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黄輪雑貨本店 新館

琥珀暁 第4部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    神様たちの話、第146話。
    夏の思い出。

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    1.
     双月暦13年、夏の頃。
    「ちゅうても寒い気するんよ」
     2歳になったばかりの娘、リンダを抱えながら、エリザは対面に座るゲートにそう言った。
    「アタシな、こっちやと何や羽織らんと、手足が冷えてしゃあないねんな。この子も耳、ぷるぷるさしとるし」
    「あー、うん、そうなのか」
     ゲートはチラ、チラと傍らの妻、メノーに視線を移しつつ、エリザに答える。
    「やっぱり、その、何て言うか……、山を越えて北に来ると、気候? って言うのか、そう言うのが多分、違うんだろうな」
    「せやろね」
    「本当、エリちゃん寒そうにしてるわよね。リンちゃんも」
     一方、メノーも自分の娘、テレサを膝に載せたまま、心配そうな顔でエリザを見つめている。
    「持って来よっか、上着? 冬用は仕舞っちゃったから、春先のやつしか無いけど」
    「ええのん?」
    「お耳、震えてるし」
    「ありがとな、メノーさん」
    「じゃ、あなた。テレサお願い」
    「おっ、おう」
     テレサを預け、メノーは席を立つ。
     子供たちを除き、二人きりになったところで、ゲートが絞り出すような声を上げる。
    「……何かなぁ、俺、圧力感じんだけど。君と、メノーからの」
    「そらせやろ」
     メノーがいた時と一転して、エリザは軽くゲートをにらみつけている。
    「アタシとメノーさんが仲良うなって随分経っとんのに、いつまでアンタ、ビクビクしてんねんな」
    「うぅ……」
     ゲートは自分の頭を抱え――ようとして、慌ててテレサに手を添え直す。
    「っと、あぶねっ」
    「ホンマ危なっかしいわ」
     エリザはリンダの尻尾を撫でながら、こう続ける。
    「ウチの方やと『父親になった男は強くなる』言うてるんやけどなぁ。アンタ、子供できる度に弱くなってへん? 5人もおるのに」
    「弱くもなるさ……。君との関係が明るみに出たら俺、二度と表を歩けなくなっちまう」
    「アホなコト言いなや。バレたらバレた時やん」
    「……はぁ」
     ゲートもテレサの頭を撫でながら、深いため息をついた。
    「俺はダメだ。とても君みたいに、強くなれん」
    「情けないなぁ」
    「……でも、ハンには強くなってほしいんだよ、そっちの方も」
    「そっち?」
     尋ねたエリザに、ゲートは疲れをにじませつつも、どうにか笑顔を見せる。
    「腕っ節なんかは、訓練すりゃ強くなるさ。だけども何て言ったらいいのかな……、心と言うか、精神と言うか、そう言う方向の強さは、俺には鍛え方が分からん。今だって俺、君やメノーににらまれて、こんな有り様だし。
     反面、エリちゃんはすごく、その、気丈って言うか頑固って言うか、折れないって言うか。……まあ、俺が何を言いたいかって言うとな、ハンのそう言う面を、鍛えてやってほしいんだよ。
     そっちの鍛え方は、俺より絶対、エリちゃんの方が上手そうだしな」
    「アハハ……」
     エリザはケラケラと笑いながら、こくこくとうなずいた。
    「ええで。アタシにでける範囲で良かったら、みっちり鍛えたるわ」



    「……なーんて言うてたんやけどねぇ」
     エリザはそこで言葉を切り、離れて兵士たちと会話を交わしていたハンにチラ、と目をやる。
     隣りにいたクーも同じようにチラ、とハンを見て、こう返す。
    「その仰りようだと、期待通りの結果にはならなかったように聞こえますけれど」
    「んー、期待通りっちゅうか、期待以上っちゅうか。
     ほら、あの子全然、心開くようなタイプやあらへんやろ?」
    「ええ」
    「鍛えすぎて、ガッチガチに防御してしまうようになってしもたみたいでなー。自分からごっつ高い壁築いて拒絶してしもてるから、誰とも打ち解けようとせえへんし、誰からも気さくに声かけてもらえへんし、や」
     エリザはどこか寂しそうに微笑み、クーに向き直る。
    「そのせいか、あの子に積極的に話しかけてくれる女の子――妹除いて――2人しかおらへんねんな。このままやとあの子、ずーっと一人のまんまになって、孤立してしまうわ。
     アンタ、そのうちの一人やし、どーにかあの子の心、開いたってほしいんよ」
    「ええ。元よりそのつもりですわ」
     そう返し、クーは目の前に広がる海に目を向けた。
    「だからこそわたくしは今、この船に乗っているのですから」
    琥珀暁・往海伝 1
    »»  2018.10.23.
    神様たちの話、第147話。
    ハンニバル隊、海を往く。

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    2.
     双月暦23年、ゼロの軍はハンを隊長、エリザを副隊長とする600名の遠征隊を組織し、ノースポートより出発させた。目的地は昨年の春頃に襲撃してきた軍隊――ジーン軍の本拠があるとされる、北方の大陸である。
     その案内役として、拘留していたジーン軍調査隊の捕虜から数名、この航海に連れて来られており――。
    「あの島が1つ目だ。後4つ、島を中継地点として渡ることになる」
    「ありがとう、トロコフ尉官」
     調査隊のリーダーであった熊獣人のイサコ・トロコフをはじめとするジーン軍籍の人間の姿が、甲板にあった。
     と言っても手枷などの拘束具は無く、服装も他の兵士たちと変わりの無い、同様のものがゼロ軍より支給されている。
    「誠に貴君らの厚遇、感謝している。意思疎通が行えるようになった後、砦内において自由に行動させてくれたばかりか、こうして祖国への旅に随行させていただけるとは。
     我々の行動を顧みれば到底、これほど手厚い待遇など受けるべくも無いと言うのに」
     イサコの感謝の言葉に、ハンが応じる。
    「そこが、タイムズ陛下が臣民に広く慕われている所以だ。あの方は誰に対しても優しく、かつ、思慮深く接して下さる方だ。
     例え別の者を主君と仰ぐ、貴官らであってもだ」
    「いやはや……、我が主君とは大違いだ。我々のところであれば、そんな者たちは一日と言えど、生かされはせん。即刻首を刎(は)ねられるが落ちだ。
     正直な感想を言うならば、私も貴君らの土地に住まい、タイムズ陛下を主君と仰ぎたいくらいだ」
    「最大級の賛辞と受け取ろう」
     そんな風に堅い言葉を交わし合っていたところに、いつもの如くエリザが近寄ってきた。
    「ちょとええかな」
    「何でしょう?」
     答えたハンに、エリザは「ちゃうねん」と手を振る。
    「ごめんな。話聞きたいのんは、こっちの『熊』さんやねん。
     砦でも港でも、アレやコレやでバタバタしとったから、じっくり話でける機会無かったしな」
    「あ、はい」
     ハンが引き、イサコが応じる。
    「私から何を聞きたいと?」
    「色々な。まず第一に、『おカネ』ってある?」
    「カネ? ああ、持っている」
     そう言ってイサコは、腰に提げていた袋に手を入れ、中から板状の金属片を見せる。
    「貴君らの土地で使えるはずも無いのだが、持っていなくてはやはり不安でな」
    「へぇ、ウチらのんと同じような感じやね」
     エリザはその貨幣を手に取り、じっくり観察する。
    「模様みたいなん付いとるな。のっぺりしとる。彫ったっちゅう感じやなく、ちっちゃい金槌みたいなん打ち込んで刻印したっちゅう感じか。
     あと、平べったいのんは一緒やけど、四角いんやな」
    「うん? その口ぶりだと、そちらのカネは四角くないようであるように聞こえるが」
    「せやねん」
     そう返し、エリザは自分の胸元から袋を出し、同じように銀貨を取り出した。
    「ほれ、こっちのんはこんなやねん。刻印式なんは一緒やけど、打ち込む前に縁んトコぎゅっと押して固めとるから、しっかり意匠が残るんよ」
    「そ、……そうか、ふむ、左様であるか」
     が、イサコはエリザの掌に乗った銀貨ではなく、その奥を見つめている。
     当然、エリザもその視線の行き先に気付き、ニヤニヤ笑っている。
    「なんや? ええもんでも見とったんか?」
    「いっ、いやっ? お、オホン、オホン」
    「えーで、えーで。オトコやもんな、しゃあないよな。こんなおばちゃんのんで悪いけどなー」
    「そっ、そんなことは! ……あっ、い、いや、し、失敬」
     イサコは顔を真っ赤にし、くるんと背を向けてしまう。
     その様子を依然、ニヤニヤと眺めつつ、エリザはこう続けた。
    「歳当てたろか? アンタ、割りとおっさん顔しとるけど、まだ22、3っちゅうトコやろ? しかも女の子と付き合うたコトも無し、と」
    「なっ」
     もう一度ぐるんと振り返り、イサコは驚いた顔を向けた。
    「何故それを?」
    「伊達にアンタより長生きしてへんっちゅうコトや」
     エリザは笑いながら肩をすくめ――途中で、「んっ?」と首を傾げた。
    「アンタんトコ、暦(こよみ)あるん?」
    「無いわけが無いでしょう」
     けげんな顔でイサコにそう返され、エリザは「ふーん……」と答えつつ、うなずいた。
    琥珀暁・往海伝 2
    »»  2018.10.24.
    神様たちの話、第148話。
    北の地を計る。

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    3.
    「聞いた感じやとな」
     イサコに色々と尋ねた後、エリザはハンとクーを船内の自分の部屋へ呼び、2人に自分の考察を聞かせていた。
    「向こうさん、思ってたよりも結構進んでるで」
    「進んでる?」
     おうむ返しに尋ねたハンに、エリザはぴょこ、と人差し指を立てて見せる。
    「アタシが知る限り、双月暦が広まったんは22年前、ソレこそ双月暦元年からや。
     ソレまでは時間っちゅうもんの単位は『1日』とか『朝』とか『夏』とか、そんな程度やった。ソレをゼロさんが色々測って決めて教えてってして、ソコから広まったんや」
    「存じておりますわ」
     クーがうなずき、こう続ける。
    「しかしそれは、わたくしたちが住む山の北と、エリザさんたちが住む山の南で使われる知識でしょう? それが海を隔てた場所にまで広まっているとは……」
    「そらそうや。せやけどな、向こうも向こうで使てるねん。言うても勿論、双月暦やないで。
     聞いたら『天星暦』ちゅうて、向こうの偉いさんが作ったヤツらしいねんな。ちなみに今は、天星暦16年やて」
    「偉いさん……、レン・ジーンと言う人物のことですか」
     ハンの言葉に、エリザは「そうやろな」とうなずく。
    「ちゅうても双月暦に比べたら、数日違うみたいやね。双月暦やと1年の長さ、367日か360日かやろ?」
    「4年に1度、双月節の無い閏(うるう)年がございますものね」
    「せやけど向こうのんは、365日だけやねん。しかも1年が13ヶ月で、1ヶ月が28日。さらに13月だけ、29日になっとるらしいで」
    「え……」
     これを聞いて、ハンとクーは顔を見合わせる。
    「そりゃ確かに、異邦の地だから文化なり言葉なり、違いはあるだろうとは思ってたが……」
    「奇妙に感じられますわね。何故月の日数が異なるのでしょう?」
    「イサコくんもソコら辺は詳しないっちゅうとったわ。ま、向こうの偉いさんが独断で決めたんやろから、もしかしたら大した理由は無いんかも知れへんけども。
     後、おカネの概念も山の北では双月暦8年か9年頃の話や。ソコら辺からゼロさんが通貨を定めはったからな。向こうでも、10年くらい前に偉いさんが広めたっちゅうてたわ」
    「時期としてはほぼ近しい、……と言うわけですわね」
    「さらに言うたら、造船技術は圧倒的に向こうさんの方が高いやろな。
     アタシらが沿岸をどうにか回れる船造れるか造れへんかっちゅうところで、向こうさんは外洋を渡ってきはったんやからな。
     こっちが先んじとるんは、魔術くらいのもんやろな」
    「ふむ……」
     エリザの意見を聞き、ハンは表情を曇らせる。
    「陛下は『まず穏便な話し合いを試み、それが可能であれば交渉を重ね、関係を築いていきたい』と仰っていたが、現状の情報から鑑みて、それが可能かどうか……。
     陛下のお考えは、相手と我々とが対等な、あるいは我々が相手以上の力を持っている場合にのみ成立し得るものだからな」
    「せやね。もしかしたら、真っ当な話し合いっちゅうのんは難しいかも分からへんな。
     と言うか、アタシの予想としてはそもそも、話し合いに至らへんやろなと思とるんよ。元々向こうさん、着いた先で襲えっちゅうてたんやし、向こうの意見なんか聞く耳持ってへんやろからな」
     それを聞いて、ハンもクーも、揃ってため息をつく。
    「戦いは不可避、か」
    「歓迎できる事態ではございませんわね」
    「アタシも同感やね」
     エリザは首を横に振りつつ、胸元から煙管を取り出す。
    「ヒト同士で殴り合い、斬り合いなんかしたところで、何になるっちゅう話やん。アホらしいわ。
     いっぺんもバケモノ出とらへんっちゅう話やし、よっぽど向こうさん、平和に過ごしとったんやろな。うらやましいもんやで」
     そんなことをこぼしつつ、エリザが煙管に火を点けようとしたところで――。
    「エリザさん、ここは船内です。引火したらどうするんですか」
     ハンがエリザの手を取り、それを止めた。
    「あ……、あーそやったそやった、ゴメンなぁ、アハハ」
    「もしかして、今までこっそり吸ってたんじゃないでしょうね? 今見てた感じだと、何の疑問も持たずに吸おうとしてたようですが」
    「……てへっ」
     エリザは照れ笑いでごまかし、煙管を胸元にしまい込んだ。
    琥珀暁・往海伝 3
    »»  2018.10.25.
    神様たちの話、第149話。
    北海の第1島。

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    4.
     ノースポートを出港して5日後、遠征隊の船は島に上陸した。
    「へーぇ、こんなトコに島があんのか……。街から見てた限りじゃ、全然気付かんかったぜ」
     エリザ専属の護衛として付いてきていたロウが、物珍しそうな様子で海岸をうろうろしている。
     それを眺めていたエリザが、クスクス笑いながら声をかけた。
    「アンタ、ホンマに歳不相応っちゅうヤツやな。いつまで経ってもコドモみたいなコトして」
    「ぅへ?」
     エリザにそう言われ、ロウは顔を真っ赤にして振り返る。
    「す、すいやせん、エリザさん」
    「えーよえーよ。ソコがアンタの魅力や」
    「ど、どもっス」
     ぺこぺこと頭を下げるロウをよそに、エリザも辺りを見回しつつ、こう続ける。
    「アタシもじっくり見て回りたいトコやけども、先にちょと、やりたいコトあるんよ」
    「何かやるんスか?」
     きょとんとした顔をするロウに、エリザは船を指差した。
    「そもそもハンくんがな、この島で2週間休み取ろかって提案したんよ。アタシもええな言うてな」
    「2週間も? そんなに休むんスか?」
     けげんな顔を向けてきたロウに、エリザは島の上方、小高い丘になっている場所を指し示す。
    「半分はハンくんらの本領、つまり測量が目的やな。土地があるんやったら調べとかなアカンやろっちゅうてな」
    「ふーん……。そりゃご苦労っスね」
    「ソレにな、そもそも何やかやでずーっと、船に揺られっぱなしやからな。ちょっと休憩しとかな、しんどいばっかりやし。
     今回はアタシとかクーちゃんとか、体力無いのんも結構おるから、無理無理進もう思てもでけへんやん?」
     ハンの話にはぼんやりした返答をしたロウも、エリザたちに関する事柄に対しては、積極的にうなずいて見せる。
    「あー、そうっスよね。そっちはばっちり納得っス」
    「ちゅうワケでや、コレから半月過ごすワケやし、寝床やらご飯食べれるトコやら、作ろかな思てな。手伝うてもろてええ?」
     エリザに頼まれ、ロウは満面の笑みを浮かべた。
    「うっス、承知っス」

     上陸から4時間ほどで、遠征隊は島に即席の宿泊所を造り終えた。
    「……にしては、えらいきっちり造ったもんやけどな」
     綺麗に揃えられた椅子と机を眺め、エリザは感心したような、半ば呆れたようなため息を漏らす。
    「リーダーの性格がめっちゃ出とるな。アホみたいに几帳面っちゅうか、カッチカチの杓子定規くんっちゅうか」
    「どんな時であっても、備えを怠らない方とも取れますわよ」
     いつの間にか横に来ていたクーに目をやりつつ、エリザはこう返す。
    「ソコら辺は捉え方やな。
     ま、こう言う行軍にとっては、一番ええ人材やろな。この先何があるか分からんワケやし、どんな時でも怠けずきっちり備えるっちゅうのんは、ええ性格やね。
     人によったら、何かにつけて一々大仰で面倒なコトしよる、トロ臭いヤツやと思われるかも知れへんけど」
    「あなたは常に、物事を両面で考える方ですのね」
     エリザの言葉に、クーはあからさまに不満な様子を見せる。
    「あなたのことを、両面で考えるとすれば――わたくしの父上などであれば理知的で冷静な人間だなどと称されるかも知れませんけれど、わたくしからすれば、どんな吉事の場でも一々、水を差してくるような方であるとも取れますわね」
    「あーらら、冷たいなぁ」
     エリザはニヤニヤ笑いながら、肩をすくめる。
    「もしアンタとハンくんが結婚したら、めっちゃつまらん夫婦生活になりそうやな。どっちも慇懃で、他人行儀に接しそうやん?」
    「あら」
     一方のクーも、クスッと微笑んで返す。
    「そう仰るほど、あの方は情緒に乏しくはございませんわ。単に、そうした感情を表に出すのが不得手なだけで、実際には人並みに備えていらっしゃいます。
     こうしてお側に付いておりますと、それが良く理解できますわ」
    「ほーぉ」
     クーの言葉に、エリザはまたニヤニヤと笑みを見せる。
    「『お側に』、なぁ? どんくらいのお側や?」
    「え? ……あっ、いえ」
     クーは顔を赤らめ、しどろもどろに答える。
    「あなたが思ってらっしゃるほどでは、その、ございませんと、存じますわ」
    「アタシが? どの程度やと思てんの?」
    「いえ、あの、そのー……」
    「ちなみにな」
     エリザはクーの長い耳に口を近付け、ぼそ、とつぶやく。
    「アタシ、知ってるでー? 出港した次の日、アンタ自分の船室にいてへんかったやろ」
    「なっ、何故それを、……い、いえ、その」
    「ま、あの堅物が何やしたとは考えにくいし、大方船酔いしてしもたんを口実にして、『背中を撫でていただければ』とか言うて押しかけて、ベッドに一緒に入って添い寝してもろたんやろ?」
    「へうにゃわっ!?」
     図星だったらしく、クーはよく分からない声を出し、耳の先まで真っ赤にしてうずくまってしまう。
     そんなクーの頭に手をやり、エリザは楽しそうに笑った。
    「地道な一歩やな。ま、ソレでもアンタにしたら大きな一歩やと思うけど」
    琥珀暁・往海伝 4
    »»  2018.10.26.
    神様たちの話、第150話。
    薄ら暗い傲慢。

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    5.
     目的こそ、「ジーン軍に対しての和平交渉」と言う堅いものではあったが、遠征隊のほとんどは、それよりももっと純粋な心持ちで、この任務に当たっていた。
    「おーい、ロウのおっちゃーん」
    「おう、なんだ?」
    「魚釣ったんだけどさー、これ食えるヤツ?」
    「ん? 見せてみ」
     兵士たちが釣ってきた魚を確認し、ロウはにっかりと笑って返す。
    「全部食えるぜ。しかも高級魚ばっかじゃねーか。ノースポートで売ったら、3千クラムは稼げる」
    「マジか!」
    「うへへ、晩メシ楽しみ……」
     一様に顔をほころばせる兵士たちをよそに、ロウも魚籠の中を眺め、感心した声を漏らしている。
    「しっかしマジで高級魚ばっかだな。もっと早くこの島知ってりゃ、マジで荒稼ぎできたな」
     こんな風に――「ゼロの世界」に住まう人間にとっての――前人未到の新天地を目指すこと自体に、兵士の誰もが心躍らせ、浮かれていた。

     とは言え、そうでない者も若干名ながら存在することも、大人数が集まる組織の宿命・必然である。
    (……けっ)
     浜辺で騒ぐ者たちを侮蔑(ぶべつ)の眼差しで見下ろしながら、シェロは測量用の竿を握りしめていた。
    (遊び気分かよ。なんならこの後、浜辺で楽しくお遊戯会でもするか? クソ共め)
     と、遠くで測量器ごしに眺めてきていたハンから、咎める声が飛んで来る。
    「シェロ、傾いてる。直してくれ」
    「っと、……はーい、すんませーん」
     竿の傾きを直しつつ、シェロは離れたハンをにらみつける。
    (ま、この距離なら俺がどんな顔してるかなんて、分かりゃしないだろ)
     竿が垂直になったことを確認し、シェロはもう一度、浜辺に視線を落とす。
    (……ん? もう夕方なのか?)
     波打ち際にいる兵士たちの影が大分長くなっていることに気付き、シェロはハンに声をかける。
    「尉官、今何時スか?」
    「うん? そうだな、大体3時ってところ、……うん?」
     ハンが水平線に沈もうとしている太陽を見て、首をかしげる。
    「……ふむ」
     太陽と反対方向に出ていた星を眺め、手帳を取り出し、何かを書き付けて、ハンはシェロに向き直る。
    「クロスセントラルであれば、3時過ぎくらいだろう。星の位置から考えれば、それで間違い無いはずだ。
     だが確かに、日暮れが随分早い。思ったより俺たちは、北上してるらしい」
    「みたいっスね」
    「暦の上じゃ2月の半ばだし、これから暖かくなるだろうと考えていたが、ノースポートからここまで進んだだけでこんなに日照時間が短くなるとしたら、もしかしたら進軍につれ、予想以上に寒くなってくるかも知れないな。
     一応、防寒対策をしておいた方がいいだろう」
    「そっスね」
     短い会話を交わす間にハンは計測を終えたらしく、測量器を抱えながら、シェロのところにやって来た。
     それを確認し、シェロは竿を引き抜く。
    「じゃ、次のポイントに竿、立てて来ますね」
    「ああ」
     別の場所で同じように竿を構えるビートにハンが視線を移したところで、シェロは彼に背を向けたまま、毒づいていた。
    (別にいーだろーが……もう、こんなの。
     俺たちはもう、せせこましく山奥やら海岸をうろつくような仕事する身じゃねーだろっつの。いつまでこんなみみっちいことやってんだよ?)
     と、距離を測っていたマリアが、シェロの側を通りがかり、チラ、と目線を合わせた。
    「ひどい顔だね。不満たらたらって感じ」
    「え?」
     そう声をかけられ、シェロは立ち止まる。
    「何ですって?」
     尋ねたシェロに、マリアは苛立ちのこもった目を向ける。
    「『こんなことやってられるかー』、って顔してる。そんなに嫌なら、尉官にそう言えば?」
    「……見当違いっスよ。兵士たる者、上官の命令には服従するもんでしょう? 文句なんかありませんよ」
    「あっそ」
     それ以上何も言わず、シェロはその場を離れる。
     マリアもそのまま計測に戻り、ハンのところに着く。
    「何歩だ?」
     尋ねたハンに、マリアは指折りつつ答える。
    「えーと……、行きが74歩、帰りが65歩ですね」
    「74歩とろく、……え、65?」
     ハンがけげんな顔をし、尋ね返す。
    「行きと帰りで歩数がずれまくってるな。帰り、大股で歩いてたんじゃないか?」
    「あー……、かも知れないですねー」
    「何度も言ってるが、歩幅は普通に歩く感じで揃えてくれ。でないと……」「でないと計算狂っちゃう、でしたね。すみませーん」
     マリアはぺろっと舌を出し、くるんと踵を返して、次の計測を始めた。
    琥珀暁・往海伝 5
    »»  2018.10.27.
    神様たちの話、第151話。
    勤務調整。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     その日の測量を終え、ハンたちは浜辺に戻ってきた。
     と同時に、エリザがニコニコしながら近付いて来る。
    「おつかれさーん。ご飯できとるでー」
    「あ、はい」
     軽く会釈して応じたハンに、エリザは依然ニコニコしたまま、顔を近付けて来る。
    「クーちゃんも調理班やで、今日のんは」
    「あ、はい」
     同じ言葉を繰り返し、ハンは首をかしげる。
    「それが何か?」
    「何かやあらへんがな」
     エリザはぐいっとハンの首に腕を回し、引き寄せる。
    「アンタのためにお姫様が細腕振るったんやないの。感謝して食べやっちゅう話やんか」
    「ああ、はい」
     三度生返事したところで、エリザが腕に力を込め、ハンの首を絞めた。
    「アンタなぁ~……」
    「な、何です? 苦し、い、息がっ」
    「堅物も大概にせえよ。もうちょいうれしそうな声出せっちゅうねん」
    「うぐぐぐ……」
     ハンが絞められている間に、マリアたちは既に席に向かっていた。
    「本当、尉官とエリザ先生、仲いいよねー」
    「船の上でも散々じゃれ合ってましたしね」
    「相変わらずって感じっスね」
     席に着いたところで、エプロン姿のクーが鍋を抱えて現れる。
    「あら、皆様。お仕事、ご苦労様でした」
    「やー、クーちゃん。今日のお料理、どんなのー?」
     期待のこもった眼差しを向けるマリアに、クーは鍋を机に置き、ふたを開けて見せる。
    「まだお寒い時期ですから、シチューにいたしました。と申しましても、洋上ですから乳成分は貴重ですし、厳密に申せば海鮮煮込みと言うようなものになりますけれど」
    「わは~」
     鍋の中身を見るなり、マリアが目を輝かせる。
    「何の魚? 何の魚?」
    「ロウさんから伺った話では、タイの一種ではないかと。沢山獲れたと仰っていましたから、遠慮無く召し上がって下さい」
    「え、タイ? あの赤い、美味しいの?」
    「ええ。この島では随分良く獲れると、皆さん楽しそうに話されていました」
    「何それ、楽しそー!」
     マリアはくるっと振り返り、ようやくエリザから解放されたハンにブンブンと手を振る。
    「尉官、尉官っ! 明日あたし、釣りして来ていいですかっ!?」
    「釣り? いや、無理だろ」
     が、ハンはにべもなく却下する。
    「この島で十分な測量を行うには、最低でも2週間は必要だ。
     そして滞在期間は、2週間が限度だろう。トロコフ尉官によれば、北の大陸に到着するまでに、島は全部で5つ。島ひとつにそれ以上かけてたら、大陸到着までどれだけかかるか。
     だからこの島に滞在中は、休み無しで頑張って欲しい」
    「ちぇー」
     マリアが拗ねた顔をしたところで、クーが手を挙げる。
    「あの、どうしても測量を行わなければならないのであれば、わたくしが代わりを務めましょうか?」
    「え?」
     けげんな顔をしたハンに、クーがにこっと笑みを向ける。
    「いくら何でも、全員出動で2週間も休み無く働いていては、誰か倒れてしまいます。
     父上も『十分な働きをするためには十分に休まなければならない』と仰っていましたし、上官であれば部下を適切に管理するべきなのでは?」
    「む……」
     クーの説得に、ハンは渋い顔を向ける。
    「しかし、『代わり』と言ったが、君に測量ができるのか?」
    「方法は存じております。角度計算や天体観測もいたせますわよ」
     そう返され、ハンは面食らった顔になる。
    「そうなのか?」
    「いつか、あなた方に随行しようと申し出たことがございましたでしょう? 必要になるだろうと存じまして、勉強いたしましたの」
    「そうか……。それなら、まあ……」
     ハンはマリアに目を向け、渋々とした口ぶりでこう返した。
    「クーもこう言ってくれたし、許可する。明日は休んでいい」
    「ホントですか! やったー!」
     満面の笑みを浮かべ小躍りし始めたマリアを、クーは微笑ましげに――そしてハンは苦々しげに眺めていた。
    琥珀暁・往海伝 6
    »»  2018.10.28.
    神様たちの話、第152話。
    堅物尉官。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     翌日朝早く、マリアを除くハンたち3人とクーは、丘の上に立っていた。
    「昨晩も通達したが、本日の測量調査には、マリアの代わりにクーが参加する。とは言えマリアの役をそのままやらせるのは大変だから、その役は俺がやることにする。
     クーには俺の歩数集計と距離の換算、各ポイント毎の角度計算、天体観測、その他普段は俺がやってることを行ってもらう。
     それじゃ早速、ビートはここに竿を打ってくれ。シェロは、……そうだな、向こうに」
    「了解っス」
     ハンがてきぱきと指示を送るのを、クーはにこにこと微笑みながら眺めている。
     と、ハンがそれに気付き、苦い表情を浮かべてくる。
    「何だ? 何かおかしいか?」
    「お気になさらず。仕事はきちんといたしますので」
    「……ああ」
     会話を切り上げ、ハンはすたすたと、シェロのいるところへ歩いて行く。
     その間に、クーはビートにあれこれと話しかける。
    「ビート、あなたはいつお休みになるのかしら?」
    「明日になりました。シェロは明後日」
    「ハンはいつお休みを?」
    「聞いてません。休む気、無いんじゃないでしょうか」
    「あら」
     クーは眉をひそめ、ハンの背中をにらむ。
    「わたくしの進言、理解してらっしゃらないのね」
    「と言うより、自分自身のことは除外して考えてるものと」
    「まったく……。エリザさんにも釘を差していただこうかしら」
     そうつぶやいたクーに、ビートは苦笑いを見せる。
    「そんなことすると、あの人は却って聞き入れないと思いますよ」
    「そうかしら」
    「尉官との付き合いは、殿下より僕の方が2年は長いですから。……っと、戻って来ますよ」
     ビートの言う通り、ハンがいつものように仏頂面で、二人のところに戻って来る。
    「行きが62歩、帰りが61歩だ」
    「承知いたしました」
    「後2回、往復するからな」
    「ええ、行ってらっしゃいませ」
     ハンが離れたところで、今度はビートの方から声をかけてきた。
    「殿下が参加するのであれば、尉官を休ませることは可能なんですよね」
    「そうですわね。後はどうやって休ませるか、ですけれど……」
    「押して駄目なら、引いてみるのも手ですよ」
    「引いてみる? と申しますと」
    「あの人は周りがやっていることに倣(なら)う性格ですから、皆が休もうとすれば……」
    「その場合は恐らく、『自分は上官なのだから、模範となるべく働く』などとお考えになりますわね」
    「うーん……、ありそうですね」
     再び、ハンが戻って来る。
    「今度は行き、帰り共に61歩だ」
    「承知いたしました」
     もう一度ハンが離れ、会話を続ける。
    「やっぱりエリザ先生に知恵を借りた方が良さそうですね。僕たちよりずっと、尉官との付き合いが長いみたいですし」
    「そうですわ、……ね?」
     クーは目を丸くし、ビートに尋ねる。
    「あなた、ハンとエリザさんとのご関係をご存知なのかしら?」
    「関係? どう言う意味です?」
    「……あっ」
     クーは口を押さえ、しどろもどろに応じる。
    「いえ、その、変な意味では無くですね、あの、何と申しますか、その、わたくしもそれほど、詳しいと言うわけではございませんけれど」
    「……? あの、落ち着いて下さい、殿下」
    「えっ、あっ、はい」
    「僕が知っているのは、尉官と先生が懇意にしていると言うことくらいです。付き合い云々は、僕の推理でしかありません。
     それより、殿下?」
    「はっ、はい?」
     目を白黒させているクーに、ビートは落ち着いた声色で尋ねてきた。
    「殿下は何か、尉官と先生について、公に明かせないような情報を持っていると考えていいんでしょうか?」
    「なっ」
    「殿下の態度から、そのような事実があるように見受けられるんですが。無論、答えたく無いと言うのであれば、無理に聞きはしません」
    「そ、……そうですわね。詮索しないでいただけると、非常に助かります。わたくしも、ハンも」
    「そして先生も、ですか?」
    「……ええ」
     そうこうしている間にハンが3往復目を終え、会話はここで途切れた。
    琥珀暁・往海伝 7
    »»  2018.10.29.
    神様たちの話、第153話。
    エリザの目論見。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     結局、遠征開始後すぐに到着したこの島――後にホープ島と名付けられた――に滞在中、隊長のハンは一度も休みを取らなかった。
     また、一方の副隊長であるエリザは対照的に、毎日のように隊員たちと釣りや雑談、賭け事などに興じ、皆からより一層慕われるようになった。

     と同時に――。
    「……こんなトコやね」
     航海を再開して以降、エリザはずっと、皆が釣った魚や雑談の内容、しれっとトロコフ隊から巻き上げた賭け金の額などを書類にまとめていた。
     と、主に魚について助言したり、書類の整理を手伝ったりしていたロウが、その様子を眺めながら尋ねる。
    「こんなのまとめて、何か意味あるんスか?」
    「色々な」
     エリザは書類をロウに渡し、こう答える。
    「ドコでどんな魚釣れるかっちゅうのんが分かったら、便利やろ?」
    「そりゃまあ。でも知ってる奴に聞けば……」
    「知ってはる人が100年生きてくれるんやったらソレでええやろけど、何やうっかりしてぽっくり死んでしもたら、誰も分からへんなるかも知れへんやろ?
     そう言う時のための、資料っちゅうワケや」
    「なるほどっス」
     書類を紐でまとめながら、ロウはうんうんとうなずく。
    「じゃあ、皆の話とかのアレは?」
    「皆の口に上るもんは大抵、皆の『こーしてほしい』、『こう言うのんがあればええのに』っちゅう希望、期待が込められとるもんやん?
     そう言うんをまとめといて、後で『でけたでー』言うて用意したったら、皆嬉しいやん」
    「いいっスね」
    「イサコくんらから巻き上げたカネは、『向こう』着いた時に使えるしな。いくら持ってるか把握しといた方がええやろ」
    「……全部、考えずくで動いてたんスか?」
     どこか恐ろしいものを見るような目で見つめてきたロウに、エリザはケラケラ笑って返す。
    「アホなコト言いなや。そんなワケあるかいな。
     最初から『こう言うコトでけるやろ』と目論んで遊ぶヤツおったら、うっとおしくてかなわんわ。最初は全部、『面白そう』『楽しそう』くらいにしか考えてへんよ、アタシ。
     そう言うコト考え付くんは、遊んだ後になってからやね。ま、何もアイデア浮かばへんで、ただ遊ぶだけになるコトも、結構多いけどもな」
    「はは……」
    「ソレ考えると、ホンマに師匠は最初から最後まで、遊んでばっかの人やったよーな気もするわ」
     話題がエリザの師匠――「大魔法使い」モールの話になり、ロウは苦い顔をする。
    「モールさんっスか……。今でも俺、あの人はあんまり好きになれないんスよね」
    「そうなん?」
    「俺、散々あの人に『アホ』だの『バカ』だの言われ倒してたんで」
    「アハハ、そらうっとおしいな。でもアレ、先生の口癖みたいなトコがあったからなぁ。
     アタシかてよお言われたで、『君は向こう見ずで人でなしのクソみたいなバカだね』っちゅうてな」
    「うわぁ……」
     一層苦い顔を見せたロウに、エリザは同じように、笑って済ませる。
    「人間誰でも、ええトコと悪いトコがあるもんや。先生は頭良くて色々心配してくれる、ええ人やったよ。
     悪いトコは唯一、口だけやな。口に関してだけは、絶望的に悪いトコがあったっちゅうだけや。
     アタシもどっちかっちゅうと口悪い方やから、先生とはウマ合うてたけど、慣れへん人はどうしても慣れへんやろなぁ。
     ……ふー」
     書類が机の上から無くなったところで、エリザは胸元から煙管を取り出し、煙草を吸い始める。
    「結局、アレから一度も会うてへんけど、今どないしてはるんやろなぁ」
    「さあ……? 俺も全然、うわさとか聞かないっスねぇ」
     ロウも書類をまとめ終え、棚に収めていく。
    「そんじゃボチボチ、俺寝ますわ。おつかれっス」
    「ん、ありがとさん」
     ロウが部屋を出た後も、エリザはしばらく無言で煙草をふかしていた。
    「……ふー」
     部屋の中がうっすら白くなり始めたところで、エリザは煙管を口から離し、ぼそ、とつぶやいた。
    「アレから20年近く経つけども、誰も知らへん、か。
     ホウオウさんの方もさっぱり聞かへんし、……何なんやろ? 本気でこのまま、アタシに会わへんつもりやろか。
     いっぺんくらい、ロイドとリンダに会わせてやりたいねんけどなー……」
     エリザは煙管をくわえ直しつつ、たった今収められたばかりの書類に手を伸ばす。
    「……としてもや。あんだけトガった人らやし、隠れて過ごしとっても、ドコかで目立つはずや。必ず、誰かがうわさする。そう言う人らや。
     いつか、こっちから会いに行って、ウチまで引っ張り込んだるからな」

    琥珀暁・往海伝 終
    琥珀暁・往海伝 8
    »»  2018.10.30.
    神様たちの話、第154話。
    彼の国の港。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ホープ島を出発してからさらに3ヶ月、4つの島を越えて、遠征隊はついに、北方の地に到着しようとしていた。
    「あれが『我々の世界』における唯一の不凍港、テプロイモアだ」
     船の前方に見える港町を指差したイサコ尉官に、ハンが尋ねる。
    「意味は……、『温かい海』とでも言えばいいのか?」
    「そうだ。貴官らには変わらず寒い場所ではあろうが、我々にとっては最も南に位置する、実りある土地である。とは言え山間部に比べればその収穫も、さほどでは無いが」
    「言うてたね、そんなん」
     話の輪に、エリザが入ってくる。
    「山の方はお芋さんやらカボチャさんやら仰山取れるけど、海に近い方は農業、あんまり上手いコト行ってへんって、そんなん聞いたけど」
    「ええ。とは言え海ですから、水産物に関しては獲れることは獲れるのです。ただ、一年を通して寒さが厳しいので……」
    「漁場が凍ってしまう、と言うわけか」
    「うむ。どうにか港を出ても、海の方が凍り付いていることもある。そうした事情もあり、街を完全に賄えるほどの漁獲量は期待できない。それに不凍港とは言ったものの、厳寒期には凍ってしまう。
     故にあの街に住む者は皆、常に飢えと戦っているようなものだ」
    「詳しいな。トロコフ尉官は、南の方に?」
     尋ねたハンに、イサコは深々とうなずく。
    「うむ。実を言えば、故郷はあの街だ」
     と、エリザが手を挙げる。
    「そう言えば、あんまり詳しく聞いてへんかったかもやけど」
    「何でしょう」
     ハンなど、遠征隊のほとんどの者とは対等な口調で話すイサコも、どうやらエリザに対しては頭が上がらないらしく、彼女にだけは敬語が多くなる。
    「レン・ジーンっちゅうのんは、『アンタらの世界』で一番偉い、王様っちゅう認識でええんか?」
    「と言うと?」
     エリザの問いに、ハンが重ねて尋ねてくる。
    「例えばや、ハンくんらのトコやと、ゼロさんが王様やん。ただな、アタシらのトコやと、アタシがゼロさんの代理っちゅうか、力を貸してもろてるような立場やん?」
    「確かに名目上、エリザさんは名代(みょうだい)とされてますね」
    「実際もそうやろ? 何や『名目上』て。妙な言い回しやな」
     ハンを軽くにらみ、エリザは「ま、ええわ」と切り替える。
    「ほんでソコら辺、イサコくんらはどないやろなって。
     ジーンが直で、イサコくんに命令しとんのかなーってなると――イサコくんの話からして――えらい遠いところから伝えとんねんなーと思てな」
    「なるほど。確かにエリザさんの仰った通り、事情は多少違います」
     そう前置きし、イサコは「レン・ジーンの世界」について説明し始めた。
    「ジーン陛下は確かに、我々の世界全土を統べる方です。ただ、私も直接、面前に拝したことはありません。
     陛下はかつて、この世界にあった9つの国と戦い、そしてそのすべてに勝利し、絶対王者、皇帝として君臨しているのです」
    「アタシとゼロさんみたいな関係かな思てたけど、大分違うみたいやな。ちゅうコトは、絶対逆らえへんっちゅうような感じなん?」
    「左様です。加えて述べれば、かつてジーン陛下と戦った9人の王は皆、陛下によって処刑されております。現在いる王はすべて、ジーン陛下の下僕(しもべ)なのです」
    「それは、……極端だな」
     いつもより一層渋い顔を向けたハンに、イサコは肩をすくめて返す。
    「それがこの世界の普通です。弱者は死すべき、と」
    「けったいな考えやな」
     一方、エリザは怒りのこもった口調で反論する。
    「そんな考え、行き着くところまで行ったら、強いヤツたった1人になってしまうような考えやん。一番弱いのんが死んでしもたら、次に死ぬのはその次に弱いヤツっちゅうコトになるワケやし。
     そんな『他人は見捨てて当然』っちゅうような、クソみたいなコト考えるヤツが一番上でふんぞり返っとるんは、腹立ってしゃあないわ」
    「エリザさん、それは街に着いてからは、言わないようにしていただけますか」
     イサコが心配そうな目で、エリザを眺めてくる。
    「陛下がいないとは言え、その部下である兵士・将官は街に滞在・駐屯しています。もし彼らの耳に入れば、きっと陛下にも伝わるでしょう。そうなれば数日で、街は焼け野原にされてしまいます」
    「なるかいな」
     が、エリザはフン、と鼻を鳴らし、こう言い返した。
    「アタシを始めとして、ハンくんやらロウくんやら、腕利きが大勢おるんや。何やあったら、撃退したるわ」
    「困った人ですね、あなたは」
     イサコもハン同様に渋い表情を浮かべ、黙り込んでしまった。
    琥珀暁・彼港伝 1
    »»  2018.11.01.
    神様たちの話、第155話。
    敵地上陸。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ハンたちの乗る船が街に近付くにつれ、港に人だかりができ始めた。
    「警戒されてるな」
    「そらそやろな」
     ハンとエリザは顔を見合わせ、対応を検討する。
    「どうします? このまま港に接岸しますか?」
    「そらアカンやろ。このまんま進んで、陸から仰山火矢かなんか射られたら、そのまんま燃えてまうわ。
     ソレよりイサコくんら連れて、小舟で向かった方がええやろ。向こうも知っとる顔見つけたら、襲う気起こらんやろしな」
    「同意見です。では向かう人間を選出しましょう」

     協議の結果、先んじて港に向かうのはハン、エリザ、クー、そしてイサコの4名となった。
    「この遠征隊の中心人物とトロコフ尉官であれば、話し合いには適当な人選でしょう」
    「せやね。もし勇み足で攻撃してきよっても、アタシとクーちゃんやったら跳ね返せるしな」
    「そんなことが起こらぬよう、祈るばかりです」
     緊張した面持ちでそうつぶやきつつ、イサコが船首側に座る。そのすぐ後ろにハンとエリザ、後方にクーが座り、舟は港へと漕ぎ出した。
    「しかし、魔術と言うものは便利なものですね」
     オールを使わず、魔術による風の力だけですいすいと進む舟に、イサコが感心したような声を漏らす。
    「我々があの海を越えた時には、屈強な男が総出でオールを漕いだものですが」
    「ソレで到着でけたんやから、はっきり言うて奇跡みたいなもんやね」
    「まったくです。事実、死者も少なくありませんでした。出航時には100名以上いた我々も、ノースポートに上陸した時には半数まで減っていましたからね」
    「壮絶な船旅だな。……それを考えれば、俺たちの航海は、どれほど幸運だったか」
     ハンの言葉に、イサコが深々とうなずく。
    「然(しか)り。3ヶ月余りの航行で1名の犠牲者も出なかったとは、今持って信じがたい僥倖(ぎょうこう)だ。それは我々のように屈強な者たちが力任せに進んだからではなく、綿密な計画と周到な用意の下で、着実に進んだからであろうな。
     今にして思えば、我々がノースポートを制圧できたことこそ、奇跡ではないかと思う」
    「せやねぇ。ちょっと運が悪かったら、間違い無く返り討ちやったやろな。や、コレは何も、自慢やらおごりやらと違てな」
    「ええ、承知しています。事実、後の奪還作戦では為す術も無く、やすやすと敗れ去りましたからね」
     話している間に、舟は港の桟橋の、すぐそばまで近付いていく。
     が――その桟橋の上に多数の兵士が集まり、槍や弓を構えている。
    「(止まれ!)」
     兵士たちが口々に怒鳴ってきたところで、イサコが立ち上がり、応答した。
    「(待たれよ。私はイサコ・トロコフ、ユーグ王国尉官である。諸君らも王国の兵士たちであろう?)」
    「(えっ?)」
     イサコの名乗りに、兵士たちは目を丸くし、尋ね返してくる。
    「(まさか、トロコフ尉官? 海に流された、……いえ、南方調査に出向かれた、あのトロコフ尉官ですか?)」
    「(どちらでも同じようなものだ。とは言え、こうして戻った故、上陸を許可されたし)」
    「(しょ、少々お待ちを。上官に報告して参ります)」
     何名かが報告へ向かったところで、残った兵士たちに、クーが現地語で話しかけた。
    「(はじめまして)」
    「(へ? あ、ああ、はじめまして)」
     ぎょっとした顔をしながらも、兵士たちは普通に反応する。
    「(よろしければ色々とお話したいのですけれど、よろしいかしら?)」
    「(は、はあ。構いませんが)」
    「おい、クー」
     と、ハンが会話をさえぎろうとする。
    「まだ警戒態勢の最中だ。あまり不用意な行動は……」「せやからやるんやないの」
     しかしいつものように、エリザがそれに釘を刺す。
    「この後偉いさんとアレコレ話し合いして、クーちゃんがやんごとなき身分の子やって知れ渡ってからお話しよう思たって、皆敬礼しかしてくれへんなるやろ。
     そんなんつまらへんよなー、クーちゃん?」
    「ええ。まったくもって仰る通りですわ」
     クーはにっこりとエリザに笑みを向け、それから兵士たちとの会話を再開する。
     ハンはまだ何か言いたそうにしていたが、憮然とした顔をぷい、と海の方に向け、報告に向かった兵士たちが戻って来るまで、何も言わなかった。
    琥珀暁・彼港伝 2
    »»  2018.11.02.
    神様たちの話、第156話。
    傀儡王。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     イサコたちの帰還が彼らの本隊、ユーグ王国軍に伝わってすぐ、ハンたち4人は王宮に招待された。
    「(よくぞ無事に戻ってきてくれた)」
     ハンたちの前に、兵士や将官らより比較的質の良さそうな服をまとった、しかし、どこか頼り無さそうな短耳の男が現れる。
    「(ええと……、トロコフ尉官で良かったかな。成果はあったようであるな)」
    「(はい。南方にて大陸を発見し、現地の人間と……)」
     イサコが説明しかけたところで、その短耳はさえぎるようにまくし立てる。
    「(そうか、現地人を捕まえてきたのだな? しかし皇帝陛下からは見付け次第殺せと命じられていたはずであろう? 何故生かして連れてきたのだ?)」
    「(誤解しておいでです、国王陛下。我々が彼らに勝利したのではなく、彼らが我々を下したのです。私は彼らに拘束され、ここまで連行された身に過ぎません)」
     イサコの言葉に、国王と呼ばれたその男はきょとんとした顔になる。
    「(う、うん? 聞き間違いか? 貴官が現地人を連行したのではないのか?)」
    「(聞き間違いではございませんわ、王様)」
     と、クーが口を挟む。
    「(自己紹介いたしますわね。わたくしたちはあなた方の仰る、南方にある国から参りました。
     わたくしはその国の統治者、ゼロ・タイムズの娘で、クラム・タイムズと申します。この国、いえ、この『ジーンの世界』へは、平和的な交流を求めて参りました)」
    「(え? え? ……つまりどう言うことなのだ、尉官?)」
    「(タイムズ殿下が仰られた通りです。南方の『タイムズの世界』は、争いを求めておりません。ただし我々のように侵略してくる者に対しては毅然と対抗措置を採り、迎撃・報復を行うとのことです。
     事実、彼らの港を占拠した我々に対し、彼らは我々を拿捕・拘束しております)」
    「(それは……しかし……その……)」
     明らかに困惑した様子の国王に、イサコは説得しようとする。
    「(陛下、ともかく彼らは友好的に接して欲しいと申しておるのです。戦わずに済むのであればそれで良いのでは……)」「ちょい待ち、イサコくん」
     と、今まできょろきょろと辺りをうかがっていたエリザが口を挟む。
    「初めて聞くような話をいきなりバンバン聞かされて、アタマがちゃんと回ってへんような状態で『さあどないするかさっさと決めてんか』言うて詰め寄っても、そんなん絶対、後で言うた言わへんて揉めるやん。
     そもそもや。この人はアタシらが本来、話しよう思てるジーンっちゅうヤツやあらへんねやろ?」
    「あ、はい。そうですね、紹介が遅れました。彼はこのユーグ王国の国王で……」「せやろ?」
     さえぎり気味にそう返し、エリザはイサコの襟をくい、と引き、熊耳を自分の口元まで引き寄せる。
    「ココで変な受け答えさせへん方がええで。『監視役』の目もあるやろからな」
    「なるほど、確かに」
     一方、エリザとイサコが耳打ちし合っている間にも、クーは国王にあれこれと質問をぶつけていた。
    「(ではこの街の東に、ジーン本軍の基地がございますのね)」
    「(うむ。本軍の兵士らはその基地より、ここや他の街など、我が領地全体を巡回しておるのだ)」
    「(規模や頻度はどの程度でしょうか?)」
    「(何故そんなことを……?)」
    「(彼らともお話いたせれば、と存じまして)」
    「(そう言うことであれば、私の方から彼らに話を通しておくこともできるが)」
    「(お心遣い、感謝いたしますわ。ではそちらもお願いするとして……)」
     と、そこにハンが口を挟む。
    「(失礼ながら、国王陛下。よろしいでしょうか)」
    「(うむ?)」
    「(先程トロコフ尉官より伝えられたように、我々の部隊が乗っている船は現在、港の沖合に留まっております。
     この船の港への停泊許可、そして我々の上陸と、この街に滞在する許可をいただけないでしょうか)」
    「(きょ、許可であるか。そ、その、御上に伝えなければ、私からはどうとも……)」
     その回答に、ハンは――表情こそ出さないものの――げんなりした様子をにじませる。
    「(失礼を重ねるようですが、陛下。あなたがこの国の主でしょう? この国の中における裁量や権限はあなたに帰属し、あなたが最高決定権を有するものではないのですか?)」
    「(名目上は、確かにそれはその通りなのだが、『この世界』全体の決定権は御上にある。私の独断で勝手に決めては、御上から後で何を言われるか……。
     ともかく、御上に話を通し、許可を得られなければ、私からは何とも……。すまないが、しばらく海の上で滞在してもらうしか)」
    「(……承知しました)」
     それ以上の問答を諦め、ハンたちは王宮を後にした。
    琥珀暁・彼港伝 3
    »»  2018.11.03.
    神様たちの話、第157話。
    押すべきか、引くべきか。

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    4.
     王宮を後にし、ハンたち4人は船へ戻る道中、今後について話し合っていた。
    「上陸許可が出ないことにはどうしようも無いですね。しばらくの間、海上で留まるしか無いでしょう」
     そう切り出したハンに、エリザが反論する。
    「なんでやねんな? 許可なんか、あっちの内々での話やないの。ここに入れへんっちゅうんやったら、別のトコに上陸して陣取ったらええだけやん」
    「しかし、それでは角が立つでしょう。我々は友好的にと……」
    「こっちが『仲良うしよなー』言うて手ぶらで近寄ったら、向こうが『ほんならこっちも』言うて気ぃ許すと思うんか? 向こうがめっちゃ好戦的なんははっきりしとるやろ。ボッコボコに殴られるんがオチや。
     そう言う相手やと最初っから分かっとるんや、こっちかて遠慮はいらんねん。あっちの許す、許さへんを基準にして行動する理由は無いし、こっちにはこっちの都合があるねんで?」
    「それは確かにそうですが……」
     ハンが渋る一方、クーは同意する。
    「わたくしは、エリザさんの仰る通りだと存じますわね。ハンの物の仰り方、まるで既に相手の配下にあるかのように感じました。
     わたくしたちの上に立つ者は父上、ゼロ・タイムズであって、ジーンではございませんわ」
    「俺は何も、そんなつもりで話していたわけじゃない。あくまで相手の立場をだな……」
    「そちらについても、エリザさんの仰る通りですわ。相手がわたくしたちを軽んじていると言うのに、こちらが尊重する理由がございますか?」
    「相手が尊重しないからと言って自分も尊重しないなんて理屈は、俺は採りたくない。
     出会った相手が野盗だったら、俺も士官であることを辞め、野盗になれって言うのか? それこそバカバカしい、幼稚な理屈だろう。相手がどんな人間であったにせよ、俺は一定以上の理解と敬意を示すつもりだ。
     とにかくこの遠征隊のリーダーは俺だ。相手の許可や寛容無しに、こっちの都合と利益だけで身勝手な行動を執ることは、俺が断じて許さない。よって現状はこの街から離れ、船上で相手の回答を待つことにする。
     それで問題ありますか、エリザさん?」
    「アンタがどーしてもそーしたいっちゅうんやったら、何も言わへんわな。イサコくんにしても、揉め事なんか起きて欲しくないやろしな」
    「ええ、そうしていただけると、大変助かります」
     イサコがうなずいたところで、ハンは話を切り上げようとする。
    「じゃあ、一旦船に戻ろう。相手から沙汰があるまでは……」「一応聞くけどもな」
     が、エリザが手を挙げ、こう尋ねてきた。
    「あっちが『上陸許可でけへんから帰ってー』言うてきたら、『あいよー』言うて引き返すんか? アホやろ、そんなん」
    「ええ、流石にそれは無いです」
     ハンはかぶりを振り、北の方に見える山々を指差す。
    「帰ったところで、問題は何も解決してないですからね。
     我々の本懐はこの地を訪れることではなく、ジーンに会い、平和的な関係を築くことですから」
    「ソレ聞いて安心したわ。ホンマにこのまんま帰ったら、ガキの使いも同然やからな」
    「大人ですからね。自分がなすべきことは、しっかり把握しています」
     そう言って、ハンはニヤ、と笑う。
     対するエリザも、「せやったね」と答えながら笑った。
    「何でやろな、アンタのコトを子供扱いしてまうんよ。ゴメンな」
    「構いませんよ。昔からの付き合いですし。それこそ、俺が小さい時から」
    「せやねぇ、アハハ……」
     二人して笑い合ったところで――突然ハンが表情を変え、「ん?」とうなった。
    「エリザさん」
    「どないした?」
    「前から兵士らしき人間が来ます。しかしユーグ王宮で見た兵士とは、装備が違います」
    「うん?」
     言われてエリザもクーたちも、ハンの向く方に目をやる。
     程無く、その兵士たちがハンたちの前で立ち止まった。
    琥珀暁・彼港伝 4
    »»  2018.11.04.
    神様たちの話、第158話。
    あしらい。

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    5.
    「(我々は帝国軍沿岸方面監視基地の者だ! お前らが南方から戻ってきた奴らだな!?)」
     兵士たちにいきなりまくし立てられ、流石のハンもむっとした表情を浮かべる。
    「(自分から名乗る礼儀は多少評価するが、一体何なんだ? 確かに俺たちは、あんたたちの言う南方からやって来たが)」
    「(うん? 言葉が分かるのか。案外、文明的なようだな。まあいい。我々に投降してもらおうか)」
    「(投降だと? まるで俺たちが犯罪者のような物言いだな。何の権限がある?)」
    「(権限? 奴隷が何を偉そうに!)」
     奴隷と聞き、イサコが顔を青くする一方、残る3人は一様に怒りをあらわにしていた。
    「(ち、違います! 彼らは……)」「黙っとき、イサコくん」「……は、はい」
     イサコとハンを押しのけ、エリザが前に出る。
    「(アンタら、港におった兵士から事情聞いてこっち駆けつけたクチか?)」
    「(そうだ。強行上陸を試みた痴れ者がいると聞いてな)」
    「(強行上陸? アタシらは『上がってええかー』てちゃんと聞いたし、ユーグ王国の人らから許可ももろたで。人の話はちゃんと聞かなアカンで)」
    「(はあ? 王国の許可だと? バカめ! この国の民にそんな権限があるものか!)」
     兵士は馬鹿にしたような目で、エリザをにらむ。
    「(全権限は我々帝国民にあるのだ! お前らも周りの奴らも、我々にとっては単なる奴隷に過ぎん!)」
    「(ほーぉ。そうかそうか、よぉ分かったわ)」
     エリザは魔杖を構えながら、その兵士に尋ねる。
    「(つまりこう言うワケやな、アンタら帝国の人間はアタシらの上陸許可も与えへんし、平和的な話し合いもする気無い。帝国人以外は人間扱いしたらへんぞ、と)」
    「(だったら何だ!?)」
     今度は兵士には答えず、ハンに尋ねる。
    「ハンくん、コイツらこんなコト言うてるけど、ソレでも大人しく従うか?
     連れてかれたら多分武器やら何やら全部取り上げられて裸にされて、めっちゃひどい目に遭うやろけど」
     ハンは渋るような顔をしていたが、やがて諦め気味に答えた。
    「……致し方無いですね。でも殺すのだけは、絶対にやめて下さいよ」
    「分かっとる。コイツら死んでもーたら、誰が戻って報告するんやっちゅう話やんか」
    「(おい、何をごちゃごちゃと……)」
     またも怒鳴ろうとしてきた兵士に向き直り、エリザは諭すようにこう返す。
    「(あのな? アンタらんトコには後で、改めてお邪魔する予定やさかい、今日のところは大人しく帰りいや)」
    「(何を言うかと思えば。バカも休み休み言え!)」
    「(帰りって)」
    「(くどい!)」
    「(こんだけ言うても分からへんか?)」
    「(分からんのは貴様らの方だ!)」
    「(言うて分からへん人には痛い目遭うてもらうで?)」
    「(はっ、そんなに言うなら見せてもらおうか!?)」
    「(言うたな)」
     次の瞬間、居丈高に怒鳴っていたその兵士が、3メートルほど後方に吹き飛ばされた。
    「(わあっ!?)」
    「(お、おい!?)」
     他の兵士が目を丸くし、飛んで行った兵士の方に振り向く。
    「ほら、アンタらもよそ見せんと」
     その隙にエリザが次弾を放ち、残った兵士たちも弾き飛ばす。
    「ひえっ……」「おわあっ……」「ぎゃ……」
     10人以上いた兵士たちが残らず転がされたところで、エリザが再度声をかける。
    「(何べんも言わすな。早よ帰れや)」
    「(……てっ、撤退~!)」
     先程までエリザを見下していた兵士たちは、慌ててその場から逃げ去っていった。
    「やれやれ」
     成り行きを眺めていたハンが、肩をすくめる。
    「これで我々に対する彼らの心象は、かなり悪いものになったでしょうね」
    「そしたら何や? あのまんま連れてかれた方が良かったか?」
    「そうは言ってません。ただ、この後のことを考えると」
    「なったもんはしゃあないやろ。なったらなったで、それに応じて考えたらええだけや。臨機応変やね」
    「……ま、そうですね」
     一行は街を後にし、再び船に戻った。
    琥珀暁・彼港伝 5
    »»  2018.11.05.
    神様たちの話、第159話。
    街の声。

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    6.
     王宮を訪ねて数日後、ハンはエリザを船内の自室に招いていた。
    「エリザさん。あなたにはっきり、言うべきことがあります」
     そう切り出し、自分をにらんできたハンに、エリザは「あーら」と返す。
    「どないしたん、そんな怖いカオして」
    「とぼけないで下さい。分かってるはずでしょう?」
    「ま、そろそろ呼ぶんちゃうやろかなーとは思てたけど」
    「では、はっきり確認させてもらいますよ。
     エリザさん、……港で商売してたでしょう?」
     ハンの質問に、エリザはあっけらかんと答える。
    「してたで。ボチボチやけど」
    「何考えてるんですか?」
     のらりくらりとしたエリザの返答に、ハンは声を荒げる。
    「まだ相手から何の回答も得られてないですし、帝国兵を撃退したことで、心象はかなり悪くなっているはずです。
     常識的に考えればこれ以上、こちらからの干渉はすべきでないでしょう?」
    「ほんなら聞くけどな」
     が、エリザはいつものようにニヤニヤ笑いながら、こう尋ね返す。
    「3ヶ月弱の航海で、船ん中の食料やら飲み水やら、ほぼほぼ無くなっとるわな? ドコからご飯、確保するねんな? あるトコからもらわなアカンやろ?
     でもアンタが『心象悪なっとる』言うてる相手に、『タダで食わしてんかー』て言い寄って、『えーよ』言うワケ無いやん? ほんならカネ稼いで買わな、どないもならんやん」
    「我々は船上にいるんですから、海から魚を穫れば……」
    「アンタなぁ、街の人からモノ買うたらアカン言う割に、街の人が使てる漁場は勝手に使てええっちゅうんか? 自分勝手すぎひんか、ソレ?」
    「う……」
     ハンはたじろぎかけるが、なおも強情を張ろうとする。
    「し、しかしですね、商売となれば、元手がいるでしょう? 何を売ってるんです? まさか船の備品を横流ししてたり……」
    「アホか」
     エリザは笑い飛ばし、自分の左腕を、右手でぺちぺちと叩いて見せた。
    「アタシの本職忘れとるやろ」
    「本職……? 魔術師でしょう? 何か芸でも見せてるとか?」
    「ちゃうわ」
     エリザは首に下げていたネックレスをつかみ、ハンの鼻先に掲げる。
    「宝飾屋やで。そら金属熔かすのんとかには、魔術使てるけどな。
     港の端で拾た貝殻やら綺麗な石やらを加工して、ペンダントやら指輪やらにして売ってんねん。あっちの女の子にめっちゃ人気出とるでー」
    「はぁ……」
     ハンは頭を抱え、椅子にうなだれる。
     と、それを眺めていたエリザが、フンと鼻を鳴らす。
    「干渉せんようにしとこ、傍観しとこかっちゅうのんも、場合によっては有効策やけどもな。向こうの状況も探らな、ホンマに有効な策なんちゅうのんは打ち出されへんで」
    「と言うと?」
     顔を上げたハンに、エリザは依然として笑みを崩さず、こう続ける。
    「アクセサリ売ってる片手間に、向こうのうわさやら評判やらを聞いとったんや。そしたらおもろいコトになってるみたいやで」
    「おもろいコト、……ですって?」
    「まずな、帝国さんの評判やけども、思った通り最低な感じやったね。
     しょっちゅう暴力沙汰起こしてはるし、あっちこっちの飯屋やら店屋で、タダ飯食うてタダ酒呑んでしとるらしいわ。本気で『帝国民以外は全員奴隷じゃ』思とるみたいやな。
     で、そんな帝国兵に喧嘩売ったアタシら、っちゅうかアタシやな、えらい人気みたいでな。普通、店開いてすぐなんて、客が来おへんやろ? アンタの言うように、心象悪いっちゅうんなら尚更や。
     せやのに開いたその日、いや、開く前からな、老若男女問わず『今度は何しはるんですかー』言うて囲まれてしもたんよ。めっちゃ期待の目ぇで見つめられてな」
    「大層な自慢ですね」
     ハンが皮肉を挟むが、エリザは構わず続ける。
    「そう言う感じやから、正直アタシが聞かんでも、向こうからアレやコレや教えてくれるんよ。……ま、話戻すけどもな。
     今な、アタシらのコト、うわさになっとんねん。『帝国に反旗を翻す人らが来はった』言うてな」
    「反旗を翻す、……ですって?」
    「せや。さっき言うたようにな、帝国の人らはこの辺りの人らに、ごっつ評判悪いねん。
     アンタが言う『心象の悪さ』も、帝国の人はともかく、ココら辺の人らには当てはまらへんやろな」
    「ふむ……」
    「ソコでや」
     エリザはピン、と人差し指を立て、こんな提案をした。
    「もし今後、この国の人らがアタシたちに『助けてー』言うてきたら、全面的に乗っかってみたらどないや?」
    「乗っかる、……と言うと?」
    「アタシらが前面に立って、帝国とガチで戦うっちゅう話や」
    「そんなこと、できるはずが無いでしょう!?」
     ハンは顔をしかめ、再度声を荒げて否定した。
    琥珀暁・彼港伝 6
    »»  2018.11.06.
    神様たちの話、第160話。
    戦争宣伝戦略・クラシック。

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    7.
     ハンに提案を真っ向から否定されるが、エリザは声を荒げたりせず、やんわり尋ねる。
    「そないがーがーわめいてアカンアカン言わんときいや。なんでやな?」
    「確かに帝国兵の態度は横柄そのものでしたし、俺自身も少なからず、不快な思いをしました。エリザさんがうかがったと言うこの国の情況も、十分に納得行くものがありますし、かつ、同情すべき点があることは、大いに認めます。
     ですが、我々はそもそも話し合いに来たんです。侵略をしに来たわけじゃありません」
    「そう言うたかて、向こうが攻めに来るかも知れへんやろ。何せ、『心象が悪い』やからな」
    「それは……、確かに考慮すべき点ではあります。好戦的なことを考えれば、十分に有り得るでしょう。
     それに関しては、積極的に迎撃した方がいいと言うことは認めます。ノースポートでのこともありますからね」
    「せやな」
    「ただ、勝つにせよ負けるにせよ、その後の関係はどうしようも無く悪化するでしょうね。所期の目的は達成できそうにありません」
    「その点はしゃあないな」
     そう返したエリザを、ハンがにらみつけた。
    「関係悪化の初手を打ったのは誰なんですか」
    「アタシやね」
     一方のエリザも、姿勢を崩さない。
    「せやけどな、あの状況で他にやりようあったか? 仮にハンくんが相手したとて、結果は一緒やったやろ?」
    「……否定し切れませんね。あの時は俺もかなりムッと来てましたし、乱暴な手段に出ていたかも知れません」
    「他の二人は、そもそも手ぇ出されへんかったやろしな。結局、ああなるしか無かったんや」
    「そうですね。……すみません」
     ハンが素直に頭を下げ、エリザも肩をすくめて返す。
    「ほんならや、アタシが提案した策はどないや? ユーグ王国の人らの期待を背負って立つんやったらソレが大義名分にもなるし、少なくともこの国とアタシらとで友好関係を結べるやろ?」
    「だからそれは駄目です」
     話が振り出しに戻り、ハンもエリザも互いににらみ合う。
    「なんでやねん」
    「大義名分であるとか正当性だとか、そう言う点については納得できる面はあります。
     ですが物理的、物量的な問題があります。現状で戦闘に入ったら、我々の側が圧倒的に不利です」
    「つまり正面切って戦うには、兵隊も軍事物資もあらへんて言いたいワケやな」
    「何度も言いますが、俺たちは元々、話し合いをするためにやって来た遠征隊ですからね。勿論、相手が好戦的であることを考慮して、最低限の応戦ができる程度の人員と装備は揃えていますが、本格的に事を構えるとなると、すぐ底を突くでしょう」
    「せやな。ただ――多少甘めの予測やけども――緒戦はそんなに苦戦もせえへんのちゃうやろか」
     エリザの意見に、ハンは首を傾げた。
    「何故です?」
    「アタシらは600人で海越えて来たけども、相手さんはどないやった?」
    「50人、いや、出港時は100人だったと聞いてますね。……ふむ」
     一瞬考える様子を見せ、ハンはこう続ける。
    「つまり戦力の逐次投入、小出しに兵を送ってくる可能性が高いと?」
    「言うてはったやろ、イサコくんらは『海に流された』って。
     つまり帝国さんにとって死んでもええような人間を、杜撰(ずさん)で無茶な計画にぽいっと放り込みよったっちゅう話やん?
     ソコに、帝国さんの性格が出とると思わへんか?」
    「なるほど、仮に投入した部隊が全滅するほどの被害が出たとしても、帝国本軍にまでは被害が及ばないような編成にするだろう、と言うことですか」
    「そう言うコトや。多分2、3回送り込んで、その都度アタシらが全滅させたとしても、帝国さんはまともに兵員を送りよらんやろな。
     せやけども、事情を知らん人らからしたら、中身がどんなんでも、ソレは『帝国軍』や思て一まとめにされるわな?」
    「でしょうね」
    「ほんで、ココからがアタシの策になるんやけどな」
     そう前置きして、エリザはハンに詰め寄った。
    「イサコくんから聞いたやろ、『この世界』には帝国を除いて、9つの国があるって」
    「ええ、そう言ってましたね」
    「アタシらとユーグ王国が結託したとして、ほんで帝国の人らを二度も三度もボッコボコにしたったとして、そして更に、その評判がソコら辺の国に広まったとしたら?」
    「かなりの衝撃を与えるでしょうね。元々帝国によって虐げられていた人たちでしょうから、今のユーグ王国のように、我々に何かしら期待を抱くかも知れません。
     つまりエリザさんの目論見は、ユーグ王国と結託した上で、相手が本気を出そうとしていない緒戦で勝利し、それを近隣に喧伝。こちらが有利であるように見せた上で、共に戦う者をこの地で募り、集めることで、最終的に帝国を圧倒しよう、……と言うことですね?」
    「大正解。コレなら序盤は600人で事足りるし、勝てば勝つだけ人が集まる。帝国さんはジリ貧になるっちゅうワケや。
     ま、コレは相当楽観的な話になるけどな。そもそも帝国さんがどんだけけしかけて来るかで話が変わってくるしな」
    「寡兵であることを願うしかないですね」
     ハンはため息交じりに、ぼそ、とつぶやいた。
    「戦うしか無い、か。陛下が嘆かれるな……」
    「ま、アタシが話するさかい、心配せんで」
    「……説得力があると思ってるんですか、その言葉?」
    琥珀暁・彼港伝 7
    »»  2018.11.07.
    神様たちの話、第161話。
    緊迫する情況。

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    8.
     戦闘の懸念があることを「魔術頭巾」による通信でゼロに伝えたところ、ハンの予想通り、彼は憂鬱そうな声でこう答えてきた。
    《どうしても?》
    「どないしてもですわ」
    《そうか……。
     いや、事情はたった今ハンから聞いた通りだし、なるべくしてなってしまったと言うことは、十分納得してるよ。
     ただ、どうしても穏便に済ませたかったんだけどな、って》
    「自分も同意見であります。今回の件に関してはあくまで拠点防衛に留めるとし……」「ちょい待ち」
     ハンが応答しているところに、エリザが口を挟む。
    「はっきり言うときますけどな、アタシは積極的に行くべきやろと思とるんです」
    《どうして?》
    「ハンくん今、拠点防衛のみやっちゅうたけども、その『拠点』ちゅうのんはどこや?」
    「この船でしょう。陸上に降りるような許可は得ていませんから」
    「アンタ、戦場がココだけで済むと思とるん?」
    「……」
     ハンは苦い顔で、歯切れ悪く答える。
    「それは、まあ……。確かに船までの進行ルートを考えれば、テプロイモア市街や港に被害が及ぶ可能性は、少なくないでしょうね」
    「そうやな? 考えたらすぐ分かるコトや。実際に帝国さんが攻めて来よったら、街の皆がとばっちり食らうん、誰でも分かるやんな?
     でもアンタ、自分らがやるのんは拠点防衛のみや、船さえ無事やったら街が丸焦げになってもええっちゅうてるやんな?」
    「そんなことは言ってません。……訂正します。街の人間に被害が及ばない範囲までは、防衛に努めます」
    《だけど、それはユーグ王国の国防体制、ひいては王国の立場をないがしろにすることになる。国王もいい顔をしないだろう。
     そもそも僕たちの都合で戦闘が起こるんだ。彼らにしてみれば、いい迷惑以外の何物でも無い。現時点で既に、彼らに深く干渉してしまっているんだ。
     その上でまだ、『自分たちはあなたたちに干渉しない』なんて消極的な姿勢を執っていては、非人情的で厚顔無恥な人間だと思われるだろう。そうなれば今後我々に、有効的に接してくれることは無くなってしまうだろうね。
     恐らくエリザ、君もそう言う考えだと思うけど、どうかな?》
    「ええ、その通りですわ。もう既にこの時点で、アタシらはこの国、ユーグ王国に不可逆的な干渉を行ってしもてると考えてええでしょう。っちゅうか、陸を踏んだ時点で干渉してへんワケが無いですわ。
     せやから『極力接触を避けて』っちゅうような態度は、もうアカンでしょう。そんなんしとったら、相手からむしろ非難されてしまいますわ」
    《うん、僕もそう思う。現状で執るべきは積極策だ。
     再度国王に謁見し、協力と互助関係を結べるように話し合うべきだろう。それをしなければユーグ王国は、ただただ戦火にさらされるだけになってしまうだろうからね。それよりも関係を築き、合同で防衛に当たった方が、被害はずっと少なくなるだろうし、今後の北方との関係構築にとって、足がかりが得られる。
     戦闘を許可しよう。ただし現時点では、ユーグ王国防衛についてのみだ。そしてこの情況と我々の対応についてユーグ王国側に通達し、再度話し合いを行ってくれ》
    「拝命いたしました」
     緊張をにじませた声で、ハンが答えた。

     その日の内にハンたちは、再度ユーグ王国国王に謁見を願い出た。ところが――。
    「門前払いと言うことか」
    「ええ」
     遣いに出たイサコから、国王がハンたちとの話し合いを拒否する旨が伝えられたのである。
    「やはり先日の一件が響いているのだろう。陛下は私にも会われず、伝言だけを宮殿前で伝えられる始末であった。ほとんど追い返されたようなものだ」
    「あらら」
     これを受け、エリザはのんきな声を出していたが、一方のハンは頭を抱えている。
    「どうします? 王国側がこれでは、到底防衛には……」
    「ソレはソレで、やりようはあるわ」
     エリザは胸元から煙管を取り出そうとしかけたが、ハンの目に気付き、手を膝に戻す。
    「ま、ソコら辺はアタシに任しとき。4、5日あればどうとでもでけるわ」
    「4、5日ですと? 会えもしない状態であるのに、一体どうやって……?」
    「んふふ」
     エリザはもう一度胸元に手を入れ、煙管を取り出しつつ、立ち上がった。
    「煙草吸うて来るわ。ま、気長に待っとき」

    琥珀暁・彼港伝 終
    琥珀暁・彼港伝 8
    »»  2018.11.08.
    神様たちの話、第162話。
    古代の為替観。

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    1.
    「副隊長のエリザが自ら港へ赴き、商いをしている」と言う話は既に船内でうわさになっていたし、さらにそのエリザから「ずーっと船ん中やと皆、体調崩してまうで」とハンに働きかけ、港や市街への出入りに対する規制を緩めさせていたこともあって、港にはちらほらと、遠征隊の姿が見られるようになっていた。
    「これ、ホントに今、エリザさんが作ったんですかー?」
     店先に並ぶ貝殻のネックレスを手に取ったマリアに、エリザはうんうんとうなずいて返す。
    「せやでー。できたてホヤホヤや」
    「かわいー」
     目をキラキラさせてアクセサリを眺めているマリアに、エリザがニヤニヤ笑いながら尋ねる。
    「買うか?」
    「いくらですー?」
    「こっちの通貨やと25デニー、クラムやと20」
    「やっす!?」
     一転、マリアは目を丸くする。
    「元手タダやもん」
    「な、なるほどー。……こっちの指輪は?」
    「そっちは25クラムか30デニーで」
    「儲かります、そんなんで?」
    「元手タダやもん」
    「ちなみに一日、どれくらい稼いでるんですか?」
    「クラムで800くらい。デニーで換算したら、多分1000行くんちゃうかな」
    「かんさん?」
     きょとんとするマリアに、エリザが耳打ちする。
    「こっちでちっさい魚一匹、7デニーか8デニーくらいやってんけどな、ノースポートやと同じ大きさで5クラムやってん。
     アタシがちっちゃい時も、山の南と北でカネ自体も使う量も違てたもんやし、こっちでも分けといた方がええやろな、と思てな」
    「へー……?」
     要領を得なさそうなマリアに、エリザは肩をすくめる。
    「ほら、クラムとデニー、ちょと重さ違うやろ? 1まとまりの量がちゃうねん。ほな、まとまっとる大きさに合わせて、額も変えとかな不公平やん」
    「……あー、なるほど」
     マリアはうなずきつつ、腰に着けていたバッグから両方の銅貨を取り出して、重さを比べる。
    「あ、ホントだ。デニーの方が重たいんですね。
     ……あれ? でも今、エリザさんが言ってた感じだと、……えーと、おさかな1匹5クラムと8デニーでしたっけ」
    「大体な」
    「って言うことはー、えーと、クラムの方が少ない枚数で買えるってことでー、それだと、クラムの方が多くならないと、おかしいんじゃないですか?」
    「ちょと調べてみたらな、デニーの中身、ほとんど鉛やねん。銅や銀は表面にぺらーっと乗っとる程度で」
    「え、そうなんですか?」
    「クラムの方も純粋な銅や銀やないけども、ほんでも純度はこっちの方がええねん。
     そうなると、今後アタシらがクラム仰山持ってきたら、あっちゅう間にデニー、使われへんようになるやろな」
    「どうしてです?」
    「アンタ、『コレは銀塊ですー』言うて鉛の塊渡されたら、ハラ立つやろ?」
    「そりゃまあ。うそ、嫌ですもん」
     うなずくマリアの鼻先に、エリザはデニー銅貨を掲げる。
    「ココの人らはソレやられとんねん。この鉛の塊を『銅ですー、銀ですー』言うてつかまされとるんよ。
     で、ソコに純度の高いアタシらのおカネや。ホンマもんの銀とニセもんの銀やったら、どっちがほしいと思うやろな?」
    「なーるほど」
    「……てか」
     エリザがそこで、いぶかしげな声を漏らす。
    「アンタ、ドコでデニーもろたん?」
    「港で街の人のお手伝いしてたら、『ありがとう、お駄賃だよ』って」
    「アハハ……」
     エリザは笑い出し、辺りを見回す。
    「他にもそう言う子いそうやな。シモン部隊は人のええのんが仰山おるからな」
    「ですねー」
    「ま、ハンくん自身はごっつ苦い顔しとるやろけど」
    「あはは……」

     エリザの予想通り――丁度その頃、ハンは苦々しい気持ちで、港の様子を単眼鏡で眺めていた。
    (あっちにも、こっちにも、遠征隊の奴らがうろうろしている……。
     まったく……! エリザさんには本当に困らせられる。放っておけばどんどん、規律が緩んでいってしまう。『この世界』にとって俺たちは、初めて出会う『別世界の』人間なんだ。俺たちの行動一つひとつで、『海の向こうにいる人間はこんな奴なのか』と思われるんだぞ? それなのに――エリザさんみたいにいい加減でデタラメな人が港に顔を出したりなんかしていたら、俺たち全員、『そう言う奴』だと思われるじゃないか!?
     ……勘弁してほしいよ、本当に。俺はそうじゃないんだって)
     それ以上港の様子を見る気にならず、ハンは単眼鏡をしまい、船内に降りていった。
    琥珀暁・衝北伝 1
    »»  2018.11.10.
    神様たちの話、第163話。
    凸凹問答。

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    2.
     その日も小袋一杯にデニーを稼ぎ、エリザが戻ってきたところで、ハンが彼女のところへ詰め寄ってきた。
    「お話があります」
    「なんや?」
    「ここでは何ですから、俺の部屋に」
    「ココでええやろ? アンタがしたい話ちゅうのんはどうせ、2つしかあらへんからな」
    「何ですって?」
    「『遠征隊の規律がどうのこうの』か、『迎撃策はどないや』のどっちかやろ? どっちも陰でコソコソ言う必要は無いと思うけどな」
     剣呑じみたエリザの言葉に、ハンのまなじりが尖ってくる。
    「そんなに皆の面前で、俺に怒られたいんですか?」
    「そんなコトあるかいな」
     エリザは辺りを見回し、遠巻きに見守っている兵士たちに声をかける。
    「みんな、ちょとこっち来ー」
    「え?」
     面食らった様子のハンをよそに、皆が集まってくる。
    「アタシから、ちょと周知あるから」
    「周知?」
     尋ねるハンには答えず、エリザはこう続けた。
    「明日辺りな、帝国軍さんら攻めてきはるで」
    「は!?」
     エリザからの突然の報告に、ハンはぎょっとしている。
    「待って下さい、エリザさん。一体……」「とりあえず続き聞き」
     そんなハンを制して、エリザは話し始めた。
    「今日、街の人らがうわさしとったんやけどもな。街の外れでちょいちょい、帝国兵さんらが目撃されとるらしいんよ。どうも斥候(せっこう:敵や地形などの状況を確認・監視する兵士のこと)やろな。
     ちゅうコトは近い内、攻めて来はるっちゅうコトや」
    「対策は済んだんですか? 『5日で国王を説得する』と言っていましたが」
    「そんなん言うてへんよ」
     そう返され、ハンは唖然とした表情を浮かべる。
    「何ですって? エリザさん、はっきり言っていたじゃないですか!?」
    「人の話はちゃんと聞かなアカンで」
     エリザはフン、と鼻を鳴らし、ハンの鼻に人差し指をちょこんと当てる。
    「アタシが言うたんは『5日あればどうとでもでける』や。あんなしょぼくれたおっさんと話する気ぃなんか、ハナっから無いわ」
    「国王と話さず、どうやってこの国の軍を動かすんです?」
    「軍も放っとき」
    「……わけが分かりません」
     ハンはエリザに詰め寄り、苛立たしげに尋ねる。
    「まさか俺たちだけで勝手に防衛するなんて言いませんよね!? そんなことをすればどうなるか、話し合ったはずですよね!?」
    「分かっとるよ。ちゃんとみんなに助けてもらうつもりしとる」
    「みんなですって? たった今、軍には助けを求めないと言ったばかりじゃないですか!?」
    「言うたよ?」
    「めちゃくちゃだ!」
     ハンは顔を真っ赤にし、いよいよ怒鳴り出す。
    「こんな数秒の間に、言うことがコロコロと変わるなんて! いい加減にも程があります! あなたは頭が、……頭がおかしいとしか思えない!」
     続いて剣を抜き、エリザに向けた。
    「あなたの権限をこの場で奪わせてもらいます! あなたは狂ってる! 到底、副隊長の任を全うできる状態じゃない!」
    「言いたいコトはソレで全部か? 人の話聞かんと、よーもまあ、そんな人を罵りよって」
     一方、エリザはいつも通りの、ひょうひょうとした態度を崩さない。
    「アタシは何にも、矛盾したコトは一つも言うてへんで? アンタがカタいアタマで勝手な推察立てて、物事を変な方向に決め込んどるだけや」
    「黙れ、狂人ッ!」
     ハンは一歩間合いを詰め、エリザの鼻先に剣の先を付ける。
    「もう一言もしゃべるな!」
    「アホ」
     次の瞬間――ぱちん、と何かが破裂したような音と共に、ハンは剣を放り出し、その場に尻餅を付いていた。
    「な……な?」
    「ぎゃーぎゃーうるさいわ。ちょと黙っとき」
    「い……った……い、なに……を?」
     その場で伸びたままのハンに、エリザは優しく声をかける。
    「ちょとしびれさせたんや。黙れ黙れ言うてる割にアンタ、めっちゃうるさかったし」
    「う……ぐ……」
     その言葉に抗おうとしているらしく、ハンはぶるぶると手や足を震わせているが、立ち上がれそうな様子は全く見られない。
     そんなハンに構わず、エリザは話を始めた。
    「ほな、アタシの策についてちゃんと説明するからな。大人しく聞いときや」
    琥珀暁・衝北伝 2
    »»  2018.11.11.
    神様たちの話、第164話。
    隔岸観火。

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    3.
     エリザは甲板を歩き回りながら、自分が仕掛けた策略について説明し始めた。
    「ま、ハンくんだけやなく、クーちゃんとイサコくんも見てたから分かると思うけども、あの王様、頼りないにも程があったやろ?」
    「仰る通りですわね」
     いつの間にかハンの側に来ていたクーの返答にうんうんとうなずきつつ、エリザはこう続ける。
    「あーゆーのんは大抵、権力に媚びてへつらいおもねる系の奴や。ほぼ間違い無く、アタシらが何言うたかて、『帝国がー』『ジーン陛下がー』言うて、協力なんかせえへん。ソレどころか陰に日向に帝国側へ協力し、アタシらにちょっかいかけよるやろな。折角の『見せ場』なワケやし」
    「見せ場?」
     クーに助けてもらいつつ、どうにか立ち上がったハンに、エリザがこう返す。
    「帝国本拠地から遠く離れた辺境の土地を押し付けられて、シケた日々を送っとった奴んトコに、突然異邦人が現れたんやで? 敵とみなして攻撃するには丁度ええやん。まさか街の人らを理由も無くしばくワケにも行かんしな。しかもソイツら揉め事起こして、帝国に反旗を翻す輩やってうわさや。
     ソレをボッコボコにしたったら、自分を売り込むええ宣伝になるやろ?」
    「なるほど」
    「そう言う奴を説得して協力させる約束取り付けたところで、ドコかで裏切るんがオチや。そーゆーコトを考えたら、王様の説得なんかやる意味あらへん。
     ただ、王様はそんなんでも、街のみんなはそんな思てへんはずや。むしろ帝国さんらのコトは、うっとおしゅうて敵わんやろ」
    「以前に『街の人間は帝国に反感を持っている』と言っていましたからね」
    「ソレや。元から評判悪い上に、アタシら目がけて攻めてきよるんも目に見えとる。いざ攻めてきたら、どんなとばっちり食うか分からんっちゅう話やん。その上、ココ数日仲良うしとったアタシや遠征隊のみんなと敵対するっちゅうんやったら、どっちの側に付きたくなるやろな」
    「まさか、それを見込んで規制を緩めさせたんですか?」
    「ちょっとはな。ま、ホンマに『ずーっと船ん中はしんどいやろ』っちゅう図らいはあったで。
     そう言うワケやから、いわゆる民意はアタシら側に傾いとる。その上で、ただ威張ってるだけで能無しのパチモン王が『遠征隊と戦う』なんて命令してきよったら、みんな『やってられるかボケ』と思うわな」
    「なるほど。しかし……」
     ハンは港に目を向けつつ、首をかしげる。
    「情況が押し迫っている現在、民意を獲得したとしても、あまり意味が無いのでは? 平時であれば民意を汲み、政治方針を変えると言うようなこともあるでしょうが、明日にでも帝国が来ると言うような現状で、国王がそう簡単に、帝国と敵対するよう方針を変えるとは思えませんが」
    「あんな王様がなんやっちゅうのん?」
     エリザはニヤニヤ笑いながら、肩をすくめて返す。
    「何か偉業を成したワケでもなく、その偉人の血を引いとるワケでもない、ただジーンの命令で居座っとるだけのヤツが『俺は王様やー、みんな平伏せー』ちゅうたかて、何で素直に平伏さなアカンねんや。街の人らにしても、普段からみんなそう思とるみたいやしな。そら言うコト聞いとかへんと帝国軍から報復されるかも知れへんから、いつもやったら素直に従うやろけども。
     ただ、今はその『いつも』やない。アタシらがいとる。公衆の面前で帝国兵をブッ飛ばしたったアタシらがな」
     エリザの説明に、ハンは顔を青ざめさせた。
    「つまりエリザさん、あなたは街の人間によって、反乱を起こさせようとしてるんですか!? 我々を実質的な後ろ楯にさせて!」
    「ま、そう言うコトやな。明日には帝国軍が来るやろなってトコやから、事態が動くなら今やろ」
     そう言って、エリザが口角を上げ、ニヤリと悪辣な笑みを浮かべると同時に――港から戻ってきた小舟から、遠征隊の兵士たちが大慌てで駆け上がってきた。
    「たっ、隊長! 大変です! 街が……」
    「どうした!?」
     尋ねたハンに、兵士らは目を白黒させながら、しどろもどろに説明する。
    「あの、ユーグ国王から、その、つい先程、公布が、その、我々を排除すべしと、でも、街の人間は、何と言うか、反発と言いますか」
    「落ち着き」
     エリザは彼に近付き、ぽんぽんと頭を撫でる。
    「まず、国王さんがアタシらを追い出そうとしたんやね?」
    「は、はい」
    「でも街の人たち、『そんなんムチャクチャやー』言うて反対しとるんやね?」
    「そ、そうです」
    「ほな今、街では大騒ぎなんやね」
    「仰る通りです。ただ、王国の大多数、その、王国軍も含めた、大多数が……」「うんうん、よお分かった」
     説明しかけた兵士をさえぎり、エリザが先読みする。
    「国王さんの側に付いとるはずの王国軍も『やってられるかー』言うて反発して、国王さんを襲っとるんか?」
    「はい」
    「なっ……」
     報告を聞き、ハンは再度青ざめる。対照的に、エリザはニコニコと笑っていた。
    「ほないっぺん、街の方に行ってみよか。こないだ行ったアタシら4人で」
    琥珀暁・衝北伝 3
    »»  2018.11.12.
    神様たちの話、第165話。
    この策は最良か、最低か?

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    4.
     ハンたちが王宮に到着した頃には既に、騒ぎは沈静化しつつあった。
    「(あっ、『狐』の女将さん!)」
    「(ん? アタシか?)」
     街の人間がエリザに気付き、嬉しそうに声をかけてくる。
    「(ちょうど良かった、皆でどうしようかって話してたんだよ)」
    「(どないしたん?)」
    「(いやさ、王様があんたたちを殺せなんて言い出すもんだから、俺たち全員抗議したんだよ)」「(そしたらあのアホ王、『従わないならお前らも殺すぞ』って)」
    「(ふざけんなっつって俺たち、王宮に乗り込んだらさ、王国軍にいた奴らも同じ気持ちだったみたいで、俺たちじゃなく、王様に襲いかかってたんだ)」
    「(王様はどないやのん? まだ生きとる?)」
     そう尋ねたエリザに、彼らは一様に首を横に振った。
    「(メッタ刺しにされて死んだみたいだぜ)」
    「(今までのうっぷんとかあったもんなぁ)」
    「(うんうん、分かる分かる)」
    「(いっつも『御上が』『帝国が』って威張り散らして、うっとおしかったもんな)」
     街の者たちと話しつつ王宮内を回り、ハンたちは状況を確認する。
    「国王一人が一方的に追い回されただけ、って感じだな。壁や床に目立った傷は無いし、調度品なんかも壊れてない。
     人一人死んだのは確かだが、それを除けば平和的に収まったらしい」
    「しかし、これからどうすれば?」
     尋ねたイサコに、ハンが「うん?」と返す。
    「曲がりなりにもこの国を治めていた国王が殺されたことで、この地の統治が崩壊してしまったことは明白。このまま放っておけば、国は瓦解してしまうだろう。これから来るであろう帝国軍への対応も、それを凌いだ後の統治も、誰が指揮を執ればいいのか……」
    「んー」
     と、街の者たちと話しつつ、左の狐耳だけをピコピコとハンたちに傾けていたエリザが、二人に向き直る。
    「ほな公布しよか」
    「はい?」
     エリザの提案に、ハンもイサコも同時に首をかしげる。
    「何をです?」
    「この国は暫定的に、アタシらが指揮を執る。ソレで納得するやろし、騒ぎも収まるやろ」
    「ちょ、ちょっと待って下さい!」
     当然、ハンは目を白黒させながら、それに抗弁する。
    「それではまるで、我々が街の者に国王を襲わせ、その混乱に乗じて占領したようなものじゃないですか!」
    「『まるで』? そのまんまやん」
    「俺たちは平和的に交渉することを目的に、ここへやって来たんですよ!? それを『占領した』などと認めれば、我々は単なる野蛮人になってしまいます!」
    「ほなコレからどないするん? 国王さんも死んで、今にも帝国さんが来はるっちゅう切羽詰まった状況でみんなを放っといて、アタシらだけ帰るんか?
     そっちの方がよっぽど人でなしやろ」
    「結果論じゃないですか! そもそもそうなったのは……!」
    「アタシのせいやっちゅうんか? けどもな、元々帝国さんがえばっとったコト、国王さんがソレを笠に着とったコト、どっちも街の人にえらい迷惑かけとって、ソレでみんなが『誰か何とかして』と思うてたんは別のコトやで。
     アタシはみんなを助けたに過ぎひん。アンタ、『助けて』言われて『嫌や』って言うか?」
    「そんなのは詭弁だ!」
     ハンは怒鳴り、エリザの胸ぐらをつかんでいた。
    「どうしてあなたは、平和的に事を収めようとしないんですかッ!? あなたの頭脳なら、できたはずでしょう!?」
    「コレがアタシの考える、最良かつ最速の方法や。めっちゃ平和的やんか」
     ハンの手を取り、エリザはこう返した。
    「今までに出た被害は何や? 皆からごっつ嫌われとった、いけ好かん王様一人だけや。他の方法執っとったら、もっと被害が出とったやろな。ソレが街の人らかアタシらか、ソレは断言でけんけども」
    「……~っ」
     ハンはそれ以上何も言わず、エリザから手を放して、背を向けてしまった。
     一方、エリザは何事も無かったかのように、クーに手招きする。
    「公布する役はアンタが適任やろ。お姫様やし。ちょと公布の内容、考えよか」
    「はっ、はい」
    「ソレからイサコくん、アンタもこっち来。アンタにもやってもらうコトあるから」
    「私ですか?」
    「ほなな、……で、……っちゅう感じでな、……や」
     その後、エリザたちは10分ほど話し込んでいたが、その間ずっと、ハンは背を向けたままだった。
    琥珀暁・衝北伝 4
    »»  2018.11.13.
    神様たちの話、第166話。
    王国掌握。

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    5.
     ホープ島でハンが予想していた通り、北の大陸における日没は早く、クロスセントラルでは昼下がりに当たる時刻だった。
     その日没時になって、王宮のバルコニーからハンたち4人が姿を現した。
    「(みんな、集まっとるかー?)」
     まず、エリザが口を開き、眼下に広がる民衆を見渡す。
    「(集まっとるな。ほな今から、色々伝えるさかい。よー聞いてな)」
     エリザが一歩引き、代わってクーが話し始めた。
    「(本日の昼、先王がわたくしたちハンニバル・シモン遠征隊に対し、討伐命令を下しました。ですが民意に沿わない命令であったため、国王軍全軍が不服従。反旗を翻し、先王を討伐いたしました)」
     既にこの事実は知れ渡っているらしく、これについては、民衆の反応は無かった。
     しかし次のことが伝えられた途端、ざわざわと騒ぐ声が、あちこちから響いてくる。
    「(そのため、新たな指導者を選出する必要が生じました。これについてわたくしたちは、帝国外洋調査隊隊長、イサコ・トロコフ尉官を推挙いたします。
     現在、情況は差し迫っております。早ければ今晩、ないし明日には、帝国軍がわたくしたち遠征隊に向けて兵を差し向けるとの情報を得ており、まずは可及的速やかに、その対策を定めねばなりません。それ故の独断です)」
     続いて、騒然とする民衆を制するように、エリザが発言する。
    「(びっくりするんは分かるけども、もうちょい聞いてな。
     戦い自体はアタシらが引き受けるつもりやさかい、安心してな。何ちゅうても、アタシらが原因やからね。みんなにそんな迷惑かけられへんもん。せやからアタシら遠征隊を一旦、船から街の方に移らせてほしいんよ。準備やら何やらせなアカンからな。
     誓って言うけども、街には被害を出させへん。アタシらに任せてもらう限りは)」
     エリザの言葉を、ハンは懐疑的に聞いていた。
    (『任せてもらう限りは』? 色々解釈できるが……、恐らく『任せる』の範囲がとてつもなく広いんだろう。さっきクーに言わせた『トロコフ尉官を指導者にする』も、その『任せる』の範囲だろうな。任命権も含めて。
     だが、それでいいのか、街の皆は? トロコフ尉官は確かにこの街の人間ではあるが、既に今現在、俺たちの側と言える立場にある。彼に指導者を任せるとなれば、それは実質、俺たちの支配下に置かれることと同義だ。
     分からないわけじゃない、……よな?)
     考えている間に、エリザがあれこれと言葉を重ね、民衆を説得していた。
     いや、それは相手の同意を得る「説得」と言うよりも、むしろ相手を心の底から惹き込む「洗脳」に近いものだった。
    「(……ちゅうワケで、アタシらに任せてほしいねん。みんな、ええかな?)」
     そして魅了されきったらしく――民衆は素直に従った。

     民衆の同意を得た上で、遠征隊は街中へと本拠を移した。
    「色々と言いたいことがありますが情況が差し迫っている現時点では言い切れないので大変心苦しいですが一旦保留とします」
    「さよか」
     あからさまに不満げな様子のハンに構う様子も無く、エリザはいつも通り、ひょうひょうとした態度でいる。
    「ともかく交渉事やら政治やらの領分はアタシやクーちゃんが頑張ったし、ココからは軍事の領分、つまりアンタが頑張る番や。
     準備は進んどるんか?」
    「ええ、その点は抜かり無く。
     王国軍と協調し、街の周辺に斥候を配置させて、状況を探らせています。戦闘態勢に入った際には、王国軍にはそのまま後方に待機してもらい、街の守りに徹してもらおうと考えています。
     武器や戦術等に関しては、やはり我々の方が優れているようですが、残念ながら王国軍全体に行き渡らせるには数も時間もありません。出撃は我々のみにすべきでしょう。
     俺個人の意見としては、あくまで専守防衛、こちらからの攻撃は行わず、相手の攻撃を防ぐことのみに努めたいと考えていますが、恐らくそれは難しいでしょう」
    「同感である」
     ハンの意見に、イサコがうなずいて返す。
    「帝国軍もそこまであなた方を侮ってはいないだろう。斥候によって兵力は割り出されているだろうし、相応の数を用意するはず。となれば、守りだけでは押し切られるだろう」
    「ああ。ある程度はこちらからも打って出る必要がある。遠征隊の中から戦闘に長けた人材を集め、迎撃部隊を組織しよう。
     ここまでで何か意見はありますか、エリザさん?」
     そう言ってにらみつけてくるハンに、エリザは肩をすくめて返した。
    「その作戦、50点やね」
    琥珀暁・衝北伝 5
    »»  2018.11.14.
    神様たちの話、第167話。
    積極的防衛策。

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    6.
     エリザの評価に、ハンはまた、目を吊り上がらせる。
    「どこが問題です?」
    「攻めの姿勢に問題有りや。アンタ『ある程度は』ちゅうたけどソレ、相手が手ぇ出した分だけこっちも手ぇ出す、っちゅう感じやろ?」
    「それはそうでしょう」
    「ズレとるわ。『まだそんなコト言うてるんか』っちゅう感じやで」
     エリザはハンの鼻先に、ぴんと人差し指を向ける。
    「アンタがこの作戦で大事にしたいんは何や?」
    「街の防衛です」
    「ソレだけか?」
    「と言うと?」
    「遠征隊の皆はどないやねん」
    「無論、それも無事に済むなら」
    「せやろ? ほんならもっと、積極的に行かんと」
     そう言われ、ハンはいぶかしげな表情を浮かべる。
    「積極的に? つまりこちらから攻めろと?」
    「そうや。先に相手から一撃かまされて、ソレが致命傷やったらどないすんねん? ソレよりもまずこっちから、相手に致命的な一撃をかましたって、攻撃そのものをでけへんようにして、撤退させる。その方がよっぽど被害は出えへんはずや。
     コレだけは今、はっきり言うとくで。『こっちが手ぇ出さへんかったら相手も手ぇ出さへんはずやろ』と、まだそんな悠長なコトを、アンタは頭のどっかでぼんやり考えとる。アンタの言動聞いとったら、ソレがよお分かるわ。せやから攻め方も消極的やし、小出し、様子見、先延ばしっちゅうような、一見危険も手間も無いように見えて、後々とんでもない被害としょうもない苦労がダラダラ出てまうような策を採ろうとしよる。
     ボーッと見とるだけやったら、何の解決策にもならんのやで。ホンマにどうにかしたいんやったら、覚悟決めてガツンと手ぇ出さんとアカンのんや」
    「ぐっ……」
     顔をしかめたハンに、イサコも申し訳なさそうに告げる。
    「シモン尉官、済まないが私も先生に同意見だ。彼奴らはやると決めたら徹底的にやる。そんな奴らが初太刀で致命傷を与えてくることは、十分に考えられるだろう。
     我々は生まれてからずっと、この地と帝国に苦しめられてきたのだ。先生が仰るまでもなく、奴らが非道であることは承知している」
    「……分かった。作戦を変えよう」
     ハンは苦い顔をしつつも、二人に同意した。

     話し合っている内にユーグ王国の斥候が戻り、相手の陣容が明らかになった。
    「敵の数はおよそ150名。ですが、どうやら王国軍が我々の側に付いたことには気付いていないようです」
     斥候からの話を伝えたハンに、エリザが首をかしげる。
    「ホンマに?」
    「お粗末な話ですが、斥候はすぐ、帝国軍に見付かったそうです。ところが捕まるどころか、相手から色々情報を与えられて、『王に伝えろ』と言付かって帰らされたと。どうも伝令か何かだと思われたようですね」
    「ちゅうコトは、敵の斥候は反乱以降には来てへんっちゅうコトか。そらお粗末やな」
     エリザは胸元から煙管を出し、口にくわえかけて、ハンに尋ねる。
    「吸うてええ?」
    「構いません」
    「ありがとな。……んー」
     煙草を一息吸い込み、エリザはこう続ける。
    「敵さんらの本陣は?」
     ハンは机に街付近の地図を広げ――ハンが測量・作成したものではなく、街の者から伝え聞いた情報をもとに作られた、彼からすれば「いい加減な」ものである――一点を指差した。
    「街から北東にある街道のど真ん中だそうです」
    「なんや、ここからモロ見えやないか。なめられとるな」
    「同感です」
    「ま、そう言うコトやったら簡単に攻撃でけるな」
     もう一息吸い、エリザはコン、と煙管の先を地図に置く。
    「見通しがええ分、さえぎるモノもあらへんから、守りはスカスカ。さらに言うたら、その見通しの良さも夜間の今、まったく利かへん。灯りについては何か言うてたか?」
    「特には、何も。どうやら使っていないようですね。一晩過ごし、翌日に襲撃するつもりなんでしょう」
    「完璧、アタシらからの攻撃を考えてへん態勢やね。ちゅうコトは今から速攻かけたったら、一瞬で終わるやろ。となると……」
     三度煙草を吸い、エリザはニッとハンに微笑みかける。
    「魔術兵はウチ、50人はおったな」
    「ええ」
    「ほんなら魔術兵中心に5部隊組み。ソレを3方向から5方向で前方および側方からけしかけて、一気に魔術攻撃や。勿論、距離は取ってな」
    「相手が無警戒なら、四方を囲むこともできるのでは?」
     尋ねたイサコに、エリザは首を振る。
    「ええけど、みんなガタイええんやろ? こっちの人ら、『熊』とか『虎』とかばっかりやし」
    「ええ」
    「囲んで攻撃しても、生き残っとる可能性はある。ソコで死ぬ気で反撃されたら、こっちも被害出るかも分からんしな。
     ソレより逃げ道与えてさっさと逃げてもろた方が、こっちも楽やん」
    「ふむ……」
    「あ、後な。ハンくん、魁(さきがけ)したってな」
    「念を押されるまでもなく、そうするつもりです」
     ハンは口を曲げ、言い返す。
    「誰かみたいに、荒事を他人任せにして自分一人、安全な場所でのうのうと過ごすようなつもりはありませんからね」
    「誰やねんな? けったいなヤツやね。
     ま、ソレだけやなくてな。さっき言うた『逃げ道』に向かわせなアカンからな。前から誰か迫って来たら、ビビって後ろへ逃げるやろ? アンタが適任や。思いっきり怖がらしたり」
    「了解しました」
    琥珀暁・衝北伝 6
    »»  2018.11.15.
    神様たちの話、第168話。
    北の大陸での初陣。

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    7.
     寒々しい気候のためか、この北の地ではなかなか、空に晴れ間が見えない。この晩もどんよりと曇っており、月明かりが差す気配も、全く無い。
     そんな中、テプロイモア郊外に構えられた帝国軍の野営は、ひっそりと静まり返っていた。灯りは暖を取るための焚き火くらいであり、その番以外の者は完全に寝入っているのが、遠くで見ているハンたちにも、明らかに察せられた。
    「やはり夜明けを待って出撃するつもりらしい。
     俺たちをおびき寄せるために油断を装って、……とも考えていたが、それも無さそうだ。何かしら待ち構えてるなら、もっと緊張感があってもいいはずだが、……見ろよシェロ。焚き火番、居眠りしてる」
     街道沿いの森に潜み、単眼鏡で偵察していたハンたちは、その緊張の欠片も無い布陣に呆れていた。
    「気ぃ抜きすぎっスね。こないだエリザ先生にやられたクセして、何も反省してないんでしょうね」
    「だろうな。……何と言うかあいつら、俺たちが思っていた以上に油断しすぎてるな。
     恐らく『この世界に自分たちより強いものなど無い』と、頭から信じ切ってるんだろう。だから斥候も敵・味方双方、真正面から堂々とうろついて見付かるし、こんな杜撰極まりない布陣を敷いて呑気してるんだろう。
     反面、俺たちの――陛下自らが御出陣していらした時からの――戦いは、相手があまりにも強いバケモノばかりだった。油断なんてできるはずもない。綿密な計画と周到な準備無しの軍事行動なんて、有り得ないことだった。そうしなきゃ、確実に死ぬんだからな。
     その考え方、体制は、現役の俺たちにもしっかり引き継がれてる――敵一体の強さが俺たちの平均より上なのは確かだが、戦術・戦略に関しては、俺たちがはるかに練度を高めていると考えていいだろう」
     と、「魔術頭巾」をかぶっていたビートが、ハンに耳打ちする。
    「他の隊から連絡がありました。予定の位置に付いたそうです」
    「了解した。では、作戦開始だ」
     ハンの号令が伝えられ、間も無く森の中から魔術による火や土の槍が、敵陣に向かって飛んで行った。

     第一波が全弾命中してすぐ、敵陣からわめき声が響いてくる。
     だが間髪入れず第二波、第三波がねじ込まれ、敵陣はこの時点で原型を留めないほどに破壊された。
    「俺たちも行くぞ!」
     ハンが立ち上がり、先陣を切る。
     部下たちも追従し、20人の突撃部隊が、右往左往している敵たちに向かって行った。
    「(てっ、敵襲、敵襲~!)」
    「(武器は、武器はどこだ!?)」
    「(どこから攻撃されてる!?)」
     迫る内にハンは、敵が完全に混乱し、ほとんど棒立ちに近い状態にあることに気付き、号令をかける。
    「全速前進! このまま敵陣の真ん中を突っ切れ!」
    「了解!」
     そのまま敵陣に到着し、全員が言われた通りに、反対側にまで進攻する。
    「(ひ、ひいっ……!)」
    「(待て待て待て待て、まだ、準備……)」
    「(武器、武器どこ~……!?)」
     敵陣は完全に瓦解し、兵士たちがばらばらと逃げ始める。それを見て、ハンは追い打ちをかけさせた。
    「大声で威嚇(いかく)してやれ!」
    「うおおおおおッ!」
    「らあああああッ!」
     20人が鬨(とき)の声を挙げ、敵の背を追い回す。
    「深追いはするな! 追い払うだけでいい!」
     そうして5分もしない内に、敵は全員、その場から逃げ去った。
     それを確認し、ハンが締める。
    「作戦終了! 俺たちの勝ちだッ!」
     その言葉に、全員が歓声を上げた。



    「帝国軍が海の向こうからやって来た遠征隊に手も足も出せずに敗走した」と言う、北の民にとってあまりにも衝撃的なこの報せは――エリザがそれとなく人を使い、喧伝したこともあり――すぐに沿岸部全域に広まった。、

     エリザの予想通り、緒戦は「ゼロの世界」の完全勝利で幕を閉じた。

    琥珀暁・衝北伝 終
    琥珀暁・衝北伝 7
    »»  2018.11.16.
    神様たちの話、第169話。
    防衛戦以後。

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    1.
    「こんな時、いつも思うが」
     ハンといつもの測量班3名、そしてクーを加えた5人が街の食堂に集まり、夕食を取っていた。
    「また始まったねー」
    「ええ。いつものです」
     マリアとビートが耳打ちし合うのをよそに、ハンは酒の入ったグラスを片手に、ぶつぶつと愚痴を吐いている。
    「エリザさんは大体、図々しいと言うか、厚かましいと言うか……」
    「『そもそもだな』」
     シェロが先読みした通りに、ハンは話を続ける。
    「そもそもだな、俺個人はエリザさんがこの遠征に参加したことに、いい気はしてなかったんだ。遅かれ早かれ、こうなることは予測できたはずだ。
     第一あの人は、公私の区別が全然付いてない。隊の皆に対しても部下じゃなく、近所の友人、知人程度にしか考えてない節がある」
    「状況によりけりと存じますけれど。あの方の場合は、それで万事、よく運んでいるご様子ですもの」
     クーが口を挟むが、ハンの耳には届いていないらしい。
    「このまま放っておいたら、いずれ遠征隊だってこの国だって、あの人に私物化されてしまう。そんなことが道義的に許されるものか!」
    「はあ」
     クーはつまらなそうな顔で、ビートの袖を引く。
    「このご講釈、終わらせられませんの?」
    「あと一口呑ませれば黙ります」
    「あら、そう」
     クーは立ち上がり、ハンの腕を取る。
    「さ、もう一口」
    「な、なにをする?」
    「えいっ」
     クーは無理矢理にグラスをハンの唇に持って行き、飲み込ませる。
    「やめっ、クー、……げほっ、あぶっ、ごぼっ、……んぐ」
     呑ませてすぐ、ハンはがくんと椅子にもたれかかり、眠ってしまった。
     それを見下ろしつつ、クーはにこりと皆に微笑みかける。
    「さ、静かになったことですし、お食事を楽しみましょう」
    「……殿下もなかなか、強引っスね」



     テプロイモア防衛戦が成功した後、ハンが懸念していた通り、遠征隊はなし崩し的に、ユーグ王国の統治権を掌握することとなった。
     廉潔(れんけつ)を信条とするハンにとってこれは、「武力に物を言わせた占領」であるとしか思えないものであり、それだけでも彼にとっては心苦しいものだったのだが、ここにきてさらに、彼の怒りを焚きつけるような出来事が起こっていた。
     統治体制の一新によって起きた混乱に乗じるように、エリザがあちこちで独断専行を働いていたのである。



    「……まあ、確かにちょっと暴走してるようにも思えますね。王宮に隊の本拠を移したこととか、土地買って店を建ててたこととか」
     そうつぶやいたビートに、クーも同意する。
    「その点については確かに、わたくしも憂うところがございますわね。ただ……」
     クーは一瞬ハンをチラ、と見て、小声でこう続けた。
    「心配になりまして、わたくし一度、父上に現状を魔術でお伝えいたしましたの。ところが父上は、『そのようにさせよ』と」
    「え……?」
     それを聞いて、ビートは腑に落ち無さそうな表情を浮かべる。
    「陛下なら諌めるのではと思ってたんですが……、放っておけ、と?」
    「ええ」
    「海の向こうのコトだから、陛下もどうでもいいのかも知れないっスね」
     皮肉げにそう言ったシェロに、ビートが突っかかる。
    「そんなことは無いはずだ。陛下はトロコフ尉官だとか、こちらの世界の人たちのことも気にかけておられたし、そんなつもりは無いはずだよ」
    「お前、陛下かよ? そうじゃないだろ? なんで陛下のお考えが、お前に分かるんだ?」
     一方、シェロも意見を曲げようとしない。
    「そもそもだぜ、以前の会食でも陛下は『エリザ先生は悪人だ』っつってたじゃんか。陛下ご自身でも手を付けられないような人間だって。ならもう、放っとくしか無いってコトなんじゃないか? 言葉通りに考えてるんだと思うぜ、俺は。
     ソレにさ、こっちで先生に好き放題やらせとけば、『自分の領地で暴れられなくて済む』とか、案外そんな風に考えてるんじゃないか?」
    「そんな、……ことは、無いと思う」
    「わたくしも……、父上がそのような浅慮をなさっているとは、……考えたく、ございませんわね」
     シェロの言葉を否定し切れず、ビートもクーも、歯切れ悪く返す。
    「あのさー」
     と、場の空気を嫌ったらしく、マリアが立ち上がる。
    「3人とも、エリザさんのこと悪く言い過ぎじゃない? 陛下がエリザさんのこと嫌いだからって、3人まで一緒になって嫌うことないじゃない。
     あの人、良い人だよ。あたしはそう思う。いつもみんなに優しくしてくれるし、尉官に散々けなされても、ニコニコ笑ってるし」
    「……ん」
    「……まあ」
    「そこは、うん」
    「尉官や陛下が悪口言うからって、あたしたちまで一緒になってエリザさんのこと悪く言うの、やめようよ。ホントに悪いことしようとしてるなら、そりゃ止めなきゃだけど」
    「……そうですわね」
     ばつが悪そうな表情を浮かべ、クーがうなずく。
    「仰る通り、あまりほめられた行いではございませんでしたわね。ええ、この話はおしまいにいたしましょう。
     マリア、何か頼みましょうか?」
    「あ、んーと、それじゃ鮭のマリネとジャガイモのスープと……」
    「まだ食べるんスね、相変わらず」
    琥珀暁・改国伝 1
    »»  2018.11.18.
    神様たちの話、第170話。
    エリザの独断専行。

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    2.
     テプロイモア防衛戦から半月が経ち、街の情勢は落ち着き始めていた。
     ハンは当初、帝国からの報復を懸念していたのだが、大挙して押し寄せてくるどころか斥候の一人も現れず、また、使者が話し合いに訪れると言うようなことも無く、沈黙したままだった。
     一方で、前述した通り、街中ではエリザが独断専行を繰り返してはいたが、結果的にこれは、街の者にとっても遠征隊にとっても、プラスとなる行動となっていた。
     これまで帝国兵によって無理矢理に食糧を徴発されたり、危害を加えられたりと、商売の場が確立できるような状況に無かったのだが、エリザが街の者と連携して店を建てたり、商売における規則・規定を定めたりするなどして市場を整備し、現在では過不足なく街の経済が循環するようになっていた。
     また、これによりこの世界で使われる通貨、デニーを真っ当な方法で獲得できたため、遠征隊は略奪や徴発を行うことなく、平和的に食糧や装備を整えることが可能になったのである。



    「……その成果は確かに認めるところです。結果的にあなたのしていることは、最も平和的に、彼らと交流を持つ方法だったと言えるでしょう。ですが」
     ハンはやはり、いつも彼女にそうしているように、エリザをにらみつけていた。
    「いつもいつもいつも、何故俺に相談の一つもせずに、勝手に進めるんですか!?」
     一方のエリザも、斜に構えて応じている。
    「アンタに相談したら何でもかんでもダメや言うからやん。アタシの言うコト、アタマっからアカンてバッサリ却下するやろが。
     船の上でも王様に会うた帰りでも、みんなそうやったやん? ほんでもアタシが勝手にやった結果、みんなええ感じに進んだやんか」
    「ですからその成果は認めています。俺が言いたいのは、それだけ如実に成果が出るようなことを、勝手に、かつ強引に推し進めていることです。
     確かに今まで、俺はあなたの意見に対し肯定するようなことをしてきませんでしたが、俺だっていい加減、あなたの行動に一定の正当性があることは認めてきてるんです。ですからまずはあなたからちゃんと、事前に話を聞かせてもらいたいんですよ。
     でなきゃ何のために、俺とあなたは600人もの大勢を率いて、この地まで来てるんですか。あなた一人で何でもかんでも勝手に動いてたら、その意味がありません」
    「……ん、んー」
     ハンが語るにつれて、流石のエリザもばつの悪そうな顔をし始める。
    「せやね……。ちょと、自分勝手しすぎやったね。ゴメン」
    「分かってもらえればいいです。事前に言ってくれれば、隊を動かして色々できるでしょうし。今後は動く前にまず、俺に話して下さい」
    「ん、分かった分かった。反省しとるわ」
     ぺこっと頭を下げたところで――エリザがその姿勢のまま、ぼそっとつぶやいた。
    「……もういっこだけ謝った方がええかな」
    「なんです?」
     その一言に、ハンは嫌な予感を覚える。
    「何か、したんですか?」
    「そのー……、イサコくんとな、ちょい、色々話してんけど」
     そっと顔を上げつつ、エリザは済まなさそうな表情を浮かべた。
    「や、ほら、今んトコ、イサコくんが暫定的に王様っちゅう話で来とるやん? せやけどイサコくん、『到底私には務まりません』て、辞めたいっちゅうてきたんよ。
     ま、アタシにしてもな、確かにイサコくんの身の丈に合うてへんやろなとは思うてたし、ほんなら別の人間に役任せよかってな、そう言う話になってな。
     ほんで誰にやってもらおうかって考えて、……ソコがまた、アタシが勝手にやってしもたトコなんやけどもー……」
    「何を、したんですか?」
    「……話しとったトコでな、クーちゃん来たんよ。や、アタシが呼んだんちゃうで? 何や野暮用っちゅうコトで、……や、ソレはええな、別に。
     その場で、……そのー、ちょうどええやん思てな、……指名してん」
    「クーを?」
    「うん」
    「王様に? この国の?」
    「せやねん」
    「まだ内々の話ですよね? それとも公布したんですか? まさかですよね!?」
    「公布もしてん。ついさっき」
     直後――ハンは部屋がびりびりと震えるほどの怒声を放っていた。
    「勝手に何てことをしてるんですかーッ!?」
    「……てへっ★」
    琥珀暁・改国伝 2
    »»  2018.11.19.
    神様たちの話、第171話。
    国家改編。

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    3.
     エリザを引っ張るようにして連れ出し、ハンは王の間へと急いだ。
    「あら、ごきげんよう」
     玉座にはエリザが言った通り、イサコではなく、クーの姿があった。
    「エリザさんから聞いたが、君がこの国の王を僭称(せんしょう)したそうだな?」
    「僭称ではございませんわ。わたくし、きちんと皆様のご理解とご同意を得ておりますもの」
    「俺が理解してない」
    「では今からでもご理解なされば」
     そう返したクーを、ハンは力一杯にらみつける。
    「ふざけるな! 君までエリザさんみたいに、勝手なことをするのか!?」
     ハンに怒鳴りつけられ、クーは身をすくめる。
    「え、えっと、その、……た、確かに多少、専横が過ぎたことは、あの、否めませんわね。
     で、ですけれど、ハン。仮に今、それをわたくしが認め、改めて王を募ったとして、誰が推挙されるでしょう」
    「それは、……トロコフ尉官か、エリザさんか、……確かに、君辺りか」
    「あなたご自身もでしょう? 先の作戦で戦果を挙げていらっしゃるのですから。
     とは言え、消去法的に考えれば、わたくし以外に王の座に就こうと言う方はいらっしゃらないでしょう。そのご様子では既にご存知のようですけれど、トロコフ尉官は王を辞されましたし、エリザさんも『めんどい』とのことでした。言うまでもなく、こんな流れで王になることなど、堅物のあなたは良しとされませんでしょうし。
     推挙と、それに誰が応じるか、その結果は明らかです。であれば無用に時間を費やすことも無いのでは?」
    「それが勝手な言い草だと言ってるんだ」
     ハンはエリザから手を放し、クーに詰め寄る。
    「俺たちが知らないだけで、民衆の中に推挙されるような人物がいるかも知れないだろ?」
    「そんな傑物がもしいらっしゃるのであれば、これまでの流れで既に頭角を現していておかしくないでしょう。ですが現実に、そんな方は現れませんでした。であれば、いない、と断じてしまえるのではないかしら」
    「確かにいないかも知れない。だけど、確実じゃない。それを『確実にいない』なんて断言、誰にする権利がある?」
    「強情ですわね」
     クーは玉座から立ち上がり、彼女の方からもハンに詰め寄る。
    「ですが、わたくしにも強情な面があることは否めませんわね。
     ですのでこういたしましょう――現状は暫定的処置としてわたくしが女王として君臨いたしますが、もしも今後、わたくしより適任と思える方が現れれば、わたくしは即座に、王位をその方に禅譲(ぜんじょう)いたしますわ。それでいかがかしら?」
    「その『ふさわしい方』は、例えば俺や、他の人間が推挙してもいいんだな?」
    「ええ、どうぞ」
    「いいだろう」
     ハンは一歩引き、ようやく怒りを収めた。
    「エリザさんにも散々言ったが、君にも忠告しておく。今後、何か行動を起こす時には、必ず俺に報告してくれ」
    「あら」
     一方、クーはまた詰め寄ってくる。
    「それはすべてにおいてかしら? 食事や就寝の際も、一々あなたにご報告差し上げなくてはいけないのかしら」
    「そこまで言ってない。この街やこの国、この世界の政治・経済・軍事に関わるようなことをする時だけだ」
    「であれば、承知いたしますわ。流石にこれ以上、隊長のあなたを軽んじては、父上に叱られますもの」
     そう言って、クーはいたずらっぽく笑いつつ、玉座に座り直した。
    「では確認いたしますけれど、まず、わたくしが現在、暫定的にこの座に就くことについては、異論ございませんわね?」
    「ああ。その点は君の言う通り、現状で他に適任はいないだろう。勝手なことをしたのは腹立たしいが、仕方無い」
    「ご容認いただけて何よりですわ。では早速、相談いたしたい件がございますけれど、よろしいかしら」
    「なんだ?」
     尋ねたハンに、クーはにこっと微笑んで返す。
    「国名と街の名前を変更したいと考えております。いい案は無いかしら」
    「何故だ?」
     尋ねたハンに、エリザが答えた。
    「理由は3つあるねん。
     1つ目、『ユーグ王国』も他の街も、帝国が付けた名前や。何やかやでアタシらのものになったんやし、変えたろ思てな。ほんで2つ目、ココの情勢が安定したらボチボチ、ノースポートと取引でけるようにしときたいんよ。ほんなら少なからず、アタシらの言葉を使える人がこっちにおらなアカンやろ? その言語教育の第一歩にしよか、て言うてたんよ」
    「では3つ目は?」
    「国民意識の刷新とでも申せばよろしいかしら」
     今度はクーが答える。
    「帝国の支配と従属から逃れ、わたくしたちの庇護(ひご)下にある、と言うことを認識していただくには最も効果的な方法ではないかと、エリザさんと話し合いました」
    「どれもこれもそれらしく聞こえますが」
     ハンは懐疑的な姿勢を崩さず、エリザをにらみつけた。
    「何となく思い付きでやってみようと言うのを、理由を後付けしてごまかしたようにも思えますね」
    「ま、ま。ソコら辺はどうあれ、意義はあるコトはあるから」



     こうしてユーグ王国は――最後までハンの抵抗があったものの――「クラム王国」と改称された。
     また、王国の支配下にある町村もすべて名を変えられ、首都である「テプロイモア」についても、港周辺の海が綺麗なエメラルド色を呈していることから、「グリーンプール」となった。
    琥珀暁・改国伝 3
    »»  2018.11.20.
    神様たちの話、第172話。
    慕われる遠征隊。

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    4.
     街の名前が変わって数日が過ぎた頃、ハンとマリアは街中をぶらついていた。
     いや――。
    「あくまでこれは巡回だからな」
    「はーい」
     ハンは言葉通りの行動を執っているのだが、マリアは串焼きを片手にしており、傍から見れば遊びに来ているようにしか見えない。
    「尉官もどーです? 3本あるから1本食べていいですよー」
    「職務中だ。食べるわけに行くか」
    「そんなこと言っても尉官、職務じゃない時間、全然作らないじゃないですかー。
     毎日仕事、仕事で、ノースポート出発してからずっと、お休みの日一度も作ってないし」
    「必要無いからな」
     それを聞いて、マリアが頭を抱える。
    「尉官、そんなこと言ってたら、エリザさんに怒られちゃいますよ?」
    「なんでエリザさんなんだ」
    「エリザさん、副隊長じゃないですか。もし尉官が働きすぎで倒れちゃったりなんかしたら……」
    「……む」
     そこでハンは立ち止まり、顔をしかめさせる。
    「なるほど、確かに『アタシの仕事増やすな』と言ってきそうではあるな」
    「や、そう言うことじゃなくてですねー」
    「だが一方で、あの人が副隊長らしいことをしないから、俺の仕事が増えるってことでもある」
    「いや、……んー、そーですかねぇ。あの人もあの人で、リーダーらしいと思うんですけどねー……」
    「その点は一部認める。だが」
     ハンは依然として渋い表情のまま、かぶりを振った。
    「リーダーらしからぬ点も過分にあるからな。それを発揮された後の始末を、俺が付けなきゃならん」
    「いります、それ?」
     ハンのぼやきに、マリアが反論する。
    「エリザさんがやったことなら、エリザさんに始末付けさせればいいじゃないですか。むしろいつも尉官が始末付けちゃうから、エリザさん甘えちゃうんじゃ?」
    「……ふむ。それも確かに、考えられないことでは無いな」
    「いっぺん、放ってみたらどうです? エリザさんのせいで面倒事が起きたら、ちゃんとエリザさんに責任取らせれば」
    「そうだな。お前の言う通り、一度最後までエリザさんに……」
     と――二人の側に、街の者らしき熊獣人が近付いてきた。

    「なんだ?」
     警戒するハンに対し、その女性は恐る恐ると言った様子で話しかけてきた。
    「こん、……ばん、は?」
    「うん?」
     ハンがきょとんとする一方、マリアはにこっと笑みを返す。
    「こんばんはー。(でもまだ明るいから『こんにちは』、かもです)」
    「(あら、間違えちゃったかしら?)」
    「(でもありがとうございます。どしたんですか?)」
    「(隣の方、隊長さんよね?)」
    「(そですよー)」
    「(あの、これ……)」
     女性は抱えていたかごから芋の入った袋を取り出し、マリアに渡した。
    「(遠征隊の方には街を守ってもらったり荷物運び手伝ってもらったり、色々お世話になってるから、お礼しなきゃって)」
    「(ありがとうございますー)」
     女性とにこやかに会話を交わすマリアに、ハンが口を挟もうとする。
    「おい、マリア。勝手に……」「えいっ」
     が、女性に見えないよう、マリアはハンの脇腹に肘鉄を突き込む。
    「うぐっ……」
    「(あら? どうかされたの、隊長さん)」
    「(いえいえ全然なんでもー。それじゃどーも)」
     芋を片手にしたまま、マリアはハンを引っ張り、その場から立ち去った。

     女性の姿が見えなくなった辺りまで移動したところで、マリアがくるっと振り返り、ハンをたしなめる。
    「折角ご厚意でくれるって言ってるんですから、『勝手に受け取るな』なんてナシですよ」
    「いや、そうは言うが、安易に受け取るのは……」
    「逆にですよ、あげるって言われて『いらん』って断ったら、すごく感じ悪いでしょ? それこそ街の人の印象、悪くしちゃいますよ」
    「……そうだな。わざわざ気を悪くさせることもないか」
    「で、で」
     ハンの許しを得た途端に、マリアは楽しそうな顔で芋を撫で始めた。
    「何作りましょ? お魚と一緒に煮ます? あ、こないだエリザさんのお店でベーコン出てたんで買ったんですけど、一緒に炒めても美味しいですよねきっと! や、ふかしてコロッケって手も……」
    「……お前、食い物が絡むと楽しそうだな、本当に」
    琥珀暁・改国伝 4
    »»  2018.11.21.
    神様たちの話、第173話。
    あふれる「お気持ち」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     街で贈り物を受け取ったものの、ハンが「皆に内緒で私物化するわけには行かない」と主張したため、二人は王宮に戻った。
    「どーするんです?」
    「とりあえず倉庫だな」
    「りょうかーい」
     と、倉庫の入口で、二人はエリザに出くわす。
    「あら、おかえり」
    「ただいま戻りました」
     ハンが敬礼したところで、エリザはマリアが芋を抱えているのに気付く。
    「どないしたん? お芋さん、仰山抱えて」
    「街の人からいただいたんですー」
    「あら、アンタらもかいな」
     そう返したエリザに、ハンは意外そうな顔を見せる。
    「と言うことは、エリザさんも?」
    「せやねん。何や、お魚さんやらカボチャさんやら、仰山な」
    「自分でこっそり食べようとはしなかったんですね」
    「いやいや、アタシ一人で食える量とちゃうねんよ。マリアちゃんやあらへんのやし」
    「んもお、エリザさんまでそーゆーこと言うー」
     むくれるマリアに、エリザはけらけらと笑って返す。
    「アハハ……、ほんでな、とりあえず倉庫入れとこか思てな。ソレに、勝手にアタシがガメたら、ハンくん怒るやんか」
    「ええ、全く以てその通りです」
    「せやからこうしてな、後でみんなで食べれるよーに置いとこか思たんよ」
    「なるほど」
     うなずきつつ、ハンは倉庫の中をのぞく。
    「……ふむ」
     倉庫の中には、エリザがもらってきた食糧が4、5袋も積まれていた。
    「これだけの量を、今日一日で?」
    「昨日もやね」
    「それでもかなり多いですね」
    「みんなの『お気持ち』の現れやね」
    「……どうしましょうか」
     エリザも倉庫の中をのぞき、こう提案した。
    「いっぺん、お祭りみたいなんしたらどないや?」
    「お祭り?」
    「防衛戦からこっち、公布するばっかりで、他には『国事行為』っちゅうか、ソレらしいコト何もしてへんやん? ええ機会やないの」
    「なるほど。確かにこのまま倉庫に収めておくのも、誰かが独り占めするようなことも、できませんからね。皆に還元する形であれば、俺も納得できます」
    「ほなすぐ準備しよか」
    「え?」
     ぎょっとするハンに、エリザが袋を指差して続ける。
    「日持ちせえへんのんもあるからな。早いうちにさばかへんと、なんぼ寒いトコやっちゅうても腐らしてまうし」
    「なるほど、言われてみれば。……エリザさん」
     ハンは軽くエリザをにらみつつ、トゲのある口調で尋ねる。
    「まさかもう既に告知しただとか、そう言うことは無いでしょうね?」
    「せーへんて。毎度毎度アンタ怒らせてもしゃーないやん。そもそも今考えついたコトやし」
    「それは大変助かりますね。……ん?」
     と――先程のハンたちと同じように――遠征隊の兵士たちが何人か、袋を持って近付いて来る。
    「失礼します、隊長」
    「その袋は何だ?」
     尋ねたハンに、兵士たちは異口同音に答える。
    「街の方から、『贈り物』だと」
     ハンとエリザは顔を見合わせ、耳打ちし合った。
    「この調子やと、お祭り、3日はでけるんとちゃうか?」
    「それはやりすぎでしょう。……市民のご厚意を考えれば心苦しいですが、何かしら制限を設けないといけませんね」



     翌日、遠征隊は街の広場に会場を作り、街の皆に料理を振る舞っていた。
    「どんどん食べて下さーい」
    「全部無料ですよー」
     元々の、エリザやハンを始めとする遠征隊の人気に加え、異国の料理が食べられると言うこともあってか、山ほどあった食糧も、夕方には半分以下に減っていた。
    「一気に無くなりましたね」
     空になった袋を折りたたむハンに、エリザは別の袋を広げつつ応じる。
    「ソレはええねんけどなー」
    「と言うと?」
    「お祭り言うても今んトコ、ご飯もん出しとるだけやん? 何や、見世物でも欲しいなー思てな」
    「と言っても、芸のできるような人間は隊にいませんし」
    「アタシが魔術でチョイチョイしたろかなぁ」
    「昔見せてもらった、蝶や花を空中に描くあれですか? 確かに素晴らしいですが、それ一つでは場が持たないでしょう」
    「せやねんなぁ。うーん……」
     と、二人であれこれと話していたところに、慌てた様子の遠征隊と王国兵数名が現れた。
    「隊長! ここでしたか」
    「どうした?」
    「(大変、)……コホン、大変です! ノルド王国から国王陛下と家臣、そしてその従者らが、こちらを訪ねてきております!」
    「ノルド……王国?」
     状況が分からず、ハンもエリザも、揃ってけげんな表情を浮かべた。

    琥珀暁・改国伝 終
    琥珀暁・改国伝 5
    »»  2018.11.22.
    神様たちの話、第174話。
    表敬訪問。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「ノルド王国とは?」
     尋ねたハンに、王国兵の一人が答える。
    「沿岸部北部の国です。ユーグ王国、……もとい、クラム王国とは、沿岸部を二分する関係です」
    「彼らの目的は?」
     今度は遠征隊の者が答える。
    「彼らの言では『表敬訪問』とのことですが、王をはじめとして、いずれも弓などの武器を携行しております」
    「単なる訪問では無さそうだな。……と言って、まさか真正面からノコノコ攻め込むわけも無い。半分程度には、本当に表敬訪問のつもりなんだろう。返答やこちらの出方次第では……、と言うところか。
     彼らは今、どこに?」
     この問いには、別の王国兵が答えた。
    「テプロイモア、……いえ、グリーンプール北門前におります」
    「ふむ」
     ハンはエリザに向き直り、相談する。
    「どうします? 招き入れるか、追い返すかの二択と思いますが」
    「追い返すのんはアカンやろ」
     エリザはぺらぺらと左手を振り、こう返す。
    「表面上でも表敬訪問、『アンタらに尊敬の意を持った上で平和的にお話しに来たでー』言うて来とる人らに『うっさい帰れ』って返したら、今後の外交で平和的手段は採りにくうなるで。あっちこっちで『こっちが下手に出たら門前払いしよったヤツらや』ちゅうて言いふらされるやろしな」
    「確かに。しかし武装した人間を内部まで招き入れると言うのは、不安ではありますね」
    「こっちも武装して相手したらええ。実際に剣を抜かんまでも、『下手なコトしたら抜くで』って見せつけたら、ソレで十分やろ。こっちには帝国さんらを撃退した実績もあるんやし、コトが起こったら多少なりとも痛い目見るでっちゅうコトくらい分かるやろしな。
     ソレにな、こっちは今、お祭りの最中や。ソレやったら皆に『お隣さんがお祝いに来てくれたでー』ってお出迎えさしたって、ご馳走出して持て成したったらええねん。向こうかてメシも食わずにいきなり襲いかかるかいな」
    「状況的には考えにくいと思いますが。敵の出す飯を前に剣を下ろすような、そんな緊張感の無い相手だとは……」
     言いかけて、ハンは「ふむ」とうなる。
    「……こっちであれば、案外いそうではありますね」
    「沿岸部は基本的にみんな飢えとるっちゅう話やしな。ご飯もんは一番のおもてなしやろ」

     エリザの目論見通り、祭りの最中であることを説明し、自由に会食して欲しいと伝えたところ、彼らは大喜びで応じた。
    「(大いに感動した。これほど馳走になるとは思ってもみなかった)」
     感謝の意を伝えつつ、満面の笑みをエリザに向けてきたノルド王に対し、エリザもニコニコと笑みをたたえて応じている。
    「(喜んでいただけて何よりですわ。どうぞ仰山食べてって下さい)」
    「(うむ)」
    「(ほんでノルド陛下、今日はどないなご用事で? や、表敬訪問やっちゅうのんは聞きましたけども、そんな弓やら槍やら担いでゾロゾロ来はったら、アタシらビックリしますやんか)」
    「(おう、これは失礼いたした。いや何、わしらはこの近くまで鳥獣を狩りに来たまでのこと。それで折角近くまで寄ったことであるし、この機会に貴君らの顔でも見られればと思うてな)」
    「(さよでっか。何を狩ってきはったんです?)」
    「(所期の目的は鹿であったが、残念ながら兎が7、8羽と言った程度だった。……いやはや、情けない)」
     ノルド王は照れ笑いを浮かべつつ、魚の塩焼きを片手にこう続ける。
    「(腹も幾分減っておったからな、誠に貴君らの持て成し、身にしみるわい)」
    「(喜んでいただけて何よりですわ)」
     にこにこと笑みを浮かべつつ、エリザは隣にいたハンに自国語で話す。
    「この王様、純朴っちゅうか素直っちゅうか、マジで裏は無さそうやで。ホンマにハラ減って無心しに来ただけやな」
    「演技や口実、……では無いでしょうね。家臣団の方も、こちらに敵意を向けるどころか、食べることに没頭しているようですし」
    「言うたら悪いけど単純やな」
    「却って安心ですがね。戦わずに済むのであれば」
     と、二人の様子をいぶかしんだらしく、ノルド王が尋ねてくる。
    「(如何なされた?)」
    「(いえいえ。ただ、陛下御自らの表敬訪問っちゅうコトで、何や大事なお話でもあるんかいなと思うてましたから)」
     エリザが水を向けた途端、ノルド王はしまったと言いたげな顔になった。
    「(あっ、……いや、その、まあ、……あ、そうそう、表敬訪問であったな、オホン)」
     ノルド王はばつが悪そうに空咳を立てつつ、顔を赤くしていた。
    琥珀暁・歓虎伝 1
    »»  2018.11.24.
    神様たちの話、第175話。
    催し物。

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    2.
     塩焼きを皿に置き、ノルド王は声を潜めて話し始めた。
    「(先王が国民および兵士らから背かれて処刑され、異国の者より新たな王が立てられたと伺っておったが、こうして祭りを催し、民が楽しんでいるところから察するに、混乱や反発と言ったようなことは無いようであるな。うむ、平和であれば何より。
     ああ、そうそう。実を申せば、我々の方にも帝国より討伐命令が下ってはおるのだが、その帝国直属軍が貴君らによって蹴散らされたこともあってな。正直、真正面から乗り込んで勝てるような相手ではなかろうと話し合っておったのだ。
     それ故、何かしらの機会あれば貴君らと一度、平和的に話ができればと思っておったのだ。……決して食物が目当てでは無いぞ)」
    「(ええ、承知しとります)」
    「(それでだな、先程も申したが、帝国より討伐命令が下っており、本来であれば貴君らとは敵対せねばならん状況にある。だがわし個人としても、家臣団の総意にしても、無闇やたらに戦うことは本意では無い。貴君らと戦えば、相当の痛手を負うことは確実であろう。それでは兵士らに死んで来いと命ずるのと同義だ)」
    「(では、帝国ではなく我々の側に付く、と?)」
     そう尋ねたハンに、ノルド王は辺りをうかがいつつ、小さくうなずいた。
    「(現時点ではまだ、公然と申せぬことではあるが、その意はある。帝国に与して、ただでさえ少ない禄を搾り取られる日々を送るより、貴君らと手を取り、こうして食い物にありつける方が、どこをどう考えても得であろう?)」
    「(アハハ……、そらそうですな)」
     エリザも辺りを見回し、自分たちに注目する者がいないことを確認した上で、話に応じる。
    「(家臣団の方にもまだ内緒です?)」
    「(うむ。親帝国派の者も若干名おるからな。うかつなことを申せば、帝国に告げ口でもされかねん)」
    「(ほな、ソコら辺から説得してかなあきませんな。
     ま、ともかく今日のところは、そう言うキナ臭い話は抜きにして、気楽に楽しんでって下さい。催しもんはありませんが、ご飯だけならいくらでもありますし)」
    「(ふむ……? 祭りと言うのに催事が無くては、興も何もあったものではあるまい)」
     一転、ノルド王は不満そうな顔になる。
    「(では、……そうだな、演武などはどうだ?)」
    「(演武っちゅうと?)」
     尋ねたエリザに、ノルド王は得意満面と言いたげの笑みを返してくる。
    「(貴君らの中から一番の腕利きを出し、わしの擁する一番の将と腕くらべをするのだ。
     いや、何も殺し合いをさせよと言うのではない。弓のうまさであるとか、棒の打ち合いであるとか、そう言う競い方だ)」
    「(なるほど)」
     すかさず、ハンが手を挙げた。
    「(卒爾ながら、私が隊の中で一番と自負しております。私が相手を務めさせていただきます)」
     と、これを横で聞いていたエリザが止めようとする。
    「アンタ、いきなり何言い出すねんな? 隊長が出てどないすんねん。そう言うのんは部下にやらせな」
    「親父がこう言ってました。『どんなに安全と思っても一割は警戒しとけ』と。
     確かにノルド王に敵意らしいものが無いことは感じていますが、我々が見抜けないほど高度な演技かも知れません。油断したまま一番強い人間を出したところで隙を突かれ、その人間が殺される可能性もあります。そうなれば我々にとって相当の被害ですし、何より敵を懐に招き入れてむざむざと被害を被るなど、我々全員にとって屈辱でしょう。隊全体の士気が著しく落ちることは明白です。
     それを防ぐ一番の手段は、俺が出ることです。異議がありますか?」
    「……まあ、うん、確かにそやけどな」
     結局、エリザの制止も聞かず、ハンが演武に立つこととなった。

     弓を背負って現れたハンの前に、同様の出で立ちの虎獣人が対峙する。
    「(名乗っておこう。我が名はエリコ・ミェーチ。ノルド家臣団の百人将の一人である)」
     応じて、ハンも名乗りを上げる。
    「(自己紹介、痛み入る。俺の名前はハンニバル・シモン。シモン遠征隊隊長、階級は尉官だ)」
    「(若く見えるな。歳はいくつだ?)」
    「(21だ)」
    「(なんだ、若造ではないか。吾輩に勝てる気でいるのか?)」
    「(俺は口より腕に自信がある。言葉で言うより、結果で示すよ)」
    「(抜かしよる)」
     一通り応酬したところで、周囲に集まっていた街の者たち、王国兵、そして遠征隊の皆が騒ぎ始める。
    「(どっちが勝つと思う?)」
    「(そりゃミェーチ将軍だろ。こっちでも有名な武人だし)」
    「(でもこないだの戦い、隊長さんが先陣切って帝国を蹴散らしたって話だし、意外と隊長さんが勝つんじゃない?)」
    「(まあ、どっちにしても……)」
    「(楽しくなってきたねー)」
     周囲から期待の目で見つめられ、ハンは内心、居心地の悪さを覚える。
    (エリザさんにああは言ったものの、……マリアでも出せば良かったかな)
     が、正面に立つミェーチ将軍を見据えると、その気持ち悪さもどこかへ飛んで行ってしまう。
    (ま、やるって言ったしな。やるっきゃないか)
     と、いつの間にか司会役になっていたエリザが、魔術を使って広場中に声を響かせる。
    《(ほな、ミェーチ将軍対シモン隊長の三番勝負、いよいよ開始です!)》
    琥珀暁・歓虎伝 2
    »»  2018.11.25.
    神様たちの話、第176話。
    第一種目;弓射ち。

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    3.
    《(まずは第一種目!)》
     エリザが左手を挙げると共に、魔術による花火が空中へぱっと散り、2つの的が照らされる。
    《(お二人が背負っとる弓、コレは城の武器庫ん中でも一番デカい、弦のめっちゃきっつーい剛弓! 並の人間では引こうにも引けず、素手で引こうものなら手の平にブチブチっと食い込み、指が血まみれになってしまうほどの代物です! コレを使い、両者には的当てをしてもらいます! 100歩離れたトコから10本射って何本当たるか!
     さあ、まず第一矢、ミェーチ将軍から!)》
    「(うむ)」
     ミェーチ将軍が弓を構え、ハンに向かってニヤッと笑う。
    (やはり俺を狙って? ……いや、違うな)
     その笑みからは自信が満ち満ちており、ハンを見下している気配が伝わる。
    (『お前にこの弓が引けるものか』、って感じの笑い方だな。やれやれ)
     そうこうしている間に、ミェーチ将軍は的へ向き直り、両腕の筋肉をぼこぼこと盛り上がらせながら、弓を引く。
    「(そりゃッ!)」
     がんっ、と音を立て、弓から矢が放たれる。
     一瞬の間を置いて、今度は的からばしっと音が響いた。
    「(うむっ)」
     若干外に流れたものの、見事に的を射抜き、ミェーチ将軍は拳を振り上げる。
    《(まずは1点先取! さあ、今度はシモン隊長です!)》
     エリザに促され、今度はハンが弓を手に取る。
    「(さあて、若いの。引いて見せよ!)」
     ミェーチ将軍が声をかけてくるが、ハンは無言のまま、弓を構える。
    「(ほれ、どうした? 早く引け!)」
    (……うるさいおっさんだな。どこぞの狼漁師かよ)
     ハンは一言も発さぬまま、剛弓をぐい、と引く。その物静かな、しかし堂々たる姿勢を見て、観客から声が漏れる。
    「(おぉ~……)」
    「(事も無げって感じに、すっと引いた)」
    「(将軍に比べたら、やっぱ隊長さんってオトナ感あるぅ)」
     ひそひそとした声ながらも、どうやらミェーチ将軍の虎耳には伝わったらしい。
    「(ぐ……ぬ)」
     顔を真っ赤にして黙り込むミェーチ将軍を尻目に、ハンは矢を射る。
     射手の性格を反映したかのように、弓はたん、と静かに鳴り、的からも、わずかに返ってくる程度の音しか聞こえてこなかった。
     しかし――。
    《(シモン隊長も1点獲得! いやいや、コレはド真ん中、3点です!)》
     エリザの宣言に、観客たちは、今度は大きくどよめいた。
    「(うわっ、隊長さんすごい)」
    「(かっけー……)」
    「(ってか、将軍いきなり2点差?)」
     これもしっかり耳に入ったらしく、ミェーチ将軍の額にぴき、と青筋が走った。
    「(うぬぬぬ……! ま、慢心するでないぞ、若造! 2点程度、すぐ取り返してくれるわ!)」
     顔を真っ赤にしたまま、ミェーチ将軍は第二矢を放つ。
     ところが――よほど興奮したのか、それとも少なからず狼狽していたのか――矢は的を反れ、後ろの壁に突き刺さった。
    「(うがっ!?)」
     ミェーチ将軍が自分の手と的、そしてハンの顔をくるくると見比べている間に、ハンも第二矢を放ち、そしてこれも、きっちりと命中させた。

     結果――ミェーチ将軍の11点に対し、ハンは24点と大差を付け、勝利を収めた。



     緒戦を獲り、ハンは観戦していたクーから称賛されていた。
    「あなた、やっぱり敏腕ですのね。弓もお得意だなんて」
    「一通り、武器は使えるように訓練されたからな。魔術だけはいまいちだが」
    「あら、そうですの? でも魔術頭巾を使われていたと記憶しておりますけれど」
    「攻撃魔術は全然ダメだった。火も点けられん。治療術とかもからきしだ。どうにか通信術と防御術くらいは、最低限度の奴くらいは使えるようにはなったが、学校の教官からは『親御さんから資質をもらえなかったのか』ってバカにされたよ」
    「まあ」
     一方のノルド陣営では、ミェーチ将軍がノルド王に叱咤されていた。
    「(一体どうしたのだ、エリコ。普段のお主であれば、もっと達者であろう)」
    「(面目ございません、殿。頭に血が上ってしまった故)」
    「(終わったことは仕方あるまい。次の試合は落とすでないぞ)」
    「(委細承知)」
    琥珀暁・歓虎伝 3
    »»  2018.11.26.
    神様たちの話、第177話。
    第二種目;徒競走。

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    4.
    《(さーて、次の種目の準備が整いましたので、ボチボチ開始しますでー)》
     エリザのアナウンスと同時に、広場の外れから街路に沿ってぼっ、ぼっと篝火(かがりび)が灯される。
    《(お次はガチの体力勝負! この広場から灯りに沿って街を一周し、より早くここに戻ってきた方が勝ちです! ただし、ソレやと単なるかけっこになってしまいますので、ここはお互い戦場を活躍の場とする武人らしく、フル装備で臨んでもらいます!)》
     エリザの言う通り、二人とも鎧や兜、具足など、がっちりと武装した状態で並び立つ。
    (流石に重いな……。総量15、いや、20キロはあるか?)
     少なからず鍛えているとは言え、元の体重がさほど多くないハンにとっては、かなりの負荷となっている。
     一方のミェーチ将軍も、顔を真っ赤にしつつ、肩で息をしている。
    「(どうした? 辛そうにしとるな、若いの)」
    「(お互い様だろう。あんた、走る前から汗だくじゃないか)」
    「(何のこれしき)」
     両者ともガチャガチャと装備を鳴らしながら、開始位置に着く。
    《(さあ、いよいよスタートです! 位置に付いて、……用意!)》
     エリザの合図を受けてハンは身構えるが、ミェーチ将軍はそれを見て、ぽかんとした顔をしている。
    「(何をしている?)」
     尋ねられるが、ハンは応えず正面を見据えている。
    《(スタート!)》
     と、エリザが開始を告げ、すぐさまハンが駆け出す。
    「(あっ、……ま、待て!)」
     一方、虚を突かれたらしいミェーチ将軍は慌てて脚を上げ、ハンを追いかけた。
    (なんだあいつ……? ぼんやり突っ立って)
     一足早く駆け出し、ハンは距離を稼ぐ。
    (ああ、そうか。号令かけてから構えて走るってやり方は、俺たちだけか。しまったな、公平さを欠いたか。
     ちゃんと説明……)
     が、一瞬振り返り、その配慮が不要であるらしいことを悟る。
    (……マジか)
     開始直後は10メートル近く距離が開いていたが、広場から続く大通りを端から端へ渡り切る頃には、既にミェーチ将軍はハンのすぐ後ろに迫っていた。
    「(卑怯だぞ、面妖な、振る舞いで、吾輩を翻弄、するとは!)」
    「(そう言う、わけじゃない。あれはこちらの……)」
    「(言い訳無用! 勝てば良いのだ! ぬうぅぉおおおおおおぉぅ!)」
     全力疾走しつつ咆哮を上げ、ミェーチ将軍はさらに距離を詰めていく。
    (あれだけ差を付けた上に、この装備だぞ? それでこの速さか……)
     細い路地をジグザグに抜け、折り返し地点となる港まで出てきたところで、ついにミェーチ将軍がハンを追い抜く。
    「(ふはっ、……げっほ、げほ、……ふは、ふははははははっ!)」
     ふたたび路地に入り、ついにミェーチ将軍の背中はハンの視界から消えてしまった。
    (あのデカい図体全部、見た目通りに筋肉モリモリってわけか)
     だが、ハンは脚を止めず、かと言って慌てたりもせず、淡々と走り続ける。
    (ま、ここまでは想定内だ。しょっちゅうマリアにもいじられるが、俺も見た目通り、肉が付いてないからな)
     ペースを維持したまま路地を抜け、大通りに戻ってきたところで、ハンの視界に再度、ミェーチ将軍の姿が映る。
    「(ふっ……ふうっ……はあっ……ふっ)」
     先程はハンを軽々と抜き去るほどの走力を見せたミェーチ将軍だったが、この時点ではとぼとぼと言った様子の足取りになっていた。
    (俺とあんたじゃ、ざっと見ても60キロ以上は体重差があるだろう。
     軽い方が、持久力が続くからな。本当に有利なのは俺の方だ)
     やがて両者とも、ほぼ同時に広場に戻って来る。
    「(ほとんど差が無いぞ!)」
    「(どっちが勝つ!?)」
    「(頑張れ、頑張れ!)」
     二人とも皆の声援を浴びつつ、ゴールへと向かって行く。
     が――。
    (このまま追い抜くことはできるが、それで2連勝したんじゃ流石に、相手のメンツが丸潰れだ。表敬訪問に来てくれた相手を完膚無く打ち倒すのは、配慮が無い)
     ハンは依然ペースを維持したまま、じわじわと、しかし追い抜いてしまわないよう、巧妙に差を詰める。
     そしてミェーチ将軍のすぐ後ろにまで迫ったところで――。
    《(ゴール! 勝ったのはミェーチ将軍です!)》



    「(よくやった、将軍! 名誉挽回であるな!)」
    「(お褒めに預かり、幸甚の至りにございます)」
     心底嬉しそうに騒いでいるノルド陣営を横目で眺めつつ、ハンは黙々と装備を脱いでいた。
     と、マリアが着替えを渡しつつ、こそっと耳打ちしてくる。
    「尉官。最後、手抜いてたでしょ」
    「分かるか?」
    「そりゃもう」
     マリアは唇を尖らせ、残念そうに続ける。
    「接待も大変ですねー」
    「仕方無いさ」
    「次はすっきり、勝って下さいよー?」
    「ああ、善処するよ」
    琥珀暁・歓虎伝 4
    »»  2018.11.27.
    神様たちの話、第178話。
    第三種目;組手。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     最後の種目が準備されている最中、休んでいたハンのところに、エリザがニヤニヤしながら近付いてきた。
    「で、どないや?」
    「どないや、とは?」
     尋ね返したハンに、エリザがノルド陣営を横目に眺めつつ、こう続ける。
    「アンタのコトや、今回もクソ真面目に相手さんの力量やら練度やら、見極めようとしとるんやろ?」
    「お互い様でしょう」
     そう返しつつ、ハンはため息をつく。
    「第一種目が弓なのはともかく、重装備で長距離走らせた後に組手なんて種目設定には、俺は悪意を感じるんですがね」
    「言い方にもよるな。『戦略性が求められる組み合わせ』、っちゅうヤツやね。
     二番目で考え無しに体力使い切ったら、最後のんでへばってもうて動けへんなる。けども二番目である程度気張らんかったら落としてまうし。人を率いる将軍ともあろう者なら、自分の体力の配分くらい計算して動くはずやろ、もしソレもでけへんっちゅうようなアホなら、軍全体の多寡(たか)も知れる、……と」
    「そこも計算ずくですか」
    「ついでに言うたら一番目も計算の上や。アンタの力量はよお知っとるし、あっさり勝つであろうコトは予想でけた。ま、もし負けたとしても、二番目で挽回するやろからな」
    「どう転んでも、この時点で俺が1勝1敗に持ち込むだろう、と」
    「せや。勝敗を自由に操作でけるんやったら、アンタならその上で、相手を推し量ろうとするやろな、……っちゅうトコまでがアタシの目論見やね」
     もう一度チラ、とノルド陣営に目をやり、依然ニヤニヤしながら尋ねる。
    「で、どないや?」
    「俺の評価ですか」
    「せや」
     ハンもノルド陣営に目をやりつつ、所見を述べた。
    「正直に言えば、もしこうした交流も催事も無く、前情報無しにいきなり戦闘状態に入ったとしても、楽に勝てた可能性は十分にありますね。
     戦闘技術に関して言えば――現状、弓に限ってしか言えませんが――十分に訓練されていると言えるでしょう。動揺があったとは言え、当ててましたからね。体力配分に関しては、エリザさんが言った通りですね。最後の種目のことを全く考えていない、目先にこだわった走り方でした。
     恐らく次は、楽に取れるでしょうね」
    「あのミェーチっちゅう将軍さん、ノルド王のお気に入りやろ? 名実共に、家臣団で一番の将のはずや。
     ソレがアレやっちゅうたら……」
    「彼が戦闘を指揮すれば、恐らく初手から全軍突撃、個々の腕力と勢いに任せた、おおよそ戦術とも呼べない戦術でけしかけてくるのが精々でしょう。
     俺たちならそんなもの、軽々と蹴散らして見せます」
    「流石やね。……っと、準備終わったみたいやな。ほな最後、頑張ってやー」
     エリザはくるっと踵を返し、その場から離れていった。

     先程よりは幾分軽めの武装を身にまとい、両者は広場の中央で対峙する。
    《さあいよいよ最後の種目となりました! 皆さんお待ちかね、ガチとガチがぶつかり合う、組手勝負です!
     お互い、音に聞こえし武人! 当然、力量もそこいらの雑兵とは比べ物にならへんはずです! 例え前の2戦を落としたとて、誇り高い武人としてココだけは、ココだけは、コ・コ・だ・け・はっ! 何が何でも落とすワケには行きまへんでっ!
     ソレでは両者、構えっ!》
     号令に伴い、ハンもミェーチ将軍も、互いの得物を相手に向ける。
    「(『これは殺し合いではない。だからお互い、刃には被せ物をしておく』などと甘っちょろいことを抜かしおったが……)」
     ミェーチ将軍は槍の穂先を振りつつ、ハンを挑発する。
    「(吾輩の膂力(りょりょく)をなめてもらっては困るぞ? こんな被せ物をしたところで、全力で打ち付ければ同じこと。肉は潰れ、骨は砕け、貴様の魂ごと世界の果てまで弾き飛ばしてしまうぞ)」
    「(当てられればの話だろう)」
    「(当たらんと抜かすか)」
     にらむミェーチ将軍にそれ以上答えず、ハンは黙り込んだ。
    《(ソレでは……、開始!)》
     エリザの号令と共に、ミェーチ将軍が距離を詰める。
    「(ぐるるるりゃああああッ!)」
     本物の虎を思わせる咆哮を轟かせ、槍がハンの頭部へ打ち下ろされる。
     が、ハンは剣をすっと上段に構え、事も無く左へといなす。
    「(ぬっ!?)」
     全力で振るった攻撃が呆気無く逸らされ、ミェーチ将軍は体勢を崩し、無防備な左側面をハンに晒す。
     そして、その隙を見逃すハンではない。
    「はッ!」
     右手を剣から放し、それをミェーチ将軍の左脇腹に叩き込む。
    「(おふ……っ!?)」
     ハンの右拳が脇腹にめり込み、ミェーチ将軍の顔色が一瞬で真っ青に染まる。
     ミェーチ将軍の巨体がぐらっと揺れるのをしっかりと目に捉えつつ、ハンは剣を捨て、左手も空けた。
    「(ま、まだま……)」
     口からぼとぼとと胃液を吐き、何か言おうとしたミェーチ将軍の顔に、ハンは左拳を叩き込んだ。
    「(ふごあッ!?)」
     今度は鼻から真っ赤な液体を噴き出し、ミェーチ将軍の動きが止まる。
     一瞬、間を置いて――ミェーチ将軍はどさりと重たい音を立てて仰向けに倒れ、そのまま気絶した。
    《……あっ、えっ、……(け、決着! 決着です! 勝ったのはハンく、……あ、や、シモン隊長です!)》
     流石のエリザも、ここまで早々と勝負が決まることは予想していなかったのだろう――噛み気味に、決着を宣言した。
    琥珀暁・歓虎伝 5
    »»  2018.11.28.
    神様たちの話、第179話。
    宴の後で。

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    6.
    「(いやぁ、参った参った! まさかあれほど一方的な決着となろうとはな)」
     三番勝負が終わり、最前列でかじりついて観戦していたノルド王は、げらげらと笑ってハンをほめちぎっていた。
    「(運が良かっただけです)」
     謙遜するハンの肩を、ノルド王はばしばしと叩く。
    「(とんでもござらん! いやまったく、我が軍が如何にたるんでおったかを思い知らされたわい。将同士の戦いでこの有様では、もし全軍挙げての合戦が先に起こっていたとしたら、一体どれほどの憂き目を我々が見る羽目になったやら。
     うむ、わしは決心したぞ! まだ家臣団の中には異を唱える者もあろうが、貴君らとは和平を結ぶことにする)」
    「(それは性急なご判断でしょう。まずは家臣の方々と協議を……)」
     ハンが止めようとしたものの、ノルド王は首を横にぶるんと振る。
    「(いやいや、誰がどう言おうとも、わしの決心は揺るがん。そもそも貴君らと正面切って戦おうとは、当初より思っておらなんだし、ならばはっきり手を結ぶと宣言し、実行する方が良かろう。城に戻り次第、正式に表明・通達することとする。
     本日はまこと、良い出会いであった。では失敬!)」
     ほとんど一方的にまくし立て、ノルド王はその場から去――ろうとして、ぐるんと振り返った。
    「(な、なんでしょう?)」
     落ち着きの無い振る舞いに圧倒されつつも尋ねたハンに、ノルド王は顔を赤らめつつ、ハンに耳打ちした。
    「(あー、その、話は変わるのだがな、ほれ、あの、『狐』のご婦人がおられたであろう?)」
    「(エリザ・ゴールドマン女史のことですか?)」
    「(おお、そのようなお名前であったか。美しい名だ。しっかと覚えておくぞ。いや、その、なんだ。……またお会いしたいと、そう伝えてくれんか?)」
    「(え? ええ、伝えておきます)」
    「(うむ、よろしく頼んだぞ! では改めて失敬!)」
     そう言い残して、今度こそノルド王は虎の尾をぴょこぴょこと揺らしつつ、去って行った。
     と、そこに今話に上った本人がやって来る。
    「あら? ノルド王さん、もう帰らはったん?」
    「ええ。和平を結ぶとまくし立てられて、そのままそそくさと」
    「そらええこっちゃ」
    「それともう一つ。エリザさんにまた会いたいと」
    「アタシに?」
     そう言われ、エリザが辺りを見回すが、既にノルド王は、家臣団ごと広場から姿を消してしまっている。
    「せっかちなおっさんやね。アタシと話したいんやったら、もうちょい待ってはったら良かったのに」
    「まさかとは思いますが、もしかして惚れられたのでは? ほめちぎってましたからね」
     ハンの言葉に、エリザはケラケラと笑って返す。
    「アハハ……、そらおもろいな」
    「笑い事じゃないでしょう。子供も2人いるのに」
    「せやなぁ。求婚されたかて、そら受けられへんな。アタシはゲート一筋やし」
     そう言ってウインクしたエリザに、ハンは苦い顔をするしかなかった。
    「……返答に困ります」

     帰路に就いたノルド王は、馬上で心底愉快そうに笑いながら、家臣団の面々と話していた。
    「(誠に此度の訪問、意義のあるものであったわい)」
    「(さようにございますか)」
     一方、家臣団の面々は、いずれもどこか不満そうな顔色を浮かべている。
    「(殿、先程仰られていたお話でございますが、本当に彼らと友好関係を結ぶのですか?)」
    「(うむ。対立すべき理由は帝国からの命令、それだけだ。我々自体には、対立する必要性は無い。むしろ関係を結べば、彼らから食糧を得ることができる。
     我が国の問題は何をおいても、飢餓にある。安定して食糧を国民に分け与えることができれば、荒んだ現状も大きく改善できよう)」
    「(殿! それではまるで、彼奴らに食糧を恵んでもらうようなものではないですか!?)」
    「(それの何が悪いと言うのだ)」
     ノルド王の顔から先程まで浮かべていた笑みが消え、真面目な表情を家臣たちに向ける。
    「(民を満足に養いもせず、ただ君臨し威張り散らすだけの王が迷惑極まりない存在であること、我々こそがよくよく思い知っていることではないか。
     例え乞食と誹られようと、わしは民を食わせることを優先する)」
    「(むう……)」
     主君の強い意志を感じたらしく、家臣たちは黙り込んだ。

     一方――家臣団の後方では、ミェーチ将軍が馬の背を虚ろな目でにらみながら、ハンへの呪詛を吐いていた。
    「(……許さんぞ……シモン……! 公衆の面前で、この俺に恥をかかせおって……!
     決して許すものか……!)」



     遠征隊上陸に端を発する、北方沿岸部の一連の騒動は、ここへ来て大きな局面を迎えつつあった。

    琥珀暁・歓虎伝 終
    琥珀暁・歓虎伝 6
    »»  2018.11.29.
    神様たちの話、第180話。
    本音と建前、真意と誠意。

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    1.
     ノルド王国との友好関係を結ぶことに成功し、ハンとエリザは、ゼロに「魔術頭巾」で報告を行っていた。
    《じゃあ、その後は順調に進んでいる、と考えていいのかな》
     ゼロからの問いに、ハンは自信に満ちた声で答える。
    「はい。現状、エリザさんの方から、商取引を軸としていくつか話し合いを進めており、いずれも双方円満な形で合意に達しています」
    《そう》
    「今後はクラム殿下も交え、政治面での……」《あー、と》
     と、ゼロがさえぎる。
    《それについてしっかり聞いておきたいことがあるんだけど》
    「なんでしょうか」
    《クーは本気で、そっちで女王として君臨し続けるつもりなのかなって。帰って来なきゃ困るし》
    「それは……」
     返答に詰まり、ハンは目で、隣のエリザに助けを求める。
     それを受けて、エリザが応答する。
    「あー、はいはい。ちょとクーちゃんとソコら辺のお話したんですけども、『他に王となるにふさわしい方がいらっしゃれば椅子をお譲りします』っちゅうてましたから、あくまで一時的、暫定的なもんやと思いますで」
    《そう。なら、いいけど》
    「心配せんでも、ちゃんと一緒に帰ってきますさかい。安心しとって下さい」
    《あ、う、うん。そうだね、君も、……あー、うん。うん、……そうだね、無事に帰ってきてくれ、うん。
     じゃあ、まあ、今回はこの辺でおしまいかな。次はいつも通り、月初めに。それじゃまた、何かあったらすぐ報告してね》
    「はーい」
    「失礼します」
     そこで通信が切れ、ハンとエリザの視線がまた交錯する。
    「……」
    「どないしたん?」
     尋ねられ、ハンはどうにか取り繕おうとする。
    「いえ、特には。陛下も遠い地で娘御がどんな活動をしているかご心配でしょうから、お言葉もすっきりしないと言いますか、語弊があるように感じてしまうでしょうが、お気持ちは誠実なものであると……」「あのなー、ハンくん」
     エリザは微笑みながらハンの背後に回り、彼の肩に右肘を乗せつつ、もう一方の手でちょいちょいとほおを突いてきた。
    「な、何です?」
    「アンタも立場があるし、アタシとゼロさんが相手のコトやから、そうそう明け透けに話がでけへんやろっちゅうのんはよお分かっとる。ホンマのコト言うんは難しいやろな。
     せやけども、すぐバレるようなしょうもない嘘付いてごまかすくらいやったら、はっきりホンマのコト言うてしまいや? 結果的にな、そっちの方がなんぼでもマシになるで」
    「……失礼しました」
     肩に肘を置かれたまま、ハンは正直に話した。
    「以前に陛下と会食した際、……その、陛下はエリザさんを疎んじるような発言をなさっておられました。それもはっきり、エリザさんのことを『悪人だ』と」
    「アハハ……」
     ハンの肩をばしばし叩きながら、エリザはケラケラ笑う。
    「ひっどいコト言いよるなぁ、あのおっさん」
    「俺も正直、言い過ぎではないかと思ってはいたんですが、その時、何の弁解もできず……」
    「えーよえーよ、好きに言わしとき。
     アタシにとったら、悪口なんか何でもあらへん。ソレこそ子供ん時から言われ倒しとるから、今更『悪人やー』『泥棒やー』言われたところで、『せやから何やねん?』『悔しいんやろアンタ』くらいにしか思わへんわ」
    「……すみません」
    「えーから」
     エリザはハンから離れ、彼の前でくるんと一回転した。
    「悪口はなんもでけへん能無しの、最後の武器や。ソレ言い出したらもう、『わしもうお手上げですわ』っちゅう降参の証やで」
    「う……」
     その言葉に、ハンは苦笑いを浮かべる。
    「それはそれで、結構なお言葉と思いますがね」
    「非礼には非礼や。コレでおあいこにしたるわ。
     せやからな、ハンくん。もう気にせんとき。アタシは平気やし、ゼロさんも元々優しい性格や、多少は自分で反省しとるはずやから」
    「……はい」
     エリザは最後までニコニコと、笑顔を崩すことは無かった。
    琥珀暁・交誼伝 1
    »»  2018.12.01.
    神様たちの話、第181話。
    クーのおでかけ。

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    2.
     ハンたちが報告を行っていた丁度その頃、クーはビートとマリアを伴って、街の視察に出向いていた。
    「通りの顔ぶれが、随分変わりましたわね」
     そうつぶやいたクーに、ビートが反応する。
    「ノルド王国から来た虎獣人の人たちが、結構いるみたいですよ。こちらは『熊』の割合が多いみたいですが、向こうは国王をはじめとして、『虎』が多いらしいですし。
     元々、移動に馬で3日かかる距離でしたし、僕たちの来訪だとか帝国軍の襲撃だとか色々ありましたから、クラム王国に改称した直後くらいまでは、あまり来る人がいなかったみたいですけど、最近はノルド王自ら来られたせいか、交流も増えてきてるみたいですし」
    「その件については十分よく存じておりますわ。交流を勧める立場でございますもの。それよりも……」
     ビートには顔を合わせずに、クーはくるんとマリアの方へと振り向く。
    「以前より気になっていたのですけれど、こちらでは猫獣人や、わたくしのように長い裸耳の方をお見かけいたしませんわね。お二人は、お見かけした記憶はございますかしら」
    「え? んー……、そう言えばこっちの『猫』さんは全然見てないですねー。長耳さんもあんまり。……や、無いかもです」
    「同じく、ですね。どうやら、この大陸では猫獣人の方はいないみたいですよ」
    「狼獣人や狐獣人の方もお見かけいたしませんし、どうやら耳に毛を召した方は『熊』と『虎』のみのようですわね。文化だけでなく、人種も大分異なるようですし、本格的にわたくしたちとの交流が深まれば、何かしらの摩擦や軋轢が生じそうな気がいたしますわね。
     ビート、あなたはどうお思いかしら?」
     尋ねられ、ビートは――彼の方でも同様のことを考えていたらしく――淀み無く答える。
    「その可能性は高いだろうと、僕も思います。
     僕たちとエリザ先生たちのように、それぞれの生活圏が地続きであり、この20年交流が続いている同士であっても、多少の行き違いや思い違いはありますからね。こうしてまったく互いが隔絶されていた関係であれば、その差異はより大きくなるでしょう。殿下や陛下、エリザ先生などのご尽力があってようやく意思疎通ができたくらいですから、もし翻訳術『トランスレーション』が無ければ、いえ、そもそも魔術そのものが無ければ、事情と結果は大きく異なったものになっていたでしょう」
    「ええ、その点は同意いたせますわね。もしわたくしたちが彼らのように魔術を持たない人間であったなら、こうして自由に異邦の地を巡るどころか、今以てノースポートは占拠されたまま。腕力や体格で大きく勝る彼らに為す術も無く、敗走を続けていたかも知れません。
     それを考えれば、今こうしてわたくしたちがこの国を統治し、ノルド王国に対し有利な条件で交渉・交流を進められる立場にあることは、つくづくお父様に感謝すべきことですわ」
    「ええ、まあ、はい、そう言えますね」
     微妙な顔でうなずくビートをよそに、クーは続いてマリアにも尋ねる。
    「マリア、あなたは現状について、どうお考えかしら」
    「へっ? あたしですか?」
     一方のマリアは、しどろもどろに応じた。
    「え、えー、そうですねー、あの、何て言うか、文化が違うってことは感じますね。例えばご飯も、あたしたちのトコじゃ小麦が主食でしたけどー、こっちだとお芋さんが多いなーって。だからそのー、交換? あ、貿易? みたいなことする時にー、どうなんだろうなーって」
    「グダグダですね……。何も考えてなかったでしょ?」
     呆れるビートに対し、クーは丁寧に答える。
    「その点も確かに、考慮すべき問題ですわね。わたくしたちの嗜好と、彼らのそれが同じとは限りませんもの。貿易品の輸送にも費用と手間がかかりますから、折角海を越えて運んだ品が受け入れられなければ、大きな損害になってしまいます。
     その件については、エリザさんと十分に協議した方がよろしいですわね」
    「あっ、はい、そーですね」
     ほっとした表情を浮かべたマリアに微笑みつつ、クーはビートに再度尋ねる。
    「ところで、シェロはどうなさっていらっしゃるのかしら? お声がけした際、お見かけいたしませんでしたけれど」
    「あいつならいつもの自主訓練です」
    「あら、また?」
     クーは首を傾げ、こう返す。
    「こうしてお声がけする度、いつも訓練なさっている印象がございますわね」
    「口実ですよ。視察に同行したくないんです」
    「あら。わたくし、シェロに好かれていないのかしら」
    「いえ、そうじゃないんです」
     ビートは肩をすくめながら、シェロのことを話した。
    琥珀暁・交誼伝 2
    »»  2018.12.02.
    神様たちの話、第182話。
    シェロの評判と謎。

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    3.
     ビートはどこかためらいがちに、言葉を選ぶようにして話す。
    「あいつ、誰かと仲良くするって言うのが苦手なんですよ。いえ、苦手と言うよりも、正確には人付き合いを、軒並み拒絶してるようなものですけど」
    「拒絶?」
    「基本的に誰ともまともに話さないですし、僕とマリアさん以外には、仕事以外でつるむ人間もいないみたいですし。あいつが一度、尉官のことを『人間嫌い』と言っていたことがありますが、僕からすれば、あいつの方がよほど、人を遠ざけてるように感じます」
    「まあ」
     クーは目を丸くし、マリアに顔を向ける。
    「あなたとビートだけ?」
    「そうですねぇ」
    「ハンとは如何なのかしら」
    「尉官とも、全然ですねー。尉官の方も人をあんまり誘いませんし」
    「ああ、左様でしたわね。……でも、それなら何故、シェロはハンの下に?」
    「さあ……?」
     問われて、ビートも首を傾げる。
    「測量班結成の際、僕が招集された時にはもう、シェロがいたんですよね。その時、僕の方からは自己紹介したんですけど、シェロは階級と歳だけしか言わなくって。その後来たマリアさんにも、同じことしか言いませんでしたね」
    「気になりますわね」
     そう返したクーに、ビートが釘を刺す。
    「班の掟と言うか約束事と言うか、尉官からは『相手が言いたくないことは聞くな』と厳命されています。殿下も覚えがあるでしょう?」
    「そうでしたわね。では、わたくしが尋ねたとしても」
    「まず答えないでしょうし、その前に尉官が止めに入ると思います」
    「どちらにしても、さほど興味はございませんわね」
     一転、クーは表情を変え、ビートに笑いかけた。
    「ではビート、あなたは経緯を教えて下さるわね?」
    「え?」
    「マリアが測量班に配属された経緯は以前に伺いましたけれど、あなたについてはまだ伺っておりませんもの。教えていただけるかしら」
    「あー、はい。大したことは特にありませんが、それで良ければ」
     そう前置きし、ビートは自分のことを話す。
    「15歳の時に訓練学校の魔術科を卒業して、そのまま尉官の班に配属になったってだけです。
     班の編成が――僕たちの軍では、一般的には『班長(リーダー)』『補佐(サブ)』『前衛(ポイントマン)』『後衛(テールマン)』の4人になるんですけど――招集された時、既に補佐としてマリアさんが決定してたらしいんです。で、僕が後衛、シェロが前衛ってことで」
    「そうですの? 印象としては、マリアが前衛、あなたが補佐と感じておりましたけれど」
    「年齢順の序列ってやつです。それに、厳密に『常にこのポジションでなければならない』と定めてるわけじゃないですし、状況とかその場の流れとかで、配置が変わることはよくあります。あくまで編成した当時の話ですから」
    「なんかバカにされてる気がするんですけどー……?」
     ぼやくマリアに、クーは「いいえ」と返す。
    「あなたの腕前はかねがね伺っておりましたから、むしろ前衛の方が適任なのではと言う意味で申しました。他意はございませんわ。
     では、マリアが補佐と言うことであれば、シェロの経緯については何かご存知なのかしら?」
    「あー……、と」
     マリアのふくれっ面が、一転してばつの悪そうなものに変わる。
    「あたしもそれは分かんないです、すみません」
    「いえ、お気になさらず。きっとハンの方からも、知られないように配慮してらっしゃるでしょうから。あの方、ルールと申すものに関しては――それが人の決めたものであれ、自分が定めたものであれ――縛られてしまう性分ですし、『聞くな』と定めた事柄は、本人から申し上げない限りは、誰にも明かされないのでしょう」
    「あ、それで思い出しましたけど」
     と、ビートが手を挙げる。
    「殿下。ホープ島で測量してた時に、尉官とエリザさんのことで何か、言ってませんでした?」
    「ぅえ?」
     尋ねられ、クーはうろたえた声を漏らす。
    「な、何のことかしら?」
    「僕は記憶力いいですから、ごまかせないですよ。確かに殿下は、僕に『ハンとエリザさんとのご関係をご存知なのかしら』って言ってました」
    「あわゎ……」
     泡を食うクーに、ビートが畳み掛ける。
    「勿論、掟のこともありますから、殿下の口から漏らせないと言うことであれば、無理に言わせたりするような、乱暴なことはしません。
     ですので『はい』か『いいえ』で。うなずくか振るかして下さい」
     そう前置きし、ビートは質問し始めた。
    琥珀暁・交誼伝 3
    »»  2018.12.03.
    神様たちの話、第183話。
    秘密の看破と、虎王の再訪。

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    4.
    「あまりあれこれと質問するのもわずらわしいでしょうから、3回だけにします。
     まず1つ目、殿下は尉官とエリザ先生の関係について、公に開かせないような秘密を握っているような素振りを見せていましたが、それは男女関係……」
     言いかけて、ビートの方が首を傾げた。
    「ちょっと待って下さいね。……マリアさん、尉官が殿下以外の女性とそうした関係を持つ可能性があるでしょうか?」
     ビートにこそこそ問われ、マリアが「無い無い」ときっぱり否定する。
    「そんなの、月が落ちてくるくらい有り得ないから」
    「ですよね。……お待たせしました。それは尉官か、その家族に関係するものですか?」
     この問いに、クーは一瞬迷ったような表情を見せたが、大きく首を横に振った。
     が、それが嘘であることを、ビートはあっさり見抜いたらしい。
    「では2つ目、それはエリザ先生のお子さんとも関係あることですか?」
    「え」
    「仕草で分かります。もし答えたくないと言うことであれば、何もしなくて結構です」
    「あっ、は、はい」
     そう言われ、クーは首を縦、横のどちらにも振らなかったが、それも見透かされてしまう。
    「なるほど。……3つ目の質問をしようと思いましたけど、やめときます。殿下は嘘が付けないみたいなので」
    「あぅ」
     と、しゅんとした表情になったクーの耳に、ビートが口を寄せる。
    (つまり、……尉官と、エリザ先生のお子さんたちは、異母兄弟なんですね)
    (えっ)
     クーが目を丸くしたところで、ビートは最後にこう付け加えた。
    「その2つを肯定されたら、答えはほとんど出たようなもんですし。分かりました、この話は秘密にしておきます。マリアさんも内緒でお願いしますね」
    「はいはーい」
     にこにこ微笑んだまま応えるマリアを見て、クーは頭を抱えてうずくまる。
    「お二人に知られてしまうなんて……。わたくし、ハンに顔向けできませんわ」
    「秘密にしますって。もしバレたら、僕たちの立場だって相当まずくなりますし。
     測量班や遠征隊の結成にはシモン将軍が関わってるんですから、もし将軍の立場が危うくなれば、遠征隊の解散や尉官の更迭・除隊も有り得ますからね。そんな危険を冒してまで公表する話じゃありません。
     僕たちにしても、そんなことになれば強制帰国を命じられる可能性があります。新天地を訪れると言う滅多に与えられない絶好の機会を、自分で潰すようなことはしません。約束します」
    「……そう。でしたら、信じることにいたしますけれど」
     クーはのろのろと顔を挙げ、懇願した。
    「くれぐれも、わたくしが秘密を漏らしてしまったと言うようなことは、ご内密にお願いいたしますわよ」
    「ええ、勿論です」
    「だいじょぶですよー」

     と――。
    「(失礼、もしやタイムズ殿下ではござらんか?)」
     声をかけられ、クーは後ろを向く。
    「あら。(ごきげんよう、ノルド陛下)」
     そこには先日ハンたちが持て成したノルド王と、その家臣団の姿があった。
    「(こんな往来でお会いするとは。殿下自らの視察と言うところか?)」
    「(左様ですわ。陛下は如何されたのでしょう?)」
    「(うむ、我々の側で色々と、まとまったことがあったのでな。伝えに来た次第だ。まあ、そのー……、後はも一つ、私用と申せばよいか、そのような件もあるのでな)」
    「(ゴールドマン女史にご用事でしょうか)」
     その名を出した途端、ノルド王は虎耳の内側まで、顔中を真っ赤に染める。
    「(ああ、いや、うむ、そうだな、彼女とも話ができれば結構であるが、……いやその、オホン、オホン)」
     もごもごとごまかしつつ、ノルド王は話題を切り替える。
    「(しょ、所期の目的であるが、その、……あー、と)」
    「(往来でいたせそうなお話ではないご様子ですわね。ではご一緒に、王宮まで参りましょう)」
    「(うむ)」
     ノルド王を伴い、王宮に向かおうとしたところで、クーは「あら」と声を上げる。
    「(本日は家臣団の皆様、全員ではいらっしゃいませんのね)」
    「(うむ、毎回全員でぞろぞろと押しかけては迷惑であろうと思うてな)」
    「(家臣の皆様を信頼していらっしゃいますのね)」
    「(うん? それはどう言う意味であるか?)」
     きょとんとするノルド王を見て、クーは「(いえ、何でもございませんわ)」と返した。
    琥珀暁・交誼伝 4
    »»  2018.12.04.
    神様たちの話、第184話。
    友好条約締結交渉。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     王宮に戻って間も無く、クーたちはハンに出迎えられた。
    「予定より随分帰りが早いと思ったが、なるほど、来客か」
    「ええ。大切なお話があるとのことですので、こちらまでお連れいたしました。適当なお部屋をご用意して下さるかしら」
    「ああ、手配しておく。エリザさんも呼ぼうか?」
    「陛下のご希望でもございますし、お願いいたします。あなたも参加されるよう、お願いいたしますわね」
    「分かった。トロコフ尉官は?」
    「恐らく必要ではございませんわね。軍事防衛に関するお話ならともかく、今回は政治上のお話のようですし」
    「分かった」
     ハンがうなずき、離れようとしたところで、くる、とノルド王の方へと振り返る。
    「(今日は彼の姿が見えないようですが、何か別の用事が?)」
    「(彼? 誰のことだ?)」
     首を傾げるノルド王に、ハンが付け加える。
    「(ミェーチ将軍です。クラム殿下より政治上の話があると伺ったところですが、彼は今回、同席しないと?)」
    「(ああ、あやつなら『体調が優れぬ』やら『風邪を引いた』やらと言って寝込んでおると、あやつの家の者から聞いておる。とは言え今回の話し合いはわし一人で不足はあるまいし、問題も無かろう)」
    「(さようですか)」

     場所を王宮の応接間に移したところで、ノルド王が話を切り出してきた。
    「(かねてよりわしは貴君らと手を組もうと言うておったが、昨日ようやく、家臣団の皆からの同意を得るに至った。即ち正式に、貴君らとの友好条約を締結するものである)」
    「(わたくしたちにとっては吉報ですわね)」
     表情を変えずにそう返しつつ、クーは続けて尋ねる。
    「(それでは、今後の帝国との関係は如何されるおつもりかしら)」
    「(無論、決別するつもりである。どちらとも仲良く……、などと調子のいいことは言わんし、不器用なわしがそんな態度を執り続けるのは、無理なことだ)」
    「(報復が予想されますけれど、そちらについては? まさかわたくしたちの力をたのみにして対抗する、と言うようなことは仰らないことと存じますが)」
    「(え?)」
     クーの言葉は全くの予想外だったらしく、ノルド王は間の抜けた声を漏らした。
    「(なっ、いや、その)」
    「(勿論、相手が襲撃して来る場合には反撃するのがわたくしたちの姿勢ですけれど、あなた方が独自に行動した、その結果として帝国からの襲撃を受けた場合には、わたくしたちが動く義理はございません。
     あくまでわたくしたちは、この地へ戦争を行うために参ったわけではございませんから、こちらから積極的に帝国へ攻撃を加えるつもりもございませんもの。向こうが適切かつ適当な条件で和平を結ぼうと申し出た場合には、応じる姿勢を見せるつもりですから)」
     クーの冷ややかな態度に、ノルド王は明らかに狼狽した様子を見せる。
    「(い、いや、しかし、友好条約と言うものはだな)」「(友好条約と言うものは)」
     反論しようとするノルド王をさえぎり、クーが続ける。
    「(『わたくしたちの間に友好関係が存在すること』を、即ちわたくしたちが友人同士であると言う事実のみを文言によって確立し、広く表明することですわ。
     わたくしたちは確かに、陛下たちノルド王国の皆様を友人であると公言いたせますけれど、友人だからと言って、いえ、友人だからこそ、その相手をみだりに危険な目に遭わせるものでしょうか?
     それとも陛下は、友人を酔った勢いで殴り倒しても、自分の借金を押し付けても、友人であるならばすべて無条件で許してくれるはずだし、そうでなければ友人とは呼べない、とでも仰るのでしょうか?)」
    「(い、いや、それは……)」
     ノルド王が口ごもり、困り果てた表情をしたところで、クーの横に座っていたエリザが「(ま、ま)」と割り込んだ。
    「(ビシバシ突っ込むんはソコら辺にしとくとして――友好条約を結ぶに当たって、その点についてはキッチリさせとかなあきませんわ。ざっくりした取り決めや口約束で話まとめた気ぃになっとって、いざコトが起こった時に『言うたやろ』『いや言うてへん』て揉めたないですしな。
     勿論、陛下が積極的に手を貸して欲しい、自分たちが帝国を打倒する時には助太刀して欲しいっちゅうコトを条約に盛り込みたいっちゅうんであれば、ちゃんとその点もお話させてもろた上で、細かい取り決めさせてもらいますさかい。
     約束しますけども、決して陛下を困らせるようなコトは言うたり提案したりしませんし、お互いの利益を確保、維持、そして拡大でけるように、公平なお話をさせてもらうつもりです)」
    「(さ、さようであるか、うむ)」
     横でこのやり取りを眺めていたハンは、表情には出さないでいたものの、内心では苦々しく思っていた。
    (エリザさんもクーも、とんだ二枚舌だな。俺には積極的に打って出ろ、やられる前にやれって言ってたくせに。それに、この釘の刺し方も卑怯だ。つまり『助けて欲しいならカネやモノを出せ』ってことだろう?
     いや、それよりもっとひどい腹積もりだ。彼らにとって現状は、『助けて欲しい』どころじゃない。彼らは何としてでも、助けてもらわなければならない状況にあるんだ。俺たちの力が得られなければ、元通り帝国に隷属するしか無いんだからな)
     このやり取りの後、話し合いが進められたが――クーによる「鞭」とエリザによる「飴」の、硬軟織り交ぜた交渉術にすっかり翻弄されたノルド王は、ほとんどエリザたちの言いなりになるような形で、友好条約を締結した。

    琥珀暁・交誼伝 終
    琥珀暁・交誼伝 5
    »»  2018.12.05.
    神様たちの話、第185話。
    焦燥するシェロ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ハンたちが友好条約を結ぶべく会議していた、その最中――。
    「はっ……はっ……」
     この時もシェロは、自主訓練に没頭していた。
    「……はあっ……」
     既にこの時点で素振り100回を6セット、腕立て伏せとジャンプアップ100回を3セット、走り込みを300周、重りを背負ってのスクワット100回を5セット、その他諸々の――ビートならば最初の数セットで気絶して倒れそうな、壮絶な量の――鍛錬を朝早くから夕暮れ近くになるまでこなしていたが、それでもシェロは、切り上げる機を見付けられないでいた。
    (全然だ。全っ然足りねえ。どんだけトレーニングしても十分って気がしねえ。……なんでこんなにイライライライラしてんだろうな、俺)
     7セット目の素振りを始めようと、地面に刺していた剣を手に取るが、シェロはその剣が刃こぼれしていることに気付く。
    (あ……? なんで素振りでこんなボロボロになんだよ?)
     思い返してみるが、剣を傷付けるようなことをした記憶が浮かばない。
    (……チッ)
     怒りに任せ、剣を投げるようにして、地面に突き刺す。地中に石が埋まっているのか、がちっ、と硬く鈍い音が辺りに響くが、苛立ちで頭が一杯になっているシェロの耳には入っていない。
    (まあ、アレだよな。俺がこんなにイラついてんのは、こないだのアレのせいだ)
     シェロの脳裏に、ハンとミェーチ将軍が戦った光景が蘇る。
    (あんなあっさり決着が付けられるのか、俺に?
     もし俺が尉官の代わりに、あの三番勝負に出てたとして、結果はどうなった? 弓からして、取れないかも知れない。走力勝負だってきつい。あんな装備で、あそこまで走り回れるかどうか……。
     何より最後の勝負――真っ向からの、ガチの叩き合いだ。尉官だってそう背が低い方じゃない。だけど相手は2メートルはあろうかって巨体だぞ?
     そう、あれくらいの……)
     と、そこでシェロは我に返った。
    (……何してんだ、アレ?)
     シェロの目に、その2メートルほどの巨漢が、茂みから茂みへとこそこそ移動している様子が映る。
     その仕草に不穏なものを感じたシェロは、地面に刺していた剣を抜き、相手に近付く。
    「あんた、何してんだ?」
     声をかけられた相手――ミェーチ将軍はビクッと虎の尾を跳ね上げさせ、がばっと振り向く。
    「(な、何奴!?)」
    「あ? ……あー、と」
     北方の言葉で話しかけられ、シェロは戸惑いつつ、たどたどしく応じる。
    「(ミェーチ将軍、ですよね?)」
    「(い、いや、拙者、人違いでござる)」
     否定されるが、シェロは再度同じ問いをぶつける。
    「(将軍ですよね?)」
    「(……む、む)」
     観念したらしく、ミェーチ将軍は首を縦に振る。
    「(い、いかにも)」
    「(どうしたんですか、こんなところで)」
    「(さ、散策をだな)」
    「(ココはクラム王国内ですよ。散策にしては、遠すぎるのでは)」
    「(いやその、何と言うか、此度の友好条約締結の交渉へ、その、殿が向かったと知ってな、遅ればせながら馳せ参じたのである)」
     相手の態度に妙な気配を感じ、シェロは突っ込んでみる。
    「(どうしてココに? 交渉なら王宮の中でするはずでしょう? ココは王宮は王宮でも、裏手の方ですよ)」
    「(あ、いや)」
    「(あと、さっきから気になってたんですが)」
     シェロは剣を持ち直し、語気を強くして指摘する。
    「(ただ散策や、王様の随行をすると言うだけなら、鎧だとか具足だとか兜だとか、そんな装備はいらないと思います。何か別の目的で来たんじゃないですか?)」
    「(う……ぐ)」
     ミェーチ将軍は顔をしかめ、いきなり抜刀した。
    「(ばれてしまってはやむを得ん! ここで口封じさせて……)」
     が、言い切らない内に、シェロが剣を抜いた右手を蹴り飛ばす。
    「(うぐぉう!?)」
    「ふざけんなッ!」
     ミェーチ将軍の剣は簡単に手から弾かれ、どこかへ飛んで行く。空手になったミェーチ将軍に、反対にシェロが剣を突き付けた。
    「バカか!? 友好条約締結っつってる相手のところに武装して乗り込んでくるなんて、アンタ何考えてんだ!?」
    「(な、何? 何と?)」
     自国語でまくし立てたものの、ミェーチ将軍がぽかんとした顔をしたため、シェロは苛立ちつつも言い直した。
    「(あなたのところの王様が平和を表して来訪されたのに、何故部下のあなたが、その王様の体面をけがすようなコトをするんですか)、っつってんだよ!」
    「(し、しかしだな)」
     右手をさすりつつ、ミェーチ将軍は言い訳を始める。
    「(此度の殿の決定は、強制的なものであったのだ。『この判断を呑めぬとあらば、我が城を去れ』とおどされ、家臣団一同は渋々同意した次第なのだ。向こうが強硬手段に出たならば、こちらが出てはいかぬと言う道理はあるまい!?)」
    「(……? ではあなたは、ココを襲いに来たのでは無いと?)」
    「(正直に言えばそれも無くはない。が、本懐は殿を諌めに参った次第だ。この身を賭けてな)」
    「(その手段が、武装しての殴り込みですか)」
    「(こうでもせねば殿も分かってはくれまい)」
     話を聞くにつれて、シェロはうっすらと頭痛を覚えた。
    (コイツ、マジで脳みそまで筋肉なのか? いくら話し合いで折り合いつかなかったからって、こんな乱暴な手段に出るのかよ……)
    琥珀暁・虎交伝 1
    »»  2018.12.07.
    神様たちの話、第186話。
    シェロとミェーチの邂逅。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「(とにかく、今日のところは帰った方がいいでしょう。このままココにいては、事情がややこしく……)」
     シェロが平静を装った声を出して、帰らせようとしたその時――。
    「(ぬ? そこにおるのは、もしやエリコではないか?)」
     二人の頭上から、声がかけられた。
    「(……! と、殿っ!?)」
     ミェーチ将軍が顔を上げ、慌てた声を漏らす。シェロも同じように上を見て、王宮の2階からシェロたちを眺めていたノルド王が、首を傾げているのを確認した。
    「(やはりエリコであったか。何故ここにおる? 病で伏せておると聞いていたが……?)」
    「(あ、あの、そのっ)」「(閣下より指導を受けておりました)」
     と、二人の会話をさえぎり、シェロが代わりに答える。
    「(先日の演舞にて閣下の腕前に感服し、その折に、指導してほしいと私の方から願い出て、こうして訓練場にて剣を交えておりました。
     ただ、本日友好条約を結んだ間柄とは言え、隣国の将軍を一兵士が勝手にこちらまでお呼びするのもはばかられるものと思い、こうして人に知られぬよう、こっそりと……)」「(ふむ、そうであったか)」
     まだ目を白黒させているミェーチ将軍を尻目に、シェロはノルド王に頼み込む。
    「(と言うわけでですね、この件はご内密に願えればと。特に隊長に知られると、後で色々と面倒なことになってしまうので)」
    「(うむ。運良く今は、あの隊長殿もエリザ女史も側におらぬ。そう言う事情であれば内緒にしておこう。大いに親交を深めるが良い。
     ではエリコ、わしはもう少々話してから帰る。お前も暗くなる前に帰途に就くが良い)」
    「(御意)」
     ノルド王が窓から顔を引っ込めたところで、ミェーチ将軍が深々と頭を下げた。
    「(すまぬ、助かった)」
    「(俺もなんだかんだと言い訳してココで修練してる身なので、陛下にバラされたくなかっただけです。感謝されるようなことはしてません)」
    「(いやいや、とんでもござらん)」
     ミェーチ将軍は再度礼を述べ、シェロの手を握った。
    「(貴君の機転、誠に感謝する。何かあれば吾輩のところに来ると良い)」
    「(はあ……?)」
    「(っと、これ以上ここにおるとまた何やら、面倒事に巻き込まれるやも知れん。早々に退散するとしよう。ときに貴君、名は何と申す?)」
    「(シェロ・ナイトマンです)」
    「(うむ、シェロ殿か。覚えておくぞ。では失敬!)」
     そう返し、ミェーチ将軍は慌ててその場を走り去ってしまった。
     シェロはその後ろ姿が見えなくなるまで眺めていたが、そこでミェーチ将軍が剣を忘れていったことに気付く。
    (おいおい、本当にバカなのか、あの『虎』? ……しょうがない、このまま置いてたら『なんだこれ?』って騒ぎになるだろうし、俺が預かっとくか)
     地面に転がった剣を取り、シェロも宿舎へと戻った。

    (って、よく考えたらコレ、どうすりゃいいんだ?
     届けに行くったって、まさか尉官に『隣国の将軍が剣落としてったから返しに行きます』なんて言えねーし、かと言って、俺が一人でこっそりノルド王国に行くのも変だし。って言うかそもそも、そう簡単に行けるトコじゃ無いしなぁ)
     と言うようなことを数日に渡って悶々と考えていたが、この問題は翌週に解決した。
    「あ」
     グリーンプールの往来を一人で巡回中、本人に出くわしたからである。
    「(おお、シェロ殿!)」
     前回とは打って変わって、平民風の格好をしたミェーチ将軍は、ほっとした顔でシェロの側に寄って来た。
    「(恥ずかしい話だが、剣をこちらに忘れてしまい、困っておったのだ。多分修練場に忘れていってしまったのだと思うが、貴君は存じておらんか?)」
    「(あ、はい。預かってます)」
    「(おお、さようであるか! いや、助かった!)」
     ミェーチ将軍はシェロの手をがっしり握り、ぶんぶんと上下に振る。
    「(いやいや、貴君には何度も助けられておるな)」
    「(気にしないで下さい。アレがあのまま置いてあったら、騒ぎになりますから。ソレじゃ一旦、取りに戻りますから……)」
     と、断りを入れかけたところで、シェロはミェーチ将軍の背後に一人、自分と同じくらいの虎獣人の女の子が立っていることに気付く。
    「(そちらは?)」
    「(うん? ああ)」
     ミェーチ将軍はその女の子の肩をポンと叩きつつ、紹介した。
    「(吾輩の娘だ。本日もこちらに向かうと伝えたら、一度行ってみたいと言われてな。こんなごつい男が一人で何度も隣国を訪ねるのも不自然かと思って、連れてきた次第だ)」
    「(あ、そうですか。……あ、と。こんにちは)」
     シェロがぺこりと頭を下げたところで、相手も会釈を返した。
    「(こんにちは。シェロさん、でしたっけ。わたし、リディア・ミェーチと言います。よろしくお願いします)」
    「(……ども)」
    琥珀暁・虎交伝 2
    »»  2018.12.08.
    神様たちの話、第187話。
    虎父娘。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     剣を返した後、シェロはそそくさと巡回に戻ろうとしたが、ミェーチ将軍から引き止められてしまった。
    「(恩人をそのまま帰してしまうようでは、将軍の名折れだ。せめて飯くらいはおごらせてくれ)」
    「(はあ……)」
     半ばミェーチ将軍に引っ張られるような形で、シェロは近くの食堂に連れ込まれた。
    「(さあ、何でも気にせず頼んで……)」
     言いかけて、ミェーチ将軍が突如顔を青くし、懐や腰回りをぺたぺたと触り、やがて口をつぐんでしまった。
    「(どうしたんですか?)」
    「(あ、いや、その)」
     呆然とした顔をしているミェーチ将軍に、シェロは恐る恐る尋ねた。
    「(大変失礼なコトを聞いて恐縮ですが、財布はお持ちですか?)」
    「(……すまん。どうやら落とした。いや、道中の街で忘れたと言うか)」
    「(またですか?)」
     と、ミェーチ将軍の隣に座っていたリディアが、呆れた声を上げる。
    「(本当にお父様、そそっかしいんだから。それじゃ、わたしが出しておきます)」
    「(す、すまん)」
     やり取りを眺めていたシェロが、そこで手を挙げる。
    「(俺の分は俺が出します。気にしないで下さい)」
    「(そんなことを仰らずに)」
    「(いえ、……初対面でこんなコトを言うのも変かも知れませんが、俺は遠慮無く食べる方なので)」
     そう返したシェロに、父娘は一瞬、揃ってきょとんとした顔をし、次いで笑い出した。
    「(ふっ、ふははは……)」「(うふ、ふふっ……)」
    「え? え?」
     思いもよらない反応に、シェロは言葉を間違えたかと思ったが――。
    「(いやいや、失敬、失敬。何と言うかな、我々の邦(くに)では『虎より食う者はおらぬ』と言うてな、大抵の虎獣人は大食漢で通っておるのだ。吾輩も娘も、他分に漏れぬ身でな)」
    「(ですので、そう言ったご遠慮はなさらなくて結構ですよ)」
    「(あ、はあ、そうですか)」
     一瞬、シェロは妙な謙遜と感じたが、すぐにこれが本心で言ったことなのだと理解した。
    「(すみません、カボチャのスープとポテトパイとカレイのバター焼きとカキフライを5人前)」
    「(5? 3人じゃ)」
    「(わたしと父の食べる分です。あなたもどうぞ)」
    「……マジっスか」
     その後も次々と注文するリディアに、シェロは目を見張るばかりだった。
    (この子……、マリアさんだな、まるで。
     っつーか、沿岸部って飢餓状態がどーのこーのって話だったけど、単純にコイツらみたいな『虎』が食い過ぎなんじゃないのか? 俺、こっちでメシに事欠いた覚え無いしなぁ)
     そんな考えがチラッと浮かんだものの、シェロは口に出さないでおいた。

     シェロが半分ほど――そしてミェーチ父娘がほとんど――平らげたところで、シェロは改めて、二人の健啖ぶりに言及した。
    「(本当に、よく召し上がるんですね)」
    「(まだ腹八分と言ったところであるがな。とは言え、この辺りで止めておかねばな。娘の財布を食い尽くすわけにも行かぬし)」
    「(あら、こちらは物価がお安い方ですから、全然大丈夫です)」
    「(へぇ、そうなんですか?)」
     尋ねたシェロに、ミェーチ将軍が濁し気味に答える。
    「(色々事情があるのでな)」
     それに対して、リディアは素直に説明してくれた。
    「(ノルド王国もこちらと同じ沿岸部とは言え、海岸からは遠いところですから、お魚があまり手に入りませんし、どうしても高くなるんです。その代わり、お野菜は手に入りやすいんです。山間部と峠でつながってますから)」
    「(関税を元値の倍は掛けられるがな)」
     リディアが説明するにつれ、ミェーチ将軍も口が軽くなる。
    「(加えて、帝国に税を収めねばならん故、民からその分も含めて取り立てねばならん。となれば当然、物価も高くなると言うものだ)」
     その言い方がいかにも不満そうに感じたため、シェロはつい、こんなことも尋ねてみた。
    「(それなら今回の、うちとの友好条約締結は、いいコトなんじゃないですか? 閣下は不満そうに仰っていたようですが)」
    「(うーむ……。そうと言えなくも無いのだが)」
     そう前置きしつつ、ミェーチ将軍はぶつぶつと、文句を垂れ始めた。
    「(帝国は裏切りや抵抗を一切許さぬ非道の輩共だ。貴君らと友好条約を結んだとあらば、早晩攻めてくるであろう。既に我が国首都、ネザメルレスの側に陣を構え、刃を研いでおるやも知れん。だと言うのに殿は、この期に及んで『どうにかして異邦の力を借りれぬものか』『帝国との関係維持はできぬものであろうか』などと言い出す始末だ。真っ向から戦おうとはせぬし、情けないことこの上無い。
     そもそも殿は、帝国を軽く見ておるのだ。お父上があれほど残虐な殺され方をし、ご自身も10年近く皇帝の下僕となり続けておると言うのに、貴君らが来訪し、南を治め始めた途端、『彼らを味方に付ければ怖いものなど無い』などと言い出し、向こう見ずな決断ばかり下していらっしゃる!
     我々家臣団の中にも、ノルド王がこのまま統治を続けることに不安を感じておる者も少なくない。今までは特に騒ぎも起こさず、淡々と帝国に付き従っていてくれたが、こうして行動を起こした以上、吾輩のように力ずくででも諌めに入るか、あるいはもっと強硬な手に出る者も現れるだろう)」
    「(はあ、そうですか)」
     長々とした愚痴を、シェロは一言だけ答えて受け流した。
    琥珀暁・虎交伝 3
    »»  2018.12.09.
    神様たちの話、第188話。
    異邦の出逢い。

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    4.
     まだ長々とぼやいているミェーチ将軍を尻目に、シェロはコップを手に取る。
    「……っと」
     が、空になっているのに気付き、新たに頼もうと手を挙げかけた。
    「あ、飲み物ですね。注文します」
     と、リディアが先に手を挙げる。
    「(あ、ども。ありがとうござ、)……ん?」
     そこでシェロは、リディアが自分たちの邦の言葉で話しかけてきたことに気付いた。
    「今、あんた……」
    「ええ。わたしたちの国に来られた商人の方から、少しだけ習いました。先程、(……ええと、興味があると言っていたでしょう? それで覚えたんです)」
    「へぇ……」
    「(まだ完璧ではありませんけどね)」
    「(そんなコト無いですよ。普通に分かります)」
    「(あら、そうですか? 嬉しいです)」
     なおぐちぐちと語っているミェーチ将軍を放って、二人はこそこそと、シェロたちの国の言葉で話し始めた。
    「今日は父がいるのであまり長居はできませんが、良ければ今度、二人で街へ行きませんか?」
    「まあ、いいっスけど。でも俺、そっちまで行くのは時間的に無理っスよ」
    「数日滞在する予定です。今週の末まで」
    「あ、なら大丈夫スね」
    「いつがよろしいかしら。明日はどうでしょう?」
    「あー、明日も仕事ですけど、明後日なら非番なんで行けます」
    「ひ……ばん?」
    「休みってコトっス」
    「では明後日に」

     この日以来、リディアはしきりにシェロを訪ねるようになった。
     シェロの方も、最初は会うこと自体面倒臭がっていたものの、何度も会ううち、それなりに親しく話し、共に街へ繰り出すようになっていった。
     その光景が、あちこちで目撃されるにつれ――。
    「見ました? シェロと……」
     彼と親しい同僚のビートとマリアも、この無愛想な同僚をうわさするようになっていた。
    「あー、見た見た。可愛い子連れてたよねー。リディアちゃんって言ったっけ」
    「いや、名前までは……。どこで聞いたんです?」
    「あたし、一回声掛けてみたんだよねー。二人が並んで歩いてるトコ見かけたから」
    「そうなんですか?」
    「なんかさ、見てたらリディアちゃんの方から追っかけてる感じだったけど、シェロもまんざらじゃないなって雰囲気だったんだよねー。って言うか、なんかもう付き合ってる感じなんじゃない?」
    「有り得なくは無いと思いますが……、シェロが?」
    「……ん、んー。言われてみたらちょっと無さそうな気もしてくるよねー。シェロだし」
    「ですよねぇ……?」



     本人たちをよそに、二人のうわさは周囲へ広まっていった。そして当然の成り行きとして、ハンもこの事実を知り――。
    「シェロ。一つ、確認しておきたい件がある」
     友好条約締結から1ヶ月が経とうかと言う頃、ハンはシェロを呼び出した。
    「なんスか?」
    「近頃、お前が現地の人間と交流を持っていると言ううわさが、俺の耳にも入っている。これは事実か?」
    「ええ、まあ、そうなるっスね」
    「ごく親しくしているとも聞いたが、どう言う関係だ?」
    「関係って、……まあ、友達みたいなもんスね」
    「何のつもりだ?」
     いきなりそう返され、シェロは面食らう。
    「何のつもりって、何ですか? まるで俺が悪いコトしてるみたいな言い方じゃないっスか」
    「悪いに決まってるだろう」
     その決め付けた言い方に、普段――少なくとも、面と向かっては――不平を言わないシェロも、語気を荒くする。
    「何が悪いんです? まさかまだ、『異文化交流は望ましくない』とか言うんですか? その話、エリザ先生にこき下ろされたの、もう忘れてるんスか?」
    「異文化交流を行うこと自体は、俺も否定はしない。その価値があることは確かだ。
     だが今回の件は、明らかに行き過ぎている。異邦の軍人が、現地の人間とみだりに親しくするものじゃない。ましてや恋愛関係も仄めいていると言う話もある。これは隊の規律を著しく乱すものだ。即刻、関係を解消しろ」
    「は?」
     異様な苛立ちを覚え、シェロは思わず怒鳴る。
    「無茶苦茶じゃないっスか!? さっきも言いましたが、俺と彼女はそんな関係じゃ無いです。ただの友達ですよ。ちょっと仲良くするのもダメってコトですよね? そんなので交流とか、できるワケないでしょう?
     そもそも『上から命令されたからもう会わないコトにする』って、俺がアホみたいじゃないっスか」
    「命令に従わないと?」
    「話にならないような命令に従う気はありません」
    「ふざけてるのか?」
    「ふざけてんのはアンタでしょう!?」
     そう返した途端――がつっ、と痛々しい音を立てて、ハンがシェロの顔を殴り付けた。
    「うぐっ……!」
     シェロは床に倒れ込むも、ハンの顔を見上げ、にらみつける。その様子を冷ややかな目で眺めながら、ハンは淡々と続けた。
    「命令不服従に加え、上官への不遜な言動が目立つ。お前をこのまま放置すれば、隊の規律が大きく乱れることは明らかだ。
     こんなことは言いたくなかったが、以前からお前は――どうやら俺や仲間たちに聞こえないと思って――放言・暴言を吐いていたな。その態度も大いに問題だったが、これまで問題ある行動をしてこなかったから、不問にしていた。だが今回の件もある。一度しっかり、罰を与える必要が……」
     そこまで告げたところで、締め切っていたドアがドンドンと激しく叩かれた。
    琥珀暁・虎交伝 4
    »»  2018.12.10.
    神様たちの話、第189話。
    訓告。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「ハンくん、おるかー? シェロくんと一緒かー?」
    「エリザさんですか? ええ、ここに」
     ハンが返事したところで、エリザがもう一度、ドアを叩く。
    「鍵かけとんのは何でや?」
    「二人きりで話をするためです」
    「ホンマか? 話やなくて、訓録(くんろく)垂れとんのやろ?」
    「そうです」
    「ドア開けぇや」
    「必要ありません。もう話は済みます」
    「必要あるから言うてるんやないの。アタシがそんなんで納得すると思うんか? さっさと開けよし」
     そう言われ、ハンは渋々と言った様子でドアの鍵を外す。
     すぐさま入ってきたエリザは、床に尻餅を着いているシェロの姿を見て、はぁ、とため息を付いた。
    「やっぱりか。アンタなぁ……」
    「なんです?」
    「やり方がまるで拷問やないか。シェロくん、お顔がごっつ腫れとるやないの」
    「必然です。彼には命令不服従や素行不良が見られたので」
     いつもはニコニコと笑みをたたえるエリザが、ここでギロリとハンをにらむ。
    「で、懲罰房にでも入れてオシオキしよかっちゅうコトか?」
    「そのつもりです」
    「アホなコト言いなや」
     エリザはシェロの側にしゃがみ込み、腫れ上がった左頬を撫でた。
    「この子のうわさはアタシも耳にしとるけども、ココまでされるようなコトやないやろ? 可愛い子に声掛けられたら、そらデートしたなるくらいは当たり前やん。若いんやし。ソレをアンタ、どうせ『軍人たるもの真面目でないと駄目だ』とかワケの分からん理屈こねて、ソレに従わへんから殴って言うコト聞かせようとしたんやろ」
    「その言い方には語弊がありますが、そうなるでしょうね」
    「誰がそんなコト決めた? 軍規に『軍人は結婚するな』とか書いてあったか? 『軍人は友達作るな』言うてたか?」
    「確かにそんな軍規はありません。しかし道徳的に……」
    「ソレは誰の道徳や? 皆の目標か? ソレともアンタ一人の理想か?」
    「……」
     答えられないらしく、ハンは黙り込む。その間にエリザは、シェロに治療術を施し、助け起こした。
    「アンタはクソ真面目が大好きみたいやけどな、皆はソコまでアホみたいに真面目やない。皆に合わへん規律は強いるだけ無駄や。誰もやらんコトを強制したとて、誰がそんなもん守るかっちゅう話や。やらへんもんを無理矢理やらせようっちゅうのんは、ソレこそ規律がブッ壊れる。誰も言うコト聞かんようになるで。
     どうしてもアンタの言う規律を徹底したい、徹底させたいっちゅうんやったら、いっぺんきちんと、皆とお話せなアカンわ。ソレも無しでいきなり頭ごなしに『俺の言うコト聞け』は、ソレこそ規律もクソも無い、アンタ一人の身勝手や。軍隊風にお堅く言うたら独断専横やろが。アタシに専横すな言うといて、アンタがやるんはええっちゅうんか?」
    「仰ることは、理解できます」
    「せやな? せやからソレまでは、一人で勝手に罰与えるんは無しや。きちんと話し合って、規定を定めてからや。ソレで、ええな?」
     普段はニコニコと、飄々と振る舞うエリザににらみつけられ、ハンも閉口せざるを得なかったらしい。
    「……了解です」
     素直に引き下がり、ハンはその場から足早に立ち去った。

     エリザと二人きりになったところで、シェロは恐る恐る、エリザに声をかけた。
    「あの、先生。俺は……」
    「気にせんでええよ。元通り仲良くしとき。そんなんに口突っ込む方が野暮でアホやからな。後になって『やっぱり付き合うたらアカンくなった』なんてコトも、アタシがさせへんさかい。
     ほんで、どないや?」
    「どうって?」
    「可愛えんか?」
     そう問われ、シェロは思わずそっぽを向いてしまうが、エリザはひょい、と回り込んでくる。
    「なんや、言われへん感じか? ひどいんか?」
    「いや、そうじゃないですけども。……まあ、その、ソレなりには、……可愛い方だと」
    「あら、ええやないの。名前は何て言うん?」
    「リディアです」
    「どんな娘や?」
    「虎獣人で、良く食べる娘ですね。思ったコト、ハキハキ話すタイプっスけど、優しくて笑顔が可愛くて、……って、あ、いや、だから別に俺、そんなんじゃなくってですね」
    「アハハハ……。分かっとる分かっとる。ま、頑張りや」
     エリザはぽんぽんとシェロの頭を優しく叩き、ひょこひょことした足取りで部屋から去って行き――かけて、くるっと振り向く。
    「せや、シェロくん」
    「はい?」
    「ハンくんが言うたコトとか、殴ってきよったコトとかはもう忘れときや。根に持たんとき」
    「……努めます」
    「まあ、どうしてもハラに据えかねるっちゅう時はアタシに言うてや。そん時はきちんと謝らせるし、他に相談あったら、いくらでも乗るさかいな」
    「どうも」
    琥珀暁・虎交伝 5
    »»  2018.12.11.
    神様たちの話、第190話。
    くすぶる不満。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     エリザになだめられたものの、シェロはこの件に対し、溜飲を下げることはできなかった。
    「……って話だよ。ひどいだろ?」
    「ええ、本当に」
     ハンからの訓告があった翌日、シェロは街の食堂で、リディアに愚痴を吐いていた。
    「その場でエリザ先生が治してくれたからもう、痛みとか無いんだけどさ、そんでもいきなりガツン、だぜ? やってらんねえよ」
    「本当、ひどい人ですね。こちらの街の人、隊長さんを良く言う人も一杯いるけど、そんな話を聞いたら幻滅してしまいますね。わたしの父も、隊長さんには良い印象を抱いていないみたいですし」
    「ああ……。公衆の面前でボッコボコにされてたしな。アレはマジでひどかった。アイツは『恥をかかさないよう最善を尽くした』っつってたけど、正直俺としちゃ、自慢にしか聞こえなかったよ。『本当は全部勝てたけど情けを見せて、いっこだけ勝たせてやった』みたいな感じでさ。恥をかかさないどころか、目一杯バカにしてるっつの。
     本当にアイツ、嫌なヤツだよ。自分のコトを公明正大、正義の味方みたいに思ってるみたいだけど、周りにとっちゃ自分勝手な理屈を『絶対俺の方が正しい』って言い張って、ソレを無理矢理押し付けて回ってるような、うっとうしい勘違いバカなんだよ」
    「まあ」
     ハンをなじるシェロに、リディアはクスクスと笑って返す。
    「思っていたほど、誠実な方でもないみたいですね」
    「まったくだよ。もし俺がこのコトを……」
     なおも愚痴を続けようとした、その瞬間――シェロの脳裏に、何かが瞬いた。
    「……」
    「どうしたんですか?」
    「……いや、……ちょっと、思い付きがあって」
    「なんですか?」
    「例えばだけどさ、マジで俺が今回のコトを街や隊に広めたらさ、みんな尉官のコトを疑うよな。『こんなヤツに従って大丈夫か』って」
    「有り得ますね」
    「で、リディアちゃんの国の方でもまだ、尉官や遠征隊は信用され切ってないだろ?」
    「そうみたいです」
    「ってコトは、尉官に関して何か問題があるって知れたら、友好条約結んだっつっても反発するヤツが出てくるよな?」
    「と言うより、現在もまだ揉めてますよ。賛成派と反対派、半々と言うところでしょうか。陛下も民意を得るのに苦労されてると、父が言ってましたし」
    「そっか……」
     シェロはテーブルから立ち上がり、リディアの手をつかむ。
    「な、なんですか?」
    「今から君の親父さんに会って話をしたいんだけど、行けるかな?」
    「父なら家に帰れば会えるはずですけど、でも、遠いですよ」
    「いいんだ。……いっこ、思い付いたコトがあるんだ。もしかしたら俺が天下取れるかも知れないって感じの」



     この3時間ほど後――ハンは王宮の会議室で、エリザとクーに挟まれるような形で、席に座らされていた。
    「それで、話とは?」
     尋ねたハンに、エリザが肩をすくめつつ、やんわりとした口調で返す。
    「昨日の今日やで。忘れたワケやないやろ?」
    「規律を定めようと言う話ですか。会議を行うと言うのであれば参加することには吝かではありません。ですが……」「ま、その話する前にな」
     ハンをさえぎり、エリザは椅子から立ち上がり、ハンの側に寄る。
    「昨日言うたコトをもう一回繰り返すのんもめんどいから言わんとくけども、アンタはアレで、わだかまりやら滞りやら何も起こらんと思うんか?」
    「と言うと?」
    「言い分をいっこも聞かんで『俺の言うコト聞け』言うてブン殴って、ソレでシェロくんが恨まへんと思うんか?」
    「確かに、無いとは言えません。ですがシェロは軍務に忠実な人間です。決して私心を持ち込んだりは……」「アホなコト言いなや」
     ぴしゃりとさえぎり、エリザは真面目な顔になった。
    琥珀暁・虎交伝 6
    »»  2018.12.12.
    神様たちの話、第191話。
    大混乱の端緒。

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    7.
     エリザはいつになく真剣な目でハンを見据えつつ、こう尋ねてくる。
    「その軍務を蹴る気になるくらいムカついとったら、アンタどないすんねんや」
    「蹴る? 隊を抜けて、野に下ると言う意味ですか? それこそ有り得ないでしょう。異邦の地でそんなことをして、どこに行くんです」
    「重ね重ねアホなコトを……。
     ええか、シェロくんはリディアちゃん……、こっちの子と親しくなっとる。ちゅうコトは、こっちで十分馴染めるっちゅうコトや。もしアンタの下でやってられるかボケっちゅう気ぃになったら、そのままその娘のトコに転がり込んで生活でけてしまうんやで」
    「まさか……」
    「有り得へんと思うんか? ソレはどんな理屈や? 『自分が世話してやった義理を忘れて逃げるワケない』言うんか? 昨日、アンタが言うコト聞かずにブン殴りよったのにか? ソレで恩情残っとったら、大したお人好しやで」
    「それで、ハン」
     クーも立ち上がり、ハンの手を取る。
    「シェロに、謝罪はされたのかしら?」
    「いや……。昨夜はそのまま寝てしまったし、今日はあいつが非番で会う機会が無いから」
    「では今すぐ、謝りなさい。探し出してでも、シェロに頭を下げるべきです」
    「……考えとくよ」
    「三度もアホや言わせる気か?」
     エリザもハンの耳をつかみ、ぎゅうっとつねる。
    「悪いコトしたらさっさと謝るんが正しいコトとちゃうんか? ソレとも無かったコトにしてごまかすんがアンタの正義か?」
    「う……」
     二人に責められ、ようやくハンも折れた。
    「分かりましたよ。今から探して謝りに行きます。それでいいでしょう?」
    「よっしゃ。ほな今から行くで」
    「え? エリザさんも来るんですか?」
    「アンタとシェロくんの二人きりやと、また話こじれるやろ」
    「……否定できないのが非常に心苦しいですね」

     クーも交え、3人は宿舎や修練場、街など、あちこちを回ってシェロを探したが――。
    「おらへんね」
    「いらっしゃいそうなところは全て、確認したはずですけれど」
    「まさか本当に、離隊したと……?」
     つぶやいたハンに、エリザが神妙な顔をしつつこう返す。
    「コレはひょっとしたら、まずいコトになっとるかも分からんで」
    「まずい?」
    「アタシもシェロくんのコトは聞いとるし、人となりもソレなりに知っとるからな。あの子は元々、『機あらばデカいコトやったるで』ってタイプやし、そうせなアカンと思い込んどる。アンタも分かるやろ?」
    「あいつの経歴に関しては、俺も親父たちから聞いた情報しかありませんが、本人を見る限りでは確かに、そうした野心があるように思えますね」
    「せやろ?」
    「あの」
     二人の会話を聞いていたクーが手を挙げる。
    「シェロには何か、込み入った事情があるように伺えるのですけれど、お二人はご存知なのですか?」
    「ん? ああ、まあな」
     ハンがうなずき、エリザが話を継ぐ。
    「シェロくんのお父さんが、生前あんまりええ目を見いひんかってな。ほんでシェロくんが、『俺が名を挙げたる』っちゅうて、軍に入らはったんよ。で、シェロくんのお父さんと仲良かったゲートがハンくんのトコに『面倒見たり』って寄越さはってな」
    「そう言うことだ。
     しかしエリザさん、あいつが離隊したとして、どう名を挙げると? 確かにここでの生活が不可能では無さそうだと言うことは理解できます。ですが名を挙げる、立身出世していくとなれば、現地の権力者と何かしらのつながりを持つか、もしくは自分が権力を奪取するしかありません。そんな知り合いがいるとは思えませんし、ましてやシェロ一人でそんなことができるとは……」
    「アンタはシェロくんのコトを一から十、何から何まで全部知っとるんか? こうして非番の日、ドコにおるかも分からん体たらくでか?」
    「む……」
    「アタシらの知らんトコで、そう言う権力者に接触しとるかも分からんやないの。ともかく不穏な事態っちゅうヤツやで、コレは。早いトコ、シェロくんを探し出して……」
     と――通りの向こうから、慌てた様子の兵士たちがバタバタと走り寄ってくる。
    「どうした?」
     尋ねたハンに、兵士たちが息せき切って答える。
    「(て、帝国です! 帝国兵が近隣の街道で破壊工作を……!)」
    「何だって!?」
     強襲を報告され、ハンの顔色は普段より一際、青く染まった。

    琥珀暁・虎交伝 終
    琥珀暁・虎交伝 7
    »»  2018.12.13.
    神様たちの話、第192話。
    緊急出動。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     帝国兵強襲の報を受け、ハンは大慌てで部下を集め、迎撃準備を整えていた。
    「尉官、状況を教えて下さーい。あと、シェロどこでしょ? ビートは見かけましたけど」
     その途中で、自分の補佐であるマリアに状況を尋ねられるが、少なからず冷静さを失っていたハンは乱暴に答える。
    「後で説明する! シェロは放っておけ! 探さなくていい!」
    「えっ? や、そうじゃなくて! いないんですか!?」
    「知らん!」
     が、マリアが突っかかる。
    「尉官! 尉官って! ちょっと、尉官てばー!」
    「何だ!?」
    「いきなり襲って来たって聞かされてビックリしてるのはよぉーく分かりましたから、一回すーっと深呼吸して、ちゃんと落ち着いて下さい! いつものかっちりクールで冷静なハンニバル・シモン尉官はどうしたんですか!?」
    「……っと、……そうだな、……確かにそうだ」
     廊下を進む歩は緩めないまでも、ハンは呼吸を整え、答え直す。
    「シェロは見当たらない。事情があって探していたんだが、宿舎にも街にも、どこにもいなかったんだ。王国の兵士に頼んで招集はかけさせたが、非番と言うこともあるから、こっちに間に合わないかもな」
    「はーい、いつもの尉官で良かったです」
     マリアも歩調を合わせ、ハンに状況を確認する。
    「現場はどこです? 近くですか?」
    「ノルド王国とこちらを結ぶ街道の、丁度中間の辺りとのことだ。今から出撃しても、半日以上かかるだろう」
    「ノルド王国からは何か言ってきてます?」
    「友好条約を結んだとは言え、魔術通信兵は向こうに送ってないからな。即時連絡を取り合うことは不可能だ。伝令を送るにしても、街道の中間地点に敵が陣取っているとなれば、話を聞くのは難しい。仮に到着できたとしても、俺たちが現場に出動する前に返事が来ることは無いだろう。
     どちらにしても向こうとの連絡は、問題が解決し次第になる」
    「その友好条約のことなんですけどー、帝国が攻めてきた場合の取り決めって確か、『応援の要請があれば、適当な対価を支払うことを約束した上で助太刀する』ってゆーよーなこと言ってましたよね。向こうからの要請が確認できないまま、行っちゃっていいんでしょうか?」
    「街道となれば、クラム王国にも被害が出る可能性がある。となれば『自国防衛』のため動くことになるし、それは友好条約に抵触しない。だから自軍を動かしても、両国の政治関係に何ら影響は無い、……と言う見解だな。エリザさんも同意見だ。
     他に不明点はあるか?」
    「だいたい了解ですー。じゃ、あたしも準備整えてきますねー」
    「よろしく頼む」

     ハンと遠征隊、そしてクラム王国の兵士による混成軍は、限られた時間で最低限迎撃できるだけの装備と人員を揃え、大慌てで街道の破壊工作が行われているはずの現場に出動した。
     ところが――。
    「確認する。ここだな?」
    「はい。巡回していた兵士から、この付近で帝国兵らしき人間が、大量の岩を街道に運んでいるのを確認したと」
    「確かにその話なら、岩で街道を分断しようとしている、と予測はできる。巡回していた兵士は、実際にその状況を確認したのか?」
    「取り急ぎ、報告に戻ったとのことでしたので、もしかしたらその確認までは……」
    「だろうな」
     ハンは街道の上に乗った小石の帯をじゃりじゃりと踏みにじりつつ、ため息をついた。
    「確かに帝国兵だったのか?」
    「兵装や身なりから判断したものと思われます」
     困り顔で応答する兵士にうなずきつつ、ハンは腕を組んで思案に暮れる。
    「……そうだな。そこは疑う余地が無い。仮に帝国兵のふりをした者がいたとして、わざわざそうするような理由も思い当たらないしな。となると、帝国兵が俺たちをここにおびき寄せたと言うことか?
     ビート、グリーンプール本営からは何か言ってきてるか?」
     魔術通信を担当していたビートに尋ねるが、彼は首を横に振る。
    「いえ、何も」
    「確認してみてくれないか? 何か異常は無いかって」
    「分かりました。『トランスワード:HQ』、応答されたし、応答されたし。
     ……ええ、ハーベイ一等兵です。そちらで何か異常はありましたか? ……はあ、……ええ、……いや、こちらで何も目立ったことが無かったので、……ええ、……それで陽動じゃないかって、……あ、そうですか。
     尉官、向こうも異常無しだそうです」
    「そうか。……じゃあこれは一体、何なんだ?」
     誰に問うでも無くそうつぶやいたハンに、ビートも、マリアも、他の兵士たちも、何も答えられなかった。



     結局、この出動は完全な空振りに終わり、ハンをはじめとする兵士たちの誰もが、憮然とした心持ちでグリーンプールへと帰還した。
    琥珀暁・信揺伝 1
    »»  2018.12.15.
    神様たちの話、第193話。
    シモン隊長の炎上。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     強襲騒ぎから1週間後――。
    「ハンくん、ハンくん。ちょと」
     エリザが眉をひそめつつ、ハンの元を訪ねてきた。
    「なんです? また何か突飛な思い付きでも実行して、大騒ぎになったんですか?」
    「大騒ぎは大騒ぎや。でもアタシちゃうねん。アンタや」
    「俺?」
     何のことか見当も付かず、ハンは首をかしげる。
    「俺が騒ぎを起こしたって言うんですか?」
    「そうやなくて、アンタのコトで騒ぎになっとるんや。アンタ、まだシェロくんに謝ってへんかったんか?」
    「ええ、まあ。強襲騒ぎでバタバタしてましたし、以降も会えてないんです。どうやら本気で、無許可離隊したみたいですね。まったく、何を考えているんだか」
     そう返したハンに、エリザは頭を抱えてしまった。
    「なーにが『何を考えているんだか』や。ソレはこっちのセリフやで。えらいコトになっとるんが、まったく分からへんのんか?」
    「どう言うことです?」
     エリザはハンの短い耳に顔を寄せ、こしょこしょと伝える。
    「アンタがシェロくんをムチャクチャな因縁付けてどつき回したコトになってんねん。あっちこっちでアンタのコト、『いきなり人を殴る蹴るしよる悪徳隊長や』ってうわさしてはるで」
    「なっ、……お、俺が?」
     思いもよらない話に、ハンはぎくりとする。
    「言うて回っとるんは間違い無くシェロくんや。アンタとアタシとシェロくんしか知らん話やし、アタシもアンタも、アンタを悪く言う理由が無いからな。ほんで、アタシの方でも人使て探して回っとるんやけど、全然姿見せよらへんのや。
     とにかく今は、シェロくんのコトは構わへんとき。ソレよりもアンタの弁解が先や。このまんまほっといたら、アンタは極悪人扱いされるで」
    「いや、しかし、俺は……」
     反論しかけたハンをさえぎり、エリザはぴしゃりと言い付ける。
    「そんなん嫌やっちゅうんやったら今からでも人集めて、説明と謝罪し。ソレで収まるかどうかは分からんけども、やらへんよりマシや」
    「はっ、はい」

     その日の昼になってようやく、ハンはシェロとの間に諍(いさか)いがあったこととその詳細、そして自分が軽率な振る舞いをしたことを公に説明し、謝罪したが、依然として街の声に、ハンをそしり、非難する空気は消えなかった。
     そしてこの日以降、シェロはクラム王国から姿を消し――遠征隊の中に、ハンに対する不満や反発を唱える者が現れ始めた。



    「(向こうではちょっとした騒動になっておるそうだ。曰く、『海の向こうからやって来た者はやはり、まともな人間では無かった。皇帝と変わらぬ、悪の手先だ』と)」
    「(それは痛快ですね)」
     ノルド王国、ミェーチ将軍の屋敷にて、ミェーチ将軍とシェロはテーブルを囲み、食事を楽しんでいた。
    「(しかし、このまま悪評が立っていて良いのか? お主も遠征隊の人間だろう? いや既に、だったと言うべきか)」
    「(悪く言われてるのは尉官、……いや、シモンであって、俺じゃありませんから。俺はコレから、英雄になる予定ですし)」
     そう言って悪辣(あくらつ)な笑みを浮かべて見せるシェロに、ミェーチ将軍は苦笑いを浮かべる。
    「(英雄になる予定、か。しかし本当に、上手く行くのか? 吾輩には不安でならぬよ)」
    「(『1つ目』と『2つ目』があの通りでしょう? 俺の目論んだ通りに。ソレなら『3つ目』も、バッチリですよ)」
    「(であれば良いが。……いや、既に手筈は整えておることだし、今更やめにしたりはせぬがな。
     とは言え、主君を裏切ることになるのはやはり、心苦しいのだ)」
    「(お気持ちは分かります。でも閣下も言ってたじゃないスか。『このままあの王様がノルド王国に君臨しているようでは、この国も先が見える』って。
     滅ぼしたくないなら、キッチリ糺(ただ)してやりましょうよ)」
    「(……うむ)」
     ミェーチ将軍は深々とうなずき、コップに注がれた酒を一気に飲み干した。
    琥珀暁・信揺伝 2
    »»  2018.12.16.
    神様たちの話、第194話。
    憔悴。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ハンの悪評が立ったことで、彼は若干ながら、仕事がし辛くなった。
    「先日の強襲騒ぎに関して改めて説明するが、彼らが砂利石を撒くだけに留め、実際の破壊工作を行わなかったことの理由は今持って不明であり、更に言うならば本当に帝国兵の仕業であるかすら、定かでは無い。
     事実を明らかにするため、もう一度現地で調査を行う」
     隊員と王国兵の中から十数名を集めてそう説明したが、ハンはこの時、誰かがぼそぼそと、こうつぶやくのを聞き逃さなかった。
    「(事実を明らかにするのはあんただろ)」
    「(平気で人を殴るクセして、偉そうにしやがって)」
    「……」
     しかし、ハンは声のした方向をにらみもせず、注意することもせずに、「それでは出発する」とだけ命じた。

     これまで遠征隊については――概ねエリザの尽力によって――いい評判しか無く、ハンもその恩恵に預かる形で、何の不都合も無く指揮・統率が取れていた。しかしシェロの立てた悪評が広まって以降、程度の差はあれど、ハンの命令に従わない者が増えており、統制が取れなくなりつつあった。
     その影響もあってか、調査は全く成果が無く、ハンはただただ疲労感を覚えて宿舎に戻って来た。
    「おかえりなさい、ハン」
     自室の前まで来たところでクーが声をかけて来たが、ハンは短くうなずくだけで返し、そのまま部屋に入ろうとする。
    「ハン」
     が、クーが腕を引き、押し止めようとする。
    「何だ」
     ハンは一言、それだけ返したが、クーは何も言わず、じっと見つめてくる。
    「……何だよ? 何かあるなら言ってくれ」
    「とても憔悴(しょうすい)してらっしゃいますわね」
     クーの言葉に、ハンは横に首を振る。
    「大丈夫だ」
    「嘘はよろしくございませんわよ」
     クーがぐいっと腕を引っ張るが、ハンはびくともしない。
    「嘘じゃない」
    「嘘でなければ、どうしてあなたはそんなお顔で、わたくしに挨拶もせず、部屋に閉じこもろうとなさるのかしら」
    「顔は生まれつきだ。挨拶はしそびれた。閉じこもるも何も、まだ部屋に入ってない」
    「言い訳は無用ですわよ。とにかく、わたくしに付いていらっしゃいませ」
    「断ると言ったら?」
    「断らせませんわよ。わたくしに従うまで、この手を放しませんから」
     強情を張られ、ハンはため息をついた。
    「分かったよ。どこへ行けばいい?」
    「食堂です。あなた、朝も召し上がってらっしゃらないでしょう? マリアに伺ったら、昼も抜いていらしたそうですし。そのご様子だと、ご夕飯も召し上がらないおつもりでしょう?」
    「食欲が無いからな」
    「いつから?」
    「さあな」
    「いい加減になさい!」
     クーの叱咤に、ハンは少なからず面食らう。
    「何を怒ってるんだ?」
    「昨日もあなた、そんなご調子だったでしょう!? 一体いつから召し上がってないの!?」
    「覚えてない」
    「では即刻、食堂へ参りましょう。これ以上お食事を取らなければ、倒れてしまいます」
    「いいからもう放っといてくれないか」
    「あら」
     一転、クーはニッと、エリザのような含みのある笑みを見せる。
    「それはわたくしの招待を断ると言うことかしら?」
    「そんな顔と言い方をされて、俺が断るわけが無い。そう思ってるんだろう?」
     ハンは無理矢理にクーの腕を振りほどき、ドアを開ける。
    「今日はもう疲れた。話とか飯は明日にしてくれ」
     そのまま部屋に入ろうとしたところで、クーがこんなことを言ってきた。
    「『飯は食えるうちに食っとけ。じゃなきゃ後でマズくなる。色んな意味でな』」
    「……」
     くる、と振り返り、ハンは苛立たしげに尋ねる。
    「誰から聞いたんだ?」
    「シモン将軍とエリザさんからですわ。あなた、わたくしはともかくとして、ご自分のお父様とエリザさんまでないがしろにされるのかしら?」
    「……分かったよ。そこまで出されちゃ、何も言い返せん」
    「ではついてらっしゃい」
     それ以上文句を言う気力も湧かず、ハンは静かに、クーの後を付いて行った。
    琥珀暁・信揺伝 3
    »»  2018.12.17.
    神様たちの話、第195話。
    もうひとりの、おふくろの味。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     食堂に着いたところで、エリザがエプロン姿で厨房から姿を現した。
    「もうでけとるで。早よ座り」
    「え? エリザさん、もしかして料理作ってたんですか?」
     ハンは思わずそう尋ね、エリザがニヤニヤと笑って返す。
    「久しぶりやろ。アンタが学校卒業した時以来か?」
    「そう言えばそうですね。航海中もこっちに来てからも、料理してるところは見てませんし」
    「鈍ってへんとええんやけどな」
     そう言って、エリザは厨房へ引き返す。
    「さあ、ハン。早く着席なさい」
    「あ、ああ」
     クーに手を引かれるまま、ハンは席に着く。間も無く、エリザが料理を盆に乗せてやって来る。
    「どないやろ」
     ハンの前に盆を置いて、エリザが尋ねる。
    「色々、驚いてます」
     食堂に来るまで鬱屈していた気分がすっと晴れていくのを感じながら、ハンは笑みを返す。
    「あの時のメニュー、よく覚えてましたね」
    「アハハハ」
    「こっちの食材で、よくこんなに再現できましたね」
    「せやろ」
    「……あの、……それで」
    「ええから早よ食べ。冷めてまうで」
    「あ、……はい、いただきます」
     急かされるまま、ハンは料理を口に運ぶ。
    「……」
     そこから最後の一口に至るまで、ハンは何もしゃべらなかった。

     すべて平らげたところで、エプロン姿のまま対面に座っていたエリザが尋ねてくる。
    「落ち着いたか?」
    「……ええ。とても」
    「アンタ、ここ数日死にそうな顔しとったもんな。相当参っとったやろ」
    「そうですね。思い返してみれば正直、参ってました」
    「そう言う時はご飯やで。美味いもん食べへんでカツカツ働いとると、人間すぐ参ってまうからな。
     ……で、ちょと真面目な話するけども」
     そう前置きし、エリザはこんなことを言い出した。
    「色々アタシの方でも調べたけどもな、どうもシェロくん、ノルド王国におるみたいやわ」
    「え?」
    「アタシの先生が『火の無いところに煙は立たぬ』っちゅうコトを言うてたけども――人間が生きて動いとる限りは、必ずドコかに痕跡が残るもんや。
     店におる丁稚さんらに、こっちやら向こうやらで露店商売させがてら偵察してもろてたらな、すぐ見つかったわ。多分、巡回しとる兵隊さんやら遠征隊の斥候さんやらにはめっちゃ気ぃ使うとるんやろけども、街中でちょこっと顔合わせる程度の丁稚さんまでは、流石に気ぃ回らんのやろな」
    「あいつは今、どうしてるんです?」
     尋ねたハンに、エリザは笑いながら答える。
    「コレが傑作なんやけどもな、ちょくちょく露店に来て冷やかししたり細々(こまごま)したん買うたりしとるんよ。シェロくんと同いくらいの、可愛い女の子と一緒にな」
    「女の子……。以前に言っていた、リディアとか言う娘のことですか」
    「さっ、ソコや。この娘のコトも調べてみたら、まあコレが驚きの事実っちゅうヤツや。本名はリディア・ミェーチ言うてな、あのエリコ・ミェーチ将軍の一人娘やねん」
    「なっ……!?」
     この情報を聞き、ハンも、そして隣で一緒に食事していたクーも、揃って声を上げた。
    「では、シェロは今、ミェーチ将軍のところで生活なさっていると?」
    「今んトコ、ヒモみたいなもんやけどな。せやけども、ちょと不穏なコト言うてたって丁稚さんから聞いてな」
    「不穏?」
    「そのリディアちゃんと買い物しとる時にな、『あと一ヶ月もすれば、俺は英雄になってるから』って言うてたらしいねん」
    「それは確かに不穏ですね」
     ハンがうなずく一方で、クーが尋ねる。
    「でも『英雄になる』とはどう言う意味でしょうか? そんなことを仰るからには、何か業績を挙げる必要がございますでしょう?」
    「ハンくんの評判下げるうわさ流したんは、間違い無くシェロくんや。となれば、ハンくんをどうにかして打ち倒し、その座に取って代わろうくらいのコトは思てておかしない。実際、今のハンくんの評判はごっつ悪い。ココで何かしら、シェロくんの株が上がるような事件が起きたら、そら英雄扱いされるやろな。
    ……っちゅうトコまでは推理でけたし、今、その筋で何や仕掛けてへんか、探りを入れてるトコや」
    「その筋?」
    「シェロくんは自分が殴られた話を大げさに言うて回って、ハンくんを貶(おとし)めよった。もしかしたら帝国兵が来て妨害工作っぽいのしとったっちゅうアレも、シェロくんが将軍のツテ使て仕掛けたコトかも分からん。タイミング良すぎるからな。
     ちゅうコトは、相手の基本戦略、基本戦法は『風説の流布』――あるコトないコトわーわー叫び回って、世論や皆の関心を、自分に都合のええようにいじっとるんや。せやから近いうち、またとんでもないうわさが流れるはずや。
     そう、例えば『うわ、もうハンニバル・シモンの下になんかいとうないわ』と思わせるに足るような、えげつないうわさがな」
    「なるほど……」



     エリザの予想は、ある程度までは的中した。
     だが一点、外れていたのは――支持を決定的に落とさせる相手が、ハンだけでは無かったことだった。
    琥珀暁・信揺伝 4
    »»  2018.12.18.

    神様たちの話、第146話。
    夏の思い出。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦13年、夏の頃。
    「ちゅうても寒い気するんよ」
     2歳になったばかりの娘、リンダを抱えながら、エリザは対面に座るゲートにそう言った。
    「アタシな、こっちやと何や羽織らんと、手足が冷えてしゃあないねんな。この子も耳、ぷるぷるさしとるし」
    「あー、うん、そうなのか」
     ゲートはチラ、チラと傍らの妻、メノーに視線を移しつつ、エリザに答える。
    「やっぱり、その、何て言うか……、山を越えて北に来ると、気候? って言うのか、そう言うのが多分、違うんだろうな」
    「せやろね」
    「本当、エリちゃん寒そうにしてるわよね。リンちゃんも」
     一方、メノーも自分の娘、テレサを膝に載せたまま、心配そうな顔でエリザを見つめている。
    「持って来よっか、上着? 冬用は仕舞っちゃったから、春先のやつしか無いけど」
    「ええのん?」
    「お耳、震えてるし」
    「ありがとな、メノーさん」
    「じゃ、あなた。テレサお願い」
    「おっ、おう」
     テレサを預け、メノーは席を立つ。
     子供たちを除き、二人きりになったところで、ゲートが絞り出すような声を上げる。
    「……何かなぁ、俺、圧力感じんだけど。君と、メノーからの」
    「そらせやろ」
     メノーがいた時と一転して、エリザは軽くゲートをにらみつけている。
    「アタシとメノーさんが仲良うなって随分経っとんのに、いつまでアンタ、ビクビクしてんねんな」
    「うぅ……」
     ゲートは自分の頭を抱え――ようとして、慌ててテレサに手を添え直す。
    「っと、あぶねっ」
    「ホンマ危なっかしいわ」
     エリザはリンダの尻尾を撫でながら、こう続ける。
    「ウチの方やと『父親になった男は強くなる』言うてるんやけどなぁ。アンタ、子供できる度に弱くなってへん? 5人もおるのに」
    「弱くもなるさ……。君との関係が明るみに出たら俺、二度と表を歩けなくなっちまう」
    「アホなコト言いなや。バレたらバレた時やん」
    「……はぁ」
     ゲートもテレサの頭を撫でながら、深いため息をついた。
    「俺はダメだ。とても君みたいに、強くなれん」
    「情けないなぁ」
    「……でも、ハンには強くなってほしいんだよ、そっちの方も」
    「そっち?」
     尋ねたエリザに、ゲートは疲れをにじませつつも、どうにか笑顔を見せる。
    「腕っ節なんかは、訓練すりゃ強くなるさ。だけども何て言ったらいいのかな……、心と言うか、精神と言うか、そう言う方向の強さは、俺には鍛え方が分からん。今だって俺、君やメノーににらまれて、こんな有り様だし。
     反面、エリちゃんはすごく、その、気丈って言うか頑固って言うか、折れないって言うか。……まあ、俺が何を言いたいかって言うとな、ハンのそう言う面を、鍛えてやってほしいんだよ。
     そっちの鍛え方は、俺より絶対、エリちゃんの方が上手そうだしな」
    「アハハ……」
     エリザはケラケラと笑いながら、こくこくとうなずいた。
    「ええで。アタシにでける範囲で良かったら、みっちり鍛えたるわ」



    「……なーんて言うてたんやけどねぇ」
     エリザはそこで言葉を切り、離れて兵士たちと会話を交わしていたハンにチラ、と目をやる。
     隣りにいたクーも同じようにチラ、とハンを見て、こう返す。
    「その仰りようだと、期待通りの結果にはならなかったように聞こえますけれど」
    「んー、期待通りっちゅうか、期待以上っちゅうか。
     ほら、あの子全然、心開くようなタイプやあらへんやろ?」
    「ええ」
    「鍛えすぎて、ガッチガチに防御してしまうようになってしもたみたいでなー。自分からごっつ高い壁築いて拒絶してしもてるから、誰とも打ち解けようとせえへんし、誰からも気さくに声かけてもらえへんし、や」
     エリザはどこか寂しそうに微笑み、クーに向き直る。
    「そのせいか、あの子に積極的に話しかけてくれる女の子――妹除いて――2人しかおらへんねんな。このままやとあの子、ずーっと一人のまんまになって、孤立してしまうわ。
     アンタ、そのうちの一人やし、どーにかあの子の心、開いたってほしいんよ」
    「ええ。元よりそのつもりですわ」
     そう返し、クーは目の前に広がる海に目を向けた。
    「だからこそわたくしは今、この船に乗っているのですから」

    琥珀暁・往海伝 1

    2018.10.23.[Edit]
    神様たちの話、第146話。夏の思い出。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦13年、夏の頃。「ちゅうても寒い気するんよ」 2歳になったばかりの娘、リンダを抱えながら、エリザは対面に座るゲートにそう言った。「アタシな、こっちやと何や羽織らんと、手足が冷えてしゃあないねんな。この子も耳、ぷるぷるさしとるし」「あー、うん、そうなのか」 ゲートはチラ、チラと傍らの妻、メノーに視線を移しつつ、エリ...

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    神様たちの話、第147話。
    ハンニバル隊、海を往く。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     双月暦23年、ゼロの軍はハンを隊長、エリザを副隊長とする600名の遠征隊を組織し、ノースポートより出発させた。目的地は昨年の春頃に襲撃してきた軍隊――ジーン軍の本拠があるとされる、北方の大陸である。
     その案内役として、拘留していたジーン軍調査隊の捕虜から数名、この航海に連れて来られており――。
    「あの島が1つ目だ。後4つ、島を中継地点として渡ることになる」
    「ありがとう、トロコフ尉官」
     調査隊のリーダーであった熊獣人のイサコ・トロコフをはじめとするジーン軍籍の人間の姿が、甲板にあった。
     と言っても手枷などの拘束具は無く、服装も他の兵士たちと変わりの無い、同様のものがゼロ軍より支給されている。
    「誠に貴君らの厚遇、感謝している。意思疎通が行えるようになった後、砦内において自由に行動させてくれたばかりか、こうして祖国への旅に随行させていただけるとは。
     我々の行動を顧みれば到底、これほど手厚い待遇など受けるべくも無いと言うのに」
     イサコの感謝の言葉に、ハンが応じる。
    「そこが、タイムズ陛下が臣民に広く慕われている所以だ。あの方は誰に対しても優しく、かつ、思慮深く接して下さる方だ。
     例え別の者を主君と仰ぐ、貴官らであってもだ」
    「いやはや……、我が主君とは大違いだ。我々のところであれば、そんな者たちは一日と言えど、生かされはせん。即刻首を刎(は)ねられるが落ちだ。
     正直な感想を言うならば、私も貴君らの土地に住まい、タイムズ陛下を主君と仰ぎたいくらいだ」
    「最大級の賛辞と受け取ろう」
     そんな風に堅い言葉を交わし合っていたところに、いつもの如くエリザが近寄ってきた。
    「ちょとええかな」
    「何でしょう?」
     答えたハンに、エリザは「ちゃうねん」と手を振る。
    「ごめんな。話聞きたいのんは、こっちの『熊』さんやねん。
     砦でも港でも、アレやコレやでバタバタしとったから、じっくり話でける機会無かったしな」
    「あ、はい」
     ハンが引き、イサコが応じる。
    「私から何を聞きたいと?」
    「色々な。まず第一に、『おカネ』ってある?」
    「カネ? ああ、持っている」
     そう言ってイサコは、腰に提げていた袋に手を入れ、中から板状の金属片を見せる。
    「貴君らの土地で使えるはずも無いのだが、持っていなくてはやはり不安でな」
    「へぇ、ウチらのんと同じような感じやね」
     エリザはその貨幣を手に取り、じっくり観察する。
    「模様みたいなん付いとるな。のっぺりしとる。彫ったっちゅう感じやなく、ちっちゃい金槌みたいなん打ち込んで刻印したっちゅう感じか。
     あと、平べったいのんは一緒やけど、四角いんやな」
    「うん? その口ぶりだと、そちらのカネは四角くないようであるように聞こえるが」
    「せやねん」
     そう返し、エリザは自分の胸元から袋を出し、同じように銀貨を取り出した。
    「ほれ、こっちのんはこんなやねん。刻印式なんは一緒やけど、打ち込む前に縁んトコぎゅっと押して固めとるから、しっかり意匠が残るんよ」
    「そ、……そうか、ふむ、左様であるか」
     が、イサコはエリザの掌に乗った銀貨ではなく、その奥を見つめている。
     当然、エリザもその視線の行き先に気付き、ニヤニヤ笑っている。
    「なんや? ええもんでも見とったんか?」
    「いっ、いやっ? お、オホン、オホン」
    「えーで、えーで。オトコやもんな、しゃあないよな。こんなおばちゃんのんで悪いけどなー」
    「そっ、そんなことは! ……あっ、い、いや、し、失敬」
     イサコは顔を真っ赤にし、くるんと背を向けてしまう。
     その様子を依然、ニヤニヤと眺めつつ、エリザはこう続けた。
    「歳当てたろか? アンタ、割りとおっさん顔しとるけど、まだ22、3っちゅうトコやろ? しかも女の子と付き合うたコトも無し、と」
    「なっ」
     もう一度ぐるんと振り返り、イサコは驚いた顔を向けた。
    「何故それを?」
    「伊達にアンタより長生きしてへんっちゅうコトや」
     エリザは笑いながら肩をすくめ――途中で、「んっ?」と首を傾げた。
    「アンタんトコ、暦(こよみ)あるん?」
    「無いわけが無いでしょう」
     けげんな顔でイサコにそう返され、エリザは「ふーん……」と答えつつ、うなずいた。

    琥珀暁・往海伝 2

    2018.10.24.[Edit]
    神様たちの話、第147話。ハンニバル隊、海を往く。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 双月暦23年、ゼロの軍はハンを隊長、エリザを副隊長とする600名の遠征隊を組織し、ノースポートより出発させた。目的地は昨年の春頃に襲撃してきた軍隊――ジーン軍の本拠があるとされる、北方の大陸である。 その案内役として、拘留していたジーン軍調査隊の捕虜から数名、この航海に連れて来られており――。「あの島が1つ目だ...

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    神様たちの話、第148話。
    北の地を計る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「聞いた感じやとな」
     イサコに色々と尋ねた後、エリザはハンとクーを船内の自分の部屋へ呼び、2人に自分の考察を聞かせていた。
    「向こうさん、思ってたよりも結構進んでるで」
    「進んでる?」
     おうむ返しに尋ねたハンに、エリザはぴょこ、と人差し指を立てて見せる。
    「アタシが知る限り、双月暦が広まったんは22年前、ソレこそ双月暦元年からや。
     ソレまでは時間っちゅうもんの単位は『1日』とか『朝』とか『夏』とか、そんな程度やった。ソレをゼロさんが色々測って決めて教えてってして、ソコから広まったんや」
    「存じておりますわ」
     クーがうなずき、こう続ける。
    「しかしそれは、わたくしたちが住む山の北と、エリザさんたちが住む山の南で使われる知識でしょう? それが海を隔てた場所にまで広まっているとは……」
    「そらそうや。せやけどな、向こうも向こうで使てるねん。言うても勿論、双月暦やないで。
     聞いたら『天星暦』ちゅうて、向こうの偉いさんが作ったヤツらしいねんな。ちなみに今は、天星暦16年やて」
    「偉いさん……、レン・ジーンと言う人物のことですか」
     ハンの言葉に、エリザは「そうやろな」とうなずく。
    「ちゅうても双月暦に比べたら、数日違うみたいやね。双月暦やと1年の長さ、367日か360日かやろ?」
    「4年に1度、双月節の無い閏(うるう)年がございますものね」
    「せやけど向こうのんは、365日だけやねん。しかも1年が13ヶ月で、1ヶ月が28日。さらに13月だけ、29日になっとるらしいで」
    「え……」
     これを聞いて、ハンとクーは顔を見合わせる。
    「そりゃ確かに、異邦の地だから文化なり言葉なり、違いはあるだろうとは思ってたが……」
    「奇妙に感じられますわね。何故月の日数が異なるのでしょう?」
    「イサコくんもソコら辺は詳しないっちゅうとったわ。ま、向こうの偉いさんが独断で決めたんやろから、もしかしたら大した理由は無いんかも知れへんけども。
     後、おカネの概念も山の北では双月暦8年か9年頃の話や。ソコら辺からゼロさんが通貨を定めはったからな。向こうでも、10年くらい前に偉いさんが広めたっちゅうてたわ」
    「時期としてはほぼ近しい、……と言うわけですわね」
    「さらに言うたら、造船技術は圧倒的に向こうさんの方が高いやろな。
     アタシらが沿岸をどうにか回れる船造れるか造れへんかっちゅうところで、向こうさんは外洋を渡ってきはったんやからな。
     こっちが先んじとるんは、魔術くらいのもんやろな」
    「ふむ……」
     エリザの意見を聞き、ハンは表情を曇らせる。
    「陛下は『まず穏便な話し合いを試み、それが可能であれば交渉を重ね、関係を築いていきたい』と仰っていたが、現状の情報から鑑みて、それが可能かどうか……。
     陛下のお考えは、相手と我々とが対等な、あるいは我々が相手以上の力を持っている場合にのみ成立し得るものだからな」
    「せやね。もしかしたら、真っ当な話し合いっちゅうのんは難しいかも分からへんな。
     と言うか、アタシの予想としてはそもそも、話し合いに至らへんやろなと思とるんよ。元々向こうさん、着いた先で襲えっちゅうてたんやし、向こうの意見なんか聞く耳持ってへんやろからな」
     それを聞いて、ハンもクーも、揃ってため息をつく。
    「戦いは不可避、か」
    「歓迎できる事態ではございませんわね」
    「アタシも同感やね」
     エリザは首を横に振りつつ、胸元から煙管を取り出す。
    「ヒト同士で殴り合い、斬り合いなんかしたところで、何になるっちゅう話やん。アホらしいわ。
     いっぺんもバケモノ出とらへんっちゅう話やし、よっぽど向こうさん、平和に過ごしとったんやろな。うらやましいもんやで」
     そんなことをこぼしつつ、エリザが煙管に火を点けようとしたところで――。
    「エリザさん、ここは船内です。引火したらどうするんですか」
     ハンがエリザの手を取り、それを止めた。
    「あ……、あーそやったそやった、ゴメンなぁ、アハハ」
    「もしかして、今までこっそり吸ってたんじゃないでしょうね? 今見てた感じだと、何の疑問も持たずに吸おうとしてたようですが」
    「……てへっ」
     エリザは照れ笑いでごまかし、煙管を胸元にしまい込んだ。

    琥珀暁・往海伝 3

    2018.10.25.[Edit]
    神様たちの話、第148話。北の地を計る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「聞いた感じやとな」 イサコに色々と尋ねた後、エリザはハンとクーを船内の自分の部屋へ呼び、2人に自分の考察を聞かせていた。「向こうさん、思ってたよりも結構進んでるで」「進んでる?」 おうむ返しに尋ねたハンに、エリザはぴょこ、と人差し指を立てて見せる。「アタシが知る限り、双月暦が広まったんは22年前、ソレこそ双月暦元年か...

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    神様たちの話、第149話。
    北海の第1島。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ノースポートを出港して5日後、遠征隊の船は島に上陸した。
    「へーぇ、こんなトコに島があんのか……。街から見てた限りじゃ、全然気付かんかったぜ」
     エリザ専属の護衛として付いてきていたロウが、物珍しそうな様子で海岸をうろうろしている。
     それを眺めていたエリザが、クスクス笑いながら声をかけた。
    「アンタ、ホンマに歳不相応っちゅうヤツやな。いつまで経ってもコドモみたいなコトして」
    「ぅへ?」
     エリザにそう言われ、ロウは顔を真っ赤にして振り返る。
    「す、すいやせん、エリザさん」
    「えーよえーよ。ソコがアンタの魅力や」
    「ど、どもっス」
     ぺこぺこと頭を下げるロウをよそに、エリザも辺りを見回しつつ、こう続ける。
    「アタシもじっくり見て回りたいトコやけども、先にちょと、やりたいコトあるんよ」
    「何かやるんスか?」
     きょとんとした顔をするロウに、エリザは船を指差した。
    「そもそもハンくんがな、この島で2週間休み取ろかって提案したんよ。アタシもええな言うてな」
    「2週間も? そんなに休むんスか?」
     けげんな顔を向けてきたロウに、エリザは島の上方、小高い丘になっている場所を指し示す。
    「半分はハンくんらの本領、つまり測量が目的やな。土地があるんやったら調べとかなアカンやろっちゅうてな」
    「ふーん……。そりゃご苦労っスね」
    「ソレにな、そもそも何やかやでずーっと、船に揺られっぱなしやからな。ちょっと休憩しとかな、しんどいばっかりやし。
     今回はアタシとかクーちゃんとか、体力無いのんも結構おるから、無理無理進もう思てもでけへんやん?」
     ハンの話にはぼんやりした返答をしたロウも、エリザたちに関する事柄に対しては、積極的にうなずいて見せる。
    「あー、そうっスよね。そっちはばっちり納得っス」
    「ちゅうワケでや、コレから半月過ごすワケやし、寝床やらご飯食べれるトコやら、作ろかな思てな。手伝うてもろてええ?」
     エリザに頼まれ、ロウは満面の笑みを浮かべた。
    「うっス、承知っス」

     上陸から4時間ほどで、遠征隊は島に即席の宿泊所を造り終えた。
    「……にしては、えらいきっちり造ったもんやけどな」
     綺麗に揃えられた椅子と机を眺め、エリザは感心したような、半ば呆れたようなため息を漏らす。
    「リーダーの性格がめっちゃ出とるな。アホみたいに几帳面っちゅうか、カッチカチの杓子定規くんっちゅうか」
    「どんな時であっても、備えを怠らない方とも取れますわよ」
     いつの間にか横に来ていたクーに目をやりつつ、エリザはこう返す。
    「ソコら辺は捉え方やな。
     ま、こう言う行軍にとっては、一番ええ人材やろな。この先何があるか分からんワケやし、どんな時でも怠けずきっちり備えるっちゅうのんは、ええ性格やね。
     人によったら、何かにつけて一々大仰で面倒なコトしよる、トロ臭いヤツやと思われるかも知れへんけど」
    「あなたは常に、物事を両面で考える方ですのね」
     エリザの言葉に、クーはあからさまに不満な様子を見せる。
    「あなたのことを、両面で考えるとすれば――わたくしの父上などであれば理知的で冷静な人間だなどと称されるかも知れませんけれど、わたくしからすれば、どんな吉事の場でも一々、水を差してくるような方であるとも取れますわね」
    「あーらら、冷たいなぁ」
     エリザはニヤニヤ笑いながら、肩をすくめる。
    「もしアンタとハンくんが結婚したら、めっちゃつまらん夫婦生活になりそうやな。どっちも慇懃で、他人行儀に接しそうやん?」
    「あら」
     一方のクーも、クスッと微笑んで返す。
    「そう仰るほど、あの方は情緒に乏しくはございませんわ。単に、そうした感情を表に出すのが不得手なだけで、実際には人並みに備えていらっしゃいます。
     こうしてお側に付いておりますと、それが良く理解できますわ」
    「ほーぉ」
     クーの言葉に、エリザはまたニヤニヤと笑みを見せる。
    「『お側に』、なぁ? どんくらいのお側や?」
    「え? ……あっ、いえ」
     クーは顔を赤らめ、しどろもどろに答える。
    「あなたが思ってらっしゃるほどでは、その、ございませんと、存じますわ」
    「アタシが? どの程度やと思てんの?」
    「いえ、あの、そのー……」
    「ちなみにな」
     エリザはクーの長い耳に口を近付け、ぼそ、とつぶやく。
    「アタシ、知ってるでー? 出港した次の日、アンタ自分の船室にいてへんかったやろ」
    「なっ、何故それを、……い、いえ、その」
    「ま、あの堅物が何やしたとは考えにくいし、大方船酔いしてしもたんを口実にして、『背中を撫でていただければ』とか言うて押しかけて、ベッドに一緒に入って添い寝してもろたんやろ?」
    「へうにゃわっ!?」
     図星だったらしく、クーはよく分からない声を出し、耳の先まで真っ赤にしてうずくまってしまう。
     そんなクーの頭に手をやり、エリザは楽しそうに笑った。
    「地道な一歩やな。ま、ソレでもアンタにしたら大きな一歩やと思うけど」

    琥珀暁・往海伝 4

    2018.10.26.[Edit]
    神様たちの話、第149話。北海の第1島。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ノースポートを出港して5日後、遠征隊の船は島に上陸した。「へーぇ、こんなトコに島があんのか……。街から見てた限りじゃ、全然気付かんかったぜ」 エリザ専属の護衛として付いてきていたロウが、物珍しそうな様子で海岸をうろうろしている。 それを眺めていたエリザが、クスクス笑いながら声をかけた。「アンタ、ホンマに歳不相応っちゅう...

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    神様たちの話、第150話。
    薄ら暗い傲慢。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     目的こそ、「ジーン軍に対しての和平交渉」と言う堅いものではあったが、遠征隊のほとんどは、それよりももっと純粋な心持ちで、この任務に当たっていた。
    「おーい、ロウのおっちゃーん」
    「おう、なんだ?」
    「魚釣ったんだけどさー、これ食えるヤツ?」
    「ん? 見せてみ」
     兵士たちが釣ってきた魚を確認し、ロウはにっかりと笑って返す。
    「全部食えるぜ。しかも高級魚ばっかじゃねーか。ノースポートで売ったら、3千クラムは稼げる」
    「マジか!」
    「うへへ、晩メシ楽しみ……」
     一様に顔をほころばせる兵士たちをよそに、ロウも魚籠の中を眺め、感心した声を漏らしている。
    「しっかしマジで高級魚ばっかだな。もっと早くこの島知ってりゃ、マジで荒稼ぎできたな」
     こんな風に――「ゼロの世界」に住まう人間にとっての――前人未到の新天地を目指すこと自体に、兵士の誰もが心躍らせ、浮かれていた。

     とは言え、そうでない者も若干名ながら存在することも、大人数が集まる組織の宿命・必然である。
    (……けっ)
     浜辺で騒ぐ者たちを侮蔑(ぶべつ)の眼差しで見下ろしながら、シェロは測量用の竿を握りしめていた。
    (遊び気分かよ。なんならこの後、浜辺で楽しくお遊戯会でもするか? クソ共め)
     と、遠くで測量器ごしに眺めてきていたハンから、咎める声が飛んで来る。
    「シェロ、傾いてる。直してくれ」
    「っと、……はーい、すんませーん」
     竿の傾きを直しつつ、シェロは離れたハンをにらみつける。
    (ま、この距離なら俺がどんな顔してるかなんて、分かりゃしないだろ)
     竿が垂直になったことを確認し、シェロはもう一度、浜辺に視線を落とす。
    (……ん? もう夕方なのか?)
     波打ち際にいる兵士たちの影が大分長くなっていることに気付き、シェロはハンに声をかける。
    「尉官、今何時スか?」
    「うん? そうだな、大体3時ってところ、……うん?」
     ハンが水平線に沈もうとしている太陽を見て、首をかしげる。
    「……ふむ」
     太陽と反対方向に出ていた星を眺め、手帳を取り出し、何かを書き付けて、ハンはシェロに向き直る。
    「クロスセントラルであれば、3時過ぎくらいだろう。星の位置から考えれば、それで間違い無いはずだ。
     だが確かに、日暮れが随分早い。思ったより俺たちは、北上してるらしい」
    「みたいっスね」
    「暦の上じゃ2月の半ばだし、これから暖かくなるだろうと考えていたが、ノースポートからここまで進んだだけでこんなに日照時間が短くなるとしたら、もしかしたら進軍につれ、予想以上に寒くなってくるかも知れないな。
     一応、防寒対策をしておいた方がいいだろう」
    「そっスね」
     短い会話を交わす間にハンは計測を終えたらしく、測量器を抱えながら、シェロのところにやって来た。
     それを確認し、シェロは竿を引き抜く。
    「じゃ、次のポイントに竿、立てて来ますね」
    「ああ」
     別の場所で同じように竿を構えるビートにハンが視線を移したところで、シェロは彼に背を向けたまま、毒づいていた。
    (別にいーだろーが……もう、こんなの。
     俺たちはもう、せせこましく山奥やら海岸をうろつくような仕事する身じゃねーだろっつの。いつまでこんなみみっちいことやってんだよ?)
     と、距離を測っていたマリアが、シェロの側を通りがかり、チラ、と目線を合わせた。
    「ひどい顔だね。不満たらたらって感じ」
    「え?」
     そう声をかけられ、シェロは立ち止まる。
    「何ですって?」
     尋ねたシェロに、マリアは苛立ちのこもった目を向ける。
    「『こんなことやってられるかー』、って顔してる。そんなに嫌なら、尉官にそう言えば?」
    「……見当違いっスよ。兵士たる者、上官の命令には服従するもんでしょう? 文句なんかありませんよ」
    「あっそ」
     それ以上何も言わず、シェロはその場を離れる。
     マリアもそのまま計測に戻り、ハンのところに着く。
    「何歩だ?」
     尋ねたハンに、マリアは指折りつつ答える。
    「えーと……、行きが74歩、帰りが65歩ですね」
    「74歩とろく、……え、65?」
     ハンがけげんな顔をし、尋ね返す。
    「行きと帰りで歩数がずれまくってるな。帰り、大股で歩いてたんじゃないか?」
    「あー……、かも知れないですねー」
    「何度も言ってるが、歩幅は普通に歩く感じで揃えてくれ。でないと……」「でないと計算狂っちゃう、でしたね。すみませーん」
     マリアはぺろっと舌を出し、くるんと踵を返して、次の計測を始めた。

    琥珀暁・往海伝 5

    2018.10.27.[Edit]
    神様たちの話、第150話。薄ら暗い傲慢。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 目的こそ、「ジーン軍に対しての和平交渉」と言う堅いものではあったが、遠征隊のほとんどは、それよりももっと純粋な心持ちで、この任務に当たっていた。「おーい、ロウのおっちゃーん」「おう、なんだ?」「魚釣ったんだけどさー、これ食えるヤツ?」「ん? 見せてみ」 兵士たちが釣ってきた魚を確認し、ロウはにっかりと笑って返す。「全...

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    神様たちの話、第151話。
    勤務調整。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     その日の測量を終え、ハンたちは浜辺に戻ってきた。
     と同時に、エリザがニコニコしながら近付いて来る。
    「おつかれさーん。ご飯できとるでー」
    「あ、はい」
     軽く会釈して応じたハンに、エリザは依然ニコニコしたまま、顔を近付けて来る。
    「クーちゃんも調理班やで、今日のんは」
    「あ、はい」
     同じ言葉を繰り返し、ハンは首をかしげる。
    「それが何か?」
    「何かやあらへんがな」
     エリザはぐいっとハンの首に腕を回し、引き寄せる。
    「アンタのためにお姫様が細腕振るったんやないの。感謝して食べやっちゅう話やんか」
    「ああ、はい」
     三度生返事したところで、エリザが腕に力を込め、ハンの首を絞めた。
    「アンタなぁ~……」
    「な、何です? 苦し、い、息がっ」
    「堅物も大概にせえよ。もうちょいうれしそうな声出せっちゅうねん」
    「うぐぐぐ……」
     ハンが絞められている間に、マリアたちは既に席に向かっていた。
    「本当、尉官とエリザ先生、仲いいよねー」
    「船の上でも散々じゃれ合ってましたしね」
    「相変わらずって感じっスね」
     席に着いたところで、エプロン姿のクーが鍋を抱えて現れる。
    「あら、皆様。お仕事、ご苦労様でした」
    「やー、クーちゃん。今日のお料理、どんなのー?」
     期待のこもった眼差しを向けるマリアに、クーは鍋を机に置き、ふたを開けて見せる。
    「まだお寒い時期ですから、シチューにいたしました。と申しましても、洋上ですから乳成分は貴重ですし、厳密に申せば海鮮煮込みと言うようなものになりますけれど」
    「わは~」
     鍋の中身を見るなり、マリアが目を輝かせる。
    「何の魚? 何の魚?」
    「ロウさんから伺った話では、タイの一種ではないかと。沢山獲れたと仰っていましたから、遠慮無く召し上がって下さい」
    「え、タイ? あの赤い、美味しいの?」
    「ええ。この島では随分良く獲れると、皆さん楽しそうに話されていました」
    「何それ、楽しそー!」
     マリアはくるっと振り返り、ようやくエリザから解放されたハンにブンブンと手を振る。
    「尉官、尉官っ! 明日あたし、釣りして来ていいですかっ!?」
    「釣り? いや、無理だろ」
     が、ハンはにべもなく却下する。
    「この島で十分な測量を行うには、最低でも2週間は必要だ。
     そして滞在期間は、2週間が限度だろう。トロコフ尉官によれば、北の大陸に到着するまでに、島は全部で5つ。島ひとつにそれ以上かけてたら、大陸到着までどれだけかかるか。
     だからこの島に滞在中は、休み無しで頑張って欲しい」
    「ちぇー」
     マリアが拗ねた顔をしたところで、クーが手を挙げる。
    「あの、どうしても測量を行わなければならないのであれば、わたくしが代わりを務めましょうか?」
    「え?」
     けげんな顔をしたハンに、クーがにこっと笑みを向ける。
    「いくら何でも、全員出動で2週間も休み無く働いていては、誰か倒れてしまいます。
     父上も『十分な働きをするためには十分に休まなければならない』と仰っていましたし、上官であれば部下を適切に管理するべきなのでは?」
    「む……」
     クーの説得に、ハンは渋い顔を向ける。
    「しかし、『代わり』と言ったが、君に測量ができるのか?」
    「方法は存じております。角度計算や天体観測もいたせますわよ」
     そう返され、ハンは面食らった顔になる。
    「そうなのか?」
    「いつか、あなた方に随行しようと申し出たことがございましたでしょう? 必要になるだろうと存じまして、勉強いたしましたの」
    「そうか……。それなら、まあ……」
     ハンはマリアに目を向け、渋々とした口ぶりでこう返した。
    「クーもこう言ってくれたし、許可する。明日は休んでいい」
    「ホントですか! やったー!」
     満面の笑みを浮かべ小躍りし始めたマリアを、クーは微笑ましげに――そしてハンは苦々しげに眺めていた。

    琥珀暁・往海伝 6

    2018.10.28.[Edit]
    神様たちの話、第151話。勤務調整。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. その日の測量を終え、ハンたちは浜辺に戻ってきた。 と同時に、エリザがニコニコしながら近付いて来る。「おつかれさーん。ご飯できとるでー」「あ、はい」 軽く会釈して応じたハンに、エリザは依然ニコニコしたまま、顔を近付けて来る。「クーちゃんも調理班やで、今日のんは」「あ、はい」 同じ言葉を繰り返し、ハンは首をかしげる。「それが...

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    神様たちの話、第152話。
    堅物尉官。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     翌日朝早く、マリアを除くハンたち3人とクーは、丘の上に立っていた。
    「昨晩も通達したが、本日の測量調査には、マリアの代わりにクーが参加する。とは言えマリアの役をそのままやらせるのは大変だから、その役は俺がやることにする。
     クーには俺の歩数集計と距離の換算、各ポイント毎の角度計算、天体観測、その他普段は俺がやってることを行ってもらう。
     それじゃ早速、ビートはここに竿を打ってくれ。シェロは、……そうだな、向こうに」
    「了解っス」
     ハンがてきぱきと指示を送るのを、クーはにこにこと微笑みながら眺めている。
     と、ハンがそれに気付き、苦い表情を浮かべてくる。
    「何だ? 何かおかしいか?」
    「お気になさらず。仕事はきちんといたしますので」
    「……ああ」
     会話を切り上げ、ハンはすたすたと、シェロのいるところへ歩いて行く。
     その間に、クーはビートにあれこれと話しかける。
    「ビート、あなたはいつお休みになるのかしら?」
    「明日になりました。シェロは明後日」
    「ハンはいつお休みを?」
    「聞いてません。休む気、無いんじゃないでしょうか」
    「あら」
     クーは眉をひそめ、ハンの背中をにらむ。
    「わたくしの進言、理解してらっしゃらないのね」
    「と言うより、自分自身のことは除外して考えてるものと」
    「まったく……。エリザさんにも釘を差していただこうかしら」
     そうつぶやいたクーに、ビートは苦笑いを見せる。
    「そんなことすると、あの人は却って聞き入れないと思いますよ」
    「そうかしら」
    「尉官との付き合いは、殿下より僕の方が2年は長いですから。……っと、戻って来ますよ」
     ビートの言う通り、ハンがいつものように仏頂面で、二人のところに戻って来る。
    「行きが62歩、帰りが61歩だ」
    「承知いたしました」
    「後2回、往復するからな」
    「ええ、行ってらっしゃいませ」
     ハンが離れたところで、今度はビートの方から声をかけてきた。
    「殿下が参加するのであれば、尉官を休ませることは可能なんですよね」
    「そうですわね。後はどうやって休ませるか、ですけれど……」
    「押して駄目なら、引いてみるのも手ですよ」
    「引いてみる? と申しますと」
    「あの人は周りがやっていることに倣(なら)う性格ですから、皆が休もうとすれば……」
    「その場合は恐らく、『自分は上官なのだから、模範となるべく働く』などとお考えになりますわね」
    「うーん……、ありそうですね」
     再び、ハンが戻って来る。
    「今度は行き、帰り共に61歩だ」
    「承知いたしました」
     もう一度ハンが離れ、会話を続ける。
    「やっぱりエリザ先生に知恵を借りた方が良さそうですね。僕たちよりずっと、尉官との付き合いが長いみたいですし」
    「そうですわ、……ね?」
     クーは目を丸くし、ビートに尋ねる。
    「あなた、ハンとエリザさんとのご関係をご存知なのかしら?」
    「関係? どう言う意味です?」
    「……あっ」
     クーは口を押さえ、しどろもどろに応じる。
    「いえ、その、変な意味では無くですね、あの、何と申しますか、その、わたくしもそれほど、詳しいと言うわけではございませんけれど」
    「……? あの、落ち着いて下さい、殿下」
    「えっ、あっ、はい」
    「僕が知っているのは、尉官と先生が懇意にしていると言うことくらいです。付き合い云々は、僕の推理でしかありません。
     それより、殿下?」
    「はっ、はい?」
     目を白黒させているクーに、ビートは落ち着いた声色で尋ねてきた。
    「殿下は何か、尉官と先生について、公に明かせないような情報を持っていると考えていいんでしょうか?」
    「なっ」
    「殿下の態度から、そのような事実があるように見受けられるんですが。無論、答えたく無いと言うのであれば、無理に聞きはしません」
    「そ、……そうですわね。詮索しないでいただけると、非常に助かります。わたくしも、ハンも」
    「そして先生も、ですか?」
    「……ええ」
     そうこうしている間にハンが3往復目を終え、会話はここで途切れた。

    琥珀暁・往海伝 7

    2018.10.29.[Edit]
    神様たちの話、第152話。堅物尉官。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 翌日朝早く、マリアを除くハンたち3人とクーは、丘の上に立っていた。「昨晩も通達したが、本日の測量調査には、マリアの代わりにクーが参加する。とは言えマリアの役をそのままやらせるのは大変だから、その役は俺がやることにする。 クーには俺の歩数集計と距離の換算、各ポイント毎の角度計算、天体観測、その他普段は俺がやってることを行っ...

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    神様たちの話、第153話。
    エリザの目論見。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     結局、遠征開始後すぐに到着したこの島――後にホープ島と名付けられた――に滞在中、隊長のハンは一度も休みを取らなかった。
     また、一方の副隊長であるエリザは対照的に、毎日のように隊員たちと釣りや雑談、賭け事などに興じ、皆からより一層慕われるようになった。

     と同時に――。
    「……こんなトコやね」
     航海を再開して以降、エリザはずっと、皆が釣った魚や雑談の内容、しれっとトロコフ隊から巻き上げた賭け金の額などを書類にまとめていた。
     と、主に魚について助言したり、書類の整理を手伝ったりしていたロウが、その様子を眺めながら尋ねる。
    「こんなのまとめて、何か意味あるんスか?」
    「色々な」
     エリザは書類をロウに渡し、こう答える。
    「ドコでどんな魚釣れるかっちゅうのんが分かったら、便利やろ?」
    「そりゃまあ。でも知ってる奴に聞けば……」
    「知ってはる人が100年生きてくれるんやったらソレでええやろけど、何やうっかりしてぽっくり死んでしもたら、誰も分からへんなるかも知れへんやろ?
     そう言う時のための、資料っちゅうワケや」
    「なるほどっス」
     書類を紐でまとめながら、ロウはうんうんとうなずく。
    「じゃあ、皆の話とかのアレは?」
    「皆の口に上るもんは大抵、皆の『こーしてほしい』、『こう言うのんがあればええのに』っちゅう希望、期待が込められとるもんやん?
     そう言うんをまとめといて、後で『でけたでー』言うて用意したったら、皆嬉しいやん」
    「いいっスね」
    「イサコくんらから巻き上げたカネは、『向こう』着いた時に使えるしな。いくら持ってるか把握しといた方がええやろ」
    「……全部、考えずくで動いてたんスか?」
     どこか恐ろしいものを見るような目で見つめてきたロウに、エリザはケラケラ笑って返す。
    「アホなコト言いなや。そんなワケあるかいな。
     最初から『こう言うコトでけるやろ』と目論んで遊ぶヤツおったら、うっとおしくてかなわんわ。最初は全部、『面白そう』『楽しそう』くらいにしか考えてへんよ、アタシ。
     そう言うコト考え付くんは、遊んだ後になってからやね。ま、何もアイデア浮かばへんで、ただ遊ぶだけになるコトも、結構多いけどもな」
    「はは……」
    「ソレ考えると、ホンマに師匠は最初から最後まで、遊んでばっかの人やったよーな気もするわ」
     話題がエリザの師匠――「大魔法使い」モールの話になり、ロウは苦い顔をする。
    「モールさんっスか……。今でも俺、あの人はあんまり好きになれないんスよね」
    「そうなん?」
    「俺、散々あの人に『アホ』だの『バカ』だの言われ倒してたんで」
    「アハハ、そらうっとおしいな。でもアレ、先生の口癖みたいなトコがあったからなぁ。
     アタシかてよお言われたで、『君は向こう見ずで人でなしのクソみたいなバカだね』っちゅうてな」
    「うわぁ……」
     一層苦い顔を見せたロウに、エリザは同じように、笑って済ませる。
    「人間誰でも、ええトコと悪いトコがあるもんや。先生は頭良くて色々心配してくれる、ええ人やったよ。
     悪いトコは唯一、口だけやな。口に関してだけは、絶望的に悪いトコがあったっちゅうだけや。
     アタシもどっちかっちゅうと口悪い方やから、先生とはウマ合うてたけど、慣れへん人はどうしても慣れへんやろなぁ。
     ……ふー」
     書類が机の上から無くなったところで、エリザは胸元から煙管を取り出し、煙草を吸い始める。
    「結局、アレから一度も会うてへんけど、今どないしてはるんやろなぁ」
    「さあ……? 俺も全然、うわさとか聞かないっスねぇ」
     ロウも書類をまとめ終え、棚に収めていく。
    「そんじゃボチボチ、俺寝ますわ。おつかれっス」
    「ん、ありがとさん」
     ロウが部屋を出た後も、エリザはしばらく無言で煙草をふかしていた。
    「……ふー」
     部屋の中がうっすら白くなり始めたところで、エリザは煙管を口から離し、ぼそ、とつぶやいた。
    「アレから20年近く経つけども、誰も知らへん、か。
     ホウオウさんの方もさっぱり聞かへんし、……何なんやろ? 本気でこのまま、アタシに会わへんつもりやろか。
     いっぺんくらい、ロイドとリンダに会わせてやりたいねんけどなー……」
     エリザは煙管をくわえ直しつつ、たった今収められたばかりの書類に手を伸ばす。
    「……としてもや。あんだけトガった人らやし、隠れて過ごしとっても、ドコかで目立つはずや。必ず、誰かがうわさする。そう言う人らや。
     いつか、こっちから会いに行って、ウチまで引っ張り込んだるからな」

    琥珀暁・往海伝 終

    琥珀暁・往海伝 8

    2018.10.30.[Edit]
    神様たちの話、第153話。エリザの目論見。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 結局、遠征開始後すぐに到着したこの島――後にホープ島と名付けられた――に滞在中、隊長のハンは一度も休みを取らなかった。 また、一方の副隊長であるエリザは対照的に、毎日のように隊員たちと釣りや雑談、賭け事などに興じ、皆からより一層慕われるようになった。 と同時に――。「……こんなトコやね」 航海を再開して以降、エリザはずっと...

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    神様たちの話、第154話。
    彼の国の港。

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    1.
     ホープ島を出発してからさらに3ヶ月、4つの島を越えて、遠征隊はついに、北方の地に到着しようとしていた。
    「あれが『我々の世界』における唯一の不凍港、テプロイモアだ」
     船の前方に見える港町を指差したイサコ尉官に、ハンが尋ねる。
    「意味は……、『温かい海』とでも言えばいいのか?」
    「そうだ。貴官らには変わらず寒い場所ではあろうが、我々にとっては最も南に位置する、実りある土地である。とは言え山間部に比べればその収穫も、さほどでは無いが」
    「言うてたね、そんなん」
     話の輪に、エリザが入ってくる。
    「山の方はお芋さんやらカボチャさんやら仰山取れるけど、海に近い方は農業、あんまり上手いコト行ってへんって、そんなん聞いたけど」
    「ええ。とは言え海ですから、水産物に関しては獲れることは獲れるのです。ただ、一年を通して寒さが厳しいので……」
    「漁場が凍ってしまう、と言うわけか」
    「うむ。どうにか港を出ても、海の方が凍り付いていることもある。そうした事情もあり、街を完全に賄えるほどの漁獲量は期待できない。それに不凍港とは言ったものの、厳寒期には凍ってしまう。
     故にあの街に住む者は皆、常に飢えと戦っているようなものだ」
    「詳しいな。トロコフ尉官は、南の方に?」
     尋ねたハンに、イサコは深々とうなずく。
    「うむ。実を言えば、故郷はあの街だ」
     と、エリザが手を挙げる。
    「そう言えば、あんまり詳しく聞いてへんかったかもやけど」
    「何でしょう」
     ハンなど、遠征隊のほとんどの者とは対等な口調で話すイサコも、どうやらエリザに対しては頭が上がらないらしく、彼女にだけは敬語が多くなる。
    「レン・ジーンっちゅうのんは、『アンタらの世界』で一番偉い、王様っちゅう認識でええんか?」
    「と言うと?」
     エリザの問いに、ハンが重ねて尋ねてくる。
    「例えばや、ハンくんらのトコやと、ゼロさんが王様やん。ただな、アタシらのトコやと、アタシがゼロさんの代理っちゅうか、力を貸してもろてるような立場やん?」
    「確かに名目上、エリザさんは名代(みょうだい)とされてますね」
    「実際もそうやろ? 何や『名目上』て。妙な言い回しやな」
     ハンを軽くにらみ、エリザは「ま、ええわ」と切り替える。
    「ほんでソコら辺、イサコくんらはどないやろなって。
     ジーンが直で、イサコくんに命令しとんのかなーってなると――イサコくんの話からして――えらい遠いところから伝えとんねんなーと思てな」
    「なるほど。確かにエリザさんの仰った通り、事情は多少違います」
     そう前置きし、イサコは「レン・ジーンの世界」について説明し始めた。
    「ジーン陛下は確かに、我々の世界全土を統べる方です。ただ、私も直接、面前に拝したことはありません。
     陛下はかつて、この世界にあった9つの国と戦い、そしてそのすべてに勝利し、絶対王者、皇帝として君臨しているのです」
    「アタシとゼロさんみたいな関係かな思てたけど、大分違うみたいやな。ちゅうコトは、絶対逆らえへんっちゅうような感じなん?」
    「左様です。加えて述べれば、かつてジーン陛下と戦った9人の王は皆、陛下によって処刑されております。現在いる王はすべて、ジーン陛下の下僕(しもべ)なのです」
    「それは、……極端だな」
     いつもより一層渋い顔を向けたハンに、イサコは肩をすくめて返す。
    「それがこの世界の普通です。弱者は死すべき、と」
    「けったいな考えやな」
     一方、エリザは怒りのこもった口調で反論する。
    「そんな考え、行き着くところまで行ったら、強いヤツたった1人になってしまうような考えやん。一番弱いのんが死んでしもたら、次に死ぬのはその次に弱いヤツっちゅうコトになるワケやし。
     そんな『他人は見捨てて当然』っちゅうような、クソみたいなコト考えるヤツが一番上でふんぞり返っとるんは、腹立ってしゃあないわ」
    「エリザさん、それは街に着いてからは、言わないようにしていただけますか」
     イサコが心配そうな目で、エリザを眺めてくる。
    「陛下がいないとは言え、その部下である兵士・将官は街に滞在・駐屯しています。もし彼らの耳に入れば、きっと陛下にも伝わるでしょう。そうなれば数日で、街は焼け野原にされてしまいます」
    「なるかいな」
     が、エリザはフン、と鼻を鳴らし、こう言い返した。
    「アタシを始めとして、ハンくんやらロウくんやら、腕利きが大勢おるんや。何やあったら、撃退したるわ」
    「困った人ですね、あなたは」
     イサコもハン同様に渋い表情を浮かべ、黙り込んでしまった。

    琥珀暁・彼港伝 1

    2018.11.01.[Edit]
    神様たちの話、第154話。彼の国の港。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ホープ島を出発してからさらに3ヶ月、4つの島を越えて、遠征隊はついに、北方の地に到着しようとしていた。「あれが『我々の世界』における唯一の不凍港、テプロイモアだ」 船の前方に見える港町を指差したイサコ尉官に、ハンが尋ねる。「意味は……、『温かい海』とでも言えばいいのか?」「そうだ。貴官らには変わらず寒い場所ではあろうが、...

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    神様たちの話、第155話。
    敵地上陸。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ハンたちの乗る船が街に近付くにつれ、港に人だかりができ始めた。
    「警戒されてるな」
    「そらそやろな」
     ハンとエリザは顔を見合わせ、対応を検討する。
    「どうします? このまま港に接岸しますか?」
    「そらアカンやろ。このまんま進んで、陸から仰山火矢かなんか射られたら、そのまんま燃えてまうわ。
     ソレよりイサコくんら連れて、小舟で向かった方がええやろ。向こうも知っとる顔見つけたら、襲う気起こらんやろしな」
    「同意見です。では向かう人間を選出しましょう」

     協議の結果、先んじて港に向かうのはハン、エリザ、クー、そしてイサコの4名となった。
    「この遠征隊の中心人物とトロコフ尉官であれば、話し合いには適当な人選でしょう」
    「せやね。もし勇み足で攻撃してきよっても、アタシとクーちゃんやったら跳ね返せるしな」
    「そんなことが起こらぬよう、祈るばかりです」
     緊張した面持ちでそうつぶやきつつ、イサコが船首側に座る。そのすぐ後ろにハンとエリザ、後方にクーが座り、舟は港へと漕ぎ出した。
    「しかし、魔術と言うものは便利なものですね」
     オールを使わず、魔術による風の力だけですいすいと進む舟に、イサコが感心したような声を漏らす。
    「我々があの海を越えた時には、屈強な男が総出でオールを漕いだものですが」
    「ソレで到着でけたんやから、はっきり言うて奇跡みたいなもんやね」
    「まったくです。事実、死者も少なくありませんでした。出航時には100名以上いた我々も、ノースポートに上陸した時には半数まで減っていましたからね」
    「壮絶な船旅だな。……それを考えれば、俺たちの航海は、どれほど幸運だったか」
     ハンの言葉に、イサコが深々とうなずく。
    「然(しか)り。3ヶ月余りの航行で1名の犠牲者も出なかったとは、今持って信じがたい僥倖(ぎょうこう)だ。それは我々のように屈強な者たちが力任せに進んだからではなく、綿密な計画と周到な用意の下で、着実に進んだからであろうな。
     今にして思えば、我々がノースポートを制圧できたことこそ、奇跡ではないかと思う」
    「せやねぇ。ちょっと運が悪かったら、間違い無く返り討ちやったやろな。や、コレは何も、自慢やらおごりやらと違てな」
    「ええ、承知しています。事実、後の奪還作戦では為す術も無く、やすやすと敗れ去りましたからね」
     話している間に、舟は港の桟橋の、すぐそばまで近付いていく。
     が――その桟橋の上に多数の兵士が集まり、槍や弓を構えている。
    「(止まれ!)」
     兵士たちが口々に怒鳴ってきたところで、イサコが立ち上がり、応答した。
    「(待たれよ。私はイサコ・トロコフ、ユーグ王国尉官である。諸君らも王国の兵士たちであろう?)」
    「(えっ?)」
     イサコの名乗りに、兵士たちは目を丸くし、尋ね返してくる。
    「(まさか、トロコフ尉官? 海に流された、……いえ、南方調査に出向かれた、あのトロコフ尉官ですか?)」
    「(どちらでも同じようなものだ。とは言え、こうして戻った故、上陸を許可されたし)」
    「(しょ、少々お待ちを。上官に報告して参ります)」
     何名かが報告へ向かったところで、残った兵士たちに、クーが現地語で話しかけた。
    「(はじめまして)」
    「(へ? あ、ああ、はじめまして)」
     ぎょっとした顔をしながらも、兵士たちは普通に反応する。
    「(よろしければ色々とお話したいのですけれど、よろしいかしら?)」
    「(は、はあ。構いませんが)」
    「おい、クー」
     と、ハンが会話をさえぎろうとする。
    「まだ警戒態勢の最中だ。あまり不用意な行動は……」「せやからやるんやないの」
     しかしいつものように、エリザがそれに釘を刺す。
    「この後偉いさんとアレコレ話し合いして、クーちゃんがやんごとなき身分の子やって知れ渡ってからお話しよう思たって、皆敬礼しかしてくれへんなるやろ。
     そんなんつまらへんよなー、クーちゃん?」
    「ええ。まったくもって仰る通りですわ」
     クーはにっこりとエリザに笑みを向け、それから兵士たちとの会話を再開する。
     ハンはまだ何か言いたそうにしていたが、憮然とした顔をぷい、と海の方に向け、報告に向かった兵士たちが戻って来るまで、何も言わなかった。

    琥珀暁・彼港伝 2

    2018.11.02.[Edit]
    神様たちの話、第155話。敵地上陸。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ハンたちの乗る船が街に近付くにつれ、港に人だかりができ始めた。「警戒されてるな」「そらそやろな」 ハンとエリザは顔を見合わせ、対応を検討する。「どうします? このまま港に接岸しますか?」「そらアカンやろ。このまんま進んで、陸から仰山火矢かなんか射られたら、そのまんま燃えてまうわ。 ソレよりイサコくんら連れて、小舟で向かっ...

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    神様たちの話、第156話。
    傀儡王。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     イサコたちの帰還が彼らの本隊、ユーグ王国軍に伝わってすぐ、ハンたち4人は王宮に招待された。
    「(よくぞ無事に戻ってきてくれた)」
     ハンたちの前に、兵士や将官らより比較的質の良さそうな服をまとった、しかし、どこか頼り無さそうな短耳の男が現れる。
    「(ええと……、トロコフ尉官で良かったかな。成果はあったようであるな)」
    「(はい。南方にて大陸を発見し、現地の人間と……)」
     イサコが説明しかけたところで、その短耳はさえぎるようにまくし立てる。
    「(そうか、現地人を捕まえてきたのだな? しかし皇帝陛下からは見付け次第殺せと命じられていたはずであろう? 何故生かして連れてきたのだ?)」
    「(誤解しておいでです、国王陛下。我々が彼らに勝利したのではなく、彼らが我々を下したのです。私は彼らに拘束され、ここまで連行された身に過ぎません)」
     イサコの言葉に、国王と呼ばれたその男はきょとんとした顔になる。
    「(う、うん? 聞き間違いか? 貴官が現地人を連行したのではないのか?)」
    「(聞き間違いではございませんわ、王様)」
     と、クーが口を挟む。
    「(自己紹介いたしますわね。わたくしたちはあなた方の仰る、南方にある国から参りました。
     わたくしはその国の統治者、ゼロ・タイムズの娘で、クラム・タイムズと申します。この国、いえ、この『ジーンの世界』へは、平和的な交流を求めて参りました)」
    「(え? え? ……つまりどう言うことなのだ、尉官?)」
    「(タイムズ殿下が仰られた通りです。南方の『タイムズの世界』は、争いを求めておりません。ただし我々のように侵略してくる者に対しては毅然と対抗措置を採り、迎撃・報復を行うとのことです。
     事実、彼らの港を占拠した我々に対し、彼らは我々を拿捕・拘束しております)」
    「(それは……しかし……その……)」
     明らかに困惑した様子の国王に、イサコは説得しようとする。
    「(陛下、ともかく彼らは友好的に接して欲しいと申しておるのです。戦わずに済むのであればそれで良いのでは……)」「ちょい待ち、イサコくん」
     と、今まできょろきょろと辺りをうかがっていたエリザが口を挟む。
    「初めて聞くような話をいきなりバンバン聞かされて、アタマがちゃんと回ってへんような状態で『さあどないするかさっさと決めてんか』言うて詰め寄っても、そんなん絶対、後で言うた言わへんて揉めるやん。
     そもそもや。この人はアタシらが本来、話しよう思てるジーンっちゅうヤツやあらへんねやろ?」
    「あ、はい。そうですね、紹介が遅れました。彼はこのユーグ王国の国王で……」「せやろ?」
     さえぎり気味にそう返し、エリザはイサコの襟をくい、と引き、熊耳を自分の口元まで引き寄せる。
    「ココで変な受け答えさせへん方がええで。『監視役』の目もあるやろからな」
    「なるほど、確かに」
     一方、エリザとイサコが耳打ちし合っている間にも、クーは国王にあれこれと質問をぶつけていた。
    「(ではこの街の東に、ジーン本軍の基地がございますのね)」
    「(うむ。本軍の兵士らはその基地より、ここや他の街など、我が領地全体を巡回しておるのだ)」
    「(規模や頻度はどの程度でしょうか?)」
    「(何故そんなことを……?)」
    「(彼らともお話いたせれば、と存じまして)」
    「(そう言うことであれば、私の方から彼らに話を通しておくこともできるが)」
    「(お心遣い、感謝いたしますわ。ではそちらもお願いするとして……)」
     と、そこにハンが口を挟む。
    「(失礼ながら、国王陛下。よろしいでしょうか)」
    「(うむ?)」
    「(先程トロコフ尉官より伝えられたように、我々の部隊が乗っている船は現在、港の沖合に留まっております。
     この船の港への停泊許可、そして我々の上陸と、この街に滞在する許可をいただけないでしょうか)」
    「(きょ、許可であるか。そ、その、御上に伝えなければ、私からはどうとも……)」
     その回答に、ハンは――表情こそ出さないものの――げんなりした様子をにじませる。
    「(失礼を重ねるようですが、陛下。あなたがこの国の主でしょう? この国の中における裁量や権限はあなたに帰属し、あなたが最高決定権を有するものではないのですか?)」
    「(名目上は、確かにそれはその通りなのだが、『この世界』全体の決定権は御上にある。私の独断で勝手に決めては、御上から後で何を言われるか……。
     ともかく、御上に話を通し、許可を得られなければ、私からは何とも……。すまないが、しばらく海の上で滞在してもらうしか)」
    「(……承知しました)」
     それ以上の問答を諦め、ハンたちは王宮を後にした。

    琥珀暁・彼港伝 3

    2018.11.03.[Edit]
    神様たちの話、第156話。傀儡王。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. イサコたちの帰還が彼らの本隊、ユーグ王国軍に伝わってすぐ、ハンたち4人は王宮に招待された。「(よくぞ無事に戻ってきてくれた)」 ハンたちの前に、兵士や将官らより比較的質の良さそうな服をまとった、しかし、どこか頼り無さそうな短耳の男が現れる。「(ええと……、トロコフ尉官で良かったかな。成果はあったようであるな)」「(はい。南方...

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    神様たちの話、第157話。
    押すべきか、引くべきか。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     王宮を後にし、ハンたち4人は船へ戻る道中、今後について話し合っていた。
    「上陸許可が出ないことにはどうしようも無いですね。しばらくの間、海上で留まるしか無いでしょう」
     そう切り出したハンに、エリザが反論する。
    「なんでやねんな? 許可なんか、あっちの内々での話やないの。ここに入れへんっちゅうんやったら、別のトコに上陸して陣取ったらええだけやん」
    「しかし、それでは角が立つでしょう。我々は友好的にと……」
    「こっちが『仲良うしよなー』言うて手ぶらで近寄ったら、向こうが『ほんならこっちも』言うて気ぃ許すと思うんか? 向こうがめっちゃ好戦的なんははっきりしとるやろ。ボッコボコに殴られるんがオチや。
     そう言う相手やと最初っから分かっとるんや、こっちかて遠慮はいらんねん。あっちの許す、許さへんを基準にして行動する理由は無いし、こっちにはこっちの都合があるねんで?」
    「それは確かにそうですが……」
     ハンが渋る一方、クーは同意する。
    「わたくしは、エリザさんの仰る通りだと存じますわね。ハンの物の仰り方、まるで既に相手の配下にあるかのように感じました。
     わたくしたちの上に立つ者は父上、ゼロ・タイムズであって、ジーンではございませんわ」
    「俺は何も、そんなつもりで話していたわけじゃない。あくまで相手の立場をだな……」
    「そちらについても、エリザさんの仰る通りですわ。相手がわたくしたちを軽んじていると言うのに、こちらが尊重する理由がございますか?」
    「相手が尊重しないからと言って自分も尊重しないなんて理屈は、俺は採りたくない。
     出会った相手が野盗だったら、俺も士官であることを辞め、野盗になれって言うのか? それこそバカバカしい、幼稚な理屈だろう。相手がどんな人間であったにせよ、俺は一定以上の理解と敬意を示すつもりだ。
     とにかくこの遠征隊のリーダーは俺だ。相手の許可や寛容無しに、こっちの都合と利益だけで身勝手な行動を執ることは、俺が断じて許さない。よって現状はこの街から離れ、船上で相手の回答を待つことにする。
     それで問題ありますか、エリザさん?」
    「アンタがどーしてもそーしたいっちゅうんやったら、何も言わへんわな。イサコくんにしても、揉め事なんか起きて欲しくないやろしな」
    「ええ、そうしていただけると、大変助かります」
     イサコがうなずいたところで、ハンは話を切り上げようとする。
    「じゃあ、一旦船に戻ろう。相手から沙汰があるまでは……」「一応聞くけどもな」
     が、エリザが手を挙げ、こう尋ねてきた。
    「あっちが『上陸許可でけへんから帰ってー』言うてきたら、『あいよー』言うて引き返すんか? アホやろ、そんなん」
    「ええ、流石にそれは無いです」
     ハンはかぶりを振り、北の方に見える山々を指差す。
    「帰ったところで、問題は何も解決してないですからね。
     我々の本懐はこの地を訪れることではなく、ジーンに会い、平和的な関係を築くことですから」
    「ソレ聞いて安心したわ。ホンマにこのまんま帰ったら、ガキの使いも同然やからな」
    「大人ですからね。自分がなすべきことは、しっかり把握しています」
     そう言って、ハンはニヤ、と笑う。
     対するエリザも、「せやったね」と答えながら笑った。
    「何でやろな、アンタのコトを子供扱いしてまうんよ。ゴメンな」
    「構いませんよ。昔からの付き合いですし。それこそ、俺が小さい時から」
    「せやねぇ、アハハ……」
     二人して笑い合ったところで――突然ハンが表情を変え、「ん?」とうなった。
    「エリザさん」
    「どないした?」
    「前から兵士らしき人間が来ます。しかしユーグ王宮で見た兵士とは、装備が違います」
    「うん?」
     言われてエリザもクーたちも、ハンの向く方に目をやる。
     程無く、その兵士たちがハンたちの前で立ち止まった。

    琥珀暁・彼港伝 4

    2018.11.04.[Edit]
    神様たちの話、第157話。押すべきか、引くべきか。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 王宮を後にし、ハンたち4人は船へ戻る道中、今後について話し合っていた。「上陸許可が出ないことにはどうしようも無いですね。しばらくの間、海上で留まるしか無いでしょう」 そう切り出したハンに、エリザが反論する。「なんでやねんな? 許可なんか、あっちの内々での話やないの。ここに入れへんっちゅうんやったら、別のトコ...

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    神様たちの話、第158話。
    あしらい。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「(我々は帝国軍沿岸方面監視基地の者だ! お前らが南方から戻ってきた奴らだな!?)」
     兵士たちにいきなりまくし立てられ、流石のハンもむっとした表情を浮かべる。
    「(自分から名乗る礼儀は多少評価するが、一体何なんだ? 確かに俺たちは、あんたたちの言う南方からやって来たが)」
    「(うん? 言葉が分かるのか。案外、文明的なようだな。まあいい。我々に投降してもらおうか)」
    「(投降だと? まるで俺たちが犯罪者のような物言いだな。何の権限がある?)」
    「(権限? 奴隷が何を偉そうに!)」
     奴隷と聞き、イサコが顔を青くする一方、残る3人は一様に怒りをあらわにしていた。
    「(ち、違います! 彼らは……)」「黙っとき、イサコくん」「……は、はい」
     イサコとハンを押しのけ、エリザが前に出る。
    「(アンタら、港におった兵士から事情聞いてこっち駆けつけたクチか?)」
    「(そうだ。強行上陸を試みた痴れ者がいると聞いてな)」
    「(強行上陸? アタシらは『上がってええかー』てちゃんと聞いたし、ユーグ王国の人らから許可ももろたで。人の話はちゃんと聞かなアカンで)」
    「(はあ? 王国の許可だと? バカめ! この国の民にそんな権限があるものか!)」
     兵士は馬鹿にしたような目で、エリザをにらむ。
    「(全権限は我々帝国民にあるのだ! お前らも周りの奴らも、我々にとっては単なる奴隷に過ぎん!)」
    「(ほーぉ。そうかそうか、よぉ分かったわ)」
     エリザは魔杖を構えながら、その兵士に尋ねる。
    「(つまりこう言うワケやな、アンタら帝国の人間はアタシらの上陸許可も与えへんし、平和的な話し合いもする気無い。帝国人以外は人間扱いしたらへんぞ、と)」
    「(だったら何だ!?)」
     今度は兵士には答えず、ハンに尋ねる。
    「ハンくん、コイツらこんなコト言うてるけど、ソレでも大人しく従うか?
     連れてかれたら多分武器やら何やら全部取り上げられて裸にされて、めっちゃひどい目に遭うやろけど」
     ハンは渋るような顔をしていたが、やがて諦め気味に答えた。
    「……致し方無いですね。でも殺すのだけは、絶対にやめて下さいよ」
    「分かっとる。コイツら死んでもーたら、誰が戻って報告するんやっちゅう話やんか」
    「(おい、何をごちゃごちゃと……)」
     またも怒鳴ろうとしてきた兵士に向き直り、エリザは諭すようにこう返す。
    「(あのな? アンタらんトコには後で、改めてお邪魔する予定やさかい、今日のところは大人しく帰りいや)」
    「(何を言うかと思えば。バカも休み休み言え!)」
    「(帰りって)」
    「(くどい!)」
    「(こんだけ言うても分からへんか?)」
    「(分からんのは貴様らの方だ!)」
    「(言うて分からへん人には痛い目遭うてもらうで?)」
    「(はっ、そんなに言うなら見せてもらおうか!?)」
    「(言うたな)」
     次の瞬間、居丈高に怒鳴っていたその兵士が、3メートルほど後方に吹き飛ばされた。
    「(わあっ!?)」
    「(お、おい!?)」
     他の兵士が目を丸くし、飛んで行った兵士の方に振り向く。
    「ほら、アンタらもよそ見せんと」
     その隙にエリザが次弾を放ち、残った兵士たちも弾き飛ばす。
    「ひえっ……」「おわあっ……」「ぎゃ……」
     10人以上いた兵士たちが残らず転がされたところで、エリザが再度声をかける。
    「(何べんも言わすな。早よ帰れや)」
    「(……てっ、撤退~!)」
     先程までエリザを見下していた兵士たちは、慌ててその場から逃げ去っていった。
    「やれやれ」
     成り行きを眺めていたハンが、肩をすくめる。
    「これで我々に対する彼らの心象は、かなり悪いものになったでしょうね」
    「そしたら何や? あのまんま連れてかれた方が良かったか?」
    「そうは言ってません。ただ、この後のことを考えると」
    「なったもんはしゃあないやろ。なったらなったで、それに応じて考えたらええだけや。臨機応変やね」
    「……ま、そうですね」
     一行は街を後にし、再び船に戻った。

    琥珀暁・彼港伝 5

    2018.11.05.[Edit]
    神様たちの話、第158話。あしらい。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「(我々は帝国軍沿岸方面監視基地の者だ! お前らが南方から戻ってきた奴らだな!?)」 兵士たちにいきなりまくし立てられ、流石のハンもむっとした表情を浮かべる。「(自分から名乗る礼儀は多少評価するが、一体何なんだ? 確かに俺たちは、あんたたちの言う南方からやって来たが)」「(うん? 言葉が分かるのか。案外、文明的なようだな。...

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    神様たちの話、第159話。
    街の声。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     王宮を訪ねて数日後、ハンはエリザを船内の自室に招いていた。
    「エリザさん。あなたにはっきり、言うべきことがあります」
     そう切り出し、自分をにらんできたハンに、エリザは「あーら」と返す。
    「どないしたん、そんな怖いカオして」
    「とぼけないで下さい。分かってるはずでしょう?」
    「ま、そろそろ呼ぶんちゃうやろかなーとは思てたけど」
    「では、はっきり確認させてもらいますよ。
     エリザさん、……港で商売してたでしょう?」
     ハンの質問に、エリザはあっけらかんと答える。
    「してたで。ボチボチやけど」
    「何考えてるんですか?」
     のらりくらりとしたエリザの返答に、ハンは声を荒げる。
    「まだ相手から何の回答も得られてないですし、帝国兵を撃退したことで、心象はかなり悪くなっているはずです。
     常識的に考えればこれ以上、こちらからの干渉はすべきでないでしょう?」
    「ほんなら聞くけどな」
     が、エリザはいつものようにニヤニヤ笑いながら、こう尋ね返す。
    「3ヶ月弱の航海で、船ん中の食料やら飲み水やら、ほぼほぼ無くなっとるわな? ドコからご飯、確保するねんな? あるトコからもらわなアカンやろ?
     でもアンタが『心象悪なっとる』言うてる相手に、『タダで食わしてんかー』て言い寄って、『えーよ』言うワケ無いやん? ほんならカネ稼いで買わな、どないもならんやん」
    「我々は船上にいるんですから、海から魚を穫れば……」
    「アンタなぁ、街の人からモノ買うたらアカン言う割に、街の人が使てる漁場は勝手に使てええっちゅうんか? 自分勝手すぎひんか、ソレ?」
    「う……」
     ハンはたじろぎかけるが、なおも強情を張ろうとする。
    「し、しかしですね、商売となれば、元手がいるでしょう? 何を売ってるんです? まさか船の備品を横流ししてたり……」
    「アホか」
     エリザは笑い飛ばし、自分の左腕を、右手でぺちぺちと叩いて見せた。
    「アタシの本職忘れとるやろ」
    「本職……? 魔術師でしょう? 何か芸でも見せてるとか?」
    「ちゃうわ」
     エリザは首に下げていたネックレスをつかみ、ハンの鼻先に掲げる。
    「宝飾屋やで。そら金属熔かすのんとかには、魔術使てるけどな。
     港の端で拾た貝殻やら綺麗な石やらを加工して、ペンダントやら指輪やらにして売ってんねん。あっちの女の子にめっちゃ人気出とるでー」
    「はぁ……」
     ハンは頭を抱え、椅子にうなだれる。
     と、それを眺めていたエリザが、フンと鼻を鳴らす。
    「干渉せんようにしとこ、傍観しとこかっちゅうのんも、場合によっては有効策やけどもな。向こうの状況も探らな、ホンマに有効な策なんちゅうのんは打ち出されへんで」
    「と言うと?」
     顔を上げたハンに、エリザは依然として笑みを崩さず、こう続ける。
    「アクセサリ売ってる片手間に、向こうのうわさやら評判やらを聞いとったんや。そしたらおもろいコトになってるみたいやで」
    「おもろいコト、……ですって?」
    「まずな、帝国さんの評判やけども、思った通り最低な感じやったね。
     しょっちゅう暴力沙汰起こしてはるし、あっちこっちの飯屋やら店屋で、タダ飯食うてタダ酒呑んでしとるらしいわ。本気で『帝国民以外は全員奴隷じゃ』思とるみたいやな。
     で、そんな帝国兵に喧嘩売ったアタシら、っちゅうかアタシやな、えらい人気みたいでな。普通、店開いてすぐなんて、客が来おへんやろ? アンタの言うように、心象悪いっちゅうんなら尚更や。
     せやのに開いたその日、いや、開く前からな、老若男女問わず『今度は何しはるんですかー』言うて囲まれてしもたんよ。めっちゃ期待の目ぇで見つめられてな」
    「大層な自慢ですね」
     ハンが皮肉を挟むが、エリザは構わず続ける。
    「そう言う感じやから、正直アタシが聞かんでも、向こうからアレやコレや教えてくれるんよ。……ま、話戻すけどもな。
     今な、アタシらのコト、うわさになっとんねん。『帝国に反旗を翻す人らが来はった』言うてな」
    「反旗を翻す、……ですって?」
    「せや。さっき言うたようにな、帝国の人らはこの辺りの人らに、ごっつ評判悪いねん。
     アンタが言う『心象の悪さ』も、帝国の人はともかく、ココら辺の人らには当てはまらへんやろな」
    「ふむ……」
    「ソコでや」
     エリザはピン、と人差し指を立て、こんな提案をした。
    「もし今後、この国の人らがアタシたちに『助けてー』言うてきたら、全面的に乗っかってみたらどないや?」
    「乗っかる、……と言うと?」
    「アタシらが前面に立って、帝国とガチで戦うっちゅう話や」
    「そんなこと、できるはずが無いでしょう!?」
     ハンは顔をしかめ、再度声を荒げて否定した。

    琥珀暁・彼港伝 6

    2018.11.06.[Edit]
    神様たちの話、第159話。街の声。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 王宮を訪ねて数日後、ハンはエリザを船内の自室に招いていた。「エリザさん。あなたにはっきり、言うべきことがあります」 そう切り出し、自分をにらんできたハンに、エリザは「あーら」と返す。「どないしたん、そんな怖いカオして」「とぼけないで下さい。分かってるはずでしょう?」「ま、そろそろ呼ぶんちゃうやろかなーとは思てたけど」「では...

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    神様たちの話、第160話。
    戦争宣伝戦略・クラシック。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     ハンに提案を真っ向から否定されるが、エリザは声を荒げたりせず、やんわり尋ねる。
    「そないがーがーわめいてアカンアカン言わんときいや。なんでやな?」
    「確かに帝国兵の態度は横柄そのものでしたし、俺自身も少なからず、不快な思いをしました。エリザさんがうかがったと言うこの国の情況も、十分に納得行くものがありますし、かつ、同情すべき点があることは、大いに認めます。
     ですが、我々はそもそも話し合いに来たんです。侵略をしに来たわけじゃありません」
    「そう言うたかて、向こうが攻めに来るかも知れへんやろ。何せ、『心象が悪い』やからな」
    「それは……、確かに考慮すべき点ではあります。好戦的なことを考えれば、十分に有り得るでしょう。
     それに関しては、積極的に迎撃した方がいいと言うことは認めます。ノースポートでのこともありますからね」
    「せやな」
    「ただ、勝つにせよ負けるにせよ、その後の関係はどうしようも無く悪化するでしょうね。所期の目的は達成できそうにありません」
    「その点はしゃあないな」
     そう返したエリザを、ハンがにらみつけた。
    「関係悪化の初手を打ったのは誰なんですか」
    「アタシやね」
     一方のエリザも、姿勢を崩さない。
    「せやけどな、あの状況で他にやりようあったか? 仮にハンくんが相手したとて、結果は一緒やったやろ?」
    「……否定し切れませんね。あの時は俺もかなりムッと来てましたし、乱暴な手段に出ていたかも知れません」
    「他の二人は、そもそも手ぇ出されへんかったやろしな。結局、ああなるしか無かったんや」
    「そうですね。……すみません」
     ハンが素直に頭を下げ、エリザも肩をすくめて返す。
    「ほんならや、アタシが提案した策はどないや? ユーグ王国の人らの期待を背負って立つんやったらソレが大義名分にもなるし、少なくともこの国とアタシらとで友好関係を結べるやろ?」
    「だからそれは駄目です」
     話が振り出しに戻り、ハンもエリザも互いににらみ合う。
    「なんでやねん」
    「大義名分であるとか正当性だとか、そう言う点については納得できる面はあります。
     ですが物理的、物量的な問題があります。現状で戦闘に入ったら、我々の側が圧倒的に不利です」
    「つまり正面切って戦うには、兵隊も軍事物資もあらへんて言いたいワケやな」
    「何度も言いますが、俺たちは元々、話し合いをするためにやって来た遠征隊ですからね。勿論、相手が好戦的であることを考慮して、最低限の応戦ができる程度の人員と装備は揃えていますが、本格的に事を構えるとなると、すぐ底を突くでしょう」
    「せやな。ただ――多少甘めの予測やけども――緒戦はそんなに苦戦もせえへんのちゃうやろか」
     エリザの意見に、ハンは首を傾げた。
    「何故です?」
    「アタシらは600人で海越えて来たけども、相手さんはどないやった?」
    「50人、いや、出港時は100人だったと聞いてますね。……ふむ」
     一瞬考える様子を見せ、ハンはこう続ける。
    「つまり戦力の逐次投入、小出しに兵を送ってくる可能性が高いと?」
    「言うてはったやろ、イサコくんらは『海に流された』って。
     つまり帝国さんにとって死んでもええような人間を、杜撰(ずさん)で無茶な計画にぽいっと放り込みよったっちゅう話やん?
     ソコに、帝国さんの性格が出とると思わへんか?」
    「なるほど、仮に投入した部隊が全滅するほどの被害が出たとしても、帝国本軍にまでは被害が及ばないような編成にするだろう、と言うことですか」
    「そう言うコトや。多分2、3回送り込んで、その都度アタシらが全滅させたとしても、帝国さんはまともに兵員を送りよらんやろな。
     せやけども、事情を知らん人らからしたら、中身がどんなんでも、ソレは『帝国軍』や思て一まとめにされるわな?」
    「でしょうね」
    「ほんで、ココからがアタシの策になるんやけどな」
     そう前置きして、エリザはハンに詰め寄った。
    「イサコくんから聞いたやろ、『この世界』には帝国を除いて、9つの国があるって」
    「ええ、そう言ってましたね」
    「アタシらとユーグ王国が結託したとして、ほんで帝国の人らを二度も三度もボッコボコにしたったとして、そして更に、その評判がソコら辺の国に広まったとしたら?」
    「かなりの衝撃を与えるでしょうね。元々帝国によって虐げられていた人たちでしょうから、今のユーグ王国のように、我々に何かしら期待を抱くかも知れません。
     つまりエリザさんの目論見は、ユーグ王国と結託した上で、相手が本気を出そうとしていない緒戦で勝利し、それを近隣に喧伝。こちらが有利であるように見せた上で、共に戦う者をこの地で募り、集めることで、最終的に帝国を圧倒しよう、……と言うことですね?」
    「大正解。コレなら序盤は600人で事足りるし、勝てば勝つだけ人が集まる。帝国さんはジリ貧になるっちゅうワケや。
     ま、コレは相当楽観的な話になるけどな。そもそも帝国さんがどんだけけしかけて来るかで話が変わってくるしな」
    「寡兵であることを願うしかないですね」
     ハンはため息交じりに、ぼそ、とつぶやいた。
    「戦うしか無い、か。陛下が嘆かれるな……」
    「ま、アタシが話するさかい、心配せんで」
    「……説得力があると思ってるんですか、その言葉?」

    琥珀暁・彼港伝 7

    2018.11.07.[Edit]
    神様たちの話、第160話。戦争宣伝戦略・クラシック。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. ハンに提案を真っ向から否定されるが、エリザは声を荒げたりせず、やんわり尋ねる。「そないがーがーわめいてアカンアカン言わんときいや。なんでやな?」「確かに帝国兵の態度は横柄そのものでしたし、俺自身も少なからず、不快な思いをしました。エリザさんがうかがったと言うこの国の情況も、十分に納得行くものがありますし、...

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    神様たちの話、第161話。
    緊迫する情況。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     戦闘の懸念があることを「魔術頭巾」による通信でゼロに伝えたところ、ハンの予想通り、彼は憂鬱そうな声でこう答えてきた。
    《どうしても?》
    「どないしてもですわ」
    《そうか……。
     いや、事情はたった今ハンから聞いた通りだし、なるべくしてなってしまったと言うことは、十分納得してるよ。
     ただ、どうしても穏便に済ませたかったんだけどな、って》
    「自分も同意見であります。今回の件に関してはあくまで拠点防衛に留めるとし……」「ちょい待ち」
     ハンが応答しているところに、エリザが口を挟む。
    「はっきり言うときますけどな、アタシは積極的に行くべきやろと思とるんです」
    《どうして?》
    「ハンくん今、拠点防衛のみやっちゅうたけども、その『拠点』ちゅうのんはどこや?」
    「この船でしょう。陸上に降りるような許可は得ていませんから」
    「アンタ、戦場がココだけで済むと思とるん?」
    「……」
     ハンは苦い顔で、歯切れ悪く答える。
    「それは、まあ……。確かに船までの進行ルートを考えれば、テプロイモア市街や港に被害が及ぶ可能性は、少なくないでしょうね」
    「そうやな? 考えたらすぐ分かるコトや。実際に帝国さんが攻めて来よったら、街の皆がとばっちり食らうん、誰でも分かるやんな?
     でもアンタ、自分らがやるのんは拠点防衛のみや、船さえ無事やったら街が丸焦げになってもええっちゅうてるやんな?」
    「そんなことは言ってません。……訂正します。街の人間に被害が及ばない範囲までは、防衛に努めます」
    《だけど、それはユーグ王国の国防体制、ひいては王国の立場をないがしろにすることになる。国王もいい顔をしないだろう。
     そもそも僕たちの都合で戦闘が起こるんだ。彼らにしてみれば、いい迷惑以外の何物でも無い。現時点で既に、彼らに深く干渉してしまっているんだ。
     その上でまだ、『自分たちはあなたたちに干渉しない』なんて消極的な姿勢を執っていては、非人情的で厚顔無恥な人間だと思われるだろう。そうなれば今後我々に、有効的に接してくれることは無くなってしまうだろうね。
     恐らくエリザ、君もそう言う考えだと思うけど、どうかな?》
    「ええ、その通りですわ。もう既にこの時点で、アタシらはこの国、ユーグ王国に不可逆的な干渉を行ってしもてると考えてええでしょう。っちゅうか、陸を踏んだ時点で干渉してへんワケが無いですわ。
     せやから『極力接触を避けて』っちゅうような態度は、もうアカンでしょう。そんなんしとったら、相手からむしろ非難されてしまいますわ」
    《うん、僕もそう思う。現状で執るべきは積極策だ。
     再度国王に謁見し、協力と互助関係を結べるように話し合うべきだろう。それをしなければユーグ王国は、ただただ戦火にさらされるだけになってしまうだろうからね。それよりも関係を築き、合同で防衛に当たった方が、被害はずっと少なくなるだろうし、今後の北方との関係構築にとって、足がかりが得られる。
     戦闘を許可しよう。ただし現時点では、ユーグ王国防衛についてのみだ。そしてこの情況と我々の対応についてユーグ王国側に通達し、再度話し合いを行ってくれ》
    「拝命いたしました」
     緊張をにじませた声で、ハンが答えた。

     その日の内にハンたちは、再度ユーグ王国国王に謁見を願い出た。ところが――。
    「門前払いと言うことか」
    「ええ」
     遣いに出たイサコから、国王がハンたちとの話し合いを拒否する旨が伝えられたのである。
    「やはり先日の一件が響いているのだろう。陛下は私にも会われず、伝言だけを宮殿前で伝えられる始末であった。ほとんど追い返されたようなものだ」
    「あらら」
     これを受け、エリザはのんきな声を出していたが、一方のハンは頭を抱えている。
    「どうします? 王国側がこれでは、到底防衛には……」
    「ソレはソレで、やりようはあるわ」
     エリザは胸元から煙管を取り出そうとしかけたが、ハンの目に気付き、手を膝に戻す。
    「ま、ソコら辺はアタシに任しとき。4、5日あればどうとでもでけるわ」
    「4、5日ですと? 会えもしない状態であるのに、一体どうやって……?」
    「んふふ」
     エリザはもう一度胸元に手を入れ、煙管を取り出しつつ、立ち上がった。
    「煙草吸うて来るわ。ま、気長に待っとき」

    琥珀暁・彼港伝 終

    琥珀暁・彼港伝 8

    2018.11.08.[Edit]
    神様たちの話、第161話。緊迫する情況。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 戦闘の懸念があることを「魔術頭巾」による通信でゼロに伝えたところ、ハンの予想通り、彼は憂鬱そうな声でこう答えてきた。《どうしても?》「どないしてもですわ」《そうか……。 いや、事情はたった今ハンから聞いた通りだし、なるべくしてなってしまったと言うことは、十分納得してるよ。 ただ、どうしても穏便に済ませたかったんだけどな...

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    神様たちの話、第162話。
    古代の為替観。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「副隊長のエリザが自ら港へ赴き、商いをしている」と言う話は既に船内でうわさになっていたし、さらにそのエリザから「ずーっと船ん中やと皆、体調崩してまうで」とハンに働きかけ、港や市街への出入りに対する規制を緩めさせていたこともあって、港にはちらほらと、遠征隊の姿が見られるようになっていた。
    「これ、ホントに今、エリザさんが作ったんですかー?」
     店先に並ぶ貝殻のネックレスを手に取ったマリアに、エリザはうんうんとうなずいて返す。
    「せやでー。できたてホヤホヤや」
    「かわいー」
     目をキラキラさせてアクセサリを眺めているマリアに、エリザがニヤニヤ笑いながら尋ねる。
    「買うか?」
    「いくらですー?」
    「こっちの通貨やと25デニー、クラムやと20」
    「やっす!?」
     一転、マリアは目を丸くする。
    「元手タダやもん」
    「な、なるほどー。……こっちの指輪は?」
    「そっちは25クラムか30デニーで」
    「儲かります、そんなんで?」
    「元手タダやもん」
    「ちなみに一日、どれくらい稼いでるんですか?」
    「クラムで800くらい。デニーで換算したら、多分1000行くんちゃうかな」
    「かんさん?」
     きょとんとするマリアに、エリザが耳打ちする。
    「こっちでちっさい魚一匹、7デニーか8デニーくらいやってんけどな、ノースポートやと同じ大きさで5クラムやってん。
     アタシがちっちゃい時も、山の南と北でカネ自体も使う量も違てたもんやし、こっちでも分けといた方がええやろな、と思てな」
    「へー……?」
     要領を得なさそうなマリアに、エリザは肩をすくめる。
    「ほら、クラムとデニー、ちょと重さ違うやろ? 1まとまりの量がちゃうねん。ほな、まとまっとる大きさに合わせて、額も変えとかな不公平やん」
    「……あー、なるほど」
     マリアはうなずきつつ、腰に着けていたバッグから両方の銅貨を取り出して、重さを比べる。
    「あ、ホントだ。デニーの方が重たいんですね。
     ……あれ? でも今、エリザさんが言ってた感じだと、……えーと、おさかな1匹5クラムと8デニーでしたっけ」
    「大体な」
    「って言うことはー、えーと、クラムの方が少ない枚数で買えるってことでー、それだと、クラムの方が多くならないと、おかしいんじゃないですか?」
    「ちょと調べてみたらな、デニーの中身、ほとんど鉛やねん。銅や銀は表面にぺらーっと乗っとる程度で」
    「え、そうなんですか?」
    「クラムの方も純粋な銅や銀やないけども、ほんでも純度はこっちの方がええねん。
     そうなると、今後アタシらがクラム仰山持ってきたら、あっちゅう間にデニー、使われへんようになるやろな」
    「どうしてです?」
    「アンタ、『コレは銀塊ですー』言うて鉛の塊渡されたら、ハラ立つやろ?」
    「そりゃまあ。うそ、嫌ですもん」
     うなずくマリアの鼻先に、エリザはデニー銅貨を掲げる。
    「ココの人らはソレやられとんねん。この鉛の塊を『銅ですー、銀ですー』言うてつかまされとるんよ。
     で、ソコに純度の高いアタシらのおカネや。ホンマもんの銀とニセもんの銀やったら、どっちがほしいと思うやろな?」
    「なーるほど」
    「……てか」
     エリザがそこで、いぶかしげな声を漏らす。
    「アンタ、ドコでデニーもろたん?」
    「港で街の人のお手伝いしてたら、『ありがとう、お駄賃だよ』って」
    「アハハ……」
     エリザは笑い出し、辺りを見回す。
    「他にもそう言う子いそうやな。シモン部隊は人のええのんが仰山おるからな」
    「ですねー」
    「ま、ハンくん自身はごっつ苦い顔しとるやろけど」
    「あはは……」

     エリザの予想通り――丁度その頃、ハンは苦々しい気持ちで、港の様子を単眼鏡で眺めていた。
    (あっちにも、こっちにも、遠征隊の奴らがうろうろしている……。
     まったく……! エリザさんには本当に困らせられる。放っておけばどんどん、規律が緩んでいってしまう。『この世界』にとって俺たちは、初めて出会う『別世界の』人間なんだ。俺たちの行動一つひとつで、『海の向こうにいる人間はこんな奴なのか』と思われるんだぞ? それなのに――エリザさんみたいにいい加減でデタラメな人が港に顔を出したりなんかしていたら、俺たち全員、『そう言う奴』だと思われるじゃないか!?
     ……勘弁してほしいよ、本当に。俺はそうじゃないんだって)
     それ以上港の様子を見る気にならず、ハンは単眼鏡をしまい、船内に降りていった。

    琥珀暁・衝北伝 1

    2018.11.10.[Edit]
    神様たちの話、第162話。古代の為替観。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「副隊長のエリザが自ら港へ赴き、商いをしている」と言う話は既に船内でうわさになっていたし、さらにそのエリザから「ずーっと船ん中やと皆、体調崩してまうで」とハンに働きかけ、港や市街への出入りに対する規制を緩めさせていたこともあって、港にはちらほらと、遠征隊の姿が見られるようになっていた。「これ、ホントに今、エリザさんが作...

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    神様たちの話、第163話。
    凸凹問答。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     その日も小袋一杯にデニーを稼ぎ、エリザが戻ってきたところで、ハンが彼女のところへ詰め寄ってきた。
    「お話があります」
    「なんや?」
    「ここでは何ですから、俺の部屋に」
    「ココでええやろ? アンタがしたい話ちゅうのんはどうせ、2つしかあらへんからな」
    「何ですって?」
    「『遠征隊の規律がどうのこうの』か、『迎撃策はどないや』のどっちかやろ? どっちも陰でコソコソ言う必要は無いと思うけどな」
     剣呑じみたエリザの言葉に、ハンのまなじりが尖ってくる。
    「そんなに皆の面前で、俺に怒られたいんですか?」
    「そんなコトあるかいな」
     エリザは辺りを見回し、遠巻きに見守っている兵士たちに声をかける。
    「みんな、ちょとこっち来ー」
    「え?」
     面食らった様子のハンをよそに、皆が集まってくる。
    「アタシから、ちょと周知あるから」
    「周知?」
     尋ねるハンには答えず、エリザはこう続けた。
    「明日辺りな、帝国軍さんら攻めてきはるで」
    「は!?」
     エリザからの突然の報告に、ハンはぎょっとしている。
    「待って下さい、エリザさん。一体……」「とりあえず続き聞き」
     そんなハンを制して、エリザは話し始めた。
    「今日、街の人らがうわさしとったんやけどもな。街の外れでちょいちょい、帝国兵さんらが目撃されとるらしいんよ。どうも斥候(せっこう:敵や地形などの状況を確認・監視する兵士のこと)やろな。
     ちゅうコトは近い内、攻めて来はるっちゅうコトや」
    「対策は済んだんですか? 『5日で国王を説得する』と言っていましたが」
    「そんなん言うてへんよ」
     そう返され、ハンは唖然とした表情を浮かべる。
    「何ですって? エリザさん、はっきり言っていたじゃないですか!?」
    「人の話はちゃんと聞かなアカンで」
     エリザはフン、と鼻を鳴らし、ハンの鼻に人差し指をちょこんと当てる。
    「アタシが言うたんは『5日あればどうとでもでける』や。あんなしょぼくれたおっさんと話する気ぃなんか、ハナっから無いわ」
    「国王と話さず、どうやってこの国の軍を動かすんです?」
    「軍も放っとき」
    「……わけが分かりません」
     ハンはエリザに詰め寄り、苛立たしげに尋ねる。
    「まさか俺たちだけで勝手に防衛するなんて言いませんよね!? そんなことをすればどうなるか、話し合ったはずですよね!?」
    「分かっとるよ。ちゃんとみんなに助けてもらうつもりしとる」
    「みんなですって? たった今、軍には助けを求めないと言ったばかりじゃないですか!?」
    「言うたよ?」
    「めちゃくちゃだ!」
     ハンは顔を真っ赤にし、いよいよ怒鳴り出す。
    「こんな数秒の間に、言うことがコロコロと変わるなんて! いい加減にも程があります! あなたは頭が、……頭がおかしいとしか思えない!」
     続いて剣を抜き、エリザに向けた。
    「あなたの権限をこの場で奪わせてもらいます! あなたは狂ってる! 到底、副隊長の任を全うできる状態じゃない!」
    「言いたいコトはソレで全部か? 人の話聞かんと、よーもまあ、そんな人を罵りよって」
     一方、エリザはいつも通りの、ひょうひょうとした態度を崩さない。
    「アタシは何にも、矛盾したコトは一つも言うてへんで? アンタがカタいアタマで勝手な推察立てて、物事を変な方向に決め込んどるだけや」
    「黙れ、狂人ッ!」
     ハンは一歩間合いを詰め、エリザの鼻先に剣の先を付ける。
    「もう一言もしゃべるな!」
    「アホ」
     次の瞬間――ぱちん、と何かが破裂したような音と共に、ハンは剣を放り出し、その場に尻餅を付いていた。
    「な……な?」
    「ぎゃーぎゃーうるさいわ。ちょと黙っとき」
    「い……った……い、なに……を?」
     その場で伸びたままのハンに、エリザは優しく声をかける。
    「ちょとしびれさせたんや。黙れ黙れ言うてる割にアンタ、めっちゃうるさかったし」
    「う……ぐ……」
     その言葉に抗おうとしているらしく、ハンはぶるぶると手や足を震わせているが、立ち上がれそうな様子は全く見られない。
     そんなハンに構わず、エリザは話を始めた。
    「ほな、アタシの策についてちゃんと説明するからな。大人しく聞いときや」

    琥珀暁・衝北伝 2

    2018.11.11.[Edit]
    神様たちの話、第163話。凸凹問答。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. その日も小袋一杯にデニーを稼ぎ、エリザが戻ってきたところで、ハンが彼女のところへ詰め寄ってきた。「お話があります」「なんや?」「ここでは何ですから、俺の部屋に」「ココでええやろ? アンタがしたい話ちゅうのんはどうせ、2つしかあらへんからな」「何ですって?」「『遠征隊の規律がどうのこうの』か、『迎撃策はどないや』のどっちか...

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    神様たちの話、第164話。
    隔岸観火。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エリザは甲板を歩き回りながら、自分が仕掛けた策略について説明し始めた。
    「ま、ハンくんだけやなく、クーちゃんとイサコくんも見てたから分かると思うけども、あの王様、頼りないにも程があったやろ?」
    「仰る通りですわね」
     いつの間にかハンの側に来ていたクーの返答にうんうんとうなずきつつ、エリザはこう続ける。
    「あーゆーのんは大抵、権力に媚びてへつらいおもねる系の奴や。ほぼ間違い無く、アタシらが何言うたかて、『帝国がー』『ジーン陛下がー』言うて、協力なんかせえへん。ソレどころか陰に日向に帝国側へ協力し、アタシらにちょっかいかけよるやろな。折角の『見せ場』なワケやし」
    「見せ場?」
     クーに助けてもらいつつ、どうにか立ち上がったハンに、エリザがこう返す。
    「帝国本拠地から遠く離れた辺境の土地を押し付けられて、シケた日々を送っとった奴んトコに、突然異邦人が現れたんやで? 敵とみなして攻撃するには丁度ええやん。まさか街の人らを理由も無くしばくワケにも行かんしな。しかもソイツら揉め事起こして、帝国に反旗を翻す輩やってうわさや。
     ソレをボッコボコにしたったら、自分を売り込むええ宣伝になるやろ?」
    「なるほど」
    「そう言う奴を説得して協力させる約束取り付けたところで、ドコかで裏切るんがオチや。そーゆーコトを考えたら、王様の説得なんかやる意味あらへん。
     ただ、王様はそんなんでも、街のみんなはそんな思てへんはずや。むしろ帝国さんらのコトは、うっとおしゅうて敵わんやろ」
    「以前に『街の人間は帝国に反感を持っている』と言っていましたからね」
    「ソレや。元から評判悪い上に、アタシら目がけて攻めてきよるんも目に見えとる。いざ攻めてきたら、どんなとばっちり食うか分からんっちゅう話やん。その上、ココ数日仲良うしとったアタシや遠征隊のみんなと敵対するっちゅうんやったら、どっちの側に付きたくなるやろな」
    「まさか、それを見込んで規制を緩めさせたんですか?」
    「ちょっとはな。ま、ホンマに『ずーっと船ん中はしんどいやろ』っちゅう図らいはあったで。
     そう言うワケやから、いわゆる民意はアタシら側に傾いとる。その上で、ただ威張ってるだけで能無しのパチモン王が『遠征隊と戦う』なんて命令してきよったら、みんな『やってられるかボケ』と思うわな」
    「なるほど。しかし……」
     ハンは港に目を向けつつ、首をかしげる。
    「情況が押し迫っている現在、民意を獲得したとしても、あまり意味が無いのでは? 平時であれば民意を汲み、政治方針を変えると言うようなこともあるでしょうが、明日にでも帝国が来ると言うような現状で、国王がそう簡単に、帝国と敵対するよう方針を変えるとは思えませんが」
    「あんな王様がなんやっちゅうのん?」
     エリザはニヤニヤ笑いながら、肩をすくめて返す。
    「何か偉業を成したワケでもなく、その偉人の血を引いとるワケでもない、ただジーンの命令で居座っとるだけのヤツが『俺は王様やー、みんな平伏せー』ちゅうたかて、何で素直に平伏さなアカンねんや。街の人らにしても、普段からみんなそう思とるみたいやしな。そら言うコト聞いとかへんと帝国軍から報復されるかも知れへんから、いつもやったら素直に従うやろけども。
     ただ、今はその『いつも』やない。アタシらがいとる。公衆の面前で帝国兵をブッ飛ばしたったアタシらがな」
     エリザの説明に、ハンは顔を青ざめさせた。
    「つまりエリザさん、あなたは街の人間によって、反乱を起こさせようとしてるんですか!? 我々を実質的な後ろ楯にさせて!」
    「ま、そう言うコトやな。明日には帝国軍が来るやろなってトコやから、事態が動くなら今やろ」
     そう言って、エリザが口角を上げ、ニヤリと悪辣な笑みを浮かべると同時に――港から戻ってきた小舟から、遠征隊の兵士たちが大慌てで駆け上がってきた。
    「たっ、隊長! 大変です! 街が……」
    「どうした!?」
     尋ねたハンに、兵士らは目を白黒させながら、しどろもどろに説明する。
    「あの、ユーグ国王から、その、つい先程、公布が、その、我々を排除すべしと、でも、街の人間は、何と言うか、反発と言いますか」
    「落ち着き」
     エリザは彼に近付き、ぽんぽんと頭を撫でる。
    「まず、国王さんがアタシらを追い出そうとしたんやね?」
    「は、はい」
    「でも街の人たち、『そんなんムチャクチャやー』言うて反対しとるんやね?」
    「そ、そうです」
    「ほな今、街では大騒ぎなんやね」
    「仰る通りです。ただ、王国の大多数、その、王国軍も含めた、大多数が……」「うんうん、よお分かった」
     説明しかけた兵士をさえぎり、エリザが先読みする。
    「国王さんの側に付いとるはずの王国軍も『やってられるかー』言うて反発して、国王さんを襲っとるんか?」
    「はい」
    「なっ……」
     報告を聞き、ハンは再度青ざめる。対照的に、エリザはニコニコと笑っていた。
    「ほないっぺん、街の方に行ってみよか。こないだ行ったアタシら4人で」

    琥珀暁・衝北伝 3

    2018.11.12.[Edit]
    神様たちの話、第164話。隔岸観火。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. エリザは甲板を歩き回りながら、自分が仕掛けた策略について説明し始めた。「ま、ハンくんだけやなく、クーちゃんとイサコくんも見てたから分かると思うけども、あの王様、頼りないにも程があったやろ?」「仰る通りですわね」 いつの間にかハンの側に来ていたクーの返答にうんうんとうなずきつつ、エリザはこう続ける。「あーゆーのんは大抵、権...

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    神様たちの話、第165話。
    この策は最良か、最低か?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ハンたちが王宮に到着した頃には既に、騒ぎは沈静化しつつあった。
    「(あっ、『狐』の女将さん!)」
    「(ん? アタシか?)」
     街の人間がエリザに気付き、嬉しそうに声をかけてくる。
    「(ちょうど良かった、皆でどうしようかって話してたんだよ)」
    「(どないしたん?)」
    「(いやさ、王様があんたたちを殺せなんて言い出すもんだから、俺たち全員抗議したんだよ)」「(そしたらあのアホ王、『従わないならお前らも殺すぞ』って)」
    「(ふざけんなっつって俺たち、王宮に乗り込んだらさ、王国軍にいた奴らも同じ気持ちだったみたいで、俺たちじゃなく、王様に襲いかかってたんだ)」
    「(王様はどないやのん? まだ生きとる?)」
     そう尋ねたエリザに、彼らは一様に首を横に振った。
    「(メッタ刺しにされて死んだみたいだぜ)」
    「(今までのうっぷんとかあったもんなぁ)」
    「(うんうん、分かる分かる)」
    「(いっつも『御上が』『帝国が』って威張り散らして、うっとおしかったもんな)」
     街の者たちと話しつつ王宮内を回り、ハンたちは状況を確認する。
    「国王一人が一方的に追い回されただけ、って感じだな。壁や床に目立った傷は無いし、調度品なんかも壊れてない。
     人一人死んだのは確かだが、それを除けば平和的に収まったらしい」
    「しかし、これからどうすれば?」
     尋ねたイサコに、ハンが「うん?」と返す。
    「曲がりなりにもこの国を治めていた国王が殺されたことで、この地の統治が崩壊してしまったことは明白。このまま放っておけば、国は瓦解してしまうだろう。これから来るであろう帝国軍への対応も、それを凌いだ後の統治も、誰が指揮を執ればいいのか……」
    「んー」
     と、街の者たちと話しつつ、左の狐耳だけをピコピコとハンたちに傾けていたエリザが、二人に向き直る。
    「ほな公布しよか」
    「はい?」
     エリザの提案に、ハンもイサコも同時に首をかしげる。
    「何をです?」
    「この国は暫定的に、アタシらが指揮を執る。ソレで納得するやろし、騒ぎも収まるやろ」
    「ちょ、ちょっと待って下さい!」
     当然、ハンは目を白黒させながら、それに抗弁する。
    「それではまるで、我々が街の者に国王を襲わせ、その混乱に乗じて占領したようなものじゃないですか!」
    「『まるで』? そのまんまやん」
    「俺たちは平和的に交渉することを目的に、ここへやって来たんですよ!? それを『占領した』などと認めれば、我々は単なる野蛮人になってしまいます!」
    「ほなコレからどないするん? 国王さんも死んで、今にも帝国さんが来はるっちゅう切羽詰まった状況でみんなを放っといて、アタシらだけ帰るんか?
     そっちの方がよっぽど人でなしやろ」
    「結果論じゃないですか! そもそもそうなったのは……!」
    「アタシのせいやっちゅうんか? けどもな、元々帝国さんがえばっとったコト、国王さんがソレを笠に着とったコト、どっちも街の人にえらい迷惑かけとって、ソレでみんなが『誰か何とかして』と思うてたんは別のコトやで。
     アタシはみんなを助けたに過ぎひん。アンタ、『助けて』言われて『嫌や』って言うか?」
    「そんなのは詭弁だ!」
     ハンは怒鳴り、エリザの胸ぐらをつかんでいた。
    「どうしてあなたは、平和的に事を収めようとしないんですかッ!? あなたの頭脳なら、できたはずでしょう!?」
    「コレがアタシの考える、最良かつ最速の方法や。めっちゃ平和的やんか」
     ハンの手を取り、エリザはこう返した。
    「今までに出た被害は何や? 皆からごっつ嫌われとった、いけ好かん王様一人だけや。他の方法執っとったら、もっと被害が出とったやろな。ソレが街の人らかアタシらか、ソレは断言でけんけども」
    「……~っ」
     ハンはそれ以上何も言わず、エリザから手を放して、背を向けてしまった。
     一方、エリザは何事も無かったかのように、クーに手招きする。
    「公布する役はアンタが適任やろ。お姫様やし。ちょと公布の内容、考えよか」
    「はっ、はい」
    「ソレからイサコくん、アンタもこっち来。アンタにもやってもらうコトあるから」
    「私ですか?」
    「ほなな、……で、……っちゅう感じでな、……や」
     その後、エリザたちは10分ほど話し込んでいたが、その間ずっと、ハンは背を向けたままだった。

    琥珀暁・衝北伝 4

    2018.11.13.[Edit]
    神様たちの話、第165話。この策は最良か、最低か?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ハンたちが王宮に到着した頃には既に、騒ぎは沈静化しつつあった。「(あっ、『狐』の女将さん!)」「(ん? アタシか?)」 街の人間がエリザに気付き、嬉しそうに声をかけてくる。「(ちょうど良かった、皆でどうしようかって話してたんだよ)」「(どないしたん?)」「(いやさ、王様があんたたちを殺せなんて言い出すもんだ...

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    神様たちの話、第166話。
    王国掌握。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ホープ島でハンが予想していた通り、北の大陸における日没は早く、クロスセントラルでは昼下がりに当たる時刻だった。
     その日没時になって、王宮のバルコニーからハンたち4人が姿を現した。
    「(みんな、集まっとるかー?)」
     まず、エリザが口を開き、眼下に広がる民衆を見渡す。
    「(集まっとるな。ほな今から、色々伝えるさかい。よー聞いてな)」
     エリザが一歩引き、代わってクーが話し始めた。
    「(本日の昼、先王がわたくしたちハンニバル・シモン遠征隊に対し、討伐命令を下しました。ですが民意に沿わない命令であったため、国王軍全軍が不服従。反旗を翻し、先王を討伐いたしました)」
     既にこの事実は知れ渡っているらしく、これについては、民衆の反応は無かった。
     しかし次のことが伝えられた途端、ざわざわと騒ぐ声が、あちこちから響いてくる。
    「(そのため、新たな指導者を選出する必要が生じました。これについてわたくしたちは、帝国外洋調査隊隊長、イサコ・トロコフ尉官を推挙いたします。
     現在、情況は差し迫っております。早ければ今晩、ないし明日には、帝国軍がわたくしたち遠征隊に向けて兵を差し向けるとの情報を得ており、まずは可及的速やかに、その対策を定めねばなりません。それ故の独断です)」
     続いて、騒然とする民衆を制するように、エリザが発言する。
    「(びっくりするんは分かるけども、もうちょい聞いてな。
     戦い自体はアタシらが引き受けるつもりやさかい、安心してな。何ちゅうても、アタシらが原因やからね。みんなにそんな迷惑かけられへんもん。せやからアタシら遠征隊を一旦、船から街の方に移らせてほしいんよ。準備やら何やらせなアカンからな。
     誓って言うけども、街には被害を出させへん。アタシらに任せてもらう限りは)」
     エリザの言葉を、ハンは懐疑的に聞いていた。
    (『任せてもらう限りは』? 色々解釈できるが……、恐らく『任せる』の範囲がとてつもなく広いんだろう。さっきクーに言わせた『トロコフ尉官を指導者にする』も、その『任せる』の範囲だろうな。任命権も含めて。
     だが、それでいいのか、街の皆は? トロコフ尉官は確かにこの街の人間ではあるが、既に今現在、俺たちの側と言える立場にある。彼に指導者を任せるとなれば、それは実質、俺たちの支配下に置かれることと同義だ。
     分からないわけじゃない、……よな?)
     考えている間に、エリザがあれこれと言葉を重ね、民衆を説得していた。
     いや、それは相手の同意を得る「説得」と言うよりも、むしろ相手を心の底から惹き込む「洗脳」に近いものだった。
    「(……ちゅうワケで、アタシらに任せてほしいねん。みんな、ええかな?)」
     そして魅了されきったらしく――民衆は素直に従った。

     民衆の同意を得た上で、遠征隊は街中へと本拠を移した。
    「色々と言いたいことがありますが情況が差し迫っている現時点では言い切れないので大変心苦しいですが一旦保留とします」
    「さよか」
     あからさまに不満げな様子のハンに構う様子も無く、エリザはいつも通り、ひょうひょうとした態度でいる。
    「ともかく交渉事やら政治やらの領分はアタシやクーちゃんが頑張ったし、ココからは軍事の領分、つまりアンタが頑張る番や。
     準備は進んどるんか?」
    「ええ、その点は抜かり無く。
     王国軍と協調し、街の周辺に斥候を配置させて、状況を探らせています。戦闘態勢に入った際には、王国軍にはそのまま後方に待機してもらい、街の守りに徹してもらおうと考えています。
     武器や戦術等に関しては、やはり我々の方が優れているようですが、残念ながら王国軍全体に行き渡らせるには数も時間もありません。出撃は我々のみにすべきでしょう。
     俺個人の意見としては、あくまで専守防衛、こちらからの攻撃は行わず、相手の攻撃を防ぐことのみに努めたいと考えていますが、恐らくそれは難しいでしょう」
    「同感である」
     ハンの意見に、イサコがうなずいて返す。
    「帝国軍もそこまであなた方を侮ってはいないだろう。斥候によって兵力は割り出されているだろうし、相応の数を用意するはず。となれば、守りだけでは押し切られるだろう」
    「ああ。ある程度はこちらからも打って出る必要がある。遠征隊の中から戦闘に長けた人材を集め、迎撃部隊を組織しよう。
     ここまでで何か意見はありますか、エリザさん?」
     そう言ってにらみつけてくるハンに、エリザは肩をすくめて返した。
    「その作戦、50点やね」

    琥珀暁・衝北伝 5

    2018.11.14.[Edit]
    神様たちの話、第166話。王国掌握。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ホープ島でハンが予想していた通り、北の大陸における日没は早く、クロスセントラルでは昼下がりに当たる時刻だった。 その日没時になって、王宮のバルコニーからハンたち4人が姿を現した。「(みんな、集まっとるかー?)」 まず、エリザが口を開き、眼下に広がる民衆を見渡す。「(集まっとるな。ほな今から、色々伝えるさかい。よー聞いてな...

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    神様たちの話、第167話。
    積極的防衛策。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     エリザの評価に、ハンはまた、目を吊り上がらせる。
    「どこが問題です?」
    「攻めの姿勢に問題有りや。アンタ『ある程度は』ちゅうたけどソレ、相手が手ぇ出した分だけこっちも手ぇ出す、っちゅう感じやろ?」
    「それはそうでしょう」
    「ズレとるわ。『まだそんなコト言うてるんか』っちゅう感じやで」
     エリザはハンの鼻先に、ぴんと人差し指を向ける。
    「アンタがこの作戦で大事にしたいんは何や?」
    「街の防衛です」
    「ソレだけか?」
    「と言うと?」
    「遠征隊の皆はどないやねん」
    「無論、それも無事に済むなら」
    「せやろ? ほんならもっと、積極的に行かんと」
     そう言われ、ハンはいぶかしげな表情を浮かべる。
    「積極的に? つまりこちらから攻めろと?」
    「そうや。先に相手から一撃かまされて、ソレが致命傷やったらどないすんねん? ソレよりもまずこっちから、相手に致命的な一撃をかましたって、攻撃そのものをでけへんようにして、撤退させる。その方がよっぽど被害は出えへんはずや。
     コレだけは今、はっきり言うとくで。『こっちが手ぇ出さへんかったら相手も手ぇ出さへんはずやろ』と、まだそんな悠長なコトを、アンタは頭のどっかでぼんやり考えとる。アンタの言動聞いとったら、ソレがよお分かるわ。せやから攻め方も消極的やし、小出し、様子見、先延ばしっちゅうような、一見危険も手間も無いように見えて、後々とんでもない被害としょうもない苦労がダラダラ出てまうような策を採ろうとしよる。
     ボーッと見とるだけやったら、何の解決策にもならんのやで。ホンマにどうにかしたいんやったら、覚悟決めてガツンと手ぇ出さんとアカンのんや」
    「ぐっ……」
     顔をしかめたハンに、イサコも申し訳なさそうに告げる。
    「シモン尉官、済まないが私も先生に同意見だ。彼奴らはやると決めたら徹底的にやる。そんな奴らが初太刀で致命傷を与えてくることは、十分に考えられるだろう。
     我々は生まれてからずっと、この地と帝国に苦しめられてきたのだ。先生が仰るまでもなく、奴らが非道であることは承知している」
    「……分かった。作戦を変えよう」
     ハンは苦い顔をしつつも、二人に同意した。

     話し合っている内にユーグ王国の斥候が戻り、相手の陣容が明らかになった。
    「敵の数はおよそ150名。ですが、どうやら王国軍が我々の側に付いたことには気付いていないようです」
     斥候からの話を伝えたハンに、エリザが首をかしげる。
    「ホンマに?」
    「お粗末な話ですが、斥候はすぐ、帝国軍に見付かったそうです。ところが捕まるどころか、相手から色々情報を与えられて、『王に伝えろ』と言付かって帰らされたと。どうも伝令か何かだと思われたようですね」
    「ちゅうコトは、敵の斥候は反乱以降には来てへんっちゅうコトか。そらお粗末やな」
     エリザは胸元から煙管を出し、口にくわえかけて、ハンに尋ねる。
    「吸うてええ?」
    「構いません」
    「ありがとな。……んー」
     煙草を一息吸い込み、エリザはこう続ける。
    「敵さんらの本陣は?」
     ハンは机に街付近の地図を広げ――ハンが測量・作成したものではなく、街の者から伝え聞いた情報をもとに作られた、彼からすれば「いい加減な」ものである――一点を指差した。
    「街から北東にある街道のど真ん中だそうです」
    「なんや、ここからモロ見えやないか。なめられとるな」
    「同感です」
    「ま、そう言うコトやったら簡単に攻撃でけるな」
     もう一息吸い、エリザはコン、と煙管の先を地図に置く。
    「見通しがええ分、さえぎるモノもあらへんから、守りはスカスカ。さらに言うたら、その見通しの良さも夜間の今、まったく利かへん。灯りについては何か言うてたか?」
    「特には、何も。どうやら使っていないようですね。一晩過ごし、翌日に襲撃するつもりなんでしょう」
    「完璧、アタシらからの攻撃を考えてへん態勢やね。ちゅうコトは今から速攻かけたったら、一瞬で終わるやろ。となると……」
     三度煙草を吸い、エリザはニッとハンに微笑みかける。
    「魔術兵はウチ、50人はおったな」
    「ええ」
    「ほんなら魔術兵中心に5部隊組み。ソレを3方向から5方向で前方および側方からけしかけて、一気に魔術攻撃や。勿論、距離は取ってな」
    「相手が無警戒なら、四方を囲むこともできるのでは?」
     尋ねたイサコに、エリザは首を振る。
    「ええけど、みんなガタイええんやろ? こっちの人ら、『熊』とか『虎』とかばっかりやし」
    「ええ」
    「囲んで攻撃しても、生き残っとる可能性はある。ソコで死ぬ気で反撃されたら、こっちも被害出るかも分からんしな。
     ソレより逃げ道与えてさっさと逃げてもろた方が、こっちも楽やん」
    「ふむ……」
    「あ、後な。ハンくん、魁(さきがけ)したってな」
    「念を押されるまでもなく、そうするつもりです」
     ハンは口を曲げ、言い返す。
    「誰かみたいに、荒事を他人任せにして自分一人、安全な場所でのうのうと過ごすようなつもりはありませんからね」
    「誰やねんな? けったいなヤツやね。
     ま、ソレだけやなくてな。さっき言うた『逃げ道』に向かわせなアカンからな。前から誰か迫って来たら、ビビって後ろへ逃げるやろ? アンタが適任や。思いっきり怖がらしたり」
    「了解しました」

    琥珀暁・衝北伝 6

    2018.11.15.[Edit]
    神様たちの話、第167話。積極的防衛策。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. エリザの評価に、ハンはまた、目を吊り上がらせる。「どこが問題です?」「攻めの姿勢に問題有りや。アンタ『ある程度は』ちゅうたけどソレ、相手が手ぇ出した分だけこっちも手ぇ出す、っちゅう感じやろ?」「それはそうでしょう」「ズレとるわ。『まだそんなコト言うてるんか』っちゅう感じやで」 エリザはハンの鼻先に、ぴんと人差し指を向...

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    神様たちの話、第168話。
    北の大陸での初陣。

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    7.
     寒々しい気候のためか、この北の地ではなかなか、空に晴れ間が見えない。この晩もどんよりと曇っており、月明かりが差す気配も、全く無い。
     そんな中、テプロイモア郊外に構えられた帝国軍の野営は、ひっそりと静まり返っていた。灯りは暖を取るための焚き火くらいであり、その番以外の者は完全に寝入っているのが、遠くで見ているハンたちにも、明らかに察せられた。
    「やはり夜明けを待って出撃するつもりらしい。
     俺たちをおびき寄せるために油断を装って、……とも考えていたが、それも無さそうだ。何かしら待ち構えてるなら、もっと緊張感があってもいいはずだが、……見ろよシェロ。焚き火番、居眠りしてる」
     街道沿いの森に潜み、単眼鏡で偵察していたハンたちは、その緊張の欠片も無い布陣に呆れていた。
    「気ぃ抜きすぎっスね。こないだエリザ先生にやられたクセして、何も反省してないんでしょうね」
    「だろうな。……何と言うかあいつら、俺たちが思っていた以上に油断しすぎてるな。
     恐らく『この世界に自分たちより強いものなど無い』と、頭から信じ切ってるんだろう。だから斥候も敵・味方双方、真正面から堂々とうろついて見付かるし、こんな杜撰極まりない布陣を敷いて呑気してるんだろう。
     反面、俺たちの――陛下自らが御出陣していらした時からの――戦いは、相手があまりにも強いバケモノばかりだった。油断なんてできるはずもない。綿密な計画と周到な準備無しの軍事行動なんて、有り得ないことだった。そうしなきゃ、確実に死ぬんだからな。
     その考え方、体制は、現役の俺たちにもしっかり引き継がれてる――敵一体の強さが俺たちの平均より上なのは確かだが、戦術・戦略に関しては、俺たちがはるかに練度を高めていると考えていいだろう」
     と、「魔術頭巾」をかぶっていたビートが、ハンに耳打ちする。
    「他の隊から連絡がありました。予定の位置に付いたそうです」
    「了解した。では、作戦開始だ」
     ハンの号令が伝えられ、間も無く森の中から魔術による火や土の槍が、敵陣に向かって飛んで行った。

     第一波が全弾命中してすぐ、敵陣からわめき声が響いてくる。
     だが間髪入れず第二波、第三波がねじ込まれ、敵陣はこの時点で原型を留めないほどに破壊された。
    「俺たちも行くぞ!」
     ハンが立ち上がり、先陣を切る。
     部下たちも追従し、20人の突撃部隊が、右往左往している敵たちに向かって行った。
    「(てっ、敵襲、敵襲~!)」
    「(武器は、武器はどこだ!?)」
    「(どこから攻撃されてる!?)」
     迫る内にハンは、敵が完全に混乱し、ほとんど棒立ちに近い状態にあることに気付き、号令をかける。
    「全速前進! このまま敵陣の真ん中を突っ切れ!」
    「了解!」
     そのまま敵陣に到着し、全員が言われた通りに、反対側にまで進攻する。
    「(ひ、ひいっ……!)」
    「(待て待て待て待て、まだ、準備……)」
    「(武器、武器どこ~……!?)」
     敵陣は完全に瓦解し、兵士たちがばらばらと逃げ始める。それを見て、ハンは追い打ちをかけさせた。
    「大声で威嚇(いかく)してやれ!」
    「うおおおおおッ!」
    「らあああああッ!」
     20人が鬨(とき)の声を挙げ、敵の背を追い回す。
    「深追いはするな! 追い払うだけでいい!」
     そうして5分もしない内に、敵は全員、その場から逃げ去った。
     それを確認し、ハンが締める。
    「作戦終了! 俺たちの勝ちだッ!」
     その言葉に、全員が歓声を上げた。



    「帝国軍が海の向こうからやって来た遠征隊に手も足も出せずに敗走した」と言う、北の民にとってあまりにも衝撃的なこの報せは――エリザがそれとなく人を使い、喧伝したこともあり――すぐに沿岸部全域に広まった。、

     エリザの予想通り、緒戦は「ゼロの世界」の完全勝利で幕を閉じた。

    琥珀暁・衝北伝 終

    琥珀暁・衝北伝 7

    2018.11.16.[Edit]
    神様たちの話、第168話。北の大陸での初陣。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 寒々しい気候のためか、この北の地ではなかなか、空に晴れ間が見えない。この晩もどんよりと曇っており、月明かりが差す気配も、全く無い。 そんな中、テプロイモア郊外に構えられた帝国軍の野営は、ひっそりと静まり返っていた。灯りは暖を取るための焚き火くらいであり、その番以外の者は完全に寝入っているのが、遠くで見ているハンた...

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    神様たちの話、第169話。
    防衛戦以後。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「こんな時、いつも思うが」
     ハンといつもの測量班3名、そしてクーを加えた5人が街の食堂に集まり、夕食を取っていた。
    「また始まったねー」
    「ええ。いつものです」
     マリアとビートが耳打ちし合うのをよそに、ハンは酒の入ったグラスを片手に、ぶつぶつと愚痴を吐いている。
    「エリザさんは大体、図々しいと言うか、厚かましいと言うか……」
    「『そもそもだな』」
     シェロが先読みした通りに、ハンは話を続ける。
    「そもそもだな、俺個人はエリザさんがこの遠征に参加したことに、いい気はしてなかったんだ。遅かれ早かれ、こうなることは予測できたはずだ。
     第一あの人は、公私の区別が全然付いてない。隊の皆に対しても部下じゃなく、近所の友人、知人程度にしか考えてない節がある」
    「状況によりけりと存じますけれど。あの方の場合は、それで万事、よく運んでいるご様子ですもの」
     クーが口を挟むが、ハンの耳には届いていないらしい。
    「このまま放っておいたら、いずれ遠征隊だってこの国だって、あの人に私物化されてしまう。そんなことが道義的に許されるものか!」
    「はあ」
     クーはつまらなそうな顔で、ビートの袖を引く。
    「このご講釈、終わらせられませんの?」
    「あと一口呑ませれば黙ります」
    「あら、そう」
     クーは立ち上がり、ハンの腕を取る。
    「さ、もう一口」
    「な、なにをする?」
    「えいっ」
     クーは無理矢理にグラスをハンの唇に持って行き、飲み込ませる。
    「やめっ、クー、……げほっ、あぶっ、ごぼっ、……んぐ」
     呑ませてすぐ、ハンはがくんと椅子にもたれかかり、眠ってしまった。
     それを見下ろしつつ、クーはにこりと皆に微笑みかける。
    「さ、静かになったことですし、お食事を楽しみましょう」
    「……殿下もなかなか、強引っスね」



     テプロイモア防衛戦が成功した後、ハンが懸念していた通り、遠征隊はなし崩し的に、ユーグ王国の統治権を掌握することとなった。
     廉潔(れんけつ)を信条とするハンにとってこれは、「武力に物を言わせた占領」であるとしか思えないものであり、それだけでも彼にとっては心苦しいものだったのだが、ここにきてさらに、彼の怒りを焚きつけるような出来事が起こっていた。
     統治体制の一新によって起きた混乱に乗じるように、エリザがあちこちで独断専行を働いていたのである。



    「……まあ、確かにちょっと暴走してるようにも思えますね。王宮に隊の本拠を移したこととか、土地買って店を建ててたこととか」
     そうつぶやいたビートに、クーも同意する。
    「その点については確かに、わたくしも憂うところがございますわね。ただ……」
     クーは一瞬ハンをチラ、と見て、小声でこう続けた。
    「心配になりまして、わたくし一度、父上に現状を魔術でお伝えいたしましたの。ところが父上は、『そのようにさせよ』と」
    「え……?」
     それを聞いて、ビートは腑に落ち無さそうな表情を浮かべる。
    「陛下なら諌めるのではと思ってたんですが……、放っておけ、と?」
    「ええ」
    「海の向こうのコトだから、陛下もどうでもいいのかも知れないっスね」
     皮肉げにそう言ったシェロに、ビートが突っかかる。
    「そんなことは無いはずだ。陛下はトロコフ尉官だとか、こちらの世界の人たちのことも気にかけておられたし、そんなつもりは無いはずだよ」
    「お前、陛下かよ? そうじゃないだろ? なんで陛下のお考えが、お前に分かるんだ?」
     一方、シェロも意見を曲げようとしない。
    「そもそもだぜ、以前の会食でも陛下は『エリザ先生は悪人だ』っつってたじゃんか。陛下ご自身でも手を付けられないような人間だって。ならもう、放っとくしか無いってコトなんじゃないか? 言葉通りに考えてるんだと思うぜ、俺は。
     ソレにさ、こっちで先生に好き放題やらせとけば、『自分の領地で暴れられなくて済む』とか、案外そんな風に考えてるんじゃないか?」
    「そんな、……ことは、無いと思う」
    「わたくしも……、父上がそのような浅慮をなさっているとは、……考えたく、ございませんわね」
     シェロの言葉を否定し切れず、ビートもクーも、歯切れ悪く返す。
    「あのさー」
     と、場の空気を嫌ったらしく、マリアが立ち上がる。
    「3人とも、エリザさんのこと悪く言い過ぎじゃない? 陛下がエリザさんのこと嫌いだからって、3人まで一緒になって嫌うことないじゃない。
     あの人、良い人だよ。あたしはそう思う。いつもみんなに優しくしてくれるし、尉官に散々けなされても、ニコニコ笑ってるし」
    「……ん」
    「……まあ」
    「そこは、うん」
    「尉官や陛下が悪口言うからって、あたしたちまで一緒になってエリザさんのこと悪く言うの、やめようよ。ホントに悪いことしようとしてるなら、そりゃ止めなきゃだけど」
    「……そうですわね」
     ばつが悪そうな表情を浮かべ、クーがうなずく。
    「仰る通り、あまりほめられた行いではございませんでしたわね。ええ、この話はおしまいにいたしましょう。
     マリア、何か頼みましょうか?」
    「あ、んーと、それじゃ鮭のマリネとジャガイモのスープと……」
    「まだ食べるんスね、相変わらず」

    琥珀暁・改国伝 1

    2018.11.18.[Edit]
    神様たちの話、第169話。防衛戦以後。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「こんな時、いつも思うが」 ハンといつもの測量班3名、そしてクーを加えた5人が街の食堂に集まり、夕食を取っていた。「また始まったねー」「ええ。いつものです」 マリアとビートが耳打ちし合うのをよそに、ハンは酒の入ったグラスを片手に、ぶつぶつと愚痴を吐いている。「エリザさんは大体、図々しいと言うか、厚かましいと言うか……」「『...

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    神様たちの話、第170話。
    エリザの独断専行。

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    2.
     テプロイモア防衛戦から半月が経ち、街の情勢は落ち着き始めていた。
     ハンは当初、帝国からの報復を懸念していたのだが、大挙して押し寄せてくるどころか斥候の一人も現れず、また、使者が話し合いに訪れると言うようなことも無く、沈黙したままだった。
     一方で、前述した通り、街中ではエリザが独断専行を繰り返してはいたが、結果的にこれは、街の者にとっても遠征隊にとっても、プラスとなる行動となっていた。
     これまで帝国兵によって無理矢理に食糧を徴発されたり、危害を加えられたりと、商売の場が確立できるような状況に無かったのだが、エリザが街の者と連携して店を建てたり、商売における規則・規定を定めたりするなどして市場を整備し、現在では過不足なく街の経済が循環するようになっていた。
     また、これによりこの世界で使われる通貨、デニーを真っ当な方法で獲得できたため、遠征隊は略奪や徴発を行うことなく、平和的に食糧や装備を整えることが可能になったのである。



    「……その成果は確かに認めるところです。結果的にあなたのしていることは、最も平和的に、彼らと交流を持つ方法だったと言えるでしょう。ですが」
     ハンはやはり、いつも彼女にそうしているように、エリザをにらみつけていた。
    「いつもいつもいつも、何故俺に相談の一つもせずに、勝手に進めるんですか!?」
     一方のエリザも、斜に構えて応じている。
    「アンタに相談したら何でもかんでもダメや言うからやん。アタシの言うコト、アタマっからアカンてバッサリ却下するやろが。
     船の上でも王様に会うた帰りでも、みんなそうやったやん? ほんでもアタシが勝手にやった結果、みんなええ感じに進んだやんか」
    「ですからその成果は認めています。俺が言いたいのは、それだけ如実に成果が出るようなことを、勝手に、かつ強引に推し進めていることです。
     確かに今まで、俺はあなたの意見に対し肯定するようなことをしてきませんでしたが、俺だっていい加減、あなたの行動に一定の正当性があることは認めてきてるんです。ですからまずはあなたからちゃんと、事前に話を聞かせてもらいたいんですよ。
     でなきゃ何のために、俺とあなたは600人もの大勢を率いて、この地まで来てるんですか。あなた一人で何でもかんでも勝手に動いてたら、その意味がありません」
    「……ん、んー」
     ハンが語るにつれて、流石のエリザもばつの悪そうな顔をし始める。
    「せやね……。ちょと、自分勝手しすぎやったね。ゴメン」
    「分かってもらえればいいです。事前に言ってくれれば、隊を動かして色々できるでしょうし。今後は動く前にまず、俺に話して下さい」
    「ん、分かった分かった。反省しとるわ」
     ぺこっと頭を下げたところで――エリザがその姿勢のまま、ぼそっとつぶやいた。
    「……もういっこだけ謝った方がええかな」
    「なんです?」
     その一言に、ハンは嫌な予感を覚える。
    「何か、したんですか?」
    「そのー……、イサコくんとな、ちょい、色々話してんけど」
     そっと顔を上げつつ、エリザは済まなさそうな表情を浮かべた。
    「や、ほら、今んトコ、イサコくんが暫定的に王様っちゅう話で来とるやん? せやけどイサコくん、『到底私には務まりません』て、辞めたいっちゅうてきたんよ。
     ま、アタシにしてもな、確かにイサコくんの身の丈に合うてへんやろなとは思うてたし、ほんなら別の人間に役任せよかってな、そう言う話になってな。
     ほんで誰にやってもらおうかって考えて、……ソコがまた、アタシが勝手にやってしもたトコなんやけどもー……」
    「何を、したんですか?」
    「……話しとったトコでな、クーちゃん来たんよ。や、アタシが呼んだんちゃうで? 何や野暮用っちゅうコトで、……や、ソレはええな、別に。
     その場で、……そのー、ちょうどええやん思てな、……指名してん」
    「クーを?」
    「うん」
    「王様に? この国の?」
    「せやねん」
    「まだ内々の話ですよね? それとも公布したんですか? まさかですよね!?」
    「公布もしてん。ついさっき」
     直後――ハンは部屋がびりびりと震えるほどの怒声を放っていた。
    「勝手に何てことをしてるんですかーッ!?」
    「……てへっ★」

    琥珀暁・改国伝 2

    2018.11.19.[Edit]
    神様たちの話、第170話。エリザの独断専行。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. テプロイモア防衛戦から半月が経ち、街の情勢は落ち着き始めていた。 ハンは当初、帝国からの報復を懸念していたのだが、大挙して押し寄せてくるどころか斥候の一人も現れず、また、使者が話し合いに訪れると言うようなことも無く、沈黙したままだった。 一方で、前述した通り、街中ではエリザが独断専行を繰り返してはいたが、結果的に...

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    神様たちの話、第171話。
    国家改編。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エリザを引っ張るようにして連れ出し、ハンは王の間へと急いだ。
    「あら、ごきげんよう」
     玉座にはエリザが言った通り、イサコではなく、クーの姿があった。
    「エリザさんから聞いたが、君がこの国の王を僭称(せんしょう)したそうだな?」
    「僭称ではございませんわ。わたくし、きちんと皆様のご理解とご同意を得ておりますもの」
    「俺が理解してない」
    「では今からでもご理解なされば」
     そう返したクーを、ハンは力一杯にらみつける。
    「ふざけるな! 君までエリザさんみたいに、勝手なことをするのか!?」
     ハンに怒鳴りつけられ、クーは身をすくめる。
    「え、えっと、その、……た、確かに多少、専横が過ぎたことは、あの、否めませんわね。
     で、ですけれど、ハン。仮に今、それをわたくしが認め、改めて王を募ったとして、誰が推挙されるでしょう」
    「それは、……トロコフ尉官か、エリザさんか、……確かに、君辺りか」
    「あなたご自身もでしょう? 先の作戦で戦果を挙げていらっしゃるのですから。
     とは言え、消去法的に考えれば、わたくし以外に王の座に就こうと言う方はいらっしゃらないでしょう。そのご様子では既にご存知のようですけれど、トロコフ尉官は王を辞されましたし、エリザさんも『めんどい』とのことでした。言うまでもなく、こんな流れで王になることなど、堅物のあなたは良しとされませんでしょうし。
     推挙と、それに誰が応じるか、その結果は明らかです。であれば無用に時間を費やすことも無いのでは?」
    「それが勝手な言い草だと言ってるんだ」
     ハンはエリザから手を放し、クーに詰め寄る。
    「俺たちが知らないだけで、民衆の中に推挙されるような人物がいるかも知れないだろ?」
    「そんな傑物がもしいらっしゃるのであれば、これまでの流れで既に頭角を現していておかしくないでしょう。ですが現実に、そんな方は現れませんでした。であれば、いない、と断じてしまえるのではないかしら」
    「確かにいないかも知れない。だけど、確実じゃない。それを『確実にいない』なんて断言、誰にする権利がある?」
    「強情ですわね」
     クーは玉座から立ち上がり、彼女の方からもハンに詰め寄る。
    「ですが、わたくしにも強情な面があることは否めませんわね。
     ですのでこういたしましょう――現状は暫定的処置としてわたくしが女王として君臨いたしますが、もしも今後、わたくしより適任と思える方が現れれば、わたくしは即座に、王位をその方に禅譲(ぜんじょう)いたしますわ。それでいかがかしら?」
    「その『ふさわしい方』は、例えば俺や、他の人間が推挙してもいいんだな?」
    「ええ、どうぞ」
    「いいだろう」
     ハンは一歩引き、ようやく怒りを収めた。
    「エリザさんにも散々言ったが、君にも忠告しておく。今後、何か行動を起こす時には、必ず俺に報告してくれ」
    「あら」
     一方、クーはまた詰め寄ってくる。
    「それはすべてにおいてかしら? 食事や就寝の際も、一々あなたにご報告差し上げなくてはいけないのかしら」
    「そこまで言ってない。この街やこの国、この世界の政治・経済・軍事に関わるようなことをする時だけだ」
    「であれば、承知いたしますわ。流石にこれ以上、隊長のあなたを軽んじては、父上に叱られますもの」
     そう言って、クーはいたずらっぽく笑いつつ、玉座に座り直した。
    「では確認いたしますけれど、まず、わたくしが現在、暫定的にこの座に就くことについては、異論ございませんわね?」
    「ああ。その点は君の言う通り、現状で他に適任はいないだろう。勝手なことをしたのは腹立たしいが、仕方無い」
    「ご容認いただけて何よりですわ。では早速、相談いたしたい件がございますけれど、よろしいかしら」
    「なんだ?」
     尋ねたハンに、クーはにこっと微笑んで返す。
    「国名と街の名前を変更したいと考えております。いい案は無いかしら」
    「何故だ?」
     尋ねたハンに、エリザが答えた。
    「理由は3つあるねん。
     1つ目、『ユーグ王国』も他の街も、帝国が付けた名前や。何やかやでアタシらのものになったんやし、変えたろ思てな。ほんで2つ目、ココの情勢が安定したらボチボチ、ノースポートと取引でけるようにしときたいんよ。ほんなら少なからず、アタシらの言葉を使える人がこっちにおらなアカンやろ? その言語教育の第一歩にしよか、て言うてたんよ」
    「では3つ目は?」
    「国民意識の刷新とでも申せばよろしいかしら」
     今度はクーが答える。
    「帝国の支配と従属から逃れ、わたくしたちの庇護(ひご)下にある、と言うことを認識していただくには最も効果的な方法ではないかと、エリザさんと話し合いました」
    「どれもこれもそれらしく聞こえますが」
     ハンは懐疑的な姿勢を崩さず、エリザをにらみつけた。
    「何となく思い付きでやってみようと言うのを、理由を後付けしてごまかしたようにも思えますね」
    「ま、ま。ソコら辺はどうあれ、意義はあるコトはあるから」



     こうしてユーグ王国は――最後までハンの抵抗があったものの――「クラム王国」と改称された。
     また、王国の支配下にある町村もすべて名を変えられ、首都である「テプロイモア」についても、港周辺の海が綺麗なエメラルド色を呈していることから、「グリーンプール」となった。

    琥珀暁・改国伝 3

    2018.11.20.[Edit]
    神様たちの話、第171話。国家改編。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. エリザを引っ張るようにして連れ出し、ハンは王の間へと急いだ。「あら、ごきげんよう」 玉座にはエリザが言った通り、イサコではなく、クーの姿があった。「エリザさんから聞いたが、君がこの国の王を僭称(せんしょう)したそうだな?」「僭称ではございませんわ。わたくし、きちんと皆様のご理解とご同意を得ておりますもの」「俺が理解してな...

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    神様たちの話、第172話。
    慕われる遠征隊。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     街の名前が変わって数日が過ぎた頃、ハンとマリアは街中をぶらついていた。
     いや――。
    「あくまでこれは巡回だからな」
    「はーい」
     ハンは言葉通りの行動を執っているのだが、マリアは串焼きを片手にしており、傍から見れば遊びに来ているようにしか見えない。
    「尉官もどーです? 3本あるから1本食べていいですよー」
    「職務中だ。食べるわけに行くか」
    「そんなこと言っても尉官、職務じゃない時間、全然作らないじゃないですかー。
     毎日仕事、仕事で、ノースポート出発してからずっと、お休みの日一度も作ってないし」
    「必要無いからな」
     それを聞いて、マリアが頭を抱える。
    「尉官、そんなこと言ってたら、エリザさんに怒られちゃいますよ?」
    「なんでエリザさんなんだ」
    「エリザさん、副隊長じゃないですか。もし尉官が働きすぎで倒れちゃったりなんかしたら……」
    「……む」
     そこでハンは立ち止まり、顔をしかめさせる。
    「なるほど、確かに『アタシの仕事増やすな』と言ってきそうではあるな」
    「や、そう言うことじゃなくてですねー」
    「だが一方で、あの人が副隊長らしいことをしないから、俺の仕事が増えるってことでもある」
    「いや、……んー、そーですかねぇ。あの人もあの人で、リーダーらしいと思うんですけどねー……」
    「その点は一部認める。だが」
     ハンは依然として渋い表情のまま、かぶりを振った。
    「リーダーらしからぬ点も過分にあるからな。それを発揮された後の始末を、俺が付けなきゃならん」
    「いります、それ?」
     ハンのぼやきに、マリアが反論する。
    「エリザさんがやったことなら、エリザさんに始末付けさせればいいじゃないですか。むしろいつも尉官が始末付けちゃうから、エリザさん甘えちゃうんじゃ?」
    「……ふむ。それも確かに、考えられないことでは無いな」
    「いっぺん、放ってみたらどうです? エリザさんのせいで面倒事が起きたら、ちゃんとエリザさんに責任取らせれば」
    「そうだな。お前の言う通り、一度最後までエリザさんに……」
     と――二人の側に、街の者らしき熊獣人が近付いてきた。

    「なんだ?」
     警戒するハンに対し、その女性は恐る恐ると言った様子で話しかけてきた。
    「こん、……ばん、は?」
    「うん?」
     ハンがきょとんとする一方、マリアはにこっと笑みを返す。
    「こんばんはー。(でもまだ明るいから『こんにちは』、かもです)」
    「(あら、間違えちゃったかしら?)」
    「(でもありがとうございます。どしたんですか?)」
    「(隣の方、隊長さんよね?)」
    「(そですよー)」
    「(あの、これ……)」
     女性は抱えていたかごから芋の入った袋を取り出し、マリアに渡した。
    「(遠征隊の方には街を守ってもらったり荷物運び手伝ってもらったり、色々お世話になってるから、お礼しなきゃって)」
    「(ありがとうございますー)」
     女性とにこやかに会話を交わすマリアに、ハンが口を挟もうとする。
    「おい、マリア。勝手に……」「えいっ」
     が、女性に見えないよう、マリアはハンの脇腹に肘鉄を突き込む。
    「うぐっ……」
    「(あら? どうかされたの、隊長さん)」
    「(いえいえ全然なんでもー。それじゃどーも)」
     芋を片手にしたまま、マリアはハンを引っ張り、その場から立ち去った。

     女性の姿が見えなくなった辺りまで移動したところで、マリアがくるっと振り返り、ハンをたしなめる。
    「折角ご厚意でくれるって言ってるんですから、『勝手に受け取るな』なんてナシですよ」
    「いや、そうは言うが、安易に受け取るのは……」
    「逆にですよ、あげるって言われて『いらん』って断ったら、すごく感じ悪いでしょ? それこそ街の人の印象、悪くしちゃいますよ」
    「……そうだな。わざわざ気を悪くさせることもないか」
    「で、で」
     ハンの許しを得た途端に、マリアは楽しそうな顔で芋を撫で始めた。
    「何作りましょ? お魚と一緒に煮ます? あ、こないだエリザさんのお店でベーコン出てたんで買ったんですけど、一緒に炒めても美味しいですよねきっと! や、ふかしてコロッケって手も……」
    「……お前、食い物が絡むと楽しそうだな、本当に」

    琥珀暁・改国伝 4

    2018.11.21.[Edit]
    神様たちの話、第172話。慕われる遠征隊。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 街の名前が変わって数日が過ぎた頃、ハンとマリアは街中をぶらついていた。 いや――。「あくまでこれは巡回だからな」「はーい」 ハンは言葉通りの行動を執っているのだが、マリアは串焼きを片手にしており、傍から見れば遊びに来ているようにしか見えない。「尉官もどーです? 3本あるから1本食べていいですよー」「職務中だ。食べるわ...

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    神様たちの話、第173話。
    あふれる「お気持ち」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     街で贈り物を受け取ったものの、ハンが「皆に内緒で私物化するわけには行かない」と主張したため、二人は王宮に戻った。
    「どーするんです?」
    「とりあえず倉庫だな」
    「りょうかーい」
     と、倉庫の入口で、二人はエリザに出くわす。
    「あら、おかえり」
    「ただいま戻りました」
     ハンが敬礼したところで、エリザはマリアが芋を抱えているのに気付く。
    「どないしたん? お芋さん、仰山抱えて」
    「街の人からいただいたんですー」
    「あら、アンタらもかいな」
     そう返したエリザに、ハンは意外そうな顔を見せる。
    「と言うことは、エリザさんも?」
    「せやねん。何や、お魚さんやらカボチャさんやら、仰山な」
    「自分でこっそり食べようとはしなかったんですね」
    「いやいや、アタシ一人で食える量とちゃうねんよ。マリアちゃんやあらへんのやし」
    「んもお、エリザさんまでそーゆーこと言うー」
     むくれるマリアに、エリザはけらけらと笑って返す。
    「アハハ……、ほんでな、とりあえず倉庫入れとこか思てな。ソレに、勝手にアタシがガメたら、ハンくん怒るやんか」
    「ええ、全く以てその通りです」
    「せやからこうしてな、後でみんなで食べれるよーに置いとこか思たんよ」
    「なるほど」
     うなずきつつ、ハンは倉庫の中をのぞく。
    「……ふむ」
     倉庫の中には、エリザがもらってきた食糧が4、5袋も積まれていた。
    「これだけの量を、今日一日で?」
    「昨日もやね」
    「それでもかなり多いですね」
    「みんなの『お気持ち』の現れやね」
    「……どうしましょうか」
     エリザも倉庫の中をのぞき、こう提案した。
    「いっぺん、お祭りみたいなんしたらどないや?」
    「お祭り?」
    「防衛戦からこっち、公布するばっかりで、他には『国事行為』っちゅうか、ソレらしいコト何もしてへんやん? ええ機会やないの」
    「なるほど。確かにこのまま倉庫に収めておくのも、誰かが独り占めするようなことも、できませんからね。皆に還元する形であれば、俺も納得できます」
    「ほなすぐ準備しよか」
    「え?」
     ぎょっとするハンに、エリザが袋を指差して続ける。
    「日持ちせえへんのんもあるからな。早いうちにさばかへんと、なんぼ寒いトコやっちゅうても腐らしてまうし」
    「なるほど、言われてみれば。……エリザさん」
     ハンは軽くエリザをにらみつつ、トゲのある口調で尋ねる。
    「まさかもう既に告知しただとか、そう言うことは無いでしょうね?」
    「せーへんて。毎度毎度アンタ怒らせてもしゃーないやん。そもそも今考えついたコトやし」
    「それは大変助かりますね。……ん?」
     と――先程のハンたちと同じように――遠征隊の兵士たちが何人か、袋を持って近付いて来る。
    「失礼します、隊長」
    「その袋は何だ?」
     尋ねたハンに、兵士たちは異口同音に答える。
    「街の方から、『贈り物』だと」
     ハンとエリザは顔を見合わせ、耳打ちし合った。
    「この調子やと、お祭り、3日はでけるんとちゃうか?」
    「それはやりすぎでしょう。……市民のご厚意を考えれば心苦しいですが、何かしら制限を設けないといけませんね」



     翌日、遠征隊は街の広場に会場を作り、街の皆に料理を振る舞っていた。
    「どんどん食べて下さーい」
    「全部無料ですよー」
     元々の、エリザやハンを始めとする遠征隊の人気に加え、異国の料理が食べられると言うこともあってか、山ほどあった食糧も、夕方には半分以下に減っていた。
    「一気に無くなりましたね」
     空になった袋を折りたたむハンに、エリザは別の袋を広げつつ応じる。
    「ソレはええねんけどなー」
    「と言うと?」
    「お祭り言うても今んトコ、ご飯もん出しとるだけやん? 何や、見世物でも欲しいなー思てな」
    「と言っても、芸のできるような人間は隊にいませんし」
    「アタシが魔術でチョイチョイしたろかなぁ」
    「昔見せてもらった、蝶や花を空中に描くあれですか? 確かに素晴らしいですが、それ一つでは場が持たないでしょう」
    「せやねんなぁ。うーん……」
     と、二人であれこれと話していたところに、慌てた様子の遠征隊と王国兵数名が現れた。
    「隊長! ここでしたか」
    「どうした?」
    「(大変、)……コホン、大変です! ノルド王国から国王陛下と家臣、そしてその従者らが、こちらを訪ねてきております!」
    「ノルド……王国?」
     状況が分からず、ハンもエリザも、揃ってけげんな表情を浮かべた。

    琥珀暁・改国伝 終

    琥珀暁・改国伝 5

    2018.11.22.[Edit]
    神様たちの話、第173話。あふれる「お気持ち」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 街で贈り物を受け取ったものの、ハンが「皆に内緒で私物化するわけには行かない」と主張したため、二人は王宮に戻った。「どーするんです?」「とりあえず倉庫だな」「りょうかーい」 と、倉庫の入口で、二人はエリザに出くわす。「あら、おかえり」「ただいま戻りました」 ハンが敬礼したところで、エリザはマリアが芋を抱えている...

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    神様たちの話、第174話。
    表敬訪問。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「ノルド王国とは?」
     尋ねたハンに、王国兵の一人が答える。
    「沿岸部北部の国です。ユーグ王国、……もとい、クラム王国とは、沿岸部を二分する関係です」
    「彼らの目的は?」
     今度は遠征隊の者が答える。
    「彼らの言では『表敬訪問』とのことですが、王をはじめとして、いずれも弓などの武器を携行しております」
    「単なる訪問では無さそうだな。……と言って、まさか真正面からノコノコ攻め込むわけも無い。半分程度には、本当に表敬訪問のつもりなんだろう。返答やこちらの出方次第では……、と言うところか。
     彼らは今、どこに?」
     この問いには、別の王国兵が答えた。
    「テプロイモア、……いえ、グリーンプール北門前におります」
    「ふむ」
     ハンはエリザに向き直り、相談する。
    「どうします? 招き入れるか、追い返すかの二択と思いますが」
    「追い返すのんはアカンやろ」
     エリザはぺらぺらと左手を振り、こう返す。
    「表面上でも表敬訪問、『アンタらに尊敬の意を持った上で平和的にお話しに来たでー』言うて来とる人らに『うっさい帰れ』って返したら、今後の外交で平和的手段は採りにくうなるで。あっちこっちで『こっちが下手に出たら門前払いしよったヤツらや』ちゅうて言いふらされるやろしな」
    「確かに。しかし武装した人間を内部まで招き入れると言うのは、不安ではありますね」
    「こっちも武装して相手したらええ。実際に剣を抜かんまでも、『下手なコトしたら抜くで』って見せつけたら、ソレで十分やろ。こっちには帝国さんらを撃退した実績もあるんやし、コトが起こったら多少なりとも痛い目見るでっちゅうコトくらい分かるやろしな。
     ソレにな、こっちは今、お祭りの最中や。ソレやったら皆に『お隣さんがお祝いに来てくれたでー』ってお出迎えさしたって、ご馳走出して持て成したったらええねん。向こうかてメシも食わずにいきなり襲いかかるかいな」
    「状況的には考えにくいと思いますが。敵の出す飯を前に剣を下ろすような、そんな緊張感の無い相手だとは……」
     言いかけて、ハンは「ふむ」とうなる。
    「……こっちであれば、案外いそうではありますね」
    「沿岸部は基本的にみんな飢えとるっちゅう話やしな。ご飯もんは一番のおもてなしやろ」

     エリザの目論見通り、祭りの最中であることを説明し、自由に会食して欲しいと伝えたところ、彼らは大喜びで応じた。
    「(大いに感動した。これほど馳走になるとは思ってもみなかった)」
     感謝の意を伝えつつ、満面の笑みをエリザに向けてきたノルド王に対し、エリザもニコニコと笑みをたたえて応じている。
    「(喜んでいただけて何よりですわ。どうぞ仰山食べてって下さい)」
    「(うむ)」
    「(ほんでノルド陛下、今日はどないなご用事で? や、表敬訪問やっちゅうのんは聞きましたけども、そんな弓やら槍やら担いでゾロゾロ来はったら、アタシらビックリしますやんか)」
    「(おう、これは失礼いたした。いや何、わしらはこの近くまで鳥獣を狩りに来たまでのこと。それで折角近くまで寄ったことであるし、この機会に貴君らの顔でも見られればと思うてな)」
    「(さよでっか。何を狩ってきはったんです?)」
    「(所期の目的は鹿であったが、残念ながら兎が7、8羽と言った程度だった。……いやはや、情けない)」
     ノルド王は照れ笑いを浮かべつつ、魚の塩焼きを片手にこう続ける。
    「(腹も幾分減っておったからな、誠に貴君らの持て成し、身にしみるわい)」
    「(喜んでいただけて何よりですわ)」
     にこにこと笑みを浮かべつつ、エリザは隣にいたハンに自国語で話す。
    「この王様、純朴っちゅうか素直っちゅうか、マジで裏は無さそうやで。ホンマにハラ減って無心しに来ただけやな」
    「演技や口実、……では無いでしょうね。家臣団の方も、こちらに敵意を向けるどころか、食べることに没頭しているようですし」
    「言うたら悪いけど単純やな」
    「却って安心ですがね。戦わずに済むのであれば」
     と、二人の様子をいぶかしんだらしく、ノルド王が尋ねてくる。
    「(如何なされた?)」
    「(いえいえ。ただ、陛下御自らの表敬訪問っちゅうコトで、何や大事なお話でもあるんかいなと思うてましたから)」
     エリザが水を向けた途端、ノルド王はしまったと言いたげな顔になった。
    「(あっ、……いや、その、まあ、……あ、そうそう、表敬訪問であったな、オホン)」
     ノルド王はばつが悪そうに空咳を立てつつ、顔を赤くしていた。

    琥珀暁・歓虎伝 1

    2018.11.24.[Edit]
    神様たちの話、第174話。表敬訪問。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「ノルド王国とは?」 尋ねたハンに、王国兵の一人が答える。「沿岸部北部の国です。ユーグ王国、……もとい、クラム王国とは、沿岸部を二分する関係です」「彼らの目的は?」 今度は遠征隊の者が答える。「彼らの言では『表敬訪問』とのことですが、王をはじめとして、いずれも弓などの武器を携行しております」「単なる訪問では無さそうだな。……と...

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    神様たちの話、第175話。
    催し物。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     塩焼きを皿に置き、ノルド王は声を潜めて話し始めた。
    「(先王が国民および兵士らから背かれて処刑され、異国の者より新たな王が立てられたと伺っておったが、こうして祭りを催し、民が楽しんでいるところから察するに、混乱や反発と言ったようなことは無いようであるな。うむ、平和であれば何より。
     ああ、そうそう。実を申せば、我々の方にも帝国より討伐命令が下ってはおるのだが、その帝国直属軍が貴君らによって蹴散らされたこともあってな。正直、真正面から乗り込んで勝てるような相手ではなかろうと話し合っておったのだ。
     それ故、何かしらの機会あれば貴君らと一度、平和的に話ができればと思っておったのだ。……決して食物が目当てでは無いぞ)」
    「(ええ、承知しとります)」
    「(それでだな、先程も申したが、帝国より討伐命令が下っており、本来であれば貴君らとは敵対せねばならん状況にある。だがわし個人としても、家臣団の総意にしても、無闇やたらに戦うことは本意では無い。貴君らと戦えば、相当の痛手を負うことは確実であろう。それでは兵士らに死んで来いと命ずるのと同義だ)」
    「(では、帝国ではなく我々の側に付く、と?)」
     そう尋ねたハンに、ノルド王は辺りをうかがいつつ、小さくうなずいた。
    「(現時点ではまだ、公然と申せぬことではあるが、その意はある。帝国に与して、ただでさえ少ない禄を搾り取られる日々を送るより、貴君らと手を取り、こうして食い物にありつける方が、どこをどう考えても得であろう?)」
    「(アハハ……、そらそうですな)」
     エリザも辺りを見回し、自分たちに注目する者がいないことを確認した上で、話に応じる。
    「(家臣団の方にもまだ内緒です?)」
    「(うむ。親帝国派の者も若干名おるからな。うかつなことを申せば、帝国に告げ口でもされかねん)」
    「(ほな、ソコら辺から説得してかなあきませんな。
     ま、ともかく今日のところは、そう言うキナ臭い話は抜きにして、気楽に楽しんでって下さい。催しもんはありませんが、ご飯だけならいくらでもありますし)」
    「(ふむ……? 祭りと言うのに催事が無くては、興も何もあったものではあるまい)」
     一転、ノルド王は不満そうな顔になる。
    「(では、……そうだな、演武などはどうだ?)」
    「(演武っちゅうと?)」
     尋ねたエリザに、ノルド王は得意満面と言いたげの笑みを返してくる。
    「(貴君らの中から一番の腕利きを出し、わしの擁する一番の将と腕くらべをするのだ。
     いや、何も殺し合いをさせよと言うのではない。弓のうまさであるとか、棒の打ち合いであるとか、そう言う競い方だ)」
    「(なるほど)」
     すかさず、ハンが手を挙げた。
    「(卒爾ながら、私が隊の中で一番と自負しております。私が相手を務めさせていただきます)」
     と、これを横で聞いていたエリザが止めようとする。
    「アンタ、いきなり何言い出すねんな? 隊長が出てどないすんねん。そう言うのんは部下にやらせな」
    「親父がこう言ってました。『どんなに安全と思っても一割は警戒しとけ』と。
     確かにノルド王に敵意らしいものが無いことは感じていますが、我々が見抜けないほど高度な演技かも知れません。油断したまま一番強い人間を出したところで隙を突かれ、その人間が殺される可能性もあります。そうなれば我々にとって相当の被害ですし、何より敵を懐に招き入れてむざむざと被害を被るなど、我々全員にとって屈辱でしょう。隊全体の士気が著しく落ちることは明白です。
     それを防ぐ一番の手段は、俺が出ることです。異議がありますか?」
    「……まあ、うん、確かにそやけどな」
     結局、エリザの制止も聞かず、ハンが演武に立つこととなった。

     弓を背負って現れたハンの前に、同様の出で立ちの虎獣人が対峙する。
    「(名乗っておこう。我が名はエリコ・ミェーチ。ノルド家臣団の百人将の一人である)」
     応じて、ハンも名乗りを上げる。
    「(自己紹介、痛み入る。俺の名前はハンニバル・シモン。シモン遠征隊隊長、階級は尉官だ)」
    「(若く見えるな。歳はいくつだ?)」
    「(21だ)」
    「(なんだ、若造ではないか。吾輩に勝てる気でいるのか?)」
    「(俺は口より腕に自信がある。言葉で言うより、結果で示すよ)」
    「(抜かしよる)」
     一通り応酬したところで、周囲に集まっていた街の者たち、王国兵、そして遠征隊の皆が騒ぎ始める。
    「(どっちが勝つと思う?)」
    「(そりゃミェーチ将軍だろ。こっちでも有名な武人だし)」
    「(でもこないだの戦い、隊長さんが先陣切って帝国を蹴散らしたって話だし、意外と隊長さんが勝つんじゃない?)」
    「(まあ、どっちにしても……)」
    「(楽しくなってきたねー)」
     周囲から期待の目で見つめられ、ハンは内心、居心地の悪さを覚える。
    (エリザさんにああは言ったものの、……マリアでも出せば良かったかな)
     が、正面に立つミェーチ将軍を見据えると、その気持ち悪さもどこかへ飛んで行ってしまう。
    (ま、やるって言ったしな。やるっきゃないか)
     と、いつの間にか司会役になっていたエリザが、魔術を使って広場中に声を響かせる。
    《(ほな、ミェーチ将軍対シモン隊長の三番勝負、いよいよ開始です!)》

    琥珀暁・歓虎伝 2

    2018.11.25.[Edit]
    神様たちの話、第175話。催し物。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 塩焼きを皿に置き、ノルド王は声を潜めて話し始めた。「(先王が国民および兵士らから背かれて処刑され、異国の者より新たな王が立てられたと伺っておったが、こうして祭りを催し、民が楽しんでいるところから察するに、混乱や反発と言ったようなことは無いようであるな。うむ、平和であれば何より。 ああ、そうそう。実を申せば、我々の方にも帝国...

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    神様たちの話、第176話。
    第一種目;弓射ち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    《(まずは第一種目!)》
     エリザが左手を挙げると共に、魔術による花火が空中へぱっと散り、2つの的が照らされる。
    《(お二人が背負っとる弓、コレは城の武器庫ん中でも一番デカい、弦のめっちゃきっつーい剛弓! 並の人間では引こうにも引けず、素手で引こうものなら手の平にブチブチっと食い込み、指が血まみれになってしまうほどの代物です! コレを使い、両者には的当てをしてもらいます! 100歩離れたトコから10本射って何本当たるか!
     さあ、まず第一矢、ミェーチ将軍から!)》
    「(うむ)」
     ミェーチ将軍が弓を構え、ハンに向かってニヤッと笑う。
    (やはり俺を狙って? ……いや、違うな)
     その笑みからは自信が満ち満ちており、ハンを見下している気配が伝わる。
    (『お前にこの弓が引けるものか』、って感じの笑い方だな。やれやれ)
     そうこうしている間に、ミェーチ将軍は的へ向き直り、両腕の筋肉をぼこぼこと盛り上がらせながら、弓を引く。
    「(そりゃッ!)」
     がんっ、と音を立て、弓から矢が放たれる。
     一瞬の間を置いて、今度は的からばしっと音が響いた。
    「(うむっ)」
     若干外に流れたものの、見事に的を射抜き、ミェーチ将軍は拳を振り上げる。
    《(まずは1点先取! さあ、今度はシモン隊長です!)》
     エリザに促され、今度はハンが弓を手に取る。
    「(さあて、若いの。引いて見せよ!)」
     ミェーチ将軍が声をかけてくるが、ハンは無言のまま、弓を構える。
    「(ほれ、どうした? 早く引け!)」
    (……うるさいおっさんだな。どこぞの狼漁師かよ)
     ハンは一言も発さぬまま、剛弓をぐい、と引く。その物静かな、しかし堂々たる姿勢を見て、観客から声が漏れる。
    「(おぉ~……)」
    「(事も無げって感じに、すっと引いた)」
    「(将軍に比べたら、やっぱ隊長さんってオトナ感あるぅ)」
     ひそひそとした声ながらも、どうやらミェーチ将軍の虎耳には伝わったらしい。
    「(ぐ……ぬ)」
     顔を真っ赤にして黙り込むミェーチ将軍を尻目に、ハンは矢を射る。
     射手の性格を反映したかのように、弓はたん、と静かに鳴り、的からも、わずかに返ってくる程度の音しか聞こえてこなかった。
     しかし――。
    《(シモン隊長も1点獲得! いやいや、コレはド真ん中、3点です!)》
     エリザの宣言に、観客たちは、今度は大きくどよめいた。
    「(うわっ、隊長さんすごい)」
    「(かっけー……)」
    「(ってか、将軍いきなり2点差?)」
     これもしっかり耳に入ったらしく、ミェーチ将軍の額にぴき、と青筋が走った。
    「(うぬぬぬ……! ま、慢心するでないぞ、若造! 2点程度、すぐ取り返してくれるわ!)」
     顔を真っ赤にしたまま、ミェーチ将軍は第二矢を放つ。
     ところが――よほど興奮したのか、それとも少なからず狼狽していたのか――矢は的を反れ、後ろの壁に突き刺さった。
    「(うがっ!?)」
     ミェーチ将軍が自分の手と的、そしてハンの顔をくるくると見比べている間に、ハンも第二矢を放ち、そしてこれも、きっちりと命中させた。

     結果――ミェーチ将軍の11点に対し、ハンは24点と大差を付け、勝利を収めた。



     緒戦を獲り、ハンは観戦していたクーから称賛されていた。
    「あなた、やっぱり敏腕ですのね。弓もお得意だなんて」
    「一通り、武器は使えるように訓練されたからな。魔術だけはいまいちだが」
    「あら、そうですの? でも魔術頭巾を使われていたと記憶しておりますけれど」
    「攻撃魔術は全然ダメだった。火も点けられん。治療術とかもからきしだ。どうにか通信術と防御術くらいは、最低限度の奴くらいは使えるようにはなったが、学校の教官からは『親御さんから資質をもらえなかったのか』ってバカにされたよ」
    「まあ」
     一方のノルド陣営では、ミェーチ将軍がノルド王に叱咤されていた。
    「(一体どうしたのだ、エリコ。普段のお主であれば、もっと達者であろう)」
    「(面目ございません、殿。頭に血が上ってしまった故)」
    「(終わったことは仕方あるまい。次の試合は落とすでないぞ)」
    「(委細承知)」

    琥珀暁・歓虎伝 3

    2018.11.26.[Edit]
    神様たちの話、第176話。第一種目;弓射ち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.《(まずは第一種目!)》 エリザが左手を挙げると共に、魔術による花火が空中へぱっと散り、2つの的が照らされる。《(お二人が背負っとる弓、コレは城の武器庫ん中でも一番デカい、弦のめっちゃきっつーい剛弓! 並の人間では引こうにも引けず、素手で引こうものなら手の平にブチブチっと食い込み、指が血まみれになってしまうほどの代...

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    神様たちの話、第177話。
    第二種目;徒競走。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    《(さーて、次の種目の準備が整いましたので、ボチボチ開始しますでー)》
     エリザのアナウンスと同時に、広場の外れから街路に沿ってぼっ、ぼっと篝火(かがりび)が灯される。
    《(お次はガチの体力勝負! この広場から灯りに沿って街を一周し、より早くここに戻ってきた方が勝ちです! ただし、ソレやと単なるかけっこになってしまいますので、ここはお互い戦場を活躍の場とする武人らしく、フル装備で臨んでもらいます!)》
     エリザの言う通り、二人とも鎧や兜、具足など、がっちりと武装した状態で並び立つ。
    (流石に重いな……。総量15、いや、20キロはあるか?)
     少なからず鍛えているとは言え、元の体重がさほど多くないハンにとっては、かなりの負荷となっている。
     一方のミェーチ将軍も、顔を真っ赤にしつつ、肩で息をしている。
    「(どうした? 辛そうにしとるな、若いの)」
    「(お互い様だろう。あんた、走る前から汗だくじゃないか)」
    「(何のこれしき)」
     両者ともガチャガチャと装備を鳴らしながら、開始位置に着く。
    《(さあ、いよいよスタートです! 位置に付いて、……用意!)》
     エリザの合図を受けてハンは身構えるが、ミェーチ将軍はそれを見て、ぽかんとした顔をしている。
    「(何をしている?)」
     尋ねられるが、ハンは応えず正面を見据えている。
    《(スタート!)》
     と、エリザが開始を告げ、すぐさまハンが駆け出す。
    「(あっ、……ま、待て!)」
     一方、虚を突かれたらしいミェーチ将軍は慌てて脚を上げ、ハンを追いかけた。
    (なんだあいつ……? ぼんやり突っ立って)
     一足早く駆け出し、ハンは距離を稼ぐ。
    (ああ、そうか。号令かけてから構えて走るってやり方は、俺たちだけか。しまったな、公平さを欠いたか。
     ちゃんと説明……)
     が、一瞬振り返り、その配慮が不要であるらしいことを悟る。
    (……マジか)
     開始直後は10メートル近く距離が開いていたが、広場から続く大通りを端から端へ渡り切る頃には、既にミェーチ将軍はハンのすぐ後ろに迫っていた。
    「(卑怯だぞ、面妖な、振る舞いで、吾輩を翻弄、するとは!)」
    「(そう言う、わけじゃない。あれはこちらの……)」
    「(言い訳無用! 勝てば良いのだ! ぬうぅぉおおおおおおぉぅ!)」
     全力疾走しつつ咆哮を上げ、ミェーチ将軍はさらに距離を詰めていく。
    (あれだけ差を付けた上に、この装備だぞ? それでこの速さか……)
     細い路地をジグザグに抜け、折り返し地点となる港まで出てきたところで、ついにミェーチ将軍がハンを追い抜く。
    「(ふはっ、……げっほ、げほ、……ふは、ふははははははっ!)」
     ふたたび路地に入り、ついにミェーチ将軍の背中はハンの視界から消えてしまった。
    (あのデカい図体全部、見た目通りに筋肉モリモリってわけか)
     だが、ハンは脚を止めず、かと言って慌てたりもせず、淡々と走り続ける。
    (ま、ここまでは想定内だ。しょっちゅうマリアにもいじられるが、俺も見た目通り、肉が付いてないからな)
     ペースを維持したまま路地を抜け、大通りに戻ってきたところで、ハンの視界に再度、ミェーチ将軍の姿が映る。
    「(ふっ……ふうっ……はあっ……ふっ)」
     先程はハンを軽々と抜き去るほどの走力を見せたミェーチ将軍だったが、この時点ではとぼとぼと言った様子の足取りになっていた。
    (俺とあんたじゃ、ざっと見ても60キロ以上は体重差があるだろう。
     軽い方が、持久力が続くからな。本当に有利なのは俺の方だ)
     やがて両者とも、ほぼ同時に広場に戻って来る。
    「(ほとんど差が無いぞ!)」
    「(どっちが勝つ!?)」
    「(頑張れ、頑張れ!)」
     二人とも皆の声援を浴びつつ、ゴールへと向かって行く。
     が――。
    (このまま追い抜くことはできるが、それで2連勝したんじゃ流石に、相手のメンツが丸潰れだ。表敬訪問に来てくれた相手を完膚無く打ち倒すのは、配慮が無い)
     ハンは依然ペースを維持したまま、じわじわと、しかし追い抜いてしまわないよう、巧妙に差を詰める。
     そしてミェーチ将軍のすぐ後ろにまで迫ったところで――。
    《(ゴール! 勝ったのはミェーチ将軍です!)》



    「(よくやった、将軍! 名誉挽回であるな!)」
    「(お褒めに預かり、幸甚の至りにございます)」
     心底嬉しそうに騒いでいるノルド陣営を横目で眺めつつ、ハンは黙々と装備を脱いでいた。
     と、マリアが着替えを渡しつつ、こそっと耳打ちしてくる。
    「尉官。最後、手抜いてたでしょ」
    「分かるか?」
    「そりゃもう」
     マリアは唇を尖らせ、残念そうに続ける。
    「接待も大変ですねー」
    「仕方無いさ」
    「次はすっきり、勝って下さいよー?」
    「ああ、善処するよ」

    琥珀暁・歓虎伝 4

    2018.11.27.[Edit]
    神様たちの話、第177話。第二種目;徒競走。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.《(さーて、次の種目の準備が整いましたので、ボチボチ開始しますでー)》 エリザのアナウンスと同時に、広場の外れから街路に沿ってぼっ、ぼっと篝火(かがりび)が灯される。《(お次はガチの体力勝負! この広場から灯りに沿って街を一周し、より早くここに戻ってきた方が勝ちです! ただし、ソレやと単なるかけっこになってしまいま...

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    神様たちの話、第178話。
    第三種目;組手。

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    5.
     最後の種目が準備されている最中、休んでいたハンのところに、エリザがニヤニヤしながら近付いてきた。
    「で、どないや?」
    「どないや、とは?」
     尋ね返したハンに、エリザがノルド陣営を横目に眺めつつ、こう続ける。
    「アンタのコトや、今回もクソ真面目に相手さんの力量やら練度やら、見極めようとしとるんやろ?」
    「お互い様でしょう」
     そう返しつつ、ハンはため息をつく。
    「第一種目が弓なのはともかく、重装備で長距離走らせた後に組手なんて種目設定には、俺は悪意を感じるんですがね」
    「言い方にもよるな。『戦略性が求められる組み合わせ』、っちゅうヤツやね。
     二番目で考え無しに体力使い切ったら、最後のんでへばってもうて動けへんなる。けども二番目である程度気張らんかったら落としてまうし。人を率いる将軍ともあろう者なら、自分の体力の配分くらい計算して動くはずやろ、もしソレもでけへんっちゅうようなアホなら、軍全体の多寡(たか)も知れる、……と」
    「そこも計算ずくですか」
    「ついでに言うたら一番目も計算の上や。アンタの力量はよお知っとるし、あっさり勝つであろうコトは予想でけた。ま、もし負けたとしても、二番目で挽回するやろからな」
    「どう転んでも、この時点で俺が1勝1敗に持ち込むだろう、と」
    「せや。勝敗を自由に操作でけるんやったら、アンタならその上で、相手を推し量ろうとするやろな、……っちゅうトコまでがアタシの目論見やね」
     もう一度チラ、とノルド陣営に目をやり、依然ニヤニヤしながら尋ねる。
    「で、どないや?」
    「俺の評価ですか」
    「せや」
     ハンもノルド陣営に目をやりつつ、所見を述べた。
    「正直に言えば、もしこうした交流も催事も無く、前情報無しにいきなり戦闘状態に入ったとしても、楽に勝てた可能性は十分にありますね。
     戦闘技術に関して言えば――現状、弓に限ってしか言えませんが――十分に訓練されていると言えるでしょう。動揺があったとは言え、当ててましたからね。体力配分に関しては、エリザさんが言った通りですね。最後の種目のことを全く考えていない、目先にこだわった走り方でした。
     恐らく次は、楽に取れるでしょうね」
    「あのミェーチっちゅう将軍さん、ノルド王のお気に入りやろ? 名実共に、家臣団で一番の将のはずや。
     ソレがアレやっちゅうたら……」
    「彼が戦闘を指揮すれば、恐らく初手から全軍突撃、個々の腕力と勢いに任せた、おおよそ戦術とも呼べない戦術でけしかけてくるのが精々でしょう。
     俺たちならそんなもの、軽々と蹴散らして見せます」
    「流石やね。……っと、準備終わったみたいやな。ほな最後、頑張ってやー」
     エリザはくるっと踵を返し、その場から離れていった。

     先程よりは幾分軽めの武装を身にまとい、両者は広場の中央で対峙する。
    《さあいよいよ最後の種目となりました! 皆さんお待ちかね、ガチとガチがぶつかり合う、組手勝負です!
     お互い、音に聞こえし武人! 当然、力量もそこいらの雑兵とは比べ物にならへんはずです! 例え前の2戦を落としたとて、誇り高い武人としてココだけは、ココだけは、コ・コ・だ・け・はっ! 何が何でも落とすワケには行きまへんでっ!
     ソレでは両者、構えっ!》
     号令に伴い、ハンもミェーチ将軍も、互いの得物を相手に向ける。
    「(『これは殺し合いではない。だからお互い、刃には被せ物をしておく』などと甘っちょろいことを抜かしおったが……)」
     ミェーチ将軍は槍の穂先を振りつつ、ハンを挑発する。
    「(吾輩の膂力(りょりょく)をなめてもらっては困るぞ? こんな被せ物をしたところで、全力で打ち付ければ同じこと。肉は潰れ、骨は砕け、貴様の魂ごと世界の果てまで弾き飛ばしてしまうぞ)」
    「(当てられればの話だろう)」
    「(当たらんと抜かすか)」
     にらむミェーチ将軍にそれ以上答えず、ハンは黙り込んだ。
    《(ソレでは……、開始!)》
     エリザの号令と共に、ミェーチ将軍が距離を詰める。
    「(ぐるるるりゃああああッ!)」
     本物の虎を思わせる咆哮を轟かせ、槍がハンの頭部へ打ち下ろされる。
     が、ハンは剣をすっと上段に構え、事も無く左へといなす。
    「(ぬっ!?)」
     全力で振るった攻撃が呆気無く逸らされ、ミェーチ将軍は体勢を崩し、無防備な左側面をハンに晒す。
     そして、その隙を見逃すハンではない。
    「はッ!」
     右手を剣から放し、それをミェーチ将軍の左脇腹に叩き込む。
    「(おふ……っ!?)」
     ハンの右拳が脇腹にめり込み、ミェーチ将軍の顔色が一瞬で真っ青に染まる。
     ミェーチ将軍の巨体がぐらっと揺れるのをしっかりと目に捉えつつ、ハンは剣を捨て、左手も空けた。
    「(ま、まだま……)」
     口からぼとぼとと胃液を吐き、何か言おうとしたミェーチ将軍の顔に、ハンは左拳を叩き込んだ。
    「(ふごあッ!?)」
     今度は鼻から真っ赤な液体を噴き出し、ミェーチ将軍の動きが止まる。
     一瞬、間を置いて――ミェーチ将軍はどさりと重たい音を立てて仰向けに倒れ、そのまま気絶した。
    《……あっ、えっ、……(け、決着! 決着です! 勝ったのはハンく、……あ、や、シモン隊長です!)》
     流石のエリザも、ここまで早々と勝負が決まることは予想していなかったのだろう――噛み気味に、決着を宣言した。

    琥珀暁・歓虎伝 5

    2018.11.28.[Edit]
    神様たちの話、第178話。第三種目;組手。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 最後の種目が準備されている最中、休んでいたハンのところに、エリザがニヤニヤしながら近付いてきた。「で、どないや?」「どないや、とは?」 尋ね返したハンに、エリザがノルド陣営を横目に眺めつつ、こう続ける。「アンタのコトや、今回もクソ真面目に相手さんの力量やら練度やら、見極めようとしとるんやろ?」「お互い様でしょう」 ...

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    神様たちの話、第179話。
    宴の後で。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「(いやぁ、参った参った! まさかあれほど一方的な決着となろうとはな)」
     三番勝負が終わり、最前列でかじりついて観戦していたノルド王は、げらげらと笑ってハンをほめちぎっていた。
    「(運が良かっただけです)」
     謙遜するハンの肩を、ノルド王はばしばしと叩く。
    「(とんでもござらん! いやまったく、我が軍が如何にたるんでおったかを思い知らされたわい。将同士の戦いでこの有様では、もし全軍挙げての合戦が先に起こっていたとしたら、一体どれほどの憂き目を我々が見る羽目になったやら。
     うむ、わしは決心したぞ! まだ家臣団の中には異を唱える者もあろうが、貴君らとは和平を結ぶことにする)」
    「(それは性急なご判断でしょう。まずは家臣の方々と協議を……)」
     ハンが止めようとしたものの、ノルド王は首を横にぶるんと振る。
    「(いやいや、誰がどう言おうとも、わしの決心は揺るがん。そもそも貴君らと正面切って戦おうとは、当初より思っておらなんだし、ならばはっきり手を結ぶと宣言し、実行する方が良かろう。城に戻り次第、正式に表明・通達することとする。
     本日はまこと、良い出会いであった。では失敬!)」
     ほとんど一方的にまくし立て、ノルド王はその場から去――ろうとして、ぐるんと振り返った。
    「(な、なんでしょう?)」
     落ち着きの無い振る舞いに圧倒されつつも尋ねたハンに、ノルド王は顔を赤らめつつ、ハンに耳打ちした。
    「(あー、その、話は変わるのだがな、ほれ、あの、『狐』のご婦人がおられたであろう?)」
    「(エリザ・ゴールドマン女史のことですか?)」
    「(おお、そのようなお名前であったか。美しい名だ。しっかと覚えておくぞ。いや、その、なんだ。……またお会いしたいと、そう伝えてくれんか?)」
    「(え? ええ、伝えておきます)」
    「(うむ、よろしく頼んだぞ! では改めて失敬!)」
     そう言い残して、今度こそノルド王は虎の尾をぴょこぴょこと揺らしつつ、去って行った。
     と、そこに今話に上った本人がやって来る。
    「あら? ノルド王さん、もう帰らはったん?」
    「ええ。和平を結ぶとまくし立てられて、そのままそそくさと」
    「そらええこっちゃ」
    「それともう一つ。エリザさんにまた会いたいと」
    「アタシに?」
     そう言われ、エリザが辺りを見回すが、既にノルド王は、家臣団ごと広場から姿を消してしまっている。
    「せっかちなおっさんやね。アタシと話したいんやったら、もうちょい待ってはったら良かったのに」
    「まさかとは思いますが、もしかして惚れられたのでは? ほめちぎってましたからね」
     ハンの言葉に、エリザはケラケラと笑って返す。
    「アハハ……、そらおもろいな」
    「笑い事じゃないでしょう。子供も2人いるのに」
    「せやなぁ。求婚されたかて、そら受けられへんな。アタシはゲート一筋やし」
     そう言ってウインクしたエリザに、ハンは苦い顔をするしかなかった。
    「……返答に困ります」

     帰路に就いたノルド王は、馬上で心底愉快そうに笑いながら、家臣団の面々と話していた。
    「(誠に此度の訪問、意義のあるものであったわい)」
    「(さようにございますか)」
     一方、家臣団の面々は、いずれもどこか不満そうな顔色を浮かべている。
    「(殿、先程仰られていたお話でございますが、本当に彼らと友好関係を結ぶのですか?)」
    「(うむ。対立すべき理由は帝国からの命令、それだけだ。我々自体には、対立する必要性は無い。むしろ関係を結べば、彼らから食糧を得ることができる。
     我が国の問題は何をおいても、飢餓にある。安定して食糧を国民に分け与えることができれば、荒んだ現状も大きく改善できよう)」
    「(殿! それではまるで、彼奴らに食糧を恵んでもらうようなものではないですか!?)」
    「(それの何が悪いと言うのだ)」
     ノルド王の顔から先程まで浮かべていた笑みが消え、真面目な表情を家臣たちに向ける。
    「(民を満足に養いもせず、ただ君臨し威張り散らすだけの王が迷惑極まりない存在であること、我々こそがよくよく思い知っていることではないか。
     例え乞食と誹られようと、わしは民を食わせることを優先する)」
    「(むう……)」
     主君の強い意志を感じたらしく、家臣たちは黙り込んだ。

     一方――家臣団の後方では、ミェーチ将軍が馬の背を虚ろな目でにらみながら、ハンへの呪詛を吐いていた。
    「(……許さんぞ……シモン……! 公衆の面前で、この俺に恥をかかせおって……!
     決して許すものか……!)」



     遠征隊上陸に端を発する、北方沿岸部の一連の騒動は、ここへ来て大きな局面を迎えつつあった。

    琥珀暁・歓虎伝 終

    琥珀暁・歓虎伝 6

    2018.11.29.[Edit]
    神様たちの話、第179話。宴の後で。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「(いやぁ、参った参った! まさかあれほど一方的な決着となろうとはな)」 三番勝負が終わり、最前列でかじりついて観戦していたノルド王は、げらげらと笑ってハンをほめちぎっていた。「(運が良かっただけです)」 謙遜するハンの肩を、ノルド王はばしばしと叩く。「(とんでもござらん! いやまったく、我が軍が如何にたるんでおったかを思...

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    神様たちの話、第180話。
    本音と建前、真意と誠意。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ノルド王国との友好関係を結ぶことに成功し、ハンとエリザは、ゼロに「魔術頭巾」で報告を行っていた。
    《じゃあ、その後は順調に進んでいる、と考えていいのかな》
     ゼロからの問いに、ハンは自信に満ちた声で答える。
    「はい。現状、エリザさんの方から、商取引を軸としていくつか話し合いを進めており、いずれも双方円満な形で合意に達しています」
    《そう》
    「今後はクラム殿下も交え、政治面での……」《あー、と》
     と、ゼロがさえぎる。
    《それについてしっかり聞いておきたいことがあるんだけど》
    「なんでしょうか」
    《クーは本気で、そっちで女王として君臨し続けるつもりなのかなって。帰って来なきゃ困るし》
    「それは……」
     返答に詰まり、ハンは目で、隣のエリザに助けを求める。
     それを受けて、エリザが応答する。
    「あー、はいはい。ちょとクーちゃんとソコら辺のお話したんですけども、『他に王となるにふさわしい方がいらっしゃれば椅子をお譲りします』っちゅうてましたから、あくまで一時的、暫定的なもんやと思いますで」
    《そう。なら、いいけど》
    「心配せんでも、ちゃんと一緒に帰ってきますさかい。安心しとって下さい」
    《あ、う、うん。そうだね、君も、……あー、うん。うん、……そうだね、無事に帰ってきてくれ、うん。
     じゃあ、まあ、今回はこの辺でおしまいかな。次はいつも通り、月初めに。それじゃまた、何かあったらすぐ報告してね》
    「はーい」
    「失礼します」
     そこで通信が切れ、ハンとエリザの視線がまた交錯する。
    「……」
    「どないしたん?」
     尋ねられ、ハンはどうにか取り繕おうとする。
    「いえ、特には。陛下も遠い地で娘御がどんな活動をしているかご心配でしょうから、お言葉もすっきりしないと言いますか、語弊があるように感じてしまうでしょうが、お気持ちは誠実なものであると……」「あのなー、ハンくん」
     エリザは微笑みながらハンの背後に回り、彼の肩に右肘を乗せつつ、もう一方の手でちょいちょいとほおを突いてきた。
    「な、何です?」
    「アンタも立場があるし、アタシとゼロさんが相手のコトやから、そうそう明け透けに話がでけへんやろっちゅうのんはよお分かっとる。ホンマのコト言うんは難しいやろな。
     せやけども、すぐバレるようなしょうもない嘘付いてごまかすくらいやったら、はっきりホンマのコト言うてしまいや? 結果的にな、そっちの方がなんぼでもマシになるで」
    「……失礼しました」
     肩に肘を置かれたまま、ハンは正直に話した。
    「以前に陛下と会食した際、……その、陛下はエリザさんを疎んじるような発言をなさっておられました。それもはっきり、エリザさんのことを『悪人だ』と」
    「アハハ……」
     ハンの肩をばしばし叩きながら、エリザはケラケラ笑う。
    「ひっどいコト言いよるなぁ、あのおっさん」
    「俺も正直、言い過ぎではないかと思ってはいたんですが、その時、何の弁解もできず……」
    「えーよえーよ、好きに言わしとき。
     アタシにとったら、悪口なんか何でもあらへん。ソレこそ子供ん時から言われ倒しとるから、今更『悪人やー』『泥棒やー』言われたところで、『せやから何やねん?』『悔しいんやろアンタ』くらいにしか思わへんわ」
    「……すみません」
    「えーから」
     エリザはハンから離れ、彼の前でくるんと一回転した。
    「悪口はなんもでけへん能無しの、最後の武器や。ソレ言い出したらもう、『わしもうお手上げですわ』っちゅう降参の証やで」
    「う……」
     その言葉に、ハンは苦笑いを浮かべる。
    「それはそれで、結構なお言葉と思いますがね」
    「非礼には非礼や。コレでおあいこにしたるわ。
     せやからな、ハンくん。もう気にせんとき。アタシは平気やし、ゼロさんも元々優しい性格や、多少は自分で反省しとるはずやから」
    「……はい」
     エリザは最後までニコニコと、笑顔を崩すことは無かった。

    琥珀暁・交誼伝 1

    2018.12.01.[Edit]
    神様たちの話、第180話。本音と建前、真意と誠意。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ノルド王国との友好関係を結ぶことに成功し、ハンとエリザは、ゼロに「魔術頭巾」で報告を行っていた。《じゃあ、その後は順調に進んでいる、と考えていいのかな》 ゼロからの問いに、ハンは自信に満ちた声で答える。「はい。現状、エリザさんの方から、商取引を軸としていくつか話し合いを進めており、いずれも双方円満な形で合意...

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    神様たちの話、第181話。
    クーのおでかけ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ハンたちが報告を行っていた丁度その頃、クーはビートとマリアを伴って、街の視察に出向いていた。
    「通りの顔ぶれが、随分変わりましたわね」
     そうつぶやいたクーに、ビートが反応する。
    「ノルド王国から来た虎獣人の人たちが、結構いるみたいですよ。こちらは『熊』の割合が多いみたいですが、向こうは国王をはじめとして、『虎』が多いらしいですし。
     元々、移動に馬で3日かかる距離でしたし、僕たちの来訪だとか帝国軍の襲撃だとか色々ありましたから、クラム王国に改称した直後くらいまでは、あまり来る人がいなかったみたいですけど、最近はノルド王自ら来られたせいか、交流も増えてきてるみたいですし」
    「その件については十分よく存じておりますわ。交流を勧める立場でございますもの。それよりも……」
     ビートには顔を合わせずに、クーはくるんとマリアの方へと振り向く。
    「以前より気になっていたのですけれど、こちらでは猫獣人や、わたくしのように長い裸耳の方をお見かけいたしませんわね。お二人は、お見かけした記憶はございますかしら」
    「え? んー……、そう言えばこっちの『猫』さんは全然見てないですねー。長耳さんもあんまり。……や、無いかもです」
    「同じく、ですね。どうやら、この大陸では猫獣人の方はいないみたいですよ」
    「狼獣人や狐獣人の方もお見かけいたしませんし、どうやら耳に毛を召した方は『熊』と『虎』のみのようですわね。文化だけでなく、人種も大分異なるようですし、本格的にわたくしたちとの交流が深まれば、何かしらの摩擦や軋轢が生じそうな気がいたしますわね。
     ビート、あなたはどうお思いかしら?」
     尋ねられ、ビートは――彼の方でも同様のことを考えていたらしく――淀み無く答える。
    「その可能性は高いだろうと、僕も思います。
     僕たちとエリザ先生たちのように、それぞれの生活圏が地続きであり、この20年交流が続いている同士であっても、多少の行き違いや思い違いはありますからね。こうしてまったく互いが隔絶されていた関係であれば、その差異はより大きくなるでしょう。殿下や陛下、エリザ先生などのご尽力があってようやく意思疎通ができたくらいですから、もし翻訳術『トランスレーション』が無ければ、いえ、そもそも魔術そのものが無ければ、事情と結果は大きく異なったものになっていたでしょう」
    「ええ、その点は同意いたせますわね。もしわたくしたちが彼らのように魔術を持たない人間であったなら、こうして自由に異邦の地を巡るどころか、今以てノースポートは占拠されたまま。腕力や体格で大きく勝る彼らに為す術も無く、敗走を続けていたかも知れません。
     それを考えれば、今こうしてわたくしたちがこの国を統治し、ノルド王国に対し有利な条件で交渉・交流を進められる立場にあることは、つくづくお父様に感謝すべきことですわ」
    「ええ、まあ、はい、そう言えますね」
     微妙な顔でうなずくビートをよそに、クーは続いてマリアにも尋ねる。
    「マリア、あなたは現状について、どうお考えかしら」
    「へっ? あたしですか?」
     一方のマリアは、しどろもどろに応じた。
    「え、えー、そうですねー、あの、何て言うか、文化が違うってことは感じますね。例えばご飯も、あたしたちのトコじゃ小麦が主食でしたけどー、こっちだとお芋さんが多いなーって。だからそのー、交換? あ、貿易? みたいなことする時にー、どうなんだろうなーって」
    「グダグダですね……。何も考えてなかったでしょ?」
     呆れるビートに対し、クーは丁寧に答える。
    「その点も確かに、考慮すべき問題ですわね。わたくしたちの嗜好と、彼らのそれが同じとは限りませんもの。貿易品の輸送にも費用と手間がかかりますから、折角海を越えて運んだ品が受け入れられなければ、大きな損害になってしまいます。
     その件については、エリザさんと十分に協議した方がよろしいですわね」
    「あっ、はい、そーですね」
     ほっとした表情を浮かべたマリアに微笑みつつ、クーはビートに再度尋ねる。
    「ところで、シェロはどうなさっていらっしゃるのかしら? お声がけした際、お見かけいたしませんでしたけれど」
    「あいつならいつもの自主訓練です」
    「あら、また?」
     クーは首を傾げ、こう返す。
    「こうしてお声がけする度、いつも訓練なさっている印象がございますわね」
    「口実ですよ。視察に同行したくないんです」
    「あら。わたくし、シェロに好かれていないのかしら」
    「いえ、そうじゃないんです」
     ビートは肩をすくめながら、シェロのことを話した。

    琥珀暁・交誼伝 2

    2018.12.02.[Edit]
    神様たちの話、第181話。クーのおでかけ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ハンたちが報告を行っていた丁度その頃、クーはビートとマリアを伴って、街の視察に出向いていた。「通りの顔ぶれが、随分変わりましたわね」 そうつぶやいたクーに、ビートが反応する。「ノルド王国から来た虎獣人の人たちが、結構いるみたいですよ。こちらは『熊』の割合が多いみたいですが、向こうは国王をはじめとして、『虎』が多いら...

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    神様たちの話、第182話。
    シェロの評判と謎。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ビートはどこかためらいがちに、言葉を選ぶようにして話す。
    「あいつ、誰かと仲良くするって言うのが苦手なんですよ。いえ、苦手と言うよりも、正確には人付き合いを、軒並み拒絶してるようなものですけど」
    「拒絶?」
    「基本的に誰ともまともに話さないですし、僕とマリアさん以外には、仕事以外でつるむ人間もいないみたいですし。あいつが一度、尉官のことを『人間嫌い』と言っていたことがありますが、僕からすれば、あいつの方がよほど、人を遠ざけてるように感じます」
    「まあ」
     クーは目を丸くし、マリアに顔を向ける。
    「あなたとビートだけ?」
    「そうですねぇ」
    「ハンとは如何なのかしら」
    「尉官とも、全然ですねー。尉官の方も人をあんまり誘いませんし」
    「ああ、左様でしたわね。……でも、それなら何故、シェロはハンの下に?」
    「さあ……?」
     問われて、ビートも首を傾げる。
    「測量班結成の際、僕が招集された時にはもう、シェロがいたんですよね。その時、僕の方からは自己紹介したんですけど、シェロは階級と歳だけしか言わなくって。その後来たマリアさんにも、同じことしか言いませんでしたね」
    「気になりますわね」
     そう返したクーに、ビートが釘を刺す。
    「班の掟と言うか約束事と言うか、尉官からは『相手が言いたくないことは聞くな』と厳命されています。殿下も覚えがあるでしょう?」
    「そうでしたわね。では、わたくしが尋ねたとしても」
    「まず答えないでしょうし、その前に尉官が止めに入ると思います」
    「どちらにしても、さほど興味はございませんわね」
     一転、クーは表情を変え、ビートに笑いかけた。
    「ではビート、あなたは経緯を教えて下さるわね?」
    「え?」
    「マリアが測量班に配属された経緯は以前に伺いましたけれど、あなたについてはまだ伺っておりませんもの。教えていただけるかしら」
    「あー、はい。大したことは特にありませんが、それで良ければ」
     そう前置きし、ビートは自分のことを話す。
    「15歳の時に訓練学校の魔術科を卒業して、そのまま尉官の班に配属になったってだけです。
     班の編成が――僕たちの軍では、一般的には『班長(リーダー)』『補佐(サブ)』『前衛(ポイントマン)』『後衛(テールマン)』の4人になるんですけど――招集された時、既に補佐としてマリアさんが決定してたらしいんです。で、僕が後衛、シェロが前衛ってことで」
    「そうですの? 印象としては、マリアが前衛、あなたが補佐と感じておりましたけれど」
    「年齢順の序列ってやつです。それに、厳密に『常にこのポジションでなければならない』と定めてるわけじゃないですし、状況とかその場の流れとかで、配置が変わることはよくあります。あくまで編成した当時の話ですから」
    「なんかバカにされてる気がするんですけどー……?」
     ぼやくマリアに、クーは「いいえ」と返す。
    「あなたの腕前はかねがね伺っておりましたから、むしろ前衛の方が適任なのではと言う意味で申しました。他意はございませんわ。
     では、マリアが補佐と言うことであれば、シェロの経緯については何かご存知なのかしら?」
    「あー……、と」
     マリアのふくれっ面が、一転してばつの悪そうなものに変わる。
    「あたしもそれは分かんないです、すみません」
    「いえ、お気になさらず。きっとハンの方からも、知られないように配慮してらっしゃるでしょうから。あの方、ルールと申すものに関しては――それが人の決めたものであれ、自分が定めたものであれ――縛られてしまう性分ですし、『聞くな』と定めた事柄は、本人から申し上げない限りは、誰にも明かされないのでしょう」
    「あ、それで思い出しましたけど」
     と、ビートが手を挙げる。
    「殿下。ホープ島で測量してた時に、尉官とエリザさんのことで何か、言ってませんでした?」
    「ぅえ?」
     尋ねられ、クーはうろたえた声を漏らす。
    「な、何のことかしら?」
    「僕は記憶力いいですから、ごまかせないですよ。確かに殿下は、僕に『ハンとエリザさんとのご関係をご存知なのかしら』って言ってました」
    「あわゎ……」
     泡を食うクーに、ビートが畳み掛ける。
    「勿論、掟のこともありますから、殿下の口から漏らせないと言うことであれば、無理に言わせたりするような、乱暴なことはしません。
     ですので『はい』か『いいえ』で。うなずくか振るかして下さい」
     そう前置きし、ビートは質問し始めた。

    琥珀暁・交誼伝 3

    2018.12.03.[Edit]
    神様たちの話、第182話。シェロの評判と謎。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ビートはどこかためらいがちに、言葉を選ぶようにして話す。「あいつ、誰かと仲良くするって言うのが苦手なんですよ。いえ、苦手と言うよりも、正確には人付き合いを、軒並み拒絶してるようなものですけど」「拒絶?」「基本的に誰ともまともに話さないですし、僕とマリアさん以外には、仕事以外でつるむ人間もいないみたいですし。あいつ...

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    神様たちの話、第183話。
    秘密の看破と、虎王の再訪。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「あまりあれこれと質問するのもわずらわしいでしょうから、3回だけにします。
     まず1つ目、殿下は尉官とエリザ先生の関係について、公に開かせないような秘密を握っているような素振りを見せていましたが、それは男女関係……」
     言いかけて、ビートの方が首を傾げた。
    「ちょっと待って下さいね。……マリアさん、尉官が殿下以外の女性とそうした関係を持つ可能性があるでしょうか?」
     ビートにこそこそ問われ、マリアが「無い無い」ときっぱり否定する。
    「そんなの、月が落ちてくるくらい有り得ないから」
    「ですよね。……お待たせしました。それは尉官か、その家族に関係するものですか?」
     この問いに、クーは一瞬迷ったような表情を見せたが、大きく首を横に振った。
     が、それが嘘であることを、ビートはあっさり見抜いたらしい。
    「では2つ目、それはエリザ先生のお子さんとも関係あることですか?」
    「え」
    「仕草で分かります。もし答えたくないと言うことであれば、何もしなくて結構です」
    「あっ、は、はい」
     そう言われ、クーは首を縦、横のどちらにも振らなかったが、それも見透かされてしまう。
    「なるほど。……3つ目の質問をしようと思いましたけど、やめときます。殿下は嘘が付けないみたいなので」
    「あぅ」
     と、しゅんとした表情になったクーの耳に、ビートが口を寄せる。
    (つまり、……尉官と、エリザ先生のお子さんたちは、異母兄弟なんですね)
    (えっ)
     クーが目を丸くしたところで、ビートは最後にこう付け加えた。
    「その2つを肯定されたら、答えはほとんど出たようなもんですし。分かりました、この話は秘密にしておきます。マリアさんも内緒でお願いしますね」
    「はいはーい」
     にこにこ微笑んだまま応えるマリアを見て、クーは頭を抱えてうずくまる。
    「お二人に知られてしまうなんて……。わたくし、ハンに顔向けできませんわ」
    「秘密にしますって。もしバレたら、僕たちの立場だって相当まずくなりますし。
     測量班や遠征隊の結成にはシモン将軍が関わってるんですから、もし将軍の立場が危うくなれば、遠征隊の解散や尉官の更迭・除隊も有り得ますからね。そんな危険を冒してまで公表する話じゃありません。
     僕たちにしても、そんなことになれば強制帰国を命じられる可能性があります。新天地を訪れると言う滅多に与えられない絶好の機会を、自分で潰すようなことはしません。約束します」
    「……そう。でしたら、信じることにいたしますけれど」
     クーはのろのろと顔を挙げ、懇願した。
    「くれぐれも、わたくしが秘密を漏らしてしまったと言うようなことは、ご内密にお願いいたしますわよ」
    「ええ、勿論です」
    「だいじょぶですよー」

     と――。
    「(失礼、もしやタイムズ殿下ではござらんか?)」
     声をかけられ、クーは後ろを向く。
    「あら。(ごきげんよう、ノルド陛下)」
     そこには先日ハンたちが持て成したノルド王と、その家臣団の姿があった。
    「(こんな往来でお会いするとは。殿下自らの視察と言うところか?)」
    「(左様ですわ。陛下は如何されたのでしょう?)」
    「(うむ、我々の側で色々と、まとまったことがあったのでな。伝えに来た次第だ。まあ、そのー……、後はも一つ、私用と申せばよいか、そのような件もあるのでな)」
    「(ゴールドマン女史にご用事でしょうか)」
     その名を出した途端、ノルド王は虎耳の内側まで、顔中を真っ赤に染める。
    「(ああ、いや、うむ、そうだな、彼女とも話ができれば結構であるが、……いやその、オホン、オホン)」
     もごもごとごまかしつつ、ノルド王は話題を切り替える。
    「(しょ、所期の目的であるが、その、……あー、と)」
    「(往来でいたせそうなお話ではないご様子ですわね。ではご一緒に、王宮まで参りましょう)」
    「(うむ)」
     ノルド王を伴い、王宮に向かおうとしたところで、クーは「あら」と声を上げる。
    「(本日は家臣団の皆様、全員ではいらっしゃいませんのね)」
    「(うむ、毎回全員でぞろぞろと押しかけては迷惑であろうと思うてな)」
    「(家臣の皆様を信頼していらっしゃいますのね)」
    「(うん? それはどう言う意味であるか?)」
     きょとんとするノルド王を見て、クーは「(いえ、何でもございませんわ)」と返した。

    琥珀暁・交誼伝 4

    2018.12.04.[Edit]
    神様たちの話、第183話。秘密の看破と、虎王の再訪。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「あまりあれこれと質問するのもわずらわしいでしょうから、3回だけにします。 まず1つ目、殿下は尉官とエリザ先生の関係について、公に開かせないような秘密を握っているような素振りを見せていましたが、それは男女関係……」 言いかけて、ビートの方が首を傾げた。「ちょっと待って下さいね。……マリアさん、尉官が殿下以外の女...

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    神様たちの話、第184話。
    友好条約締結交渉。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     王宮に戻って間も無く、クーたちはハンに出迎えられた。
    「予定より随分帰りが早いと思ったが、なるほど、来客か」
    「ええ。大切なお話があるとのことですので、こちらまでお連れいたしました。適当なお部屋をご用意して下さるかしら」
    「ああ、手配しておく。エリザさんも呼ぼうか?」
    「陛下のご希望でもございますし、お願いいたします。あなたも参加されるよう、お願いいたしますわね」
    「分かった。トロコフ尉官は?」
    「恐らく必要ではございませんわね。軍事防衛に関するお話ならともかく、今回は政治上のお話のようですし」
    「分かった」
     ハンがうなずき、離れようとしたところで、くる、とノルド王の方へと振り返る。
    「(今日は彼の姿が見えないようですが、何か別の用事が?)」
    「(彼? 誰のことだ?)」
     首を傾げるノルド王に、ハンが付け加える。
    「(ミェーチ将軍です。クラム殿下より政治上の話があると伺ったところですが、彼は今回、同席しないと?)」
    「(ああ、あやつなら『体調が優れぬ』やら『風邪を引いた』やらと言って寝込んでおると、あやつの家の者から聞いておる。とは言え今回の話し合いはわし一人で不足はあるまいし、問題も無かろう)」
    「(さようですか)」

     場所を王宮の応接間に移したところで、ノルド王が話を切り出してきた。
    「(かねてよりわしは貴君らと手を組もうと言うておったが、昨日ようやく、家臣団の皆からの同意を得るに至った。即ち正式に、貴君らとの友好条約を締結するものである)」
    「(わたくしたちにとっては吉報ですわね)」
     表情を変えずにそう返しつつ、クーは続けて尋ねる。
    「(それでは、今後の帝国との関係は如何されるおつもりかしら)」
    「(無論、決別するつもりである。どちらとも仲良く……、などと調子のいいことは言わんし、不器用なわしがそんな態度を執り続けるのは、無理なことだ)」
    「(報復が予想されますけれど、そちらについては? まさかわたくしたちの力をたのみにして対抗する、と言うようなことは仰らないことと存じますが)」
    「(え?)」
     クーの言葉は全くの予想外だったらしく、ノルド王は間の抜けた声を漏らした。
    「(なっ、いや、その)」
    「(勿論、相手が襲撃して来る場合には反撃するのがわたくしたちの姿勢ですけれど、あなた方が独自に行動した、その結果として帝国からの襲撃を受けた場合には、わたくしたちが動く義理はございません。
     あくまでわたくしたちは、この地へ戦争を行うために参ったわけではございませんから、こちらから積極的に帝国へ攻撃を加えるつもりもございませんもの。向こうが適切かつ適当な条件で和平を結ぼうと申し出た場合には、応じる姿勢を見せるつもりですから)」
     クーの冷ややかな態度に、ノルド王は明らかに狼狽した様子を見せる。
    「(い、いや、しかし、友好条約と言うものはだな)」「(友好条約と言うものは)」
     反論しようとするノルド王をさえぎり、クーが続ける。
    「(『わたくしたちの間に友好関係が存在すること』を、即ちわたくしたちが友人同士であると言う事実のみを文言によって確立し、広く表明することですわ。
     わたくしたちは確かに、陛下たちノルド王国の皆様を友人であると公言いたせますけれど、友人だからと言って、いえ、友人だからこそ、その相手をみだりに危険な目に遭わせるものでしょうか?
     それとも陛下は、友人を酔った勢いで殴り倒しても、自分の借金を押し付けても、友人であるならばすべて無条件で許してくれるはずだし、そうでなければ友人とは呼べない、とでも仰るのでしょうか?)」
    「(い、いや、それは……)」
     ノルド王が口ごもり、困り果てた表情をしたところで、クーの横に座っていたエリザが「(ま、ま)」と割り込んだ。
    「(ビシバシ突っ込むんはソコら辺にしとくとして――友好条約を結ぶに当たって、その点についてはキッチリさせとかなあきませんわ。ざっくりした取り決めや口約束で話まとめた気ぃになっとって、いざコトが起こった時に『言うたやろ』『いや言うてへん』て揉めたないですしな。
     勿論、陛下が積極的に手を貸して欲しい、自分たちが帝国を打倒する時には助太刀して欲しいっちゅうコトを条約に盛り込みたいっちゅうんであれば、ちゃんとその点もお話させてもろた上で、細かい取り決めさせてもらいますさかい。
     約束しますけども、決して陛下を困らせるようなコトは言うたり提案したりしませんし、お互いの利益を確保、維持、そして拡大でけるように、公平なお話をさせてもらうつもりです)」
    「(さ、さようであるか、うむ)」
     横でこのやり取りを眺めていたハンは、表情には出さないでいたものの、内心では苦々しく思っていた。
    (エリザさんもクーも、とんだ二枚舌だな。俺には積極的に打って出ろ、やられる前にやれって言ってたくせに。それに、この釘の刺し方も卑怯だ。つまり『助けて欲しいならカネやモノを出せ』ってことだろう?
     いや、それよりもっとひどい腹積もりだ。彼らにとって現状は、『助けて欲しい』どころじゃない。彼らは何としてでも、助けてもらわなければならない状況にあるんだ。俺たちの力が得られなければ、元通り帝国に隷属するしか無いんだからな)
     このやり取りの後、話し合いが進められたが――クーによる「鞭」とエリザによる「飴」の、硬軟織り交ぜた交渉術にすっかり翻弄されたノルド王は、ほとんどエリザたちの言いなりになるような形で、友好条約を締結した。

    琥珀暁・交誼伝 終

    琥珀暁・交誼伝 5

    2018.12.05.[Edit]
    神様たちの話、第184話。友好条約締結交渉。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 王宮に戻って間も無く、クーたちはハンに出迎えられた。「予定より随分帰りが早いと思ったが、なるほど、来客か」「ええ。大切なお話があるとのことですので、こちらまでお連れいたしました。適当なお部屋をご用意して下さるかしら」「ああ、手配しておく。エリザさんも呼ぼうか?」「陛下のご希望でもございますし、お願いいたします。あ...

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    神様たちの話、第185話。
    焦燥するシェロ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ハンたちが友好条約を結ぶべく会議していた、その最中――。
    「はっ……はっ……」
     この時もシェロは、自主訓練に没頭していた。
    「……はあっ……」
     既にこの時点で素振り100回を6セット、腕立て伏せとジャンプアップ100回を3セット、走り込みを300周、重りを背負ってのスクワット100回を5セット、その他諸々の――ビートならば最初の数セットで気絶して倒れそうな、壮絶な量の――鍛錬を朝早くから夕暮れ近くになるまでこなしていたが、それでもシェロは、切り上げる機を見付けられないでいた。
    (全然だ。全っ然足りねえ。どんだけトレーニングしても十分って気がしねえ。……なんでこんなにイライライライラしてんだろうな、俺)
     7セット目の素振りを始めようと、地面に刺していた剣を手に取るが、シェロはその剣が刃こぼれしていることに気付く。
    (あ……? なんで素振りでこんなボロボロになんだよ?)
     思い返してみるが、剣を傷付けるようなことをした記憶が浮かばない。
    (……チッ)
     怒りに任せ、剣を投げるようにして、地面に突き刺す。地中に石が埋まっているのか、がちっ、と硬く鈍い音が辺りに響くが、苛立ちで頭が一杯になっているシェロの耳には入っていない。
    (まあ、アレだよな。俺がこんなにイラついてんのは、こないだのアレのせいだ)
     シェロの脳裏に、ハンとミェーチ将軍が戦った光景が蘇る。
    (あんなあっさり決着が付けられるのか、俺に?
     もし俺が尉官の代わりに、あの三番勝負に出てたとして、結果はどうなった? 弓からして、取れないかも知れない。走力勝負だってきつい。あんな装備で、あそこまで走り回れるかどうか……。
     何より最後の勝負――真っ向からの、ガチの叩き合いだ。尉官だってそう背が低い方じゃない。だけど相手は2メートルはあろうかって巨体だぞ?
     そう、あれくらいの……)
     と、そこでシェロは我に返った。
    (……何してんだ、アレ?)
     シェロの目に、その2メートルほどの巨漢が、茂みから茂みへとこそこそ移動している様子が映る。
     その仕草に不穏なものを感じたシェロは、地面に刺していた剣を抜き、相手に近付く。
    「あんた、何してんだ?」
     声をかけられた相手――ミェーチ将軍はビクッと虎の尾を跳ね上げさせ、がばっと振り向く。
    「(な、何奴!?)」
    「あ? ……あー、と」
     北方の言葉で話しかけられ、シェロは戸惑いつつ、たどたどしく応じる。
    「(ミェーチ将軍、ですよね?)」
    「(い、いや、拙者、人違いでござる)」
     否定されるが、シェロは再度同じ問いをぶつける。
    「(将軍ですよね?)」
    「(……む、む)」
     観念したらしく、ミェーチ将軍は首を縦に振る。
    「(い、いかにも)」
    「(どうしたんですか、こんなところで)」
    「(さ、散策をだな)」
    「(ココはクラム王国内ですよ。散策にしては、遠すぎるのでは)」
    「(いやその、何と言うか、此度の友好条約締結の交渉へ、その、殿が向かったと知ってな、遅ればせながら馳せ参じたのである)」
     相手の態度に妙な気配を感じ、シェロは突っ込んでみる。
    「(どうしてココに? 交渉なら王宮の中でするはずでしょう? ココは王宮は王宮でも、裏手の方ですよ)」
    「(あ、いや)」
    「(あと、さっきから気になってたんですが)」
     シェロは剣を持ち直し、語気を強くして指摘する。
    「(ただ散策や、王様の随行をすると言うだけなら、鎧だとか具足だとか兜だとか、そんな装備はいらないと思います。何か別の目的で来たんじゃないですか?)」
    「(う……ぐ)」
     ミェーチ将軍は顔をしかめ、いきなり抜刀した。
    「(ばれてしまってはやむを得ん! ここで口封じさせて……)」
     が、言い切らない内に、シェロが剣を抜いた右手を蹴り飛ばす。
    「(うぐぉう!?)」
    「ふざけんなッ!」
     ミェーチ将軍の剣は簡単に手から弾かれ、どこかへ飛んで行く。空手になったミェーチ将軍に、反対にシェロが剣を突き付けた。
    「バカか!? 友好条約締結っつってる相手のところに武装して乗り込んでくるなんて、アンタ何考えてんだ!?」
    「(な、何? 何と?)」
     自国語でまくし立てたものの、ミェーチ将軍がぽかんとした顔をしたため、シェロは苛立ちつつも言い直した。
    「(あなたのところの王様が平和を表して来訪されたのに、何故部下のあなたが、その王様の体面をけがすようなコトをするんですか)、っつってんだよ!」
    「(し、しかしだな)」
     右手をさすりつつ、ミェーチ将軍は言い訳を始める。
    「(此度の殿の決定は、強制的なものであったのだ。『この判断を呑めぬとあらば、我が城を去れ』とおどされ、家臣団一同は渋々同意した次第なのだ。向こうが強硬手段に出たならば、こちらが出てはいかぬと言う道理はあるまい!?)」
    「(……? ではあなたは、ココを襲いに来たのでは無いと?)」
    「(正直に言えばそれも無くはない。が、本懐は殿を諌めに参った次第だ。この身を賭けてな)」
    「(その手段が、武装しての殴り込みですか)」
    「(こうでもせねば殿も分かってはくれまい)」
     話を聞くにつれて、シェロはうっすらと頭痛を覚えた。
    (コイツ、マジで脳みそまで筋肉なのか? いくら話し合いで折り合いつかなかったからって、こんな乱暴な手段に出るのかよ……)

    琥珀暁・虎交伝 1

    2018.12.07.[Edit]
    神様たちの話、第185話。焦燥するシェロ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ハンたちが友好条約を結ぶべく会議していた、その最中――。「はっ……はっ……」 この時もシェロは、自主訓練に没頭していた。「……はあっ……」 既にこの時点で素振り100回を6セット、腕立て伏せとジャンプアップ100回を3セット、走り込みを300周、重りを背負ってのスクワット100回を5セット、その他諸々の――ビートならば最初の数...

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    神様たちの話、第186話。
    シェロとミェーチの邂逅。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「(とにかく、今日のところは帰った方がいいでしょう。このままココにいては、事情がややこしく……)」
     シェロが平静を装った声を出して、帰らせようとしたその時――。
    「(ぬ? そこにおるのは、もしやエリコではないか?)」
     二人の頭上から、声がかけられた。
    「(……! と、殿っ!?)」
     ミェーチ将軍が顔を上げ、慌てた声を漏らす。シェロも同じように上を見て、王宮の2階からシェロたちを眺めていたノルド王が、首を傾げているのを確認した。
    「(やはりエリコであったか。何故ここにおる? 病で伏せておると聞いていたが……?)」
    「(あ、あの、そのっ)」「(閣下より指導を受けておりました)」
     と、二人の会話をさえぎり、シェロが代わりに答える。
    「(先日の演舞にて閣下の腕前に感服し、その折に、指導してほしいと私の方から願い出て、こうして訓練場にて剣を交えておりました。
     ただ、本日友好条約を結んだ間柄とは言え、隣国の将軍を一兵士が勝手にこちらまでお呼びするのもはばかられるものと思い、こうして人に知られぬよう、こっそりと……)」「(ふむ、そうであったか)」
     まだ目を白黒させているミェーチ将軍を尻目に、シェロはノルド王に頼み込む。
    「(と言うわけでですね、この件はご内密に願えればと。特に隊長に知られると、後で色々と面倒なことになってしまうので)」
    「(うむ。運良く今は、あの隊長殿もエリザ女史も側におらぬ。そう言う事情であれば内緒にしておこう。大いに親交を深めるが良い。
     ではエリコ、わしはもう少々話してから帰る。お前も暗くなる前に帰途に就くが良い)」
    「(御意)」
     ノルド王が窓から顔を引っ込めたところで、ミェーチ将軍が深々と頭を下げた。
    「(すまぬ、助かった)」
    「(俺もなんだかんだと言い訳してココで修練してる身なので、陛下にバラされたくなかっただけです。感謝されるようなことはしてません)」
    「(いやいや、とんでもござらん)」
     ミェーチ将軍は再度礼を述べ、シェロの手を握った。
    「(貴君の機転、誠に感謝する。何かあれば吾輩のところに来ると良い)」
    「(はあ……?)」
    「(っと、これ以上ここにおるとまた何やら、面倒事に巻き込まれるやも知れん。早々に退散するとしよう。ときに貴君、名は何と申す?)」
    「(シェロ・ナイトマンです)」
    「(うむ、シェロ殿か。覚えておくぞ。では失敬!)」
     そう返し、ミェーチ将軍は慌ててその場を走り去ってしまった。
     シェロはその後ろ姿が見えなくなるまで眺めていたが、そこでミェーチ将軍が剣を忘れていったことに気付く。
    (おいおい、本当にバカなのか、あの『虎』? ……しょうがない、このまま置いてたら『なんだこれ?』って騒ぎになるだろうし、俺が預かっとくか)
     地面に転がった剣を取り、シェロも宿舎へと戻った。

    (って、よく考えたらコレ、どうすりゃいいんだ?
     届けに行くったって、まさか尉官に『隣国の将軍が剣落としてったから返しに行きます』なんて言えねーし、かと言って、俺が一人でこっそりノルド王国に行くのも変だし。って言うかそもそも、そう簡単に行けるトコじゃ無いしなぁ)
     と言うようなことを数日に渡って悶々と考えていたが、この問題は翌週に解決した。
    「あ」
     グリーンプールの往来を一人で巡回中、本人に出くわしたからである。
    「(おお、シェロ殿!)」
     前回とは打って変わって、平民風の格好をしたミェーチ将軍は、ほっとした顔でシェロの側に寄って来た。
    「(恥ずかしい話だが、剣をこちらに忘れてしまい、困っておったのだ。多分修練場に忘れていってしまったのだと思うが、貴君は存じておらんか?)」
    「(あ、はい。預かってます)」
    「(おお、さようであるか! いや、助かった!)」
     ミェーチ将軍はシェロの手をがっしり握り、ぶんぶんと上下に振る。
    「(いやいや、貴君には何度も助けられておるな)」
    「(気にしないで下さい。アレがあのまま置いてあったら、騒ぎになりますから。ソレじゃ一旦、取りに戻りますから……)」
     と、断りを入れかけたところで、シェロはミェーチ将軍の背後に一人、自分と同じくらいの虎獣人の女の子が立っていることに気付く。
    「(そちらは?)」
    「(うん? ああ)」
     ミェーチ将軍はその女の子の肩をポンと叩きつつ、紹介した。
    「(吾輩の娘だ。本日もこちらに向かうと伝えたら、一度行ってみたいと言われてな。こんなごつい男が一人で何度も隣国を訪ねるのも不自然かと思って、連れてきた次第だ)」
    「(あ、そうですか。……あ、と。こんにちは)」
     シェロがぺこりと頭を下げたところで、相手も会釈を返した。
    「(こんにちは。シェロさん、でしたっけ。わたし、リディア・ミェーチと言います。よろしくお願いします)」
    「(……ども)」

    琥珀暁・虎交伝 2

    2018.12.08.[Edit]
    神様たちの話、第186話。シェロとミェーチの邂逅。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「(とにかく、今日のところは帰った方がいいでしょう。このままココにいては、事情がややこしく……)」 シェロが平静を装った声を出して、帰らせようとしたその時――。「(ぬ? そこにおるのは、もしやエリコではないか?)」 二人の頭上から、声がかけられた。「(……! と、殿っ!?)」 ミェーチ将軍が顔を上げ、慌てた声を漏ら...

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    神様たちの話、第187話。
    虎父娘。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     剣を返した後、シェロはそそくさと巡回に戻ろうとしたが、ミェーチ将軍から引き止められてしまった。
    「(恩人をそのまま帰してしまうようでは、将軍の名折れだ。せめて飯くらいはおごらせてくれ)」
    「(はあ……)」
     半ばミェーチ将軍に引っ張られるような形で、シェロは近くの食堂に連れ込まれた。
    「(さあ、何でも気にせず頼んで……)」
     言いかけて、ミェーチ将軍が突如顔を青くし、懐や腰回りをぺたぺたと触り、やがて口をつぐんでしまった。
    「(どうしたんですか?)」
    「(あ、いや、その)」
     呆然とした顔をしているミェーチ将軍に、シェロは恐る恐る尋ねた。
    「(大変失礼なコトを聞いて恐縮ですが、財布はお持ちですか?)」
    「(……すまん。どうやら落とした。いや、道中の街で忘れたと言うか)」
    「(またですか?)」
     と、ミェーチ将軍の隣に座っていたリディアが、呆れた声を上げる。
    「(本当にお父様、そそっかしいんだから。それじゃ、わたしが出しておきます)」
    「(す、すまん)」
     やり取りを眺めていたシェロが、そこで手を挙げる。
    「(俺の分は俺が出します。気にしないで下さい)」
    「(そんなことを仰らずに)」
    「(いえ、……初対面でこんなコトを言うのも変かも知れませんが、俺は遠慮無く食べる方なので)」
     そう返したシェロに、父娘は一瞬、揃ってきょとんとした顔をし、次いで笑い出した。
    「(ふっ、ふははは……)」「(うふ、ふふっ……)」
    「え? え?」
     思いもよらない反応に、シェロは言葉を間違えたかと思ったが――。
    「(いやいや、失敬、失敬。何と言うかな、我々の邦(くに)では『虎より食う者はおらぬ』と言うてな、大抵の虎獣人は大食漢で通っておるのだ。吾輩も娘も、他分に漏れぬ身でな)」
    「(ですので、そう言ったご遠慮はなさらなくて結構ですよ)」
    「(あ、はあ、そうですか)」
     一瞬、シェロは妙な謙遜と感じたが、すぐにこれが本心で言ったことなのだと理解した。
    「(すみません、カボチャのスープとポテトパイとカレイのバター焼きとカキフライを5人前)」
    「(5? 3人じゃ)」
    「(わたしと父の食べる分です。あなたもどうぞ)」
    「……マジっスか」
     その後も次々と注文するリディアに、シェロは目を見張るばかりだった。
    (この子……、マリアさんだな、まるで。
     っつーか、沿岸部って飢餓状態がどーのこーのって話だったけど、単純にコイツらみたいな『虎』が食い過ぎなんじゃないのか? 俺、こっちでメシに事欠いた覚え無いしなぁ)
     そんな考えがチラッと浮かんだものの、シェロは口に出さないでおいた。

     シェロが半分ほど――そしてミェーチ父娘がほとんど――平らげたところで、シェロは改めて、二人の健啖ぶりに言及した。
    「(本当に、よく召し上がるんですね)」
    「(まだ腹八分と言ったところであるがな。とは言え、この辺りで止めておかねばな。娘の財布を食い尽くすわけにも行かぬし)」
    「(あら、こちらは物価がお安い方ですから、全然大丈夫です)」
    「(へぇ、そうなんですか?)」
     尋ねたシェロに、ミェーチ将軍が濁し気味に答える。
    「(色々事情があるのでな)」
     それに対して、リディアは素直に説明してくれた。
    「(ノルド王国もこちらと同じ沿岸部とは言え、海岸からは遠いところですから、お魚があまり手に入りませんし、どうしても高くなるんです。その代わり、お野菜は手に入りやすいんです。山間部と峠でつながってますから)」
    「(関税を元値の倍は掛けられるがな)」
     リディアが説明するにつれ、ミェーチ将軍も口が軽くなる。
    「(加えて、帝国に税を収めねばならん故、民からその分も含めて取り立てねばならん。となれば当然、物価も高くなると言うものだ)」
     その言い方がいかにも不満そうに感じたため、シェロはつい、こんなことも尋ねてみた。
    「(それなら今回の、うちとの友好条約締結は、いいコトなんじゃないですか? 閣下は不満そうに仰っていたようですが)」
    「(うーむ……。そうと言えなくも無いのだが)」
     そう前置きしつつ、ミェーチ将軍はぶつぶつと、文句を垂れ始めた。
    「(帝国は裏切りや抵抗を一切許さぬ非道の輩共だ。貴君らと友好条約を結んだとあらば、早晩攻めてくるであろう。既に我が国首都、ネザメルレスの側に陣を構え、刃を研いでおるやも知れん。だと言うのに殿は、この期に及んで『どうにかして異邦の力を借りれぬものか』『帝国との関係維持はできぬものであろうか』などと言い出す始末だ。真っ向から戦おうとはせぬし、情けないことこの上無い。
     そもそも殿は、帝国を軽く見ておるのだ。お父上があれほど残虐な殺され方をし、ご自身も10年近く皇帝の下僕となり続けておると言うのに、貴君らが来訪し、南を治め始めた途端、『彼らを味方に付ければ怖いものなど無い』などと言い出し、向こう見ずな決断ばかり下していらっしゃる!
     我々家臣団の中にも、ノルド王がこのまま統治を続けることに不安を感じておる者も少なくない。今までは特に騒ぎも起こさず、淡々と帝国に付き従っていてくれたが、こうして行動を起こした以上、吾輩のように力ずくででも諌めに入るか、あるいはもっと強硬な手に出る者も現れるだろう)」
    「(はあ、そうですか)」
     長々とした愚痴を、シェロは一言だけ答えて受け流した。

    琥珀暁・虎交伝 3

    2018.12.09.[Edit]
    神様たちの話、第187話。虎父娘。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 剣を返した後、シェロはそそくさと巡回に戻ろうとしたが、ミェーチ将軍から引き止められてしまった。「(恩人をそのまま帰してしまうようでは、将軍の名折れだ。せめて飯くらいはおごらせてくれ)」「(はあ……)」 半ばミェーチ将軍に引っ張られるような形で、シェロは近くの食堂に連れ込まれた。「(さあ、何でも気にせず頼んで……)」 言いかけて...

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    神様たちの話、第188話。
    異邦の出逢い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     まだ長々とぼやいているミェーチ将軍を尻目に、シェロはコップを手に取る。
    「……っと」
     が、空になっているのに気付き、新たに頼もうと手を挙げかけた。
    「あ、飲み物ですね。注文します」
     と、リディアが先に手を挙げる。
    「(あ、ども。ありがとうござ、)……ん?」
     そこでシェロは、リディアが自分たちの邦の言葉で話しかけてきたことに気付いた。
    「今、あんた……」
    「ええ。わたしたちの国に来られた商人の方から、少しだけ習いました。先程、(……ええと、興味があると言っていたでしょう? それで覚えたんです)」
    「へぇ……」
    「(まだ完璧ではありませんけどね)」
    「(そんなコト無いですよ。普通に分かります)」
    「(あら、そうですか? 嬉しいです)」
     なおぐちぐちと語っているミェーチ将軍を放って、二人はこそこそと、シェロたちの国の言葉で話し始めた。
    「今日は父がいるのであまり長居はできませんが、良ければ今度、二人で街へ行きませんか?」
    「まあ、いいっスけど。でも俺、そっちまで行くのは時間的に無理っスよ」
    「数日滞在する予定です。今週の末まで」
    「あ、なら大丈夫スね」
    「いつがよろしいかしら。明日はどうでしょう?」
    「あー、明日も仕事ですけど、明後日なら非番なんで行けます」
    「ひ……ばん?」
    「休みってコトっス」
    「では明後日に」

     この日以来、リディアはしきりにシェロを訪ねるようになった。
     シェロの方も、最初は会うこと自体面倒臭がっていたものの、何度も会ううち、それなりに親しく話し、共に街へ繰り出すようになっていった。
     その光景が、あちこちで目撃されるにつれ――。
    「見ました? シェロと……」
     彼と親しい同僚のビートとマリアも、この無愛想な同僚をうわさするようになっていた。
    「あー、見た見た。可愛い子連れてたよねー。リディアちゃんって言ったっけ」
    「いや、名前までは……。どこで聞いたんです?」
    「あたし、一回声掛けてみたんだよねー。二人が並んで歩いてるトコ見かけたから」
    「そうなんですか?」
    「なんかさ、見てたらリディアちゃんの方から追っかけてる感じだったけど、シェロもまんざらじゃないなって雰囲気だったんだよねー。って言うか、なんかもう付き合ってる感じなんじゃない?」
    「有り得なくは無いと思いますが……、シェロが?」
    「……ん、んー。言われてみたらちょっと無さそうな気もしてくるよねー。シェロだし」
    「ですよねぇ……?」



     本人たちをよそに、二人のうわさは周囲へ広まっていった。そして当然の成り行きとして、ハンもこの事実を知り――。
    「シェロ。一つ、確認しておきたい件がある」
     友好条約締結から1ヶ月が経とうかと言う頃、ハンはシェロを呼び出した。
    「なんスか?」
    「近頃、お前が現地の人間と交流を持っていると言ううわさが、俺の耳にも入っている。これは事実か?」
    「ええ、まあ、そうなるっスね」
    「ごく親しくしているとも聞いたが、どう言う関係だ?」
    「関係って、……まあ、友達みたいなもんスね」
    「何のつもりだ?」
     いきなりそう返され、シェロは面食らう。
    「何のつもりって、何ですか? まるで俺が悪いコトしてるみたいな言い方じゃないっスか」
    「悪いに決まってるだろう」
     その決め付けた言い方に、普段――少なくとも、面と向かっては――不平を言わないシェロも、語気を荒くする。
    「何が悪いんです? まさかまだ、『異文化交流は望ましくない』とか言うんですか? その話、エリザ先生にこき下ろされたの、もう忘れてるんスか?」
    「異文化交流を行うこと自体は、俺も否定はしない。その価値があることは確かだ。
     だが今回の件は、明らかに行き過ぎている。異邦の軍人が、現地の人間とみだりに親しくするものじゃない。ましてや恋愛関係も仄めいていると言う話もある。これは隊の規律を著しく乱すものだ。即刻、関係を解消しろ」
    「は?」
     異様な苛立ちを覚え、シェロは思わず怒鳴る。
    「無茶苦茶じゃないっスか!? さっきも言いましたが、俺と彼女はそんな関係じゃ無いです。ただの友達ですよ。ちょっと仲良くするのもダメってコトですよね? そんなので交流とか、できるワケないでしょう?
     そもそも『上から命令されたからもう会わないコトにする』って、俺がアホみたいじゃないっスか」
    「命令に従わないと?」
    「話にならないような命令に従う気はありません」
    「ふざけてるのか?」
    「ふざけてんのはアンタでしょう!?」
     そう返した途端――がつっ、と痛々しい音を立てて、ハンがシェロの顔を殴り付けた。
    「うぐっ……!」
     シェロは床に倒れ込むも、ハンの顔を見上げ、にらみつける。その様子を冷ややかな目で眺めながら、ハンは淡々と続けた。
    「命令不服従に加え、上官への不遜な言動が目立つ。お前をこのまま放置すれば、隊の規律が大きく乱れることは明らかだ。
     こんなことは言いたくなかったが、以前からお前は――どうやら俺や仲間たちに聞こえないと思って――放言・暴言を吐いていたな。その態度も大いに問題だったが、これまで問題ある行動をしてこなかったから、不問にしていた。だが今回の件もある。一度しっかり、罰を与える必要が……」
     そこまで告げたところで、締め切っていたドアがドンドンと激しく叩かれた。

    琥珀暁・虎交伝 4

    2018.12.10.[Edit]
    神様たちの話、第188話。異邦の出逢い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. まだ長々とぼやいているミェーチ将軍を尻目に、シェロはコップを手に取る。「……っと」 が、空になっているのに気付き、新たに頼もうと手を挙げかけた。「あ、飲み物ですね。注文します」 と、リディアが先に手を挙げる。「(あ、ども。ありがとうござ、)……ん?」 そこでシェロは、リディアが自分たちの邦の言葉で話しかけてきたことに気付...

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    神様たちの話、第189話。
    訓告。

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    5.
    「ハンくん、おるかー? シェロくんと一緒かー?」
    「エリザさんですか? ええ、ここに」
     ハンが返事したところで、エリザがもう一度、ドアを叩く。
    「鍵かけとんのは何でや?」
    「二人きりで話をするためです」
    「ホンマか? 話やなくて、訓録(くんろく)垂れとんのやろ?」
    「そうです」
    「ドア開けぇや」
    「必要ありません。もう話は済みます」
    「必要あるから言うてるんやないの。アタシがそんなんで納得すると思うんか? さっさと開けよし」
     そう言われ、ハンは渋々と言った様子でドアの鍵を外す。
     すぐさま入ってきたエリザは、床に尻餅を着いているシェロの姿を見て、はぁ、とため息を付いた。
    「やっぱりか。アンタなぁ……」
    「なんです?」
    「やり方がまるで拷問やないか。シェロくん、お顔がごっつ腫れとるやないの」
    「必然です。彼には命令不服従や素行不良が見られたので」
     いつもはニコニコと笑みをたたえるエリザが、ここでギロリとハンをにらむ。
    「で、懲罰房にでも入れてオシオキしよかっちゅうコトか?」
    「そのつもりです」
    「アホなコト言いなや」
     エリザはシェロの側にしゃがみ込み、腫れ上がった左頬を撫でた。
    「この子のうわさはアタシも耳にしとるけども、ココまでされるようなコトやないやろ? 可愛い子に声掛けられたら、そらデートしたなるくらいは当たり前やん。若いんやし。ソレをアンタ、どうせ『軍人たるもの真面目でないと駄目だ』とかワケの分からん理屈こねて、ソレに従わへんから殴って言うコト聞かせようとしたんやろ」
    「その言い方には語弊がありますが、そうなるでしょうね」
    「誰がそんなコト決めた? 軍規に『軍人は結婚するな』とか書いてあったか? 『軍人は友達作るな』言うてたか?」
    「確かにそんな軍規はありません。しかし道徳的に……」
    「ソレは誰の道徳や? 皆の目標か? ソレともアンタ一人の理想か?」
    「……」
     答えられないらしく、ハンは黙り込む。その間にエリザは、シェロに治療術を施し、助け起こした。
    「アンタはクソ真面目が大好きみたいやけどな、皆はソコまでアホみたいに真面目やない。皆に合わへん規律は強いるだけ無駄や。誰もやらんコトを強制したとて、誰がそんなもん守るかっちゅう話や。やらへんもんを無理矢理やらせようっちゅうのんは、ソレこそ規律がブッ壊れる。誰も言うコト聞かんようになるで。
     どうしてもアンタの言う規律を徹底したい、徹底させたいっちゅうんやったら、いっぺんきちんと、皆とお話せなアカンわ。ソレも無しでいきなり頭ごなしに『俺の言うコト聞け』は、ソレこそ規律もクソも無い、アンタ一人の身勝手や。軍隊風にお堅く言うたら独断専横やろが。アタシに専横すな言うといて、アンタがやるんはええっちゅうんか?」
    「仰ることは、理解できます」
    「せやな? せやからソレまでは、一人で勝手に罰与えるんは無しや。きちんと話し合って、規定を定めてからや。ソレで、ええな?」
     普段はニコニコと、飄々と振る舞うエリザににらみつけられ、ハンも閉口せざるを得なかったらしい。
    「……了解です」
     素直に引き下がり、ハンはその場から足早に立ち去った。

     エリザと二人きりになったところで、シェロは恐る恐る、エリザに声をかけた。
    「あの、先生。俺は……」
    「気にせんでええよ。元通り仲良くしとき。そんなんに口突っ込む方が野暮でアホやからな。後になって『やっぱり付き合うたらアカンくなった』なんてコトも、アタシがさせへんさかい。
     ほんで、どないや?」
    「どうって?」
    「可愛えんか?」
     そう問われ、シェロは思わずそっぽを向いてしまうが、エリザはひょい、と回り込んでくる。
    「なんや、言われへん感じか? ひどいんか?」
    「いや、そうじゃないですけども。……まあ、その、ソレなりには、……可愛い方だと」
    「あら、ええやないの。名前は何て言うん?」
    「リディアです」
    「どんな娘や?」
    「虎獣人で、良く食べる娘ですね。思ったコト、ハキハキ話すタイプっスけど、優しくて笑顔が可愛くて、……って、あ、いや、だから別に俺、そんなんじゃなくってですね」
    「アハハハ……。分かっとる分かっとる。ま、頑張りや」
     エリザはぽんぽんとシェロの頭を優しく叩き、ひょこひょことした足取りで部屋から去って行き――かけて、くるっと振り向く。
    「せや、シェロくん」
    「はい?」
    「ハンくんが言うたコトとか、殴ってきよったコトとかはもう忘れときや。根に持たんとき」
    「……努めます」
    「まあ、どうしてもハラに据えかねるっちゅう時はアタシに言うてや。そん時はきちんと謝らせるし、他に相談あったら、いくらでも乗るさかいな」
    「どうも」

    琥珀暁・虎交伝 5

    2018.12.11.[Edit]
    神様たちの話、第189話。訓告。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「ハンくん、おるかー? シェロくんと一緒かー?」「エリザさんですか? ええ、ここに」 ハンが返事したところで、エリザがもう一度、ドアを叩く。「鍵かけとんのは何でや?」「二人きりで話をするためです」「ホンマか? 話やなくて、訓録(くんろく)垂れとんのやろ?」「そうです」「ドア開けぇや」「必要ありません。もう話は済みます」「必要あ...

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    神様たちの話、第190話。
    くすぶる不満。

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    6.
     エリザになだめられたものの、シェロはこの件に対し、溜飲を下げることはできなかった。
    「……って話だよ。ひどいだろ?」
    「ええ、本当に」
     ハンからの訓告があった翌日、シェロは街の食堂で、リディアに愚痴を吐いていた。
    「その場でエリザ先生が治してくれたからもう、痛みとか無いんだけどさ、そんでもいきなりガツン、だぜ? やってらんねえよ」
    「本当、ひどい人ですね。こちらの街の人、隊長さんを良く言う人も一杯いるけど、そんな話を聞いたら幻滅してしまいますね。わたしの父も、隊長さんには良い印象を抱いていないみたいですし」
    「ああ……。公衆の面前でボッコボコにされてたしな。アレはマジでひどかった。アイツは『恥をかかさないよう最善を尽くした』っつってたけど、正直俺としちゃ、自慢にしか聞こえなかったよ。『本当は全部勝てたけど情けを見せて、いっこだけ勝たせてやった』みたいな感じでさ。恥をかかさないどころか、目一杯バカにしてるっつの。
     本当にアイツ、嫌なヤツだよ。自分のコトを公明正大、正義の味方みたいに思ってるみたいだけど、周りにとっちゃ自分勝手な理屈を『絶対俺の方が正しい』って言い張って、ソレを無理矢理押し付けて回ってるような、うっとうしい勘違いバカなんだよ」
    「まあ」
     ハンをなじるシェロに、リディアはクスクスと笑って返す。
    「思っていたほど、誠実な方でもないみたいですね」
    「まったくだよ。もし俺がこのコトを……」
     なおも愚痴を続けようとした、その瞬間――シェロの脳裏に、何かが瞬いた。
    「……」
    「どうしたんですか?」
    「……いや、……ちょっと、思い付きがあって」
    「なんですか?」
    「例えばだけどさ、マジで俺が今回のコトを街や隊に広めたらさ、みんな尉官のコトを疑うよな。『こんなヤツに従って大丈夫か』って」
    「有り得ますね」
    「で、リディアちゃんの国の方でもまだ、尉官や遠征隊は信用され切ってないだろ?」
    「そうみたいです」
    「ってコトは、尉官に関して何か問題があるって知れたら、友好条約結んだっつっても反発するヤツが出てくるよな?」
    「と言うより、現在もまだ揉めてますよ。賛成派と反対派、半々と言うところでしょうか。陛下も民意を得るのに苦労されてると、父が言ってましたし」
    「そっか……」
     シェロはテーブルから立ち上がり、リディアの手をつかむ。
    「な、なんですか?」
    「今から君の親父さんに会って話をしたいんだけど、行けるかな?」
    「父なら家に帰れば会えるはずですけど、でも、遠いですよ」
    「いいんだ。……いっこ、思い付いたコトがあるんだ。もしかしたら俺が天下取れるかも知れないって感じの」



     この3時間ほど後――ハンは王宮の会議室で、エリザとクーに挟まれるような形で、席に座らされていた。
    「それで、話とは?」
     尋ねたハンに、エリザが肩をすくめつつ、やんわりとした口調で返す。
    「昨日の今日やで。忘れたワケやないやろ?」
    「規律を定めようと言う話ですか。会議を行うと言うのであれば参加することには吝かではありません。ですが……」「ま、その話する前にな」
     ハンをさえぎり、エリザは椅子から立ち上がり、ハンの側に寄る。
    「昨日言うたコトをもう一回繰り返すのんもめんどいから言わんとくけども、アンタはアレで、わだかまりやら滞りやら何も起こらんと思うんか?」
    「と言うと?」
    「言い分をいっこも聞かんで『俺の言うコト聞け』言うてブン殴って、ソレでシェロくんが恨まへんと思うんか?」
    「確かに、無いとは言えません。ですがシェロは軍務に忠実な人間です。決して私心を持ち込んだりは……」「アホなコト言いなや」
     ぴしゃりとさえぎり、エリザは真面目な顔になった。

    琥珀暁・虎交伝 6

    2018.12.12.[Edit]
    神様たちの話、第190話。くすぶる不満。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. エリザになだめられたものの、シェロはこの件に対し、溜飲を下げることはできなかった。「……って話だよ。ひどいだろ?」「ええ、本当に」 ハンからの訓告があった翌日、シェロは街の食堂で、リディアに愚痴を吐いていた。「その場でエリザ先生が治してくれたからもう、痛みとか無いんだけどさ、そんでもいきなりガツン、だぜ? やってらんね...

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    神様たちの話、第191話。
    大混乱の端緒。

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    7.
     エリザはいつになく真剣な目でハンを見据えつつ、こう尋ねてくる。
    「その軍務を蹴る気になるくらいムカついとったら、アンタどないすんねんや」
    「蹴る? 隊を抜けて、野に下ると言う意味ですか? それこそ有り得ないでしょう。異邦の地でそんなことをして、どこに行くんです」
    「重ね重ねアホなコトを……。
     ええか、シェロくんはリディアちゃん……、こっちの子と親しくなっとる。ちゅうコトは、こっちで十分馴染めるっちゅうコトや。もしアンタの下でやってられるかボケっちゅう気ぃになったら、そのままその娘のトコに転がり込んで生活でけてしまうんやで」
    「まさか……」
    「有り得へんと思うんか? ソレはどんな理屈や? 『自分が世話してやった義理を忘れて逃げるワケない』言うんか? 昨日、アンタが言うコト聞かずにブン殴りよったのにか? ソレで恩情残っとったら、大したお人好しやで」
    「それで、ハン」
     クーも立ち上がり、ハンの手を取る。
    「シェロに、謝罪はされたのかしら?」
    「いや……。昨夜はそのまま寝てしまったし、今日はあいつが非番で会う機会が無いから」
    「では今すぐ、謝りなさい。探し出してでも、シェロに頭を下げるべきです」
    「……考えとくよ」
    「三度もアホや言わせる気か?」
     エリザもハンの耳をつかみ、ぎゅうっとつねる。
    「悪いコトしたらさっさと謝るんが正しいコトとちゃうんか? ソレとも無かったコトにしてごまかすんがアンタの正義か?」
    「う……」
     二人に責められ、ようやくハンも折れた。
    「分かりましたよ。今から探して謝りに行きます。それでいいでしょう?」
    「よっしゃ。ほな今から行くで」
    「え? エリザさんも来るんですか?」
    「アンタとシェロくんの二人きりやと、また話こじれるやろ」
    「……否定できないのが非常に心苦しいですね」

     クーも交え、3人は宿舎や修練場、街など、あちこちを回ってシェロを探したが――。
    「おらへんね」
    「いらっしゃいそうなところは全て、確認したはずですけれど」
    「まさか本当に、離隊したと……?」
     つぶやいたハンに、エリザが神妙な顔をしつつこう返す。
    「コレはひょっとしたら、まずいコトになっとるかも分からんで」
    「まずい?」
    「アタシもシェロくんのコトは聞いとるし、人となりもソレなりに知っとるからな。あの子は元々、『機あらばデカいコトやったるで』ってタイプやし、そうせなアカンと思い込んどる。アンタも分かるやろ?」
    「あいつの経歴に関しては、俺も親父たちから聞いた情報しかありませんが、本人を見る限りでは確かに、そうした野心があるように思えますね」
    「せやろ?」
    「あの」
     二人の会話を聞いていたクーが手を挙げる。
    「シェロには何か、込み入った事情があるように伺えるのですけれど、お二人はご存知なのですか?」
    「ん? ああ、まあな」
     ハンがうなずき、エリザが話を継ぐ。
    「シェロくんのお父さんが、生前あんまりええ目を見いひんかってな。ほんでシェロくんが、『俺が名を挙げたる』っちゅうて、軍に入らはったんよ。で、シェロくんのお父さんと仲良かったゲートがハンくんのトコに『面倒見たり』って寄越さはってな」
    「そう言うことだ。
     しかしエリザさん、あいつが離隊したとして、どう名を挙げると? 確かにここでの生活が不可能では無さそうだと言うことは理解できます。ですが名を挙げる、立身出世していくとなれば、現地の権力者と何かしらのつながりを持つか、もしくは自分が権力を奪取するしかありません。そんな知り合いがいるとは思えませんし、ましてやシェロ一人でそんなことができるとは……」
    「アンタはシェロくんのコトを一から十、何から何まで全部知っとるんか? こうして非番の日、ドコにおるかも分からん体たらくでか?」
    「む……」
    「アタシらの知らんトコで、そう言う権力者に接触しとるかも分からんやないの。ともかく不穏な事態っちゅうヤツやで、コレは。早いトコ、シェロくんを探し出して……」
     と――通りの向こうから、慌てた様子の兵士たちがバタバタと走り寄ってくる。
    「どうした?」
     尋ねたハンに、兵士たちが息せき切って答える。
    「(て、帝国です! 帝国兵が近隣の街道で破壊工作を……!)」
    「何だって!?」
     強襲を報告され、ハンの顔色は普段より一際、青く染まった。

    琥珀暁・虎交伝 終

    琥珀暁・虎交伝 7

    2018.12.13.[Edit]
    神様たちの話、第191話。大混乱の端緒。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. エリザはいつになく真剣な目でハンを見据えつつ、こう尋ねてくる。「その軍務を蹴る気になるくらいムカついとったら、アンタどないすんねんや」「蹴る? 隊を抜けて、野に下ると言う意味ですか? それこそ有り得ないでしょう。異邦の地でそんなことをして、どこに行くんです」「重ね重ねアホなコトを……。 ええか、シェロくんはリディアちゃ...

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    神様たちの話、第192話。
    緊急出動。

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    1.
     帝国兵強襲の報を受け、ハンは大慌てで部下を集め、迎撃準備を整えていた。
    「尉官、状況を教えて下さーい。あと、シェロどこでしょ? ビートは見かけましたけど」
     その途中で、自分の補佐であるマリアに状況を尋ねられるが、少なからず冷静さを失っていたハンは乱暴に答える。
    「後で説明する! シェロは放っておけ! 探さなくていい!」
    「えっ? や、そうじゃなくて! いないんですか!?」
    「知らん!」
     が、マリアが突っかかる。
    「尉官! 尉官って! ちょっと、尉官てばー!」
    「何だ!?」
    「いきなり襲って来たって聞かされてビックリしてるのはよぉーく分かりましたから、一回すーっと深呼吸して、ちゃんと落ち着いて下さい! いつものかっちりクールで冷静なハンニバル・シモン尉官はどうしたんですか!?」
    「……っと、……そうだな、……確かにそうだ」
     廊下を進む歩は緩めないまでも、ハンは呼吸を整え、答え直す。
    「シェロは見当たらない。事情があって探していたんだが、宿舎にも街にも、どこにもいなかったんだ。王国の兵士に頼んで招集はかけさせたが、非番と言うこともあるから、こっちに間に合わないかもな」
    「はーい、いつもの尉官で良かったです」
     マリアも歩調を合わせ、ハンに状況を確認する。
    「現場はどこです? 近くですか?」
    「ノルド王国とこちらを結ぶ街道の、丁度中間の辺りとのことだ。今から出撃しても、半日以上かかるだろう」
    「ノルド王国からは何か言ってきてます?」
    「友好条約を結んだとは言え、魔術通信兵は向こうに送ってないからな。即時連絡を取り合うことは不可能だ。伝令を送るにしても、街道の中間地点に敵が陣取っているとなれば、話を聞くのは難しい。仮に到着できたとしても、俺たちが現場に出動する前に返事が来ることは無いだろう。
     どちらにしても向こうとの連絡は、問題が解決し次第になる」
    「その友好条約のことなんですけどー、帝国が攻めてきた場合の取り決めって確か、『応援の要請があれば、適当な対価を支払うことを約束した上で助太刀する』ってゆーよーなこと言ってましたよね。向こうからの要請が確認できないまま、行っちゃっていいんでしょうか?」
    「街道となれば、クラム王国にも被害が出る可能性がある。となれば『自国防衛』のため動くことになるし、それは友好条約に抵触しない。だから自軍を動かしても、両国の政治関係に何ら影響は無い、……と言う見解だな。エリザさんも同意見だ。
     他に不明点はあるか?」
    「だいたい了解ですー。じゃ、あたしも準備整えてきますねー」
    「よろしく頼む」

     ハンと遠征隊、そしてクラム王国の兵士による混成軍は、限られた時間で最低限迎撃できるだけの装備と人員を揃え、大慌てで街道の破壊工作が行われているはずの現場に出動した。
     ところが――。
    「確認する。ここだな?」
    「はい。巡回していた兵士から、この付近で帝国兵らしき人間が、大量の岩を街道に運んでいるのを確認したと」
    「確かにその話なら、岩で街道を分断しようとしている、と予測はできる。巡回していた兵士は、実際にその状況を確認したのか?」
    「取り急ぎ、報告に戻ったとのことでしたので、もしかしたらその確認までは……」
    「だろうな」
     ハンは街道の上に乗った小石の帯をじゃりじゃりと踏みにじりつつ、ため息をついた。
    「確かに帝国兵だったのか?」
    「兵装や身なりから判断したものと思われます」
     困り顔で応答する兵士にうなずきつつ、ハンは腕を組んで思案に暮れる。
    「……そうだな。そこは疑う余地が無い。仮に帝国兵のふりをした者がいたとして、わざわざそうするような理由も思い当たらないしな。となると、帝国兵が俺たちをここにおびき寄せたと言うことか?
     ビート、グリーンプール本営からは何か言ってきてるか?」
     魔術通信を担当していたビートに尋ねるが、彼は首を横に振る。
    「いえ、何も」
    「確認してみてくれないか? 何か異常は無いかって」
    「分かりました。『トランスワード:HQ』、応答されたし、応答されたし。
     ……ええ、ハーベイ一等兵です。そちらで何か異常はありましたか? ……はあ、……ええ、……いや、こちらで何も目立ったことが無かったので、……ええ、……それで陽動じゃないかって、……あ、そうですか。
     尉官、向こうも異常無しだそうです」
    「そうか。……じゃあこれは一体、何なんだ?」
     誰に問うでも無くそうつぶやいたハンに、ビートも、マリアも、他の兵士たちも、何も答えられなかった。



     結局、この出動は完全な空振りに終わり、ハンをはじめとする兵士たちの誰もが、憮然とした心持ちでグリーンプールへと帰還した。

    琥珀暁・信揺伝 1

    2018.12.15.[Edit]
    神様たちの話、第192話。緊急出動。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 帝国兵強襲の報を受け、ハンは大慌てで部下を集め、迎撃準備を整えていた。「尉官、状況を教えて下さーい。あと、シェロどこでしょ? ビートは見かけましたけど」 その途中で、自分の補佐であるマリアに状況を尋ねられるが、少なからず冷静さを失っていたハンは乱暴に答える。「後で説明する! シェロは放っておけ! 探さなくていい!」「えっ...

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    神様たちの話、第193話。
    シモン隊長の炎上。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     強襲騒ぎから1週間後――。
    「ハンくん、ハンくん。ちょと」
     エリザが眉をひそめつつ、ハンの元を訪ねてきた。
    「なんです? また何か突飛な思い付きでも実行して、大騒ぎになったんですか?」
    「大騒ぎは大騒ぎや。でもアタシちゃうねん。アンタや」
    「俺?」
     何のことか見当も付かず、ハンは首をかしげる。
    「俺が騒ぎを起こしたって言うんですか?」
    「そうやなくて、アンタのコトで騒ぎになっとるんや。アンタ、まだシェロくんに謝ってへんかったんか?」
    「ええ、まあ。強襲騒ぎでバタバタしてましたし、以降も会えてないんです。どうやら本気で、無許可離隊したみたいですね。まったく、何を考えているんだか」
     そう返したハンに、エリザは頭を抱えてしまった。
    「なーにが『何を考えているんだか』や。ソレはこっちのセリフやで。えらいコトになっとるんが、まったく分からへんのんか?」
    「どう言うことです?」
     エリザはハンの短い耳に顔を寄せ、こしょこしょと伝える。
    「アンタがシェロくんをムチャクチャな因縁付けてどつき回したコトになってんねん。あっちこっちでアンタのコト、『いきなり人を殴る蹴るしよる悪徳隊長や』ってうわさしてはるで」
    「なっ、……お、俺が?」
     思いもよらない話に、ハンはぎくりとする。
    「言うて回っとるんは間違い無くシェロくんや。アンタとアタシとシェロくんしか知らん話やし、アタシもアンタも、アンタを悪く言う理由が無いからな。ほんで、アタシの方でも人使て探して回っとるんやけど、全然姿見せよらへんのや。
     とにかく今は、シェロくんのコトは構わへんとき。ソレよりもアンタの弁解が先や。このまんまほっといたら、アンタは極悪人扱いされるで」
    「いや、しかし、俺は……」
     反論しかけたハンをさえぎり、エリザはぴしゃりと言い付ける。
    「そんなん嫌やっちゅうんやったら今からでも人集めて、説明と謝罪し。ソレで収まるかどうかは分からんけども、やらへんよりマシや」
    「はっ、はい」

     その日の昼になってようやく、ハンはシェロとの間に諍(いさか)いがあったこととその詳細、そして自分が軽率な振る舞いをしたことを公に説明し、謝罪したが、依然として街の声に、ハンをそしり、非難する空気は消えなかった。
     そしてこの日以降、シェロはクラム王国から姿を消し――遠征隊の中に、ハンに対する不満や反発を唱える者が現れ始めた。



    「(向こうではちょっとした騒動になっておるそうだ。曰く、『海の向こうからやって来た者はやはり、まともな人間では無かった。皇帝と変わらぬ、悪の手先だ』と)」
    「(それは痛快ですね)」
     ノルド王国、ミェーチ将軍の屋敷にて、ミェーチ将軍とシェロはテーブルを囲み、食事を楽しんでいた。
    「(しかし、このまま悪評が立っていて良いのか? お主も遠征隊の人間だろう? いや既に、だったと言うべきか)」
    「(悪く言われてるのは尉官、……いや、シモンであって、俺じゃありませんから。俺はコレから、英雄になる予定ですし)」
     そう言って悪辣(あくらつ)な笑みを浮かべて見せるシェロに、ミェーチ将軍は苦笑いを浮かべる。
    「(英雄になる予定、か。しかし本当に、上手く行くのか? 吾輩には不安でならぬよ)」
    「(『1つ目』と『2つ目』があの通りでしょう? 俺の目論んだ通りに。ソレなら『3つ目』も、バッチリですよ)」
    「(であれば良いが。……いや、既に手筈は整えておることだし、今更やめにしたりはせぬがな。
     とは言え、主君を裏切ることになるのはやはり、心苦しいのだ)」
    「(お気持ちは分かります。でも閣下も言ってたじゃないスか。『このままあの王様がノルド王国に君臨しているようでは、この国も先が見える』って。
     滅ぼしたくないなら、キッチリ糺(ただ)してやりましょうよ)」
    「(……うむ)」
     ミェーチ将軍は深々とうなずき、コップに注がれた酒を一気に飲み干した。

    琥珀暁・信揺伝 2

    2018.12.16.[Edit]
    神様たちの話、第193話。シモン隊長の炎上。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 強襲騒ぎから1週間後――。「ハンくん、ハンくん。ちょと」 エリザが眉をひそめつつ、ハンの元を訪ねてきた。「なんです? また何か突飛な思い付きでも実行して、大騒ぎになったんですか?」「大騒ぎは大騒ぎや。でもアタシちゃうねん。アンタや」「俺?」 何のことか見当も付かず、ハンは首をかしげる。「俺が騒ぎを起こしたって言うん...

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    神様たちの話、第194話。
    憔悴。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ハンの悪評が立ったことで、彼は若干ながら、仕事がし辛くなった。
    「先日の強襲騒ぎに関して改めて説明するが、彼らが砂利石を撒くだけに留め、実際の破壊工作を行わなかったことの理由は今持って不明であり、更に言うならば本当に帝国兵の仕業であるかすら、定かでは無い。
     事実を明らかにするため、もう一度現地で調査を行う」
     隊員と王国兵の中から十数名を集めてそう説明したが、ハンはこの時、誰かがぼそぼそと、こうつぶやくのを聞き逃さなかった。
    「(事実を明らかにするのはあんただろ)」
    「(平気で人を殴るクセして、偉そうにしやがって)」
    「……」
     しかし、ハンは声のした方向をにらみもせず、注意することもせずに、「それでは出発する」とだけ命じた。

     これまで遠征隊については――概ねエリザの尽力によって――いい評判しか無く、ハンもその恩恵に預かる形で、何の不都合も無く指揮・統率が取れていた。しかしシェロの立てた悪評が広まって以降、程度の差はあれど、ハンの命令に従わない者が増えており、統制が取れなくなりつつあった。
     その影響もあってか、調査は全く成果が無く、ハンはただただ疲労感を覚えて宿舎に戻って来た。
    「おかえりなさい、ハン」
     自室の前まで来たところでクーが声をかけて来たが、ハンは短くうなずくだけで返し、そのまま部屋に入ろうとする。
    「ハン」
     が、クーが腕を引き、押し止めようとする。
    「何だ」
     ハンは一言、それだけ返したが、クーは何も言わず、じっと見つめてくる。
    「……何だよ? 何かあるなら言ってくれ」
    「とても憔悴(しょうすい)してらっしゃいますわね」
     クーの言葉に、ハンは横に首を振る。
    「大丈夫だ」
    「嘘はよろしくございませんわよ」
     クーがぐいっと腕を引っ張るが、ハンはびくともしない。
    「嘘じゃない」
    「嘘でなければ、どうしてあなたはそんなお顔で、わたくしに挨拶もせず、部屋に閉じこもろうとなさるのかしら」
    「顔は生まれつきだ。挨拶はしそびれた。閉じこもるも何も、まだ部屋に入ってない」
    「言い訳は無用ですわよ。とにかく、わたくしに付いていらっしゃいませ」
    「断ると言ったら?」
    「断らせませんわよ。わたくしに従うまで、この手を放しませんから」
     強情を張られ、ハンはため息をついた。
    「分かったよ。どこへ行けばいい?」
    「食堂です。あなた、朝も召し上がってらっしゃらないでしょう? マリアに伺ったら、昼も抜いていらしたそうですし。そのご様子だと、ご夕飯も召し上がらないおつもりでしょう?」
    「食欲が無いからな」
    「いつから?」
    「さあな」
    「いい加減になさい!」
     クーの叱咤に、ハンは少なからず面食らう。
    「何を怒ってるんだ?」
    「昨日もあなた、そんなご調子だったでしょう!? 一体いつから召し上がってないの!?」
    「覚えてない」
    「では即刻、食堂へ参りましょう。これ以上お食事を取らなければ、倒れてしまいます」
    「いいからもう放っといてくれないか」
    「あら」
     一転、クーはニッと、エリザのような含みのある笑みを見せる。
    「それはわたくしの招待を断ると言うことかしら?」
    「そんな顔と言い方をされて、俺が断るわけが無い。そう思ってるんだろう?」
     ハンは無理矢理にクーの腕を振りほどき、ドアを開ける。
    「今日はもう疲れた。話とか飯は明日にしてくれ」
     そのまま部屋に入ろうとしたところで、クーがこんなことを言ってきた。
    「『飯は食えるうちに食っとけ。じゃなきゃ後でマズくなる。色んな意味でな』」
    「……」
     くる、と振り返り、ハンは苛立たしげに尋ねる。
    「誰から聞いたんだ?」
    「シモン将軍とエリザさんからですわ。あなた、わたくしはともかくとして、ご自分のお父様とエリザさんまでないがしろにされるのかしら?」
    「……分かったよ。そこまで出されちゃ、何も言い返せん」
    「ではついてらっしゃい」
     それ以上文句を言う気力も湧かず、ハンは静かに、クーの後を付いて行った。

    琥珀暁・信揺伝 3

    2018.12.17.[Edit]
    神様たちの話、第194話。憔悴。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ハンの悪評が立ったことで、彼は若干ながら、仕事がし辛くなった。「先日の強襲騒ぎに関して改めて説明するが、彼らが砂利石を撒くだけに留め、実際の破壊工作を行わなかったことの理由は今持って不明であり、更に言うならば本当に帝国兵の仕業であるかすら、定かでは無い。 事実を明らかにするため、もう一度現地で調査を行う」 隊員と王国兵の中か...

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    神様たちの話、第195話。
    もうひとりの、おふくろの味。

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    4.
     食堂に着いたところで、エリザがエプロン姿で厨房から姿を現した。
    「もうでけとるで。早よ座り」
    「え? エリザさん、もしかして料理作ってたんですか?」
     ハンは思わずそう尋ね、エリザがニヤニヤと笑って返す。
    「久しぶりやろ。アンタが学校卒業した時以来か?」
    「そう言えばそうですね。航海中もこっちに来てからも、料理してるところは見てませんし」
    「鈍ってへんとええんやけどな」
     そう言って、エリザは厨房へ引き返す。
    「さあ、ハン。早く着席なさい」
    「あ、ああ」
     クーに手を引かれるまま、ハンは席に着く。間も無く、エリザが料理を盆に乗せてやって来る。
    「どないやろ」
     ハンの前に盆を置いて、エリザが尋ねる。
    「色々、驚いてます」
     食堂に来るまで鬱屈していた気分がすっと晴れていくのを感じながら、ハンは笑みを返す。
    「あの時のメニュー、よく覚えてましたね」
    「アハハハ」
    「こっちの食材で、よくこんなに再現できましたね」
    「せやろ」
    「……あの、……それで」
    「ええから早よ食べ。冷めてまうで」
    「あ、……はい、いただきます」
     急かされるまま、ハンは料理を口に運ぶ。
    「……」
     そこから最後の一口に至るまで、ハンは何もしゃべらなかった。

     すべて平らげたところで、エプロン姿のまま対面に座っていたエリザが尋ねてくる。
    「落ち着いたか?」
    「……ええ。とても」
    「アンタ、ここ数日死にそうな顔しとったもんな。相当参っとったやろ」
    「そうですね。思い返してみれば正直、参ってました」
    「そう言う時はご飯やで。美味いもん食べへんでカツカツ働いとると、人間すぐ参ってまうからな。
     ……で、ちょと真面目な話するけども」
     そう前置きし、エリザはこんなことを言い出した。
    「色々アタシの方でも調べたけどもな、どうもシェロくん、ノルド王国におるみたいやわ」
    「え?」
    「アタシの先生が『火の無いところに煙は立たぬ』っちゅうコトを言うてたけども――人間が生きて動いとる限りは、必ずドコかに痕跡が残るもんや。
     店におる丁稚さんらに、こっちやら向こうやらで露店商売させがてら偵察してもろてたらな、すぐ見つかったわ。多分、巡回しとる兵隊さんやら遠征隊の斥候さんやらにはめっちゃ気ぃ使うとるんやろけども、街中でちょこっと顔合わせる程度の丁稚さんまでは、流石に気ぃ回らんのやろな」
    「あいつは今、どうしてるんです?」
     尋ねたハンに、エリザは笑いながら答える。
    「コレが傑作なんやけどもな、ちょくちょく露店に来て冷やかししたり細々(こまごま)したん買うたりしとるんよ。シェロくんと同いくらいの、可愛い女の子と一緒にな」
    「女の子……。以前に言っていた、リディアとか言う娘のことですか」
    「さっ、ソコや。この娘のコトも調べてみたら、まあコレが驚きの事実っちゅうヤツや。本名はリディア・ミェーチ言うてな、あのエリコ・ミェーチ将軍の一人娘やねん」
    「なっ……!?」
     この情報を聞き、ハンも、そして隣で一緒に食事していたクーも、揃って声を上げた。
    「では、シェロは今、ミェーチ将軍のところで生活なさっていると?」
    「今んトコ、ヒモみたいなもんやけどな。せやけども、ちょと不穏なコト言うてたって丁稚さんから聞いてな」
    「不穏?」
    「そのリディアちゃんと買い物しとる時にな、『あと一ヶ月もすれば、俺は英雄になってるから』って言うてたらしいねん」
    「それは確かに不穏ですね」
     ハンがうなずく一方で、クーが尋ねる。
    「でも『英雄になる』とはどう言う意味でしょうか? そんなことを仰るからには、何か業績を挙げる必要がございますでしょう?」
    「ハンくんの評判下げるうわさ流したんは、間違い無くシェロくんや。となれば、ハンくんをどうにかして打ち倒し、その座に取って代わろうくらいのコトは思てておかしない。実際、今のハンくんの評判はごっつ悪い。ココで何かしら、シェロくんの株が上がるような事件が起きたら、そら英雄扱いされるやろな。
    ……っちゅうトコまでは推理でけたし、今、その筋で何や仕掛けてへんか、探りを入れてるトコや」
    「その筋?」
    「シェロくんは自分が殴られた話を大げさに言うて回って、ハンくんを貶(おとし)めよった。もしかしたら帝国兵が来て妨害工作っぽいのしとったっちゅうアレも、シェロくんが将軍のツテ使て仕掛けたコトかも分からん。タイミング良すぎるからな。
     ちゅうコトは、相手の基本戦略、基本戦法は『風説の流布』――あるコトないコトわーわー叫び回って、世論や皆の関心を、自分に都合のええようにいじっとるんや。せやから近いうち、またとんでもないうわさが流れるはずや。
     そう、例えば『うわ、もうハンニバル・シモンの下になんかいとうないわ』と思わせるに足るような、えげつないうわさがな」
    「なるほど……」



     エリザの予想は、ある程度までは的中した。
     だが一点、外れていたのは――支持を決定的に落とさせる相手が、ハンだけでは無かったことだった。

    琥珀暁・信揺伝 4

    2018.12.18.[Edit]
    神様たちの話、第195話。もうひとりの、おふくろの味。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 食堂に着いたところで、エリザがエプロン姿で厨房から姿を現した。「もうでけとるで。早よ座り」「え? エリザさん、もしかして料理作ってたんですか?」 ハンは思わずそう尋ね、エリザがニヤニヤと笑って返す。「久しぶりやろ。アンタが学校卒業した時以来か?」「そう言えばそうですね。航海中もこっちに来てからも、料理し...

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