黄輪雑貨本店 新館

琥珀暁 第1部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    • 2449
      
    新連載。
    "He" has come to "our world"。

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    1.
    「はじめに、大地有りき。
     その方は、大地を訪れた。

     次に、人有りき。
     その方は、人のうちの一つを訪ねた。

     三に、言葉有りき。
     その方は神の言葉で、人の一つに尋ねられた。

     その方の名は、あらゆるものの始まりである。
     その方の名は、あらゆるものの原点である。
     その方の名は、無から有を生じさせるものである。

     その方の名は、ゼロである。

     ゼロは初めて出会ったその人の手を握り、祝福した。

    (『降臨記』 第1章 第1節 第1項から第6項まで抜粋)」



     その土地は、古来より交易の要所であったと伝えられている。
     北と西に港があり、一方で東と南には牧草が生い茂っている。自然、農産物と海産物の輸送はそこで交わることとなり、自然に物々交換、即ち商売の元となる活動が生まれた。
     いつしか人は、その土地を交点の中心、「クロスセントラル」と呼ぶようになった。

     その日もいつもと変わらない、活気に満ちた一日であった。
     遠くから産品を持ってきた男たちが、それを掲げて大声を出し合っている。
    「いい鮭を持ってきてるぞー! 誰かいらんかー!」
    「羊肉と交換でどうだ!?」
    「羊はいらん!」
    「山羊ならあるが……」
    「野牛だ! 野牛の肉を寄越せ! じゃなきゃ交換しない!」
    「野牛なんてそんな……」
     しかし取引の大半が、上滑りしている。鮭を持ってきた男の要求に適うものを、誰も持ってきていないからだ。
     結局鮭を持ってきた狼獣人の男が折れ、要求を下げていく。
    「分かった! じゃあ水牛でもいい!」
    「ねーよ」
    「……豚」
    「ねーっつの」
    「チッ、仕方無えな。じゃあさっきの羊で……」「悪い、もう交換した」「何ぃ?」
     散々自分の要求を通そうとしていた狼獣人が憤り、羊を持ってきていた猫獣人の男に絡み出す。
    「なんで手放してんだよ、おい」
    「だって交換してくれないし」
    「今なら交換するつってんじゃねーか」
    「もう無いって」
    「ふざけんな! もうちょっとくらい待つって考えがねーのか?」
    「あ? 何でお前の都合で待ってなきゃいけないんだよ」
     狼獣人も猫獣人も互いに憤り、場は一触即発の様相を呈し始める。
     その隙に、何も持ってきていない男たちがそろそろと、鮭の詰まった樽に群がり始める。狼獣人の気が相手に向いているうちに、盗もうとしているのだ。
     その雑然とした状況を眺めながら、一人の短耳がぼそ、とつぶやいた。
    「……なんでこう、うまく行かないんだろうなぁ」

     と、その男の肩を、とんとんと叩く者が現れた。
    「ん?」
     振り向くと、そこには白髪の、しかしまだ顔立ちが若く、優しい目をした、ひげだらけの短耳の男の姿があった。
    「なんだ?」
     男が尋ねたが、白髪男はきょとんとする。
    「**?」
     白髪は何か言ったようだが、それは男が聞いたことも無い言葉だった。
    「なんだって?」
    「**? ……**、……***」
     白髪は困ったようにポリポリと頭をかいていたが、やがて何かを思い出したように、ポンと手を打ち、何かをつぶやきつつ、手を忙しなく組み合わせる。
    「『*********』、……通じる?」
    「ん? ああ、通じるが、今あんた、何て?」
    「あ、ちょっと魔術を使ったんだ。やっぱあいつの術は使い勝手いいねぇ。応用性と即効性が段違いだ。
     えーと、それでちょっと教えてほしいんだけど、……ここはどこ?」
    「クロスセントラルだ。あんた、どこから来たんだ?」
     男に尋ねられ、白髪は困った顔をした。
    「えーと、どう言ったらいいかな。********なんて言っても分かんないよね。まあいいや、遠くからってことにしといて」
    「ああ、うん……?」
     戸惑う男に構わず、白髪はこう続けた。
    「僕の名前はゼロって言うんだ。君は?」
    「え、ああ……、ゲートだ」
    「そっか。よろしく、ゲート」
     白髪――ゼロは嬉しそうに笑って、ゲートの手を握った。
    琥珀暁・彼訪伝 1
    »»  2016.07.01.
    * 
    神様たちの話、第2話。
    「すごい遠いところ」から。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「いやぁ、空気が美味しいねぇ。僕が前にいたところじゃ、空気がもうドロドロでね、鼻をかんだら真っ黒になっちゃうってくらいでねぇ」
    「真っ黒ぉ? そんなことあるのかよ」
     初対面のはずだったのだが、会って5分もしないうちに、ゲートは相手にすっかり気を許してしまっていた。
     このゼロと言う男に対して、ゲートは自分自身でも不思議なほどに、何の悪感情も抱けなかったのだ。
    「それで、さっきのケンカは?」
    「ケンカ?」
    「ほら、なんかケモノっぽい人と男の人が、殴り合いしてただろ?」
    「ケモノって……、お前、あいつが人でなしとでも言ってんのか?」
     呆れた声を出したゲートに、ゼロは明らかに「しまった」と言いたげな目を向け、慌ててごまかしてきた。
    「ああ、いや、うまい言葉が思いつかなかったんだ。僕が住んでたところじゃ、あんな立派な耳と尻尾のある人なんていなかったから」
    「そうなのか? ふーん……」
     まだ戸惑っている様子のゼロに、ゲートは簡単な説明を付け足す。
    「ありゃ狼獣人だよ。種族名の通り、狼っぽい耳と尻尾が付いてる奴を言うんだ。
     魚を何樽も持ってきてたから多分、北の港にいる奴だろうな。あそこは『狼』が多い」
    「北の港(ノースポート)? 北にあるの?」
    「北の港が南にあったら、南の港って呼ばなきゃならんだろう」
    「あ、そりゃそうか」
     どうやらゼロは、ゲートが知らないくらい遠くの土地から流れてきたらしかった。
    「肉はどこから運んでくるの?」
    「大体、南の野原(サウスフィールド)からだな」
    「じゃああの野菜は?」
    「ありゃ、東の野原(イーストフィールド)辺りだろう」
    「西には何があるの?」
    「西の港(ウエストポート)がある。そっちは短耳ばっかりだ。……ゼロ?」
    「なに?」
    「お前、どこから来たんだ? 東西南北、全部聞いて回ってるが……」
    「あー、と。すごい遠いところ、としか言う他無いなぁ。説明が難しいんだ」
    「ふーん……」
     と、思い出したようにゼロがもう一度尋ねてくる。
    「あ、そう言えば聞いて無かった」
    「ん?」
    「あのケンカの原因だよ。何であの二人、殴り合ってたの?」
    「ああ……。
     いやな、『狼』の方は鮭を持ってきてたんだ。俺の目にも、あれは確かにうまそうに見えた。だけどあいつ、野牛と交換しろなんて言うもんだから、誰も応じなかったんだ。
     そのうちにあいつも取り合わないと思ったんだろうな、最初に羊肉と交換しようって言ってた奴に持ちかけたんだが、とっくの昔にそいつは他の奴と交換してたらしくてな、『狼』の方がごねたんだよ。『なんで俺が交換してやるって言うまで待たないんだ』って。言いがかりもいいところだろ?」
    「……んー?」
     事実をそのまま伝えたはずだったが、ゼロは首を傾げている。
    「どうした?」
    「あの、変なことを聞いたらごめんだけど、おカネって、この世界にある?」
    「……か……ね?」
     今度はゲートが首を傾げる。
    「なんだそれ?」
    「あ、いや、何でも。そっか、無いくらいの水準なのか。
     じゃあ魔術って、知ってる?」
    「まじゅ、……なんだって?」
    「無いと思うけど、****は?」
    「何て言った?」
    「……いや、何でも。大体把握した。
     とりあえず、ゲート。この辺りで水とか飲めるところ、あるかな。のどがかわいちゃって」
    「水なら、近くに井戸があるぜ」

     二人は井戸の方へと歩いて行ったが、着いてみると騒然としている。
    「どうした?」
     ゲートが近くにいた者たちに尋ねると、口々に答えが返って来た。
    「いやね、何か変なんだよ」
    「水飲んでた奴が、苦しみ出してさ」
    「脂汗かいてのたうち回ってるんだ」
    「マジかよ」
     人をかき分けて井戸のすぐ側まで寄ってみると、確かに人が倒れている。
    「痛い……腹が痛い……」
    「気分が悪い……また吐きそう……」
    「ううぅぅぅぅ……」
     と、様子を眺めていたゼロが、周囲の人間にこう提案した。
    「とりあえず、この人たちを木陰かどこかに運ばないか? このままここにいたら、井戸も使えないだろ?」
    「え、やだ」
     が、周りは一様に嫌そうな表情を見せる。
    「移ったらどうすんだ」
    「触りたくない」
    「呪われるかも……」
     否定的な様子を見せる周囲に、ゼロは呆れたような声を漏らした。
    「なんだよ、もう……。分かった、じゃあいいよ。僕が運ぶから、みんなどいて」
    「え?」
    「ほら、早く。……そう、もっと離れて、そう。
     よし、じゃやるか」
     人々が十分に離れたところで、ゼロはまたぶつぶつと何かを唱える。
    「『********』」
     唱え終わった途端――倒れていた者たちが勢い良く、宙を舞った。
    「うわっ……」「きゃっ……」「ひぃぃ……」
     全員が20歩分は飛び、どさどさと木陰に送り込まれる。
    「よし。じゃ、診てみようかな。あ、井戸の水は飲まないでね。お腹痛くなっちゃう原因かも知れないし」
     何が起こったのか分からず、ゲートも含めて全員が唖然と見ている中、ゼロは悠々と歩いて行った。
    琥珀暁・彼訪伝 2
    »»  2016.07.02.
    神様たちの話、第3話。
    井戸端騒動。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ぼんやりゼロの背中を見ていたところで、ゲートははっと我に返り、慌てて彼の側に寄った。
    「おい、おい、ゼロ! 今お前、何したんだ!?」
    「魔術だよ。僕の腕力じゃ4人も5人も動かせないもの」
     ゼロは倒れた者たちの額や首筋を触り、何かを確かめる。
    「やっぱり食中毒っぽいな。じゃあ解毒術と治療術で治りそうだ」
    「は?」
    「治療する。ゲート、君は井戸の水を誰かが飲んでしまわないよう、見張ってて」
    「お、おう」
     命じられるが、ゲートはそれを不相応と思うことも無く、素直に従った。
    「おーい、井戸の水は飲むんじゃねーぞ! ヤバいらしい!」
    「えっ、なにそれこわい」
    「ヤバいって、何が?」
     口々に尋ねられ、ゲートはしどろもどろに答える。
    「いや、俺も良く分からんが、あいつがそう言ってた」
    「あいつ? あの白髪のヒゲじいさん?」
    「じいさんじゃ無かったぞ。結構若そうだった」
     皆の視線が、ゼロの背中に向けられる。
    「……怪しくない?」
    「言われたら怪しいけど……、なんか」
    「うん、なんか」
    「なんか、だよなぁ。なんか信じたくなる」
    「うーん」
     話している間に、ゼロが井戸へと戻ってくる。
    「みんな落ち着いたよ。30分もすれば元気になる」
    「さんじゅっぷん、……って?」
    「え、……あー、どう説明したら良いかな、ちょっと昼寝するくらいの間って感じかな」
     答えつつ、ゼロは井戸の縁から身を乗り出し、底に目を向ける。
    「みんな、飲んでないよね」
    「ああ」
    「ちょっと、調べてみるか。……『*********』」
     ごぽ、と音を立てて、ずっと下の水面から水が一塊、ゼロの元へと浮かんでくる。
    「み、水が……!?」
    「なにあれ!?」
    「あいつ、何を!?」
     ふたたび全員が騒然とする中、ゼロだけは平然とした様子で水を眺める。
    「濁ってる。土の色じゃないな。……うーん、あんまり考えたくないけど、これは多分、あれの色だよなぁ」
     ゼロは空中に浮かんだ水を一度も触ること無く地面に捨て、周囲にとんでもないことを尋ねた。
    「今朝か夜中くらいに、ここで用を足した人はいる?」
     その質問に、周囲は一斉に顔をひきつらせた。
    「はぁ!? 井戸を便所代わりに使う奴がいたってのか!?」
    「うん。水の濁った色が、どう見てもあの色だし。で、それを飲んであの人たち、腹痛起こしたみたいだよ」
    「お、俺じゃないぞ?」
    「やるわけねーだろ」
    「そうよ! 皆で使ってる井戸なのに……」
     周囲が騒ぐ中、一人、こっそりと輪を離れようとする者がいる。
     ゲートはそれを見逃さず、彼の腕をつかんだ。
    「おい」
    「あっ」
    「まさか、お前か?」
    「……よ、酔っ払って、そんなことしたような気が、するような、しないような」
    「てめぇ!」
     あっと言う間に囲まれ、彼は袋叩きにされた。

     散々殴られたその短耳が縛られたところで、ゼロは苦い顔をしつつ、皆に告げた。
    「このままこの井戸を使ったら、間違い無くお腹を壊す人が続出する。だから、この井戸は埋めた方がいいよ」
    「えぇ!?」
    「無茶言うなよ!」
    「そうよ、これが埋まっちゃったら、水が飲めなくなるわ!」
     騒ぐ皆を、ゼロは慌ててなだめる。
    「あ、いやいや! ちゃんと別のを掘るから! ご心配なく!」
    「『掘る』だって!? 簡単に言うなよ!」
    「どれだけ苦労したと思ってんだ!」
    「あ、あ、すぐできるから! ちょっと探すから、待ってて!」
     ゼロはぱたぱたと手を振って皆を制しつつ、その場から離れた。
     残った皆は、それぞれ顔を見合わせる。
    「待っててって言われたけど……」
    「どうするつもりなんだろう?」
    「なあ、結局この井戸ってもう飲めないのか?」
    「お前、飲む気になれるか?」
    「……うん、無理」
     と、そうこうしているうちにゼロが戻ってくる。
    「お待たせー! いいところがあったよ!」
    「へ?」
    「みんな来て! とりあえず、穴を開けるだけ開けるから、その後の作業を手伝って欲しいんだ」
     ゼロに言われるがまま、皆は彼の後に付いて行った。
    琥珀暁・彼訪伝 3
    »»  2016.07.03.
    神様たちの話、第4話。
    神の御業。

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    4.
     元の井戸から100歩以上は歩いたところで、ゼロが立ち止まる。
    「ここならさっきの井戸から十分離れてるし、汚染されてる心配は無い。ここでいいかな?」
     誰へともなく尋ねたゼロに、周囲からチラホラと返事が返って来る。
    「ん、まあ、別にいいんじゃない?」
    「大して違わないし、さっきのとこと」
    「俺、むしろこっちの方がいい。家と近いし」
    「あ、それは思った。あっちの方、市場に近くて埃っぽい気がしてたし」
     そして続いて、当然の質問も投げかけられる。
    「でもどうやって掘るの?」
    「道具も何にも無いぞ」
     これに対し、ゼロはあっけらかんと答えた。
    「あ、大丈夫、大丈夫」
     そう返すなり、ゼロは地面に視線を落とす。
    「この辺りかなー。あ、みんな離れてて。土とか石とか飛ぶから」
    「お、おう」
     周囲が10歩ほど離れたところで、ゼロがまた、ぶつぶつと唱えた。
    「『********』!」
     次の瞬間、地面が勢い良く盛り上がり、大量の土が噴き出す。
    「うわあっ!?」
    「ちょ、え、なにあれ!?」
     あっと言う間に地面には大穴が空き、底の方には既にじわじわと、水が溜まり始めている。
    「よし、これでいいかな。後は周りを固めれば……」「ゼロ」
     と、周囲の人々と同様に、遠巻きに成り行きを見ていたゲートが、明らかに警戒した様子で尋ねる。
    「お前、何者だ?」
    「僕?」
     しかし依然として、ゼロは平然とした様子のままである。
    「なんだろね?」
    「ふざけんな。今の今までずっと気にしちゃいなかったが、お前、おかし過ぎるだろ」
    「そうかなぁ」
    「そうだよ。なあ、みんな?」
     ゲートの問いに、周りもぎこちなく応じる。
    「う、うん」
    「変だよね……」
    「さっき人を投げ飛ばしたのも、今、地面を掘ったのも」
    「一体何をどうしたんだ……?」
     周囲からいぶかしげな視線をぶつけられても、ゼロはまだ、けろっとした顔をしていた。
    「何って、魔術を使ったんだってば。
     あ、そっか。魔術って言うのはね、人ができる以上のことをできるようになる技術なんだけどね。皆も知りたかったら教えるよ。どうする?」
    「どう、って……」
     あまりにも険や邪気、その他どんな悪感情を微塵も感じさせない、飄々とした態度のゼロに、次第に人々の警戒が薄れていく。
    「うーん、どうって言われても」
    「怪しいけど、なんかなー」
    「便利そう」
    「それってすぐ使える?」
     問われたゼロは、これもあっけらかんと答えた。
    「才能次第かなー。使える人と使えない人はいるし。でもまあ、教えるだけならいくらでも教えるよ。
     あ、でも……」
    「でも?」
    「お腹空いたから、誰かご飯食べさせてほしいな、……って。ダメかな?」
    「……」
     全員が唖然とし、沈黙が流れる。
    「……ぷっ」
     その沈黙を、ゲートが破った。
    「変な奴だな、お前。まあいい、俺が恵んでやるよ」
    「ありがとう、ゲート」
    「その代わり、俺にも教えろよ。まあ、俺には使えんかも知れんが」
    「うん、教える、教える」
     結局この間、ゼロは最後まで笑顔を崩すことは無かった。



    「ゼロの前に、病に倒れた人と、毒に侵された井戸があった。
     ゼロは病に倒れた人を助け、新たな水をもたらし、村を救った。

     ゼロは村人たちに、『わたしの知識を授けよう』と言った。
     村人たちは皆、教えを乞うた。

     ゼロは人々に知恵と知識を授けた。
     これが我々の、礎である。

     ゼロは無と闇の中にあった我々に、標と光をもたらした。
     ゼロこそが我々の、神である。

    (『降臨記』 第1章 第2節 第1項から第4項まで抜粋)」

    琥珀暁・彼訪伝 終
    琥珀暁・彼訪伝 4
    »»  2016.07.04.
    神様たちの話、第5話。
    原初の情報処理。

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    1.
    「えーと」
     ゼロが悩み悩みと言った様子で、粗く削った木屑と草の束、そして灰を、湯がたぎった鍋の中に入れている。
    「お?」
     と、その様子を見ていたゲートが、くんくんと鼻をひくつかせたが――。
    「……うぇ」
     途端に、ゲートは顔をしかめた。
    「すげー青臭え。お前、それ何作ってんだ? なんかの薬か?」
    「ううん。いや、僕もできるかどうか半信半疑なんだけどね」
    「は?」
    「大昔に聞きかじっただけだし、本当にできるのかなーって」
    「ってことはお前、何か分からんものを作ってるってことか?」
    「そうなる」
     ゼロの返答に、ゲートは呆れた声を漏らした。
    「お前って、本当に変なヤツだよな」
    「うん、良く言われる。……これくらい茹でればいいかなぁ」
     ゼロは鍋をかまどから上げ、中身をざるに開ける。
     すっかりどろどろになった内容物をすくい取り、今度は網を張った木枠の中に詰めていく。
    「……これがどうなるんだ?」
    「んー」
     ゼロは木枠を見つめながら、ぽつりぽつりと説明する。
    「繊維ってあるよね、木とか草とかの、ほら、糸みたいになったところ」
    「ああ」
    「それを****性の、……あー、まあ、灰だね。それと一緒にお湯に入れてしばらく煮込んで、こうやって水を切るとね、**ができるらしいんだ」
    「**?」
     聞き返したゲートに、ゼロはもう一度、ゆっくりと説明した。
    「紙だよ、か・み」
    「かみ、……って何だ?」
    「後で分かるよ。じゃ、今度は**を作ろうかな」
    「なんだって?」
     ゲートは何度も聞き返すが、その度にゼロは、うっとうしがるようなことをせず、丁寧に答えてくれる。
    「筆だよ、ふ・で。
     人にモノを教えるには、その教えたことを覚えさせなきゃ意味が無いだろ?」
    「そりゃそうだ」
    「だから覚えやすくさせるために、筆と紙を作ってるんだ」
    「はあ……」
     ゼロは前掛けを脱ぎながら、ゲートにこう尋ねた。
    「この辺で毛の長い動物っている?」
    「ああ」
    「どんなの?」
    「羊とか山羊だな」
    「その毛ってすぐ手に入るかな」
    「俺の友達にフレンって羊飼いがいる。気前いいヤツだから、聞けばくれると思うぜ」
    「案内してもらっていいかな?」
    「ああ」

     ゲートはゼロを伴い、友人の羊飼いの元を訪ねた。
    「おーい、フレン、いるかー」
     が、羊が放牧されている野原を見渡しても、友人の姿が見当たらない。
    「変だなぁ。いつもこの辺りにいるのに」
    「そうなの?」
    「ああ。もう市場も閉まってる頃だし、そっちに行ってるってことも考え辛いんだが……?」
    「他にこの辺りで仕事してる人はいる?」
    「おう、大抵知り合いだ。そっちに聞いてみるか」
     二人は放牧地を回り、他の羊飼いに話を聞いてみた。
    「フレン? あー、なんか慌ててたな」
    「どうも、羊が逃げたっぽいぜ」
    「どこ行ったか分かるか?」
    「朝はここから西の方を探してたし、昼くらいにはぐったりして株に座ってたのを見た」
    「じゃあ多分、今は東を探してるんじゃないか?」
    「そっか、ありがとな」
     そこでゲートとゼロは、顔を見合わせる。
    「どうする?」
    「僕らも探してみようか」
    「だな」
     と、まだ近くにいた他の羊飼いが、さっと顔を青ざめさせた。
    「おいおい、ゲートよぉ? 知ってるだろ」
    「何を?」
    「最近、変なのがこの辺りに出るってうわさをだよ」
    「変なのって?」
    「見た目は一見、でけー狼だって話だ。だが『変なの』ってのがな……」
     そこで羊飼いたちは言葉を切り、異口同音にこう続けた。
    「8本脚で、頭は2つ。しかも人を喰うって話なんだ」
    「ま、マジかよ」
     これを聞いて、ゲートも不安を覚える。
    「最近じゃ、東に出るってうわさだ。だからフレンのヤツ、『俺の羊が食われるかも』つって探し回ってたんだ」
    「でも西を探しても見つからないから、仕方無しに東へ、……ってことだろうな」
    「下手すると、あいつも……」
    「やべーな。……な、なあ、ゼロ?」
    「うん?」
     ゲートは後ろめたい気持ちで、ゼロにこう提案した。
    「このまま、待つって言うのは、まずいか? 他のヤツに言えば、毛は手に入るし」
    「ええっ!?」
     対するゼロは、目を丸くする。
    「危ないって話なのに、放っておくの?」
    「仕方ねーだろーが。俺もお前も、そんなバケモノに対抗できるような腕っ節は無いし、武器も無いだろ?」
    「でも魔術はあるよ」
    「……い、行く気なのか、ゼロ?」
     一転、今度はゲートが驚かされた。
    「行くよ。危ないって言うなら、なおさらだ」
     ゼロはいつも通りののほほんとした笑顔を浮かべて、そう断言した。
    琥珀暁・遭魔伝 1
    »»  2016.07.07.
    神様たちの話、第6話。
    遭遇。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     一応、護身用にひのきの棒を持ち、二人は放牧地の東にある草原へと向かっていた。
    「見渡す限りの大草原、ってこう言うところのことだねぇ」
     呑気そうに歩を進めるゼロに対し、ゲートは恐る恐る、警戒しつつ歩いていた。
    「おい、ゼロ。いつ襲ってくるか分からんぜ?」
    「さっきみんなが言ってた、狼みたいな化物のこと?」
    「そうだよ。お前、本当にどうにかできるのかよ?」
    「できると思うよ」
     あっけらかんとそう返され、ゲートは返事に詰まる。
    「できる、って、なんで、……うーん」
     あまりにも気負い無く答えられてしまい、強く反対できなくなる。
    「魔術ってのは、そんなこともできるのかよ?」
     どうにかそう尋ねてみたが、これに対しても、ゼロはしれっと返す。
    「色々できるよ。人の怪我や病気を治すことも、地面の奥深くから水を掘り出すことも、****より高い火力で森を焼き払うこともできる。
     本当に長けた人が魔術を使えば、不可能なことなんかこの世には無いさ」
    「……お前の言うことだから信じるけどさー」
     口ではそう言いつつも、ゲートはまだ、心の中では半信半疑の状態だった。

     やがて二人は草原を抜け、森へと入っていた。
    「おい、おい、ゼロって!」
    「どうしたの?」
     きょとんとした顔で振り返ったゼロに、ゲートは冷や汗を額に浮かべながら、引き返すことを提案した。
    「これ以上はまずいって、マジで。もう日も暮れかけてるし、森の奥に入っちまったら、真っ暗だぜ?」
    「あ、そっか。そうだね」
     そう返し、ゼロはぶつぶつと何かを唱えた。
    「『******』」
     途端に、二人の間にぽん、と光球が生じる。
    「これで明るくなったろ?」
    「……お、おう」
     十数歩程度歩いたところで、またゲートが声をかける。
    「な、なあ、ゼロ」
    「どうしたの?」
    「は、腹減らないか?」
    「ちょっとは。でもフレンが危ないかも知れないし、帰ってご飯を食べるような暇は無いんじゃないかな」
    「……だよな」
     また十数歩ほど歩き――。
    「な、なあ」
    「今度は何?」
    「しょ、正直に言う。怖い」
    「大丈夫だよ。僕がいる」
    「……勘弁してくれよぉ」
     しおれた声でそう返したが、ゼロはこう返す。
    「きっとフレンだって、同じ気持ちだよ? しかも一人だ。
     算術的に、フレンの方が2倍は怖い思いをしてるはずだよ。それを放っておくの?」
    「……そ、そう言われりゃ、……我慢するしかねーじゃねーか」
    「うん、よろしく」
     ゲートはゼロを説得するのを諦め、渋々付いて行った。

     と――。
    「あれ?」
     突然、ゼロが立ち止まる。
    「ど、どうした?」
    「何か聞こえなかった?」
    「な、何って?」
    「犬っぽいうなり声。今にも襲いかかってやるぞって言いたげな感じの」
    「よ、よせよ。こんな時に、悪い冗談だぜ」
    「いや、本気。……あ、やっぱり聞こえる。後ろ斜め右くらい」
    「え」
     言われて、ゲートがそっちを振り向くと――。
    「グルルルルル……」
     確かに、犬のような何かが、そこにいた。
     ような、と言うのは、「それ」はゲートの知る形をした犬では無かったからだ。
    「あ、頭が2つ、……脚が、8本、……しかも尻尾が2本ある!
     で、で、ででで、……出たあああぁぁ!」
     その異形の怪物を目にするなり、ゲートはその場にへたり込んでしまった。
    「あ、ちょっと、ゲート! ゲートってば!」
     これには、流石のゼロも慌てたらしい。彼は両手をゲートの腋に回し、勢い良く引っ張る。
    「立って! 重くて上がらないって!」
    「あ、あわ、あわわわ……」
     一方、ゲートは目を白黒させ、泡を吹いている。
    「……もう。見た目に似合わずって感じだなぁ、ゲートは」
     ゼロは短くぶつぶつと唱え、魔術を使う。
    「『********』! そこらで休んでて!」
     途端にゲートの体が宙を舞い、近くの木の枝に引っ掛けられた。
    「おわっ!? ちょ、や、うわっ、近いって!」
     引っ掛けられた場所は、ちょうど怪物の前だった。
    「あ、……ごめん、方向間違えた。まあ、でも、すぐ終わるから」
     ゼロはそう弁解し、またぶつぶつと唱えだした。
    「……吹っ飛んで! 『*******』!」
     次の瞬間、ゲートの目の前が真っ赤に染まり――そのまま、彼は弾き飛ばされた。
    琥珀暁・遭魔伝 2
    »»  2016.07.08.
    神様たちの話、第7話。
    魔物騒動、一段落。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「……はっ」
     気が付くと、ゲートは木の根本に寝かされていた。
    「ごめん、思ってたより爆風の範囲が大きかった。でも怪我は治したから」
     傍らでそう説明するゼロに、ゲートはまだ呆然としたまま、ぽつぽつと尋ねる。
    「さっきのは?」
    「やっつけた」
    「生きてるのか?」
    「死んでる」
    「俺、死んだのか?」
    「君は生きてる。僕も生きてるし、フレンもさっき見つけたけど、無事だった。木の上でやり過ごそうとしてたらしい。あと、羊はあっちにいた」
    「……あ、見つけたのか?」
    「うん」
     ようやく意識がはっきりし、ゲートは上半身を起こした。
    「よお、ゲート。助けに来てくれたんだって?」
     と、友人の羊飼い、猫獣人のフレンと目が合う。
    「あ、……ああ」
    「俺はこの通り無事だよ。このゼロって人があの化物を倒してくれた、……って、今説明されたばかりだったっけ。すまんすまん」
    「……ゼロ。マジでお前、何者だよ」
     ふたたび仰向けになったゲートに対し、ゼロは無言で首を傾げる。
    「だから、何者なんだって」
    「何者って言われてもなぁ」
     ゼロは肩をすくめ、一言だけ返した。
    「この世界じゃ、ただの居候だよ」



     既に夕暮れが迫っていたが、ゼロの光球を放つ魔術のおかげで、三人とフレンの羊は無事に帰路に着くことができた。
    「うわさにゃ聞いてたけど……、アンタがゼロなんだって?」
    「うん」
    「不思議なことができるって聞いてたけど、本当なんだな」
    「僕には不思議じゃないけどね」
    「是非教えてもらいたいね。この光を出すのだって、俺が使えるようになりゃ、夜通し歩くことだってできるしさ」
    「でも一人起きてたって、みんな寝てるしつまんないよ? 羊だって寝てるだろうし」
    「そりゃそうだ、ははは……」
     すぐに打ち解けたフレンに対し、ゲートはまだ、いぶかしんでいる。
    (こいつ……、このまま放っておいていいのか?
     ワケ分からん術を使うってのが、俺にとっちゃ最大の恐怖だ。その気になりゃ、クロスセントラルのど真ん中でさっきの爆発を起こすことだってできるだろうし。
     周りと相談して、こいつをこっそり縛るなり何なりした方がいいんじゃ……)
     と、そこまで考えたところで、フレンと楽しそうに話すゼロの横顔が視界に入る。
     その途端、ゲートの中の猜疑心は、呆気無く溶けてしまった。
    (……あほらしい。こいつがそんなに、危険なヤツかよ? こんな無邪気に笑ってるようなヤツが)

     一方、ゼロはフレンから根掘り葉掘り、怪物のことを聞いていた。
    「じゃ、あの化物って、ここ最近この辺に現れたって感じなのかな」
    「らしいな。俺もうわさを聞いたのは、5日前か6日前か、それくらいだった」
     話の輪に、ゲートも入る。
    「バケモノが出たって話が?」
    「ああ」
    「確かイーストフィールドとかにも羊を飼ってる人たちがいるって聞いたけど、市場とかでは聞かなかった?」
     そう問われ、フレンは尻尾を撫でながら、おぼろげに答える。
    「あー……、いや、大分前に聞いたかも」
    「それって、いつくらい?」
    「うーん……、はっきりとは覚えて無いが、20日前だったか、30日前だったか」
    「半月以上前?」
    「はんつきって?」
    「あ、いや、まあいいや。じゃあもしかしたらイーストフィールドにいたのが、こっちに来たのかもね」
    「かもな。……なあ、ゼロ? それが一体、何だって言うんだ?」
     尋ねられたゼロは、珍しく真面目な顔をする。
    「さっきの化物とイーストフィールドのが同じ個体だったなら、やっつけたんだし、話はこれで終わりだけどさ、もし別の個体だったなら、被害はもっと増えるかも知れない。
     2体以上いるってことは、殖える可能性があるってことになるもの」
    「あ……!」
     ゼロの説明を受け、フレンも、そして傍で聞いていたゲートも顔を強張らせた。
    「もうちょっと詳しく調べた方がいいみたいだね。下手すると、クロスセントラルの中にまで入られるかも知れないし。
     そしたらもっと、被害が出る。人を食べるってうわさもどうやら、本当らしいしね」
    「そうだな」
    琥珀暁・遭魔伝 3
    »»  2016.07.09.
    神様たちの話、第8話。
    対策と教育。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     フレンと、彼からもらった羊毛と共にゲートの家に戻るなり、ゼロは台所に向かう。
    「あ、できてるできてる」
     ゼロは楽しそうに、昼間煮詰めていたものを木枠からぺら、ぺらと取り出す。
    「これが紙?」
    「そう。うまく行ったから、多めに作れるよう準備しないとね。
     あ、そうそう。筆も作らないと。手伝ってもらってもいいかな?」
    「アンタの頼みだし、断るつもりは無いが」
     そう前置きし、フレンは腹に手を当てる。
    「腹減った。先にメシ食いたい」
    「同感」
     ゲートにもそう告げられ、ゼロも同様に、腹に手を当てる。
    「そう言えば、僕もお腹空いてた。じゃ、先にご飯食べようか」

     フレンが持ってきた羊肉のおかげで、その日の夕食は豪華なものになった。
    「はぐはぐ……、いやー、こんだけ肉食ったのは久々だなぁ」
    「ゼロにゃ命を助けてもらったんだ、こんくらいしなきゃ吊り合わないぜ」
    「別にいいのに……。
     っと、そうだった。今のうちに、対策を考えておこうか」
     ゼロは肉を刺していた串を使い、テーブルに図を描く。
    「僕の認識だと、ここと周りの街ってこんな位置関係なんだけど、合ってるかな」
    「って言われても、良く分からん」
    「この交差点の真ん中がここ、クロスセントラル。で、僕から見て右の方に行くと、イーストフィールド。こんな感じだよね」
    「あー、なるほど。ああ、大体そんな感じだ」
    「で、イーストフィールドで20日以上前に化物を見かけたって話だったよね」
     尋ねられ、フレンはこくこくとうなずく。
    「ああ、そうだ」
    「そこから西にずーっと行って、6日前にこの近くでも見かけた、と」
    「ああ」
    「こことイーストフィールドって、どれくらい離れてるの?」
    「徒歩だと5日か6日かかる」
    「ふむふむ、……単純計算したら人間より大分遅いなぁ。まあ、一直線に来るってわけじゃないか。
     でも、まあ、それなら対策する時間はたっぷりあるかな」
    「対策?」
     まだ串にかぶりついていたゲートに尋ねられ、ゼロはにこっと笑って返した。
    「あんなのが大勢来たら、魔術抜きじゃとても勝ち目は無い。少しでも使える人を増やしておかなきゃ」



     翌日、ゼロはゲートを手伝わせ、筆と紙を大量に造り始めた。
    「なあ、ゼロ」
    「ん?」
     しかしゲートは納得がいかず、ゼロにこう尋ねる。
    「なんで俺まで手伝わなきゃ行けないんだよ」
    「人手が足りないから」
    「そんなに作るつもりなのか?」
    「できる限りね」
    「でもさ、お前こないだ、『魔術は素質がある奴しか使えない』みたいなこと言ってなかったか?」
    「うん、言ったよ」
     ゼロは鍋をかまどから上げつつ、こう返す。
    「だからできるだけ多くの人に試してもらわないと。見た目や性格だけじゃ、その人が使える人なのかどうかって分かんないし」
    「ああ、なるほどな。……俺はどうなのかなぁ」
    「うーん」
     ざるに鍋の中身を移しながら、ゼロはぼそ、とつぶやいた。
    「ホウオウなら見ただけで分かるんだけど、僕にはそんなことできないからなぁ」
    「ほう、……何だって?」
    「僕の友達の名前。見ただけでその人の魔力がどのくらいあるのか分かる、すごい奴だよ。
     実は攻撃魔術の大半は、ホウオウから教えてもらったんだ。多分だけど、あいつと勝負したら8割方、僕が負けるだろうな」
    「そんなに強いのか? じゃあさ、そいつに助っ人に来てもらえば……」
    「あー、無理無理」
     鍋の中身が空になったところで、ゼロはまた鍋に水を入れる。
    「あいつ、今すごく大変なことをしてるところだから。そりゃ、僕だって助けてほしいけど」
    「大変なことって?」
    「一言で言うと、世界を支えてるところなんだ」
    「は?」
    「いや、なんでも。……じゃあ僕の生徒第一号になってみる、ゲート?」
     ゼロは嬉しそうな笑みを浮かべながら、ゲートに筆と紙、そして木炭の粉と膠(にかわ)で作った墨を手渡す。
    「ええと、まず、何から言おうかなぁ」
     鍋が煮詰まるまでの間、ゲートはゼロから魔術の講義を聞くことになった。
    「あー、と」
     が、始まる直前にゲートが手を挙げる。
    「ん、何?」
    「これ、どうすりゃいいんだ?」
    「僕が言った内容を書けばいいじゃないか」
    「書くって、……んん、まあ、うん」
     ゲートが逡巡したのを見て、ゼロははっとした表情を浮かべる。
    「えーと、……今更だけど、僕、この辺りの文字って知らないんだよなぁ」
    「もじ? ……って?」
    「……そっか、そこからか」
     ゼロは自分でも筆を取り、紙にいくつか絵のようなものを書きつける。
    「じゃあ、まず、第一。文字を教える。魔術はその後」
    「おう」
     こうしてゼロの最初の授業は、人に文字と数字を教えることから始まった。

    琥珀暁・遭魔伝 終
    琥珀暁・遭魔伝 4
    »»  2016.07.10.
    神様たちの話、第9話。
    授業は順調。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     意外にも、ゼロの「授業」は好評だった。
     元々、ゼロはうわさの渦中となっていたし、その彼と話ができると言うのならと、興味津々の者たちが集まったからだ。
    「今日も集まってきてくれてありがとう、みんな。じゃあ今日は、何の話をしようか?」
    「じゃーさ、ゼロの好きなものって何?」
     なので「授業」と言っても、ゼロは受けに来た者にいきなり書き取りをやらせるようなことはせず、世間話から入っていく。
    「こないだフレンって人から羊肉をご馳走になったんだけどね、実は僕、それまで羊肉ってあんまり好きじゃなかったんだ。独特の臭いがあるなーって思ってて。
     でも全然、臭みが無かったんだよね、フレンが持ってきたお肉。もう一発で好物になっちゃったよ。また食べたいなぁ、あれ」
    「あはは……」
    「じゃ、今日は動物の名前を書いて行こうかな。まず僕が挙げたこれ、『ひつじ』。書いてみて書いてみて」
    「こう……、かな?」
    「そうそう、大体そんな感じ。じゃ、僕からも質問。シノンは何が好きなの? 食べ物に限らなくてもいいんだけど」
     ゼロに尋ねられ、長い耳に銀髪の女の子、シノンが答える。
    「あたしはー……、猫かなぁ。あ、ヒトの方じゃなくて、ケモノの方の猫ね」
    「ああ、可愛いよね、猫ちゃん。僕が前に住んでたところでも一杯いたんだけど、こっちでも会えて嬉しかったなぁ。……で、『ねこ』は、こう。あ、書いてくれてるね」
    「合ってる?」
    「ばっちり。みんなも書けた? ……うん、書けてる書けてる。
     でもキュー、君の字はなんか独創的過ぎるね。ちょっと判り辛い」
    「そっか?」
    「君らしい、ご機嫌な字なんだけど、もうちょっと丁寧に書いた方がいいかな」
    「んー、……こうか?」
    「あ、いいね、いい感じ。さっきより読める。じゃあキュー、今度は君の好きな動物を書こうかな。何が好き?」
     ゼロからの講義を聞くと言うより、彼と世間話をしているような感覚で、授業はのんびり進んでいく。
    「ふー……、話し疲れちゃった。今日はこのくらいにしよっか。明日もよろしくね、みんな」
    「はーい」
     基本的に、ゼロが休みたくなったところで授業は終わりとなる。
    「……時計作んないとなぁ。疲れるまでやったらそりゃ、疲れちゃうし」
    「とけい?」
     ゼロの独り言を聞きつけ、まだ教室に残っていたシノンが尋ねる。
    「時間を計る道具だよ。ま、近いうちに用意しとくから」
    「うんっ。楽しみにしてるね」
    「……あ、そうだ」
     と、ゼロはポン、と手を打つ。
    「良かったら作るところ、見に来る?
     ゲートは仕事あるって言ってたし、一人で行こうと思ってたんだけど、一人じゃ寂しいし。君、明日ヒマかな?」
    「うんうん、ヒマヒマ。全然ヒマだよっ」
    「なら良かった。じゃ、明日の朝にね」
    「はーい」



     そして、翌日。
    「ゼロ、ゼロっ! もう起きてるーっ?」
     早朝、まだ太陽が地平線から姿を表すか表さないかと言う頃に、シノンがゲートの家の戸を叩いてきた。
    「ふああ……、なんだよ、こんな朝っぱらから」
     眠たそうに目をこすりながら玄関に立ったゲートに、シノンは顔をふくらませる。
    「違うっ。ゲートじゃなくてさ、ゼロ。ね、もう起きてる、ゼロ?」
    「まだ寝てるっつーの。ふあっ……、お前そんなに、ゼロと出かけんのが楽しみだったのか?」
    「うんっ!」
    「……まあ、起こすわ。ちょっと待ってろ」
    「はーい」
     数分後、やはりゼロも眠たそうに顔をこすりつつ、玄関に現れた。
    「おひゃよぉ……、ふあ~あ」
    「おはよっ、ゼロ!」
     満面の笑顔で挨拶するシノンに対し、ゼロとゲートは揃って欠伸する。
    「……本当に、早めに時計作んないとダメだなぁ。
     僕、どっちかって言うと遅く起きるタイプだし。9時まで寝かして、とか分かってもらえるようにしないとなぁ、……ふあ~」
    「遅起きしたいってのは、俺も同感。……くあ~、眠みいなぁ」
    琥珀暁・魔授伝 1
    »»  2016.07.13.
    神様たちの話、第10話。
    天文学と時間。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「まあ、元々ある程度は準備してたんだよね」
     そう前置きしつつ、ゼロはシノンを連れて近所の丘に向かっていた。
    「僕がこの村に来た時くらいから、星の動きとか月の動きとか、できるだけ観測してたんだ」
    「カンソク?」
    「どんな風に動いてたか、詳しく眺めてたってこと。
     それでね、星の動きと言うか、公転軌道は少しずつ、日によってずれていくんだ。一番分かりやすいのは、月だね」
    「ん、……うーん?」
    「今日と明日で、月が空に浮かんでる位置がちょっとだけずれてるってことさ。
     で、このずれもある一定の周期がある。ある程度時間が経てば、元の位置に戻ってくるんだ」
    「へー、そなの?」
     明らかに要領を得なさそうな様子のシノンに、ゼロは昼の空に浮かぶ赤い月を指差した。
    「例えばあっちの月は、およそ28日で元の位置に戻る。もういっこの白い方は、およそ26日で戻ってくるんだ。
     で、まず考えたのが、赤い月の方を『1ヶ月』と言う単位として定めようかなって」
    「いっかげつ?」
    「そう、月が一周してくる期間。月ひとつ単位ってこと。まあ、後々もうちょっと細かく観測して、一ヶ月を何日にするか考えることにするけどね」
    「ふーん……」
     話が難しくなってきたためか、シノンはつまらなそうに返事をする。
     それに構わず、ゼロは話を続ける。
    「で、太陽の軌道も日が経つにつれて、少しずつずれてきてるんだ。
     僕が村に来て100日近く経ってるんだけど、軌道全体がずっと南寄りになってきてて、それにつれて日照時間、つまり一日のうちで明るい時間帯も短くなってきてる。
     それでね、ちょっと計算してみたら、面白いことになりそうなんだ」
    「なになに?」
     面白い、と聞いてシノンの顔がほころぶ。
     しかし次の説明を聞くうちに、またつまらなそうな顔になる。
    「月が両方とも満月になる頃に、太陽の位置も一番南に来そうなんだ。面白い偶然だろ?」
    「……そーだね」
    「でね、こうしようかなって思ってることがあるんだけど」「ねーえ、ゼロぉ」
     飽き飽きと言いたげな顔をして、シノンが話をさえぎった。
    「まだその話、続くの? つまんないよー」
    「……そっか、ごめん」
     ゼロは肩をすくめ、話題を変えた。
    「そうだ、前から聞こうと思ってたんだけど」
    「なーに?」
    「シノンって、一人で暮らしてるの?」
    「うん」
    「お父さんとかお母さんは?」
    「いないよ」
    「そうなの?」
     と、シノンは表情を曇らせる。
    「ずっと昔に死んじゃった。おばーちゃんがまだ生きてた頃に教えてくれたんだけど、バケモノに食われちゃったんだって」
    「あ、……ごめん、本当」
    「いいよ」
     気まずい空気になり、ゼロはそれ以上、自分から何も言わなくなってしまった。

     丘の上に着き、ようやくゼロが口を開いた。
    「えーとね、何しようかって言うとね」
    「うん」
     朝と打って変わって憂鬱そうな表情を浮かべているシノンに、ゼロは恐る恐ると言った様子で説明し始めた。
    「ここから村が見渡せるよね」
    「見渡せるね」
    「で、太陽が僕たちの後ろにある。と言うことは僕たちの前側、つまり村の方に向かって影が伸びるわけだ」
    「そうだね」
    「そこで、ここに長い棒か何かがあれば、村に影が差す。その位置で、時間を決めようかって」
    「ふーん」
     明らかにつまらなさそうに返事するシノンに、ゼロの歯切れも悪くなる。
    「あー、と、……まあ、ここまで一緒に来てくれたからさ、お礼するよ」
    「お礼? なになに?」
     尋ねてきたシノンに、ゼロはこんな提案をした。
    「そろそろ魔術をみんなに教えようと思ってたんだけど、一番先に、君に教えてあげる。僕の授業で一番成績がいいのは、君だし。もしかしたらすんなり使えるかも知れない」
    「マジュツって、ゼロが水を引っ張り上げたり、人を放り投げたりしてたヤツのことだよね? あれちょっと、やってみたかったんだー」
    「期待に添えると良いんだけどね。……っと、この辺りが丁度いいかな」
     村全体を見下ろせる位置で立ち止まり、ゼロは辺りをきょろきょろと見回す。
    「手頃なのは、……んー、無さそうだな」
    「そだね」
    「じゃ、作るか。シノン、僕の後ろにいて」
    「はーい」
     シノンが自分の背後に回ったところで、ゼロはぶつぶつと唱え始めた。
    「……『グレイブピラー』!」
     途端に地面がごそっと盛り上がり、ゼロの背丈の3、4倍ほどの石柱がゼロたちの前方、村の方に向かって伸びていく。
    「お~、すっごーい」
    「はは、どうも。……よし、いい感じ」
     村の方にできた影を眺め、ゼロは満足気にうなずいた。
    「ここで数日観測したら村の皆と相談して、あの影がどこら辺に差したら何時だ、って決めることにしよう。
     さて、シノン。約束通り、魔術を教えてあげるよ」
    琥珀暁・魔授伝 2
    »»  2016.07.14.
    神様たちの話、第11話。
    最初の生徒。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     場所を木陰に移し、ゼロは懐から何かを取り出した。
    「なにそれ? ピカピカしてる」
     尋ねたシノンに、ゼロが言葉を選ぶように、ゆっくりと答える。
    「これは友達からもらった、『黄金の目録』って言う、……えーと、何て言ったらいいかな、ほら、授業で僕が皆に使わせてる紙があるよね」
    「うん」
    「あれがものすごく一杯束ねられたやつ、って思ってもらえば」
    「ふーん」
    「……っと、これこれ。基礎中の基礎、一番簡単な魔術。いい? 見ててね」
     そう言って、ゼロは右手の人差し指を立てる。
     と、その指先にぽっ、と火が灯った。
    「おわっ」
     それを見て、シノンは驚いた声を上げる。
    「これ、火?」
    「そう。魔力を熱エネルギーに、……あー、と、まあ、火を起こせる術だね。見たまんまだ。
     魔術は呪文と魔法陣で組み上げる、一つの『装置』みたいなもんなんだ。流れとしては、呪文や魔法陣を使うことで、何を媒体にして、どれくらい魔力を使って出力するか決定する、って感じになるかな。
     今、僕が見せたこの『ポイントファイア』は、僕自身の魔力を原動力とし、僕の指先を媒体として、こうして火として出力させた。その手順を、今から説明するね」
    「う、うん」
     ゼロの話が理解しきれなかったらしく、シノンの顔に不安そうな色が浮かぶ。
     しかし丁寧に魔術の使い方を繰り返し説明され、太陽が二人の頭上に来る頃には、シノンの指先にも火を灯すことができるようになった。
    「……不思議。熱くない」
    「また今度詳しく説明するけど、呪文には大抵、自分に跳ね返ってこないように保護する構文が加えられてる。熱く感じないのは、そのせいなんだ」
    「ふーん……」
     自分の指先に灯った火を見つめながら、シノンはこう尋ねた。
    「これ、もっと大きくできる?」
    「できるよ。さっきの構文の、魔力使用量の辺りをいじれば」
    「どれくらい大きくできるの?」
    「いくらでも。でも、さっきの構文そのままだと、自分の魔力をガンガン使うことになっちゃうから、そんなに大きくはできない。
     もっと大きなものにするには、別の魔力源がいる」
    「ゼロが持ってる、そのピカピカした本とか?」
     火を灯していない方の手で「目録」を指差され、ゼロはうなずく。
    「うん。でも君には使えないかな」
    「なんで?」
    「1つ、これは僕の友達が僕のために作ってくれたモノだから。僕以外には使えないように設定されてる。
     そしてもう1つの理由は」
     ゼロは諭すような口調で、こう続けた。
    「君は魔術師としてはひよっこ中のひよっこ、まだ卵の中から出て間もない雛だからさ。
     いくら便利だからって、子供に刃物や棍棒を持たせたりなんかしないだろ?」
    「……そだね」
     シノンは素直にうなずくが、こう続ける。
    「他にその、魔力源になるものってある?」
    「色々。純度の高い石英とか、錫と金とか銀とかを合わせた合金とか。それも近いうち、探さなきゃね」
    「どうして?」
    「君が思ってることの、延長の話」
    「え?」
     驚いた顔をしたシノンに、ゼロはいたずらっぽく笑いかけた。
    「分かるよ。そんな顔で『もっと強い術はあるの?』って聞いてきたら、そりゃもう丸分かりだ。
     君もあのバケモノたちに対抗したい、倒したいと思ってる」
    「……うん」
     いつの間にか空は曇りだし、ぽつ、ぽつと雨が降り始めていた。
    「ありゃ、降ってきちゃったな。しばらくここで、じっとしてようか」
    「うん」
    「良かったらその間、君の話を聞かせてほしいな」
    「……うん。分かった」
     大きな木の下にゼロがしゃがみ込み、シノンは彼の懐に入るように、彼の前に背を向けて座り込む。
    「おいおい、猫じゃないんだから……」「あのね」
     シノンはゼロをさえぎって、自分の過去を、静かに話し始めた。
    「あなたがやっつけたバケモノと同じかどうか、分からないけど。
     あたしのお母さんとお父さんと、もしかしたら弟か妹も――バケモノに、食べられたの」
    琥珀暁・魔授伝 3
    »»  2016.07.15.
    神様たちの話、第12話。
    人、なのか?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「元々、お母さんたちは東の村に住んでたらしいんだけど、元々そこが、バケモノに襲われて半壊したらしいの。
     それで、あたしの弟か妹が生まれるかもって話があったし、このままいたらまた襲われるかもってことで、家族で真ん中の村に越してきたんだって。
     でもその途中で、バケモノに襲われて……」
     そこまで話したところで、シノンは自分の膝に顔を埋める。
    「そっか。……それで、君とおばあちゃんだけが助かった、と」
    「うん。……いやなこと、言う人もいた。あたしのこと、『両親を食わせて自分だけ助かった卑怯者』って」
    「ひどいことを言うなぁ」
    「でも、本当のことだもん。あたしは、お母さんたちが襲われてる間に逃げたから、生き延びたんだし」
     顔を埋めたままのシノンの頭を、ゼロは優しく撫でる。
    「本当だとしてもさ。そんなこと言う奴は人間が腐ってるってもんだよ。それに、その時はそうするしか無かったんだろう。
     ねえ、辛いことを聞くかも知れないけど、そう言う話って、昔からずっとあったのかな」
    「分かんない」
    「ま、そりゃそうか。襲われて死んだ人間が『襲われた』って言って回ることなんかできないし。
     となると、……やっぱり、気になるところだな」
    「なにが?」
     顔を挙げずに、シノンが尋ねる。
    「襲われ過ぎな気がする。それも、明らかに人が多い地域を襲ってる節がある。
     まるで人が増え過ぎないように、誰かが謀ってるような……」
     言いかけて、ゼロは首を横に振った。
    「……まさか、だな。いくらなんでも、バケモノがそんな意志を持ってるとは思えない。
     ただ、でも、……この手の話を、『授業』を受けてたみんなから聞いてるんだ。村の半分くらいの人が来てる中から、そのみんなに、だ」
    「珍しい話じゃないもん。
     隣の家のテオさんは西の村にいたけど、バケモノから逃げてこの村に来たって言ってたし、向かいの家のメイだってそう。友達もみんな、親や兄弟、友達の誰かを失って、逃げて、この村に来てる。
     みんな、親しい人を襲われて、自分が襲われかけて、……そして明日にでも襲われて、食われるのよ」
    「……させるもんか」
     ゼロの、いつも通り明るい口調の、しかし力強い言葉に、シノンはようやく顔を上げる。
    「ゼロ?」
    「僕たちはバケモノにとって丁度いい食べ物なんかじゃない。僕たちは知恵と自我と希望を持った、れっきとした人間なんだ。
     僕がいる以上、もうバケモノから逃げ回る生活なんて、誰にもさせやしないさ」
    「……」
     雨音が止み、雲間から太陽の光が切れ切れに届き始める。
     シノンはくる、と向きを変え、ゼロと向き合う形になった。
    「シノン?」
    「ゼロ」
     と、シノンはゼロに顔を近付け――静かに、口付けした。
    「え、ちょ、……もごっ」
     顔を真っ赤にしたゼロからすっと離れ、シノンは彼の耳元でつぶやく。
    「ゼロ。あたし、あなたのこと、……あなたのこと、不思議な人だって思ってる。
     ううん、あなたは『人』なのかな? もっと、すごい、人を超えた何か。そんな気がする。ねえ、そう言うの、何て呼んだらいいの?
     人よりもっとすごい、人を超えたもののことを」
    「……あんまりそんな風に呼ばれたいとは、思わないけど」
     そう前置きして、ゼロはこう返した。
    「僕のいたところじゃ、そう言うのは『神様』って呼んでたよ」
    「じゃあ、神様」
     シノンはもう一度、ゼロに口付けした。
    「お願い。あたしたちを、助けて」



     2時間後、ゼロとシノンは丘を下っていた。
    「……」「……」
     二人とも何も言わず、手をつないで、黙々と歩を進めている。
    「あれ?」
     と、村人が二人に気付き、手を振る。
    「おーい、ゼロじゃないか。それとシノンも。
     どうした二人とも? そんなぼんやりした顔して」
    「ぅえ? あっ、あー、どうも、リコさん」
    「あっ、えっと、ども」
    「……んー?」
     声をかけてきた村人は、そこで半ばけげんな、しかしどこか納得したような顔をする。
    「まあ、なんだ。寒くなってきてるから、風邪には気を付けろよ、二人とも。ひゃひゃひゃ……」
    「ああ、うん。気を付ける」
    「は、はーいっ」
     そのまますれ違ったところで、ゼロがぽつりとつぶやいた。
    「……どう思われたかなぁ」
    「多分、あなたが思ってる通りじゃない?」
    「だよなぁ……」
     恥ずかしそうに頭をポリポリとかくゼロに、シノンは耳元でささやく。
    「ねえ、ゼロ。明日から、あたしの家で住まない?」
    「うひぇ?」
     素っ頓狂な返事をしたゼロに、シノンは噴き出した。
    琥珀暁・魔授伝 4
    »»  2016.07.16.
    神様たちの話、第13話。
    時間の制定者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「別にいいぜ。俺は全然構わない」
     ゲートの家に戻り、ゼロがシノンの家に移ることを相談したところ、ゲートは快諾した。
    「いいの?」
    「正直、騒がしいのは勘弁だったんだ。
     あ、いや、お前が騒々しいって言うわけじゃない。だけど俺の家でワイワイやられるのは、ちょっとな」
    「それは本当、ごめん」
     ゼロがぺこっと頭を下げたところで、ゲートは苦笑しながらこう続けた。
    「ま、これからも俺ん家に来てくれよ。流石に授業やられるのはきついけど」
    「ありがとう、ゲート」
    「にしても急だな? なんかあったのか、あいつと」
    「……色々ね」
     そう答えたゼロに、ゲートはニヤニヤした笑みを浮かべた。
    「ほーほー、そーか。ま、俺から見てもあの子は可愛いし、いい子だ。大事にしてやれよ」
    「うっ、うん」

     ゼロの住まいがシノンの家に移されて以降、彼の授業もそこで行われることになった。
     それと並行し、魔術の素質があると見た者には、シノンにやったように「集中講義」を行い、魔術の基礎を身に付けさせた。
     さらに丘の上に建てた石柱から伸びる影と、月の動きを基本として、彼は時間と日付を定め、皆にその「ルール」と見方を広めた。
    「で、あの影の先が丁度、広場の真ん中に差すくらいを『正午』と呼ぶことにする」
    「分かった、『タイムズ』」
    「たい、……え? なに、タイムズって?」
     きょとんとした顔でそう尋ねたゼロに、時間の説明を受けていた村人の一人が答える。
    「あんたは『神様』だって、あんたの奥さんが言ってた。『人よりすごい人』だって。俺たちはみんな、そう思ってる」
    「お、奥さんって、まだシノンは、そんなんじゃ」
     顔を赤くし、しどろもどろになるゼロに構わず、村人はこう続ける。
    「だけど一方で、『神様』とは呼ばれたくないとも聞いてる。
     でも俺たちはあんたに色々教えてもらったし、いっぱい助けてくれてる。『神様』は間違い無く、あんたなんだ。俺たちは是非ともあんたに、敬意を表したいんだ。
     だからせめて、その『時間』って言う決まりを定めるあんたを、『時間(タイムズ)』って呼びたいんだ。駄目か?」
     この願いに、ゼロは依然として顔を赤くしながら、かくかくとうなずいた。
    「ああ、うん、まあ、その、……呼びたいなら、……いいよ、……どうぞ」
    「ありがとう、ゼロ・タイムズ」
     こうしてゼロは「時間の制定者=『タイムズ』」とも呼ばれるようになり、より一層の支持を集めるようになった。



     そんな生活が、一月、二月と続き――やがてゼロの元に、2つの情報が飛び込むようになった。
    「おい、タイムズ。もう魔術を覚えた奴は20人を超えてる。『もっと強い術を知りたい』って奴も出てきてるんだが、どうする?」
    「ねえゼロ、またバケモノのうわさを聞いたの。南の村から逃げてきた人が教えてくれた」
     一つは、彼の魔術指導が着実に実を結び、より高次の指導を求める声が上がっている話。そしてもう一つは、怪物を目撃した、あるいは襲撃された話である。
     そしてその両方に対応するため、ゼロはある決断を下した。
    「分かった。何とかする。
     でも、どっちも準備する内容は一緒だけど、時間と手間がかかる。だから、人を一杯集めておいてほしいんだ。できるかな?」
    「ああ、請け負うぜ」
    「分かった。何すればいいの?」
     尋ねる村人たちに、ゼロはこう命じた。
    「まず第一に、強い魔術を使えるようにするために、道具を作らなきゃならない。二つ目は、その原料集め。
     この近くに水晶とか、金属が掘れるところはある?」
    「それは……」
     と、南の村の件を報告した村人が苦い顔をする。それを見て、ゼロは察したらしい。
    「南、か。丁度、バケモノが出たって言う」
    「う、うん。そこが鉱床に一番近い」
    「そうか……」
     ゼロは一瞬表情を曇らせ、そしてすぐ、こう返事した。
    「分かった。僕が採りに行こう」

    琥珀暁・魔授伝 終
    琥珀暁・魔授伝 5
    »»  2016.07.17.
    神様たちの話、第14話。
    南へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「僕が南の鉱床に行って、原料を採ってくる。
     でも一人じゃそんなに多くは運べない。となると作れる武器の数も減ることになる。と言ってむやみに人員を増やしても、バケモノたちに気付かれる危険性が増すだけだ。
     だから希望する人だけ、一緒に来てほしい」
     ゼロは滅多に見せない真剣な顔で、集まる村人たちに頼み込んだ。
     しかし、誰もが目をそらし、応じようとしない。
    「……分かった」
     ゼロは表情を堅くし、そう答えた。
     と――。
    「ま、……待てよ」
     ゲートの手が挙がる。
    「ゲート。もしかして、来てくれるの?」
    「お、おう。人手がいるんだろ? じゃあ行くさ。お前の役に立てるって言うなら、なおさらだ」
    「俺も行くよ」
     続いて、羊飼いのフレンも挙手する。
    「また羊が食われたら敵わんし。ただ、羊毛刈るハサミより重いの持ったこと無いから、役に立てるか分からんが」
    「すっごく助かる。他にはいない?」
    「あ、あたしも!」
     シノンも手を挙げる。
    「ゼロに教えてもらった人たちの中だったら、あたしが一番、魔術をうまく使えるもん!」
    「うん、君にはお願いしようと思ってた。嬉しいよ、シノン」
     3人集まったところで、他の村人たちも続き始めた。
    「俺も行っていいか?」
    「わ、わたしも!」
    「あー、と。やる気になってくれてすごく嬉しい。嬉しいんだけど」
     が、そこでゼロが両腕で☓を作る。
    「あんまり多過ぎてもダメなんだってば。人数が多いとバケモノに気付かれちゃう危険が大きくなる。
     僕はあくまでも、バケモノをこの村から追い払いたいんであって、無理にバケモノを見付けて殲滅(せんめつ)する気は無いんだ。今はまだ、そこまでできそうにないし」
    「う……、そうだよな」
    「タイムズ、理想は何人くらいなんだ?」
     尋ねられ、ゼロは即答する。
    「僕も含めて、5人が限度。ゲートとフレンとシノンは連れてくつもり。
     あと一人、腕っ節に目一杯自信があるって人がいてくれたら嬉しい」
    「そんなら俺の出番だな」
     と、手を挙げていた村人たちの中から、黒い毛並みをした、筋骨隆々の狼獣人の男性が一歩、前に出る。
    「このメラノ様は腕自慢で通ってる。その力、あんたに貸してやるぜ」
    「大助かりだ。よろしく、メラノ」
     こうして南の鉱床へ向かうメンバーが決まり、他の村人たちはそれを支援することになった。

     その準備を進めるため、村中で作業が進められた。
    「タイムズさーん、馬は2頭でいいー?」
    「ありがとー、十分だよー」
     南までの道を行く馬車を用意する村人たちに手を振りつつ、ゼロは付いてきたゲートとシノンに計画を説明する。
    「元々南の村にいたリズさんたちから聞いた話だと、鉱床は村からさらに南、大きな山の麓にあるって話だ」
    「その山なら知ってる。『壁の山』だな」
     そう答えたゲートに、シノンが続く。
    「誰もその向こうを見たことが無いって言う、あれ?」
    「そう、それだ。あれが世界の端っこだなんて言う奴もいるが、真相は未だ謎。
     他には死後の世界と俺たちの世界とを隔ててる境目だとか、あの向こうはずっと壁が続いてるだけだとか、色々言われてる」
    「何があるにせよ」
     ゼロはそう返し、にこっと笑う。
    「いつかあの向こう、見てみたいね」
    「ん?」
    「もしも僕たちがバケモノを全部倒しちゃって、どこまでも自由に行けるようになったら、きっとその謎も解き明かせるはずさ。
     海だってきっとそうだ。これも聞いた話だけど、海にもバケモノがいるらしいね」
    「うん。あたしも人から聞いただけだけど、でっかいタコとか、ながーいヘビとか」
    「それもきっと、僕たちは倒せる。倒して、その向こうに行くんだ。
     楽しみだろ?」
     そうゼロに問われ、二人は顔を見合わせる。
    「……そんなこと、考えもしたこと無かったな」
    「うんうん。でも、……行ってみたいね。山の向こうとか、海の向こうとか」
     二人の顔にわくわくとした色が浮かんでいるのを見て、ゼロもにっこりと笑った。
    「すべては、近隣のバケモノ退治がうまく行ってからさ。
     さ、次はお弁当作りしてるところに行こう。美味しく出来てるか、味見もしたいし」
    「あはは……」
    琥珀暁・南旅伝 1
    »»  2016.07.21.
    神様たちの話、第15話。
    寒くて温かい旅路。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     すべての準備が整い、ゼロたちは早速、南に向けて出発した。
    「さむ……」
     ガウンを重ね着しているにもかかわらず、シノンが両腕をこすって寒がっている。
    「確かに寒みいな。ここ数年で一番の寒さかも知れん」
     御者台に座るゲートも、白い息をもくもくと吐いている。
    「防寒着ならいくらでもある。もっと欲しかったら言ってくれ」
     フレン自身ももこもこと重ね着しながら、自分のところで作ったマフラーや帽子を袋から取り出す。
    「手袋あるか?」
     尋ねたメラノに、フレンがごそごそと袋に手を入れながら応じる。
    「あるぜ。耳当てはどうする?」
    「欲しい。尾袋は?」
    「大きめのが欲しい」
    「あるある。アンタみたいなフサフサめの尻尾でも十分入るぜ、メラノの旦那」
    「おう、助かる」
     と、二人のやり取りをぼんやり眺めていたゼロが、ぼそっとつぶやいた。
    「尾袋って言うのもあるのか……」
    「何言ってんの? そりゃあるって」
     それを聞いていたシノンが、けげんな表情になる。
    「無かったら『猫』とか『狼』とかの人、凍えちゃうよ」
    「それもそうだ。いやさ、前に僕がいたところには、あーゆー感じの耳や尻尾を持ってる人がいなかったって話、したよね」
    「そう言ってたね」
    「だから、あーゆーのも見たこと無くって」「ゼロ」
     ゼロの話をさえぎり、シノンが口をとがらせる。
    「もしかして、まだ村に馴染んでないの?」
    「えっ?」
    「ゼロの話の半分、前にいたとこの話なんだけど」
    「そうだっけ」
    「そーだよ。それともさ、村が好きじゃないの?」
     そう尋ねたシノンの頭を撫でながら、ゼロはこう返す。
    「もし村のことが好きじゃなかったら、こうして寒い中、バケモノがいるってところにわざわざ行こうなんて思わないよ」
    「……だよね。でも、やっぱり村の話、少ない気がする」
    「んなことねーって」
     話の輪に、ゲートが入ってくる。
    「最近のこいつ、俺と会う度に村の話ばっかしてんだぞ。リンのばーちゃんが畑を耕すのを手伝ったとか、ロニーが逃がした馬を一緒に追いかけたとか、よくもまあそんなに色々、人助けしてるもんだよなって思うよ。
     ま、実を言うと村の話って言うより、お前の話の方が多めなんだけどな」
    「ちょ」
     顔を赤くするゼロに構わず、ゲートはゼロから聞いたシノンの話を、彼女に聞かせる。
    「料理、苦手って聞いたけど本当か?」
    「え、そんなこと言ってた?」
    「フレンからもらった肉、焦がしたって」
     それを聞いて、シノンはゼロの耳をつねる。
    「ちょっと、ゼロ! 言わないでよ、もお!」
    「ごめんごめん」
    「あと聞いたのは、同じくフレンからもらった毛糸で編み物したけど、手触りがゴワゴワ、チクチクしてて痛かったって」
    「それも言ったの!? やめてよぉ」
    「おいおい、俺から贈ったヤツ、全部ダメにしてんじゃねーだろーな?」
     フレンも渋い顔をして、話に加わる。
    「もしかして、こないだのヤツもか?」
    「あ、いやね、その話はあくまで、『一緒に住み始めた頃は』って前置きしたんだよ」
     ゼロは苦笑しつつ、弁解する。
    「今はとっても美味しい料理を出してくれるし、今被ってる帽子だって、シノンが作ってくれたものなんだ。ほら、ふかふかだろ?」
    「ああ、そうだったのか。道理で見覚え無いと思った。上手いじゃん」
    「えへへっ」
     フレンにほめられ、シノンは嬉しそうにはにかむ。
    「今夜のご飯も頑張っちゃうよ。楽しみにしててねっ」
    「いいねぇ、若奥様の手料理か」
     ニヤニヤしながらそう返したメラノに、ゼロは顔を赤くしてうつむき、一方でシノンも、恥ずかしそうに笑った。
    「……えへへー」
    「ってかな、話を戻すとだ」
     と、ゲートが続ける。
    「俺もそこそこ、ゼロとは親しくしてるつもりだけど、こいつの故郷の話は数えるくらいしか聞いてないんだ。
     それを聞けるってことは、やっぱお前に、自分のことを知ってほしいと思ってるんだよ」
    「そっか、……そうだよね」
    「相思相愛だねぇ、お二人さん」
     フレンに茶化され、ゼロとシノンは、今度は揃って顔を赤くした。
    琥珀暁・南旅伝 2
    »»  2016.07.22.
    神様たちの話、第16話。
    「知る」を知る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     馬車を進めるうち、辺りが段々と暗くなってきたため、ゼロたち一行は馬車を途上に停め、野宿することにした。
    「おい、ゼロ。このままここで一晩過ごすのか? 寒くてたまらんぜ」
     ゲートは口ではそう言っているものの、表情にはある程度、「また何かすごいこと見せてくれるよな?」と期待している色が浮かんでいる。
     そしてゼロも、それに応じた。
    「大丈夫、大丈夫。準備するからちょっと待ってて」
     そう言って、ゼロは持ってきた青銅のスコップで、辺りに円を描く。
    「その間にご飯の準備もお願い」
    「はーいっ」
     シノンがにこにこと笑いながら、馬車の中から道具を取り出す。
    「俺は馬を見とくよ」
     ゲートも馬車に戻り、馬たちにえさをやり始める。フレンとメラノもかまどを作るため、周りの石や枝を集めに行った。
     その間にシノンが箱を抱えて馬車から戻り、ゼロに声をかける。
    「ここ、置いていい?」
    「いいよ。円の中なら大丈夫」
    「それも魔術?」
     尋ねたシノンに、ゼロはスコップを肩に担ぎながらこう返した。
    「そう。どんな術か、分かるかな? こないだ教えたところだけど」
    「んーと」
     シノンは箱を地面に置き、ゼロが引いた円と線、文字を観察する。
    「これはー、……火の術?」
    「そう」
    「効果範囲は、この円の内側」
    「うん」
    「効果は、燃やすとか火が出るとかじゃなくて、空気をあっためる?」
    「正解。時間も設定してるけど、どのくらいか分かる?」
    「えーっと、半日と、それと8時間?」
    「足して、足して」
     苦笑するゼロにそう言われて、シノンは指折り数えて答える。
    「20時間」
    「ばっちり。それくらいなら朝まで持つ」
    「でもゼロ、ここに時計無いよ? 明日の朝まで大丈夫って、どうして分かるの?」
    「多少曇ってるけど、日が落ちるのは後30分ってところだ。村での最近の日没時間は、おおよそ14時を20分くらい過ぎた辺りだった。まだ村を離れてそんなに経ってないし、日没の時間は同じくらいだろう。
     と言うことは――結構おおまかな計算になるけど――今の時刻は14時ちょっと前くらい。保温時間が20時間なら、明日の10時まで大丈夫ってことになる」
     ゼロの説明を聞き、シノンはぱちぱちと、楽しそうに拍手する。
    「そっかー。やっぱりすごいね、ゼロは」
    「そんなにすごくないさ。使ったのは魔術の基礎だし、後は観測と、簡単な算数の結果ってだけ」
    「それができるのが、すごいんだよ」
     シノンは唇をとがらせ、こう続けた。
    「あなたが簡単だって言ってること、5ヶ月前には誰にもできないことだったんだよ。時間を計ることも、一日の昼と夜がどれくらい続くのかって知識も、魔術のことも。
     それを教えてくれたのは、全部、あなた」
    「……うん、そうだったね」
     スコップを地面に差し、ゼロは肩をすくめる。
    「僕が、全部。何もかも」
    「そう、全部。あなたのおかげで、あたしたちは賢くなれた。あたしたちは、『知れた』」
     シノンはゼロに近付き、ぎゅっと抱きついた。
    「あなたはそう呼ばれたくないって何度も言ってるけど、やっぱりあたしたちには、あなたが神様だよ。
     あなたはこの先もきっと、あたしたちをもっと賢くしてくれる。あたしたちはもっと、色んなことを知られるようになる。……よね?」
     耳元で尋ねられ、ゼロはシノンを抱きしめ返して答えた。
    「勿論だよ」
    「何がだ?」
     と、いつの間にか背後に立っていたゲートが、ニヤニヤしながら声をかけてきた。
    「わあっ!?」「きゃっ!?」
    「なんだよ、今更愛の告白でもしてたのか?」
    「いや、そう言うのじゃなくて、……ああ、まあいいや」
     ゼロはシノンに抱きつかれたまま、ゲートに顔を向けた。
    「もうそろそろフレンとメラノが戻ってくる頃だし、座る場所作ろっか」
    「おう。……で?」
     そう尋ねたゲートに、ゼロたちはきょとんとする。
    「なに?」
    「二人とも、いつ離れるんだ? まさか抱き合ったまま料理も食事もするのか?」
    「……あはは」「……えへへ」
     二人は照れ笑いを浮かべながら、急いで離れた。
    琥珀暁・南旅伝 3
    »»  2016.07.23.
    神様たちの話、第17話。
    夜の番。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ゼロの予測通りにすぐに日は沈み、辺りは間も無く、闇と凍てつく寒さに覆われた。
     しかしゼロの魔術のおかげで、今ゼロたちがいる場所は温かく、ほんのりと明るい。
    「はぐはぐ……、言うだけあるな、シノン」
    「ああ、普通に美味い」
     フレンとメラノからほめられ、シノンは嬉しそうに笑う。
    「ありがとっ」
    「だけどゼロ」
     と、ゲートが不安そうに辺りを見回す。
    「夜はどうするんだ? この辺りはぱーっと開けてるから、もしバケモノどもが近くまで来たら、ここにいるのが丸分かりだぞ」
    「交代で見張りをしよう。もし何か異状があったら、僕を起こしてくれ」
    「分かった」
    「5人いるから、夜は常に3人眠って、2人起きて見張りで。その間の時間を計れるように、こう言うのも作ってる」
     そう言って、ゼロは木とガラスでできた、ひょうたん状の筒を箱から取り出した。
    「中に水と油が入ってて、引っくり返すと当然、油は上に、水は下に動く。水が全部落ち切るまで、2時間かかるように作ってある。つまりこの道具で2時間計れる。
     これを一回引っくり返すごとに、1人ずつ交代しよう。で、順番はどうしようか?」
     ゼロがそう尋ねたところで、フレンが毛糸を懐から取り出す。
    「くじならすぐ作れるぜ」
    「じゃ、それで行こう」
     5人はくじを引き、最初にゼロとメラノが見張りをすることが決まった。
    「これからの旅路を考えれば、できる限り疲れを溜め込みたくない。大分早いけど、シノンとゲートとフレンはもう寝てて」
    「分かった」

     シノンたちが眠ったところで、メラノがゼロに声をかけてきた。
    「なあ、ゼロ」
    「ん?」
    「変なこと聞くようだが」
     そう前置きされ、ゼロはぎょっとした顔をする。
    「変なこと聞かないでよ」
    「あ、いや、単にだ。シノンと仲いいよなって話なんだ」
    「ああ、うん、まあね」
     恥ずかしそうに答えたゼロに、メラノは続けてこう尋ねた。
    「前にはいなかったのか?」
    「って言うと?」
    「彼女とか、奥さんとか」
    「いや、シノンが初めて。前いたところでは、僕は勉強と研究と趣味にしか打ち込んで無かったから」
    「趣味?」
     メラノに尋ね返され、ゼロは上を指差した。
    「天文学」
    「て……ん……、なんだって?」
    「星とか、月や太陽の動きを見るのが好きなんだ」
    「ほー……? そんなもん見て、何が楽しいのか分からんなぁ、俺には」
    「あはは、良く言われる」
     あっけらかんとしているゼロに、メラノも相好を崩した。
    「お前のことを変な奴だって言うのと、いやすごい奴だ、神様だって言うのとがいるが、やっぱり俺には、あんたは変な奴にしか思えん。
     いや、勿論あんたが色々やってくれてるおかげで、村の暮らしが良くなってる、良くなりそうだってことは分かってるし、感謝もしてる。
     ただ、それを差し引いてもやっぱり変だ」
    「そんなに?」
     肩をすくめるゼロに対し、メラノは腕を組み、深々とうなずいて返す。
    「ああ。何よりも俺が変だって思うところはだ。そのヒゲ面だな」
     そう言われて、ゼロは自分のあごに手をやる。
    「やっぱりちょっとくらい整えた方がいいかな」
    「って言うか剃れよ。似合わん」
    「そっかなぁ。シノンはかっこいいって言ってくれたんだけど」
    「あいつにしてみりゃ、お前の何でもかんでもがかっこいいんだろ。ベタぼれだしな。
     だけどシノンもすっかり変わったぜ。お前が来る前までは、あんなに明るい奴じゃ無かったんだがな」
    「え?」
     意外そうな顔をしたゼロを見て、メラノはくっくっと笑う。
    「まさかって顔すんなよ。お前もあいつが村に来た経緯は知ってんだろ?」
    「……ああ、まあ。聞いたよ」
    「来てすぐ、周りから散々言われたから、相当参ってたんだろう。始終うつむいててよ、家から出て来ない日すらあったんだぜ?
     何なら他の奴にも聞いてみたらどうだ?」
    「……いや、いいよ。過去の話はあんまり」
    「そっか。……っと」
     話している間に水時計の中の水がすべて下に落ち、2時間経ったことを示した。
    「次はフレンだったな」
    「うん、呼んでくるよ。それじゃおやすみ、メラノ」
     ゼロはぺらぺらとメラノに手を振り、馬車の中に入った。
     フレンが来るまでの、一人になったそのわずかな間に、メラノはぼそ、とつぶやいていた。
    「ヨメさんの悪い話してもけろっとしてやがる。本っ当に怒らねーな」
    琥珀暁・南旅伝 4
    »»  2016.07.24.
    神様たちの話、第18話。
    予定の遅れ。

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    5.
     南の村からクロスセントラルに来た人々の話と、馬の速力とをゼロが総合・計算した結果、南の鉱床までは片道で10日程度だと算出していたが、想定外の要素――厳しい冬の寒さのため、雪や凍った道に幾度と無く阻まれていた。
     そのため到着予定日を過ぎた今も、ゼロたちは鉱床はおろか、その手前の南の村にすら未だたどり着けず、吹雪の中をひた走っていた。
    「念のために、食糧を多めに持ってきてて正解だった。……それでもこれ以上時間をかけたら、帰れなくなっちゃうけど」
    「怖いこと言うなよ。このまま全員飢え死に、凍え死になんて、冗談にもなりゃしない」
     御者台に着いていたゼロの言葉に、横に並んで座っていたフレンが苦笑する。
    「俺が死んだら、かわいい羊たちは全部路頭に迷っちまうぜ」
    「そりゃ羊たちが可哀想だ。何としてでも帰らなきゃ。……そう言えばフレン」
    「ん?」
    「奥さんとかいる?」
    「いや、独り者だ。残念ながらモテないもんでね」
    「へえ? 渋いおじさんと思ってたけど」
    「思われてたんなら、俺にとっちゃ不本意だな」
     フレンはふーっとため息をつき、憮然とした目を向ける。
    「俺はまだ、おじさんってほどじゃない。コレでも若いんだぜ、俺」
    「あれ、フレンって今、いくつ?」
    「いくつって?」
    「年齢、……って言っても、そうか。暦(こよみ)――今が何年ってことも、定めてないんだもんな。
     帰ったらそれも決めないとなぁ」
    「色々やるコトだらけだな。……何もかもが変わっていくな」
     不意にそんなことを言い出したフレンに、ゼロはきょとんとする。
    「って言うと?」
    「5ヶ月前まで、やるコトなんてそんなに無かった。
     俺は羊を飼って、ゲートは畑に行って、シノンは山菜取って、メラノは狩りに行って。いっぱい取れたら交換できないか、市場に持ち寄って。
     ずっと、ずーっと、何日も、何十日も、何百日も、その繰り返しだった。それ以上の変化も無く、ずーっと。
     それを打ち破るのは、バケモノだけ。バケモノが突然襲ってきて、全部食い荒らして、そこから逃げて、そしたらまた別の村で、同じような日々の繰り返し。
     俺もいつかは羊と一緒にバケモノに食われておしまい。そうなる前に奥さんもらって子供作って、……って思ってたんだが、何かお前が来てから、それどころじゃ無くなったって言うか、他のことばっか考えてて、そんなヒマ無いって言うか」
    「ごめんね。今だって、こんな南の方まで連れて来ちゃって」
     謝るゼロに、フレンはニヤッと笑って返す。
    「構わんよ。同じコトを言うようだが、同じ日々の繰り返しから、アンタは解放してくれたんだ。危険や困難はあれど、今までに無い経験ばっかりしてる。
     こんな楽しいコトは、コレまで一度も無かった。感謝してもし足りないよ」
    「そう言ってくれれば、ほっとする。僕自身もこの寒々しい旅に参ってきそうだったんだ、実は」
    「だと思ったぜ。この10日、奥さんと二人っきりになれないってのは辛いだろうしな」
    「いや……、まあ、それも無くは無いけど」
     ゼロはくる、と振り返り、馬車の中で毛布にくるまって眠るシノンをチラっと見て、前に向き直る。
    「蒸し返すようだけど、予定がずれ込んできてるせいで、食糧が心細くなってきてる。帰りも同じくらいかかるとなれば、馬が危ないかも知れない。
     冗談やからかいじゃなく、命の危険がじわじわ迫ってきてる。その上、ゲートも何度かこぼしてたけど、いつバケモノが狙ってくるかって危険も、依然として続いてる。
     これで不安にならなかったら、頭がおかしいよ」
    「違いないな、ははは……」
     一笑いして一転、フレンの顔が曇る。
    「……あと、何日かかる?」
    「計算では2日。どれだけ難航しても、流石に明日には村に到着する。そこからもう1日で、鉱床に行けるはずさ」
    「帰りはどうする? 村で食糧がもらえりゃいいが」
    「多めに原料を掘って、村で交換してもらおう。バケモノのせいで掘りに行き辛くなってるだろうから、きっと喜んでくれるよ」
    「なるほどな。流石……」
     と、フレンが話を止め、猫耳をぴくぴくと動かす。
    「どうしたの?」
    「なあ、自分のコトだからピンとは来ないんだが――猫獣人ってのは、他のヤツが気付かんような物音や匂いやら、そう言うのにいち早く気付けるらしいんだ。
     ゼロ、お前今の、グオーってのは、……聞こえなかったか?」
    琥珀暁・南旅伝 5
    »»  2016.07.25.
    神様たちの話、第19話。
    吹雪の中の接触。

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    6.
     ゼロの顔から、笑みが消える。
    「……どっちから?」
    「馬車の向きを正面として、左の方だ。足音もする。雪の上をかなりデカいのが、こっちに向かってきてる」
    「どれくらいで接触しそう?」
    「多分、そんなにかからん」
    「何頭いそう?」
    「1頭だけっぽい」
    「分かった。もっと出てきそうなら、また教えて」
     そう返して、ゼロは懐から金と紫とに光る板を取り出した。
    「ちょっと場所替わって。目視できた瞬間に攻撃したい」
    「お、おう」
     御者台の左側に座っていたフレンと場所を替わり、ゼロは呪文を唱え始めた。
    「……***……***……、準備できた。馬を慌てさせないようにしてて」
    「ああ」
     やがて吹雪の音に混じり、確かに獣のような、グオオオ……、と言ううなり声が近付いて来る。
    「……来た!」
     ゼロは板を掲げ、叫んだ。
    「『ファイアランス』!」
     次の瞬間、炎の槍がぼっ、と音を立てて、馬車の左へと飛んで行く。
     間を置いて、それまで切れ切れに聞こえていたうなり声が、きゃひんと言う、泣いたようなものに変わる。
    「当たったか!?」
    「うん。でもまだ近付いて来る。
     シノン、起きて!」
    「おっ、起きてるよっ!」
     膝立ちの姿勢で、シノンが寄ってくる。
    「こっちに来て手伝って! 左にバケモノだ!」
    「分かった!」
     わずかに村に残っていた原料で作られた杖を手に、シノンも戦いに加わる。
    「『ファイアボール』!」
     先程の、ゼロが放ったものと比べて幾分小さい火球が、同じように吹雪の中へ飛んで行く。
     しかし飛んで行って数秒経っても、何の反応も返って来ない。
    「……当たってないっぽいね」
    「って言うか、聞こえなくなった?」
     3人、息を殺して気配を探るが、既にうなり声も、泣くような声も聞こえない。
    「……ひとまず、撃退したって感じか」
    「みたいだね。ごめん、寝てたのに」
     小さく頭を下げたゼロに、シノンはふるふると首を振る。
    「ううん、危なそうだから一応、起きてたよ」
    「そっか」
     そのままシノンの肩を抱き、頭を自分に寄せたゼロを横目で眺めつつ、フレンがこぼす。
    「独り者にゃ目の毒なんだがねぇ。オマケに御者台の定員は2人なワケだし」
    「あ、ごめん」
     離れようとしたシノンに、フレンは手をぱたぱたと振って制止する。
    「俺は気疲れしたから休むわ。またどっちか疲れたってなったら、交代するよ」
    「はーい」

     やがて吹雪も止み、雲間からチラホラと日が差し始めた。
    「わあ……、きれい」
     その光景を見て、シノンが嬉しそうな声を上げる。
    「でもオレンジ色がかってきてる。もう日が暮れそうだ」
    「早いね、日が暮れるの」
    「冬だからね。まだ短くなるはずだよ」
     ゼロの言葉に、シノンは目を丸くする。
    「そうなの?」
    「バケモノ対策とか色々あったから、最近は細かい観測ができてないけど、もうあと3週間もすれば、冬至――一年の中で一番、昼が短い日が来るはずだ。
     でね、考えてたんだけど、その日を一年の始まりにしようかって思ってるんだ」
    「始まり?」
    「そう。その冬至の日を、暦の始まりにしようと思ってるんだ。
     ちゃんとそれを決められて、1年を計れるようになったら、僕たちの村は、いや、世界は大きく変わる。『歴史』を作れるようになるんだ」
    「レキシ?」
    「人が生きた、証だよ。今は誰がいつ、何やったかなんて、生きてる内の分しか覚えられないし、その間しか認識できない。
     でも紙に、何年何月に何があったって書き留めて保存しとけば、きっとずっとずっと未来の人にだって、僕たちがどんな生き方をしたかって言うことは、伝えられる。
     僕たちも、僕たちがやったことも、誰かに憶えていてもらえるんだ」
    「……」
     ぎゅっと、シノンがゼロの袖を握る。
    「あたしが生きてきたことも、憶えててもらえるの?」
    「勿論さ。僕が死んで、君が死んだその後も、紙に書いておけば、僕たちのことを、ずっとずっと憶えててもらえる」
    「……いいね。考えるだけで、楽しい」
     シノンは嬉しそうにつぶやき、ゼロに寄りかかった。
    「あたしのことも、ゼロのことも。ゲートやフレンや、メラノのことも。
     みんな、憶えていてくれますように」
    「……ああ。僕も、願うよ。みんなのことを、後のみんなが憶えていてくれることを」
     ゼロも自分の頭をシノンの頭に乗せ、そう返した。

    琥珀暁・南旅伝 終
    琥珀暁・南旅伝 6
    »»  2016.07.26.
    神様たちの話、第20話。
    惨劇の名残。

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    1.
     ゼロの予測通り、バケモノと接触しかけた翌日には、南の村に到着することができた。
     だが――。
    「こ、……こりゃあ」
    「ひでえな……!」
     村には人の気配も、まともな建物も、何一つ残ってはいなかった。
     家と思しき残骸には血の跡がべっとりと付いており、その周りを囲むように、巨大な獣の足跡が円を描いている。
    「襲われた、……か」
    「血も乾いてるし、足跡もカチカチだ。襲われてから2日か3日以上経ってるみたいだね」
     唖然とする一同に対し、ゼロは冷静を装った口ぶりで、状況を分析している。
    「でも村の人は全員やられたってわけじゃ無さそうだよ。
     服とか毛布とかが残ってない家がチラホラある。バケモノたちがそんなの食べるわけ無いしね。
     それにほら、バケモノの足跡に混じって、靴っぽい足跡もあっちこっちに付いてる。大半が東の方に向かってるから、何人かはきっと生き残ってるさ。それに、えーと」「ゼロ」
     まくし立てるようにしゃべり続けていたゼロに、シノンが抱きついた。
    「分かってるよ。あなた、すごく戸惑ってるし、それにとっても悲しんでるってことも」
    「え? ど、どう言う意味かな」
     震えた声でそう返したゼロに、シノンは涙混じりの声で返す。
    「あなたが悪いんじゃない。あたしたちは全速力でこの村に来たんだもん。それでも間に合わなかったんだから、どうしようもなかったんだよ」
    「……し、シノン。いや、……僕は、……その、僕は、……ぐっ」
     ゼロはまだ何か言おうとしたが、やがてシノンの頭に被せるように顔をうつむかせ、そのまま黙り込んだ。

     ゼロたち一行にとっては幸いなことに、バケモノの姿も村跡には無かった。
    「とりあえず、ゼロのことはシノンに任せとこう」
    「ああ。俺たちじゃ何言ったって、耳に入りゃしないだろうからな」
     ゲートとフレンは食糧や使える資材が無いか、辺りを確かめることにした。
    「メラノの旦那は?」
    「見回ってもらってる。もしバケモノがまた来たりなんかしたら、今のヘトヘトな俺たちでどうにかできるか分からんし。ゼロはまだ立ち直ってないだろうしな」
    「言えてるな」
     瓦礫を転々と回り、どうにか無事に残されていた野菜や果物を袋2つ分ほどかき集めたところで、メラノが戻って来た。
    「とりあえず辺りにバケモノらしいのは見当たらねえ。多分大丈夫だ」
    「ありがとよ、旦那。んじゃゼロの気分が良くなったら、結界張ってもらおう」
    「おう。……っと、来た来た」
     3人で固まっているところに、ゼロとシノンも入ってくる。
    「ごめんね、みんな。もう大丈夫」
     ゼロは、口ではそんな風に言ってはいるものの、未だ顔色は悪い。
    「それが大丈夫って面かよ。お前のヒゲといい勝負ってくらい真っ白じゃねえか」
     単純な気質らしく、メラノがずけずけと指摘した。
    「ともかく、先にメシ食おうや。それに全員疲れ切ってるし、少しでも休めるうちに休まなきゃ、全員共倒れになっちまうぜ」
    「……そうだね。うん、君の言う通りだ」
     フレンとメラノが集めた食糧を調理する間、ゲートとシノンは、未だ蒼い顔をしているゼロに声をかける。
    「ゼロ。辛いってのは見て分かるが、それでもお前がしっかりしてくれなきゃ、この旅を無事に終わらせられない。
     まず、今後の予定を考えようぜ」
    「ああ、うん。とりあえず――僕が最初考えてた予定通りには行かなかったけど――食糧は補充できた。あれだけあれば、当初の予定プラス2日か、3日は持つだろう。
     だから今日はここで一泊して、明日の朝早くから鉱床に向かって、2日かけて原料を確保しようと思う。で、集められたらまっすぐ北に戻ろう。それならギリギリ、食糧は持つはずだ」
    「まっすぐ?」
     尋ねたシノンに、ゼロは「あ、いや」と小さく答える。その一瞬の間から、ゲートは彼が何を思っていたのかを察した。
    「ゼロ、南の村の生き残りがいるかどうか、確かめたいんだろ?」
    「……ああ。余裕があるなら、探して保護したい。それは確かに僕の希望だ。
     だけどそんなことをすれば、ほぼ確実に僕たちは、クロスセントラルに到着する前に食糧が尽きて、飢え死にしちゃうだろうから」
    「だけど俺はな、ゼロ」
     ゼロの意見に対し、ゲートはこう返した。
    「お前が人を見捨てて平然としてるようなヤツじゃないってことを、十分知ってる。
     ここで確認せずに帰ったら、お前多分、一生気になって気になって仕方無くなるんじゃないか?」
    「……僕もきっとそう思うよ」
     力なくうなずいたゼロの手を、シノンが握りしめる。
    「じゃあ行こう? あたしだって、もしそれで助かる人がいるなら、絶対行くよ」
    「でも、食糧が足りなくなる危険が……」「そう言うことなら」
     反論しかけたゼロのところに、フレンがやって来る。
    「みんなが鉱床に行ったとこで、俺が周りに何か食べ物が無いか、探してみるぜ。
     もし鉱床の方の人手が足らんってことなら、その時はそっちを手伝うが、5人もいて全員かかりっきりってこともそうそう無いだろうし」
    「うーん……」
     フレンの提案に、ゼロは考え込む様子を見せ、やがてうなずいた。
    「そうだね。往路で迷いかけたことを考えれば、復路でも同じことが起こる可能性は高い。それを考えれば、食糧は現状でも十分か怪しい。
     それを補うことを考えれば、どっちみち食糧は探さないといけないしね。頼んだよ、フレン」
    「ああ、任せてくれ。……あ、そうそう。メシできたぜ」
    琥珀暁・襲跡伝 1
    »»  2016.07.29.
    神様たちの話、第21話。
    ようやくの到着。

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    2.
     翌日、ゼロたち一行は南の村跡からさらに南下し、巨壁のように雄々しくそびえ立つ山脈のふもとに到着した。
    「鉱床はどの辺りだ?」
    「聞いた話だと近くに小屋とかあるらしいから、……あ、あれっぽいね」
     小屋に近付いてみると、すぐ横に洞窟の入口があることが確認できた。
    「この先が多分、鉱床かな。
     じゃあ当初の予定通り、僕とゲートとシノンは原料を採るのに専念する。フレンは山の方に登って、食べられそうなものを集める。メラノは僕たちとフレンのところとを回って、僕たちを手伝いつつ、フレンの無事を確保して」
    「おう」
    「んじゃ早速、見てくる」
     フレンとメラノが山を登り始めたのを確認し、ゼロたちは洞窟へと入っていった。

    「こりゃいい」
     洞窟の奥、鉱床である岩壁の前に着いたところで、ゼロが嬉しそうな声を上げた。
    「一目見て高純度だって分かるね、この石英。いい素材になりそうだ」
     ゼロは早速、持ってきたつるはしでカン、カンと岩壁を叩き、掘り出した鉱物を手に取る。
    「ほら、この水晶。向こう側が見える。相当質がいいよ」
     それを見たシノンが、ゼロと反対側から水晶を覗き見る。
    「綺麗だねー」
    「掘るのはこう言う透明なやつでいいのか?」
     尋ねたゲートに、ゼロは嬉しそうにうなずいた。
    「うん。とりあえず2時間、ここで水晶を掘り出そう。それくらい掘れば、20人分にはなるだろうから」
    「よし、やるかっ」
     ゲートが袖をまくり上げ、岩壁に向かったところで、ゼロはシノンにこう指示した。
    「僕とゲートが掘る。シノンは掘ったやつを外に運び出して。坑道は暗かったけど、君なら魔術を使えるから大丈夫だよね?」
    「だいじょぶ、大丈夫ー」
    「何かあったら大声で呼ぶんだよ。ほぼ一本道だったから、呼んだらすぐ聞こえるはずだし」
    「分かってるって。ほら、掘って掘って」
     シノンに促され、ゼロも岩壁を掘り始めた。
     掘り始めて20分もしないうちに、小屋から持ってきた荷車一杯に水晶が積み上げられる。
    「じゃ、一回持って行くねー」
    「うん、お願い」
     シノンが荷車を押してその場から離れたところで、ゲートが口を開く。
    「なんつーかさ」
    「ん?」
    「シノンも子供じゃないんだから、そこまで心配しなくてもいいと思うんだが」
    「あー、うん。分かってるんだけどね、頭では」
     弁解しつつ、ゼロはこう続ける。
    「でも何か、構いたくなるって言うか、気になるって言うか」
    「はは、言えてる」
    「それに、あんなのを見た後だから、心配になっちゃって」
    「あんなの、……ああ」
     廃墟と化した村を思い出し、ゲートは小さくうなずく。
    「この辺りにゃもう見当たらんとはメラノも言ってたが、それでも不安だよな」
    「うん。それに生兵法は怪我の元とも言うし」
    「な……ま?」
     聞き返したゲートに、ゼロは岩壁を掘り続けながら説明する。
    「聞きかじったことをすぐに実践しようとすると、大抵ろくなことにならないって意味だよ。
     シノンはきっと、僕から学んだ魔術をバケモノ相手に試してみたくて仕方が無いと思うんだ。馬車に乗ってた時に襲われそうになったことがあったけど、その時もシノンは、勇んで魔術を放ってたしね。
     でも学んでからそんなに間も無いし、自分の魔力が限界になるまで使い続けたことも無いだろうし、彼女が魔術を使い慣れてるかどうかって考えると、はっきり言えばまだ怪しい。
     今のところ可能性としては微々たるものだと思うけど、もしもバケモノが戻って来て、シノンがそれに出くわしちゃったりなんかしたら、きっと良くない結果になる」
    「……なるほどな」
     とは言え、この時は杞憂だったらしく、シノンが空になった荷車を運びながら、ゼロたちの元へと戻って来た。
    「運んできたよー」
    「ありがとう、シノン。……そろそろメラノが来てもいい頃だと思うんだけど、ちょっと辺りを探して来てもらってもいいかな?」
    「はーい」
     そのままくるんと踵を返したシノンに、ゼロが付け加える。
    「あ、山に登らなくていいから。周りにいなきゃ、そのまま戻って来て」
    「分かったー」
    琥珀暁・襲跡伝 2
    »»  2016.07.30.
    神様たちの話、第22話。
    人では敵わぬモノ。

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    3.
     ゼロに頼まれ、シノンは鉱床の入口周辺を見回り、メラノたちの姿を探す。
    「メラノ、大丈夫ー? フレンいるー?」
     声をかけてみるが、返事は無い。
    「まだ、山なのかなぁ? ……でも、ゼロに登るなって言われてるし」
     そうつぶやいてはいたが、シノンの視線は上方に向いている。
    「……ちょっとだけ見てみよ。ちょっとだけ」
     結局、シノンは山道に入り、二人の行方を追おうとする。
     しかし山は雪深く、5分もしない内にシノンは立ち止まってしまった。
    「これ以上は、……無理っぽそう。雪も崩れてないし、絶対メラノたち、こっち来てないよね」
     シノンはくるっと踵を返し、ゼロの言い付け通りに戻ろうとした。
     と――シノンの長い耳に、馬車での道中で聞いたものと同じ、大型獣のうなり声が聞こえてきた。
    「……え?」
     その鳴き声を耳にした途端、シノンの全身がこわばる。動悸が高まり、極寒の最中だと言うのに汗が噴き出す。
    「……う……あ……」
     フレンたちを呼ぼうと口を開くが、声が出てこない。やがて彼女は、その場にへたり込んでしまった。

    「ばっ、……バカ野郎! ボーっとしてんじゃねえ!」
     前方から、血まみれのメラノが駆け込んでくる。
    「めっ、……えっ、血、え、あのっ」
     そのボロボロの姿を見て、シノンはまたうろたえる。
     しかし見た目に反したしっかりした声で、メラノが答えた。
    「バケモノだ! 上にいやがった!」
    「あ、えっ、あのっ」
    「フレンは分からん! どっかに逃げた!」
    「え、じゃ、えっと」
    「逃げろ!」
     メラノに何度も怒鳴られ、ようやくシノンはガクガクと脚を震わせながらも立ち上がった。
     それと同時に、山の木々をなぎ倒しながら、あの巨大な双頭狼が現れた。
    「ひっ……」
     立ち上がったものの、脚が満足に動かず、シノンは何度もつまずき、転ぶ。
    「立て! 立たなきゃ、食われちまっ……」
     横で怒鳴っていたメラノが、消える。
     呆然としたままのシノンの顔に、びちゃっと生温いものが降り注ぐ。
    「あ……ひ……やあっ……」
     シノンの緊張と狼狽が頂点に達し、ぴくりとも動けなくなる。
     やがて――シノンの目線と、双頭狼の両方の目線とが交錯し、互いにそのまま見つめ合った。
    「……い……や……」
     一瞬の沈黙を置いて、ついにシノンは泣き叫んだ。
    「いやあああああっ! 助けて! 助けて、ゼロ!」

     目の前が暗くなる。
    「……っ」
     双頭狼が迫ってきたと思い、シノンは息を呑み、絶望する。
    「来たよ」
     だがシノンの元にやって来たのは、穏やかな声だった。
    「まだ大丈夫?」
     ゼロの優しい声が、シノンにかけられる。
    「……ぜ……ろ?」
    「僕じゃなかったら、誰が助けに来るのさ」
     背を向けながら、ゼロが笑ったような声で応える。
    「そこでじっとしていて」
    「う……うん」
     うなずいたシノンに目を向けることは無かったが、ゼロはここでも優しく、こう言った。
    「あいつにはもうこれ以上、君に触れさせやしない」
    「……」
     シノンはいつの間にか、自分の体の震えが止まっていることに気付いた。
     そして自分のほおが、ずきずきとした痛みを訴えていることにも。

     双頭狼を前に、ゼロは静かに立ちはだかっていた。
    「君に言ったって仕方の無いことなんだろう」
     対する双頭狼は、両方の頭を交互に揺らし、低いうなり声を上げている。
    「恐らく君たちは、植え付けられた本能(アルゴリズム)に従って行動しているだけ。与えられた役割(プロセス)をこなしているだけ。
     君たちに罪を問うてもどうしようも無い。壁の釘で手を引っかいたからって、その釘を怒鳴ったって仕方の無いことだものね」
     ゼロがぶつぶつとつぶやいている間に、双頭狼の吠える声は猛りを増す。
    「だけど、あえて、言わせてもらう。よくもやってくれたな」
     ゼロが右手を上げ、掘り出したばかりの水晶をその辺りで拾った枝にくくりつけただけの、簡素な魔杖を掲げる。
    「よくもこの何十年、何百年もの間、いや、もしかしたらもっともっと長くの時間、僕たち人間を虐げてくれたな!
     今こそはっきりさせてやる。僕たちは君たちの本能を満たし、プロセスを永遠循環させるだけのちっちゃな存在(ビット)じゃない。
     僕は、君たちをこの世界から排除(ターミネート)する!」
     ゼロの怒声に呼応するように、双頭狼も吠える。
     そしてゼロに飛びかかろうとしたその瞬間、ゼロも魔術を発動させた。
    「欠片(ビット)一粒残らず燃え尽きろ――『ジャガーノート』!」
     次の瞬間、ばぢっ、と奇怪な音を立てながら、双頭狼の背中がぱっくりと割れ、火を噴き上げた。
    琥珀暁・襲跡伝 3
    »»  2016.07.31.
    神様たちの話、第23話。
    喪失。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     双頭狼の胸の辺りから背中にかけて大穴が空き、その巨体が蒸発していくとほぼ同時に、ゼロの掲げていた魔杖が水晶ごと燃え出した。
    「おわっ、あっちち、……あー、やっぱり過負荷になっちゃったか。あいつの術、威力高いんだけどオーバーロードしやすいんだよなぁ。安定性が無さすぎって言うか、あいつの性格が出てるって言うか」
     ゼロは魔杖をぽい、と捨て、手をバタバタと振って、焦げかけた手袋を冷ます。
    「落ち着いてきたら構文を書き直さなきゃ、危なっかしくて使えないよ。
     ……っと、シノン。大丈夫?」
     ゼロがくる、と振り返り、シノンと目が合った途端、シノンは泣き出してしまった。
    「ぜっ、……ゼロぉぉ」
    「うん、出血も止まってるみたいだね。あんまり深い傷じゃ無さそうだ」
    「きっ、きず、っ、て」
     嗚咽を上げながら尋ねたシノンのほおを、ゼロが布で優しく拭く。
    「言いにくいんだけどね、びっくりしないで聞いて欲しい。
     シノン、さっきのヤツに引っかかれたみたいだよ。右のほおに、爪痕が着いちゃってるんだ」
    「……えっ」
     言われて、シノンは自分のほおに手を当てる。
    「……あ」
     確かにびりっとした、突き刺さるような痛みがある。手のひらにも、べっとりと血が付いていた。
    「ごめんね。僕がもう少し早く、君が戻って来ないことに気が付いていれば、……メラノやフレンはともかく、君を傷付けさせることはさせなかったのに」
    「……ううん、助けて、くれたもん。ありがと。
     それで、……その、……メラノと、フレンは?」
    「これも、……言いにくいことなんだけど、その、一言だけ言うとね、……絶対、振り返っちゃダメだよ」
    「……っ」
     シノンは自分の足元を見て、自分のものでは無さそうな大量の血の跡が、雪道に残っていることを確認する。
     そのまま、その血の跡を目でたどろうとしたが、ゼロが彼女の目に手を当て、こう続けた。
    「見ちゃダメだってば」
    「……わか、った」
     背後の惨状を察し、シノンは目を覆われたままうなずいた。

     と――。
    「勝手に、殺すな……」
     うめくような声が、前方から聞こえてくる。
    「フレン?」
    「おう……」
     恐る恐る尋ねたシノンに、フレンの声が応える。
     ゼロが手を離したところで、顔を真っ青にしたフレンが、ガタガタと震えながら歩いてくるのが見えた。
    「生きてたの?」
    「ああ。いきなり背後から襲われたんだが、俺はどうにか山肌を滑り落ちて逃げた。
     メラノの旦那が叫んでる声がしたから、多分戦ってたんだと思うが、……あの様子じゃ、太刀打ち出来なかったみたいだな」
    「……」
     ゼロは答えず、シノンの肩をぎゅっと抱きしめた。



     メラノを失うと言う大きな痛手はあったものの、残った4人で2日間採掘と食料確保に努め、どうにか木箱2つ分の原料と袋4つ分の食糧を確保することができた。
    「じゃあ、出発するぜ」
    「うん」
     フレンが馬に鞭をやり、馬車を動かす。
    「最初の予定を変更して、近くに生き残りはいないか探す。それで良かったな?」
    「ああ」
     ゲートの確認に、ゼロは小さくうなずく。
    「……ごめんね」
     そうつぶやいたゼロに、シノンが尋ねる。
    「どうしたの?」
    「メラノに。助けてあげられなかったし、ちゃんとお墓も作れなかった」
    「おはか?」
    「亡くなった人が、あの世で安らかに過ごせることを願うためのものだよ」
    「あのよ?」
    「……ごめん、シノン。説明するには、ちょっと疲れたよ」
    「うん、また今度、聞かせて」
    「ああ」
     話しているうちに馬車は鉱床から遠く離れ、ふたたび真っ白な平原の中へと踏み込んでいった。

    「……」
     馬車の中の空気は重い。
     これまで明るく振舞っていたゼロが一言も発さず、ずっとうつむいたままでいるからだ。
    「……あのよ、ゼロ」
     耐えかねたらしく、ゲートが口を開く。
    「なに?」
     応じたゼロの声は、普段とは打って変わって沈んでいる。
    「お前の気持ちは分かる。……とは、言えない。きっとお前は、俺やらフレンやら、シノンが思っているよりずっと、強い決意でみんなを守ろう、みんなを助けようと思ってるだろうしな。
     だけど、そりゃ無茶ってもんじゃないのか?」
    「……」
     ゼロは答えず、真っ赤に腫れた目だけを向ける。
    「いや、お前には無理だとか、そんなことを言うつもりじゃない。お前はすげーヤツだ。俺たちの想像をはるかに超える、ものすげーヤツだってことは分かってるつもりだ。
     でも――俺なんかがこんなこと言ったって意味無いだろうが――何にだって限界はあるもんなんじゃないか?」
    「……」
    「いや、つまりさ、俺が何を言いたいかって言うとだな」「みんなでやろ、ってことだよ」
     しどろもどろになり始めたゲートをさえぎり、シノンが話を継いだ。
    「ゼロ、何でもかんでも一人で抱え込みすぎだもん。ゼロのすごさはあたしもゲートも知ってるけど、ゼロが繊細な人だってことも、同じくらい知ってるよ。
     だからさ、一人でああしよう、こうしようって突っ走らないで。あたしにできることはあたしに任せて。ゲートにできることはゲートに任せたらいいんだし」
    「……」
     ゼロはシノンにもゲートにも目を合わせず、小さくうなずいた。
    琥珀暁・襲跡伝 4
    »»  2016.08.01.
    神様たちの話、第24話。
    「もしかしたら」。

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    5.
     前述の通り、ゼロは当初、原料を確保し次第クロスセントラルへと直帰する予定を立てていたが、南の村の生き残りを探すため、2日かけて近隣を捜索することになった。
    「ゼロよ、お前さんこないだ、もっと寒くなるなんてコトを言ってたが、いつくらいの話なんだ?」
     そう尋ねられ、ゼロは懐に入れていた紙をぺらぺらとめくりながら答える。
    「厳密には寒くなるって言うより、昼が短くなるって話なんだけど、まだ後10日くらい先かな。クロスセントラルに戻る頃がちょうど、一番短くなると思う。
     まあ、日照時間が短くなるんだから、実質的には寒くなるってことは間違い無いんだけど」
    「やっぱ寒くなんのかよ。んじゃ防寒具、編み直すかなぁ。尾袋使うの、もう俺だけだし」
    「……そうだね」
     しゅんとした顔になるゼロに、フレンは肩をすくめて返す。
    「あー、しょげんなって、ゼロ。重ねて言うけどさ、アイツは自分で突っ込んだんだからよ、お前が間に合う間に合わないの話じゃなかったんだって」
    「うん、まあ、……分かってるつもりだよ」
    「まあ、そんでさ。もうひとつ気になるのは、もっと寒くなるってのに、生き残りなんかいるのかなって、さ」
    「それは、……考えてないわけじゃない」
     ゼロは表情を堅くし、フレンから目をそらす。
    「確かに徒労かも知れない。見付けてみたら手遅れだ、なんてことは十分に有り得ることだ。
     でももしかしたら、万が一、そう言う可能性も捨てきれない。僕たちが行くことで助けられる命があるかも知れない。
     それに、……話を蒸し返すようだけど、……僕はやっぱりこれ以上、人が死ぬのは見たくないんだよ」
    「そりゃ、俺もだよ。ま、変なコト言っちまったけども、俺もアンタと同じ気持ちだ、同じ意見だってコトを強調したかったんだ。
     見付けられるといいな、生き残り」
    「……うん」
    「で、ゼロ」
     フレンはどこまでも続く雪原を見回し、こう尋ねた。
    「当てはあるのか? まさか勘だのみだったり、バケモノの鳴き声を頼りにしたり、なんてバカなコトは言わないよな?」
    「ああ、勿論さ。ちゃんと考えてある。
     南の村跡を探って、村の人たちがどこへ向かったか、足跡とかである程度の見当は付けてる。その方向から、目立ちそうな木とか川とか、村の人が目印にしそうなものを追って行く感じで進もうと思ってる。
     だからフレン、まずは川まで進んでみよう」
    「おう、分かった」

     ゼロの指示通り、馬車はまず、南の村跡の近くにあった川まで進み、そこから川に沿って北東へと進んだ。
    「もし見付からなくても、この方向ならクロスセントラルに近付けるからね。無駄骨を折るようなことにはならないさ」
    「なるほどな」
     その日は吹雪も無く、一行は遠くまで見渡すことができた。
     しかし地面は一面雪で覆われており、人の足跡などは見当たらない。
    「あるのは、鹿やトナカイなんかの足跡ばかり、……か」
    「ダメ元なんだからよ、気ぃ詰めんなって」
     なだめるゲートに、ゼロは珍しく、苛立った目を向けた。
    「ゲート、どうしてそんなことばかり言うんだ?」
    「ん、……あ、いや、気にすんなよってことで」
    「見つかってほしくないのか?」
    「いや、そうじゃねえよ。そりゃ誰か生き残りがいたら、そっちの方が嬉しいさ。……だけど、……正直に聞くけどさ、お前は見付かると思ってんのか?」
     尋ね返したゲートに、ゼロは表情を曇らせる。
    「僕は元来、楽天家な方だ。大抵の物事は自分の気の持ちようで『いいことだった』と思えるはずだ、……って思って生きてきた。
     だけど世の中は、世界はそうじゃなかったってことは、今は良く分かってる。どう捉えたって悪いことにしかならないって物事も、この世には確かにあるんだ。
     今取り掛かってることは、結果的にその一つになるのかも知れない――このまま、いもしない生き残りを闇雲に探し回って、僕たちは凍死するか、あるいはバケモノに襲われるかも知れない。そう言う考えは、確かに何度も僕の頭の中をよぎってる」
    「……」
     ゼロはゲートから顔を背け、ぼそぼそとした声でこう続けた。
    「だけど、……やっぱり、僕はどこか楽天家のままなんだろう。もう一方の『もしかしたら』を、僕は捨て切れないんだ。
     もしかしたらまだ生き残りがいて、助けを待っているんじゃないかって」
    「そうかもな」
     ゲートはぽんぽんとゼロの肩を叩き、こう返した。
    「俺だってフレンだってシノンだって、そっちの『もしかしたら』を期待してるクチだよ。だからこうやって、帰りを遅らせてんじゃねーか」
    「……うん」
     ようやくゼロが振り返り、ゲートに向かってうなずきかけた。
     と――その顔が、驚愕したものに変わった。
    琥珀暁・襲跡伝 5
    »»  2016.08.02.
    神様たちの話、第25話。
    いのり。

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    6.
    「ゲート!」
     驚いた顔のゼロに、ゲートも面食らう。
    「な、何だよ?」
    「後ろ! あれ見て!」
    「後ろ?」
     言われるままに振り返り、川岸にぽこ、ぽこと小さな塊があることに気付く。
    「あれ、って……、え、まさか?」
    「行こう!」
    「お、おうっ!」
     ゲートは慌てて手綱を引き、馬車を急転回させる。
     その塊のすぐ近くまで来たところで、ゼロが馬車から飛び降りた。
    「……やっぱり!」
     ゼロがばさばさと表面の雪を振り払い、その塊が人であったことを、ゲートも確認した。
    「生きてる、……のか?」
    「いや、……残念だけど死んでる。ひどくやつれてる。多分南の村からここまで、ずっと歩いてきたんだろう。
     外傷は無いから、恐らく凍死だと……」
     ゼロの説明が、途中で止まる。
    「どうした?」
    「……ゲート! 手伝ってくれ!」
    「え? 何を?」
    「下だ! 下に誰かいるんだ!」
    「……は?」
     ゼロに言われるがまま、ゲートは慌てて、二人で遺体を横にずらす。
     遺体の下には穴が掘られており、そこに顔を真っ青にした短耳の子供が2人、うずくまっているのを確認した。
    「こっちも死んでる、……のか?」
    「バカなこと言うな! 死にかけてるけど、まだだ! まだ生きてる!」
     ゼロは早口にそう返し、懐から金と紫に光る板を取り出して、呪文を唱え始めた。
    「助けてやる! 死ぬんじゃないぞ! 『リザレクション』!」
     魔術が発動された瞬間、辺りは温かな光に包まれる。
    「なん……だ? 何か……浴びてるだけで……心地良い……ような……」
     思わず、ゲートはそうつぶやく。
     そしてその感想は、子供たちにも同様であったらしい。みるみるうちに顔色が良くなり、同時にぱちっと目を開けた。
    「……おじいさん、だれ?」
    「おじさんじゃない?」
     二人に揃って尋ねられたところで、ゼロはボタボタと涙を流し始めた。
    「良かった……助けられた……!」

     念のため、ゼロたちはこの周辺に倒れていた人々の様子も改めたが、やはり生き残っていたのはこの子供たち、2人だけだった。
    「はい、お芋のスープ。すぐ冷めると思うけど、気を付けて飲んでね」
     シノンが作ったスープをごくごくと飲み干し、二人は同時にため息をついた。
    「はあ……」「おいしい」
    「ねえ、あなたたち、名前は?」
     おかわりを注ぎながら尋ねたシノンに、二人は揃って名前を名乗る。
    「わたしはヨラン」
    「ザリンです」
    「よろしく、ヨラン、ザリン。あなたたち、南の村の子だよね?」
     続けて尋ねたが、ヨランたちは揃って首をかしげる。
    「わかんない」
    「おとうさんが『あぶない』っていって、ここまでつれてこられたもん」
    「そっか」
     同じようにスープを受け取りながら、今度はゼロが尋ねる。
    「どうしてお父さんは、君たちを村から連れ出したのかな?」
    「なんか、がおーっていう、おっきないぬさんがいた」
    「おおかみだよ。おとうさん、すごくこわいかおであたしたちをひっぱってった」
     続いて、フレンが尋ねる。
    「お前ら、姉妹か?」
    「うん」
    「ヨランがおねーちゃん」
     最後にもう一度、ゼロが質問した。
    「君たちを穴に入れたのは、お父さん?」
    「うん」
    「さむいからここにはいりなさいって」
    「確かに、ああすれば子供たちだけでも助かる可能性は高まる。……でも、相当な決断だったろうな。
     自分の命を犠牲にしてでも、……か」
     ゼロはシノンにスープの器を返し、袖をめくり始めた。
    「どしたの?」
     尋ねたシノンに、ゼロはこう答えた。
    「お墓を作る。この子たちを身を挺して守った人に、敬意を払わなきゃ」
    「あたしも手伝うよ」
    「ありがとう。助かる」

     ゼロたちは川から離れたところにいくつもの穴を掘り、そこへ亡くなった人々を埋葬した。
    「墓石も立てて、……これでよし。後は、祈ろう」
    「いのる?」
    「お墓の説明した時に言っただろ? 『あの世で安らかに過ごせることを願う』って。その儀式さ」
     シノンにそう返し、ゼロは墓石の前に屈み、両掌を組んだ。
    「……」
     と、シノンもその横にしゃがみ、同じように両掌を組む。
    「こんな感じ?」
    「うん、そんな感じ。後は心の中で、この人たちの冥福を願うんだ。『どうか生き残った人たちのことは心配せず、安らかに眠っていて下さい』って」
    「分かった」
     シノンはうなずき、ゼロと共に、静かに祈る。
     そして二人に続いて、ヨランとザリンも座り込み、両掌を合わせた。
    「おやすみなさい」
    「げんきでね」
     その様子を眺めながら、ゲートとフレンも苦笑しつつ加わった。
    「元気でってのは何か違うよな……」
    「だなぁ」
     そのまま6人で、黙々と祈りを捧げ続けた。

    琥珀暁・襲跡伝 終
    琥珀暁・襲跡伝 6
    »»  2016.08.03.
    神様たちの話、第26話。
    ゼロの仮説。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ほぼ1ヶ月ぶりに戻ったゼロたちの馬車を見て、クロスセントラルの村人たちはどよめいていた。
    「ゼロが帰って来た!」
    「タイムズ、生きてたのか!」
    「みんな無事なのか!?」
     村人たちに総出で出迎えられるが、ゼロは憔悴した顔で淡々と応じている。
    「原料は手に入れた。30人分くらいはある。すぐ製造に取り掛かろう。
     全員無事には帰れなかった。残念だけどメラノが死んだ。途中で、バケモノに襲われたんだ。
     あと、南の村の生き残りを2人連れて帰って来た。まだ小さい子たちだから、優しくしてあげてほしい。
     皆の方はどうだった? バケモノは出なかった?」
     尋ねたゼロに、村人は表情をこわばらせる。
    「出たんだね?」
    「あ、ああ。村に出たわけじゃないが、結構近くで出くわした。向こうは気付いてなかったみたいだから、何とか逃げられたけど」
    「いつ?」
    「3日前だ。西の方に」
    「それ以外には?」
    「北でも見た。4日前に」
    「じ、実は俺も見た。5日前に、東で」
    「……」
     一連の目撃報告を聞き、ゼロも顔色が変わる。
    「時系列で見れば、東、北、西とぐるぐる回ってるのか。でも南には出なかった?」
    「ああ」
    「聞いたこと無いな」
    「僕たちも南から帰って来たけど、出くわさなかった。妙だね」
     ゼロの言葉に、村人たちはさらに表情を堅くする。
    「妙って、何が?」
    「まるで偵察してるみたいだ」
    「てい、……え?」
    「僕たちをじーっと、遠巻きに見つめてきてるみたいな、そんな気持ちの悪さがある。
     連日のように目撃されてたのに、この3日ぱたっと見なくなっちゃったって言うのが、すごく不気味だ。
     もうあんまり、時間に余裕が無いのかも知れない。みんな、大急ぎで準備に取り掛かってくれ」
     真剣なゼロの眼差しと声色に、村人たちはゴクリと息を呑み、大慌てで馬車から原料を運び始めた。
     と、共に運び出そうと動きかけたゲートとフレンの肩をゼロがとん、とんと叩き、横にいたシノンの手を引く。
    「ゲート、フレン、シノン。ちょっと、話しておきたいことがある」
    「何だよ、改まって?」
    「……いや、話したいって言うよりも、どちらかと言えば自分の頭の中を整理するために、話を聞いて欲しいって感じかな。
     ともかく、4人で話せるところに行こう」

     場所をゼロとシノンの家に移し、ゼロは――穏やかで優しげな、しかしどこか盤石の自信をほのかに見せる、いつもの彼らしくない素振りで――ぽつぽつと話し始めた。
    「みんなはバケモノのことを、獣(けだもの)の延長線上のものと思っているかも知れない。いや、誰だってそう思うだろう。僕だってこの目で見るまでは、そう言うものだって思ってた。
     だから僕のこの仮説は、はっきりと、『そんなわけない』って笑い飛ばしてくれて構わない」
    「何が言いたいんだ?」
     首を傾げるゲートに応じず、ゼロは話を続ける。
    「僕は感じているんだ。バケモノに何か、単なる獣以上の意志が宿っていることを。
     いや、意志と言うよりも、それはむしろ行動規範(プロトコル)と言うべきものだろうか」
    「こうどうきはん?」
     きょとんとするシノンに、ゼロは優しく説明する。
    「『こう言うことが起これば、何があろうとも必ずこう動くべし』って言う、ものすごく厳格な命令って意味かな。
     そう、まさにそれなんだ。バケモノたちは執拗に、ヒトを襲い続けている。まるで誰かからそう命じられているかのように」
     ゼロの意見に対し、フレンは肩をすくめて返す。
    「考えすぎだろ。襲ってきてんのもハラが減ってるからとか、そーゆーヤツだろ」
    「それなら妙な点がある。南の村跡で、僕たちは食糧をかき集めただろ?」
    「ああ。……あ?」
     うなずいたフレンが、そこで首を傾げる。
    「そう、そこなんだ。もしバケモノが空腹で、手当たり次第に食い荒らしたって言うなら、何故食糧はそのまま残されてたんだろうか? 食い荒らされた跡すら――人間以外には――見当たらなかったし。
     君と初めて会った時にしても、近くをうろついてた羊には目もくれずに、君や僕らを襲ってきた。明らかに僕たちより羊の方が、食いでがあるように見えるのにね」
    「……確かにな」
    「それにもう一つ、変なことがある。
     旅の往路で、僕たちはバケモノとすれ違った。あれは今思い返してみると、南の村から逃げてきた人たちを追ってたんだろう。
     だけどフレンの言う通り、空腹を理由として襲いかかっていたと言うのなら、僕たちが見付けたヨランたちのお父さんや、一緒にいた村の人が五体無事に遺ってたってことも妙だ。かじったような跡すら無かったよね?」
    「そう……だな」
     フレンに続き、ゲートも神妙な顔になる。
    「今までの遭遇談をまとめると、バケモノは『生きてる人間』しか襲っていないんだ。そこに僕は、獣としての本能以上の『何か』を感じずにはいられない。
     あいつらはまるで、僕たち人間だけを狙って攻撃してきてるようにしか思えないんだ」
    琥珀暁・創史伝 1
    »»  2016.08.05.
    神様たちの話、第27話。
    団結。

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    2.
    「……」
     ゼロの恐るべき仮説に、ゲートたち3人は顔を青ざめさせていた。
    「で、でも、ゼロ?」
     と、シノンが恐る恐ると言った素振りで口を開く。
    「それって、結局、どう言うことなの?」
    「どう、って?」
    「もし本当に、ゼロの言う通りバケモノがあたしたちを目の敵にしてるとしても、それにどう言う意味があるの?」
    「……分からない。そうだね、確かに君の言う通りだ。
     この仮説には、現状の打破に結び付くような要素は無い。単に僕がそう言う気がするってことを、掘り下げて考えただけのことだ。
     ごめんね、変なこと言っちゃって」
    「いや」
     と、ゲートが首を振った。
    「案外、大事なことかも分からんぜ?
     要するに、お前の言うことが確かだとしたら、あのバケモノは今までずっと、俺たち人間だけを狙って来たわけだ。
     だとしたらムカつく話じゃねえか。シノンのトコみたいに家族で仲良く暮らしてた奴らは、そいつのせいで生活ブッ壊されたんだって話になる。ヨランたちだって、バケモノがいなきゃ今でも父親と一緒に、南の村で平和に暮らしてたはずだ。
     人間として、そんな話を許せる気はしねえよ。だろ、ゼロ?」
     ゲートにそう返され、ゼロは深々とうなずく。
    「ああ、その通りだ。許せない。許すわけには行かない」
    「だとするならよ、丁度良く、バケモノは俺たちの村を襲おうとしてる。
     そいつらを全部ブッ倒しちまえば、今まで殺されてきた皆の仇を、俺たちがばっちり討ってやったってことになるんじゃないのか?」
    「うん、そうなる」
     ゼロの目に、強い意志の光が宿る。ゲートの顔も、紅潮していく。
    「やってやろうぜ、ゼロ。
     今までバケモノに追われ、殺されてくばっかりだった俺たちが、逆にあいつらをぶちのめしてやるんだ!」
    「……ああ、やってやろう!」
     がしっと堅く握手を交わした二人に、フレンとシノンも続く。
    「メラノの旦那の無念は、俺が晴らしてやる。いいや、今まで死んでいった仲間や友達の分もな」
    「仇討ちなら、あたしがまず、やってやりたいもん。どこまでも付いてくよ、ゼロ」
     四人で手を合わせ、ゼロが場を締めた。
    「見せつけてやろう。
     あいつらが僕たちを蹂躙するんじゃない。僕たちがあいつらをねじ伏せてやるんだ、……ってことを」



     防衛準備は、恐るべき速さで進められた。
     まず、ゼロが武器製造のすべての工程を指示・監督し、村中が武器工房と化した。一方で防衛線も二重、三重に構築され、あちこちにやぐらが建てられた。
     その他のあらゆる指示も、ゼロがあちこちを駆け回って、矢継ぎ早に出されて行く。
    「子供たちと戦えない人たちは村の中央にいつでも移動できるようにしておいてくれ! いざと言う時は、古井戸を改造した地下壕に避難するんだ!
     バケモノはいつ、どの方向から、どのくらいの数で攻めてくるか、まったく不明だ! だから少しでも素早く確実に対応できるよう、見張りは2人で、3交代で切れ間無く続けることを徹底してくれ!」
     そしてゼロの補佐として、シノンたちも動き回っていた。
    「杖、できた!? じゃあ半分は井戸の周りに並べといて! 避難する人の邪魔になんないようにね!」
    「魔術使えるやつは杖持って俺と一緒に、村の端を巡回だ! 見付けたら迷わず即、撃ち込め!」
    「いいか、『ライトボール』の緑のヤツは異状無しの合図だからな! 異状があったら赤い球だぞ! 忘れんな!」
     クロスセントラルの村人50人余りはゼロたちの指示の下、可能な限り万全な態勢で、バケモノの出現を待ち続けた。



     そして、準備を始めてから二昼夜半を回った未明前――その時は、来た。
    「南東やぐらから赤球! バケモノが出たぞ!」
    「東のやぐらからもだ!」
     報告を受け、ゼロはシノンと村人5名を率いて走り出した。
    「行くぞ、みんな! まず南東からだ!」
    「おう!」
     すぐに現場に到着し、ゼロたちはバケモノと接敵する。
    「こないだのと違う……! 牛みたい! でっかい角あるよ、ゼロ! それに脚が6本!」
    「ああ、突進されたら防衛線が危ない。可能な限り遠巻きに攻撃するんだ!」
    「はいっ!」
     ゼロの号令に合わせ、シノンを含めた村人6人が魔術を放つ。
    「『ファイアボール』!」
     6個の火球が、六本脚の巨牛の顔面を焼く。
     しかし巨牛はぶんぶんと頭を振って火を消し、突進し始める。
    「怯まない……! みんな、第二撃用意! その間に僕が撃つ!」
     命令を出しつつ、ゼロが魔杖をかざす。
    「これならどうだ! 『フレイムドラゴン』!」
     ぼっ、ぼっと小刻みに破裂音を立てて、村人たちが放ったものより二回り大きな火球が3つ、巨牛に飛んで行く。
     立て続けに3発眉間に食らい、巨牛の動きが止まる。
    「今だ! 目を狙って当てろ!」
    「はい!」
     村人たちの第二波が巨牛の目を焼き、その奥までねじ込まれる。
     巨牛は耳と鼻、口から火を噴き、そのまま倒れ込んだ。
    「……やった?」
    「やった、……ぽいな。血がめちゃめちゃ出てるし」
    「よし、ここは抑えた! 東のやぐらに……」
     命令しかけたゼロの顔がこわばる。
     その視線の先を追ったシノンも、自分の背筋が凍りつくのを感じていた。
    「4つ、……5つ、6つ、……7、……うそ……」
     あちこちのやぐらから、続けざまに赤い光球が飛ばされていたからだ。
    琥珀暁・創史伝 2
    »»  2016.08.06.
    神様たちの話、第28話。
    無明の夜戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ゼロたちは全速力で南東から東へ向かおうとしたが、彼らもその道中で次々と、バケモノたちに出くわしていた。
    「ま、まただ! またあのでけー牛だーっ!」
    「来るな! 寄るんじゃねえーッ!」
     付随していた村人たちがバラバラに火球を撃ち込むが、巨牛はビクともしない。
    「一斉に撃つんだ! 揃えてくれ! 僕がまず撃つ!」
     どうにか皆をなだめ、態勢を整えさせつつ、ゼロが攻撃する。
    「『フォックスアロー』!」
     ゼロの構える魔杖から紫色の光線が9つ放たれ、巨牛の体を貫く。
    「今だッ!」
     ゼロの号令に合わせ、火球が先程と同様、巨牛の頭を燃やす。
    「……よし! 倒せた!」
    「また来てる、ゼロ! 今度は狼みたいなの!」
     一体倒してもすぐ、新手が押し寄せてくる。
    「きりが無え! どんだけ倒せばいいんだ……!?」
    「ゼロがいるってのにこんなに苦戦してんじゃ、他のとこはもう……!」
     悲観的な意見を、ゼロが一喝した。
    「諦めるな! 確かに僕だけじゃ苦戦してるけど、でもみんながとどめを刺してるじゃないか! だったら、僕抜きだって戦えるってことだ! そうだろ!?」
    「そ、……そっか、そうだよな」
    「ああ、みんな頑張ってるさ! きっと生きてる! それにまだやぐらも倒れてないし、僕たちは村の外で全部、バケモノを倒してきてる! まだ村は無事だ!
     このまま押し返すんだ! 一匹たりとも、村に近付けるな!」
    「おうッ!」
     ゼロは何度も村人たちを鼓舞し、焚き付け、戦意を維持させる。



     だが――。
    「……ひでえ」
    「もしかして、……これ、マノかよ」
    「あっちのは、メイ、……の体、か」
    「こんなこと……!」
     村の南東から東、そして北東へと進んだところで、ゼロたちは戦闘要員だった村人の死骸をいくつも発見する。
    「もう5、6人は死んでるぞ、これ……」
    「やっぱり、……やっぱり、ダメなのか……!?」
    「なあ、タイムズ、どうなんだ……? 俺たちは、生き残れるのか……?」
     シノンも含め、村人たちは顔を青ざめさせ、または土気色に染めながら、ゼロを見つめる。
     ゼロもまた、今にも泣きそうに顔を歪めながら、こう返した。
    「生き残らなくちゃならない。ここで僕たちも死んだら、何も残らないじゃないか」
    「……でも……でも……!」
     これまでずっと、ゼロに付いてきたシノンも、既にボタボタと涙を流している。
     と――半ば棒立ちになっていた彼らの前に、またもバケモノが現れた。
    「また出てきた……!」
    「もう俺たち、10体は倒してるってのに、まだ出てくるのか……!?」
    「いつまで続くんだ……もういやだ……」
     村人たちの戦意は、目に見えてしぼんでいく。
     ゼロはもう一度鼓舞しようとしたらしく、口を開きかける。だが、迷ったような表情を見せ、そこから何もしゃべろうとしない。
    「……ゼロ?」
     シノンが泣きながら、ゼロにしがみつく。
    「どうしたの? 撃ってよ、ゼロ!」
    「……」
    「……ゼロ……」
     やがてシノンも、何も言えなくなる。
     この時ゼロの目に、この半年間で初めて絶望的な色が浮かんでいたのを見たからだ。

     その時だった。
    「ボーッと突っ立ってんじゃねえぞ、ゼロ!」
     ぼっ、と音を立て、火球がバケモノの体を、左右両方から貫く。
     火球が来た方向にきょろきょろと首を向け、シノンが叫ぶ。
    「フレン! それにゲートも!」
     バケモノの両側から、ゲートとフレンの隊が現れた。
    「こんなとこでへばっててどーすんだよ? まだどっかにいるかも知れねーだろーが」
    「あ、……ああ、うん、そうだね」
     ゲートに叱咤され、ゼロはかくかくとうなずく。
     続いて、フレンも怒鳴る。
    「ギリギリだけどもな、俺たちはまだ生きてる! ここで俺たちが踏ん張らなきゃ、みんなが生き残れねえんだよ!
     考えてもみろよ、お前ら何匹倒した? 俺んトコは7匹だぞ」
     ゲートが続く。
    「俺んとこは6匹だ。それだけで13匹も倒したってことになる。ゼロ、お前んとこはどうなんだ? 5匹くらいはやってんのか?」
    「10匹やっつけたよ」
    「すげーじゃねーか。やっぱお前はすげーよ」
     ニヤニヤしながら、ゲートがゼロの肩を叩く。
    「となりゃもう、23匹になる。まだ大勢いると思うか?」
    「……確かに、あの大きさのバケモノがまだ、20体も30体も残ってるとは考え辛い。そうだね、もしかしたらもう、峠を越してるのかも知れない」
    「だろ?」
     ゼロたちの会話に、他の村人たちも表情がほころび始める。
    「そっか、この3隊でそんだけ倒してるなら、他んとこだって結構やってるよな」
    「って言うかまだ、村で生き残ってる奴の数より多いってことは無いよな……?」
    「じゃあもうちょっと頑張ったらやれる、……かも、ってこと?」
     ゼロ自身も気力が戻って来たらしく、いつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。
    「みんな。……正直言うと、僕も参ってた。倒しても倒してもきりが無いって、打ちのめされそうになってた。
     でもゲートとフレンの言う通りだ。20体以上も倒してて、まだこの2倍も3倍も残ってるなんて思えない。ましてや無限に湧いてくるって言うなら、とっくの昔に村は滅ぼされてるはずだしね。
     あと何体いるのか、確かに分からない。でも油断せず、緊張を途切れさせず、ひたすら倒し続ければきっと、終わりは来る。明けない夜は無いようにね」
     ゼロの言葉に、その場にいた皆が大きくうなずいた。
    琥珀暁・創史伝 3
    »»  2016.08.07.
    神様たちの話、第29話。
    夜明け前の約束。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     夜を徹して行われた防衛戦にも、ようやく終わりが見えてきた。
     あちこちに浮かんでいた赤の光球が一つ、また一つと消え、やがて東の空が白くなり始めた頃には、すべて消失していた。
    「状況を報告してくれ! バケモノはまだ、どこかに見える!?」
     西のやぐらの下で尋ねたゼロに対し、見張りを務める村人がぶんぶんと首を横に振って答える。
    「見えない! こっちにはもういないぞ!」
    「ありがとう、でもまだ警戒を解かないでくれ! 太陽が昇ってきたら、また光球で報告して!」
    「分かった!」
     上から横へと視線を変えたところで、ゼロの目に疲れ切ったシノンの姿が映る。
    「大丈夫、シノン?」
    「だいじょぶ、だいじょぶ。でもなんか、どっと疲れが来たなーって」
    「そうだね、僕も気を抜いたら倒れて爆睡しちゃいそうだ。でも、もう一頑張りしないと。少なくとも、夜明けまでは辛抱しよう」
    「夜明け……。あと、どれくらい?」
     尋ねたシノンに、ゼロは東の空を眺めながら答える。
    「1時間も無いと思う」
    「そこまで行ったら、終わり?」
    「そうしたい。夜明けと同時に緑の光球を8つ確認できたら、皆を集めて終わりにしよう」
    「うん、分かった。……ふあ、あ」
     うなずくと同時に、シノンから大きな欠伸が漏れる。
    「疲れた?」
     尋ねたゼロに、シノンはぶんぶんと首を横に振る。
    「大丈夫、大丈夫。まだ行けるよ」
    「無理しないで、……って言いたいけど、もうちょっと頑張ってくれると嬉しい」
    「うん、分かってる。……ん、と」
     シノンがわずかに顔をしかめ、右ほおに手を当てる。
    「いたい……」
    「え、ケガしたの?」
    「ううん、こないだの傷。首振るとまだ、ぴりぴり来るの」
    「そっか。……ごめんね、うまいこと治せなくて」
     ゼロは申し訳無さそうな顔で、シノンのほおに手をやる。
    「治療術は苦手じゃない、……はずなんだけど。まだこんなに、痕が残ってる」
    「治してくれた時、動揺してたからじゃない? 魔術は精神状態で効果が大きく変わるって、あなたが自分で言ってたし」
    「それはある。確かに君が血だらけになってて、ひどくうろたえた覚えがある」
    「……ふふっ」
     シノンはゼロの腕にしがみつき、ニヤニヤ笑う。
    「あたしにはそれだけで嬉しい。あなたがあたしのことで、そんなにも戸惑ってくれるんだもん」
    「いや、でも、そのままにしておくわけには」
    「いーの。あたしのことなんかより、他にもっと、あなたにはやることあるでしょ?」
    「そんなこと言ったって」
     言いかけたゼロの口に人差し指を当て、シノンはこう切り出す。
    「ね、ゼロ。今更なんだけど」
    「うん?」
     シノンは上目遣いにゼロを見上げ、尋ねる。
    「あたしのこと、どう思ってる?」
    「どうって?」
    「周りはさ、もうあたしのこと、あなたの奥さんだって言ってくれたりするけど、あなたはどうなのかなって」
    「そ、そりゃ、まあ、その」
     ゼロは顔を真っ赤にし、ぼそぼそとした声で返す。
    「思って、ない、なんてことは、無い」
    「じゃあ」
     シノンはゼロから離れ、続いてこう尋ねた。
    「この戦いが終わって、あなたが『こよみ』を作ったらさ、ちゃんとあたしのこと、奥さんにしてくれる?」
    「……」
     ゼロは依然として顔を真っ赤にしたまま、静かに、しかし大きくうなずいた。

     その時だった。
    「……っ」「な、……に?」
     村中に響き渡るようなとてつもない獣の叫び声が、ゼロたちの耳を揺らす。
    「今のは、……なに?」
    「とんでもないのが、まだ残ってるみたいだ。……でも多分、あれで最後って気もする」
     ゼロは表情を変え、毅然とした態度で全員に命じた。
    「みんな、本当に、本当に今、疲れて疲れて疲れ切ってるかも知れないけど、でも、出せるだけの元気を今、出し切ってほしい。
     あの叫び声の主を、何としてでも撃破、駆逐するんだ!」
    「おうッ!」
     村人たちは奮い立ち、魔杖を掲げて鬨の声を上げ、そのまま駆け出した。
    琥珀暁・創史伝 4
    »»  2016.08.08.
    神様たちの話、第30話。
    最後の巨敵。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     咆哮が上がった方へと急ぐうち、ゼロの隊に他の村人たちが次々合流していく。
    「ゼロ、今の聞こえたか?」
     合流してきたゲートの問いに、ゼロは走りながらうなずく。
    「ああ、……かなり大きな叫び声だったみたいだね。あっちこっちから人が集まってきてるし」
    「だな。光球を確認しちゃいないが、……っ!」
     言いかけたゲートの顔がこわばる。ゼロの顔にも同様に、緊張が走っていた。
    「……かなりまずい」
    「ああ。やべえかも」
     二人の予想は当たっていた。
     やぐらは既に横倒しになっており、見張りたちは血まみれで転がっている。
    「あ……うあ……」
    「ひい……ひっ……」
     しかしまだ、辛うじて息はある。
    「クレイとバクは二人を助けて! 残りはあいつに集中攻撃の準備だッ!」
     ゼロの命令に、見張りを助けに行った2人以外は魔杖を構え、距離を取る。
     その全員の目に、やぐらの半分ほどの巨躯の、「獰猛」をそのまま形にしたような、誰も見たことの無い、異形の怪物が映っていた。
     いや――一人だけ、「それ」を形容できた者がいた。
    「まるで……獅子(ライオン)みたいだ」
     ゼロがぽつりと放ったその一言に、ただシノンだけが反応した。
    「ら……い……おん?」
    「あとで……、説明する。とにかく、今はあいつを倒すことに集中して!」
    「う、……うん!」
     ゼロたちが迎撃準備を整えている間に、「ライオン」もはっきりと、ゼロたちを標的として認識したらしい。
    「グウウウ……グオオアアアアアッ!」
    「群れ」の中心にいるゼロに向かって、大気がびりびりと震えるほどの叫び声を上げた。

    「ライオン」はゼロを見据え、一直線に飛び掛かってくる。
    「『マジックシールド』!」
     しかしそう来ることを見越していたらしく、ゼロは魔術の盾を「ライオン」との距離、50メートルほどのところで展開した。
     その直後、がつん、と硬い物同士がぶつかり合う音が響き、「ライオン」は額から血しぶきを上げる。
    「うおぉ!?」
    「やったか!?」
     魔杖を構えて待機していたゲートとフレンが驚きと、期待の混じった声を上げる。
     だが「ライオン」は痛みを感じる素振りも見せなければ、泣き声も上げていない。そのまま後退し、ふたたび突進して、ゼロの「盾」に体当たりを繰り返す。
    「マジかよ……!」
    「頭潰れんぞ!? ……い、いや、それより」
    「ゼロの『盾』が、割れる……!」
     五度、六度と頭突きを繰り返したところで、「盾」にひびが走る。
    「こ……れは……きつい……っ!」
     魔術が力技で押し返され、さしものゼロもダメージを受けているらしい。ぼたっ、と彼の鼻から血がこぼれ、白いひげを赤く染める。
    「攻撃するか、ゼロ!?」
    「やらなきゃお前が潰されちまうぞ!」
     焦る周囲に対し、ゼロは落ち着き払った声で応じる。
    「大丈夫、まだ貯めてて!
     可能な限りの、最大限のパワーで撃ち込まなきゃ、こいつは絶対倒せない! 僕が時間を稼ぐから、みんなチャージに集中するんだ!」
    「わ、分かった!」「おう!」
     ゼロに命じられるがまま、村人たちは自身の魔術に魔力を込め続ける。
     その間に――どうやってそんなことができるのか、横にいたシノンにすら分からない、そんな方法で――ゼロは「盾」以外にもう一つ、魔術を発動した。
    「『ジャガーノート』!」
     バチバチと気味の悪い音を立てて、「ライオン」の周囲に黄色がかった、白い火花が散る。
    「グオ……オ……」
     ここで初めて「ライオン」の喉奥から、苦しそうな声が漏れた。
    「まだまだあッ!」
     さらにゼロは魔術を重ねる。
    「『フレイムドラゴン』! 『フォックスアロー』! 『テルミット』!」
    「む、無茶だよゼロ!? そんなに術、使ったら……!」
     立て続けに放ったゼロの魔術により、「ライオン」の全身が炎に包まれる。
    「……グウ……ギャアア……」
    「ライオン」の絞り出すような鳴き声が、悲鳴じみたものに変わっていく。
     しかし一方で、ゼロの方も限界に達したらしく――。
    「……っ、……ここまで、……かっ」
     ゼロが膝から崩れ落ちる。「盾」も粉々に砕け散り、火花や炎も消失する。
    「ゼロ!?」
    「……」
     ゼロは倒れ伏したまま、答えない。
     一方、「ライオン」も相当のダメージを受けたらしく、その場から微動だにしない。
    「ど……どうする……?」
    「俺たち……撃つべきなのか……?」
    「ゼロ……ゼロ!」
     一様にうろたえつつも、村人たちはゼロに命じられたまま、魔力の蓄積を続ける。
     やがて「ライオン」の方も、よたよたとながらも、ゼロの方へと歩み始めた。

     突如、ゼロが顔を挙げ、大声で叫ぶ。
    「チャージ完了だ! 一斉放射アアアッ!」
    「……っ!」
     村人たちは動揺しつつも、ゼロの言葉に従った。
    「は、……はいっ!」
     その場にいた、魔杖を手にした村人23名が一斉に魔杖を掲げ、魔術を放つ。
    「『ファイアランス』!」
    「ライオン」の前方二十三方向から、炎の槍が発射される。
     先んじてゼロが傷付けていた「ライオン」の毛皮、皮膚、爪や牙を、煌々と赤く輝くその槍は次々刺し、削り、貫き、千切って行く。
    「グアッ、グ、ギャアアアッ……」
     ふたたび炎に包まれ、「ライオン」は絶叫する。
    「シノン」
     まだ横になったまま、ゼロがシノンの裾を引く。
    「とどめは、君が刺せ」
    「……分かった」
     シノンは魔杖を構え直し、ゼロから教わった最も威力の高く、そして最も難しい術を発動させた。
    「『エクスプロード』!」
    琥珀暁・創史伝 5
    »»  2016.08.09.

    新連載。
    "He" has come to "our world"。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「はじめに、大地有りき。
     その方は、大地を訪れた。

     次に、人有りき。
     その方は、人のうちの一つを訪ねた。

     三に、言葉有りき。
     その方は神の言葉で、人の一つに尋ねられた。

     その方の名は、あらゆるものの始まりである。
     その方の名は、あらゆるものの原点である。
     その方の名は、無から有を生じさせるものである。

     その方の名は、ゼロである。

     ゼロは初めて出会ったその人の手を握り、祝福した。

    (『降臨記』 第1章 第1節 第1項から第6項まで抜粋)」



     その土地は、古来より交易の要所であったと伝えられている。
     北と西に港があり、一方で東と南には牧草が生い茂っている。自然、農産物と海産物の輸送はそこで交わることとなり、自然に物々交換、即ち商売の元となる活動が生まれた。
     いつしか人は、その土地を交点の中心、「クロスセントラル」と呼ぶようになった。

     その日もいつもと変わらない、活気に満ちた一日であった。
     遠くから産品を持ってきた男たちが、それを掲げて大声を出し合っている。
    「いい鮭を持ってきてるぞー! 誰かいらんかー!」
    「羊肉と交換でどうだ!?」
    「羊はいらん!」
    「山羊ならあるが……」
    「野牛だ! 野牛の肉を寄越せ! じゃなきゃ交換しない!」
    「野牛なんてそんな……」
     しかし取引の大半が、上滑りしている。鮭を持ってきた男の要求に適うものを、誰も持ってきていないからだ。
     結局鮭を持ってきた狼獣人の男が折れ、要求を下げていく。
    「分かった! じゃあ水牛でもいい!」
    「ねーよ」
    「……豚」
    「ねーっつの」
    「チッ、仕方無えな。じゃあさっきの羊で……」「悪い、もう交換した」「何ぃ?」
     散々自分の要求を通そうとしていた狼獣人が憤り、羊を持ってきていた猫獣人の男に絡み出す。
    「なんで手放してんだよ、おい」
    「だって交換してくれないし」
    「今なら交換するつってんじゃねーか」
    「もう無いって」
    「ふざけんな! もうちょっとくらい待つって考えがねーのか?」
    「あ? 何でお前の都合で待ってなきゃいけないんだよ」
     狼獣人も猫獣人も互いに憤り、場は一触即発の様相を呈し始める。
     その隙に、何も持ってきていない男たちがそろそろと、鮭の詰まった樽に群がり始める。狼獣人の気が相手に向いているうちに、盗もうとしているのだ。
     その雑然とした状況を眺めながら、一人の短耳がぼそ、とつぶやいた。
    「……なんでこう、うまく行かないんだろうなぁ」

     と、その男の肩を、とんとんと叩く者が現れた。
    「ん?」
     振り向くと、そこには白髪の、しかしまだ顔立ちが若く、優しい目をした、ひげだらけの短耳の男の姿があった。
    「なんだ?」
     男が尋ねたが、白髪男はきょとんとする。
    「**?」
     白髪は何か言ったようだが、それは男が聞いたことも無い言葉だった。
    「なんだって?」
    「**? ……**、……***」
     白髪は困ったようにポリポリと頭をかいていたが、やがて何かを思い出したように、ポンと手を打ち、何かをつぶやきつつ、手を忙しなく組み合わせる。
    「『*********』、……通じる?」
    「ん? ああ、通じるが、今あんた、何て?」
    「あ、ちょっと魔術を使ったんだ。やっぱあいつの術は使い勝手いいねぇ。応用性と即効性が段違いだ。
     えーと、それでちょっと教えてほしいんだけど、……ここはどこ?」
    「クロスセントラルだ。あんた、どこから来たんだ?」
     男に尋ねられ、白髪は困った顔をした。
    「えーと、どう言ったらいいかな。********なんて言っても分かんないよね。まあいいや、遠くからってことにしといて」
    「ああ、うん……?」
     戸惑う男に構わず、白髪はこう続けた。
    「僕の名前はゼロって言うんだ。君は?」
    「え、ああ……、ゲートだ」
    「そっか。よろしく、ゲート」
     白髪――ゼロは嬉しそうに笑って、ゲートの手を握った。

    琥珀暁・彼訪伝 1

    2016.07.01.[Edit]
    新連載。"He" has come to "our world"。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「はじめに、大地有りき。 その方は、大地を訪れた。 次に、人有りき。 その方は、人のうちの一つを訪ねた。 三に、言葉有りき。 その方は神の言葉で、人の一つに尋ねられた。 その方の名は、あらゆるものの始まりである。 その方の名は、あらゆるものの原点である。 その方の名は、無から有を生じさせるものである。 その方の名は、...

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    神様たちの話、第2話。
    「すごい遠いところ」から。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「いやぁ、空気が美味しいねぇ。僕が前にいたところじゃ、空気がもうドロドロでね、鼻をかんだら真っ黒になっちゃうってくらいでねぇ」
    「真っ黒ぉ? そんなことあるのかよ」
     初対面のはずだったのだが、会って5分もしないうちに、ゲートは相手にすっかり気を許してしまっていた。
     このゼロと言う男に対して、ゲートは自分自身でも不思議なほどに、何の悪感情も抱けなかったのだ。
    「それで、さっきのケンカは?」
    「ケンカ?」
    「ほら、なんかケモノっぽい人と男の人が、殴り合いしてただろ?」
    「ケモノって……、お前、あいつが人でなしとでも言ってんのか?」
     呆れた声を出したゲートに、ゼロは明らかに「しまった」と言いたげな目を向け、慌ててごまかしてきた。
    「ああ、いや、うまい言葉が思いつかなかったんだ。僕が住んでたところじゃ、あんな立派な耳と尻尾のある人なんていなかったから」
    「そうなのか? ふーん……」
     まだ戸惑っている様子のゼロに、ゲートは簡単な説明を付け足す。
    「ありゃ狼獣人だよ。種族名の通り、狼っぽい耳と尻尾が付いてる奴を言うんだ。
     魚を何樽も持ってきてたから多分、北の港にいる奴だろうな。あそこは『狼』が多い」
    「北の港(ノースポート)? 北にあるの?」
    「北の港が南にあったら、南の港って呼ばなきゃならんだろう」
    「あ、そりゃそうか」
     どうやらゼロは、ゲートが知らないくらい遠くの土地から流れてきたらしかった。
    「肉はどこから運んでくるの?」
    「大体、南の野原(サウスフィールド)からだな」
    「じゃああの野菜は?」
    「ありゃ、東の野原(イーストフィールド)辺りだろう」
    「西には何があるの?」
    「西の港(ウエストポート)がある。そっちは短耳ばっかりだ。……ゼロ?」
    「なに?」
    「お前、どこから来たんだ? 東西南北、全部聞いて回ってるが……」
    「あー、と。すごい遠いところ、としか言う他無いなぁ。説明が難しいんだ」
    「ふーん……」
     と、思い出したようにゼロがもう一度尋ねてくる。
    「あ、そう言えば聞いて無かった」
    「ん?」
    「あのケンカの原因だよ。何であの二人、殴り合ってたの?」
    「ああ……。
     いやな、『狼』の方は鮭を持ってきてたんだ。俺の目にも、あれは確かにうまそうに見えた。だけどあいつ、野牛と交換しろなんて言うもんだから、誰も応じなかったんだ。
     そのうちにあいつも取り合わないと思ったんだろうな、最初に羊肉と交換しようって言ってた奴に持ちかけたんだが、とっくの昔にそいつは他の奴と交換してたらしくてな、『狼』の方がごねたんだよ。『なんで俺が交換してやるって言うまで待たないんだ』って。言いがかりもいいところだろ?」
    「……んー?」
     事実をそのまま伝えたはずだったが、ゼロは首を傾げている。
    「どうした?」
    「あの、変なことを聞いたらごめんだけど、おカネって、この世界にある?」
    「……か……ね?」
     今度はゲートが首を傾げる。
    「なんだそれ?」
    「あ、いや、何でも。そっか、無いくらいの水準なのか。
     じゃあ魔術って、知ってる?」
    「まじゅ、……なんだって?」
    「無いと思うけど、****は?」
    「何て言った?」
    「……いや、何でも。大体把握した。
     とりあえず、ゲート。この辺りで水とか飲めるところ、あるかな。のどがかわいちゃって」
    「水なら、近くに井戸があるぜ」

     二人は井戸の方へと歩いて行ったが、着いてみると騒然としている。
    「どうした?」
     ゲートが近くにいた者たちに尋ねると、口々に答えが返って来た。
    「いやね、何か変なんだよ」
    「水飲んでた奴が、苦しみ出してさ」
    「脂汗かいてのたうち回ってるんだ」
    「マジかよ」
     人をかき分けて井戸のすぐ側まで寄ってみると、確かに人が倒れている。
    「痛い……腹が痛い……」
    「気分が悪い……また吐きそう……」
    「ううぅぅぅぅ……」
     と、様子を眺めていたゼロが、周囲の人間にこう提案した。
    「とりあえず、この人たちを木陰かどこかに運ばないか? このままここにいたら、井戸も使えないだろ?」
    「え、やだ」
     が、周りは一様に嫌そうな表情を見せる。
    「移ったらどうすんだ」
    「触りたくない」
    「呪われるかも……」
     否定的な様子を見せる周囲に、ゼロは呆れたような声を漏らした。
    「なんだよ、もう……。分かった、じゃあいいよ。僕が運ぶから、みんなどいて」
    「え?」
    「ほら、早く。……そう、もっと離れて、そう。
     よし、じゃやるか」
     人々が十分に離れたところで、ゼロはまたぶつぶつと何かを唱える。
    「『********』」
     唱え終わった途端――倒れていた者たちが勢い良く、宙を舞った。
    「うわっ……」「きゃっ……」「ひぃぃ……」
     全員が20歩分は飛び、どさどさと木陰に送り込まれる。
    「よし。じゃ、診てみようかな。あ、井戸の水は飲まないでね。お腹痛くなっちゃう原因かも知れないし」
     何が起こったのか分からず、ゲートも含めて全員が唖然と見ている中、ゼロは悠々と歩いて行った。

    琥珀暁・彼訪伝 2

    2016.07.02.[Edit]
    神様たちの話、第2話。「すごい遠いところ」から。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「いやぁ、空気が美味しいねぇ。僕が前にいたところじゃ、空気がもうドロドロでね、鼻をかんだら真っ黒になっちゃうってくらいでねぇ」「真っ黒ぉ? そんなことあるのかよ」 初対面のはずだったのだが、会って5分もしないうちに、ゲートは相手にすっかり気を許してしまっていた。 このゼロと言う男に対して、ゲートは自分自身でも...

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    神様たちの話、第3話。
    井戸端騒動。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ぼんやりゼロの背中を見ていたところで、ゲートははっと我に返り、慌てて彼の側に寄った。
    「おい、おい、ゼロ! 今お前、何したんだ!?」
    「魔術だよ。僕の腕力じゃ4人も5人も動かせないもの」
     ゼロは倒れた者たちの額や首筋を触り、何かを確かめる。
    「やっぱり食中毒っぽいな。じゃあ解毒術と治療術で治りそうだ」
    「は?」
    「治療する。ゲート、君は井戸の水を誰かが飲んでしまわないよう、見張ってて」
    「お、おう」
     命じられるが、ゲートはそれを不相応と思うことも無く、素直に従った。
    「おーい、井戸の水は飲むんじゃねーぞ! ヤバいらしい!」
    「えっ、なにそれこわい」
    「ヤバいって、何が?」
     口々に尋ねられ、ゲートはしどろもどろに答える。
    「いや、俺も良く分からんが、あいつがそう言ってた」
    「あいつ? あの白髪のヒゲじいさん?」
    「じいさんじゃ無かったぞ。結構若そうだった」
     皆の視線が、ゼロの背中に向けられる。
    「……怪しくない?」
    「言われたら怪しいけど……、なんか」
    「うん、なんか」
    「なんか、だよなぁ。なんか信じたくなる」
    「うーん」
     話している間に、ゼロが井戸へと戻ってくる。
    「みんな落ち着いたよ。30分もすれば元気になる」
    「さんじゅっぷん、……って?」
    「え、……あー、どう説明したら良いかな、ちょっと昼寝するくらいの間って感じかな」
     答えつつ、ゼロは井戸の縁から身を乗り出し、底に目を向ける。
    「みんな、飲んでないよね」
    「ああ」
    「ちょっと、調べてみるか。……『*********』」
     ごぽ、と音を立てて、ずっと下の水面から水が一塊、ゼロの元へと浮かんでくる。
    「み、水が……!?」
    「なにあれ!?」
    「あいつ、何を!?」
     ふたたび全員が騒然とする中、ゼロだけは平然とした様子で水を眺める。
    「濁ってる。土の色じゃないな。……うーん、あんまり考えたくないけど、これは多分、あれの色だよなぁ」
     ゼロは空中に浮かんだ水を一度も触ること無く地面に捨て、周囲にとんでもないことを尋ねた。
    「今朝か夜中くらいに、ここで用を足した人はいる?」
     その質問に、周囲は一斉に顔をひきつらせた。
    「はぁ!? 井戸を便所代わりに使う奴がいたってのか!?」
    「うん。水の濁った色が、どう見てもあの色だし。で、それを飲んであの人たち、腹痛起こしたみたいだよ」
    「お、俺じゃないぞ?」
    「やるわけねーだろ」
    「そうよ! 皆で使ってる井戸なのに……」
     周囲が騒ぐ中、一人、こっそりと輪を離れようとする者がいる。
     ゲートはそれを見逃さず、彼の腕をつかんだ。
    「おい」
    「あっ」
    「まさか、お前か?」
    「……よ、酔っ払って、そんなことしたような気が、するような、しないような」
    「てめぇ!」
     あっと言う間に囲まれ、彼は袋叩きにされた。

     散々殴られたその短耳が縛られたところで、ゼロは苦い顔をしつつ、皆に告げた。
    「このままこの井戸を使ったら、間違い無くお腹を壊す人が続出する。だから、この井戸は埋めた方がいいよ」
    「えぇ!?」
    「無茶言うなよ!」
    「そうよ、これが埋まっちゃったら、水が飲めなくなるわ!」
     騒ぐ皆を、ゼロは慌ててなだめる。
    「あ、いやいや! ちゃんと別のを掘るから! ご心配なく!」
    「『掘る』だって!? 簡単に言うなよ!」
    「どれだけ苦労したと思ってんだ!」
    「あ、あ、すぐできるから! ちょっと探すから、待ってて!」
     ゼロはぱたぱたと手を振って皆を制しつつ、その場から離れた。
     残った皆は、それぞれ顔を見合わせる。
    「待っててって言われたけど……」
    「どうするつもりなんだろう?」
    「なあ、結局この井戸ってもう飲めないのか?」
    「お前、飲む気になれるか?」
    「……うん、無理」
     と、そうこうしているうちにゼロが戻ってくる。
    「お待たせー! いいところがあったよ!」
    「へ?」
    「みんな来て! とりあえず、穴を開けるだけ開けるから、その後の作業を手伝って欲しいんだ」
     ゼロに言われるがまま、皆は彼の後に付いて行った。

    琥珀暁・彼訪伝 3

    2016.07.03.[Edit]
    神様たちの話、第3話。井戸端騒動。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ぼんやりゼロの背中を見ていたところで、ゲートははっと我に返り、慌てて彼の側に寄った。「おい、おい、ゼロ! 今お前、何したんだ!?」「魔術だよ。僕の腕力じゃ4人も5人も動かせないもの」 ゼロは倒れた者たちの額や首筋を触り、何かを確かめる。「やっぱり食中毒っぽいな。じゃあ解毒術と治療術で治りそうだ」「は?」「治療する。ゲート...

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    神様たちの話、第4話。
    神の御業。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     元の井戸から100歩以上は歩いたところで、ゼロが立ち止まる。
    「ここならさっきの井戸から十分離れてるし、汚染されてる心配は無い。ここでいいかな?」
     誰へともなく尋ねたゼロに、周囲からチラホラと返事が返って来る。
    「ん、まあ、別にいいんじゃない?」
    「大して違わないし、さっきのとこと」
    「俺、むしろこっちの方がいい。家と近いし」
    「あ、それは思った。あっちの方、市場に近くて埃っぽい気がしてたし」
     そして続いて、当然の質問も投げかけられる。
    「でもどうやって掘るの?」
    「道具も何にも無いぞ」
     これに対し、ゼロはあっけらかんと答えた。
    「あ、大丈夫、大丈夫」
     そう返すなり、ゼロは地面に視線を落とす。
    「この辺りかなー。あ、みんな離れてて。土とか石とか飛ぶから」
    「お、おう」
     周囲が10歩ほど離れたところで、ゼロがまた、ぶつぶつと唱えた。
    「『********』!」
     次の瞬間、地面が勢い良く盛り上がり、大量の土が噴き出す。
    「うわあっ!?」
    「ちょ、え、なにあれ!?」
     あっと言う間に地面には大穴が空き、底の方には既にじわじわと、水が溜まり始めている。
    「よし、これでいいかな。後は周りを固めれば……」「ゼロ」
     と、周囲の人々と同様に、遠巻きに成り行きを見ていたゲートが、明らかに警戒した様子で尋ねる。
    「お前、何者だ?」
    「僕?」
     しかし依然として、ゼロは平然とした様子のままである。
    「なんだろね?」
    「ふざけんな。今の今までずっと気にしちゃいなかったが、お前、おかし過ぎるだろ」
    「そうかなぁ」
    「そうだよ。なあ、みんな?」
     ゲートの問いに、周りもぎこちなく応じる。
    「う、うん」
    「変だよね……」
    「さっき人を投げ飛ばしたのも、今、地面を掘ったのも」
    「一体何をどうしたんだ……?」
     周囲からいぶかしげな視線をぶつけられても、ゼロはまだ、けろっとした顔をしていた。
    「何って、魔術を使ったんだってば。
     あ、そっか。魔術って言うのはね、人ができる以上のことをできるようになる技術なんだけどね。皆も知りたかったら教えるよ。どうする?」
    「どう、って……」
     あまりにも険や邪気、その他どんな悪感情を微塵も感じさせない、飄々とした態度のゼロに、次第に人々の警戒が薄れていく。
    「うーん、どうって言われても」
    「怪しいけど、なんかなー」
    「便利そう」
    「それってすぐ使える?」
     問われたゼロは、これもあっけらかんと答えた。
    「才能次第かなー。使える人と使えない人はいるし。でもまあ、教えるだけならいくらでも教えるよ。
     あ、でも……」
    「でも?」
    「お腹空いたから、誰かご飯食べさせてほしいな、……って。ダメかな?」
    「……」
     全員が唖然とし、沈黙が流れる。
    「……ぷっ」
     その沈黙を、ゲートが破った。
    「変な奴だな、お前。まあいい、俺が恵んでやるよ」
    「ありがとう、ゲート」
    「その代わり、俺にも教えろよ。まあ、俺には使えんかも知れんが」
    「うん、教える、教える」
     結局この間、ゼロは最後まで笑顔を崩すことは無かった。



    「ゼロの前に、病に倒れた人と、毒に侵された井戸があった。
     ゼロは病に倒れた人を助け、新たな水をもたらし、村を救った。

     ゼロは村人たちに、『わたしの知識を授けよう』と言った。
     村人たちは皆、教えを乞うた。

     ゼロは人々に知恵と知識を授けた。
     これが我々の、礎である。

     ゼロは無と闇の中にあった我々に、標と光をもたらした。
     ゼロこそが我々の、神である。

    (『降臨記』 第1章 第2節 第1項から第4項まで抜粋)」

    琥珀暁・彼訪伝 終

    琥珀暁・彼訪伝 4

    2016.07.04.[Edit]
    神様たちの話、第4話。神の御業。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 元の井戸から100歩以上は歩いたところで、ゼロが立ち止まる。「ここならさっきの井戸から十分離れてるし、汚染されてる心配は無い。ここでいいかな?」 誰へともなく尋ねたゼロに、周囲からチラホラと返事が返って来る。「ん、まあ、別にいいんじゃない?」「大して違わないし、さっきのとこと」「俺、むしろこっちの方がいい。家と近いし」「あ...

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    神様たちの話、第5話。
    原初の情報処理。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「えーと」
     ゼロが悩み悩みと言った様子で、粗く削った木屑と草の束、そして灰を、湯がたぎった鍋の中に入れている。
    「お?」
     と、その様子を見ていたゲートが、くんくんと鼻をひくつかせたが――。
    「……うぇ」
     途端に、ゲートは顔をしかめた。
    「すげー青臭え。お前、それ何作ってんだ? なんかの薬か?」
    「ううん。いや、僕もできるかどうか半信半疑なんだけどね」
    「は?」
    「大昔に聞きかじっただけだし、本当にできるのかなーって」
    「ってことはお前、何か分からんものを作ってるってことか?」
    「そうなる」
     ゼロの返答に、ゲートは呆れた声を漏らした。
    「お前って、本当に変なヤツだよな」
    「うん、良く言われる。……これくらい茹でればいいかなぁ」
     ゼロは鍋をかまどから上げ、中身をざるに開ける。
     すっかりどろどろになった内容物をすくい取り、今度は網を張った木枠の中に詰めていく。
    「……これがどうなるんだ?」
    「んー」
     ゼロは木枠を見つめながら、ぽつりぽつりと説明する。
    「繊維ってあるよね、木とか草とかの、ほら、糸みたいになったところ」
    「ああ」
    「それを****性の、……あー、まあ、灰だね。それと一緒にお湯に入れてしばらく煮込んで、こうやって水を切るとね、**ができるらしいんだ」
    「**?」
     聞き返したゲートに、ゼロはもう一度、ゆっくりと説明した。
    「紙だよ、か・み」
    「かみ、……って何だ?」
    「後で分かるよ。じゃ、今度は**を作ろうかな」
    「なんだって?」
     ゲートは何度も聞き返すが、その度にゼロは、うっとうしがるようなことをせず、丁寧に答えてくれる。
    「筆だよ、ふ・で。
     人にモノを教えるには、その教えたことを覚えさせなきゃ意味が無いだろ?」
    「そりゃそうだ」
    「だから覚えやすくさせるために、筆と紙を作ってるんだ」
    「はあ……」
     ゼロは前掛けを脱ぎながら、ゲートにこう尋ねた。
    「この辺で毛の長い動物っている?」
    「ああ」
    「どんなの?」
    「羊とか山羊だな」
    「その毛ってすぐ手に入るかな」
    「俺の友達にフレンって羊飼いがいる。気前いいヤツだから、聞けばくれると思うぜ」
    「案内してもらっていいかな?」
    「ああ」

     ゲートはゼロを伴い、友人の羊飼いの元を訪ねた。
    「おーい、フレン、いるかー」
     が、羊が放牧されている野原を見渡しても、友人の姿が見当たらない。
    「変だなぁ。いつもこの辺りにいるのに」
    「そうなの?」
    「ああ。もう市場も閉まってる頃だし、そっちに行ってるってことも考え辛いんだが……?」
    「他にこの辺りで仕事してる人はいる?」
    「おう、大抵知り合いだ。そっちに聞いてみるか」
     二人は放牧地を回り、他の羊飼いに話を聞いてみた。
    「フレン? あー、なんか慌ててたな」
    「どうも、羊が逃げたっぽいぜ」
    「どこ行ったか分かるか?」
    「朝はここから西の方を探してたし、昼くらいにはぐったりして株に座ってたのを見た」
    「じゃあ多分、今は東を探してるんじゃないか?」
    「そっか、ありがとな」
     そこでゲートとゼロは、顔を見合わせる。
    「どうする?」
    「僕らも探してみようか」
    「だな」
     と、まだ近くにいた他の羊飼いが、さっと顔を青ざめさせた。
    「おいおい、ゲートよぉ? 知ってるだろ」
    「何を?」
    「最近、変なのがこの辺りに出るってうわさをだよ」
    「変なのって?」
    「見た目は一見、でけー狼だって話だ。だが『変なの』ってのがな……」
     そこで羊飼いたちは言葉を切り、異口同音にこう続けた。
    「8本脚で、頭は2つ。しかも人を喰うって話なんだ」
    「ま、マジかよ」
     これを聞いて、ゲートも不安を覚える。
    「最近じゃ、東に出るってうわさだ。だからフレンのヤツ、『俺の羊が食われるかも』つって探し回ってたんだ」
    「でも西を探しても見つからないから、仕方無しに東へ、……ってことだろうな」
    「下手すると、あいつも……」
    「やべーな。……な、なあ、ゼロ?」
    「うん?」
     ゲートは後ろめたい気持ちで、ゼロにこう提案した。
    「このまま、待つって言うのは、まずいか? 他のヤツに言えば、毛は手に入るし」
    「ええっ!?」
     対するゼロは、目を丸くする。
    「危ないって話なのに、放っておくの?」
    「仕方ねーだろーが。俺もお前も、そんなバケモノに対抗できるような腕っ節は無いし、武器も無いだろ?」
    「でも魔術はあるよ」
    「……い、行く気なのか、ゼロ?」
     一転、今度はゲートが驚かされた。
    「行くよ。危ないって言うなら、なおさらだ」
     ゼロはいつも通りののほほんとした笑顔を浮かべて、そう断言した。

    琥珀暁・遭魔伝 1

    2016.07.07.[Edit]
    神様たちの話、第5話。原初の情報処理。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「えーと」 ゼロが悩み悩みと言った様子で、粗く削った木屑と草の束、そして灰を、湯がたぎった鍋の中に入れている。「お?」 と、その様子を見ていたゲートが、くんくんと鼻をひくつかせたが――。「……うぇ」 途端に、ゲートは顔をしかめた。「すげー青臭え。お前、それ何作ってんだ? なんかの薬か?」「ううん。いや、僕もできるかどうか半...

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    神様たちの話、第6話。
    遭遇。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     一応、護身用にひのきの棒を持ち、二人は放牧地の東にある草原へと向かっていた。
    「見渡す限りの大草原、ってこう言うところのことだねぇ」
     呑気そうに歩を進めるゼロに対し、ゲートは恐る恐る、警戒しつつ歩いていた。
    「おい、ゼロ。いつ襲ってくるか分からんぜ?」
    「さっきみんなが言ってた、狼みたいな化物のこと?」
    「そうだよ。お前、本当にどうにかできるのかよ?」
    「できると思うよ」
     あっけらかんとそう返され、ゲートは返事に詰まる。
    「できる、って、なんで、……うーん」
     あまりにも気負い無く答えられてしまい、強く反対できなくなる。
    「魔術ってのは、そんなこともできるのかよ?」
     どうにかそう尋ねてみたが、これに対しても、ゼロはしれっと返す。
    「色々できるよ。人の怪我や病気を治すことも、地面の奥深くから水を掘り出すことも、****より高い火力で森を焼き払うこともできる。
     本当に長けた人が魔術を使えば、不可能なことなんかこの世には無いさ」
    「……お前の言うことだから信じるけどさー」
     口ではそう言いつつも、ゲートはまだ、心の中では半信半疑の状態だった。

     やがて二人は草原を抜け、森へと入っていた。
    「おい、おい、ゼロって!」
    「どうしたの?」
     きょとんとした顔で振り返ったゼロに、ゲートは冷や汗を額に浮かべながら、引き返すことを提案した。
    「これ以上はまずいって、マジで。もう日も暮れかけてるし、森の奥に入っちまったら、真っ暗だぜ?」
    「あ、そっか。そうだね」
     そう返し、ゼロはぶつぶつと何かを唱えた。
    「『******』」
     途端に、二人の間にぽん、と光球が生じる。
    「これで明るくなったろ?」
    「……お、おう」
     十数歩程度歩いたところで、またゲートが声をかける。
    「な、なあ、ゼロ」
    「どうしたの?」
    「は、腹減らないか?」
    「ちょっとは。でもフレンが危ないかも知れないし、帰ってご飯を食べるような暇は無いんじゃないかな」
    「……だよな」
     また十数歩ほど歩き――。
    「な、なあ」
    「今度は何?」
    「しょ、正直に言う。怖い」
    「大丈夫だよ。僕がいる」
    「……勘弁してくれよぉ」
     しおれた声でそう返したが、ゼロはこう返す。
    「きっとフレンだって、同じ気持ちだよ? しかも一人だ。
     算術的に、フレンの方が2倍は怖い思いをしてるはずだよ。それを放っておくの?」
    「……そ、そう言われりゃ、……我慢するしかねーじゃねーか」
    「うん、よろしく」
     ゲートはゼロを説得するのを諦め、渋々付いて行った。

     と――。
    「あれ?」
     突然、ゼロが立ち止まる。
    「ど、どうした?」
    「何か聞こえなかった?」
    「な、何って?」
    「犬っぽいうなり声。今にも襲いかかってやるぞって言いたげな感じの」
    「よ、よせよ。こんな時に、悪い冗談だぜ」
    「いや、本気。……あ、やっぱり聞こえる。後ろ斜め右くらい」
    「え」
     言われて、ゲートがそっちを振り向くと――。
    「グルルルルル……」
     確かに、犬のような何かが、そこにいた。
     ような、と言うのは、「それ」はゲートの知る形をした犬では無かったからだ。
    「あ、頭が2つ、……脚が、8本、……しかも尻尾が2本ある!
     で、で、ででで、……出たあああぁぁ!」
     その異形の怪物を目にするなり、ゲートはその場にへたり込んでしまった。
    「あ、ちょっと、ゲート! ゲートってば!」
     これには、流石のゼロも慌てたらしい。彼は両手をゲートの腋に回し、勢い良く引っ張る。
    「立って! 重くて上がらないって!」
    「あ、あわ、あわわわ……」
     一方、ゲートは目を白黒させ、泡を吹いている。
    「……もう。見た目に似合わずって感じだなぁ、ゲートは」
     ゼロは短くぶつぶつと唱え、魔術を使う。
    「『********』! そこらで休んでて!」
     途端にゲートの体が宙を舞い、近くの木の枝に引っ掛けられた。
    「おわっ!? ちょ、や、うわっ、近いって!」
     引っ掛けられた場所は、ちょうど怪物の前だった。
    「あ、……ごめん、方向間違えた。まあ、でも、すぐ終わるから」
     ゼロはそう弁解し、またぶつぶつと唱えだした。
    「……吹っ飛んで! 『*******』!」
     次の瞬間、ゲートの目の前が真っ赤に染まり――そのまま、彼は弾き飛ばされた。

    琥珀暁・遭魔伝 2

    2016.07.08.[Edit]
    神様たちの話、第6話。遭遇。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 一応、護身用にひのきの棒を持ち、二人は放牧地の東にある草原へと向かっていた。「見渡す限りの大草原、ってこう言うところのことだねぇ」 呑気そうに歩を進めるゼロに対し、ゲートは恐る恐る、警戒しつつ歩いていた。「おい、ゼロ。いつ襲ってくるか分からんぜ?」「さっきみんなが言ってた、狼みたいな化物のこと?」「そうだよ。お前、本当にどうに...

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    神様たちの話、第7話。
    魔物騒動、一段落。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「……はっ」
     気が付くと、ゲートは木の根本に寝かされていた。
    「ごめん、思ってたより爆風の範囲が大きかった。でも怪我は治したから」
     傍らでそう説明するゼロに、ゲートはまだ呆然としたまま、ぽつぽつと尋ねる。
    「さっきのは?」
    「やっつけた」
    「生きてるのか?」
    「死んでる」
    「俺、死んだのか?」
    「君は生きてる。僕も生きてるし、フレンもさっき見つけたけど、無事だった。木の上でやり過ごそうとしてたらしい。あと、羊はあっちにいた」
    「……あ、見つけたのか?」
    「うん」
     ようやく意識がはっきりし、ゲートは上半身を起こした。
    「よお、ゲート。助けに来てくれたんだって?」
     と、友人の羊飼い、猫獣人のフレンと目が合う。
    「あ、……ああ」
    「俺はこの通り無事だよ。このゼロって人があの化物を倒してくれた、……って、今説明されたばかりだったっけ。すまんすまん」
    「……ゼロ。マジでお前、何者だよ」
     ふたたび仰向けになったゲートに対し、ゼロは無言で首を傾げる。
    「だから、何者なんだって」
    「何者って言われてもなぁ」
     ゼロは肩をすくめ、一言だけ返した。
    「この世界じゃ、ただの居候だよ」



     既に夕暮れが迫っていたが、ゼロの光球を放つ魔術のおかげで、三人とフレンの羊は無事に帰路に着くことができた。
    「うわさにゃ聞いてたけど……、アンタがゼロなんだって?」
    「うん」
    「不思議なことができるって聞いてたけど、本当なんだな」
    「僕には不思議じゃないけどね」
    「是非教えてもらいたいね。この光を出すのだって、俺が使えるようになりゃ、夜通し歩くことだってできるしさ」
    「でも一人起きてたって、みんな寝てるしつまんないよ? 羊だって寝てるだろうし」
    「そりゃそうだ、ははは……」
     すぐに打ち解けたフレンに対し、ゲートはまだ、いぶかしんでいる。
    (こいつ……、このまま放っておいていいのか?
     ワケ分からん術を使うってのが、俺にとっちゃ最大の恐怖だ。その気になりゃ、クロスセントラルのど真ん中でさっきの爆発を起こすことだってできるだろうし。
     周りと相談して、こいつをこっそり縛るなり何なりした方がいいんじゃ……)
     と、そこまで考えたところで、フレンと楽しそうに話すゼロの横顔が視界に入る。
     その途端、ゲートの中の猜疑心は、呆気無く溶けてしまった。
    (……あほらしい。こいつがそんなに、危険なヤツかよ? こんな無邪気に笑ってるようなヤツが)

     一方、ゼロはフレンから根掘り葉掘り、怪物のことを聞いていた。
    「じゃ、あの化物って、ここ最近この辺に現れたって感じなのかな」
    「らしいな。俺もうわさを聞いたのは、5日前か6日前か、それくらいだった」
     話の輪に、ゲートも入る。
    「バケモノが出たって話が?」
    「ああ」
    「確かイーストフィールドとかにも羊を飼ってる人たちがいるって聞いたけど、市場とかでは聞かなかった?」
     そう問われ、フレンは尻尾を撫でながら、おぼろげに答える。
    「あー……、いや、大分前に聞いたかも」
    「それって、いつくらい?」
    「うーん……、はっきりとは覚えて無いが、20日前だったか、30日前だったか」
    「半月以上前?」
    「はんつきって?」
    「あ、いや、まあいいや。じゃあもしかしたらイーストフィールドにいたのが、こっちに来たのかもね」
    「かもな。……なあ、ゼロ? それが一体、何だって言うんだ?」
     尋ねられたゼロは、珍しく真面目な顔をする。
    「さっきの化物とイーストフィールドのが同じ個体だったなら、やっつけたんだし、話はこれで終わりだけどさ、もし別の個体だったなら、被害はもっと増えるかも知れない。
     2体以上いるってことは、殖える可能性があるってことになるもの」
    「あ……!」
     ゼロの説明を受け、フレンも、そして傍で聞いていたゲートも顔を強張らせた。
    「もうちょっと詳しく調べた方がいいみたいだね。下手すると、クロスセントラルの中にまで入られるかも知れないし。
     そしたらもっと、被害が出る。人を食べるってうわさもどうやら、本当らしいしね」
    「そうだな」

    琥珀暁・遭魔伝 3

    2016.07.09.[Edit]
    神様たちの話、第7話。魔物騒動、一段落。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「……はっ」 気が付くと、ゲートは木の根本に寝かされていた。「ごめん、思ってたより爆風の範囲が大きかった。でも怪我は治したから」 傍らでそう説明するゼロに、ゲートはまだ呆然としたまま、ぽつぽつと尋ねる。「さっきのは?」「やっつけた」「生きてるのか?」「死んでる」「俺、死んだのか?」「君は生きてる。僕も生きてるし、フレン...

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    神様たちの話、第8話。
    対策と教育。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     フレンと、彼からもらった羊毛と共にゲートの家に戻るなり、ゼロは台所に向かう。
    「あ、できてるできてる」
     ゼロは楽しそうに、昼間煮詰めていたものを木枠からぺら、ぺらと取り出す。
    「これが紙?」
    「そう。うまく行ったから、多めに作れるよう準備しないとね。
     あ、そうそう。筆も作らないと。手伝ってもらってもいいかな?」
    「アンタの頼みだし、断るつもりは無いが」
     そう前置きし、フレンは腹に手を当てる。
    「腹減った。先にメシ食いたい」
    「同感」
     ゲートにもそう告げられ、ゼロも同様に、腹に手を当てる。
    「そう言えば、僕もお腹空いてた。じゃ、先にご飯食べようか」

     フレンが持ってきた羊肉のおかげで、その日の夕食は豪華なものになった。
    「はぐはぐ……、いやー、こんだけ肉食ったのは久々だなぁ」
    「ゼロにゃ命を助けてもらったんだ、こんくらいしなきゃ吊り合わないぜ」
    「別にいいのに……。
     っと、そうだった。今のうちに、対策を考えておこうか」
     ゼロは肉を刺していた串を使い、テーブルに図を描く。
    「僕の認識だと、ここと周りの街ってこんな位置関係なんだけど、合ってるかな」
    「って言われても、良く分からん」
    「この交差点の真ん中がここ、クロスセントラル。で、僕から見て右の方に行くと、イーストフィールド。こんな感じだよね」
    「あー、なるほど。ああ、大体そんな感じだ」
    「で、イーストフィールドで20日以上前に化物を見かけたって話だったよね」
     尋ねられ、フレンはこくこくとうなずく。
    「ああ、そうだ」
    「そこから西にずーっと行って、6日前にこの近くでも見かけた、と」
    「ああ」
    「こことイーストフィールドって、どれくらい離れてるの?」
    「徒歩だと5日か6日かかる」
    「ふむふむ、……単純計算したら人間より大分遅いなぁ。まあ、一直線に来るってわけじゃないか。
     でも、まあ、それなら対策する時間はたっぷりあるかな」
    「対策?」
     まだ串にかぶりついていたゲートに尋ねられ、ゼロはにこっと笑って返した。
    「あんなのが大勢来たら、魔術抜きじゃとても勝ち目は無い。少しでも使える人を増やしておかなきゃ」



     翌日、ゼロはゲートを手伝わせ、筆と紙を大量に造り始めた。
    「なあ、ゼロ」
    「ん?」
     しかしゲートは納得がいかず、ゼロにこう尋ねる。
    「なんで俺まで手伝わなきゃ行けないんだよ」
    「人手が足りないから」
    「そんなに作るつもりなのか?」
    「できる限りね」
    「でもさ、お前こないだ、『魔術は素質がある奴しか使えない』みたいなこと言ってなかったか?」
    「うん、言ったよ」
     ゼロは鍋をかまどから上げつつ、こう返す。
    「だからできるだけ多くの人に試してもらわないと。見た目や性格だけじゃ、その人が使える人なのかどうかって分かんないし」
    「ああ、なるほどな。……俺はどうなのかなぁ」
    「うーん」
     ざるに鍋の中身を移しながら、ゼロはぼそ、とつぶやいた。
    「ホウオウなら見ただけで分かるんだけど、僕にはそんなことできないからなぁ」
    「ほう、……何だって?」
    「僕の友達の名前。見ただけでその人の魔力がどのくらいあるのか分かる、すごい奴だよ。
     実は攻撃魔術の大半は、ホウオウから教えてもらったんだ。多分だけど、あいつと勝負したら8割方、僕が負けるだろうな」
    「そんなに強いのか? じゃあさ、そいつに助っ人に来てもらえば……」
    「あー、無理無理」
     鍋の中身が空になったところで、ゼロはまた鍋に水を入れる。
    「あいつ、今すごく大変なことをしてるところだから。そりゃ、僕だって助けてほしいけど」
    「大変なことって?」
    「一言で言うと、世界を支えてるところなんだ」
    「は?」
    「いや、なんでも。……じゃあ僕の生徒第一号になってみる、ゲート?」
     ゼロは嬉しそうな笑みを浮かべながら、ゲートに筆と紙、そして木炭の粉と膠(にかわ)で作った墨を手渡す。
    「ええと、まず、何から言おうかなぁ」
     鍋が煮詰まるまでの間、ゲートはゼロから魔術の講義を聞くことになった。
    「あー、と」
     が、始まる直前にゲートが手を挙げる。
    「ん、何?」
    「これ、どうすりゃいいんだ?」
    「僕が言った内容を書けばいいじゃないか」
    「書くって、……んん、まあ、うん」
     ゲートが逡巡したのを見て、ゼロははっとした表情を浮かべる。
    「えーと、……今更だけど、僕、この辺りの文字って知らないんだよなぁ」
    「もじ? ……って?」
    「……そっか、そこからか」
     ゼロは自分でも筆を取り、紙にいくつか絵のようなものを書きつける。
    「じゃあ、まず、第一。文字を教える。魔術はその後」
    「おう」
     こうしてゼロの最初の授業は、人に文字と数字を教えることから始まった。

    琥珀暁・遭魔伝 終

    琥珀暁・遭魔伝 4

    2016.07.10.[Edit]
    神様たちの話、第8話。対策と教育。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. フレンと、彼からもらった羊毛と共にゲートの家に戻るなり、ゼロは台所に向かう。「あ、できてるできてる」 ゼロは楽しそうに、昼間煮詰めていたものを木枠からぺら、ぺらと取り出す。「これが紙?」「そう。うまく行ったから、多めに作れるよう準備しないとね。 あ、そうそう。筆も作らないと。手伝ってもらってもいいかな?」「アンタの頼みだ...

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    神様たちの話、第9話。
    授業は順調。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     意外にも、ゼロの「授業」は好評だった。
     元々、ゼロはうわさの渦中となっていたし、その彼と話ができると言うのならと、興味津々の者たちが集まったからだ。
    「今日も集まってきてくれてありがとう、みんな。じゃあ今日は、何の話をしようか?」
    「じゃーさ、ゼロの好きなものって何?」
     なので「授業」と言っても、ゼロは受けに来た者にいきなり書き取りをやらせるようなことはせず、世間話から入っていく。
    「こないだフレンって人から羊肉をご馳走になったんだけどね、実は僕、それまで羊肉ってあんまり好きじゃなかったんだ。独特の臭いがあるなーって思ってて。
     でも全然、臭みが無かったんだよね、フレンが持ってきたお肉。もう一発で好物になっちゃったよ。また食べたいなぁ、あれ」
    「あはは……」
    「じゃ、今日は動物の名前を書いて行こうかな。まず僕が挙げたこれ、『ひつじ』。書いてみて書いてみて」
    「こう……、かな?」
    「そうそう、大体そんな感じ。じゃ、僕からも質問。シノンは何が好きなの? 食べ物に限らなくてもいいんだけど」
     ゼロに尋ねられ、長い耳に銀髪の女の子、シノンが答える。
    「あたしはー……、猫かなぁ。あ、ヒトの方じゃなくて、ケモノの方の猫ね」
    「ああ、可愛いよね、猫ちゃん。僕が前に住んでたところでも一杯いたんだけど、こっちでも会えて嬉しかったなぁ。……で、『ねこ』は、こう。あ、書いてくれてるね」
    「合ってる?」
    「ばっちり。みんなも書けた? ……うん、書けてる書けてる。
     でもキュー、君の字はなんか独創的過ぎるね。ちょっと判り辛い」
    「そっか?」
    「君らしい、ご機嫌な字なんだけど、もうちょっと丁寧に書いた方がいいかな」
    「んー、……こうか?」
    「あ、いいね、いい感じ。さっきより読める。じゃあキュー、今度は君の好きな動物を書こうかな。何が好き?」
     ゼロからの講義を聞くと言うより、彼と世間話をしているような感覚で、授業はのんびり進んでいく。
    「ふー……、話し疲れちゃった。今日はこのくらいにしよっか。明日もよろしくね、みんな」
    「はーい」
     基本的に、ゼロが休みたくなったところで授業は終わりとなる。
    「……時計作んないとなぁ。疲れるまでやったらそりゃ、疲れちゃうし」
    「とけい?」
     ゼロの独り言を聞きつけ、まだ教室に残っていたシノンが尋ねる。
    「時間を計る道具だよ。ま、近いうちに用意しとくから」
    「うんっ。楽しみにしてるね」
    「……あ、そうだ」
     と、ゼロはポン、と手を打つ。
    「良かったら作るところ、見に来る?
     ゲートは仕事あるって言ってたし、一人で行こうと思ってたんだけど、一人じゃ寂しいし。君、明日ヒマかな?」
    「うんうん、ヒマヒマ。全然ヒマだよっ」
    「なら良かった。じゃ、明日の朝にね」
    「はーい」



     そして、翌日。
    「ゼロ、ゼロっ! もう起きてるーっ?」
     早朝、まだ太陽が地平線から姿を表すか表さないかと言う頃に、シノンがゲートの家の戸を叩いてきた。
    「ふああ……、なんだよ、こんな朝っぱらから」
     眠たそうに目をこすりながら玄関に立ったゲートに、シノンは顔をふくらませる。
    「違うっ。ゲートじゃなくてさ、ゼロ。ね、もう起きてる、ゼロ?」
    「まだ寝てるっつーの。ふあっ……、お前そんなに、ゼロと出かけんのが楽しみだったのか?」
    「うんっ!」
    「……まあ、起こすわ。ちょっと待ってろ」
    「はーい」
     数分後、やはりゼロも眠たそうに顔をこすりつつ、玄関に現れた。
    「おひゃよぉ……、ふあ~あ」
    「おはよっ、ゼロ!」
     満面の笑顔で挨拶するシノンに対し、ゼロとゲートは揃って欠伸する。
    「……本当に、早めに時計作んないとダメだなぁ。
     僕、どっちかって言うと遅く起きるタイプだし。9時まで寝かして、とか分かってもらえるようにしないとなぁ、……ふあ~」
    「遅起きしたいってのは、俺も同感。……くあ~、眠みいなぁ」

    琥珀暁・魔授伝 1

    2016.07.13.[Edit]
    神様たちの話、第9話。授業は順調。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 意外にも、ゼロの「授業」は好評だった。 元々、ゼロはうわさの渦中となっていたし、その彼と話ができると言うのならと、興味津々の者たちが集まったからだ。「今日も集まってきてくれてありがとう、みんな。じゃあ今日は、何の話をしようか?」「じゃーさ、ゼロの好きなものって何?」 なので「授業」と言っても、ゼロは受けに来た者にいきなり...

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    神様たちの話、第10話。
    天文学と時間。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「まあ、元々ある程度は準備してたんだよね」
     そう前置きしつつ、ゼロはシノンを連れて近所の丘に向かっていた。
    「僕がこの村に来た時くらいから、星の動きとか月の動きとか、できるだけ観測してたんだ」
    「カンソク?」
    「どんな風に動いてたか、詳しく眺めてたってこと。
     それでね、星の動きと言うか、公転軌道は少しずつ、日によってずれていくんだ。一番分かりやすいのは、月だね」
    「ん、……うーん?」
    「今日と明日で、月が空に浮かんでる位置がちょっとだけずれてるってことさ。
     で、このずれもある一定の周期がある。ある程度時間が経てば、元の位置に戻ってくるんだ」
    「へー、そなの?」
     明らかに要領を得なさそうな様子のシノンに、ゼロは昼の空に浮かぶ赤い月を指差した。
    「例えばあっちの月は、およそ28日で元の位置に戻る。もういっこの白い方は、およそ26日で戻ってくるんだ。
     で、まず考えたのが、赤い月の方を『1ヶ月』と言う単位として定めようかなって」
    「いっかげつ?」
    「そう、月が一周してくる期間。月ひとつ単位ってこと。まあ、後々もうちょっと細かく観測して、一ヶ月を何日にするか考えることにするけどね」
    「ふーん……」
     話が難しくなってきたためか、シノンはつまらなそうに返事をする。
     それに構わず、ゼロは話を続ける。
    「で、太陽の軌道も日が経つにつれて、少しずつずれてきてるんだ。
     僕が村に来て100日近く経ってるんだけど、軌道全体がずっと南寄りになってきてて、それにつれて日照時間、つまり一日のうちで明るい時間帯も短くなってきてる。
     それでね、ちょっと計算してみたら、面白いことになりそうなんだ」
    「なになに?」
     面白い、と聞いてシノンの顔がほころぶ。
     しかし次の説明を聞くうちに、またつまらなそうな顔になる。
    「月が両方とも満月になる頃に、太陽の位置も一番南に来そうなんだ。面白い偶然だろ?」
    「……そーだね」
    「でね、こうしようかなって思ってることがあるんだけど」「ねーえ、ゼロぉ」
     飽き飽きと言いたげな顔をして、シノンが話をさえぎった。
    「まだその話、続くの? つまんないよー」
    「……そっか、ごめん」
     ゼロは肩をすくめ、話題を変えた。
    「そうだ、前から聞こうと思ってたんだけど」
    「なーに?」
    「シノンって、一人で暮らしてるの?」
    「うん」
    「お父さんとかお母さんは?」
    「いないよ」
    「そうなの?」
     と、シノンは表情を曇らせる。
    「ずっと昔に死んじゃった。おばーちゃんがまだ生きてた頃に教えてくれたんだけど、バケモノに食われちゃったんだって」
    「あ、……ごめん、本当」
    「いいよ」
     気まずい空気になり、ゼロはそれ以上、自分から何も言わなくなってしまった。

     丘の上に着き、ようやくゼロが口を開いた。
    「えーとね、何しようかって言うとね」
    「うん」
     朝と打って変わって憂鬱そうな表情を浮かべているシノンに、ゼロは恐る恐ると言った様子で説明し始めた。
    「ここから村が見渡せるよね」
    「見渡せるね」
    「で、太陽が僕たちの後ろにある。と言うことは僕たちの前側、つまり村の方に向かって影が伸びるわけだ」
    「そうだね」
    「そこで、ここに長い棒か何かがあれば、村に影が差す。その位置で、時間を決めようかって」
    「ふーん」
     明らかにつまらなさそうに返事するシノンに、ゼロの歯切れも悪くなる。
    「あー、と、……まあ、ここまで一緒に来てくれたからさ、お礼するよ」
    「お礼? なになに?」
     尋ねてきたシノンに、ゼロはこんな提案をした。
    「そろそろ魔術をみんなに教えようと思ってたんだけど、一番先に、君に教えてあげる。僕の授業で一番成績がいいのは、君だし。もしかしたらすんなり使えるかも知れない」
    「マジュツって、ゼロが水を引っ張り上げたり、人を放り投げたりしてたヤツのことだよね? あれちょっと、やってみたかったんだー」
    「期待に添えると良いんだけどね。……っと、この辺りが丁度いいかな」
     村全体を見下ろせる位置で立ち止まり、ゼロは辺りをきょろきょろと見回す。
    「手頃なのは、……んー、無さそうだな」
    「そだね」
    「じゃ、作るか。シノン、僕の後ろにいて」
    「はーい」
     シノンが自分の背後に回ったところで、ゼロはぶつぶつと唱え始めた。
    「……『グレイブピラー』!」
     途端に地面がごそっと盛り上がり、ゼロの背丈の3、4倍ほどの石柱がゼロたちの前方、村の方に向かって伸びていく。
    「お~、すっごーい」
    「はは、どうも。……よし、いい感じ」
     村の方にできた影を眺め、ゼロは満足気にうなずいた。
    「ここで数日観測したら村の皆と相談して、あの影がどこら辺に差したら何時だ、って決めることにしよう。
     さて、シノン。約束通り、魔術を教えてあげるよ」

    琥珀暁・魔授伝 2

    2016.07.14.[Edit]
    神様たちの話、第10話。天文学と時間。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「まあ、元々ある程度は準備してたんだよね」 そう前置きしつつ、ゼロはシノンを連れて近所の丘に向かっていた。「僕がこの村に来た時くらいから、星の動きとか月の動きとか、できるだけ観測してたんだ」「カンソク?」「どんな風に動いてたか、詳しく眺めてたってこと。 それでね、星の動きと言うか、公転軌道は少しずつ、日によってずれてい...

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    神様たちの話、第11話。
    最初の生徒。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     場所を木陰に移し、ゼロは懐から何かを取り出した。
    「なにそれ? ピカピカしてる」
     尋ねたシノンに、ゼロが言葉を選ぶように、ゆっくりと答える。
    「これは友達からもらった、『黄金の目録』って言う、……えーと、何て言ったらいいかな、ほら、授業で僕が皆に使わせてる紙があるよね」
    「うん」
    「あれがものすごく一杯束ねられたやつ、って思ってもらえば」
    「ふーん」
    「……っと、これこれ。基礎中の基礎、一番簡単な魔術。いい? 見ててね」
     そう言って、ゼロは右手の人差し指を立てる。
     と、その指先にぽっ、と火が灯った。
    「おわっ」
     それを見て、シノンは驚いた声を上げる。
    「これ、火?」
    「そう。魔力を熱エネルギーに、……あー、と、まあ、火を起こせる術だね。見たまんまだ。
     魔術は呪文と魔法陣で組み上げる、一つの『装置』みたいなもんなんだ。流れとしては、呪文や魔法陣を使うことで、何を媒体にして、どれくらい魔力を使って出力するか決定する、って感じになるかな。
     今、僕が見せたこの『ポイントファイア』は、僕自身の魔力を原動力とし、僕の指先を媒体として、こうして火として出力させた。その手順を、今から説明するね」
    「う、うん」
     ゼロの話が理解しきれなかったらしく、シノンの顔に不安そうな色が浮かぶ。
     しかし丁寧に魔術の使い方を繰り返し説明され、太陽が二人の頭上に来る頃には、シノンの指先にも火を灯すことができるようになった。
    「……不思議。熱くない」
    「また今度詳しく説明するけど、呪文には大抵、自分に跳ね返ってこないように保護する構文が加えられてる。熱く感じないのは、そのせいなんだ」
    「ふーん……」
     自分の指先に灯った火を見つめながら、シノンはこう尋ねた。
    「これ、もっと大きくできる?」
    「できるよ。さっきの構文の、魔力使用量の辺りをいじれば」
    「どれくらい大きくできるの?」
    「いくらでも。でも、さっきの構文そのままだと、自分の魔力をガンガン使うことになっちゃうから、そんなに大きくはできない。
     もっと大きなものにするには、別の魔力源がいる」
    「ゼロが持ってる、そのピカピカした本とか?」
     火を灯していない方の手で「目録」を指差され、ゼロはうなずく。
    「うん。でも君には使えないかな」
    「なんで?」
    「1つ、これは僕の友達が僕のために作ってくれたモノだから。僕以外には使えないように設定されてる。
     そしてもう1つの理由は」
     ゼロは諭すような口調で、こう続けた。
    「君は魔術師としてはひよっこ中のひよっこ、まだ卵の中から出て間もない雛だからさ。
     いくら便利だからって、子供に刃物や棍棒を持たせたりなんかしないだろ?」
    「……そだね」
     シノンは素直にうなずくが、こう続ける。
    「他にその、魔力源になるものってある?」
    「色々。純度の高い石英とか、錫と金とか銀とかを合わせた合金とか。それも近いうち、探さなきゃね」
    「どうして?」
    「君が思ってることの、延長の話」
    「え?」
     驚いた顔をしたシノンに、ゼロはいたずらっぽく笑いかけた。
    「分かるよ。そんな顔で『もっと強い術はあるの?』って聞いてきたら、そりゃもう丸分かりだ。
     君もあのバケモノたちに対抗したい、倒したいと思ってる」
    「……うん」
     いつの間にか空は曇りだし、ぽつ、ぽつと雨が降り始めていた。
    「ありゃ、降ってきちゃったな。しばらくここで、じっとしてようか」
    「うん」
    「良かったらその間、君の話を聞かせてほしいな」
    「……うん。分かった」
     大きな木の下にゼロがしゃがみ込み、シノンは彼の懐に入るように、彼の前に背を向けて座り込む。
    「おいおい、猫じゃないんだから……」「あのね」
     シノンはゼロをさえぎって、自分の過去を、静かに話し始めた。
    「あなたがやっつけたバケモノと同じかどうか、分からないけど。
     あたしのお母さんとお父さんと、もしかしたら弟か妹も――バケモノに、食べられたの」

    琥珀暁・魔授伝 3

    2016.07.15.[Edit]
    神様たちの話、第11話。最初の生徒。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 場所を木陰に移し、ゼロは懐から何かを取り出した。「なにそれ? ピカピカしてる」 尋ねたシノンに、ゼロが言葉を選ぶように、ゆっくりと答える。「これは友達からもらった、『黄金の目録』って言う、……えーと、何て言ったらいいかな、ほら、授業で僕が皆に使わせてる紙があるよね」「うん」「あれがものすごく一杯束ねられたやつ、って思って...

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    神様たちの話、第12話。
    人、なのか?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「元々、お母さんたちは東の村に住んでたらしいんだけど、元々そこが、バケモノに襲われて半壊したらしいの。
     それで、あたしの弟か妹が生まれるかもって話があったし、このままいたらまた襲われるかもってことで、家族で真ん中の村に越してきたんだって。
     でもその途中で、バケモノに襲われて……」
     そこまで話したところで、シノンは自分の膝に顔を埋める。
    「そっか。……それで、君とおばあちゃんだけが助かった、と」
    「うん。……いやなこと、言う人もいた。あたしのこと、『両親を食わせて自分だけ助かった卑怯者』って」
    「ひどいことを言うなぁ」
    「でも、本当のことだもん。あたしは、お母さんたちが襲われてる間に逃げたから、生き延びたんだし」
     顔を埋めたままのシノンの頭を、ゼロは優しく撫でる。
    「本当だとしてもさ。そんなこと言う奴は人間が腐ってるってもんだよ。それに、その時はそうするしか無かったんだろう。
     ねえ、辛いことを聞くかも知れないけど、そう言う話って、昔からずっとあったのかな」
    「分かんない」
    「ま、そりゃそうか。襲われて死んだ人間が『襲われた』って言って回ることなんかできないし。
     となると、……やっぱり、気になるところだな」
    「なにが?」
     顔を挙げずに、シノンが尋ねる。
    「襲われ過ぎな気がする。それも、明らかに人が多い地域を襲ってる節がある。
     まるで人が増え過ぎないように、誰かが謀ってるような……」
     言いかけて、ゼロは首を横に振った。
    「……まさか、だな。いくらなんでも、バケモノがそんな意志を持ってるとは思えない。
     ただ、でも、……この手の話を、『授業』を受けてたみんなから聞いてるんだ。村の半分くらいの人が来てる中から、そのみんなに、だ」
    「珍しい話じゃないもん。
     隣の家のテオさんは西の村にいたけど、バケモノから逃げてこの村に来たって言ってたし、向かいの家のメイだってそう。友達もみんな、親や兄弟、友達の誰かを失って、逃げて、この村に来てる。
     みんな、親しい人を襲われて、自分が襲われかけて、……そして明日にでも襲われて、食われるのよ」
    「……させるもんか」
     ゼロの、いつも通り明るい口調の、しかし力強い言葉に、シノンはようやく顔を上げる。
    「ゼロ?」
    「僕たちはバケモノにとって丁度いい食べ物なんかじゃない。僕たちは知恵と自我と希望を持った、れっきとした人間なんだ。
     僕がいる以上、もうバケモノから逃げ回る生活なんて、誰にもさせやしないさ」
    「……」
     雨音が止み、雲間から太陽の光が切れ切れに届き始める。
     シノンはくる、と向きを変え、ゼロと向き合う形になった。
    「シノン?」
    「ゼロ」
     と、シノンはゼロに顔を近付け――静かに、口付けした。
    「え、ちょ、……もごっ」
     顔を真っ赤にしたゼロからすっと離れ、シノンは彼の耳元でつぶやく。
    「ゼロ。あたし、あなたのこと、……あなたのこと、不思議な人だって思ってる。
     ううん、あなたは『人』なのかな? もっと、すごい、人を超えた何か。そんな気がする。ねえ、そう言うの、何て呼んだらいいの?
     人よりもっとすごい、人を超えたもののことを」
    「……あんまりそんな風に呼ばれたいとは、思わないけど」
     そう前置きして、ゼロはこう返した。
    「僕のいたところじゃ、そう言うのは『神様』って呼んでたよ」
    「じゃあ、神様」
     シノンはもう一度、ゼロに口付けした。
    「お願い。あたしたちを、助けて」



     2時間後、ゼロとシノンは丘を下っていた。
    「……」「……」
     二人とも何も言わず、手をつないで、黙々と歩を進めている。
    「あれ?」
     と、村人が二人に気付き、手を振る。
    「おーい、ゼロじゃないか。それとシノンも。
     どうした二人とも? そんなぼんやりした顔して」
    「ぅえ? あっ、あー、どうも、リコさん」
    「あっ、えっと、ども」
    「……んー?」
     声をかけてきた村人は、そこで半ばけげんな、しかしどこか納得したような顔をする。
    「まあ、なんだ。寒くなってきてるから、風邪には気を付けろよ、二人とも。ひゃひゃひゃ……」
    「ああ、うん。気を付ける」
    「は、はーいっ」
     そのまますれ違ったところで、ゼロがぽつりとつぶやいた。
    「……どう思われたかなぁ」
    「多分、あなたが思ってる通りじゃない?」
    「だよなぁ……」
     恥ずかしそうに頭をポリポリとかくゼロに、シノンは耳元でささやく。
    「ねえ、ゼロ。明日から、あたしの家で住まない?」
    「うひぇ?」
     素っ頓狂な返事をしたゼロに、シノンは噴き出した。

    琥珀暁・魔授伝 4

    2016.07.16.[Edit]
    神様たちの話、第12話。人、なのか?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「元々、お母さんたちは東の村に住んでたらしいんだけど、元々そこが、バケモノに襲われて半壊したらしいの。 それで、あたしの弟か妹が生まれるかもって話があったし、このままいたらまた襲われるかもってことで、家族で真ん中の村に越してきたんだって。 でもその途中で、バケモノに襲われて……」 そこまで話したところで、シノンは自分の膝に...

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    神様たちの話、第13話。
    時間の制定者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「別にいいぜ。俺は全然構わない」
     ゲートの家に戻り、ゼロがシノンの家に移ることを相談したところ、ゲートは快諾した。
    「いいの?」
    「正直、騒がしいのは勘弁だったんだ。
     あ、いや、お前が騒々しいって言うわけじゃない。だけど俺の家でワイワイやられるのは、ちょっとな」
    「それは本当、ごめん」
     ゼロがぺこっと頭を下げたところで、ゲートは苦笑しながらこう続けた。
    「ま、これからも俺ん家に来てくれよ。流石に授業やられるのはきついけど」
    「ありがとう、ゲート」
    「にしても急だな? なんかあったのか、あいつと」
    「……色々ね」
     そう答えたゼロに、ゲートはニヤニヤした笑みを浮かべた。
    「ほーほー、そーか。ま、俺から見てもあの子は可愛いし、いい子だ。大事にしてやれよ」
    「うっ、うん」

     ゼロの住まいがシノンの家に移されて以降、彼の授業もそこで行われることになった。
     それと並行し、魔術の素質があると見た者には、シノンにやったように「集中講義」を行い、魔術の基礎を身に付けさせた。
     さらに丘の上に建てた石柱から伸びる影と、月の動きを基本として、彼は時間と日付を定め、皆にその「ルール」と見方を広めた。
    「で、あの影の先が丁度、広場の真ん中に差すくらいを『正午』と呼ぶことにする」
    「分かった、『タイムズ』」
    「たい、……え? なに、タイムズって?」
     きょとんとした顔でそう尋ねたゼロに、時間の説明を受けていた村人の一人が答える。
    「あんたは『神様』だって、あんたの奥さんが言ってた。『人よりすごい人』だって。俺たちはみんな、そう思ってる」
    「お、奥さんって、まだシノンは、そんなんじゃ」
     顔を赤くし、しどろもどろになるゼロに構わず、村人はこう続ける。
    「だけど一方で、『神様』とは呼ばれたくないとも聞いてる。
     でも俺たちはあんたに色々教えてもらったし、いっぱい助けてくれてる。『神様』は間違い無く、あんたなんだ。俺たちは是非ともあんたに、敬意を表したいんだ。
     だからせめて、その『時間』って言う決まりを定めるあんたを、『時間(タイムズ)』って呼びたいんだ。駄目か?」
     この願いに、ゼロは依然として顔を赤くしながら、かくかくとうなずいた。
    「ああ、うん、まあ、その、……呼びたいなら、……いいよ、……どうぞ」
    「ありがとう、ゼロ・タイムズ」
     こうしてゼロは「時間の制定者=『タイムズ』」とも呼ばれるようになり、より一層の支持を集めるようになった。



     そんな生活が、一月、二月と続き――やがてゼロの元に、2つの情報が飛び込むようになった。
    「おい、タイムズ。もう魔術を覚えた奴は20人を超えてる。『もっと強い術を知りたい』って奴も出てきてるんだが、どうする?」
    「ねえゼロ、またバケモノのうわさを聞いたの。南の村から逃げてきた人が教えてくれた」
     一つは、彼の魔術指導が着実に実を結び、より高次の指導を求める声が上がっている話。そしてもう一つは、怪物を目撃した、あるいは襲撃された話である。
     そしてその両方に対応するため、ゼロはある決断を下した。
    「分かった。何とかする。
     でも、どっちも準備する内容は一緒だけど、時間と手間がかかる。だから、人を一杯集めておいてほしいんだ。できるかな?」
    「ああ、請け負うぜ」
    「分かった。何すればいいの?」
     尋ねる村人たちに、ゼロはこう命じた。
    「まず第一に、強い魔術を使えるようにするために、道具を作らなきゃならない。二つ目は、その原料集め。
     この近くに水晶とか、金属が掘れるところはある?」
    「それは……」
     と、南の村の件を報告した村人が苦い顔をする。それを見て、ゼロは察したらしい。
    「南、か。丁度、バケモノが出たって言う」
    「う、うん。そこが鉱床に一番近い」
    「そうか……」
     ゼロは一瞬表情を曇らせ、そしてすぐ、こう返事した。
    「分かった。僕が採りに行こう」

    琥珀暁・魔授伝 終

    琥珀暁・魔授伝 5

    2016.07.17.[Edit]
    神様たちの話、第13話。時間の制定者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「別にいいぜ。俺は全然構わない」 ゲートの家に戻り、ゼロがシノンの家に移ることを相談したところ、ゲートは快諾した。「いいの?」「正直、騒がしいのは勘弁だったんだ。 あ、いや、お前が騒々しいって言うわけじゃない。だけど俺の家でワイワイやられるのは、ちょっとな」「それは本当、ごめん」 ゼロがぺこっと頭を下げたところで、ゲー...

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    神様たちの話、第14話。
    南へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「僕が南の鉱床に行って、原料を採ってくる。
     でも一人じゃそんなに多くは運べない。となると作れる武器の数も減ることになる。と言ってむやみに人員を増やしても、バケモノたちに気付かれる危険性が増すだけだ。
     だから希望する人だけ、一緒に来てほしい」
     ゼロは滅多に見せない真剣な顔で、集まる村人たちに頼み込んだ。
     しかし、誰もが目をそらし、応じようとしない。
    「……分かった」
     ゼロは表情を堅くし、そう答えた。
     と――。
    「ま、……待てよ」
     ゲートの手が挙がる。
    「ゲート。もしかして、来てくれるの?」
    「お、おう。人手がいるんだろ? じゃあ行くさ。お前の役に立てるって言うなら、なおさらだ」
    「俺も行くよ」
     続いて、羊飼いのフレンも挙手する。
    「また羊が食われたら敵わんし。ただ、羊毛刈るハサミより重いの持ったこと無いから、役に立てるか分からんが」
    「すっごく助かる。他にはいない?」
    「あ、あたしも!」
     シノンも手を挙げる。
    「ゼロに教えてもらった人たちの中だったら、あたしが一番、魔術をうまく使えるもん!」
    「うん、君にはお願いしようと思ってた。嬉しいよ、シノン」
     3人集まったところで、他の村人たちも続き始めた。
    「俺も行っていいか?」
    「わ、わたしも!」
    「あー、と。やる気になってくれてすごく嬉しい。嬉しいんだけど」
     が、そこでゼロが両腕で☓を作る。
    「あんまり多過ぎてもダメなんだってば。人数が多いとバケモノに気付かれちゃう危険が大きくなる。
     僕はあくまでも、バケモノをこの村から追い払いたいんであって、無理にバケモノを見付けて殲滅(せんめつ)する気は無いんだ。今はまだ、そこまでできそうにないし」
    「う……、そうだよな」
    「タイムズ、理想は何人くらいなんだ?」
     尋ねられ、ゼロは即答する。
    「僕も含めて、5人が限度。ゲートとフレンとシノンは連れてくつもり。
     あと一人、腕っ節に目一杯自信があるって人がいてくれたら嬉しい」
    「そんなら俺の出番だな」
     と、手を挙げていた村人たちの中から、黒い毛並みをした、筋骨隆々の狼獣人の男性が一歩、前に出る。
    「このメラノ様は腕自慢で通ってる。その力、あんたに貸してやるぜ」
    「大助かりだ。よろしく、メラノ」
     こうして南の鉱床へ向かうメンバーが決まり、他の村人たちはそれを支援することになった。

     その準備を進めるため、村中で作業が進められた。
    「タイムズさーん、馬は2頭でいいー?」
    「ありがとー、十分だよー」
     南までの道を行く馬車を用意する村人たちに手を振りつつ、ゼロは付いてきたゲートとシノンに計画を説明する。
    「元々南の村にいたリズさんたちから聞いた話だと、鉱床は村からさらに南、大きな山の麓にあるって話だ」
    「その山なら知ってる。『壁の山』だな」
     そう答えたゲートに、シノンが続く。
    「誰もその向こうを見たことが無いって言う、あれ?」
    「そう、それだ。あれが世界の端っこだなんて言う奴もいるが、真相は未だ謎。
     他には死後の世界と俺たちの世界とを隔ててる境目だとか、あの向こうはずっと壁が続いてるだけだとか、色々言われてる」
    「何があるにせよ」
     ゼロはそう返し、にこっと笑う。
    「いつかあの向こう、見てみたいね」
    「ん?」
    「もしも僕たちがバケモノを全部倒しちゃって、どこまでも自由に行けるようになったら、きっとその謎も解き明かせるはずさ。
     海だってきっとそうだ。これも聞いた話だけど、海にもバケモノがいるらしいね」
    「うん。あたしも人から聞いただけだけど、でっかいタコとか、ながーいヘビとか」
    「それもきっと、僕たちは倒せる。倒して、その向こうに行くんだ。
     楽しみだろ?」
     そうゼロに問われ、二人は顔を見合わせる。
    「……そんなこと、考えもしたこと無かったな」
    「うんうん。でも、……行ってみたいね。山の向こうとか、海の向こうとか」
     二人の顔にわくわくとした色が浮かんでいるのを見て、ゼロもにっこりと笑った。
    「すべては、近隣のバケモノ退治がうまく行ってからさ。
     さ、次はお弁当作りしてるところに行こう。美味しく出来てるか、味見もしたいし」
    「あはは……」

    琥珀暁・南旅伝 1

    2016.07.21.[Edit]
    神様たちの話、第14話。南へ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「僕が南の鉱床に行って、原料を採ってくる。 でも一人じゃそんなに多くは運べない。となると作れる武器の数も減ることになる。と言ってむやみに人員を増やしても、バケモノたちに気付かれる危険性が増すだけだ。 だから希望する人だけ、一緒に来てほしい」 ゼロは滅多に見せない真剣な顔で、集まる村人たちに頼み込んだ。 しかし、誰もが目をそらし...

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    神様たちの話、第15話。
    寒くて温かい旅路。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     すべての準備が整い、ゼロたちは早速、南に向けて出発した。
    「さむ……」
     ガウンを重ね着しているにもかかわらず、シノンが両腕をこすって寒がっている。
    「確かに寒みいな。ここ数年で一番の寒さかも知れん」
     御者台に座るゲートも、白い息をもくもくと吐いている。
    「防寒着ならいくらでもある。もっと欲しかったら言ってくれ」
     フレン自身ももこもこと重ね着しながら、自分のところで作ったマフラーや帽子を袋から取り出す。
    「手袋あるか?」
     尋ねたメラノに、フレンがごそごそと袋に手を入れながら応じる。
    「あるぜ。耳当てはどうする?」
    「欲しい。尾袋は?」
    「大きめのが欲しい」
    「あるある。アンタみたいなフサフサめの尻尾でも十分入るぜ、メラノの旦那」
    「おう、助かる」
     と、二人のやり取りをぼんやり眺めていたゼロが、ぼそっとつぶやいた。
    「尾袋って言うのもあるのか……」
    「何言ってんの? そりゃあるって」
     それを聞いていたシノンが、けげんな表情になる。
    「無かったら『猫』とか『狼』とかの人、凍えちゃうよ」
    「それもそうだ。いやさ、前に僕がいたところには、あーゆー感じの耳や尻尾を持ってる人がいなかったって話、したよね」
    「そう言ってたね」
    「だから、あーゆーのも見たこと無くって」「ゼロ」
     ゼロの話をさえぎり、シノンが口をとがらせる。
    「もしかして、まだ村に馴染んでないの?」
    「えっ?」
    「ゼロの話の半分、前にいたとこの話なんだけど」
    「そうだっけ」
    「そーだよ。それともさ、村が好きじゃないの?」
     そう尋ねたシノンの頭を撫でながら、ゼロはこう返す。
    「もし村のことが好きじゃなかったら、こうして寒い中、バケモノがいるってところにわざわざ行こうなんて思わないよ」
    「……だよね。でも、やっぱり村の話、少ない気がする」
    「んなことねーって」
     話の輪に、ゲートが入ってくる。
    「最近のこいつ、俺と会う度に村の話ばっかしてんだぞ。リンのばーちゃんが畑を耕すのを手伝ったとか、ロニーが逃がした馬を一緒に追いかけたとか、よくもまあそんなに色々、人助けしてるもんだよなって思うよ。
     ま、実を言うと村の話って言うより、お前の話の方が多めなんだけどな」
    「ちょ」
     顔を赤くするゼロに構わず、ゲートはゼロから聞いたシノンの話を、彼女に聞かせる。
    「料理、苦手って聞いたけど本当か?」
    「え、そんなこと言ってた?」
    「フレンからもらった肉、焦がしたって」
     それを聞いて、シノンはゼロの耳をつねる。
    「ちょっと、ゼロ! 言わないでよ、もお!」
    「ごめんごめん」
    「あと聞いたのは、同じくフレンからもらった毛糸で編み物したけど、手触りがゴワゴワ、チクチクしてて痛かったって」
    「それも言ったの!? やめてよぉ」
    「おいおい、俺から贈ったヤツ、全部ダメにしてんじゃねーだろーな?」
     フレンも渋い顔をして、話に加わる。
    「もしかして、こないだのヤツもか?」
    「あ、いやね、その話はあくまで、『一緒に住み始めた頃は』って前置きしたんだよ」
     ゼロは苦笑しつつ、弁解する。
    「今はとっても美味しい料理を出してくれるし、今被ってる帽子だって、シノンが作ってくれたものなんだ。ほら、ふかふかだろ?」
    「ああ、そうだったのか。道理で見覚え無いと思った。上手いじゃん」
    「えへへっ」
     フレンにほめられ、シノンは嬉しそうにはにかむ。
    「今夜のご飯も頑張っちゃうよ。楽しみにしててねっ」
    「いいねぇ、若奥様の手料理か」
     ニヤニヤしながらそう返したメラノに、ゼロは顔を赤くしてうつむき、一方でシノンも、恥ずかしそうに笑った。
    「……えへへー」
    「ってかな、話を戻すとだ」
     と、ゲートが続ける。
    「俺もそこそこ、ゼロとは親しくしてるつもりだけど、こいつの故郷の話は数えるくらいしか聞いてないんだ。
     それを聞けるってことは、やっぱお前に、自分のことを知ってほしいと思ってるんだよ」
    「そっか、……そうだよね」
    「相思相愛だねぇ、お二人さん」
     フレンに茶化され、ゼロとシノンは、今度は揃って顔を赤くした。

    琥珀暁・南旅伝 2

    2016.07.22.[Edit]
    神様たちの話、第15話。寒くて温かい旅路。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. すべての準備が整い、ゼロたちは早速、南に向けて出発した。「さむ……」 ガウンを重ね着しているにもかかわらず、シノンが両腕をこすって寒がっている。「確かに寒みいな。ここ数年で一番の寒さかも知れん」 御者台に座るゲートも、白い息をもくもくと吐いている。「防寒着ならいくらでもある。もっと欲しかったら言ってくれ」 フレン自...

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    神様たちの話、第16話。
    「知る」を知る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     馬車を進めるうち、辺りが段々と暗くなってきたため、ゼロたち一行は馬車を途上に停め、野宿することにした。
    「おい、ゼロ。このままここで一晩過ごすのか? 寒くてたまらんぜ」
     ゲートは口ではそう言っているものの、表情にはある程度、「また何かすごいこと見せてくれるよな?」と期待している色が浮かんでいる。
     そしてゼロも、それに応じた。
    「大丈夫、大丈夫。準備するからちょっと待ってて」
     そう言って、ゼロは持ってきた青銅のスコップで、辺りに円を描く。
    「その間にご飯の準備もお願い」
    「はーいっ」
     シノンがにこにこと笑いながら、馬車の中から道具を取り出す。
    「俺は馬を見とくよ」
     ゲートも馬車に戻り、馬たちにえさをやり始める。フレンとメラノもかまどを作るため、周りの石や枝を集めに行った。
     その間にシノンが箱を抱えて馬車から戻り、ゼロに声をかける。
    「ここ、置いていい?」
    「いいよ。円の中なら大丈夫」
    「それも魔術?」
     尋ねたシノンに、ゼロはスコップを肩に担ぎながらこう返した。
    「そう。どんな術か、分かるかな? こないだ教えたところだけど」
    「んーと」
     シノンは箱を地面に置き、ゼロが引いた円と線、文字を観察する。
    「これはー、……火の術?」
    「そう」
    「効果範囲は、この円の内側」
    「うん」
    「効果は、燃やすとか火が出るとかじゃなくて、空気をあっためる?」
    「正解。時間も設定してるけど、どのくらいか分かる?」
    「えーっと、半日と、それと8時間?」
    「足して、足して」
     苦笑するゼロにそう言われて、シノンは指折り数えて答える。
    「20時間」
    「ばっちり。それくらいなら朝まで持つ」
    「でもゼロ、ここに時計無いよ? 明日の朝まで大丈夫って、どうして分かるの?」
    「多少曇ってるけど、日が落ちるのは後30分ってところだ。村での最近の日没時間は、おおよそ14時を20分くらい過ぎた辺りだった。まだ村を離れてそんなに経ってないし、日没の時間は同じくらいだろう。
     と言うことは――結構おおまかな計算になるけど――今の時刻は14時ちょっと前くらい。保温時間が20時間なら、明日の10時まで大丈夫ってことになる」
     ゼロの説明を聞き、シノンはぱちぱちと、楽しそうに拍手する。
    「そっかー。やっぱりすごいね、ゼロは」
    「そんなにすごくないさ。使ったのは魔術の基礎だし、後は観測と、簡単な算数の結果ってだけ」
    「それができるのが、すごいんだよ」
     シノンは唇をとがらせ、こう続けた。
    「あなたが簡単だって言ってること、5ヶ月前には誰にもできないことだったんだよ。時間を計ることも、一日の昼と夜がどれくらい続くのかって知識も、魔術のことも。
     それを教えてくれたのは、全部、あなた」
    「……うん、そうだったね」
     スコップを地面に差し、ゼロは肩をすくめる。
    「僕が、全部。何もかも」
    「そう、全部。あなたのおかげで、あたしたちは賢くなれた。あたしたちは、『知れた』」
     シノンはゼロに近付き、ぎゅっと抱きついた。
    「あなたはそう呼ばれたくないって何度も言ってるけど、やっぱりあたしたちには、あなたが神様だよ。
     あなたはこの先もきっと、あたしたちをもっと賢くしてくれる。あたしたちはもっと、色んなことを知られるようになる。……よね?」
     耳元で尋ねられ、ゼロはシノンを抱きしめ返して答えた。
    「勿論だよ」
    「何がだ?」
     と、いつの間にか背後に立っていたゲートが、ニヤニヤしながら声をかけてきた。
    「わあっ!?」「きゃっ!?」
    「なんだよ、今更愛の告白でもしてたのか?」
    「いや、そう言うのじゃなくて、……ああ、まあいいや」
     ゼロはシノンに抱きつかれたまま、ゲートに顔を向けた。
    「もうそろそろフレンとメラノが戻ってくる頃だし、座る場所作ろっか」
    「おう。……で?」
     そう尋ねたゲートに、ゼロたちはきょとんとする。
    「なに?」
    「二人とも、いつ離れるんだ? まさか抱き合ったまま料理も食事もするのか?」
    「……あはは」「……えへへ」
     二人は照れ笑いを浮かべながら、急いで離れた。

    琥珀暁・南旅伝 3

    2016.07.23.[Edit]
    神様たちの話、第16話。「知る」を知る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 馬車を進めるうち、辺りが段々と暗くなってきたため、ゼロたち一行は馬車を途上に停め、野宿することにした。「おい、ゼロ。このままここで一晩過ごすのか? 寒くてたまらんぜ」 ゲートは口ではそう言っているものの、表情にはある程度、「また何かすごいこと見せてくれるよな?」と期待している色が浮かんでいる。 そしてゼロも、それに...

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    神様たちの話、第17話。
    夜の番。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ゼロの予測通りにすぐに日は沈み、辺りは間も無く、闇と凍てつく寒さに覆われた。
     しかしゼロの魔術のおかげで、今ゼロたちがいる場所は温かく、ほんのりと明るい。
    「はぐはぐ……、言うだけあるな、シノン」
    「ああ、普通に美味い」
     フレンとメラノからほめられ、シノンは嬉しそうに笑う。
    「ありがとっ」
    「だけどゼロ」
     と、ゲートが不安そうに辺りを見回す。
    「夜はどうするんだ? この辺りはぱーっと開けてるから、もしバケモノどもが近くまで来たら、ここにいるのが丸分かりだぞ」
    「交代で見張りをしよう。もし何か異状があったら、僕を起こしてくれ」
    「分かった」
    「5人いるから、夜は常に3人眠って、2人起きて見張りで。その間の時間を計れるように、こう言うのも作ってる」
     そう言って、ゼロは木とガラスでできた、ひょうたん状の筒を箱から取り出した。
    「中に水と油が入ってて、引っくり返すと当然、油は上に、水は下に動く。水が全部落ち切るまで、2時間かかるように作ってある。つまりこの道具で2時間計れる。
     これを一回引っくり返すごとに、1人ずつ交代しよう。で、順番はどうしようか?」
     ゼロがそう尋ねたところで、フレンが毛糸を懐から取り出す。
    「くじならすぐ作れるぜ」
    「じゃ、それで行こう」
     5人はくじを引き、最初にゼロとメラノが見張りをすることが決まった。
    「これからの旅路を考えれば、できる限り疲れを溜め込みたくない。大分早いけど、シノンとゲートとフレンはもう寝てて」
    「分かった」

     シノンたちが眠ったところで、メラノがゼロに声をかけてきた。
    「なあ、ゼロ」
    「ん?」
    「変なこと聞くようだが」
     そう前置きされ、ゼロはぎょっとした顔をする。
    「変なこと聞かないでよ」
    「あ、いや、単にだ。シノンと仲いいよなって話なんだ」
    「ああ、うん、まあね」
     恥ずかしそうに答えたゼロに、メラノは続けてこう尋ねた。
    「前にはいなかったのか?」
    「って言うと?」
    「彼女とか、奥さんとか」
    「いや、シノンが初めて。前いたところでは、僕は勉強と研究と趣味にしか打ち込んで無かったから」
    「趣味?」
     メラノに尋ね返され、ゼロは上を指差した。
    「天文学」
    「て……ん……、なんだって?」
    「星とか、月や太陽の動きを見るのが好きなんだ」
    「ほー……? そんなもん見て、何が楽しいのか分からんなぁ、俺には」
    「あはは、良く言われる」
     あっけらかんとしているゼロに、メラノも相好を崩した。
    「お前のことを変な奴だって言うのと、いやすごい奴だ、神様だって言うのとがいるが、やっぱり俺には、あんたは変な奴にしか思えん。
     いや、勿論あんたが色々やってくれてるおかげで、村の暮らしが良くなってる、良くなりそうだってことは分かってるし、感謝もしてる。
     ただ、それを差し引いてもやっぱり変だ」
    「そんなに?」
     肩をすくめるゼロに対し、メラノは腕を組み、深々とうなずいて返す。
    「ああ。何よりも俺が変だって思うところはだ。そのヒゲ面だな」
     そう言われて、ゼロは自分のあごに手をやる。
    「やっぱりちょっとくらい整えた方がいいかな」
    「って言うか剃れよ。似合わん」
    「そっかなぁ。シノンはかっこいいって言ってくれたんだけど」
    「あいつにしてみりゃ、お前の何でもかんでもがかっこいいんだろ。ベタぼれだしな。
     だけどシノンもすっかり変わったぜ。お前が来る前までは、あんなに明るい奴じゃ無かったんだがな」
    「え?」
     意外そうな顔をしたゼロを見て、メラノはくっくっと笑う。
    「まさかって顔すんなよ。お前もあいつが村に来た経緯は知ってんだろ?」
    「……ああ、まあ。聞いたよ」
    「来てすぐ、周りから散々言われたから、相当参ってたんだろう。始終うつむいててよ、家から出て来ない日すらあったんだぜ?
     何なら他の奴にも聞いてみたらどうだ?」
    「……いや、いいよ。過去の話はあんまり」
    「そっか。……っと」
     話している間に水時計の中の水がすべて下に落ち、2時間経ったことを示した。
    「次はフレンだったな」
    「うん、呼んでくるよ。それじゃおやすみ、メラノ」
     ゼロはぺらぺらとメラノに手を振り、馬車の中に入った。
     フレンが来るまでの、一人になったそのわずかな間に、メラノはぼそ、とつぶやいていた。
    「ヨメさんの悪い話してもけろっとしてやがる。本っ当に怒らねーな」

    琥珀暁・南旅伝 4

    2016.07.24.[Edit]
    神様たちの話、第17話。夜の番。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ゼロの予測通りにすぐに日は沈み、辺りは間も無く、闇と凍てつく寒さに覆われた。 しかしゼロの魔術のおかげで、今ゼロたちがいる場所は温かく、ほんのりと明るい。「はぐはぐ……、言うだけあるな、シノン」「ああ、普通に美味い」 フレンとメラノからほめられ、シノンは嬉しそうに笑う。「ありがとっ」「だけどゼロ」 と、ゲートが不安そうに辺り...

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    神様たちの話、第18話。
    予定の遅れ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     南の村からクロスセントラルに来た人々の話と、馬の速力とをゼロが総合・計算した結果、南の鉱床までは片道で10日程度だと算出していたが、想定外の要素――厳しい冬の寒さのため、雪や凍った道に幾度と無く阻まれていた。
     そのため到着予定日を過ぎた今も、ゼロたちは鉱床はおろか、その手前の南の村にすら未だたどり着けず、吹雪の中をひた走っていた。
    「念のために、食糧を多めに持ってきてて正解だった。……それでもこれ以上時間をかけたら、帰れなくなっちゃうけど」
    「怖いこと言うなよ。このまま全員飢え死に、凍え死になんて、冗談にもなりゃしない」
     御者台に着いていたゼロの言葉に、横に並んで座っていたフレンが苦笑する。
    「俺が死んだら、かわいい羊たちは全部路頭に迷っちまうぜ」
    「そりゃ羊たちが可哀想だ。何としてでも帰らなきゃ。……そう言えばフレン」
    「ん?」
    「奥さんとかいる?」
    「いや、独り者だ。残念ながらモテないもんでね」
    「へえ? 渋いおじさんと思ってたけど」
    「思われてたんなら、俺にとっちゃ不本意だな」
     フレンはふーっとため息をつき、憮然とした目を向ける。
    「俺はまだ、おじさんってほどじゃない。コレでも若いんだぜ、俺」
    「あれ、フレンって今、いくつ?」
    「いくつって?」
    「年齢、……って言っても、そうか。暦(こよみ)――今が何年ってことも、定めてないんだもんな。
     帰ったらそれも決めないとなぁ」
    「色々やるコトだらけだな。……何もかもが変わっていくな」
     不意にそんなことを言い出したフレンに、ゼロはきょとんとする。
    「って言うと?」
    「5ヶ月前まで、やるコトなんてそんなに無かった。
     俺は羊を飼って、ゲートは畑に行って、シノンは山菜取って、メラノは狩りに行って。いっぱい取れたら交換できないか、市場に持ち寄って。
     ずっと、ずーっと、何日も、何十日も、何百日も、その繰り返しだった。それ以上の変化も無く、ずーっと。
     それを打ち破るのは、バケモノだけ。バケモノが突然襲ってきて、全部食い荒らして、そこから逃げて、そしたらまた別の村で、同じような日々の繰り返し。
     俺もいつかは羊と一緒にバケモノに食われておしまい。そうなる前に奥さんもらって子供作って、……って思ってたんだが、何かお前が来てから、それどころじゃ無くなったって言うか、他のことばっか考えてて、そんなヒマ無いって言うか」
    「ごめんね。今だって、こんな南の方まで連れて来ちゃって」
     謝るゼロに、フレンはニヤッと笑って返す。
    「構わんよ。同じコトを言うようだが、同じ日々の繰り返しから、アンタは解放してくれたんだ。危険や困難はあれど、今までに無い経験ばっかりしてる。
     こんな楽しいコトは、コレまで一度も無かった。感謝してもし足りないよ」
    「そう言ってくれれば、ほっとする。僕自身もこの寒々しい旅に参ってきそうだったんだ、実は」
    「だと思ったぜ。この10日、奥さんと二人っきりになれないってのは辛いだろうしな」
    「いや……、まあ、それも無くは無いけど」
     ゼロはくる、と振り返り、馬車の中で毛布にくるまって眠るシノンをチラっと見て、前に向き直る。
    「蒸し返すようだけど、予定がずれ込んできてるせいで、食糧が心細くなってきてる。帰りも同じくらいかかるとなれば、馬が危ないかも知れない。
     冗談やからかいじゃなく、命の危険がじわじわ迫ってきてる。その上、ゲートも何度かこぼしてたけど、いつバケモノが狙ってくるかって危険も、依然として続いてる。
     これで不安にならなかったら、頭がおかしいよ」
    「違いないな、ははは……」
     一笑いして一転、フレンの顔が曇る。
    「……あと、何日かかる?」
    「計算では2日。どれだけ難航しても、流石に明日には村に到着する。そこからもう1日で、鉱床に行けるはずさ」
    「帰りはどうする? 村で食糧がもらえりゃいいが」
    「多めに原料を掘って、村で交換してもらおう。バケモノのせいで掘りに行き辛くなってるだろうから、きっと喜んでくれるよ」
    「なるほどな。流石……」
     と、フレンが話を止め、猫耳をぴくぴくと動かす。
    「どうしたの?」
    「なあ、自分のコトだからピンとは来ないんだが――猫獣人ってのは、他のヤツが気付かんような物音や匂いやら、そう言うのにいち早く気付けるらしいんだ。
     ゼロ、お前今の、グオーってのは、……聞こえなかったか?」

    琥珀暁・南旅伝 5

    2016.07.25.[Edit]
    神様たちの話、第18話。予定の遅れ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 南の村からクロスセントラルに来た人々の話と、馬の速力とをゼロが総合・計算した結果、南の鉱床までは片道で10日程度だと算出していたが、想定外の要素――厳しい冬の寒さのため、雪や凍った道に幾度と無く阻まれていた。 そのため到着予定日を過ぎた今も、ゼロたちは鉱床はおろか、その手前の南の村にすら未だたどり着けず、吹雪の中をひた走...

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    神様たちの話、第19話。
    吹雪の中の接触。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ゼロの顔から、笑みが消える。
    「……どっちから?」
    「馬車の向きを正面として、左の方だ。足音もする。雪の上をかなりデカいのが、こっちに向かってきてる」
    「どれくらいで接触しそう?」
    「多分、そんなにかからん」
    「何頭いそう?」
    「1頭だけっぽい」
    「分かった。もっと出てきそうなら、また教えて」
     そう返して、ゼロは懐から金と紫とに光る板を取り出した。
    「ちょっと場所替わって。目視できた瞬間に攻撃したい」
    「お、おう」
     御者台の左側に座っていたフレンと場所を替わり、ゼロは呪文を唱え始めた。
    「……***……***……、準備できた。馬を慌てさせないようにしてて」
    「ああ」
     やがて吹雪の音に混じり、確かに獣のような、グオオオ……、と言ううなり声が近付いて来る。
    「……来た!」
     ゼロは板を掲げ、叫んだ。
    「『ファイアランス』!」
     次の瞬間、炎の槍がぼっ、と音を立てて、馬車の左へと飛んで行く。
     間を置いて、それまで切れ切れに聞こえていたうなり声が、きゃひんと言う、泣いたようなものに変わる。
    「当たったか!?」
    「うん。でもまだ近付いて来る。
     シノン、起きて!」
    「おっ、起きてるよっ!」
     膝立ちの姿勢で、シノンが寄ってくる。
    「こっちに来て手伝って! 左にバケモノだ!」
    「分かった!」
     わずかに村に残っていた原料で作られた杖を手に、シノンも戦いに加わる。
    「『ファイアボール』!」
     先程の、ゼロが放ったものと比べて幾分小さい火球が、同じように吹雪の中へ飛んで行く。
     しかし飛んで行って数秒経っても、何の反応も返って来ない。
    「……当たってないっぽいね」
    「って言うか、聞こえなくなった?」
     3人、息を殺して気配を探るが、既にうなり声も、泣くような声も聞こえない。
    「……ひとまず、撃退したって感じか」
    「みたいだね。ごめん、寝てたのに」
     小さく頭を下げたゼロに、シノンはふるふると首を振る。
    「ううん、危なそうだから一応、起きてたよ」
    「そっか」
     そのままシノンの肩を抱き、頭を自分に寄せたゼロを横目で眺めつつ、フレンがこぼす。
    「独り者にゃ目の毒なんだがねぇ。オマケに御者台の定員は2人なワケだし」
    「あ、ごめん」
     離れようとしたシノンに、フレンは手をぱたぱたと振って制止する。
    「俺は気疲れしたから休むわ。またどっちか疲れたってなったら、交代するよ」
    「はーい」

     やがて吹雪も止み、雲間からチラホラと日が差し始めた。
    「わあ……、きれい」
     その光景を見て、シノンが嬉しそうな声を上げる。
    「でもオレンジ色がかってきてる。もう日が暮れそうだ」
    「早いね、日が暮れるの」
    「冬だからね。まだ短くなるはずだよ」
     ゼロの言葉に、シノンは目を丸くする。
    「そうなの?」
    「バケモノ対策とか色々あったから、最近は細かい観測ができてないけど、もうあと3週間もすれば、冬至――一年の中で一番、昼が短い日が来るはずだ。
     でね、考えてたんだけど、その日を一年の始まりにしようかって思ってるんだ」
    「始まり?」
    「そう。その冬至の日を、暦の始まりにしようと思ってるんだ。
     ちゃんとそれを決められて、1年を計れるようになったら、僕たちの村は、いや、世界は大きく変わる。『歴史』を作れるようになるんだ」
    「レキシ?」
    「人が生きた、証だよ。今は誰がいつ、何やったかなんて、生きてる内の分しか覚えられないし、その間しか認識できない。
     でも紙に、何年何月に何があったって書き留めて保存しとけば、きっとずっとずっと未来の人にだって、僕たちがどんな生き方をしたかって言うことは、伝えられる。
     僕たちも、僕たちがやったことも、誰かに憶えていてもらえるんだ」
    「……」
     ぎゅっと、シノンがゼロの袖を握る。
    「あたしが生きてきたことも、憶えててもらえるの?」
    「勿論さ。僕が死んで、君が死んだその後も、紙に書いておけば、僕たちのことを、ずっとずっと憶えててもらえる」
    「……いいね。考えるだけで、楽しい」
     シノンは嬉しそうにつぶやき、ゼロに寄りかかった。
    「あたしのことも、ゼロのことも。ゲートやフレンや、メラノのことも。
     みんな、憶えていてくれますように」
    「……ああ。僕も、願うよ。みんなのことを、後のみんなが憶えていてくれることを」
     ゼロも自分の頭をシノンの頭に乗せ、そう返した。

    琥珀暁・南旅伝 終

    琥珀暁・南旅伝 6

    2016.07.26.[Edit]
    神様たちの話、第19話。吹雪の中の接触。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ゼロの顔から、笑みが消える。「……どっちから?」「馬車の向きを正面として、左の方だ。足音もする。雪の上をかなりデカいのが、こっちに向かってきてる」「どれくらいで接触しそう?」「多分、そんなにかからん」「何頭いそう?」「1頭だけっぽい」「分かった。もっと出てきそうなら、また教えて」 そう返して、ゼロは懐から金と紫とに光...

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    神様たちの話、第20話。
    惨劇の名残。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ゼロの予測通り、バケモノと接触しかけた翌日には、南の村に到着することができた。
     だが――。
    「こ、……こりゃあ」
    「ひでえな……!」
     村には人の気配も、まともな建物も、何一つ残ってはいなかった。
     家と思しき残骸には血の跡がべっとりと付いており、その周りを囲むように、巨大な獣の足跡が円を描いている。
    「襲われた、……か」
    「血も乾いてるし、足跡もカチカチだ。襲われてから2日か3日以上経ってるみたいだね」
     唖然とする一同に対し、ゼロは冷静を装った口ぶりで、状況を分析している。
    「でも村の人は全員やられたってわけじゃ無さそうだよ。
     服とか毛布とかが残ってない家がチラホラある。バケモノたちがそんなの食べるわけ無いしね。
     それにほら、バケモノの足跡に混じって、靴っぽい足跡もあっちこっちに付いてる。大半が東の方に向かってるから、何人かはきっと生き残ってるさ。それに、えーと」「ゼロ」
     まくし立てるようにしゃべり続けていたゼロに、シノンが抱きついた。
    「分かってるよ。あなた、すごく戸惑ってるし、それにとっても悲しんでるってことも」
    「え? ど、どう言う意味かな」
     震えた声でそう返したゼロに、シノンは涙混じりの声で返す。
    「あなたが悪いんじゃない。あたしたちは全速力でこの村に来たんだもん。それでも間に合わなかったんだから、どうしようもなかったんだよ」
    「……し、シノン。いや、……僕は、……その、僕は、……ぐっ」
     ゼロはまだ何か言おうとしたが、やがてシノンの頭に被せるように顔をうつむかせ、そのまま黙り込んだ。

     ゼロたち一行にとっては幸いなことに、バケモノの姿も村跡には無かった。
    「とりあえず、ゼロのことはシノンに任せとこう」
    「ああ。俺たちじゃ何言ったって、耳に入りゃしないだろうからな」
     ゲートとフレンは食糧や使える資材が無いか、辺りを確かめることにした。
    「メラノの旦那は?」
    「見回ってもらってる。もしバケモノがまた来たりなんかしたら、今のヘトヘトな俺たちでどうにかできるか分からんし。ゼロはまだ立ち直ってないだろうしな」
    「言えてるな」
     瓦礫を転々と回り、どうにか無事に残されていた野菜や果物を袋2つ分ほどかき集めたところで、メラノが戻って来た。
    「とりあえず辺りにバケモノらしいのは見当たらねえ。多分大丈夫だ」
    「ありがとよ、旦那。んじゃゼロの気分が良くなったら、結界張ってもらおう」
    「おう。……っと、来た来た」
     3人で固まっているところに、ゼロとシノンも入ってくる。
    「ごめんね、みんな。もう大丈夫」
     ゼロは、口ではそんな風に言ってはいるものの、未だ顔色は悪い。
    「それが大丈夫って面かよ。お前のヒゲといい勝負ってくらい真っ白じゃねえか」
     単純な気質らしく、メラノがずけずけと指摘した。
    「ともかく、先にメシ食おうや。それに全員疲れ切ってるし、少しでも休めるうちに休まなきゃ、全員共倒れになっちまうぜ」
    「……そうだね。うん、君の言う通りだ」
     フレンとメラノが集めた食糧を調理する間、ゲートとシノンは、未だ蒼い顔をしているゼロに声をかける。
    「ゼロ。辛いってのは見て分かるが、それでもお前がしっかりしてくれなきゃ、この旅を無事に終わらせられない。
     まず、今後の予定を考えようぜ」
    「ああ、うん。とりあえず――僕が最初考えてた予定通りには行かなかったけど――食糧は補充できた。あれだけあれば、当初の予定プラス2日か、3日は持つだろう。
     だから今日はここで一泊して、明日の朝早くから鉱床に向かって、2日かけて原料を確保しようと思う。で、集められたらまっすぐ北に戻ろう。それならギリギリ、食糧は持つはずだ」
    「まっすぐ?」
     尋ねたシノンに、ゼロは「あ、いや」と小さく答える。その一瞬の間から、ゲートは彼が何を思っていたのかを察した。
    「ゼロ、南の村の生き残りがいるかどうか、確かめたいんだろ?」
    「……ああ。余裕があるなら、探して保護したい。それは確かに僕の希望だ。
     だけどそんなことをすれば、ほぼ確実に僕たちは、クロスセントラルに到着する前に食糧が尽きて、飢え死にしちゃうだろうから」
    「だけど俺はな、ゼロ」
     ゼロの意見に対し、ゲートはこう返した。
    「お前が人を見捨てて平然としてるようなヤツじゃないってことを、十分知ってる。
     ここで確認せずに帰ったら、お前多分、一生気になって気になって仕方無くなるんじゃないか?」
    「……僕もきっとそう思うよ」
     力なくうなずいたゼロの手を、シノンが握りしめる。
    「じゃあ行こう? あたしだって、もしそれで助かる人がいるなら、絶対行くよ」
    「でも、食糧が足りなくなる危険が……」「そう言うことなら」
     反論しかけたゼロのところに、フレンがやって来る。
    「みんなが鉱床に行ったとこで、俺が周りに何か食べ物が無いか、探してみるぜ。
     もし鉱床の方の人手が足らんってことなら、その時はそっちを手伝うが、5人もいて全員かかりっきりってこともそうそう無いだろうし」
    「うーん……」
     フレンの提案に、ゼロは考え込む様子を見せ、やがてうなずいた。
    「そうだね。往路で迷いかけたことを考えれば、復路でも同じことが起こる可能性は高い。それを考えれば、食糧は現状でも十分か怪しい。
     それを補うことを考えれば、どっちみち食糧は探さないといけないしね。頼んだよ、フレン」
    「ああ、任せてくれ。……あ、そうそう。メシできたぜ」

    琥珀暁・襲跡伝 1

    2016.07.29.[Edit]
    神様たちの話、第20話。惨劇の名残。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ゼロの予測通り、バケモノと接触しかけた翌日には、南の村に到着することができた。 だが――。「こ、……こりゃあ」「ひでえな……!」 村には人の気配も、まともな建物も、何一つ残ってはいなかった。 家と思しき残骸には血の跡がべっとりと付いており、その周りを囲むように、巨大な獣の足跡が円を描いている。「襲われた、……か」「血も乾いてる...

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    神様たちの話、第21話。
    ようやくの到着。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     翌日、ゼロたち一行は南の村跡からさらに南下し、巨壁のように雄々しくそびえ立つ山脈のふもとに到着した。
    「鉱床はどの辺りだ?」
    「聞いた話だと近くに小屋とかあるらしいから、……あ、あれっぽいね」
     小屋に近付いてみると、すぐ横に洞窟の入口があることが確認できた。
    「この先が多分、鉱床かな。
     じゃあ当初の予定通り、僕とゲートとシノンは原料を採るのに専念する。フレンは山の方に登って、食べられそうなものを集める。メラノは僕たちとフレンのところとを回って、僕たちを手伝いつつ、フレンの無事を確保して」
    「おう」
    「んじゃ早速、見てくる」
     フレンとメラノが山を登り始めたのを確認し、ゼロたちは洞窟へと入っていった。

    「こりゃいい」
     洞窟の奥、鉱床である岩壁の前に着いたところで、ゼロが嬉しそうな声を上げた。
    「一目見て高純度だって分かるね、この石英。いい素材になりそうだ」
     ゼロは早速、持ってきたつるはしでカン、カンと岩壁を叩き、掘り出した鉱物を手に取る。
    「ほら、この水晶。向こう側が見える。相当質がいいよ」
     それを見たシノンが、ゼロと反対側から水晶を覗き見る。
    「綺麗だねー」
    「掘るのはこう言う透明なやつでいいのか?」
     尋ねたゲートに、ゼロは嬉しそうにうなずいた。
    「うん。とりあえず2時間、ここで水晶を掘り出そう。それくらい掘れば、20人分にはなるだろうから」
    「よし、やるかっ」
     ゲートが袖をまくり上げ、岩壁に向かったところで、ゼロはシノンにこう指示した。
    「僕とゲートが掘る。シノンは掘ったやつを外に運び出して。坑道は暗かったけど、君なら魔術を使えるから大丈夫だよね?」
    「だいじょぶ、大丈夫ー」
    「何かあったら大声で呼ぶんだよ。ほぼ一本道だったから、呼んだらすぐ聞こえるはずだし」
    「分かってるって。ほら、掘って掘って」
     シノンに促され、ゼロも岩壁を掘り始めた。
     掘り始めて20分もしないうちに、小屋から持ってきた荷車一杯に水晶が積み上げられる。
    「じゃ、一回持って行くねー」
    「うん、お願い」
     シノンが荷車を押してその場から離れたところで、ゲートが口を開く。
    「なんつーかさ」
    「ん?」
    「シノンも子供じゃないんだから、そこまで心配しなくてもいいと思うんだが」
    「あー、うん。分かってるんだけどね、頭では」
     弁解しつつ、ゼロはこう続ける。
    「でも何か、構いたくなるって言うか、気になるって言うか」
    「はは、言えてる」
    「それに、あんなのを見た後だから、心配になっちゃって」
    「あんなの、……ああ」
     廃墟と化した村を思い出し、ゲートは小さくうなずく。
    「この辺りにゃもう見当たらんとはメラノも言ってたが、それでも不安だよな」
    「うん。それに生兵法は怪我の元とも言うし」
    「な……ま?」
     聞き返したゲートに、ゼロは岩壁を掘り続けながら説明する。
    「聞きかじったことをすぐに実践しようとすると、大抵ろくなことにならないって意味だよ。
     シノンはきっと、僕から学んだ魔術をバケモノ相手に試してみたくて仕方が無いと思うんだ。馬車に乗ってた時に襲われそうになったことがあったけど、その時もシノンは、勇んで魔術を放ってたしね。
     でも学んでからそんなに間も無いし、自分の魔力が限界になるまで使い続けたことも無いだろうし、彼女が魔術を使い慣れてるかどうかって考えると、はっきり言えばまだ怪しい。
     今のところ可能性としては微々たるものだと思うけど、もしもバケモノが戻って来て、シノンがそれに出くわしちゃったりなんかしたら、きっと良くない結果になる」
    「……なるほどな」
     とは言え、この時は杞憂だったらしく、シノンが空になった荷車を運びながら、ゼロたちの元へと戻って来た。
    「運んできたよー」
    「ありがとう、シノン。……そろそろメラノが来てもいい頃だと思うんだけど、ちょっと辺りを探して来てもらってもいいかな?」
    「はーい」
     そのままくるんと踵を返したシノンに、ゼロが付け加える。
    「あ、山に登らなくていいから。周りにいなきゃ、そのまま戻って来て」
    「分かったー」

    琥珀暁・襲跡伝 2

    2016.07.30.[Edit]
    神様たちの話、第21話。ようやくの到着。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 翌日、ゼロたち一行は南の村跡からさらに南下し、巨壁のように雄々しくそびえ立つ山脈のふもとに到着した。「鉱床はどの辺りだ?」「聞いた話だと近くに小屋とかあるらしいから、……あ、あれっぽいね」 小屋に近付いてみると、すぐ横に洞窟の入口があることが確認できた。「この先が多分、鉱床かな。 じゃあ当初の予定通り、僕とゲートとシ...

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    神様たちの話、第22話。
    人では敵わぬモノ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ゼロに頼まれ、シノンは鉱床の入口周辺を見回り、メラノたちの姿を探す。
    「メラノ、大丈夫ー? フレンいるー?」
     声をかけてみるが、返事は無い。
    「まだ、山なのかなぁ? ……でも、ゼロに登るなって言われてるし」
     そうつぶやいてはいたが、シノンの視線は上方に向いている。
    「……ちょっとだけ見てみよ。ちょっとだけ」
     結局、シノンは山道に入り、二人の行方を追おうとする。
     しかし山は雪深く、5分もしない内にシノンは立ち止まってしまった。
    「これ以上は、……無理っぽそう。雪も崩れてないし、絶対メラノたち、こっち来てないよね」
     シノンはくるっと踵を返し、ゼロの言い付け通りに戻ろうとした。
     と――シノンの長い耳に、馬車での道中で聞いたものと同じ、大型獣のうなり声が聞こえてきた。
    「……え?」
     その鳴き声を耳にした途端、シノンの全身がこわばる。動悸が高まり、極寒の最中だと言うのに汗が噴き出す。
    「……う……あ……」
     フレンたちを呼ぼうと口を開くが、声が出てこない。やがて彼女は、その場にへたり込んでしまった。

    「ばっ、……バカ野郎! ボーっとしてんじゃねえ!」
     前方から、血まみれのメラノが駆け込んでくる。
    「めっ、……えっ、血、え、あのっ」
     そのボロボロの姿を見て、シノンはまたうろたえる。
     しかし見た目に反したしっかりした声で、メラノが答えた。
    「バケモノだ! 上にいやがった!」
    「あ、えっ、あのっ」
    「フレンは分からん! どっかに逃げた!」
    「え、じゃ、えっと」
    「逃げろ!」
     メラノに何度も怒鳴られ、ようやくシノンはガクガクと脚を震わせながらも立ち上がった。
     それと同時に、山の木々をなぎ倒しながら、あの巨大な双頭狼が現れた。
    「ひっ……」
     立ち上がったものの、脚が満足に動かず、シノンは何度もつまずき、転ぶ。
    「立て! 立たなきゃ、食われちまっ……」
     横で怒鳴っていたメラノが、消える。
     呆然としたままのシノンの顔に、びちゃっと生温いものが降り注ぐ。
    「あ……ひ……やあっ……」
     シノンの緊張と狼狽が頂点に達し、ぴくりとも動けなくなる。
     やがて――シノンの目線と、双頭狼の両方の目線とが交錯し、互いにそのまま見つめ合った。
    「……い……や……」
     一瞬の沈黙を置いて、ついにシノンは泣き叫んだ。
    「いやあああああっ! 助けて! 助けて、ゼロ!」

     目の前が暗くなる。
    「……っ」
     双頭狼が迫ってきたと思い、シノンは息を呑み、絶望する。
    「来たよ」
     だがシノンの元にやって来たのは、穏やかな声だった。
    「まだ大丈夫?」
     ゼロの優しい声が、シノンにかけられる。
    「……ぜ……ろ?」
    「僕じゃなかったら、誰が助けに来るのさ」
     背を向けながら、ゼロが笑ったような声で応える。
    「そこでじっとしていて」
    「う……うん」
     うなずいたシノンに目を向けることは無かったが、ゼロはここでも優しく、こう言った。
    「あいつにはもうこれ以上、君に触れさせやしない」
    「……」
     シノンはいつの間にか、自分の体の震えが止まっていることに気付いた。
     そして自分のほおが、ずきずきとした痛みを訴えていることにも。

     双頭狼を前に、ゼロは静かに立ちはだかっていた。
    「君に言ったって仕方の無いことなんだろう」
     対する双頭狼は、両方の頭を交互に揺らし、低いうなり声を上げている。
    「恐らく君たちは、植え付けられた本能(アルゴリズム)に従って行動しているだけ。与えられた役割(プロセス)をこなしているだけ。
     君たちに罪を問うてもどうしようも無い。壁の釘で手を引っかいたからって、その釘を怒鳴ったって仕方の無いことだものね」
     ゼロがぶつぶつとつぶやいている間に、双頭狼の吠える声は猛りを増す。
    「だけど、あえて、言わせてもらう。よくもやってくれたな」
     ゼロが右手を上げ、掘り出したばかりの水晶をその辺りで拾った枝にくくりつけただけの、簡素な魔杖を掲げる。
    「よくもこの何十年、何百年もの間、いや、もしかしたらもっともっと長くの時間、僕たち人間を虐げてくれたな!
     今こそはっきりさせてやる。僕たちは君たちの本能を満たし、プロセスを永遠循環させるだけのちっちゃな存在(ビット)じゃない。
     僕は、君たちをこの世界から排除(ターミネート)する!」
     ゼロの怒声に呼応するように、双頭狼も吠える。
     そしてゼロに飛びかかろうとしたその瞬間、ゼロも魔術を発動させた。
    「欠片(ビット)一粒残らず燃え尽きろ――『ジャガーノート』!」
     次の瞬間、ばぢっ、と奇怪な音を立てながら、双頭狼の背中がぱっくりと割れ、火を噴き上げた。

    琥珀暁・襲跡伝 3

    2016.07.31.[Edit]
    神様たちの話、第22話。人では敵わぬモノ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ゼロに頼まれ、シノンは鉱床の入口周辺を見回り、メラノたちの姿を探す。「メラノ、大丈夫ー? フレンいるー?」 声をかけてみるが、返事は無い。「まだ、山なのかなぁ? ……でも、ゼロに登るなって言われてるし」 そうつぶやいてはいたが、シノンの視線は上方に向いている。「……ちょっとだけ見てみよ。ちょっとだけ」 結局、シノンは...

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    神様たちの話、第23話。
    喪失。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     双頭狼の胸の辺りから背中にかけて大穴が空き、その巨体が蒸発していくとほぼ同時に、ゼロの掲げていた魔杖が水晶ごと燃え出した。
    「おわっ、あっちち、……あー、やっぱり過負荷になっちゃったか。あいつの術、威力高いんだけどオーバーロードしやすいんだよなぁ。安定性が無さすぎって言うか、あいつの性格が出てるって言うか」
     ゼロは魔杖をぽい、と捨て、手をバタバタと振って、焦げかけた手袋を冷ます。
    「落ち着いてきたら構文を書き直さなきゃ、危なっかしくて使えないよ。
     ……っと、シノン。大丈夫?」
     ゼロがくる、と振り返り、シノンと目が合った途端、シノンは泣き出してしまった。
    「ぜっ、……ゼロぉぉ」
    「うん、出血も止まってるみたいだね。あんまり深い傷じゃ無さそうだ」
    「きっ、きず、っ、て」
     嗚咽を上げながら尋ねたシノンのほおを、ゼロが布で優しく拭く。
    「言いにくいんだけどね、びっくりしないで聞いて欲しい。
     シノン、さっきのヤツに引っかかれたみたいだよ。右のほおに、爪痕が着いちゃってるんだ」
    「……えっ」
     言われて、シノンは自分のほおに手を当てる。
    「……あ」
     確かにびりっとした、突き刺さるような痛みがある。手のひらにも、べっとりと血が付いていた。
    「ごめんね。僕がもう少し早く、君が戻って来ないことに気が付いていれば、……メラノやフレンはともかく、君を傷付けさせることはさせなかったのに」
    「……ううん、助けて、くれたもん。ありがと。
     それで、……その、……メラノと、フレンは?」
    「これも、……言いにくいことなんだけど、その、一言だけ言うとね、……絶対、振り返っちゃダメだよ」
    「……っ」
     シノンは自分の足元を見て、自分のものでは無さそうな大量の血の跡が、雪道に残っていることを確認する。
     そのまま、その血の跡を目でたどろうとしたが、ゼロが彼女の目に手を当て、こう続けた。
    「見ちゃダメだってば」
    「……わか、った」
     背後の惨状を察し、シノンは目を覆われたままうなずいた。

     と――。
    「勝手に、殺すな……」
     うめくような声が、前方から聞こえてくる。
    「フレン?」
    「おう……」
     恐る恐る尋ねたシノンに、フレンの声が応える。
     ゼロが手を離したところで、顔を真っ青にしたフレンが、ガタガタと震えながら歩いてくるのが見えた。
    「生きてたの?」
    「ああ。いきなり背後から襲われたんだが、俺はどうにか山肌を滑り落ちて逃げた。
     メラノの旦那が叫んでる声がしたから、多分戦ってたんだと思うが、……あの様子じゃ、太刀打ち出来なかったみたいだな」
    「……」
     ゼロは答えず、シノンの肩をぎゅっと抱きしめた。



     メラノを失うと言う大きな痛手はあったものの、残った4人で2日間採掘と食料確保に努め、どうにか木箱2つ分の原料と袋4つ分の食糧を確保することができた。
    「じゃあ、出発するぜ」
    「うん」
     フレンが馬に鞭をやり、馬車を動かす。
    「最初の予定を変更して、近くに生き残りはいないか探す。それで良かったな?」
    「ああ」
     ゲートの確認に、ゼロは小さくうなずく。
    「……ごめんね」
     そうつぶやいたゼロに、シノンが尋ねる。
    「どうしたの?」
    「メラノに。助けてあげられなかったし、ちゃんとお墓も作れなかった」
    「おはか?」
    「亡くなった人が、あの世で安らかに過ごせることを願うためのものだよ」
    「あのよ?」
    「……ごめん、シノン。説明するには、ちょっと疲れたよ」
    「うん、また今度、聞かせて」
    「ああ」
     話しているうちに馬車は鉱床から遠く離れ、ふたたび真っ白な平原の中へと踏み込んでいった。

    「……」
     馬車の中の空気は重い。
     これまで明るく振舞っていたゼロが一言も発さず、ずっとうつむいたままでいるからだ。
    「……あのよ、ゼロ」
     耐えかねたらしく、ゲートが口を開く。
    「なに?」
     応じたゼロの声は、普段とは打って変わって沈んでいる。
    「お前の気持ちは分かる。……とは、言えない。きっとお前は、俺やらフレンやら、シノンが思っているよりずっと、強い決意でみんなを守ろう、みんなを助けようと思ってるだろうしな。
     だけど、そりゃ無茶ってもんじゃないのか?」
    「……」
     ゼロは答えず、真っ赤に腫れた目だけを向ける。
    「いや、お前には無理だとか、そんなことを言うつもりじゃない。お前はすげーヤツだ。俺たちの想像をはるかに超える、ものすげーヤツだってことは分かってるつもりだ。
     でも――俺なんかがこんなこと言ったって意味無いだろうが――何にだって限界はあるもんなんじゃないか?」
    「……」
    「いや、つまりさ、俺が何を言いたいかって言うとだな」「みんなでやろ、ってことだよ」
     しどろもどろになり始めたゲートをさえぎり、シノンが話を継いだ。
    「ゼロ、何でもかんでも一人で抱え込みすぎだもん。ゼロのすごさはあたしもゲートも知ってるけど、ゼロが繊細な人だってことも、同じくらい知ってるよ。
     だからさ、一人でああしよう、こうしようって突っ走らないで。あたしにできることはあたしに任せて。ゲートにできることはゲートに任せたらいいんだし」
    「……」
     ゼロはシノンにもゲートにも目を合わせず、小さくうなずいた。

    琥珀暁・襲跡伝 4

    2016.08.01.[Edit]
    神様たちの話、第23話。喪失。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 双頭狼の胸の辺りから背中にかけて大穴が空き、その巨体が蒸発していくとほぼ同時に、ゼロの掲げていた魔杖が水晶ごと燃え出した。「おわっ、あっちち、……あー、やっぱり過負荷になっちゃったか。あいつの術、威力高いんだけどオーバーロードしやすいんだよなぁ。安定性が無さすぎって言うか、あいつの性格が出てるって言うか」 ゼロは魔杖をぽい、と...

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    神様たちの話、第24話。
    「もしかしたら」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     前述の通り、ゼロは当初、原料を確保し次第クロスセントラルへと直帰する予定を立てていたが、南の村の生き残りを探すため、2日かけて近隣を捜索することになった。
    「ゼロよ、お前さんこないだ、もっと寒くなるなんてコトを言ってたが、いつくらいの話なんだ?」
     そう尋ねられ、ゼロは懐に入れていた紙をぺらぺらとめくりながら答える。
    「厳密には寒くなるって言うより、昼が短くなるって話なんだけど、まだ後10日くらい先かな。クロスセントラルに戻る頃がちょうど、一番短くなると思う。
     まあ、日照時間が短くなるんだから、実質的には寒くなるってことは間違い無いんだけど」
    「やっぱ寒くなんのかよ。んじゃ防寒具、編み直すかなぁ。尾袋使うの、もう俺だけだし」
    「……そうだね」
     しゅんとした顔になるゼロに、フレンは肩をすくめて返す。
    「あー、しょげんなって、ゼロ。重ねて言うけどさ、アイツは自分で突っ込んだんだからよ、お前が間に合う間に合わないの話じゃなかったんだって」
    「うん、まあ、……分かってるつもりだよ」
    「まあ、そんでさ。もうひとつ気になるのは、もっと寒くなるってのに、生き残りなんかいるのかなって、さ」
    「それは、……考えてないわけじゃない」
     ゼロは表情を堅くし、フレンから目をそらす。
    「確かに徒労かも知れない。見付けてみたら手遅れだ、なんてことは十分に有り得ることだ。
     でももしかしたら、万が一、そう言う可能性も捨てきれない。僕たちが行くことで助けられる命があるかも知れない。
     それに、……話を蒸し返すようだけど、……僕はやっぱりこれ以上、人が死ぬのは見たくないんだよ」
    「そりゃ、俺もだよ。ま、変なコト言っちまったけども、俺もアンタと同じ気持ちだ、同じ意見だってコトを強調したかったんだ。
     見付けられるといいな、生き残り」
    「……うん」
    「で、ゼロ」
     フレンはどこまでも続く雪原を見回し、こう尋ねた。
    「当てはあるのか? まさか勘だのみだったり、バケモノの鳴き声を頼りにしたり、なんてバカなコトは言わないよな?」
    「ああ、勿論さ。ちゃんと考えてある。
     南の村跡を探って、村の人たちがどこへ向かったか、足跡とかである程度の見当は付けてる。その方向から、目立ちそうな木とか川とか、村の人が目印にしそうなものを追って行く感じで進もうと思ってる。
     だからフレン、まずは川まで進んでみよう」
    「おう、分かった」

     ゼロの指示通り、馬車はまず、南の村跡の近くにあった川まで進み、そこから川に沿って北東へと進んだ。
    「もし見付からなくても、この方向ならクロスセントラルに近付けるからね。無駄骨を折るようなことにはならないさ」
    「なるほどな」
     その日は吹雪も無く、一行は遠くまで見渡すことができた。
     しかし地面は一面雪で覆われており、人の足跡などは見当たらない。
    「あるのは、鹿やトナカイなんかの足跡ばかり、……か」
    「ダメ元なんだからよ、気ぃ詰めんなって」
     なだめるゲートに、ゼロは珍しく、苛立った目を向けた。
    「ゲート、どうしてそんなことばかり言うんだ?」
    「ん、……あ、いや、気にすんなよってことで」
    「見つかってほしくないのか?」
    「いや、そうじゃねえよ。そりゃ誰か生き残りがいたら、そっちの方が嬉しいさ。……だけど、……正直に聞くけどさ、お前は見付かると思ってんのか?」
     尋ね返したゲートに、ゼロは表情を曇らせる。
    「僕は元来、楽天家な方だ。大抵の物事は自分の気の持ちようで『いいことだった』と思えるはずだ、……って思って生きてきた。
     だけど世の中は、世界はそうじゃなかったってことは、今は良く分かってる。どう捉えたって悪いことにしかならないって物事も、この世には確かにあるんだ。
     今取り掛かってることは、結果的にその一つになるのかも知れない――このまま、いもしない生き残りを闇雲に探し回って、僕たちは凍死するか、あるいはバケモノに襲われるかも知れない。そう言う考えは、確かに何度も僕の頭の中をよぎってる」
    「……」
     ゼロはゲートから顔を背け、ぼそぼそとした声でこう続けた。
    「だけど、……やっぱり、僕はどこか楽天家のままなんだろう。もう一方の『もしかしたら』を、僕は捨て切れないんだ。
     もしかしたらまだ生き残りがいて、助けを待っているんじゃないかって」
    「そうかもな」
     ゲートはぽんぽんとゼロの肩を叩き、こう返した。
    「俺だってフレンだってシノンだって、そっちの『もしかしたら』を期待してるクチだよ。だからこうやって、帰りを遅らせてんじゃねーか」
    「……うん」
     ようやくゼロが振り返り、ゲートに向かってうなずきかけた。
     と――その顔が、驚愕したものに変わった。

    琥珀暁・襲跡伝 5

    2016.08.02.[Edit]
    神様たちの話、第24話。「もしかしたら」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 前述の通り、ゼロは当初、原料を確保し次第クロスセントラルへと直帰する予定を立てていたが、南の村の生き残りを探すため、2日かけて近隣を捜索することになった。「ゼロよ、お前さんこないだ、もっと寒くなるなんてコトを言ってたが、いつくらいの話なんだ?」 そう尋ねられ、ゼロは懐に入れていた紙をぺらぺらとめくりながら答える。...

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    神様たちの話、第25話。
    いのり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「ゲート!」
     驚いた顔のゼロに、ゲートも面食らう。
    「な、何だよ?」
    「後ろ! あれ見て!」
    「後ろ?」
     言われるままに振り返り、川岸にぽこ、ぽこと小さな塊があることに気付く。
    「あれ、って……、え、まさか?」
    「行こう!」
    「お、おうっ!」
     ゲートは慌てて手綱を引き、馬車を急転回させる。
     その塊のすぐ近くまで来たところで、ゼロが馬車から飛び降りた。
    「……やっぱり!」
     ゼロがばさばさと表面の雪を振り払い、その塊が人であったことを、ゲートも確認した。
    「生きてる、……のか?」
    「いや、……残念だけど死んでる。ひどくやつれてる。多分南の村からここまで、ずっと歩いてきたんだろう。
     外傷は無いから、恐らく凍死だと……」
     ゼロの説明が、途中で止まる。
    「どうした?」
    「……ゲート! 手伝ってくれ!」
    「え? 何を?」
    「下だ! 下に誰かいるんだ!」
    「……は?」
     ゼロに言われるがまま、ゲートは慌てて、二人で遺体を横にずらす。
     遺体の下には穴が掘られており、そこに顔を真っ青にした短耳の子供が2人、うずくまっているのを確認した。
    「こっちも死んでる、……のか?」
    「バカなこと言うな! 死にかけてるけど、まだだ! まだ生きてる!」
     ゼロは早口にそう返し、懐から金と紫に光る板を取り出して、呪文を唱え始めた。
    「助けてやる! 死ぬんじゃないぞ! 『リザレクション』!」
     魔術が発動された瞬間、辺りは温かな光に包まれる。
    「なん……だ? 何か……浴びてるだけで……心地良い……ような……」
     思わず、ゲートはそうつぶやく。
     そしてその感想は、子供たちにも同様であったらしい。みるみるうちに顔色が良くなり、同時にぱちっと目を開けた。
    「……おじいさん、だれ?」
    「おじさんじゃない?」
     二人に揃って尋ねられたところで、ゼロはボタボタと涙を流し始めた。
    「良かった……助けられた……!」

     念のため、ゼロたちはこの周辺に倒れていた人々の様子も改めたが、やはり生き残っていたのはこの子供たち、2人だけだった。
    「はい、お芋のスープ。すぐ冷めると思うけど、気を付けて飲んでね」
     シノンが作ったスープをごくごくと飲み干し、二人は同時にため息をついた。
    「はあ……」「おいしい」
    「ねえ、あなたたち、名前は?」
     おかわりを注ぎながら尋ねたシノンに、二人は揃って名前を名乗る。
    「わたしはヨラン」
    「ザリンです」
    「よろしく、ヨラン、ザリン。あなたたち、南の村の子だよね?」
     続けて尋ねたが、ヨランたちは揃って首をかしげる。
    「わかんない」
    「おとうさんが『あぶない』っていって、ここまでつれてこられたもん」
    「そっか」
     同じようにスープを受け取りながら、今度はゼロが尋ねる。
    「どうしてお父さんは、君たちを村から連れ出したのかな?」
    「なんか、がおーっていう、おっきないぬさんがいた」
    「おおかみだよ。おとうさん、すごくこわいかおであたしたちをひっぱってった」
     続いて、フレンが尋ねる。
    「お前ら、姉妹か?」
    「うん」
    「ヨランがおねーちゃん」
     最後にもう一度、ゼロが質問した。
    「君たちを穴に入れたのは、お父さん?」
    「うん」
    「さむいからここにはいりなさいって」
    「確かに、ああすれば子供たちだけでも助かる可能性は高まる。……でも、相当な決断だったろうな。
     自分の命を犠牲にしてでも、……か」
     ゼロはシノンにスープの器を返し、袖をめくり始めた。
    「どしたの?」
     尋ねたシノンに、ゼロはこう答えた。
    「お墓を作る。この子たちを身を挺して守った人に、敬意を払わなきゃ」
    「あたしも手伝うよ」
    「ありがとう。助かる」

     ゼロたちは川から離れたところにいくつもの穴を掘り、そこへ亡くなった人々を埋葬した。
    「墓石も立てて、……これでよし。後は、祈ろう」
    「いのる?」
    「お墓の説明した時に言っただろ? 『あの世で安らかに過ごせることを願う』って。その儀式さ」
     シノンにそう返し、ゼロは墓石の前に屈み、両掌を組んだ。
    「……」
     と、シノンもその横にしゃがみ、同じように両掌を組む。
    「こんな感じ?」
    「うん、そんな感じ。後は心の中で、この人たちの冥福を願うんだ。『どうか生き残った人たちのことは心配せず、安らかに眠っていて下さい』って」
    「分かった」
     シノンはうなずき、ゼロと共に、静かに祈る。
     そして二人に続いて、ヨランとザリンも座り込み、両掌を合わせた。
    「おやすみなさい」
    「げんきでね」
     その様子を眺めながら、ゲートとフレンも苦笑しつつ加わった。
    「元気でってのは何か違うよな……」
    「だなぁ」
     そのまま6人で、黙々と祈りを捧げ続けた。

    琥珀暁・襲跡伝 終

    琥珀暁・襲跡伝 6

    2016.08.03.[Edit]
    神様たちの話、第25話。いのり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「ゲート!」 驚いた顔のゼロに、ゲートも面食らう。「な、何だよ?」「後ろ! あれ見て!」「後ろ?」 言われるままに振り返り、川岸にぽこ、ぽこと小さな塊があることに気付く。「あれ、って……、え、まさか?」「行こう!」「お、おうっ!」 ゲートは慌てて手綱を引き、馬車を急転回させる。 その塊のすぐ近くまで来たところで、ゼロが馬車から...

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    神様たちの話、第26話。
    ゼロの仮説。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ほぼ1ヶ月ぶりに戻ったゼロたちの馬車を見て、クロスセントラルの村人たちはどよめいていた。
    「ゼロが帰って来た!」
    「タイムズ、生きてたのか!」
    「みんな無事なのか!?」
     村人たちに総出で出迎えられるが、ゼロは憔悴した顔で淡々と応じている。
    「原料は手に入れた。30人分くらいはある。すぐ製造に取り掛かろう。
     全員無事には帰れなかった。残念だけどメラノが死んだ。途中で、バケモノに襲われたんだ。
     あと、南の村の生き残りを2人連れて帰って来た。まだ小さい子たちだから、優しくしてあげてほしい。
     皆の方はどうだった? バケモノは出なかった?」
     尋ねたゼロに、村人は表情をこわばらせる。
    「出たんだね?」
    「あ、ああ。村に出たわけじゃないが、結構近くで出くわした。向こうは気付いてなかったみたいだから、何とか逃げられたけど」
    「いつ?」
    「3日前だ。西の方に」
    「それ以外には?」
    「北でも見た。4日前に」
    「じ、実は俺も見た。5日前に、東で」
    「……」
     一連の目撃報告を聞き、ゼロも顔色が変わる。
    「時系列で見れば、東、北、西とぐるぐる回ってるのか。でも南には出なかった?」
    「ああ」
    「聞いたこと無いな」
    「僕たちも南から帰って来たけど、出くわさなかった。妙だね」
     ゼロの言葉に、村人たちはさらに表情を堅くする。
    「妙って、何が?」
    「まるで偵察してるみたいだ」
    「てい、……え?」
    「僕たちをじーっと、遠巻きに見つめてきてるみたいな、そんな気持ちの悪さがある。
     連日のように目撃されてたのに、この3日ぱたっと見なくなっちゃったって言うのが、すごく不気味だ。
     もうあんまり、時間に余裕が無いのかも知れない。みんな、大急ぎで準備に取り掛かってくれ」
     真剣なゼロの眼差しと声色に、村人たちはゴクリと息を呑み、大慌てで馬車から原料を運び始めた。
     と、共に運び出そうと動きかけたゲートとフレンの肩をゼロがとん、とんと叩き、横にいたシノンの手を引く。
    「ゲート、フレン、シノン。ちょっと、話しておきたいことがある」
    「何だよ、改まって?」
    「……いや、話したいって言うよりも、どちらかと言えば自分の頭の中を整理するために、話を聞いて欲しいって感じかな。
     ともかく、4人で話せるところに行こう」

     場所をゼロとシノンの家に移し、ゼロは――穏やかで優しげな、しかしどこか盤石の自信をほのかに見せる、いつもの彼らしくない素振りで――ぽつぽつと話し始めた。
    「みんなはバケモノのことを、獣(けだもの)の延長線上のものと思っているかも知れない。いや、誰だってそう思うだろう。僕だってこの目で見るまでは、そう言うものだって思ってた。
     だから僕のこの仮説は、はっきりと、『そんなわけない』って笑い飛ばしてくれて構わない」
    「何が言いたいんだ?」
     首を傾げるゲートに応じず、ゼロは話を続ける。
    「僕は感じているんだ。バケモノに何か、単なる獣以上の意志が宿っていることを。
     いや、意志と言うよりも、それはむしろ行動規範(プロトコル)と言うべきものだろうか」
    「こうどうきはん?」
     きょとんとするシノンに、ゼロは優しく説明する。
    「『こう言うことが起これば、何があろうとも必ずこう動くべし』って言う、ものすごく厳格な命令って意味かな。
     そう、まさにそれなんだ。バケモノたちは執拗に、ヒトを襲い続けている。まるで誰かからそう命じられているかのように」
     ゼロの意見に対し、フレンは肩をすくめて返す。
    「考えすぎだろ。襲ってきてんのもハラが減ってるからとか、そーゆーヤツだろ」
    「それなら妙な点がある。南の村跡で、僕たちは食糧をかき集めただろ?」
    「ああ。……あ?」
     うなずいたフレンが、そこで首を傾げる。
    「そう、そこなんだ。もしバケモノが空腹で、手当たり次第に食い荒らしたって言うなら、何故食糧はそのまま残されてたんだろうか? 食い荒らされた跡すら――人間以外には――見当たらなかったし。
     君と初めて会った時にしても、近くをうろついてた羊には目もくれずに、君や僕らを襲ってきた。明らかに僕たちより羊の方が、食いでがあるように見えるのにね」
    「……確かにな」
    「それにもう一つ、変なことがある。
     旅の往路で、僕たちはバケモノとすれ違った。あれは今思い返してみると、南の村から逃げてきた人たちを追ってたんだろう。
     だけどフレンの言う通り、空腹を理由として襲いかかっていたと言うのなら、僕たちが見付けたヨランたちのお父さんや、一緒にいた村の人が五体無事に遺ってたってことも妙だ。かじったような跡すら無かったよね?」
    「そう……だな」
     フレンに続き、ゲートも神妙な顔になる。
    「今までの遭遇談をまとめると、バケモノは『生きてる人間』しか襲っていないんだ。そこに僕は、獣としての本能以上の『何か』を感じずにはいられない。
     あいつらはまるで、僕たち人間だけを狙って攻撃してきてるようにしか思えないんだ」

    琥珀暁・創史伝 1

    2016.08.05.[Edit]
    神様たちの話、第26話。ゼロの仮説。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ほぼ1ヶ月ぶりに戻ったゼロたちの馬車を見て、クロスセントラルの村人たちはどよめいていた。「ゼロが帰って来た!」「タイムズ、生きてたのか!」「みんな無事なのか!?」 村人たちに総出で出迎えられるが、ゼロは憔悴した顔で淡々と応じている。「原料は手に入れた。30人分くらいはある。すぐ製造に取り掛かろう。 全員無事には帰れなか...

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    神様たちの話、第27話。
    団結。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「……」
     ゼロの恐るべき仮説に、ゲートたち3人は顔を青ざめさせていた。
    「で、でも、ゼロ?」
     と、シノンが恐る恐ると言った素振りで口を開く。
    「それって、結局、どう言うことなの?」
    「どう、って?」
    「もし本当に、ゼロの言う通りバケモノがあたしたちを目の敵にしてるとしても、それにどう言う意味があるの?」
    「……分からない。そうだね、確かに君の言う通りだ。
     この仮説には、現状の打破に結び付くような要素は無い。単に僕がそう言う気がするってことを、掘り下げて考えただけのことだ。
     ごめんね、変なこと言っちゃって」
    「いや」
     と、ゲートが首を振った。
    「案外、大事なことかも分からんぜ?
     要するに、お前の言うことが確かだとしたら、あのバケモノは今までずっと、俺たち人間だけを狙って来たわけだ。
     だとしたらムカつく話じゃねえか。シノンのトコみたいに家族で仲良く暮らしてた奴らは、そいつのせいで生活ブッ壊されたんだって話になる。ヨランたちだって、バケモノがいなきゃ今でも父親と一緒に、南の村で平和に暮らしてたはずだ。
     人間として、そんな話を許せる気はしねえよ。だろ、ゼロ?」
     ゲートにそう返され、ゼロは深々とうなずく。
    「ああ、その通りだ。許せない。許すわけには行かない」
    「だとするならよ、丁度良く、バケモノは俺たちの村を襲おうとしてる。
     そいつらを全部ブッ倒しちまえば、今まで殺されてきた皆の仇を、俺たちがばっちり討ってやったってことになるんじゃないのか?」
    「うん、そうなる」
     ゼロの目に、強い意志の光が宿る。ゲートの顔も、紅潮していく。
    「やってやろうぜ、ゼロ。
     今までバケモノに追われ、殺されてくばっかりだった俺たちが、逆にあいつらをぶちのめしてやるんだ!」
    「……ああ、やってやろう!」
     がしっと堅く握手を交わした二人に、フレンとシノンも続く。
    「メラノの旦那の無念は、俺が晴らしてやる。いいや、今まで死んでいった仲間や友達の分もな」
    「仇討ちなら、あたしがまず、やってやりたいもん。どこまでも付いてくよ、ゼロ」
     四人で手を合わせ、ゼロが場を締めた。
    「見せつけてやろう。
     あいつらが僕たちを蹂躙するんじゃない。僕たちがあいつらをねじ伏せてやるんだ、……ってことを」



     防衛準備は、恐るべき速さで進められた。
     まず、ゼロが武器製造のすべての工程を指示・監督し、村中が武器工房と化した。一方で防衛線も二重、三重に構築され、あちこちにやぐらが建てられた。
     その他のあらゆる指示も、ゼロがあちこちを駆け回って、矢継ぎ早に出されて行く。
    「子供たちと戦えない人たちは村の中央にいつでも移動できるようにしておいてくれ! いざと言う時は、古井戸を改造した地下壕に避難するんだ!
     バケモノはいつ、どの方向から、どのくらいの数で攻めてくるか、まったく不明だ! だから少しでも素早く確実に対応できるよう、見張りは2人で、3交代で切れ間無く続けることを徹底してくれ!」
     そしてゼロの補佐として、シノンたちも動き回っていた。
    「杖、できた!? じゃあ半分は井戸の周りに並べといて! 避難する人の邪魔になんないようにね!」
    「魔術使えるやつは杖持って俺と一緒に、村の端を巡回だ! 見付けたら迷わず即、撃ち込め!」
    「いいか、『ライトボール』の緑のヤツは異状無しの合図だからな! 異状があったら赤い球だぞ! 忘れんな!」
     クロスセントラルの村人50人余りはゼロたちの指示の下、可能な限り万全な態勢で、バケモノの出現を待ち続けた。



     そして、準備を始めてから二昼夜半を回った未明前――その時は、来た。
    「南東やぐらから赤球! バケモノが出たぞ!」
    「東のやぐらからもだ!」
     報告を受け、ゼロはシノンと村人5名を率いて走り出した。
    「行くぞ、みんな! まず南東からだ!」
    「おう!」
     すぐに現場に到着し、ゼロたちはバケモノと接敵する。
    「こないだのと違う……! 牛みたい! でっかい角あるよ、ゼロ! それに脚が6本!」
    「ああ、突進されたら防衛線が危ない。可能な限り遠巻きに攻撃するんだ!」
    「はいっ!」
     ゼロの号令に合わせ、シノンを含めた村人6人が魔術を放つ。
    「『ファイアボール』!」
     6個の火球が、六本脚の巨牛の顔面を焼く。
     しかし巨牛はぶんぶんと頭を振って火を消し、突進し始める。
    「怯まない……! みんな、第二撃用意! その間に僕が撃つ!」
     命令を出しつつ、ゼロが魔杖をかざす。
    「これならどうだ! 『フレイムドラゴン』!」
     ぼっ、ぼっと小刻みに破裂音を立てて、村人たちが放ったものより二回り大きな火球が3つ、巨牛に飛んで行く。
     立て続けに3発眉間に食らい、巨牛の動きが止まる。
    「今だ! 目を狙って当てろ!」
    「はい!」
     村人たちの第二波が巨牛の目を焼き、その奥までねじ込まれる。
     巨牛は耳と鼻、口から火を噴き、そのまま倒れ込んだ。
    「……やった?」
    「やった、……ぽいな。血がめちゃめちゃ出てるし」
    「よし、ここは抑えた! 東のやぐらに……」
     命令しかけたゼロの顔がこわばる。
     その視線の先を追ったシノンも、自分の背筋が凍りつくのを感じていた。
    「4つ、……5つ、6つ、……7、……うそ……」
     あちこちのやぐらから、続けざまに赤い光球が飛ばされていたからだ。

    琥珀暁・創史伝 2

    2016.08.06.[Edit]
    神様たちの話、第27話。団結。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「……」 ゼロの恐るべき仮説に、ゲートたち3人は顔を青ざめさせていた。「で、でも、ゼロ?」 と、シノンが恐る恐ると言った素振りで口を開く。「それって、結局、どう言うことなの?」「どう、って?」「もし本当に、ゼロの言う通りバケモノがあたしたちを目の敵にしてるとしても、それにどう言う意味があるの?」「……分からない。そうだね、確かに君...

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    神様たちの話、第28話。
    無明の夜戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ゼロたちは全速力で南東から東へ向かおうとしたが、彼らもその道中で次々と、バケモノたちに出くわしていた。
    「ま、まただ! またあのでけー牛だーっ!」
    「来るな! 寄るんじゃねえーッ!」
     付随していた村人たちがバラバラに火球を撃ち込むが、巨牛はビクともしない。
    「一斉に撃つんだ! 揃えてくれ! 僕がまず撃つ!」
     どうにか皆をなだめ、態勢を整えさせつつ、ゼロが攻撃する。
    「『フォックスアロー』!」
     ゼロの構える魔杖から紫色の光線が9つ放たれ、巨牛の体を貫く。
    「今だッ!」
     ゼロの号令に合わせ、火球が先程と同様、巨牛の頭を燃やす。
    「……よし! 倒せた!」
    「また来てる、ゼロ! 今度は狼みたいなの!」
     一体倒してもすぐ、新手が押し寄せてくる。
    「きりが無え! どんだけ倒せばいいんだ……!?」
    「ゼロがいるってのにこんなに苦戦してんじゃ、他のとこはもう……!」
     悲観的な意見を、ゼロが一喝した。
    「諦めるな! 確かに僕だけじゃ苦戦してるけど、でもみんながとどめを刺してるじゃないか! だったら、僕抜きだって戦えるってことだ! そうだろ!?」
    「そ、……そっか、そうだよな」
    「ああ、みんな頑張ってるさ! きっと生きてる! それにまだやぐらも倒れてないし、僕たちは村の外で全部、バケモノを倒してきてる! まだ村は無事だ!
     このまま押し返すんだ! 一匹たりとも、村に近付けるな!」
    「おうッ!」
     ゼロは何度も村人たちを鼓舞し、焚き付け、戦意を維持させる。



     だが――。
    「……ひでえ」
    「もしかして、……これ、マノかよ」
    「あっちのは、メイ、……の体、か」
    「こんなこと……!」
     村の南東から東、そして北東へと進んだところで、ゼロたちは戦闘要員だった村人の死骸をいくつも発見する。
    「もう5、6人は死んでるぞ、これ……」
    「やっぱり、……やっぱり、ダメなのか……!?」
    「なあ、タイムズ、どうなんだ……? 俺たちは、生き残れるのか……?」
     シノンも含め、村人たちは顔を青ざめさせ、または土気色に染めながら、ゼロを見つめる。
     ゼロもまた、今にも泣きそうに顔を歪めながら、こう返した。
    「生き残らなくちゃならない。ここで僕たちも死んだら、何も残らないじゃないか」
    「……でも……でも……!」
     これまでずっと、ゼロに付いてきたシノンも、既にボタボタと涙を流している。
     と――半ば棒立ちになっていた彼らの前に、またもバケモノが現れた。
    「また出てきた……!」
    「もう俺たち、10体は倒してるってのに、まだ出てくるのか……!?」
    「いつまで続くんだ……もういやだ……」
     村人たちの戦意は、目に見えてしぼんでいく。
     ゼロはもう一度鼓舞しようとしたらしく、口を開きかける。だが、迷ったような表情を見せ、そこから何もしゃべろうとしない。
    「……ゼロ?」
     シノンが泣きながら、ゼロにしがみつく。
    「どうしたの? 撃ってよ、ゼロ!」
    「……」
    「……ゼロ……」
     やがてシノンも、何も言えなくなる。
     この時ゼロの目に、この半年間で初めて絶望的な色が浮かんでいたのを見たからだ。

     その時だった。
    「ボーッと突っ立ってんじゃねえぞ、ゼロ!」
     ぼっ、と音を立て、火球がバケモノの体を、左右両方から貫く。
     火球が来た方向にきょろきょろと首を向け、シノンが叫ぶ。
    「フレン! それにゲートも!」
     バケモノの両側から、ゲートとフレンの隊が現れた。
    「こんなとこでへばっててどーすんだよ? まだどっかにいるかも知れねーだろーが」
    「あ、……ああ、うん、そうだね」
     ゲートに叱咤され、ゼロはかくかくとうなずく。
     続いて、フレンも怒鳴る。
    「ギリギリだけどもな、俺たちはまだ生きてる! ここで俺たちが踏ん張らなきゃ、みんなが生き残れねえんだよ!
     考えてもみろよ、お前ら何匹倒した? 俺んトコは7匹だぞ」
     ゲートが続く。
    「俺んとこは6匹だ。それだけで13匹も倒したってことになる。ゼロ、お前んとこはどうなんだ? 5匹くらいはやってんのか?」
    「10匹やっつけたよ」
    「すげーじゃねーか。やっぱお前はすげーよ」
     ニヤニヤしながら、ゲートがゼロの肩を叩く。
    「となりゃもう、23匹になる。まだ大勢いると思うか?」
    「……確かに、あの大きさのバケモノがまだ、20体も30体も残ってるとは考え辛い。そうだね、もしかしたらもう、峠を越してるのかも知れない」
    「だろ?」
     ゼロたちの会話に、他の村人たちも表情がほころび始める。
    「そっか、この3隊でそんだけ倒してるなら、他んとこだって結構やってるよな」
    「って言うかまだ、村で生き残ってる奴の数より多いってことは無いよな……?」
    「じゃあもうちょっと頑張ったらやれる、……かも、ってこと?」
     ゼロ自身も気力が戻って来たらしく、いつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。
    「みんな。……正直言うと、僕も参ってた。倒しても倒してもきりが無いって、打ちのめされそうになってた。
     でもゲートとフレンの言う通りだ。20体以上も倒してて、まだこの2倍も3倍も残ってるなんて思えない。ましてや無限に湧いてくるって言うなら、とっくの昔に村は滅ぼされてるはずだしね。
     あと何体いるのか、確かに分からない。でも油断せず、緊張を途切れさせず、ひたすら倒し続ければきっと、終わりは来る。明けない夜は無いようにね」
     ゼロの言葉に、その場にいた皆が大きくうなずいた。

    琥珀暁・創史伝 3

    2016.08.07.[Edit]
    神様たちの話、第28話。無明の夜戦。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ゼロたちは全速力で南東から東へ向かおうとしたが、彼らもその道中で次々と、バケモノたちに出くわしていた。「ま、まただ! またあのでけー牛だーっ!」「来るな! 寄るんじゃねえーッ!」 付随していた村人たちがバラバラに火球を撃ち込むが、巨牛はビクともしない。「一斉に撃つんだ! 揃えてくれ! 僕がまず撃つ!」 どうにか皆をなだ...

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    神様たちの話、第29話。
    夜明け前の約束。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     夜を徹して行われた防衛戦にも、ようやく終わりが見えてきた。
     あちこちに浮かんでいた赤の光球が一つ、また一つと消え、やがて東の空が白くなり始めた頃には、すべて消失していた。
    「状況を報告してくれ! バケモノはまだ、どこかに見える!?」
     西のやぐらの下で尋ねたゼロに対し、見張りを務める村人がぶんぶんと首を横に振って答える。
    「見えない! こっちにはもういないぞ!」
    「ありがとう、でもまだ警戒を解かないでくれ! 太陽が昇ってきたら、また光球で報告して!」
    「分かった!」
     上から横へと視線を変えたところで、ゼロの目に疲れ切ったシノンの姿が映る。
    「大丈夫、シノン?」
    「だいじょぶ、だいじょぶ。でもなんか、どっと疲れが来たなーって」
    「そうだね、僕も気を抜いたら倒れて爆睡しちゃいそうだ。でも、もう一頑張りしないと。少なくとも、夜明けまでは辛抱しよう」
    「夜明け……。あと、どれくらい?」
     尋ねたシノンに、ゼロは東の空を眺めながら答える。
    「1時間も無いと思う」
    「そこまで行ったら、終わり?」
    「そうしたい。夜明けと同時に緑の光球を8つ確認できたら、皆を集めて終わりにしよう」
    「うん、分かった。……ふあ、あ」
     うなずくと同時に、シノンから大きな欠伸が漏れる。
    「疲れた?」
     尋ねたゼロに、シノンはぶんぶんと首を横に振る。
    「大丈夫、大丈夫。まだ行けるよ」
    「無理しないで、……って言いたいけど、もうちょっと頑張ってくれると嬉しい」
    「うん、分かってる。……ん、と」
     シノンがわずかに顔をしかめ、右ほおに手を当てる。
    「いたい……」
    「え、ケガしたの?」
    「ううん、こないだの傷。首振るとまだ、ぴりぴり来るの」
    「そっか。……ごめんね、うまいこと治せなくて」
     ゼロは申し訳無さそうな顔で、シノンのほおに手をやる。
    「治療術は苦手じゃない、……はずなんだけど。まだこんなに、痕が残ってる」
    「治してくれた時、動揺してたからじゃない? 魔術は精神状態で効果が大きく変わるって、あなたが自分で言ってたし」
    「それはある。確かに君が血だらけになってて、ひどくうろたえた覚えがある」
    「……ふふっ」
     シノンはゼロの腕にしがみつき、ニヤニヤ笑う。
    「あたしにはそれだけで嬉しい。あなたがあたしのことで、そんなにも戸惑ってくれるんだもん」
    「いや、でも、そのままにしておくわけには」
    「いーの。あたしのことなんかより、他にもっと、あなたにはやることあるでしょ?」
    「そんなこと言ったって」
     言いかけたゼロの口に人差し指を当て、シノンはこう切り出す。
    「ね、ゼロ。今更なんだけど」
    「うん?」
     シノンは上目遣いにゼロを見上げ、尋ねる。
    「あたしのこと、どう思ってる?」
    「どうって?」
    「周りはさ、もうあたしのこと、あなたの奥さんだって言ってくれたりするけど、あなたはどうなのかなって」
    「そ、そりゃ、まあ、その」
     ゼロは顔を真っ赤にし、ぼそぼそとした声で返す。
    「思って、ない、なんてことは、無い」
    「じゃあ」
     シノンはゼロから離れ、続いてこう尋ねた。
    「この戦いが終わって、あなたが『こよみ』を作ったらさ、ちゃんとあたしのこと、奥さんにしてくれる?」
    「……」
     ゼロは依然として顔を真っ赤にしたまま、静かに、しかし大きくうなずいた。

     その時だった。
    「……っ」「な、……に?」
     村中に響き渡るようなとてつもない獣の叫び声が、ゼロたちの耳を揺らす。
    「今のは、……なに?」
    「とんでもないのが、まだ残ってるみたいだ。……でも多分、あれで最後って気もする」
     ゼロは表情を変え、毅然とした態度で全員に命じた。
    「みんな、本当に、本当に今、疲れて疲れて疲れ切ってるかも知れないけど、でも、出せるだけの元気を今、出し切ってほしい。
     あの叫び声の主を、何としてでも撃破、駆逐するんだ!」
    「おうッ!」
     村人たちは奮い立ち、魔杖を掲げて鬨の声を上げ、そのまま駆け出した。

    琥珀暁・創史伝 4

    2016.08.08.[Edit]
    神様たちの話、第29話。夜明け前の約束。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 夜を徹して行われた防衛戦にも、ようやく終わりが見えてきた。 あちこちに浮かんでいた赤の光球が一つ、また一つと消え、やがて東の空が白くなり始めた頃には、すべて消失していた。「状況を報告してくれ! バケモノはまだ、どこかに見える!?」 西のやぐらの下で尋ねたゼロに対し、見張りを務める村人がぶんぶんと首を横に振って答える...

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    神様たちの話、第30話。
    最後の巨敵。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     咆哮が上がった方へと急ぐうち、ゼロの隊に他の村人たちが次々合流していく。
    「ゼロ、今の聞こえたか?」
     合流してきたゲートの問いに、ゼロは走りながらうなずく。
    「ああ、……かなり大きな叫び声だったみたいだね。あっちこっちから人が集まってきてるし」
    「だな。光球を確認しちゃいないが、……っ!」
     言いかけたゲートの顔がこわばる。ゼロの顔にも同様に、緊張が走っていた。
    「……かなりまずい」
    「ああ。やべえかも」
     二人の予想は当たっていた。
     やぐらは既に横倒しになっており、見張りたちは血まみれで転がっている。
    「あ……うあ……」
    「ひい……ひっ……」
     しかしまだ、辛うじて息はある。
    「クレイとバクは二人を助けて! 残りはあいつに集中攻撃の準備だッ!」
     ゼロの命令に、見張りを助けに行った2人以外は魔杖を構え、距離を取る。
     その全員の目に、やぐらの半分ほどの巨躯の、「獰猛」をそのまま形にしたような、誰も見たことの無い、異形の怪物が映っていた。
     いや――一人だけ、「それ」を形容できた者がいた。
    「まるで……獅子(ライオン)みたいだ」
     ゼロがぽつりと放ったその一言に、ただシノンだけが反応した。
    「ら……い……おん?」
    「あとで……、説明する。とにかく、今はあいつを倒すことに集中して!」
    「う、……うん!」
     ゼロたちが迎撃準備を整えている間に、「ライオン」もはっきりと、ゼロたちを標的として認識したらしい。
    「グウウウ……グオオアアアアアッ!」
    「群れ」の中心にいるゼロに向かって、大気がびりびりと震えるほどの叫び声を上げた。

    「ライオン」はゼロを見据え、一直線に飛び掛かってくる。
    「『マジックシールド』!」
     しかしそう来ることを見越していたらしく、ゼロは魔術の盾を「ライオン」との距離、50メートルほどのところで展開した。
     その直後、がつん、と硬い物同士がぶつかり合う音が響き、「ライオン」は額から血しぶきを上げる。
    「うおぉ!?」
    「やったか!?」
     魔杖を構えて待機していたゲートとフレンが驚きと、期待の混じった声を上げる。
     だが「ライオン」は痛みを感じる素振りも見せなければ、泣き声も上げていない。そのまま後退し、ふたたび突進して、ゼロの「盾」に体当たりを繰り返す。
    「マジかよ……!」
    「頭潰れんぞ!? ……い、いや、それより」
    「ゼロの『盾』が、割れる……!」
     五度、六度と頭突きを繰り返したところで、「盾」にひびが走る。
    「こ……れは……きつい……っ!」
     魔術が力技で押し返され、さしものゼロもダメージを受けているらしい。ぼたっ、と彼の鼻から血がこぼれ、白いひげを赤く染める。
    「攻撃するか、ゼロ!?」
    「やらなきゃお前が潰されちまうぞ!」
     焦る周囲に対し、ゼロは落ち着き払った声で応じる。
    「大丈夫、まだ貯めてて!
     可能な限りの、最大限のパワーで撃ち込まなきゃ、こいつは絶対倒せない! 僕が時間を稼ぐから、みんなチャージに集中するんだ!」
    「わ、分かった!」「おう!」
     ゼロに命じられるがまま、村人たちは自身の魔術に魔力を込め続ける。
     その間に――どうやってそんなことができるのか、横にいたシノンにすら分からない、そんな方法で――ゼロは「盾」以外にもう一つ、魔術を発動した。
    「『ジャガーノート』!」
     バチバチと気味の悪い音を立てて、「ライオン」の周囲に黄色がかった、白い火花が散る。
    「グオ……オ……」
     ここで初めて「ライオン」の喉奥から、苦しそうな声が漏れた。
    「まだまだあッ!」
     さらにゼロは魔術を重ねる。
    「『フレイムドラゴン』! 『フォックスアロー』! 『テルミット』!」
    「む、無茶だよゼロ!? そんなに術、使ったら……!」
     立て続けに放ったゼロの魔術により、「ライオン」の全身が炎に包まれる。
    「……グウ……ギャアア……」
    「ライオン」の絞り出すような鳴き声が、悲鳴じみたものに変わっていく。
     しかし一方で、ゼロの方も限界に達したらしく――。
    「……っ、……ここまで、……かっ」
     ゼロが膝から崩れ落ちる。「盾」も粉々に砕け散り、火花や炎も消失する。
    「ゼロ!?」
    「……」
     ゼロは倒れ伏したまま、答えない。
     一方、「ライオン」も相当のダメージを受けたらしく、その場から微動だにしない。
    「ど……どうする……?」
    「俺たち……撃つべきなのか……?」
    「ゼロ……ゼロ!」
     一様にうろたえつつも、村人たちはゼロに命じられたまま、魔力の蓄積を続ける。
     やがて「ライオン」の方も、よたよたとながらも、ゼロの方へと歩み始めた。

     突如、ゼロが顔を挙げ、大声で叫ぶ。
    「チャージ完了だ! 一斉放射アアアッ!」
    「……っ!」
     村人たちは動揺しつつも、ゼロの言葉に従った。
    「は、……はいっ!」
     その場にいた、魔杖を手にした村人23名が一斉に魔杖を掲げ、魔術を放つ。
    「『ファイアランス』!」
    「ライオン」の前方二十三方向から、炎の槍が発射される。
     先んじてゼロが傷付けていた「ライオン」の毛皮、皮膚、爪や牙を、煌々と赤く輝くその槍は次々刺し、削り、貫き、千切って行く。
    「グアッ、グ、ギャアアアッ……」
     ふたたび炎に包まれ、「ライオン」は絶叫する。
    「シノン」
     まだ横になったまま、ゼロがシノンの裾を引く。
    「とどめは、君が刺せ」
    「……分かった」
     シノンは魔杖を構え直し、ゼロから教わった最も威力の高く、そして最も難しい術を発動させた。
    「『エクスプロード』!」

    琥珀暁・創史伝 5

    2016.08.09.[Edit]
    神様たちの話、第30話。最後の巨敵。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 咆哮が上がった方へと急ぐうち、ゼロの隊に他の村人たちが次々合流していく。「ゼロ、今の聞こえたか?」 合流してきたゲートの問いに、ゼロは走りながらうなずく。「ああ、……かなり大きな叫び声だったみたいだね。あっちこっちから人が集まってきてるし」「だな。光球を確認しちゃいないが、……っ!」 言いかけたゲートの顔がこわばる。ゼロの...

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