黄輪雑貨本店 新館

白猫夢 第11部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

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    麒麟の話、第11話。
    最も避けるべき、最も望ましい未来。

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    11.
     見たくないものを、見てしまった。



     アオイはボクの、ボクと言う神にとっての、天使だったはずだ。
     アオイがこの世に生まれてからずっと、アオイはボクの、第一の使徒だったはずだ。
     アオイがボクに歯向かうコトなど、ありえないはずだ。
     あってはならないはずだったんだ!

     ボクは「見た」。アオイが、ボクに刃を向けている光景を。
     勿論――ボクほど未来を、数多ある並行世界を観測し続けてきた者はいないから、ソレは誰よりも良く知っているコトだけど――この未来が絶対に、100%何の紛れも無く起こるとは、断言できない。何らかの偶然やほんの少しの選択、挙動の違いで、起こるはずのものが起こらなくなるコトは十分にある。
     そう言うケースは幾度と無く見てきたコトだし、この件だって、その要素は十分に含まれている。だけど「見た」以上、何%か、何十%の確率で起こるコトになる。起こりうる未来の一つとして、ボクの未来視に現れたんだ。
     だからボクは、何が何でもこの未来がこの世界において発生・実現させるのを、どんな手を使ってでも阻止しなければならないんだ。



     だけど。

     絶対に起こってほしくないと思う一方で、この未来視はボクを、何千年かぶりに悦ばせてくれていた。
     何故かって? 分からないか?
     ボクに対して、アオイが「刃を向けていた」んだよ? 夢や幻ではない、実物の刃をだ。
     そう、つまりソレは、今ボクがいる「夢の世界」での出来事じゃない。現実において起こっていたコトだったんだ。
     ソコから導き出される答えは、そう、即ち――ボクが現世に蘇っている、と言うコトなんだ!



     この未来を「見て」、ボクは一瞬、ほんのちょっと悩んだ。

     アオイがボクに歯向かうコトなど、起こってほしくない。戦えば間違いなく、ボクが勝つ。しかしソレは、アオイが死ぬコトとほぼ同義だ。ソレはとてつもなく惜しい。
     だけど何故、ボクは彼女を惜しんでいるのか? ソコまで考えたところで、彼女を惜しいと言う気持ちは霧散した。
     ボクが惜しいと思うのは、ボクにとっての――そう、「今は」動けないボクにとっての、史上最大にして最良の手駒だからだ。
     だけどあの未来では、ボクは蘇っている。つまりアオイの手を借りずとも、自由に世界へ干渉できるようになっている、と言うコトだ。
     である以上、アオイに今求めているような利用価値など無いんだ。むしろ敵になると言うのなら、ボクは喜々としてアオイを殺すだろう。



     ああ……! 楽しみで仕方がない。
     ボクはいよいよ、現世に復活するんだ。
     アオイはその贄(にえ)となる。四半世紀にわたって色々と手助けしてくれた彼女だ。ソレに対して少しばかりは、敬意を払ってやろう。
     だが同時に、ボクを散々苛立たせてくれた、この上なく鬱陶しい一族の末裔だ。だからアオイと、そしてついでにカズラも。姉妹揃って――ボクの秘義を以って、一欠片残さずこの世から消滅させてやる。

     永遠にだ!
    白猫夢・麒麟抄 11
    »»  2015.09.27.
    麒麟を巡る話、第549話。
    鼻持ちならない旧友。

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    1.
    「マロから手紙だ」
    「は?」
     マークから告げられた言葉が頭の中で処理しきれず、結果、フィオはとぼけた返事をした。
    「誰って?」
    「だから、マロ。マラネロだよ。
     白猫党の幹部で、天狐ゼミの同期生で、僕と君をヘブン王国郊外で殺そうとしたゴールドマン……、いや、アキュラ・ゴールドマン家の狐獣人」
    「……あ、あーあー。いたなぁ、そんなの」
     記憶の線がつながり、フィオはようやくうなずいた。
    「久々だなぁ。いや本当、久々すぎて誰だったか分かんなかった。10年ぶりくらいだっけ?」
    「正確には9年かな。566年の話だし。だよね、パラ?」
    「あ、はい」
     フィオの背後に立っていたエプロン姿のパラが、こくんとうなずく。
    「確かそうです。わたくしたちが出会ったのと、同じ日のはずです」
    「……なんかさ」
     と、マークが苦笑いした表情を浮かべる。
    「パラ、話し方が前よりぼんやりしてる気がする。
     前だったら『わたくしたちと出会った時期とほぼ合致しております』とか言いそうなのに」
    「もう人間ですから。記憶に齟齬(そご)や欠如した部分が出てくるのは自然です」
     パラもマークに合わせるように、苦笑して見せる。
    「それでマーク、マラネロ氏からの手紙と言うのは、どのような内容なのでしょうか?」
    「あ、そうそう。
     えーとね、まあ、すごくビックリしたんだけどね、……何でも彼、今、刑務所にいるんだってさ」
    「刑務所だって? 白猫党で横領でもしたのか、あいつ?」
    「いや、手紙によると、党の方は5年前には抜けてたらしいよ。罪状については、こっちも直接は言及してない――って言うか、多分刑務所の検閲なのかな、あっちこっちがぐりぐり塗り潰されてるんだけど――どうやら金火狐財団に対して、かなり深刻な被害を与えたんだって」
    「良く分からないな。手紙、持ってきてるの?」
    「ああ。あ、それでさ、パラとルナさんとカズセちゃんと、あとカエデさんにも見せたいから、ちょっと呼んでくるよ。
     とりあえず手紙は渡しとく。先に読んでていいから」
    「ああ、分かった」
     玄関からそそくさと離れるマークの後ろ姿を眺めながら、フィオはくる、と振り向き、パラに尋ねた。
    「じゃ、読んでみようか」
    「ええ」



    「親愛なる同窓生 マーク・トラスへ

     私は今、刑務所に収監されています。(検閲)と(検閲)への傷害・殺人教唆と(検閲)への一級業務妨害を犯したためです。
     特に後者の罪は(検閲)への影響が大きかったため、情状酌量の余地はおろか、裁判を受ける機会すら与えられることなく、終身刑が課せられました。そのため私は死ぬまで市立刑務所に服役することが確定しており、収監から既に5年が経過しております。
     ですがこの数年、どうしても出所したい、それも出来る限り早くと言う強い願いがあり、私はとある知人(訂正 ホンマは俺(訂正 私)の恋人)を通じて(検閲)へ願い出たところ、(検閲)より司法取引が提案されました。
     それは私を仮出所させる代わり、私が570年まで加入していた(検閲)に関する情報をすべて(検閲)に提供せよと言うものでした。
     当然、私は知りうるすべての情報を伝えました。しかし(検閲)からは「この程度の情報では、(検閲)を撤退させられる可能性は皆無だ」との返答が送られ、この取引は成立しませんでした。

     そこで、あなた様を殺そうとした身ながら、厚かましくもお願いしたい件がございます。
     どうかゴールドコースト市立刑務所へご足労いただき、あなた様の方で知り得た情報を提供していただけませんでしょうか?
     その情報が(検閲)にとって有益なものであれば、今度こそ、私の仮出所が現実になるのではと期待しています。
     私の、後人生のすべてを懸けた願いを聞いていただければと、切に願っています。どうかよろしく、お願いいたします。

    マラネロ・アキュラ・ゴールドマン」



    「……パラ」
     手紙を読み終え、フィオはげんなりした声でパラに尋ねる。
    「なんでしょう?」
    「マロの奴、マジで厚かましいって言うか、図々しいと思わない?」
     尋ねたフィオに、パラはこくこくとうなずいて返した。
    白猫夢・狼煙抄 1
    »»  2015.09.28.
    麒麟を巡る話、第550話。
    マークの侠気。

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    2.
    「え、……マーク、それマジで言ってる?」
    「ああ」
     ルナ、一聖、そして楓を伴って戻ってきたマークに、フィオたちがマロへの返答を尋ねたところ、マークはなんと、この厚かましい要請に応じると答えたのだ。
    「なんでさ?」
    「なんでって、……まあ、確かに僕たちを殺そうとした奴にこんなお願いをされるのは不愉快だし、自分の罪をちゃんと償わず帳消しにしようと画策してるってのも鼻持ちならないけどさ、それでも彼は本気で困ってると思うんだ。きっと本当に、僕以外に頼れる人がいないんだろう。
     だって、腐っても金火狐一族だろ? それなら傍系のアキュラ家であろうと、金と人脈、権力を使って多少の減刑はできると思う。でも終身刑は、市国で一番重い罰のはずだ。それを受けてるってことは、減刑がまったく叶わなかったんだろうな、って。となれば十中八九、彼は金火狐一族から勘当・除籍されちゃってるんだろう。
     金火狐一族と白猫党、その両方に見放された彼が頼れるのは、本当にもう、僕だけなんだろう。その僕までもがマロを見捨てたら、彼にとってはどれだけ絶望的か。……そう考えたら、断るに断れないなって」
    「お人好しね」
     マークの主張を、ルナは鼻で笑う。
    「で、あたしたちを呼んだ理由は? もう行くって決めてるなら、一人でさっさと行けばいいじゃない」
    「いや、このまま僕が行ったとしても多分、何にも変わらない。だって白猫党に対して僕が知ってる情報なんて、マロ以上にあると思えないもの」
    「ま、そりゃそーだ。元幹部と勧誘されかけた一個人じゃ、な」
     一聖が肩をすくめ、こう続ける。
    「で、オレたちが知ってる情報も併せて伝えれば、ってコトか?」
    「ええ、そうです。何しろ『フェニックス』として活動してきたこの5年間、白猫党、取り分けその中核であるアオイさんについて調べた情報は、決して少ないものではない。
     それを提供すれば、財団も多少は取り計らってくれると思うんです」
    「あたくしは反対ですわね」
     楓がぱたぱたと手を振り、こう返す。
    「あたくしたちが集めてきた情報をみだりに漏らすことは、あたくしたちの状況を危うくすることに直結いたしますもの。
     アオイが自分についてのあれやこれやを公表されて、呑気に構えているとは到底思えませんし。きっと知った人間、そして言いふらした人間を、速やかに口封じしようと動くでしょう」
     楓の意見に、パラも続く。
    「わたくしも同意見です。アオイの機動力を甘く見るべきではありません。
     そもそもこの話は、マークにとって何の利益もありません。それどころか、この手紙に検閲された箇所が多数見受けられることから考えると、安易な情報の提供・交換は、市国当局に拘束される可能性があります。
     危険性しか無い行為です。面会することを、強く反対いたします」
    「でも……」
     マークが反論しかけたところで、一聖が手を挙げた。
    「オレは賛成。付いてくぜ」
    「なんでよ?」
    「人を助けんのに、うだうだ言うつもりはねーよ。ソレにマロだって、オレんとこに在籍してた学生だ。教え子が困ってんのに、手を差し伸べない先生がいるかっつの」
    「カズセちゃん……!」
     マークは一聖の手を取り、深々と頭を下げる。
    「いいって。……んで、どうする? 他に来る気のあるヤツはいるか?」
    「……じゃあ、僕も行くよ」
     と、フィオが挙手する。
    「え? いいの?」
    「親友がわざわざ危険に足を突っ込んで、それをほっとくような僕じゃない。ま、マロが期待するような情報は、残念ながら持ってないけどさ」
    「ありがとう、フィオ!」
     マークがフィオに対しても頭を下げたところで、パラも申し出た。
    「フィオが行くならわたくしも行きます。わたくしの夫ですし。一蓮托生です」
    「へっ、隙あらばのろけやがって。お熱いね、お二人さん」
    「えへ、へへ……」「……うぅ、口走ってしまいました」
     フィオとパラが揃って顔を赤くしたところで、ルナが肩をすくめた。
    「じゃあ芋づる式に、あたしも行くことになるわね。娘夫婦を危険にさらせないし」
    「ありがとうございます、お母様」
    「となれば、コレで全員か。楓は、……まあ、行く義理は無いか」
     期待の無さそうな口ぶりで一聖がそう尋ねたが、楓はしかめっ面でこう答えた。
    「ここであたくしだけ行かない、とは申せませんでしょう?
     それにゼミ時代には、マロからお酒などをご馳走になった縁がございますし。借りは返しておきたいですから」
    「いいね、上等だ。マーク、お前さんの見る目は間違ってなかったみたいだな」
     一聖にほめられ、マークは「へへ……」とはにかんだ。
    白猫夢・狼煙抄 2
    »»  2015.09.29.
    麒麟を巡る話、第551話。
    白んだマロ。

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    3.
     央中、ゴールドコースト市国、市立刑務所の面会室。
    「久しぶりやな、マーク。なんかオトナになったなぁ」
    「そりゃ、もう25歳だもの。結婚もしたし、子供も去年生まれたし」
    「へぇ、もう嫁さんと子供おんのかー……。絵に描いたような幸せっぷりで、うらやましいわ、ホンマ」
     5年ぶりに会ったガラス越しのマロは、ひどく衰えていた。
     マークたちを襲った際に傷を負った左目は、今は白く濁っており、失明しているのがはっきりと分かる。髪は半分近く白髪となっており、金火狐一族の遺伝かつ代名詞である金髪に赤メッシュも、ほとんどかすんでしまっている。肌も病的に白く変色しており、マロの全身はほとんど真っ白に見えた。
     すっかり脱色してしまったマロの姿に、マークは内心、ひどく衝撃を受けていた。
    「見たままや」
     マークの内心を察したらしく、マロが自嘲気味にこぼす。
    「俺はこの通り、もう燃えカスみたいなもんや。このまま出所したとしても、何もでけへん。
     それでもな、……俺は出たいねん。どうしても、や」
    「その理由を聞きたいんだけどさ」
     どうにか冷静な声色を作り、マークが尋ねる。
    「手紙に恋人がどうとかって書いてあったけど、それが理由?」
    「察しがええな」
     灰のようだったマロのほおに、わずかにだが紅が差す。
    「俺とは遠縁なんやけど、一応俺と同じアキュラ家のヤツで、ミランダって言うねん。俺の5つ上で今年32歳。実はバツイチで子供も2人おるけど、ちょっと色々あって、仲良うなってな」
    「……ミランダ? ……ん?」
     と、マークがポン、と手を打つ。
    「もしかして、ミランダ・アキュラ・ゴールドマンさん?」
    「え、お前知っとんの? なんで?」
     目を丸くしたマロに、マークがまくし立てる。
    「そりゃ知ってるさ、外科治療の権威だもの! 僕も研究のために何度か手紙をやり取りしたり、直接会って意見交換したりしたし、……あー、分かった!」
     マークは自分の目を指差しつつ、マロに確認する。
    「君の目を診に来たのが縁なんだね?」
    「せや、ご名答。見ての通り、片っぽ見えんようになってしもてな。刑務所の医療室で手に負えへん、特殊な症状が出とるっちゅうことで彼女に診てもろてたんやけど、その間に話とか色々しとるうちに、お互い好きになってしもてな、……て、話したいんはそこちゃうねん。
     まあ、ほんでやな、こんなゴミ以下の俺やけども、どうしても彼女と結婚したいねん。そら釣り合わへんのは百も承知や。それでもミラはええって言うてくれたんや。そう言われたらもう、一緒になりとうてなりとうて、たまらんねや……!」
     マロは顔をくしゃくしゃにし、ボタボタと涙を流し始めた。
     と、これまでマークの後ろで静観していたルナと一聖、楓が、揃って顔を下に向ける。
    (……笑ってるな)
     マークは振り向きこそしないものの、漏れ聞こえてくる声でそれを察する。
    「笑うなッ!」
     と、マロが涙でほおを濡らしたまま、怒鳴り出す。
    「お前らみたいに真っ当に生きてる人間にとったら、そらお笑いやろけどな!? 俺は真面目に話しとるんや!」
    「あー、ごめんなさいね」
     ルナが目を拭いながら、手をぱたぱたと振る。
    「でもあたしたちみんな、あなたが思うほどまともな生き方してないわよ。まともなのはマークくらい。……ま、そんなことどうでもいいわね。
     で? マークにどうしてほしいのよ? あんたを助ける知恵を授けてほしいって?」
    「まあ、そんなところや。
     手紙にも書いた通り、ミラを通して財団に、どうにか仮出所でけへんか頼んでみたんや。そしたら『白猫党が依然として央中に居座っとるんがうっとおしいから、元党員のお前がそれをどうにかでけへんか』って返って来たから、とりあえず党について知っとることを全部話したんや。でも……」
    「その辺りも手紙で書いてあったわね。大した情報じゃないって言われたんでしょ?」
    「せやねん。……え」
     マロが憮然とした顔をする。
    「マーク、お前こいつらにも読ませたんか?」
    「ああ。この人たちも情報を持ってるから。足しになるかと思って」
    「……まあ、ええけど」
    「それで、ちょっと聞いておきたいんだけど」
     ルナが立ち上がり、ガラスの壁に半ばもたれつつ、こう尋ねた。
    「どんな情報を渡したの? もしあたしたちが持ってるものと被ってたら意味が無いし、詳しく聞かせてちょうだい」
    白猫夢・狼煙抄 3
    »»  2015.09.30.
    麒麟を巡る話、第552話。
    元幹部からの情報。

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    4.
     マロはまず、党首シエナについて話し始めた。
    「白猫党の党首はシエナ・チューリン。540年、ゴールドコーストの下町生まれ。詳しいことは聞かんんかったけど、下町時代には結構ひどい目に遭うてたらしいわ。
     その後、半独学で魔術の勉強して、天狐ゼミに入る。……とまあ、ここまではお前らも知っとるやろ?」
    「ええ、聞いた覚えがあります」
     マークと、背後にいたフィオ、楓がうなずいたところで、マロはニヤッと笑う。
    「ほな、シエナの研究テーマは何やったか、覚えとるか?」
    「いや……、あんまり。ぼんやりとしか」
     首を傾げたマークに代わり、一聖が答える。
    「通信魔術についてだろ? 近年爆発的に普及した電信・電話に対抗して、古来より使われてきた通信術にアドバンテージを見出だし、再利用できないかって言う内容だったな」
    「え、ちょ? お前なんで知っとんの?」
     マロはこの黒少女が、天狐の中身だとは知らない。それを説明せず、一聖が煙に巻く。
    「ま、ちょっとな。お前らの先生とはすごく親しいんだよ」
    「はあ、そうかー……。ま、ええわ。ともかく、その研究内容が重要やねん。それこそが、白猫党の常勝無敗の理由の一つや」
    「って言うと?」
     尋ねたルナに、マロは得意気に説明する。
    「結論から言うとな、シエナは通信術に限らず、あらゆる種類の電信・電話をも傍受・妨害でける魔術を編み出しよったんや。アオイさんと共同でな」
    「マジかよ」
     これを聞いて、一聖が苦い顔をする。
    「となりゃ、敵のトップ同士が電話で会談したり、敵陣営で司令本部から指揮官へ命令が下されたりって言うのが全部……」
    「せや。『預言』が無くとも、俺たちは事前に敵が自陣でベラベラ無警戒にしゃべり倒した内容を、好き放題に盗聴して把握できたんや」
     楓も合点がいったらしく、両手をぱちんと合わせた。
    「そう言えばあたくしの兄も、電話では重要な内容を伝えようとは全くされませんでしたわね。重要な話はいつも、直接会ってしておりましたし」
    「ああ、せやったな。アマハラさんのお兄さん、新聞で見ましたわ。まあ、盗聴に気付いて対策しとる奴もおるやろな、術が使われだしてから何年も経っとるし」
    「確かにそんなもん使われてたら、軍の指揮系統なんかメチャクチャになっちまうな。上意下達が成り立たねー軍隊なんか、まともに機能するワケがねーよ。
     なるほど、そりゃ勝てなかったワケだぜ」
    「勝てへん理由はもう一つある。単純に、使てる兵器がめっちゃ強いんや。
     元々の設計は金火狐商会のものなんやけど、それを改修したんがデリック・ヴィッカーっちゅうヤツやねん」
    「ヴィッカー? 聞いたコトあるな。金火狐商会のヤツだろ?」
     そう返した一聖に対し、マロは「ちゃうちゃう」と首を振る。
    「それは親の方やな。金火狐商会武器開発部長やった、デビッド・ヴィッカーの方やろ? 俺が言うてるんは、その息子や。
     その口ぶりやと、親の方の評判も聞いとるよな?」
    「ああ。自動小銃やら回転連射砲、機関砲やらを開発した天才銃火器開発者、『死の博士』ヴィッカーだろ? その息子も同じ道に進んだと聞いてるが……、白猫党にいるのか?」
    「俺の持っとる確かな情報では、568年までは党におった。央北での戦争が終わった直後に白猫軍が組織されたんやけど、その司令とソリが合わへんようになってな。
     ほんで、党を抜けてたはずやねんけど……」
    「はず、とは?」
     尋ねた楓に、マロは自信なさげに答える。
    「どうも復党しとるっぽいねんな。新聞で読んだ話やけど、央南の戦争が下火になりだした辺りから、あいつら兵器の大改修やり出したらしいな」
    「ええ、そのようですわね」
    「変やないか? 戦争真っ只中で戦況がどんどん激しくなる、もっと強い武器がいるでって時やったら、改修するんは当たり前や。
     でも戦争が終わりそうや、現状の戦力でもう十分やろっちゅう見込みが立つような時に、なんでわざわざ、……て思わへんか?」
    「まあ……、確かに」
    「もしかしたら、これは復党したヴィッカー博士が指示しとるんやないか、と俺はにらんどるんよ。
     新聞でも、565年の党結成と同時に使い始めてから、それまで一回もやってへんかった改修をいきなり――央中の新聞に載るくらいに――大々的にやりよるっちゅう理由は多分、それしか無い。博士がこしらえたもんをがらっと改修でけるんは、博士本人くらいやろしな」
    「一理あるわね」
     ルナはうなずきつつも、続いてこう返す。
    「でもそれだけじゃ、そのヴィッカー博士がいるって根拠としては不十分ね。そもそもその博士が一人いるくらいで、何がどう変わるのかしら」
    「央中攻略戦の時、白猫軍が簡単に市国を攻めへんかったんは、市国側の攻撃力が侮れへんかったからや。それは即ち、市国が持っとる金火狐製の兵器を警戒してたからやで。
     その、白猫党すら脅威と思う兵器を自在に改造・改修でける奴がいとることを、脅威や無いと?」
    「離れたって割には、随分と白猫党を持ち上げるわね」
    「……お前も公安と同じこと言うんか」
     マロはがっくりとうなだれ、失望の色を見せた。
    白猫夢・狼煙抄 4
    »»  2015.10.01.
    麒麟を巡る話、第553話。
    その時、マークに天啓走る。

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    5.
     マロは恨みがましく、財団と公安が彼に取った対応を愚痴り始めた。
    「公安も言うてたわ、『そんな情報が何になる』『憶測ばっかりやないか』『いつまで幹部気取りのつもりや』ってな。
     そら盗聴術の話はそこそこ有用やとは言うてたけども、でも『減刑に値するほどの情報やない』ちゅうて、結局なんも無しや。あんまりやあらへんか?」
    「妥当な評価と思われますが」
     憤るマロに対し、パラがにべもなくそう返す。
    「その情報で白猫軍がどうにかなるとは思えませんし」
    「……ぐっ」
     返す言葉が無いらしく、マロはうなだれた。
    「それで? 他には無いの? 白猫党の幹部時代につかんだ裏情報とか」
    「……それくらいしか」
    「あたしが公安とか財団の幹部だったら、それで恩赦なんてするわけ無いわよ」
    「う、ぐうっ……」
     マロは頭を抱え、ぐすぐすと泣き出してしまった。

     べそをかくマロを嘲るように眺めながら、ルナが促す。
    「帰りましょ、マーク。もうこれ以上、ここにいる意味は無いわ。あたしたちから提供できる情報も、こいつを助けるほどじゃないし」
    「……」
     が、マークはマロをじっと見つめたまま、動かない。
    「マーク?」
    「ちょっと待って」
     ルナを制し、マークは黙り込んだ。
    「マロ」
     1分か、2分ほど経って、マークが声をかけた。
    「……なんや」
    「僕の意見としても、このままじゃ君を出してあげられない」
    「もうええわ。俺はこのまま……」「何故って、懸けるものが小さ過ぎるからだ」
     そう続けたマークに、マロは涙で濡れた顔を挙げた。
    「なんやて?」
    「単なる情報と君の釈放じゃ、あまりにレートが違い過ぎる。もっと大きなものを天秤に載せなきゃ、吊り合わないよ」
    「どう言う意味や?」
    「僕に考えがあるんだ。いや、今思いついた。君はその計画に役立つかも知れない」
    「は……?」
     マークは背後に座っていた皆に向き直り、手招きした。
    「今はまだ、僕自身も荒唐無稽としか思えない作戦だ。でもこれが成功すれば、央中からの撤退どころじゃない。
     白猫党は一転、内部分裂の危機を迎え、瞬く間に世界中の戦線から撤退、全面的に手を引くはずだ」
    「……おい、マーク、それって」
     フィオが面食らった様子で尋ねる。
    「『コンチネンタル』か……!?」
    「多分それだ。僕が思いついた作戦は多分、君の世界でそう呼ばれていたものに該当すると思う」
    「フィオの世界? どう言う……?」
     いぶかしむマロをよそに、マークは自分の考えを説明し始めた。
    「現在、白猫党は央北を本拠地とし、央中、央南、そして西方の3地域に版図を拡げている。だけどこれは、相当に無理をしていると思う。その侵攻範囲は今や、自分たちの本拠の2倍近い。満足に統治できているか、僕には疑わしい。
     恐らくだけど、本拠地と支配圏の連絡と言うか、意思疎通は滞ってるんじゃないかな」
    「その可能性は高いな。事実、僕の世界でも支配圏が反乱を起こしてから党本部が対応するまでに、2ヶ月か3ヶ月はかかってたって聞いてるし。アオイや白猫といえども、即座には対応できなかったらしい」
    「その連絡方法も、まさかアオイさんや幹部陣が一々、直接現地に渡ったりするとも考え辛い。そんなことしてたら、体がいくつあっても足りないし。
     となれば考えうるのは、電話とか通信術での連絡だ。そして恐らく、彼らはこの方法が絶対に堅牢、誰にも害されるわけがないと信じて疑ってないはずだ。
     何故なら自分たちが、その害する技術を握ってるからだ」
    「なるほどな。自分たちが通信妨害するコトはあっても、まさか自分たちがされるとは思ってないかも知れねーな」
    「そこんとこどうだった、マロ?」
    「へ? ……んー、まあ、そやな。シエナからして、『この世界で唯一まともに電話できるのはアタシたちだけよ』とか吹かしとったしな。思てへんことは無いやろ」
    「その自信を逆手に取って、僕たちがその通信を妨害できないだろうか?」
    「確かにそれができれば、白猫党は慌てふためくでしょうね。でも、そんなことが可能かしら?」
     懐疑的に尋ねる楓に、一聖がトン、と自分の胸を叩く。
    「オレならできるぜ。アイツの卒論も天狐んトコにあるし、解析して流用できるだろう」
    「流石ね」
    「作戦は他にも立てないといけない。もう少し色々詰めたいところだけど、党の内情もできる限り知っておきたい。
     だから一旦、僕たちは帰国するよ。マロ、君を助けるために」
    「ど、どうやって? いや、なんで帰るねん?」
     まだきょとんとしたままのマロに、マークはニッと笑って見せた。
    「君を作戦会議に加えたい。そのためには、いつまでもこうして、面会室でガラス越しに話してるわけにも行かない。
     だから僕の国を通じて、財団に君の身柄を預けてもらうよう働きかける。君の身柄を引き渡してもらえば、事実上釈放されたようなもんだろ?」
    「……マジで?」
    「マロ」
     マークは一転、真面目な顔になる。
    「それまでに体を、できる限り治しておいてほしい。次に会う時には、もう少しはいい顔色で話をしてもらいたいから」
    「お、……おう、分かった」
     まだ呆然としたままのマロに背を向け、マークたちは面会室を後にした。
    白猫夢・狼煙抄 5
    »»  2015.10.02.
    麒麟を巡る話、第554話。
    白塗りの裏地。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     帰国するなり、マークは父であるトラス王の元に詰め寄った。
    「父上、お話があります」
    「聞かんぞ」
     が、にべもなく断られる。
    「お前がそんな顔をして『話があります』などと改まって言い出すような時は、決まって白猫党をどうにかせんと主張する時だ。
     何度も言ったはずだ。放っておけとな」
    「いいえ、父上」
     出鼻をくじかれたものの、マークは折れない。
    「今度こそお聞き入れいただきたいのです」
    「聞かんと言っている! 下がれ、マーク」
    「下がりません」
    「いい加減にしろ!」
     トラス王は殊更に不快そうな表情を浮かべ、執務机をバンと平手で打ち、がばっと立ち上がる。
    「お前は何度、益体もない話を繰り返せば気が済むのだ!?
     いいか、お前が何度も何度も主張するように、彼奴らに攻撃を仕掛けたとする! そうなればどうなる!? 現在の平穏を乱された、彼奴らの支配下にある者が、挙ってお前の軽挙妄動を非難するのは目に見えている! ひいては我が国、我が共同体『新央北』もだ!
     お前は自分のわがまま、自己満足のために『新央北』3000万の人間を、いわれなき非難にさらしても構わんと言うのかッ!?」
    「それは……」
     答えに詰まり、マークは唇を噛む。
    「分かったか! 分かったらさっさとこの部屋から出ろ! そしてせいぜい、嫁君に頭を冷やしてもらえ!」
     霹靂火(へきれきか)の如く怒鳴るトラス王を前に、マークの心はしぼみかけた。

     その時だった。
    「頭を冷やすのは父上ではありませんか?」
     蹴っ飛ばすように扉を開け、マークの妹、ビッキーが入ってきた。
    「なんっ、……どう言う意味か言ってみるがいい、ビクトリア」
    「ええ、それでは率直に。
     父上、あなたは臆病者の上に被害妄想持ちの、明日も見えぬ枯れた老人です」
    「おっ……、お、ま、えええッ!」
     娘からの容赦無い罵倒に、トラス王は頭のてっぺん、狼耳の先まで真っ赤にして怒り出した。
    「そこまで私を罵倒し倒すのならば、それなりの言い分があるのだろうなッ!?」
    「あるから言うのです」
     対するビッキーは、淡々と返す。
    「父上の言い分は結局『新央北』を言い訳にした、ご自分の主張ではありませんか。
    『新央北』に住まう皆様の意見が本当に、一人残らず父上の仰ることと一致しているとは、わたしには到底思えません」
    「何を言うかッ!」
    「そもそも父上ご自身、お兄様とこの話をされる際に、一度ならず『そうした意見もある』と仰っているではありませんか。ならば父上の意見は、総意とは言えません」
    「揚げ足を取るな! 大体だな……」
    「父上の仰りようでは、まるで自分の意見こそが唯一のよう。それこそ父上のわがまま、自己主張では?」
    「そんなことは……」
    「さらに申し上げれば」
     ビッキーはもう一歩、踏み込んでくる。
    「白猫党の支配下にある人間が、必ずしも父上の仰るように、平穏無事に暮らしているわけではないことも、周知の事実ではないのですか?
     わたしが調べたところによれば、央北西部戦争以降に党へ下った国の皆様には、言論の自由も無ければ、好きな職に就ける自由もありません。
     白猫党は都市ごとに『領民監督局』なる組織を設置し、党に対して叛意を持つ者が現れぬよう監視していますし、党の軍事力・経済競争力を維持するために大規模工場や集団農園を造り、傘下国の国民の8割以上は強制的に、この施設で労働することを強いられています。
     その措置・政策を、党は『領民の意思統一により、適正かつ順調な国家の形成・成長を促す』、『領民全員が健全かつ公平な労働に従事することで、不必要な格差の発生を防ぐ』などと主張しておりますが、わたしにははっきり言って、白猫党は傘下国の皆様に対して家畜を扱うかのように接していらっしゃるようにしか見えません」
    「そ、それは語弊が……」
     目を白黒させ始めたトラス王に、ビッキーはなおも突っかかる。
    「語弊がどうであれ、事実は事実です。白猫党が望むのは傘下国すべてが自分たちに隷属することでしかありません。それは紛れもない、ごまかしようのない事実です。
     巧言令色を用いて民を扇動し、愚君を追い払い、その座を奪ってすり替わった上で、かつての愚君より民を賎(いや)しく扱うような彼らを排除して、一体どこの誰が悲しみ、我々を謗(そし)ると言うのですか?」
    「きょ、極論に過ぎる。そもそも白猫党はあまりに強い。万が一敗北したら……」
    「9割方負かす案を、お兄様はお持ちです。
     それを聞きもせず追い返すなんて、為政者としてあまりにも思慮に欠けています。それでも一国の王、『新央北』の宗主ですか!」
     今度はビッキーが雷鳴を轟かせ、トラス王を圧倒した。
    白猫夢・狼煙抄 6
    »»  2015.10.03.
    麒麟を巡る話、第555話。
    若き狼、反撃の狼煙を上げる。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「きゅ、……9割方負かすだと!? 馬鹿な、そんなことができるものかっ」
     声を荒らげて見せたが、明らかにトラス王の勢いは失われている。
     それに乗じるように、ビッキーはマークに向き直った。
    「さ、お兄様。お膳立ては整いました。どうぞ、お話し下さいな」
    「い、いや、ビッキー?」
     完全に場の空気に呑まれ、唖然としていたマークが、どうにか声を絞り出す。
    「なんで知ってるの?」
    「カズセちゃんとルナさんとフィオさんと……、つまり『フェニックス』の皆様に伺いました。
     と言っても彼らの方から話されたわけではありません。わたしが勘付いてカマを掛けましたから、あの人たちの誠意は疑わなくても大丈夫ですよ」
    「……大した奴だよ、君は、本当」
     マークはいつの間にか額に浮いていた汗を拭い、こほんと咳払いして、トラス王に向き直った。
    「ビッキーからお聞きいただいた通り、白猫党は配下にある国に対し、極めて不平等な関係を強いています。傘下国の憤懣(ふんまん)やるかたないこと、察するに余りあります。
     ですので白猫党がかつて行ったように、彼らに反乱を促させては如何でしょうか? これが策の一つ目です」
    「一つ目?」
    「ええ。勿論、白猫党の監視が行き届き、あちこちに兵士が配備されているような現状では、そんな反乱は起こすに起こせません。けしかけたとしても、相手に見破られて開戦の口実にされるだけでしょう。
     そこで二つ目の策として、その監視の目を曇らせ、兵士を散らせてしまうのです。ですがその策を実行するためには、彼らの側に、あるいは側にかつていた者に、協力者が必要です」
    「マラネロ氏のことですね?」
     尋ねたビッキーに、マークはぎこちなくうなずく。
    「そうだけど、先に先に言わないでほしいな。話の段取りがあるんだし」
    「お兄様の段取りは、先程父上に突っぱねられたでしょう?」
    「それはそれだよ、もう……。
     まあ、その、ビッキーの言った通りです。まず第一に、白猫党の元幹部であったマラネロ・ゴールドマン氏を我が国に招聘したいのです。
     ですが氏は現在、市国の刑務所に収監されております」
    「刑務所!? 罪人をわざわざ呼べと言うのか!?」
    「それだけの価値がある男です。
     父上、どうかゴールドコースト市国に掛け合い、氏の身柄を預かるよう要請していただけませんか?」
    「馬鹿を言え! そんな要求、彼らが呑むものか!
     百歩譲って呑んだとしても、5000万エルだの1億エルだのと言う、法外な保釈金を要求されるのは目に見えている! そんな金を出すことを、私が納得すると思うのか!?」
    「交渉次第です。『氏を預けてもらえば、白猫党を央中全域から引き上げさせることができる』と言えば、彼らは二つ返事で、氏の身柄を無償で預けてくれるでしょう」
    「……ふむ」
     マークの言葉に、トラス王は黙り込んだ。
    「確かに……、央中にはびこる彼奴らを追い払えるとなれば、大抵の要求は通るだろう。
     マーク。お前の策が成功する可能性は、お前自身は何割と見ている?」
    「最大限に弄したとして、6割、いえ、7割」
    「賭けるには心許ない率だ」
    「ですが、賭けるだけの価値はあります。
     それは決して、僕の自己満足を満たすと言う小さなものではなく、人類の歴史を懸けるだけの意義がある、そう言う規模での価値です」
    「人類の歴史だと? 大きく出たな」
    「彼らがもし世界全域にその手を伸ばしきり、『世界再平定』などと言う愚かな夢を実現させ、世界全人類が白猫党の家畜と化す未来と、世界の人々が真に抑圧や隷属から逃れ、自由と平等を克ち得る未来とを天秤に掛ければ、誰もが後者を重いものとするでしょう」
    「大言壮語ばかり並べおって。まったく、お前と言う奴は」
     トラス王ははーっ、と大きくため息をつき、壁に掛けられていた電話を取った。
    「金火狐総帥に連絡する。少し待て」
    「……ありがとうございます」
     マークと、そしてビッキーは、深々と頭を下げた。

     それから5分後、マロの身柄は正式に、トラス王国に預けられることが決定した。



     フィオが全く知らない、「フェニックス」の誰もが予想し得なかった未来が、この時――マークを先頭にして、その姿を現し始めた。

    白猫夢・狼煙抄 終
    白猫夢・狼煙抄 7
    »»  2015.10.04.
    麒麟を巡る話、第556話。
    白日の下に。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「……っ」
     うめいたマロに、取り囲んでいた公安職員が声をかける。
    「どうした?」
    「い、いや、……目が、ずきっと」
    「大丈夫か?」
    「大丈夫です、段々慣れてきました。5年ぶりに、直射日光を浴びたからやと……」
    「そうだったな」
     背後の一人が、マロの背を押す。
    「相手の準備が整ったようです。向かって下さい」
    「はい」
     そのまま囲まれつつ、マロは船から降り、桟橋を進む。
     その中程まで歩いたところで、トラス王国の紋章をスーツの胸に付けた一団が、向かいから近付いてきた。
    「ご苦労様です」
     横一列に並び、敬礼した彼らに対し、職員らも敬礼して返す。
    「それでは身柄を引き渡します」
    「はい」
     マロを縛る縄の一端を渡し、書類にサインして、淡々と手続きが進んでいく。
    「マロ」
     その合間に、小声で彼に声をかける者がいる。
    「……おう」
     マロが目を向けると、そこにはスーツを着たマークの姿があった。
    「約束は守ったよ」
    「……分かっとる」
     マロは周囲に気付かれないくらいに、小さく頭を下げた。
    「ありがとう」

     マロの身柄がトラス王国に渡されてすぐ、マロはマークの監視下に置かれることとなった。と言っても、刑務所と同様の扱いはせず――。
    「はぐ、はぐっ……、う、ふっ、……うまっ」
    「落ち着いて食べていいから」
     マークはまず、マロに十分な食事を取らせた。
    「まずは体を治してもらわないと。いつまでもベッドに張り付いたままで会議に参加してもらうわけにも行かないし」
    「せやな」
    「旅の疲れもあると思うから、最初の会議は3日後にするよ。それまでは休んでていい。
     もしどこか出歩きたいってことであれば、僕かフィオが同行すれば許可してもらえるから」
    「ホンマにええんか?」
    「逃げるかもってこと? まあ、逃げたいなら逃げてもいいけど、多分街を出る前に捕まるよ。この人からはまず、逃げられないし」
     マークは自分の後ろに立っていたルナを示す。
    「まあ、実際にぶん殴られた君は良く分かってるとは思うけど」
    「俺が? ……いつ?」
    「君に殺されかけた時」
    「……あー、なるほどな。あったなぁ、そんなこと」
    「ところでマロ」
     と、話題に登っていたルナが口を開く。
    「ちょっと聞きたいんだけど」
    「いきなり呼び捨てかいな」
    「いいから。あなた、逮捕される時に刺されたって聞いたけど、本当?」
    「ん、……ま、まあ、ホンマや」
     マロが口を濁したところで、ルナの横にいた一聖がとん、とマロの肩に手を置く。
    「ん?」
    「動くな」
    「なんやねん」
    「しゃべんなっつってんだ。死にたくねーだろ」
    「……」
     一聖ににらまれ、マロは目を白黒させる。
    「返事するなよ。うなずきもするな。『はい』なら右目を閉じろ。『いいえ』なら左目だけだ。分かったか?」
     言われるがまま、マロは右目を閉じた。
    「難訓、……じゃ分かんねーな、白いローブを頭からすっぽり羽織った、嫌味な笑い方するいけ好かねークソ女に会ったろ?」
     もう一度、右目を閉じる。
    「刺された後にソイツか、ソイツの従者に会ったか?」
     左目を閉じる。
    「ソイツらのコトを、誰かにしゃべったか?」
     左目を閉じる。
    「分かった。じっとしてろよ」
     一聖はマロの背後に回り込み、その背中をバンバンと強く叩いた。
    「いでえっ!?」
    「解呪した。もう普通にしゃべっていいぜ。
     しかし良く、5年も無事だったな。取り調べ受けたりとか無かったのか?」
     そう尋ねられ、マロは肩をすくめて返す。
    「あいつらすぐ、俺を刑務所に放り込みよったからな。裁判無しで」
    「やったことがやったことだからね。公にしたくなかったんだろうな、きっと」
    「ソレが却って良かったな。もしドコかでアイツらのコトを一言でもしゃべってたら、その瞬間にポン、だ」
    「何がポンて?」
    「お前の頭と心臓だよ」
    「マジで?」
    「オレが嘘ついて、お前の背中ぺたぺた触ると思ってんのか?」
    「……せやな」
     マロは背中をさすりながら、一聖に顔を向ける。
    「でもあんた、解呪したっちゅうたけど、ホンマに? あいつら、生半可な魔術師やなさそうやねんけど」
    「フン、アイツがかけた術を解呪するくらいはワケねーよ。オレを誰だと思ってる?」
     一聖は自信満々に、胸を反らして見せる。
    「知らんがな」
     対するマロは、胡散臭いものを見るような目をしていた。
    白猫夢・掴雲抄 1
    »»  2015.10.05.
    麒麟を巡る話、第557話。
    「克麒麟」とは?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     マロが身柄を移されてから3日後、マークは現在自分たち一家が住んでいる屋敷、通称「貧乏神邸」へ皆を集めた。
    「ここなら本当の『フェニックス』の会議に持ってこいだ。色々と対策を施してあるし」
    「本当の、って? ちゅうか『フェニックス』って何や?」
     尋ねたマロに、一聖が答える。
    「表向きには、『フェニックス』は再生医療研究チームだ。既にある程度の実績を上げているし、その方面でも評判がある。君の恋人も知ってるはずだ。
     だけど裏の顔は、とある敵を追うために結成された精鋭部隊。ま、表のトップは僕、裏がルナさんだけどね」
    「精鋭部隊?」
    「そう。白猫党を、と言うよりもその中核にいる葵を止めるためのね」
    「アオイさんを、か……」
     名前を聞いた途端、マロの顔に影が差す。
    「そう言う言い方するっちゅうことは、アオイさんが普通やない、ちゅうことも知っとるんやな」
    「ああ。予知能力者で白猫にとって最大の従者。それが今現在の、僕たちの認識だ」
    「白猫、……って、ホンマにおるんか?」
     尋ね返したマロに、その場にいた全員がうなずく。
    「いるぜ。本当の名前は克麒麟。克大火の五番弟子だ」
    「カツミ……、え、カツミってあのカツミ? 黒炎教団の神様の?」
    「そのカツミだ。ちなみにここにいるカズセちゃんは、その娘さん」
    「は?」
     マロの目が点になる。
    「え……、いや、それは嘘やろ」
    「なんでだよ」
    「俺知ってんもん、テンコちゃんがタイカ・カツミの……」
    「アレはオレの、……ま、妹みたいなもんだ」
    「いもっ、……はあ!?」
     マロはよろよろと、椅子に座り込んだ。
    「お前らなあ……、そんなびっくり情報ばっかり聞かされたら俺、参ってまうわ」
    「こんなことでへたってたら、到底持たないわよ」
     呆れた目を向けつつ、ルナが話を続ける。
    「経緯はその一聖ちゃんが教えてくれるわ。
     どうして、その克麒麟が白猫になったのかをね」
    「あ、そう言や……」
     と、フィオをはじめとして数名が、異口同音に尋ねる。
    「僕もその辺、詳しく聞いてないな」
    「うんうん。あたしもそう言えば知らないなー」
    「右に同じく、ですわね」
    「あれ? 前に話さなかったっけか」
     とぼけた返答をした一聖に、「フェニックス」のほぼ全員が首を横に振った。
    「そっか。話した気になってたぜ。まあいい、そんじゃ今から詳しく説明するぜ。つっても、オレも親父からの又聞きなんだけどさ」



     双月暦――いや、そんなものが制定されるよりも、はるか昔。暦のみならず、世界にあらゆる規律・規範が無く、まだ何もかもが混沌の渦中にあった、無明の頃である。
     克大火にはこの頃、弟子が5名残っていた。欠番となった一番弟子、志半ばで倒れた二番弟子を除く、三番弟子から七番弟子までの5名である。
     しかしこの弟子たちもことごとく、師匠に牙を向き始めたのだ。

     そのうちの一名が、克麒麟である。混沌(カオス)に満ちたその世界において、麒麟は己を神と崇めさせるべく動き出した。あまりにも歪んだ志ではあったが、彼女にはそれを実現させられるだけの力があった。
     しかし師である克大火が、その野望を阻んできた。当然、戦いが起こり――何日もの長い時をひたすら戦い通し、結果、大火が勝利した。
     だが、大火はとどめを刺さなかった。いや、もしかしたら彼女の力の強大さ故に、刺すことができなかったのかも知れない。
     とにかく結果として、大火は彼女を殺さず、自身に魔力を転送させる装置、「システム」の核として彼女をそこに封印した。

     この「システム」により、大火は事実上、無尽蔵に魔力を得ることができていた。
     どれほど高出力の魔術を乱発しようとも、腕や足が千切れ飛ぶような致命傷を負おうとも、瞬時に魔力を回復し、万全の状態を保ち続けられるのだ。だが、あまりにも深手を負ってしまうと、その回復が追いつかなくなるのだ。
     4世紀、西方スカーレットヒルの工場において、大火は己の慢心と不注意から腹部を刺し貫かれ、何十メートルも落下して高温の液体が充満した溶鉱炉へ沈み、全身に大火傷を負った。どれ一つとっても致命傷であり、普通の人間であれば三度は即死するほどの、甚大なダメージである。
     そこでやむなく、大火は麒麟を封じていた「システム」を停止させ、装置の運用に使われていた膨大な魔力を、自身の回復へと転用した。それによって大火は九死に一生を得たものの、「システム」は完全には復旧せず、麒麟の封印に綻びが生じた。

     それが麒麟の精神のみを蘇らせることとなり――彼女は夢の世界に居座り、「白猫」として君臨し始めたのだ。
    白猫夢・掴雲抄 2
    »»  2015.10.06.
    麒麟を巡る話、第558話。
    対応策。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「『夢の世界』ってなんやねん。メルヘンすぎやろ」
     突っ込んだマロに対し、一聖はフン、と鼻を鳴らす。
    「お前さんが信じようが信じまいが、あるものはあるんだ。
     と言っても物質的な話じゃなく、あくまで精神的な話だけど、な。世界中の人間の心の奥の奥、無意識の更に奥深くに――つっても、ちんぷんかんぷんだろうな。
     ま、ともかく白猫は今、ソコにいる。ソコから葵に指示を出してるんだ」
    「ソレ、前から思ってたんだけどさー」
     と、葛が手を挙げる。
    「あたしたちも白猫に、夢の中でなんかされてたりする可能性あるよねー?」
    「ソレについては心配しなくていい。オレが保護してる」
    「え、そなの?」
    「そうだよ。じゃなきゃ、とっくに操られてるっつの。白猫が一番恐れてるのは葛、お前さんなんだからな。
     あの時天狐ゼミにいたヤツらには全員プロテクトかけてあるし、親父の方でも関係者に施してるって聞いてる。だからオレが参入する前から『フェニックス』にいるルナも、間違いなく白猫からの影響を受けてない」
    「え、そうなの?」
     ルナ本人にそう言われ、一聖の歯切れが若干悪くなる。
    「……多分。(親父め、まーた黙ってやりやがったな?)
     まあ、うん、ともかく。『フェニックス』に関しては、万全に保護してあるから大丈夫だ。
     本当に警戒すべきは、盗聴や戦術兵器なんかじゃねーんだ。白猫による催眠こそ、最も警戒しなきゃならねー。
     例えばマークが超すげー作戦を立てたとしても、いざ実行しようって時に、この中の誰かが『なんかやっちゃいけない気がする』とか思って二の足踏んじまったら、ソレで失敗、ご破算になりかねねーからな。
     ま、今言った通り、ココにいるヤツらが操られるコトは絶対無い。だからマーク、お前さんは気にせず、現実での作戦を考えてくれ」
    「ええ。……っと、話がそれてきてますね。
     僕たち『フェニックス』にとって最大目標は白猫党の撃破だ。そしてそれを動かすのが、アオイさん。彼女こそが、僕たちにとって最大の敵になる。
     白猫党を倒すには、アオイさんをどうにかしなきゃいけない。アオイさんがいる限り、白猫党に決定的な敗北は訪れないんだ」
    「いや、それを言うなら白猫党そのものの方もやろ。
     そら確かにアオイさんが無茶苦茶強いし、頭もよお回るっちゅうのは知っとるけども、せやからって党の方は一切放っておいてええっちゅうもんでもないやろ? 何万人も党員がおるわけやし」
    「ま、そりゃそうよね。葵ほどじゃなくても、優秀なブレーンがいっぱいいるわけだし」
    「壁は2つですわね。アオイと、そして白猫党。でも党についてはマークに案がある、そうですわね?」
    「ああ」
    「じゃあ、残る問題はアオイか」
     フィオがそう締めたところで、全員がきょろっと互いの顔を見合わせる。
    「……」
    「……」
    「……何か案、ある?」
    「あるも何も」
     全員がうっすら抱いていた意見を、パラが代弁した。
    「アオイの行動が我々に把握できておらず、かつ、予測もできない以上、対応策は皆無ではないでしょうか?」
    「正にそこよね」
    「アイツがどう動くか、マジで予測が付かねーんだよな。コレまでだって、難訓にケンカ売りに行くわ、いきなりゼミをばっくれるわ……。
     正直な話、アイツが今、ドコにいるのかすらも、オレたちには分かんねーんだから、な」
    「となると、まず僕たちがやらなきゃいけないのは」
    「葵の行動を捕捉することよね」
     おぼろげながら指針は立ったものの、その先の意見は誰からも出てこない。
    「うーん……」
     自然と、場に沈黙が訪れる。
     そのため――扉の向こうでかたん、と音が鳴ったその時、全員の視線が一斉にそちらへと向けられた。
    「誰だ!?」
     真っ先にフィオが反応し、扉を乱暴に開ける。
    「こんにちは。どうされました?」
     扉の向こうにいたのは、ビッキーだった。
    白猫夢・掴雲抄 3
    »»  2015.10.07.
    麒麟を巡る話、第559話。
    大胆不敵な狼姫。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「ビッキー!? まさか君、僕たちの話を?」
     顔をこわばらせて尋ねたマークに対し、ビッキーは平然と、ふるふると首を振って否定する。
    「いいえ、何も」「嘘おっしゃい」
     ルナがじろ、とにらみつける。
    「扉にひっついて、聞き耳立ててたでしょ? まだ寒いし、扉に吐息がべったり残ってるわよ」
    「あら」
     ビッキーの視線が扉に向き、すぐにルナの方へと戻る。
    「付いてないですよ」
    「引っかかったわね」
    「あら、やられました」
     ビッキーは悪びれる様子もなく、部屋の中に入ってきた。
    「ビッキー? 何のつもりだよ?」
     マークが苦い顔をするのにもかまわず、ビッキーはひょい、と卓に付く。
    「わたしも参加したいです」
    「駄目だ」
    「あら、お父様みたいなことを仰るんですね。今からそんな態度なさってると、20年後にはきっと顔つきから髪型から、そっくりにおなりでしょうね」
     そう言って口を尖らせるビッキーに、マークは閉口する。
    「ともかく。色々と秘密を聞いてしまった以上は、わたしも参加します。
     それともまさか、このままわたしを放っておいて、わたしに口外される危険をみすみす冒してしまいますか?」
    「お前って……」
     ふてぶてしいとさえとれるビッキーの態度に、流石の一聖も憮然としていた。
    「本っ当、食えねーヤツ」
    「褒め言葉として受け取っておきますね、カズセちゃん」
    「くっそ。……ああ、もういいや、入れちまうしかねーよ」
    「カズセちゃんでどうこうできなきゃ、僕たちにだってどうもこうもできないからね。
     でもビッキー、くれぐれも内緒にしててよ、ここでの話は」
    「存じておりますわ。
     ところで今しがた、アオイさんと言う方の話をされていたようですけれど」
    「ああ。まあ、聞いてたから分かると思うけど、僕たちにとって最高の難関、最大の障壁は、アオイ・ハーミットだ。
     彼女は言うなれば、敵陣最強の駒だ。いや、完全自律型の最終戦略兵器と言ってもいい。自陣に踏み込まれたら最後、ほぼ確実にどんな布陣も突破され、僕たちのあらゆる目論見は覆されてしまう。
     だからこそ僕たちは、彼女の行動を読み切り、それを上回るような作戦を立てなきゃならないんだけど……」
    「聞いてた通り、アオイの行動と思考は僕らの理解を超えてる。あいつが次にどんな手を打ってくるかさえ、僕たちにはこれっぽっちも見当が付かないんだよ」
     意気消沈気味に説明したマークとフィオに対し、ビッキーは首を傾げる。
    「フィオさんは未来人なのでしょう? それなのに分からない、と?」
    「え、……ねえ、ビッキー? 君、いつから僕たちの話を盗み聞きしてたんだ?」
    「かれこれ3年近くですね」
    「さんっ、……ええ!?」
     驚くマークに、ビッキーは淡々と説明する。
    「カズセちゃんからご教授いただいた魔術とか工学技術とかを応用して、研究所に盗聴器を付けてました」
    「マジかよ」
    「ちょうど、ルナさんとカズセちゃんと、フィオさんご夫妻が長期にわたってご不在でいらした時がありましたので、その時に仕掛けました。
     でもこちらでお話されるとは思っていなかったので、今回は急遽、自分の耳で聞きに参りました」
    「全然気付かなかったわね……。パラも気付かなかったの?」
    「ええ、全く」
    「そんなわけで、わたしも大体の話は聞き及んでいます。
     話題を元に戻しますけれど、フィオさんは未来の出来事をある程度存じているはずでは?」
    「まあ……、確かに知ってる。でもそれは、『僕が元いた世界』での出来事であって、それがこの世界でも確実に起こるとは限らない。
     もし何一つ、起こることが変わらないと言うのなら、君のお兄さんはこの世にいないことになる」
    「それは、確かに。としても、そうそう全てががらりと変化しているとも思えません。
     フィオさんの世界で猛威を振るっていた白猫党は、わたしたちの世界でも同様に猛威を振るっています。相似点は少なくないでしょう。例えばその侵攻の順番も、同じなのでは?」
    「ん……、そうだな、それは確かにそうだ。確かに央北掌握から央中へ侵攻、そして西方、央南へと言う流れは、僕の世界と同じ順番になってる」
    「であればかなり高い確率で、その終局も同じ流れをたどるのではないか、と思うのですが」
    白猫夢・掴雲抄 4
    »»  2015.10.08.
    麒麟を巡る話、第560話。
    ビッキーの驚くべき奇策。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ビッキーの意図が読めず、マークとフィオは同時に首を傾げた。
    「って言うと?」
    「お兄様が、本来わたしが行うはずだったと言う『コンチネンタル』を実行し、その結果、白猫党を大混乱に陥れることに成功すれば、アオイはその収拾に当たるはずです。
     それはフィオさんの世界で、事実として起こっていたことであり、わたしたちの世界においても、実際に事態の収拾を付けなければ、彼女の目論見が破綻するからです」
    「まあ、うん」
    「そう言われてみれば、やらないわけが無いよな」
    「となれば、この一点においてはかなり高い精度で、アオイの動きを読めるのではないでしょうか?」
    「なるほど……」
    「確かに、可能性は高そうだ。となるとその情報をどう活かすか、だよな」
     依然として難しい表情を互いに浮かべながら、マークとフィオが相談する。
    「僕が『コンチネンタル』を実行し、白猫党が大混乱に陥るとする」
    「そこでアオイが動く。……まではいいとして」
    「そのアオイさんをどうすりゃいいのかな」
    「どうって、……真っ向から戦うのは無茶だよな。カズラがいるとは言え」
    「あの」
     と、ビッキーが呆れた顔で二人を見つめている。
    「なに?」
    「お兄様。そしてフィオさん。あなた方二人とも、ずれてます。見当違いもいいところです」
    「はあ?」
    「アオイをどうかしなきゃってことは確かだろ?」
    「詰め方が下手だと言ってるんです。チェスの3手目、5手目でいきなりキングを取ろうとするような話をしてどうするんですか」
    「え?」
     ビッキーの突飛な比喩に、二人は硬直する。
    「白猫党が大混乱に陥れば、アオイはチューリン女史を身代わりにして収拾を付ける。アオイがそう行動すると読んだ上で、さらにもう一手、講じる必要があります。
     彼女が取るであろうその行動を、先回りして取れないようにしては如何かと、わたしは思うのですが」
    「そんなことしてどうなるのさ?」
    「どんな人間であろうと、いいえ、アオイほどの英傑であればこそ、自分がまったく予想できないような事態に直面すれば、その思考を完全に破綻させることができるはずです。
     例えばフィオさんたちがそのままチューリン女史の処刑現場に赴き、アオイと戦うとしても、勝利するかどうかは怪しいでしょう?」
    「確かに不安要素はある」
    「その不安は結局、アオイがどんな手を打ってくるか分からない、予測できないと言うところに起因しています。今までに伺ったお話でも、確かに奇想天外な行動ばかりしていると、わたしも思ってます。
     ですが彼女がわたしたちの予想をそれだけ覆せるのは、彼女が万全であるからこそ。彼女の思考が、彼女自身にとって正常に動いていればこそ、わたしたちに考えの付かない行動を取り、周囲を翻弄できるのではないでしょうか?」
    「はあ……、まあ」
    「だろうと思う」
    「その思考・論理を崩し、彼女の思考を破綻・停止させて初めて、お兄様たちに勝機が訪れるんです。
     例えばカズラさんがアオイを撃退した時、アオイの予知能力でカズラさんの動きが捉えられない、などと言うことは、彼女にとってはまさに予想外の出来事だったはずです。
     そしてその事態に直面したその時、彼女はすぐにその場から逃げ去ったとも聞いています。その行動こそ、わたしたちからすれば非常に分かりやすい選択です。『どうしていいか分からなくなって逃げた』と、容易に看破できる行動です。
     即ち――これと同様に彼女の思考を破綻させ、前後不覚に陥らせることができれば、その瞬間だけは彼女をわたしたちの意のままに操り、御すことが可能になるはずです」
    「ふむ……」
     と、ここで葛が手を挙げる。
    「例えばさー、ビッキーちゃんはどうしようって思ってるのー?」
    「と仰ると?」
    「姉貴がうろたえるよーなコトするってなると、相当とんでもないコトしなきゃいけないよ? その、チューリンさんのトコまで行って、あたしたちは何をすればいいの?」
    「単純明快です」
     ビッキーはビシ、と葛を指差した。
    「そのチューリン女史をさらいなさい」
    「なっ……」
     ビッキーの言葉に、マークが目を丸くする。
    「アオイさんも相当奇矯な人だけど、君もなかなか、とんでもないことばっかり考えつくなぁ。
     いやでも、確かに生贄にしようとしてたシエナさんがいなくなれば、アオイさんにとっては相当なダメージだ。他に身代わりなんていないわけだし。僕がアオイさんの立場だったら、卒倒しかねないよ」
    「一考の余地はございますわね」
    「ただし、この計画を実行するとなれば、非常にシビアなタイミングを狙わなければならないでしょうね」
     ビッキーは腕を組み、持論の展開を続ける。
    「遅く実行しようとすれば、チューリン女史が亡くなってしまいます。かと言ってすぐ実行しようものなら、アオイさんは別の身代わりか、別の作戦を立ててしまうでしょう。
     実行のタイミングは、まさにフィオさんのお話の通り――白猫党が混乱の極みにあり、それを収拾しようとアオイさんが動く、その直前です」

    白猫夢・掴雲抄 終
    白猫夢・掴雲抄 5
    »»  2015.10.09.
    麒麟を巡る話、第561話。
    管理下において;朝。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    《午前7時になりました。皆さん、起床しましょう。繰り返します、午前7時になりました。皆さん、起床しましょう》
     街中に取り付けられたスピーカーから、白猫党員によるアナウンスが聞こえてくる。
    「……ふあ、あ」
     もそもそとベッドから起き上がり、彼は寝室を後にしようとする。
     と、妻がまだベッドにいることに気付き、声をかける。
    「起きろよ、リンダ。急がないと」
    「ふにゃ……、ええ、うん。分かってる……、ふあっ」
     欠伸しながら、妻のリンダがベッドからのそのそと起き出す。
     二人で洗面所の前に並び、揃って歯ブラシを手に取る。
    「今日も残業?」
    「いや、今日は定時通りに帰れることになった」
    「そう」
     二人の会話は、短い。
     結婚して数年になり、半ば倦怠期に入ってきていることも理由の一つだが、他にももっと、大きな理由があるのだ。
    「ご飯作るね」
    「ああ」
     先にリンダが洗面所を出る。その間にひげを剃り、着替えを済ませ、食卓に着く。
    「いただきます」「いただきます」
     食事の挨拶を済ませ、淡々と、二人は食べ物を口に運ぶ。その間、また二人は無口になる。
     しかし食卓は、静かではない。
    《次のニュースです。昨日、我が白猫党の政務対策本部より、央南の青州が正式に、我が党の管理下に置かれることとなったとの発表がありました》
     卓上には白猫党から支給されたラジオが置かれており、延々とニュースや音楽を流しているからだ。
     しかしその大半が、遠く離れた地が白猫党の配下に収まったとか、為替相場でクラムの価値が騰がっていると言った、この夫婦にとってどうでもいいような内容である。
     当然、夫婦がこれらのニュースに対する意見を交わすようなことも無く、黙々と、食卓が片付けられていくだけである。
    「ごちそうさま」「ごちそうさま」
     同時に食べ終わり、リンダが淡々と食器を片付ける。
    「じゃ、先に行くよ」
    「うん」
     彼がかばんを手に取ったところで、リンダが声をかける。
    「ホルヒ、ちょっと待って」
    「え?」
    「お弁当」
    「ああ」
     リンダから弁当箱を受け取ろうとしたところで、彼女がすまなそうな顔で、猫耳をぺたんと伏せながら、謝ってきた。
    「ごめんね。わたしが寝坊したせいで」
    「いいよ。君の料理は美味しいから」
    「でも、食費……」
    「大丈夫さ。じゃ、行ってくるよ。君も遅れないようにね」
    「うん」
     そうこうしているうちに、アナウンスが時報を告げた。
    《午前7時45分になりました。管理職の皆さんは、速やかに上級バスに乗って下さい》

    「上級」とは名ばかりの、普通のバスと何ら変わりのない、硬い金属製の椅子に座ったところで、バスが動き出した。
    「よお、ホルヒ」
    「ああ、おはようサントス」
     横に座っていた同僚が、ニヤニヤしながらかばんを見つめてくる。
    「何だよ?」
    「愛妻弁当か、今日も?」
     嫌味を言われるが、ホルヒは顔に出さない。
    「ああ」
    「大変だなぁ、お前んとこも」
    「別に」
    「チケット、もう無いんだろ? 俺が売ってやろうか?」
    「党領内管理法違反だ」
    「大丈夫だって、こそっとやれば誰にも分かんねえよ」
    「俺にはこれで十分だ」
     ホルヒはかばんを叩き、ぷい、と窓の方に顔を背けた。
    「へっ、やせ我慢は続くもんじゃねえぜ」
     同僚がまだ何か言っていたが、ホルヒの意識は既に窓の外に向けられており、彼の短い耳には一切届かなかった。

    「おはようございます」
     中間管理職クラスの人間が集められ、工場の朝礼が行われる。
    「おはよう、諸君」
     白猫党員のバッジを胸に付け、偉そうにでっぷりと太った工場長が、大儀そうに頭を下げる。
    「昨日までの特別スケジュールが完遂されたことで、党からの追加注文はすべて、無事に納品することができた。ありがとう、諸君。
     しかしまた、党より追加注文があった。ついては明日よりまた、特別スケジュールでの稼働をしてもらいたい。よろしく頼んだぞ」
    「はい、了解いたしました」
     ホルヒを含め、その場にいた人間は淡々と、そう答えた。
     何故ならこうした「特別スケジュール」はこの数年にわたってほぼ毎日組まれており、誰もが再度組まれることを予想していたからである。
     朝礼が終わるとともに、工場のスピーカーからアナウンスが流れてきた。
    《午前9時になりました。皆さん、本日の作業を開始しましょう。繰り返します、午前9時になりました。皆さん、本日の作業を開始しましょう》
    白猫夢・撹波抄 1
    »»  2015.10.10.
    麒麟を巡る話、第562話。
    管理下において;昼。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    《午後1時になりました。皆さん、休憩しましょう。繰り返します、午後1時になりました。皆さん、休憩しましょう》
     スピーカーから休憩時間が告げられ、工場内にいた者たちはぞろぞろと、食堂へ向かう。
     しかしホルヒは一人、休憩室に入り、ロッカーからかばんを取り出した。
    「よお、ホルヒ」
     休憩室の奥で煙草を吸っていた、あの面倒くさい同僚が声をかけてくる。
    「おつかれ、サントス」
    「どこで食うんだ?」
    「公園」
    「ヨメさんとか?」
    「そうだ」
    「お前も大変だなぁ。あんなのが相手じゃなぁ」
    「お前には分からないよ。彼女の良さは」
    「いやぁ分かるさ、たまんねえ体つき……」
     まだ何かわめいていたが、ホルヒは構わず外に出た。

     工場から出て2、3分ほど歩き、ホルヒは公園に到着する。
    「こっち、こっち」
     すぐにリンダを見付け、ホルヒは彼女の隣りに座る。
    「席、取っておいたよ」
    「ありがとう」
    「ここ、静かでしょ?」
    「……あんまり、大きな声で言っちゃいけないよ」
    「あ、……うん」
    「じゃ、いただきます」「いただきます」
     揃って弁当箱を開け、二人は黙々と食事を始めた。
    「今日は大丈夫だった?」
     と、ホルヒが尋ねる。
    「あ、うん。二度寝しなかったよ。ちゃんと8時15分のバスに乗れた」
    「そうか」
    「ごめんね。わたしのせいで、あなたのチケットまで没収されちゃって」
    「いいさ。こうして昼ご飯が食べられるんだから、実害はない。よそじゃ更生施設に送られるなんて話もあるんだから、チケットが没収されるだけで済んで良かったよ」
    「……うん」
     落ち込んだ様子のリンダをなぐさめるように、ホルヒがつぶやく。
    「本当にここは静かだね」
    「え? あ、うん、そうでしょ? スピーカーも無いし」
    「ああ。本当にあれは、気が休まらないからな」
    「うんうん」
    「でも難を挙げれば、時間が分からないことかな。もう少しゆっくりしていたいけど、そろそろ行かなきゃ」
     ホルヒはそう言って、懐中時計をリンダに見せた。
    「あ、本当。そろそろね」
    「じゃ、行こうか」
    「うん」
     二人揃って公園を後にし、道を歩いているところで、またあのうっとうしいスピーカーが騒ぎ始めた。
    《午後1時45分になりました。皆さん、それぞれの職場に戻りましょう。繰り返します……》

     二人の職場である工場に戻ったところで、白猫党の車が工場の門前に停まっているのが見えた。
    「ん……?」
    「何かあったのかな?」
     顔を見合わせている間に、奥から白猫党の憲兵2名と、彼らに両脇を抱えて連行される、あのいけ好かない同僚の姿が目に映った。
    「お、おい! ホルヒ! ホルヒ・エランド! た、助けてくれよ! 証言してくれ!」
    「……」
     ひと目で面倒事に巻き込まれそうだと察したホルヒは、黙って見送る。
    「なあ! おいって! 証言してくれ! 俺は何にもやってないんだって!」
     と、同行していた憲兵が、ホルヒの方に近付いてきた。
    「なんでしょう?」
     尋ねたホルヒに、憲兵が尋ねてくる。
    「君は、彼が不当に配給チケットの販売を行っていたと知っていたか?」
    「いいえ」
    「関わったことは?」
    「ありません」
    「本当に?」
    「私と妻は今月のはじめ、遅刻によるペナルティとしてチケットを没収されています。それ以降、チケットを手にしていません。
     もしその後にチケットを入手していたら、外で食事はしないでしょう。食費も馬鹿になりませんしね」
     そう言って、ホルヒはかばんから弁当箱を取り出す。横にいたリンダからも同様に弁当箱を見せられ、憲兵はうなずいた。
    「ふむ、失礼した。……まあ、規則は守るように」
    「はい」
     まだ何かわめき立てている元同僚に背を向け、ホルヒたちは工場の中へ入る。
     それから数分後、工場は何事も無かったかのように、スピーカーからの指示と共に稼働し始めた。
    《午後2時になりました。皆さん、作業を再開して下さい。繰り返します……》
    白猫夢・撹波抄 2
    »»  2015.10.11.
    麒麟を巡る話、第563話。
    管理下において;晩。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    《午後6時になりました。定時勤務の皆さんは、作業を止めて退勤しましょう。残業勤務のある皆さんは、1時間の休憩を取りましょう。繰り返します……》
     スピーカーからの指示が終わらないうちに、工場からぞろぞろと人が出てくる。
    「いやぁ、今日はびっくりしたなぁ」
    「イメネス班長が逮捕されたってやつ?」
    「うんうん、びっくりしたよねー」
    「でも俺、あのおっさん嫌いだったんだよな。いなくなってせいせいする」
    「あ、分かる。あたしも嫌いだった」
    「そうそう、あのおっさん……」
     工員たちの話題は、今日起こった事件のことで持ち切りだった。

     彼らには、それ以外の話題が一つも無いのだ。
     何故なら――。
    (こうして何の味気も無い一日が終わる。明日もまた無味乾燥の、同じ一日だ。その次もまた、同じ一日。朝7時に起きて、9時に仕事が始まる。13時に休憩。14時再開。18時に終業。残業があれば、23時までだ。
     俺たちにはそれ以外が、無い。
     遊びに行く時間は無い。学ぶ時間も無い。与えられないんだ。仕事が終われば、すぐバスに乗せられて『自宅』行きだ。その自宅なんてのも名ばかり、奴らが指定した集合住宅に連行されるんだ。
     そこから残りわずかな時間で遊ぼうにも、集合住宅の周りにある店は食糧品店と日用品店と、後は制服やパジャマを売ってるところしか無い。本屋とか喫茶店とか、その他遊べる店なんて、近くに一つも無い。そんな楽しい店なんか、バスで2時間以上かかる街にしか無いし、そこまで行くと『帰宅時刻』をオーバーしてしまう。午前0時には、スピーカーから『寝ろ』と命令されるんだからな。
     かと言って、休日なんてものもずっと前から、無い。ずっとずっと、『特別スケジュール』を組まされて、引っ切り無しに働かされている。週末も、双月節も、関係なしにだ。俺なんかもう500日か、600日は連続で働かされてる。
     その『スケジュール』を乱せば――遅刻や欠勤なんかしたヤツ、時間を守らないヤツは、容赦なくペナルティが課せられる。配給チケットを没収され、昼食や酒、煙草、薬がもらえなくなる。その上、『反省の色が見られない』と判断されたヤツは強制連行されて『更生施設』に入れられ、そのまま行方不明って話だ。
     俺たちはみんな、白猫党を維持するための部品なんだ。その維持を乱すヤツは不良品、そのまま……)
    「……廃棄することとします。では次、エランド班長。本日の作業報告をお願いします」
    「……」
    「エランド班長?」
    「……」
    「エランド? 呼ばれてるぞ」
    「あ、……すみません」
     物思いにふけっていたホルヒは慌てて立ち上がり、本日の成果を報告した。

     ホルヒが家に戻ったのは、午後10時を回った頃だった。
    「おかえり」
    「ただいま。……まだ起きてたのか? 疲れてるだろ?」
    「先に寝てるの、嫌だから。ご飯できてるよ」
    「そうか、ありがとう。すぐ食べるよ」
     この間も、ラジオはニュースと音楽を、繰り返し流している。
     騒々しいのを嫌うホルヒとしては電源を落としてしまいたいのだが、落とせばそれも、白猫党が定めた法律に違反することになる。
    《……本日、財務対策本部より、新たに積立プランが発表されました。1ヶ月につき3598クラムの積立により、庶民でも8年で自動車を購入できるとのことです》
    「うそばっかり」
     このニュースに、リンダが口をとがらせる。
    「前だって、1500クラムの積立を3年やって保養地に1ヶ月宿泊できるとか、2400クラムの積立を5年で一軒家に住めるとか言ってたのに、全然できないじゃない。
     文句言ったら『価格改定が行われた』とか、『急激な物価高により』とかごまかされて、逆にもっと積立しろって言ってくるし」
    「仕方無いさ。実際、物価は上がってる」
    「それでももう、月2万クラムは積立に使ってるのよ! もう収入の4分の1以上じゃない!」
    「他に使いようもないからな」
    「そんなことばっかり……!」
     リンダは頭を抱え、ぐすぐすとした涙声で不満を漏らす。
    「ずっとずっと働いてるのに、お休みも無いしお金は取られるし、このままじゃ頭がどうかなりそうよ……」
    「もう休もう。疲れてるんだ、君は。俺も疲れたし」
    「……うん」
     ホルヒは泣きじゃくる妻の肩を抱きながら、寝室に向かおうとした。

     その時だった。
    《次のニュースで……ザ……今日……ザザ……との……ザー……ザッ……白猫党に虐げられし皆さん。寝る前にちょっとだけ、耳をお貸し下さい》
     ラジオから延々と聞こえていた、ニュースを淡々と読み上げていた女性の声が、途中でまったく別の、若い男の声に変わった。
    白猫夢・撹波抄 3
    »»  2015.10.12.
    麒麟を巡る話、第564話。
    電波ジャック。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「……!?」
     何が起こっているのか分からず、ホルヒとリンダは顔を見合わせ、そして同時に、互いのほおを引っ張り合う。
    「あいてて」「いたっ」
     ほおに痛みが走り、これが夢ではないと悟る。
    「今の……」「なに?」
     二人は同時にラジオに顔を向け、息を殺して音声に耳を傾ける。
    《繰り返します。白猫党に日々、虐げられし皆さん。どうか寝てしまう前に、私の話を聞いて下さい。
     私は白猫党を憎む者です。白猫党があなた方に行っている仕打ちに対し、強い憤りを感じている者です。
     あ、言い忘れましたが、この放送は集合住宅向けの放送電波をジャック(乗っ取り)して流しています。この放送があったことは、白猫党員には伝えないで下さいね。
     そもそも、彼らはあなた方向けのラジオなんか聞いてませんから、あなた方が黙っていてくれれば、彼らはこんな放送があったことなんか、知る由も無いでしょうし》
    「いや、でも」
     ホルヒの口から思わず、反論の言葉が漏れる。しかしそれを見越したかのように、ラジオはこう返していた。
    《もしかしたら党領内管理法の第19条3項、『党領内の人間は白猫党が指定するすべての通信手段に対し、党からの指示無く操作を行うことを禁ずる』、つまりラジオとかを勝手に切ったりしてはいけないって法律を思い浮かべた方もいるかも知れませんが、白猫党の方はこんな法律、全然守ってなんかいません。となれば当然、ラジオなんかこれっぽっちも聞いてませんよ。
     党領管法は党の領地下にあるあなた方の自由を奪うために設定されてるんであって、侵略者である彼らがそれに拘束される道理が無いんですから》
    「……」
    《今だって、もう午後11時半を回ろうかって頃ですけど、党員の皆さんは夜遊びしてますよ。皆さんが何年か前の休日に一回だけ飲んだであろうコーラとかビールとかも、皆さん毎晩、浴びるように飲んでますし。
     あなた方が無理矢理0時に寝かされた後も、党員の皆さんは好き放題に遊んでます。あなた方が無理矢理9時に出勤させられた後も、党員の皆さんは朝寝、二度寝、三度寝してます。不公平だと思いませんか?》
    「……思う」
     依然として涙声のまま、リンダがつぶやいた。
    《思う、と答えて下さった方、少なからずいらっしゃることと思います。ありがとうございます。一方、思わないと答えた方も、よく考えて下さい。
     あなた方は毎日毎日、家と仕事場とを往復し、押し付けられた仕事をこなし、そうやって得たわずかなお金を『積立』と称して奪われている。一方、白猫党員の方々は好きな仕事を適当にこなし、あなた方がら積立によって得た金を、好き放題に使っている。
     これが公平だと、本当に思いますか?》
    「え……?」
     思いもよらない情報に、ホルヒが声を上げた。
    《あれ? もしかして積立金、本当に慰安旅行や家になって返って来ると思っていましたか? いえいえ残念ながら、事実はそうではありません。
     彼らは資金調達の方便として、あなた方が稼いだクラムを『積立』と称し、搾取しているのです。詳しい説明は省きますが、党の活動資金や戦費を調達するに当たり、新たにクラムを増発するよりも、あなた方からあの手この手で搾り取る方が、彼らにとっては実に都合がいいからです》
    「本当か!?」
     ホルヒは声を荒らげ、答えるはずの無いラジオに向かって問いかける。
     一方、声が届くはずの無いラジオも、会話が成立しているかのように話し続ける。
    《勿論、勿論。これは本当の話です。搾取の手段は他にも数多くありますし、そのいくつかに薄々気付いてらっしゃる方も、少なからずいらっしゃると思います。
     例えば物価。年々上がっていることは確かでしょう。ですが本当に、領内の物価は世界の平均と同様に上がっていると思いますか?
     そう、実はほんの少し、ほんの少しずつ、実際よりも高く値を上げているんです。そしてその差額、利幅は税金として、党に入っていくんです》
    「……」
     リンダの顔に険が浮かんでいる。彼女も今、ラジオが伝えた内容に対し、強い共感を抱いているらしかった。
    《っと……、もうそろそろ、本来の放送の終了時間が近付いてきましたね。これ以上放送を乗っ取ってるとバレちゃうかも知れないので、今日はここまでです。いいですか? 内緒ですよ、皆さん。
     以上、私こと『Mr.コンチネンタル』がお送りいたしました。ではまた明日、この時間にお会いしましょう。ごきげんよう、さようなら……ザ……ザザ……ザッ……前0時に……ザ……ました。皆さん、就寝しましょう。繰り返します、午前0時になりました。皆さん、就寝しましょう。
     それでは本日の領民放送を終了します。……ザー……》
    「……」「……」
     食卓に延々とノイズが流れる中、ホルヒとリンダはもう一度、互いのほおをつねり、そして顔をしかめた。
    「いてて」「いたい。……夢じゃ、ないのね?」
     妻の問いに、ホルヒは無言でうなずいた。
    白猫夢・撹波抄 4
    »»  2015.10.13.
    麒麟を巡る話、第565話。
    ニュースの余波。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「Mr.コンチネンタル」なる人物から秘密にするよう言われてはいたものの、人の口に戸は立てられないのが、世の常である。
    「なあ、聞いたか?」
     工場へと向かう上級バスの奥で、ホルヒと同僚は党バッジを付けた運転手に聞かれないよう、こそこそと話し合っていた。
    「もしかして、昨夜のアレか?」
    「そう、アレだ。Mr.コン……」「言うなって」「……あ、ああ。そうだったな。でも、じゃあ、……やっぱり聞いたのか、みんな?」
    「ああ」
    「……マジかな」
    「何がだよ」
    「言ってたこと。マジでピンハネされてんのかな」
    「かもな。実際のところ、本当に価格を水増しされてたとしても、俺たちには分からないんだからな」
    「それじゃ、積立も……」
    「実際、3年、5年で還付されるって言ってた話は何一つ、実現しちゃいないんだ。還付されたって奴もいるらしいが、それだって知り合いの知り合いの、そのまた知り合いの話だからな」
    「じゃあ全部、白猫党が流した嘘ってことなのか?」
    「そうとは言い切れない。でも、党の言ってることが本当だと実証することもできない」
    「……」
     話している間に、バスは工場に到着した。

     ホルヒが監督している班においても、作業の合間、あちこちでうわさが飛び交っているのが確認できた。
    「……ラジオ……」
    「……うん……」
    「……本当かな……」
    「……でも……」
     皆の意識は目の前の作業ではなく、ラジオの信憑性に向けられている。当然――。
    「皆、しっかりしてくれ。ラインが遅れているぞ」
    「す、すみません」
    「……君たちの話題については」
     注意したものの、ホルヒ自身も気を引かれてしまっている。
    「俺も今夜、もう一度確かめたいと思っている」
    「え……?」
    「だから、とにかく、今のところは、作業に集中してくれ」
    「は、はい」

     その日はまたも「特別スケジュール」により、夜11時まで作業が続いていたが、ホルヒは仕事が終わるなり、大急ぎでバスに乗り込み、家へと舞い戻った。
    「ただいまっ!」
    「おかえりなさい。もうすぐ、昨日と同じ時間になるよ」
    「分かった」
     夫婦揃って食卓に着き、ラジオに集中する。
    《次のニュースです。今朝……ザ……ザザッ……ザー……こんばんは、皆さん》
    「あっ……!」「来た!」
     思わず声を漏らし、二人は慌てて口を抑えて――ラジオから流れてくる男の声に、静かに耳を傾けていた。
    《白猫党に虐げられし皆さんのために、今夜も私、Mr.コンチネンタルが、真実をお伝えします》



     この、謎の放送が流れ始めてから数日が過ぎ、白猫党もようやく、この密かで、かつ大胆な「攻撃」に気付き、対策に追われることとなった。

    「これは我が党の秩序を根底から揺るがす、極めて憂慮すべき事態よ」
     席から立ち上がり、党首シエナが一喝する。
    「勿論、その点は承知しております」
     その視線の先には、冷や汗を額に浮かべる短耳の女性――党内の人事を統括する部署、党員管理部の長であるミリアム・アローサの姿があった。
    「既に白猫軍の諜報部に、発信源を特定させるべく調査を依頼しております」
    「そう。ではロンダ、特定にはどのくらいかかると?」
    「数日を要するとのことです」
     白猫軍司令、ロンダからの返答を受け、シエナが続いてアローサに問いかける。
    「その間、放送は?」
    「既に放送局には放送電波の送出を停止させ、代わりにジャミング電波を流して敵性放送を妨害しております。
     この間の放送に代わる手段として、第五・第六位党員を派遣し、トラックと拡声器を使って時報を行わせております」
    「手は足りてるの?」
    「率直に申し上げますと、かなり厳しい状況にあるのが現状です。第五位以下の党員を総出で向かわせても一都市に2~3名が限界であり、早急に軍からの支援を要請したいと考えております」
    「それは……」
     シエナはチラ、とロンダに視線を投げかけるが、ロンダは苦い顔を返し、口を開いた。
    「現時点においては、その要請に答えることは非常に難しい。確かに央南の戦線は落ち着きを見せ始めてはいるが、まだまだ多量の人員を要する。
     一方で今年より、再び西方での戦線拡大を進め始めたところでもある。そちらにも人手を割かねばならんし、よしんば呼び戻すにしても、数日では間に合わない。
     アローサ君には悪いが、軍の方からは人を貸せん。私にできることは、諜報部に特定を急がせることくらいだ」
    「現状の維持はどれくらいできそう?」
    「交代要員も覚束ないため、不休となります。1週間か2週間が限度かと」
     アローサの返答に、イビーザがフン、と鼻を鳴らした。
    「普段から仕事なぞ大してしておらんのだから、こう言う時にこそ働かせんでどうする」
    「……っ」
     一瞬、アローサの目に怒りの色が浮かぶが、すぐに冷静を装って答える。
    「幹事長閣下が高座で見下ろしているよりは、実際の彼らは仕事に邁進しております。まあ、閣下はあまり本部にいらっしゃいませんから、彼らの仕事ぶりを目にすることはあまり無いとは思いますが」
    「……ふん」
     イビーザの細い目がさらに細くなったところで、苛立たしげにシエナが場を締めた。
    「ともかく、対外活動を拡大しようと言うこの状況で、余計な内部混乱なんか起きてる場合じゃ無いのよ。
     一刻も早く、この敵性放送を行っている奴を検挙して、領内統治を正常化しなさい。いいわね、アローサ?」
    「ええ、重々承知しております」
    白猫夢・撹波抄 5
    »»  2015.10.14.
    麒麟を巡る話、第566話。
    栄光なき最高幹部。

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    6.
     政務部と財務部がその国の悪事・悪評を嗅ぎ付け、策を仕掛けて支配者層への支持を急落させ、混乱が極まった頃に白猫軍が攻め込み、占領する――これが白猫党が今まで行ってきた、諸国乗っ取りの「手口」である。
     では乗っ取った後は、どこの部署が、何をするのか? それはこのアローサが管轄する、党員管理部に委ねられている。

     アローサ率いる党員管理部は白猫党員を占領下の各国・各都市に送り込み、そこで既存の産業を解体・廃業させ、自分たち白猫党にとって都合のいいように構造を変えるのである。
     まず、あらゆる商社・商会はすべて都市部に集約され、ほとんどの地域で既存の経済を成り立たなくさせるとともに、領地内の人間からあらゆる選択の自由を奪う。
     地方の人間には工場や農園などの第一次・第二次産業の職を割り当て、すべてを労働者に変える。有り余る労働力により豊富な資源と資材、食糧、さらには車輌や銃火器と言った製品を手に入れた白猫党は、それを新たな戦地に投入していくのだ。
     白猫党と言う巨大な組織を維持するためには、党員管理部は無くてはならない裏方なのだが――。

    (何が『普段から仕事なぞ大してしておらんのだから』よ!? 私のセクションが無きゃ、白猫党の兵站は破綻するって言うのに!)
     裏方役である故に、華々しく活動する他の部署に比べて、党員管理部には目立つような業績・実績を挙げる機会が無い。
     そのため党の発足以来ずっと、アローサは事ある毎に他の幹部たちより下に見られることが多く、それが彼女の不満につながっていた。
    (あの嫌味ジジイめ、今に吠え面かかせてやる!)
     アローサは無言のまま、しかし、明らかに怒った足取りで、自分の執務室へと向かった。



     アローサが執務室に入ったところで、すぐにドアがノックされる。
    「開けるわ」
     極力苛立ちを抑えつつ、アローサは振り返ってドアを開けた。
    「何?」
    「本部長、先程手紙が……」
     秘書から手紙を差し出され、アローサは短くうなずく。
    「ありがとう」
    「いえ。……それでは」
     どことなくほっとした様子の秘書を見て、アローサは内心、自分を戒めた。
    (また顔に出てたかしら? 気を付けないと)
     再度執務室に戻り、顔を軽くぽんぽんと叩いてから、アローサは机に着いた。
    「手紙、……ね。誰からかしら?」
     ひょいと封筒を裏返したところで、アローサは「えっ」と短く声を上げた。
    「『M・A・ゴールドマン』、……って、あのゴールドマンかしら?」
     一旦、封筒を机に置き、アローサは逡巡する。
    (彼だとしたら、どうして今頃……? 何か、嫌な予感がするわね)
     悩んだものの、アローサは渋々、手紙の封を切った。



    「親愛なる元同僚 ミリアム・アローサへ

     俺は現在、党を離れてはいるが、そっちで今、騒ぎが起こっていることは把握している。
     そしてその騒動の原因、中心人物についても、俺は把握している。
     密かにどこかで話せないか? いつでも、どこでもいい。返信は南区1番街12―2、『狐の女神』亭へ頼む。

    マラネロ・アキュラ・ゴールドマンより」



     手紙を読み終え、アローサは再度、逡巡する。
    (やっぱり、あのゴールドマンだったわね。『騒ぎ』って、あの電波ジャックのことかしら?
     怪しい。どうして彼が――自分で言ってるけど――党内の騒ぎを知っているのか。しかも犯人を知ってるなんて。
     考えられるのは、彼自身が犯人である場合。だとすれば当事者である私に接触し、私が困ってる様子を見て、愉快犯的に楽しもうとしているのかも。
     そこまで極端な話じゃなくても、最早党から追い出され、風来坊同然のはずの彼がわざわざ、党内の人間にしか知り得ないような情報をチラつかせるなんて。怪しすぎるわ……。
     でも、このまま手をこまねいているよりは、ダメ元で情報を手に入れに動いた方が得策かも知れない)
     アローサは紙とペンを手に取り、マロへの返事を書いた。
    白猫夢・撹波抄 6
    »»  2015.10.15.
    麒麟を巡る話、第567話。
    マロの暗躍。

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    7.
     返事を送ってから2日後の深夜、アローサはマロが泊まる宿を訪れていた。
    「よお来てくれたなぁ、ミリー」
    「変わってない、……とは言えないわね、マロ。すごく痩せたわ」
    「ほっとけ、はは……」
     数年ぶりに握手を交わし、席に着いたところで、アローサは本題を切り出した。
    「騒動って、何のこと?」
    「そら勿論アレや、電波ジャックの話」
    「やっぱり……! ねえ、マロ。何故その話を?」
    「簡単なことや。その電波ジャックしとる奴らと知り合いやねん。で、党のヤツらが慌てとるっちゅう話は、そいつらから聞いとる」
    「誰なの?」
     性急に尋ねるアローサに対し、マロは鷹揚に首を振る。
    「まあ、まあ。順を追って話しよか」
    「……ええ。いいわよ」
    「事の発端はな、央中攻略戦ん時や。ほら、央北と違て央中はお上がやいやい言うのん、嫌う傾向にあるやろ?」
    「そうらしいわね。民意優先の傾向があるとは聞いてるわ」
    「そう言う土地柄やから、白猫党が占領地でやっとるような、白猫党からの発注を強制的に、黙々とこなすっちゅうようなやり方が、肌に合わんわけや。
     一方でな、央中っちゅうたらほれ、俺の実家のお膝元や」
    「ゴールドマン家ね?」
    「せや。ほんでな、かつて金火狐商会で働いとって、今は央中の、白猫党領内に住んどる奴も結構おる。
     そのうちの一人がさっき言うた『反感』を抱き、かつての奉公先である金火狐のコネと技術を秘密裏に使て、領民放送をジャックしよった、……ちゅうわけや」
    「じゃあ、この騒動の黒幕は金火狐なの?」
    「ちゃうちゃう、そうや無い。あくまで金火狐商会の、一部分が関わっとる話や。……ま、それやからこそ、俺がこうして古巣を尋ねることになったんやけどな」
    「って言うと?」
     尋ねたアローサに、マロはニヤッと笑って返した。
    「単刀直入に言えば、そいつは財団にとっては『いらんことしい』やねん」
    「い、ら……ん? え?」
     央中の方言がよく分からず、アローサは首を傾げる。その反応を見たマロは肩をすくめつつ、説明し直した。
    「つまり厄介者、余計なことして場を乱す奴のこっちゃ。
     財団には昔から、『戦争やっとったら介入して早めに止めたればええ。せやけど自分から戦争起こしたらあかん』っちゅう考え方があるんや。その思想に基づけば、そいつはまさに、自分から戦争の火種を蒔こうっちゅうアホにしか見えんわけや。
     ま、そこまで言うたら、俺がなんでお前にコンタクトしたか、分かるやろ?」
    「つまり……、財団から要請されたってこと?」
    「そう言うことや。あくまで秘密裏に、やけどな。
     ま、俺は今現在、財団では鼻つまみ者、まともな部署に籍を置してもらえん、役立たずの道楽者扱いや。せやけどそのジャック犯と、そして白猫党の両方に関わりのある者やっちゅうことで、今回の密命を任されたっちゅうわけやねん。
     ちゅうわけで、俺から党に要請したいのんは、以下の2つや。1つ、央中某所――勿論どこかは知っとるで。もういっこの方を受諾してから話したる――におるそのジャック犯を拘束すること。
     そして2つ、俺に対する党の除籍処分を抹消し、俺に対して、党における何らかの重職に就かせること。ま、こっちについては元の地位にとか、そう言う我がままは言わへん。何やったら名誉職でもええんや。
     党は順調に拡大しとるし、俺も今一度、パイプを持っときたいからな」
    「なるほどね。……そうね、でも、私だけでは即決できないわ。何しろあなたの除籍は、幹部の満場一致による決定だったもの。それを撤回するには、その全員の了解が無いと。
     その上、あなたのためにわざわざ名誉職を設置するなんて、チューリン党首はきっと、いい顔しないでしょうしね」
    「見返りは十分やろ? 党の安寧秩序を乱すアホを引き渡すっちゅうてるんやし」
     マロの言葉に、アローサは腕を組んでうなる。
    「まあ……、ええ、そうね。確かにこの事態が早期に収束することは、党にとっては決して小さなことではないもの。
     分かった。できるだけあなたの希望が叶うよう、働きかけてみるわ」
    「おう。よろしゅうな」
    白猫夢・撹波抄 7
    »»  2015.10.16.
    麒麟を巡る話、第568話。
    苛立つシエナ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     この報告を受けた途端――アローサが予期していた通り――シエナは苦い顔をした。
    「いまさら?」
    「私も同感ですが……、しかし有益な情報です」
    「裏は取ったの? 本当にマロが、犯人を知ってるって証拠は?」
    「我々の内情を間接的に知っていたことから、信憑性は高いと思われます」
    「いくらでも知る方法はあるだろう」
     と、二人の間にイビーザが割って入る。
    「白猫党は今や、世界を股にかける大政治結社だ。そこかしこにねずみの一匹や二匹紛れていたとて、何らおかしくはなかろう?
     本部が騒いでいる程度の話なぞ、既にあちこちに漏れているだろう」
    「そっちの話も、聞く分には裏が無さそうね。うわさ話って感じ」
     アローサの話を頭から否定したイビーザも、シエナがあからさまに煙たがって見せる。
    「とにかく現状においては、マロの要求は承諾しかねるわ。
     まず第一に、今言った通りだけど、話が信用できない。本当にジャック犯を知ってるって証拠を見せてもらわないと、ソレこそ話にならないわ。
     第二に――コレは今以って、党幹部の総意と考えてるけど――アイツは満場一致で幹部陣から追い出されたろくでなしよ。ソレをいまさら迎え入れる理由は無いし、仮に迎え入れたとして、アイツに何ができるのかって話よ。
     まず間違いなく、財務部は門前払いするわ。政務部だって断るでしょうね。軍なんて論外。じゃ、後はドコが残ってる?」
    「それは……」
    「アンタだって嫌でしょ? アイツは結局、ろくに結果も残せず党のカネを使い潰しただけのヤツなのよ? ソレをうちのドコが引き取るのよ」
     かつての同窓生を散々にこき下ろすシエナに眉をひそめはしたものの、確かに彼女の言う通り、党員管理部でも持て余すのは目に見えている。
    「検討の余地は無いわ。返事はノーよ。そう伝え……」
     にべもなく却下しようとしたところで――アローサの秘書がおずおずと、手紙を手に近付いてきた。
    「お話中、失礼いたします」
    「何よ?」
     アローサを含む幹部3名ににらまれ、秘書はぎょっとする。
    「取り込み中よ。見て分からない?」
    「いえ、それがですね、……その、この手紙を送ってきた方から、このタイミングで総裁閣下に渡すようにと」
    「……? どう言うコトよ」
     シエナは首を傾げつつもその手紙を受け取り、開封した。



    「この手紙を読む直前、きっとお前は俺の申し出を断ろうとしているだろう。
     信じられないのは無理もない。信じるに足る話をしてなかったからな。

     証拠はある。央中、ハイネン共和国のコールマインに電波塔が1基、密かに設置されている。ジャック犯はあちこちに電波塔を建て、本当の発信源を特定しにくくしている。

     勿論俺の話を信じず、白猫党総動員で中央大陸のあっちこっちを探っても、俺は一向に構わない。ただ、俺を信じて取引した方が、それよりずっと楽に済むであろうことは、事実だと断言する。

     俺の提案を前向きに検討してくれるなら、本日中に連絡を寄越してくれ。

    マラネロ」



    「……チッ」
     普段から感情的に振る舞うことで知られるシエナも、流石に公衆の面前で、こうまであけすけに悪態をつくことは、これまで無かったのだが――。
    「忌々しいクソ狐め! アオイの真似でもしたつもりッ!?」
     手紙をびりびりと引き裂き、その場に撒き散らし、両肩と拳をプルプルと震わせ、やがてこれ以上ないくらい苛立たしげに、こう言い放った。
    「ロンダを呼んで!」
    「ろ、ロンダ司令を? 何故?」
     呆気に取られたイビーザに、依然としてシエナが怒鳴り散らす。
    「交渉なんか絶対しないわ! してやるもんですか! この腐れ狐を拘束して、ジャック犯の居場所を吐かせるのよ!」
    「か、閣下!? いや、それはあまりに……」
     うろたえつつも諌めようとしたイビーザを、シエナはギロリとにらみつける。
    「意見はいらない! すぐ呼べッ!」
    「わ、分かりました。……すまんが君、こう言うわけだ。頼まれてくれるか?」
    「はあ……」
     シエナの豹変ぶりに面食らっていたアローサの秘書は、大急ぎでその場を離れていった。
    白猫夢・撹波抄 8
    »»  2015.10.17.
    麒麟を巡る話、第569話。
    翻弄される白猫党。

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    9.
     怒れるシエナの指示により、すぐに白猫軍の突撃部隊がマロの宿を強襲したが――。
    「いなかった? どう言うコトよ!?」
    「どうやら総裁の行動を先読みし、我々が動くよりも早く宿を発ったものと……」
    「……~ッ!」
     ロンダからの報告を受けたシエナは顔を真っ赤にし、手を振り上げたが、どこにも振り下ろすことなく、そのまま椅子に座った。
    「忌々しいわね、まったく!」
    「総裁、確認いたしますが……」
    「何よ?」
    「ゴールドマン氏の話によれば、央中に電波塔が設置されているとのことですが、真偽を確かめるべく調査に向かうべきではないかと。
     真実であれば、電波ジャック犯に繋がる情報を得られるやも知れませんし」
    「……そうね。アイツの指図を受けるみたいで心底、癪に障るけど、仕方無いわね」



     ロンダの意見を受け、シエナは央中に調査隊の派遣を命じた。
     その結果、確かにマロが明かした場所に電波塔が発見され、即座に分析が進められた。
    《確かに、発信源の一つと思われます》
    「『一つ』と言うのは?」
     通信機越しにそう尋ねながらも、ロンダの声には落胆の色が感じられる。
    《調べたところ、この電波塔の出力ではせいぜい半径50~60キロ程度にしか、放送電波を飛ばせません。央中西部や、ましてや央北まで届くとは考えにくいです。
     恐らく他に中継装置があるか、複数箇所から放射して増幅しているものかと》
    「どちらの場合にしても、すべてを発見し破壊、もしくは電波ジャック犯を見つけるにはかなりの時間を要すると言うことか……。
     やれやれ、また総裁が爆発するな」

     ロンダの予想通り、シエナは憤っていた。
    「そう。……本っ当、忌々しいわね。実はね、また手紙が来たのよ」
    「と言うと、ゴールドマン氏からですか」
    「そうよ。『もう一回話し合いの機会を設けろ。今度は襲ったりするなよ』ってね」
    「ふむ……。率直な意見を申し上げますと、要求を呑むべきかと」
     ロンダの言葉に、シエナは一瞬目を吊り上がらせたが、すぐに目を閉じ、短くうなずいた。
    「そうね。ここでまた捕まえろだの逃がしただのって話になるのも面倒だし。ソレに、他の電波塔探しに人員を割くのも、かなりの手間になるのは目に見えてるし。
     いいわ、会いに行きましょう。ただし」
     シエナは依然として苛立った顔のまま、こう続けた。
    「交渉の場を、密かに囲みなさい。ヤツから情報を聞くだけ聞いたら、逃さず殺すのよ。
     前にも言った通り、アイツの要求を呑むコトはできない。交渉の振りをして、話がまとまった直後に強襲、そのまま暗殺するのよ」
    「ふむ……。確かにゴールドマン氏を引き入れることによって、多大なリスクがもたらされることは明白。
     私個人の意見といたしましても、彼が党において就いていた地位、要求する地位はおしなべて彼の才量に見合わぬものばかりであり、仮に今後、彼が復党したとしても、党に混乱をもたらしこそすれ、党の利益に結びつくことは皆無と言ってもよいでしょう」
    「アタシも同意見よ。最早ココに、アイツの帰る場所は無いわ」
    「ええ、承知いたしました。仰る通りに手配いたします」



     同時刻――ゴールドコースト市国、フォコ屋敷。
    「ほな、今のところは成功してはるんですね」
    「そーみたいです」
     総帥の執務室に、5人の人間が集まっていた。
     一人はこの屋敷の今の主であり、第19代金火狐財団総帥のルーマ・ゴールドマン。そして彼女の問いに答えたのは金火狐商会の技術研究部主任、ノイン・トポリーノである。
     彼女らに続く形で、マロが手を挙げる。
    「返事も来てますわ。『近日中、ドミニオン城に交渉の場を設ける』ちゅうてるけど……」
    「100%ワナだな、そりゃ」
     残る2人のうち、一人は一聖である。
    「前回もオレがマロを連れ出した直後に、話し合いのハの字も見せずに強襲してきたヤツらだ。今回の交渉って話も、間違いなく陰に兵を潜ませて拘束する気、満々だろうぜ」
    「でもマロには行ってもらわないと」
     そして最後の一人はこの電波ジャック騒動を計画した張本人、マークである。
    「分かっとる。ここであいつらに動いてもらわな、計画の成功は無いからな」
    「ま、マロの安全についてはオレにアイデアがある。何とかするさ」
    「よろしくお願いします。……では総帥閣下」
    「あの、閣下はちょと……」
     恥ずかしそうにほほえんだルーマに、マークもはにかんで返す。
    「あ、そうでした。すみません、ルーマさん。ええと、まあ、とにかく。
     次の作戦も、ご協力をよろしくお願いします」
    「ええ、こちらこそ」

    白猫夢・撹波抄 終
    白猫夢・撹波抄 9
    »»  2015.10.18.
    麒麟を巡る話、第570話。
    雑談。

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    1.
    「最近さー」
    「うん」
    「主任、見かけなくない?」
    「……あー、確かに」
     トラス王国、「フェニックス」研究所。
     休憩時間に集まっていた研究員たちが、雑談を交わしていた。
    「いや、来てるっぽいんだけど、なんか勤務時間一杯、新設された棟にこもってるみたい」
    「何してるんでしょうね?」
    「んで、代わりにさー」
    「代わりに?」
     一人が辺りを見回し、小声になる。
    「主任の妹……、ビクトリア姫が来るようになったよね」
    「あー、うん」
    「いや、確かにちょっと変だけど天才だって話は聞くし、実際、一回話す機会があったんだけど、かなりウチの研究にも精通してて、ビックリした。その後タチバナ顧問と、めっちゃ難しい話してたし。
     でも正規の研究員じゃないのに、なんで主任みたいなことしてるんだろう、……って」
    「うーん……。元からウチって、そこら辺ユルいしなぁ」
    「そうですっけ?」
    「まあ、ウチって言うか、主任とか所長の周りが。いつの間にか人、増えてるし」
    「あー、あるある。こないだも『狐』の、わりとデカい女が来たし」
    「いたいた。あ、後さ、みょーに語尾伸び伸びの『猫』とか、ヒゲ面のいかつい『狼』とか」
    「うんうん」
    「見ました見ました」
     と、別の研究員がまた、辺りを見回す。
    「……私、思うんだけど。『フェニックス』って実はもしかして、なんかの秘密結社なんじゃないの?」
    「なにそれ」
    「だって変じゃない? 今言った人たち、みんな研究員って感じじゃないもん。むしろ武闘派って言うか……」
    「……ちょっと、思う。そもそもできた当初から、何故かギアト護衛官が研究所をうろうろしてたし」
    「あの人も変って言えば変ですよね。護衛官って言いながら、主任の側にあんまりいないですし」
    「それに所長自体、何度か服をボロボロにして帰って来ることがあったよな。まるでどこかで一戦交えてきました、みたいな」
    「あー、あるある。……確かに、……変だよなぁ」
    「一度、聞いてみませんか?」
     若手の研究員の一言に、場が静まり返る。
    「……何を、誰に?」
    「そりゃ、『フェニックス』って本当に再生医療研究チームなのかってことを、主任か所長か、それか顧問に」
    「聞いて答えてくれるとは思えないけど」
    「主任は答えてくれそうだと思う。わりと気が弱いから、強気で尋ねれば何かしらポロっと」
    「ポロッと行く前に、所長が間に割って入ってきそうな気がする。あの人、そう言うところ目ざといし」
    「かと言って顧問はなー……。なんか適当にあしらわれそう」
    「あー、なんか分かる」
    「となると、他に答えてくれそうな人っています?」
    「うーん……」
     その場にいた研究員は肩をすくめたり首を振ったりと、誰も答えられない。

     と――。
    「何をお聞きになりたいんですか?」
    「おわっ、……で、殿下?」
     話の輪に、ビッキーが割って入ってきた。
    「い、いつからそこに?」
    「つい今し方です。それで、何か疑問点が?」
    「いや、その……」
    「何と言いますか……」
     他の研究員たちが口ごもる中、先程の若手が挙手する。
    「殿下は『フェニックス』に出入りされている、非正規所員らしき方々のことをご存じでしょうか?」
    「非正規と言うと?」
    「緑髪の猫獣人の方とか、浅黒の狼獣人の方とか」
    「ああ、カズラさんとウォーレンさん。ええ、存じております」
    「あの人たちは明らかに研究員じゃ無さそうなんですが、何故この研究所に出入りされてるんでしょうか」
    「ルナさんにご用事があるからです。
     ルナさんはあまり市街地に出向かれない方ですから、自然とカズラさんたちがこちらを訪問される機会が多くなるのは自明でしょう?」
    「あー、そっか」
    「……ん、いや、でも」
    「何か?」
    「所長とその、カズラさんとか言う方たちに、何の関係が?」
    「ルナさんは武人としても高名な方だそうです。教えを請いたいと言う方は少なくありませんから、そうした方が訪ねる機会は多くなります。
     ほら、パラさんもフィオさんとよく格闘訓練なさってたでしょう? パラさんの戦闘技術は、お母さん譲りだそうですし」
    「確かに……」
    「そう言えばそうですね」
    「文武両道なんだなぁ、所長って」
     研究員たちが一様に納得した表情を浮かべたのを見て――ビッキーは内心、ニヤニヤと笑っていた。
    (……ちょろいですね)
    白猫夢・上弦抄 1
    »»  2015.10.20.
    麒麟を巡る話、第571話。
    うろうろビッキー。

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    2.
    「と言う感じでごまかしてます」
    「ありがとう、ビッキー。助かるよ」
     研究所に新設された部屋に一人こもって作業していたマークは、ビッキーからの報告に苦笑していた。
    「いつもならそう言う根回し、ルナさんがやってくれるんだけど、あの人も今、色々忙しいからね」
    「それなんですけどね」
     と、ビッキーがすい、と一歩、マークに詰め寄ってくる。
    「わたしもそろそろ、研究員にしていただけません? 自然には研究所に入りづらいですし、所員の方々にも今ひとつ、打ち解けてもらえませんから。
     ルナさんにお願いしようと思っていたのですけれど、お会いできませんし」
    「それはちょっと……」
     難色を示したマークに、ビッキーはぷく、と頬を膨らませる。
    「理由は何故です?」
    「確かに君も才能ある人間だし、うちの研究所に入ってくれるなら、本当に心強い。裏の事情も良く知ってるわけだし。
     でもさ、僕も君も『フェニックス』にってなったら、父上が嫌な顔をするのは目に見えてるだろ?」
    「ええ、想像に難くありませんね。跡継ぎがどうの、体面がどうのと、ぶつぶつ文句を漏らす声まで聞こえてきそうです」
    「だろ? 他の妹たちもまだ幼いし、僕か君のどっちかが継ぐって意思を表明しとかないと、父上は絶対、いい顔しないよ」
    「面倒なお話ですね」
     ビッキーは大仰に、はあ、とため息を吐いてみせる。
    「王族なんてこだわり、何の価値があるものでしょうか。今の世の中、既に王政を廃した国も大勢あると言うのに」
    「だからこそじゃないかな」
     マークは眼鏡を外し、眉間を揉みながらこう返す。
    「世界が目まぐるしく形を変える中、国の形だってコロコロ変わっていってる。
     でも変わっていくモノ、既に変わったモノが全部いいモノかって言ったら、断言できないだろ? 事実、白猫党が作ってきた新しい国がいいモノだとは僕にも思えないし、君も思ってないよね」
    「まあ、確かに」
    「父上は父上なりに、今のこの国の形がいいモノと思って、後世へ遺そうとしてるんだよ。と言っても、その意見が正しいってことも、断言できないけどね」
    「まるで日和見主義の学者みたいなことを言いますね。はっきりしない物言いですこと」
     ビッキーはぷい、と顔を背け、こう続ける。
    「わたしの知る一番の学者さんは、物事をものすごーくはっきり、ズバッと断じて仰ってくれるから大好きなんですけれどね」
    「それ、カズセちゃんのこと?」
    「ええ。今まで出会ったどんな先生よりも素晴らしい見識と遊び心のある方です。わたし本当に、あの方にご指導いただけて良かったと思っております」
    「カズセちゃんが聞いたら、顔を真っ赤にして『んな恥ずいコト真顔で言うんじゃねーよ』って言ってきそうだね」
    「それもあの方の魅力ですね。決して奢らず、偉ぶらない方ですもの」

     兄に諭されたものの、研究員になることを諦めきれないビッキーは、本来頼み込もうと考えていた相手――ルナを探しに出た。
    (と言っても、あの方が行かれそうな場所って、さっぱりなんですけどね。研究所にいらっしゃらないと、本当にどこにいらっしゃるやら)
     情報を集める意味も含め、彼女はまず、市街地に住むフィオとパラ夫妻のところを訪ねた。
    「あれ、ビクトリア殿下? 一体どうしたんですか?」
     出迎えたフィオは、きょとんとした顔をしている。
    「わたしが訪ねてくるなど、思いもよらなかったというお顔ですね」
    「ええ、まあ」
    「ルナさんのことをお伺いに参りまして。お二人ならあの人が研究所以外、どこにいらっしゃるかご存じではないかと」
    「ん? うーん……?」
     フィオはくる、と振り返り、奥に向かって尋ねる。
    「パラ、ちょっといい?」
    「なんでしょう」
    「ルナさんって研究所以外だと、どこにいそう?」
    「王国内で、かつ、研究所以外と言う条件ですと、確実性の高い回答はありません」
    「『知らない』と言うことですね」
    「はい」
     家の奥から、パラがタオルで手を拭きつつ現れる。
    「お母様に何かご用事が?」
    「ええ。お願いしたいことがございまして。
     ちなみにパラさん、王国外で思い当たるところはございますか?」
    「数点ございますが、ビクトリア殿下が有する移動手段および移動能力では、いずれも到達不可能な場所です」
    「例えば?」
    「南海南東部の……」「それ以上は言っちゃ駄目よ、パラ。その子の性格だと、マジで行こうとしかねないもの」
     声をかけられ、三人の視線が一斉にそちらへ向く。
    「あら、お母様」
    「ただいま。で、ビッキー。あたしを探してたって?」
     そこには、にこにこと笑うルナが立っていた。
    白猫夢・上弦抄 2
    »»  2015.10.21.
    麒麟を巡る話、第572話。
    ワガママあしらい。

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    3.
    「研究員になりたいって?」
     場所をフィオたちの家の居間に移し、ビッキーはルナに自分の希望を伝えた。
    「ええ。必ずご期待に添えると思いますが」
    「うーん」
     ルナは短くうなり、こう尋ねる。
    「ウチの目的、知ってて言ってる?」
    「どっちのことでしょう?」
    「オモテ」
    「再生医療ですね」
    「あなたの得意分野と違わない? 電気工学畑でしょ、あなた」
    「今はそうですね」
    「……どう言う意味に取ったらいいのかしら? 入ってからあなたの得意分野を変えるってこと? それとも入ってから、あなたの得意分野に合わさせるってこと?」
    「どちらでもございません。再生医療研究に加え、いずれ電気工学研究もするようになる気がいたしましたので」
    「マークの『作戦』のことを言ってるの?」
    「兄の性格上、今回の作戦のためだけに『あれ』を作るとは思えませんもの」
    「って言うか、むしろあなたが作戦終了後、あれを使いたいって気がするけどね」
    「そう取っていただいても結構です。
     どちらにせよ、わたしが参加する余地は今、ありそうですので」
     そう返され、ルナは口をへの字に曲げた。
    「あんた本当に図々しいわね。ワガママっぷりが度を越してるわ」
    「よく言われます。直す気はございませんけれど」
     この返答に、ルナは憮然とした顔をしつつ、ぼそっとつぶやく。
    「……プレタの娘じゃなかったら引っぱたいてやりたいわ、マジ」
    「はい?」
    「何でもないわよ。……ま、現時点での結論としては、駄目ね。マークの言った通りのこともあるし、今のウチは再生医療研究一本に絞ってるもの」
    「じゃあ、一旦引き下がります」
    「じゃあって何よ」
    「医療研究を学んでからまた、お願いしたいと思います」
    「あんたねぇ……」
     ルナは呆れた顔をしつつ、こう尋ねた。
    「なんでそこまでして『フェニックス』に入りたいのよ? 自分で電気工学の研究室造ればいいじゃない」
    「楽しそうですもの。カズセちゃんもいらっしゃいますし、フィオさんたちやカズラさんたちも入り浸ってますし」
    「ウチはラウンジじゃないっての。……まあ、そう言うことであれば、もう入所許可証は発行してるんだし、気にせず入ってきていいわよ」
    「でも……」
    「あれを使いたいって言うなら、作戦完了してあれが必要無くなり次第、勝手に使っていいから。
     後は他の研究員と研究の邪魔しなきゃ、大体何してもいいわよ」
    「はあ」

     一応の許可は出たものの、完全に自分の要求通りにはならなかったため、ビッキーはなんとなく程度の不満を感じていた。
    「なんだか除け者にされてるみたいです」
    「まーまー」
     ビッキーは話し相手に葛を伴い、喫茶店に場所を移していた。
    「今、色々大変じゃん? 大仕掛けの真っ最中なワケだしー」
    「それはそうなのですけれど、だからこそわたしは、積極的に兄やルナさんを助けたいと思っておりますのに」
    「仕方ないって。正直、あたしも今、ヒマだもん。『あなたが動くのはもっと後』って言われてるしー」
    「それはカズラさんが『実働部隊』だからでしょう? わたしは頭脳面での助力しかできませんし」
    「でもさー、実際ビッキーちゃんはお兄さんのコト結構、助けてると思うよー?」
     葛にそう返され、ビッキーは首を傾げる。
    「そうでしょうか?」
    「うんうん。色々差し入れ持って行ったりしてるしー、『フェニックス』の怪しいトコをごまかしたりしてるし」
    「その程度では……」
    「もぉ。そんな風に言わないでほしいなー。あたしとかからしたら、特に何も助けてないワケだしさー。
     自分では『大したコトしてない』って思っててもー、他の人から見たら『すっごく助かってる』ってコト、結構あるんだしー」
    「……そうですね、そう言うこともあるかも知れませんね」
    「だからさー、今はあの人たちが『助かる』って思ってくれるコトをやるのが一番なんじゃないかなー?」
    「そうかも知れません。でも……」
    「そんなに手伝いたいって言うならさー、あの子に相談してみたら?」
    「あの子?」
    「カズセちゃん。案外『じゃコレやってくんね?』みたいに返ってくるかも知れないよー?」
    「……なるほど。一考の価値はございますね」
    白猫夢・上弦抄 3
    »»  2015.10.22.
    麒麟を巡る話、第573話。
    カミナリ。

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    4.
     他の研究員と同様に、一聖は王国の住宅街から通勤している。
     と言っても、2年前までは集合住宅に住んでいたのだが、大火と渾沌が王国に来て以降は一軒家に居を移し、彼らと共に暮らしていた。
    「んー」
     ビッキーからの相談を受け、彼女は腕を組んでうなる。
    「つってもなー、特にねーんだよな、今」
    「本当に、何もございません?」
    「いや、でもマジでさ、研究所のヤツらをごまかしてくれるだけでもありがたいってのは事実だぜ? マークは『アレ』に集中しなきゃならねーし、オレもルナも八方飛び回ってる状態だし。
     ソレにさ、……まー、いい機会だから一度言っとくか」
    「何をでしょう?」
     不満気な顔でそう尋ねたビッキーに、一聖は冷たい視線を向けた。
    「お前さん、『研究所に入りたい』とか『オレたちの助けになりたい』っつってたけど、実際のトコ、本心は違うよな?」
    「え」
    「ズバッと言うがお前さん、単純に自分が目立ちたいだけだろ。『みんなが活躍し、成功できたのは自分のおかげだ』って吹聴したいんだ」
    「い、いえ、そんなことはございませ……」「ございますわ、だ」
     チョコレートミルクを片手に持ち、一聖は左手でビシ、とビッキーの鼻先を指す。
    「オレが何年、お前さんのセンセーやってると思ってる? んなコトくらい、嫌でも気付くっての。
     コレを言っちまうとお前さんがプーっとむくれるだろうってコトは予測済みだが、あえて言う。お前さん、本っ当にワガママで図々しくて自分勝手だぜ?
     その素振りときたらいかにも世間知らずの、いいや、世間をなめてるお嬢様、『お姫様』だ」
    「……っ」
     一聖の言った通り、ビッキーはぷく、とほおを膨らませるが、一聖は構わず指摘を続ける。
    「口じゃ『王族なんて下らない』みたいなコトをほざいてるが、やってるコトはまんま、バカ丸出しの王侯貴族サマじゃねーか。
     自分の思い通りにならなきゃプンスカ怒って、何が何でも押し通そうとわめき散らす。なったらなったですぐ飽きて、また次のワガママを通そうとわめく。ソレは正に、あの腐れ外道の白猫党どもが打倒しろとほざく、『腐敗した王侯貴族』のモデルケースそのまんまだぜ、今のお前はよぉ?
     お前がこのまま次の王様にでもなっちまったら、3ヶ月と経たずに国は大混乱になるし、そうなりゃ白猫党の思う壺、気付いた時にゃあいつらの軍門に下ってるってワケだ。
     こりゃ『貧乏神邸』の呪いが大的中、ってコトだな。お前の代でトラス王家はおしまいだ」
    「あなた……ッ」
     ビッキーは顔を真っ赤にし、右手を振り上げる。
     しかしそれより一瞬早く、一聖はチョコレートミルクを机に置き、左手でビッキーの平手をつかみ、さらにもう一方の手が、ビッキーのほおを叩いていた。
    「きゃっ……」
     ビッキーが目を丸くし、自分のほおに手を当てたところで、一聖は元通りにチョコレートミルクを手に取った。
    「今言ったばっかりだぜ、おい?
     お前さんは相手が言うコト聞かなきゃ、なりふり構わずひっぱたくのか? 自分ん家のド真ん中ででけー音出して皆を引っかき回すのか? 電磁加速砲で親の頭フッ飛ばすのか?
     ソレもコレもぜーんぶ、お前のワガママから来る話じゃねーか。まず第一にソコ直さなきゃ、お前さんにゃ何にもさせられねーよ。マークだってルナだって他の皆だってな、自分の事情で動いてやしねーんだ。
     オレからルナとマークに言っとく。お前が自分のワガママを直さない限り、絶対に絶対、研究所にゃ一歩たりとも入れないようにしろって、な」
    「うー……ぐすっ……」
     散々に叱咤され、ビッキーは顔を伏せ、しくしくと泣き出してしまった。

     このやり取りを遠目に眺めていた葛と渾沌は、こそこそと耳打ちし合っていた。
    「きっついねー、カズセちゃん」
    「でもみんなが言って欲しかったことでしょ? マークやご両親も手を焼いてたみたいだし」
    「そーかなー」
    「少なくとも今回のこれで、ちょっとは反省したでしょ」
    「ま、多分ねー」
    白猫夢・上弦抄 4
    »»  2015.10.23.
    麒麟を巡る話、第574話。
    葛の葛藤。

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    5.
    「あれ?」
     と、葛が辺りを見回す。
    「そう言えば、タイカさんはー?」
    「先生? 帰ったわよ、とっくに」
     渾沌にしれっと返され、葛は目を丸くする。
    「え、帰っちゃったの? 魔力無くなったって言ってなかったっけ?」
    「なんか『思うことがある』とか言って、去年暮れくらいに『オリハルコン』の魔力を使って、さっさと。わたしは『ゆっくり休みたい』ってお願いしたし、しばらくこっちにいるつもりだけどね。
     あ、勿論ハーミット家との約束は、今も果たしてるわよ? ちょくちょくカプラスランドに行って、あなたのこと話したりもしてるし」
    「え、そなの? 元気してる? ママとパパとばーちゃん」
    「ええ、みんな元気よ。道場も軍での教官業も順調だし、家族仲も極めて良好。『帰ってきてほしいな』とも言ってたけどね。
     あなたと、葵が」
    「……んー……」
     渋い顔をした葛に、渾沌がこう続ける。
    「あなたにとっては憎い敵かも知れないけど、秋也とベルにとっては可愛い娘だし、ジーナさんにとっても可愛い孫なのよ、今でもね。わたしにしても、あの子とあなたは孫みたいなものだし。
     だから極端なことを言えば、何もかも15年前に戻って欲しいとさえ思ってるのよ。葵がまだ、のんびり眠っていられたあの頃に、……ね」
    「……ん、まあ、うん。そうだね、あたしもあの頃に戻れたらなって思うコト、一杯あるよ。でも、……ソレは、無理だよ」
    「どうして?」
    「あたしとアイツ、両方に問題があるもん。
     あたしはアイツのコトが許せないし、アイツは戻る気が無い。もし15年前と同じように、一緒に暮らそうとしても、きっと駄目。きっと、何かがおかしくなって、何かを掛け違えて、結局は大喧嘩になっちゃうよ」
    「それを正そう、正したいとは思わないの?」
    「思うよ。でも、……でも、ソレをやれる自信が、あたしには、無いの。
     アイツはあまりにも多くの人を不幸にし過ぎたし、あたしの身の周りも、15年前とはガラッと変わっちゃったんだよ? ソレを15年前に戻すコトなんて、誰もできないと思う」
    「そうね、確かにそれは、先生でもできないことだと思うわ。
     でも未来はまだ、いくらでも変えられるでしょ?」
    「未来を?」
    「ええ。もしかしたら、今あなたと葵に起こってる問題を解決する道が、どこかにあるかも知れない。
     そう思わないと、あなた――この先の人生に、希望を見出だせないでしょ?」
    「ソレ、……は」
    「あなたのおじいさんの、ネロ・ハーミット卿も言ってたことじゃない。『過去のいざこざに囚われたままじゃ、いい未来は訪れない。すぱっと割り切って、笑ってる方がいい』って。
     あなたがこのまま葵を倒すことだけを考えて、そしてそれが成就した、その時。あなたに何が残るのかしら?」
    「……」
    「あなたも分かってるんじゃない? きっと今よりもっとどうしようもない、底無しに暗い気持ちになるってことが」
    「……かも。……ううん、多分そうなる」
    「嫌でしょ?」
    「そりゃ、……うん。考えるだけでも嫌な気持ちになる。
     でも、どうすればいいの? あたし、どうしたらアイツのコト、折り合い付けられるの?」
    「それはわたしが出すべき答えじゃ無いわね」
     渾沌は肩をすくめ、こう返した。
    「あなたの人生は、あなたのものだもの。他の人には結局、あなたの苦しみと悩みは分からないわ。それは自分で折り合いを付け、整理し、片付けなければならないものよ。
     せいぜい悩むことね――困ってるのも自分。悩むのも自分。それならいつかきっと、自分が納得行くような良い答えを、自分で導き出せるはずよ。
     残念ながら葵は、そうじゃないみたいだけど」
    「……だね。白猫の言うコト聞いてばっかりだもんね」
    「だからこそ、葵は今、困ってるんだと思う。いいえ、もっとずっと昔から、悩み続けてるはずよ。白猫に会った、その日から。
     でも悩む自分と、答えを出す人が違う。きっと葵が望まない答えも、沢山出されてきたことでしょうね。
     ……こんな説教をしておいてなんだけど、葵のことはあなたが助けてあげて」
    「え?」
    「白猫の呪縛から解放してやれるのは、あなたしかいないわ。
     葵自身の力でそこから逃れることは、多分できない。あの子の思考の中に、そう言う道筋は全く用意されて無さそうだもの。
     あの子と最もつながりが深いのは葛、あなたよ。あなた以外に、葵を助けてあげられる人は一人もいないわ」
    「……」
     葛は答えず、その場から離れた。
    白猫夢・上弦抄 5
    »»  2015.10.24.
    麒麟を巡る話、第575話。
    Why done it?

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    6.
     葛とビッキーが帰った後で、一聖はマークとルナ、そしてフィオ夫妻を呼び寄せた。
    「確認したいコトがあるんだ」
    「って言うと?」
     首を傾げるルナに答えず、一聖はフィオに顔を向けた。
    「フィオ、お前さんが元いた世界じゃ、ビッキーが『コンチネンタル』を主導したっつってたな?」
    「ああ。577年に第3代国王に即位。その1年後に諸外国と連携を取り、さらにその翌年、『コンチネンタル』を発動した」
    「って話だったな。だが今日、ちょこっと気になったコトがあってな」
     一聖はビッキーが自分のところにも押しかけ、それを説教して帰した話を聞かせた。
    「結局、アイツはワガママなんだ。自分優位、自分中心、自分が輝いてなきゃ絶対ヤだってタイプだ」
    「まあ……、確かに」
     これを聞き、マークは苦い顔をする。
    「あの子はそう言うところがある。麦菓子事件も半分以上、周りを驚かして注目を集めたかったのが狙いだったんだろうし」
    「ソコでだ。そう言う自己中お姫サマが『フィオの世界』でどうして、『コンチネンタル』なんて面倒臭い大仕掛けをやったのか? ソレが気になるんだ」
    「何でって……、その話の流れで言ったら、目立ちたいからじゃ?」
     そう答えたフィオに、一聖はチッチッと人差し指を振って返す。
    「目立ちたいだけで、全世界規模の政争に首を突っ込むか?
     相手は世界最強かつ最悪と目される大軍勢だぜ? 下手打ったらどうなるか、予想できないワケでもないだろ?」
    「まあ、そう言われたら確かに。実際、『コンチネンタル』が失敗した後すぐに、彼女は一族もろともアオイに処刑されたらしいし」
    「実際にやる前から、誰だってそうなるだろうってくらいの想像は付くはずだ。だから――ドレほど目立ちたがりだからっつったって、ソレだけじゃ――そんなコトに首を突っ込むワケがねーんだ。
     よっぽど勝てるって目算があるか、ソレともそう吹き込まれてなきゃ、な」
    「どう言う意味?」
     尋ねたルナに、一聖は一瞬、部屋の端にいた渾沌に視線を向ける。
     渾沌が無言でうなずいたのを確認し、一聖はルナの猫耳に、ぼそ、とつぶやいた。
    「え? ……まさか!」
    「いいや、『アイツ』ならそう言う政争に嬉々として首を突っ込むし、使える『駒』がいるとなれば、なんだって使う。相手が王様だろうが将軍だろうが、オレの親父だろうが、な。
     ソレに、アイツが出張ってくる理由もちゃんとある。パラの姉ちゃんの話みてーに、どこかの国を操って滅亡させるなり成長させるなりすれば、カネが動く。とてつもない額のカネが、な。恐らく『コンチネンタル』が進行する裏で、アイツはソレを目論んでたはずだ。
     フィオ、お前さんが経済に詳しくないコトは承知だが、ソレでもそーゆー系のきな臭い話を聞いたコトは無いか?」
    「うーん……、母さんからは聞いてないけど、でも、新聞でそれっぽいのは読んだかも。白猫党のクラムとか、彼らが発行した公債とかが暴騰したって言うのは、チラっと見た記憶がある」
    「だろうな。オレもソコまで経済に明るくはないが、ある程度の流れは予想が付く。
     まず『コンチネンタル』で白猫党が揺らげば、ヤツらが発行したカネや手形の価値が大幅に落ち込むのは間違い無いだろう。
     ソコで『アイツ』が公債やら何やらをド安値で集め、その上で葵に戦況を盛り返させれば、とんでもない額の大儲けができるってワケだ。
     いかにも『アイツ』がやりそうな、薄汚い金儲けだ」
     一聖は立ち上がり、その場にいた全員を見渡した。
    「既に親父にも、この予想は伝えてる。向こうも『可能性としては十分ありうる、な』つってた。
     つーワケで、オレたちの作戦にはもう一つ、懸念すべき要素が生じた。『アイツ』を絶対に、この作戦に介入させるなってコトだ。
     味方なんてもっての外だ。『アイツ』はソレこそ、自分のコト以外は目に入らない、究極の自己中悪魔だ。引き入れたが最後、敵味方の区別無く皆殺しにされたっておかしくない。
     一方、『アイツ』が葵に加担するようなコトがあれば、オレたちにとっては相当、不利になる。下手すりゃ作戦の失敗、フィオの世界の二の舞になっちまう可能性もありうる。
     敵陣営にも味方陣営にも、絶対に『アイツ』が関わらないように、目を見張れ」
    「ええ、了解したわ」
    「分かった。最大限、気を付ける」
    「何か異常があれば、逐一報告するよ」
     うなずいたルナとフィオ、マークに対し、パラは青い顔で黙り込んでいる。
    「……」
     それを見たルナが、とん、と彼女の肩に手を置いた。
    「パラ。あなたは気にしないでいいわ。今回の件から、手を引いててもいいのよ」
    「……いえ」
     パラは顔をこわばらせたまま、強い声でこう返した。
    「我が主、いいえ、わたくしの母はルナ・フラウスただ一人です。それ以外に母や主を名乗る者がいたとしても、『人間の』わたくしとは何の関わりもありません。
     わたくしは、断固として戦います」
    「……そう」
     ルナはそれ以上何も言わず、ぎゅっとパラの手を握った。

    白猫夢・上弦抄 終
    白猫夢・上弦抄 6
    »»  2015.10.25.
    麒麟を巡る話、第576話。
    煽り屋マロ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「お招きいただきありがとうございます、っと」
     現在は白猫党の本部となっている、ヘブン王国の首都クロスセントラルの、その正に中心に位置するドミニオン城。
     その城門前でわざとらしく挨拶したマロと、そしてその隣に立つ女性を見て、シエナの右目はピクピクと痙攣していた。
    「……ざけんな」
    「はい?」
     思わず口から漏れてしまったのだろう――シエナはコホンと空咳をし、こう言い直した。
    「あなたの横にいるの、……いえ、いる人は何なの?」
    「忘れたか? オレだよ、オレ、オレ」
     ニヤニヤと笑いながらそう言い返した金毛九尾の狐獣人、克天狐に、シエナは右拳をプルプルと震わせながら、冷静を装った声を出す。
    「無論、覚えています。お久しぶりです、テンコちゃん。
     アタシが言いたいのは、何故、あなたが、マロと一緒にいるのか、と言うコトです」
    「理由は3つある。1つはマロの身の安全を守るためだ。前回だってお前ら、コイツに襲いかかったじゃねーか。マロは話し合いしようつったにもかかわらず、だ」
    「そ、ソレは……」
    「今回だってお前らの本拠地が話し合いの場だ。いくらお前らが口で『襲う気は無い』つったって、そんなもん誰が信じるよ?
     つーワケで、オレが同行してる。例えお前らの『最大戦力』がしゃしゃり出てこよーと、戦艦一隻ブチ込んでこよーと、コレなら安全ってワケだ」
    「だからって、何であなたが、わざわざ……」
    「2つ目。お前ら、オレが『島』にいなかった時に、何したよ?」
    「う……」
    「そのお礼参りも込めて、だ。ま、城ん中で暴れ回ったりはしねーが、ソレでもお前らがヘンなコトしようとしたら、それ相応の『お返し』はさせてもらうから、な」
     天狐に冷たい視線をぶつけられ、シエナの顔色が悪くなってくる。
    「そんで3つ目だが、マロがしようって話に、オレはまったく無関係ってワケじゃねーからな。いわゆる証人喚問ってコトだ」
    「そ、……そう。ええ、まあ、……そう言う事情なら、仕方無いですね。では、立ち話もなんですから、……中に、どうぞ」
     そう言って、シエナは背を向ける。
     そのあからさまに苛立った様子を見て、マロと天狐はパチ、とウインクし合っていた。
    (完璧だな)
    (ええ、計画通りですわ)

     城内に通され、廊下を進む間も、マロたちはシエナを煽っていた。
    「5年ぶりに来ても、全然変わってませんな」
    「そっか」
    「相変わらずみんな、シケた顔しとりますわ。よっぽどお忙しいようで」
    「ま、そうだろ。毎日人を蹴落とすコトばっかり考えてる、クソみたいなヤツらばっかりだからな」
    「あはは、そうですな」「ちょっと」
     先導していたシエナが立ち止まり、二人をキッとにらみつける。
    「黙っててもらえない?」
    「なんで?」
    「皆仕事中なのよ」
    「俺も仕事や」
    「ドコがよ」
    「何や? お前、金火狐からの勅命が仕事や無いっちゅうんか?
     おーおー、偉うなったもんやなあ! 天下の金火狐よりウチらの方が偉いぞーってか!」
    「声が大きいッ!」
    「大きいのんはお前や。さっさと案内せえや」
    「……~ッ」
     この時点で既に、シエナの顔は真っ赤になっていたが、それでも会議室に到着するまで、マロたちは散々にシエナや白猫党を腐していた。

    「会議を始める前に、……ちょっと、待っててちょうだい」
    「なんで?」
    「準備を整えるからよ」
     吐き捨てるようにそう返し、シエナは会議室を出る。
     ある程度会議室から離れたところで、シエナは近くにあった消火器をつかみ、窓に向かって投げつけた。
    「っらあああああッ! ふっざけんなあああッ!」
     がしゃん、と派手な音を立てて窓ガラスが割れ、外へ飛んで行った消火器が破裂し水が噴き上がるが、シエナの怒りは収まらない。
    「付け上がりやがってッ! クソッ、クソッ、ふざけんな、クソッ!」
     辺りにあった小物や調度品を片っ端から外に投げ始めたところで、トレッドが慌てて駆け寄ってくる。
    「そ、総裁、総裁! お収め下さい!」
     トレッドが彼女を羽交い締めするが、シエナはバタバタともがき、暴れるのをやめない。
    「アイツ何なのよ、マジで!? アタシが笑って許すとでも思ってんの!?」
    「気持ちは分かります! 分かりますがしかし、収めて下さい!」
    「……ぐっ」
     トレッドに諌められ、シエナはようやくもがくのをやめるが、それでも苛立った声が彼女の口から漏れる。
    「テンコちゃんがいなけりゃ、あんなクズさっさと……!」
    「総裁、言葉が過ぎます。殿中ですから、どうか収めて下さい」
    「……ええ、……そうね、……冷静にならなきゃ。
     そうね、こっちもテンコちゃんへの対抗策を用意しておきましょう。アオイを呼んでおいてもらえるかしら? 多分、寝室にいると思うし」
    「承知しました」
     シエナから手を離し、トレッドがその場を離れる。
     残ったシエナはほとんど枠だけになった窓に目を向け、はあ、とため息をついた。
    「冷静に、……よ」
    白猫夢・偽計抄 1
    »»  2015.10.26.
    麒麟を巡る話、第577話。
    レジスタンス。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     シエナが会議室に戻るなり、マロがニヤニヤと笑いながら声をかけてきた。
    「用事、済みました? えらい音立ててはりましたけど」
    「ええ。それじゃ、交渉を始めましょうか」
     シエナはマロたちの向かいに座り、話を切り出した。
    「あなたの話によれば、今回の電波ジャック犯の素性と居場所を知っている、とのことだったわね」
    「ええ」
    「ソレを教えてくれるかしら?」
    「条件の話は?」
     小馬鹿にした口ぶりで、マロがそう返す。
    「俺に、白猫党における相応の地位をくれるっちゅう話はどうなりました?」
    「幹部陣で協議した結果、党員管理部の央中方面顧問職を用意するコトでまとまったわ。ソレならどう?」
    「どう、ちゅうても何とも言われませんわ。その顧問だか何だかは、党の中で何するとこです? それと報酬は?」
    「当管理本部は統治下にある地域に対し、適切かつ相応した社会を提示および提供し、ソレにそって適切に指示・指導していくコトを職務としてる。でも万全にこなすには、その地域に対して十分な理解が無ければ難しいわ。
     ソコであなたには顧問として、央中において我々がどのように指導すればいいか、情報を与えてもらおうと考えてるわ。
     報酬については、年俸1千万クラムでどうかしら?」
    「なかなか破格やないですか。そんなにええんですか?」
    「無論、この額に見合う働きができないなら、どんどん下げるつもりではあるわ。以前にアンタがいた時みたいにね。
     ソレで、どうなの? この条件を呑むの?」
    「まあ、ええでしょ、異存なしですわ」
     鷹揚にうなずいて見せたマロを見て、シエナの顔にまた、険が差す。
    「じゃあいい加減、教えなさいよ。ジャック犯のコトを」
    「分かりました、分かりました。
     ほな、まずは首謀者の名前と種族から。名前はアレックス・トポリーノ。兎獣人の女です」
    「トポリーノって、あのトポリーノ?」
    「そのトポリーノですわ。詳しく言うたら金火狐商会の技術研究部主任、ノイン・トポリーノの従姪ですな。と同時に優れた技術者でもあり、俺たちの後輩――天狐ゼミの卒業生でもあります。テンコちゃんが関係しとるっちゅうてたんは、そこですわ。
     彼女は現在、白猫党に対するレジスタンスみたいなことをしとるらしくて、電波ジャックはその一環ですわ」
    「ちょっと待って。電波ジャックをしてる、と言うか、ラジオに出てるのは『Mr.コンチネンタル』と名乗る男性のはずだけど?」
    「それは彼女の部下の一人ですわ。首謀者やっちゅう人間がそんな簡単に、のこのこ人前に出たり声を聞かせたりはせえへんですやろ?」
    「そう、……ね。一理あるわね」
    「ま、トポリーノ家は金火狐を支える技術者一族ですからな。白猫党の持っとるのんと同水準の技術を、彼らも持っとるわけです。総裁お得意の、通信技術に関しても。
     その技術で白猫党にちょっかい出しとるわけですけども、それは同時に、金火狐財団にとってもあんまりよろしくないことになっとるんですわ。
     そう、『ラジオ電波を勝手に流しとる』っちゅうその行為が、財団が持っとる計画にとっても邪魔なんですわ」
    「なるほど。金火狐もいずれ、ラジオ事業に手を出そうとしてるってワケね」
    「ご明察です。実際、今は下準備を整えとるところなんですけども、試験電波を放射しようにも、アレックスがびゅんびゅん妨害電波を出しまくってますからな。金火狐にとっても、邪魔でしゃあないんですわ。
     かと言って、財団に軍事力はありまへん。わざわざ自国領外に出てアレックスを拿捕でけるような戦力は、あらへんのですわ」
    「だからアタシたちに協力を要請、……ってトコかしら」
    「そうです。で、どうですやろ? お願いでけますか?」
     尋ねたマロに、シエナは冷たい視線を向けてきた。
    「……」
    「何です?」
    「妙よね」
    「へっ?」
     シエナのその一言に、それまで斜に構えていたマロから、慌てたような声が漏れた。
    白猫夢・偽計抄 2
    »»  2015.10.27.

    麒麟の話、第11話。
    最も避けるべき、最も望ましい未来。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    11.
     見たくないものを、見てしまった。



     アオイはボクの、ボクと言う神にとっての、天使だったはずだ。
     アオイがこの世に生まれてからずっと、アオイはボクの、第一の使徒だったはずだ。
     アオイがボクに歯向かうコトなど、ありえないはずだ。
     あってはならないはずだったんだ!

     ボクは「見た」。アオイが、ボクに刃を向けている光景を。
     勿論――ボクほど未来を、数多ある並行世界を観測し続けてきた者はいないから、ソレは誰よりも良く知っているコトだけど――この未来が絶対に、100%何の紛れも無く起こるとは、断言できない。何らかの偶然やほんの少しの選択、挙動の違いで、起こるはずのものが起こらなくなるコトは十分にある。
     そう言うケースは幾度と無く見てきたコトだし、この件だって、その要素は十分に含まれている。だけど「見た」以上、何%か、何十%の確率で起こるコトになる。起こりうる未来の一つとして、ボクの未来視に現れたんだ。
     だからボクは、何が何でもこの未来がこの世界において発生・実現させるのを、どんな手を使ってでも阻止しなければならないんだ。



     だけど。

     絶対に起こってほしくないと思う一方で、この未来視はボクを、何千年かぶりに悦ばせてくれていた。
     何故かって? 分からないか?
     ボクに対して、アオイが「刃を向けていた」んだよ? 夢や幻ではない、実物の刃をだ。
     そう、つまりソレは、今ボクがいる「夢の世界」での出来事じゃない。現実において起こっていたコトだったんだ。
     ソコから導き出される答えは、そう、即ち――ボクが現世に蘇っている、と言うコトなんだ!



     この未来を「見て」、ボクは一瞬、ほんのちょっと悩んだ。

     アオイがボクに歯向かうコトなど、起こってほしくない。戦えば間違いなく、ボクが勝つ。しかしソレは、アオイが死ぬコトとほぼ同義だ。ソレはとてつもなく惜しい。
     だけど何故、ボクは彼女を惜しんでいるのか? ソコまで考えたところで、彼女を惜しいと言う気持ちは霧散した。
     ボクが惜しいと思うのは、ボクにとっての――そう、「今は」動けないボクにとっての、史上最大にして最良の手駒だからだ。
     だけどあの未来では、ボクは蘇っている。つまりアオイの手を借りずとも、自由に世界へ干渉できるようになっている、と言うコトだ。
     である以上、アオイに今求めているような利用価値など無いんだ。むしろ敵になると言うのなら、ボクは喜々としてアオイを殺すだろう。



     ああ……! 楽しみで仕方がない。
     ボクはいよいよ、現世に復活するんだ。
     アオイはその贄(にえ)となる。四半世紀にわたって色々と手助けしてくれた彼女だ。ソレに対して少しばかりは、敬意を払ってやろう。
     だが同時に、ボクを散々苛立たせてくれた、この上なく鬱陶しい一族の末裔だ。だからアオイと、そしてついでにカズラも。姉妹揃って――ボクの秘義を以って、一欠片残さずこの世から消滅させてやる。

     永遠にだ!

    白猫夢・麒麟抄 11

    2015.09.27.[Edit]
    麒麟の話、第11話。最も避けるべき、最も望ましい未来。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11. 見たくないものを、見てしまった。 アオイはボクの、ボクと言う神にとっての、天使だったはずだ。 アオイがこの世に生まれてからずっと、アオイはボクの、第一の使徒だったはずだ。 アオイがボクに歯向かうコトなど、ありえないはずだ。 あってはならないはずだったんだ! ボクは「見た」。アオイが、ボクに刃を向けて...

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    麒麟を巡る話、第549話。
    鼻持ちならない旧友。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「マロから手紙だ」
    「は?」
     マークから告げられた言葉が頭の中で処理しきれず、結果、フィオはとぼけた返事をした。
    「誰って?」
    「だから、マロ。マラネロだよ。
     白猫党の幹部で、天狐ゼミの同期生で、僕と君をヘブン王国郊外で殺そうとしたゴールドマン……、いや、アキュラ・ゴールドマン家の狐獣人」
    「……あ、あーあー。いたなぁ、そんなの」
     記憶の線がつながり、フィオはようやくうなずいた。
    「久々だなぁ。いや本当、久々すぎて誰だったか分かんなかった。10年ぶりくらいだっけ?」
    「正確には9年かな。566年の話だし。だよね、パラ?」
    「あ、はい」
     フィオの背後に立っていたエプロン姿のパラが、こくんとうなずく。
    「確かそうです。わたくしたちが出会ったのと、同じ日のはずです」
    「……なんかさ」
     と、マークが苦笑いした表情を浮かべる。
    「パラ、話し方が前よりぼんやりしてる気がする。
     前だったら『わたくしたちと出会った時期とほぼ合致しております』とか言いそうなのに」
    「もう人間ですから。記憶に齟齬(そご)や欠如した部分が出てくるのは自然です」
     パラもマークに合わせるように、苦笑して見せる。
    「それでマーク、マラネロ氏からの手紙と言うのは、どのような内容なのでしょうか?」
    「あ、そうそう。
     えーとね、まあ、すごくビックリしたんだけどね、……何でも彼、今、刑務所にいるんだってさ」
    「刑務所だって? 白猫党で横領でもしたのか、あいつ?」
    「いや、手紙によると、党の方は5年前には抜けてたらしいよ。罪状については、こっちも直接は言及してない――って言うか、多分刑務所の検閲なのかな、あっちこっちがぐりぐり塗り潰されてるんだけど――どうやら金火狐財団に対して、かなり深刻な被害を与えたんだって」
    「良く分からないな。手紙、持ってきてるの?」
    「ああ。あ、それでさ、パラとルナさんとカズセちゃんと、あとカエデさんにも見せたいから、ちょっと呼んでくるよ。
     とりあえず手紙は渡しとく。先に読んでていいから」
    「ああ、分かった」
     玄関からそそくさと離れるマークの後ろ姿を眺めながら、フィオはくる、と振り向き、パラに尋ねた。
    「じゃ、読んでみようか」
    「ええ」



    「親愛なる同窓生 マーク・トラスへ

     私は今、刑務所に収監されています。(検閲)と(検閲)への傷害・殺人教唆と(検閲)への一級業務妨害を犯したためです。
     特に後者の罪は(検閲)への影響が大きかったため、情状酌量の余地はおろか、裁判を受ける機会すら与えられることなく、終身刑が課せられました。そのため私は死ぬまで市立刑務所に服役することが確定しており、収監から既に5年が経過しております。
     ですがこの数年、どうしても出所したい、それも出来る限り早くと言う強い願いがあり、私はとある知人(訂正 ホンマは俺(訂正 私)の恋人)を通じて(検閲)へ願い出たところ、(検閲)より司法取引が提案されました。
     それは私を仮出所させる代わり、私が570年まで加入していた(検閲)に関する情報をすべて(検閲)に提供せよと言うものでした。
     当然、私は知りうるすべての情報を伝えました。しかし(検閲)からは「この程度の情報では、(検閲)を撤退させられる可能性は皆無だ」との返答が送られ、この取引は成立しませんでした。

     そこで、あなた様を殺そうとした身ながら、厚かましくもお願いしたい件がございます。
     どうかゴールドコースト市立刑務所へご足労いただき、あなた様の方で知り得た情報を提供していただけませんでしょうか?
     その情報が(検閲)にとって有益なものであれば、今度こそ、私の仮出所が現実になるのではと期待しています。
     私の、後人生のすべてを懸けた願いを聞いていただければと、切に願っています。どうかよろしく、お願いいたします。

    マラネロ・アキュラ・ゴールドマン」



    「……パラ」
     手紙を読み終え、フィオはげんなりした声でパラに尋ねる。
    「なんでしょう?」
    「マロの奴、マジで厚かましいって言うか、図々しいと思わない?」
     尋ねたフィオに、パラはこくこくとうなずいて返した。

    白猫夢・狼煙抄 1

    2015.09.28.[Edit]
    麒麟を巡る話、第549話。鼻持ちならない旧友。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「マロから手紙だ」「は?」 マークから告げられた言葉が頭の中で処理しきれず、結果、フィオはとぼけた返事をした。「誰って?」「だから、マロ。マラネロだよ。 白猫党の幹部で、天狐ゼミの同期生で、僕と君をヘブン王国郊外で殺そうとしたゴールドマン……、いや、アキュラ・ゴールドマン家の狐獣人」「……あ、あーあー。いたなぁ、そん...

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    麒麟を巡る話、第550話。
    マークの侠気。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「え、……マーク、それマジで言ってる?」
    「ああ」
     ルナ、一聖、そして楓を伴って戻ってきたマークに、フィオたちがマロへの返答を尋ねたところ、マークはなんと、この厚かましい要請に応じると答えたのだ。
    「なんでさ?」
    「なんでって、……まあ、確かに僕たちを殺そうとした奴にこんなお願いをされるのは不愉快だし、自分の罪をちゃんと償わず帳消しにしようと画策してるってのも鼻持ちならないけどさ、それでも彼は本気で困ってると思うんだ。きっと本当に、僕以外に頼れる人がいないんだろう。
     だって、腐っても金火狐一族だろ? それなら傍系のアキュラ家であろうと、金と人脈、権力を使って多少の減刑はできると思う。でも終身刑は、市国で一番重い罰のはずだ。それを受けてるってことは、減刑がまったく叶わなかったんだろうな、って。となれば十中八九、彼は金火狐一族から勘当・除籍されちゃってるんだろう。
     金火狐一族と白猫党、その両方に見放された彼が頼れるのは、本当にもう、僕だけなんだろう。その僕までもがマロを見捨てたら、彼にとってはどれだけ絶望的か。……そう考えたら、断るに断れないなって」
    「お人好しね」
     マークの主張を、ルナは鼻で笑う。
    「で、あたしたちを呼んだ理由は? もう行くって決めてるなら、一人でさっさと行けばいいじゃない」
    「いや、このまま僕が行ったとしても多分、何にも変わらない。だって白猫党に対して僕が知ってる情報なんて、マロ以上にあると思えないもの」
    「ま、そりゃそーだ。元幹部と勧誘されかけた一個人じゃ、な」
     一聖が肩をすくめ、こう続ける。
    「で、オレたちが知ってる情報も併せて伝えれば、ってコトか?」
    「ええ、そうです。何しろ『フェニックス』として活動してきたこの5年間、白猫党、取り分けその中核であるアオイさんについて調べた情報は、決して少ないものではない。
     それを提供すれば、財団も多少は取り計らってくれると思うんです」
    「あたくしは反対ですわね」
     楓がぱたぱたと手を振り、こう返す。
    「あたくしたちが集めてきた情報をみだりに漏らすことは、あたくしたちの状況を危うくすることに直結いたしますもの。
     アオイが自分についてのあれやこれやを公表されて、呑気に構えているとは到底思えませんし。きっと知った人間、そして言いふらした人間を、速やかに口封じしようと動くでしょう」
     楓の意見に、パラも続く。
    「わたくしも同意見です。アオイの機動力を甘く見るべきではありません。
     そもそもこの話は、マークにとって何の利益もありません。それどころか、この手紙に検閲された箇所が多数見受けられることから考えると、安易な情報の提供・交換は、市国当局に拘束される可能性があります。
     危険性しか無い行為です。面会することを、強く反対いたします」
    「でも……」
     マークが反論しかけたところで、一聖が手を挙げた。
    「オレは賛成。付いてくぜ」
    「なんでよ?」
    「人を助けんのに、うだうだ言うつもりはねーよ。ソレにマロだって、オレんとこに在籍してた学生だ。教え子が困ってんのに、手を差し伸べない先生がいるかっつの」
    「カズセちゃん……!」
     マークは一聖の手を取り、深々と頭を下げる。
    「いいって。……んで、どうする? 他に来る気のあるヤツはいるか?」
    「……じゃあ、僕も行くよ」
     と、フィオが挙手する。
    「え? いいの?」
    「親友がわざわざ危険に足を突っ込んで、それをほっとくような僕じゃない。ま、マロが期待するような情報は、残念ながら持ってないけどさ」
    「ありがとう、フィオ!」
     マークがフィオに対しても頭を下げたところで、パラも申し出た。
    「フィオが行くならわたくしも行きます。わたくしの夫ですし。一蓮托生です」
    「へっ、隙あらばのろけやがって。お熱いね、お二人さん」
    「えへ、へへ……」「……うぅ、口走ってしまいました」
     フィオとパラが揃って顔を赤くしたところで、ルナが肩をすくめた。
    「じゃあ芋づる式に、あたしも行くことになるわね。娘夫婦を危険にさらせないし」
    「ありがとうございます、お母様」
    「となれば、コレで全員か。楓は、……まあ、行く義理は無いか」
     期待の無さそうな口ぶりで一聖がそう尋ねたが、楓はしかめっ面でこう答えた。
    「ここであたくしだけ行かない、とは申せませんでしょう?
     それにゼミ時代には、マロからお酒などをご馳走になった縁がございますし。借りは返しておきたいですから」
    「いいね、上等だ。マーク、お前さんの見る目は間違ってなかったみたいだな」
     一聖にほめられ、マークは「へへ……」とはにかんだ。

    白猫夢・狼煙抄 2

    2015.09.29.[Edit]
    麒麟を巡る話、第550話。マークの侠気。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「え、……マーク、それマジで言ってる?」「ああ」 ルナ、一聖、そして楓を伴って戻ってきたマークに、フィオたちがマロへの返答を尋ねたところ、マークはなんと、この厚かましい要請に応じると答えたのだ。「なんでさ?」「なんでって、……まあ、確かに僕たちを殺そうとした奴にこんなお願いをされるのは不愉快だし、自分の罪をちゃんと償わず帳...

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    麒麟を巡る話、第551話。
    白んだマロ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     央中、ゴールドコースト市国、市立刑務所の面会室。
    「久しぶりやな、マーク。なんかオトナになったなぁ」
    「そりゃ、もう25歳だもの。結婚もしたし、子供も去年生まれたし」
    「へぇ、もう嫁さんと子供おんのかー……。絵に描いたような幸せっぷりで、うらやましいわ、ホンマ」
     5年ぶりに会ったガラス越しのマロは、ひどく衰えていた。
     マークたちを襲った際に傷を負った左目は、今は白く濁っており、失明しているのがはっきりと分かる。髪は半分近く白髪となっており、金火狐一族の遺伝かつ代名詞である金髪に赤メッシュも、ほとんどかすんでしまっている。肌も病的に白く変色しており、マロの全身はほとんど真っ白に見えた。
     すっかり脱色してしまったマロの姿に、マークは内心、ひどく衝撃を受けていた。
    「見たままや」
     マークの内心を察したらしく、マロが自嘲気味にこぼす。
    「俺はこの通り、もう燃えカスみたいなもんや。このまま出所したとしても、何もでけへん。
     それでもな、……俺は出たいねん。どうしても、や」
    「その理由を聞きたいんだけどさ」
     どうにか冷静な声色を作り、マークが尋ねる。
    「手紙に恋人がどうとかって書いてあったけど、それが理由?」
    「察しがええな」
     灰のようだったマロのほおに、わずかにだが紅が差す。
    「俺とは遠縁なんやけど、一応俺と同じアキュラ家のヤツで、ミランダって言うねん。俺の5つ上で今年32歳。実はバツイチで子供も2人おるけど、ちょっと色々あって、仲良うなってな」
    「……ミランダ? ……ん?」
     と、マークがポン、と手を打つ。
    「もしかして、ミランダ・アキュラ・ゴールドマンさん?」
    「え、お前知っとんの? なんで?」
     目を丸くしたマロに、マークがまくし立てる。
    「そりゃ知ってるさ、外科治療の権威だもの! 僕も研究のために何度か手紙をやり取りしたり、直接会って意見交換したりしたし、……あー、分かった!」
     マークは自分の目を指差しつつ、マロに確認する。
    「君の目を診に来たのが縁なんだね?」
    「せや、ご名答。見ての通り、片っぽ見えんようになってしもてな。刑務所の医療室で手に負えへん、特殊な症状が出とるっちゅうことで彼女に診てもろてたんやけど、その間に話とか色々しとるうちに、お互い好きになってしもてな、……て、話したいんはそこちゃうねん。
     まあ、ほんでやな、こんなゴミ以下の俺やけども、どうしても彼女と結婚したいねん。そら釣り合わへんのは百も承知や。それでもミラはええって言うてくれたんや。そう言われたらもう、一緒になりとうてなりとうて、たまらんねや……!」
     マロは顔をくしゃくしゃにし、ボタボタと涙を流し始めた。
     と、これまでマークの後ろで静観していたルナと一聖、楓が、揃って顔を下に向ける。
    (……笑ってるな)
     マークは振り向きこそしないものの、漏れ聞こえてくる声でそれを察する。
    「笑うなッ!」
     と、マロが涙でほおを濡らしたまま、怒鳴り出す。
    「お前らみたいに真っ当に生きてる人間にとったら、そらお笑いやろけどな!? 俺は真面目に話しとるんや!」
    「あー、ごめんなさいね」
     ルナが目を拭いながら、手をぱたぱたと振る。
    「でもあたしたちみんな、あなたが思うほどまともな生き方してないわよ。まともなのはマークくらい。……ま、そんなことどうでもいいわね。
     で? マークにどうしてほしいのよ? あんたを助ける知恵を授けてほしいって?」
    「まあ、そんなところや。
     手紙にも書いた通り、ミラを通して財団に、どうにか仮出所でけへんか頼んでみたんや。そしたら『白猫党が依然として央中に居座っとるんがうっとおしいから、元党員のお前がそれをどうにかでけへんか』って返って来たから、とりあえず党について知っとることを全部話したんや。でも……」
    「その辺りも手紙で書いてあったわね。大した情報じゃないって言われたんでしょ?」
    「せやねん。……え」
     マロが憮然とした顔をする。
    「マーク、お前こいつらにも読ませたんか?」
    「ああ。この人たちも情報を持ってるから。足しになるかと思って」
    「……まあ、ええけど」
    「それで、ちょっと聞いておきたいんだけど」
     ルナが立ち上がり、ガラスの壁に半ばもたれつつ、こう尋ねた。
    「どんな情報を渡したの? もしあたしたちが持ってるものと被ってたら意味が無いし、詳しく聞かせてちょうだい」

    白猫夢・狼煙抄 3

    2015.09.30.[Edit]
    麒麟を巡る話、第551話。白んだマロ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 央中、ゴールドコースト市国、市立刑務所の面会室。「久しぶりやな、マーク。なんかオトナになったなぁ」「そりゃ、もう25歳だもの。結婚もしたし、子供も去年生まれたし」「へぇ、もう嫁さんと子供おんのかー……。絵に描いたような幸せっぷりで、うらやましいわ、ホンマ」 5年ぶりに会ったガラス越しのマロは、ひどく衰えていた。 マークた...

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    麒麟を巡る話、第552話。
    元幹部からの情報。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     マロはまず、党首シエナについて話し始めた。
    「白猫党の党首はシエナ・チューリン。540年、ゴールドコーストの下町生まれ。詳しいことは聞かんんかったけど、下町時代には結構ひどい目に遭うてたらしいわ。
     その後、半独学で魔術の勉強して、天狐ゼミに入る。……とまあ、ここまではお前らも知っとるやろ?」
    「ええ、聞いた覚えがあります」
     マークと、背後にいたフィオ、楓がうなずいたところで、マロはニヤッと笑う。
    「ほな、シエナの研究テーマは何やったか、覚えとるか?」
    「いや……、あんまり。ぼんやりとしか」
     首を傾げたマークに代わり、一聖が答える。
    「通信魔術についてだろ? 近年爆発的に普及した電信・電話に対抗して、古来より使われてきた通信術にアドバンテージを見出だし、再利用できないかって言う内容だったな」
    「え、ちょ? お前なんで知っとんの?」
     マロはこの黒少女が、天狐の中身だとは知らない。それを説明せず、一聖が煙に巻く。
    「ま、ちょっとな。お前らの先生とはすごく親しいんだよ」
    「はあ、そうかー……。ま、ええわ。ともかく、その研究内容が重要やねん。それこそが、白猫党の常勝無敗の理由の一つや」
    「って言うと?」
     尋ねたルナに、マロは得意気に説明する。
    「結論から言うとな、シエナは通信術に限らず、あらゆる種類の電信・電話をも傍受・妨害でける魔術を編み出しよったんや。アオイさんと共同でな」
    「マジかよ」
     これを聞いて、一聖が苦い顔をする。
    「となりゃ、敵のトップ同士が電話で会談したり、敵陣営で司令本部から指揮官へ命令が下されたりって言うのが全部……」
    「せや。『預言』が無くとも、俺たちは事前に敵が自陣でベラベラ無警戒にしゃべり倒した内容を、好き放題に盗聴して把握できたんや」
     楓も合点がいったらしく、両手をぱちんと合わせた。
    「そう言えばあたくしの兄も、電話では重要な内容を伝えようとは全くされませんでしたわね。重要な話はいつも、直接会ってしておりましたし」
    「ああ、せやったな。アマハラさんのお兄さん、新聞で見ましたわ。まあ、盗聴に気付いて対策しとる奴もおるやろな、術が使われだしてから何年も経っとるし」
    「確かにそんなもん使われてたら、軍の指揮系統なんかメチャクチャになっちまうな。上意下達が成り立たねー軍隊なんか、まともに機能するワケがねーよ。
     なるほど、そりゃ勝てなかったワケだぜ」
    「勝てへん理由はもう一つある。単純に、使てる兵器がめっちゃ強いんや。
     元々の設計は金火狐商会のものなんやけど、それを改修したんがデリック・ヴィッカーっちゅうヤツやねん」
    「ヴィッカー? 聞いたコトあるな。金火狐商会のヤツだろ?」
     そう返した一聖に対し、マロは「ちゃうちゃう」と首を振る。
    「それは親の方やな。金火狐商会武器開発部長やった、デビッド・ヴィッカーの方やろ? 俺が言うてるんは、その息子や。
     その口ぶりやと、親の方の評判も聞いとるよな?」
    「ああ。自動小銃やら回転連射砲、機関砲やらを開発した天才銃火器開発者、『死の博士』ヴィッカーだろ? その息子も同じ道に進んだと聞いてるが……、白猫党にいるのか?」
    「俺の持っとる確かな情報では、568年までは党におった。央北での戦争が終わった直後に白猫軍が組織されたんやけど、その司令とソリが合わへんようになってな。
     ほんで、党を抜けてたはずやねんけど……」
    「はず、とは?」
     尋ねた楓に、マロは自信なさげに答える。
    「どうも復党しとるっぽいねんな。新聞で読んだ話やけど、央南の戦争が下火になりだした辺りから、あいつら兵器の大改修やり出したらしいな」
    「ええ、そのようですわね」
    「変やないか? 戦争真っ只中で戦況がどんどん激しくなる、もっと強い武器がいるでって時やったら、改修するんは当たり前や。
     でも戦争が終わりそうや、現状の戦力でもう十分やろっちゅう見込みが立つような時に、なんでわざわざ、……て思わへんか?」
    「まあ……、確かに」
    「もしかしたら、これは復党したヴィッカー博士が指示しとるんやないか、と俺はにらんどるんよ。
     新聞でも、565年の党結成と同時に使い始めてから、それまで一回もやってへんかった改修をいきなり――央中の新聞に載るくらいに――大々的にやりよるっちゅう理由は多分、それしか無い。博士がこしらえたもんをがらっと改修でけるんは、博士本人くらいやろしな」
    「一理あるわね」
     ルナはうなずきつつも、続いてこう返す。
    「でもそれだけじゃ、そのヴィッカー博士がいるって根拠としては不十分ね。そもそもその博士が一人いるくらいで、何がどう変わるのかしら」
    「央中攻略戦の時、白猫軍が簡単に市国を攻めへんかったんは、市国側の攻撃力が侮れへんかったからや。それは即ち、市国が持っとる金火狐製の兵器を警戒してたからやで。
     その、白猫党すら脅威と思う兵器を自在に改造・改修でける奴がいとることを、脅威や無いと?」
    「離れたって割には、随分と白猫党を持ち上げるわね」
    「……お前も公安と同じこと言うんか」
     マロはがっくりとうなだれ、失望の色を見せた。

    白猫夢・狼煙抄 4

    2015.10.01.[Edit]
    麒麟を巡る話、第552話。元幹部からの情報。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. マロはまず、党首シエナについて話し始めた。「白猫党の党首はシエナ・チューリン。540年、ゴールドコーストの下町生まれ。詳しいことは聞かんんかったけど、下町時代には結構ひどい目に遭うてたらしいわ。 その後、半独学で魔術の勉強して、天狐ゼミに入る。……とまあ、ここまではお前らも知っとるやろ?」「ええ、聞いた覚えがありま...

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    麒麟を巡る話、第553話。
    その時、マークに天啓走る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     マロは恨みがましく、財団と公安が彼に取った対応を愚痴り始めた。
    「公安も言うてたわ、『そんな情報が何になる』『憶測ばっかりやないか』『いつまで幹部気取りのつもりや』ってな。
     そら盗聴術の話はそこそこ有用やとは言うてたけども、でも『減刑に値するほどの情報やない』ちゅうて、結局なんも無しや。あんまりやあらへんか?」
    「妥当な評価と思われますが」
     憤るマロに対し、パラがにべもなくそう返す。
    「その情報で白猫軍がどうにかなるとは思えませんし」
    「……ぐっ」
     返す言葉が無いらしく、マロはうなだれた。
    「それで? 他には無いの? 白猫党の幹部時代につかんだ裏情報とか」
    「……それくらいしか」
    「あたしが公安とか財団の幹部だったら、それで恩赦なんてするわけ無いわよ」
    「う、ぐうっ……」
     マロは頭を抱え、ぐすぐすと泣き出してしまった。

     べそをかくマロを嘲るように眺めながら、ルナが促す。
    「帰りましょ、マーク。もうこれ以上、ここにいる意味は無いわ。あたしたちから提供できる情報も、こいつを助けるほどじゃないし」
    「……」
     が、マークはマロをじっと見つめたまま、動かない。
    「マーク?」
    「ちょっと待って」
     ルナを制し、マークは黙り込んだ。
    「マロ」
     1分か、2分ほど経って、マークが声をかけた。
    「……なんや」
    「僕の意見としても、このままじゃ君を出してあげられない」
    「もうええわ。俺はこのまま……」「何故って、懸けるものが小さ過ぎるからだ」
     そう続けたマークに、マロは涙で濡れた顔を挙げた。
    「なんやて?」
    「単なる情報と君の釈放じゃ、あまりにレートが違い過ぎる。もっと大きなものを天秤に載せなきゃ、吊り合わないよ」
    「どう言う意味や?」
    「僕に考えがあるんだ。いや、今思いついた。君はその計画に役立つかも知れない」
    「は……?」
     マークは背後に座っていた皆に向き直り、手招きした。
    「今はまだ、僕自身も荒唐無稽としか思えない作戦だ。でもこれが成功すれば、央中からの撤退どころじゃない。
     白猫党は一転、内部分裂の危機を迎え、瞬く間に世界中の戦線から撤退、全面的に手を引くはずだ」
    「……おい、マーク、それって」
     フィオが面食らった様子で尋ねる。
    「『コンチネンタル』か……!?」
    「多分それだ。僕が思いついた作戦は多分、君の世界でそう呼ばれていたものに該当すると思う」
    「フィオの世界? どう言う……?」
     いぶかしむマロをよそに、マークは自分の考えを説明し始めた。
    「現在、白猫党は央北を本拠地とし、央中、央南、そして西方の3地域に版図を拡げている。だけどこれは、相当に無理をしていると思う。その侵攻範囲は今や、自分たちの本拠の2倍近い。満足に統治できているか、僕には疑わしい。
     恐らくだけど、本拠地と支配圏の連絡と言うか、意思疎通は滞ってるんじゃないかな」
    「その可能性は高いな。事実、僕の世界でも支配圏が反乱を起こしてから党本部が対応するまでに、2ヶ月か3ヶ月はかかってたって聞いてるし。アオイや白猫といえども、即座には対応できなかったらしい」
    「その連絡方法も、まさかアオイさんや幹部陣が一々、直接現地に渡ったりするとも考え辛い。そんなことしてたら、体がいくつあっても足りないし。
     となれば考えうるのは、電話とか通信術での連絡だ。そして恐らく、彼らはこの方法が絶対に堅牢、誰にも害されるわけがないと信じて疑ってないはずだ。
     何故なら自分たちが、その害する技術を握ってるからだ」
    「なるほどな。自分たちが通信妨害するコトはあっても、まさか自分たちがされるとは思ってないかも知れねーな」
    「そこんとこどうだった、マロ?」
    「へ? ……んー、まあ、そやな。シエナからして、『この世界で唯一まともに電話できるのはアタシたちだけよ』とか吹かしとったしな。思てへんことは無いやろ」
    「その自信を逆手に取って、僕たちがその通信を妨害できないだろうか?」
    「確かにそれができれば、白猫党は慌てふためくでしょうね。でも、そんなことが可能かしら?」
     懐疑的に尋ねる楓に、一聖がトン、と自分の胸を叩く。
    「オレならできるぜ。アイツの卒論も天狐んトコにあるし、解析して流用できるだろう」
    「流石ね」
    「作戦は他にも立てないといけない。もう少し色々詰めたいところだけど、党の内情もできる限り知っておきたい。
     だから一旦、僕たちは帰国するよ。マロ、君を助けるために」
    「ど、どうやって? いや、なんで帰るねん?」
     まだきょとんとしたままのマロに、マークはニッと笑って見せた。
    「君を作戦会議に加えたい。そのためには、いつまでもこうして、面会室でガラス越しに話してるわけにも行かない。
     だから僕の国を通じて、財団に君の身柄を預けてもらうよう働きかける。君の身柄を引き渡してもらえば、事実上釈放されたようなもんだろ?」
    「……マジで?」
    「マロ」
     マークは一転、真面目な顔になる。
    「それまでに体を、できる限り治しておいてほしい。次に会う時には、もう少しはいい顔色で話をしてもらいたいから」
    「お、……おう、分かった」
     まだ呆然としたままのマロに背を向け、マークたちは面会室を後にした。

    白猫夢・狼煙抄 5

    2015.10.02.[Edit]
    麒麟を巡る話、第553話。その時、マークに天啓走る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. マロは恨みがましく、財団と公安が彼に取った対応を愚痴り始めた。「公安も言うてたわ、『そんな情報が何になる』『憶測ばっかりやないか』『いつまで幹部気取りのつもりや』ってな。 そら盗聴術の話はそこそこ有用やとは言うてたけども、でも『減刑に値するほどの情報やない』ちゅうて、結局なんも無しや。あんまりやあらへんか...

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    麒麟を巡る話、第554話。
    白塗りの裏地。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     帰国するなり、マークは父であるトラス王の元に詰め寄った。
    「父上、お話があります」
    「聞かんぞ」
     が、にべもなく断られる。
    「お前がそんな顔をして『話があります』などと改まって言い出すような時は、決まって白猫党をどうにかせんと主張する時だ。
     何度も言ったはずだ。放っておけとな」
    「いいえ、父上」
     出鼻をくじかれたものの、マークは折れない。
    「今度こそお聞き入れいただきたいのです」
    「聞かんと言っている! 下がれ、マーク」
    「下がりません」
    「いい加減にしろ!」
     トラス王は殊更に不快そうな表情を浮かべ、執務机をバンと平手で打ち、がばっと立ち上がる。
    「お前は何度、益体もない話を繰り返せば気が済むのだ!?
     いいか、お前が何度も何度も主張するように、彼奴らに攻撃を仕掛けたとする! そうなればどうなる!? 現在の平穏を乱された、彼奴らの支配下にある者が、挙ってお前の軽挙妄動を非難するのは目に見えている! ひいては我が国、我が共同体『新央北』もだ!
     お前は自分のわがまま、自己満足のために『新央北』3000万の人間を、いわれなき非難にさらしても構わんと言うのかッ!?」
    「それは……」
     答えに詰まり、マークは唇を噛む。
    「分かったか! 分かったらさっさとこの部屋から出ろ! そしてせいぜい、嫁君に頭を冷やしてもらえ!」
     霹靂火(へきれきか)の如く怒鳴るトラス王を前に、マークの心はしぼみかけた。

     その時だった。
    「頭を冷やすのは父上ではありませんか?」
     蹴っ飛ばすように扉を開け、マークの妹、ビッキーが入ってきた。
    「なんっ、……どう言う意味か言ってみるがいい、ビクトリア」
    「ええ、それでは率直に。
     父上、あなたは臆病者の上に被害妄想持ちの、明日も見えぬ枯れた老人です」
    「おっ……、お、ま、えええッ!」
     娘からの容赦無い罵倒に、トラス王は頭のてっぺん、狼耳の先まで真っ赤にして怒り出した。
    「そこまで私を罵倒し倒すのならば、それなりの言い分があるのだろうなッ!?」
    「あるから言うのです」
     対するビッキーは、淡々と返す。
    「父上の言い分は結局『新央北』を言い訳にした、ご自分の主張ではありませんか。
    『新央北』に住まう皆様の意見が本当に、一人残らず父上の仰ることと一致しているとは、わたしには到底思えません」
    「何を言うかッ!」
    「そもそも父上ご自身、お兄様とこの話をされる際に、一度ならず『そうした意見もある』と仰っているではありませんか。ならば父上の意見は、総意とは言えません」
    「揚げ足を取るな! 大体だな……」
    「父上の仰りようでは、まるで自分の意見こそが唯一のよう。それこそ父上のわがまま、自己主張では?」
    「そんなことは……」
    「さらに申し上げれば」
     ビッキーはもう一歩、踏み込んでくる。
    「白猫党の支配下にある人間が、必ずしも父上の仰るように、平穏無事に暮らしているわけではないことも、周知の事実ではないのですか?
     わたしが調べたところによれば、央北西部戦争以降に党へ下った国の皆様には、言論の自由も無ければ、好きな職に就ける自由もありません。
     白猫党は都市ごとに『領民監督局』なる組織を設置し、党に対して叛意を持つ者が現れぬよう監視していますし、党の軍事力・経済競争力を維持するために大規模工場や集団農園を造り、傘下国の国民の8割以上は強制的に、この施設で労働することを強いられています。
     その措置・政策を、党は『領民の意思統一により、適正かつ順調な国家の形成・成長を促す』、『領民全員が健全かつ公平な労働に従事することで、不必要な格差の発生を防ぐ』などと主張しておりますが、わたしにははっきり言って、白猫党は傘下国の皆様に対して家畜を扱うかのように接していらっしゃるようにしか見えません」
    「そ、それは語弊が……」
     目を白黒させ始めたトラス王に、ビッキーはなおも突っかかる。
    「語弊がどうであれ、事実は事実です。白猫党が望むのは傘下国すべてが自分たちに隷属することでしかありません。それは紛れもない、ごまかしようのない事実です。
     巧言令色を用いて民を扇動し、愚君を追い払い、その座を奪ってすり替わった上で、かつての愚君より民を賎(いや)しく扱うような彼らを排除して、一体どこの誰が悲しみ、我々を謗(そし)ると言うのですか?」
    「きょ、極論に過ぎる。そもそも白猫党はあまりに強い。万が一敗北したら……」
    「9割方負かす案を、お兄様はお持ちです。
     それを聞きもせず追い返すなんて、為政者としてあまりにも思慮に欠けています。それでも一国の王、『新央北』の宗主ですか!」
     今度はビッキーが雷鳴を轟かせ、トラス王を圧倒した。

    白猫夢・狼煙抄 6

    2015.10.03.[Edit]
    麒麟を巡る話、第554話。白塗りの裏地。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 帰国するなり、マークは父であるトラス王の元に詰め寄った。「父上、お話があります」「聞かんぞ」 が、にべもなく断られる。「お前がそんな顔をして『話があります』などと改まって言い出すような時は、決まって白猫党をどうにかせんと主張する時だ。 何度も言ったはずだ。放っておけとな」「いいえ、父上」 出鼻をくじかれたものの、マー...

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    麒麟を巡る話、第555話。
    若き狼、反撃の狼煙を上げる。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「きゅ、……9割方負かすだと!? 馬鹿な、そんなことができるものかっ」
     声を荒らげて見せたが、明らかにトラス王の勢いは失われている。
     それに乗じるように、ビッキーはマークに向き直った。
    「さ、お兄様。お膳立ては整いました。どうぞ、お話し下さいな」
    「い、いや、ビッキー?」
     完全に場の空気に呑まれ、唖然としていたマークが、どうにか声を絞り出す。
    「なんで知ってるの?」
    「カズセちゃんとルナさんとフィオさんと……、つまり『フェニックス』の皆様に伺いました。
     と言っても彼らの方から話されたわけではありません。わたしが勘付いてカマを掛けましたから、あの人たちの誠意は疑わなくても大丈夫ですよ」
    「……大した奴だよ、君は、本当」
     マークはいつの間にか額に浮いていた汗を拭い、こほんと咳払いして、トラス王に向き直った。
    「ビッキーからお聞きいただいた通り、白猫党は配下にある国に対し、極めて不平等な関係を強いています。傘下国の憤懣(ふんまん)やるかたないこと、察するに余りあります。
     ですので白猫党がかつて行ったように、彼らに反乱を促させては如何でしょうか? これが策の一つ目です」
    「一つ目?」
    「ええ。勿論、白猫党の監視が行き届き、あちこちに兵士が配備されているような現状では、そんな反乱は起こすに起こせません。けしかけたとしても、相手に見破られて開戦の口実にされるだけでしょう。
     そこで二つ目の策として、その監視の目を曇らせ、兵士を散らせてしまうのです。ですがその策を実行するためには、彼らの側に、あるいは側にかつていた者に、協力者が必要です」
    「マラネロ氏のことですね?」
     尋ねたビッキーに、マークはぎこちなくうなずく。
    「そうだけど、先に先に言わないでほしいな。話の段取りがあるんだし」
    「お兄様の段取りは、先程父上に突っぱねられたでしょう?」
    「それはそれだよ、もう……。
     まあ、その、ビッキーの言った通りです。まず第一に、白猫党の元幹部であったマラネロ・ゴールドマン氏を我が国に招聘したいのです。
     ですが氏は現在、市国の刑務所に収監されております」
    「刑務所!? 罪人をわざわざ呼べと言うのか!?」
    「それだけの価値がある男です。
     父上、どうかゴールドコースト市国に掛け合い、氏の身柄を預かるよう要請していただけませんか?」
    「馬鹿を言え! そんな要求、彼らが呑むものか!
     百歩譲って呑んだとしても、5000万エルだの1億エルだのと言う、法外な保釈金を要求されるのは目に見えている! そんな金を出すことを、私が納得すると思うのか!?」
    「交渉次第です。『氏を預けてもらえば、白猫党を央中全域から引き上げさせることができる』と言えば、彼らは二つ返事で、氏の身柄を無償で預けてくれるでしょう」
    「……ふむ」
     マークの言葉に、トラス王は黙り込んだ。
    「確かに……、央中にはびこる彼奴らを追い払えるとなれば、大抵の要求は通るだろう。
     マーク。お前の策が成功する可能性は、お前自身は何割と見ている?」
    「最大限に弄したとして、6割、いえ、7割」
    「賭けるには心許ない率だ」
    「ですが、賭けるだけの価値はあります。
     それは決して、僕の自己満足を満たすと言う小さなものではなく、人類の歴史を懸けるだけの意義がある、そう言う規模での価値です」
    「人類の歴史だと? 大きく出たな」
    「彼らがもし世界全域にその手を伸ばしきり、『世界再平定』などと言う愚かな夢を実現させ、世界全人類が白猫党の家畜と化す未来と、世界の人々が真に抑圧や隷属から逃れ、自由と平等を克ち得る未来とを天秤に掛ければ、誰もが後者を重いものとするでしょう」
    「大言壮語ばかり並べおって。まったく、お前と言う奴は」
     トラス王ははーっ、と大きくため息をつき、壁に掛けられていた電話を取った。
    「金火狐総帥に連絡する。少し待て」
    「……ありがとうございます」
     マークと、そしてビッキーは、深々と頭を下げた。

     それから5分後、マロの身柄は正式に、トラス王国に預けられることが決定した。



     フィオが全く知らない、「フェニックス」の誰もが予想し得なかった未来が、この時――マークを先頭にして、その姿を現し始めた。

    白猫夢・狼煙抄 終

    白猫夢・狼煙抄 7

    2015.10.04.[Edit]
    麒麟を巡る話、第555話。若き狼、反撃の狼煙を上げる。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「きゅ、……9割方負かすだと!? 馬鹿な、そんなことができるものかっ」 声を荒らげて見せたが、明らかにトラス王の勢いは失われている。 それに乗じるように、ビッキーはマークに向き直った。「さ、お兄様。お膳立ては整いました。どうぞ、お話し下さいな」「い、いや、ビッキー?」 完全に場の空気に呑まれ、唖然としていた...

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    麒麟を巡る話、第556話。
    白日の下に。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「……っ」
     うめいたマロに、取り囲んでいた公安職員が声をかける。
    「どうした?」
    「い、いや、……目が、ずきっと」
    「大丈夫か?」
    「大丈夫です、段々慣れてきました。5年ぶりに、直射日光を浴びたからやと……」
    「そうだったな」
     背後の一人が、マロの背を押す。
    「相手の準備が整ったようです。向かって下さい」
    「はい」
     そのまま囲まれつつ、マロは船から降り、桟橋を進む。
     その中程まで歩いたところで、トラス王国の紋章をスーツの胸に付けた一団が、向かいから近付いてきた。
    「ご苦労様です」
     横一列に並び、敬礼した彼らに対し、職員らも敬礼して返す。
    「それでは身柄を引き渡します」
    「はい」
     マロを縛る縄の一端を渡し、書類にサインして、淡々と手続きが進んでいく。
    「マロ」
     その合間に、小声で彼に声をかける者がいる。
    「……おう」
     マロが目を向けると、そこにはスーツを着たマークの姿があった。
    「約束は守ったよ」
    「……分かっとる」
     マロは周囲に気付かれないくらいに、小さく頭を下げた。
    「ありがとう」

     マロの身柄がトラス王国に渡されてすぐ、マロはマークの監視下に置かれることとなった。と言っても、刑務所と同様の扱いはせず――。
    「はぐ、はぐっ……、う、ふっ、……うまっ」
    「落ち着いて食べていいから」
     マークはまず、マロに十分な食事を取らせた。
    「まずは体を治してもらわないと。いつまでもベッドに張り付いたままで会議に参加してもらうわけにも行かないし」
    「せやな」
    「旅の疲れもあると思うから、最初の会議は3日後にするよ。それまでは休んでていい。
     もしどこか出歩きたいってことであれば、僕かフィオが同行すれば許可してもらえるから」
    「ホンマにええんか?」
    「逃げるかもってこと? まあ、逃げたいなら逃げてもいいけど、多分街を出る前に捕まるよ。この人からはまず、逃げられないし」
     マークは自分の後ろに立っていたルナを示す。
    「まあ、実際にぶん殴られた君は良く分かってるとは思うけど」
    「俺が? ……いつ?」
    「君に殺されかけた時」
    「……あー、なるほどな。あったなぁ、そんなこと」
    「ところでマロ」
     と、話題に登っていたルナが口を開く。
    「ちょっと聞きたいんだけど」
    「いきなり呼び捨てかいな」
    「いいから。あなた、逮捕される時に刺されたって聞いたけど、本当?」
    「ん、……ま、まあ、ホンマや」
     マロが口を濁したところで、ルナの横にいた一聖がとん、とマロの肩に手を置く。
    「ん?」
    「動くな」
    「なんやねん」
    「しゃべんなっつってんだ。死にたくねーだろ」
    「……」
     一聖ににらまれ、マロは目を白黒させる。
    「返事するなよ。うなずきもするな。『はい』なら右目を閉じろ。『いいえ』なら左目だけだ。分かったか?」
     言われるがまま、マロは右目を閉じた。
    「難訓、……じゃ分かんねーな、白いローブを頭からすっぽり羽織った、嫌味な笑い方するいけ好かねークソ女に会ったろ?」
     もう一度、右目を閉じる。
    「刺された後にソイツか、ソイツの従者に会ったか?」
     左目を閉じる。
    「ソイツらのコトを、誰かにしゃべったか?」
     左目を閉じる。
    「分かった。じっとしてろよ」
     一聖はマロの背後に回り込み、その背中をバンバンと強く叩いた。
    「いでえっ!?」
    「解呪した。もう普通にしゃべっていいぜ。
     しかし良く、5年も無事だったな。取り調べ受けたりとか無かったのか?」
     そう尋ねられ、マロは肩をすくめて返す。
    「あいつらすぐ、俺を刑務所に放り込みよったからな。裁判無しで」
    「やったことがやったことだからね。公にしたくなかったんだろうな、きっと」
    「ソレが却って良かったな。もしドコかでアイツらのコトを一言でもしゃべってたら、その瞬間にポン、だ」
    「何がポンて?」
    「お前の頭と心臓だよ」
    「マジで?」
    「オレが嘘ついて、お前の背中ぺたぺた触ると思ってんのか?」
    「……せやな」
     マロは背中をさすりながら、一聖に顔を向ける。
    「でもあんた、解呪したっちゅうたけど、ホンマに? あいつら、生半可な魔術師やなさそうやねんけど」
    「フン、アイツがかけた術を解呪するくらいはワケねーよ。オレを誰だと思ってる?」
     一聖は自信満々に、胸を反らして見せる。
    「知らんがな」
     対するマロは、胡散臭いものを見るような目をしていた。

    白猫夢・掴雲抄 1

    2015.10.05.[Edit]
    麒麟を巡る話、第556話。白日の下に。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「……っ」 うめいたマロに、取り囲んでいた公安職員が声をかける。「どうした?」「い、いや、……目が、ずきっと」「大丈夫か?」「大丈夫です、段々慣れてきました。5年ぶりに、直射日光を浴びたからやと……」「そうだったな」 背後の一人が、マロの背を押す。「相手の準備が整ったようです。向かって下さい」「はい」 そのまま囲まれつつ、マロ...

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    麒麟を巡る話、第557話。
    「克麒麟」とは?

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    2.
     マロが身柄を移されてから3日後、マークは現在自分たち一家が住んでいる屋敷、通称「貧乏神邸」へ皆を集めた。
    「ここなら本当の『フェニックス』の会議に持ってこいだ。色々と対策を施してあるし」
    「本当の、って? ちゅうか『フェニックス』って何や?」
     尋ねたマロに、一聖が答える。
    「表向きには、『フェニックス』は再生医療研究チームだ。既にある程度の実績を上げているし、その方面でも評判がある。君の恋人も知ってるはずだ。
     だけど裏の顔は、とある敵を追うために結成された精鋭部隊。ま、表のトップは僕、裏がルナさんだけどね」
    「精鋭部隊?」
    「そう。白猫党を、と言うよりもその中核にいる葵を止めるためのね」
    「アオイさんを、か……」
     名前を聞いた途端、マロの顔に影が差す。
    「そう言う言い方するっちゅうことは、アオイさんが普通やない、ちゅうことも知っとるんやな」
    「ああ。予知能力者で白猫にとって最大の従者。それが今現在の、僕たちの認識だ」
    「白猫、……って、ホンマにおるんか?」
     尋ね返したマロに、その場にいた全員がうなずく。
    「いるぜ。本当の名前は克麒麟。克大火の五番弟子だ」
    「カツミ……、え、カツミってあのカツミ? 黒炎教団の神様の?」
    「そのカツミだ。ちなみにここにいるカズセちゃんは、その娘さん」
    「は?」
     マロの目が点になる。
    「え……、いや、それは嘘やろ」
    「なんでだよ」
    「俺知ってんもん、テンコちゃんがタイカ・カツミの……」
    「アレはオレの、……ま、妹みたいなもんだ」
    「いもっ、……はあ!?」
     マロはよろよろと、椅子に座り込んだ。
    「お前らなあ……、そんなびっくり情報ばっかり聞かされたら俺、参ってまうわ」
    「こんなことでへたってたら、到底持たないわよ」
     呆れた目を向けつつ、ルナが話を続ける。
    「経緯はその一聖ちゃんが教えてくれるわ。
     どうして、その克麒麟が白猫になったのかをね」
    「あ、そう言や……」
     と、フィオをはじめとして数名が、異口同音に尋ねる。
    「僕もその辺、詳しく聞いてないな」
    「うんうん。あたしもそう言えば知らないなー」
    「右に同じく、ですわね」
    「あれ? 前に話さなかったっけか」
     とぼけた返答をした一聖に、「フェニックス」のほぼ全員が首を横に振った。
    「そっか。話した気になってたぜ。まあいい、そんじゃ今から詳しく説明するぜ。つっても、オレも親父からの又聞きなんだけどさ」



     双月暦――いや、そんなものが制定されるよりも、はるか昔。暦のみならず、世界にあらゆる規律・規範が無く、まだ何もかもが混沌の渦中にあった、無明の頃である。
     克大火にはこの頃、弟子が5名残っていた。欠番となった一番弟子、志半ばで倒れた二番弟子を除く、三番弟子から七番弟子までの5名である。
     しかしこの弟子たちもことごとく、師匠に牙を向き始めたのだ。

     そのうちの一名が、克麒麟である。混沌(カオス)に満ちたその世界において、麒麟は己を神と崇めさせるべく動き出した。あまりにも歪んだ志ではあったが、彼女にはそれを実現させられるだけの力があった。
     しかし師である克大火が、その野望を阻んできた。当然、戦いが起こり――何日もの長い時をひたすら戦い通し、結果、大火が勝利した。
     だが、大火はとどめを刺さなかった。いや、もしかしたら彼女の力の強大さ故に、刺すことができなかったのかも知れない。
     とにかく結果として、大火は彼女を殺さず、自身に魔力を転送させる装置、「システム」の核として彼女をそこに封印した。

     この「システム」により、大火は事実上、無尽蔵に魔力を得ることができていた。
     どれほど高出力の魔術を乱発しようとも、腕や足が千切れ飛ぶような致命傷を負おうとも、瞬時に魔力を回復し、万全の状態を保ち続けられるのだ。だが、あまりにも深手を負ってしまうと、その回復が追いつかなくなるのだ。
     4世紀、西方スカーレットヒルの工場において、大火は己の慢心と不注意から腹部を刺し貫かれ、何十メートルも落下して高温の液体が充満した溶鉱炉へ沈み、全身に大火傷を負った。どれ一つとっても致命傷であり、普通の人間であれば三度は即死するほどの、甚大なダメージである。
     そこでやむなく、大火は麒麟を封じていた「システム」を停止させ、装置の運用に使われていた膨大な魔力を、自身の回復へと転用した。それによって大火は九死に一生を得たものの、「システム」は完全には復旧せず、麒麟の封印に綻びが生じた。

     それが麒麟の精神のみを蘇らせることとなり――彼女は夢の世界に居座り、「白猫」として君臨し始めたのだ。

    白猫夢・掴雲抄 2

    2015.10.06.[Edit]
    麒麟を巡る話、第557話。「克麒麟」とは?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. マロが身柄を移されてから3日後、マークは現在自分たち一家が住んでいる屋敷、通称「貧乏神邸」へ皆を集めた。「ここなら本当の『フェニックス』の会議に持ってこいだ。色々と対策を施してあるし」「本当の、って? ちゅうか『フェニックス』って何や?」 尋ねたマロに、一聖が答える。「表向きには、『フェニックス』は再生医療研究チー...

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    麒麟を巡る話、第558話。
    対応策。

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    3.
    「『夢の世界』ってなんやねん。メルヘンすぎやろ」
     突っ込んだマロに対し、一聖はフン、と鼻を鳴らす。
    「お前さんが信じようが信じまいが、あるものはあるんだ。
     と言っても物質的な話じゃなく、あくまで精神的な話だけど、な。世界中の人間の心の奥の奥、無意識の更に奥深くに――つっても、ちんぷんかんぷんだろうな。
     ま、ともかく白猫は今、ソコにいる。ソコから葵に指示を出してるんだ」
    「ソレ、前から思ってたんだけどさー」
     と、葛が手を挙げる。
    「あたしたちも白猫に、夢の中でなんかされてたりする可能性あるよねー?」
    「ソレについては心配しなくていい。オレが保護してる」
    「え、そなの?」
    「そうだよ。じゃなきゃ、とっくに操られてるっつの。白猫が一番恐れてるのは葛、お前さんなんだからな。
     あの時天狐ゼミにいたヤツらには全員プロテクトかけてあるし、親父の方でも関係者に施してるって聞いてる。だからオレが参入する前から『フェニックス』にいるルナも、間違いなく白猫からの影響を受けてない」
    「え、そうなの?」
     ルナ本人にそう言われ、一聖の歯切れが若干悪くなる。
    「……多分。(親父め、まーた黙ってやりやがったな?)
     まあ、うん、ともかく。『フェニックス』に関しては、万全に保護してあるから大丈夫だ。
     本当に警戒すべきは、盗聴や戦術兵器なんかじゃねーんだ。白猫による催眠こそ、最も警戒しなきゃならねー。
     例えばマークが超すげー作戦を立てたとしても、いざ実行しようって時に、この中の誰かが『なんかやっちゃいけない気がする』とか思って二の足踏んじまったら、ソレで失敗、ご破算になりかねねーからな。
     ま、今言った通り、ココにいるヤツらが操られるコトは絶対無い。だからマーク、お前さんは気にせず、現実での作戦を考えてくれ」
    「ええ。……っと、話がそれてきてますね。
     僕たち『フェニックス』にとって最大目標は白猫党の撃破だ。そしてそれを動かすのが、アオイさん。彼女こそが、僕たちにとって最大の敵になる。
     白猫党を倒すには、アオイさんをどうにかしなきゃいけない。アオイさんがいる限り、白猫党に決定的な敗北は訪れないんだ」
    「いや、それを言うなら白猫党そのものの方もやろ。
     そら確かにアオイさんが無茶苦茶強いし、頭もよお回るっちゅうのは知っとるけども、せやからって党の方は一切放っておいてええっちゅうもんでもないやろ? 何万人も党員がおるわけやし」
    「ま、そりゃそうよね。葵ほどじゃなくても、優秀なブレーンがいっぱいいるわけだし」
    「壁は2つですわね。アオイと、そして白猫党。でも党についてはマークに案がある、そうですわね?」
    「ああ」
    「じゃあ、残る問題はアオイか」
     フィオがそう締めたところで、全員がきょろっと互いの顔を見合わせる。
    「……」
    「……」
    「……何か案、ある?」
    「あるも何も」
     全員がうっすら抱いていた意見を、パラが代弁した。
    「アオイの行動が我々に把握できておらず、かつ、予測もできない以上、対応策は皆無ではないでしょうか?」
    「正にそこよね」
    「アイツがどう動くか、マジで予測が付かねーんだよな。コレまでだって、難訓にケンカ売りに行くわ、いきなりゼミをばっくれるわ……。
     正直な話、アイツが今、ドコにいるのかすらも、オレたちには分かんねーんだから、な」
    「となると、まず僕たちがやらなきゃいけないのは」
    「葵の行動を捕捉することよね」
     おぼろげながら指針は立ったものの、その先の意見は誰からも出てこない。
    「うーん……」
     自然と、場に沈黙が訪れる。
     そのため――扉の向こうでかたん、と音が鳴ったその時、全員の視線が一斉にそちらへと向けられた。
    「誰だ!?」
     真っ先にフィオが反応し、扉を乱暴に開ける。
    「こんにちは。どうされました?」
     扉の向こうにいたのは、ビッキーだった。

    白猫夢・掴雲抄 3

    2015.10.07.[Edit]
    麒麟を巡る話、第558話。対応策。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「『夢の世界』ってなんやねん。メルヘンすぎやろ」 突っ込んだマロに対し、一聖はフン、と鼻を鳴らす。「お前さんが信じようが信じまいが、あるものはあるんだ。 と言っても物質的な話じゃなく、あくまで精神的な話だけど、な。世界中の人間の心の奥の奥、無意識の更に奥深くに――つっても、ちんぷんかんぷんだろうな。 ま、ともかく白猫は今、ソコ...

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    麒麟を巡る話、第559話。
    大胆不敵な狼姫。

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    4.
    「ビッキー!? まさか君、僕たちの話を?」
     顔をこわばらせて尋ねたマークに対し、ビッキーは平然と、ふるふると首を振って否定する。
    「いいえ、何も」「嘘おっしゃい」
     ルナがじろ、とにらみつける。
    「扉にひっついて、聞き耳立ててたでしょ? まだ寒いし、扉に吐息がべったり残ってるわよ」
    「あら」
     ビッキーの視線が扉に向き、すぐにルナの方へと戻る。
    「付いてないですよ」
    「引っかかったわね」
    「あら、やられました」
     ビッキーは悪びれる様子もなく、部屋の中に入ってきた。
    「ビッキー? 何のつもりだよ?」
     マークが苦い顔をするのにもかまわず、ビッキーはひょい、と卓に付く。
    「わたしも参加したいです」
    「駄目だ」
    「あら、お父様みたいなことを仰るんですね。今からそんな態度なさってると、20年後にはきっと顔つきから髪型から、そっくりにおなりでしょうね」
     そう言って口を尖らせるビッキーに、マークは閉口する。
    「ともかく。色々と秘密を聞いてしまった以上は、わたしも参加します。
     それともまさか、このままわたしを放っておいて、わたしに口外される危険をみすみす冒してしまいますか?」
    「お前って……」
     ふてぶてしいとさえとれるビッキーの態度に、流石の一聖も憮然としていた。
    「本っ当、食えねーヤツ」
    「褒め言葉として受け取っておきますね、カズセちゃん」
    「くっそ。……ああ、もういいや、入れちまうしかねーよ」
    「カズセちゃんでどうこうできなきゃ、僕たちにだってどうもこうもできないからね。
     でもビッキー、くれぐれも内緒にしててよ、ここでの話は」
    「存じておりますわ。
     ところで今しがた、アオイさんと言う方の話をされていたようですけれど」
    「ああ。まあ、聞いてたから分かると思うけど、僕たちにとって最高の難関、最大の障壁は、アオイ・ハーミットだ。
     彼女は言うなれば、敵陣最強の駒だ。いや、完全自律型の最終戦略兵器と言ってもいい。自陣に踏み込まれたら最後、ほぼ確実にどんな布陣も突破され、僕たちのあらゆる目論見は覆されてしまう。
     だからこそ僕たちは、彼女の行動を読み切り、それを上回るような作戦を立てなきゃならないんだけど……」
    「聞いてた通り、アオイの行動と思考は僕らの理解を超えてる。あいつが次にどんな手を打ってくるかさえ、僕たちにはこれっぽっちも見当が付かないんだよ」
     意気消沈気味に説明したマークとフィオに対し、ビッキーは首を傾げる。
    「フィオさんは未来人なのでしょう? それなのに分からない、と?」
    「え、……ねえ、ビッキー? 君、いつから僕たちの話を盗み聞きしてたんだ?」
    「かれこれ3年近くですね」
    「さんっ、……ええ!?」
     驚くマークに、ビッキーは淡々と説明する。
    「カズセちゃんからご教授いただいた魔術とか工学技術とかを応用して、研究所に盗聴器を付けてました」
    「マジかよ」
    「ちょうど、ルナさんとカズセちゃんと、フィオさんご夫妻が長期にわたってご不在でいらした時がありましたので、その時に仕掛けました。
     でもこちらでお話されるとは思っていなかったので、今回は急遽、自分の耳で聞きに参りました」
    「全然気付かなかったわね……。パラも気付かなかったの?」
    「ええ、全く」
    「そんなわけで、わたしも大体の話は聞き及んでいます。
     話題を元に戻しますけれど、フィオさんは未来の出来事をある程度存じているはずでは?」
    「まあ……、確かに知ってる。でもそれは、『僕が元いた世界』での出来事であって、それがこの世界でも確実に起こるとは限らない。
     もし何一つ、起こることが変わらないと言うのなら、君のお兄さんはこの世にいないことになる」
    「それは、確かに。としても、そうそう全てががらりと変化しているとも思えません。
     フィオさんの世界で猛威を振るっていた白猫党は、わたしたちの世界でも同様に猛威を振るっています。相似点は少なくないでしょう。例えばその侵攻の順番も、同じなのでは?」
    「ん……、そうだな、それは確かにそうだ。確かに央北掌握から央中へ侵攻、そして西方、央南へと言う流れは、僕の世界と同じ順番になってる」
    「であればかなり高い確率で、その終局も同じ流れをたどるのではないか、と思うのですが」

    白猫夢・掴雲抄 4

    2015.10.08.[Edit]
    麒麟を巡る話、第559話。大胆不敵な狼姫。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「ビッキー!? まさか君、僕たちの話を?」 顔をこわばらせて尋ねたマークに対し、ビッキーは平然と、ふるふると首を振って否定する。「いいえ、何も」「嘘おっしゃい」 ルナがじろ、とにらみつける。「扉にひっついて、聞き耳立ててたでしょ? まだ寒いし、扉に吐息がべったり残ってるわよ」「あら」 ビッキーの視線が扉に向き、すぐに...

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    麒麟を巡る話、第560話。
    ビッキーの驚くべき奇策。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ビッキーの意図が読めず、マークとフィオは同時に首を傾げた。
    「って言うと?」
    「お兄様が、本来わたしが行うはずだったと言う『コンチネンタル』を実行し、その結果、白猫党を大混乱に陥れることに成功すれば、アオイはその収拾に当たるはずです。
     それはフィオさんの世界で、事実として起こっていたことであり、わたしたちの世界においても、実際に事態の収拾を付けなければ、彼女の目論見が破綻するからです」
    「まあ、うん」
    「そう言われてみれば、やらないわけが無いよな」
    「となれば、この一点においてはかなり高い精度で、アオイの動きを読めるのではないでしょうか?」
    「なるほど……」
    「確かに、可能性は高そうだ。となるとその情報をどう活かすか、だよな」
     依然として難しい表情を互いに浮かべながら、マークとフィオが相談する。
    「僕が『コンチネンタル』を実行し、白猫党が大混乱に陥るとする」
    「そこでアオイが動く。……まではいいとして」
    「そのアオイさんをどうすりゃいいのかな」
    「どうって、……真っ向から戦うのは無茶だよな。カズラがいるとは言え」
    「あの」
     と、ビッキーが呆れた顔で二人を見つめている。
    「なに?」
    「お兄様。そしてフィオさん。あなた方二人とも、ずれてます。見当違いもいいところです」
    「はあ?」
    「アオイをどうかしなきゃってことは確かだろ?」
    「詰め方が下手だと言ってるんです。チェスの3手目、5手目でいきなりキングを取ろうとするような話をしてどうするんですか」
    「え?」
     ビッキーの突飛な比喩に、二人は硬直する。
    「白猫党が大混乱に陥れば、アオイはチューリン女史を身代わりにして収拾を付ける。アオイがそう行動すると読んだ上で、さらにもう一手、講じる必要があります。
     彼女が取るであろうその行動を、先回りして取れないようにしては如何かと、わたしは思うのですが」
    「そんなことしてどうなるのさ?」
    「どんな人間であろうと、いいえ、アオイほどの英傑であればこそ、自分がまったく予想できないような事態に直面すれば、その思考を完全に破綻させることができるはずです。
     例えばフィオさんたちがそのままチューリン女史の処刑現場に赴き、アオイと戦うとしても、勝利するかどうかは怪しいでしょう?」
    「確かに不安要素はある」
    「その不安は結局、アオイがどんな手を打ってくるか分からない、予測できないと言うところに起因しています。今までに伺ったお話でも、確かに奇想天外な行動ばかりしていると、わたしも思ってます。
     ですが彼女がわたしたちの予想をそれだけ覆せるのは、彼女が万全であるからこそ。彼女の思考が、彼女自身にとって正常に動いていればこそ、わたしたちに考えの付かない行動を取り、周囲を翻弄できるのではないでしょうか?」
    「はあ……、まあ」
    「だろうと思う」
    「その思考・論理を崩し、彼女の思考を破綻・停止させて初めて、お兄様たちに勝機が訪れるんです。
     例えばカズラさんがアオイを撃退した時、アオイの予知能力でカズラさんの動きが捉えられない、などと言うことは、彼女にとってはまさに予想外の出来事だったはずです。
     そしてその事態に直面したその時、彼女はすぐにその場から逃げ去ったとも聞いています。その行動こそ、わたしたちからすれば非常に分かりやすい選択です。『どうしていいか分からなくなって逃げた』と、容易に看破できる行動です。
     即ち――これと同様に彼女の思考を破綻させ、前後不覚に陥らせることができれば、その瞬間だけは彼女をわたしたちの意のままに操り、御すことが可能になるはずです」
    「ふむ……」
     と、ここで葛が手を挙げる。
    「例えばさー、ビッキーちゃんはどうしようって思ってるのー?」
    「と仰ると?」
    「姉貴がうろたえるよーなコトするってなると、相当とんでもないコトしなきゃいけないよ? その、チューリンさんのトコまで行って、あたしたちは何をすればいいの?」
    「単純明快です」
     ビッキーはビシ、と葛を指差した。
    「そのチューリン女史をさらいなさい」
    「なっ……」
     ビッキーの言葉に、マークが目を丸くする。
    「アオイさんも相当奇矯な人だけど、君もなかなか、とんでもないことばっかり考えつくなぁ。
     いやでも、確かに生贄にしようとしてたシエナさんがいなくなれば、アオイさんにとっては相当なダメージだ。他に身代わりなんていないわけだし。僕がアオイさんの立場だったら、卒倒しかねないよ」
    「一考の余地はございますわね」
    「ただし、この計画を実行するとなれば、非常にシビアなタイミングを狙わなければならないでしょうね」
     ビッキーは腕を組み、持論の展開を続ける。
    「遅く実行しようとすれば、チューリン女史が亡くなってしまいます。かと言ってすぐ実行しようものなら、アオイさんは別の身代わりか、別の作戦を立ててしまうでしょう。
     実行のタイミングは、まさにフィオさんのお話の通り――白猫党が混乱の極みにあり、それを収拾しようとアオイさんが動く、その直前です」

    白猫夢・掴雲抄 終

    白猫夢・掴雲抄 5

    2015.10.09.[Edit]
    麒麟を巡る話、第560話。ビッキーの驚くべき奇策。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ビッキーの意図が読めず、マークとフィオは同時に首を傾げた。「って言うと?」「お兄様が、本来わたしが行うはずだったと言う『コンチネンタル』を実行し、その結果、白猫党を大混乱に陥れることに成功すれば、アオイはその収拾に当たるはずです。 それはフィオさんの世界で、事実として起こっていたことであり、わたしたちの世界...

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    麒麟を巡る話、第561話。
    管理下において;朝。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    《午前7時になりました。皆さん、起床しましょう。繰り返します、午前7時になりました。皆さん、起床しましょう》
     街中に取り付けられたスピーカーから、白猫党員によるアナウンスが聞こえてくる。
    「……ふあ、あ」
     もそもそとベッドから起き上がり、彼は寝室を後にしようとする。
     と、妻がまだベッドにいることに気付き、声をかける。
    「起きろよ、リンダ。急がないと」
    「ふにゃ……、ええ、うん。分かってる……、ふあっ」
     欠伸しながら、妻のリンダがベッドからのそのそと起き出す。
     二人で洗面所の前に並び、揃って歯ブラシを手に取る。
    「今日も残業?」
    「いや、今日は定時通りに帰れることになった」
    「そう」
     二人の会話は、短い。
     結婚して数年になり、半ば倦怠期に入ってきていることも理由の一つだが、他にももっと、大きな理由があるのだ。
    「ご飯作るね」
    「ああ」
     先にリンダが洗面所を出る。その間にひげを剃り、着替えを済ませ、食卓に着く。
    「いただきます」「いただきます」
     食事の挨拶を済ませ、淡々と、二人は食べ物を口に運ぶ。その間、また二人は無口になる。
     しかし食卓は、静かではない。
    《次のニュースです。昨日、我が白猫党の政務対策本部より、央南の青州が正式に、我が党の管理下に置かれることとなったとの発表がありました》
     卓上には白猫党から支給されたラジオが置かれており、延々とニュースや音楽を流しているからだ。
     しかしその大半が、遠く離れた地が白猫党の配下に収まったとか、為替相場でクラムの価値が騰がっていると言った、この夫婦にとってどうでもいいような内容である。
     当然、夫婦がこれらのニュースに対する意見を交わすようなことも無く、黙々と、食卓が片付けられていくだけである。
    「ごちそうさま」「ごちそうさま」
     同時に食べ終わり、リンダが淡々と食器を片付ける。
    「じゃ、先に行くよ」
    「うん」
     彼がかばんを手に取ったところで、リンダが声をかける。
    「ホルヒ、ちょっと待って」
    「え?」
    「お弁当」
    「ああ」
     リンダから弁当箱を受け取ろうとしたところで、彼女がすまなそうな顔で、猫耳をぺたんと伏せながら、謝ってきた。
    「ごめんね。わたしが寝坊したせいで」
    「いいよ。君の料理は美味しいから」
    「でも、食費……」
    「大丈夫さ。じゃ、行ってくるよ。君も遅れないようにね」
    「うん」
     そうこうしているうちに、アナウンスが時報を告げた。
    《午前7時45分になりました。管理職の皆さんは、速やかに上級バスに乗って下さい》

    「上級」とは名ばかりの、普通のバスと何ら変わりのない、硬い金属製の椅子に座ったところで、バスが動き出した。
    「よお、ホルヒ」
    「ああ、おはようサントス」
     横に座っていた同僚が、ニヤニヤしながらかばんを見つめてくる。
    「何だよ?」
    「愛妻弁当か、今日も?」
     嫌味を言われるが、ホルヒは顔に出さない。
    「ああ」
    「大変だなぁ、お前んとこも」
    「別に」
    「チケット、もう無いんだろ? 俺が売ってやろうか?」
    「党領内管理法違反だ」
    「大丈夫だって、こそっとやれば誰にも分かんねえよ」
    「俺にはこれで十分だ」
     ホルヒはかばんを叩き、ぷい、と窓の方に顔を背けた。
    「へっ、やせ我慢は続くもんじゃねえぜ」
     同僚がまだ何か言っていたが、ホルヒの意識は既に窓の外に向けられており、彼の短い耳には一切届かなかった。

    「おはようございます」
     中間管理職クラスの人間が集められ、工場の朝礼が行われる。
    「おはよう、諸君」
     白猫党員のバッジを胸に付け、偉そうにでっぷりと太った工場長が、大儀そうに頭を下げる。
    「昨日までの特別スケジュールが完遂されたことで、党からの追加注文はすべて、無事に納品することができた。ありがとう、諸君。
     しかしまた、党より追加注文があった。ついては明日よりまた、特別スケジュールでの稼働をしてもらいたい。よろしく頼んだぞ」
    「はい、了解いたしました」
     ホルヒを含め、その場にいた人間は淡々と、そう答えた。
     何故ならこうした「特別スケジュール」はこの数年にわたってほぼ毎日組まれており、誰もが再度組まれることを予想していたからである。
     朝礼が終わるとともに、工場のスピーカーからアナウンスが流れてきた。
    《午前9時になりました。皆さん、本日の作業を開始しましょう。繰り返します、午前9時になりました。皆さん、本日の作業を開始しましょう》

    白猫夢・撹波抄 1

    2015.10.10.[Edit]
    麒麟を巡る話、第561話。管理下において;朝。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.《午前7時になりました。皆さん、起床しましょう。繰り返します、午前7時になりました。皆さん、起床しましょう》 街中に取り付けられたスピーカーから、白猫党員によるアナウンスが聞こえてくる。「……ふあ、あ」 もそもそとベッドから起き上がり、彼は寝室を後にしようとする。 と、妻がまだベッドにいることに気付き、声をかける。...

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    麒麟を巡る話、第562話。
    管理下において;昼。

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    2.
    《午後1時になりました。皆さん、休憩しましょう。繰り返します、午後1時になりました。皆さん、休憩しましょう》
     スピーカーから休憩時間が告げられ、工場内にいた者たちはぞろぞろと、食堂へ向かう。
     しかしホルヒは一人、休憩室に入り、ロッカーからかばんを取り出した。
    「よお、ホルヒ」
     休憩室の奥で煙草を吸っていた、あの面倒くさい同僚が声をかけてくる。
    「おつかれ、サントス」
    「どこで食うんだ?」
    「公園」
    「ヨメさんとか?」
    「そうだ」
    「お前も大変だなぁ。あんなのが相手じゃなぁ」
    「お前には分からないよ。彼女の良さは」
    「いやぁ分かるさ、たまんねえ体つき……」
     まだ何かわめいていたが、ホルヒは構わず外に出た。

     工場から出て2、3分ほど歩き、ホルヒは公園に到着する。
    「こっち、こっち」
     すぐにリンダを見付け、ホルヒは彼女の隣りに座る。
    「席、取っておいたよ」
    「ありがとう」
    「ここ、静かでしょ?」
    「……あんまり、大きな声で言っちゃいけないよ」
    「あ、……うん」
    「じゃ、いただきます」「いただきます」
     揃って弁当箱を開け、二人は黙々と食事を始めた。
    「今日は大丈夫だった?」
     と、ホルヒが尋ねる。
    「あ、うん。二度寝しなかったよ。ちゃんと8時15分のバスに乗れた」
    「そうか」
    「ごめんね。わたしのせいで、あなたのチケットまで没収されちゃって」
    「いいさ。こうして昼ご飯が食べられるんだから、実害はない。よそじゃ更生施設に送られるなんて話もあるんだから、チケットが没収されるだけで済んで良かったよ」
    「……うん」
     落ち込んだ様子のリンダをなぐさめるように、ホルヒがつぶやく。
    「本当にここは静かだね」
    「え? あ、うん、そうでしょ? スピーカーも無いし」
    「ああ。本当にあれは、気が休まらないからな」
    「うんうん」
    「でも難を挙げれば、時間が分からないことかな。もう少しゆっくりしていたいけど、そろそろ行かなきゃ」
     ホルヒはそう言って、懐中時計をリンダに見せた。
    「あ、本当。そろそろね」
    「じゃ、行こうか」
    「うん」
     二人揃って公園を後にし、道を歩いているところで、またあのうっとうしいスピーカーが騒ぎ始めた。
    《午後1時45分になりました。皆さん、それぞれの職場に戻りましょう。繰り返します……》

     二人の職場である工場に戻ったところで、白猫党の車が工場の門前に停まっているのが見えた。
    「ん……?」
    「何かあったのかな?」
     顔を見合わせている間に、奥から白猫党の憲兵2名と、彼らに両脇を抱えて連行される、あのいけ好かない同僚の姿が目に映った。
    「お、おい! ホルヒ! ホルヒ・エランド! た、助けてくれよ! 証言してくれ!」
    「……」
     ひと目で面倒事に巻き込まれそうだと察したホルヒは、黙って見送る。
    「なあ! おいって! 証言してくれ! 俺は何にもやってないんだって!」
     と、同行していた憲兵が、ホルヒの方に近付いてきた。
    「なんでしょう?」
     尋ねたホルヒに、憲兵が尋ねてくる。
    「君は、彼が不当に配給チケットの販売を行っていたと知っていたか?」
    「いいえ」
    「関わったことは?」
    「ありません」
    「本当に?」
    「私と妻は今月のはじめ、遅刻によるペナルティとしてチケットを没収されています。それ以降、チケットを手にしていません。
     もしその後にチケットを入手していたら、外で食事はしないでしょう。食費も馬鹿になりませんしね」
     そう言って、ホルヒはかばんから弁当箱を取り出す。横にいたリンダからも同様に弁当箱を見せられ、憲兵はうなずいた。
    「ふむ、失礼した。……まあ、規則は守るように」
    「はい」
     まだ何かわめき立てている元同僚に背を向け、ホルヒたちは工場の中へ入る。
     それから数分後、工場は何事も無かったかのように、スピーカーからの指示と共に稼働し始めた。
    《午後2時になりました。皆さん、作業を再開して下さい。繰り返します……》

    白猫夢・撹波抄 2

    2015.10.11.[Edit]
    麒麟を巡る話、第562話。管理下において;昼。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.《午後1時になりました。皆さん、休憩しましょう。繰り返します、午後1時になりました。皆さん、休憩しましょう》 スピーカーから休憩時間が告げられ、工場内にいた者たちはぞろぞろと、食堂へ向かう。 しかしホルヒは一人、休憩室に入り、ロッカーからかばんを取り出した。「よお、ホルヒ」 休憩室の奥で煙草を吸っていた、あの面倒...

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    麒麟を巡る話、第563話。
    管理下において;晩。

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    3.
    《午後6時になりました。定時勤務の皆さんは、作業を止めて退勤しましょう。残業勤務のある皆さんは、1時間の休憩を取りましょう。繰り返します……》
     スピーカーからの指示が終わらないうちに、工場からぞろぞろと人が出てくる。
    「いやぁ、今日はびっくりしたなぁ」
    「イメネス班長が逮捕されたってやつ?」
    「うんうん、びっくりしたよねー」
    「でも俺、あのおっさん嫌いだったんだよな。いなくなってせいせいする」
    「あ、分かる。あたしも嫌いだった」
    「そうそう、あのおっさん……」
     工員たちの話題は、今日起こった事件のことで持ち切りだった。

     彼らには、それ以外の話題が一つも無いのだ。
     何故なら――。
    (こうして何の味気も無い一日が終わる。明日もまた無味乾燥の、同じ一日だ。その次もまた、同じ一日。朝7時に起きて、9時に仕事が始まる。13時に休憩。14時再開。18時に終業。残業があれば、23時までだ。
     俺たちにはそれ以外が、無い。
     遊びに行く時間は無い。学ぶ時間も無い。与えられないんだ。仕事が終われば、すぐバスに乗せられて『自宅』行きだ。その自宅なんてのも名ばかり、奴らが指定した集合住宅に連行されるんだ。
     そこから残りわずかな時間で遊ぼうにも、集合住宅の周りにある店は食糧品店と日用品店と、後は制服やパジャマを売ってるところしか無い。本屋とか喫茶店とか、その他遊べる店なんて、近くに一つも無い。そんな楽しい店なんか、バスで2時間以上かかる街にしか無いし、そこまで行くと『帰宅時刻』をオーバーしてしまう。午前0時には、スピーカーから『寝ろ』と命令されるんだからな。
     かと言って、休日なんてものもずっと前から、無い。ずっとずっと、『特別スケジュール』を組まされて、引っ切り無しに働かされている。週末も、双月節も、関係なしにだ。俺なんかもう500日か、600日は連続で働かされてる。
     その『スケジュール』を乱せば――遅刻や欠勤なんかしたヤツ、時間を守らないヤツは、容赦なくペナルティが課せられる。配給チケットを没収され、昼食や酒、煙草、薬がもらえなくなる。その上、『反省の色が見られない』と判断されたヤツは強制連行されて『更生施設』に入れられ、そのまま行方不明って話だ。
     俺たちはみんな、白猫党を維持するための部品なんだ。その維持を乱すヤツは不良品、そのまま……)
    「……廃棄することとします。では次、エランド班長。本日の作業報告をお願いします」
    「……」
    「エランド班長?」
    「……」
    「エランド? 呼ばれてるぞ」
    「あ、……すみません」
     物思いにふけっていたホルヒは慌てて立ち上がり、本日の成果を報告した。

     ホルヒが家に戻ったのは、午後10時を回った頃だった。
    「おかえり」
    「ただいま。……まだ起きてたのか? 疲れてるだろ?」
    「先に寝てるの、嫌だから。ご飯できてるよ」
    「そうか、ありがとう。すぐ食べるよ」
     この間も、ラジオはニュースと音楽を、繰り返し流している。
     騒々しいのを嫌うホルヒとしては電源を落としてしまいたいのだが、落とせばそれも、白猫党が定めた法律に違反することになる。
    《……本日、財務対策本部より、新たに積立プランが発表されました。1ヶ月につき3598クラムの積立により、庶民でも8年で自動車を購入できるとのことです》
    「うそばっかり」
     このニュースに、リンダが口をとがらせる。
    「前だって、1500クラムの積立を3年やって保養地に1ヶ月宿泊できるとか、2400クラムの積立を5年で一軒家に住めるとか言ってたのに、全然できないじゃない。
     文句言ったら『価格改定が行われた』とか、『急激な物価高により』とかごまかされて、逆にもっと積立しろって言ってくるし」
    「仕方無いさ。実際、物価は上がってる」
    「それでももう、月2万クラムは積立に使ってるのよ! もう収入の4分の1以上じゃない!」
    「他に使いようもないからな」
    「そんなことばっかり……!」
     リンダは頭を抱え、ぐすぐすとした涙声で不満を漏らす。
    「ずっとずっと働いてるのに、お休みも無いしお金は取られるし、このままじゃ頭がどうかなりそうよ……」
    「もう休もう。疲れてるんだ、君は。俺も疲れたし」
    「……うん」
     ホルヒは泣きじゃくる妻の肩を抱きながら、寝室に向かおうとした。

     その時だった。
    《次のニュースで……ザ……今日……ザザ……との……ザー……ザッ……白猫党に虐げられし皆さん。寝る前にちょっとだけ、耳をお貸し下さい》
     ラジオから延々と聞こえていた、ニュースを淡々と読み上げていた女性の声が、途中でまったく別の、若い男の声に変わった。

    白猫夢・撹波抄 3

    2015.10.12.[Edit]
    麒麟を巡る話、第563話。管理下において;晩。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.《午後6時になりました。定時勤務の皆さんは、作業を止めて退勤しましょう。残業勤務のある皆さんは、1時間の休憩を取りましょう。繰り返します……》 スピーカーからの指示が終わらないうちに、工場からぞろぞろと人が出てくる。「いやぁ、今日はびっくりしたなぁ」「イメネス班長が逮捕されたってやつ?」「うんうん、びっくりしたよね...

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    麒麟を巡る話、第564話。
    電波ジャック。

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    4.
    「……!?」
     何が起こっているのか分からず、ホルヒとリンダは顔を見合わせ、そして同時に、互いのほおを引っ張り合う。
    「あいてて」「いたっ」
     ほおに痛みが走り、これが夢ではないと悟る。
    「今の……」「なに?」
     二人は同時にラジオに顔を向け、息を殺して音声に耳を傾ける。
    《繰り返します。白猫党に日々、虐げられし皆さん。どうか寝てしまう前に、私の話を聞いて下さい。
     私は白猫党を憎む者です。白猫党があなた方に行っている仕打ちに対し、強い憤りを感じている者です。
     あ、言い忘れましたが、この放送は集合住宅向けの放送電波をジャック(乗っ取り)して流しています。この放送があったことは、白猫党員には伝えないで下さいね。
     そもそも、彼らはあなた方向けのラジオなんか聞いてませんから、あなた方が黙っていてくれれば、彼らはこんな放送があったことなんか、知る由も無いでしょうし》
    「いや、でも」
     ホルヒの口から思わず、反論の言葉が漏れる。しかしそれを見越したかのように、ラジオはこう返していた。
    《もしかしたら党領内管理法の第19条3項、『党領内の人間は白猫党が指定するすべての通信手段に対し、党からの指示無く操作を行うことを禁ずる』、つまりラジオとかを勝手に切ったりしてはいけないって法律を思い浮かべた方もいるかも知れませんが、白猫党の方はこんな法律、全然守ってなんかいません。となれば当然、ラジオなんかこれっぽっちも聞いてませんよ。
     党領管法は党の領地下にあるあなた方の自由を奪うために設定されてるんであって、侵略者である彼らがそれに拘束される道理が無いんですから》
    「……」
    《今だって、もう午後11時半を回ろうかって頃ですけど、党員の皆さんは夜遊びしてますよ。皆さんが何年か前の休日に一回だけ飲んだであろうコーラとかビールとかも、皆さん毎晩、浴びるように飲んでますし。
     あなた方が無理矢理0時に寝かされた後も、党員の皆さんは好き放題に遊んでます。あなた方が無理矢理9時に出勤させられた後も、党員の皆さんは朝寝、二度寝、三度寝してます。不公平だと思いませんか?》
    「……思う」
     依然として涙声のまま、リンダがつぶやいた。
    《思う、と答えて下さった方、少なからずいらっしゃることと思います。ありがとうございます。一方、思わないと答えた方も、よく考えて下さい。
     あなた方は毎日毎日、家と仕事場とを往復し、押し付けられた仕事をこなし、そうやって得たわずかなお金を『積立』と称して奪われている。一方、白猫党員の方々は好きな仕事を適当にこなし、あなた方がら積立によって得た金を、好き放題に使っている。
     これが公平だと、本当に思いますか?》
    「え……?」
     思いもよらない情報に、ホルヒが声を上げた。
    《あれ? もしかして積立金、本当に慰安旅行や家になって返って来ると思っていましたか? いえいえ残念ながら、事実はそうではありません。
     彼らは資金調達の方便として、あなた方が稼いだクラムを『積立』と称し、搾取しているのです。詳しい説明は省きますが、党の活動資金や戦費を調達するに当たり、新たにクラムを増発するよりも、あなた方からあの手この手で搾り取る方が、彼らにとっては実に都合がいいからです》
    「本当か!?」
     ホルヒは声を荒らげ、答えるはずの無いラジオに向かって問いかける。
     一方、声が届くはずの無いラジオも、会話が成立しているかのように話し続ける。
    《勿論、勿論。これは本当の話です。搾取の手段は他にも数多くありますし、そのいくつかに薄々気付いてらっしゃる方も、少なからずいらっしゃると思います。
     例えば物価。年々上がっていることは確かでしょう。ですが本当に、領内の物価は世界の平均と同様に上がっていると思いますか?
     そう、実はほんの少し、ほんの少しずつ、実際よりも高く値を上げているんです。そしてその差額、利幅は税金として、党に入っていくんです》
    「……」
     リンダの顔に険が浮かんでいる。彼女も今、ラジオが伝えた内容に対し、強い共感を抱いているらしかった。
    《っと……、もうそろそろ、本来の放送の終了時間が近付いてきましたね。これ以上放送を乗っ取ってるとバレちゃうかも知れないので、今日はここまでです。いいですか? 内緒ですよ、皆さん。
     以上、私こと『Mr.コンチネンタル』がお送りいたしました。ではまた明日、この時間にお会いしましょう。ごきげんよう、さようなら……ザ……ザザ……ザッ……前0時に……ザ……ました。皆さん、就寝しましょう。繰り返します、午前0時になりました。皆さん、就寝しましょう。
     それでは本日の領民放送を終了します。……ザー……》
    「……」「……」
     食卓に延々とノイズが流れる中、ホルヒとリンダはもう一度、互いのほおをつねり、そして顔をしかめた。
    「いてて」「いたい。……夢じゃ、ないのね?」
     妻の問いに、ホルヒは無言でうなずいた。

    白猫夢・撹波抄 4

    2015.10.13.[Edit]
    麒麟を巡る話、第564話。電波ジャック。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「……!?」 何が起こっているのか分からず、ホルヒとリンダは顔を見合わせ、そして同時に、互いのほおを引っ張り合う。「あいてて」「いたっ」 ほおに痛みが走り、これが夢ではないと悟る。「今の……」「なに?」 二人は同時にラジオに顔を向け、息を殺して音声に耳を傾ける。《繰り返します。白猫党に日々、虐げられし皆さん。どうか寝てしま...

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    麒麟を巡る話、第565話。
    ニュースの余波。

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    5.
    「Mr.コンチネンタル」なる人物から秘密にするよう言われてはいたものの、人の口に戸は立てられないのが、世の常である。
    「なあ、聞いたか?」
     工場へと向かう上級バスの奥で、ホルヒと同僚は党バッジを付けた運転手に聞かれないよう、こそこそと話し合っていた。
    「もしかして、昨夜のアレか?」
    「そう、アレだ。Mr.コン……」「言うなって」「……あ、ああ。そうだったな。でも、じゃあ、……やっぱり聞いたのか、みんな?」
    「ああ」
    「……マジかな」
    「何がだよ」
    「言ってたこと。マジでピンハネされてんのかな」
    「かもな。実際のところ、本当に価格を水増しされてたとしても、俺たちには分からないんだからな」
    「それじゃ、積立も……」
    「実際、3年、5年で還付されるって言ってた話は何一つ、実現しちゃいないんだ。還付されたって奴もいるらしいが、それだって知り合いの知り合いの、そのまた知り合いの話だからな」
    「じゃあ全部、白猫党が流した嘘ってことなのか?」
    「そうとは言い切れない。でも、党の言ってることが本当だと実証することもできない」
    「……」
     話している間に、バスは工場に到着した。

     ホルヒが監督している班においても、作業の合間、あちこちでうわさが飛び交っているのが確認できた。
    「……ラジオ……」
    「……うん……」
    「……本当かな……」
    「……でも……」
     皆の意識は目の前の作業ではなく、ラジオの信憑性に向けられている。当然――。
    「皆、しっかりしてくれ。ラインが遅れているぞ」
    「す、すみません」
    「……君たちの話題については」
     注意したものの、ホルヒ自身も気を引かれてしまっている。
    「俺も今夜、もう一度確かめたいと思っている」
    「え……?」
    「だから、とにかく、今のところは、作業に集中してくれ」
    「は、はい」

     その日はまたも「特別スケジュール」により、夜11時まで作業が続いていたが、ホルヒは仕事が終わるなり、大急ぎでバスに乗り込み、家へと舞い戻った。
    「ただいまっ!」
    「おかえりなさい。もうすぐ、昨日と同じ時間になるよ」
    「分かった」
     夫婦揃って食卓に着き、ラジオに集中する。
    《次のニュースです。今朝……ザ……ザザッ……ザー……こんばんは、皆さん》
    「あっ……!」「来た!」
     思わず声を漏らし、二人は慌てて口を抑えて――ラジオから流れてくる男の声に、静かに耳を傾けていた。
    《白猫党に虐げられし皆さんのために、今夜も私、Mr.コンチネンタルが、真実をお伝えします》



     この、謎の放送が流れ始めてから数日が過ぎ、白猫党もようやく、この密かで、かつ大胆な「攻撃」に気付き、対策に追われることとなった。

    「これは我が党の秩序を根底から揺るがす、極めて憂慮すべき事態よ」
     席から立ち上がり、党首シエナが一喝する。
    「勿論、その点は承知しております」
     その視線の先には、冷や汗を額に浮かべる短耳の女性――党内の人事を統括する部署、党員管理部の長であるミリアム・アローサの姿があった。
    「既に白猫軍の諜報部に、発信源を特定させるべく調査を依頼しております」
    「そう。ではロンダ、特定にはどのくらいかかると?」
    「数日を要するとのことです」
     白猫軍司令、ロンダからの返答を受け、シエナが続いてアローサに問いかける。
    「その間、放送は?」
    「既に放送局には放送電波の送出を停止させ、代わりにジャミング電波を流して敵性放送を妨害しております。
     この間の放送に代わる手段として、第五・第六位党員を派遣し、トラックと拡声器を使って時報を行わせております」
    「手は足りてるの?」
    「率直に申し上げますと、かなり厳しい状況にあるのが現状です。第五位以下の党員を総出で向かわせても一都市に2~3名が限界であり、早急に軍からの支援を要請したいと考えております」
    「それは……」
     シエナはチラ、とロンダに視線を投げかけるが、ロンダは苦い顔を返し、口を開いた。
    「現時点においては、その要請に答えることは非常に難しい。確かに央南の戦線は落ち着きを見せ始めてはいるが、まだまだ多量の人員を要する。
     一方で今年より、再び西方での戦線拡大を進め始めたところでもある。そちらにも人手を割かねばならんし、よしんば呼び戻すにしても、数日では間に合わない。
     アローサ君には悪いが、軍の方からは人を貸せん。私にできることは、諜報部に特定を急がせることくらいだ」
    「現状の維持はどれくらいできそう?」
    「交代要員も覚束ないため、不休となります。1週間か2週間が限度かと」
     アローサの返答に、イビーザがフン、と鼻を鳴らした。
    「普段から仕事なぞ大してしておらんのだから、こう言う時にこそ働かせんでどうする」
    「……っ」
     一瞬、アローサの目に怒りの色が浮かぶが、すぐに冷静を装って答える。
    「幹事長閣下が高座で見下ろしているよりは、実際の彼らは仕事に邁進しております。まあ、閣下はあまり本部にいらっしゃいませんから、彼らの仕事ぶりを目にすることはあまり無いとは思いますが」
    「……ふん」
     イビーザの細い目がさらに細くなったところで、苛立たしげにシエナが場を締めた。
    「ともかく、対外活動を拡大しようと言うこの状況で、余計な内部混乱なんか起きてる場合じゃ無いのよ。
     一刻も早く、この敵性放送を行っている奴を検挙して、領内統治を正常化しなさい。いいわね、アローサ?」
    「ええ、重々承知しております」

    白猫夢・撹波抄 5

    2015.10.14.[Edit]
    麒麟を巡る話、第565話。ニュースの余波。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「Mr.コンチネンタル」なる人物から秘密にするよう言われてはいたものの、人の口に戸は立てられないのが、世の常である。「なあ、聞いたか?」 工場へと向かう上級バスの奥で、ホルヒと同僚は党バッジを付けた運転手に聞かれないよう、こそこそと話し合っていた。「もしかして、昨夜のアレか?」「そう、アレだ。Mr.コン……」「言うなっ...

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    麒麟を巡る話、第566話。
    栄光なき最高幹部。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     政務部と財務部がその国の悪事・悪評を嗅ぎ付け、策を仕掛けて支配者層への支持を急落させ、混乱が極まった頃に白猫軍が攻め込み、占領する――これが白猫党が今まで行ってきた、諸国乗っ取りの「手口」である。
     では乗っ取った後は、どこの部署が、何をするのか? それはこのアローサが管轄する、党員管理部に委ねられている。

     アローサ率いる党員管理部は白猫党員を占領下の各国・各都市に送り込み、そこで既存の産業を解体・廃業させ、自分たち白猫党にとって都合のいいように構造を変えるのである。
     まず、あらゆる商社・商会はすべて都市部に集約され、ほとんどの地域で既存の経済を成り立たなくさせるとともに、領地内の人間からあらゆる選択の自由を奪う。
     地方の人間には工場や農園などの第一次・第二次産業の職を割り当て、すべてを労働者に変える。有り余る労働力により豊富な資源と資材、食糧、さらには車輌や銃火器と言った製品を手に入れた白猫党は、それを新たな戦地に投入していくのだ。
     白猫党と言う巨大な組織を維持するためには、党員管理部は無くてはならない裏方なのだが――。

    (何が『普段から仕事なぞ大してしておらんのだから』よ!? 私のセクションが無きゃ、白猫党の兵站は破綻するって言うのに!)
     裏方役である故に、華々しく活動する他の部署に比べて、党員管理部には目立つような業績・実績を挙げる機会が無い。
     そのため党の発足以来ずっと、アローサは事ある毎に他の幹部たちより下に見られることが多く、それが彼女の不満につながっていた。
    (あの嫌味ジジイめ、今に吠え面かかせてやる!)
     アローサは無言のまま、しかし、明らかに怒った足取りで、自分の執務室へと向かった。



     アローサが執務室に入ったところで、すぐにドアがノックされる。
    「開けるわ」
     極力苛立ちを抑えつつ、アローサは振り返ってドアを開けた。
    「何?」
    「本部長、先程手紙が……」
     秘書から手紙を差し出され、アローサは短くうなずく。
    「ありがとう」
    「いえ。……それでは」
     どことなくほっとした様子の秘書を見て、アローサは内心、自分を戒めた。
    (また顔に出てたかしら? 気を付けないと)
     再度執務室に戻り、顔を軽くぽんぽんと叩いてから、アローサは机に着いた。
    「手紙、……ね。誰からかしら?」
     ひょいと封筒を裏返したところで、アローサは「えっ」と短く声を上げた。
    「『M・A・ゴールドマン』、……って、あのゴールドマンかしら?」
     一旦、封筒を机に置き、アローサは逡巡する。
    (彼だとしたら、どうして今頃……? 何か、嫌な予感がするわね)
     悩んだものの、アローサは渋々、手紙の封を切った。



    「親愛なる元同僚 ミリアム・アローサへ

     俺は現在、党を離れてはいるが、そっちで今、騒ぎが起こっていることは把握している。
     そしてその騒動の原因、中心人物についても、俺は把握している。
     密かにどこかで話せないか? いつでも、どこでもいい。返信は南区1番街12―2、『狐の女神』亭へ頼む。

    マラネロ・アキュラ・ゴールドマンより」



     手紙を読み終え、アローサは再度、逡巡する。
    (やっぱり、あのゴールドマンだったわね。『騒ぎ』って、あの電波ジャックのことかしら?
     怪しい。どうして彼が――自分で言ってるけど――党内の騒ぎを知っているのか。しかも犯人を知ってるなんて。
     考えられるのは、彼自身が犯人である場合。だとすれば当事者である私に接触し、私が困ってる様子を見て、愉快犯的に楽しもうとしているのかも。
     そこまで極端な話じゃなくても、最早党から追い出され、風来坊同然のはずの彼がわざわざ、党内の人間にしか知り得ないような情報をチラつかせるなんて。怪しすぎるわ……。
     でも、このまま手をこまねいているよりは、ダメ元で情報を手に入れに動いた方が得策かも知れない)
     アローサは紙とペンを手に取り、マロへの返事を書いた。

    白猫夢・撹波抄 6

    2015.10.15.[Edit]
    麒麟を巡る話、第566話。栄光なき最高幹部。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 政務部と財務部がその国の悪事・悪評を嗅ぎ付け、策を仕掛けて支配者層への支持を急落させ、混乱が極まった頃に白猫軍が攻め込み、占領する――これが白猫党が今まで行ってきた、諸国乗っ取りの「手口」である。 では乗っ取った後は、どこの部署が、何をするのか? それはこのアローサが管轄する、党員管理部に委ねられている。 アローサ...

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    麒麟を巡る話、第567話。
    マロの暗躍。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     返事を送ってから2日後の深夜、アローサはマロが泊まる宿を訪れていた。
    「よお来てくれたなぁ、ミリー」
    「変わってない、……とは言えないわね、マロ。すごく痩せたわ」
    「ほっとけ、はは……」
     数年ぶりに握手を交わし、席に着いたところで、アローサは本題を切り出した。
    「騒動って、何のこと?」
    「そら勿論アレや、電波ジャックの話」
    「やっぱり……! ねえ、マロ。何故その話を?」
    「簡単なことや。その電波ジャックしとる奴らと知り合いやねん。で、党のヤツらが慌てとるっちゅう話は、そいつらから聞いとる」
    「誰なの?」
     性急に尋ねるアローサに対し、マロは鷹揚に首を振る。
    「まあ、まあ。順を追って話しよか」
    「……ええ。いいわよ」
    「事の発端はな、央中攻略戦ん時や。ほら、央北と違て央中はお上がやいやい言うのん、嫌う傾向にあるやろ?」
    「そうらしいわね。民意優先の傾向があるとは聞いてるわ」
    「そう言う土地柄やから、白猫党が占領地でやっとるような、白猫党からの発注を強制的に、黙々とこなすっちゅうようなやり方が、肌に合わんわけや。
     一方でな、央中っちゅうたらほれ、俺の実家のお膝元や」
    「ゴールドマン家ね?」
    「せや。ほんでな、かつて金火狐商会で働いとって、今は央中の、白猫党領内に住んどる奴も結構おる。
     そのうちの一人がさっき言うた『反感』を抱き、かつての奉公先である金火狐のコネと技術を秘密裏に使て、領民放送をジャックしよった、……ちゅうわけや」
    「じゃあ、この騒動の黒幕は金火狐なの?」
    「ちゃうちゃう、そうや無い。あくまで金火狐商会の、一部分が関わっとる話や。……ま、それやからこそ、俺がこうして古巣を尋ねることになったんやけどな」
    「って言うと?」
     尋ねたアローサに、マロはニヤッと笑って返した。
    「単刀直入に言えば、そいつは財団にとっては『いらんことしい』やねん」
    「い、ら……ん? え?」
     央中の方言がよく分からず、アローサは首を傾げる。その反応を見たマロは肩をすくめつつ、説明し直した。
    「つまり厄介者、余計なことして場を乱す奴のこっちゃ。
     財団には昔から、『戦争やっとったら介入して早めに止めたればええ。せやけど自分から戦争起こしたらあかん』っちゅう考え方があるんや。その思想に基づけば、そいつはまさに、自分から戦争の火種を蒔こうっちゅうアホにしか見えんわけや。
     ま、そこまで言うたら、俺がなんでお前にコンタクトしたか、分かるやろ?」
    「つまり……、財団から要請されたってこと?」
    「そう言うことや。あくまで秘密裏に、やけどな。
     ま、俺は今現在、財団では鼻つまみ者、まともな部署に籍を置してもらえん、役立たずの道楽者扱いや。せやけどそのジャック犯と、そして白猫党の両方に関わりのある者やっちゅうことで、今回の密命を任されたっちゅうわけやねん。
     ちゅうわけで、俺から党に要請したいのんは、以下の2つや。1つ、央中某所――勿論どこかは知っとるで。もういっこの方を受諾してから話したる――におるそのジャック犯を拘束すること。
     そして2つ、俺に対する党の除籍処分を抹消し、俺に対して、党における何らかの重職に就かせること。ま、こっちについては元の地位にとか、そう言う我がままは言わへん。何やったら名誉職でもええんや。
     党は順調に拡大しとるし、俺も今一度、パイプを持っときたいからな」
    「なるほどね。……そうね、でも、私だけでは即決できないわ。何しろあなたの除籍は、幹部の満場一致による決定だったもの。それを撤回するには、その全員の了解が無いと。
     その上、あなたのためにわざわざ名誉職を設置するなんて、チューリン党首はきっと、いい顔しないでしょうしね」
    「見返りは十分やろ? 党の安寧秩序を乱すアホを引き渡すっちゅうてるんやし」
     マロの言葉に、アローサは腕を組んでうなる。
    「まあ……、ええ、そうね。確かにこの事態が早期に収束することは、党にとっては決して小さなことではないもの。
     分かった。できるだけあなたの希望が叶うよう、働きかけてみるわ」
    「おう。よろしゅうな」

    白猫夢・撹波抄 7

    2015.10.16.[Edit]
    麒麟を巡る話、第567話。マロの暗躍。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 返事を送ってから2日後の深夜、アローサはマロが泊まる宿を訪れていた。「よお来てくれたなぁ、ミリー」「変わってない、……とは言えないわね、マロ。すごく痩せたわ」「ほっとけ、はは……」 数年ぶりに握手を交わし、席に着いたところで、アローサは本題を切り出した。「騒動って、何のこと?」「そら勿論アレや、電波ジャックの話」「やっぱり...

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    麒麟を巡る話、第568話。
    苛立つシエナ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     この報告を受けた途端――アローサが予期していた通り――シエナは苦い顔をした。
    「いまさら?」
    「私も同感ですが……、しかし有益な情報です」
    「裏は取ったの? 本当にマロが、犯人を知ってるって証拠は?」
    「我々の内情を間接的に知っていたことから、信憑性は高いと思われます」
    「いくらでも知る方法はあるだろう」
     と、二人の間にイビーザが割って入る。
    「白猫党は今や、世界を股にかける大政治結社だ。そこかしこにねずみの一匹や二匹紛れていたとて、何らおかしくはなかろう?
     本部が騒いでいる程度の話なぞ、既にあちこちに漏れているだろう」
    「そっちの話も、聞く分には裏が無さそうね。うわさ話って感じ」
     アローサの話を頭から否定したイビーザも、シエナがあからさまに煙たがって見せる。
    「とにかく現状においては、マロの要求は承諾しかねるわ。
     まず第一に、今言った通りだけど、話が信用できない。本当にジャック犯を知ってるって証拠を見せてもらわないと、ソレこそ話にならないわ。
     第二に――コレは今以って、党幹部の総意と考えてるけど――アイツは満場一致で幹部陣から追い出されたろくでなしよ。ソレをいまさら迎え入れる理由は無いし、仮に迎え入れたとして、アイツに何ができるのかって話よ。
     まず間違いなく、財務部は門前払いするわ。政務部だって断るでしょうね。軍なんて論外。じゃ、後はドコが残ってる?」
    「それは……」
    「アンタだって嫌でしょ? アイツは結局、ろくに結果も残せず党のカネを使い潰しただけのヤツなのよ? ソレをうちのドコが引き取るのよ」
     かつての同窓生を散々にこき下ろすシエナに眉をひそめはしたものの、確かに彼女の言う通り、党員管理部でも持て余すのは目に見えている。
    「検討の余地は無いわ。返事はノーよ。そう伝え……」
     にべもなく却下しようとしたところで――アローサの秘書がおずおずと、手紙を手に近付いてきた。
    「お話中、失礼いたします」
    「何よ?」
     アローサを含む幹部3名ににらまれ、秘書はぎょっとする。
    「取り込み中よ。見て分からない?」
    「いえ、それがですね、……その、この手紙を送ってきた方から、このタイミングで総裁閣下に渡すようにと」
    「……? どう言うコトよ」
     シエナは首を傾げつつもその手紙を受け取り、開封した。



    「この手紙を読む直前、きっとお前は俺の申し出を断ろうとしているだろう。
     信じられないのは無理もない。信じるに足る話をしてなかったからな。

     証拠はある。央中、ハイネン共和国のコールマインに電波塔が1基、密かに設置されている。ジャック犯はあちこちに電波塔を建て、本当の発信源を特定しにくくしている。

     勿論俺の話を信じず、白猫党総動員で中央大陸のあっちこっちを探っても、俺は一向に構わない。ただ、俺を信じて取引した方が、それよりずっと楽に済むであろうことは、事実だと断言する。

     俺の提案を前向きに検討してくれるなら、本日中に連絡を寄越してくれ。

    マラネロ」



    「……チッ」
     普段から感情的に振る舞うことで知られるシエナも、流石に公衆の面前で、こうまであけすけに悪態をつくことは、これまで無かったのだが――。
    「忌々しいクソ狐め! アオイの真似でもしたつもりッ!?」
     手紙をびりびりと引き裂き、その場に撒き散らし、両肩と拳をプルプルと震わせ、やがてこれ以上ないくらい苛立たしげに、こう言い放った。
    「ロンダを呼んで!」
    「ろ、ロンダ司令を? 何故?」
     呆気に取られたイビーザに、依然としてシエナが怒鳴り散らす。
    「交渉なんか絶対しないわ! してやるもんですか! この腐れ狐を拘束して、ジャック犯の居場所を吐かせるのよ!」
    「か、閣下!? いや、それはあまりに……」
     うろたえつつも諌めようとしたイビーザを、シエナはギロリとにらみつける。
    「意見はいらない! すぐ呼べッ!」
    「わ、分かりました。……すまんが君、こう言うわけだ。頼まれてくれるか?」
    「はあ……」
     シエナの豹変ぶりに面食らっていたアローサの秘書は、大急ぎでその場を離れていった。

    白猫夢・撹波抄 8

    2015.10.17.[Edit]
    麒麟を巡る話、第568話。苛立つシエナ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. この報告を受けた途端――アローサが予期していた通り――シエナは苦い顔をした。「いまさら?」「私も同感ですが……、しかし有益な情報です」「裏は取ったの? 本当にマロが、犯人を知ってるって証拠は?」「我々の内情を間接的に知っていたことから、信憑性は高いと思われます」「いくらでも知る方法はあるだろう」 と、二人の間にイビーザが割...

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    麒麟を巡る話、第569話。
    翻弄される白猫党。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
     怒れるシエナの指示により、すぐに白猫軍の突撃部隊がマロの宿を強襲したが――。
    「いなかった? どう言うコトよ!?」
    「どうやら総裁の行動を先読みし、我々が動くよりも早く宿を発ったものと……」
    「……~ッ!」
     ロンダからの報告を受けたシエナは顔を真っ赤にし、手を振り上げたが、どこにも振り下ろすことなく、そのまま椅子に座った。
    「忌々しいわね、まったく!」
    「総裁、確認いたしますが……」
    「何よ?」
    「ゴールドマン氏の話によれば、央中に電波塔が設置されているとのことですが、真偽を確かめるべく調査に向かうべきではないかと。
     真実であれば、電波ジャック犯に繋がる情報を得られるやも知れませんし」
    「……そうね。アイツの指図を受けるみたいで心底、癪に障るけど、仕方無いわね」



     ロンダの意見を受け、シエナは央中に調査隊の派遣を命じた。
     その結果、確かにマロが明かした場所に電波塔が発見され、即座に分析が進められた。
    《確かに、発信源の一つと思われます》
    「『一つ』と言うのは?」
     通信機越しにそう尋ねながらも、ロンダの声には落胆の色が感じられる。
    《調べたところ、この電波塔の出力ではせいぜい半径50~60キロ程度にしか、放送電波を飛ばせません。央中西部や、ましてや央北まで届くとは考えにくいです。
     恐らく他に中継装置があるか、複数箇所から放射して増幅しているものかと》
    「どちらの場合にしても、すべてを発見し破壊、もしくは電波ジャック犯を見つけるにはかなりの時間を要すると言うことか……。
     やれやれ、また総裁が爆発するな」

     ロンダの予想通り、シエナは憤っていた。
    「そう。……本っ当、忌々しいわね。実はね、また手紙が来たのよ」
    「と言うと、ゴールドマン氏からですか」
    「そうよ。『もう一回話し合いの機会を設けろ。今度は襲ったりするなよ』ってね」
    「ふむ……。率直な意見を申し上げますと、要求を呑むべきかと」
     ロンダの言葉に、シエナは一瞬目を吊り上がらせたが、すぐに目を閉じ、短くうなずいた。
    「そうね。ここでまた捕まえろだの逃がしただのって話になるのも面倒だし。ソレに、他の電波塔探しに人員を割くのも、かなりの手間になるのは目に見えてるし。
     いいわ、会いに行きましょう。ただし」
     シエナは依然として苛立った顔のまま、こう続けた。
    「交渉の場を、密かに囲みなさい。ヤツから情報を聞くだけ聞いたら、逃さず殺すのよ。
     前にも言った通り、アイツの要求を呑むコトはできない。交渉の振りをして、話がまとまった直後に強襲、そのまま暗殺するのよ」
    「ふむ……。確かにゴールドマン氏を引き入れることによって、多大なリスクがもたらされることは明白。
     私個人の意見といたしましても、彼が党において就いていた地位、要求する地位はおしなべて彼の才量に見合わぬものばかりであり、仮に今後、彼が復党したとしても、党に混乱をもたらしこそすれ、党の利益に結びつくことは皆無と言ってもよいでしょう」
    「アタシも同意見よ。最早ココに、アイツの帰る場所は無いわ」
    「ええ、承知いたしました。仰る通りに手配いたします」



     同時刻――ゴールドコースト市国、フォコ屋敷。
    「ほな、今のところは成功してはるんですね」
    「そーみたいです」
     総帥の執務室に、5人の人間が集まっていた。
     一人はこの屋敷の今の主であり、第19代金火狐財団総帥のルーマ・ゴールドマン。そして彼女の問いに答えたのは金火狐商会の技術研究部主任、ノイン・トポリーノである。
     彼女らに続く形で、マロが手を挙げる。
    「返事も来てますわ。『近日中、ドミニオン城に交渉の場を設ける』ちゅうてるけど……」
    「100%ワナだな、そりゃ」
     残る2人のうち、一人は一聖である。
    「前回もオレがマロを連れ出した直後に、話し合いのハの字も見せずに強襲してきたヤツらだ。今回の交渉って話も、間違いなく陰に兵を潜ませて拘束する気、満々だろうぜ」
    「でもマロには行ってもらわないと」
     そして最後の一人はこの電波ジャック騒動を計画した張本人、マークである。
    「分かっとる。ここであいつらに動いてもらわな、計画の成功は無いからな」
    「ま、マロの安全についてはオレにアイデアがある。何とかするさ」
    「よろしくお願いします。……では総帥閣下」
    「あの、閣下はちょと……」
     恥ずかしそうにほほえんだルーマに、マークもはにかんで返す。
    「あ、そうでした。すみません、ルーマさん。ええと、まあ、とにかく。
     次の作戦も、ご協力をよろしくお願いします」
    「ええ、こちらこそ」

    白猫夢・撹波抄 終

    白猫夢・撹波抄 9

    2015.10.18.[Edit]
    麒麟を巡る話、第569話。翻弄される白猫党。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. 怒れるシエナの指示により、すぐに白猫軍の突撃部隊がマロの宿を強襲したが――。「いなかった? どう言うコトよ!?」「どうやら総裁の行動を先読みし、我々が動くよりも早く宿を発ったものと……」「……~ッ!」 ロンダからの報告を受けたシエナは顔を真っ赤にし、手を振り上げたが、どこにも振り下ろすことなく、そのまま椅子に座った。「...

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    麒麟を巡る話、第570話。
    雑談。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「最近さー」
    「うん」
    「主任、見かけなくない?」
    「……あー、確かに」
     トラス王国、「フェニックス」研究所。
     休憩時間に集まっていた研究員たちが、雑談を交わしていた。
    「いや、来てるっぽいんだけど、なんか勤務時間一杯、新設された棟にこもってるみたい」
    「何してるんでしょうね?」
    「んで、代わりにさー」
    「代わりに?」
     一人が辺りを見回し、小声になる。
    「主任の妹……、ビクトリア姫が来るようになったよね」
    「あー、うん」
    「いや、確かにちょっと変だけど天才だって話は聞くし、実際、一回話す機会があったんだけど、かなりウチの研究にも精通してて、ビックリした。その後タチバナ顧問と、めっちゃ難しい話してたし。
     でも正規の研究員じゃないのに、なんで主任みたいなことしてるんだろう、……って」
    「うーん……。元からウチって、そこら辺ユルいしなぁ」
    「そうですっけ?」
    「まあ、ウチって言うか、主任とか所長の周りが。いつの間にか人、増えてるし」
    「あー、あるある。こないだも『狐』の、わりとデカい女が来たし」
    「いたいた。あ、後さ、みょーに語尾伸び伸びの『猫』とか、ヒゲ面のいかつい『狼』とか」
    「うんうん」
    「見ました見ました」
     と、別の研究員がまた、辺りを見回す。
    「……私、思うんだけど。『フェニックス』って実はもしかして、なんかの秘密結社なんじゃないの?」
    「なにそれ」
    「だって変じゃない? 今言った人たち、みんな研究員って感じじゃないもん。むしろ武闘派って言うか……」
    「……ちょっと、思う。そもそもできた当初から、何故かギアト護衛官が研究所をうろうろしてたし」
    「あの人も変って言えば変ですよね。護衛官って言いながら、主任の側にあんまりいないですし」
    「それに所長自体、何度か服をボロボロにして帰って来ることがあったよな。まるでどこかで一戦交えてきました、みたいな」
    「あー、あるある。……確かに、……変だよなぁ」
    「一度、聞いてみませんか?」
     若手の研究員の一言に、場が静まり返る。
    「……何を、誰に?」
    「そりゃ、『フェニックス』って本当に再生医療研究チームなのかってことを、主任か所長か、それか顧問に」
    「聞いて答えてくれるとは思えないけど」
    「主任は答えてくれそうだと思う。わりと気が弱いから、強気で尋ねれば何かしらポロっと」
    「ポロッと行く前に、所長が間に割って入ってきそうな気がする。あの人、そう言うところ目ざといし」
    「かと言って顧問はなー……。なんか適当にあしらわれそう」
    「あー、なんか分かる」
    「となると、他に答えてくれそうな人っています?」
    「うーん……」
     その場にいた研究員は肩をすくめたり首を振ったりと、誰も答えられない。

     と――。
    「何をお聞きになりたいんですか?」
    「おわっ、……で、殿下?」
     話の輪に、ビッキーが割って入ってきた。
    「い、いつからそこに?」
    「つい今し方です。それで、何か疑問点が?」
    「いや、その……」
    「何と言いますか……」
     他の研究員たちが口ごもる中、先程の若手が挙手する。
    「殿下は『フェニックス』に出入りされている、非正規所員らしき方々のことをご存じでしょうか?」
    「非正規と言うと?」
    「緑髪の猫獣人の方とか、浅黒の狼獣人の方とか」
    「ああ、カズラさんとウォーレンさん。ええ、存じております」
    「あの人たちは明らかに研究員じゃ無さそうなんですが、何故この研究所に出入りされてるんでしょうか」
    「ルナさんにご用事があるからです。
     ルナさんはあまり市街地に出向かれない方ですから、自然とカズラさんたちがこちらを訪問される機会が多くなるのは自明でしょう?」
    「あー、そっか」
    「……ん、いや、でも」
    「何か?」
    「所長とその、カズラさんとか言う方たちに、何の関係が?」
    「ルナさんは武人としても高名な方だそうです。教えを請いたいと言う方は少なくありませんから、そうした方が訪ねる機会は多くなります。
     ほら、パラさんもフィオさんとよく格闘訓練なさってたでしょう? パラさんの戦闘技術は、お母さん譲りだそうですし」
    「確かに……」
    「そう言えばそうですね」
    「文武両道なんだなぁ、所長って」
     研究員たちが一様に納得した表情を浮かべたのを見て――ビッキーは内心、ニヤニヤと笑っていた。
    (……ちょろいですね)

    白猫夢・上弦抄 1

    2015.10.20.[Edit]
    麒麟を巡る話、第570話。雑談。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「最近さー」「うん」「主任、見かけなくない?」「……あー、確かに」 トラス王国、「フェニックス」研究所。 休憩時間に集まっていた研究員たちが、雑談を交わしていた。「いや、来てるっぽいんだけど、なんか勤務時間一杯、新設された棟にこもってるみたい」「何してるんでしょうね?」「んで、代わりにさー」「代わりに?」 一人が辺りを見回し、小...

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    麒麟を巡る話、第571話。
    うろうろビッキー。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「と言う感じでごまかしてます」
    「ありがとう、ビッキー。助かるよ」
     研究所に新設された部屋に一人こもって作業していたマークは、ビッキーからの報告に苦笑していた。
    「いつもならそう言う根回し、ルナさんがやってくれるんだけど、あの人も今、色々忙しいからね」
    「それなんですけどね」
     と、ビッキーがすい、と一歩、マークに詰め寄ってくる。
    「わたしもそろそろ、研究員にしていただけません? 自然には研究所に入りづらいですし、所員の方々にも今ひとつ、打ち解けてもらえませんから。
     ルナさんにお願いしようと思っていたのですけれど、お会いできませんし」
    「それはちょっと……」
     難色を示したマークに、ビッキーはぷく、と頬を膨らませる。
    「理由は何故です?」
    「確かに君も才能ある人間だし、うちの研究所に入ってくれるなら、本当に心強い。裏の事情も良く知ってるわけだし。
     でもさ、僕も君も『フェニックス』にってなったら、父上が嫌な顔をするのは目に見えてるだろ?」
    「ええ、想像に難くありませんね。跡継ぎがどうの、体面がどうのと、ぶつぶつ文句を漏らす声まで聞こえてきそうです」
    「だろ? 他の妹たちもまだ幼いし、僕か君のどっちかが継ぐって意思を表明しとかないと、父上は絶対、いい顔しないよ」
    「面倒なお話ですね」
     ビッキーは大仰に、はあ、とため息を吐いてみせる。
    「王族なんてこだわり、何の価値があるものでしょうか。今の世の中、既に王政を廃した国も大勢あると言うのに」
    「だからこそじゃないかな」
     マークは眼鏡を外し、眉間を揉みながらこう返す。
    「世界が目まぐるしく形を変える中、国の形だってコロコロ変わっていってる。
     でも変わっていくモノ、既に変わったモノが全部いいモノかって言ったら、断言できないだろ? 事実、白猫党が作ってきた新しい国がいいモノだとは僕にも思えないし、君も思ってないよね」
    「まあ、確かに」
    「父上は父上なりに、今のこの国の形がいいモノと思って、後世へ遺そうとしてるんだよ。と言っても、その意見が正しいってことも、断言できないけどね」
    「まるで日和見主義の学者みたいなことを言いますね。はっきりしない物言いですこと」
     ビッキーはぷい、と顔を背け、こう続ける。
    「わたしの知る一番の学者さんは、物事をものすごーくはっきり、ズバッと断じて仰ってくれるから大好きなんですけれどね」
    「それ、カズセちゃんのこと?」
    「ええ。今まで出会ったどんな先生よりも素晴らしい見識と遊び心のある方です。わたし本当に、あの方にご指導いただけて良かったと思っております」
    「カズセちゃんが聞いたら、顔を真っ赤にして『んな恥ずいコト真顔で言うんじゃねーよ』って言ってきそうだね」
    「それもあの方の魅力ですね。決して奢らず、偉ぶらない方ですもの」

     兄に諭されたものの、研究員になることを諦めきれないビッキーは、本来頼み込もうと考えていた相手――ルナを探しに出た。
    (と言っても、あの方が行かれそうな場所って、さっぱりなんですけどね。研究所にいらっしゃらないと、本当にどこにいらっしゃるやら)
     情報を集める意味も含め、彼女はまず、市街地に住むフィオとパラ夫妻のところを訪ねた。
    「あれ、ビクトリア殿下? 一体どうしたんですか?」
     出迎えたフィオは、きょとんとした顔をしている。
    「わたしが訪ねてくるなど、思いもよらなかったというお顔ですね」
    「ええ、まあ」
    「ルナさんのことをお伺いに参りまして。お二人ならあの人が研究所以外、どこにいらっしゃるかご存じではないかと」
    「ん? うーん……?」
     フィオはくる、と振り返り、奥に向かって尋ねる。
    「パラ、ちょっといい?」
    「なんでしょう」
    「ルナさんって研究所以外だと、どこにいそう?」
    「王国内で、かつ、研究所以外と言う条件ですと、確実性の高い回答はありません」
    「『知らない』と言うことですね」
    「はい」
     家の奥から、パラがタオルで手を拭きつつ現れる。
    「お母様に何かご用事が?」
    「ええ。お願いしたいことがございまして。
     ちなみにパラさん、王国外で思い当たるところはございますか?」
    「数点ございますが、ビクトリア殿下が有する移動手段および移動能力では、いずれも到達不可能な場所です」
    「例えば?」
    「南海南東部の……」「それ以上は言っちゃ駄目よ、パラ。その子の性格だと、マジで行こうとしかねないもの」
     声をかけられ、三人の視線が一斉にそちらへ向く。
    「あら、お母様」
    「ただいま。で、ビッキー。あたしを探してたって?」
     そこには、にこにこと笑うルナが立っていた。

    白猫夢・上弦抄 2

    2015.10.21.[Edit]
    麒麟を巡る話、第571話。うろうろビッキー。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「と言う感じでごまかしてます」「ありがとう、ビッキー。助かるよ」 研究所に新設された部屋に一人こもって作業していたマークは、ビッキーからの報告に苦笑していた。「いつもならそう言う根回し、ルナさんがやってくれるんだけど、あの人も今、色々忙しいからね」「それなんですけどね」 と、ビッキーがすい、と一歩、マークに詰め寄っ...

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    麒麟を巡る話、第572話。
    ワガママあしらい。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「研究員になりたいって?」
     場所をフィオたちの家の居間に移し、ビッキーはルナに自分の希望を伝えた。
    「ええ。必ずご期待に添えると思いますが」
    「うーん」
     ルナは短くうなり、こう尋ねる。
    「ウチの目的、知ってて言ってる?」
    「どっちのことでしょう?」
    「オモテ」
    「再生医療ですね」
    「あなたの得意分野と違わない? 電気工学畑でしょ、あなた」
    「今はそうですね」
    「……どう言う意味に取ったらいいのかしら? 入ってからあなたの得意分野を変えるってこと? それとも入ってから、あなたの得意分野に合わさせるってこと?」
    「どちらでもございません。再生医療研究に加え、いずれ電気工学研究もするようになる気がいたしましたので」
    「マークの『作戦』のことを言ってるの?」
    「兄の性格上、今回の作戦のためだけに『あれ』を作るとは思えませんもの」
    「って言うか、むしろあなたが作戦終了後、あれを使いたいって気がするけどね」
    「そう取っていただいても結構です。
     どちらにせよ、わたしが参加する余地は今、ありそうですので」
     そう返され、ルナは口をへの字に曲げた。
    「あんた本当に図々しいわね。ワガママっぷりが度を越してるわ」
    「よく言われます。直す気はございませんけれど」
     この返答に、ルナは憮然とした顔をしつつ、ぼそっとつぶやく。
    「……プレタの娘じゃなかったら引っぱたいてやりたいわ、マジ」
    「はい?」
    「何でもないわよ。……ま、現時点での結論としては、駄目ね。マークの言った通りのこともあるし、今のウチは再生医療研究一本に絞ってるもの」
    「じゃあ、一旦引き下がります」
    「じゃあって何よ」
    「医療研究を学んでからまた、お願いしたいと思います」
    「あんたねぇ……」
     ルナは呆れた顔をしつつ、こう尋ねた。
    「なんでそこまでして『フェニックス』に入りたいのよ? 自分で電気工学の研究室造ればいいじゃない」
    「楽しそうですもの。カズセちゃんもいらっしゃいますし、フィオさんたちやカズラさんたちも入り浸ってますし」
    「ウチはラウンジじゃないっての。……まあ、そう言うことであれば、もう入所許可証は発行してるんだし、気にせず入ってきていいわよ」
    「でも……」
    「あれを使いたいって言うなら、作戦完了してあれが必要無くなり次第、勝手に使っていいから。
     後は他の研究員と研究の邪魔しなきゃ、大体何してもいいわよ」
    「はあ」

     一応の許可は出たものの、完全に自分の要求通りにはならなかったため、ビッキーはなんとなく程度の不満を感じていた。
    「なんだか除け者にされてるみたいです」
    「まーまー」
     ビッキーは話し相手に葛を伴い、喫茶店に場所を移していた。
    「今、色々大変じゃん? 大仕掛けの真っ最中なワケだしー」
    「それはそうなのですけれど、だからこそわたしは、積極的に兄やルナさんを助けたいと思っておりますのに」
    「仕方ないって。正直、あたしも今、ヒマだもん。『あなたが動くのはもっと後』って言われてるしー」
    「それはカズラさんが『実働部隊』だからでしょう? わたしは頭脳面での助力しかできませんし」
    「でもさー、実際ビッキーちゃんはお兄さんのコト結構、助けてると思うよー?」
     葛にそう返され、ビッキーは首を傾げる。
    「そうでしょうか?」
    「うんうん。色々差し入れ持って行ったりしてるしー、『フェニックス』の怪しいトコをごまかしたりしてるし」
    「その程度では……」
    「もぉ。そんな風に言わないでほしいなー。あたしとかからしたら、特に何も助けてないワケだしさー。
     自分では『大したコトしてない』って思っててもー、他の人から見たら『すっごく助かってる』ってコト、結構あるんだしー」
    「……そうですね、そう言うこともあるかも知れませんね」
    「だからさー、今はあの人たちが『助かる』って思ってくれるコトをやるのが一番なんじゃないかなー?」
    「そうかも知れません。でも……」
    「そんなに手伝いたいって言うならさー、あの子に相談してみたら?」
    「あの子?」
    「カズセちゃん。案外『じゃコレやってくんね?』みたいに返ってくるかも知れないよー?」
    「……なるほど。一考の価値はございますね」

    白猫夢・上弦抄 3

    2015.10.22.[Edit]
    麒麟を巡る話、第572話。ワガママあしらい。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「研究員になりたいって?」 場所をフィオたちの家の居間に移し、ビッキーはルナに自分の希望を伝えた。「ええ。必ずご期待に添えると思いますが」「うーん」 ルナは短くうなり、こう尋ねる。「ウチの目的、知ってて言ってる?」「どっちのことでしょう?」「オモテ」「再生医療ですね」「あなたの得意分野と違わない? 電気工学畑でしょ...

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    麒麟を巡る話、第573話。
    カミナリ。

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    4.
     他の研究員と同様に、一聖は王国の住宅街から通勤している。
     と言っても、2年前までは集合住宅に住んでいたのだが、大火と渾沌が王国に来て以降は一軒家に居を移し、彼らと共に暮らしていた。
    「んー」
     ビッキーからの相談を受け、彼女は腕を組んでうなる。
    「つってもなー、特にねーんだよな、今」
    「本当に、何もございません?」
    「いや、でもマジでさ、研究所のヤツらをごまかしてくれるだけでもありがたいってのは事実だぜ? マークは『アレ』に集中しなきゃならねーし、オレもルナも八方飛び回ってる状態だし。
     ソレにさ、……まー、いい機会だから一度言っとくか」
    「何をでしょう?」
     不満気な顔でそう尋ねたビッキーに、一聖は冷たい視線を向けた。
    「お前さん、『研究所に入りたい』とか『オレたちの助けになりたい』っつってたけど、実際のトコ、本心は違うよな?」
    「え」
    「ズバッと言うがお前さん、単純に自分が目立ちたいだけだろ。『みんなが活躍し、成功できたのは自分のおかげだ』って吹聴したいんだ」
    「い、いえ、そんなことはございませ……」「ございますわ、だ」
     チョコレートミルクを片手に持ち、一聖は左手でビシ、とビッキーの鼻先を指す。
    「オレが何年、お前さんのセンセーやってると思ってる? んなコトくらい、嫌でも気付くっての。
     コレを言っちまうとお前さんがプーっとむくれるだろうってコトは予測済みだが、あえて言う。お前さん、本っ当にワガママで図々しくて自分勝手だぜ?
     その素振りときたらいかにも世間知らずの、いいや、世間をなめてるお嬢様、『お姫様』だ」
    「……っ」
     一聖の言った通り、ビッキーはぷく、とほおを膨らませるが、一聖は構わず指摘を続ける。
    「口じゃ『王族なんて下らない』みたいなコトをほざいてるが、やってるコトはまんま、バカ丸出しの王侯貴族サマじゃねーか。
     自分の思い通りにならなきゃプンスカ怒って、何が何でも押し通そうとわめき散らす。なったらなったですぐ飽きて、また次のワガママを通そうとわめく。ソレは正に、あの腐れ外道の白猫党どもが打倒しろとほざく、『腐敗した王侯貴族』のモデルケースそのまんまだぜ、今のお前はよぉ?
     お前がこのまま次の王様にでもなっちまったら、3ヶ月と経たずに国は大混乱になるし、そうなりゃ白猫党の思う壺、気付いた時にゃあいつらの軍門に下ってるってワケだ。
     こりゃ『貧乏神邸』の呪いが大的中、ってコトだな。お前の代でトラス王家はおしまいだ」
    「あなた……ッ」
     ビッキーは顔を真っ赤にし、右手を振り上げる。
     しかしそれより一瞬早く、一聖はチョコレートミルクを机に置き、左手でビッキーの平手をつかみ、さらにもう一方の手が、ビッキーのほおを叩いていた。
    「きゃっ……」
     ビッキーが目を丸くし、自分のほおに手を当てたところで、一聖は元通りにチョコレートミルクを手に取った。
    「今言ったばっかりだぜ、おい?
     お前さんは相手が言うコト聞かなきゃ、なりふり構わずひっぱたくのか? 自分ん家のド真ん中ででけー音出して皆を引っかき回すのか? 電磁加速砲で親の頭フッ飛ばすのか?
     ソレもコレもぜーんぶ、お前のワガママから来る話じゃねーか。まず第一にソコ直さなきゃ、お前さんにゃ何にもさせられねーよ。マークだってルナだって他の皆だってな、自分の事情で動いてやしねーんだ。
     オレからルナとマークに言っとく。お前が自分のワガママを直さない限り、絶対に絶対、研究所にゃ一歩たりとも入れないようにしろって、な」
    「うー……ぐすっ……」
     散々に叱咤され、ビッキーは顔を伏せ、しくしくと泣き出してしまった。

     このやり取りを遠目に眺めていた葛と渾沌は、こそこそと耳打ちし合っていた。
    「きっついねー、カズセちゃん」
    「でもみんなが言って欲しかったことでしょ? マークやご両親も手を焼いてたみたいだし」
    「そーかなー」
    「少なくとも今回のこれで、ちょっとは反省したでしょ」
    「ま、多分ねー」

    白猫夢・上弦抄 4

    2015.10.23.[Edit]
    麒麟を巡る話、第573話。カミナリ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 他の研究員と同様に、一聖は王国の住宅街から通勤している。 と言っても、2年前までは集合住宅に住んでいたのだが、大火と渾沌が王国に来て以降は一軒家に居を移し、彼らと共に暮らしていた。「んー」 ビッキーからの相談を受け、彼女は腕を組んでうなる。「つってもなー、特にねーんだよな、今」「本当に、何もございません?」「いや、でもマ...

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    麒麟を巡る話、第574話。
    葛の葛藤。

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    5.
    「あれ?」
     と、葛が辺りを見回す。
    「そう言えば、タイカさんはー?」
    「先生? 帰ったわよ、とっくに」
     渾沌にしれっと返され、葛は目を丸くする。
    「え、帰っちゃったの? 魔力無くなったって言ってなかったっけ?」
    「なんか『思うことがある』とか言って、去年暮れくらいに『オリハルコン』の魔力を使って、さっさと。わたしは『ゆっくり休みたい』ってお願いしたし、しばらくこっちにいるつもりだけどね。
     あ、勿論ハーミット家との約束は、今も果たしてるわよ? ちょくちょくカプラスランドに行って、あなたのこと話したりもしてるし」
    「え、そなの? 元気してる? ママとパパとばーちゃん」
    「ええ、みんな元気よ。道場も軍での教官業も順調だし、家族仲も極めて良好。『帰ってきてほしいな』とも言ってたけどね。
     あなたと、葵が」
    「……んー……」
     渋い顔をした葛に、渾沌がこう続ける。
    「あなたにとっては憎い敵かも知れないけど、秋也とベルにとっては可愛い娘だし、ジーナさんにとっても可愛い孫なのよ、今でもね。わたしにしても、あの子とあなたは孫みたいなものだし。
     だから極端なことを言えば、何もかも15年前に戻って欲しいとさえ思ってるのよ。葵がまだ、のんびり眠っていられたあの頃に、……ね」
    「……ん、まあ、うん。そうだね、あたしもあの頃に戻れたらなって思うコト、一杯あるよ。でも、……ソレは、無理だよ」
    「どうして?」
    「あたしとアイツ、両方に問題があるもん。
     あたしはアイツのコトが許せないし、アイツは戻る気が無い。もし15年前と同じように、一緒に暮らそうとしても、きっと駄目。きっと、何かがおかしくなって、何かを掛け違えて、結局は大喧嘩になっちゃうよ」
    「それを正そう、正したいとは思わないの?」
    「思うよ。でも、……でも、ソレをやれる自信が、あたしには、無いの。
     アイツはあまりにも多くの人を不幸にし過ぎたし、あたしの身の周りも、15年前とはガラッと変わっちゃったんだよ? ソレを15年前に戻すコトなんて、誰もできないと思う」
    「そうね、確かにそれは、先生でもできないことだと思うわ。
     でも未来はまだ、いくらでも変えられるでしょ?」
    「未来を?」
    「ええ。もしかしたら、今あなたと葵に起こってる問題を解決する道が、どこかにあるかも知れない。
     そう思わないと、あなた――この先の人生に、希望を見出だせないでしょ?」
    「ソレ、……は」
    「あなたのおじいさんの、ネロ・ハーミット卿も言ってたことじゃない。『過去のいざこざに囚われたままじゃ、いい未来は訪れない。すぱっと割り切って、笑ってる方がいい』って。
     あなたがこのまま葵を倒すことだけを考えて、そしてそれが成就した、その時。あなたに何が残るのかしら?」
    「……」
    「あなたも分かってるんじゃない? きっと今よりもっとどうしようもない、底無しに暗い気持ちになるってことが」
    「……かも。……ううん、多分そうなる」
    「嫌でしょ?」
    「そりゃ、……うん。考えるだけでも嫌な気持ちになる。
     でも、どうすればいいの? あたし、どうしたらアイツのコト、折り合い付けられるの?」
    「それはわたしが出すべき答えじゃ無いわね」
     渾沌は肩をすくめ、こう返した。
    「あなたの人生は、あなたのものだもの。他の人には結局、あなたの苦しみと悩みは分からないわ。それは自分で折り合いを付け、整理し、片付けなければならないものよ。
     せいぜい悩むことね――困ってるのも自分。悩むのも自分。それならいつかきっと、自分が納得行くような良い答えを、自分で導き出せるはずよ。
     残念ながら葵は、そうじゃないみたいだけど」
    「……だね。白猫の言うコト聞いてばっかりだもんね」
    「だからこそ、葵は今、困ってるんだと思う。いいえ、もっとずっと昔から、悩み続けてるはずよ。白猫に会った、その日から。
     でも悩む自分と、答えを出す人が違う。きっと葵が望まない答えも、沢山出されてきたことでしょうね。
     ……こんな説教をしておいてなんだけど、葵のことはあなたが助けてあげて」
    「え?」
    「白猫の呪縛から解放してやれるのは、あなたしかいないわ。
     葵自身の力でそこから逃れることは、多分できない。あの子の思考の中に、そう言う道筋は全く用意されて無さそうだもの。
     あの子と最もつながりが深いのは葛、あなたよ。あなた以外に、葵を助けてあげられる人は一人もいないわ」
    「……」
     葛は答えず、その場から離れた。

    白猫夢・上弦抄 5

    2015.10.24.[Edit]
    麒麟を巡る話、第574話。葛の葛藤。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「あれ?」 と、葛が辺りを見回す。「そう言えば、タイカさんはー?」「先生? 帰ったわよ、とっくに」 渾沌にしれっと返され、葛は目を丸くする。「え、帰っちゃったの? 魔力無くなったって言ってなかったっけ?」「なんか『思うことがある』とか言って、去年暮れくらいに『オリハルコン』の魔力を使って、さっさと。わたしは『ゆっくり休みた...

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    麒麟を巡る話、第575話。
    Why done it?

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    6.
     葛とビッキーが帰った後で、一聖はマークとルナ、そしてフィオ夫妻を呼び寄せた。
    「確認したいコトがあるんだ」
    「って言うと?」
     首を傾げるルナに答えず、一聖はフィオに顔を向けた。
    「フィオ、お前さんが元いた世界じゃ、ビッキーが『コンチネンタル』を主導したっつってたな?」
    「ああ。577年に第3代国王に即位。その1年後に諸外国と連携を取り、さらにその翌年、『コンチネンタル』を発動した」
    「って話だったな。だが今日、ちょこっと気になったコトがあってな」
     一聖はビッキーが自分のところにも押しかけ、それを説教して帰した話を聞かせた。
    「結局、アイツはワガママなんだ。自分優位、自分中心、自分が輝いてなきゃ絶対ヤだってタイプだ」
    「まあ……、確かに」
     これを聞き、マークは苦い顔をする。
    「あの子はそう言うところがある。麦菓子事件も半分以上、周りを驚かして注目を集めたかったのが狙いだったんだろうし」
    「ソコでだ。そう言う自己中お姫サマが『フィオの世界』でどうして、『コンチネンタル』なんて面倒臭い大仕掛けをやったのか? ソレが気になるんだ」
    「何でって……、その話の流れで言ったら、目立ちたいからじゃ?」
     そう答えたフィオに、一聖はチッチッと人差し指を振って返す。
    「目立ちたいだけで、全世界規模の政争に首を突っ込むか?
     相手は世界最強かつ最悪と目される大軍勢だぜ? 下手打ったらどうなるか、予想できないワケでもないだろ?」
    「まあ、そう言われたら確かに。実際、『コンチネンタル』が失敗した後すぐに、彼女は一族もろともアオイに処刑されたらしいし」
    「実際にやる前から、誰だってそうなるだろうってくらいの想像は付くはずだ。だから――ドレほど目立ちたがりだからっつったって、ソレだけじゃ――そんなコトに首を突っ込むワケがねーんだ。
     よっぽど勝てるって目算があるか、ソレともそう吹き込まれてなきゃ、な」
    「どう言う意味?」
     尋ねたルナに、一聖は一瞬、部屋の端にいた渾沌に視線を向ける。
     渾沌が無言でうなずいたのを確認し、一聖はルナの猫耳に、ぼそ、とつぶやいた。
    「え? ……まさか!」
    「いいや、『アイツ』ならそう言う政争に嬉々として首を突っ込むし、使える『駒』がいるとなれば、なんだって使う。相手が王様だろうが将軍だろうが、オレの親父だろうが、な。
     ソレに、アイツが出張ってくる理由もちゃんとある。パラの姉ちゃんの話みてーに、どこかの国を操って滅亡させるなり成長させるなりすれば、カネが動く。とてつもない額のカネが、な。恐らく『コンチネンタル』が進行する裏で、アイツはソレを目論んでたはずだ。
     フィオ、お前さんが経済に詳しくないコトは承知だが、ソレでもそーゆー系のきな臭い話を聞いたコトは無いか?」
    「うーん……、母さんからは聞いてないけど、でも、新聞でそれっぽいのは読んだかも。白猫党のクラムとか、彼らが発行した公債とかが暴騰したって言うのは、チラっと見た記憶がある」
    「だろうな。オレもソコまで経済に明るくはないが、ある程度の流れは予想が付く。
     まず『コンチネンタル』で白猫党が揺らげば、ヤツらが発行したカネや手形の価値が大幅に落ち込むのは間違い無いだろう。
     ソコで『アイツ』が公債やら何やらをド安値で集め、その上で葵に戦況を盛り返させれば、とんでもない額の大儲けができるってワケだ。
     いかにも『アイツ』がやりそうな、薄汚い金儲けだ」
     一聖は立ち上がり、その場にいた全員を見渡した。
    「既に親父にも、この予想は伝えてる。向こうも『可能性としては十分ありうる、な』つってた。
     つーワケで、オレたちの作戦にはもう一つ、懸念すべき要素が生じた。『アイツ』を絶対に、この作戦に介入させるなってコトだ。
     味方なんてもっての外だ。『アイツ』はソレこそ、自分のコト以外は目に入らない、究極の自己中悪魔だ。引き入れたが最後、敵味方の区別無く皆殺しにされたっておかしくない。
     一方、『アイツ』が葵に加担するようなコトがあれば、オレたちにとっては相当、不利になる。下手すりゃ作戦の失敗、フィオの世界の二の舞になっちまう可能性もありうる。
     敵陣営にも味方陣営にも、絶対に『アイツ』が関わらないように、目を見張れ」
    「ええ、了解したわ」
    「分かった。最大限、気を付ける」
    「何か異常があれば、逐一報告するよ」
     うなずいたルナとフィオ、マークに対し、パラは青い顔で黙り込んでいる。
    「……」
     それを見たルナが、とん、と彼女の肩に手を置いた。
    「パラ。あなたは気にしないでいいわ。今回の件から、手を引いててもいいのよ」
    「……いえ」
     パラは顔をこわばらせたまま、強い声でこう返した。
    「我が主、いいえ、わたくしの母はルナ・フラウスただ一人です。それ以外に母や主を名乗る者がいたとしても、『人間の』わたくしとは何の関わりもありません。
     わたくしは、断固として戦います」
    「……そう」
     ルナはそれ以上何も言わず、ぎゅっとパラの手を握った。

    白猫夢・上弦抄 終

    白猫夢・上弦抄 6

    2015.10.25.[Edit]
    麒麟を巡る話、第575話。Why done it?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 葛とビッキーが帰った後で、一聖はマークとルナ、そしてフィオ夫妻を呼び寄せた。「確認したいコトがあるんだ」「って言うと?」 首を傾げるルナに答えず、一聖はフィオに顔を向けた。「フィオ、お前さんが元いた世界じゃ、ビッキーが『コンチネンタル』を主導したっつってたな?」「ああ。577年に第3代国王に即位。その1年後に諸外国と連...

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    麒麟を巡る話、第576話。
    煽り屋マロ。

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    1.
    「お招きいただきありがとうございます、っと」
     現在は白猫党の本部となっている、ヘブン王国の首都クロスセントラルの、その正に中心に位置するドミニオン城。
     その城門前でわざとらしく挨拶したマロと、そしてその隣に立つ女性を見て、シエナの右目はピクピクと痙攣していた。
    「……ざけんな」
    「はい?」
     思わず口から漏れてしまったのだろう――シエナはコホンと空咳をし、こう言い直した。
    「あなたの横にいるの、……いえ、いる人は何なの?」
    「忘れたか? オレだよ、オレ、オレ」
     ニヤニヤと笑いながらそう言い返した金毛九尾の狐獣人、克天狐に、シエナは右拳をプルプルと震わせながら、冷静を装った声を出す。
    「無論、覚えています。お久しぶりです、テンコちゃん。
     アタシが言いたいのは、何故、あなたが、マロと一緒にいるのか、と言うコトです」
    「理由は3つある。1つはマロの身の安全を守るためだ。前回だってお前ら、コイツに襲いかかったじゃねーか。マロは話し合いしようつったにもかかわらず、だ」
    「そ、ソレは……」
    「今回だってお前らの本拠地が話し合いの場だ。いくらお前らが口で『襲う気は無い』つったって、そんなもん誰が信じるよ?
     つーワケで、オレが同行してる。例えお前らの『最大戦力』がしゃしゃり出てこよーと、戦艦一隻ブチ込んでこよーと、コレなら安全ってワケだ」
    「だからって、何であなたが、わざわざ……」
    「2つ目。お前ら、オレが『島』にいなかった時に、何したよ?」
    「う……」
    「そのお礼参りも込めて、だ。ま、城ん中で暴れ回ったりはしねーが、ソレでもお前らがヘンなコトしようとしたら、それ相応の『お返し』はさせてもらうから、な」
     天狐に冷たい視線をぶつけられ、シエナの顔色が悪くなってくる。
    「そんで3つ目だが、マロがしようって話に、オレはまったく無関係ってワケじゃねーからな。いわゆる証人喚問ってコトだ」
    「そ、……そう。ええ、まあ、……そう言う事情なら、仕方無いですね。では、立ち話もなんですから、……中に、どうぞ」
     そう言って、シエナは背を向ける。
     そのあからさまに苛立った様子を見て、マロと天狐はパチ、とウインクし合っていた。
    (完璧だな)
    (ええ、計画通りですわ)

     城内に通され、廊下を進む間も、マロたちはシエナを煽っていた。
    「5年ぶりに来ても、全然変わってませんな」
    「そっか」
    「相変わらずみんな、シケた顔しとりますわ。よっぽどお忙しいようで」
    「ま、そうだろ。毎日人を蹴落とすコトばっかり考えてる、クソみたいなヤツらばっかりだからな」
    「あはは、そうですな」「ちょっと」
     先導していたシエナが立ち止まり、二人をキッとにらみつける。
    「黙っててもらえない?」
    「なんで?」
    「皆仕事中なのよ」
    「俺も仕事や」
    「ドコがよ」
    「何や? お前、金火狐からの勅命が仕事や無いっちゅうんか?
     おーおー、偉うなったもんやなあ! 天下の金火狐よりウチらの方が偉いぞーってか!」
    「声が大きいッ!」
    「大きいのんはお前や。さっさと案内せえや」
    「……~ッ」
     この時点で既に、シエナの顔は真っ赤になっていたが、それでも会議室に到着するまで、マロたちは散々にシエナや白猫党を腐していた。

    「会議を始める前に、……ちょっと、待っててちょうだい」
    「なんで?」
    「準備を整えるからよ」
     吐き捨てるようにそう返し、シエナは会議室を出る。
     ある程度会議室から離れたところで、シエナは近くにあった消火器をつかみ、窓に向かって投げつけた。
    「っらあああああッ! ふっざけんなあああッ!」
     がしゃん、と派手な音を立てて窓ガラスが割れ、外へ飛んで行った消火器が破裂し水が噴き上がるが、シエナの怒りは収まらない。
    「付け上がりやがってッ! クソッ、クソッ、ふざけんな、クソッ!」
     辺りにあった小物や調度品を片っ端から外に投げ始めたところで、トレッドが慌てて駆け寄ってくる。
    「そ、総裁、総裁! お収め下さい!」
     トレッドが彼女を羽交い締めするが、シエナはバタバタともがき、暴れるのをやめない。
    「アイツ何なのよ、マジで!? アタシが笑って許すとでも思ってんの!?」
    「気持ちは分かります! 分かりますがしかし、収めて下さい!」
    「……ぐっ」
     トレッドに諌められ、シエナはようやくもがくのをやめるが、それでも苛立った声が彼女の口から漏れる。
    「テンコちゃんがいなけりゃ、あんなクズさっさと……!」
    「総裁、言葉が過ぎます。殿中ですから、どうか収めて下さい」
    「……ええ、……そうね、……冷静にならなきゃ。
     そうね、こっちもテンコちゃんへの対抗策を用意しておきましょう。アオイを呼んでおいてもらえるかしら? 多分、寝室にいると思うし」
    「承知しました」
     シエナから手を離し、トレッドがその場を離れる。
     残ったシエナはほとんど枠だけになった窓に目を向け、はあ、とため息をついた。
    「冷静に、……よ」

    白猫夢・偽計抄 1

    2015.10.26.[Edit]
    麒麟を巡る話、第576話。煽り屋マロ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「お招きいただきありがとうございます、っと」 現在は白猫党の本部となっている、ヘブン王国の首都クロスセントラルの、その正に中心に位置するドミニオン城。 その城門前でわざとらしく挨拶したマロと、そしてその隣に立つ女性を見て、シエナの右目はピクピクと痙攣していた。「……ざけんな」「はい?」 思わず口から漏れてしまったのだろう――...

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    麒麟を巡る話、第577話。
    レジスタンス。

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    2.
     シエナが会議室に戻るなり、マロがニヤニヤと笑いながら声をかけてきた。
    「用事、済みました? えらい音立ててはりましたけど」
    「ええ。それじゃ、交渉を始めましょうか」
     シエナはマロたちの向かいに座り、話を切り出した。
    「あなたの話によれば、今回の電波ジャック犯の素性と居場所を知っている、とのことだったわね」
    「ええ」
    「ソレを教えてくれるかしら?」
    「条件の話は?」
     小馬鹿にした口ぶりで、マロがそう返す。
    「俺に、白猫党における相応の地位をくれるっちゅう話はどうなりました?」
    「幹部陣で協議した結果、党員管理部の央中方面顧問職を用意するコトでまとまったわ。ソレならどう?」
    「どう、ちゅうても何とも言われませんわ。その顧問だか何だかは、党の中で何するとこです? それと報酬は?」
    「当管理本部は統治下にある地域に対し、適切かつ相応した社会を提示および提供し、ソレにそって適切に指示・指導していくコトを職務としてる。でも万全にこなすには、その地域に対して十分な理解が無ければ難しいわ。
     ソコであなたには顧問として、央中において我々がどのように指導すればいいか、情報を与えてもらおうと考えてるわ。
     報酬については、年俸1千万クラムでどうかしら?」
    「なかなか破格やないですか。そんなにええんですか?」
    「無論、この額に見合う働きができないなら、どんどん下げるつもりではあるわ。以前にアンタがいた時みたいにね。
     ソレで、どうなの? この条件を呑むの?」
    「まあ、ええでしょ、異存なしですわ」
     鷹揚にうなずいて見せたマロを見て、シエナの顔にまた、険が差す。
    「じゃあいい加減、教えなさいよ。ジャック犯のコトを」
    「分かりました、分かりました。
     ほな、まずは首謀者の名前と種族から。名前はアレックス・トポリーノ。兎獣人の女です」
    「トポリーノって、あのトポリーノ?」
    「そのトポリーノですわ。詳しく言うたら金火狐商会の技術研究部主任、ノイン・トポリーノの従姪ですな。と同時に優れた技術者でもあり、俺たちの後輩――天狐ゼミの卒業生でもあります。テンコちゃんが関係しとるっちゅうてたんは、そこですわ。
     彼女は現在、白猫党に対するレジスタンスみたいなことをしとるらしくて、電波ジャックはその一環ですわ」
    「ちょっと待って。電波ジャックをしてる、と言うか、ラジオに出てるのは『Mr.コンチネンタル』と名乗る男性のはずだけど?」
    「それは彼女の部下の一人ですわ。首謀者やっちゅう人間がそんな簡単に、のこのこ人前に出たり声を聞かせたりはせえへんですやろ?」
    「そう、……ね。一理あるわね」
    「ま、トポリーノ家は金火狐を支える技術者一族ですからな。白猫党の持っとるのんと同水準の技術を、彼らも持っとるわけです。総裁お得意の、通信技術に関しても。
     その技術で白猫党にちょっかい出しとるわけですけども、それは同時に、金火狐財団にとってもあんまりよろしくないことになっとるんですわ。
     そう、『ラジオ電波を勝手に流しとる』っちゅうその行為が、財団が持っとる計画にとっても邪魔なんですわ」
    「なるほど。金火狐もいずれ、ラジオ事業に手を出そうとしてるってワケね」
    「ご明察です。実際、今は下準備を整えとるところなんですけども、試験電波を放射しようにも、アレックスがびゅんびゅん妨害電波を出しまくってますからな。金火狐にとっても、邪魔でしゃあないんですわ。
     かと言って、財団に軍事力はありまへん。わざわざ自国領外に出てアレックスを拿捕でけるような戦力は、あらへんのですわ」
    「だからアタシたちに協力を要請、……ってトコかしら」
    「そうです。で、どうですやろ? お願いでけますか?」
     尋ねたマロに、シエナは冷たい視線を向けてきた。
    「……」
    「何です?」
    「妙よね」
    「へっ?」
     シエナのその一言に、それまで斜に構えていたマロから、慌てたような声が漏れた。

    白猫夢・偽計抄 2

    2015.10.27.[Edit]
    麒麟を巡る話、第577話。レジスタンス。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. シエナが会議室に戻るなり、マロがニヤニヤと笑いながら声をかけてきた。「用事、済みました? えらい音立ててはりましたけど」「ええ。それじゃ、交渉を始めましょうか」 シエナはマロたちの向かいに座り、話を切り出した。「あなたの話によれば、今回の電波ジャック犯の素性と居場所を知っている、とのことだったわね」「ええ」「ソレを教...

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