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黄輪雑貨本店 新館

白猫夢 第9部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    麒麟を巡る話、第481話。
    工場跡の後処理。

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    1.
    「じゃ、やってみるよ」
    「ああ。成功を祈るぜ」
     葛は扉の前で立ち止まり、精神を集中させる。
    (もう一回……もう一回、あの時みたいに飛び超える! それッ!)
     とん、と前に一歩踏み出し――ごつん、と頭をぶつける。
    「あいたぁっ!?」
    「……あーあ」
    「うぅー……痛いよー」
     葛は額を押さえ、その場にうずくまる。
     と、ドタドタと足音が響いてくる。
    「大丈夫ですか!?」
    「今の音は!?」
     ぶつけた音を聞きつけ、教団員たちがやって来る。葵の襲撃からさほど時間が経っていないため、過敏になっているらしい。
    「あ、大丈夫ですー」
    「どうしたんですか?」
    「ちょっと……、目測誤っちゃって。振り向いたらすぐドアでした」
    「……ぷっ」
    「あはは……、もう、びっくりさせないで下さいよ」
    「すいませーん」
     葛は恥ずかしさをはにかんでごまかしつつ、ぺこりと頭を下げた。



     葵襲撃の後、ウォーレンは面倒な仕事を行わなければならなかった。
     教団の命を受けて保全していた遺跡を一聖によって荒らされた上、誰にも発掘させるまいとしていたものをあっさり掘り出されたため、彼はその報告を教団本拠に知らさなければならなくなったからだ。
     しかしこれについては、少なからず責任を感じていた一聖が、鶴声を放った。なんとウォーレンを伴って「テレポート」で直接、教団の本拠である黒鳥宮に赴き、教主に「克大火門下のオレが手に入れたんだから問題ねーだろ? 元々オレが打ったんだし」と主張し、ウォーレンに何の咎めも与えられぬよう、直談判したのである。
     当然、相手は面食らっていたが、結果的に一聖の強引な説得が功を奏することとなった。

     まず、この工場跡は教団にとって全く無価値なものとなったため、売却することで話がまとまった。
     また、ウォーレンについて「コイツ気に入ったから、しばらくオレに預けてくんね?」と一聖がねだったところ、以前にウォーレンが「教主と関係が良くない」と言っていたことも関係してか、あっさり認められた。
    ウォーレン自身も葛たちの数奇な運命に少なからず惹かれていたらしく、その要請を快諾してくれた。

     ちなみに今回の事件の経緯は、教主とウォーレン以外には知らされていない。例によって、一聖のうわさが広まるのを防ぐためである。
     そのため、工場跡の売却理由については、表向きには「近年の調査によって遺物が現存する可能性が皆無と分かり、保全する必要が無くなったため」「客が全く集まらず、一方で維持費・管理費が増大しており、観光資源としての収益が見込めないため」とされた。



    「でも、急な話ですよね」
    「だよな……? いきなり黒鳥宮から久々に連絡が来たと思ったら、全員引き上げろって」
    「本当にごめんなさいね、カズラさん、カズセちゃん。あんまりおもてなしできなくて」
    「いえいえ、そんなー」
     襲撃事件の直後、一聖たちに助けられたこともあり、葛たちはすっかり、工場跡を管理していた教団員たちと仲良くなっていた。
     そのため、彼らが中央大陸へと戻るまでの数日、葛たちは彼らの詰所で過ごしていた。
    「それで……、この後は二人とも、どうする予定なの?」
     教団員の一人に問われ、葛は今後の行動を話す。
    「とりあえず、一旦帝国に戻って、大学に休学届出しに行きます。なんか思ったより、時間かかりそうだなーって」
    「時間?」
    「あ、えーと……」「3世研究さ。3世が戦中に行った商売をたどりつつ、経済効果みたいなのを調べるんだ」
     言葉に詰まった葛に、一聖が助け舟を出す。
    「あ、そうそう。で、中央にも行きたいなーって」
    「そうなんですか。結構な長旅になりそうですね」
    「ですねー」
    「3世って、ニコル3世のことかしら?」
    「はいー」
    「じゃあ央中に?」
    「まずは央北に行こうと思ってます」
    「あれ? ニコル3世って央中の人じゃなかったっけ」
    「あ、ソレはですね……」「アレだ、『大交渉』があったトコも見とくかなって」
    「ふーん……?」
     取り留めの無い話をしているうちに、ウォーレンが憂鬱な顔をしつつ、葛たちのところへやって来た。
    「カズラ君、カズセちゃん。ちょっと、よろしいか?」
    「あ、はーい」
    「どした?」
    「内々で少し、話ができないかと」
    「いいですよー」
     ウォーレンに誘われるまま、二人は彼の後を付いて行った。
    白猫夢・奇縁抄 1
    »»  2015.01.02.
    麒麟を巡る話、第482話。
    白猫党の西方攻略計画。

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    2.
     場所をウォーレンの私室に移し、葛たちはウォーレンの話を聞くことにした。
    「何ですか、お話って?」
    「君の姉君が関わっていると言う、白猫党についてだ」
    「白猫党?」
    「うむ。我々黒炎教団もそれなりの情報網を有しており、特にここ数年は白猫党の動向に注目している。570年における央中侵攻は、下手をすれば我々の勢力圏にまで踏み込まれる恐れがあったからな。
     それで、だ。その侮りがたき政治結社、白猫党が、君の祖国であるプラティノアールへ密かに侵入し、既に国家権力を掌握している、と言う情報を得た」
    「えっ……!?」
     驚いた声を漏らした葛に、ウォーレンは深々とうなずいて返す。
    「やはり存じていなかったか。私も聞いただけではあるが、信憑性は極めて高い。どうやら昨年、一昨年の経済混乱に乗じ、救済を名目として王室政府に擦り寄り、そのまますり替わったようだ。国王とその一族は既に軟禁状態にあり、大臣や省庁・軍部の高官らも軒並み更迭・放逐されたと言う。
     いや、君が知らぬのは無理も無いことだ。彼奴らの本懐からすれば、決して他国に、あまつさえ隣国にも、決して事情を知られてはならないだろうからな」
    「どう言うコトですか?」
    「彼奴らは西方人の考えるような常道、つまり西方南部三国を攻略・奪取しようとは考えていないらしい。どうも真逆へと、攻めを進めるつもりでいるようだ」
    「真逆? ソレってつまり……」
    「うむ。プラティノアール東側の隣国、マチェレ王国を皮切りに、そのまま西方東部を沿岸伝いに侵攻しようと目論んでいるらしいのだ」
    「そんな……!」
     外国の血筋であるとは言え、生まれも育ちも西方である葛は、予想外の展開に驚いていた。
    「私も西方暮らしが長いし、君の驚きは察するに余りある。しかしかなり有力な情報とのことだ。
     故につい今朝方、我々一同に対し可及的速やかにこの国を去るよう、黒鳥宮より追加の通達があったのだ。まだ部下たちには知らせていないが、彼らも恐らく君と同様、驚くことだろうな」
    「そりゃ、もう」
     葛は強い不安を覚えながら、ウォーレンに尋ねる。
    「すぐに帰れって命令されたってコトは、白猫党の侵攻が近いってコトでしょうか?」
    「ああ。白猫党が新造した戦艦、『ホーリー・ホック』をはじめとする海軍勢力がプラティノアールの港に到着したとの情報もある。また、既に陸軍勢力は到着済みであり、国境近辺への配備も完了しているとのことだ。
     後は白猫軍司令の命令さえあれば、彼奴らはすぐにでも国境を突破し、海上を封鎖して、マチェレの首都、ブリックロードを陥落せしめるだろう。
     彼奴らが数日以内に攻め込むつもりでいるのは、まず間違いあるまい」
    「……」
     それを聞き、葛は黙り込んだ。
    「カズラ」
     と、そこで一聖が口を開く。
    「とりあえず、オレたちがやるべきコトは3つしかねーぜ」
    「……そだね。まずは、帝国に帰らなきゃ」
    「ああ。休学届出して、ソレからこの国、いや、西方を出る」
    「うん。ソレから修行、だね」
    「ああ。『星剣舞』のコツはつかめただろうが、まだ自由自在ってワケじゃねーしな。何とかそのレベルまで達してもらわねーと、な」
    「うん、分かってる。……あとは」
    「ルナたちを助けに、だ」
    「うん。……でも」
    「でも?」
     葛はチラ、と一聖の顔を伺う。
    「故郷がコレからズタズタにされそうだって言うのに、あたしには、何にもできないんだね」
    「仕方ねーさ。お前さんにゃ、まだ力は無いんだ。政治力も、剣術の腕も、な。
     だけどオレの見立てじゃ、お前さんはきっとその両方を手に入れられるはずさ。まあ、政治方面はオレにゃ正直分かんねーけど、もういっこの方は保証するぜ」
    「……頑張るよ。あたしにできるコトは、ソレしか無いもんね」
     葛は心に浮かびそうになったいくつかの暗い感情をぐっとこらえ、にこっと笑って見せた。
    「おう」
    「私も応援させてもらう」
     葛は一聖とウォーレン、二人の手を取り、がっちりと握りしめた。
    「よろしくね、二人とも」
    白猫夢・奇縁抄 2
    »»  2015.01.03.
    麒麟を巡る話、第483話。
    黄家とウィルソン家。

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    3.
     一聖の力を借り、葛はその日のうちに、グリスロージュへと戻った。
     まず彼女は大学へ赴き、そのまま休学届を提出。そのまま、実家に向かった。

    「は……?」
    「え、ちょっと?」
    「まさかこの子が、……いや、うーむ、確かに聞き覚えがあると思うておったが」
     葛は旅立つに当たり、まず、これまでずっと同行していた一聖の素性を、葵と秋也が戦った件には触れないように明かした。
    「まあ、そう言うワケだ。黙ってて悪かったな、秋也」
    「いや、まあ、事情が事情だしな。……にしても」
     秋也は葛と一聖の背後に立っていたウォーレンを、チラ、と眺める。
    「その……、ウォーレン・ウィルソンって言ったか?」
    「はい」
    「名前と得物からして、黒炎教団の教主一族だよな」
    「ええ」
    「……親子三代、なんでこう、ウィルソン家と変な縁があるんだろうな」
    「と仰ると?」
     きょとんとしたウォーレンに、秋也は肩をすくめる。
    「オレのお袋は黒炎戦争でウィルバーってヤツと散々戦ってたし、オレもひょんなコトからウォン……、ウォーナードってヤツと一緒に修行したコトがある。
     な、天狐ちゃん? ……じゃねーや、えーと、一聖ちゃん、だっけ?」
    「おう」
    「ふむ……。そう聞けば、いや、聞く前より、確かに奇縁を感じております」
     ウォーレンはそう返し、葛の方に目をやる。
    「初めてカズラ君とお会いした時、確かに何か、感じるところはありました。何と言うか、そう、並々ならぬ因縁を、と言えばいいか」
    「……あ?」
     ウォーレンの言葉に、秋也は目を細めた。それを見たウォーレンは一転、顔を真っ赤にする。
    「あ、ああいや、そう言う意味ではなく! えーと、そう、例えるならば武士(もののふ)としての共感と言うか、ええ、そう言う方面での因縁です!」
    「どう言う方面のコトを考えた?」
     秋也はなお、ウォーレンをにらんでいる。
    「え、ど、どうって、……い、いえいえ、他意はまったく! まったくございません!」
    「ならいい」
     秋也はウォーレンからぷい、と顔を背け、葛に尋ねる。
    「……で、もう大学も休学するって言ってきたんだっけ?」
    「うん」
    「じゃあ、すぐ央北に行くのか?」
    「そのつもり」
    「待ってよ」
     と、ベルが引き止めた。
    「急に何日も留守にしたかと思ったら、今度はしばらく央北? 勝手過ぎない?」
    「いや、悪いとは思ってる。だけどコレは、他のヤツにゃできねーコトなんだ」
    「なんで?」
    「『星剣舞』を使えるヤツが、葛だけだからだ。他に手が空いてて、自由自在に使えるってヤツがいるならソッチに頼むが、現実には葛しかいねーんだよ」
    「だからって……」
    「勿論、葛の将来を狂わすようなコトはしねーつもりだよ。オレは央北の王族にもツテがあるから、ソコで政治学を学ばせるコトもできるし」
     一聖の説明に、葛もうなずく。
    「あたし的にはむしろ、ソッチが魅力だけどねー。このまま西方の中だけで勉強するより、いい経験になりそうだし」
    「……もー」
     ベルはほおをふくらませ、秋也の膝裏をポコポコと蹴る。
    「なんであなたの周りの人って、こんな自分勝手さんばっかりなのよっ」
    「いてっ、痛いって、ちょっ」
    「コントンさんもカズセちゃんも、アオイもカズラも! みーんな勝手ばっかり言っちゃってさー!」
    「マジ痛いって、痛っ、やめろって、お前筋肉あるんだから」
    「うっさい! カズラ蹴るわけに行かないでしょ!?」
    「……ごめん」
     秋也を蹴り回すベルに、葛は頭を下げた。
    「本当、メチャクチャ言ってるのは自分でも分かってる。心配ばっかりかけてるし。
     でも、他にできる人が誰もいないの。あたしだけにしかできないって言うコトがあるなら、あたしが行かなきゃ。ううん、あたしは行きたい」
    「……」
     秋也を蹴るのをやめ、ベルはため息をつく。
    「はーぁ……。本当、勝手な子ね」
     ベルは葛の前に寄り、彼女にデコピンをぶつけた。
    「あいたっ」
    「約束しなさいよ。ちゃんと帰ってくるって」
    「……うん。帰って来るよ、絶対」
     葛は額を押さえながら、ぼそっとそう返した。
    白猫夢・奇縁抄 3
    »»  2015.01.04.
    麒麟を巡る話、第484話。
    スタッガート夫妻の心配。

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    4.
     秋也たちは葛の壮行会として、帝国の知人らを呼んで食事会を催すことにした。
    「急な話でしたのに、こうして娘のためにお集まりいただき、誠に……」「おい、おい、シュウヤ!」
     堅い挨拶をしかけた秋也の肩を、サンデルがバンバンと叩く。
    「内々での集まりではないか! そんな格式張った文字なぞ並べてどうする!」
    「……んじゃ、ざっくり行きましょうか。
     コレから中央で新たな勉強に励む葛を、応援してやって下さい! それじゃ乾杯っ!」
    「乾杯!」
     乾杯の音頭が終わり、各々が会の主役、葛の元にやって来る。
    「しかし思い切ったものだな、カズラ君」
    「まったくであるな。今の大学でも、それなりに評価されておるそうではないか」
    「そのまま大学院に進むこともできると聞いたけれど……」
     口々に質問をぶつけられ、葛はしどろもどろに答える。
    「あの、えっと、確かに今のままでも問題は無いですけど、でも、もう少し踏み込んだ研究を、えっと、実地で? したいなって」
    「ふーむ……」
     と、リヴィエル卿が首をかしげる。
    「元々、君の研究テーマは西方南部三国における商業変遷と、それに関する政治の役割についてでは無かったか?
     しかし聞いた話によれば、急に央中の研究を始めたと言うではないか」
    「あっ、……えーと」「ソコはソレ」
     葛が返答に窮したところで、一聖が口を挟んでくる。
    「あの謎多き大商人のコトだ。直接は南部にゃ行ってねーらしいが、貿易は頻繁にやってたらしいしな。だからその関係で何かしら……」
     一聖が知識人らを煙に巻きつつ、手でこそっと葛に離れるよう促す。
    (んじゃ、お願いっ)(おう、任しとけ)
     葛は一聖の好意に甘え、そっとその場から離れた。
    「……ふー」
     話の輪から離れたところで、葛は部屋の中を一瞥する。
    (そー言や昔、アイツが天狐ゼミ行くってなった時も、こーして壮行会やってたんだっけ)
     眺めている間に、その「前回」も参加していた人物――スタッガート夫妻と目が合う。
    「ねえ、カズラちゃん」
     と、アルピナが声をかける。
    「あ、はい」
    「さっき、あの黒い『狼』の方から聞いた話だけど、もうすぐ王国……、と言うか王国を牛耳った白猫党が、東部方面に戦争を仕掛けようとしているって、本当?」
    「らしいです。確かな情報筋からだって」
    「そう……」
     揃って沈んだ表情を見せたスタッガート夫妻を見て、葛は「あ」と声を上げた。
    「そっか、カリナちゃんって」
    「ああ。マチェレ王国にいるんだ」
     娘の身を案じ、腕を組んでうなるユーゲンに、葛は恐る恐る提案する。
    「あの、もし良かったらあたしが迎えに行きましょうか? パッと行ける方法がありますから」
    「いやいや」
     一転、ユーゲンはぎこちない笑顔を見せる。
    「何も開戦すれば即、一国全体が滅亡すると決まったわけじゃない。
     恐らく国境付近が襲われはするだろうが、カリナのいる寄宿舎はマチェレの、割りと北の方にあるからね。カリナが戦火に晒されるようなことは、まず無いさ」
    「とは言え、しばらく連絡はできなくなるかも知れないけれどね」
    「それなんだよなぁ……。無事だとは思うんだ。思ってはいるんだが、手紙や電話ができなくなると思うと……」
     しょんぼりしたユーゲンを見て、葛はクスっと笑う。
    「あ、……ごめんなさい」
    「いいのよ。この人が心配性なだけだから」
     アルピナも夫の肩をポンと叩きながら、クスクスと笑って返した。
    「心配にもなるじゃないか。ただでさえ4年会ってないんだから」
    「まあ、それはそうだけど。きっとあの子はあの子で、気楽にやってるわよ」
    「君に似ていればね。しかし昔から良く、僕似と言われていたし」
    「そうね。じゃあもしかしたら、あの子も心細く思ってるかも知れないけれど……」
    「……むう」
     再び難しい顔をするユーゲンに、アルピナが肩をすくめる。
    「まあ、ここで気を揉んでいたって仕方ないわ。もしも本当に危なそうだってことになったら、その時こそ助けに行きましょう?」
    「ああ、そうだな」
     と――二人の会話を傍で聞いていた葛は、己のことをぼんやりと顧みていた。
    (そー言や、あたしってどっち似なんだろ。
     昔っからばーちゃん似って言われたコトは結構あったけど、親のどっちって話、あんまり聞いたコト無いよね……?)
    白猫夢・奇縁抄 4
    »»  2015.01.05.
    麒麟を巡る話、第485話。
    遺伝と因縁。

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    5.
     ちょうど秋也たち夫妻も会話が一段落したようだったので、葛は早速、先程浮かんだ疑問を尋ねてみることにした。
    「え?」
    「自分がどっち似か、……って?」
    「うん。あたし、セイナばーちゃんとかジーナばーちゃんには良く似てるって言われるけど、パパ似とかママ似とか言われたコト無いなー、って」
    「あー、そうだな。確かにそうかも」
     秋也は腕を組み、やや間を置いて答える。
    「ベルにはそんなに似てないかも知れないな。顔立ちを見る感じだと、やっぱ央南っぽさがある」
    「そだね。髪とか耳、尻尾の色以外は、全体的にシュウヤっぽさがある」
    「そっかー」
     そう答えて、続いてこんな風に尋ね返す。
    「じゃあむしろ、あたしにママっぽさってある?」
    「そりゃあるよ」
     秋也は苦笑しつつ、葛の鼻を指差す。
    「鼻の形は、ベルそっくりだ。耳も、毛色は確かに違うけど、形なんかはそのまんま、ベルだよ。
     ……何だよ、まさか『自分は本当にパパとママの子供なの?』ってアレか?」
     いたずらっぽく笑う秋也に、葛は肩をすくめる。
    「まさかー。『星剣舞』使えて家族皆に似てるって言われて、ソレで本当の子供じゃないって結論は無いよー。
     ……あれ」
     と、葛の中にほんのわずかだが、疑念が生じる。
    「じゃあ、……姉貴は?」
    「葵か?」
    「うん。姉貴はソレこそ、誰にも似てないって言われてた気がする。いっつも眠たそうな顔してたからかな。ソレとも……」
    「ないない」
     この問いには、夫婦揃って否定を返された。
    「正真正銘、オレとベルの子供だよ。お前も、葵も。
     ソレに、一人だけ似てるって言われてた人はいるよ。ですよね、お義母さん」
    「うむ」
     いつの間にか近くに来ていたジーナが、深々とうなずく。
    「わしが見たところ、アオイはネロに良く似ておったよ」
    「へ? ……そっかなー?」
     思い返してみるが、いつもにこやかだったハーミット卿の顔と、葵の感情をほとんど表さなかった顔が、どうしても葛の中では重ならない。
     その様子を見て、ジーナはこう続ける。
    「納得行かん様子じゃな」
    「うーん」
    「じゃが、ほれ、例えばアオイがにこーっと笑っておるか、ネロがぐっすり寝ておるかと言うような顔を思い浮かべてごらん。であれば納得もできるじゃろ」
    「う、……うーん?」
     ジーナの言ったことを頭の中で試してはみたが、葵が満面の笑みを浮かべている様子も、ハーミット卿の寝ぼけている顔も、葛には想像が付かなかった。
    「ふーむ……。どちらかを見られれば納得もできるじゃろうが……、流石にネロの方は無理じゃし」
    「そだね……。多分、姉貴の方も無理だよ」
    「うん?」
     と、ジーナが意外そうな顔を向けてくる。
    「カズラ、お主いつからアオイのことを『姉貴』と呼ぶようになった?」
    「え?」
    「あ、そう言やそうだ。なーんか違和感あるなって思ったら」
     秋也もうなずきつつ、こう尋ねる。
    「ずっとお前、アオイのコトは『ねーちゃん』って呼んでただろ? いつの間に『姉貴』なんて蓮っ葉な言い方するようになったんだ?」
    「……ちょっと、前から、かな」

     自分の父親を平然と傷め付け、そして自分をことごとく侮った葵のことを、葛は少なからず憎み始めていた。
    (なんか……なんかさぁ)
     最近に至っては、葵のことを考える度、自分の中でとても嫌な感情が湧き上がるようになっていた。
    (……なんかもう、あたし、コレから先一生、アイツのコトを許せない気がするよ)

     と、ジーナが心配そうな目で見つめていることに気付き、葛は取り繕う。
    「……大丈夫だよ。心配しないでいいから」
    「カズラ」
     しかしジーナは表情を崩さず、こう言った。
    「お主が今、何をどう思っておるかは知るべくも無いが、これだけは言うておくぞ。
     アオイは普段から感情を表す子ではなかったし、ややもすれば無情に取られることもある。じゃが、心根は優しい子じゃ。
     もしも今、カズラがそうは思えなくなっておったとしてもじゃ、あの子にはあの子なりの考えがあって、そして、その考えに基づいて行動しておるはずじゃ。決して他人任せにするような子ではないからの。
     じゃから――今は無理かも知れんが――信頼してやるんじゃ。アオイは結果的には家族のために、取り分けカズラ、お主のために行動しておるはずじゃ、とな」
    「……」
     葛はうなずかず、無言で祖母から離れた。
    白猫夢・奇縁抄 5
    »»  2015.01.06.
    麒麟を巡る話、第486話。
    預言が消えた白猫党。

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    6.
     ウォーレンが得た情報の通り――葛たちが西方を発って数日もしないうちに――白猫党は西方東部へと攻め込んだ。
     そして葛が受けた反応そのままに、西方東部、いや、西方全土の人間は、この侵攻に強い衝撃を受けた。この地で双月暦が使われるようになって以来、西方南部の戦火がそれ以外の地域に伝播するようなことは、一度も無かったからである。
     白猫党は央北や央中で見せたものと同様の勢いのまま、573年の6月半ばには西方北部に到達しようかと言うところまで、その領土を拡げた。

     だが――ここで白猫党は、その快進撃を突如、自ら止めた。
     党の中枢に、ある不穏が生じたためである。



    「総裁、まだ次の『預言』は発表されていないのですか……?」
    「……ええ」
     既にこの頃、最高幹部は本拠地、央北ヘブン王国に戻っており、そこから西方に駐留する自軍に指示を送っていたのだが、4月の終わり辺り――葵と葛が戦った直後から、葵が「預言」を一切与えなくなってしまったのだ。
     結党以来、常に「預言」を神よりの啓示、絶対的指針として邁進してきただけに、この沈黙は党内に混乱をきたすこととなった。
    「眠り続けているのですか?」
    「そうよ。いえ、勿論数日に一回程度は起きるんだけど、1時間もしないうちにすぐ寝ちゃうのよ。アタシだってココ1、2ヶ月、まともに話ができてないわ」
     葵の活動停滞に伴うように、シエナの顔色にも陰りが見える。同様に、幹事長イビーザも殊更に渋い顔をしている。
    「由々しき事態ですな。
     無論、今回の戦争に関しては、我々の戦力に対抗できる勢力は前線以北には無いと確信しておりますし、央中攻略後半のような逆襲を受け、失態をさらすと言うようなことは無いでしょう。並びに我々の統治・占領体制にとっても、大した打撃では無いとも言えます。
     しかしそれらは結局、『守り』の問題であって、『攻め』に関して言えば、大変憂慮すべき事態にある、と言えるでしょうな」
    「私も同感です」
     政務部長トレッドも、浮かない顔をしている。
    「西方北部の玄関口、ネージュ王国攻略までは『預言』に従って進めてきましたが、それ以降の指示はありません。
     よって今後の作戦の計画と立案は我々最高幹部、いえ、総裁自らのご判断で決定されなければなりません」
    「そうね……」
     シエナは一言そう返し、しばらく黙りこんでいたが――やがて、明らかに自信のなさ気な様子で、命令を下した。
    「……現状の、保留よ」
    「保留?」
    「と申しますと?」
     イビーザとトレッド、二人に問い返され、シエナはボソボソとした口調でこう続けた。
    「その……、やっぱり、『預言者』の影響は絶大よ。それをないがしろにして、アタシが出張ったとして、……まあ、ソレで上手く行ったとしてもよ、その後また、『預言』を受けての形式に戻るってすると、……何て言うか、角が立つんじゃって言うか……」
    「総裁?」
    「我々がお聞きしたいのは、具体的な対応ですぞ」
    「あ、……うん、そうね、ええ。
     西方侵攻は、そう、現時点で占領に成功している地点までにして、今後はその勢力圏の維持に努めるように、……と、言うコトよ」
    「ふむ……。承知いたしました」
    「では、ロンダ司令にもそのように伝えましょう。それとも総裁から?」
    「……ちょっと疲れたから、トレッド、あなたにお願いするわ」
    「かしこまりました」
    「じゃあ、アタシは、……失礼するわね」
     よろよろと不安げな足取りで会議室を後にしたシエナを見送り、二人だけになったところで、イビーザが静かに尋ねる。
    「どう思うかね、トレッド君」
    「私からは、何とも」
    「私以外には誰にも聞かれんぞ。肚の内を聞かせたまえ」
    「一言で言うならば」
     トレッドはイビーザに目を向けず、淡々と答えた。
    「虎の威を借る……、ならぬ、虎の威を失った狐、でしょうな。
     目に見えて、総裁は気弱になっています。あの気迫の無さ、党にも少なからず影響を及ぼすでしょう」
    「私も同感だ。……このままアオイ嬢が『預言』を与えぬとなった場合には、我々も覚悟を決めねばならんだろう」
    「と申しますと」
     チラ、と目を向けたトレッドに、イビーザは依然として渋い顔をしながら――しかし、ほんのわずかに野心をにじませた声で――こう返した。
    「このまま我が党が指針を失い、瓦解していくのを見るには忍びない。いざとなれば、我々がその責務を負うべきかも知れん、……と思うのだが」
    「……私からは、何とも」
     トレッドはそれ以上何も言わず、会議室を後にした。

    白猫夢・奇縁抄 終
    白猫夢・奇縁抄 6
    »»  2015.01.07.

    麒麟を巡る話、第481話。
    工場跡の後処理。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「じゃ、やってみるよ」
    「ああ。成功を祈るぜ」
     葛は扉の前で立ち止まり、精神を集中させる。
    (もう一回……もう一回、あの時みたいに飛び超える! それッ!)
     とん、と前に一歩踏み出し――ごつん、と頭をぶつける。
    「あいたぁっ!?」
    「……あーあ」
    「うぅー……痛いよー」
     葛は額を押さえ、その場にうずくまる。
     と、ドタドタと足音が響いてくる。
    「大丈夫ですか!?」
    「今の音は!?」
     ぶつけた音を聞きつけ、教団員たちがやって来る。葵の襲撃からさほど時間が経っていないため、過敏になっているらしい。
    「あ、大丈夫ですー」
    「どうしたんですか?」
    「ちょっと……、目測誤っちゃって。振り向いたらすぐドアでした」
    「……ぷっ」
    「あはは……、もう、びっくりさせないで下さいよ」
    「すいませーん」
     葛は恥ずかしさをはにかんでごまかしつつ、ぺこりと頭を下げた。



     葵襲撃の後、ウォーレンは面倒な仕事を行わなければならなかった。
     教団の命を受けて保全していた遺跡を一聖によって荒らされた上、誰にも発掘させるまいとしていたものをあっさり掘り出されたため、彼はその報告を教団本拠に知らさなければならなくなったからだ。
     しかしこれについては、少なからず責任を感じていた一聖が、鶴声を放った。なんとウォーレンを伴って「テレポート」で直接、教団の本拠である黒鳥宮に赴き、教主に「克大火門下のオレが手に入れたんだから問題ねーだろ? 元々オレが打ったんだし」と主張し、ウォーレンに何の咎めも与えられぬよう、直談判したのである。
     当然、相手は面食らっていたが、結果的に一聖の強引な説得が功を奏することとなった。

     まず、この工場跡は教団にとって全く無価値なものとなったため、売却することで話がまとまった。
     また、ウォーレンについて「コイツ気に入ったから、しばらくオレに預けてくんね?」と一聖がねだったところ、以前にウォーレンが「教主と関係が良くない」と言っていたことも関係してか、あっさり認められた。
    ウォーレン自身も葛たちの数奇な運命に少なからず惹かれていたらしく、その要請を快諾してくれた。

     ちなみに今回の事件の経緯は、教主とウォーレン以外には知らされていない。例によって、一聖のうわさが広まるのを防ぐためである。
     そのため、工場跡の売却理由については、表向きには「近年の調査によって遺物が現存する可能性が皆無と分かり、保全する必要が無くなったため」「客が全く集まらず、一方で維持費・管理費が増大しており、観光資源としての収益が見込めないため」とされた。



    「でも、急な話ですよね」
    「だよな……? いきなり黒鳥宮から久々に連絡が来たと思ったら、全員引き上げろって」
    「本当にごめんなさいね、カズラさん、カズセちゃん。あんまりおもてなしできなくて」
    「いえいえ、そんなー」
     襲撃事件の直後、一聖たちに助けられたこともあり、葛たちはすっかり、工場跡を管理していた教団員たちと仲良くなっていた。
     そのため、彼らが中央大陸へと戻るまでの数日、葛たちは彼らの詰所で過ごしていた。
    「それで……、この後は二人とも、どうする予定なの?」
     教団員の一人に問われ、葛は今後の行動を話す。
    「とりあえず、一旦帝国に戻って、大学に休学届出しに行きます。なんか思ったより、時間かかりそうだなーって」
    「時間?」
    「あ、えーと……」「3世研究さ。3世が戦中に行った商売をたどりつつ、経済効果みたいなのを調べるんだ」
     言葉に詰まった葛に、一聖が助け舟を出す。
    「あ、そうそう。で、中央にも行きたいなーって」
    「そうなんですか。結構な長旅になりそうですね」
    「ですねー」
    「3世って、ニコル3世のことかしら?」
    「はいー」
    「じゃあ央中に?」
    「まずは央北に行こうと思ってます」
    「あれ? ニコル3世って央中の人じゃなかったっけ」
    「あ、ソレはですね……」「アレだ、『大交渉』があったトコも見とくかなって」
    「ふーん……?」
     取り留めの無い話をしているうちに、ウォーレンが憂鬱な顔をしつつ、葛たちのところへやって来た。
    「カズラ君、カズセちゃん。ちょっと、よろしいか?」
    「あ、はーい」
    「どした?」
    「内々で少し、話ができないかと」
    「いいですよー」
     ウォーレンに誘われるまま、二人は彼の後を付いて行った。

    白猫夢・奇縁抄 1

    2015.01.02.[Edit]
    麒麟を巡る話、第481話。工場跡の後処理。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「じゃ、やってみるよ」「ああ。成功を祈るぜ」 葛は扉の前で立ち止まり、精神を集中させる。(もう一回……もう一回、あの時みたいに飛び超える! それッ!) とん、と前に一歩踏み出し――ごつん、と頭をぶつける。「あいたぁっ!?」「……あーあ」「うぅー……痛いよー」 葛は額を押さえ、その場にうずくまる。 と、ドタドタと足音が響いてく...

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    麒麟を巡る話、第482話。
    白猫党の西方攻略計画。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     場所をウォーレンの私室に移し、葛たちはウォーレンの話を聞くことにした。
    「何ですか、お話って?」
    「君の姉君が関わっていると言う、白猫党についてだ」
    「白猫党?」
    「うむ。我々黒炎教団もそれなりの情報網を有しており、特にここ数年は白猫党の動向に注目している。570年における央中侵攻は、下手をすれば我々の勢力圏にまで踏み込まれる恐れがあったからな。
     それで、だ。その侮りがたき政治結社、白猫党が、君の祖国であるプラティノアールへ密かに侵入し、既に国家権力を掌握している、と言う情報を得た」
    「えっ……!?」
     驚いた声を漏らした葛に、ウォーレンは深々とうなずいて返す。
    「やはり存じていなかったか。私も聞いただけではあるが、信憑性は極めて高い。どうやら昨年、一昨年の経済混乱に乗じ、救済を名目として王室政府に擦り寄り、そのまますり替わったようだ。国王とその一族は既に軟禁状態にあり、大臣や省庁・軍部の高官らも軒並み更迭・放逐されたと言う。
     いや、君が知らぬのは無理も無いことだ。彼奴らの本懐からすれば、決して他国に、あまつさえ隣国にも、決して事情を知られてはならないだろうからな」
    「どう言うコトですか?」
    「彼奴らは西方人の考えるような常道、つまり西方南部三国を攻略・奪取しようとは考えていないらしい。どうも真逆へと、攻めを進めるつもりでいるようだ」
    「真逆? ソレってつまり……」
    「うむ。プラティノアール東側の隣国、マチェレ王国を皮切りに、そのまま西方東部を沿岸伝いに侵攻しようと目論んでいるらしいのだ」
    「そんな……!」
     外国の血筋であるとは言え、生まれも育ちも西方である葛は、予想外の展開に驚いていた。
    「私も西方暮らしが長いし、君の驚きは察するに余りある。しかしかなり有力な情報とのことだ。
     故につい今朝方、我々一同に対し可及的速やかにこの国を去るよう、黒鳥宮より追加の通達があったのだ。まだ部下たちには知らせていないが、彼らも恐らく君と同様、驚くことだろうな」
    「そりゃ、もう」
     葛は強い不安を覚えながら、ウォーレンに尋ねる。
    「すぐに帰れって命令されたってコトは、白猫党の侵攻が近いってコトでしょうか?」
    「ああ。白猫党が新造した戦艦、『ホーリー・ホック』をはじめとする海軍勢力がプラティノアールの港に到着したとの情報もある。また、既に陸軍勢力は到着済みであり、国境近辺への配備も完了しているとのことだ。
     後は白猫軍司令の命令さえあれば、彼奴らはすぐにでも国境を突破し、海上を封鎖して、マチェレの首都、ブリックロードを陥落せしめるだろう。
     彼奴らが数日以内に攻め込むつもりでいるのは、まず間違いあるまい」
    「……」
     それを聞き、葛は黙り込んだ。
    「カズラ」
     と、そこで一聖が口を開く。
    「とりあえず、オレたちがやるべきコトは3つしかねーぜ」
    「……そだね。まずは、帝国に帰らなきゃ」
    「ああ。休学届出して、ソレからこの国、いや、西方を出る」
    「うん。ソレから修行、だね」
    「ああ。『星剣舞』のコツはつかめただろうが、まだ自由自在ってワケじゃねーしな。何とかそのレベルまで達してもらわねーと、な」
    「うん、分かってる。……あとは」
    「ルナたちを助けに、だ」
    「うん。……でも」
    「でも?」
     葛はチラ、と一聖の顔を伺う。
    「故郷がコレからズタズタにされそうだって言うのに、あたしには、何にもできないんだね」
    「仕方ねーさ。お前さんにゃ、まだ力は無いんだ。政治力も、剣術の腕も、な。
     だけどオレの見立てじゃ、お前さんはきっとその両方を手に入れられるはずさ。まあ、政治方面はオレにゃ正直分かんねーけど、もういっこの方は保証するぜ」
    「……頑張るよ。あたしにできるコトは、ソレしか無いもんね」
     葛は心に浮かびそうになったいくつかの暗い感情をぐっとこらえ、にこっと笑って見せた。
    「おう」
    「私も応援させてもらう」
     葛は一聖とウォーレン、二人の手を取り、がっちりと握りしめた。
    「よろしくね、二人とも」

    白猫夢・奇縁抄 2

    2015.01.03.[Edit]
    麒麟を巡る話、第482話。白猫党の西方攻略計画。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 場所をウォーレンの私室に移し、葛たちはウォーレンの話を聞くことにした。「何ですか、お話って?」「君の姉君が関わっていると言う、白猫党についてだ」「白猫党?」「うむ。我々黒炎教団もそれなりの情報網を有しており、特にここ数年は白猫党の動向に注目している。570年における央中侵攻は、下手をすれば我々の勢力圏にまで踏...

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    麒麟を巡る話、第483話。
    黄家とウィルソン家。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     一聖の力を借り、葛はその日のうちに、グリスロージュへと戻った。
     まず彼女は大学へ赴き、そのまま休学届を提出。そのまま、実家に向かった。

    「は……?」
    「え、ちょっと?」
    「まさかこの子が、……いや、うーむ、確かに聞き覚えがあると思うておったが」
     葛は旅立つに当たり、まず、これまでずっと同行していた一聖の素性を、葵と秋也が戦った件には触れないように明かした。
    「まあ、そう言うワケだ。黙ってて悪かったな、秋也」
    「いや、まあ、事情が事情だしな。……にしても」
     秋也は葛と一聖の背後に立っていたウォーレンを、チラ、と眺める。
    「その……、ウォーレン・ウィルソンって言ったか?」
    「はい」
    「名前と得物からして、黒炎教団の教主一族だよな」
    「ええ」
    「……親子三代、なんでこう、ウィルソン家と変な縁があるんだろうな」
    「と仰ると?」
     きょとんとしたウォーレンに、秋也は肩をすくめる。
    「オレのお袋は黒炎戦争でウィルバーってヤツと散々戦ってたし、オレもひょんなコトからウォン……、ウォーナードってヤツと一緒に修行したコトがある。
     な、天狐ちゃん? ……じゃねーや、えーと、一聖ちゃん、だっけ?」
    「おう」
    「ふむ……。そう聞けば、いや、聞く前より、確かに奇縁を感じております」
     ウォーレンはそう返し、葛の方に目をやる。
    「初めてカズラ君とお会いした時、確かに何か、感じるところはありました。何と言うか、そう、並々ならぬ因縁を、と言えばいいか」
    「……あ?」
     ウォーレンの言葉に、秋也は目を細めた。それを見たウォーレンは一転、顔を真っ赤にする。
    「あ、ああいや、そう言う意味ではなく! えーと、そう、例えるならば武士(もののふ)としての共感と言うか、ええ、そう言う方面での因縁です!」
    「どう言う方面のコトを考えた?」
     秋也はなお、ウォーレンをにらんでいる。
    「え、ど、どうって、……い、いえいえ、他意はまったく! まったくございません!」
    「ならいい」
     秋也はウォーレンからぷい、と顔を背け、葛に尋ねる。
    「……で、もう大学も休学するって言ってきたんだっけ?」
    「うん」
    「じゃあ、すぐ央北に行くのか?」
    「そのつもり」
    「待ってよ」
     と、ベルが引き止めた。
    「急に何日も留守にしたかと思ったら、今度はしばらく央北? 勝手過ぎない?」
    「いや、悪いとは思ってる。だけどコレは、他のヤツにゃできねーコトなんだ」
    「なんで?」
    「『星剣舞』を使えるヤツが、葛だけだからだ。他に手が空いてて、自由自在に使えるってヤツがいるならソッチに頼むが、現実には葛しかいねーんだよ」
    「だからって……」
    「勿論、葛の将来を狂わすようなコトはしねーつもりだよ。オレは央北の王族にもツテがあるから、ソコで政治学を学ばせるコトもできるし」
     一聖の説明に、葛もうなずく。
    「あたし的にはむしろ、ソッチが魅力だけどねー。このまま西方の中だけで勉強するより、いい経験になりそうだし」
    「……もー」
     ベルはほおをふくらませ、秋也の膝裏をポコポコと蹴る。
    「なんであなたの周りの人って、こんな自分勝手さんばっかりなのよっ」
    「いてっ、痛いって、ちょっ」
    「コントンさんもカズセちゃんも、アオイもカズラも! みーんな勝手ばっかり言っちゃってさー!」
    「マジ痛いって、痛っ、やめろって、お前筋肉あるんだから」
    「うっさい! カズラ蹴るわけに行かないでしょ!?」
    「……ごめん」
     秋也を蹴り回すベルに、葛は頭を下げた。
    「本当、メチャクチャ言ってるのは自分でも分かってる。心配ばっかりかけてるし。
     でも、他にできる人が誰もいないの。あたしだけにしかできないって言うコトがあるなら、あたしが行かなきゃ。ううん、あたしは行きたい」
    「……」
     秋也を蹴るのをやめ、ベルはため息をつく。
    「はーぁ……。本当、勝手な子ね」
     ベルは葛の前に寄り、彼女にデコピンをぶつけた。
    「あいたっ」
    「約束しなさいよ。ちゃんと帰ってくるって」
    「……うん。帰って来るよ、絶対」
     葛は額を押さえながら、ぼそっとそう返した。

    白猫夢・奇縁抄 3

    2015.01.04.[Edit]
    麒麟を巡る話、第483話。黄家とウィルソン家。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 一聖の力を借り、葛はその日のうちに、グリスロージュへと戻った。 まず彼女は大学へ赴き、そのまま休学届を提出。そのまま、実家に向かった。「は……?」「え、ちょっと?」「まさかこの子が、……いや、うーむ、確かに聞き覚えがあると思うておったが」 葛は旅立つに当たり、まず、これまでずっと同行していた一聖の素性を、葵と秋也が...

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    麒麟を巡る話、第484話。
    スタッガート夫妻の心配。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     秋也たちは葛の壮行会として、帝国の知人らを呼んで食事会を催すことにした。
    「急な話でしたのに、こうして娘のためにお集まりいただき、誠に……」「おい、おい、シュウヤ!」
     堅い挨拶をしかけた秋也の肩を、サンデルがバンバンと叩く。
    「内々での集まりではないか! そんな格式張った文字なぞ並べてどうする!」
    「……んじゃ、ざっくり行きましょうか。
     コレから中央で新たな勉強に励む葛を、応援してやって下さい! それじゃ乾杯っ!」
    「乾杯!」
     乾杯の音頭が終わり、各々が会の主役、葛の元にやって来る。
    「しかし思い切ったものだな、カズラ君」
    「まったくであるな。今の大学でも、それなりに評価されておるそうではないか」
    「そのまま大学院に進むこともできると聞いたけれど……」
     口々に質問をぶつけられ、葛はしどろもどろに答える。
    「あの、えっと、確かに今のままでも問題は無いですけど、でも、もう少し踏み込んだ研究を、えっと、実地で? したいなって」
    「ふーむ……」
     と、リヴィエル卿が首をかしげる。
    「元々、君の研究テーマは西方南部三国における商業変遷と、それに関する政治の役割についてでは無かったか?
     しかし聞いた話によれば、急に央中の研究を始めたと言うではないか」
    「あっ、……えーと」「ソコはソレ」
     葛が返答に窮したところで、一聖が口を挟んでくる。
    「あの謎多き大商人のコトだ。直接は南部にゃ行ってねーらしいが、貿易は頻繁にやってたらしいしな。だからその関係で何かしら……」
     一聖が知識人らを煙に巻きつつ、手でこそっと葛に離れるよう促す。
    (んじゃ、お願いっ)(おう、任しとけ)
     葛は一聖の好意に甘え、そっとその場から離れた。
    「……ふー」
     話の輪から離れたところで、葛は部屋の中を一瞥する。
    (そー言や昔、アイツが天狐ゼミ行くってなった時も、こーして壮行会やってたんだっけ)
     眺めている間に、その「前回」も参加していた人物――スタッガート夫妻と目が合う。
    「ねえ、カズラちゃん」
     と、アルピナが声をかける。
    「あ、はい」
    「さっき、あの黒い『狼』の方から聞いた話だけど、もうすぐ王国……、と言うか王国を牛耳った白猫党が、東部方面に戦争を仕掛けようとしているって、本当?」
    「らしいです。確かな情報筋からだって」
    「そう……」
     揃って沈んだ表情を見せたスタッガート夫妻を見て、葛は「あ」と声を上げた。
    「そっか、カリナちゃんって」
    「ああ。マチェレ王国にいるんだ」
     娘の身を案じ、腕を組んでうなるユーゲンに、葛は恐る恐る提案する。
    「あの、もし良かったらあたしが迎えに行きましょうか? パッと行ける方法がありますから」
    「いやいや」
     一転、ユーゲンはぎこちない笑顔を見せる。
    「何も開戦すれば即、一国全体が滅亡すると決まったわけじゃない。
     恐らく国境付近が襲われはするだろうが、カリナのいる寄宿舎はマチェレの、割りと北の方にあるからね。カリナが戦火に晒されるようなことは、まず無いさ」
    「とは言え、しばらく連絡はできなくなるかも知れないけれどね」
    「それなんだよなぁ……。無事だとは思うんだ。思ってはいるんだが、手紙や電話ができなくなると思うと……」
     しょんぼりしたユーゲンを見て、葛はクスっと笑う。
    「あ、……ごめんなさい」
    「いいのよ。この人が心配性なだけだから」
     アルピナも夫の肩をポンと叩きながら、クスクスと笑って返した。
    「心配にもなるじゃないか。ただでさえ4年会ってないんだから」
    「まあ、それはそうだけど。きっとあの子はあの子で、気楽にやってるわよ」
    「君に似ていればね。しかし昔から良く、僕似と言われていたし」
    「そうね。じゃあもしかしたら、あの子も心細く思ってるかも知れないけれど……」
    「……むう」
     再び難しい顔をするユーゲンに、アルピナが肩をすくめる。
    「まあ、ここで気を揉んでいたって仕方ないわ。もしも本当に危なそうだってことになったら、その時こそ助けに行きましょう?」
    「ああ、そうだな」
     と――二人の会話を傍で聞いていた葛は、己のことをぼんやりと顧みていた。
    (そー言や、あたしってどっち似なんだろ。
     昔っからばーちゃん似って言われたコトは結構あったけど、親のどっちって話、あんまり聞いたコト無いよね……?)

    白猫夢・奇縁抄 4

    2015.01.05.[Edit]
    麒麟を巡る話、第484話。スタッガート夫妻の心配。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 秋也たちは葛の壮行会として、帝国の知人らを呼んで食事会を催すことにした。「急な話でしたのに、こうして娘のためにお集まりいただき、誠に……」「おい、おい、シュウヤ!」 堅い挨拶をしかけた秋也の肩を、サンデルがバンバンと叩く。「内々での集まりではないか! そんな格式張った文字なぞ並べてどうする!」「……んじゃ、ざっ...

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    麒麟を巡る話、第485話。
    遺伝と因縁。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ちょうど秋也たち夫妻も会話が一段落したようだったので、葛は早速、先程浮かんだ疑問を尋ねてみることにした。
    「え?」
    「自分がどっち似か、……って?」
    「うん。あたし、セイナばーちゃんとかジーナばーちゃんには良く似てるって言われるけど、パパ似とかママ似とか言われたコト無いなー、って」
    「あー、そうだな。確かにそうかも」
     秋也は腕を組み、やや間を置いて答える。
    「ベルにはそんなに似てないかも知れないな。顔立ちを見る感じだと、やっぱ央南っぽさがある」
    「そだね。髪とか耳、尻尾の色以外は、全体的にシュウヤっぽさがある」
    「そっかー」
     そう答えて、続いてこんな風に尋ね返す。
    「じゃあむしろ、あたしにママっぽさってある?」
    「そりゃあるよ」
     秋也は苦笑しつつ、葛の鼻を指差す。
    「鼻の形は、ベルそっくりだ。耳も、毛色は確かに違うけど、形なんかはそのまんま、ベルだよ。
     ……何だよ、まさか『自分は本当にパパとママの子供なの?』ってアレか?」
     いたずらっぽく笑う秋也に、葛は肩をすくめる。
    「まさかー。『星剣舞』使えて家族皆に似てるって言われて、ソレで本当の子供じゃないって結論は無いよー。
     ……あれ」
     と、葛の中にほんのわずかだが、疑念が生じる。
    「じゃあ、……姉貴は?」
    「葵か?」
    「うん。姉貴はソレこそ、誰にも似てないって言われてた気がする。いっつも眠たそうな顔してたからかな。ソレとも……」
    「ないない」
     この問いには、夫婦揃って否定を返された。
    「正真正銘、オレとベルの子供だよ。お前も、葵も。
     ソレに、一人だけ似てるって言われてた人はいるよ。ですよね、お義母さん」
    「うむ」
     いつの間にか近くに来ていたジーナが、深々とうなずく。
    「わしが見たところ、アオイはネロに良く似ておったよ」
    「へ? ……そっかなー?」
     思い返してみるが、いつもにこやかだったハーミット卿の顔と、葵の感情をほとんど表さなかった顔が、どうしても葛の中では重ならない。
     その様子を見て、ジーナはこう続ける。
    「納得行かん様子じゃな」
    「うーん」
    「じゃが、ほれ、例えばアオイがにこーっと笑っておるか、ネロがぐっすり寝ておるかと言うような顔を思い浮かべてごらん。であれば納得もできるじゃろ」
    「う、……うーん?」
     ジーナの言ったことを頭の中で試してはみたが、葵が満面の笑みを浮かべている様子も、ハーミット卿の寝ぼけている顔も、葛には想像が付かなかった。
    「ふーむ……。どちらかを見られれば納得もできるじゃろうが……、流石にネロの方は無理じゃし」
    「そだね……。多分、姉貴の方も無理だよ」
    「うん?」
     と、ジーナが意外そうな顔を向けてくる。
    「カズラ、お主いつからアオイのことを『姉貴』と呼ぶようになった?」
    「え?」
    「あ、そう言やそうだ。なーんか違和感あるなって思ったら」
     秋也もうなずきつつ、こう尋ねる。
    「ずっとお前、アオイのコトは『ねーちゃん』って呼んでただろ? いつの間に『姉貴』なんて蓮っ葉な言い方するようになったんだ?」
    「……ちょっと、前から、かな」

     自分の父親を平然と傷め付け、そして自分をことごとく侮った葵のことを、葛は少なからず憎み始めていた。
    (なんか……なんかさぁ)
     最近に至っては、葵のことを考える度、自分の中でとても嫌な感情が湧き上がるようになっていた。
    (……なんかもう、あたし、コレから先一生、アイツのコトを許せない気がするよ)

     と、ジーナが心配そうな目で見つめていることに気付き、葛は取り繕う。
    「……大丈夫だよ。心配しないでいいから」
    「カズラ」
     しかしジーナは表情を崩さず、こう言った。
    「お主が今、何をどう思っておるかは知るべくも無いが、これだけは言うておくぞ。
     アオイは普段から感情を表す子ではなかったし、ややもすれば無情に取られることもある。じゃが、心根は優しい子じゃ。
     もしも今、カズラがそうは思えなくなっておったとしてもじゃ、あの子にはあの子なりの考えがあって、そして、その考えに基づいて行動しておるはずじゃ。決して他人任せにするような子ではないからの。
     じゃから――今は無理かも知れんが――信頼してやるんじゃ。アオイは結果的には家族のために、取り分けカズラ、お主のために行動しておるはずじゃ、とな」
    「……」
     葛はうなずかず、無言で祖母から離れた。

    白猫夢・奇縁抄 5

    2015.01.06.[Edit]
    麒麟を巡る話、第485話。遺伝と因縁。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ちょうど秋也たち夫妻も会話が一段落したようだったので、葛は早速、先程浮かんだ疑問を尋ねてみることにした。「え?」「自分がどっち似か、……って?」「うん。あたし、セイナばーちゃんとかジーナばーちゃんには良く似てるって言われるけど、パパ似とかママ似とか言われたコト無いなー、って」「あー、そうだな。確かにそうかも」 秋也は腕を...

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    麒麟を巡る話、第486話。
    預言が消えた白猫党。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ウォーレンが得た情報の通り――葛たちが西方を発って数日もしないうちに――白猫党は西方東部へと攻め込んだ。
     そして葛が受けた反応そのままに、西方東部、いや、西方全土の人間は、この侵攻に強い衝撃を受けた。この地で双月暦が使われるようになって以来、西方南部の戦火がそれ以外の地域に伝播するようなことは、一度も無かったからである。
     白猫党は央北や央中で見せたものと同様の勢いのまま、573年の6月半ばには西方北部に到達しようかと言うところまで、その領土を拡げた。

     だが――ここで白猫党は、その快進撃を突如、自ら止めた。
     党の中枢に、ある不穏が生じたためである。



    「総裁、まだ次の『預言』は発表されていないのですか……?」
    「……ええ」
     既にこの頃、最高幹部は本拠地、央北ヘブン王国に戻っており、そこから西方に駐留する自軍に指示を送っていたのだが、4月の終わり辺り――葵と葛が戦った直後から、葵が「預言」を一切与えなくなってしまったのだ。
     結党以来、常に「預言」を神よりの啓示、絶対的指針として邁進してきただけに、この沈黙は党内に混乱をきたすこととなった。
    「眠り続けているのですか?」
    「そうよ。いえ、勿論数日に一回程度は起きるんだけど、1時間もしないうちにすぐ寝ちゃうのよ。アタシだってココ1、2ヶ月、まともに話ができてないわ」
     葵の活動停滞に伴うように、シエナの顔色にも陰りが見える。同様に、幹事長イビーザも殊更に渋い顔をしている。
    「由々しき事態ですな。
     無論、今回の戦争に関しては、我々の戦力に対抗できる勢力は前線以北には無いと確信しておりますし、央中攻略後半のような逆襲を受け、失態をさらすと言うようなことは無いでしょう。並びに我々の統治・占領体制にとっても、大した打撃では無いとも言えます。
     しかしそれらは結局、『守り』の問題であって、『攻め』に関して言えば、大変憂慮すべき事態にある、と言えるでしょうな」
    「私も同感です」
     政務部長トレッドも、浮かない顔をしている。
    「西方北部の玄関口、ネージュ王国攻略までは『預言』に従って進めてきましたが、それ以降の指示はありません。
     よって今後の作戦の計画と立案は我々最高幹部、いえ、総裁自らのご判断で決定されなければなりません」
    「そうね……」
     シエナは一言そう返し、しばらく黙りこんでいたが――やがて、明らかに自信のなさ気な様子で、命令を下した。
    「……現状の、保留よ」
    「保留?」
    「と申しますと?」
     イビーザとトレッド、二人に問い返され、シエナはボソボソとした口調でこう続けた。
    「その……、やっぱり、『預言者』の影響は絶大よ。それをないがしろにして、アタシが出張ったとして、……まあ、ソレで上手く行ったとしてもよ、その後また、『預言』を受けての形式に戻るってすると、……何て言うか、角が立つんじゃって言うか……」
    「総裁?」
    「我々がお聞きしたいのは、具体的な対応ですぞ」
    「あ、……うん、そうね、ええ。
     西方侵攻は、そう、現時点で占領に成功している地点までにして、今後はその勢力圏の維持に努めるように、……と、言うコトよ」
    「ふむ……。承知いたしました」
    「では、ロンダ司令にもそのように伝えましょう。それとも総裁から?」
    「……ちょっと疲れたから、トレッド、あなたにお願いするわ」
    「かしこまりました」
    「じゃあ、アタシは、……失礼するわね」
     よろよろと不安げな足取りで会議室を後にしたシエナを見送り、二人だけになったところで、イビーザが静かに尋ねる。
    「どう思うかね、トレッド君」
    「私からは、何とも」
    「私以外には誰にも聞かれんぞ。肚の内を聞かせたまえ」
    「一言で言うならば」
     トレッドはイビーザに目を向けず、淡々と答えた。
    「虎の威を借る……、ならぬ、虎の威を失った狐、でしょうな。
     目に見えて、総裁は気弱になっています。あの気迫の無さ、党にも少なからず影響を及ぼすでしょう」
    「私も同感だ。……このままアオイ嬢が『預言』を与えぬとなった場合には、我々も覚悟を決めねばならんだろう」
    「と申しますと」
     チラ、と目を向けたトレッドに、イビーザは依然として渋い顔をしながら――しかし、ほんのわずかに野心をにじませた声で――こう返した。
    「このまま我が党が指針を失い、瓦解していくのを見るには忍びない。いざとなれば、我々がその責務を負うべきかも知れん、……と思うのだが」
    「……私からは、何とも」
     トレッドはそれ以上何も言わず、会議室を後にした。

    白猫夢・奇縁抄 終

    白猫夢・奇縁抄 6

    2015.01.07.[Edit]
    麒麟を巡る話、第486話。預言が消えた白猫党。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ウォーレンが得た情報の通り――葛たちが西方を発って数日もしないうちに――白猫党は西方東部へと攻め込んだ。 そして葛が受けた反応そのままに、西方東部、いや、西方全土の人間は、この侵攻に強い衝撃を受けた。この地で双月暦が使われるようになって以来、西方南部の戦火がそれ以外の地域に伝播するようなことは、一度も無かったからで...

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