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琥珀暁 第2部


    Index ~作品もくじ~

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    神様たちの話、第38話。
    大魔法使いの登場。

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    1.
     その巨大な山々の北から先で闊歩していたように、その山の南でも、「バケモノ」が人を襲っていた。
    「ひっ、ひっ、ひいっ……」
     腰に提げた袋からぽろぽろと、眩く光る砂をこぼしながら、男は山道を転がるように走っている。
    「アカンてアカンてアカンて……ッ!」
     男は叫び、喚き散らしながら全力疾走していた。そうしなければ、死ぬのは明らかだったからだ。
     男の背後には、異形の獣が迫っていた。一見、狼にも見えるその姿は、良く確認すればあちこちに、奇形じみた特徴が見られる。口に収まりきらぬ牙、明らかに脚先より長い爪、そして他の動物にはまず見られない、6つの爛々と光る、真っ赤な目――それは正に、「バケモノ」と呼ぶにふさわしい、恐るべき獣だった。
    「助けてえええ! だっ、誰かあああ……ッ!」
     そう叫んでも何の助けも来ないことは、明らかであるように思えた。

     その時だった。
    「ほい」
     ボン、と音を立て、六つ目の狼の片脚が爆発、四散する。
    「……お、……え、……な、何?」
     来ないはずの助けをうっすら期待しつつ逃げ回っていた男も、そんな光景が実際に繰り広げられるとは想像しておらず、思わず足を止める。
    「あんた、助けてって言ったじゃないね」
    「え? ……え? 誰?」
     声のした方を向くと、そこには三角形でつばの広い帽子を深く被った、猫獣人らしき男の姿があった。
    「い、今の、アンタがやったん?」
    「ああ。……あーっと、まだ動くなってね」
     猫獣人は杖を掲げ、残った脚をガクガクと震わせて立ち上がろうとする六目狼の前に立ちはだかる。
    「きっちり燃やしといてやろうかね。『フレイムドラゴン』!」
     ぼ、ぼっ、と音を立て、人の頭ほどもある火球が5つ、六目狼の頭と胸を刺し貫く。
    「ゴバ、……ッ」
     六目狼は残った口から大量の血を吐き、どしゃっと水気を含んだ音を立てて、その場に崩れた。
    「……な、何なん? アンタ、何者や?」
     死の危険が去ったことはどうにか理解したものの、男は別の恐怖を、その三角帽子の「猫」に抱いていた。
    「何者って? まあ、んー、何て言えばいいかねー、……じゃあ、大魔法使いとでも」
    「大、……まほ、……う?」
     猫獣人の言っている言葉が――意味が、ではなく、単語そのものが――分からず、男は呆然としながら聞き返す。
    「あー、何でもいいね。説明、めんどいしね。
     ともかくさ、助けてもらったヤツに対してさ、何か言うコト無いね?」
    「……あ」
     男はそれを受けて、どうにか平静を取り戻した。
    「ありがとうございます、……えーと」
    「ん?」
    「あの、お名前は」
    「あ、私の? んじゃ、モールで」
    「モール……、モールさん、ですか」
     名前を繰り返した男に、モールは口をとがらせる。
    「人の名前聞いたんだから、あんたの方も名乗ってほしいんだけどね」
    「え、わし? ……あ、そうですな、ええ。わしはヨブと申します。ヨブ・アーティエゴです」
    「ん。よろしくね、ヨブ」
     そう言ってモールは、ヨブと名乗った狐耳の男に笑いかけた。

     そのまま二人で下山しつつ、モールはヨブから色々と話を交わしていた。
    「へー、砂金ねぇ」
    「そうなんですわ。さっき会うたとこからもうちょい上の方に洞窟みたいなんがあるんですけども、そん中に川がちょろっと流れとりましてな」
    「地下水脈か。そん中で採れるってコト?」
    「ええ。割りと適当にざばっと掬(すく)うても、結構キラキラっと採れるんですわ」
     そう言ってヨブは腰に提げていた袋を開き、モールに中身を見せる。
    「確かにキラキラしてるね。で?」
    「で、……ちゅうと?」
    「キラキラしたの取れましたー、わーい、……で終わりじゃないよね?」
    「そら、まあ。後は鉛を混ぜて溶かして、より大粒の金を取り出します。
     ほんで、それを指輪とかピアスとかに飾り付けするのんを生業にしとります」
    「宝飾屋ってワケか。……にしちゃ、飾りっ気無い格好してるね」
     モールにそう評され、ヨブは反論する。
    「いやいや、砂金採りするのんに小洒落た格好してどないしますねん」
    「ああ、そりゃそうだね。じゃ、自宅じゃソレなりにカッコ付けてるワケだね」
    「そら、もう」
    琥珀暁・狐童伝 1
    »»  2017.05.01.
    神様たちの話、第39話。
    砂金と宝飾屋。

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    2.
    「うん、いいね。かっこいいデザインだ」
     ヨブからもらった腕輪を早速身に付け、モールは嬉しそうな声を漏らした。
    「ですやろ?」
    「山で見た格好からじゃ、こんないいセンスしてるおっさんだとは思わなかったね。いや、私の見る目もまだまだって感じだね」
     砂金の採れる山を降り、麓の村に戻ったヨブは早速モールを自分の家に招き、助けてもらったお礼にと、自分が造った腕輪を渡した。
     モールはその腕輪がすっかり気に入ったらしく、右腕に付け替えたり、左腕に戻したりして、ずっといじくり回している。
    「正直言や、こんな原始スレスレの世界じゃろくなものも手に入らないだろって思ってたけど、なかなかどうして、こんなにいい逸品をもらえるなんて思ってもなかったね。
     いやいや、見直したよ、ヨブ」
    「ほめられとるんかけなされとるんか、よお分かりませんなぁ」
     苦い顔を向けたヨブに、モールは「いやいや」と肩をすくめて返す。
    「ほめてるさ、素直にね。
     ……ってか、そうだ。ちょいと色々聞いてもいいね?」
    「なんでっしゃろ」
    「いやさ、私ゃコレまであちこち回ってきたんだけどもね、ココみたいに大きな村は初めて見るんだよね。ざっと見た限りじゃ、商売してたりおめかししてたり、かなり文化的なコトしてたみたいだしね。
     他んトコはもっとちっちゃくまとまってるか、さもなくばグチャグチャに引っ掻き回されて壊滅してるかって状態だったんだけどもね」
    「さっきのんみたいなバケモノが時々出る、みたいな話はわしもよお聞きますな。
     ただ、ここは狡(こす)い奴が仰山おりまして、落とし穴掘ったり落石使うたりとか、罠を仕掛けて撃退しとるんですわ」
    「はっは、すごいねぇ。なるほど、ソレでこの村は他に比べて文化的だってワケか」
    「ちゅうても万全、盤石っちゅうわけには行きませんけどな。さっきのわしがええ見本ですわ。恥ずかしながら、わしは昔っから鈍臭い、鈍臭いとよお言われとりまして」
    「センスはいいのにねぇ」
     モールにそうほめられたものの、ヨブは肩をすくめ、こう返す。
    「それだけで生かさせてもろてるようなもんですわ。正直、装飾具造る腕あらへんかったら、カネも手に入りませんやろし、飯も住むとこもさっぱりでしたやろし」
    「あん?」
     モールは納得が行かない、と言いたげな表情を浮かべる。
    「君、卑屈になりすぎじゃないね? 宝飾屋だって立派な仕事だね。君がいなきゃ、その腕の立つ奴らはみんな、クソダサいまんまだろ?」
    「……ぷっ」
     モールの言葉に、ヨブが噴き出した。
    「はは……、そうですわ。言うたらそうですな」
    「だろ? 後ろめたく思う必要、全然無いってね。そんな風に自分を卑下してばっかじゃ、女も寄ってこないね」
    「あー……、いや、わしにはもう、十分ですけどな」
     そう返したヨブに、モールはけげんな表情を浮かべる。
    「って言うと?」
    「わし、昔おったんです、奥さん。今はもう、亡くなってしもたんですけども」
    「ありゃ、そうだったか。ゴメンね、変なコト言って」
    「いやいや、そう思うんも無理は無いですわ。こんなしょぼくれたおっさん……」
     言いかけたヨブの鼻を、モールがつかむ。
    「ふひゃっ!?」
    「だーから言ってるじゃないね、卑屈になるなって。君の腕は確かだ。私がバッチリ保証してやるね」
    「は、はんはひほひょうひゃれひぇひょ……(アンタに保証されても……)」
    「なんだよ、私じゃ不満だっての? えっらそうにしちゃってねぇ」
     モールは鼻をつかんでいた手を、ぴっと離す。その拍子に、ヨブの口と鼻から妙な音が漏れた。
    「ぷひゃっ!」
    「アハハ、『ぷひゃ』だって、アハハハハハハ」
     モールは顔を真っ赤にするヨブを見て、ゲラゲラと笑い転げていた。
    琥珀暁・狐童伝 2
    »»  2017.05.02.
    神様たちの話、第40話。
    二人の邂逅。

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    3.
     と、玄関の戸が開く気配がする。
    「おう、おかえり」
     玄関に向かってヨブが声をかけ、幼い子供の声が2つ、重なって返って来る。
    「ただいまー」
    「ん? 君、子供いたの?」
    「ええ。さっきも言いましたやん、奥さんおったって」
    「ああ、そっか、そうだっけね」
     程無く、狐獣人の子供が2人、居間に入ってきた。
    「……お客さん?」
     きょとんとした顔で尋ねた女の子に、モールは手を振る。
    「ああ、お邪魔してるね」
    「は、はじめまして」
     女の子の陰に隠れつつ、その子の弟らしき男の子が挨拶する。
    「はーい、はじめまして」
     そう返したモールを見て、ヨブが苦笑する。
    「モールさん?」
    「なんだよ」
    「子供、お好きなんです?」
    「なんで?」
    「顔、めっちゃニヤけてますで」
    「……」
     恥ずかしかったのか、モールは三角帽子を深めに被り、ぷいっと顔を背けてしまった。
     しかし子供たちは意に介していないらしく、モールが顔を背けた方向へぐるっと回り込む。
    「モールさんて言うのん?」
    「ん、ああ。モールだ。よろしくね」
    「よろしゅう、モールさん」
     女の子はにこっと笑い、こう返した。
    「アタシはエリザ。後ろのんが弟のニコルです」
    「ああ、うん。どうもね、エリザにニコル」
     顔を隠していてもモールが赤面しているのを察したらしく、ヨブはこの間、くっくっと声を漏らし、笑いをこらえていた。

     ヨブがにらんだ通り、やはりモールは、子供に対して非常に好意的であるらしかった。
    「ほーら、今度はちょうちょだ」
     会って30分もしないうちに、モールはすっかりヨブの子供たちと仲良くなっていた。
     モールが魔杖の先にぽん、と光を浮かべ、それを鳥や兎、猫など様々な形に変えて天井高く飛ばすのを、子供たちは目をキラキラと輝かせて眺めている。
    「なぁ、なぁ、モールさん! 次は? 次は?」
    「ふっふ、お次はー……」
     言いかけて、モールは「おっと」とつぶやいた。
    「もう日が暮れる時間か。そろそろお暇しなきゃね」
    「えー」「もっと見せてーな」
     去ろうとするモールを、子供たちが引き止める。
     そしてヨブも、子供たちに続いた。
    「モールさん、今日はウチに泊まらはりませんか? ちゅうか、そのつもりで用意しとったんですけども」
    「え? ……あー、君がいいってんなら、お言葉に甘えちゃおうかね」
     モールの返事を受け、ヨブは嬉しそうに笑みを浮かべる。
    「ええ、是非。もうそろそろご飯の用意もできますんで、もうちょっと待っとって下さい」
    「あいあい。んじゃエリザ、お次は何が見たいね?」
    「えーと、えーと……」
     エリザは口ごもり、手をパタパタさせている。どうやら見たいものが、言葉でうまく表現できないらしい。
    「なんだろ? 動物かね?」
    「うん、あのー、おっきいやつで、しっぽがあって、あしが長くて、かおも長くて、……何て言うたらええんやろ、えーと」
     そう言って――エリザはくい、とモールの魔杖をつかみ、引っ張った。
    「こんなん」

     直後、笑っていたモールが目を見開き、絶句する。
     自分の魔杖の先から、光る馬がひょい、と飛び出し、天井に向かって走り去ったからだ。
    「……え?」
    「あ、コレ。コレやねん」
    「ちょ、……君? 今、どうやったね?」
     モールは血相を変えて、エリザに尋ねる。
     が、エリザはきょとんとした顔で、何の裏も悪気も無さそうな口調でこう返した。
    「どうって、今モールさんがやらはったみたいな感じで、でけるかなー思て」
    「でけるかなー、……じゃないね。確かに呪文は口で唱えてはいたけども、ソレを全部覚えたっての? しかもアレンジまでして」
    「うん」
    「じょ、冗談じゃないね!」
     モールは唖然とした様子を見せ、エリザの頭をぺちっと叩く。
    「あいたっ?」
    「んなコト、チョイチョイっとできるもんじゃないね!
     呪文の構文からして、この世界の言葉じゃないんだよ!? しかも『こっち』の言葉で応用利かすなんて、とんだ離れ業だね! あまつさえ、魔術はマフ持ちじゃなきゃ、……いや、こんなコト君らに言ったって何が何やらだろうけどもね、……ああ、いや、いいや。
     エリザ、ご飯前に何なんだけどね」
     モールは慌てた素振りでエリザの手を引き、屋外へ連れ出した。
    琥珀暁・狐童伝 3
    »»  2017.05.03.
    神様たちの話、第41話。
    MUAF(マフ)。

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    4.
    「どないしたん、モールさん?」
     家の外に出たところで、モールはエリザに魔杖を向けた。
    「検査だね。今の今までそんな可能性をまったく考えもしなかったから、今めちゃくちゃビックリしてるんだけどもね、よくよく考えりゃ、有り得る話ではあるんだね」
    「何が?」
    「マフって私らが呼んでるモノがあるんだけどね」
     モールは説明しつつ、呪文を唱え始める。
    「魔術使用可能因子(Magic Using Available Factor)、その頭文字を取ってマフ(MUAF)。
     コレはヒトだとか、多少脳みその進化した生き物の中に含まれるコトがあるモノなんだけどもね」
    「……?」
     モールの説明に、エリザはきょとんとするばかりである。
    「あー、いいや、ともかく魔術が使える素質だね。逆に言えば、ソレを持ってないとまず、魔術は使えない。
     何で私がこんなにビックリしてるかって言うとね、元々私がいた世界じゃ、生まれながらにしてコレを持ってるヤツは、100万人に1人だとか、1000万人に1人だとか言われてたからさ。
     ソレなのにさ、今日偶然会った君がマフ持ちだなんて、誰が予想するかってね。……いや、でもこの世界は、私の世界とは大きく在り様が異なってるもんねぇ。君みたいにふわふわで超可愛い耳と尻尾を持ってるヤツなんて、私のトコじゃ一人も見かけなかったしね。
     だから逆に、ココはそーゆー世界なのかも、……っと」
    「えーと……?」
     話に付いていけていないらしく、エリザは戸惑った様子を見せている。しかしモールはそれに構わず、話を続けていた。
    「検査終了だね。やっぱりエリザ、君はマフ持ちだった。しかもコレは、……いや、……もしかして……だとすると……」
     それどころか、モールは一人でぶつぶつと独り言を始めてしまい、エリザは完全に放置されてしまった。
    「……んもぉ、何やのん?」
     エリザは唇をとがらせながら、モールの尻尾をぐにっと握り締める。
    「……つまりこの世界は派生型の……うぎゃあ!?」
     尻尾を締められ、モールは大声を出して飛び上がった。
    「いてててて……、うー、尻尾ってこんなに敏感なんだね、……じゃないや。
     何すんのさ、エリザ?」
    「こっちのセリフやん。何やワケ分からんコトぎょーさんブツブツ言うて、何なんっちゅう話やん?」
    「あー、そうだったね。ゴメンゴメン。……えーと、まあ、ともかく。
     結論から言うとエリザ、君には魔術を使える素質があるね。ソレもかなりの素質だ。ちょっと修行すれば、私みたいにひょいひょいっと扱えるようになるかも知れないね」
    「え、ホンマに?」
     モールにそう聞かされ、エリザは目を輝かせた。
     と、家からヨブが出てくる。
    「どないしはったんです、モールさん? ウチの子に何かありました?」
    「ん? ああ、まあ、色々ね。
     んじゃ、詳しいコトはご飯の後に話そうか、エリザ」
    「はーい」

     そして夕食を終えた後、モールはヨブたち一家を並べ、こう切り出した。
    「ヨブ、君の娘さんには稀有な才能があるね。私が君を助けるのに使った、魔術の才能がね」
    「はあ」
    「でもコレは、放っといて伸びるような才能じゃないね。誰かが使い方を教えなきゃ、一生埋もれたままの才能だ。
     だからヨブ、私はこの子に色々教えてやりたいんだけど、構わないかね?」
     そう問われ、ヨブはけげんな顔になる。
    「教える、……ちゅうのんは、モールさんがこの村に住んで、っちゅうことですか?」
    「ソレか、私の旅にこの子を連れていくかだね。
     勿論、まだ10歳にも満たなさそうな幼子をウロウロ連れ回すなんてかわいそうだし、できれば前者がいいよね。
     だけどもし、この村が私を受け入れないってコトになったら、その時は私に預けてほしいんだよね」
    「無茶言わんで下さい」
     モールの提案に対し、当然ヨブは渋る。
    「今日会ったばかりのあんたに、娘を預けろと?」
    「分かってる。無茶だってコトは、十分承知さね。
     でもソレだけの価値がある。だからお願いするのさ」
    「うーん……」
     ヨブは眉間にしわを寄せ、うなるばかりである。
     その後もモールは熱心に説き続けたが、結局ヨブは、首を縦に振ることは無かった。
    琥珀暁・狐童伝 4
    »»  2017.05.04.
    神様たちの話、第42話。
    モールの夢;荳也阜蟠ゥ螢翫↓轢輔@縺滉ク芽ウ「閠?→縲∽ク峨▽縺ョ蝠城。後? 。

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    5.
     翌日、モールはヨブたちの住むこの村に自分も滞在できないかと調べてみたが、3時間も経たないうちに、その案が実現できそうにないことを悟った。
    (ダメだこりゃ)
     村の人間はかなり猜疑心が強く、「よそ者」のモールに対し、敵意を剥き出しにして接してきたからだ。
     そればかりか、彼らの中にはモールへいきなり殴りかかってくるような者さえおり、そうした粗暴で野蛮な人間を嫌うモールは、この村に留まることをあきらめるしか無かった。
    (あーあ……、残念だね。折角アレほどの逸材を見付けたって言うのにねぇ)
     モールは渋々、村から出る支度を整えることにした。

     その日の昼過ぎには旅支度が終わり、モールはヨブたちへの挨拶もそこそこに、村を出て行った。
    「あー……、エリザのコトでちょっとウキウキしてたけど、その他で全部帳消し、って言うよりマイナスだねぇ。
     もう二度とあんな居心地悪い村に来るコトは無いだろうね」
     そんなことを一人、ブツブツとつぶやきながら、モールは村から北へと進み、やがて海岸へ行き着く。
    (そー言やハラ減ったねぇ。魚とか捕れるかなぁ)
     モールは荷物を木陰に下ろし、魔杖に紐と針を付け、釣りを始めた。
    「……ふあぁ」
     が、始めて10分もしないうち、モールは眠気を覚える。
    (ちょっと寝るか。自動で釣れるように魔術かけときゃいいし)
     モールは魔杖に魔術をかけ、その前でごろんと横になった。



     うとうととし始めたその刹那、モールは一瞬だけ、夢を見た。

    「無いコトは、無い」
     そう返した彼に、モールは問いかける。
    「ドコ?」
    「北中山脈。ボクたち一門がもしものために作ったモノがあるんだ」
    「行こう」
     もう一人が立ち上がる。
    「これ以上、じっとしてはいられないよ」
    「賛成」
     モールも続く。
     が、彼は苦い顔をする。
    「問題が3つある」
    「3つ? 何さ」
    「第1。モール、キミの……」



    「……ん、あ?」
     はっと目を覚まし、モールは上半身を起こす。
     と同時に、視界に金と赤の、ふわふわした毛並みが映った。
    「……あ?」
     モールが間の抜けた声を上げた途端、その毛玉がふわっと震え、持ち主が振り返った。
    「あ、おはよう、モールさん」
    「……いや、おはようじゃなくってさ、エリザ」
     モールは上半身を起こし、エリザをにらむ。
    「君がなんでココにいるの? もう村から大分離れたはずなんだけどね」
    「こそっと付いてきてん」
    「付いてきてん、……じゃないね」
     モールは呆れつつ、エリザにデコピンする。
    「あいたっ」
    「さっさと帰るよ。私ゃ旅に出るつもりなんだし、コレ以上村に滞在する気も無いしね」
    「あ、ソレなんやけど」
     エリザはにこっと笑い、こう続けた。
    「アタシも旅、一緒に行きたいなーって」
    「は?」
     モールは再度、エリザにデコピンする。
    「あいたっ、……何やのん、さっきからアタシのおでこ、ぺっちんぺっちんしよって」
    「そりゃするさ。寝ぼけたコト抜かしてるからね。
     いいかいエリザ、君のお父さんと話し合って、連れてけないし私も住めないって結論になったってコト、横で聞いてたろ?」
    「そんなん、お父やんとモールさんが勝手に話しとったコトやん。アタシは行く気満々やし」
    「アホか。君みたいなちっちゃい子が勝手に行きたいだの何だの言って、ソレが通ると思ってるね?」
    「通すもん」
    「どーやら3回目のデコピン食らいたいみたいだね、このアホは」
    「アホ言うなや、……ていっ」
     言うが早いか、今度はエリザがモールにデコピンした。
    「うわっ!? ……こんのおバカっ」
    「アホ言う方がアホやもーん。……まあ、このまんま出てったら、確かにお父やんもニコルも心配するやろし、いっぺん帰ろ?」
    「君が決めるコトじゃないっての。……とは言えだ。君の言う通りだし、帰るけどもね」
     モールはエリザの手を引き、渋々村へと引き返した。
    琥珀暁・狐童伝 5
    »»  2017.05.05.
    神様たちの話、第43話。
    強情。

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    6.
     村に戻ったところで、苦い顔をしたヨブが出迎えた。
    「何のつもりですか、モールさん」
    「私が誘拐したって思ってんなら、ソレは不正解だね。エリザが勝手に付いてきたのさ。だから連れ戻したってワケだね」
     モールからそう説明されるが、ヨブは依然として、表情を崩さない。
    「……まあ、そうやろなっちゅう気もしてましたわ。ともかく、家に戻りましょ」
     そう言って踵を返しかけたところで、エリザが言い放った。
    「帰らへんよ」
    「は?」
     ヨブが振り返ると同時に、モールがエリザの頭をぺちんと叩いた。
    「アホっ」
    「いったー……、もう、ええかげんにしてーな。ホンマにアホになるやんか」
    「もうとっくにアホだっつーの。なんべん言えば分かるね!?」
    「……大体察しました」
     と、ヨブは呆れた顔を見せる。
    「エリザ、お前が行きたい行きたい言うて、モールさんとこに付いて行ったっちゅうことで間違い無いな?」
    「うん」
    「やっぱりか」
     そう言うなり、ヨブはエリザの側に寄って、ばしっと彼女に平手打ちした。
    「いたあっ……!?」
    「わがまま言うんも大概にせえ! モールさんがどんだけ困っとるか、分からへんのか!」
    「……分かってへんのはお父やんやろ」
     真っ赤になったほおに手も当てず、エリザは言い返す。
    「アタシはモールさんに付いてって、ベンキョーしたいねん。
     このまんま村にいとっても多分、お父やんのアトついで、お父やんみたいに村中から『どんくさいヤツ』って後ろ指さされるだけやん」
    「んなっ……」
     ヨブの顔に怒りの色が差すが、エリザは止まらない。
    「アタシはそんなん、だれにも言わせへん。『エリザはすごいヤツやで』って言わせたるんや」
    「……~っ」
     ヨブは顔を真っ赤にし、ついにこう言い捨てて、背を向けてしまった。
    「そんなら勝手にせえ! もうお前なんか知らん!」
    「……」
     そのまま歩き去っていくヨブを眺めつつ、モールがエリザの手を引く。
    「ホントにおバカか、君。ちゃんと謝れって」
     対するエリザは、キッとモールをにらみ返す。
    「アタシがあやまるコトなんか何もない。周りから言われとるコト、そのまんま言うただけや」
    「んなコト言ってるうちは、絶対連れてかないよ」
    「せやったら勝手に付いてく」
    「なら蹴っ飛ばす」
    「ならけり返す」
    「……」「……」
     そのまま、二人でにらみ合い――。
    「……この強情娘め」
     モールは杖の先で、エリザの頭をがつんと殴った。
    「あだっ……!」
    「最後通牒だ。私に付いてって殴られまくるか、お父さんのトコに謝りに行くか、今選べ」
     エリザの頭から、血がポタポタ流れている。
    「じゃあね」
     モールも踵を返し、そのまま村の外まで歩き去った。

     村の外に出て、モールは振り返る。
    「……とことんまでアホか、君は?」
     そこには血と涙を流しながら付いて来る、エリザの姿があった。
    「アホでもっ、なんでも、……グスっ、行くって決めたんや、……ひっく、死んでも付いてくで、……ひっく、モールさん」
    「ああそうかい、分かったよ」
     そう言ってモールは、魔杖を振り上げた。
    「……っ」
     それを見てエリザは頭を抱え、しゃがみ込む。
     が――モールは魔杖の先をとん、とエリザの頭に置き、呪文を唱える。
    「『キュア』」
    「……え?」
    「治療術の初歩だね。実演は今の一度きり。呪文は今日だけ教えてやる。後は自分で練習しろ。明日までにできなきゃ今度こそ帰れ。
     分かったね?」
    「……」
     エリザはぽかんとした顔で立ち上がり、綺麗に傷が消えた自分の頭を撫で、それからうなずいた。
    「……うん。分かった」



     ここから「大魔法使い」モールと少女エリザの旅が――即ち、歴史上最初の大英雄と称される、彼女の物語が始まる。

    琥珀暁・狐童伝 終
    琥珀暁・狐童伝 6
    »»  2017.05.06.
    神様たちの話、第44話。
    放浪講義。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     無理矢理に付いてきたエリザを、モールは当初ひどく邪険にしていたものの、彼女に魔術の才能があり、かつ、聡明であることに気付いたことと、何より気が合ったことから――共に旅を始めて3、4日も経つ頃には、モールは気さくに話しかけるようになっていた。
    「昨日のは覚えた? 『ファイアボール』」
    「はい」
     にっこり笑って答えたエリザに、モールはちょん、と空に向かって人差し指を立てる。
    「やってみ?」
    「はーい」
     言われるがまま、エリザは呪文を唱え、モールがやってみせたのと同じように、空中に人差し指を向ける。
    「『ファイアボール』!」
     次の瞬間、ぽん、と音を立てて、彼女の握りこぶし程度の火球が空に向かって飛んで行った。
    「おー、上出来。……いやぁ、教えがいがあるね。今んトコ、全部使えてるしね」
    「えへへ……」
     と、エリザが照れ笑いを返したところで、モールは一転、神妙な顔をする。
    「……」
    「どないしたん?」
    「いや、……君さ」
     モールはエリザの手をつかみ、たしなめた。
    「火傷してるね」
    「……バレた?」
    「バレないワケ無いね」
     エリザの指先を治療しつつ、モールは彼女の術を考察する。
    「呪文聞いた限りじゃ、保護構文はちゃんとしてたね。となると原因は、パワーオーバーか」
    「ぱ……わ?」
    「君の魔力が強すぎて、私が組んだ呪文じゃ制御しきれてないってコトさ。
     とは言え、呪文を優しく書き直すなんてのもナンセンスだしねぇ。カンタンなコトしかやらないヤツは、いつまで経ってもカンタンなコトしかできないしね。
     となると……」
     モールは自分が持っていた魔杖をひょいと掲げ、こう続けた。
    「ちゃんとした装備を整えるか」
    「そうび?」
    「君の魔力に見合うだけの武器と、後、コレからの旅を安全に過ごせるような服装だね。
     ただ、服とかそう言うのはともかく、武器ってなるとねー」
     モールは困ったような表情を浮かべ、魔杖を下ろす。
    「魔力が活かせるような武器を造るのが、この世界じゃまず無理なんだよねぇ」
    「どう言うコト?」
    「設備も素材も無いってコトさ。実を言うとさ、私も今持ってるこの魔杖じゃ満足してないんだけどもね、かと言って納得行くレベルのモノを造りたくても造れないし。
     ま、設備の不足については魔術やその他知識でカバーできなくは無いんだけども、素材ばっかりは実際に無きゃ、どうしようも無いね」
    「ほな、どうするん?」
    「どうにかするとすりゃ……」
     そう言いながら、モールは懐から袋を取り出した。
    「あちこち旅する途中で、集めるしか無いね」
    「その袋って、もしかして……」
     目を丸くするエリザに、モールはニヤニヤと笑って返す。
    「そう、金さ。と言っても、君のお父さんからもらったとか盗んだとかじゃないね。君のお父さんが教えてくれた秘密の採取場で、私も採ってきたのさ。
     そうだ、ココでいっこ教えておこうかね」
     モールは袋の中の砂金をエリザに見せつつ、講義を始めた。
    「金とか銀、あと銅なんだけどね。この種の金属は魔術、って言うか魔力との親和性が高いんだね」
    「しんわせい?」
    「平たく言や魔力を溜めやすいし、放出もしやすい素材ってコトだね。
     だからその辺りの金属を素材に使えば、かなり質のいいモノができるね。……ま、この量じゃ杖一本ってワケにゃ行かないけども。せいぜいアクセントにするくらいだね。
     そもそも金単体じゃ柔らかすぎるし、杖本体にゃ銀とか銅の方がいいけど」
    「んー……? 杖いっこ造るのんに、結局何がいるん、先生?」
     尋ねたエリザに、モールは腕を組みつつ、ぽつりぽつりと答える。
    「そうだねぇ……、先端部分はやっぱり高純度の水晶がいいねぇ。柄の部分は最悪、ソコらの木材でも十分なんだけど、できるなら金属製にしたいね。頑丈だし。
     つっても銀や銅そのまんまじゃ、やっぱり柔らかすぎて使い物にならない。錫(すず)とか亜鉛とか、亜銅(ニッケル)と混ぜて合金にしなきゃ、まともなモノにゃならないね」
     そう聞いて、エリザは首を傾げる。
    「すず……」
    「どうしたね?」
    「すずってぽろぽろした、白っぽい金属のコト?」
    「まあ、金属なんて大体白か銀色だけどね。形は確か、君の言った感じだったと思う。
     もしかして採れる場所知ってるとか?」
    「知ってるっちゅうか、前にお父やんが村の外の人と話しとる時に、そんな感じの話聞いたなーって。その人からさっき言うた金属も見せてもろたし」
    「へぇ? ドコの人って言ってた?」
     そう問われ、エリザはもう一度首を傾げ、眉間にしわを寄せる。
    「えーっと、うーん……、えーとな、……確か、西の方から来たって」
    「西、ねぇ。君のいた村が東の端の方だったし、西ってだけじゃはっきりしないね。
     ま、ある程度の目星は付くか。金属持ってきたってんなら、鉱山が近いだろうしね」
     モールはきょろ、と辺りを見回し、山を指差した。
    「道もあっちに続いてるし、あっちに向かってみるかね」
    「はーい」
    琥珀暁・錬杖伝 1
    »»  2017.05.08.
    神様たちの話、第45話。
    モールの夢;荳芽ウ「閠??鬟溷酷鬚ィ譎ッ縲 。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     エリザの記憶に従い、モールたち二人はのんびりと西への道を進む。
     その道中、モールはこんな質問を向けてきた。
    「そう言やさ、エリザ。さっき『村の外の人と』って言ってたけど、他の村と交流があるの?」
    「どう言う意味?」
     尋ね返され、モールは「あー、と」と声を漏らす。
    「いやさ、あの村って排他的って言うか何て言うか、同じ村の人間じゃないヤツにゃ冷たそうな印象があったからね」
    「んー、まあ、ソコら辺は先生の言う通りって感じやね。手土産とか無しで村に来るような人は追い返されとるよ」
    「ああ、ソレは納得だね。んじゃ、何かしらの取引をしてるって感じか。
     そう言やこの辺りのカネって見たコトないんだけど、持ってる?」
    「ちょこっとやったら」
     エリザはポケットから、わずかに赤みを帯びた団栗大の粒をころころと取り出し、モールに渡す。
    「コイン、……じゃないんだね。コレ1粒でどんくらいの価値?」
    「どんくらい、って言うとー、……んー、3つでリンゴ1個くらい。
     あと、もうちょい大きいのんとか、もっと大きくて黒いのんとかもあるで。さっき言うてた取引ん時、お父やんがなんぼか受け取ってはった」
    「ふむふむ、……『黒いのん』ってのも実物を見てみたいけども、聞く感じじゃ結構値打ちが高そうだし、子供にゃ持たさないか。
     ま、村に着いたら何かしら大道芸でもやって稼いでみるかね」
    「だいどうげい?」
     尋ねたエリザに、モールはニヤッと笑って返した。
    「君に見せたような、鳥とか蝶とか飛ばすアレさね。結構綺麗だったろ?」
    「うんうん」
    「そーゆー滅多に見られないよーなモノを見せて、『感動した方はそのお気持ちをお代としてお支払い下さいな』っつって、小銭を稼ぐのさ」
    「んー……? うまく行くんかなぁ、そんなん」
    「まあ、君の村みたいにしょっぱくてケチ臭くってシケたヤツらばっかじゃ、赤粒いっこだってくれりゃしないだろうけどもね」
    「うん、そんな気ぃするわ」

     そんな風に、モールとエリザは取り留めもない話を重ねつつ、のんびりと歩みを進めているうちに――。
    「……あー、と」
    「どないしたん、先生?」
     尋ねるエリザに、モールは空を指差して見せる。
    「もう日が暮れそうだね。コレ以上進むのは危ない」
    「せやね。ほな、またこの辺で?」
    「だねぇ」
     二人は辺りを見回し、野宿ができそうな場所を探す。そしてすぐ、エリザがモールの袖を引いた。
    「あの辺とかどう?」
    「悪くないね。んじゃ、準備するかね。
     エリザ、そんじゃ……」「たきぎと食べれそうなのん、やね」「ん、ソレ」
     共に旅をして何日も経つからか、それともエリザが特別聡いからなのか――モールが大して指示も与えないうちに、エリザはきびきびと動き始める。
     10分も経たないうち、二人は野宿の準備を終え、焚き火を囲んでいた。
    「魔術ってホンマに便利やね。火もカンタンに起こせるし、食べもんに毒があるかどうかも分かるっちゅうのんは」
    「ふっふっふ」
     木の枝に挿したキノコを焚き火であぶりながら、モールは得意気に笑う。
    「何でもできる、……とは言い過ぎだけども、『ほとんど』何でも、だね」
    「『ほとんど』? びみょーな言い方やね」
    「できないコトは意外と多いさ。月へ行ったりもできないし、世界中を常春にするコトだってできない。死んだ人にも会えやしないしね」
    「そら誰かてでけへんやろ、あはは……」
     程良く焼けたキノコや木の実を頬張りつつ、二人は取り留めもなく話を交わしていた。



     腹もふくれ、眠気も感じたところで、二人はそのまま寄り添い、眠りに就いた。
     エリザの狐耳の、ふわふわとした毛並みをあごの辺りに感じながら、モールは夢を見ていた。

    「この体じゃ椅子に上がるだけでも億劫だね、まったく」
     もぞもぞと卓に着こうとしたモールを、誰かが後ろからひょいと持ち上げる。
    「ま、慣れるまで付き合うよ」
    「そりゃどーも」
    「ご飯できたよー」
     と、別の誰かがのんきな声を出しながら、鍋を両手で抱えて持って来る。
    「試しにさ、外に生ってた植物を煮込んでみた。ワラビっぽいから多分食べられると思う」
    「思う、……って」
     モールはげんなりしつつ尋ねる。
    「試食とか毒味は?」
    「まだ」
    「んなもん食わすなッ!」
     モールが声を荒げるが、この茶髪の彼は、全く意に介していないらしい。
    「んじゃ、今食べてみるねー」
     彼はそう言ってひょい、と鍋の中身をひとつまみ、口の中に放り込む。
    (コイツ、こう言う時ホントに躊躇しないなぁ)
    「うん。美味しいよ。ちゃんと出汁が染みてる」
    「う、うーん」
     いつもは穏やかに笑っている、この若白髪の青年も、この時ばかりは笑顔を凍りつかせていた。
    (でも確かに、匂いは悪く無さそうだ)
     モールは箸をつかみ、そのワラビっぽいものを口へと運んだ。
    (あ、マジでうまい)



    「……むにゃ……ん……エリザ?」
     ふわふわとした感触が、いつの間にかあごの辺りから消えていることに気付き、モールは夢の中から引き戻された。
    「……どした?」
     寝ぼけた目をこすりつつ、辺りを見回したが――エリザの姿は無かった。
    琥珀暁・錬杖伝 2
    »»  2017.05.09.
    神様たちの話、第46話。
    ブローアウト。

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    3.
    「ちょっと、エリザ?」
     立ち上がり、声をかけてみるが、返事は無い。
    「なんだよ、……ドコ行ったね?」
     傍らに立てかけていた魔杖を手に取り、モールは呪文を唱える。
    「照らしな、『ライトボール』」
     辺りが光球で照らされ、薄ぼんやりとだが把握できる。
    「足跡、……もある。こっちか」
     足跡をたどって数分もするうち、モールは湖の淵に座り込んでいるエリザを、難なく発見できた。
    「何してるね?」
    「『何してる』やないで、もう……」
     不満たらたらと言いたげな声色で、エリザが背を向けたまま答える。
    「先生、よだれだらーっとたらしとったで。おかげでアタシの耳、ぐっちょぐっちょやわ」
    「アハハ……、そうだったか。ゴメンねぇ」
    「落ちたからええけどさー」
     水面から顔を挙げ、エリザは狐耳をぷるぷると震わせ、モールの方を向いた。
     と――その顔に、ぎょっとした表情が浮かぶ。
    「……先生! 後ろ!」
     その言葉に、モールも振り返る。
     そこには数日前モールが仕留めたものと同型の、六つ目の巨大な狼が立っていた。
    「マジか」
     ぼそっとそうつぶやいたモールに応じるように、狼が「グルル……」とうなる。
    「まあいいや。ブッ飛ばしてやるね」
    「大丈夫かいな?」
     自分の背中にぴとっと張り付いてきたエリザの頭を、モールはぽんぽんと優しく叩く。
    「私を誰だと思ってるね?」
    「……大まほーつかい!」
    「ふっふっふ、そーゆーコトさね」
     モールは魔杖を掲げ、呪文を唱える。
    「撃ち抜いてやるね! 『フォックスアロー』!」
     紫色の光線が9つ、魔杖の先から飛び、尾を引いて六目狼へと飛んで行く。
     が――六目狼はその場でぐるりと回り、尻尾で光線を弾く。
    「んなっ……!?」
     その光景に、モールは唖然となる。
    「こりゃ予想外だね。そもそもケモノが弾くなんて行動を執るなんて思ってなかったし、そもそもあんな物理的に、払って弾けるようなものじゃ無いんだけども。
     となるとあの尻尾、魔術耐性があるってコトか。ミスリル化でもしてんのかねぇ、どう見ても生き物なのに」
    「何ゴチャゴチャ言うてんねんな! 来よるで!」
     狼を分析しかけたところで、エリザが服の裾を引っ張る。
    「おっとと、そうそう。考えるのは後にしないとね。……しゃーない、もっと大技かましてやるしか無いね」
     迫る狼に、モールはもう一度魔杖を向ける。
    「コレならどーだ、『ジャガーノート』!」
     魔杖の先から、今度はばぢっと電撃的な音が響く。
     次の瞬間、六目狼の体中から、ほとんど白に近い、超高温の真っ青な炎が噴き上がった。
    「ギャ……」
     六目狼が叫び声を挙げかけたが、それも途中で途切れ、バチバチと獣脂が燃え盛る音へと変わる。
    「うわあ」
     背後にいたエリザが、恐ろしげな声を上げる。
    「……やりすぎたかねぇ?」
     思わずそうつぶやいたモールに、エリザも無言で、こくこくとうなずいた。

     と――モールはどこからか、焦げた臭いが漂ってくることに気付いた。
    「ん……?」
     六目狼から臭ってくるのかと思ったが、脂のようなねばつく刺激臭ではない。もっと乾いた、木材のような臭いである。
    「先生! 先生て!」
     エリザが慌てた様子で、モールの服をまた引っ張ってくる。
    「どしたね?」
    「つえ! つえ! つえ、もえとる!」
    「へ?」
     そう言われて、モールは自分が握っていた魔杖に目を向ける。
    「……ありゃりゃ」
     エリザが言う通り、魔杖はバチバチと火花を上げながら、先端におごられた水晶ごと燃え上がっていた。
    「いくらなんでも負荷が強すぎたか。元々ピーキーな呪文の組み方してたし、そりゃオーバーロードもするってもんだね」
     モールは半ば炭化した魔杖をぽい、と捨て、エリザに向き直る。
    「ま、ソレはソレとして、どーにか倒せたね」
    「良かったけど、……つえ、無くなってしもたな」
    「あー、うん。ま、造ろうとしてたトコだし、無きゃ無いでどーにでもなるしね」
    「そうなん?」
    「あった方が便利なのは確かだけどね。……さーて、寝直しだね」
     モールはエリザの手を引き、自分たちが寝ていた場所へと戻った。
    琥珀暁・錬杖伝 3
    »»  2017.05.10.
    神様たちの話、第47話。
    鉱山の村。

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    4.
     六目狼との遭遇から2日、3日と過ぎたところで、モールたちはとある村にたどり着いた。
    「ココが、君が言ってた村だといいんだけどねぇ」
    「っぽいで。ほら、山あるし」
     エリザが指差した方向には、確かに山と、そのふもとにたむろする人間がいた。
     モールはそのうちの一人に近付き、声を掛けてみる。
    「ちょいと聞いていいかね?」
    「ん?」
    「この山、何か採れるね? 人が出入りしてるっぽいけども」
     尋ねられた男は、素直に答えてくれた。
    「ああ、色々採れるよ。青銅とか錫とか」
    「へぇ?」
     これを聞いて、モールはエリザの頭をぽんぽんと撫でる。
    「エリザ、どーやらココが私らの目的地みたいだね」
    「せやね。後は原料もらえたらええんやけど」
     と、二人の話を聞いていたらしい男が尋ね返してくる。
    「原料? あんたら、ここの鉱物が欲しいのか?」
    「ああ、ちょいとね。ドコに行けば話できるね?」
    「向こうに集めてるところがある。親分もそこにいるよ。俺も用事あるから、良けりゃ案内するぞ」
    「どーも」
     男に案内され、二人は大きな小屋の中に通された。

     男は小屋の奥にいる、黒髪に銀色の毛並みをした狼獣人に声をかける。
    「親分、新しい坑道のヤツ掘ってきました」
    「おう、後で調べる。……そっちの二人は?」
     声をかけられ、モールたちは狼獣人に応える。
    「どーも。私はモール」
    「アタシはエリザ・アーティエゴです」
    「あん? アーティエゴ? ……どこかで聞いた名だな」
     狼獣人は首を傾げ、やがて「ああ」と声を上げた。
    「東の村にいた宝飾屋の名だな。そう言や、あの『狐』の親父と毛並みが同じだ。そこの子か?」
    「うん」
    「大人と一緒とは言え、よく無事に来られたな。ここまで全然、バケモノに襲われなかったのか? 運がいい」
     そう言われて、モールが首を横に振る。
    「いや、六つ目の狼に襲われたんだけどもね。燃やしてやった」
    「燃やし、……はぁ!?」
     狼獣人は目を丸くし、聞き返してくる。
    「アレを燃やしただと? どう言う意味だ?」
    「そのまんまの意味だね。跡形もなく、燃やし尽くしてやった」
    「冗談だろ?」
    「マジ」
    「……マジかよ」
     狼獣人は驚きで毛羽立ったらしい毛並みを整えつつ、こう返してきた。
    「詳しく話を聞かせてくれ。ソイツにゃ手を焼いてたんだ」
    「いいとも。……んで、アンタの名前は?」
    「ああ、そうだった。
     俺はラボ・ネール。ここいらの鉱山やら畑やら一帯を取り仕切ってる」

     場所をラボの家に移し、モールは六目狼を倒した話、エリザを自分の弟子として身柄を引き受けた話、そして魔杖を造るために原料を必要としている話を語った。
    「まじょう? まあ、何だか分からんが」
     話を聞き終えたラボは、まだ納得の行かなさそうな顔をしつつも、モールの頼みに応じてくれた。
    「マジにあの狼やらを倒せるってなら、青銅でも何でも、欲しいだけくれてやるよ。
     ただ、俺たちにもその、……何てったっけ、魔術? を教えてくれると助かるんだが」
    「使えるかどうかは別だけど、教えて欲しいってんならいくらでも。
     ついでにエリザ。今まで道すがらざっくり教えてたけども、ここらで君にもしっかり、基本を教えとこうかね」
    「はーい」



     エリザの故郷と違って、ラボが治めるこの村はよそ者に対して寛大であり、モールたちにも気さくに応じ、また、素直に話を聞いてくれた。
    (ってか、エリザんトコに馴染めなかったヤツらがこっちに流れて集まってきたって感じもするねぇ)
     モールは彼らの中にも魔術の素質がある者がいることを確かめた上で、エリザも交えて魔術の講義を行うことにした。
    「……ってワケで、基本的にゃ最後にキーワードを宣言するコトで発動するようになってるね。んじゃま、実践してみな」
     モールのざっくりとした指導に、皆それぞれ、魔術を使おうと試みる。
     が――。
    「……出ない」
    「どうやるんだ? こうか?」
    「出た? 出たのかこれ?」
     ほとんどの者が、まともに扱えないでいる。
     そんな中、一人空中に火球を浮かべていたエリザが、ぼそ、とつぶやく。
    「前から思てたけど、……先生、教えんの下手くそやで?」
    「マジで? いつも君に教えてるみたく、分かりやすく説明したつもりだったんだけどね」
    「ソコも前から言おうと思てたけど、アタシも『何やソレ? どう言う意味やろ?』って思う時、チョイチョイあるもん」
    「……マジかー」
     モールは肩をすくめ、苦笑いを返した。
    琥珀暁・錬杖伝 4
    »»  2017.05.11.
    神様たちの話、第48話。
    モールの鋳造講座。

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    5.
     モールがエリザの助けを借りつつ魔術を村人たちに教えている間に、ラボの方でも、モールたちが魔杖を造るのに必要な原料を集めてくれていた。
    「青銅が拳4塊分、水晶が2塊分、後はあんたが指定した赤黒い鉱石2塊分、……こんなもんでいいか?」
    「ああ、私らが持ってるのと合わせりゃ、いい魔杖が造れるね」
     ニコニコと笑みを浮かべながらそう返したモールに、ラボはけげんな表情を浮かべる。
    「どうやって造るんだ? 青銅は延ばせるが、その黒いのはただただ脆くって、どう叩いてもボロボロ砕けるばかりだし、全然……」「延ばす? ……あー、なるほど。まだそーゆー加工の仕方なんだね」
     モールの言葉に、ラボは首を傾げる。
    「どう言う意味だ?」
    「ま、……私が説明下手だってのはここ最近で良く分かったから――説明するより見せた方が早いだろうね」

     モールはラボと、彼と共に青銅器を造っている仲間数名とを集め、青銅と赤黒い鉱物、薪、箱状に固めた上で穴を穿った砂塊、そして石塊2つを前にして、話を始めた。
    「今まであんたらがやってきたのは、この青銅をそのまま叩いて延ばして、棒状にしたり平らにしたりってやり方だって、ラボの親分から聞いたけどもね。
     私に言わせりゃ、そのやり方はめんどくさいし、思うようなものもできないんだよね」
    「なにぃ?」
     モールの言葉に、ラボをはじめとして、男たちが憤る。
    「だったらあんたのやり方を見せてくれよ!」
    「そのつもりで呼んだんだっつの。ま、見てな」
     モールは石の塊に向かって呪文を唱える。
    「そら、『フォックスアロー』」
     紫の光線が石を削り、すり鉢状にする。
    「おぉ……、石があんな簡単に」
    「なるほど、そうやって削って……」「違う違う、ココはまだ本題じゃないね。あくまで準備さ」
     納得しかけた一同をさえぎり、モールは青銅の塊を一つ、石の中に置く。
    「この鉱物はある程度熱を加えると、ドロリと溶けるのさ」
     モールは石の下も魔術で掘り、そこへ薪を投げ込み、別の呪文を唱える。
    「燃えろ、『ファイアボール』」
     薪に火が点き、石全体を熱し始める。
    「溶けるって……」「石がか?」
     疑い深そうに様子を伺っている一同に、モールがこう続ける。
    「勿論、ちょっとくらい熱いって程度じゃ溶けないね。だから火に空気をガンガン送り込んで、もっと熱くする。ほれ、『フィンチブリーズ』」
     石の下に風が送られ、ごうごうと勢い良く炎が燃え上がる。
     やがて石の中に収まっていた青銅は、ドロドロと溶け始めた。
    「うわ、マジだ」「溶けてる」「熱っ」
    「触るなよ? 火傷じゃ済まないからね」
     そうこうするうち、青銅はすっかり液体状になり、石の中でグツグツと煮立っていた。
    「で、同じように削って柄を付けた、こっちの石ですくい取って、この固めた砂の、穴の中に注いで、冷めるまで放っておけば……」
     しばらく時間を置いてから、モールは砂を崩す。
    「コレで青銅の棒が完成、ってワケさ。そっちの赤黒いヤツ――鉄鉱石だって、同じようにして溶かせるね」
    「へぇ~……」
     その後、何度かモールが実演を繰り返し、一同は新たな加工方法を学んだ。

    「あの重たいだけでどうしようも無かった赤いやつも、溶かせばこんな硬いのになるんだなぁ」
     モールが鋳造した鉄棒を眺めながら、ラボがうっとりした声を上げる。
    「加工の仕方さえつかめば、青銅よりよっぽど使い勝手のいい素材さ。ってワケで」
     モールはラボが持ったままの鉄棒をトンと指で叩き、ウインクする。
    「この棒、もうちょい形を整えて、綺麗に研いといてね。魔杖の柄の部分にしたいからね」
    「おう、お安い御用だ。水晶も磨いとくか?」
    「ああ。真ん丸にカットして、柄の先にくっつけてほしい」
    「分かった」
    「後、ソレからね……」
     その後もあれこれと注文を付けつつ、モールは魔杖の製作をラボに任せた。
    琥珀暁・錬杖伝 5
    »»  2017.05.12.
    神様たちの話、第49話。
    二つの魔杖。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ラボの村に逗留してから2ヶ月以上が過ぎ、モールは様々な技術を村に広めた。
     そして、その結果――。
    「モール! おい、モール! 聞いてくれよ!」
    「ど、どうしたね、ラボの親分?」
     ラボが心底嬉しそうな顔で、モールに報告する。
    「あの六目狼、すぐそこまで来てやがったんだが、アドロたちが魔術と鉄の槍で、真正面から倒しちまったってさ!」
    「へぇ? そりゃすごいね」
    「ああ、すごいことだ! 今まであいつらに追い回されたり引っ掻き回されたりで、度々村を移したり坑道に逃げ込んだりしてきたが、これからはもう、そんなことしなくていいってことだ!」
     満面の笑みを浮かべているラボを見て、モールは彼を諭す。
    「ん、まあ、……でもさ、ヤバいヤツってコトにゃ変わりないんだし、危なくなったら逃げなよ?」
    「あ、ああ。……そうだな、浮かれすぎた。いや、しかし本当、あんたのおかげだ」
    「いいって、そんなの。私だって色々ご飯もらったり、杖造ってもらったりしてるんだから、お互い様さね。
     とは言え、もうそろそろ潮時かねぇ」
     モールの言葉に、ラボは一転、悲しそうな顔をする。
    「村を出るつもりなのか?」
    「ああ。元々この村にゃ、杖を造るつもりで立ち寄っただけだしね。ソレにさ」
     モールは窓の向こうに見える、壁のように高くそびえ立つ北の山々を指差し、こう続けた。
    「私は色々見て回りたいのさ。あの山の向こうとか、ね」



     モールとエリザは旅支度を整え、ふたたび旅路に就いた。
    「連れてきちゃったけども、良かったね?」
    「何言うてんの」
     心配するモールに、エリザはフン、と鼻を鳴らして答える。
    「アタシは先生に色々教わるために、いっしょに来とるんやで? そら、ラボさんトコの村はいごこち良かったけど」
    「そのつもりなら問題無いね。村を出る前も言ったと思うけど、次の目的地はアレだしね」
     北の山を指差したモールに、エリザは首を傾げる。
    「あの山登るん?」
    「そうだよ」
    「あの向こう、何も無いって聞いたで」
    「誰からさ?」
    「ラボさんの村の人とか、アタシんトコとか。みんな『山の向こうは何もない、無の世界だ』みたいなコト言うてた」
    「ふーん。でもさ、エリザ」
     モールはニヤニヤ笑いながら、こう尋ねる。
    「そいつらの中に、実際に『向こう』を見てきたヤツがいたのかねぇ?」
    「……いーひんと思う。みんな『無い』『見てくるだけムダ』って思とるやろし」
    「そんなもんさ。実際に見もしないで勝手な想像ばっかりして、ありもしないモノをうわさしてるってだけさね。
     いいかい、エリザ? 君はそーゆーヤツにならないようにね。自分の目で見もしないで、自分の耳で聞きもしないで、勝手な思い込みで話を創るようなヤツにはね」
    「うん」
     エリザがこくんとうなずいたところで――彼女は、顔をこわばらせた。
    「先生」
    「ん?」
    「向こう見て」
     言われるがまま、モールは道の先を眺める。
    「……ありゃ。何かいるね」
    「バケモノっぽいやんな?」
    「だねぇ。村の東によくいた六目狼じゃなく、でかいトカゲみたいなのだけども」
     モールはうなずきつつ、造ったばかりの魔杖を構える。
    「早速コイツの威力を試してみるとするかね」
     数十秒も経たないうち、そのトカゲがモールたちのところへと走り寄ってくる。
     モールはニヤッと笑い、呪文を唱えた。
    「この杖、耐えてくれるかねぇ? ほれ、『ジャガーノート』!」
     ばぢっと音が響き、六目狼の時と同様に、トカゲが白い炎を噴き出しながら炎上する。
    「ココまでは良し。で、杖の方は……」
     魔杖を確認するが、どこにも異常は見られない。
    「完璧だね。ラボの親分、いい仕事してくれたね」
    「さすがやね。ラボさんだけやなくて、先生もやけど。
     ……なあ、先生」
    「ん?」
     エリザはモールの杖の、先端におごられた水晶を指差す。
    「中、なんか入っとるよな?」
    「ああ、針状のルチル(金紅石)か何かが入ってるみたいだね。普通に透明な水晶よか、いいデザインだね。いい感じにカットしてくれたから、星みたいに光って見えるし」
    「思てたんやけどソレ、何て言うか、しっぽみたいやない?」
     そう言われ、モールはしげしげと水晶を眺める。
    「言われてみりゃ、そうも見えるね。九尾の尻尾って感じ。……そうだ、いいコト思い付いたね」
    「ええコト?」
     尋ねたエリザに、モールはニヤニヤと笑いながら答えた。
    「コイツの名前さ。名付けて『ナインテール』。いい名前だと思わないね?」
    「『ナインテール』、……うん、ええ感じやね。
     あ、ソレやったら」
     エリザも自分の魔杖を取り出し、モールに見せる。
    「アタシのつえも、何かええ名前付けてーや」
    「おう。……うーん、君の方の水晶は、なんか花って言うか、……そう、蓮みたいな感じだね。放射状に伸びてるのがソレっぽい」
    「はす?」
    「水の上に咲く花さ。この辺は水場が多いから、もしかしたらドコかで見られるかも知れないね。
     ってワケで君の魔杖の名前、私のと揃えて――『ロータステイル』ってのはどうかね?」
    「うん、ええよ。……えへへ」
     突然エリザが笑い出し、モールはぎょっとする。
    「どうしたね、いきなり?」
    「ううん、何やちょっとうれしいなーと思て」
    「何がさ?」
    「先生から初めて、モノもろたし」
    「あー、そう言やそうか。かれこれ3ヶ月近く一緒にいたってのに、贈り物はコレが最初だったっけね。
     ま、コレからも何かしら機会があれば、プレゼントしたげるさね」
     モールの言葉に、エリザはさらに嬉しそうな笑みを浮かべた。
    「楽しみにしとるで」
    「ふっふっふ……」
     二人はじゃれ合いながら、北の山へと進んで行った。

    琥珀暁・錬杖伝 終
    琥珀暁・錬杖伝 6
    »»  2017.05.13.
    神様たちの話、第50話。
    「壁」を登る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「はあ、はあ、……ふうっ、はあ」
     エリザの荒い呼吸を背後に感じ、モールは振り向く。
    「しんどくなったら言いなよ。その都度、休憩取ってやるから。急ぐ旅じゃないしね」
    「は、はーい」
     二人は今、山を登っている。これまで二人の旅路において、ずっと視界の端に在り続けた、あの壁のような山である。
     とは言え、まだ幼いエリザにとっては、こんな山を登ることは無謀な挑戦、いや、自殺行為にも等しい行いである。
     登山開始から1時間も経たないうち、彼女は息も切れ切れに、師匠を呼んだ。
    「せ、先生ぇ、も、もうアカぁン……」
    「お、んじゃここいらで休憩しようかね」
     モールはそこで立ち止まり、造ったばかりの魔杖「ナインテール」で少し上を指した。
    「あそこに平らなトコがあるね。あの辺りまで行った方が安全だね。もうちょい頑張って」
    「はぁー……い」

     3分後、エリザはその平らな場所に着くなり、ぺちゃりと座り込んだ。
    「はぁっ、はぁっ、……きっついわぁ」
    「ゆっくり休みな。無理していい道じゃないからね」
     モールもエリザの横に座り、こう続けた。
    「とは言え、のんびりし過ぎてもあんまり良くないけどね」
    「なんで?」
    「1つ。朝方に登山を始めたけども、どう考えたって今日中に登頂ってワケにゃ行かないからね。必ず何日かは、夜を過ごさなきゃならない。
     だから日のあるうちに、十分休める場所を確保しなきゃ危ない。ココいらはまだ標高が低いから、昼間はそこそこあったかいとしても、夜中になったら確実に寒くなるだろうからね」
    「ココやったらアカンのん?」
     尋ねたエリザの頭をぽんぽんと撫でつつ、モールは説明を続ける。
    「悪くはないけどさ、登山はまだ序盤も序盤だよ? こんなトコで一晩明かしてたら、とてもひと月やふた月じゃ登り切れないね。
     ソレにさ、ココはテントとか張るにゃちょこっと狭いね。どうせ一晩休むなら、ゆっくり足を伸ばせる場所の方がいいさ。
     んで、理由の2つ目。今まで観察してきた経験からなんだけどね」
     言いつつ、モールは立ち上がり、魔杖を構える。
    「どうもコイツら、人間の生活圏ギリギリに棲息してるっぽいんだよね。ココじゃまだ、ヤツらの棲息圏内なのさ」
     次の瞬間、魔杖の先からぱぱぱ……、と光線が飛ぶ。
     九条の光線は、いつの間にかモールたちの足元十数メートルまで迫っていた、そのトカゲと鳥の中間のようなバケモノたちを串刺しにした。
    「だからココでのんびりしてたら、おちおち寝ても休んでもいられないってワケさね。
     さてエリザ、そろそろ息は整ってきたかね?」
    「あ、うん」
    「じゃ、再開。頑張ろうね」
     モールに手を引かれ、エリザは立ち上がった。

     その日は5回休憩を挟み、太陽がエリザの目線より下に落ちてきた頃になって、ようやくモールが告げた。
    「今日はもう、この辺りがいい加減ってトコだね。今晩はココで野宿するか」
    「はぁ~……い……」
     エリザが相当疲労していることは、顔を見れば明らかだった。と言うよりも――。
    (声が『もうアカン~、死にそう~』って感じだね)
     モールは苦笑しつつ、辺りを見回す。
    「よし、本格的に暗くなってきちゃう前にテント張るか」
    「はぁ~い」
     間延びしたエリザの声に、モールは今度こそ噴き出した。
    「ふっ、ふふふふ……。いや、エリザ。疲れてるだろ? 君はソコで休んでな。私がチョイチョイとやってやるよ」
    「ええのん~……?」
    「その代わり、やり方はしっかり見てなよ。明日は君にもやってもらうつもりだしね」
    「分かったぁ~」
     くたっと座り込んでいるエリザが手を挙げたところで、モールは呪文を唱え、テントを組み立て始めた。
    「……」
     心底疲れ切った表情を浮かべつつも、エリザはじっとモールの一挙手一挙動を見つめている。
     それを横目で確認しつつ、モールは、今度はエリザに分からないよう、うっすらと笑っていた。
    (ふっふふ、真面目だねぇ)
    琥珀暁・鳳凰伝 1
    »»  2017.05.15.
    神様たちの話、第51話。
    モールの回想;荳芽ウ「閠??繝輔ぃ繝シ繧ケ繝医さ繝ウ繧ソ繧ッ繝 。

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    2.
     テントを張り終え、エリザが中に入って横になったところで、モールはすぐにはテントに入らず、彼女に声をかけた。
    「ちょいとご飯を調達してくるね」
    「はぁ~い」
     くるりと踵を返し、モールは辺りを見回す。
    (ここいらで食えそうなのは、と。……アイツがこの辺の野草、散々食いまくってたからねぇ。ドレが食えてドレがアタるヤツかってのは、大体分かる)
     周囲をうろつきつつ、モールは「そいつ」のことをぼんやり、思い出していた。



    《キミも魔術を調べてるって聞いたから》
     そう言われたけれど、その時の私は、言葉の意味を測りかねていた。
    「ナニソレ? どう言う意味?」
     そう尋ねたら、アイツはこう返してきた。
    《そのままの意味だよ》
     うぜぇ。……いや、そうだ。コイツの言う通りだ。コイツは「そのまま」聞いてきてるだけなんだ。
     ソレを情緒不安定だった私が、しなくてもいい勘繰りしてるだけなんだよな。
    「どう答えたらいいね?」
     って聞いたら、コイツはまた、イラっとするコトを言ってきやがった。
    《自分で分かってるコトを聞くの?
     ボクの師匠はそーゆーヤツのコト、『愚図か愚鈍』って言ってるよ》
     お前の師匠なんか知るかってーの。まあ、でも、うーん、……つまり。
    「つまり克事件のアレ?」
    《ソレ》
     やっぱりか。でもなぁ。
    「アレ、一般のニュースとかじゃデマって聞いたけどね」
     そんな風に返したら、もう一人がこんなコト言ってきた。
    《でも僕もホウオウも、それから多分君も。本当だと思ってる。違うのかな?》
    「……思う」
     ちくしょ、なんだか心ん中、見透かされちゃった気分だね。
    《だからコンタクトを取ったんだ。ロッキー、僕たちと研究しない?》
    「研究って、つまり魔術?」
    《うん。僕もホウオウも、こそっと研究してるんだ》



     ぼんやり考え事をしながら食材を集めている間に、辺りはすっかり暗くなっていた。
    (……ん、まあ、コレくらいありゃ十分か)
     モールは集めた食材を背負い、テントへと戻った。
    「戻ったね。ハラ減ってる?」
    「ぐーぐー言うてる」
     テントの側では既に、エリザが火を熾(おこ)してくれていた。
    「じゃ早速食べよう。私も結構疲れてるから、切ったり除けたりせずにそのまんま焼いて食べられるヤツ集めてきたし」
    「そうなん? ……ちゅうか先生」
     エリザは首を傾げつつ、こう尋ねてくる。
    「ずーっと気になっとったコトあるんやけど、聞いてええ?」
    「時間かかる?」
    「ちょっとかかるかも」
    「じゃ、焼きながら聞いてよ。私だってお腹空いてんだしね」
    「はーい」
     二人で食材を串に刺し、火にかけつつ、エリザが質問を始める。
    「後ろで見とったら先生、全然迷てへんねんな。分かれ道とか、ううん、そもそも道っぽい道もあらへんトコ、仰山あったのに。なんや全部、すいすいすいー、て」
    「そうだねぇ」
    「持ってきたご飯も、調理方法分かってる感じやし。初めて見たモノっちゅう感じやないなー思て」
    「うん」
    「……もうソレ、答えやんな?」
    「って言うと?」
    「先生、この山初めてやないんでしょ?」
     その問いに、モールは何の含みもなくうなずいた。
    「そうだよ」
    「変やろ、ソレ」
     エリザは元から吊り気味だった目を、さらに尖らせてくる。
    「アタシも村のヤツも、ラボさんトコの人らも、この山のコト、登るどころか近寄りもせえへんもんやのに、何で先生は詳しいん?」
    「……んー、まあ」
     モールは火にかけていたキノコを手に取り、頬張りながら答えた。
    「もぐ……、何てーか、……んー……、まあ、いいか。秘密にするようなもんじゃないね。
     正直言うとね、エリザ。私ゃ、ココに住んでたんだ」
    「そうなん?」
     モールの言葉に、エリザは目を丸くした。
    琥珀暁・鳳凰伝 2
    »»  2017.05.16.
    神様たちの話、第52話。
    「旧世界(Old World)」からの三賢者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     モールは二本目の串に手を伸ばしつつ、自分のことを語り始めた。
    「私ともう二人、ココの山頂近くに住んでたんだ。詳しく数えちゃいないけど、半年かそこらくらいね。
     で、何やかんやあって二人ともどっか行っちゃってね。いや、ケンカ別れしたとかそーゆーコトじゃない。二人とも、いや、私も含めて三人全員、好奇心旺盛なタチでね。『新しい世界』が見たくて見たくて、じっくりじっくり調べたくてたまらなくなっちゃったのさ」
    「『新しい世界』?」
    「君たちの今いる、この世界のコトさ。
     そう、もっとぶっちゃけるとね、私もその二人も、別の世界から来たんだよね。いや、別の世界と言うよりも、『過去』、『古代』と言うべきか」
    「アタシがアホなんか、先生の説明がド下手クソなんか分からんけど、何言うてるんかさっぱりやで?」
     エリザににらまれ、モールは口を尖らせる。
    「まーたそーゆーコト言う。……まあ、でも、確かに説明がし辛い話ではあるんだ、確かにね。……んー、どう言えばいいもんかねぇ。とりあえず事実を、思い付く順に言うしかないね。ソレ以外にいい説明の仕方が思い付かないし。
     まず1つ目。今言った通り、私とその二人、合わせて三人は、とんでもなく昔の世界から来た。そしてその世界は、今よりずっと、ずーっと、文明の進んだ世界だったのさ」
    「今より? 昔やのに?」
    「歴史は人間社会と一緒さ。優秀でできるヤツだって、若くてひよっこの頃からそうだったワケじゃないし、いつかは老いて死ぬ。でも死ぬ前に子供を遺すもんさ。いずれ育っていく、ひよっこをね。
     ソレと一緒で、その超文明をたたえた『古い世界』は老いて死んだ。ソコから『新たな世界』ができたってのも一緒。だけども残念だったのは、『古い世界』が『新しい世界』に何にも知識やら経験やらを遺さず、逝っちゃったコトさ。
     だから遺された『新しい世界』にゃ、なーんにも受け継がれてないね。まっさら、まっしろ。でも自分でちょこっと、ちょこっとずつ、知識や経験を蓄え始めてる。
     ソレが私ら三人にとって、とっても興味深くて、たまらなく面白くて、コレ以上無いくらいにワクワクさせるコトだったのさ」
    「せやから先生もその二人も、家を出てったんやね」
    「そう言うコト。……ああ、そうそう。何を隠そう、私らが目指すのはその家なんだ。君への修行の仕上げを、ソコでするつもりでね」
    「へぇ~」



     山を登り始めて1週間も経つ頃、二人は雲を見下ろせる位置にまで到達していた。
    「ふしぎっちゅうか、すごいっちゅうか、……キレイやなぁ」
    「だねぇ」
     山道をゆっくりと進みながら、モールはまた、自分と友人のことを語り始めた。
    「私はココを、南に向かって降りた。ゼロが北に行ってきたってのを、本人から聞いたしね」
    「ゼロ?」
    「友達の名前さ。まだ20代だってのに、白髪にヒゲぼっさぼさのヤツでね。中身も相当浮世離れしてた、とんでもない変わり者だったよ。私から見てもね」
    「もう一人は? 何て名前なん?」
    「あん?」
     尋ねられ、モールはきょとんとした顔をエリザに向ける。
    「モールさんの話ん中で、もう一人、……何やっけ、ほー? って言うんもよお出てくるやん?」
    「ああ、そう言や話してたかもね。そう、もう一人は鳳凰(ほうおう)だね。ソイツも変わり者さ。私やゼロに、負けず劣らずのね。
     何て言うか、鳳凰は大抵のコトに無関心な感じだったね。世俗やら社会問題やら健康ブームやら、そう言うの全部『そんなのボクに関係ある?』で済ますヤツだった。
     ともすると自分のコトにすら、無頓着な時があったね」
    「例えば?」
    「ソコいらの草やらキノコやら、毒かどうかも調べずに、いきなりひょいっと口に入れるんだよね。『んなコトしてたら君、下手したら死ぬっての』ってたしなめてみても、『死んだら死んだ時だよ』っつって。
     アイツは自分の生き死にすら、どーでもいいやってヤツなのさ。正直今現在、ちゃんと生きてるのか、不安になるヤツだね。
     ただ、まあ、もしちゃんと生きてるとするなら」
     モールは道の先、窪(くぼ)みになっている場所を魔杖で指した。
    「あそこでまだ、暮らしてるかも知れないね」
    琥珀暁・鳳凰伝 3
    »»  2017.05.17.
    神様たちの話、第53話。
    遺跡の修行。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     エリザが遠くから眺めていただけでは分からなかったが、確かにその窪地には、人が出入りできる程度の洞窟が、隠されているかのように存在した。
    「さてと」
     洞窟に入って間も無く、二人は岩壁に突き当たる。
     そこでモールが何か唱え、壁をトントンと叩くと、壁にすうっと、扉が現れた。
    「ココは秘密の場所だからね。後で扉の開け方は教えたげるけど、誰にも言わないようにね」
    「うん」
     扉を抜けて奥へ進み、遺跡のような場所へたどり着く。
    「ココが私とゼロ、鳳凰が暮らしてたトコさ。……残念ながら二人ともいないっぽいけどね」
     モールの言う通り、確かにあちこちに、人が生活していた痕跡が残っている。
    「ともかく今日のところは、ご飯食えて寝られるように、掃除からだね」
    「はーい」
     二人で遺跡の中を掃除し、洞窟周辺の野草や果物を採り、食事の準備をする。
    「……んー」
     その途中、モールが残念そうにうなった。
    「死んだかも分からんね、二人とも」
    「え?」
     ぎょっとするエリザに、モールは首を横に、短く振る。
    「少なくとも半年か一年か、この辺りで生活してた形跡が無いんだよね。通路にまで埃(ほこり)が溜まりまくってるし、野草は採り放題だったし。
     まあ、この辺りにいないだけで、私と同じようにどっかの村をぶらついてるって可能性も十分あるけども、少なくとも二人が、ココに帰って来た様子は無いんだよね」
    「……残念?」
     尋ねたエリザに、モールは寂しそうな笑みを返した。
    「まあ、ね」



     それからエリザたちは、遺跡で暮らし始めた。
     遺跡の中に残っていた本や、魔法陣が刻まれた板を使い、エリザは魔術の修行に明け暮れた。
     モールがにらんでいた通り、エリザの魔術に関する資質と学習意欲、そして知能は並外れており、この遺跡で何年も暮らすうち、彼女はすっかり、師のモールと遜色ない程の技術を身に着けていた。
     それだけに留まらず――。
    「先生、こんなん思い付いたんやけどな」
     エリザはモールから学んだ内容を応用・洗練し、自ら魔術を開発・研究するまでに至っていた。
    「ふむ、……ふむ、へぇ?」
     その研究内容は、最早モールが教える、導くと言う次元を超えており、それどころか彼も舌を巻く程の完成度に仕上がっていた。
    「こりゃ考え付かなかったね。なるほど、この方法なら昔やっちゃったみたく、杖を燃やさずに済むかも知れないね」
    「せやろ? あんなんポコポコ起きたら、めっちゃ危ないし」
    「ただ残念ながら、コレを実現させるにゃ設備が無いね。『麓』で実用化するにゃ、100年か200年はかかるだろうね。
     まったくエリザ、理論だけなら君はもう、3世紀は未来に行っちゃってるね。こりゃ長生きしないと世界の損失ってヤツさね」
    「ほめすぎやって、もぉ」
     顔を赤らめるエリザの頭を、モールは昔からそうしてきたように、ぽんぽんと優しく撫でた。
    「ほめすぎなもんか。えらいえらい」
    「……」
     が、エリザは何故か、不満そうな、そして残念そうな顔をしている。
    「どしたね? 子供扱いすんなって?」
    「……ちゃう」
     エリザはモールの手をひょい、と除け、ぷいっと背を向ける。
    「ちょっと、外行ってくる。おゆはんまでには戻るし」
    「あ、うん」

     遺跡の外に出たエリザは、モールに撫でられた頭を、自分でも撫でてみる。
    「……そらな、子供扱いすんなっちゅうのんは、思てへんコト無いけどな。でも、……せやないねん」
     ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、エリザは遺跡の周りをぐるっと回る。
    「アタシ、初めて会うた時より背ぇ高こなってるし、……そらまだちょこっとやけど……、ムネもふくらんできとるのに」
     自分の胸に手を当て、エリザは唇を尖らせる。
    「……先生、アタシのコト、いつまでもコドモやって思てるんかなぁ」
    「そう? 見た感じ、十分可愛いと思うけど」
     と、突然声をかけられる。
    「ふあっ!?」
     自分の独り言を師匠に聞かれたかと思い、エリザは顔を真っ赤にし、耳と尻尾を毛羽立たせて叫ぶ。
    「ちょ、ま、先生、今の聞いて、……ん?」
     が、そこにいたのはモールではなく、見たことの無いような奇妙な耳を持った青年だった。
    琥珀暁・鳳凰伝 4
    »»  2017.05.18.
    神様たちの話、第54話。
    本物? 偽物?

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    5.
    「だっ、だっ、だ、誰やアンタ!?」
     後ずさり、両手を胸の前で組みながら、エリザは怒鳴るように尋ねる。
    「誰って、ボクのコト?」
    「他に誰がおるっちゅうんや!?」
    「ああ、いないねぇ」
     きょろきょろと辺りを見回し、その奇抜な色合いの毛並みをした獣人が答える。
    「まあ、でもさ。別に誰でもいいでしょ?」
    「良くないから言うねんや! あ、アタシの独り言、聞いてたやろ!?」
    「『そらまだちょこっとやけど』くらいからは」
    「ふざけんなボケぇ!」
     怒りと恥ずかしさに任せ、エリザは青年を平手打ちしようとする。
     が、青年は事も無げにひょいとかわし、手をぺらぺらと振って返す。
    「いや、思春期の乙女によくある悩みだと思うよ?
     女の子は誰でも、そーゆーコト考えるっぽいし。ボクの姉弟子の麒麟だって、いっぺん『マコトさんみたいな人がボクの恋人になってくれたらなぁ』なんて、アイツのキャラに似合わない、ふざけたコト言ってたコトあるし。
     ソレに、妹も似たよーなコト……」「知るかぁッ!」
     逆上したエリザは聞く耳を持たず、護身用に持っていた魔杖を振り回す。
    「わ、わ、ちょっと、危ないって。
     って言うか、魔杖をそーゆー使い方しちゃダメだってば。魔杖が泣くよ? 魔法使いに向いているタイプなのに、キミ」
    「そんなん見ただけで分かるんか!?」
     苛立ち気味に尋ねたエリザに、青年はうんうんとうなずく。
    「ボクは分かるんだ。見ただけで。キミも、って言うかキミくらいなら、言葉を介さずとも分かるんじゃない?
     何て言うか、肌で感じれるって言うか、そーゆーレベルで」
    「ワケ分からんコトばっか、ゴチャゴチャ言うな! 師匠みたいにアレやコレや……」
     そこまで言って、エリザは――癪に障るものの、確かに青年がそう言ったように――直感的に、ピンと来た。
    「……ホウオウ? アンタもしかして、ホウオウちゃうん?」
    「ふぇ?」
     そこでようやく、青年が動揺した様子を見せる。
    「なんでボクの名前知ってんの?」
    「師匠から聞いた。何ちゅうか、メチャメチャな性格しとるって」
    「ひどい言われようだなぁ。君の師匠って誰?」
     尋ねた鳳凰に、エリザが答えようとした、その瞬間――。
    「あれ?」
     エリザの背後から、声が投げかけられる。
    「……」
     遺跡から出てきたモールが、鳳凰を凝視する。
    「……」
     一方の鳳凰も、モールを凝視している。
     そして――揃って、こう尋ねた。
    「誰?」
     てっきり揃って再会の感動を分かち合うものと思っていたエリザは、呆気に取られる。
    「……えーと、お二人さん?」
    「ん?」「どしたね?」
    「アンタはホウオウやんな?」
     手を向けられ、鳳凰はこくりとうなずく。
    「そうだよ」
    「ほんで師匠? この人、ホウオウやないのん?」
     尋ねられ、モールは首を傾げる。
    「見たコト無いね」
    「そりゃまあ、変装してるし」
     そう言って、鳳凰は空を見上げる。
    「ドコにどんな監視があるか分かんないもん。空なんて一番厄介だ。
     じゃあ、まあ、変装解くからさ、中入ろう。……多分、モールかなって気もする人」
     鳳凰にそう声をかけられ、モールは憮然とした様子でうなずいた。
    「そう言うしゃべり方は鳳凰っぽいね。そうだよ、私ゃモールさ」
    「やっぱり? でも何て言うか、うーん、……全部違わなくない? 特に見た目が」
    「あー」
     そう言われて、モールは自分の体に目をやる。
    「なるほどね。そりゃ分かるワケ無いか。分かった、私もちゃんと説明するね」
    「助かる」
     ここでようやく、鳳凰もモールも、互いに相好を崩した。
    琥珀暁・鳳凰伝 5
    »»  2017.05.19.
    神様たちの話、第55話。
    第三の賢者。

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    6.
     遺跡に入り、エリザたちが居間として使っている部屋に入ったところで、鳳凰が呪文を唱え始めた。
    「『メタモルフォーゼ:解除』」
     途端、鳳凰の姿が――以前にエリザがモールから聞いたものと同じ姿の――茶髪の短耳に変わる。
    「うん、間違い無く鳳凰だね」
     それを確認し、モールが深くうなずく。
     対する鳳凰は、肩をすくめてこう返した。
    「ソレでさ、モール。何でキミさ、姿が違うの?」
    「ソレなんだけどねぇ」
     そう前置きし、モールは鳳凰に耳打ちする。
    「……で……多分……だから……結局……そーゆーコトなんじゃないかなーって」
    「ふーん……? まあ確かにキミって、普通の人間と色々事情が違うもんねぇ。でも納得した。
     ソレで、この子は? なんかこの子、キミのコトを師匠って呼んでたけど」
    「ああ、魔術の弟子だね。不思議なコトにDの方のマフ持ってた」
    「Dの方? Pじゃなくて?」
     モールの話に、鳳凰は目を丸くする。
    「ああ、Dの方だね。多分『旧世界』の終わりで暴走したのが生物的に変異して、この世界の人間とくっついちゃってるんじゃないかって思う。ミトコンドリアみたく」
    「怖い仮説だなぁ」
     モールと鳳凰がこそこそと話し合っているのを見て、エリザが頬をふくらませる。
    「あーもー、ワケ分からんコトごちゃごちゃ言うてるんが二人に増えてー」
     エリザは二人の後ろに回り込み、ぺち、ぺちっと尻を叩く。
    「あいてっ」「なっ、なになに?」
    「ワケ分からん話ダラダラ聞かさんといて。ホウオウさん自己紹介して。お腹すいた。あと話聞いてて疲れた」
     エリザから箇条式に要求と不満を聞かされ、モールは苦い顔をした。
    「あー、……うん。ほんじゃ、ご飯にしようかね」

     食事の用意が整い、3人とも卓に着いたところで、鳳凰が切り出した。
    「自己紹介してって言ってたね、そう言や。
     ボクの名前は鳳凰。おめでたい鳥の名前から取られたんだ」
    「おめでたい? ……アホってコト?」
     エリザの言葉に、鳳凰は大げさにのけぞる。
    「ち、違うよぉ~。おめでたいってのは、縁起がいいって意味さ。
     まあ、ともかくソレが、ボクの号なんだ。ちなみに本名はモールにもゼロにも秘密。って言うか二人の本名もボク、知らないしね」
    「え? 師匠の名前、ウソのんやったん?」
     目を丸くして尋ねたエリザに、モールは肩をすくめて返す。
    「今じゃ本名みたいなもんさね。今まで通り、モールでいい。新しい世界に来たんだし、名前も新しくなくちゃ、ね。
     私の話より、今聞くのは鳳凰の話さ」
    「あ、せやったね」
     師弟揃ってくるっと鳳凰に向き直り、彼の話を待つ。
    「ああ、まあ、……えーと、ボクの名前は言ったし、後は何を話せばいいかな」
    「ホウオウさんも魔法使いなん?」
    「ん? まあ、そんなもんなのかな」
     と、鳳凰がくるんとモールに振り返り、尋ねてくる。
    「も、ってコトはモールもそう言ったの?」
    「ん、まあ、うん。いや、だってさ」
     モールはどこか気恥ずかしそうな様子で、こう返した。
    「君、、魔術のコト、一から何から説明して、この世界の人に分かってもらえると思うね?」
    「……んー、まあ、そうか。確かに考えると、ちょっと面倒かもね。
     ゼロがいたトコの人たちも、そんなに詳しくなさそうだったし」
    「……ん、ん?」
     鳳凰の一言に、今度はモールが目を丸くした。
    「ちょい待ち、君もしかして、ゼロに会ったね?」
    「『会ったの』って、長い付き合いじゃない。キミもボクも」
    「じゃなくて、最近会ったのかってコトだね」
    「あ、うん。2年前くらいかなぁ」
    「マジか」
     モールは立ち上がり、鳳凰に詰め寄る。
    「元気してたね、アイツ?」
    「さあ?」
    「さあって……」
    「正確に言うと、直には会ってないんだ。彼の友達っぽいのから聞いただけで」
    「アホかっ」
     モールは席に戻り、天を仰いだ。
    「本っ当に、君ってヤツは。前々から思ってたけども、重要なトコをわざと外すよねぇ?」
    「いいじゃん。元気そうってコトは雰囲気で分かったし。
     ソレよりかさ、気になるならキミたちが直に行けばいいんじゃない?」
    「そうさせてもらうね。ココ数年山ごもりしてたし、そろそろ下界に戻ってみてもいいかもって気はしてたしね」
     それを聞いて、今度は鳳凰が尋ねてくる。
    「そう言やさ、ゼロのコト知らないってコトだし、北には全然行ったコト無いの?」
    「ああ。何年か前に南をちょろっと回ったくらいさね」
    「南ばっかり? へー、よく無事だったね」
     その言葉に、モールもエリザもけげんな表情を浮かべた。
    琥珀暁・鳳凰伝 6
    »»  2017.05.20.
    神様たちの話、第56話。
    鳳凰との別れ。

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    7.
    「無事って、どう言うコトなん?」
     尋ねたエリザに、鳳凰はあっけらかんとした口調で答える。
    「この数年、めっちゃくちゃ襲われまくってるらしいよ。ほら、あの変な……、動物っぽいけど普通の動物じゃ絶対無い、アレ」
    「……バケモノ」
     思わずそう返したエリザに、鳳凰は「あー、そう言う感じ」とうなずく。
    「君、どの辺りを回ってたね?」
     今度はモールが尋ね、これにも鳳凰はさらりと答える。
    「結構ぐるっと。知ってる? 南東の方へずーっと行った辺りにも……」「そんなんどうでもええねん!」
     立ち上がり、怒鳴ったエリザに、モールがぺちっと頭を叩く。
    「落ち着けってね、エリザ」
    「……ええ、はい」
     モールに諭され、エリザが座り直したところで、依然として飄々とした態度のまま、鳳凰が尋ね返す。
    「あー、と。何を聞きたいの、二人は?」
    「この山の麓沿いに何個か村があったはずだけども、ソコも襲われたの?」
    「っぽいよ」
    「……先生」
     エリザはぎゅっと、モールの服の裾を引く。
    「その……、いっぺん、帰ってみいひん?」
    「君が帰りたいってんなら、いつでも帰るさ」
     モールはにこっと笑いかけ、エリザの頭を撫でる。
     その様子を眺めていた鳳凰が、くすっと笑う。
    「エリザのコトお気に入りなんだねぇ、モール」
    「そりゃあね」
    「恋人にはどうなの?」
     先刻のエリザの様子から思いを汲んでくれたのか、鳳凰がそんなことを聞く。
     しかしモールの反応は、エリザのそんな期待を、はっきりと裏切るようなものだった。
    「アホか。んなコト思うワケないじゃないね」
    「……っ」
     この返答にエリザは顔をひきつらせて絶句し、鳳凰は苦い顔をする。
    「あーあ、言い切っちゃったか」
    「なんだよ?」
     モールが鳳凰をにらみつけるが、鳳凰は意に介した様子もなく、けろっとした様子で返す。
    「あのさ、エリザはキミのコト好きなんだってさ」「ちょおっ!?」
     あまりにも単刀直入に暴露され、エリザは顔を真っ赤にする。
    「なんで言うねんアホおおおッ!」
    「言わなきゃ何にも変わんないよ? その上、相手はモールだし」
    「私だったら何だって言うのさ?」
     師弟に揃ってにらまれ、流石の鳳凰もたじろぐ。
    「あー、と、……この話は無かったコトにしとく? なんか続けたらこじれそうだし」
    「もうこじれとるわボケぇ!」
     次の瞬間、エリザは鳳凰のほおを、べちっと平手打ちしていた。
    「いたいよ」
    「うーっ、うーっ、……ひっく、ひっく」
     怒りをにじませていたエリザの目から、ボタボタと涙がこぼれる。
     それを見て、モールがぱん、ぱんと手を打った。
    「分かった、鳳凰の案に賛成。この話は無し。
     いずれちゃんと答えるから、今はともかく、私に告白だとかどう思ってるかだとか、そう言う話はやめよう。私にも、考えをまとめる時間がほしいしね。
     ね、エリザ。いいかね、ソレで?」
    「……う~……」
     外に飛び出し、何かを叫び回りたいような気持ちだったが、エリザはその爆発しそうな思いをぐっとこらえ、小さくうなずいた。
    「……分かった。とりあえず今考えるんは、南の話やな。
     明日にでもすぐ行こうな、先生?」
    「ああ、その話は大賛成だね。
     鳳凰はどうするね? 一緒に来る?」
    「ボクはパス」
     鳳凰は首を横に振り、薄い笑みを浮かべた。
    「この新世界で『何か目的を持って行動』って言うのは今、したくないんだ。もうしばらく、ボクは傍観者でいるつもりだから」
    「そうかい。んじゃ、勝手にしな」
     モールは悪態を付き、そしてこう続けた。
    「何でだろうね――何かコレでもう、キミと会うコトは無いなって気がするね」
    「ボクも同感だよ。少なくともあと1000年くらいは、再会の機会は無さそうだ」
    「……だのに、コレでお別れするっての?」
    「うん。コレで一旦、お別れだよ。でもいつか、また会おう」
    「ヘッ、ド変人め」
     そう言って、モールは手を差し出した。
    「約束しろ、鳳凰。絶対、いつか必ず、お互い生きてるうちに会おうってね」
    「いいよ。そんな約束、いくらでもするよ。キミが相手ならね」
     鳳凰も手を伸ばし、がっちりと握手した。



     翌日、エリザとモールは鳳凰に見送られながら、遺跡を後にした。

    琥珀暁・鳳凰伝 終
    琥珀暁・鳳凰伝 7
    »»  2017.05.21.
    神様たちの話、第57話。
    猛進と思索。

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    1.
    「邪魔すんなボケぇ!」
     彼女の一喝とともに放たれた火球が、たてがみの一つ一つが蛇となった異形の牛に直撃し、そのまま腹に食い込む。
    「グバッ……」
     鳴き声とも体内での炸裂音ともとれる音が蛇頭牛の口から漏れ、続いて大量の血が、噴水のように飛び出してくる。
    「……すっげ」
     一切手を出さず眺めていたモールが、目を丸くして驚いている。
    「君、マジで私より強くなったんじゃないね? ……や、手合わせなんぞしようなんて、コレっぽっちも思わないけどね」
    「アタシは相手にでけへん、ってコト?」
     エリザに魔杖を向けつつにらまれ、モールは苦い顔を返す。
    「そうじゃなくて、……なんかさ、エリザ?」
    「なんやの?」
    「鳳凰と別れてから君さ、なんか私に対してトゲトゲしくないね?」
    「そんなつもりありません」
    「今だってそうだろ……」
     モールは一層苦い顔をしつつ、腫れ物を扱うかのような口ぶりで尋ねてくる。
    「もしかしてだけどもさ、やっぱ君、鳳凰が言ったあの話ね、何て言うか、……根に持ってたりなんかするワケ?」
    「その話やめるって言うたんは先生やろ? 話するん? 今、ココで?」
    「……だーかーらーさぁ」
     モールは額に手を当て、うめくように答える。
    「もうちょいね、じっくり話せるような時間を作りたいんだよ、私としてはね。でも今、そんなヒマを君は作りたいね?」
    「……そらまあ、今は急いでラボさんトコに行きたいで」
     エリザも口をとがらせつつ、話に応じる。
    「でもアタシの気持ち分かってはる上で、どっちとも付かへんような態度取られてひょーひょーと会話されるんも、ソレはソレでイライラするねんや」
    「じゃあどうしたらいいね?」
    「そんなんアタシに聞かんといてもらえます?」
     エリザはぷい、と背を向け、歩き出す。
    「話を進めへんのやったら、もうしゃべらんといてもろてええ? 早よ行くで」
    「……分かったよ。……まったくもう、この弟子と来たら」
     一人でぐいぐいと進んでいくエリザを、モールは渋々と言った様子で追って行った。

     何か話をしようとしてもほとんど邪険にされるため、山を降りるまでの間、モールは自分からしゃべろうとはせず、黙々と自分の考えをまとめていた。
    (さっきの蛇頭牛、どう考えても山に登る前に出くわしたバケモノたちより、段違いに強いね。
     ソレをあっけなく退けたエリザの腕については、無論、賞賛する以外の評価はまったく無いんだけども――そもそも、何であんなバケモノが出てきたね? 山に登る前にはあんなの、一度も遭遇しなかったってのにね。
     何て言うかコレって、まるでテレビゲームのステージ攻略みたいに、強いのを倒したら次にもっと強いのが出てきた、……みたいな、ああ言うノリを感じるね。
     とすると、ふもとで私が鉄器や青銅器の鋳造方法を教えたのが、そのノリの引き金になったのか? コレまで出現したバケモノが鉄器で駆逐されちゃったから、もっと強いのが出て来たってコトか?
     微生物学や長期的な生物学の観点なら、ソレは有り得る話だ。古来より猛威を奮っていたウイルスが、ペニシリンみたいな抗生物質の出現で一掃された。でも生き残った一部のウイルスがペニシリンを克服して耐性を持ち、ふたたび脅威を奮い始める。ソコでメチシリンが新たにペニシリン耐性ウイルスを駆逐、そしたらメチシリン耐性ウイルスが出現、……なんて言ういたちごっこなんかは、あまりにも有名な話だしね。
     でもこの場合、そんな話とはスケールが違いすぎる。数年単位で生物がソコまで進化・強化されるなんてコトは有り得ない! あまつさえ、魔術や鉄器に耐性を持つ生物だって? んなバカな、だね!
     そう、自然淘汰と言う観点においては、ソレはまったくありえない話だ。とするならコレには、少なからず人為的な操作が加えられていると見ていいと、私は思うね。
     もしソレが事実だとするならば――一体ドコのクソ野郎だ? 人を人だと扱わない、こんなえげつないコトを画策するようなのは)
    琥珀暁・群獣伝 1
    »»  2017.05.23.
    神様たちの話、第58話。
    深刻化する央中。

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    2.
     山を降り、道に出たところで、モールが「ちょいと」と声を上げた。
    「……なんです?」
     やはり邪険にあしらおうとしたエリザに、モールは真面目な声を作って続ける。
    「この道を見て、君は何か感じないね?」
    「は?」
     うざったそうな顔を返しつつも、エリザは自分の足元に視線を落とす。
    「……前に歩いた時より、広くなっとる気ぃはするけど」
    「ソレさ。つまり体積だけ考えても、昔よりデカいバケモノが多くなってるってコトは、容易に予測できる。
     やはり鳳凰の言ってた通り、ヤバいバケモノが闊歩しまくってるってコトだろうね」
    「ソレがどないしたん?」
    「ちょっとは頭冷やして考えろ、おバカ」
     モールはエリザに近付き、べちっと頭を叩いた。
    「あいたっ!?」
    「成長したのか、昔のまんまか? 私に『見てほしい』ってんならね、成長したってトコを見せてみな。
     よーく思い出してみな、この道くらい幅のデカいのが昔、そんなにゴロゴロいたかね?」
    「む~……」
     頭をさすりながら、エリザは渋々と言った様子で答える。
    「そら確かにこんなデカいのん、いてた覚えはあらへんよ。でも『ゴロゴロしとる』って言うたけど、いっぱいおるってなんで分かるん?」
    「道ってのは、人やらケモノやらが行き来するからできるものだろ? コレだけしっかり道が作られてるって言うなら、ソレだけデカいヤツの行き来が多いってコトだ。
     ソレともエリザ、まさか君はこんな幅のデカい人間が何人もいるなんて思ってるの? まさか、だよねぇ?」
    「ぐ、……ふんっ」
     顔を真っ赤にし、背を向けたエリザに、モールはいつもの飄々とした声をかける。
    「エリザ、山を降りて人間の生活圏に戻って来た今、ココはドコだってバケモノの捕食圏内、超危険ゾーンだね。言うまでもなく油断は禁物だし、二手、三手先を読んで行動してなきゃ、命取りになるかも知れない。
     熱くなってるコトについては特に言うコト無いね。戦う時は気持ちが燃えてなきゃダメだしね。でも冷静に考えるってコトも、絶対忘れちゃいけないからね。
     そんなワケでだ、エリザ」
     モールはエリザの前に回り込み、道の先を魔杖で指し示した。
    「数年前みたく、のんきな道のりと行かないコトは明白だね。いつ、ドコで、どんな敵と出くわすか、私にも予測が付かない。
     油断するなよ」
    「言われんでも」
     どちらから促すともなく、二人は歩き出した。

    「ぐるるる……ぐふううう……」
     間も無く、二人の前にバケモノと思しき巨獣が現れる。
    「ベースは馬? ……にしちゃ、脚が多すぎるね。まるで蜘蛛だ」
    「て言うか、目ぇおかしない? 火ぃ噴いとるで」
    「そもそもデカいね。馬って言うより、まるで戦車だね」
    「走って来よったら一瞬やろな。……っと、言うてる間に来よるで、先生」
     二人で軽口を叩き合いつつ、揃って魔杖を構える。
    「んじゃやってやろうかね。連射するね!」
    「あいあい、了解っ!」
     目が合うなり、戦車馬は鼻から火を噴き出し、エリザたち目がけて突進してくる。
     しかし二人にぶつかるはるか手前で、エリザとモールは同時に魔術を放っていた。
    「『フレイムドラゴン』!」「『ファイアランス』!」
     いくつもの火球が立て続けに戦車馬に叩きつけられ、そのいくつかは貫通する。
    「ギヒ……ッ!?」
     戦車馬は体中から火を噴き上げ、その場に崩れる。やがて轟々と燃え上がり、そのまま炭になった。
    「よっしゃ!」
     エリザが魔杖を振り上げ、勝ち誇ろうとする。
     しかし直後、モールが後ろを振り返り、魔術を放つ。
    「油断するなっつったろ!」
    「えっ?」
     エリザは振り向くと同時に、体を火に包まれながら走り込んでくる、別のバケモノがいたことを確認する。
    「う、うわ、うわっ、……『ファイアランス』!」
     どうにか魔術を発動させ、バケモノの頭を貫く。
    「……お、終わり?」
     きょろきょろと辺りを見回すエリザに、モールがフン、と鼻を鳴らす。
    「私がいなきゃ、別な意味で終わりだったね」
    「す、……すんません」
    「いいさ。逆に私一人だったとしても、この先がキツくなってくるだろうしね。
     二人で協力して行こう、エリザ。生きて村に着くにゃ、ソレが一番だね」
     そう言ってニヤっと笑ったモールに、エリザは深く頭を下げ、うなずいた。
    「……はいっ!」
    琥珀暁・群獣伝 2
    »»  2017.05.24.
    神様たちの話、第59話。
    襲撃の名残。

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    3.
     ラボの村に到着するまでに、エリザたちは何度もバケモノに遭遇したが、その都度協力し合い、または競い合って、それらバケモノをすべて撃退した。
    「そうか……うん……そりゃあいい」
     二人の武勇伝を聞いたラボは、床に就いたまま、力無い笑みを浮かべた。
     その体はあちこちに傷が付き、さらには右脚の膝から下が断たれている。シーツは半ば赤く染まっており、覆い隠された部分にもひどい怪我が残っていることを、雄弁に語っていた。
    「ラボさん……」
     この悲惨な姿を目にし、エリザは涙ぐんでいた。
     その顔を見たラボが、もう一度笑う。
    「ああ、いや、エリちゃん、……はは、何てこと無いさ、こんなもん。杖があれば歩くのに不自由しないし」
    「そんなん言うたかて……」
    「大丈夫だって、エリちゃん。他のケガだって何日か寝てりゃ、そのうち治っちまうさ。
     だからさ、……ああ、えーと、そうだ。ともかく二人とも、今日はウチで休んで行きな。山に登った話、詳しく聞かせてくれよ。どんなトコだったのか、俺もみんなも知りたがってるんだから、な」
     話題を変え、明るく振る舞うラボに、エリザはそれ以上何も言えず、こくんとうなずくことしかできなかった。

     とは言え、ラボを始めとする村の皆が「壁の山」について少なからず興味を抱いていたのは確かだったらしく、夕食時には、動ける村人のほとんどがラボの家に集まり、エリザたちの話に聞き入っていた。
    「……ちゅうワケで、ずーっと修行ばっかりしとったんよ」
     モールから遺跡と鳳凰についての話をしないよう、事前に釘を刺されていたため、それに関係する部分を省いての話ではあったが、それでも連日の襲撃で心身共に疲弊しきっていた村人たちには相当に不可思議で、心躍る話だったらしい。
    「ってことはエリちゃん、かなり強くなったのか?」
    「うん、すっごい術も色々使えるようになったで」
    「いいねぇ。今度バケモノが来たら、追い返すのに協力してくれよ」
    「ええで。ソレどころかな、仕留めたるで」
    「はっは、そりゃ楽しみだ」
     エリザを中心として、村人たちの輪ができてきたところで、モールはその輪から離れ、家の外に出た。
    (やーれやれ、あのアホ弟子め。調子乗ってんじゃないっつの。君が考え無しに高威力の魔術ブッ放して、もしソレへの『免疫』がバケモノ共にできたらどうすんだってね。
     そう、私が考えなきゃいけないのはソコだね。このまんま、襲ってくるバケモノを手当たり次第に叩きのめしてりゃ、襲撃は止まるのか? ソレとも私らの戦いぶりに対応して、より強力なバケモノが出現するのか? その点がハッキリしないまま無闇に戦うのは、非常に危険だからね。
     もし事実が後者だったなら、いずれ最悪な状況に陥るコトは明白だ。そう、『大魔法使いとその一番弟子ですら敵わない超バケモノが出現』なんてコトになれば、もう誰も、バケモノを倒せなくなるね。
     ……確か鳳凰、ゼロが北にいるって言ってたっけね。話の感じからして、北にもバケモノが出てるらしいし、となりゃ世話焼きのゼロのコトだから、バケモノ退治に乗り出してるはずだ。その上で――アイツも私と同じくらい頭脳明晰なヤツだから――私が今考えてたように、『免疫』のコトも想定してないはずが無いね。
     こっちの用事が一段落したら、ゼロに会いに行ってみるかね。私らが知らない何らかの事実を、アイツがつかんでるかも知れないし)
     と、モールは背後に気配を感じ、振り向く。
    「よお」
     ラボが杖を手に、よたよたと近付いてきていた。
    「大丈夫かね、ラボ? そんな体で歩いて」
    「寝たきりの方が疲れる。仕事するなり何なり体動かしてる方が、気が休まるもんでな」
    「職人気質だねぇ」
     モールは近くに転がっていた石を魔杖でこつんと叩き、魔術で形を整える。
    「ほれ、座りな」
    「おう、済まんな。……よい、しょっと」
     座り込んだところで、ラボが尋ねてくる。
    「モール、アンタとエリちゃんが帰ってきてくれたことについては、本当に嬉しい。良く生きて帰ってきてくれたって、心から思ってる。
     だけどずっとここにいるわけじゃないだろ?」
    「そのつもりだね。……何が言いたいね?」
     尋ね返したモールに、ラボは表情を曇らせた。
    琥珀暁・群獣伝 3
    »»  2017.05.25.
    神様たちの話、第60話。
    山の向こうへ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ラボは一瞬、家の中にチラ、と視線を向け、苦い顔のまま話し始めた。
    「今、中ではエリちゃんがバケモノ退治したるでーって息巻いてて、村の連中もそれを応援してる。正直、被害が大きくなり始めてる今、助けが来てくれたのには感謝してる。
     だがバケモノ共の襲撃は、いつまで続くか分からん。もしかしたらずっと続くかも知れん。その間ずっと、エリちゃんやアンタをここに縛り付けるってのは、どうもな……、って思ってな」
    「なるほどね。確かにソレは、私も懸念してた」
     うなずきつつ、モールはもう一つ椅子を作り、ラボの横に座る。
    「一番は、襲撃が短期間で終わり、私らが早々にお役御免になるコトだ。だけどもココ数年襲われっぱなしって聞いたし、都合よく襲撃が止んでくれるとは思えない。
     だから二番めとしては、君らが今後も余裕で撃退できるだけの力を付けるコトだと思うね」
     モールの言葉に、ラボは苦い顔をする。
    「それも現実的とは言えんだろう。
     今だって、俺たちは全力なんだからな。ソレで襲撃をギリギリ食い止めてるってのが現状だ。もう一段強いのが出たりなんかしたら、マジで対抗できなくなる」
    「ああ、分かってるね。とは言え――理想論だってのは百も承知だけども――ソレが最上の策だってコトは、間違い無いだろ?」
    「確かにな」
     うなずいたまま、顔を挙げないラボに、モールはこう続けた。
    「ともかく今度襲撃された時、私が状況を見定めようと思ってるね」
    「……って言うと?」
    「襲ってくるヤツらが、現状で最強に強いのか? ソレともまだ上のヤツが残ってるのか? ソコがハッキリしなきゃ、今後の対応もままならないからね。
     前者なら、そんなに話は難しく無いね。私らが気張って倒しゃ、ソレで近い内に終わりが来る。だが後者だったら、悪い可能性が色々と出て来るね」
    「例えば?」
     顔を挙げたラボに、モールは杖をくい、くいと上に上げながら説明する。
    「今より強いヤツが残ってる、……とすれば、ソイツを倒したら更に強いヤツが出て来るかも、って考えられるだろ」
    「なるほど」
    「更に言えば、もっともっと強いのがいるかも知れない。そう考えていくと、バケモノ全体の規模はかなり大きいかも知れない。
     となったら、私とエリザがいても対応しきれないって可能性が出て来るね」
    「むう……」
     一層表情を曇らせたラボに、モールは更にこう続けた。
    「だから後者である可能性が高そうだと判断した場合、私は応援を呼ぼうかと考えてるんだ」
    「応援だって?」
    「さっきもエリザがチラっと話してたけど、山の向こうにゃ別の平地があるんだ。聞くところによれば、ソコに私の親友がいる。ソイツに力を借りようと思ってるんだ」
    「へえ……」
     これを聞いて、ようやくラボの顔に、希望と安堵の色が浮かんだ。

     と――。
    「……!」
     ラボが狼耳をピク、と動かし、立ち上がろうとする。
    「うぐ、いてて、て……」
    「どうしたね?」
     モールが助けつつ、ラボを立たせる。
    「鐘だ! 鐘の音が……」
     言われてモールも、遠くでカンカンと、鐘が鳴っていることに気付く。
    「……襲撃かね?」
    「ああ、そうだ!」
     鐘の音を聞き付けたらしく、家の中からぞろぞろと、村人が現れる。
    「親分! 鐘が……」
    「ああ、北の方だ!」
    「俺たちが行きます! 親分はここにいて下さい!」
    「……分かった! 頼んだぞ!」
    「はいっ!」
     村人たちが武器を手に、バタバタと北へ向かって走り出す。
     と、その後ろを、エリザが魔杖を持って付いて行くのを見て、モールが声をかけた。
    「エリザ!」
     エリザは立ち止まり、苛立たしげにくるっと振り向く。
    「何やの!?」
    「私は周囲を見回る。他にいたらヤバいからね。だから君一人で、何とかしな」
    「え……」
     モールの言葉に、エリザは不安そうな表情を浮かべる。
    「『できない』って? 私ゃそうは思わないね」
     それを受けて、モールはニヤっと笑って返す。
    「君ならできる。できないはずが無いね」
    「……わ、かりました」
     エリザは深くうなずき、表情をキッとこわばらせた。
    「行ってきます!」
    「ああ、頑張りな」
     エリザはもう一度踵を返し、そのまま走り去った。
    琥珀暁・群獣伝 4
    »»  2017.05.26.
    神様たちの話、第61話。
    モールの検分。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     エリザを見送ってから若干の間を置いて、モールは村の外れにある森へと向かう。
    (さーて、我が不肖の弟子の腕前はどんなもんかね)
     モールは樹上に潜み、エリザと村人たちの様子を観察する。
    「俺たちが援護する!」
    「今のうちにやっちゃってくれ!」
     槍や斧を手にした村人たちが、エリザの周囲に固まって陣取り、バケモノと距離を取っている。
    「分かった!」
     陣の中心にいたエリザが魔杖を掲げ、呪文を唱え始める。
    (どうやら『エクスプロード』を使う気だね。
     普通に考えるなら、確かにいい選択だ。チマチマ小技をかましてどーにかなるような相手じゃ無さそうだし、そんなら自分が持てる最強の術で一気に焼き払っちゃった方が、結果的に早いだろう。
     だけど『免疫』の懸念がある。その最強の術をバケモノたちに克服されたら、次がまずいコトになる。ソレは即ち、エリザが勝てなくなってしまうってコトだ。そうなったら、私だって相当まずくなるね。
     しかしその『免疫』だけど、ソレが機能するには、攻撃を受けたバケモノが生き残るか、攻撃を受けたトコを別のバケモノが確認するコトの、いずれかが必須だ。
     そのどっちのケースにも対応するには……)
     モールが思案にくれている間に、エリザの準備が整ったらしい。
    「行くでぇ! 『エクスプロード』!」
     魔術が発動され、バケモノは呆気無く吹き飛ばされる。
    (ふむ……。こっちは問題なしか。一撃でやったっぽいし、コレなら生き残っちゃいないだろうね。
     となると、残る懸念は……)
     モールは周囲を見回し、他にバケモノがいないかを探る。
    (……ん、んん?)
     が、モールが想定していたような、別のバケモノが監視しているような様子は無い。それどころか、他にバケモノがいる気配も、どこにも感じられなかった。
    (ありゃ……? まさか、あの一体だけなのか? まさか、だろ?)
     木から降り、念入りに辺りを調べたが、やはりどこにもバケモノの存在は無い。
    (おっかしいねぇ……? じゃあまさか、私の仮説が誤りだったってコトか?
     いや、ソレじゃ強いバケモノが出てきた理由は? 事実、出現してるワケだしね。じゃあその出現条件が、私の思ってたモノとは違う、ってコトか。
     もっと詳しく調べてみなきゃね……)
     と、エリザたちがモールの存在に気付いたらしい。
    「あれ? 先生、おったん?」
     声をかけてきたエリザに、モールはひょい、と手を挙げて返す。
    「おう。この辺りを回ってきたけども、バケモノはいないっぽいね。もう危険は無さそうだね」
     モールの言葉に、村人たちは揃って安堵の表情を浮かべる。
    「ふう……、良かった」
    「いやぁ、ヒヤヒヤしたぜ」
    「ま、こっちにゃエリちゃんがいるけどな」
    「わははは……」
     すっかり緊張が解け、和気藹々(あいあい)とし始めた彼らに、モールが声をかけた。
    「とりあえずさ、今夜はもう村に戻ろう。なんだかんだで私もエリザも、歩き通しでまともに休んでないもんでね」
    「お、そうだな」
     モールは村人たちと合流し、そのまま村へと戻った。



     翌日早朝、モールはまた一人で森を訪れていた。
    (一晩寝て、ようやく気付いた可能性だけども――やっつけられたバケモノが、その敗因を仲間に『送信』したってコトは、考えられないだろうか?
     あの異形のバケモノは、どう考えても自然進化の賜物じゃない。人工物であるコトは、疑いようが無いね。ソレなら、頭かどっかに通信装置めいたモノが組み込まれてて、ソレで敗因を送ったって可能性も、考えられなくはない)
     モールは昨夜、エリザが倒したバケモノの死体を見付け、検分を始めた。
    (つっても私ゃ、生物学の知識なんぞはからっきしだ。こんな残りカスをいくらいじくったトコで、何が分かるもんかってね。
     調べるのはコイツの体のコトじゃない。コイツの体から、『何が発せられてた』か? その痕跡だ)
     そう考えながら、モールは呪文を唱える。
    (魔術の中でも通信術は、色々と応用性が効く。声を送る、見たモノや映像を送る、位置情報を送る、……他にも色々、特定の情報を送るコトもできる。
     この呪文は一種の通信試験ツールだ。反応があったのなら、何かしらの情報を送ったコトは確実ってコトになる。もしも送ったモノがあるとしたなら……)
     いくつかの呪文を唱えたところで、モールは「それ」を検知した。
    (この反応……、やはり何かを送信したらしいね。となりゃ、私の予想は的中と考えていいだろう。
     つまり昨夜、エリザがブッ放した魔術も、残ってるバケモノ共に知られてるってコトになる。となれば一両日中にも、『免疫』を持ったバケモノが出現するだろう。
     コレはまずいかも知れないね――昨夜と同じようにエリザが出張ったら、確実にエリザは、殺される)
    琥珀暁・群獣伝 5
    »»  2017.05.27.
    神様たちの話、第62話。
    告白の返事(モールの場合)。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     村に戻ってすぐ、モールはエリザと共にラボのところへ向かい、こう切り出した。
    「恐らくそう遠くないうち、さらに強いバケモノがやって来るだろう。一旦、ココを離れた方がいいね」
    「なにぃ?」
     モールの話に、ラボは顔をしかめる。
    「馬鹿言っちゃいかんぜ、モール。ここには鉱床や工房があるんだ。ここを離れたら、俺たちは生きてられん」
    「ココに留まりゃ、どっちみちバケモノに殺されるさ。ソレに鉱床がココにしかないってワケじゃないだろ?」
    「そりゃそうだが……」
     渋る様子を見せるラボの手を、エリザがぎゅっと握る。
    「アタシからもお願いします。死なんといてほしいもん」
    「……ん、ん、……そう言われちまっちゃなぁ」
     ラボはまだ苦い顔をしつつも、渋々と言った様子でうなずいた。
    「分かった。皆と相談して、移動するよ」
    「ホンマ?」
    「ホンマに、だ」
    「ウソやあらへんよな」
    「マジだよ、マジ」
     ラボに何度も念押しし、村を離れさせることを約束させた後、モールがこう切り出した。
    「君らが移動してる間に、私らもちょっと北へ行く」
    「北? こないだ言ってた、『山』の北側へか?」
    「そうだ。私だってバケモノを一掃したいって気持ちはあるし、こんな理不尽なお願いなんざ、金輪際したかないしね。
     だから北にいるって言う友達を連れて来る。私とエリザとソイツがいりゃ、どんなバケモノが出てこようが倒せないってはずは無いね。
     そんなワケでだ、ラボ。私らが戻ってくるまで、死ぬんじゃないよ」



     ラボの村を出たところで、モールが口を開く。
    「間違い無くラボたちは、ココを離れないね」
    「……は?」
     目を丸くするエリザに、モールはニヤっと笑って返す。
    「あの頑固者共が、余所者にやいのやいの言われてハイそうですかなんて、簡単にうなずいたりするもんかってね。むしろアイツらだけで話し合いして、じゃあ引っ越そうかって結論になっちゃう方がよほどまずいね」
    「え、ほな先生……」
    「そうさ、下手にあっちこっち移動されるより、ココにじっとしててもらった方がいい。その間に私たちは北へ行き、ゼロに助けを借りに行くんだ。
     と言っても時間がそうそうあるワケじゃないから、私らも全速力で山を越えなきゃならないけどね。
     ただしその前に、バケモノの注意をこの村から離しとかなきゃいけないけどね」
    「どないするん?」
    「一旦、森の方で待ち構える。そう遠くない内に、バケモノは村に近付いて来るはずだ。
     で、現れたら私らだけで攻撃する。決して村の連中にゃ接触させない。接触させたら、ターゲットは村の方に向いたまんまになるからね。
     確実に私らの方を狙うよう、バケモノ共を操作してやるんだ」
     それを聞いて、エリザは顔をこわばらせる。
    「アタシらを襲わせるっちゅうコト?」
    「まさか。襲われる前に逃げるね。ただし、引き付けながら逃げる」
    「この村から離すために、……っちゅうコトやな」
    「そーゆーコトさ」

     モールたちは森に潜み、バケモノの出現を待った。
    「山の方で色んなもん食べとったせいか、ココら辺でも食べられそーなもん、ピンと来るな」
    「鳳凰の無神経さと蛮勇に感謝だね。とは言え毒探知の術は忘れないようにね」
    「あいあい」
     二人で野草や木の実を取り、術で精製した水と共に、鍋に入れて煮込む。
    「料理の腕も上がったし、修行しとった間のコト全部、役に立っとるって気ぃするわ」
    「そりゃ何より」
     鍋を眺めたまま、エリザが尋ねてくる。
    「ほんで、先生。今、他に話しとかなアカン話題、ある?」
    「ん?」
    「無かったら、そろそろ返事聞かしてほしいんやけど」
    「……あー」
     鍋をかき混ぜつつ、モールも視線を合わせず答える。
    「まず、第一に。私と君は、師匠と弟子だ。そりゃ世の中にゃ、そーゆー関係であっても好きになっちゃって結婚するのもいくらかいるみたいだし、ソイツらを否定しようって気も無いね。
     第二に、人間にゃ好みのタイプってもんがある。絶世の美貌の持ち主であっても、ズバ抜けた能力や才能があっても、誰からも好かれるカリスマの持ち主であっても、『どーしたってソリが合わないなコイツ』ってのはいるもんさね。
     そして第三に、私自身の問題だ。私は色々と厄介事を抱えた身でね。伴侶を得て安穏と暮らそうって権利は、私にゃ未来永劫、与えられやしないのさ」
    「……だから?」
     はっきり言え、とばかりに、エリザはモールをにらむ。
     そしてモールも顔を挙げ、穏やかな口ぶりで答える。
    「私と君は、ずっと師匠と弟子だったし、コレからもずっと、そのままでいるつもりだ。
     君を私の奥さんにしようって気は、まったく無い」
    琥珀暁・群獣伝 6
    »»  2017.05.28.
    神様たちの話、第63話。
    バケモノ・スタンピード。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「……」
     エリザの目が、じいっとモールを見据えている。
     モールも視線を外さず、黙って眺める。が――内心では、かなりビクビクとしていた。
    (あー……、ついにハッキリ言っちゃったねぇ、この猛烈火の玉娘に。間違い無くコイツ、『ふざけんなアホボケカス』とか叫びながら、私に殴りかかってくるだろうね。
     さー来るぞ、今に来るぞー……)
     心の中で身構えつつ、エリザの反応を伺っていると――。
    「……分かった」
     凍りついたような真顔で一言、それだけ返して、エリザの方から顔を背けた。
    「えー……と」
     そんな反応は予想しておらず、モールは面食らう。
    「あ、あのさ? ホレ、あの、ほら、何かさ、言いたいコトあったら、あの、何でもいいからさ、ズバズバ言っちゃっていいから、……ね?」
    「……」
     あれこれとモールは声をかけたが、それ以上、エリザは何も言うことは無かった。

     その時だった。
    「……エリザ」
    「……」
     なお答えないエリザに、モールは真面目な声色でこう続けた。
    「マジな話だ。ヤバいのが来てるね。多分、私の後ろからだ」
    「……!」
     ようやくエリザが振り向き、そして息を呑む。
    「確認できたね?」
    「う、うん。デカいのんが、こっち見とる」
    「そうか」
     モールも振り返る。
     そして、まるで巨石のような体躯のバケモノが、静かに佇んでいるのを確認し、固唾を呑んだ。
    「……マジか。まるで、……獅子(ライオン)、……みたい、な、……ヤバすぎだろ」
    「らい……おん?」
     尋ねるエリザに、モールは振り向かず、首を横に振って答える。
    「めちゃヤバいバケモノだってコトだね。とにかく立て。そして構えるんだ」
     そう指示しつつ、モールも立ち上がって魔杖を構える。
     次の瞬間、「ライオン」も前傾姿勢を取り、攻撃する気配を見せた。
    「『ファイア……』」
     エリザが魔術を放とうとしたところで、モールは制そうとする。
    「バカ、まだ攻撃……」
     だが言いかけたところで、モールはぞくりと寒気を覚えた。
    「……ヤバいなんてもんじゃないね。
     絶対に、何が何でも、どうあってもって感じで――私らを殺すつもりで布陣を敷いてきてたか」
     辺りの木々がバリバリ、バキバキと音を立てて薙ぎ倒され、モールたちの周囲に、様々なバケモノが姿を現した。
     ぎゅ、とモールの袖をエリザが引く。
    「せ、先生……」
     エリザの声は震えている。
    「エリザ」
     モールは、彼女の手を優しく、しかし力強く握る。
    「私が今、君に言えるコトは、たった一つだ。
     ソレはダメだとか無理だとか、そんな後ろ向きの言葉なんかじゃない。
     頑張れだの何とかなるさだの、そんな向こう見ずの言葉なんかでもない。
     たった一つだ。たった一つ、私は君に、コレを言う。
     君ならできる。できないはずが無いね」
    「……」
     袖を引いたまま、エリザがぽつりと尋ねてくる。
    「でけると思とるん?」
    「『思う』じゃないね。『信じてる』んだ。
     君ならこんな大群の一つや二つ、返り討ちさ。チョイチョイってなもんで、ブチのめしてやれるね。
     そりゃあもう、一度この目で見たかってくらい、ハッキリと確信してるコトさね」
    「……分かった」
     エリザはモールから手を離し、呪文を唱え始めた。

     最初に飛び込んできたのは、角の生えた兎の群れ。
     それをエリザが、炎の壁で一掃する。
     続いて駆けてくる5頭の戦車馬を、モールが九条の光線で貫く。
     倒れた戦車馬を踏み越え、六つ目狼が突進してくる。
     その間にエリザが呼吸を整え、炎の槍で一頭、一頭を射抜いていく。
     倒れていく狼たちの隙間を縫うように、トカゲ鳥が怒涛のごとく押し寄せる。
     モールがふたたび光線を放ち、それらを撃ち落とす。
     何頭も、何十匹も、さらには百に及ぼうかと言う数のバケモノたちを――モールとエリザは、倒して、倒して、ひたすら倒し続けた。



     そして――疲労困憊の二人の前に、あの「ライオン」がにじり寄ってきた。
    「ホレ、エリザ、とうとう、最後の、大ボスだね」
     モールは息も絶え絶えながらも声をかけたが、エリザはゼェゼェと荒い息をするばかりで、答えない。
    「おいおい、へばったって、言うんじゃ、ないだろうね、エリザ?」
    「ハァ……へばる……に……ハァハァ……決まっとるやん……」
    「もっぺん気合を入れ直しな。コレが最後だからね」
     そう言いつつモールも深呼吸し、魔杖を構え直す。
    「二人で合わせるよ。でっかいアレをやるね」
    「ハァ……ハァ……うん」
     エリザが呪文を唱え始める。モールもそれに合わせ、詠唱する。
     じわじわと距離を詰めていた「ライオン」が、そこで駆け出し、一気に迫ってくる。
     そして累々と横たわるバケモノたちを、一足飛びに越えたところで――。
    「『エクスプロード』!」
     二人は同時に魔術を発動させ、「ライオン」を周囲の木々や他のバケモノごと、空高く吹き飛ばした。
    「……やった?」
    「やったに決まってるね。もし死んでなくとも、少なくとも私らから遠く離れた場所まで弾かれたはずさ。到底、今夜中に戻って来られやしないね」
    「……はぁ」
     途端、エリザが座り込む。
    「しんどぃ……」
    「同感。ま、私が寝ずの番しといてやるから、君は休んでな。
     こんだけ総掛かりで襲ってきたんだし、もう残党はいないと思うけども、万一ってコトもあるからね」
    「……ん」
     エリザはその場でごろんと横になり、そのまま寝息を立て始めた。

    琥珀暁・群獣伝 終
    琥珀暁・群獣伝 7
    »»  2017.05.29.
    神様たちの話、第64話。
    山越え問題。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「……そんなこんなで、私らはココに来たってワケさね」
     モールとエリザから旅の話を聞き終えたゼロは、ふう、とため息をつく。
    「すごいね。僕のやってきたことなんかより、よっぽどハードだ」
    「何言ってんだか。君だって相当だろ? 私ゃ国なんか作っちゃいないし、バケモノを駆逐させきってもいないしね」
     モールの返事に、ゼロが「あ、そうだった」と答える。
    「山の向こうに軍を派遣してほしいって話だったよね? 君の頼みなら勿論、引き受けたいところなんだけど……」
     その言い方に、シノンが反応する。
    「できないの? してあげればいいじゃない」
    「いや、僕個人は引き受けるつもり満々だよ。ただ、山越えするってなるとさ、……例えばシノン、君は怖いって思わないの?」
    「……あ、そうよね。嫌がる人、いっぱいいるかも知れないわ」
    「それに、こっちならバケモノ退治に行く時、ほとんど平地ばっかりだから十分な装備も持って行けるけど、山越えすることを考えると、重装備で行くのは難しい。
     だからって軽鎧だけとか、槍や魔杖を一本、二本持たせるだけなんて、死にに行かせるようなもんだし」
    「そうねぇ……。考えてみると、色々問題があるのね」
     しゅんとした顔をしたシノンに、ゼロはいつもの、穏やかな笑みを返す。
    「ま、その辺りは皆で話し合ってみるよ。モールやエリザちゃんもいるし、何かしらいいアイデアが閃くかも知れない」
    「っちゅうか」
     と、エリザが手を挙げる。
    「別に武器やったら何でもええんでしょ? 基本的に魔術で攻撃するワケですし」
    「ん? まあ、そう言えばそうなんだけど、魔術は魔杖とか、武器の質も良くないと……」
     言いかけたゼロの鼻先に、エリザが自分の魔杖を向ける。
    「コレ、ラボさんトコで造ったヤツですけども、そう質がよろしないってコトは無いですよね?」
    「なるほど」
     ゼロはエリザの魔杖を確かめつつ、こう続けた。
    「つまりエリザちゃん、君が言いたいのは――僕らは負担の軽い軽装で山を越え、現地に向かう。そして現地で十分な装備を調達する、って作戦だね?」
    「そう、そう。ソレやったら手間もかからへんやろし」
    「いい案だと思うね、私は」
     やり取りを眺めていたモールが、ニヤっと笑う。
    「怖いだの何だのって話も、要は『向こうに何があるのか分かんない』ってコトだろ?
     そんなら、私とエリザの話をしてやりゃいい。どんなトコか分かりゃ、何にも怖いコトなんて無いさね」
    「そうね、むしろそんな話を聞いたら、みんな行ってみたいって思うかも知れないわ」
     シノンが楽しそうにうなずいたところで、モールが席を立った。
    「善は急げだ、ゼロ。早速人を集めて講演会しようかね」

     人を集め、モールとエリザの二人が体験談を一通り話したところ――。
    「ま、……マジかぁ」
    「山の向こうって、人いたのか……」
    「て言うか、結構デカい村まであんのかよ?」
    「すごーい!」
     聴衆のほとんどが目を輝かせ、興奮した様子を見せていた。
    「あっ、あの、あの! えっと、モールさんでしたっけ!?」
     と、一人が手を挙げ、モールに近付く。
    「何さ?」
    「山って、越えるのにどれくらいかかったんですか?」
    「あー、そうだねぇ、半月くらいかね。慣れてて」
     続いて、別の者も挙手する。
    「向こうにも短耳とか長耳って、います?」
    「いるいる、短耳は一杯いるね。でも長耳はあんまり見たコト無いね。だよね、エリザ」
    「せやねぇ。ウチも見たんはこっちが初めてかも」
    「あの、君って毛並みが何か違うけど……」
     その後も次々と質問攻めに遭い、モールたちは次第に辟易としてきた。
    「……あーもう、ラチが明かないね! 質問はまた時間設けてゆっくり受けるから、ともかく今日はココまで! ねっ!」
     しまいには強引にモールが質問を締め切り、その日の講演を終わらせた。
    琥珀暁・南征伝 1
    »»  2017.05.31.
    神様たちの話、第65話。
    文化の違い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     講演後も、モールたち師弟のところには引っ切り無しに、質問に来る者たちが訪れていた。
    「……だからね、ココより魚とか多いと思うよ。つっても川魚の方だけど」
    「いやぁ、それでも楽しそうっス。川のは川ので、また変わった釣り甲斐が……」「んで、他に質問は?」「……あー、いや、無いっス」
     モールに邪険にされ気味に応じられたものの、質問に来たその黒毛の狼獣人は、満足そうに頭を下げる。
    「今日はありがとうございましたっス。……あ、そんでモールさん」
    「ん? まだ何かあるね?」
    「あ、いや。南の方に行く奴、集めてるって聞いたんスけど」
    「ああ、うん。細かいコトはゼロに任せてるから、行きたいってんならソッチに相談してね」
    「了解っス。そんじゃ……」
     もう一度ぺこ、と頭を下げ、狼獣人はその場を後にする。
    (……今日はもう終わりかねぇ?)
     人が途切れたのを確認し、モールはエリザの方に目をやる。
    (アレが最後かね)
     エリザの方もモールと同様、質問に訪れた客と話していた。
    「ほんなら今、こっちの皆さんってみんな、ゼロさんに苗字付けてもろてる感じなんですか?」
     と言うよりも、逆にエリザが質問しているらしい。
    「いや、流石にゼロも忙しいからなぁ。
     俺と友達のフレンと、後何人かは付けてもらったけど、ゼロがいっぱいいっぱいになってからは、なかなかそこまで手が回らなくなっちまってさ。
     だから最近じゃ、皆自分で考えて名乗ってるみたいだぜ」
    「へぇ」
    「でもやっぱ、『カミサマに付けてほしい』って思う奴もいるみたいでさ、たまーにゼロがやってるってのは聞くかな。
     南の方じゃ、苗字ってもうみんな付いてるんだろ?」
    「ええ。ウチの方はカミサマとかおらへんから、全部自分らで付けたヤツっぽいですけど」
    「そこが不思議なんだよなぁ」
     訪れたその短耳は首を傾げつつ、こう続ける。
    「俺たちは何でもかんでもゼロから話聞いてやってきたんだけど、南の奴ってどうやって、あれやこれやの知識を蓄えてきたんだろうなぁ」
    「今までバケモノからうまいコト逃げ回って長生きでけた人も結構いてはるし、そう言う人らから伝え聞いて、何とかやってこられたんやないですかねぇ」
    「なるほどなぁ。ま、こっちだってバケモノを駆逐できたんだ。これからはきっと、そう言う生き方もできるさ。
     あ、そうそう。俺も南への遠征、参加するから。と言うか、遠征隊のリーダーを任されることになってる」
    「あら、そうなんですか?」
     嬉しそうに笑みを浮かべたエリザに、短耳も笑って返す。
    「だからさ、俺のこと覚えといてくれよ。今度会った時、『誰?』なんて言われたら寂しいし」
    「アハハ……、大丈夫です。ゲート・シモンさんて、フルネームでバッチリ覚えました」
    「そりゃ嬉しいね。じゃ、今日はこの辺で」
    「はい、また」
     客が去り、二人になったところで、モールが声をかける。
    「随分仲良くなったみたいだね」
    「あれ? 嫉妬しとるん、先生?」
     エリザはいたずらっぽく笑い、こう返す。
    「アタシのコト、振ったクセして」
    「あ、いや、そう言うのじゃなくてさ」
    「ソレは置いといて、先生な?」
     一転、エリザは真剣な表情になる。
    「遠征の話、ゼロさんに任せっきりやって今、チラっと耳に挟んだけど」
    「ん」
    「アタシも色々やってんねんで。放りっぱなしにしとるん、先生だけやで」
    「う、……いやね、政治だとか軍事だとか采配だとか、そう言うの苦手なんだよね、私。ソレもあるから、こっちに来たワケでね」
    「せやからって、丸投げするのんはおかしいやろ。ちょっとくらい手ぇ貸したってもええと思うんやけど。
     今やって先生、ウチらんトコに来はったお客さん、邪険にしよって。ちょっと意地の悪いのんがおったら、『ゼロさんの友達やって聞いたのに、けったいなヤツやったで』とか言いふらされるで?
     そうなったらゼロさんに迷惑かかるって思わへんの?」
    「……チッ」
     謝るどころか、モールは悪態をつく。
    「そーゆーせせこましい人間関係なんか、私が知ったこっちゃないね。元から俗世間を離れた身だしさ」
    「はーぁ」
     エリザはイライラした様子で、背を向けた。
    「やっぱり振られて正解やね。先生みたいなんをダンナにしたらアタシ、苦労しまくりやわ」
    「フン」
     モールもぷい、と背を向け、結局その日は、二人とも無言で過ごした。
    琥珀暁・南征伝 2
    »»  2017.06.01.
    神様たちの話、第66話。
    遠征隊の出発。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エリザたちが山を越えてから1ヶ月後、いよいよ南への遠征隊が動き出した。
    「ソレにしても、まさかこんなに来てくれるなんてね」
     坂の中腹で、モールが後ろを振り返る。
    「壁の山」を登り始めてまだ二合目と言うところだったが、そこからふもとまでの道のりをほぼ、人が埋め尽くしている様子が、隣りにいたエリザにも確認できた。
    「何人って言ってたっけね?」
    「聞いた話やと、……200人くらい? やったはず」
    「結構な人数だね。どれくらいだっけ、派遣期間って」
    「まず3ヶ月。ソレでもまだ駆逐しきれへんってなりそうやったら、状況に応じて延長ありって、ゼロさん言うてた」
    「そっか。北じゃどのくらいで駆逐したって判断したんだっけね」
    「さあ……? ソコら辺はアタシも、詳しくは聞いてへんわ」
     と、師弟の話を横で聞いていたゲートが割り込む。
    「4年、……双月暦4年だな。
     その年の半ばくらいになって、何回遠征してもバケモノが見つからないってなって、それでゼロが、『完全に駆逐した』って宣言したんだ。
     実際、それからもう2年経ってるけど、北じゃもうまったく、見たって話は聞かない」
    「確か、始めに討伐作戦やったはったんて、元年――の1日前――からですよね。ちゅうことは3年半、……くらい?」
     それを聞いて、エリザは不安になる。
    「来てもらえるんが3ヶ月だけやったら全然、足りひんですよね」
    「いや、そうとも限らん」
     ゲートは自分の胸をどん、と叩いて見せる。
    「最初は装備も人も、対策方法もまとまってなかったんだ。だから4年かかった。
     だけど今なら――まあ、装備はこれからとして――十分手慣れてた奴がいっぱいいるし、どう戦ったらやりやすいかも把握できてる。
     そりゃ確かに3ヶ月じゃ足らんかも知れんが、かと言って4年もかかったりしないさ」
    「だといいけどね。
     あ、別に君らの腕を信用してないってワケじゃなくてね、北と南じゃ勝手が違ったり、北にゃ無い出来事が南で起こったりするかも、って意味でね。
     ソレにさ、今までの討伐はゼロがいたらしいけど――アイツ、忙しくて城から離れらんないっつってさ――今回はいないってコトもあるしね。火力不足ってのは確かだろ?」
     モールの言葉に若干むっとした表情を見せながら、ゲートはこう続けた。
    「確かに不測の事態ってのはあるし、ゼロがいないことも確かだ。だがそれも込みで、4年はかからん。そう言ったつもりだ」
    「ああ、うん、分かってるってね。いや、まあ、気分を悪くさせるつもりは無くてね、あくまで何があるか分からないから……」「あー、と」
     たまらず、エリザがモールの返答をさえぎる。
    「大丈夫です。あたしも先生も、十分に信頼しとりますよって。頼りにしてますで、シモンさん」
    「うん、……まあ、それならいいんだ」
     まだ不機嫌な様子を見せるゲートを見て、エリザは無理矢理話題を変える。
    「あ、あー、と、……せや、シモンさん。ご家族……、奥さんいてはるんですよね? こないだ話した時、そう言う感じのコト言うてはったなーって」
    「ん? ああ、いるよ」
    「確か、メノーさんでしたっけ」
    「そう、そう。嬉しいね、そこまで覚えててくれてるなんて」
    「アタシ、記憶力ええ方なんで。もうどれくらいに?」
    「3年になる」
    「ほな、お子さんもおったり?」
    「ああ、1人いる。ハンニバルって言って、ゼロに名付けてもらったんだ。今年で2歳。
     あと、もしかしたらもう一人産まれるかも、……って」
    「あら、そうやったんですか? ほな、ホンマに3ヶ月ですぱーっと終わらさなあきませんね」
    「そうだな。正直、早く帰りたいよ」
    「分かります、分かります。あたしも精一杯やりますし、早よ帰れるように頑張りましょ」
    「おう」
     どうにか機嫌が直ったらしく、ゲートはにこにこと笑っている。
     それを確認しつつ、エリザはモールの方に向き直る。
    (ホンマにこのポンコツは~……! 一々人にケンカ売らな、話もでけへんのかっ)
     が、モールの方は気まずくなったか面倒臭くなったか、あるいは既に関心を失ったらしく、二人から離れた場所で別の人間に話しかけていた。
    (……コイツ、どさくさに紛れて一回ブッ込んだろかな、ホンマに)
     逆にエリザの方が苛立ちを募らせたまま、行軍は進んで行った。
    琥珀暁・南征伝 3
    »»  2017.06.02.
    神様たちの話、第67話。
    離脱。

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    4.
     山越え自体は――エリザの精神安定と言う面を除いて――特に問題無く終わり、遠征隊は山の南側、即ちエリザの故郷がある地域に到着した。
    「こっちはもう雪が解けてるんだな」
    「って言うか、微妙に暑い気がする」
    「草とか木も、かなり茂ってるな。牛が良く育ちそうだ」
    「羊もな」
     北と大きく異なる気候に、遠征隊の誰もが驚いており、中には感動する者さえいる。
    「なあエリザちゃん、あれ何だ? 水の上に花が咲いてるぞ?」
    「アレ? ……ああ」
     エリザは近くにあった湖に手を伸ばし、その花を手折る。
    「蓮ですわ。こっちの方では結構あっちこっちで見られるヤツです。ちゅうても、アタシも目にしたんは故郷を離れてからですけども」
    「はす、かぁ。白くて、綺麗な花だな」
    「ええ、アタシも好きな花です。コレの名前元にもしとりますしな」
     そう言いつつ、エリザは自分の魔杖を掲げ、先端におごられた水晶を見せる。
    「前にも話したかもですけど、コレ、今から行く村で造ったヤツなんです」
    「ああ、『ロータステイル』だったっけ。見れば見るほど、いい出来だよな。俺たちもこんないい武器、是非欲しいもんだ」
    「向こうでそう言うたら、皆大喜びで造ってくれはりますよ」
     と、そこへモールがやって来る。
    「ちょいと、エリザ。あんまり大きなコト、言うもんじゃないね」
    「……何やねんな」
     モールを見て、エリザは途端に、邪険に扱おうとする。
    「またいらんコトやいやい言うて、ケンカ売るつもりか?」
    「違うっつの。そうじゃなくてね、『もしも』があるよってコト、忘れるんじゃないって言いたいんだよ、私はね」
    「もしも? アタシらがおらへん間に、村が襲われとるかもってコトですか?
     そうならへんように、村を出たすぐ後、アタシら仕掛けてたやないですか」
    「そうだよ。でもさ、アレだって絶対間違い無く思い通りになるって保証は無いよね?」
    「……チッ」
     ここまでの行軍で散々苛立たされていたため、エリザは思わず声を荒げてしまう。
    「こんなトコで何言い出すねんな、このポンコツ!」
    「……あ?」
     エリザと同様、気の短い性質のモールも、この一言で火が点いた。
    「何がポンコツだ、この向こう見ずのバカ」
    「バカぁ? 山の向こうからわざわざ来てくれてはる皆のド真ん中で『行ってもどうせ皆死んでるね』なんてやる気削ぐようなコト抜かす方がよっぽどバカとちゃうんかい? あぁ?」
    「んなコトまで言ってないだろ? 人が言ってもいないコトまで捏造してなじるんじゃないね。嘘つきは泥棒の始まりって親から聞いてないのかねぇ? ああ、親は自分から縁切って捨てたんだったっけ? 根っからの人でなしってワケか、生きてて恥ずかしくないのかねぇ?」
    「……ッ、この」
     モールのあまりにもひどい罵倒に、エリザは我を失いかけ、魔杖を振り上げた。

     だが――。
    「いい加減にしとけよ、兄ちゃんよぉ?」
     エリザの前に黒い影が飛び出し、モールを殴りつけた。
    「おご……っ!?」
     モールは簡単に弾かれ、地面に倒れ込む。
    「前からいっぺん言おうと思ってたが、アンタめっちゃくちゃ嫌な奴だな。
     挙句、女の子に『人でなし』だと? アンタの方が百倍人でなしだぜ!」
    「……チッ」
     モールは頬を押さえつつ立ち上がり、自分を殴った黒毛の狼獣人をにらむ。
    「何だ、女の子にいいトコ見せて男を上げようって魂胆かね?
     ヘッ、今回は若気の至りってコトで許してやるけどね、忘れるなよ? 今回この行軍はゼロの、つまり私の友人の命令で動いてるってコトを……」「ええ加減にせえよ、ボケ」
     今度は冷静に魔杖を振り上げ、エリザがモールを叩きのめした。
    「うっぐ……、武器使うなよ。マジで痛いっつの」
    「やかましわ、アホンダラ!
     アタシ、前にも言うたよな? ホンマに友達やったら、ゼロさんに恥かかすようなコトするなって。今、『友人』言うて笠に着て、何やかや振りかざそうとしとったけど、ソレが友達に対する態度か!?
     見下げ果てたわ。先生は確かに魔術の腕はええけど、ソレだけのヤツや。人としてはえげつないくらい腐っとる! 臭くてたまらんわ!」
    「ソコまで言うかね、まったく……」
     ブツブツ唱えながら、モールはエリザに背を向ける。
     それを見て、エリザは更に声を荒げた。
    「何やな、謝らへんのか!? アンタ謝ったら死ぬっちゅうんか、あぁ!?」
    「ああ死ぬね、くっだらないコトで一々謝ってたらストレスで死んじまうね。
     もうココまで人が来たら、後は君だけでどうともできるだろ? できるんなら勝手にやりゃいいさ、私抜きでね。
     じゃあね」
     モールはそのままスタスタと歩き去り、遠征隊から離れて行った。
    琥珀暁・南征伝 4
    »»  2017.06.03.
    神様たちの話、第68話。
    打算と悲報。

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    5.
     モールの後ろ姿を呆然と見送る遠征隊の皆に、エリザは明るい声を作って呼びかける。
    「まあ、何や。とりあえず放っとくしかあらへんでしょ。行きましょか、皆さん」
    「い、いいのかよ?」
     尋ねた黒い狼獣人に、エリザは肩をすくめて返す。
    「謝らへんし、悪びれもせえへんし、不貞腐れてどっか行くようなんをいつまでも構ってられへんでしょ?
     あんなアホ一人に構うより、今は村へ急ぐ方が先ですわ」
    「おっ、……おう」

     モールが抜けた後、エリザが場をどうにかなだめ、遠征隊はラボたちの村へと到着した。
    「見た感じ……、は、無事そうやな」
    「ああ。建物も柵も壊れてないし、普通に畑耕してる奴が何人もいるな」
     そのまま村に入ると、すぐに村人たちが集まってきた。
    「エリちゃん! 戻ってきたのか!」
    「あ、みんな!」
     集まってきた皆に、エリザと遠征隊の者たちが経緯を説明する。
    「……ちゅうコトで、武器を用意してほしいんですけども、でけますか?」
    「そう言うことなら、喜んで造るさ。勿論、お代は欲しいところなんだが……」
     若干渋ったラボに、エリザがこう提案する。
    「こっちが平和になって、山越えするんが普通になってきたら、ココで買い物する人は確実に増えますで。
     その時、『ココで使た武器がめっちゃ使い心地良かった』っちゅう前評判があったら、もっと儲けが出るんやないですか?」
    「なるほど、そう言う考えもあるか。もしそれでマジに儲けが出るんなら、差し引きで黒字になるかも知れんしな」
    「ソレにですで」
     エリザはニヤっと笑い、こう付け加えた。
    「ココで『ウチらの武器で助けに来たったで』ちゅうて東の村に乗り込んだったら、恩も売れますしな」
    「東の、……だって?」
     ところが、ラボは神妙な顔になる。
    「どないしたんですか?」
    「……そうか、あれは最近の話だからな。エリちゃんが知らんのも無理は無いか」
    「何を……ですか」
     そう尋ねつつも、エリザは心のどこかで、その「何か」を察していた。
    「東の村――エリちゃんが元いた村は、……本当に最近のことだが、……その」
    「襲われた、っちゅうコトですか」
    「ああ。正直憎らしい村だったが、それだけに、あんなところが襲われて壊滅するなんて、夢にも思わなかった」
    「村の人らは……?」
     エリザの問いに、ラボは首を横に降って答える。
    「何人かはこっちに来た。だが大半は行方知らずだとさ。……とは言え、恐らくは」
    「食われた、……と」
    「だろうな。だから恩を売るも何も、売る相手がいないってことだ。
     しかしバケモノを追い払い、村を奪還できれば、鉱床はほぼ間違い無くエリちゃん、君のものになるだろう。大軍を引き連れ、バケモノ退治した英雄なんだから、な。
     もしそうなれば、君は事実上、この界隈一の大金持ちになるだろう。あそこには金を始めとして、かなり色んな種類の鉱物・金属が出るらしいからな」
    「なるかも、……ですな」
    「他が反発したって、俺と、俺の村の奴は君を支持する。東の村にいた奴らだって、何だかんだ幅を利かせて独り占めしてたようなもんだからな。
     もっとも君がいらないと言うなら、俺たちで協議してどこに渡すか決めるが」
     暗に尋ねるようなラボの言葉に、エリザは肩をすくめて返した。
    「アタシがもらいます。公平に考えたらそら、アタシにもらう権利は無いかも知れませんけども、公平にしてもろた記憶はまったくありませんしな。
     多少歪んでようと、何かしらもらえる理由があるんやったら、遠慮せんともらうつもりですわ」
    「そう言ってくれた方が、こちらとしては気が楽だ。
     っと、そうだ。エリちゃん、あの『魔法使い』さん、姿が見えないが、どこにいるんだ?」
    「……先生のコトですか」
     エリザはクロスセントラルや行軍中におけるモールの言動を話し、大きくかぶりを振った。
    「ホンマにあのポンコツ、いなくなってせいせいしたっちゅうか」
    「う、……うーん?」
     ところが、ラボは腑に落ち無さそうな表情を浮かべている。
    「そんな奴……、だったか? 俺の記憶じゃ、結構色んなことを腐心してくれたって覚えがあるんだが……?」
    「……え?」
    琥珀暁・南征伝 5
    »»  2017.06.04.
    神様たちの話、第69話。
    故郷奪還へ。

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    6.
     ラボに案内され、エリザは東の村から逃れてきた難民たちが住む小屋を訪ねた。
    「……」
     だが、そこにいた者たちはいずれも虚ろな目をしており、エリザを見ても、ほとんど反応を示さなかった。
     たまりかねたエリザは、彼らの前に立ち、自分の名を名乗る。
    「アタシはエリザ。エリザ・アーティエゴや。覚えてへんか? 宝飾屋のアーティエゴのコトを。仲間仰山連れて帰って来たんや」
    「……」
     と、一人がのろのろと顔を挙げ、小屋の隅を指差す。
    「ソコにアーティエゴのせがれがおる」
    「えっ」
     エリザは示された方を向き、自分より2、3歳年下の少年が膝を抱え、ちょこんとうずくまっているのを確認する。
    「に、……ニコルか? アンタ、ニコル?」
    「……」
     エリザがすぐ前まで近付いたところで少年は顔を挙げ、こくんとうなずく。
    「お父やんは? ドコにおるんや?」
    「……」
     ニコルは力無く首を横に振り、ふたたび膝に顔を埋める。
     と、指差した男がまた口を開く。
    「俺らが見つけた時はソイツ一人やった。ヨブのヤツがどうなったかは俺も知らへんし、誰も知らへんと思うで。ま、どうせ死んどるやろな」
    「……っ」
     男の心無い言葉に、エリザは思わず下唇を噛む。
     そんな様子を見せてもなお、男の罵倒は続く。
    「でもアレやな。よく今更戻ってきよったもんやな、お前」
    「……」
    「親の言うコト聞かんと好き勝手あっちこっちブラブラして、親が死んでからノコノコ戻ってきよって。
     仲間連れてきた? なんやそれ。人集めてバケモノ倒してもろて、自分だけ感謝してもらおか、ってか? はっ、ええ根性しとるやないけ」
    「……」
     なおも中傷し続ける男に背を向け、エリザはニコルに手を伸ばす。
    「こっち来、ニコル。こんなトコおったら人間、腐るで」
    「……うん」
     もぞもぞと立ち上がったニコルの手を引き、エリザは小屋の出口に向かう。
     そしてまだ何かぶつぶつと唱える男に、エリザは背を向けたまま、こう吐き捨てた。
    「気ぃ済むまでソコでほざいとき。痛くも痒くもないし。
     他にやるコト無いんやったらアタシがバケモノ倒すん、指くわえてボーッと見とき」
     そのままエリザは、ニコルを連れて小屋を出る。
     彼女が小屋を後にしてもなお、男はまだ何かうなっていたが、既にエリザの耳には入っていなかった。



     ラボの村に到着してから1週間後、遠征隊の装備が整い、いよいよ東の村へ向かうことになった。
    「今までの経験から、バケモノは村や集落、その他人が集まるところを襲った後、数日から半月程度は留まっていることが分かっている。ゼロの言葉を借りるなら、『人がもう一度集まって結束できないように図ってる』と言うことだ。
     東の村が襲われたのは10日近く前だそうだから、まだ大勢残ってる可能性は高い。俺たちが到着し次第、交戦に入ることも大いにあるだろう。
     だがバケモノを見付けたら勝手に攻撃しようとせず、まず発見したことを魔術と口頭で周知すること。攻撃する際は必ず2班、8人以上で連携を取り、態勢を整えた上で討伐に当たれ。
     全員、気を引き締めてかかれ。では、出発!」
     ゲートの命令に、エリザを含む全員が敬礼を返し、行軍が開始された。
    「……っと、エリちゃん」
     動き始めて間も無く、ゲートがエリザに声をかける。
    「弟さん……、ニコル君だっけ。もう大丈夫なのか?」
    「ええ、アタシに再会してからは、ちょっとは気分良うなったみたいで。ラボさんの子供さんらとも遊んどるん、昨日も見ましたし、大丈夫やろと思います」
    「そっか。いや、なんだ、君が不安になってるんじゃないかって、気になったんでな」
     心配そうに自分を見つめるゲートに、エリザは笑って返す。
    「すぐ終わらせて、すぐ帰る。そのつもりですから。ゲートさんのご家族のコトもありますし、この遠征も3ヶ月でスパッと終わらせましょ」
    「はは、そうだな。……っと、あともう一つ、気になってたことがあるんだ」
    「何でしょ?」
    「モール氏のことだ。
     君だから正直な感想を言うんだが、彼にはあんまりいい印象が持てなかった。山越えの間、結構キツいことを言われたしな。隊の皆も苦い顔してたよ。
     だけどネール氏の村じゃ、『偏屈だけど良い奴』って言われてた。偏屈だってところは共感できるんだが、どう考えても『良い奴』ってのが、ピンと来ないんだ。
     それで思ったんだが、もしかしたら彼の方でも、俺たちにいい印象を持ってなくて、だから俺たちにああ言う態度を取ってたんじゃないかって。
     そこを一度、弟子の君に聞いてみたかったんだが、どうだろうか?」
    「んー……、そうですな」
     エリザは首を傾げつつ、途切れ途切れに答える。
    「まあ、その……、元から気紛れな人っぽいですし、何ちゅうか、単に虫の居所が悪かっただけやないかなー、……って」
    「そんなもんなのか……?」
    「長年一緒におりましたし、そんなもんやろと思いますで」
    「そうか……」
     ゲートはまだ腑に落ち無さそうにしていたが、エリザはそれ以上言及しなかった。
    (もしかしたら、っちゅう予想はあるけど……、まだ何とも言えんし)
     エリザ自身ももやもやとしたものを抱えつつ、遠征隊は東へと進んで行った。

    琥珀暁・南征伝 終
    琥珀暁・南征伝 6
    »»  2017.06.05.
    神様たちの話、第70話。
    基地設営。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     東の村が近付いてきたところで、遠征隊は一旦進軍を止めた、
    「この辺りに前線基地を造る。
     村に入ってから万一、バケモノの攻勢に圧されたとしても、ここまで退却すれば態勢を立て直せるようにな」
     ゲートにそう説明され、エリザは素直に感心する。
    「やっぱり経験が違いますな。アタシと先生だけやったら、わーっとまっすぐ突っ込んでそのまんま進退極めそうですわ」
    「おいおい……」
     エリザの言葉に苦笑しつつ、ゲートは説明を続ける。
    「基地の設営は4時間くらいで終わる予定だ。
     東の村の状況をここから確かめられるようにやぐらを建てたり、バケモノがこっちに来ても追い返せるように壁や柵を並べたり、後は簡単な寝床とかまどとか、くらいかな」
    「了解です。ほなアタシ、手伝ってきますね」
     そう返したところで、ゲートは「いや」と制する。
    「君は俺と一緒に、作戦会議に参加してほしい。
     基地を造って、その後『わーっとまっすぐ』ってわけには行かないからな」
    「あ、そうですな」

     ゲートは遠征隊の各班班長たちを集め、作戦会議を始めた。
    「ネール氏の村で集めた情報によれば、バケモノどもは出現から数時間で、100人規模の村を壊滅させたとのことだ。情報から判断するに、数は最小でも六目狼級が20頭程度。戦車馬級からヘラ角兎級と言った中小サイズのバケモノも、その3倍から5倍は付随していることが考えられる。
     ただしエリちゃんの証言から、この地においても『巨獅子』が棲息していることが明らかになっている。双月暦2年4月における第4次イーストフィールド戦、あるいは双月暦3年9月の第5次サウスフィールド戦の時のように、既棲のバケモノを討伐した直後に巨獅子級が複数出現すると言うような可能性も高い。
     どちらにしても現在確定している情報は少なく、無闇に人員を送り込んでも討伐できる可能性は低い。よって、まずは2~3班を斥候に向かわせ、村の状況やバケモノの数、種類を把握しておこうと思う。
     他に提案のある者、あるいは反対の者はいるか?」
     ゲートの提案に、班長たちは揃ってうなずく。
    「特には」
    「問題ないでしょう」
     エリザもうなずいたところで、ゲートが話を続ける。
    「では、斥候はモア、ワイルド、それからゴアの班に任せる。早速出発してくれ。夕暮れまでに帰投すること」
    「了解です」
     それを聞いて、エリザが手を挙げる。
    「あ、あのっ。アタシも行った方がええですよね?」
     ところが、ゲートは首を横に振る。
    「いや、君は今回残って欲しい」
    「でも村のコト詳しいですし……」
    「だからこそだ。君は聡明な子だと言うことは十分に分かっているつもりだが、一方で結構アツくなる子だってことも知っている。
     村の惨状を目にした途端、思わずその元凶に向かって駆け出してしまう、……と言うことは絶対無いと、君は断言できるか?」
    「う……」
    「一人の勝手な行動が大勢に迷惑をかけることは、君の師匠が十分に証明してくれている。
     バケモノどもの間近にまで迫ったこの状況で、もしも君に師匠と同じことをされたら、俺たち200人が相当の危険にさらされる。
     だから冷静に行動してもらうと言う意味で、君はここに残って欲しいんだ。勿論、本格的に討伐を開始するって時には参加してもらう。それで納得してくれるかな?」
     丁寧に諭され、エリザは素直にうなずいた。
    「分かりました」

     基地の設営中も、エリザはこのゲート・シモンと言う人物に、リーダーとして重要な素質・素養を色々と学ぶことができた。
    「ああ、武器はここだけじゃなく、南門と西門にも分けて置いておいてくれ」
    「はい、隊長」
     基地のあちこちを周って指示を出すゲートの後を追いつつ、エリザは色々と質問する。
    「東側とか北側には置かへんのですか?」
    「ああ。バケモノが襲撃してきたとしたら、そのどっちかからになるだろうからな。門が破られると同時に武器を蹴散らされちゃ、どうしようも無くなる」
    「あ、なるほどー」
     そして――相当忙しいにもかかわらず――自分を邪険に扱うことなく、一つ一つ丁寧に答えてくれるゲートを、エリザはすっかり気に入っていた。
    (全っ然、先生とちゃうわぁ、この人……)
    琥珀暁・駆逐伝 1
    »»  2017.06.07.
    神様たちの話、第71話。
    バケモノ駆逐作戦、開始。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     日が落ちるとほぼ同時に、斥候に向かっていた3班が戻ってきた。
    「隊長の予測していた通り、六目狼級のバケモノは20頭ほど確認できました。また、付随している戦車馬級以下のバケモノも、隊長の予測通りの数であったことを確認しています。
     村の状況ですが、建物の類はまったく残っていませんでした。村人が残っている可能性は皆無でしょう。
     なお、村の周辺にもトカゲ鳥級のバケモノが4~50匹程度徘徊しており、これらは村内にいるバケモノらの援護的役割にあるものではないかと考えられます」
     報告を受け、ゲートは腕を組んでうなる。
    「ふーむ……、トカゲ鳥に囲まれて挟撃されるおそれがあるし、村へまっすぐ突っ込むわけには行かなさそうだな。
     となるとまずは、村周辺をクリアリング(一定の範囲内における敵勢力の排除、掃討)する必要があるか。10班を散開させてやってもらうとしよう。
     ある程度クリアリングを進めたら村に入り、一気に残りのバケモノを叩き出す。こっちには30班を投入しよう。
     残る10班は基地の保安と退路確保だ。万が一村に攻め入った40班が敗走した場合は、この10班が助けに向かう。また、村周辺以外にバケモノが現れた場合にも、保安班に応戦してもらう。
     この作戦で行こうと思うが、他に提案のある者はいるか?」
     斥候の際と同様、ゲートが班長らに尋ねる。
     同様に班長らがうなずく中、エリザが手を挙げる。
    「すみません、アタシはどないしたら……?」
    「ああ、そうだった。エリちゃんは俺と一緒に、村に入ってくれ。君の魔術にはすごく期待してるし、存分に腕を奮って欲しい」
    「……はい!」
     エリザは満面の笑みで、ゲートに応えた。

     周辺掃討班が出発して1時間後、彼らから魔術による通信が入る。
    《バケモノは粗方片付けました。村周辺に他のバケモノの姿は確認できません》
    「分かった。こちらからの指示があるまで、引き続き警戒に当たってくれ。何かあればすぐ教えてくれ」
    《了解です》
     通信を終え、ゲートは全員に通達する。
    「聞いての通りだ! 後は村に残っているバケモノを駆逐するぞ!」
    「おうッ!」
     ゲートの指示に従い、村へ向かう本隊が続々と北門から出発する。
    「エリちゃん、俺たちも行くぞ!」
    「はいっ!」
     エリザたちが出たところで、門が閉じられる。
    「基地を頼む! もしも巨獅子級のバケモノが出現したら、すぐに知らせてくれ!」
    「はっ!」
     保守班にも指示を出し、ゲートは本隊の最後尾に付いた。

     村への短い道のりの途中、ゲートがエリザに語りかける。
    「実を言えば、怖いって気持ちはある」
    「えっ……」
     その言葉に、エリザは不安を覚える。
     しかし、ゲートの次の言葉によって、その不安は和らいだ。
    「だけどな、だからこそ生きて帰れるってもんだ。『死ぬのも怖くないぜ』なんて言ってる奴は、それこそマジに最前線を突っ切って死んじまう。引き際が分からんからだ。
     俺たちの中に、そんなバカはいない。一人もだ。皆、ちゃんと引き際を心得てるし、どの程度まで踏み込めば無事で済むかってことも、十分把握してる。
     安心しな、エリちゃん。全員、生きて帰れる。勿論、君もだ」
    「あ、は、……はい」
     返事を返しながら、エリザは自分が今まで震えていたことと、その震えが収まったことに気付く。
    (シモンさん……、アタシが自分でも分からへんうちに怖がってたコト、分かっててくれたんやな)
     半ば無意識に、エリザはゲートの手をぎゅっと握っていた。
    「……あ、……ごめんなさい、……つい」
     手を離そうとしたが、ゲートはニッと笑い、手を握り返す。
    「いいよ。握ってな」
    「……す、すみま、せん」
     エリザはもう一方の手で自分のほおを、ゲートに気付かれぬようそっと触り、熱くなっているのを感じた。
    琥珀暁・駆逐伝 2
    »»  2017.06.08.
    神様たちの話、第72話。
    巨敵の予兆。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エリザたちが村に到着する頃には、既にバケモノたちと本隊との交戦が始まっていた。
    「撃てッ、撃てーッ!」
    「押してるぜ! このまま進め!」
    「後ろにもいるぞ、気を付けろ!」
     あちこちで魔術による光や火が明滅し、バケモノを退けている様子がチラチラと見える。
    「あ、アタシも!」
     乗り込もうとしたエリザを、ゲートが手を握り直して止める。
    「待った、待った」
    「な、何でですか」
    「俺の勘だ。君はまだ出るな」
    「勘?」
     ゲートの言っていることが納得できず、エリザは手を振り払おうとする。
    「だから、待ってくれって」
     しかしゲートはなお手を離さず、エリザを諭す。
    「『勘』って言葉が気に入らないなら、経験から来る予測って言い換えてもいい。
     双月暦3年9月の話だが、俺はゼロと一緒に――ゼロにとっては最後の出陣だな、今んとこ――サウスフィールドってところへ出撃した。
     作戦は全面的に、問題無く進んだ。猛火牛級のバケモノが5頭も出たが、それでも俺たちは難なく倒した。……問題はその後に起こった。作戦終了したと確信したその次の瞬間、って奴だ。
    『さあ帰って祝杯だ』っつって俺が号令かけた途端に、巨獅子が現れた。疲れ切ってる俺たちを囲むように、3頭もだ。勿論、結果的には倒せたが、ゼロは鼻血噴いて倒れるし、俺も手練の仲間たちも大ケガしたり死んだりで、討伐隊結成以来最悪の被害を出した。
     ゼロをこっちに来させなかった本当の理由はそれだ。その作戦以来、ゼロが出撃するのをシノンが嫌がってな。『絶対出ちゃダメ』って相当駄々こねてるらしい。俺としても、ゼロを危ない目に遭わせたくないって気持ちは一緒だし、あいつが出るっつっても断ってるんだ。もしもあいつが死んだら、俺たち全員路頭に迷う羽目になるし。……っと、話が逸れたな。
     ともかく、こんだけ俺たちの側が優勢ってなると、それはそれで、逆に不安が増すんだ。俺たちをイケイケにさせて疲れ切って、さあ帰るぞって状態になった時、ドデカいのが襲ってくるんじゃないか、……ってな」
    「……分かりました」
     まだ信じかねてはいたものの、エリザは素直に従い、手を握り直した。

     二人が話していた間にも作戦は進んでおり、大部分でバケモノたちを制圧しつつあった。
    《ドッジ班、バケモノ撃破!》
    《ギャガー班も終わったぞ! どっか手ぇ貸そうか?》
    《テニール班、交戦継続中! もうちょいで終わりそうだが、できれば応援求む!》
     ゲートの元に次々と順調である旨を伝える報告が入るが、次第にゲートの表情が堅くなっていく。
    「やっぱり、不安ですか?」
     尋ねたエリザに、ゲートは小さくうなずいて返す。
    「ああ。100人以上いた村を襲って潰したにしちゃ、妙に手応えが無さすぎる。北じゃもっと人の少ない村を、倍の数で囲んでたこともある。
     こりゃマジに、巨獅子級の出現も覚悟しとかないとな……」
     真剣な表情でそうつぶやくゲートを見て、エリザもごく、とのどを鳴らした。
    「……エリちゃん、ちょっと手、離してくれるか?」
     と、ゲートが済まなさそうに手を引く。
    「あっ、あっ、ごめんなさい」
     慌ててエリザが手を離し、ゲートは頭に巻いていた通信用の魔術頭巾を解き、一部を描き直す。
    「どないしたんです?」
    「基地に連絡を取ってみる。……おう、俺だ。状況、変わりないか?」
     エリザも頭巾を巻き、基地とのやり取りを傍受する。
    《こちら基地保守、ピット班。異状ありません》
    「そうか、ありがとう。引き続き警戒に当たれ」
    《了解で、……ん?》
     問題なさげな返答を返しかけていた基地側が、妙な声を上げた。
    「どうした?」
    《……少々お待ち下さ、……え、おま、何だ、……ちょっ、うわ、うわっ!? ちょ、まずっ、……あ、あっ、失礼しました!
     隊長、出現です! きょっ、巨獅子級! 東門! の近く! です!》
    「……ッ!」
     基地からの報告に、ゲートの顔が強張る。
    「すぐ戻る! 持ちこたえてくれ!」
    《了解!》
     ゲートはエリザの手を引き、踵(きびす)を返す。
    「やっぱり思った通りだったか……! 戻るぞ、エリちゃん!」
    「は、はい!」
     エリザも振り向こうとした瞬間――彼女の中を、とてつもない悪寒が走り抜けた。
    「……っ、待って!」
     自分でも何をしているのか把握できないまま、エリザは魔杖を掲げ、魔術で盾を展開する。
    「何を……」
     ゲートが驚いた顔をして振り返ると同時に、びちゃっ、と言う水音とともに、盾に何かがぶつかってきた。
    琥珀暁・駆逐伝 3
    »»  2017.06.09.
    神様たちの話、第73話。
    バケモノを駆逐するヒト。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「……え?」
     ゲートが振り返った途端に、魔術の盾にべちゃりと貼り付いた、ほんの数秒前まで自分と応答していた「もの」と目が合う。
    「どっ、……あ、あっ、ああ」
     ゲートの顔から、ざあっと血の気が引いていく。
    「こっち、にも……、出やがった、のかっ」
     青ざめた顔で、絞り出すように怒声を吐き、ゲートは腰に佩いていた魔杖を手に取る。
    「しっ、シモンさんっ」
     エリザもどうにか声を絞り出し、ゲートに声をかける。
    「だい、……大丈夫だ。俺は冷静だよ、エリちゃん。
     それより、盾を解いてくれ。……いつまでも貼り付けたまんまじゃ、こいつが可哀想だ」
    「……は、い」
     魔術を解除すると同時に、二人の前方からどす、どすと音を立て、巨大な「ライオン」が姿を現す。
    「いきなりやられたってことは、別の奴を倒して気が緩んだとこに、横か後ろから突進してきたって感じか。防御も攻撃も、太刀打ちなんか何にもできなかっただろうな。
     さぞや無念だったろう。俺がきっちり、仇を取ってやるからな」
     ゲートは巨獅子の前に立ちはだかり、魔杖を構える。
     しかしその一方で――自分でも「冷静だ」と言っていた通り――魔術頭巾を使い、増援を呼びかける。
    「隊長より本隊全体へ。巨獅子が村南西、入口付近に出現した。ドッジ班が強襲され全滅したことを目視にて確認。手の空いている者は至急、応援に来られたし。以上」
     通信の直後、エリザが被っていた頭巾に、戦慄のにじんだざわめきが伝わってくる。
    《巨獅子……ですって!?》
    《マジでか!?》
    《すっ、すぐ行く! 早まるなよ、ゲート!》
    「ああ。頼むぜ、皆。……エリちゃん」
     ゲートがエリザに背を向けたまま、こう続ける。
    「助けて欲しいのは山々だが、君はまだ温存だ。分かるだろ?」
    「……基地のヤツを倒すため、ですか」
    「そう言うことだ。こいつは俺たちがやる」
     程無く、村のあちこちから応援が続々と現れる。
    「巨獅子の数は1頭。掃討班からの連絡が無いことから同班との接触は無く、また村への増援はこの1頭のみと思われる。
     今までの戦闘経験から言って、巨獅子の出現以降に、更に増援が発生したケースは無い。つまりこいつを倒せば、この村の制圧は完了するってわけだ。
     ただし――皆、聞いていたと思うが――基地の東にも巨獅子が出現している。へばるまで攻撃しても、誰も拾ってやれないからな。
     そのつもりで、全力出せ」
     ゲートの檄に、応援に来た全員が大声を上げて応じる。
    「おうッ!」
    「やってやんぜ!」
    「行くぞ、ゲート!」

     この間、エリザは魔杖を抱きしめるばかりで手出しができなかったが――結果的に、確かに彼女の手助けは不要だった。
     遠征前から「手慣れている」と言っていた通り、ゲートたちは密に連携を取り、巨獅子にほとんど動く隙を与えなかった。
     と言うよりも――。
    (後ろで見てたら、シモンさんがやろうとしとるコト、すごい良く分かる。
     シモンさんたち、あの巨獅子を『動かさへん』ように戦っとるんや)
     エリザの推察通り、巨獅子が少しでも脚や首を動かそうとする度、誰かが魔術を放って牽制し、巨獅子をその場に足止めしている。
    (あ、そうか。全員で滅多やたらに『溜め』の利かへん魔術をポンポン撃つより、一人に目一杯『溜め撃ち』してもろて、その間の足止めを他の全員でやっとった方が、よっぽど効率的で確実にダメージ与えられるやんな。
     何ちゅうか……、ホンマ、アタシと先生やったらこんな考えせえへんよな。ソレこそ二人で一緒にやいやい突っ込むっちゅうか、力技で無理矢理倒しにかかるっちゅうか)
     そうして傍観している間に――巨獅子はまったく身動きできないまま、ゲートが放った高威力の魔術に貫かれ、その場に倒れた。
    琥珀暁・駆逐伝 4
    »»  2017.06.10.
    神様たちの話、第74話。
    因縁の狼獣人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     巨獅子を倒してしばらく、ゲートはぜぇぜぇと荒い息を立てていたが、やがて一息すう、と深呼吸し、エリザに向き直った。
    「待たせたな。すぐ行こう」
     声こそしっかりとしたものだったが、ゲートの顔色は悪く、青ざめているのがはっきりと分かる。
    「だ、……大丈夫そうに見えまへんよ」
    「顔色のこと言ってるなら、これは元からだ。ハン……、息子も青白い系だから、そう言う家系なんだろ」
    「ボケかましてどないするんですか、もう」
     エリザは背を伸ばし、ゲートの肩をぽん、と叩く。
    「シモンさんは休んどって下さい。アタシ一人でも行けます」
    「ボケをかましてるのは君だ。今のを見てただろ?」
    「う……」
    「……とは言え、半分くらいはお言葉に甘えたいところでもある」
     そう返すなり、ゲートはその場にうずくまる。
    「俺の力量じゃ『エクスプロード』撃つのは重荷すぎるんだよな。一発撃ったらヘトヘトになっちまう。正直、マジ動けん。
     動ける奴、エリちゃんと一緒に基地東側へ向かってくれ。俺含めて動けない奴は掃討班呼んで、助けてもらうから」
    「了解です」

     エリザは本隊に連れられ、来た道を引き返す。
    「シモンさん、大丈夫かな……」
     誰にともなく尋ねたエリザに、以前モールを殴りつけたあの黒い狼獣人が答える。
    「大丈夫だよ。あの人とは何度か一緒に討伐行ったことあるけど、本当に引き際って言うか、『これ以上やったらまずい』ってとこをちゃんと把握してる人だし、そこまでは絶対行かない人でもある。
     俺の兄貴と一緒に最初の遠征行った時、学んだんだってさ」
    「え……?」
     走って戻っている最中のため、携行している灯りはチラチラと揺れており、狼獣人の顔色を伺うのは難しかったが、それでもエリザには、彼が表情を強張らせているのが分かった。
    「俺の兄貴――メラノって言うんだけどな――腕自慢で通ってて、正直、結構な乱暴者でさ、故郷じゃ割りと厄介者だったんだ。
     まあ、その腕を買われて最初の遠征に参加したんだけど、その途中でバケモノに襲われて、……一緒にいたフレンさんはヤバいってんで逃げたけど、兄貴は逃げなかったんだ。でも結局、バケモノにやられてさ。しかもそのせいでシノンさんにケガさせるし、バケモノ討ったのはタイムズさんだし。犬死にした上に迷惑かけたんだぜ。マジ最低だろ?
     それでゲートさんも、あそこにいるフレンさんも、それから弟の俺も、『引くべきところ』ってのを知ったんだよ。だから安心してくれ。ここにいる奴は皆、絶対無茶しないし、エリちゃんにも無茶させないから」
    「……無茶させへん、無茶させへんて」
     妙におかしさが込み上げ、エリザはクスクスと笑い出す。
    「皆、そんなにアタシが無茶しそうに見えるんかな?」
    「そりゃ見えるだろ。自分のお師匠さんひっぱたく子だし」
    「あちゃー……、やってしもたな。ソレやったら、もうちょいおしとやかに叩いとけば良かったわぁ」
     そう返したエリザに、周囲からも笑いが漏れた。

     基地が目に見える距離まで近付いた辺りで、巨獅子の咆哮がエリザの耳を震わせる。
    「基地、まだ大丈夫そう……、かな」
     眺める限りでは基地に大きな損害は見られず、巨獅子も壁へ突進を繰り返しているばかりで、攻めあぐねているようにも見える。
    「油断するなよ」
     そう声をかける狼獣人に、エリザは手をぺら、と振って返す。
    「大丈夫やって、そんな心配せんでも」
     エリザは周囲を見渡し、指示を送る。
    「アタシが『エクスプロード』撃ちます。その間、援護をお願いします」
    「分かった」
     手慣れているためか、エリザからの指示でも特に戸惑う様子も無く、皆が散開する。
     エリザも狼獣人を始めとする護衛に囲まれながら、巨獅子との距離を詰めていく。
    「今から呪文唱えるし、応答しきれへんなるから今のうちに聞いとくけど」
     と、エリザは狼獣人の袖を引く。
    「な、何だよ?」
    「先生のコトとか色々お世話になったし、名前聞いとこうかなって」
    「いや、後でいいだろ」
     呆れた顔でそう返した狼獣人に、エリザはぷるぷると首を振る。
    「いきなり何やかやあるかも知れへんやろ。そん時に『ソコの黒いのん』やったら呼びにくいし分かりにくいやん」
    「ああ、まあ、あるかもな。
     俺はロウだ。まだタイムズさんから苗字もらってないし自分で考えんの面倒臭いから、名前だけだ」
    「そうなん? ほな、……いや、後にしとこ」
    「何だよ?」
     ロウが尋ねたが、エリザは既に呪文の詠唱に入っていた。
     と、頭巾から通信が入る。
    《基地東の巨獅子、包囲完了! いつでもとどめ行けるぞ!》
    「……****……、了解!」
     詠唱を止め、エリザが答える。
     そして魔杖を掲げ、巨獅子に向けて発射した。
    「ブッ飛ばせ、『エクスプロード』!」
    琥珀暁・駆逐伝 5
    »»  2017.06.11.
    神様たちの話、第75話。
    今後の打算。

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    6.
     エリザの放った魔術によって巨獅子は吹き飛ばされ、基地の壁に叩きつけられる。
    「グウ……ウ……」
     そのまま壁を突き破り、基地の中にまで入ってきたものの、巨獅子はぴくりとも動かず、大量の血を流している。
     頭や体も左半分ほどしか残っておらず、絶命したのは明らかだった。
    「よっしゃ!」
     エリザは魔杖を振り上げ、一目散に基地へと向かう。
    「皆、無事ですー!?」
     中に入るなり、エリザは大声を上げて尋ねる。
    「ああ、大丈夫だ!」
    「ヒヤヒヤしたけど、問題なし!」
     すぐに大声で返事が返され、エリザも、続いて基地に戻ってきた本隊も、一様にほっとした表情を浮かべた。
     やぐらから降りてきた見張りに、エリザはにこっと笑いかける。
    「後はシモンさんらを待つだけですな」
    「いや、その前にさ」
     が、見張りは苦笑いを浮かべる。
    「壁直さないと。そこから入って来られたら困るし」
    「あ、……すんません」
     ぺこっと頭を下げたエリザに、見張りが「いやいや」と返す。
    「巨獅子が生きて入ってくるより全然ましだし、気にしないでいい。
     それより疲れただろ? 寝床の準備できてるらしいから、皆、ゆっくり休んでくれ」
    「は~い」
     見張りに促され、エリザたちはぞろぞろと屋内に向かった。



     一方、村の方では――。
    「掃討班、応答願う。こちら隊長のゲート・シモン、どうぞ」
     まだ疲労の回復しきっていないゲートが、まだわずかに形を残していた廃墟にもたれかけながら、救助を要請していた。
    《こちら掃討班、ゴア。どうしました、隊長?》
    「村に出現した巨獅子を撃破したが、疲れて動けん。
     こっちに残ってるのも似たような奴ばっかりだから、戻るのに手を貸して欲しい」
    《了解です。何人残ってますか?》
     返事を受け、ゲートは周囲の人数を数える。
    「えーと……、14人だな、俺含めて。ケガ人もいるし、マジで立ち上がれんくらいぐったりしてるのもいるから、担架がいりそうだ。そっちで用意できそうか?」
    《いやー、ちょっと持ってきてないです。そちらで作れます?》
    「分かった。有り合わせでどうにか作ってみる。何人くらい来られる?」
    《そうですね……、巡回がもう必要なければ全員で向かいますが、どうしましょう?》
    「そうだな、村は制圧したし、増援が来る可能性もほとんど無いだろう。分かった、皆こっちに来てくれ」
    《了解》
     通信を終えるなり、ゲートはその場に座り込む。
    「ふー……、どうにかなったな」
     その一言に、周囲の緊張も緩み始める。
    「そうですね」
    「一時はどうなるかと思ったけどな」
    「ああ。ドッジがやられたって聞いた時は……」
     それを聞いて、ゲートがふらふらと立ち上がる。
    「どうしたんですか、隊長?」
    「いや、バタバタしてて一瞬忘れてたが、……ドッジたちを弔ってやらなきゃな」
    「ああ……」
     ゲートの後を何人かが続き、巨獅子が現れた周辺を探る。
    「ひどい格好だな。……原型残ってるだけマシか」
     ゲートたちは仲間の死体を集める一方で、村の外れに穴を掘り、そこに埋めていく。
    「勝手にこんなとこ掘っていいのか?」
     一人がそう尋ねたが、ゲートは苦い顔を返す。
    「他に無いだろ。持って帰るには数が多いし。
     それに――エリちゃんには悪いが――既に村としては崩壊してるからな。どこに穴掘ったって、咎める奴はいないさ。一応、通行の邪魔にならなさそうな場所にはしたが」
    「ここ、これからどうするんだろうな?」
     と、また別の一人がそうつぶやき、ゲートが尋ね返す。
    「どうって言うと?」
    「お前も自分で今言っただろ? ここはもう、村としては終わっちまってる。元いた奴らもネール氏の村に移ってるし。
     もっぺん村として作り直すには、かなり手をかけなきゃならんだろうし、もう放棄するかも知れないな、って」
    「いや、エリちゃんが言ってたが、ここにはかなり良質の鉱床があるらしい。金も出るって言ってた」
    「そうなのか? ……そうか」
     ゲートの言葉に、何人かがきょろ、と辺りを見回す。
    「どこにあるって?」
    「さあ? そこまでは聞いてないな。……まさかお前ら、勝手に掘ろうって思ってるんじゃないだろうな」
    「いや、思わない方が無理だろ?」
     ゲートに咎められるが、反発する者も現れる。
    「あの山越えてまで遠征させられた上、死人が出たんだぜ? それなりの報酬が無きゃ、誰だって納得できないだろうと、俺は思うがね」
    「……うーん、……確かに、一理ある」
    「だろ? そこら辺、一度タイムズに確認するべきじゃないのか?
     この遠征を指示したのはタイムズだし、報奨もあいつの裁量で決定されるだろうし」
    「そうだな。基地に戻ってから報告する予定だから、その時に聞いてみるよ」
    「ああ、たの……」
     と――全員が顔を真っ青にし、静まり返る。
     ゲートも「その異状」に気付き、言葉を失った。
    琥珀暁・駆逐伝 6
    »»  2017.06.12.
    神様たちの話、第76話。
    3頭目の巨獅子。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「……バカな」
     どうにかその一言だけ、のどから絞り出すようにつぶやいたものの、ゲートはそれ以上、何も言うことができなかった。
     ゲートの前方30メートルほど先に、巨獅子がうずくまっていたからである。
    「い、いつの間に……!?」
     誰かがそううめくが、ゲートは何も答えられず、ただ首を横に振る。
    「おい、ゲート……。お前言ってたよな、いっぺん巨獅子が出たら、それで打ち止めだって」
    「あ、ああ」
     どうにか混乱を心の奥に押し込め、ゲートはぎこちなくうなずく。
    「基地と、この村に1頭ずつ出て、それで終わり、……のはずだ。俺はそう、思ってた」
    「じゃあ何で、ここに」
    「分からん。だが、とにかく、やるしか」
    「やるしかって、……もうそんな余力は」
    「く……」
     ゲートは周りを見回し、残った本隊の誰もが疲弊しきった様子であること、掃討班がまだ近くに来ていないことを確認し、歯噛みする。
    「……やらなきゃ、どっちみち死ぬ、んだ」
    「ゲート……」
     立ち上がり、魔杖を手にするが、その手がかくかくと震えている。恐怖のためだけではなく、気を張らなければ立っていられないほどの疲労感が体中にまとわりついているためだ。
    「……畜生、マジでまずい」
     苦々しげにそうつぶやき、ゲートは一歩前に踏み出した。

     と――。
    「ソコで止まりな。無理するもんじゃないね」
     ゲートと巨獅子の間に一人、何者かが立ちはだかった。
    「……あんたは!?」
     ゲートを始め、全員が驚く。
     そこに現れたのが、モールだったからだ。
    「まさか私があのまんま、コドモみたいに不貞腐れてどっか雲隠れしたと思ってたね?」
    「思わないわけ、無いだろ」
    「ははは……、まあいいさ、そんなコトはね。
     ゲートとか言ったっけね、ちょいと詰めが甘いんじゃないね? ソレか、楽観的とも言うかもね。
     コイツらはちょっとやそっと魔力がある奴が出てきたくらいじゃ、生息圏を明け渡したりしないのさ。そう、ゼロのヤツや私くらい、底無しに魔力を持ってるヤツが現れなきゃ、絶滅してくれないってワケさね」
    「な……、え?」
     モールの言っている意味が分からず、ゲートは硬直する。
     それに構う様子も無く、モールは魔術を放った。
    「『ジャガーノート』!」
     ばぢ、ばぢっと気味の悪い音を立て、巨獅子が仄青い、真っ白な炎に包まれる。
    「いっちょあがり、ってね」
     モールが勝ち誇ると同時に、巨獅子は一声も咆哮を上げることなく、ぐしゃりと潰れた。
    「……さてと」
     モールがくる、と振り返り、真面目な顔になる。
    「ちょいと皆にお願いしておきたいコトがあるんだけどもね、ちゃんと聞いてるかね?」
    「あ、……ああ、うん。何だ?」
     ゲートが我に返り、こくこくとうなずいたところで、モールはこう続ける。
    「ここで私が現れたコトを、エリザに知らせないで欲しいんだよね」
    「何でだ?」
    「あの子ももうじき独り立ちすべき年頃だし、力も十分付いた。コレ以上、私が近くをウロウロしてちゃ、むしろ悪影響になるね。
     考えてもみな、あの子はきっと、この村を復興させようとする。つまり、村長ってワケだ。となりゃ皆が彼女を頼る流れになる。
     ソコに彼女とは別に、頼れるヤツがいつまでもいたらどうなるね?」
    「……割れる、だろうな」
    「そう言うコトだね。民意が割れる、派閥に分かれる、意志や思想が統一できない、……そんなんじゃ、復興どころか戦争になるね。
     ましてや私と争う? そんなのエリザが望むはずも無いし、私だって嫌だね。そんなら後腐れ無いよう、スパッと縁を切っといた方がいい。
     だからケンカ別れしたってワケだね。ああなれば誰だって私を頼ろうなんて思わない。エリザを頼ろうって流れになる」
    「不器用だな、あんた」
     ゲートにそう返され、モールは「ヘッ」と悪態をつく。
    「不器用で結構。誰にもコレ以上、迷惑かけるつもり無いしね。
     じゃ、ね」
     そこでモールが踵を返し、離れようとしたところで、ゲートが引き止めた。
    「待てよ。さっき言ってたこと、あれは何なんだ?」
    「ん?」
    「ほら、『バケモノが絶滅してくれない』って」
    「ああ。……詳しい説明が欲しけりゃ、ゼロに聞きな。
     もう人が来るし、さっさとどっか隠れたいんだよね」
    「そうか。……じゃあ、な」
    「ああ」
     短く返し、モールはそそくさと、その場から消えた。

    琥珀暁・駆逐伝 終
    琥珀暁・駆逐伝 7
    »»  2017.06.13.
    神様たちの話、第77話。
    三つのプロトコル。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「結局、最初の作戦からもう、バケモノは出てないんだ」
     ゲートからの報告を受け、魔術頭巾越しに、ゼロの声が返って来る。
    《そっか。拍子抜け、と言うと語弊があるかも知れないけど、でも被害が少なくて何よりかな》
    「いや、実は俺の方でもそう思ってた。初っ端から死人が出たんで、これはヤバい流れかも分からんと思ってたからな。
     だけどもさっき報告した通り、基地を構えてから今日で1ヶ月経つが、一向にバケモノが集まってきたり、近くをうろついてたりって連絡は無い。
     ネール氏の村にも何度か人を向かわせたが、あっちも平和だって話だ」
    《なるほど。でもまあ、実はネール氏のところについては、その辺りは『絶滅』したんじゃないかなとは思ってたんだ。
     モールたちがバケモノの群れを一回やっつけたって話を聞いてるから》
    「『絶滅』……」
     その言葉が気にかかり、ゲートはこう尋ねる。
    「モールさんからも一度そんな話を聞いたんだが、『絶滅』って言うのはつまり、どう言うことなんだ?
     俺たちが倒したからって、別のところに棲息してるかも知れないだろ?」
    《あー、そうだね、ちょっと言葉が足らなかったかも。
     ほら、ずっと昔、僕と君とフレンと、それからシノンの4人で、『バケモノには何か、行動規範(プロトコル)じみたものがあるんじゃないか』って話しただろ?》
    「ああ、そんなこともあったな」
    《モールともその辺りのこと、話し合ってたんだけど、その行動規範はいくつかあるんじゃないかって。
     まず第一に、『人がある程度集まっていたら散らしに行く』。言い換えれば村や集落を積極的に襲うってことだ。この6年でバケモノたちがそう言う行動を取ってたことは、君も実感してるよね》
     ゼロの言葉に、ゲートは頭巾を巻いたまま、一人でうなずく。
    「ああ、それは分かる。村以外のところで接触したことは、滅多に無かったからな」
    《そして第一の規範が実行中にその妨害、つまりバケモノを倒す人間が現れたら、第二の規範が実行される。
     それは多分、『段階的に強いバケモノを出現させる』、だろう。これについてはモールからも尋ねられたことがあるし、確実に設定されていると思う》
    「設定、……か。でも確かに、それもうなずけるな」
    《そう。第三の規範を話す前に言及しておくけど、やっぱりバケモノは、自然に生まれたものじゃ無いと思うんだ。モールもそう言ってたよ。
     第一、第二の規範から考えれば、人為的に生み出された存在であることは疑いようが無い。そもそも生み出した相手が『人』かどうかは怪しいけどね》
     その一言に、ゲートの背筋に冷たいものが走る。
    「人、じゃない……。じゃあ、悪魔ってことか?」
    《そう言えるのかも知れない。いてほしくはないけど。
     あ、と。話を戻すと、バケモノの存在理由は、その悪魔的人物のためだろうと思ってるんだ》
    「どう言うことだ?」
    《例えばバケモノが村を襲っている。村の皆は散り散りに逃げるか、食われるしか無い。
     そんな状況で、そのバケモノを簡単に倒してしまうような人間が現れたら、皆はその人にどんな印象を抱くだろうか?》
    「すげえ奴だと思うだろうな。俺にしても、お前がバケモノを倒した時、どれだけびっくりしたか。他の奴らだって、……!
     つまり、そう言うことか」
    《そう、倒した人間は間違い無く英雄扱いになる。その悪魔は英雄になりたかったんだ。
     万人を無条件で平伏させるような、唯一無二の英雄にね》
     それを聞いて、ゲートは苦笑する。
    「ははは……、まさかそれがお前ってことは無いよな?」
    《まさか! そんな趣味の悪いこと、とてもじゃないけど考え付かないよ》
    「だよなぁ、くくく……」
    《あはは……》
     二人して笑ったところで、ゼロが真面目な口調に戻る。
    《まあ、その悪魔氏にとって、バケモノはあくまで、『自分にしか倒せない』存在であってもらわないと困るし、英雄になった後には速やかにいなくなってもらわないと、やっぱり困るんだろう》
    「何でだ? いや、『自分にしか』ってのは分かる。
     第二の規範から言って、どんどんバケモノを強くして、悪魔氏以外に倒せる奴を確実に潰しとかなきゃ、悪魔氏には都合が悪いだろうからな。
     まさか自分以外に英雄になっちまった奴を、悪魔氏が殺すわけにも行かんだろうし。それこそ悪魔呼ばわりされちまうからな。
     だが、『いなくなってもらわないと』ってのは?」
    《クロスセントラルとその周辺、僕らは結構回ったけど、あんなの何年も続けてたら、統治どころじゃない。
     実際、僕が君と一緒に行ってた時、その度に陳情とか請願が山盛りに溜まっちゃって、シノンやパウロとかから、かなり文句言われたし。
     だから悪魔氏が英雄になった後は、余計なバケモノなんかいてもらっちゃ、統治できなくて困るってわけさ。
     そしてそれが、第三の規範にもつながってくるんだ》
    琥珀暁・金火伝 1
    »»  2017.06.15.
    神様たちの話、第78話。
    エリザの今後。

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    2.
    《そう――第三の規範、それは『悪魔氏だけが倒せる限界まで、強いバケモノを出現させる』。
     言い換えれば『悪魔氏にしか倒せないであろうバケモノが倒された時点で、出現を終了させる』。それが即ち、『絶滅』ってことなんだ」
    「なるほど、それで合点が行った。
     モールさんが『ゼロや自分くらい魔力持ってる奴が現れなきゃ、バケモノは絶滅しない』って言ってたんだが、その悪魔氏かどうか判断する基準が、魔力ってことか。
     巨獅子3頭を一気に倒せるくらいのずば抜けた魔力を持ってる奴がいたら……」
    《そこで多分、悪魔氏が現れたと判断するんだろう。判断されれば、後はもう、その地域では二度と出現しない。
     バケモノは規範に従い、自ら絶滅するってわけさ》
    「自分で絶滅するって説が確かだとすりゃ、そっちでもうバケモノが出て来なくなった理由も分かるな。
     思い返してみれば、確かにどこの村でも巨獅子3頭で打ち止めだった。こっちでも、結果から見れば3頭だったしな。
     つまり、逆に言えば……」
    《巨獅子3頭が出現し、それを速やかに倒してしまえば、バケモノ側は悪魔氏が出現したとみなす。そして第三の規範が発動――ほぼ間違い無く、その村とその周辺には、二度とバケモノは出現しないだろうね。
     でも念のため、最初に決めてた通り、あと2ヶ月駐留して欲しい。それで近隣にも出ないっぽかったら、もう引き上げちゃっていいよ。多分、今後出たとしても、エリちゃんが何とかするだろうし。
     いや、今後のことを考えたら、彼女がやらなきゃダメだろう》
     ゼロの言葉に、ゲートはもう一度うなずく。
    「モールさんも同じことを言ってた。エリちゃんがこの村の村長になった時、他に頼る相手がいちゃ、彼女が困るだろうと。
     となると俺たちも、あと2ヶ月経ったらさっさと引き上げた方がいいよな」
    《そうだね。それに何度も山越えするのは、僕たちだって困るし。メノーも寂しがってたよ》
    「はは……、そうだな。さっさと帰れるって言うなら、俺も異存は無い。
     しかしさ、ゼロ。それじゃ納得しない奴もいるんだ」
    《って言うと?》
    「この村に金鉱床があると聞いて、欲を出してる奴が何人かいる。このままただ引き上げるんじゃ、そいつらも不満がるだろうからな」
     ゲートがそう返したが、ゼロは黙り込み、応答しない。
    「どうする?」
     ゲートが促したところで、迷い迷いと言った口ぶりでゼロが答える。
    《そうだな……。それについては、僕一人で決められない。エリちゃんを呼んできてもらってもいいかな?》
    「分かった、ちょっと待っててくれ」

     ゲートはエリザを呼び、ゼロとの連絡会議に参加させた。
    《……と言うわけでエリちゃん、君が将来、どうするつもりなのか確認しておきたいんだ。
     ただ、返事を聞く前に――誘導的な話をしてしまうことを許してほしいけど――君が村長になりたいと言うなら、僕たちは支援すると約束する。
     まだ少女の君が『村をまとめたい』と言っても、反対する人間は多いだろう。でも、素直な感想を言えば、君が一番だろうと、僕は思っている。恐らくはモールも。
     君がまとめ役、指導者になれば、そっちは大きく発展するだろう。政治的・経済的に見て、僕らと非常に良好な関係、いい取引相手になるだろうと見込んでいる。
     だから君が村長になると決めたなら、僕たちは政治的、……あと、軍事的に支援する。もし誰かが君に危害を加えようとしたなら、僕たちは友好関係上、報復行動に出ると明言するし、実行もする。
     その上で、聞かせて欲しい。君はこれから、どうする?》
    「……」
     エリザは一息、すう、と息を吸い込み、静かに答えた。
    「ええ。何となくですけど、そのつもりではおりました。一方で、確かにこんな小娘が長やの何やの言うたって、納得せえへんヤツらがおるやろうな、とも。
     ゼロさんが後押ししてくれはるっちゅうんやったら、そらもうありがたいです。是非、お願いします」
    《良かった。じゃあ……》
     ゼロが答えかけたところで、エリザが付け加える。
    「ソレについて、いくつかお願いしたいコトがあるんです」
    琥珀暁・金火伝 2
    »»  2017.06.16.
    神様たちの話、第79話。
    賜姓。

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    3.
    《ん、ん、……お願い?》
    「アタシにゼロさんの後援が付いとるっちゅうコトを、アタシがただ言うだけやと説得力無いですよね」
    《そりゃ、まあ》
    「なので、まず人の派遣をお願いしたいんです。実際にアタシに付いてくれる人がおれば、説得力が出ると思います。
     丁度『金が欲しいわー』ちゅうてる人もいてますし」
    《……なるほど》
     エリザの提案を受け、ゼロが感心した声を漏らす。
    《そのことについては丁度、ゲートとどうしようかって話してたところなんだ。
     そっちへの派遣期間中、復興支援って目的で鉱床を掘らせ、その何割かを僕たちへの報酬として受け取るなら、皆も不満は無いだろう。
     それで味をしめて、長期的にそっちで働きたいって言う人がいれば、そのまま派遣継続って名目で居続けてもらってもいいしね》
    「そう言うコトです。後もう一つ」
     エリザはそこで言葉を切り、間を置いてこう続けた。
    「アタシに、苗字くれません?」
    《苗字?》
     けげんな声を返したゼロに、エリザはこう説明する。
    「今、そっちで苗字もろたり名前もろたりするん、結構価値があるらしいやないですか。順番待ちになっとるとか」
    《ああ、そうだね、今はたまにしかできないから。……あー、そう言うこと》
    「ええ。大半の人がなかなかもらえへんモノを、順番すっ飛ばしてもらえるっちゅうのんも、影響力を見せるのんにはええ方法やろと思いまして。
     ソレに、元々アタシが持っとった『アーティエゴ』っちゅう苗字は、村では鼻つまみの半端者扱いでしたからな。その印象を消したいんですわ」
    《なるほどね。分かった、考えるからちょっと待ってて》
     一旦通信が切れ、エリザはゲートに向けて、ニヤっと笑いかける。
    「……うぇへ、……えへふぇへへへー」
     いや、そう思っているのはエリザだけである。
     実際には、かなり複雑な表情をしていたらしい。ゲートがどう反応していいか、図りかねた顔をしていたからだ。
    「あー、と、……エリちゃん?」
    「あっ、……あの、……何ちゅうか、なんぼ何でもうまく行き過ぎたかなー、……て」
    「……まあ、気持ちは分かるとは言えないが、何となくは察する。
     ゼロの奴は際限無く気前いいからな。『くれ』っつったら『いいよ』って二つ返事だし。……とは言え、あんまり調子乗らないようにな。あんまりあれこれねだると、ゼロも困るし」
    「は、はーい」
     と、ゼロからの応答が返って来る。
    《お待たせ》
    「あ、はーい」
    《色々考えてみたんだけど、シンプルに、『ゴールドマン』ってどうかな? 金鉱脈の持ち主ってことで》
    「……んー」
     エリザは心の中で一瞬、「ダサいかも」と思ったものの――。
    (アタシがソコに注文付けたら、ゼロさんからもろたもんにならへんもんなぁ。……コレで手打ちかなー)
    《どう?》
     ゼロが返事を促してきたので、エリザはうなずいておいた。
    「あ、ええ、ソレで。ありがとうございます、ども」
    《……気に入ってない?》
    「いえいえ全然そんなコトありまへんよー」
    《なら、……うん》
     こうして――ほんの少し、不満は残しつつも――エリザは時の為政者ゼロから名を賜り、この地での権力を確立した。



     まだ年端も行かぬエリザが村長になることに、ゲートも当初、不安を感じないではなかったのだが――。
    「ほな今日も、ワイルド班とゴア班は地質調査でお願いします。昨日、第5ポイントで調査したヤツ、金が含まれとるコトが分かったから、もうちょい付近を探って鉱脈の正確な場所を見付けて下さい。
     ピット班、ラウ班、ソレからゲート班はアタシと会議。昨日話した続きで、クロスセントラルへの輸送ルートの検討を行います。
     ソレから……」
     200人の遠征隊――彼女より一回り、二回りも年上の、屈強な男たちを前に、少しも怯んだり気後れしたりする様子無く、てきぱきと指示を送るエリザの姿に、ゲートはただただ感心するばかりだった。
    (ゼロも確かに大人物だけど、この子もすごいな。間違い無く将来、この村だけじゃなく、山から南全部を手中に収めちまうだろうな。
     ぼんやりしてるとこの子に取って代わられかねないぞ、ゼロ)
    琥珀暁・金火伝 3
    »»  2017.06.17.
    神様たちの話、第80話。
    金火狐神話のはじまり。

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    4.
     遠征隊の派遣から3ヶ月が経ち、彼らが引き上げる時が来た。
     とは言え――。
    「まさか50人も、こっちに残りたいなんて言うとは思わなかった」
    「そうですな。よっぽど居心地良かったんでしょうね」
     エリザと最後の会議に臨んでいたゲートが、しみじみとした口ぶりでつぶやく。
    「居心地かぁ。確かに暖かくて過ごしやすかったし、海の幸も山の幸も毎日堪能してたし。フレンなんか『俺の羊たちを全部こっちに連れてきてやりたい』なんて言ってたからな」
    「アハハ、言うてましたな」
    「俺も正直、家族がいなけりゃこっちに骨を埋めてもいいって気もしてるからなぁ」
     その言葉に、エリザの心のどこかが、ずきんと痛む。
    「……あの」
    「ん?」
    「ホンマに、……住んでみません?」
     恐る恐る切り出したエリザに、ゲートは苦笑を返す。
    「いやいや、そりゃ無理だよ。メノーは身重だし、ハンもまだ小さいし。連れて来るのは……」「そ、そうや、なくて」
     エリザは意を決して席を立ち、ゲートの側に立つ。
    「どうした?」
    「しも、……ゲートさん、一人で、こっちに」
    「何を言って……」
     言いかけたゲートに、エリザはぎゅっと抱きついた。
    「……エリちゃん?」
    「しょ、正直に、言います。アタシ、ゲートさんのコト、好き、……なんです」
    「いや……、その、俺には家族が」
    「無理なお願いしとるんは分かってます。でも、……でも! アタシ、好きなんです」
    「……困る」
     ゲートは苦い顔をし、エリザを押し返そうとする。
     それでもエリザは抱きついたまま、離れない。
    「分かってます。ゲートさんには奥さんも子供もいてはるし、ココはゲートさんの家やないですから、絶対うんって言うてくれへんのは、十分分かってます。
     だから、……今夜だけで、ええですから、……アタシのコト、奥さんにしてくれません?」
    「……いや、……それは」
     ゲートの押す力が、弱まる。
    「……お願い……」
    「……」
     突っ張っていたゲートの両腕が、エリザを抱きしめた。
    「……分かった。今夜だけだ。……でも、分かって欲しいが」
    「ええ。内緒です。2人だけの」
    「ああ」
     ゲートはまだ、わずかに顔を強張らせたまま、ぼそぼそと尋ねる。
    「いいんだな、……エリザ」
    「はい、……あなた」
     ゲートは目を閉じ――エリザに口付けした。

     二人が睦み合う会議場の、その出入口の裏で――あの黒毛の狼獣人、ロウが、愕然とした表情のまま、そこに硬直していた。
    「……そ、っか……」
     ロウはそのまま、そこから静かに歩き去って行った。



     翌日、最初から何も無かったかのように、エリザは帰還する遠征隊と、その前に立つゲートに、謝辞を述べていた。
    「3ヶ月に渡る遠征、ホンマにありがとうございました。今後は良い取引相手として協力し合い、互いの繁栄につなげていきましょう」
    「あ、……ああ。こちらこそ、うん、……よろしく頼む」
    「では、お元気で」
     どことなく落ち着きのないゲートとは対照的に、遠征隊の皆の目が眩もうかと言うほどの笑顔と共に、エリザは彼と握手を交わした。
    「そ、……それじゃ、帰投するぞ! 全隊、回れ右!」
    「おうっ!」
     ゲートの号令に合わせ、遠征隊の皆は二列縦隊で、その場から歩き去っていく。
     と――その中から一人、ぴょんと飛び出る者がいる。
    「ちょ、ちょっと悪い、すまね、……おっとと」
    「ロウ? どうした?」
     まだエリザの前に棒立ちになっていたゲートが、けげんな顔になる。
    「い、いやさ、その、なんだ、……エリザ」
    「どないしたん?」
     きょとんとするエリザに、ロウは息せき切って尋ねた。
    「ず、ずーっと前にさ、あの、俺の名前聞いた時にさ、何か言いかけてたよな? あれ、何だったんだ?
     このまま帰っちまったら俺、気になって仕方無くなっちまうよ。教えてくれよ、な?」
    「あー、そうやったな。すっかり言う機会逃してたわ、ゴメンな」
     エリザはにこっと笑い、こう続けた。
    「アンタ、苗字付けてへんって言うてたやん。アンタ、まだ付けてへんよな?」
    「おっ、おう。全然っ、まだ、まっさらだっ」
    「ほなな、アタシが付けてもええかな?」
    「もっ、もち、……勿論だ」
     かくんかくんと首を縦に振るロウに、エリザも、ゲートも噴き出す。
    「ぶっ、ふふふ、はは……」
    「そんな期待してたん? アハハ、付け甲斐あるわぁ。
     ほな、……せやな、『ルッジ』ちゅうのんはどう? ゼロさんトコの言葉やと『咆哮』ちゅう意味やけど、アンタに似合いそうやと思って。
     先生殴り飛ばした時も、大声でアタシのコト、かばってくれたしな」
    「ルッジ、……うん、いいな。じゃあありがたく、使わせてもらうぜ」
    「ん、大事に使てや」
     ニコニコと笑みを浮かべているエリザに、ロウはもう、それ以上何も言えなかった。
    「……あ、……じゃあ、な。……元気でな」
    「うん。アンタもな」



     エリザ・アーティエゴ=ゴールドマン。
     彼女こそ、後の歴史に連綿と影響を及ぼし続ける、央北・央中の両天帝教における大聖人、「金火狐」エリザである。
     彼女が人として生きていた時代に築かれた、伝説の女傑としての英雄譚は、この時から始まったのである。

    琥珀暁・金火伝 終
    琥珀暁・金火伝 4
    »»  2017.06.18.

    神様たちの話、第38話。
    大魔法使いの登場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     その巨大な山々の北から先で闊歩していたように、その山の南でも、「バケモノ」が人を襲っていた。
    「ひっ、ひっ、ひいっ……」
     腰に提げた袋からぽろぽろと、眩く光る砂をこぼしながら、男は山道を転がるように走っている。
    「アカンてアカンてアカンて……ッ!」
     男は叫び、喚き散らしながら全力疾走していた。そうしなければ、死ぬのは明らかだったからだ。
     男の背後には、異形の獣が迫っていた。一見、狼にも見えるその姿は、良く確認すればあちこちに、奇形じみた特徴が見られる。口に収まりきらぬ牙、明らかに脚先より長い爪、そして他の動物にはまず見られない、6つの爛々と光る、真っ赤な目――それは正に、「バケモノ」と呼ぶにふさわしい、恐るべき獣だった。
    「助けてえええ! だっ、誰かあああ……ッ!」
     そう叫んでも何の助けも来ないことは、明らかであるように思えた。

     その時だった。
    「ほい」
     ボン、と音を立て、六つ目の狼の片脚が爆発、四散する。
    「……お、……え、……な、何?」
     来ないはずの助けをうっすら期待しつつ逃げ回っていた男も、そんな光景が実際に繰り広げられるとは想像しておらず、思わず足を止める。
    「あんた、助けてって言ったじゃないね」
    「え? ……え? 誰?」
     声のした方を向くと、そこには三角形でつばの広い帽子を深く被った、猫獣人らしき男の姿があった。
    「い、今の、アンタがやったん?」
    「ああ。……あーっと、まだ動くなってね」
     猫獣人は杖を掲げ、残った脚をガクガクと震わせて立ち上がろうとする六目狼の前に立ちはだかる。
    「きっちり燃やしといてやろうかね。『フレイムドラゴン』!」
     ぼ、ぼっ、と音を立て、人の頭ほどもある火球が5つ、六目狼の頭と胸を刺し貫く。
    「ゴバ、……ッ」
     六目狼は残った口から大量の血を吐き、どしゃっと水気を含んだ音を立てて、その場に崩れた。
    「……な、何なん? アンタ、何者や?」
     死の危険が去ったことはどうにか理解したものの、男は別の恐怖を、その三角帽子の「猫」に抱いていた。
    「何者って? まあ、んー、何て言えばいいかねー、……じゃあ、大魔法使いとでも」
    「大、……まほ、……う?」
     猫獣人の言っている言葉が――意味が、ではなく、単語そのものが――分からず、男は呆然としながら聞き返す。
    「あー、何でもいいね。説明、めんどいしね。
     ともかくさ、助けてもらったヤツに対してさ、何か言うコト無いね?」
    「……あ」
     男はそれを受けて、どうにか平静を取り戻した。
    「ありがとうございます、……えーと」
    「ん?」
    「あの、お名前は」
    「あ、私の? んじゃ、モールで」
    「モール……、モールさん、ですか」
     名前を繰り返した男に、モールは口をとがらせる。
    「人の名前聞いたんだから、あんたの方も名乗ってほしいんだけどね」
    「え、わし? ……あ、そうですな、ええ。わしはヨブと申します。ヨブ・アーティエゴです」
    「ん。よろしくね、ヨブ」
     そう言ってモールは、ヨブと名乗った狐耳の男に笑いかけた。

     そのまま二人で下山しつつ、モールはヨブから色々と話を交わしていた。
    「へー、砂金ねぇ」
    「そうなんですわ。さっき会うたとこからもうちょい上の方に洞窟みたいなんがあるんですけども、そん中に川がちょろっと流れとりましてな」
    「地下水脈か。そん中で採れるってコト?」
    「ええ。割りと適当にざばっと掬(すく)うても、結構キラキラっと採れるんですわ」
     そう言ってヨブは腰に提げていた袋を開き、モールに中身を見せる。
    「確かにキラキラしてるね。で?」
    「で、……ちゅうと?」
    「キラキラしたの取れましたー、わーい、……で終わりじゃないよね?」
    「そら、まあ。後は鉛を混ぜて溶かして、より大粒の金を取り出します。
     ほんで、それを指輪とかピアスとかに飾り付けするのんを生業にしとります」
    「宝飾屋ってワケか。……にしちゃ、飾りっ気無い格好してるね」
     モールにそう評され、ヨブは反論する。
    「いやいや、砂金採りするのんに小洒落た格好してどないしますねん」
    「ああ、そりゃそうだね。じゃ、自宅じゃソレなりにカッコ付けてるワケだね」
    「そら、もう」

    琥珀暁・狐童伝 1

    2017.05.01.[Edit]
    神様たちの話、第38話。大魔法使いの登場。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. その巨大な山々の北から先で闊歩していたように、その山の南でも、「バケモノ」が人を襲っていた。「ひっ、ひっ、ひいっ……」 腰に提げた袋からぽろぽろと、眩く光る砂をこぼしながら、男は山道を転がるように走っている。「アカンてアカンてアカンて……ッ!」 男は叫び、喚き散らしながら全力疾走していた。そうしなければ、死ぬのは明ら...

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    神様たちの話、第39話。
    砂金と宝飾屋。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「うん、いいね。かっこいいデザインだ」
     ヨブからもらった腕輪を早速身に付け、モールは嬉しそうな声を漏らした。
    「ですやろ?」
    「山で見た格好からじゃ、こんないいセンスしてるおっさんだとは思わなかったね。いや、私の見る目もまだまだって感じだね」
     砂金の採れる山を降り、麓の村に戻ったヨブは早速モールを自分の家に招き、助けてもらったお礼にと、自分が造った腕輪を渡した。
     モールはその腕輪がすっかり気に入ったらしく、右腕に付け替えたり、左腕に戻したりして、ずっといじくり回している。
    「正直言や、こんな原始スレスレの世界じゃろくなものも手に入らないだろって思ってたけど、なかなかどうして、こんなにいい逸品をもらえるなんて思ってもなかったね。
     いやいや、見直したよ、ヨブ」
    「ほめられとるんかけなされとるんか、よお分かりませんなぁ」
     苦い顔を向けたヨブに、モールは「いやいや」と肩をすくめて返す。
    「ほめてるさ、素直にね。
     ……ってか、そうだ。ちょいと色々聞いてもいいね?」
    「なんでっしゃろ」
    「いやさ、私ゃコレまであちこち回ってきたんだけどもね、ココみたいに大きな村は初めて見るんだよね。ざっと見た限りじゃ、商売してたりおめかししてたり、かなり文化的なコトしてたみたいだしね。
     他んトコはもっとちっちゃくまとまってるか、さもなくばグチャグチャに引っ掻き回されて壊滅してるかって状態だったんだけどもね」
    「さっきのんみたいなバケモノが時々出る、みたいな話はわしもよお聞きますな。
     ただ、ここは狡(こす)い奴が仰山おりまして、落とし穴掘ったり落石使うたりとか、罠を仕掛けて撃退しとるんですわ」
    「はっは、すごいねぇ。なるほど、ソレでこの村は他に比べて文化的だってワケか」
    「ちゅうても万全、盤石っちゅうわけには行きませんけどな。さっきのわしがええ見本ですわ。恥ずかしながら、わしは昔っから鈍臭い、鈍臭いとよお言われとりまして」
    「センスはいいのにねぇ」
     モールにそうほめられたものの、ヨブは肩をすくめ、こう返す。
    「それだけで生かさせてもろてるようなもんですわ。正直、装飾具造る腕あらへんかったら、カネも手に入りませんやろし、飯も住むとこもさっぱりでしたやろし」
    「あん?」
     モールは納得が行かない、と言いたげな表情を浮かべる。
    「君、卑屈になりすぎじゃないね? 宝飾屋だって立派な仕事だね。君がいなきゃ、その腕の立つ奴らはみんな、クソダサいまんまだろ?」
    「……ぷっ」
     モールの言葉に、ヨブが噴き出した。
    「はは……、そうですわ。言うたらそうですな」
    「だろ? 後ろめたく思う必要、全然無いってね。そんな風に自分を卑下してばっかじゃ、女も寄ってこないね」
    「あー……、いや、わしにはもう、十分ですけどな」
     そう返したヨブに、モールはけげんな表情を浮かべる。
    「って言うと?」
    「わし、昔おったんです、奥さん。今はもう、亡くなってしもたんですけども」
    「ありゃ、そうだったか。ゴメンね、変なコト言って」
    「いやいや、そう思うんも無理は無いですわ。こんなしょぼくれたおっさん……」
     言いかけたヨブの鼻を、モールがつかむ。
    「ふひゃっ!?」
    「だーから言ってるじゃないね、卑屈になるなって。君の腕は確かだ。私がバッチリ保証してやるね」
    「は、はんはひほひょうひゃれひぇひょ……(アンタに保証されても……)」
    「なんだよ、私じゃ不満だっての? えっらそうにしちゃってねぇ」
     モールは鼻をつかんでいた手を、ぴっと離す。その拍子に、ヨブの口と鼻から妙な音が漏れた。
    「ぷひゃっ!」
    「アハハ、『ぷひゃ』だって、アハハハハハハ」
     モールは顔を真っ赤にするヨブを見て、ゲラゲラと笑い転げていた。

    琥珀暁・狐童伝 2

    2017.05.02.[Edit]
    神様たちの話、第39話。砂金と宝飾屋。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「うん、いいね。かっこいいデザインだ」 ヨブからもらった腕輪を早速身に付け、モールは嬉しそうな声を漏らした。「ですやろ?」「山で見た格好からじゃ、こんないいセンスしてるおっさんだとは思わなかったね。いや、私の見る目もまだまだって感じだね」 砂金の採れる山を降り、麓の村に戻ったヨブは早速モールを自分の家に招き、助けてもら...

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    神様たちの話、第40話。
    二人の邂逅。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     と、玄関の戸が開く気配がする。
    「おう、おかえり」
     玄関に向かってヨブが声をかけ、幼い子供の声が2つ、重なって返って来る。
    「ただいまー」
    「ん? 君、子供いたの?」
    「ええ。さっきも言いましたやん、奥さんおったって」
    「ああ、そっか、そうだっけね」
     程無く、狐獣人の子供が2人、居間に入ってきた。
    「……お客さん?」
     きょとんとした顔で尋ねた女の子に、モールは手を振る。
    「ああ、お邪魔してるね」
    「は、はじめまして」
     女の子の陰に隠れつつ、その子の弟らしき男の子が挨拶する。
    「はーい、はじめまして」
     そう返したモールを見て、ヨブが苦笑する。
    「モールさん?」
    「なんだよ」
    「子供、お好きなんです?」
    「なんで?」
    「顔、めっちゃニヤけてますで」
    「……」
     恥ずかしかったのか、モールは三角帽子を深めに被り、ぷいっと顔を背けてしまった。
     しかし子供たちは意に介していないらしく、モールが顔を背けた方向へぐるっと回り込む。
    「モールさんて言うのん?」
    「ん、ああ。モールだ。よろしくね」
    「よろしゅう、モールさん」
     女の子はにこっと笑い、こう返した。
    「アタシはエリザ。後ろのんが弟のニコルです」
    「ああ、うん。どうもね、エリザにニコル」
     顔を隠していてもモールが赤面しているのを察したらしく、ヨブはこの間、くっくっと声を漏らし、笑いをこらえていた。

     ヨブがにらんだ通り、やはりモールは、子供に対して非常に好意的であるらしかった。
    「ほーら、今度はちょうちょだ」
     会って30分もしないうちに、モールはすっかりヨブの子供たちと仲良くなっていた。
     モールが魔杖の先にぽん、と光を浮かべ、それを鳥や兎、猫など様々な形に変えて天井高く飛ばすのを、子供たちは目をキラキラと輝かせて眺めている。
    「なぁ、なぁ、モールさん! 次は? 次は?」
    「ふっふ、お次はー……」
     言いかけて、モールは「おっと」とつぶやいた。
    「もう日が暮れる時間か。そろそろお暇しなきゃね」
    「えー」「もっと見せてーな」
     去ろうとするモールを、子供たちが引き止める。
     そしてヨブも、子供たちに続いた。
    「モールさん、今日はウチに泊まらはりませんか? ちゅうか、そのつもりで用意しとったんですけども」
    「え? ……あー、君がいいってんなら、お言葉に甘えちゃおうかね」
     モールの返事を受け、ヨブは嬉しそうに笑みを浮かべる。
    「ええ、是非。もうそろそろご飯の用意もできますんで、もうちょっと待っとって下さい」
    「あいあい。んじゃエリザ、お次は何が見たいね?」
    「えーと、えーと……」
     エリザは口ごもり、手をパタパタさせている。どうやら見たいものが、言葉でうまく表現できないらしい。
    「なんだろ? 動物かね?」
    「うん、あのー、おっきいやつで、しっぽがあって、あしが長くて、かおも長くて、……何て言うたらええんやろ、えーと」
     そう言って――エリザはくい、とモールの魔杖をつかみ、引っ張った。
    「こんなん」

     直後、笑っていたモールが目を見開き、絶句する。
     自分の魔杖の先から、光る馬がひょい、と飛び出し、天井に向かって走り去ったからだ。
    「……え?」
    「あ、コレ。コレやねん」
    「ちょ、……君? 今、どうやったね?」
     モールは血相を変えて、エリザに尋ねる。
     が、エリザはきょとんとした顔で、何の裏も悪気も無さそうな口調でこう返した。
    「どうって、今モールさんがやらはったみたいな感じで、でけるかなー思て」
    「でけるかなー、……じゃないね。確かに呪文は口で唱えてはいたけども、ソレを全部覚えたっての? しかもアレンジまでして」
    「うん」
    「じょ、冗談じゃないね!」
     モールは唖然とした様子を見せ、エリザの頭をぺちっと叩く。
    「あいたっ?」
    「んなコト、チョイチョイっとできるもんじゃないね!
     呪文の構文からして、この世界の言葉じゃないんだよ!? しかも『こっち』の言葉で応用利かすなんて、とんだ離れ業だね! あまつさえ、魔術はマフ持ちじゃなきゃ、……いや、こんなコト君らに言ったって何が何やらだろうけどもね、……ああ、いや、いいや。
     エリザ、ご飯前に何なんだけどね」
     モールは慌てた素振りでエリザの手を引き、屋外へ連れ出した。

    琥珀暁・狐童伝 3

    2017.05.03.[Edit]
    神様たちの話、第40話。二人の邂逅。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. と、玄関の戸が開く気配がする。「おう、おかえり」 玄関に向かってヨブが声をかけ、幼い子供の声が2つ、重なって返って来る。「ただいまー」「ん? 君、子供いたの?」「ええ。さっきも言いましたやん、奥さんおったって」「ああ、そっか、そうだっけね」 程無く、狐獣人の子供が2人、居間に入ってきた。「……お客さん?」 きょとんとした...

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    神様たちの話、第41話。
    MUAF(マフ)。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「どないしたん、モールさん?」
     家の外に出たところで、モールはエリザに魔杖を向けた。
    「検査だね。今の今までそんな可能性をまったく考えもしなかったから、今めちゃくちゃビックリしてるんだけどもね、よくよく考えりゃ、有り得る話ではあるんだね」
    「何が?」
    「マフって私らが呼んでるモノがあるんだけどね」
     モールは説明しつつ、呪文を唱え始める。
    「魔術使用可能因子(Magic Using Available Factor)、その頭文字を取ってマフ(MUAF)。
     コレはヒトだとか、多少脳みその進化した生き物の中に含まれるコトがあるモノなんだけどもね」
    「……?」
     モールの説明に、エリザはきょとんとするばかりである。
    「あー、いいや、ともかく魔術が使える素質だね。逆に言えば、ソレを持ってないとまず、魔術は使えない。
     何で私がこんなにビックリしてるかって言うとね、元々私がいた世界じゃ、生まれながらにしてコレを持ってるヤツは、100万人に1人だとか、1000万人に1人だとか言われてたからさ。
     ソレなのにさ、今日偶然会った君がマフ持ちだなんて、誰が予想するかってね。……いや、でもこの世界は、私の世界とは大きく在り様が異なってるもんねぇ。君みたいにふわふわで超可愛い耳と尻尾を持ってるヤツなんて、私のトコじゃ一人も見かけなかったしね。
     だから逆に、ココはそーゆー世界なのかも、……っと」
    「えーと……?」
     話に付いていけていないらしく、エリザは戸惑った様子を見せている。しかしモールはそれに構わず、話を続けていた。
    「検査終了だね。やっぱりエリザ、君はマフ持ちだった。しかもコレは、……いや、……もしかして……だとすると……」
     それどころか、モールは一人でぶつぶつと独り言を始めてしまい、エリザは完全に放置されてしまった。
    「……んもぉ、何やのん?」
     エリザは唇をとがらせながら、モールの尻尾をぐにっと握り締める。
    「……つまりこの世界は派生型の……うぎゃあ!?」
     尻尾を締められ、モールは大声を出して飛び上がった。
    「いてててて……、うー、尻尾ってこんなに敏感なんだね、……じゃないや。
     何すんのさ、エリザ?」
    「こっちのセリフやん。何やワケ分からんコトぎょーさんブツブツ言うて、何なんっちゅう話やん?」
    「あー、そうだったね。ゴメンゴメン。……えーと、まあ、ともかく。
     結論から言うとエリザ、君には魔術を使える素質があるね。ソレもかなりの素質だ。ちょっと修行すれば、私みたいにひょいひょいっと扱えるようになるかも知れないね」
    「え、ホンマに?」
     モールにそう聞かされ、エリザは目を輝かせた。
     と、家からヨブが出てくる。
    「どないしはったんです、モールさん? ウチの子に何かありました?」
    「ん? ああ、まあ、色々ね。
     んじゃ、詳しいコトはご飯の後に話そうか、エリザ」
    「はーい」

     そして夕食を終えた後、モールはヨブたち一家を並べ、こう切り出した。
    「ヨブ、君の娘さんには稀有な才能があるね。私が君を助けるのに使った、魔術の才能がね」
    「はあ」
    「でもコレは、放っといて伸びるような才能じゃないね。誰かが使い方を教えなきゃ、一生埋もれたままの才能だ。
     だからヨブ、私はこの子に色々教えてやりたいんだけど、構わないかね?」
     そう問われ、ヨブはけげんな顔になる。
    「教える、……ちゅうのんは、モールさんがこの村に住んで、っちゅうことですか?」
    「ソレか、私の旅にこの子を連れていくかだね。
     勿論、まだ10歳にも満たなさそうな幼子をウロウロ連れ回すなんてかわいそうだし、できれば前者がいいよね。
     だけどもし、この村が私を受け入れないってコトになったら、その時は私に預けてほしいんだよね」
    「無茶言わんで下さい」
     モールの提案に対し、当然ヨブは渋る。
    「今日会ったばかりのあんたに、娘を預けろと?」
    「分かってる。無茶だってコトは、十分承知さね。
     でもソレだけの価値がある。だからお願いするのさ」
    「うーん……」
     ヨブは眉間にしわを寄せ、うなるばかりである。
     その後もモールは熱心に説き続けたが、結局ヨブは、首を縦に振ることは無かった。

    琥珀暁・狐童伝 4

    2017.05.04.[Edit]
    神様たちの話、第41話。MUAF(マフ)。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「どないしたん、モールさん?」 家の外に出たところで、モールはエリザに魔杖を向けた。「検査だね。今の今までそんな可能性をまったく考えもしなかったから、今めちゃくちゃビックリしてるんだけどもね、よくよく考えりゃ、有り得る話ではあるんだね」「何が?」「マフって私らが呼んでるモノがあるんだけどね」 モールは説明しつつ、呪文を...

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    神様たちの話、第42話。
    モールの夢;荳也阜蟠ゥ螢翫↓轢輔@縺滉ク芽ウ「閠?→縲∽ク峨▽縺ョ蝠城。後? 。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     翌日、モールはヨブたちの住むこの村に自分も滞在できないかと調べてみたが、3時間も経たないうちに、その案が実現できそうにないことを悟った。
    (ダメだこりゃ)
     村の人間はかなり猜疑心が強く、「よそ者」のモールに対し、敵意を剥き出しにして接してきたからだ。
     そればかりか、彼らの中にはモールへいきなり殴りかかってくるような者さえおり、そうした粗暴で野蛮な人間を嫌うモールは、この村に留まることをあきらめるしか無かった。
    (あーあ……、残念だね。折角アレほどの逸材を見付けたって言うのにねぇ)
     モールは渋々、村から出る支度を整えることにした。

     その日の昼過ぎには旅支度が終わり、モールはヨブたちへの挨拶もそこそこに、村を出て行った。
    「あー……、エリザのコトでちょっとウキウキしてたけど、その他で全部帳消し、って言うよりマイナスだねぇ。
     もう二度とあんな居心地悪い村に来るコトは無いだろうね」
     そんなことを一人、ブツブツとつぶやきながら、モールは村から北へと進み、やがて海岸へ行き着く。
    (そー言やハラ減ったねぇ。魚とか捕れるかなぁ)
     モールは荷物を木陰に下ろし、魔杖に紐と針を付け、釣りを始めた。
    「……ふあぁ」
     が、始めて10分もしないうち、モールは眠気を覚える。
    (ちょっと寝るか。自動で釣れるように魔術かけときゃいいし)
     モールは魔杖に魔術をかけ、その前でごろんと横になった。



     うとうととし始めたその刹那、モールは一瞬だけ、夢を見た。

    「無いコトは、無い」
     そう返した彼に、モールは問いかける。
    「ドコ?」
    「北中山脈。ボクたち一門がもしものために作ったモノがあるんだ」
    「行こう」
     もう一人が立ち上がる。
    「これ以上、じっとしてはいられないよ」
    「賛成」
     モールも続く。
     が、彼は苦い顔をする。
    「問題が3つある」
    「3つ? 何さ」
    「第1。モール、キミの……」



    「……ん、あ?」
     はっと目を覚まし、モールは上半身を起こす。
     と同時に、視界に金と赤の、ふわふわした毛並みが映った。
    「……あ?」
     モールが間の抜けた声を上げた途端、その毛玉がふわっと震え、持ち主が振り返った。
    「あ、おはよう、モールさん」
    「……いや、おはようじゃなくってさ、エリザ」
     モールは上半身を起こし、エリザをにらむ。
    「君がなんでココにいるの? もう村から大分離れたはずなんだけどね」
    「こそっと付いてきてん」
    「付いてきてん、……じゃないね」
     モールは呆れつつ、エリザにデコピンする。
    「あいたっ」
    「さっさと帰るよ。私ゃ旅に出るつもりなんだし、コレ以上村に滞在する気も無いしね」
    「あ、ソレなんやけど」
     エリザはにこっと笑い、こう続けた。
    「アタシも旅、一緒に行きたいなーって」
    「は?」
     モールは再度、エリザにデコピンする。
    「あいたっ、……何やのん、さっきからアタシのおでこ、ぺっちんぺっちんしよって」
    「そりゃするさ。寝ぼけたコト抜かしてるからね。
     いいかいエリザ、君のお父さんと話し合って、連れてけないし私も住めないって結論になったってコト、横で聞いてたろ?」
    「そんなん、お父やんとモールさんが勝手に話しとったコトやん。アタシは行く気満々やし」
    「アホか。君みたいなちっちゃい子が勝手に行きたいだの何だの言って、ソレが通ると思ってるね?」
    「通すもん」
    「どーやら3回目のデコピン食らいたいみたいだね、このアホは」
    「アホ言うなや、……ていっ」
     言うが早いか、今度はエリザがモールにデコピンした。
    「うわっ!? ……こんのおバカっ」
    「アホ言う方がアホやもーん。……まあ、このまんま出てったら、確かにお父やんもニコルも心配するやろし、いっぺん帰ろ?」
    「君が決めるコトじゃないっての。……とは言えだ。君の言う通りだし、帰るけどもね」
     モールはエリザの手を引き、渋々村へと引き返した。

    琥珀暁・狐童伝 5

    2017.05.05.[Edit]
    神様たちの話、第42話。モールの夢;荳也阜蟠ゥ螢翫↓轢輔@縺滉ク芽ウ「閠?→縲∽ク峨▽縺ョ蝠城。後? 。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 翌日、モールはヨブたちの住むこの村に自分も滞在できないかと調べてみたが、3時間も経たないうちに、その案が実現できそうにないことを悟った。(ダメだこりゃ) 村の人間はかなり猜疑心が強く、「よそ者」のモールに対し、敵意を剥き出しにして接してきたからだ。 そればかりか、彼...

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    神様たちの話、第43話。
    強情。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     村に戻ったところで、苦い顔をしたヨブが出迎えた。
    「何のつもりですか、モールさん」
    「私が誘拐したって思ってんなら、ソレは不正解だね。エリザが勝手に付いてきたのさ。だから連れ戻したってワケだね」
     モールからそう説明されるが、ヨブは依然として、表情を崩さない。
    「……まあ、そうやろなっちゅう気もしてましたわ。ともかく、家に戻りましょ」
     そう言って踵を返しかけたところで、エリザが言い放った。
    「帰らへんよ」
    「は?」
     ヨブが振り返ると同時に、モールがエリザの頭をぺちんと叩いた。
    「アホっ」
    「いったー……、もう、ええかげんにしてーな。ホンマにアホになるやんか」
    「もうとっくにアホだっつーの。なんべん言えば分かるね!?」
    「……大体察しました」
     と、ヨブは呆れた顔を見せる。
    「エリザ、お前が行きたい行きたい言うて、モールさんとこに付いて行ったっちゅうことで間違い無いな?」
    「うん」
    「やっぱりか」
     そう言うなり、ヨブはエリザの側に寄って、ばしっと彼女に平手打ちした。
    「いたあっ……!?」
    「わがまま言うんも大概にせえ! モールさんがどんだけ困っとるか、分からへんのか!」
    「……分かってへんのはお父やんやろ」
     真っ赤になったほおに手も当てず、エリザは言い返す。
    「アタシはモールさんに付いてって、ベンキョーしたいねん。
     このまんま村にいとっても多分、お父やんのアトついで、お父やんみたいに村中から『どんくさいヤツ』って後ろ指さされるだけやん」
    「んなっ……」
     ヨブの顔に怒りの色が差すが、エリザは止まらない。
    「アタシはそんなん、だれにも言わせへん。『エリザはすごいヤツやで』って言わせたるんや」
    「……~っ」
     ヨブは顔を真っ赤にし、ついにこう言い捨てて、背を向けてしまった。
    「そんなら勝手にせえ! もうお前なんか知らん!」
    「……」
     そのまま歩き去っていくヨブを眺めつつ、モールがエリザの手を引く。
    「ホントにおバカか、君。ちゃんと謝れって」
     対するエリザは、キッとモールをにらみ返す。
    「アタシがあやまるコトなんか何もない。周りから言われとるコト、そのまんま言うただけや」
    「んなコト言ってるうちは、絶対連れてかないよ」
    「せやったら勝手に付いてく」
    「なら蹴っ飛ばす」
    「ならけり返す」
    「……」「……」
     そのまま、二人でにらみ合い――。
    「……この強情娘め」
     モールは杖の先で、エリザの頭をがつんと殴った。
    「あだっ……!」
    「最後通牒だ。私に付いてって殴られまくるか、お父さんのトコに謝りに行くか、今選べ」
     エリザの頭から、血がポタポタ流れている。
    「じゃあね」
     モールも踵を返し、そのまま村の外まで歩き去った。

     村の外に出て、モールは振り返る。
    「……とことんまでアホか、君は?」
     そこには血と涙を流しながら付いて来る、エリザの姿があった。
    「アホでもっ、なんでも、……グスっ、行くって決めたんや、……ひっく、死んでも付いてくで、……ひっく、モールさん」
    「ああそうかい、分かったよ」
     そう言ってモールは、魔杖を振り上げた。
    「……っ」
     それを見てエリザは頭を抱え、しゃがみ込む。
     が――モールは魔杖の先をとん、とエリザの頭に置き、呪文を唱える。
    「『キュア』」
    「……え?」
    「治療術の初歩だね。実演は今の一度きり。呪文は今日だけ教えてやる。後は自分で練習しろ。明日までにできなきゃ今度こそ帰れ。
     分かったね?」
    「……」
     エリザはぽかんとした顔で立ち上がり、綺麗に傷が消えた自分の頭を撫で、それからうなずいた。
    「……うん。分かった」



     ここから「大魔法使い」モールと少女エリザの旅が――即ち、歴史上最初の大英雄と称される、彼女の物語が始まる。

    琥珀暁・狐童伝 終

    琥珀暁・狐童伝 6

    2017.05.06.[Edit]
    神様たちの話、第43話。強情。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 村に戻ったところで、苦い顔をしたヨブが出迎えた。「何のつもりですか、モールさん」「私が誘拐したって思ってんなら、ソレは不正解だね。エリザが勝手に付いてきたのさ。だから連れ戻したってワケだね」 モールからそう説明されるが、ヨブは依然として、表情を崩さない。「……まあ、そうやろなっちゅう気もしてましたわ。ともかく、家に戻りましょ」...

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    神様たちの話、第44話。
    放浪講義。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     無理矢理に付いてきたエリザを、モールは当初ひどく邪険にしていたものの、彼女に魔術の才能があり、かつ、聡明であることに気付いたことと、何より気が合ったことから――共に旅を始めて3、4日も経つ頃には、モールは気さくに話しかけるようになっていた。
    「昨日のは覚えた? 『ファイアボール』」
    「はい」
     にっこり笑って答えたエリザに、モールはちょん、と空に向かって人差し指を立てる。
    「やってみ?」
    「はーい」
     言われるがまま、エリザは呪文を唱え、モールがやってみせたのと同じように、空中に人差し指を向ける。
    「『ファイアボール』!」
     次の瞬間、ぽん、と音を立てて、彼女の握りこぶし程度の火球が空に向かって飛んで行った。
    「おー、上出来。……いやぁ、教えがいがあるね。今んトコ、全部使えてるしね」
    「えへへ……」
     と、エリザが照れ笑いを返したところで、モールは一転、神妙な顔をする。
    「……」
    「どないしたん?」
    「いや、……君さ」
     モールはエリザの手をつかみ、たしなめた。
    「火傷してるね」
    「……バレた?」
    「バレないワケ無いね」
     エリザの指先を治療しつつ、モールは彼女の術を考察する。
    「呪文聞いた限りじゃ、保護構文はちゃんとしてたね。となると原因は、パワーオーバーか」
    「ぱ……わ?」
    「君の魔力が強すぎて、私が組んだ呪文じゃ制御しきれてないってコトさ。
     とは言え、呪文を優しく書き直すなんてのもナンセンスだしねぇ。カンタンなコトしかやらないヤツは、いつまで経ってもカンタンなコトしかできないしね。
     となると……」
     モールは自分が持っていた魔杖をひょいと掲げ、こう続けた。
    「ちゃんとした装備を整えるか」
    「そうび?」
    「君の魔力に見合うだけの武器と、後、コレからの旅を安全に過ごせるような服装だね。
     ただ、服とかそう言うのはともかく、武器ってなるとねー」
     モールは困ったような表情を浮かべ、魔杖を下ろす。
    「魔力が活かせるような武器を造るのが、この世界じゃまず無理なんだよねぇ」
    「どう言うコト?」
    「設備も素材も無いってコトさ。実を言うとさ、私も今持ってるこの魔杖じゃ満足してないんだけどもね、かと言って納得行くレベルのモノを造りたくても造れないし。
     ま、設備の不足については魔術やその他知識でカバーできなくは無いんだけども、素材ばっかりは実際に無きゃ、どうしようも無いね」
    「ほな、どうするん?」
    「どうにかするとすりゃ……」
     そう言いながら、モールは懐から袋を取り出した。
    「あちこち旅する途中で、集めるしか無いね」
    「その袋って、もしかして……」
     目を丸くするエリザに、モールはニヤニヤと笑って返す。
    「そう、金さ。と言っても、君のお父さんからもらったとか盗んだとかじゃないね。君のお父さんが教えてくれた秘密の採取場で、私も採ってきたのさ。
     そうだ、ココでいっこ教えておこうかね」
     モールは袋の中の砂金をエリザに見せつつ、講義を始めた。
    「金とか銀、あと銅なんだけどね。この種の金属は魔術、って言うか魔力との親和性が高いんだね」
    「しんわせい?」
    「平たく言や魔力を溜めやすいし、放出もしやすい素材ってコトだね。
     だからその辺りの金属を素材に使えば、かなり質のいいモノができるね。……ま、この量じゃ杖一本ってワケにゃ行かないけども。せいぜいアクセントにするくらいだね。
     そもそも金単体じゃ柔らかすぎるし、杖本体にゃ銀とか銅の方がいいけど」
    「んー……? 杖いっこ造るのんに、結局何がいるん、先生?」
     尋ねたエリザに、モールは腕を組みつつ、ぽつりぽつりと答える。
    「そうだねぇ……、先端部分はやっぱり高純度の水晶がいいねぇ。柄の部分は最悪、ソコらの木材でも十分なんだけど、できるなら金属製にしたいね。頑丈だし。
     つっても銀や銅そのまんまじゃ、やっぱり柔らかすぎて使い物にならない。錫(すず)とか亜鉛とか、亜銅(ニッケル)と混ぜて合金にしなきゃ、まともなモノにゃならないね」
     そう聞いて、エリザは首を傾げる。
    「すず……」
    「どうしたね?」
    「すずってぽろぽろした、白っぽい金属のコト?」
    「まあ、金属なんて大体白か銀色だけどね。形は確か、君の言った感じだったと思う。
     もしかして採れる場所知ってるとか?」
    「知ってるっちゅうか、前にお父やんが村の外の人と話しとる時に、そんな感じの話聞いたなーって。その人からさっき言うた金属も見せてもろたし」
    「へぇ? ドコの人って言ってた?」
     そう問われ、エリザはもう一度首を傾げ、眉間にしわを寄せる。
    「えーっと、うーん……、えーとな、……確か、西の方から来たって」
    「西、ねぇ。君のいた村が東の端の方だったし、西ってだけじゃはっきりしないね。
     ま、ある程度の目星は付くか。金属持ってきたってんなら、鉱山が近いだろうしね」
     モールはきょろ、と辺りを見回し、山を指差した。
    「道もあっちに続いてるし、あっちに向かってみるかね」
    「はーい」

    琥珀暁・錬杖伝 1

    2017.05.08.[Edit]
    神様たちの話、第44話。放浪講義。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 無理矢理に付いてきたエリザを、モールは当初ひどく邪険にしていたものの、彼女に魔術の才能があり、かつ、聡明であることに気付いたことと、何より気が合ったことから――共に旅を始めて3、4日も経つ頃には、モールは気さくに話しかけるようになっていた。「昨日のは覚えた? 『ファイアボール』」「はい」 にっこり笑って答えたエリザに、モー...

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    神様たちの話、第45話。
    モールの夢;荳芽ウ「閠??鬟溷酷鬚ィ譎ッ縲 。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     エリザの記憶に従い、モールたち二人はのんびりと西への道を進む。
     その道中、モールはこんな質問を向けてきた。
    「そう言やさ、エリザ。さっき『村の外の人と』って言ってたけど、他の村と交流があるの?」
    「どう言う意味?」
     尋ね返され、モールは「あー、と」と声を漏らす。
    「いやさ、あの村って排他的って言うか何て言うか、同じ村の人間じゃないヤツにゃ冷たそうな印象があったからね」
    「んー、まあ、ソコら辺は先生の言う通りって感じやね。手土産とか無しで村に来るような人は追い返されとるよ」
    「ああ、ソレは納得だね。んじゃ、何かしらの取引をしてるって感じか。
     そう言やこの辺りのカネって見たコトないんだけど、持ってる?」
    「ちょこっとやったら」
     エリザはポケットから、わずかに赤みを帯びた団栗大の粒をころころと取り出し、モールに渡す。
    「コイン、……じゃないんだね。コレ1粒でどんくらいの価値?」
    「どんくらい、って言うとー、……んー、3つでリンゴ1個くらい。
     あと、もうちょい大きいのんとか、もっと大きくて黒いのんとかもあるで。さっき言うてた取引ん時、お父やんがなんぼか受け取ってはった」
    「ふむふむ、……『黒いのん』ってのも実物を見てみたいけども、聞く感じじゃ結構値打ちが高そうだし、子供にゃ持たさないか。
     ま、村に着いたら何かしら大道芸でもやって稼いでみるかね」
    「だいどうげい?」
     尋ねたエリザに、モールはニヤッと笑って返した。
    「君に見せたような、鳥とか蝶とか飛ばすアレさね。結構綺麗だったろ?」
    「うんうん」
    「そーゆー滅多に見られないよーなモノを見せて、『感動した方はそのお気持ちをお代としてお支払い下さいな』っつって、小銭を稼ぐのさ」
    「んー……? うまく行くんかなぁ、そんなん」
    「まあ、君の村みたいにしょっぱくてケチ臭くってシケたヤツらばっかじゃ、赤粒いっこだってくれりゃしないだろうけどもね」
    「うん、そんな気ぃするわ」

     そんな風に、モールとエリザは取り留めもない話を重ねつつ、のんびりと歩みを進めているうちに――。
    「……あー、と」
    「どないしたん、先生?」
     尋ねるエリザに、モールは空を指差して見せる。
    「もう日が暮れそうだね。コレ以上進むのは危ない」
    「せやね。ほな、またこの辺で?」
    「だねぇ」
     二人は辺りを見回し、野宿ができそうな場所を探す。そしてすぐ、エリザがモールの袖を引いた。
    「あの辺とかどう?」
    「悪くないね。んじゃ、準備するかね。
     エリザ、そんじゃ……」「たきぎと食べれそうなのん、やね」「ん、ソレ」
     共に旅をして何日も経つからか、それともエリザが特別聡いからなのか――モールが大して指示も与えないうちに、エリザはきびきびと動き始める。
     10分も経たないうち、二人は野宿の準備を終え、焚き火を囲んでいた。
    「魔術ってホンマに便利やね。火もカンタンに起こせるし、食べもんに毒があるかどうかも分かるっちゅうのんは」
    「ふっふっふ」
     木の枝に挿したキノコを焚き火であぶりながら、モールは得意気に笑う。
    「何でもできる、……とは言い過ぎだけども、『ほとんど』何でも、だね」
    「『ほとんど』? びみょーな言い方やね」
    「できないコトは意外と多いさ。月へ行ったりもできないし、世界中を常春にするコトだってできない。死んだ人にも会えやしないしね」
    「そら誰かてでけへんやろ、あはは……」
     程良く焼けたキノコや木の実を頬張りつつ、二人は取り留めもなく話を交わしていた。



     腹もふくれ、眠気も感じたところで、二人はそのまま寄り添い、眠りに就いた。
     エリザの狐耳の、ふわふわとした毛並みをあごの辺りに感じながら、モールは夢を見ていた。

    「この体じゃ椅子に上がるだけでも億劫だね、まったく」
     もぞもぞと卓に着こうとしたモールを、誰かが後ろからひょいと持ち上げる。
    「ま、慣れるまで付き合うよ」
    「そりゃどーも」
    「ご飯できたよー」
     と、別の誰かがのんきな声を出しながら、鍋を両手で抱えて持って来る。
    「試しにさ、外に生ってた植物を煮込んでみた。ワラビっぽいから多分食べられると思う」
    「思う、……って」
     モールはげんなりしつつ尋ねる。
    「試食とか毒味は?」
    「まだ」
    「んなもん食わすなッ!」
     モールが声を荒げるが、この茶髪の彼は、全く意に介していないらしい。
    「んじゃ、今食べてみるねー」
     彼はそう言ってひょい、と鍋の中身をひとつまみ、口の中に放り込む。
    (コイツ、こう言う時ホントに躊躇しないなぁ)
    「うん。美味しいよ。ちゃんと出汁が染みてる」
    「う、うーん」
     いつもは穏やかに笑っている、この若白髪の青年も、この時ばかりは笑顔を凍りつかせていた。
    (でも確かに、匂いは悪く無さそうだ)
     モールは箸をつかみ、そのワラビっぽいものを口へと運んだ。
    (あ、マジでうまい)



    「……むにゃ……ん……エリザ?」
     ふわふわとした感触が、いつの間にかあごの辺りから消えていることに気付き、モールは夢の中から引き戻された。
    「……どした?」
     寝ぼけた目をこすりつつ、辺りを見回したが――エリザの姿は無かった。

    琥珀暁・錬杖伝 2

    2017.05.09.[Edit]
    神様たちの話、第45話。モールの夢;荳芽ウ「閠??鬟溷酷鬚ィ譎ッ縲 。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. エリザの記憶に従い、モールたち二人はのんびりと西への道を進む。 その道中、モールはこんな質問を向けてきた。「そう言やさ、エリザ。さっき『村の外の人と』って言ってたけど、他の村と交流があるの?」「どう言う意味?」 尋ね返され、モールは「あー、と」と声を漏らす。「いやさ、あの村って排他的って言う...

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    神様たちの話、第46話。
    ブローアウト。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「ちょっと、エリザ?」
     立ち上がり、声をかけてみるが、返事は無い。
    「なんだよ、……ドコ行ったね?」
     傍らに立てかけていた魔杖を手に取り、モールは呪文を唱える。
    「照らしな、『ライトボール』」
     辺りが光球で照らされ、薄ぼんやりとだが把握できる。
    「足跡、……もある。こっちか」
     足跡をたどって数分もするうち、モールは湖の淵に座り込んでいるエリザを、難なく発見できた。
    「何してるね?」
    「『何してる』やないで、もう……」
     不満たらたらと言いたげな声色で、エリザが背を向けたまま答える。
    「先生、よだれだらーっとたらしとったで。おかげでアタシの耳、ぐっちょぐっちょやわ」
    「アハハ……、そうだったか。ゴメンねぇ」
    「落ちたからええけどさー」
     水面から顔を挙げ、エリザは狐耳をぷるぷると震わせ、モールの方を向いた。
     と――その顔に、ぎょっとした表情が浮かぶ。
    「……先生! 後ろ!」
     その言葉に、モールも振り返る。
     そこには数日前モールが仕留めたものと同型の、六つ目の巨大な狼が立っていた。
    「マジか」
     ぼそっとそうつぶやいたモールに応じるように、狼が「グルル……」とうなる。
    「まあいいや。ブッ飛ばしてやるね」
    「大丈夫かいな?」
     自分の背中にぴとっと張り付いてきたエリザの頭を、モールはぽんぽんと優しく叩く。
    「私を誰だと思ってるね?」
    「……大まほーつかい!」
    「ふっふっふ、そーゆーコトさね」
     モールは魔杖を掲げ、呪文を唱える。
    「撃ち抜いてやるね! 『フォックスアロー』!」
     紫色の光線が9つ、魔杖の先から飛び、尾を引いて六目狼へと飛んで行く。
     が――六目狼はその場でぐるりと回り、尻尾で光線を弾く。
    「んなっ……!?」
     その光景に、モールは唖然となる。
    「こりゃ予想外だね。そもそもケモノが弾くなんて行動を執るなんて思ってなかったし、そもそもあんな物理的に、払って弾けるようなものじゃ無いんだけども。
     となるとあの尻尾、魔術耐性があるってコトか。ミスリル化でもしてんのかねぇ、どう見ても生き物なのに」
    「何ゴチャゴチャ言うてんねんな! 来よるで!」
     狼を分析しかけたところで、エリザが服の裾を引っ張る。
    「おっとと、そうそう。考えるのは後にしないとね。……しゃーない、もっと大技かましてやるしか無いね」
     迫る狼に、モールはもう一度魔杖を向ける。
    「コレならどーだ、『ジャガーノート』!」
     魔杖の先から、今度はばぢっと電撃的な音が響く。
     次の瞬間、六目狼の体中から、ほとんど白に近い、超高温の真っ青な炎が噴き上がった。
    「ギャ……」
     六目狼が叫び声を挙げかけたが、それも途中で途切れ、バチバチと獣脂が燃え盛る音へと変わる。
    「うわあ」
     背後にいたエリザが、恐ろしげな声を上げる。
    「……やりすぎたかねぇ?」
     思わずそうつぶやいたモールに、エリザも無言で、こくこくとうなずいた。

     と――モールはどこからか、焦げた臭いが漂ってくることに気付いた。
    「ん……?」
     六目狼から臭ってくるのかと思ったが、脂のようなねばつく刺激臭ではない。もっと乾いた、木材のような臭いである。
    「先生! 先生て!」
     エリザが慌てた様子で、モールの服をまた引っ張ってくる。
    「どしたね?」
    「つえ! つえ! つえ、もえとる!」
    「へ?」
     そう言われて、モールは自分が握っていた魔杖に目を向ける。
    「……ありゃりゃ」
     エリザが言う通り、魔杖はバチバチと火花を上げながら、先端におごられた水晶ごと燃え上がっていた。
    「いくらなんでも負荷が強すぎたか。元々ピーキーな呪文の組み方してたし、そりゃオーバーロードもするってもんだね」
     モールは半ば炭化した魔杖をぽい、と捨て、エリザに向き直る。
    「ま、ソレはソレとして、どーにか倒せたね」
    「良かったけど、……つえ、無くなってしもたな」
    「あー、うん。ま、造ろうとしてたトコだし、無きゃ無いでどーにでもなるしね」
    「そうなん?」
    「あった方が便利なのは確かだけどね。……さーて、寝直しだね」
     モールはエリザの手を引き、自分たちが寝ていた場所へと戻った。

    琥珀暁・錬杖伝 3

    2017.05.10.[Edit]
    神様たちの話、第46話。ブローアウト。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「ちょっと、エリザ?」 立ち上がり、声をかけてみるが、返事は無い。「なんだよ、……ドコ行ったね?」 傍らに立てかけていた魔杖を手に取り、モールは呪文を唱える。「照らしな、『ライトボール』」 辺りが光球で照らされ、薄ぼんやりとだが把握できる。「足跡、……もある。こっちか」 足跡をたどって数分もするうち、モールは湖の淵に座り込...

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    神様たちの話、第47話。
    鉱山の村。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     六目狼との遭遇から2日、3日と過ぎたところで、モールたちはとある村にたどり着いた。
    「ココが、君が言ってた村だといいんだけどねぇ」
    「っぽいで。ほら、山あるし」
     エリザが指差した方向には、確かに山と、そのふもとにたむろする人間がいた。
     モールはそのうちの一人に近付き、声を掛けてみる。
    「ちょいと聞いていいかね?」
    「ん?」
    「この山、何か採れるね? 人が出入りしてるっぽいけども」
     尋ねられた男は、素直に答えてくれた。
    「ああ、色々採れるよ。青銅とか錫とか」
    「へぇ?」
     これを聞いて、モールはエリザの頭をぽんぽんと撫でる。
    「エリザ、どーやらココが私らの目的地みたいだね」
    「せやね。後は原料もらえたらええんやけど」
     と、二人の話を聞いていたらしい男が尋ね返してくる。
    「原料? あんたら、ここの鉱物が欲しいのか?」
    「ああ、ちょいとね。ドコに行けば話できるね?」
    「向こうに集めてるところがある。親分もそこにいるよ。俺も用事あるから、良けりゃ案内するぞ」
    「どーも」
     男に案内され、二人は大きな小屋の中に通された。

     男は小屋の奥にいる、黒髪に銀色の毛並みをした狼獣人に声をかける。
    「親分、新しい坑道のヤツ掘ってきました」
    「おう、後で調べる。……そっちの二人は?」
     声をかけられ、モールたちは狼獣人に応える。
    「どーも。私はモール」
    「アタシはエリザ・アーティエゴです」
    「あん? アーティエゴ? ……どこかで聞いた名だな」
     狼獣人は首を傾げ、やがて「ああ」と声を上げた。
    「東の村にいた宝飾屋の名だな。そう言や、あの『狐』の親父と毛並みが同じだ。そこの子か?」
    「うん」
    「大人と一緒とは言え、よく無事に来られたな。ここまで全然、バケモノに襲われなかったのか? 運がいい」
     そう言われて、モールが首を横に振る。
    「いや、六つ目の狼に襲われたんだけどもね。燃やしてやった」
    「燃やし、……はぁ!?」
     狼獣人は目を丸くし、聞き返してくる。
    「アレを燃やしただと? どう言う意味だ?」
    「そのまんまの意味だね。跡形もなく、燃やし尽くしてやった」
    「冗談だろ?」
    「マジ」
    「……マジかよ」
     狼獣人は驚きで毛羽立ったらしい毛並みを整えつつ、こう返してきた。
    「詳しく話を聞かせてくれ。ソイツにゃ手を焼いてたんだ」
    「いいとも。……んで、アンタの名前は?」
    「ああ、そうだった。
     俺はラボ・ネール。ここいらの鉱山やら畑やら一帯を取り仕切ってる」

     場所をラボの家に移し、モールは六目狼を倒した話、エリザを自分の弟子として身柄を引き受けた話、そして魔杖を造るために原料を必要としている話を語った。
    「まじょう? まあ、何だか分からんが」
     話を聞き終えたラボは、まだ納得の行かなさそうな顔をしつつも、モールの頼みに応じてくれた。
    「マジにあの狼やらを倒せるってなら、青銅でも何でも、欲しいだけくれてやるよ。
     ただ、俺たちにもその、……何てったっけ、魔術? を教えてくれると助かるんだが」
    「使えるかどうかは別だけど、教えて欲しいってんならいくらでも。
     ついでにエリザ。今まで道すがらざっくり教えてたけども、ここらで君にもしっかり、基本を教えとこうかね」
    「はーい」



     エリザの故郷と違って、ラボが治めるこの村はよそ者に対して寛大であり、モールたちにも気さくに応じ、また、素直に話を聞いてくれた。
    (ってか、エリザんトコに馴染めなかったヤツらがこっちに流れて集まってきたって感じもするねぇ)
     モールは彼らの中にも魔術の素質がある者がいることを確かめた上で、エリザも交えて魔術の講義を行うことにした。
    「……ってワケで、基本的にゃ最後にキーワードを宣言するコトで発動するようになってるね。んじゃま、実践してみな」
     モールのざっくりとした指導に、皆それぞれ、魔術を使おうと試みる。
     が――。
    「……出ない」
    「どうやるんだ? こうか?」
    「出た? 出たのかこれ?」
     ほとんどの者が、まともに扱えないでいる。
     そんな中、一人空中に火球を浮かべていたエリザが、ぼそ、とつぶやく。
    「前から思てたけど、……先生、教えんの下手くそやで?」
    「マジで? いつも君に教えてるみたく、分かりやすく説明したつもりだったんだけどね」
    「ソコも前から言おうと思てたけど、アタシも『何やソレ? どう言う意味やろ?』って思う時、チョイチョイあるもん」
    「……マジかー」
     モールは肩をすくめ、苦笑いを返した。

    琥珀暁・錬杖伝 4

    2017.05.11.[Edit]
    神様たちの話、第47話。鉱山の村。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 六目狼との遭遇から2日、3日と過ぎたところで、モールたちはとある村にたどり着いた。「ココが、君が言ってた村だといいんだけどねぇ」「っぽいで。ほら、山あるし」 エリザが指差した方向には、確かに山と、そのふもとにたむろする人間がいた。 モールはそのうちの一人に近付き、声を掛けてみる。「ちょいと聞いていいかね?」「ん?」「この...

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    神様たちの話、第48話。
    モールの鋳造講座。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     モールがエリザの助けを借りつつ魔術を村人たちに教えている間に、ラボの方でも、モールたちが魔杖を造るのに必要な原料を集めてくれていた。
    「青銅が拳4塊分、水晶が2塊分、後はあんたが指定した赤黒い鉱石2塊分、……こんなもんでいいか?」
    「ああ、私らが持ってるのと合わせりゃ、いい魔杖が造れるね」
     ニコニコと笑みを浮かべながらそう返したモールに、ラボはけげんな表情を浮かべる。
    「どうやって造るんだ? 青銅は延ばせるが、その黒いのはただただ脆くって、どう叩いてもボロボロ砕けるばかりだし、全然……」「延ばす? ……あー、なるほど。まだそーゆー加工の仕方なんだね」
     モールの言葉に、ラボは首を傾げる。
    「どう言う意味だ?」
    「ま、……私が説明下手だってのはここ最近で良く分かったから――説明するより見せた方が早いだろうね」

     モールはラボと、彼と共に青銅器を造っている仲間数名とを集め、青銅と赤黒い鉱物、薪、箱状に固めた上で穴を穿った砂塊、そして石塊2つを前にして、話を始めた。
    「今まであんたらがやってきたのは、この青銅をそのまま叩いて延ばして、棒状にしたり平らにしたりってやり方だって、ラボの親分から聞いたけどもね。
     私に言わせりゃ、そのやり方はめんどくさいし、思うようなものもできないんだよね」
    「なにぃ?」
     モールの言葉に、ラボをはじめとして、男たちが憤る。
    「だったらあんたのやり方を見せてくれよ!」
    「そのつもりで呼んだんだっつの。ま、見てな」
     モールは石の塊に向かって呪文を唱える。
    「そら、『フォックスアロー』」
     紫の光線が石を削り、すり鉢状にする。
    「おぉ……、石があんな簡単に」
    「なるほど、そうやって削って……」「違う違う、ココはまだ本題じゃないね。あくまで準備さ」
     納得しかけた一同をさえぎり、モールは青銅の塊を一つ、石の中に置く。
    「この鉱物はある程度熱を加えると、ドロリと溶けるのさ」
     モールは石の下も魔術で掘り、そこへ薪を投げ込み、別の呪文を唱える。
    「燃えろ、『ファイアボール』」
     薪に火が点き、石全体を熱し始める。
    「溶けるって……」「石がか?」
     疑い深そうに様子を伺っている一同に、モールがこう続ける。
    「勿論、ちょっとくらい熱いって程度じゃ溶けないね。だから火に空気をガンガン送り込んで、もっと熱くする。ほれ、『フィンチブリーズ』」
     石の下に風が送られ、ごうごうと勢い良く炎が燃え上がる。
     やがて石の中に収まっていた青銅は、ドロドロと溶け始めた。
    「うわ、マジだ」「溶けてる」「熱っ」
    「触るなよ? 火傷じゃ済まないからね」
     そうこうするうち、青銅はすっかり液体状になり、石の中でグツグツと煮立っていた。
    「で、同じように削って柄を付けた、こっちの石ですくい取って、この固めた砂の、穴の中に注いで、冷めるまで放っておけば……」
     しばらく時間を置いてから、モールは砂を崩す。
    「コレで青銅の棒が完成、ってワケさ。そっちの赤黒いヤツ――鉄鉱石だって、同じようにして溶かせるね」
    「へぇ~……」
     その後、何度かモールが実演を繰り返し、一同は新たな加工方法を学んだ。

    「あの重たいだけでどうしようも無かった赤いやつも、溶かせばこんな硬いのになるんだなぁ」
     モールが鋳造した鉄棒を眺めながら、ラボがうっとりした声を上げる。
    「加工の仕方さえつかめば、青銅よりよっぽど使い勝手のいい素材さ。ってワケで」
     モールはラボが持ったままの鉄棒をトンと指で叩き、ウインクする。
    「この棒、もうちょい形を整えて、綺麗に研いといてね。魔杖の柄の部分にしたいからね」
    「おう、お安い御用だ。水晶も磨いとくか?」
    「ああ。真ん丸にカットして、柄の先にくっつけてほしい」
    「分かった」
    「後、ソレからね……」
     その後もあれこれと注文を付けつつ、モールは魔杖の製作をラボに任せた。

    琥珀暁・錬杖伝 5

    2017.05.12.[Edit]
    神様たちの話、第48話。モールの鋳造講座。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. モールがエリザの助けを借りつつ魔術を村人たちに教えている間に、ラボの方でも、モールたちが魔杖を造るのに必要な原料を集めてくれていた。「青銅が拳4塊分、水晶が2塊分、後はあんたが指定した赤黒い鉱石2塊分、……こんなもんでいいか?」「ああ、私らが持ってるのと合わせりゃ、いい魔杖が造れるね」 ニコニコと笑みを浮かべながら...

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    神様たちの話、第49話。
    二つの魔杖。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ラボの村に逗留してから2ヶ月以上が過ぎ、モールは様々な技術を村に広めた。
     そして、その結果――。
    「モール! おい、モール! 聞いてくれよ!」
    「ど、どうしたね、ラボの親分?」
     ラボが心底嬉しそうな顔で、モールに報告する。
    「あの六目狼、すぐそこまで来てやがったんだが、アドロたちが魔術と鉄の槍で、真正面から倒しちまったってさ!」
    「へぇ? そりゃすごいね」
    「ああ、すごいことだ! 今まであいつらに追い回されたり引っ掻き回されたりで、度々村を移したり坑道に逃げ込んだりしてきたが、これからはもう、そんなことしなくていいってことだ!」
     満面の笑みを浮かべているラボを見て、モールは彼を諭す。
    「ん、まあ、……でもさ、ヤバいヤツってコトにゃ変わりないんだし、危なくなったら逃げなよ?」
    「あ、ああ。……そうだな、浮かれすぎた。いや、しかし本当、あんたのおかげだ」
    「いいって、そんなの。私だって色々ご飯もらったり、杖造ってもらったりしてるんだから、お互い様さね。
     とは言え、もうそろそろ潮時かねぇ」
     モールの言葉に、ラボは一転、悲しそうな顔をする。
    「村を出るつもりなのか?」
    「ああ。元々この村にゃ、杖を造るつもりで立ち寄っただけだしね。ソレにさ」
     モールは窓の向こうに見える、壁のように高くそびえ立つ北の山々を指差し、こう続けた。
    「私は色々見て回りたいのさ。あの山の向こうとか、ね」



     モールとエリザは旅支度を整え、ふたたび旅路に就いた。
    「連れてきちゃったけども、良かったね?」
    「何言うてんの」
     心配するモールに、エリザはフン、と鼻を鳴らして答える。
    「アタシは先生に色々教わるために、いっしょに来とるんやで? そら、ラボさんトコの村はいごこち良かったけど」
    「そのつもりなら問題無いね。村を出る前も言ったと思うけど、次の目的地はアレだしね」
     北の山を指差したモールに、エリザは首を傾げる。
    「あの山登るん?」
    「そうだよ」
    「あの向こう、何も無いって聞いたで」
    「誰からさ?」
    「ラボさんの村の人とか、アタシんトコとか。みんな『山の向こうは何もない、無の世界だ』みたいなコト言うてた」
    「ふーん。でもさ、エリザ」
     モールはニヤニヤ笑いながら、こう尋ねる。
    「そいつらの中に、実際に『向こう』を見てきたヤツがいたのかねぇ?」
    「……いーひんと思う。みんな『無い』『見てくるだけムダ』って思とるやろし」
    「そんなもんさ。実際に見もしないで勝手な想像ばっかりして、ありもしないモノをうわさしてるってだけさね。
     いいかい、エリザ? 君はそーゆーヤツにならないようにね。自分の目で見もしないで、自分の耳で聞きもしないで、勝手な思い込みで話を創るようなヤツにはね」
    「うん」
     エリザがこくんとうなずいたところで――彼女は、顔をこわばらせた。
    「先生」
    「ん?」
    「向こう見て」
     言われるがまま、モールは道の先を眺める。
    「……ありゃ。何かいるね」
    「バケモノっぽいやんな?」
    「だねぇ。村の東によくいた六目狼じゃなく、でかいトカゲみたいなのだけども」
     モールはうなずきつつ、造ったばかりの魔杖を構える。
    「早速コイツの威力を試してみるとするかね」
     数十秒も経たないうち、そのトカゲがモールたちのところへと走り寄ってくる。
     モールはニヤッと笑い、呪文を唱えた。
    「この杖、耐えてくれるかねぇ? ほれ、『ジャガーノート』!」
     ばぢっと音が響き、六目狼の時と同様に、トカゲが白い炎を噴き出しながら炎上する。
    「ココまでは良し。で、杖の方は……」
     魔杖を確認するが、どこにも異常は見られない。
    「完璧だね。ラボの親分、いい仕事してくれたね」
    「さすがやね。ラボさんだけやなくて、先生もやけど。
     ……なあ、先生」
    「ん?」
     エリザはモールの杖の、先端におごられた水晶を指差す。
    「中、なんか入っとるよな?」
    「ああ、針状のルチル(金紅石)か何かが入ってるみたいだね。普通に透明な水晶よか、いいデザインだね。いい感じにカットしてくれたから、星みたいに光って見えるし」
    「思てたんやけどソレ、何て言うか、しっぽみたいやない?」
     そう言われ、モールはしげしげと水晶を眺める。
    「言われてみりゃ、そうも見えるね。九尾の尻尾って感じ。……そうだ、いいコト思い付いたね」
    「ええコト?」
     尋ねたエリザに、モールはニヤニヤと笑いながら答えた。
    「コイツの名前さ。名付けて『ナインテール』。いい名前だと思わないね?」
    「『ナインテール』、……うん、ええ感じやね。
     あ、ソレやったら」
     エリザも自分の魔杖を取り出し、モールに見せる。
    「アタシのつえも、何かええ名前付けてーや」
    「おう。……うーん、君の方の水晶は、なんか花って言うか、……そう、蓮みたいな感じだね。放射状に伸びてるのがソレっぽい」
    「はす?」
    「水の上に咲く花さ。この辺は水場が多いから、もしかしたらドコかで見られるかも知れないね。
     ってワケで君の魔杖の名前、私のと揃えて――『ロータステイル』ってのはどうかね?」
    「うん、ええよ。……えへへ」
     突然エリザが笑い出し、モールはぎょっとする。
    「どうしたね、いきなり?」
    「ううん、何やちょっとうれしいなーと思て」
    「何がさ?」
    「先生から初めて、モノもろたし」
    「あー、そう言やそうか。かれこれ3ヶ月近く一緒にいたってのに、贈り物はコレが最初だったっけね。
     ま、コレからも何かしら機会があれば、プレゼントしたげるさね」
     モールの言葉に、エリザはさらに嬉しそうな笑みを浮かべた。
    「楽しみにしとるで」
    「ふっふっふ……」
     二人はじゃれ合いながら、北の山へと進んで行った。

    琥珀暁・錬杖伝 終

    琥珀暁・錬杖伝 6

    2017.05.13.[Edit]
    神様たちの話、第49話。二つの魔杖。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ラボの村に逗留してから2ヶ月以上が過ぎ、モールは様々な技術を村に広めた。 そして、その結果――。「モール! おい、モール! 聞いてくれよ!」「ど、どうしたね、ラボの親分?」 ラボが心底嬉しそうな顔で、モールに報告する。「あの六目狼、すぐそこまで来てやがったんだが、アドロたちが魔術と鉄の槍で、真正面から倒しちまったってさ!...

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    神様たちの話、第50話。
    「壁」を登る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「はあ、はあ、……ふうっ、はあ」
     エリザの荒い呼吸を背後に感じ、モールは振り向く。
    「しんどくなったら言いなよ。その都度、休憩取ってやるから。急ぐ旅じゃないしね」
    「は、はーい」
     二人は今、山を登っている。これまで二人の旅路において、ずっと視界の端に在り続けた、あの壁のような山である。
     とは言え、まだ幼いエリザにとっては、こんな山を登ることは無謀な挑戦、いや、自殺行為にも等しい行いである。
     登山開始から1時間も経たないうち、彼女は息も切れ切れに、師匠を呼んだ。
    「せ、先生ぇ、も、もうアカぁン……」
    「お、んじゃここいらで休憩しようかね」
     モールはそこで立ち止まり、造ったばかりの魔杖「ナインテール」で少し上を指した。
    「あそこに平らなトコがあるね。あの辺りまで行った方が安全だね。もうちょい頑張って」
    「はぁー……い」

     3分後、エリザはその平らな場所に着くなり、ぺちゃりと座り込んだ。
    「はぁっ、はぁっ、……きっついわぁ」
    「ゆっくり休みな。無理していい道じゃないからね」
     モールもエリザの横に座り、こう続けた。
    「とは言え、のんびりし過ぎてもあんまり良くないけどね」
    「なんで?」
    「1つ。朝方に登山を始めたけども、どう考えたって今日中に登頂ってワケにゃ行かないからね。必ず何日かは、夜を過ごさなきゃならない。
     だから日のあるうちに、十分休める場所を確保しなきゃ危ない。ココいらはまだ標高が低いから、昼間はそこそこあったかいとしても、夜中になったら確実に寒くなるだろうからね」
    「ココやったらアカンのん?」
     尋ねたエリザの頭をぽんぽんと撫でつつ、モールは説明を続ける。
    「悪くはないけどさ、登山はまだ序盤も序盤だよ? こんなトコで一晩明かしてたら、とてもひと月やふた月じゃ登り切れないね。
     ソレにさ、ココはテントとか張るにゃちょこっと狭いね。どうせ一晩休むなら、ゆっくり足を伸ばせる場所の方がいいさ。
     んで、理由の2つ目。今まで観察してきた経験からなんだけどね」
     言いつつ、モールは立ち上がり、魔杖を構える。
    「どうもコイツら、人間の生活圏ギリギリに棲息してるっぽいんだよね。ココじゃまだ、ヤツらの棲息圏内なのさ」
     次の瞬間、魔杖の先からぱぱぱ……、と光線が飛ぶ。
     九条の光線は、いつの間にかモールたちの足元十数メートルまで迫っていた、そのトカゲと鳥の中間のようなバケモノたちを串刺しにした。
    「だからココでのんびりしてたら、おちおち寝ても休んでもいられないってワケさね。
     さてエリザ、そろそろ息は整ってきたかね?」
    「あ、うん」
    「じゃ、再開。頑張ろうね」
     モールに手を引かれ、エリザは立ち上がった。

     その日は5回休憩を挟み、太陽がエリザの目線より下に落ちてきた頃になって、ようやくモールが告げた。
    「今日はもう、この辺りがいい加減ってトコだね。今晩はココで野宿するか」
    「はぁ~……い……」
     エリザが相当疲労していることは、顔を見れば明らかだった。と言うよりも――。
    (声が『もうアカン~、死にそう~』って感じだね)
     モールは苦笑しつつ、辺りを見回す。
    「よし、本格的に暗くなってきちゃう前にテント張るか」
    「はぁ~い」
     間延びしたエリザの声に、モールは今度こそ噴き出した。
    「ふっ、ふふふふ……。いや、エリザ。疲れてるだろ? 君はソコで休んでな。私がチョイチョイとやってやるよ」
    「ええのん~……?」
    「その代わり、やり方はしっかり見てなよ。明日は君にもやってもらうつもりだしね」
    「分かったぁ~」
     くたっと座り込んでいるエリザが手を挙げたところで、モールは呪文を唱え、テントを組み立て始めた。
    「……」
     心底疲れ切った表情を浮かべつつも、エリザはじっとモールの一挙手一挙動を見つめている。
     それを横目で確認しつつ、モールは、今度はエリザに分からないよう、うっすらと笑っていた。
    (ふっふふ、真面目だねぇ)

    琥珀暁・鳳凰伝 1

    2017.05.15.[Edit]
    神様たちの話、第50話。「壁」を登る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「はあ、はあ、……ふうっ、はあ」 エリザの荒い呼吸を背後に感じ、モールは振り向く。「しんどくなったら言いなよ。その都度、休憩取ってやるから。急ぐ旅じゃないしね」「は、はーい」 二人は今、山を登っている。これまで二人の旅路において、ずっと視界の端に在り続けた、あの壁のような山である。 とは言え、まだ幼いエリザにとっては、こ...

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    神様たちの話、第51話。
    モールの回想;荳芽ウ「閠??繝輔ぃ繝シ繧ケ繝医さ繝ウ繧ソ繧ッ繝 。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     テントを張り終え、エリザが中に入って横になったところで、モールはすぐにはテントに入らず、彼女に声をかけた。
    「ちょいとご飯を調達してくるね」
    「はぁ~い」
     くるりと踵を返し、モールは辺りを見回す。
    (ここいらで食えそうなのは、と。……アイツがこの辺の野草、散々食いまくってたからねぇ。ドレが食えてドレがアタるヤツかってのは、大体分かる)
     周囲をうろつきつつ、モールは「そいつ」のことをぼんやり、思い出していた。



    《キミも魔術を調べてるって聞いたから》
     そう言われたけれど、その時の私は、言葉の意味を測りかねていた。
    「ナニソレ? どう言う意味?」
     そう尋ねたら、アイツはこう返してきた。
    《そのままの意味だよ》
     うぜぇ。……いや、そうだ。コイツの言う通りだ。コイツは「そのまま」聞いてきてるだけなんだ。
     ソレを情緒不安定だった私が、しなくてもいい勘繰りしてるだけなんだよな。
    「どう答えたらいいね?」
     って聞いたら、コイツはまた、イラっとするコトを言ってきやがった。
    《自分で分かってるコトを聞くの?
     ボクの師匠はそーゆーヤツのコト、『愚図か愚鈍』って言ってるよ》
     お前の師匠なんか知るかってーの。まあ、でも、うーん、……つまり。
    「つまり克事件のアレ?」
    《ソレ》
     やっぱりか。でもなぁ。
    「アレ、一般のニュースとかじゃデマって聞いたけどね」
     そんな風に返したら、もう一人がこんなコト言ってきた。
    《でも僕もホウオウも、それから多分君も。本当だと思ってる。違うのかな?》
    「……思う」
     ちくしょ、なんだか心ん中、見透かされちゃった気分だね。
    《だからコンタクトを取ったんだ。ロッキー、僕たちと研究しない?》
    「研究って、つまり魔術?」
    《うん。僕もホウオウも、こそっと研究してるんだ》



     ぼんやり考え事をしながら食材を集めている間に、辺りはすっかり暗くなっていた。
    (……ん、まあ、コレくらいありゃ十分か)
     モールは集めた食材を背負い、テントへと戻った。
    「戻ったね。ハラ減ってる?」
    「ぐーぐー言うてる」
     テントの側では既に、エリザが火を熾(おこ)してくれていた。
    「じゃ早速食べよう。私も結構疲れてるから、切ったり除けたりせずにそのまんま焼いて食べられるヤツ集めてきたし」
    「そうなん? ……ちゅうか先生」
     エリザは首を傾げつつ、こう尋ねてくる。
    「ずーっと気になっとったコトあるんやけど、聞いてええ?」
    「時間かかる?」
    「ちょっとかかるかも」
    「じゃ、焼きながら聞いてよ。私だってお腹空いてんだしね」
    「はーい」
     二人で食材を串に刺し、火にかけつつ、エリザが質問を始める。
    「後ろで見とったら先生、全然迷てへんねんな。分かれ道とか、ううん、そもそも道っぽい道もあらへんトコ、仰山あったのに。なんや全部、すいすいすいー、て」
    「そうだねぇ」
    「持ってきたご飯も、調理方法分かってる感じやし。初めて見たモノっちゅう感じやないなー思て」
    「うん」
    「……もうソレ、答えやんな?」
    「って言うと?」
    「先生、この山初めてやないんでしょ?」
     その問いに、モールは何の含みもなくうなずいた。
    「そうだよ」
    「変やろ、ソレ」
     エリザは元から吊り気味だった目を、さらに尖らせてくる。
    「アタシも村のヤツも、ラボさんトコの人らも、この山のコト、登るどころか近寄りもせえへんもんやのに、何で先生は詳しいん?」
    「……んー、まあ」
     モールは火にかけていたキノコを手に取り、頬張りながら答えた。
    「もぐ……、何てーか、……んー……、まあ、いいか。秘密にするようなもんじゃないね。
     正直言うとね、エリザ。私ゃ、ココに住んでたんだ」
    「そうなん?」
     モールの言葉に、エリザは目を丸くした。

    琥珀暁・鳳凰伝 2

    2017.05.16.[Edit]
    神様たちの話、第51話。モールの回想;荳芽ウ「閠??繝輔ぃ繝シ繧ケ繝医さ繝ウ繧ソ繧ッ繝 。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. テントを張り終え、エリザが中に入って横になったところで、モールはすぐにはテントに入らず、彼女に声をかけた。「ちょいとご飯を調達してくるね」「はぁ~い」 くるりと踵を返し、モールは辺りを見回す。(ここいらで食えそうなのは、と。……アイツがこの辺の野草、散々食いまくってたからねぇ。...

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    神様たちの話、第52話。
    「旧世界(Old World)」からの三賢者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     モールは二本目の串に手を伸ばしつつ、自分のことを語り始めた。
    「私ともう二人、ココの山頂近くに住んでたんだ。詳しく数えちゃいないけど、半年かそこらくらいね。
     で、何やかんやあって二人ともどっか行っちゃってね。いや、ケンカ別れしたとかそーゆーコトじゃない。二人とも、いや、私も含めて三人全員、好奇心旺盛なタチでね。『新しい世界』が見たくて見たくて、じっくりじっくり調べたくてたまらなくなっちゃったのさ」
    「『新しい世界』?」
    「君たちの今いる、この世界のコトさ。
     そう、もっとぶっちゃけるとね、私もその二人も、別の世界から来たんだよね。いや、別の世界と言うよりも、『過去』、『古代』と言うべきか」
    「アタシがアホなんか、先生の説明がド下手クソなんか分からんけど、何言うてるんかさっぱりやで?」
     エリザににらまれ、モールは口を尖らせる。
    「まーたそーゆーコト言う。……まあ、でも、確かに説明がし辛い話ではあるんだ、確かにね。……んー、どう言えばいいもんかねぇ。とりあえず事実を、思い付く順に言うしかないね。ソレ以外にいい説明の仕方が思い付かないし。
     まず1つ目。今言った通り、私とその二人、合わせて三人は、とんでもなく昔の世界から来た。そしてその世界は、今よりずっと、ずーっと、文明の進んだ世界だったのさ」
    「今より? 昔やのに?」
    「歴史は人間社会と一緒さ。優秀でできるヤツだって、若くてひよっこの頃からそうだったワケじゃないし、いつかは老いて死ぬ。でも死ぬ前に子供を遺すもんさ。いずれ育っていく、ひよっこをね。
     ソレと一緒で、その超文明をたたえた『古い世界』は老いて死んだ。ソコから『新たな世界』ができたってのも一緒。だけども残念だったのは、『古い世界』が『新しい世界』に何にも知識やら経験やらを遺さず、逝っちゃったコトさ。
     だから遺された『新しい世界』にゃ、なーんにも受け継がれてないね。まっさら、まっしろ。でも自分でちょこっと、ちょこっとずつ、知識や経験を蓄え始めてる。
     ソレが私ら三人にとって、とっても興味深くて、たまらなく面白くて、コレ以上無いくらいにワクワクさせるコトだったのさ」
    「せやから先生もその二人も、家を出てったんやね」
    「そう言うコト。……ああ、そうそう。何を隠そう、私らが目指すのはその家なんだ。君への修行の仕上げを、ソコでするつもりでね」
    「へぇ~」



     山を登り始めて1週間も経つ頃、二人は雲を見下ろせる位置にまで到達していた。
    「ふしぎっちゅうか、すごいっちゅうか、……キレイやなぁ」
    「だねぇ」
     山道をゆっくりと進みながら、モールはまた、自分と友人のことを語り始めた。
    「私はココを、南に向かって降りた。ゼロが北に行ってきたってのを、本人から聞いたしね」
    「ゼロ?」
    「友達の名前さ。まだ20代だってのに、白髪にヒゲぼっさぼさのヤツでね。中身も相当浮世離れしてた、とんでもない変わり者だったよ。私から見てもね」
    「もう一人は? 何て名前なん?」
    「あん?」
     尋ねられ、モールはきょとんとした顔をエリザに向ける。
    「モールさんの話ん中で、もう一人、……何やっけ、ほー? って言うんもよお出てくるやん?」
    「ああ、そう言や話してたかもね。そう、もう一人は鳳凰(ほうおう)だね。ソイツも変わり者さ。私やゼロに、負けず劣らずのね。
     何て言うか、鳳凰は大抵のコトに無関心な感じだったね。世俗やら社会問題やら健康ブームやら、そう言うの全部『そんなのボクに関係ある?』で済ますヤツだった。
     ともすると自分のコトにすら、無頓着な時があったね」
    「例えば?」
    「ソコいらの草やらキノコやら、毒かどうかも調べずに、いきなりひょいっと口に入れるんだよね。『んなコトしてたら君、下手したら死ぬっての』ってたしなめてみても、『死んだら死んだ時だよ』っつって。
     アイツは自分の生き死にすら、どーでもいいやってヤツなのさ。正直今現在、ちゃんと生きてるのか、不安になるヤツだね。
     ただ、まあ、もしちゃんと生きてるとするなら」
     モールは道の先、窪(くぼ)みになっている場所を魔杖で指した。
    「あそこでまだ、暮らしてるかも知れないね」

    琥珀暁・鳳凰伝 3

    2017.05.17.[Edit]
    神様たちの話、第52話。「旧世界(Old World)」からの三賢者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. モールは二本目の串に手を伸ばしつつ、自分のことを語り始めた。「私ともう二人、ココの山頂近くに住んでたんだ。詳しく数えちゃいないけど、半年かそこらくらいね。 で、何やかんやあって二人ともどっか行っちゃってね。いや、ケンカ別れしたとかそーゆーコトじゃない。二人とも、いや、私も含めて三人全員、好奇心旺...

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    神様たちの話、第53話。
    遺跡の修行。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     エリザが遠くから眺めていただけでは分からなかったが、確かにその窪地には、人が出入りできる程度の洞窟が、隠されているかのように存在した。
    「さてと」
     洞窟に入って間も無く、二人は岩壁に突き当たる。
     そこでモールが何か唱え、壁をトントンと叩くと、壁にすうっと、扉が現れた。
    「ココは秘密の場所だからね。後で扉の開け方は教えたげるけど、誰にも言わないようにね」
    「うん」
     扉を抜けて奥へ進み、遺跡のような場所へたどり着く。
    「ココが私とゼロ、鳳凰が暮らしてたトコさ。……残念ながら二人ともいないっぽいけどね」
     モールの言う通り、確かにあちこちに、人が生活していた痕跡が残っている。
    「ともかく今日のところは、ご飯食えて寝られるように、掃除からだね」
    「はーい」
     二人で遺跡の中を掃除し、洞窟周辺の野草や果物を採り、食事の準備をする。
    「……んー」
     その途中、モールが残念そうにうなった。
    「死んだかも分からんね、二人とも」
    「え?」
     ぎょっとするエリザに、モールは首を横に、短く振る。
    「少なくとも半年か一年か、この辺りで生活してた形跡が無いんだよね。通路にまで埃(ほこり)が溜まりまくってるし、野草は採り放題だったし。
     まあ、この辺りにいないだけで、私と同じようにどっかの村をぶらついてるって可能性も十分あるけども、少なくとも二人が、ココに帰って来た様子は無いんだよね」
    「……残念?」
     尋ねたエリザに、モールは寂しそうな笑みを返した。
    「まあ、ね」



     それからエリザたちは、遺跡で暮らし始めた。
     遺跡の中に残っていた本や、魔法陣が刻まれた板を使い、エリザは魔術の修行に明け暮れた。
     モールがにらんでいた通り、エリザの魔術に関する資質と学習意欲、そして知能は並外れており、この遺跡で何年も暮らすうち、彼女はすっかり、師のモールと遜色ない程の技術を身に着けていた。
     それだけに留まらず――。
    「先生、こんなん思い付いたんやけどな」
     エリザはモールから学んだ内容を応用・洗練し、自ら魔術を開発・研究するまでに至っていた。
    「ふむ、……ふむ、へぇ?」
     その研究内容は、最早モールが教える、導くと言う次元を超えており、それどころか彼も舌を巻く程の完成度に仕上がっていた。
    「こりゃ考え付かなかったね。なるほど、この方法なら昔やっちゃったみたく、杖を燃やさずに済むかも知れないね」
    「せやろ? あんなんポコポコ起きたら、めっちゃ危ないし」
    「ただ残念ながら、コレを実現させるにゃ設備が無いね。『麓』で実用化するにゃ、100年か200年はかかるだろうね。
     まったくエリザ、理論だけなら君はもう、3世紀は未来に行っちゃってるね。こりゃ長生きしないと世界の損失ってヤツさね」
    「ほめすぎやって、もぉ」
     顔を赤らめるエリザの頭を、モールは昔からそうしてきたように、ぽんぽんと優しく撫でた。
    「ほめすぎなもんか。えらいえらい」
    「……」
     が、エリザは何故か、不満そうな、そして残念そうな顔をしている。
    「どしたね? 子供扱いすんなって?」
    「……ちゃう」
     エリザはモールの手をひょい、と除け、ぷいっと背を向ける。
    「ちょっと、外行ってくる。おゆはんまでには戻るし」
    「あ、うん」

     遺跡の外に出たエリザは、モールに撫でられた頭を、自分でも撫でてみる。
    「……そらな、子供扱いすんなっちゅうのんは、思てへんコト無いけどな。でも、……せやないねん」
     ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、エリザは遺跡の周りをぐるっと回る。
    「アタシ、初めて会うた時より背ぇ高こなってるし、……そらまだちょこっとやけど……、ムネもふくらんできとるのに」
     自分の胸に手を当て、エリザは唇を尖らせる。
    「……先生、アタシのコト、いつまでもコドモやって思てるんかなぁ」
    「そう? 見た感じ、十分可愛いと思うけど」
     と、突然声をかけられる。
    「ふあっ!?」
     自分の独り言を師匠に聞かれたかと思い、エリザは顔を真っ赤にし、耳と尻尾を毛羽立たせて叫ぶ。
    「ちょ、ま、先生、今の聞いて、……ん?」
     が、そこにいたのはモールではなく、見たことの無いような奇妙な耳を持った青年だった。

    琥珀暁・鳳凰伝 4

    2017.05.18.[Edit]
    神様たちの話、第53話。遺跡の修行。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. エリザが遠くから眺めていただけでは分からなかったが、確かにその窪地には、人が出入りできる程度の洞窟が、隠されているかのように存在した。「さてと」 洞窟に入って間も無く、二人は岩壁に突き当たる。 そこでモールが何か唱え、壁をトントンと叩くと、壁にすうっと、扉が現れた。「ココは秘密の場所だからね。後で扉の開け方は教えたげる...

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    神様たちの話、第54話。
    本物? 偽物?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「だっ、だっ、だ、誰やアンタ!?」
     後ずさり、両手を胸の前で組みながら、エリザは怒鳴るように尋ねる。
    「誰って、ボクのコト?」
    「他に誰がおるっちゅうんや!?」
    「ああ、いないねぇ」
     きょろきょろと辺りを見回し、その奇抜な色合いの毛並みをした獣人が答える。
    「まあ、でもさ。別に誰でもいいでしょ?」
    「良くないから言うねんや! あ、アタシの独り言、聞いてたやろ!?」
    「『そらまだちょこっとやけど』くらいからは」
    「ふざけんなボケぇ!」
     怒りと恥ずかしさに任せ、エリザは青年を平手打ちしようとする。
     が、青年は事も無げにひょいとかわし、手をぺらぺらと振って返す。
    「いや、思春期の乙女によくある悩みだと思うよ?
     女の子は誰でも、そーゆーコト考えるっぽいし。ボクの姉弟子の麒麟だって、いっぺん『マコトさんみたいな人がボクの恋人になってくれたらなぁ』なんて、アイツのキャラに似合わない、ふざけたコト言ってたコトあるし。
     ソレに、妹も似たよーなコト……」「知るかぁッ!」
     逆上したエリザは聞く耳を持たず、護身用に持っていた魔杖を振り回す。
    「わ、わ、ちょっと、危ないって。
     って言うか、魔杖をそーゆー使い方しちゃダメだってば。魔杖が泣くよ? 魔法使いに向いているタイプなのに、キミ」
    「そんなん見ただけで分かるんか!?」
     苛立ち気味に尋ねたエリザに、青年はうんうんとうなずく。
    「ボクは分かるんだ。見ただけで。キミも、って言うかキミくらいなら、言葉を介さずとも分かるんじゃない?
     何て言うか、肌で感じれるって言うか、そーゆーレベルで」
    「ワケ分からんコトばっか、ゴチャゴチャ言うな! 師匠みたいにアレやコレや……」
     そこまで言って、エリザは――癪に障るものの、確かに青年がそう言ったように――直感的に、ピンと来た。
    「……ホウオウ? アンタもしかして、ホウオウちゃうん?」
    「ふぇ?」
     そこでようやく、青年が動揺した様子を見せる。
    「なんでボクの名前知ってんの?」
    「師匠から聞いた。何ちゅうか、メチャメチャな性格しとるって」
    「ひどい言われようだなぁ。君の師匠って誰?」
     尋ねた鳳凰に、エリザが答えようとした、その瞬間――。
    「あれ?」
     エリザの背後から、声が投げかけられる。
    「……」
     遺跡から出てきたモールが、鳳凰を凝視する。
    「……」
     一方の鳳凰も、モールを凝視している。
     そして――揃って、こう尋ねた。
    「誰?」
     てっきり揃って再会の感動を分かち合うものと思っていたエリザは、呆気に取られる。
    「……えーと、お二人さん?」
    「ん?」「どしたね?」
    「アンタはホウオウやんな?」
     手を向けられ、鳳凰はこくりとうなずく。
    「そうだよ」
    「ほんで師匠? この人、ホウオウやないのん?」
     尋ねられ、モールは首を傾げる。
    「見たコト無いね」
    「そりゃまあ、変装してるし」
     そう言って、鳳凰は空を見上げる。
    「ドコにどんな監視があるか分かんないもん。空なんて一番厄介だ。
     じゃあ、まあ、変装解くからさ、中入ろう。……多分、モールかなって気もする人」
     鳳凰にそう声をかけられ、モールは憮然とした様子でうなずいた。
    「そう言うしゃべり方は鳳凰っぽいね。そうだよ、私ゃモールさ」
    「やっぱり? でも何て言うか、うーん、……全部違わなくない? 特に見た目が」
    「あー」
     そう言われて、モールは自分の体に目をやる。
    「なるほどね。そりゃ分かるワケ無いか。分かった、私もちゃんと説明するね」
    「助かる」
     ここでようやく、鳳凰もモールも、互いに相好を崩した。

    琥珀暁・鳳凰伝 5

    2017.05.19.[Edit]
    神様たちの話、第54話。本物? 偽物?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「だっ、だっ、だ、誰やアンタ!?」 後ずさり、両手を胸の前で組みながら、エリザは怒鳴るように尋ねる。「誰って、ボクのコト?」「他に誰がおるっちゅうんや!?」「ああ、いないねぇ」 きょろきょろと辺りを見回し、その奇抜な色合いの毛並みをした獣人が答える。「まあ、でもさ。別に誰でもいいでしょ?」「良くないから言うねんや! あ...

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    神様たちの話、第55話。
    第三の賢者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     遺跡に入り、エリザたちが居間として使っている部屋に入ったところで、鳳凰が呪文を唱え始めた。
    「『メタモルフォーゼ:解除』」
     途端、鳳凰の姿が――以前にエリザがモールから聞いたものと同じ姿の――茶髪の短耳に変わる。
    「うん、間違い無く鳳凰だね」
     それを確認し、モールが深くうなずく。
     対する鳳凰は、肩をすくめてこう返した。
    「ソレでさ、モール。何でキミさ、姿が違うの?」
    「ソレなんだけどねぇ」
     そう前置きし、モールは鳳凰に耳打ちする。
    「……で……多分……だから……結局……そーゆーコトなんじゃないかなーって」
    「ふーん……? まあ確かにキミって、普通の人間と色々事情が違うもんねぇ。でも納得した。
     ソレで、この子は? なんかこの子、キミのコトを師匠って呼んでたけど」
    「ああ、魔術の弟子だね。不思議なコトにDの方のマフ持ってた」
    「Dの方? Pじゃなくて?」
     モールの話に、鳳凰は目を丸くする。
    「ああ、Dの方だね。多分『旧世界』の終わりで暴走したのが生物的に変異して、この世界の人間とくっついちゃってるんじゃないかって思う。ミトコンドリアみたく」
    「怖い仮説だなぁ」
     モールと鳳凰がこそこそと話し合っているのを見て、エリザが頬をふくらませる。
    「あーもー、ワケ分からんコトごちゃごちゃ言うてるんが二人に増えてー」
     エリザは二人の後ろに回り込み、ぺち、ぺちっと尻を叩く。
    「あいてっ」「なっ、なになに?」
    「ワケ分からん話ダラダラ聞かさんといて。ホウオウさん自己紹介して。お腹すいた。あと話聞いてて疲れた」
     エリザから箇条式に要求と不満を聞かされ、モールは苦い顔をした。
    「あー、……うん。ほんじゃ、ご飯にしようかね」

     食事の用意が整い、3人とも卓に着いたところで、鳳凰が切り出した。
    「自己紹介してって言ってたね、そう言や。
     ボクの名前は鳳凰。おめでたい鳥の名前から取られたんだ」
    「おめでたい? ……アホってコト?」
     エリザの言葉に、鳳凰は大げさにのけぞる。
    「ち、違うよぉ~。おめでたいってのは、縁起がいいって意味さ。
     まあ、ともかくソレが、ボクの号なんだ。ちなみに本名はモールにもゼロにも秘密。って言うか二人の本名もボク、知らないしね」
    「え? 師匠の名前、ウソのんやったん?」
     目を丸くして尋ねたエリザに、モールは肩をすくめて返す。
    「今じゃ本名みたいなもんさね。今まで通り、モールでいい。新しい世界に来たんだし、名前も新しくなくちゃ、ね。
     私の話より、今聞くのは鳳凰の話さ」
    「あ、せやったね」
     師弟揃ってくるっと鳳凰に向き直り、彼の話を待つ。
    「ああ、まあ、……えーと、ボクの名前は言ったし、後は何を話せばいいかな」
    「ホウオウさんも魔法使いなん?」
    「ん? まあ、そんなもんなのかな」
     と、鳳凰がくるんとモールに振り返り、尋ねてくる。
    「も、ってコトはモールもそう言ったの?」
    「ん、まあ、うん。いや、だってさ」
     モールはどこか気恥ずかしそうな様子で、こう返した。
    「君、、魔術のコト、一から何から説明して、この世界の人に分かってもらえると思うね?」
    「……んー、まあ、そうか。確かに考えると、ちょっと面倒かもね。
     ゼロがいたトコの人たちも、そんなに詳しくなさそうだったし」
    「……ん、ん?」
     鳳凰の一言に、今度はモールが目を丸くした。
    「ちょい待ち、君もしかして、ゼロに会ったね?」
    「『会ったの』って、長い付き合いじゃない。キミもボクも」
    「じゃなくて、最近会ったのかってコトだね」
    「あ、うん。2年前くらいかなぁ」
    「マジか」
     モールは立ち上がり、鳳凰に詰め寄る。
    「元気してたね、アイツ?」
    「さあ?」
    「さあって……」
    「正確に言うと、直には会ってないんだ。彼の友達っぽいのから聞いただけで」
    「アホかっ」
     モールは席に戻り、天を仰いだ。
    「本っ当に、君ってヤツは。前々から思ってたけども、重要なトコをわざと外すよねぇ?」
    「いいじゃん。元気そうってコトは雰囲気で分かったし。
     ソレよりかさ、気になるならキミたちが直に行けばいいんじゃない?」
    「そうさせてもらうね。ココ数年山ごもりしてたし、そろそろ下界に戻ってみてもいいかもって気はしてたしね」
     それを聞いて、今度は鳳凰が尋ねてくる。
    「そう言やさ、ゼロのコト知らないってコトだし、北には全然行ったコト無いの?」
    「ああ。何年か前に南をちょろっと回ったくらいさね」
    「南ばっかり? へー、よく無事だったね」
     その言葉に、モールもエリザもけげんな表情を浮かべた。

    琥珀暁・鳳凰伝 6

    2017.05.20.[Edit]
    神様たちの話、第55話。第三の賢者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 遺跡に入り、エリザたちが居間として使っている部屋に入ったところで、鳳凰が呪文を唱え始めた。「『メタモルフォーゼ:解除』」 途端、鳳凰の姿が――以前にエリザがモールから聞いたものと同じ姿の――茶髪の短耳に変わる。「うん、間違い無く鳳凰だね」 それを確認し、モールが深くうなずく。 対する鳳凰は、肩をすくめてこう返した。「ソレで...

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    神様たちの話、第56話。
    鳳凰との別れ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「無事って、どう言うコトなん?」
     尋ねたエリザに、鳳凰はあっけらかんとした口調で答える。
    「この数年、めっちゃくちゃ襲われまくってるらしいよ。ほら、あの変な……、動物っぽいけど普通の動物じゃ絶対無い、アレ」
    「……バケモノ」
     思わずそう返したエリザに、鳳凰は「あー、そう言う感じ」とうなずく。
    「君、どの辺りを回ってたね?」
     今度はモールが尋ね、これにも鳳凰はさらりと答える。
    「結構ぐるっと。知ってる? 南東の方へずーっと行った辺りにも……」「そんなんどうでもええねん!」
     立ち上がり、怒鳴ったエリザに、モールがぺちっと頭を叩く。
    「落ち着けってね、エリザ」
    「……ええ、はい」
     モールに諭され、エリザが座り直したところで、依然として飄々とした態度のまま、鳳凰が尋ね返す。
    「あー、と。何を聞きたいの、二人は?」
    「この山の麓沿いに何個か村があったはずだけども、ソコも襲われたの?」
    「っぽいよ」
    「……先生」
     エリザはぎゅっと、モールの服の裾を引く。
    「その……、いっぺん、帰ってみいひん?」
    「君が帰りたいってんなら、いつでも帰るさ」
     モールはにこっと笑いかけ、エリザの頭を撫でる。
     その様子を眺めていた鳳凰が、くすっと笑う。
    「エリザのコトお気に入りなんだねぇ、モール」
    「そりゃあね」
    「恋人にはどうなの?」
     先刻のエリザの様子から思いを汲んでくれたのか、鳳凰がそんなことを聞く。
     しかしモールの反応は、エリザのそんな期待を、はっきりと裏切るようなものだった。
    「アホか。んなコト思うワケないじゃないね」
    「……っ」
     この返答にエリザは顔をひきつらせて絶句し、鳳凰は苦い顔をする。
    「あーあ、言い切っちゃったか」
    「なんだよ?」
     モールが鳳凰をにらみつけるが、鳳凰は意に介した様子もなく、けろっとした様子で返す。
    「あのさ、エリザはキミのコト好きなんだってさ」「ちょおっ!?」
     あまりにも単刀直入に暴露され、エリザは顔を真っ赤にする。
    「なんで言うねんアホおおおッ!」
    「言わなきゃ何にも変わんないよ? その上、相手はモールだし」
    「私だったら何だって言うのさ?」
     師弟に揃ってにらまれ、流石の鳳凰もたじろぐ。
    「あー、と、……この話は無かったコトにしとく? なんか続けたらこじれそうだし」
    「もうこじれとるわボケぇ!」
     次の瞬間、エリザは鳳凰のほおを、べちっと平手打ちしていた。
    「いたいよ」
    「うーっ、うーっ、……ひっく、ひっく」
     怒りをにじませていたエリザの目から、ボタボタと涙がこぼれる。
     それを見て、モールがぱん、ぱんと手を打った。
    「分かった、鳳凰の案に賛成。この話は無し。
     いずれちゃんと答えるから、今はともかく、私に告白だとかどう思ってるかだとか、そう言う話はやめよう。私にも、考えをまとめる時間がほしいしね。
     ね、エリザ。いいかね、ソレで?」
    「……う~……」
     外に飛び出し、何かを叫び回りたいような気持ちだったが、エリザはその爆発しそうな思いをぐっとこらえ、小さくうなずいた。
    「……分かった。とりあえず今考えるんは、南の話やな。
     明日にでもすぐ行こうな、先生?」
    「ああ、その話は大賛成だね。
     鳳凰はどうするね? 一緒に来る?」
    「ボクはパス」
     鳳凰は首を横に振り、薄い笑みを浮かべた。
    「この新世界で『何か目的を持って行動』って言うのは今、したくないんだ。もうしばらく、ボクは傍観者でいるつもりだから」
    「そうかい。んじゃ、勝手にしな」
     モールは悪態を付き、そしてこう続けた。
    「何でだろうね――何かコレでもう、キミと会うコトは無いなって気がするね」
    「ボクも同感だよ。少なくともあと1000年くらいは、再会の機会は無さそうだ」
    「……だのに、コレでお別れするっての?」
    「うん。コレで一旦、お別れだよ。でもいつか、また会おう」
    「ヘッ、ド変人め」
     そう言って、モールは手を差し出した。
    「約束しろ、鳳凰。絶対、いつか必ず、お互い生きてるうちに会おうってね」
    「いいよ。そんな約束、いくらでもするよ。キミが相手ならね」
     鳳凰も手を伸ばし、がっちりと握手した。



     翌日、エリザとモールは鳳凰に見送られながら、遺跡を後にした。

    琥珀暁・鳳凰伝 終

    琥珀暁・鳳凰伝 7

    2017.05.21.[Edit]
    神様たちの話、第56話。鳳凰との別れ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「無事って、どう言うコトなん?」 尋ねたエリザに、鳳凰はあっけらかんとした口調で答える。「この数年、めっちゃくちゃ襲われまくってるらしいよ。ほら、あの変な……、動物っぽいけど普通の動物じゃ絶対無い、アレ」「……バケモノ」 思わずそう返したエリザに、鳳凰は「あー、そう言う感じ」とうなずく。「君、どの辺りを回ってたね?」 今度...

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    神様たちの話、第57話。
    猛進と思索。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「邪魔すんなボケぇ!」
     彼女の一喝とともに放たれた火球が、たてがみの一つ一つが蛇となった異形の牛に直撃し、そのまま腹に食い込む。
    「グバッ……」
     鳴き声とも体内での炸裂音ともとれる音が蛇頭牛の口から漏れ、続いて大量の血が、噴水のように飛び出してくる。
    「……すっげ」
     一切手を出さず眺めていたモールが、目を丸くして驚いている。
    「君、マジで私より強くなったんじゃないね? ……や、手合わせなんぞしようなんて、コレっぽっちも思わないけどね」
    「アタシは相手にでけへん、ってコト?」
     エリザに魔杖を向けつつにらまれ、モールは苦い顔を返す。
    「そうじゃなくて、……なんかさ、エリザ?」
    「なんやの?」
    「鳳凰と別れてから君さ、なんか私に対してトゲトゲしくないね?」
    「そんなつもりありません」
    「今だってそうだろ……」
     モールは一層苦い顔をしつつ、腫れ物を扱うかのような口ぶりで尋ねてくる。
    「もしかしてだけどもさ、やっぱ君、鳳凰が言ったあの話ね、何て言うか、……根に持ってたりなんかするワケ?」
    「その話やめるって言うたんは先生やろ? 話するん? 今、ココで?」
    「……だーかーらーさぁ」
     モールは額に手を当て、うめくように答える。
    「もうちょいね、じっくり話せるような時間を作りたいんだよ、私としてはね。でも今、そんなヒマを君は作りたいね?」
    「……そらまあ、今は急いでラボさんトコに行きたいで」
     エリザも口をとがらせつつ、話に応じる。
    「でもアタシの気持ち分かってはる上で、どっちとも付かへんような態度取られてひょーひょーと会話されるんも、ソレはソレでイライラするねんや」
    「じゃあどうしたらいいね?」
    「そんなんアタシに聞かんといてもらえます?」
     エリザはぷい、と背を向け、歩き出す。
    「話を進めへんのやったら、もうしゃべらんといてもろてええ? 早よ行くで」
    「……分かったよ。……まったくもう、この弟子と来たら」
     一人でぐいぐいと進んでいくエリザを、モールは渋々と言った様子で追って行った。

     何か話をしようとしてもほとんど邪険にされるため、山を降りるまでの間、モールは自分からしゃべろうとはせず、黙々と自分の考えをまとめていた。
    (さっきの蛇頭牛、どう考えても山に登る前に出くわしたバケモノたちより、段違いに強いね。
     ソレをあっけなく退けたエリザの腕については、無論、賞賛する以外の評価はまったく無いんだけども――そもそも、何であんなバケモノが出てきたね? 山に登る前にはあんなの、一度も遭遇しなかったってのにね。
     何て言うかコレって、まるでテレビゲームのステージ攻略みたいに、強いのを倒したら次にもっと強いのが出てきた、……みたいな、ああ言うノリを感じるね。
     とすると、ふもとで私が鉄器や青銅器の鋳造方法を教えたのが、そのノリの引き金になったのか? コレまで出現したバケモノが鉄器で駆逐されちゃったから、もっと強いのが出て来たってコトか?
     微生物学や長期的な生物学の観点なら、ソレは有り得る話だ。古来より猛威を奮っていたウイルスが、ペニシリンみたいな抗生物質の出現で一掃された。でも生き残った一部のウイルスがペニシリンを克服して耐性を持ち、ふたたび脅威を奮い始める。ソコでメチシリンが新たにペニシリン耐性ウイルスを駆逐、そしたらメチシリン耐性ウイルスが出現、……なんて言ういたちごっこなんかは、あまりにも有名な話だしね。
     でもこの場合、そんな話とはスケールが違いすぎる。数年単位で生物がソコまで進化・強化されるなんてコトは有り得ない! あまつさえ、魔術や鉄器に耐性を持つ生物だって? んなバカな、だね!
     そう、自然淘汰と言う観点においては、ソレはまったくありえない話だ。とするならコレには、少なからず人為的な操作が加えられていると見ていいと、私は思うね。
     もしソレが事実だとするならば――一体ドコのクソ野郎だ? 人を人だと扱わない、こんなえげつないコトを画策するようなのは)

    琥珀暁・群獣伝 1

    2017.05.23.[Edit]
    神様たちの話、第57話。猛進と思索。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「邪魔すんなボケぇ!」 彼女の一喝とともに放たれた火球が、たてがみの一つ一つが蛇となった異形の牛に直撃し、そのまま腹に食い込む。「グバッ……」 鳴き声とも体内での炸裂音ともとれる音が蛇頭牛の口から漏れ、続いて大量の血が、噴水のように飛び出してくる。「……すっげ」 一切手を出さず眺めていたモールが、目を丸くして驚いている。「君...

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    神様たちの話、第58話。
    深刻化する央中。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     山を降り、道に出たところで、モールが「ちょいと」と声を上げた。
    「……なんです?」
     やはり邪険にあしらおうとしたエリザに、モールは真面目な声を作って続ける。
    「この道を見て、君は何か感じないね?」
    「は?」
     うざったそうな顔を返しつつも、エリザは自分の足元に視線を落とす。
    「……前に歩いた時より、広くなっとる気ぃはするけど」
    「ソレさ。つまり体積だけ考えても、昔よりデカいバケモノが多くなってるってコトは、容易に予測できる。
     やはり鳳凰の言ってた通り、ヤバいバケモノが闊歩しまくってるってコトだろうね」
    「ソレがどないしたん?」
    「ちょっとは頭冷やして考えろ、おバカ」
     モールはエリザに近付き、べちっと頭を叩いた。
    「あいたっ!?」
    「成長したのか、昔のまんまか? 私に『見てほしい』ってんならね、成長したってトコを見せてみな。
     よーく思い出してみな、この道くらい幅のデカいのが昔、そんなにゴロゴロいたかね?」
    「む~……」
     頭をさすりながら、エリザは渋々と言った様子で答える。
    「そら確かにこんなデカいのん、いてた覚えはあらへんよ。でも『ゴロゴロしとる』って言うたけど、いっぱいおるってなんで分かるん?」
    「道ってのは、人やらケモノやらが行き来するからできるものだろ? コレだけしっかり道が作られてるって言うなら、ソレだけデカいヤツの行き来が多いってコトだ。
     ソレともエリザ、まさか君はこんな幅のデカい人間が何人もいるなんて思ってるの? まさか、だよねぇ?」
    「ぐ、……ふんっ」
     顔を真っ赤にし、背を向けたエリザに、モールはいつもの飄々とした声をかける。
    「エリザ、山を降りて人間の生活圏に戻って来た今、ココはドコだってバケモノの捕食圏内、超危険ゾーンだね。言うまでもなく油断は禁物だし、二手、三手先を読んで行動してなきゃ、命取りになるかも知れない。
     熱くなってるコトについては特に言うコト無いね。戦う時は気持ちが燃えてなきゃダメだしね。でも冷静に考えるってコトも、絶対忘れちゃいけないからね。
     そんなワケでだ、エリザ」
     モールはエリザの前に回り込み、道の先を魔杖で指し示した。
    「数年前みたく、のんきな道のりと行かないコトは明白だね。いつ、ドコで、どんな敵と出くわすか、私にも予測が付かない。
     油断するなよ」
    「言われんでも」
     どちらから促すともなく、二人は歩き出した。

    「ぐるるる……ぐふううう……」
     間も無く、二人の前にバケモノと思しき巨獣が現れる。
    「ベースは馬? ……にしちゃ、脚が多すぎるね。まるで蜘蛛だ」
    「て言うか、目ぇおかしない? 火ぃ噴いとるで」
    「そもそもデカいね。馬って言うより、まるで戦車だね」
    「走って来よったら一瞬やろな。……っと、言うてる間に来よるで、先生」
     二人で軽口を叩き合いつつ、揃って魔杖を構える。
    「んじゃやってやろうかね。連射するね!」
    「あいあい、了解っ!」
     目が合うなり、戦車馬は鼻から火を噴き出し、エリザたち目がけて突進してくる。
     しかし二人にぶつかるはるか手前で、エリザとモールは同時に魔術を放っていた。
    「『フレイムドラゴン』!」「『ファイアランス』!」
     いくつもの火球が立て続けに戦車馬に叩きつけられ、そのいくつかは貫通する。
    「ギヒ……ッ!?」
     戦車馬は体中から火を噴き上げ、その場に崩れる。やがて轟々と燃え上がり、そのまま炭になった。
    「よっしゃ!」
     エリザが魔杖を振り上げ、勝ち誇ろうとする。
     しかし直後、モールが後ろを振り返り、魔術を放つ。
    「油断するなっつったろ!」
    「えっ?」
     エリザは振り向くと同時に、体を火に包まれながら走り込んでくる、別のバケモノがいたことを確認する。
    「う、うわ、うわっ、……『ファイアランス』!」
     どうにか魔術を発動させ、バケモノの頭を貫く。
    「……お、終わり?」
     きょろきょろと辺りを見回すエリザに、モールがフン、と鼻を鳴らす。
    「私がいなきゃ、別な意味で終わりだったね」
    「す、……すんません」
    「いいさ。逆に私一人だったとしても、この先がキツくなってくるだろうしね。
     二人で協力して行こう、エリザ。生きて村に着くにゃ、ソレが一番だね」
     そう言ってニヤっと笑ったモールに、エリザは深く頭を下げ、うなずいた。
    「……はいっ!」

    琥珀暁・群獣伝 2

    2017.05.24.[Edit]
    神様たちの話、第58話。深刻化する央中。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 山を降り、道に出たところで、モールが「ちょいと」と声を上げた。「……なんです?」 やはり邪険にあしらおうとしたエリザに、モールは真面目な声を作って続ける。「この道を見て、君は何か感じないね?」「は?」 うざったそうな顔を返しつつも、エリザは自分の足元に視線を落とす。「……前に歩いた時より、広くなっとる気ぃはするけど」「...

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    神様たちの話、第59話。
    襲撃の名残。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ラボの村に到着するまでに、エリザたちは何度もバケモノに遭遇したが、その都度協力し合い、または競い合って、それらバケモノをすべて撃退した。
    「そうか……うん……そりゃあいい」
     二人の武勇伝を聞いたラボは、床に就いたまま、力無い笑みを浮かべた。
     その体はあちこちに傷が付き、さらには右脚の膝から下が断たれている。シーツは半ば赤く染まっており、覆い隠された部分にもひどい怪我が残っていることを、雄弁に語っていた。
    「ラボさん……」
     この悲惨な姿を目にし、エリザは涙ぐんでいた。
     その顔を見たラボが、もう一度笑う。
    「ああ、いや、エリちゃん、……はは、何てこと無いさ、こんなもん。杖があれば歩くのに不自由しないし」
    「そんなん言うたかて……」
    「大丈夫だって、エリちゃん。他のケガだって何日か寝てりゃ、そのうち治っちまうさ。
     だからさ、……ああ、えーと、そうだ。ともかく二人とも、今日はウチで休んで行きな。山に登った話、詳しく聞かせてくれよ。どんなトコだったのか、俺もみんなも知りたがってるんだから、な」
     話題を変え、明るく振る舞うラボに、エリザはそれ以上何も言えず、こくんとうなずくことしかできなかった。

     とは言え、ラボを始めとする村の皆が「壁の山」について少なからず興味を抱いていたのは確かだったらしく、夕食時には、動ける村人のほとんどがラボの家に集まり、エリザたちの話に聞き入っていた。
    「……ちゅうワケで、ずーっと修行ばっかりしとったんよ」
     モールから遺跡と鳳凰についての話をしないよう、事前に釘を刺されていたため、それに関係する部分を省いての話ではあったが、それでも連日の襲撃で心身共に疲弊しきっていた村人たちには相当に不可思議で、心躍る話だったらしい。
    「ってことはエリちゃん、かなり強くなったのか?」
    「うん、すっごい術も色々使えるようになったで」
    「いいねぇ。今度バケモノが来たら、追い返すのに協力してくれよ」
    「ええで。ソレどころかな、仕留めたるで」
    「はっは、そりゃ楽しみだ」
     エリザを中心として、村人たちの輪ができてきたところで、モールはその輪から離れ、家の外に出た。
    (やーれやれ、あのアホ弟子め。調子乗ってんじゃないっつの。君が考え無しに高威力の魔術ブッ放して、もしソレへの『免疫』がバケモノ共にできたらどうすんだってね。
     そう、私が考えなきゃいけないのはソコだね。このまんま、襲ってくるバケモノを手当たり次第に叩きのめしてりゃ、襲撃は止まるのか? ソレとも私らの戦いぶりに対応して、より強力なバケモノが出現するのか? その点がハッキリしないまま無闇に戦うのは、非常に危険だからね。
     もし事実が後者だったなら、いずれ最悪な状況に陥るコトは明白だ。そう、『大魔法使いとその一番弟子ですら敵わない超バケモノが出現』なんてコトになれば、もう誰も、バケモノを倒せなくなるね。
     ……確か鳳凰、ゼロが北にいるって言ってたっけね。話の感じからして、北にもバケモノが出てるらしいし、となりゃ世話焼きのゼロのコトだから、バケモノ退治に乗り出してるはずだ。その上で――アイツも私と同じくらい頭脳明晰なヤツだから――私が今考えてたように、『免疫』のコトも想定してないはずが無いね。
     こっちの用事が一段落したら、ゼロに会いに行ってみるかね。私らが知らない何らかの事実を、アイツがつかんでるかも知れないし)
     と、モールは背後に気配を感じ、振り向く。
    「よお」
     ラボが杖を手に、よたよたと近付いてきていた。
    「大丈夫かね、ラボ? そんな体で歩いて」
    「寝たきりの方が疲れる。仕事するなり何なり体動かしてる方が、気が休まるもんでな」
    「職人気質だねぇ」
     モールは近くに転がっていた石を魔杖でこつんと叩き、魔術で形を整える。
    「ほれ、座りな」
    「おう、済まんな。……よい、しょっと」
     座り込んだところで、ラボが尋ねてくる。
    「モール、アンタとエリちゃんが帰ってきてくれたことについては、本当に嬉しい。良く生きて帰ってきてくれたって、心から思ってる。
     だけどずっとここにいるわけじゃないだろ?」
    「そのつもりだね。……何が言いたいね?」
     尋ね返したモールに、ラボは表情を曇らせた。

    琥珀暁・群獣伝 3

    2017.05.25.[Edit]
    神様たちの話、第59話。襲撃の名残。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ラボの村に到着するまでに、エリザたちは何度もバケモノに遭遇したが、その都度協力し合い、または競い合って、それらバケモノをすべて撃退した。「そうか……うん……そりゃあいい」 二人の武勇伝を聞いたラボは、床に就いたまま、力無い笑みを浮かべた。 その体はあちこちに傷が付き、さらには右脚の膝から下が断たれている。シーツは半ば赤く染...

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    神様たちの話、第60話。
    山の向こうへ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ラボは一瞬、家の中にチラ、と視線を向け、苦い顔のまま話し始めた。
    「今、中ではエリちゃんがバケモノ退治したるでーって息巻いてて、村の連中もそれを応援してる。正直、被害が大きくなり始めてる今、助けが来てくれたのには感謝してる。
     だがバケモノ共の襲撃は、いつまで続くか分からん。もしかしたらずっと続くかも知れん。その間ずっと、エリちゃんやアンタをここに縛り付けるってのは、どうもな……、って思ってな」
    「なるほどね。確かにソレは、私も懸念してた」
     うなずきつつ、モールはもう一つ椅子を作り、ラボの横に座る。
    「一番は、襲撃が短期間で終わり、私らが早々にお役御免になるコトだ。だけどもココ数年襲われっぱなしって聞いたし、都合よく襲撃が止んでくれるとは思えない。
     だから二番めとしては、君らが今後も余裕で撃退できるだけの力を付けるコトだと思うね」
     モールの言葉に、ラボは苦い顔をする。
    「それも現実的とは言えんだろう。
     今だって、俺たちは全力なんだからな。ソレで襲撃をギリギリ食い止めてるってのが現状だ。もう一段強いのが出たりなんかしたら、マジで対抗できなくなる」
    「ああ、分かってるね。とは言え――理想論だってのは百も承知だけども――ソレが最上の策だってコトは、間違い無いだろ?」
    「確かにな」
     うなずいたまま、顔を挙げないラボに、モールはこう続けた。
    「ともかく今度襲撃された時、私が状況を見定めようと思ってるね」
    「……って言うと?」
    「襲ってくるヤツらが、現状で最強に強いのか? ソレともまだ上のヤツが残ってるのか? ソコがハッキリしなきゃ、今後の対応もままならないからね。
     前者なら、そんなに話は難しく無いね。私らが気張って倒しゃ、ソレで近い内に終わりが来る。だが後者だったら、悪い可能性が色々と出て来るね」
    「例えば?」
     顔を挙げたラボに、モールは杖をくい、くいと上に上げながら説明する。
    「今より強いヤツが残ってる、……とすれば、ソイツを倒したら更に強いヤツが出て来るかも、って考えられるだろ」
    「なるほど」
    「更に言えば、もっともっと強いのがいるかも知れない。そう考えていくと、バケモノ全体の規模はかなり大きいかも知れない。
     となったら、私とエリザがいても対応しきれないって可能性が出て来るね」
    「むう……」
     一層表情を曇らせたラボに、モールは更にこう続けた。
    「だから後者である可能性が高そうだと判断した場合、私は応援を呼ぼうかと考えてるんだ」
    「応援だって?」
    「さっきもエリザがチラっと話してたけど、山の向こうにゃ別の平地があるんだ。聞くところによれば、ソコに私の親友がいる。ソイツに力を借りようと思ってるんだ」
    「へえ……」
     これを聞いて、ようやくラボの顔に、希望と安堵の色が浮かんだ。

     と――。
    「……!」
     ラボが狼耳をピク、と動かし、立ち上がろうとする。
    「うぐ、いてて、て……」
    「どうしたね?」
     モールが助けつつ、ラボを立たせる。
    「鐘だ! 鐘の音が……」
     言われてモールも、遠くでカンカンと、鐘が鳴っていることに気付く。
    「……襲撃かね?」
    「ああ、そうだ!」
     鐘の音を聞き付けたらしく、家の中からぞろぞろと、村人が現れる。
    「親分! 鐘が……」
    「ああ、北の方だ!」
    「俺たちが行きます! 親分はここにいて下さい!」
    「……分かった! 頼んだぞ!」
    「はいっ!」
     村人たちが武器を手に、バタバタと北へ向かって走り出す。
     と、その後ろを、エリザが魔杖を持って付いて行くのを見て、モールが声をかけた。
    「エリザ!」
     エリザは立ち止まり、苛立たしげにくるっと振り向く。
    「何やの!?」
    「私は周囲を見回る。他にいたらヤバいからね。だから君一人で、何とかしな」
    「え……」
     モールの言葉に、エリザは不安そうな表情を浮かべる。
    「『できない』って? 私ゃそうは思わないね」
     それを受けて、モールはニヤっと笑って返す。
    「君ならできる。できないはずが無いね」
    「……わ、かりました」
     エリザは深くうなずき、表情をキッとこわばらせた。
    「行ってきます!」
    「ああ、頑張りな」
     エリザはもう一度踵を返し、そのまま走り去った。

    琥珀暁・群獣伝 4

    2017.05.26.[Edit]
    神様たちの話、第60話。山の向こうへ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ラボは一瞬、家の中にチラ、と視線を向け、苦い顔のまま話し始めた。「今、中ではエリちゃんがバケモノ退治したるでーって息巻いてて、村の連中もそれを応援してる。正直、被害が大きくなり始めてる今、助けが来てくれたのには感謝してる。 だがバケモノ共の襲撃は、いつまで続くか分からん。もしかしたらずっと続くかも知れん。その間ずっと...

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    神様たちの話、第61話。
    モールの検分。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     エリザを見送ってから若干の間を置いて、モールは村の外れにある森へと向かう。
    (さーて、我が不肖の弟子の腕前はどんなもんかね)
     モールは樹上に潜み、エリザと村人たちの様子を観察する。
    「俺たちが援護する!」
    「今のうちにやっちゃってくれ!」
     槍や斧を手にした村人たちが、エリザの周囲に固まって陣取り、バケモノと距離を取っている。
    「分かった!」
     陣の中心にいたエリザが魔杖を掲げ、呪文を唱え始める。
    (どうやら『エクスプロード』を使う気だね。
     普通に考えるなら、確かにいい選択だ。チマチマ小技をかましてどーにかなるような相手じゃ無さそうだし、そんなら自分が持てる最強の術で一気に焼き払っちゃった方が、結果的に早いだろう。
     だけど『免疫』の懸念がある。その最強の術をバケモノたちに克服されたら、次がまずいコトになる。ソレは即ち、エリザが勝てなくなってしまうってコトだ。そうなったら、私だって相当まずくなるね。
     しかしその『免疫』だけど、ソレが機能するには、攻撃を受けたバケモノが生き残るか、攻撃を受けたトコを別のバケモノが確認するコトの、いずれかが必須だ。
     そのどっちのケースにも対応するには……)
     モールが思案にくれている間に、エリザの準備が整ったらしい。
    「行くでぇ! 『エクスプロード』!」
     魔術が発動され、バケモノは呆気無く吹き飛ばされる。
    (ふむ……。こっちは問題なしか。一撃でやったっぽいし、コレなら生き残っちゃいないだろうね。
     となると、残る懸念は……)
     モールは周囲を見回し、他にバケモノがいないかを探る。
    (……ん、んん?)
     が、モールが想定していたような、別のバケモノが監視しているような様子は無い。それどころか、他にバケモノがいる気配も、どこにも感じられなかった。
    (ありゃ……? まさか、あの一体だけなのか? まさか、だろ?)
     木から降り、念入りに辺りを調べたが、やはりどこにもバケモノの存在は無い。
    (おっかしいねぇ……? じゃあまさか、私の仮説が誤りだったってコトか?
     いや、ソレじゃ強いバケモノが出てきた理由は? 事実、出現してるワケだしね。じゃあその出現条件が、私の思ってたモノとは違う、ってコトか。
     もっと詳しく調べてみなきゃね……)
     と、エリザたちがモールの存在に気付いたらしい。
    「あれ? 先生、おったん?」
     声をかけてきたエリザに、モールはひょい、と手を挙げて返す。
    「おう。この辺りを回ってきたけども、バケモノはいないっぽいね。もう危険は無さそうだね」
     モールの言葉に、村人たちは揃って安堵の表情を浮かべる。
    「ふう……、良かった」
    「いやぁ、ヒヤヒヤしたぜ」
    「ま、こっちにゃエリちゃんがいるけどな」
    「わははは……」
     すっかり緊張が解け、和気藹々(あいあい)とし始めた彼らに、モールが声をかけた。
    「とりあえずさ、今夜はもう村に戻ろう。なんだかんだで私もエリザも、歩き通しでまともに休んでないもんでね」
    「お、そうだな」
     モールは村人たちと合流し、そのまま村へと戻った。



     翌日早朝、モールはまた一人で森を訪れていた。
    (一晩寝て、ようやく気付いた可能性だけども――やっつけられたバケモノが、その敗因を仲間に『送信』したってコトは、考えられないだろうか?
     あの異形のバケモノは、どう考えても自然進化の賜物じゃない。人工物であるコトは、疑いようが無いね。ソレなら、頭かどっかに通信装置めいたモノが組み込まれてて、ソレで敗因を送ったって可能性も、考えられなくはない)
     モールは昨夜、エリザが倒したバケモノの死体を見付け、検分を始めた。
    (つっても私ゃ、生物学の知識なんぞはからっきしだ。こんな残りカスをいくらいじくったトコで、何が分かるもんかってね。
     調べるのはコイツの体のコトじゃない。コイツの体から、『何が発せられてた』か? その痕跡だ)
     そう考えながら、モールは呪文を唱える。
    (魔術の中でも通信術は、色々と応用性が効く。声を送る、見たモノや映像を送る、位置情報を送る、……他にも色々、特定の情報を送るコトもできる。
     この呪文は一種の通信試験ツールだ。反応があったのなら、何かしらの情報を送ったコトは確実ってコトになる。もしも送ったモノがあるとしたなら……)
     いくつかの呪文を唱えたところで、モールは「それ」を検知した。
    (この反応……、やはり何かを送信したらしいね。となりゃ、私の予想は的中と考えていいだろう。
     つまり昨夜、エリザがブッ放した魔術も、残ってるバケモノ共に知られてるってコトになる。となれば一両日中にも、『免疫』を持ったバケモノが出現するだろう。
     コレはまずいかも知れないね――昨夜と同じようにエリザが出張ったら、確実にエリザは、殺される)

    琥珀暁・群獣伝 5

    2017.05.27.[Edit]
    神様たちの話、第61話。モールの検分。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. エリザを見送ってから若干の間を置いて、モールは村の外れにある森へと向かう。(さーて、我が不肖の弟子の腕前はどんなもんかね) モールは樹上に潜み、エリザと村人たちの様子を観察する。「俺たちが援護する!」「今のうちにやっちゃってくれ!」 槍や斧を手にした村人たちが、エリザの周囲に固まって陣取り、バケモノと距離を取っている...

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    神様たちの話、第62話。
    告白の返事(モールの場合)。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     村に戻ってすぐ、モールはエリザと共にラボのところへ向かい、こう切り出した。
    「恐らくそう遠くないうち、さらに強いバケモノがやって来るだろう。一旦、ココを離れた方がいいね」
    「なにぃ?」
     モールの話に、ラボは顔をしかめる。
    「馬鹿言っちゃいかんぜ、モール。ここには鉱床や工房があるんだ。ここを離れたら、俺たちは生きてられん」
    「ココに留まりゃ、どっちみちバケモノに殺されるさ。ソレに鉱床がココにしかないってワケじゃないだろ?」
    「そりゃそうだが……」
     渋る様子を見せるラボの手を、エリザがぎゅっと握る。
    「アタシからもお願いします。死なんといてほしいもん」
    「……ん、ん、……そう言われちまっちゃなぁ」
     ラボはまだ苦い顔をしつつも、渋々と言った様子でうなずいた。
    「分かった。皆と相談して、移動するよ」
    「ホンマ?」
    「ホンマに、だ」
    「ウソやあらへんよな」
    「マジだよ、マジ」
     ラボに何度も念押しし、村を離れさせることを約束させた後、モールがこう切り出した。
    「君らが移動してる間に、私らもちょっと北へ行く」
    「北? こないだ言ってた、『山』の北側へか?」
    「そうだ。私だってバケモノを一掃したいって気持ちはあるし、こんな理不尽なお願いなんざ、金輪際したかないしね。
     だから北にいるって言う友達を連れて来る。私とエリザとソイツがいりゃ、どんなバケモノが出てこようが倒せないってはずは無いね。
     そんなワケでだ、ラボ。私らが戻ってくるまで、死ぬんじゃないよ」



     ラボの村を出たところで、モールが口を開く。
    「間違い無くラボたちは、ココを離れないね」
    「……は?」
     目を丸くするエリザに、モールはニヤっと笑って返す。
    「あの頑固者共が、余所者にやいのやいの言われてハイそうですかなんて、簡単にうなずいたりするもんかってね。むしろアイツらだけで話し合いして、じゃあ引っ越そうかって結論になっちゃう方がよほどまずいね」
    「え、ほな先生……」
    「そうさ、下手にあっちこっち移動されるより、ココにじっとしててもらった方がいい。その間に私たちは北へ行き、ゼロに助けを借りに行くんだ。
     と言っても時間がそうそうあるワケじゃないから、私らも全速力で山を越えなきゃならないけどね。
     ただしその前に、バケモノの注意をこの村から離しとかなきゃいけないけどね」
    「どないするん?」
    「一旦、森の方で待ち構える。そう遠くない内に、バケモノは村に近付いて来るはずだ。
     で、現れたら私らだけで攻撃する。決して村の連中にゃ接触させない。接触させたら、ターゲットは村の方に向いたまんまになるからね。
     確実に私らの方を狙うよう、バケモノ共を操作してやるんだ」
     それを聞いて、エリザは顔をこわばらせる。
    「アタシらを襲わせるっちゅうコト?」
    「まさか。襲われる前に逃げるね。ただし、引き付けながら逃げる」
    「この村から離すために、……っちゅうコトやな」
    「そーゆーコトさ」

     モールたちは森に潜み、バケモノの出現を待った。
    「山の方で色んなもん食べとったせいか、ココら辺でも食べられそーなもん、ピンと来るな」
    「鳳凰の無神経さと蛮勇に感謝だね。とは言え毒探知の術は忘れないようにね」
    「あいあい」
     二人で野草や木の実を取り、術で精製した水と共に、鍋に入れて煮込む。
    「料理の腕も上がったし、修行しとった間のコト全部、役に立っとるって気ぃするわ」
    「そりゃ何より」
     鍋を眺めたまま、エリザが尋ねてくる。
    「ほんで、先生。今、他に話しとかなアカン話題、ある?」
    「ん?」
    「無かったら、そろそろ返事聞かしてほしいんやけど」
    「……あー」
     鍋をかき混ぜつつ、モールも視線を合わせず答える。
    「まず、第一に。私と君は、師匠と弟子だ。そりゃ世の中にゃ、そーゆー関係であっても好きになっちゃって結婚するのもいくらかいるみたいだし、ソイツらを否定しようって気も無いね。
     第二に、人間にゃ好みのタイプってもんがある。絶世の美貌の持ち主であっても、ズバ抜けた能力や才能があっても、誰からも好かれるカリスマの持ち主であっても、『どーしたってソリが合わないなコイツ』ってのはいるもんさね。
     そして第三に、私自身の問題だ。私は色々と厄介事を抱えた身でね。伴侶を得て安穏と暮らそうって権利は、私にゃ未来永劫、与えられやしないのさ」
    「……だから?」
     はっきり言え、とばかりに、エリザはモールをにらむ。
     そしてモールも顔を挙げ、穏やかな口ぶりで答える。
    「私と君は、ずっと師匠と弟子だったし、コレからもずっと、そのままでいるつもりだ。
     君を私の奥さんにしようって気は、まったく無い」

    琥珀暁・群獣伝 6

    2017.05.28.[Edit]
    神様たちの話、第62話。告白の返事(モールの場合)。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 村に戻ってすぐ、モールはエリザと共にラボのところへ向かい、こう切り出した。「恐らくそう遠くないうち、さらに強いバケモノがやって来るだろう。一旦、ココを離れた方がいいね」「なにぃ?」 モールの話に、ラボは顔をしかめる。「馬鹿言っちゃいかんぜ、モール。ここには鉱床や工房があるんだ。ここを離れたら、俺たちは生...

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    神様たちの話、第63話。
    バケモノ・スタンピード。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「……」
     エリザの目が、じいっとモールを見据えている。
     モールも視線を外さず、黙って眺める。が――内心では、かなりビクビクとしていた。
    (あー……、ついにハッキリ言っちゃったねぇ、この猛烈火の玉娘に。間違い無くコイツ、『ふざけんなアホボケカス』とか叫びながら、私に殴りかかってくるだろうね。
     さー来るぞ、今に来るぞー……)
     心の中で身構えつつ、エリザの反応を伺っていると――。
    「……分かった」
     凍りついたような真顔で一言、それだけ返して、エリザの方から顔を背けた。
    「えー……と」
     そんな反応は予想しておらず、モールは面食らう。
    「あ、あのさ? ホレ、あの、ほら、何かさ、言いたいコトあったら、あの、何でもいいからさ、ズバズバ言っちゃっていいから、……ね?」
    「……」
     あれこれとモールは声をかけたが、それ以上、エリザは何も言うことは無かった。

     その時だった。
    「……エリザ」
    「……」
     なお答えないエリザに、モールは真面目な声色でこう続けた。
    「マジな話だ。ヤバいのが来てるね。多分、私の後ろからだ」
    「……!」
     ようやくエリザが振り向き、そして息を呑む。
    「確認できたね?」
    「う、うん。デカいのんが、こっち見とる」
    「そうか」
     モールも振り返る。
     そして、まるで巨石のような体躯のバケモノが、静かに佇んでいるのを確認し、固唾を呑んだ。
    「……マジか。まるで、……獅子(ライオン)、……みたい、な、……ヤバすぎだろ」
    「らい……おん?」
     尋ねるエリザに、モールは振り向かず、首を横に振って答える。
    「めちゃヤバいバケモノだってコトだね。とにかく立て。そして構えるんだ」
     そう指示しつつ、モールも立ち上がって魔杖を構える。
     次の瞬間、「ライオン」も前傾姿勢を取り、攻撃する気配を見せた。
    「『ファイア……』」
     エリザが魔術を放とうとしたところで、モールは制そうとする。
    「バカ、まだ攻撃……」
     だが言いかけたところで、モールはぞくりと寒気を覚えた。
    「……ヤバいなんてもんじゃないね。
     絶対に、何が何でも、どうあってもって感じで――私らを殺すつもりで布陣を敷いてきてたか」
     辺りの木々がバリバリ、バキバキと音を立てて薙ぎ倒され、モールたちの周囲に、様々なバケモノが姿を現した。
     ぎゅ、とモールの袖をエリザが引く。
    「せ、先生……」
     エリザの声は震えている。
    「エリザ」
     モールは、彼女の手を優しく、しかし力強く握る。
    「私が今、君に言えるコトは、たった一つだ。
     ソレはダメだとか無理だとか、そんな後ろ向きの言葉なんかじゃない。
     頑張れだの何とかなるさだの、そんな向こう見ずの言葉なんかでもない。
     たった一つだ。たった一つ、私は君に、コレを言う。
     君ならできる。できないはずが無いね」
    「……」
     袖を引いたまま、エリザがぽつりと尋ねてくる。
    「でけると思とるん?」
    「『思う』じゃないね。『信じてる』んだ。
     君ならこんな大群の一つや二つ、返り討ちさ。チョイチョイってなもんで、ブチのめしてやれるね。
     そりゃあもう、一度この目で見たかってくらい、ハッキリと確信してるコトさね」
    「……分かった」
     エリザはモールから手を離し、呪文を唱え始めた。

     最初に飛び込んできたのは、角の生えた兎の群れ。
     それをエリザが、炎の壁で一掃する。
     続いて駆けてくる5頭の戦車馬を、モールが九条の光線で貫く。
     倒れた戦車馬を踏み越え、六つ目狼が突進してくる。
     その間にエリザが呼吸を整え、炎の槍で一頭、一頭を射抜いていく。
     倒れていく狼たちの隙間を縫うように、トカゲ鳥が怒涛のごとく押し寄せる。
     モールがふたたび光線を放ち、それらを撃ち落とす。
     何頭も、何十匹も、さらには百に及ぼうかと言う数のバケモノたちを――モールとエリザは、倒して、倒して、ひたすら倒し続けた。



     そして――疲労困憊の二人の前に、あの「ライオン」がにじり寄ってきた。
    「ホレ、エリザ、とうとう、最後の、大ボスだね」
     モールは息も絶え絶えながらも声をかけたが、エリザはゼェゼェと荒い息をするばかりで、答えない。
    「おいおい、へばったって、言うんじゃ、ないだろうね、エリザ?」
    「ハァ……へばる……に……ハァハァ……決まっとるやん……」
    「もっぺん気合を入れ直しな。コレが最後だからね」
     そう言いつつモールも深呼吸し、魔杖を構え直す。
    「二人で合わせるよ。でっかいアレをやるね」
    「ハァ……ハァ……うん」
     エリザが呪文を唱え始める。モールもそれに合わせ、詠唱する。
     じわじわと距離を詰めていた「ライオン」が、そこで駆け出し、一気に迫ってくる。
     そして累々と横たわるバケモノたちを、一足飛びに越えたところで――。
    「『エクスプロード』!」
     二人は同時に魔術を発動させ、「ライオン」を周囲の木々や他のバケモノごと、空高く吹き飛ばした。
    「……やった?」
    「やったに決まってるね。もし死んでなくとも、少なくとも私らから遠く離れた場所まで弾かれたはずさ。到底、今夜中に戻って来られやしないね」
    「……はぁ」
     途端、エリザが座り込む。
    「しんどぃ……」
    「同感。ま、私が寝ずの番しといてやるから、君は休んでな。
     こんだけ総掛かりで襲ってきたんだし、もう残党はいないと思うけども、万一ってコトもあるからね」
    「……ん」
     エリザはその場でごろんと横になり、そのまま寝息を立て始めた。

    琥珀暁・群獣伝 終

    琥珀暁・群獣伝 7

    2017.05.29.[Edit]
    神様たちの話、第63話。バケモノ・スタンピード。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「……」 エリザの目が、じいっとモールを見据えている。 モールも視線を外さず、黙って眺める。が――内心では、かなりビクビクとしていた。(あー……、ついにハッキリ言っちゃったねぇ、この猛烈火の玉娘に。間違い無くコイツ、『ふざけんなアホボケカス』とか叫びながら、私に殴りかかってくるだろうね。 さー来るぞ、今に来るぞー……...

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    神様たちの話、第64話。
    山越え問題。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「……そんなこんなで、私らはココに来たってワケさね」
     モールとエリザから旅の話を聞き終えたゼロは、ふう、とため息をつく。
    「すごいね。僕のやってきたことなんかより、よっぽどハードだ」
    「何言ってんだか。君だって相当だろ? 私ゃ国なんか作っちゃいないし、バケモノを駆逐させきってもいないしね」
     モールの返事に、ゼロが「あ、そうだった」と答える。
    「山の向こうに軍を派遣してほしいって話だったよね? 君の頼みなら勿論、引き受けたいところなんだけど……」
     その言い方に、シノンが反応する。
    「できないの? してあげればいいじゃない」
    「いや、僕個人は引き受けるつもり満々だよ。ただ、山越えするってなるとさ、……例えばシノン、君は怖いって思わないの?」
    「……あ、そうよね。嫌がる人、いっぱいいるかも知れないわ」
    「それに、こっちならバケモノ退治に行く時、ほとんど平地ばっかりだから十分な装備も持って行けるけど、山越えすることを考えると、重装備で行くのは難しい。
     だからって軽鎧だけとか、槍や魔杖を一本、二本持たせるだけなんて、死にに行かせるようなもんだし」
    「そうねぇ……。考えてみると、色々問題があるのね」
     しゅんとした顔をしたシノンに、ゼロはいつもの、穏やかな笑みを返す。
    「ま、その辺りは皆で話し合ってみるよ。モールやエリザちゃんもいるし、何かしらいいアイデアが閃くかも知れない」
    「っちゅうか」
     と、エリザが手を挙げる。
    「別に武器やったら何でもええんでしょ? 基本的に魔術で攻撃するワケですし」
    「ん? まあ、そう言えばそうなんだけど、魔術は魔杖とか、武器の質も良くないと……」
     言いかけたゼロの鼻先に、エリザが自分の魔杖を向ける。
    「コレ、ラボさんトコで造ったヤツですけども、そう質がよろしないってコトは無いですよね?」
    「なるほど」
     ゼロはエリザの魔杖を確かめつつ、こう続けた。
    「つまりエリザちゃん、君が言いたいのは――僕らは負担の軽い軽装で山を越え、現地に向かう。そして現地で十分な装備を調達する、って作戦だね?」
    「そう、そう。ソレやったら手間もかからへんやろし」
    「いい案だと思うね、私は」
     やり取りを眺めていたモールが、ニヤっと笑う。
    「怖いだの何だのって話も、要は『向こうに何があるのか分かんない』ってコトだろ?
     そんなら、私とエリザの話をしてやりゃいい。どんなトコか分かりゃ、何にも怖いコトなんて無いさね」
    「そうね、むしろそんな話を聞いたら、みんな行ってみたいって思うかも知れないわ」
     シノンが楽しそうにうなずいたところで、モールが席を立った。
    「善は急げだ、ゼロ。早速人を集めて講演会しようかね」

     人を集め、モールとエリザの二人が体験談を一通り話したところ――。
    「ま、……マジかぁ」
    「山の向こうって、人いたのか……」
    「て言うか、結構デカい村まであんのかよ?」
    「すごーい!」
     聴衆のほとんどが目を輝かせ、興奮した様子を見せていた。
    「あっ、あの、あの! えっと、モールさんでしたっけ!?」
     と、一人が手を挙げ、モールに近付く。
    「何さ?」
    「山って、越えるのにどれくらいかかったんですか?」
    「あー、そうだねぇ、半月くらいかね。慣れてて」
     続いて、別の者も挙手する。
    「向こうにも短耳とか長耳って、います?」
    「いるいる、短耳は一杯いるね。でも長耳はあんまり見たコト無いね。だよね、エリザ」
    「せやねぇ。ウチも見たんはこっちが初めてかも」
    「あの、君って毛並みが何か違うけど……」
     その後も次々と質問攻めに遭い、モールたちは次第に辟易としてきた。
    「……あーもう、ラチが明かないね! 質問はまた時間設けてゆっくり受けるから、ともかく今日はココまで! ねっ!」
     しまいには強引にモールが質問を締め切り、その日の講演を終わらせた。

    琥珀暁・南征伝 1

    2017.05.31.[Edit]
    神様たちの話、第64話。山越え問題。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「……そんなこんなで、私らはココに来たってワケさね」 モールとエリザから旅の話を聞き終えたゼロは、ふう、とため息をつく。「すごいね。僕のやってきたことなんかより、よっぽどハードだ」「何言ってんだか。君だって相当だろ? 私ゃ国なんか作っちゃいないし、バケモノを駆逐させきってもいないしね」 モールの返事に、ゼロが「あ、そうだっ...

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    神様たちの話、第65話。
    文化の違い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     講演後も、モールたち師弟のところには引っ切り無しに、質問に来る者たちが訪れていた。
    「……だからね、ココより魚とか多いと思うよ。つっても川魚の方だけど」
    「いやぁ、それでも楽しそうっス。川のは川ので、また変わった釣り甲斐が……」「んで、他に質問は?」「……あー、いや、無いっス」
     モールに邪険にされ気味に応じられたものの、質問に来たその黒毛の狼獣人は、満足そうに頭を下げる。
    「今日はありがとうございましたっス。……あ、そんでモールさん」
    「ん? まだ何かあるね?」
    「あ、いや。南の方に行く奴、集めてるって聞いたんスけど」
    「ああ、うん。細かいコトはゼロに任せてるから、行きたいってんならソッチに相談してね」
    「了解っス。そんじゃ……」
     もう一度ぺこ、と頭を下げ、狼獣人はその場を後にする。
    (……今日はもう終わりかねぇ?)
     人が途切れたのを確認し、モールはエリザの方に目をやる。
    (アレが最後かね)
     エリザの方もモールと同様、質問に訪れた客と話していた。
    「ほんなら今、こっちの皆さんってみんな、ゼロさんに苗字付けてもろてる感じなんですか?」
     と言うよりも、逆にエリザが質問しているらしい。
    「いや、流石にゼロも忙しいからなぁ。
     俺と友達のフレンと、後何人かは付けてもらったけど、ゼロがいっぱいいっぱいになってからは、なかなかそこまで手が回らなくなっちまってさ。
     だから最近じゃ、皆自分で考えて名乗ってるみたいだぜ」
    「へぇ」
    「でもやっぱ、『カミサマに付けてほしい』って思う奴もいるみたいでさ、たまーにゼロがやってるってのは聞くかな。
     南の方じゃ、苗字ってもうみんな付いてるんだろ?」
    「ええ。ウチの方はカミサマとかおらへんから、全部自分らで付けたヤツっぽいですけど」
    「そこが不思議なんだよなぁ」
     訪れたその短耳は首を傾げつつ、こう続ける。
    「俺たちは何でもかんでもゼロから話聞いてやってきたんだけど、南の奴ってどうやって、あれやこれやの知識を蓄えてきたんだろうなぁ」
    「今までバケモノからうまいコト逃げ回って長生きでけた人も結構いてはるし、そう言う人らから伝え聞いて、何とかやってこられたんやないですかねぇ」
    「なるほどなぁ。ま、こっちだってバケモノを駆逐できたんだ。これからはきっと、そう言う生き方もできるさ。
     あ、そうそう。俺も南への遠征、参加するから。と言うか、遠征隊のリーダーを任されることになってる」
    「あら、そうなんですか?」
     嬉しそうに笑みを浮かべたエリザに、短耳も笑って返す。
    「だからさ、俺のこと覚えといてくれよ。今度会った時、『誰?』なんて言われたら寂しいし」
    「アハハ……、大丈夫です。ゲート・シモンさんて、フルネームでバッチリ覚えました」
    「そりゃ嬉しいね。じゃ、今日はこの辺で」
    「はい、また」
     客が去り、二人になったところで、モールが声をかける。
    「随分仲良くなったみたいだね」
    「あれ? 嫉妬しとるん、先生?」
     エリザはいたずらっぽく笑い、こう返す。
    「アタシのコト、振ったクセして」
    「あ、いや、そう言うのじゃなくてさ」
    「ソレは置いといて、先生な?」
     一転、エリザは真剣な表情になる。
    「遠征の話、ゼロさんに任せっきりやって今、チラっと耳に挟んだけど」
    「ん」
    「アタシも色々やってんねんで。放りっぱなしにしとるん、先生だけやで」
    「う、……いやね、政治だとか軍事だとか采配だとか、そう言うの苦手なんだよね、私。ソレもあるから、こっちに来たワケでね」
    「せやからって、丸投げするのんはおかしいやろ。ちょっとくらい手ぇ貸したってもええと思うんやけど。
     今やって先生、ウチらんトコに来はったお客さん、邪険にしよって。ちょっと意地の悪いのんがおったら、『ゼロさんの友達やって聞いたのに、けったいなヤツやったで』とか言いふらされるで?
     そうなったらゼロさんに迷惑かかるって思わへんの?」
    「……チッ」
     謝るどころか、モールは悪態をつく。
    「そーゆーせせこましい人間関係なんか、私が知ったこっちゃないね。元から俗世間を離れた身だしさ」
    「はーぁ」
     エリザはイライラした様子で、背を向けた。
    「やっぱり振られて正解やね。先生みたいなんをダンナにしたらアタシ、苦労しまくりやわ」
    「フン」
     モールもぷい、と背を向け、結局その日は、二人とも無言で過ごした。

    琥珀暁・南征伝 2

    2017.06.01.[Edit]
    神様たちの話、第65話。文化の違い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 講演後も、モールたち師弟のところには引っ切り無しに、質問に来る者たちが訪れていた。「……だからね、ココより魚とか多いと思うよ。つっても川魚の方だけど」「いやぁ、それでも楽しそうっス。川のは川ので、また変わった釣り甲斐が……」「んで、他に質問は?」「……あー、いや、無いっス」 モールに邪険にされ気味に応じられたものの、質問に来...

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    神様たちの話、第66話。
    遠征隊の出発。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エリザたちが山を越えてから1ヶ月後、いよいよ南への遠征隊が動き出した。
    「ソレにしても、まさかこんなに来てくれるなんてね」
     坂の中腹で、モールが後ろを振り返る。
    「壁の山」を登り始めてまだ二合目と言うところだったが、そこからふもとまでの道のりをほぼ、人が埋め尽くしている様子が、隣りにいたエリザにも確認できた。
    「何人って言ってたっけね?」
    「聞いた話やと、……200人くらい? やったはず」
    「結構な人数だね。どれくらいだっけ、派遣期間って」
    「まず3ヶ月。ソレでもまだ駆逐しきれへんってなりそうやったら、状況に応じて延長ありって、ゼロさん言うてた」
    「そっか。北じゃどのくらいで駆逐したって判断したんだっけね」
    「さあ……? ソコら辺はアタシも、詳しくは聞いてへんわ」
     と、師弟の話を横で聞いていたゲートが割り込む。
    「4年、……双月暦4年だな。
     その年の半ばくらいになって、何回遠征してもバケモノが見つからないってなって、それでゼロが、『完全に駆逐した』って宣言したんだ。
     実際、それからもう2年経ってるけど、北じゃもうまったく、見たって話は聞かない」
    「確か、始めに討伐作戦やったはったんて、元年――の1日前――からですよね。ちゅうことは3年半、……くらい?」
     それを聞いて、エリザは不安になる。
    「来てもらえるんが3ヶ月だけやったら全然、足りひんですよね」
    「いや、そうとも限らん」
     ゲートは自分の胸をどん、と叩いて見せる。
    「最初は装備も人も、対策方法もまとまってなかったんだ。だから4年かかった。
     だけど今なら――まあ、装備はこれからとして――十分手慣れてた奴がいっぱいいるし、どう戦ったらやりやすいかも把握できてる。
     そりゃ確かに3ヶ月じゃ足らんかも知れんが、かと言って4年もかかったりしないさ」
    「だといいけどね。
     あ、別に君らの腕を信用してないってワケじゃなくてね、北と南じゃ勝手が違ったり、北にゃ無い出来事が南で起こったりするかも、って意味でね。
     ソレにさ、今までの討伐はゼロがいたらしいけど――アイツ、忙しくて城から離れらんないっつってさ――今回はいないってコトもあるしね。火力不足ってのは確かだろ?」
     モールの言葉に若干むっとした表情を見せながら、ゲートはこう続けた。
    「確かに不測の事態ってのはあるし、ゼロがいないことも確かだ。だがそれも込みで、4年はかからん。そう言ったつもりだ」
    「ああ、うん、分かってるってね。いや、まあ、気分を悪くさせるつもりは無くてね、あくまで何があるか分からないから……」「あー、と」
     たまらず、エリザがモールの返答をさえぎる。
    「大丈夫です。あたしも先生も、十分に信頼しとりますよって。頼りにしてますで、シモンさん」
    「うん、……まあ、それならいいんだ」
     まだ不機嫌な様子を見せるゲートを見て、エリザは無理矢理話題を変える。
    「あ、あー、と、……せや、シモンさん。ご家族……、奥さんいてはるんですよね? こないだ話した時、そう言う感じのコト言うてはったなーって」
    「ん? ああ、いるよ」
    「確か、メノーさんでしたっけ」
    「そう、そう。嬉しいね、そこまで覚えててくれてるなんて」
    「アタシ、記憶力ええ方なんで。もうどれくらいに?」
    「3年になる」
    「ほな、お子さんもおったり?」
    「ああ、1人いる。ハンニバルって言って、ゼロに名付けてもらったんだ。今年で2歳。
     あと、もしかしたらもう一人産まれるかも、……って」
    「あら、そうやったんですか? ほな、ホンマに3ヶ月ですぱーっと終わらさなあきませんね」
    「そうだな。正直、早く帰りたいよ」
    「分かります、分かります。あたしも精一杯やりますし、早よ帰れるように頑張りましょ」
    「おう」
     どうにか機嫌が直ったらしく、ゲートはにこにこと笑っている。
     それを確認しつつ、エリザはモールの方に向き直る。
    (ホンマにこのポンコツは~……! 一々人にケンカ売らな、話もでけへんのかっ)
     が、モールの方は気まずくなったか面倒臭くなったか、あるいは既に関心を失ったらしく、二人から離れた場所で別の人間に話しかけていた。
    (……コイツ、どさくさに紛れて一回ブッ込んだろかな、ホンマに)
     逆にエリザの方が苛立ちを募らせたまま、行軍は進んで行った。

    琥珀暁・南征伝 3

    2017.06.02.[Edit]
    神様たちの話、第66話。遠征隊の出発。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. エリザたちが山を越えてから1ヶ月後、いよいよ南への遠征隊が動き出した。「ソレにしても、まさかこんなに来てくれるなんてね」 坂の中腹で、モールが後ろを振り返る。「壁の山」を登り始めてまだ二合目と言うところだったが、そこからふもとまでの道のりをほぼ、人が埋め尽くしている様子が、隣りにいたエリザにも確認できた。「何人って言...

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    神様たちの話、第67話。
    離脱。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     山越え自体は――エリザの精神安定と言う面を除いて――特に問題無く終わり、遠征隊は山の南側、即ちエリザの故郷がある地域に到着した。
    「こっちはもう雪が解けてるんだな」
    「って言うか、微妙に暑い気がする」
    「草とか木も、かなり茂ってるな。牛が良く育ちそうだ」
    「羊もな」
     北と大きく異なる気候に、遠征隊の誰もが驚いており、中には感動する者さえいる。
    「なあエリザちゃん、あれ何だ? 水の上に花が咲いてるぞ?」
    「アレ? ……ああ」
     エリザは近くにあった湖に手を伸ばし、その花を手折る。
    「蓮ですわ。こっちの方では結構あっちこっちで見られるヤツです。ちゅうても、アタシも目にしたんは故郷を離れてからですけども」
    「はす、かぁ。白くて、綺麗な花だな」
    「ええ、アタシも好きな花です。コレの名前元にもしとりますしな」
     そう言いつつ、エリザは自分の魔杖を掲げ、先端におごられた水晶を見せる。
    「前にも話したかもですけど、コレ、今から行く村で造ったヤツなんです」
    「ああ、『ロータステイル』だったっけ。見れば見るほど、いい出来だよな。俺たちもこんないい武器、是非欲しいもんだ」
    「向こうでそう言うたら、皆大喜びで造ってくれはりますよ」
     と、そこへモールがやって来る。
    「ちょいと、エリザ。あんまり大きなコト、言うもんじゃないね」
    「……何やねんな」
     モールを見て、エリザは途端に、邪険に扱おうとする。
    「またいらんコトやいやい言うて、ケンカ売るつもりか?」
    「違うっつの。そうじゃなくてね、『もしも』があるよってコト、忘れるんじゃないって言いたいんだよ、私はね」
    「もしも? アタシらがおらへん間に、村が襲われとるかもってコトですか?
     そうならへんように、村を出たすぐ後、アタシら仕掛けてたやないですか」
    「そうだよ。でもさ、アレだって絶対間違い無く思い通りになるって保証は無いよね?」
    「……チッ」
     ここまでの行軍で散々苛立たされていたため、エリザは思わず声を荒げてしまう。
    「こんなトコで何言い出すねんな、このポンコツ!」
    「……あ?」
     エリザと同様、気の短い性質のモールも、この一言で火が点いた。
    「何がポンコツだ、この向こう見ずのバカ」
    「バカぁ? 山の向こうからわざわざ来てくれてはる皆のド真ん中で『行ってもどうせ皆死んでるね』なんてやる気削ぐようなコト抜かす方がよっぽどバカとちゃうんかい? あぁ?」
    「んなコトまで言ってないだろ? 人が言ってもいないコトまで捏造してなじるんじゃないね。嘘つきは泥棒の始まりって親から聞いてないのかねぇ? ああ、親は自分から縁切って捨てたんだったっけ? 根っからの人でなしってワケか、生きてて恥ずかしくないのかねぇ?」
    「……ッ、この」
     モールのあまりにもひどい罵倒に、エリザは我を失いかけ、魔杖を振り上げた。

     だが――。
    「いい加減にしとけよ、兄ちゃんよぉ?」
     エリザの前に黒い影が飛び出し、モールを殴りつけた。
    「おご……っ!?」
     モールは簡単に弾かれ、地面に倒れ込む。
    「前からいっぺん言おうと思ってたが、アンタめっちゃくちゃ嫌な奴だな。
     挙句、女の子に『人でなし』だと? アンタの方が百倍人でなしだぜ!」
    「……チッ」
     モールは頬を押さえつつ立ち上がり、自分を殴った黒毛の狼獣人をにらむ。
    「何だ、女の子にいいトコ見せて男を上げようって魂胆かね?
     ヘッ、今回は若気の至りってコトで許してやるけどね、忘れるなよ? 今回この行軍はゼロの、つまり私の友人の命令で動いてるってコトを……」「ええ加減にせえよ、ボケ」
     今度は冷静に魔杖を振り上げ、エリザがモールを叩きのめした。
    「うっぐ……、武器使うなよ。マジで痛いっつの」
    「やかましわ、アホンダラ!
     アタシ、前にも言うたよな? ホンマに友達やったら、ゼロさんに恥かかすようなコトするなって。今、『友人』言うて笠に着て、何やかや振りかざそうとしとったけど、ソレが友達に対する態度か!?
     見下げ果てたわ。先生は確かに魔術の腕はええけど、ソレだけのヤツや。人としてはえげつないくらい腐っとる! 臭くてたまらんわ!」
    「ソコまで言うかね、まったく……」
     ブツブツ唱えながら、モールはエリザに背を向ける。
     それを見て、エリザは更に声を荒げた。
    「何やな、謝らへんのか!? アンタ謝ったら死ぬっちゅうんか、あぁ!?」
    「ああ死ぬね、くっだらないコトで一々謝ってたらストレスで死んじまうね。
     もうココまで人が来たら、後は君だけでどうともできるだろ? できるんなら勝手にやりゃいいさ、私抜きでね。
     じゃあね」
     モールはそのままスタスタと歩き去り、遠征隊から離れて行った。

    琥珀暁・南征伝 4

    2017.06.03.[Edit]
    神様たちの話、第67話。離脱。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 山越え自体は――エリザの精神安定と言う面を除いて――特に問題無く終わり、遠征隊は山の南側、即ちエリザの故郷がある地域に到着した。「こっちはもう雪が解けてるんだな」「って言うか、微妙に暑い気がする」「草とか木も、かなり茂ってるな。牛が良く育ちそうだ」「羊もな」 北と大きく異なる気候に、遠征隊の誰もが驚いており、中には感動する者さえ...

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    神様たちの話、第68話。
    打算と悲報。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     モールの後ろ姿を呆然と見送る遠征隊の皆に、エリザは明るい声を作って呼びかける。
    「まあ、何や。とりあえず放っとくしかあらへんでしょ。行きましょか、皆さん」
    「い、いいのかよ?」
     尋ねた黒い狼獣人に、エリザは肩をすくめて返す。
    「謝らへんし、悪びれもせえへんし、不貞腐れてどっか行くようなんをいつまでも構ってられへんでしょ?
     あんなアホ一人に構うより、今は村へ急ぐ方が先ですわ」
    「おっ、……おう」

     モールが抜けた後、エリザが場をどうにかなだめ、遠征隊はラボたちの村へと到着した。
    「見た感じ……、は、無事そうやな」
    「ああ。建物も柵も壊れてないし、普通に畑耕してる奴が何人もいるな」
     そのまま村に入ると、すぐに村人たちが集まってきた。
    「エリちゃん! 戻ってきたのか!」
    「あ、みんな!」
     集まってきた皆に、エリザと遠征隊の者たちが経緯を説明する。
    「……ちゅうコトで、武器を用意してほしいんですけども、でけますか?」
    「そう言うことなら、喜んで造るさ。勿論、お代は欲しいところなんだが……」
     若干渋ったラボに、エリザがこう提案する。
    「こっちが平和になって、山越えするんが普通になってきたら、ココで買い物する人は確実に増えますで。
     その時、『ココで使た武器がめっちゃ使い心地良かった』っちゅう前評判があったら、もっと儲けが出るんやないですか?」
    「なるほど、そう言う考えもあるか。もしそれでマジに儲けが出るんなら、差し引きで黒字になるかも知れんしな」
    「ソレにですで」
     エリザはニヤっと笑い、こう付け加えた。
    「ココで『ウチらの武器で助けに来たったで』ちゅうて東の村に乗り込んだったら、恩も売れますしな」
    「東の、……だって?」
     ところが、ラボは神妙な顔になる。
    「どないしたんですか?」
    「……そうか、あれは最近の話だからな。エリちゃんが知らんのも無理は無いか」
    「何を……ですか」
     そう尋ねつつも、エリザは心のどこかで、その「何か」を察していた。
    「東の村――エリちゃんが元いた村は、……本当に最近のことだが、……その」
    「襲われた、っちゅうコトですか」
    「ああ。正直憎らしい村だったが、それだけに、あんなところが襲われて壊滅するなんて、夢にも思わなかった」
    「村の人らは……?」
     エリザの問いに、ラボは首を横に降って答える。
    「何人かはこっちに来た。だが大半は行方知らずだとさ。……とは言え、恐らくは」
    「食われた、……と」
    「だろうな。だから恩を売るも何も、売る相手がいないってことだ。
     しかしバケモノを追い払い、村を奪還できれば、鉱床はほぼ間違い無くエリちゃん、君のものになるだろう。大軍を引き連れ、バケモノ退治した英雄なんだから、な。
     もしそうなれば、君は事実上、この界隈一の大金持ちになるだろう。あそこには金を始めとして、かなり色んな種類の鉱物・金属が出るらしいからな」
    「なるかも、……ですな」
    「他が反発したって、俺と、俺の村の奴は君を支持する。東の村にいた奴らだって、何だかんだ幅を利かせて独り占めしてたようなもんだからな。
     もっとも君がいらないと言うなら、俺たちで協議してどこに渡すか決めるが」
     暗に尋ねるようなラボの言葉に、エリザは肩をすくめて返した。
    「アタシがもらいます。公平に考えたらそら、アタシにもらう権利は無いかも知れませんけども、公平にしてもろた記憶はまったくありませんしな。
     多少歪んでようと、何かしらもらえる理由があるんやったら、遠慮せんともらうつもりですわ」
    「そう言ってくれた方が、こちらとしては気が楽だ。
     っと、そうだ。エリちゃん、あの『魔法使い』さん、姿が見えないが、どこにいるんだ?」
    「……先生のコトですか」
     エリザはクロスセントラルや行軍中におけるモールの言動を話し、大きくかぶりを振った。
    「ホンマにあのポンコツ、いなくなってせいせいしたっちゅうか」
    「う、……うーん?」
     ところが、ラボは腑に落ち無さそうな表情を浮かべている。
    「そんな奴……、だったか? 俺の記憶じゃ、結構色んなことを腐心してくれたって覚えがあるんだが……?」
    「……え?」

    琥珀暁・南征伝 5

    2017.06.04.[Edit]
    神様たちの話、第68話。打算と悲報。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. モールの後ろ姿を呆然と見送る遠征隊の皆に、エリザは明るい声を作って呼びかける。「まあ、何や。とりあえず放っとくしかあらへんでしょ。行きましょか、皆さん」「い、いいのかよ?」 尋ねた黒い狼獣人に、エリザは肩をすくめて返す。「謝らへんし、悪びれもせえへんし、不貞腐れてどっか行くようなんをいつまでも構ってられへんでしょ? あ...

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    神様たちの話、第69話。
    故郷奪還へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ラボに案内され、エリザは東の村から逃れてきた難民たちが住む小屋を訪ねた。
    「……」
     だが、そこにいた者たちはいずれも虚ろな目をしており、エリザを見ても、ほとんど反応を示さなかった。
     たまりかねたエリザは、彼らの前に立ち、自分の名を名乗る。
    「アタシはエリザ。エリザ・アーティエゴや。覚えてへんか? 宝飾屋のアーティエゴのコトを。仲間仰山連れて帰って来たんや」
    「……」
     と、一人がのろのろと顔を挙げ、小屋の隅を指差す。
    「ソコにアーティエゴのせがれがおる」
    「えっ」
     エリザは示された方を向き、自分より2、3歳年下の少年が膝を抱え、ちょこんとうずくまっているのを確認する。
    「に、……ニコルか? アンタ、ニコル?」
    「……」
     エリザがすぐ前まで近付いたところで少年は顔を挙げ、こくんとうなずく。
    「お父やんは? ドコにおるんや?」
    「……」
     ニコルは力無く首を横に振り、ふたたび膝に顔を埋める。
     と、指差した男がまた口を開く。
    「俺らが見つけた時はソイツ一人やった。ヨブのヤツがどうなったかは俺も知らへんし、誰も知らへんと思うで。ま、どうせ死んどるやろな」
    「……っ」
     男の心無い言葉に、エリザは思わず下唇を噛む。
     そんな様子を見せてもなお、男の罵倒は続く。
    「でもアレやな。よく今更戻ってきよったもんやな、お前」
    「……」
    「親の言うコト聞かんと好き勝手あっちこっちブラブラして、親が死んでからノコノコ戻ってきよって。
     仲間連れてきた? なんやそれ。人集めてバケモノ倒してもろて、自分だけ感謝してもらおか、ってか? はっ、ええ根性しとるやないけ」
    「……」
     なおも中傷し続ける男に背を向け、エリザはニコルに手を伸ばす。
    「こっち来、ニコル。こんなトコおったら人間、腐るで」
    「……うん」
     もぞもぞと立ち上がったニコルの手を引き、エリザは小屋の出口に向かう。
     そしてまだ何かぶつぶつと唱える男に、エリザは背を向けたまま、こう吐き捨てた。
    「気ぃ済むまでソコでほざいとき。痛くも痒くもないし。
     他にやるコト無いんやったらアタシがバケモノ倒すん、指くわえてボーッと見とき」
     そのままエリザは、ニコルを連れて小屋を出る。
     彼女が小屋を後にしてもなお、男はまだ何かうなっていたが、既にエリザの耳には入っていなかった。



     ラボの村に到着してから1週間後、遠征隊の装備が整い、いよいよ東の村へ向かうことになった。
    「今までの経験から、バケモノは村や集落、その他人が集まるところを襲った後、数日から半月程度は留まっていることが分かっている。ゼロの言葉を借りるなら、『人がもう一度集まって結束できないように図ってる』と言うことだ。
     東の村が襲われたのは10日近く前だそうだから、まだ大勢残ってる可能性は高い。俺たちが到着し次第、交戦に入ることも大いにあるだろう。
     だがバケモノを見付けたら勝手に攻撃しようとせず、まず発見したことを魔術と口頭で周知すること。攻撃する際は必ず2班、8人以上で連携を取り、態勢を整えた上で討伐に当たれ。
     全員、気を引き締めてかかれ。では、出発!」
     ゲートの命令に、エリザを含む全員が敬礼を返し、行軍が開始された。
    「……っと、エリちゃん」
     動き始めて間も無く、ゲートがエリザに声をかける。
    「弟さん……、ニコル君だっけ。もう大丈夫なのか?」
    「ええ、アタシに再会してからは、ちょっとは気分良うなったみたいで。ラボさんの子供さんらとも遊んどるん、昨日も見ましたし、大丈夫やろと思います」
    「そっか。いや、なんだ、君が不安になってるんじゃないかって、気になったんでな」
     心配そうに自分を見つめるゲートに、エリザは笑って返す。
    「すぐ終わらせて、すぐ帰る。そのつもりですから。ゲートさんのご家族のコトもありますし、この遠征も3ヶ月でスパッと終わらせましょ」
    「はは、そうだな。……っと、あともう一つ、気になってたことがあるんだ」
    「何でしょ?」
    「モール氏のことだ。
     君だから正直な感想を言うんだが、彼にはあんまりいい印象が持てなかった。山越えの間、結構キツいことを言われたしな。隊の皆も苦い顔してたよ。
     だけどネール氏の村じゃ、『偏屈だけど良い奴』って言われてた。偏屈だってところは共感できるんだが、どう考えても『良い奴』ってのが、ピンと来ないんだ。
     それで思ったんだが、もしかしたら彼の方でも、俺たちにいい印象を持ってなくて、だから俺たちにああ言う態度を取ってたんじゃないかって。
     そこを一度、弟子の君に聞いてみたかったんだが、どうだろうか?」
    「んー……、そうですな」
     エリザは首を傾げつつ、途切れ途切れに答える。
    「まあ、その……、元から気紛れな人っぽいですし、何ちゅうか、単に虫の居所が悪かっただけやないかなー、……って」
    「そんなもんなのか……?」
    「長年一緒におりましたし、そんなもんやろと思いますで」
    「そうか……」
     ゲートはまだ腑に落ち無さそうにしていたが、エリザはそれ以上言及しなかった。
    (もしかしたら、っちゅう予想はあるけど……、まだ何とも言えんし)
     エリザ自身ももやもやとしたものを抱えつつ、遠征隊は東へと進んで行った。

    琥珀暁・南征伝 終

    琥珀暁・南征伝 6

    2017.06.05.[Edit]
    神様たちの話、第69話。故郷奪還へ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ラボに案内され、エリザは東の村から逃れてきた難民たちが住む小屋を訪ねた。「……」 だが、そこにいた者たちはいずれも虚ろな目をしており、エリザを見ても、ほとんど反応を示さなかった。 たまりかねたエリザは、彼らの前に立ち、自分の名を名乗る。「アタシはエリザ。エリザ・アーティエゴや。覚えてへんか? 宝飾屋のアーティエゴのコトを...

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    神様たちの話、第70話。
    基地設営。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     東の村が近付いてきたところで、遠征隊は一旦進軍を止めた、
    「この辺りに前線基地を造る。
     村に入ってから万一、バケモノの攻勢に圧されたとしても、ここまで退却すれば態勢を立て直せるようにな」
     ゲートにそう説明され、エリザは素直に感心する。
    「やっぱり経験が違いますな。アタシと先生だけやったら、わーっとまっすぐ突っ込んでそのまんま進退極めそうですわ」
    「おいおい……」
     エリザの言葉に苦笑しつつ、ゲートは説明を続ける。
    「基地の設営は4時間くらいで終わる予定だ。
     東の村の状況をここから確かめられるようにやぐらを建てたり、バケモノがこっちに来ても追い返せるように壁や柵を並べたり、後は簡単な寝床とかまどとか、くらいかな」
    「了解です。ほなアタシ、手伝ってきますね」
     そう返したところで、ゲートは「いや」と制する。
    「君は俺と一緒に、作戦会議に参加してほしい。
     基地を造って、その後『わーっとまっすぐ』ってわけには行かないからな」
    「あ、そうですな」

     ゲートは遠征隊の各班班長たちを集め、作戦会議を始めた。
    「ネール氏の村で集めた情報によれば、バケモノどもは出現から数時間で、100人規模の村を壊滅させたとのことだ。情報から判断するに、数は最小でも六目狼級が20頭程度。戦車馬級からヘラ角兎級と言った中小サイズのバケモノも、その3倍から5倍は付随していることが考えられる。
     ただしエリちゃんの証言から、この地においても『巨獅子』が棲息していることが明らかになっている。双月暦2年4月における第4次イーストフィールド戦、あるいは双月暦3年9月の第5次サウスフィールド戦の時のように、既棲のバケモノを討伐した直後に巨獅子級が複数出現すると言うような可能性も高い。
     どちらにしても現在確定している情報は少なく、無闇に人員を送り込んでも討伐できる可能性は低い。よって、まずは2~3班を斥候に向かわせ、村の状況やバケモノの数、種類を把握しておこうと思う。
     他に提案のある者、あるいは反対の者はいるか?」
     ゲートの提案に、班長たちは揃ってうなずく。
    「特には」
    「問題ないでしょう」
     エリザもうなずいたところで、ゲートが話を続ける。
    「では、斥候はモア、ワイルド、それからゴアの班に任せる。早速出発してくれ。夕暮れまでに帰投すること」
    「了解です」
     それを聞いて、エリザが手を挙げる。
    「あ、あのっ。アタシも行った方がええですよね?」
     ところが、ゲートは首を横に振る。
    「いや、君は今回残って欲しい」
    「でも村のコト詳しいですし……」
    「だからこそだ。君は聡明な子だと言うことは十分に分かっているつもりだが、一方で結構アツくなる子だってことも知っている。
     村の惨状を目にした途端、思わずその元凶に向かって駆け出してしまう、……と言うことは絶対無いと、君は断言できるか?」
    「う……」
    「一人の勝手な行動が大勢に迷惑をかけることは、君の師匠が十分に証明してくれている。
     バケモノどもの間近にまで迫ったこの状況で、もしも君に師匠と同じことをされたら、俺たち200人が相当の危険にさらされる。
     だから冷静に行動してもらうと言う意味で、君はここに残って欲しいんだ。勿論、本格的に討伐を開始するって時には参加してもらう。それで納得してくれるかな?」
     丁寧に諭され、エリザは素直にうなずいた。
    「分かりました」

     基地の設営中も、エリザはこのゲート・シモンと言う人物に、リーダーとして重要な素質・素養を色々と学ぶことができた。
    「ああ、武器はここだけじゃなく、南門と西門にも分けて置いておいてくれ」
    「はい、隊長」
     基地のあちこちを周って指示を出すゲートの後を追いつつ、エリザは色々と質問する。
    「東側とか北側には置かへんのですか?」
    「ああ。バケモノが襲撃してきたとしたら、そのどっちかからになるだろうからな。門が破られると同時に武器を蹴散らされちゃ、どうしようも無くなる」
    「あ、なるほどー」
     そして――相当忙しいにもかかわらず――自分を邪険に扱うことなく、一つ一つ丁寧に答えてくれるゲートを、エリザはすっかり気に入っていた。
    (全っ然、先生とちゃうわぁ、この人……)

    琥珀暁・駆逐伝 1

    2017.06.07.[Edit]
    神様たちの話、第70話。基地設営。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 東の村が近付いてきたところで、遠征隊は一旦進軍を止めた、「この辺りに前線基地を造る。 村に入ってから万一、バケモノの攻勢に圧されたとしても、ここまで退却すれば態勢を立て直せるようにな」 ゲートにそう説明され、エリザは素直に感心する。「やっぱり経験が違いますな。アタシと先生だけやったら、わーっとまっすぐ突っ込んでそのまんま...

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    神様たちの話、第71話。
    バケモノ駆逐作戦、開始。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     日が落ちるとほぼ同時に、斥候に向かっていた3班が戻ってきた。
    「隊長の予測していた通り、六目狼級のバケモノは20頭ほど確認できました。また、付随している戦車馬級以下のバケモノも、隊長の予測通りの数であったことを確認しています。
     村の状況ですが、建物の類はまったく残っていませんでした。村人が残っている可能性は皆無でしょう。
     なお、村の周辺にもトカゲ鳥級のバケモノが4~50匹程度徘徊しており、これらは村内にいるバケモノらの援護的役割にあるものではないかと考えられます」
     報告を受け、ゲートは腕を組んでうなる。
    「ふーむ……、トカゲ鳥に囲まれて挟撃されるおそれがあるし、村へまっすぐ突っ込むわけには行かなさそうだな。
     となるとまずは、村周辺をクリアリング(一定の範囲内における敵勢力の排除、掃討)する必要があるか。10班を散開させてやってもらうとしよう。
     ある程度クリアリングを進めたら村に入り、一気に残りのバケモノを叩き出す。こっちには30班を投入しよう。
     残る10班は基地の保安と退路確保だ。万が一村に攻め入った40班が敗走した場合は、この10班が助けに向かう。また、村周辺以外にバケモノが現れた場合にも、保安班に応戦してもらう。
     この作戦で行こうと思うが、他に提案のある者はいるか?」
     斥候の際と同様、ゲートが班長らに尋ねる。
     同様に班長らがうなずく中、エリザが手を挙げる。
    「すみません、アタシはどないしたら……?」
    「ああ、そうだった。エリちゃんは俺と一緒に、村に入ってくれ。君の魔術にはすごく期待してるし、存分に腕を奮って欲しい」
    「……はい!」
     エリザは満面の笑みで、ゲートに応えた。

     周辺掃討班が出発して1時間後、彼らから魔術による通信が入る。
    《バケモノは粗方片付けました。村周辺に他のバケモノの姿は確認できません》
    「分かった。こちらからの指示があるまで、引き続き警戒に当たってくれ。何かあればすぐ教えてくれ」
    《了解です》
     通信を終え、ゲートは全員に通達する。
    「聞いての通りだ! 後は村に残っているバケモノを駆逐するぞ!」
    「おうッ!」
     ゲートの指示に従い、村へ向かう本隊が続々と北門から出発する。
    「エリちゃん、俺たちも行くぞ!」
    「はいっ!」
     エリザたちが出たところで、門が閉じられる。
    「基地を頼む! もしも巨獅子級のバケモノが出現したら、すぐに知らせてくれ!」
    「はっ!」
     保守班にも指示を出し、ゲートは本隊の最後尾に付いた。

     村への短い道のりの途中、ゲートがエリザに語りかける。
    「実を言えば、怖いって気持ちはある」
    「えっ……」
     その言葉に、エリザは不安を覚える。
     しかし、ゲートの次の言葉によって、その不安は和らいだ。
    「だけどな、だからこそ生きて帰れるってもんだ。『死ぬのも怖くないぜ』なんて言ってる奴は、それこそマジに最前線を突っ切って死んじまう。引き際が分からんからだ。
     俺たちの中に、そんなバカはいない。一人もだ。皆、ちゃんと引き際を心得てるし、どの程度まで踏み込めば無事で済むかってことも、十分把握してる。
     安心しな、エリちゃん。全員、生きて帰れる。勿論、君もだ」
    「あ、は、……はい」
     返事を返しながら、エリザは自分が今まで震えていたことと、その震えが収まったことに気付く。
    (シモンさん……、アタシが自分でも分からへんうちに怖がってたコト、分かっててくれたんやな)
     半ば無意識に、エリザはゲートの手をぎゅっと握っていた。
    「……あ、……ごめんなさい、……つい」
     手を離そうとしたが、ゲートはニッと笑い、手を握り返す。
    「いいよ。握ってな」
    「……す、すみま、せん」
     エリザはもう一方の手で自分のほおを、ゲートに気付かれぬようそっと触り、熱くなっているのを感じた。

    琥珀暁・駆逐伝 2

    2017.06.08.[Edit]
    神様たちの話、第71話。バケモノ駆逐作戦、開始。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 日が落ちるとほぼ同時に、斥候に向かっていた3班が戻ってきた。「隊長の予測していた通り、六目狼級のバケモノは20頭ほど確認できました。また、付随している戦車馬級以下のバケモノも、隊長の予測通りの数であったことを確認しています。 村の状況ですが、建物の類はまったく残っていませんでした。村人が残っている可能性は皆...

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    神様たちの話、第72話。
    巨敵の予兆。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エリザたちが村に到着する頃には、既にバケモノたちと本隊との交戦が始まっていた。
    「撃てッ、撃てーッ!」
    「押してるぜ! このまま進め!」
    「後ろにもいるぞ、気を付けろ!」
     あちこちで魔術による光や火が明滅し、バケモノを退けている様子がチラチラと見える。
    「あ、アタシも!」
     乗り込もうとしたエリザを、ゲートが手を握り直して止める。
    「待った、待った」
    「な、何でですか」
    「俺の勘だ。君はまだ出るな」
    「勘?」
     ゲートの言っていることが納得できず、エリザは手を振り払おうとする。
    「だから、待ってくれって」
     しかしゲートはなお手を離さず、エリザを諭す。
    「『勘』って言葉が気に入らないなら、経験から来る予測って言い換えてもいい。
     双月暦3年9月の話だが、俺はゼロと一緒に――ゼロにとっては最後の出陣だな、今んとこ――サウスフィールドってところへ出撃した。
     作戦は全面的に、問題無く進んだ。猛火牛級のバケモノが5頭も出たが、それでも俺たちは難なく倒した。……問題はその後に起こった。作戦終了したと確信したその次の瞬間、って奴だ。
    『さあ帰って祝杯だ』っつって俺が号令かけた途端に、巨獅子が現れた。疲れ切ってる俺たちを囲むように、3頭もだ。勿論、結果的には倒せたが、ゼロは鼻血噴いて倒れるし、俺も手練の仲間たちも大ケガしたり死んだりで、討伐隊結成以来最悪の被害を出した。
     ゼロをこっちに来させなかった本当の理由はそれだ。その作戦以来、ゼロが出撃するのをシノンが嫌がってな。『絶対出ちゃダメ』って相当駄々こねてるらしい。俺としても、ゼロを危ない目に遭わせたくないって気持ちは一緒だし、あいつが出るっつっても断ってるんだ。もしもあいつが死んだら、俺たち全員路頭に迷う羽目になるし。……っと、話が逸れたな。
     ともかく、こんだけ俺たちの側が優勢ってなると、それはそれで、逆に不安が増すんだ。俺たちをイケイケにさせて疲れ切って、さあ帰るぞって状態になった時、ドデカいのが襲ってくるんじゃないか、……ってな」
    「……分かりました」
     まだ信じかねてはいたものの、エリザは素直に従い、手を握り直した。

     二人が話していた間にも作戦は進んでおり、大部分でバケモノたちを制圧しつつあった。
    《ドッジ班、バケモノ撃破!》
    《ギャガー班も終わったぞ! どっか手ぇ貸そうか?》
    《テニール班、交戦継続中! もうちょいで終わりそうだが、できれば応援求む!》
     ゲートの元に次々と順調である旨を伝える報告が入るが、次第にゲートの表情が堅くなっていく。
    「やっぱり、不安ですか?」
     尋ねたエリザに、ゲートは小さくうなずいて返す。
    「ああ。100人以上いた村を襲って潰したにしちゃ、妙に手応えが無さすぎる。北じゃもっと人の少ない村を、倍の数で囲んでたこともある。
     こりゃマジに、巨獅子級の出現も覚悟しとかないとな……」
     真剣な表情でそうつぶやくゲートを見て、エリザもごく、とのどを鳴らした。
    「……エリちゃん、ちょっと手、離してくれるか?」
     と、ゲートが済まなさそうに手を引く。
    「あっ、あっ、ごめんなさい」
     慌ててエリザが手を離し、ゲートは頭に巻いていた通信用の魔術頭巾を解き、一部を描き直す。
    「どないしたんです?」
    「基地に連絡を取ってみる。……おう、俺だ。状況、変わりないか?」
     エリザも頭巾を巻き、基地とのやり取りを傍受する。
    《こちら基地保守、ピット班。異状ありません》
    「そうか、ありがとう。引き続き警戒に当たれ」
    《了解で、……ん?》
     問題なさげな返答を返しかけていた基地側が、妙な声を上げた。
    「どうした?」
    《……少々お待ち下さ、……え、おま、何だ、……ちょっ、うわ、うわっ!? ちょ、まずっ、……あ、あっ、失礼しました!
     隊長、出現です! きょっ、巨獅子級! 東門! の近く! です!》
    「……ッ!」
     基地からの報告に、ゲートの顔が強張る。
    「すぐ戻る! 持ちこたえてくれ!」
    《了解!》
     ゲートはエリザの手を引き、踵(きびす)を返す。
    「やっぱり思った通りだったか……! 戻るぞ、エリちゃん!」
    「は、はい!」
     エリザも振り向こうとした瞬間――彼女の中を、とてつもない悪寒が走り抜けた。
    「……っ、待って!」
     自分でも何をしているのか把握できないまま、エリザは魔杖を掲げ、魔術で盾を展開する。
    「何を……」
     ゲートが驚いた顔をして振り返ると同時に、びちゃっ、と言う水音とともに、盾に何かがぶつかってきた。

    琥珀暁・駆逐伝 3

    2017.06.09.[Edit]
    神様たちの話、第72話。巨敵の予兆。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. エリザたちが村に到着する頃には、既にバケモノたちと本隊との交戦が始まっていた。「撃てッ、撃てーッ!」「押してるぜ! このまま進め!」「後ろにもいるぞ、気を付けろ!」 あちこちで魔術による光や火が明滅し、バケモノを退けている様子がチラチラと見える。「あ、アタシも!」 乗り込もうとしたエリザを、ゲートが手を握り直して止める...

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    神様たちの話、第73話。
    バケモノを駆逐するヒト。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「……え?」
     ゲートが振り返った途端に、魔術の盾にべちゃりと貼り付いた、ほんの数秒前まで自分と応答していた「もの」と目が合う。
    「どっ、……あ、あっ、ああ」
     ゲートの顔から、ざあっと血の気が引いていく。
    「こっち、にも……、出やがった、のかっ」
     青ざめた顔で、絞り出すように怒声を吐き、ゲートは腰に佩いていた魔杖を手に取る。
    「しっ、シモンさんっ」
     エリザもどうにか声を絞り出し、ゲートに声をかける。
    「だい、……大丈夫だ。俺は冷静だよ、エリちゃん。
     それより、盾を解いてくれ。……いつまでも貼り付けたまんまじゃ、こいつが可哀想だ」
    「……は、い」
     魔術を解除すると同時に、二人の前方からどす、どすと音を立て、巨大な「ライオン」が姿を現す。
    「いきなりやられたってことは、別の奴を倒して気が緩んだとこに、横か後ろから突進してきたって感じか。防御も攻撃も、太刀打ちなんか何にもできなかっただろうな。
     さぞや無念だったろう。俺がきっちり、仇を取ってやるからな」
     ゲートは巨獅子の前に立ちはだかり、魔杖を構える。
     しかしその一方で――自分でも「冷静だ」と言っていた通り――魔術頭巾を使い、増援を呼びかける。
    「隊長より本隊全体へ。巨獅子が村南西、入口付近に出現した。ドッジ班が強襲され全滅したことを目視にて確認。手の空いている者は至急、応援に来られたし。以上」
     通信の直後、エリザが被っていた頭巾に、戦慄のにじんだざわめきが伝わってくる。
    《巨獅子……ですって!?》
    《マジでか!?》
    《すっ、すぐ行く! 早まるなよ、ゲート!》
    「ああ。頼むぜ、皆。……エリちゃん」
     ゲートがエリザに背を向けたまま、こう続ける。
    「助けて欲しいのは山々だが、君はまだ温存だ。分かるだろ?」
    「……基地のヤツを倒すため、ですか」
    「そう言うことだ。こいつは俺たちがやる」
     程無く、村のあちこちから応援が続々と現れる。
    「巨獅子の数は1頭。掃討班からの連絡が無いことから同班との接触は無く、また村への増援はこの1頭のみと思われる。
     今までの戦闘経験から言って、巨獅子の出現以降に、更に増援が発生したケースは無い。つまりこいつを倒せば、この村の制圧は完了するってわけだ。
     ただし――皆、聞いていたと思うが――基地の東にも巨獅子が出現している。へばるまで攻撃しても、誰も拾ってやれないからな。
     そのつもりで、全力出せ」
     ゲートの檄に、応援に来た全員が大声を上げて応じる。
    「おうッ!」
    「やってやんぜ!」
    「行くぞ、ゲート!」

     この間、エリザは魔杖を抱きしめるばかりで手出しができなかったが――結果的に、確かに彼女の手助けは不要だった。
     遠征前から「手慣れている」と言っていた通り、ゲートたちは密に連携を取り、巨獅子にほとんど動く隙を与えなかった。
     と言うよりも――。
    (後ろで見てたら、シモンさんがやろうとしとるコト、すごい良く分かる。
     シモンさんたち、あの巨獅子を『動かさへん』ように戦っとるんや)
     エリザの推察通り、巨獅子が少しでも脚や首を動かそうとする度、誰かが魔術を放って牽制し、巨獅子をその場に足止めしている。
    (あ、そうか。全員で滅多やたらに『溜め』の利かへん魔術をポンポン撃つより、一人に目一杯『溜め撃ち』してもろて、その間の足止めを他の全員でやっとった方が、よっぽど効率的で確実にダメージ与えられるやんな。
     何ちゅうか……、ホンマ、アタシと先生やったらこんな考えせえへんよな。ソレこそ二人で一緒にやいやい突っ込むっちゅうか、力技で無理矢理倒しにかかるっちゅうか)
     そうして傍観している間に――巨獅子はまったく身動きできないまま、ゲートが放った高威力の魔術に貫かれ、その場に倒れた。

    琥珀暁・駆逐伝 4

    2017.06.10.[Edit]
    神様たちの話、第73話。バケモノを駆逐するヒト。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「……え?」 ゲートが振り返った途端に、魔術の盾にべちゃりと貼り付いた、ほんの数秒前まで自分と応答していた「もの」と目が合う。「どっ、……あ、あっ、ああ」 ゲートの顔から、ざあっと血の気が引いていく。「こっち、にも……、出やがった、のかっ」 青ざめた顔で、絞り出すように怒声を吐き、ゲートは腰に佩いていた魔杖を手に取...

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    神様たちの話、第74話。
    因縁の狼獣人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     巨獅子を倒してしばらく、ゲートはぜぇぜぇと荒い息を立てていたが、やがて一息すう、と深呼吸し、エリザに向き直った。
    「待たせたな。すぐ行こう」
     声こそしっかりとしたものだったが、ゲートの顔色は悪く、青ざめているのがはっきりと分かる。
    「だ、……大丈夫そうに見えまへんよ」
    「顔色のこと言ってるなら、これは元からだ。ハン……、息子も青白い系だから、そう言う家系なんだろ」
    「ボケかましてどないするんですか、もう」
     エリザは背を伸ばし、ゲートの肩をぽん、と叩く。
    「シモンさんは休んどって下さい。アタシ一人でも行けます」
    「ボケをかましてるのは君だ。今のを見てただろ?」
    「う……」
    「……とは言え、半分くらいはお言葉に甘えたいところでもある」
     そう返すなり、ゲートはその場にうずくまる。
    「俺の力量じゃ『エクスプロード』撃つのは重荷すぎるんだよな。一発撃ったらヘトヘトになっちまう。正直、マジ動けん。
     動ける奴、エリちゃんと一緒に基地東側へ向かってくれ。俺含めて動けない奴は掃討班呼んで、助けてもらうから」
    「了解です」

     エリザは本隊に連れられ、来た道を引き返す。
    「シモンさん、大丈夫かな……」
     誰にともなく尋ねたエリザに、以前モールを殴りつけたあの黒い狼獣人が答える。
    「大丈夫だよ。あの人とは何度か一緒に討伐行ったことあるけど、本当に引き際って言うか、『これ以上やったらまずい』ってとこをちゃんと把握してる人だし、そこまでは絶対行かない人でもある。
     俺の兄貴と一緒に最初の遠征行った時、学んだんだってさ」
    「え……?」
     走って戻っている最中のため、携行している灯りはチラチラと揺れており、狼獣人の顔色を伺うのは難しかったが、それでもエリザには、彼が表情を強張らせているのが分かった。
    「俺の兄貴――メラノって言うんだけどな――腕自慢で通ってて、正直、結構な乱暴者でさ、故郷じゃ割りと厄介者だったんだ。
     まあ、その腕を買われて最初の遠征に参加したんだけど、その途中でバケモノに襲われて、……一緒にいたフレンさんはヤバいってんで逃げたけど、兄貴は逃げなかったんだ。でも結局、バケモノにやられてさ。しかもそのせいでシノンさんにケガさせるし、バケモノ討ったのはタイムズさんだし。犬死にした上に迷惑かけたんだぜ。マジ最低だろ?
     それでゲートさんも、あそこにいるフレンさんも、それから弟の俺も、『引くべきところ』ってのを知ったんだよ。だから安心してくれ。ここにいる奴は皆、絶対無茶しないし、エリちゃんにも無茶させないから」
    「……無茶させへん、無茶させへんて」
     妙におかしさが込み上げ、エリザはクスクスと笑い出す。
    「皆、そんなにアタシが無茶しそうに見えるんかな?」
    「そりゃ見えるだろ。自分のお師匠さんひっぱたく子だし」
    「あちゃー……、やってしもたな。ソレやったら、もうちょいおしとやかに叩いとけば良かったわぁ」
     そう返したエリザに、周囲からも笑いが漏れた。

     基地が目に見える距離まで近付いた辺りで、巨獅子の咆哮がエリザの耳を震わせる。
    「基地、まだ大丈夫そう……、かな」
     眺める限りでは基地に大きな損害は見られず、巨獅子も壁へ突進を繰り返しているばかりで、攻めあぐねているようにも見える。
    「油断するなよ」
     そう声をかける狼獣人に、エリザは手をぺら、と振って返す。
    「大丈夫やって、そんな心配せんでも」
     エリザは周囲を見渡し、指示を送る。
    「アタシが『エクスプロード』撃ちます。その間、援護をお願いします」
    「分かった」
     手慣れているためか、エリザからの指示でも特に戸惑う様子も無く、皆が散開する。
     エリザも狼獣人を始めとする護衛に囲まれながら、巨獅子との距離を詰めていく。
    「今から呪文唱えるし、応答しきれへんなるから今のうちに聞いとくけど」
     と、エリザは狼獣人の袖を引く。
    「な、何だよ?」
    「先生のコトとか色々お世話になったし、名前聞いとこうかなって」
    「いや、後でいいだろ」
     呆れた顔でそう返した狼獣人に、エリザはぷるぷると首を振る。
    「いきなり何やかやあるかも知れへんやろ。そん時に『ソコの黒いのん』やったら呼びにくいし分かりにくいやん」
    「ああ、まあ、あるかもな。
     俺はロウだ。まだタイムズさんから苗字もらってないし自分で考えんの面倒臭いから、名前だけだ」
    「そうなん? ほな、……いや、後にしとこ」
    「何だよ?」
     ロウが尋ねたが、エリザは既に呪文の詠唱に入っていた。
     と、頭巾から通信が入る。
    《基地東の巨獅子、包囲完了! いつでもとどめ行けるぞ!》
    「……****……、了解!」
     詠唱を止め、エリザが答える。
     そして魔杖を掲げ、巨獅子に向けて発射した。
    「ブッ飛ばせ、『エクスプロード』!」

    琥珀暁・駆逐伝 5

    2017.06.11.[Edit]
    神様たちの話、第74話。因縁の狼獣人。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 巨獅子を倒してしばらく、ゲートはぜぇぜぇと荒い息を立てていたが、やがて一息すう、と深呼吸し、エリザに向き直った。「待たせたな。すぐ行こう」 声こそしっかりとしたものだったが、ゲートの顔色は悪く、青ざめているのがはっきりと分かる。「だ、……大丈夫そうに見えまへんよ」「顔色のこと言ってるなら、これは元からだ。ハン……、息子も...

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    神様たちの話、第75話。
    今後の打算。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     エリザの放った魔術によって巨獅子は吹き飛ばされ、基地の壁に叩きつけられる。
    「グウ……ウ……」
     そのまま壁を突き破り、基地の中にまで入ってきたものの、巨獅子はぴくりとも動かず、大量の血を流している。
     頭や体も左半分ほどしか残っておらず、絶命したのは明らかだった。
    「よっしゃ!」
     エリザは魔杖を振り上げ、一目散に基地へと向かう。
    「皆、無事ですー!?」
     中に入るなり、エリザは大声を上げて尋ねる。
    「ああ、大丈夫だ!」
    「ヒヤヒヤしたけど、問題なし!」
     すぐに大声で返事が返され、エリザも、続いて基地に戻ってきた本隊も、一様にほっとした表情を浮かべた。
     やぐらから降りてきた見張りに、エリザはにこっと笑いかける。
    「後はシモンさんらを待つだけですな」
    「いや、その前にさ」
     が、見張りは苦笑いを浮かべる。
    「壁直さないと。そこから入って来られたら困るし」
    「あ、……すんません」
     ぺこっと頭を下げたエリザに、見張りが「いやいや」と返す。
    「巨獅子が生きて入ってくるより全然ましだし、気にしないでいい。
     それより疲れただろ? 寝床の準備できてるらしいから、皆、ゆっくり休んでくれ」
    「は~い」
     見張りに促され、エリザたちはぞろぞろと屋内に向かった。



     一方、村の方では――。
    「掃討班、応答願う。こちら隊長のゲート・シモン、どうぞ」
     まだ疲労の回復しきっていないゲートが、まだわずかに形を残していた廃墟にもたれかけながら、救助を要請していた。
    《こちら掃討班、ゴア。どうしました、隊長?》
    「村に出現した巨獅子を撃破したが、疲れて動けん。
     こっちに残ってるのも似たような奴ばっかりだから、戻るのに手を貸して欲しい」
    《了解です。何人残ってますか?》
     返事を受け、ゲートは周囲の人数を数える。
    「えーと……、14人だな、俺含めて。ケガ人もいるし、マジで立ち上がれんくらいぐったりしてるのもいるから、担架がいりそうだ。そっちで用意できそうか?」
    《いやー、ちょっと持ってきてないです。そちらで作れます?》
    「分かった。有り合わせでどうにか作ってみる。何人くらい来られる?」
    《そうですね……、巡回がもう必要なければ全員で向かいますが、どうしましょう?》
    「そうだな、村は制圧したし、増援が来る可能性もほとんど無いだろう。分かった、皆こっちに来てくれ」
    《了解》
     通信を終えるなり、ゲートはその場に座り込む。
    「ふー……、どうにかなったな」
     その一言に、周囲の緊張も緩み始める。
    「そうですね」
    「一時はどうなるかと思ったけどな」
    「ああ。ドッジがやられたって聞いた時は……」
     それを聞いて、ゲートがふらふらと立ち上がる。
    「どうしたんですか、隊長?」
    「いや、バタバタしてて一瞬忘れてたが、……ドッジたちを弔ってやらなきゃな」
    「ああ……」
     ゲートの後を何人かが続き、巨獅子が現れた周辺を探る。
    「ひどい格好だな。……原型残ってるだけマシか」
     ゲートたちは仲間の死体を集める一方で、村の外れに穴を掘り、そこに埋めていく。
    「勝手にこんなとこ掘っていいのか?」
     一人がそう尋ねたが、ゲートは苦い顔を返す。
    「他に無いだろ。持って帰るには数が多いし。
     それに――エリちゃんには悪いが――既に村としては崩壊してるからな。どこに穴掘ったって、咎める奴はいないさ。一応、通行の邪魔にならなさそうな場所にはしたが」
    「ここ、これからどうするんだろうな?」
     と、また別の一人がそうつぶやき、ゲートが尋ね返す。
    「どうって言うと?」
    「お前も自分で今言っただろ? ここはもう、村としては終わっちまってる。元いた奴らもネール氏の村に移ってるし。
     もっぺん村として作り直すには、かなり手をかけなきゃならんだろうし、もう放棄するかも知れないな、って」
    「いや、エリちゃんが言ってたが、ここにはかなり良質の鉱床があるらしい。金も出るって言ってた」
    「そうなのか? ……そうか」
     ゲートの言葉に、何人かがきょろ、と辺りを見回す。
    「どこにあるって?」
    「さあ? そこまでは聞いてないな。……まさかお前ら、勝手に掘ろうって思ってるんじゃないだろうな」
    「いや、思わない方が無理だろ?」
     ゲートに咎められるが、反発する者も現れる。
    「あの山越えてまで遠征させられた上、死人が出たんだぜ? それなりの報酬が無きゃ、誰だって納得できないだろうと、俺は思うがね」
    「……うーん、……確かに、一理ある」
    「だろ? そこら辺、一度タイムズに確認するべきじゃないのか?
     この遠征を指示したのはタイムズだし、報奨もあいつの裁量で決定されるだろうし」
    「そうだな。基地に戻ってから報告する予定だから、その時に聞いてみるよ」
    「ああ、たの……」
     と――全員が顔を真っ青にし、静まり返る。
     ゲートも「その異状」に気付き、言葉を失った。

    琥珀暁・駆逐伝 6

    2017.06.12.[Edit]
    神様たちの話、第75話。今後の打算。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. エリザの放った魔術によって巨獅子は吹き飛ばされ、基地の壁に叩きつけられる。「グウ……ウ……」 そのまま壁を突き破り、基地の中にまで入ってきたものの、巨獅子はぴくりとも動かず、大量の血を流している。 頭や体も左半分ほどしか残っておらず、絶命したのは明らかだった。「よっしゃ!」 エリザは魔杖を振り上げ、一目散に基地へと向かう。...

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    神様たちの話、第76話。
    3頭目の巨獅子。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「……バカな」
     どうにかその一言だけ、のどから絞り出すようにつぶやいたものの、ゲートはそれ以上、何も言うことができなかった。
     ゲートの前方30メートルほど先に、巨獅子がうずくまっていたからである。
    「い、いつの間に……!?」
     誰かがそううめくが、ゲートは何も答えられず、ただ首を横に振る。
    「おい、ゲート……。お前言ってたよな、いっぺん巨獅子が出たら、それで打ち止めだって」
    「あ、ああ」
     どうにか混乱を心の奥に押し込め、ゲートはぎこちなくうなずく。
    「基地と、この村に1頭ずつ出て、それで終わり、……のはずだ。俺はそう、思ってた」
    「じゃあ何で、ここに」
    「分からん。だが、とにかく、やるしか」
    「やるしかって、……もうそんな余力は」
    「く……」
     ゲートは周りを見回し、残った本隊の誰もが疲弊しきった様子であること、掃討班がまだ近くに来ていないことを確認し、歯噛みする。
    「……やらなきゃ、どっちみち死ぬ、んだ」
    「ゲート……」
     立ち上がり、魔杖を手にするが、その手がかくかくと震えている。恐怖のためだけではなく、気を張らなければ立っていられないほどの疲労感が体中にまとわりついているためだ。
    「……畜生、マジでまずい」
     苦々しげにそうつぶやき、ゲートは一歩前に踏み出した。

     と――。
    「ソコで止まりな。無理するもんじゃないね」
     ゲートと巨獅子の間に一人、何者かが立ちはだかった。
    「……あんたは!?」
     ゲートを始め、全員が驚く。
     そこに現れたのが、モールだったからだ。
    「まさか私があのまんま、コドモみたいに不貞腐れてどっか雲隠れしたと思ってたね?」
    「思わないわけ、無いだろ」
    「ははは……、まあいいさ、そんなコトはね。
     ゲートとか言ったっけね、ちょいと詰めが甘いんじゃないね? ソレか、楽観的とも言うかもね。
     コイツらはちょっとやそっと魔力がある奴が出てきたくらいじゃ、生息圏を明け渡したりしないのさ。そう、ゼロのヤツや私くらい、底無しに魔力を持ってるヤツが現れなきゃ、絶滅してくれないってワケさね」
    「な……、え?」
     モールの言っている意味が分からず、ゲートは硬直する。
     それに構う様子も無く、モールは魔術を放った。
    「『ジャガーノート』!」
     ばぢ、ばぢっと気味の悪い音を立て、巨獅子が仄青い、真っ白な炎に包まれる。
    「いっちょあがり、ってね」
     モールが勝ち誇ると同時に、巨獅子は一声も咆哮を上げることなく、ぐしゃりと潰れた。
    「……さてと」
     モールがくる、と振り返り、真面目な顔になる。
    「ちょいと皆にお願いしておきたいコトがあるんだけどもね、ちゃんと聞いてるかね?」
    「あ、……ああ、うん。何だ?」
     ゲートが我に返り、こくこくとうなずいたところで、モールはこう続ける。
    「ここで私が現れたコトを、エリザに知らせないで欲しいんだよね」
    「何でだ?」
    「あの子ももうじき独り立ちすべき年頃だし、力も十分付いた。コレ以上、私が近くをウロウロしてちゃ、むしろ悪影響になるね。
     考えてもみな、あの子はきっと、この村を復興させようとする。つまり、村長ってワケだ。となりゃ皆が彼女を頼る流れになる。
     ソコに彼女とは別に、頼れるヤツがいつまでもいたらどうなるね?」
    「……割れる、だろうな」
    「そう言うコトだね。民意が割れる、派閥に分かれる、意志や思想が統一できない、……そんなんじゃ、復興どころか戦争になるね。
     ましてや私と争う? そんなのエリザが望むはずも無いし、私だって嫌だね。そんなら後腐れ無いよう、スパッと縁を切っといた方がいい。
     だからケンカ別れしたってワケだね。ああなれば誰だって私を頼ろうなんて思わない。エリザを頼ろうって流れになる」
    「不器用だな、あんた」
     ゲートにそう返され、モールは「ヘッ」と悪態をつく。
    「不器用で結構。誰にもコレ以上、迷惑かけるつもり無いしね。
     じゃ、ね」
     そこでモールが踵を返し、離れようとしたところで、ゲートが引き止めた。
    「待てよ。さっき言ってたこと、あれは何なんだ?」
    「ん?」
    「ほら、『バケモノが絶滅してくれない』って」
    「ああ。……詳しい説明が欲しけりゃ、ゼロに聞きな。
     もう人が来るし、さっさとどっか隠れたいんだよね」
    「そうか。……じゃあ、な」
    「ああ」
     短く返し、モールはそそくさと、その場から消えた。

    琥珀暁・駆逐伝 終

    琥珀暁・駆逐伝 7

    2017.06.13.[Edit]
    神様たちの話、第76話。3頭目の巨獅子。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「……バカな」 どうにかその一言だけ、のどから絞り出すようにつぶやいたものの、ゲートはそれ以上、何も言うことができなかった。 ゲートの前方30メートルほど先に、巨獅子がうずくまっていたからである。「い、いつの間に……!?」 誰かがそううめくが、ゲートは何も答えられず、ただ首を横に振る。「おい、ゲート……。お前言ってたよな、い...

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    神様たちの話、第77話。
    三つのプロトコル。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「結局、最初の作戦からもう、バケモノは出てないんだ」
     ゲートからの報告を受け、魔術頭巾越しに、ゼロの声が返って来る。
    《そっか。拍子抜け、と言うと語弊があるかも知れないけど、でも被害が少なくて何よりかな》
    「いや、実は俺の方でもそう思ってた。初っ端から死人が出たんで、これはヤバい流れかも分からんと思ってたからな。
     だけどもさっき報告した通り、基地を構えてから今日で1ヶ月経つが、一向にバケモノが集まってきたり、近くをうろついてたりって連絡は無い。
     ネール氏の村にも何度か人を向かわせたが、あっちも平和だって話だ」
    《なるほど。でもまあ、実はネール氏のところについては、その辺りは『絶滅』したんじゃないかなとは思ってたんだ。
     モールたちがバケモノの群れを一回やっつけたって話を聞いてるから》
    「『絶滅』……」
     その言葉が気にかかり、ゲートはこう尋ねる。
    「モールさんからも一度そんな話を聞いたんだが、『絶滅』って言うのはつまり、どう言うことなんだ?
     俺たちが倒したからって、別のところに棲息してるかも知れないだろ?」
    《あー、そうだね、ちょっと言葉が足らなかったかも。
     ほら、ずっと昔、僕と君とフレンと、それからシノンの4人で、『バケモノには何か、行動規範(プロトコル)じみたものがあるんじゃないか』って話しただろ?》
    「ああ、そんなこともあったな」
    《モールともその辺りのこと、話し合ってたんだけど、その行動規範はいくつかあるんじゃないかって。
     まず第一に、『人がある程度集まっていたら散らしに行く』。言い換えれば村や集落を積極的に襲うってことだ。この6年でバケモノたちがそう言う行動を取ってたことは、君も実感してるよね》
     ゼロの言葉に、ゲートは頭巾を巻いたまま、一人でうなずく。
    「ああ、それは分かる。村以外のところで接触したことは、滅多に無かったからな」
    《そして第一の規範が実行中にその妨害、つまりバケモノを倒す人間が現れたら、第二の規範が実行される。
     それは多分、『段階的に強いバケモノを出現させる』、だろう。これについてはモールからも尋ねられたことがあるし、確実に設定されていると思う》
    「設定、……か。でも確かに、それもうなずけるな」
    《そう。第三の規範を話す前に言及しておくけど、やっぱりバケモノは、自然に生まれたものじゃ無いと思うんだ。モールもそう言ってたよ。
     第一、第二の規範から考えれば、人為的に生み出された存在であることは疑いようが無い。そもそも生み出した相手が『人』かどうかは怪しいけどね》
     その一言に、ゲートの背筋に冷たいものが走る。
    「人、じゃない……。じゃあ、悪魔ってことか?」
    《そう言えるのかも知れない。いてほしくはないけど。
     あ、と。話を戻すと、バケモノの存在理由は、その悪魔的人物のためだろうと思ってるんだ》
    「どう言うことだ?」
    《例えばバケモノが村を襲っている。村の皆は散り散りに逃げるか、食われるしか無い。
     そんな状況で、そのバケモノを簡単に倒してしまうような人間が現れたら、皆はその人にどんな印象を抱くだろうか?》
    「すげえ奴だと思うだろうな。俺にしても、お前がバケモノを倒した時、どれだけびっくりしたか。他の奴らだって、……!
     つまり、そう言うことか」
    《そう、倒した人間は間違い無く英雄扱いになる。その悪魔は英雄になりたかったんだ。
     万人を無条件で平伏させるような、唯一無二の英雄にね》
     それを聞いて、ゲートは苦笑する。
    「ははは……、まさかそれがお前ってことは無いよな?」
    《まさか! そんな趣味の悪いこと、とてもじゃないけど考え付かないよ》
    「だよなぁ、くくく……」
    《あはは……》
     二人して笑ったところで、ゼロが真面目な口調に戻る。
    《まあ、その悪魔氏にとって、バケモノはあくまで、『自分にしか倒せない』存在であってもらわないと困るし、英雄になった後には速やかにいなくなってもらわないと、やっぱり困るんだろう》
    「何でだ? いや、『自分にしか』ってのは分かる。
     第二の規範から言って、どんどんバケモノを強くして、悪魔氏以外に倒せる奴を確実に潰しとかなきゃ、悪魔氏には都合が悪いだろうからな。
     まさか自分以外に英雄になっちまった奴を、悪魔氏が殺すわけにも行かんだろうし。それこそ悪魔呼ばわりされちまうからな。
     だが、『いなくなってもらわないと』ってのは?」
    《クロスセントラルとその周辺、僕らは結構回ったけど、あんなの何年も続けてたら、統治どころじゃない。
     実際、僕が君と一緒に行ってた時、その度に陳情とか請願が山盛りに溜まっちゃって、シノンやパウロとかから、かなり文句言われたし。
     だから悪魔氏が英雄になった後は、余計なバケモノなんかいてもらっちゃ、統治できなくて困るってわけさ。
     そしてそれが、第三の規範にもつながってくるんだ》

    琥珀暁・金火伝 1

    2017.06.15.[Edit]
    神様たちの話、第77話。三つのプロトコル。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「結局、最初の作戦からもう、バケモノは出てないんだ」 ゲートからの報告を受け、魔術頭巾越しに、ゼロの声が返って来る。《そっか。拍子抜け、と言うと語弊があるかも知れないけど、でも被害が少なくて何よりかな》「いや、実は俺の方でもそう思ってた。初っ端から死人が出たんで、これはヤバい流れかも分からんと思ってたからな。 だけ...

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    神様たちの話、第78話。
    エリザの今後。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    《そう――第三の規範、それは『悪魔氏だけが倒せる限界まで、強いバケモノを出現させる』。
     言い換えれば『悪魔氏にしか倒せないであろうバケモノが倒された時点で、出現を終了させる』。それが即ち、『絶滅』ってことなんだ」
    「なるほど、それで合点が行った。
     モールさんが『ゼロや自分くらい魔力持ってる奴が現れなきゃ、バケモノは絶滅しない』って言ってたんだが、その悪魔氏かどうか判断する基準が、魔力ってことか。
     巨獅子3頭を一気に倒せるくらいのずば抜けた魔力を持ってる奴がいたら……」
    《そこで多分、悪魔氏が現れたと判断するんだろう。判断されれば、後はもう、その地域では二度と出現しない。
     バケモノは規範に従い、自ら絶滅するってわけさ》
    「自分で絶滅するって説が確かだとすりゃ、そっちでもうバケモノが出て来なくなった理由も分かるな。
     思い返してみれば、確かにどこの村でも巨獅子3頭で打ち止めだった。こっちでも、結果から見れば3頭だったしな。
     つまり、逆に言えば……」
    《巨獅子3頭が出現し、それを速やかに倒してしまえば、バケモノ側は悪魔氏が出現したとみなす。そして第三の規範が発動――ほぼ間違い無く、その村とその周辺には、二度とバケモノは出現しないだろうね。
     でも念のため、最初に決めてた通り、あと2ヶ月駐留して欲しい。それで近隣にも出ないっぽかったら、もう引き上げちゃっていいよ。多分、今後出たとしても、エリちゃんが何とかするだろうし。
     いや、今後のことを考えたら、彼女がやらなきゃダメだろう》
     ゼロの言葉に、ゲートはもう一度うなずく。
    「モールさんも同じことを言ってた。エリちゃんがこの村の村長になった時、他に頼る相手がいちゃ、彼女が困るだろうと。
     となると俺たちも、あと2ヶ月経ったらさっさと引き上げた方がいいよな」
    《そうだね。それに何度も山越えするのは、僕たちだって困るし。メノーも寂しがってたよ》
    「はは……、そうだな。さっさと帰れるって言うなら、俺も異存は無い。
     しかしさ、ゼロ。それじゃ納得しない奴もいるんだ」
    《って言うと?》
    「この村に金鉱床があると聞いて、欲を出してる奴が何人かいる。このままただ引き上げるんじゃ、そいつらも不満がるだろうからな」
     ゲートがそう返したが、ゼロは黙り込み、応答しない。
    「どうする?」
     ゲートが促したところで、迷い迷いと言った口ぶりでゼロが答える。
    《そうだな……。それについては、僕一人で決められない。エリちゃんを呼んできてもらってもいいかな?》
    「分かった、ちょっと待っててくれ」

     ゲートはエリザを呼び、ゼロとの連絡会議に参加させた。
    《……と言うわけでエリちゃん、君が将来、どうするつもりなのか確認しておきたいんだ。
     ただ、返事を聞く前に――誘導的な話をしてしまうことを許してほしいけど――君が村長になりたいと言うなら、僕たちは支援すると約束する。
     まだ少女の君が『村をまとめたい』と言っても、反対する人間は多いだろう。でも、素直な感想を言えば、君が一番だろうと、僕は思っている。恐らくはモールも。
     君がまとめ役、指導者になれば、そっちは大きく発展するだろう。政治的・経済的に見て、僕らと非常に良好な関係、いい取引相手になるだろうと見込んでいる。
     だから君が村長になると決めたなら、僕たちは政治的、……あと、軍事的に支援する。もし誰かが君に危害を加えようとしたなら、僕たちは友好関係上、報復行動に出ると明言するし、実行もする。
     その上で、聞かせて欲しい。君はこれから、どうする?》
    「……」
     エリザは一息、すう、と息を吸い込み、静かに答えた。
    「ええ。何となくですけど、そのつもりではおりました。一方で、確かにこんな小娘が長やの何やの言うたって、納得せえへんヤツらがおるやろうな、とも。
     ゼロさんが後押ししてくれはるっちゅうんやったら、そらもうありがたいです。是非、お願いします」
    《良かった。じゃあ……》
     ゼロが答えかけたところで、エリザが付け加える。
    「ソレについて、いくつかお願いしたいコトがあるんです」

    琥珀暁・金火伝 2

    2017.06.16.[Edit]
    神様たちの話、第78話。エリザの今後。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.《そう――第三の規範、それは『悪魔氏だけが倒せる限界まで、強いバケモノを出現させる』。 言い換えれば『悪魔氏にしか倒せないであろうバケモノが倒された時点で、出現を終了させる』。それが即ち、『絶滅』ってことなんだ」「なるほど、それで合点が行った。 モールさんが『ゼロや自分くらい魔力持ってる奴が現れなきゃ、バケモノは絶滅しな...

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    神様たちの話、第79話。
    賜姓。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    《ん、ん、……お願い?》
    「アタシにゼロさんの後援が付いとるっちゅうコトを、アタシがただ言うだけやと説得力無いですよね」
    《そりゃ、まあ》
    「なので、まず人の派遣をお願いしたいんです。実際にアタシに付いてくれる人がおれば、説得力が出ると思います。
     丁度『金が欲しいわー』ちゅうてる人もいてますし」
    《……なるほど》
     エリザの提案を受け、ゼロが感心した声を漏らす。
    《そのことについては丁度、ゲートとどうしようかって話してたところなんだ。
     そっちへの派遣期間中、復興支援って目的で鉱床を掘らせ、その何割かを僕たちへの報酬として受け取るなら、皆も不満は無いだろう。
     それで味をしめて、長期的にそっちで働きたいって言う人がいれば、そのまま派遣継続って名目で居続けてもらってもいいしね》
    「そう言うコトです。後もう一つ」
     エリザはそこで言葉を切り、間を置いてこう続けた。
    「アタシに、苗字くれません?」
    《苗字?》
     けげんな声を返したゼロに、エリザはこう説明する。
    「今、そっちで苗字もろたり名前もろたりするん、結構価値があるらしいやないですか。順番待ちになっとるとか」
    《ああ、そうだね、今はたまにしかできないから。……あー、そう言うこと》
    「ええ。大半の人がなかなかもらえへんモノを、順番すっ飛ばしてもらえるっちゅうのんも、影響力を見せるのんにはええ方法やろと思いまして。
     ソレに、元々アタシが持っとった『アーティエゴ』っちゅう苗字は、村では鼻つまみの半端者扱いでしたからな。その印象を消したいんですわ」
    《なるほどね。分かった、考えるからちょっと待ってて》
     一旦通信が切れ、エリザはゲートに向けて、ニヤっと笑いかける。
    「……うぇへ、……えへふぇへへへー」
     いや、そう思っているのはエリザだけである。
     実際には、かなり複雑な表情をしていたらしい。ゲートがどう反応していいか、図りかねた顔をしていたからだ。
    「あー、と、……エリちゃん?」
    「あっ、……あの、……何ちゅうか、なんぼ何でもうまく行き過ぎたかなー、……て」
    「……まあ、気持ちは分かるとは言えないが、何となくは察する。
     ゼロの奴は際限無く気前いいからな。『くれ』っつったら『いいよ』って二つ返事だし。……とは言え、あんまり調子乗らないようにな。あんまりあれこれねだると、ゼロも困るし」
    「は、はーい」
     と、ゼロからの応答が返って来る。
    《お待たせ》
    「あ、はーい」
    《色々考えてみたんだけど、シンプルに、『ゴールドマン』ってどうかな? 金鉱脈の持ち主ってことで》
    「……んー」
     エリザは心の中で一瞬、「ダサいかも」と思ったものの――。
    (アタシがソコに注文付けたら、ゼロさんからもろたもんにならへんもんなぁ。……コレで手打ちかなー)
    《どう?》
     ゼロが返事を促してきたので、エリザはうなずいておいた。
    「あ、ええ、ソレで。ありがとうございます、ども」
    《……気に入ってない?》
    「いえいえ全然そんなコトありまへんよー」
    《なら、……うん》
     こうして――ほんの少し、不満は残しつつも――エリザは時の為政者ゼロから名を賜り、この地での権力を確立した。



     まだ年端も行かぬエリザが村長になることに、ゲートも当初、不安を感じないではなかったのだが――。
    「ほな今日も、ワイルド班とゴア班は地質調査でお願いします。昨日、第5ポイントで調査したヤツ、金が含まれとるコトが分かったから、もうちょい付近を探って鉱脈の正確な場所を見付けて下さい。
     ピット班、ラウ班、ソレからゲート班はアタシと会議。昨日話した続きで、クロスセントラルへの輸送ルートの検討を行います。
     ソレから……」
     200人の遠征隊――彼女より一回り、二回りも年上の、屈強な男たちを前に、少しも怯んだり気後れしたりする様子無く、てきぱきと指示を送るエリザの姿に、ゲートはただただ感心するばかりだった。
    (ゼロも確かに大人物だけど、この子もすごいな。間違い無く将来、この村だけじゃなく、山から南全部を手中に収めちまうだろうな。
     ぼんやりしてるとこの子に取って代わられかねないぞ、ゼロ)

    琥珀暁・金火伝 3

    2017.06.17.[Edit]
    神様たちの話、第79話。賜姓。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.《ん、ん、……お願い?》「アタシにゼロさんの後援が付いとるっちゅうコトを、アタシがただ言うだけやと説得力無いですよね」《そりゃ、まあ》「なので、まず人の派遣をお願いしたいんです。実際にアタシに付いてくれる人がおれば、説得力が出ると思います。 丁度『金が欲しいわー』ちゅうてる人もいてますし」《……なるほど》 エリザの提案を受け、ゼロ...

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    神様たちの話、第80話。
    金火狐神話のはじまり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     遠征隊の派遣から3ヶ月が経ち、彼らが引き上げる時が来た。
     とは言え――。
    「まさか50人も、こっちに残りたいなんて言うとは思わなかった」
    「そうですな。よっぽど居心地良かったんでしょうね」
     エリザと最後の会議に臨んでいたゲートが、しみじみとした口ぶりでつぶやく。
    「居心地かぁ。確かに暖かくて過ごしやすかったし、海の幸も山の幸も毎日堪能してたし。フレンなんか『俺の羊たちを全部こっちに連れてきてやりたい』なんて言ってたからな」
    「アハハ、言うてましたな」
    「俺も正直、家族がいなけりゃこっちに骨を埋めてもいいって気もしてるからなぁ」
     その言葉に、エリザの心のどこかが、ずきんと痛む。
    「……あの」
    「ん?」
    「ホンマに、……住んでみません?」
     恐る恐る切り出したエリザに、ゲートは苦笑を返す。
    「いやいや、そりゃ無理だよ。メノーは身重だし、ハンもまだ小さいし。連れて来るのは……」「そ、そうや、なくて」
     エリザは意を決して席を立ち、ゲートの側に立つ。
    「どうした?」
    「しも、……ゲートさん、一人で、こっちに」
    「何を言って……」
     言いかけたゲートに、エリザはぎゅっと抱きついた。
    「……エリちゃん?」
    「しょ、正直に、言います。アタシ、ゲートさんのコト、好き、……なんです」
    「いや……、その、俺には家族が」
    「無理なお願いしとるんは分かってます。でも、……でも! アタシ、好きなんです」
    「……困る」
     ゲートは苦い顔をし、エリザを押し返そうとする。
     それでもエリザは抱きついたまま、離れない。
    「分かってます。ゲートさんには奥さんも子供もいてはるし、ココはゲートさんの家やないですから、絶対うんって言うてくれへんのは、十分分かってます。
     だから、……今夜だけで、ええですから、……アタシのコト、奥さんにしてくれません?」
    「……いや、……それは」
     ゲートの押す力が、弱まる。
    「……お願い……」
    「……」
     突っ張っていたゲートの両腕が、エリザを抱きしめた。
    「……分かった。今夜だけだ。……でも、分かって欲しいが」
    「ええ。内緒です。2人だけの」
    「ああ」
     ゲートはまだ、わずかに顔を強張らせたまま、ぼそぼそと尋ねる。
    「いいんだな、……エリザ」
    「はい、……あなた」
     ゲートは目を閉じ――エリザに口付けした。

     二人が睦み合う会議場の、その出入口の裏で――あの黒毛の狼獣人、ロウが、愕然とした表情のまま、そこに硬直していた。
    「……そ、っか……」
     ロウはそのまま、そこから静かに歩き去って行った。



     翌日、最初から何も無かったかのように、エリザは帰還する遠征隊と、その前に立つゲートに、謝辞を述べていた。
    「3ヶ月に渡る遠征、ホンマにありがとうございました。今後は良い取引相手として協力し合い、互いの繁栄につなげていきましょう」
    「あ、……ああ。こちらこそ、うん、……よろしく頼む」
    「では、お元気で」
     どことなく落ち着きのないゲートとは対照的に、遠征隊の皆の目が眩もうかと言うほどの笑顔と共に、エリザは彼と握手を交わした。
    「そ、……それじゃ、帰投するぞ! 全隊、回れ右!」
    「おうっ!」
     ゲートの号令に合わせ、遠征隊の皆は二列縦隊で、その場から歩き去っていく。
     と――その中から一人、ぴょんと飛び出る者がいる。
    「ちょ、ちょっと悪い、すまね、……おっとと」
    「ロウ? どうした?」
     まだエリザの前に棒立ちになっていたゲートが、けげんな顔になる。
    「い、いやさ、その、なんだ、……エリザ」
    「どないしたん?」
     きょとんとするエリザに、ロウは息せき切って尋ねた。
    「ず、ずーっと前にさ、あの、俺の名前聞いた時にさ、何か言いかけてたよな? あれ、何だったんだ?
     このまま帰っちまったら俺、気になって仕方無くなっちまうよ。教えてくれよ、な?」
    「あー、そうやったな。すっかり言う機会逃してたわ、ゴメンな」
     エリザはにこっと笑い、こう続けた。
    「アンタ、苗字付けてへんって言うてたやん。アンタ、まだ付けてへんよな?」
    「おっ、おう。全然っ、まだ、まっさらだっ」
    「ほなな、アタシが付けてもええかな?」
    「もっ、もち、……勿論だ」
     かくんかくんと首を縦に振るロウに、エリザも、ゲートも噴き出す。
    「ぶっ、ふふふ、はは……」
    「そんな期待してたん? アハハ、付け甲斐あるわぁ。
     ほな、……せやな、『ルッジ』ちゅうのんはどう? ゼロさんトコの言葉やと『咆哮』ちゅう意味やけど、アンタに似合いそうやと思って。
     先生殴り飛ばした時も、大声でアタシのコト、かばってくれたしな」
    「ルッジ、……うん、いいな。じゃあありがたく、使わせてもらうぜ」
    「ん、大事に使てや」
     ニコニコと笑みを浮かべているエリザに、ロウはもう、それ以上何も言えなかった。
    「……あ、……じゃあ、な。……元気でな」
    「うん。アンタもな」



     エリザ・アーティエゴ=ゴールドマン。
     彼女こそ、後の歴史に連綿と影響を及ぼし続ける、央北・央中の両天帝教における大聖人、「金火狐」エリザである。
     彼女が人として生きていた時代に築かれた、伝説の女傑としての英雄譚は、この時から始まったのである。

    琥珀暁・金火伝 終

    琥珀暁・金火伝 4

    2017.06.18.[Edit]
    神様たちの話、第80話。金火狐神話のはじまり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 遠征隊の派遣から3ヶ月が経ち、彼らが引き上げる時が来た。 とは言え――。「まさか50人も、こっちに残りたいなんて言うとは思わなかった」「そうですな。よっぽど居心地良かったんでしょうね」 エリザと最後の会議に臨んでいたゲートが、しみじみとした口ぶりでつぶやく。「居心地かぁ。確かに暖かくて過ごしやすかったし、海の幸...

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