエスタン小説、第15話。31日、決断のとき。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -15. 局長はギルマンの目星を付けてすぐに、イクトミへ連絡した。「……と言うわけだ。そのジャック・スミサーと、彼の会社を調べれば、ギルマンへの手がかりが得られるだろう」《ありがとうございます。やはりあなたは優れた探偵王だ》「喜んでもらえたようで何よりだ。 それよりイクトミ。今、私の側には誰もいない。人払いしているからね...

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    新年はじめから、ウエスタン小説連載開始。
    銃の整備屋。

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    1.
     一般的に広く認知されている形での回転式拳銃(リボルバー)が軍だけではなく民間にも普及しだしたのは1830年代、コルト・パターソンと呼ばれるモデルの登場以降とされている。
     その後に登場したコルト・SAA(シングルアクションアーミー)やウィンチェスター・M1873ライフルと言った「西部を征服した銃」などに印象付けられるように、西部開拓史を語る上で、「銃」の存在は不可欠である。
     この「超兵器」が無ければ、アメリカに渡った移民たちが19世紀中に西部開拓を終わらせることなど、到底できなかっただろう。

     勿論――これは銃に限らず言えることであるが――昨今のファンタジー作品の如く、一度買えば永遠に使い続けられるような代物ではない。
     砂塵吹き荒ぶ過酷な環境を渡り歩く際にも常に携行され、使用する度に強力な火薬の力を受け止めるのである。ろくな手入れをしなければ10年どころか、1年や半年ももたずに壊れてしまう。
     かと言って「相手を撃ち殺す度丁寧に銃身を掃除する、几帳面な荒くれガンマン」などと言う存在が普遍的であったとは、到底考えにくい。それ故、この時代のガンスミス(銃の整備屋)はそれなりに、食いっぱぐれるようなことは無かったのだろう。



    「いらっしゃいませ」
     A州スリーバックスの市街地、レッドラクーンビル。
     西部では珍しい、3階建てのその木造建築の1階に店を構えるそのガンスミスは、その日も陰鬱な態度で客を出迎えた。
    「銃を直してほしいんだが、どのくらいかかる?」
     そう尋ねつつ、客は腰の左に付けたホルスターから拳銃を抜き、台の上に置く。
    「モノは、……ええと、……SAAの、4と4分の1インチ、……45口径ロングコルト弾、……ええと、……うん、……はい。
     ライフリングとか、シリンダーとか、……全部、泥が溜まってる。傷だらけだ。沼にでも落としたんですか?」
    「んなことはどうでもいいだろ? 俺はいくらかかるかって聞いてるんだ」
     苛立たしげに尋ねてきた男に、ガンスミスは慌てた口ぶりで答える。
    「ああ、ええ、すみません。ええと、そうですね、4ドル半、いえ、4ドルで」
    「ああ?」
     値段を聞いた途端、男はバン、と台を叩く。
    「高すぎる。2ドルに負けろ」
    「無理言わないで下さい。ほとんど全ての部品、換えなきゃいけませんし」
    「全部だぁ? ここはどこだ? ホットドッグ屋か? あの万力はパン挟むヤツか? 違うだろ? ここがガンスミスだって聞いたから俺は来たんだよ、ここに」
    「ですから、4ドルいただければ」
    「高いって言ってんだろうが!?」
     男はいきりだち、腰の右に付けていたホルスターからもう一挺、拳銃を抜いて構えた。
    「2ドル、いいや、1ドルでやれ。さもなきゃてめーにくれてやるのは1セントの鉛弾だ」
    「……はぁ」
     ガンスミスは台の上に置かれた、泥だらけの拳銃に視線を落とす。
    「盗品だな、このSAA」
    「な、なんだと? てっ、てめっ、適当こいてんじゃねえぞ!」
    「職業柄、適当は嫌いでね。
     あんたが普段愛用してる2インチモデルは利き腕ですぱっと抜ける位置にあったけど、こっちのはそうじゃない、左のホルスターから抜いてた。そのホルスターにしても、ベルト穴が2つほどズレて広がってる。あんたのじゃないってことだ。
     銃にしても、泥は付いてても錆や腐食は無い。そんなに長時間、水に浸かってた感じじゃないな。本当の持ち主を撃ち殺した後、沼の中に落っこちたのを奪って自分のものにしようとしたけど、泥や石ころが詰まったせいでどう頑張っても引き金引けなかったから、僕のところに持ってきたってところかな」
     ガンスミスの推理は、どうやら寸分の狂いも無く的中したらしい。男の顔色が、みるみるうちに青くなっていったからだ。
    「だっ……、だ、だったら、どっ、どうだってんだ!?」
    「もういいよ。相手するの、めんどくさいし」
    「は?」
     男がけげんな顔をした、次の瞬間――ぱす、と小さな音と共に、男の額に穴が空いた。

    「君みたいな馬鹿を相手にする気は無いよ。じゃあね」
     その陰気なガンスミス――ディミトリ・アルジャンは硝煙をくゆらせる、妙な銃身の付いたデリンジャー拳銃を台の上に放り投げ、ぶつぶつと一人言をつぶやきながら、壁に掛けられた電話に向かった。
    「あと5日だっけ。……やれやれ、せめて兄貴が来るのが明日だったら、手間も省けるのにな。
    『ゴミ掃除』も面倒になったもんだ」

    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 1

    2018.01.02.[Edit]
    新年はじめから、ウエスタン小説連載開始。銃の整備屋。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 一般的に広く認知されている形での回転式拳銃(リボルバー)が軍だけではなく民間にも普及しだしたのは1830年代、コルト・パターソンと呼ばれるモデルの登場以降とされている。 その後に登場したコルト・SAA(シングルアクションアーミー)やウィンチェスター・M1873ライフルと言った「西部を征服した銃」などに...

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    ウエスタン小説、第2話。
    合同捜査チーム。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「大事(おおごと)になってるな」
     そうつぶやいたアデルに、向かいの席に座っていたロバートがかくんかくんと首を振って答える。
    「マジすごいっスね。こんな大勢……」
    「しかもこの車輌1台、丸ごと俺たちの貸し切りだぜ。
     その上、経費も向こう持ちだってさ。局長が喜んでた」
    「太っ腹っスねー、流石お役人って感じっス」
     騒いでいた二人の脚を、エミルが蹴りつける。
    「いてっ」「あいたっ!? ……なにするんスか、姉御」
    「みんな、こっちにらんできてるわよ。騒ぐんなら客車の外でやりなさい」
    「……おっとと」
     慌てて口を手で押さえるが、それでもアデルは会話をやめない。
    「しかしさ、特務捜査局も本気出してきてるよな、これ」
    「そりゃそうよ。かなりの凶悪犯だもの、トリスタンは。
     むしろこれくらいの人数でかからなきゃ、返り討ちにされるわ」
     そう返し、エミルも客車の中を一瞥する。
     客車にはアデルたちを含め20人ほど乗っていたが、その全員が連邦特務捜査局の人間である。
     さらには拳銃や小銃、散弾銃と言った物騒なものを軒並み装備しており、その光景は「捕物」と言うよりも、軍隊の遠征を彷彿とさせるものだった。
    「奥に2つある木箱、何だか分かるか?」
     尋ねたアデルに、ロバートは、今度は首を横に振る。
    「何スか?」
    「ガトリング銃だよ。どうしても逃げられそうになった時の、最後の手段らしいぜ」
    「が、ガトリングっスか!? 無茶苦茶じゃないっスか」
    「あんたらねぇ」
     もう一度、エミルが二人の脚を蹴る。
    「いってぇ」「あうちっ!?」
    「あんまりぐだぐだしゃべってると、あたしがあんたたちをガトリングで撃つわよ」
    「わ、分かった、分かった」「すんませんっス……」
     二人が黙り込み、ようやくエミルがほっとしたような表情を見せる。
    「あ、そう言や」
     が、すぐにロバートが口を開き、エミルがまた、目を吊り上がらせた。
    「まだ何かあるの?」
    「あ、いえ、あのー、……ちょっと質問っス、はい」
    「どうぞ。短めにね」
    「そ、そのっスね、何でこんなに厳重警戒なんだろうなーって。
     トリスタン・アルジャンって、そんなにヤバいヤツなんスか? いや、俺も一回遭ったし、ヤバさは何となく分かるんスけど、相手は弟含めて、たったの2人っスよ?
     ガトリングまで用意するなんて、やり過ぎなんじゃないかなーって思うんスけども」
    「やり過ぎとは思わないわね、あたしは」
     一転、エミルの顔から険が抜ける。
    「聞いた話じゃ、あいつには猛火牛(レイジングブル)だなんて大仰な仇名があるらしいけど、実態はそれどころじゃないわ。
     その野牛と、それから獅子と灰色熊を足して、そこへさらに3を掛けたような、屈強かつ異様な肉体の持ち主よ。その上、一度こうと決めたら絶対に曲げない、まさに鋼の如き精神をも兼ね備えてる。
     そんな人間重機関車みたいなバケモノが真っ向から襲ってきたら、あんた勝てると、……いえ、生きてられると思う?」
    「う……」
     トリスタンの人物評を聞き、ロバートは顔を青くする。
    「犯罪歴も凶悪よ。局長が調べた範囲だけでも、5つの州と準州、30近い町で殺人と強盗、州や連邦政府の施設に対し不法侵入および破壊工作。さらには東海岸沖でも船を沈めたり積荷を奪ったりの海賊行為、……と、やりたい放題。
     その存在が政府筋に知られて以降、懸賞金は右肩上がり。でも検挙しようとする度、捜査官や保安官は重傷を負うか、殺されるか。軍隊まで動かして捕まえようとしたこともあったらしいけれど、それもことごとく失敗。
     実は今回も、局長からA州州軍へ働きかけたらしいんだけど、断られたって話よ。局長曰く、『派遣できるほどの余裕が無いとの返事だったが、失敗して恥をかきたくないと言うのが本音だろう』、……ですって」
    「そんな、……軍まで尻尾巻いて逃げるようなヤツ相手に、……俺たち、大丈夫なんスか?」
     恐る恐る尋ねたロバートに、エミルはぷい、と顔をそらしつつ、こう返した。
    「大丈夫ってことにしなきゃまずいわよ。そうじゃなきゃ死ぬんだし」
     どことなく弱気そうなエミルの様子に、アデルも不安を覚えていた。

    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 2

    2018.01.03.[Edit]
    ウエスタン小説、第2話。合同捜査チーム。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「大事(おおごと)になってるな」 そうつぶやいたアデルに、向かいの席に座っていたロバートがかくんかくんと首を振って答える。「マジすごいっスね。こんな大勢……」「しかもこの車輌1台、丸ごと俺たちの貸し切りだぜ。 その上、経費も向こう持ちだってさ。局長が喜んでた」「太っ腹っスねー、流石お役人って感じっス」 騒いでいた二人の...

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    ウエスタン小説、第3話。
    サムのうわさ。

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    3.
     と、ロバートが中腰気味に立ち上がり、客車をきょろきょろと眺める。
    「どうした?」
     尋ねたアデルに、ロバートはこう返す。
    「いや、そう言やサムのヤツ、いないなーって。あいつ、探偵局との連絡役でしょ?」
    「そう言や見てないな。……つっても、今回のヤマにゃ不向きだろ。もろにインテリ系だし、銃も持ってないって言ってたし。
     案外、今回は『急に熱が出ました』とか何とか言い訳して、逃げたんじゃないか?」
     アデルがそんな冗談を言ったところで、彼の背後から声が飛んでくる。
    「サムって、サミュエル・クインシーの坊やのことか?」
    「ん? ああ、そうだ」
     アデルが振り返り、返事したところで、声の主が立ち上がり、帽子を取って会釈する。



    「いきなり声かけて済まんな。俺はダニエル・スタンハート。ダンって呼んでくれ」
    「ああ、よろしくな、ダン。俺はアデルバート・ネイサン。アデルでいい」
     アデルも立ち上がって会釈を返し、軽く握手する。
    「それでダン、サムのことを知ってるのか?」
    「ああ。あいつなら今頃、N州に向かってるぜ。
     俺たちが出発する前日くらいだったか、うちの局長から直々に命令があったらしくてさ、大急ぎでオフィスを飛び出すのを見た。ま、何を命令されたかまでは知らないが」
    「妙なタイミングだな」
     アデルは首を傾げ、そう返す。
    「まるでこの遠征に行かせまいとしたみたいじゃないか」
    「俺たちの中でも、そう思ってる奴は結構いる。
     口の悪い奴なんか、『サムの坊やはミラー局長の恋人なんじゃないか』なんてほざく始末さ」
    「そりゃまたひでえうわさだなぁ、ははは……」
     アデルは笑い飛ばしたが、ダンは神妙な顔をしつつ席を離れ、アデルの横に座り直した。
    「笑い事じゃない、……かも知れないんだよな、これが」
    「……って言うと?」
     尋ねたアデルに、ダンはぐっと顔を近付け、こそこそと話し始めた。
    「サムが特務局に入ったこと自体、局長が工作したんじゃないかって言われてるんだ」
    「何だって?」
    「ここにいる奴らを見てりゃ察しも付くだろうが、どいつもこいつも実務主義、現場主義ってタイプばっかりだ。
     だがサムはそれと真逆って言うか、対極って言うか、言うなれば理論派って感じだろ?」
    「ああ、確かにな」
    「そりゃ、そう言うタイプが職場に多くいた方が効率的になるのかも分からんし、何かといい感じのアイデアが出て来るってこともあるだろう。そう言う考えで、局長は積極的に採用しようと思ってるのかも知れん。
     だがそう言うインテリ派は、今まで『外注』って言うか、大学の教授だとか研究所のお偉いさんに話を聞きに行くだけで十分、事足りてたんだ。わざわざ局員として雇うほどの必要性は無い。なのになんで、わざわざ銃もろくに握ったことの無い、なよっちくてひょろひょろのメガネくんを雇ったのか?
     そのおかげで、特務局のあっちこっちで『まさかマジでインテリかき集めるつもりなのか?』『それともサムの坊や、局長のお気にいりなのか?』なんて話がささやかれてる有様さ」
    「言っちゃなんだけど、下衆ばっかりね」
     と、アデルたちの会話にエミルも加わる。
    「あの子は確かに銃もろくに撃てないし、気弱で吃(ども)りもあるけど、アタマの良さは本物よ。あの子の判断と知識のおかげであたしたちの捜査が進展したことは何度もあるし、探偵や捜査官向きのいい人材だと、あたしは思ってる。
     そんな子を侮辱したり、陰口叩いたりする奴らの方がろくでなしよ」
    「ん、ん、……まあ、そう言ってやらないでくれ」
     ダンが苦い顔をし、エミルに応える。
    「確かに俺にしても、今――ちょこっとだぜ、ちょこっと――あいつを悪く言ったのは反省してる。
     特務局の奴らだって、サムに後ろ暗いところがあるなんて、本心からは思っちゃいないさ。根は良い奴ばっかりだ。それは俺が保証する」
    「そうね。あなたも謝罪してくれたし、あたしも言い過ぎたかもね」
    「分かってくれて嬉しいよ」
     にこっと笑ったダンに、エミルもニッと口の端を上げて返した。

    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 3

    2018.01.04.[Edit]
    ウエスタン小説、第3話。サムのうわさ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. と、ロバートが中腰気味に立ち上がり、客車をきょろきょろと眺める。「どうした?」 尋ねたアデルに、ロバートはこう返す。「いや、そう言やサムのヤツ、いないなーって。あいつ、探偵局との連絡役でしょ?」「そう言や見てないな。……つっても、今回のヤマにゃ不向きだろ。もろにインテリ系だし、銃も持ってないって言ってたし。 案外、今回...

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    ウエスタン小説、第4話。
    bewitched by the "F"ox。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「そんで、だ」
     と、ダンが真面目な顔になり、こう続けた。
    「あんましマトモなもんじゃないが――こっちの情報を教えたんだ。今度はあんたらの持ってる情報を教えて欲しいんだがな?」
    「って言うと?」
     そう返したアデルに、ダンはまた、ニヤっと笑う。
    「今回の件について、だよ。
     いや、大体のことは俺も把握してるつもりだ。凶悪犯トリスタン・アルジャンと、その弟を逮捕しようって話だろ?」
    「ええ、そうよ」
     うなずくエミルに、ダンは肩をすくめて返す。
    「だが、そこに至るまでの経緯がよく分からん。
     そもそも俺たち『実働部隊』に通達が来たのが、ほとんど出発前のことだ。うちの局長からいきなり『トリスタンの居場所をつかんだ。弟にも容疑がかかってる。すぐ向かってすぐ拘束しろ』、って言われて装備ポイポイ渡されて、そんで汽車にダダっと乗り込んだわけさ。
     だが、それまで俺たちも――多分あんたたちもだろうが――トリスタンの居場所どころか、奴についてのろくな情報も持っちゃいなかった。
     悪名ばかりを轟かせ、我々捜査当局を嘲笑う、実体無き凶悪犯ってわけだ。そんな幽霊(ゴースト)みたいな奴の情報をつかんだのが、あんたらんトコの局長だって言うじゃないか。
     東洋のことわざじゃ、何が何だか分かんねえって状況を、『狐につままれる』って言うだろ? まさに今回、それなんだよ。『フォックス』パディントンに首根っこつままれて、振り回されてるようなもんさ、俺たち特務局側は。
     だもんで、いまいち『やってやるぞ』って気分にならん。実際、ミラー局長だって半信半疑って感じで説明していたしな。
     だからさ、あんたらが知ってること、教えてくれないかなーってさ。これは俺だけじゃなく、今ここにいる全員が思ってることでもあるんだよ」
     ダンの言う通り、いつの間にか客車内にいた特務局員全員が、エミルたちに視線を向けている。
     そのプレッシャーに圧されたのか、エミルがふう、と息を吐いた。
    「分かったわよ。でも知ってることと言えることだけよ? こっちも業務上の守秘義務があるから、言えないことは絶対に言わない。
     それでオーケー?」
    「おう」
    「まず、今回とはまったく別件の捜査を依頼してた人間から、リークがあったのよ。それもズバリ、『自分はトリスタン・アルジャンの居場所を知っている』ってね。で、その別件の解決と引き換えに、居場所を教えてもらったってわけ。
     ただしあたしたちがその依頼者から直接聞いたわけじゃない。その依頼者からパディントン局長に電話で伝えられて、それがあたしたちや、あんたたちの局長に伝えられたのよ。
     あたしから言えることはそれくらいね。それ以上は、これ」
     そう言って人差し指を口に当てたエミルに、ダンは苦い顔を見せる。
    「あんまり有力な情報じゃないな。想像の範疇(はんちゅう)を超えない、ってくらいだ」
    「でしょうね」
    「正直、それじゃ納得しきれん」
    「同感ね。でもあたしからはこれ以上、何とも言えないわ」
    「……じゃあ」
     がた、がたっとあちこちから音を立てて、特務局員たちがエミルの周りに寄ってくる。
    「到着まで一旦、仕事のことは抜きにしてさ、何かさ、あれだ、話でもしようや」
    「な、いいだろ? いや、下心なんかありゃしねえよ? たださ、こう言う稼業やってるとさ」
    「何と言うか、あれだ。女と、いや、レディと、ほら、真っ当に親しくなるチャンスってのが、なかなか、あれで、うん」
    「って言うかお嬢さん、普通に、いや、普通以上に綺麗だし、こりゃ話しかけなきゃ男じゃねえって言うか、な?」
     揃って助平顔でニヤつく特務局員たちを一瞥(いちべつ)し、エミルは頬杖を突きつつ、はぁ、とため息をついた。
    「サムの印象があるから、あたし、もっと特務捜査局ってお堅いイメージ持ってたんだけど、そうでもないのね」
    「だけどさ」
     と、アデルが肩をすくめる。
    「俺たちが一番最初に会った特務局員って、結構乱暴なクソ野郎だったろ? マド何とかって言ったっけか」
    「それもそうね。じゃ、本当にあの子が特殊なのね。何かと」
    「だろうな。……ん?」
     アデルはうなずいて返そうとしかけたが、その途中、違和感を覚える。
    「エミル、『何かと』ってどう言う意味……」
     尋ねようとしたが――既にエミルは特務局員たちから質問攻めに遭っており、アデルには答えられないようだった。

    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 4

    2018.01.05.[Edit]
    ウエスタン小説、第4話。bewitched by the "F"ox。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「そんで、だ」 と、ダンが真面目な顔になり、こう続けた。「あんましマトモなもんじゃないが――こっちの情報を教えたんだ。今度はあんたらの持ってる情報を教えて欲しいんだがな?」「って言うと?」 そう返したアデルに、ダンはまた、ニヤっと笑う。「今回の件について、だよ。 いや、大体のことは俺も把握してるつもりだ。凶悪犯...

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    ウエスタン小説、第5話。
    敵地目前の作戦会議。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     特務局の人間とすっかり打ち解けた頃になって、列車は目的地であるスリーバックスの2つ手前の駅、ジョージタウンに到着した。
     と、ここで一人が立ち上がり、全員を見渡す。
    「皆、聞いてくれ」
    「どうした、リーダー?」
     尋ねたダンに、リーダーと呼ばれたその男――ローランド・グリーン捜査長はこう続けた。
    「明日にはスリーバックスに到着するところまで来たわけだが、このまま全員でなだれ込むのは得策じゃないと、俺は考えている」
    「って言うと?」
     別の一人に尋ねられ、ローはもう一度、周囲を一瞥する。
    「考えても見てくれ、こんな大人数で押しかけてきたら、間違い無く騒ぎになる。となれば明日スリーバックスに来るはずのアルジャンが警戒し、引き返す可能性が高くなる。
     わざわざ20人で乗り込んでおいて、何の成果も挙げられませんでした、……じゃあ、バカみたいだろ?」
    「ま、そりゃそうだ」
    「だから提案として、ここで半数が列車を降り、もう半数が次の駅で降りる。
     そして明日、3~4名ずつで一日かけてスリーバックスに逐次進入し、目的地であるレッドラクーンビルをじわじわ囲み、翌日に訪れるはずのアルジャンが来るのを待ち構える。
     こう言う作戦はどうだろうか?」
     この提案に、何名かは同意した。
    「同じことは俺も考えてた」
    「確かにな。いくらなんでもこんな大人数で陣取ってちゃ、コヨーテだって寄って来ねえよ」
    「同感」
     一方で、渋る様子を見せる者も少なくない。
    「いや、そしたら後ろのアレとかどうすんだよ」
    「誰かにガトリング抱えさせて、明日まで一緒におねんねしてろって言うのか?」
    「俺は嫌」
     ダンも反対派に回る。
    「俺はまずいだろうって方に一票だ。
     相手をナメてかかってないか、リーダー? あの『猛火牛』なんだぜ? もしも俺たちの予想よりちょっとでも早くアルジャンが到着して、明らかに政府筋の俺たちとかち合ったりでもしてみろよ。
     無茶苦茶やるので有名な暴れ牛が、いきなり拳銃ブッ放したりなんかしないって保証は、どこにも無いんだぜ。
     いざそうなった時に頭数が無いってんじゃ、どうしようも無いだろ。エミルの姐さんだって、あいつは『人間重機関車』だっつってるんだしさ」
     ダンの意見に、賛成派だった者も次々、意見を翻す。
    「だよなぁ。早撃ち・暴れ撃ちでも有名だし」
    「もし撃ち合いにでもなったら、逮捕どころの騒ぎじゃないぜ。
     下手すりゃ一般人に被害が出て、新聞社に抗議の手紙が押し寄せ……」
    「最悪、特務局は取り潰し、俺たち全員懲戒免職ってことにもなりかねんぞ」
     意見が割れ、皆はローへ異口同音に尋ねる。
    「で、結局どうすんだ、リーダー? 全員で行くか? それとも逐次か?」
     皆に囲まれ、ローは思案する様子を見せる。
    「反対派の意見も確かに考慮すべき点はある。ダンの言う通り、相手は西部最悪と言っていいくらいの凶悪犯だ。ちょっとやそっとの人数で囲んだとしても、突破されるかも知れない。その点だけを考えるなら、確かに20人全員で押しかけた方が確実だろう。
     だがまず、大前提として、俺たちはアルジャンを町におびき寄せ、罠の中に飛び込んでもらわなきゃ困るんだ。現状でそれ以外に、あの凶悪犯を可能な限り平和裏に逮捕する手立ては無いんだからな。
     となれば俺たちの目論見、即ちアルジャンの逮捕を確実に達成することを第一に考えるなら、俺たちがそこにいると、相手に気取られるわけには行かないだろう?
     だから、……反対してる皆には済まないが、逐次案を採る。繰り返すが、より確実を期すための決断だ。どうか納得して欲しい」
     そこでローが帽子を取り、深々と頭を下げる。
     リーダーにそこまでされては、皆も首を縦に振るしか無い。
    「分かったよ、リーダー」
    「あんたがそこまで言うんなら、従うさ」
    「ありがとう、皆」
     ほっとした顔を見せたローを、皆がやれやれと言いたげな顔で囲む。
    「それじゃ早速、ここで降りる奴を決めるとするか」
    「そうだな」
     特務局員らが話し合う傍ら――アデルたち3人はずっと、その成り行きを冷ややかに眺めていた。

    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 5

    2018.01.06.[Edit]
    ウエスタン小説、第5話。敵地目前の作戦会議。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 特務局の人間とすっかり打ち解けた頃になって、列車は目的地であるスリーバックスの2つ手前の駅、ジョージタウンに到着した。 と、ここで一人が立ち上がり、全員を見渡す。「皆、聞いてくれ」「どうした、リーダー?」 尋ねたダンに、リーダーと呼ばれたその男――ローランド・グリーン捜査長はこう続けた。「明日にはスリーバックスに...

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    ウエスタン小説、第6話。
    猛火牛、来る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ジョージタウンで作戦会議が行われた、その2日後。
     駅に掛けられた時計が2時40分を指すとほぼ同時に、列車がスリーバックス駅に到着した。
    「……」
     到着と同時に、一瞬、熊と見紛うほどの筋骨隆々の男が、のそりと客車から現れる。
     件(くだん)の「猛火牛」こと、トリスタン・アルジャンである。
    「……ふむ」
     彼は辺りをうかがい、むすっとした表情のまま、駅を後にし、通りを闊歩(かっぽ)する。
     その間にも時折、彼は周囲に視線を向けていたが、その都度安心したかのような、しかし、どこか腑に落ち無いと言いたげな鼻息を漏らし、歩き続ける。
     やがて目的の場所――弟の経営するガンスミス店が入った3階建ての木造建築、レッドラクーンビルの前に着く。
    「……」
     そこでももう一度、トリスタンは周囲を見回し、首を傾げる。
     が、それ以上何かするでもなく、彼は店に入った。
    「ディム、私だ。少し早いが、来たぞ」
    「ああ、兄さん」
     店の奥から弟、ディミトリ・アルジャンが手を拭きながら現れる。
    「いや、時間通りだよ。3時きっかり」
    「そうか」
     トリスタンは自分の懐中時計と、壁に掛けられた時計とを見比べ、またわずかに首を傾げた。
    「ではお前の時計が早いようだ。
     私の時計は駅の時計と合致していたが、こちらとは合っていない」
    「いいじゃないか」
     ディミトリは肩をすくめ、ふたたび店の奥へ戻る。
    「2つ時計があるんだ。同じ時間を示したって無駄だろ」
    「変わり者だな、相変わらず」
    「僕に言わせりゃ、兄さんも相当さ。なんだってそこまで神経質に、時間を気にするのさ?」
    「それが時間と言うものだ」
     トリスタンは奥へ進まず、店の中央に佇んだまま、弟の背中を眺めている。
    「私には、守らぬ人間の方が信じられん」
    「人それぞれ。合わせようって無理矢理言う方が、僕にはどうかしてると思うけどね」
    「その点は相変わらず、意見が合わんな」
    「逆に言えばその1点だけさ。他はわりと合ってるじゃないか」
     奥から戻ってきたディミトリが、左手に持っていたコーヒー入りのカップを差し出す。
    「これもね。バーボン嫌いだったろ?」
    「当然だ」
     トリスタンはカップを受け取り、掲げてみせる。
    「酒は人を堕落させる」
    「出た、兄さんの流儀その1」
     ディミトリはニヤニヤ笑いながら、右手のフラスコを掲げる。
    「ま、どんどん飲んでよ。いっぱいあるから」
    「いや」
     と、トリスタンはカップを傍らの机に置く。
    「本来の目的を先に済ませておきたい。渡してくれ」
    「ん? ああ、うん、拳銃だったね」
     ディミトリは棚から箱を取り出し、トリスタンに向かって開ける。
    「はいこれ。M1874のノンフルート、6インチカスタム。しっかり整備しといたよ」
    「うむ」
     トリスタンは拳銃を受け取り、懐に収め――ると見せかけ、それを突然、ディミトリに向けた。
    「な……、何だよ、兄さん? 物騒だなぁ」
    「妙なことばかりが起こっている」
     ディミトリの問いに応えず、トリスタンはじっとその顔を見据えつつ、話をし始める。
    「お前から銃を受け取るため、この町に来た。それ自体はいつものこと、至極まともな出来事だ。疑いの目を向ける余地など無い。
     疑うべきはこの町に着く2駅前、ジョージタウンからのことだ。私に対して、妙な視線が向けられているのを感じていた。明らかにあの狗(いぬ)共、連邦特務捜査局の奴らのものだ。
     なのでいつもの如く、組織に確認を取ってみれば、確かに私を拿捕せんと向かっている一団があると言う。数は20名。だが組織からの指示により無力化されており、後は私が各個撃破すれば終わりだ、との返答も得ていた。
     故に待ち構えていたが、ジョージタウンにおいても、その次のトマスリバーにおいても、そしてここ、スリーバックスに到着しても、視線は感じれど、姿をまったく現さず、何か仕掛けてくるような気配も無い。
     そして極めつけは――ディム、お前のことだ」
     かちり、と拳銃の撃鉄を起こし、トリスタンは続けて問う。
    「お前の瞳は私が知る限り、この31年間ずっと、緑色だったはずだ。
     だが今のお前は何故、茶色い目をしているのだ?」
    「……っ」
     飄々(ひょうひょう)と振る舞っていたディミトリの顔に、ここで初めて、焦りの色が浮かんだ。

    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 6

    2018.01.07.[Edit]
    ウエスタン小説、第6話。猛火牛、来る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ジョージタウンで作戦会議が行われた、その2日後。 駅に掛けられた時計が2時40分を指すとほぼ同時に、列車がスリーバックス駅に到着した。「……」 到着と同時に、一瞬、熊と見紛うほどの筋骨隆々の男が、のそりと客車から現れる。 件(くだん)の「猛火牛」こと、トリスタン・アルジャンである。「……ふむ」 彼は辺りをうかがい、むすっ...

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    ウエスタン小説、第7話。
    牛狩りの時。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     パン、と火薬が弾ける音が響くと同時に、ディミトリの姿はトリスタンの前から消え失せていた。
     だが――。
    「私をなめるなよ、アレーニェ!」
     すかさずトリスタンは、天井に向かってもう一発放つ。
    「うっ……」
     一瞬間を置いて、うめき声と共に白い塊がどさり、とトリスタンの前に落ちてきた。



    「流石はトリス。僕の動きを、見切っていたか」
     力無く笑うイクトミのほおからは、ぼたぼたと血が滴っている。
    「とは言え、どうにかかわしはしたがね」
    「この前のような道化振る舞いはどうした、アレーニェ?」
     トリスタンはイクトミを見下ろし、三度撃鉄を起こす。
    「お嬢に気に入られようとしていたようだが、滑稽はなはだしい。何の効果も無い。惨めなだけだぞ、アレーニェ。
     それとも我々の目を眩(くら)まそうとしていたのか? だがそれも無意味だったな。世間の有象無象共に『怪盗紳士イクトミ』などと己を呼ばせていい気になっていたようだが、我々の目は少しもごまかせない。
     そう、お前のやってきたことなど、何一つ実を結びはしないのだ。我々に楯突こうなど、所詮は愚行に過ぎん」
    「……ご高説を賜り大変痛み入りますが」
     と――イクトミの口調がいつもの、慇懃(いんぎん)なものに変わる。
    「わたくしはいくら無駄だ、無意味だと罵られ、なじられようとも、その歩みを止める気など毛頭ございません。
     それがわたくしの、成すべき宿命でございますればッ!」
     ふたたび、イクトミは姿を消す。
    「くどいぞ、アレーニェ!」
     トリスタンが吼えるように怒鳴り、拳銃を構えた瞬間――周りの棚や机、さらには窓や壁に至るまで、ぼこぼこと穴が空き始めた。
    「ぬう……ッ!?」

    「撃て撃て撃て撃てーッ!」
     外では特務局員がガトリング銃を構え、掃射を始めていた。
     その横にはアデルたちと、縛られた上に猿ぐつわを噛まされ、完全に無力化されたローと、そしてディミトリ、さらにはどう言う経緯か、アーサー老人の姿までもがある。
    「ビルが倒れようと構わん! 中はトリスタン一人だけだ! ビルごと葬ってやれーッ!」
     ダンの号令に応じ、ガトリング銃に加え、他の者たちも次々に銃を構えて、ビルに向かって集中砲火を浴びせる。
    (……なあ)
     と、アデルが小声でエミルに尋ねる。
    (ボールドロイドさんの話じゃ、中にイクトミがいるんだろ?)
    (ええ、協力を取り付けたらしいから。どうやって接触したのか知らないけど)
    (流石と言うか、何と言うか。
     でもあそこまで撃ちまくられたら、イクトミの奴、蜂の巣になってんじゃないか?)
    (心配無用)
     エミルの代わりに、ディミトリの縄をつかんでいたアーサー老人が答える。
    (彼ならもう既に、ビルを出ているはずだ)
     続いて、エミルもうなずいて返す。
    (でしょうね。問題はトリスタンの方よ)
    (問題って……、蜂の巣っスよ?)
     けげんな顔で尋ねてきたロバートに、エミルは首を横に振って返す。
    (あいつがこの程度でくたばってくれるようなヤワな奴なら、苦労なんかするわけ無いわ)
    (へ……? い、いや、あんだけ撃ち込まれてるんスよ? 普通、死ぬっスって)
    (言ったでしょ? あいつは普通じゃないのよ)
     問答している内に、ビルの1階部分がぐしゃりと潰れ、2階・3階も滝のようになだれ落ち、土煙の中に沈んでいく。
    「もが、もが……」
     真っ青な顔で様子を見ていたディミトリが、猿ぐつわ越しに泣きそうな声を漏らす。
    「残念だったな、ディミトリ・アルジャン。お前のお城、消えて無くなっちまったぜ?」
     ディミトリの襟をつかみ、ダンが勝ち誇った顔を見せつける。
    「お前も兄貴も、まとめて絞首台に送ってやるぜ! もっとも兄貴の方は、その前に土の下らしいけどな」
     土煙がアデルたちのいるところにまで及び、自然、局員たちの攻撃の手が止む。
    「いくらなんでも、もう……」
     誰かがそう言いかけたところで、エミルが叫ぶ。
    「まだよ! 止めないで! 撃ち続けて!」
    「え……?」
     局員たちが何を言うのか、と言いたげな顔をエミルに向けた、その瞬間だった。
    「ぐばっ……」
     その中の一人の顔が、まるで壁に投げつけられたトマトのように飛び散った。

    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 7

    2018.01.08.[Edit]
    ウエスタン小説、第7話。牛狩りの時。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. パン、と火薬が弾ける音が響くと同時に、ディミトリの姿はトリスタンの前から消え失せていた。 だが――。「私をなめるなよ、アレーニェ!」 すかさずトリスタンは、天井に向かってもう一発放つ。「うっ……」 一瞬間を置いて、うめき声と共に白い塊がどさり、とトリスタンの前に落ちてきた。「流石はトリス。僕の動きを、見切っていたか」 力無...

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    ウエスタン小説、第8話。
    策謀巡る捜査線。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     決戦前日の午前7時、ジョージタウンの次の駅、トマスリバーにて。
    「それじゃ皆、出発だ」
     半数を前の駅に残し、10名となった人員を前にし、ローは指示を出す。
    「次の便に乗り込み、スリーバックスに到着後、マーティン班は貨物車に潜んで待機。午後1時になったらビル前の第1ポイントに向かってくれ。
     バロウズ班は到着後すぐに駅を出て、第2ポイントに。それから俺の班は、午後2時まで駅で待ってから、第3ポイントに行くぞ」
    「……」
     ところが――誰ひとりとして敬礼もせず、姿勢も正さず、「了解」の一言も発しない。
    「なんだ?」
     ローがけげんな顔をし、尋ねたところで、背後からとん、と肩に手が置かれる。
    「え……」
     振り向いた次の瞬間、前の駅で降りたはずのダンが怒りを満面ににじませた顔で、ローのあごを殴りつけてきた。
    「ぎゃっ!?」
    「お芝居はそこまでだぜ、リーダー」
    「な……何故?」
     情けなく尻もちを着き、そのまま動けないでいるローに、ダンが拳銃を向ける。
    「何でここにってか? てめーの企みを見抜いてたからだよ。
     大体、無茶な話じゃねえか。いくらバレるかもって言ったってよ、20人プラス3人の大軍を、わざわざ3人、4人に分けるなんざ、自殺行為もいいところだ。各個撃破して殺してくれって言ってるようなもんだろ。
     じゃあどうして、そんなことをするのか? 簡単な話だ、殺してもらおうと図ってたんだ。俺たち特務捜査局にとって憎むべき凶悪犯であるはずの、トリスタン・アルジャンにな」
    「ば、馬鹿な! なんで俺がそんなこと……」
     弁解しかけたローに、エミルも拳銃を向けつつ近付いて来る。
    「それも単純な話ね。あんたがそう頼まれたからよ。今度はスミスだかジョンだか知らないけどね。
     昨夜、確かにあたしたちはジョージタウンで降りたわ。今日の昼の便で、スリーバックスに向かうってことでね。
     でもその前にちょっと、電話を掛けてみたのよ。特務捜査局にね」
    「……!」
     エミルの話を聞き、ローの顔から血の気が引く。その真っ青な顔を憮然と眺めつつ、アデルが話を継いだ。
    「特務局に電話してみたら、ミラー局長からものすごく驚かれたよ。『なんで今まで電話してこなかったんだ』、ってさ。
     どうやらあんたがご熱心に電話してたのは、特務局にじゃなく、もっと別のところだったってことだ。
     で、本当はどこに電話してたのか、ミラー局長を通じて電話会社に調べてもらった。そしたら……」
     そこでエミルがニッと笑い、ふたたび話を続ける。
    「A州、セントメアリー――スリーバックスの先にある駅に何度も電話してたってことが分かったわ。
     つまりあたしたちの動きは、組織にバレてるってことよね。あんたが逐一報告してくれたおかげで」
    「し、知らん! なんだよ、組織って?」
     ローは白を切ろうとするが、エミルはそこで、ダンに向き直る。
    「ダン、こいつの身体検査して。三角形のネックレスか何か、持ってるはずよ」
    「よし来た」
     ダンはごそごそとローの懐を探り、「あったぜ」と答える。
    「これか? この、三角形と目みたいなのが付いた奴」
    「それね。もう言い逃れできないわよ、リーダーさん?」
    「う……ぐ」
     ローはそれ以上反論せず、うつむいて黙り込んだ。
    「……しかし、となるとだ」
     ネックレスを握りしめたまま、ダンが不安そうな表情になる。
    「俺たちがこのままノコノコとスリーバックスに行っちまったら、返り討ちに遭うってことだろ? 何日も潰して折角ここまで来たってのに、退却しなきゃならんってのは悔しいぜ」
    「そうとも言い切れないわよ」
     エミルがパチ、とウインクする。
    「トリスタンはあたしたちが来ていることを知ってはいても、こうしてスパイがバレたことについては知らないわ。
     罠を張ってると高をくくって、堂々と真正面から乗り込んでくるはずよ。それこそ、あいつにとって最も大きな隙になる。
     だから、結論はゴーよ。このまま22人総出で、あの化物を退治しに行きましょう」

    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 8

    2018.01.09.[Edit]
    ウエスタン小説、第8話。策謀巡る捜査線。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 決戦前日の午前7時、ジョージタウンの次の駅、トマスリバーにて。「それじゃ皆、出発だ」 半数を前の駅に残し、10名となった人員を前にし、ローは指示を出す。「次の便に乗り込み、スリーバックスに到着後、マーティン班は貨物車に潜んで待機。午後1時になったらビル前の第1ポイントに向かってくれ。 バロウズ班は到着後すぐに駅を出...

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    ウエスタン小説、第9話。
    怪物。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
     ロー拘束から時間は進み、同日、夜7時。
     じりりん、と鳴った電話を、ディミトリが取った。
     いや――。
    「はい、こちらレッドラクーン・ガンスミス。……ああ、いやいや、マドモアゼルでしたか」
     ディミトリの姿をした男は、相手の声を聞くなり、己の声色をガラリと変えた。
    「……ええ、ええ。問題はありません。たまに来る組織かららしき電話も、適当にあしらっております。……ええ、疑っている様子など、まったく。と言うより、そんなことは端から想定していないのでしょう。
     まさかディミトリが既に、我々の手に落ちているなどとは、……ね」
     そう言いつつ、ディミトリ――に変装したイクトミは、目の前に座らされている、本物のディミトリを見下ろす。
    「……」
     拘束されたディミトリが忌々しげな目で見つめていることに気付き、イクトミは彼に対し、恭しく会釈して返す。
    「では予定通り、明日3時に。……はい、……はい、では」
     電話を終え、イクトミはディミトリに尋ねる。
    「如何されましたか、ディミトリ?」
    「……その気取ったしゃべり方をやめろ、アレーニェ。気に障る」
    「ははは」
     突然、イクトミは乾いた笑い声を上げる。
    「なっ、何だ?」
    「じゃあ僕からも提案だ、ディミトリ。僕のことをアレーニェと呼ぶのはやめろ」
    「何だって?」
    「その名前は強制的に与えられた、僕にとって嫌な思い出しか無いものだ。
     今の僕は、イクトミだ。僕のことを呼ぶのなら、そう呼べ」
    「……何だっていい、お前が名乗りたい名前なんか、僕の知ったことじゃない。
     とにかくこんな馬鹿げた真似は、すぐにやめるべきだ。組織の恐ろしさは、いや、兄貴の恐ろしさは、あんたが一番、身を以て知ってるはずだ。
     特にその右目に、しっかりと刻まれてるはずだよな?」
     ディミトリのその一言に、イクトミの笑顔が凍りつく。
    「あんたはけったいな白スーツで現れたり気持ち悪いしゃべり方したり、道化芝居が随分上手みたいだけど、その目だけはごまかせないみたいだな。
     その右目、兄貴にやられてるって聞いたぜ。一応目玉は残ってるみたいだけど、ほとんど見えやしないんだろ? へへ、へ、へっ」
    「……」
     次の瞬間――ディミトリの右膝から、血しぶきが飛び散る。
    「はぐぁ……っ」
    「僕を愚弄することこそ、やめるべきことだ。今の君は、僕に生殺与奪のすべてを握られているのだから」
    「はぁ……はぁ……」
     ディミトリが顔を真っ青にしたところで、イクトミの背後から「やめたまえ」と声がかけられる。
    「他ならぬエミル嬢の頼みで、わざわざギルマン捜索を延期してまで確保した人質だ。殺しては、全てが水の泡だ。
     君の冷静は、うわべや演技では無いだろう?」
    「……ええ」
     イクトミはアーサー老人にす、と頭を下げ、それからディミトリに止血を施した。
    「弾はかすらせただけです。死に直結するようなものではございません」
    「うむ、いつもの君だ。
     さて、ディミトリ君。明日には君の兄、トリスタン・アルジャンがここへ到着するわけだが、君は兄にどの程度勝算があると思っているかね?」
    「……100%だ。兄貴がこの程度の策や罠なんかで、やられたりするもんか」
    「論理性を重視する君のことだ、何か明確な根拠があるのだろう? 言ってみたまえ」
     アーサー老人に尋ねられ、ディミトリは脂汗の浮いた顔でニヤっと笑った。
    「論理だって? あの人に論理なんか、何の意味も成さないよ」



     突然頭が吹き飛んだ同僚を目の当たりにし、局員たちの顔が恐怖で凍りつく。
    「なっ、あ……」
    「す、スティーブ、……スティーブ!?」
    「ち、……畜生ッ!」
     振り向こうとしたその直後、さらにもう一人、ぼごんと胸に大穴が空き、大量の血しぶきを上げる。
    「ひっ……」
    「しょっ、ショットガンだ! 隠れろ!」
     どうにか壁に潜み、局員たちは混乱を抑えようとする。
    「何でだ!? あれだけ撃ち込んで、何故生きてる!?」
    「そもそも変だろ!? 反撃してくるなんてよぉ!? できるわけねーじゃねーか!」
    「ひっ……ひっ……はっ……ダメだ、ダメだ、ダメだ……」
     だが、一瞬の内に同僚2名が惨殺され、彼らは半ば錯乱しかかっていた。
    「……怪物(モンスター)……!」
     誰からともなく漏れ出たその言葉に、その場にいた全員の絶望感が表れていた。

    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 9

    2018.01.10.[Edit]
    ウエスタン小説、第9話。怪物。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. ロー拘束から時間は進み、同日、夜7時。 じりりん、と鳴った電話を、ディミトリが取った。 いや――。「はい、こちらレッドラクーン・ガンスミス。……ああ、いやいや、マドモアゼルでしたか」 ディミトリの姿をした男は、相手の声を聞くなり、己の声色をガラリと変えた。「……ええ、ええ。問題はありません。たまに来る組織かららしき電話も、適当にあ...

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    ウエスタン小説、第10話。
    カスタム・リボルバー。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    10.
    「ディミトリ君」
     と、アーサー老人がディミトリの襟をぐい、と引き、無理矢理に顔を向けさせる。
    「……何だよ」
     憮然とした顔で応じたディミトリに、アーサー老人が小銃を向ける。
    「君の兄について知っていることを、可能な限り詳細に聞かせたまえ。特に装備についてだ。
     誰かがショットガンだと叫んでいたが、あのビルからここまでは、優に50ヤードは離れている。到底、ショットガンの弾が届くような距離では無い。だが威力に関しては、確かにショットガン並みだ。人の頭が粉々になった程だからな。
     一体どんな武器を使えば、ショットガンの威力とライフルの有効射程が両立できるのだ? それを把握せねば、我々に勝利は無い」
    「ヘッ」
     だが、ディミトリは悪態をつくばかりで、質問に応じようとはしない。
     それを受けて、ダンも拳銃をディミトリに向ける。
    「言えよ。言わなきゃ俺も、マジで撃つぜ」
    「そんなこと言っちまったら、兄貴にとって不利になる。それじゃ僕が助からない。
     じゃあ言わない方が、僕にとって得だろ?」
     ディミトリがふてぶてしく、そう答えた瞬間――パン、と火薬の弾ける音が、ダンからではなく、エミルの拳銃から放たれた。
    「ぎあっ……」
     続いてディミトリの短い悲鳴が部屋に響き、その場の全員が彼に注目する。
    「ひっ、ひいっ、はっ、……な、……に、……するんだ」
     ディミトリが左耳の辺りを押さえているが、指の隙間からボタボタと、血がこぼれている。
    「聞く耳持ってないみたいだから、千切ってあげたのよ。右耳も行っとく?」
     かちり、と拳銃の撃鉄を起こし、エミルがこう続ける。
    「このまま放っておいたら、確かにあたしたちは全滅するでしょうね。でもそれまで10分はあるでしょ? あんたを拷問にかけるだけの時間は十分にあるわ。
     ま、あと10分辛抱できるって言うなら、強情張って黙ってればいいだけだけどね」
    「ひ……」
     まだ硝煙をくゆらせるスコフィールドの銃口を右手の甲に当てられ、ディミトリの顔面は蒼白になる。
    「今すぐ素直に言うなら、手は勘弁してあげるわよ。職人だもの、利き手は命より大事よね……?」
    「あ、あっ、う、……い、言う、言うっ。言うよっ」
     ディミトリは泣きそうな顔で、トリスタンの情報を話し始めた。
    「兄貴は基本的に、銃身の長い銃は使わない。ピストルに比べて携行しにくく、接近戦では不利になるからだ。だからライフルとかショットガンは持ってない。
     今、兄貴が使ったのは、店に置いてたM1874シャメロー・デルビン式リボルバーだろう。ただしカスタムしてある」
    「どんな改造を?」
     尋ねたアーサー老人に、ディミトリは一転――耳を撃たれた直後にも関わらず――どこか恍惚(こうこつ)とした表情で語る。
    「一番の特徴はホットロード(強装弾)化さ。シリンダー部分を18ミリ伸長し、通常使用される11ミリ×17ミリ弾より9ミリも薬莢長を伸ばした僕特製の11ミリ×26ミリ弾を使用できる。当然、火薬量も増やしてあるから、至近距離で撃てば機関車の車輪をブチ抜くくらいの威力は出せる。まるで大口径ライフルみたいだろ?
     ただし、そんなものを考え無しにブチかましてたら、そこらの人間じゃ肩を外すだけじゃ済まないし――まあ、兄貴ならそんなマヌケなことは起きないだろうけど――そうでなくとも、銃本体に相当のダメージが返って来る。
     だから兄貴には、『こないだのAカスタムみたく、調子に乗って連射したりするなよ』とは何度か伝えてある。今撃ってこないのは、多分そのせい」
    「ふむ」
     アーサー老人は深くうなずき、窓越しに様子を見ている局員に声をかける。
    「窓から離れていた方がいい。ディミトリ君の話からすれば、こんな1インチにも満たぬ漆喰の壁くらいは、容易に貫通しうる代物のようだ。
     彼奴からすれば、窓際に潜んでいるくらいのことは見越すだろう。そこにいては、撃ってくれと言っているようなものだ」
    「は、はいっ」
     外部の人間であるはずのアーサー老人に、局員たちは素直に従う。
     直後、確かにアーサー老人の予見した通り、窓付近がぼご、ぼごっと鈍い音を立てて砕けた。

    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 10

    2018.01.11.[Edit]
    ウエスタン小説、第10話。カスタム・リボルバー。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10.「ディミトリ君」 と、アーサー老人がディミトリの襟をぐい、と引き、無理矢理に顔を向けさせる。「……何だよ」 憮然とした顔で応じたディミトリに、アーサー老人が小銃を向ける。「君の兄について知っていることを、可能な限り詳細に聞かせたまえ。特に装備についてだ。 誰かがショットガンだと叫んでいたが、あのビルからここま...

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    ウエスタン小説、第11話。
    活路を見出せ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    11.
     まだ戦々恐々としつつも、アーサー老人の極めて冷静な振る舞いに、局員たちの頭も冷えてきたらしい。
    「じゃあつまり、トリスタンは立て続けに攻撃してこれないってことなのか?」
     尋ねたダンに、ディミトリはうなずいて返す。
    「そうだよ。これは僕の経験から来る予測だけども、あの銃は多分、続けて6、7発も撃ったらシリンダー部分が熱膨張を起こし、残ってる弾がぎゅうぎゅうに締め付けられ、一斉に破裂しちまう。そんなことになったら、流石の兄貴でも腕が千切れ飛ぶだろう。
     そもそも弾自体、僕の特製なんだ。そこいらの店じゃ売ってるはずも無い。あんたたちがブッ壊してくれた店の中に、24発あるだけさ」
    「さっきビルから2回、銃声が聞こえたな。それに加えて、こっちは2名やられたし、窓際には2つ銃痕ができた。
     とすると――あいつが外して無い限り――残りの弾は18発ってことになるな」
     いつの間にか、アーサー老人とディミトリを除く全員が円陣を組むように集まり、対策を練り始める。
    「加えて、ディミトリの言葉を信じるとすれば、もう6発撃ってることになるから、銃には相当熱がこもってるはずだ」
    「冷やそうったって、そう簡単に冷えやしないだろう。となれば別の得物で攻撃してこざるを得ないだろうな」
    「おいディミトリ、奴は他にどんな武器を持ってる?」
     アーサー老人に止血を施してもらいつつ、ディミトリが答える。
    「いつも持ってるのは、普通のM1873と、カスタムしたやつの2挺だ。と言ってもこっちは通常の11ミリ×17ミリ弾を使う奴だけどね」
    「となればM1874が使えるようになるまで、その2挺で戦うしかないわけだ」
    「2人やられはしたが、まだこっちにはガトリング銃も、他の武器もある。
     奴の姿が見え次第、もういっぺん総攻撃だ」
    「待って」
     と、エミルが手を挙げる。
    「いくら何でも、こいつの言うことを素直に信用しすぎじゃない?」
    「馬鹿言うな」
     エミルの指摘に、ディミトリが憤った声を漏らす。
    「そりゃ確かに、あんたたちなんかに情報を渡す義理なんか無い。でも嘘ついたら間違い無くあんた、僕を撃ち殺すだろ?」
    「そりゃそうよ。こんな切羽詰まった時に騙すようなクズ、あたしが許すわけ無いじゃない」
    「だから、今まで言ったことは全部本当だよ。
     そもそもガンスミスの僕が、銃に関することでデタラメ言ったりなんかするもんか。その点はプライドがあるからね」
    「じゃ、あんたの言うことが本当だとして」
     そう前置きし、エミルは話を続ける。
    「それでも相手は、あの崩れ落ちるビルの中から生還した上、あの距離から一瞬で2人撃ち殺した奴よ? どんなに警戒したって、しすぎるってことは無いわ。
     二手に別れましょう。半分はここで奴の注意を引き付け、残り半分が左右から囲む。それならどうにか、あのトリスタンを抑えられるかも知れない」
     エミルの提案に、アーサー老人も賛成する。
    「私もその案を推そう。このままここで全員が固まっていては、トリスタンが逃げる可能性もある。そうなればスティーブ君とマシュー君は、ただの犬死にになってしまう」
     二人の意見に、局員たちは顔を見合わせ、揃ってうなずく。
    「分かった。じゃあ、誰が奴の左右に回り込む?」
     再度顔を見合わせるが、誰も答えない。
     眺めていたエミルが、はあ、とため息を付き、手を挙げる。
    「あたしが行く。他には?」
    「じゃ、……じゃあ、俺も」
     続いて、アデルがそろそろと手を挙げる。
    「お二人が行くなら、もちろん俺も行くっスよ」
     顔を青ざめさせつつも、ロバートが続く。
     3人手を挙げたことで、ようやく局員たちも覚悟を決めたらしい。
    「分かった。俺もやるよ」
     ダンと他2名が手を挙げたところで、エミルがうなずく。
    「オーケー。この6人で行くわよ。
     あたしたちはここを出て、右側に回る。あんたたちは左側からお願い」
    「分かった」

    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 11

    2018.01.12.[Edit]
    ウエスタン小説、第11話。活路を見出せ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11. まだ戦々恐々としつつも、アーサー老人の極めて冷静な振る舞いに、局員たちの頭も冷えてきたらしい。「じゃあつまり、トリスタンは立て続けに攻撃してこれないってことなのか?」 尋ねたダンに、ディミトリはうなずいて返す。「そうだよ。これは僕の経験から来る予測だけども、あの銃は多分、続けて6、7発も撃ったらシリンダー部分が熱...

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    ウエスタン小説、第12話。
    三方包囲作戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    12.
     2基のガトリング銃が動き始めたところで、エミルたちも小屋を出る。
    「分かってると思うけど、T字に囲まないようにね。囲むならY字によ」
    「勿論さ。俺たちとあんたたちで同士討ちになっちまうからな。
     じゃ、……気を付けてな」
     ダンたちに背を向け、エミルたち3人は路地を駆ける。
    「ガトリングのおかげで足音は聞こえちゃいないと思うけれど、気を抜かないようにね。ボールドロイドさんも言ってたけど、あいつならこうやって囲むことも、予想するだろうから」
    「了解っス」
     路地の端まで進み、アデルが大通りの様子をうかがう。
    「いるぜ。ビル跡の真ん前に立ってやがる。……ガトリングは当たってねーのか?」
     苦い顔をするアデルの横に立ち、エミルが肩をすくめる。
    「あいつなら当たっても跳ね返しそうな気がするわね」
    「無茶言うなよ」
    「……ま、それは冗談だけど。
     実際、ガトリング銃に命中精度なんか求めるもんじゃないわよ。あれは弾幕を張ることはできても、一発一発を全部目標に命中させられるほど、取り回しは良くないもの」
    「ま、言われりゃ確かにそうだ。デカいビルには当てられても、人間1人だけ狙って撃ち込みまくってみたところで、そうそう当たりゃしないわな。
     その上、周りの瓦礫やら地面やらに着弾しまくってるせいで、肝心のトリスタンが土煙に紛れちまってる。そうでなくでもガトリングから大量に硝煙が上がってるせいで元から視界が悪いだろうし、狙おうにも狙えないってわけか」
     実際、トリスタンにはほとんど命中していないらしく――土煙越しでもそれと分かる程度に――行動不能になるようなダメージを受けた様子は見られない。
     ロバートも2人に続いて覗き込みつつ、不安げに尋ねてくる。
    「で、どうするんスか? このままノコノコ出てきたんじゃ、狙い撃ちされるだけっスよ?」
    「だからこその包囲作戦だ」
     それに対し、アデルが得意げに説明する。
    「左と右、両方から同時に攻め込まれたら、どんな奴だって少なからず戸惑う。その一瞬を突き、3方向から仕掛けられるだけの攻撃を仕掛ける。
     ただ、この作戦でも最悪、誰か1人、2人は犠牲になるかも知れん。それでもやらなきゃ、もっと殉職者が出るか、あるいは逃げられるおそれがある。
     だから、行くしか無いってことだ。覚悟決めろよ、ロバート」
    「……うっす」
     ロバートはごくりと固唾を呑み、拳銃を腰のホルスターから抜く。アデルも小銃を肩から下ろし、レバーを引く。
    「エミル。お前の合図で行く」
    「いいわよ」
     そう返しつつ、エミルも拳銃の撃鉄を起こす。ほぼ同時にガトリングのけたたましい射撃音がやみ、トリスタンが拳銃を上方に構えた。
     その瞬間、エミルが短く叫ぶ。
    「今よ!」
     エミルたち3人は、あらん限りの全速力で路地を飛び出し、大通りに躍り出た。

    「……!」
     トリスタンがエミルたちに気付き、構えた拳銃をエミルたちに向けかける。
     だが振り返った直後、今度は反対側からダンたちが飛び出してくる。
    「っ……」
     わずかながら、トリスタンがうめく声がアデルの耳に入ってくる。
     岩のように動かなかった相手からにじみ出た、その明らかな動揺を感じ取り、アデルは勝利を確信した。
    (獲った……ッ!)
     中途半端な位置で拳銃を掲げたまま、トリスタンの動きが止まる。
     6人は一斉に引き金を絞り、トリスタンに集中砲火を浴びせた。



     だが、その直後――エミルが終始懸念し、警戒し、そして恐れていたことは、決して彼女の杞憂ではなかったのだと言うことを、アデルはその身を以て知ることとなった。
    「……なめるなあああああッ!」
     トリスタンは拳銃を掲げていた右手を、そのまま左側に倒す。
     それと同時に、懐からもう一挺の拳銃を抜き取り、そのまま右側に向ける。
     瞬時に3発、4発と連射し、ダン側の1名と――そしてアデルの体から、血しぶきが上がった。

    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 12

    2018.01.13.[Edit]
    ウエスタン小説、第12話。三方包囲作戦。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12. 2基のガトリング銃が動き始めたところで、エミルたちも小屋を出る。「分かってると思うけど、T字に囲まないようにね。囲むならY字によ」「勿論さ。俺たちとあんたたちで同士討ちになっちまうからな。 じゃ、……気を付けてな」 ダンたちに背を向け、エミルたち3人は路地を駆ける。「ガトリングのおかげで足音は聞こえちゃいないと思う...

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    ウエスタン小説、第13話。
    子猫と猛火牛の交錯。

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    13.
    「……う……!?」
     アデルは自分の右腕から血煙が上がるのを目にしたものの、それが何を意味するのか、一瞬では理解できなかった。
     だが、ボタボタと滝のように流れる血と、そして右腕から発せられる激痛が、アデルにその意味を、無理矢理に理解させた。
    「……あっ、が、……ぎゃああああっ!」
     こらえ切れず、アデルはその場に倒れ込む。
    「あ……、兄貴ッ!?」
     ロバートが駆け寄ってくるが、アデルに応じる余裕は全く無い。
    「うああ……うあ……いで……え……痛ええ……うあ……ああ……」
     口を閉じようとしても、勝手に悲鳴が漏れていく。
    「ヤバいっスって、これ、血、あのっ、姉御、そのっ……」
     ロバートが顔を真っ青にし、エミルに助けを求めるが、エミルは既にその場にいない。
     その時、エミルはトリスタンに向かって駆け出しながら、弾を撃ち続けていた。
    「Merde! Un salop! Quelle terrible chose tu lui fais!?(このクソ野郎! なんてことすんのよ!?)」
     その間にもトリスタンは、ダンの隣にいたもう一人を撃ち、残った1挺をエミルに向けていた。
    「S'il te plaît, pardonne-moi,mademoiselle(お許しを、お嬢)」
     そして前回対峙した時と同様、トリスタンは7発目の銃弾を発射する。
     しかし――エミルはそれを事も無げにかわし切り、お返しとばかりに2発、反撃した。
    「Je ne suis jamais surpris par un tel tour deux fois,un stupide(そんな手品で二度も驚きやしないわよ、おバカ)」
     流石のトリスタンもこれはかわせなかったらしく、1発は右肩を貫通し、そしてもう1発は額を削り、そのまま倒れさせた。

    「……やった……?」
     地面に伏せていたダンが顔を挙げ、恐る恐るトリスタンに近付く。
    「……ど、……どうだ?」
     拳銃を構えたまま、おっかなびっくりと言った様子でトリスタンの体を蹴り、動かないことを確認し、そのまま二歩、三歩と下がる。
    「……やったぞ!」
     そう叫び、ダンはその場に座り込んだ。
     エミルも一瞬、ほっとした表情を浮かべかけたが――。
    「……アデル! あんた、生きてる!?」
     エミルが振り向いたところで、ロバートが困り果てた声を上げる。
    「あ、姉御、姉御、兄貴が、兄貴が……」
    「……まさか」
     エミルが慌てて駆け寄り、アデルの側に座り込む。
    「バカ! こ、こんなところで、あんな奴のせいで、……そんな……」
    「あー、と」
     と、真っ青な顔をしていたエミルの肩に、とん、と手が置かれる。
    「俺のために感動的に泣いてくれるのはすげー嬉しいが、まだ死んでねーよ」
    「……え」
     むくりとアデルが上半身を起こし、左腕でロバートを小突く。
    「腕を貫通したから心底痛いっちゃ痛いが、指は普通に動かせるし、出血もヤバいってほどじゃない。骨だとか血管だとか、致命傷になりそうなところはそれてくれたらしい。
     だからロバート、お前も泣いてないで、さっさと手当てしてくれ。痛すぎて、マジで気ぃ失いそうだ」
    「へっ? ……あ、兄貴? 生きてるんスか?」
    「死んでてほしいのかよ、てめーは?」
    「いやいやいやいやそんなそんな、んなこと無いっスって! あ、えーと、手当てっスね? すんません、すぐ!」
     ロバートにたどたどしく止血を施してもらいながら、アデルはニヤニヤとエミルに笑って見せる。
    「ほれ、エミル。俺にいつまでも構ってないで、さっさとトリスタンを確保してこいよ。殺したとは言え、奴なら死んでも生き返ってきそうだからな」
    「……そう、ね。一応、縛るくらいのことはしておきましょうか」
     そう言って振り返ったところで、ダンが既に、トリスタンを縛っているのが確認できた。
    「こっちも死んでないみたいだぜ。脈があるのを確認した。気絶はしてるがな」
    「あら? 額を撃ったのに?」
    「それなんだが、骨がちこっと見えてる程度の銃創だ。どうやらかすめただけらしい」
    「……流石に『猛火牛』と言うべきかしら。あたしに反撃されてなお、紙一重でかわしてたのね」
     ため息をつくエミルに、止血を終えたアデルが軽口を叩く。
    「どっちもどっちだな。お前だってトリスタンの最後の1発、ひらっとかわしてたじゃないか」
    「あいつが7発撃てる特殊拳銃を持ってるってことは、前回の時点で分かってたことだもの。今回だって土壇場で使ってくるだろうってことは、予測できてたわ。
     ま、自爆覚悟でM1874を使われてたら、どうなってたか分からないけど」
     そこで3人同時にため息をつき――今回の大捕物は、一応の収束を迎えた。

    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 13

    2018.01.14.[Edit]
    ウエスタン小説、第13話。子猫と猛火牛の交錯。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13.「……う……!?」 アデルは自分の右腕から血煙が上がるのを目にしたものの、それが何を意味するのか、一瞬では理解できなかった。 だが、ボタボタと滝のように流れる血と、そして右腕から発せられる激痛が、アデルにその意味を、無理矢理に理解させた。「……あっ、が、……ぎゃああああっ!」 こらえ切れず、アデルはその場に倒れ込む。...

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    ウエスタン小説、第14話。
    天才ディミトリの傑作拳銃。

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    14.
    「にしても」
     横たわるトリスタンを引き気味に見下ろしつつ、アデルがうなる。
    「これじゃまるで、鉄製の繭(まゆ)だな」
    「当然の配慮さ」
     隣に立っていたダンが、苦々しげに返す。
    「エミルの姐さんから再三、忠告されたからな。『こいつはここまでしなきゃならない相手よ』っつってな」
     トリスタンが気を失っている間に、どうにか生き残った局員たちが総出で周囲から鋼線や鎖を集め、彼をがんじがらめに縛り上げたのだ。
     当然この際に、トリスタンの武装も解除されており――。
    「こんなデカい弾で撃ったら、そりゃ頭もブッ飛ぶっスよねー……」
     隣の部屋では、エミルたちが彼の所持していた武器を検分していた。
    「11ミリって言うと、えーと、何口径くらいなんスかね?」
    「44口径相当ね。人どころか、それこそ野牛でも一撃よ」
     エミルの言葉に、依然拘束されたままのディミトリが嬉しそうにニヤついている。
    「傑作だろ? ウフ、フフ、フフフ」
    「ふん。……それよりあたしが気になるのは、こっちの銃の方ね」
     そう言いながら、エミルはシリンダーの無い、奇妙な形の拳銃を手に取った。
    「そもそも、どこに弾込めるのかから、良く分からないわね。今時、先込め式ってことも無いでしょうし」
    「ああ、そいつ?」
     半ば一人言にも聞こえるエミルの問いに、ディミトリが喜々として食いつく。
    「それはものっすごぉぉぉい発明さ。銃の常識が変わるくらいのね。
     左横のボタンを押してみな。弾倉が出て来る。ガトリング銃みたいなアレさ。ただ、あんな落下式の、安っぽい作りじゃない。バネで持ち上げて機関部に弾を押し込めるようになってる。で、弾倉を入れたら上のトグルレバーを引いて……」
    「ふーん……?」
     説明もそこそこに、エミルはその奇妙な拳銃をかちゃかちゃと操作し、引き金を引く。
     次の瞬間、パン、と音を立てて、弾丸がディミトリのすぐ右にある壁に突き刺さり、彼は顔を真っ青にした。
    「あ、あ、あわっ、あっ、……あんた、マジで僕を殺す気か!? 死んだらどうすんだよ!?」
    「へぇ、次の弾が自動で装填されるのね。空になった薬莢まで勝手に出してくれるみたいだし。なかなか便利ね」
     ディミトリの抗議に耳を貸さず、エミルはその拳銃をあれこれといじってみる。
    「弾倉にはいくつ弾が入るの? 7発?」
    「……ああ、そうだよ」
     憮然とした顔で答えたディミトリに、エミルがまた、拳銃を向ける。
    「な、や、やめろって、マジで」
    「心配しなくても、もう弾、入って無いわよ」
     そう言って、エミルはかち、かちと引き金を引いて見せる。
    「言うなれば自動装填・自動排莢拳銃? ……言いにくいわね。縮めて自動拳銃(オートマチック)ってところね」
    「ああ、僕もそう呼んでたよ。
     使い方に慣れりゃ、ガンファイトが劇的に変わること、間違い無しさ。弾倉を複数持ってりゃ、リボルバーとは比べ物にならないくらいの速さで再装填(リロード)できるからね」
    「そうみたいね」
     エミルは弾の入った弾倉を手にし、自動拳銃に弾を装填する。
    「これ、あたしがガメちゃおうかしら」
    「ダメだって」
     ダンが苦い顔のまま、エミルに振り返る。
    「そいつもM1874も、特務局が押収する。トリスタン・アルジャンおよびディミトリ・アルジャン兄弟の、犯罪行為の証拠の一つとしてな」
    「残念ね。……っと、そう言えば」
     エミルが辺りを見回し、首を傾げる。
    「さっきから見てないと思ったけど、やっぱりいないわね」
     その一人言じみたつぶやきに、アデルが応じる。
    「誰がだ?」
     そう言いつつも、アデルも部屋の中を確認し、アーサー老人の姿が無いことに気が付いた。
    「ボールドロイドさんか?」
    「ええ。ま、元々局長経由で無理言って、こっちに来てもらってたんだもの。イクトミと一緒って言ってたし、これから二人でギルマン確保に向かうんでしょうね」
    「イクトミと、か。……しかし、何でボールドロイドさんとイクトミが、一緒にいたんだろうな? って言うか、いつの間に知り合ったんだか」
     首を傾げるアデルに、エミルも手をぱたぱたと振って返す。
    「あたしにもさっぱり。
     でも、思い当たる節は、あると言えばあるわね。こないだ局長とイクトミがカフェで二人っきりで話してたでしょ? あの時に紹介してもらった、とか」
    「なるほど、そうかもな。……ま、経緯はどうあれ、もう彼がいなくても大丈夫だろう」
     そう言って、アデルは部屋の隅にいるディミトリとローを指差す。
    「二人はあの通りだし、トリスタンも鎖でぐるぐる巻きって状態だ。後は移送場所が決まり次第、そこへ送るだけだ」
    「そうね」

    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 14

    2018.01.15.[Edit]
    ウエスタン小説、第14話。天才ディミトリの傑作拳銃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -14.「にしても」 横たわるトリスタンを引き気味に見下ろしつつ、アデルがうなる。「これじゃまるで、鉄製の繭(まゆ)だな」「当然の配慮さ」 隣に立っていたダンが、苦々しげに返す。「エミルの姐さんから再三、忠告されたからな。『こいつはここまでしなきゃならない相手よ』っつってな」 トリスタンが気を失っている間に、ど...

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    ウエスタン小説、第15話。
    急転直下。

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    15.
     一同の間に安心感が漂い始めたところで、エミルが背伸びをしつつ、アデルに尋ねる。
    「何だか疲れがドッと出た感じだし、サルーンにでも行ってご飯食べない?」
    「ああ、そうだな。俺も何だかんだ言って、頭がフラフラしてるんだ」
    「致命傷じゃないとは言え、結構血が出たものね」
    「ってことだからダン、俺たちちょっとメシ食いに行ってくるけど、いいか?」
     アデルにそう頼まれ、ダンは快くうなずいた。
    「ああ。どっちみち、そろそろ交代で休憩って体制にしようかって考えてたところだ。
     あんたたちと、それからハリー、スコット、……あと俺も行くか。先に2時間、休憩に入ろう。で、残りで順々に休憩回すって形で」
    「ありがとよ」
     アデルは左腕を挙げ、そのままエミルとロバート、ダン、そして名前を呼ばれた局員2人を連れて小屋を離れた。



     そして、2時間後――。
    「戻ったぜ、……!?」
     帰って来た6人が、小屋に入るなり硬直した。
    「……なんだ、こりゃ」
     信じられないと言いたげな声色で、ダンがつぶやく。
     小屋の中にいた、アデルやダンたちを除く局員16名が全て、血まみれの死体になって転がっていたからだ。
     いや――。
    「だ、……ダン、……ぶ、じ、だったか」
     まだ息のある者が数名残っていることに気付き、アデルたちは慌てて手当てを試みた。
     それでも生き残ったのはわずか4名だけとなっており、さらには――。
    「……ローも殺されてる。それにディミトリがいない。トリスタンもだ。
     一体ここで、何があったんだ?」
     ダンの問いかけに、どうにか息を吹き返した局員の一人が、弱々しく答えた。
    「あんたたちが、休憩に入って、1時間、くらい、後かな……。
     縛ってたはずの、トリスタンの、様子を見に行った、ライアンが、叫び声、挙げてさ。何だって思って、銃持って、部屋に入ったら、トリスタンの奴が、立ってたんだ。
     床にはライアンが、首折られた、状態になって、倒れてた。やばいと、思ったんだ、けど、全員で撃てば、抑えられるって、思って。
     でもあいつ、俺たちに飛び掛かって、誰かの銃、奪って、その場で乱れ撃ち、しやがったんだ。それでほとんど、死んだ。俺も撃たれた。
     俺たちを倒した、トリスタンは、そのまま隣の部屋、行って、その後、銃声が3、4回、したんだ。見てないけど、多分、ローを、撃ったんだ。
     その時、トリスタンが、しゃべってた、って言うか、怒鳴ってた。『貴様は何の役にも立たぬ』、『生きる価値の無いゴミめ』とか何とか。返事、無かったし、もう、その時点で、多分、ローは、死んでたんだろう」
    「……そうか」
     ダンは帽子を深く被り、局員の肩をとん、とんと軽く叩く。
    「死ぬんじゃねえぞ、フランク。死んだら許さねえからな」
    「分かってる、分かってるさ、ダン。俺が、こんなところで、くたばるかってんだ」

     一方、アデルたちはトリスタンがいた部屋に戻り、床に散らばった鋼線や鎖を調べていた。
    「流石に引きちぎったような感じじゃない。となると、ディミトリが解いたのか?」
    「あいつだって縛られてたのに、んなことできやしないっスよ」
    「じゃあ、一体誰が……?」
     と、エミルが鋼線を手に取り、ぐにぐにと曲げたり、伸ばしたりしつつ、忌々しげにつぶやく。
    「あのクソ野郎、気絶したフリしてたのね」
    「何だって?」
     目を丸くしたアデルに、エミルは鋼線を見せる。
    「何本か、変にたわんだ跡が付いてる。鎖にも血や、手の皮が付いてるところがあるわ。
     縛られる時、隙を伺って一部を握り込んでたのよ」
    「なるほどな。縛られた後で握った部分を離せば、鎖だろうが鋼線だろうが、勝手に緩むってわけか。……くそッ」
     アデルは床の鎖を蹴り、苛立たしげに叫んだ。
    「これで結局、俺たちはA州くんだりまで出張って、十数名も死人を出しただけで終わったってわけか、畜生!」
    「ええ。『証拠品』も消えてる。トリスタンにとっては、被害は利用価値の無くなったスパイを失っただけ。
     あたしたちの、完敗よ」

    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 15

    2018.01.16.[Edit]
    ウエスタン小説、第15話。急転直下。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -15. 一同の間に安心感が漂い始めたところで、エミルが背伸びをしつつ、アデルに尋ねる。「何だか疲れがドッと出た感じだし、サルーンにでも行ってご飯食べない?」「ああ、そうだな。俺も何だかんだ言って、頭がフラフラしてるんだ」「致命傷じゃないとは言え、結構血が出たものね」「ってことだからダン、俺たちちょっとメシ食いに行ってくるけど...

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    ウエスタン小説、第16話。
    さらなる危機。

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    16.
    《……そうか》
     電話の向こうから帰って来たミラー局長の声は、ひどく落ち込んでいた。
    「申し訳ありません、局長」
     答えたダンに、ミラー局長が《いや》と返す。
    《君の責任では無い。と言うよりも、責任を追求できる状況には無い、と言った方が適切だろう》
    「……と、言うと?」
    《結論から言おう。
     連邦特務捜査局はその権限と機能を、連邦政府からの命令によって停止された》
    「な、何ですって? 一体、どう言うことなんですか?」
     思いもよらないことを耳にし、ダンは声を荒げる。
    「トリスタンの確保は、元から失敗の危険が大きかったんですよ? 実際に失敗したと言って、それだけで……」
    《その一件だけでは無いのだ》
     そう前置きし、ミラー局長は話を続ける。
    《実は君たちの他に3件、同時に派遣を行っていたのだ。
     君たちが発つ前後、いくつかの事件の捜査進展、もしくは解決に足る情報が入り、君たちも含めて4チーム、合計64名もの人員を合衆国中部・西部に送っていたのだ。
     だが、……君たちの中にスパイがいたことから、おおよその想像は付くだろう?》
    「……まさか」
     ダンの顔から血の気が失せる。それを見越したかのように、ミラー局長が《そうだ》と答えた。
    《結果から考えるに、特務捜査局には相当数のスパイがいたらしい。君たち以外の3チームはすべて消息を絶ち、誰一人として、ワシントンに戻って来ない。
     事態を重く見た司法省は先程、特務局の業務停止を通達した。こっちに残っていた局員は全員拘束され、監視下に置かれている。私にしても、このオフィスに軟禁されている状態だ。
     これまでの実績の低さから鑑みても、復活が認められることはまず、有り得ないだろう。恐らく君たちが成功していたとしても、覆ることは無い。
     特務捜査局は、もう終わったのだ》
    「そんな……!」
    《……スタンハート捜査官。頼みがある》
     と、ミラー局長の声が、これまでより一層、悲痛なものに変わった。

    《私は、君たちに対して一つ、裏切りを犯していた》
    「な、……何です、それは?」
     ごくりと唾を呑んだダンに、ミラー局長が恐る恐ると言った口ぶりで答える。
    《何も、私も実はスパイだったなどと、とんでもないことを言うつもりは無い。裏切りと言うのは、言うなれば、人事に関する操作だ。
     私はある者に身分を偽らせ、特務局の捜査員として入局させたのだ。君たちには、その人物の名前は、サミュエル・クインシーと聞かせていた。
     だが、実際には……》
     続く局長の言葉に、ダンは耳を疑った。
    「……はぁ!? あ、あいつがですか!?」
    《そうだ。
     頼む、スタンハート。あいつを助けてくれないか? 頼めるのは現在拘束されておらず、監視も受けていない君たちだけだ。
     もし引き受けてくれれば、私に出来る限りのことは尽くさせてもらうつもりだ。
     だから、……頼む。あいつがいなくなったら、私は、……私は……!》
    「……」
     ダンは黙り込み、その場にしゃがみ込んだ。
    《スタンハート? どうした?》
    「……俺一人でどうにかなる問題じゃ無いのは、分かってますよね?
     残った仲間の中で動けるのは、俺を除けば2人しかいないんです。それと、パディントン探偵局の奴ら3人。
     探偵局の奴らが手を貸してくれたとしても、6人です。たった6人で、サムを助け出せって言うんですか?」
    《法外な頼みであることは、十分に承知している。成功の可能性は極めて低いだろう。
     だが、私には頼むしか無いんだ》
    「……10分、時間を下さい。相談してきます」
     そこで、ダンは電話を切った。

     アデルたちのいる小屋に戻ってきたダンは、ミラー局長から依頼された内容を皆に話した。
    「……は?」
     当然と言うべきか、全員が唖然とした顔になる。
    「い、いや? どう言うことだよ、それ?」
    「言ったままだ。
     特務局は壊滅した。残った局員は全員、拘束・監視されてる。
     そして生き残った奴でサムを助けてこい、……だとさ」
    「前2つはまだ納得できる。当然の処置だろうからな」
    「だがワケ分からんのは3つ目だ」
    「何でわざわざこの状況で、サムを助けに行かなきゃならないんだ?」
     異口同音に尋ねてくる皆に、ダンは苦い顔を向けた。
    「その、……これも今聞かされて、俺自身もマジかよって思ってることなんだが」
     と、ダンをさえぎり、エミルが口を開いた。
    「あたしは知ってたわよ。サムのこと」
    「え?」
     目を丸くするダンに、エミルがこう続けた。
    「本人から聞いたもの。『事情があるから』って。
     あたしは手を貸すわよ。あの子、助けに行きましょう」
     その一言に、アデルが手を挙げる。
    「お前がやるってんなら、俺も行く。坊やには世話になってるしな」
    「ありがと」
     エミルが笑みを返したところで、ロバートも続く。
    「さっきも言った通りっス。お二人が行くなら俺もっス」
    「と言うわけで、これで3人よ。で、話を聞いたあんた自身は?」
     エミルに尋ねられ、ダンは顔を帽子で覆いつつ、うなずいた。
    「やるよ。事情を聞かされたら、嫌って言えねえよ」
    「その事情って結局、何なんだ?」
     残る2人が尋ねたところで、ダンが答えた。
    「結論から言うぜ。
     サミュエル・クインシーは偽名だ。本名はサマンサ・ミラーだとさ」
    「……え」
    「それって、つまり」
     エミルとダンを除く全員が、驚いた様子を見せる。
     それを受けて、エミルがこう続けた。
    「つまり、そう言うこと。『あの子』は局長の娘なのよ」

    DETECTIVE WESTERN 9 ~赤錆びたガンスミス~ THE END

    DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 16

    2018.01.17.[Edit]
    ウエスタン小説、第16話。さらなる危機。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -16.《……そうか》 電話の向こうから帰って来たミラー局長の声は、ひどく落ち込んでいた。「申し訳ありません、局長」 答えたダンに、ミラー局長が《いや》と返す。《君の責任では無い。と言うよりも、責任を追求できる状況には無い、と言った方が適切だろう》「……と、言うと?」《結論から言おう。 連邦特務捜査局はその権限と機能を、連邦政...

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    半年ぶりのウエスタン小説、第10弾。
    真っ黒な地獄の中で。

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    1.
     アメリカ合衆国の発展に大陸横断鉄道が少なからず寄与していたことは以前に述べたが、その鉄道自体の原動力となったのは何か? これは周知の通り、石炭である。
     石炭自体は紀元前よりその存在が知られており、世界各地で燃料として用いられてきたが、その役割が大きく変化したのは18世紀後半、蒸気機関の発明に代表される、産業革命以降である。
     蒸気機関とは、簡単に言えば「水の沸騰により発生する蒸気圧を、動力に変換する装置」である。水を大量に、かつ、高速で熱し、膨大な蒸気圧を発生させるには、石炭はうってつけの物質だったのだ。
     石油や天然ガスに比べて遥かに安価な上、世界各地で採掘できるため、石油の大量採掘が可能となる20世紀に入るまで、石炭は工業と輸送業の主軸を担っていた。

     だが、石炭と一口に言っても、その質には大きな幅がある。
     質の良し悪しは一般的に、化石化した植物の炭化の度合いで計られるのだが、完全に炭化しきった無煙炭や、それに準ずる瀝青炭(れきせいたん)は発生する熱量も多く、蒸気機関車の燃料や炭素鋼の原料など、用途は豊富である。
     一方、炭化が進んでいない褐炭や泥炭は燃やしても大した熱量が得られないばかりか、空気中の酸素と勝手に化合して自然発火してしまうような、ろくでもない代物が多く、工業規模での需要を満たせるものでは無い。
     そして質の高いものほど希少であり、反対に、質の低いものほどあふれ返るのが自然の道理である。北米大陸には無煙炭を多く含む良質の石炭層が、他地域に比べて比較的多く存在するものの、やはりそうした高品質の地層は、そうそう発見されるものでは無い。



     この炭鉱で働く彼らもまた、一向に質の良い石炭が手に入らないことに、業を煮やしていた。
    「クソがッ!」
     試掘によって出てきた茶色い塊をべちゃっと床に叩きつけ、男は憤る。
    「完全に本社の奴ら、読みを外してやがる! こんなところ100年掘ったって、ろくなもん出やしないぜ!」
     採掘から戻ってきた男の部下たちも、泥だらけになった顔を揃って歪ませている。
    「結局、最初にちょっと瀝青炭が出ただけ、……ですよね」
    「ああ」
    「でもそれっきりですよね」
    「ああ」
    「……このまんま、出なかったら」
    「クビだよ。お前らも、俺も」
    「監督も?」
    「じゃなきゃこんな僻地に、週4ドル半で送り込むかよ? 出たらそのまま飼い殺し、出なきゃサヨナラってことだ。
     あいつら、いっつもそうだ。クソ野郎共め……!」
     のどの奥から絞り出すような怒りの言葉と共に、監督と呼ばれた男は椅子を蹴り飛ばす。
    「俺は勤めてもう16年にもなるが、ろくに給料も上げないクセして、あれやこれや無茶ばっかり言いやがる。
     んでちょっとばかしケチつけたら、こんな彼方へ左遷ってわけだ。まったく奴らときたら……」
     監督の愚痴が始まり、部下たちはげんなりした表情を浮かべる。
     薄暗い部屋の中で、聞くに堪(た)えない罵詈雑言をただただ一方的に聞かせられ続けるだけの、その地獄のような時間は、永遠に続くようにも思えた。

     その時だった。
    「かっ、監督、監督ーっ!」
     一人の若い男が、小屋の中に転がり込んできた。
    「だから俺はな、……な、何だよ、ケビン?」
    「こ、こんな、こんなもん、で、で、出たんスけどっ」
    「こんなもん……?」
     監督を含めた小屋の中の全員が、その若者、ケビンに注目する。
     いや――視線はケビンにではなく、彼が抱える、白い石の塊に向けられていた。

    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 1

    2018.08.07.[Edit]
    半年ぶりのウエスタン小説、第10弾。真っ黒な地獄の中で。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. アメリカ合衆国の発展に大陸横断鉄道が少なからず寄与していたことは以前に述べたが、その鉄道自体の原動力となったのは何か? これは周知の通り、石炭である。 石炭自体は紀元前よりその存在が知られており、世界各地で燃料として用いられてきたが、その役割が大きく変化したのは18世紀後半、蒸気機関の発明に代表され...

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    ウエスタン小説、第2話。
    サマンサ・ミラー。

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    2.
    「いや、納得っちゃ納得なんだけどさ」
     トリスタンとの死闘を生き延びたパディントン探偵局のアデルたち3人、そして連邦特務捜査局のダン、ハリー、スコットを加えた計6人は、ミラー局長からの依頼を果たすべく、作戦会議と状況確認とを兼ねた会話に興じていた。
    「確かにサムはおどおどって言うかなよなよって言うか、一端(いっぱし)の男じゃないとは思ってたさ。うわさ通り、局長の恋人なんじゃないかってくらい。
     でもマジで女だとは思わなかった。完全にだまされてたぜ」
    「同感だな」
     アデルはコートのボタンを閉じながら、うんうんとうなずいている。
    「だがエミル、お前一体どこで、あいつが女だってことに気が付いてたんだ?」
    「代議士事件の時よ。宿に泊まるって時、2人ずつで2部屋借りようって話になったじゃない」
    「ああ、そんなことあったな」
    「そう言やあん時、サムのヤツ俺と兄貴と3人で1部屋借りようって提案したら、すげーうろたえてましたよね」
     思い返すロバートに、エミルが「それよ」と返す。
    「あの提案でうろたえるなんて、理由はそんなに無いじゃない。人に服の中を見せたくないってことね、ってピンと来たのよ。
     で、あの子と2人で部屋借りて、二人きりになったところで『事情聞かせてちょうだい』って言ったら、教えてくれたわ。
     ミラー局長が連邦特務捜査局を立ち上げたのはいいけど、集まる人材は保安官に毛の生えたようなのばっかり。勇敢で行動力があるのはいいけど、頭脳面で優秀な人材って言うのが、全然見付からなかったのよ。
     そこで目を付けたのが、H大ロースクールを飛び級で卒業した自分の娘、サマンサ。だけど司法省は女性雇用を認めてないから、苦肉の策として、性別をごまかして雇用したってわけ。
     ま、そんな提案、流石のサムも嫌だって断ったらしいんだけど、お父さんが全然折れてくれなくて、それで渋々承諾したって話よ」
    「無茶するなぁ、局長も」
     苦い顔をしつつ、ダンは机の上に地図を広げる。
    「ま、ともかくサムの経緯についてはそれくらいだな。今重要なのは、そのお嬢さんをどうやって助けるかってことだ。
     で、そもそもサムがどんな指令を受けてN州へ向かったかなんだが……」
     ダンは地図に記されたある町を指差しつつ、ミラー局長から聞かされた内容を伝えた。
    「P州で横領事件起こした奴が、このアッシュバレーって町に逃げ込んだって情報を、局長がキャッチしたんだ。
     それだけならそう危険だって臭いも無い。俺だってそう感じるし、局長もそう思ったんだろう。サムと他3名の計4名だけで、俺たちみたいに厳重な武装も無し。せいぜい拳銃を懐に入れとくくらいの軽装で向かったらしい。
     雲行きがおかしくなったのは、サムたちが出発して4、5日経った辺りの頃だ。基本、出張したら毎日電話連絡するのが俺たちの捜査方針だが、今回の俺たちと同様、突然連絡が途絶えた。とは言えサムたちが向かったのはほとんど鉄道も無い、かなりのド田舎だって話だから、そもそも電話が見付からないんだろう程度に思ってたらしい。
     だけどさらに数日が経ち、今回の業務停止につながる事件が発生した。俺たちを含む3チーム全てから、連絡が無くなっちまったんだ。
     ま、それだけならまだ、司法省がヒステリックに反応するってことも無かっただろうが……」
     ダンはそこで言葉を切り、ふーっと苛立たしげなため息を挟んだ。
    「司法省長官宛てに、匿名の電話が入ったらしい。
    『我々を探るために特務局が派遣したチームは全て、我々が壊滅させた。お前たちの動きも逐一監視している。これ以上、我々を嗅ぎ回るような行為はやめておくことだ』っつってな」
    「組織からの電話ってわけか」
     神妙な顔でつぶやいたアデルに、ダンも渋い顔で「だろうな」と答える。
    「そんなこと言われりゃ当然、司法省はパニックを起こす。事実その時点で、特務局には連絡途絶した4チーム64人がいたわけだし、さらに間の悪いことに、局長はその事実を司法省に報告してなかったんだ。
     局長に言わせりゃ、その時点まではまだ、そんな大事になってるなんて夢にも思ってなかったらしく、報告までするような必要は無いと判断してたそうだが、司法省にとっちゃそれは局長の背任行為、つまり『局長が司法省にとって不都合な事実を隠蔽した』と思わせるに十分だった。
     で、すっかりヒステリー起こした司法省は即刻、特務局を凍結した。局長自身も自分のオフィスに閉じ込められて、厳重な監視体制下にあるってことだ」

    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 2

    2018.08.08.[Edit]
    ウエスタン小説、第2話。サマンサ・ミラー。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「いや、納得っちゃ納得なんだけどさ」 トリスタンとの死闘を生き延びたパディントン探偵局のアデルたち3人、そして連邦特務捜査局のダン、ハリー、スコットを加えた計6人は、ミラー局長からの依頼を果たすべく、作戦会議と状況確認とを兼ねた会話に興じていた。「確かにサムはおどおどって言うかなよなよって言うか、一端(いっぱし)の...

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    ウエスタン小説、第3話。
    司法省クライシス。

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    3.
    「そんな状態でよく、サムを助けてくれなんて話ができたわね。そもそもサムを男として特務局に引き入れたことが、そもそも背任行為じゃない。
     そんなことが司法省にバレたら、クビどころじゃ済まないんじゃない?」
     エミルの疑問に、ダンもうんうんとうなずいて返す。
    「だろうな。最悪、罰金刑か投獄されるか、かなりヤバい状況にあることは間違い無いだろう。
     だが今のところ、確かに監視されてるのはされてるみたいだが、どうやらオフイスに監視員がぞろぞろ詰めてたり、電話を傍聴したりって感じじゃ無い。じゃなきゃ俺と『娘を助けろ』なんて話、できやしないからな。
     と言うか多分、司法省も局長宛てに電話が来るとは思って無かったんじゃないかな」
    「って言うと?」
     けげんな顔をして尋ねたスコットに、アデルが答える。
    「マジで3チーム全滅ってことなら、誰からも電話なんか入るわけ無いって話だろ。
     仮に組織が電話かけてくるんなら、わざわざミラー局長じゃなく、司法省長官にかけるだろうからな」
    「なるほどな。……だけどそれ、何か変じゃないか?」
     ハリーにそう返され、今度はアデルがけげんな顔をする。
    「どう言う意味だ?」
    「いきなり誰だか分からん奴から『お前のチーム皆殺しにしたぞ』なんて電話かかってきて、それを真に受けんのかって話だよ。
     いくら局長が連絡途絶を報告してなかったとしてもさ、簡単に信じすぎだろ?」
     ハリーの意見に、アデルも一転、首をかしげた。
    「確かに……。そんな眉唾な話、まんま信じる方がどうかしてるな」
     話し合っていた皆の顔に、不安の色が浮かぶ。
    「もしかしたら、だけど……。信じるとか真に受けるとかそう言うレベルじゃなく、司法省は元からその経緯を『知ってた』んじゃないか?」
    「つまり、司法省に組織の手先が既に入り込んでて、そいつが匿名の電話を口実に、組織を探ってた特務局を潰しにかかったってことか」
    「その説が事実だとすると――それだけ迅速に手を打ってきたって言うなら――最悪、司法省長官からして、組織の一員って可能性も出て来るな」
    「マジか……」
     やがて6人は、互いに神妙な顔を突き合わせた。
    「どうあれ、サムを助けようと助けまいと、このままワシントンに戻るのはヤバそうだな」
    「確かにな。下手すると『お前らも局長派だな』みたいな難癖付けられて、揃ってお縄になりかねん」
    「じゃ、どうすんだ?」
     誰ともなく尋ねたダンに、ロバートが手を挙げる。
    「パディントン探偵局に来るってのはどうスか?」
    「はぁ?」
     その突拍子も無い提案に、ダンたち3人は目を丸くしたが――一転、異口同音に「いいかもな」と言い出した。
    「元から特務局が潰れるって話だったんだし、仕事内容が同じだってんなら、それでもいいよなぁ」
    「同感。ま、そっちの局長がどう言うか次第だけども」
    「アデル、良かったら口聞いてもらえないか?」
     3人から頭を下げられ、アデルは苦い顔をする。
    「そりゃあんたたちの頼みなら嫌とは言えないが、探偵局の人手は足りてるからなぁ。こっちの局長がうんと言うかどうか分からんぜ」
    「ま、そこら辺は『狐』サマ次第ってとこか。……じゃないっつの」
     ダンはブルブルと首を振り、話を元に戻す。
    「今話すべきはサムのことだろ」
    「あ、そうだった」
    「コホン、……えーと、どこまで話したっけか。ああ、そうそう、特務局が業務停止しちまったってとこからか。
     ともかくそんな状況だから、特務局からの支援も受けられないし、逮捕権限も取り上げられた状態だと考えた方がいい。だからもう、横領犯の逮捕云々って話は、捨てていいだろう。
     そりゃ犯罪者を野放しにするのは腹立たしいが、逮捕権限を失った俺たちがバッジ見せて『逮捕する』っつって連行したところで、ワシントンに着いた途端、俺達まで逮捕されちまうだろう。そんなのはバカバカしすぎるぜ」
    「となれば、純粋にサムを助け出すことだけを考えりゃいいってことだな。それと、同行した仲間3人も」
     と、そこでエミルが手を挙げる。
    「それが目的なら、一番重要な情報がまったく抜けてると思うんだけど?」

    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 3

    2018.08.09.[Edit]
    ウエスタン小説、第3話。司法省クライシス。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「そんな状態でよく、サムを助けてくれなんて話ができたわね。そもそもサムを男として特務局に引き入れたことが、そもそも背任行為じゃない。 そんなことが司法省にバレたら、クビどころじゃ済まないんじゃない?」 エミルの疑問に、ダンもうんうんとうなずいて返す。「だろうな。最悪、罰金刑か投獄されるか、かなりヤバい状況にあること...

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    ウエスタン小説、第4話。
    三流探偵。

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    4.
    「って言うと?」
     きょとんとした顔を並べるダンたちに、エミルが呆れた目を向ける。
    「サムたちが向かった場所は分かったわよ。その目的も把握したし、あんたたちの状況についてもオーケーよ。
     で、サムが今どう言う状況にあるか、それは予想できてる?」
     そう問われ、ダンがさも当然と言いたげに答える。
    「そりゃ、組織に捕まってるってことだろ。こんな状況だし、それ以外考えられんぜ」
     そこでアデルが「いや」と口を挟む。
    「そうは言い切れん。何でもかんでも組織の仕業ってわけじゃ無いだろ。
     そもそもさっき言ってた匿名の電話、『組織を探ってるチームは全員潰した』って話だが、サムたちは探ってたわけじゃないだろ?」
    「……あ、そう言やそうか」
    「脅しの材料にするなら、俺たち3チームを潰したってことをそのまんま伝えりゃ、それで十分だ。組織の捜査に加わってないサムたち4人にまで手ぇ出すなんて、余計な手間が増えるってだけだぜ。よっぽどのヒマ人共なのかよって話になる。
     第一、特務局が凍結された今、サムたちや、捜査で出かけてる他の局員には、組織に対抗できるような手立ては無くなってる。普通に考えりゃ、そいつらは放っとけば路頭に迷っておしまいだ。
     そんなのをわざわざ襲うなんて悠長なことするくらいなら、もっと別のことに人員やらカネやら費やすだろう。それこそ政府施設を襲うだとか、列車強盗するだとかな。
     故に、この事件に組織が関わってるって可能性は、かなり低い。となれば、もっと高い可能性を追った方がいい」
    「な……る、ほど」
     ダンが黙り込んだところで、アデルはこう続ける。
    「普通の事件と同様のケースで考えてみて――組織なんかと関係無い、いつも俺たちが関わってる捜査だとして――その横領犯に返り討ちにされたって可能性が一番高いだろう」
    「そう、そこよ。その横領犯にやられてる可能性が高いでしょうに、あんたたち全然、そこに触れようとしないじゃない。『組織の仕業に違いない』って決めつけて。
     いくら組織が今、あんまりにも目立ってるからって、最も有り得る可能性を無視して慌てふためいてたら、簡単に足元すくわれるわよ。
     突飛なことをあれこれあげつらうより、まずは可能性の高い方から順に、対応策を考えるべきじゃない?」
    「う……」
     ダンが恥ずかしそうに顔を赤らめたところで、エミルがさらに追及する。
    「と言うか、そもそもサムたちからの電話連絡が無くなったってだけでしょ、現状で分かってるのは。
     それならミラー局長の当初の予測通り、電話の無い環境にいるってだけじゃないの? N州なんて合衆国の外れみたいなところなんだし」
    「ま、まあ、そうだな」
    「あんたたち、やってることが滅茶苦茶よ。ちょっと予想外の事態に見舞われたくらいで、まともな議論もできないくらいにうろたえちゃって。
     よくそんな体たらくで、捜査員なんかやってたもんね」
    「め、面目無い」
     散々突っつかれ、ダンは目に見えてげんなりしている。
     見かねたのか、エミルは語気を、いくらか優しいものに改めた。
    「はあ……。とにかく、集められるだけの情報を集めましょう。
     とりあえずあたし、局長に電話してくるわね。あ、ミラーさんの方じゃなく、うちのパディントン局長の方ね」
    「なんで?」
     一転、面食らった顔を並べ、エミルの後ろ姿を見送るダンたち3人に、アデルが代わりに説明した。
    「特務捜査局が大変な状況にあるってことは、パディントン局長も把握してるはずだ。なんだかんだ言って『商売仲間』だし、持ちつ持たれつの関係も築いてきたんだからな。
     だからほぼ確実に、局長も俺たちの身を案じてるだろうし、対応策もいくらか用意してるだろう」
    「まさか! いくらあの『フォックス』でも、そこまで……」
     ハリーが反論しかけたところで、電話口に立っていたエミルが、一同に声をかけてきた。
    「局長から指示があったわよ。『一同、N州へ向かい状況確認を行うとともに、サムたちが危険な状態にある場合には、速やかに救出を行うこと。なお、特務局の状況は把握している。ダンたち3名についても、現状では帰投せず同行し、一旦探偵局に逃げた方が懸命だろう。受け入れる準備をしておく』だそうよ」
    「……は?」
    「マジでか……」
    「……怖ええな、あのおっさん」
     ダンたち3人は揃って顔を青ざめさせ、口をつぐんだ。

    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 4

    2018.08.10.[Edit]
    ウエスタン小説、第4話。三流探偵。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「って言うと?」 きょとんとした顔を並べるダンたちに、エミルが呆れた目を向ける。「サムたちが向かった場所は分かったわよ。その目的も把握したし、あんたたちの状況についてもオーケーよ。 で、サムが今どう言う状況にあるか、それは予想できてる?」 そう問われ、ダンがさも当然と言いたげに答える。「そりゃ、組織に捕まってるってことだろ...

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    ウエスタン小説、第5話。
    事件の詳細。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     パディントン局長から情報と指示を受け、一行は今後の対策を練ることにした。
    「現時点でも相変わらず、特務局は凍結状態。ミラー局長も依然として拘束されたままだし、局員たちも――元々残ってた奴、捜査から戻ってきた奴問わず――オフィスに缶詰めにされてるそうよ。
     サムについても、どうやら状況は変わってないみたい。局長が司法省の友人を介して情報を集めてるらしいんだけど、特務局宛ての電話は今のところ、ダンがかけたやつだけみたいね」
    「俺たちが出発する直前にサムたちのチームは出発してたから、日数から考えて、とっくに到着してるはずだ。首尾良く行ってるならもう逮捕し終えて、どこか電話の通じる駅まで戻って、連絡するはずだろう。
     それが無いってことは……」
    「横領犯を見付けられないでいるか、返り討ちに遭ってる可能性が高いってことだ。どっちの場合にせよ、特務局のゴタゴタを知れるような状況には無いだろう。
     どうあれ、俺たちが行く必要があるだろうな」
     アデルの言葉に、一同はそろってうなずいた。
    「となるとまず、事件の概要を知っとかないとな。ダン、その辺りは聞いてるのか?」
     スコットに問われ、ダンはうなずいて返す。
    「大丈夫だ。一応、メモしてるぜ。
     まず、横領犯についてだが、名前はオーウェン・グリフィス。1842年生まれ、イングランド系。結婚歴はあるが、現在は妻子無し。
     P州にあるメッセマー鉱業って石炭会社の社員だったんだが、1ヶ月前に約12万ドルを会社の金庫から盗み出し、蒸発。P州の警察当局が行方を調べたが、既に州内にいないことが分かった時点で、捜査は合衆国全域に捜査網を持つ特務局へと移管された。
     で、特務局が捜査を続行し、N州アッシュバレーに会社が所有する炭鉱があること、そしてグリフィスがそこの責任者だったってことが分かった。そこからグリフィスはそこに逃げた可能性が高いだろうってアタリを付け、地元警察に張らせてたところ、本人らしき人物を付近で見かけたとの報告があった。で、サムたちに向かわせたってわけだ」
    「グリフィスの特徴は?」
     尋ねたアデルに、ダンは肩をすくめて返す。
    「身長は5フィート7インチ。体重は147ポンド。体には傷やあざ、その他デカいほくろなんかも無し。茶髪で瞳の色は黒。特徴と言えるようなものはこれと言って無い。いわゆる『目立たない奴』だな。
     仕事ぶりは真面目で、同僚や上司とはそれなりに親しくはしてたそうだが、一緒にメシ食ったり、どこか遊びに行ったりって付き合いは、ほとんど無かったそうだ。
     事件発生時から姿が見えず、また、事件の直後に汽車で州を出ていたことが発覚したことから、P州当局、そして特務局共、彼を犯人と断定した、……ってわけだ」
     ダンが事件の概要を説明し終えたところで、ハリーが首をかしげる。
    「外部の犯行だとか、他に怪しい奴なんかは無かったのか?」
    「犯行があったとされる時間帯――他の社員が退勤した夕方から、出社してくる朝まで――社内にいたのは、その日当直だったグリフィス一人だ。
     そのグリフィスが事件後にP州の駅で目撃されていたことから、外部犯が当直のグリフィスを殺し、金庫を破ったって線はまず無い。
     もし外部犯がグリフィスをすり抜けてカネ盗んでたって言うなら、グリフィスは素直に警察へ届け出るだろう。それをせず、P州から高飛びしてるってことは、ほぼ間違い無くグリフィスが犯人だってことになる」
    「聞く限りじゃ、破綻や矛盾は無さそうね。さっきの組織云々と違って」
    「やめろよ……」
     ダンは顔を赤らめつつ、手帳を閉じる。
    「これだけなら本当、どうってこと無い奴って感じなんだがな。これで何で、サムたちが手こずるんだか」
    「ともかく、行くしか無いだろ」
     アデルがそう返し、椅子から立ち上がる。
    「今日はもう暗いし、列車も終業時刻をとっくに過ぎてる。
     アルジャン兄弟だって列車に乗れたとは考え辛いし、馬か何かで、何十マイルも離れた隣町にでも移動中だろう。となれば組織に連絡して報復にやって来るだとか、そんなことをする間も無いはずだ。
     ってわけで、一晩ゆっくり休んで、朝一番でN州へ向かおう。これ以上真剣な面(つら)付き合わせてあーだこーだ言い合ってたら、俺、マジにブッ倒れちまうぜ」

    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 5

    2018.08.11.[Edit]
    ウエスタン小説、第5話。事件の詳細。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. パディントン局長から情報と指示を受け、一行は今後の対策を練ることにした。「現時点でも相変わらず、特務局は凍結状態。ミラー局長も依然として拘束されたままだし、局員たちも――元々残ってた奴、捜査から戻ってきた奴問わず――オフィスに缶詰めにされてるそうよ。 サムについても、どうやら状況は変わってないみたい。局長が司法省の友人を介...

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    ウエスタン小説、第6話。
    銃創。

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    6.
     アデルが予測していた通り、アルジャン兄弟や組織からの襲撃も無く、アデルたち一行は一晩を安穏に過ごし、翌朝を迎えた。
    「ふあ、あー……」
     宿を一歩出て、背伸びをしたところで、アデルはすぐに腕を下げ、「いてて……」とうめく。
    (やっぱ一日くらいじゃ、治っちゃくれないよな)
     撃たれた右腕をコートの上からさすり、ずきずきとした痛みが残っていることを確認する。
    (ま……、痛いが、痛いってだけだな。腕も指も動くし、放っときゃそのうち治るさ)
     と、背後から声をかけられる。
    「『放っときゃ治る』なんて思ってないわよね」
    「えっ!? あ、いや」
     弁解しかけたところで、エミルがさらに釘を刺してくる。
    「そんなの、半世紀前の考えよ? きちんと治したきゃ、包帯変えたり消毒したり、ちゃんと治るまで手当て続けなさいよ」
    「お、おう」
     と、エミルがアデルのコートの襟を引き、脱ぐよう促してくる。
    「見せてみなさいよ。あんた、いっつもケガしても、隠すじゃない。
     化膿したり腐ったりしたら、手遅れになるわよ。切り落としたくないでしょ?」
    「い、いや、いいって。自分でやるって、後で」
     渋るアデルを、エミルは軽くにらみつけてくる。
    「何よ? まさかあんたも女だなんて言うつもりじゃないでしょうね?」
    「バカ言うなよ。……分かったよ、脱ぐって。脱げばいいんだろ」
     アデルはもたもたとコートを脱ぎ、左手をたどたどしく動かして、シャツの袖をまくろうとする。
    「……っ、……あー、……くそっ」
     しかし利き腕側でないことに加え、右腕の痛みが邪魔をして、思うようにボタンを外すことができない。
     見かねたらしく、エミルが手を添えてきた。
    「外したげるわよ」
    「わ、悪い」
     シャツの袖を脱がすなり、エミルは一転、呆れた目を向けてくる。
    「あんたねぇ……」
     アデルの右腕に巻かれた包帯が、赤茶けた色に染まっていたからだ。



    「血は止まってるっぽいから、昨日からずっと使ってるんでしょ、この包帯」
    「……バレたか」
    「バレたか、じゃないわよ。マジに切り落とすことになりかねないわよ、こんな汚いことしてたら」
     エミルはぐい、とアデルの左腕を引っ張り、宿の中に連れて行く。
    「宿なら包帯も消毒薬もいっぱいあるでしょうし、ちょっともらいましょ」
    「ああ……」
     と、二人が戻ってきたところで、宿のマスターが声をかけてきた。
    「お客さーん、エミル・ミヌーって名前?」
    「そうよ。電話?」
    「そう、パディントン探偵局ってところから」
    「出るわ。あ、その間、こいつの包帯変えるのお願いしていいかしら?」
    「ああ、いいよー」
     そのまま電話口まですたすたと歩き去るエミルを眺め――マスターと目が合ったところで、彼が心配そうに声をかけてきた。
    「お客さん……。めっちゃくちゃ俺のことにらんでるけど、そんなに傷、痛むの?」

     アデルの手当てが終わったところで、丁度エミルも電話を終えたらしい。
    「あら、綺麗に巻いてもらえたわね」
    「ちぇ、何か子供扱いされてるな。……で、局長は何て?」
    「話す前に、皆呼びましょ。そろそろ朝ご飯食べて列車に乗り込む準備しとかないと、遅れちゃうもの」
    「そうだな。……っと」
     言っているうちに、ロバートとダンたち3人が階段を降りてくる。
    「おはよーっス、兄貴、姉貴」
    「今、電話がどうとかって言ってたが……」
    「丁度いいわね。マスター、ご飯もらえる? 6人分ね」
    「はいはーい」
     店主がその場を離れたところで、ロバートたちが席に着く。
    「電話って? 一体どこ……、いや、こんな時かけてくるなんて、局長だけっスよね」
    「ええ。まだあたしたちがスリーバックスにいるって読んで、追加情報をくれたのよ」
     エミルの言葉に、アデルは首をかしげる。
    「追加情報? 特務局のことか?」
    「それもあるけど、メインは横領事件の方ね。
     犯人の身辺について、一つ分かったことがあるって」

    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 6

    2018.08.12.[Edit]
    ウエスタン小説、第6話。銃創。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. アデルが予測していた通り、アルジャン兄弟や組織からの襲撃も無く、アデルたち一行は一晩を安穏に過ごし、翌朝を迎えた。「ふあ、あー……」 宿を一歩出て、背伸びをしたところで、アデルはすぐに腕を下げ、「いてて……」とうめく。(やっぱ一日くらいじゃ、治っちゃくれないよな) 撃たれた右腕をコートの上からさすり、ずきずきとした痛みが残ってい...

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    ウエスタン小説、第7話。
    追加連絡。

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    7.
    「息子?」
     朝食のベーコントーストを飲み込み、ダンが尋ね返す。
    「ええ。ただ、苗字も違うし、周囲の人間もそんな話聞いたこと無いって話だから、グリフィス本人は気付いてなかったかも知れないけど」
     局長からの電話で、グリフィスの監督する鉱山に、彼の息子が勤めていたことが判明したと伝えられたのである。
    「名前は?」
    「会社には、ケビン・モリスンって登録してたそうよ」
    「偽名、……とも何とも言えないな」
    「局長がざっと調べた限りじゃ、本名じゃないかって。グリフィスの、別れた奥さんの苗字がモリスンらしいから」
    「まあ、ケビンって名前も、モリスンって苗字も多いからな。グリフィスSrも息子だと思わなかったんだろう。
     しかし偶然とは思えないな。親父の管理してる鉱山に、息子が勤めてたってのは」
     アデルがつぶやいたその疑問に、エミルも同意する。
    「そうね。事件もあったわけだし」
    「思ったんだが」
     と、ダンが手を挙げる。
    「親子だって言うなら、似てたんじゃないか?」
    「あん?」
    「いやほら、駅だとか、アッシュバレーだとかで、グリフィスを見たって話だったろ?
     もしかしたらそいつ、グリフィスじゃなく、息子のモリスンの方だったのかもって」
    「……だとしたら?」
     けげんな顔をしたハリーに、ダンは得意そうな様子でこう続ける。
    「俺の推理だけど、グリフィスはもうとっくにモリスンに殺されてて、モリスンがカネを盗んだのかもって。
     いやほら、グリフィスの評判から言って、盗みを働くようなタイプじゃないって話だったしさ。良くあるだろ、『似た顔のヤツが別にいた』って、アレだよ、アレ」
    「三文推理小説ね、本当にそんな展開だったら」
     ダンの仮説を聞いたエミルが、呆れた目を彼に向ける。
    「もしその線が本当だったとしたら、事件から1ヶ月経ってるんだから、グリフィスの死体がどこかで発見されてるでしょ?
     局長からそんな話聞いてないし、その事実は今のところ、無いみたいよ」
    「近くの川にでも投げ捨てればそうそう見つかりゃしないだろうし、俺は有り得ると思うんだけどなぁ」
    「相当な手間じゃない? 忍び込んでカネを盗んだ上、人を殺して川まで運び出すなんて、そんなこと一人で、誰にも見付からずにできるかしら。
     第一、似てるとしても、親子なんだから、少なくとも20歳は年齢が違うはずでしょ? 40代の中年と20代の青年を見間違えるようなこと、そうそう無いと思うんだけど」
     エミルの反論に、ダンを除く全員が賛成する。
    「俺もそう思う」
    「いくら何でも、話がうますぎだ」
    「こじつけに近いぜ」
    「……だよなぁ」
     自分でもそう思ったのか、ダンは顔を赤らめつつ、コーヒーを一息に飲み干した。
    「まあいいや、この話はこれくらいで。
     ともかく、早くメシ食って支度しなきゃ、列車が出ちまうぜ」
    「そうだな」
     その後は取り留めもない話を交わしつつ、一行は朝食を平らげた。

     列車に乗り込み、動き出したところで、エミルが「あ、そうそう」と続けた。
    「局長からの電話、もう一つ伝えとくことがあったわ。
     特務局の状況だけど、明日か明後日くらいには、ミラー局長と局員が解放されるかもって」
    「解放されるって?」
     ほっとした顔をするダンに、エミルは肩をすくめて返す。
    「解放されるって言うより、追い出されるって言った方が的確でしょうけどね。
     ここ数日、オフィスにいた全員の身辺調査を行って、組織だとかの裏が無いってことが判明したから、とりあえず家には帰してもらえるらしいけど――司法省に組織の手が及んでるとすれば――間違い無く局長以下、全員が更迭・免職されるわね。
     組織にとって、特務局はパディントン探偵局の次にうっとうしい敵だもの。口実さえあれば、いつでも潰す気だったでしょうし」
    「そうか……そうだよな」
     ダンたちが意気消沈する横で、ロバートが不安そうに尋ねる。
    「探偵局は大丈夫なんスか?」
    「誰が潰すのよ? うちのトップは司法省長官でも州知事でも、大統領でもないわよ」
    「……あ、そう言やそうっスね」
    「そもそもうちにパディントン局長がいる限り、誰にも潰せやしないわ。そんな心配、あたしたちがする必要なんか無いし、気を揉むだけ無駄よ。
     だからあたしたちは、捜査に集中しましょう。それがベストよ。あたしたちにとっても、局長にとってもね」

    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 7

    2018.08.13.[Edit]
    ウエスタン小説、第7話。追加連絡。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「息子?」 朝食のベーコントーストを飲み込み、ダンが尋ね返す。「ええ。ただ、苗字も違うし、周囲の人間もそんな話聞いたこと無いって話だから、グリフィス本人は気付いてなかったかも知れないけど」 局長からの電話で、グリフィスの監督する鉱山に、彼の息子が勤めていたことが判明したと伝えられたのである。「名前は?」「会社には、ケビン・...

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    ウエスタン小説、第8話。
    ゴーストタウン。

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    8.
     スリーバックスを発って5日後、アデルたち一行はN州、アッシュバレーに到着した。
    「……本当に何にも無いな」
     通りを見渡すが、薄汚れた家屋がまばらにあるばかりで、賑わっているような様子は全く見られない。
    「電線も無い。これじゃ確かに、電話連絡なんてできるはずが無いな」
    「それどころじゃないぞ。郵便局も保安官オフィスも無い。軒並み潰れてる」
     駅のすぐそばにあった建物を指差しつつ、ダンが呆れた声を漏らす。
    「ほぼ廃村って感じだな。本当にこんなところに、人が住んでんのか?」
    「そうね……」
     エミルが往来を見回し、首を横に振る。
    「ここ数ヶ月、馬車も荷車も通ってないって感じ。足跡も、せいぜい2人、3人ってところかしら」
    「3人だろう。3種類ある」
     アデルがしゃがみ込み、その足跡を調べる。
    「ただ、靴の形は一緒だな。大きさは違うが、靴底のパターンが同じだ。恐らく会社か州軍だとかからの支給品なんだろう。
     同じ会社の同僚3人が、駅に届いた荷物を受け取ったってところだろうな」
    「それに靴底のパターンが、やたらゴツいぜ。相当ハードな環境で働いてるんだろうな」
     ダンもアデルと同様にしゃがみ込み、その足跡を指先で触る。
    「その可能性は高いな。となりゃ、メッセマー鉱業の人間ってことで間違い無いだろう。
     ……何だよダン、あんたも結構やるじゃないか」
    「へへ……、伊達に特務局でしごかれてないさ」
     二人して笑い合ったところで、一転、アデルは首を傾げる。
    「だけど妙だな。3つあって、それが全部、作業員のヤツか」
    「何が妙なんだ?」
     尋ねたダンに、エミルが呆れ気味に答える。
    「サムたちよ。ここに来たはずでしょ?」
    「……あ、そうか」
     一行はきょろきょろと辺りを見回すが、それらしい足跡は見当たらない。
     と、様子をうかがっていたらしい年配の駅員が、とぼとぼとした足取りで近寄ってくる。
    「あんたら、さっきから何しとるんだ? 財布でも落としたのか?」
    「いや、何でも。……っと、ちょっと聞きたいんだが」
     アデルが立ち上がり、駅員に質問する。
    「俺たちの他に、スーツ姿で来たヤツらはいないか?」
    「スーツで? さあ……?」
     駅員は目をしょぼしょぼとさせながら、首を横に振る。
    「覚えが無いね」
    「最近雨が降ったのは?」
    「3日前くらいかなぁ」
    「そもそも、ここって人がいるのか?」
    「俺がいるだろ」
    「いや、そうじゃなくて、あんた以外に人が住んでるのかってことだよ。ざっと見たところ、店もサルーンも何も無いように見えるしさ」
    「鉱山の奴が4人か、5人くらい、……いや、6人? だっけか。まあ、そいつらくらいだな。
     あんたの言う通り、ここにゃもう店が無いから、ここで直に行商人と売り買いしてるみたいだよ」
    「『みたい』って……、あんた、ここで仕事してるんだろ?」
     呆れ気味にアデルがそう尋ねたところで、駅員は恥ずかしそうに笑って返す。
    「ヒマだからさ……。大抵寝とるんだ」
    「……そうか」
     その他、2、3点尋ねてみたものの、駅員からは大した情報を得ることはできなかった。

     駅員を適当にあしらい、駅舎へ戻っていったところで、ふたたびアデルたちは足跡に着目する。
    「あのくたびれたじいさんの話だから正確なことは分からないが、ともかくごく最近、雨が降ったって話だから――計算上、1週間くらい前にはサムたちが到着してたはずだし――サムたちの足跡が消えててもおかしくない。
     足跡が見当たらない以上、下手すりゃサムたちがここに来てない可能性もある。……とは言え、それは考えにくいけどな」
    「他に目的地も無いもんな」
     ハリーの一言にうなずきつつ、アデルが続ける。
    「だから来てることを前提として考えりゃ、間違い無くサムたちは、メッセマー鉱業を訪ねてるはずだ。
     この足跡も多分メッセマー鉱業のヤツらのだろうし、たどれば着くだろう」
     一行は駅を後にし、足跡に沿って街を抜けた。

    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 8

    2018.08.14.[Edit]
    ウエスタン小説、第8話。ゴーストタウン。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. スリーバックスを発って5日後、アデルたち一行はN州、アッシュバレーに到着した。「……本当に何にも無いな」 通りを見渡すが、薄汚れた家屋がまばらにあるばかりで、賑わっているような様子は全く見られない。「電線も無い。これじゃ確かに、電話連絡なんてできるはずが無いな」「それどころじゃないぞ。郵便局も保安官オフィスも無い。軒...

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    ウエスタン小説、第9話。
    疑惑の炭鉱。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
     街を出て程無く、アデルたちは薄汚れたあばら家の前に到着する。
    「『メッセマー鉱業 アッシュバレー営業所』って看板が付いてるな。一応って感じでだが」
    「なんか傾いてないか……?」
     ハリーとスコットが指摘した通り、その小屋はあちこちに穴が空いており、今にも崩れそうな様相を呈していた。
     と、小屋の奥にあった坑道から、人がわらわらと現れる。
    「おい、あんたら……」
     スコットが彼らに声をかけようとしたところで、相手からの怒鳴り声が返ってくる。
    「んなトコでボーッと突っ立ってんじゃねえッ! 下がれ、下がれ!」
    「……! おっ、おう」
     状況を察し、アデルたちは大慌てで踵を返し、小屋の方へ走ろうとする。
     が、一人、ぽかんとした顔で突っ立っていたロバートを、残り5人が慌てて引っ張る。
    「バカ、鉱山だぞここ!」
    「え? は?」
    「マイトだよ、マイト!」
    「真糸?」
    「寝ぼけたこと言ってる場合か!」
    「坑道から大急ぎで人が出てきて『下がれ』っつってんだ、分かんだろ!?」
    「何が……」
    「ああ、もう!」
     まだ状況を把握できていなさそうなロバートを小屋の裏まで引っ張り込み、5人は耳を抑えて身を屈める。
     次の瞬間――ぼごん、とくぐもった音と共に、周囲がぐらっと揺れる。
    「おわっ!?」
    「……ダイナマイト使うくらい分かれよ」
    「す、すんませんっス」

     発破による粉塵が収まってきたところで、改めてアデルたちは、メッセマー鉱業の人間に声をかけた。
    「パディントン探偵局? それが一体、うちに何の用だ?」
     現場監督のジム・マクレガーは、けげんな目で一行を一瞥する。
    「監査なら本社に行けよ。うちにある帳簿なんて、メシとマイトのことしか書いてねえぞ」
    「いや、そうじゃない。数日くらい前に、ここに連邦特務捜査局の人間が来なかったか?」
     尋ねた途端、マクレガー監督の顔に険が差す。
    「あ? 捜査局だ? 知りゃしねえよ」
     その反応を見て、アデルは強い語調で尋ね直す。
    「もう一度聞くぞ。連邦特務捜査局の人間が、ここに来たはずだ。知ってることを話してくれ」
    「知らねえって言って……」
     怒鳴りかけた瞬間、マクレガー監督は硬直する。
     対面にいたエミルが、拳銃を抜いたからだ。
    「なに、……する、気だ、姉ちゃんよ?」
     恐る恐る尋ねるマクレガー監督に、エミルはもう一方の手でハンカチを取り出しつつ、こう返す。
    「別に? あなたが正直に話してくれたら、ほこりを払って終わりよ。
     でも強情張る気なら、掃除のはずみで弾が2、3発くらい出てきちゃうかも知れないけど」
    「……ぐっ」
     たじろぐ様子を見せるが、マクレガー監督はなお、頑なな態度を執る。
    「仮に俺がそいつらを知ってるとして、そしたら、あんたたちは何する気だ?」
    「なるほど」
     そこでアデルは、背後に立っていたダンたちを親指で差す。
    「ちなみにこいつらも特務局の人間だ。いや、だったと言うべきだな」
    「だった……?」
    「詳しい経緯は省くが、先日、特務局は解体された。当然、こいつらに逮捕権は無い。
     仮にあんたらが何らかの罪を犯したとして、それでも、あんたらを捕まえることはできない。その上で、だ。
     もしも特務局の人間がいるなら、解体された件を伝えて、一緒に引き上げようってだけだ」
    「……」
     マクレガー監督はしばらく黙り込んでいたが、やがて、はあと一息吐き、不安そうな口調で尋ねてきた。
    「本当に逮捕はしないんだな?」
    「あんたらを勝手に逮捕したら、俺が逮捕されちまうよ。そんな権限は無いからな」
    「……来てくれ」
     そう言って、マクレガー監督はアデルたちに背を向け、坑道に向かって歩き出した。

    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 9

    2018.08.15.[Edit]
    ウエスタン小説、第9話。疑惑の炭鉱。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. 街を出て程無く、アデルたちは薄汚れたあばら家の前に到着する。「『メッセマー鉱業 アッシュバレー営業所』って看板が付いてるな。一応って感じでだが」「なんか傾いてないか……?」 ハリーとスコットが指摘した通り、その小屋はあちこちに穴が空いており、今にも崩れそうな様相を呈していた。 と、小屋の奥にあった坑道から、人がわらわらと...

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    ウエスタン小説、第10話。
    暗澹の中の光明。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    10.
     坑道を入ってすぐ、マクレガー監督は木箱が積まれた側道の前で立ち止まる。
    「さっきマイト使ったが、どっちも結構奥だから大丈夫、……なはずだ」
    「どっちも?」
     尋ねたアデルに、マクレガー監督は正面を指差す。
    「今掘ってる方は半マイル先まで進んでる。こっちの側道はその半分くらいで諦めたけどな。
     ただ、小屋に入らない資材だとかを入れるのには便利してたから、1週間前まで倉庫代わりにしてた」
    「1週間前?」
     マクレガー監督は木箱をひょいひょいとどかしつつ、話を続ける。
    「1週間前、特務捜査局だって人間が4人、うちに来たんだ。だけど、……その、色々事情があってな。ここに閉じ込めるしかなくなっちまったんだ」
    「てめえ、監禁してたのか!?」
     血相を変えるダンに、マクレガー監督は申し訳無さそうに頭を下げる。
    「本当に済まねえと思ってる。……本当に、逮捕しないでくれるんだよな?」
    「逮捕しない。だが状況如何によっちゃ、一発二発殴らせてもらうぞ」
    「う……、ま、まあ、仕方ねえな。
     と、ともかくだ。一応、メシとか寝床とか、不自由無くはさせてた。常に見張りは付けてたけど」
     木箱をどかし終え、マクレガー監督は奥へと進もうとする。
     と、そこでエミルが声をかけた。
    「ねえ、監督さん?」
    「ん?」
    「サム……、いえ、特務局の人間4人を監禁した事情って、一体何なの?」
    「それは……、まあ、……色々だ」
    「話しなさいよ。状況がまったくつかめないまま、あたしたちもノコノコあんたに付いて行ってそのまま監禁されちゃ、たまったもんじゃないわ」
    「……」
     マクレガー監督は苦々しい表情を、エミルに向ける。
    「話さなきゃダメか?」
    「俺からも聞きたいところだな」
     腰に提げていた小銃に手を添えつつ、アデルも同意する。
    「特務局の人間、つまり司法当局の人間を無理矢理閉じ込めなきゃならんような事情が何なのか聞いとかないと、確かに後の展開が読めないからな。
     よっぽど誰にも知られちゃならない何かがあるとしたら、俺たちも生かしちゃおけんってことになるだろ?」
    「……分かった。だが、その」
     マクレガー監督は表情を崩さず、ぼそぼそとこう続けた。
    「俺はしゃべるのが苦手なんだ。そもそも、今回のことは何から話していいやらって感じなんだ。頭がどうにかなりそうなことばかり起こっちまって、本当、気が動転しまくってるって状態なんだよ。
     だから、多分、長くなるし、ワケ分からんと思うが、それでも聞く気か?」
    「ああ」
    「……分かった」





     2ヶ月前――。
    「かっ、監督、監督ーっ!」
     いつものように、マクレガー監督が部下たちに呪詛(じゅそ)めいた愚痴を延々と吐いていたところに、一番若い部下、ケビンが転がり込んできた。
    「だから俺はな、……な、何だよ、ケビン?」
    「こ、こんな、こんなもん、で、で、出たんスけどっ」
    「こんなもん……?」
     マクレガー監督を含めた小屋の中の全員が、ケビンに注目する。
     いや――視線はケビンにではなく、彼が抱える、白い石の塊に向けられていた。
    「何だそりゃ?」
    「……か、か、監督っ」
     と、部下の中でも一番年長のナンバー2、ゴードンが慌てた声を上げる。
    「そいつはダイヤだ! ダイヤモンドですよ!」
    「だ、……ダイヤぁ?」
     マクレガー監督はゴードンの顔を見、もう一度ケビンの方に向き直る。
    「何バカなこと言ってんだ。俺は16年炭鉱で仕事してるが、んなもん出てきたことなんか一度も無えぞ」
    「いや、しかし実際出てきたわけですし」
    「あのな、本当にダイヤだってんなら」
     苛立たしげに返しつつ、マクレガー監督はケビンが抱える岩塊をつかむ。
    「あの窓ガラスにこすりつけりゃ、切れるはずだわな。ほれ、見てろ」
     そう言って、マクレガー監督は岩塊で窓ガラスをガリガリと引っかき――まるで布をナイフで裂くように、さっくりと切れたガラス片は、がしゃん、と音を立てて床に落ちた。
    「ほら見た通りだ、こんなもんちっとも、……切れてるじゃねえか!?」
     途端にマクレガー監督は血相を変え、自分の手中にある岩塊をにらみつけた。
    「マジかよ」
    「……マジですね」
     予想外の事態に、マクレガー監督もゴードンも、他の作業員たちも、呆然とした顔で黙り込むしかなかった。

    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 10

    2018.08.16.[Edit]
    ウエスタン小説、第10話。暗澹の中の光明。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10. 坑道を入ってすぐ、マクレガー監督は木箱が積まれた側道の前で立ち止まる。「さっきマイト使ったが、どっちも結構奥だから大丈夫、……なはずだ」「どっちも?」 尋ねたアデルに、マクレガー監督は正面を指差す。「今掘ってる方は半マイル先まで進んでる。こっちの側道はその半分くらいで諦めたけどな。 ただ、小屋に入らない資材だとか...

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    ウエスタン小説、第11話。
    降って湧いた福音。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    11.
    「と、とと、ともかくだ」
     マクレガー監督はガタガタと震えながらも、ダイヤの原石を机に置き、その前に座り込んだ。
    「お、お前らも座れ。と、と、とりあえず、あ、アレだ、か、か、会議だ」
    「はっ、はひ」
    「りょうきゃ、……了解っス」
     全員、机を囲んで座り込んだが、誰も言葉を発しない。
     誰も彼も、この親指の先程度の、ほんのり透き通る石に、すっかり気圧されてしまっていたのだ。
    「……で、その、アレだ、ケビン」
    「うっス」
    「どこで見付けた?」
    「坑道っス」
    「んなこたぁ分かってんだよ! そこら辺の道端に落ちてるわきゃねえだろうが!?」
    「あ、す、すんません! あの、昨日おやっさんがダメだっつってたトコっス」
    「あそこでか? 泥炭も褐炭も出なくなっちまって、やたら岩にしかぶつからなくなっちまったからな……。でも、そうか、うーん……」
     マクレガー監督は原石を恐る恐る手に取り、つぶさに眺める。
    「俺も詳しいわけじゃないが、ダイヤってのは確かに、こう言う青っぽいような黒っぽいような岩ん中から出てくるって話は、坑夫筋の知り合いから聞いたことはある。
     だけども、マジでダイヤ鉱床を掘り当てちまったってことは……」
     その言葉に、全員がごくりと固唾を飲む。
    「……俺たち、大金持ちっスか?」
     ケビンがおずおずと尋ねるが、マクレガー監督はがっかりした顔をケビンに向ける。
    「いや、そうはならねえよ。
     このダイヤは、メッセマー鉱業所有の鉱山から出たんだからな。出たものは全部、会社のものだ」
    「そんな……」
     と、ゴードンが原石に視線を向けたまま、ぼそっとつぶやく。
    「分かりゃしないですよ」
    「あん?」
    「俺たちが、いや、ケビンが今の今、誰も予想してないところでダイヤ掘ったなんてこと、本社の誰が知ってるって言うんです?
     このまま黙っちまいましょうよ」
    「……うーん」
     ゴードンの意見に、マクレガー監督は悩ましげにうなる。
    「まあなぁ……。考えてみりゃ、会社には散々煮え湯を飲まされてきたわけだし、今だってこんな僻地(へきち)に飛ばされてるわけだし。
     もしかしたら来る日も来る日も泥だらけになって穴ぐらにこもって頑張ってる俺たちに、神様がプレゼントしてくれたのかもな、……なんてな」
    「おやっさん、そんなに熱心でしたっけ」
    「これ見りゃ教会に通う気にも、賛美歌歌う気にもなるってもんだ」
     マクレガー監督は椅子から立ち上がりつつ、ケビンに尋ねる。
    「ケビン、案内してくれ。もしまだまだ原石採れるってんなら、色々考えなきゃならんからな」
    「うっス」

     その後、日が暮れるまで試掘を続け、マクレガー監督らはなんと2カラット相当ものダイヤを掘り出すことができた。
     だが――。
    「硬ってえなあ、クソっ」
    「つるはしが欠けましたぜ、おやっさん」
     ダイヤの鉱床となるキンバリー岩は相応に硬い岩石であり、錬鉄製のつるはしで掘り出すことは容易ではなかった。
     ゴードンが差し出した、先が大きく欠けたつるはしを一瞥し、マクレガー監督は悪態をつく。
    「ケッ、こんな安物何本あったって、掘り出せるもんか!
     いや、そもそも石炭とダイヤじゃ、硬さが天と地だからな。もっとマシな装備を用意しなきゃ、どうしようも無いぜ」
    「でも、そんな予算無いですよ」
    「……本社に掛け合ってみるか」
    「えっ!? 言うんですか、会社に」
    「勿論、あんなクソ会社に、バカ正直に『ダイヤ出たんですけど』なんて言いやしない。まあ、『石炭出そうです』とか適当に言って、予算出してもらおうぜ」
     マクレガー監督は本社に手紙を出し、返事を待った。



     半月後――本社から届いた手紙には、ただ二行、こう書かれていただけだった。
    「予算追加の必要性無し
     現状の装備で対応せよ」

    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 11

    2018.08.17.[Edit]
    ウエスタン小説、第11話。降って湧いた福音。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11.「と、とと、ともかくだ」 マクレガー監督はガタガタと震えながらも、ダイヤの原石を机に置き、その前に座り込んだ。「お、お前らも座れ。と、と、とりあえず、あ、アレだ、か、か、会議だ」「はっ、はひ」「りょうきゃ、……了解っス」 全員、机を囲んで座り込んだが、誰も言葉を発しない。 誰も彼も、この親指の先程度の、ほんのり透...

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    ウエスタン小説、第12話。
    決死の強盗。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    12.
    「……っざけんなボケえええッ!」
     手紙を読んだ途端、マクレガー監督は激怒した。
    「つくづくケチな会社だぜ、まったくよぉ! ……とは言え、確かにここで石炭掘るのに3万ドルもいらんからな。普通に、ただ石炭掘るだけって本社が考えるなら、要求が通るワケねーか」
    「でも、どうするんです? このまま壁眺めてるだけじゃ、どうにもなりませんぜ」
     ゴードンの言葉に、マクレガー監督は苦々しい表情を見せる。
    「分かってら。俺名義でどこかで借金して、……いや、もしもダイヤがまともに出なかったらヤバいか。そもそも一炭鉱夫に3万ドルも貸すはずが無え」
    「……あの」
     と、ケビンが意を決したように手を挙げ、立ち上がる。
    「俺が取って来ます」
    「あん?」
    「俺が本社に忍び込んで、カネを盗って来ます」
    「お、おいおい」
     突拍子も無いケビンの提案に、マクレガー監督は目を丸くする。
    「バカなこと言うなよ、ケビン。いくらなんでも、そこまでやっちまったら……」
    「俺だって、こんな合衆国の端っこまで飛ばされて、毎日毎日どろっどろに汚れて働かされてるってのに、その見返りがたったの週3ドルじゃあ、ちっとも納得できないですよ。
     会社だって、少しくらい報いを受けりゃいいんですよ」
    「……」
     その場にいた全員が、ケビンと同じ不満を抱いていたのだろう――罪を犯そうと息巻くケビンを、誰一人、咎めることができなかった。



     その8日後の夜、ケビンは単身、P州のメッセマー鉱業本社に忍び込んでいた。
     運良く鍵の開いていた窓から侵入し、ケビンは誰もいない、夜の社内を恐る恐るうろつく。
    (ツイてるぜ、俺。こりゃもう、神様が俺にやれ、盗んでよしっつってるんだろうな)
     そんな自分勝手なことを考えている間に、ケビンは難なく、金庫前にたどり着いた。
     だが――。
    「うっ」
     金庫にはダイヤル式の鍵が付いており、ケビンがその暗証番号を知るはずも無い。
    (……神様ぁ)
     神に祈りつつ、ダイヤルをかちゃかちゃと回してはみるが、何の反応も返っては来ない。
    (こうなったら壊して……)
     そんなことも考えてはみるものの、自分の手にあるのは一箱分のマッチだけである。
     また、金庫ごと盗み出そうにも、相手は3フィート以上もの大きな鉄塊である。ケビン一人では到底、その場から動かすことさえできそうになかった。
    「……こんなのって無いだろ、神様。あんまりだ」
     ついにケビンは途方に暮れ、金庫の前にへたり込んでしまった。

     と――。
    「誰だ!?」
     背後から、男の声が投げかけられる。
    (やべっ!)
     慌てて立ち上がり、後ずさったところで、ケビンは男と目が合う。
    「う……っ!?」
     その、カンテラに照らされた顔を見た途端、ケビンも、そしてその男も、同じ表情を浮かべた。
     いや――同じだったのは表情ではなく、顔そのものだったのだ。
    「な、んっ……!?」
     相手も面食らっているらしく、自分より20年は老けた顔を引きつらせている。
    「あ、あ……」
     ケビンも混乱していたが、どうにか口を開き、恐る恐る相手に尋ねてみた。
    「あんた、……誰だ?」
    「わ、私か? 私はオーウェン・グリフィス。ここの社員で、今晩の当直だ」
    「オーウェン? ……オーウェン・グリフィス!?」
     その名前を聞いた途端、ケビンの頭は驚愕と、そして怒りで満たされた。
    「あんた、デイジー・モリスンって知ってるか? 24年前、イギリスから移民でやって来た、デイジー・モリスンだ」
    「で、デイジー? ああ、そのデイジーには、心当たりがある。昔結婚したことがあるが、そのデイジーだろうか」
    「そうかよ」
     瞬間、ケビンはオーウェンに殴りかかっていた。

    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 12

    2018.08.18.[Edit]
    ウエスタン小説、第12話。決死の強盗。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12.「……っざけんなボケえええッ!」 手紙を読んだ途端、マクレガー監督は激怒した。「つくづくケチな会社だぜ、まったくよぉ! ……とは言え、確かにここで石炭掘るのに3万ドルもいらんからな。普通に、ただ石炭掘るだけって本社が考えるなら、要求が通るワケねーか」「でも、どうするんです? このまま壁眺めてるだけじゃ、どうにもなりません...

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    ウエスタン小説、第13話。
    20年越しの和解。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    13.
    「ぐあっ!?」
     ケビンに殴られ、オーウェンは床を転げる。
     そのまま伸びてしまったオーウェンに、ケビンは怒りに満ちた怒声をぶつける。
    「俺はそのデイジーの息子だよ、クソ野郎がッ!」
    「……じゃ、じゃあ君は、ケビンか?」
    「そうだよ畜生! てめえのせいで俺は、この20年間ずっと死ぬ思いしてきたんだ!」
    「ま、待て! 私の話を聞け!」
    「うるせえッ!」
     倒れ込んだオーウェンになおも殴りかかろうとしたケビンに、オーウェンが怒鳴った。
    「デイジーが浮気したんだ!」
    「なっ……」
     その一言に、ケビンは動きを止める。
    「う、……ウソつくなよ。助かろうと思って」
    「嘘じゃないし、そもそも離婚と、君を引き取ることを言い出したのは、彼女の方だ。
     私のことを覚えているのなら、ウィリス・ウォルトンのことも知ってるだろう?」
    「……義理の親父だ。いや、だったヤツだ」
    「彼女はウィリスに熱を上げて、私のことを振ったんだよ。……その後の顛末も聞いてる。
     ウィリスから随分ひどい目に遭わされて、結局彼とも、半年で離婚したと」
    「ああ」
    「それでも君には謝らなければならない。ウィリスと別れた後、一度だけ、彼女からよりを戻さないかと手紙が来たんだ。
     だが私は、それに返事を出さなかった。『別れるのも自分の都合なら、元に戻るのも君の都合でか』と、当時の私は頭に来ていたからだ。
     だから君のことも、結果的に見捨てることになってしまった」
     オーウェンはその場にうずくまり、深々と頭を下げた。
    「君の気の済むようにしてくれ。私はどんな罰でも、甘んじて受ける」
    「……」
     父だった男の、薄くなった後頭部を眺めていたケビンは、拳を振り上げかけたが――力無く、だらんと下ろした。
    「いいよ、もう。お袋に問題があったってのは事実だし、お袋に散々迷惑かけられたあんたを、息子の俺がさらに痛めつけようなんて、神様が許しゃしないさ」
    「……ありがとう」
     オーウェンは顔を上げ――一転、けげんな様子を見せた。
    「しかし、……君は何故、ここに? 私に会いに来たのか? こんな夜中に?」
    「あっ、いや」
     ケビンはごまかそうとするが、目が勝手に、金庫の方へと向いてしまう。
     その視線を読んだらしく、オーウェンが声を上げる。
    「まさか、空巣か?」
    「うっ、……あ、ああ。会社がどうしても資金出してくれないって言うから、こっちから、その、取りに来たと言うか、いただこうと言うか」
    「あ」
     それを聞いて、オーウェンは目を丸くする。
    「もしかして君は今、N州に? アッシュバレー炭鉱で働いてるのか?」
    「ああ」
    「少し前に、アッシュバレー炭鉱から予算増額の要請が来たが、不要と判断したから断ったんだ。
     それで君が来たのか。……しかし、変じゃないか」
     オーウェンは立ち上がり、殴られて腫れ上がった左頬を抑えながら尋ねる。
    「あの規模の炭鉱に3万ドルは、どう考えても過剰投下だ。仮にあの山一帯が全て無煙炭の塊だったとしても、そこまで必要なはずが無い。
     一体何故君は、いや、君たちは、盗みを働こうとしてまで予算を欲しがるんだ?」
    「それは……」
     ケビンは仕方無く、ダイヤ鉱床が出てきたことをオーウェンに話した。
    「ダイヤだって!?」
    「あ、ああ。監督も今の予算じゃ掘り出せないって」
    「それはそうだろうな。確かにそれが本当なら、3万ドルは妥当、……でもないな」
     オーウェンはかぶりを振り、こう指摘する。
    「炭鉱についてのノウハウしか無い君たちが、今まで取り掛かったことの無い類の鉱床に手を出すとなると、軌道に乗せるまでにはかなりのコストがかかるはずだ。
     多分、3万では足りなくなる。二度、三度と、予算を追加することになるだろうな」
    「えっ……」
    「もし最初の予算を認可していたとしても、そんなに何度も万単位の予算を要求していれば、遅かれ早かれ怪しまれる。そうなれば早晩、本社幹部はダイヤの可能性に気付くだろう。
     どちらにしても、その計画は杜撰極まりない。本社にバレて、君たちは横領犯として告訴されるのがオチだ」
    「そんな……」
     厳しい評価に、ケビンは落胆する。
     だが――。
    「だから、最初から10万持って行けば、発覚の可能性はずっと少なくなる」
    「へ? ……今、何て?」
     尋ねるケビンに応じる代わりに、オーウェンは金庫のダイヤルを回す。
    「今、金庫の中には、10万ドルは入ってるはずだ。これを持って行きなさい」

    DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 13

    2018.08.19.[Edit]
    ウエスタン小説、第13話。20年越しの和解。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13.「ぐあっ!?」 ケビンに殴られ、オーウェンは床を転げる。 そのまま伸びてしまったオーウェンに、ケビンは怒りに満ちた怒声をぶつける。「俺はそのデイジーの息子だよ、クソ野郎がッ!」「……じゃ、じゃあ君は、ケビンか?」「そうだよ畜生! てめえのせいで俺は、この20年間ずっと死ぬ思いしてきたんだ!」「ま、待て! 私の話を聞...

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