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赤虎亭日記


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    新連載。
    双月暦503年6月:赤虎亭、開店!

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    1.
     今日は、雨だ。
     央南であれば、こんな日には「しめやかな……」などと言って式を執り行うのだろう。央南の血を引く彼女には、それもお似合いなのかも知れない。
     しかしここは央中だ。そんな挨拶をしたとしても、大半の人間がぽかんとするだろう。それに彼女らしくないイメージもある。
     彼女ならば、むしろ「こんな日はワイワイやってスカッとするに限るさ」と言いそうだからだ。

     ゆうべ彼女を喪ったばかりだったわたしは、半ばぼんやりとしながら倉庫の整理をしていた。そんな時、倉庫の奥からこの日記を見つけたのだ。
     無論、勝手に人の日記を見ると言うのははばかられる。だが一方で、丁度いいものを見つけたかも知れない、と言う思いもあった。明後日、彼女の式が終わった後、これを皆で読んで、笑ってやるのだ。それこそが彼女の望む葬儀である。そんな気もした。
     わたしはためらいを捨て、日記を開いた。



    赤虎亭日記 あるいは市国の歳時記

     双月暦503年 6月1日 氷曜
     眠れなかった。朝からずっと、頭がしびれてるような感覚がある。眠ればしびれが取れるだろう。だが眠れやしないだろ? だってアタシの店のオープン初日なんだから。
     店の名前、赤虎亭。店主、アタシ。うわ恥ずかしい。こんなの見られたら、顔から火が出る。
     初日と言うことで、ジュリアや小鈴が挨拶に来た。他の友達も一杯来てくれた。ついでに親も来た。うるせえ。でもカネ出してくれたから、あんまり強くも言えない。ま、いいや。がっぽがっぽ稼いで、さっさと返してやるさ。
     あ、でもみんなにご馳走しちまったから、初日から赤字。マイナス6630。やべえ。いやこんくらいなら大丈夫。明日から、明日から。

     双月暦503年 6月7日 火曜
     やべえ。客来ない。在庫が腐った。やべえ。マイナス23527。昨日は書き入れ時なはずなのに。やべえ。

     双月暦503年 6月13日 天曜
     死ぬかと思った。決死の覚悟で借金してビラ撒きと、情報集めして正解。今日一日で、かなり稼げた。
     ようやくプラス。355。いや借金の分があるから結局マイナスか? いや、今のところはまだ残ってるから、ギリギリでプラスだよな?
     貸借対照表の読み方がまだ分からん。クソが。多分プラスだ。多分。

     双月暦503年 6月30日 水曜
     やべえ。借金の利子忘れてた。稼いだ分吹っ飛んだ。トイチだと? クソめ。ちゃんと確認しなかったアタシもバカだけど。
     そう言や小鈴からもバカって言われてすげえ笑われたな、クソ。悔しいから書き残しておこう。貸借対照表にプラスもマイナスもあるか。左右合わせてプラマイゼロだ、クソが。プラスになったのは損益計算書だ。いや今はマイナスか。ほぼ自己資金分消えた。アタシの貯金が。クソ。
     一応返せたけど、店の資金がほとんど無い。また借りるか? いやダメだ。また来月「やべえ」って言わなきゃいけなくなる。いや今も言ってる。
     やべえ。どうしよう。



     わたしはさらに倉庫を探って、開店当時の帳簿を引っ張り出してみた。確かに真っ赤だった。
     この頃の日記には「やべえ」と「クソ」の文字が、一面に並んでいた。当時は相当、苦労していたのだろう。今の状態からすると、簡単には信じられないことだが。
     しかし、あの人は昔から変わっていないらしい。一昨日、病院で見た時も、あの人は「やべえよなぁ」と言っていたっけ。
     ……そう、「ヤバかった」のだ。癌だと医者は言っていた。それだけ「ヤバい」と言うのに、あの人は病院のベッドで、こっそり煙草を吸っていた。
     本当にもう、あの人ときたら。
    赤虎亭日記 1
    »»  2016.03.01.
    朱海さんの話、第2話。
    双月暦503年7月と8月:柊雪乃。

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    2.
     双月暦503年 7月30日 土曜
     どうにかって感じだ。プラス14139。1万超えた。資金もプラス。今のところ借金なし。やった!
     小鈴が来た。黒字になった話をしたら喜んでくれた。
     また旅に出てたらしい。一段落したんで帰るそうだ。今度は央北だったらしいが、なんでか今回に限って話をしたがらない。何かあったのか?
     あ、忘れないうちに書き留めておこう。小鈴の友達で、柊雪乃ってのがいるそうだ。んで、もしかしたらこの街に来るかも知れない、来たら飯でもおごってやってくれと。ちゃんとその分のカネはもらったからな。忘れないようにしとこう。

     双月暦503年 8月2日 天曜
     偶然ってのはすげーな。一昨日メモしてた雪乃がマジで来た。しかもピースとボーダを連れて。
     アイツらまたケンカしてたらしい。で、それを雪乃が止めて、色々話をしたそうだ。んで、ピースが詫びのつもりで、ウチに連れてきたってワケだ。
     小鈴からおごってやってくれって言われてたけど、ピースが払っちまったからなー。黙っとくか? いやでもなぁ。うーん。

     双月暦503年 8月3日 火曜
     雪乃すげえ! ロイドリーグとは言え、開始5秒で相手を瞬殺しやがったらしい。ってかアイツ、闘技場に出場するつもりで街に来たのか。見かけによらないとはこのコトだな。
     大会関係者も相当、度肝を抜かれたんだろう。その日のうちに、雪乃にレオンリーグへの招待が来たらしい。関係者界隈じゃ、もう既にお祭り騒ぎだった。
     ちなみに雪乃のマネジメント契約は、ピースとボーダで権利と収益の80%を山分けらしい。どう言う風の吹き回しだ? 目ぇ合わす度にケンカしまくってるアイツらが。
     ちょうど良く、ピースたちが雪乃を連れてウチに来た。「今日はアタシのおごりだ」つってカッコつけつつ、小鈴からのカネでご馳走してやった。よし、務めは果たした。

     双月暦503年 8月13日 雷曜
     闘技場界隈は今日も大賑わいらしい。雪乃効果だな。
     便乗してウチでも何か、と思ったが、ヘタなコトやるとピースたちがうるさいだろうからやめておく。
     その代わり、闘技場関係の賭博筋やら、スポーツ紙の記者やらに色々情報提供してるしな。コレ以上手を広げたら、本業がおろそかになっちまう。夏場でモノが腐りやすいし、在庫仕入れたらぱっぱと使っちまわないとな。昨夜のイカはマジでヤバかったし。
     イカってあんな風に腐るんだな。こええ。今思い出しても、尻尾がぞわっとなる。うー、気持ち悪い。

     双月暦503年 8月17日 火曜
     ボーダが一人で来た。最近じゃ珍しいな。
     なんでも、最近ピースが夢に出てくるらしい。夢の中でもケンカかよ、と思ったが、聞いてみるとそうじゃないらしい。ふつーに遊んでる夢を見たそうだ。
     つーか、よくもまあコイツ、ピースのコトだけで1時間もしゃべり倒せるな。コイツ、本当はピースのコト好きなんじゃないのか?

     双月暦503年 8月18日 氷曜
     今日はピースだった。似た者同士か、お前ら。コイツも延々、ボーダの話ばっかりしやがる。もうお前ら結婚しろよ。
     あ、そうそう。雪乃はもう、ニコルリーグに参加するらしい。めっちゃ早え。ヘタすると今季のエリザリーグまで行くんじゃないか、雪乃?

     双月暦503年 8月19日 水曜
     珍しい。今日は雪乃がすげえ不機嫌だ。ピースから話を聞いてみたら、あの腐れキングの試合を見たから、だそうだ。
     雪乃は酒をあおりまくった末、「キングはわたしがたおすー!」とか喚いていた。よっぽど嫌なものを見たんだろう。想像に難くない。

     双月暦503年 8月30日 天曜
     先月なんか目じゃねえってくらいの大黒字。445492エル。
     雪乃ありがとう! お前のおかげで稼げた! つっても情報屋関係の方だけど。いや、結構飲み食いもしてくれたっけ。ピースたちも交えて。
     アイツらも相当稼いでるらしい。先月までアタシと同じくヒィヒィ言ってたのに、もう店を建てるだのなんだのって話をしてる。仲も先月とは真逆だ。なんかいい雰囲気になってるっぽいし、声が掛けづらかった。



     この頃から、「柊雪乃」と言う人の名前が頻繁に出るようになった。
     闘技場に出入りしていたらしいので、恐らく大会出場者だろう。どうも女性のようだが、一体どんな人だったのだろうか。
     連戦連勝、一度も負け無しだったらしいし、恐らくシリンおばさんやシルキスのような、筋骨隆々とした女丈夫だったのだろう。明日にでも、シルキスに聞いてみよう。
    赤虎亭日記 2
    »»  2016.03.02.
    朱海さんの話、第3話。
    双月暦503年11月と12月:瞬殺の女神伝説。

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    3.
    「ユキノ・ヒイラギ? ってあの『瞬殺の女神』さん?」
     尋ねるなり、シルキスはそう返してきた。
    「知ってるの?」
    「知っとるも知らんもあるかいな。503年下半期エリザリーグの優勝者、伝説の女傑やないか」
     流石に闘技場の歴史を知り尽くしていると豪語するだけはある。シルキスはいともあっさりと、彼女の素性を教えてくれた。
    「写真あるけど、見てみる?」
    「あるの?」
    「ウチの初代社長二人と一緒に撮ったんがあるんよ。……あ、これこれ」
     彼女は書架の上の方から、ひょいとアルバムを取り出した。
    「んー、と、……そう、これや。このエルフさんがユキノさん」
    「え、……この人?」
    「うん、それ」
     写真は色あせ、すっかりセピア色になっていたが、写っているものは十分に判別できた。
     写真の背後にあるのは、今私とシルキスがいるこの建物――チェイサー社の元本館、現倉庫である。どうやらこの社屋が建った当時に撮ったものらしい。
     その前に3人の人間が並んで立ち、揃って笑っている。左にいる狐獣人は初代社長、ピース・チェイサー氏だろう。となれば右にいる狼獣人はその奥さん、ボーダ・グロリア氏に違いない。
     その二人に挟まれる形で、長耳の女性が立っている。シルキスによれば、これが柊雪乃であるらしいが、わたしには簡単に信じられなかった。
     写真に写る彼女は、確かに刀を佩いてはいるが、どちらかと言えば華奢に見えたからだ。背丈も、横に並ぶ社長夫妻とあまり変わらない。
    「分かるでー、ミューが思てること。見えへんねやろ?」
     シルキスがニヤニヤしながら尋ねてくる。
    「何がよ?」
    「エリザリーグ優勝者にや。パッと見、ひょろひょろの女の子やもんな。
     でも史実やで。アンタが持ってきたその日記にも、書いてあるんとちゃう?」



     双月暦503年 11月1日 土曜
     本当にアイツら、店を建てやがった。どんだけ荒稼ぎしたんだか。
     店の落成記念に写真を撮ったそうだ。見せてもらったが、3人ともまあ、ニヤニヤしちゃって。ピースとボーダはともかく、雪乃まで。そんなに嬉しいかねぇ?
     と同時に、ピースから雪乃がついに、エリザリーグに出場することが決まったと聞かされた。こっちは逆に予想通りだな。アイツならやると思った。

     双月暦503年 11月21日 雷曜
     今季のエリザリーグ開幕。賭けの予想材料目当てで、朝からソレっぽいのが来るわ来るわ。賭けの投票締切が昼の11時だったが、ソレまでで10万稼げた。
     雪乃が出ない日でこの分だと、雪乃が出る日はとんでもない稼ぎになるんじゃないだろうか。

     双月暦503年 11月24日 天曜
     予想的中。雪乃情報を売っただけで、50万超えた。ありがとう、瞬殺の女神様。
     今月の収支合計を確かめるのが楽しみで仕方が無い。うへへ。
     ちなみに言うまでも無く、雪乃は圧勝したそうだ。次の出場日は来月の3日らしい。ソレまでにネタの仕込みしとかなきゃな。

     双月暦503年 11月30日 風曜
     今月の収支、プラス170万。笑いが止まらねえ。そりゃピースたちも店を建てるわな。

     双月暦503年 12月18日 水曜
     今日がエリザリーグの最終戦。雪乃とキングの試合だった。
     結果を聞いて爆笑した。キングはまったく、雪乃に歯が立たなかったらしい。雪乃ににらまれて降参しちまったとか。
     いや、よくやった! スカっとしたぜ。明日は是非、ウチで祝ってやろう。

     双月暦503年 12月19日 雷曜
     見事にエリザリーグ優勝を果たした雪乃を労ってやろうと、ピースたちと一緒にウチでご馳走してやった。勿論アタシのおごりだ。
     今年ももうすぐ終わりだが、雪乃のおかげで大黒字だった。コレくらいしなきゃ、礼にならないよな。

     双月暦503年 12月30日 火曜
     今日で今年も終わり。
     今年の合計は、362万2856エルの黒字。1年目からすげえ好調。いや、この稼ぎの大半は雪乃のおかげだ。来年も雪乃がいてくれるとは限らないし、今回のは特別だってコトは忘れないようにしとかなきゃな。
     ピースたちに連れられて、央中天帝教の納業会に参加。めんどくさいから今まで参加しなかったけど、アタシももう、商人の端くれだからな。エリザ様に報告しとかなきゃ、バチが当たるってもんだ。
     終わった後は雪乃も交えて、アタシの店で忘年会。日記付けてる今も、下で雪乃たちが寝潰れてる。アタシももう一杯飲んでから寝るつもりだ。
     来年もいい年になりますように。
    赤虎亭日記 3
    »»  2016.03.03.
    朱海さんの話、第4話。
    双月暦505年8月:第17代金火狐総帥。

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    4.
     双月暦505年 8月1日 水曜
     いよいよ金火狐の代替わりが発表された。
     新しい当主はトーナ家から出たらしい。名前はヘレン・トーナ・ゴールドマンだそうだ。新聞で写真を見たが、わりと美人だった。つっても子持ちだとか。
     その筋に詳しいスタン爺さんから聞いたら、元公安で今は商会の中間管理職だそうだ。やり手って印象は無いが、何しろ金火狐一族だ。そのうち、何かするだろうな。
     そいつが新しい総帥になるのは来年、双月節の翌日から。それまでに色々、コネなり何なり作っておきたいところだが、アテが全然無いな。ヘタに嗅ぎ回ると逆効果だし。どうしたもんか。

     双月暦505年 8月4日 風曜
     すげー意外。ジュリアがヘレン女史と友達だった。小さい頃から遊んでもらってたらしい。
     おかげでパイプを作れそうだ。早速ジュリアに、話を通してもらうコトにする。若干渋ってたが、アイツも今年から公安に入るって話だし、アイツもアイツで情報屋筋のツテが欲しいって事情もあるから、交換条件的に会えるコトになった。

     双月暦505年 8月5日 天曜
     ジュリアの紹介で、ヘレンさんに会わせてもらった。
     割りと面白いおねーちゃんだった。って言うかデカい。胸が。パッと見、95センチくらいか? いや98か? 下手すると100超えてるぞ、あの巨乳。小鈴もデカいけど、格が違うって感じだった。
     でもアタマはかなり良さそうだ。そりゃそうか、次の総帥に選ばれるくらいだもんな。
     ジュリアも交えて話をし、「今後の情報提供においては、お互い優先的に話を回す」ってコトで約束を取り付けた。
     思ってた以上の成果が出た。コレはうまく行けば、かなりの金づるになりそうだ。

     双月暦505年 8月8日 水曜
     早速、ジュリアから依頼が来た。
     まだ極秘段階だが、公安の内外で優秀なメンバーを揃えて総帥直属の調査・諜報チームを作ろうって話が、ジュリアとヘレンさんの間で立ち上がってるらしい。
     勿論、メンバーの一人はジュリアだ。ソレを含めて、全部で4人か5人は欲しいって話だ。とは言え、まだヘレンさんは総帥になってないし、ジュリアだってぺーぺーの新人巡査だ。本格的に動かすには、もう何年かはかかる。ソレまでにいいのを見繕っておきたいそうだ。
     いつもアタシが扱ってる筋の情報じゃないから良い返事ができるか分からんが、とりあえずマウロ辺りから、ソレとなく聞いてみるか。

     双月暦505年 8月14日 氷曜
     例の人探しの件、とりあえず今のところ、候補は3人上がった。どいつもそこそこ腕があるし、ちゃんとアタマも働く。捜査員の役目には不足しないだろう。

     双月暦505年 8月16日 雷曜
     キャロルと会えなかったと、ジュリアから伝え聞いた。スカウトしようと思って尋ねたら、数日前から行方不明になってたらしい。
     アタシもマウロから話を聞いてみたが、アイツの方でも「突然いなくなった」とか。どうやら失踪しちまったらしい。
     惜しい人材だったが、いなくなっちまったんじゃしょうがないか。最近のエリザリーグじゃほぼ常連で、次季優勝候補って言われてたのになぁ。

     双月暦505年 8月17日 土曜
     ジュリアが男、っつーかまだ子供か、ハイティーンくらいのヤツを連れてきた。キャロルの弟で、バートって名前らしい。
     アタシも交えて事情を聞いてみたら、何でも兄貴のアンソニーは失踪する数日前から、「誰かにつけられてる」とか「柄の悪そうなヤツらを見かけるようになった」とか言ってたらしい。
     そして、失踪。おいおい、こりゃ明らかに犯罪の臭いがするぞ? コレこそ公安が追うべき仕事じゃないか。まあ、ジュリアも「捜査部に話を伝えておく」と言ってたしな。見つかるといいが。
     んで、バートの方だ。かなりひどい顔してたんで、アタシが飯をおごってやった。ジュリアも色々励ましてたな。元気になってくれればいいんだが。

     双月暦505年 8月19日 天曜
     バートがまた来た。「ジュリアと話がしたい」と言ってきた。幸い、午後に例の件で会う用事があったんで、ソレを終わらせ次第会えるよう、スケジュールを調整しといた。
     まだ2人残ってた例の件は、今度はどっちも不採用だったそうだ。アンソニーみたく失踪って話は無かったし、普通に会えたらしいんだが、ヘレンさんがダメだって断ったとか。「ちょと難がありましてん」だって。
     後でジュリアに聞いたら、フランクの方は口が軽くて諜報にゃ不向きそうだったし、ロレンツォの方は仕事内容をろくすっぽ聞きもせず、カネの話しかしなかったらしい。アタシもそんなのは採用しないだろうな。(こんなコト書くと本当に、アタシもすっかり店主のアタマになってんだなって思うね)
     で、話が終わったところでバートと会わせた。アンソニーのコトを聞きたかったらしい。いや、多分ソレは建前なんだろうな。だってアイツ、ジュリアに釘付けだったし。ありゃ間違い無く、惚れちまったって顔だ。
    赤虎亭日記 4
    »»  2016.03.04.
    朱海さんの話、第5話。
    双月暦506年双月節と1月:ジュリアとバート。

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    5.
     双月暦506年 双月節2日 天曜
     年の始めから、バートがジュリアと一緒にやって来た。
     コイツらすっかりラブラブになっちまったもんだなぁ。ってか、マジで今でも信じられんな。あのお堅いインテリ風のジュリアが、バートみたいな無鉄砲バカと付き合うとは。
     でも今日、話を聞いてみたところ、バートも双月節が明け次第、公安に入ることになったそうだ。やっぱバートも、アンソニーのコトを調べたいんだろう。結局、あのまんま進展は無かったらしいし。
     まあ、でも、その話をしてるバートを見てて、確かにジュリアが惚れちまうのも無理ないかって気になった。最初に会った時は背伸びしたクソガキにしか見えなかったが、ああして断固たる決意を胸に秘めたヤツってなってくると、見栄えが全然違うもんな。あ、それかコイツを惚れさせ、ココまで変えたのはジュリアの影響なのかも知れん。
     どっちでもいいか。今じゃお似合いのカップルだし。頑張って欲しいもんだ、仕事の方も恋愛の方も。

     双月暦506年 1月1日 風曜
     今日から仕事始めだ。今年も儲かりますように。
     早速お客さん。と思ったら小鈴かよ。いや、まあ食べに来てくれたから客か。
     小鈴から久々に、雪乃のコトを聞いた。なつかしいな。最後に会ってから、もう2年になるっけ?
     なんでも、長旅を終えて央南に戻ったらしい。つってもまだ、焔流の本拠地には戻ってないらしい。「もうちょっと央南をぐるっとしようかって言ってた」、とか。
     随分のんびりしたもんだな。よっぽど稼いでたんだな、エリザリーグで。

     双月暦506年 1月5日 水曜
     ヘレンさんがこっそり来た。もうそろそろ本気で忙しくなりそうだから、来られるうちに来ておきたかったとか。うれしいコト言ってくれる。
     ジュリアも一緒だった。後、ヘレンさんの息子さんの、エランくんも。お母さんに似てなかなか賢そうな、……とは言えそうになかった。むしろ何と言うか、すっとぼけた子だと思った。お父さん似なのかな。
     ヘレンさんの旦那さん、今まで見たコト無かったんでどうしてるのか聞いてみたら、もう離婚したんだそうだ。しまったな、うかつなコト聞いちまった。

     双月暦506年 1月7日 土曜
     新聞の一面に、ヘレンさんが載った。今日から本格的に、金火狐総帥としての仕事を始めるらしい。まずはその第一歩、市国に向けての所信表明演説からってコトらしい。
     内容はいかにも公安出身って感じだった。「市国に悪がのさばることは許しまへん」とか、「市国に世界一の安全を約束します」とか。
     ま、確かに平和が一番だよな。頑張って欲しいね。

     双月暦506年 1月11日 氷曜
     店を閉める間際に、バートが一人で来た。来るなりカウンターに突っ伏して、わんわん泣き出しやがった。
     どうも仕事場でこっぴどく叱られたらしい。スーツでカッコつけてても、中身はまだ二十歳前のティーンだもんなぁ。仕方無いから、閉店後も居させてやった。
     ま、泣けるのは今のうちだろうしな。めげずに頑張れ。

     双月暦506年 1月12日 水曜
     朝からジュリアが来た。どうやらバートのコトはお見通しだったらしい。今日は二人とも非番だったし、朝一杯付き合ってやるコトにした。午前は臨時休業。
     昼からは通常営業。ま、ウチみたいなタイプの定食屋で午前中から忙しいってコトはまず無いし、売り上げには全然影響無し。

     双月暦506年 1月19日 水曜
     バートが仮装した。いや、本人は真面目らしい。「童顔だからナメられるんだ」っつって、中折れ帽とサングラス掛けてきやがった。
     悪いが、子供がギャングの仮装してるようにしか見えん。やめとけ。煙草もくわえてたが、それもやめとけ。徹頭徹尾、お前には似合わねえ。吸えもしないくせに。
    赤虎亭日記 5
    »»  2016.03.05.
    朱海さんの話、第6話。
    双月暦507年2月から4月:最初の店員、コレット。

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    6.
     双月暦507年 2月29日 雷曜
     小鈴から手紙が来た。央南からの消印だし、弧月からかと思ったが、よく見ると違う。紅州だった。なんで紅州?
     読んでみて、その理由が判明。雪乃を訪ねて焔流の本拠地、紅蓮塞にいるらしい。温泉街もあるから、ゆっくり湯治気分で過ごしてるそうだ。いいなぁ。
     良く分からん写真も送ってきた。小鈴は勿論分かる。雪乃も分かる。なつかしい。だけど真ん中の、この猫獣人の女の子は誰だ? コイツについての説明は無し。熱燗がうまいとかどうでもいいっつの。気になるな、クソ。誰だよ。
     あー、アタシも温泉行きたいなぁ。ちょっとだけ旅行するか? 央南とまで行かなくとも、近場で。

     双月暦507年 3月1日 風曜
     決めた。温泉行く。近場のリトルマインに決定。
     よく考えたら、市国を出るのって何年ぶりだっけ? 12の時にこっち来てずっとだから、丸10年になるのか。
     一人で行くのもいいが、誰か誘ってもいいかもな。と言うわけで色々当たってみた。結果、ピースとボーダが一緒に行きたいって言ってきた。新婚旅行してないし、子供が生まれたらそう言うコトもできなくなるかも知れないし、って。
     あー、声かける相手間違えたかも知れん。アタシが蚊帳の外になるコトが目に見えるじゃん。

     双月暦507年 3月5日 水曜
     明日から温泉旅行。行ってきます。荷物になるから日記は置いてく。
     今のうちに予想を書いとくか。確実にピースとボーダはイチャイチャするな。そしてアタシは一人寂しくホットワイン飲んでる。そんな気がする。

     双月暦507年 3月9日 天曜
     ただいま。予想は半分外れた。
     ピースとボーダは予想通り。やっぱイチャイチャしてた。
     アタシは一人じゃなかった。つっても彼氏ができたとかじゃない。リトルマインで会った、コレットって子と仲良くなった。
     料理人志望で、いつかゴールドコーストに行って料理を学びたいって話してたから、アタシの店で働いてみるかって提案した。今のところ繁盛してるし、人一人くらい雇う余裕もあるしな。ってかむしろ、忙しくて雇わないとマジきつい時が度々あるし。話はまとまって、コレットも「是非行きたい」と快諾してくれた。
     で、そのコレットと遊んでた。ピースたちは半分ほったらかしだったが、アイツらはアイツらで楽しくやってたみたいだし、別にいいだろ。

     双月暦507年 3月18日 氷曜
     コレットが来た。とりあえずはウチに住まわせるコトにした。そのうち、適当な家とかアパートを見付けるつもりだ。
     試しに飯を作らせてみたが、筋は悪くない。普通にうまい。ただ、時間がちょっとかかり過ぎだ。もうちょい手際良くやってもらわないと、繁忙時にゃしんどいかも。ま、慣れの問題かな。
     給料は日当で5000エルってところかな。これくらいなら今の経営状態なら余裕だし、相場ってところだろ。

     双月暦507年 3月22日 風曜
     コレットの部屋を見つけた。今日は引っ越しと部屋掃除で、臨時休業。
     アイツ、たった4日で部屋ん中、洗濯物だらけにしやがった。ってか持って来過ぎだろ、服。早々に部屋を移ってもらわないと、アタシの寝るトコが無くなる。悪いヤツじゃないんだけどなぁ。

     双月暦507年 3月30日 天曜
     今月の収支、前年より4万弱減。ちょうどコレットの給料分マイナス。ソレでもちゃんと黒字だし、問題無しだな。
     ちょっと野望も出てきた。このままコレットが独り立ちしたらのれん分けさせて、フランチャイズ料を取ってボロ儲け、なんてな。

     双月暦507年 4月1日 火曜
     母さんから手紙が来た。なんでコレットを雇ったコト知ってんだ。しかもアタシの野望まで見抜かれた。
    「アンタがあの子からフランチャイズ料取ろうって言うなら、アタシのトコにも寄越しなさいよ」だと? いくらぼったくる気だよ、クソ。
     この計画は無かったコトにしよう。
    赤虎亭日記 6
    »»  2016.03.08.
    朱海さんの話、第7話。
    双月暦507年12月から508年2月:ボンクラ店員、ボレロ。

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    7.
     双月暦507年 12月30日 雷曜
     仕事納め。コレットと一緒に、央中天帝教の納業会に行く。
     今年は結局、去年とあんまり変わらずの、525万6152エルの黒字。コレットを雇った分は十分補えたって感じだな。もう一人増やすか? いや、あんま意味無いか。2人で十分だ。
     納業会の後は、アタシの店で忘年会。今年はコレットに幹事やらせた。まあ、この1年みっちり修行させた成果はちゃんと出たらしく、飯も酒もトントンやって来た。結局最後まで、アタシが手伝うコトは無し。成長したなぁ、コレット。
     うまく行き過ぎて、全員店ん中で雑魚寝してやがる。コレットもいつの間に酒飲んでたのか、厨房でぐっすり。いや、もしかしたら気疲れしてたのかも知れないな。
     とりあえずコレットだけ部屋に運んで、アタシは一人、酒を片手に日記付けてる。
     来年もいい年になりますように。

     双月暦508年 1月1日 土曜
     明けましておめでとう。今年は双月節が無いから、3日だけ仕事休み。
     今日は一人でのんびりする。久々に誰も周りにいない。すげー静かだ。静か過ぎて耳がジンジンするくらいだ。

     双月暦508年 1月2日 風曜
     人と会わなさ過ぎて切なくなってきた。コレットのトコに遊びに行くコトにする。
     丁度、アイツがアパートを出たトコに出くわす。声をかけようとしたら、奥から男が出てきやがった。
     コレット、オトコいたのか。アタシ、逃げた。全力疾走だった。
     せつねぇ。

     双月暦508年 1月3日 天曜
     明日から仕事始めだけど、コレットと顔を合わせ辛い。今でもマジでショックだ。アタシより3つも下だってのに、何か先越された気分だし。いや実際越されてるんだろうな。
     あーあ、せつねぇ。

     双月暦508年 1月4日 火曜
     コ レ ッ ト 殴 り て え

     双月暦508年 1月5日 氷曜
     落ち着いた。とりあえず今日と昨日の分、日記書かなきゃな。
     まずコレットが、双月節の時に見かけたオトコを紹介してきた。名前はボレロ。コレットと同い年で、料理人志望だそうだ。
     で、アタシんトコで雇えないか、だと? ふざけんな、マジふざけんな。
     思わず怒鳴っちまった。殴らなかっただけ偉い。
     んで、まあ、頭冷えたから、改めて今日、コレットとボレロを呼んで、働いていいぞと言っといた。

     双月暦508年 1月11日 火曜
     ボ レ ロ も 殴 り て え
     二 倍 ぶ ん 殴 り て え
     百 発 で も 足 ん ね え

     双月暦508年 1月14日 雷曜
     あの野郎、不器用にも程があるだろうが!?
     よりにもよって小火なんか出しやがった! おかげで店、2日も閉店しちまった。クソが。
     コレットの土下座で許してはやったが、被害は甚大だ。ストックは半分燃えたし、台所はほぼ全取っ替えだった。
     あーあ、痛い出費だな、全く。痛過ぎる……。

     双月暦508年 1月21日 雷曜
     この一週間、何事も起こらなかった。ありがとうエリザ様。
     だがそれを差し引いても、やっぱりボレロは不器用だ。コイツ、料理人にゃ向いてないんじゃないのか?
     鍋は焦がす、漬物や刺身は全部つながってる、煮物はボロボロにする……。挙げても挙げてもキリが無い。
     このままじゃ客足が途絶えちまう。

     双月暦508年 1月22日 土曜
     最後通牒を言い渡した。コレ以上、アタシの店を引っ掻き回されてたまるか。
     追い出されたくなきゃ、月末までにアタシが満足行くレベルの料理を出して来い。そう命令した。
     勿論、コレットの手は借りさせない。全部アイツ一人でやらせなきゃ、意味が無いからな。
     コレで上手くいくならそのまま雇えばいいし、ダメなようなら文句を言わせず追い出せる。よし、いい考えだ。

     双月暦508年 1月24日 天曜
     アタシにこっぴどく怒られたのがようやく効いてきたのか、ボレロも多少はまともな仕事をし始めた。
     つっても鍋が焦げなくなったって程度だ。相変わらず包丁さばきがなってない。箸使いに至っては目を覆いたくなる。ウチは和食が売りだってのに。

     双月暦508年 1月27日 水曜
     今日は本当ならボレロが休みの日だったが、アイツ「給料出なくてもいいんで」つって来た。殊勝な心がけだと言いたいが、お前が来ると食材が無駄になる。
     と思ってたが、相当努力したんだろう。どうにか箸が使えるようになってた。やるじゃん。やりゃできんじゃんよ。
     だったらはじめからやってくれ、とは、言いたくても言わない。

     双月暦508年 1月30日 風曜
     今日は締め日。やっぱり赤字だった。マイナス500万以上。蓄えがブッ飛んだ。クソが。
     とは言え、建ててから5年近く経ってたし、いい加減リフォームしなきゃなとは思ってた。最近じゃ市国保安法の改正があったし、消防設備を整えろってお達しも来てたしな。(ヘレンさんが主導してるのかなぁ)
     思い出したら腹立ってきた。ソレですげー小言言われたんだよな、ジュリアのヤツに。小火出したのはアタシじゃない。ボレロのアホだっつーの。
     んで、今からその問題のアホ、ボレロの審査だ。まともな飯を出さなきゃ、マジで蹴っ飛ばして追い出してやる。

     双月暦508年 2月1日 天曜
     ケチつけて追い出してやる気満々だったが、自分の舌に嘘は付きたくなかった。合格にした。やるじゃないか。
     ただしコレットと一緒に、今回の借金を背負わせた。ウチで500万稼いで返さない限り、絶対独立なんかさせてやらねえぞっつってな。
     ま、頑張れ、コレット。そしてボレロ。
    赤虎亭日記 7
    »»  2016.03.09.
    朱海さんの話、第8話。
    双月暦512年9月から11月:ブルーな朱い虎。

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    8.
     双月暦512年 9月20日 水曜
     雪乃から、久々に手紙が来た。うん、だから誰だよ晴奈って。
     今回、5年越しのその謎がようやく解けた。あの写真に写ってた猫獣人の子がそうらしい。雪乃の一番弟子で、今年免許皆伝を迎えた、と。
     免許皆伝って、そんなに簡単に取れるもんなのか? あの写真から推測しても、まだ20歳になるかならないかくらいじゃないのか?
     焔流って、案外お手軽なのかなぁ。アタシも護身で学んでみようか?

     双月暦512年 9月22日 土曜
     客にガチでキレられた。いや、アタシが悪かったんだけどな。
     どうやら黄晴奈って子、とびきりの逸材らしい。ここ数年で一番の期待株だそうで。
     今日、たまたま来た虎獣人の客が焔流の剣士だってんで、話題と思って晴奈のコトを話して、「でも20そこそこで免許皆伝って取れるもんなんだねぇ」とか言ったら、その瞬間に客、大噴火。
     他の客が逃げ出すくらい、めっためたに怒られ倒した。いやさ、確かにアタシが悪かったよ。悪かったけどもさ、ソコまで怒るコト無いじゃん。
     あ、まさかアイツ、晴奈に気があったとか? なんか名乗りを上げてたし、雪乃に返事する時使えるかも知れんから、こっそりメモしとこう。
     確か名前は「梶脇叡智」、……あれ? なんか違う。「狩掃映司」? 違うな。そもそも「かじ」だっけ、「かり」? 「えいち」? 「えいじ」? あーもう分からん。
     アタシ、央南から離れてもう何年も経つからなぁ。央南語なんてうろ覚えだよな、もう。
     ま、いいや。間違った名前を尋ねて「誰?」ってなったらいらん恥かくだけだし、忘れるとしよう。

     双月暦512年 9月30日 風曜
     締め日。プラス40万ちょい。
     そしてコレットたちの借金、残り245万。もう半分以下だ。大分減ったなぁ。
     だけど最近、マジでうざい時がある。台所でいちゃついてんじゃねえ。客も「おしどり夫婦だねぇ」とか囃すな。
     あーあ、せつねぇ。もう何回目だよこの台詞。アタシだって彼氏欲しいんだぞ、畜生。

     双月暦512年 10月5日 雷曜
     母さんが来た。見合い写真持って。そう言うのいらない。恋愛結婚したいんだよ、アタシは。畜生。当て付けにコレットほめるんじゃねえ。「孫の顔見るより先に、コレットちゃんたちの子供が見られそうね」とか、マジふざけんな。
     マジせつねぇ。泣きたい。いや、もう泣いてる。くそぉ。

     双月暦512年 10月7日 風曜
     押し切られた。見合いするコトに。なんかもう、ブルー。
     とりあえず央南に戻んなきゃいけないし、その間の店はコレットたちに任すか。
     あー、やだ。なにもかもやだ。こんなんで里帰りもしたくないし、帰って来てアタシの店がコレットとボレロの雰囲気に染められてるのを見るのもやだ。
     逃げてぇ。遠い国に行きてぇ。

     双月暦512年 10月29日 天曜
     ただいま。死にたい。

     双月暦512年 10月30日 火曜
     なんでアタシが断られるんだ。こっちから断りたかったっつーの。畜生、あの野郎の耳もぎてぇ。尻尾千切りてぇ。二度と会うか、クソが。
     そう言や今月の収支もプラスだった。でもアタシがいなくても回るってコトだ。あーあ、消え去りてぇ。

     双月暦512年 11月2日 水曜
     コレットとボレロが、今回の慰労会みたいなのを開いてくれた。
     なんかもう、二人の態度が痛々しい。遠巻きに眺められてるって言うか、恐る恐るそーっと、傷を撫でられてるって言うか。
     ああ、やだ。もうコイツらの善意が痛い。善意だと分かってるだけに、吐きそうになるくらい痛い。できればそっとしておいてほしかった。
     せつねぇ。

     双月暦512年 11月5日 風曜
     どうにか立ち直ってきた感じだ。もう二度と見合いなんかしたくない。あんな惨めな目に、もうこれ以上遭いたくない。
     来年こそはいい人に逢いたいなぁ……せつねぇ。
    赤虎亭日記 8
    »»  2016.03.10.
    朱海さんの話、第9話。
    双月暦513年2月:春は近いか、幻か。

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    9.
     双月暦513年 2月9日 水曜
     小鈴から手紙が来た。
     も う こ れ 以 上 ア タ シ を 苦 し め る な

     双月暦513年 2月10日 雷曜
     昨日の手紙はショックだった。
     あーそう、雪乃に彼氏ねー。あーはいはい、良かった良かったおめでとうお幸せに爆発しろ畜生クソが。
     せつねぇ。

     双月暦513年 2月12日 風曜
     ジュリアから心配された。「顔がなんかしなびてる」だと。
     そりゃしなびもするさ、こんだけ他人の恋愛話聞かされた上、自分の縁談が破談になったらなああああああああああああ!
     あんまり心配されたんで、つい愚痴っちまった。あーでも、何かちょっとスッキリした気がする。誰にも言えなくてモヤモヤしっぱなしだったからか?
     ありがとな、ジュリア。でもお前も彼氏持ちなんだよな……。悩みは尽きないぜ。

     双月暦513年 2月15日 氷曜
     ジュリアが公安のヤツらを一杯連れて、ウチへ飲みに来た。
     10人くらい来て、男がほとんど。つまりアレか、「この中に付き合ってくれるって言ってくれる人がいたらいいよね」ってコトか。
     ありがとうジュリア。今日はマジでお前のコトがエリザ様に見える。

     双月暦513年 2月16日 水曜
     エリザ様ゼロ様ジュリア様 ほんとにほんとにありがとう

     双月暦513年 2月17日 雷曜
     昨日は舞い上がり過ぎて、まともな日記を付けてなかった。冷静に書こう。
     公安のヤツらの中に一人、アタシのタイプがいた。で、色々話しかけたら、割りと悪くない反応。話盛り上がった。どうやら向こうも……か?
     ああ、空が今までに無く綺麗に見える。また来てくれないかなぁ、イオタ。うわ、なんか名前書くと恥ずかしい。自分で分かるくらい顔があっちい。

     双月暦513年 2月20日 天曜
     イオタが来た。顔をにやけさせないようにするのに苦労したぜ。
     やっぱり話が合う。アイツも和食好きらしく、自分でも料理するらしい。やっぱ虎獣人ってグルメ多いんだな。
     ひいばーちゃんも「虎」で元々こっちの人だったけど、央南に憧れて帰化したって言うし。あー、ひいばーちゃんありがとう、央南に来てくれて。おかげでアタシ、イオタのハートをつかめるかも知れない。

     双月暦513年 2月25日 風曜
     明日はコレットたちに店を任せて、イオタと一緒にデートするコトになった。うひー。
     超楽しみ。絶対モノにしてやる。

     双月暦513年 2月26日 天曜
     なんかちがう。
     思ってたのと、何か違った。買い物もしたし、一緒にご飯も食べた。闘技場で観戦もした、んだ、けど、……あれー?
     なんか変だ。話題が全部央南料理のコトって一体? いやーな予感がどんどん膨らんでいく。
     ジュリア、アタシなんかイオタのコトが、ボレロとかとダブって見えるんだけどさ……?
     幻覚だよな、コレ?

     双月暦513年 2月27日 火曜
     嫌な予感が的中した。死にてぇ。
     イオタは最初っから、アタシのコトを「女」としてじゃなく、「女将」とか、「先輩料理人」としてしか見てなかったらしい。
     いつかは公安辞めて、自分の店を持ちたいんだとさ。あーそー、だからずーっと料理の話ばっかしだったのかー。うんうん、そりゃ勉強したいよなー。和食好きからしたらアタシ、そりゃーもー、いい先生だもんなー。
     あははははー。

     殉 職 し ろ こ の 野 郎
     ア タ シ の と き め き を 返 せ
    赤虎亭日記 9
    »»  2016.03.11.
    朱海さんの話、第10話。
    双月暦515年10月と11月:大食い店員、シリン。

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    10.
     双月暦515年 10月17日 火曜
     イオタが店を開くコトになったらしい。アタシの呪いは効かなかったようだ。
     いやまあ、なんだかんだで仲良くはなったし、(勿論、好きとかそう言うのはもう無いけども)今更死んじまったら気分が悪いし、悲しいっちゃ悲しい。
     公安にいるのは今年いっぱいまで。来年から営業開始の予定だそうだ。ライバル出現だな。

     双月暦515年 10月19日 水曜
     イオタが来た。今日は非番だそうで。まあ、いつも通り客って言うより、料理を教わりにだが。
     元から筋は良かったと思ってたが、今じゃアタシより手際よくサクサクっとこなすコトすらあるくらいだ。ヤベぇな。
     そう言や、その間に色々話をしたが、アイツも央南の血を引いてるらしい。父方のじーさん夫婦が央南人で、こっちに移ったとか。料理も教わったし、簡単な剣術も教わったらしい。ただ、超メジャーどころの焔流とかじゃなく、全然聞いたコト無い流派だそうだ。(本人も何て名前だったか忘れちまったらしい)
     だもんで、最初はそっち関係を活かそうと公安に入ったらしいが、荒事にどうも馴染めなかったんで、こっちの道に入り直そうってコトらしい。
     そっか、だから包丁捌きがアタシより全然上手なんだな。刃物の扱いには慣れてますってコトか。
     ついでにウチの包丁も研いでもらった。びっくりするくらい良く斬れるようになった。すげえなぁ、アイツ。

     双月暦515年 10月26日 水曜
     またイオタが来た。今日も客じゃなく、料理を教わりにだけども。でも助かった。
     すげーでかい虎獣人の女が食い逃げしやがったんだけど、イオタが捕まえてくれた。マジ助かった。ありがとうイオタ。
     体に見合う、って感じでドカ食いしてやがったからな、あの女。そのまんま逃げられたら、結構痛かった。
     ただ、話を聞くうちに何か可哀想になってきたんで、カネは半分だけ取って、二度とやるなよっつって放り出した。休みの日に、イオタをわざわざ仕事場に顔出させるのも悪いしな。

     双月暦515年 10月28日 土曜
     あのデカ女、また来やがった。ただ、今回はメシ食いじゃなく、「働かせてくれ」だと。ちなみに名前はシリン・ミーシャ。訛りからして、央中東部生まれだろう。
     結論から言えば無理。今2人抱えてんのに。コレ以上は利益が出ない。そりゃ助けてやりたいけどさ。
     んで断ったら、あの筋肉ぱっつんぱっつんの巨体がしょんぼり縮こまっちまった。胸がちくっとするけども、無理なもんは無理。

     双月暦515年 10月30日 天曜
     締め日。今月も問題無く、40万弱のプラス。
     と言うか、臨時収入ありと言うか。コレットたちが残ってた借金、全部返してきたからだ。コツコツ蓄えてたんだとか。大方、店の開店資金として貯めてただろうに。
     理由を聞くと、シリンを雇ってやって欲しいとのこと。自分たちが独立した後で雇えば、店に影響も出ないだろう、だと。
     やっぱりアイツらも、シリンを気にかけてたんだな。うーん、でも確かにアイツらの言う通り、アイツらが抜けたらまた1人だし、今の賑わいを維持するってなったら、しんどくなってきそうだもんなぁ。そろそろ次を雇う準備をしてかなきゃな。
     よし決定。明日、シリンに声かけるか。

     双月暦515年 11月1日 火曜
     シリン採用。台所が狭いぜ。
     うーん、でもコイツ、相当ポンコツだ。まず字が読めないって致命的だろ。いや、央南語が読めないってならまあ、仕方無い。でも央中語すら、メニューの半分も分かんないってダメだろ。
     あと、ぶきっちょ過ぎ。包丁振り下ろしやがったせいで、まな板にばっちり跡が付いちまった。ほぼ溝になってる。使い古してたとは言え、買い替えた方がいいな。
     ただ、力は目一杯有り余ってる感じ。味噌汁満載の寸胴鍋を、平気な顔して持ち上げてた。お前、ソレ何十キロあると思ってんだよ。でもあんだけ力あるなら麺が作れそうだな。うどんとか出せるかも。
     教育には相当手間と時間がかかりそうだが、今のところはまだ、コレットたちがいるからな。その間にできる限り手をかけてやるとするか。
    赤虎亭日記 10
    »»  2016.03.12.
    朱海さんの話、第11話。
    双月暦515年12月と翌年1月:シリン・ミーシャ。

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    11.
     双月暦515年 12月27日 雷曜
     ふと思ったが、シリンは闘技場に向いてるんじゃないか?
     あんだけ力自慢なんだし、活躍できそうなもんだけどなぁ。昔はやんちゃしてたみたいなコトも言ってたし。
     アイツ、新聞もろくに読めないみたいだし、闘技場のコト知らないだけかも。明日辺り、話を振ってみるか。

     双月暦515年 12月28日 土曜
     シリンに打診。予想通り、乗り気で話を聞いてた。
     もう年内は闘技場の営業が無いから、登録は来年の双月節明けだな。あ、違うわ。来年は双月節無いから、1月4日からってところか? ウチもそのくらいから仕事始めだな。

     双月暦515年 12月30日 天曜
     仕事納め。今年の収益は450万ちょい。営業外利益(コレットたちの借金返済とか商工会やら教会やらの積立の還付金とか)も加えたら600万近くなった。
     今年の納業会は大所帯での参加だった。アタシ、コレット、ボレロ、シリン、オマケにイオタまで来たからな。牧師さんからも「繁盛しよるな」って言われた。まあ、実際繁盛してる方なんだろうな。
     毎年思うが、去年の納業会まで見かけたのに、今年は見なくなっちまったって奴も毎年いるし。一方で、新顔も毎度欠かさず見かける。栄枯盛衰って言葉を感じちまうね。来年はイオタも一人でココに来るコトになるんだろうな。再来年はどうだか分からんが。
     そしてお決まりの忘年会。イオタと初めて会った時のメンツも一緒にやってきた。店ん中だけじゃ足りなくて、この寒空の中、外にまで椅子と机を置いての大宴会になった。
     ぼちぼち増築した方がいいかなぁ。通常営業でも満員になる日がちょくちょくあるし、忘年会やる度に人が増えてきてるし。シリンみたいなのが2、3人集まってきたら、冗談抜きでぎゅうぎゅうになっちまうだろうしなぁ。
     ま、明日から休みだ。頭ん中は一旦、空っぽにしときたい。考えるのはそれからだ。

     双月暦516年 1月1日 火曜
     あけましておめでとう。今年は双月節無しの、3日間の休み。
     休みだっつってんのにシリンが来た。「ヒマやから」だと。勝手に遊べよとも思ったが、アタシにしたって、どうせこのまま家にいても、寝てるか新しいメニュー考えるかしかしないだろうし、たまには出かけるコトにした。
     と言って、特に見たいモノとかも無い。劇にもお芝居にも興味無いし、この歳で観覧船やら回転木馬やら乗ってキャーキャー言うのもどうかだし。(シリンなら喜びそうだけど。アイツ、頭ん中コドモみたいだし)
     仕方無しにイオタも誘って、三人で市場に出かける。つってもココも年始休みだし、開いてるのは露店くらい。あっちこっちにポツポツ座ってる奴らを半ば冷やかしつつ、駄菓子やらアクセサリやらを買う。
     そう言や、今は外させてるが、シリンも最初に会った時はピアスやら何やら、ごちゃごちゃ付けてたな。(食い物系商売で見た目汚い奴が店員って最悪だろ)昔はワルだったってちょくちょく話してるし。今はただの大食いおバカにしか見えんけど。
     2時間くらいブラブラしてたが、まあまあ楽しかった。アタシ、基本的に他の店が開いてる時に出歩いたりしないもんなぁ。年中、ほとんど休みも無しだし。つっても趣味とか無いし、仕事以外にやるコト無いんだよなぁ。

     双月暦516年 1月4日 雷曜
     仕事始め。仕入れ後にシリンと一緒に、闘技場に向かう。
     アイツ、文盲過ぎ。自分の名前すら書けないって、かなりひどいだろ。その場でスペル考える羽目になった。多分「Siline Misia」で合ってると思うけど、うーん。
     登録してすぐ、ロイドリーグに参戦するコトになった。結果は上々、早速勝ってた。でも思いっきし殴られてたな。開店後、客から「シリンちゃん、顔大丈夫?」とか聞かれてたし。
     後はピースたちよろしく、アタシもコイツの活躍に乗っかって儲けられたらいいんだがなぁ。
    赤虎亭日記 11
    »»  2016.03.15.
    朱海さんの話、第12話。
    双月暦516年2月:央南抗黒戦争と、シリンの快進撃。

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    12.
     双月暦516年 2月8日 風曜
     ちょっと心配な情報が飛び込んできた。央南で戦争が始まりそうだとか。
     何でも黄州の黄家と黒炎教団とで、相当揉めてるらしい。しかも黄家は焔流を抱き込んで、黒炎教団に対抗しようとしてるとか。
     そう言えば雪乃の弟子で黄晴奈ってのがいたけど、コイツの苗字も「黄」だな。関係あるのか? いや、まさかなぁ。いくらなんでも出来過ぎってヤツだ。
     まさかと言えば、雪乃もだ。結婚したって聞いたけど、この戦いに参加するとか言わないよな? もし討死でもしたら、旦那さんが悲しむってもんだ。
     くれぐれも行ったりするなよ。

     双月暦516年 2月10日 火曜
     小鈴からの手紙。今度の騒動のあらましを教えてくれた。
     マジで黄晴奈の黄って、黄家の黄だったのか。いやむしろ、ソコが理由なのか。晴奈の妹が教団にさらわれて、ソレを奪い返して、で揉めてるワケか。
     そんなに引く手あまたなのか、その晴奈妹って。いや、多分そうじゃないな。ここ数年の黒炎教団は、かなり過激らしいからな。何やかやと理由付けて、央南に攻め込みたかったんだろう。格好の材料にされたってワケか。
     ま、何にせよ知り合いが戦争に巻き込まれるってのは、いい気分じゃ無いな。央中天帝教風に考えれば、早く終わって欲しいもんだが。

     双月暦516年 2月19日 水曜
     シリンがニコルリーグに昇格。エリザリーグまで、もうあとちょっとだな。
     ウチにもアイツのファンが多くなってきた。マジでアイツ目当ての客がちょろちょろ来るようになったし、思わぬ収入って言うか、願い通りになったって言うか。
     今日はイオタの指導日。つってももう、料理についてはほぼ教えるコト無し。店を手伝ってもらいがてら、経営について話したくらい。
     来月1日には、アイツの店が開店する。何て言うかなぁ、育てた小鳥が巣立って手元を離れちまう? みたいな気分。
     コレットたちも今年いっぱいで故郷に帰るって言ってたし、寂しくなるなぁ。

     双月暦516年 2月22日 風曜
     黄海周辺で戦闘があったらしい。いよいよ開戦しちまったってワケか。
     ただ、戦闘はその日のうちに終息。黄海側が勝ったらしい。今は双方にらみ合いって感じだが、そう遠くないうちにまた教団が攻め込むだろうって話だ。
     ちなみにあの晴奈ってのが魁(さきがけ)、先陣隊長を務めたらしい。そのおかげで首尾よく僧兵隊を撃破、一日で追い返すコトに成功したんだとか。
     やるなぁ、晴奈。戦争が終わったらいっぺん会ってみたいもんだ。

     双月暦516年 2月24日 火曜
     シリンが大泣きして帰って来た。ここはてめえの家でも幼稚園でもないっつの。
     何とかなだめて事情を聞いてみたら、どうやらニコルリーグでこてんぱんにやられたらしい。相手の名前を聞いてみたらエイト・マジェスタっつって、なんと前回のエリザリーグ出場者だとか。予定してた相手が急に体調崩して、エイトがリザーバー(代理選手)として出場したんだそうだ。
     相手が悪かったなぁ、シリン。まあ、早いトコ気持ちを切り替えて、また頑張れ。

     双月暦516年 2月25日 氷曜
     エイトが花持ってウチに来やがった。マジかコイツ。案の定、シリンの顔が引きつってた。
     ただ、話を聞いてみたらどうやら謝りに来たんだそうだ。「女の子相手にやり過ぎた」つって。シリンも単純だから、ソレで許しちまった。
     で、後は普通に客として、ご飯食べて帰ってった。伊達男ってマジであんなヤツだよな。絵に描いたようなっつーか。
     でもいいヤツっぽそう。悪い感じはしないな。同じエリザリーグ出場者でも、あのクソキングとは大違いだな。そりゃ人気も出るわ。

     双月暦516年 2月27日 雷曜
     今日はシリンのおかげで儲かった。
     なんかアイツのファンクラブってのが押しかけてきて、宴会になった。「シリンちゃんの手料理が食べられる!」とか息巻いてたが、作ってんのはほぼアタシとコレットだ。アイツは芋の皮むきとかくらいしかしてないぞ。まだ店で出せるような腕前じゃないし。
     まあ、でも、喜んでたから黙っとくか。アイツらが勝手に勘違いしてるだけだし。
    赤虎亭日記 12
    »»  2016.03.16.
    朱海さんの話、第13話。
    双月暦516年5月と6月:エイト・マジェスタ。

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    13.
     双月暦516年 5月7日 火曜
     今日がエリザリーグの出場者告示日だが、やっぱりと言うか、シリンの名前は無かった。そりゃまあ、今年ニコルに参加したばっかだもんな。そうそう呼ばれやしないっつの。
     一方でエイトは、当然の如く当選。今回で3回目つってたっけか。だもんで明日、シリンがお祝いしてやりたいとか言ってた。
     もしかしてだが、シリンはアイツに気があるのか? 話題の半分がエイトのコトばっかだし。まさかこのまんま付き合ったりなんてしないよな? アタシがまた追い抜かれるコトになりゃしないか、ちょっと不安だ。

     双月暦516年 5月10日 雷曜
     シリンが前に言ってた通り、エイトやらエイトの友達やらを連れて来て、ウチで祝賀会を開いた。
     シリンもそうだが、エイトも友達が多いらしい。おかげでウチの許容量をブッ千切った。久々に、外に席を作る羽目になったぜ。去年の暮れ以来だな。
     勿論儲かったには儲かったが、やっぱり増築の必要性を感じる。ボチボチ真面目に考えてみるか。

     双月暦516年 5月12日 風曜
     午前の営業はコレットたちに任せて、工務店に行ってきた。勿論テディのトコ。
     やっぱ今回も、結構負けてくれた。その代わり半年間、アイツの店のヤツらがウチで飯食う時は1割引きにしろと。しゃーねーな。
     ん? ってコトは負けてくれた分とトントンじゃないか、コレって? アイツも商売がうまいなぁ。
     ってワケで、増築決定。ただ、今年はシリンがいるし、エイトも良く来てくれてる。アイツら関係で、エリザリーグの時期にかなり賑わうかも知れん。
     ソレを考えて、工事開始は再来月のはじめにした。あー、楽しみ。

     双月暦516年 5月18日 土曜
     エリザリーグ開催に向けて、段々賑わってきた。こないだからちょくちょくエイトが来てるせいか、ほぼ全時間帯でアイツのファンだってヤツが居座ってるし、予想情報もちょろちょろ売れる。
     特にエイト関係はアイツ本人やアイツの友達から、じゃんじゃん入るからな。雪乃の時と言い、ウチも相当、闘技場関係で儲けてるよな。ありがたいね、全く。
     来年辺り、シリンもコレでウチに貢献してくれるなら、もっとありがたいもんなんだが。アイツ、未だに揚げ物とか煮物とか下手くそだし。

     双月暦516年 5月21日 火曜
     今季のエリザリーグ開幕。
     いつも通り、いや、いつも以上に情報目当ての客が多い。夕方前の時点で既に、いつもの3日分くらいの稼ぎが出てた。いやぁ、この時期は儲かる儲かる。
     ちなみにエイトは、今日は出場選手の紹介で、闘技場に顔を出しただけらしい。実際に対戦するのは3日後だそうだ。

     双月暦516年 5月24日 雷曜
     エイト、初戦快勝。こっそりアタシも賭けてたが、おかげで儲けた。
     ってか、賭博場行って爆笑したんだが、あのクソキングのオッズ高過ぎだろ。どんだけ見捨てられてんだよ、まったく。
     でも確か、もう40半ばらしいもんなぁ。限界ギリギリって感じなのかもな。そりゃ誰も勝てるなんて思わないよな。
     いい加減引退すりゃいいのに。過去の栄光が忘れられない、ってヤツか?

     双月暦516年 5月30日 水曜
     今日もエイトが勝った。おかげでアタシも賭けで快勝。今のところ、100万ちょいくらいのプラス。
     まあ、コレは営業外利益として計上はできんが。計上しちまうと商店商会運営法上、帳簿がとんでもないコトになるし。(計上したら法人税65%になるって冗談みたいな話だよな)だからコレはあくまでアタシの個人的収入、ポケットマネーってヤツだな。
     で、店の方の今月収支はプラス。去年よりちょっと多めの120万強。エイトのおかげだな。増築しても問題無さそうだ。

     双月暦516年 6月6日 氷曜
     今日はエイトの負け。当然アタシの賭けも負け。収支合計、60万弱。字面にしてみたらとんでもないな。先月の店の収益分の半分じゃん。
     エイトは今日で2勝1敗。となるとエイトの優勝は危なくなってきたな。オリアーニってのが3連勝してるし、オリアーニがもう1勝したら優勝は確定する。
     まあ、優勝争いにも賭けちゃいるが、ソコまでエイトに勝ってもらわなきゃ困るって程賭けてもいない。あくまで応援の範疇だしな。

     双月暦516年 6月18日 天曜
     エイトがまた負けた。相手は3連勝のオリアーニ。つまり今季はオリアーニの優勝。
     この回は外したが、優勝争いの方は取った。単勝でエイトとオリアーニに賭けてたし。賭けの収支は結果的に、プラス80万。やったぜ。

     双月暦516年 6月21日 水曜
     エイトから、オリアーニがいなくなったと聞かされた。何でも、突然連絡が付かなくなったらしい。
     ただ、こないだのエリザリーグで賞金はがっぽり稼いだみたいだし、失踪とかじゃなく、ただ旅行に行ったとか、その辺りだろうな、多分。
     大金を持って優雅に旅行かぁ。良いご身分だねぇ、まったく。
    赤虎亭日記 13
    »»  2016.03.17.
    朱海さんの話、第14話。
    双月暦516年12月:コレットたちの退職。

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    14.
     双月暦516年 12月21日 火曜
     モンテロがいなくなったらしい、とエイトから聞いた。優勝翌日から姿が見えないんだと。
     ただ、賞金は相当な額だって聞くし、失踪って言うより旅行か何かを思い立ったって感じじゃないかな。
     あれ? なんか似たような話、前にも無かったっけ?

     双月暦516年 12月22日 氷曜
     増築の甲斐はあったな。エイトたちの宴会は前にも増して大人数だったが、どうにか外に席を作らずに済んだぜ。
     って言うかエイト、どんだけ顔が広いんだよ。こーしてエリザリーグの残念会やる度、取り巻きが増えまくってんじゃねーか。
     次の祝勝会、マジで50人は超えるんじゃねーか? そろそろ優勝も見えてきてるし。となるとまた、外席作らないとな。ソレとも前もって増築か?
     いや、でもココまで人が来るのはコイツが連れてくる時だけだしなぁ。広くすれば掃除も面倒になってくるしなぁ。まあいいか、このままで。増築費用なんて、しばらく貯められそうにないしな。

     双月暦516年 12月25日 土曜
     久々にイオタが店に来た。なんかげっそりしてた。
     事情を聞いたが、どうも店の経営がうまく行ってないらしい。2ヶ月連続で赤字出してる上、今月もヤバ気だとか。
     腕は間違い無く、この界隈じゃ一番なんだけどなぁ。店やるってなると、ソレだけじゃダメだってコトなんだろうな。
     ま、コレットたちも今月、って言うか今年一杯で辞めるし、もしその後でイオタの店が潰れたら、アタシんトコで雇ってやるか。
     いや、勿論潰れて欲しいワケじゃないけどな。あくまでアイツの店がヤバかったら、って話だ。

     双月暦516年 12月28日 火曜
     今日がコレットたちの仕事納め。明日、明後日で荷造りして、双月節の間に国へ帰るそうだ。
     何年働いたんだっけ? そう思って古い日記を読み返してみたら、507年の3月くらいにコレットの名前があった。え、507年!?
     アイツ9年もウチにいたのか。で、その翌年にボレロか。しかし、アタシが旅行に行ったのってもう9年も前なのか。考えてみるとマジで働き過ぎだな。
     来年辺り、また旅行にでも行くかー。いっぺん、コレットたちの店の塩梅も見とかないといけないだろうし。

     双月暦516年 12月30日 水曜
     仕事納め。今年の収益は500万強。昨年に引き続いて最高益を更新。
     3人も雇ったら相当減益するもんだと思ってたんだが、案外稼げるもんなんだなぁ。とは言え儲けの半分以上が情報屋としてのものだし、やっぱ定食屋一本ってのは難しいんだってのを、毎年実感する。
     納業会で、イオタがすっかりしょげ返ってるのを見た。やっぱ今月も赤字だったらしい。ってコトはほぼ間違い無く、今年全体で見ても大赤字だろう。本気でヤバいな、イオタんトコ。牧師さんからも「あんたもうちょい頑張りいな」って応援されてたし。
     アタシは一応「よーやっとる」って褒められたけど、イオタの煤けた背中見てると、なんかちょっと喜びにくい。アイツ、来年も納業会に来られるのかなぁ。
     ともかくイオタの邪気払いも兼ねて、アイツを呼んで忘年会を開いた。エイトも来たせいで、案の定、定員オーバー。でもウチの店員、そしてイオタを使って厨房フル稼働させて、全員酔い潰れるまで料理を作り通した。いやぁ、流石に腕がだるいぜ。
     でも今日だけで、まさかの30万プラス。実は忘年会もかなりの書き入れ時なんだよな。こんだけ稼げば、イオタの厄も吹っ飛んだだろ。コレットたちにとっても、良い景気付けだ。
     来年はいい年になりますように。コレットたちも、イオタも、そしてアタシも、ガンガン稼げますように。
    赤虎亭日記 14
    »»  2016.03.18.
    朱海さんの話、第15話。
    双月暦518年6月と7月:エリザリーグの黒いうわさと、抗黒戦争の終結。

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    15.
     双月暦518年 6月18日 風曜
     今年のエリザリーグ優勝者はオースティン。残念ながらシリンは3位、エイトは今季も2位だった。
     しかし、やっぱおかしいよな。エリザリーグの優勝者が優勝直後、突然消えちまうって言う、あの話。となるとやっぱ、オースティンも?
     ジュリアに聞いてみたけど、「犯罪が行われた明確な事実は無い。断言できない」って一点張り。お堅くなっちまったなぁ。いや、アイツの性格は昔からか。
     ただ、公安でも怪しいって意見は強いらしく、コレから数日はオースティンの周囲に、ソレとなく職員を配置しておくつもりだそうだ。
     効果があればいいんだけどなぁ。

     双月暦518年 6月19日 天曜
     今日のGCデイリーにはとりあえず、オースティンの失踪記事は見当たらない。エイトからも「今日は普通に会えた」って話を聞いた。今のところは安心、か?
     ソレよりも、新聞では央南の戦争がようやく終わりそうだって話が大きく取り上げられてた。確か一昨年のはじめくらいから始まってたよな。とりあえず雪乃は巻き込まれずに済んだらしい。
     新聞じゃあんまり詳しく書いてないが、央南連合が勝ちそうって話だ。小鈴から聞いた感じだと、どうも黒炎教団側がポカしたらしい。今年の初めから大ミスを連発して、とてもじゃないが戦線を維持できなくなったとか。
     そのせいで今、教団幹部で大揉めしてるってのは、アタシのトコにも情報がちょこちょこ来てる。戦争を主導してたワルラス・ウィルソン師ってのが、いよいよ更迭されるとかされないとか。
     何にせよ、央中天帝教信者のアタシからすれば、戦争なんぞとっとと終わってくれってなもんなんだが。

     双月暦518年 6月24日 土曜
     とんでもないニュースが入ってきた。黒炎教団の幹部が暗殺されたらしい。こないだ更迭されたばかりの、あのワルラス・ウィルソン師だって話だ。
    「一体誰が殺ったのか?」「なんで更迭された後に?」市国でもそんなうわさがじゃんじゃん飛び交ってた。割りと地理的に近いもんな、教団の本拠地と市国って。
     ともかく、コレで戦争は完全に終わるだろう。一番戦争したがってたヤツが死んだんだし。

     双月暦518年 6月29日 水曜
     ワルラス師の後を継いだって言うウェンディ・ウィルソン師から声明があったそうだ。やっぱり停戦するらしい。明日にもすぐ、連合側と交渉しに向かうって新聞に書いてあった。
     あんまり為替にゃ興味無いが、既にもう、玄銭は騰がり始めてるみたいだ。言ってみりゃ戦勝国だもんな、央南連合。

     双月暦518年 6月30日 雷曜
     オースティンが失踪した。よりによって、公安がマークしてる真っ最中にだ。
     ジュリアの話じゃ、公安局長の首が飛ぶかもって話まで出てるらしい。そりゃそうだよな、行方不明にさせまいとして厳戒警備して、まんまとやられちまったってんじゃなぁ。
     ソレ以上に、エリザリーグに優勝したヤツが片っ端から消えちまうんじゃ、誰も出場なんかしたがらなくなる。そうなりゃ市国にとっても、巨大な観光資源が消えるってコトにもなっちまう。
     公安上がりのヘレンさんからしたら、そりゃもうハラワタ煮え繰り返るって話だろうな。間違い無く、公安局長が更迭されるだろう。
     っと、今月の収支書いとかなきゃな。いつも通り、90万ちょいだった。

     双月暦518年 7月7日 雷曜
     黒炎教団と央南連合の停戦交渉がまとまったらしい。つっても事実上、教団側の敗北だろう。コレまで征服(向こうの言い分じゃ教化だが)してきたトコを全部、央南連合側に渡すコトで合意したらしい。
     まあ、賠償金だ補償だって話に持ち込ませず、土地を渡すだけに留めた辺り、ウェンディ師も相当粘ったんだろうな。ソレに渡すっつっても、後でもっぺん教団の教えを広めりゃ同じコトになるんだし。
     やり手って感じ。
    赤虎亭日記 15
    »»  2016.03.19.
    朱海さんの話、第16話。
    双月暦518年8月と9月:黄晴奈。

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    16.
     双月暦518年 8月10日 氷曜
     久々に小鈴が来た。しかもあの黄晴奈を連れてきた。ようやく会えたって感じだ。
     何でも晴奈、フー・ヒノカミってのを探してるとか。ヒノカミって、北海で大暴れしてるあの日上か? 色々悪いうわさが尽きないヤツだが、なんでまた央南の晴奈が、北方の日上を追ってるんだ?
     詳しく聞いてみると、なんでも日上が、晴奈の親友のエルスってヤツから(こっちも聞いた覚えあるな。連合の総大将やってるエルス・グラッドってヤツじゃなかったっけか)すごい貴重な剣を盗んで逃げてるんだとか。やっぱとんでもないヤツらしい。
     逆の意味で、晴奈もとんでもない。黒炎教団の神様に会ったコトあるとか、敵に捕らわれたけどそいつらのアジトで大暴れして壊滅させたとか、ブッたまげる話をゴロゴロ持ってるぜ。
     色々聞き出して、知り合いの作家とか詩人とかに売りつけてやろう。すげーカネになりそう。……とか企んでたら、小鈴に覚られたらしい。横から出しゃばってきて、なんでか交渉する羽目になった。
     気付けば晴奈の情報の売上の28%も取られるコトになってた。ちくしょう。我が従姉妹ながら、商売上手でいやがる。ソレともアタシが乗せられやすいのか?

     双月暦518年 8月12日 雷曜
     あんまりファンタジック過ぎるから、ツテをたどって作家クラブの連中に、晴奈から聞いた話を売ろうと持ちかけてみた。
     なんか好評。劇作家だってヤツが買いたいっつって、即金で20万エル出した。交渉成立。
     小鈴に56000エルやって、残りの14万強はアタシがもらうコトに。

     双月暦518年 8月16日 火曜
     シリンがウチを辞めたいと切り出してきた。闘技場のリザーバーになって結構カネ入ってきたから、トレーニングに専念したいんだと。
     むう、ちょっとまずいな。この店の規模でアタシ一人になっちまうと、回りゃしないぞ。誰か代わりの店員探さないとなぁ。
     ソレまでは何とかウチにいてもらわないと。

     双月暦518年 8月20日 土曜
     とりあえず商工会を通じて求人広告を出す。店の前にも張り紙しといた。
     早めに来てほしいなぁ。シリン、本格的に格闘家を意識しだしてるみたいで、こっそり寸胴鍋持ち上げたり下ろしたりして筋トレしてたし。やめてくれ。汗が入りそうで怖い。

     双月暦518年 8月30日 火曜
     今月の収支は70万ちょい。晴奈効果だ。
     しかし人材の方は振るわず。何人か面接してみたけど、「なんかちがう」って顔に出てる。確かに普通の定食屋じゃないもんなぁ。市国じゃ央南料理は珍しいし、傍らで情報屋もやってるし。
     結局折り合いが付かず、また縁があればって感じばっかりだった。

     双月暦518年 9月3日 雷曜
     シリンとエイトから、「闘技場にとんでもないヤツが現れた」って話を聞いた。
     名前はロウ・ウィアード。なんでも一昨日ロイドリーグに入って、今日にすぐ、レオンリーグに参戦したとか。マジかよ、雪乃以来のスピード昇格だな。
     ただ、あんまりにも登場が早すぎて、ドコにも情報が流れてないらしい。ピースたちに聞いても、「全然知らない」って言ってた。
     ウィアードって名前の通りだな。つかみどころ無さすぎ。

     双月暦518年 9月6日 天曜
     こないだ売った晴奈の情報に、目一杯尾びれが付きまくってるみたいだ。
     演劇まで作られてる始末だ。「縛返しの剣豪譚」つって、巷じゃ大評判らしい。アタシも観に行ったが、元ネタを本人から聞いた身としちゃ、笑いをこらえるのに必死だったぜ。
     なんだろ、央南人で侍で女でってのが、そんなにウケるのか? にしても美化し過ぎ。晴奈本人が観ても絶対、自分のコトだって分かんないだろうなー、アレじゃ。

     双月暦518年 9月10日 雷曜
     こないだ日記に書いてたあの演劇、人気出すぎ。ちっと癪だからリベートでももらえないかと思って、もっぺんクラブを訪ねてみた。
     だけど残念ながら、晴奈の話を買ったジャッロって劇作家はいなかった。毎日満員御礼で、滅茶苦茶忙しいんだと。相当稼いでるらしいな。こりゃますます、リベートふんだくってやらなきゃな。

     双月暦518年 9月15日 氷曜
     ようやくジャッロを捕まえた。単刀直入に「儲かってんだろ」って聞いたら、ゲラゲラ笑ってやがった。やっぱりか。
     だったらウチで慰労会でもやれよって誘ったら、向こうも「央南料理で締めるのも乙だな」つって、予約してくれた。
     ま、人数も多そうだし、そこそこカネになるだろ。コレでリベート分としとくか。

     双月暦518年 9月17日 雷曜
     わっけ分かんねー。
     いきなり店、って言うかアタシん家のど真ん中に小鈴と晴奈と、あと一人、「狐」のフォルナって子が現れやがった。しかも全員ボッコボコ。晴奈なんかアザまみれ、血まみれだし。後で畳変えなきゃな。
     ともかく冗談抜きで死にそうだったんで、軽傷そうだったフォルナと一緒に、モニカの病院へ運ぶ。アイツの腕は確かだし、助かるだろ。多分。
     って言うか助かれ。小鈴の葬式の喪主なんか、まっぴらごめんだ。英雄の悲劇譚なんてのも売りたかないし。
    赤虎亭日記 16
    »»  2016.03.22.
    朱海さんの話、第17話。
    双月暦518年11月:ロウ・ウィアード。

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    17.
     双月暦518年 11月7日 土曜
     予想通りっつーか何つーか、ウィアードがエリザリーグに選出されたそうだ。近年稀に見る大本命って感じ。シリンもエイトも戦々恐々としてるのが目に見える。
     って言うかシリン、マジで頑張んないとダメだろ。無理無理店を辞めて、ほとんど一日中トレーニングに費やしてんだから。ソレで負けたら承知しねーぞ。
     でもアタシの予想としては、やっぱりウィアードが優勝なんじゃないかなぁって。おっそろしく強いみたいだし。

     双月暦518年 11月9日 天曜
     小鈴と晴奈が退院。まだ包帯巻いてるけど、もう普通に歩けるそうだ。
     ただ、治療費として結構な額を立替してたんで請求したんだが、払えないと来た。いや、確かに50万エルは大金だけども、払ってもらわなきゃアタシが痛い。
     が、ここで名案が浮かぶ。しばらくコイツら雇おう。やっぱ一人だと死ぬほど忙しいし。って言うか、既にフォルナも半分、ウチの店員みたいになってたし。お姫様なのになぁ。内緒だけど。

     双月暦518年 11月10日 火曜
     小鈴評価:特A。文句なし。
     やっぱアイツ、万能だな。調理から接客、掃除に買い出し、何やらせても不満なんか無い。ソレでもあえて難を言うなら、若干自己中。やりたくない仕事があると、ふっとどっかに消えやがる。いい根性してるぜ、まったく。
     フォルナ評価:B。お姫様気質漏れ過ぎ。隠せよ。
     ちょっと気取り過ぎ。言葉遣いが堅い。もうちょいウチの雰囲気に合わせて欲しいトコだ。
     あと、調理もイマイチ。ソコはやっぱお姫様か。今まで包丁なんか持ったコト無いんだろうな。
     ただ、仕事っぷりは丁寧だ。口調が堅いとは言ったものの、接客もまずまずだしな。もうちょい続ければこなれてきそうだ。
     晴奈評価:C。雑過ぎ。気も短過ぎ。
     刃物の使い方こそ流石って感じだが、味付けは濃いし、出汁は変にしょっぱいし、かと思えば煮物は半生、盛り付けもグチャグチャ。ちょっとくらい抑えろ、整えろ。
     接客態度に至っては最悪、の一歩手前。笑え。お辞儀しろ。門番かなんかじゃないんだから、ぶすっと仏頂面で突っ立ってんじゃねえ。
     なんだろな、「戦争じゃ英雄でも平和な時じゃお荷物か悪人」って話があるが、晴奈もそのクチか?
     晴奈は根気良く指導しなきゃダメだな。

     双月暦518年 11月17日 火曜
     ふ ざ け ん じ ゃ ね え ぞ 晴 奈 の ア ホ ん だ ら

     双月暦518年 11月18日 氷曜
     ようやく頭が冷えてきた。昨日の分も合わせて書く。
     晴奈が客にからかわれたかなんか知らんが、大声あげてキレやがった。その場で晴奈を殴る。客には散々頭を下げたが、反応が微妙な感じ。多分、もう来ないだろう。
     鍛えてるだろうし、アタシが殴ったコト自体はこたえちゃいないだろうが、3日謹慎を言い渡した。勿論、その間の給料なんか出さねえ。懐が寂しいっつってたし、コッチはそこそこ効いたはずだ。
     で、今日の話。フォルナは今日は休みにする予定だったが、晴奈のバカを謹慎させてるから、代わりに出てもらった。正直言って、コッチの方が百倍頼りになる。段々調理にも慣れてきたみたいだし。
     とは言え、だ。アイツ役に立たない、じゃあ切っちまえ、じゃソレこそダメ店主だ。今回のコトはよーく反省させるとして、改めて店員の何たるかを叩き込まなきゃな。

     双月暦518年 11月21日 土曜
     今季のエリザリーグ開幕。
     一回戦はシリンが出場。今回は幸先良く、初戦を制したらしい。そのままウチにメシ食いに来るかと思ったが、今日は来なかった。一応仕入れといたんだが、下手すると余らせそうだなぁ。
     晴奈の謹慎明け。相変わらずぶすーっとしやがって。相変わらず、愛想無さ過ぎ。参るね。とりあえず耳つねって「笑え」っつっといた。

     双月暦518年 11月24日 火曜
     今日はうわさの新鋭ウィアードの、エリザリーグでの初陣だったそうだ。結果は当然のように勝ちだとさ。
     一応、シリンとエイトと一緒に、ウィアードにも賭けてるんだが、コイツら同士で対決ってなった時はどうしようか、ちょっと悩み始めてる。勝ってほしいのはシリンたちだが、今日の結果を聞くと、ウィアードに浮気したくなっちまう。
     リーグと言えば、晴奈もウデはあるって話だし、参加させてもいいんじゃないかとは思う。ただ、剣士って言ってたし、だとするなら今は無理だよな。刀、無くしたっつってたし。ソレでなくとも、今のアイツじゃダメだろうな。とてもじゃないが気迫が感じられないし。
    赤虎亭日記 17
    »»  2016.03.23.
    朱海さんの話、第18話。
    双月暦518年11月と12月:エリザリーグの光と影。

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    18.
     双月暦518年 11月30日 天曜
     シリン対ウィアード戦。めっちゃ迷ったが、情に流されてシリンに賭けた。結果は負け。くっそぅ。
     しかしシリンだって、結構頑張った方だろ? 店辞めてからずーっと鍛えてたんだし。ソレでもウィアードが勝っちまうのか。こりゃ6日後のエイト対ウィアード戦も考え直さなきゃな。
     今月の収支は90万強。この時期は闘技場の情報が売れるから、例年通りって感じだな。小鈴とフォルナの頑張りもあるから、プラマイ0とも言える。後は晴奈がもっと良くやってくれれば文句無しなんだが。

     双月暦518年 12月6日 風曜
     前回の反省を活かして、今回のエイト対ウィアード戦は情じゃなく利を取って、ウィアードに賭けた。
     結果は勝ったけども、どーにも納得できない。勝ったには勝ったんだけどさぁ。やっぱエイトの方を応援しなかったって気持ちになるし、ソコはモヤモヤしてる。
     晴奈はよーやく、愛想笑い程度はしてくれるようになった。まだからかわれたら、表情変わるけれども。まあ確かにプロポーションが乏しいってのはアイツの悩みなんだろうし、ソコをいじられんのが相当嫌なんだろうってのは、分からなくも無い。
     アタシだって「いいトシなんだから結婚したら?」なんて言われたら、イラッとするしな。……とは言え、流石に怒鳴りつけるまではしねーよ。何様だよまったく。

     双月暦518年 12月12日 土曜
     今日はシリン対エイト戦。今回は素直に、シリンに賭けるコトにした。
     結果は負けたけど、まあいいやって気持ちだ。前回に比べたらマシ。賭けの結果は赤字気味だけど。
     最近、フォルナが人気者だ。チラホラ、あの子目当ての客が来るようになった。ポストコレットって感じ。となれば晴奈がボレロか? じゃあ小鈴が、……いや、小鈴は小鈴だよな。ソレ以外の何者でも無いよな。
     晴奈もボレロみたく、いずれは上達してくれればいいんだが。まあ、地道に腕は良くなってるし、ちょっとずつは愛想も良くなってきてるしな。気長に見守るとするか。

     双月暦518年 12月18日 雷曜
     エリザリーグ最終日。
     最終戦はエイト対フランキ。言うまでも無くエイトの勝ち。賭けも勝ち。
     で、最終結果。シリンは3位。エイトが2位。そしてあのウィアードが初出場で、堂々の1位だとさ。やっぱ、とんでもなかった。
     次回は晴奈も参戦させてやりたいトコだ。多少値は張るだろうが、やっぱ刀を買ってやろう。でもなぁ、買い出しついでにチラッと武器関係の店を見てみたが、素人目にもあんなの、数打ちのナマクラだって丸分かりだ。あんなもん渡しても、晴奈がしょんぼりする様子が目に浮かんじまうぜ。
     となるとオーダーメイドか。高く付くだろうなぁ。

     双月暦518年 12月20日 風曜
     いい加減にしろ公安。今度はエイトが消えた。
     今回ばかりは流石に、ジュリアのトコに怒鳴り込んだ。毎回毎回毎回毎回、リーグが終わる度に人が消えてんだぞ!? ってな。
     ただ、公安の方でも(当然だろうが)危惧はしてたらしい。今回もかなり大掛かりに、「ウィアードの方には」警備を敷いてたんだそうだ。で、今回は1位じゃなく2位がやられた。完全に裏をかかれたってワケだ。
     もう滅茶苦茶だぜ。次もやられたら、間違い無く闘技場は閉鎖される。次に行方不明になるヤツを指名してるようなもんだからな。ヘレンさんは市国の安全推進を訴えてるし、総帥の権限をフルに使って閉鎖を強行するのは、目に見えてる。
     ただ、まだコレは秘密だが、闘技場サイドは何としてでも、閉鎖を回避したがってるらしい。そりゃそうだろうな、収入が完全に消えちまうんだから。
     だもんで、公安のお偉いさんやらと話し合って、次回までにはどうにか片を付けられるよう、特別捜査チームを組むってコトになったらしい。で、そのチームがジュリアをリーダーにしてるってコトも聞いた。
     そのチームに関しては、かなり厳重に、秘密を厳守して欲しいと言われた。無論、今後の取引やら捜査の影響やらを考えて、ソレは守るつもりだ。ただ、そうなるとジュリアのチームだし、ソコには確実にバートもいるはずだ。捜査してる間は他人の振りをしてやった方が、アイツにとっても都合が良いだろうな。
     あーあ、何だかうっとうしい話になってきちまったもんだ。
    赤虎亭日記 18
    »»  2016.03.24.
    朱海さんの話、第19話。
    双月暦519年1月:女神伝説、ふたたび。

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    19.
     双月暦519年 1月4日 風曜
     こないだアガサから教えてもらった鍛冶屋を訪ねる。店主のミツオ(名前は央南風だけど、央中語が流暢だったし、顔もこっち系っぽいから、央南系の3世ってトコか?)に刀を打ってもらうよう依頼したところ、快諾してくれた。
     思ったより高く付いたが、刀が完成すれば、晴奈も闘技場に出場できるだろう。後はジュリアの捜査がうまく行ってくれれば、安心して応援できる。
     店での様子も、大分マシになってきた。どうにか店に出せるレベルには料理できるようになってきたし、とりあえずは愛想も良くしてくれてる。ただ、日を追う毎にぼんやりしてきてるのが心配だ。見ててちょっと引くくらい。まさかこのままボケやしないだろうな?

     双月暦519年 1月8日 水曜
     超久々に、シリンと会った。つっても店でじゃなく、買い出しの途中で。かれこれ2ヶ月、3ヶ月ぶりくらいか?
     何て言うか、元気が無さ気な感じだった。そりゃそうだよな、エイトがいなくなっちまったんだから。この数年、かなり仲良かったもんな。アイツのコトだから、きっとわんわん泣きまくってたんだろうな、想像が付く。
     近い内にメシ食いに来いよっつって、励ましがてら誘っといた。

     双月暦519年 1月13日 火曜
     晴奈のボケっぷりがひどい。
     滅多に怒らなくなった反面、反応がものっすごく鈍くなってきた。傍から見てる分には、現実逃避してるのが丸分かりだ。マジで心、ココにあらずって感じ。そろそろ貯金もヤバいんだろうなぁ。一応給料は働いた分だけ渡しちゃいるが、旅費には到底届かないだろうし、稼いだ端から生活費で消えてくだろうし。
     相当参ってきてるっぽいな。早いトコ、ミツオから刀もらわなきゃな。

     双月暦519年 1月18日 風曜
     ミツオから連絡が来た。刀が打ち終わったらしい。思ってたよりかなり早かった。
     買い出しの合間に、受け取りに行く。名前は「大蛇」。確かに素人目に見てもすげー出来栄えだとは思うけど、お値段、驚きの4万3千クラム。エル通貨に換算すると、なんと97万エル。「3万エルオマケしたぜ」ってやかましいわ。微々たるもんじゃねーか。まあ、その分桐の箱に入れてもらったりして、色を付けてもらったけども。
     で、晴奈に打診しようとして、しくじった。話の持って行き方、完全に大失敗。晴奈を泣かせちまった。って言うか泣くんだな、お侍さんでも。……いや、今になって思い返してみれば、確かにヒドいコト言ったなーとは反省してるけども。
     ピースたちが助けてくれたおかげで丸く収まったし、丁度いいタイミングで刀も渡せたけど、ヒヤッとしたぜ、全く。ともかくコレで、晴奈も闘技場参戦決定だ。

     双月暦519年 1月19日 天曜
     16年前の再現。晴奈も参戦早々、速攻で相手をのしちまったらしい。雪乃の再来だな。
     んで、ピースたちと一緒に帰って来て、早速祝勝会って運びになった。話してる内に、晴奈もピースたちも、どっちも雪乃を知ってるってコトが判明したらしく、ずっと雪乃の話で盛り上がってた。
     この調子なら、きっとすぐレオンリーグ、ニコルリーグと進むだろうな。下手すると雪乃同様、今季のエリザリーグにまで間に合うかも。
     あと、あの捜査の関係で、ウチに公安の新顔が訪ねてきた。狐獣人で、名前はエラン。……エラン? なんかどっかで聞いたコトあるような? うーん、思い出せんなー。第一印象としては、新米の頃のバートみたいな感じ。無理に背伸びしてかっこつけてる坊や、ってトコだ。
     とりあえず知り合いに手を回して調べた、ここ数年で行方不明になった大会出場者のリストを渡した。今季の開催までに犯人を挙げてくれれば安心できるんだが、……何て言うか、エランを見てると不安だ。

     双月暦519年 1月22日 水曜
     今日も晴奈の対戦日。4日前とは打って変わって、すっかりノリノリで出かけてった。
     その間に、またエランが来た。今度は、いわゆる「裏口」で市国に出入りしてるヤツらのリスト。マジで単純に、今まで行方不明になったヤツが旅行してるって言うなら、入出国管理局か、このリストか、どっちかに記録されてるはずってコトになる。とは言え勿論、このリストに全部書いてるとは言い切れないが。

     双月暦519年 1月26日 天曜
     闘技場の管理委員会から、晴奈宛に手紙が届いた。レオンリーグへの招待状だ。予想通りだな。
     でも雪乃の時と比べて、招待までに時間がかかったな。事件関係で、闘技場も「コレ以上行方不明者を出せないぞ」って、用心深くなってるってコトかねぇ?
     またエランが来た。やっぱりこないだのリストは役に立たなかったらしい。アタシも見たけど、載ってなかったしな。
     今度渡したのも、「裏」関係。主だって市政局の税務課に申告できないようなタイプのヤツ。(あくまで今回の捜査のためだけに使うコト、市政局には届け出ないコトって条件付きで渡した)結構量があるんであんまり目を通せてないが、行方不明者とどう関係するんだか。一番関係ありそうなのは、やっぱ人身売買か?
     何にせよ、ようやく捜査が始まったって感じだな。
    赤虎亭日記 19
    »»  2016.03.29.
    朱海さんの話、第20話。
    双月暦519年3月:エランとフォルナ。

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    20.
     双月暦519年 3月5日 雷曜
     今日はシリンを連れてきた。ようやく晴奈と初顔合わせだ。
     晴奈が作った料理にシリンが舌鼓を打ってた。本当に思うが、晴奈は料理がうまくなったもんだ。最近はちゃんと笑顔で接客してくれてるし。
     話の流れで今晩はシリンがウチに泊まるってコトになって、今、下で晴奈と楽しく話してる。片付けもアイツらに任せて、今日はもう寝るとするか。

     双月暦519年 3月6日 土曜
     晴奈がうろたえた様子で戻ってきた。何でも、シリンの試合を観に行って、その対戦相手があのウィアードだったとか。しかもそのウィアードが、抗黒戦争ん時の晴奈のライバルのウィルソンだと。
     ところがウィアード、完全に昔の記憶が無いらしくって、晴奈のコトもさっぱり覚えてないらしい。他人の空似って可能性もあるが、あれはウィルソン本人に間違い無いって晴奈は言い張ってる。
     もし晴奈の言うコトが当たってたら、ウィアードはかつて晴奈と張り合ったウィルバー・ウィルソン僧兵長ってコトだ。そりゃ、強くて当然ってワケだな。

     双月暦519年 3月8日 天曜
     どーしても気になるっつって晴奈が頭抱えてたんで、ウィアードに会ってこいよって言っといた。そしたらフォルナも一緒に行くっつって、二人で出かけてった。
     んで、小鈴と一緒に店で仕事してたら、またエランが来た。今回渡したのは、あのクソッタレのキング一味の関係者からこっそり買った帳簿の一つ。2回も破産してるってのにまだ店が生き残ってるのは変だし、しかも散々エリザリーグに参戦しまくってるのに一度も危害を加えられてない(そりゃ最近は万年最下位だけども)ってのも、相当おかしい。つまり、相当「臭い」ってコトだ。
     しかし今回もチラ見させてもらったけど、キングんトコの台所事情、黒すぎ。露骨にドラッグの名前がつらつら書いてあるし、「荷袋」とだけ書いてるヤツも怪しすぎるぜ。文字通り袋だとしても、ソレがなんで1つ50万とか60万で売れるんだ。「大蛇」並じゃねーか。取引相手は「央北 Dr.O様」って書いてあるが、コレも怪しさ満点。ドクターて。
     ともかくエランに帳簿を渡して、代わりに捜査の進捗状況を聞いた。無論、旅行の線はまったく無し。管理局にも密出国リストにも、それらしいのは無かったそうだ。その他の線も色々洗ってるところだが、やっぱり事件以外の線は薄いらしい。
     話の中身は、概ね予想通り。結局、エランからの話は大して役に立ちそうも無い。

     双月暦519年 3月11日 水曜
     最近、エランが嬉しそうにウチに来る。情報交換以外に目的があるのは明らかだ。ま、どう見てもフォルナと話したいって顔してるけどな。
     小鈴もその辺りはピンと来てたらしく、「あいつらくっつけてみない?」つってきた。なんだかなぁ、そこはかとなくイラっとする。んなコトしてるヒマにお前が誰かとくっつけよって話だよ。
     とは言え、確かに面白い話ではある。日頃ご愛顧いただいてるお客様にサービスしとくのも悪く無い。ソレに、アタシの目から見てもちょっと不憫になるくらい、エランは袖にされてたしな。
     小鈴と計画を練る。明日はフォルナに休んでもらい、一方でエランにこそっと、フォルナがいそうなトコをまとめたメモを渡してやるコトにした。コレで明日はバッチリだろう。

     双月暦519年 3月12日 雷曜
     エランがとんでもないコトになってた。つってもフォルナと付き合うとかそう言う話じゃなく、腕吊ってた。
     なんでもフォルナを拉致して殺そうとするヤツらに出くわしたらしいんで、それを止めようとして揉めて、大ケガしたとか。途中でシリンとフェリオに助けてもらったって話だが、何にせよ、二人とも無事で良かった。
     そう、あとフォルナからこそっと聞いた話じゃ(無論内緒にしててくれとは言われたが)、エランってヘレンさんの息子さんだって。あー、そうだった。忘れてたわマジで。そう言や一回会ってるわ。ヘレンさんが一度ウチに連れて来てた。
     改めて思うが、長いコト店を続けてるもんだね。あんなちっちゃかったエラン坊やが、昔のバートみたいな格好するようになったかー……。そのバートにしても、もう若造って言えない歳になってるワケだし。
     うーん、フクザツな気分だ。もしあの頃に結婚して子供できてたとしたら、アタシにも、フォルナくらいの子供がいてもおかしくないんだよなぁ。つっても相手なんか、コレっぽっちもいやしないんだが。
     相手、……にゃされてなかったけども、そう言やイオタ、元気にしてんのかなぁ。結局店を潰しちまって、その後すぐ、「修行の旅に出る」とか言い出して、どっか行っちまったけども。
     まさか行方不明になってやしないだろうな? いや、実際ドコ行ったか分からんし、行方不明みたいなもんだけども。
    赤虎亭日記 20
    »»  2016.03.30.
    朱海さんの話、第21話。
    双月暦519年5月:伝説の519年上半期エリザリーグ(前編)。

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    21.
     双月暦519年 5月7日 水曜
     やっぱり晴奈はすごかったみたいだな。参戦半年と経たずに、エリザリーグに選出された。勿論、シリンも当選。そしてウィアードも。
     あと、聞いた話じゃ晴奈の先輩、楢崎ってヤツも当選したとか。残るはいつも通り、クソキング。
     今回ばかりは行方不明者が出たりしないと思うが、(出したら今度こそアウトだろうし)この中から出るとすれば、多分シリンか楢崎だろう。晴奈はマジで強くて、手出しなんかしようったってできないだろうし、ウィアードも(晴奈の話が本当なら)晴奈並みに強いから、コイツもさらうのは無理。キングはさらわれるって言うか、むしろさらう側っぽいし。となると、残るはシリンと楢崎になる。
     今日もエランが来てたんで、ジュリアにこの予想を伝えるよう言っておいた。まあ、ジュリアのコトだし、アタシが思いつくコトくらい、とっくに気付いてるだろうが。

     双月暦519年 5月11日 天曜
     エランがジュリアからの返事を持ってきた。
     要約すると「わたしたちの方でも、キングに関しては同じ結論に達してる。でもセイナさんたちが強いからと言って、相手が集団で襲いかかってきても太刀打ちできるとは断言できない。だからキング以外の4人については、同じように警戒してるわ」、だと。
     まあ、言われりゃその通りか。「多勢に無勢」って言葉もあるし。何だかんだ言ってもこっちは素人なんだし、下手な横槍は入れん方がいいか。

     双月暦519年 5月13日 氷曜
     晴奈が朝っぱらからシリンと出かけてった。今日は一緒にトレーニングしようって約束してたらしい。健康的なコトで。
     対照的に、小鈴は昼までぐっすり寝てた。ホントにコイツ、昔から低血圧だなぁ。ほっとくと夕方まで寝っぱなしになりかねないから、今日も起こす。
     晴奈が帰って来たのは日暮れ前。お前ら何時間やってんだよ。コイツらもコイツらだなぁ。当然の如く、シリンも一緒にメシを食っていった。在庫が減る減る。

     双月暦519年 5月15日 雷曜
     フォルナがうんざりした顔をしてた。聞かなくても分かる。エランだな。昨日は店に来て、そのままフォルナを誘ってったからな。また何やかや、めんどくさいデートだったんだろう。顔見りゃどんなだったか分かるよ。
     でもそんなに邪険にしなくてもいいじゃん。相手がいるだけマシじゃん。いないヤツがココにいるんだぞ。

     双月暦519年 5月20日 氷曜
     いよいよ明日から、今季のエリザリーグが開幕だ。と言っても、晴奈の出場は4日後。シリンと対戦だ。
     だからってコトで、今夜は一緒に酒飲んでた。女戦士の友情、ってか?

     双月暦519年 5月21日 水曜
     開店前に、晴奈が楢崎を連れて来た。ご馳走してやりたいんだと。
     作ったのはカツ丼。「勝つぞ」ってゲン担ぎだそうだ。ベタだなぁ。でも実際、アタシの目から見ても美味そうに作ってた。楢崎も大喜び。やるようになったもんだねぇ、晴奈。
     で、今季のエリザリーグ開幕。初日はキング対楢崎。
     言うまでもなく、楢崎に賭けた。そして言うまでもなく、勝利。でもオッズ低すぎて儲けた気分じゃない。
     もしかして、キングは闘技場を脅してんのか? じゃなきゃこんな人気の無いヤツが、何年もエリザリーグに居座ったりしないだろ。

     双月暦519年 5月23日 土曜
     土砂降り。客の入りもかなり悪い。
     晴奈とシリンがいつもみたく朝からトレーニングしようっつって出てったけど、昼前に戻ってきた。だもんで在庫が腐る前に、シリンに片付けてもらった。ラッキー。
     ソレ以外はもう商売になりそうもなかったんで、フォルナや小鈴も交えてだらだら遊んで過ごす。
     途中、フォルナがカード占いやりだして、晴奈に悪い結果が出たらしい。猫耳がぺたっとしょげてた。分かりやすいなぁコイツ。

     双月暦519年 5月24日 風曜
     今日の対戦はシリン対晴奈。めっちゃ悩んだが、昨日のフォルナの占いの結果を信じて、シリンに賭けた。結果は負け。やっぱ当てにならんな、占いなんて。
     終わった後はいつも通り、店で二人並んでメシ食ってた。シリンはあんまり飲まなかったが、晴奈は今日もお銚子3本カラにしてた。
     前々から思ってたが、晴奈、酒強いよなぁ。騒いだり性格変わったりってのは無いし、極めて静かなもんだが、酔い潰れてトイレに籠る、なんてのは一度も見た覚えが無い。むしろシリンがそうなった後、介抱してるのはちょくちょく見るが。
     雪乃なんかお銚子1本開けたら、もう顔真っ赤にしてぐでーってなってたけど。

     双月暦519年 5月27日 氷曜
     今日はウィアード対楢崎。今回は評判通り、ウィアードに賭ける。晴奈にはちょっと悪い気がするが、結果は勝ち。
     そう言や買い出しの途中ピースに会ったが、アイツらも結構な額を賭けてるらしい。ギャンブル系のカネを加えたら法人税が爆上がりになるってのに、堂々と店の売上に計上してるってコトは、ガッチリ勝ってるんだろうな。今回のも、ウィアードに400万も賭けてたっつってたし。ウィアードのオッズが1.09だったから、80万近く勝ったってコトか。法人税分を抜いても30万弱の儲けになるワケだ。
     しかも今んトコ全勝してるっつってたし、今まで同じように賭けてたとしたら、もう500万以上勝ってるコトになる。ウチの年収とほぼ同額か。マジかよ。
     コッチも負けてられ、……いやいやいやいや、対抗すんな自分。店のカネ使ったらダメだ。もし負けたらとんでもないコトになる。勝ったとしても、もし市政局にバレたら税金がヤバいコトになるし。
     アタシはアタシ、手堅く自分のカネで賭けよう。
    赤虎亭日記 21
    »»  2016.03.31.
    朱海さんの話、第22話。
    双月暦519年5月と6月:伝説の519年上半期エリザリーグ(後編)。

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    22.
     双月暦519年 5月28日 水曜
     フォルナから「楢崎の顔ができそこないの揚げ物みたいにボッコボコだった」と聞いて、晴奈が見舞いの弁当を作って持ってった。揚げ物て。フォルナの言い方も大概だが、よっぽど昨日のウィアード戦は激しかったらしいな。
     にしても、最近の晴奈は楽しそうに料理するようになったなぁ。腕も手際も随分良くなったし。目覚めたかな、料理に。もし剣士やめても、コッチで食ってけそうだ。ま、ソレは無いだろうが。

     双月暦519年 5月30日 土曜
     はっは、バカみてえ。シリン対キング戦、あんまりにもキングに票が集まら無さすぎて、お流れになった。結果は言うまでも無し。シリンの勝ち。
     で、いつも通り店で晴奈とメシ。シリン、今日はかなり飲んでた。で、予想通り潰れてウチに泊まるコトに。妙にがぶ飲みしてんなーと思ってたが、フォルナからシリンの試合前に、クソキングがまたろくでもないちょっかい出してたって話を聞いて納得。シリン、そーゆーのに弱いもんなぁ。
     今月の収支はプラス80万。例年並み。

     双月暦519年 6月3日 火曜
     今日は晴奈対楢崎戦。勿論晴奈に賭ける。で、勿論勝ち。今日は鉄板と思ってたんで、アタシの貯金全部つぎ込んだ。おかげで400万以上になって戻ってきた。うへへ、笑いが止まんねえ。
     ただ、晴奈が帰って来るなり、ぱたっと倒れて寝込んじまった。「疲れすぎて体が言うことを聞かぬ」だとさ。アタシが思ってたより、苦戦したらしい。
     今回の賭け、実は結構リスクでかかったのか? 晴奈の寝顔を見てたら、ちょっと冷汗かいた。勝ってくれて良かったぜ、マジで。

     双月暦519年 6月4日 氷曜
     とうとうウィアードがウチに来た。晴奈の見舞いだと。
     見た感じ、ふつーにドコにでもいそうな「狼」のにーちゃんって感じだった。評判とは全然違うなぁ。ただ、確かに腕とか服越しに見えてる筋肉はスゴかった。楢崎もマッチョな方だったが、コイツも相当だ。
     しばらくしてシリンとエランとフェリオも来た。ご大層だなぁ、たかが筋肉痛でこんなに見舞いが来るなんて。
     その後は当然と言うか、全員でメシ食べて帰ってった。

     双月暦519年 6月6日 雷曜
     今日はシリン対ウィアード。シリンに賭けたが、結果は負け。しかも聞いた話じゃ、秒殺されたらしい。おいおいシリン、もっと頑張れよぉ。
     で、フェリオと一緒にウチに来て、酒飲んで潰れた。フェリオも災難だな。晴奈のファンだっつってんのに、シリンに絡まれてヤケ酒に付き合って、しかもゲロの始末までさせられて。

     双月暦519年 6月9日 天曜
     今日は晴奈対キング。今回は賭けてない。どうせ今回、賭けは成立しないだろうし。
     後で聞いたら、やっぱ予想通り賭けはお流れ。晴奈が圧勝。先週、筋肉痛でうんうんうなってたのが嘘みたいに、平然と帰って来て、後はふつーに店番してた。
     後はエランが来て、いつも通り情報渡したくらい。エリザリーグ中だっつーのに、何もなさすぎな一日だった。

     双月暦519年 6月12日 水曜
     今日はシリン対楢崎。シリンに賭けたが、結果は負け。あ、先週と全く同じコト書いてる。って言うか今回のシリン、1勝3敗か? ズタボロじゃないか。
     勝った楢崎にしても、今回は2勝2敗で優勝は消えた。クラウンは論外。3日後のウィアード戦でも間違い無く負けるだろう。
     となると優勝争いは、晴奈かウィアードか。うーん、どっちかなぁ。迷うぜ。ピースにでも聞いてみようかなぁ。
     今コレ書いてる最中、シリンがトイレで吐く声が聞こえてる。またかよ。気持ちは分かるけども、お前ちょっとは学習しろっての。酒強くないんだから飲み過ぎんなって。
     あ、なんかフェリオが来たっぽい。最近、すっかりシリンの彼氏っぽくなってるよな、アイツ。めんどくさいから介抱させるとするか。せめて水くらいは持ってってやろう。

     双月暦519年 6月15日 風曜
     今日はウィアード対キング戦。やっぱり賭けはお流れ。だよなー。そしてウィアードがキングを瞬殺。だよなー。もう聞く前から予想できちまってるっての。
     そう言や晴奈から、ウィアードに子供できたって聞いたなぁ。マジかよ。なーんかアタシの周りのヤツ、どんどん結婚してどんどん子供作ってんじゃん。また取り残されるのか……せつねぇ。

     双月暦519年 6月18日 氷曜
     今日はエリザリーグ最終日。大一番、晴奈対ウィアード。勿論、晴奈に賭けた。
     が、結果は負け。ピースによれば、最後の最後まで対等に競り合ってて、すげー惜しかったんだそうだ。
     ま、おつかれさん、ってトコだな。何だかんだ言って、初出場で2位になったんだし、十分にすごい。
     今は楢崎とシリンと一緒に出ててまだ戻らないが、帰って来たら盛大に祝ってやろう。



     ふざけんな ふざけんな ふざけんな ふざけんな ふざけんなーッ!!!!!!
     またかよ! いい加減にしろよ! ジュリア、お前何やってんだよ! マジでよぉ!?
     ウィアードが殺されただと!? しかもあの超絶最低クズのクソキングに!? その上逃がした!? 寝ぼけてんのか!?
     おかげで晴奈も小鈴もフォルナも、全員、帰って来てからうつむきっぱなしで一っ言もしゃべんねーじゃねーか! なんで、こんな悲しいコトに、おかしいだろ、なんで、クソッタレが……
    (以下、怒りに任せて書かれたであろう文章が、ぐちゃぐちゃと続いている……)
    赤虎亭日記 22
    »»  2016.04.03.
    朱海さんの話、第23話。
    双月暦519年7月:見習い店員、ビートとアズサ。

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    23.
     双月暦519年 7月1日 火曜
     晴奈たちが市国を発った。向かうは央北、ウィアードを殺したキングと、その取引相手の行方を追って、と聞いてる。
     とうとうヘレンさんが、期限付きながらも闘技場の閉鎖を発表した。流石に今回の事件は、ひどすぎたからな。
     もうキングは市国にいないとは言え、キングと取引してたヤツは捕まってないって話だし、キング抜きで誘拐される可能性もある。その可能性が残ってる以上、闘技場を開くコトはできない。ソレが理由だそうだ。
     ピースたちみたいな、闘技場関係で商売してるヤツらは痛手だって言ってたが、仕方無いだろ? 人死にを出してまでする商売じゃないはずだ。
     とは言え、期限付きなんだ。今回の事件がきちっと解決しさえすりゃ、また闘技場は再開されるさ、きっと。ソレまで待ってりゃいい。いつになるかは分からないけどな。
     願わくば、さっさと晴奈たちが犯人をこてんぱんに叩きのめして解決して、無事に帰って来てくれますように。

     双月暦519年 7月5日 土曜
     ろくに事情も分かってないボケが、新聞の投書欄で闘技場の再開を訴えてる。腹立つ。
     ピースたちは「この機会に、闘技場の歴史編纂をしようと思ってる」っつって、資料集めを始めた。うまくまとまれば書籍化して、今みたいに闘技場が動かない時にも商品を出して、儲けられるようにしたいんだと。
     事件の関係だし、嫌な形でだけど、ウィアードの奥さんのシルビアと知り合いになった。晴奈から助けてやってくれと言われてるし、相当悲しんでるだろうから、「メシ関係なら力になってやれるよ」と言っといた。
     まあ、アタシは「ご飯食べに来いよ」ってニュアンスで言ったつもりだったんだが、そしたらシルビアんトコの養子の、アズサとビートって子が「料理を習いたい」って言ってきた。元々、シルビアが妊娠して体調崩してた時から料理係になってたらしいが、「美味しい料理を作ってお母さんを笑顔にさせたい」っつって頼み込んできた。
     うう、泣かせる話だ。情にほだされて、「明日から来な」って言っちまった。見た感じ、どっちもまだ10代はじめって感じだが、大丈夫かなぁ……。

     双月暦519年 7月6日 風曜
     アズサに関しては全然心配いらなかった。大人びてるなーとは思ってたが、普通に料理もできるし接客もこなせてる。ちっちゃいフォルナって感じ。
     ビートも料理はまずまず。ただ、人見知りなのか緊張してるのか、客にはたどたどしかった。ま、慣れかなぁ。
     齢を聞いたところ、アズサは12歳、ビートは10歳。あんまり幼い子を遅くまで店で使うのもなんだし、二人とも夕方5時には上がらせるコトにした。
     新聞で、ヘレンさんが「絶対に再開は無い」って言ってた。昨日の投書とかも影響してるだろうし、財団内でも色々言われてるんだろうな。
     だけど、アタシもヘレンさんに賛成。新聞覗き見してたアズサも、賛成っつってた。

     双月暦519年 7月9日 氷曜
     ウィアードが死んでから半月以上経ったが、やっぱりまだ、アズサたちの雰囲気は明るくない。そりゃ客が来たら笑顔で応対してるし、アタシと話してる時も笑っちゃいるが、ビートがトイレで泣いてんのを聞いた。アズサもふとした瞬間、寂しそうな顔をしてるのを見たコトが何度かある。
     何とかしてやりたいなーとは思うんだが、今のところ、アタシには料理を教えるコトくらいしかできん。歯がゆい。

     双月暦519年 7月15日 火曜
     やっぱりメシ関係でしか喜ばせられないし、今日アズサたちが上がる時に、豚肉の良さそうなトコを持たせてやろうとした。「コレで美味い飯を作ってお母さんに食わせてやれよ」ってな。
     だけどうっかりしてた。「今、お母さん食欲無いの。つわりだって」って返された。しまった、そうだった。ただ、渡すって決めたものだし、そんなら返せとは言い辛い。って言うか言えるワケ無いだろ。「じゃ、お前らで食いな」っつって、無理無理渡した。
     せめてアズサたちだけでも喜んでくれれば、と言い訳してみる。

     双月暦519年 7月16日 氷曜
     アズサから夕べの話を聞いた。「最初、お母さんも食欲無さそうにしてたけど、あたしたちの料理を見て『美味しそうね』って言って食べてくれた」って話だった。
     ちょっとほっとした。もしかしたらアタシに気を遣った嘘かも知れんが。
    赤虎亭日記 23
    »»  2016.04.04.
    朱海さんの話、第24話。
    双月暦519年8月:金火狐総帥弾劾動議。

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    24.
     双月暦519年 8月1日 水曜
     小鈴から手紙が来た。央北に着いたそうだ。
     評判通り、辺りの雰囲気は物々しいらしい。そこかしこで役人やら軍人やらが小競り合いしてるんだとか。やっぱ国って言うか、地域性が違うなぁ。市国にゃそもそも、軍隊自体が無いし。

     双月暦519年 8月4日 風曜
     アズサから、シルビアの体調が良くなってきたと聞かされた。食欲も出てきたらしい。よし、コレで気兼ねなく食料が渡せる。
     と言うわけで、今日はマグロのめっちゃ美味いトコを短冊でくれてやった。喜んでくれるといいが。

     双月暦519年 8月9日 雷曜
     小鈴から手紙。情報収集と捜査チームの全滅を防ぐために、3人ずつの3班に分かれて別行動を執ってるらしい。小鈴の班は央北の西海岸線を南下する形で進んでるそうだ。
     ちなみに小鈴の班にはジュリアと、後は楢崎がいるらしい。オトナチームって感じだな。

     双月暦519年 8月10日 土曜
     ヘレンさんがヤバげだ。闘技場閉鎖が不当、越権行為だってコトで、財団の監査局から弾劾動議をかけられたらしい。
     新聞によれば元々、闘技場ってのが財団の管轄じゃなく、市国の一商会でしかないにもかかわらず、直接的な関係の無い財団総帥が閉鎖を命じるのはおかしいだろ、ってのが監査局の主張だそうだ。
     アタシからすれば監査局がそんなコト言い出すのも関係無いだろと思うんだが。詳しく聞いてみたいトコだけど、今はジュリアもエランもいないしなぁ。

     双月暦519年 8月11日 風曜
     相変わらず新聞でしか、ヘレンさん弾劾についての情報が入ってこない。もどかしい。
     何でも、動議のきっかけは金火狐商会からの提案で、「闘技場閉鎖は市国経済に悪影響があるし、市民も快く思っていないだろうし。総帥は市民からの信頼を失っている。だから辞めるべきだ」って主張してるらしい。
     ふざけんな。死人まで出して闘技場を続けるのが市民の意見だとでも思ってんのか、商会長さんはよ?

     双月暦519年 8月13日 火曜
     先週の商会長の意見が、早速新聞で総叩きに遭ってる。ははは、バーカ。
     一面から社会面から投書欄から、全部に非難の声が撒き散らされてた。大体意見は一緒で、「勝手に市民の声を語んなバカ野郎」って感じだった。
     あと、弾劾動議の決を取るのは今度の土曜らしい。ソレまではこの騒動も続くだろう。ヘレンさんには何が何でも勝って欲しい。今後の取引とかも重要だけども、アタシ個人はヘレンさんが信用、信頼に値する人だって知ってるからな。あの人が総帥じゃなきゃ、ソレこそ市国はおかしくなっちまうだろう。

     双月暦519年 8月14日 氷曜
     街のあっちこっちで、今度の動議で商会長側に反対するよう幹部に求めようって署名が行われてた。
     傍目に見てて思うが、今回は商会長さん、早まったコトをしたんじゃないだろうか。誰だか知らんが。
     ただ、(相変わらず新聞からの情報だけど。情報屋の名折れだぜ、クソ)今度の動議、少なくとも監査局長は商会長側に付くだろうって線が濃厚らしい。何でも、今の監査局長は総帥選挙でヘレンさんとやり合ったコトがあって、今でもヘレンさんのコトを快く思ってないらしいんだと。
     となると結構ヤバいかも。最高幹部ってヘレンさん除いたら5名じゃん。2名賛成ってなったら、あと1人抱えられたら終わりだ。

     双月暦519年 8月17日 土曜
     たった今、号外を受け取った。ヘレンさんが勝ったらしい。嬉しいから記事貼っとこ。
    「総帥弾劾動議 商会長側の請求否決

     本日15時に行われた、金火狐財団総帥ヘレン・トーナ・ゴールドマン氏に対する弾劾動議は、反対多数により否決されたと監査局広報課より発表された。
     今回の動議は金火狐商会長より、総帥が市政局を通じて行った九尾闘技場の業務停止命令が財団総帥としての越権行為に当たるとして請求された。しかし財団最高幹部による協議の結果、賛成票2、反対票3で否決された。反対票を投じた市政局長、公安局長、入出国管理局長らは『当命令は市国および市民の安全を考えた措置であり、それを脅かす、もしくはその幇助をするような市国内の商会、企業に対して停止命令を下す事は、市国の全権を担う総帥として正当性がある行為である』と主張している。
     この決定に対し、金火狐商会長は再審を請求しないとコメントした」


     双月暦519年 8月18日 風曜
     騒動を起こして市民からの怒りを買ったってコトで、商会長が責任を取って辞めるって話になったらしい。
     自業自得だな。店に来てた客も同じコト言ってたし、コレこそ「市民の声」だ。何にせよ、ヘレンさんが辞めずに済んで良かった。
    赤虎亭日記 24
    »»  2016.04.05.
    朱海さんの話、第25話。
    双月暦519年10月:孤児院の先生探し。

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    25.
     双月暦519年 10月7日 風曜
     小鈴から手紙。ただし今回は郵便じゃなく、財団からの経由。今はサウストレードって街にいるらしい。
     何でも、向こうで敵組織の(話がデカくなってんなぁ)捕虜が一杯出たらしいんで、財団の顔が利くトコに移送する関係で、捜査チームもそっちに移ったとか。
     ただ、もらった手紙は半分近く真っ黒に塗り潰されてた。どうやら検閲されたらしい。ま、アイツが帰って来てから、どんな大冒険だったか直に聞かせてもらうとするか。

     双月暦519年 10月10日 氷曜
     1ヶ月ぶりくらいにシルビアと会った。大分お腹が大きくなってきたなぁ。
     今日会ってきたのは、アズサとビートについて話すためだ。確かに店を手伝ってくれるのは嬉しいし助かるんだが、ずっとウチに入り浸っててもあんまりタメにならんだろ、と思ったんで、ソコら辺を話し合った。
     シルビアの方でも同じコトを考えてたらしく、元々料理を教えるってコトで来てもらってたんだし、とりあえず今年末で終わりにしとこうってコトで、話がまとまった。
     ちなみにシルビア、ウィアードが遺したカネを使って孤児院を建てようって考えてるらしい。ソレに合わせて、勉強もできるように教科書とか黒板とか、色々整えようとしてるとか。
     で、シルビアからの話としては、今んトコは準備だけしとくって話だけど、誰か先生になってくれる人はいないか、来年までに探して欲しい、と。
     また人探しかー。アタシの領分じゃないんだってば。まあいいけど。

     双月暦519年 10月14日 風曜
     マウロにお願いしてた先生探し、とりあえず良さそうなのが2、3人見つかったんで、シルビアに伝えといた。その中で面接してみたいのがいるって言ってたんで、連絡先を教えといた。
     店に戻ってすぐ、アズサから「どんな先生だった?」って聞かれた。内緒にしてたはずなんだけどな……? アイツ、すげー勘いいなぁ。ソレともまさか、情報入れてる金庫ん中覗いたとか? いや、でも鍵かけてるしなぁ。

     双月暦519年 10月17日 水曜
     アズサ経由で、シルビアから「良い先生が見つかった」と連絡があった。すんなり決まって良かった。
     ちなみにアズサ本人から聞いた感じでは、結構優しそうで、のんきそうな感じだったって。「お母さんもおっとりしたタイプだから気が合いそう」っつってた。

     双月暦519年 10月19日 土曜
     サウストレードにいる小鈴たちに動きがあったらしい。敵の襲撃を受けたとか何とか。ただ、やっぱりと言うか、詳しいコトは教えてくれなかった。
     こう言う時、アタシが魔術使えたらなぁ。こそっと小鈴に連絡取れたりできるんだろうけども。

     双月暦519年 10月22日 火曜
     ビートから、「もっと色々教えて欲しい」ってお願いされた。詳しく聞いてみると、将来料理人になりたいから、「年末で終わり」じゃなく、来年以降もずっとウチに来たいんだと。
     うーん……。お手本にしてくれるってのは嬉しいけども、そーゆーのはアタシの一存だけで「いいぜ」って言えないし。ソコら辺はシルビアと相談しなきゃな。明日は午前休業にするか。

     双月暦519年 10月23日 氷曜
     シルビアのトコに、ビートのコトで相談しに行く。
     そしたら丁度、孤児院で先生をやるって予定の人と会った。短耳で、名前はエスティナ・ランクス。もう子供たちは懐いてるみたいで、「エスタ先生」って呼んでた。聞いた話じゃ、元々は央中天帝教の教会で牧師やってたけど、色々理由があって追い出されちまったらしい。
     って、シルビアは央北天帝教のシスターなんだぞ? 宗派が違うのにいいのか? ……っと思ってたが、神学を教えるワケじゃないから問題無いんだとさ。大らかだなぁ。
     で、エスタの話を聞いたところで、今度は彼女も交えてビートの話に入る。と言っても割とすぐ話は着いた。結論としては、「勉強と平行して料理ができないワケじゃないんだし」ってコトで、ビートだけもうしばらく続けるコトになった。
     アタシとしても、手助けしてくれるヤツがいるんならありがたい。そんなワケでもうちょいよろしくな、ビート。
    赤虎亭日記 25
    »»  2016.04.06.
    朱海さんの話、第26話。
    双月暦519年12月:店員の入れ替わり。

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    26.
     双月暦519年 12月18日 天曜
     よーーーーーっやく、晴奈たちが戻ってきた。
     と思ったら晴奈と小鈴はすぐ出港。カネも十分財団からもらったらしいし、本来の目的、つまりヒノカミ追跡に戻るんで、すぐ北方に渡るんだとさ。
     で、フォルナは市国に留まるコトになった。とは言え前の通りアタシの店で、とは行かず。ヘレンさんの口添えで、公安局に務めるコトになったそうだ。まだ17歳だってのに、大出世だな。(お姫様が公安職員になるのが出世かどうかは分からんが)
     んでもって、シリンはすっかりフェリオと相思相愛になったらしく、アイツのために料理を作れるようになりたいっつって、もっぺんウチで働きたいって頼み込んで来た。ま、こっちとしてもアズサは今年いっぱいで終わりの予定だし、ビートだけじゃ間違い無く手が回らなくなるだろうから、この申し出はありがたい。再採用、即決。
     コレで来年も、どーにか安定経営できるな。ほっとしたぜ。

     双月暦519年 12月20日 氷曜
     前回雇った時とは違い、今回はシリンに積極的に、料理を教えてる。
     しかし前回同様、やっぱコイツ、ポンコツだなぁ。まるで成長してない。ビートの方がまだ上手い。
     ま、ボレロや晴奈の時みたいに、辛抱強く教えるとするか。

     双月暦519年 12月22日 雷曜
     しばらくぶりに、公安局からの情報交換。エランに替わって、今回からフォルナが役目を引き継いだらしい。
     つっても今のところ、大きな事件を追う予定は無いらしい。しばらくは総帥の事業計画の手助け半分、新しい事件を未然に防ぐのを半分で動くつもりなんだとか。
     とりあえず今日は、職員としての顔合わせ。ついでに今の赤虎亭メンバーとも顔合わせ。ま、全員知り合いなんだけどもな。

     双月暦519年 12月24日 風曜
     笑える。ビートがシリンに料理を教えてた。シリンもシリンで、素直に言うコト聞いてるし。ま、シリンは頭ん中コドモみたいなもんだし、馬が合うのかねぇ。
     午後はヒマが空いたんで、試しにアズサたち二人と一緒に、シリンの料理を食ってみる。結果はイマイチ。ギリギリ食えなくは無いが、店で出せるようなもんでも無い。
     で、メシの後はアズサから指導されてた。コレでちょっとは上手くなってくれれば、……なーんて無理か。あのぶきっちょが一回や二回教わったくらいで、すぐ上達しやしないっての。

     双月暦519年 12月25日 天曜
     今日はシリンと二人で店番。
     アズサとビートが休みだって言うのに、シルビアと兄弟たちと、エスタ先生を連れてやって来た。もうすぐアズサが辞めるから、最後に一回、ウチでメシを出してやりたいんだとさ。
     普通なら迷惑だっつって断るトコなんだが、アズサもソコら辺の都合を把握してるらしく、丁度ヒマな時間帯を狙って店に来た。カネもちゃんと払うって話だし、客だってんなら断る理由が無い。シルビアたちに出すメニューは全部、あの二人に任せるコトにした。
     その間、傍で様子を見てたが、やっぱりアズサは手際がいい。ビート一人だとまごつくコトが多々あるが、アズサが上手いコト指示を出して、ビートを動かしてた。ちなみに、シルビアたちに出すついでに、アタシとシリンの分も用意してた。ってワケで一緒にご相伴したが、文句無しに美味い。
     もうアタシの指導いらないんじゃないか? とまで思ったが、ビートが本当に料理人目指すってコトなら、イオタの時みたいに、経営の方もみっちり教えといた方がいいだろうな。いや、下手するとアズサで事足りそうな気がするが。コイツら一緒に店やったらいいじゃん。マジで。
     そう言やシルビア、もう随分お腹大きくなってたな。アズサに聞いたら、もう再来週には産まれるだろうって話だった。ウィアードのコトは本当に残念だったけど、その子供が無事に産まれるってんなら、アイツもあの世で安心するだろう。
     アタシはあんまり面識無かったが、ロウ・ウィアード。折角天帝教の神様の名前が付いてんだから、死んだ後でも守ってやれよ、お前の家族を。
    赤虎亭日記 26
    »»  2016.04.07.
    朱海さんの話、第27話。
    双月暦520年5月:シリンとフェリオ。

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    27.
     双月暦520年 5月18日 水曜
     なーんか朝から、シリンの顔色が悪い。聞いてみたら、やっぱり気分が悪いんだと。夕べ飲み過ぎたかと茶化してみたが、そんな話でも無いらしい。
     どうもココんトコ、ずーっとムカムカしてるんだとか。レモンかじったら多少は気が紛れるらしいんで、2個くらい丸かじりさせた。食い過ぎだろ。
     そしたら、様子を観てたビートが一言。「シリン姉ちゃん、赤ちゃんできたんじゃない?」
     直後に大パニックだよ。まさに爆弾投下だよ。シリンは顔真っ赤にして「うそっ!?」って叫ぶし。お前が叫ぶと店が揺れるんだよ。客も目ぇ丸くしてたよ。
     ただ、マジで子供できたかもって話なら、早いトコ医者に見せなきゃならん。今日はシリンを早上がりさせて、さっさと病院に行かせた。詳しいコトは明日聞こう。

     双月暦520年 5月19日 雷曜
     ビートの勘、的中。シリンの妊娠が発覚。2ヶ月だそうだ。こりゃめでたいね。
     しかし、となると色々不安が起こる。まずエリザリーグだ。折角、再開後初出場が決まってたってのに、コレじゃ欠場は確実だ。シリンの出場が無いとなると、シリン関係の情報も売れん。となると例年に比べて、5月と6月の収入は激減だな。
     あーあ、折角キングが消えて、ようやくまともな試合になるってのに。いや、おめでたい話だし、こんな愚痴は言わんでおくとするか。
     もう一つ心配事としては、産休取らせなきゃなってコトだ。今2ヶ月だとすると、産まれるのは12月か、来年1月かって辺りになるワケだ。となると休ませるのは、10月辺りからか? 年末は書き入れ時なのになぁ。
     あ、そう考えたら下半期のエリザリーグも無理じゃん。うわぁ、今年の儲けは少なそうだ。

     双月暦520年 5月20日 土曜
     フェリオがやって来て、「結婚したいんで、店を借りてもいいっスか!?」って頼み込んできた。何言ってんだお前。
     よーく話を聞いてみると、結婚式自体は勿論、教会でやるが、その後の披露宴を、ウチでやりたいってコトだった。ウチはそーゆー予約受け付けてない。……って撥ね付けるのもあんまりだよな。可愛いウチの店員のコトだし。
     そう思って許可した。ちなみに式は来月の2日、再来週の天曜だそうだ。

     双月暦520年 5月21日 風曜
     今季のエリザリーグ開幕。しかし完璧にやる気を削がれた。客たちも同様って面して、開会式にも1回戦の観戦にも行かず、ぼんやりカウンターに並んでやがる。そりゃそうだよな、花形のシリンが欠場だってんじゃなぁ。
     一応シリン以外の情報を仕入れてはみたが、明らかにどれも、誰でも集められるぜって内容ばっかりだった。予想通り、ほとんど売れねぇ。ははは、もう諦めた。

     双月暦520年 5月24日 氷曜
     エリザリーグの熱狂もどこ吹く風、ウチは来週の結婚式に向けて、大忙しで準備中。アズサも一時的に呼び戻して、4人で料理のコースを決める。
     そう言や今季のエリザリーグ、かなり進行がメチャクチャになってるらしい。シリンが直前で抜けたせいで1枠空いたのを、無理矢理ニコルリーグから引っ張ってきたせいで、選手の調整も何もあったもんじゃなかったそうだ。
     おかげでその出場選手、今日の試合で完全にノックアウトされちまって、今は医務室のベッドでノビたまんま、まだ意識が戻らないって話だ。災難だなぁ。

     双月暦520年 5月27日 土曜
     買い出しの途中、ピースが頭抱えてんのを見付けた。一瞬、すげー恨めしそうな目でにらまれたけど、シリンの欠場はアタシのせいじゃないっつの。
     まあ、ピースだけじゃなく、今季の闘技場関連で商売してるヤツらはみんな、大混乱してるらしい。その原因はシリンの欠場だけじゃなく、キングがいなくなったせいで賭け関連を仕切ってるヤツがいなくなっちまって、払い戻しが滞ったり、ヤミ賭博が横行したりしてるらしい。
     ピースも賭け金が戻って来てないクチで、「まさかキングがいなくなって、こんな影響が出るなんてね」っつって、すっかり疲れた顔してた。
     ウラにはウラのまとめ役が必要、ってコトか。いやでも、クソキングのコトを「必要悪」だとか、絶対思いたくないな。エイトやウィアードの恨みもあるし。
    赤虎亭日記 27
    »»  2016.04.10.
    朱海さんの話、第28話。
    双月暦520年6月:シリンの結婚と成長。

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    28.
     双月暦520年 6月2日 天曜
     今日はシリンとフェリオの結婚式。まずは教会で夫婦の誓いを見届ける。見届人はシリンの雇い主のアタシと、フェリオの上司のジュリア。滞り無く済んだのを確認して、アタシの店に移動。披露宴の開始だ。
     ただ、明らかに呼んでた人数より多い。どうやらうわさを聞きつけたシリンのファンが、かなり紛れ込んでたらしい。一応カネは事前にシリンたちから受け取ってるが、途中でメシが足りなくなり、慌てて作り足す。考えたくないが、どう考えても赤字だコレ。
     ま、何にせよ披露宴の方も、大きなトラブル無く終了。シリンは大泣きしてた。「アケミざあああん、ホンマにありがどおおおおっ」っつって、アタシに礼を言ってくれた。
     実を言うとアタシも泣いた。
     感動しただけじゃなくて、今日の赤字のコトを考えると、……なぁ。

     双月暦520年 6月3日 火曜
     ほっとした。昨日タダ飯食らってったファンの連中が、「迷惑料とご祝儀だ」っつって、結構な額を持ってきた。言葉通り、半分はシリンたちに祝儀としてくれてやり、残り半分は昨日の代金として帳簿に付けた。あー良かった。何とか赤字は免れたぜ。
     ちなみに今日のエリザリーグも大混乱。試合自体はどうにか終わったって話だが、賭け金が未だに払われてないらしく、闘技場に文句言うヤツらが続々現れて、暴動寸前になったらしい。
     こんな騒ぎがまだ続くようなら、また閉鎖されてもおかしくないよなぁ……。

     双月暦520年 6月6日 雷曜
     公安がどうにか賭けの胴元を捕まえて、払い戻しをさせたらしい。ただ、集めたカネは既に半分以上使い込まれてて、未だ受け取ってないヤツも大勢いるとか。当然、今日の試合分も未払い。賭けが反故になるってんじゃ、エリザリーグの盛り上がりもイマイチだろうなぁ。
     丁度今日はフォルナが店に来る日だったんで、その辺りの状況を聞いてみたが、ヘレンさんも頭抱えてるそうだ。だろうなー。
     とりあえず対策としては、次回までに金火狐商会の下で、まともな胴元を用意するかって案が出てるらしい。ただ、ヘレンさんとしては、少なくとも自分が総帥の間はクリーン路線で行きたいから、あんまりそう言うのを財団関連の商会として作りたくないとも言ってたとか。
     理想と現実の板挟みかぁ。辛いトコだな。

     双月暦520年 6月10日 火曜
     今季のエリザリーグは完全に空回りだな。新聞すら、試合結果より賭け金問題で騒いでる始末だ。
     いや、もっと大きな記事が載ってるな。央中中西部のミッドランドで、人がバタバタ倒れてるって騒ぎが起きてるらしい。しかもその周りでモンスターが出たとか。なーんだそりゃ、エリザリーグが振るわなかったんで、話題作りに与太話かよ?
     ……と思って読んでたが、どうもマジらしい。ミッドランド周辺の船は全便欠航になっちまってるそうだ。こりゃまた、ヘレンさんが頭抱えちまうな。ミッドランドも市国同様、央中経済の重要地点だもんな。

     双月暦520年 6月14日 土曜
     新聞記事の割合が、エリザリーグよりミッドランドの方が多めになってきた。まあそりゃそうだよな、イマイチ盛り上がってない今季の話より、央中経済にダイレクトに打撃を与えてるモンスター騒ぎの方が大事だもんな。
     となるともしかしたら、ヘレンさんは調べようとするかもな。このまま市国の経済にまで影響したら大変だし。一応アタシの方でも、情報を集めとくとするか。

     双月暦520年 6月16日 天曜
     予想してた通り、フォルナがミッドランド方面についての情報を買いに来た。集めといて正解だったな。
     と言ってもまだ集め始めたばっかりだし、大したモノは無し。また今度来る時までに、もっといい情報を揃えとくって言っといた。
     で、フォルナが帰ろうとするところで、シリンが「味見してってー」と引き止める。顔こそニコニコ笑ってたが、明らかにフォルナ、断ろうとしてたな。ソレでもシリンが折れないんで、フォルナも仕方無く着席。
     だが、シリンの料理を一口食べた途端、フォルナは目を丸くしてた。マズいと思ってただろ、ところがどっこいだ。成長してんだよ、シリンだって。育ってんのは腹ん中の子供だけじゃないってコトだ。
     まあ、まだまだって域ではあるけどな。
    赤虎亭日記 28
    »»  2016.04.11.
    朱海さんの話、第29話。
    双月暦520年7月と8月:中央大陸の二大事件。

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    29.
     双月暦520年 7月20日 氷曜
     ミッドランド方面も大騒ぎだが、央北もなかなかヤバいらしい。あの日上が、大軍を率いて攻め込んで来たとか。残念ながら、晴奈は追いつけなかったみたいだな。

     双月暦520年 7月22日 雷曜
     最近、フォルナが来る頻度が増えてきた。去年のエリザリーグ前みたく、また天曜と雷曜の週2になってる。
     今日来たのも、ミッドランド関係。ただ、残念ながら新しい情報は無し。今や完全に交通がストップしちまってるせいで、あの島に行くヤツも、島から戻ってきたヤツもいなくなっちまったらしい。

     双月暦520年 7月26日 火曜
     いよいよ中央政府がヤバいみたいだ。日上軍が央北北側の街道一帯を占拠しちまったらしい。対する中央政府は完全に逃げ腰、片っ端から撤退しまくってるんだとか。
     新聞の経済欄じゃ、クラムの価値が先月の10分の1になったって騒いでる。ミッドランドの騒動でエル相場もガタ落ちらしいし、こりゃ世界同時不況ってヤツか? 怖えぇなー。

     双月暦520年 7月30日 土曜
     ついに日上がやっちまったらしい。中央政府が陥落したそうだ。市国でも中央政府崩壊の話題で持ち切り。今日は一日中、その話しかしなかった気がするぜ。
     あ、でもシリンはやっぱシリンだった。相も変わらず、「うちのダーリンちゃんが」っつって、ちょっとばかしうざかった。うっせぇ、コッチは独り身だっつーの!
     今月の収益は一応、60万ちょい。でも今は市場が混乱しっぱなしだからなぁ。下手すると明日にはゴミと化しててもおかしくないし。怖いわーホント。

     双月暦520年 8月1日 風曜
     日上から声明があったらしい。新聞によると、自分が倒した中央政府の全権をそのまんま引き継いで、自分のモノにしちまったとか。新しい中央政府は「ヘブン」と名付けたとか。すげーセンスしてんな。
     ま、そのせいかクラムは下げ止まったっぽい。アタシの貯金も店の資金も、コレ以上の価値暴落を起こさずに済んだワケだ。後はミッドランドの情況が落ち着けば、だが。

     双月暦520年 8月5日 水曜
     ジュリアたちのチームのミッドランド行きは、十中八九確実だろう。ココで情報集めてるだけじゃ埒が明かないもんな。ソレにシリンからも、フェリオがそう言ってたって又聞きしてるし。
     シリンが不安がってるのが、目に見える。「新婚ホヤホヤやのに、なんでダーリンちゃんがミッドランドなんか行かなアカンの?」って言いたげなのが、丸分かりだ。
     気持ちは分からんでもないが、ミッドランドの交通が止まったままじゃ、いずれ市国にも悪影響が出る。そうなりゃヘレンさんにとっても痛手だし、コレ以上事態が悪化する前に対処しなきゃいけないワケだ。
     ……なーんて言って分かるかなぁ、コイツに。

     双月暦520年 8月9日 天曜
     フォルナから、ジュリアたちのチームがミッドランドに向かうコトを伝えられた。やっぱそうだよなぁ。
     予定では1ヶ月の滞在になるらしい。その間、シリンが寂しがるだろうし、腹も出てきてるから、色々不便だろう。そう思ってたら、「シルビアにお願いして、しばらく一緒に住ませてもらうようにした」とシリンから伝えられた。
     ああ、なら大丈夫だな。シルビアんトコならアタシなんかより、よっぽど手厚く助けてくれるさ。

     双月暦520年 8月11日 氷曜
     ジュリアたちが市国を発った。今日のシリンはめっちゃ落ち込んでた。客にまで心配されてたし。
     仕事上がりの時なんか、先にビートが上がって帰ってったってのに、そのビートが心配して迎えに来る始末だ。本当にコイツ、他人がいなきゃ何もできないタイプだなぁ。
     まあ、ソコがコイツの可愛さなのかも知れんが。とは言えフェリオも、よくこんなのと結婚したもんだ。

     双月暦520年 8月14日 土曜
     小鈴から手紙。へー、晴奈と一緒に、ようやく央南に戻るのか。
     ただ、まだ日上を追うのを諦めたワケじゃなく、央南とか央中の有力者層と団結して、「ヘブン」に対抗する組織を作ろうとしてるらしい。話がデカくなってんなぁ。
     っと、そうだ。半分忘れてたが、ずーっと前に晴奈から調査を頼まれてたあの件、返事しとかないとな。まだ央南にゃ到着してないだろうし、すぐ送れば間に合うよな?
    赤虎亭日記 29
    »»  2016.04.12.
    朱海さんの話、第30話。
    双月暦520年9月:お見合い地獄。

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    30.
     双月暦520年 9月2日 氷曜
     フォルナがミッドランドから戻って来た。事件解決かと思ったが、そうじゃないらしい。
     なんでもミッドランドで、エランが倒れちまったんだとか。しかも新たなモンスターが増えて、ジュリアたちだけじゃ手に負えなくなったらしい。
     で、このままじゃどうあがいても事態の進展なんか望めそうに無いってんで、ヘレンさんのツテを使って援軍を呼ぼうって話になったらしい。
     ただ、この話をフォルナから聞いた時、なーんか嬉しそうにしてたのが気になる。お前、いくらエランが嫌いだからって、そんな顔するコト無いだろ……。

     双月暦520年 9月3日 水曜
     シリンが上機嫌だ。そりゃ半月ぶりにダンナの顔を見りゃ、そうなるわな。ただ、ご機嫌っぷりが料理の味付けにまで出てて、若干濃い。そんなに塩入れんな。醤油もだ。「愛情があふれてる」ってやかましいわ。
     でも、もうちょいしたらまたミッドランドに出張らなきゃならないらしいし、今のうちに甘えさせるしか無いよな。

     双月暦520年 9月6日 風曜
     母さんが来た。もうコレ以上書く気力が無い。

     双月暦520年 9月7日 天曜
     あーしんどい。めんどい。うざい。いい加減諦めろよ。もうアタシに出会いなんてねーよ。

     双月暦520年 9月8日 火曜
     母さんが食い下がってくる、食い下がってくる。全っ然、諦めない。「アンタがお見合いしないんなら、代わりに誰か出てもらいなさいよ」っつって、縁談を3つも渡してきた。
     つまりこうだ。この3つの縁談を誰かに押し付けなきゃ、アタシがコレ、3つとも行かなきゃいけないってワケだ。ド畜生め。

     双月暦520年 9月11日 雷曜
     とりあえず縁談、1通は処理した。
     エスタに押し付けてきた。エスタもぽかんとしてたけど、すまん。アタシにはこの苦しみをまた味わう度胸が無いんだ。
     あと2通か……、はぁ。

     双月暦520年 9月16日 氷曜
     2通目処理。こんなコトでマウロに頼るとは情けないが、アタシはマジで嫌なんだ。
     店に戻ってシリンからノロケ話聞くだけでも、胃が破裂するかと思うくらい辛いってのに。

     双月暦520年 9月19日 土曜
     やったーお見合い全部処理できたー。今回もマウロに助けてもらった。ただ、その代わり「今度俺にもお母さんからの縁談持ってきてくれよ」とか頼まれたが。うるせぇ。
     そんなコトしたら、お前とくっつけられかねない。ソレは絶対嫌だ。お前とは絶対無い。

     双月暦520年 9月24日 水曜
     絶望した。「あらあら全部さばけたのねじゃあコレもよろしく~」とか言われて、もう一つ縁談渡された。何だよコレ、無限ループなのか? 畜生。
     もうマウロには借りを作りたくないし……。どうすりゃいいやら。

     双月暦520年 9月26日 土曜
     小鈴と晴奈が来た。1年ぶり、いやもっとか?
     どうやらフォルナが言ってた「援軍」ってのは、晴奈たちのコトだったようだ。だから嬉しそうにしてたのか。
     ちなみに今回は、以前に言ってた央中と央南と北方の連携促進って名目も兼ねて来てるらしい。ってワケで、晴奈の話に良く上ってた、あのエルス・グラッド司令官ともご対面。見た感じニコニコしてて優しそうなイメージだった。
     で、小鈴と一緒にエルスさんと話をしてたところに、フォルナから連絡が伝えられる。なんでも晴奈がシルビアんトコで倒れたんで、今日はソコで休むと。
     倒れたってマジか。かなり驚いたが、聞いてみるとどうやら旅の疲れが出ただけって感じだ。気にするほどでも無さそうだし、小鈴たちも放っておくって言ってた。「変に宿で過ごすより、シルビアんトコでワイワイやる方が晴奈にとっても楽しいだろうし」だと。
     ま、ソレはアタシも同意見だな。ただ、シリンはめっちゃ驚いて、店を飛び出していっちまったが。見てて危なっかしい。お前、自分の体のコト考えろよって言う。
    赤虎亭日記 30
    »»  2016.04.13.
    朱海さんの話、第31話。
    双月暦520年10月:親友の吉事、自分の凶事。

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    31.
     双月暦520年 10月6日 火曜
     晴奈たちがミッドランドから戻って来た。今度こそ、事件は解決したそうだ。
     でもって、晴奈はまたも伝説を作ってきちまったらしい。今回の事件の犯人、克天狐ってのを倒して、自分の妹分にしちまったそうだ。
     待てや。突っ込みどころがいくつかあるぞ。いや、実際突っ込んだが。まず克天狐ってのが、(自称)あの克大火の七番弟子なんだとか。で、その克天狐と戦って降参させたら、向こうの方から勝手に「姉(あね)さん」と呼び始めて慕われた、と。ドコまでホントなんだよ、マジで。
     ともかくそんなこんなで、今はもう大人しい、と。ミッドランドの交通も回復したらしいし、央中恐慌は回避されたってワケだ。さっすがー。
     あと、シリンも大喜びだった。コレでようやく、ダンナと一緒に過ごせるワケだからな。ただ、いい加減ノロケるのはやめろ。流石のビートも呆れてきてるぞ。

     双月暦520年 10月8日 水曜
     なんか話の流れで、小鈴がエルスと付き合うコトになってた。
     経緯を聞けば、元々晴奈に惚れてたらしい(びっくりだな)、北方のナイジェル博士ってのが今回の旅に同行してたんだが、ソイツがオクテ過ぎて、一向に告白も何もしやしない、と。
     だもんで、エルスが焚きつけるつもりで、晴奈にウソ告白しやがったんだと。そしたら確かに狙い通りになって、晴奈と博士の距離は縮んだっぽいけど、今更晴奈からいい返事をもらっても困るからっつって、晴奈が店に来たトコで、小鈴が臆面もなく「あたし、エルスと付き合ってるんだ」とか言いやがった。
     晴奈にしてみりゃ、エルスは人に告白しといて他のヤツと付き合うって言い出した女たらしってコトになる。当然ブチギレて、エルスの顔面にお銚子投げつけた。で、鼻血流してたエルスを小鈴が介抱してるうちに、勝手にいい雰囲気になってやがった。また小鈴の男グセの悪さが出てきたか? 今度は何ヶ月持つやら。
     って言うか晴奈、まさかこのまんま博士と付き合うってなるのか? お前もアタシを置いてくつもりか? ……畜生、あの縁談の封筒、アタシが開けるしか無いのか。

     双月暦520年 10月11日 風曜
     エスタからお礼を言われた。こないだの縁談、まとまったんだと。マジで?
     なんか会ってみたらトントン拍子に話が進んで、結婚を前提にお付き合いするコトになったとか。……できるヤツはできるんだなぁ。
     ソレに比べてアタシと来たら。……はーぁ。

     双月暦520年 10月14日 氷曜
     覚悟を決めてあの縁談を受けてみるコトにした。エスタが行けるんならアタシだって……!

     双月暦520年 10月21日 氷曜
     まあ分かってた。クソが。

     双月暦520年 10月23日 雷曜
     マウロ経由で、アイツにさばいてもらった縁談がどっちもまとまったと聞かされた。何? 悪いのはアタシなのか? 何が悪いんだよ? 顔? 性格? どっちもか?
     畜生。

     双月暦520年 10月25日 風曜
     宗派は違うが、シルビアもシスターの端くれだし、悩みを聞いてもらうコトにした。コレ以上一人で抱えてたら、日記がドス黒くなってきそうだったし。(実際、この10日くらいはクソとか畜生とかしか書いてないし)
     シルビアは優しかった。「人の縁は奇妙なものだ、と昔の人も仰っていますから、わたしたちがどうこうしようと思っても、なかなか思い通りにはならないものです。私事ですけれど、わたしがロウと出会ったのだって、結局は偶然の産物ですし。
     ただ、ロウとの出会いはわたしの人生にとって、本当に素晴らしいことだったと思っています。それこそ、神様がロウを遣わして下さったのではと思えるほど。ですから本当にいい出会いは、神様がご用意して下さるのかも知れませんよ。
     ですから、無理に自分一人で何とかしようとせず、今は自分ができることを精一杯行われた方が、より自分にとっていい結果になるはずです。そうやってアケミさんが頑張っている姿を神様がご覧になれば、きっと目をかけて下さるはずですよ」って言ってくれた。
     言われてみれば、そうだよな。人がいつドコで出会うのか決めるなんて、神様にしかできそうも無いコトだよな。
     でもココで「じゃお見合いでうまく行ったヤツはどうなの?」って聞いたら、「それはアケミさんやアケミさんのお母さんが、神様のお手伝いをしたのでしょう。何しろお忙しい方ですから、人の助けを借りなければならないことも多々あるでしょうし」と。
     ……なんか、母さんがお見合いさせたがる理由が分かった気がする。具体的に何がどうとは言わんけど。
    赤虎亭日記 31
    »»  2016.04.16.
    朱海さんの話、第32話。
    双月暦522年4月と5月:帰って来た男。

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    32.
     双月暦522年 4月22日 雷曜
     晴奈から手紙。子供が産まれたそうだ。しかも双子。
     えー……そうかー……晴奈ももう人の親かー……。いや、めでたいよ? めでたいけども。でも晴奈にまで先を越されるとは思わなかった。せつねぇ。
     小鈴んトコも先月、子供産まれたって手紙が来たし。シリンなんか2人目ができたって言ってたし。
     あとは……ジュリアか……。アイツにまで先越されたらアタシ、失踪する気がする。だけどほとんど秒読み段階だよなぁ、もう。

     双月暦522年 4月27日 氷曜
     案の定。ジュリアが今度結婚するって報告してきた。コイツんトコにも小鈴と晴奈の手紙が来たんで、ソレで焦ってアプローチかけたって言ってた。まあ、そりゃな。気持ちは分かる。
     で、シリンん時みたいに、ウチで披露宴半分の宴会したいんだと。ジュリアなら全然問題無し。来月の16日に予約。
     コレでもう、残るはアタシだけってワケか。せつねぇ。

     双月暦522年 4月28日 水曜
     変な手紙が来た。差出人不明。住所は央北のリモード共和国、ペルシェビレッジってトコ。中には央南語で一筆だけ、「まだお店はやってますか?」って書いてあった。
     普段なら無視するトコだが、なんか気になったんで「年始以外は年中無休。朝10時から夜21時まで営業中だよ」って返しといた。
     んー……? あの字、どっかで見たような気がするんだが。

     双月暦522年 4月30日 土曜
     久々にイオタの夢を見た。一緒に料理してる夢だった。なつかしかったなー。アイツ、本気で行方不明になっちまったな。まだ生きてんのかね?
     あの手紙に書いてあったリモード共和国ってのがドコだか分からんかったんで、入出国管理局の渡航情報課で調べてみた。とは言え「ヘブン」崩壊以降、央北は日増しに情勢悪化の一途を辿ってるって話だし、ろくな情報は無し。央北の中南部辺りだってコトくらいしか分からんかった。
     でもなんでそんなトコから、アタシ宛に手紙なんか来たんだろうな?
     今月の収益は60万ちょい。例年並み。

     双月暦522年 5月2日 天曜
     またイオタの夢。ココんトコずっとだなぁ。なんだろ、まだ未練あんのかな、アタシ? まあ、一番アリかもって思ってたのはアイツだったのは確かだし。今目の前に現れて「結婚してくれ」って言われたら、マジで受けかねんよな。……もう37歳だってのに、恥ずかしいコト妄想してるよなぁ、アタシも。
     入出国管理局から、リモード共和国についてちょっと情報が入ったってコトで、連絡が来た。何でもココ最近、国家として独立宣言した村なんだそうだ。ただ、今は央北中で「ヘブン」からの独立を表明したり、勝手気ままに建国したりしてて、独立宣言自体はそんなに珍しくも無いらしい。
     共和国ってコトで、政治のトップは村長のリモード氏。自治権を強めるため、私兵だか騎士団みたいなのを組織してるとか。ただ、今のトコどっかに攻め込むってうわさは無し。ホントに自警団って程度の規模らしい。

     双月暦522年 5月6日 雷曜
     まだ頭ん中が混乱してる。とりあえず昨日あったコト、順を追って書いていこう。
     いつも通りに店を開けてすぐ、こないだリモード共和国のコトを教えてくれた管理局のポーラが来店して、すぐに来て欲しいって言われた。
     店番をシリンとビートに任せて、ポーラと二人で管理局に行ったら、留置所に通された。アタシ何かしたかよ? と思ったがそう言うコトじゃなく、夕べ市国に入国しようとしたヤツの身元がはっきりしないから、誰か知ってる人はいないかって聞いたら、ソイツは「橘朱海を呼んでくれ」って。名指しで指名されたワケだ。
     で、ソイツを見てみて、気を失いそうになっちまった。随分顔がこけて傷だらけになって、ひげもじゃになってて、しかも右の虎耳が半分欠けてたけど、ソイツは間違い無くイオタだったんだからな。
     見た途端、マジで気を失ったらしくって、気が付いたら管理局の医務室だった。で、改めてソイツの顔を確かめに行ったんだけど、やっぱりどう見てもイオタだった。
     イオタっぽいのが言うには、「数年前に殺刹峰って組織に拉致されて記憶を消されて、それからずっと組織で働いてた。だけどある時、本拠地を離れて作戦行動に出てたら、その間に組織が公安に潰されて、自分を含む部隊の全員が行き場を失ってしまった。
     で、部隊長だったリモード氏と一緒に色々駆け回って村を作り、そこで何年も生活してた。でも最近、別の部隊長だったアドラーって言う魔術師が村を訪ねて、組織に消されてた記憶を元に戻してくれた。
     それで自分が元々市国に住んでたイオタ・コジマだってことを思い出した途端、市国に戻って来たくてたまらなくなった」んだと。ちなみにこないだの手紙もコイツが書いたヤツだった。
     で、アタシがその手紙を送った相手の橘朱海だってコトにようやく気付いて、「お久しぶりです」だとさ。ああ、マジでお久しぶりだよ。よく帰って来たな、イオタ。
     ともかくコイツの身元を保証して管理局から連れ出して、今イオタはアタシん家でぐっすり寝てる。
     ったく。コイツのおかげで今日は一日、店に顔を出せなかった。
    赤虎亭日記 32
    »»  2016.04.17.
    朱海さんの話、第33話。
    双月暦522年5月:イオタ・コジマ。

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    33.
     双月暦522年 5月7日 土曜
     今日は、って言うか今日もシリンとビートに店番任せて、イオタの身だしなみを整えさせるコトにした。元料理人だなんて思えんくらい、小汚かったからな。
     まずは朝からやってる銭湯に行かせて、散髪させてひげを落として、新品のシャツを着せて、……って色々色々手をかけて、どうにか5年前のイオタに近付けさせた。ソレでもガリガリに痩せた顔はまだ戻んないし、傷痕も虎耳も治しようが無いけども。
     ソレでも昼過ぎにはどうにか人前に出られる格好になったんで、店に連れてって包丁を持たせてみた。見た限りじゃ、腕は衰えてないっぽかった。今度の結婚式は大忙しになるだろうから、人手はいくらあっても足らんからな。

     双月暦522年 5月9日 天曜
     5年経っても、やっぱりイオタの腕前は確かなままだった。いや、むしろ前より良くなってる気がする。何て言うか、凄味が違うって言うか。組織とやらにいた頃は、本気で辛い経験を積んできたんだろう。
     ただ、ソレを差し引いても、面構えが怖すぎる。痩せこけて傷だらけ、って危険人物にしか見えんっての。シリンもコイツのコトは良く覚えてるはずなのに、店に連れて来た時「ドコの殺し屋さんです……?」って、恐る恐る聞いてきたくらいだからな。
     アタシにできるコトは精々美味いメシで太らせて、お給金を出してやるくらいしか無いが、結婚式までにどうにかしないとなぁ。

     双月暦522年 5月10日 火曜
     イオタのコトを聞いたらしく、ジュリアが見に来た。そっか、元同僚だし、イオタのコトを紹介してくれたのもジュリアだもんな。アイツも心配してたんだろう。
     で、ジュリアはメシ食いがてら、イオタと色々話してた。何を話してたのか二人に聞いてみたが、「色々ね」とだけ。何だよ、気になるなぁ。
     そう言や連れてきた流れで、イオタをそのまんまウチに住ませてたが、そろそろアイツの家を探さないとなぁ。もう40手前だとは言え、独身女の家にオトコ住ませてんのもアレだし。
     そう思ってイオタに打診したが、「今引っ越しても、どっちみち店に詰めるコトになるんじゃ」って返された。まあ、確かに結婚式も近いし、何だかんだでエリザリーグも目前だし。今見付けても持て余しそうだし、探すのは落ち着いてからでもいいか。

     双月暦522年 5月13日 雷曜
     なんかあっちこっちで、コソコソしてるヤツらがいる。厨房でもシリンとイオタが隅の方でゴニョゴニョしてるし、買い出ししてる間にそっと店ん中覗いてみたら、ジュリアとイオタが話してた。
     あからさまに、アタシが避けられてるみたいに思えるんだけど。何だよ? アイツら何か企んでんのか?

     双月暦522年 5月14日 土曜
     今日は朝からイオタがいなかった。シリンに聞いてみたら、「午後には戻って来るって言うてましたよ」と。一応その通りに戻っては来たが、顔にアザ作ってやがった。何してたんだよマジで。
     で、その間に妙なコトが。ピースが来て、シリンと二言三言、何か話してた。シリン、今季も妊娠中で休場だって話だろ? ピースが来るなんて闘技場関係でしか無いし。
     あ、書いててピンと来たぞ。イオタが闘技場に参戦してやがるな? アタシに黙って何やってんだ、アイツ?
     明後日にはジュリアの結婚式だって分かってんのか? まったく。

     双月暦522年 5月15日 風曜
     ダメだ 頭ん中が爆発しそう まともに考えらんねえ マジかよ

     双月暦522年 5月16日 天曜
    (文字が滅茶苦茶に殴り書きされていて、到底読めそうにない)

     双月暦522年 5月17日 火曜
     頭ん中がグチャグチャ。夢でも見てんのか?
     アタシ、今、左手に指輪してる。なんで? 背後でイオタが寝てる。なんで?
     なんでよ?
    赤虎亭日記 33
    »»  2016.04.18.
    朱海さんの話、第34話。
    双月暦522年5月16日:結婚記念日。

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    34.
     双月暦522年 5月16日 天曜(書き直し)
     読み返してみたら、ココ二、三日の日記の内容がムチャクチャ過ぎる。16日のなんか、自分でも何て書いたか分からん。動揺しすぎ。実は浮かれてたのか、アタシって?
     ともかく、ようやく落ち着いてきたから、もう一度書く。

     まず、昨日はジュリアの結婚式だった。ソレは間違い無く現実。当初はアタシが見届人って話だったし、そのつもりで教会に行くはずだった。教会に行ったってトコも現実。
     夢かと思ったのはココから。いや、一昨日からか? ソコから書いた方がいいな。一昨日、店を閉めようって時間になってジュリアとバートが来た。ヘレンさんまで連れて。何の用だよって思ってたら、ジュリアがイオタにちっさい箱を渡した。
     で、イオタがアタシの手を引っ張って、厨房から客席の、ジュリアたちがいる方に連れてった。そしたらいきなりイオタがアタシの前にひざまずいて、その箱を開けた。中には指輪。で、「結婚して下さい」って言われた。いやもう何言ってんのか分かんない。
     この時点で、アタシは相当パニックになってたらしい。「いや、結婚ってジュリアとバートがだろ?」とか何とか、ズレたコト言いまくってた気がする。そんな状態だったんで、ジュリアが見かねたんだろう。「イオタから相談されたのよ」っつって、経緯を説明してくれた。
     まず、イオタは元々、公安辞めて店を開いた辺りから、アタシに気があったんだそうだ。自分の店が上手く行ってカネが貯まったら、プロポーズするつもりだったらしい。でも結局店潰しちまって、「こんなんじゃ結婚してくれなんて言えない」っつって、修行の旅に出たんだそうだ。
     そしたら犯罪組織に捕まって記憶を消されて、5年も央北にいる羽目になったワケだ。んで記憶を取り戻した途端、何が何でも市国に帰ってアタシに逢いたいってなったらしい。で、アタシに無事会えたからすぐプロポーズしようと思ったけども、身ひとつで市国に戻って来た素寒貧なんで指輪も買えないし、結婚式なんてもっと無理。
     だもんで元同僚のジュリアに相談したら、「それなら私たちと一緒に挙げればいいじゃない」って提案したんだそうだ。指輪については、なんとヘレンさんから借金して買ったんだそうだ。「ジュリアちゃんに頼まれて嫌とは言われまへんわ」っつって笑ってた。闘技場に出入りしてたのは、借金をちょっとずつでも返済しようと思ってのコトらしい。
     で、残るはアタシの返事だけ。だけど、まあ、イオタならいいかなって思ってたコトは確かだし、こんなタイミングでイヤだって言えるワケ無いし。言いたくないし。
     だからイオタから指輪を受け取って、「よろしく」ってどうにか返事した。

     で、昨日の話。アタシとイオタもいきなり結婚式挙げるコトになって、準備どうすんだよって思ってたら、どうやらアタシに内緒で全部お膳立てしてたらしい。いつの間にかドレスも用意されてて、ソレを着て教会に。
     教会に着いたら、同じようにドレス着たジュリアと、公安のよりは上等なスーツ着たバートが先にいた。んで、イオタもスーツ着て先に来てた。コイツのスーツ姿見るのなんて、公安の時以来だな。あと、ヘレンさんも来てくれた。今回の、本当の見届人だって言ってた。
     2組同時ってどうなんだよって思ってたけど、牧師さんは「面白いやん」って笑ってた。良いのかソレで。
     ともかくまずは、ジュリアとバートが指輪交換と愛の誓いをして、結婚成立。続いてアタシとイオタ。ジュリアたちと同じように指輪を交換して、牧師さんの前に立って、愛を誓った。誓っちゃったよ。
     披露宴に移ったところで、ジュリアたちのために集まってたはずのみんなから、アタシたちに向けても拍手される。見たところ、どうもコイツら、ジュリアたちとイオタの計画知ってたよって顔してやがる。新郎新婦の席も2つずつ。完璧にやられた。全然気付かなかった。マジかよ。
     その後はずーっと顔を真っ赤にして、適当に受け答えして、時間が過ぎ去るのを待ってたような気がする。

     で、今に至る。もうイオタとさっきまで何してたかすら覚えてない。でもアタシの左手には指輪があるのは事実だし、同じ指輪はめてるイオタが後ろで寝てんのも今、確認した。
     アタシ結婚したんだな。なんか慌てまくってたせいで、余韻とか全然感じないけど。……でも今、こうして日記書いてる間に、段々実感が沸いてきた。
     よし、アイツを起こして確認してこよう。アタシ、アンタと結婚したんだよな? もっかいキスしていいよな? って。すっげー恥ずかしいコト、今から聞いてきてやる。



     もうこの日記読めないな。二度と開けない気がする。すげぇ恥ずかしい。
    赤虎亭日記 34
    »»  2016.04.19.
    朱海さんの話、第35話。
    双月暦526年5月:シリン、最後のエリザリーグ。

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    35.
     双月暦526年 5月7日 水曜
     シリンが今季のエリザリーグに選出された。今季でエリザリーグ参戦9年目、通算10回目の出場だ。
     ただ、新聞評はかなり悪い。コレまで最高順位3位だし、産休も何度か挟んだしで、すっかり過去の選手扱いされてる。タチ悪いので有名なリーグ9紙なんか、「キングの再来(笑)」って書いてやがる。腹立つなぁ。

     双月暦526年 5月8日 雷曜
     仮面被った妙な女が、シリンを訪ねてきた。今まで色んなヤツを見てきたが、ココまで胡散臭いのはなかなかいない。
     残念ながら今日はシリンが休みの日なんで、明日ならいるよって伝えたら、「じゃ、自宅に行ってみるわ」だと。シリンの知り合いなのか?
     ソレと、イオタが妙な顔してた。「声に聞き覚えがある。前に会ったコトがあるかも知れない」っつってた。イオタとシリンの共通の知り合いで、アタシが知らないようなヤツっているのか? いや、知らないんだからいるかも知れんが。

     双月暦526年 5月9日 土曜
     シリンに昨日の客のコトを聞いてみた。名前はトモエさん、だそうだ。央南人か?
     何でも、シリンに活を入れに来たんだとか。「コレが最後だって気持ちで真剣に臨まなきゃ、いつまで経っても万年3位のままよ」って言われて、ショックを受けたらしい。
     シリンによれば、519年の頃の記憶が自分の中で強烈すぎて、エリザリーグに対して本気になれなかった、と。「どうせ負けても死にはしないんだから次がある」、なんてナメた気持ちでやってた、と猛省したらしい。
     で、アタシとイオタに宣言した。「コレで最後にする。勝っても負けても引退する」だとさ。ソコまで思い切らなくても、と思ったが、良く考えればシリンも今年で31歳なんだもんな。そろそろ潮時なのかも知れないって、自分でも思ってたのかな……。

     双月暦526年 5月10日 風曜
     シリンが「エリザリーグが終わるまでしばらく休ませて下さい」っつって頭下げてきた。ああ、真剣にやるって言ってたもんな。思えばここ数年のリーグ出場時も、ウチで働いてたし。
     コレが最後だからってコトで許可した。イオタもビートもいるし、何とかなるだろ。ってワケで、マジで頑張れよシリン。
     ちなみに子供についても、しばらく孤児院で見てもらうんだそうだ。育児放棄スレスレだなぁ。フェリオが泣くぞ。……いや、アタシらも人のコト言えんか。営業中ずっと、海悠を預けてるし。

     双月暦526年 5月12日 火曜
     エリザリーグの優勝予想が始まった。シリンは現時点で2番目にオッズが高い。つまり大半のヤツらが優勝はできやしないと高をくくってるってコトだ。クソめ。
     イライラしてたトコに、またあの仮面女が来た。シリンに会えたコトを伝えに来たのと、シリンから「ご飯食べるなら赤虎亭がええで」って教えられたからだそうだ。
     ただ、メシ食べてる間もずっと仮面付けっぱなし。一応、外したらどうだって聞いてみたが、「営業妨害になっちゃうから」っつって外そうとしなかった。どんだけヒドい顔なんだよ?
     ソレはソレとして、このトモエ(巴景)って仮面女、色々胡散臭い。なんでも「克渾沌」って号もあるとか。ふざけろ、克ってあの克か? 冗談交じりにそう聞いたら「ええ、そうよ」ってうなずきやがった。マジなのかからかってんのか。
     あと、イオタと色々話してたが、どうやらコイツも昔、組織にいたらしい。その時はモエって名前だったそうだ。いくつ名前があるんだよコイツは。
     で、今はシリンに稽古をつけてやってるらしい。「前に会った時と比べてあんまりにも鈍ってたから、見るに見かねた」だとさ。まあ、コイツの話が全部本当だって言うなら、腕は確かだろうし、少しは足しになるかも知れんな。

     双月暦526年 5月15日 雷曜
     何日かぶりにシリンが来た。あの仮面女も一緒だった。
     先週と比べて、明らかに体が締まってきてる。ちょっとびっくりした。こんな数日で変わるもんなのか?
     聞いてみると、どうやら仮面女が魔術でサポートしてやってるんだとか。と言っても強化術とかじゃなく(ソレだと闘技場の規定違反だし)、あくまでトレーニングの補助って感じで、軽い負荷をかけたり疲労を消したりして、体を短時間で効率よく鍛える環境を作ってるらしい。
     シリンの目つきも変わってきてるし、コレなら本当に、今回は優勝できるかも……?
    赤虎亭日記 35
    »»  2016.04.23.
    朱海さんの話、第36話。
    双月暦526年5月と6月:有終の美。

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    36.
     双月暦526年 5月21日 水曜
     今季のエリザリーグ開幕。1回戦目からシリンが出場。
     海悠を連れて観戦に行ってたイオタから、結果はシリンの勝ちだったと聞いた。幸先いいな。
     そう言や何の気なしに海悠を闘技場に連れてかせてたけど、教育上よろしくないんじゃないか? シリンみたく乱暴な子に育ったらイヤだしなぁ。

     双月暦526年 5月24日 風曜
     リーグ9紙がまだ、ナメたコト書いてる。初戦の結果をまぐれだっつって、無理矢理こき下ろしてやがる。「ミーシャのラッキーパンチ(笑) 次は当たるのか?」だと? 今に見てろよ、度肝抜いてやる。……って、アタシが言う筋合いじゃないか。
     海悠が「次のシリンおばさんのも見たい」っつってて、正直困る。行くとなるとイオタが付き添わないといけないし、そうなると店番がアタシとビートだけになる。ソレ以前に、そう言うのが好きな子に育っていくのもイヤだし。
     でもダメだって言ったら、海悠が悲しむだろうしなぁ。辛いぜ。

     双月暦526年 5月27日 氷曜
     今日の試合も、シリンが勝利。コレで2戦2勝、3位はほぼ確定だ。リーグ9紙も、流石に明日はまぐれだの何だの言えないだろうな。
     しかし海悠が影響されてて、マジで困る。シリンの飛び蹴りを真似して、ふすまに大穴空いた。勘弁してくれ。イオタももうちょい叱れ。甘やかすな。

     双月暦526年 5月30日 土曜
     こないだのふすま事件にも参ったが、今度は壁だよ……。穴が空いたりはしなかったけど、思いっきりへこんだ。海悠、もうちょい女の子らしいコトしてくれよ。
     ただ、イオタが「ウチが狭いのかなぁ」ってつぶやいてた。言われてみりゃ確かに、親子3人じゃ手狭になってきてるのかも知れん。一時期、晴奈たちがいた時は4人だったが、アイツらは海悠みたく暴れ回ったりしなかったし。となると増築かー……。できるくらいの貯金はあるっちゃあるけど、結構かかるよなぁ。でももし今後、2人目ができたらって考えると、今のうちにやっとくべきなのかなぁ。
     今月の収益は120万弱。シリンが1戦目、2戦目と活躍してくれたおかげで、大慌てで情報買いに来たヤツが多かったからなぁ。でも今年が最後って言ってたし、来年は減益だろうな。
     また新しいヤツが入ってきて、闘技場で活躍してくれたらラッキーなんだけど、そうそうそんな都合いい偶然なんか、起こるワケないよなぁ。

     双月暦526年 6月3日 火曜
     シリンの3戦目。今回も見事に勝っちまった。コレで3戦3勝、2位も狙えるトコまで行った。
     今朝のリーグ9はヒドかった。自分のトコのお抱え2人がどっちとも2敗して、もう絶対1位にゃなれないって確定してるもんだから、今までのヨイショ記事の連発から一転、「いなかったコト」にしてやがった。あんまりすぎるだろ。
     で、「大ベテランのシリン・ミーシャ、今季こそ悲願の優勝か!?」だと。手のひら返しすぎ。ふざけんなバカ共。でももっとやれ。

     双月暦526年 6月6日 雷曜
     シリンは出てないが、今日もイオタは観戦に行った。海悠連れて。だからやめろ。コレ以上乱暴になったら手が付けられん。
     案の定、帰って来たら麺棒手に取って振り回そうとしたんで、今回ばかりはきつめにお説教した。泣かれたけども、アタシも辛いんだ。……今度はドコ壊すんだと思うと。

     双月暦526年 6月9日 天曜
     どうも海悠が影響されてんのが、シルビアんトコのウィルらしい。父親の遺品の武器をウィルが振ってるのを見て、面白がってるらしい。で、同じように棒を振り回そうとしてる、と。
     今日も目ぇキラキラさせて物干し竿に手を伸ばしてたんで、2度目のお説教。……しかしこのまま放っておくと、またやらかしかねんな。
     今度ヒマを見付けて、シルビアとかエスタに相談するか。イオタじゃこう言うトコ、アテにならんし。

     双月暦526年 6月12日
     シリンの最終戦、4戦目。こう言うのは好きじゃないが、今日ばかりはアタシが海悠と一緒に観戦した。アイツにとっちゃ、人生最後の試合だもんな。
     そして見事、勝利。全試合、完全勝利だ。つまり優勝決定。会場のみんなが立ち上がって、大声上げて大喝采。アタシも立ち上がっておめでとうって叫んだ。海悠も。案の定、シリンは泣きまくってた。両腕上げてポーズ決めながら。
     ただ、盛り上がったのはいいんだけど、15日と18日の試合がクッソつまんなくなるのは確実。完璧に消化試合と化したし、ウチの売上は若干落ち込むだろうな。
    赤虎亭日記 36
    »»  2016.04.24.
    朱海さんの話、第37話。
    双月暦530年10月:イオタの副業。

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    37.
     双月暦530年 10月8日 土曜
     また懲りもせず、イオタが青アザ作って帰って来た。いつもながらヒヤヒヤさせられる。いい加減にしとかないと、いつか痛い目見るだけじゃすまんぞっつって叱ったけども、「でもまだ借金が……」の一点張りだ。コイツの悪いトコだ。一回思い立ったら、全然人の話を聞かない。ソレで行方不明になったクセに懲りてないのか?
     海悠も父親譲りと言うか何と言うか、今日もイオタと同じように、顔にアザを作って戻って来た。自分の性別分かってんのかっての。こっちについてはいっぺん、ウィルを叱らないとダメだな。
     もしかしたらシルキスやクイントも一緒にやってんのかと思ってシリンに聞いてみたら、「そう言えば」って顔しやがった。まさかお前、自分の子供のやるコトに気付いてないワケじゃないよな……?

     双月暦530年 10月10日 天曜
     午前休業にして、親同士とエスタで会議。
     ソコで分かったコトだが、どうも孤児院の子供らの中で、武闘派グループみたいなのができつつあるとか。主犯は言うまでも無くウィルだ。
     このままじゃきっと誰か大ケガしちまうんで、どうにか止めさせられないか相談し合う。ただ、エスタの意見としては「子供たちは楽しんでるみたいだし、ただ『ダメ』って言うだけじゃ止めようとはしない。だからちゃんと武道の心得がある人を先生にして、きちんとした指導を受けさせたらどうか」と。
     ココで名案浮かぶ。イオタに指導させたらどうか? 元々剣術の心得があるし、実戦経験もあるし、適任だろう。ソレに、毎日毎日アザだらけになって帰って来るのを見るのはイヤだし、先生やらせるなら闘技場で稼がなくてもいいワケだし。
     提案してみたら、イオタ本人も含めて賛成された。あー、コレで父娘まとめて叱らなくて済むなぁ。
     話は変わるが、この会議が終わったトコで、ビートがアズサと一緒に話の輪に入ってきた。何かと思ったら、「そろそろ独立して、アズサと一緒に店を持ちたい」と。唐突に聞かされたが、確かにビートも21歳になるし、巣立つ頃だよな。
     ただ、一緒に来たけども、アズサはビートと一緒に暮らすとか結婚とか、そう言う気は全く無いらしい。あくまで経営だけ関わるつもりだとか。まあ、こっちも想像に難くないな。いかにもアズサっぽい。
     しかしこうなってくると、店番が不足しそうだな。イオタもビートもいないとなると、シリンだけになるし。また誰か探すかなぁ。

     双月暦530年 10月14日 雷曜
     第2回親会議。
     まず、イオタの指導日と指導料について。エスタと違ってイオタは朝に強いから、火~土の午前中に稽古をつけるコトになった。指導料は1回1200エル。1週間で6000になる。
     イオタが闘技場で1回に稼げるのが(勝てば)4~5000で、週2くらい行く。勝率3割強ってところだから、闘技場行くよりは稼げるはずだ。イオタも文句無いはずだし、会議でも反対しなかった。
     続いてビートがウチを辞める時期について。とりあえず、年内一杯までいてもらうコトにした。開業資金はまだ貯まってないが、多少借金して都合を付けるつもりらしい。コレを聞いたイオタが不安そうにしてたが、アズサはしっかり者だからな。うまくやるだろ。アタシだって店を開いた頃は借金だらけだったし。

     双月暦530年 10月16日 風曜
     イオタの指導に備えて、午前中はシリンとビートに任せ、イオタと二人で道具やら何やらの買い出しに行く。
     ただ、途中で気付いたと言うか改めて認識したと言うか、イオタの計画性の弱さが浮き彫りになる。明らかにいらないだろって言うのを買おうとするし、指導を受ける子の人数も把握して無いし。アタシが一緒に来なかったら、間違い無く散財してるぞコイツ。
     コレはもっと、ちゃんとしたヤツにやり方を聞いて、イオタに指導受けさせないと危なさそうだ。

     双月暦530年 10月17日 天曜
     晴奈が道場やってるコトを思い出し、フォルナと晴奈の妹に魔術で手伝ってもらって、「色々教えてくれないか」と打診する。「道場の運営指導と言うことであれば、喜んで引き受けいたす」っつって、こっちに来てくれるコトになった。
     久々に晴奈に会えるな。10年ぶりくらいか? ちなみに息子の秋也くんも、一緒に来るらしい。この話を伝えたら、シリンもシルビアも喜んでた。そうだよな、コイツらも晴奈と仲良かったもんなぁ。

     双月暦530年 10月27日 水曜
     晴奈が来てくれた。予定通り、秋也くんも一緒だ。ちなみに他の子は、父親の仕事を見学したり小鈴んトコに遊びに行ったりで、予定が合わなかったらしい。
     やっぱり道場やってる経験が長いからか、晴奈はしっかりとした指導プランを立ててくれてた。アタシも素人ながら聞いてたが、イオタが最初に考えてたのとは全然、比べ物にならん。すげえきちっとしてる。コレなら安心して任せられそうだ。
    赤虎亭日記 37
    »»  2016.04.25.
    朱海さんの話、第38話。
    双月暦532年7月:世代交代と、その予兆。

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    38.
     双月暦532年 7月2日 風曜
     小鈴から手紙。エルスが倒れたらしい。マジか。
     んで、診断結果は胃潰瘍。胃にデカい穴が空いてるんだとか。医者からは「これ以上仕事を続けたら、今年中に死にますよ」って言われたらしい。
     で、近いうちに同盟の総長を引退しようかって相談してるんだとか。ああ、世界のトップだもんな。そりゃ胃に穴も空くわ。

     双月暦532年 7月4日 火曜
     新聞が大騒ぎ。エルスのコトで大にぎわいだ。まあ、アタシたちは手紙で知ってたから騒いでないけど。
     んで、後任には晴奈のダンナのナイジェル博士を指名したらしい。今度はナイジェル博士の胃がヤバそうだ。

     双月暦532年 7月7日 雷曜
     久々にビートが来た。店は順調らしい。でもこんな平日に来て大丈夫なのか? って聞いたら、増築中だから臨時休業なんだと。なるほど、そりゃ順調だな。横で聞いてたイオタがしょげしてた。お前一回、自分の店を潰してるもんなぁ。
     で、アズサがまた別の店の経営を始めたってのも聞いた。すげえなアイツ。コレで3店舗めじゃなかったっけか?
     ソレと、最近付き合い始めた子がいるってのも聞かされた。2歳下の猫獣人で、名前はテレサ・アレックス、結婚も考えてるんだとか。んなコトまでアタシに言わなくてもいいのになぁ。よっぽど嬉しいんだろうな。気持ちは分かる。

     双月暦532年 7月8日 土曜
     昨日ビートが言ってたテレサって子が来た。ビートの店が改装終えるまで、働けないかと頼んできた。こっちもこっちでビートと一緒に店やるってコトを考えてるらしく、経験を積みたいんだとか。ウチは料理教室じゃねえよ。
     とは言え、こないだパメラに逃げられたトコだし人手は欲しい。改装には来月までかかるって話だし、つなぎとして雇うコトにした。

     双月暦532年 7月9日 風曜
     久々のヒットだなぁ。テレサは使える子だった。ウチにずっといてほしいくらいだ。
     途中、ビートが様子を見に来た。アタシが「上手くやってるよ」って言ったら、すげー嬉しそうにしてた。
     ふと思ったが、ビートがウチに来たのって10歳の時だよな。海悠も今年で9歳だし、そろそろ店に立たせてみるか? でも「そんなのよりお父さんと修行したい」とか言われそうで、ちょっと怖いトコではあるが。

     双月暦532年 7月10日 天曜
     海悠に手伝いを打診してみたら、意外に好感触だった。「やってみたかった」って満面の笑みで返された。そんな風に言われたら、こっちも嬉しいってもんだ。
     そんなワケで、とりあえずは勉強の妨げにならないよう、ビートが子供の頃店にいた時と同じシフトで働かせるコトにした。自分の子供ながら、上手くやってくれるか心配だが。

     双月暦532年 7月12日 氷曜
     小鈴から手紙。どうにかエルスの身辺整理も終わりそうなんで、近いうちに旅行しようかって考えてるらしい。で、ウチにも寄りたいと。
     前に来たのってもう10年以上前だよな。なんだろ、もうそんなに経ったのかって気分だ。アイツの手紙はちょくちょく受け取ってるし、側にいないって気がしないんだよな。

     双月暦532年 7月17日 天曜
     海悠を店に立たせて1週間が経ったが、特に今のところは問題無し。どうやらこっちの腕はアタシとイオタのいいトコを受け継いだらしい。シリンやテレサとも、仲良くやってる。勿論イオタとも。
     しかしどうなんだろ。海悠、アタシの店を継いでくれたりすんのかなぁ。アタシももう47歳だし、イオタも44だし。どっちももう初老なんだよなー。もう後20年経ったら、流石にもう、店にゃ立てなくなってるだろうし。
     あー、考えるとモヤモヤしてくる。この歳になっても、将来のコトを考えると不安になるぜ。
    赤虎亭日記 38
    »»  2016.04.26.
    朱海さんの話、第39話。
    双月暦535年3月:エスタと、そのろくでもない兄。

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    39.
     双月暦535年 3月1日 風曜
     十数年ぶりにコレットが来た。子供連れて。猫獣人の16歳で、名前はコロラ。確かにボレロに似てるわ、目とか口元とか。口数が少ないトコもアイツ似だ。
     で、コレットから「しばらくコロラを修行させてほしい」と来た。だからウチは料理教室じゃないっての。……とは言え今までこの流れで、雇わないって話になったコトは無い。今回も応じるコトにした。
     腕がコレット似だといいなぁ。マジで。

     双月暦535年 3月4日 氷曜
     今のところ、コロラに問題無し。海悠ともすぐ仲良くなったし、イオタやシリンに対しても、(あんまりしゃべらないけども)楽しそうにしてる。
     全然悪くない人材だ。当面、ウチにいてもらおう。

     双月暦535年 3月6日 雷曜
     エスタが蒼い顔して、ウチに来た。なんでも「兄が行方不明になった」とか。
     話を聞けばそのお兄さんのプレビオってのが、エスタが央北天帝教の教会を辞める羽目になった原因を作ったろくでなしらしい。その辺りについては詳しいコトは聞いてないが、ソレでも自分の兄貴が蒸発しちまったって言うのは不安だろう。
     一応、公安に捜索願を出したらしいが、既に2回も逮捕されてるってコトらしいし、そんなヤツをまともに探しちゃくれないだろう。
     アタシの方でも、ツテに当ってみるか。とりあえずマウロだな。

     双月暦535年 3月8日 風曜
     マウロから、プレビオ・チューリンについての情報を聞かされた。……けど、コレはエスタに伝えない方がいいだろうなって気がする。
     マウロにプレビオの名前を聞いた時点で、アイツ苦い顔したからな。その筋じゃ有名人だったんだろう。悪い意味で。
     やはりと言うか、プレビオはかなりのトラブルメーカーらしく、相当な借金を抱えて逃げ回ってるらしい。で、裏稼業に手ぇ出してしくじって、今じゃ公安からも裏通りのチンピラ共からも追われる身になってるんだとか。
     コレをエスタに伝えたら、間違い無く家族ぐるみで巻き込まれるだろう。一回、巻き添えを食って仕事をクビになったんだし、コレ以上エスタがこんなクズに苦しめられるのは、正直許せん。
     伝えるべきか悩んだが、この話はアタシが握り潰すコトにした。ゴメンな、エスタ。

     双月暦535年 3月12日 水曜
     アタシがどうこうするまでも無かったな……。
     プレビオはあっさり逮捕されて、新聞にデカデカと記事が載った。不幸中の幸いか、エスタとはもうほぼ絶縁状態だったせいか(姓も父方と母方、兄妹で別々のを名乗ってたし)彼女に関係した記事は、とりあえず載って無かった。
     コレで三度目の逮捕だし、実刑は免れないだろう。

     双月暦535年 3月13日 雷曜
     心配だったんで、エスタに会ってきた。やっぱり落ち込んでた。
     エスタによれば、実は前の2回とも保釈金を払ってやってたらしいんだが、今回も払うべきかどうか、考え中なんだと。(教会をクビになったのも、保釈金云々で周りとこじれたかららしい)
     で、アタシ個人としての意見を言ってきた。「コレまで2回も助けてやったってのに、いや、助けてやってたからこそ、性懲りもなく3回目を起こしたんだ。今回ばかりはちゃんと刑期を務めさせて、十分に反省させるべきだ」、ってな。
     エスタもまだ蒼い顔してたが、深々うなずいてた。もうお前にゃダンナも子供もいるんだし、ろくでなしの旧い家族のコトなんか忘れろって、本当……。

     双月暦535年 3月15日 風曜
     ココんトコ、ずっとエスタの兄貴のコトでてんやわんやしてたんで、ほとんどコロラのコトについて書けてなかったわ。
     って言うか、本当に卒が無い。特に悪い点も無く、淡々と仕事をこなしてる。逆に言えば目立たないって感じ。物静かな子だ。あんまりウチや、ウチの周りにいないタイプだな。
     だもんで、どう付き合おうかちょっと図りかねてるトコだが、ま、ボレロの娘って考えてりゃ、何とかなるだろ。海悠とも仲良くしてくれてるしな。
    赤虎亭日記 39
    »»  2016.04.27.
    朱海さんの話、第40話。
    双月暦539年10月と11月:「キング・ウィアード」の再来。

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    40.
     双月暦539年 10月22日 雷曜
    「コジマ会」が盛り上がってる、ってイオタと海悠から聞かされた。
     今季のニコルリーグでウィルがまだ1戦も負け無し、22戦22勝0敗って言う、ものすごい記録を挙げてるらしい。ニコルリーグ全戦全勝は518年後期のウィアードと、519年前期の晴奈以来なんだそうだ。あと2勝じゃん。すげえなぁ。
     あと、シルキスも今んトコ21戦19勝2敗、海悠も21戦18勝3敗で、ウィルに続いて「コジマ会」のエースになってるって話だ。(ちなみにシリンも『ウチん時は21勝3敗が限界やったわー』っつってた)
     おかげで「コジマ会」に、孤児院やらウチの周りやら以外からも入門希望者が集まりまくってるらしい。イオタが「このまま教会の庭先で稽古するワケにも行かないし、どうしようかなぁ」ってこぼしてたが、どう見ても嬉しそうにしてる。
     だがウチからカネは出さんぞ。儲かるなら授業料で道場でも何でも作れ。

     双月暦539年 10月23日 土曜
     珍しくジュリアとフォルナが一緒に来た。で、かなりのビッグニュース。ジュリアが来月付で公安局長になるらしい。マジかよ、大出世じゃん。
     フォルナが嬉しそうに言うには、公安局長にゴールドマン家以外のヤツが就くのは先代総帥以来、ほぼ40年ぶりなんだそうだ。横にいたジュリアが、珍しく照れた顔してた。
     で、後任人事でフォルナが警視長に昇格、捜査部部長に就任したそうだ。37歳の若さで捜査部長とは、やっぱりフォルナはできるヤツだったんだなぁ。ウチで店員してた頃がウソみたいだ。

     双月暦539年 10月25日 天曜
     また珍しいお客。今度はフェリオだ。と思ったら、シリンが神妙な顔してカウンターに回って、フェリオと一緒に頭を下げてきた。
     なんでも「フェリオがもうボチボチ公安を辞めて、のんびり暮らしたいって言ってる。だもんで、家族で店を開こうかと思ってる」と。
     そう言やジュリアのチームが解散して、もう2年も経つんだもんなぁ。バートは民間に下って公安関係の相談室開いたし、エランは何だかんだ言って、金火狐商会の中間管理職に収まってるし。ソコに来て、ジュリアとフォルナもトップと準トップに昇進するって話だし。フェリオにしてみりゃ、一人取り残された気分だったんだろうな。
     で、開くにあたってウチの看板を借りたいと。いわゆる「のれん分け」ってヤツだ。確かに、今ならもうフランチャイズ化したって怒るヤツなんかいないけど、でも今更って感じだしなぁ。
     まあ、細かいトコは話し合って決めるとするか。アタシだってもう若くないんだし、海悠が後継いでくれるか分からんし。「赤虎亭」の名前が今後も残ってくれるって言うなら、素直に嬉しいしな。

     双月暦539年 10月26日 火曜
     ウィルが23戦目も勝利。全勝まであと一歩だな。シルキスと海悠も順調らしいし、もしかしたらエリザリーグに3人とも選ばれるかもな。
     個人的には海悠は行ってほしくないが。未だに慣れないんだって、アイツが顔にアザ作って帰って来んの。

     双月暦539年 10月30日 土曜
     エスタから、アイツの兄貴が出所したって話を聞かされた。んで、すぐに行方知れずになっちまったんだと。
     しかもエスタん家に目一杯、恨みがましい手紙を送りつけたらしい。おかげでジニーたちも怯えて怖がってるんだとか。そりゃひでえ。四度目の逮捕もありうるな。だもんで、タルゴなんか仕事休んで、家の周りを見張ってるらしい。
     今月はプラス90万。この時期でこの額は久々だな。マジで晴奈ん時以来。ウィルたちのおかげだ。

     双月暦539年 11月1日 風曜
     ウィルたちに感謝。「コジマ会」の帰りに、エスタん家近くでプレビオに出くわしたらしい。そん時、プレビオはあろうコトか、火炎瓶持ってたんだと。もうちょっと遅かったら、マジで死人が出るトコだった。
     で、ウィルがとっさに飛びかかって、三節棍で思いっ切りブン殴ったんだそうだ。プレビオは鼻血噴き出しながら、もがくようにして逃げたらしい。
     おかげでエスタからもタルゴからも、泣きながら感謝されたって話だ。そんな目に遭ったんなら、流石にもうプレビオも来ないよなぁ。

     双月暦539年 11月2日 天曜
     昨日の今日で不安だからと、ウィルたちが朝からエスタん家に向かった。
     で、その甲斐あったと言うか何と言うか、また性懲りも無くプレビオが来たらしい。しかもライフル持って。だけども、ソレでもウィルの敵じゃなかったんだとか。アイツ、ライフルの弾を全弾、三節棍で弾き返したらしい。マジでか。
     そう言やずっと昔に晴奈から聞いた話だが、ウィルの父親のウィアードは、キングにライフルで撃ち殺されたらしい。流石に同じ型じゃないだろうが、ソレでも同じタイプの得物相手に、真っ向から勝つなんてな。親を超えたな、ウィル。
     ちなみにプレビオは顔面に三節棍を叩き付けられて、顔中から血を流しながら逃げたらしい。絶対もうコレで、二度とエスタの前には現れないだろう。て言うか現れんな。
    赤虎亭日記 40
    »»  2016.04.30.
    朱海さんの話、第41話。
    双月暦539年11月と12月:ウィルの活躍とゴシップ。

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    41.
     双月暦539年 11月7日 土曜
     今季のエリザリーグの出場者が発表された。やっぱりと言うか、ウィルが当選。一方、残念ながらと言うか何と言うか、シルキスと海悠は落選した。
     そのせいか、海悠がナメたコト言い出した。「もう諦めて店継ぐ。これだけ頑張ってダメだったんだし」だと。
     ふざけんなっつって目一杯叱った。確かにアタシはお前が「コジマ会」に出てんのも闘技場に参加してんのもイヤだっつってるけども、ソレでも一度取り掛かったコトを投げ出して、ウチを逃げ口上に使うんじゃねえ。
     んなコト言ううちは、絶対店なんか継がせてやらねえ。やるなら最後までやれ。

     双月暦539年 11月9日 天曜
     時間を取って、シリンたちの店について話を詰める。
     と言っても、もう八割方終わってる。場所もいいトコを押さえられたし、什器やら何やらも安くで揃えられた。メニューとか店の内外装とかについては、一通りウチと同じようにする予定だそうだ。「赤虎亭 二号店」だもんな。
     後はいつ開店するか、つまりいつまでにウチを辞めるかって話だが、いつも通り、年内一杯ってコトにした。
     また店員探さないとなー。フルで入るのがコロラだけじゃ、若干きついし。

     双月暦539年 11月15日 風曜
     どうやら最近、ウィルがジニーに惚れられてるらしい。こないだのプレビオ事件で、目の前でかっこいいトコを見せられたからだろうな。
     海悠から聞いた話じゃ、ウィルもまんざらじゃないって様子らしい。やれやれ、また新聞屋に嗅ぎ付けられるぞ。今度の見出しは「ウィアードJr. 熱愛発覚!?」とかか?

     双月暦539年 11月21日 土曜
     今季のエリザリーグ開幕。大注目されてるからか、この日はウィルの出番じゃなかった。大物の登場はもっと後、ってコトだな。
     んで、いつも通りイオタと海悠が一緒に観戦に行った。去年も一昨年も別々に出かけてたが、最近は反抗期っぽいのが収まったみたいだな。ソレとも「コジマ会」が盛り上がったんで、自慢の父親になったとか?
     ……反面、こないだ叱ってからどうも、アタシは避けられてるっぽいけども。

     双月暦539年 11月24日 火曜
     今日はウィルが出場。勿論賭けてるし、勿論勝った。
     でも観戦から帰って来た海悠の様子が変。なんか落ち込んでるように見える。まだエリザリーグに出られなかったコト、引きずってんのかな。

     双月暦539年 11月27日 雷曜
     海悠がしょんぼりしてる。店に立ってる時も、「ウィルがジニーと一緒にいた」とか「今日はウィルに稽古の相手してもらえなかった」とか、ぶつぶつ言ってる。
     ちょっとピンと来たんで、こっそりイオタに耳打ちして確かめたが、今まで「コジマ会」でもずっと、海悠はウィルの側にいたんだそうだ。
     片思いなのか、単に慕ってるだけなのかは分からんが、そうやって親しくしてたトコにジニーが現れた、ってワケだ。なるほどなー、昔のアタシを思い出すわ。きっと今、切ないだろうなー。

     双月暦539年 11月30日 天曜
     今月の収支は100万強。ここ数年の最高益だな。
     その原因のウィル、今日は試合は無かったが、闘技場に呼ばれて取材受けてたらしい。話題の男だもんな。
     業界最大手のGCデイリーを筆頭に、あっちこっちの新聞がウィルのコトを追っかけてる。誰彼構わずこき下ろしまくるんで有名なあのリーグ9紙ですら、「キング・ウィアードの再来ッッッッ!」とか「誰もアイツを止められない……ッ!?」とか、ものすげえ持ち上げ方してる。
     で、その一方でやっぱ、ジニーのコトも根掘り葉掘り聞かれてるらしい。ゴシップ大好きなヴォーチェ紙に至っては、ジニー本人に突撃取材したって言うし。ソコまで行くとエスタたちも迷惑がってるんじゃないだろうかって気もするが、どうなんだろうな。

     双月暦539年 12月3日 水曜
     今日はウィルの出場日。問題無く勝った。問題が起きたのは、やっぱり周りの人間関係。
     ブン屋共め、ドコから嗅ぎつけたんだかジニーの伯父、つまりプレビオのコトを書き始めた。ひどいのなんか、「あのキングが犯罪者の家族と交際!?」なんてほざいてやがる。
     おかげでエスタん家が今、大変なコトになってる。ふざけんな。もう無関係だっつの、プレビオとエスタん家は。
     癪に障るし、コレ以上の騒動も真っ平だから、こっちからも情報を撒くとするか。アタシだって情報屋の端くれだし。

     双月暦539年 12月9日 氷曜
     今日はウィルの出場日。コレで3勝0敗。優勝は目前だ。
     ゴシップ騒動も、アタシの工作が上手く行ったっぽい。ウィルがプレビオを2日連続でボッコボコにした件をヴォーチェの対抗2、3社に流したら、美談兼「キングの英雄譚」として、好意的に報道された。
     エスタ一家は犯罪関係者から一転、悪漢からウィルに救われた家族として話題になってる。反面、アイツらを貶したヴォーチェ紙は今日、謝罪文を掲載してた。やったぜ。
     ただ、そのせいで余計にウィルとの恋愛報道が加熱した気もする。海悠、ゴメン。
    赤虎亭日記 41
    »»  2016.05.01.
    朱海さんの話、第42話。
    双月暦539年12月:新時代。

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    42.
     双月暦539年 12月18日 雷曜
     エリザリーグ最終日、ウィルの最終戦。この日も問題無く勝って、見事に全勝達成。文句無しの優勝だ。
     ちなみに最年少優勝の記録更新。雪乃やウィアードをも超えた、って報道してるトコもある。いや、本当にすげえわ、ウィル。きっとコイツは、長いコト「キング」として闘技場に君臨するだろうな。
     表彰式が終わった後は、当然の如くウチで祝勝会。界隈挙げての大宴会になった。そして当然と言うか、その場にはジニーもいた。ずーっとウィルのお酌してた。一方で海悠は、厨房からずーっと出てこなかった。
     ああ、もどかしい。ウィル、浮かれんのは分かるけども、もうちょっと周りを見てやってくれよ。

     双月暦539年 12月20日 風曜
     二連続で唖然。
     ウィルがジニーにビンタされて振られた、……と本人から直に聞かされた。なんでよ? と思ってたら、直後に海悠に頭下げて、「やっぱオレが好きなの、ミューだった」だと。
     なんでも昨日、優勝記念ってコトでジニーとデートに行ったんだそうだ。で、買い物したり芝居観に行ったり、一日中、あっちこっち行ったんだけども、帰り際にジニーが泣き出して、ビンタしてきたんだそうだ。「あなたの話題、全部ミューさんのことばっかりじゃない!」っつって。
     で、ソコに至ってようやく、自分が海悠のコト好きだったんだって自覚したらしい。なんだそりゃ。
     でも良かった。海悠、ボロ泣きしながら「よろしくおねがいしますぅっ」って。……ホッとしたよ。このまま上手く行ってくれると、本当に嬉しいんだが。

     双月暦539年 12月23日 氷曜
     ヘレンさんが来た。ジュリアとフォルナとエランも。何だよ総出で、と思ってたら、今までのお礼を言いに来た、と。
     ヘレンさんによれば、「総帥の任期が来年で満了になるし、延長でける分も全部使い切ったから、ボチボチ引退するんよ」とのコト。で、今までジュリアチームに貢献してくれたから、こうやってお礼参りに、とのコトだった。
     ちょっとびっくりしたけど、でも確かに、ウチが開店してそんなに経ってない頃からの顧客だったもんな。
     35年間お疲れ様でした、ヘレンさん。ゆっくり隠居できるコトを祈ってます。

     双月暦539年 12月26日 土曜
     フォルナがダンナのモントを連れて来店。
     なんでも、モントが次期総帥選挙に出馬するんだとか。今んトコ、トーナ・ゴールドマン家じゃピカイチの業績挙げてる秀才らしい。
     でも結構なひねくれ者だとか、変わり者揃いの金火狐一族の中でも特に際立ったド変人だってうわさもある。……が、今日会ってみたら、そんなコトも無く。普通に礼儀正しい、いいヤツにしか思えん。そりゃ、フォルナが自分のダンナに選ぶ相手だもんなぁ。まあ、頼むメニューがことごとく甘味だったのには笑えたが。どんだけ甘党だよコイツ。
     むしろ変わり者だらけの中で逆にマトモだから、そう言われてるんじゃないだろうか。そんな気もする。ともかく有力候補であるのは確かっぽいし、総帥になればまた、ヘレンさんの時みたいなコネクションも必要になってくるだろう。
     フォルナの方もソレを踏まえて、アタシと顔合わせをさせたんだろうな。……とは言え、アタシの方もボチボチ、代替わりするんじゃないかって気もするが。

     双月暦539年 12月29日 火曜
     今日、海悠と真面目に話をした。「今後、ウチを継ぐ気があるか」ってコトで。そしたら、「継ごうと思ってた」って返って来た。
     ホッとしたのを隠しつつ、厳しいコトを言っておいた。「ただ継ごうと思って継げるもんでもないぞ。料理作んなきゃいけないし、情報屋もやってるから、人付き合いも一杯しなきゃならんし、色んな情報に敏感でいなきゃならんし」っつって。
     そんなワケで、来年からみっちり教えるコトにする。とりあえず、ウチにいるばっかりじゃ積める経験も限られてくるから、まずは小鈴んトコの新聞社で3年働かせるコトにした。
     しばらくウィルと会えなくなって寂しいだろうが、コレも今後のためだ。頑張れよ、海悠。

     双月暦539年 12月30日 氷曜
     仕事納め。今年の収益、850万弱。最高益を更新した。ウィル効果だな。
     いつも通り、家族やら親しいヤツらやらと一緒に、ぞろぞろと納業会に行く。牧師さんに「またアンタ、今年も大所帯で来よって。すっかり大店の女将はんやな」って言われた。そんなに偉くなったつもりは無いんだが、確かに振り向けば10人、20人はいる。
     ただ、今年でシリンとはお別れになる。アイツも来年からは、一国一城の主になるんだしな。イオタみたく失敗しなきゃ、コレから毎年、女将として来るコトになるワケだ。海悠とも、来年からしばらく一緒には来られなくなる。……自分で命じたコトながら、ちょっと寂しいな。
     そう言やビートやアズサとも会った。アズサはすっかり、実業家って面になってたな。こんな時でもなきゃ会えないくらい、忙しくやってるらしい。ビートの方も、夫婦揃って子供一人ずつ抱えてたな。聞かなくても順調って分かる雰囲気だった。
     で、終わった後は例年通りの大宴会。シリンと海悠の成功を祈って、今年はアタシもがっつり飲んだ。流石に頭が痛いわ。
     ともかく、コレで今年の日記もおしまい。また来年も、繁盛しますように。
    赤虎亭日記 42
    »»  2016.05.02.
    朱海さんの話、第43話。
    双月暦541年8月:黒炎擂台賽。

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    43.
     双月暦541年 8月1日 風曜
     ウィルとシルキスに、黒炎教団からの招待状が来たらしい。
     なんでよ? と思って本人から詳しく話を聞いてみると、なんでもウィルたちのエリザリーグでの活躍を聞いて、今度教団で開催する武闘大会に、是非参加してほしいってコトらしい。
     二人とも乗り気で、もう行くって返事したそうだ。どんどん活躍の場を広げてんなぁ。やっぱすごいわ、ウィル。シルキスも。

     双月暦541年 8月2日 天曜
     昨日ウィルから見せてもらった招待状に、武闘大会(黒炎擂台賽って名前らしい)の協賛としてチェイサー商会の名前があったんで、久々にピースんトコ、じゃなくプレアんトコに行って、事情を知ってるか聞いてみた。
     ソコで分かったコトだが、むしろウィルとシルキスが招待されたのは、プレアの口添えがあったからだそうだ。「教団から、『とにかく強い人を集められるだけ集めてほしい』って依頼されたから」だと。
     しかも、晴奈の息子の秋也くんまで呼んだらしい。ただ、ウィルたちには全く知らせてないんだとか。「会場でびっくりさせようと思って」っつって、ニヤニヤしてた。本当にこう言うトコ、親譲りだな。
     ちなみに雪乃の娘の小雪ちゃんも誘ったらしいんだが、こっちは返事が返って来なかったんで諦めたらしい。そりゃ残念だ。

     双月暦541年 8月5日 水曜
     ウィルとシルキスが屏風山脈に向けて出発した。到着は3日後、大会はその2日後になるらしい。おいおい、ココから3日で間に合うのかよ? ……と思ったが、最近は登山道もかなり整備されてて、割りと楽に登れるんだそうだ。時代は変わったねぇ。
     そしてドコから嗅ぎつけてきたのか、海悠から「ウィルが大会出るって?」と手紙。順調に情報屋としての経験を積んでるようで、アタシとしては嬉しい限りだ。

     双月暦541年 8月6日 雷曜
     シルビアが困った顔してウチに駆け込んできた。なんでもシリンのトコのクイントが、シルビアのトコのシルフィにちょっかい出してきてるとか。
     あのバカ、兄貴分兼お目付け役が市国を出た途端にかよ、ふざけてんな。とりあえずイオタ経由で叱ってもらうコトにした。

     双月暦541年 8月10日 火曜
     今度はシリンが来た。やっぱりクイント絡みで。
     こないだイオタに叱られたにもかかわらず、まーだシルフィを口説いてるんだとか。懲りないヤツだな。ソレともイオタが頼りないのか?
     んで、このまんま付きまとうようじゃ孤児院にも迷惑かかるし、どうにかアタシに取り成してくれないか、と。なんでだよ? ……とは思ったが、ココは第三者が出張った方がいいのか?
     気乗りしないが、明日クイントとシルフィを呼んで話すコトにした。

     双月暦541年 8月11日 氷曜
     やっぱりクイントはアホだ。そしてソレにあてられるシルフィも大概だ。
     普通に諭そうと思って席に座らせた瞬間、クイントのアホが「オレは真剣にコイツが好きなんです! なんならすぐ結婚します!」って叫びやがった。
     アタシも「お前まだ17だろ、弁えろよ」とか「どうやって食わせていくんだよ」とか色々言ったものの、コイツはまったく聞いちゃいなかった。しまいにゃ、シルフィが「よろしくお願いします」って答える始末だ。
     もう勝手にしやがれ。アタシは知らん。

     双月暦541年 8月13日 雷曜
     教団からチェイサー商会を経由して、大会の結果が伝えられた。
     優勝したのは秋也。そしてウィルは準優勝だったそうだ。マジか。上には上がいるもんだな。しかもソレが秋也とは。
     ちなみにウィルたちは大会後、プレアと秋也と一緒に、央中側のふもとの街で一泊してご飯食べて帰る予定らしい。

     双月暦541年 8月16日 天曜
     プレアが黒炎教団の大会から帰って来た。ウィルたちについては、途中で秋也の街に行こうってコトになって、そのまんま向こうに渡ったと聞いた。
     あ、ピンと来た。ウィル、そのまま弧月に行って海悠と会う気だな。やれやれ。

     双月暦541年 8月23日 天曜
     ウィルたちが帰って来た。
     やっぱり予想通りと言うか、まずは秋也ん家のある黄海に行って、その後弧月にも寄って海悠とも会ってきたんだとか。
     ちなみに黄海で、晴奈とも会って来たらしい。ソレは予想できたが、その上雪乃とも会ったっつってて、ソレが一番うれしかったみたいだ。何つっても闘技場の伝説、「瞬殺の女神」だもんな。(シルキスなんか「レアキャラやぁ」っつってた。キャラてお前)
     一応、クイントとシルフィのコトを伝えたが、二人とも唖然としてた。んで、揃って「アイツ、アホか」ってつぶやいてた。アタシも同感だよ。

     双月暦541年 8月26日 水曜
     心配な情報が入ってきた。秋也が焔流の免許皆伝試験に落ちて、そのまま修行場から逃げ出したらしい。今のところ、行方は分かってないそうだ。
     しかし分からんもんだなぁ。市国最強のウィルを負かした秋也が、試験に落ちるなんて。晴奈の印象があるから、そんなに難しいもんだとは思ってなかったんだけど、やっぱりきついのかなぁ。
    赤虎亭日記 43
    »»  2016.05.03.
    朱海さんの話、第44話。
    双月暦541年8月と9月:秋也と昂子とウォン。

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    44.
     双月暦541年 8月30日 天曜
     小鈴から連絡があった。秋也くんが弧月に来たそうだ。もっぺん修行の旅に出るんで、助けてほしいっつって。お騒がせなヤツだ。
     で、小鈴の方でも末娘の昂子ちゃんをミッドランドの天狐ゼミに入れようと思ってたんで、渡りに船ってコトで、秋也に連れて行かせるんだと。
     ちなみに来週末くらいには、市国に寄るかもって言ってた。となると多分、ウチに寄るだろうな。一応、コロラにも伝えておくか。アタシがいない時に来るかも分からんし。
     今月の収益。いつも通りの60万強。可も無く不可も無く。

     双月暦541年 9月2日 氷曜
     小鈴からまた連絡。秋也に渡す刀が届かないんで、出発が遅れてるらしい。「どんだけかかっても、今週中には発たせる」って言ってた。
     トラブル多いなぁ、秋也。晴奈の息子だもんなー。アイツが店で働いてすぐくらいの頃を思い出すぜ。

     双月暦541年 9月4日 雷曜
     秋也たちがようやく出発したらしい。
     となると到着は10日か11日か、その辺りか。色々食べさせてやるとするか。今のうちに準備しておこう。

     双月暦541年 9月7日 天曜
     やっぱり晴奈の子だからなのかなぁ。ソレとも小鈴の子だからか?
     秋也と昂子が屏風山脈を越える途中で、黒炎教団の好戦派に襲われたって話が伝わってきた。
     と言っても、秋也が返り討ちにしたらしいが。ソコはやっぱり晴奈の血だな。

     双月暦541年 9月10日 水曜
     秋也くんと昂子ちゃんが来た。あと1名、ウォンってのも。服装を見た感じ、どうやら黒炎教団の僧兵崩れ。何故か坊主頭。尻尾も耳も丸刈り状態。もろ、罰を受けましたって格好だった。
     ピンと来たがコイツ、秋也が返り討ちにしたって言う教団のヤツなんじゃないか? どうして一緒にいるのか分からんが、プレアなら教団に知り合いがいるかも知れんし、明日聞いてみるとするか。
     ともかく秋也たちが来たってコトで、ウィルとシルキスも呼ぶ。後は予想通り、宴会になった。傍で見てたが、秋也はどうやら酒に弱いらしい。ココは晴奈に似なかったみたいだな。

     双月暦541年 9月11日 雷曜
     まずはウォンの話から。プレアに聞いたらやっぱり黒炎教団の関係者、ソレも教主のウィルソン一族のヤツらしい。で、秋也を襲ったけど返り討ちにされたアホとも聞いた。
     んで、そのウォンがプレアんトコに、働かせてくれないかっつって頼み込んできたんだと。当然、プレアは拒否。そりゃそうだ、自分勝手に人を襲うようなヤツは雇えん。アタシもご免こうむるわ。
     で、帰りにエスタと出くわした。向こうもアタシを探してたみたいで、クイントのコトを教えてくれた。何でも今朝、孤児院宛に連絡があったそうだ。何故かキャバレーから。で、ウィルが出向いて話を聞きに行ったら、クイントが店で酔っ払って暴れて、店の娘に抱きついて、揉むわ噛むわ撫でるわ舐めるわしたと聞かされたらしい。アホだ。
     当然、ウィルはマジギレ。その場でクイントを殴り倒して孤児院まで引っ張ってきて、状況をみんなに話したんだそうだ。勿論シルフィにもだ。で、シルフィからビンタされ、大慌てで訪ねてきたシリンからも蹴っ飛ばされて、その場で勘当されたそうだ。アホだ。

     双月暦541年 9月14日 天曜
     秋也たちが市国を発った。ウィルたちが寂しそうにしてた。……と締めたいところだが、クイントが昨日殴られて勘当された後で蒸発したらしく、あっちこっち回ってたらしい。
     その間に分かったコトだが、どうもクイント、三股かけてたらしい。シルフィと他2人。アイツ見つかり次第、ウィルかシリンに殺されかねんな。
     しみじみ思うが、やっぱりクイントはアホだな。

     双月暦541年 9月16日 水曜
     マウロから聞いたところ、どうやらクイントは市国から逃げたらしい。
     一文無しのくせにどうやって国境越えたんだ? と思ったら、なんと海を身一つで泳いで渡って、国境警備隊の追跡を無理矢理振り切ったらしい。この時期サメやら何やらいるはずなんだが……。何考えてんだ、アイツ? いや、何も考えてないんだろうな。
     体面に関わるってんで公表されちゃいないが、おかげで入出国管理局は騒然としてるらしい。「まさかあんな方法で無断出国するヤツがいるとは」っつって。
     やっぱりアホだアイツは。突き抜けてるわ。
    赤虎亭日記 44
    »»  2016.05.04.
    朱海さんの話、第45話。
    双月暦543年3月と4月:戻って来た海悠とウォン。

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    45.
     双月暦543年 3月22日 氷曜
     海悠が帰って来た。すっかりオトナになったなぁ。背もアタシより高くなっちゃったし。
     情報屋としても成長してくれたみたいで、央南でのコネもしっかり作ってきたらしい。んで、最初の目標通り食堂と情報屋をやるのに加えて、新聞とか雑誌のフリー記者もやろうかって考えてるそうだ。勤めはせず、寄稿するだけって感じで。特に反対するようなコトも無いし、向こうから引っ張りだこになるくらいガンガンやってやれって応援しといた。
     夕方になってウィルがウチに来た。海悠と抱き合って喜んでた。いやさ、お前ら。そりゃ仲を反対しちゃいないが、ソレでも店先でんなコトしてんな。客が入れないだろうが。

     双月暦543年 3月24日 雷曜
     2年前に秋也と一緒にウチに来たウォンって子が、またプレアんトコを訪ねて来たってウィルから聞いた。
     市国を発った後、秋也と昂子と一緒に、天狐ゼミで、と言うか天狐に修行を付けてもらってたらしい。で、秋也が一足先に修行を終えた後、一人で央中を回ってたんだとか。
     そんでまた、プレアんトコで働かせてもらえないかって頼みに来たらしい。まあ、事件から2年も経ってほとぼりも冷めてるし、少しは改心してるだろうってコトで、仮採用になったんだと。
     しばらくはウィルの手伝いさせて、使えそうなら他の仕事も回すってコトらしい。腕に覚えがあるとも言ってるんで、軌道に乗ったらボチボチ闘技場にも参加させるかって話になったそうだ。
     もしかしたらウィルの新たなライバルになるかもな。ソレはちょっと楽しみかも。

     双月暦543年 3月26日 風曜
     ウィルが楽しそうだ。海悠が帰って来たからってのもあるだろうが、もう一つはウォンのコトだろう。
     アイツも「コジマ会」に入ったらしいが、イオタに言わせれば「正直言って教えるコトが無い」らしい。元々黒炎教団で修行してたヤツだもんなぁ。むしろ、ウォンが半分教える側に回ってるとか。
     そんだけ腕が立つもんだから、すっかりウィルがやる気になっちまってるらしく、「コジマ会」の稽古終わりに、毎日のように対戦してるらしい。道理で顔中生傷だらけだと思った。
     そう言や海悠も、「市国に戻って来たからまた稽古してもらおうかな」とか言ってた。お前もうすぐ20歳になる女の子なんだから、……あー畜生、よく考えればシリンとかも30歳超えるまで闘技場行ってたんだよな。クソ、説教し辛い。
     もしもこの調子で海悠とウィルが結婚して、子供が生まれたりしたら、ソイツも三節棍振り回すんだろうか。やだなぁ。アタシの孫なのに。

     双月暦543年 3月28日 火曜
     本っ当に海悠はイオタのいらんトコを受け継いでるなぁ。「やっぱ行く」っつって「コジマ会」の稽古に行きやがった。思い立ったら即行動するトコ、本当にそっくりだ。
     案の定、戻って来たら右目の周りにまん丸くアザができてた。マンガかよ。まあ、歯やら骨が折れたりしてないだけマシか。いや、ダメだって。アイツらに流されちゃダメだアタシ。

     双月暦543年 3月30日 水曜
     今月の収益、50万弱。まあまあか。
     海悠が「わたしがもらった原稿料も収益に足す?」って聞いてきたが、ソレについてはまだ考え中。
     足してもいいかなとは思うが、そうなるとアイツ個人のカネじゃなくなる。折角アイツが自分で稼いだカネなんだから、アイツのものにさせておきたいし。
     と思う一方で、いずれはアイツがこの店を継ぐんだし、今のうちから計上しとく方が後々楽かなーって言うコトもある。
     とりあえず今月の分は足さないコトにして、来月の締めまでには結論を出そう。

     双月暦543年 4月1日 雷曜
     こないだから気になってたんで、海悠に真面目な話を聞いてみた。ウィルと結婚するつもりなのかとか、もし結婚したらその後どうすんのかとか、色々。
     そしたら海悠、無鉄砲さはイオタ譲りだけど、幸い計画性はアタシに似たらしく、ある程度は考えてくれてたらしい。まず、結婚するのはもう少し後。「自分の新しい商売がちゃんと軌道に乗ってから考える」っつってた。そもそもまだ、ギリギリ19歳だし。
     で、そう言うつもりだから当然、結婚後もフリー記者を続ける。ウィルも少なくとも30歳までは闘技場に出るつもりだけど、いずれはきっちり引退して、以降はプレアんトコ一本で働くつもりだそうだ。
     ちなみに今、「コジマ会」に行ってるのも、言わばウィルの独占取材も兼ねてやってたコトらしい。一緒に稽古するなら、何かしら面白い話も聞き出せるかも知れないし、ってつもりだそうで。(その割には楽しそうに通ってるようにも見えるけどな)
     うん。ちゃんと考えてるならいい。イオタみたいに店潰して失踪、みたいなコトは無さそうだ。……むしろアタシが考えとかないとなぁ。もう60も間近だし、そろそろ隠居を考えないと。
    赤虎亭日記 45
    »»  2016.05.06.
    朱海さんの話、第46話。
    双月暦545年6月と7月:おわり、はじまり、おわり。

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    46.
     双月暦545年 6月18日 水曜
     エリザリーグ最終日。今季もウィルが優勝、ウォンが2位のワンツー。コレでウィルは10季連続優勝、前人未到の大記録を樹立したワケだ。
     まあ、そのせいで殿堂入り、有り体に言えば今季を最後にエリザリーグ出場を止められたらしいが。過去にもキング(クソ野郎の方)が出場し過ぎて変なコネができちまったせいで、後々面倒臭いコトになったって実例があるし、仕方無いと言えば仕方無いか。
     今後はエキシビジョン枠だか何だかを設けて、何かしらの特別試合がある時に出場するコトになるそうだ。すっかり生ける伝説だなぁ。

     双月暦545年 6月19日 雷曜
     ウィルの殿堂入りを祝して、ウチで宴会。
     その席でウィルが、海悠にプロポーズした。まあ予想はしてたが。当然、海悠は「よろしくお願いします」っつって受けた。ソコから後は、婚約発表会に変わった。
     しかしアタシが37歳で結婚したのに、海悠は22歳でかぁ。競いゴトじゃないけど、アタシより断然早く結婚するんだな。まあ、アタシより遅く結婚したら、ソレはソレで何かアレだけど。

     双月暦545年 6月20日 土曜
     海悠の結婚式は来月末、27日の天曜に決まった。天下のキングが結婚するって話なんだから、あっちこっちから人を呼びたいんだと。となると晴奈とか秋也とかも呼んだ方がいいよな。明日ウィルに聞いてみよう。
     後、ちょっと気になるコトがある。ココ数日、変な咳が出てる。昔っから煙草吸ってるからのどが悪いのは自覚してるんだが、最近はのどの奥の方に、特に妙な感じがある。ただの風邪だと思うけど、明日ウィルんトコ行った帰りに、モニカの病院で診てもらっとくか。
     もし万が一、娘の結婚式に出られなくなったら最悪だしな。

     双月暦545年 6月21日 風曜
     マジか。最悪だ。ヤベえ。癌だって? しかも結構な悪性の。
     いや、まだハッキリしてないとは言ってたが。マジならヤバい。シャレにならん。マジで海悠の結婚式出られないじゃん。って言うか、今も咳出てるし。うーん、どうにかならんもんか。
     とりあえずウィルに晴奈とかのコトを聞いてみたら、もう招待状送ってたらしい。そりゃそうだよな。
     ちなみに秋也の方も、近々結婚するらしい。相手は西方のとある国の、大臣の娘さんだとか。すげえな、逆玉の輿じゃん。

     双月暦545年 6月28日 風曜
     精密検査の結果が出た。肺癌確定。余命半年無いだとさ。ふざけんな。……ふざけてないんだろうなぁ。モニカ、目がマジだったし。
     ただ、イオタとか海悠には教えてない。教えたら絶対、結婚式が取り止めになっちまうもんな。アタシのために中止とか、マジでやめてほしい。お前らの幸せをアタシがブチ壊すなんてのはなぁ。
     とりあえずモニカにも口止めしといた。せめて結婚式が終わってから言ってくれって。長年の付き合いだし、守ってくれるだろ。

     双月暦545年 6月30日 火曜
     今月の収益、100万オーバー。ウィルのおかげだな。
     そう言や今更だけど、再来月にはウィル、義理の息子になるんだよな。変な気分だ。今まで仲良くしてたけど、結局は「近所の子」でしかなかったワケだし。ソレが来月には「お義母さん」なんて呼ばれるコトになるのか。
     とは言え、いつまでそう呼んでもらえるか、分からんけどな。来年にゃアタシ、死んでるワケだし。
     あ、忘れてた。来月から海悠の収入も店の収益に計上しておくとするか。んで、同時にアイツに店の権利、全部渡しちまおう。イオタも納得するさ。アイツだって今年で57歳のジジイなんだし。

     双月暦545年 7月3日 雷曜
     モニカの病院で咳止めをもらう。ココんトコ、特に咳がひどくなっちまったせいで、まともに厨房に立つのもヤバかったからな。
     ただ、病状が進行したらコレでも効かなくなると言われた。何とか結婚式が終わって店を継がせ終わるまで、アタシの体が持っててくれればいいんだけども。

     双月暦545年 7月4日 土曜
     速攻でイオタにバレた。何でだ、と思ってたが、アタシの机の上に咳止めがゴロゴロ置いてあるのを見てピンと来たらしい。そりゃそうだ。しくじったぜ。
     でも海悠には絶対言うなっつって念押ししといたし、黙っててくれるさ。多分。とりあえず海悠にはバレないように、咳止めは隠しておくか。
    赤虎亭日記 46
    »»  2016.05.07.
    朱海さんの話、第47話。
    双月暦545年7月:最後のページ。

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    47.
     双月暦545年 7月10日 雷曜
     海悠から怪しまれた。「最近、煙草吸ってないけどどうしたの?」っつって。何とかイオタがごまかしてくれたが、やっぱり不自然なのか。
     つってもなぁ。確かに煙草吸いたいのは山々なんだけども、吸うと咳止めが効かなくなるだろうし。結婚式でゲホゲホ咳しまくって場をブチ壊しにしたくないからなぁ。
     まあ、その他の準備は着々整ってるから、後はアタシがシャキッとしてれば問題無いはずだ。後半月ちょいだし、もう少しの我慢だ。

     双月暦545年 7月14日 火曜
     ヤベえ。血吐いた。つっても掌に隠せるくらいだけども。もしコレが厨房の中だったらと思うとゾッとするぜ。寝床で良かった。
     ただ、イオタには滅茶苦茶心配された。大丈夫、……って言い切れないのが情けない。マジで大丈夫じゃないんだし。
     とりあえず海悠にはごまかして、モニカの病院に行く。幸い、夜中に咳し過ぎてのどが傷ついただけだってコトらしい。ただ、やっぱりいい傾向じゃないから、できる限り病院に来い、と言われた。「本当なら入院すべきなんだけど」とも。そんなにヤバいのか?
     とは言え、モニカもアタシの事情を分かってくれてるんで、ソコまで強くは言わなかった。でも目がマジだった。
     入院かー。店の引き継ぎ、早い目にやっとかないとまずいなぁ。

     双月暦545年 7月15日 氷曜
     ウィルを呼んで、海悠と店のコトについて話した。病気のコトは伏せて、「来月には隠居しようと思ってる」って体で、店は海悠に譲るコト、海悠が継いだ後はできる限り助けてやってほしいってコトを伝えておいた。
     ウィルはマジでいい子だと思った。「任せて下さい」ってハッキリ答えてくれた。海悠はしっかりしてるし、婿がコレなら安心だな。

     双月暦545年 7月19日 風曜
     まただよ。起きたら吐血。この前より多い。枕に付いちまった。
     速攻でモニカんトコに行く。案の定、「薬が段々効かなくなってきてる」と。病状も悪くなってきてるそうだ。煙草やめてるのに。
     帰って来たら海悠から根掘り葉掘り聞かれた。枕の血は鼻血だっつっといたが、病院に行ったのはごまかすのに苦労した。一応、「朝から鼻血出したなんて滅多に無いから不安に思った」っつっといたが、明らかに信じてない顔だった。
     コレはバレたかも知れんな。でも式はやめさせない。

     双月暦545年 7月20日 天曜
     案の定、海悠から「しばらく休んでて」って言われた。まあ、モニカからも「病状悪化の原因は仕事のし過ぎ」って言われてたし、お言葉に甘えるコトにした。
     って言うか、海悠からは病気のコトについて何にも聞いてこない。アイツのコトだから勘付きはしてるだろうけど、やっぱり親のそーゆーコトを聞くのは怖いのかな。アタシにも覚えがあるし。

     双月暦545年 7月22日 氷曜
     2日ぐっすり寝たら、のどの調子も戻って来たらしい。3日ぶりに厨房に立った。
     でも夕方くらいになって、海悠が「無理しない方がいい」っつって止めてきた。やっぱり気付いてるんだな、コイツ。
     揉めるのもアレだし、素直に従った。明日以降も多分、同じようなペースになるかも知れん。

     双月暦545年 7月25日 土曜
     明後日には海悠の結婚式だ。なーんか、ココ数日あっと言う間だったんで、感慨深くないなと言うか何と言うか。
     で、もうキャンセルできるようなタイミングじゃないし、海悠が気付いてるのも分かってるから、正直に病気のコトを話した。案の定、「やっぱり」って言われた。
     情けない話だが、海悠はアタシの考えを見抜いてたらしい。病気だなんだって話が広まって式がキャンセルになるのは嫌だから、絶対言わない、……ってアタシが思ってたコトはバレバレだったようだ。
     で、告白したところで、海悠が泣き出した。「まだ死んで欲しくない。もっと色々教えてほしいし、話もいっぱいしたい」っつって。
     アタシも泣いた。アタシだってまだ長生きしたいし、孫も見たい。教えなきゃならんコトもまだある。どんだけ話したって足りやしない。
     でも仕方無いんだ。そう思うしか無いんだよ。

     双月暦545年 7月27日 天曜
     海悠とウィルの結婚式。幸い、今日は体調が良かった。咳止めもいらなかった。
     教会でシルビアと一緒に誓いを見届けて、後はアタシの店で披露宴。で、ココで明日から、海悠が店を継ぐコトを発表した。アタシはそのまま隠居させてもらう、とも。
     ただ、アタシが病気だってコトは伏せておいた。折角の良い日に、アタシの話なんかで沈ませたくなんかなかったしな。
     式は最後まで、楽しい雰囲気で進んだ。本当に良かった。

     コレで心残りは無い。



     日記は、ここで終わっていた。後には白紙のページが続いている。
     どこかの小説であれば、最後のページにポエムなり誰かへのメッセージなりが書かれていることもあっただろうが、この日記は去年の7月27日以降、最後まで間違い無く白紙だった。
     どうやら本当に、彼女はこの日を最後と決めていたのだろう。自分が「赤虎亭」の主人として振る舞う日は、ここまでである、……と。

     わたしは日記を抱きしめ、泣いていた。
     やはり、この日記は他の人に見せるべきではないように思えた。
    赤虎亭日記 47
    »»  2016.05.08.
    朱海さんの話、第48話。
    双月暦546年某月:おわりから、はじまりへ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    48.
     日記を読み終えた翌日、予定通りに式が行われた。
    「心からお悔やみを……」
     深々と頭を下げ、シリンおばさんとフェリオおじさんが挨拶に来る。
    「痛み入ります」
     わたしとウィルも、揃って挨拶を返す。
    「……でもホンマ、寝耳に水と言うか」
     顔を挙げ、シリンおばさんがグスグスと鼻を鳴らしながらこう続ける。
    「アケミさんが病気やったっちゅう話すら、ウチら、ホンマに知りませんで」
    「ええ、母はそう言うの、全部隠してたみたいです」
     わたしも泣きそうになるのをこらえながら、事情を説明した。
    「『もう海悠が店の主人なんだから、今更アタシが目立ったりしちゃ迷惑だろ』って。入院したことも、もう長くないことも全部、みんなに絶対言うなって言ってました。
     だから事情を知ってたのは、病院の人たちを除けば家族のわたしと父と、ウィルだけなんです」
    「アケミさんらしいと言うか、何と言うか」
     フェリオおじさんが肩をすくめる。
    「でもウチらにくらい教えてくれても……」
     文句を言いかけて、シリンおばさんは首を振った。
    「いや、まあ、そうやんな。あの人は締めるトコ、ギチっと締める人やったし。一回言い出したら聞かへんトコもあったし。
     あの人が一回こうって決めたコトやったら、ウチらにもミューちゃんにも、どうにもでけへんかったやろうしな」
    「そうですね。頑固はうちの血筋ですから」
     わたしの言葉に、シリンおばさんはクスッと笑い、「あ、……ゴメン」と頭を下げつつ、離れていった。
    「頑固が血筋、ねぇ」
     と、ウィルがつぶやく。
    「確かにお前もそうだよな。オレと結婚して店も継いだってのに、未だに『コジマ会』に顔出してるし、隙あらばオレに殴りかかってくるし。もう諦めろよぉ」
    「やーだ」
     わたしは――シリンおばさんでさえ、この場で笑ったことを謝ったと言うのに――ニッと口角を上げて反論する。
    「せめて子供できるまでには、絶対あんたの顔に一発ブチ込んでやるって決めてるしー」
    「勘弁しろよ……」
     ウィルは肩をすくめ、一転、真面目な顔になる。
    「……お前さ、アケミさんの日記読んだだろ」
    「え?」
    「シルキスから聞いた。ヒイラギ大先生のコト聞いたらしいじゃん」
    「あー、そうだった。内緒にするつもりだったのに」
    「ソレだよ。お前、最初はこの式で日記読んでやろうっつってたらしいけど、結局やらないのか?」
     そう尋ねられ、わたしは夕べ日記を読み終えた時に感じたことを、そのまま伝えた。
    「当たり前の話だけどさ、あれみんなに伝えたら、絶対母さん怒る」
    「そりゃそうだ」
    「でもそれは、『母さんにとって恥ずかしいことが書かれてる』とか、そう言うことだからじゃないの」
    「って言うと?」
    「あれは母さんの日記じゃないから」
     わたしの言葉に、ウィルはきょとんとする。
    「どう言う意味だよ?」
    「あれは『赤虎亭』の日記なのよ。あの店ができてから、母さんが隠居するまでの記録。
     あれを読んで母さんを偲ぶのは、お門違い。きっと母さんなら『まだ店をたたんでも潰してもいねーのに、何を偲ぼうとしてんだよバカたれ共』って怒る」
    「……よく分からん」
    「分かんなくていいわよ。どの道、あの日記はわたしだけのものにするつもりだし」
    「ずるいなー」
     口を尖らせるウィルに、わたしはまたも、ニヤッと笑みを返してしまった。
    「ずるくない。あれを読めるのは、赤虎亭の主人だけよ。
     どうしても読みたかったら、わたしが死んであんたが店を継いでから読むことね」
    「バカ言ってるぜ、まったく」
     呆れるウィルの横顔を眺めながら、わたしはぼんやりとだが、こんなことを考えていた。
    (わたしも今日から、日記を付けよう。
     そう、『わたしの』じゃなくて――あの『赤虎亭』の、日記を)

    赤虎亭日記 あるいは市国の歳時記 終
    赤虎亭日記 48
    »»  2016.05.09.

    新連載。
    双月暦503年6月:赤虎亭、開店!

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     今日は、雨だ。
     央南であれば、こんな日には「しめやかな……」などと言って式を執り行うのだろう。央南の血を引く彼女には、それもお似合いなのかも知れない。
     しかしここは央中だ。そんな挨拶をしたとしても、大半の人間がぽかんとするだろう。それに彼女らしくないイメージもある。
     彼女ならば、むしろ「こんな日はワイワイやってスカッとするに限るさ」と言いそうだからだ。

     ゆうべ彼女を喪ったばかりだったわたしは、半ばぼんやりとしながら倉庫の整理をしていた。そんな時、倉庫の奥からこの日記を見つけたのだ。
     無論、勝手に人の日記を見ると言うのははばかられる。だが一方で、丁度いいものを見つけたかも知れない、と言う思いもあった。明後日、彼女の式が終わった後、これを皆で読んで、笑ってやるのだ。それこそが彼女の望む葬儀である。そんな気もした。
     わたしはためらいを捨て、日記を開いた。



    赤虎亭日記 あるいは市国の歳時記

     双月暦503年 6月1日 氷曜
     眠れなかった。朝からずっと、頭がしびれてるような感覚がある。眠ればしびれが取れるだろう。だが眠れやしないだろ? だってアタシの店のオープン初日なんだから。
     店の名前、赤虎亭。店主、アタシ。うわ恥ずかしい。こんなの見られたら、顔から火が出る。
     初日と言うことで、ジュリアや小鈴が挨拶に来た。他の友達も一杯来てくれた。ついでに親も来た。うるせえ。でもカネ出してくれたから、あんまり強くも言えない。ま、いいや。がっぽがっぽ稼いで、さっさと返してやるさ。
     あ、でもみんなにご馳走しちまったから、初日から赤字。マイナス6630。やべえ。いやこんくらいなら大丈夫。明日から、明日から。

     双月暦503年 6月7日 火曜
     やべえ。客来ない。在庫が腐った。やべえ。マイナス23527。昨日は書き入れ時なはずなのに。やべえ。

     双月暦503年 6月13日 天曜
     死ぬかと思った。決死の覚悟で借金してビラ撒きと、情報集めして正解。今日一日で、かなり稼げた。
     ようやくプラス。355。いや借金の分があるから結局マイナスか? いや、今のところはまだ残ってるから、ギリギリでプラスだよな?
     貸借対照表の読み方がまだ分からん。クソが。多分プラスだ。多分。

     双月暦503年 6月30日 水曜
     やべえ。借金の利子忘れてた。稼いだ分吹っ飛んだ。トイチだと? クソめ。ちゃんと確認しなかったアタシもバカだけど。
     そう言や小鈴からもバカって言われてすげえ笑われたな、クソ。悔しいから書き残しておこう。貸借対照表にプラスもマイナスもあるか。左右合わせてプラマイゼロだ、クソが。プラスになったのは損益計算書だ。いや今はマイナスか。ほぼ自己資金分消えた。アタシの貯金が。クソ。
     一応返せたけど、店の資金がほとんど無い。また借りるか? いやダメだ。また来月「やべえ」って言わなきゃいけなくなる。いや今も言ってる。
     やべえ。どうしよう。



     わたしはさらに倉庫を探って、開店当時の帳簿を引っ張り出してみた。確かに真っ赤だった。
     この頃の日記には「やべえ」と「クソ」の文字が、一面に並んでいた。当時は相当、苦労していたのだろう。今の状態からすると、簡単には信じられないことだが。
     しかし、あの人は昔から変わっていないらしい。一昨日、病院で見た時も、あの人は「やべえよなぁ」と言っていたっけ。
     ……そう、「ヤバかった」のだ。癌だと医者は言っていた。それだけ「ヤバい」と言うのに、あの人は病院のベッドで、こっそり煙草を吸っていた。
     本当にもう、あの人ときたら。

    赤虎亭日記 1

    2016.03.01.[Edit]
    新連載。双月暦503年6月:赤虎亭、開店!- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 今日は、雨だ。 央南であれば、こんな日には「しめやかな……」などと言って式を執り行うのだろう。央南の血を引く彼女には、それもお似合いなのかも知れない。 しかしここは央中だ。そんな挨拶をしたとしても、大半の人間がぽかんとするだろう。それに彼女らしくないイメージもある。 彼女ならば、むしろ「こんな日はワイワイやってスカッ...

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    朱海さんの話、第2話。
    双月暦503年7月と8月:柊雪乃。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     双月暦503年 7月30日 土曜
     どうにかって感じだ。プラス14139。1万超えた。資金もプラス。今のところ借金なし。やった!
     小鈴が来た。黒字になった話をしたら喜んでくれた。
     また旅に出てたらしい。一段落したんで帰るそうだ。今度は央北だったらしいが、なんでか今回に限って話をしたがらない。何かあったのか?
     あ、忘れないうちに書き留めておこう。小鈴の友達で、柊雪乃ってのがいるそうだ。んで、もしかしたらこの街に来るかも知れない、来たら飯でもおごってやってくれと。ちゃんとその分のカネはもらったからな。忘れないようにしとこう。

     双月暦503年 8月2日 天曜
     偶然ってのはすげーな。一昨日メモしてた雪乃がマジで来た。しかもピースとボーダを連れて。
     アイツらまたケンカしてたらしい。で、それを雪乃が止めて、色々話をしたそうだ。んで、ピースが詫びのつもりで、ウチに連れてきたってワケだ。
     小鈴からおごってやってくれって言われてたけど、ピースが払っちまったからなー。黙っとくか? いやでもなぁ。うーん。

     双月暦503年 8月3日 火曜
     雪乃すげえ! ロイドリーグとは言え、開始5秒で相手を瞬殺しやがったらしい。ってかアイツ、闘技場に出場するつもりで街に来たのか。見かけによらないとはこのコトだな。
     大会関係者も相当、度肝を抜かれたんだろう。その日のうちに、雪乃にレオンリーグへの招待が来たらしい。関係者界隈じゃ、もう既にお祭り騒ぎだった。
     ちなみに雪乃のマネジメント契約は、ピースとボーダで権利と収益の80%を山分けらしい。どう言う風の吹き回しだ? 目ぇ合わす度にケンカしまくってるアイツらが。
     ちょうど良く、ピースたちが雪乃を連れてウチに来た。「今日はアタシのおごりだ」つってカッコつけつつ、小鈴からのカネでご馳走してやった。よし、務めは果たした。

     双月暦503年 8月13日 雷曜
     闘技場界隈は今日も大賑わいらしい。雪乃効果だな。
     便乗してウチでも何か、と思ったが、ヘタなコトやるとピースたちがうるさいだろうからやめておく。
     その代わり、闘技場関係の賭博筋やら、スポーツ紙の記者やらに色々情報提供してるしな。コレ以上手を広げたら、本業がおろそかになっちまう。夏場でモノが腐りやすいし、在庫仕入れたらぱっぱと使っちまわないとな。昨夜のイカはマジでヤバかったし。
     イカってあんな風に腐るんだな。こええ。今思い出しても、尻尾がぞわっとなる。うー、気持ち悪い。

     双月暦503年 8月17日 火曜
     ボーダが一人で来た。最近じゃ珍しいな。
     なんでも、最近ピースが夢に出てくるらしい。夢の中でもケンカかよ、と思ったが、聞いてみるとそうじゃないらしい。ふつーに遊んでる夢を見たそうだ。
     つーか、よくもまあコイツ、ピースのコトだけで1時間もしゃべり倒せるな。コイツ、本当はピースのコト好きなんじゃないのか?

     双月暦503年 8月18日 氷曜
     今日はピースだった。似た者同士か、お前ら。コイツも延々、ボーダの話ばっかりしやがる。もうお前ら結婚しろよ。
     あ、そうそう。雪乃はもう、ニコルリーグに参加するらしい。めっちゃ早え。ヘタすると今季のエリザリーグまで行くんじゃないか、雪乃?

     双月暦503年 8月19日 水曜
     珍しい。今日は雪乃がすげえ不機嫌だ。ピースから話を聞いてみたら、あの腐れキングの試合を見たから、だそうだ。
     雪乃は酒をあおりまくった末、「キングはわたしがたおすー!」とか喚いていた。よっぽど嫌なものを見たんだろう。想像に難くない。

     双月暦503年 8月30日 天曜
     先月なんか目じゃねえってくらいの大黒字。445492エル。
     雪乃ありがとう! お前のおかげで稼げた! つっても情報屋関係の方だけど。いや、結構飲み食いもしてくれたっけ。ピースたちも交えて。
     アイツらも相当稼いでるらしい。先月までアタシと同じくヒィヒィ言ってたのに、もう店を建てるだのなんだのって話をしてる。仲も先月とは真逆だ。なんかいい雰囲気になってるっぽいし、声が掛けづらかった。



     この頃から、「柊雪乃」と言う人の名前が頻繁に出るようになった。
     闘技場に出入りしていたらしいので、恐らく大会出場者だろう。どうも女性のようだが、一体どんな人だったのだろうか。
     連戦連勝、一度も負け無しだったらしいし、恐らくシリンおばさんやシルキスのような、筋骨隆々とした女丈夫だったのだろう。明日にでも、シルキスに聞いてみよう。

    赤虎亭日記 2

    2016.03.02.[Edit]
    朱海さんの話、第2話。双月暦503年7月と8月:柊雪乃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 双月暦503年 7月30日 土曜 どうにかって感じだ。プラス14139。1万超えた。資金もプラス。今のところ借金なし。やった! 小鈴が来た。黒字になった話をしたら喜んでくれた。 また旅に出てたらしい。一段落したんで帰るそうだ。今度は央北だったらしいが、なんでか今回に限って話をしたがらない。何かあったのか...

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    朱海さんの話、第3話。
    双月暦503年11月と12月:瞬殺の女神伝説。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「ユキノ・ヒイラギ? ってあの『瞬殺の女神』さん?」
     尋ねるなり、シルキスはそう返してきた。
    「知ってるの?」
    「知っとるも知らんもあるかいな。503年下半期エリザリーグの優勝者、伝説の女傑やないか」
     流石に闘技場の歴史を知り尽くしていると豪語するだけはある。シルキスはいともあっさりと、彼女の素性を教えてくれた。
    「写真あるけど、見てみる?」
    「あるの?」
    「ウチの初代社長二人と一緒に撮ったんがあるんよ。……あ、これこれ」
     彼女は書架の上の方から、ひょいとアルバムを取り出した。
    「んー、と、……そう、これや。このエルフさんがユキノさん」
    「え、……この人?」
    「うん、それ」
     写真は色あせ、すっかりセピア色になっていたが、写っているものは十分に判別できた。
     写真の背後にあるのは、今私とシルキスがいるこの建物――チェイサー社の元本館、現倉庫である。どうやらこの社屋が建った当時に撮ったものらしい。
     その前に3人の人間が並んで立ち、揃って笑っている。左にいる狐獣人は初代社長、ピース・チェイサー氏だろう。となれば右にいる狼獣人はその奥さん、ボーダ・グロリア氏に違いない。
     その二人に挟まれる形で、長耳の女性が立っている。シルキスによれば、これが柊雪乃であるらしいが、わたしには簡単に信じられなかった。
     写真に写る彼女は、確かに刀を佩いてはいるが、どちらかと言えば華奢に見えたからだ。背丈も、横に並ぶ社長夫妻とあまり変わらない。
    「分かるでー、ミューが思てること。見えへんねやろ?」
     シルキスがニヤニヤしながら尋ねてくる。
    「何がよ?」
    「エリザリーグ優勝者にや。パッと見、ひょろひょろの女の子やもんな。
     でも史実やで。アンタが持ってきたその日記にも、書いてあるんとちゃう?」



     双月暦503年 11月1日 土曜
     本当にアイツら、店を建てやがった。どんだけ荒稼ぎしたんだか。
     店の落成記念に写真を撮ったそうだ。見せてもらったが、3人ともまあ、ニヤニヤしちゃって。ピースとボーダはともかく、雪乃まで。そんなに嬉しいかねぇ?
     と同時に、ピースから雪乃がついに、エリザリーグに出場することが決まったと聞かされた。こっちは逆に予想通りだな。アイツならやると思った。

     双月暦503年 11月21日 雷曜
     今季のエリザリーグ開幕。賭けの予想材料目当てで、朝からソレっぽいのが来るわ来るわ。賭けの投票締切が昼の11時だったが、ソレまでで10万稼げた。
     雪乃が出ない日でこの分だと、雪乃が出る日はとんでもない稼ぎになるんじゃないだろうか。

     双月暦503年 11月24日 天曜
     予想的中。雪乃情報を売っただけで、50万超えた。ありがとう、瞬殺の女神様。
     今月の収支合計を確かめるのが楽しみで仕方が無い。うへへ。
     ちなみに言うまでも無く、雪乃は圧勝したそうだ。次の出場日は来月の3日らしい。ソレまでにネタの仕込みしとかなきゃな。

     双月暦503年 11月30日 風曜
     今月の収支、プラス170万。笑いが止まらねえ。そりゃピースたちも店を建てるわな。

     双月暦503年 12月18日 水曜
     今日がエリザリーグの最終戦。雪乃とキングの試合だった。
     結果を聞いて爆笑した。キングはまったく、雪乃に歯が立たなかったらしい。雪乃ににらまれて降参しちまったとか。
     いや、よくやった! スカっとしたぜ。明日は是非、ウチで祝ってやろう。

     双月暦503年 12月19日 雷曜
     見事にエリザリーグ優勝を果たした雪乃を労ってやろうと、ピースたちと一緒にウチでご馳走してやった。勿論アタシのおごりだ。
     今年ももうすぐ終わりだが、雪乃のおかげで大黒字だった。コレくらいしなきゃ、礼にならないよな。

     双月暦503年 12月30日 火曜
     今日で今年も終わり。
     今年の合計は、362万2856エルの黒字。1年目からすげえ好調。いや、この稼ぎの大半は雪乃のおかげだ。来年も雪乃がいてくれるとは限らないし、今回のは特別だってコトは忘れないようにしとかなきゃな。
     ピースたちに連れられて、央中天帝教の納業会に参加。めんどくさいから今まで参加しなかったけど、アタシももう、商人の端くれだからな。エリザ様に報告しとかなきゃ、バチが当たるってもんだ。
     終わった後は雪乃も交えて、アタシの店で忘年会。日記付けてる今も、下で雪乃たちが寝潰れてる。アタシももう一杯飲んでから寝るつもりだ。
     来年もいい年になりますように。

    赤虎亭日記 3

    2016.03.03.[Edit]
    朱海さんの話、第3話。双月暦503年11月と12月:瞬殺の女神伝説。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「ユキノ・ヒイラギ? ってあの『瞬殺の女神』さん?」 尋ねるなり、シルキスはそう返してきた。「知ってるの?」「知っとるも知らんもあるかいな。503年下半期エリザリーグの優勝者、伝説の女傑やないか」 流石に闘技場の歴史を知り尽くしていると豪語するだけはある。シルキスはいともあっさりと、彼女の素性を...

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    朱海さんの話、第4話。
    双月暦505年8月:第17代金火狐総帥。

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    4.
     双月暦505年 8月1日 水曜
     いよいよ金火狐の代替わりが発表された。
     新しい当主はトーナ家から出たらしい。名前はヘレン・トーナ・ゴールドマンだそうだ。新聞で写真を見たが、わりと美人だった。つっても子持ちだとか。
     その筋に詳しいスタン爺さんから聞いたら、元公安で今は商会の中間管理職だそうだ。やり手って印象は無いが、何しろ金火狐一族だ。そのうち、何かするだろうな。
     そいつが新しい総帥になるのは来年、双月節の翌日から。それまでに色々、コネなり何なり作っておきたいところだが、アテが全然無いな。ヘタに嗅ぎ回ると逆効果だし。どうしたもんか。

     双月暦505年 8月4日 風曜
     すげー意外。ジュリアがヘレン女史と友達だった。小さい頃から遊んでもらってたらしい。
     おかげでパイプを作れそうだ。早速ジュリアに、話を通してもらうコトにする。若干渋ってたが、アイツも今年から公安に入るって話だし、アイツもアイツで情報屋筋のツテが欲しいって事情もあるから、交換条件的に会えるコトになった。

     双月暦505年 8月5日 天曜
     ジュリアの紹介で、ヘレンさんに会わせてもらった。
     割りと面白いおねーちゃんだった。って言うかデカい。胸が。パッと見、95センチくらいか? いや98か? 下手すると100超えてるぞ、あの巨乳。小鈴もデカいけど、格が違うって感じだった。
     でもアタマはかなり良さそうだ。そりゃそうか、次の総帥に選ばれるくらいだもんな。
     ジュリアも交えて話をし、「今後の情報提供においては、お互い優先的に話を回す」ってコトで約束を取り付けた。
     思ってた以上の成果が出た。コレはうまく行けば、かなりの金づるになりそうだ。

     双月暦505年 8月8日 水曜
     早速、ジュリアから依頼が来た。
     まだ極秘段階だが、公安の内外で優秀なメンバーを揃えて総帥直属の調査・諜報チームを作ろうって話が、ジュリアとヘレンさんの間で立ち上がってるらしい。
     勿論、メンバーの一人はジュリアだ。ソレを含めて、全部で4人か5人は欲しいって話だ。とは言え、まだヘレンさんは総帥になってないし、ジュリアだってぺーぺーの新人巡査だ。本格的に動かすには、もう何年かはかかる。ソレまでにいいのを見繕っておきたいそうだ。
     いつもアタシが扱ってる筋の情報じゃないから良い返事ができるか分からんが、とりあえずマウロ辺りから、ソレとなく聞いてみるか。

     双月暦505年 8月14日 氷曜
     例の人探しの件、とりあえず今のところ、候補は3人上がった。どいつもそこそこ腕があるし、ちゃんとアタマも働く。捜査員の役目には不足しないだろう。

     双月暦505年 8月16日 雷曜
     キャロルと会えなかったと、ジュリアから伝え聞いた。スカウトしようと思って尋ねたら、数日前から行方不明になってたらしい。
     アタシもマウロから話を聞いてみたが、アイツの方でも「突然いなくなった」とか。どうやら失踪しちまったらしい。
     惜しい人材だったが、いなくなっちまったんじゃしょうがないか。最近のエリザリーグじゃほぼ常連で、次季優勝候補って言われてたのになぁ。

     双月暦505年 8月17日 土曜
     ジュリアが男、っつーかまだ子供か、ハイティーンくらいのヤツを連れてきた。キャロルの弟で、バートって名前らしい。
     アタシも交えて事情を聞いてみたら、何でも兄貴のアンソニーは失踪する数日前から、「誰かにつけられてる」とか「柄の悪そうなヤツらを見かけるようになった」とか言ってたらしい。
     そして、失踪。おいおい、こりゃ明らかに犯罪の臭いがするぞ? コレこそ公安が追うべき仕事じゃないか。まあ、ジュリアも「捜査部に話を伝えておく」と言ってたしな。見つかるといいが。
     んで、バートの方だ。かなりひどい顔してたんで、アタシが飯をおごってやった。ジュリアも色々励ましてたな。元気になってくれればいいんだが。

     双月暦505年 8月19日 天曜
     バートがまた来た。「ジュリアと話がしたい」と言ってきた。幸い、午後に例の件で会う用事があったんで、ソレを終わらせ次第会えるよう、スケジュールを調整しといた。
     まだ2人残ってた例の件は、今度はどっちも不採用だったそうだ。アンソニーみたく失踪って話は無かったし、普通に会えたらしいんだが、ヘレンさんがダメだって断ったとか。「ちょと難がありましてん」だって。
     後でジュリアに聞いたら、フランクの方は口が軽くて諜報にゃ不向きそうだったし、ロレンツォの方は仕事内容をろくすっぽ聞きもせず、カネの話しかしなかったらしい。アタシもそんなのは採用しないだろうな。(こんなコト書くと本当に、アタシもすっかり店主のアタマになってんだなって思うね)
     で、話が終わったところでバートと会わせた。アンソニーのコトを聞きたかったらしい。いや、多分ソレは建前なんだろうな。だってアイツ、ジュリアに釘付けだったし。ありゃ間違い無く、惚れちまったって顔だ。

    赤虎亭日記 4

    2016.03.04.[Edit]
    朱海さんの話、第4話。双月暦505年8月:第17代金火狐総帥。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 双月暦505年 8月1日 水曜 いよいよ金火狐の代替わりが発表された。 新しい当主はトーナ家から出たらしい。名前はヘレン・トーナ・ゴールドマンだそうだ。新聞で写真を見たが、わりと美人だった。つっても子持ちだとか。 その筋に詳しいスタン爺さんから聞いたら、元公安で今は商会の中間管理職だそうだ。やり手っ...

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    朱海さんの話、第5話。
    双月暦506年双月節と1月:ジュリアとバート。

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    5.
     双月暦506年 双月節2日 天曜
     年の始めから、バートがジュリアと一緒にやって来た。
     コイツらすっかりラブラブになっちまったもんだなぁ。ってか、マジで今でも信じられんな。あのお堅いインテリ風のジュリアが、バートみたいな無鉄砲バカと付き合うとは。
     でも今日、話を聞いてみたところ、バートも双月節が明け次第、公安に入ることになったそうだ。やっぱバートも、アンソニーのコトを調べたいんだろう。結局、あのまんま進展は無かったらしいし。
     まあ、でも、その話をしてるバートを見てて、確かにジュリアが惚れちまうのも無理ないかって気になった。最初に会った時は背伸びしたクソガキにしか見えなかったが、ああして断固たる決意を胸に秘めたヤツってなってくると、見栄えが全然違うもんな。あ、それかコイツを惚れさせ、ココまで変えたのはジュリアの影響なのかも知れん。
     どっちでもいいか。今じゃお似合いのカップルだし。頑張って欲しいもんだ、仕事の方も恋愛の方も。

     双月暦506年 1月1日 風曜
     今日から仕事始めだ。今年も儲かりますように。
     早速お客さん。と思ったら小鈴かよ。いや、まあ食べに来てくれたから客か。
     小鈴から久々に、雪乃のコトを聞いた。なつかしいな。最後に会ってから、もう2年になるっけ?
     なんでも、長旅を終えて央南に戻ったらしい。つってもまだ、焔流の本拠地には戻ってないらしい。「もうちょっと央南をぐるっとしようかって言ってた」、とか。
     随分のんびりしたもんだな。よっぽど稼いでたんだな、エリザリーグで。

     双月暦506年 1月5日 水曜
     ヘレンさんがこっそり来た。もうそろそろ本気で忙しくなりそうだから、来られるうちに来ておきたかったとか。うれしいコト言ってくれる。
     ジュリアも一緒だった。後、ヘレンさんの息子さんの、エランくんも。お母さんに似てなかなか賢そうな、……とは言えそうになかった。むしろ何と言うか、すっとぼけた子だと思った。お父さん似なのかな。
     ヘレンさんの旦那さん、今まで見たコト無かったんでどうしてるのか聞いてみたら、もう離婚したんだそうだ。しまったな、うかつなコト聞いちまった。

     双月暦506年 1月7日 土曜
     新聞の一面に、ヘレンさんが載った。今日から本格的に、金火狐総帥としての仕事を始めるらしい。まずはその第一歩、市国に向けての所信表明演説からってコトらしい。
     内容はいかにも公安出身って感じだった。「市国に悪がのさばることは許しまへん」とか、「市国に世界一の安全を約束します」とか。
     ま、確かに平和が一番だよな。頑張って欲しいね。

     双月暦506年 1月11日 氷曜
     店を閉める間際に、バートが一人で来た。来るなりカウンターに突っ伏して、わんわん泣き出しやがった。
     どうも仕事場でこっぴどく叱られたらしい。スーツでカッコつけてても、中身はまだ二十歳前のティーンだもんなぁ。仕方無いから、閉店後も居させてやった。
     ま、泣けるのは今のうちだろうしな。めげずに頑張れ。

     双月暦506年 1月12日 水曜
     朝からジュリアが来た。どうやらバートのコトはお見通しだったらしい。今日は二人とも非番だったし、朝一杯付き合ってやるコトにした。午前は臨時休業。
     昼からは通常営業。ま、ウチみたいなタイプの定食屋で午前中から忙しいってコトはまず無いし、売り上げには全然影響無し。

     双月暦506年 1月19日 水曜
     バートが仮装した。いや、本人は真面目らしい。「童顔だからナメられるんだ」っつって、中折れ帽とサングラス掛けてきやがった。
     悪いが、子供がギャングの仮装してるようにしか見えん。やめとけ。煙草もくわえてたが、それもやめとけ。徹頭徹尾、お前には似合わねえ。吸えもしないくせに。

    赤虎亭日記 5

    2016.03.05.[Edit]
    朱海さんの話、第5話。双月暦506年双月節と1月:ジュリアとバート。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 双月暦506年 双月節2日 天曜 年の始めから、バートがジュリアと一緒にやって来た。 コイツらすっかりラブラブになっちまったもんだなぁ。ってか、マジで今でも信じられんな。あのお堅いインテリ風のジュリアが、バートみたいな無鉄砲バカと付き合うとは。 でも今日、話を聞いてみたところ、バートも双月節...

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    朱海さんの話、第6話。
    双月暦507年2月から4月:最初の店員、コレット。

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    6.
     双月暦507年 2月29日 雷曜
     小鈴から手紙が来た。央南からの消印だし、弧月からかと思ったが、よく見ると違う。紅州だった。なんで紅州?
     読んでみて、その理由が判明。雪乃を訪ねて焔流の本拠地、紅蓮塞にいるらしい。温泉街もあるから、ゆっくり湯治気分で過ごしてるそうだ。いいなぁ。
     良く分からん写真も送ってきた。小鈴は勿論分かる。雪乃も分かる。なつかしい。だけど真ん中の、この猫獣人の女の子は誰だ? コイツについての説明は無し。熱燗がうまいとかどうでもいいっつの。気になるな、クソ。誰だよ。
     あー、アタシも温泉行きたいなぁ。ちょっとだけ旅行するか? 央南とまで行かなくとも、近場で。

     双月暦507年 3月1日 風曜
     決めた。温泉行く。近場のリトルマインに決定。
     よく考えたら、市国を出るのって何年ぶりだっけ? 12の時にこっち来てずっとだから、丸10年になるのか。
     一人で行くのもいいが、誰か誘ってもいいかもな。と言うわけで色々当たってみた。結果、ピースとボーダが一緒に行きたいって言ってきた。新婚旅行してないし、子供が生まれたらそう言うコトもできなくなるかも知れないし、って。
     あー、声かける相手間違えたかも知れん。アタシが蚊帳の外になるコトが目に見えるじゃん。

     双月暦507年 3月5日 水曜
     明日から温泉旅行。行ってきます。荷物になるから日記は置いてく。
     今のうちに予想を書いとくか。確実にピースとボーダはイチャイチャするな。そしてアタシは一人寂しくホットワイン飲んでる。そんな気がする。

     双月暦507年 3月9日 天曜
     ただいま。予想は半分外れた。
     ピースとボーダは予想通り。やっぱイチャイチャしてた。
     アタシは一人じゃなかった。つっても彼氏ができたとかじゃない。リトルマインで会った、コレットって子と仲良くなった。
     料理人志望で、いつかゴールドコーストに行って料理を学びたいって話してたから、アタシの店で働いてみるかって提案した。今のところ繁盛してるし、人一人くらい雇う余裕もあるしな。ってかむしろ、忙しくて雇わないとマジきつい時が度々あるし。話はまとまって、コレットも「是非行きたい」と快諾してくれた。
     で、そのコレットと遊んでた。ピースたちは半分ほったらかしだったが、アイツらはアイツらで楽しくやってたみたいだし、別にいいだろ。

     双月暦507年 3月18日 氷曜
     コレットが来た。とりあえずはウチに住まわせるコトにした。そのうち、適当な家とかアパートを見付けるつもりだ。
     試しに飯を作らせてみたが、筋は悪くない。普通にうまい。ただ、時間がちょっとかかり過ぎだ。もうちょい手際良くやってもらわないと、繁忙時にゃしんどいかも。ま、慣れの問題かな。
     給料は日当で5000エルってところかな。これくらいなら今の経営状態なら余裕だし、相場ってところだろ。

     双月暦507年 3月22日 風曜
     コレットの部屋を見つけた。今日は引っ越しと部屋掃除で、臨時休業。
     アイツ、たった4日で部屋ん中、洗濯物だらけにしやがった。ってか持って来過ぎだろ、服。早々に部屋を移ってもらわないと、アタシの寝るトコが無くなる。悪いヤツじゃないんだけどなぁ。

     双月暦507年 3月30日 天曜
     今月の収支、前年より4万弱減。ちょうどコレットの給料分マイナス。ソレでもちゃんと黒字だし、問題無しだな。
     ちょっと野望も出てきた。このままコレットが独り立ちしたらのれん分けさせて、フランチャイズ料を取ってボロ儲け、なんてな。

     双月暦507年 4月1日 火曜
     母さんから手紙が来た。なんでコレットを雇ったコト知ってんだ。しかもアタシの野望まで見抜かれた。
    「アンタがあの子からフランチャイズ料取ろうって言うなら、アタシのトコにも寄越しなさいよ」だと? いくらぼったくる気だよ、クソ。
     この計画は無かったコトにしよう。

    赤虎亭日記 6

    2016.03.08.[Edit]
    朱海さんの話、第6話。双月暦507年2月から4月:最初の店員、コレット。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 双月暦507年 2月29日 雷曜 小鈴から手紙が来た。央南からの消印だし、弧月からかと思ったが、よく見ると違う。紅州だった。なんで紅州? 読んでみて、その理由が判明。雪乃を訪ねて焔流の本拠地、紅蓮塞にいるらしい。温泉街もあるから、ゆっくり湯治気分で過ごしてるそうだ。いいなぁ。 良く分から...

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    朱海さんの話、第7話。
    双月暦507年12月から508年2月:ボンクラ店員、ボレロ。

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    7.
     双月暦507年 12月30日 雷曜
     仕事納め。コレットと一緒に、央中天帝教の納業会に行く。
     今年は結局、去年とあんまり変わらずの、525万6152エルの黒字。コレットを雇った分は十分補えたって感じだな。もう一人増やすか? いや、あんま意味無いか。2人で十分だ。
     納業会の後は、アタシの店で忘年会。今年はコレットに幹事やらせた。まあ、この1年みっちり修行させた成果はちゃんと出たらしく、飯も酒もトントンやって来た。結局最後まで、アタシが手伝うコトは無し。成長したなぁ、コレット。
     うまく行き過ぎて、全員店ん中で雑魚寝してやがる。コレットもいつの間に酒飲んでたのか、厨房でぐっすり。いや、もしかしたら気疲れしてたのかも知れないな。
     とりあえずコレットだけ部屋に運んで、アタシは一人、酒を片手に日記付けてる。
     来年もいい年になりますように。

     双月暦508年 1月1日 土曜
     明けましておめでとう。今年は双月節が無いから、3日だけ仕事休み。
     今日は一人でのんびりする。久々に誰も周りにいない。すげー静かだ。静か過ぎて耳がジンジンするくらいだ。

     双月暦508年 1月2日 風曜
     人と会わなさ過ぎて切なくなってきた。コレットのトコに遊びに行くコトにする。
     丁度、アイツがアパートを出たトコに出くわす。声をかけようとしたら、奥から男が出てきやがった。
     コレット、オトコいたのか。アタシ、逃げた。全力疾走だった。
     せつねぇ。

     双月暦508年 1月3日 天曜
     明日から仕事始めだけど、コレットと顔を合わせ辛い。今でもマジでショックだ。アタシより3つも下だってのに、何か先越された気分だし。いや実際越されてるんだろうな。
     あーあ、せつねぇ。

     双月暦508年 1月4日 火曜
     コ レ ッ ト 殴 り て え

     双月暦508年 1月5日 氷曜
     落ち着いた。とりあえず今日と昨日の分、日記書かなきゃな。
     まずコレットが、双月節の時に見かけたオトコを紹介してきた。名前はボレロ。コレットと同い年で、料理人志望だそうだ。
     で、アタシんトコで雇えないか、だと? ふざけんな、マジふざけんな。
     思わず怒鳴っちまった。殴らなかっただけ偉い。
     んで、まあ、頭冷えたから、改めて今日、コレットとボレロを呼んで、働いていいぞと言っといた。

     双月暦508年 1月11日 火曜
     ボ レ ロ も 殴 り て え
     二 倍 ぶ ん 殴 り て え
     百 発 で も 足 ん ね え

     双月暦508年 1月14日 雷曜
     あの野郎、不器用にも程があるだろうが!?
     よりにもよって小火なんか出しやがった! おかげで店、2日も閉店しちまった。クソが。
     コレットの土下座で許してはやったが、被害は甚大だ。ストックは半分燃えたし、台所はほぼ全取っ替えだった。
     あーあ、痛い出費だな、全く。痛過ぎる……。

     双月暦508年 1月21日 雷曜
     この一週間、何事も起こらなかった。ありがとうエリザ様。
     だがそれを差し引いても、やっぱりボレロは不器用だ。コイツ、料理人にゃ向いてないんじゃないのか?
     鍋は焦がす、漬物や刺身は全部つながってる、煮物はボロボロにする……。挙げても挙げてもキリが無い。
     このままじゃ客足が途絶えちまう。

     双月暦508年 1月22日 土曜
     最後通牒を言い渡した。コレ以上、アタシの店を引っ掻き回されてたまるか。
     追い出されたくなきゃ、月末までにアタシが満足行くレベルの料理を出して来い。そう命令した。
     勿論、コレットの手は借りさせない。全部アイツ一人でやらせなきゃ、意味が無いからな。
     コレで上手くいくならそのまま雇えばいいし、ダメなようなら文句を言わせず追い出せる。よし、いい考えだ。

     双月暦508年 1月24日 天曜
     アタシにこっぴどく怒られたのがようやく効いてきたのか、ボレロも多少はまともな仕事をし始めた。
     つっても鍋が焦げなくなったって程度だ。相変わらず包丁さばきがなってない。箸使いに至っては目を覆いたくなる。ウチは和食が売りだってのに。

     双月暦508年 1月27日 水曜
     今日は本当ならボレロが休みの日だったが、アイツ「給料出なくてもいいんで」つって来た。殊勝な心がけだと言いたいが、お前が来ると食材が無駄になる。
     と思ってたが、相当努力したんだろう。どうにか箸が使えるようになってた。やるじゃん。やりゃできんじゃんよ。
     だったらはじめからやってくれ、とは、言いたくても言わない。

     双月暦508年 1月30日 風曜
     今日は締め日。やっぱり赤字だった。マイナス500万以上。蓄えがブッ飛んだ。クソが。
     とは言え、建ててから5年近く経ってたし、いい加減リフォームしなきゃなとは思ってた。最近じゃ市国保安法の改正があったし、消防設備を整えろってお達しも来てたしな。(ヘレンさんが主導してるのかなぁ)
     思い出したら腹立ってきた。ソレですげー小言言われたんだよな、ジュリアのヤツに。小火出したのはアタシじゃない。ボレロのアホだっつーの。
     んで、今からその問題のアホ、ボレロの審査だ。まともな飯を出さなきゃ、マジで蹴っ飛ばして追い出してやる。

     双月暦508年 2月1日 天曜
     ケチつけて追い出してやる気満々だったが、自分の舌に嘘は付きたくなかった。合格にした。やるじゃないか。
     ただしコレットと一緒に、今回の借金を背負わせた。ウチで500万稼いで返さない限り、絶対独立なんかさせてやらねえぞっつってな。
     ま、頑張れ、コレット。そしてボレロ。

    赤虎亭日記 7

    2016.03.09.[Edit]
    朱海さんの話、第7話。双月暦507年12月から508年2月:ボンクラ店員、ボレロ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 双月暦507年 12月30日 雷曜 仕事納め。コレットと一緒に、央中天帝教の納業会に行く。 今年は結局、去年とあんまり変わらずの、525万6152エルの黒字。コレットを雇った分は十分補えたって感じだな。もう一人増やすか? いや、あんま意味無いか。2人で十分だ。 納業会の後は、アタシ...

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    朱海さんの話、第8話。
    双月暦512年9月から11月:ブルーな朱い虎。

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    8.
     双月暦512年 9月20日 水曜
     雪乃から、久々に手紙が来た。うん、だから誰だよ晴奈って。
     今回、5年越しのその謎がようやく解けた。あの写真に写ってた猫獣人の子がそうらしい。雪乃の一番弟子で、今年免許皆伝を迎えた、と。
     免許皆伝って、そんなに簡単に取れるもんなのか? あの写真から推測しても、まだ20歳になるかならないかくらいじゃないのか?
     焔流って、案外お手軽なのかなぁ。アタシも護身で学んでみようか?

     双月暦512年 9月22日 土曜
     客にガチでキレられた。いや、アタシが悪かったんだけどな。
     どうやら黄晴奈って子、とびきりの逸材らしい。ここ数年で一番の期待株だそうで。
     今日、たまたま来た虎獣人の客が焔流の剣士だってんで、話題と思って晴奈のコトを話して、「でも20そこそこで免許皆伝って取れるもんなんだねぇ」とか言ったら、その瞬間に客、大噴火。
     他の客が逃げ出すくらい、めっためたに怒られ倒した。いやさ、確かにアタシが悪かったよ。悪かったけどもさ、ソコまで怒るコト無いじゃん。
     あ、まさかアイツ、晴奈に気があったとか? なんか名乗りを上げてたし、雪乃に返事する時使えるかも知れんから、こっそりメモしとこう。
     確か名前は「梶脇叡智」、……あれ? なんか違う。「狩掃映司」? 違うな。そもそも「かじ」だっけ、「かり」? 「えいち」? 「えいじ」? あーもう分からん。
     アタシ、央南から離れてもう何年も経つからなぁ。央南語なんてうろ覚えだよな、もう。
     ま、いいや。間違った名前を尋ねて「誰?」ってなったらいらん恥かくだけだし、忘れるとしよう。

     双月暦512年 9月30日 風曜
     締め日。プラス40万ちょい。
     そしてコレットたちの借金、残り245万。もう半分以下だ。大分減ったなぁ。
     だけど最近、マジでうざい時がある。台所でいちゃついてんじゃねえ。客も「おしどり夫婦だねぇ」とか囃すな。
     あーあ、せつねぇ。もう何回目だよこの台詞。アタシだって彼氏欲しいんだぞ、畜生。

     双月暦512年 10月5日 雷曜
     母さんが来た。見合い写真持って。そう言うのいらない。恋愛結婚したいんだよ、アタシは。畜生。当て付けにコレットほめるんじゃねえ。「孫の顔見るより先に、コレットちゃんたちの子供が見られそうね」とか、マジふざけんな。
     マジせつねぇ。泣きたい。いや、もう泣いてる。くそぉ。

     双月暦512年 10月7日 風曜
     押し切られた。見合いするコトに。なんかもう、ブルー。
     とりあえず央南に戻んなきゃいけないし、その間の店はコレットたちに任すか。
     あー、やだ。なにもかもやだ。こんなんで里帰りもしたくないし、帰って来てアタシの店がコレットとボレロの雰囲気に染められてるのを見るのもやだ。
     逃げてぇ。遠い国に行きてぇ。

     双月暦512年 10月29日 天曜
     ただいま。死にたい。

     双月暦512年 10月30日 火曜
     なんでアタシが断られるんだ。こっちから断りたかったっつーの。畜生、あの野郎の耳もぎてぇ。尻尾千切りてぇ。二度と会うか、クソが。
     そう言や今月の収支もプラスだった。でもアタシがいなくても回るってコトだ。あーあ、消え去りてぇ。

     双月暦512年 11月2日 水曜
     コレットとボレロが、今回の慰労会みたいなのを開いてくれた。
     なんかもう、二人の態度が痛々しい。遠巻きに眺められてるって言うか、恐る恐るそーっと、傷を撫でられてるって言うか。
     ああ、やだ。もうコイツらの善意が痛い。善意だと分かってるだけに、吐きそうになるくらい痛い。できればそっとしておいてほしかった。
     せつねぇ。

     双月暦512年 11月5日 風曜
     どうにか立ち直ってきた感じだ。もう二度と見合いなんかしたくない。あんな惨めな目に、もうこれ以上遭いたくない。
     来年こそはいい人に逢いたいなぁ……せつねぇ。

    赤虎亭日記 8

    2016.03.10.[Edit]
    朱海さんの話、第8話。双月暦512年9月から11月:ブルーな朱い虎。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 双月暦512年 9月20日 水曜 雪乃から、久々に手紙が来た。うん、だから誰だよ晴奈って。 今回、5年越しのその謎がようやく解けた。あの写真に写ってた猫獣人の子がそうらしい。雪乃の一番弟子で、今年免許皆伝を迎えた、と。 免許皆伝って、そんなに簡単に取れるもんなのか? あの写真から推測しても、ま...

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    朱海さんの話、第9話。
    双月暦513年2月:春は近いか、幻か。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
     双月暦513年 2月9日 水曜
     小鈴から手紙が来た。
     も う こ れ 以 上 ア タ シ を 苦 し め る な

     双月暦513年 2月10日 雷曜
     昨日の手紙はショックだった。
     あーそう、雪乃に彼氏ねー。あーはいはい、良かった良かったおめでとうお幸せに爆発しろ畜生クソが。
     せつねぇ。

     双月暦513年 2月12日 風曜
     ジュリアから心配された。「顔がなんかしなびてる」だと。
     そりゃしなびもするさ、こんだけ他人の恋愛話聞かされた上、自分の縁談が破談になったらなああああああああああああ!
     あんまり心配されたんで、つい愚痴っちまった。あーでも、何かちょっとスッキリした気がする。誰にも言えなくてモヤモヤしっぱなしだったからか?
     ありがとな、ジュリア。でもお前も彼氏持ちなんだよな……。悩みは尽きないぜ。

     双月暦513年 2月15日 氷曜
     ジュリアが公安のヤツらを一杯連れて、ウチへ飲みに来た。
     10人くらい来て、男がほとんど。つまりアレか、「この中に付き合ってくれるって言ってくれる人がいたらいいよね」ってコトか。
     ありがとうジュリア。今日はマジでお前のコトがエリザ様に見える。

     双月暦513年 2月16日 水曜
     エリザ様ゼロ様ジュリア様 ほんとにほんとにありがとう

     双月暦513年 2月17日 雷曜
     昨日は舞い上がり過ぎて、まともな日記を付けてなかった。冷静に書こう。
     公安のヤツらの中に一人、アタシのタイプがいた。で、色々話しかけたら、割りと悪くない反応。話盛り上がった。どうやら向こうも……か?
     ああ、空が今までに無く綺麗に見える。また来てくれないかなぁ、イオタ。うわ、なんか名前書くと恥ずかしい。自分で分かるくらい顔があっちい。

     双月暦513年 2月20日 天曜
     イオタが来た。顔をにやけさせないようにするのに苦労したぜ。
     やっぱり話が合う。アイツも和食好きらしく、自分でも料理するらしい。やっぱ虎獣人ってグルメ多いんだな。
     ひいばーちゃんも「虎」で元々こっちの人だったけど、央南に憧れて帰化したって言うし。あー、ひいばーちゃんありがとう、央南に来てくれて。おかげでアタシ、イオタのハートをつかめるかも知れない。

     双月暦513年 2月25日 風曜
     明日はコレットたちに店を任せて、イオタと一緒にデートするコトになった。うひー。
     超楽しみ。絶対モノにしてやる。

     双月暦513年 2月26日 天曜
     なんかちがう。
     思ってたのと、何か違った。買い物もしたし、一緒にご飯も食べた。闘技場で観戦もした、んだ、けど、……あれー?
     なんか変だ。話題が全部央南料理のコトって一体? いやーな予感がどんどん膨らんでいく。
     ジュリア、アタシなんかイオタのコトが、ボレロとかとダブって見えるんだけどさ……?
     幻覚だよな、コレ?

     双月暦513年 2月27日 火曜
     嫌な予感が的中した。死にてぇ。
     イオタは最初っから、アタシのコトを「女」としてじゃなく、「女将」とか、「先輩料理人」としてしか見てなかったらしい。
     いつかは公安辞めて、自分の店を持ちたいんだとさ。あーそー、だからずーっと料理の話ばっかしだったのかー。うんうん、そりゃ勉強したいよなー。和食好きからしたらアタシ、そりゃーもー、いい先生だもんなー。
     あははははー。

     殉 職 し ろ こ の 野 郎
     ア タ シ の と き め き を 返 せ

    赤虎亭日記 9

    2016.03.11.[Edit]
    朱海さんの話、第9話。双月暦513年2月:春は近いか、幻か。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. 双月暦513年 2月9日 水曜 小鈴から手紙が来た。 も う こ れ 以 上 ア タ シ を 苦 し め る な 双月暦513年 2月10日 雷曜 昨日の手紙はショックだった。 あーそう、雪乃に彼氏ねー。あーはいはい、良かった良かったおめでとうお幸せに爆発しろ畜生クソが。 せつねぇ。 双月暦513年...

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    朱海さんの話、第10話。
    双月暦515年10月と11月:大食い店員、シリン。

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    10.
     双月暦515年 10月17日 火曜
     イオタが店を開くコトになったらしい。アタシの呪いは効かなかったようだ。
     いやまあ、なんだかんだで仲良くはなったし、(勿論、好きとかそう言うのはもう無いけども)今更死んじまったら気分が悪いし、悲しいっちゃ悲しい。
     公安にいるのは今年いっぱいまで。来年から営業開始の予定だそうだ。ライバル出現だな。

     双月暦515年 10月19日 水曜
     イオタが来た。今日は非番だそうで。まあ、いつも通り客って言うより、料理を教わりにだが。
     元から筋は良かったと思ってたが、今じゃアタシより手際よくサクサクっとこなすコトすらあるくらいだ。ヤベぇな。
     そう言や、その間に色々話をしたが、アイツも央南の血を引いてるらしい。父方のじーさん夫婦が央南人で、こっちに移ったとか。料理も教わったし、簡単な剣術も教わったらしい。ただ、超メジャーどころの焔流とかじゃなく、全然聞いたコト無い流派だそうだ。(本人も何て名前だったか忘れちまったらしい)
     だもんで、最初はそっち関係を活かそうと公安に入ったらしいが、荒事にどうも馴染めなかったんで、こっちの道に入り直そうってコトらしい。
     そっか、だから包丁捌きがアタシより全然上手なんだな。刃物の扱いには慣れてますってコトか。
     ついでにウチの包丁も研いでもらった。びっくりするくらい良く斬れるようになった。すげえなぁ、アイツ。

     双月暦515年 10月26日 水曜
     またイオタが来た。今日も客じゃなく、料理を教わりにだけども。でも助かった。
     すげーでかい虎獣人の女が食い逃げしやがったんだけど、イオタが捕まえてくれた。マジ助かった。ありがとうイオタ。
     体に見合う、って感じでドカ食いしてやがったからな、あの女。そのまんま逃げられたら、結構痛かった。
     ただ、話を聞くうちに何か可哀想になってきたんで、カネは半分だけ取って、二度とやるなよっつって放り出した。休みの日に、イオタをわざわざ仕事場に顔出させるのも悪いしな。

     双月暦515年 10月28日 土曜
     あのデカ女、また来やがった。ただ、今回はメシ食いじゃなく、「働かせてくれ」だと。ちなみに名前はシリン・ミーシャ。訛りからして、央中東部生まれだろう。
     結論から言えば無理。今2人抱えてんのに。コレ以上は利益が出ない。そりゃ助けてやりたいけどさ。
     んで断ったら、あの筋肉ぱっつんぱっつんの巨体がしょんぼり縮こまっちまった。胸がちくっとするけども、無理なもんは無理。

     双月暦515年 10月30日 天曜
     締め日。今月も問題無く、40万弱のプラス。
     と言うか、臨時収入ありと言うか。コレットたちが残ってた借金、全部返してきたからだ。コツコツ蓄えてたんだとか。大方、店の開店資金として貯めてただろうに。
     理由を聞くと、シリンを雇ってやって欲しいとのこと。自分たちが独立した後で雇えば、店に影響も出ないだろう、だと。
     やっぱりアイツらも、シリンを気にかけてたんだな。うーん、でも確かにアイツらの言う通り、アイツらが抜けたらまた1人だし、今の賑わいを維持するってなったら、しんどくなってきそうだもんなぁ。そろそろ次を雇う準備をしてかなきゃな。
     よし決定。明日、シリンに声かけるか。

     双月暦515年 11月1日 火曜
     シリン採用。台所が狭いぜ。
     うーん、でもコイツ、相当ポンコツだ。まず字が読めないって致命的だろ。いや、央南語が読めないってならまあ、仕方無い。でも央中語すら、メニューの半分も分かんないってダメだろ。
     あと、ぶきっちょ過ぎ。包丁振り下ろしやがったせいで、まな板にばっちり跡が付いちまった。ほぼ溝になってる。使い古してたとは言え、買い替えた方がいいな。
     ただ、力は目一杯有り余ってる感じ。味噌汁満載の寸胴鍋を、平気な顔して持ち上げてた。お前、ソレ何十キロあると思ってんだよ。でもあんだけ力あるなら麺が作れそうだな。うどんとか出せるかも。
     教育には相当手間と時間がかかりそうだが、今のところはまだ、コレットたちがいるからな。その間にできる限り手をかけてやるとするか。

    赤虎亭日記 10

    2016.03.12.[Edit]
    朱海さんの話、第10話。双月暦515年10月と11月:大食い店員、シリン。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10. 双月暦515年 10月17日 火曜 イオタが店を開くコトになったらしい。アタシの呪いは効かなかったようだ。 いやまあ、なんだかんだで仲良くはなったし、(勿論、好きとかそう言うのはもう無いけども)今更死んじまったら気分が悪いし、悲しいっちゃ悲しい。 公安にいるのは今年いっぱいまで。来年から...

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    朱海さんの話、第11話。
    双月暦515年12月と翌年1月:シリン・ミーシャ。

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    11.
     双月暦515年 12月27日 雷曜
     ふと思ったが、シリンは闘技場に向いてるんじゃないか?
     あんだけ力自慢なんだし、活躍できそうなもんだけどなぁ。昔はやんちゃしてたみたいなコトも言ってたし。
     アイツ、新聞もろくに読めないみたいだし、闘技場のコト知らないだけかも。明日辺り、話を振ってみるか。

     双月暦515年 12月28日 土曜
     シリンに打診。予想通り、乗り気で話を聞いてた。
     もう年内は闘技場の営業が無いから、登録は来年の双月節明けだな。あ、違うわ。来年は双月節無いから、1月4日からってところか? ウチもそのくらいから仕事始めだな。

     双月暦515年 12月30日 天曜
     仕事納め。今年の収益は450万ちょい。営業外利益(コレットたちの借金返済とか商工会やら教会やらの積立の還付金とか)も加えたら600万近くなった。
     今年の納業会は大所帯での参加だった。アタシ、コレット、ボレロ、シリン、オマケにイオタまで来たからな。牧師さんからも「繁盛しよるな」って言われた。まあ、実際繁盛してる方なんだろうな。
     毎年思うが、去年の納業会まで見かけたのに、今年は見なくなっちまったって奴も毎年いるし。一方で、新顔も毎度欠かさず見かける。栄枯盛衰って言葉を感じちまうね。来年はイオタも一人でココに来るコトになるんだろうな。再来年はどうだか分からんが。
     そしてお決まりの忘年会。イオタと初めて会った時のメンツも一緒にやってきた。店ん中だけじゃ足りなくて、この寒空の中、外にまで椅子と机を置いての大宴会になった。
     ぼちぼち増築した方がいいかなぁ。通常営業でも満員になる日がちょくちょくあるし、忘年会やる度に人が増えてきてるし。シリンみたいなのが2、3人集まってきたら、冗談抜きでぎゅうぎゅうになっちまうだろうしなぁ。
     ま、明日から休みだ。頭ん中は一旦、空っぽにしときたい。考えるのはそれからだ。

     双月暦516年 1月1日 火曜
     あけましておめでとう。今年は双月節無しの、3日間の休み。
     休みだっつってんのにシリンが来た。「ヒマやから」だと。勝手に遊べよとも思ったが、アタシにしたって、どうせこのまま家にいても、寝てるか新しいメニュー考えるかしかしないだろうし、たまには出かけるコトにした。
     と言って、特に見たいモノとかも無い。劇にもお芝居にも興味無いし、この歳で観覧船やら回転木馬やら乗ってキャーキャー言うのもどうかだし。(シリンなら喜びそうだけど。アイツ、頭ん中コドモみたいだし)
     仕方無しにイオタも誘って、三人で市場に出かける。つってもココも年始休みだし、開いてるのは露店くらい。あっちこっちにポツポツ座ってる奴らを半ば冷やかしつつ、駄菓子やらアクセサリやらを買う。
     そう言や、今は外させてるが、シリンも最初に会った時はピアスやら何やら、ごちゃごちゃ付けてたな。(食い物系商売で見た目汚い奴が店員って最悪だろ)昔はワルだったってちょくちょく話してるし。今はただの大食いおバカにしか見えんけど。
     2時間くらいブラブラしてたが、まあまあ楽しかった。アタシ、基本的に他の店が開いてる時に出歩いたりしないもんなぁ。年中、ほとんど休みも無しだし。つっても趣味とか無いし、仕事以外にやるコト無いんだよなぁ。

     双月暦516年 1月4日 雷曜
     仕事始め。仕入れ後にシリンと一緒に、闘技場に向かう。
     アイツ、文盲過ぎ。自分の名前すら書けないって、かなりひどいだろ。その場でスペル考える羽目になった。多分「Siline Misia」で合ってると思うけど、うーん。
     登録してすぐ、ロイドリーグに参戦するコトになった。結果は上々、早速勝ってた。でも思いっきし殴られてたな。開店後、客から「シリンちゃん、顔大丈夫?」とか聞かれてたし。
     後はピースたちよろしく、アタシもコイツの活躍に乗っかって儲けられたらいいんだがなぁ。

    赤虎亭日記 11

    2016.03.15.[Edit]
    朱海さんの話、第11話。双月暦515年12月と翌年1月:シリン・ミーシャ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11. 双月暦515年 12月27日 雷曜 ふと思ったが、シリンは闘技場に向いてるんじゃないか? あんだけ力自慢なんだし、活躍できそうなもんだけどなぁ。昔はやんちゃしてたみたいなコトも言ってたし。 アイツ、新聞もろくに読めないみたいだし、闘技場のコト知らないだけかも。明日辺り、話を振ってみるか...

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    朱海さんの話、第12話。
    双月暦516年2月:央南抗黒戦争と、シリンの快進撃。

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    12.
     双月暦516年 2月8日 風曜
     ちょっと心配な情報が飛び込んできた。央南で戦争が始まりそうだとか。
     何でも黄州の黄家と黒炎教団とで、相当揉めてるらしい。しかも黄家は焔流を抱き込んで、黒炎教団に対抗しようとしてるとか。
     そう言えば雪乃の弟子で黄晴奈ってのがいたけど、コイツの苗字も「黄」だな。関係あるのか? いや、まさかなぁ。いくらなんでも出来過ぎってヤツだ。
     まさかと言えば、雪乃もだ。結婚したって聞いたけど、この戦いに参加するとか言わないよな? もし討死でもしたら、旦那さんが悲しむってもんだ。
     くれぐれも行ったりするなよ。

     双月暦516年 2月10日 火曜
     小鈴からの手紙。今度の騒動のあらましを教えてくれた。
     マジで黄晴奈の黄って、黄家の黄だったのか。いやむしろ、ソコが理由なのか。晴奈の妹が教団にさらわれて、ソレを奪い返して、で揉めてるワケか。
     そんなに引く手あまたなのか、その晴奈妹って。いや、多分そうじゃないな。ここ数年の黒炎教団は、かなり過激らしいからな。何やかやと理由付けて、央南に攻め込みたかったんだろう。格好の材料にされたってワケか。
     ま、何にせよ知り合いが戦争に巻き込まれるってのは、いい気分じゃ無いな。央中天帝教風に考えれば、早く終わって欲しいもんだが。

     双月暦516年 2月19日 水曜
     シリンがニコルリーグに昇格。エリザリーグまで、もうあとちょっとだな。
     ウチにもアイツのファンが多くなってきた。マジでアイツ目当ての客がちょろちょろ来るようになったし、思わぬ収入って言うか、願い通りになったって言うか。
     今日はイオタの指導日。つってももう、料理についてはほぼ教えるコト無し。店を手伝ってもらいがてら、経営について話したくらい。
     来月1日には、アイツの店が開店する。何て言うかなぁ、育てた小鳥が巣立って手元を離れちまう? みたいな気分。
     コレットたちも今年いっぱいで故郷に帰るって言ってたし、寂しくなるなぁ。

     双月暦516年 2月22日 風曜
     黄海周辺で戦闘があったらしい。いよいよ開戦しちまったってワケか。
     ただ、戦闘はその日のうちに終息。黄海側が勝ったらしい。今は双方にらみ合いって感じだが、そう遠くないうちにまた教団が攻め込むだろうって話だ。
     ちなみにあの晴奈ってのが魁(さきがけ)、先陣隊長を務めたらしい。そのおかげで首尾よく僧兵隊を撃破、一日で追い返すコトに成功したんだとか。
     やるなぁ、晴奈。戦争が終わったらいっぺん会ってみたいもんだ。

     双月暦516年 2月24日 火曜
     シリンが大泣きして帰って来た。ここはてめえの家でも幼稚園でもないっつの。
     何とかなだめて事情を聞いてみたら、どうやらニコルリーグでこてんぱんにやられたらしい。相手の名前を聞いてみたらエイト・マジェスタっつって、なんと前回のエリザリーグ出場者だとか。予定してた相手が急に体調崩して、エイトがリザーバー(代理選手)として出場したんだそうだ。
     相手が悪かったなぁ、シリン。まあ、早いトコ気持ちを切り替えて、また頑張れ。

     双月暦516年 2月25日 氷曜
     エイトが花持ってウチに来やがった。マジかコイツ。案の定、シリンの顔が引きつってた。
     ただ、話を聞いてみたらどうやら謝りに来たんだそうだ。「女の子相手にやり過ぎた」つって。シリンも単純だから、ソレで許しちまった。
     で、後は普通に客として、ご飯食べて帰ってった。伊達男ってマジであんなヤツだよな。絵に描いたようなっつーか。
     でもいいヤツっぽそう。悪い感じはしないな。同じエリザリーグ出場者でも、あのクソキングとは大違いだな。そりゃ人気も出るわ。

     双月暦516年 2月27日 雷曜
     今日はシリンのおかげで儲かった。
     なんかアイツのファンクラブってのが押しかけてきて、宴会になった。「シリンちゃんの手料理が食べられる!」とか息巻いてたが、作ってんのはほぼアタシとコレットだ。アイツは芋の皮むきとかくらいしかしてないぞ。まだ店で出せるような腕前じゃないし。
     まあ、でも、喜んでたから黙っとくか。アイツらが勝手に勘違いしてるだけだし。

    赤虎亭日記 12

    2016.03.16.[Edit]
    朱海さんの話、第12話。双月暦516年2月:央南抗黒戦争と、シリンの快進撃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12. 双月暦516年 2月8日 風曜 ちょっと心配な情報が飛び込んできた。央南で戦争が始まりそうだとか。 何でも黄州の黄家と黒炎教団とで、相当揉めてるらしい。しかも黄家は焔流を抱き込んで、黒炎教団に対抗しようとしてるとか。 そう言えば雪乃の弟子で黄晴奈ってのがいたけど、コイツの苗字も「黄...

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    朱海さんの話、第13話。
    双月暦516年5月と6月:エイト・マジェスタ。

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    13.
     双月暦516年 5月7日 火曜
     今日がエリザリーグの出場者告示日だが、やっぱりと言うか、シリンの名前は無かった。そりゃまあ、今年ニコルに参加したばっかだもんな。そうそう呼ばれやしないっつの。
     一方でエイトは、当然の如く当選。今回で3回目つってたっけか。だもんで明日、シリンがお祝いしてやりたいとか言ってた。
     もしかしてだが、シリンはアイツに気があるのか? 話題の半分がエイトのコトばっかだし。まさかこのまんま付き合ったりなんてしないよな? アタシがまた追い抜かれるコトになりゃしないか、ちょっと不安だ。

     双月暦516年 5月10日 雷曜
     シリンが前に言ってた通り、エイトやらエイトの友達やらを連れて来て、ウチで祝賀会を開いた。
     シリンもそうだが、エイトも友達が多いらしい。おかげでウチの許容量をブッ千切った。久々に、外に席を作る羽目になったぜ。去年の暮れ以来だな。
     勿論儲かったには儲かったが、やっぱり増築の必要性を感じる。ボチボチ真面目に考えてみるか。

     双月暦516年 5月12日 風曜
     午前の営業はコレットたちに任せて、工務店に行ってきた。勿論テディのトコ。
     やっぱ今回も、結構負けてくれた。その代わり半年間、アイツの店のヤツらがウチで飯食う時は1割引きにしろと。しゃーねーな。
     ん? ってコトは負けてくれた分とトントンじゃないか、コレって? アイツも商売がうまいなぁ。
     ってワケで、増築決定。ただ、今年はシリンがいるし、エイトも良く来てくれてる。アイツら関係で、エリザリーグの時期にかなり賑わうかも知れん。
     ソレを考えて、工事開始は再来月のはじめにした。あー、楽しみ。

     双月暦516年 5月18日 土曜
     エリザリーグ開催に向けて、段々賑わってきた。こないだからちょくちょくエイトが来てるせいか、ほぼ全時間帯でアイツのファンだってヤツが居座ってるし、予想情報もちょろちょろ売れる。
     特にエイト関係はアイツ本人やアイツの友達から、じゃんじゃん入るからな。雪乃の時と言い、ウチも相当、闘技場関係で儲けてるよな。ありがたいね、全く。
     来年辺り、シリンもコレでウチに貢献してくれるなら、もっとありがたいもんなんだが。アイツ、未だに揚げ物とか煮物とか下手くそだし。

     双月暦516年 5月21日 火曜
     今季のエリザリーグ開幕。
     いつも通り、いや、いつも以上に情報目当ての客が多い。夕方前の時点で既に、いつもの3日分くらいの稼ぎが出てた。いやぁ、この時期は儲かる儲かる。
     ちなみにエイトは、今日は出場選手の紹介で、闘技場に顔を出しただけらしい。実際に対戦するのは3日後だそうだ。

     双月暦516年 5月24日 雷曜
     エイト、初戦快勝。こっそりアタシも賭けてたが、おかげで儲けた。
     ってか、賭博場行って爆笑したんだが、あのクソキングのオッズ高過ぎだろ。どんだけ見捨てられてんだよ、まったく。
     でも確か、もう40半ばらしいもんなぁ。限界ギリギリって感じなのかもな。そりゃ誰も勝てるなんて思わないよな。
     いい加減引退すりゃいいのに。過去の栄光が忘れられない、ってヤツか?

     双月暦516年 5月30日 水曜
     今日もエイトが勝った。おかげでアタシも賭けで快勝。今のところ、100万ちょいくらいのプラス。
     まあ、コレは営業外利益として計上はできんが。計上しちまうと商店商会運営法上、帳簿がとんでもないコトになるし。(計上したら法人税65%になるって冗談みたいな話だよな)だからコレはあくまでアタシの個人的収入、ポケットマネーってヤツだな。
     で、店の方の今月収支はプラス。去年よりちょっと多めの120万強。エイトのおかげだな。増築しても問題無さそうだ。

     双月暦516年 6月6日 氷曜
     今日はエイトの負け。当然アタシの賭けも負け。収支合計、60万弱。字面にしてみたらとんでもないな。先月の店の収益分の半分じゃん。
     エイトは今日で2勝1敗。となるとエイトの優勝は危なくなってきたな。オリアーニってのが3連勝してるし、オリアーニがもう1勝したら優勝は確定する。
     まあ、優勝争いにも賭けちゃいるが、ソコまでエイトに勝ってもらわなきゃ困るって程賭けてもいない。あくまで応援の範疇だしな。

     双月暦516年 6月18日 天曜
     エイトがまた負けた。相手は3連勝のオリアーニ。つまり今季はオリアーニの優勝。
     この回は外したが、優勝争いの方は取った。単勝でエイトとオリアーニに賭けてたし。賭けの収支は結果的に、プラス80万。やったぜ。

     双月暦516年 6月21日 水曜
     エイトから、オリアーニがいなくなったと聞かされた。何でも、突然連絡が付かなくなったらしい。
     ただ、こないだのエリザリーグで賞金はがっぽり稼いだみたいだし、失踪とかじゃなく、ただ旅行に行ったとか、その辺りだろうな、多分。
     大金を持って優雅に旅行かぁ。良いご身分だねぇ、まったく。

    赤虎亭日記 13

    2016.03.17.[Edit]
    朱海さんの話、第13話。双月暦516年5月と6月:エイト・マジェスタ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13. 双月暦516年 5月7日 火曜 今日がエリザリーグの出場者告示日だが、やっぱりと言うか、シリンの名前は無かった。そりゃまあ、今年ニコルに参加したばっかだもんな。そうそう呼ばれやしないっつの。 一方でエイトは、当然の如く当選。今回で3回目つってたっけか。だもんで明日、シリンがお祝いしてやりた...

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    朱海さんの話、第14話。
    双月暦516年12月:コレットたちの退職。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    14.
     双月暦516年 12月21日 火曜
     モンテロがいなくなったらしい、とエイトから聞いた。優勝翌日から姿が見えないんだと。
     ただ、賞金は相当な額だって聞くし、失踪って言うより旅行か何かを思い立ったって感じじゃないかな。
     あれ? なんか似たような話、前にも無かったっけ?

     双月暦516年 12月22日 氷曜
     増築の甲斐はあったな。エイトたちの宴会は前にも増して大人数だったが、どうにか外に席を作らずに済んだぜ。
     って言うかエイト、どんだけ顔が広いんだよ。こーしてエリザリーグの残念会やる度、取り巻きが増えまくってんじゃねーか。
     次の祝勝会、マジで50人は超えるんじゃねーか? そろそろ優勝も見えてきてるし。となるとまた、外席作らないとな。ソレとも前もって増築か?
     いや、でもココまで人が来るのはコイツが連れてくる時だけだしなぁ。広くすれば掃除も面倒になってくるしなぁ。まあいいか、このままで。増築費用なんて、しばらく貯められそうにないしな。

     双月暦516年 12月25日 土曜
     久々にイオタが店に来た。なんかげっそりしてた。
     事情を聞いたが、どうも店の経営がうまく行ってないらしい。2ヶ月連続で赤字出してる上、今月もヤバ気だとか。
     腕は間違い無く、この界隈じゃ一番なんだけどなぁ。店やるってなると、ソレだけじゃダメだってコトなんだろうな。
     ま、コレットたちも今月、って言うか今年一杯で辞めるし、もしその後でイオタの店が潰れたら、アタシんトコで雇ってやるか。
     いや、勿論潰れて欲しいワケじゃないけどな。あくまでアイツの店がヤバかったら、って話だ。

     双月暦516年 12月28日 火曜
     今日がコレットたちの仕事納め。明日、明後日で荷造りして、双月節の間に国へ帰るそうだ。
     何年働いたんだっけ? そう思って古い日記を読み返してみたら、507年の3月くらいにコレットの名前があった。え、507年!?
     アイツ9年もウチにいたのか。で、その翌年にボレロか。しかし、アタシが旅行に行ったのってもう9年も前なのか。考えてみるとマジで働き過ぎだな。
     来年辺り、また旅行にでも行くかー。いっぺん、コレットたちの店の塩梅も見とかないといけないだろうし。

     双月暦516年 12月30日 水曜
     仕事納め。今年の収益は500万強。昨年に引き続いて最高益を更新。
     3人も雇ったら相当減益するもんだと思ってたんだが、案外稼げるもんなんだなぁ。とは言え儲けの半分以上が情報屋としてのものだし、やっぱ定食屋一本ってのは難しいんだってのを、毎年実感する。
     納業会で、イオタがすっかりしょげ返ってるのを見た。やっぱ今月も赤字だったらしい。ってコトはほぼ間違い無く、今年全体で見ても大赤字だろう。本気でヤバいな、イオタんトコ。牧師さんからも「あんたもうちょい頑張りいな」って応援されてたし。
     アタシは一応「よーやっとる」って褒められたけど、イオタの煤けた背中見てると、なんかちょっと喜びにくい。アイツ、来年も納業会に来られるのかなぁ。
     ともかくイオタの邪気払いも兼ねて、アイツを呼んで忘年会を開いた。エイトも来たせいで、案の定、定員オーバー。でもウチの店員、そしてイオタを使って厨房フル稼働させて、全員酔い潰れるまで料理を作り通した。いやぁ、流石に腕がだるいぜ。
     でも今日だけで、まさかの30万プラス。実は忘年会もかなりの書き入れ時なんだよな。こんだけ稼げば、イオタの厄も吹っ飛んだだろ。コレットたちにとっても、良い景気付けだ。
     来年はいい年になりますように。コレットたちも、イオタも、そしてアタシも、ガンガン稼げますように。

    赤虎亭日記 14

    2016.03.18.[Edit]
    朱海さんの話、第14話。双月暦516年12月:コレットたちの退職。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -14. 双月暦516年 12月21日 火曜 モンテロがいなくなったらしい、とエイトから聞いた。優勝翌日から姿が見えないんだと。 ただ、賞金は相当な額だって聞くし、失踪って言うより旅行か何かを思い立ったって感じじゃないかな。 あれ? なんか似たような話、前にも無かったっけ? 双月暦516年 12月22日...

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    朱海さんの話、第15話。
    双月暦518年6月と7月:エリザリーグの黒いうわさと、抗黒戦争の終結。

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    15.
     双月暦518年 6月18日 風曜
     今年のエリザリーグ優勝者はオースティン。残念ながらシリンは3位、エイトは今季も2位だった。
     しかし、やっぱおかしいよな。エリザリーグの優勝者が優勝直後、突然消えちまうって言う、あの話。となるとやっぱ、オースティンも?
     ジュリアに聞いてみたけど、「犯罪が行われた明確な事実は無い。断言できない」って一点張り。お堅くなっちまったなぁ。いや、アイツの性格は昔からか。
     ただ、公安でも怪しいって意見は強いらしく、コレから数日はオースティンの周囲に、ソレとなく職員を配置しておくつもりだそうだ。
     効果があればいいんだけどなぁ。

     双月暦518年 6月19日 天曜
     今日のGCデイリーにはとりあえず、オースティンの失踪記事は見当たらない。エイトからも「今日は普通に会えた」って話を聞いた。今のところは安心、か?
     ソレよりも、新聞では央南の戦争がようやく終わりそうだって話が大きく取り上げられてた。確か一昨年のはじめくらいから始まってたよな。とりあえず雪乃は巻き込まれずに済んだらしい。
     新聞じゃあんまり詳しく書いてないが、央南連合が勝ちそうって話だ。小鈴から聞いた感じだと、どうも黒炎教団側がポカしたらしい。今年の初めから大ミスを連発して、とてもじゃないが戦線を維持できなくなったとか。
     そのせいで今、教団幹部で大揉めしてるってのは、アタシのトコにも情報がちょこちょこ来てる。戦争を主導してたワルラス・ウィルソン師ってのが、いよいよ更迭されるとかされないとか。
     何にせよ、央中天帝教信者のアタシからすれば、戦争なんぞとっとと終わってくれってなもんなんだが。

     双月暦518年 6月24日 土曜
     とんでもないニュースが入ってきた。黒炎教団の幹部が暗殺されたらしい。こないだ更迭されたばかりの、あのワルラス・ウィルソン師だって話だ。
    「一体誰が殺ったのか?」「なんで更迭された後に?」市国でもそんなうわさがじゃんじゃん飛び交ってた。割りと地理的に近いもんな、教団の本拠地と市国って。
     ともかく、コレで戦争は完全に終わるだろう。一番戦争したがってたヤツが死んだんだし。

     双月暦518年 6月29日 水曜
     ワルラス師の後を継いだって言うウェンディ・ウィルソン師から声明があったそうだ。やっぱり停戦するらしい。明日にもすぐ、連合側と交渉しに向かうって新聞に書いてあった。
     あんまり為替にゃ興味無いが、既にもう、玄銭は騰がり始めてるみたいだ。言ってみりゃ戦勝国だもんな、央南連合。

     双月暦518年 6月30日 雷曜
     オースティンが失踪した。よりによって、公安がマークしてる真っ最中にだ。
     ジュリアの話じゃ、公安局長の首が飛ぶかもって話まで出てるらしい。そりゃそうだよな、行方不明にさせまいとして厳戒警備して、まんまとやられちまったってんじゃなぁ。
     ソレ以上に、エリザリーグに優勝したヤツが片っ端から消えちまうんじゃ、誰も出場なんかしたがらなくなる。そうなりゃ市国にとっても、巨大な観光資源が消えるってコトにもなっちまう。
     公安上がりのヘレンさんからしたら、そりゃもうハラワタ煮え繰り返るって話だろうな。間違い無く、公安局長が更迭されるだろう。
     っと、今月の収支書いとかなきゃな。いつも通り、90万ちょいだった。

     双月暦518年 7月7日 雷曜
     黒炎教団と央南連合の停戦交渉がまとまったらしい。つっても事実上、教団側の敗北だろう。コレまで征服(向こうの言い分じゃ教化だが)してきたトコを全部、央南連合側に渡すコトで合意したらしい。
     まあ、賠償金だ補償だって話に持ち込ませず、土地を渡すだけに留めた辺り、ウェンディ師も相当粘ったんだろうな。ソレに渡すっつっても、後でもっぺん教団の教えを広めりゃ同じコトになるんだし。
     やり手って感じ。

    赤虎亭日記 15

    2016.03.19.[Edit]
    朱海さんの話、第15話。双月暦518年6月と7月:エリザリーグの黒いうわさと、抗黒戦争の終結。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -15. 双月暦518年 6月18日 風曜 今年のエリザリーグ優勝者はオースティン。残念ながらシリンは3位、エイトは今季も2位だった。 しかし、やっぱおかしいよな。エリザリーグの優勝者が優勝直後、突然消えちまうって言う、あの話。となるとやっぱ、オースティンも? ジュリアに聞い...

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    朱海さんの話、第16話。
    双月暦518年8月と9月:黄晴奈。

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    16.
     双月暦518年 8月10日 氷曜
     久々に小鈴が来た。しかもあの黄晴奈を連れてきた。ようやく会えたって感じだ。
     何でも晴奈、フー・ヒノカミってのを探してるとか。ヒノカミって、北海で大暴れしてるあの日上か? 色々悪いうわさが尽きないヤツだが、なんでまた央南の晴奈が、北方の日上を追ってるんだ?
     詳しく聞いてみると、なんでも日上が、晴奈の親友のエルスってヤツから(こっちも聞いた覚えあるな。連合の総大将やってるエルス・グラッドってヤツじゃなかったっけか)すごい貴重な剣を盗んで逃げてるんだとか。やっぱとんでもないヤツらしい。
     逆の意味で、晴奈もとんでもない。黒炎教団の神様に会ったコトあるとか、敵に捕らわれたけどそいつらのアジトで大暴れして壊滅させたとか、ブッたまげる話をゴロゴロ持ってるぜ。
     色々聞き出して、知り合いの作家とか詩人とかに売りつけてやろう。すげーカネになりそう。……とか企んでたら、小鈴に覚られたらしい。横から出しゃばってきて、なんでか交渉する羽目になった。
     気付けば晴奈の情報の売上の28%も取られるコトになってた。ちくしょう。我が従姉妹ながら、商売上手でいやがる。ソレともアタシが乗せられやすいのか?

     双月暦518年 8月12日 雷曜
     あんまりファンタジック過ぎるから、ツテをたどって作家クラブの連中に、晴奈から聞いた話を売ろうと持ちかけてみた。
     なんか好評。劇作家だってヤツが買いたいっつって、即金で20万エル出した。交渉成立。
     小鈴に56000エルやって、残りの14万強はアタシがもらうコトに。

     双月暦518年 8月16日 火曜
     シリンがウチを辞めたいと切り出してきた。闘技場のリザーバーになって結構カネ入ってきたから、トレーニングに専念したいんだと。
     むう、ちょっとまずいな。この店の規模でアタシ一人になっちまうと、回りゃしないぞ。誰か代わりの店員探さないとなぁ。
     ソレまでは何とかウチにいてもらわないと。

     双月暦518年 8月20日 土曜
     とりあえず商工会を通じて求人広告を出す。店の前にも張り紙しといた。
     早めに来てほしいなぁ。シリン、本格的に格闘家を意識しだしてるみたいで、こっそり寸胴鍋持ち上げたり下ろしたりして筋トレしてたし。やめてくれ。汗が入りそうで怖い。

     双月暦518年 8月30日 火曜
     今月の収支は70万ちょい。晴奈効果だ。
     しかし人材の方は振るわず。何人か面接してみたけど、「なんかちがう」って顔に出てる。確かに普通の定食屋じゃないもんなぁ。市国じゃ央南料理は珍しいし、傍らで情報屋もやってるし。
     結局折り合いが付かず、また縁があればって感じばっかりだった。

     双月暦518年 9月3日 雷曜
     シリンとエイトから、「闘技場にとんでもないヤツが現れた」って話を聞いた。
     名前はロウ・ウィアード。なんでも一昨日ロイドリーグに入って、今日にすぐ、レオンリーグに参戦したとか。マジかよ、雪乃以来のスピード昇格だな。
     ただ、あんまりにも登場が早すぎて、ドコにも情報が流れてないらしい。ピースたちに聞いても、「全然知らない」って言ってた。
     ウィアードって名前の通りだな。つかみどころ無さすぎ。

     双月暦518年 9月6日 天曜
     こないだ売った晴奈の情報に、目一杯尾びれが付きまくってるみたいだ。
     演劇まで作られてる始末だ。「縛返しの剣豪譚」つって、巷じゃ大評判らしい。アタシも観に行ったが、元ネタを本人から聞いた身としちゃ、笑いをこらえるのに必死だったぜ。
     なんだろ、央南人で侍で女でってのが、そんなにウケるのか? にしても美化し過ぎ。晴奈本人が観ても絶対、自分のコトだって分かんないだろうなー、アレじゃ。

     双月暦518年 9月10日 雷曜
     こないだ日記に書いてたあの演劇、人気出すぎ。ちっと癪だからリベートでももらえないかと思って、もっぺんクラブを訪ねてみた。
     だけど残念ながら、晴奈の話を買ったジャッロって劇作家はいなかった。毎日満員御礼で、滅茶苦茶忙しいんだと。相当稼いでるらしいな。こりゃますます、リベートふんだくってやらなきゃな。

     双月暦518年 9月15日 氷曜
     ようやくジャッロを捕まえた。単刀直入に「儲かってんだろ」って聞いたら、ゲラゲラ笑ってやがった。やっぱりか。
     だったらウチで慰労会でもやれよって誘ったら、向こうも「央南料理で締めるのも乙だな」つって、予約してくれた。
     ま、人数も多そうだし、そこそこカネになるだろ。コレでリベート分としとくか。

     双月暦518年 9月17日 雷曜
     わっけ分かんねー。
     いきなり店、って言うかアタシん家のど真ん中に小鈴と晴奈と、あと一人、「狐」のフォルナって子が現れやがった。しかも全員ボッコボコ。晴奈なんかアザまみれ、血まみれだし。後で畳変えなきゃな。
     ともかく冗談抜きで死にそうだったんで、軽傷そうだったフォルナと一緒に、モニカの病院へ運ぶ。アイツの腕は確かだし、助かるだろ。多分。
     って言うか助かれ。小鈴の葬式の喪主なんか、まっぴらごめんだ。英雄の悲劇譚なんてのも売りたかないし。

    赤虎亭日記 16

    2016.03.22.[Edit]
    朱海さんの話、第16話。双月暦518年8月と9月:黄晴奈。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -16. 双月暦518年 8月10日 氷曜 久々に小鈴が来た。しかもあの黄晴奈を連れてきた。ようやく会えたって感じだ。 何でも晴奈、フー・ヒノカミってのを探してるとか。ヒノカミって、北海で大暴れしてるあの日上か? 色々悪いうわさが尽きないヤツだが、なんでまた央南の晴奈が、北方の日上を追ってるんだ? 詳しく聞いて...

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    朱海さんの話、第17話。
    双月暦518年11月:ロウ・ウィアード。

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    17.
     双月暦518年 11月7日 土曜
     予想通りっつーか何つーか、ウィアードがエリザリーグに選出されたそうだ。近年稀に見る大本命って感じ。シリンもエイトも戦々恐々としてるのが目に見える。
     って言うかシリン、マジで頑張んないとダメだろ。無理無理店を辞めて、ほとんど一日中トレーニングに費やしてんだから。ソレで負けたら承知しねーぞ。
     でもアタシの予想としては、やっぱりウィアードが優勝なんじゃないかなぁって。おっそろしく強いみたいだし。

     双月暦518年 11月9日 天曜
     小鈴と晴奈が退院。まだ包帯巻いてるけど、もう普通に歩けるそうだ。
     ただ、治療費として結構な額を立替してたんで請求したんだが、払えないと来た。いや、確かに50万エルは大金だけども、払ってもらわなきゃアタシが痛い。
     が、ここで名案が浮かぶ。しばらくコイツら雇おう。やっぱ一人だと死ぬほど忙しいし。って言うか、既にフォルナも半分、ウチの店員みたいになってたし。お姫様なのになぁ。内緒だけど。

     双月暦518年 11月10日 火曜
     小鈴評価:特A。文句なし。
     やっぱアイツ、万能だな。調理から接客、掃除に買い出し、何やらせても不満なんか無い。ソレでもあえて難を言うなら、若干自己中。やりたくない仕事があると、ふっとどっかに消えやがる。いい根性してるぜ、まったく。
     フォルナ評価:B。お姫様気質漏れ過ぎ。隠せよ。
     ちょっと気取り過ぎ。言葉遣いが堅い。もうちょいウチの雰囲気に合わせて欲しいトコだ。
     あと、調理もイマイチ。ソコはやっぱお姫様か。今まで包丁なんか持ったコト無いんだろうな。
     ただ、仕事っぷりは丁寧だ。口調が堅いとは言ったものの、接客もまずまずだしな。もうちょい続ければこなれてきそうだ。
     晴奈評価:C。雑過ぎ。気も短過ぎ。
     刃物の使い方こそ流石って感じだが、味付けは濃いし、出汁は変にしょっぱいし、かと思えば煮物は半生、盛り付けもグチャグチャ。ちょっとくらい抑えろ、整えろ。
     接客態度に至っては最悪、の一歩手前。笑え。お辞儀しろ。門番かなんかじゃないんだから、ぶすっと仏頂面で突っ立ってんじゃねえ。
     なんだろな、「戦争じゃ英雄でも平和な時じゃお荷物か悪人」って話があるが、晴奈もそのクチか?
     晴奈は根気良く指導しなきゃダメだな。

     双月暦518年 11月17日 火曜
     ふ ざ け ん じ ゃ ね え ぞ 晴 奈 の ア ホ ん だ ら

     双月暦518年 11月18日 氷曜
     ようやく頭が冷えてきた。昨日の分も合わせて書く。
     晴奈が客にからかわれたかなんか知らんが、大声あげてキレやがった。その場で晴奈を殴る。客には散々頭を下げたが、反応が微妙な感じ。多分、もう来ないだろう。
     鍛えてるだろうし、アタシが殴ったコト自体はこたえちゃいないだろうが、3日謹慎を言い渡した。勿論、その間の給料なんか出さねえ。懐が寂しいっつってたし、コッチはそこそこ効いたはずだ。
     で、今日の話。フォルナは今日は休みにする予定だったが、晴奈のバカを謹慎させてるから、代わりに出てもらった。正直言って、コッチの方が百倍頼りになる。段々調理にも慣れてきたみたいだし。
     とは言え、だ。アイツ役に立たない、じゃあ切っちまえ、じゃソレこそダメ店主だ。今回のコトはよーく反省させるとして、改めて店員の何たるかを叩き込まなきゃな。

     双月暦518年 11月21日 土曜
     今季のエリザリーグ開幕。
     一回戦はシリンが出場。今回は幸先良く、初戦を制したらしい。そのままウチにメシ食いに来るかと思ったが、今日は来なかった。一応仕入れといたんだが、下手すると余らせそうだなぁ。
     晴奈の謹慎明け。相変わらずぶすーっとしやがって。相変わらず、愛想無さ過ぎ。参るね。とりあえず耳つねって「笑え」っつっといた。

     双月暦518年 11月24日 火曜
     今日はうわさの新鋭ウィアードの、エリザリーグでの初陣だったそうだ。結果は当然のように勝ちだとさ。
     一応、シリンとエイトと一緒に、ウィアードにも賭けてるんだが、コイツら同士で対決ってなった時はどうしようか、ちょっと悩み始めてる。勝ってほしいのはシリンたちだが、今日の結果を聞くと、ウィアードに浮気したくなっちまう。
     リーグと言えば、晴奈もウデはあるって話だし、参加させてもいいんじゃないかとは思う。ただ、剣士って言ってたし、だとするなら今は無理だよな。刀、無くしたっつってたし。ソレでなくとも、今のアイツじゃダメだろうな。とてもじゃないが気迫が感じられないし。

    赤虎亭日記 17

    2016.03.23.[Edit]
    朱海さんの話、第17話。双月暦518年11月:ロウ・ウィアード。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -17. 双月暦518年 11月7日 土曜 予想通りっつーか何つーか、ウィアードがエリザリーグに選出されたそうだ。近年稀に見る大本命って感じ。シリンもエイトも戦々恐々としてるのが目に見える。 って言うかシリン、マジで頑張んないとダメだろ。無理無理店を辞めて、ほとんど一日中トレーニングに費やしてんだから。ソ...

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    朱海さんの話、第18話。
    双月暦518年11月と12月:エリザリーグの光と影。

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    18.
     双月暦518年 11月30日 天曜
     シリン対ウィアード戦。めっちゃ迷ったが、情に流されてシリンに賭けた。結果は負け。くっそぅ。
     しかしシリンだって、結構頑張った方だろ? 店辞めてからずーっと鍛えてたんだし。ソレでもウィアードが勝っちまうのか。こりゃ6日後のエイト対ウィアード戦も考え直さなきゃな。
     今月の収支は90万強。この時期は闘技場の情報が売れるから、例年通りって感じだな。小鈴とフォルナの頑張りもあるから、プラマイ0とも言える。後は晴奈がもっと良くやってくれれば文句無しなんだが。

     双月暦518年 12月6日 風曜
     前回の反省を活かして、今回のエイト対ウィアード戦は情じゃなく利を取って、ウィアードに賭けた。
     結果は勝ったけども、どーにも納得できない。勝ったには勝ったんだけどさぁ。やっぱエイトの方を応援しなかったって気持ちになるし、ソコはモヤモヤしてる。
     晴奈はよーやく、愛想笑い程度はしてくれるようになった。まだからかわれたら、表情変わるけれども。まあ確かにプロポーションが乏しいってのはアイツの悩みなんだろうし、ソコをいじられんのが相当嫌なんだろうってのは、分からなくも無い。
     アタシだって「いいトシなんだから結婚したら?」なんて言われたら、イラッとするしな。……とは言え、流石に怒鳴りつけるまではしねーよ。何様だよまったく。

     双月暦518年 12月12日 土曜
     今日はシリン対エイト戦。今回は素直に、シリンに賭けるコトにした。
     結果は負けたけど、まあいいやって気持ちだ。前回に比べたらマシ。賭けの結果は赤字気味だけど。
     最近、フォルナが人気者だ。チラホラ、あの子目当ての客が来るようになった。ポストコレットって感じ。となれば晴奈がボレロか? じゃあ小鈴が、……いや、小鈴は小鈴だよな。ソレ以外の何者でも無いよな。
     晴奈もボレロみたく、いずれは上達してくれればいいんだが。まあ、地道に腕は良くなってるし、ちょっとずつは愛想も良くなってきてるしな。気長に見守るとするか。

     双月暦518年 12月18日 雷曜
     エリザリーグ最終日。
     最終戦はエイト対フランキ。言うまでも無くエイトの勝ち。賭けも勝ち。
     で、最終結果。シリンは3位。エイトが2位。そしてあのウィアードが初出場で、堂々の1位だとさ。やっぱ、とんでもなかった。
     次回は晴奈も参戦させてやりたいトコだ。多少値は張るだろうが、やっぱ刀を買ってやろう。でもなぁ、買い出しついでにチラッと武器関係の店を見てみたが、素人目にもあんなの、数打ちのナマクラだって丸分かりだ。あんなもん渡しても、晴奈がしょんぼりする様子が目に浮かんじまうぜ。
     となるとオーダーメイドか。高く付くだろうなぁ。

     双月暦518年 12月20日 風曜
     いい加減にしろ公安。今度はエイトが消えた。
     今回ばかりは流石に、ジュリアのトコに怒鳴り込んだ。毎回毎回毎回毎回、リーグが終わる度に人が消えてんだぞ!? ってな。
     ただ、公安の方でも(当然だろうが)危惧はしてたらしい。今回もかなり大掛かりに、「ウィアードの方には」警備を敷いてたんだそうだ。で、今回は1位じゃなく2位がやられた。完全に裏をかかれたってワケだ。
     もう滅茶苦茶だぜ。次もやられたら、間違い無く闘技場は閉鎖される。次に行方不明になるヤツを指名してるようなもんだからな。ヘレンさんは市国の安全推進を訴えてるし、総帥の権限をフルに使って閉鎖を強行するのは、目に見えてる。
     ただ、まだコレは秘密だが、闘技場サイドは何としてでも、閉鎖を回避したがってるらしい。そりゃそうだろうな、収入が完全に消えちまうんだから。
     だもんで、公安のお偉いさんやらと話し合って、次回までにはどうにか片を付けられるよう、特別捜査チームを組むってコトになったらしい。で、そのチームがジュリアをリーダーにしてるってコトも聞いた。
     そのチームに関しては、かなり厳重に、秘密を厳守して欲しいと言われた。無論、今後の取引やら捜査の影響やらを考えて、ソレは守るつもりだ。ただ、そうなるとジュリアのチームだし、ソコには確実にバートもいるはずだ。捜査してる間は他人の振りをしてやった方が、アイツにとっても都合が良いだろうな。
     あーあ、何だかうっとうしい話になってきちまったもんだ。

    赤虎亭日記 18

    2016.03.24.[Edit]
    朱海さんの話、第18話。双月暦518年11月と12月:エリザリーグの光と影。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -18. 双月暦518年 11月30日 天曜 シリン対ウィアード戦。めっちゃ迷ったが、情に流されてシリンに賭けた。結果は負け。くっそぅ。 しかしシリンだって、結構頑張った方だろ? 店辞めてからずーっと鍛えてたんだし。ソレでもウィアードが勝っちまうのか。こりゃ6日後のエイト対ウィアード戦も考え直さ...

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    朱海さんの話、第19話。
    双月暦519年1月:女神伝説、ふたたび。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    19.
     双月暦519年 1月4日 風曜
     こないだアガサから教えてもらった鍛冶屋を訪ねる。店主のミツオ(名前は央南風だけど、央中語が流暢だったし、顔もこっち系っぽいから、央南系の3世ってトコか?)に刀を打ってもらうよう依頼したところ、快諾してくれた。
     思ったより高く付いたが、刀が完成すれば、晴奈も闘技場に出場できるだろう。後はジュリアの捜査がうまく行ってくれれば、安心して応援できる。
     店での様子も、大分マシになってきた。どうにか店に出せるレベルには料理できるようになってきたし、とりあえずは愛想も良くしてくれてる。ただ、日を追う毎にぼんやりしてきてるのが心配だ。見ててちょっと引くくらい。まさかこのままボケやしないだろうな?

     双月暦519年 1月8日 水曜
     超久々に、シリンと会った。つっても店でじゃなく、買い出しの途中で。かれこれ2ヶ月、3ヶ月ぶりくらいか?
     何て言うか、元気が無さ気な感じだった。そりゃそうだよな、エイトがいなくなっちまったんだから。この数年、かなり仲良かったもんな。アイツのコトだから、きっとわんわん泣きまくってたんだろうな、想像が付く。
     近い内にメシ食いに来いよっつって、励ましがてら誘っといた。

     双月暦519年 1月13日 火曜
     晴奈のボケっぷりがひどい。
     滅多に怒らなくなった反面、反応がものっすごく鈍くなってきた。傍から見てる分には、現実逃避してるのが丸分かりだ。マジで心、ココにあらずって感じ。そろそろ貯金もヤバいんだろうなぁ。一応給料は働いた分だけ渡しちゃいるが、旅費には到底届かないだろうし、稼いだ端から生活費で消えてくだろうし。
     相当参ってきてるっぽいな。早いトコ、ミツオから刀もらわなきゃな。

     双月暦519年 1月18日 風曜
     ミツオから連絡が来た。刀が打ち終わったらしい。思ってたよりかなり早かった。
     買い出しの合間に、受け取りに行く。名前は「大蛇」。確かに素人目に見てもすげー出来栄えだとは思うけど、お値段、驚きの4万3千クラム。エル通貨に換算すると、なんと97万エル。「3万エルオマケしたぜ」ってやかましいわ。微々たるもんじゃねーか。まあ、その分桐の箱に入れてもらったりして、色を付けてもらったけども。
     で、晴奈に打診しようとして、しくじった。話の持って行き方、完全に大失敗。晴奈を泣かせちまった。って言うか泣くんだな、お侍さんでも。……いや、今になって思い返してみれば、確かにヒドいコト言ったなーとは反省してるけども。
     ピースたちが助けてくれたおかげで丸く収まったし、丁度いいタイミングで刀も渡せたけど、ヒヤッとしたぜ、全く。ともかくコレで、晴奈も闘技場参戦決定だ。

     双月暦519年 1月19日 天曜
     16年前の再現。晴奈も参戦早々、速攻で相手をのしちまったらしい。雪乃の再来だな。
     んで、ピースたちと一緒に帰って来て、早速祝勝会って運びになった。話してる内に、晴奈もピースたちも、どっちも雪乃を知ってるってコトが判明したらしく、ずっと雪乃の話で盛り上がってた。
     この調子なら、きっとすぐレオンリーグ、ニコルリーグと進むだろうな。下手すると雪乃同様、今季のエリザリーグにまで間に合うかも。
     あと、あの捜査の関係で、ウチに公安の新顔が訪ねてきた。狐獣人で、名前はエラン。……エラン? なんかどっかで聞いたコトあるような? うーん、思い出せんなー。第一印象としては、新米の頃のバートみたいな感じ。無理に背伸びしてかっこつけてる坊や、ってトコだ。
     とりあえず知り合いに手を回して調べた、ここ数年で行方不明になった大会出場者のリストを渡した。今季の開催までに犯人を挙げてくれれば安心できるんだが、……何て言うか、エランを見てると不安だ。

     双月暦519年 1月22日 水曜
     今日も晴奈の対戦日。4日前とは打って変わって、すっかりノリノリで出かけてった。
     その間に、またエランが来た。今度は、いわゆる「裏口」で市国に出入りしてるヤツらのリスト。マジで単純に、今まで行方不明になったヤツが旅行してるって言うなら、入出国管理局か、このリストか、どっちかに記録されてるはずってコトになる。とは言え勿論、このリストに全部書いてるとは言い切れないが。

     双月暦519年 1月26日 天曜
     闘技場の管理委員会から、晴奈宛に手紙が届いた。レオンリーグへの招待状だ。予想通りだな。
     でも雪乃の時と比べて、招待までに時間がかかったな。事件関係で、闘技場も「コレ以上行方不明者を出せないぞ」って、用心深くなってるってコトかねぇ?
     またエランが来た。やっぱりこないだのリストは役に立たなかったらしい。アタシも見たけど、載ってなかったしな。
     今度渡したのも、「裏」関係。主だって市政局の税務課に申告できないようなタイプのヤツ。(あくまで今回の捜査のためだけに使うコト、市政局には届け出ないコトって条件付きで渡した)結構量があるんであんまり目を通せてないが、行方不明者とどう関係するんだか。一番関係ありそうなのは、やっぱ人身売買か?
     何にせよ、ようやく捜査が始まったって感じだな。

    赤虎亭日記 19

    2016.03.29.[Edit]
    朱海さんの話、第19話。双月暦519年1月:女神伝説、ふたたび。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -19. 双月暦519年 1月4日 風曜 こないだアガサから教えてもらった鍛冶屋を訪ねる。店主のミツオ(名前は央南風だけど、央中語が流暢だったし、顔もこっち系っぽいから、央南系の3世ってトコか?)に刀を打ってもらうよう依頼したところ、快諾してくれた。 思ったより高く付いたが、刀が完成すれば、晴奈も闘技場...

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    朱海さんの話、第20話。
    双月暦519年3月:エランとフォルナ。

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    20.
     双月暦519年 3月5日 雷曜
     今日はシリンを連れてきた。ようやく晴奈と初顔合わせだ。
     晴奈が作った料理にシリンが舌鼓を打ってた。本当に思うが、晴奈は料理がうまくなったもんだ。最近はちゃんと笑顔で接客してくれてるし。
     話の流れで今晩はシリンがウチに泊まるってコトになって、今、下で晴奈と楽しく話してる。片付けもアイツらに任せて、今日はもう寝るとするか。

     双月暦519年 3月6日 土曜
     晴奈がうろたえた様子で戻ってきた。何でも、シリンの試合を観に行って、その対戦相手があのウィアードだったとか。しかもそのウィアードが、抗黒戦争ん時の晴奈のライバルのウィルソンだと。
     ところがウィアード、完全に昔の記憶が無いらしくって、晴奈のコトもさっぱり覚えてないらしい。他人の空似って可能性もあるが、あれはウィルソン本人に間違い無いって晴奈は言い張ってる。
     もし晴奈の言うコトが当たってたら、ウィアードはかつて晴奈と張り合ったウィルバー・ウィルソン僧兵長ってコトだ。そりゃ、強くて当然ってワケだな。

     双月暦519年 3月8日 天曜
     どーしても気になるっつって晴奈が頭抱えてたんで、ウィアードに会ってこいよって言っといた。そしたらフォルナも一緒に行くっつって、二人で出かけてった。
     んで、小鈴と一緒に店で仕事してたら、またエランが来た。今回渡したのは、あのクソッタレのキング一味の関係者からこっそり買った帳簿の一つ。2回も破産してるってのにまだ店が生き残ってるのは変だし、しかも散々エリザリーグに参戦しまくってるのに一度も危害を加えられてない(そりゃ最近は万年最下位だけども)ってのも、相当おかしい。つまり、相当「臭い」ってコトだ。
     しかし今回もチラ見させてもらったけど、キングんトコの台所事情、黒すぎ。露骨にドラッグの名前がつらつら書いてあるし、「荷袋」とだけ書いてるヤツも怪しすぎるぜ。文字通り袋だとしても、ソレがなんで1つ50万とか60万で売れるんだ。「大蛇」並じゃねーか。取引相手は「央北 Dr.O様」って書いてあるが、コレも怪しさ満点。ドクターて。
     ともかくエランに帳簿を渡して、代わりに捜査の進捗状況を聞いた。無論、旅行の線はまったく無し。管理局にも密出国リストにも、それらしいのは無かったそうだ。その他の線も色々洗ってるところだが、やっぱり事件以外の線は薄いらしい。
     話の中身は、概ね予想通り。結局、エランからの話は大して役に立ちそうも無い。

     双月暦519年 3月11日 水曜
     最近、エランが嬉しそうにウチに来る。情報交換以外に目的があるのは明らかだ。ま、どう見てもフォルナと話したいって顔してるけどな。
     小鈴もその辺りはピンと来てたらしく、「あいつらくっつけてみない?」つってきた。なんだかなぁ、そこはかとなくイラっとする。んなコトしてるヒマにお前が誰かとくっつけよって話だよ。
     とは言え、確かに面白い話ではある。日頃ご愛顧いただいてるお客様にサービスしとくのも悪く無い。ソレに、アタシの目から見てもちょっと不憫になるくらい、エランは袖にされてたしな。
     小鈴と計画を練る。明日はフォルナに休んでもらい、一方でエランにこそっと、フォルナがいそうなトコをまとめたメモを渡してやるコトにした。コレで明日はバッチリだろう。

     双月暦519年 3月12日 雷曜
     エランがとんでもないコトになってた。つってもフォルナと付き合うとかそう言う話じゃなく、腕吊ってた。
     なんでもフォルナを拉致して殺そうとするヤツらに出くわしたらしいんで、それを止めようとして揉めて、大ケガしたとか。途中でシリンとフェリオに助けてもらったって話だが、何にせよ、二人とも無事で良かった。
     そう、あとフォルナからこそっと聞いた話じゃ(無論内緒にしててくれとは言われたが)、エランってヘレンさんの息子さんだって。あー、そうだった。忘れてたわマジで。そう言や一回会ってるわ。ヘレンさんが一度ウチに連れて来てた。
     改めて思うが、長いコト店を続けてるもんだね。あんなちっちゃかったエラン坊やが、昔のバートみたいな格好するようになったかー……。そのバートにしても、もう若造って言えない歳になってるワケだし。
     うーん、フクザツな気分だ。もしあの頃に結婚して子供できてたとしたら、アタシにも、フォルナくらいの子供がいてもおかしくないんだよなぁ。つっても相手なんか、コレっぽっちもいやしないんだが。
     相手、……にゃされてなかったけども、そう言やイオタ、元気にしてんのかなぁ。結局店を潰しちまって、その後すぐ、「修行の旅に出る」とか言い出して、どっか行っちまったけども。
     まさか行方不明になってやしないだろうな? いや、実際ドコ行ったか分からんし、行方不明みたいなもんだけども。

    赤虎亭日記 20

    2016.03.30.[Edit]
    朱海さんの話、第20話。双月暦519年3月:エランとフォルナ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -20. 双月暦519年 3月5日 雷曜 今日はシリンを連れてきた。ようやく晴奈と初顔合わせだ。 晴奈が作った料理にシリンが舌鼓を打ってた。本当に思うが、晴奈は料理がうまくなったもんだ。最近はちゃんと笑顔で接客してくれてるし。 話の流れで今晩はシリンがウチに泊まるってコトになって、今、下で晴奈と楽しく話し...

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    朱海さんの話、第21話。
    双月暦519年5月:伝説の519年上半期エリザリーグ(前編)。

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    21.
     双月暦519年 5月7日 水曜
     やっぱり晴奈はすごかったみたいだな。参戦半年と経たずに、エリザリーグに選出された。勿論、シリンも当選。そしてウィアードも。
     あと、聞いた話じゃ晴奈の先輩、楢崎ってヤツも当選したとか。残るはいつも通り、クソキング。
     今回ばかりは行方不明者が出たりしないと思うが、(出したら今度こそアウトだろうし)この中から出るとすれば、多分シリンか楢崎だろう。晴奈はマジで強くて、手出しなんかしようったってできないだろうし、ウィアードも(晴奈の話が本当なら)晴奈並みに強いから、コイツもさらうのは無理。キングはさらわれるって言うか、むしろさらう側っぽいし。となると、残るはシリンと楢崎になる。
     今日もエランが来てたんで、ジュリアにこの予想を伝えるよう言っておいた。まあ、ジュリアのコトだし、アタシが思いつくコトくらい、とっくに気付いてるだろうが。

     双月暦519年 5月11日 天曜
     エランがジュリアからの返事を持ってきた。
     要約すると「わたしたちの方でも、キングに関しては同じ結論に達してる。でもセイナさんたちが強いからと言って、相手が集団で襲いかかってきても太刀打ちできるとは断言できない。だからキング以外の4人については、同じように警戒してるわ」、だと。
     まあ、言われりゃその通りか。「多勢に無勢」って言葉もあるし。何だかんだ言ってもこっちは素人なんだし、下手な横槍は入れん方がいいか。

     双月暦519年 5月13日 氷曜
     晴奈が朝っぱらからシリンと出かけてった。今日は一緒にトレーニングしようって約束してたらしい。健康的なコトで。
     対照的に、小鈴は昼までぐっすり寝てた。ホントにコイツ、昔から低血圧だなぁ。ほっとくと夕方まで寝っぱなしになりかねないから、今日も起こす。
     晴奈が帰って来たのは日暮れ前。お前ら何時間やってんだよ。コイツらもコイツらだなぁ。当然の如く、シリンも一緒にメシを食っていった。在庫が減る減る。

     双月暦519年 5月15日 雷曜
     フォルナがうんざりした顔をしてた。聞かなくても分かる。エランだな。昨日は店に来て、そのままフォルナを誘ってったからな。また何やかや、めんどくさいデートだったんだろう。顔見りゃどんなだったか分かるよ。
     でもそんなに邪険にしなくてもいいじゃん。相手がいるだけマシじゃん。いないヤツがココにいるんだぞ。

     双月暦519年 5月20日 氷曜
     いよいよ明日から、今季のエリザリーグが開幕だ。と言っても、晴奈の出場は4日後。シリンと対戦だ。
     だからってコトで、今夜は一緒に酒飲んでた。女戦士の友情、ってか?

     双月暦519年 5月21日 水曜
     開店前に、晴奈が楢崎を連れて来た。ご馳走してやりたいんだと。
     作ったのはカツ丼。「勝つぞ」ってゲン担ぎだそうだ。ベタだなぁ。でも実際、アタシの目から見ても美味そうに作ってた。楢崎も大喜び。やるようになったもんだねぇ、晴奈。
     で、今季のエリザリーグ開幕。初日はキング対楢崎。
     言うまでもなく、楢崎に賭けた。そして言うまでもなく、勝利。でもオッズ低すぎて儲けた気分じゃない。
     もしかして、キングは闘技場を脅してんのか? じゃなきゃこんな人気の無いヤツが、何年もエリザリーグに居座ったりしないだろ。

     双月暦519年 5月23日 土曜
     土砂降り。客の入りもかなり悪い。
     晴奈とシリンがいつもみたく朝からトレーニングしようっつって出てったけど、昼前に戻ってきた。だもんで在庫が腐る前に、シリンに片付けてもらった。ラッキー。
     ソレ以外はもう商売になりそうもなかったんで、フォルナや小鈴も交えてだらだら遊んで過ごす。
     途中、フォルナがカード占いやりだして、晴奈に悪い結果が出たらしい。猫耳がぺたっとしょげてた。分かりやすいなぁコイツ。

     双月暦519年 5月24日 風曜
     今日の対戦はシリン対晴奈。めっちゃ悩んだが、昨日のフォルナの占いの結果を信じて、シリンに賭けた。結果は負け。やっぱ当てにならんな、占いなんて。
     終わった後はいつも通り、店で二人並んでメシ食ってた。シリンはあんまり飲まなかったが、晴奈は今日もお銚子3本カラにしてた。
     前々から思ってたが、晴奈、酒強いよなぁ。騒いだり性格変わったりってのは無いし、極めて静かなもんだが、酔い潰れてトイレに籠る、なんてのは一度も見た覚えが無い。むしろシリンがそうなった後、介抱してるのはちょくちょく見るが。
     雪乃なんかお銚子1本開けたら、もう顔真っ赤にしてぐでーってなってたけど。

     双月暦519年 5月27日 氷曜
     今日はウィアード対楢崎。今回は評判通り、ウィアードに賭ける。晴奈にはちょっと悪い気がするが、結果は勝ち。
     そう言や買い出しの途中ピースに会ったが、アイツらも結構な額を賭けてるらしい。ギャンブル系のカネを加えたら法人税が爆上がりになるってのに、堂々と店の売上に計上してるってコトは、ガッチリ勝ってるんだろうな。今回のも、ウィアードに400万も賭けてたっつってたし。ウィアードのオッズが1.09だったから、80万近く勝ったってコトか。法人税分を抜いても30万弱の儲けになるワケだ。
     しかも今んトコ全勝してるっつってたし、今まで同じように賭けてたとしたら、もう500万以上勝ってるコトになる。ウチの年収とほぼ同額か。マジかよ。
     コッチも負けてられ、……いやいやいやいや、対抗すんな自分。店のカネ使ったらダメだ。もし負けたらとんでもないコトになる。勝ったとしても、もし市政局にバレたら税金がヤバいコトになるし。
     アタシはアタシ、手堅く自分のカネで賭けよう。

    赤虎亭日記 21

    2016.03.31.[Edit]
    朱海さんの話、第21話。双月暦519年5月:伝説の519年上半期エリザリーグ(前編)。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -21. 双月暦519年 5月7日 水曜 やっぱり晴奈はすごかったみたいだな。参戦半年と経たずに、エリザリーグに選出された。勿論、シリンも当選。そしてウィアードも。 あと、聞いた話じゃ晴奈の先輩、楢崎ってヤツも当選したとか。残るはいつも通り、クソキング。 今回ばかりは行方不明者が出たり...

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    朱海さんの話、第22話。
    双月暦519年5月と6月:伝説の519年上半期エリザリーグ(後編)。

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    22.
     双月暦519年 5月28日 水曜
     フォルナから「楢崎の顔ができそこないの揚げ物みたいにボッコボコだった」と聞いて、晴奈が見舞いの弁当を作って持ってった。揚げ物て。フォルナの言い方も大概だが、よっぽど昨日のウィアード戦は激しかったらしいな。
     にしても、最近の晴奈は楽しそうに料理するようになったなぁ。腕も手際も随分良くなったし。目覚めたかな、料理に。もし剣士やめても、コッチで食ってけそうだ。ま、ソレは無いだろうが。

     双月暦519年 5月30日 土曜
     はっは、バカみてえ。シリン対キング戦、あんまりにもキングに票が集まら無さすぎて、お流れになった。結果は言うまでも無し。シリンの勝ち。
     で、いつも通り店で晴奈とメシ。シリン、今日はかなり飲んでた。で、予想通り潰れてウチに泊まるコトに。妙にがぶ飲みしてんなーと思ってたが、フォルナからシリンの試合前に、クソキングがまたろくでもないちょっかい出してたって話を聞いて納得。シリン、そーゆーのに弱いもんなぁ。
     今月の収支はプラス80万。例年並み。

     双月暦519年 6月3日 火曜
     今日は晴奈対楢崎戦。勿論晴奈に賭ける。で、勿論勝ち。今日は鉄板と思ってたんで、アタシの貯金全部つぎ込んだ。おかげで400万以上になって戻ってきた。うへへ、笑いが止まんねえ。
     ただ、晴奈が帰って来るなり、ぱたっと倒れて寝込んじまった。「疲れすぎて体が言うことを聞かぬ」だとさ。アタシが思ってたより、苦戦したらしい。
     今回の賭け、実は結構リスクでかかったのか? 晴奈の寝顔を見てたら、ちょっと冷汗かいた。勝ってくれて良かったぜ、マジで。

     双月暦519年 6月4日 氷曜
     とうとうウィアードがウチに来た。晴奈の見舞いだと。
     見た感じ、ふつーにドコにでもいそうな「狼」のにーちゃんって感じだった。評判とは全然違うなぁ。ただ、確かに腕とか服越しに見えてる筋肉はスゴかった。楢崎もマッチョな方だったが、コイツも相当だ。
     しばらくしてシリンとエランとフェリオも来た。ご大層だなぁ、たかが筋肉痛でこんなに見舞いが来るなんて。
     その後は当然と言うか、全員でメシ食べて帰ってった。

     双月暦519年 6月6日 雷曜
     今日はシリン対ウィアード。シリンに賭けたが、結果は負け。しかも聞いた話じゃ、秒殺されたらしい。おいおいシリン、もっと頑張れよぉ。
     で、フェリオと一緒にウチに来て、酒飲んで潰れた。フェリオも災難だな。晴奈のファンだっつってんのに、シリンに絡まれてヤケ酒に付き合って、しかもゲロの始末までさせられて。

     双月暦519年 6月9日 天曜
     今日は晴奈対キング。今回は賭けてない。どうせ今回、賭けは成立しないだろうし。
     後で聞いたら、やっぱ予想通り賭けはお流れ。晴奈が圧勝。先週、筋肉痛でうんうんうなってたのが嘘みたいに、平然と帰って来て、後はふつーに店番してた。
     後はエランが来て、いつも通り情報渡したくらい。エリザリーグ中だっつーのに、何もなさすぎな一日だった。

     双月暦519年 6月12日 水曜
     今日はシリン対楢崎。シリンに賭けたが、結果は負け。あ、先週と全く同じコト書いてる。って言うか今回のシリン、1勝3敗か? ズタボロじゃないか。
     勝った楢崎にしても、今回は2勝2敗で優勝は消えた。クラウンは論外。3日後のウィアード戦でも間違い無く負けるだろう。
     となると優勝争いは、晴奈かウィアードか。うーん、どっちかなぁ。迷うぜ。ピースにでも聞いてみようかなぁ。
     今コレ書いてる最中、シリンがトイレで吐く声が聞こえてる。またかよ。気持ちは分かるけども、お前ちょっとは学習しろっての。酒強くないんだから飲み過ぎんなって。
     あ、なんかフェリオが来たっぽい。最近、すっかりシリンの彼氏っぽくなってるよな、アイツ。めんどくさいから介抱させるとするか。せめて水くらいは持ってってやろう。

     双月暦519年 6月15日 風曜
     今日はウィアード対キング戦。やっぱり賭けはお流れ。だよなー。そしてウィアードがキングを瞬殺。だよなー。もう聞く前から予想できちまってるっての。
     そう言や晴奈から、ウィアードに子供できたって聞いたなぁ。マジかよ。なーんかアタシの周りのヤツ、どんどん結婚してどんどん子供作ってんじゃん。また取り残されるのか……せつねぇ。

     双月暦519年 6月18日 氷曜
     今日はエリザリーグ最終日。大一番、晴奈対ウィアード。勿論、晴奈に賭けた。
     が、結果は負け。ピースによれば、最後の最後まで対等に競り合ってて、すげー惜しかったんだそうだ。
     ま、おつかれさん、ってトコだな。何だかんだ言って、初出場で2位になったんだし、十分にすごい。
     今は楢崎とシリンと一緒に出ててまだ戻らないが、帰って来たら盛大に祝ってやろう。



     ふざけんな ふざけんな ふざけんな ふざけんな ふざけんなーッ!!!!!!
     またかよ! いい加減にしろよ! ジュリア、お前何やってんだよ! マジでよぉ!?
     ウィアードが殺されただと!? しかもあの超絶最低クズのクソキングに!? その上逃がした!? 寝ぼけてんのか!?
     おかげで晴奈も小鈴もフォルナも、全員、帰って来てからうつむきっぱなしで一っ言もしゃべんねーじゃねーか! なんで、こんな悲しいコトに、おかしいだろ、なんで、クソッタレが……
    (以下、怒りに任せて書かれたであろう文章が、ぐちゃぐちゃと続いている……)

    赤虎亭日記 22

    2016.04.03.[Edit]
    朱海さんの話、第22話。双月暦519年5月と6月:伝説の519年上半期エリザリーグ(後編)。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -22. 双月暦519年 5月28日 水曜 フォルナから「楢崎の顔ができそこないの揚げ物みたいにボッコボコだった」と聞いて、晴奈が見舞いの弁当を作って持ってった。揚げ物て。フォルナの言い方も大概だが、よっぽど昨日のウィアード戦は激しかったらしいな。 にしても、最近の晴奈は楽しそう...

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    朱海さんの話、第23話。
    双月暦519年7月:見習い店員、ビートとアズサ。

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    23.
     双月暦519年 7月1日 火曜
     晴奈たちが市国を発った。向かうは央北、ウィアードを殺したキングと、その取引相手の行方を追って、と聞いてる。
     とうとうヘレンさんが、期限付きながらも闘技場の閉鎖を発表した。流石に今回の事件は、ひどすぎたからな。
     もうキングは市国にいないとは言え、キングと取引してたヤツは捕まってないって話だし、キング抜きで誘拐される可能性もある。その可能性が残ってる以上、闘技場を開くコトはできない。ソレが理由だそうだ。
     ピースたちみたいな、闘技場関係で商売してるヤツらは痛手だって言ってたが、仕方無いだろ? 人死にを出してまでする商売じゃないはずだ。
     とは言え、期限付きなんだ。今回の事件がきちっと解決しさえすりゃ、また闘技場は再開されるさ、きっと。ソレまで待ってりゃいい。いつになるかは分からないけどな。
     願わくば、さっさと晴奈たちが犯人をこてんぱんに叩きのめして解決して、無事に帰って来てくれますように。

     双月暦519年 7月5日 土曜
     ろくに事情も分かってないボケが、新聞の投書欄で闘技場の再開を訴えてる。腹立つ。
     ピースたちは「この機会に、闘技場の歴史編纂をしようと思ってる」っつって、資料集めを始めた。うまくまとまれば書籍化して、今みたいに闘技場が動かない時にも商品を出して、儲けられるようにしたいんだと。
     事件の関係だし、嫌な形でだけど、ウィアードの奥さんのシルビアと知り合いになった。晴奈から助けてやってくれと言われてるし、相当悲しんでるだろうから、「メシ関係なら力になってやれるよ」と言っといた。
     まあ、アタシは「ご飯食べに来いよ」ってニュアンスで言ったつもりだったんだが、そしたらシルビアんトコの養子の、アズサとビートって子が「料理を習いたい」って言ってきた。元々、シルビアが妊娠して体調崩してた時から料理係になってたらしいが、「美味しい料理を作ってお母さんを笑顔にさせたい」っつって頼み込んできた。
     うう、泣かせる話だ。情にほだされて、「明日から来な」って言っちまった。見た感じ、どっちもまだ10代はじめって感じだが、大丈夫かなぁ……。

     双月暦519年 7月6日 風曜
     アズサに関しては全然心配いらなかった。大人びてるなーとは思ってたが、普通に料理もできるし接客もこなせてる。ちっちゃいフォルナって感じ。
     ビートも料理はまずまず。ただ、人見知りなのか緊張してるのか、客にはたどたどしかった。ま、慣れかなぁ。
     齢を聞いたところ、アズサは12歳、ビートは10歳。あんまり幼い子を遅くまで店で使うのもなんだし、二人とも夕方5時には上がらせるコトにした。
     新聞で、ヘレンさんが「絶対に再開は無い」って言ってた。昨日の投書とかも影響してるだろうし、財団内でも色々言われてるんだろうな。
     だけど、アタシもヘレンさんに賛成。新聞覗き見してたアズサも、賛成っつってた。

     双月暦519年 7月9日 氷曜
     ウィアードが死んでから半月以上経ったが、やっぱりまだ、アズサたちの雰囲気は明るくない。そりゃ客が来たら笑顔で応対してるし、アタシと話してる時も笑っちゃいるが、ビートがトイレで泣いてんのを聞いた。アズサもふとした瞬間、寂しそうな顔をしてるのを見たコトが何度かある。
     何とかしてやりたいなーとは思うんだが、今のところ、アタシには料理を教えるコトくらいしかできん。歯がゆい。

     双月暦519年 7月15日 火曜
     やっぱりメシ関係でしか喜ばせられないし、今日アズサたちが上がる時に、豚肉の良さそうなトコを持たせてやろうとした。「コレで美味い飯を作ってお母さんに食わせてやれよ」ってな。
     だけどうっかりしてた。「今、お母さん食欲無いの。つわりだって」って返された。しまった、そうだった。ただ、渡すって決めたものだし、そんなら返せとは言い辛い。って言うか言えるワケ無いだろ。「じゃ、お前らで食いな」っつって、無理無理渡した。
     せめてアズサたちだけでも喜んでくれれば、と言い訳してみる。

     双月暦519年 7月16日 氷曜
     アズサから夕べの話を聞いた。「最初、お母さんも食欲無さそうにしてたけど、あたしたちの料理を見て『美味しそうね』って言って食べてくれた」って話だった。
     ちょっとほっとした。もしかしたらアタシに気を遣った嘘かも知れんが。

    赤虎亭日記 23

    2016.04.04.[Edit]
    朱海さんの話、第23話。双月暦519年7月:見習い店員、ビートとアズサ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -23. 双月暦519年 7月1日 火曜 晴奈たちが市国を発った。向かうは央北、ウィアードを殺したキングと、その取引相手の行方を追って、と聞いてる。 とうとうヘレンさんが、期限付きながらも闘技場の閉鎖を発表した。流石に今回の事件は、ひどすぎたからな。 もうキングは市国にいないとは言え、キングと取...

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    朱海さんの話、第24話。
    双月暦519年8月:金火狐総帥弾劾動議。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    24.
     双月暦519年 8月1日 水曜
     小鈴から手紙が来た。央北に着いたそうだ。
     評判通り、辺りの雰囲気は物々しいらしい。そこかしこで役人やら軍人やらが小競り合いしてるんだとか。やっぱ国って言うか、地域性が違うなぁ。市国にゃそもそも、軍隊自体が無いし。

     双月暦519年 8月4日 風曜
     アズサから、シルビアの体調が良くなってきたと聞かされた。食欲も出てきたらしい。よし、コレで気兼ねなく食料が渡せる。
     と言うわけで、今日はマグロのめっちゃ美味いトコを短冊でくれてやった。喜んでくれるといいが。

     双月暦519年 8月9日 雷曜
     小鈴から手紙。情報収集と捜査チームの全滅を防ぐために、3人ずつの3班に分かれて別行動を執ってるらしい。小鈴の班は央北の西海岸線を南下する形で進んでるそうだ。
     ちなみに小鈴の班にはジュリアと、後は楢崎がいるらしい。オトナチームって感じだな。

     双月暦519年 8月10日 土曜
     ヘレンさんがヤバげだ。闘技場閉鎖が不当、越権行為だってコトで、財団の監査局から弾劾動議をかけられたらしい。
     新聞によれば元々、闘技場ってのが財団の管轄じゃなく、市国の一商会でしかないにもかかわらず、直接的な関係の無い財団総帥が閉鎖を命じるのはおかしいだろ、ってのが監査局の主張だそうだ。
     アタシからすれば監査局がそんなコト言い出すのも関係無いだろと思うんだが。詳しく聞いてみたいトコだけど、今はジュリアもエランもいないしなぁ。

     双月暦519年 8月11日 風曜
     相変わらず新聞でしか、ヘレンさん弾劾についての情報が入ってこない。もどかしい。
     何でも、動議のきっかけは金火狐商会からの提案で、「闘技場閉鎖は市国経済に悪影響があるし、市民も快く思っていないだろうし。総帥は市民からの信頼を失っている。だから辞めるべきだ」って主張してるらしい。
     ふざけんな。死人まで出して闘技場を続けるのが市民の意見だとでも思ってんのか、商会長さんはよ?

     双月暦519年 8月13日 火曜
     先週の商会長の意見が、早速新聞で総叩きに遭ってる。ははは、バーカ。
     一面から社会面から投書欄から、全部に非難の声が撒き散らされてた。大体意見は一緒で、「勝手に市民の声を語んなバカ野郎」って感じだった。
     あと、弾劾動議の決を取るのは今度の土曜らしい。ソレまではこの騒動も続くだろう。ヘレンさんには何が何でも勝って欲しい。今後の取引とかも重要だけども、アタシ個人はヘレンさんが信用、信頼に値する人だって知ってるからな。あの人が総帥じゃなきゃ、ソレこそ市国はおかしくなっちまうだろう。

     双月暦519年 8月14日 氷曜
     街のあっちこっちで、今度の動議で商会長側に反対するよう幹部に求めようって署名が行われてた。
     傍目に見てて思うが、今回は商会長さん、早まったコトをしたんじゃないだろうか。誰だか知らんが。
     ただ、(相変わらず新聞からの情報だけど。情報屋の名折れだぜ、クソ)今度の動議、少なくとも監査局長は商会長側に付くだろうって線が濃厚らしい。何でも、今の監査局長は総帥選挙でヘレンさんとやり合ったコトがあって、今でもヘレンさんのコトを快く思ってないらしいんだと。
     となると結構ヤバいかも。最高幹部ってヘレンさん除いたら5名じゃん。2名賛成ってなったら、あと1人抱えられたら終わりだ。

     双月暦519年 8月17日 土曜
     たった今、号外を受け取った。ヘレンさんが勝ったらしい。嬉しいから記事貼っとこ。
    「総帥弾劾動議 商会長側の請求否決

     本日15時に行われた、金火狐財団総帥ヘレン・トーナ・ゴールドマン氏に対する弾劾動議は、反対多数により否決されたと監査局広報課より発表された。
     今回の動議は金火狐商会長より、総帥が市政局を通じて行った九尾闘技場の業務停止命令が財団総帥としての越権行為に当たるとして請求された。しかし財団最高幹部による協議の結果、賛成票2、反対票3で否決された。反対票を投じた市政局長、公安局長、入出国管理局長らは『当命令は市国および市民の安全を考えた措置であり、それを脅かす、もしくはその幇助をするような市国内の商会、企業に対して停止命令を下す事は、市国の全権を担う総帥として正当性がある行為である』と主張している。
     この決定に対し、金火狐商会長は再審を請求しないとコメントした」


     双月暦519年 8月18日 風曜
     騒動を起こして市民からの怒りを買ったってコトで、商会長が責任を取って辞めるって話になったらしい。
     自業自得だな。店に来てた客も同じコト言ってたし、コレこそ「市民の声」だ。何にせよ、ヘレンさんが辞めずに済んで良かった。

    赤虎亭日記 24

    2016.04.05.[Edit]
    朱海さんの話、第24話。双月暦519年8月:金火狐総帥弾劾動議。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -24. 双月暦519年 8月1日 水曜 小鈴から手紙が来た。央北に着いたそうだ。 評判通り、辺りの雰囲気は物々しいらしい。そこかしこで役人やら軍人やらが小競り合いしてるんだとか。やっぱ国って言うか、地域性が違うなぁ。市国にゃそもそも、軍隊自体が無いし。 双月暦519年 8月4日 風曜 アズサから、シル...

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    朱海さんの話、第25話。
    双月暦519年10月:孤児院の先生探し。

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    25.
     双月暦519年 10月7日 風曜
     小鈴から手紙。ただし今回は郵便じゃなく、財団からの経由。今はサウストレードって街にいるらしい。
     何でも、向こうで敵組織の(話がデカくなってんなぁ)捕虜が一杯出たらしいんで、財団の顔が利くトコに移送する関係で、捜査チームもそっちに移ったとか。
     ただ、もらった手紙は半分近く真っ黒に塗り潰されてた。どうやら検閲されたらしい。ま、アイツが帰って来てから、どんな大冒険だったか直に聞かせてもらうとするか。

     双月暦519年 10月10日 氷曜
     1ヶ月ぶりくらいにシルビアと会った。大分お腹が大きくなってきたなぁ。
     今日会ってきたのは、アズサとビートについて話すためだ。確かに店を手伝ってくれるのは嬉しいし助かるんだが、ずっとウチに入り浸っててもあんまりタメにならんだろ、と思ったんで、ソコら辺を話し合った。
     シルビアの方でも同じコトを考えてたらしく、元々料理を教えるってコトで来てもらってたんだし、とりあえず今年末で終わりにしとこうってコトで、話がまとまった。
     ちなみにシルビア、ウィアードが遺したカネを使って孤児院を建てようって考えてるらしい。ソレに合わせて、勉強もできるように教科書とか黒板とか、色々整えようとしてるとか。
     で、シルビアからの話としては、今んトコは準備だけしとくって話だけど、誰か先生になってくれる人はいないか、来年までに探して欲しい、と。
     また人探しかー。アタシの領分じゃないんだってば。まあいいけど。

     双月暦519年 10月14日 風曜
     マウロにお願いしてた先生探し、とりあえず良さそうなのが2、3人見つかったんで、シルビアに伝えといた。その中で面接してみたいのがいるって言ってたんで、連絡先を教えといた。
     店に戻ってすぐ、アズサから「どんな先生だった?」って聞かれた。内緒にしてたはずなんだけどな……? アイツ、すげー勘いいなぁ。ソレともまさか、情報入れてる金庫ん中覗いたとか? いや、でも鍵かけてるしなぁ。

     双月暦519年 10月17日 水曜
     アズサ経由で、シルビアから「良い先生が見つかった」と連絡があった。すんなり決まって良かった。
     ちなみにアズサ本人から聞いた感じでは、結構優しそうで、のんきそうな感じだったって。「お母さんもおっとりしたタイプだから気が合いそう」っつってた。

     双月暦519年 10月19日 土曜
     サウストレードにいる小鈴たちに動きがあったらしい。敵の襲撃を受けたとか何とか。ただ、やっぱりと言うか、詳しいコトは教えてくれなかった。
     こう言う時、アタシが魔術使えたらなぁ。こそっと小鈴に連絡取れたりできるんだろうけども。

     双月暦519年 10月22日 火曜
     ビートから、「もっと色々教えて欲しい」ってお願いされた。詳しく聞いてみると、将来料理人になりたいから、「年末で終わり」じゃなく、来年以降もずっとウチに来たいんだと。
     うーん……。お手本にしてくれるってのは嬉しいけども、そーゆーのはアタシの一存だけで「いいぜ」って言えないし。ソコら辺はシルビアと相談しなきゃな。明日は午前休業にするか。

     双月暦519年 10月23日 氷曜
     シルビアのトコに、ビートのコトで相談しに行く。
     そしたら丁度、孤児院で先生をやるって予定の人と会った。短耳で、名前はエスティナ・ランクス。もう子供たちは懐いてるみたいで、「エスタ先生」って呼んでた。聞いた話じゃ、元々は央中天帝教の教会で牧師やってたけど、色々理由があって追い出されちまったらしい。
     って、シルビアは央北天帝教のシスターなんだぞ? 宗派が違うのにいいのか? ……っと思ってたが、神学を教えるワケじゃないから問題無いんだとさ。大らかだなぁ。
     で、エスタの話を聞いたところで、今度は彼女も交えてビートの話に入る。と言っても割とすぐ話は着いた。結論としては、「勉強と平行して料理ができないワケじゃないんだし」ってコトで、ビートだけもうしばらく続けるコトになった。
     アタシとしても、手助けしてくれるヤツがいるんならありがたい。そんなワケでもうちょいよろしくな、ビート。

    赤虎亭日記 25

    2016.04.06.[Edit]
    朱海さんの話、第25話。双月暦519年10月:孤児院の先生探し。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -25. 双月暦519年 10月7日 風曜 小鈴から手紙。ただし今回は郵便じゃなく、財団からの経由。今はサウストレードって街にいるらしい。 何でも、向こうで敵組織の(話がデカくなってんなぁ)捕虜が一杯出たらしいんで、財団の顔が利くトコに移送する関係で、捜査チームもそっちに移ったとか。 ただ、もらった手紙は...

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    朱海さんの話、第26話。
    双月暦519年12月:店員の入れ替わり。

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    26.
     双月暦519年 12月18日 天曜
     よーーーーーっやく、晴奈たちが戻ってきた。
     と思ったら晴奈と小鈴はすぐ出港。カネも十分財団からもらったらしいし、本来の目的、つまりヒノカミ追跡に戻るんで、すぐ北方に渡るんだとさ。
     で、フォルナは市国に留まるコトになった。とは言え前の通りアタシの店で、とは行かず。ヘレンさんの口添えで、公安局に務めるコトになったそうだ。まだ17歳だってのに、大出世だな。(お姫様が公安職員になるのが出世かどうかは分からんが)
     んでもって、シリンはすっかりフェリオと相思相愛になったらしく、アイツのために料理を作れるようになりたいっつって、もっぺんウチで働きたいって頼み込んで来た。ま、こっちとしてもアズサは今年いっぱいで終わりの予定だし、ビートだけじゃ間違い無く手が回らなくなるだろうから、この申し出はありがたい。再採用、即決。
     コレで来年も、どーにか安定経営できるな。ほっとしたぜ。

     双月暦519年 12月20日 氷曜
     前回雇った時とは違い、今回はシリンに積極的に、料理を教えてる。
     しかし前回同様、やっぱコイツ、ポンコツだなぁ。まるで成長してない。ビートの方がまだ上手い。
     ま、ボレロや晴奈の時みたいに、辛抱強く教えるとするか。

     双月暦519年 12月22日 雷曜
     しばらくぶりに、公安局からの情報交換。エランに替わって、今回からフォルナが役目を引き継いだらしい。
     つっても今のところ、大きな事件を追う予定は無いらしい。しばらくは総帥の事業計画の手助け半分、新しい事件を未然に防ぐのを半分で動くつもりなんだとか。
     とりあえず今日は、職員としての顔合わせ。ついでに今の赤虎亭メンバーとも顔合わせ。ま、全員知り合いなんだけどもな。

     双月暦519年 12月24日 風曜
     笑える。ビートがシリンに料理を教えてた。シリンもシリンで、素直に言うコト聞いてるし。ま、シリンは頭ん中コドモみたいなもんだし、馬が合うのかねぇ。
     午後はヒマが空いたんで、試しにアズサたち二人と一緒に、シリンの料理を食ってみる。結果はイマイチ。ギリギリ食えなくは無いが、店で出せるようなもんでも無い。
     で、メシの後はアズサから指導されてた。コレでちょっとは上手くなってくれれば、……なーんて無理か。あのぶきっちょが一回や二回教わったくらいで、すぐ上達しやしないっての。

     双月暦519年 12月25日 天曜
     今日はシリンと二人で店番。
     アズサとビートが休みだって言うのに、シルビアと兄弟たちと、エスタ先生を連れてやって来た。もうすぐアズサが辞めるから、最後に一回、ウチでメシを出してやりたいんだとさ。
     普通なら迷惑だっつって断るトコなんだが、アズサもソコら辺の都合を把握してるらしく、丁度ヒマな時間帯を狙って店に来た。カネもちゃんと払うって話だし、客だってんなら断る理由が無い。シルビアたちに出すメニューは全部、あの二人に任せるコトにした。
     その間、傍で様子を見てたが、やっぱりアズサは手際がいい。ビート一人だとまごつくコトが多々あるが、アズサが上手いコト指示を出して、ビートを動かしてた。ちなみに、シルビアたちに出すついでに、アタシとシリンの分も用意してた。ってワケで一緒にご相伴したが、文句無しに美味い。
     もうアタシの指導いらないんじゃないか? とまで思ったが、ビートが本当に料理人目指すってコトなら、イオタの時みたいに、経営の方もみっちり教えといた方がいいだろうな。いや、下手するとアズサで事足りそうな気がするが。コイツら一緒に店やったらいいじゃん。マジで。
     そう言やシルビア、もう随分お腹大きくなってたな。アズサに聞いたら、もう再来週には産まれるだろうって話だった。ウィアードのコトは本当に残念だったけど、その子供が無事に産まれるってんなら、アイツもあの世で安心するだろう。
     アタシはあんまり面識無かったが、ロウ・ウィアード。折角天帝教の神様の名前が付いてんだから、死んだ後でも守ってやれよ、お前の家族を。

    赤虎亭日記 26

    2016.04.07.[Edit]
    朱海さんの話、第26話。双月暦519年12月:店員の入れ替わり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -26. 双月暦519年 12月18日 天曜 よーーーーーっやく、晴奈たちが戻ってきた。 と思ったら晴奈と小鈴はすぐ出港。カネも十分財団からもらったらしいし、本来の目的、つまりヒノカミ追跡に戻るんで、すぐ北方に渡るんだとさ。 で、フォルナは市国に留まるコトになった。とは言え前の通りアタシの店で、とは行かず...

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    朱海さんの話、第27話。
    双月暦520年5月:シリンとフェリオ。

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    27.
     双月暦520年 5月18日 水曜
     なーんか朝から、シリンの顔色が悪い。聞いてみたら、やっぱり気分が悪いんだと。夕べ飲み過ぎたかと茶化してみたが、そんな話でも無いらしい。
     どうもココんトコ、ずーっとムカムカしてるんだとか。レモンかじったら多少は気が紛れるらしいんで、2個くらい丸かじりさせた。食い過ぎだろ。
     そしたら、様子を観てたビートが一言。「シリン姉ちゃん、赤ちゃんできたんじゃない?」
     直後に大パニックだよ。まさに爆弾投下だよ。シリンは顔真っ赤にして「うそっ!?」って叫ぶし。お前が叫ぶと店が揺れるんだよ。客も目ぇ丸くしてたよ。
     ただ、マジで子供できたかもって話なら、早いトコ医者に見せなきゃならん。今日はシリンを早上がりさせて、さっさと病院に行かせた。詳しいコトは明日聞こう。

     双月暦520年 5月19日 雷曜
     ビートの勘、的中。シリンの妊娠が発覚。2ヶ月だそうだ。こりゃめでたいね。
     しかし、となると色々不安が起こる。まずエリザリーグだ。折角、再開後初出場が決まってたってのに、コレじゃ欠場は確実だ。シリンの出場が無いとなると、シリン関係の情報も売れん。となると例年に比べて、5月と6月の収入は激減だな。
     あーあ、折角キングが消えて、ようやくまともな試合になるってのに。いや、おめでたい話だし、こんな愚痴は言わんでおくとするか。
     もう一つ心配事としては、産休取らせなきゃなってコトだ。今2ヶ月だとすると、産まれるのは12月か、来年1月かって辺りになるワケだ。となると休ませるのは、10月辺りからか? 年末は書き入れ時なのになぁ。
     あ、そう考えたら下半期のエリザリーグも無理じゃん。うわぁ、今年の儲けは少なそうだ。

     双月暦520年 5月20日 土曜
     フェリオがやって来て、「結婚したいんで、店を借りてもいいっスか!?」って頼み込んできた。何言ってんだお前。
     よーく話を聞いてみると、結婚式自体は勿論、教会でやるが、その後の披露宴を、ウチでやりたいってコトだった。ウチはそーゆー予約受け付けてない。……って撥ね付けるのもあんまりだよな。可愛いウチの店員のコトだし。
     そう思って許可した。ちなみに式は来月の2日、再来週の天曜だそうだ。

     双月暦520年 5月21日 風曜
     今季のエリザリーグ開幕。しかし完璧にやる気を削がれた。客たちも同様って面して、開会式にも1回戦の観戦にも行かず、ぼんやりカウンターに並んでやがる。そりゃそうだよな、花形のシリンが欠場だってんじゃなぁ。
     一応シリン以外の情報を仕入れてはみたが、明らかにどれも、誰でも集められるぜって内容ばっかりだった。予想通り、ほとんど売れねぇ。ははは、もう諦めた。

     双月暦520年 5月24日 氷曜
     エリザリーグの熱狂もどこ吹く風、ウチは来週の結婚式に向けて、大忙しで準備中。アズサも一時的に呼び戻して、4人で料理のコースを決める。
     そう言や今季のエリザリーグ、かなり進行がメチャクチャになってるらしい。シリンが直前で抜けたせいで1枠空いたのを、無理矢理ニコルリーグから引っ張ってきたせいで、選手の調整も何もあったもんじゃなかったそうだ。
     おかげでその出場選手、今日の試合で完全にノックアウトされちまって、今は医務室のベッドでノビたまんま、まだ意識が戻らないって話だ。災難だなぁ。

     双月暦520年 5月27日 土曜
     買い出しの途中、ピースが頭抱えてんのを見付けた。一瞬、すげー恨めしそうな目でにらまれたけど、シリンの欠場はアタシのせいじゃないっつの。
     まあ、ピースだけじゃなく、今季の闘技場関連で商売してるヤツらはみんな、大混乱してるらしい。その原因はシリンの欠場だけじゃなく、キングがいなくなったせいで賭け関連を仕切ってるヤツがいなくなっちまって、払い戻しが滞ったり、ヤミ賭博が横行したりしてるらしい。
     ピースも賭け金が戻って来てないクチで、「まさかキングがいなくなって、こんな影響が出るなんてね」っつって、すっかり疲れた顔してた。
     ウラにはウラのまとめ役が必要、ってコトか。いやでも、クソキングのコトを「必要悪」だとか、絶対思いたくないな。エイトやウィアードの恨みもあるし。

    赤虎亭日記 27

    2016.04.10.[Edit]
    朱海さんの話、第27話。双月暦520年5月:シリンとフェリオ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -27. 双月暦520年 5月18日 水曜 なーんか朝から、シリンの顔色が悪い。聞いてみたら、やっぱり気分が悪いんだと。夕べ飲み過ぎたかと茶化してみたが、そんな話でも無いらしい。 どうもココんトコ、ずーっとムカムカしてるんだとか。レモンかじったら多少は気が紛れるらしいんで、2個くらい丸かじりさせた。食い過...

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    朱海さんの話、第28話。
    双月暦520年6月:シリンの結婚と成長。

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    28.
     双月暦520年 6月2日 天曜
     今日はシリンとフェリオの結婚式。まずは教会で夫婦の誓いを見届ける。見届人はシリンの雇い主のアタシと、フェリオの上司のジュリア。滞り無く済んだのを確認して、アタシの店に移動。披露宴の開始だ。
     ただ、明らかに呼んでた人数より多い。どうやらうわさを聞きつけたシリンのファンが、かなり紛れ込んでたらしい。一応カネは事前にシリンたちから受け取ってるが、途中でメシが足りなくなり、慌てて作り足す。考えたくないが、どう考えても赤字だコレ。
     ま、何にせよ披露宴の方も、大きなトラブル無く終了。シリンは大泣きしてた。「アケミざあああん、ホンマにありがどおおおおっ」っつって、アタシに礼を言ってくれた。
     実を言うとアタシも泣いた。
     感動しただけじゃなくて、今日の赤字のコトを考えると、……なぁ。

     双月暦520年 6月3日 火曜
     ほっとした。昨日タダ飯食らってったファンの連中が、「迷惑料とご祝儀だ」っつって、結構な額を持ってきた。言葉通り、半分はシリンたちに祝儀としてくれてやり、残り半分は昨日の代金として帳簿に付けた。あー良かった。何とか赤字は免れたぜ。
     ちなみに今日のエリザリーグも大混乱。試合自体はどうにか終わったって話だが、賭け金が未だに払われてないらしく、闘技場に文句言うヤツらが続々現れて、暴動寸前になったらしい。
     こんな騒ぎがまだ続くようなら、また閉鎖されてもおかしくないよなぁ……。

     双月暦520年 6月6日 雷曜
     公安がどうにか賭けの胴元を捕まえて、払い戻しをさせたらしい。ただ、集めたカネは既に半分以上使い込まれてて、未だ受け取ってないヤツも大勢いるとか。当然、今日の試合分も未払い。賭けが反故になるってんじゃ、エリザリーグの盛り上がりもイマイチだろうなぁ。
     丁度今日はフォルナが店に来る日だったんで、その辺りの状況を聞いてみたが、ヘレンさんも頭抱えてるそうだ。だろうなー。
     とりあえず対策としては、次回までに金火狐商会の下で、まともな胴元を用意するかって案が出てるらしい。ただ、ヘレンさんとしては、少なくとも自分が総帥の間はクリーン路線で行きたいから、あんまりそう言うのを財団関連の商会として作りたくないとも言ってたとか。
     理想と現実の板挟みかぁ。辛いトコだな。

     双月暦520年 6月10日 火曜
     今季のエリザリーグは完全に空回りだな。新聞すら、試合結果より賭け金問題で騒いでる始末だ。
     いや、もっと大きな記事が載ってるな。央中中西部のミッドランドで、人がバタバタ倒れてるって騒ぎが起きてるらしい。しかもその周りでモンスターが出たとか。なーんだそりゃ、エリザリーグが振るわなかったんで、話題作りに与太話かよ?
     ……と思って読んでたが、どうもマジらしい。ミッドランド周辺の船は全便欠航になっちまってるそうだ。こりゃまた、ヘレンさんが頭抱えちまうな。ミッドランドも市国同様、央中経済の重要地点だもんな。

     双月暦520年 6月14日 土曜
     新聞記事の割合が、エリザリーグよりミッドランドの方が多めになってきた。まあそりゃそうだよな、イマイチ盛り上がってない今季の話より、央中経済にダイレクトに打撃を与えてるモンスター騒ぎの方が大事だもんな。
     となるともしかしたら、ヘレンさんは調べようとするかもな。このまま市国の経済にまで影響したら大変だし。一応アタシの方でも、情報を集めとくとするか。

     双月暦520年 6月16日 天曜
     予想してた通り、フォルナがミッドランド方面についての情報を買いに来た。集めといて正解だったな。
     と言ってもまだ集め始めたばっかりだし、大したモノは無し。また今度来る時までに、もっといい情報を揃えとくって言っといた。
     で、フォルナが帰ろうとするところで、シリンが「味見してってー」と引き止める。顔こそニコニコ笑ってたが、明らかにフォルナ、断ろうとしてたな。ソレでもシリンが折れないんで、フォルナも仕方無く着席。
     だが、シリンの料理を一口食べた途端、フォルナは目を丸くしてた。マズいと思ってただろ、ところがどっこいだ。成長してんだよ、シリンだって。育ってんのは腹ん中の子供だけじゃないってコトだ。
     まあ、まだまだって域ではあるけどな。

    赤虎亭日記 28

    2016.04.11.[Edit]
    朱海さんの話、第28話。双月暦520年6月:シリンの結婚と成長。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -28. 双月暦520年 6月2日 天曜 今日はシリンとフェリオの結婚式。まずは教会で夫婦の誓いを見届ける。見届人はシリンの雇い主のアタシと、フェリオの上司のジュリア。滞り無く済んだのを確認して、アタシの店に移動。披露宴の開始だ。 ただ、明らかに呼んでた人数より多い。どうやらうわさを聞きつけたシリンのフ...

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    朱海さんの話、第29話。
    双月暦520年7月と8月:中央大陸の二大事件。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    29.
     双月暦520年 7月20日 氷曜
     ミッドランド方面も大騒ぎだが、央北もなかなかヤバいらしい。あの日上が、大軍を率いて攻め込んで来たとか。残念ながら、晴奈は追いつけなかったみたいだな。

     双月暦520年 7月22日 雷曜
     最近、フォルナが来る頻度が増えてきた。去年のエリザリーグ前みたく、また天曜と雷曜の週2になってる。
     今日来たのも、ミッドランド関係。ただ、残念ながら新しい情報は無し。今や完全に交通がストップしちまってるせいで、あの島に行くヤツも、島から戻ってきたヤツもいなくなっちまったらしい。

     双月暦520年 7月26日 火曜
     いよいよ中央政府がヤバいみたいだ。日上軍が央北北側の街道一帯を占拠しちまったらしい。対する中央政府は完全に逃げ腰、片っ端から撤退しまくってるんだとか。
     新聞の経済欄じゃ、クラムの価値が先月の10分の1になったって騒いでる。ミッドランドの騒動でエル相場もガタ落ちらしいし、こりゃ世界同時不況ってヤツか? 怖えぇなー。

     双月暦520年 7月30日 土曜
     ついに日上がやっちまったらしい。中央政府が陥落したそうだ。市国でも中央政府崩壊の話題で持ち切り。今日は一日中、その話しかしなかった気がするぜ。
     あ、でもシリンはやっぱシリンだった。相も変わらず、「うちのダーリンちゃんが」っつって、ちょっとばかしうざかった。うっせぇ、コッチは独り身だっつーの!
     今月の収益は一応、60万ちょい。でも今は市場が混乱しっぱなしだからなぁ。下手すると明日にはゴミと化しててもおかしくないし。怖いわーホント。

     双月暦520年 8月1日 風曜
     日上から声明があったらしい。新聞によると、自分が倒した中央政府の全権をそのまんま引き継いで、自分のモノにしちまったとか。新しい中央政府は「ヘブン」と名付けたとか。すげーセンスしてんな。
     ま、そのせいかクラムは下げ止まったっぽい。アタシの貯金も店の資金も、コレ以上の価値暴落を起こさずに済んだワケだ。後はミッドランドの情況が落ち着けば、だが。

     双月暦520年 8月5日 水曜
     ジュリアたちのチームのミッドランド行きは、十中八九確実だろう。ココで情報集めてるだけじゃ埒が明かないもんな。ソレにシリンからも、フェリオがそう言ってたって又聞きしてるし。
     シリンが不安がってるのが、目に見える。「新婚ホヤホヤやのに、なんでダーリンちゃんがミッドランドなんか行かなアカンの?」って言いたげなのが、丸分かりだ。
     気持ちは分からんでもないが、ミッドランドの交通が止まったままじゃ、いずれ市国にも悪影響が出る。そうなりゃヘレンさんにとっても痛手だし、コレ以上事態が悪化する前に対処しなきゃいけないワケだ。
     ……なーんて言って分かるかなぁ、コイツに。

     双月暦520年 8月9日 天曜
     フォルナから、ジュリアたちのチームがミッドランドに向かうコトを伝えられた。やっぱそうだよなぁ。
     予定では1ヶ月の滞在になるらしい。その間、シリンが寂しがるだろうし、腹も出てきてるから、色々不便だろう。そう思ってたら、「シルビアにお願いして、しばらく一緒に住ませてもらうようにした」とシリンから伝えられた。
     ああ、なら大丈夫だな。シルビアんトコならアタシなんかより、よっぽど手厚く助けてくれるさ。

     双月暦520年 8月11日 氷曜
     ジュリアたちが市国を発った。今日のシリンはめっちゃ落ち込んでた。客にまで心配されてたし。
     仕事上がりの時なんか、先にビートが上がって帰ってったってのに、そのビートが心配して迎えに来る始末だ。本当にコイツ、他人がいなきゃ何もできないタイプだなぁ。
     まあ、ソコがコイツの可愛さなのかも知れんが。とは言えフェリオも、よくこんなのと結婚したもんだ。

     双月暦520年 8月14日 土曜
     小鈴から手紙。へー、晴奈と一緒に、ようやく央南に戻るのか。
     ただ、まだ日上を追うのを諦めたワケじゃなく、央南とか央中の有力者層と団結して、「ヘブン」に対抗する組織を作ろうとしてるらしい。話がデカくなってんなぁ。
     っと、そうだ。半分忘れてたが、ずーっと前に晴奈から調査を頼まれてたあの件、返事しとかないとな。まだ央南にゃ到着してないだろうし、すぐ送れば間に合うよな?

    赤虎亭日記 29

    2016.04.12.[Edit]
    朱海さんの話、第29話。双月暦520年7月と8月:中央大陸の二大事件。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -29. 双月暦520年 7月20日 氷曜 ミッドランド方面も大騒ぎだが、央北もなかなかヤバいらしい。あの日上が、大軍を率いて攻め込んで来たとか。残念ながら、晴奈は追いつけなかったみたいだな。 双月暦520年 7月22日 雷曜 最近、フォルナが来る頻度が増えてきた。去年のエリザリーグ前みたく、また天...

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    朱海さんの話、第30話。
    双月暦520年9月:お見合い地獄。

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    30.
     双月暦520年 9月2日 氷曜
     フォルナがミッドランドから戻って来た。事件解決かと思ったが、そうじゃないらしい。
     なんでもミッドランドで、エランが倒れちまったんだとか。しかも新たなモンスターが増えて、ジュリアたちだけじゃ手に負えなくなったらしい。
     で、このままじゃどうあがいても事態の進展なんか望めそうに無いってんで、ヘレンさんのツテを使って援軍を呼ぼうって話になったらしい。
     ただ、この話をフォルナから聞いた時、なーんか嬉しそうにしてたのが気になる。お前、いくらエランが嫌いだからって、そんな顔するコト無いだろ……。

     双月暦520年 9月3日 水曜
     シリンが上機嫌だ。そりゃ半月ぶりにダンナの顔を見りゃ、そうなるわな。ただ、ご機嫌っぷりが料理の味付けにまで出てて、若干濃い。そんなに塩入れんな。醤油もだ。「愛情があふれてる」ってやかましいわ。
     でも、もうちょいしたらまたミッドランドに出張らなきゃならないらしいし、今のうちに甘えさせるしか無いよな。

     双月暦520年 9月6日 風曜
     母さんが来た。もうコレ以上書く気力が無い。

     双月暦520年 9月7日 天曜
     あーしんどい。めんどい。うざい。いい加減諦めろよ。もうアタシに出会いなんてねーよ。

     双月暦520年 9月8日 火曜
     母さんが食い下がってくる、食い下がってくる。全っ然、諦めない。「アンタがお見合いしないんなら、代わりに誰か出てもらいなさいよ」っつって、縁談を3つも渡してきた。
     つまりこうだ。この3つの縁談を誰かに押し付けなきゃ、アタシがコレ、3つとも行かなきゃいけないってワケだ。ド畜生め。

     双月暦520年 9月11日 雷曜
     とりあえず縁談、1通は処理した。
     エスタに押し付けてきた。エスタもぽかんとしてたけど、すまん。アタシにはこの苦しみをまた味わう度胸が無いんだ。
     あと2通か……、はぁ。

     双月暦520年 9月16日 氷曜
     2通目処理。こんなコトでマウロに頼るとは情けないが、アタシはマジで嫌なんだ。
     店に戻ってシリンからノロケ話聞くだけでも、胃が破裂するかと思うくらい辛いってのに。

     双月暦520年 9月19日 土曜
     やったーお見合い全部処理できたー。今回もマウロに助けてもらった。ただ、その代わり「今度俺にもお母さんからの縁談持ってきてくれよ」とか頼まれたが。うるせぇ。
     そんなコトしたら、お前とくっつけられかねない。ソレは絶対嫌だ。お前とは絶対無い。

     双月暦520年 9月24日 水曜
     絶望した。「あらあら全部さばけたのねじゃあコレもよろしく~」とか言われて、もう一つ縁談渡された。何だよコレ、無限ループなのか? 畜生。
     もうマウロには借りを作りたくないし……。どうすりゃいいやら。

     双月暦520年 9月26日 土曜
     小鈴と晴奈が来た。1年ぶり、いやもっとか?
     どうやらフォルナが言ってた「援軍」ってのは、晴奈たちのコトだったようだ。だから嬉しそうにしてたのか。
     ちなみに今回は、以前に言ってた央中と央南と北方の連携促進って名目も兼ねて来てるらしい。ってワケで、晴奈の話に良く上ってた、あのエルス・グラッド司令官ともご対面。見た感じニコニコしてて優しそうなイメージだった。
     で、小鈴と一緒にエルスさんと話をしてたところに、フォルナから連絡が伝えられる。なんでも晴奈がシルビアんトコで倒れたんで、今日はソコで休むと。
     倒れたってマジか。かなり驚いたが、聞いてみるとどうやら旅の疲れが出ただけって感じだ。気にするほどでも無さそうだし、小鈴たちも放っておくって言ってた。「変に宿で過ごすより、シルビアんトコでワイワイやる方が晴奈にとっても楽しいだろうし」だと。
     ま、ソレはアタシも同意見だな。ただ、シリンはめっちゃ驚いて、店を飛び出していっちまったが。見てて危なっかしい。お前、自分の体のコト考えろよって言う。

    赤虎亭日記 30

    2016.04.13.[Edit]
    朱海さんの話、第30話。双月暦520年9月:お見合い地獄。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -30. 双月暦520年 9月2日 氷曜 フォルナがミッドランドから戻って来た。事件解決かと思ったが、そうじゃないらしい。 なんでもミッドランドで、エランが倒れちまったんだとか。しかも新たなモンスターが増えて、ジュリアたちだけじゃ手に負えなくなったらしい。 で、このままじゃどうあがいても事態の進展なんか望めそ...

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    朱海さんの話、第31話。
    双月暦520年10月:親友の吉事、自分の凶事。

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    31.
     双月暦520年 10月6日 火曜
     晴奈たちがミッドランドから戻って来た。今度こそ、事件は解決したそうだ。
     でもって、晴奈はまたも伝説を作ってきちまったらしい。今回の事件の犯人、克天狐ってのを倒して、自分の妹分にしちまったそうだ。
     待てや。突っ込みどころがいくつかあるぞ。いや、実際突っ込んだが。まず克天狐ってのが、(自称)あの克大火の七番弟子なんだとか。で、その克天狐と戦って降参させたら、向こうの方から勝手に「姉(あね)さん」と呼び始めて慕われた、と。ドコまでホントなんだよ、マジで。
     ともかくそんなこんなで、今はもう大人しい、と。ミッドランドの交通も回復したらしいし、央中恐慌は回避されたってワケだ。さっすがー。
     あと、シリンも大喜びだった。コレでようやく、ダンナと一緒に過ごせるワケだからな。ただ、いい加減ノロケるのはやめろ。流石のビートも呆れてきてるぞ。

     双月暦520年 10月8日 水曜
     なんか話の流れで、小鈴がエルスと付き合うコトになってた。
     経緯を聞けば、元々晴奈に惚れてたらしい(びっくりだな)、北方のナイジェル博士ってのが今回の旅に同行してたんだが、ソイツがオクテ過ぎて、一向に告白も何もしやしない、と。
     だもんで、エルスが焚きつけるつもりで、晴奈にウソ告白しやがったんだと。そしたら確かに狙い通りになって、晴奈と博士の距離は縮んだっぽいけど、今更晴奈からいい返事をもらっても困るからっつって、晴奈が店に来たトコで、小鈴が臆面もなく「あたし、エルスと付き合ってるんだ」とか言いやがった。
     晴奈にしてみりゃ、エルスは人に告白しといて他のヤツと付き合うって言い出した女たらしってコトになる。当然ブチギレて、エルスの顔面にお銚子投げつけた。で、鼻血流してたエルスを小鈴が介抱してるうちに、勝手にいい雰囲気になってやがった。また小鈴の男グセの悪さが出てきたか? 今度は何ヶ月持つやら。
     って言うか晴奈、まさかこのまんま博士と付き合うってなるのか? お前もアタシを置いてくつもりか? ……畜生、あの縁談の封筒、アタシが開けるしか無いのか。

     双月暦520年 10月11日 風曜
     エスタからお礼を言われた。こないだの縁談、まとまったんだと。マジで?
     なんか会ってみたらトントン拍子に話が進んで、結婚を前提にお付き合いするコトになったとか。……できるヤツはできるんだなぁ。
     ソレに比べてアタシと来たら。……はーぁ。

     双月暦520年 10月14日 氷曜
     覚悟を決めてあの縁談を受けてみるコトにした。エスタが行けるんならアタシだって……!

     双月暦520年 10月21日 氷曜
     まあ分かってた。クソが。

     双月暦520年 10月23日 雷曜
     マウロ経由で、アイツにさばいてもらった縁談がどっちもまとまったと聞かされた。何? 悪いのはアタシなのか? 何が悪いんだよ? 顔? 性格? どっちもか?
     畜生。

     双月暦520年 10月25日 風曜
     宗派は違うが、シルビアもシスターの端くれだし、悩みを聞いてもらうコトにした。コレ以上一人で抱えてたら、日記がドス黒くなってきそうだったし。(実際、この10日くらいはクソとか畜生とかしか書いてないし)
     シルビアは優しかった。「人の縁は奇妙なものだ、と昔の人も仰っていますから、わたしたちがどうこうしようと思っても、なかなか思い通りにはならないものです。私事ですけれど、わたしがロウと出会ったのだって、結局は偶然の産物ですし。
     ただ、ロウとの出会いはわたしの人生にとって、本当に素晴らしいことだったと思っています。それこそ、神様がロウを遣わして下さったのではと思えるほど。ですから本当にいい出会いは、神様がご用意して下さるのかも知れませんよ。
     ですから、無理に自分一人で何とかしようとせず、今は自分ができることを精一杯行われた方が、より自分にとっていい結果になるはずです。そうやってアケミさんが頑張っている姿を神様がご覧になれば、きっと目をかけて下さるはずですよ」って言ってくれた。
     言われてみれば、そうだよな。人がいつドコで出会うのか決めるなんて、神様にしかできそうも無いコトだよな。
     でもココで「じゃお見合いでうまく行ったヤツはどうなの?」って聞いたら、「それはアケミさんやアケミさんのお母さんが、神様のお手伝いをしたのでしょう。何しろお忙しい方ですから、人の助けを借りなければならないことも多々あるでしょうし」と。
     ……なんか、母さんがお見合いさせたがる理由が分かった気がする。具体的に何がどうとは言わんけど。

    赤虎亭日記 31

    2016.04.16.[Edit]
    朱海さんの話、第31話。双月暦520年10月:親友の吉事、自分の凶事。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -31. 双月暦520年 10月6日 火曜 晴奈たちがミッドランドから戻って来た。今度こそ、事件は解決したそうだ。 でもって、晴奈はまたも伝説を作ってきちまったらしい。今回の事件の犯人、克天狐ってのを倒して、自分の妹分にしちまったそうだ。 待てや。突っ込みどころがいくつかあるぞ。いや、実際突っ込んだ...

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    朱海さんの話、第32話。
    双月暦522年4月と5月:帰って来た男。

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    32.
     双月暦522年 4月22日 雷曜
     晴奈から手紙。子供が産まれたそうだ。しかも双子。
     えー……そうかー……晴奈ももう人の親かー……。いや、めでたいよ? めでたいけども。でも晴奈にまで先を越されるとは思わなかった。せつねぇ。
     小鈴んトコも先月、子供産まれたって手紙が来たし。シリンなんか2人目ができたって言ってたし。
     あとは……ジュリアか……。アイツにまで先越されたらアタシ、失踪する気がする。だけどほとんど秒読み段階だよなぁ、もう。

     双月暦522年 4月27日 氷曜
     案の定。ジュリアが今度結婚するって報告してきた。コイツんトコにも小鈴と晴奈の手紙が来たんで、ソレで焦ってアプローチかけたって言ってた。まあ、そりゃな。気持ちは分かる。
     で、シリンん時みたいに、ウチで披露宴半分の宴会したいんだと。ジュリアなら全然問題無し。来月の16日に予約。
     コレでもう、残るはアタシだけってワケか。せつねぇ。

     双月暦522年 4月28日 水曜
     変な手紙が来た。差出人不明。住所は央北のリモード共和国、ペルシェビレッジってトコ。中には央南語で一筆だけ、「まだお店はやってますか?」って書いてあった。
     普段なら無視するトコだが、なんか気になったんで「年始以外は年中無休。朝10時から夜21時まで営業中だよ」って返しといた。
     んー……? あの字、どっかで見たような気がするんだが。

     双月暦522年 4月30日 土曜
     久々にイオタの夢を見た。一緒に料理してる夢だった。なつかしかったなー。アイツ、本気で行方不明になっちまったな。まだ生きてんのかね?
     あの手紙に書いてあったリモード共和国ってのがドコだか分からんかったんで、入出国管理局の渡航情報課で調べてみた。とは言え「ヘブン」崩壊以降、央北は日増しに情勢悪化の一途を辿ってるって話だし、ろくな情報は無し。央北の中南部辺りだってコトくらいしか分からんかった。
     でもなんでそんなトコから、アタシ宛に手紙なんか来たんだろうな?
     今月の収益は60万ちょい。例年並み。

     双月暦522年 5月2日 天曜
     またイオタの夢。ココんトコずっとだなぁ。なんだろ、まだ未練あんのかな、アタシ? まあ、一番アリかもって思ってたのはアイツだったのは確かだし。今目の前に現れて「結婚してくれ」って言われたら、マジで受けかねんよな。……もう37歳だってのに、恥ずかしいコト妄想してるよなぁ、アタシも。
     入出国管理局から、リモード共和国についてちょっと情報が入ったってコトで、連絡が来た。何でもココ最近、国家として独立宣言した村なんだそうだ。ただ、今は央北中で「ヘブン」からの独立を表明したり、勝手気ままに建国したりしてて、独立宣言自体はそんなに珍しくも無いらしい。
     共和国ってコトで、政治のトップは村長のリモード氏。自治権を強めるため、私兵だか騎士団みたいなのを組織してるとか。ただ、今のトコどっかに攻め込むってうわさは無し。ホントに自警団って程度の規模らしい。

     双月暦522年 5月6日 雷曜
     まだ頭ん中が混乱してる。とりあえず昨日あったコト、順を追って書いていこう。
     いつも通りに店を開けてすぐ、こないだリモード共和国のコトを教えてくれた管理局のポーラが来店して、すぐに来て欲しいって言われた。
     店番をシリンとビートに任せて、ポーラと二人で管理局に行ったら、留置所に通された。アタシ何かしたかよ? と思ったがそう言うコトじゃなく、夕べ市国に入国しようとしたヤツの身元がはっきりしないから、誰か知ってる人はいないかって聞いたら、ソイツは「橘朱海を呼んでくれ」って。名指しで指名されたワケだ。
     で、ソイツを見てみて、気を失いそうになっちまった。随分顔がこけて傷だらけになって、ひげもじゃになってて、しかも右の虎耳が半分欠けてたけど、ソイツは間違い無くイオタだったんだからな。
     見た途端、マジで気を失ったらしくって、気が付いたら管理局の医務室だった。で、改めてソイツの顔を確かめに行ったんだけど、やっぱりどう見てもイオタだった。
     イオタっぽいのが言うには、「数年前に殺刹峰って組織に拉致されて記憶を消されて、それからずっと組織で働いてた。だけどある時、本拠地を離れて作戦行動に出てたら、その間に組織が公安に潰されて、自分を含む部隊の全員が行き場を失ってしまった。
     で、部隊長だったリモード氏と一緒に色々駆け回って村を作り、そこで何年も生活してた。でも最近、別の部隊長だったアドラーって言う魔術師が村を訪ねて、組織に消されてた記憶を元に戻してくれた。
     それで自分が元々市国に住んでたイオタ・コジマだってことを思い出した途端、市国に戻って来たくてたまらなくなった」んだと。ちなみにこないだの手紙もコイツが書いたヤツだった。
     で、アタシがその手紙を送った相手の橘朱海だってコトにようやく気付いて、「お久しぶりです」だとさ。ああ、マジでお久しぶりだよ。よく帰って来たな、イオタ。
     ともかくコイツの身元を保証して管理局から連れ出して、今イオタはアタシん家でぐっすり寝てる。
     ったく。コイツのおかげで今日は一日、店に顔を出せなかった。

    赤虎亭日記 32

    2016.04.17.[Edit]
    朱海さんの話、第32話。双月暦522年4月と5月:帰って来た男。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -32. 双月暦522年 4月22日 雷曜 晴奈から手紙。子供が産まれたそうだ。しかも双子。 えー……そうかー……晴奈ももう人の親かー……。いや、めでたいよ? めでたいけども。でも晴奈にまで先を越されるとは思わなかった。せつねぇ。 小鈴んトコも先月、子供産まれたって手紙が来たし。シリンなんか2人目ができたって言...

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    朱海さんの話、第33話。
    双月暦522年5月:イオタ・コジマ。

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    33.
     双月暦522年 5月7日 土曜
     今日は、って言うか今日もシリンとビートに店番任せて、イオタの身だしなみを整えさせるコトにした。元料理人だなんて思えんくらい、小汚かったからな。
     まずは朝からやってる銭湯に行かせて、散髪させてひげを落として、新品のシャツを着せて、……って色々色々手をかけて、どうにか5年前のイオタに近付けさせた。ソレでもガリガリに痩せた顔はまだ戻んないし、傷痕も虎耳も治しようが無いけども。
     ソレでも昼過ぎにはどうにか人前に出られる格好になったんで、店に連れてって包丁を持たせてみた。見た限りじゃ、腕は衰えてないっぽかった。今度の結婚式は大忙しになるだろうから、人手はいくらあっても足らんからな。

     双月暦522年 5月9日 天曜
     5年経っても、やっぱりイオタの腕前は確かなままだった。いや、むしろ前より良くなってる気がする。何て言うか、凄味が違うって言うか。組織とやらにいた頃は、本気で辛い経験を積んできたんだろう。
     ただ、ソレを差し引いても、面構えが怖すぎる。痩せこけて傷だらけ、って危険人物にしか見えんっての。シリンもコイツのコトは良く覚えてるはずなのに、店に連れて来た時「ドコの殺し屋さんです……?」って、恐る恐る聞いてきたくらいだからな。
     アタシにできるコトは精々美味いメシで太らせて、お給金を出してやるくらいしか無いが、結婚式までにどうにかしないとなぁ。

     双月暦522年 5月10日 火曜
     イオタのコトを聞いたらしく、ジュリアが見に来た。そっか、元同僚だし、イオタのコトを紹介してくれたのもジュリアだもんな。アイツも心配してたんだろう。
     で、ジュリアはメシ食いがてら、イオタと色々話してた。何を話してたのか二人に聞いてみたが、「色々ね」とだけ。何だよ、気になるなぁ。
     そう言や連れてきた流れで、イオタをそのまんまウチに住ませてたが、そろそろアイツの家を探さないとなぁ。もう40手前だとは言え、独身女の家にオトコ住ませてんのもアレだし。
     そう思ってイオタに打診したが、「今引っ越しても、どっちみち店に詰めるコトになるんじゃ」って返された。まあ、確かに結婚式も近いし、何だかんだでエリザリーグも目前だし。今見付けても持て余しそうだし、探すのは落ち着いてからでもいいか。

     双月暦522年 5月13日 雷曜
     なんかあっちこっちで、コソコソしてるヤツらがいる。厨房でもシリンとイオタが隅の方でゴニョゴニョしてるし、買い出ししてる間にそっと店ん中覗いてみたら、ジュリアとイオタが話してた。
     あからさまに、アタシが避けられてるみたいに思えるんだけど。何だよ? アイツら何か企んでんのか?

     双月暦522年 5月14日 土曜
     今日は朝からイオタがいなかった。シリンに聞いてみたら、「午後には戻って来るって言うてましたよ」と。一応その通りに戻っては来たが、顔にアザ作ってやがった。何してたんだよマジで。
     で、その間に妙なコトが。ピースが来て、シリンと二言三言、何か話してた。シリン、今季も妊娠中で休場だって話だろ? ピースが来るなんて闘技場関係でしか無いし。
     あ、書いててピンと来たぞ。イオタが闘技場に参戦してやがるな? アタシに黙って何やってんだ、アイツ?
     明後日にはジュリアの結婚式だって分かってんのか? まったく。

     双月暦522年 5月15日 風曜
     ダメだ 頭ん中が爆発しそう まともに考えらんねえ マジかよ

     双月暦522年 5月16日 天曜
    (文字が滅茶苦茶に殴り書きされていて、到底読めそうにない)

     双月暦522年 5月17日 火曜
     頭ん中がグチャグチャ。夢でも見てんのか?
     アタシ、今、左手に指輪してる。なんで? 背後でイオタが寝てる。なんで?
     なんでよ?

    赤虎亭日記 33

    2016.04.18.[Edit]
    朱海さんの話、第33話。双月暦522年5月:イオタ・コジマ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -33. 双月暦522年 5月7日 土曜 今日は、って言うか今日もシリンとビートに店番任せて、イオタの身だしなみを整えさせるコトにした。元料理人だなんて思えんくらい、小汚かったからな。 まずは朝からやってる銭湯に行かせて、散髪させてひげを落として、新品のシャツを着せて、……って色々色々手をかけて、どうにか5年...

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    朱海さんの話、第34話。
    双月暦522年5月16日:結婚記念日。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    34.
     双月暦522年 5月16日 天曜(書き直し)
     読み返してみたら、ココ二、三日の日記の内容がムチャクチャ過ぎる。16日のなんか、自分でも何て書いたか分からん。動揺しすぎ。実は浮かれてたのか、アタシって?
     ともかく、ようやく落ち着いてきたから、もう一度書く。

     まず、昨日はジュリアの結婚式だった。ソレは間違い無く現実。当初はアタシが見届人って話だったし、そのつもりで教会に行くはずだった。教会に行ったってトコも現実。
     夢かと思ったのはココから。いや、一昨日からか? ソコから書いた方がいいな。一昨日、店を閉めようって時間になってジュリアとバートが来た。ヘレンさんまで連れて。何の用だよって思ってたら、ジュリアがイオタにちっさい箱を渡した。
     で、イオタがアタシの手を引っ張って、厨房から客席の、ジュリアたちがいる方に連れてった。そしたらいきなりイオタがアタシの前にひざまずいて、その箱を開けた。中には指輪。で、「結婚して下さい」って言われた。いやもう何言ってんのか分かんない。
     この時点で、アタシは相当パニックになってたらしい。「いや、結婚ってジュリアとバートがだろ?」とか何とか、ズレたコト言いまくってた気がする。そんな状態だったんで、ジュリアが見かねたんだろう。「イオタから相談されたのよ」っつって、経緯を説明してくれた。
     まず、イオタは元々、公安辞めて店を開いた辺りから、アタシに気があったんだそうだ。自分の店が上手く行ってカネが貯まったら、プロポーズするつもりだったらしい。でも結局店潰しちまって、「こんなんじゃ結婚してくれなんて言えない」っつって、修行の旅に出たんだそうだ。
     そしたら犯罪組織に捕まって記憶を消されて、5年も央北にいる羽目になったワケだ。んで記憶を取り戻した途端、何が何でも市国に帰ってアタシに逢いたいってなったらしい。で、アタシに無事会えたからすぐプロポーズしようと思ったけども、身ひとつで市国に戻って来た素寒貧なんで指輪も買えないし、結婚式なんてもっと無理。
     だもんで元同僚のジュリアに相談したら、「それなら私たちと一緒に挙げればいいじゃない」って提案したんだそうだ。指輪については、なんとヘレンさんから借金して買ったんだそうだ。「ジュリアちゃんに頼まれて嫌とは言われまへんわ」っつって笑ってた。闘技場に出入りしてたのは、借金をちょっとずつでも返済しようと思ってのコトらしい。
     で、残るはアタシの返事だけ。だけど、まあ、イオタならいいかなって思ってたコトは確かだし、こんなタイミングでイヤだって言えるワケ無いし。言いたくないし。
     だからイオタから指輪を受け取って、「よろしく」ってどうにか返事した。

     で、昨日の話。アタシとイオタもいきなり結婚式挙げるコトになって、準備どうすんだよって思ってたら、どうやらアタシに内緒で全部お膳立てしてたらしい。いつの間にかドレスも用意されてて、ソレを着て教会に。
     教会に着いたら、同じようにドレス着たジュリアと、公安のよりは上等なスーツ着たバートが先にいた。んで、イオタもスーツ着て先に来てた。コイツのスーツ姿見るのなんて、公安の時以来だな。あと、ヘレンさんも来てくれた。今回の、本当の見届人だって言ってた。
     2組同時ってどうなんだよって思ってたけど、牧師さんは「面白いやん」って笑ってた。良いのかソレで。
     ともかくまずは、ジュリアとバートが指輪交換と愛の誓いをして、結婚成立。続いてアタシとイオタ。ジュリアたちと同じように指輪を交換して、牧師さんの前に立って、愛を誓った。誓っちゃったよ。
     披露宴に移ったところで、ジュリアたちのために集まってたはずのみんなから、アタシたちに向けても拍手される。見たところ、どうもコイツら、ジュリアたちとイオタの計画知ってたよって顔してやがる。新郎新婦の席も2つずつ。完璧にやられた。全然気付かなかった。マジかよ。
     その後はずーっと顔を真っ赤にして、適当に受け答えして、時間が過ぎ去るのを待ってたような気がする。

     で、今に至る。もうイオタとさっきまで何してたかすら覚えてない。でもアタシの左手には指輪があるのは事実だし、同じ指輪はめてるイオタが後ろで寝てんのも今、確認した。
     アタシ結婚したんだな。なんか慌てまくってたせいで、余韻とか全然感じないけど。……でも今、こうして日記書いてる間に、段々実感が沸いてきた。
     よし、アイツを起こして確認してこよう。アタシ、アンタと結婚したんだよな? もっかいキスしていいよな? って。すっげー恥ずかしいコト、今から聞いてきてやる。



     もうこの日記読めないな。二度と開けない気がする。すげぇ恥ずかしい。

    赤虎亭日記 34

    2016.04.19.[Edit]
    朱海さんの話、第34話。双月暦522年5月16日:結婚記念日。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -34. 双月暦522年 5月16日 天曜(書き直し) 読み返してみたら、ココ二、三日の日記の内容がムチャクチャ過ぎる。16日のなんか、自分でも何て書いたか分からん。動揺しすぎ。実は浮かれてたのか、アタシって? ともかく、ようやく落ち着いてきたから、もう一度書く。 まず、昨日はジュリアの結婚式だった。ソレは...

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    朱海さんの話、第35話。
    双月暦526年5月:シリン、最後のエリザリーグ。

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    35.
     双月暦526年 5月7日 水曜
     シリンが今季のエリザリーグに選出された。今季でエリザリーグ参戦9年目、通算10回目の出場だ。
     ただ、新聞評はかなり悪い。コレまで最高順位3位だし、産休も何度か挟んだしで、すっかり過去の選手扱いされてる。タチ悪いので有名なリーグ9紙なんか、「キングの再来(笑)」って書いてやがる。腹立つなぁ。

     双月暦526年 5月8日 雷曜
     仮面被った妙な女が、シリンを訪ねてきた。今まで色んなヤツを見てきたが、ココまで胡散臭いのはなかなかいない。
     残念ながら今日はシリンが休みの日なんで、明日ならいるよって伝えたら、「じゃ、自宅に行ってみるわ」だと。シリンの知り合いなのか?
     ソレと、イオタが妙な顔してた。「声に聞き覚えがある。前に会ったコトがあるかも知れない」っつってた。イオタとシリンの共通の知り合いで、アタシが知らないようなヤツっているのか? いや、知らないんだからいるかも知れんが。

     双月暦526年 5月9日 土曜
     シリンに昨日の客のコトを聞いてみた。名前はトモエさん、だそうだ。央南人か?
     何でも、シリンに活を入れに来たんだとか。「コレが最後だって気持ちで真剣に臨まなきゃ、いつまで経っても万年3位のままよ」って言われて、ショックを受けたらしい。
     シリンによれば、519年の頃の記憶が自分の中で強烈すぎて、エリザリーグに対して本気になれなかった、と。「どうせ負けても死にはしないんだから次がある」、なんてナメた気持ちでやってた、と猛省したらしい。
     で、アタシとイオタに宣言した。「コレで最後にする。勝っても負けても引退する」だとさ。ソコまで思い切らなくても、と思ったが、良く考えればシリンも今年で31歳なんだもんな。そろそろ潮時なのかも知れないって、自分でも思ってたのかな……。

     双月暦526年 5月10日 風曜
     シリンが「エリザリーグが終わるまでしばらく休ませて下さい」っつって頭下げてきた。ああ、真剣にやるって言ってたもんな。思えばここ数年のリーグ出場時も、ウチで働いてたし。
     コレが最後だからってコトで許可した。イオタもビートもいるし、何とかなるだろ。ってワケで、マジで頑張れよシリン。
     ちなみに子供についても、しばらく孤児院で見てもらうんだそうだ。育児放棄スレスレだなぁ。フェリオが泣くぞ。……いや、アタシらも人のコト言えんか。営業中ずっと、海悠を預けてるし。

     双月暦526年 5月12日 火曜
     エリザリーグの優勝予想が始まった。シリンは現時点で2番目にオッズが高い。つまり大半のヤツらが優勝はできやしないと高をくくってるってコトだ。クソめ。
     イライラしてたトコに、またあの仮面女が来た。シリンに会えたコトを伝えに来たのと、シリンから「ご飯食べるなら赤虎亭がええで」って教えられたからだそうだ。
     ただ、メシ食べてる間もずっと仮面付けっぱなし。一応、外したらどうだって聞いてみたが、「営業妨害になっちゃうから」っつって外そうとしなかった。どんだけヒドい顔なんだよ?
     ソレはソレとして、このトモエ(巴景)って仮面女、色々胡散臭い。なんでも「克渾沌」って号もあるとか。ふざけろ、克ってあの克か? 冗談交じりにそう聞いたら「ええ、そうよ」ってうなずきやがった。マジなのかからかってんのか。
     あと、イオタと色々話してたが、どうやらコイツも昔、組織にいたらしい。その時はモエって名前だったそうだ。いくつ名前があるんだよコイツは。
     で、今はシリンに稽古をつけてやってるらしい。「前に会った時と比べてあんまりにも鈍ってたから、見るに見かねた」だとさ。まあ、コイツの話が全部本当だって言うなら、腕は確かだろうし、少しは足しになるかも知れんな。

     双月暦526年 5月15日 雷曜
     何日かぶりにシリンが来た。あの仮面女も一緒だった。
     先週と比べて、明らかに体が締まってきてる。ちょっとびっくりした。こんな数日で変わるもんなのか?
     聞いてみると、どうやら仮面女が魔術でサポートしてやってるんだとか。と言っても強化術とかじゃなく(ソレだと闘技場の規定違反だし)、あくまでトレーニングの補助って感じで、軽い負荷をかけたり疲労を消したりして、体を短時間で効率よく鍛える環境を作ってるらしい。
     シリンの目つきも変わってきてるし、コレなら本当に、今回は優勝できるかも……?

    赤虎亭日記 35

    2016.04.23.[Edit]
    朱海さんの話、第35話。双月暦526年5月:シリン、最後のエリザリーグ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -35. 双月暦526年 5月7日 水曜 シリンが今季のエリザリーグに選出された。今季でエリザリーグ参戦9年目、通算10回目の出場だ。 ただ、新聞評はかなり悪い。コレまで最高順位3位だし、産休も何度か挟んだしで、すっかり過去の選手扱いされてる。タチ悪いので有名なリーグ9紙なんか、「キングの再来(...

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    朱海さんの話、第36話。
    双月暦526年5月と6月:有終の美。

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    36.
     双月暦526年 5月21日 水曜
     今季のエリザリーグ開幕。1回戦目からシリンが出場。
     海悠を連れて観戦に行ってたイオタから、結果はシリンの勝ちだったと聞いた。幸先いいな。
     そう言や何の気なしに海悠を闘技場に連れてかせてたけど、教育上よろしくないんじゃないか? シリンみたく乱暴な子に育ったらイヤだしなぁ。

     双月暦526年 5月24日 風曜
     リーグ9紙がまだ、ナメたコト書いてる。初戦の結果をまぐれだっつって、無理矢理こき下ろしてやがる。「ミーシャのラッキーパンチ(笑) 次は当たるのか?」だと? 今に見てろよ、度肝抜いてやる。……って、アタシが言う筋合いじゃないか。
     海悠が「次のシリンおばさんのも見たい」っつってて、正直困る。行くとなるとイオタが付き添わないといけないし、そうなると店番がアタシとビートだけになる。ソレ以前に、そう言うのが好きな子に育っていくのもイヤだし。
     でもダメだって言ったら、海悠が悲しむだろうしなぁ。辛いぜ。

     双月暦526年 5月27日 氷曜
     今日の試合も、シリンが勝利。コレで2戦2勝、3位はほぼ確定だ。リーグ9紙も、流石に明日はまぐれだの何だの言えないだろうな。
     しかし海悠が影響されてて、マジで困る。シリンの飛び蹴りを真似して、ふすまに大穴空いた。勘弁してくれ。イオタももうちょい叱れ。甘やかすな。

     双月暦526年 5月30日 土曜
     こないだのふすま事件にも参ったが、今度は壁だよ……。穴が空いたりはしなかったけど、思いっきりへこんだ。海悠、もうちょい女の子らしいコトしてくれよ。
     ただ、イオタが「ウチが狭いのかなぁ」ってつぶやいてた。言われてみりゃ確かに、親子3人じゃ手狭になってきてるのかも知れん。一時期、晴奈たちがいた時は4人だったが、アイツらは海悠みたく暴れ回ったりしなかったし。となると増築かー……。できるくらいの貯金はあるっちゃあるけど、結構かかるよなぁ。でももし今後、2人目ができたらって考えると、今のうちにやっとくべきなのかなぁ。
     今月の収益は120万弱。シリンが1戦目、2戦目と活躍してくれたおかげで、大慌てで情報買いに来たヤツが多かったからなぁ。でも今年が最後って言ってたし、来年は減益だろうな。
     また新しいヤツが入ってきて、闘技場で活躍してくれたらラッキーなんだけど、そうそうそんな都合いい偶然なんか、起こるワケないよなぁ。

     双月暦526年 6月3日 火曜
     シリンの3戦目。今回も見事に勝っちまった。コレで3戦3勝、2位も狙えるトコまで行った。
     今朝のリーグ9はヒドかった。自分のトコのお抱え2人がどっちとも2敗して、もう絶対1位にゃなれないって確定してるもんだから、今までのヨイショ記事の連発から一転、「いなかったコト」にしてやがった。あんまりすぎるだろ。
     で、「大ベテランのシリン・ミーシャ、今季こそ悲願の優勝か!?」だと。手のひら返しすぎ。ふざけんなバカ共。でももっとやれ。

     双月暦526年 6月6日 雷曜
     シリンは出てないが、今日もイオタは観戦に行った。海悠連れて。だからやめろ。コレ以上乱暴になったら手が付けられん。
     案の定、帰って来たら麺棒手に取って振り回そうとしたんで、今回ばかりはきつめにお説教した。泣かれたけども、アタシも辛いんだ。……今度はドコ壊すんだと思うと。

     双月暦526年 6月9日 天曜
     どうも海悠が影響されてんのが、シルビアんトコのウィルらしい。父親の遺品の武器をウィルが振ってるのを見て、面白がってるらしい。で、同じように棒を振り回そうとしてる、と。
     今日も目ぇキラキラさせて物干し竿に手を伸ばしてたんで、2度目のお説教。……しかしこのまま放っておくと、またやらかしかねんな。
     今度ヒマを見付けて、シルビアとかエスタに相談するか。イオタじゃこう言うトコ、アテにならんし。

     双月暦526年 6月12日
     シリンの最終戦、4戦目。こう言うのは好きじゃないが、今日ばかりはアタシが海悠と一緒に観戦した。アイツにとっちゃ、人生最後の試合だもんな。
     そして見事、勝利。全試合、完全勝利だ。つまり優勝決定。会場のみんなが立ち上がって、大声上げて大喝采。アタシも立ち上がっておめでとうって叫んだ。海悠も。案の定、シリンは泣きまくってた。両腕上げてポーズ決めながら。
     ただ、盛り上がったのはいいんだけど、15日と18日の試合がクッソつまんなくなるのは確実。完璧に消化試合と化したし、ウチの売上は若干落ち込むだろうな。

    赤虎亭日記 36

    2016.04.24.[Edit]
    朱海さんの話、第36話。双月暦526年5月と6月:有終の美。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -36. 双月暦526年 5月21日 水曜 今季のエリザリーグ開幕。1回戦目からシリンが出場。 海悠を連れて観戦に行ってたイオタから、結果はシリンの勝ちだったと聞いた。幸先いいな。 そう言や何の気なしに海悠を闘技場に連れてかせてたけど、教育上よろしくないんじゃないか? シリンみたく乱暴な子に育ったらイヤだしな...

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    朱海さんの話、第37話。
    双月暦530年10月:イオタの副業。

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    37.
     双月暦530年 10月8日 土曜
     また懲りもせず、イオタが青アザ作って帰って来た。いつもながらヒヤヒヤさせられる。いい加減にしとかないと、いつか痛い目見るだけじゃすまんぞっつって叱ったけども、「でもまだ借金が……」の一点張りだ。コイツの悪いトコだ。一回思い立ったら、全然人の話を聞かない。ソレで行方不明になったクセに懲りてないのか?
     海悠も父親譲りと言うか何と言うか、今日もイオタと同じように、顔にアザを作って戻って来た。自分の性別分かってんのかっての。こっちについてはいっぺん、ウィルを叱らないとダメだな。
     もしかしたらシルキスやクイントも一緒にやってんのかと思ってシリンに聞いてみたら、「そう言えば」って顔しやがった。まさかお前、自分の子供のやるコトに気付いてないワケじゃないよな……?

     双月暦530年 10月10日 天曜
     午前休業にして、親同士とエスタで会議。
     ソコで分かったコトだが、どうも孤児院の子供らの中で、武闘派グループみたいなのができつつあるとか。主犯は言うまでも無くウィルだ。
     このままじゃきっと誰か大ケガしちまうんで、どうにか止めさせられないか相談し合う。ただ、エスタの意見としては「子供たちは楽しんでるみたいだし、ただ『ダメ』って言うだけじゃ止めようとはしない。だからちゃんと武道の心得がある人を先生にして、きちんとした指導を受けさせたらどうか」と。
     ココで名案浮かぶ。イオタに指導させたらどうか? 元々剣術の心得があるし、実戦経験もあるし、適任だろう。ソレに、毎日毎日アザだらけになって帰って来るのを見るのはイヤだし、先生やらせるなら闘技場で稼がなくてもいいワケだし。
     提案してみたら、イオタ本人も含めて賛成された。あー、コレで父娘まとめて叱らなくて済むなぁ。
     話は変わるが、この会議が終わったトコで、ビートがアズサと一緒に話の輪に入ってきた。何かと思ったら、「そろそろ独立して、アズサと一緒に店を持ちたい」と。唐突に聞かされたが、確かにビートも21歳になるし、巣立つ頃だよな。
     ただ、一緒に来たけども、アズサはビートと一緒に暮らすとか結婚とか、そう言う気は全く無いらしい。あくまで経営だけ関わるつもりだとか。まあ、こっちも想像に難くないな。いかにもアズサっぽい。
     しかしこうなってくると、店番が不足しそうだな。イオタもビートもいないとなると、シリンだけになるし。また誰か探すかなぁ。

     双月暦530年 10月14日 雷曜
     第2回親会議。
     まず、イオタの指導日と指導料について。エスタと違ってイオタは朝に強いから、火~土の午前中に稽古をつけるコトになった。指導料は1回1200エル。1週間で6000になる。
     イオタが闘技場で1回に稼げるのが(勝てば)4~5000で、週2くらい行く。勝率3割強ってところだから、闘技場行くよりは稼げるはずだ。イオタも文句無いはずだし、会議でも反対しなかった。
     続いてビートがウチを辞める時期について。とりあえず、年内一杯までいてもらうコトにした。開業資金はまだ貯まってないが、多少借金して都合を付けるつもりらしい。コレを聞いたイオタが不安そうにしてたが、アズサはしっかり者だからな。うまくやるだろ。アタシだって店を開いた頃は借金だらけだったし。

     双月暦530年 10月16日 風曜
     イオタの指導に備えて、午前中はシリンとビートに任せ、イオタと二人で道具やら何やらの買い出しに行く。
     ただ、途中で気付いたと言うか改めて認識したと言うか、イオタの計画性の弱さが浮き彫りになる。明らかにいらないだろって言うのを買おうとするし、指導を受ける子の人数も把握して無いし。アタシが一緒に来なかったら、間違い無く散財してるぞコイツ。
     コレはもっと、ちゃんとしたヤツにやり方を聞いて、イオタに指導受けさせないと危なさそうだ。

     双月暦530年 10月17日 天曜
     晴奈が道場やってるコトを思い出し、フォルナと晴奈の妹に魔術で手伝ってもらって、「色々教えてくれないか」と打診する。「道場の運営指導と言うことであれば、喜んで引き受けいたす」っつって、こっちに来てくれるコトになった。
     久々に晴奈に会えるな。10年ぶりくらいか? ちなみに息子の秋也くんも、一緒に来るらしい。この話を伝えたら、シリンもシルビアも喜んでた。そうだよな、コイツらも晴奈と仲良かったもんなぁ。

     双月暦530年 10月27日 水曜
     晴奈が来てくれた。予定通り、秋也くんも一緒だ。ちなみに他の子は、父親の仕事を見学したり小鈴んトコに遊びに行ったりで、予定が合わなかったらしい。
     やっぱり道場やってる経験が長いからか、晴奈はしっかりとした指導プランを立ててくれてた。アタシも素人ながら聞いてたが、イオタが最初に考えてたのとは全然、比べ物にならん。すげえきちっとしてる。コレなら安心して任せられそうだ。

    赤虎亭日記 37

    2016.04.25.[Edit]
    朱海さんの話、第37話。双月暦530年10月:イオタの副業。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -37. 双月暦530年 10月8日 土曜 また懲りもせず、イオタが青アザ作って帰って来た。いつもながらヒヤヒヤさせられる。いい加減にしとかないと、いつか痛い目見るだけじゃすまんぞっつって叱ったけども、「でもまだ借金が……」の一点張りだ。コイツの悪いトコだ。一回思い立ったら、全然人の話を聞かない。ソレで行方不明...

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    朱海さんの話、第38話。
    双月暦532年7月:世代交代と、その予兆。

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    38.
     双月暦532年 7月2日 風曜
     小鈴から手紙。エルスが倒れたらしい。マジか。
     んで、診断結果は胃潰瘍。胃にデカい穴が空いてるんだとか。医者からは「これ以上仕事を続けたら、今年中に死にますよ」って言われたらしい。
     で、近いうちに同盟の総長を引退しようかって相談してるんだとか。ああ、世界のトップだもんな。そりゃ胃に穴も空くわ。

     双月暦532年 7月4日 火曜
     新聞が大騒ぎ。エルスのコトで大にぎわいだ。まあ、アタシたちは手紙で知ってたから騒いでないけど。
     んで、後任には晴奈のダンナのナイジェル博士を指名したらしい。今度はナイジェル博士の胃がヤバそうだ。

     双月暦532年 7月7日 雷曜
     久々にビートが来た。店は順調らしい。でもこんな平日に来て大丈夫なのか? って聞いたら、増築中だから臨時休業なんだと。なるほど、そりゃ順調だな。横で聞いてたイオタがしょげしてた。お前一回、自分の店を潰してるもんなぁ。
     で、アズサがまた別の店の経営を始めたってのも聞いた。すげえなアイツ。コレで3店舗めじゃなかったっけか?
     ソレと、最近付き合い始めた子がいるってのも聞かされた。2歳下の猫獣人で、名前はテレサ・アレックス、結婚も考えてるんだとか。んなコトまでアタシに言わなくてもいいのになぁ。よっぽど嬉しいんだろうな。気持ちは分かる。

     双月暦532年 7月8日 土曜
     昨日ビートが言ってたテレサって子が来た。ビートの店が改装終えるまで、働けないかと頼んできた。こっちもこっちでビートと一緒に店やるってコトを考えてるらしく、経験を積みたいんだとか。ウチは料理教室じゃねえよ。
     とは言え、こないだパメラに逃げられたトコだし人手は欲しい。改装には来月までかかるって話だし、つなぎとして雇うコトにした。

     双月暦532年 7月9日 風曜
     久々のヒットだなぁ。テレサは使える子だった。ウチにずっといてほしいくらいだ。
     途中、ビートが様子を見に来た。アタシが「上手くやってるよ」って言ったら、すげー嬉しそうにしてた。
     ふと思ったが、ビートがウチに来たのって10歳の時だよな。海悠も今年で9歳だし、そろそろ店に立たせてみるか? でも「そんなのよりお父さんと修行したい」とか言われそうで、ちょっと怖いトコではあるが。

     双月暦532年 7月10日 天曜
     海悠に手伝いを打診してみたら、意外に好感触だった。「やってみたかった」って満面の笑みで返された。そんな風に言われたら、こっちも嬉しいってもんだ。
     そんなワケで、とりあえずは勉強の妨げにならないよう、ビートが子供の頃店にいた時と同じシフトで働かせるコトにした。自分の子供ながら、上手くやってくれるか心配だが。

     双月暦532年 7月12日 氷曜
     小鈴から手紙。どうにかエルスの身辺整理も終わりそうなんで、近いうちに旅行しようかって考えてるらしい。で、ウチにも寄りたいと。
     前に来たのってもう10年以上前だよな。なんだろ、もうそんなに経ったのかって気分だ。アイツの手紙はちょくちょく受け取ってるし、側にいないって気がしないんだよな。

     双月暦532年 7月17日 天曜
     海悠を店に立たせて1週間が経ったが、特に今のところは問題無し。どうやらこっちの腕はアタシとイオタのいいトコを受け継いだらしい。シリンやテレサとも、仲良くやってる。勿論イオタとも。
     しかしどうなんだろ。海悠、アタシの店を継いでくれたりすんのかなぁ。アタシももう47歳だし、イオタも44だし。どっちももう初老なんだよなー。もう後20年経ったら、流石にもう、店にゃ立てなくなってるだろうし。
     あー、考えるとモヤモヤしてくる。この歳になっても、将来のコトを考えると不安になるぜ。

    赤虎亭日記 38

    2016.04.26.[Edit]
    朱海さんの話、第38話。双月暦532年7月:世代交代と、その予兆。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -38. 双月暦532年 7月2日 風曜 小鈴から手紙。エルスが倒れたらしい。マジか。 んで、診断結果は胃潰瘍。胃にデカい穴が空いてるんだとか。医者からは「これ以上仕事を続けたら、今年中に死にますよ」って言われたらしい。 で、近いうちに同盟の総長を引退しようかって相談してるんだとか。ああ、世界のトップ...

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    朱海さんの話、第39話。
    双月暦535年3月:エスタと、そのろくでもない兄。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    39.
     双月暦535年 3月1日 風曜
     十数年ぶりにコレットが来た。子供連れて。猫獣人の16歳で、名前はコロラ。確かにボレロに似てるわ、目とか口元とか。口数が少ないトコもアイツ似だ。
     で、コレットから「しばらくコロラを修行させてほしい」と来た。だからウチは料理教室じゃないっての。……とは言え今までこの流れで、雇わないって話になったコトは無い。今回も応じるコトにした。
     腕がコレット似だといいなぁ。マジで。

     双月暦535年 3月4日 氷曜
     今のところ、コロラに問題無し。海悠ともすぐ仲良くなったし、イオタやシリンに対しても、(あんまりしゃべらないけども)楽しそうにしてる。
     全然悪くない人材だ。当面、ウチにいてもらおう。

     双月暦535年 3月6日 雷曜
     エスタが蒼い顔して、ウチに来た。なんでも「兄が行方不明になった」とか。
     話を聞けばそのお兄さんのプレビオってのが、エスタが央北天帝教の教会を辞める羽目になった原因を作ったろくでなしらしい。その辺りについては詳しいコトは聞いてないが、ソレでも自分の兄貴が蒸発しちまったって言うのは不安だろう。
     一応、公安に捜索願を出したらしいが、既に2回も逮捕されてるってコトらしいし、そんなヤツをまともに探しちゃくれないだろう。
     アタシの方でも、ツテに当ってみるか。とりあえずマウロだな。

     双月暦535年 3月8日 風曜
     マウロから、プレビオ・チューリンについての情報を聞かされた。……けど、コレはエスタに伝えない方がいいだろうなって気がする。
     マウロにプレビオの名前を聞いた時点で、アイツ苦い顔したからな。その筋じゃ有名人だったんだろう。悪い意味で。
     やはりと言うか、プレビオはかなりのトラブルメーカーらしく、相当な借金を抱えて逃げ回ってるらしい。で、裏稼業に手ぇ出してしくじって、今じゃ公安からも裏通りのチンピラ共からも追われる身になってるんだとか。
     コレをエスタに伝えたら、間違い無く家族ぐるみで巻き込まれるだろう。一回、巻き添えを食って仕事をクビになったんだし、コレ以上エスタがこんなクズに苦しめられるのは、正直許せん。
     伝えるべきか悩んだが、この話はアタシが握り潰すコトにした。ゴメンな、エスタ。

     双月暦535年 3月12日 水曜
     アタシがどうこうするまでも無かったな……。
     プレビオはあっさり逮捕されて、新聞にデカデカと記事が載った。不幸中の幸いか、エスタとはもうほぼ絶縁状態だったせいか(姓も父方と母方、兄妹で別々のを名乗ってたし)彼女に関係した記事は、とりあえず載って無かった。
     コレで三度目の逮捕だし、実刑は免れないだろう。

     双月暦535年 3月13日 雷曜
     心配だったんで、エスタに会ってきた。やっぱり落ち込んでた。
     エスタによれば、実は前の2回とも保釈金を払ってやってたらしいんだが、今回も払うべきかどうか、考え中なんだと。(教会をクビになったのも、保釈金云々で周りとこじれたかららしい)
     で、アタシ個人としての意見を言ってきた。「コレまで2回も助けてやったってのに、いや、助けてやってたからこそ、性懲りもなく3回目を起こしたんだ。今回ばかりはちゃんと刑期を務めさせて、十分に反省させるべきだ」、ってな。
     エスタもまだ蒼い顔してたが、深々うなずいてた。もうお前にゃダンナも子供もいるんだし、ろくでなしの旧い家族のコトなんか忘れろって、本当……。

     双月暦535年 3月15日 風曜
     ココんトコ、ずっとエスタの兄貴のコトでてんやわんやしてたんで、ほとんどコロラのコトについて書けてなかったわ。
     って言うか、本当に卒が無い。特に悪い点も無く、淡々と仕事をこなしてる。逆に言えば目立たないって感じ。物静かな子だ。あんまりウチや、ウチの周りにいないタイプだな。
     だもんで、どう付き合おうかちょっと図りかねてるトコだが、ま、ボレロの娘って考えてりゃ、何とかなるだろ。海悠とも仲良くしてくれてるしな。

    赤虎亭日記 39

    2016.04.27.[Edit]
    朱海さんの話、第39話。双月暦535年3月:エスタと、そのろくでもない兄。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -39. 双月暦535年 3月1日 風曜 十数年ぶりにコレットが来た。子供連れて。猫獣人の16歳で、名前はコロラ。確かにボレロに似てるわ、目とか口元とか。口数が少ないトコもアイツ似だ。 で、コレットから「しばらくコロラを修行させてほしい」と来た。だからウチは料理教室じゃないっての。……とは言え今...

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    朱海さんの話、第40話。
    双月暦539年10月と11月:「キング・ウィアード」の再来。

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    40.
     双月暦539年 10月22日 雷曜
    「コジマ会」が盛り上がってる、ってイオタと海悠から聞かされた。
     今季のニコルリーグでウィルがまだ1戦も負け無し、22戦22勝0敗って言う、ものすごい記録を挙げてるらしい。ニコルリーグ全戦全勝は518年後期のウィアードと、519年前期の晴奈以来なんだそうだ。あと2勝じゃん。すげえなぁ。
     あと、シルキスも今んトコ21戦19勝2敗、海悠も21戦18勝3敗で、ウィルに続いて「コジマ会」のエースになってるって話だ。(ちなみにシリンも『ウチん時は21勝3敗が限界やったわー』っつってた)
     おかげで「コジマ会」に、孤児院やらウチの周りやら以外からも入門希望者が集まりまくってるらしい。イオタが「このまま教会の庭先で稽古するワケにも行かないし、どうしようかなぁ」ってこぼしてたが、どう見ても嬉しそうにしてる。
     だがウチからカネは出さんぞ。儲かるなら授業料で道場でも何でも作れ。

     双月暦539年 10月23日 土曜
     珍しくジュリアとフォルナが一緒に来た。で、かなりのビッグニュース。ジュリアが来月付で公安局長になるらしい。マジかよ、大出世じゃん。
     フォルナが嬉しそうに言うには、公安局長にゴールドマン家以外のヤツが就くのは先代総帥以来、ほぼ40年ぶりなんだそうだ。横にいたジュリアが、珍しく照れた顔してた。
     で、後任人事でフォルナが警視長に昇格、捜査部部長に就任したそうだ。37歳の若さで捜査部長とは、やっぱりフォルナはできるヤツだったんだなぁ。ウチで店員してた頃がウソみたいだ。

     双月暦539年 10月25日 天曜
     また珍しいお客。今度はフェリオだ。と思ったら、シリンが神妙な顔してカウンターに回って、フェリオと一緒に頭を下げてきた。
     なんでも「フェリオがもうボチボチ公安を辞めて、のんびり暮らしたいって言ってる。だもんで、家族で店を開こうかと思ってる」と。
     そう言やジュリアのチームが解散して、もう2年も経つんだもんなぁ。バートは民間に下って公安関係の相談室開いたし、エランは何だかんだ言って、金火狐商会の中間管理職に収まってるし。ソコに来て、ジュリアとフォルナもトップと準トップに昇進するって話だし。フェリオにしてみりゃ、一人取り残された気分だったんだろうな。
     で、開くにあたってウチの看板を借りたいと。いわゆる「のれん分け」ってヤツだ。確かに、今ならもうフランチャイズ化したって怒るヤツなんかいないけど、でも今更って感じだしなぁ。
     まあ、細かいトコは話し合って決めるとするか。アタシだってもう若くないんだし、海悠が後継いでくれるか分からんし。「赤虎亭」の名前が今後も残ってくれるって言うなら、素直に嬉しいしな。

     双月暦539年 10月26日 火曜
     ウィルが23戦目も勝利。全勝まであと一歩だな。シルキスと海悠も順調らしいし、もしかしたらエリザリーグに3人とも選ばれるかもな。
     個人的には海悠は行ってほしくないが。未だに慣れないんだって、アイツが顔にアザ作って帰って来んの。

     双月暦539年 10月30日 土曜
     エスタから、アイツの兄貴が出所したって話を聞かされた。んで、すぐに行方知れずになっちまったんだと。
     しかもエスタん家に目一杯、恨みがましい手紙を送りつけたらしい。おかげでジニーたちも怯えて怖がってるんだとか。そりゃひでえ。四度目の逮捕もありうるな。だもんで、タルゴなんか仕事休んで、家の周りを見張ってるらしい。
     今月はプラス90万。この時期でこの額は久々だな。マジで晴奈ん時以来。ウィルたちのおかげだ。

     双月暦539年 11月1日 風曜
     ウィルたちに感謝。「コジマ会」の帰りに、エスタん家近くでプレビオに出くわしたらしい。そん時、プレビオはあろうコトか、火炎瓶持ってたんだと。もうちょっと遅かったら、マジで死人が出るトコだった。
     で、ウィルがとっさに飛びかかって、三節棍で思いっ切りブン殴ったんだそうだ。プレビオは鼻血噴き出しながら、もがくようにして逃げたらしい。
     おかげでエスタからもタルゴからも、泣きながら感謝されたって話だ。そんな目に遭ったんなら、流石にもうプレビオも来ないよなぁ。

     双月暦539年 11月2日 天曜
     昨日の今日で不安だからと、ウィルたちが朝からエスタん家に向かった。
     で、その甲斐あったと言うか何と言うか、また性懲りも無くプレビオが来たらしい。しかもライフル持って。だけども、ソレでもウィルの敵じゃなかったんだとか。アイツ、ライフルの弾を全弾、三節棍で弾き返したらしい。マジでか。
     そう言やずっと昔に晴奈から聞いた話だが、ウィルの父親のウィアードは、キングにライフルで撃ち殺されたらしい。流石に同じ型じゃないだろうが、ソレでも同じタイプの得物相手に、真っ向から勝つなんてな。親を超えたな、ウィル。
     ちなみにプレビオは顔面に三節棍を叩き付けられて、顔中から血を流しながら逃げたらしい。絶対もうコレで、二度とエスタの前には現れないだろう。て言うか現れんな。

    赤虎亭日記 40

    2016.04.30.[Edit]
    朱海さんの話、第40話。双月暦539年10月と11月:「キング・ウィアード」の再来。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -40. 双月暦539年 10月22日 雷曜「コジマ会」が盛り上がってる、ってイオタと海悠から聞かされた。 今季のニコルリーグでウィルがまだ1戦も負け無し、22戦22勝0敗って言う、ものすごい記録を挙げてるらしい。ニコルリーグ全戦全勝は518年後期のウィアードと、519年前期の晴奈以来な...

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    朱海さんの話、第41話。
    双月暦539年11月と12月:ウィルの活躍とゴシップ。

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    41.
     双月暦539年 11月7日 土曜
     今季のエリザリーグの出場者が発表された。やっぱりと言うか、ウィルが当選。一方、残念ながらと言うか何と言うか、シルキスと海悠は落選した。
     そのせいか、海悠がナメたコト言い出した。「もう諦めて店継ぐ。これだけ頑張ってダメだったんだし」だと。
     ふざけんなっつって目一杯叱った。確かにアタシはお前が「コジマ会」に出てんのも闘技場に参加してんのもイヤだっつってるけども、ソレでも一度取り掛かったコトを投げ出して、ウチを逃げ口上に使うんじゃねえ。
     んなコト言ううちは、絶対店なんか継がせてやらねえ。やるなら最後までやれ。

     双月暦539年 11月9日 天曜
     時間を取って、シリンたちの店について話を詰める。
     と言っても、もう八割方終わってる。場所もいいトコを押さえられたし、什器やら何やらも安くで揃えられた。メニューとか店の内外装とかについては、一通りウチと同じようにする予定だそうだ。「赤虎亭 二号店」だもんな。
     後はいつ開店するか、つまりいつまでにウチを辞めるかって話だが、いつも通り、年内一杯ってコトにした。
     また店員探さないとなー。フルで入るのがコロラだけじゃ、若干きついし。

     双月暦539年 11月15日 風曜
     どうやら最近、ウィルがジニーに惚れられてるらしい。こないだのプレビオ事件で、目の前でかっこいいトコを見せられたからだろうな。
     海悠から聞いた話じゃ、ウィルもまんざらじゃないって様子らしい。やれやれ、また新聞屋に嗅ぎ付けられるぞ。今度の見出しは「ウィアードJr. 熱愛発覚!?」とかか?

     双月暦539年 11月21日 土曜
     今季のエリザリーグ開幕。大注目されてるからか、この日はウィルの出番じゃなかった。大物の登場はもっと後、ってコトだな。
     んで、いつも通りイオタと海悠が一緒に観戦に行った。去年も一昨年も別々に出かけてたが、最近は反抗期っぽいのが収まったみたいだな。ソレとも「コジマ会」が盛り上がったんで、自慢の父親になったとか?
     ……反面、こないだ叱ってからどうも、アタシは避けられてるっぽいけども。

     双月暦539年 11月24日 火曜
     今日はウィルが出場。勿論賭けてるし、勿論勝った。
     でも観戦から帰って来た海悠の様子が変。なんか落ち込んでるように見える。まだエリザリーグに出られなかったコト、引きずってんのかな。

     双月暦539年 11月27日 雷曜
     海悠がしょんぼりしてる。店に立ってる時も、「ウィルがジニーと一緒にいた」とか「今日はウィルに稽古の相手してもらえなかった」とか、ぶつぶつ言ってる。
     ちょっとピンと来たんで、こっそりイオタに耳打ちして確かめたが、今まで「コジマ会」でもずっと、海悠はウィルの側にいたんだそうだ。
     片思いなのか、単に慕ってるだけなのかは分からんが、そうやって親しくしてたトコにジニーが現れた、ってワケだ。なるほどなー、昔のアタシを思い出すわ。きっと今、切ないだろうなー。

     双月暦539年 11月30日 天曜
     今月の収支は100万強。ここ数年の最高益だな。
     その原因のウィル、今日は試合は無かったが、闘技場に呼ばれて取材受けてたらしい。話題の男だもんな。
     業界最大手のGCデイリーを筆頭に、あっちこっちの新聞がウィルのコトを追っかけてる。誰彼構わずこき下ろしまくるんで有名なあのリーグ9紙ですら、「キング・ウィアードの再来ッッッッ!」とか「誰もアイツを止められない……ッ!?」とか、ものすげえ持ち上げ方してる。
     で、その一方でやっぱ、ジニーのコトも根掘り葉掘り聞かれてるらしい。ゴシップ大好きなヴォーチェ紙に至っては、ジニー本人に突撃取材したって言うし。ソコまで行くとエスタたちも迷惑がってるんじゃないだろうかって気もするが、どうなんだろうな。

     双月暦539年 12月3日 水曜
     今日はウィルの出場日。問題無く勝った。問題が起きたのは、やっぱり周りの人間関係。
     ブン屋共め、ドコから嗅ぎつけたんだかジニーの伯父、つまりプレビオのコトを書き始めた。ひどいのなんか、「あのキングが犯罪者の家族と交際!?」なんてほざいてやがる。
     おかげでエスタん家が今、大変なコトになってる。ふざけんな。もう無関係だっつの、プレビオとエスタん家は。
     癪に障るし、コレ以上の騒動も真っ平だから、こっちからも情報を撒くとするか。アタシだって情報屋の端くれだし。

     双月暦539年 12月9日 氷曜
     今日はウィルの出場日。コレで3勝0敗。優勝は目前だ。
     ゴシップ騒動も、アタシの工作が上手く行ったっぽい。ウィルがプレビオを2日連続でボッコボコにした件をヴォーチェの対抗2、3社に流したら、美談兼「キングの英雄譚」として、好意的に報道された。
     エスタ一家は犯罪関係者から一転、悪漢からウィルに救われた家族として話題になってる。反面、アイツらを貶したヴォーチェ紙は今日、謝罪文を掲載してた。やったぜ。
     ただ、そのせいで余計にウィルとの恋愛報道が加熱した気もする。海悠、ゴメン。

    赤虎亭日記 41

    2016.05.01.[Edit]
    朱海さんの話、第41話。双月暦539年11月と12月:ウィルの活躍とゴシップ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -41. 双月暦539年 11月7日 土曜 今季のエリザリーグの出場者が発表された。やっぱりと言うか、ウィルが当選。一方、残念ながらと言うか何と言うか、シルキスと海悠は落選した。 そのせいか、海悠がナメたコト言い出した。「もう諦めて店継ぐ。これだけ頑張ってダメだったんだし」だと。 ふざけんなっ...

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    朱海さんの話、第42話。
    双月暦539年12月:新時代。

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    42.
     双月暦539年 12月18日 雷曜
     エリザリーグ最終日、ウィルの最終戦。この日も問題無く勝って、見事に全勝達成。文句無しの優勝だ。
     ちなみに最年少優勝の記録更新。雪乃やウィアードをも超えた、って報道してるトコもある。いや、本当にすげえわ、ウィル。きっとコイツは、長いコト「キング」として闘技場に君臨するだろうな。
     表彰式が終わった後は、当然の如くウチで祝勝会。界隈挙げての大宴会になった。そして当然と言うか、その場にはジニーもいた。ずーっとウィルのお酌してた。一方で海悠は、厨房からずーっと出てこなかった。
     ああ、もどかしい。ウィル、浮かれんのは分かるけども、もうちょっと周りを見てやってくれよ。

     双月暦539年 12月20日 風曜
     二連続で唖然。
     ウィルがジニーにビンタされて振られた、……と本人から直に聞かされた。なんでよ? と思ってたら、直後に海悠に頭下げて、「やっぱオレが好きなの、ミューだった」だと。
     なんでも昨日、優勝記念ってコトでジニーとデートに行ったんだそうだ。で、買い物したり芝居観に行ったり、一日中、あっちこっち行ったんだけども、帰り際にジニーが泣き出して、ビンタしてきたんだそうだ。「あなたの話題、全部ミューさんのことばっかりじゃない!」っつって。
     で、ソコに至ってようやく、自分が海悠のコト好きだったんだって自覚したらしい。なんだそりゃ。
     でも良かった。海悠、ボロ泣きしながら「よろしくおねがいしますぅっ」って。……ホッとしたよ。このまま上手く行ってくれると、本当に嬉しいんだが。

     双月暦539年 12月23日 氷曜
     ヘレンさんが来た。ジュリアとフォルナとエランも。何だよ総出で、と思ってたら、今までのお礼を言いに来た、と。
     ヘレンさんによれば、「総帥の任期が来年で満了になるし、延長でける分も全部使い切ったから、ボチボチ引退するんよ」とのコト。で、今までジュリアチームに貢献してくれたから、こうやってお礼参りに、とのコトだった。
     ちょっとびっくりしたけど、でも確かに、ウチが開店してそんなに経ってない頃からの顧客だったもんな。
     35年間お疲れ様でした、ヘレンさん。ゆっくり隠居できるコトを祈ってます。

     双月暦539年 12月26日 土曜
     フォルナがダンナのモントを連れて来店。
     なんでも、モントが次期総帥選挙に出馬するんだとか。今んトコ、トーナ・ゴールドマン家じゃピカイチの業績挙げてる秀才らしい。
     でも結構なひねくれ者だとか、変わり者揃いの金火狐一族の中でも特に際立ったド変人だってうわさもある。……が、今日会ってみたら、そんなコトも無く。普通に礼儀正しい、いいヤツにしか思えん。そりゃ、フォルナが自分のダンナに選ぶ相手だもんなぁ。まあ、頼むメニューがことごとく甘味だったのには笑えたが。どんだけ甘党だよコイツ。
     むしろ変わり者だらけの中で逆にマトモだから、そう言われてるんじゃないだろうか。そんな気もする。ともかく有力候補であるのは確かっぽいし、総帥になればまた、ヘレンさんの時みたいなコネクションも必要になってくるだろう。
     フォルナの方もソレを踏まえて、アタシと顔合わせをさせたんだろうな。……とは言え、アタシの方もボチボチ、代替わりするんじゃないかって気もするが。

     双月暦539年 12月29日 火曜
     今日、海悠と真面目に話をした。「今後、ウチを継ぐ気があるか」ってコトで。そしたら、「継ごうと思ってた」って返って来た。
     ホッとしたのを隠しつつ、厳しいコトを言っておいた。「ただ継ごうと思って継げるもんでもないぞ。料理作んなきゃいけないし、情報屋もやってるから、人付き合いも一杯しなきゃならんし、色んな情報に敏感でいなきゃならんし」っつって。
     そんなワケで、来年からみっちり教えるコトにする。とりあえず、ウチにいるばっかりじゃ積める経験も限られてくるから、まずは小鈴んトコの新聞社で3年働かせるコトにした。
     しばらくウィルと会えなくなって寂しいだろうが、コレも今後のためだ。頑張れよ、海悠。

     双月暦539年 12月30日 氷曜
     仕事納め。今年の収益、850万弱。最高益を更新した。ウィル効果だな。
     いつも通り、家族やら親しいヤツらやらと一緒に、ぞろぞろと納業会に行く。牧師さんに「またアンタ、今年も大所帯で来よって。すっかり大店の女将はんやな」って言われた。そんなに偉くなったつもりは無いんだが、確かに振り向けば10人、20人はいる。
     ただ、今年でシリンとはお別れになる。アイツも来年からは、一国一城の主になるんだしな。イオタみたく失敗しなきゃ、コレから毎年、女将として来るコトになるワケだ。海悠とも、来年からしばらく一緒には来られなくなる。……自分で命じたコトながら、ちょっと寂しいな。
     そう言やビートやアズサとも会った。アズサはすっかり、実業家って面になってたな。こんな時でもなきゃ会えないくらい、忙しくやってるらしい。ビートの方も、夫婦揃って子供一人ずつ抱えてたな。聞かなくても順調って分かる雰囲気だった。
     で、終わった後は例年通りの大宴会。シリンと海悠の成功を祈って、今年はアタシもがっつり飲んだ。流石に頭が痛いわ。
     ともかく、コレで今年の日記もおしまい。また来年も、繁盛しますように。

    赤虎亭日記 42

    2016.05.02.[Edit]
    朱海さんの話、第42話。双月暦539年12月:新時代。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -42. 双月暦539年 12月18日 雷曜 エリザリーグ最終日、ウィルの最終戦。この日も問題無く勝って、見事に全勝達成。文句無しの優勝だ。 ちなみに最年少優勝の記録更新。雪乃やウィアードをも超えた、って報道してるトコもある。いや、本当にすげえわ、ウィル。きっとコイツは、長いコト「キング」として闘技場に君臨するだろ...

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    朱海さんの話、第43話。
    双月暦541年8月:黒炎擂台賽。

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    43.
     双月暦541年 8月1日 風曜
     ウィルとシルキスに、黒炎教団からの招待状が来たらしい。
     なんでよ? と思って本人から詳しく話を聞いてみると、なんでもウィルたちのエリザリーグでの活躍を聞いて、今度教団で開催する武闘大会に、是非参加してほしいってコトらしい。
     二人とも乗り気で、もう行くって返事したそうだ。どんどん活躍の場を広げてんなぁ。やっぱすごいわ、ウィル。シルキスも。

     双月暦541年 8月2日 天曜
     昨日ウィルから見せてもらった招待状に、武闘大会(黒炎擂台賽って名前らしい)の協賛としてチェイサー商会の名前があったんで、久々にピースんトコ、じゃなくプレアんトコに行って、事情を知ってるか聞いてみた。
     ソコで分かったコトだが、むしろウィルとシルキスが招待されたのは、プレアの口添えがあったからだそうだ。「教団から、『とにかく強い人を集められるだけ集めてほしい』って依頼されたから」だと。
     しかも、晴奈の息子の秋也くんまで呼んだらしい。ただ、ウィルたちには全く知らせてないんだとか。「会場でびっくりさせようと思って」っつって、ニヤニヤしてた。本当にこう言うトコ、親譲りだな。
     ちなみに雪乃の娘の小雪ちゃんも誘ったらしいんだが、こっちは返事が返って来なかったんで諦めたらしい。そりゃ残念だ。

     双月暦541年 8月5日 水曜
     ウィルとシルキスが屏風山脈に向けて出発した。到着は3日後、大会はその2日後になるらしい。おいおい、ココから3日で間に合うのかよ? ……と思ったが、最近は登山道もかなり整備されてて、割りと楽に登れるんだそうだ。時代は変わったねぇ。
     そしてドコから嗅ぎつけてきたのか、海悠から「ウィルが大会出るって?」と手紙。順調に情報屋としての経験を積んでるようで、アタシとしては嬉しい限りだ。

     双月暦541年 8月6日 雷曜
     シルビアが困った顔してウチに駆け込んできた。なんでもシリンのトコのクイントが、シルビアのトコのシルフィにちょっかい出してきてるとか。
     あのバカ、兄貴分兼お目付け役が市国を出た途端にかよ、ふざけてんな。とりあえずイオタ経由で叱ってもらうコトにした。

     双月暦541年 8月10日 火曜
     今度はシリンが来た。やっぱりクイント絡みで。
     こないだイオタに叱られたにもかかわらず、まーだシルフィを口説いてるんだとか。懲りないヤツだな。ソレともイオタが頼りないのか?
     んで、このまんま付きまとうようじゃ孤児院にも迷惑かかるし、どうにかアタシに取り成してくれないか、と。なんでだよ? ……とは思ったが、ココは第三者が出張った方がいいのか?
     気乗りしないが、明日クイントとシルフィを呼んで話すコトにした。

     双月暦541年 8月11日 氷曜
     やっぱりクイントはアホだ。そしてソレにあてられるシルフィも大概だ。
     普通に諭そうと思って席に座らせた瞬間、クイントのアホが「オレは真剣にコイツが好きなんです! なんならすぐ結婚します!」って叫びやがった。
     アタシも「お前まだ17だろ、弁えろよ」とか「どうやって食わせていくんだよ」とか色々言ったものの、コイツはまったく聞いちゃいなかった。しまいにゃ、シルフィが「よろしくお願いします」って答える始末だ。
     もう勝手にしやがれ。アタシは知らん。

     双月暦541年 8月13日 雷曜
     教団からチェイサー商会を経由して、大会の結果が伝えられた。
     優勝したのは秋也。そしてウィルは準優勝だったそうだ。マジか。上には上がいるもんだな。しかもソレが秋也とは。
     ちなみにウィルたちは大会後、プレアと秋也と一緒に、央中側のふもとの街で一泊してご飯食べて帰る予定らしい。

     双月暦541年 8月16日 天曜
     プレアが黒炎教団の大会から帰って来た。ウィルたちについては、途中で秋也の街に行こうってコトになって、そのまんま向こうに渡ったと聞いた。
     あ、ピンと来た。ウィル、そのまま弧月に行って海悠と会う気だな。やれやれ。

     双月暦541年 8月23日 天曜
     ウィルたちが帰って来た。
     やっぱり予想通りと言うか、まずは秋也ん家のある黄海に行って、その後弧月にも寄って海悠とも会ってきたんだとか。
     ちなみに黄海で、晴奈とも会って来たらしい。ソレは予想できたが、その上雪乃とも会ったっつってて、ソレが一番うれしかったみたいだ。何つっても闘技場の伝説、「瞬殺の女神」だもんな。(シルキスなんか「レアキャラやぁ」っつってた。キャラてお前)
     一応、クイントとシルフィのコトを伝えたが、二人とも唖然としてた。んで、揃って「アイツ、アホか」ってつぶやいてた。アタシも同感だよ。

     双月暦541年 8月26日 水曜
     心配な情報が入ってきた。秋也が焔流の免許皆伝試験に落ちて、そのまま修行場から逃げ出したらしい。今のところ、行方は分かってないそうだ。
     しかし分からんもんだなぁ。市国最強のウィルを負かした秋也が、試験に落ちるなんて。晴奈の印象があるから、そんなに難しいもんだとは思ってなかったんだけど、やっぱりきついのかなぁ。

    赤虎亭日記 43

    2016.05.03.[Edit]
    朱海さんの話、第43話。双月暦541年8月:黒炎擂台賽。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -43. 双月暦541年 8月1日 風曜 ウィルとシルキスに、黒炎教団からの招待状が来たらしい。 なんでよ? と思って本人から詳しく話を聞いてみると、なんでもウィルたちのエリザリーグでの活躍を聞いて、今度教団で開催する武闘大会に、是非参加してほしいってコトらしい。 二人とも乗り気で、もう行くって返事したそうだ。...

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    朱海さんの話、第44話。
    双月暦541年8月と9月:秋也と昂子とウォン。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    44.
     双月暦541年 8月30日 天曜
     小鈴から連絡があった。秋也くんが弧月に来たそうだ。もっぺん修行の旅に出るんで、助けてほしいっつって。お騒がせなヤツだ。
     で、小鈴の方でも末娘の昂子ちゃんをミッドランドの天狐ゼミに入れようと思ってたんで、渡りに船ってコトで、秋也に連れて行かせるんだと。
     ちなみに来週末くらいには、市国に寄るかもって言ってた。となると多分、ウチに寄るだろうな。一応、コロラにも伝えておくか。アタシがいない時に来るかも分からんし。
     今月の収益。いつも通りの60万強。可も無く不可も無く。

     双月暦541年 9月2日 氷曜
     小鈴からまた連絡。秋也に渡す刀が届かないんで、出発が遅れてるらしい。「どんだけかかっても、今週中には発たせる」って言ってた。
     トラブル多いなぁ、秋也。晴奈の息子だもんなー。アイツが店で働いてすぐくらいの頃を思い出すぜ。

     双月暦541年 9月4日 雷曜
     秋也たちがようやく出発したらしい。
     となると到着は10日か11日か、その辺りか。色々食べさせてやるとするか。今のうちに準備しておこう。

     双月暦541年 9月7日 天曜
     やっぱり晴奈の子だからなのかなぁ。ソレとも小鈴の子だからか?
     秋也と昂子が屏風山脈を越える途中で、黒炎教団の好戦派に襲われたって話が伝わってきた。
     と言っても、秋也が返り討ちにしたらしいが。ソコはやっぱり晴奈の血だな。

     双月暦541年 9月10日 水曜
     秋也くんと昂子ちゃんが来た。あと1名、ウォンってのも。服装を見た感じ、どうやら黒炎教団の僧兵崩れ。何故か坊主頭。尻尾も耳も丸刈り状態。もろ、罰を受けましたって格好だった。
     ピンと来たがコイツ、秋也が返り討ちにしたって言う教団のヤツなんじゃないか? どうして一緒にいるのか分からんが、プレアなら教団に知り合いがいるかも知れんし、明日聞いてみるとするか。
     ともかく秋也たちが来たってコトで、ウィルとシルキスも呼ぶ。後は予想通り、宴会になった。傍で見てたが、秋也はどうやら酒に弱いらしい。ココは晴奈に似なかったみたいだな。

     双月暦541年 9月11日 雷曜
     まずはウォンの話から。プレアに聞いたらやっぱり黒炎教団の関係者、ソレも教主のウィルソン一族のヤツらしい。で、秋也を襲ったけど返り討ちにされたアホとも聞いた。
     んで、そのウォンがプレアんトコに、働かせてくれないかっつって頼み込んできたんだと。当然、プレアは拒否。そりゃそうだ、自分勝手に人を襲うようなヤツは雇えん。アタシもご免こうむるわ。
     で、帰りにエスタと出くわした。向こうもアタシを探してたみたいで、クイントのコトを教えてくれた。何でも今朝、孤児院宛に連絡があったそうだ。何故かキャバレーから。で、ウィルが出向いて話を聞きに行ったら、クイントが店で酔っ払って暴れて、店の娘に抱きついて、揉むわ噛むわ撫でるわ舐めるわしたと聞かされたらしい。アホだ。
     当然、ウィルはマジギレ。その場でクイントを殴り倒して孤児院まで引っ張ってきて、状況をみんなに話したんだそうだ。勿論シルフィにもだ。で、シルフィからビンタされ、大慌てで訪ねてきたシリンからも蹴っ飛ばされて、その場で勘当されたそうだ。アホだ。

     双月暦541年 9月14日 天曜
     秋也たちが市国を発った。ウィルたちが寂しそうにしてた。……と締めたいところだが、クイントが昨日殴られて勘当された後で蒸発したらしく、あっちこっち回ってたらしい。
     その間に分かったコトだが、どうもクイント、三股かけてたらしい。シルフィと他2人。アイツ見つかり次第、ウィルかシリンに殺されかねんな。
     しみじみ思うが、やっぱりクイントはアホだな。

     双月暦541年 9月16日 水曜
     マウロから聞いたところ、どうやらクイントは市国から逃げたらしい。
     一文無しのくせにどうやって国境越えたんだ? と思ったら、なんと海を身一つで泳いで渡って、国境警備隊の追跡を無理矢理振り切ったらしい。この時期サメやら何やらいるはずなんだが……。何考えてんだ、アイツ? いや、何も考えてないんだろうな。
     体面に関わるってんで公表されちゃいないが、おかげで入出国管理局は騒然としてるらしい。「まさかあんな方法で無断出国するヤツがいるとは」っつって。
     やっぱりアホだアイツは。突き抜けてるわ。

    赤虎亭日記 44

    2016.05.04.[Edit]
    朱海さんの話、第44話。双月暦541年8月と9月:秋也と昂子とウォン。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -44. 双月暦541年 8月30日 天曜 小鈴から連絡があった。秋也くんが弧月に来たそうだ。もっぺん修行の旅に出るんで、助けてほしいっつって。お騒がせなヤツだ。 で、小鈴の方でも末娘の昂子ちゃんをミッドランドの天狐ゼミに入れようと思ってたんで、渡りに船ってコトで、秋也に連れて行かせるんだと。 ちな...

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    朱海さんの話、第45話。
    双月暦543年3月と4月:戻って来た海悠とウォン。

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    45.
     双月暦543年 3月22日 氷曜
     海悠が帰って来た。すっかりオトナになったなぁ。背もアタシより高くなっちゃったし。
     情報屋としても成長してくれたみたいで、央南でのコネもしっかり作ってきたらしい。んで、最初の目標通り食堂と情報屋をやるのに加えて、新聞とか雑誌のフリー記者もやろうかって考えてるそうだ。勤めはせず、寄稿するだけって感じで。特に反対するようなコトも無いし、向こうから引っ張りだこになるくらいガンガンやってやれって応援しといた。
     夕方になってウィルがウチに来た。海悠と抱き合って喜んでた。いやさ、お前ら。そりゃ仲を反対しちゃいないが、ソレでも店先でんなコトしてんな。客が入れないだろうが。

     双月暦543年 3月24日 雷曜
     2年前に秋也と一緒にウチに来たウォンって子が、またプレアんトコを訪ねて来たってウィルから聞いた。
     市国を発った後、秋也と昂子と一緒に、天狐ゼミで、と言うか天狐に修行を付けてもらってたらしい。で、秋也が一足先に修行を終えた後、一人で央中を回ってたんだとか。
     そんでまた、プレアんトコで働かせてもらえないかって頼みに来たらしい。まあ、事件から2年も経ってほとぼりも冷めてるし、少しは改心してるだろうってコトで、仮採用になったんだと。
     しばらくはウィルの手伝いさせて、使えそうなら他の仕事も回すってコトらしい。腕に覚えがあるとも言ってるんで、軌道に乗ったらボチボチ闘技場にも参加させるかって話になったそうだ。
     もしかしたらウィルの新たなライバルになるかもな。ソレはちょっと楽しみかも。

     双月暦543年 3月26日 風曜
     ウィルが楽しそうだ。海悠が帰って来たからってのもあるだろうが、もう一つはウォンのコトだろう。
     アイツも「コジマ会」に入ったらしいが、イオタに言わせれば「正直言って教えるコトが無い」らしい。元々黒炎教団で修行してたヤツだもんなぁ。むしろ、ウォンが半分教える側に回ってるとか。
     そんだけ腕が立つもんだから、すっかりウィルがやる気になっちまってるらしく、「コジマ会」の稽古終わりに、毎日のように対戦してるらしい。道理で顔中生傷だらけだと思った。
     そう言や海悠も、「市国に戻って来たからまた稽古してもらおうかな」とか言ってた。お前もうすぐ20歳になる女の子なんだから、……あー畜生、よく考えればシリンとかも30歳超えるまで闘技場行ってたんだよな。クソ、説教し辛い。
     もしもこの調子で海悠とウィルが結婚して、子供が生まれたりしたら、ソイツも三節棍振り回すんだろうか。やだなぁ。アタシの孫なのに。

     双月暦543年 3月28日 火曜
     本っ当に海悠はイオタのいらんトコを受け継いでるなぁ。「やっぱ行く」っつって「コジマ会」の稽古に行きやがった。思い立ったら即行動するトコ、本当にそっくりだ。
     案の定、戻って来たら右目の周りにまん丸くアザができてた。マンガかよ。まあ、歯やら骨が折れたりしてないだけマシか。いや、ダメだって。アイツらに流されちゃダメだアタシ。

     双月暦543年 3月30日 水曜
     今月の収益、50万弱。まあまあか。
     海悠が「わたしがもらった原稿料も収益に足す?」って聞いてきたが、ソレについてはまだ考え中。
     足してもいいかなとは思うが、そうなるとアイツ個人のカネじゃなくなる。折角アイツが自分で稼いだカネなんだから、アイツのものにさせておきたいし。
     と思う一方で、いずれはアイツがこの店を継ぐんだし、今のうちから計上しとく方が後々楽かなーって言うコトもある。
     とりあえず今月の分は足さないコトにして、来月の締めまでには結論を出そう。

     双月暦543年 4月1日 雷曜
     こないだから気になってたんで、海悠に真面目な話を聞いてみた。ウィルと結婚するつもりなのかとか、もし結婚したらその後どうすんのかとか、色々。
     そしたら海悠、無鉄砲さはイオタ譲りだけど、幸い計画性はアタシに似たらしく、ある程度は考えてくれてたらしい。まず、結婚するのはもう少し後。「自分の新しい商売がちゃんと軌道に乗ってから考える」っつってた。そもそもまだ、ギリギリ19歳だし。
     で、そう言うつもりだから当然、結婚後もフリー記者を続ける。ウィルも少なくとも30歳までは闘技場に出るつもりだけど、いずれはきっちり引退して、以降はプレアんトコ一本で働くつもりだそうだ。
     ちなみに今、「コジマ会」に行ってるのも、言わばウィルの独占取材も兼ねてやってたコトらしい。一緒に稽古するなら、何かしら面白い話も聞き出せるかも知れないし、ってつもりだそうで。(その割には楽しそうに通ってるようにも見えるけどな)
     うん。ちゃんと考えてるならいい。イオタみたいに店潰して失踪、みたいなコトは無さそうだ。……むしろアタシが考えとかないとなぁ。もう60も間近だし、そろそろ隠居を考えないと。

    赤虎亭日記 45

    2016.05.06.[Edit]
    朱海さんの話、第45話。双月暦543年3月と4月:戻って来た海悠とウォン。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -45. 双月暦543年 3月22日 氷曜 海悠が帰って来た。すっかりオトナになったなぁ。背もアタシより高くなっちゃったし。 情報屋としても成長してくれたみたいで、央南でのコネもしっかり作ってきたらしい。んで、最初の目標通り食堂と情報屋をやるのに加えて、新聞とか雑誌のフリー記者もやろうかって考え...

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    朱海さんの話、第46話。
    双月暦545年6月と7月:おわり、はじまり、おわり。

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    46.
     双月暦545年 6月18日 水曜
     エリザリーグ最終日。今季もウィルが優勝、ウォンが2位のワンツー。コレでウィルは10季連続優勝、前人未到の大記録を樹立したワケだ。
     まあ、そのせいで殿堂入り、有り体に言えば今季を最後にエリザリーグ出場を止められたらしいが。過去にもキング(クソ野郎の方)が出場し過ぎて変なコネができちまったせいで、後々面倒臭いコトになったって実例があるし、仕方無いと言えば仕方無いか。
     今後はエキシビジョン枠だか何だかを設けて、何かしらの特別試合がある時に出場するコトになるそうだ。すっかり生ける伝説だなぁ。

     双月暦545年 6月19日 雷曜
     ウィルの殿堂入りを祝して、ウチで宴会。
     その席でウィルが、海悠にプロポーズした。まあ予想はしてたが。当然、海悠は「よろしくお願いします」っつって受けた。ソコから後は、婚約発表会に変わった。
     しかしアタシが37歳で結婚したのに、海悠は22歳でかぁ。競いゴトじゃないけど、アタシより断然早く結婚するんだな。まあ、アタシより遅く結婚したら、ソレはソレで何かアレだけど。

     双月暦545年 6月20日 土曜
     海悠の結婚式は来月末、27日の天曜に決まった。天下のキングが結婚するって話なんだから、あっちこっちから人を呼びたいんだと。となると晴奈とか秋也とかも呼んだ方がいいよな。明日ウィルに聞いてみよう。
     後、ちょっと気になるコトがある。ココ数日、変な咳が出てる。昔っから煙草吸ってるからのどが悪いのは自覚してるんだが、最近はのどの奥の方に、特に妙な感じがある。ただの風邪だと思うけど、明日ウィルんトコ行った帰りに、モニカの病院で診てもらっとくか。
     もし万が一、娘の結婚式に出られなくなったら最悪だしな。

     双月暦545年 6月21日 風曜
     マジか。最悪だ。ヤベえ。癌だって? しかも結構な悪性の。
     いや、まだハッキリしてないとは言ってたが。マジならヤバい。シャレにならん。マジで海悠の結婚式出られないじゃん。って言うか、今も咳出てるし。うーん、どうにかならんもんか。
     とりあえずウィルに晴奈とかのコトを聞いてみたら、もう招待状送ってたらしい。そりゃそうだよな。
     ちなみに秋也の方も、近々結婚するらしい。相手は西方のとある国の、大臣の娘さんだとか。すげえな、逆玉の輿じゃん。

     双月暦545年 6月28日 風曜
     精密検査の結果が出た。肺癌確定。余命半年無いだとさ。ふざけんな。……ふざけてないんだろうなぁ。モニカ、目がマジだったし。
     ただ、イオタとか海悠には教えてない。教えたら絶対、結婚式が取り止めになっちまうもんな。アタシのために中止とか、マジでやめてほしい。お前らの幸せをアタシがブチ壊すなんてのはなぁ。
     とりあえずモニカにも口止めしといた。せめて結婚式が終わってから言ってくれって。長年の付き合いだし、守ってくれるだろ。

     双月暦545年 6月30日 火曜
     今月の収益、100万オーバー。ウィルのおかげだな。
     そう言や今更だけど、再来月にはウィル、義理の息子になるんだよな。変な気分だ。今まで仲良くしてたけど、結局は「近所の子」でしかなかったワケだし。ソレが来月には「お義母さん」なんて呼ばれるコトになるのか。
     とは言え、いつまでそう呼んでもらえるか、分からんけどな。来年にゃアタシ、死んでるワケだし。
     あ、忘れてた。来月から海悠の収入も店の収益に計上しておくとするか。んで、同時にアイツに店の権利、全部渡しちまおう。イオタも納得するさ。アイツだって今年で57歳のジジイなんだし。

     双月暦545年 7月3日 雷曜
     モニカの病院で咳止めをもらう。ココんトコ、特に咳がひどくなっちまったせいで、まともに厨房に立つのもヤバかったからな。
     ただ、病状が進行したらコレでも効かなくなると言われた。何とか結婚式が終わって店を継がせ終わるまで、アタシの体が持っててくれればいいんだけども。

     双月暦545年 7月4日 土曜
     速攻でイオタにバレた。何でだ、と思ってたが、アタシの机の上に咳止めがゴロゴロ置いてあるのを見てピンと来たらしい。そりゃそうだ。しくじったぜ。
     でも海悠には絶対言うなっつって念押ししといたし、黙っててくれるさ。多分。とりあえず海悠にはバレないように、咳止めは隠しておくか。

    赤虎亭日記 46

    2016.05.07.[Edit]
    朱海さんの話、第46話。双月暦545年6月と7月:おわり、はじまり、おわり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -46. 双月暦545年 6月18日 水曜 エリザリーグ最終日。今季もウィルが優勝、ウォンが2位のワンツー。コレでウィルは10季連続優勝、前人未到の大記録を樹立したワケだ。 まあ、そのせいで殿堂入り、有り体に言えば今季を最後にエリザリーグ出場を止められたらしいが。過去にもキング(クソ野郎の方)...

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    朱海さんの話、第47話。
    双月暦545年7月:最後のページ。

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    47.
     双月暦545年 7月10日 雷曜
     海悠から怪しまれた。「最近、煙草吸ってないけどどうしたの?」っつって。何とかイオタがごまかしてくれたが、やっぱり不自然なのか。
     つってもなぁ。確かに煙草吸いたいのは山々なんだけども、吸うと咳止めが効かなくなるだろうし。結婚式でゲホゲホ咳しまくって場をブチ壊しにしたくないからなぁ。
     まあ、その他の準備は着々整ってるから、後はアタシがシャキッとしてれば問題無いはずだ。後半月ちょいだし、もう少しの我慢だ。

     双月暦545年 7月14日 火曜
     ヤベえ。血吐いた。つっても掌に隠せるくらいだけども。もしコレが厨房の中だったらと思うとゾッとするぜ。寝床で良かった。
     ただ、イオタには滅茶苦茶心配された。大丈夫、……って言い切れないのが情けない。マジで大丈夫じゃないんだし。
     とりあえず海悠にはごまかして、モニカの病院に行く。幸い、夜中に咳し過ぎてのどが傷ついただけだってコトらしい。ただ、やっぱりいい傾向じゃないから、できる限り病院に来い、と言われた。「本当なら入院すべきなんだけど」とも。そんなにヤバいのか?
     とは言え、モニカもアタシの事情を分かってくれてるんで、ソコまで強くは言わなかった。でも目がマジだった。
     入院かー。店の引き継ぎ、早い目にやっとかないとまずいなぁ。

     双月暦545年 7月15日 氷曜
     ウィルを呼んで、海悠と店のコトについて話した。病気のコトは伏せて、「来月には隠居しようと思ってる」って体で、店は海悠に譲るコト、海悠が継いだ後はできる限り助けてやってほしいってコトを伝えておいた。
     ウィルはマジでいい子だと思った。「任せて下さい」ってハッキリ答えてくれた。海悠はしっかりしてるし、婿がコレなら安心だな。

     双月暦545年 7月19日 風曜
     まただよ。起きたら吐血。この前より多い。枕に付いちまった。
     速攻でモニカんトコに行く。案の定、「薬が段々効かなくなってきてる」と。病状も悪くなってきてるそうだ。煙草やめてるのに。
     帰って来たら海悠から根掘り葉掘り聞かれた。枕の血は鼻血だっつっといたが、病院に行ったのはごまかすのに苦労した。一応、「朝から鼻血出したなんて滅多に無いから不安に思った」っつっといたが、明らかに信じてない顔だった。
     コレはバレたかも知れんな。でも式はやめさせない。

     双月暦545年 7月20日 天曜
     案の定、海悠から「しばらく休んでて」って言われた。まあ、モニカからも「病状悪化の原因は仕事のし過ぎ」って言われてたし、お言葉に甘えるコトにした。
     って言うか、海悠からは病気のコトについて何にも聞いてこない。アイツのコトだから勘付きはしてるだろうけど、やっぱり親のそーゆーコトを聞くのは怖いのかな。アタシにも覚えがあるし。

     双月暦545年 7月22日 氷曜
     2日ぐっすり寝たら、のどの調子も戻って来たらしい。3日ぶりに厨房に立った。
     でも夕方くらいになって、海悠が「無理しない方がいい」っつって止めてきた。やっぱり気付いてるんだな、コイツ。
     揉めるのもアレだし、素直に従った。明日以降も多分、同じようなペースになるかも知れん。

     双月暦545年 7月25日 土曜
     明後日には海悠の結婚式だ。なーんか、ココ数日あっと言う間だったんで、感慨深くないなと言うか何と言うか。
     で、もうキャンセルできるようなタイミングじゃないし、海悠が気付いてるのも分かってるから、正直に病気のコトを話した。案の定、「やっぱり」って言われた。
     情けない話だが、海悠はアタシの考えを見抜いてたらしい。病気だなんだって話が広まって式がキャンセルになるのは嫌だから、絶対言わない、……ってアタシが思ってたコトはバレバレだったようだ。
     で、告白したところで、海悠が泣き出した。「まだ死んで欲しくない。もっと色々教えてほしいし、話もいっぱいしたい」っつって。
     アタシも泣いた。アタシだってまだ長生きしたいし、孫も見たい。教えなきゃならんコトもまだある。どんだけ話したって足りやしない。
     でも仕方無いんだ。そう思うしか無いんだよ。

     双月暦545年 7月27日 天曜
     海悠とウィルの結婚式。幸い、今日は体調が良かった。咳止めもいらなかった。
     教会でシルビアと一緒に誓いを見届けて、後はアタシの店で披露宴。で、ココで明日から、海悠が店を継ぐコトを発表した。アタシはそのまま隠居させてもらう、とも。
     ただ、アタシが病気だってコトは伏せておいた。折角の良い日に、アタシの話なんかで沈ませたくなんかなかったしな。
     式は最後まで、楽しい雰囲気で進んだ。本当に良かった。

     コレで心残りは無い。



     日記は、ここで終わっていた。後には白紙のページが続いている。
     どこかの小説であれば、最後のページにポエムなり誰かへのメッセージなりが書かれていることもあっただろうが、この日記は去年の7月27日以降、最後まで間違い無く白紙だった。
     どうやら本当に、彼女はこの日を最後と決めていたのだろう。自分が「赤虎亭」の主人として振る舞う日は、ここまでである、……と。

     わたしは日記を抱きしめ、泣いていた。
     やはり、この日記は他の人に見せるべきではないように思えた。

    赤虎亭日記 47

    2016.05.08.[Edit]
    朱海さんの話、第47話。双月暦545年7月:最後のページ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -47. 双月暦545年 7月10日 雷曜 海悠から怪しまれた。「最近、煙草吸ってないけどどうしたの?」っつって。何とかイオタがごまかしてくれたが、やっぱり不自然なのか。 つってもなぁ。確かに煙草吸いたいのは山々なんだけども、吸うと咳止めが効かなくなるだろうし。結婚式でゲホゲホ咳しまくって場をブチ壊しにしたく...

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    朱海さんの話、第48話。
    双月暦546年某月:おわりから、はじまりへ。

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    48.
     日記を読み終えた翌日、予定通りに式が行われた。
    「心からお悔やみを……」
     深々と頭を下げ、シリンおばさんとフェリオおじさんが挨拶に来る。
    「痛み入ります」
     わたしとウィルも、揃って挨拶を返す。
    「……でもホンマ、寝耳に水と言うか」
     顔を挙げ、シリンおばさんがグスグスと鼻を鳴らしながらこう続ける。
    「アケミさんが病気やったっちゅう話すら、ウチら、ホンマに知りませんで」
    「ええ、母はそう言うの、全部隠してたみたいです」
     わたしも泣きそうになるのをこらえながら、事情を説明した。
    「『もう海悠が店の主人なんだから、今更アタシが目立ったりしちゃ迷惑だろ』って。入院したことも、もう長くないことも全部、みんなに絶対言うなって言ってました。
     だから事情を知ってたのは、病院の人たちを除けば家族のわたしと父と、ウィルだけなんです」
    「アケミさんらしいと言うか、何と言うか」
     フェリオおじさんが肩をすくめる。
    「でもウチらにくらい教えてくれても……」
     文句を言いかけて、シリンおばさんは首を振った。
    「いや、まあ、そうやんな。あの人は締めるトコ、ギチっと締める人やったし。一回言い出したら聞かへんトコもあったし。
     あの人が一回こうって決めたコトやったら、ウチらにもミューちゃんにも、どうにもでけへんかったやろうしな」
    「そうですね。頑固はうちの血筋ですから」
     わたしの言葉に、シリンおばさんはクスッと笑い、「あ、……ゴメン」と頭を下げつつ、離れていった。
    「頑固が血筋、ねぇ」
     と、ウィルがつぶやく。
    「確かにお前もそうだよな。オレと結婚して店も継いだってのに、未だに『コジマ会』に顔出してるし、隙あらばオレに殴りかかってくるし。もう諦めろよぉ」
    「やーだ」
     わたしは――シリンおばさんでさえ、この場で笑ったことを謝ったと言うのに――ニッと口角を上げて反論する。
    「せめて子供できるまでには、絶対あんたの顔に一発ブチ込んでやるって決めてるしー」
    「勘弁しろよ……」
     ウィルは肩をすくめ、一転、真面目な顔になる。
    「……お前さ、アケミさんの日記読んだだろ」
    「え?」
    「シルキスから聞いた。ヒイラギ大先生のコト聞いたらしいじゃん」
    「あー、そうだった。内緒にするつもりだったのに」
    「ソレだよ。お前、最初はこの式で日記読んでやろうっつってたらしいけど、結局やらないのか?」
     そう尋ねられ、わたしは夕べ日記を読み終えた時に感じたことを、そのまま伝えた。
    「当たり前の話だけどさ、あれみんなに伝えたら、絶対母さん怒る」
    「そりゃそうだ」
    「でもそれは、『母さんにとって恥ずかしいことが書かれてる』とか、そう言うことだからじゃないの」
    「って言うと?」
    「あれは母さんの日記じゃないから」
     わたしの言葉に、ウィルはきょとんとする。
    「どう言う意味だよ?」
    「あれは『赤虎亭』の日記なのよ。あの店ができてから、母さんが隠居するまでの記録。
     あれを読んで母さんを偲ぶのは、お門違い。きっと母さんなら『まだ店をたたんでも潰してもいねーのに、何を偲ぼうとしてんだよバカたれ共』って怒る」
    「……よく分からん」
    「分かんなくていいわよ。どの道、あの日記はわたしだけのものにするつもりだし」
    「ずるいなー」
     口を尖らせるウィルに、わたしはまたも、ニヤッと笑みを返してしまった。
    「ずるくない。あれを読めるのは、赤虎亭の主人だけよ。
     どうしても読みたかったら、わたしが死んであんたが店を継いでから読むことね」
    「バカ言ってるぜ、まったく」
     呆れるウィルの横顔を眺めながら、わたしはぼんやりとだが、こんなことを考えていた。
    (わたしも今日から、日記を付けよう。
     そう、『わたしの』じゃなくて――あの『赤虎亭』の、日記を)

    赤虎亭日記 あるいは市国の歳時記 終

    赤虎亭日記 48

    2016.05.09.[Edit]
    朱海さんの話、第48話。双月暦546年某月:おわりから、はじまりへ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -48. 日記を読み終えた翌日、予定通りに式が行われた。「心からお悔やみを……」 深々と頭を下げ、シリンおばさんとフェリオおじさんが挨拶に来る。「痛み入ります」 わたしとウィルも、揃って挨拶を返す。「……でもホンマ、寝耳に水と言うか」 顔を挙げ、シリンおばさんがグスグスと鼻を鳴らしながらこう続ける。「ア...

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