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黄輪雑貨本店 新館

琥珀暁 第3部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    神様たちの話、第131話。
    精鋭マリア。

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    6.
     ロウの拳を止めたまま、マリアはいつもののほほんとした雰囲気とかけ離れた、きつい口調と眼差しで相手を咎める。
    「やめて下さい、ロウさん」
    「あぁ!? 邪魔すんじゃねえよ!」
    「もう一度だけ、言います。やめて」
     マリアの制止に対し、ロウは怒鳴って返す。
    「邪魔すんならてめーからボコってやんぞ、コラ!?」
    「分かりました」
     次の瞬間――ロウはマリアに蹴りを叩き込まれ、その場から3メートル近くも弾き飛ばされていた。
    「う、っご……!?」
     玄関広間に置かれていた机や椅子をがしゃ、がしゃんと薙ぎ倒しながら、ロウは床に転がる。
    「な、何、しやがるっ」
     それでもすっくと立ち上がり、ロウは近くにあった椅子を手に取り、マリアに襲い掛かる。
     マリアも即応し、ロウが持っていた椅子を左脚を高く挙げて蹴り飛ばし、くるんと半回転しつつ、後ろ向きに右脚を突き込む。
    「ぐば、っ」
     右脚がロウの顔面にめり込むが、それでもロウは倒れず、彼女の脚をつかむ。
    「いい気に、……なってんじゃねえぞオラあああッ!」
     ロウはそのまま、マリアを乱暴に振り回そうとするが、それより一瞬早く、マリアの左脚がロウのあごを蹴り抜いていた。
    「はが……っ」
     ロウは大きくのけぞって体勢を崩し、膝を付いたきり動かなくなる。
    「……ふー」
     一方、マリアは何事も無かったようにすとんと床に降り立ち、ハンの無事を確かめる。
    「尉官、おケガありません?」
    「ああ、大丈夫だ」
     ハンは周囲の兵士たちに目配せし、命令を下す。
    「こいつを拘束しろ」
    「はっ」
     兵士たちは敬礼し、ロウを捕らえようとした。

     と――。
    「ちょい待ち」
     エリザがぺら、と手を振り、兵士たちを制した。
    「エリザさん?」
     いぶかしむハンに、エリザはにこっと笑って返す。
    「いくら何でも気の毒やで。折角遠いトコから来たっちゅうのんに、こないに顔蹴られて、しかも檻の中入れられるっちゅうんは」
    「しかし、そいつは正規の方法を執らずに軍施設に侵入した上、乱闘騒ぎを起こした奴ですよ。何もせずと言うわけには」
    「そんなもん、アンタとアタシのさじ加減やろが。
     訓練場やら宿舎やら入って来た言うても、何や盗られたワケでも無い。乱闘騒ぎにしても、ケガしとんのロウくん一人やん。壊れたもんはアタシが弁償したるし。
     後はアタシらが『不問に処す』言うたら、ソレで終わりやろ?」
    「まあ、それはそうですが」
    「大事(おおごと)にするようなもんでも無いやろ。ソレともアンタ、今後もこんなしょうもないコトで一々、大勢けしかける気ぃか?」
    「……そうですね。流石にそんなことが重なれば、士気を下げるでしょう」
    「せやろ? ちゅうコトで拘束は無しや。みんな、戻ってええでー」
     エリザの一声により、マリアを除く兵士たちはぞろぞろと、その場から離れて行った。
     後に残され、その場にうずくまったままのロウに、エリザは優しく声をかける。
    「手当てしたるで。一緒にアタシの部屋に来」
    「えっ、……い、いやっ、そんな、これくらいいいっスって」
     ロウは鼻血の跡を残したままの顔でばたばたと手を振り、それを固辞しようとする。
    「ええから。話もあるし。ま、二人きりっちゅうのんもアレやろから、マリアちゃんも一緒にいてもらおかな」
    「あ、はーい」
     マリアが素直にうなずく一方、ハンは憮然とした顔になる。
    「俺も行きます」
     そう返すが、エリザはぺら、と手を振る。
    「アンタ、ロウくんみたいなタイプ嫌いやろ? アンタが一緒におったら、アンタかロウくんのどっちかがキレてもうて、話にならへんやろからな。
     アタシに任せとき」
    「そう仰るなら、エリザさんに一任しますよ」
     ハンはそれ以上何も言わず、その場から離れた。

     ロウの騒ぎがあった、その直後――。
    (何だこりゃ)
     宿舎に戻ってきたシェロは玄関の惨状を目にし、呆れ返る。
     と、同僚が近くを通りかかり、彼に声をかけた。
    「シェロ? 今戻ってきたのか」
    「ああ、先にメシ食ってたんだ。
     それで、何かあったのか? 机とか色々、散らばってるけど」
    「闖入者(ちんにゅうしゃ:非正規に立ち入ってきた者のこと)騒ぎだ。今、エリザ先生が尋問してるんだってさ」
    「先生が?」
    「大変だったみたいだぜ。隊長が襲われたんだってさ」
    「隊長が? どうなったんだ? ケガでもしたのか?」
    「いや、マリアが守ったって話だ」
    「じゃ、無事なのか。ふーん……」
     チラ、と机の残骸を一瞥して、シェロはそのまま、自分の部屋へと戻った。
    琥珀暁・練兵伝 6
    »»  2018.04.02.
    神様たちの話、第132話。
    エリザの更なる横槍。

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    7.
     翌朝、いつものようにハンは、剣を佩いて訓練場に現れた。
    (昨夜は騒々しかったが、もうあんなことは二度も起こらないだろう。
     いくらエリザさんでも、あんな無茶苦茶な奴を隊に入れるなんてことはしないはずだろうし。……さ、今日もやるか)
     ハンはすう、と深呼吸し、剣を構えようとする。
     と、背後に気配を感じ、振り返る。
    「おう。早いな、あんた」
     そこには「昨夜の無茶苦茶な奴」――ロウの姿があった。
    「何の用だ?」
     棘のある声で尋ねたハンに、ロウはフン、と鼻を鳴らす。
    「ここは訓練場だろ? 訓練場ですることなんて、訓練以外にあんのかよ?」
    「お前が訓練だと? 部外者は立入禁止だ。それくらい分かるだろ?」
    「部外者じゃねえよ」
     そう返したロウを、ハンはにらみ付ける。
    「いくら早朝とは言え、寝言は寝てる時に言ってくれ」
    「エリザさんの言った通りだな。あんたとは全然、話になんねえわ」
    「あ? エリザさんがどうしたって?」
     二人がにらみ合ったところで、「待ち待ち」と声がかけられる。
    「……エリザさん」
    「ハンくん、おはようさん」
    「ええ、おはようございます」
     ハンは憮然としつつもエリザに挨拶し、こう続ける。
    「嫌な予感がするんですが」
    「あら、どないした?」
    「もしかしてこいつを隊に入れるんですか?」
    「そら嫌やろ?」
    「無論です」
    「せやから、隊には入れてへんで」
    「じゃあ何故、こいつがここに?」
     そう言いつつロウを指差したハンを、エリザがたしなめる。
    「人を指差さんときいや。……ま、説明するとやね。
     ロウくんはアタシ専属の護衛やねん」
    「は?」
     ハンは極力落ち着いた声を作り、エリザに尋ねる。
    「どう言った事情があるのか、詳細にご説明いただいてもよろしいですか?」
    「何や、かしこまって。まあええわ、説明したる。
     まず第一、アンタは絶対、隊にロウくん加えるのんは反対するやろ?」
    「ええ」
    「第二にロウくんもな、隊に入るっちゅうのんは勘弁や言うてるねん。ロウくんにしても、アンタからアレやコレや指示されるのんは嫌や言うてるからな」
    「そうですか。まあ、そうでしょうね」
    「ほんで第三、アタシにも考えるところがあってな。ロウくんは今回の作戦について、ええ働きしてくれるやろうと考えとるんよ」
    「何ですって? こいつが?」
    「こいつ、こいつて」
     エリザは魔杖の先で、こつんとハンの頭を叩く。
    「いたっ、……何なんです?」
    「嫌いなんは分かるけどもな、人の上に立っとる人間が、子供みたいなコト言わんの」
    「子供はどっちですか。俺の癇に障るような嫌がらせを、次から次にやっておいて」
    「嫌がらせやあるかいな。まあ、そんなん言い合いするのん自体が子供みたいやし、話続けるで。
     ともかくな、その3つを全部通すのんに最もええやり方を、アタシなりに考えてみたんよ。で、ロウくんをアタシの護衛にするコトにしたんや。
     せやからロウくんはアンタの部下ではないし、やけども今回の作戦には参加する。どや、条件満たしとるやろ?」
    「何のトンチですか」
     段々と高まってくる苛立ちを懸命に抑えながら、ハンは抗弁する。
    「作戦に参加ですって? 認めませんよ、俺は」
    「せやからアンタの部下でもない人間に、命令なんかでけへんて言うてるやろ。ええ加減分かりいや」
    「~っ」
     ハンは思わず、持っていた剣を抜きそうになる。
     その激情を無理矢理にこらえ、ハンは二人に背を向けた。
    「本日は気分がすこぶる悪いので、休ませてもらいます。それじゃ」
    「養生しいやー」
     そのまま歩き去るハンにエリザはぱたぱたと手を振った後、ロウに向き直る。
    「ま、ロウくんもあんまりケンカせえへんようにな。ちゅうてもあの子はこっちからけしかけへんかったら、ケンカにはならんさかいな」
    「うっス」



     ハンにとっては不安な材料が次々に湧いてはきていたものの、訓練自体は着々と進み――そしてついに、作戦決行の日を迎えた。

    琥珀暁・練兵伝 終
    琥珀暁・練兵伝 7
    »»  2018.04.03.
    神様たちの話、第133話。
    奪還作戦、開始。

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    1.
     マリアたちが山の南を訪れた際、その気候の違いに戸惑っていたように――海を越えてやって来たらしい彼らも、自分たちが元いた場所と空気が違うことに、少なからず参っているようだった。
    「***……」
     漁港にたむろしていた虎耳や熊耳の大男たちが、海辺に釣り糸を垂らしつつ、だらだらとした声で何かをつぶやき合っている。
     いずれも上半身は裸になっており、額には汗が浮かんでいる。どうやら相当に暑く感じているらしく、一様にげんなりした様子である。
     それでもどこか、浮かれているような、楽しんでいるような――どこか希望に満ちた表情を浮かべており、彼らがこの地を訪れた理由が、その雰囲気からそれとなく察せられるようだった。

     と、沖の方に一つ、また一つと、黒い影が現れる。
    「……?」
     一人がそれに気付き、立ち上がる。
    「*******?」
     周りに尋ねたようだが、他の者はぽかんとした顔をするばかりである。
    「******?」
     何かを提案するように、一人が手を挙げる。
    「**」
     その場にいた全員がうなずき、バタバタと立ち上がりかけた、次の瞬間――その黒い影から、火の玉がいくつも飛んできた。



    「初弾、ええ感じに命中や。敵さん、めっちゃ慌てとるで」
     船を率い、ノースポート沖に進入したエリザが、「通信頭巾」を使ってハンと連絡を取る。
    《了解。こちらは異状無しです》
    「うんうん、もう一回撃ち込んだら、アレ頼むでー」
    《承知してます。それよりエリザさん》
    「何や?」
    《本当にロウを、作戦に編入するんですか?》
    「何を今更……。アタシの作戦には不可欠やて言うたはずやろ」
     エリザの狐耳に、ハンの納得行かなさそうな声が聞こえてくる。
    《あいつがまともに、人の命令通りに動いてくれるとは思えません。どうせ今の攻撃に乗じて、一人勝手に暴れ回ろうとするのが……》「あのなぁ、ハンくん」
     エリザはいつもの彼女らしからぬ、硬い声色でこう返した。
    「人の上に立つような人間が、他人のコトを一々下に下に、悪いように見るんは、絶対やめたりや。そんなんしてたら誰も、アンタに付いてかへんようになるで。
     信じたり。人を信じひんかったら、どんな作戦立てようと、全部ワヤになるだけや」
    《……失礼しました。気を付けます》
    「心配せんでもな、ロウくんはアタシの言うコトやったら、めっちゃ真面目に聞いてくれよる。ちゃんとアタシの言うた通りに、やるコトやってくれるからな」
    《そうだといいんですがね。……いえ、失礼》
    「ほな2発目、行くでー」
     そこで通信を切り、エリザは呪文を唱え始める。
    「ブチかますでっ、『フォックスアロー』!」
     魔術が発動すると同時に、エリザの乗る船に曳航(えいこう)され、波間をふよふよと漂っていたハリボテから、紫色の光線が岸に向かって飛んでいく。
     光線はドン、ドンと炸裂音を立てて岸一帯に降り注ぎ、そこに残っていた敵たちは、明らかに怯え、動揺する。
    「残っとった敵十数名、全員市街地方向へ向かっとりますで、女将さん」
     単眼鏡で状況を確認していた部下から報告を受け、エリザが尋ねる。
    「誰か死んどるか?」
    「いえ……、それらしいのんは、見当たりません」
     それを受けて、エリザはニコニコと笑っている。
    「よっしゃ。どーや、アタシのコントロールは?」
    「流石は女将さんですわ」
    「んっふっふー」

     一方――。
    (お、来た来た)
     一人、既に外壁を乗り越え、ノースポート内へ入り込んでいたロウが、敵が慌てた様子で市街地へ流れて来るのを物陰から確認しつつ、懐を探る。
    (エリザさんに頼まれたんだ。いいトコ見せねえとな)
     ロウは懐から金属の塊を取り出し、緊張した面持ちでぎゅっと握りしめた。
    琥珀暁・奪港伝 1
    »»  2018.04.05.
    神様たちの話、第134話。
    制圧完了、……か?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    《2発目撃ち込んだったで。岸におった敵さんらは全員、市街地方面へ向こたわ》
    「了解。ではこちらも動きます」
     ハンは「頭巾」を頭から剥ぎ取り、背後に並んでいた大隊300人に命令する。
    「第1隊、左翼へ進め! 第2隊は右翼! 第3隊はこのまま前進せよ!」
    「はっ!」
     100人ずつに別れた大隊はざく、ざくと軍靴の音を立て、命じられた方向へと進む。
     ハンが直接率いる第3隊も、程無く街の門前に到着した。
    「目標地点に到着! これより門の破壊、および壁外からの威嚇(いかく)を開始する! 全員、所定の配置に付け!」
     指示に従い、門の前に魔術兵が数名立ち、そして残りの兵士が壁に沿うように並び、弓や投石具を手にする。
    「開始!」
     ハンの号令と同時に、魔術兵が門を攻撃する。
    「うおおおおおおッ!」
    「うりゃああああッ!」
     その一方で兵士たちが大声を上げながら、大量の煙幕弾を壁の向こうへ放り込んでいった。

     沖からの攻撃に慌てふためき、市街地に走ってきた敵たちは、そこで再度、面食らった様子を見せる。
     街の反対側から、自分たちの仲間が同じような素振りでなだれ込んできたからである。
    「**!?」
    「**! **!」
     互いに、半ばわめいているような声を出し合いながら、街の中心部にある広場で交錯し、ぶつかり合い、やがて立ち止まる。
    「****!?」
    「******!?」
    「**ーッ!?」
     状況がまったく把握できていないらしく、敵はただただ、戸惑ったような叫び声を挙げるばかりである。
     と――いつの間にか広場の真ん中に突き立てられていた金属板が、カッと光を放つ。
    「*ッ……」
     次の瞬間には――その場に寄せ集まっていた敵は全員、ばたりと倒れてしまった。



    「砦の監視班から連絡がありました。中心部に集められた敵性勢力、沈黙したとのことです」
    《上々やね。ほんでも気ぃ付けて入りや》
    「ええ」
     ハンは3つに別れていた隊を再び1つにまとめ、街の中に入る。
    「第1隊、第2隊の中から2班、8名ずつ選出し、門の防衛に当たらせてくれ。万が一敵を逃がした場合、そこで食い止めるためだ。
     残りは4名ずつで散開し、家屋や納屋、倉庫、その他建物内に敵が残っていないか、つぶさに確認してくれ」
     2部隊を街中に散らせつつ、残る第3隊を街の中心部、敵が倒れている場所まで進め、ハンは再度命令を下す。
    「敵全員の装備を解除しつつ、厳重に拘束してくれ。起き上がる可能性もあるから、警戒は緩めるな」
     命令してから3分もしないうちに、その場にいた全員が縄で両手と両腕をがっちり縛られ、無力化された。
    「……全然目を覚まさないな。生きてるよな?」
    「みたいですよ」
     ハンの傍らにいたマリアが拘束された敵に近寄り、首筋を触って確かめる。
    「息してるみたいですし、脈もちゃんとあります。気絶してる、……って言うより、まるで寝てるみたいですね」
    「流石はエリザさん、と言うべきか。
     さてと、後は残存してる敵がいないか、そろそろ他2隊からの返事が聞きたいところだが……」
     ハンは来た道に目をやり――安全確認に向かわせた兵士たちの一部が、慌てた様子でこちらに走ってきていることに気付いた。
     戻ってきた兵士たちが揃って真っ青な表情を浮かべているのを見て、ハンは嫌な予感を覚える。
    「どうした?」
    「隊長、敵と思われる者を1名発見いたしました!」
    「何?」
     ハンは報告に来た兵士たちを一瞥(いちべつ)するが、敵らしい人間を連行している様子が無いことを確認し、こう尋ねる。
    「逃げられたのか?」
    「申し訳ありません! 突然、家屋から飛び出してきて、とっさに反応ができず……」
    「どこに逃げたか分かるか?」
    「分かりません」
    「ふむ」
     ハンは兵士たちに一旦背を向け、敵の行方を予測する。
    (例えば、俺がこう言う状況で、たった一人残されたその相手だったとしたら、どう言う行動を採る? こうして大勢の敵に囲まれ、味方は見当たらないぞって言う、この状況に置かれた場合だ。
     真っ先に考え付くのは、港だ。俺たちが来た方向にそいつがいたってことは、そいつは必ず、この中心部、もしくはその付近を通ることになる。
     だがここに来た様子は無い。もし来てたんなら、とっくに誰かが拘束してるか、姿を目撃しているはずだからな。それらの報告が無い以上、その可能性は無いと見ていいだろう。
     となると反対方向、つまり門の方へ逃げたか)
     ハンは兵士たちに向き直り、命令を下した。
    「敵は門から脱出するつもりだろう。だが門は我々が閉ざしている。どんな屈強な奴だろうと、1分隊分の兵士を蹴散らして突破するのは不可能だ。
     敵も恐らく門前で状況に気付き、引き返してくるはずだ。それを迎撃する。
     手の空いている者、俺に付いて来てくれ」
    「了解です」
     命令に従い、兵士たちは武器を構え、ハンに追従した。
    琥珀暁・奪港伝 2
    »»  2018.04.06.
    神様たちの話、第135話。
    ハンニバル尉官の大立ち回り。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     門方面へ進み、程無くしてハンたちは、焦燥した顔で走ってくる熊獣人の姿を確認する。
    「**ッ!」
     何かを叫びつつ、その辺りで手に入れたらしい銛(もり)を振り上げ、ハンに迫ってくる。
    「お前たちは散開し、あいつの横、もしくは背後に回れ。俺が正面に受ける」
    「はい!」
     兵士たちは命じられた通りに動き、熊獣人を囲む。
    「*! ****!」
     それを受け、熊獣人は忙しなく辺りをうかがいつつ、銛の先を彼らに差し向ける。
     だが、どうやら自分の正面に立ったハンがリーダーであることを察したらしく、やがてハンに向かって銛を構えた。
     それに応じ、ハンも剣を鞘から抜き払い、熊獣人に向かって構える。
    「言葉は分からんだろうが、一応言っておくぞ。
     抵抗するなら容赦はしない。大人しく、投降しろ」
    「……***!」
     やはり意味は伝わらなかったか、それとも端から無視するつもりだったか――熊獣人は咆哮とも思えるような怒声を発し、ハンに襲い掛かってきた。
    「**ッ!」
     熊獣人の突きをかわし、ハンは右に回り込む。
    「はッ」
     そのまま右手一本で剣を払い、熊獣人の胴を狙う。しかし一瞬早く熊獣人が飛び退き、剣は空を切る。
     だが――。
    「そこだッ!」
     ハンはぐるんと剣を縦に回しつつ、両手持ちに切り替えると同時に左、右と足を踏み込み、ブン、と重い音を立てて剣を垂直に振り下ろした。
    「*ッ、**!」
     熊獣人はどうにか銛を水平に構え、その太刀を受けようとしたようだが、銛は真っ二つに断たれ、用を成さなくなる。
    「まだやるか?」
     ハンは熊獣人をにらみつけ、そう問いかける。
     その問いかけが理解できたのか、それともハンに恐れをなしたのか――熊獣人は銛を捨て、両手を挙げたまま、その場に立ちすくんだ。
    「降伏の意思ありと見なす。拘束しろ」
     ハンは熊獣人に剣の先を向けたまま、兵士たちに命じた。

     この時も、シェロは他の兵士たちと共にハンに追従し、熊獣人の包囲に参加していた。
     当然、ハンが熊獣人を下す一部始終も、間近で確認しており――。
    (……まずいな。今のままじゃ、どうやったってあの人には、勝てそうに無い)
     誰にも聞かれないような小声で、シェロはそうつぶやいていた。



     すべての敵を拘束してから程無くして、エリザと、彼女が率いてきた60名とがノースポートの港に入った。
    「おつかれさん、ハンくん。
     ほんで、敵さんらはどないしとるん? 何や、1人暴れたって聞いたけども」
    「その1名については、無事捕らえています。先に拘束した敵と合わせ、全員を応急的に、街の納屋や倉庫に放り込んでます。
     住民たちがこっちに戻り次第、向こうの砦に移送しようかと」
    「妥当なトコやね。……あー、と」
     エリザは胸元からするっと煙管を取り出し、きょろきょろと辺りを見回す。
    「煙草持ってへん? 海の上で火事なんか出したらワヤやから、持ってきてへんねん」
    「俺は元々吸いません。それに作戦行動中には吸わないよう、隊の人間には指示していますから」
    「しゃあないなぁ。あ、ロウくん。アンタ持っとる?」
     エリザはハンの近くで突っ立っていたロウに声をかけるが、彼も首を横に振る。
    「すんません、俺吸えないんス」
    「あら、ホンマ? 吸いそうな顔しとるのに」
    「臭いが無理っス」
    「ふふ、かわええトコあるな」
    「なっ……、か、勘弁して下さいよ、こんなおっさんに向かって」
     顔を真っ赤にするロウをよそに、エリザは煙管を元通り、胸の間にしまい込む。
    「ほなガマンするわぁ」
    「そうして下さい」
     エリザは残念そうな顔をし――一転、ぱっと目を輝かせる。
    「あ、街の人やったら持っとるやんな? ほんなら早いトコ、連れて来よか」
    「エリザさん、どれだけ煙草に執着するんですか。
     いつも吸ってる印象があるんですが、多少は控えないと喉や肺を痛めますよ?」
     呆れた声で忠告したハンに、エリザはしれっとこう返した。
    「アカンねん。アタシ、煙草切れたら窒息してまうんよ」
    「……完全に中毒ですね」
    琥珀暁・奪港伝 3
    »»  2018.04.07.
    神様たちの話、第136話。
    「常識」を測る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ノースポートを奪還したその日の内に――エリザから勧められたこともあり――元いた住人たちの送還が行われた。
    「うわー……、きったねえなぁ」
    「港がゴミだらけだよ」
    「好き放題しやがって、クソ」
     街が占拠されていたのは3ヶ月ほどだったが、その間にすっかり、街は汚されてしまっていた。
     そのため、町民たちは戻ってきて早々、大隊に手を借してもらいつつ、街中を大掃除する羽目になった。
    「ふん、ふん、……へーぇ」
     その中で一人、エリザは煙管を片手に、興味深そうな様子で通りを見て回っている。
    「どうかされたんですか、先生」
     と、街の清掃を手伝っていたビートが彼女を見付け、話しかける。
    「ん? ああ、ビートくんやないの。いやな、敵さんらがこの街で何しとったんかなーって、観察しとるんよ」
    「観察ですか? それなら、お急ぎになった方がいいんじゃないですか」
    「せやねぇ、みんな掃除しとるし。ほなちょっと、手伝ってもろてええ?」
     エリザにそうお願いされ、ビートはゼロから言われた言葉を思い出し、言い淀む。
    「え、あー、えーと」
    「忙しかったらええねんけどね。アタシ一人でやれるトコまでやろか思てるし」
    「あ、いえ、手伝います」
     だが、ほとんど無意識に、ビートはそう答えてしまう。
    「あら、ホンマ? ありがとなぁ」
    「あ、じゃあ、ちょっと断りを入れてくるので、待っていただけますか?」
    「えーよー」

     エリザに伴われつつ、ビートも街を見て回る。
    (陛下に釘を刺されてたのに、結局了承してしまった……)
     しかしその胸中は不安に満ちており、とても景色を注視する余裕は無い。
    (僕はまさかもう、エリザ先生に魅入られてるんだろうか?)
    「ほれ、ちょと見てみ」
     と、エリザがひょいと、ビートの手を引く。
    「え? な、何でしょうか?」
     突然のことで戸惑いつつも、ビートはどうにか反応する。
    「こんなトコで焚き火したはるわ」
    「非常識ですね」
     思ったままの意見を述べたビートに、エリザがこう尋ねてくる。
    「ソレだけか? 他に気ぃ付いたコト無いか?」
    「と言うと?」
    「ビートくんはここで火ぃ焚くんは非常識やっちゅうたけども、ソレは何でや?」
    「何でって、誰がどう考えても非常識でしょう? 往来の真ん中ですよ」
    「もしかしたら、敵さんらにはそれが普通のコトなんかも知れへんで」
    「非常識なことをするのが、ですか?」
     眉をひそめるビートに、エリザは肩をすくめて返す。
    「そもそも常識ちゅうもんは、場所で変わるもんや。暑いトコで毛皮のコートなんか羽織らへんし、寒いトコで水着になるんはアホや。
     敵さんら、服装はものすごい温(ぬく)そうやったやん。ちゅうコトはや、元々寒いトコにおったんやろな。ソレも、油断したら凍死してまいかねへんような、極寒の地かも分からん。
     そんでや、そんな寒い寒いトコから来はった人らが、自分たちの安全・安心を確保するためにまずすべきは、何やと思う?」
    「寒いところから? ……あ、じゃあこれは」
    「せや。まず第一、暖を取れるように、と考えるやろな。出来る限り大勢がいっぺんに当たれるように、広い大通りのど真ん中に焚き火を置く。ソレが向こうの常識、『生活習慣』なんやろ。
     ハンくんから聞いたかも分からへんけどな、自分の常識は世界の常識とは限らへんのやで」
    「なるほど……、参考になります」
     エリザの見識に、素直に感心したところで、ビートはふと、ハンから聞かされてきた疑問を思い出した。
    「そう言えば、先生」
    「んー?」
    「今回の作戦について、不可解な点があったように思うんですが」
    「不可解、っちゅうと?」
    「どうして正規軍を400名から300名に減らし、エリザさんの部下を60名、代わりに引き入れたのか。尉官も不思議に思っていたようですが」
    「不思議っちゅうより、はっきり言うたら不満やろ?」
     しれっとそう返され、ビートは言葉に詰まる。
    「いや、まあ、その」
    「分かっとる分かっとる、色々『何やコレ』と思うところはあるやろしな。
     作戦も無事に終わったコトやし、今晩ご飯食べる時にでも、ハンくんにも一緒に説明するわ」
    琥珀暁・奪港伝 4
    »»  2018.04.08.
    神様たちの話、第137話。
    祝勝会にて。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     大隊360人の協力もあって、奪還したその日の夜には、ノースポート住民のほとんどが帰宅可能な状態となっており、大隊の祝勝会を催す余裕すらできていた。
    「さぁさぁ、隊長さん! ご挨拶の方を!」
     町民たちから急ごしらえの壇に上げられ、ハンは戸惑いつつも、挨拶を行った。
    「あー、と。まあ、……今回の作戦が成功し、こうしてノースポートの皆が無事に家へ帰れたこと、心からうれしく思っている。
     住民の皆に平和が戻ったことを祝して、乾杯!」
     どうにかそれらしいことを述べ、ハンは内心ほっとしつつ、壇を降りる。
    「おつかれさん」
     と、エリザがニコニコしながら、ハンに酒の入ったコップを手渡してくる。
    「ああ、どうも」
     とりあえず受け取るが、ハンはそれに口を付けず、エリザに文句めいた言葉を返す。
    「エリザさんも挨拶したらどうです? 壇上でチラっと見てましたが、俺が乾杯って言う前に呑んでたでしょう」
    「ええやないの、細かいコトは。挨拶も一番偉いのんが一言二言、ぽいぽいっとやったらええねん。2人や3人がかりでベラベラしゃべり倒す必要あらへんやろ。料理冷めるで」
    「……確かにそうですね。ひんしゅくを買うでしょう」
     それ以上の抗弁をやめ、ハンは酒を呑もうとした。
     と、そこでビートが声をかけてくる。
    「尉官、エリザさんから今回の作戦の不明点について、説明したいことがあるとのことです」
    「ん? ……ふむ」
     呑むのをやめ、ハンはエリザに向き直る。
    「説明していただけると? これまで何回説明しても、『えーからえーから』で返してきたのに?」
    「作戦終了した後やから、何でも答えたるよ。ほなあっちの方、座ろか」
    「分かりました」
     コップを手に持ったまま、ハンが近くの卓に向かったところで、エリザがこそっとビートを小突く。
    「呑ませたりいや。おもろいコトになるで」
    「だからです。僕だって説明が欲しいですからね。
     尉官に終わりの無い話をダラダラさせて、うやむやにさせるわけには行きません」
    「あらー」

     卓にはハンの他、マリアとシェロ、そしてロウが既に着いていた。
     ハンはまだコップを手にしたまま、エリザに声をかける。
    「ではエリザさん、早速聞かせていただきましょうか。
     まず、何故今回の作戦において予め用意されていた正規の兵士、言い換えれば戦闘に熟練した人間を100名も減らし、熟練しているとは思えない在野の人間60名引き入れたのか。
     そしてそこにいる『狼』、彼をどうして今回の作戦に参加させたのか。俺がどうしても腑に落ちないのは、その2点です。納得行く説明をしてくれるんですよね?」
     軽くにらみつけてくるハンに対し、エリザはくっくっと軽く笑いながら、するっと席に付く。
    「さあ? アンタが納得行くかどうかっちゅうのんは、アンタの受け取り方次第やしな。アタシはアタシの合理に沿った理由を話すだけや。
     ソレでええなら、なんぼでも説明したるけどな」
    「分かりました。それでお願いします」
    「ほなまずは、アタシんトコの人員を入れた件についてやね。
     確かにハンくんの言う通り、戦闘に関してはアタシんトコのんより、軍にいとる人らの方が得手やろな。ふつーに勝負したら3対7くらいでボコ負けするやろ。
     せやけども、ソレは陸の上で、まともに正面切ってやり合った場合や。海の上でやったら、どないやろな」
    「……ふむ」
     ハンはコップを卓に置き、話に集中する様子を見せる。
    「つまり我々では、海上における戦闘、いや、海上での活動全般において、エリザさんの配下より劣ると言うわけですか」
    「語弊はあるやろけども、まあそう言うコトやね。
     アタシが用意しとったんは、元々漁やら何やらで日常的に海に出とる子らやねん。寝とる時間除いたら、陸より海におる時間の方が長いくらいの子ばっかりや。
     実際、アタシは最初の1日、2日、ちょい船酔いしてしもたんやけど、他の60人は1週間強の航海中、一度もそんなヘマしよらんかった。ハンくんトコの300人、いや、元の400人やったら、どないやったやろな」
    「そう言われれば確かに、下手を打っていた可能性は十分に考えられますね。
     仮にエリザさんが今回行ったような威嚇ではなく、接岸・上陸しての作戦であったなら、まともに動けるかどうかさえ怪しかったでしょう」
    「あ、それなんスけど」
     と、ここでロウが手を挙げた。
    「なんで威嚇だったんスか? エリザさんのお力があれば、海からバンバン攻撃できたと思うんスけど」
    「何でもかんでも叩きのめせばええっちゅう話とちゃうねん。アンタやないねんから」
     エリザは苦笑しつつ、それについても説明した。
    琥珀暁・奪港伝 5
    »»  2018.04.09.
    神様たちの話、第138話。
    一応の納得と和解。

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    6.
     ハンと違い、エリザは既にこの時点で酒瓶一本を空けているが、いつも通りの飄々(ひょうひょう)とした、それでいて理知的な光を含んだままの口調で、話を続ける。
    「コレは作戦を立てる段階から一致しとった、アタシとハンくん、ソレからゼロさんらの総意やねんけどな。今回の作戦では、敵味方双方に死人を出すようなコトはせんようにしよう、ってな。
     今回の作戦はバケモノ相手やなく、ヒト相手や。である以上、話し合う余地もあるやろし、今後もしかしたら、商売やら何やらの交流もあるかも知れへん。でも今回のコトで死人でも出してたら、相手はどない思うやろ。
     いや、こっち側に死人が出てたら、どないや? ロウくんも、今まで一緒に暮らしとった街の誰かが、敵さんらに殺されでもしとったら、どう思う?」
    「そりゃブチギレっスよ。絶対許さねーっス」
    「せやろ? 向こうにしても同じコトや。こっちが『取引せーへんか』って持ちかけても、向こうは『仲間を殺しておいて何をいけしゃあしゃあと』って、聞く耳持たへんのは目に見えとる。
     せやから海からの攻撃はせず、おどかすだけにしたっちゅうワケや。ハンくんにしても、石や矢やのうて煙幕投げつけたワケやし、突破しようとした『熊』さんも殺さず、戦意を削ぐだけに留めとったしな」
    「はぁ……、なるほどっス」
    「その話は何度も聞いてますが、俺は未だに納得できないですね」
     と、シェロが口を挟む。
    「そもそも意思の疎通ができないんじゃないスか? 相手にしても、こっちの言葉が理解できてる感じじゃないですし」
    「それについては、陛下から案があるとのことだ」
     コップに手を伸ばしかけていたハンが、手を止めて応じる。
    「そう言う事態に役立つ術があるそうだ。陛下が初めてクロスセントラルを訪れられた際にも、お使いになったらしい」
    「へぇ……?」
    「恐らくその術を使って、砦に拘置した敵に対し尋問なり何なりを行うつもりだろう。その辺りについては指示を受けていないし、現時点では俺たちの管轄じゃ無い。
     それよりもエリザさん、俺が個人的に、一番納得行ってないことがあるんですが」
     そう言ってハンは、ロウを指差す。
    「そいつを参加させた件です」
    「またアンタは。人を指差さんの。『そいつ』呼ばわりもせんの」
     エリザは軽くため息をつきつつ、この件についても説明した。
    「アンタはアタシが嫌がらせか何かのためにロウくんを引き入れたと思っとるみたいやけども、そんなコトするワケないやん」
    「どの口が言うんですか。今まで俺に何度嫌がらせしてきたか、覚えてないんですか?」
    「ええ加減にし。アタシはアンタに嫌がらせなんかした覚えは、いっこもあらへん。アンタがどう思たかは置いといてな。
     ともかく、ロウくんを参加させたのんには、ちゃんとした理由があるねん。考えてみ、敵さんがあっちこっちおるようなトコに、大勢で忍び込むみたいなコト、アンタするか?」
    「しませんね。2名か、3名と言うところでしょう」
    「ロウくんは街に住んで長いし、敵さんらと2回も会うてやり合うてる。アンタから見たら考え無しに突っ込むアホにしか見えんやろうけどな、ロウくんは戦闘事に関しては、めっちゃええ勘しとる。こう言う条件であれば、ロウくん1人で十分や。
     勝手の知れとる自分の街に忍び込んで、敵さんらに気付かれずにアタシの術を発動させるのんに必要な魔法陣を仕込むくらいのコトは、朝飯前にやってくれはるで」
    「む……」
     ハンはロウをチラ、と見て、それから渋々と言った様子で、頭を下げた。
    「その考えには至りませんでした。浅薄な考えで彼を排除しようとしていたこと、謝罪します」
    「ん」
     エリザは満足気にうなずき、ロウの肩をぐにぐにと揉んだ。
    「ほれ、ハンくん謝ってくれたし、アンタも許したり」
    「お、あ、はい」
     ロウはエリザに肩をつかまれたまま、ハンにぺこっと頭を下げた。
    「まあ、そう言う事情があったからよ、あんまり根に持つなよ」
    「……ああ」
     ハンは憮然とした表情のまま、エリザを見据えて尋ねた。
    「しかし、何故俺にそれを、作戦前に説明しなかったんですか?」
    「こうやって実例見せへんと、アンタ『机上の空論ですね』とか『実際に効果が出るか疑問がありますね』とかケチつけて、許可せえへんやろ?」
    「ぐっ……」
     返答に詰まったらしく、ハンは悔しそうな顔をしてうなる。
    「ま、説明はココまでや。もう気になるトコは全部言うたはずやし、早よご飯食べよ」
     そう言いながら、エリザはハンの側まですたすたと歩き――。
    「ハンくんもええ加減、お酒呑みや」
     ずっと卓に置かれたままのコップを取り、ハンに手渡した。
    「……ええ」

     その後は一人、うつろな目で何事かうめくハンに適当な相槌を打ちつつ、エリザたちは酒宴に興じた。
    琥珀暁・奪港伝 6
    »»  2018.04.10.
    神様たちの話、第139話。
    マリアの好み。

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    7.
    「……だから、……つまり、……俺としては」
     一見するとまだ素面のように見えるが、ハンは杯1杯も飲み干さぬうちに、完全に酔っ払ってしまったらしい。
    「……だから、……あれだ、……俺の考えは」
     既に何周も同じ話を繰り返しており、直立したままの脚は、かくかくと細かく震えている。
    「もうそろそろ潰れますね」
     その様子を眺めていたビートが、マリアに耳打ちする。
    「だねー」
     マリアがうなずくと同時に、ハンは唐突にすとん、と椅子に腰掛け、そのまま上を向き、動かなくなった。
    「やっぱり」
    「いつも通りですね」
     ビートは席を立ち、ハンが手に持ったままの杯を取り、卓に置く。
    「つくづく、この人は律儀で几帳面だなぁ。苦手なのにきっちり呑み切ってるし、落とさないようにつかんだまま寝ちゃうし」
    「そこが魅力だけどねー」
     そう返したマリアに、ビートは一瞬ながら、不安そうな表情を見せる。
    「あの、マリアさん」
    「んー?」
     席に戻り、ビートはマリアに尋ねる。
    「マリアさんは、その、尉官のことを、どう思ってるんですか?」
    「どうって?」
    「その、今、尉官のことを魅力的だと言ってましたが」
    「や、魅力的って言うか、うーん」
     マリアは片手に持った鶏のもも焼きで、ハンを指し示す。
    「面白い人だと思ってるんだけどね、あたしは」
    「面白い?」
    「だって面白いじゃん。超が付くほどクソ真面目で、何が何でも規則や場の雰囲気を大事にしようとして、結構無茶なことしまくってるし。
     今だって、コップそのまま放しちゃえばいいのに、手に持ったまんま。多分、『割ったら街の人に悪い』と思って、持ったまんまにしてるんだよね」
    「そこはやはり、尉官らしいところですよね。礼儀正しすぎると言うか。
     ……って、いや、そこじゃなくてですね。マリアさんが尉官のことを、その、何と言うか、どう思ってるかって言うか、あのー、相手として、いや、そのー……」
    「恋愛対象かってこと?」
     マリアにそう返され、ビートの顔が一瞬で真っ赤になる。
    「そっ、あっ、……ええ、まあ、率直に言ってしまえば、そうです」
    「うーん」
     マリアはもぐ、ともも焼きにかぶりつきつつ、これも率直に答えた。
    「無いねー」
    「え、……そうなんですか?」
    「タイプじゃないもん。あたしにとってはお兄ちゃんみたいなもんなんだよねー」
    「はあ……。そう言えば尉官もそんなこと言ってたような」
    「へー」
     ほぼ骨だけになったもも焼きを皿に置き、マリアは続いて、ほっけの塩焼きを皿ごと手に取る。
    「ま、尉官ならそーだよね。妹さんだらけだし」
     マリアは両手で塩焼きをつかみ、豪快にかぶりつく。
    「むぐむぐ……、そもそも尉官ってさー、自分から誰かに告白するよーなタイプじゃないし、一生独身なんじゃない?」
    「ありえますね」
     寝潰れたハンを一瞥し、ビートもうなずく。
    「仮に好きな人ができたとしても、『自分の都合で相手の人生を変えてしまうのは』とか何とかうじうじ考えて、結局言い出さないでしょうね」
    「うんうん、分かるー」
     二言、三言交わす間に塩焼きも平らげ、マリアはきょろきょろと卓を見回す。
    「お酒ですか?」
    「え、何で分かったの?」
    「一緒に食卓を囲んで長いですからね」
     そう答えつつ、酒瓶を差し出したビートに、マリアはにこっと笑いかける。
    「ありがとー、ビート」
    「いえいえ」
    「にしてもビート、色々良く気付くよね」
     マリアにほめられ、ビートも嬉しそうに笑う。
    「恐縮です」
    「ビートみたいなのがダンナさんだったら、あたしすごく楽できそう」
    「えっ、……えー、楽、ですか」
    「うん。家事全部任せるつもりしてるし。あたし、料理以外はさっぱりだし。多分洗濯とか掃除とか全部、押し付けると思う」
    「……あ、そうですか」
     ビートが一転、意気消沈したところに、マリアは更に追い打ちをかけてきた。
    「でもビートはまだ、そーゆー感じに見れないなー。もうちょいかっこ良かったら、いいかもとは思うかもだけど」
    「……あ、ども」
     ビートはすっかり気落ちしたらしく、その後はうつむいて黙々と、食事に手を付けていた。

    琥珀暁・奪港伝 終
    琥珀暁・奪港伝 7
    »»  2018.04.11.
    神様たちの話、第140話。
    警護任務の拝命。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ノースポート奪還作戦が終了し、クロスセントラルに戻ったところで、シモン班は再びゼロの御前に召集されていた。
    「ご苦労だった、皆。とてもいい仕事をしてくれたと聞いてる。ありがとう」
     前回と同じように、ゼロは鷹揚な態度でハンたちを出迎えてくれた。
    「痛み入ります」
     そしてハンも、前回と同じく慇懃(いんぎん)に敬礼して返す。
     ハンが頭を上げたところで、ゼロが話を切り出してきた。
    「早速で悪いけれど、次の任務について話をしたいんだ。いや、そんなに手間取らせるようなことじゃない。ごく簡単なことなんだ」
    「と仰いますと……?」
     尋ねたハンに、ゼロは申し訳無さそうな笑みを浮かべる。
    「ノースポート古砦への警護任務だ。と言ってもクーのだけど」
    「クラム皇女殿下の、ですか」
    「あら、よそよそしいお言葉ですこと」
     謁見の間に声が飛び、続いて本人が姿を現す。
    「以前のようにクーとお呼び下さいませ」
    「ご機嫌麗しゅうございます、クー殿下」
     そう返したハンに、クーはぷくっとほおをふくらませる。
    「敬称は結構です。クーだけでよろしいですわ。……コホン、本題に参りましょう。
     あなた方の働きにより、現在ノースポート近隣の古砦に身元不明の敵性勢力が53名、勾留されております。
     ですが現時点では彼らについて、所属も、目的も、まったく不明。彼らと意思疎通を図り、情報を聞き出さない限り、事態の進展は望めないでしょう」
    「そこで私からクーに翻訳術を伝え、彼らと話をしてもらおうと考えている。君たちはクーを護衛してもらいたい」
     ゼロから命令を受け、ハンは素直に敬礼して従う。
    「拝命いたしました。出発はいつでしょうか」
    「流石に帰ってすぐに、と言うのは忍びない。だから今回も3日、休暇を取ってからにしてもらうよ」

     シモン班が謁見の間を出たところで、すぐにクーも追いついてきた。
    「お待ち下さいませ」
    「何です、……何だ、クー」
    「あら、お勉強なさいましたわね。以降はそれで構いませんわよ。お父様の前でも」
    「それは角が立つだろう。いくら陛下がいいと仰っても」
    「訂正。まだまだ勉強不足ですわね」
     そう言って、クーはハンの腕を取り、ぎゅっと抱きついてくる。
    「何だよ」
    「文句は無しでお願いいたしますわ。ともかく、今回の休暇にもわたくし、追従させていただきますから」
    「勘弁してくれ」
     ハンはうんざりした顔で、クーをはねつけようとする。
    「前回もそうやって結局、俺の家に2泊しただろうが。正直、親父も俺も辟易してたんだ」
     一方のクーも、ハンの腕にしがみついたまま、離れようとしない。
    「では今回は、より親密になれるようっ、精一杯、努力いたしますわっ」
    「そんな努力はしなくていい。離れてくれ」
    「離れま、せんわ、よっ」
     突っ張り合う両者を眺めていたマリアが、たまらず吹き出した。
    「ぷ……、ふ、ふふ、あははっ」
    「何がおかしい」
    「おかしいですってば。いいじゃないですか、クーちゃんと一緒に遊びに行っても」
    「よくない」
    「尉官が気にするほど、周りは気にしてないですよ。お似合いのカップルです」
    「なっ」
     ハンが愕然とした顔をする一方で、クーは心底うれしそうに笑みを浮かべている。
    「感謝いたしますわ、マリア」
    「どーもー」
    「と言うわけです、ハン。観念して、わたくしを家にお連れなさい」
    「……」
     ハンはげんなりした顔をして、かくんとうなずいた。
    「分かったよ。家でもどこでも、勝手に付いてくればいい」
    「ええ、そういたします。
     ああ、そうそう。良ければマリアたちも、一緒に如何かしら?」
     クーがそう提案したところで、再びハンが彼女を引き剥がそうとする。
    「待て、何でそうなる」
    「よろしいでしょう? あなた、一度も部下の皆さんをっ、家に招いたことが、無いのでしょう? いい機会だと、思いますけれどっ」
     再度しがみつくクーを押し除けながら、ハンは抵抗する。
    「俺は思わない」
    「いつもあなた、そんなだからっ、部下の方から冷たい方だって、思われるんですのよっ」
    「だから何だ? 俺はそう言う人間なんだ」
    「いいえ、あなたのそれは、口先だけですわっ」
     前にも増してぎゅうぎゅうとしがみつきながら、クーは説得を続ける。
    「本当のあなたは、もっと温かみの、ある方ですのよっ。それを皆さんに、分かっていただかないとっ」
    「んー」
     マリアが苦笑しつつ、声をかけた。
    「知ってるけどね、あたしもビートも、多分シェロも」
    「……っ」
     短く、ハンが何事かをうめくが、マリアはこう続ける。
    「少なくともあたしは尉官がいい人だってこと、知ってます。あと、いっぺんお家にお邪魔してみたいなーとも。
     と言うわけで参加しまーす」
     そう言いつつ、マリアもハンの腕に抱きつく。
    「二人とも行くよね?」
    「えっ」
     マリアに問われ、ビートは戸惑った顔をしつつも、うなずいて返す。
    「あ、はい、行きます」
     だが一方で、シェロは即座に断ってきた。
    「俺は遠慮しときます。用ありますんで」
    「……」
     マリアが軽くにらんでいたが、シェロは何も言わず、そのまま背を向けて歩き去ってしまった。
    琥珀暁・北報伝 1
    »»  2018.04.13.
    神様たちの話、第141話。
    シモン家、ふたたび。

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    2.
     ゼロへの帰還報告から1時間後、ハンたちはシモン家に集まっていた。
    「おかえり、……あれ? クーちゃん、久しぶりー」
     一行が玄関を抜けてすぐ、ハンの妹の一人、テレサが出迎える。
    「お久しぶりです、テレサちゃん。またお邪魔いたしました」
    「今日も泊まってくの?」
    「そのつもりですわ」「待て」
     クーが答えると同時に、ハンがさえぎろうとする。
    「はっきり言っておくが、今度は泊まらせ……」「そう言うことですので、今夜もよろしくお願いいたしますね」
    「は~い」
     しかし止める間も無く、二人の間で話がまとまる。
    「いや、聞けって。そんなに毎回毎回……」
     なおも抗おうとするハンをよそに、マリアたちも話の輪に加わる。
    「はじめまして、シモン尉官の部下の、マリア・ロッソです」
    「同じく、部下のビート・ハーベイです」
    「え? 部下?」
     テレサはきょとんとした顔になり、憮然としたままのハンに尋ねる。
    「ほんと、お兄ちゃん?」
    「ああ」
    「初めてだよね? お兄ちゃんが仕事かんけーの人、家に連れてくるのって」
    「そうだな」
    「なんかあったの?」
    「変なことは何も無い。クーが一緒に来いって言って、誘っただけだ」
    「へー」
     テレサはチラ、とクーを見て、もう一度ハンに向き直る。
    「お兄ちゃん」
    「何だ?」
    「クーちゃんとけっこんでもすんの? って言うか、もうしたの?」
    「はぁ!? 何でそうなる!?」
    「だって、お尻にしかれすぎだもん」
    「なっ……」
     唖然とするハンをよそに、マリアたちはクスクス笑っていた。

     そして夕食の席でも、ハンは父に小突かれていた。
    「お前……、本っ当に気を付けろよ?」
    「……分かってるよ」
     ゲートに釘を差され、ハンは歯切れ悪く弁解する。
    「いつまでもクーの思い通りにはさせないつもりだ。いずれビシっと言うよ」
    「お前なぁ」
     それに対し、ゲートは呆れた目を向けてくる。
    「気持ちがもう負けかけだろ。『つもり』とか『いずれ』とか、弱腰もいいとこじゃないか」
    「いや、それは、言葉の綾で」
    「もう諦めて、あの子に流された方がいいんじゃないか、いっそ?」
     一転、ゲートは真面目な顔になる。
    「何だかんだ言って、可愛いしな。それにゼロの娘婿なら、軍での将来も安泰だろうし」
    「そんな話はしたくないし、聞きたくない。親父の口からなら、尚更だ」
    「分かってないな。俺だから言える話だぞ。
     お前もボチボチ、嫁さん探す頃合いだろ? 人生の先輩としちゃ、むしろここでガンガン言っとかずに、いつ言うんだっての」
    「勘弁してくれよ。第一、クーはまだ子供だぞ」
    「もう1年、2年も経てば年頃だ。今から関係作っとくってのも、アリだと思うがな」
    「馬鹿言え」
     と、二人の間にマリアが割って入る。
    「二人でこしょこしょ、何話してるんですかー?」
    「ん? おー、マリアか」
     ゲートが振り向き、ニヤっと笑いながら、ハンを親指で指す。
    「なに、コイツの身の振りについて、ちょっとな」
    「身の振り、ですか?」
     マリアは二人の顔を見比べ、続いて尋ねてくる。
    「もしかしてシモン班、解散するとか?」
    「あー、いや、そう言う話じゃない。コイツがクーのことをどう思ってるんだって、そう言う話だよ」
    「あ、それあたしも聞きたいですねー」
     マリアもニヤニヤしながら、ハンに尋ねる。
    「尉官は結局、クーちゃんのこと、どう思ってるんですか?」
    「どうもしない。特に何とも思っちゃいない」
     ハンがぶっきらぼうにそう答えたが、マリアは依然、ニヤニヤとしている。
    「またまたー」
    「ハン、看破されてんぞ。本当にお前、隠しごとできない性質だな」
    「どこがだよ。俺は思ったままのことを、そのまま言ってるんだ。繰り返すが、クーのことなんてどうとも思っちゃいない」
     ハンは憮然とした様子でそう答えたが、マリアもゲートも、首を振って返す。
    「素直じゃないですねー」
    「まったくだ。一体誰に似たんだかな」
    琥珀暁・北報伝 2
    »»  2018.04.14.
    神様たちの話、第142話。
    4人と、1人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     と、マリアの様子を目で追っていたビートがおずおずと手を挙げ、ゲートに尋ねる。
    「あの、閣下」
    「ん、何だ?」
    「閣下はマリアさんと、面識があるんですか?
     いえ、マリアさんが誰にでも親しげと言うか、馴れ馴れしいのはいつも通りですが、閣下もマリアさんのことを、元々から存じているように感じられたので」
    「ああ、付き合いは2年前からだな」
     ゲートはうなずきつつ、マリアに確認する。
    「初めに会ったのって、『バケ対』解体した時だよな」
    「そーですね」
    「ばけ……? って?」
     ビートが尋ね返し、それにハンが答える。
    「2年前まで、強力なバケモノが現れた時のために組織されてた部隊があったんだ。強力な魔術が使える奴だとか、ずば抜けた身体能力を持ってる奴だとかを集めて、精鋭部隊にしようって言うのがな。
     ただ、親父を始めとして、『もうバケモノが出なくなって何年も経つし、存続させる意義が無い。それにこれ以上、有能な人間を一処に留めておくのは勿体無い』って意見が出て、それで解散したんだ」
    「で、あたしの手が空いたから、シモン閣下から『俺の息子が班員探してるから』ってことで、尉官のトコを紹介してくれたってわけ。
     でも本当、助かりましたよー。尉官、すごく優しくしてくれましたし、ビートもシェロも有能だから、この2年、とっても楽できました」
    「いや、マリアさんだってすごいですよ。ものすごく身軽で、高いところでの設営とかひょいっと登ってもらって、僕らも助かりました」
    「くっく……」
     二人のやり取りを眺めていたゲートが、楽しそうに笑い出す。
    「なんだなんだ、仲いいなぁお前ら」
    「そりゃ2年も一緒に仕事してますからねー」
     マリアはニコニコ笑いながら、ハンの背中を平手でぺちぺちと叩く。
    「でも尉官、休みの時あんまり、あたしたちと遊びに行かないんですよねー。あたしたちとご飯食べに行ったり、買い物行ったりって、滅多にしたこと無いんですよ」
    「ああ、こいつはそう言う奴だ」
     ゲートがしれっとそう返したのを皮切りに、シモン家の皆も異口同音に同意する。
    「私もテレサも、ほとんど遊びに連れてってくれないし」
    「うんうん。結構お金もらってるはずなのに、服とかおもちゃとか買ってくれないし」
    「家にはお金入れてるけど、本当にそれだけだし。この子、家のことは全然、手伝わないのよね。お父さんなんか一緒に料理も洗い物も、洗濯もしてくれるのにねぇ」
     母親、メノーにまで突っ込まれ、ハンはうざったそうに目を閉じ、黙り込んでしまう。
    「あら? 尉官、拗ねちゃいました?」
    「……」
     マリアに追い打ちをかけられたが、ハンは答えなかった。



    「1、2、3、4……」
     夜の修練場で、シェロは一人、剣を振るっていた。
    (あー……っ、バッカみてえ)
     悶々としたまま素振りしたり、懸垂や走り込みを繰り返したりするが、気持ちは一向に晴れてこない。
    (今頃、尉官の家でわーわー騒いでる頃か、皆)
     足元には汗が水たまりを作っており、一挙動ごとにぐじゅ、ぐじゅっと濡れた足音が響く。
    (で、俺は一人寂しく鍛錬してるってか。……けっ)
     やがて苛立ちが頂点に達し、シェロは振るっていた剣をブン、と投げ捨てた。
    「何やってんだかなぁ、本当に俺、なぁ?」
     半ばわめき声に近い一人言を吐いたが、それを聞く者は誰もいない。
    (そりゃあさ、俺は17、アイツは20で、そもそも鍛錬の量が違う。そんなことは分かってる。だけど量の問題なら、努力で埋めればいいってだけだ。
     でも――ノースポートの作戦で見せた、アイツの剣技。アレは力量がどうのこうのって問題じゃない。天性の才能と言うしか無い。
     このまま10年素振りしたって、俺はアイツに、絶対追いつけない)
    琥珀暁・北報伝 3
    »»  2018.04.15.
    神様たちの話、第143話。
    文明の邂逅。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     休暇を終えたシモン班は、クーを伴って再び、ノースポート古砦を訪れた。
    「現在、この砦にはノースポートの街を不当に占拠した人間が53名、勾留されている。
     言うまでもなく、街の人間に危害を及ぼし、多大な迷惑を掛けていると言う事実については厳然と調査・判断し、相応の処分を下すべきことだが、その前に我々が確認すべきことがある。
     彼らは一体、どこの何者なのか? この地を占拠したのには、どんな目的があったのか? その点が明らかにされなければ、今後の対応が何も立てられない。もしまた、同様の事件が起きた場合、また同じように何ヶ月も手をこまねく羽目になるかも知れないし、そう言ったことが起きないとしても、彼らの存在は我々にとって脅威であり、不気味極まりないと評する者もある。
     何しろ山の『こっち側』にも『向こう側』にも、あんな耳と尻尾の人間はいないんだからな」
     ハンの堅い説明に対し、マリアたちはのほほんとした調子で会話している。
    「あの人たち、やっぱり肉食なんでしょうかねー? 見た目的に」
    「どうでしょう? 熊って雑食ってイメージがありますけど」
    「虎はガチの肉食らしいスけどね」
     さらにはクーまでもが、その輪に入ってくる。
    「でもノースポートだと、お魚ばかりでしょう? 虎同様に陸の獣肉しか食べつけないとしたら、辟易されてらしたのではないかしら」
    「お前たち。そしてクー」
     ハンは苦い顔をし、全員をたしなめる。
    「友人に会いに行くわけじゃないんだ。檻の中にいる奴らが相手とは言え、気を引き締めてかかってくれ」
    「あ、はい」

     一行は武装した兵士たちがあちこちで構える厳戒態勢の中を進み、彼らが収監されている牢の前に到着した。
    「お待ちしておりました、シモン尉官、クラム殿下」
     牢の前で槍や魔杖を抱えていた兵士たちがハンたちに向き直り、一斉に敬礼する。
    「会話が成立しないため、今もって彼らとは身振り手振りでの、簡単な意思疎通が精一杯です。本当に彼らから、情報を聞き出すことができるのでしょうか」
     尋ねた兵士に、クーがにこりと微笑む。
    「ええ。かつて父上がこの地に降臨した時、魔術を用いて会話を成立させていたそうです。
     ですのでわたくしも、同じように」
     そう言ってクーは、ぼそ、と呪文を唱える。
    「『トランスレーション』。……わたくしの申していることが分かるかしら?」
     ハンを含む周囲の人間には、彼女が普通にしゃべっているようにしか感じられなかったが、どうやら檻の中にいる勾留者たちにも、彼女の言葉が理解できたらしい。
    「**!?」
     中の一人が、驚いた顔をして近寄ってきたからだ。
    「わたくしの名前はクラム。あなたのお名前を、お聞かせ願えるかしら」
    「****」
     依然としてその虎獣人の言っていることは、ハンたちには分からなかったが、クーは平然と応答している。
    「ラズロフさんと仰るのね。あなたたちは一体、どこからいらしたのかしら」
    「*******」
    「船を使って?」
    「***」
    「海を渡って来られたと仰いましたが、西の方からかしら」
    「**、***********」
    「では、あなた方の故郷は北の方にある、と考えてよろしいのでしょうか」
    「****」
     虎獣人がうなずいたところで、ハンがクーに声をかける。
    「クー、こいつらはどこから来たって?」
    「皆様は『海を南に下って航海してきた』と。
     どうやら、ずっと北の方に住まわれているようですわね」

     その後も虎獣人のラズロフとクーは会話を交わし、ハンたちは以下の情報を得ることができた。
     まず、彼らは1年近くかけて、ノースポート北北東に広がる海を渡ってきたこと。また、海の途中には島が5つあり、航海生活の大半をその島で過ごしてきたこと。さらにその理由は、「海が凍りついてしまい、船が動かなかったのだ」と言うこと。
     そして彼らの故郷は、雪と氷に閉ざされた厳しい土地であり、住まう人々は常に寒さと飢えに苦しむ生活を送っていること。故に新天地を求めるべく、彼らの指導者から航海を命じられたことが分かった。
    琥珀暁・北報伝 4
    »»  2018.04.16.
    神様たちの話、第144話。
    北の世界の報せ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    《指導者……?》
    「魔術頭巾」による通信でクーから話を聞かされ、ゼロは神妙な声を上げた。
    《名前は何と?》
    「レン・ジーン、と言う名前だそうですわ。通称、『天星』のレンと」
    《『天星』レン、……か》
     ゼロの声には、明らかに当惑の色が混じっていた。
    《クー、その土地にはバケモノがいたとか、そう言う話は聞いたかな》
    「いえ。飢えと寒さに苦しんでいたと言うお話は何度も伺いましたけれど、怪物が出現したと言うようなことは、一言も仰いませんでした」
    《バケモノがいない……? まあ、他に大きな困難が存在するなら、そもそも設置は意味が無い、と言うことか。それ以前に、人が住める状況じゃないかも知れないし》
    「何のお話でしょうか、お父様?」
     一人言をつぶやくゼロに、クーが声をかける。
    《ああ、ごめんごめん。……ふむ、レンか。
     できるようなら、勾留者の中から誰か1人、私の前に連れて来てほしいな。もっと詳しく、話を聞きたいから》
    「承知いたしました。すぐハンに伝えます」



     シモン班は勾留者の中から1名、リーダーの熊獣人を連れて、クロスセントラルへと帰還した。
     彼はすぐにゼロの前に連れられ、厳戒態勢の中で謁見させられることとなった。
    「既に娘から話を聞いていると思うけど、私がこの地を治めている、ゼロ・タイムズだ。よろしく」
    「(よ、……ろしく)」
     熊獣人はおずおずとした仕草で、ゼロの前に置かれた椅子に座る。
    「(あなたも魔法使いなのか? 娘さんも突然、私にペラペラと流暢に、話しかけてきたが)」
    「そう呼ばれることもある。まあ、色々聞きたいことはあると思うけれど、先に私の方から質問させてほしいんだ。
     この地を治める者として、君たちが我々にとって、絶対的かつ普遍的に危険な存在であるか、それとも否、話し合う余地がある人たちなのか。それは第一に確認しなければならないことだから。いいかな?」
    「(承知した)」
    「まず、名前から聞かせてもらっていいかな」
    「(イサコ・トロコフだ)」
    「今回、君たちは50名以上で組織だって、我々の土地に乗り込んできたけれど、君たちは軍隊と言う認識でいいのかな」
    「(そうだ。軍における階級は尉官である)」
    「その軍隊の総司令官、トップと言える人間は、レン・ジーンと言う者かな」
    「(そうだ)」
    「今回の航海は、ジーンからの命令で行われたのかな」
    「(そうだ)」
    「その目的は?」
    「(ジーン陛下は、我々に新たな土地を見付けるよう命じられた。豊かで暖かく、広大な土地を見付けよ、と)」
    「そして恐らくは、そこへ移住することを目的としていただろう」
    「(そうなる)」
     質問を重ねるうち、ゼロの表情が目に見えて、渋いものになっていく。
    「……では、……これを聞くことは、あまり私にとって愉快では無いことだけど、……聞かなきゃならないだろう。
     もしも新たな土地に先住民がいた場合、君たちはどのような対応を採るべきか、指示されていたのかな」
    「(そうした場合の対応については、陛下からはただ一点のみ、こう命じられている。
     襲え、と)」

     質問を終えてすぐ、ゼロはゲートをはじめとする将軍たちを招集し、緊急会議を開いた。
    「イサコ尉官によれば、彼らの探索の期間は3年と設定されていたそうだ。
     即ち、それまでに彼らが故郷へ帰還しなければ、ジーン側本営はもう一度、探索隊を送るだろう。2倍か3倍か、あるいはもっと多くの人員をね」
    「それは何故です?」
    「貧しい土地で汲々としている彼らが、たった一度の失敗で諦めることは考えにくい。人員を増やして再度探索に向かうであろうことは、容易に想像できる。
     今回の事件では、街が占拠された期間は3ヶ月を超えた。町民全員が家を追われる羽目になったし、我々の側の対応如何では、生命を奪われる危険もあった。探索隊50人で、その被害だ。探索隊の数が2倍、3倍と増えたら、単純に考えて2倍、3倍の被害が出ることになるだろう。
     しかも一度全滅させれば終わり、とはならない。彼らは諦めないからだ。必ずもう一度、もう一度と、何度も繰り返すだろう。僕たちだってバケモノ根絶のため、徹底的にこの地を東奔西走し、根絶やしにしたんだから。
     人間は自分の生活が、生命がかかってるとなれば、己が抱える恐怖や重圧、そして良識をも踏み越える生き物だからだ」
    「じゃあ、ゼロ」
     ゲートが挙手し、こう尋ねる。
    「お前はどう対応する?」
    「一番いいのは、彼らと対話し、双方にとって良好な関係を築くことだ。
     だけどイサコ尉官の話によれば、彼らの首長であるジーンは、『新たな土地に人がいれば襲え』と命じていたと言う。
     ジーンは私たちと関係を築くなんてことは、まったく考えていないんだろう」
    「では……」
     他の将軍が、恐る恐る声を上げる。
    「陛下は、今後また更なる戦いが起こるだろう、と?」
    「この地でそんなことは、絶対に起こさせない」
     ゼロはきっぱりと答え、対策を述べた。
    「私たちから彼らの地へ出向き――占拠はしないまでも――駐留して、交渉を持ちかけよう。その交渉が決裂、あるいは交渉そのものが実らなければ、示威行動を採る。
     もし我々と戦うようなことになれば、ただでは済ませないぞ、と」
    琥珀暁・北報伝 5
    »»  2018.04.17.
    神様たちの話、第145話。
    新たな任務へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     シモン班とクーは三度、ノースポート古砦に戻っていた。
    「こんにちは。わたしの、名前は、エルゴです」
    「こんに……つぃ……は、わたし……の……」
     勾留中の彼らにクーが率先して会話教育を施し、どうにかゼロ側兵士たちとの会話ができるようになっていた。
     一方でクーも、彼らから言葉を教わっており――。
    「(では今日は、ここまでにいたしましょう)」
    「(ありがとう、殿下。明日もよろしく頼む)」
     彼らより幾分流暢に異国語での会話を交わし、クーはにこりと会釈して、牢の前から離れた。
    「お疲れ様です、クーさん」
    「お疲れっス」
     と、クーの前にビートとシェロが現れる。
    「あら、ごきげんよう」
    「今日もお話っスか?」
    「ええ。皆様、随分お上手になりましたわよ」
    「ソレなんスけど」
     シェロはけげんな顔で尋ねる。
    「クーさん、翻訳術? でしたっけ、ソレ使えるのに、何でわざわざ向こうの言葉覚えたり、こっちの言葉覚えさせたりするんスか?」
    「あら。あなた、『トランスレーション』を使えまして?」
    「いや、俺は魔術、全然っスけど」
    「であれば、普通に会話する術を身に付けられた方が早いでしょう。魔術は適性がございますけれど、言葉は努力と訓練で身に付けられますもの」
    「え? いや、俺が覚えたって……」
     反論しかけたシェロに、クーがこう続ける。
    「あなた方も恐らく、そう遠くないうちに『向こう側』へ赴くことになるでしょう。準備は怠らないようになさって下さいまし」
    「お、俺たちが……?」
    「今のところはまだ、そう言う話が出てる、って段階だけどな」
     ハンが姿を現し、会話に加わる。
    「だから今日、明日すぐに辞令が下る、ってことは無いし、そもそも俺たちの役目じゃないかも知れない。
     とは言え、可能性が一番高いってのは確かだ。何しろ俺たちは……」
    「僕たち、ジーン軍と一番近くで交流してますもんね」
     ビートの言葉に「そう言うことだ」と返し、ハンは話を続ける。
    「クーの言う通り、今のうちに準備を進めておいた方がいい。俺も今、クーやジーン軍の奴らから学んでるところだ」
    「へぇ……」
     ビートが感心したような声を上げる一方で、シェロはうんざりしたような顔を見せる。
    「勘弁してほしいっスね、マジで。今だって訓練で精一杯なのに、まだ頑張ることが増えるかと思うと」
    「仕方無いさ。正直、俺だって頭が痛い」
     そうこぼしたハンに、クーがニヤニヤと笑って返す。
    「あなたがもし、満足に会話できなくとも、わたくしが側にいれば、通訳して差し上げますわよ? 今回ばかりは、わたくしの随行は不可避でございますものね」
    「ああ、念を押さなくても分かってる。
     言葉の通じない異邦の地で、翻訳術が使える人間がいなきゃ、困るのは目に見えてる。加えて相応の地位にある人間が出向かなきゃ、交渉なんてできるはずも無い。
     何度も話し合って出た結論なんだ。今更拒否なんかしないさ」
    「それは結構。ご理解いただけて何よりですわ」
     満面の笑みを浮かべるクーに対し、ハンは肩をすくめ、そして「ああ、そうそう」と続けた。
    「その遠征任務だが、もしかしたらまた、エリザさんが出張って来るかも知れん」
    「と申しますと?」
     半分驚いたような、そして半分うざったそうな表情を浮かべたクーに、ハンも諦め気味の口調で説明する。
    「『異邦で対話やら交渉やらするんやったら、アタシが適任やろ』だとさ。陛下も親父も同意見だったし、十中八九、あの人は来るよ」
    「そうなれば、間違い無く遠征隊の隊長はハンになるでしょうね。あの方のお目付け役になれるのは、あなたしかおりませんもの」
    「だろうな。……となると多分、ロウのおっさんも付いて来るだろうな。
     あいつ何だかんだで、あれからずっとエリザさんの護衛を続けてるらしいから」
    「まあ、騒々しくなりそうですこと」
    「まったくだ」
     そう言って、ハンとクーは笑い合った。



     そして大方の予想通り――ゼロは600人を超える兵士を、北方にあると言う大陸への遠征隊として組織し、その隊長にハンを任命。同時に副隊長として、エリザを招聘した。

     ハンの更なる活躍と、そしてエリザの更なる覇業の舞台は新天地、北方大陸へと移っていく。

    琥珀暁・北報伝 終
    琥珀暁・北報伝 6
    »»  2018.04.18.

    神様たちの話、第131話。
    精鋭マリア。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ロウの拳を止めたまま、マリアはいつもののほほんとした雰囲気とかけ離れた、きつい口調と眼差しで相手を咎める。
    「やめて下さい、ロウさん」
    「あぁ!? 邪魔すんじゃねえよ!」
    「もう一度だけ、言います。やめて」
     マリアの制止に対し、ロウは怒鳴って返す。
    「邪魔すんならてめーからボコってやんぞ、コラ!?」
    「分かりました」
     次の瞬間――ロウはマリアに蹴りを叩き込まれ、その場から3メートル近くも弾き飛ばされていた。
    「う、っご……!?」
     玄関広間に置かれていた机や椅子をがしゃ、がしゃんと薙ぎ倒しながら、ロウは床に転がる。
    「な、何、しやがるっ」
     それでもすっくと立ち上がり、ロウは近くにあった椅子を手に取り、マリアに襲い掛かる。
     マリアも即応し、ロウが持っていた椅子を左脚を高く挙げて蹴り飛ばし、くるんと半回転しつつ、後ろ向きに右脚を突き込む。
    「ぐば、っ」
     右脚がロウの顔面にめり込むが、それでもロウは倒れず、彼女の脚をつかむ。
    「いい気に、……なってんじゃねえぞオラあああッ!」
     ロウはそのまま、マリアを乱暴に振り回そうとするが、それより一瞬早く、マリアの左脚がロウのあごを蹴り抜いていた。
    「はが……っ」
     ロウは大きくのけぞって体勢を崩し、膝を付いたきり動かなくなる。
    「……ふー」
     一方、マリアは何事も無かったようにすとんと床に降り立ち、ハンの無事を確かめる。
    「尉官、おケガありません?」
    「ああ、大丈夫だ」
     ハンは周囲の兵士たちに目配せし、命令を下す。
    「こいつを拘束しろ」
    「はっ」
     兵士たちは敬礼し、ロウを捕らえようとした。

     と――。
    「ちょい待ち」
     エリザがぺら、と手を振り、兵士たちを制した。
    「エリザさん?」
     いぶかしむハンに、エリザはにこっと笑って返す。
    「いくら何でも気の毒やで。折角遠いトコから来たっちゅうのんに、こないに顔蹴られて、しかも檻の中入れられるっちゅうんは」
    「しかし、そいつは正規の方法を執らずに軍施設に侵入した上、乱闘騒ぎを起こした奴ですよ。何もせずと言うわけには」
    「そんなもん、アンタとアタシのさじ加減やろが。
     訓練場やら宿舎やら入って来た言うても、何や盗られたワケでも無い。乱闘騒ぎにしても、ケガしとんのロウくん一人やん。壊れたもんはアタシが弁償したるし。
     後はアタシらが『不問に処す』言うたら、ソレで終わりやろ?」
    「まあ、それはそうですが」
    「大事(おおごと)にするようなもんでも無いやろ。ソレともアンタ、今後もこんなしょうもないコトで一々、大勢けしかける気ぃか?」
    「……そうですね。流石にそんなことが重なれば、士気を下げるでしょう」
    「せやろ? ちゅうコトで拘束は無しや。みんな、戻ってええでー」
     エリザの一声により、マリアを除く兵士たちはぞろぞろと、その場から離れて行った。
     後に残され、その場にうずくまったままのロウに、エリザは優しく声をかける。
    「手当てしたるで。一緒にアタシの部屋に来」
    「えっ、……い、いやっ、そんな、これくらいいいっスって」
     ロウは鼻血の跡を残したままの顔でばたばたと手を振り、それを固辞しようとする。
    「ええから。話もあるし。ま、二人きりっちゅうのんもアレやろから、マリアちゃんも一緒にいてもらおかな」
    「あ、はーい」
     マリアが素直にうなずく一方、ハンは憮然とした顔になる。
    「俺も行きます」
     そう返すが、エリザはぺら、と手を振る。
    「アンタ、ロウくんみたいなタイプ嫌いやろ? アンタが一緒におったら、アンタかロウくんのどっちかがキレてもうて、話にならへんやろからな。
     アタシに任せとき」
    「そう仰るなら、エリザさんに一任しますよ」
     ハンはそれ以上何も言わず、その場から離れた。

     ロウの騒ぎがあった、その直後――。
    (何だこりゃ)
     宿舎に戻ってきたシェロは玄関の惨状を目にし、呆れ返る。
     と、同僚が近くを通りかかり、彼に声をかけた。
    「シェロ? 今戻ってきたのか」
    「ああ、先にメシ食ってたんだ。
     それで、何かあったのか? 机とか色々、散らばってるけど」
    「闖入者(ちんにゅうしゃ:非正規に立ち入ってきた者のこと)騒ぎだ。今、エリザ先生が尋問してるんだってさ」
    「先生が?」
    「大変だったみたいだぜ。隊長が襲われたんだってさ」
    「隊長が? どうなったんだ? ケガでもしたのか?」
    「いや、マリアが守ったって話だ」
    「じゃ、無事なのか。ふーん……」
     チラ、と机の残骸を一瞥して、シェロはそのまま、自分の部屋へと戻った。

    琥珀暁・練兵伝 6

    2018.04.02.[Edit]
    神様たちの話、第131話。精鋭マリア。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ロウの拳を止めたまま、マリアはいつもののほほんとした雰囲気とかけ離れた、きつい口調と眼差しで相手を咎める。「やめて下さい、ロウさん」「あぁ!? 邪魔すんじゃねえよ!」「もう一度だけ、言います。やめて」 マリアの制止に対し、ロウは怒鳴って返す。「邪魔すんならてめーからボコってやんぞ、コラ!?」「分かりました」 次の瞬間――...

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    神様たちの話、第132話。
    エリザの更なる横槍。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     翌朝、いつものようにハンは、剣を佩いて訓練場に現れた。
    (昨夜は騒々しかったが、もうあんなことは二度も起こらないだろう。
     いくらエリザさんでも、あんな無茶苦茶な奴を隊に入れるなんてことはしないはずだろうし。……さ、今日もやるか)
     ハンはすう、と深呼吸し、剣を構えようとする。
     と、背後に気配を感じ、振り返る。
    「おう。早いな、あんた」
     そこには「昨夜の無茶苦茶な奴」――ロウの姿があった。
    「何の用だ?」
     棘のある声で尋ねたハンに、ロウはフン、と鼻を鳴らす。
    「ここは訓練場だろ? 訓練場ですることなんて、訓練以外にあんのかよ?」
    「お前が訓練だと? 部外者は立入禁止だ。それくらい分かるだろ?」
    「部外者じゃねえよ」
     そう返したロウを、ハンはにらみ付ける。
    「いくら早朝とは言え、寝言は寝てる時に言ってくれ」
    「エリザさんの言った通りだな。あんたとは全然、話になんねえわ」
    「あ? エリザさんがどうしたって?」
     二人がにらみ合ったところで、「待ち待ち」と声がかけられる。
    「……エリザさん」
    「ハンくん、おはようさん」
    「ええ、おはようございます」
     ハンは憮然としつつもエリザに挨拶し、こう続ける。
    「嫌な予感がするんですが」
    「あら、どないした?」
    「もしかしてこいつを隊に入れるんですか?」
    「そら嫌やろ?」
    「無論です」
    「せやから、隊には入れてへんで」
    「じゃあ何故、こいつがここに?」
     そう言いつつロウを指差したハンを、エリザがたしなめる。
    「人を指差さんときいや。……ま、説明するとやね。
     ロウくんはアタシ専属の護衛やねん」
    「は?」
     ハンは極力落ち着いた声を作り、エリザに尋ねる。
    「どう言った事情があるのか、詳細にご説明いただいてもよろしいですか?」
    「何や、かしこまって。まあええわ、説明したる。
     まず第一、アンタは絶対、隊にロウくん加えるのんは反対するやろ?」
    「ええ」
    「第二にロウくんもな、隊に入るっちゅうのんは勘弁や言うてるねん。ロウくんにしても、アンタからアレやコレや指示されるのんは嫌や言うてるからな」
    「そうですか。まあ、そうでしょうね」
    「ほんで第三、アタシにも考えるところがあってな。ロウくんは今回の作戦について、ええ働きしてくれるやろうと考えとるんよ」
    「何ですって? こいつが?」
    「こいつ、こいつて」
     エリザは魔杖の先で、こつんとハンの頭を叩く。
    「いたっ、……何なんです?」
    「嫌いなんは分かるけどもな、人の上に立っとる人間が、子供みたいなコト言わんの」
    「子供はどっちですか。俺の癇に障るような嫌がらせを、次から次にやっておいて」
    「嫌がらせやあるかいな。まあ、そんなん言い合いするのん自体が子供みたいやし、話続けるで。
     ともかくな、その3つを全部通すのんに最もええやり方を、アタシなりに考えてみたんよ。で、ロウくんをアタシの護衛にするコトにしたんや。
     せやからロウくんはアンタの部下ではないし、やけども今回の作戦には参加する。どや、条件満たしとるやろ?」
    「何のトンチですか」
     段々と高まってくる苛立ちを懸命に抑えながら、ハンは抗弁する。
    「作戦に参加ですって? 認めませんよ、俺は」
    「せやからアンタの部下でもない人間に、命令なんかでけへんて言うてるやろ。ええ加減分かりいや」
    「~っ」
     ハンは思わず、持っていた剣を抜きそうになる。
     その激情を無理矢理にこらえ、ハンは二人に背を向けた。
    「本日は気分がすこぶる悪いので、休ませてもらいます。それじゃ」
    「養生しいやー」
     そのまま歩き去るハンにエリザはぱたぱたと手を振った後、ロウに向き直る。
    「ま、ロウくんもあんまりケンカせえへんようにな。ちゅうてもあの子はこっちからけしかけへんかったら、ケンカにはならんさかいな」
    「うっス」



     ハンにとっては不安な材料が次々に湧いてはきていたものの、訓練自体は着々と進み――そしてついに、作戦決行の日を迎えた。

    琥珀暁・練兵伝 終

    琥珀暁・練兵伝 7

    2018.04.03.[Edit]
    神様たちの話、第132話。エリザの更なる横槍。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 翌朝、いつものようにハンは、剣を佩いて訓練場に現れた。(昨夜は騒々しかったが、もうあんなことは二度も起こらないだろう。 いくらエリザさんでも、あんな無茶苦茶な奴を隊に入れるなんてことはしないはずだろうし。……さ、今日もやるか) ハンはすう、と深呼吸し、剣を構えようとする。 と、背後に気配を感じ、振り返る。「おう。...

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    神様たちの話、第133話。
    奪還作戦、開始。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     マリアたちが山の南を訪れた際、その気候の違いに戸惑っていたように――海を越えてやって来たらしい彼らも、自分たちが元いた場所と空気が違うことに、少なからず参っているようだった。
    「***……」
     漁港にたむろしていた虎耳や熊耳の大男たちが、海辺に釣り糸を垂らしつつ、だらだらとした声で何かをつぶやき合っている。
     いずれも上半身は裸になっており、額には汗が浮かんでいる。どうやら相当に暑く感じているらしく、一様にげんなりした様子である。
     それでもどこか、浮かれているような、楽しんでいるような――どこか希望に満ちた表情を浮かべており、彼らがこの地を訪れた理由が、その雰囲気からそれとなく察せられるようだった。

     と、沖の方に一つ、また一つと、黒い影が現れる。
    「……?」
     一人がそれに気付き、立ち上がる。
    「*******?」
     周りに尋ねたようだが、他の者はぽかんとした顔をするばかりである。
    「******?」
     何かを提案するように、一人が手を挙げる。
    「**」
     その場にいた全員がうなずき、バタバタと立ち上がりかけた、次の瞬間――その黒い影から、火の玉がいくつも飛んできた。



    「初弾、ええ感じに命中や。敵さん、めっちゃ慌てとるで」
     船を率い、ノースポート沖に進入したエリザが、「通信頭巾」を使ってハンと連絡を取る。
    《了解。こちらは異状無しです》
    「うんうん、もう一回撃ち込んだら、アレ頼むでー」
    《承知してます。それよりエリザさん》
    「何や?」
    《本当にロウを、作戦に編入するんですか?》
    「何を今更……。アタシの作戦には不可欠やて言うたはずやろ」
     エリザの狐耳に、ハンの納得行かなさそうな声が聞こえてくる。
    《あいつがまともに、人の命令通りに動いてくれるとは思えません。どうせ今の攻撃に乗じて、一人勝手に暴れ回ろうとするのが……》「あのなぁ、ハンくん」
     エリザはいつもの彼女らしからぬ、硬い声色でこう返した。
    「人の上に立つような人間が、他人のコトを一々下に下に、悪いように見るんは、絶対やめたりや。そんなんしてたら誰も、アンタに付いてかへんようになるで。
     信じたり。人を信じひんかったら、どんな作戦立てようと、全部ワヤになるだけや」
    《……失礼しました。気を付けます》
    「心配せんでもな、ロウくんはアタシの言うコトやったら、めっちゃ真面目に聞いてくれよる。ちゃんとアタシの言うた通りに、やるコトやってくれるからな」
    《そうだといいんですがね。……いえ、失礼》
    「ほな2発目、行くでー」
     そこで通信を切り、エリザは呪文を唱え始める。
    「ブチかますでっ、『フォックスアロー』!」
     魔術が発動すると同時に、エリザの乗る船に曳航(えいこう)され、波間をふよふよと漂っていたハリボテから、紫色の光線が岸に向かって飛んでいく。
     光線はドン、ドンと炸裂音を立てて岸一帯に降り注ぎ、そこに残っていた敵たちは、明らかに怯え、動揺する。
    「残っとった敵十数名、全員市街地方向へ向かっとりますで、女将さん」
     単眼鏡で状況を確認していた部下から報告を受け、エリザが尋ねる。
    「誰か死んどるか?」
    「いえ……、それらしいのんは、見当たりません」
     それを受けて、エリザはニコニコと笑っている。
    「よっしゃ。どーや、アタシのコントロールは?」
    「流石は女将さんですわ」
    「んっふっふー」

     一方――。
    (お、来た来た)
     一人、既に外壁を乗り越え、ノースポート内へ入り込んでいたロウが、敵が慌てた様子で市街地へ流れて来るのを物陰から確認しつつ、懐を探る。
    (エリザさんに頼まれたんだ。いいトコ見せねえとな)
     ロウは懐から金属の塊を取り出し、緊張した面持ちでぎゅっと握りしめた。

    琥珀暁・奪港伝 1

    2018.04.05.[Edit]
    神様たちの話、第133話。奪還作戦、開始。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. マリアたちが山の南を訪れた際、その気候の違いに戸惑っていたように――海を越えてやって来たらしい彼らも、自分たちが元いた場所と空気が違うことに、少なからず参っているようだった。「***……」 漁港にたむろしていた虎耳や熊耳の大男たちが、海辺に釣り糸を垂らしつつ、だらだらとした声で何かをつぶやき合っている。 いずれも上半身...

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    神様たちの話、第134話。
    制圧完了、……か?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    《2発目撃ち込んだったで。岸におった敵さんらは全員、市街地方面へ向こたわ》
    「了解。ではこちらも動きます」
     ハンは「頭巾」を頭から剥ぎ取り、背後に並んでいた大隊300人に命令する。
    「第1隊、左翼へ進め! 第2隊は右翼! 第3隊はこのまま前進せよ!」
    「はっ!」
     100人ずつに別れた大隊はざく、ざくと軍靴の音を立て、命じられた方向へと進む。
     ハンが直接率いる第3隊も、程無く街の門前に到着した。
    「目標地点に到着! これより門の破壊、および壁外からの威嚇(いかく)を開始する! 全員、所定の配置に付け!」
     指示に従い、門の前に魔術兵が数名立ち、そして残りの兵士が壁に沿うように並び、弓や投石具を手にする。
    「開始!」
     ハンの号令と同時に、魔術兵が門を攻撃する。
    「うおおおおおおッ!」
    「うりゃああああッ!」
     その一方で兵士たちが大声を上げながら、大量の煙幕弾を壁の向こうへ放り込んでいった。

     沖からの攻撃に慌てふためき、市街地に走ってきた敵たちは、そこで再度、面食らった様子を見せる。
     街の反対側から、自分たちの仲間が同じような素振りでなだれ込んできたからである。
    「**!?」
    「**! **!」
     互いに、半ばわめいているような声を出し合いながら、街の中心部にある広場で交錯し、ぶつかり合い、やがて立ち止まる。
    「****!?」
    「******!?」
    「**ーッ!?」
     状況がまったく把握できていないらしく、敵はただただ、戸惑ったような叫び声を挙げるばかりである。
     と――いつの間にか広場の真ん中に突き立てられていた金属板が、カッと光を放つ。
    「*ッ……」
     次の瞬間には――その場に寄せ集まっていた敵は全員、ばたりと倒れてしまった。



    「砦の監視班から連絡がありました。中心部に集められた敵性勢力、沈黙したとのことです」
    《上々やね。ほんでも気ぃ付けて入りや》
    「ええ」
     ハンは3つに別れていた隊を再び1つにまとめ、街の中に入る。
    「第1隊、第2隊の中から2班、8名ずつ選出し、門の防衛に当たらせてくれ。万が一敵を逃がした場合、そこで食い止めるためだ。
     残りは4名ずつで散開し、家屋や納屋、倉庫、その他建物内に敵が残っていないか、つぶさに確認してくれ」
     2部隊を街中に散らせつつ、残る第3隊を街の中心部、敵が倒れている場所まで進め、ハンは再度命令を下す。
    「敵全員の装備を解除しつつ、厳重に拘束してくれ。起き上がる可能性もあるから、警戒は緩めるな」
     命令してから3分もしないうちに、その場にいた全員が縄で両手と両腕をがっちり縛られ、無力化された。
    「……全然目を覚まさないな。生きてるよな?」
    「みたいですよ」
     ハンの傍らにいたマリアが拘束された敵に近寄り、首筋を触って確かめる。
    「息してるみたいですし、脈もちゃんとあります。気絶してる、……って言うより、まるで寝てるみたいですね」
    「流石はエリザさん、と言うべきか。
     さてと、後は残存してる敵がいないか、そろそろ他2隊からの返事が聞きたいところだが……」
     ハンは来た道に目をやり――安全確認に向かわせた兵士たちの一部が、慌てた様子でこちらに走ってきていることに気付いた。
     戻ってきた兵士たちが揃って真っ青な表情を浮かべているのを見て、ハンは嫌な予感を覚える。
    「どうした?」
    「隊長、敵と思われる者を1名発見いたしました!」
    「何?」
     ハンは報告に来た兵士たちを一瞥(いちべつ)するが、敵らしい人間を連行している様子が無いことを確認し、こう尋ねる。
    「逃げられたのか?」
    「申し訳ありません! 突然、家屋から飛び出してきて、とっさに反応ができず……」
    「どこに逃げたか分かるか?」
    「分かりません」
    「ふむ」
     ハンは兵士たちに一旦背を向け、敵の行方を予測する。
    (例えば、俺がこう言う状況で、たった一人残されたその相手だったとしたら、どう言う行動を採る? こうして大勢の敵に囲まれ、味方は見当たらないぞって言う、この状況に置かれた場合だ。
     真っ先に考え付くのは、港だ。俺たちが来た方向にそいつがいたってことは、そいつは必ず、この中心部、もしくはその付近を通ることになる。
     だがここに来た様子は無い。もし来てたんなら、とっくに誰かが拘束してるか、姿を目撃しているはずだからな。それらの報告が無い以上、その可能性は無いと見ていいだろう。
     となると反対方向、つまり門の方へ逃げたか)
     ハンは兵士たちに向き直り、命令を下した。
    「敵は門から脱出するつもりだろう。だが門は我々が閉ざしている。どんな屈強な奴だろうと、1分隊分の兵士を蹴散らして突破するのは不可能だ。
     敵も恐らく門前で状況に気付き、引き返してくるはずだ。それを迎撃する。
     手の空いている者、俺に付いて来てくれ」
    「了解です」
     命令に従い、兵士たちは武器を構え、ハンに追従した。

    琥珀暁・奪港伝 2

    2018.04.06.[Edit]
    神様たちの話、第134話。制圧完了、……か?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.《2発目撃ち込んだったで。岸におった敵さんらは全員、市街地方面へ向こたわ》「了解。ではこちらも動きます」 ハンは「頭巾」を頭から剥ぎ取り、背後に並んでいた大隊300人に命令する。「第1隊、左翼へ進め! 第2隊は右翼! 第3隊はこのまま前進せよ!」「はっ!」 100人ずつに別れた大隊はざく、ざくと軍靴の音を立て、命じら...

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    神様たちの話、第135話。
    ハンニバル尉官の大立ち回り。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     門方面へ進み、程無くしてハンたちは、焦燥した顔で走ってくる熊獣人の姿を確認する。
    「**ッ!」
     何かを叫びつつ、その辺りで手に入れたらしい銛(もり)を振り上げ、ハンに迫ってくる。
    「お前たちは散開し、あいつの横、もしくは背後に回れ。俺が正面に受ける」
    「はい!」
     兵士たちは命じられた通りに動き、熊獣人を囲む。
    「*! ****!」
     それを受け、熊獣人は忙しなく辺りをうかがいつつ、銛の先を彼らに差し向ける。
     だが、どうやら自分の正面に立ったハンがリーダーであることを察したらしく、やがてハンに向かって銛を構えた。
     それに応じ、ハンも剣を鞘から抜き払い、熊獣人に向かって構える。
    「言葉は分からんだろうが、一応言っておくぞ。
     抵抗するなら容赦はしない。大人しく、投降しろ」
    「……***!」
     やはり意味は伝わらなかったか、それとも端から無視するつもりだったか――熊獣人は咆哮とも思えるような怒声を発し、ハンに襲い掛かってきた。
    「**ッ!」
     熊獣人の突きをかわし、ハンは右に回り込む。
    「はッ」
     そのまま右手一本で剣を払い、熊獣人の胴を狙う。しかし一瞬早く熊獣人が飛び退き、剣は空を切る。
     だが――。
    「そこだッ!」
     ハンはぐるんと剣を縦に回しつつ、両手持ちに切り替えると同時に左、右と足を踏み込み、ブン、と重い音を立てて剣を垂直に振り下ろした。
    「*ッ、**!」
     熊獣人はどうにか銛を水平に構え、その太刀を受けようとしたようだが、銛は真っ二つに断たれ、用を成さなくなる。
    「まだやるか?」
     ハンは熊獣人をにらみつけ、そう問いかける。
     その問いかけが理解できたのか、それともハンに恐れをなしたのか――熊獣人は銛を捨て、両手を挙げたまま、その場に立ちすくんだ。
    「降伏の意思ありと見なす。拘束しろ」
     ハンは熊獣人に剣の先を向けたまま、兵士たちに命じた。

     この時も、シェロは他の兵士たちと共にハンに追従し、熊獣人の包囲に参加していた。
     当然、ハンが熊獣人を下す一部始終も、間近で確認しており――。
    (……まずいな。今のままじゃ、どうやったってあの人には、勝てそうに無い)
     誰にも聞かれないような小声で、シェロはそうつぶやいていた。



     すべての敵を拘束してから程無くして、エリザと、彼女が率いてきた60名とがノースポートの港に入った。
    「おつかれさん、ハンくん。
     ほんで、敵さんらはどないしとるん? 何や、1人暴れたって聞いたけども」
    「その1名については、無事捕らえています。先に拘束した敵と合わせ、全員を応急的に、街の納屋や倉庫に放り込んでます。
     住民たちがこっちに戻り次第、向こうの砦に移送しようかと」
    「妥当なトコやね。……あー、と」
     エリザは胸元からするっと煙管を取り出し、きょろきょろと辺りを見回す。
    「煙草持ってへん? 海の上で火事なんか出したらワヤやから、持ってきてへんねん」
    「俺は元々吸いません。それに作戦行動中には吸わないよう、隊の人間には指示していますから」
    「しゃあないなぁ。あ、ロウくん。アンタ持っとる?」
     エリザはハンの近くで突っ立っていたロウに声をかけるが、彼も首を横に振る。
    「すんません、俺吸えないんス」
    「あら、ホンマ? 吸いそうな顔しとるのに」
    「臭いが無理っス」
    「ふふ、かわええトコあるな」
    「なっ……、か、勘弁して下さいよ、こんなおっさんに向かって」
     顔を真っ赤にするロウをよそに、エリザは煙管を元通り、胸の間にしまい込む。
    「ほなガマンするわぁ」
    「そうして下さい」
     エリザは残念そうな顔をし――一転、ぱっと目を輝かせる。
    「あ、街の人やったら持っとるやんな? ほんなら早いトコ、連れて来よか」
    「エリザさん、どれだけ煙草に執着するんですか。
     いつも吸ってる印象があるんですが、多少は控えないと喉や肺を痛めますよ?」
     呆れた声で忠告したハンに、エリザはしれっとこう返した。
    「アカンねん。アタシ、煙草切れたら窒息してまうんよ」
    「……完全に中毒ですね」

    琥珀暁・奪港伝 3

    2018.04.07.[Edit]
    神様たちの話、第135話。ハンニバル尉官の大立ち回り。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 門方面へ進み、程無くしてハンたちは、焦燥した顔で走ってくる熊獣人の姿を確認する。「**ッ!」 何かを叫びつつ、その辺りで手に入れたらしい銛(もり)を振り上げ、ハンに迫ってくる。「お前たちは散開し、あいつの横、もしくは背後に回れ。俺が正面に受ける」「はい!」 兵士たちは命じられた通りに動き、熊獣人を囲む。...

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    神様たちの話、第136話。
    「常識」を測る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ノースポートを奪還したその日の内に――エリザから勧められたこともあり――元いた住人たちの送還が行われた。
    「うわー……、きったねえなぁ」
    「港がゴミだらけだよ」
    「好き放題しやがって、クソ」
     街が占拠されていたのは3ヶ月ほどだったが、その間にすっかり、街は汚されてしまっていた。
     そのため、町民たちは戻ってきて早々、大隊に手を借してもらいつつ、街中を大掃除する羽目になった。
    「ふん、ふん、……へーぇ」
     その中で一人、エリザは煙管を片手に、興味深そうな様子で通りを見て回っている。
    「どうかされたんですか、先生」
     と、街の清掃を手伝っていたビートが彼女を見付け、話しかける。
    「ん? ああ、ビートくんやないの。いやな、敵さんらがこの街で何しとったんかなーって、観察しとるんよ」
    「観察ですか? それなら、お急ぎになった方がいいんじゃないですか」
    「せやねぇ、みんな掃除しとるし。ほなちょっと、手伝ってもろてええ?」
     エリザにそうお願いされ、ビートはゼロから言われた言葉を思い出し、言い淀む。
    「え、あー、えーと」
    「忙しかったらええねんけどね。アタシ一人でやれるトコまでやろか思てるし」
    「あ、いえ、手伝います」
     だが、ほとんど無意識に、ビートはそう答えてしまう。
    「あら、ホンマ? ありがとなぁ」
    「あ、じゃあ、ちょっと断りを入れてくるので、待っていただけますか?」
    「えーよー」

     エリザに伴われつつ、ビートも街を見て回る。
    (陛下に釘を刺されてたのに、結局了承してしまった……)
     しかしその胸中は不安に満ちており、とても景色を注視する余裕は無い。
    (僕はまさかもう、エリザ先生に魅入られてるんだろうか?)
    「ほれ、ちょと見てみ」
     と、エリザがひょいと、ビートの手を引く。
    「え? な、何でしょうか?」
     突然のことで戸惑いつつも、ビートはどうにか反応する。
    「こんなトコで焚き火したはるわ」
    「非常識ですね」
     思ったままの意見を述べたビートに、エリザがこう尋ねてくる。
    「ソレだけか? 他に気ぃ付いたコト無いか?」
    「と言うと?」
    「ビートくんはここで火ぃ焚くんは非常識やっちゅうたけども、ソレは何でや?」
    「何でって、誰がどう考えても非常識でしょう? 往来の真ん中ですよ」
    「もしかしたら、敵さんらにはそれが普通のコトなんかも知れへんで」
    「非常識なことをするのが、ですか?」
     眉をひそめるビートに、エリザは肩をすくめて返す。
    「そもそも常識ちゅうもんは、場所で変わるもんや。暑いトコで毛皮のコートなんか羽織らへんし、寒いトコで水着になるんはアホや。
     敵さんら、服装はものすごい温(ぬく)そうやったやん。ちゅうコトはや、元々寒いトコにおったんやろな。ソレも、油断したら凍死してまいかねへんような、極寒の地かも分からん。
     そんでや、そんな寒い寒いトコから来はった人らが、自分たちの安全・安心を確保するためにまずすべきは、何やと思う?」
    「寒いところから? ……あ、じゃあこれは」
    「せや。まず第一、暖を取れるように、と考えるやろな。出来る限り大勢がいっぺんに当たれるように、広い大通りのど真ん中に焚き火を置く。ソレが向こうの常識、『生活習慣』なんやろ。
     ハンくんから聞いたかも分からへんけどな、自分の常識は世界の常識とは限らへんのやで」
    「なるほど……、参考になります」
     エリザの見識に、素直に感心したところで、ビートはふと、ハンから聞かされてきた疑問を思い出した。
    「そう言えば、先生」
    「んー?」
    「今回の作戦について、不可解な点があったように思うんですが」
    「不可解、っちゅうと?」
    「どうして正規軍を400名から300名に減らし、エリザさんの部下を60名、代わりに引き入れたのか。尉官も不思議に思っていたようですが」
    「不思議っちゅうより、はっきり言うたら不満やろ?」
     しれっとそう返され、ビートは言葉に詰まる。
    「いや、まあ、その」
    「分かっとる分かっとる、色々『何やコレ』と思うところはあるやろしな。
     作戦も無事に終わったコトやし、今晩ご飯食べる時にでも、ハンくんにも一緒に説明するわ」

    琥珀暁・奪港伝 4

    2018.04.08.[Edit]
    神様たちの話、第136話。「常識」を測る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ノースポートを奪還したその日の内に――エリザから勧められたこともあり――元いた住人たちの送還が行われた。「うわー……、きったねえなぁ」「港がゴミだらけだよ」「好き放題しやがって、クソ」 街が占拠されていたのは3ヶ月ほどだったが、その間にすっかり、街は汚されてしまっていた。 そのため、町民たちは戻ってきて早々、大隊に手を借...

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    神様たちの話、第137話。
    祝勝会にて。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     大隊360人の協力もあって、奪還したその日の夜には、ノースポート住民のほとんどが帰宅可能な状態となっており、大隊の祝勝会を催す余裕すらできていた。
    「さぁさぁ、隊長さん! ご挨拶の方を!」
     町民たちから急ごしらえの壇に上げられ、ハンは戸惑いつつも、挨拶を行った。
    「あー、と。まあ、……今回の作戦が成功し、こうしてノースポートの皆が無事に家へ帰れたこと、心からうれしく思っている。
     住民の皆に平和が戻ったことを祝して、乾杯!」
     どうにかそれらしいことを述べ、ハンは内心ほっとしつつ、壇を降りる。
    「おつかれさん」
     と、エリザがニコニコしながら、ハンに酒の入ったコップを手渡してくる。
    「ああ、どうも」
     とりあえず受け取るが、ハンはそれに口を付けず、エリザに文句めいた言葉を返す。
    「エリザさんも挨拶したらどうです? 壇上でチラっと見てましたが、俺が乾杯って言う前に呑んでたでしょう」
    「ええやないの、細かいコトは。挨拶も一番偉いのんが一言二言、ぽいぽいっとやったらええねん。2人や3人がかりでベラベラしゃべり倒す必要あらへんやろ。料理冷めるで」
    「……確かにそうですね。ひんしゅくを買うでしょう」
     それ以上の抗弁をやめ、ハンは酒を呑もうとした。
     と、そこでビートが声をかけてくる。
    「尉官、エリザさんから今回の作戦の不明点について、説明したいことがあるとのことです」
    「ん? ……ふむ」
     呑むのをやめ、ハンはエリザに向き直る。
    「説明していただけると? これまで何回説明しても、『えーからえーから』で返してきたのに?」
    「作戦終了した後やから、何でも答えたるよ。ほなあっちの方、座ろか」
    「分かりました」
     コップを手に持ったまま、ハンが近くの卓に向かったところで、エリザがこそっとビートを小突く。
    「呑ませたりいや。おもろいコトになるで」
    「だからです。僕だって説明が欲しいですからね。
     尉官に終わりの無い話をダラダラさせて、うやむやにさせるわけには行きません」
    「あらー」

     卓にはハンの他、マリアとシェロ、そしてロウが既に着いていた。
     ハンはまだコップを手にしたまま、エリザに声をかける。
    「ではエリザさん、早速聞かせていただきましょうか。
     まず、何故今回の作戦において予め用意されていた正規の兵士、言い換えれば戦闘に熟練した人間を100名も減らし、熟練しているとは思えない在野の人間60名引き入れたのか。
     そしてそこにいる『狼』、彼をどうして今回の作戦に参加させたのか。俺がどうしても腑に落ちないのは、その2点です。納得行く説明をしてくれるんですよね?」
     軽くにらみつけてくるハンに対し、エリザはくっくっと軽く笑いながら、するっと席に付く。
    「さあ? アンタが納得行くかどうかっちゅうのんは、アンタの受け取り方次第やしな。アタシはアタシの合理に沿った理由を話すだけや。
     ソレでええなら、なんぼでも説明したるけどな」
    「分かりました。それでお願いします」
    「ほなまずは、アタシんトコの人員を入れた件についてやね。
     確かにハンくんの言う通り、戦闘に関してはアタシんトコのんより、軍にいとる人らの方が得手やろな。ふつーに勝負したら3対7くらいでボコ負けするやろ。
     せやけども、ソレは陸の上で、まともに正面切ってやり合った場合や。海の上でやったら、どないやろな」
    「……ふむ」
     ハンはコップを卓に置き、話に集中する様子を見せる。
    「つまり我々では、海上における戦闘、いや、海上での活動全般において、エリザさんの配下より劣ると言うわけですか」
    「語弊はあるやろけども、まあそう言うコトやね。
     アタシが用意しとったんは、元々漁やら何やらで日常的に海に出とる子らやねん。寝とる時間除いたら、陸より海におる時間の方が長いくらいの子ばっかりや。
     実際、アタシは最初の1日、2日、ちょい船酔いしてしもたんやけど、他の60人は1週間強の航海中、一度もそんなヘマしよらんかった。ハンくんトコの300人、いや、元の400人やったら、どないやったやろな」
    「そう言われれば確かに、下手を打っていた可能性は十分に考えられますね。
     仮にエリザさんが今回行ったような威嚇ではなく、接岸・上陸しての作戦であったなら、まともに動けるかどうかさえ怪しかったでしょう」
    「あ、それなんスけど」
     と、ここでロウが手を挙げた。
    「なんで威嚇だったんスか? エリザさんのお力があれば、海からバンバン攻撃できたと思うんスけど」
    「何でもかんでも叩きのめせばええっちゅう話とちゃうねん。アンタやないねんから」
     エリザは苦笑しつつ、それについても説明した。

    琥珀暁・奪港伝 5

    2018.04.09.[Edit]
    神様たちの話、第137話。祝勝会にて。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 大隊360人の協力もあって、奪還したその日の夜には、ノースポート住民のほとんどが帰宅可能な状態となっており、大隊の祝勝会を催す余裕すらできていた。「さぁさぁ、隊長さん! ご挨拶の方を!」 町民たちから急ごしらえの壇に上げられ、ハンは戸惑いつつも、挨拶を行った。「あー、と。まあ、……今回の作戦が成功し、こうしてノースポート...

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    神様たちの話、第138話。
    一応の納得と和解。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ハンと違い、エリザは既にこの時点で酒瓶一本を空けているが、いつも通りの飄々(ひょうひょう)とした、それでいて理知的な光を含んだままの口調で、話を続ける。
    「コレは作戦を立てる段階から一致しとった、アタシとハンくん、ソレからゼロさんらの総意やねんけどな。今回の作戦では、敵味方双方に死人を出すようなコトはせんようにしよう、ってな。
     今回の作戦はバケモノ相手やなく、ヒト相手や。である以上、話し合う余地もあるやろし、今後もしかしたら、商売やら何やらの交流もあるかも知れへん。でも今回のコトで死人でも出してたら、相手はどない思うやろ。
     いや、こっち側に死人が出てたら、どないや? ロウくんも、今まで一緒に暮らしとった街の誰かが、敵さんらに殺されでもしとったら、どう思う?」
    「そりゃブチギレっスよ。絶対許さねーっス」
    「せやろ? 向こうにしても同じコトや。こっちが『取引せーへんか』って持ちかけても、向こうは『仲間を殺しておいて何をいけしゃあしゃあと』って、聞く耳持たへんのは目に見えとる。
     せやから海からの攻撃はせず、おどかすだけにしたっちゅうワケや。ハンくんにしても、石や矢やのうて煙幕投げつけたワケやし、突破しようとした『熊』さんも殺さず、戦意を削ぐだけに留めとったしな」
    「はぁ……、なるほどっス」
    「その話は何度も聞いてますが、俺は未だに納得できないですね」
     と、シェロが口を挟む。
    「そもそも意思の疎通ができないんじゃないスか? 相手にしても、こっちの言葉が理解できてる感じじゃないですし」
    「それについては、陛下から案があるとのことだ」
     コップに手を伸ばしかけていたハンが、手を止めて応じる。
    「そう言う事態に役立つ術があるそうだ。陛下が初めてクロスセントラルを訪れられた際にも、お使いになったらしい」
    「へぇ……?」
    「恐らくその術を使って、砦に拘置した敵に対し尋問なり何なりを行うつもりだろう。その辺りについては指示を受けていないし、現時点では俺たちの管轄じゃ無い。
     それよりもエリザさん、俺が個人的に、一番納得行ってないことがあるんですが」
     そう言ってハンは、ロウを指差す。
    「そいつを参加させた件です」
    「またアンタは。人を指差さんの。『そいつ』呼ばわりもせんの」
     エリザは軽くため息をつきつつ、この件についても説明した。
    「アンタはアタシが嫌がらせか何かのためにロウくんを引き入れたと思っとるみたいやけども、そんなコトするワケないやん」
    「どの口が言うんですか。今まで俺に何度嫌がらせしてきたか、覚えてないんですか?」
    「ええ加減にし。アタシはアンタに嫌がらせなんかした覚えは、いっこもあらへん。アンタがどう思たかは置いといてな。
     ともかく、ロウくんを参加させたのんには、ちゃんとした理由があるねん。考えてみ、敵さんがあっちこっちおるようなトコに、大勢で忍び込むみたいなコト、アンタするか?」
    「しませんね。2名か、3名と言うところでしょう」
    「ロウくんは街に住んで長いし、敵さんらと2回も会うてやり合うてる。アンタから見たら考え無しに突っ込むアホにしか見えんやろうけどな、ロウくんは戦闘事に関しては、めっちゃええ勘しとる。こう言う条件であれば、ロウくん1人で十分や。
     勝手の知れとる自分の街に忍び込んで、敵さんらに気付かれずにアタシの術を発動させるのんに必要な魔法陣を仕込むくらいのコトは、朝飯前にやってくれはるで」
    「む……」
     ハンはロウをチラ、と見て、それから渋々と言った様子で、頭を下げた。
    「その考えには至りませんでした。浅薄な考えで彼を排除しようとしていたこと、謝罪します」
    「ん」
     エリザは満足気にうなずき、ロウの肩をぐにぐにと揉んだ。
    「ほれ、ハンくん謝ってくれたし、アンタも許したり」
    「お、あ、はい」
     ロウはエリザに肩をつかまれたまま、ハンにぺこっと頭を下げた。
    「まあ、そう言う事情があったからよ、あんまり根に持つなよ」
    「……ああ」
     ハンは憮然とした表情のまま、エリザを見据えて尋ねた。
    「しかし、何故俺にそれを、作戦前に説明しなかったんですか?」
    「こうやって実例見せへんと、アンタ『机上の空論ですね』とか『実際に効果が出るか疑問がありますね』とかケチつけて、許可せえへんやろ?」
    「ぐっ……」
     返答に詰まったらしく、ハンは悔しそうな顔をしてうなる。
    「ま、説明はココまでや。もう気になるトコは全部言うたはずやし、早よご飯食べよ」
     そう言いながら、エリザはハンの側まですたすたと歩き――。
    「ハンくんもええ加減、お酒呑みや」
     ずっと卓に置かれたままのコップを取り、ハンに手渡した。
    「……ええ」

     その後は一人、うつろな目で何事かうめくハンに適当な相槌を打ちつつ、エリザたちは酒宴に興じた。

    琥珀暁・奪港伝 6

    2018.04.10.[Edit]
    神様たちの話、第138話。一応の納得と和解。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ハンと違い、エリザは既にこの時点で酒瓶一本を空けているが、いつも通りの飄々(ひょうひょう)とした、それでいて理知的な光を含んだままの口調で、話を続ける。「コレは作戦を立てる段階から一致しとった、アタシとハンくん、ソレからゼロさんらの総意やねんけどな。今回の作戦では、敵味方双方に死人を出すようなコトはせんようにしよ...

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    神様たちの話、第139話。
    マリアの好み。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「……だから、……つまり、……俺としては」
     一見するとまだ素面のように見えるが、ハンは杯1杯も飲み干さぬうちに、完全に酔っ払ってしまったらしい。
    「……だから、……あれだ、……俺の考えは」
     既に何周も同じ話を繰り返しており、直立したままの脚は、かくかくと細かく震えている。
    「もうそろそろ潰れますね」
     その様子を眺めていたビートが、マリアに耳打ちする。
    「だねー」
     マリアがうなずくと同時に、ハンは唐突にすとん、と椅子に腰掛け、そのまま上を向き、動かなくなった。
    「やっぱり」
    「いつも通りですね」
     ビートは席を立ち、ハンが手に持ったままの杯を取り、卓に置く。
    「つくづく、この人は律儀で几帳面だなぁ。苦手なのにきっちり呑み切ってるし、落とさないようにつかんだまま寝ちゃうし」
    「そこが魅力だけどねー」
     そう返したマリアに、ビートは一瞬ながら、不安そうな表情を見せる。
    「あの、マリアさん」
    「んー?」
     席に戻り、ビートはマリアに尋ねる。
    「マリアさんは、その、尉官のことを、どう思ってるんですか?」
    「どうって?」
    「その、今、尉官のことを魅力的だと言ってましたが」
    「や、魅力的って言うか、うーん」
     マリアは片手に持った鶏のもも焼きで、ハンを指し示す。
    「面白い人だと思ってるんだけどね、あたしは」
    「面白い?」
    「だって面白いじゃん。超が付くほどクソ真面目で、何が何でも規則や場の雰囲気を大事にしようとして、結構無茶なことしまくってるし。
     今だって、コップそのまま放しちゃえばいいのに、手に持ったまんま。多分、『割ったら街の人に悪い』と思って、持ったまんまにしてるんだよね」
    「そこはやはり、尉官らしいところですよね。礼儀正しすぎると言うか。
     ……って、いや、そこじゃなくてですね。マリアさんが尉官のことを、その、何と言うか、どう思ってるかって言うか、あのー、相手として、いや、そのー……」
    「恋愛対象かってこと?」
     マリアにそう返され、ビートの顔が一瞬で真っ赤になる。
    「そっ、あっ、……ええ、まあ、率直に言ってしまえば、そうです」
    「うーん」
     マリアはもぐ、ともも焼きにかぶりつきつつ、これも率直に答えた。
    「無いねー」
    「え、……そうなんですか?」
    「タイプじゃないもん。あたしにとってはお兄ちゃんみたいなもんなんだよねー」
    「はあ……。そう言えば尉官もそんなこと言ってたような」
    「へー」
     ほぼ骨だけになったもも焼きを皿に置き、マリアは続いて、ほっけの塩焼きを皿ごと手に取る。
    「ま、尉官ならそーだよね。妹さんだらけだし」
     マリアは両手で塩焼きをつかみ、豪快にかぶりつく。
    「むぐむぐ……、そもそも尉官ってさー、自分から誰かに告白するよーなタイプじゃないし、一生独身なんじゃない?」
    「ありえますね」
     寝潰れたハンを一瞥し、ビートもうなずく。
    「仮に好きな人ができたとしても、『自分の都合で相手の人生を変えてしまうのは』とか何とかうじうじ考えて、結局言い出さないでしょうね」
    「うんうん、分かるー」
     二言、三言交わす間に塩焼きも平らげ、マリアはきょろきょろと卓を見回す。
    「お酒ですか?」
    「え、何で分かったの?」
    「一緒に食卓を囲んで長いですからね」
     そう答えつつ、酒瓶を差し出したビートに、マリアはにこっと笑いかける。
    「ありがとー、ビート」
    「いえいえ」
    「にしてもビート、色々良く気付くよね」
     マリアにほめられ、ビートも嬉しそうに笑う。
    「恐縮です」
    「ビートみたいなのがダンナさんだったら、あたしすごく楽できそう」
    「えっ、……えー、楽、ですか」
    「うん。家事全部任せるつもりしてるし。あたし、料理以外はさっぱりだし。多分洗濯とか掃除とか全部、押し付けると思う」
    「……あ、そうですか」
     ビートが一転、意気消沈したところに、マリアは更に追い打ちをかけてきた。
    「でもビートはまだ、そーゆー感じに見れないなー。もうちょいかっこ良かったら、いいかもとは思うかもだけど」
    「……あ、ども」
     ビートはすっかり気落ちしたらしく、その後はうつむいて黙々と、食事に手を付けていた。

    琥珀暁・奪港伝 終

    琥珀暁・奪港伝 7

    2018.04.11.[Edit]
    神様たちの話、第139話。マリアの好み。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「……だから、……つまり、……俺としては」 一見するとまだ素面のように見えるが、ハンは杯1杯も飲み干さぬうちに、完全に酔っ払ってしまったらしい。「……だから、……あれだ、……俺の考えは」 既に何周も同じ話を繰り返しており、直立したままの脚は、かくかくと細かく震えている。「もうそろそろ潰れますね」 その様子を眺めていたビートが、マリ...

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    神様たちの話、第140話。
    警護任務の拝命。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ノースポート奪還作戦が終了し、クロスセントラルに戻ったところで、シモン班は再びゼロの御前に召集されていた。
    「ご苦労だった、皆。とてもいい仕事をしてくれたと聞いてる。ありがとう」
     前回と同じように、ゼロは鷹揚な態度でハンたちを出迎えてくれた。
    「痛み入ります」
     そしてハンも、前回と同じく慇懃(いんぎん)に敬礼して返す。
     ハンが頭を上げたところで、ゼロが話を切り出してきた。
    「早速で悪いけれど、次の任務について話をしたいんだ。いや、そんなに手間取らせるようなことじゃない。ごく簡単なことなんだ」
    「と仰いますと……?」
     尋ねたハンに、ゼロは申し訳無さそうな笑みを浮かべる。
    「ノースポート古砦への警護任務だ。と言ってもクーのだけど」
    「クラム皇女殿下の、ですか」
    「あら、よそよそしいお言葉ですこと」
     謁見の間に声が飛び、続いて本人が姿を現す。
    「以前のようにクーとお呼び下さいませ」
    「ご機嫌麗しゅうございます、クー殿下」
     そう返したハンに、クーはぷくっとほおをふくらませる。
    「敬称は結構です。クーだけでよろしいですわ。……コホン、本題に参りましょう。
     あなた方の働きにより、現在ノースポート近隣の古砦に身元不明の敵性勢力が53名、勾留されております。
     ですが現時点では彼らについて、所属も、目的も、まったく不明。彼らと意思疎通を図り、情報を聞き出さない限り、事態の進展は望めないでしょう」
    「そこで私からクーに翻訳術を伝え、彼らと話をしてもらおうと考えている。君たちはクーを護衛してもらいたい」
     ゼロから命令を受け、ハンは素直に敬礼して従う。
    「拝命いたしました。出発はいつでしょうか」
    「流石に帰ってすぐに、と言うのは忍びない。だから今回も3日、休暇を取ってからにしてもらうよ」

     シモン班が謁見の間を出たところで、すぐにクーも追いついてきた。
    「お待ち下さいませ」
    「何です、……何だ、クー」
    「あら、お勉強なさいましたわね。以降はそれで構いませんわよ。お父様の前でも」
    「それは角が立つだろう。いくら陛下がいいと仰っても」
    「訂正。まだまだ勉強不足ですわね」
     そう言って、クーはハンの腕を取り、ぎゅっと抱きついてくる。
    「何だよ」
    「文句は無しでお願いいたしますわ。ともかく、今回の休暇にもわたくし、追従させていただきますから」
    「勘弁してくれ」
     ハンはうんざりした顔で、クーをはねつけようとする。
    「前回もそうやって結局、俺の家に2泊しただろうが。正直、親父も俺も辟易してたんだ」
     一方のクーも、ハンの腕にしがみついたまま、離れようとしない。
    「では今回は、より親密になれるようっ、精一杯、努力いたしますわっ」
    「そんな努力はしなくていい。離れてくれ」
    「離れま、せんわ、よっ」
     突っ張り合う両者を眺めていたマリアが、たまらず吹き出した。
    「ぷ……、ふ、ふふ、あははっ」
    「何がおかしい」
    「おかしいですってば。いいじゃないですか、クーちゃんと一緒に遊びに行っても」
    「よくない」
    「尉官が気にするほど、周りは気にしてないですよ。お似合いのカップルです」
    「なっ」
     ハンが愕然とした顔をする一方で、クーは心底うれしそうに笑みを浮かべている。
    「感謝いたしますわ、マリア」
    「どーもー」
    「と言うわけです、ハン。観念して、わたくしを家にお連れなさい」
    「……」
     ハンはげんなりした顔をして、かくんとうなずいた。
    「分かったよ。家でもどこでも、勝手に付いてくればいい」
    「ええ、そういたします。
     ああ、そうそう。良ければマリアたちも、一緒に如何かしら?」
     クーがそう提案したところで、再びハンが彼女を引き剥がそうとする。
    「待て、何でそうなる」
    「よろしいでしょう? あなた、一度も部下の皆さんをっ、家に招いたことが、無いのでしょう? いい機会だと、思いますけれどっ」
     再度しがみつくクーを押し除けながら、ハンは抵抗する。
    「俺は思わない」
    「いつもあなた、そんなだからっ、部下の方から冷たい方だって、思われるんですのよっ」
    「だから何だ? 俺はそう言う人間なんだ」
    「いいえ、あなたのそれは、口先だけですわっ」
     前にも増してぎゅうぎゅうとしがみつきながら、クーは説得を続ける。
    「本当のあなたは、もっと温かみの、ある方ですのよっ。それを皆さんに、分かっていただかないとっ」
    「んー」
     マリアが苦笑しつつ、声をかけた。
    「知ってるけどね、あたしもビートも、多分シェロも」
    「……っ」
     短く、ハンが何事かをうめくが、マリアはこう続ける。
    「少なくともあたしは尉官がいい人だってこと、知ってます。あと、いっぺんお家にお邪魔してみたいなーとも。
     と言うわけで参加しまーす」
     そう言いつつ、マリアもハンの腕に抱きつく。
    「二人とも行くよね?」
    「えっ」
     マリアに問われ、ビートは戸惑った顔をしつつも、うなずいて返す。
    「あ、はい、行きます」
     だが一方で、シェロは即座に断ってきた。
    「俺は遠慮しときます。用ありますんで」
    「……」
     マリアが軽くにらんでいたが、シェロは何も言わず、そのまま背を向けて歩き去ってしまった。

    琥珀暁・北報伝 1

    2018.04.13.[Edit]
    神様たちの話、第140話。警護任務の拝命。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ノースポート奪還作戦が終了し、クロスセントラルに戻ったところで、シモン班は再びゼロの御前に召集されていた。「ご苦労だった、皆。とてもいい仕事をしてくれたと聞いてる。ありがとう」 前回と同じように、ゼロは鷹揚な態度でハンたちを出迎えてくれた。「痛み入ります」 そしてハンも、前回と同じく慇懃(いんぎん)に敬礼して返す。...

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    神様たちの話、第141話。
    シモン家、ふたたび。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ゼロへの帰還報告から1時間後、ハンたちはシモン家に集まっていた。
    「おかえり、……あれ? クーちゃん、久しぶりー」
     一行が玄関を抜けてすぐ、ハンの妹の一人、テレサが出迎える。
    「お久しぶりです、テレサちゃん。またお邪魔いたしました」
    「今日も泊まってくの?」
    「そのつもりですわ」「待て」
     クーが答えると同時に、ハンがさえぎろうとする。
    「はっきり言っておくが、今度は泊まらせ……」「そう言うことですので、今夜もよろしくお願いいたしますね」
    「は~い」
     しかし止める間も無く、二人の間で話がまとまる。
    「いや、聞けって。そんなに毎回毎回……」
     なおも抗おうとするハンをよそに、マリアたちも話の輪に加わる。
    「はじめまして、シモン尉官の部下の、マリア・ロッソです」
    「同じく、部下のビート・ハーベイです」
    「え? 部下?」
     テレサはきょとんとした顔になり、憮然としたままのハンに尋ねる。
    「ほんと、お兄ちゃん?」
    「ああ」
    「初めてだよね? お兄ちゃんが仕事かんけーの人、家に連れてくるのって」
    「そうだな」
    「なんかあったの?」
    「変なことは何も無い。クーが一緒に来いって言って、誘っただけだ」
    「へー」
     テレサはチラ、とクーを見て、もう一度ハンに向き直る。
    「お兄ちゃん」
    「何だ?」
    「クーちゃんとけっこんでもすんの? って言うか、もうしたの?」
    「はぁ!? 何でそうなる!?」
    「だって、お尻にしかれすぎだもん」
    「なっ……」
     唖然とするハンをよそに、マリアたちはクスクス笑っていた。

     そして夕食の席でも、ハンは父に小突かれていた。
    「お前……、本っ当に気を付けろよ?」
    「……分かってるよ」
     ゲートに釘を差され、ハンは歯切れ悪く弁解する。
    「いつまでもクーの思い通りにはさせないつもりだ。いずれビシっと言うよ」
    「お前なぁ」
     それに対し、ゲートは呆れた目を向けてくる。
    「気持ちがもう負けかけだろ。『つもり』とか『いずれ』とか、弱腰もいいとこじゃないか」
    「いや、それは、言葉の綾で」
    「もう諦めて、あの子に流された方がいいんじゃないか、いっそ?」
     一転、ゲートは真面目な顔になる。
    「何だかんだ言って、可愛いしな。それにゼロの娘婿なら、軍での将来も安泰だろうし」
    「そんな話はしたくないし、聞きたくない。親父の口からなら、尚更だ」
    「分かってないな。俺だから言える話だぞ。
     お前もボチボチ、嫁さん探す頃合いだろ? 人生の先輩としちゃ、むしろここでガンガン言っとかずに、いつ言うんだっての」
    「勘弁してくれよ。第一、クーはまだ子供だぞ」
    「もう1年、2年も経てば年頃だ。今から関係作っとくってのも、アリだと思うがな」
    「馬鹿言え」
     と、二人の間にマリアが割って入る。
    「二人でこしょこしょ、何話してるんですかー?」
    「ん? おー、マリアか」
     ゲートが振り向き、ニヤっと笑いながら、ハンを親指で指す。
    「なに、コイツの身の振りについて、ちょっとな」
    「身の振り、ですか?」
     マリアは二人の顔を見比べ、続いて尋ねてくる。
    「もしかしてシモン班、解散するとか?」
    「あー、いや、そう言う話じゃない。コイツがクーのことをどう思ってるんだって、そう言う話だよ」
    「あ、それあたしも聞きたいですねー」
     マリアもニヤニヤしながら、ハンに尋ねる。
    「尉官は結局、クーちゃんのこと、どう思ってるんですか?」
    「どうもしない。特に何とも思っちゃいない」
     ハンがぶっきらぼうにそう答えたが、マリアは依然、ニヤニヤとしている。
    「またまたー」
    「ハン、看破されてんぞ。本当にお前、隠しごとできない性質だな」
    「どこがだよ。俺は思ったままのことを、そのまま言ってるんだ。繰り返すが、クーのことなんてどうとも思っちゃいない」
     ハンは憮然とした様子でそう答えたが、マリアもゲートも、首を振って返す。
    「素直じゃないですねー」
    「まったくだ。一体誰に似たんだかな」

    琥珀暁・北報伝 2

    2018.04.14.[Edit]
    神様たちの話、第141話。シモン家、ふたたび。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ゼロへの帰還報告から1時間後、ハンたちはシモン家に集まっていた。「おかえり、……あれ? クーちゃん、久しぶりー」 一行が玄関を抜けてすぐ、ハンの妹の一人、テレサが出迎える。「お久しぶりです、テレサちゃん。またお邪魔いたしました」「今日も泊まってくの?」「そのつもりですわ」「待て」 クーが答えると同時に、ハンがさえ...

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    神様たちの話、第142話。
    4人と、1人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     と、マリアの様子を目で追っていたビートがおずおずと手を挙げ、ゲートに尋ねる。
    「あの、閣下」
    「ん、何だ?」
    「閣下はマリアさんと、面識があるんですか?
     いえ、マリアさんが誰にでも親しげと言うか、馴れ馴れしいのはいつも通りですが、閣下もマリアさんのことを、元々から存じているように感じられたので」
    「ああ、付き合いは2年前からだな」
     ゲートはうなずきつつ、マリアに確認する。
    「初めに会ったのって、『バケ対』解体した時だよな」
    「そーですね」
    「ばけ……? って?」
     ビートが尋ね返し、それにハンが答える。
    「2年前まで、強力なバケモノが現れた時のために組織されてた部隊があったんだ。強力な魔術が使える奴だとか、ずば抜けた身体能力を持ってる奴だとかを集めて、精鋭部隊にしようって言うのがな。
     ただ、親父を始めとして、『もうバケモノが出なくなって何年も経つし、存続させる意義が無い。それにこれ以上、有能な人間を一処に留めておくのは勿体無い』って意見が出て、それで解散したんだ」
    「で、あたしの手が空いたから、シモン閣下から『俺の息子が班員探してるから』ってことで、尉官のトコを紹介してくれたってわけ。
     でも本当、助かりましたよー。尉官、すごく優しくしてくれましたし、ビートもシェロも有能だから、この2年、とっても楽できました」
    「いや、マリアさんだってすごいですよ。ものすごく身軽で、高いところでの設営とかひょいっと登ってもらって、僕らも助かりました」
    「くっく……」
     二人のやり取りを眺めていたゲートが、楽しそうに笑い出す。
    「なんだなんだ、仲いいなぁお前ら」
    「そりゃ2年も一緒に仕事してますからねー」
     マリアはニコニコ笑いながら、ハンの背中を平手でぺちぺちと叩く。
    「でも尉官、休みの時あんまり、あたしたちと遊びに行かないんですよねー。あたしたちとご飯食べに行ったり、買い物行ったりって、滅多にしたこと無いんですよ」
    「ああ、こいつはそう言う奴だ」
     ゲートがしれっとそう返したのを皮切りに、シモン家の皆も異口同音に同意する。
    「私もテレサも、ほとんど遊びに連れてってくれないし」
    「うんうん。結構お金もらってるはずなのに、服とかおもちゃとか買ってくれないし」
    「家にはお金入れてるけど、本当にそれだけだし。この子、家のことは全然、手伝わないのよね。お父さんなんか一緒に料理も洗い物も、洗濯もしてくれるのにねぇ」
     母親、メノーにまで突っ込まれ、ハンはうざったそうに目を閉じ、黙り込んでしまう。
    「あら? 尉官、拗ねちゃいました?」
    「……」
     マリアに追い打ちをかけられたが、ハンは答えなかった。



    「1、2、3、4……」
     夜の修練場で、シェロは一人、剣を振るっていた。
    (あー……っ、バッカみてえ)
     悶々としたまま素振りしたり、懸垂や走り込みを繰り返したりするが、気持ちは一向に晴れてこない。
    (今頃、尉官の家でわーわー騒いでる頃か、皆)
     足元には汗が水たまりを作っており、一挙動ごとにぐじゅ、ぐじゅっと濡れた足音が響く。
    (で、俺は一人寂しく鍛錬してるってか。……けっ)
     やがて苛立ちが頂点に達し、シェロは振るっていた剣をブン、と投げ捨てた。
    「何やってんだかなぁ、本当に俺、なぁ?」
     半ばわめき声に近い一人言を吐いたが、それを聞く者は誰もいない。
    (そりゃあさ、俺は17、アイツは20で、そもそも鍛錬の量が違う。そんなことは分かってる。だけど量の問題なら、努力で埋めればいいってだけだ。
     でも――ノースポートの作戦で見せた、アイツの剣技。アレは力量がどうのこうのって問題じゃない。天性の才能と言うしか無い。
     このまま10年素振りしたって、俺はアイツに、絶対追いつけない)

    琥珀暁・北報伝 3

    2018.04.15.[Edit]
    神様たちの話、第142話。4人と、1人。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. と、マリアの様子を目で追っていたビートがおずおずと手を挙げ、ゲートに尋ねる。「あの、閣下」「ん、何だ?」「閣下はマリアさんと、面識があるんですか? いえ、マリアさんが誰にでも親しげと言うか、馴れ馴れしいのはいつも通りですが、閣下もマリアさんのことを、元々から存じているように感じられたので」「ああ、付き合いは2年前からだ...

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    神様たちの話、第143話。
    文明の邂逅。

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    4.
     休暇を終えたシモン班は、クーを伴って再び、ノースポート古砦を訪れた。
    「現在、この砦にはノースポートの街を不当に占拠した人間が53名、勾留されている。
     言うまでもなく、街の人間に危害を及ぼし、多大な迷惑を掛けていると言う事実については厳然と調査・判断し、相応の処分を下すべきことだが、その前に我々が確認すべきことがある。
     彼らは一体、どこの何者なのか? この地を占拠したのには、どんな目的があったのか? その点が明らかにされなければ、今後の対応が何も立てられない。もしまた、同様の事件が起きた場合、また同じように何ヶ月も手をこまねく羽目になるかも知れないし、そう言ったことが起きないとしても、彼らの存在は我々にとって脅威であり、不気味極まりないと評する者もある。
     何しろ山の『こっち側』にも『向こう側』にも、あんな耳と尻尾の人間はいないんだからな」
     ハンの堅い説明に対し、マリアたちはのほほんとした調子で会話している。
    「あの人たち、やっぱり肉食なんでしょうかねー? 見た目的に」
    「どうでしょう? 熊って雑食ってイメージがありますけど」
    「虎はガチの肉食らしいスけどね」
     さらにはクーまでもが、その輪に入ってくる。
    「でもノースポートだと、お魚ばかりでしょう? 虎同様に陸の獣肉しか食べつけないとしたら、辟易されてらしたのではないかしら」
    「お前たち。そしてクー」
     ハンは苦い顔をし、全員をたしなめる。
    「友人に会いに行くわけじゃないんだ。檻の中にいる奴らが相手とは言え、気を引き締めてかかってくれ」
    「あ、はい」

     一行は武装した兵士たちがあちこちで構える厳戒態勢の中を進み、彼らが収監されている牢の前に到着した。
    「お待ちしておりました、シモン尉官、クラム殿下」
     牢の前で槍や魔杖を抱えていた兵士たちがハンたちに向き直り、一斉に敬礼する。
    「会話が成立しないため、今もって彼らとは身振り手振りでの、簡単な意思疎通が精一杯です。本当に彼らから、情報を聞き出すことができるのでしょうか」
     尋ねた兵士に、クーがにこりと微笑む。
    「ええ。かつて父上がこの地に降臨した時、魔術を用いて会話を成立させていたそうです。
     ですのでわたくしも、同じように」
     そう言ってクーは、ぼそ、と呪文を唱える。
    「『トランスレーション』。……わたくしの申していることが分かるかしら?」
     ハンを含む周囲の人間には、彼女が普通にしゃべっているようにしか感じられなかったが、どうやら檻の中にいる勾留者たちにも、彼女の言葉が理解できたらしい。
    「**!?」
     中の一人が、驚いた顔をして近寄ってきたからだ。
    「わたくしの名前はクラム。あなたのお名前を、お聞かせ願えるかしら」
    「****」
     依然としてその虎獣人の言っていることは、ハンたちには分からなかったが、クーは平然と応答している。
    「ラズロフさんと仰るのね。あなたたちは一体、どこからいらしたのかしら」
    「*******」
    「船を使って?」
    「***」
    「海を渡って来られたと仰いましたが、西の方からかしら」
    「**、***********」
    「では、あなた方の故郷は北の方にある、と考えてよろしいのでしょうか」
    「****」
     虎獣人がうなずいたところで、ハンがクーに声をかける。
    「クー、こいつらはどこから来たって?」
    「皆様は『海を南に下って航海してきた』と。
     どうやら、ずっと北の方に住まわれているようですわね」

     その後も虎獣人のラズロフとクーは会話を交わし、ハンたちは以下の情報を得ることができた。
     まず、彼らは1年近くかけて、ノースポート北北東に広がる海を渡ってきたこと。また、海の途中には島が5つあり、航海生活の大半をその島で過ごしてきたこと。さらにその理由は、「海が凍りついてしまい、船が動かなかったのだ」と言うこと。
     そして彼らの故郷は、雪と氷に閉ざされた厳しい土地であり、住まう人々は常に寒さと飢えに苦しむ生活を送っていること。故に新天地を求めるべく、彼らの指導者から航海を命じられたことが分かった。

    琥珀暁・北報伝 4

    2018.04.16.[Edit]
    神様たちの話、第143話。文明の邂逅。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 休暇を終えたシモン班は、クーを伴って再び、ノースポート古砦を訪れた。「現在、この砦にはノースポートの街を不当に占拠した人間が53名、勾留されている。 言うまでもなく、街の人間に危害を及ぼし、多大な迷惑を掛けていると言う事実については厳然と調査・判断し、相応の処分を下すべきことだが、その前に我々が確認すべきことがある。 ...

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    神様たちの話、第144話。
    北の世界の報せ。

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    5.
    《指導者……?》
    「魔術頭巾」による通信でクーから話を聞かされ、ゼロは神妙な声を上げた。
    《名前は何と?》
    「レン・ジーン、と言う名前だそうですわ。通称、『天星』のレンと」
    《『天星』レン、……か》
     ゼロの声には、明らかに当惑の色が混じっていた。
    《クー、その土地にはバケモノがいたとか、そう言う話は聞いたかな》
    「いえ。飢えと寒さに苦しんでいたと言うお話は何度も伺いましたけれど、怪物が出現したと言うようなことは、一言も仰いませんでした」
    《バケモノがいない……? まあ、他に大きな困難が存在するなら、そもそも設置は意味が無い、と言うことか。それ以前に、人が住める状況じゃないかも知れないし》
    「何のお話でしょうか、お父様?」
     一人言をつぶやくゼロに、クーが声をかける。
    《ああ、ごめんごめん。……ふむ、レンか。
     できるようなら、勾留者の中から誰か1人、私の前に連れて来てほしいな。もっと詳しく、話を聞きたいから》
    「承知いたしました。すぐハンに伝えます」



     シモン班は勾留者の中から1名、リーダーの熊獣人を連れて、クロスセントラルへと帰還した。
     彼はすぐにゼロの前に連れられ、厳戒態勢の中で謁見させられることとなった。
    「既に娘から話を聞いていると思うけど、私がこの地を治めている、ゼロ・タイムズだ。よろしく」
    「(よ、……ろしく)」
     熊獣人はおずおずとした仕草で、ゼロの前に置かれた椅子に座る。
    「(あなたも魔法使いなのか? 娘さんも突然、私にペラペラと流暢に、話しかけてきたが)」
    「そう呼ばれることもある。まあ、色々聞きたいことはあると思うけれど、先に私の方から質問させてほしいんだ。
     この地を治める者として、君たちが我々にとって、絶対的かつ普遍的に危険な存在であるか、それとも否、話し合う余地がある人たちなのか。それは第一に確認しなければならないことだから。いいかな?」
    「(承知した)」
    「まず、名前から聞かせてもらっていいかな」
    「(イサコ・トロコフだ)」
    「今回、君たちは50名以上で組織だって、我々の土地に乗り込んできたけれど、君たちは軍隊と言う認識でいいのかな」
    「(そうだ。軍における階級は尉官である)」
    「その軍隊の総司令官、トップと言える人間は、レン・ジーンと言う者かな」
    「(そうだ)」
    「今回の航海は、ジーンからの命令で行われたのかな」
    「(そうだ)」
    「その目的は?」
    「(ジーン陛下は、我々に新たな土地を見付けるよう命じられた。豊かで暖かく、広大な土地を見付けよ、と)」
    「そして恐らくは、そこへ移住することを目的としていただろう」
    「(そうなる)」
     質問を重ねるうち、ゼロの表情が目に見えて、渋いものになっていく。
    「……では、……これを聞くことは、あまり私にとって愉快では無いことだけど、……聞かなきゃならないだろう。
     もしも新たな土地に先住民がいた場合、君たちはどのような対応を採るべきか、指示されていたのかな」
    「(そうした場合の対応については、陛下からはただ一点のみ、こう命じられている。
     襲え、と)」

     質問を終えてすぐ、ゼロはゲートをはじめとする将軍たちを招集し、緊急会議を開いた。
    「イサコ尉官によれば、彼らの探索の期間は3年と設定されていたそうだ。
     即ち、それまでに彼らが故郷へ帰還しなければ、ジーン側本営はもう一度、探索隊を送るだろう。2倍か3倍か、あるいはもっと多くの人員をね」
    「それは何故です?」
    「貧しい土地で汲々としている彼らが、たった一度の失敗で諦めることは考えにくい。人員を増やして再度探索に向かうであろうことは、容易に想像できる。
     今回の事件では、街が占拠された期間は3ヶ月を超えた。町民全員が家を追われる羽目になったし、我々の側の対応如何では、生命を奪われる危険もあった。探索隊50人で、その被害だ。探索隊の数が2倍、3倍と増えたら、単純に考えて2倍、3倍の被害が出ることになるだろう。
     しかも一度全滅させれば終わり、とはならない。彼らは諦めないからだ。必ずもう一度、もう一度と、何度も繰り返すだろう。僕たちだってバケモノ根絶のため、徹底的にこの地を東奔西走し、根絶やしにしたんだから。
     人間は自分の生活が、生命がかかってるとなれば、己が抱える恐怖や重圧、そして良識をも踏み越える生き物だからだ」
    「じゃあ、ゼロ」
     ゲートが挙手し、こう尋ねる。
    「お前はどう対応する?」
    「一番いいのは、彼らと対話し、双方にとって良好な関係を築くことだ。
     だけどイサコ尉官の話によれば、彼らの首長であるジーンは、『新たな土地に人がいれば襲え』と命じていたと言う。
     ジーンは私たちと関係を築くなんてことは、まったく考えていないんだろう」
    「では……」
     他の将軍が、恐る恐る声を上げる。
    「陛下は、今後また更なる戦いが起こるだろう、と?」
    「この地でそんなことは、絶対に起こさせない」
     ゼロはきっぱりと答え、対策を述べた。
    「私たちから彼らの地へ出向き――占拠はしないまでも――駐留して、交渉を持ちかけよう。その交渉が決裂、あるいは交渉そのものが実らなければ、示威行動を採る。
     もし我々と戦うようなことになれば、ただでは済ませないぞ、と」

    琥珀暁・北報伝 5

    2018.04.17.[Edit]
    神様たちの話、第144話。北の世界の報せ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.《指導者……?》「魔術頭巾」による通信でクーから話を聞かされ、ゼロは神妙な声を上げた。《名前は何と?》「レン・ジーン、と言う名前だそうですわ。通称、『天星』のレンと」《『天星』レン、……か》 ゼロの声には、明らかに当惑の色が混じっていた。《クー、その土地にはバケモノがいたとか、そう言う話は聞いたかな》「いえ。飢えと寒さに...

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    神様たちの話、第145話。
    新たな任務へ。

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    6.
     シモン班とクーは三度、ノースポート古砦に戻っていた。
    「こんにちは。わたしの、名前は、エルゴです」
    「こんに……つぃ……は、わたし……の……」
     勾留中の彼らにクーが率先して会話教育を施し、どうにかゼロ側兵士たちとの会話ができるようになっていた。
     一方でクーも、彼らから言葉を教わっており――。
    「(では今日は、ここまでにいたしましょう)」
    「(ありがとう、殿下。明日もよろしく頼む)」
     彼らより幾分流暢に異国語での会話を交わし、クーはにこりと会釈して、牢の前から離れた。
    「お疲れ様です、クーさん」
    「お疲れっス」
     と、クーの前にビートとシェロが現れる。
    「あら、ごきげんよう」
    「今日もお話っスか?」
    「ええ。皆様、随分お上手になりましたわよ」
    「ソレなんスけど」
     シェロはけげんな顔で尋ねる。
    「クーさん、翻訳術? でしたっけ、ソレ使えるのに、何でわざわざ向こうの言葉覚えたり、こっちの言葉覚えさせたりするんスか?」
    「あら。あなた、『トランスレーション』を使えまして?」
    「いや、俺は魔術、全然っスけど」
    「であれば、普通に会話する術を身に付けられた方が早いでしょう。魔術は適性がございますけれど、言葉は努力と訓練で身に付けられますもの」
    「え? いや、俺が覚えたって……」
     反論しかけたシェロに、クーがこう続ける。
    「あなた方も恐らく、そう遠くないうちに『向こう側』へ赴くことになるでしょう。準備は怠らないようになさって下さいまし」
    「お、俺たちが……?」
    「今のところはまだ、そう言う話が出てる、って段階だけどな」
     ハンが姿を現し、会話に加わる。
    「だから今日、明日すぐに辞令が下る、ってことは無いし、そもそも俺たちの役目じゃないかも知れない。
     とは言え、可能性が一番高いってのは確かだ。何しろ俺たちは……」
    「僕たち、ジーン軍と一番近くで交流してますもんね」
     ビートの言葉に「そう言うことだ」と返し、ハンは話を続ける。
    「クーの言う通り、今のうちに準備を進めておいた方がいい。俺も今、クーやジーン軍の奴らから学んでるところだ」
    「へぇ……」
     ビートが感心したような声を上げる一方で、シェロはうんざりしたような顔を見せる。
    「勘弁してほしいっスね、マジで。今だって訓練で精一杯なのに、まだ頑張ることが増えるかと思うと」
    「仕方無いさ。正直、俺だって頭が痛い」
     そうこぼしたハンに、クーがニヤニヤと笑って返す。
    「あなたがもし、満足に会話できなくとも、わたくしが側にいれば、通訳して差し上げますわよ? 今回ばかりは、わたくしの随行は不可避でございますものね」
    「ああ、念を押さなくても分かってる。
     言葉の通じない異邦の地で、翻訳術が使える人間がいなきゃ、困るのは目に見えてる。加えて相応の地位にある人間が出向かなきゃ、交渉なんてできるはずも無い。
     何度も話し合って出た結論なんだ。今更拒否なんかしないさ」
    「それは結構。ご理解いただけて何よりですわ」
     満面の笑みを浮かべるクーに対し、ハンは肩をすくめ、そして「ああ、そうそう」と続けた。
    「その遠征任務だが、もしかしたらまた、エリザさんが出張って来るかも知れん」
    「と申しますと?」
     半分驚いたような、そして半分うざったそうな表情を浮かべたクーに、ハンも諦め気味の口調で説明する。
    「『異邦で対話やら交渉やらするんやったら、アタシが適任やろ』だとさ。陛下も親父も同意見だったし、十中八九、あの人は来るよ」
    「そうなれば、間違い無く遠征隊の隊長はハンになるでしょうね。あの方のお目付け役になれるのは、あなたしかおりませんもの」
    「だろうな。……となると多分、ロウのおっさんも付いて来るだろうな。
     あいつ何だかんだで、あれからずっとエリザさんの護衛を続けてるらしいから」
    「まあ、騒々しくなりそうですこと」
    「まったくだ」
     そう言って、ハンとクーは笑い合った。



     そして大方の予想通り――ゼロは600人を超える兵士を、北方にあると言う大陸への遠征隊として組織し、その隊長にハンを任命。同時に副隊長として、エリザを招聘した。

     ハンの更なる活躍と、そしてエリザの更なる覇業の舞台は新天地、北方大陸へと移っていく。

    琥珀暁・北報伝 終

    琥珀暁・北報伝 6

    2018.04.18.[Edit]
    神様たちの話、第145話。新たな任務へ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. シモン班とクーは三度、ノースポート古砦に戻っていた。「こんにちは。わたしの、名前は、エルゴです」「こんに……つぃ……は、わたし……の……」 勾留中の彼らにクーが率先して会話教育を施し、どうにかゼロ側兵士たちとの会話ができるようになっていた。 一方でクーも、彼らから言葉を教わっており――。「(では今日は、ここまでにいたしましょう...

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