Index ~作品もくじ~
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- DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 1
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- DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 1
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»» 2017.04.19.
»» 2017.04.20.
ウエスタン小説、第13話。
猫の目と三角形(Yeux de chat et un triangle)。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
13.

「ミヌー君」
アーサー老人はデズを囲むアデルたちをチラ、と確認し、エミルに耳打ちした。
「君は何か知っているのかね、このシンボルについて?」
「し、……知らないわ」
そう答えたエミルに、アーサー老人は首を横に振って返す。
「私の得意分野は人間観察だと言っただろう? 君が嘘をついているのは明白だ。
隠したいと言うのであれば、今ならあの二人はデズを構うのに夢中だ。私もそう簡単に、秘密を漏らす男ではない。教会の懺悔室より、情報の防衛力は堅固であるつもりだ。
話したまえ、ミヌー君」
「……その、マークは」
エミルは震える声で、話し始めた。
「その組織の創始者、シャタリーヌ(Chatalaine)の名前が猫(chat)に通じることと、そしてあなたが推察していたように、世界的な秘密結社の多くが『三角形』をシンボルとして登用していることから、そう言う風に象(かたど)られたの」
「ふむ」
「でも、……その組織は、10年以上前に、潰れたはず。今更こんなものを、持ってるヤツなんて、いるはずが」
「見たところ、ネックレスは比較的新しい。10年ものだとは、到底見えん。せいぜい1年か、2年と言ったところだろう。
そして『潰れた』ではなかろう。君が『潰した』のだ。違うかね?」
「……ええ、そうよ」
「だが、その組織に詳しい君が見たことのない男たちが、揃ってネックレスを懐に入れている。ネックレスの具合から見ても、組織への加入は、少なくとも2年前だろう。
この事実だけでも、君が潰したはずのその組織が、2年前には復活していたことは明白だ」
「……っ」
ネックレスを握りしめ、エミルは黙り込む。
「ともかく、これでつながったよ」
アーサー老人はもう一つのネックレスを指にかけて軽く振り回しつつ、考察を続ける。
「なるほど。私が予想していた事態が現実になろうとしている、……と言うことだろう」
「……どう言うこと?」
尋ねたエミルに、アーサー老人は肩をすくめて返す。
「私の情報防衛力は堅固だと言っただろう? 今は明かせん。
君がもう少し、込み入った事情を教えてくれるなら別だがね」
そう返され、エミルもアデルたちをチラ、と見る。
「……じゃあ、……1つ、だけ。
あたしの、昔の名前。エミル・トリーシャ・シャタリーヌよ」
「察するに、その組織の創始者の血縁者と言うところか。恐らくは、……いや、こんな要点のぼやけた掛け合いをしていても、埒が明かんな。約束したことであるし、私ももう少し、秘密の話を明かすとしよう。
その創始者の名前を、私は知っている。ジャン=ジャック・ノワール・シャタリーヌだろう?」
「……!」
無言で目を剥いたエミルに、アーサー老人は小さくうなずいて見せる。
「だが彼の死亡は、我々も確認している。確かに11年前だ。その息子も翌年、C州で死体が発見されている。
察するにどちらも君が殺したのではないかと、私は考えている。どうかね?」
「……そうよ」
答えたエミルに、アーサー老人は笑いかける。
「打ち明けた秘密が2つになったな。ではもう少し、詳しく話そう。
彼が組織なんぞを持っていたと言うことは、実は彼の死後に分かったことだ。だから組織について、詳しいことはまるで知らん。恐らくFたちも知るまい。
だがシャタリーヌ親子が故郷でやっていた悪行も、この国で企てていたことも、ある程度は把握している。恐らく君が彼らを殺害しなければ、合衆国は先の戦争以上の混乱にあえぎ、崩壊の危機を迎えていただろう。
ともかく昨日、君が私に依頼した件については、調べ次第すぐに伝えよう。もし本当に組織が復活していたと言うのならば、可及的速やかに、再度壊滅させねばならんだろうからな」
「ええ。……お願いね、ボールドロイドさん」
エミルは深々と、アーサー老人に頭を下げた。
猫の目と三角形(Yeux de chat et un triangle)。
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13.

「ミヌー君」
アーサー老人はデズを囲むアデルたちをチラ、と確認し、エミルに耳打ちした。
「君は何か知っているのかね、このシンボルについて?」
「し、……知らないわ」
そう答えたエミルに、アーサー老人は首を横に振って返す。
「私の得意分野は人間観察だと言っただろう? 君が嘘をついているのは明白だ。
隠したいと言うのであれば、今ならあの二人はデズを構うのに夢中だ。私もそう簡単に、秘密を漏らす男ではない。教会の懺悔室より、情報の防衛力は堅固であるつもりだ。
話したまえ、ミヌー君」
「……その、マークは」
エミルは震える声で、話し始めた。
「その組織の創始者、シャタリーヌ(Chatalaine)の名前が猫(chat)に通じることと、そしてあなたが推察していたように、世界的な秘密結社の多くが『三角形』をシンボルとして登用していることから、そう言う風に象(かたど)られたの」
「ふむ」
「でも、……その組織は、10年以上前に、潰れたはず。今更こんなものを、持ってるヤツなんて、いるはずが」
「見たところ、ネックレスは比較的新しい。10年ものだとは、到底見えん。せいぜい1年か、2年と言ったところだろう。
そして『潰れた』ではなかろう。君が『潰した』のだ。違うかね?」
「……ええ、そうよ」
「だが、その組織に詳しい君が見たことのない男たちが、揃ってネックレスを懐に入れている。ネックレスの具合から見ても、組織への加入は、少なくとも2年前だろう。
この事実だけでも、君が潰したはずのその組織が、2年前には復活していたことは明白だ」
「……っ」
ネックレスを握りしめ、エミルは黙り込む。
「ともかく、これでつながったよ」
アーサー老人はもう一つのネックレスを指にかけて軽く振り回しつつ、考察を続ける。
「なるほど。私が予想していた事態が現実になろうとしている、……と言うことだろう」
「……どう言うこと?」
尋ねたエミルに、アーサー老人は肩をすくめて返す。
「私の情報防衛力は堅固だと言っただろう? 今は明かせん。
君がもう少し、込み入った事情を教えてくれるなら別だがね」
そう返され、エミルもアデルたちをチラ、と見る。
「……じゃあ、……1つ、だけ。
あたしの、昔の名前。エミル・トリーシャ・シャタリーヌよ」
「察するに、その組織の創始者の血縁者と言うところか。恐らくは、……いや、こんな要点のぼやけた掛け合いをしていても、埒が明かんな。約束したことであるし、私ももう少し、秘密の話を明かすとしよう。
その創始者の名前を、私は知っている。ジャン=ジャック・ノワール・シャタリーヌだろう?」
「……!」
無言で目を剥いたエミルに、アーサー老人は小さくうなずいて見せる。
「だが彼の死亡は、我々も確認している。確かに11年前だ。その息子も翌年、C州で死体が発見されている。
察するにどちらも君が殺したのではないかと、私は考えている。どうかね?」
「……そうよ」
答えたエミルに、アーサー老人は笑いかける。
「打ち明けた秘密が2つになったな。ではもう少し、詳しく話そう。
彼が組織なんぞを持っていたと言うことは、実は彼の死後に分かったことだ。だから組織について、詳しいことはまるで知らん。恐らくFたちも知るまい。
だがシャタリーヌ親子が故郷でやっていた悪行も、この国で企てていたことも、ある程度は把握している。恐らく君が彼らを殺害しなければ、合衆国は先の戦争以上の混乱にあえぎ、崩壊の危機を迎えていただろう。
ともかく昨日、君が私に依頼した件については、調べ次第すぐに伝えよう。もし本当に組織が復活していたと言うのならば、可及的速やかに、再度壊滅させねばならんだろうからな」
「ええ。……お願いね、ボールドロイドさん」
エミルは深々と、アーサー老人に頭を下げた。
»» 2017.04.21.
»» 2017.04.22.
»» 2017.04.23.
ウエスタン小説、第16話。
忌まわしき復活に備えて。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
16.
「その男の名前は、ルシフェル・ブラン・シャタリーヌ。
付けられた名前からしてその父親、『大閣下(Grand Excellence)』ジャン=ジャック・ノワール・シャタリーヌの趣味の悪さがにじみ出ているな」
「そこまで調べてたの?」
驚いた顔を見せたエミルに、局長は三度、うなずいて返した。
「私とリロイ、そしてAの調査力を総合・発揮した結果だよ。ともかく本題は、ルシフェルの方だ。
現時点で分かっているだけでも、彼の遍歴はとても白(blanc/ブラン)なんてもんじゃあない。強盗や脅迫、略取・誘拐は言うに及ばず、あの『ウルフ』に匹敵する規模の、都市単位での破壊工作や大量虐殺までも行っている。その犯罪がすべて立証されていれば、16、7回は首を絞められているはずだ。
だが正義の裁きが下るその前に、彼は在野の人間の手で罰を与えられている。そう、実の娘によってね」
それを聞いたアデルとロバートは、エミルに向き直る。
エミルはその誰とも目を合わさず、力無くうなずいた。
「ええ、そうよ。あたしが殺した。あいつはどうしようもない悪党だったもの」
「正義感だけが理由ではあるまい。私怨もあるだろう」
「……っ」
「だがまあ、そこは深く追及しない。君の心中や殺害の経緯がどうであろうと、ルシフェルが極悪人であったことに変わりはないからね。
問題とすべきなのは――トリスタン・アルジャンの暗躍、Aを狙った2人の男、そして君たちを尾行していた者――君が完膚無きまでに潰したはずのその組織が、どう言うわけかこの1~2年において復活し、活動している節があることだ。
近い将来、組織は我がパディントン探偵局に対し、攻勢に出るだろう」
「可能性は大きいでしょうね。このままなら」
そう返したエミルに、局長はにこりと笑って見せる。
「まさかこの期に及んでまだ、局を抜けるだの何だのと言うつもりではあるまいね?」
「そうしたいのは山々だけど、尾行者やボールドロイドさんの話をしたってことは、もう手遅れだと思ってるんでしょ?」
「その通り。既に我々は全員、マークされている。君を狙うと共に、我が探偵局をも同様に狙っているはずだ。今更君が抜けたところで、2が1と1になるだけだ。彼らにとってはイコール2でしかない。
と言うわけでだ、エミル。離れると言う選択は最早、無意味だ。それよりも連携を密にし、共に闘うことを選んで欲しい。
そのために、Aと君たちとを引き合わせた。それが3つ目の理由だ」
「え……」
揃っていぶかしむエミルたち3人に、局長はこう続けた。
「私は今世紀アメリカ最大の、大探偵王だと自負している。どんな難事件も、どんな強敵も見事退け、討ち滅ぼし、殲滅できると言う、確固たる自信を持っている。
だが、だからこそあらゆる危険、あらゆる脅威に対して、私は常に、最大限に対策を練り、配慮せねばならない。
そしてその『危険』、『脅威』とは、私自身の命が脅かされる危険をも含んでいる。とは言え、敵と相討ちになっていると言うのなら、まだいい。懸念すべきは、私の身が潰えたにもかかわらず、敵がのうのうと生き残っていると言うケースだ。
万が一そんなケースが発生し、そして、君たちだけでは残ったその敵に勝てないと判断したら、その時はAを頼って欲しい。そうした場合のためにも、Aはノーマッド(放浪者)として合衆国諸州を渡り歩いているのだ」
いつもの飄々とした様子を見せない、真面目な顔の局長に、アデルたち3人は静かに、だがはっきりと、うなずいて見せた。
一転――局長はいつもの、飄々とした様子に戻る。
「あ、そうそう。Aについてだがね」
「はい?」
「まあ、エミルは気付いていると思うが、実はAB牧場もセントホープも、Aの本拠じゃあない」
「へっ?」
揃って目を丸くするアデルとロバートに対し、エミルは「やっぱり?」と返す。
「『私の本拠はFとLにしか知らせたくない』って言ってたし、多分そうなんだろうなとは思ってたわ。
ついさっき局長も、『Aはノーマッドだ』って言ったしね」
「うむ。だから基本的に、こちらから連絡はできん。定期的に向こうから手紙や電話は来るがね」
「……そんな人、どうやって頼れって言うんスか?」
呆れ顔で尋ねたロバートに、局長は何も言わず、肩をすくめるばかりだった。

DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ END
忌まわしき復活に備えて。
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16.
「その男の名前は、ルシフェル・ブラン・シャタリーヌ。
付けられた名前からしてその父親、『大閣下(Grand Excellence)』ジャン=ジャック・ノワール・シャタリーヌの趣味の悪さがにじみ出ているな」
「そこまで調べてたの?」
驚いた顔を見せたエミルに、局長は三度、うなずいて返した。
「私とリロイ、そしてAの調査力を総合・発揮した結果だよ。ともかく本題は、ルシフェルの方だ。
現時点で分かっているだけでも、彼の遍歴はとても白(blanc/ブラン)なんてもんじゃあない。強盗や脅迫、略取・誘拐は言うに及ばず、あの『ウルフ』に匹敵する規模の、都市単位での破壊工作や大量虐殺までも行っている。その犯罪がすべて立証されていれば、16、7回は首を絞められているはずだ。
だが正義の裁きが下るその前に、彼は在野の人間の手で罰を与えられている。そう、実の娘によってね」
それを聞いたアデルとロバートは、エミルに向き直る。
エミルはその誰とも目を合わさず、力無くうなずいた。
「ええ、そうよ。あたしが殺した。あいつはどうしようもない悪党だったもの」
「正義感だけが理由ではあるまい。私怨もあるだろう」
「……っ」
「だがまあ、そこは深く追及しない。君の心中や殺害の経緯がどうであろうと、ルシフェルが極悪人であったことに変わりはないからね。
問題とすべきなのは――トリスタン・アルジャンの暗躍、Aを狙った2人の男、そして君たちを尾行していた者――君が完膚無きまでに潰したはずのその組織が、どう言うわけかこの1~2年において復活し、活動している節があることだ。
近い将来、組織は我がパディントン探偵局に対し、攻勢に出るだろう」
「可能性は大きいでしょうね。このままなら」
そう返したエミルに、局長はにこりと笑って見せる。
「まさかこの期に及んでまだ、局を抜けるだの何だのと言うつもりではあるまいね?」
「そうしたいのは山々だけど、尾行者やボールドロイドさんの話をしたってことは、もう手遅れだと思ってるんでしょ?」
「その通り。既に我々は全員、マークされている。君を狙うと共に、我が探偵局をも同様に狙っているはずだ。今更君が抜けたところで、2が1と1になるだけだ。彼らにとってはイコール2でしかない。
と言うわけでだ、エミル。離れると言う選択は最早、無意味だ。それよりも連携を密にし、共に闘うことを選んで欲しい。
そのために、Aと君たちとを引き合わせた。それが3つ目の理由だ」
「え……」
揃っていぶかしむエミルたち3人に、局長はこう続けた。
「私は今世紀アメリカ最大の、大探偵王だと自負している。どんな難事件も、どんな強敵も見事退け、討ち滅ぼし、殲滅できると言う、確固たる自信を持っている。
だが、だからこそあらゆる危険、あらゆる脅威に対して、私は常に、最大限に対策を練り、配慮せねばならない。
そしてその『危険』、『脅威』とは、私自身の命が脅かされる危険をも含んでいる。とは言え、敵と相討ちになっていると言うのなら、まだいい。懸念すべきは、私の身が潰えたにもかかわらず、敵がのうのうと生き残っていると言うケースだ。
万が一そんなケースが発生し、そして、君たちだけでは残ったその敵に勝てないと判断したら、その時はAを頼って欲しい。そうした場合のためにも、Aはノーマッド(放浪者)として合衆国諸州を渡り歩いているのだ」
いつもの飄々とした様子を見せない、真面目な顔の局長に、アデルたち3人は静かに、だがはっきりと、うなずいて見せた。
一転――局長はいつもの、飄々とした様子に戻る。
「あ、そうそう。Aについてだがね」
「はい?」
「まあ、エミルは気付いていると思うが、実はAB牧場もセントホープも、Aの本拠じゃあない」
「へっ?」
揃って目を丸くするアデルとロバートに対し、エミルは「やっぱり?」と返す。
「『私の本拠はFとLにしか知らせたくない』って言ってたし、多分そうなんだろうなとは思ってたわ。
ついさっき局長も、『Aはノーマッドだ』って言ったしね」
「うむ。だから基本的に、こちらから連絡はできん。定期的に向こうから手紙や電話は来るがね」
「……そんな人、どうやって頼れって言うんスか?」
呆れ顔で尋ねたロバートに、局長は何も言わず、肩をすくめるばかりだった。

DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ END
»» 2017.04.24.
»» 2017.09.18.
ウエスタン小説、第2話。
怪盗紳士、三度目の登場。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
2.
「で、どの店の豆が美味しいって話なの?」
「そこなんだよなぁ」
エミルと共に街の大通りを歩きながら、アデルは肩をすくめる。
「グレースの奴、コロンビア産のがどーの、アフリカの方から輸入したのがどーのって色々うんちくを垂れてばっかで、結局『ここがあたしのイチオシね』ってのを教えてくれなかったんだよ。
しまいにゃ俺も『ああ、こりゃ聞くだけ時間の無駄だ』と思って、適当に切り上げてきちまったんだよな」
「役に立たないわね。勿論あんたじゃなくて、アシュリーの方がだけど」
「まったくだ」
この日、二人は揃って買い物袋を抱えながら、街をぶらついていた。
と言ってもプライベートではなく、探偵局で使う紙やインクなどの消耗品、そしてコーヒーやドーナツと言った飲食物の買い出しである。
それでも単調なデスクワークよりも幾分気楽な作業であるためか、それとも街を流れる秋風が心地いいためか、二人の雰囲気は軽く、呑気なものだった。
そんな雰囲気の中で交わす取り留めの無い話が、アデルが交流を持つ情報屋のアシュリー・グレースに触れたところで、エミルが尋ねてきた。
「そう言えば聞いた話だけど、あの子、副局長の娘さんですって?」
「苗字も一緒だし、多分そうなんだろ。
局長曰く、副局長は『情報収集と分析、そしてその応用・活用にかけては、彼の右に出る者はいない』って話だし、そこら辺の才能が娘に遺伝したんだろうな」
「お父さんに比べたら、腕と扱う情報は雲泥の差だけどね。
でも本当に娘さんなら、なんでうちに入らないのかしら? 街の裏手でコソコソやってるより、よっぽどマシなはずなのに」
「さあ……? 今度、副局長に聞いてみたらどうだ?」
「その『今度』がいつになるやら、だけどね」
「違いない。あの人いつも、いるのかいないのか分からんって感じだし。あの人の席、いつ見ても猫しかいないからなぁ」
「あはは……」
のんびり世間話に興じながら、二人は通りの角を曲がり――その途端に揃って駆け出し、裏路地に滑り込んだ。
「あんたも気付いてた?」
「そりゃな。と言うより、わざと姿を見せてる気配すらあったぜ」
「そうね。あたしもそれは感じてた。
となると多分、あたしたちがこの路地に隠れることも計算に入れてるでしょうね。……そうでしょ?」
通りに向かって呼びかけたところで、声が返って来る。
「ええ、ご明察です」
「……また、あんたなの?」
エミルがげんなりした声を漏らす。
間を置いて、声の主が裏路地に入ってきた。
「ごきげんよう、マドモアゼル・ミヌー。それからムッシュ・ネイサン」
現れたのは、あの「西部の怪盗紳士」――イクトミだった。

「何の用だよ?」
ぶっきらぼうに尋ねたアデルに、イクトミは恭しく帽子を脱ぎ、お辞儀をする。
「単刀直入に申しますと、依頼をお願いしたく参上した次第です」
「……あんたねぇ」
呆れ顔で眺めていたエミルが、こめかみを押さえている。
「さっきあたしたちを尾行してた時、普通の――あたしたちにとっての普通よ――スーツ姿だったじゃない。
あたしたちと話をするためだけに、この一瞬でわざわざその白スーツに着替えたわけ?」
「ええ。依頼するのですから、正装が適切かと思いまして」
臆面も無くそう返すイクトミに、アデルは悪態をつく。
「正装、ねぇ。俺には仮装に見えるが。
まあいい。依頼だの何だの言ってるが、そんなもん俺たちが受けると思うのか? お前、自分がお尋ね者だってことが、全然分かって無いだろ」
「良く存じておりますとも。自分のことですから。
そしてムッシュ・ネイサンがどうであれ、マドモアゼル、あなたはこれからわたくしの言うことを、聞く気でいるはずです」
「ええ、そうね。アデルがこう言う反応するってことも、あたしが半端な見返りじゃ動いたりしないってことも、全部把握しての、あんたのこの行動ですもの。
さぞやあたしが求めてやまないような、そんな極上の報酬を持ってきてるんでしょうね?」
「勿論ですとも」
イクトミはにっこりと、微塵も悪意を感じさせない笑みを返した。
怪盗紳士、三度目の登場。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
2.
「で、どの店の豆が美味しいって話なの?」
「そこなんだよなぁ」
エミルと共に街の大通りを歩きながら、アデルは肩をすくめる。
「グレースの奴、コロンビア産のがどーの、アフリカの方から輸入したのがどーのって色々うんちくを垂れてばっかで、結局『ここがあたしのイチオシね』ってのを教えてくれなかったんだよ。
しまいにゃ俺も『ああ、こりゃ聞くだけ時間の無駄だ』と思って、適当に切り上げてきちまったんだよな」
「役に立たないわね。勿論あんたじゃなくて、アシュリーの方がだけど」
「まったくだ」
この日、二人は揃って買い物袋を抱えながら、街をぶらついていた。
と言ってもプライベートではなく、探偵局で使う紙やインクなどの消耗品、そしてコーヒーやドーナツと言った飲食物の買い出しである。
それでも単調なデスクワークよりも幾分気楽な作業であるためか、それとも街を流れる秋風が心地いいためか、二人の雰囲気は軽く、呑気なものだった。
そんな雰囲気の中で交わす取り留めの無い話が、アデルが交流を持つ情報屋のアシュリー・グレースに触れたところで、エミルが尋ねてきた。
「そう言えば聞いた話だけど、あの子、副局長の娘さんですって?」
「苗字も一緒だし、多分そうなんだろ。
局長曰く、副局長は『情報収集と分析、そしてその応用・活用にかけては、彼の右に出る者はいない』って話だし、そこら辺の才能が娘に遺伝したんだろうな」
「お父さんに比べたら、腕と扱う情報は雲泥の差だけどね。
でも本当に娘さんなら、なんでうちに入らないのかしら? 街の裏手でコソコソやってるより、よっぽどマシなはずなのに」
「さあ……? 今度、副局長に聞いてみたらどうだ?」
「その『今度』がいつになるやら、だけどね」
「違いない。あの人いつも、いるのかいないのか分からんって感じだし。あの人の席、いつ見ても猫しかいないからなぁ」
「あはは……」
のんびり世間話に興じながら、二人は通りの角を曲がり――その途端に揃って駆け出し、裏路地に滑り込んだ。
「あんたも気付いてた?」
「そりゃな。と言うより、わざと姿を見せてる気配すらあったぜ」
「そうね。あたしもそれは感じてた。
となると多分、あたしたちがこの路地に隠れることも計算に入れてるでしょうね。……そうでしょ?」
通りに向かって呼びかけたところで、声が返って来る。
「ええ、ご明察です」
「……また、あんたなの?」
エミルがげんなりした声を漏らす。
間を置いて、声の主が裏路地に入ってきた。
「ごきげんよう、マドモアゼル・ミヌー。それからムッシュ・ネイサン」
現れたのは、あの「西部の怪盗紳士」――イクトミだった。

「何の用だよ?」
ぶっきらぼうに尋ねたアデルに、イクトミは恭しく帽子を脱ぎ、お辞儀をする。
「単刀直入に申しますと、依頼をお願いしたく参上した次第です」
「……あんたねぇ」
呆れ顔で眺めていたエミルが、こめかみを押さえている。
「さっきあたしたちを尾行してた時、普通の――あたしたちにとっての普通よ――スーツ姿だったじゃない。
あたしたちと話をするためだけに、この一瞬でわざわざその白スーツに着替えたわけ?」
「ええ。依頼するのですから、正装が適切かと思いまして」
臆面も無くそう返すイクトミに、アデルは悪態をつく。
「正装、ねぇ。俺には仮装に見えるが。
まあいい。依頼だの何だの言ってるが、そんなもん俺たちが受けると思うのか? お前、自分がお尋ね者だってことが、全然分かって無いだろ」
「良く存じておりますとも。自分のことですから。
そしてムッシュ・ネイサンがどうであれ、マドモアゼル、あなたはこれからわたくしの言うことを、聞く気でいるはずです」
「ええ、そうね。アデルがこう言う反応するってことも、あたしが半端な見返りじゃ動いたりしないってことも、全部把握しての、あんたのこの行動ですもの。
さぞやあたしが求めてやまないような、そんな極上の報酬を持ってきてるんでしょうね?」
「勿論ですとも」
イクトミはにっこりと、微塵も悪意を感じさせない笑みを返した。
»» 2017.09.19.
»» 2017.09.20.
»» 2017.09.21.
»» 2017.09.22.
ウエスタン小説、第6話。
探偵王と怪盗の邂逅。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
6.
翌日、3時。
壁に取り付けられた電話がじりりん、と鳴り出したところで、局長がすぐに受話器を取った。
「はい、こちらパディントン探偵局。……うむ、そうだ。私がパディントンだ。
君はイクトミかね?」
局長の後ろで様子を伺っていたアデルとエミルは、顔を見合わせる。
「来たわね」
「流石、伊達男。3時きっかりだな」
その間にも、局長とイクトミは電話越しに会話を交わしている。
「そうだ。私が話をする。……いや、彼女はいるよ。私の後ろにね。
……そうは行かない。君はエミル嬢にではなく、このパディントン探偵局に対して依頼したのだろう? ……個人的に、であったとしてもだ。彼女は個人業じゃあなく、局に所属する人間だ。である以上、彼女の仕事は局がマネジメントするのが道理だろう? ……ははは、馬鹿を言うものではない。いつ終わるとも知れん仕事をさせるために休暇を取らせるなど、私が認めると思うのかね? ……そう言うことだ。それが嫌だと言うのならば、これまで通り一人で捜索したまえ。
……うむ。ではもう少し詳しい話をしようじゃあないか。いつまでもそんなところで私たちを眺めていないで、……そうだな、こっちのビルの斜向いに店がある。君のいるウォールナッツビルの、3つ左隣の店だ。……そう、ブルース・ジョーンズ・カフェだ。
そこなら捕まる、捕まえるなんて話抜きで相談もできるだろう? 無論、衆人環視の中でドンパチやるほど、我々も無法者じゃあないからな。君もそう言うタイプのはずだ。
……決まりだな。私たちもすぐ向かうから、君もすぐ来たまえ」
そこで局長は電話を切り、窓の外に向かって手を振る。
その様子を眺めていたエミルが、呆れた声を上げた。
「あのビルにいたの?」
「うむ、予想はしていた。彼も慌てたようだよ。居場所を言い当てられたものだから、指摘した瞬間、声が上ずったよ」
「伊達男も形無しね、クスクス……」

15分後、局長が指定した喫茶店に、一般的な――今度は「東部都市では」と言う意味で――スーツ姿で、イクトミが姿を現した。
「あら、白上下じゃないのね」
指摘したエミルに、イクトミは苦笑いを返す。
「流石に目立ってしまいますから。わたくしも、色々と狙われる身でしてね」
「ふむ」
イクトミのその言葉に、局長が納得したような声を漏らす。
「つまりギルマン某を探したい、と言うのは、やはり組織に関係してのことかね?」
「左様です」
イクトミが椅子に座ったところで、局長がメニューを差し出す。
「私がおごろう。ここのコテージパイは絶品だそうだよ」
「ほう。ではそれと、コーヒーを」
そう返したイクトミに、局長はニヤっと笑いかける。
「君もコーヒー派かね?」
「ええ。氏はイギリス系とお見受けしますが、紅茶は?」
「実を言えば、あまり好きじゃあないんだ。それがイギリスを離れた理由の一つでもある」
「変わった方ですな」
「君ほどじゃあないさ」
やり取りを交わす間に注文し終え、間も無く一同の座るテーブルにコーヒーが4つ、運ばれてくる。
「コテージパイが温まるまでにはまだ多少、時間がある。それまでに話を詰めておこう。
まず、君からの依頼を受けるか否かについてだが、君から何かしらの情報を得られれば、受けてもいいと考えている」
「情報……、何のでしょうか?」
「まず、アンリ=ルイ・ギルマンとは何者なのか? 組織においてどんな役割を担っていたのか?
そして何故、君はギルマンを探しているのか? それを聞かせて欲しい」
「ふむ」
イクトミはコーヒーを一口飲み、それから局長の質問に応じた。
「ギルマンはいわゆる『ロジスティクス(兵站活動)』を担当していました。
武器・弾薬と言った装備の調達や侵攻・逃走経路の確保、基地や備蓄施設の設営、その他組織が行う作戦について、あらゆる後方支援を行う立場にありました。
そして……」
イクトミはそこで言葉を切り、エミルに視線を向けた。
「なによ?」
「大閣下がマドモアゼルの手にかかって死んだと思わせ――その実、陥落せんとする本拠地からまんまと彼を連れ出したのも、ギルマンの仕業なのです」
探偵王と怪盗の邂逅。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
6.
翌日、3時。
壁に取り付けられた電話がじりりん、と鳴り出したところで、局長がすぐに受話器を取った。
「はい、こちらパディントン探偵局。……うむ、そうだ。私がパディントンだ。
君はイクトミかね?」
局長の後ろで様子を伺っていたアデルとエミルは、顔を見合わせる。
「来たわね」
「流石、伊達男。3時きっかりだな」
その間にも、局長とイクトミは電話越しに会話を交わしている。
「そうだ。私が話をする。……いや、彼女はいるよ。私の後ろにね。
……そうは行かない。君はエミル嬢にではなく、このパディントン探偵局に対して依頼したのだろう? ……個人的に、であったとしてもだ。彼女は個人業じゃあなく、局に所属する人間だ。である以上、彼女の仕事は局がマネジメントするのが道理だろう? ……ははは、馬鹿を言うものではない。いつ終わるとも知れん仕事をさせるために休暇を取らせるなど、私が認めると思うのかね? ……そう言うことだ。それが嫌だと言うのならば、これまで通り一人で捜索したまえ。
……うむ。ではもう少し詳しい話をしようじゃあないか。いつまでもそんなところで私たちを眺めていないで、……そうだな、こっちのビルの斜向いに店がある。君のいるウォールナッツビルの、3つ左隣の店だ。……そう、ブルース・ジョーンズ・カフェだ。
そこなら捕まる、捕まえるなんて話抜きで相談もできるだろう? 無論、衆人環視の中でドンパチやるほど、我々も無法者じゃあないからな。君もそう言うタイプのはずだ。
……決まりだな。私たちもすぐ向かうから、君もすぐ来たまえ」
そこで局長は電話を切り、窓の外に向かって手を振る。
その様子を眺めていたエミルが、呆れた声を上げた。
「あのビルにいたの?」
「うむ、予想はしていた。彼も慌てたようだよ。居場所を言い当てられたものだから、指摘した瞬間、声が上ずったよ」
「伊達男も形無しね、クスクス……」

15分後、局長が指定した喫茶店に、一般的な――今度は「東部都市では」と言う意味で――スーツ姿で、イクトミが姿を現した。
「あら、白上下じゃないのね」
指摘したエミルに、イクトミは苦笑いを返す。
「流石に目立ってしまいますから。わたくしも、色々と狙われる身でしてね」
「ふむ」
イクトミのその言葉に、局長が納得したような声を漏らす。
「つまりギルマン某を探したい、と言うのは、やはり組織に関係してのことかね?」
「左様です」
イクトミが椅子に座ったところで、局長がメニューを差し出す。
「私がおごろう。ここのコテージパイは絶品だそうだよ」
「ほう。ではそれと、コーヒーを」
そう返したイクトミに、局長はニヤっと笑いかける。
「君もコーヒー派かね?」
「ええ。氏はイギリス系とお見受けしますが、紅茶は?」
「実を言えば、あまり好きじゃあないんだ。それがイギリスを離れた理由の一つでもある」
「変わった方ですな」
「君ほどじゃあないさ」
やり取りを交わす間に注文し終え、間も無く一同の座るテーブルにコーヒーが4つ、運ばれてくる。
「コテージパイが温まるまでにはまだ多少、時間がある。それまでに話を詰めておこう。
まず、君からの依頼を受けるか否かについてだが、君から何かしらの情報を得られれば、受けてもいいと考えている」
「情報……、何のでしょうか?」
「まず、アンリ=ルイ・ギルマンとは何者なのか? 組織においてどんな役割を担っていたのか?
そして何故、君はギルマンを探しているのか? それを聞かせて欲しい」
「ふむ」
イクトミはコーヒーを一口飲み、それから局長の質問に応じた。
「ギルマンはいわゆる『ロジスティクス(兵站活動)』を担当していました。
武器・弾薬と言った装備の調達や侵攻・逃走経路の確保、基地や備蓄施設の設営、その他組織が行う作戦について、あらゆる後方支援を行う立場にありました。
そして……」
イクトミはそこで言葉を切り、エミルに視線を向けた。
「なによ?」
「大閣下がマドモアゼルの手にかかって死んだと思わせ――その実、陥落せんとする本拠地からまんまと彼を連れ出したのも、ギルマンの仕業なのです」
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ウエスタン小説、第12話。
イクトミ襲撃の夜。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
12.
「ごきげんよう、ご老人。騒がしい夜になりそうですな」
そこには全身真っ白のスーツに身を包んだ伊達男が、拳銃を構えて立っていた。
「……貴様……イクトミ……!?」
アーサー老人は戦慄する。
そして――銃声が、サルーン内に轟いた。

だが、アーサー老人は傷一つ負うこと無く、その場に立ち尽くしたままだった。
「……な、……なぬぅ?」
流石のアーサー老人も、何が起こったのか把握するのに、数秒の間を要した。
そして周囲の人間が、一人残らず射殺されていることに気付き、アーサー老人はもう一度イクトミに視線を向けた。
「どう言うことだ? 何故彼らを殺した? まさかこいつらが一人ひとり、リーブル硬貨(18世紀までフランス王国で使われていた貨幣)を握っていたと言うわけでもあるまい」
「ええ、左様です。
彼らはあなたを狙っていたのです。そしてわたくしはあなたを探していた。であれば彼らを排除せねば、当然の帰結として、わたくしの目的は達せられません」
「彼ら? こいつら全員が、私をだと?」
アーサー老人はどぎまぎとしつつ、もう一度辺りを見回す。
「彼らの懐を探ってみて下さい。その証明が見付かるはずです」
「……うむ」
イクトミの言う通りに、アーサー老人はカウンターに突っ伏したバーテンの懐を探り――そして、あの「猫目の三角形」が象(かたど)られたネックレスを発見した。
「こいつら……!」
「あなたはいささか、組織について知りすぎました。組織があなたや、あなた方を消そうとしています」
「それを私に知らせるために、ここへ来たと言うのか?」
「それも理由の一つです。あなた方がいなくなれば、わたくしもまた、早晩倒れることとなりますから」
「どう言うことかね? ……ああ、いや」
アーサー老人は長年の経験と勘、そして磨き抜いた人物眼から、イクトミに敵意が無く、友好的に接しようと距離を図っているのだと察し、フランクな声色を作る。
「立ち話もなんだ、バーボンでもどうかね?」
アーサー老人はカウンターの内側に周り、バーテンの死体をどかして、グラスを2つ取り出す。
「ご厚意、痛み入ります」
イクトミはほっとしたような顔をし、恭しく会釈をしてから、カウンターの席に付いた。
カウンター周辺に漂っていた血と硝煙の匂いが、酒とつまみのバターピーナツの匂いに押しやられたところで、イクトミは話を切り出してきた。
「わたくしのことを、いくらかお話してもよろしいでしょうか?」
「うむ、聞かせてくれ」
イクトミはバーボンを一息に飲み、ふう、と息を吐き出した。
「インディアンとしての本名は、わたくしにも分かりません。
仏系の父親からは一応、『アマンド・ヴァレリ』なる名をいただいておりましたが、10歳、いや、11歳くらいの頃から、自分からそう名乗ることは無くなりました。
父はインディアンであった母のことを、家畜程度にしか思っていなかったことが分かりましたからね。その血を引くわたくしのことも、どう思っていたか。いや、悪感情を抱いていたことは間違い無いでしょう。
そんな事情でしたから、11歳の頃に家を出ました。そんなわけで幼いながらも放浪の日々に入り、間も無く組織が『人材育成のため』と称して、わたくしを略取・誘拐しました。
そこで私は、新たに『アレーニェ(蜘蛛)』と名付けられました。身体能力が他の子供と比べ、飛び抜けて高かったからでしょう。……しかしその名も結局、組織を抜けた際に捨てました。
その後、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て――わたくしは、己で自分自身を『イクトミ』と名付けたのです」
イクトミ襲撃の夜。
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12.
「ごきげんよう、ご老人。騒がしい夜になりそうですな」
そこには全身真っ白のスーツに身を包んだ伊達男が、拳銃を構えて立っていた。
「……貴様……イクトミ……!?」
アーサー老人は戦慄する。
そして――銃声が、サルーン内に轟いた。

だが、アーサー老人は傷一つ負うこと無く、その場に立ち尽くしたままだった。
「……な、……なぬぅ?」
流石のアーサー老人も、何が起こったのか把握するのに、数秒の間を要した。
そして周囲の人間が、一人残らず射殺されていることに気付き、アーサー老人はもう一度イクトミに視線を向けた。
「どう言うことだ? 何故彼らを殺した? まさかこいつらが一人ひとり、リーブル硬貨(18世紀までフランス王国で使われていた貨幣)を握っていたと言うわけでもあるまい」
「ええ、左様です。
彼らはあなたを狙っていたのです。そしてわたくしはあなたを探していた。であれば彼らを排除せねば、当然の帰結として、わたくしの目的は達せられません」
「彼ら? こいつら全員が、私をだと?」
アーサー老人はどぎまぎとしつつ、もう一度辺りを見回す。
「彼らの懐を探ってみて下さい。その証明が見付かるはずです」
「……うむ」
イクトミの言う通りに、アーサー老人はカウンターに突っ伏したバーテンの懐を探り――そして、あの「猫目の三角形」が象(かたど)られたネックレスを発見した。
「こいつら……!」
「あなたはいささか、組織について知りすぎました。組織があなたや、あなた方を消そうとしています」
「それを私に知らせるために、ここへ来たと言うのか?」
「それも理由の一つです。あなた方がいなくなれば、わたくしもまた、早晩倒れることとなりますから」
「どう言うことかね? ……ああ、いや」
アーサー老人は長年の経験と勘、そして磨き抜いた人物眼から、イクトミに敵意が無く、友好的に接しようと距離を図っているのだと察し、フランクな声色を作る。
「立ち話もなんだ、バーボンでもどうかね?」
アーサー老人はカウンターの内側に周り、バーテンの死体をどかして、グラスを2つ取り出す。
「ご厚意、痛み入ります」
イクトミはほっとしたような顔をし、恭しく会釈をしてから、カウンターの席に付いた。
カウンター周辺に漂っていた血と硝煙の匂いが、酒とつまみのバターピーナツの匂いに押しやられたところで、イクトミは話を切り出してきた。
「わたくしのことを、いくらかお話してもよろしいでしょうか?」
「うむ、聞かせてくれ」
イクトミはバーボンを一息に飲み、ふう、と息を吐き出した。
「インディアンとしての本名は、わたくしにも分かりません。
仏系の父親からは一応、『アマンド・ヴァレリ』なる名をいただいておりましたが、10歳、いや、11歳くらいの頃から、自分からそう名乗ることは無くなりました。
父はインディアンであった母のことを、家畜程度にしか思っていなかったことが分かりましたからね。その血を引くわたくしのことも、どう思っていたか。いや、悪感情を抱いていたことは間違い無いでしょう。
そんな事情でしたから、11歳の頃に家を出ました。そんなわけで幼いながらも放浪の日々に入り、間も無く組織が『人材育成のため』と称して、わたくしを略取・誘拐しました。
そこで私は、新たに『アレーニェ(蜘蛛)』と名付けられました。身体能力が他の子供と比べ、飛び抜けて高かったからでしょう。……しかしその名も結局、組織を抜けた際に捨てました。
その後、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て――わたくしは、己で自分自身を『イクトミ』と名付けたのです」
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»» 2017.09.30.
»» 2017.10.01.
»» 2017.10.02.
»» 2018.01.02.
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ウエスタン小説、第3話。
サムのうわさ。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
3.
と、ロバートが中腰気味に立ち上がり、客車をきょろきょろと眺める。
「どうした?」
尋ねたアデルに、ロバートはこう返す。
「いや、そう言やサムのヤツ、いないなーって。あいつ、探偵局との連絡役でしょ?」
「そう言や見てないな。……つっても、今回のヤマにゃ不向きだろ。もろにインテリ系だし、銃も持ってないって言ってたし。
案外、今回は『急に熱が出ました』とか何とか言い訳して、逃げたんじゃないか?」
アデルがそんな冗談を言ったところで、彼の背後から声が飛んでくる。
「サムって、サミュエル・クインシーの坊やのことか?」
「ん? ああ、そうだ」
アデルが振り返り、返事したところで、声の主が立ち上がり、帽子を取って会釈する。

「いきなり声かけて済まんな。俺はダニエル・スタンハート。ダンって呼んでくれ」
「ああ、よろしくな、ダン。俺はアデルバート・ネイサン。アデルでいい」
アデルも立ち上がって会釈を返し、軽く握手する。
「それでダン、サムのことを知ってるのか?」
「ああ。あいつなら今頃、N州に向かってるぜ。
俺たちが出発する前日くらいだったか、うちの局長から直々に命令があったらしくてさ、大急ぎでオフィスを飛び出すのを見た。ま、何を命令されたかまでは知らないが」
「妙なタイミングだな」
アデルは首を傾げ、そう返す。
「まるでこの遠征に行かせまいとしたみたいじゃないか」
「俺たちの中でも、そう思ってる奴は結構いる。
口の悪い奴なんか、『サムの坊やはミラー局長の恋人なんじゃないか』なんてほざく始末さ」
「そりゃまたひでえうわさだなぁ、ははは……」
アデルは笑い飛ばしたが、ダンは神妙な顔をしつつ席を離れ、アデルの横に座り直した。
「笑い事じゃない、……かも知れないんだよな、これが」
「……って言うと?」
尋ねたアデルに、ダンはぐっと顔を近付け、こそこそと話し始めた。
「サムが特務局に入ったこと自体、局長が工作したんじゃないかって言われてるんだ」
「何だって?」
「ここにいる奴らを見てりゃ察しも付くだろうが、どいつもこいつも実務主義、現場主義ってタイプばっかりだ。
だがサムはそれと真逆って言うか、対極って言うか、言うなれば理論派って感じだろ?」
「ああ、確かにな」
「そりゃ、そう言うタイプが職場に多くいた方が効率的になるのかも分からんし、何かといい感じのアイデアが出て来るってこともあるだろう。そう言う考えで、局長は積極的に採用しようと思ってるのかも知れん。
だがそう言うインテリ派は、今まで『外注』って言うか、大学の教授だとか研究所のお偉いさんに話を聞きに行くだけで十分、事足りてたんだ。わざわざ局員として雇うほどの必要性は無い。なのになんで、わざわざ銃もろくに握ったことの無い、なよっちくてひょろひょろのメガネくんを雇ったのか?
そのおかげで、特務局のあっちこっちで『まさかマジでインテリかき集めるつもりなのか?』『それともサムの坊や、局長のお気にいりなのか?』なんて話がささやかれてる有様さ」
「言っちゃなんだけど、下衆ばっかりね」
と、アデルたちの会話にエミルも加わる。
「あの子は確かに銃もろくに撃てないし、気弱で吃(ども)りもあるけど、アタマの良さは本物よ。あの子の判断と知識のおかげであたしたちの捜査が進展したことは何度もあるし、探偵や捜査官向きのいい人材だと、あたしは思ってる。
そんな子を侮辱したり、陰口叩いたりする奴らの方がろくでなしよ」
「ん、ん、……まあ、そう言ってやらないでくれ」
ダンが苦い顔をし、エミルに応える。
「確かに俺にしても、今――ちょこっとだぜ、ちょこっと――あいつを悪く言ったのは反省してる。
特務局の奴らだって、サムに後ろ暗いところがあるなんて、本心からは思っちゃいないさ。根は良い奴ばっかりだ。それは俺が保証する」
「そうね。あなたも謝罪してくれたし、あたしも言い過ぎたかもね」
「分かってくれて嬉しいよ」
にこっと笑ったダンに、エミルもニッと口の端を上げて返した。
サムのうわさ。
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3.
と、ロバートが中腰気味に立ち上がり、客車をきょろきょろと眺める。
「どうした?」
尋ねたアデルに、ロバートはこう返す。
「いや、そう言やサムのヤツ、いないなーって。あいつ、探偵局との連絡役でしょ?」
「そう言や見てないな。……つっても、今回のヤマにゃ不向きだろ。もろにインテリ系だし、銃も持ってないって言ってたし。
案外、今回は『急に熱が出ました』とか何とか言い訳して、逃げたんじゃないか?」
アデルがそんな冗談を言ったところで、彼の背後から声が飛んでくる。
「サムって、サミュエル・クインシーの坊やのことか?」
「ん? ああ、そうだ」
アデルが振り返り、返事したところで、声の主が立ち上がり、帽子を取って会釈する。

「いきなり声かけて済まんな。俺はダニエル・スタンハート。ダンって呼んでくれ」
「ああ、よろしくな、ダン。俺はアデルバート・ネイサン。アデルでいい」
アデルも立ち上がって会釈を返し、軽く握手する。
「それでダン、サムのことを知ってるのか?」
「ああ。あいつなら今頃、N州に向かってるぜ。
俺たちが出発する前日くらいだったか、うちの局長から直々に命令があったらしくてさ、大急ぎでオフィスを飛び出すのを見た。ま、何を命令されたかまでは知らないが」
「妙なタイミングだな」
アデルは首を傾げ、そう返す。
「まるでこの遠征に行かせまいとしたみたいじゃないか」
「俺たちの中でも、そう思ってる奴は結構いる。
口の悪い奴なんか、『サムの坊やはミラー局長の恋人なんじゃないか』なんてほざく始末さ」
「そりゃまたひでえうわさだなぁ、ははは……」
アデルは笑い飛ばしたが、ダンは神妙な顔をしつつ席を離れ、アデルの横に座り直した。
「笑い事じゃない、……かも知れないんだよな、これが」
「……って言うと?」
尋ねたアデルに、ダンはぐっと顔を近付け、こそこそと話し始めた。
「サムが特務局に入ったこと自体、局長が工作したんじゃないかって言われてるんだ」
「何だって?」
「ここにいる奴らを見てりゃ察しも付くだろうが、どいつもこいつも実務主義、現場主義ってタイプばっかりだ。
だがサムはそれと真逆って言うか、対極って言うか、言うなれば理論派って感じだろ?」
「ああ、確かにな」
「そりゃ、そう言うタイプが職場に多くいた方が効率的になるのかも分からんし、何かといい感じのアイデアが出て来るってこともあるだろう。そう言う考えで、局長は積極的に採用しようと思ってるのかも知れん。
だがそう言うインテリ派は、今まで『外注』って言うか、大学の教授だとか研究所のお偉いさんに話を聞きに行くだけで十分、事足りてたんだ。わざわざ局員として雇うほどの必要性は無い。なのになんで、わざわざ銃もろくに握ったことの無い、なよっちくてひょろひょろのメガネくんを雇ったのか?
そのおかげで、特務局のあっちこっちで『まさかマジでインテリかき集めるつもりなのか?』『それともサムの坊や、局長のお気にいりなのか?』なんて話がささやかれてる有様さ」
「言っちゃなんだけど、下衆ばっかりね」
と、アデルたちの会話にエミルも加わる。
「あの子は確かに銃もろくに撃てないし、気弱で吃(ども)りもあるけど、アタマの良さは本物よ。あの子の判断と知識のおかげであたしたちの捜査が進展したことは何度もあるし、探偵や捜査官向きのいい人材だと、あたしは思ってる。
そんな子を侮辱したり、陰口叩いたりする奴らの方がろくでなしよ」
「ん、ん、……まあ、そう言ってやらないでくれ」
ダンが苦い顔をし、エミルに応える。
「確かに俺にしても、今――ちょこっとだぜ、ちょこっと――あいつを悪く言ったのは反省してる。
特務局の奴らだって、サムに後ろ暗いところがあるなんて、本心からは思っちゃいないさ。根は良い奴ばっかりだ。それは俺が保証する」
「そうね。あなたも謝罪してくれたし、あたしも言い過ぎたかもね」
「分かってくれて嬉しいよ」
にこっと笑ったダンに、エミルもニッと口の端を上げて返した。
»» 2018.01.04.
»» 2018.01.05.
»» 2018.01.06.
»» 2018.01.07.
ウエスタン小説、第7話。
牛狩りの時。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
7.
パン、と火薬が弾ける音が響くと同時に、ディミトリの姿はトリスタンの前から消え失せていた。
だが――。
「私をなめるなよ、アレーニェ!」
すかさずトリスタンは、天井に向かってもう一発放つ。
「うっ……」
一瞬間を置いて、うめき声と共に白い塊がどさり、とトリスタンの前に落ちてきた。

「流石はトリス。僕の動きを、見切っていたか」
力無く笑うイクトミのほおからは、ぼたぼたと血が滴っている。
「とは言え、どうにかかわしはしたがね」
「この前のような道化振る舞いはどうした、アレーニェ?」
トリスタンはイクトミを見下ろし、三度撃鉄を起こす。
「お嬢に気に入られようとしていたようだが、滑稽はなはだしい。何の効果も無い。惨めなだけだぞ、アレーニェ。
それとも我々の目を眩(くら)まそうとしていたのか? だがそれも無意味だったな。世間の有象無象共に『怪盗紳士イクトミ』などと己を呼ばせていい気になっていたようだが、我々の目は少しもごまかせない。
そう、お前のやってきたことなど、何一つ実を結びはしないのだ。我々に楯突こうなど、所詮は愚行に過ぎん」
「……ご高説を賜り大変痛み入りますが」
と――イクトミの口調がいつもの、慇懃(いんぎん)なものに変わる。
「わたくしはいくら無駄だ、無意味だと罵られ、なじられようとも、その歩みを止める気など毛頭ございません。
それがわたくしの、成すべき宿命でございますればッ!」
ふたたび、イクトミは姿を消す。
「くどいぞ、アレーニェ!」
トリスタンが吼えるように怒鳴り、拳銃を構えた瞬間――周りの棚や机、さらには窓や壁に至るまで、ぼこぼこと穴が空き始めた。
「ぬう……ッ!?」
「撃て撃て撃て撃てーッ!」
外では特務局員がガトリング銃を構え、掃射を始めていた。
その横にはアデルたちと、縛られた上に猿ぐつわを噛まされ、完全に無力化されたローと、そしてディミトリ、さらにはどう言う経緯か、アーサー老人の姿までもがある。
「ビルが倒れようと構わん! 中はトリスタン一人だけだ! ビルごと葬ってやれーッ!」
ダンの号令に応じ、ガトリング銃に加え、他の者たちも次々に銃を構えて、ビルに向かって集中砲火を浴びせる。
(……なあ)
と、アデルが小声でエミルに尋ねる。
(ボールドロイドさんの話じゃ、中にイクトミがいるんだろ?)
(ええ、協力を取り付けたらしいから。どうやって接触したのか知らないけど)
(流石と言うか、何と言うか。
でもあそこまで撃ちまくられたら、イクトミの奴、蜂の巣になってんじゃないか?)
(心配無用)
エミルの代わりに、ディミトリの縄をつかんでいたアーサー老人が答える。
(彼ならもう既に、ビルを出ているはずだ)
続いて、エミルもうなずいて返す。
(でしょうね。問題はトリスタンの方よ)
(問題って……、蜂の巣っスよ?)
けげんな顔で尋ねてきたロバートに、エミルは首を横に振って返す。
(あいつがこの程度でくたばってくれるようなヤワな奴なら、苦労なんかするわけ無いわ)
(へ……? い、いや、あんだけ撃ち込まれてるんスよ? 普通、死ぬっスって)
(言ったでしょ? あいつは普通じゃないのよ)
問答している内に、ビルの1階部分がぐしゃりと潰れ、2階・3階も滝のようになだれ落ち、土煙の中に沈んでいく。
「もが、もが……」
真っ青な顔で様子を見ていたディミトリが、猿ぐつわ越しに泣きそうな声を漏らす。
「残念だったな、ディミトリ・アルジャン。お前のお城、消えて無くなっちまったぜ?」
ディミトリの襟をつかみ、ダンが勝ち誇った顔を見せつける。
「お前も兄貴も、まとめて絞首台に送ってやるぜ! もっとも兄貴の方は、その前に土の下らしいけどな」
土煙がアデルたちのいるところにまで及び、自然、局員たちの攻撃の手が止む。
「いくらなんでも、もう……」
誰かがそう言いかけたところで、エミルが叫ぶ。
「まだよ! 止めないで! 撃ち続けて!」
「え……?」
局員たちが何を言うのか、と言いたげな顔をエミルに向けた、その瞬間だった。
「ぐばっ……」
その中の一人の顔が、まるで壁に投げつけられたトマトのように飛び散った。
牛狩りの時。
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7.
パン、と火薬が弾ける音が響くと同時に、ディミトリの姿はトリスタンの前から消え失せていた。
だが――。
「私をなめるなよ、アレーニェ!」
すかさずトリスタンは、天井に向かってもう一発放つ。
「うっ……」
一瞬間を置いて、うめき声と共に白い塊がどさり、とトリスタンの前に落ちてきた。

「流石はトリス。僕の動きを、見切っていたか」
力無く笑うイクトミのほおからは、ぼたぼたと血が滴っている。
「とは言え、どうにかかわしはしたがね」
「この前のような道化振る舞いはどうした、アレーニェ?」
トリスタンはイクトミを見下ろし、三度撃鉄を起こす。
「お嬢に気に入られようとしていたようだが、滑稽はなはだしい。何の効果も無い。惨めなだけだぞ、アレーニェ。
それとも我々の目を眩(くら)まそうとしていたのか? だがそれも無意味だったな。世間の有象無象共に『怪盗紳士イクトミ』などと己を呼ばせていい気になっていたようだが、我々の目は少しもごまかせない。
そう、お前のやってきたことなど、何一つ実を結びはしないのだ。我々に楯突こうなど、所詮は愚行に過ぎん」
「……ご高説を賜り大変痛み入りますが」
と――イクトミの口調がいつもの、慇懃(いんぎん)なものに変わる。
「わたくしはいくら無駄だ、無意味だと罵られ、なじられようとも、その歩みを止める気など毛頭ございません。
それがわたくしの、成すべき宿命でございますればッ!」
ふたたび、イクトミは姿を消す。
「くどいぞ、アレーニェ!」
トリスタンが吼えるように怒鳴り、拳銃を構えた瞬間――周りの棚や机、さらには窓や壁に至るまで、ぼこぼこと穴が空き始めた。
「ぬう……ッ!?」
「撃て撃て撃て撃てーッ!」
外では特務局員がガトリング銃を構え、掃射を始めていた。
その横にはアデルたちと、縛られた上に猿ぐつわを噛まされ、完全に無力化されたローと、そしてディミトリ、さらにはどう言う経緯か、アーサー老人の姿までもがある。
「ビルが倒れようと構わん! 中はトリスタン一人だけだ! ビルごと葬ってやれーッ!」
ダンの号令に応じ、ガトリング銃に加え、他の者たちも次々に銃を構えて、ビルに向かって集中砲火を浴びせる。
(……なあ)
と、アデルが小声でエミルに尋ねる。
(ボールドロイドさんの話じゃ、中にイクトミがいるんだろ?)
(ええ、協力を取り付けたらしいから。どうやって接触したのか知らないけど)
(流石と言うか、何と言うか。
でもあそこまで撃ちまくられたら、イクトミの奴、蜂の巣になってんじゃないか?)
(心配無用)
エミルの代わりに、ディミトリの縄をつかんでいたアーサー老人が答える。
(彼ならもう既に、ビルを出ているはずだ)
続いて、エミルもうなずいて返す。
(でしょうね。問題はトリスタンの方よ)
(問題って……、蜂の巣っスよ?)
けげんな顔で尋ねてきたロバートに、エミルは首を横に振って返す。
(あいつがこの程度でくたばってくれるようなヤワな奴なら、苦労なんかするわけ無いわ)
(へ……? い、いや、あんだけ撃ち込まれてるんスよ? 普通、死ぬっスって)
(言ったでしょ? あいつは普通じゃないのよ)
問答している内に、ビルの1階部分がぐしゃりと潰れ、2階・3階も滝のようになだれ落ち、土煙の中に沈んでいく。
「もが、もが……」
真っ青な顔で様子を見ていたディミトリが、猿ぐつわ越しに泣きそうな声を漏らす。
「残念だったな、ディミトリ・アルジャン。お前のお城、消えて無くなっちまったぜ?」
ディミトリの襟をつかみ、ダンが勝ち誇った顔を見せつける。
「お前も兄貴も、まとめて絞首台に送ってやるぜ! もっとも兄貴の方は、その前に土の下らしいけどな」
土煙がアデルたちのいるところにまで及び、自然、局員たちの攻撃の手が止む。
「いくらなんでも、もう……」
誰かがそう言いかけたところで、エミルが叫ぶ。
「まだよ! 止めないで! 撃ち続けて!」
「え……?」
局員たちが何を言うのか、と言いたげな顔をエミルに向けた、その瞬間だった。
「ぐばっ……」
その中の一人の顔が、まるで壁に投げつけられたトマトのように飛び散った。
»» 2018.01.08.
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ウエスタン小説、第12話。
三方包囲作戦。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
12.
2基のガトリング銃が動き始めたところで、エミルたちも小屋を出る。
「分かってると思うけど、T字に囲まないようにね。囲むならY字によ」
「勿論さ。俺たちとあんたたちで同士討ちになっちまうからな。
じゃ、……気を付けてな」
ダンたちに背を向け、エミルたち3人は路地を駆ける。
「ガトリングのおかげで足音は聞こえちゃいないと思うけれど、気を抜かないようにね。ボールドロイドさんも言ってたけど、あいつならこうやって囲むことも、予想するだろうから」
「了解っス」
路地の端まで進み、アデルが大通りの様子をうかがう。
「いるぜ。ビル跡の真ん前に立ってやがる。……ガトリングは当たってねーのか?」
苦い顔をするアデルの横に立ち、エミルが肩をすくめる。
「あいつなら当たっても跳ね返しそうな気がするわね」
「無茶言うなよ」
「……ま、それは冗談だけど。
実際、ガトリング銃に命中精度なんか求めるもんじゃないわよ。あれは弾幕を張ることはできても、一発一発を全部目標に命中させられるほど、取り回しは良くないもの」
「ま、言われりゃ確かにそうだ。デカいビルには当てられても、人間1人だけ狙って撃ち込みまくってみたところで、そうそう当たりゃしないわな。
その上、周りの瓦礫やら地面やらに着弾しまくってるせいで、肝心のトリスタンが土煙に紛れちまってる。そうでなくでもガトリングから大量に硝煙が上がってるせいで元から視界が悪いだろうし、狙おうにも狙えないってわけか」
実際、トリスタンにはほとんど命中していないらしく――土煙越しでもそれと分かる程度に――行動不能になるようなダメージを受けた様子は見られない。
ロバートも2人に続いて覗き込みつつ、不安げに尋ねてくる。
「で、どうするんスか? このままノコノコ出てきたんじゃ、狙い撃ちされるだけっスよ?」
「だからこその包囲作戦だ」
それに対し、アデルが得意げに説明する。
「左と右、両方から同時に攻め込まれたら、どんな奴だって少なからず戸惑う。その一瞬を突き、3方向から仕掛けられるだけの攻撃を仕掛ける。
ただ、この作戦でも最悪、誰か1人、2人は犠牲になるかも知れん。それでもやらなきゃ、もっと殉職者が出るか、あるいは逃げられるおそれがある。
だから、行くしか無いってことだ。覚悟決めろよ、ロバート」
「……うっす」
ロバートはごくりと固唾を呑み、拳銃を腰のホルスターから抜く。アデルも小銃を肩から下ろし、レバーを引く。
「エミル。お前の合図で行く」
「いいわよ」
そう返しつつ、エミルも拳銃の撃鉄を起こす。ほぼ同時にガトリングのけたたましい射撃音がやみ、トリスタンが拳銃を上方に構えた。
その瞬間、エミルが短く叫ぶ。
「今よ!」
エミルたち3人は、あらん限りの全速力で路地を飛び出し、大通りに躍り出た。
「……!」
トリスタンがエミルたちに気付き、構えた拳銃をエミルたちに向けかける。
だが振り返った直後、今度は反対側からダンたちが飛び出してくる。
「っ……」
わずかながら、トリスタンがうめく声がアデルの耳に入ってくる。
岩のように動かなかった相手からにじみ出た、その明らかな動揺を感じ取り、アデルは勝利を確信した。
(獲った……ッ!)
中途半端な位置で拳銃を掲げたまま、トリスタンの動きが止まる。
6人は一斉に引き金を絞り、トリスタンに集中砲火を浴びせた。

だが、その直後――エミルが終始懸念し、警戒し、そして恐れていたことは、決して彼女の杞憂ではなかったのだと言うことを、アデルはその身を以て知ることとなった。
「……なめるなあああああッ!」
トリスタンは拳銃を掲げていた右手を、そのまま左側に倒す。
それと同時に、懐からもう一挺の拳銃を抜き取り、そのまま右側に向ける。
瞬時に3発、4発と連射し、ダン側の1名と――そしてアデルの体から、血しぶきが上がった。
三方包囲作戦。
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12.
2基のガトリング銃が動き始めたところで、エミルたちも小屋を出る。
「分かってると思うけど、T字に囲まないようにね。囲むならY字によ」
「勿論さ。俺たちとあんたたちで同士討ちになっちまうからな。
じゃ、……気を付けてな」
ダンたちに背を向け、エミルたち3人は路地を駆ける。
「ガトリングのおかげで足音は聞こえちゃいないと思うけれど、気を抜かないようにね。ボールドロイドさんも言ってたけど、あいつならこうやって囲むことも、予想するだろうから」
「了解っス」
路地の端まで進み、アデルが大通りの様子をうかがう。
「いるぜ。ビル跡の真ん前に立ってやがる。……ガトリングは当たってねーのか?」
苦い顔をするアデルの横に立ち、エミルが肩をすくめる。
「あいつなら当たっても跳ね返しそうな気がするわね」
「無茶言うなよ」
「……ま、それは冗談だけど。
実際、ガトリング銃に命中精度なんか求めるもんじゃないわよ。あれは弾幕を張ることはできても、一発一発を全部目標に命中させられるほど、取り回しは良くないもの」
「ま、言われりゃ確かにそうだ。デカいビルには当てられても、人間1人だけ狙って撃ち込みまくってみたところで、そうそう当たりゃしないわな。
その上、周りの瓦礫やら地面やらに着弾しまくってるせいで、肝心のトリスタンが土煙に紛れちまってる。そうでなくでもガトリングから大量に硝煙が上がってるせいで元から視界が悪いだろうし、狙おうにも狙えないってわけか」
実際、トリスタンにはほとんど命中していないらしく――土煙越しでもそれと分かる程度に――行動不能になるようなダメージを受けた様子は見られない。
ロバートも2人に続いて覗き込みつつ、不安げに尋ねてくる。
「で、どうするんスか? このままノコノコ出てきたんじゃ、狙い撃ちされるだけっスよ?」
「だからこその包囲作戦だ」
それに対し、アデルが得意げに説明する。
「左と右、両方から同時に攻め込まれたら、どんな奴だって少なからず戸惑う。その一瞬を突き、3方向から仕掛けられるだけの攻撃を仕掛ける。
ただ、この作戦でも最悪、誰か1人、2人は犠牲になるかも知れん。それでもやらなきゃ、もっと殉職者が出るか、あるいは逃げられるおそれがある。
だから、行くしか無いってことだ。覚悟決めろよ、ロバート」
「……うっす」
ロバートはごくりと固唾を呑み、拳銃を腰のホルスターから抜く。アデルも小銃を肩から下ろし、レバーを引く。
「エミル。お前の合図で行く」
「いいわよ」
そう返しつつ、エミルも拳銃の撃鉄を起こす。ほぼ同時にガトリングのけたたましい射撃音がやみ、トリスタンが拳銃を上方に構えた。
その瞬間、エミルが短く叫ぶ。
「今よ!」
エミルたち3人は、あらん限りの全速力で路地を飛び出し、大通りに躍り出た。
「……!」
トリスタンがエミルたちに気付き、構えた拳銃をエミルたちに向けかける。
だが振り返った直後、今度は反対側からダンたちが飛び出してくる。
「っ……」
わずかながら、トリスタンがうめく声がアデルの耳に入ってくる。
岩のように動かなかった相手からにじみ出た、その明らかな動揺を感じ取り、アデルは勝利を確信した。
(獲った……ッ!)
中途半端な位置で拳銃を掲げたまま、トリスタンの動きが止まる。
6人は一斉に引き金を絞り、トリスタンに集中砲火を浴びせた。

だが、その直後――エミルが終始懸念し、警戒し、そして恐れていたことは、決して彼女の杞憂ではなかったのだと言うことを、アデルはその身を以て知ることとなった。
「……なめるなあああああッ!」
トリスタンは拳銃を掲げていた右手を、そのまま左側に倒す。
それと同時に、懐からもう一挺の拳銃を抜き取り、そのまま右側に向ける。
瞬時に3発、4発と連射し、ダン側の1名と――そしてアデルの体から、血しぶきが上がった。
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ウエスタン小説、第6話。
銃創。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
6.
アデルが予測していた通り、アルジャン兄弟や組織からの襲撃も無く、アデルたち一行は一晩を安穏に過ごし、翌朝を迎えた。
「ふあ、あー……」
宿を一歩出て、背伸びをしたところで、アデルはすぐに腕を下げ、「いてて……」とうめく。
(やっぱ一日くらいじゃ、治っちゃくれないよな)
撃たれた右腕をコートの上からさすり、ずきずきとした痛みが残っていることを確認する。
(ま……、痛いが、痛いってだけだな。腕も指も動くし、放っときゃそのうち治るさ)
と、背後から声をかけられる。
「『放っときゃ治る』なんて思ってないわよね」
「えっ!? あ、いや」
弁解しかけたところで、エミルがさらに釘を刺してくる。
「そんなの、半世紀前の考えよ? きちんと治したきゃ、包帯変えたり消毒したり、ちゃんと治るまで手当て続けなさいよ」
「お、おう」
と、エミルがアデルのコートの襟を引き、脱ぐよう促してくる。
「見せてみなさいよ。あんた、いっつもケガしても、隠すじゃない。
化膿したり腐ったりしたら、手遅れになるわよ。切り落としたくないでしょ?」
「い、いや、いいって。自分でやるって、後で」
渋るアデルを、エミルは軽くにらみつけてくる。
「何よ? まさかあんたも女だなんて言うつもりじゃないでしょうね?」
「バカ言うなよ。……分かったよ、脱ぐって。脱げばいいんだろ」
アデルはもたもたとコートを脱ぎ、左手をたどたどしく動かして、シャツの袖をまくろうとする。
「……っ、……あー、……くそっ」
しかし利き腕側でないことに加え、右腕の痛みが邪魔をして、思うようにボタンを外すことができない。
見かねたらしく、エミルが手を添えてきた。
「外したげるわよ」
「わ、悪い」
シャツの袖を脱がすなり、エミルは一転、呆れた目を向けてくる。
「あんたねぇ……」
アデルの右腕に巻かれた包帯が、赤茶けた色に染まっていたからだ。

「血は止まってるっぽいから、昨日からずっと使ってるんでしょ、この包帯」
「……バレたか」
「バレたか、じゃないわよ。マジに切り落とすことになりかねないわよ、こんな汚いことしてたら」
エミルはぐい、とアデルの左腕を引っ張り、宿の中に連れて行く。
「宿なら包帯も消毒薬もいっぱいあるでしょうし、ちょっともらいましょ」
「ああ……」
と、二人が戻ってきたところで、宿のマスターが声をかけてきた。
「お客さーん、エミル・ミヌーって名前?」
「そうよ。電話?」
「そう、パディントン探偵局ってところから」
「出るわ。あ、その間、こいつの包帯変えるのお願いしていいかしら?」
「ああ、いいよー」
そのまま電話口まですたすたと歩き去るエミルを眺め――マスターと目が合ったところで、彼が心配そうに声をかけてきた。
「お客さん……。めっちゃくちゃ俺のことにらんでるけど、そんなに傷、痛むの?」
アデルの手当てが終わったところで、丁度エミルも電話を終えたらしい。
「あら、綺麗に巻いてもらえたわね」
「ちぇ、何か子供扱いされてるな。……で、局長は何て?」
「話す前に、皆呼びましょ。そろそろ朝ご飯食べて列車に乗り込む準備しとかないと、遅れちゃうもの」
「そうだな。……っと」
言っているうちに、ロバートとダンたち3人が階段を降りてくる。
「おはよーっス、兄貴、姉貴」
「今、電話がどうとかって言ってたが……」
「丁度いいわね。マスター、ご飯もらえる? 6人分ね」
「はいはーい」
店主がその場を離れたところで、ロバートたちが席に着く。
「電話って? 一体どこ……、いや、こんな時かけてくるなんて、局長だけっスよね」
「ええ。まだあたしたちがスリーバックスにいるって読んで、追加情報をくれたのよ」
エミルの言葉に、アデルは首をかしげる。
「追加情報? 特務局のことか?」
「それもあるけど、メインは横領事件の方ね。
犯人の身辺について、一つ分かったことがあるって」
銃創。
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6.
アデルが予測していた通り、アルジャン兄弟や組織からの襲撃も無く、アデルたち一行は一晩を安穏に過ごし、翌朝を迎えた。
「ふあ、あー……」
宿を一歩出て、背伸びをしたところで、アデルはすぐに腕を下げ、「いてて……」とうめく。
(やっぱ一日くらいじゃ、治っちゃくれないよな)
撃たれた右腕をコートの上からさすり、ずきずきとした痛みが残っていることを確認する。
(ま……、痛いが、痛いってだけだな。腕も指も動くし、放っときゃそのうち治るさ)
と、背後から声をかけられる。
「『放っときゃ治る』なんて思ってないわよね」
「えっ!? あ、いや」
弁解しかけたところで、エミルがさらに釘を刺してくる。
「そんなの、半世紀前の考えよ? きちんと治したきゃ、包帯変えたり消毒したり、ちゃんと治るまで手当て続けなさいよ」
「お、おう」
と、エミルがアデルのコートの襟を引き、脱ぐよう促してくる。
「見せてみなさいよ。あんた、いっつもケガしても、隠すじゃない。
化膿したり腐ったりしたら、手遅れになるわよ。切り落としたくないでしょ?」
「い、いや、いいって。自分でやるって、後で」
渋るアデルを、エミルは軽くにらみつけてくる。
「何よ? まさかあんたも女だなんて言うつもりじゃないでしょうね?」
「バカ言うなよ。……分かったよ、脱ぐって。脱げばいいんだろ」
アデルはもたもたとコートを脱ぎ、左手をたどたどしく動かして、シャツの袖をまくろうとする。
「……っ、……あー、……くそっ」
しかし利き腕側でないことに加え、右腕の痛みが邪魔をして、思うようにボタンを外すことができない。
見かねたらしく、エミルが手を添えてきた。
「外したげるわよ」
「わ、悪い」
シャツの袖を脱がすなり、エミルは一転、呆れた目を向けてくる。
「あんたねぇ……」
アデルの右腕に巻かれた包帯が、赤茶けた色に染まっていたからだ。

「血は止まってるっぽいから、昨日からずっと使ってるんでしょ、この包帯」
「……バレたか」
「バレたか、じゃないわよ。マジに切り落とすことになりかねないわよ、こんな汚いことしてたら」
エミルはぐい、とアデルの左腕を引っ張り、宿の中に連れて行く。
「宿なら包帯も消毒薬もいっぱいあるでしょうし、ちょっともらいましょ」
「ああ……」
と、二人が戻ってきたところで、宿のマスターが声をかけてきた。
「お客さーん、エミル・ミヌーって名前?」
「そうよ。電話?」
「そう、パディントン探偵局ってところから」
「出るわ。あ、その間、こいつの包帯変えるのお願いしていいかしら?」
「ああ、いいよー」
そのまま電話口まですたすたと歩き去るエミルを眺め――マスターと目が合ったところで、彼が心配そうに声をかけてきた。
「お客さん……。めっちゃくちゃ俺のことにらんでるけど、そんなに傷、痛むの?」
アデルの手当てが終わったところで、丁度エミルも電話を終えたらしい。
「あら、綺麗に巻いてもらえたわね」
「ちぇ、何か子供扱いされてるな。……で、局長は何て?」
「話す前に、皆呼びましょ。そろそろ朝ご飯食べて列車に乗り込む準備しとかないと、遅れちゃうもの」
「そうだな。……っと」
言っているうちに、ロバートとダンたち3人が階段を降りてくる。
「おはよーっス、兄貴、姉貴」
「今、電話がどうとかって言ってたが……」
「丁度いいわね。マスター、ご飯もらえる? 6人分ね」
「はいはーい」
店主がその場を離れたところで、ロバートたちが席に着く。
「電話って? 一体どこ……、いや、こんな時かけてくるなんて、局長だけっスよね」
「ええ。まだあたしたちがスリーバックスにいるって読んで、追加情報をくれたのよ」
エミルの言葉に、アデルは首をかしげる。
「追加情報? 特務局のことか?」
「それもあるけど、メインは横領事件の方ね。
犯人の身辺について、一つ分かったことがあるって」
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ウエスタン小説、第10話。
暗澹の中の光明。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
10.
坑道を入ってすぐ、マクレガー監督は木箱が積まれた側道の前で立ち止まる。
「さっきマイト使ったが、どっちも結構奥だから大丈夫、……なはずだ」
「どっちも?」
尋ねたアデルに、マクレガー監督は正面を指差す。
「今掘ってる方は半マイル先まで進んでる。こっちの側道はその半分くらいで諦めたけどな。
ただ、小屋に入らない資材だとかを入れるのには便利してたから、1週間前まで倉庫代わりにしてた」
「1週間前?」
マクレガー監督は木箱をひょいひょいとどかしつつ、話を続ける。
「1週間前、特務捜査局だって人間が4人、うちに来たんだ。だけど、……その、色々事情があってな。ここに閉じ込めるしかなくなっちまったんだ」
「てめえ、監禁してたのか!?」
血相を変えるダンに、マクレガー監督は申し訳無さそうに頭を下げる。
「本当に済まねえと思ってる。……本当に、逮捕しないでくれるんだよな?」
「逮捕しない。だが状況如何によっちゃ、一発二発殴らせてもらうぞ」
「う……、ま、まあ、仕方ねえな。
と、ともかくだ。一応、メシとか寝床とか、不自由無くはさせてた。常に見張りは付けてたけど」
木箱をどかし終え、マクレガー監督は奥へと進もうとする。
と、そこでエミルが声をかけた。
「ねえ、監督さん?」
「ん?」
「サム……、いえ、特務局の人間4人を監禁した事情って、一体何なの?」
「それは……、まあ、……色々だ」
「話しなさいよ。状況がまったくつかめないまま、あたしたちもノコノコあんたに付いて行ってそのまま監禁されちゃ、たまったもんじゃないわ」
「……」
マクレガー監督は苦々しい表情を、エミルに向ける。
「話さなきゃダメか?」
「俺からも聞きたいところだな」
腰に提げていた小銃に手を添えつつ、アデルも同意する。
「特務局の人間、つまり司法当局の人間を無理矢理閉じ込めなきゃならんような事情が何なのか聞いとかないと、確かに後の展開が読めないからな。
よっぽど誰にも知られちゃならない何かがあるとしたら、俺たちも生かしちゃおけんってことになるだろ?」
「……分かった。だが、その」
マクレガー監督は表情を崩さず、ぼそぼそとこう続けた。
「俺はしゃべるのが苦手なんだ。そもそも、今回のことは何から話していいやらって感じなんだ。頭がどうにかなりそうなことばかり起こっちまって、本当、気が動転しまくってるって状態なんだよ。
だから、多分、長くなるし、ワケ分からんと思うが、それでも聞く気か?」
「ああ」
「……分かった」

2ヶ月前――。
「かっ、監督、監督ーっ!」
いつものように、マクレガー監督が部下たちに呪詛(じゅそ)めいた愚痴を延々と吐いていたところに、一番若い部下、ケビンが転がり込んできた。
「だから俺はな、……な、何だよ、ケビン?」
「こ、こんな、こんなもん、で、で、出たんスけどっ」
「こんなもん……?」
マクレガー監督を含めた小屋の中の全員が、ケビンに注目する。
いや――視線はケビンにではなく、彼が抱える、白い石の塊に向けられていた。
「何だそりゃ?」
「……か、か、監督っ」
と、部下の中でも一番年長のナンバー2、ゴードンが慌てた声を上げる。
「そいつはダイヤだ! ダイヤモンドですよ!」
「だ、……ダイヤぁ?」
マクレガー監督はゴードンの顔を見、もう一度ケビンの方に向き直る。
「何バカなこと言ってんだ。俺は16年炭鉱で仕事してるが、んなもん出てきたことなんか一度も無えぞ」
「いや、しかし実際出てきたわけですし」
「あのな、本当にダイヤだってんなら」
苛立たしげに返しつつ、マクレガー監督はケビンが抱える岩塊をつかむ。
「あの窓ガラスにこすりつけりゃ、切れるはずだわな。ほれ、見てろ」
そう言って、マクレガー監督は岩塊で窓ガラスをガリガリと引っかき――まるで布をナイフで裂くように、さっくりと切れたガラス片は、がしゃん、と音を立てて床に落ちた。
「ほら見た通りだ、こんなもんちっとも、……切れてるじゃねえか!?」
途端にマクレガー監督は血相を変え、自分の手中にある岩塊をにらみつけた。
「マジかよ」
「……マジですね」
予想外の事態に、マクレガー監督もゴードンも、他の作業員たちも、呆然とした顔で黙り込むしかなかった。
暗澹の中の光明。
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10.
坑道を入ってすぐ、マクレガー監督は木箱が積まれた側道の前で立ち止まる。
「さっきマイト使ったが、どっちも結構奥だから大丈夫、……なはずだ」
「どっちも?」
尋ねたアデルに、マクレガー監督は正面を指差す。
「今掘ってる方は半マイル先まで進んでる。こっちの側道はその半分くらいで諦めたけどな。
ただ、小屋に入らない資材だとかを入れるのには便利してたから、1週間前まで倉庫代わりにしてた」
「1週間前?」
マクレガー監督は木箱をひょいひょいとどかしつつ、話を続ける。
「1週間前、特務捜査局だって人間が4人、うちに来たんだ。だけど、……その、色々事情があってな。ここに閉じ込めるしかなくなっちまったんだ」
「てめえ、監禁してたのか!?」
血相を変えるダンに、マクレガー監督は申し訳無さそうに頭を下げる。
「本当に済まねえと思ってる。……本当に、逮捕しないでくれるんだよな?」
「逮捕しない。だが状況如何によっちゃ、一発二発殴らせてもらうぞ」
「う……、ま、まあ、仕方ねえな。
と、ともかくだ。一応、メシとか寝床とか、不自由無くはさせてた。常に見張りは付けてたけど」
木箱をどかし終え、マクレガー監督は奥へと進もうとする。
と、そこでエミルが声をかけた。
「ねえ、監督さん?」
「ん?」
「サム……、いえ、特務局の人間4人を監禁した事情って、一体何なの?」
「それは……、まあ、……色々だ」
「話しなさいよ。状況がまったくつかめないまま、あたしたちもノコノコあんたに付いて行ってそのまま監禁されちゃ、たまったもんじゃないわ」
「……」
マクレガー監督は苦々しい表情を、エミルに向ける。
「話さなきゃダメか?」
「俺からも聞きたいところだな」
腰に提げていた小銃に手を添えつつ、アデルも同意する。
「特務局の人間、つまり司法当局の人間を無理矢理閉じ込めなきゃならんような事情が何なのか聞いとかないと、確かに後の展開が読めないからな。
よっぽど誰にも知られちゃならない何かがあるとしたら、俺たちも生かしちゃおけんってことになるだろ?」
「……分かった。だが、その」
マクレガー監督は表情を崩さず、ぼそぼそとこう続けた。
「俺はしゃべるのが苦手なんだ。そもそも、今回のことは何から話していいやらって感じなんだ。頭がどうにかなりそうなことばかり起こっちまって、本当、気が動転しまくってるって状態なんだよ。
だから、多分、長くなるし、ワケ分からんと思うが、それでも聞く気か?」
「ああ」
「……分かった」

2ヶ月前――。
「かっ、監督、監督ーっ!」
いつものように、マクレガー監督が部下たちに呪詛(じゅそ)めいた愚痴を延々と吐いていたところに、一番若い部下、ケビンが転がり込んできた。
「だから俺はな、……な、何だよ、ケビン?」
「こ、こんな、こんなもん、で、で、出たんスけどっ」
「こんなもん……?」
マクレガー監督を含めた小屋の中の全員が、ケビンに注目する。
いや――視線はケビンにではなく、彼が抱える、白い石の塊に向けられていた。
「何だそりゃ?」
「……か、か、監督っ」
と、部下の中でも一番年長のナンバー2、ゴードンが慌てた声を上げる。
「そいつはダイヤだ! ダイヤモンドですよ!」
「だ、……ダイヤぁ?」
マクレガー監督はゴードンの顔を見、もう一度ケビンの方に向き直る。
「何バカなこと言ってんだ。俺は16年炭鉱で仕事してるが、んなもん出てきたことなんか一度も無えぞ」
「いや、しかし実際出てきたわけですし」
「あのな、本当にダイヤだってんなら」
苛立たしげに返しつつ、マクレガー監督はケビンが抱える岩塊をつかむ。
「あの窓ガラスにこすりつけりゃ、切れるはずだわな。ほれ、見てろ」
そう言って、マクレガー監督は岩塊で窓ガラスをガリガリと引っかき――まるで布をナイフで裂くように、さっくりと切れたガラス片は、がしゃん、と音を立てて床に落ちた。
「ほら見た通りだ、こんなもんちっとも、……切れてるじゃねえか!?」
途端にマクレガー監督は血相を変え、自分の手中にある岩塊をにらみつけた。
「マジかよ」
「……マジですね」
予想外の事態に、マクレガー監督もゴードンも、他の作業員たちも、呆然とした顔で黙り込むしかなかった。
»» 2018.08.16.
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DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 11
2017.04.19.[Edit]
ウエスタン小説、第11話。衰えぬ推理力。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11. デズたち3人をアデルたちに囲ませ、アーサー老人はデズに再度尋ねた。「君が依頼されたのは、どんな内容だ? 私の捜索かね?」「いや、暗殺だ。あんたを殺せと」 それを聞いて、アデルが慌てて尋ねる。「ちょ、ちょっと待てよ!? 暗殺だと!?」「黙っていてくれんかね、赤毛君」 アデルに釘を刺し、アーサー老人は詰問を続ける。「...
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DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 12
2017.04.20.[Edit]
ウエスタン小説、第12話。騙し合い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12.「……」 アーサー老人は一言も発することなく、その場に倒れた。「ぼ、ボールドロイドさん!?」 アデルが大声で叫び、馬を降りて彼の側に寄る。「おっと、動くなよ」 と、デズと同様に囲まれていたはずの男たちが、いつの間にかその輪を抜け、アデルたちに拳銃を向けている。「あんまり無駄な犠牲は出したくないんだ。そのまんま、大人しくし...
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ウエスタン小説、第13話。
猫の目と三角形(Yeux de chat et un triangle)。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 13. ![]() 「ミヌー君」 アーサー老人はデズを囲むアデルたちをチラ、と確認し、エミルに耳打ちした。 「君は何か知っているのかね、このシンボルについて?」 「し、……知らないわ」 そう答えたエミルに、アーサー老人は首を横に振って返す。 「私の得意分野は人間観察だと言っただろう? 君が嘘をついているのは明白だ。 隠したいと言うのであれば、今ならあの二人はデズを構うのに夢中だ。私もそう簡単に、秘密を漏らす男ではない。教会の懺悔室より、情報の防衛力は堅固であるつもりだ。 話したまえ、ミヌー君」 「……その、マークは」 エミルは震える声で、話し始めた。 「その組織の創始者、シャタリーヌ(Chatalaine)の名前が猫(chat)に通じることと、そしてあなたが推察していたように、世界的な秘密結社の多くが『三角形』をシンボルとして登用していることから、そう言う風に象(かたど)られたの」 「ふむ」 「でも、……その組織は、10年以上前に、潰れたはず。今更こんなものを、持ってるヤツなんて、いるはずが」 「見たところ、ネックレスは比較的新しい。10年ものだとは、到底見えん。せいぜい1年か、2年と言ったところだろう。 そして『潰れた』ではなかろう。君が『潰した』のだ。違うかね?」 「……ええ、そうよ」 「だが、その組織に詳しい君が見たことのない男たちが、揃ってネックレスを懐に入れている。ネックレスの具合から見ても、組織への加入は、少なくとも2年前だろう。 この事実だけでも、君が潰したはずのその組織が、2年前には復活していたことは明白だ」 「……っ」 ネックレスを握りしめ、エミルは黙り込む。 「ともかく、これでつながったよ」 アーサー老人はもう一つのネックレスを指にかけて軽く振り回しつつ、考察を続ける。 「なるほど。私が予想していた事態が現実になろうとしている、……と言うことだろう」 「……どう言うこと?」 尋ねたエミルに、アーサー老人は肩をすくめて返す。 「私の情報防衛力は堅固だと言っただろう? 今は明かせん。 君がもう少し、込み入った事情を教えてくれるなら別だがね」 そう返され、エミルもアデルたちをチラ、と見る。 「……じゃあ、……1つ、だけ。 あたしの、昔の名前。エミル・トリーシャ・シャタリーヌよ」 「察するに、その組織の創始者の血縁者と言うところか。恐らくは、……いや、こんな要点のぼやけた掛け合いをしていても、埒が明かんな。約束したことであるし、私ももう少し、秘密の話を明かすとしよう。 その創始者の名前を、私は知っている。ジャン=ジャック・ノワール・シャタリーヌだろう?」 「……!」 無言で目を剥いたエミルに、アーサー老人は小さくうなずいて見せる。 「だが彼の死亡は、我々も確認している。確かに11年前だ。その息子も翌年、C州で死体が発見されている。 察するにどちらも君が殺したのではないかと、私は考えている。どうかね?」 「……そうよ」 答えたエミルに、アーサー老人は笑いかける。 「打ち明けた秘密が2つになったな。ではもう少し、詳しく話そう。 彼が組織なんぞを持っていたと言うことは、実は彼の死後に分かったことだ。だから組織について、詳しいことはまるで知らん。恐らくFたちも知るまい。 だがシャタリーヌ親子が故郷でやっていた悪行も、この国で企てていたことも、ある程度は把握している。恐らく君が彼らを殺害しなければ、合衆国は先の戦争以上の混乱にあえぎ、崩壊の危機を迎えていただろう。 ともかく昨日、君が私に依頼した件については、調べ次第すぐに伝えよう。もし本当に組織が復活していたと言うのならば、可及的速やかに、再度壊滅させねばならんだろうからな」 「ええ。……お願いね、ボールドロイドさん」 エミルは深々と、アーサー老人に頭を下げた。 |
DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 13
2017.04.21.[Edit]
ウエスタン小説、第13話。猫の目と三角形(Yeux de chat et un triangle)。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13.「ミヌー君」 アーサー老人はデズを囲むアデルたちをチラ、と確認し、エミルに耳打ちした。「君は何か知っているのかね、このシンボルについて?」「し、……知らないわ」 そう答えたエミルに、アーサー老人は首を横に振って返す。「私の得意分野は人間観察だと言っただろう? 君が嘘をついているのは明白...
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DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 14
2017.04.22.[Edit]
ウエスタン小説、第14話。買収劇の顛末と、局長の真の目的。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -14.「W&B鉄道 アトランティック海運を買収 『海運の株価暴落の責任取った』と説明 西部開拓の一翼を担う鉄道会社、ワットウッド&ボールドロイド西部開拓鉄道が先日中止を発表したアトランティック海運の買収計画について、同社最高経営責任者であるボールドロイド氏は昨日28日、かねてからの計画通り、アトランティ...
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DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 15
2017.04.23.[Edit]
ウエスタン小説、第15話。彼女の、旧い名は。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -15. エミルが淹れたコーヒーを手にしつつ、局長は今回の事情を説明し始めた。「まず理由の1つ目は、君たちがリーランド氏に実情を打ち明ける可能性があったからだ。以前の『宝探し』でも、エミル嬢は博愛主義を披露してくれていたからね。 無論、一般的にはそれは悪いことじゃあない。むしろ、賞賛されるべき精神だ。だが打ち明けたとし...
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ウエスタン小説、第16話。
忌まわしき復活に備えて。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 16. 「その男の名前は、ルシフェル・ブラン・シャタリーヌ。 付けられた名前からしてその父親、『大閣下(Grand Excellence)』ジャン=ジャック・ノワール・シャタリーヌの趣味の悪さがにじみ出ているな」 「そこまで調べてたの?」 驚いた顔を見せたエミルに、局長は三度、うなずいて返した。 「私とリロイ、そしてAの調査力を総合・発揮した結果だよ。ともかく本題は、ルシフェルの方だ。 現時点で分かっているだけでも、彼の遍歴はとても白(blanc/ブラン)なんてもんじゃあない。強盗や脅迫、略取・誘拐は言うに及ばず、あの『ウルフ』に匹敵する規模の、都市単位での破壊工作や大量虐殺までも行っている。その犯罪がすべて立証されていれば、16、7回は首を絞められているはずだ。 だが正義の裁きが下るその前に、彼は在野の人間の手で罰を与えられている。そう、実の娘によってね」 それを聞いたアデルとロバートは、エミルに向き直る。 エミルはその誰とも目を合わさず、力無くうなずいた。 「ええ、そうよ。あたしが殺した。あいつはどうしようもない悪党だったもの」 「正義感だけが理由ではあるまい。私怨もあるだろう」 「……っ」 「だがまあ、そこは深く追及しない。君の心中や殺害の経緯がどうであろうと、ルシフェルが極悪人であったことに変わりはないからね。 問題とすべきなのは――トリスタン・アルジャンの暗躍、Aを狙った2人の男、そして君たちを尾行していた者――君が完膚無きまでに潰したはずのその組織が、どう言うわけかこの1~2年において復活し、活動している節があることだ。 近い将来、組織は我がパディントン探偵局に対し、攻勢に出るだろう」 「可能性は大きいでしょうね。このままなら」 そう返したエミルに、局長はにこりと笑って見せる。 「まさかこの期に及んでまだ、局を抜けるだの何だのと言うつもりではあるまいね?」 「そうしたいのは山々だけど、尾行者やボールドロイドさんの話をしたってことは、もう手遅れだと思ってるんでしょ?」 「その通り。既に我々は全員、マークされている。君を狙うと共に、我が探偵局をも同様に狙っているはずだ。今更君が抜けたところで、2が1と1になるだけだ。彼らにとってはイコール2でしかない。 と言うわけでだ、エミル。離れると言う選択は最早、無意味だ。それよりも連携を密にし、共に闘うことを選んで欲しい。 そのために、Aと君たちとを引き合わせた。それが3つ目の理由だ」 「え……」 揃っていぶかしむエミルたち3人に、局長はこう続けた。 「私は今世紀アメリカ最大の、大探偵王だと自負している。どんな難事件も、どんな強敵も見事退け、討ち滅ぼし、殲滅できると言う、確固たる自信を持っている。 だが、だからこそあらゆる危険、あらゆる脅威に対して、私は常に、最大限に対策を練り、配慮せねばならない。 そしてその『危険』、『脅威』とは、私自身の命が脅かされる危険をも含んでいる。とは言え、敵と相討ちになっていると言うのなら、まだいい。懸念すべきは、私の身が潰えたにもかかわらず、敵がのうのうと生き残っていると言うケースだ。 万が一そんなケースが発生し、そして、君たちだけでは残ったその敵に勝てないと判断したら、その時はAを頼って欲しい。そうした場合のためにも、Aはノーマッド(放浪者)として合衆国諸州を渡り歩いているのだ」 いつもの飄々とした様子を見せない、真面目な顔の局長に、アデルたち3人は静かに、だがはっきりと、うなずいて見せた。 一転――局長はいつもの、飄々とした様子に戻る。 「あ、そうそう。Aについてだがね」 「はい?」 「まあ、エミルは気付いていると思うが、実はAB牧場もセントホープも、Aの本拠じゃあない」 「へっ?」 揃って目を丸くするアデルとロバートに対し、エミルは「やっぱり?」と返す。 「『私の本拠はFとLにしか知らせたくない』って言ってたし、多分そうなんだろうなとは思ってたわ。 ついさっき局長も、『Aはノーマッドだ』って言ったしね」 「うむ。だから基本的に、こちらから連絡はできん。定期的に向こうから手紙や電話は来るがね」 「……そんな人、どうやって頼れって言うんスか?」 呆れ顔で尋ねたロバートに、局長は何も言わず、肩をすくめるばかりだった。 ![]() DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ END |
DETECTIVE WESTERN 7 ~ 消えた鉄道王 ~ 16
2017.04.24.[Edit]
ウエスタン小説、第16話。忌まわしき復活に備えて。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -16.「その男の名前は、ルシフェル・ブラン・シャタリーヌ。 付けられた名前からしてその父親、『大閣下(Grand Excellence)』ジャン=ジャック・ノワール・シャタリーヌの趣味の悪さがにじみ出ているな」「そこまで調べてたの?」 驚いた顔を見せたエミルに、局長は三度、うなずいて返した。「私とリロイ、そしてAの調査力を総合...
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DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 1
2017.09.18.[Edit]
ウエスタン小説、第8弾。電話連絡。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. これまでの作中で何度も、さも当然のように使われてきた電話だが――史実として、電話のシステム自体が確立されたのは1876年(A・G・ベルの特許申請と成立)、そして合衆国において電話会社が開業されたのが、そのおよそ2年後である。さらにはその2年後、普及数は5万世帯にも上っていたと言われている。 その通信網の多くは当然、発展の目...
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ウエスタン小説、第2話。
怪盗紳士、三度目の登場。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 2. 「で、どの店の豆が美味しいって話なの?」 「そこなんだよなぁ」 エミルと共に街の大通りを歩きながら、アデルは肩をすくめる。 「グレースの奴、コロンビア産のがどーの、アフリカの方から輸入したのがどーのって色々うんちくを垂れてばっかで、結局『ここがあたしのイチオシね』ってのを教えてくれなかったんだよ。 しまいにゃ俺も『ああ、こりゃ聞くだけ時間の無駄だ』と思って、適当に切り上げてきちまったんだよな」 「役に立たないわね。勿論あんたじゃなくて、アシュリーの方がだけど」 「まったくだ」 この日、二人は揃って買い物袋を抱えながら、街をぶらついていた。 と言ってもプライベートではなく、探偵局で使う紙やインクなどの消耗品、そしてコーヒーやドーナツと言った飲食物の買い出しである。 それでも単調なデスクワークよりも幾分気楽な作業であるためか、それとも街を流れる秋風が心地いいためか、二人の雰囲気は軽く、呑気なものだった。 そんな雰囲気の中で交わす取り留めの無い話が、アデルが交流を持つ情報屋のアシュリー・グレースに触れたところで、エミルが尋ねてきた。 「そう言えば聞いた話だけど、あの子、副局長の娘さんですって?」 「苗字も一緒だし、多分そうなんだろ。 局長曰く、副局長は『情報収集と分析、そしてその応用・活用にかけては、彼の右に出る者はいない』って話だし、そこら辺の才能が娘に遺伝したんだろうな」 「お父さんに比べたら、腕と扱う情報は雲泥の差だけどね。 でも本当に娘さんなら、なんでうちに入らないのかしら? 街の裏手でコソコソやってるより、よっぽどマシなはずなのに」 「さあ……? 今度、副局長に聞いてみたらどうだ?」 「その『今度』がいつになるやら、だけどね」 「違いない。あの人いつも、いるのかいないのか分からんって感じだし。あの人の席、いつ見ても猫しかいないからなぁ」 「あはは……」 のんびり世間話に興じながら、二人は通りの角を曲がり――その途端に揃って駆け出し、裏路地に滑り込んだ。 「あんたも気付いてた?」 「そりゃな。と言うより、わざと姿を見せてる気配すらあったぜ」 「そうね。あたしもそれは感じてた。 となると多分、あたしたちがこの路地に隠れることも計算に入れてるでしょうね。……そうでしょ?」 通りに向かって呼びかけたところで、声が返って来る。 「ええ、ご明察です」 「……また、あんたなの?」 エミルがげんなりした声を漏らす。 間を置いて、声の主が裏路地に入ってきた。 「ごきげんよう、マドモアゼル・ミヌー。それからムッシュ・ネイサン」 現れたのは、あの「西部の怪盗紳士」――イクトミだった。 ![]() 「何の用だよ?」 ぶっきらぼうに尋ねたアデルに、イクトミは恭しく帽子を脱ぎ、お辞儀をする。 「単刀直入に申しますと、依頼をお願いしたく参上した次第です」 「……あんたねぇ」 呆れ顔で眺めていたエミルが、こめかみを押さえている。 「さっきあたしたちを尾行してた時、普通の――あたしたちにとっての普通よ――スーツ姿だったじゃない。 あたしたちと話をするためだけに、この一瞬でわざわざその白スーツに着替えたわけ?」 「ええ。依頼するのですから、正装が適切かと思いまして」 臆面も無くそう返すイクトミに、アデルは悪態をつく。 「正装、ねぇ。俺には仮装に見えるが。 まあいい。依頼だの何だの言ってるが、そんなもん俺たちが受けると思うのか? お前、自分がお尋ね者だってことが、全然分かって無いだろ」 「良く存じておりますとも。自分のことですから。 そしてムッシュ・ネイサンがどうであれ、マドモアゼル、あなたはこれからわたくしの言うことを、聞く気でいるはずです」 「ええ、そうね。アデルがこう言う反応するってことも、あたしが半端な見返りじゃ動いたりしないってことも、全部把握しての、あんたのこの行動ですもの。 さぞやあたしが求めてやまないような、そんな極上の報酬を持ってきてるんでしょうね?」 「勿論ですとも」 イクトミはにっこりと、微塵も悪意を感じさせない笑みを返した。 |
DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 2
2017.09.19.[Edit]
ウエスタン小説、第2話。怪盗紳士、三度目の登場。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「で、どの店の豆が美味しいって話なの?」「そこなんだよなぁ」 エミルと共に街の大通りを歩きながら、アデルは肩をすくめる。「グレースの奴、コロンビア産のがどーの、アフリカの方から輸入したのがどーのって色々うんちくを垂れてばっかで、結局『ここがあたしのイチオシね』ってのを教えてくれなかったんだよ。 しまいにゃ俺も...
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DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 3
2017.09.20.[Edit]
ウエスタン小説、第3話。銀板写真。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「で、報酬は?」 エミルが尋ねたところで、イクトミは懐に手を入れた。「あ、拳銃などではございませんから、そう緊張なさらず。マドモアゼルもホルスターから手を離して下さい。 お見せしたいのは、こちらです」 イクトミはゆっくりと懐から手を抜き、一枚の銀板写真を二人に見せた。「この写真、中央に写っている人物については、マドモアゼル...
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DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 4
2017.09.21.[Edit]
ウエスタン小説、第4話。アルジャン兄弟。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「アンリ=ルイ・ギルマン?」 首を傾げつつも、アデルは懐からメモを取り出し、その名を書きつける。「名前からしてそいつもフランス系か? スペルはこれでいいのか?」「Hが抜けていますね。あと、AではなくEです」「分かりづれえな、無音のアッシュ(注:フランス語は基本として、語頭の『H』を抜いて発音する)かよ」「それがフラン...
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DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 5
2017.09.22.[Edit]
ウエスタン小説、第5話。無理筋の依頼。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「なるほど」 アデルたちの話を聞き終え、パディントン局長はそれだけ言って黙り込んだ。「……どうしましょうか?」 沈黙に耐えかね、アデルが尋ねる。「ふむ……」 しかし、局長はうなるばかりで、返事は返って来ない。「迷うことがあるのかしら?」 エミルからそう問われ、ようやく局長は応じた。「いや、迷っているわけじゃあない。 君の言...
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ウエスタン小説、第6話。
探偵王と怪盗の邂逅。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 6. 翌日、3時。 壁に取り付けられた電話がじりりん、と鳴り出したところで、局長がすぐに受話器を取った。 「はい、こちらパディントン探偵局。……うむ、そうだ。私がパディントンだ。 君はイクトミかね?」 局長の後ろで様子を伺っていたアデルとエミルは、顔を見合わせる。 「来たわね」 「流石、伊達男。3時きっかりだな」 その間にも、局長とイクトミは電話越しに会話を交わしている。 「そうだ。私が話をする。……いや、彼女はいるよ。私の後ろにね。 ……そうは行かない。君はエミル嬢にではなく、このパディントン探偵局に対して依頼したのだろう? ……個人的に、であったとしてもだ。彼女は個人業じゃあなく、局に所属する人間だ。である以上、彼女の仕事は局がマネジメントするのが道理だろう? ……ははは、馬鹿を言うものではない。いつ終わるとも知れん仕事をさせるために休暇を取らせるなど、私が認めると思うのかね? ……そう言うことだ。それが嫌だと言うのならば、これまで通り一人で捜索したまえ。 ……うむ。ではもう少し詳しい話をしようじゃあないか。いつまでもそんなところで私たちを眺めていないで、……そうだな、こっちのビルの斜向いに店がある。君のいるウォールナッツビルの、3つ左隣の店だ。……そう、ブルース・ジョーンズ・カフェだ。 そこなら捕まる、捕まえるなんて話抜きで相談もできるだろう? 無論、衆人環視の中でドンパチやるほど、我々も無法者じゃあないからな。君もそう言うタイプのはずだ。 ……決まりだな。私たちもすぐ向かうから、君もすぐ来たまえ」 そこで局長は電話を切り、窓の外に向かって手を振る。 その様子を眺めていたエミルが、呆れた声を上げた。 「あのビルにいたの?」 「うむ、予想はしていた。彼も慌てたようだよ。居場所を言い当てられたものだから、指摘した瞬間、声が上ずったよ」 「伊達男も形無しね、クスクス……」 ![]() 15分後、局長が指定した喫茶店に、一般的な――今度は「東部都市では」と言う意味で――スーツ姿で、イクトミが姿を現した。 「あら、白上下じゃないのね」 指摘したエミルに、イクトミは苦笑いを返す。 「流石に目立ってしまいますから。わたくしも、色々と狙われる身でしてね」 「ふむ」 イクトミのその言葉に、局長が納得したような声を漏らす。 「つまりギルマン某を探したい、と言うのは、やはり組織に関係してのことかね?」 「左様です」 イクトミが椅子に座ったところで、局長がメニューを差し出す。 「私がおごろう。ここのコテージパイは絶品だそうだよ」 「ほう。ではそれと、コーヒーを」 そう返したイクトミに、局長はニヤっと笑いかける。 「君もコーヒー派かね?」 「ええ。氏はイギリス系とお見受けしますが、紅茶は?」 「実を言えば、あまり好きじゃあないんだ。それがイギリスを離れた理由の一つでもある」 「変わった方ですな」 「君ほどじゃあないさ」 やり取りを交わす間に注文し終え、間も無く一同の座るテーブルにコーヒーが4つ、運ばれてくる。 「コテージパイが温まるまでにはまだ多少、時間がある。それまでに話を詰めておこう。 まず、君からの依頼を受けるか否かについてだが、君から何かしらの情報を得られれば、受けてもいいと考えている」 「情報……、何のでしょうか?」 「まず、アンリ=ルイ・ギルマンとは何者なのか? 組織においてどんな役割を担っていたのか? そして何故、君はギルマンを探しているのか? それを聞かせて欲しい」 「ふむ」 イクトミはコーヒーを一口飲み、それから局長の質問に応じた。 「ギルマンはいわゆる『ロジスティクス(兵站活動)』を担当していました。 武器・弾薬と言った装備の調達や侵攻・逃走経路の確保、基地や備蓄施設の設営、その他組織が行う作戦について、あらゆる後方支援を行う立場にありました。 そして……」 イクトミはそこで言葉を切り、エミルに視線を向けた。 「なによ?」 「大閣下がマドモアゼルの手にかかって死んだと思わせ――その実、陥落せんとする本拠地からまんまと彼を連れ出したのも、ギルマンの仕業なのです」 |
DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 6
2017.09.23.[Edit]
ウエスタン小説、第6話。探偵王と怪盗の邂逅。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 翌日、3時。 壁に取り付けられた電話がじりりん、と鳴り出したところで、局長がすぐに受話器を取った。「はい、こちらパディントン探偵局。……うむ、そうだ。私がパディントンだ。 君はイクトミかね?」 局長の後ろで様子を伺っていたアデルとエミルは、顔を見合わせる。「来たわね」「流石、伊達男。3時きっかりだな」 その間にも...
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DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 7
2017.09.24.[Edit]
ウエスタン小説、第7話。組織攻略の端緒。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. イクトミの言葉に、エミルは血相を変えた。「嘘でしょ?」「これが嘘であれば、わたくしは喜んでホラ吹きと呼ばれましょう。どんな嘲(あざけ)りを受けたとしても、どれほど幸せなことか。 ですが、甚(はなは)だ残念なことに、これは事実なのです。わたくしも間違い無く死んだものだ、と思っておりました」「何があったの?」「そもそも...
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DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 8
2017.09.25.[Edit]
ウエスタン小説、第8話。記憶の矛盾。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. わだかまりつつも探偵局に戻ったところで、アデルは局長に尋ねる。「それで局長、どうやってギルマンを探すんです? また例の名士録に名前があったり、とか?」「いや、流石にまったく情報が無い。リロイに聞いてみるとしよう。 リロイは今日は非番だが、彼が非番にやることと言えば本を読むか、奥さんとチェスするか、後はあの三毛猫をからか...
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DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 9
2017.09.26.[Edit]
ウエスタン小説、第9話。霧中の敵を追え。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9.「参ったね、これは」 リロイ副局長が帰った後、局長は腕を組んでうなった。「リロイでも、か。なるほど、イクトミが依頼してくるわけだ」 常より局長から「情報収集能力に長けている」と称される彼でさえも、ギルマンについては、何の情報も持っていなかったのである。「一応、ツテを頼るとは言ってましたけど……」「望み薄だな。しかし、だ...
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DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 10
2017.09.27.[Edit]
ウエスタン小説、第10話。鉄道犯罪。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10.「そうだな、まずは、……不審な鉄道車輌、なんてのは?」 尋ねたアデルに、ロドニーは苦い声を返してくる。《『何でも』って言ったばっかりで悪いが、それは答えられん。いや、『言えない』ってことじゃなくてな、『言い切れない』んだ。 俺みたいな大鉄道愛好家や各鉄道会社、その他警察とかその関係者だとかにゃ残念でならんが、鉄道を使った...
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DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 11
2017.09.28.[Edit]
ウエスタン小説、第11話。怪盗紳士の真の顔。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11.「それじゃ殺人犯として名前が知られ出したのは、最近の話なのね?」 エミルにそう尋ねられ、局長はうなずく。「うむ。しかし妙なのは、それに関する風説の流れの、その『速さ』だ。 確かに『強盗殺人』などと言うものは卑劣で恥ずべき犯罪であるし、故に悪評として広まるのが早いことは、想像に難くない。だがそれにしても、他の凶悪...
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ウエスタン小説、第12話。
イクトミ襲撃の夜。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 12. 「ごきげんよう、ご老人。騒がしい夜になりそうですな」 そこには全身真っ白のスーツに身を包んだ伊達男が、拳銃を構えて立っていた。 「……貴様……イクトミ……!?」 アーサー老人は戦慄する。 そして――銃声が、サルーン内に轟いた。 ![]() だが、アーサー老人は傷一つ負うこと無く、その場に立ち尽くしたままだった。 「……な、……なぬぅ?」 流石のアーサー老人も、何が起こったのか把握するのに、数秒の間を要した。 そして周囲の人間が、一人残らず射殺されていることに気付き、アーサー老人はもう一度イクトミに視線を向けた。 「どう言うことだ? 何故彼らを殺した? まさかこいつらが一人ひとり、リーブル硬貨(18世紀までフランス王国で使われていた貨幣)を握っていたと言うわけでもあるまい」 「ええ、左様です。 彼らはあなたを狙っていたのです。そしてわたくしはあなたを探していた。であれば彼らを排除せねば、当然の帰結として、わたくしの目的は達せられません」 「彼ら? こいつら全員が、私をだと?」 アーサー老人はどぎまぎとしつつ、もう一度辺りを見回す。 「彼らの懐を探ってみて下さい。その証明が見付かるはずです」 「……うむ」 イクトミの言う通りに、アーサー老人はカウンターに突っ伏したバーテンの懐を探り――そして、あの「猫目の三角形」が象(かたど)られたネックレスを発見した。 「こいつら……!」 「あなたはいささか、組織について知りすぎました。組織があなたや、あなた方を消そうとしています」 「それを私に知らせるために、ここへ来たと言うのか?」 「それも理由の一つです。あなた方がいなくなれば、わたくしもまた、早晩倒れることとなりますから」 「どう言うことかね? ……ああ、いや」 アーサー老人は長年の経験と勘、そして磨き抜いた人物眼から、イクトミに敵意が無く、友好的に接しようと距離を図っているのだと察し、フランクな声色を作る。 「立ち話もなんだ、バーボンでもどうかね?」 アーサー老人はカウンターの内側に周り、バーテンの死体をどかして、グラスを2つ取り出す。 「ご厚意、痛み入ります」 イクトミはほっとしたような顔をし、恭しく会釈をしてから、カウンターの席に付いた。 カウンター周辺に漂っていた血と硝煙の匂いが、酒とつまみのバターピーナツの匂いに押しやられたところで、イクトミは話を切り出してきた。 「わたくしのことを、いくらかお話してもよろしいでしょうか?」 「うむ、聞かせてくれ」 イクトミはバーボンを一息に飲み、ふう、と息を吐き出した。 「インディアンとしての本名は、わたくしにも分かりません。 仏系の父親からは一応、『アマンド・ヴァレリ』なる名をいただいておりましたが、10歳、いや、11歳くらいの頃から、自分からそう名乗ることは無くなりました。 父はインディアンであった母のことを、家畜程度にしか思っていなかったことが分かりましたからね。その血を引くわたくしのことも、どう思っていたか。いや、悪感情を抱いていたことは間違い無いでしょう。 そんな事情でしたから、11歳の頃に家を出ました。そんなわけで幼いながらも放浪の日々に入り、間も無く組織が『人材育成のため』と称して、わたくしを略取・誘拐しました。 そこで私は、新たに『アレーニェ(蜘蛛)』と名付けられました。身体能力が他の子供と比べ、飛び抜けて高かったからでしょう。……しかしその名も結局、組織を抜けた際に捨てました。 その後、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て――わたくしは、己で自分自身を『イクトミ』と名付けたのです」 |
DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 12
2017.09.29.[Edit]
ウエスタン小説、第12話。イクトミ襲撃の夜。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12.「ごきげんよう、ご老人。騒がしい夜になりそうですな」 そこには全身真っ白のスーツに身を包んだ伊達男が、拳銃を構えて立っていた。「……貴様……イクトミ……!?」 アーサー老人は戦慄する。 そして――銃声が、サルーン内に轟いた。 だが、アーサー老人は傷一つ負うこと無く、その場に立ち尽くしたままだった。「……な、……なぬぅ?」 ...
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DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 13
2017.09.30.[Edit]
ウエスタン小説、第13話。独白。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13.「人に歴史あり、か。だがそれを私に聞かせて、何をしたい?」 アーサー老人に2杯めのバーボンを注がれ、それもイクトミは飲み干す。「誰かに私の人となりを知っていただきたい、……などと言うのは厚かましいですな。いや、そんなことは申しますまい。お願いの話を、先にいたしましょう。 組織と戦い、壊滅させることは、わたくしに課された宿命。...
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DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 14
2017.10.01.[Edit]
ウエスタン小説、第14話。組織を討つために。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -14. わたくしは本懐を隠すため、そしてわたくしが組織に「アレーニェ」だと悟られぬために、怪盗「イクトミ」を演じることにいたしました。 まったく何の価値も無い、盗んだとしても何の被害も出ないようなモノを、さも価値があるかのように仰々しく盗み出すと言う、滑稽な道化を演じたのです。 その裏で、わたくしは組織がどれだけの人...
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DETECTIVE WESTERN 8 ~ 悪名高き依頼人 ~ 15
2017.10.02.[Edit]
ウエスタン小説、第15話。31日、決断のとき。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -15. 局長はギルマンの目星を付けてすぐに、イクトミへ連絡した。「……と言うわけだ。そのジャック・スミサーと、彼の会社を調べれば、ギルマンへの手がかりが得られるだろう」《ありがとうございます。やはりあなたは優れた探偵王だ》「喜んでもらえたようで何よりだ。 それよりイクトミ。今、私の側には誰もいない。人払いしているからね...
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DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 1
2018.01.02.[Edit]
新年はじめから、ウエスタン小説連載開始。銃の整備屋。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 一般的に広く認知されている形での回転式拳銃(リボルバー)が軍だけではなく民間にも普及しだしたのは1830年代、コルト・パターソンと呼ばれるモデルの登場以降とされている。 その後に登場したコルト・SAA(シングルアクションアーミー)やウィンチェスター・M1873ライフルと言った「西部を征服した銃」などに...
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DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 2
2018.01.03.[Edit]
ウエスタン小説、第2話。合同捜査チーム。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「大事(おおごと)になってるな」 そうつぶやいたアデルに、向かいの席に座っていたロバートがかくんかくんと首を振って答える。「マジすごいっスね。こんな大勢……」「しかもこの車輌1台、丸ごと俺たちの貸し切りだぜ。 その上、経費も向こう持ちだってさ。局長が喜んでた」「太っ腹っスねー、流石お役人って感じっス」 騒いでいた二人の...
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ウエスタン小説、第3話。
サムのうわさ。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 3. と、ロバートが中腰気味に立ち上がり、客車をきょろきょろと眺める。 「どうした?」 尋ねたアデルに、ロバートはこう返す。 「いや、そう言やサムのヤツ、いないなーって。あいつ、探偵局との連絡役でしょ?」 「そう言や見てないな。……つっても、今回のヤマにゃ不向きだろ。もろにインテリ系だし、銃も持ってないって言ってたし。 案外、今回は『急に熱が出ました』とか何とか言い訳して、逃げたんじゃないか?」 アデルがそんな冗談を言ったところで、彼の背後から声が飛んでくる。 「サムって、サミュエル・クインシーの坊やのことか?」 「ん? ああ、そうだ」 アデルが振り返り、返事したところで、声の主が立ち上がり、帽子を取って会釈する。 ![]() 「いきなり声かけて済まんな。俺はダニエル・スタンハート。ダンって呼んでくれ」 「ああ、よろしくな、ダン。俺はアデルバート・ネイサン。アデルでいい」 アデルも立ち上がって会釈を返し、軽く握手する。 「それでダン、サムのことを知ってるのか?」 「ああ。あいつなら今頃、N州に向かってるぜ。 俺たちが出発する前日くらいだったか、うちの局長から直々に命令があったらしくてさ、大急ぎでオフィスを飛び出すのを見た。ま、何を命令されたかまでは知らないが」 「妙なタイミングだな」 アデルは首を傾げ、そう返す。 「まるでこの遠征に行かせまいとしたみたいじゃないか」 「俺たちの中でも、そう思ってる奴は結構いる。 口の悪い奴なんか、『サムの坊やはミラー局長の恋人なんじゃないか』なんてほざく始末さ」 「そりゃまたひでえうわさだなぁ、ははは……」 アデルは笑い飛ばしたが、ダンは神妙な顔をしつつ席を離れ、アデルの横に座り直した。 「笑い事じゃない、……かも知れないんだよな、これが」 「……って言うと?」 尋ねたアデルに、ダンはぐっと顔を近付け、こそこそと話し始めた。 「サムが特務局に入ったこと自体、局長が工作したんじゃないかって言われてるんだ」 「何だって?」 「ここにいる奴らを見てりゃ察しも付くだろうが、どいつもこいつも実務主義、現場主義ってタイプばっかりだ。 だがサムはそれと真逆って言うか、対極って言うか、言うなれば理論派って感じだろ?」 「ああ、確かにな」 「そりゃ、そう言うタイプが職場に多くいた方が効率的になるのかも分からんし、何かといい感じのアイデアが出て来るってこともあるだろう。そう言う考えで、局長は積極的に採用しようと思ってるのかも知れん。 だがそう言うインテリ派は、今まで『外注』って言うか、大学の教授だとか研究所のお偉いさんに話を聞きに行くだけで十分、事足りてたんだ。わざわざ局員として雇うほどの必要性は無い。なのになんで、わざわざ銃もろくに握ったことの無い、なよっちくてひょろひょろのメガネくんを雇ったのか? そのおかげで、特務局のあっちこっちで『まさかマジでインテリかき集めるつもりなのか?』『それともサムの坊や、局長のお気にいりなのか?』なんて話がささやかれてる有様さ」 「言っちゃなんだけど、下衆ばっかりね」 と、アデルたちの会話にエミルも加わる。 「あの子は確かに銃もろくに撃てないし、気弱で吃(ども)りもあるけど、アタマの良さは本物よ。あの子の判断と知識のおかげであたしたちの捜査が進展したことは何度もあるし、探偵や捜査官向きのいい人材だと、あたしは思ってる。 そんな子を侮辱したり、陰口叩いたりする奴らの方がろくでなしよ」 「ん、ん、……まあ、そう言ってやらないでくれ」 ダンが苦い顔をし、エミルに応える。 「確かに俺にしても、今――ちょこっとだぜ、ちょこっと――あいつを悪く言ったのは反省してる。 特務局の奴らだって、サムに後ろ暗いところがあるなんて、本心からは思っちゃいないさ。根は良い奴ばっかりだ。それは俺が保証する」 「そうね。あなたも謝罪してくれたし、あたしも言い過ぎたかもね」 「分かってくれて嬉しいよ」 にこっと笑ったダンに、エミルもニッと口の端を上げて返した。 |
DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 3
2018.01.04.[Edit]
ウエスタン小説、第3話。サムのうわさ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. と、ロバートが中腰気味に立ち上がり、客車をきょろきょろと眺める。「どうした?」 尋ねたアデルに、ロバートはこう返す。「いや、そう言やサムのヤツ、いないなーって。あいつ、探偵局との連絡役でしょ?」「そう言や見てないな。……つっても、今回のヤマにゃ不向きだろ。もろにインテリ系だし、銃も持ってないって言ってたし。 案外、今回...
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DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 4
2018.01.05.[Edit]
ウエスタン小説、第4話。bewitched by the "F"ox。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「そんで、だ」 と、ダンが真面目な顔になり、こう続けた。「あんましマトモなもんじゃないが――こっちの情報を教えたんだ。今度はあんたらの持ってる情報を教えて欲しいんだがな?」「って言うと?」 そう返したアデルに、ダンはまた、ニヤっと笑う。「今回の件について、だよ。 いや、大体のことは俺も把握してるつもりだ。凶悪犯...
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DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 5
2018.01.06.[Edit]
ウエスタン小説、第5話。敵地目前の作戦会議。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 特務局の人間とすっかり打ち解けた頃になって、列車は目的地であるスリーバックスの2つ手前の駅、ジョージタウンに到着した。 と、ここで一人が立ち上がり、全員を見渡す。「皆、聞いてくれ」「どうした、リーダー?」 尋ねたダンに、リーダーと呼ばれたその男――ローランド・グリーン捜査長はこう続けた。「明日にはスリーバックスに...
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DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 6
2018.01.07.[Edit]
ウエスタン小説、第6話。猛火牛、来る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ジョージタウンで作戦会議が行われた、その2日後。 駅に掛けられた時計が2時40分を指すとほぼ同時に、列車がスリーバックス駅に到着した。「……」 到着と同時に、一瞬、熊と見紛うほどの筋骨隆々の男が、のそりと客車から現れる。 件(くだん)の「猛火牛」こと、トリスタン・アルジャンである。「……ふむ」 彼は辺りをうかがい、むすっ...
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ウエスタン小説、第7話。
牛狩りの時。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 7. パン、と火薬が弾ける音が響くと同時に、ディミトリの姿はトリスタンの前から消え失せていた。 だが――。 「私をなめるなよ、アレーニェ!」 すかさずトリスタンは、天井に向かってもう一発放つ。 「うっ……」 一瞬間を置いて、うめき声と共に白い塊がどさり、とトリスタンの前に落ちてきた。 ![]() 「流石はトリス。僕の動きを、見切っていたか」 力無く笑うイクトミのほおからは、ぼたぼたと血が滴っている。 「とは言え、どうにかかわしはしたがね」 「この前のような道化振る舞いはどうした、アレーニェ?」 トリスタンはイクトミを見下ろし、三度撃鉄を起こす。 「お嬢に気に入られようとしていたようだが、滑稽はなはだしい。何の効果も無い。惨めなだけだぞ、アレーニェ。 それとも我々の目を眩(くら)まそうとしていたのか? だがそれも無意味だったな。世間の有象無象共に『怪盗紳士イクトミ』などと己を呼ばせていい気になっていたようだが、我々の目は少しもごまかせない。 そう、お前のやってきたことなど、何一つ実を結びはしないのだ。我々に楯突こうなど、所詮は愚行に過ぎん」 「……ご高説を賜り大変痛み入りますが」 と――イクトミの口調がいつもの、慇懃(いんぎん)なものに変わる。 「わたくしはいくら無駄だ、無意味だと罵られ、なじられようとも、その歩みを止める気など毛頭ございません。 それがわたくしの、成すべき宿命でございますればッ!」 ふたたび、イクトミは姿を消す。 「くどいぞ、アレーニェ!」 トリスタンが吼えるように怒鳴り、拳銃を構えた瞬間――周りの棚や机、さらには窓や壁に至るまで、ぼこぼこと穴が空き始めた。 「ぬう……ッ!?」 「撃て撃て撃て撃てーッ!」 外では特務局員がガトリング銃を構え、掃射を始めていた。 その横にはアデルたちと、縛られた上に猿ぐつわを噛まされ、完全に無力化されたローと、そしてディミトリ、さらにはどう言う経緯か、アーサー老人の姿までもがある。 「ビルが倒れようと構わん! 中はトリスタン一人だけだ! ビルごと葬ってやれーッ!」 ダンの号令に応じ、ガトリング銃に加え、他の者たちも次々に銃を構えて、ビルに向かって集中砲火を浴びせる。 (……なあ) と、アデルが小声でエミルに尋ねる。 (ボールドロイドさんの話じゃ、中にイクトミがいるんだろ?) (ええ、協力を取り付けたらしいから。どうやって接触したのか知らないけど) (流石と言うか、何と言うか。 でもあそこまで撃ちまくられたら、イクトミの奴、蜂の巣になってんじゃないか?) (心配無用) エミルの代わりに、ディミトリの縄をつかんでいたアーサー老人が答える。 (彼ならもう既に、ビルを出ているはずだ) 続いて、エミルもうなずいて返す。 (でしょうね。問題はトリスタンの方よ) (問題って……、蜂の巣っスよ?) けげんな顔で尋ねてきたロバートに、エミルは首を横に振って返す。 (あいつがこの程度でくたばってくれるようなヤワな奴なら、苦労なんかするわけ無いわ) (へ……? い、いや、あんだけ撃ち込まれてるんスよ? 普通、死ぬっスって) (言ったでしょ? あいつは普通じゃないのよ) 問答している内に、ビルの1階部分がぐしゃりと潰れ、2階・3階も滝のようになだれ落ち、土煙の中に沈んでいく。 「もが、もが……」 真っ青な顔で様子を見ていたディミトリが、猿ぐつわ越しに泣きそうな声を漏らす。 「残念だったな、ディミトリ・アルジャン。お前のお城、消えて無くなっちまったぜ?」 ディミトリの襟をつかみ、ダンが勝ち誇った顔を見せつける。 「お前も兄貴も、まとめて絞首台に送ってやるぜ! もっとも兄貴の方は、その前に土の下らしいけどな」 土煙がアデルたちのいるところにまで及び、自然、局員たちの攻撃の手が止む。 「いくらなんでも、もう……」 誰かがそう言いかけたところで、エミルが叫ぶ。 「まだよ! 止めないで! 撃ち続けて!」 「え……?」 局員たちが何を言うのか、と言いたげな顔をエミルに向けた、その瞬間だった。 「ぐばっ……」 その中の一人の顔が、まるで壁に投げつけられたトマトのように飛び散った。 |
DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 7
2018.01.08.[Edit]
ウエスタン小説、第7話。牛狩りの時。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. パン、と火薬が弾ける音が響くと同時に、ディミトリの姿はトリスタンの前から消え失せていた。 だが――。「私をなめるなよ、アレーニェ!」 すかさずトリスタンは、天井に向かってもう一発放つ。「うっ……」 一瞬間を置いて、うめき声と共に白い塊がどさり、とトリスタンの前に落ちてきた。「流石はトリス。僕の動きを、見切っていたか」 力無...
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DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 8
2018.01.09.[Edit]
ウエスタン小説、第8話。策謀巡る捜査線。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 決戦前日の午前7時、ジョージタウンの次の駅、トマスリバーにて。「それじゃ皆、出発だ」 半数を前の駅に残し、10名となった人員を前にし、ローは指示を出す。「次の便に乗り込み、スリーバックスに到着後、マーティン班は貨物車に潜んで待機。午後1時になったらビル前の第1ポイントに向かってくれ。 バロウズ班は到着後すぐに駅を出...
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DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 9
2018.01.10.[Edit]
ウエスタン小説、第9話。怪物。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. ロー拘束から時間は進み、同日、夜7時。 じりりん、と鳴った電話を、ディミトリが取った。 いや――。「はい、こちらレッドラクーン・ガンスミス。……ああ、いやいや、マドモアゼルでしたか」 ディミトリの姿をした男は、相手の声を聞くなり、己の声色をガラリと変えた。「……ええ、ええ。問題はありません。たまに来る組織かららしき電話も、適当にあ...
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DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 10
2018.01.11.[Edit]
ウエスタン小説、第10話。カスタム・リボルバー。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10.「ディミトリ君」 と、アーサー老人がディミトリの襟をぐい、と引き、無理矢理に顔を向けさせる。「……何だよ」 憮然とした顔で応じたディミトリに、アーサー老人が小銃を向ける。「君の兄について知っていることを、可能な限り詳細に聞かせたまえ。特に装備についてだ。 誰かがショットガンだと叫んでいたが、あのビルからここま...
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DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 11
2018.01.12.[Edit]
ウエスタン小説、第11話。活路を見出せ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11. まだ戦々恐々としつつも、アーサー老人の極めて冷静な振る舞いに、局員たちの頭も冷えてきたらしい。「じゃあつまり、トリスタンは立て続けに攻撃してこれないってことなのか?」 尋ねたダンに、ディミトリはうなずいて返す。「そうだよ。これは僕の経験から来る予測だけども、あの銃は多分、続けて6、7発も撃ったらシリンダー部分が熱...
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ウエスタン小説、第12話。
三方包囲作戦。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 12. 2基のガトリング銃が動き始めたところで、エミルたちも小屋を出る。 「分かってると思うけど、T字に囲まないようにね。囲むならY字によ」 「勿論さ。俺たちとあんたたちで同士討ちになっちまうからな。 じゃ、……気を付けてな」 ダンたちに背を向け、エミルたち3人は路地を駆ける。 「ガトリングのおかげで足音は聞こえちゃいないと思うけれど、気を抜かないようにね。ボールドロイドさんも言ってたけど、あいつならこうやって囲むことも、予想するだろうから」 「了解っス」 路地の端まで進み、アデルが大通りの様子をうかがう。 「いるぜ。ビル跡の真ん前に立ってやがる。……ガトリングは当たってねーのか?」 苦い顔をするアデルの横に立ち、エミルが肩をすくめる。 「あいつなら当たっても跳ね返しそうな気がするわね」 「無茶言うなよ」 「……ま、それは冗談だけど。 実際、ガトリング銃に命中精度なんか求めるもんじゃないわよ。あれは弾幕を張ることはできても、一発一発を全部目標に命中させられるほど、取り回しは良くないもの」 「ま、言われりゃ確かにそうだ。デカいビルには当てられても、人間1人だけ狙って撃ち込みまくってみたところで、そうそう当たりゃしないわな。 その上、周りの瓦礫やら地面やらに着弾しまくってるせいで、肝心のトリスタンが土煙に紛れちまってる。そうでなくでもガトリングから大量に硝煙が上がってるせいで元から視界が悪いだろうし、狙おうにも狙えないってわけか」 実際、トリスタンにはほとんど命中していないらしく――土煙越しでもそれと分かる程度に――行動不能になるようなダメージを受けた様子は見られない。 ロバートも2人に続いて覗き込みつつ、不安げに尋ねてくる。 「で、どうするんスか? このままノコノコ出てきたんじゃ、狙い撃ちされるだけっスよ?」 「だからこその包囲作戦だ」 それに対し、アデルが得意げに説明する。 「左と右、両方から同時に攻め込まれたら、どんな奴だって少なからず戸惑う。その一瞬を突き、3方向から仕掛けられるだけの攻撃を仕掛ける。 ただ、この作戦でも最悪、誰か1人、2人は犠牲になるかも知れん。それでもやらなきゃ、もっと殉職者が出るか、あるいは逃げられるおそれがある。 だから、行くしか無いってことだ。覚悟決めろよ、ロバート」 「……うっす」 ロバートはごくりと固唾を呑み、拳銃を腰のホルスターから抜く。アデルも小銃を肩から下ろし、レバーを引く。 「エミル。お前の合図で行く」 「いいわよ」 そう返しつつ、エミルも拳銃の撃鉄を起こす。ほぼ同時にガトリングのけたたましい射撃音がやみ、トリスタンが拳銃を上方に構えた。 その瞬間、エミルが短く叫ぶ。 「今よ!」 エミルたち3人は、あらん限りの全速力で路地を飛び出し、大通りに躍り出た。 「……!」 トリスタンがエミルたちに気付き、構えた拳銃をエミルたちに向けかける。 だが振り返った直後、今度は反対側からダンたちが飛び出してくる。 「っ……」 わずかながら、トリスタンがうめく声がアデルの耳に入ってくる。 岩のように動かなかった相手からにじみ出た、その明らかな動揺を感じ取り、アデルは勝利を確信した。 (獲った……ッ!) 中途半端な位置で拳銃を掲げたまま、トリスタンの動きが止まる。 6人は一斉に引き金を絞り、トリスタンに集中砲火を浴びせた。 ![]() だが、その直後――エミルが終始懸念し、警戒し、そして恐れていたことは、決して彼女の杞憂ではなかったのだと言うことを、アデルはその身を以て知ることとなった。 「……なめるなあああああッ!」 トリスタンは拳銃を掲げていた右手を、そのまま左側に倒す。 それと同時に、懐からもう一挺の拳銃を抜き取り、そのまま右側に向ける。 瞬時に3発、4発と連射し、ダン側の1名と――そしてアデルの体から、血しぶきが上がった。 |
DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 12
2018.01.13.[Edit]
ウエスタン小説、第12話。三方包囲作戦。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12. 2基のガトリング銃が動き始めたところで、エミルたちも小屋を出る。「分かってると思うけど、T字に囲まないようにね。囲むならY字によ」「勿論さ。俺たちとあんたたちで同士討ちになっちまうからな。 じゃ、……気を付けてな」 ダンたちに背を向け、エミルたち3人は路地を駆ける。「ガトリングのおかげで足音は聞こえちゃいないと思う...
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DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 13
2018.01.14.[Edit]
ウエスタン小説、第13話。子猫と猛火牛の交錯。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13.「……う……!?」 アデルは自分の右腕から血煙が上がるのを目にしたものの、それが何を意味するのか、一瞬では理解できなかった。 だが、ボタボタと滝のように流れる血と、そして右腕から発せられる激痛が、アデルにその意味を、無理矢理に理解させた。「……あっ、が、……ぎゃああああっ!」 こらえ切れず、アデルはその場に倒れ込む。...
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DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 14
2018.01.15.[Edit]
ウエスタン小説、第14話。天才ディミトリの傑作拳銃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -14.「にしても」 横たわるトリスタンを引き気味に見下ろしつつ、アデルがうなる。「これじゃまるで、鉄製の繭(まゆ)だな」「当然の配慮さ」 隣に立っていたダンが、苦々しげに返す。「エミルの姐さんから再三、忠告されたからな。『こいつはここまでしなきゃならない相手よ』っつってな」 トリスタンが気を失っている間に、ど...
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DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 15
2018.01.16.[Edit]
ウエスタン小説、第15話。急転直下。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -15. 一同の間に安心感が漂い始めたところで、エミルが背伸びをしつつ、アデルに尋ねる。「何だか疲れがドッと出た感じだし、サルーンにでも行ってご飯食べない?」「ああ、そうだな。俺も何だかんだ言って、頭がフラフラしてるんだ」「致命傷じゃないとは言え、結構血が出たものね」「ってことだからダン、俺たちちょっとメシ食いに行ってくるけど...
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DETECTIVE WESTERN 9 ~ 赤錆びたガンスミス ~ 16
2018.01.17.[Edit]
ウエスタン小説、第16話。さらなる危機。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -16.《……そうか》 電話の向こうから帰って来たミラー局長の声は、ひどく落ち込んでいた。「申し訳ありません、局長」 答えたダンに、ミラー局長が《いや》と返す。《君の責任では無い。と言うよりも、責任を追求できる状況には無い、と言った方が適切だろう》「……と、言うと?」《結論から言おう。 連邦特務捜査局はその権限と機能を、連邦政...
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DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 1
2018.08.07.[Edit]
半年ぶりのウエスタン小説、第10弾。真っ黒な地獄の中で。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. アメリカ合衆国の発展に大陸横断鉄道が少なからず寄与していたことは以前に述べたが、その鉄道自体の原動力となったのは何か? これは周知の通り、石炭である。 石炭自体は紀元前よりその存在が知られており、世界各地で燃料として用いられてきたが、その役割が大きく変化したのは18世紀後半、蒸気機関の発明に代表され...
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DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 2
2018.08.08.[Edit]
ウエスタン小説、第2話。サマンサ・ミラー。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「いや、納得っちゃ納得なんだけどさ」 トリスタンとの死闘を生き延びたパディントン探偵局のアデルたち3人、そして連邦特務捜査局のダン、ハリー、スコットを加えた計6人は、ミラー局長からの依頼を果たすべく、作戦会議と状況確認とを兼ねた会話に興じていた。「確かにサムはおどおどって言うかなよなよって言うか、一端(いっぱし)の...
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DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 3
2018.08.09.[Edit]
ウエスタン小説、第3話。司法省クライシス。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「そんな状態でよく、サムを助けてくれなんて話ができたわね。そもそもサムを男として特務局に引き入れたことが、そもそも背任行為じゃない。 そんなことが司法省にバレたら、クビどころじゃ済まないんじゃない?」 エミルの疑問に、ダンもうんうんとうなずいて返す。「だろうな。最悪、罰金刑か投獄されるか、かなりヤバい状況にあること...
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DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 4
2018.08.10.[Edit]
ウエスタン小説、第4話。三流探偵。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「って言うと?」 きょとんとした顔を並べるダンたちに、エミルが呆れた目を向ける。「サムたちが向かった場所は分かったわよ。その目的も把握したし、あんたたちの状況についてもオーケーよ。 で、サムが今どう言う状況にあるか、それは予想できてる?」 そう問われ、ダンがさも当然と言いたげに答える。「そりゃ、組織に捕まってるってことだろ...
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DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 5
2018.08.11.[Edit]
ウエスタン小説、第5話。事件の詳細。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. パディントン局長から情報と指示を受け、一行は今後の対策を練ることにした。「現時点でも相変わらず、特務局は凍結状態。ミラー局長も依然として拘束されたままだし、局員たちも――元々残ってた奴、捜査から戻ってきた奴問わず――オフィスに缶詰めにされてるそうよ。 サムについても、どうやら状況は変わってないみたい。局長が司法省の友人を介...
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ウエスタン小説、第6話。
銃創。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 6. アデルが予測していた通り、アルジャン兄弟や組織からの襲撃も無く、アデルたち一行は一晩を安穏に過ごし、翌朝を迎えた。 「ふあ、あー……」 宿を一歩出て、背伸びをしたところで、アデルはすぐに腕を下げ、「いてて……」とうめく。 (やっぱ一日くらいじゃ、治っちゃくれないよな) 撃たれた右腕をコートの上からさすり、ずきずきとした痛みが残っていることを確認する。 (ま……、痛いが、痛いってだけだな。腕も指も動くし、放っときゃそのうち治るさ) と、背後から声をかけられる。 「『放っときゃ治る』なんて思ってないわよね」 「えっ!? あ、いや」 弁解しかけたところで、エミルがさらに釘を刺してくる。 「そんなの、半世紀前の考えよ? きちんと治したきゃ、包帯変えたり消毒したり、ちゃんと治るまで手当て続けなさいよ」 「お、おう」 と、エミルがアデルのコートの襟を引き、脱ぐよう促してくる。 「見せてみなさいよ。あんた、いっつもケガしても、隠すじゃない。 化膿したり腐ったりしたら、手遅れになるわよ。切り落としたくないでしょ?」 「い、いや、いいって。自分でやるって、後で」 渋るアデルを、エミルは軽くにらみつけてくる。 「何よ? まさかあんたも女だなんて言うつもりじゃないでしょうね?」 「バカ言うなよ。……分かったよ、脱ぐって。脱げばいいんだろ」 アデルはもたもたとコートを脱ぎ、左手をたどたどしく動かして、シャツの袖をまくろうとする。 「……っ、……あー、……くそっ」 しかし利き腕側でないことに加え、右腕の痛みが邪魔をして、思うようにボタンを外すことができない。 見かねたらしく、エミルが手を添えてきた。 「外したげるわよ」 「わ、悪い」 シャツの袖を脱がすなり、エミルは一転、呆れた目を向けてくる。 「あんたねぇ……」 アデルの右腕に巻かれた包帯が、赤茶けた色に染まっていたからだ。 ![]() 「血は止まってるっぽいから、昨日からずっと使ってるんでしょ、この包帯」 「……バレたか」 「バレたか、じゃないわよ。マジに切り落とすことになりかねないわよ、こんな汚いことしてたら」 エミルはぐい、とアデルの左腕を引っ張り、宿の中に連れて行く。 「宿なら包帯も消毒薬もいっぱいあるでしょうし、ちょっともらいましょ」 「ああ……」 と、二人が戻ってきたところで、宿のマスターが声をかけてきた。 「お客さーん、エミル・ミヌーって名前?」 「そうよ。電話?」 「そう、パディントン探偵局ってところから」 「出るわ。あ、その間、こいつの包帯変えるのお願いしていいかしら?」 「ああ、いいよー」 そのまま電話口まですたすたと歩き去るエミルを眺め――マスターと目が合ったところで、彼が心配そうに声をかけてきた。 「お客さん……。めっちゃくちゃ俺のことにらんでるけど、そんなに傷、痛むの?」 アデルの手当てが終わったところで、丁度エミルも電話を終えたらしい。 「あら、綺麗に巻いてもらえたわね」 「ちぇ、何か子供扱いされてるな。……で、局長は何て?」 「話す前に、皆呼びましょ。そろそろ朝ご飯食べて列車に乗り込む準備しとかないと、遅れちゃうもの」 「そうだな。……っと」 言っているうちに、ロバートとダンたち3人が階段を降りてくる。 「おはよーっス、兄貴、姉貴」 「今、電話がどうとかって言ってたが……」 「丁度いいわね。マスター、ご飯もらえる? 6人分ね」 「はいはーい」 店主がその場を離れたところで、ロバートたちが席に着く。 「電話って? 一体どこ……、いや、こんな時かけてくるなんて、局長だけっスよね」 「ええ。まだあたしたちがスリーバックスにいるって読んで、追加情報をくれたのよ」 エミルの言葉に、アデルは首をかしげる。 「追加情報? 特務局のことか?」 「それもあるけど、メインは横領事件の方ね。 犯人の身辺について、一つ分かったことがあるって」 |
DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 6
2018.08.12.[Edit]
ウエスタン小説、第6話。銃創。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. アデルが予測していた通り、アルジャン兄弟や組織からの襲撃も無く、アデルたち一行は一晩を安穏に過ごし、翌朝を迎えた。「ふあ、あー……」 宿を一歩出て、背伸びをしたところで、アデルはすぐに腕を下げ、「いてて……」とうめく。(やっぱ一日くらいじゃ、治っちゃくれないよな) 撃たれた右腕をコートの上からさすり、ずきずきとした痛みが残ってい...
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DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 7
2018.08.13.[Edit]
ウエスタン小説、第7話。追加連絡。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「息子?」 朝食のベーコントーストを飲み込み、ダンが尋ね返す。「ええ。ただ、苗字も違うし、周囲の人間もそんな話聞いたこと無いって話だから、グリフィス本人は気付いてなかったかも知れないけど」 局長からの電話で、グリフィスの監督する鉱山に、彼の息子が勤めていたことが判明したと伝えられたのである。「名前は?」「会社には、ケビン・...
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DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 8
2018.08.14.[Edit]
ウエスタン小説、第8話。ゴーストタウン。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. スリーバックスを発って5日後、アデルたち一行はN州、アッシュバレーに到着した。「……本当に何にも無いな」 通りを見渡すが、薄汚れた家屋がまばらにあるばかりで、賑わっているような様子は全く見られない。「電線も無い。これじゃ確かに、電話連絡なんてできるはずが無いな」「それどころじゃないぞ。郵便局も保安官オフィスも無い。軒...
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DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 9
2018.08.15.[Edit]
ウエスタン小説、第9話。疑惑の炭鉱。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. 街を出て程無く、アデルたちは薄汚れたあばら家の前に到着する。「『メッセマー鉱業 アッシュバレー営業所』って看板が付いてるな。一応って感じでだが」「なんか傾いてないか……?」 ハリーとスコットが指摘した通り、その小屋はあちこちに穴が空いており、今にも崩れそうな様相を呈していた。 と、小屋の奥にあった坑道から、人がわらわらと...
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ウエスタン小説、第10話。
暗澹の中の光明。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 10. 坑道を入ってすぐ、マクレガー監督は木箱が積まれた側道の前で立ち止まる。 「さっきマイト使ったが、どっちも結構奥だから大丈夫、……なはずだ」 「どっちも?」 尋ねたアデルに、マクレガー監督は正面を指差す。 「今掘ってる方は半マイル先まで進んでる。こっちの側道はその半分くらいで諦めたけどな。 ただ、小屋に入らない資材だとかを入れるのには便利してたから、1週間前まで倉庫代わりにしてた」 「1週間前?」 マクレガー監督は木箱をひょいひょいとどかしつつ、話を続ける。 「1週間前、特務捜査局だって人間が4人、うちに来たんだ。だけど、……その、色々事情があってな。ここに閉じ込めるしかなくなっちまったんだ」 「てめえ、監禁してたのか!?」 血相を変えるダンに、マクレガー監督は申し訳無さそうに頭を下げる。 「本当に済まねえと思ってる。……本当に、逮捕しないでくれるんだよな?」 「逮捕しない。だが状況如何によっちゃ、一発二発殴らせてもらうぞ」 「う……、ま、まあ、仕方ねえな。 と、ともかくだ。一応、メシとか寝床とか、不自由無くはさせてた。常に見張りは付けてたけど」 木箱をどかし終え、マクレガー監督は奥へと進もうとする。 と、そこでエミルが声をかけた。 「ねえ、監督さん?」 「ん?」 「サム……、いえ、特務局の人間4人を監禁した事情って、一体何なの?」 「それは……、まあ、……色々だ」 「話しなさいよ。状況がまったくつかめないまま、あたしたちもノコノコあんたに付いて行ってそのまま監禁されちゃ、たまったもんじゃないわ」 「……」 マクレガー監督は苦々しい表情を、エミルに向ける。 「話さなきゃダメか?」 「俺からも聞きたいところだな」 腰に提げていた小銃に手を添えつつ、アデルも同意する。 「特務局の人間、つまり司法当局の人間を無理矢理閉じ込めなきゃならんような事情が何なのか聞いとかないと、確かに後の展開が読めないからな。 よっぽど誰にも知られちゃならない何かがあるとしたら、俺たちも生かしちゃおけんってことになるだろ?」 「……分かった。だが、その」 マクレガー監督は表情を崩さず、ぼそぼそとこう続けた。 「俺はしゃべるのが苦手なんだ。そもそも、今回のことは何から話していいやらって感じなんだ。頭がどうにかなりそうなことばかり起こっちまって、本当、気が動転しまくってるって状態なんだよ。 だから、多分、長くなるし、ワケ分からんと思うが、それでも聞く気か?」 「ああ」 「……分かった」 ![]() 2ヶ月前――。 「かっ、監督、監督ーっ!」 いつものように、マクレガー監督が部下たちに呪詛(じゅそ)めいた愚痴を延々と吐いていたところに、一番若い部下、ケビンが転がり込んできた。 「だから俺はな、……な、何だよ、ケビン?」 「こ、こんな、こんなもん、で、で、出たんスけどっ」 「こんなもん……?」 マクレガー監督を含めた小屋の中の全員が、ケビンに注目する。 いや――視線はケビンにではなく、彼が抱える、白い石の塊に向けられていた。 「何だそりゃ?」 「……か、か、監督っ」 と、部下の中でも一番年長のナンバー2、ゴードンが慌てた声を上げる。 「そいつはダイヤだ! ダイヤモンドですよ!」 「だ、……ダイヤぁ?」 マクレガー監督はゴードンの顔を見、もう一度ケビンの方に向き直る。 「何バカなこと言ってんだ。俺は16年炭鉱で仕事してるが、んなもん出てきたことなんか一度も無えぞ」 「いや、しかし実際出てきたわけですし」 「あのな、本当にダイヤだってんなら」 苛立たしげに返しつつ、マクレガー監督はケビンが抱える岩塊をつかむ。 「あの窓ガラスにこすりつけりゃ、切れるはずだわな。ほれ、見てろ」 そう言って、マクレガー監督は岩塊で窓ガラスをガリガリと引っかき――まるで布をナイフで裂くように、さっくりと切れたガラス片は、がしゃん、と音を立てて床に落ちた。 「ほら見た通りだ、こんなもんちっとも、……切れてるじゃねえか!?」 途端にマクレガー監督は血相を変え、自分の手中にある岩塊をにらみつけた。 「マジかよ」 「……マジですね」 予想外の事態に、マクレガー監督もゴードンも、他の作業員たちも、呆然とした顔で黙り込むしかなかった。 |
DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 10
2018.08.16.[Edit]
ウエスタン小説、第10話。暗澹の中の光明。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10. 坑道を入ってすぐ、マクレガー監督は木箱が積まれた側道の前で立ち止まる。「さっきマイト使ったが、どっちも結構奥だから大丈夫、……なはずだ」「どっちも?」 尋ねたアデルに、マクレガー監督は正面を指差す。「今掘ってる方は半マイル先まで進んでる。こっちの側道はその半分くらいで諦めたけどな。 ただ、小屋に入らない資材だとか...
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DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 11
2018.08.17.[Edit]
ウエスタン小説、第11話。降って湧いた福音。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11.「と、とと、ともかくだ」 マクレガー監督はガタガタと震えながらも、ダイヤの原石を机に置き、その前に座り込んだ。「お、お前らも座れ。と、と、とりあえず、あ、アレだ、か、か、会議だ」「はっ、はひ」「りょうきゃ、……了解っス」 全員、机を囲んで座り込んだが、誰も言葉を発しない。 誰も彼も、この親指の先程度の、ほんのり透...
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DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 12
2018.08.18.[Edit]
ウエスタン小説、第12話。決死の強盗。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12.「……っざけんなボケえええッ!」 手紙を読んだ途端、マクレガー監督は激怒した。「つくづくケチな会社だぜ、まったくよぉ! ……とは言え、確かにここで石炭掘るのに3万ドルもいらんからな。普通に、ただ石炭掘るだけって本社が考えるなら、要求が通るワケねーか」「でも、どうするんです? このまま壁眺めてるだけじゃ、どうにもなりません...
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DETECTIVE WESTERN 10 ~ 燃える宝石 ~ 13
2018.08.19.[Edit]
ウエスタン小説、第13話。20年越しの和解。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13.「ぐあっ!?」 ケビンに殴られ、オーウェンは床を転げる。 そのまま伸びてしまったオーウェンに、ケビンは怒りに満ちた怒声をぶつける。「俺はそのデイジーの息子だよ、クソ野郎がッ!」「……じゃ、じゃあ君は、ケビンか?」「そうだよ畜生! てめえのせいで俺は、この20年間ずっと死ぬ思いしてきたんだ!」「ま、待て! 私の話を聞...
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