琥珀暁 第4部


    Index ~作品もくじ~

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    • 2814
      
    神様たちの話、第146話。
    夏の思い出。

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    1.
     双月暦13年、夏の頃。
    「ちゅうても寒い気するんよ」
     2歳になったばかりの娘、リンダを抱えながら、エリザは対面に座るゲートにそう言った。
    「アタシな、こっちやと何や羽織らんと、手足が冷えてしゃあないねんな。この子も耳、ぷるぷるさしとるし」
    「あー、うん、そうなのか」
     ゲートはチラ、チラと傍らの妻、メノーに視線を移しつつ、エリザに答える。
    「やっぱり、その、何て言うか……、山を越えて北に来ると、気候? って言うのか、そう言うのが多分、違うんだろうな」
    「せやろね」
    「本当、エリちゃん寒そうにしてるわよね。リンちゃんも」
     一方、メノーも自分の娘、テレサを膝に載せたまま、心配そうな顔でエリザを見つめている。
    「持って来よっか、上着? 冬用は仕舞っちゃったから、春先のやつしか無いけど」
    「ええのん?」
    「お耳、震えてるし」
    「ありがとな、メノーさん」
    「じゃ、あなた。テレサお願い」
    「おっ、おう」
     テレサを預け、メノーは席を立つ。
     子供たちを除き、二人きりになったところで、ゲートが絞り出すような声を上げる。
    「……何かなぁ、俺、圧力感じんだけど。君と、メノーからの」
    「そらせやろ」
     メノーがいた時と一転して、エリザは軽くゲートをにらみつけている。
    「アタシとメノーさんが仲良うなって随分経っとんのに、いつまでアンタ、ビクビクしてんねんな」
    「うぅ……」
     ゲートは自分の頭を抱え――ようとして、慌ててテレサに手を添え直す。
    「っと、あぶねっ」
    「ホンマ危なっかしいわ」
     エリザはリンダの尻尾を撫でながら、こう続ける。
    「ウチの方やと『父親になった男は強くなる』言うてるんやけどなぁ。アンタ、子供できる度に弱くなってへん? 5人もおるのに」
    「弱くもなるさ……。君との関係が明るみに出たら俺、二度と表を歩けなくなっちまう」
    「アホなコト言いなや。バレたらバレた時やん」
    「……はぁ」
     ゲートもテレサの頭を撫でながら、深いため息をついた。
    「俺はダメだ。とても君みたいに、強くなれん」
    「情けないなぁ」
    「……でも、ハンには強くなってほしいんだよ、そっちの方も」
    「そっち?」
     尋ねたエリザに、ゲートは疲れをにじませつつも、どうにか笑顔を見せる。
    「腕っ節なんかは、訓練すりゃ強くなるさ。だけども何て言ったらいいのかな……、心と言うか、精神と言うか、そう言う方向の強さは、俺には鍛え方が分からん。今だって俺、君やメノーににらまれて、こんな有り様だし。
     反面、エリちゃんはすごく、その、気丈って言うか頑固って言うか、折れないって言うか。……まあ、俺が何を言いたいかって言うとな、ハンのそう言う面を、鍛えてやってほしいんだよ。
     そっちの鍛え方は、俺より絶対、エリちゃんの方が上手そうだしな」
    「アハハ……」
     エリザはケラケラと笑いながら、こくこくとうなずいた。
    「ええで。アタシにでける範囲で良かったら、みっちり鍛えたるわ」



    「……なーんて言うてたんやけどねぇ」
     エリザはそこで言葉を切り、離れて兵士たちと会話を交わしていたハンにチラ、と目をやる。
     隣りにいたクーも同じようにチラ、とハンを見て、こう返す。
    「その仰りようだと、期待通りの結果にはならなかったように聞こえますけれど」
    「んー、期待通りっちゅうか、期待以上っちゅうか。
     ほら、あの子全然、心開くようなタイプやあらへんやろ?」
    「ええ」
    「鍛えすぎて、ガッチガチに防御してしまうようになってしもたみたいでなー。自分からごっつ高い壁築いて拒絶してしもてるから、誰とも打ち解けようとせえへんし、誰からも気さくに声かけてもらえへんし、や」
     エリザはどこか寂しそうに微笑み、クーに向き直る。
    「そのせいか、あの子に積極的に話しかけてくれる女の子――妹除いて――2人しかおらへんねんな。このままやとあの子、ずーっと一人のまんまになって、孤立してしまうわ。
     アンタ、そのうちの一人やし、どーにかあの子の心、開いたってほしいんよ」
    「ええ。元よりそのつもりですわ」
     そう返し、クーは目の前に広がる海に目を向けた。
    「だからこそわたくしは今、この船に乗っているのですから」
    琥珀暁・往海伝 1
    »»  2018.10.23.
    神様たちの話、第147話。
    ハンニバル隊、海を往く。

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    2.
     双月暦23年、ゼロの軍はハンを隊長、エリザを副隊長とする600名の遠征隊を組織し、ノースポートより出発させた。目的地は昨年の春頃に襲撃してきた軍隊――ジーン軍の本拠があるとされる、北方の大陸である。
     その案内役として、拘留していたジーン軍調査隊の捕虜から数名、この航海に連れて来られており――。
    「あの島が1つ目だ。後4つ、島を中継地点として渡ることになる」
    「ありがとう、トロコフ尉官」
     調査隊のリーダーであった熊獣人のイサコ・トロコフをはじめとするジーン軍籍の人間の姿が、甲板にあった。
     と言っても手枷などの拘束具は無く、服装も他の兵士たちと変わりの無い、同様のものがゼロ軍より支給されている。
    「誠に貴君らの厚遇、感謝している。意思疎通が行えるようになった後、砦内において自由に行動させてくれたばかりか、こうして祖国への旅に随行させていただけるとは。
     我々の行動を顧みれば到底、これほど手厚い待遇など受けるべくも無いと言うのに」
     イサコの感謝の言葉に、ハンが応じる。
    「そこが、タイムズ陛下が臣民に広く慕われている所以だ。あの方は誰に対しても優しく、かつ、思慮深く接して下さる方だ。
     例え別の者を主君と仰ぐ、貴官らであってもだ」
    「いやはや……、我が主君とは大違いだ。我々のところであれば、そんな者たちは一日と言えど、生かされはせん。即刻首を刎(は)ねられるが落ちだ。
     正直な感想を言うならば、私も貴君らの土地に住まい、タイムズ陛下を主君と仰ぎたいくらいだ」
    「最大級の賛辞と受け取ろう」
     そんな風に堅い言葉を交わし合っていたところに、いつもの如くエリザが近寄ってきた。
    「ちょとええかな」
    「何でしょう?」
     答えたハンに、エリザは「ちゃうねん」と手を振る。
    「ごめんな。話聞きたいのんは、こっちの『熊』さんやねん。
     砦でも港でも、アレやコレやでバタバタしとったから、じっくり話でける機会無かったしな」
    「あ、はい」
     ハンが引き、イサコが応じる。
    「私から何を聞きたいと?」
    「色々な。まず第一に、『おカネ』ってある?」
    「カネ? ああ、持っている」
     そう言ってイサコは、腰に提げていた袋に手を入れ、中から板状の金属片を見せる。
    「貴君らの土地で使えるはずも無いのだが、持っていなくてはやはり不安でな」
    「へぇ、ウチらのんと同じような感じやね」
     エリザはその貨幣を手に取り、じっくり観察する。
    「模様みたいなん付いとるな。のっぺりしとる。彫ったっちゅう感じやなく、ちっちゃい金槌みたいなん打ち込んで刻印したっちゅう感じか。
     あと、平べったいのんは一緒やけど、四角いんやな」
    「うん? その口ぶりだと、そちらのカネは四角くないようであるように聞こえるが」
    「せやねん」
     そう返し、エリザは自分の胸元から袋を出し、同じように銀貨を取り出した。
    「ほれ、こっちのんはこんなやねん。刻印式なんは一緒やけど、打ち込む前に縁んトコぎゅっと押して固めとるから、しっかり意匠が残るんよ」
    「そ、……そうか、ふむ、左様であるか」
     が、イサコはエリザの掌に乗った銀貨ではなく、その奥を見つめている。
     当然、エリザもその視線の行き先に気付き、ニヤニヤ笑っている。
    「なんや? ええもんでも見とったんか?」
    「いっ、いやっ? お、オホン、オホン」
    「えーで、えーで。オトコやもんな、しゃあないよな。こんなおばちゃんのんで悪いけどなー」
    「そっ、そんなことは! ……あっ、い、いや、し、失敬」
     イサコは顔を真っ赤にし、くるんと背を向けてしまう。
     その様子を依然、ニヤニヤと眺めつつ、エリザはこう続けた。
    「歳当てたろか? アンタ、割りとおっさん顔しとるけど、まだ22、3っちゅうトコやろ? しかも女の子と付き合うたコトも無し、と」
    「なっ」
     もう一度ぐるんと振り返り、イサコは驚いた顔を向けた。
    「何故それを?」
    「伊達にアンタより長生きしてへんっちゅうコトや」
     エリザは笑いながら肩をすくめ――途中で、「んっ?」と首を傾げた。
    「アンタんトコ、暦(こよみ)あるん?」
    「無いわけが無いでしょう」
     けげんな顔でイサコにそう返され、エリザは「ふーん……」と答えつつ、うなずいた。
    琥珀暁・往海伝 2
    »»  2018.10.24.
    神様たちの話、第148話。
    北の地を計る。

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    3.
    「聞いた感じやとな」
     イサコに色々と尋ねた後、エリザはハンとクーを船内の自分の部屋へ呼び、2人に自分の考察を聞かせていた。
    「向こうさん、思ってたよりも結構進んでるで」
    「進んでる?」
     おうむ返しに尋ねたハンに、エリザはぴょこ、と人差し指を立てて見せる。
    「アタシが知る限り、双月暦が広まったんは22年前、ソレこそ双月暦元年からや。
     ソレまでは時間っちゅうもんの単位は『1日』とか『朝』とか『夏』とか、そんな程度やった。ソレをゼロさんが色々測って決めて教えてってして、ソコから広まったんや」
    「存じておりますわ」
     クーがうなずき、こう続ける。
    「しかしそれは、わたくしたちが住む山の北と、エリザさんたちが住む山の南で使われる知識でしょう? それが海を隔てた場所にまで広まっているとは……」
    「そらそうや。せやけどな、向こうも向こうで使てるねん。言うても勿論、双月暦やないで。
     聞いたら『天星暦』ちゅうて、向こうの偉いさんが作ったヤツらしいねんな。ちなみに今は、天星暦16年やて」
    「偉いさん……、レン・ジーンと言う人物のことですか」
     ハンの言葉に、エリザは「そうやろな」とうなずく。
    「ちゅうても双月暦に比べたら、数日違うみたいやね。双月暦やと1年の長さ、367日か360日かやろ?」
    「4年に1度、双月節の無い閏(うるう)年がございますものね」
    「せやけど向こうのんは、365日だけやねん。しかも1年が13ヶ月で、1ヶ月が28日。さらに13月だけ、29日になっとるらしいで」
    「え……」
     これを聞いて、ハンとクーは顔を見合わせる。
    「そりゃ確かに、異邦の地だから文化なり言葉なり、違いはあるだろうとは思ってたが……」
    「奇妙に感じられますわね。何故月の日数が異なるのでしょう?」
    「イサコくんもソコら辺は詳しないっちゅうとったわ。ま、向こうの偉いさんが独断で決めたんやろから、もしかしたら大した理由は無いんかも知れへんけども。
     後、おカネの概念も山の北では双月暦8年か9年頃の話や。ソコら辺からゼロさんが通貨を定めはったからな。向こうでも、10年くらい前に偉いさんが広めたっちゅうてたわ」
    「時期としてはほぼ近しい、……と言うわけですわね」
    「さらに言うたら、造船技術は圧倒的に向こうさんの方が高いやろな。
     アタシらが沿岸をどうにか回れる船造れるか造れへんかっちゅうところで、向こうさんは外洋を渡ってきはったんやからな。
     こっちが先んじとるんは、魔術くらいのもんやろな」
    「ふむ……」
     エリザの意見を聞き、ハンは表情を曇らせる。
    「陛下は『まず穏便な話し合いを試み、それが可能であれば交渉を重ね、関係を築いていきたい』と仰っていたが、現状の情報から鑑みて、それが可能かどうか……。
     陛下のお考えは、相手と我々とが対等な、あるいは我々が相手以上の力を持っている場合にのみ成立し得るものだからな」
    「せやね。もしかしたら、真っ当な話し合いっちゅうのんは難しいかも分からへんな。
     と言うか、アタシの予想としてはそもそも、話し合いに至らへんやろなと思とるんよ。元々向こうさん、着いた先で襲えっちゅうてたんやし、向こうの意見なんか聞く耳持ってへんやろからな」
     それを聞いて、ハンもクーも、揃ってため息をつく。
    「戦いは不可避、か」
    「歓迎できる事態ではございませんわね」
    「アタシも同感やね」
     エリザは首を横に振りつつ、胸元から煙管を取り出す。
    「ヒト同士で殴り合い、斬り合いなんかしたところで、何になるっちゅう話やん。アホらしいわ。
     いっぺんもバケモノ出とらへんっちゅう話やし、よっぽど向こうさん、平和に過ごしとったんやろな。うらやましいもんやで」
     そんなことをこぼしつつ、エリザが煙管に火を点けようとしたところで――。
    「エリザさん、ここは船内です。引火したらどうするんですか」
     ハンがエリザの手を取り、それを止めた。
    「あ……、あーそやったそやった、ゴメンなぁ、アハハ」
    「もしかして、今までこっそり吸ってたんじゃないでしょうね? 今見てた感じだと、何の疑問も持たずに吸おうとしてたようですが」
    「……てへっ」
     エリザは照れ笑いでごまかし、煙管を胸元にしまい込んだ。
    琥珀暁・往海伝 3
    »»  2018.10.25.
    神様たちの話、第149話。
    北海の第1島。

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    4.
     ノースポートを出港して5日後、遠征隊の船は島に上陸した。
    「へーぇ、こんなトコに島があんのか……。街から見てた限りじゃ、全然気付かんかったぜ」
     エリザ専属の護衛として付いてきていたロウが、物珍しそうな様子で海岸をうろうろしている。
     それを眺めていたエリザが、クスクス笑いながら声をかけた。
    「アンタ、ホンマに歳不相応っちゅうヤツやな。いつまで経ってもコドモみたいなコトして」
    「ぅへ?」
     エリザにそう言われ、ロウは顔を真っ赤にして振り返る。
    「す、すいやせん、エリザさん」
    「えーよえーよ。ソコがアンタの魅力や」
    「ど、どもっス」
     ぺこぺこと頭を下げるロウをよそに、エリザも辺りを見回しつつ、こう続ける。
    「アタシもじっくり見て回りたいトコやけども、先にちょと、やりたいコトあるんよ」
    「何かやるんスか?」
     きょとんとした顔をするロウに、エリザは船を指差した。
    「そもそもハンくんがな、この島で2週間休み取ろかって提案したんよ。アタシもええな言うてな」
    「2週間も? そんなに休むんスか?」
     けげんな顔を向けてきたロウに、エリザは島の上方、小高い丘になっている場所を指し示す。
    「半分はハンくんらの本領、つまり測量が目的やな。土地があるんやったら調べとかなアカンやろっちゅうてな」
    「ふーん……。そりゃご苦労っスね」
    「ソレにな、そもそも何やかやでずーっと、船に揺られっぱなしやからな。ちょっと休憩しとかな、しんどいばっかりやし。
     今回はアタシとかクーちゃんとか、体力無いのんも結構おるから、無理無理進もう思てもでけへんやん?」
     ハンの話にはぼんやりした返答をしたロウも、エリザたちに関する事柄に対しては、積極的にうなずいて見せる。
    「あー、そうっスよね。そっちはばっちり納得っス」
    「ちゅうワケでや、コレから半月過ごすワケやし、寝床やらご飯食べれるトコやら、作ろかな思てな。手伝うてもろてええ?」
     エリザに頼まれ、ロウは満面の笑みを浮かべた。
    「うっス、承知っス」

     上陸から4時間ほどで、遠征隊は島に即席の宿泊所を造り終えた。
    「……にしては、えらいきっちり造ったもんやけどな」
     綺麗に揃えられた椅子と机を眺め、エリザは感心したような、半ば呆れたようなため息を漏らす。
    「リーダーの性格がめっちゃ出とるな。アホみたいに几帳面っちゅうか、カッチカチの杓子定規くんっちゅうか」
    「どんな時であっても、備えを怠らない方とも取れますわよ」
     いつの間にか横に来ていたクーに目をやりつつ、エリザはこう返す。
    「ソコら辺は捉え方やな。
     ま、こう言う行軍にとっては、一番ええ人材やろな。この先何があるか分からんワケやし、どんな時でも怠けずきっちり備えるっちゅうのんは、ええ性格やね。
     人によったら、何かにつけて一々大仰で面倒なコトしよる、トロ臭いヤツやと思われるかも知れへんけど」
    「あなたは常に、物事を両面で考える方ですのね」
     エリザの言葉に、クーはあからさまに不満な様子を見せる。
    「あなたのことを、両面で考えるとすれば――わたくしの父上などであれば理知的で冷静な人間だなどと称されるかも知れませんけれど、わたくしからすれば、どんな吉事の場でも一々、水を差してくるような方であるとも取れますわね」
    「あーらら、冷たいなぁ」
     エリザはニヤニヤ笑いながら、肩をすくめる。
    「もしアンタとハンくんが結婚したら、めっちゃつまらん夫婦生活になりそうやな。どっちも慇懃で、他人行儀に接しそうやん?」
    「あら」
     一方のクーも、クスッと微笑んで返す。
    「そう仰るほど、あの方は情緒に乏しくはございませんわ。単に、そうした感情を表に出すのが不得手なだけで、実際には人並みに備えていらっしゃいます。
     こうしてお側に付いておりますと、それが良く理解できますわ」
    「ほーぉ」
     クーの言葉に、エリザはまたニヤニヤと笑みを見せる。
    「『お側に』、なぁ? どんくらいのお側や?」
    「え? ……あっ、いえ」
     クーは顔を赤らめ、しどろもどろに答える。
    「あなたが思ってらっしゃるほどでは、その、ございませんと、存じますわ」
    「アタシが? どの程度やと思てんの?」
    「いえ、あの、そのー……」
    「ちなみにな」
     エリザはクーの長い耳に口を近付け、ぼそ、とつぶやく。
    「アタシ、知ってるでー? 出港した次の日、アンタ自分の船室にいてへんかったやろ」
    「なっ、何故それを、……い、いえ、その」
    「ま、あの堅物が何やしたとは考えにくいし、大方船酔いしてしもたんを口実にして、『背中を撫でていただければ』とか言うて押しかけて、ベッドに一緒に入って添い寝してもろたんやろ?」
    「へうにゃわっ!?」
     図星だったらしく、クーはよく分からない声を出し、耳の先まで真っ赤にしてうずくまってしまう。
     そんなクーの頭に手をやり、エリザは楽しそうに笑った。
    「地道な一歩やな。ま、ソレでもアンタにしたら大きな一歩やと思うけど」
    琥珀暁・往海伝 4
    »»  2018.10.26.
    神様たちの話、第150話。
    薄ら暗い傲慢。

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    5.
     目的こそ、「ジーン軍に対しての和平交渉」と言う堅いものではあったが、遠征隊のほとんどは、それよりももっと純粋な心持ちで、この任務に当たっていた。
    「おーい、ロウのおっちゃーん」
    「おう、なんだ?」
    「魚釣ったんだけどさー、これ食えるヤツ?」
    「ん? 見せてみ」
     兵士たちが釣ってきた魚を確認し、ロウはにっかりと笑って返す。
    「全部食えるぜ。しかも高級魚ばっかじゃねーか。ノースポートで売ったら、3千クラムは稼げる」
    「マジか!」
    「うへへ、晩メシ楽しみ……」
     一様に顔をほころばせる兵士たちをよそに、ロウも魚籠の中を眺め、感心した声を漏らしている。
    「しっかしマジで高級魚ばっかだな。もっと早くこの島知ってりゃ、マジで荒稼ぎできたな」
     こんな風に――「ゼロの世界」に住まう人間にとっての――前人未到の新天地を目指すこと自体に、兵士の誰もが心躍らせ、浮かれていた。

     とは言え、そうでない者も若干名ながら存在することも、大人数が集まる組織の宿命・必然である。
    (……けっ)
     浜辺で騒ぐ者たちを侮蔑(ぶべつ)の眼差しで見下ろしながら、シェロは測量用の竿を握りしめていた。
    (遊び気分かよ。なんならこの後、浜辺で楽しくお遊戯会でもするか? クソ共め)
     と、遠くで測量器ごしに眺めてきていたハンから、咎める声が飛んで来る。
    「シェロ、傾いてる。直してくれ」
    「っと、……はーい、すんませーん」
     竿の傾きを直しつつ、シェロは離れたハンをにらみつける。
    (ま、この距離なら俺がどんな顔してるかなんて、分かりゃしないだろ)
     竿が垂直になったことを確認し、シェロはもう一度、浜辺に視線を落とす。
    (……ん? もう夕方なのか?)
     波打ち際にいる兵士たちの影が大分長くなっていることに気付き、シェロはハンに声をかける。
    「尉官、今何時スか?」
    「うん? そうだな、大体3時ってところ、……うん?」
     ハンが水平線に沈もうとしている太陽を見て、首をかしげる。
    「……ふむ」
     太陽と反対方向に出ていた星を眺め、手帳を取り出し、何かを書き付けて、ハンはシェロに向き直る。
    「クロスセントラルであれば、3時過ぎくらいだろう。星の位置から考えれば、それで間違い無いはずだ。
     だが確かに、日暮れが随分早い。思ったより俺たちは、北上してるらしい」
    「みたいっスね」
    「暦の上じゃ2月の半ばだし、これから暖かくなるだろうと考えていたが、ノースポートからここまで進んだだけでこんなに日照時間が短くなるとしたら、もしかしたら進軍につれ、予想以上に寒くなってくるかも知れないな。
     一応、防寒対策をしておいた方がいいだろう」
    「そっスね」
     短い会話を交わす間にハンは計測を終えたらしく、測量器を抱えながら、シェロのところにやって来た。
     それを確認し、シェロは竿を引き抜く。
    「じゃ、次のポイントに竿、立てて来ますね」
    「ああ」
     別の場所で同じように竿を構えるビートにハンが視線を移したところで、シェロは彼に背を向けたまま、毒づいていた。
    (別にいーだろーが……もう、こんなの。
     俺たちはもう、せせこましく山奥やら海岸をうろつくような仕事する身じゃねーだろっつの。いつまでこんなみみっちいことやってんだよ?)
     と、距離を測っていたマリアが、シェロの側を通りがかり、チラ、と目線を合わせた。
    「ひどい顔だね。不満たらたらって感じ」
    「え?」
     そう声をかけられ、シェロは立ち止まる。
    「何ですって?」
     尋ねたシェロに、マリアは苛立ちのこもった目を向ける。
    「『こんなことやってられるかー』、って顔してる。そんなに嫌なら、尉官にそう言えば?」
    「……見当違いっスよ。兵士たる者、上官の命令には服従するもんでしょう? 文句なんかありませんよ」
    「あっそ」
     それ以上何も言わず、シェロはその場を離れる。
     マリアもそのまま計測に戻り、ハンのところに着く。
    「何歩だ?」
     尋ねたハンに、マリアは指折りつつ答える。
    「えーと……、行きが74歩、帰りが65歩ですね」
    「74歩とろく、……え、65?」
     ハンがけげんな顔をし、尋ね返す。
    「行きと帰りで歩数がずれまくってるな。帰り、大股で歩いてたんじゃないか?」
    「あー……、かも知れないですねー」
    「何度も言ってるが、歩幅は普通に歩く感じで揃えてくれ。でないと……」「でないと計算狂っちゃう、でしたね。すみませーん」
     マリアはぺろっと舌を出し、くるんと踵を返して、次の計測を始めた。
    琥珀暁・往海伝 5
    »»  2018.10.27.
    神様たちの話、第151話。
    勤務調整。

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    6.
     その日の測量を終え、ハンたちは浜辺に戻ってきた。
     と同時に、エリザがニコニコしながら近付いて来る。
    「おつかれさーん。ご飯できとるでー」
    「あ、はい」
     軽く会釈して応じたハンに、エリザは依然ニコニコしたまま、顔を近付けて来る。
    「クーちゃんも調理班やで、今日のんは」
    「あ、はい」
     同じ言葉を繰り返し、ハンは首をかしげる。
    「それが何か?」
    「何かやあらへんがな」
     エリザはぐいっとハンの首に腕を回し、引き寄せる。
    「アンタのためにお姫様が細腕振るったんやないの。感謝して食べやっちゅう話やんか」
    「ああ、はい」
     三度生返事したところで、エリザが腕に力を込め、ハンの首を絞めた。
    「アンタなぁ~……」
    「な、何です? 苦し、い、息がっ」
    「堅物も大概にせえよ。もうちょいうれしそうな声出せっちゅうねん」
    「うぐぐぐ……」
     ハンが絞められている間に、マリアたちは既に席に向かっていた。
    「本当、尉官とエリザ先生、仲いいよねー」
    「船の上でも散々じゃれ合ってましたしね」
    「相変わらずって感じっスね」
     席に着いたところで、エプロン姿のクーが鍋を抱えて現れる。
    「あら、皆様。お仕事、ご苦労様でした」
    「やー、クーちゃん。今日のお料理、どんなのー?」
     期待のこもった眼差しを向けるマリアに、クーは鍋を机に置き、ふたを開けて見せる。
    「まだお寒い時期ですから、シチューにいたしました。と申しましても、洋上ですから乳成分は貴重ですし、厳密に申せば海鮮煮込みと言うようなものになりますけれど」
    「わは~」
     鍋の中身を見るなり、マリアが目を輝かせる。
    「何の魚? 何の魚?」
    「ロウさんから伺った話では、タイの一種ではないかと。沢山獲れたと仰っていましたから、遠慮無く召し上がって下さい」
    「え、タイ? あの赤い、美味しいの?」
    「ええ。この島では随分良く獲れると、皆さん楽しそうに話されていました」
    「何それ、楽しそー!」
     マリアはくるっと振り返り、ようやくエリザから解放されたハンにブンブンと手を振る。
    「尉官、尉官っ! 明日あたし、釣りして来ていいですかっ!?」
    「釣り? いや、無理だろ」
     が、ハンはにべもなく却下する。
    「この島で十分な測量を行うには、最低でも2週間は必要だ。
     そして滞在期間は、2週間が限度だろう。トロコフ尉官によれば、北の大陸に到着するまでに、島は全部で5つ。島ひとつにそれ以上かけてたら、大陸到着までどれだけかかるか。
     だからこの島に滞在中は、休み無しで頑張って欲しい」
    「ちぇー」
     マリアが拗ねた顔をしたところで、クーが手を挙げる。
    「あの、どうしても測量を行わなければならないのであれば、わたくしが代わりを務めましょうか?」
    「え?」
     けげんな顔をしたハンに、クーがにこっと笑みを向ける。
    「いくら何でも、全員出動で2週間も休み無く働いていては、誰か倒れてしまいます。
     父上も『十分な働きをするためには十分に休まなければならない』と仰っていましたし、上官であれば部下を適切に管理するべきなのでは?」
    「む……」
     クーの説得に、ハンは渋い顔を向ける。
    「しかし、『代わり』と言ったが、君に測量ができるのか?」
    「方法は存じております。角度計算や天体観測もいたせますわよ」
     そう返され、ハンは面食らった顔になる。
    「そうなのか?」
    「いつか、あなた方に随行しようと申し出たことがございましたでしょう? 必要になるだろうと存じまして、勉強いたしましたの」
    「そうか……。それなら、まあ……」
     ハンはマリアに目を向け、渋々とした口ぶりでこう返した。
    「クーもこう言ってくれたし、許可する。明日は休んでいい」
    「ホントですか! やったー!」
     満面の笑みを浮かべ小躍りし始めたマリアを、クーは微笑ましげに――そしてハンは苦々しげに眺めていた。
    琥珀暁・往海伝 6
    »»  2018.10.28.
    神様たちの話、第152話。
    堅物尉官。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     翌日朝早く、マリアを除くハンたち3人とクーは、丘の上に立っていた。
    「昨晩も通達したが、本日の測量調査には、マリアの代わりにクーが参加する。とは言えマリアの役をそのままやらせるのは大変だから、その役は俺がやることにする。
     クーには俺の歩数集計と距離の換算、各ポイント毎の角度計算、天体観測、その他普段は俺がやってることを行ってもらう。
     それじゃ早速、ビートはここに竿を打ってくれ。シェロは、……そうだな、向こうに」
    「了解っス」
     ハンがてきぱきと指示を送るのを、クーはにこにこと微笑みながら眺めている。
     と、ハンがそれに気付き、苦い表情を浮かべてくる。
    「何だ? 何かおかしいか?」
    「お気になさらず。仕事はきちんといたしますので」
    「……ああ」
     会話を切り上げ、ハンはすたすたと、シェロのいるところへ歩いて行く。
     その間に、クーはビートにあれこれと話しかける。
    「ビート、あなたはいつお休みになるのかしら?」
    「明日になりました。シェロは明後日」
    「ハンはいつお休みを?」
    「聞いてません。休む気、無いんじゃないでしょうか」
    「あら」
     クーは眉をひそめ、ハンの背中をにらむ。
    「わたくしの進言、理解してらっしゃらないのね」
    「と言うより、自分自身のことは除外して考えてるものと」
    「まったく……。エリザさんにも釘を差していただこうかしら」
     そうつぶやいたクーに、ビートは苦笑いを見せる。
    「そんなことすると、あの人は却って聞き入れないと思いますよ」
    「そうかしら」
    「尉官との付き合いは、殿下より僕の方が2年は長いですから。……っと、戻って来ますよ」
     ビートの言う通り、ハンがいつものように仏頂面で、二人のところに戻って来る。
    「行きが62歩、帰りが61歩だ」
    「承知いたしました」
    「後2回、往復するからな」
    「ええ、行ってらっしゃいませ」
     ハンが離れたところで、今度はビートの方から声をかけてきた。
    「殿下が参加するのであれば、尉官を休ませることは可能なんですよね」
    「そうですわね。後はどうやって休ませるか、ですけれど……」
    「押して駄目なら、引いてみるのも手ですよ」
    「引いてみる? と申しますと」
    「あの人は周りがやっていることに倣(なら)う性格ですから、皆が休もうとすれば……」
    「その場合は恐らく、『自分は上官なのだから、模範となるべく働く』などとお考えになりますわね」
    「うーん……、ありそうですね」
     再び、ハンが戻って来る。
    「今度は行き、帰り共に61歩だ」
    「承知いたしました」
     もう一度ハンが離れ、会話を続ける。
    「やっぱりエリザ先生に知恵を借りた方が良さそうですね。僕たちよりずっと、尉官との付き合いが長いみたいですし」
    「そうですわ、……ね?」
     クーは目を丸くし、ビートに尋ねる。
    「あなた、ハンとエリザさんとのご関係をご存知なのかしら?」
    「関係? どう言う意味です?」
    「……あっ」
     クーは口を押さえ、しどろもどろに応じる。
    「いえ、その、変な意味では無くですね、あの、何と申しますか、その、わたくしもそれほど、詳しいと言うわけではございませんけれど」
    「……? あの、落ち着いて下さい、殿下」
    「えっ、あっ、はい」
    「僕が知っているのは、尉官と先生が懇意にしていると言うことくらいです。付き合い云々は、僕の推理でしかありません。
     それより、殿下?」
    「はっ、はい?」
     目を白黒させているクーに、ビートは落ち着いた声色で尋ねてきた。
    「殿下は何か、尉官と先生について、公に明かせないような情報を持っていると考えていいんでしょうか?」
    「なっ」
    「殿下の態度から、そのような事実があるように見受けられるんですが。無論、答えたく無いと言うのであれば、無理に聞きはしません」
    「そ、……そうですわね。詮索しないでいただけると、非常に助かります。わたくしも、ハンも」
    「そして先生も、ですか?」
    「……ええ」
     そうこうしている間にハンが3往復目を終え、会話はここで途切れた。
    琥珀暁・往海伝 7
    »»  2018.10.29.
    神様たちの話、第153話。
    エリザの目論見。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     結局、遠征開始後すぐに到着したこの島――後にホープ島と名付けられた――に滞在中、隊長のハンは一度も休みを取らなかった。
     また、一方の副隊長であるエリザは対照的に、毎日のように隊員たちと釣りや雑談、賭け事などに興じ、皆からより一層慕われるようになった。

     と同時に――。
    「……こんなトコやね」
     航海を再開して以降、エリザはずっと、皆が釣った魚や雑談の内容、しれっとトロコフ隊から巻き上げた賭け金の額などを書類にまとめていた。
     と、主に魚について助言したり、書類の整理を手伝ったりしていたロウが、その様子を眺めながら尋ねる。
    「こんなのまとめて、何か意味あるんスか?」
    「色々な」
     エリザは書類をロウに渡し、こう答える。
    「ドコでどんな魚釣れるかっちゅうのんが分かったら、便利やろ?」
    「そりゃまあ。でも知ってる奴に聞けば……」
    「知ってはる人が100年生きてくれるんやったらソレでええやろけど、何やうっかりしてぽっくり死んでしもたら、誰も分からへんなるかも知れへんやろ?
     そう言う時のための、資料っちゅうワケや」
    「なるほどっス」
     書類を紐でまとめながら、ロウはうんうんとうなずく。
    「じゃあ、皆の話とかのアレは?」
    「皆の口に上るもんは大抵、皆の『こーしてほしい』、『こう言うのんがあればええのに』っちゅう希望、期待が込められとるもんやん?
     そう言うんをまとめといて、後で『でけたでー』言うて用意したったら、皆嬉しいやん」
    「いいっスね」
    「イサコくんらから巻き上げたカネは、『向こう』着いた時に使えるしな。いくら持ってるか把握しといた方がええやろ」
    「……全部、考えずくで動いてたんスか?」
     どこか恐ろしいものを見るような目で見つめてきたロウに、エリザはケラケラ笑って返す。
    「アホなコト言いなや。そんなワケあるかいな。
     最初から『こう言うコトでけるやろ』と目論んで遊ぶヤツおったら、うっとおしくてかなわんわ。最初は全部、『面白そう』『楽しそう』くらいにしか考えてへんよ、アタシ。
     そう言うコト考え付くんは、遊んだ後になってからやね。ま、何もアイデア浮かばへんで、ただ遊ぶだけになるコトも、結構多いけどもな」
    「はは……」
    「ソレ考えると、ホンマに師匠は最初から最後まで、遊んでばっかの人やったよーな気もするわ」
     話題がエリザの師匠――「大魔法使い」モールの話になり、ロウは苦い顔をする。
    「モールさんっスか……。今でも俺、あの人はあんまり好きになれないんスよね」
    「そうなん?」
    「俺、散々あの人に『アホ』だの『バカ』だの言われ倒してたんで」
    「アハハ、そらうっとおしいな。でもアレ、先生の口癖みたいなトコがあったからなぁ。
     アタシかてよお言われたで、『君は向こう見ずで人でなしのクソみたいなバカだね』っちゅうてな」
    「うわぁ……」
     一層苦い顔を見せたロウに、エリザは同じように、笑って済ませる。
    「人間誰でも、ええトコと悪いトコがあるもんや。先生は頭良くて色々心配してくれる、ええ人やったよ。
     悪いトコは唯一、口だけやな。口に関してだけは、絶望的に悪いトコがあったっちゅうだけや。
     アタシもどっちかっちゅうと口悪い方やから、先生とはウマ合うてたけど、慣れへん人はどうしても慣れへんやろなぁ。
     ……ふー」
     書類が机の上から無くなったところで、エリザは胸元から煙管を取り出し、煙草を吸い始める。
    「結局、アレから一度も会うてへんけど、今どないしてはるんやろなぁ」
    「さあ……? 俺も全然、うわさとか聞かないっスねぇ」
     ロウも書類をまとめ終え、棚に収めていく。
    「そんじゃボチボチ、俺寝ますわ。おつかれっス」
    「ん、ありがとさん」
     ロウが部屋を出た後も、エリザはしばらく無言で煙草をふかしていた。
    「……ふー」
     部屋の中がうっすら白くなり始めたところで、エリザは煙管を口から離し、ぼそ、とつぶやいた。
    「アレから20年近く経つけども、誰も知らへん、か。
     ホウオウさんの方もさっぱり聞かへんし、……何なんやろ? 本気でこのまま、アタシに会わへんつもりやろか。
     いっぺんくらい、ロイドとリンダに会わせてやりたいねんけどなー……」
     エリザは煙管をくわえ直しつつ、たった今収められたばかりの書類に手を伸ばす。
    「……としてもや。あんだけトガった人らやし、隠れて過ごしとっても、ドコかで目立つはずや。必ず、誰かがうわさする。そう言う人らや。
     いつか、こっちから会いに行って、ウチまで引っ張り込んだるからな」

    琥珀暁・往海伝 終
    琥珀暁・往海伝 8
    »»  2018.10.30.
    神様たちの話、第154話。
    彼の国の港。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ホープ島を出発してからさらに3ヶ月、4つの島を越えて、遠征隊はついに、北方の地に到着しようとしていた。
    「あれが『我々の世界』における唯一の不凍港、テプロイモアだ」
     船の前方に見える港町を指差したイサコ尉官に、ハンが尋ねる。
    「意味は……、『温かい海』とでも言えばいいのか?」
    「そうだ。貴官らには変わらず寒い場所ではあろうが、我々にとっては最も南に位置する、実りある土地である。とは言え山間部に比べればその収穫も、さほどでは無いが」
    「言うてたね、そんなん」
     話の輪に、エリザが入ってくる。
    「山の方はお芋さんやらカボチャさんやら仰山取れるけど、海に近い方は農業、あんまり上手いコト行ってへんって、そんなん聞いたけど」
    「ええ。とは言え海ですから、水産物に関しては獲れることは獲れるのです。ただ、一年を通して寒さが厳しいので……」
    「漁場が凍ってしまう、と言うわけか」
    「うむ。どうにか港を出ても、海の方が凍り付いていることもある。そうした事情もあり、街を完全に賄えるほどの漁獲量は期待できない。それに不凍港とは言ったものの、厳寒期には凍ってしまう。
     故にあの街に住む者は皆、常に飢えと戦っているようなものだ」
    「詳しいな。トロコフ尉官は、南の方に?」
     尋ねたハンに、イサコは深々とうなずく。
    「うむ。実を言えば、故郷はあの街だ」
     と、エリザが手を挙げる。
    「そう言えば、あんまり詳しく聞いてへんかったかもやけど」
    「何でしょう」
     ハンなど、遠征隊のほとんどの者とは対等な口調で話すイサコも、どうやらエリザに対しては頭が上がらないらしく、彼女にだけは敬語が多くなる。
    「レン・ジーンっちゅうのんは、『アンタらの世界』で一番偉い、王様っちゅう認識でええんか?」
    「と言うと?」
     エリザの問いに、ハンが重ねて尋ねてくる。
    「例えばや、ハンくんらのトコやと、ゼロさんが王様やん。ただな、アタシらのトコやと、アタシがゼロさんの代理っちゅうか、力を貸してもろてるような立場やん?」
    「確かに名目上、エリザさんは名代(みょうだい)とされてますね」
    「実際もそうやろ? 何や『名目上』て。妙な言い回しやな」
     ハンを軽くにらみ、エリザは「ま、ええわ」と切り替える。
    「ほんでソコら辺、イサコくんらはどないやろなって。
     ジーンが直で、イサコくんに命令しとんのかなーってなると――イサコくんの話からして――えらい遠いところから伝えとんねんなーと思てな」
    「なるほど。確かにエリザさんの仰った通り、事情は多少違います」
     そう前置きし、イサコは「レン・ジーンの世界」について説明し始めた。
    「ジーン陛下は確かに、我々の世界全土を統べる方です。ただ、私も直接、面前に拝したことはありません。
     陛下はかつて、この世界にあった9つの国と戦い、そしてそのすべてに勝利し、絶対王者、皇帝として君臨しているのです」
    「アタシとゼロさんみたいな関係かな思てたけど、大分違うみたいやな。ちゅうコトは、絶対逆らえへんっちゅうような感じなん?」
    「左様です。加えて述べれば、かつてジーン陛下と戦った9人の王は皆、陛下によって処刑されております。現在いる王はすべて、ジーン陛下の下僕(しもべ)なのです」
    「それは、……極端だな」
     いつもより一層渋い顔を向けたハンに、イサコは肩をすくめて返す。
    「それがこの世界の普通です。弱者は死すべき、と」
    「けったいな考えやな」
     一方、エリザは怒りのこもった口調で反論する。
    「そんな考え、行き着くところまで行ったら、強いヤツたった1人になってしまうような考えやん。一番弱いのんが死んでしもたら、次に死ぬのはその次に弱いヤツっちゅうコトになるワケやし。
     そんな『他人は見捨てて当然』っちゅうような、クソみたいなコト考えるヤツが一番上でふんぞり返っとるんは、腹立ってしゃあないわ」
    「エリザさん、それは街に着いてからは、言わないようにしていただけますか」
     イサコが心配そうな目で、エリザを眺めてくる。
    「陛下がいないとは言え、その部下である兵士・将官は街に滞在・駐屯しています。もし彼らの耳に入れば、きっと陛下にも伝わるでしょう。そうなれば数日で、街は焼け野原にされてしまいます」
    「なるかいな」
     が、エリザはフン、と鼻を鳴らし、こう言い返した。
    「アタシを始めとして、ハンくんやらロウくんやら、腕利きが大勢おるんや。何やあったら、撃退したるわ」
    「困った人ですね、あなたは」
     イサコもハン同様に渋い表情を浮かべ、黙り込んでしまった。
    琥珀暁・彼港伝 1
    »»  2018.11.01.
    神様たちの話、第155話。
    敵地上陸。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ハンたちの乗る船が街に近付くにつれ、港に人だかりができ始めた。
    「警戒されてるな」
    「そらそやろな」
     ハンとエリザは顔を見合わせ、対応を検討する。
    「どうします? このまま港に接岸しますか?」
    「そらアカンやろ。このまんま進んで、陸から仰山火矢かなんか射られたら、そのまんま燃えてまうわ。
     ソレよりイサコくんら連れて、小舟で向かった方がええやろ。向こうも知っとる顔見つけたら、襲う気起こらんやろしな」
    「同意見です。では向かう人間を選出しましょう」

     協議の結果、先んじて港に向かうのはハン、エリザ、クー、そしてイサコの4名となった。
    「この遠征隊の中心人物とトロコフ尉官であれば、話し合いには適当な人選でしょう」
    「せやね。もし勇み足で攻撃してきよっても、アタシとクーちゃんやったら跳ね返せるしな」
    「そんなことが起こらぬよう、祈るばかりです」
     緊張した面持ちでそうつぶやきつつ、イサコが船首側に座る。そのすぐ後ろにハンとエリザ、後方にクーが座り、舟は港へと漕ぎ出した。
    「しかし、魔術と言うものは便利なものですね」
     オールを使わず、魔術による風の力だけですいすいと進む舟に、イサコが感心したような声を漏らす。
    「我々があの海を越えた時には、屈強な男が総出でオールを漕いだものですが」
    「ソレで到着でけたんやから、はっきり言うて奇跡みたいなもんやね」
    「まったくです。事実、死者も少なくありませんでした。出航時には100名以上いた我々も、ノースポートに上陸した時には半数まで減っていましたからね」
    「壮絶な船旅だな。……それを考えれば、俺たちの航海は、どれほど幸運だったか」
     ハンの言葉に、イサコが深々とうなずく。
    「然(しか)り。3ヶ月余りの航行で1名の犠牲者も出なかったとは、今持って信じがたい僥倖(ぎょうこう)だ。それは我々のように屈強な者たちが力任せに進んだからではなく、綿密な計画と周到な用意の下で、着実に進んだからであろうな。
     今にして思えば、我々がノースポートを制圧できたことこそ、奇跡ではないかと思う」
    「せやねぇ。ちょっと運が悪かったら、間違い無く返り討ちやったやろな。や、コレは何も、自慢やらおごりやらと違てな」
    「ええ、承知しています。事実、後の奪還作戦では為す術も無く、やすやすと敗れ去りましたからね」
     話している間に、舟は港の桟橋の、すぐそばまで近付いていく。
     が――その桟橋の上に多数の兵士が集まり、槍や弓を構えている。
    「(止まれ!)」
     兵士たちが口々に怒鳴ってきたところで、イサコが立ち上がり、応答した。
    「(待たれよ。私はイサコ・トロコフ、ユーグ王国尉官である。諸君らも王国の兵士たちであろう?)」
    「(えっ?)」
     イサコの名乗りに、兵士たちは目を丸くし、尋ね返してくる。
    「(まさか、トロコフ尉官? 海に流された、……いえ、南方調査に出向かれた、あのトロコフ尉官ですか?)」
    「(どちらでも同じようなものだ。とは言え、こうして戻った故、上陸を許可されたし)」
    「(しょ、少々お待ちを。上官に報告して参ります)」
     何名かが報告へ向かったところで、残った兵士たちに、クーが現地語で話しかけた。
    「(はじめまして)」
    「(へ? あ、ああ、はじめまして)」
     ぎょっとした顔をしながらも、兵士たちは普通に反応する。
    「(よろしければ色々とお話したいのですけれど、よろしいかしら?)」
    「(は、はあ。構いませんが)」
    「おい、クー」
     と、ハンが会話をさえぎろうとする。
    「まだ警戒態勢の最中だ。あまり不用意な行動は……」「せやからやるんやないの」
     しかしいつものように、エリザがそれに釘を刺す。
    「この後偉いさんとアレコレ話し合いして、クーちゃんがやんごとなき身分の子やって知れ渡ってからお話しよう思たって、皆敬礼しかしてくれへんなるやろ。
     そんなんつまらへんよなー、クーちゃん?」
    「ええ。まったくもって仰る通りですわ」
     クーはにっこりとエリザに笑みを向け、それから兵士たちとの会話を再開する。
     ハンはまだ何か言いたそうにしていたが、憮然とした顔をぷい、と海の方に向け、報告に向かった兵士たちが戻って来るまで、何も言わなかった。
    琥珀暁・彼港伝 2
    »»  2018.11.02.
    神様たちの話、第156話。
    傀儡王。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     イサコたちの帰還が彼らの本隊、ユーグ王国軍に伝わってすぐ、ハンたち4人は王宮に招待された。
    「(よくぞ無事に戻ってきてくれた)」
     ハンたちの前に、兵士や将官らより比較的質の良さそうな服をまとった、しかし、どこか頼り無さそうな短耳の男が現れる。
    「(ええと……、トロコフ尉官で良かったかな。成果はあったようであるな)」
    「(はい。南方にて大陸を発見し、現地の人間と……)」
     イサコが説明しかけたところで、その短耳はさえぎるようにまくし立てる。
    「(そうか、現地人を捕まえてきたのだな? しかし皇帝陛下からは見付け次第殺せと命じられていたはずであろう? 何故生かして連れてきたのだ?)」
    「(誤解しておいでです、国王陛下。我々が彼らに勝利したのではなく、彼らが我々を下したのです。私は彼らに拘束され、ここまで連行された身に過ぎません)」
     イサコの言葉に、国王と呼ばれたその男はきょとんとした顔になる。
    「(う、うん? 聞き間違いか? 貴官が現地人を連行したのではないのか?)」
    「(聞き間違いではございませんわ、王様)」
     と、クーが口を挟む。
    「(自己紹介いたしますわね。わたくしたちはあなた方の仰る、南方にある国から参りました。
     わたくしはその国の統治者、ゼロ・タイムズの娘で、クラム・タイムズと申します。この国、いえ、この『ジーンの世界』へは、平和的な交流を求めて参りました)」
    「(え? え? ……つまりどう言うことなのだ、尉官?)」
    「(タイムズ殿下が仰られた通りです。南方の『タイムズの世界』は、争いを求めておりません。ただし我々のように侵略してくる者に対しては毅然と対抗措置を採り、迎撃・報復を行うとのことです。
     事実、彼らの港を占拠した我々に対し、彼らは我々を拿捕・拘束しております)」
    「(それは……しかし……その……)」
     明らかに困惑した様子の国王に、イサコは説得しようとする。
    「(陛下、ともかく彼らは友好的に接して欲しいと申しておるのです。戦わずに済むのであればそれで良いのでは……)」「ちょい待ち、イサコくん」
     と、今まできょろきょろと辺りをうかがっていたエリザが口を挟む。
    「初めて聞くような話をいきなりバンバン聞かされて、アタマがちゃんと回ってへんような状態で『さあどないするかさっさと決めてんか』言うて詰め寄っても、そんなん絶対、後で言うた言わへんて揉めるやん。
     そもそもや。この人はアタシらが本来、話しよう思てるジーンっちゅうヤツやあらへんねやろ?」
    「あ、はい。そうですね、紹介が遅れました。彼はこのユーグ王国の国王で……」「せやろ?」
     さえぎり気味にそう返し、エリザはイサコの襟をくい、と引き、熊耳を自分の口元まで引き寄せる。
    「ココで変な受け答えさせへん方がええで。『監視役』の目もあるやろからな」
    「なるほど、確かに」
     一方、エリザとイサコが耳打ちし合っている間にも、クーは国王にあれこれと質問をぶつけていた。
    「(ではこの街の東に、ジーン本軍の基地がございますのね)」
    「(うむ。本軍の兵士らはその基地より、ここや他の街など、我が領地全体を巡回しておるのだ)」
    「(規模や頻度はどの程度でしょうか?)」
    「(何故そんなことを……?)」
    「(彼らともお話いたせれば、と存じまして)」
    「(そう言うことであれば、私の方から彼らに話を通しておくこともできるが)」
    「(お心遣い、感謝いたしますわ。ではそちらもお願いするとして……)」
     と、そこにハンが口を挟む。
    「(失礼ながら、国王陛下。よろしいでしょうか)」
    「(うむ?)」
    「(先程トロコフ尉官より伝えられたように、我々の部隊が乗っている船は現在、港の沖合に留まっております。
     この船の港への停泊許可、そして我々の上陸と、この街に滞在する許可をいただけないでしょうか)」
    「(きょ、許可であるか。そ、その、御上に伝えなければ、私からはどうとも……)」
     その回答に、ハンは――表情こそ出さないものの――げんなりした様子をにじませる。
    「(失礼を重ねるようですが、陛下。あなたがこの国の主でしょう? この国の中における裁量や権限はあなたに帰属し、あなたが最高決定権を有するものではないのですか?)」
    「(名目上は、確かにそれはその通りなのだが、『この世界』全体の決定権は御上にある。私の独断で勝手に決めては、御上から後で何を言われるか……。
     ともかく、御上に話を通し、許可を得られなければ、私からは何とも……。すまないが、しばらく海の上で滞在してもらうしか)」
    「(……承知しました)」
     それ以上の問答を諦め、ハンたちは王宮を後にした。
    琥珀暁・彼港伝 3
    »»  2018.11.03.
    神様たちの話、第157話。
    押すべきか、引くべきか。

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    4.
     王宮を後にし、ハンたち4人は船へ戻る道中、今後について話し合っていた。
    「上陸許可が出ないことにはどうしようも無いですね。しばらくの間、海上で留まるしか無いでしょう」
     そう切り出したハンに、エリザが反論する。
    「なんでやねんな? 許可なんか、あっちの内々での話やないの。ここに入れへんっちゅうんやったら、別のトコに上陸して陣取ったらええだけやん」
    「しかし、それでは角が立つでしょう。我々は友好的にと……」
    「こっちが『仲良うしよなー』言うて手ぶらで近寄ったら、向こうが『ほんならこっちも』言うて気ぃ許すと思うんか? 向こうがめっちゃ好戦的なんははっきりしとるやろ。ボッコボコに殴られるんがオチや。
     そう言う相手やと最初っから分かっとるんや、こっちかて遠慮はいらんねん。あっちの許す、許さへんを基準にして行動する理由は無いし、こっちにはこっちの都合があるねんで?」
    「それは確かにそうですが……」
     ハンが渋る一方、クーは同意する。
    「わたくしは、エリザさんの仰る通りだと存じますわね。ハンの物の仰り方、まるで既に相手の配下にあるかのように感じました。
     わたくしたちの上に立つ者は父上、ゼロ・タイムズであって、ジーンではございませんわ」
    「俺は何も、そんなつもりで話していたわけじゃない。あくまで相手の立場をだな……」
    「そちらについても、エリザさんの仰る通りですわ。相手がわたくしたちを軽んじていると言うのに、こちらが尊重する理由がございますか?」
    「相手が尊重しないからと言って自分も尊重しないなんて理屈は、俺は採りたくない。
     出会った相手が野盗だったら、俺も士官であることを辞め、野盗になれって言うのか? それこそバカバカしい、幼稚な理屈だろう。相手がどんな人間であったにせよ、俺は一定以上の理解と敬意を示すつもりだ。
     とにかくこの遠征隊のリーダーは俺だ。相手の許可や寛容無しに、こっちの都合と利益だけで身勝手な行動を執ることは、俺が断じて許さない。よって現状はこの街から離れ、船上で相手の回答を待つことにする。
     それで問題ありますか、エリザさん?」
    「アンタがどーしてもそーしたいっちゅうんやったら、何も言わへんわな。イサコくんにしても、揉め事なんか起きて欲しくないやろしな」
    「ええ、そうしていただけると、大変助かります」
     イサコがうなずいたところで、ハンは話を切り上げようとする。
    「じゃあ、一旦船に戻ろう。相手から沙汰があるまでは……」「一応聞くけどもな」
     が、エリザが手を挙げ、こう尋ねてきた。
    「あっちが『上陸許可でけへんから帰ってー』言うてきたら、『あいよー』言うて引き返すんか? アホやろ、そんなん」
    「ええ、流石にそれは無いです」
     ハンはかぶりを振り、北の方に見える山々を指差す。
    「帰ったところで、問題は何も解決してないですからね。
     我々の本懐はこの地を訪れることではなく、ジーンに会い、平和的な関係を築くことですから」
    「ソレ聞いて安心したわ。ホンマにこのまんま帰ったら、ガキの使いも同然やからな」
    「大人ですからね。自分がなすべきことは、しっかり把握しています」
     そう言って、ハンはニヤ、と笑う。
     対するエリザも、「せやったね」と答えながら笑った。
    「何でやろな、アンタのコトを子供扱いしてまうんよ。ゴメンな」
    「構いませんよ。昔からの付き合いですし。それこそ、俺が小さい時から」
    「せやねぇ、アハハ……」
     二人して笑い合ったところで――突然ハンが表情を変え、「ん?」とうなった。
    「エリザさん」
    「どないした?」
    「前から兵士らしき人間が来ます。しかしユーグ王宮で見た兵士とは、装備が違います」
    「うん?」
     言われてエリザもクーたちも、ハンの向く方に目をやる。
     程無く、その兵士たちがハンたちの前で立ち止まった。
    琥珀暁・彼港伝 4
    »»  2018.11.04.
    神様たちの話、第158話。
    あしらい。

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    5.
    「(我々は帝国軍沿岸方面監視基地の者だ! お前らが南方から戻ってきた奴らだな!?)」
     兵士たちにいきなりまくし立てられ、流石のハンもむっとした表情を浮かべる。
    「(自分から名乗る礼儀は多少評価するが、一体何なんだ? 確かに俺たちは、あんたたちの言う南方からやって来たが)」
    「(うん? 言葉が分かるのか。案外、文明的なようだな。まあいい。我々に投降してもらおうか)」
    「(投降だと? まるで俺たちが犯罪者のような物言いだな。何の権限がある?)」
    「(権限? 奴隷が何を偉そうに!)」
     奴隷と聞き、イサコが顔を青くする一方、残る3人は一様に怒りをあらわにしていた。
    「(ち、違います! 彼らは……)」「黙っとき、イサコくん」「……は、はい」
     イサコとハンを押しのけ、エリザが前に出る。
    「(アンタら、港におった兵士から事情聞いてこっち駆けつけたクチか?)」
    「(そうだ。強行上陸を試みた痴れ者がいると聞いてな)」
    「(強行上陸? アタシらは『上がってええかー』てちゃんと聞いたし、ユーグ王国の人らから許可ももろたで。人の話はちゃんと聞かなアカンで)」
    「(はあ? 王国の許可だと? バカめ! この国の民にそんな権限があるものか!)」
     兵士は馬鹿にしたような目で、エリザをにらむ。
    「(全権限は我々帝国民にあるのだ! お前らも周りの奴らも、我々にとっては単なる奴隷に過ぎん!)」
    「(ほーぉ。そうかそうか、よぉ分かったわ)」
     エリザは魔杖を構えながら、その兵士に尋ねる。
    「(つまりこう言うワケやな、アンタら帝国の人間はアタシらの上陸許可も与えへんし、平和的な話し合いもする気無い。帝国人以外は人間扱いしたらへんぞ、と)」
    「(だったら何だ!?)」
     今度は兵士には答えず、ハンに尋ねる。
    「ハンくん、コイツらこんなコト言うてるけど、ソレでも大人しく従うか?
     連れてかれたら多分武器やら何やら全部取り上げられて裸にされて、めっちゃひどい目に遭うやろけど」
     ハンは渋るような顔をしていたが、やがて諦め気味に答えた。
    「……致し方無いですね。でも殺すのだけは、絶対にやめて下さいよ」
    「分かっとる。コイツら死んでもーたら、誰が戻って報告するんやっちゅう話やんか」
    「(おい、何をごちゃごちゃと……)」
     またも怒鳴ろうとしてきた兵士に向き直り、エリザは諭すようにこう返す。
    「(あのな? アンタらんトコには後で、改めてお邪魔する予定やさかい、今日のところは大人しく帰りいや)」
    「(何を言うかと思えば。バカも休み休み言え!)」
    「(帰りって)」
    「(くどい!)」
    「(こんだけ言うても分からへんか?)」
    「(分からんのは貴様らの方だ!)」
    「(言うて分からへん人には痛い目遭うてもらうで?)」
    「(はっ、そんなに言うなら見せてもらおうか!?)」
    「(言うたな)」
     次の瞬間、居丈高に怒鳴っていたその兵士が、3メートルほど後方に吹き飛ばされた。
    「(わあっ!?)」
    「(お、おい!?)」
     他の兵士が目を丸くし、飛んで行った兵士の方に振り向く。
    「ほら、アンタらもよそ見せんと」
     その隙にエリザが次弾を放ち、残った兵士たちも弾き飛ばす。
    「ひえっ……」「おわあっ……」「ぎゃ……」
     10人以上いた兵士たちが残らず転がされたところで、エリザが再度声をかける。
    「(何べんも言わすな。早よ帰れや)」
    「(……てっ、撤退~!)」
     先程までエリザを見下していた兵士たちは、慌ててその場から逃げ去っていった。
    「やれやれ」
     成り行きを眺めていたハンが、肩をすくめる。
    「これで我々に対する彼らの心象は、かなり悪いものになったでしょうね」
    「そしたら何や? あのまんま連れてかれた方が良かったか?」
    「そうは言ってません。ただ、この後のことを考えると」
    「なったもんはしゃあないやろ。なったらなったで、それに応じて考えたらええだけや。臨機応変やね」
    「……ま、そうですね」
     一行は街を後にし、再び船に戻った。
    琥珀暁・彼港伝 5
    »»  2018.11.05.
    神様たちの話、第159話。
    街の声。

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    6.
     王宮を訪ねて数日後、ハンはエリザを船内の自室に招いていた。
    「エリザさん。あなたにはっきり、言うべきことがあります」
     そう切り出し、自分をにらんできたハンに、エリザは「あーら」と返す。
    「どないしたん、そんな怖いカオして」
    「とぼけないで下さい。分かってるはずでしょう?」
    「ま、そろそろ呼ぶんちゃうやろかなーとは思てたけど」
    「では、はっきり確認させてもらいますよ。
     エリザさん、……港で商売してたでしょう?」
     ハンの質問に、エリザはあっけらかんと答える。
    「してたで。ボチボチやけど」
    「何考えてるんですか?」
     のらりくらりとしたエリザの返答に、ハンは声を荒げる。
    「まだ相手から何の回答も得られてないですし、帝国兵を撃退したことで、心象はかなり悪くなっているはずです。
     常識的に考えればこれ以上、こちらからの干渉はすべきでないでしょう?」
    「ほんなら聞くけどな」
     が、エリザはいつものようにニヤニヤ笑いながら、こう尋ね返す。
    「3ヶ月弱の航海で、船ん中の食料やら飲み水やら、ほぼほぼ無くなっとるわな? ドコからご飯、確保するねんな? あるトコからもらわなアカンやろ?
     でもアンタが『心象悪なっとる』言うてる相手に、『タダで食わしてんかー』て言い寄って、『えーよ』言うワケ無いやん? ほんならカネ稼いで買わな、どないもならんやん」
    「我々は船上にいるんですから、海から魚を穫れば……」
    「アンタなぁ、街の人からモノ買うたらアカン言う割に、街の人が使てる漁場は勝手に使てええっちゅうんか? 自分勝手すぎひんか、ソレ?」
    「う……」
     ハンはたじろぎかけるが、なおも強情を張ろうとする。
    「し、しかしですね、商売となれば、元手がいるでしょう? 何を売ってるんです? まさか船の備品を横流ししてたり……」
    「アホか」
     エリザは笑い飛ばし、自分の左腕を、右手でぺちぺちと叩いて見せた。
    「アタシの本職忘れとるやろ」
    「本職……? 魔術師でしょう? 何か芸でも見せてるとか?」
    「ちゃうわ」
     エリザは首に下げていたネックレスをつかみ、ハンの鼻先に掲げる。
    「宝飾屋やで。そら金属熔かすのんとかには、魔術使てるけどな。
     港の端で拾た貝殻やら綺麗な石やらを加工して、ペンダントやら指輪やらにして売ってんねん。あっちの女の子にめっちゃ人気出とるでー」
    「はぁ……」
     ハンは頭を抱え、椅子にうなだれる。
     と、それを眺めていたエリザが、フンと鼻を鳴らす。
    「干渉せんようにしとこ、傍観しとこかっちゅうのんも、場合によっては有効策やけどもな。向こうの状況も探らな、ホンマに有効な策なんちゅうのんは打ち出されへんで」
    「と言うと?」
     顔を上げたハンに、エリザは依然として笑みを崩さず、こう続ける。
    「アクセサリ売ってる片手間に、向こうのうわさやら評判やらを聞いとったんや。そしたらおもろいコトになってるみたいやで」
    「おもろいコト、……ですって?」
    「まずな、帝国さんの評判やけども、思った通り最低な感じやったね。
     しょっちゅう暴力沙汰起こしてはるし、あっちこっちの飯屋やら店屋で、タダ飯食うてタダ酒呑んでしとるらしいわ。本気で『帝国民以外は全員奴隷じゃ』思とるみたいやな。
     で、そんな帝国兵に喧嘩売ったアタシら、っちゅうかアタシやな、えらい人気みたいでな。普通、店開いてすぐなんて、客が来おへんやろ? アンタの言うように、心象悪いっちゅうんなら尚更や。
     せやのに開いたその日、いや、開く前からな、老若男女問わず『今度は何しはるんですかー』言うて囲まれてしもたんよ。めっちゃ期待の目ぇで見つめられてな」
    「大層な自慢ですね」
     ハンが皮肉を挟むが、エリザは構わず続ける。
    「そう言う感じやから、正直アタシが聞かんでも、向こうからアレやコレや教えてくれるんよ。……ま、話戻すけどもな。
     今な、アタシらのコト、うわさになっとんねん。『帝国に反旗を翻す人らが来はった』言うてな」
    「反旗を翻す、……ですって?」
    「せや。さっき言うたようにな、帝国の人らはこの辺りの人らに、ごっつ評判悪いねん。
     アンタが言う『心象の悪さ』も、帝国の人はともかく、ココら辺の人らには当てはまらへんやろな」
    「ふむ……」
    「ソコでや」
     エリザはピン、と人差し指を立て、こんな提案をした。
    「もし今後、この国の人らがアタシたちに『助けてー』言うてきたら、全面的に乗っかってみたらどないや?」
    「乗っかる、……と言うと?」
    「アタシらが前面に立って、帝国とガチで戦うっちゅう話や」
    「そんなこと、できるはずが無いでしょう!?」
     ハンは顔をしかめ、再度声を荒げて否定した。
    琥珀暁・彼港伝 6
    »»  2018.11.06.
    神様たちの話、第160話。
    戦争宣伝戦略・クラシック。

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    7.
     ハンに提案を真っ向から否定されるが、エリザは声を荒げたりせず、やんわり尋ねる。
    「そないがーがーわめいてアカンアカン言わんときいや。なんでやな?」
    「確かに帝国兵の態度は横柄そのものでしたし、俺自身も少なからず、不快な思いをしました。エリザさんがうかがったと言うこの国の情況も、十分に納得行くものがありますし、かつ、同情すべき点があることは、大いに認めます。
     ですが、我々はそもそも話し合いに来たんです。侵略をしに来たわけじゃありません」
    「そう言うたかて、向こうが攻めに来るかも知れへんやろ。何せ、『心象が悪い』やからな」
    「それは……、確かに考慮すべき点ではあります。好戦的なことを考えれば、十分に有り得るでしょう。
     それに関しては、積極的に迎撃した方がいいと言うことは認めます。ノースポートでのこともありますからね」
    「せやな」
    「ただ、勝つにせよ負けるにせよ、その後の関係はどうしようも無く悪化するでしょうね。所期の目的は達成できそうにありません」
    「その点はしゃあないな」
     そう返したエリザを、ハンがにらみつけた。
    「関係悪化の初手を打ったのは誰なんですか」
    「アタシやね」
     一方のエリザも、姿勢を崩さない。
    「せやけどな、あの状況で他にやりようあったか? 仮にハンくんが相手したとて、結果は一緒やったやろ?」
    「……否定し切れませんね。あの時は俺もかなりムッと来てましたし、乱暴な手段に出ていたかも知れません」
    「他の二人は、そもそも手ぇ出されへんかったやろしな。結局、ああなるしか無かったんや」
    「そうですね。……すみません」
     ハンが素直に頭を下げ、エリザも肩をすくめて返す。
    「ほんならや、アタシが提案した策はどないや? ユーグ王国の人らの期待を背負って立つんやったらソレが大義名分にもなるし、少なくともこの国とアタシらとで友好関係を結べるやろ?」
    「だからそれは駄目です」
     話が振り出しに戻り、ハンもエリザも互いににらみ合う。
    「なんでやねん」
    「大義名分であるとか正当性だとか、そう言う点については納得できる面はあります。
     ですが物理的、物量的な問題があります。現状で戦闘に入ったら、我々の側が圧倒的に不利です」
    「つまり正面切って戦うには、兵隊も軍事物資もあらへんて言いたいワケやな」
    「何度も言いますが、俺たちは元々、話し合いをするためにやって来た遠征隊ですからね。勿論、相手が好戦的であることを考慮して、最低限の応戦ができる程度の人員と装備は揃えていますが、本格的に事を構えるとなると、すぐ底を突くでしょう」
    「せやな。ただ――多少甘めの予測やけども――緒戦はそんなに苦戦もせえへんのちゃうやろか」
     エリザの意見に、ハンは首を傾げた。
    「何故です?」
    「アタシらは600人で海越えて来たけども、相手さんはどないやった?」
    「50人、いや、出港時は100人だったと聞いてますね。……ふむ」
     一瞬考える様子を見せ、ハンはこう続ける。
    「つまり戦力の逐次投入、小出しに兵を送ってくる可能性が高いと?」
    「言うてはったやろ、イサコくんらは『海に流された』って。
     つまり帝国さんにとって死んでもええような人間を、杜撰(ずさん)で無茶な計画にぽいっと放り込みよったっちゅう話やん?
     ソコに、帝国さんの性格が出とると思わへんか?」
    「なるほど、仮に投入した部隊が全滅するほどの被害が出たとしても、帝国本軍にまでは被害が及ばないような編成にするだろう、と言うことですか」
    「そう言うコトや。多分2、3回送り込んで、その都度アタシらが全滅させたとしても、帝国さんはまともに兵員を送りよらんやろな。
     せやけども、事情を知らん人らからしたら、中身がどんなんでも、ソレは『帝国軍』や思て一まとめにされるわな?」
    「でしょうね」
    「ほんで、ココからがアタシの策になるんやけどな」
     そう前置きして、エリザはハンに詰め寄った。
    「イサコくんから聞いたやろ、『この世界』には帝国を除いて、9つの国があるって」
    「ええ、そう言ってましたね」
    「アタシらとユーグ王国が結託したとして、ほんで帝国の人らを二度も三度もボッコボコにしたったとして、そして更に、その評判がソコら辺の国に広まったとしたら?」
    「かなりの衝撃を与えるでしょうね。元々帝国によって虐げられていた人たちでしょうから、今のユーグ王国のように、我々に何かしら期待を抱くかも知れません。
     つまりエリザさんの目論見は、ユーグ王国と結託した上で、相手が本気を出そうとしていない緒戦で勝利し、それを近隣に喧伝。こちらが有利であるように見せた上で、共に戦う者をこの地で募り、集めることで、最終的に帝国を圧倒しよう、……と言うことですね?」
    「大正解。コレなら序盤は600人で事足りるし、勝てば勝つだけ人が集まる。帝国さんはジリ貧になるっちゅうワケや。
     ま、コレは相当楽観的な話になるけどな。そもそも帝国さんがどんだけけしかけて来るかで話が変わってくるしな」
    「寡兵であることを願うしかないですね」
     ハンはため息交じりに、ぼそ、とつぶやいた。
    「戦うしか無い、か。陛下が嘆かれるな……」
    「ま、アタシが話するさかい、心配せんで」
    「……説得力があると思ってるんですか、その言葉?」
    琥珀暁・彼港伝 7
    »»  2018.11.07.
    神様たちの話、第161話。
    緊迫する情況。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     戦闘の懸念があることを「魔術頭巾」による通信でゼロに伝えたところ、ハンの予想通り、彼は憂鬱そうな声でこう答えてきた。
    《どうしても?》
    「どないしてもですわ」
    《そうか……。
     いや、事情はたった今ハンから聞いた通りだし、なるべくしてなってしまったと言うことは、十分納得してるよ。
     ただ、どうしても穏便に済ませたかったんだけどな、って》
    「自分も同意見であります。今回の件に関してはあくまで拠点防衛に留めるとし……」「ちょい待ち」
     ハンが応答しているところに、エリザが口を挟む。
    「はっきり言うときますけどな、アタシは積極的に行くべきやろと思とるんです」
    《どうして?》
    「ハンくん今、拠点防衛のみやっちゅうたけども、その『拠点』ちゅうのんはどこや?」
    「この船でしょう。陸上に降りるような許可は得ていませんから」
    「アンタ、戦場がココだけで済むと思とるん?」
    「……」
     ハンは苦い顔で、歯切れ悪く答える。
    「それは、まあ……。確かに船までの進行ルートを考えれば、テプロイモア市街や港に被害が及ぶ可能性は、少なくないでしょうね」
    「そうやな? 考えたらすぐ分かるコトや。実際に帝国さんが攻めて来よったら、街の皆がとばっちり食らうん、誰でも分かるやんな?
     でもアンタ、自分らがやるのんは拠点防衛のみや、船さえ無事やったら街が丸焦げになってもええっちゅうてるやんな?」
    「そんなことは言ってません。……訂正します。街の人間に被害が及ばない範囲までは、防衛に努めます」
    《だけど、それはユーグ王国の国防体制、ひいては王国の立場をないがしろにすることになる。国王もいい顔をしないだろう。
     そもそも僕たちの都合で戦闘が起こるんだ。彼らにしてみれば、いい迷惑以外の何物でも無い。現時点で既に、彼らに深く干渉してしまっているんだ。
     その上でまだ、『自分たちはあなたたちに干渉しない』なんて消極的な姿勢を執っていては、非人情的で厚顔無恥な人間だと思われるだろう。そうなれば今後我々に、有効的に接してくれることは無くなってしまうだろうね。
     恐らくエリザ、君もそう言う考えだと思うけど、どうかな?》
    「ええ、その通りですわ。もう既にこの時点で、アタシらはこの国、ユーグ王国に不可逆的な干渉を行ってしもてると考えてええでしょう。っちゅうか、陸を踏んだ時点で干渉してへんワケが無いですわ。
     せやから『極力接触を避けて』っちゅうような態度は、もうアカンでしょう。そんなんしとったら、相手からむしろ非難されてしまいますわ」
    《うん、僕もそう思う。現状で執るべきは積極策だ。
     再度国王に謁見し、協力と互助関係を結べるように話し合うべきだろう。それをしなければユーグ王国は、ただただ戦火にさらされるだけになってしまうだろうからね。それよりも関係を築き、合同で防衛に当たった方が、被害はずっと少なくなるだろうし、今後の北方との関係構築にとって、足がかりが得られる。
     戦闘を許可しよう。ただし現時点では、ユーグ王国防衛についてのみだ。そしてこの情況と我々の対応についてユーグ王国側に通達し、再度話し合いを行ってくれ》
    「拝命いたしました」
     緊張をにじませた声で、ハンが答えた。

     その日の内にハンたちは、再度ユーグ王国国王に謁見を願い出た。ところが――。
    「門前払いと言うことか」
    「ええ」
     遣いに出たイサコから、国王がハンたちとの話し合いを拒否する旨が伝えられたのである。
    「やはり先日の一件が響いているのだろう。陛下は私にも会われず、伝言だけを宮殿前で伝えられる始末であった。ほとんど追い返されたようなものだ」
    「あらら」
     これを受け、エリザはのんきな声を出していたが、一方のハンは頭を抱えている。
    「どうします? 王国側がこれでは、到底防衛には……」
    「ソレはソレで、やりようはあるわ」
     エリザは胸元から煙管を取り出そうとしかけたが、ハンの目に気付き、手を膝に戻す。
    「ま、ソコら辺はアタシに任しとき。4、5日あればどうとでもでけるわ」
    「4、5日ですと? 会えもしない状態であるのに、一体どうやって……?」
    「んふふ」
     エリザはもう一度胸元に手を入れ、煙管を取り出しつつ、立ち上がった。
    「煙草吸うて来るわ。ま、気長に待っとき」

    琥珀暁・彼港伝 終
    琥珀暁・彼港伝 8
    »»  2018.11.08.
    神様たちの話、第162話。
    古代の為替観。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「副隊長のエリザが自ら港へ赴き、商いをしている」と言う話は既に船内でうわさになっていたし、さらにそのエリザから「ずーっと船ん中やと皆、体調崩してまうで」とハンに働きかけ、港や市街への出入りに対する規制を緩めさせていたこともあって、港にはちらほらと、遠征隊の姿が見られるようになっていた。
    「これ、ホントに今、エリザさんが作ったんですかー?」
     店先に並ぶ貝殻のネックレスを手に取ったマリアに、エリザはうんうんとうなずいて返す。
    「せやでー。できたてホヤホヤや」
    「かわいー」
     目をキラキラさせてアクセサリを眺めているマリアに、エリザがニヤニヤ笑いながら尋ねる。
    「買うか?」
    「いくらですー?」
    「こっちの通貨やと25デニー、クラムやと20」
    「やっす!?」
     一転、マリアは目を丸くする。
    「元手タダやもん」
    「な、なるほどー。……こっちの指輪は?」
    「そっちは25クラムか30デニーで」
    「儲かります、そんなんで?」
    「元手タダやもん」
    「ちなみに一日、どれくらい稼いでるんですか?」
    「クラムで800くらい。デニーで換算したら、多分1000行くんちゃうかな」
    「かんさん?」
     きょとんとするマリアに、エリザが耳打ちする。
    「こっちでちっさい魚一匹、7デニーか8デニーくらいやってんけどな、ノースポートやと同じ大きさで5クラムやってん。
     アタシがちっちゃい時も、山の南と北でカネ自体も使う量も違てたもんやし、こっちでも分けといた方がええやろな、と思てな」
    「へー……?」
     要領を得なさそうなマリアに、エリザは肩をすくめる。
    「ほら、クラムとデニー、ちょと重さ違うやろ? 1まとまりの量がちゃうねん。ほな、まとまっとる大きさに合わせて、額も変えとかな不公平やん」
    「……あー、なるほど」
     マリアはうなずきつつ、腰に着けていたバッグから両方の銅貨を取り出して、重さを比べる。
    「あ、ホントだ。デニーの方が重たいんですね。
     ……あれ? でも今、エリザさんが言ってた感じだと、……えーと、おさかな1匹5クラムと8デニーでしたっけ」
    「大体な」
    「って言うことはー、えーと、クラムの方が少ない枚数で買えるってことでー、それだと、クラムの方が多くならないと、おかしいんじゃないですか?」
    「ちょと調べてみたらな、デニーの中身、ほとんど鉛やねん。銅や銀は表面にぺらーっと乗っとる程度で」
    「え、そうなんですか?」
    「クラムの方も純粋な銅や銀やないけども、ほんでも純度はこっちの方がええねん。
     そうなると、今後アタシらがクラム仰山持ってきたら、あっちゅう間にデニー、使われへんようになるやろな」
    「どうしてです?」
    「アンタ、『コレは銀塊ですー』言うて鉛の塊渡されたら、ハラ立つやろ?」
    「そりゃまあ。うそ、嫌ですもん」
     うなずくマリアの鼻先に、エリザはデニー銅貨を掲げる。
    「ココの人らはソレやられとんねん。この鉛の塊を『銅ですー、銀ですー』言うてつかまされとるんよ。
     で、ソコに純度の高いアタシらのおカネや。ホンマもんの銀とニセもんの銀やったら、どっちがほしいと思うやろな?」
    「なーるほど」
    「……てか」
     エリザがそこで、いぶかしげな声を漏らす。
    「アンタ、ドコでデニーもろたん?」
    「港で街の人のお手伝いしてたら、『ありがとう、お駄賃だよ』って」
    「アハハ……」
     エリザは笑い出し、辺りを見回す。
    「他にもそう言う子いそうやな。シモン部隊は人のええのんが仰山おるからな」
    「ですねー」
    「ま、ハンくん自身はごっつ苦い顔しとるやろけど」
    「あはは……」

     エリザの予想通り――丁度その頃、ハンは苦々しい気持ちで、港の様子を単眼鏡で眺めていた。
    (あっちにも、こっちにも、遠征隊の奴らがうろうろしている……。
     まったく……! エリザさんには本当に困らせられる。放っておけばどんどん、規律が緩んでいってしまう。『この世界』にとって俺たちは、初めて出会う『別世界の』人間なんだ。俺たちの行動一つひとつで、『海の向こうにいる人間はこんな奴なのか』と思われるんだぞ? それなのに――エリザさんみたいにいい加減でデタラメな人が港に顔を出したりなんかしていたら、俺たち全員、『そう言う奴』だと思われるじゃないか!?
     ……勘弁してほしいよ、本当に。俺はそうじゃないんだって)
     それ以上港の様子を見る気にならず、ハンは単眼鏡をしまい、船内に降りていった。
    琥珀暁・衝北伝 1
    »»  2018.11.10.
    神様たちの話、第163話。
    凸凹問答。

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    2.
     その日も小袋一杯にデニーを稼ぎ、エリザが戻ってきたところで、ハンが彼女のところへ詰め寄ってきた。
    「お話があります」
    「なんや?」
    「ここでは何ですから、俺の部屋に」
    「ココでええやろ? アンタがしたい話ちゅうのんはどうせ、2つしかあらへんからな」
    「何ですって?」
    「『遠征隊の規律がどうのこうの』か、『迎撃策はどないや』のどっちかやろ? どっちも陰でコソコソ言う必要は無いと思うけどな」
     剣呑じみたエリザの言葉に、ハンのまなじりが尖ってくる。
    「そんなに皆の面前で、俺に怒られたいんですか?」
    「そんなコトあるかいな」
     エリザは辺りを見回し、遠巻きに見守っている兵士たちに声をかける。
    「みんな、ちょとこっち来ー」
    「え?」
     面食らった様子のハンをよそに、皆が集まってくる。
    「アタシから、ちょと周知あるから」
    「周知?」
     尋ねるハンには答えず、エリザはこう続けた。
    「明日辺りな、帝国軍さんら攻めてきはるで」
    「は!?」
     エリザからの突然の報告に、ハンはぎょっとしている。
    「待って下さい、エリザさん。一体……」「とりあえず続き聞き」
     そんなハンを制して、エリザは話し始めた。
    「今日、街の人らがうわさしとったんやけどもな。街の外れでちょいちょい、帝国兵さんらが目撃されとるらしいんよ。どうも斥候(せっこう:敵や地形などの状況を確認・監視する兵士のこと)やろな。
     ちゅうコトは近い内、攻めて来はるっちゅうコトや」
    「対策は済んだんですか? 『5日で国王を説得する』と言っていましたが」
    「そんなん言うてへんよ」
     そう返され、ハンは唖然とした表情を浮かべる。
    「何ですって? エリザさん、はっきり言っていたじゃないですか!?」
    「人の話はちゃんと聞かなアカンで」
     エリザはフン、と鼻を鳴らし、ハンの鼻に人差し指をちょこんと当てる。
    「アタシが言うたんは『5日あればどうとでもでける』や。あんなしょぼくれたおっさんと話する気ぃなんか、ハナっから無いわ」
    「国王と話さず、どうやってこの国の軍を動かすんです?」
    「軍も放っとき」
    「……わけが分かりません」
     ハンはエリザに詰め寄り、苛立たしげに尋ねる。
    「まさか俺たちだけで勝手に防衛するなんて言いませんよね!? そんなことをすればどうなるか、話し合ったはずですよね!?」
    「分かっとるよ。ちゃんとみんなに助けてもらうつもりしとる」
    「みんなですって? たった今、軍には助けを求めないと言ったばかりじゃないですか!?」
    「言うたよ?」
    「めちゃくちゃだ!」
     ハンは顔を真っ赤にし、いよいよ怒鳴り出す。
    「こんな数秒の間に、言うことがコロコロと変わるなんて! いい加減にも程があります! あなたは頭が、……頭がおかしいとしか思えない!」
     続いて剣を抜き、エリザに向けた。
    「あなたの権限をこの場で奪わせてもらいます! あなたは狂ってる! 到底、副隊長の任を全うできる状態じゃない!」
    「言いたいコトはソレで全部か? 人の話聞かんと、よーもまあ、そんな人を罵りよって」
     一方、エリザはいつも通りの、ひょうひょうとした態度を崩さない。
    「アタシは何にも、矛盾したコトは一つも言うてへんで? アンタがカタいアタマで勝手な推察立てて、物事を変な方向に決め込んどるだけや」
    「黙れ、狂人ッ!」
     ハンは一歩間合いを詰め、エリザの鼻先に剣の先を付ける。
    「もう一言もしゃべるな!」
    「アホ」
     次の瞬間――ぱちん、と何かが破裂したような音と共に、ハンは剣を放り出し、その場に尻餅を付いていた。
    「な……な?」
    「ぎゃーぎゃーうるさいわ。ちょと黙っとき」
    「い……った……い、なに……を?」
     その場で伸びたままのハンに、エリザは優しく声をかける。
    「ちょとしびれさせたんや。黙れ黙れ言うてる割にアンタ、めっちゃうるさかったし」
    「う……ぐ……」
     その言葉に抗おうとしているらしく、ハンはぶるぶると手や足を震わせているが、立ち上がれそうな様子は全く見られない。
     そんなハンに構わず、エリザは話を始めた。
    「ほな、アタシの策についてちゃんと説明するからな。大人しく聞いときや」
    琥珀暁・衝北伝 2
    »»  2018.11.11.
    神様たちの話、第164話。
    隔岸観火。

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    3.
     エリザは甲板を歩き回りながら、自分が仕掛けた策略について説明し始めた。
    「ま、ハンくんだけやなく、クーちゃんとイサコくんも見てたから分かると思うけども、あの王様、頼りないにも程があったやろ?」
    「仰る通りですわね」
     いつの間にかハンの側に来ていたクーの返答にうんうんとうなずきつつ、エリザはこう続ける。
    「あーゆーのんは大抵、権力に媚びてへつらいおもねる系の奴や。ほぼ間違い無く、アタシらが何言うたかて、『帝国がー』『ジーン陛下がー』言うて、協力なんかせえへん。ソレどころか陰に日向に帝国側へ協力し、アタシらにちょっかいかけよるやろな。折角の『見せ場』なワケやし」
    「見せ場?」
     クーに助けてもらいつつ、どうにか立ち上がったハンに、エリザがこう返す。
    「帝国本拠地から遠く離れた辺境の土地を押し付けられて、シケた日々を送っとった奴んトコに、突然異邦人が現れたんやで? 敵とみなして攻撃するには丁度ええやん。まさか街の人らを理由も無くしばくワケにも行かんしな。しかもソイツら揉め事起こして、帝国に反旗を翻す輩やってうわさや。
     ソレをボッコボコにしたったら、自分を売り込むええ宣伝になるやろ?」
    「なるほど」
    「そう言う奴を説得して協力させる約束取り付けたところで、ドコかで裏切るんがオチや。そーゆーコトを考えたら、王様の説得なんかやる意味あらへん。
     ただ、王様はそんなんでも、街のみんなはそんな思てへんはずや。むしろ帝国さんらのコトは、うっとおしゅうて敵わんやろ」
    「以前に『街の人間は帝国に反感を持っている』と言っていましたからね」
    「ソレや。元から評判悪い上に、アタシら目がけて攻めてきよるんも目に見えとる。いざ攻めてきたら、どんなとばっちり食うか分からんっちゅう話やん。その上、ココ数日仲良うしとったアタシや遠征隊のみんなと敵対するっちゅうんやったら、どっちの側に付きたくなるやろな」
    「まさか、それを見込んで規制を緩めさせたんですか?」
    「ちょっとはな。ま、ホンマに『ずーっと船ん中はしんどいやろ』っちゅう図らいはあったで。
     そう言うワケやから、いわゆる民意はアタシら側に傾いとる。その上で、ただ威張ってるだけで能無しのパチモン王が『遠征隊と戦う』なんて命令してきよったら、みんな『やってられるかボケ』と思うわな」
    「なるほど。しかし……」
     ハンは港に目を向けつつ、首をかしげる。
    「情況が押し迫っている現在、民意を獲得したとしても、あまり意味が無いのでは? 平時であれば民意を汲み、政治方針を変えると言うようなこともあるでしょうが、明日にでも帝国が来ると言うような現状で、国王がそう簡単に、帝国と敵対するよう方針を変えるとは思えませんが」
    「あんな王様がなんやっちゅうのん?」
     エリザはニヤニヤ笑いながら、肩をすくめて返す。
    「何か偉業を成したワケでもなく、その偉人の血を引いとるワケでもない、ただジーンの命令で居座っとるだけのヤツが『俺は王様やー、みんな平伏せー』ちゅうたかて、何で素直に平伏さなアカンねんや。街の人らにしても、普段からみんなそう思とるみたいやしな。そら言うコト聞いとかへんと帝国軍から報復されるかも知れへんから、いつもやったら素直に従うやろけども。
     ただ、今はその『いつも』やない。アタシらがいとる。公衆の面前で帝国兵をブッ飛ばしたったアタシらがな」
     エリザの説明に、ハンは顔を青ざめさせた。
    「つまりエリザさん、あなたは街の人間によって、反乱を起こさせようとしてるんですか!? 我々を実質的な後ろ楯にさせて!」
    「ま、そう言うコトやな。明日には帝国軍が来るやろなってトコやから、事態が動くなら今やろ」
     そう言って、エリザが口角を上げ、ニヤリと悪辣な笑みを浮かべると同時に――港から戻ってきた小舟から、遠征隊の兵士たちが大慌てで駆け上がってきた。
    「たっ、隊長! 大変です! 街が……」
    「どうした!?」
     尋ねたハンに、兵士らは目を白黒させながら、しどろもどろに説明する。
    「あの、ユーグ国王から、その、つい先程、公布が、その、我々を排除すべしと、でも、街の人間は、何と言うか、反発と言いますか」
    「落ち着き」
     エリザは彼に近付き、ぽんぽんと頭を撫でる。
    「まず、国王さんがアタシらを追い出そうとしたんやね?」
    「は、はい」
    「でも街の人たち、『そんなんムチャクチャやー』言うて反対しとるんやね?」
    「そ、そうです」
    「ほな今、街では大騒ぎなんやね」
    「仰る通りです。ただ、王国の大多数、その、王国軍も含めた、大多数が……」「うんうん、よお分かった」
     説明しかけた兵士をさえぎり、エリザが先読みする。
    「国王さんの側に付いとるはずの王国軍も『やってられるかー』言うて反発して、国王さんを襲っとるんか?」
    「はい」
    「なっ……」
     報告を聞き、ハンは再度青ざめる。対照的に、エリザはニコニコと笑っていた。
    「ほないっぺん、街の方に行ってみよか。こないだ行ったアタシら4人で」
    琥珀暁・衝北伝 3
    »»  2018.11.12.
    神様たちの話、第165話。
    この策は最良か、最低か?

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    4.
     ハンたちが王宮に到着した頃には既に、騒ぎは沈静化しつつあった。
    「(あっ、『狐』の女将さん!)」
    「(ん? アタシか?)」
     街の人間がエリザに気付き、嬉しそうに声をかけてくる。
    「(ちょうど良かった、皆でどうしようかって話してたんだよ)」
    「(どないしたん?)」
    「(いやさ、王様があんたたちを殺せなんて言い出すもんだから、俺たち全員抗議したんだよ)」「(そしたらあのアホ王、『従わないならお前らも殺すぞ』って)」
    「(ふざけんなっつって俺たち、王宮に乗り込んだらさ、王国軍にいた奴らも同じ気持ちだったみたいで、俺たちじゃなく、王様に襲いかかってたんだ)」
    「(王様はどないやのん? まだ生きとる?)」
     そう尋ねたエリザに、彼らは一様に首を横に振った。
    「(メッタ刺しにされて死んだみたいだぜ)」
    「(今までのうっぷんとかあったもんなぁ)」
    「(うんうん、分かる分かる)」
    「(いっつも『御上が』『帝国が』って威張り散らして、うっとおしかったもんな)」
     街の者たちと話しつつ王宮内を回り、ハンたちは状況を確認する。
    「国王一人が一方的に追い回されただけ、って感じだな。壁や床に目立った傷は無いし、調度品なんかも壊れてない。
     人一人死んだのは確かだが、それを除けば平和的に収まったらしい」
    「しかし、これからどうすれば?」
     尋ねたイサコに、ハンが「うん?」と返す。
    「曲がりなりにもこの国を治めていた国王が殺されたことで、この地の統治が崩壊してしまったことは明白。このまま放っておけば、国は瓦解してしまうだろう。これから来るであろう帝国軍への対応も、それを凌いだ後の統治も、誰が指揮を執ればいいのか……」
    「んー」
     と、街の者たちと話しつつ、左の狐耳だけをピコピコとハンたちに傾けていたエリザが、二人に向き直る。
    「ほな公布しよか」
    「はい?」
     エリザの提案に、ハンもイサコも同時に首をかしげる。
    「何をです?」
    「この国は暫定的に、アタシらが指揮を執る。ソレで納得するやろし、騒ぎも収まるやろ」
    「ちょ、ちょっと待って下さい!」
     当然、ハンは目を白黒させながら、それに抗弁する。
    「それではまるで、我々が街の者に国王を襲わせ、その混乱に乗じて占領したようなものじゃないですか!」
    「『まるで』? そのまんまやん」
    「お、俺たちは平和的に、この国と交渉することを目的に、やって来たんですよ!? それを『占領した』などと認めれば、我々は単なる野蛮人になってしまいます!」
    「ほなコレからどないするん? 国王さんも死んで、今にも帝国さんが来はるっちゅう切羽詰まった状況でみんなを放っといて、アタシらだけ帰るんか?
     そっちの方がよっぽど人でなしやろ」
    「結果論じゃないですか! そもそもそうなったのは……!」
    「アタシのせいやっちゅうんか? けどもな、元々帝国さんがえばっとったコト、国王さんがソレを笠に着とったコト、どっちも街の人にえらい迷惑かけとって、ソレでみんなが『誰か何とかして』と思うてたんは別のコトやで。
     アタシはみんなを助けたに過ぎひん。アンタ、『助けて』言われて『嫌や』って言うか?」
    「そんなのは詭弁だ!」
     ハンは怒鳴り、エリザの胸ぐらをつかんでいた。
    「どうしてあなたは、平和的に事を収めようとしないんですかッ!? あなたの頭脳なら、できたはずでしょう!?」
    「コレがアタシの考える、最良かつ最速の方法や。めっちゃ平和的やんか」
     ハンの手を取り、エリザはこう返した。
    「今までに出た被害は何や? 皆からごっつ嫌われとった、いけ好かん王様一人だけや。他の方法執っとったら、もっと被害が出とったやろな。ソレが街の人らかアタシらか、ソレは断言でけんけども」
    「……~っ」
     ハンはそれ以上何も言わず、エリザから手を放して、背を向けてしまった。
     一方、エリザは何事も無かったかのように、クーに手招きする。
    「公布する役はアンタが適任やろ。お姫様やし。ちょと公布の内容、考えよか」
    「はっ、はい」
    「ソレからイサコくん、アンタもこっち来。アンタにもやってもらうコトあるから」
    「私ですか?」
    「ほなな、……で、……っちゅう感じでな、……や」
     その後、エリザたちは10分ほど話し込んでいたが、その間ずっと、ハンは背を向けたままだった。
    琥珀暁・衝北伝 4
    »»  2018.11.13.
    神様たちの話、第166話。
    王国掌握。

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    5.
     ホープ島でハンが予想していた通り、北の大陸における日没は早く、クロスセントラルでは昼下がりに当たる時刻だった。
     その日没時になって、王宮のバルコニーからハンたち4人が姿を現した。
    「(みんな、集まっとるかー?)」
     まず、エリザが口を開き、眼下に広がる民衆を見渡す。
    「(集まっとるな。ほな今から、色々伝えるさかい。よー聞いてな)」
     エリザが一歩引き、代わってクーが話し始めた。
    「(本日の昼、先王がわたくしたちハンニバル・シモン遠征隊に対し、討伐命令を下しました。ですが民意に沿わない命令であったため、国王軍全軍が不服従。反旗を翻し、先王を討伐いたしました)」
     既にこの事実は知れ渡っているらしく、これについては、民衆の反応は無かった。
     しかし次のことが伝えられた途端、ざわざわと騒ぐ声が、あちこちから響いてくる。
    「(そのため、新たな指導者を選出する必要が生じました。これについてわたくしたちは、帝国外洋調査隊隊長、イサコ・トロコフ尉官を推挙いたします。
     現在、情況は差し迫っております。早ければ今晩、ないし明日には、帝国軍がわたくしたち遠征隊に向けて兵を差し向けるとの情報を得ており、まずは可及的速やかに、その対策を定めねばなりません。それ故の独断です)」
     続いて、騒然とする民衆を制するように、エリザが発言する。
    「(びっくりするんは分かるけども、もうちょい聞いてな。
     戦い自体はアタシらが引き受けるつもりやさかい、安心してな。何ちゅうても、アタシらが原因やからね。みんなにそんな迷惑かけられへんもん。せやからアタシら遠征隊を一旦、船から街の方に移らせてほしいんよ。準備やら何やらせなアカンからな。
     誓って言うけども、街には被害を出させへん。アタシらに任せてもらう限りは)」
     エリザの言葉を、ハンは懐疑的に聞いていた。
    (『任せてもらう限りは』? 色々解釈できるが……、恐らく『任せる』の範囲がとてつもなく広いんだろう。さっきクーに言わせた『トロコフ尉官を指導者にする』も、その『任せる』の範囲だろうな。任命権も含めて。
     だが、それでいいのか、街の皆は? トロコフ尉官は確かにこの街の人間ではあるが、既に今現在、俺たちの側と言える立場にある。彼に指導者を任せるとなれば、それは実質、俺たちの支配下に置かれることと同義だ。
     分からないわけじゃない、……よな?)
     考えている間に、エリザがあれこれと言葉を重ね、民衆を説得していた。
     いや、それは相手の同意を得る「説得」と言うよりも、むしろ相手を心の底から惹き込む「洗脳」に近いものだった。
    「(……ちゅうワケで、アタシらに任せてほしいねん。みんな、ええかな?)」
     そして魅了されきったらしく――民衆は素直に従った。

     民衆の同意を得た上で、遠征隊は街中へと本拠を移した。
    「色々と言いたいことがありますが情況が差し迫っている現時点では言い切れないので大変心苦しいですが一旦保留とします」
    「さよか」
     あからさまに不満げな様子のハンに構う様子も無く、エリザはいつも通り、ひょうひょうとした態度でいる。
    「ともかく交渉事やら政治やらの領分はアタシやクーちゃんが頑張ったし、ココからは軍事の領分、つまりアンタが頑張る番や。
     準備は進んどるんか?」
    「ええ、その点は抜かり無く。
     王国軍と協調し、街の周辺に斥候を配置させて、状況を探らせています。戦闘態勢に入った際には、王国軍にはそのまま後方に待機してもらい、街の守りに徹してもらおうと考えています。
     武器や戦術等に関しては、やはり我々の方が優れているようですが、残念ながら王国軍全体に行き渡らせるには数も時間もありません。出撃は我々のみにすべきでしょう。
     俺個人の意見としては、あくまで専守防衛、こちらからの攻撃は行わず、相手の攻撃を防ぐことのみに努めたいと考えていますが、恐らくそれは難しいでしょう」
    「同感である」
     ハンの意見に、イサコがうなずいて返す。
    「帝国軍もそこまであなた方を侮ってはいないだろう。斥候によって兵力は割り出されているだろうし、相応の数を用意するはず。となれば、守りだけでは押し切られるだろう」
    「ああ。ある程度はこちらからも打って出る必要がある。遠征隊の中から戦闘に長けた人材を集め、迎撃部隊を組織しよう。
     ここまでで何か意見はありますか、エリザさん?」
     そう言ってにらみつけてくるハンに、エリザは肩をすくめて返した。
    「その作戦、50点やね」
    琥珀暁・衝北伝 5
    »»  2018.11.14.
    神様たちの話、第167話。
    積極的防衛策。

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    6.
     エリザの評価に、ハンはまた、目を吊り上がらせる。
    「どこが問題です?」
    「攻めの姿勢に問題有りや。アンタ『ある程度は』ちゅうたけどソレ、相手が手ぇ出した分だけこっちも手ぇ出す、っちゅう感じやろ?」
    「それはそうでしょう」
    「ズレとるわ。『まだそんなコト言うてるんか』っちゅう感じやで」
     エリザはハンの鼻先に、ぴんと人差し指を向ける。
    「アンタがこの作戦で大事にしたいんは何や?」
    「街の防衛です」
    「ソレだけか?」
    「と言うと?」
    「遠征隊の皆はどないやねん」
    「無論、それも無事に済むなら」
    「せやろ? ほんならもっと、積極的に行かんと」
     そう言われ、ハンはいぶかしげな表情を浮かべる。
    「積極的に? つまりこちらから攻めろと?」
    「そうや。先に相手から一撃かまされて、ソレが致命傷やったらどないすんねん? ソレよりもまずこっちから、相手に致命的な一撃をかましたって、攻撃そのものをでけへんようにして、撤退させる。その方がよっぽど被害は出えへんはずや。
     コレだけは今、はっきり言うとくで。『こっちが手ぇ出さへんかったら相手も手ぇ出さへんはずやろ』と、まだそんな悠長なコトを、アンタは頭のどっかでぼんやり考えとる。アンタの言動聞いとったら、ソレがよお分かるわ。せやから攻め方も消極的やし、小出し、様子見、先延ばしっちゅうような、一見危険も手間も無いように見えて、後々とんでもない被害としょうもない苦労がダラダラ出てまうような策を採ろうとしよる。
     ボーッと見とるだけやったら、何の解決策にもならんのやで。ホンマにどうにかしたいんやったら、覚悟決めてガツンと手ぇ出さんとアカンのんや」
    「ぐっ……」
     顔をしかめたハンに、イサコも申し訳なさそうに告げる。
    「シモン尉官、済まないが私も先生に同意見だ。彼奴らはやると決めたら徹底的にやる。そんな奴らが初太刀で致命傷を与えてくることは、十分に考えられるだろう。
     我々は生まれてからずっと、この地と帝国に苦しめられてきたのだ。先生が仰るまでもなく、奴らが非道であることは承知している」
    「……分かった。作戦を変えよう」
     ハンは苦い顔をしつつも、二人に同意した。

     話し合っている内にユーグ王国の斥候が戻り、相手の陣容が明らかになった。
    「敵の数はおよそ150名。ですが、どうやら王国軍が我々の側に付いたことには気付いていないようです」
     斥候からの話を伝えたハンに、エリザが首をかしげる。
    「ホンマに?」
    「お粗末な話ですが、斥候はすぐ、帝国軍に見付かったそうです。ところが捕まるどころか、相手から色々情報を与えられて、『王に伝えろ』と言付かって帰らされたと。どうも伝令か何かだと思われたようですね」
    「ちゅうコトは、敵の斥候は反乱以降には来てへんっちゅうコトか。そらお粗末やな」
     エリザは胸元から煙管を出し、口にくわえかけて、ハンに尋ねる。
    「吸うてええ?」
    「構いません」
    「ありがとな。……んー」
     煙草を一息吸い込み、エリザはこう続ける。
    「敵さんらの本陣は?」
     ハンは机に街付近の地図を広げ――ハンが測量・作成したものではなく、街の者から伝え聞いた情報をもとに作られた、彼からすれば「いい加減な」ものである――一点を指差した。
    「街から北東にある街道のど真ん中だそうです」
    「なんや、ここからモロ見えやないか。なめられとるな」
    「同感です」
    「ま、そう言うコトやったら簡単に攻撃でけるな」
     もう一息吸い、エリザはコン、と煙管の先を地図に置く。
    「見通しがええ分、さえぎるモノもあらへんから、守りはスカスカ。さらに言うたら、その見通しの良さも夜間の今、まったく利かへん。灯りについては何か言うてたか?」
    「特には、何も。どうやら使っていないようですね。一晩過ごし、翌日に襲撃するつもりなんでしょう」
    「完璧、アタシらからの攻撃を考えてへん態勢やね。ちゅうコトは今から速攻かけたったら、一瞬で終わるやろ。となると……」
     三度煙草を吸い、エリザはニッとハンに微笑みかける。
    「魔術兵はウチ、50人はおったな」
    「ええ」
    「ほんなら魔術兵中心に5部隊組み。ソレを3方向から5方向で前方および側方からけしかけて、一気に魔術攻撃や。勿論、距離は取ってな」
    「相手が無警戒なら、四方を囲むこともできるのでは?」
     尋ねたイサコに、エリザは首を振る。
    「ええけど、みんなガタイええんやろ? こっちの人ら、『熊』とか『虎』とかばっかりやし」
    「ええ」
    「囲んで攻撃しても、生き残っとる可能性はある。ソコで死ぬ気で反撃されたら、こっちも被害出るかも分からんしな。
     ソレより逃げ道与えてさっさと逃げてもろた方が、こっちも楽やん」
    「ふむ……」
    「あ、後な。ハンくん、魁(さきがけ)したってな」
    「念を押されるまでもなく、そうするつもりです」
     ハンは口を曲げ、言い返す。
    「誰かみたいに、荒事を他人任せにして自分一人、安全な場所でのうのうと過ごすようなつもりはありませんからね」
    「誰やねんな? けったいなヤツやね。
     ま、ソレだけやなくてな。さっき言うた『逃げ道』に向かわせなアカンからな。前から誰か迫って来たら、ビビって後ろへ逃げるやろ? アンタが適任や。思いっきり怖がらしたり」
    「了解しました」
    琥珀暁・衝北伝 6
    »»  2018.11.15.
    神様たちの話、第168話。
    北の大陸での初陣。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     寒々しい気候のためか、この北の地ではなかなか、空に晴れ間が見えない。この晩もどんよりと曇っており、月明かりが差す気配も、全く無い。
     そんな中、テプロイモア郊外に構えられた帝国軍の野営は、ひっそりと静まり返っていた。灯りは暖を取るための焚き火くらいであり、その番以外の者は完全に寝入っているのが、遠くで見ているハンたちにも、明らかに察せられた。
    「やはり夜明けを待って出撃するつもりらしい。
     俺たちをおびき寄せるために油断を装って、……とも考えていたが、それも無さそうだ。何かしら待ち構えてるなら、もっと緊張感があってもいいはずだが、……見ろよシェロ。焚き火番、居眠りしてる」
     街道沿いの森に潜み、単眼鏡で偵察していたハンたちは、その緊張の欠片も無い布陣に呆れていた。
    「気ぃ抜きすぎっスね。こないだエリザ先生にやられたクセして、何も反省してないんでしょうね」
    「だろうな。……何と言うかあいつら、俺たちが思っていた以上に油断しすぎてるな。
     恐らく『この世界に自分たちより強いものなど無い』と、頭から信じ切ってるんだろう。だから斥候も敵・味方双方、真正面から堂々とうろついて見付かるし、こんな杜撰極まりない布陣を敷いて呑気してるんだろう。
     反面、俺たちの――陛下自らが御出陣していらした時からの――戦いは、相手があまりにも強いバケモノばかりだった。油断なんてできるはずもない。綿密な計画と周到な準備無しの軍事行動なんて、有り得ないことだった。そうしなきゃ、確実に死ぬんだからな。
     その考え方、体制は、現役の俺たちにもしっかり引き継がれてる――敵一体の強さが俺たちの平均より上なのは確かだが、戦術・戦略に関しては、俺たちがはるかに練度を高めていると考えていいだろう」
     と、「魔術頭巾」をかぶっていたビートが、ハンに耳打ちする。
    「他の隊から連絡がありました。予定の位置に付いたそうです」
    「了解した。では、作戦開始だ」
     ハンの号令が伝えられ、間も無く森の中から魔術による火や土の槍が、敵陣に向かって飛んで行った。

     第一波が全弾命中してすぐ、敵陣からわめき声が響いてくる。
     だが間髪入れず第二波、第三波がねじ込まれ、敵陣はこの時点で原型を留めないほどに破壊された。
    「俺たちも行くぞ!」
     ハンが立ち上がり、先陣を切る。
     部下たちも追従し、20人の突撃部隊が、右往左往している敵たちに向かって行った。
    「(てっ、敵襲、敵襲~!)」
    「(武器は、武器はどこだ!?)」
    「(どこから攻撃されてる!?)」
     迫る内にハンは、敵が完全に混乱し、ほとんど棒立ちに近い状態にあることに気付き、号令をかける。
    「全速前進! このまま敵陣の真ん中を突っ切れ!」
    「了解!」
     そのまま敵陣に到着し、全員が言われた通りに、反対側にまで進攻する。
    「(ひ、ひいっ……!)」
    「(待て待て待て待て、まだ、準備……)」
    「(武器、武器どこ~……!?)」
     敵陣は完全に瓦解し、兵士たちがばらばらと逃げ始める。それを見て、ハンは追い打ちをかけさせた。
    「大声で威嚇(いかく)してやれ!」
    「うおおおおおッ!」
    「らあああああッ!」
     20人が鬨(とき)の声を挙げ、敵の背を追い回す。
    「深追いはするな! 追い払うだけでいい!」
     そうして5分もしない内に、敵は全員、その場から逃げ去った。
     それを確認し、ハンが締める。
    「作戦終了! 俺たちの勝ちだッ!」
     その言葉に、全員が歓声を上げた。



    「帝国軍が海の向こうからやって来た遠征隊に手も足も出せずに敗走した」と言う、北の民にとってあまりにも衝撃的なこの報せは――エリザがそれとなく人を使い、喧伝したこともあり――すぐに沿岸部全域に広まった。、

     エリザの予想通り、緒戦は「ゼロの世界」の完全勝利で幕を閉じた。

    琥珀暁・衝北伝 終
    琥珀暁・衝北伝 7
    »»  2018.11.16.

    神様たちの話、第146話。
    夏の思い出。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦13年、夏の頃。
    「ちゅうても寒い気するんよ」
     2歳になったばかりの娘、リンダを抱えながら、エリザは対面に座るゲートにそう言った。
    「アタシな、こっちやと何や羽織らんと、手足が冷えてしゃあないねんな。この子も耳、ぷるぷるさしとるし」
    「あー、うん、そうなのか」
     ゲートはチラ、チラと傍らの妻、メノーに視線を移しつつ、エリザに答える。
    「やっぱり、その、何て言うか……、山を越えて北に来ると、気候? って言うのか、そう言うのが多分、違うんだろうな」
    「せやろね」
    「本当、エリちゃん寒そうにしてるわよね。リンちゃんも」
     一方、メノーも自分の娘、テレサを膝に載せたまま、心配そうな顔でエリザを見つめている。
    「持って来よっか、上着? 冬用は仕舞っちゃったから、春先のやつしか無いけど」
    「ええのん?」
    「お耳、震えてるし」
    「ありがとな、メノーさん」
    「じゃ、あなた。テレサお願い」
    「おっ、おう」
     テレサを預け、メノーは席を立つ。
     子供たちを除き、二人きりになったところで、ゲートが絞り出すような声を上げる。
    「……何かなぁ、俺、圧力感じんだけど。君と、メノーからの」
    「そらせやろ」
     メノーがいた時と一転して、エリザは軽くゲートをにらみつけている。
    「アタシとメノーさんが仲良うなって随分経っとんのに、いつまでアンタ、ビクビクしてんねんな」
    「うぅ……」
     ゲートは自分の頭を抱え――ようとして、慌ててテレサに手を添え直す。
    「っと、あぶねっ」
    「ホンマ危なっかしいわ」
     エリザはリンダの尻尾を撫でながら、こう続ける。
    「ウチの方やと『父親になった男は強くなる』言うてるんやけどなぁ。アンタ、子供できる度に弱くなってへん? 5人もおるのに」
    「弱くもなるさ……。君との関係が明るみに出たら俺、二度と表を歩けなくなっちまう」
    「アホなコト言いなや。バレたらバレた時やん」
    「……はぁ」
     ゲートもテレサの頭を撫でながら、深いため息をついた。
    「俺はダメだ。とても君みたいに、強くなれん」
    「情けないなぁ」
    「……でも、ハンには強くなってほしいんだよ、そっちの方も」
    「そっち?」
     尋ねたエリザに、ゲートは疲れをにじませつつも、どうにか笑顔を見せる。
    「腕っ節なんかは、訓練すりゃ強くなるさ。だけども何て言ったらいいのかな……、心と言うか、精神と言うか、そう言う方向の強さは、俺には鍛え方が分からん。今だって俺、君やメノーににらまれて、こんな有り様だし。
     反面、エリちゃんはすごく、その、気丈って言うか頑固って言うか、折れないって言うか。……まあ、俺が何を言いたいかって言うとな、ハンのそう言う面を、鍛えてやってほしいんだよ。
     そっちの鍛え方は、俺より絶対、エリちゃんの方が上手そうだしな」
    「アハハ……」
     エリザはケラケラと笑いながら、こくこくとうなずいた。
    「ええで。アタシにでける範囲で良かったら、みっちり鍛えたるわ」



    「……なーんて言うてたんやけどねぇ」
     エリザはそこで言葉を切り、離れて兵士たちと会話を交わしていたハンにチラ、と目をやる。
     隣りにいたクーも同じようにチラ、とハンを見て、こう返す。
    「その仰りようだと、期待通りの結果にはならなかったように聞こえますけれど」
    「んー、期待通りっちゅうか、期待以上っちゅうか。
     ほら、あの子全然、心開くようなタイプやあらへんやろ?」
    「ええ」
    「鍛えすぎて、ガッチガチに防御してしまうようになってしもたみたいでなー。自分からごっつ高い壁築いて拒絶してしもてるから、誰とも打ち解けようとせえへんし、誰からも気さくに声かけてもらえへんし、や」
     エリザはどこか寂しそうに微笑み、クーに向き直る。
    「そのせいか、あの子に積極的に話しかけてくれる女の子――妹除いて――2人しかおらへんねんな。このままやとあの子、ずーっと一人のまんまになって、孤立してしまうわ。
     アンタ、そのうちの一人やし、どーにかあの子の心、開いたってほしいんよ」
    「ええ。元よりそのつもりですわ」
     そう返し、クーは目の前に広がる海に目を向けた。
    「だからこそわたくしは今、この船に乗っているのですから」

    琥珀暁・往海伝 1

    2018.10.23.[Edit]
    神様たちの話、第146話。夏の思い出。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦13年、夏の頃。「ちゅうても寒い気するんよ」 2歳になったばかりの娘、リンダを抱えながら、エリザは対面に座るゲートにそう言った。「アタシな、こっちやと何や羽織らんと、手足が冷えてしゃあないねんな。この子も耳、ぷるぷるさしとるし」「あー、うん、そうなのか」 ゲートはチラ、チラと傍らの妻、メノーに視線を移しつつ、エリ...

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    神様たちの話、第147話。
    ハンニバル隊、海を往く。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     双月暦23年、ゼロの軍はハンを隊長、エリザを副隊長とする600名の遠征隊を組織し、ノースポートより出発させた。目的地は昨年の春頃に襲撃してきた軍隊――ジーン軍の本拠があるとされる、北方の大陸である。
     その案内役として、拘留していたジーン軍調査隊の捕虜から数名、この航海に連れて来られており――。
    「あの島が1つ目だ。後4つ、島を中継地点として渡ることになる」
    「ありがとう、トロコフ尉官」
     調査隊のリーダーであった熊獣人のイサコ・トロコフをはじめとするジーン軍籍の人間の姿が、甲板にあった。
     と言っても手枷などの拘束具は無く、服装も他の兵士たちと変わりの無い、同様のものがゼロ軍より支給されている。
    「誠に貴君らの厚遇、感謝している。意思疎通が行えるようになった後、砦内において自由に行動させてくれたばかりか、こうして祖国への旅に随行させていただけるとは。
     我々の行動を顧みれば到底、これほど手厚い待遇など受けるべくも無いと言うのに」
     イサコの感謝の言葉に、ハンが応じる。
    「そこが、タイムズ陛下が臣民に広く慕われている所以だ。あの方は誰に対しても優しく、かつ、思慮深く接して下さる方だ。
     例え別の者を主君と仰ぐ、貴官らであってもだ」
    「いやはや……、我が主君とは大違いだ。我々のところであれば、そんな者たちは一日と言えど、生かされはせん。即刻首を刎(は)ねられるが落ちだ。
     正直な感想を言うならば、私も貴君らの土地に住まい、タイムズ陛下を主君と仰ぎたいくらいだ」
    「最大級の賛辞と受け取ろう」
     そんな風に堅い言葉を交わし合っていたところに、いつもの如くエリザが近寄ってきた。
    「ちょとええかな」
    「何でしょう?」
     答えたハンに、エリザは「ちゃうねん」と手を振る。
    「ごめんな。話聞きたいのんは、こっちの『熊』さんやねん。
     砦でも港でも、アレやコレやでバタバタしとったから、じっくり話でける機会無かったしな」
    「あ、はい」
     ハンが引き、イサコが応じる。
    「私から何を聞きたいと?」
    「色々な。まず第一に、『おカネ』ってある?」
    「カネ? ああ、持っている」
     そう言ってイサコは、腰に提げていた袋に手を入れ、中から板状の金属片を見せる。
    「貴君らの土地で使えるはずも無いのだが、持っていなくてはやはり不安でな」
    「へぇ、ウチらのんと同じような感じやね」
     エリザはその貨幣を手に取り、じっくり観察する。
    「模様みたいなん付いとるな。のっぺりしとる。彫ったっちゅう感じやなく、ちっちゃい金槌みたいなん打ち込んで刻印したっちゅう感じか。
     あと、平べったいのんは一緒やけど、四角いんやな」
    「うん? その口ぶりだと、そちらのカネは四角くないようであるように聞こえるが」
    「せやねん」
     そう返し、エリザは自分の胸元から袋を出し、同じように銀貨を取り出した。
    「ほれ、こっちのんはこんなやねん。刻印式なんは一緒やけど、打ち込む前に縁んトコぎゅっと押して固めとるから、しっかり意匠が残るんよ」
    「そ、……そうか、ふむ、左様であるか」
     が、イサコはエリザの掌に乗った銀貨ではなく、その奥を見つめている。
     当然、エリザもその視線の行き先に気付き、ニヤニヤ笑っている。
    「なんや? ええもんでも見とったんか?」
    「いっ、いやっ? お、オホン、オホン」
    「えーで、えーで。オトコやもんな、しゃあないよな。こんなおばちゃんのんで悪いけどなー」
    「そっ、そんなことは! ……あっ、い、いや、し、失敬」
     イサコは顔を真っ赤にし、くるんと背を向けてしまう。
     その様子を依然、ニヤニヤと眺めつつ、エリザはこう続けた。
    「歳当てたろか? アンタ、割りとおっさん顔しとるけど、まだ22、3っちゅうトコやろ? しかも女の子と付き合うたコトも無し、と」
    「なっ」
     もう一度ぐるんと振り返り、イサコは驚いた顔を向けた。
    「何故それを?」
    「伊達にアンタより長生きしてへんっちゅうコトや」
     エリザは笑いながら肩をすくめ――途中で、「んっ?」と首を傾げた。
    「アンタんトコ、暦(こよみ)あるん?」
    「無いわけが無いでしょう」
     けげんな顔でイサコにそう返され、エリザは「ふーん……」と答えつつ、うなずいた。

    琥珀暁・往海伝 2

    2018.10.24.[Edit]
    神様たちの話、第147話。ハンニバル隊、海を往く。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 双月暦23年、ゼロの軍はハンを隊長、エリザを副隊長とする600名の遠征隊を組織し、ノースポートより出発させた。目的地は昨年の春頃に襲撃してきた軍隊――ジーン軍の本拠があるとされる、北方の大陸である。 その案内役として、拘留していたジーン軍調査隊の捕虜から数名、この航海に連れて来られており――。「あの島が1つ目だ...

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    神様たちの話、第148話。
    北の地を計る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「聞いた感じやとな」
     イサコに色々と尋ねた後、エリザはハンとクーを船内の自分の部屋へ呼び、2人に自分の考察を聞かせていた。
    「向こうさん、思ってたよりも結構進んでるで」
    「進んでる?」
     おうむ返しに尋ねたハンに、エリザはぴょこ、と人差し指を立てて見せる。
    「アタシが知る限り、双月暦が広まったんは22年前、ソレこそ双月暦元年からや。
     ソレまでは時間っちゅうもんの単位は『1日』とか『朝』とか『夏』とか、そんな程度やった。ソレをゼロさんが色々測って決めて教えてってして、ソコから広まったんや」
    「存じておりますわ」
     クーがうなずき、こう続ける。
    「しかしそれは、わたくしたちが住む山の北と、エリザさんたちが住む山の南で使われる知識でしょう? それが海を隔てた場所にまで広まっているとは……」
    「そらそうや。せやけどな、向こうも向こうで使てるねん。言うても勿論、双月暦やないで。
     聞いたら『天星暦』ちゅうて、向こうの偉いさんが作ったヤツらしいねんな。ちなみに今は、天星暦16年やて」
    「偉いさん……、レン・ジーンと言う人物のことですか」
     ハンの言葉に、エリザは「そうやろな」とうなずく。
    「ちゅうても双月暦に比べたら、数日違うみたいやね。双月暦やと1年の長さ、367日か360日かやろ?」
    「4年に1度、双月節の無い閏(うるう)年がございますものね」
    「せやけど向こうのんは、365日だけやねん。しかも1年が13ヶ月で、1ヶ月が28日。さらに13月だけ、29日になっとるらしいで」
    「え……」
     これを聞いて、ハンとクーは顔を見合わせる。
    「そりゃ確かに、異邦の地だから文化なり言葉なり、違いはあるだろうとは思ってたが……」
    「奇妙に感じられますわね。何故月の日数が異なるのでしょう?」
    「イサコくんもソコら辺は詳しないっちゅうとったわ。ま、向こうの偉いさんが独断で決めたんやろから、もしかしたら大した理由は無いんかも知れへんけども。
     後、おカネの概念も山の北では双月暦8年か9年頃の話や。ソコら辺からゼロさんが通貨を定めはったからな。向こうでも、10年くらい前に偉いさんが広めたっちゅうてたわ」
    「時期としてはほぼ近しい、……と言うわけですわね」
    「さらに言うたら、造船技術は圧倒的に向こうさんの方が高いやろな。
     アタシらが沿岸をどうにか回れる船造れるか造れへんかっちゅうところで、向こうさんは外洋を渡ってきはったんやからな。
     こっちが先んじとるんは、魔術くらいのもんやろな」
    「ふむ……」
     エリザの意見を聞き、ハンは表情を曇らせる。
    「陛下は『まず穏便な話し合いを試み、それが可能であれば交渉を重ね、関係を築いていきたい』と仰っていたが、現状の情報から鑑みて、それが可能かどうか……。
     陛下のお考えは、相手と我々とが対等な、あるいは我々が相手以上の力を持っている場合にのみ成立し得るものだからな」
    「せやね。もしかしたら、真っ当な話し合いっちゅうのんは難しいかも分からへんな。
     と言うか、アタシの予想としてはそもそも、話し合いに至らへんやろなと思とるんよ。元々向こうさん、着いた先で襲えっちゅうてたんやし、向こうの意見なんか聞く耳持ってへんやろからな」
     それを聞いて、ハンもクーも、揃ってため息をつく。
    「戦いは不可避、か」
    「歓迎できる事態ではございませんわね」
    「アタシも同感やね」
     エリザは首を横に振りつつ、胸元から煙管を取り出す。
    「ヒト同士で殴り合い、斬り合いなんかしたところで、何になるっちゅう話やん。アホらしいわ。
     いっぺんもバケモノ出とらへんっちゅう話やし、よっぽど向こうさん、平和に過ごしとったんやろな。うらやましいもんやで」
     そんなことをこぼしつつ、エリザが煙管に火を点けようとしたところで――。
    「エリザさん、ここは船内です。引火したらどうするんですか」
     ハンがエリザの手を取り、それを止めた。
    「あ……、あーそやったそやった、ゴメンなぁ、アハハ」
    「もしかして、今までこっそり吸ってたんじゃないでしょうね? 今見てた感じだと、何の疑問も持たずに吸おうとしてたようですが」
    「……てへっ」
     エリザは照れ笑いでごまかし、煙管を胸元にしまい込んだ。

    琥珀暁・往海伝 3

    2018.10.25.[Edit]
    神様たちの話、第148話。北の地を計る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「聞いた感じやとな」 イサコに色々と尋ねた後、エリザはハンとクーを船内の自分の部屋へ呼び、2人に自分の考察を聞かせていた。「向こうさん、思ってたよりも結構進んでるで」「進んでる?」 おうむ返しに尋ねたハンに、エリザはぴょこ、と人差し指を立てて見せる。「アタシが知る限り、双月暦が広まったんは22年前、ソレこそ双月暦元年か...

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    神様たちの話、第149話。
    北海の第1島。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ノースポートを出港して5日後、遠征隊の船は島に上陸した。
    「へーぇ、こんなトコに島があんのか……。街から見てた限りじゃ、全然気付かんかったぜ」
     エリザ専属の護衛として付いてきていたロウが、物珍しそうな様子で海岸をうろうろしている。
     それを眺めていたエリザが、クスクス笑いながら声をかけた。
    「アンタ、ホンマに歳不相応っちゅうヤツやな。いつまで経ってもコドモみたいなコトして」
    「ぅへ?」
     エリザにそう言われ、ロウは顔を真っ赤にして振り返る。
    「す、すいやせん、エリザさん」
    「えーよえーよ。ソコがアンタの魅力や」
    「ど、どもっス」
     ぺこぺこと頭を下げるロウをよそに、エリザも辺りを見回しつつ、こう続ける。
    「アタシもじっくり見て回りたいトコやけども、先にちょと、やりたいコトあるんよ」
    「何かやるんスか?」
     きょとんとした顔をするロウに、エリザは船を指差した。
    「そもそもハンくんがな、この島で2週間休み取ろかって提案したんよ。アタシもええな言うてな」
    「2週間も? そんなに休むんスか?」
     けげんな顔を向けてきたロウに、エリザは島の上方、小高い丘になっている場所を指し示す。
    「半分はハンくんらの本領、つまり測量が目的やな。土地があるんやったら調べとかなアカンやろっちゅうてな」
    「ふーん……。そりゃご苦労っスね」
    「ソレにな、そもそも何やかやでずーっと、船に揺られっぱなしやからな。ちょっと休憩しとかな、しんどいばっかりやし。
     今回はアタシとかクーちゃんとか、体力無いのんも結構おるから、無理無理進もう思てもでけへんやん?」
     ハンの話にはぼんやりした返答をしたロウも、エリザたちに関する事柄に対しては、積極的にうなずいて見せる。
    「あー、そうっスよね。そっちはばっちり納得っス」
    「ちゅうワケでや、コレから半月過ごすワケやし、寝床やらご飯食べれるトコやら、作ろかな思てな。手伝うてもろてええ?」
     エリザに頼まれ、ロウは満面の笑みを浮かべた。
    「うっス、承知っス」

     上陸から4時間ほどで、遠征隊は島に即席の宿泊所を造り終えた。
    「……にしては、えらいきっちり造ったもんやけどな」
     綺麗に揃えられた椅子と机を眺め、エリザは感心したような、半ば呆れたようなため息を漏らす。
    「リーダーの性格がめっちゃ出とるな。アホみたいに几帳面っちゅうか、カッチカチの杓子定規くんっちゅうか」
    「どんな時であっても、備えを怠らない方とも取れますわよ」
     いつの間にか横に来ていたクーに目をやりつつ、エリザはこう返す。
    「ソコら辺は捉え方やな。
     ま、こう言う行軍にとっては、一番ええ人材やろな。この先何があるか分からんワケやし、どんな時でも怠けずきっちり備えるっちゅうのんは、ええ性格やね。
     人によったら、何かにつけて一々大仰で面倒なコトしよる、トロ臭いヤツやと思われるかも知れへんけど」
    「あなたは常に、物事を両面で考える方ですのね」
     エリザの言葉に、クーはあからさまに不満な様子を見せる。
    「あなたのことを、両面で考えるとすれば――わたくしの父上などであれば理知的で冷静な人間だなどと称されるかも知れませんけれど、わたくしからすれば、どんな吉事の場でも一々、水を差してくるような方であるとも取れますわね」
    「あーらら、冷たいなぁ」
     エリザはニヤニヤ笑いながら、肩をすくめる。
    「もしアンタとハンくんが結婚したら、めっちゃつまらん夫婦生活になりそうやな。どっちも慇懃で、他人行儀に接しそうやん?」
    「あら」
     一方のクーも、クスッと微笑んで返す。
    「そう仰るほど、あの方は情緒に乏しくはございませんわ。単に、そうした感情を表に出すのが不得手なだけで、実際には人並みに備えていらっしゃいます。
     こうしてお側に付いておりますと、それが良く理解できますわ」
    「ほーぉ」
     クーの言葉に、エリザはまたニヤニヤと笑みを見せる。
    「『お側に』、なぁ? どんくらいのお側や?」
    「え? ……あっ、いえ」
     クーは顔を赤らめ、しどろもどろに答える。
    「あなたが思ってらっしゃるほどでは、その、ございませんと、存じますわ」
    「アタシが? どの程度やと思てんの?」
    「いえ、あの、そのー……」
    「ちなみにな」
     エリザはクーの長い耳に口を近付け、ぼそ、とつぶやく。
    「アタシ、知ってるでー? 出港した次の日、アンタ自分の船室にいてへんかったやろ」
    「なっ、何故それを、……い、いえ、その」
    「ま、あの堅物が何やしたとは考えにくいし、大方船酔いしてしもたんを口実にして、『背中を撫でていただければ』とか言うて押しかけて、ベッドに一緒に入って添い寝してもろたんやろ?」
    「へうにゃわっ!?」
     図星だったらしく、クーはよく分からない声を出し、耳の先まで真っ赤にしてうずくまってしまう。
     そんなクーの頭に手をやり、エリザは楽しそうに笑った。
    「地道な一歩やな。ま、ソレでもアンタにしたら大きな一歩やと思うけど」

    琥珀暁・往海伝 4

    2018.10.26.[Edit]
    神様たちの話、第149話。北海の第1島。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ノースポートを出港して5日後、遠征隊の船は島に上陸した。「へーぇ、こんなトコに島があんのか……。街から見てた限りじゃ、全然気付かんかったぜ」 エリザ専属の護衛として付いてきていたロウが、物珍しそうな様子で海岸をうろうろしている。 それを眺めていたエリザが、クスクス笑いながら声をかけた。「アンタ、ホンマに歳不相応っちゅう...

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    神様たちの話、第150話。
    薄ら暗い傲慢。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     目的こそ、「ジーン軍に対しての和平交渉」と言う堅いものではあったが、遠征隊のほとんどは、それよりももっと純粋な心持ちで、この任務に当たっていた。
    「おーい、ロウのおっちゃーん」
    「おう、なんだ?」
    「魚釣ったんだけどさー、これ食えるヤツ?」
    「ん? 見せてみ」
     兵士たちが釣ってきた魚を確認し、ロウはにっかりと笑って返す。
    「全部食えるぜ。しかも高級魚ばっかじゃねーか。ノースポートで売ったら、3千クラムは稼げる」
    「マジか!」
    「うへへ、晩メシ楽しみ……」
     一様に顔をほころばせる兵士たちをよそに、ロウも魚籠の中を眺め、感心した声を漏らしている。
    「しっかしマジで高級魚ばっかだな。もっと早くこの島知ってりゃ、マジで荒稼ぎできたな」
     こんな風に――「ゼロの世界」に住まう人間にとっての――前人未到の新天地を目指すこと自体に、兵士の誰もが心躍らせ、浮かれていた。

     とは言え、そうでない者も若干名ながら存在することも、大人数が集まる組織の宿命・必然である。
    (……けっ)
     浜辺で騒ぐ者たちを侮蔑(ぶべつ)の眼差しで見下ろしながら、シェロは測量用の竿を握りしめていた。
    (遊び気分かよ。なんならこの後、浜辺で楽しくお遊戯会でもするか? クソ共め)
     と、遠くで測量器ごしに眺めてきていたハンから、咎める声が飛んで来る。
    「シェロ、傾いてる。直してくれ」
    「っと、……はーい、すんませーん」
     竿の傾きを直しつつ、シェロは離れたハンをにらみつける。
    (ま、この距離なら俺がどんな顔してるかなんて、分かりゃしないだろ)
     竿が垂直になったことを確認し、シェロはもう一度、浜辺に視線を落とす。
    (……ん? もう夕方なのか?)
     波打ち際にいる兵士たちの影が大分長くなっていることに気付き、シェロはハンに声をかける。
    「尉官、今何時スか?」
    「うん? そうだな、大体3時ってところ、……うん?」
     ハンが水平線に沈もうとしている太陽を見て、首をかしげる。
    「……ふむ」
     太陽と反対方向に出ていた星を眺め、手帳を取り出し、何かを書き付けて、ハンはシェロに向き直る。
    「クロスセントラルであれば、3時過ぎくらいだろう。星の位置から考えれば、それで間違い無いはずだ。
     だが確かに、日暮れが随分早い。思ったより俺たちは、北上してるらしい」
    「みたいっスね」
    「暦の上じゃ2月の半ばだし、これから暖かくなるだろうと考えていたが、ノースポートからここまで進んだだけでこんなに日照時間が短くなるとしたら、もしかしたら進軍につれ、予想以上に寒くなってくるかも知れないな。
     一応、防寒対策をしておいた方がいいだろう」
    「そっスね」
     短い会話を交わす間にハンは計測を終えたらしく、測量器を抱えながら、シェロのところにやって来た。
     それを確認し、シェロは竿を引き抜く。
    「じゃ、次のポイントに竿、立てて来ますね」
    「ああ」
     別の場所で同じように竿を構えるビートにハンが視線を移したところで、シェロは彼に背を向けたまま、毒づいていた。
    (別にいーだろーが……もう、こんなの。
     俺たちはもう、せせこましく山奥やら海岸をうろつくような仕事する身じゃねーだろっつの。いつまでこんなみみっちいことやってんだよ?)
     と、距離を測っていたマリアが、シェロの側を通りがかり、チラ、と目線を合わせた。
    「ひどい顔だね。不満たらたらって感じ」
    「え?」
     そう声をかけられ、シェロは立ち止まる。
    「何ですって?」
     尋ねたシェロに、マリアは苛立ちのこもった目を向ける。
    「『こんなことやってられるかー』、って顔してる。そんなに嫌なら、尉官にそう言えば?」
    「……見当違いっスよ。兵士たる者、上官の命令には服従するもんでしょう? 文句なんかありませんよ」
    「あっそ」
     それ以上何も言わず、シェロはその場を離れる。
     マリアもそのまま計測に戻り、ハンのところに着く。
    「何歩だ?」
     尋ねたハンに、マリアは指折りつつ答える。
    「えーと……、行きが74歩、帰りが65歩ですね」
    「74歩とろく、……え、65?」
     ハンがけげんな顔をし、尋ね返す。
    「行きと帰りで歩数がずれまくってるな。帰り、大股で歩いてたんじゃないか?」
    「あー……、かも知れないですねー」
    「何度も言ってるが、歩幅は普通に歩く感じで揃えてくれ。でないと……」「でないと計算狂っちゃう、でしたね。すみませーん」
     マリアはぺろっと舌を出し、くるんと踵を返して、次の計測を始めた。

    琥珀暁・往海伝 5

    2018.10.27.[Edit]
    神様たちの話、第150話。薄ら暗い傲慢。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 目的こそ、「ジーン軍に対しての和平交渉」と言う堅いものではあったが、遠征隊のほとんどは、それよりももっと純粋な心持ちで、この任務に当たっていた。「おーい、ロウのおっちゃーん」「おう、なんだ?」「魚釣ったんだけどさー、これ食えるヤツ?」「ん? 見せてみ」 兵士たちが釣ってきた魚を確認し、ロウはにっかりと笑って返す。「全...

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    神様たちの話、第151話。
    勤務調整。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     その日の測量を終え、ハンたちは浜辺に戻ってきた。
     と同時に、エリザがニコニコしながら近付いて来る。
    「おつかれさーん。ご飯できとるでー」
    「あ、はい」
     軽く会釈して応じたハンに、エリザは依然ニコニコしたまま、顔を近付けて来る。
    「クーちゃんも調理班やで、今日のんは」
    「あ、はい」
     同じ言葉を繰り返し、ハンは首をかしげる。
    「それが何か?」
    「何かやあらへんがな」
     エリザはぐいっとハンの首に腕を回し、引き寄せる。
    「アンタのためにお姫様が細腕振るったんやないの。感謝して食べやっちゅう話やんか」
    「ああ、はい」
     三度生返事したところで、エリザが腕に力を込め、ハンの首を絞めた。
    「アンタなぁ~……」
    「な、何です? 苦し、い、息がっ」
    「堅物も大概にせえよ。もうちょいうれしそうな声出せっちゅうねん」
    「うぐぐぐ……」
     ハンが絞められている間に、マリアたちは既に席に向かっていた。
    「本当、尉官とエリザ先生、仲いいよねー」
    「船の上でも散々じゃれ合ってましたしね」
    「相変わらずって感じっスね」
     席に着いたところで、エプロン姿のクーが鍋を抱えて現れる。
    「あら、皆様。お仕事、ご苦労様でした」
    「やー、クーちゃん。今日のお料理、どんなのー?」
     期待のこもった眼差しを向けるマリアに、クーは鍋を机に置き、ふたを開けて見せる。
    「まだお寒い時期ですから、シチューにいたしました。と申しましても、洋上ですから乳成分は貴重ですし、厳密に申せば海鮮煮込みと言うようなものになりますけれど」
    「わは~」
     鍋の中身を見るなり、マリアが目を輝かせる。
    「何の魚? 何の魚?」
    「ロウさんから伺った話では、タイの一種ではないかと。沢山獲れたと仰っていましたから、遠慮無く召し上がって下さい」
    「え、タイ? あの赤い、美味しいの?」
    「ええ。この島では随分良く獲れると、皆さん楽しそうに話されていました」
    「何それ、楽しそー!」
     マリアはくるっと振り返り、ようやくエリザから解放されたハンにブンブンと手を振る。
    「尉官、尉官っ! 明日あたし、釣りして来ていいですかっ!?」
    「釣り? いや、無理だろ」
     が、ハンはにべもなく却下する。
    「この島で十分な測量を行うには、最低でも2週間は必要だ。
     そして滞在期間は、2週間が限度だろう。トロコフ尉官によれば、北の大陸に到着するまでに、島は全部で5つ。島ひとつにそれ以上かけてたら、大陸到着までどれだけかかるか。
     だからこの島に滞在中は、休み無しで頑張って欲しい」
    「ちぇー」
     マリアが拗ねた顔をしたところで、クーが手を挙げる。
    「あの、どうしても測量を行わなければならないのであれば、わたくしが代わりを務めましょうか?」
    「え?」
     けげんな顔をしたハンに、クーがにこっと笑みを向ける。
    「いくら何でも、全員出動で2週間も休み無く働いていては、誰か倒れてしまいます。
     父上も『十分な働きをするためには十分に休まなければならない』と仰っていましたし、上官であれば部下を適切に管理するべきなのでは?」
    「む……」
     クーの説得に、ハンは渋い顔を向ける。
    「しかし、『代わり』と言ったが、君に測量ができるのか?」
    「方法は存じております。角度計算や天体観測もいたせますわよ」
     そう返され、ハンは面食らった顔になる。
    「そうなのか?」
    「いつか、あなた方に随行しようと申し出たことがございましたでしょう? 必要になるだろうと存じまして、勉強いたしましたの」
    「そうか……。それなら、まあ……」
     ハンはマリアに目を向け、渋々とした口ぶりでこう返した。
    「クーもこう言ってくれたし、許可する。明日は休んでいい」
    「ホントですか! やったー!」
     満面の笑みを浮かべ小躍りし始めたマリアを、クーは微笑ましげに――そしてハンは苦々しげに眺めていた。

    琥珀暁・往海伝 6

    2018.10.28.[Edit]
    神様たちの話、第151話。勤務調整。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. その日の測量を終え、ハンたちは浜辺に戻ってきた。 と同時に、エリザがニコニコしながら近付いて来る。「おつかれさーん。ご飯できとるでー」「あ、はい」 軽く会釈して応じたハンに、エリザは依然ニコニコしたまま、顔を近付けて来る。「クーちゃんも調理班やで、今日のんは」「あ、はい」 同じ言葉を繰り返し、ハンは首をかしげる。「それが...

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    神様たちの話、第152話。
    堅物尉官。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     翌日朝早く、マリアを除くハンたち3人とクーは、丘の上に立っていた。
    「昨晩も通達したが、本日の測量調査には、マリアの代わりにクーが参加する。とは言えマリアの役をそのままやらせるのは大変だから、その役は俺がやることにする。
     クーには俺の歩数集計と距離の換算、各ポイント毎の角度計算、天体観測、その他普段は俺がやってることを行ってもらう。
     それじゃ早速、ビートはここに竿を打ってくれ。シェロは、……そうだな、向こうに」
    「了解っス」
     ハンがてきぱきと指示を送るのを、クーはにこにこと微笑みながら眺めている。
     と、ハンがそれに気付き、苦い表情を浮かべてくる。
    「何だ? 何かおかしいか?」
    「お気になさらず。仕事はきちんといたしますので」
    「……ああ」
     会話を切り上げ、ハンはすたすたと、シェロのいるところへ歩いて行く。
     その間に、クーはビートにあれこれと話しかける。
    「ビート、あなたはいつお休みになるのかしら?」
    「明日になりました。シェロは明後日」
    「ハンはいつお休みを?」
    「聞いてません。休む気、無いんじゃないでしょうか」
    「あら」
     クーは眉をひそめ、ハンの背中をにらむ。
    「わたくしの進言、理解してらっしゃらないのね」
    「と言うより、自分自身のことは除外して考えてるものと」
    「まったく……。エリザさんにも釘を差していただこうかしら」
     そうつぶやいたクーに、ビートは苦笑いを見せる。
    「そんなことすると、あの人は却って聞き入れないと思いますよ」
    「そうかしら」
    「尉官との付き合いは、殿下より僕の方が2年は長いですから。……っと、戻って来ますよ」
     ビートの言う通り、ハンがいつものように仏頂面で、二人のところに戻って来る。
    「行きが62歩、帰りが61歩だ」
    「承知いたしました」
    「後2回、往復するからな」
    「ええ、行ってらっしゃいませ」
     ハンが離れたところで、今度はビートの方から声をかけてきた。
    「殿下が参加するのであれば、尉官を休ませることは可能なんですよね」
    「そうですわね。後はどうやって休ませるか、ですけれど……」
    「押して駄目なら、引いてみるのも手ですよ」
    「引いてみる? と申しますと」
    「あの人は周りがやっていることに倣(なら)う性格ですから、皆が休もうとすれば……」
    「その場合は恐らく、『自分は上官なのだから、模範となるべく働く』などとお考えになりますわね」
    「うーん……、ありそうですね」
     再び、ハンが戻って来る。
    「今度は行き、帰り共に61歩だ」
    「承知いたしました」
     もう一度ハンが離れ、会話を続ける。
    「やっぱりエリザ先生に知恵を借りた方が良さそうですね。僕たちよりずっと、尉官との付き合いが長いみたいですし」
    「そうですわ、……ね?」
     クーは目を丸くし、ビートに尋ねる。
    「あなた、ハンとエリザさんとのご関係をご存知なのかしら?」
    「関係? どう言う意味です?」
    「……あっ」
     クーは口を押さえ、しどろもどろに応じる。
    「いえ、その、変な意味では無くですね、あの、何と申しますか、その、わたくしもそれほど、詳しいと言うわけではございませんけれど」
    「……? あの、落ち着いて下さい、殿下」
    「えっ、あっ、はい」
    「僕が知っているのは、尉官と先生が懇意にしていると言うことくらいです。付き合い云々は、僕の推理でしかありません。
     それより、殿下?」
    「はっ、はい?」
     目を白黒させているクーに、ビートは落ち着いた声色で尋ねてきた。
    「殿下は何か、尉官と先生について、公に明かせないような情報を持っていると考えていいんでしょうか?」
    「なっ」
    「殿下の態度から、そのような事実があるように見受けられるんですが。無論、答えたく無いと言うのであれば、無理に聞きはしません」
    「そ、……そうですわね。詮索しないでいただけると、非常に助かります。わたくしも、ハンも」
    「そして先生も、ですか?」
    「……ええ」
     そうこうしている間にハンが3往復目を終え、会話はここで途切れた。

    琥珀暁・往海伝 7

    2018.10.29.[Edit]
    神様たちの話、第152話。堅物尉官。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 翌日朝早く、マリアを除くハンたち3人とクーは、丘の上に立っていた。「昨晩も通達したが、本日の測量調査には、マリアの代わりにクーが参加する。とは言えマリアの役をそのままやらせるのは大変だから、その役は俺がやることにする。 クーには俺の歩数集計と距離の換算、各ポイント毎の角度計算、天体観測、その他普段は俺がやってることを行っ...

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    神様たちの話、第153話。
    エリザの目論見。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     結局、遠征開始後すぐに到着したこの島――後にホープ島と名付けられた――に滞在中、隊長のハンは一度も休みを取らなかった。
     また、一方の副隊長であるエリザは対照的に、毎日のように隊員たちと釣りや雑談、賭け事などに興じ、皆からより一層慕われるようになった。

     と同時に――。
    「……こんなトコやね」
     航海を再開して以降、エリザはずっと、皆が釣った魚や雑談の内容、しれっとトロコフ隊から巻き上げた賭け金の額などを書類にまとめていた。
     と、主に魚について助言したり、書類の整理を手伝ったりしていたロウが、その様子を眺めながら尋ねる。
    「こんなのまとめて、何か意味あるんスか?」
    「色々な」
     エリザは書類をロウに渡し、こう答える。
    「ドコでどんな魚釣れるかっちゅうのんが分かったら、便利やろ?」
    「そりゃまあ。でも知ってる奴に聞けば……」
    「知ってはる人が100年生きてくれるんやったらソレでええやろけど、何やうっかりしてぽっくり死んでしもたら、誰も分からへんなるかも知れへんやろ?
     そう言う時のための、資料っちゅうワケや」
    「なるほどっス」
     書類を紐でまとめながら、ロウはうんうんとうなずく。
    「じゃあ、皆の話とかのアレは?」
    「皆の口に上るもんは大抵、皆の『こーしてほしい』、『こう言うのんがあればええのに』っちゅう希望、期待が込められとるもんやん?
     そう言うんをまとめといて、後で『でけたでー』言うて用意したったら、皆嬉しいやん」
    「いいっスね」
    「イサコくんらから巻き上げたカネは、『向こう』着いた時に使えるしな。いくら持ってるか把握しといた方がええやろ」
    「……全部、考えずくで動いてたんスか?」
     どこか恐ろしいものを見るような目で見つめてきたロウに、エリザはケラケラ笑って返す。
    「アホなコト言いなや。そんなワケあるかいな。
     最初から『こう言うコトでけるやろ』と目論んで遊ぶヤツおったら、うっとおしくてかなわんわ。最初は全部、『面白そう』『楽しそう』くらいにしか考えてへんよ、アタシ。
     そう言うコト考え付くんは、遊んだ後になってからやね。ま、何もアイデア浮かばへんで、ただ遊ぶだけになるコトも、結構多いけどもな」
    「はは……」
    「ソレ考えると、ホンマに師匠は最初から最後まで、遊んでばっかの人やったよーな気もするわ」
     話題がエリザの師匠――「大魔法使い」モールの話になり、ロウは苦い顔をする。
    「モールさんっスか……。今でも俺、あの人はあんまり好きになれないんスよね」
    「そうなん?」
    「俺、散々あの人に『アホ』だの『バカ』だの言われ倒してたんで」
    「アハハ、そらうっとおしいな。でもアレ、先生の口癖みたいなトコがあったからなぁ。
     アタシかてよお言われたで、『君は向こう見ずで人でなしのクソみたいなバカだね』っちゅうてな」
    「うわぁ……」
     一層苦い顔を見せたロウに、エリザは同じように、笑って済ませる。
    「人間誰でも、ええトコと悪いトコがあるもんや。先生は頭良くて色々心配してくれる、ええ人やったよ。
     悪いトコは唯一、口だけやな。口に関してだけは、絶望的に悪いトコがあったっちゅうだけや。
     アタシもどっちかっちゅうと口悪い方やから、先生とはウマ合うてたけど、慣れへん人はどうしても慣れへんやろなぁ。
     ……ふー」
     書類が机の上から無くなったところで、エリザは胸元から煙管を取り出し、煙草を吸い始める。
    「結局、アレから一度も会うてへんけど、今どないしてはるんやろなぁ」
    「さあ……? 俺も全然、うわさとか聞かないっスねぇ」
     ロウも書類をまとめ終え、棚に収めていく。
    「そんじゃボチボチ、俺寝ますわ。おつかれっス」
    「ん、ありがとさん」
     ロウが部屋を出た後も、エリザはしばらく無言で煙草をふかしていた。
    「……ふー」
     部屋の中がうっすら白くなり始めたところで、エリザは煙管を口から離し、ぼそ、とつぶやいた。
    「アレから20年近く経つけども、誰も知らへん、か。
     ホウオウさんの方もさっぱり聞かへんし、……何なんやろ? 本気でこのまま、アタシに会わへんつもりやろか。
     いっぺんくらい、ロイドとリンダに会わせてやりたいねんけどなー……」
     エリザは煙管をくわえ直しつつ、たった今収められたばかりの書類に手を伸ばす。
    「……としてもや。あんだけトガった人らやし、隠れて過ごしとっても、ドコかで目立つはずや。必ず、誰かがうわさする。そう言う人らや。
     いつか、こっちから会いに行って、ウチまで引っ張り込んだるからな」

    琥珀暁・往海伝 終

    琥珀暁・往海伝 8

    2018.10.30.[Edit]
    神様たちの話、第153話。エリザの目論見。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 結局、遠征開始後すぐに到着したこの島――後にホープ島と名付けられた――に滞在中、隊長のハンは一度も休みを取らなかった。 また、一方の副隊長であるエリザは対照的に、毎日のように隊員たちと釣りや雑談、賭け事などに興じ、皆からより一層慕われるようになった。 と同時に――。「……こんなトコやね」 航海を再開して以降、エリザはずっと...

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    神様たちの話、第154話。
    彼の国の港。

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    1.
     ホープ島を出発してからさらに3ヶ月、4つの島を越えて、遠征隊はついに、北方の地に到着しようとしていた。
    「あれが『我々の世界』における唯一の不凍港、テプロイモアだ」
     船の前方に見える港町を指差したイサコ尉官に、ハンが尋ねる。
    「意味は……、『温かい海』とでも言えばいいのか?」
    「そうだ。貴官らには変わらず寒い場所ではあろうが、我々にとっては最も南に位置する、実りある土地である。とは言え山間部に比べればその収穫も、さほどでは無いが」
    「言うてたね、そんなん」
     話の輪に、エリザが入ってくる。
    「山の方はお芋さんやらカボチャさんやら仰山取れるけど、海に近い方は農業、あんまり上手いコト行ってへんって、そんなん聞いたけど」
    「ええ。とは言え海ですから、水産物に関しては獲れることは獲れるのです。ただ、一年を通して寒さが厳しいので……」
    「漁場が凍ってしまう、と言うわけか」
    「うむ。どうにか港を出ても、海の方が凍り付いていることもある。そうした事情もあり、街を完全に賄えるほどの漁獲量は期待できない。それに不凍港とは言ったものの、厳寒期には凍ってしまう。
     故にあの街に住む者は皆、常に飢えと戦っているようなものだ」
    「詳しいな。トロコフ尉官は、南の方に?」
     尋ねたハンに、イサコは深々とうなずく。
    「うむ。実を言えば、故郷はあの街だ」
     と、エリザが手を挙げる。
    「そう言えば、あんまり詳しく聞いてへんかったかもやけど」
    「何でしょう」
     ハンなど、遠征隊のほとんどの者とは対等な口調で話すイサコも、どうやらエリザに対しては頭が上がらないらしく、彼女にだけは敬語が多くなる。
    「レン・ジーンっちゅうのんは、『アンタらの世界』で一番偉い、王様っちゅう認識でええんか?」
    「と言うと?」
     エリザの問いに、ハンが重ねて尋ねてくる。
    「例えばや、ハンくんらのトコやと、ゼロさんが王様やん。ただな、アタシらのトコやと、アタシがゼロさんの代理っちゅうか、力を貸してもろてるような立場やん?」
    「確かに名目上、エリザさんは名代(みょうだい)とされてますね」
    「実際もそうやろ? 何や『名目上』て。妙な言い回しやな」
     ハンを軽くにらみ、エリザは「ま、ええわ」と切り替える。
    「ほんでソコら辺、イサコくんらはどないやろなって。
     ジーンが直で、イサコくんに命令しとんのかなーってなると――イサコくんの話からして――えらい遠いところから伝えとんねんなーと思てな」
    「なるほど。確かにエリザさんの仰った通り、事情は多少違います」
     そう前置きし、イサコは「レン・ジーンの世界」について説明し始めた。
    「ジーン陛下は確かに、我々の世界全土を統べる方です。ただ、私も直接、面前に拝したことはありません。
     陛下はかつて、この世界にあった9つの国と戦い、そしてそのすべてに勝利し、絶対王者、皇帝として君臨しているのです」
    「アタシとゼロさんみたいな関係かな思てたけど、大分違うみたいやな。ちゅうコトは、絶対逆らえへんっちゅうような感じなん?」
    「左様です。加えて述べれば、かつてジーン陛下と戦った9人の王は皆、陛下によって処刑されております。現在いる王はすべて、ジーン陛下の下僕(しもべ)なのです」
    「それは、……極端だな」
     いつもより一層渋い顔を向けたハンに、イサコは肩をすくめて返す。
    「それがこの世界の普通です。弱者は死すべき、と」
    「けったいな考えやな」
     一方、エリザは怒りのこもった口調で反論する。
    「そんな考え、行き着くところまで行ったら、強いヤツたった1人になってしまうような考えやん。一番弱いのんが死んでしもたら、次に死ぬのはその次に弱いヤツっちゅうコトになるワケやし。
     そんな『他人は見捨てて当然』っちゅうような、クソみたいなコト考えるヤツが一番上でふんぞり返っとるんは、腹立ってしゃあないわ」
    「エリザさん、それは街に着いてからは、言わないようにしていただけますか」
     イサコが心配そうな目で、エリザを眺めてくる。
    「陛下がいないとは言え、その部下である兵士・将官は街に滞在・駐屯しています。もし彼らの耳に入れば、きっと陛下にも伝わるでしょう。そうなれば数日で、街は焼け野原にされてしまいます」
    「なるかいな」
     が、エリザはフン、と鼻を鳴らし、こう言い返した。
    「アタシを始めとして、ハンくんやらロウくんやら、腕利きが大勢おるんや。何やあったら、撃退したるわ」
    「困った人ですね、あなたは」
     イサコもハン同様に渋い表情を浮かべ、黙り込んでしまった。

    琥珀暁・彼港伝 1

    2018.11.01.[Edit]
    神様たちの話、第154話。彼の国の港。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ホープ島を出発してからさらに3ヶ月、4つの島を越えて、遠征隊はついに、北方の地に到着しようとしていた。「あれが『我々の世界』における唯一の不凍港、テプロイモアだ」 船の前方に見える港町を指差したイサコ尉官に、ハンが尋ねる。「意味は……、『温かい海』とでも言えばいいのか?」「そうだ。貴官らには変わらず寒い場所ではあろうが、...

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    神様たちの話、第155話。
    敵地上陸。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ハンたちの乗る船が街に近付くにつれ、港に人だかりができ始めた。
    「警戒されてるな」
    「そらそやろな」
     ハンとエリザは顔を見合わせ、対応を検討する。
    「どうします? このまま港に接岸しますか?」
    「そらアカンやろ。このまんま進んで、陸から仰山火矢かなんか射られたら、そのまんま燃えてまうわ。
     ソレよりイサコくんら連れて、小舟で向かった方がええやろ。向こうも知っとる顔見つけたら、襲う気起こらんやろしな」
    「同意見です。では向かう人間を選出しましょう」

     協議の結果、先んじて港に向かうのはハン、エリザ、クー、そしてイサコの4名となった。
    「この遠征隊の中心人物とトロコフ尉官であれば、話し合いには適当な人選でしょう」
    「せやね。もし勇み足で攻撃してきよっても、アタシとクーちゃんやったら跳ね返せるしな」
    「そんなことが起こらぬよう、祈るばかりです」
     緊張した面持ちでそうつぶやきつつ、イサコが船首側に座る。そのすぐ後ろにハンとエリザ、後方にクーが座り、舟は港へと漕ぎ出した。
    「しかし、魔術と言うものは便利なものですね」
     オールを使わず、魔術による風の力だけですいすいと進む舟に、イサコが感心したような声を漏らす。
    「我々があの海を越えた時には、屈強な男が総出でオールを漕いだものですが」
    「ソレで到着でけたんやから、はっきり言うて奇跡みたいなもんやね」
    「まったくです。事実、死者も少なくありませんでした。出航時には100名以上いた我々も、ノースポートに上陸した時には半数まで減っていましたからね」
    「壮絶な船旅だな。……それを考えれば、俺たちの航海は、どれほど幸運だったか」
     ハンの言葉に、イサコが深々とうなずく。
    「然(しか)り。3ヶ月余りの航行で1名の犠牲者も出なかったとは、今持って信じがたい僥倖(ぎょうこう)だ。それは我々のように屈強な者たちが力任せに進んだからではなく、綿密な計画と周到な用意の下で、着実に進んだからであろうな。
     今にして思えば、我々がノースポートを制圧できたことこそ、奇跡ではないかと思う」
    「せやねぇ。ちょっと運が悪かったら、間違い無く返り討ちやったやろな。や、コレは何も、自慢やらおごりやらと違てな」
    「ええ、承知しています。事実、後の奪還作戦では為す術も無く、やすやすと敗れ去りましたからね」
     話している間に、舟は港の桟橋の、すぐそばまで近付いていく。
     が――その桟橋の上に多数の兵士が集まり、槍や弓を構えている。
    「(止まれ!)」
     兵士たちが口々に怒鳴ってきたところで、イサコが立ち上がり、応答した。
    「(待たれよ。私はイサコ・トロコフ、ユーグ王国尉官である。諸君らも王国の兵士たちであろう?)」
    「(えっ?)」
     イサコの名乗りに、兵士たちは目を丸くし、尋ね返してくる。
    「(まさか、トロコフ尉官? 海に流された、……いえ、南方調査に出向かれた、あのトロコフ尉官ですか?)」
    「(どちらでも同じようなものだ。とは言え、こうして戻った故、上陸を許可されたし)」
    「(しょ、少々お待ちを。上官に報告して参ります)」
     何名かが報告へ向かったところで、残った兵士たちに、クーが現地語で話しかけた。
    「(はじめまして)」
    「(へ? あ、ああ、はじめまして)」
     ぎょっとした顔をしながらも、兵士たちは普通に反応する。
    「(よろしければ色々とお話したいのですけれど、よろしいかしら?)」
    「(は、はあ。構いませんが)」
    「おい、クー」
     と、ハンが会話をさえぎろうとする。
    「まだ警戒態勢の最中だ。あまり不用意な行動は……」「せやからやるんやないの」
     しかしいつものように、エリザがそれに釘を刺す。
    「この後偉いさんとアレコレ話し合いして、クーちゃんがやんごとなき身分の子やって知れ渡ってからお話しよう思たって、皆敬礼しかしてくれへんなるやろ。
     そんなんつまらへんよなー、クーちゃん?」
    「ええ。まったくもって仰る通りですわ」
     クーはにっこりとエリザに笑みを向け、それから兵士たちとの会話を再開する。
     ハンはまだ何か言いたそうにしていたが、憮然とした顔をぷい、と海の方に向け、報告に向かった兵士たちが戻って来るまで、何も言わなかった。

    琥珀暁・彼港伝 2

    2018.11.02.[Edit]
    神様たちの話、第155話。敵地上陸。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ハンたちの乗る船が街に近付くにつれ、港に人だかりができ始めた。「警戒されてるな」「そらそやろな」 ハンとエリザは顔を見合わせ、対応を検討する。「どうします? このまま港に接岸しますか?」「そらアカンやろ。このまんま進んで、陸から仰山火矢かなんか射られたら、そのまんま燃えてまうわ。 ソレよりイサコくんら連れて、小舟で向かっ...

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    神様たちの話、第156話。
    傀儡王。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     イサコたちの帰還が彼らの本隊、ユーグ王国軍に伝わってすぐ、ハンたち4人は王宮に招待された。
    「(よくぞ無事に戻ってきてくれた)」
     ハンたちの前に、兵士や将官らより比較的質の良さそうな服をまとった、しかし、どこか頼り無さそうな短耳の男が現れる。
    「(ええと……、トロコフ尉官で良かったかな。成果はあったようであるな)」
    「(はい。南方にて大陸を発見し、現地の人間と……)」
     イサコが説明しかけたところで、その短耳はさえぎるようにまくし立てる。
    「(そうか、現地人を捕まえてきたのだな? しかし皇帝陛下からは見付け次第殺せと命じられていたはずであろう? 何故生かして連れてきたのだ?)」
    「(誤解しておいでです、国王陛下。我々が彼らに勝利したのではなく、彼らが我々を下したのです。私は彼らに拘束され、ここまで連行された身に過ぎません)」
     イサコの言葉に、国王と呼ばれたその男はきょとんとした顔になる。
    「(う、うん? 聞き間違いか? 貴官が現地人を連行したのではないのか?)」
    「(聞き間違いではございませんわ、王様)」
     と、クーが口を挟む。
    「(自己紹介いたしますわね。わたくしたちはあなた方の仰る、南方にある国から参りました。
     わたくしはその国の統治者、ゼロ・タイムズの娘で、クラム・タイムズと申します。この国、いえ、この『ジーンの世界』へは、平和的な交流を求めて参りました)」
    「(え? え? ……つまりどう言うことなのだ、尉官?)」
    「(タイムズ殿下が仰られた通りです。南方の『タイムズの世界』は、争いを求めておりません。ただし我々のように侵略してくる者に対しては毅然と対抗措置を採り、迎撃・報復を行うとのことです。
     事実、彼らの港を占拠した我々に対し、彼らは我々を拿捕・拘束しております)」
    「(それは……しかし……その……)」
     明らかに困惑した様子の国王に、イサコは説得しようとする。
    「(陛下、ともかく彼らは友好的に接して欲しいと申しておるのです。戦わずに済むのであればそれで良いのでは……)」「ちょい待ち、イサコくん」
     と、今まできょろきょろと辺りをうかがっていたエリザが口を挟む。
    「初めて聞くような話をいきなりバンバン聞かされて、アタマがちゃんと回ってへんような状態で『さあどないするかさっさと決めてんか』言うて詰め寄っても、そんなん絶対、後で言うた言わへんて揉めるやん。
     そもそもや。この人はアタシらが本来、話しよう思てるジーンっちゅうヤツやあらへんねやろ?」
    「あ、はい。そうですね、紹介が遅れました。彼はこのユーグ王国の国王で……」「せやろ?」
     さえぎり気味にそう返し、エリザはイサコの襟をくい、と引き、熊耳を自分の口元まで引き寄せる。
    「ココで変な受け答えさせへん方がええで。『監視役』の目もあるやろからな」
    「なるほど、確かに」
     一方、エリザとイサコが耳打ちし合っている間にも、クーは国王にあれこれと質問をぶつけていた。
    「(ではこの街の東に、ジーン本軍の基地がございますのね)」
    「(うむ。本軍の兵士らはその基地より、ここや他の街など、我が領地全体を巡回しておるのだ)」
    「(規模や頻度はどの程度でしょうか?)」
    「(何故そんなことを……?)」
    「(彼らともお話いたせれば、と存じまして)」
    「(そう言うことであれば、私の方から彼らに話を通しておくこともできるが)」
    「(お心遣い、感謝いたしますわ。ではそちらもお願いするとして……)」
     と、そこにハンが口を挟む。
    「(失礼ながら、国王陛下。よろしいでしょうか)」
    「(うむ?)」
    「(先程トロコフ尉官より伝えられたように、我々の部隊が乗っている船は現在、港の沖合に留まっております。
     この船の港への停泊許可、そして我々の上陸と、この街に滞在する許可をいただけないでしょうか)」
    「(きょ、許可であるか。そ、その、御上に伝えなければ、私からはどうとも……)」
     その回答に、ハンは――表情こそ出さないものの――げんなりした様子をにじませる。
    「(失礼を重ねるようですが、陛下。あなたがこの国の主でしょう? この国の中における裁量や権限はあなたに帰属し、あなたが最高決定権を有するものではないのですか?)」
    「(名目上は、確かにそれはその通りなのだが、『この世界』全体の決定権は御上にある。私の独断で勝手に決めては、御上から後で何を言われるか……。
     ともかく、御上に話を通し、許可を得られなければ、私からは何とも……。すまないが、しばらく海の上で滞在してもらうしか)」
    「(……承知しました)」
     それ以上の問答を諦め、ハンたちは王宮を後にした。

    琥珀暁・彼港伝 3

    2018.11.03.[Edit]
    神様たちの話、第156話。傀儡王。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. イサコたちの帰還が彼らの本隊、ユーグ王国軍に伝わってすぐ、ハンたち4人は王宮に招待された。「(よくぞ無事に戻ってきてくれた)」 ハンたちの前に、兵士や将官らより比較的質の良さそうな服をまとった、しかし、どこか頼り無さそうな短耳の男が現れる。「(ええと……、トロコフ尉官で良かったかな。成果はあったようであるな)」「(はい。南方...

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    神様たちの話、第157話。
    押すべきか、引くべきか。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     王宮を後にし、ハンたち4人は船へ戻る道中、今後について話し合っていた。
    「上陸許可が出ないことにはどうしようも無いですね。しばらくの間、海上で留まるしか無いでしょう」
     そう切り出したハンに、エリザが反論する。
    「なんでやねんな? 許可なんか、あっちの内々での話やないの。ここに入れへんっちゅうんやったら、別のトコに上陸して陣取ったらええだけやん」
    「しかし、それでは角が立つでしょう。我々は友好的にと……」
    「こっちが『仲良うしよなー』言うて手ぶらで近寄ったら、向こうが『ほんならこっちも』言うて気ぃ許すと思うんか? 向こうがめっちゃ好戦的なんははっきりしとるやろ。ボッコボコに殴られるんがオチや。
     そう言う相手やと最初っから分かっとるんや、こっちかて遠慮はいらんねん。あっちの許す、許さへんを基準にして行動する理由は無いし、こっちにはこっちの都合があるねんで?」
    「それは確かにそうですが……」
     ハンが渋る一方、クーは同意する。
    「わたくしは、エリザさんの仰る通りだと存じますわね。ハンの物の仰り方、まるで既に相手の配下にあるかのように感じました。
     わたくしたちの上に立つ者は父上、ゼロ・タイムズであって、ジーンではございませんわ」
    「俺は何も、そんなつもりで話していたわけじゃない。あくまで相手の立場をだな……」
    「そちらについても、エリザさんの仰る通りですわ。相手がわたくしたちを軽んじていると言うのに、こちらが尊重する理由がございますか?」
    「相手が尊重しないからと言って自分も尊重しないなんて理屈は、俺は採りたくない。
     出会った相手が野盗だったら、俺も士官であることを辞め、野盗になれって言うのか? それこそバカバカしい、幼稚な理屈だろう。相手がどんな人間であったにせよ、俺は一定以上の理解と敬意を示すつもりだ。
     とにかくこの遠征隊のリーダーは俺だ。相手の許可や寛容無しに、こっちの都合と利益だけで身勝手な行動を執ることは、俺が断じて許さない。よって現状はこの街から離れ、船上で相手の回答を待つことにする。
     それで問題ありますか、エリザさん?」
    「アンタがどーしてもそーしたいっちゅうんやったら、何も言わへんわな。イサコくんにしても、揉め事なんか起きて欲しくないやろしな」
    「ええ、そうしていただけると、大変助かります」
     イサコがうなずいたところで、ハンは話を切り上げようとする。
    「じゃあ、一旦船に戻ろう。相手から沙汰があるまでは……」「一応聞くけどもな」
     が、エリザが手を挙げ、こう尋ねてきた。
    「あっちが『上陸許可でけへんから帰ってー』言うてきたら、『あいよー』言うて引き返すんか? アホやろ、そんなん」
    「ええ、流石にそれは無いです」
     ハンはかぶりを振り、北の方に見える山々を指差す。
    「帰ったところで、問題は何も解決してないですからね。
     我々の本懐はこの地を訪れることではなく、ジーンに会い、平和的な関係を築くことですから」
    「ソレ聞いて安心したわ。ホンマにこのまんま帰ったら、ガキの使いも同然やからな」
    「大人ですからね。自分がなすべきことは、しっかり把握しています」
     そう言って、ハンはニヤ、と笑う。
     対するエリザも、「せやったね」と答えながら笑った。
    「何でやろな、アンタのコトを子供扱いしてまうんよ。ゴメンな」
    「構いませんよ。昔からの付き合いですし。それこそ、俺が小さい時から」
    「せやねぇ、アハハ……」
     二人して笑い合ったところで――突然ハンが表情を変え、「ん?」とうなった。
    「エリザさん」
    「どないした?」
    「前から兵士らしき人間が来ます。しかしユーグ王宮で見た兵士とは、装備が違います」
    「うん?」
     言われてエリザもクーたちも、ハンの向く方に目をやる。
     程無く、その兵士たちがハンたちの前で立ち止まった。

    琥珀暁・彼港伝 4

    2018.11.04.[Edit]
    神様たちの話、第157話。押すべきか、引くべきか。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 王宮を後にし、ハンたち4人は船へ戻る道中、今後について話し合っていた。「上陸許可が出ないことにはどうしようも無いですね。しばらくの間、海上で留まるしか無いでしょう」 そう切り出したハンに、エリザが反論する。「なんでやねんな? 許可なんか、あっちの内々での話やないの。ここに入れへんっちゅうんやったら、別のトコ...

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    神様たちの話、第158話。
    あしらい。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「(我々は帝国軍沿岸方面監視基地の者だ! お前らが南方から戻ってきた奴らだな!?)」
     兵士たちにいきなりまくし立てられ、流石のハンもむっとした表情を浮かべる。
    「(自分から名乗る礼儀は多少評価するが、一体何なんだ? 確かに俺たちは、あんたたちの言う南方からやって来たが)」
    「(うん? 言葉が分かるのか。案外、文明的なようだな。まあいい。我々に投降してもらおうか)」
    「(投降だと? まるで俺たちが犯罪者のような物言いだな。何の権限がある?)」
    「(権限? 奴隷が何を偉そうに!)」
     奴隷と聞き、イサコが顔を青くする一方、残る3人は一様に怒りをあらわにしていた。
    「(ち、違います! 彼らは……)」「黙っとき、イサコくん」「……は、はい」
     イサコとハンを押しのけ、エリザが前に出る。
    「(アンタら、港におった兵士から事情聞いてこっち駆けつけたクチか?)」
    「(そうだ。強行上陸を試みた痴れ者がいると聞いてな)」
    「(強行上陸? アタシらは『上がってええかー』てちゃんと聞いたし、ユーグ王国の人らから許可ももろたで。人の話はちゃんと聞かなアカンで)」
    「(はあ? 王国の許可だと? バカめ! この国の民にそんな権限があるものか!)」
     兵士は馬鹿にしたような目で、エリザをにらむ。
    「(全権限は我々帝国民にあるのだ! お前らも周りの奴らも、我々にとっては単なる奴隷に過ぎん!)」
    「(ほーぉ。そうかそうか、よぉ分かったわ)」
     エリザは魔杖を構えながら、その兵士に尋ねる。
    「(つまりこう言うワケやな、アンタら帝国の人間はアタシらの上陸許可も与えへんし、平和的な話し合いもする気無い。帝国人以外は人間扱いしたらへんぞ、と)」
    「(だったら何だ!?)」
     今度は兵士には答えず、ハンに尋ねる。
    「ハンくん、コイツらこんなコト言うてるけど、ソレでも大人しく従うか?
     連れてかれたら多分武器やら何やら全部取り上げられて裸にされて、めっちゃひどい目に遭うやろけど」
     ハンは渋るような顔をしていたが、やがて諦め気味に答えた。
    「……致し方無いですね。でも殺すのだけは、絶対にやめて下さいよ」
    「分かっとる。コイツら死んでもーたら、誰が戻って報告するんやっちゅう話やんか」
    「(おい、何をごちゃごちゃと……)」
     またも怒鳴ろうとしてきた兵士に向き直り、エリザは諭すようにこう返す。
    「(あのな? アンタらんトコには後で、改めてお邪魔する予定やさかい、今日のところは大人しく帰りいや)」
    「(何を言うかと思えば。バカも休み休み言え!)」
    「(帰りって)」
    「(くどい!)」
    「(こんだけ言うても分からへんか?)」
    「(分からんのは貴様らの方だ!)」
    「(言うて分からへん人には痛い目遭うてもらうで?)」
    「(はっ、そんなに言うなら見せてもらおうか!?)」
    「(言うたな)」
     次の瞬間、居丈高に怒鳴っていたその兵士が、3メートルほど後方に吹き飛ばされた。
    「(わあっ!?)」
    「(お、おい!?)」
     他の兵士が目を丸くし、飛んで行った兵士の方に振り向く。
    「ほら、アンタらもよそ見せんと」
     その隙にエリザが次弾を放ち、残った兵士たちも弾き飛ばす。
    「ひえっ……」「おわあっ……」「ぎゃ……」
     10人以上いた兵士たちが残らず転がされたところで、エリザが再度声をかける。
    「(何べんも言わすな。早よ帰れや)」
    「(……てっ、撤退~!)」
     先程までエリザを見下していた兵士たちは、慌ててその場から逃げ去っていった。
    「やれやれ」
     成り行きを眺めていたハンが、肩をすくめる。
    「これで我々に対する彼らの心象は、かなり悪いものになったでしょうね」
    「そしたら何や? あのまんま連れてかれた方が良かったか?」
    「そうは言ってません。ただ、この後のことを考えると」
    「なったもんはしゃあないやろ。なったらなったで、それに応じて考えたらええだけや。臨機応変やね」
    「……ま、そうですね」
     一行は街を後にし、再び船に戻った。

    琥珀暁・彼港伝 5

    2018.11.05.[Edit]
    神様たちの話、第158話。あしらい。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「(我々は帝国軍沿岸方面監視基地の者だ! お前らが南方から戻ってきた奴らだな!?)」 兵士たちにいきなりまくし立てられ、流石のハンもむっとした表情を浮かべる。「(自分から名乗る礼儀は多少評価するが、一体何なんだ? 確かに俺たちは、あんたたちの言う南方からやって来たが)」「(うん? 言葉が分かるのか。案外、文明的なようだな。...

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    神様たちの話、第159話。
    街の声。

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    6.
     王宮を訪ねて数日後、ハンはエリザを船内の自室に招いていた。
    「エリザさん。あなたにはっきり、言うべきことがあります」
     そう切り出し、自分をにらんできたハンに、エリザは「あーら」と返す。
    「どないしたん、そんな怖いカオして」
    「とぼけないで下さい。分かってるはずでしょう?」
    「ま、そろそろ呼ぶんちゃうやろかなーとは思てたけど」
    「では、はっきり確認させてもらいますよ。
     エリザさん、……港で商売してたでしょう?」
     ハンの質問に、エリザはあっけらかんと答える。
    「してたで。ボチボチやけど」
    「何考えてるんですか?」
     のらりくらりとしたエリザの返答に、ハンは声を荒げる。
    「まだ相手から何の回答も得られてないですし、帝国兵を撃退したことで、心象はかなり悪くなっているはずです。
     常識的に考えればこれ以上、こちらからの干渉はすべきでないでしょう?」
    「ほんなら聞くけどな」
     が、エリザはいつものようにニヤニヤ笑いながら、こう尋ね返す。
    「3ヶ月弱の航海で、船ん中の食料やら飲み水やら、ほぼほぼ無くなっとるわな? ドコからご飯、確保するねんな? あるトコからもらわなアカンやろ?
     でもアンタが『心象悪なっとる』言うてる相手に、『タダで食わしてんかー』て言い寄って、『えーよ』言うワケ無いやん? ほんならカネ稼いで買わな、どないもならんやん」
    「我々は船上にいるんですから、海から魚を穫れば……」
    「アンタなぁ、街の人からモノ買うたらアカン言う割に、街の人が使てる漁場は勝手に使てええっちゅうんか? 自分勝手すぎひんか、ソレ?」
    「う……」
     ハンはたじろぎかけるが、なおも強情を張ろうとする。
    「し、しかしですね、商売となれば、元手がいるでしょう? 何を売ってるんです? まさか船の備品を横流ししてたり……」
    「アホか」
     エリザは笑い飛ばし、自分の左腕を、右手でぺちぺちと叩いて見せた。
    「アタシの本職忘れとるやろ」
    「本職……? 魔術師でしょう? 何か芸でも見せてるとか?」
    「ちゃうわ」
     エリザは首に下げていたネックレスをつかみ、ハンの鼻先に掲げる。
    「宝飾屋やで。そら金属熔かすのんとかには、魔術使てるけどな。
     港の端で拾た貝殻やら綺麗な石やらを加工して、ペンダントやら指輪やらにして売ってんねん。あっちの女の子にめっちゃ人気出とるでー」
    「はぁ……」
     ハンは頭を抱え、椅子にうなだれる。
     と、それを眺めていたエリザが、フンと鼻を鳴らす。
    「干渉せんようにしとこ、傍観しとこかっちゅうのんも、場合によっては有効策やけどもな。向こうの状況も探らな、ホンマに有効な策なんちゅうのんは打ち出されへんで」
    「と言うと?」
     顔を上げたハンに、エリザは依然として笑みを崩さず、こう続ける。
    「アクセサリ売ってる片手間に、向こうのうわさやら評判やらを聞いとったんや。そしたらおもろいコトになってるみたいやで」
    「おもろいコト、……ですって?」
    「まずな、帝国さんの評判やけども、思った通り最低な感じやったね。
     しょっちゅう暴力沙汰起こしてはるし、あっちこっちの飯屋やら店屋で、タダ飯食うてタダ酒呑んでしとるらしいわ。本気で『帝国民以外は全員奴隷じゃ』思とるみたいやな。
     で、そんな帝国兵に喧嘩売ったアタシら、っちゅうかアタシやな、えらい人気みたいでな。普通、店開いてすぐなんて、客が来おへんやろ? アンタの言うように、心象悪いっちゅうんなら尚更や。
     せやのに開いたその日、いや、開く前からな、老若男女問わず『今度は何しはるんですかー』言うて囲まれてしもたんよ。めっちゃ期待の目ぇで見つめられてな」
    「大層な自慢ですね」
     ハンが皮肉を挟むが、エリザは構わず続ける。
    「そう言う感じやから、正直アタシが聞かんでも、向こうからアレやコレや教えてくれるんよ。……ま、話戻すけどもな。
     今な、アタシらのコト、うわさになっとんねん。『帝国に反旗を翻す人らが来はった』言うてな」
    「反旗を翻す、……ですって?」
    「せや。さっき言うたようにな、帝国の人らはこの辺りの人らに、ごっつ評判悪いねん。
     アンタが言う『心象の悪さ』も、帝国の人はともかく、ココら辺の人らには当てはまらへんやろな」
    「ふむ……」
    「ソコでや」
     エリザはピン、と人差し指を立て、こんな提案をした。
    「もし今後、この国の人らがアタシたちに『助けてー』言うてきたら、全面的に乗っかってみたらどないや?」
    「乗っかる、……と言うと?」
    「アタシらが前面に立って、帝国とガチで戦うっちゅう話や」
    「そんなこと、できるはずが無いでしょう!?」
     ハンは顔をしかめ、再度声を荒げて否定した。

    琥珀暁・彼港伝 6

    2018.11.06.[Edit]
    神様たちの話、第159話。街の声。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 王宮を訪ねて数日後、ハンはエリザを船内の自室に招いていた。「エリザさん。あなたにはっきり、言うべきことがあります」 そう切り出し、自分をにらんできたハンに、エリザは「あーら」と返す。「どないしたん、そんな怖いカオして」「とぼけないで下さい。分かってるはずでしょう?」「ま、そろそろ呼ぶんちゃうやろかなーとは思てたけど」「では...

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    神様たちの話、第160話。
    戦争宣伝戦略・クラシック。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     ハンに提案を真っ向から否定されるが、エリザは声を荒げたりせず、やんわり尋ねる。
    「そないがーがーわめいてアカンアカン言わんときいや。なんでやな?」
    「確かに帝国兵の態度は横柄そのものでしたし、俺自身も少なからず、不快な思いをしました。エリザさんがうかがったと言うこの国の情況も、十分に納得行くものがありますし、かつ、同情すべき点があることは、大いに認めます。
     ですが、我々はそもそも話し合いに来たんです。侵略をしに来たわけじゃありません」
    「そう言うたかて、向こうが攻めに来るかも知れへんやろ。何せ、『心象が悪い』やからな」
    「それは……、確かに考慮すべき点ではあります。好戦的なことを考えれば、十分に有り得るでしょう。
     それに関しては、積極的に迎撃した方がいいと言うことは認めます。ノースポートでのこともありますからね」
    「せやな」
    「ただ、勝つにせよ負けるにせよ、その後の関係はどうしようも無く悪化するでしょうね。所期の目的は達成できそうにありません」
    「その点はしゃあないな」
     そう返したエリザを、ハンがにらみつけた。
    「関係悪化の初手を打ったのは誰なんですか」
    「アタシやね」
     一方のエリザも、姿勢を崩さない。
    「せやけどな、あの状況で他にやりようあったか? 仮にハンくんが相手したとて、結果は一緒やったやろ?」
    「……否定し切れませんね。あの時は俺もかなりムッと来てましたし、乱暴な手段に出ていたかも知れません」
    「他の二人は、そもそも手ぇ出されへんかったやろしな。結局、ああなるしか無かったんや」
    「そうですね。……すみません」
     ハンが素直に頭を下げ、エリザも肩をすくめて返す。
    「ほんならや、アタシが提案した策はどないや? ユーグ王国の人らの期待を背負って立つんやったらソレが大義名分にもなるし、少なくともこの国とアタシらとで友好関係を結べるやろ?」
    「だからそれは駄目です」
     話が振り出しに戻り、ハンもエリザも互いににらみ合う。
    「なんでやねん」
    「大義名分であるとか正当性だとか、そう言う点については納得できる面はあります。
     ですが物理的、物量的な問題があります。現状で戦闘に入ったら、我々の側が圧倒的に不利です」
    「つまり正面切って戦うには、兵隊も軍事物資もあらへんて言いたいワケやな」
    「何度も言いますが、俺たちは元々、話し合いをするためにやって来た遠征隊ですからね。勿論、相手が好戦的であることを考慮して、最低限の応戦ができる程度の人員と装備は揃えていますが、本格的に事を構えるとなると、すぐ底を突くでしょう」
    「せやな。ただ――多少甘めの予測やけども――緒戦はそんなに苦戦もせえへんのちゃうやろか」
     エリザの意見に、ハンは首を傾げた。
    「何故です?」
    「アタシらは600人で海越えて来たけども、相手さんはどないやった?」
    「50人、いや、出港時は100人だったと聞いてますね。……ふむ」
     一瞬考える様子を見せ、ハンはこう続ける。
    「つまり戦力の逐次投入、小出しに兵を送ってくる可能性が高いと?」
    「言うてはったやろ、イサコくんらは『海に流された』って。
     つまり帝国さんにとって死んでもええような人間を、杜撰(ずさん)で無茶な計画にぽいっと放り込みよったっちゅう話やん?
     ソコに、帝国さんの性格が出とると思わへんか?」
    「なるほど、仮に投入した部隊が全滅するほどの被害が出たとしても、帝国本軍にまでは被害が及ばないような編成にするだろう、と言うことですか」
    「そう言うコトや。多分2、3回送り込んで、その都度アタシらが全滅させたとしても、帝国さんはまともに兵員を送りよらんやろな。
     せやけども、事情を知らん人らからしたら、中身がどんなんでも、ソレは『帝国軍』や思て一まとめにされるわな?」
    「でしょうね」
    「ほんで、ココからがアタシの策になるんやけどな」
     そう前置きして、エリザはハンに詰め寄った。
    「イサコくんから聞いたやろ、『この世界』には帝国を除いて、9つの国があるって」
    「ええ、そう言ってましたね」
    「アタシらとユーグ王国が結託したとして、ほんで帝国の人らを二度も三度もボッコボコにしたったとして、そして更に、その評判がソコら辺の国に広まったとしたら?」
    「かなりの衝撃を与えるでしょうね。元々帝国によって虐げられていた人たちでしょうから、今のユーグ王国のように、我々に何かしら期待を抱くかも知れません。
     つまりエリザさんの目論見は、ユーグ王国と結託した上で、相手が本気を出そうとしていない緒戦で勝利し、それを近隣に喧伝。こちらが有利であるように見せた上で、共に戦う者をこの地で募り、集めることで、最終的に帝国を圧倒しよう、……と言うことですね?」
    「大正解。コレなら序盤は600人で事足りるし、勝てば勝つだけ人が集まる。帝国さんはジリ貧になるっちゅうワケや。
     ま、コレは相当楽観的な話になるけどな。そもそも帝国さんがどんだけけしかけて来るかで話が変わってくるしな」
    「寡兵であることを願うしかないですね」
     ハンはため息交じりに、ぼそ、とつぶやいた。
    「戦うしか無い、か。陛下が嘆かれるな……」
    「ま、アタシが話するさかい、心配せんで」
    「……説得力があると思ってるんですか、その言葉?」

    琥珀暁・彼港伝 7

    2018.11.07.[Edit]
    神様たちの話、第160話。戦争宣伝戦略・クラシック。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. ハンに提案を真っ向から否定されるが、エリザは声を荒げたりせず、やんわり尋ねる。「そないがーがーわめいてアカンアカン言わんときいや。なんでやな?」「確かに帝国兵の態度は横柄そのものでしたし、俺自身も少なからず、不快な思いをしました。エリザさんがうかがったと言うこの国の情況も、十分に納得行くものがありますし、...

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    神様たちの話、第161話。
    緊迫する情況。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     戦闘の懸念があることを「魔術頭巾」による通信でゼロに伝えたところ、ハンの予想通り、彼は憂鬱そうな声でこう答えてきた。
    《どうしても?》
    「どないしてもですわ」
    《そうか……。
     いや、事情はたった今ハンから聞いた通りだし、なるべくしてなってしまったと言うことは、十分納得してるよ。
     ただ、どうしても穏便に済ませたかったんだけどな、って》
    「自分も同意見であります。今回の件に関してはあくまで拠点防衛に留めるとし……」「ちょい待ち」
     ハンが応答しているところに、エリザが口を挟む。
    「はっきり言うときますけどな、アタシは積極的に行くべきやろと思とるんです」
    《どうして?》
    「ハンくん今、拠点防衛のみやっちゅうたけども、その『拠点』ちゅうのんはどこや?」
    「この船でしょう。陸上に降りるような許可は得ていませんから」
    「アンタ、戦場がココだけで済むと思とるん?」
    「……」
     ハンは苦い顔で、歯切れ悪く答える。
    「それは、まあ……。確かに船までの進行ルートを考えれば、テプロイモア市街や港に被害が及ぶ可能性は、少なくないでしょうね」
    「そうやな? 考えたらすぐ分かるコトや。実際に帝国さんが攻めて来よったら、街の皆がとばっちり食らうん、誰でも分かるやんな?
     でもアンタ、自分らがやるのんは拠点防衛のみや、船さえ無事やったら街が丸焦げになってもええっちゅうてるやんな?」
    「そんなことは言ってません。……訂正します。街の人間に被害が及ばない範囲までは、防衛に努めます」
    《だけど、それはユーグ王国の国防体制、ひいては王国の立場をないがしろにすることになる。国王もいい顔をしないだろう。
     そもそも僕たちの都合で戦闘が起こるんだ。彼らにしてみれば、いい迷惑以外の何物でも無い。現時点で既に、彼らに深く干渉してしまっているんだ。
     その上でまだ、『自分たちはあなたたちに干渉しない』なんて消極的な姿勢を執っていては、非人情的で厚顔無恥な人間だと思われるだろう。そうなれば今後我々に、有効的に接してくれることは無くなってしまうだろうね。
     恐らくエリザ、君もそう言う考えだと思うけど、どうかな?》
    「ええ、その通りですわ。もう既にこの時点で、アタシらはこの国、ユーグ王国に不可逆的な干渉を行ってしもてると考えてええでしょう。っちゅうか、陸を踏んだ時点で干渉してへんワケが無いですわ。
     せやから『極力接触を避けて』っちゅうような態度は、もうアカンでしょう。そんなんしとったら、相手からむしろ非難されてしまいますわ」
    《うん、僕もそう思う。現状で執るべきは積極策だ。
     再度国王に謁見し、協力と互助関係を結べるように話し合うべきだろう。それをしなければユーグ王国は、ただただ戦火にさらされるだけになってしまうだろうからね。それよりも関係を築き、合同で防衛に当たった方が、被害はずっと少なくなるだろうし、今後の北方との関係構築にとって、足がかりが得られる。
     戦闘を許可しよう。ただし現時点では、ユーグ王国防衛についてのみだ。そしてこの情況と我々の対応についてユーグ王国側に通達し、再度話し合いを行ってくれ》
    「拝命いたしました」
     緊張をにじませた声で、ハンが答えた。

     その日の内にハンたちは、再度ユーグ王国国王に謁見を願い出た。ところが――。
    「門前払いと言うことか」
    「ええ」
     遣いに出たイサコから、国王がハンたちとの話し合いを拒否する旨が伝えられたのである。
    「やはり先日の一件が響いているのだろう。陛下は私にも会われず、伝言だけを宮殿前で伝えられる始末であった。ほとんど追い返されたようなものだ」
    「あらら」
     これを受け、エリザはのんきな声を出していたが、一方のハンは頭を抱えている。
    「どうします? 王国側がこれでは、到底防衛には……」
    「ソレはソレで、やりようはあるわ」
     エリザは胸元から煙管を取り出そうとしかけたが、ハンの目に気付き、手を膝に戻す。
    「ま、ソコら辺はアタシに任しとき。4、5日あればどうとでもでけるわ」
    「4、5日ですと? 会えもしない状態であるのに、一体どうやって……?」
    「んふふ」
     エリザはもう一度胸元に手を入れ、煙管を取り出しつつ、立ち上がった。
    「煙草吸うて来るわ。ま、気長に待っとき」

    琥珀暁・彼港伝 終

    琥珀暁・彼港伝 8

    2018.11.08.[Edit]
    神様たちの話、第161話。緊迫する情況。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 戦闘の懸念があることを「魔術頭巾」による通信でゼロに伝えたところ、ハンの予想通り、彼は憂鬱そうな声でこう答えてきた。《どうしても?》「どないしてもですわ」《そうか……。 いや、事情はたった今ハンから聞いた通りだし、なるべくしてなってしまったと言うことは、十分納得してるよ。 ただ、どうしても穏便に済ませたかったんだけどな...

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    神様たちの話、第162話。
    古代の為替観。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「副隊長のエリザが自ら港へ赴き、商いをしている」と言う話は既に船内でうわさになっていたし、さらにそのエリザから「ずーっと船ん中やと皆、体調崩してまうで」とハンに働きかけ、港や市街への出入りに対する規制を緩めさせていたこともあって、港にはちらほらと、遠征隊の姿が見られるようになっていた。
    「これ、ホントに今、エリザさんが作ったんですかー?」
     店先に並ぶ貝殻のネックレスを手に取ったマリアに、エリザはうんうんとうなずいて返す。
    「せやでー。できたてホヤホヤや」
    「かわいー」
     目をキラキラさせてアクセサリを眺めているマリアに、エリザがニヤニヤ笑いながら尋ねる。
    「買うか?」
    「いくらですー?」
    「こっちの通貨やと25デニー、クラムやと20」
    「やっす!?」
     一転、マリアは目を丸くする。
    「元手タダやもん」
    「な、なるほどー。……こっちの指輪は?」
    「そっちは25クラムか30デニーで」
    「儲かります、そんなんで?」
    「元手タダやもん」
    「ちなみに一日、どれくらい稼いでるんですか?」
    「クラムで800くらい。デニーで換算したら、多分1000行くんちゃうかな」
    「かんさん?」
     きょとんとするマリアに、エリザが耳打ちする。
    「こっちでちっさい魚一匹、7デニーか8デニーくらいやってんけどな、ノースポートやと同じ大きさで5クラムやってん。
     アタシがちっちゃい時も、山の南と北でカネ自体も使う量も違てたもんやし、こっちでも分けといた方がええやろな、と思てな」
    「へー……?」
     要領を得なさそうなマリアに、エリザは肩をすくめる。
    「ほら、クラムとデニー、ちょと重さ違うやろ? 1まとまりの量がちゃうねん。ほな、まとまっとる大きさに合わせて、額も変えとかな不公平やん」
    「……あー、なるほど」
     マリアはうなずきつつ、腰に着けていたバッグから両方の銅貨を取り出して、重さを比べる。
    「あ、ホントだ。デニーの方が重たいんですね。
     ……あれ? でも今、エリザさんが言ってた感じだと、……えーと、おさかな1匹5クラムと8デニーでしたっけ」
    「大体な」
    「って言うことはー、えーと、クラムの方が少ない枚数で買えるってことでー、それだと、クラムの方が多くならないと、おかしいんじゃないですか?」
    「ちょと調べてみたらな、デニーの中身、ほとんど鉛やねん。銅や銀は表面にぺらーっと乗っとる程度で」
    「え、そうなんですか?」
    「クラムの方も純粋な銅や銀やないけども、ほんでも純度はこっちの方がええねん。
     そうなると、今後アタシらがクラム仰山持ってきたら、あっちゅう間にデニー、使われへんようになるやろな」
    「どうしてです?」
    「アンタ、『コレは銀塊ですー』言うて鉛の塊渡されたら、ハラ立つやろ?」
    「そりゃまあ。うそ、嫌ですもん」
     うなずくマリアの鼻先に、エリザはデニー銅貨を掲げる。
    「ココの人らはソレやられとんねん。この鉛の塊を『銅ですー、銀ですー』言うてつかまされとるんよ。
     で、ソコに純度の高いアタシらのおカネや。ホンマもんの銀とニセもんの銀やったら、どっちがほしいと思うやろな?」
    「なーるほど」
    「……てか」
     エリザがそこで、いぶかしげな声を漏らす。
    「アンタ、ドコでデニーもろたん?」
    「港で街の人のお手伝いしてたら、『ありがとう、お駄賃だよ』って」
    「アハハ……」
     エリザは笑い出し、辺りを見回す。
    「他にもそう言う子いそうやな。シモン部隊は人のええのんが仰山おるからな」
    「ですねー」
    「ま、ハンくん自身はごっつ苦い顔しとるやろけど」
    「あはは……」

     エリザの予想通り――丁度その頃、ハンは苦々しい気持ちで、港の様子を単眼鏡で眺めていた。
    (あっちにも、こっちにも、遠征隊の奴らがうろうろしている……。
     まったく……! エリザさんには本当に困らせられる。放っておけばどんどん、規律が緩んでいってしまう。『この世界』にとって俺たちは、初めて出会う『別世界の』人間なんだ。俺たちの行動一つひとつで、『海の向こうにいる人間はこんな奴なのか』と思われるんだぞ? それなのに――エリザさんみたいにいい加減でデタラメな人が港に顔を出したりなんかしていたら、俺たち全員、『そう言う奴』だと思われるじゃないか!?
     ……勘弁してほしいよ、本当に。俺はそうじゃないんだって)
     それ以上港の様子を見る気にならず、ハンは単眼鏡をしまい、船内に降りていった。

    琥珀暁・衝北伝 1

    2018.11.10.[Edit]
    神様たちの話、第162話。古代の為替観。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「副隊長のエリザが自ら港へ赴き、商いをしている」と言う話は既に船内でうわさになっていたし、さらにそのエリザから「ずーっと船ん中やと皆、体調崩してまうで」とハンに働きかけ、港や市街への出入りに対する規制を緩めさせていたこともあって、港にはちらほらと、遠征隊の姿が見られるようになっていた。「これ、ホントに今、エリザさんが作...

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    神様たちの話、第163話。
    凸凹問答。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     その日も小袋一杯にデニーを稼ぎ、エリザが戻ってきたところで、ハンが彼女のところへ詰め寄ってきた。
    「お話があります」
    「なんや?」
    「ここでは何ですから、俺の部屋に」
    「ココでええやろ? アンタがしたい話ちゅうのんはどうせ、2つしかあらへんからな」
    「何ですって?」
    「『遠征隊の規律がどうのこうの』か、『迎撃策はどないや』のどっちかやろ? どっちも陰でコソコソ言う必要は無いと思うけどな」
     剣呑じみたエリザの言葉に、ハンのまなじりが尖ってくる。
    「そんなに皆の面前で、俺に怒られたいんですか?」
    「そんなコトあるかいな」
     エリザは辺りを見回し、遠巻きに見守っている兵士たちに声をかける。
    「みんな、ちょとこっち来ー」
    「え?」
     面食らった様子のハンをよそに、皆が集まってくる。
    「アタシから、ちょと周知あるから」
    「周知?」
     尋ねるハンには答えず、エリザはこう続けた。
    「明日辺りな、帝国軍さんら攻めてきはるで」
    「は!?」
     エリザからの突然の報告に、ハンはぎょっとしている。
    「待って下さい、エリザさん。一体……」「とりあえず続き聞き」
     そんなハンを制して、エリザは話し始めた。
    「今日、街の人らがうわさしとったんやけどもな。街の外れでちょいちょい、帝国兵さんらが目撃されとるらしいんよ。どうも斥候(せっこう:敵や地形などの状況を確認・監視する兵士のこと)やろな。
     ちゅうコトは近い内、攻めて来はるっちゅうコトや」
    「対策は済んだんですか? 『5日で国王を説得する』と言っていましたが」
    「そんなん言うてへんよ」
     そう返され、ハンは唖然とした表情を浮かべる。
    「何ですって? エリザさん、はっきり言っていたじゃないですか!?」
    「人の話はちゃんと聞かなアカンで」
     エリザはフン、と鼻を鳴らし、ハンの鼻に人差し指をちょこんと当てる。
    「アタシが言うたんは『5日あればどうとでもでける』や。あんなしょぼくれたおっさんと話する気ぃなんか、ハナっから無いわ」
    「国王と話さず、どうやってこの国の軍を動かすんです?」
    「軍も放っとき」
    「……わけが分かりません」
     ハンはエリザに詰め寄り、苛立たしげに尋ねる。
    「まさか俺たちだけで勝手に防衛するなんて言いませんよね!? そんなことをすればどうなるか、話し合ったはずですよね!?」
    「分かっとるよ。ちゃんとみんなに助けてもらうつもりしとる」
    「みんなですって? たった今、軍には助けを求めないと言ったばかりじゃないですか!?」
    「言うたよ?」
    「めちゃくちゃだ!」
     ハンは顔を真っ赤にし、いよいよ怒鳴り出す。
    「こんな数秒の間に、言うことがコロコロと変わるなんて! いい加減にも程があります! あなたは頭が、……頭がおかしいとしか思えない!」
     続いて剣を抜き、エリザに向けた。
    「あなたの権限をこの場で奪わせてもらいます! あなたは狂ってる! 到底、副隊長の任を全うできる状態じゃない!」
    「言いたいコトはソレで全部か? 人の話聞かんと、よーもまあ、そんな人を罵りよって」
     一方、エリザはいつも通りの、ひょうひょうとした態度を崩さない。
    「アタシは何にも、矛盾したコトは一つも言うてへんで? アンタがカタいアタマで勝手な推察立てて、物事を変な方向に決め込んどるだけや」
    「黙れ、狂人ッ!」
     ハンは一歩間合いを詰め、エリザの鼻先に剣の先を付ける。
    「もう一言もしゃべるな!」
    「アホ」
     次の瞬間――ぱちん、と何かが破裂したような音と共に、ハンは剣を放り出し、その場に尻餅を付いていた。
    「な……な?」
    「ぎゃーぎゃーうるさいわ。ちょと黙っとき」
    「い……った……い、なに……を?」
     その場で伸びたままのハンに、エリザは優しく声をかける。
    「ちょとしびれさせたんや。黙れ黙れ言うてる割にアンタ、めっちゃうるさかったし」
    「う……ぐ……」
     その言葉に抗おうとしているらしく、ハンはぶるぶると手や足を震わせているが、立ち上がれそうな様子は全く見られない。
     そんなハンに構わず、エリザは話を始めた。
    「ほな、アタシの策についてちゃんと説明するからな。大人しく聞いときや」

    琥珀暁・衝北伝 2

    2018.11.11.[Edit]
    神様たちの話、第163話。凸凹問答。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. その日も小袋一杯にデニーを稼ぎ、エリザが戻ってきたところで、ハンが彼女のところへ詰め寄ってきた。「お話があります」「なんや?」「ここでは何ですから、俺の部屋に」「ココでええやろ? アンタがしたい話ちゅうのんはどうせ、2つしかあらへんからな」「何ですって?」「『遠征隊の規律がどうのこうの』か、『迎撃策はどないや』のどっちか...

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    神様たちの話、第164話。
    隔岸観火。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エリザは甲板を歩き回りながら、自分が仕掛けた策略について説明し始めた。
    「ま、ハンくんだけやなく、クーちゃんとイサコくんも見てたから分かると思うけども、あの王様、頼りないにも程があったやろ?」
    「仰る通りですわね」
     いつの間にかハンの側に来ていたクーの返答にうんうんとうなずきつつ、エリザはこう続ける。
    「あーゆーのんは大抵、権力に媚びてへつらいおもねる系の奴や。ほぼ間違い無く、アタシらが何言うたかて、『帝国がー』『ジーン陛下がー』言うて、協力なんかせえへん。ソレどころか陰に日向に帝国側へ協力し、アタシらにちょっかいかけよるやろな。折角の『見せ場』なワケやし」
    「見せ場?」
     クーに助けてもらいつつ、どうにか立ち上がったハンに、エリザがこう返す。
    「帝国本拠地から遠く離れた辺境の土地を押し付けられて、シケた日々を送っとった奴んトコに、突然異邦人が現れたんやで? 敵とみなして攻撃するには丁度ええやん。まさか街の人らを理由も無くしばくワケにも行かんしな。しかもソイツら揉め事起こして、帝国に反旗を翻す輩やってうわさや。
     ソレをボッコボコにしたったら、自分を売り込むええ宣伝になるやろ?」
    「なるほど」
    「そう言う奴を説得して協力させる約束取り付けたところで、ドコかで裏切るんがオチや。そーゆーコトを考えたら、王様の説得なんかやる意味あらへん。
     ただ、王様はそんなんでも、街のみんなはそんな思てへんはずや。むしろ帝国さんらのコトは、うっとおしゅうて敵わんやろ」
    「以前に『街の人間は帝国に反感を持っている』と言っていましたからね」
    「ソレや。元から評判悪い上に、アタシら目がけて攻めてきよるんも目に見えとる。いざ攻めてきたら、どんなとばっちり食うか分からんっちゅう話やん。その上、ココ数日仲良うしとったアタシや遠征隊のみんなと敵対するっちゅうんやったら、どっちの側に付きたくなるやろな」
    「まさか、それを見込んで規制を緩めさせたんですか?」
    「ちょっとはな。ま、ホンマに『ずーっと船ん中はしんどいやろ』っちゅう図らいはあったで。
     そう言うワケやから、いわゆる民意はアタシら側に傾いとる。その上で、ただ威張ってるだけで能無しのパチモン王が『遠征隊と戦う』なんて命令してきよったら、みんな『やってられるかボケ』と思うわな」
    「なるほど。しかし……」
     ハンは港に目を向けつつ、首をかしげる。
    「情況が押し迫っている現在、民意を獲得したとしても、あまり意味が無いのでは? 平時であれば民意を汲み、政治方針を変えると言うようなこともあるでしょうが、明日にでも帝国が来ると言うような現状で、国王がそう簡単に、帝国と敵対するよう方針を変えるとは思えませんが」
    「あんな王様がなんやっちゅうのん?」
     エリザはニヤニヤ笑いながら、肩をすくめて返す。
    「何か偉業を成したワケでもなく、その偉人の血を引いとるワケでもない、ただジーンの命令で居座っとるだけのヤツが『俺は王様やー、みんな平伏せー』ちゅうたかて、何で素直に平伏さなアカンねんや。街の人らにしても、普段からみんなそう思とるみたいやしな。そら言うコト聞いとかへんと帝国軍から報復されるかも知れへんから、いつもやったら素直に従うやろけども。
     ただ、今はその『いつも』やない。アタシらがいとる。公衆の面前で帝国兵をブッ飛ばしたったアタシらがな」
     エリザの説明に、ハンは顔を青ざめさせた。
    「つまりエリザさん、あなたは街の人間によって、反乱を起こさせようとしてるんですか!? 我々を実質的な後ろ楯にさせて!」
    「ま、そう言うコトやな。明日には帝国軍が来るやろなってトコやから、事態が動くなら今やろ」
     そう言って、エリザが口角を上げ、ニヤリと悪辣な笑みを浮かべると同時に――港から戻ってきた小舟から、遠征隊の兵士たちが大慌てで駆け上がってきた。
    「たっ、隊長! 大変です! 街が……」
    「どうした!?」
     尋ねたハンに、兵士らは目を白黒させながら、しどろもどろに説明する。
    「あの、ユーグ国王から、その、つい先程、公布が、その、我々を排除すべしと、でも、街の人間は、何と言うか、反発と言いますか」
    「落ち着き」
     エリザは彼に近付き、ぽんぽんと頭を撫でる。
    「まず、国王さんがアタシらを追い出そうとしたんやね?」
    「は、はい」
    「でも街の人たち、『そんなんムチャクチャやー』言うて反対しとるんやね?」
    「そ、そうです」
    「ほな今、街では大騒ぎなんやね」
    「仰る通りです。ただ、王国の大多数、その、王国軍も含めた、大多数が……」「うんうん、よお分かった」
     説明しかけた兵士をさえぎり、エリザが先読みする。
    「国王さんの側に付いとるはずの王国軍も『やってられるかー』言うて反発して、国王さんを襲っとるんか?」
    「はい」
    「なっ……」
     報告を聞き、ハンは再度青ざめる。対照的に、エリザはニコニコと笑っていた。
    「ほないっぺん、街の方に行ってみよか。こないだ行ったアタシら4人で」

    琥珀暁・衝北伝 3

    2018.11.12.[Edit]
    神様たちの話、第164話。隔岸観火。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. エリザは甲板を歩き回りながら、自分が仕掛けた策略について説明し始めた。「ま、ハンくんだけやなく、クーちゃんとイサコくんも見てたから分かると思うけども、あの王様、頼りないにも程があったやろ?」「仰る通りですわね」 いつの間にかハンの側に来ていたクーの返答にうんうんとうなずきつつ、エリザはこう続ける。「あーゆーのんは大抵、権...

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    神様たちの話、第165話。
    この策は最良か、最低か?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ハンたちが王宮に到着した頃には既に、騒ぎは沈静化しつつあった。
    「(あっ、『狐』の女将さん!)」
    「(ん? アタシか?)」
     街の人間がエリザに気付き、嬉しそうに声をかけてくる。
    「(ちょうど良かった、皆でどうしようかって話してたんだよ)」
    「(どないしたん?)」
    「(いやさ、王様があんたたちを殺せなんて言い出すもんだから、俺たち全員抗議したんだよ)」「(そしたらあのアホ王、『従わないならお前らも殺すぞ』って)」
    「(ふざけんなっつって俺たち、王宮に乗り込んだらさ、王国軍にいた奴らも同じ気持ちだったみたいで、俺たちじゃなく、王様に襲いかかってたんだ)」
    「(王様はどないやのん? まだ生きとる?)」
     そう尋ねたエリザに、彼らは一様に首を横に振った。
    「(メッタ刺しにされて死んだみたいだぜ)」
    「(今までのうっぷんとかあったもんなぁ)」
    「(うんうん、分かる分かる)」
    「(いっつも『御上が』『帝国が』って威張り散らして、うっとおしかったもんな)」
     街の者たちと話しつつ王宮内を回り、ハンたちは状況を確認する。
    「国王一人が一方的に追い回されただけ、って感じだな。壁や床に目立った傷は無いし、調度品なんかも壊れてない。
     人一人死んだのは確かだが、それを除けば平和的に収まったらしい」
    「しかし、これからどうすれば?」
     尋ねたイサコに、ハンが「うん?」と返す。
    「曲がりなりにもこの国を治めていた国王が殺されたことで、この地の統治が崩壊してしまったことは明白。このまま放っておけば、国は瓦解してしまうだろう。これから来るであろう帝国軍への対応も、それを凌いだ後の統治も、誰が指揮を執ればいいのか……」
    「んー」
     と、街の者たちと話しつつ、左の狐耳だけをピコピコとハンたちに傾けていたエリザが、二人に向き直る。
    「ほな公布しよか」
    「はい?」
     エリザの提案に、ハンもイサコも同時に首をかしげる。
    「何をです?」
    「この国は暫定的に、アタシらが指揮を執る。ソレで納得するやろし、騒ぎも収まるやろ」
    「ちょ、ちょっと待って下さい!」
     当然、ハンは目を白黒させながら、それに抗弁する。
    「それではまるで、我々が街の者に国王を襲わせ、その混乱に乗じて占領したようなものじゃないですか!」
    「『まるで』? そのまんまやん」
    「お、俺たちは平和的に、この国と交渉することを目的に、やって来たんですよ!? それを『占領した』などと認めれば、我々は単なる野蛮人になってしまいます!」
    「ほなコレからどないするん? 国王さんも死んで、今にも帝国さんが来はるっちゅう切羽詰まった状況でみんなを放っといて、アタシらだけ帰るんか?
     そっちの方がよっぽど人でなしやろ」
    「結果論じゃないですか! そもそもそうなったのは……!」
    「アタシのせいやっちゅうんか? けどもな、元々帝国さんがえばっとったコト、国王さんがソレを笠に着とったコト、どっちも街の人にえらい迷惑かけとって、ソレでみんなが『誰か何とかして』と思うてたんは別のコトやで。
     アタシはみんなを助けたに過ぎひん。アンタ、『助けて』言われて『嫌や』って言うか?」
    「そんなのは詭弁だ!」
     ハンは怒鳴り、エリザの胸ぐらをつかんでいた。
    「どうしてあなたは、平和的に事を収めようとしないんですかッ!? あなたの頭脳なら、できたはずでしょう!?」
    「コレがアタシの考える、最良かつ最速の方法や。めっちゃ平和的やんか」
     ハンの手を取り、エリザはこう返した。
    「今までに出た被害は何や? 皆からごっつ嫌われとった、いけ好かん王様一人だけや。他の方法執っとったら、もっと被害が出とったやろな。ソレが街の人らかアタシらか、ソレは断言でけんけども」
    「……~っ」
     ハンはそれ以上何も言わず、エリザから手を放して、背を向けてしまった。
     一方、エリザは何事も無かったかのように、クーに手招きする。
    「公布する役はアンタが適任やろ。お姫様やし。ちょと公布の内容、考えよか」
    「はっ、はい」
    「ソレからイサコくん、アンタもこっち来。アンタにもやってもらうコトあるから」
    「私ですか?」
    「ほなな、……で、……っちゅう感じでな、……や」
     その後、エリザたちは10分ほど話し込んでいたが、その間ずっと、ハンは背を向けたままだった。

    琥珀暁・衝北伝 4

    2018.11.13.[Edit]
    神様たちの話、第165話。この策は最良か、最低か?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ハンたちが王宮に到着した頃には既に、騒ぎは沈静化しつつあった。「(あっ、『狐』の女将さん!)」「(ん? アタシか?)」 街の人間がエリザに気付き、嬉しそうに声をかけてくる。「(ちょうど良かった、皆でどうしようかって話してたんだよ)」「(どないしたん?)」「(いやさ、王様があんたたちを殺せなんて言い出すもんだ...

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    神様たちの話、第166話。
    王国掌握。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ホープ島でハンが予想していた通り、北の大陸における日没は早く、クロスセントラルでは昼下がりに当たる時刻だった。
     その日没時になって、王宮のバルコニーからハンたち4人が姿を現した。
    「(みんな、集まっとるかー?)」
     まず、エリザが口を開き、眼下に広がる民衆を見渡す。
    「(集まっとるな。ほな今から、色々伝えるさかい。よー聞いてな)」
     エリザが一歩引き、代わってクーが話し始めた。
    「(本日の昼、先王がわたくしたちハンニバル・シモン遠征隊に対し、討伐命令を下しました。ですが民意に沿わない命令であったため、国王軍全軍が不服従。反旗を翻し、先王を討伐いたしました)」
     既にこの事実は知れ渡っているらしく、これについては、民衆の反応は無かった。
     しかし次のことが伝えられた途端、ざわざわと騒ぐ声が、あちこちから響いてくる。
    「(そのため、新たな指導者を選出する必要が生じました。これについてわたくしたちは、帝国外洋調査隊隊長、イサコ・トロコフ尉官を推挙いたします。
     現在、情況は差し迫っております。早ければ今晩、ないし明日には、帝国軍がわたくしたち遠征隊に向けて兵を差し向けるとの情報を得ており、まずは可及的速やかに、その対策を定めねばなりません。それ故の独断です)」
     続いて、騒然とする民衆を制するように、エリザが発言する。
    「(びっくりするんは分かるけども、もうちょい聞いてな。
     戦い自体はアタシらが引き受けるつもりやさかい、安心してな。何ちゅうても、アタシらが原因やからね。みんなにそんな迷惑かけられへんもん。せやからアタシら遠征隊を一旦、船から街の方に移らせてほしいんよ。準備やら何やらせなアカンからな。
     誓って言うけども、街には被害を出させへん。アタシらに任せてもらう限りは)」
     エリザの言葉を、ハンは懐疑的に聞いていた。
    (『任せてもらう限りは』? 色々解釈できるが……、恐らく『任せる』の範囲がとてつもなく広いんだろう。さっきクーに言わせた『トロコフ尉官を指導者にする』も、その『任せる』の範囲だろうな。任命権も含めて。
     だが、それでいいのか、街の皆は? トロコフ尉官は確かにこの街の人間ではあるが、既に今現在、俺たちの側と言える立場にある。彼に指導者を任せるとなれば、それは実質、俺たちの支配下に置かれることと同義だ。
     分からないわけじゃない、……よな?)
     考えている間に、エリザがあれこれと言葉を重ね、民衆を説得していた。
     いや、それは相手の同意を得る「説得」と言うよりも、むしろ相手を心の底から惹き込む「洗脳」に近いものだった。
    「(……ちゅうワケで、アタシらに任せてほしいねん。みんな、ええかな?)」
     そして魅了されきったらしく――民衆は素直に従った。

     民衆の同意を得た上で、遠征隊は街中へと本拠を移した。
    「色々と言いたいことがありますが情況が差し迫っている現時点では言い切れないので大変心苦しいですが一旦保留とします」
    「さよか」
     あからさまに不満げな様子のハンに構う様子も無く、エリザはいつも通り、ひょうひょうとした態度でいる。
    「ともかく交渉事やら政治やらの領分はアタシやクーちゃんが頑張ったし、ココからは軍事の領分、つまりアンタが頑張る番や。
     準備は進んどるんか?」
    「ええ、その点は抜かり無く。
     王国軍と協調し、街の周辺に斥候を配置させて、状況を探らせています。戦闘態勢に入った際には、王国軍にはそのまま後方に待機してもらい、街の守りに徹してもらおうと考えています。
     武器や戦術等に関しては、やはり我々の方が優れているようですが、残念ながら王国軍全体に行き渡らせるには数も時間もありません。出撃は我々のみにすべきでしょう。
     俺個人の意見としては、あくまで専守防衛、こちらからの攻撃は行わず、相手の攻撃を防ぐことのみに努めたいと考えていますが、恐らくそれは難しいでしょう」
    「同感である」
     ハンの意見に、イサコがうなずいて返す。
    「帝国軍もそこまであなた方を侮ってはいないだろう。斥候によって兵力は割り出されているだろうし、相応の数を用意するはず。となれば、守りだけでは押し切られるだろう」
    「ああ。ある程度はこちらからも打って出る必要がある。遠征隊の中から戦闘に長けた人材を集め、迎撃部隊を組織しよう。
     ここまでで何か意見はありますか、エリザさん?」
     そう言ってにらみつけてくるハンに、エリザは肩をすくめて返した。
    「その作戦、50点やね」

    琥珀暁・衝北伝 5

    2018.11.14.[Edit]
    神様たちの話、第166話。王国掌握。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ホープ島でハンが予想していた通り、北の大陸における日没は早く、クロスセントラルでは昼下がりに当たる時刻だった。 その日没時になって、王宮のバルコニーからハンたち4人が姿を現した。「(みんな、集まっとるかー?)」 まず、エリザが口を開き、眼下に広がる民衆を見渡す。「(集まっとるな。ほな今から、色々伝えるさかい。よー聞いてな...

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    神様たちの話、第167話。
    積極的防衛策。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     エリザの評価に、ハンはまた、目を吊り上がらせる。
    「どこが問題です?」
    「攻めの姿勢に問題有りや。アンタ『ある程度は』ちゅうたけどソレ、相手が手ぇ出した分だけこっちも手ぇ出す、っちゅう感じやろ?」
    「それはそうでしょう」
    「ズレとるわ。『まだそんなコト言うてるんか』っちゅう感じやで」
     エリザはハンの鼻先に、ぴんと人差し指を向ける。
    「アンタがこの作戦で大事にしたいんは何や?」
    「街の防衛です」
    「ソレだけか?」
    「と言うと?」
    「遠征隊の皆はどないやねん」
    「無論、それも無事に済むなら」
    「せやろ? ほんならもっと、積極的に行かんと」
     そう言われ、ハンはいぶかしげな表情を浮かべる。
    「積極的に? つまりこちらから攻めろと?」
    「そうや。先に相手から一撃かまされて、ソレが致命傷やったらどないすんねん? ソレよりもまずこっちから、相手に致命的な一撃をかましたって、攻撃そのものをでけへんようにして、撤退させる。その方がよっぽど被害は出えへんはずや。
     コレだけは今、はっきり言うとくで。『こっちが手ぇ出さへんかったら相手も手ぇ出さへんはずやろ』と、まだそんな悠長なコトを、アンタは頭のどっかでぼんやり考えとる。アンタの言動聞いとったら、ソレがよお分かるわ。せやから攻め方も消極的やし、小出し、様子見、先延ばしっちゅうような、一見危険も手間も無いように見えて、後々とんでもない被害としょうもない苦労がダラダラ出てまうような策を採ろうとしよる。
     ボーッと見とるだけやったら、何の解決策にもならんのやで。ホンマにどうにかしたいんやったら、覚悟決めてガツンと手ぇ出さんとアカンのんや」
    「ぐっ……」
     顔をしかめたハンに、イサコも申し訳なさそうに告げる。
    「シモン尉官、済まないが私も先生に同意見だ。彼奴らはやると決めたら徹底的にやる。そんな奴らが初太刀で致命傷を与えてくることは、十分に考えられるだろう。
     我々は生まれてからずっと、この地と帝国に苦しめられてきたのだ。先生が仰るまでもなく、奴らが非道であることは承知している」
    「……分かった。作戦を変えよう」
     ハンは苦い顔をしつつも、二人に同意した。

     話し合っている内にユーグ王国の斥候が戻り、相手の陣容が明らかになった。
    「敵の数はおよそ150名。ですが、どうやら王国軍が我々の側に付いたことには気付いていないようです」
     斥候からの話を伝えたハンに、エリザが首をかしげる。
    「ホンマに?」
    「お粗末な話ですが、斥候はすぐ、帝国軍に見付かったそうです。ところが捕まるどころか、相手から色々情報を与えられて、『王に伝えろ』と言付かって帰らされたと。どうも伝令か何かだと思われたようですね」
    「ちゅうコトは、敵の斥候は反乱以降には来てへんっちゅうコトか。そらお粗末やな」
     エリザは胸元から煙管を出し、口にくわえかけて、ハンに尋ねる。
    「吸うてええ?」
    「構いません」
    「ありがとな。……んー」
     煙草を一息吸い込み、エリザはこう続ける。
    「敵さんらの本陣は?」
     ハンは机に街付近の地図を広げ――ハンが測量・作成したものではなく、街の者から伝え聞いた情報をもとに作られた、彼からすれば「いい加減な」ものである――一点を指差した。
    「街から北東にある街道のど真ん中だそうです」
    「なんや、ここからモロ見えやないか。なめられとるな」
    「同感です」
    「ま、そう言うコトやったら簡単に攻撃でけるな」
     もう一息吸い、エリザはコン、と煙管の先を地図に置く。
    「見通しがええ分、さえぎるモノもあらへんから、守りはスカスカ。さらに言うたら、その見通しの良さも夜間の今、まったく利かへん。灯りについては何か言うてたか?」
    「特には、何も。どうやら使っていないようですね。一晩過ごし、翌日に襲撃するつもりなんでしょう」
    「完璧、アタシらからの攻撃を考えてへん態勢やね。ちゅうコトは今から速攻かけたったら、一瞬で終わるやろ。となると……」
     三度煙草を吸い、エリザはニッとハンに微笑みかける。
    「魔術兵はウチ、50人はおったな」
    「ええ」
    「ほんなら魔術兵中心に5部隊組み。ソレを3方向から5方向で前方および側方からけしかけて、一気に魔術攻撃や。勿論、距離は取ってな」
    「相手が無警戒なら、四方を囲むこともできるのでは?」
     尋ねたイサコに、エリザは首を振る。
    「ええけど、みんなガタイええんやろ? こっちの人ら、『熊』とか『虎』とかばっかりやし」
    「ええ」
    「囲んで攻撃しても、生き残っとる可能性はある。ソコで死ぬ気で反撃されたら、こっちも被害出るかも分からんしな。
     ソレより逃げ道与えてさっさと逃げてもろた方が、こっちも楽やん」
    「ふむ……」
    「あ、後な。ハンくん、魁(さきがけ)したってな」
    「念を押されるまでもなく、そうするつもりです」
     ハンは口を曲げ、言い返す。
    「誰かみたいに、荒事を他人任せにして自分一人、安全な場所でのうのうと過ごすようなつもりはありませんからね」
    「誰やねんな? けったいなヤツやね。
     ま、ソレだけやなくてな。さっき言うた『逃げ道』に向かわせなアカンからな。前から誰か迫って来たら、ビビって後ろへ逃げるやろ? アンタが適任や。思いっきり怖がらしたり」
    「了解しました」

    琥珀暁・衝北伝 6

    2018.11.15.[Edit]
    神様たちの話、第167話。積極的防衛策。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. エリザの評価に、ハンはまた、目を吊り上がらせる。「どこが問題です?」「攻めの姿勢に問題有りや。アンタ『ある程度は』ちゅうたけどソレ、相手が手ぇ出した分だけこっちも手ぇ出す、っちゅう感じやろ?」「それはそうでしょう」「ズレとるわ。『まだそんなコト言うてるんか』っちゅう感じやで」 エリザはハンの鼻先に、ぴんと人差し指を向...

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    神様たちの話、第168話。
    北の大陸での初陣。

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    7.
     寒々しい気候のためか、この北の地ではなかなか、空に晴れ間が見えない。この晩もどんよりと曇っており、月明かりが差す気配も、全く無い。
     そんな中、テプロイモア郊外に構えられた帝国軍の野営は、ひっそりと静まり返っていた。灯りは暖を取るための焚き火くらいであり、その番以外の者は完全に寝入っているのが、遠くで見ているハンたちにも、明らかに察せられた。
    「やはり夜明けを待って出撃するつもりらしい。
     俺たちをおびき寄せるために油断を装って、……とも考えていたが、それも無さそうだ。何かしら待ち構えてるなら、もっと緊張感があってもいいはずだが、……見ろよシェロ。焚き火番、居眠りしてる」
     街道沿いの森に潜み、単眼鏡で偵察していたハンたちは、その緊張の欠片も無い布陣に呆れていた。
    「気ぃ抜きすぎっスね。こないだエリザ先生にやられたクセして、何も反省してないんでしょうね」
    「だろうな。……何と言うかあいつら、俺たちが思っていた以上に油断しすぎてるな。
     恐らく『この世界に自分たちより強いものなど無い』と、頭から信じ切ってるんだろう。だから斥候も敵・味方双方、真正面から堂々とうろついて見付かるし、こんな杜撰極まりない布陣を敷いて呑気してるんだろう。
     反面、俺たちの――陛下自らが御出陣していらした時からの――戦いは、相手があまりにも強いバケモノばかりだった。油断なんてできるはずもない。綿密な計画と周到な準備無しの軍事行動なんて、有り得ないことだった。そうしなきゃ、確実に死ぬんだからな。
     その考え方、体制は、現役の俺たちにもしっかり引き継がれてる――敵一体の強さが俺たちの平均より上なのは確かだが、戦術・戦略に関しては、俺たちがはるかに練度を高めていると考えていいだろう」
     と、「魔術頭巾」をかぶっていたビートが、ハンに耳打ちする。
    「他の隊から連絡がありました。予定の位置に付いたそうです」
    「了解した。では、作戦開始だ」
     ハンの号令が伝えられ、間も無く森の中から魔術による火や土の槍が、敵陣に向かって飛んで行った。

     第一波が全弾命中してすぐ、敵陣からわめき声が響いてくる。
     だが間髪入れず第二波、第三波がねじ込まれ、敵陣はこの時点で原型を留めないほどに破壊された。
    「俺たちも行くぞ!」
     ハンが立ち上がり、先陣を切る。
     部下たちも追従し、20人の突撃部隊が、右往左往している敵たちに向かって行った。
    「(てっ、敵襲、敵襲~!)」
    「(武器は、武器はどこだ!?)」
    「(どこから攻撃されてる!?)」
     迫る内にハンは、敵が完全に混乱し、ほとんど棒立ちに近い状態にあることに気付き、号令をかける。
    「全速前進! このまま敵陣の真ん中を突っ切れ!」
    「了解!」
     そのまま敵陣に到着し、全員が言われた通りに、反対側にまで進攻する。
    「(ひ、ひいっ……!)」
    「(待て待て待て待て、まだ、準備……)」
    「(武器、武器どこ~……!?)」
     敵陣は完全に瓦解し、兵士たちがばらばらと逃げ始める。それを見て、ハンは追い打ちをかけさせた。
    「大声で威嚇(いかく)してやれ!」
    「うおおおおおッ!」
    「らあああああッ!」
     20人が鬨(とき)の声を挙げ、敵の背を追い回す。
    「深追いはするな! 追い払うだけでいい!」
     そうして5分もしない内に、敵は全員、その場から逃げ去った。
     それを確認し、ハンが締める。
    「作戦終了! 俺たちの勝ちだッ!」
     その言葉に、全員が歓声を上げた。



    「帝国軍が海の向こうからやって来た遠征隊に手も足も出せずに敗走した」と言う、北の民にとってあまりにも衝撃的なこの報せは――エリザがそれとなく人を使い、喧伝したこともあり――すぐに沿岸部全域に広まった。、

     エリザの予想通り、緒戦は「ゼロの世界」の完全勝利で幕を閉じた。

    琥珀暁・衝北伝 終

    琥珀暁・衝北伝 7

    2018.11.16.[Edit]
    神様たちの話、第168話。北の大陸での初陣。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 寒々しい気候のためか、この北の地ではなかなか、空に晴れ間が見えない。この晩もどんよりと曇っており、月明かりが差す気配も、全く無い。 そんな中、テプロイモア郊外に構えられた帝国軍の野営は、ひっそりと静まり返っていた。灯りは暖を取るための焚き火くらいであり、その番以外の者は完全に寝入っているのが、遠くで見ているハンた...

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