黄輪雑貨本店 新館

琥珀暁 第5部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    • 2972
    • 2973
      
    神様たちの話、第211話。
    流れ者たちの苦悩。

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    1.
     沿岸部における一連の事件が終息した後、ミェーチ軍団は北へと進み、山を登った。この邦では「西山間部」と呼ばれている地域である。
     沿岸部がユーグ王国とノルド王国とで分割統治されていたように、この地域もまた、皇帝レン・ジーンの支配下に置かれた5つの国によって統治されている。ノルド王の庇護(ひご)を失い、野に下ることとなったミェーチは、新たな安堵の地を求めるべく、それらの国を訪ねることにした。
     ところが――。

    「レイス王国からは一言だけ、『接見を堅く拒否する』と。ハカラ王国以外の3ヶ国もほぼ同様の返事が来ました」
    「むむむ……」
     野に下ったとは言え、かつて沿岸部で功を成し名を遂げた名将ミェーチが、相当な兵力を擁する軍団を率いて遡上してきたのである。いずれの国も、彼らを「帝国に対する脅威」と見なしたらしく、軒並み門前払いしてきたのだ。
    「では、ハカラ王国からは? そちらには確か、シェロが向かっておったな?」
    「はい。間も無く戻られるかと」
    「うむっ」
     流浪の日々を共に過ごすうちに、ミェーチはすっかりシェロのことを気に入っており、それにならう形で、軍団内の者たちもシェロのことを重要人物、ミェーチに次ぐ重鎮として扱っていた。
    「彼奴であれば、他より多少なりとも良い返事を持って来るはずであろう」
    「我らも期待しております」
     と、そこへ丁度、話に上ったシェロが戻って来る。
    「ただいま戻りました」
    「おお、シェロ! ご苦労であった。して、相手の返事は?」
    「それがですね……」
     シェロは苦い顔をしつつ、その内容を伝えた。
    「まず、『当方の要請を受諾・完遂すれば、安堵を約束できるよう取り次ぐ準備がある』と」
    「おお! でかしたぞ、シェロ! やはりお主はやり手であるな」
    「あ、と。条件があるんです、条件が」
    「む、そうであるか」
     ミェーチの称賛をさえぎり、シェロは話を続ける。
    「その条件と言うのが、『ハカラ王国北部に居座る豪族たちを討伐せよ』と。その成果が確認でき次第、国王との謁見を取り次げるよう手配することを検討すると言っていました」
    「……ふむ」
     途端に、ミェーチも表情を堅くした。
    「それはまた、難題であるな」
    「あの」
     シェロが手を挙げ、質問する。
    「『豪族』と言うのは?」
    「ふむ、異邦人のお主が知らぬのも当然であるな。豪族と言うのは、一言で言えば帝国にとって『存在してはならぬ者たち』のことだ。
     帝国が全土を統一したと宣言したのが20年ほど昔のことであるが、そう宣言したからには敵対勢力なる者は一人たりとも、この邦にいてはならぬわけである。ところが帝国に与せず、己の領土を主張する者たちが数年前より山間部各地に現れ、実力行使により町や村を占拠しておる。彼らを放置することは事実上、皇帝の言葉や威光、ひいては権威をないがしろにすることになる。帝国民にとってそれは反逆罪にも等しい、極めて許されざる行為だ。
     であるからして、帝国と、そしてその属国の者は、挙って豪族討伐を推し進めているのだが……」
    「だが?」
    「これもまた一言で言えば、手強いのだ。我輩もうわさで聞いた程度でしかないが、彼奴らは帝国本軍とやり合い、返り討ちにしたことも何度かあるのだとか。負けたにしても、単純に逃亡・撤退するばかりで、殲滅にはほとんど至らんらしい。真正面からの攻勢は、現状でほとんど成果を挙げておらんようだ。かと言ってカネや地位などで懐柔し、軍門に加えようと画策しても、耳を貸さぬと言う。
     まったく帝国にとっては、腹立たしいことこの上無き奴らと言うわけだ」
    「なるほど」
     話を聞き、シェロはうなずく。
    「であれば、彼らを本当に潰すことができれば、こちらでの信用を得られると言うわけですね」
    「しかしシェロ」
     だが、ミェーチは乗り気では無いらしい。
    「我々は元々、帝国と敵対するつもりで軍団を興したわけであるし、事実、帝国軍と戦闘も行い、撃破もしている。その我らが同じ反帝国の豪族たちを討つことに、安堵以上の意義があるのか?」
    「う……それは」
     言葉に詰まるシェロに、ミェーチが畳み掛ける。
    「我々の本懐を忘れ、目先を追うことだけはしてくれるな、シェロ。他ならぬお主自身が、それで相当に痛い目を見たはずであろう?」
    「は、はい」
     返す言葉も無く、シェロはうなずくしかなかった。

     と――そこへ、リディアが飛び込んで来た。
    「あの、よろしいですか?」
    「うん?」
    「シェロ、あなたにまたお客さんです。また」
    「また? ……って、……まさかまた?」
    「ええ。また、あの人が」
    「……なんで今更?」
    琥珀暁・接豪伝 1
    »»  2019.08.24.
    神様たちの話、第212話。
    策士の再会。

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    2.
     前回と違い、現在ミェーチ軍団が駐留しているのは街外れの小屋である。応接間などと言う気の利いた部屋を設ける余裕は無く、兵士たちが見守る中で、彼女との会話が行われることとなった。
    「あー、まあ、お久しぶりやね、シェロくん」
     流石の女丈夫エリザも、どことなく居心地悪そうにしているのを感じ、シェロは率直に尋ねてみた。
    「今更何の用スか?」
    「ま、ま、気ぃ悪うしとるんは分かっとるけども、ちょと聞いて欲しいコトあるんよ」
    「聞いて欲しいコト?」
    「こっちで色々やっとって、連絡遅れてしもてゴメンやけどもな、アンタの処分についてゼロさんからいっこ、物言い入ってな。『不名誉除隊は厳しすぎや。依願除隊にせえ』ちゅうてな。王様の一声やからハンくんも嫌や言われへんかって、ほんでまあ、そのようにしたっちゅうワケやねん」
    「依願除隊に? ってコトは……」
    「せや、この前は『二度と顔見せんな』とかきついコト言うてしもたけども、アレ、無し」
    「は?」
     ころっと掌を返してきたエリザの態度に、シェロは苛立ちを覚えた。
    「何のつもりっスか、ソレ」
    「ちゅうと?」
    「そりゃ俺のやったコトはソレなりにひどいですから、何されたって文句言いやしませんけどね、ソレでも『アンタに温情見せてあげた』って態度が見え見えなんスよ。どうせ何か、別の話があって来たんでしょう?」
    「お、察しがええな」
     悪びれもせずそう返し、エリザはにこにこと笑う。
    「アンタらがやろうとしとるコトに、アタシらも一枚噛ませて欲しいんよ」
    「俺たちが? 何のコトです?」
     とぼけて見せたが、エリザは事も無げに看破してくる。
    「ハカラ王国の人らから近場の豪族倒してんかーっちゅうて頼まれたやろ?」
    「え」
     エリザの言葉を受け、シェロは面食らう。
    「なんでソレを?」
    「そらもうチョイチョイってなもんやね。アタシ個人の商売の関係で情報も集めとるから、アンタらがこっちでやっとるコトも粗方把握しとるんよ。
     で、アンタはホンマにやる気か? いや、やられへんやろなぁ。ミェーチさんがそんなん絶対許すワケあらへんしな」
    「ぐぬ……」
     つい先程交わした会話までずばりと言い当てられ、シェロは言葉を失う。
    「せやけど、ソレならこの後どないするん? このままミェーチさんと一緒にうーんうーん呪いの人形みたいにうなって悩んでてもしゃあないやろ?」
    「大きなお世話ですよ」
     辛うじて虚勢を張り、シェロは突っかかる。
    「俺たちは俺たちで何とかしますから、あなたたちはあなたたちで勝手に石ころでも何でも売りつけてぼったくったらどうです?」
    「分かってへんなぁ」
     一方のエリザも、まったく態度を変えない。
    「アタシがちょっと手ぇ貸したら、その話上手く行くやろなっちゅう目算があるんよ。せやなかったらわざわざ来るかいな」
    「何ですって?」
    「悪い話やないやろ? 今、アンタら大変やん。こんな狭い小屋に何十人も詰め込まれて、他にもまだ百人、二百人が野ざらし同然の生活や。この軍団のナンバー2、副団長の役に就いとるアンタが世話せなアカンもんな。早いトコ、落ち着けるトコ作らなアカンやろ?」
    「だから、大きなお世話だっつってるでしょう?」
     苛立ちが募り、シェロは声を荒らせる。
    「こっちでやりますから、余計なコトしないで下さい。どうせあなたたちに手を借りたら、ソレをダシにして俺たちのコト、いいように操って利用するつもりなんでしょう?」
    「せやな」
     はっきりと肯定され、シェロはふたたび面食らった。
    「なっ……」
    「何や? アタシがソコを隠したりごまかしたりして、キレイゴト立て並べて話進めると思とったんか?」
    「普通そう言うもんでしょう?」
    「そう言うみみっちくてしょうもない真似は、自分がアタマええと思っとるアホのやるコトや。アタシがそんな、脳みその代わりにゴミが詰まっとるような三流のアホ参謀やと思とるんか?
     アタシははっきり言うで。アンタを使うつもり満々やっちゅうコトも、アンタだけやなくてアタシにも利のある話やっちゅうコトもな」
    琥珀暁・接豪伝 2
    »»  2019.08.25.
    神様たちの話、第213話。
    はっきりと。

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    3.
     ずけずけと物を言いつつも、エリザは依然として、笑みを崩さない。その不敵な態度に怯みそうになり、シェロはなおも強情を張ろうとする。
    「やっぱり裏があるんじゃないっスか! そんな話、俺が聞くと思うんスか?」
    「聞くはずや。アンタやったら分かるはずやで、現状でアタシと話するのんが一番ええ策やっちゅうコトをな」
    「そうは思いませんね」
    「ほんならアンタの一番の策は何や? 正面切って豪族さんらと戦うて大勢犠牲を出して、ソイツらの焼け野原になった領土を乗っ取った上で、ボロボロの体のまま帝国さんらと連戦するコトか? 引き返して山を下って、恥も外聞も無く『やっぱアカンわ』『どうにもなりまへん』ちゅうてノルド王国に泣きつくコトか?
     ソレともこのまんま困り果てて弱り切って軍団がグズグズになったところを、ハカラ王国の人らに討ち取られるコトか?」
    「え、……え?」
     想定しない状況に言及され、シェロは戸惑う。
    「ハカラ王国が、俺たちを?」
    「おかしな話とちゃうやろ? アンタらは武力集団や。ソレも、ドコの国にも属してへん上に、帝国軍と正面切って戦ったヤツらや。帝国に従属しとるこっちの偉いさんにとったら、豪族と何ら変わらへん輩やん? せやからドコもかしこも門前払いしてきはったし、豪族と戦わせようとしとるんや。
     向こうの人にしてみたら、『同士討ちさせて共倒れしてくれたら儲けもんや』っちゅうトコやろな。よしんばどっちか生き残ったとしても、戦った後で弱っとるワケやし、倒すのんにさして苦労せんやろな」
    「ぐっ……!」
     エリザの言葉に、シェロは顔をしかめさせる。
    「……結局、こっちの人間をアテにしようなんてのが、そもそもの間違いってコトっスね」
    「そうなるな。西山間部の人らは帝国寄りやからな、帝国派やない人間は死のうが殺し合おうが、知ったこっちゃあらへんっちゅうコトや。
     もし仮に、アンタらがまったくの無傷で豪族討伐を成功させたとしても、向こうは『ほんなら話聞こか』とはならんやろな。その時はまた何やかや言い訳こねるか、別の用事押し付けるか、どっちにしても結局は追い払うつもりやろ」
    「くそ……ッ」
     シェロの攻勢が止んだところで、エリザが畳み掛ける。
    「言うとくけど、この状況で逃げるんも下の下の策やで。
     そら上手いコト行かへんかったらちゃっちゃと見切り付けて次行こか、っちゅう考えもあるし、普通は悪い手やない。でも既にアンタら、ハカラ王国でええようにあしらわれた身やろ? となれば他の国かて、同じコトするやろな。『他の国で門前払いされたヤツになんで俺らが温情見せなアカン?』ちゅうてな。そもそも『余所者』やし、そんな輩をうっかり引き入れて、帝国に目ぇ付けられたらアホみたいやろ。間違い無く、誰もまともに相手せえへんわ。西山間部中あっちこっち行く先々でそんな扱いされて追い払われとったら、いずれはドコかで全員野垂れ死にするんは目に見えとるわ。
     勿論言うまでも無いコトやろうけども、面倒見切れへんし一人で逃げてまお、っちゅうのんも無しやで」
    「にっ、……逃げるワケ無いじゃないっスか」
    「ほんならええんやけどな。後ろ見てみ」
     言われて、シェロは素直に後ろを向く。
    「……っ」
     前述の通り、この小屋には応接間など無く、仕切りらしい壁や衝立も無い。そのため今までの会話はすべて、小屋にいた兵士たちに筒抜けになっており――。
    (見てる。……すげー心配そうな目で)
    「皆な、アンタがどうやって今のこの状況を打破してくれるか、期待しとんねん。アンタが突撃っちゅうたらしよるし、塩湖越えてもっと東に行こかっちゅうたら付いてくわ。地位も職も放り出してアンタに付いて来た身やさかい、ソレ以外に何もでけへんからや。皆、アンタの決定と、命令を待っとるんよ。もっぺん、はっきり言うとくで。今逃げるんは最悪の策や。今必要なんは、前に出る策やで。
     そんなワケでや、シェロくん」
     エリザはここで、笑みを顔から消した。
    「どないする? アタシと手ぇ組むか? ソレともまだ自分一人で悩んで、どうにかでけんか考えるか?」
    「……」
     シェロはしばらく黙っていたが――やがて、「話、聞かせて下さい」と答えた。
    琥珀暁・接豪伝 3
    »»  2019.08.26.
    神様たちの話、第214話。
    北の町での試食会。

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    4.
     シェロとエリザが話し合ってから、一週間後――ハカラ王国領の北にある町、セベルゴルナ。
    「さーさー海の幸の試食会だよ、どうぞ見てらっしゃい寄ってらっしゃい! 我らが『狐の女将さん』、エリザ・ゴールドマン先生直々にお越しいただいての大盤振る舞い! 美味しい料理が盛り沢山だよー!」
     すっかりエリザの丁稚となった沿岸部の商人たちが、広場で大きな鍋を背にして横一列に並び、声を張り上げている。
     その列の中心に立つエリザも、いつものようにニコニコと笑みをたたえながら、街行く者たちに声をかけていた。
    「いらっしゃいませー、いらっしゃいませ! 本日はこちらへ卸しに来た沿岸部の各種食材の試食販売を行っております! エビ、イカ、カニにウニにカキ! 勿論お魚も一揃い、ぞろぞろぞろっと持って来とります! 本日はその試食も兼ねまして、大変美味しい料理を町の皆様へご提供いたします!」
     この邦ではまず見られない、狐獣人エリザの見目麗しい容姿に加え、並べられた料理はどれもエリザの故郷風に作られており、瞬く間に町の者の注目を集める。
    「なにこれ?」
    「え、ウニって食えたの? あんなトゲトゲが?」
    「うぇー……、なんかキモいよ? 本当にイカって食えんの?」
    「……でも、なんか」
    「おいしそー!」
    「わかる」
     あっと言う間に広場は人で埋まり、次々に料理が彼らに手渡されていく。
    「……うっわぁ、なにこれ!?」
    「え、これ、マジ美味いんだけど」
    「沿岸部ってこんな美味いのあんのかよ!?」
    「わたし、魚くらいしか無いって思ってた」
    「うんうん」
     一様に顔をほころばせ、料理に群がる人々を眺めて、エリザはさらに声を上げる。
    「本日の試食会、どうぞ楽しんでって下さい! 料理が気に入った方には調理法もお教えしますよって、どうぞお気軽にお申し付け下さーい!」
    「あ、知りたい知りたい!」
    「教えて、女将さーん!」
     試食会が始まって5分もしない内に、町中の人間が広場へと集まっていった。

     と――この騒ぎを、遠巻きに眺める者たちがいた。
    「あれは何をやってるんだ?」
    「聞いたところによると、沿岸部に来た異邦人が料理を振る舞ってるそうです」
    「異邦人?」
     町の者たちと明らかに出で立ちの違う、野趣溢れる身なりをした彼らも、恐る恐る広場に近付いて行く。
    「……っ!」
     が、広場にいた町民たちが彼らに気付いた途端、それまでの喧騒が嘘のように静まる。
    「ご……豪族、豪族だーッ!」
    「豪族が出たぞ!」
    「うわっ、わっ……」
     一瞬で場が冷え切り、エリザもそこで、宣伝の声を潜めた。
    「さーいらっしゃいませ、いらっしゃ……、っとと。
     あらあら、どないしはったんですか皆さん? なんやバケモノでも見たような顔、ずらーっと並べはって」
    「お、女将さん! ご、豪族ですよ、豪族!」
     町の者にそう返されるが、エリザはきょとんとした表情を作り、とぼけて見せる。
    「ごーぞく? はて、何でっしゃろ。まあともかく、そちらの方もお腹空いてはるみたいやし、どうぞこっち来て、アタシのご飯食べてって下さい」
    「ちょっ、エリザさん、まずいんじゃないっスか」
    「えーからえーから」
     護衛のロウをひょいと避け、エリザは料理の乗った皿と酒の入ったコップを両手に持ち、豪族たちへと近付く。
    「はい、どうぞ」
    「い……いや……」
     相手もこんな対応をされるとは思っていなかったらしく、明らかに戸惑っている。
    「……う、受け取れるか!」
     と、一人が声を荒げ、エリザに剣を向けた。
    「我々はどこにも与せぬ立場にある! 飯を恵んでもらうなど、あってなるものか!」
    「そないカタくならんと」
     対するエリザは、ニコニコと笑みを浮かべて近付く。
    「ほーら見て下さーい、むっちゃ美味しいですよー……?」
     優しい声色で招きつつ、エリザはぎゅっと、両腕を狭めさせた。途端に剣を向けていた男の視線が、エリザの顔から、ざっくりと空いたドレスの胸元へと落ちる。
    「あっ……その……おっ……ぱああぁ……」
    「立場とか誇りとか、そんな堅苦しいお話、こんな往来でせんでもええですやないの。ちょとご飯とお酒、お呼ばれするだけですやん?」
    「……あー……その……まあ、ど、どど、どうしても、と、言うのなら、その、食わんで、やらんことは、な、無いと言うか、う、うん、まあ、うん」
     強情も10秒ともたず、男はエリザの豊かな胸を凝視したまま剣を収め、カチコチとした仕草で皿とコップを受け取った。
    琥珀暁・接豪伝 4
    »»  2019.08.27.
    神様たちの話、第215話。
    食は万里を超える。

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    5.
     エリザが豪族たちを試食会へと招き入れたことで、最初は戦々恐々とした表情を並べていた町民だったが――。
    「そーれっ、一気! 一気!」
    「うぉっしゃあ! んぐ、ぐっ、ぐっ……、ぷはーっ!」
    「いよっ、いい飲みっぷり!」
     料理と酒をいくらか胃に流し込まれたところで、豪族たちの険もどこかへ吹き飛んでしまい、両者はすっかり意気投合していた。
    「いやぁ、女将さんのぉ、言う通りですねぇ~! 最初は怖い人たちと思ってましたけどぉ、こうして話してみたらぁ、楽しい人たちじゃないですかぁ~!」
    「ヒック、いや、何と言うか、……ヒック、我々も警戒しすぎたし、ヒック、警戒させすぎたかも、ヒック、すまなかった、……ヒック」
     肩を組み合い、赤ら顔を並べている町民らと豪族たちの前に、エリザがニコニコ笑いながら近寄って来る。
    「あらあら、すっかり出来上がってはりますな。どないです、もう一杯?」
    「うー、いや、もう結構れす」
    「我々も、これ以上呑んでは、ヒック、あの、実は、……ヒック、我々は、近隣の町村の、ヒック、偵察に、その、差し障る、ヒック、内緒、うー……」
     豪族が漏らしたその一言に、エリザの口元がわずかに歪む。
    「あら、お仕事中でした? そらえらい不調法してしまいましたな。起きれます?」
    「……うー……んぐ……んがっ……んごご……」
    「あららら、寝てしまいましたな」
     エリザはくる、と振り返り、ロウと丁稚たちに声を掛ける。
    「ロウくん、イワンくん、ユーリくん、ちょとこっち来てー。この人、アタシらの宿に運んで寝かしたり」
    「うっス」

     すっかり酔い潰れてしまった豪族三人が目を覚ましたのは、夜も遅くになってからだった。
    「……ん……ん?」
    「ふがっ……?」
    「……ここは?」
     真っ暗な部屋の中でまごついているところに、戸の向こうからすっと灯りの光が差し込む。
    「目ぇ覚めはりました?」
    「んっ? ……あっ、えーと、女将さん?」
    「はいどーも」
     灯りを手にしつつ、部屋の中に入ってきたエリザに、豪族たちは揃って頭を下げる。
    「すっかり世話になってしまったようだ。かたじけない」
    「いえいえ、お構いなく。ところでお腹空いてはります?」
     そう問われた途端、三人の腹が同時にぐう、と鳴る。
    「む……恥ずかしながら」
    「そう思いましてな、晩ご飯も用意しとります。こちらにどうぞー」
     エリザに導かれるまま、三人は部屋を出て、食堂に向かう。
     と、そこには中年の虎獣人と若い短耳が2人、並んで座っていた。
    「……む?」
     豪族たちがいぶかしんでいると、その二人は立ち上がり、揃って会釈した。
    「突然の訪問、失礼仕る。吾輩はエリコ・ミェーチ、ミェーチ軍団団長である。こちらは副団長のシェロ・ナイトマンだ」
    「よろしく」
    「は……はあ」
     きょとんとしている豪族たちに、エリザがやんわりと声を掛ける。
    「すぐご飯持って来ますよって、さ、お席にどうぞ」
    「う、うむ」
     促されるまま席に着き、豪族たちはシェロたちの対面に座る。と、すぐさまミェーチが立ち上がり、話を切り出そうとした。
    「単刀直入に申し上げる! 是非我々と……」「こーらっ」
     が、厨房に向かおうとしていたエリザが引き返し、ミェーチをたしなめた。
    「今からご飯やお酒やっちゅうトコで、何を堅い話しようとしてはるんですか。そんなんは終わってからのんびりしはりなさい」
    「おっ、おう? う、うむ、失敬した」
     出鼻をくじかれ、ミェーチはそのまま、すとんと椅子に腰を下ろした。
    「あー、と、まあ、女将殿にそう言われてしまっては仕方あるまい。話を変えよう。今宵の席では吾輩の娘も厨房に立っておるでな、是非ご賞味くだされ」
    「はあ」
     両者とも、何の毒気もアクも帯びなくなったところで、丁稚たちが料理を運んできた。
    琥珀暁・接豪伝 5
    »»  2019.08.28.
    神様たちの話、第216話。
    提携提案。

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    6.
     食事が始まってから30分ほどが経ち、豪族たちは――食事の合間に、彼らは「ダリノワ家家臣団」と名乗っていることが分かった――昼間と同様、顔をほころばせていた。
    「うーむ、こんなに美味いものを食べたのは今日が初めてだ。沿岸部は痩せた土地と聞いていたが、これほど食材に恵まれているとは」
    「色々試行錯誤してみましてな、仰山お魚やら何やら穫れるようになったんですわ。アタシがこっち来たばかりの頃に比べたら、まあ沿岸部の皆さん、ええ顔色してはりますわ」
    「それはうらやましい」
     一人がそうつぶやいたところで、別の者がそれをたしなめる。
    「そんなことを口に出すな」
    「そうは言うが、村でこんな豪勢な食事が出たことがあるか?」
    「我々は質実剛健を誇りとするのだ。贅沢など……」
    「カキのバター焼き片手にそんなん言うてても、カッコ付きませんで」
    「うぐっ」
     エリザに突っ込まれ、彼は顔を真っ赤にする。それを笑って眺めながら、エリザが続ける。
    「ところで皆さん、普段はどんなもん食べてはるんです? 今後の参考にでけたらと思いまして」
    「帝国下の人間は畑を持ったり牛馬を飼ったりしているようだが、我々は狩猟が主だ。たまに交換・交易はしているが、食物はほとんど野のものだな」
    「交易っちゅうと、おカネ使て買うたりしてはるんですか?」
    「我々の村にはそのような習慣が無い。基本は物々交換だ。カネが絡む取引はほとんど無いが、相手が所望する場合もあるから、多少は持ち合わせている」
    「おカネ無いと、取引し辛くありません?」
    「うむ。相手が取り合わん場合もある」
    「ふむふむ」
     そこでエリザが、こんなことを提案した。
    「せやったら、アタシらとちょと取引してみません?」
    「取引?」
    「聞いた感じやと皆さん、帝国下の人らとあんまり仲良うできひんで困っとるように聞こえますからな。や、確かに帝国そのものとは絶対仲良うでけんっちゅうのんは分かってるんです。アタシが言いたいんは、その帝国の属国になっとるトコと、っちゅうコトなんですわ」
    「む、む……?」
    「いえね、沿岸部でのお話なんですけども、アタシらが来て間も無く、巷に反帝国の風潮が起こったんですわ。元々からそう言う意識はあったみたいなんですけども、やっぱり帝国さんらはえげつないくらい強いっちゅう話ですやんか、せやからソレまで反乱も蹶起もでけん状況やったんですな。
     で、アタシらが来たコトで、『もしかしたら帝国を倒せるんちゃうか』っちゅうような空気がでけたんでしょうな、ソレから半年足らずで沿岸部におった帝国軍は壊滅したんですわ」
    「なに……!?」
     エリザの話に、彼らは揃って目を丸くする。
    「最終的に攻撃したんはアタシらの軍勢ですけども、沿岸部の人らの協力あってこその結果ですわ。ほんで、こっちでの話ですけどもな。西山間部でもアタシらが『やるぞー』言うたら付いて来る人らが、結構な数おるんちゃうやろかと思とるんですよ」
    「ふむ……」
    「ソコで、皆さんにお願いがあるんです。皆さんの戦いを支援させていただく代わりに、アタシらと手ぇ組んでもらえへんやろか、と」
    「ふむ……」
    「いや、しかし」
     豪族たちは困った顔をし、エリザに答える。
    「俺たちは単なる斥候、一家来であるし、俺たちだけでそんな話はできない。我らが主君に通さなければ、そんな決定は……」
    「ええ、ええ。十分承知しとります。せやからね」
     エリザはにこっと笑みを浮かべ、こう続けた。
    「皆さんの方からお話、通しといて欲しいんです。お土産も仰山持たせますさかい、どうぞよしなにお伝え下さい」
    「うむ、そう言うことであれば承ろう」
    「女将殿の頼みとあらば、嫌とは言えません」
     すっかり懐柔された彼らは、いとも易々(やすやす)と、エリザの頼みを引き受けた。
    琥珀暁・接豪伝 6
    »»  2019.08.29.
    神様たちの話、第217話。
    お話する? ソレとも「オハナシ」する?

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    7.
     エリザに懐柔された豪族たちは、本拠に戻ってすぐ、彼らの主君であるダリノワ王に話を伝えた。
    「……と言うことで、いずれ話をしたいと」
     だが――。
    「ならん」
     ダリノワ王はにべもなく、提案を一蹴した。
    「詳しい話は分からんが、胡散臭い。聞く価値も無かろう。以上だ」
    「し、しかし彼らと協力すれば……」
     説得しかけた斥候たちに、ダリノワ王は槍を向けた。
    「聞かぬと言っておるだろう! いい加減にせんか!」
    「うっ……」
    「この話はこれで終いだ! 分かったらとっとと……」
     ダリノワ王が声を荒げ、斥候たちを退かせようとしたところで――。
    「邪魔すんでー」
     突然、屋敷の中に女の声が飛んで来た。
    「……お、女将さん!?」
     面食らう斥候たちを気に留める様子も見せず、エリザはぺらぺらと手を振りながら、ダリノワ王の前へと歩み寄る。
    「アタシが今、皆さんがお話してた『女将さん』こと、エリザ・ゴールドマンです。よろしゅう」
    「帰れ」
     追い払おうとするダリノワ王に、エリザはにこっと笑顔を見せる。
    「ま、ま。多分そーやって邪険にしはるやろなと思いまして、こっちから来させてもろたんですわ。
     とりあえず、お話やら何やらする前にですな」
     そう言いつつ、エリザはぱん、ぱんと手を叩き、丁稚を呼ぶ。
    「お近付きの印と思いまして、ご飯ものをいくらか持って来てますんよ」
    「いらんわ!」
     ダリノワ王は怒りに満ちた顔で立ち上がり、槍を振り上げてエリザの前に立ちはだかる。
    「いい加減にしておけ、女狐。ここはわしの土地であるぞ。勝手な振る舞いをするのならば即刻、その細い首をへし折ってくれるぞ」
    「へーぇ、やれるもんやったらやってみはったらどないです?」
     が、エリザも笑顔をたたえたまま、一歩も引く姿勢を見せない。
    「言ったなッ!」
     挑発に乗る形で、ダリノワ王は槍をエリザの頭目がけて振り下ろす。ところが――。
    「ほい、『マジックシールド』」
     エリザは魔術を使い、自分の頭上に盾を作る。ダリノワ王の振り下ろした槍はその盾に弾かれ、先端が折れて天井に突き刺さった。
    「ぬッ……!?」
    「まだやる気です? やるんやったらなんぼでも付き合ったりますけどな?」
    「ぬ、……抜かせッ!」
     ダリノワ王は柄だけになった槍を投げ捨て、素手でエリザに襲い掛かる。しかしその手がエリザの腕をつかむより早く、エリザが魔術を発動させる。
    「『ショックビート』」
     次の瞬間、ダリノワ王はぐるんと白目を剥き、鼻から血を噴き出して、ばたんとうつ伏せに倒れてしまった。
    「……え……?」
    「女将さん……一体?」
    「な……何を!?」
     突然の事態に、成り行きを見守っていた斥候や丁稚らが顔を真っ青にする。しかしエリザはいつものように平然とした様子で、ニコニコと笑っていた。
    「ちょっと気絶さしただけや。安心し」

     2時間後――。
    「……う、うぬ?」
     ダリノワ王が目を覚まし、すぐに傍らに座っていたエリザと目が合う。
    「おはようさん。気分はどないです?」
    「……っ」
    「あら、そんな怖い顔せんといて下さい。アタシは最初から、平和的にお話したいなーと思て来とりますねん。ただですな」
     一瞬、エリザは目を細め、すうっとダリノワ王をにらみつける。
    「穏やかにお話でけへん人には、痛い目見てもらうコトにしとりますねん」
    「う……ぐ」
     と、すぐにいつも通りの笑顔に戻り、やんわりとした口調で続ける。
    「ソレ以外は基本的に、アタシは優しぃくするようにしとりますねん。……ソレでですな、お話、聞いてもらえますやろか?」
    「……わ……分かった。聞く。聞かせてもらおう」
     ダリノワ王はかくんかくんと首を縦に振り、エリザに従った。



     そして話をしてすぐ、ダリノワ王はエリザの申し出を受けることを受諾。エリザから金品を受け取る代わりにエリザと懇意にしているミェーチ軍団に居留地を提供することを取り決め、また、有事及び作戦行動時には三者とも、互いに協力することを約束した。
     これにより遠征隊、いや、エリザは西山間部での足掛かりを得ることに成功し、さらに途絶していたミェーチ軍団とも、関係を回復することができた。

    琥珀暁・接豪伝 終
    琥珀暁・接豪伝 7
    »»  2019.08.30.
    神様たちの話、第218話。
    三者同盟。

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    1.
     西山間部にて豪族及びミェーチ軍団と接触し、協力関係を築くことに成功した遠征隊だったが、「協力」の詳しい内容を協議する場において、エリザはまず、こう切り出した。
    「この関係は当面、秘密にするっちゅうコトで行きましょ。お互いに、知らぬ存ぜぬ誰やソレっちゅうコトで」
    「何故だ?」
     強面のミェーチとダリノワ王に挟まれるように尋ねられるが、エリザはニコニコと笑みをたたえながら答える。
    「相手に『敵』は3つやと思わせとくんですわ。
     コレが1つ、全部同じ勢力やっちゅうんなら、ドコをどう突いても1つなんやから、相手への打撃を与えたと考えはります。せやけどもコレが3つやと思とったら? 1つを攻撃しても、残り2つがその隙に攻めてきよるかも分からん。相手にとったら軽々に動けへんような状況になるワケですわ。
     反面、こっちは3つの勢力をお互いに都合のええように動かせる。身動きのでけん相手を引っ掻き回せるワケですな」
    「覚えがあるな」
     苦々しい表情を浮かべつつ、ミェーチがうなる。
    「女史はその手で沿岸方面軍をたばかり、我々に襲いかかる彼奴らを容易く撃破したと、シェロから聞き及んでおるぞ」
    「ええ。その効果は十分ご存知いただけとるコトやと思います」
     ミェーチの皮肉めいた非難をさらりといなし、エリザは話を続ける。
    「ちゅうワケで、この関係は秘密です。通じとるコト自体もできればココにおるアタシらと、家臣や幹部陣までで。下の者には内緒にしとって下さい。アタシの方――遠征隊陣営にも、アタシの他にはタイムズ殿下とシモン隊長の二人しか知らんように計ってますし。今回の話し合い自体も、来たんはアタシと商売関係の護衛さん何人かくらいですし」
    「わしを慕う民をあざむけと言うのか?」
     不満そうにするダリノワ王に、エリザはぺちん、と両手を胸の前で合わせて頼む。
    「コレは必須です。いくら箝口令(かんこうれい:特定の情報を外部に漏らさないよう命令すること)を敷こうとも、秘密を知ってしもたら、知らん子に言いたくなってまうんが人間ですしな。
     仮にこの『密約』が漏れ、帝国側にアタシらの連携が漏れたら、向こうさんは間違い無く、この3つの中で最も攻めやすく、最も弱小な軍勢を潰しにかかります。ソレがドレやっちゅうコトは、言わんでも分かりますな?」
    「む……」「ぬぬ……」
     エリザの言葉に、ミェーチとダリノワ王は互いに顔を見合わせる。
    「はっきり言いはしまいが、確かにどちらかになるであろう」
    「然り。遠征隊は沿岸部におり、数も力量も我々とは比較にならぬ。……と考えれば、少しばかり女史らに都合の良い約定ではないのか、これは?」
     ミェーチに再度にらまれるが、エリザは依然として笑みを崩さない。
    「その点は認めるところです。はっきり言うたら、仮に帝国さんが全力出してお二人の軍勢を壊滅させたとて、アタシらには西山間部の拠点を失う以上の被害はありまへんからな。
     ソレを十分に踏まえて、お二方への取引はかなり盛らせてもらおうと思てます。まず糧食に関しては」
    「糧食?」
     食べ物と聞き、ミェーチが虎耳をぴくんと震わせる。
    「抱えとる人間1人につき、主食としてお芋さんを大袋で2つ、ソレから何かしらのおかず1袋分を月に一度送ります。味は保証しますで」
    「うむっ」
     一点、顔をほころばせるミェーチに対し、ダリノワ王はしかめっ面を浮かべている。
    「わしは『虎』ではないからな。飯の味などどうでも良い。他には?」
    「美味しいもん食べへんと力出ませんで。ま、ええですわ。2番目は教育、技術指導です」
    「なんだと?」
     ダリノワ王は顔を真っ赤にし、立ち上がる。
    「貴様らがわしらに教えを垂れると? 馬鹿にしておるのか?」
    「教えるっちゅうても読み書き計算とか、そんなコドモ相手の話やありまへん。や、ウチらの文字や言葉くらいは教えな意思伝達がめんどくさいですから、ソコはある程度はしますけどもな、ソレよりもっと重要な知識がありますやろ?」
     そう返して、エリザは自分の左掌の上に、ぽん、と火を浮かべる。
    「ぬっ!? それは……」
    「そう、魔術ですわ。今までにも、帝国軍が魔術を使たっちゅう話はドコからも聞いてまへんし――そらまあ、魔術はウチら独自の知識、専売特許みたいなもんですからな――コレがあるのと無いのとでは、兵力が桁違いになりますやろな。
     ソレともこんなワケ分からんもんはいらへん、我々はあくまで素手で戦って勝つことが理想や、ソレが誇りなんやと言うんであれば、この条件は無しでも構いませんけども」
    「うぬぬぬ……」
     ダリノワ王はくる、と背を向け、すぐにもう一度、くる、と振り向き、座り直した。
    「誇りは確かにあるが、……しかし、現状でわしらが不利であることは十分に承知しておるつもりであるし、その不利を覆さぬ限り、綺麗事をべらべらと立て並べたとて、滑稽なだけだ。わしは実利を取る。是非教えを請いたい」
    「吾輩も右に同じである。誇りだ、理想だなどと言うものは、勝ってから定めれば良いのだ。それよりもまず我々が求めているのは、帝国に勝利できる力なのだ」
    「ご同意いただけて何よりですわ」
     その後も資金の提供や軍団の居留地、そして今後の戦略展開など数点を話し合い、三者同盟は正式に成立された。
    琥珀暁・密議伝 1
    »»  2019.09.01.
    神様たちの話、第219話。
    救いの手か、操る糸か。

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    2.
    「不満です」
     協議の内容を聞かされたハンは、エリザに不機嫌そうな目を向けた。
    「ナニが気に入らんねんな? アンタいっつも眉間にぎゅーってシワ寄せて。そんなツラしとったら、早よ老けるで」
     そう返しつつ、エリザはハンの眉間にちょんと指を置く。それをやんわりとながらも払い除け、ハンは口を開く。
    「余計なお世話です。ともかくこの協議内容に関して、俺は異議を申し立てます」
    「言うてみ」
    「あからさまに不平等でしょう? この取り決めには糧食や資金、技術提供の条項はあっても、戦力および兵員の提供・貸与に関する条項が無いじゃないですか」
    「せやな。そもそもが密約、対外的には秘密にするっちゅう話やからな。こっちがゾロゾロ登ってきて大々的に駐留しとったら帝国さんにバレてまうし。せやから人員の、正確に言うたら兵士さんの派遣はナシや」
    「ええ、その理由については納得しています。しかし実質的に、これは向こうで何人犠牲になろうが、我々は一切手を貸さないと言うことでしょう? その代わりとなる、資金や物資の提供と言う約定は確かにありますが、これらは沿岸部で手に入れたカネやモノを渡しているだけで、我々の資産や身を切り詰めるようなものでは無いはずです。
     結局この同盟は、我々のみが得をし、相手にのみ苦痛や労苦を課すようなものに思えてなりません。到底、公平な取引ではないでしょう」
    「せやからある程度の補償が付くんやん。ご飯代もお勉強代もタダな上に、おカネまであげるんやで?」
    「その条件だって、こちら側から押し付けたようなものでしょう? 何から何まで一方的なやり口じゃないですか。俺は納得できません」
     頑なな態度を崩さないハンに、エリザも斜に構えたまま、やり返す。
    「ほんなら納得行くよう、アンタが交渉に行くか? どないなるか、目に見えてるけど」
    「うっ」
    「四角四面で融通の利かん、強情っぱりのアンタが同じような性格のミェーチさんやダリノワさんとやいやい話したら、最後は3人取っ組み合いの大ゲンカになって終いやろな。協力どころか敵が増えるだけやな。そらぁ平和でよろしいわ」
    「……反論できないのが情けないです」
     憮然とした顔をし、ようやく口を閉じたハンに、エリザはニコニコと笑みを向ける。
    「心配せんでも、悪いようにはせんて。アタシかて、向こうにただただ辛い思いばっかりさせるんはええ気分とちゃうからな。とりあえず今考えてるんは、向こうさんが安堵した後で落ち着いて生活始めたところで、きちんとした『取引』がでけるよう、手ぇ貸したろうかって感じやね」
    「と言うと?」
    「例えば沿岸部でもお野菜作ったり家畜さん育てたりしとるけど、西山間部はこっちの何倍も規模が大きいんよ。向こうの方が寒いし、育ちにくいんちゃうかと思っとったけど、どうも土の質やら何やら、色々あるみたいでな。ほんで向こうさんにその辺手掛けてもろて、でけたもん買い取ったら、ええ商売になりそうやなって」
    「それじゃ結局、不利益を被らせるのも利益を与えられるのも、エリザさんの都合ってことでしょう? 向こうに自由行動の機会を与えないのは、隷属と一緒じゃないですか」
     どうにか非難するも、これもまた、エリザには事も無げに返されてしまう。
    「『例えば』っちゅうてるやんか。今のは一つの案や。向こうから『これしたい』て言い出さはったら、ソレはソレでアタシはきちんとお話するで。勿論、お話した上で、商売になるかどうかも相談させてもらうけどな」
    「どうあってもエリザさんが絡んでくるんでしょう? ですからそれは結局、誘導して相手を縛り付けることだと言っているんです」
    「ほんなら何や? ちょっとも絡まんと、勝手に相手に利益出させえっちゅうんか? そんなんでけるんやったら、ハナから同盟や援助やって話にならんやんか。『困ったコトあんねん』て悩んだはって、『おー大変やなーほな頑張りやー』って突き放したら、話が勝手に解決するんか? ソレで解決せえへんから手ぇ貸そか、貸してもらおか、相談しよかっちゅう話になるんやないんか?」
    「いや、それは……」
    「相談する以上、互いに相手の言うコト聞かんかったら、ソレこそ話にならんやろ? ほんなら話聞いたら、結局は多かれ少なかれ、影響されるっちゅうコトやんか。ソレが道理やろ? ソレともアンタは一言も言葉を交わさず、解決策を提示でけるっちゅうんか? どないやな?」
    「それは……その……」
    「自分の感情に任せて、理屈の通らん無茶を言うたらアカン。アンタもええ歳した大人やねんから、考えてモノ言いよし」
    「うぐぐ……」
     散々に言葉尻で小突き回され、ハンはそれ以上の抗議を諦めた。
    琥珀暁・密議伝 2
    »»  2019.09.02.
    神様たちの話、第220話。
    愚痴吐く相伴。

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    3.
     エリザにあしらわれたその晩、ハンはクーとともに夕食を取りながら、愚痴をこぼしていた。
    「本当にあの人と来たら」
    「まあまあ」
     クーがなだめつつ、酒の入ったコップをハンに差し出すが、ハンは受け取らずに愚痴を続ける。
    「結局、あの人は自分勝手なんだよ。自分の利益しか考えてないような人なんだ」
    「わたくしは、そのようには存じません」
     クーがかばうが、ハンは聞き入れようとしない。
    「どこがだよ? いつも俺が苦労させられてるじゃないか」
    「ではあなたは、シェロが風説を流布したあの事件について、エリザさんが何の苦労も苦心もされていないと? あなたの悪評を撤回・返上して下さったのは、一体どこのどなたなのかしら?」
     指摘され、ハンは一転、ばつが悪そうな顔をする。
    「……ん、ん。まあ、うん、それは確かにそうなんだが」
    「でしょう? あなたがお考えになっている以上に、エリザさんはあなたのことを、いいえ、わたくしたちや他の皆さんのことを気にかけていらっしゃいます。
     シェロのこともそうです。今回、エリザさんがわざわざ足を運び、シェロの元を訪ねましたけれど、この際に彼の名誉回復についてまでご説明差し上げたそうでしょう?」
    「ああ、そう聞いてる」
    「これが優しさでなくて、何だと仰るのです?
     はっきり申せば、シェロ本人にその話をする必要性は、わたくしたちにはございません。既に隊を離れた彼がどのような艱難や辛苦に苛まれようと、最早関係が無いのですから。しかしエリザさんは、それを本人に伝えたのですよ? もし彼女が本当に利己的で、自分の利益と都合しか考えず、ただ周りに迷惑をかけるだけの存在であったならば、そんなことをなさるはずがございません。
     そもそもエリザさんの優しさについては、あなたのお父様からもお伺いになっていたでしょう? これは決して、わたくし個人の勝手な思い込みなどではございませんわ」
    「ああ、まあ、確かにそうだが、……うん?」
     ハンはけげんな顔をし、クーに尋ねる。
    「何故その話を知ってる? それは俺と親父が二人だけの時にした話のはずだが」
    「あっ」
    「……まさかとは思うが」
    「い、いえ、そ、その」
    「君はまさか、あの時……?」
    「え、えーと……」
     目をそらすクーの横に回り込み、ハンは詰問する。
    「聞いてたんだな? そうか、『インビジブル』だな? 姿を消して、堂々と俺たちの前で盗み聞きしてたってわけか」
    「あ、いえ、さようなつもりでは」
    「何がさような、だよ? 自分に聞かされる予定の無い話を隠れて傍聴する行為が盗み聞きじゃなけりゃ、一体それは何だって言うんだ?」
    「……も、申し訳ございません」
     答えに窮し、クーは素直に頭を下げて謝った。
    「はぁ……。いいよ、別に。聞かれて困るような話はしてないし、そもそも、するつもりも無かったからな。
     だけどクー」
     ハンはクーの肩に手をやり、きつい口調でたしなめた。
    「次やったら、いくら君が相手でも、俺は本気で怒るぞ。君は俺のことを好き勝手にできる相手と見ているようだが、君がこんなはしたないことを繰り返すような子なら、俺は陛下のお膝元を離れてでも、君に二度と会わないようにするからな」
    「はい……。本当に、反省しております。ごめんなさい、ハン」
     もう一度ぺこっと頭を下げるとともに、クーは再度、コップを差し出した。
    「お詫びの意味も込めて、一杯お飲みになって下さいまし。お注ぎいたしますから」
    「ああ」
     ハンはコップを受け取り、クーに酒を注いでもらう。
    「さ、さ、どうぞ一献」
    「まだ君は俺のことを侮っているみたいだが」
     ハンは一杯になったコップを口元に持って行きつつ、こう続けた。
    「俺が酒の1杯や2杯で前後不覚になって、これで説教を切り上げるだなんて思うなよ」
    「ええ、重々承知しておりますわ」
    「まったく……」
     ハンは憮然とした顔で、ぐい、と酒をあおり――すとんと椅子に座り、そのまま仰向けになって眠ってしまった。
     その寝顔を恐る恐る眺め、完全に寝入ったことを確認して、クーはぼそっとつぶやいた。
    「……危ないところでしたわね。ハンのことですから、本当に負けん気を出して去りかねませんものね。今後は気を付けてお話しすることにいたしましょう」
    琥珀暁・密議伝 3
    »»  2019.09.03.
    神様たちの話、第221話。
    クーとおはなし。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「尉官、本っ当にお酒弱いんですから、そんなことしたらダメですよ」
    「ええ、承知しております」
     クーがハンを酔い潰した翌日、街に新しく作られた喫茶店にて、クーから事の顛末を聞いたマリアが、彼女をたしなめていた。
    「中身が叱責とは言え、お慕いしている方とのお話が止まってしまうのは残念ですもの」
    「や、そっちもクーちゃんには大事だと思うんですけども」
     マリアは困った顔をしつつ、クーにこう伝えた。
    「尉官、お酒呑むと翌日、ものっすごく体調崩しちゃうんですよ。顔色もいつもの三割増で青くなっちゃいますし。なのに無理矢理仕事出て来るから、周りの気が気じゃないんですよねー」
     これを聞いて、クーは「あら」と声を上げた。
    「では、今日も……?」
    「間違いなく真っ青です。あと、いつもコップ1杯でぐったりしちゃいますからあんまり無いですけど、うっかり2杯も呑んじゃうと、胃腸ぎゅるぎゅるになっちゃうみたいです。今よりもっとガリガリになっちゃったら尉官、お仕事できなくなっちゃいますよ?」
    「十分に留意いたしますわ。ありがとうございます、マリア」
     クーがにこっと笑みを返したところで、マリアが「あ、そー言えば」と声を上げる。
    「尉官とクーちゃんのお二人だけで話してたんですよねー、それって」
    「ええ、さようですわ」
    「何のお話してたんですかー? や、下世話なこと考えてるわけじゃないんですけどー、最近なんか、エリザさんも尉官も、こそこそっと話してることが多いんですよね。で、クーちゃんもちょくちょく同じよーにお話ししてるから、何か知らないかなーって」
    「え? ええと、それは……」
     クーはそれが「密約」に関する話だろうと察したが――。
    (エリザさんからも『秘密やで』と念押しされておりますし、いくらマリアが相手でも、漏らすことはいたせませんわよね)
     元来、嘘や隠し事が苦手なクーではあったが、ともかくその場は隠そうと努めた。
    「……そうですわね、軍事上・政治上の機密も含んでおりますから、あまり軽々にはお話しできる内容ではございません。申し訳ございませんけれど、この件に関してはあまりお尋ねいただかない方がよろしいかと」
    「あ、やっぱり何かやってるんですねー? また何か進行中ってことですね」
    「えっ!?」
     が、あっさり見抜かれてしまい、クーは口を両手で抑え、黙り込む。
    「もごもご……」
     そんなクーの様子を見て、マリアはケラケラ笑う。
    「や、だいじょぶですって。秘密なら秘密であたし、それ以上は聞きませんから。いつものアレです」
    「そうしていただけるとたいへんたすかります……」
    「あとですね、クーちゃん。聞かれたくないって話があること自体悟られたくないなー、気取られたくないなーって時はですね、例えば『わたくしは存じ上げませんわね』とかって、自分もまったく知らないですよーって感じでごまかした方が、勘繰られずに済みますよー。あたしの場合はなんか、クーちゃんがあんまりにも正直者すぎて聞くのためらっちゃいますけど、性格悪い人だったら、しゃべるまでとことん根問いされちゃいますよ、きっと」
    「ごしてきまことにいたみいります……」
     かくんかくんと首を振りつつ、クーは口に当てていた手を、顔全体に滑らせた。

     と、そこへ――。
    「あ、マリアさん。それから殿下も」
    「あれ、ビート? ……とトロコフさん」
     ビートとイサコが店内に入るなりマリアたちに気付き、近寄って来る。
    「珍しいね。仲良かったっけ?」
    「いや、ハーベイ君に話を聞こうとしていたのだが、彼から『立ち話もなんですから』と、こちらに連れて来られた次第である。
     しかし丁度良かった。タイムズ殿下にもお尋ねしたいと考えていたので」
    「わたくしに?」
     そう返し、クーは一瞬、チラ、とマリアに目をやる。
    (『知らない素振り』、でしたわね?)
    (そ、そ)
     マリアと目線を交わし、クーはイサコに向き直る。
    「いかがされまして?」
    「そちらの……、遠征隊の運営に関わることと思うのだが、シモン尉官本人に聞くのも面倒と言うか、あまり色良い答えが返って来そうに無いと言うか」
    「はあ」
    「いや、前置きは不要であるな。率直にお聞きいたそう」
     イサコは顔を強張らせ、恐る恐ると言った口調で尋ねてきた。
    「シモン尉官の側近と言うか、班編成はナイトマン放逐以降、ハーベイ君とロッソ君の2人のままだが、今後も現状を維持するのだろうか? 補充などは考えておらんのだろうか?」
    「えっ? そんなことですの?」
    「そ、そんなこと?」
     肩透かしを食い、ずれた返答をしたクーに、イサコは目を丸くする。
    「いやいや、放置すれば指揮系統に乱れが起こり得る、重要な案件だと思うのだが」
    「あ、あっ、さようですわね、失礼いたしました」
     クーは取り繕いつつ、もう一度マリアに目を向けたが――。
    (……んもう!)
     マリアは顔を背け、背中をぷるぷると震わせていた。
    琥珀暁・密議伝 4
    »»  2019.09.04.
    神様たちの話、第222話。
    欠員。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ビートたちを座らせ、クーとマリアは改めて、イサコの相談に乗ることにした。
    「でも確かに、班編成って4人が基本ですもんね。もうかれこれ2ヶ月は1名抜けたままですし、尉官にしてはきっちりしてませんね」
    「同意見である。……それに、何と言うか、なんだ」
     イサコは遠慮がちに、こう続けた。
    「呼称は『班』であるとはいえど、事実上は隊長および副隊長の側近であり、遠征隊全隊を統括・指揮する中枢だ。そこに籍を置くことができれば、軍における地位も相当なものと見なされよう」
    「そーですかねぇ?」
     首を傾げるマリアに対し、ビートはイサコに同意する。
    「有り得る話です。事実、僕たちは陛下やシモン将軍、エリザ先生と言った実力者に会え、気さくに話ができる立場にありますし。それは即ち、彼ら権力者に対して直接意見を申し立てることができると言うことでもあります。
     もしトロコフ尉官がこの班に入るとなったら、事実上、遠征隊の中で隊長や副隊長に次ぐ地位を獲得することになるでしょうね」
    「い、いや、私はそこまでのことは……」
    「ハンやエリザさんご本人に仰らず、こうして迂遠な尋ね方をされているのですから、その目論見を多少なりともお持ちなのでしょう?」
     クーに看破され、イサコは顔を真っ赤にする。
    「う、……そ、その、正直に言えば、ちらりと頭をよぎった。あわよくば、……と」
    「実際、どーなんでしょうね? トロコフ尉官がこっちに来るってことになりますもんね、班に入るってなったら」
    「さようですわね。そのようになれば、国際的な問題が発生いたしますわね」
    「ふむ……」
     クーの返答を聞いて、なんとなく浮かれていたように見えたイサコは一転、明らかに消沈した様子を見せる。
    「確かに――事実上、その支配から逃れたとは言え――帝国の人間を配下とすれば、帝国からの印象は一層悪くなるだろう。タイムズ陛下やシモン尉官は友好的に関係を取ろうと考えているのだし、その線は無いか」
    「トロコフ尉官には残念かと存じますが、恐らくは。そもそもハンのお心積もりとしても、あなた方を自分の部下として扱おうとはなさらないのではないでしょうか。対等な関係をとお考えのようですもの」
    「なるほど。確かに班に入れば、それは下に付くと言うことでもあるな。……今更彼を上司と仰ぐ形になったとしても、それは私も、恐らくは彼も、居心地が悪いだろう」
     イサコは気まずそうな顔で、クーたちに深々と頭を下げた。
    「済まないが、今の話は聞かなかったと言うことにしてくれないか? これがシモン尉官やエリザ先生に知れれば、恥ずかしくて城にいたたまれない」
    「ええ、承知しておりますわ。わたくしたちはただ、お茶をご一緒しただけです」
    「恩に着る」
     もう一度ぺこりと頭を下げ、イサコは恥ずかしそうに笑った。
     と、ここでマリアが誰ともなしに尋ねる。
    「でも――トロコフ尉官の話を蒸し返すつもりじゃないですけど――実際のところ、欠員補充ってするんですかね? ずっと空きっぱなしって言うのも、なんか不安ですし」
    「補充されるおつもりでしょう。『規律上』、4名編成と定められておりますもの」
     クーの言葉で、一同の顔に笑みが浮かぶ。
    「違いない。彼は守る男だからな」
    「ですよねー」
    「守らないはず無いですね、絶対」
     クー自身もクスクスと笑いながら、私見を述べた。
    「恐らくは今、選定なさっている最中と存じますわ。トロコフ尉官が仰った通り、遠征隊の中でも重要な位置にございますもの。軽々な判断を避け、じっくり吟味されていらっしゃるのでしょう」
    「うむ」
    「あ、それなら聞いてみたらどーでしょ?」
     と、マリアが手を挙げる。
    「素直に聞いてみるのが一番早いかもですよ。トロコフ尉官も気にしないですよね、もう」
    「ああ」
    「じゃ、お茶終わったらみんなで聞きに行きましょー」
     マリアの提案に、全員が賛成した。
    琥珀暁・密議伝 5
    »»  2019.09.05.
    神様たちの話、第223話。
    雲上の不穏。

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    6.
    「その件は検討中だ。詳細が確定し次第、周知する」
     マリアの予想通り、ハンはいつにも増して真っ青な顔をしながらも、質問に答えた。が、クーは納得しない。
    「単に人員を補充するだけであるならともかく、この件はマリアとビートの職務に、密接に関わるものでしょう? 本人たちにも直前まで、全く何も知らせないと仰るのかしら」
    「む……」
     クーに詰め寄られ、ハンは黙り込む。その様子を見て、ビートが尋ねてくる。
    「何か話せない事情がある、と言うことでしょうか?」
    「端的に言えばそうだ。いや、正確に言うならば、話そうにもまとまった情報が無いんだ」
    「情報が無い、と言うのは?」
    「まず、現地における人事権は俺とエリザさんにあるが、班員補充の件は俺より上の人間が管轄している。そのため俺もエリザさんも、この件に関しては現状でまだ、何の情報も通達されていない」
    「上層部から、班員補充はこの邦にいる人間から行わない、と通達があったと?」
     尋ねたビートに、ハンは小さくうなずいて返す。
    「そうだ。俺もエリザさんも、当初はその線で話を進めようとしていたんだが、陛下からこの件に関して、『こちらで人員を用意し、遠征隊の交代要員とともに派遣するつもりだ』と連絡があったんだ」
    「お父様から?」
     そう返したクーに、ハンが釘を刺す。
    「一応言っておくが、クー。この件について陛下に質問しないでくれ」
    「何故ですの?」
    「陛下ご自身から、『この件は詳細がまとまるまで内密に進める』と仰られたからだ。君がこの件について聞けば、もう内密の話じゃなくなる。陛下の機嫌をわざわざ損ねさせるようなことはしてもらいたくないし、君だってしたくないだろう?」
    「ええ、さようですわね。でも、普段のお父様らしからぬご様子ですわ」
     納得する様子を見せず、クーが聞き返す。
    「シェロの一件が関係しているのかしら?」
    「その可能性は大いにある。シェロにされたように、次の班員も裏切ったり無許可離隊したりなんかしたら、陛下はより深く御心を傷められるだろうし、何より軍の規律に大きなヒビが入る」
    「お父様やシモン将軍が直々にご指名なさった方が立て続けにそんな不調法をいたせば、面目が立ちませんものね」
    「そうだ。それに、もしも裏切るだとかそんな行為を絶対に起こさないような人間だとしても、どうあれその人間は、『陛下直々のご指名』を受けるんだからな。人選は細心の注意を払ってしかるべきだろう」
    「もし本当にさような思惑をお持ちなら、いっそハンにこちらで選出・指名させればよろしいのに」
     クーの意見に、ハンは青い顔をしかめさせる。
    「それもそれで角が立つだろう。ただでさえ、現地でなし崩し的に交戦したり独断専行があったりと、陛下の思惑や意向にそぐわない出来事が度々起こってるんだ。その最中に俺が、遠征隊やこっちの誰かの中から、新たに班員を補充したと報告すれば……」
    「ますます独断専行が強まった、と疑われても仕方ございませんわね。となれば、この人事に関して異議申し立てなど、到底いたせませんわね」
    「そう言うことだ。俺としても、この件に関してはこのまま待つしか手立ては無い」
    「尉官は本当に、何にも知らされてないんですか?」
     尋ねたマリアに、ハンは首を横に振る。
    「全く、だ。選抜しているであろう人間の人数すら聞かされてない。恐らく俺のところには、結論だけ伝えられるんだろう。『この人物を班員にせよ』と」
    「何と言うか……、強引な話ですね」
     ビートのつぶやきに、クーが大きくうなずく。
    「さようですわね。まったく、お父様らしくございませんわ。一体どうなさったのかしら」
    「実は陛下からその通達があった後に、親父から極秘ってことで連絡が入ったんだが」
     そう返しつつ、ハンは困った表情を浮かべた。
    「どうやら陛下は、疑心暗鬼の傾向が強まってきているらしい。
     1年半前、陛下がエリザさんのことを酷評されたことがあったが、あれもまだ、内々での話だったし、公然と非難されたわけじゃない。だが最近では――流石に名指しではないとのことだが――公の場でエリザさんや遠征隊、そして俺のことに関しても、それとなくながら非難するような発言が目立ち始めた、と」
    「まあ!」
     これを聞いて、クーが嘆く。
    「ではお父様は、遠征隊の活動に反対していらっしゃるの?」
    「現状ではまだそこまで言及されてはいないそうだが、多少なりともその思いはあるかも知れない。となれば、もしかしたらそう遠くない内に、遠征の中止が命じられる可能性もある。
     これは再度、エリザさんにも厳重注意しようと思っていることだが――どうか皆、今後はより一層、勝手な行動を控えるように注意してほしい。これ以上陛下のご機嫌を損ね、本格的に反対されるようなことがあれば、俺たちの任務はそこで終わってしまう。折角築いたこの邦との関係も、そこで断ち切れてしまうだろう」
     真剣な顔で周知するハンに、一同は黙ってうなずくしか無かった。

    琥珀暁・密議伝 終
    琥珀暁・密議伝 6
    »»  2019.09.06.
    神様たちの話、第224話。
    クーのかんしゃく。

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    1.
     沿岸部が平定された直後、ゼロからの命令に伴い、遠征隊の半数が本土へ帰還することが許可された。そして同時に、交代および補充要員として、本土から兵士が送られることも決定されていた。
     だが、決定してすぐに人員が送られてくる、とは行かなかった。何故なら――。
    「わーぉ。カッチコチですねぇ」
    「さようですわね」
     北の邦唯一の不凍港と言われるグリーンプールでさえも凍りついてしまう厳寒期が到来し、港が使用不可能となっていたためである。
     すっかり凍りつき、雪がこんもり乗った海を見下ろし、マリアがため息をつく。
    「これじゃ、しばらく船動かせそうにないですねー」
    「そのようですわね。港にあった船は全て、船渠(せんきょ)に収められたと伺っております。わたくしたちが乗ってきた船も、あちらに収まっているそうです」
     そう言って、クーは港の端にある大きな建物を指し示す。
    「でっかいですね」
    「元は帝国沿岸方面軍が使用していた臨海基地だったそうですが、現在は王国が管理しているそうです。設備も王国のものより随分よろしいそうですよ」
    「へぇ~」
     それを聞いて、マリアは興味深そうな目を船渠へ向ける。
    「覗いてみません?」
    「ええ、よろしくてよ」
     クーも二つ返事でうなずき、二人は船渠を訪ねることにした。

     中に入ったところで、二人の目に巨大な影が映る。
    「あ、陸に揚げてるんですねー」
     遠征隊の船が陸揚げされ、船底の板が張り替えられているのを見て、マリアがうなる。
    「うーん、海に浮かんでる時はそんなに思ってなかったですけど、こうして全体見てみると、やっぱでっかいんですねぇ」
    「600人が一度に乗船していたのですもの。一つの村と同規模と考えれば……」
    「あー、確かにそーですねぇ」
     他愛もないことを話しながら近付こうとした二人を、作業員が止める。
    「おい、危ないぞ!」
    「あら、失礼いたしました」
    「お前ら部外者だろ? 勝手に入って来るなよ」
     つっけんどんに追い払おうとする作業員に、クーはつい、言い返してしまう。
    「わたくし、視察に参りましたの。訪ねずにお邪魔したことは謝罪いたします。今からでも許可をいただけるかしら?」
    「ああん? 何様だよ、お前? ちんちくりんが偉そうにしやがって」
    「ち、ちんっ?」
     作業員の暴言に、クーは顔を真っ赤にして怒り出す。
    「あなた、わたくしをご存知無いのかしら?」
    「知るか。とっとと出てけ、クソガキ」
    「まあ!」
     思わず、クーは魔杖を手にしかけたが――。
    「ダメですって」
     柄を握った右手を、マリアが押し止める。
    「ごめんなさーい。すぐ出て行きますから。お邪魔しましたー」
     マリアはクーの手を引いたまま、ぺこっと頭を下げ、くるりと踵を返して、そのまま立ち去った。

    「何故ですの、マリア!?」
     船渠を出たところで、クーは声を荒げてマリアに突っかかった。
    「あんな無礼をされて、何故わたくしが謝って引き下がらなければならないのです!?」
    「や、あたしたちの方が悪いじゃないですか、今のは」
    「一体何が問題だと仰るのです!?」
    「勝手に入って、勝手に危ないトコ近付いたら、いい人なら誰だって止めますよ?」
    「あんな態度を執る人間のどこがいい人なのです!?」
    「あのですね、クーちゃん」
     マリアはぺちん、とクーの額に平手を置く。
    「うにゃっ!? な、何をなさいますの!?」
    「あっちっちですねぇ。アタマ冷やしましょ?」
    「冷静ですわ!」
    「ワガママ言いっぱなしの人を冷静沈着って言いませんよ。今日はもう帰りましょ?」
    「こ、この無礼者……ッ」
     頭の中が怒りで沸き立ち、クーは右手を挙げた。
    「クーちゃん」
     が、マリアはいつもどおりの様子で、その右手を両手で抑える。
    「今日はもう、大人しく、お城に帰りましょう。これ以上騒いだら、尉官にもエリザさんにも迷惑かけますから」
    「はっ、放しなさ……っ」
     言いかけて、クーは言葉を詰まらせた。マリアがいつになく、真剣な目で自分を見つめていたからである。
    「もう一度言いますよ。帰りましょう」
    「……はい」
     視線に射抜かれ、クーの怒りは一瞬で萎える。
     素直に従い、クーとマリアはそのまま、無言で城へと戻った。
    琥珀暁・姫惑伝 1
    »»  2019.09.08.
    神様たちの話、第225話。
    クーのやぶへび。

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    2.
    「それで、どうあっても聞き入れていただけないようでしたので、仕方無く、その場は鉾を収めることにいたしましたの。でも、今でもまだわたくし、憤懣やるかたない気持ちで一杯ですの。
     ですからハン、あなたから何かしらの制裁を加えていただけないかしら?」
    「そうか」
     クーから船渠でのやり取りを聞かされ、ハンははあ、とため息をついた。
    「まず第一に言うことがある。俺は数日前、『勝手なことをするな』と通達したよな?」
    「ええ」
    「その場には君もいたはずだな?」
    「さようですわね」
    「それじゃ確認するが」
     ハンはキッとクーをにらみ、刺々しい口ぶりで尋ねる。
    「君は俺やエリザさんの許可も無く、遠征隊ではなく王国軍が管理している場所へずかずかと立ち入り、作業員の邪魔をし、挙げ句に騒ぎを起こしかけたんだな?」
    「あっ」
     声を上げたクーを依然にらみつけたまま、ハンはこう続ける。
    「それで腹を立てたから、俺に制裁しろって? 俺に君のワガママを聞き入れ、まっとうな対応をしたであろう作業員に不当な罰を与えろって言うのか? とんだ暴君だな。陛下が事の顛末を聞いたら、一体どんな顔をされるだろうな?」
     話がまずい方向へ向かっていることを察し、クーは席を立とうとする。
    「あ、あのっ、今のは無しで」
    「無しにできるか!」
     が、ハンがすかさず立ち上がり、クーの手を引きつつ叱咤する。
    「いいか、今の状況をよくわきまえろ! そんな話が今の、不安を抱いている陛下の耳に入ったら、君は間違い無く強制送還だ! それだけじゃない。俺も班の皆も、監督不行き届きで帰還命令を出されるだろう。最悪の場合、遠征隊全員が引き揚げさせられることにもなりかねない。
     そんなことも考慮せず、君の屈辱と鬱憤を晴らすためだけに罰を与えろって言うのか!?」
    「あの、その、も、もう結構です。わたくし、その、は、反省いたしましたから」
    「そんなことを口先で軽々しく言ったところで、本当に君が反省したと、俺が見なすと思ってるのか!?」
    「あぅ……」
     言葉に窮し、うつむくクーに、ハンが畳み掛ける。
    「前々から思っていたが、君は本当に傲慢で自分勝手でワガママだ! その性分を直さなきゃ、いつか必ず大きなトラブルを起こすだろう。一度どこかで痛い目を見なきゃ、それがさっぱり分からないようだな!?」
    「い……いえ、その」
    「『その』!? なんだ!?」
    「……なんでもございません」
     クーが黙り込んだところで、ハンは咳払いし、声色を落ち着いたものに変える。
    「ともかく、軽率にこんな振る舞いをするようじゃ、君をこのまま放置しておくわけには行かない」
    「えっ?」
     クーが顔を挙げたところで、ハンは彼女の鼻先に、びしっと指を向けた。
    「君に罰を与える」
    「わ、わたくしに?」
    「君をこのまま放置していたら、また何をしでかすか分からん。一度きっちり、心の底から反省してもらわなくてはな」
    「あっ、あなたに、そんな権限……」
     クーは慌てて撤回させようとしたが――。
    「まだ何か文句があるのか?」
    「……いえ」
     ハンににらまれ、クーはふたたび黙り込んだ。

     2時間後、クーはいつもの瀟洒(しょうしゃ)なドレスではなく、簡素なエプロンと三角巾を着けてエリザの店に立っていた。
    「ほな、まずは廊下の掃除からよろしゅう。終わったらアタシんトコ戻って来てや」
    「うぐぐぐ……」
     クーは涙目でエリザに訴えたが、彼女は肩をすくめて返す。
    「そんな目ぇしてもアカンもんはアカン。アタシもアンタの味方してあげたいんは山々やけど、今回ばっかりはハンくんの言う方が正しいからな。諦めて丁稚さんになってもらうで。
     はい、モップとバケツ。水は大事に使いや」
    「……はぁい……」



     その後3日間、クーはエリザの店の丁稚として、朝から晩まで働かされることとなった。
    琥珀暁・姫惑伝 2
    »»  2019.09.09.
    神様たちの話、第226話。
    クーのときめき。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     丁稚奉公を終え、3日ぶりに玉座に就いたところで、クーは頭を抱えて深いため息をついた。
    「はあぁ……。わたくしがどうして、このような目に遭わなければならないのかしら」
    「そりゃまあ、仕方無いですって」
     と、その前にひょい、とマリアが姿を現す。
    「あっ、マリア!」
    「お久しぶりです。大変でしたねー」
     そんなことを言ってきたマリアを、クーは恨みがましくにらみつける。
    「あなた、この3日間、どちらにいらしたの? わたくしが汚れ仕事を強制される羽目になったのは、あなたにも責任の一端がございますのよ?」
    「どこって、お仕事してましたよ。尉官とビートと一緒に、東の方の測量に。尉官が『ようやく測りに行ける』って、珍しくご機嫌でしたから」
    「ぐぬぬ」
     公用と聞いては、自分の怒りをぶつけることもできない。歯噛みするしかなく、クーは黙り込んでしまった。
    「で、で、聞いたんですが」
     と、そんなクーに、マリアがあれこれ話しかけてくる。
    「クーちゃん、エリザさんのトコで罰受けてたんですってね」
    「……」
    「見てみたかったですねー、クーちゃんのエプロン姿」
    「……」
    「あら、お手手かっさかさになっちゃってますね。水仕事大変だったみたいですね」
    「……~っ」
     苛立ちが募り、クーはキッとマリアをにらみ、怒鳴りかける。
    「あなたっ……」「あ、そーそー」
     が、そんなクーを気にかける様子も見せず、マリアは話題を変える。
    「その測量でですねー、あたしたち変なの見付けたんですよね。何て言うか、遺跡? みたいな、そんな感じのトコなんですけどね」
    「それが一体、……遺跡? ですって?」
     マリアの話を聞いた途端、クーの怒りはどこかへ飛んで行ってしまった。
    「それは、どのような? 帝国軍が使っていた基地などでは無く?」
    「そんなのよりもっと古そうな感じでしたよ。あ、遺跡って言いましたけど、ビートは『これは正確には遺構(いこう:地中に埋もれる形で遺った住居跡)って言うんじゃ』みたいなこと言ってましたね。で、文字みたいなのもあったんですけど、全然分かりませんでした。これ、もしかしたらすっごくすごい感じのやつなのかなーって尉官と話してたんですけど、また来週くらいに調査へ出かけようかーって言ってるところなんですよね。クーちゃん、一緒に来ます?」
    「えっ?」
     思いもよらない提案に、クーは面食らう。
    「何故わたくしを? 調査目的であれば、公務でしょう? ハンが許すはずがございませんわ」
    「いや、むしろクーちゃんがいた方がいいですよねーってあたし、尉官に提案したんですよね。色々調べ物しなきゃいけないですし、そーゆー調査するんだったら、クーちゃんの力を頼った方がいいんじゃって」
    「さ、さよう、ですか。……コホン、な、納得いたしましたわ」
     自分では努めて冷静に応じたつもりだったが、声が上ずっているのを自分でも感じ、クーは咳払いでごまかす。
     その様子を眺めていたマリアは歯がチラチラと見えるくらい笑い転げながら、話を切り上げた。
    「あは、ははっ、うふふ……。あー、うんうん、乗り気で良かったです。じゃ、尉官にそー伝えときます。後でまた」
    「えっ、ええ。よっ、よしなに」
     ぎこちない返事をしたクーに背を向けて、マリアはその場を後にした。

     クーのいる王の間から廊下に進み、角を一つ曲がったところで、マリアはその陰に立っていたハンに笑いかけつつ、こそこそと声をかけた。
    「ってことなので、後で尉官からも言ってあげて下さいね」
    「ああ」
    「あ、でもあたしと一緒の方がいいですかね? 尉官とクーちゃんの二人きりじゃ、また尉官がドカーンってなって、こじれちゃうかもですし」
    「そんな心配はしなくていい。公務の一環だからな。淡々と伝えるだけだ」
    「本当に公務って思ってたら、そんなこと言わないですよね?」
    「む……」
     気まずそうな顔をするハンに、マリアはいたずらっぽい口調で突っ込む。
    「本当に尉官、色々不器用ですよねー。女の子の扱いとか、公私の分け方とか」
    「……」
     黙り込むハンをよそに、マリアはニコニコと笑みを向ける。
    「でも嫌いじゃないですよ、そーゆーとこ。だからちゃんとフォローしますよ。そもそもあたし、尉官の補佐ですしね」
    「……すまん」
     頭を下げたハンにぺらぺらと手を振って返し、マリアは立ち去った。
    琥珀暁・姫惑伝 3
    »»  2019.09.10.
    神様たちの話、第227話。
    クーのかんさつ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「ねえ、マリア。わたくし、以前からもしかして、と存じていたことがございますの」
    「なんでしょー?」
    「ハンは無趣味かつ無嗜好の人間だと以前より拝察していたのですけれど、もしかしてハンは、測量がご趣味でいらして?」
     そう問われ、マリアはあごに指をやりつつ、「んー」とうなる。
    「そーかもですね。尉官、いーっつもしかめっ面してるのに、測量する時はなーんか、楽しそうですもん」
    「やっぱり」
     二人はうなずき合い、前を歩くハンの後ろ姿に目をやる。
    「楽しそうですねぇ」
    「さようですわね」
     そのハンは、隣のビートと話している。
    「情勢が落ち着いて、沿岸部の測量もようやくできるようになったが、正直人手が足りないんだよな。人員を増やそうかと思ってるんだが……」
    「でも計算とか集計とか、色々手間ですよね」
    「そこなんだよな。それを教えるところから始めないとならない」
     クーとマリアがささやき合っていたように、普段の堅い仏頂面とは打って変わって、ハンは比較的饒舌になっている。
    「ここに上陸してから半年経って、ようやくこないだが1回目ですもんね。なんだかんだありましたし」
    「さようですわね。以前にハンが、地元の方が作成された沿岸部の地図をご覧になった際、『何なんだ、この滅茶苦茶な地図は? もっとマシなものは無いのか!』とお嘆きになっておりましたし、相当焦れていらっしゃったようですもの」
    「尉官はキッチリしたのが大好きですからねぇ。ま、それに測量に行くってなれば、数日はエリザさんの顔を見ずに済むってのもありますから」
    「あら」
     クーはハンの横顔をチラ、と見、マリアに視線を戻す。
    「やはりお嫌いなのかしら?」
    「嫌いって言ったら、言い過ぎかもですけどね。何だかんだ言って、信頼し合ってるってトコは感じますもん。でもやっぱり、しょっちゅう顔を突き合わせたい相手じゃ無いって思ってる節はありますね。
     お城の中歩いてる時でも、いきなり廊下曲がって早足になって、『尉官、どうしたんだろ?』て思ってたら、後ろから『ハンくーん』って」
    「クスクス……」
     と、二人の話を聞いていたらしく、ハンが苦い顔をしている。
    「あまり大声でそう言う話はしないでくれ。エリザさんの耳に入ったら、あの人は絶対俺にまとわりついて来るんだから」
    「あー、エリザさんならやりそうですね」
    「ええ、まったく」

     測量と遺構調査のため、ハンたち一行はクーを伴い、雪の中をひた進んでいた。それでも防寒対策はしっかり施されており、一行の顔に辛さは見られない。
     とは言え――。
    「マリア。疑問がございますけれど、お聞きしてもよろしいかしら?」
    「なんでしょ?」
    「このような雪中で測量をいたせば精度の不安がございますけれど、どのように対策なさっているのかしら?」
    「確かにそーなんですけどねー」
     そう返しつつ、マリアはハンの背中にチラ、と目をやる。
    「尉官、雨が降ろうが雪が積もってようが、構わず測るんですよね。クーちゃんの言う通り、そんな日に測ってたら絶対おかしな結果になるはずなんですけど、そう言う日は『回数を増やせば精度が上がるはずだ』って、いつもの2倍も3倍も計測するんです。だから一応、計測に関しては問題なしって言えるんですけども。
     計測結果が気に入らないって時なんか、30回くらい往復させられたこともありますよ」
    「……あの、マリア」
     クーは額に手を当てつつ、呆れた声を上げた。
    「シェロが離反した理由は彼自身の功名心や自尊心からだ、……とハンたちは論じておりましたけれど、やはりハンの言動に大きな問題があるように存じますわ」
    「そりゃ、十分あるでしょーね。まともに付き合ってたら、そりゃ『やってらんねえよ』ってなっちゃうと思います」
    「本当にもう、あの方は」
     クーとマリアは顔を見合わせ、揃ってため息を漏らした。
    琥珀暁・姫惑伝 4
    »»  2019.09.11.
    神様たちの話、第228話。
    クーとハン。

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    5.
     喜び勇んで測量と遺構調査に出向いたものの、街を発ってから数時間もしないうちに、一行はそれが実行不可能であることを痛感した。
    「前が見えん……」
     当初予想されていた以上に降雪がひどく、測量するどころか、現場に着くことも難しかったからである。
    「風もなんかひどくなって来てますよー。もう1時間、2時間したら日が暮れちゃいますし、諦めて戻った方がいいですね」
     マリアの意見に、ハンが――残念そうな目を向けつつも――渋々うなずく。
    「そうだな。強行して死人でも出たら、独断専行どころの話じゃない。仕方無いが、引き返そう。……しかし」
     軍帽に積もった雪を払い落としながら、ハンが愚痴をこぼす。
    「前回も、腰まで雪が積もる中を無理矢理だったからな。厳寒期なら時間も空くし、どうにかして測量を進められればと思っていたんだが、これじゃどうしようも無い」
    「自然が相手じゃ、仕方無いですよ。雪が溶けるまで待つしか無いんじゃないですか?」
     ビートにそう言われ、ハンはもう一度、残念そうにうなずいた。
    「溶ける頃には本土からの人員補充も終わり、別の仕事が増えるだろう。どっちにしても、測量に割ける時間は無い。
     やれやれ……。道中でも言ってたが、測量はやはり、別の人間に任すしか無いか」
     その言い方がとても残念そうに聞こえ、クーは思わず、クスっと笑みを漏らしてしまった。
    「……なんだ? 何がおかしい?」
     耳ざとくハンに聞かれ、クーは慌ててごまかす。
    「あっ、いえ、……あの、ハン。雪が先程より一層厳しくなっているように見受けられますけれど、このまま戻るのは危険ではないかしら」
    「うん? ……ふむ」
     ほんの1分にも満たない時間で、既にまた、ハンの頭に雪が積もってきている。それをもう一度払い除けながら、ハンは周囲を見回しつつ、背負っていた荷物を広げ始めた。
    「クーの言う通りだ。視界も悪いし、このまま戻ろうとすれば、その途中で遭難しかねん。ここに設営して、状況が変わるまで休止しよう」
    「さーんせーいでーす」
     猫耳をプルプル震えさせながら、マリアも荷物をどさっと下ろした。

     防寒用の魔法陣を描き、テントを張り、早めの夕食を作ったところで、ハンたちはようやく一息ついた。
    「はぁー……、スープあったかおいし~い……」
     芋のスープが入ったカップを握りしめつつ、間延びしたため息を漏らすマリアに、ハンたち三人が吹き出す。
    「クスっ、……ええ、身に沁みるような温かさですわね。実を申せばわたくし、あまり体温が高い方ではございませんので、こうして両手で包んでいると、ほっとした心地がいたします」
    「そうなのか?」
     これを聞いて、ハンがばつの悪そうな顔をクーに向ける。
    「だったら、誘わない方が良かったかな」
    「そんなことはございません」
     クーは首を振り、こう続けた。
    「かねてよりわたくしは、この地に住まう方の文化について学びたく存じておりましたから、古代の村跡や遺構が現存していると伺った時、とても嬉しく感じましたの。調査いたせるのであれば、多少の寒さは我慢いたします」
    「……まったく、君は」
     ハンは肩をすくめ、呆れたようなため息を漏らした。
    「どこまでも自分の欲求に素直な人間だな」
    「あら、いけませんかしら」
    「ほどほどにしてくれ。度が過ぎると周りに迷惑をかける」
    「あなたが仰るようなことかしら?」
    「どう言う意味だよ」
    「ご自分でお考えあそばせ」
    「なんなんだ……」
     と、二人のやりとりを見ていたマリアとビートが、揃って笑い出した。
    「ふふっ」
    「あはは……」
    「何だよ?」
     ハンに軽くにらまれ、マリアがぱたぱたと手を振って返す。
    「なんだかんだ言って、お二人仲いいですよねーって」
    「うん? ……まあ、そりゃな。ノースポートで会ってから2年も経つし、ある程度気心は知れてるってところもある」
    「やっぱりお二人って」
     そこでマリアがにやあっと笑い、こんなことを尋ねてきた。
    「この北方遠征が終わったら、結婚されるんですか? それともこっちにいる間に既成事実作っちゃう感じです?」
    「はぁ!?」「ちょ、ちょっと、マリア?」
     ハンとクーは揃って立ち上がり、異口同音にマリアの質問を否定しようとする。
    「なんでそこまで話が飛躍するんだ!?」
    「わ、わたくしがそんなはしたないことをいたすはずが、ごっ、ございませんでしょう!?」
    「クーとはまだそんな関係じゃない!」
    「それにまだ、正式にお付き合いしている間柄でもございません!」
     が、慌てふためく二人に生暖かい視線を向けつつ、マリアはうんうんとうなずいている。
    「あー、はいはい、『まだ』ですね、『まだ』ですよねー、はいはーい」
    「うっ、……い、いや、それは単純に、ただ言葉の綾であってだな、俺は、その、正直な意見としてはだな……」
     ハンはまだ抗弁しようとしているらしく、しどろもどろに言葉を立て並べている。しかし――。
    「はぅぅ……」
     どう言い繕ってもごまかせそうにないと諦め、クーは顔を両手で抑え、黙り込んでしまった。
    琥珀暁・姫惑伝 5
    »»  2019.09.12.
    神様たちの話、第229話。
    ハンのいもうと。

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    6.
     夕食が終わったところで、マリアがテントの外に顔を出し、様子を確かめる。
    「わー、真っ白」
    「え? 魔法陣、動いてない感じですか?」
     尋ねたビートに、マリアが顔をテント内に戻しつつ、「ううん」と答える。
    「動いてるのは動いてるっぽいよ。結界の外はこんもり積もってるけど、内側はうっすらって感じだから」
    「じゃあ、積雪量が魔法陣の効果を上回ってるってことですね。ちょっと描き足してきます。これ以上降り積もって全員凍死なんて、冗談じゃ済みませんからね」
    「ではわたくしもお手伝いいたしますわね」
     ビートとクーが外に出、テントの中にはハンとマリアだけになる。その途端、マリアがまたニヤニヤと笑みを浮かべながら、ハンに近付いて来た。
    「で、で、さっきの話なんですけど」
    「なんだよ」
    「正直なとこ、クーちゃんのことはどう思ってるんです?」
    「どうって……、どうも思ってない」
    「またまたぁ。ごまかさなくっていいんですよー?」
     ハンの回答を鼻で笑い、マリアは質問を重ねる。
    「今はあたしと尉官しかいませんし、ビートもクーちゃんも忙しいでしょうから、素直に何でも話してもらって大丈夫ですよ。言いにくいなー、説明し辛いなーってことでも、あたしじっくり聞きますし。勿論エリザさんみたく、話のあちこちでいちいち茶々入れたりもしませんよ」
    「……なら、言うが」
     ハンはチラ、とテントの出入口に目をやり、ぽつりぽつりとした口調で話し始めた。
    「確かに俺は、クーのことを嫌ってなんかいないし、どっちだって言えば好印象を持ってはいる。だが、正直に言えば、恋人だとか結婚相手だとか、そう言う相手としてはまだ、どうにもそうは思えないんだ」
    「やっぱり妹的な感じですか」
    「そうなるな。現状、手のかかる妹としか感じてない。……それが今後、そう言う相手として見ていくようになるのか、やっぱり妹だとしか思えないままなのかは、俺だって分からん。分かるもんか」
    「でしょうね」
    「だがどう言うわけか、俺の周りの人間は皆、クーと俺をくっつけたがってるんだ。エリザさんもだし、親父もお袋も、妹たちも。お前たちもだよな」
    「まあ、その方が現状、面白いですもん」
     マリアはいたずらっぽく笑いつつ、切り返して来る。
    「でもみんながくっつけようとするのって結局、尉官が独り身だからですよね。いいトシして恋人も奥さんになりそうな人も近くにいないし、そこにクーちゃんが名乗りを挙げて迫って来ちゃったんですから、誰だって『じゃあこの二人くっつけちゃえ』ってなりますよ」
    「むう……」
    「だから、どーしても、どぉーしてもクーちゃんを奥さんにできないって言うなら、誰か他にいい人見付けないと。じゃなきゃみんな絶対納得しませんし、何なら本気で外堀埋めにかかりますよ、あたしたち。
     何だかんだ言って、あたしたちは尉官がこのまま寂しく独りでおじさん、おじいちゃんになってくのは心配ですしね」
    「余計なお世話だ。……しかしなぁ」
     ハンは両手を頭の後ろで組み、うめくような口ぶりで続ける。
    「他に誰かって言ったって、お前の言う通り、確かにいないんだよな。それらしい出会いも無いし。……あ、いや、お前はいるけど」
    「なんかそれ、あたしを女の子として認識してないぞってセリフですよね。まあ、あたしも尉官はお付き合いするような相手としては見てないですけど」
    「じゃあどう見てるんだ?」
    「手のかかるお兄ちゃん、ですね」
    「……だろうと思ったよ」
     話しているうちに、ハンは無意識に、くっくっと笑みを漏らしていた。
    「まあ、なんだ。この話はもう、この辺でいいだろ? これ以上、今ここでああだこうだと言ったところで、俺がいきなりクーに惚れるなんてことも無いし」
    「そーですね。解決できないことをいくら悩んでも、お腹が減るだけです。今日はもう、ちゃっちゃと寝ちゃいましょう」
    「だな」
     そこでビートとクーが戻り、一行はそのまま就寝した。
    琥珀暁・姫惑伝 6
    »»  2019.09.13.
    神様たちの話、第230話。
    クーのこうげき。

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    7.
     雪中で一晩を過ごし、朝早くになって――と言っても、この地ではまだ、日も差さないくらいの時刻であるが――ハンが状況を確かめに、テントの外に出た。
    (雪はやんだか。……とは言え、結界の外は1メートル以上積もってる。太陽が出れば多少溶けてくれるかも知れんが、それでも遺構まで行くのは無理だろう。引き返すのが賢明だな。……やれやれ、2日無駄にしたってだけだな)
     と、テントの中からひょこ、とクーが顔を覗かせる。
    「やみましたの?」
    「ああ。だが大分積もってる」
    「あら」
     そこでクーの全身がテントの外から現れ、結界の中をぐるっと一回りして、落胆した声を漏らした。
    「これでは無理でしょうね」
    「だろうな。帰る用意をした方がいい」
    「ええ、そういたしましょう」
     クーはテントの方に踵を返しかけるが、そこでもう一度、ハンに向き直る。
    「では次回は、雪が溶けた頃にでも」
    「いや、だからその頃には、本土からの……」
     言いかけたハンの手を取りつつ、クーはにっこりと笑みを浮かべて、こう返した。
    「お休みを取ればよろしいのでは? 今回の件、半分はわたくしへの忖度ですし、そちらについては非常にありがたく存じておりますけれど、はっきり申せばもう半分は、あなたのご趣味でしょう?」
    「これは仕事だ。混同するな」
    「そのお言葉、そっくりお返しいたしますわ」
    「俺が公私混同してるって言うのか?」
    「さようでしょう? まさか違うなどと、臆面も無く仰るおつもりかしら」
    「なっ」
     はっきりと言い切られ、ハンは面食らう。その様子を見てなお、クーはにこりと微笑んだまま、口撃を止めようとしない。
    「常識的に考えて、ご予定が立て込んでいるわけでも状況が差し迫っているわけでもございませんのに、わざわざ雪深い中へと分け入って行くのは、過分に個人的嗜好が内在しているものと見受けられますけれど?」
    「いや、だから、今じゃなきゃ、今後の予定が」
    「予定、予定と仰いますけれど、本当に仕事上のご予定であれば最初からはっきり、人員をお割きになればよろしい話でしょう? 遠征隊はあなたたち3人しかいらっしゃらないわけではございませんし。それを何故、わざわざ、遠征隊隊長ともあろう方が、ご自身で向かわれるのかしら? 隊長自ら向かわなければならない、合理的かつ強制的な理由がおありになるとでも?」
    「い、いや……、その……、人員の教育と言うか、適当なのが……」
    「冬期、特に厳寒期には港が凍ってしまうくらいですから、陸では相当量の積雪が見込まれること、ひいては通常あなたが行っている通りの方法と既存の人員では、この時期における調査が困難になるであろうことは、容易に想定いたせるはずでしょう? まさかそれを想定していないはずがございませんわよね? であれば厳寒期に入る前に人員を選抜する、厳寒期に入ったら教育を施しつつ装備を開発するなど、入念な対策がいたせたのではないのかしら? 遠征隊隊長ともあろう方がそうした事態もろくに想定されず、対策も施さないまま、ご自身でこうして向かわれることに何か、わたくしが心より納得いたせるようなもっともらしい理由がございまして?」
    「う……いや……それは……」
    「もし合理的説明がいたせないのであれば」
     クーはハンの手をぎゅっとつねり、話を一方的に切り上げた。
    「次回はきちんとお休みを取って、あなたの道楽に付き合っても良いと仰ってくださる有志を募った上で、ごゆるりとお行き遊ばせ」
    「うぐ……」
     そのままテントの中に入っていくクーの後ろ姿を、ハンはつねられた手をさすりながら眺めていることしかできなかった。

     クーがテントの中に戻ったところで、ニヤニヤ笑っているマリアと目が合った。
    「ズバリ言っちゃいましたねー、クーちゃん」
    「ええ、きっちり申し上げました。いつもあの方から、ずけずけと申されておりますので」
    「意趣返しってやつですか」
     ビートもテントの出入口をうかがいながら、話の輪に加わる。
    「でも確かに、今回も、……いや、前回からも、ちょっとキツいなとは思ってたので、正直言ってありがたいです」
    「そう仰っていただけて、嬉しく存じますわ。わたくしにしても、酷寒の中で何の成果も無くただ一晩過ごすだけと言うような経験は、可能であれば一度だけにしておきたく存じますから」
    「同感です」
     ビートと共にクスクスと笑い合ったところで、ようやくハンが――まだ複雑な表情を浮かべながらも――テントの中に入って来た。
    「その……なんだ。もう2時間、3時間すれば日が昇るだろう。今日は早く帰るぞ」
    「了解でーす。朝ご飯作りますね。クーちゃんも手伝ってくださーい」
    「ええ、承知いたしました」



     この日以降、ハンは天候不順の日にまで測量調査を強行しようとしなくなり、マリアたちの日常は少しだけ、穏やかになった。

    琥珀暁・姫惑伝 終
    琥珀暁・姫惑伝 7
    »»  2019.09.14.
    神様たちの話、第231話。
    余暇の潰し方。

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    1.
     遠征隊と――そしてとりわけ、エリザの――尽力により、沿岸部に住まう人々の暮らしは、隊がこの地を訪れる以前に比べ、格段に良くなっていた。
     そして暮らしが充実してくれば、それまでひたすら働くか、さもなくば眠ることだけが生活の全てであった者たちが、他のことにも目を向け始めるようになるのは、自然の成り行きと言え――。
    「つまり市民が暇を持て余している、と?」
    「そう言うこっちゃ」
     エリザから街の状況を聞き、ハンは首を傾げた。
    「それが何か?」
    「何か、や無いやん」
     気の無い返事に、エリザは肩をすくめて返す。
    「遠征隊がこの国を統治しとるんやから、街の人らが困っとるコトがあるっちゅうんやったら、そら何とかしたらなアカンやろ、っちゅうてるんやん」
    「はあ」
     ハンはふたたび気の無さそうな返事をし、続いてこんなことを言ってのけた。
    「では遠征隊の仕事を手伝ってもらいますか? 人手は十分ではありますが、探せば何かしらの用事を頼むことはできるでしょうし」
    「アホちゃうかアンタ」
     これを聞いて、エリザがため息をつく。
    「『仕事せんでええ時間が作れてきたから何やおもろいコトあらへんか』、っちゅうてはんねんや。なんで仕事の合間に仕事せなアカンねん。気持ち悪いコト言いなや」
    「き、……気持ち悪い? ですって? そこまで言われるようなことじゃないでしょう」
     明らかに不機嫌そうな顔を向けてきたハンに、横で話を聞いていたクーが、残念なものを見るような目をハンに向ける。
    「わたくしもエリザさんの仰る通りと存じます。せっかくお仕事以外のお時間を作れそう、皆様の人生を豊かに、彩りあるものにする機会が設けられそうだと言うのに、それを新たな仕事で埋めようだなんて。あまりに品性の無いご発言です。
     世の中の人間が皆、あなたのように仕事だけが生きがいだと申すような変人ばかりではございませんのよ」
    「変人? 俺が?」
    「変人っちゅうか、変態や。極めつけのド変態やで」
     エリザとクーがうんうんとうなずき合う中、ハンは苦虫を噛み潰したような顔を二人に向ける。
    「俺自身はそうは思いませんがね。まったく常識的な人間と……」「はいはいはい、変態はみんなそー言うもんや」
     ハンの抗弁をさえぎり、エリザはクーに顔を向ける。
    「ってワケでや、アタシらから何かしら娯楽を提供でけへんかっちゅうコトなんやけどもな、クーちゃん何かええ案無いか?」
    「またお祭りでも催されてはいかがでしょう?」
    「んー」
     クーの出した案をメモに書き留めつつも、エリザはどこか、納得が行かなさそうな表情を浮かべている。
    「悪くないと思うで。悪くないとは思うんやけども」
    「けども?」
    「こないだノルド王国さんらと友好条約締結した時も、沿岸部平定したでー言うてちょっと騒いだやん」
    「ええ、記憶に新しいですわ」
    「せやろ。ソレからそないに時間経ってへんのに、またお祭りやーってやっても、みんな『またか?』てなるやん」
    「さようですわね。あまりお喜びにならないかも」
    「そもそもおカネもソレなりにかかるし、短期間に二度も三度もやっとったら、流石に赤字出てまうわ。市政でも国政でもアタシが関わる以上、赤字出すようなマネは絶対無しや。
     あと、お祭りやといっぺんワーッとやって、そんで終いやん?」
    「と仰ると?」
    「普段の生活ででけた余暇を毎日お祭りに充てるんは無理があるで。もっと毎日の生活に組み込めるようなもんにせんと」
    「仰る通りですわね」
    「ちゅうワケで、もっと小規模な娯楽は何か無いやろか、と。どないやろ」
    「うーん……」
     二人で悩んでいるところで、ハンが憮然とした顔のまま、席を立つ。
    「そう言う話なら、俺の出番は無いでしょう。失礼します」
    「せやろな。用事でけたら呼ぶわ」
    「分かりました。では」
     そのままハンは、部屋を後にする。残ったエリザとクーは顔を見合わせ、互いに呆れた目を向けていた。
    「……何とかならんかな、あの子」
    「何とかいたさなくてはなりませんわね」
    琥珀暁・雄執伝 1
    »»  2019.09.16.
    神様たちの話、第232話。
    学習意欲の需要と供給。

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    2.
     とりあえず市井の要望をまとめるため、エリザは店の人脈を使い、街の人間を調査した。
    「ふーん……?」
     その調査結果を集計していたところで、エリザは首を傾げていた。
    「どしたんスか?」
     いつものように彼女を手伝っていたロウが顔を上げて尋ねたところで、エリザはぺらぺらとメモ用紙を振って見せる。
    「みんな思ったよりマジメさんやなー思て」
    「って言うと?」
    「いやほら、『ヒマ潰すのんに何したいですか』っちゅうて、みんながお買い物するついでに聞いて回ったやん? そしたらな、大半の人がアタシらの言葉を覚えたいとか、アタシらが持って来た本読んでみたいとか返って来てんな」
    「え……つまりベンキョーっすかぁ?」
     げんなりした顔をするロウに、エリザはクスクス笑って返す。
    「いや、まあ、分からへんコトは無いんやけどもな。今まで分からんかったコトがピンと来たっちゅうのんは楽しいからな。アタシらが母国語でしゃべっとるコトとか、紙の束の中に何が込められてるか分かったら、そら楽しいやろなーとは思うで。
     アンタかて新しい釣具の使い方教えてもろたら、『面白そうやなー』『ちょっと使てみたいなー』て思うやろ?」
    「そりゃまあ」
    「ソレと一緒や。目新しいもんはやっぱり触ってみたくなるねん。ソレに――前からちょこっと思てたんやけど――この街の人ら、大半が熊獣人の人らやん?」
    「そっスね」
    「どうも『熊』の人ら、根がえらいクソ真面目みたいやねんな」
     そう言われて、ロウはポン、と手を叩く。
    「あー、確かに。戦闘でもアイツが『全速前進』っつったら、真面目に全力疾走してますしね」
    「そう言うトコはハンくんと相性ええやろな、ホンマ。ま、ソレは置いといて。真面目やから勉強も積極的やし、向上心も大きいねんな。そもそも今まで虐げられとった人らやから、自分をもっと高めたい、バカにされへんようになりたいっちゅう意識は多かれ少なかれ持ってはるんやろ」
    「そんなもんスかねぇ。やっぱり俺にはピンと来ないっスわ」
     腑に落ちなさそうなロウを尻目に、エリザはニコニコ笑っていた。
    「ま、みんなが欲しい言うてるんであれば、『ほなあげよか』って話やな」

     街の要望を受け、エリザは街に塾を開き、遠征隊の人間を使って講習を始めた。ところが程無くして、エリザはとある問題にぶつかってしまった。
    「足らんの?」
    「はあ……」
     講習を開いたところ、想定していたよりも多くの人間が参加したため、教科書や筆、紙などの教材が早々に尽きてしまったのである。
    「どんくらい?」
    「用意したのは50人分だったんですが、200人以上来まして」
    「あちゃ、4倍かぁー……」
     エリザは机にしまっていたメモをがさがさとかき分け、その中の1つを手に取る。
    「ココもどないかせんとアカンなぁ。……えーと、……うーん」
    「どうにかできそうっスか?」
     横にいたロウに尋ねられ、エリザは肩をすくめて返す。
    「そら採算度外視でめちゃめちゃ頑張ったらでけるやろけど、赤字はアカン。ヒトにモノ教える系は利益回収するのんにえらい時間かかるし。どないかして本やら何やら安う作らんと、商売にならへんな」
    「どうすんスか?」
    「方法は2つやな。教材作る費用抑えるか、講習料上げるか、や。せやけど後者は無いな。まだまだみんな貧乏やし、高うしたら誰も受けられへんなってまうわ」
    「となると費用を抑えるってコトっスね。じゃ、ケチるしかないと」
    「ソレも嫌やろ」
     エリザはぺらぺらと手を振り、ロウの意見に反対する。
    「費用っちゅうたら、材料費と手間賃やん? 本とか筆の材料っちゅうたら基本、木材や。森関係の資材はノルド王国さんトコから買うてるけど、ソレを『安うしてー』言い出したら、向こうさん『勘弁してえな』って困らはるわ。手間賃にしても、抑えるっちゅうコトは『タダ働きしてー』って言うてるようなもんやん? どっちも嫌やろ」
    「そりゃまあ、そうでしょうけど。でも皆の要望に答える形でやってんスから、ちょっとくらい我慢すりゃ……」「アホか」
     ロウの反論を、エリザはぴしゃりとさえぎる。
    「今までが我慢に我慢の連続やった人らに、まだ我慢せえっちゅうんか? エグいコト言いなや」
    「た、確かに。すんません」
     ロウはたじたじとなりながらも、続けて尋ねる。
    「でも、じゃあ、どうすんスか? もう手が無いじゃないっスか」
    「ソコを考えるのんがアタシの仕事や。まあ、任しとき」
     そう返してエリザは席を立ち、ロウに手招きする。
    「アイデア出すのんに現場見るし、アンタついてき」
    「あ、はい」
    琥珀暁・雄執伝 2
    »»  2019.09.17.
    神様たちの話、第233話。
    現場視察とアイデア。

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    3.
     ロウと丁稚数人を伴い、エリザは製本作業を行っている工房を訪ねた。
    「邪魔すんでー、……っと、ホンマに邪魔になってまうな」
     作業場の扉を開けるなり、糊と墨で汚れた職人たちの憔悴(しょうすい)しきった視線が集まり、エリザは「ゴメンな、気にせんとって」と頭を下げ、そのまま外に出た。
    「チラっと見でやけど、えらい作業押してはるみたいやな。みんな顔が必死やったで」
     そうつぶやくエリザに、丁稚の一人が答える。
    「うちからかなりの数を発注してますし、遠征隊からも注文がありますからね……」
    「しわ寄せが来とる形やな」
     エリザはもう一度、今度は扉の隙間から作業場の様子をうかがい、問題点を探る。
    「作業場の大きさ的に、単純にヒト増やしたところでどないもならへんやろな、コレは。そもそも雇い賃もバカにならんし。と言うて作業場大きくしたとて、こんだけ切羽詰まっとるなら焼け石に水やろし。
     となると一番ええんは、今の体制で生産でける量を増やすコトやな」
     極力邪魔にならないよう、隙間から覗きつつ、メモを取ることを繰り返していたが、やはり目立っていたらしく――。
    「あの、女将さん」
     中にいた職人が声を掛け、エリザを手招きした。
    「いっそ中で見てくれませんか? 気になるので」
    「あ、ゴメンな」
     エリザは照れつつも、素直に作業場に入って中を見回し、声をかけてきた職人に尋ねた。
    「作業、どないや? しんどいやんな」
    「ええ。ずっと文字を写しっぱなしで手は痛いし、糊と墨の臭いでクラクラするしで」
    「そらかなわんなぁ」
     エリザは壁の窓に目をやり、メモに書き留める。
    「手の疲れについては今すぐどうこうっちゅうワケに行かんけど、臭いについては近い内、何とかするわ。あ、アタシは気にせんと作業しといてや」
    「はあ」
     その後、作業場を一通り周り、メモを書き終えたところで、エリザは「しんどいやろけど、でける限り何とかしたるから」と皆に言い残して、作業場を後にした。

     店に戻ったエリザは書き留めたメモを机に並べて、ロウと意見を交わしていた。
    「窓については、風系の魔法陣描いたったら多少は換気でけると思うんよ」
    「そっスね」
    「ただ、根本的な解決にはならんからなぁ。やっぱり同じ人数でもっと多く作れるようにせな、どないもならんやろな」
    「つっても、アレ一枚きれいに書き写すのに、どうやったって1時間、2時間はかかるでしょ? 早く終わらそうと思ったら、文字はグチャグチャになるでしょうし」
    「ソレやねぇ。読める字書かんと、本にならんしなぁ。……ん?」
     と、エリザはメモを見て首を傾げる。
    「なんやコレ?」
    「なんスか?」
    「や、メモの端っこ。全部黒い点付いとる」
    「あ、本当だ」
     ロウはメモを取り、それぞれに付いた点を見比べ、「あ」と声を上げた。
    「エリザさん、右手見せて下さい。右手の親指」
    「ん?」
     右手を開き、その親指を見て、エリザも原因に気付く。
    「いつの間にか墨付いとったわ。コレかー」
    「ソレっスね」
     どうにもおかしくなり、エリザもロウも、クスクスと笑みを漏らす。
    「ずーとメモ握りっぱやったから、全然気付かへんかったわ、アハハハ……」
    「ふふ、ふふ……」
     ひとしきり笑ったところで――一転、エリザはメモの、その黒い点をじっと見つめた。
    「……ん? どしたんスか?」
    「や、今ちょっとな、おっ、と思てな」
    「お?」
     きょとんとするロウに、エリザはこんなことを命じた。
    「ちょと木の欠片持って来て。棒状で四角くて、親指くらいの大きさのん、5、6個くらい」
    「はあ」
     命じられた通りに、ロウは木片を調達し、エリザに渡す。
    「何するんスか?」
    「ちょっとな」
     短く返し、エリザは机に仕舞っていた彫金道具でガリガリと、木片を削り始めた。
    「木像でも作るんスか? 息抜きかなんかで」
    「ちゃうちゃう。1時間くらいかかるから、ちょっと待っとき」
     そう答え、エリザは作業に没頭し始めた。
    琥珀暁・雄執伝 3
    »»  2019.09.18.
    神様たちの話、第234話。
    職人エリザの本領発揮。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     木片を削り始めてから1時間が経った頃、ようやくエリザは顔を上げた。
    「……ふー。でけたわ」
    「おつかれっス」
    「んあ?」
     そこでロウと目が合い、エリザは驚いた声を上げる。
    「なんや、ずっとおったんか?」
    「ええ」
    「時間かかる言うてたんやから、ドコかでお茶しとったら良かったやんか」
    「いやぁ、見てて飽きなかったもんで」
    「変わっとるなぁ、アンタ。ま、ええわ。コレ見てみ」
     そう言って、エリザは削った木片をトントンと揃える。
    「……なんスか、コレ?」
     削られた木片をじっと見つめ、首を傾げるロウを見て、エリザはニヤッと笑う。
    「コレにな、墨ちょいと付けて、ほんでこう……」
     説明しつつ、エリザは木片の先に墨を塗り、メモに押し付ける。
    「ほれ」
    「……はぁ」
     メモに付いた墨を見て、ロウはもう一度首を傾げる。
    「文字に見えますね。E……LI……SA……エリザさんスか」
    「せや」
    「つまりコレで文字を書くってコトっスか?」
    「こう言うのんを一杯作ってな」
    「手間じゃないっスか、そっちの方が?」
    「一文字彫ったらソレで金型作れば、いくらでも増やせるやん?」
    「まあ、そっスね」
    「で、1ページ分作ったらソレ固めて、もっかい金型作ったったら、同じページがなんぼでも……」
    「あっ、……なるほどっス」
     ロウは目を丸くし、拍手する。
    「流石っスね」
    「んふ、ふふ……」

     元々、貴金属を扱う宝飾職人として、並々ならぬ腕を持つエリザである。1週間のうちに、自分たちのことばで使う文字をすべて彫り終え、それを基に金型を作り上げ、教本約60ページ分を作業場で「書いて」見せた。
    「す……すごい」
    「これ一冊書くのに、丸一日かかるのに」
    「20分もかかってない……ですよね」
     驚きの声を上げ、感嘆する職人たちを前に、エリザも墨まみれになりながら、クスクス笑っていた。
    「金型も今増やしとるから、明日、明後日には一杯作れるで。コレ使たら、もう手ぇ痛くならんで済むやろ?」
    「はっ、はい」
     職人たちはエリザを囲み、次々に感謝と尊敬の言葉を述べた。
    「ありがとうございます、女将さん」
    「なんて言うか、なんか、すごいなって」
    「本当、それ……」
     口々に称賛され、エリザも流石に顔を赤くした。
    「まあ、何や、うん、喜んでもらえたら嬉しいわ、アハハハ……」



     こうしてエリザが考案し、実用化させた技術――活版印刷は、飛躍的に本や書類の生産量を向上させた。
    「いや、マジですげーっスわ」
    「そんなにホメてもなんも出えへんで」
     印刷された本を手に取り、しげしげと眺めているロウを見て、エリザはニコニコ笑っている。
    「アイツもすげーって言ってたらしいっスね」
    「アイツ? ああ、ハンくんか? せやねぇ、……せやねんけども、あの子また『これで生産効率が上がれば、さらに多くの仕事がこなせますね』みたいなコト言うててなぁ。なーんでそんなに仕事したがるんか。仕事の合間に仕事するとか、もう病気の域やでホンマ」
    「ぞっとしないっスね。……でも、確かにすげーはすげーっスよね」
     ロウは本を机に置き、こんな提案をしてきた。
    「本土にも知らせといた方がいいんじゃないっスか? こんだけ便利な技術なら、向こうも大喜びでしょうし」
    「お、そらええな。ソレ考えてへんかったわ。ありがとな、ロウくん」
    「いや、そんな、へへへ……」
     顔を真っ赤にして照れるロウをよそに、エリザは机の引き出しから「魔術頭巾」を取り出し、頭に巻く。
    「『トランスワード:ロイド』、……いとるかー?」
     自分の実の息子へと連絡を試み、まもなく応答が返ってくる。
    《あ、うん、母さん。な、何か用?》
    「用が無かったらお話したらアカンか? や、用はあるねんけどな」
    《ご、ごめん》
    「えーからえーから。いやな、こっちでアタシ、ちょっとええコト思い付いてな……」
     こうしてエリザはロイドに活版印刷の技術を伝え、彼もロウと同様に、称賛の声を返してきた。
    《す、すごいと思うよ、うん、ホンマ。あ、せやったら、あの、僕もちょっと作ってみて、ゼロさんに報告しとこか? ちょうど今、僕、リンダと一緒に、その、父さんのトコいてるから。あ、それか、母さんから言うた方がええんかな?》
    「ん? んー……」
     ロイドに問われ、エリザは思案する。
    「んー……、や、アンタから言うといて。最近ちょこっとな、色々アレやし。アタシから言うより、アンタが言うた方が角も立たんやろ」
    《あ、アレって?》
    「色々や、色々。ま、ほなよろしゅう」
    《う、うん。母さんも、あの、えっと、気ぃ付けて》
    「ありがとさん。ほなな」



     こうしてエリザは、本土に活版印刷の技術を伝えたが――これが後に、一つの騒動を起こすこととなった。
    琥珀暁・雄執伝 4
    »»  2019.09.19.
    神様たちの話、第235話。
    活版印刷を巡る騒動。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     エリザがロイドに活版印刷を伝えて、3日後の夜――。
    「……んあ?」
     既に就寝していたエリザの狐耳のピアスに、ぴり、ぴりとした感触が伝わる。
    「なんやな? ……『リプライ』」
    「頭巾」を巻き、応答するなり、娘、リンダの泣きじゃくった声が耳に響いてきた。
    《があやあああん、うえええええん》
    「お、お、ちょ、ちょっ、待ちいや、なんや?」
     流石のエリザも娘の泣き声にうろたえ、跳ね起きる。
    《にいやんがああああ、びいいいいいい》
    「お、落ち着き、な、ちょ、アンタ、落ち着きって、なあ」
    《エリちゃん!》
     と、もう一人、通信に入って来る。
    「ん? ゲートか?」
    《ああ、俺だ。リンダが泣きじゃくってるから、俺が代わりに》
    「あ、ああ。どないしたんよ、こんな夜中に」
    《いや、俺もいきなりのことでさ、動転してるんだ。何をどう言ったらいいか》
    「アンタのコトはどないでもええねん! 何があったか早よ言わんかいッ!」
     苛立ち、声を荒げたエリザに、ゲートの怯んだ声が恐る恐る返ってくる。
    《す、すまん。えーと、……そうだ、結論から言おう。ロイドが捕まった》
    「ん?」
    《ロイドが、ゼロに捕まったんだ》
     突拍子も無いことを伝えされ、エリザは聞き返す。
    「……ちょとゴメンな、『ロイドがゼロに捕まった』っちゅうところがちょっと聞き取りにくいんやけど」
    《そう言ったんだ》
    「寝ぼけとんの? ソレともコレ、アタシの夢か何かか?」
    《こんな状況で寝られるわけないだろ。君もしっかり起きてるはずだと思う》
    「もっかい聞くで? ロイドがどうなったって?」
    《捕まった。ゼロに》
     何度も聞き返し、何の聞き違いも取り違いも無いと把握はできたが、聡いエリザでもこの状況はまったく、把握できなかった。
    「……どう言うコトか、一から説明してもろてええか?」
    《ああ》



     エリザから活版印刷の技術を伝えられたロイドは、すぐさま自分でも文字型を彫り、ゲートの紹介を経てゼロに謁見した。
    「やあ、えーと……」
    「ろ、ロイド・ゴールドマンです。ご、ご面前に、は、拝しまして、あ、あの、きょん、いえ、恐悦……」
    「いや、いや、かしこまった挨拶は結構だよ。こんにちは、ロイド」
     ゼロは――この数年、エリザに対していい印象を持っていないと言うことだったが――エリザの息子であるロイドに、この時点まではにこやかに接してくれた。
    「それで、今日はどんな用事かな? ゲートから、『すぐに見せたいものがあるんだ』と聞いてるけど」
    「あ、は、はい。こ、これになります」
     ぺこぺこと頭を下げ、ロイドは持っていたかばんから、自分が彫ってきた文字型を取り出し、ゼロに見せた。
    「……それは?」
     その瞬間、ゼロの穏やかだった顔に、何故か険が差す。
    「あ、あの、これ使て、あの、本、あの、できると……」
    「ちょっと、詳しく聞かせてもらおうか」
     おもむろにゼロが立ち上がり、ロイドの手をつかむ。
    「はひぇ?」
    「こっちに来てくれ」
    「は、ははは、はひ、わかりましっ、ましゅ、ました」
     目を白黒させ、恐縮し切っているロイドにチラリとも目を合わせず、ゼロは引っ張るようにして、謁見の間から去ろうとする。
    「お、おい? ゼロ? どうしたんだよ?」
    「……」
     ロイドを連れてきたゲートも無視し、そのままゼロは、ロイドと共にその場を後にしてしまった。



    《……で、どうしようも無いから一旦家に帰ったんだが、ついさっき、城のヤツから『ロイドの投獄と処刑が決定した』と》
    「待てやおい」
     エリザは喉の奥から声を絞り出し、ゲートに尋ねる。
    「ほんなら何か、文字型見せただけでゼロさんがキレて、ロイドを処刑しようって言い出したっちゅうコトか?」
    《そうなる》
    「ふざけとんのか?」
    《ふ、ふざけてない! マジなんだ! でも俺も、本当、何がなんだかさっぱりで》
    「アンタこのまま放っとくつもりやないやろな!? まさかなあ!? そんなワケ無いわなぁ!?」
     怒鳴るエリザに、ゲートもたじろぎつつも、しどろもどろにどうにか応じる。
    《なっ、なわけ、無いだろ? お、俺も今から城に行って、ゼロに確認しに行くし、処刑を止めるよう説得する。このままロイドが殺されるなんて、あってたまるかよ》
    「頼んだで。ほんで、城行くんやったら『頭巾』も持って行き。アタシも今から連絡入れる。3人で『お話』や」
    《分かった。……頼む》
    琥珀暁・雄執伝 5
    »»  2019.09.20.
    神様たちの話、第236話。
    エリザとゼロの争議。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     エリザはすぐさまゼロに通信を送り、極力穏やかな声色を作って尋ねた。
    「今ですな、ゲートさんから聞いたんですけども、なんですか、ウチのロイドが捕まったとか? いや、なんかゲートさんの勘違いちゃうかーと思って、ちょっと今、確認取らさせていただいておりますんやけどもな?」
     が、ゼロはにべもなく、通信を切ろうとする。
    《話すことは無い。夜分遅くに非常識じゃないかな》
    「あのですなー」
     苛立ちを抑え、エリザはなおもやんわりと尋ねる。
    「ウチの息子が捕まったって聞いたら、確認したなるんが普通とちゃいますのん? ゼロさんかてアロイくんとかクーちゃんとか捕まったって聞いたら、こうして確認入れはりますよね? そん時に常識や何や、言うてる場合やと思わはります?」
    《まあ、そうだね。うん。でも私から言うことは何も無い》
    「ありますやんな? ゼロさん自ら連行したて聞いてますねん、アタシ」
    《形としてはそうなる。しかし投獄を決定したのは……》
    「ゼ・ロ・さ・ん・で・す・や・ん・なぁ?」
    《最終決定と言う意味で言えば、私にある》
    「で・す・や・ん・なぁ?」
     威圧感をにじませたエリザの声に、ようやくゼロも、まともな答えを返してきた。
    《……投獄の理由が聞きたいと?》
    「勿論ソレもありますし、ソレが納得行かへんもんやったら、アタシは即刻釈放を要求しますで。説明も何も無しでいきなり処刑なんて、公明正大で通っとるゼロさんがやるはずありまへんやろからなぁ?」
    《分かった。……ちょうど今、ゲートも来たらしいから、みんなで話そう》

     ゲートが会話に加わったところで、改めてゼロから、今回の件についての説明が成された。
    《罪状は『重要機密の窃取、および漏洩』だ。ロイドは現在私が中心となって研究していた技術を盗み出し、公に広めようとしていた。だからそうなる前に私が警吏に命じ、投獄させたのだ》
    「重要機密?」
    《それについては知らせられない》
    《言わなきゃ何がなんだか分からん。俺にも話せないことなのか?》
     ゲートに突っ込まれ、ゼロは渋々と言いたげな口ぶりで説明する。
    《書類や書物の大量製造を可能にするための技術開発だ》
    「ん? ソレって……」
    《そうだ。君の息子が持ち出したのは明白だ。あまつさえ、それをわざわざ私に見せに来た。大方、罪の意識を感じて申し出たのだろう》
    「ちゃいます」
     エリザは声を荒げ、それを否定した。
    「ソレはアタシから、ロイドに伝えたもんです。ゼロさんがしとったコトは、あの子は何も知りませんし、アタシも知る術はありまへん」
    《じゃあ何故、あの子は文字型を持っていたんだ?》
    「アタシが作り方教えたからです」
    《君が重要機密を知っていた理由は?》
    「そんなもん、知りません。アタシがこっちで、自ら考えて作ったんです」
    《信じられない。有り得ないことだ》
    「何がですねんな? 文字型作るのくらい、こっちで木材と鉛があれば簡単にでけますやろ? ソレともアタシのアタマでこんなアイデア、思い付くはずが無いとでも言わはるんですか?」
    《……それは、……いや、……君なら、確かに、……君の経験と技術があれば、……有り得ないことでは、無いと、思う》
    「はっきり言うときますで。この技術はアタシがこっちで一から考えて、作り出したもんです。ゼロさんトコが何してたか、アタシもロイドも全く知りまへん。ゼロさんが思とるようなコトは、全くありまへんからな。事実無根です。
     ちゅうワケで即刻、無罪放免したって下さい」
     畳み掛けるようにまくし立てたエリザに、ゼロは何も答えず、ただただ無言の時が流れる。
    《おい、ゼロ。何か言えって》
     たまりかねたらしく、ゲートが促すが、ゼロは歯切れ悪く応じるばかりである。
    《要求は良く分かった。至極当然の要求だ。それは良く分かっている。
     しかし、……その、……彼を釈放すれば、彼が印刷技術を広めることは、自明だろう。だが、その……、私の方でも、……研究を進めていたこともあるし、携わった人間が納得してくれるか……》
    《あん? 単にエリちゃんの方が、思い付くのも実用化するのも早かったってだけじゃないか。それが何だって言うんだ?》
    《だけど僕が先に、……い、いや、私が、……いや……》
    《お前、もしかして先に実用化されたのが悔しいのか?》
    《そ、そんな、ことは……》
    《仕方無いだろ、そんなの。別に競争してたわけじゃないんだし、さっさと釈放してやれよ》
    《……いや……しかし……》
     なかなか同意しようとしないゼロに、エリザはしびれを切らし、ついに怒鳴り出した。
    「あのですな、ゼロさん? いつまでもロイドを捕まえとく、何がなんでも処刑するっちゅうんやったら、アタシもやるコトやりますで!?」
    琥珀暁・雄執伝 6
    »»  2019.09.21.
    神様たちの話、第237話。
    暴慮には暴策を。

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    7.
     エリザの明確な脅しの言葉に、ゼロの声が揺らぐ。
    「や、やること? だって? な、何をするって言うんだ?」
    《自分の息子がいつまでもいつまでも無実の罪で捕まっとって、アタシがこっちで素直にゼロさんの命令に従っとるワケ無いですやろ? アタシにとってはそんなんより息子の命の方が、1000000倍大事ですわ。
     もしゼロさんが今、『うん』て言わへんのやったら、アタシは即刻帰って、兵隊集めてけしかけるくらいのコトはさせてもらいますで!?》
    「そ、それは……」
     このやり取りを聞いていたゲートは、内心肝を潰す。
    (そりゃマジでまずいだろって、エリちゃん? お前がマジでそんなことしたら、遠征隊はめちゃめちゃになっちまう。シェロの一件からして、ハン一人で600人を統率するのはまず無理だ。ってかエリちゃんがマジで帰るっつったら、絶対100人か200人はそれに付いてくだろうし。そうなりゃ遠征隊が瓦解しちまう。
     それに、マジでエリちゃんが帰ってきて挙兵なんかしてみろよ? 賛同するヤツはかなり出て来るだろう。それこそ、軍に匹敵するくらいの数が揃うことは目に見えてる。そんなのと戦う羽目になったら……! 負ければそのままエリちゃんの天下だし、勝ったとしても、ゼロは英雄から一転、『自国民を虐殺したゲス野郎』になっちまう――その戦い、勝っても負けても、ゼロの評判は地に墜ちちまうぞ!?
     この脅しもあんまりにもあんまりな話だが、でもゼロ、お前だってこんなことに、いつまでも意地になってたって仕方無いだろ?)
     ゲートの懸念を、ゼロも抱いていたのだろう――ようやく、ゼロはエリザの要求に応じた。
    「……分かった。今回の件は、君の言うことを信じることとする。今から連絡して、ロイドは保釈させるよ。……だけど、その代わり」
    《なんですのん》
    「印刷技術に関して、山の北側で広めることはしないでもらえるとありがたい。いや、極力しないでもらいたい。私たちが進めていた研究が無駄になると、困る人間もいるんだ」
    「そんなのお前だけじゃ、……いや、何でも無い。保釈されるってんならそれくらいいいよな、エリちゃん?」
    《ええ、その条件で。ほんなら、よろしくお願いしますで》
    「ああ」
     ようやく話がまとまり、通信はそこで途切れた。
    「ゼロ」
     と、ゲートが声をかける。
    「お前らしくないな。何だよ、今回の話は?」
    「……何が?」
     疲れ切った目を向けられるも、ゲートは追及をやめない。
    「横で聞いてた俺でも、お前の言ってることもやってることも、かなり無茶苦茶だってことは分かったぞ? そもそも極秘の研究だって言うなら、それをどうしてロイドが盗み出せると思うんだ? あいつにそんな技術も度胸も無いぜ?」
    「念には念を入れただけだよ。君だって機密が漏れたと分かったら、相応の対処を講じるだろう?」
    「それにしたって子供一人に因縁付けて投獄するなんて、明らかにやりすぎだ。処刑なんてもっととんでもないぜ。どうしたんだよ、まったく?」
    「……君の言う通り、確かにちょっと、僕は過敏になっていたかも知れない。彼女から何か言われなかったとしても、恐らく、処刑は取りやめただろう。数日取り調べれば疑いも晴れただろうし、いずれ保釈もされただろう。
     冷静に考えれば、確かに行き過ぎた処置だったよ。ああ、冷静さ、今の僕は」
    「お前、昔っから嘘が下手だよなぁ」
     ゲートはため息混じりに、こう言い返す。
    「冷静に見えないぜ、今のお前は。……いや、もうアレコレ言うのはやめとく。ロイドは俺が連れて帰るぞ。紹介したのは俺だし。いいよな、ゼロ?」
    「ああ。連絡しておくよ」
    「……じゃ、おやすみ。夜分遅くに悪かったな」
    「おやすみ、ゲート」
     それ以上は互いに会話も交わさず、目線を合わせることもせず、ゲートはその場を後にした。
    琥珀暁・雄執伝 7
    »»  2019.09.22.
    神様たちの話、第238話。
    両雄の確執。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     話し合いから1時間後、ロイドから涙混じりの連絡があり、エリザはようやく安堵した。
    「ホンマにもう……」
    《ごめん、母さん、僕、こんなんなるなんて思わへんくって……》
     グスグスと涙声で謝るロイドに、エリザは優しい声をかけてやる。
    「アンタは何も悪ない。ゼロさんがアホみたいな勘違いしただけや。もう気にせんとき。……ああ、せや。ゼロさんからな、印刷技術に関しては山の北で広めんといてってお願いされたから、そっちでは誰にも言わんときや」
    《う、うん。分かった》
    「ま、南でどうのっちゅう話は無かったから、そっちは好きにしたらええやろけど。……でも、変やんなぁ」
    《って言うと?》
     尋ねたゲートに、エリザは疑問を述べた。
    「実際、アタシが印刷技術作ったワケやし、最初からゼロさん、アタシに相談するなり何なりしてくれたら、話は早かったんちゃうやろかと思うんやけども」
    《ふーむ……、確かにな。大体、『重要機密』って扱いも変だろ。そりゃすげえ技術だと思うけど、でもたかが製本技術だろ? 秘密にしとくような話じゃないと思うんだが》
    「せやねぇ……?」



     この疑問もゲートの調査により、1週間後に詳細が判明した。
    《どうやらな、ゼロは最近のエリちゃんの活躍っぷりが相当、悔しかったみたいなんだ》
    「アタシの?」
    《ほら、遠征隊の躍進も、ハンのって言うより、エリちゃんの手柄みたいに言われることがあるしさ。そうでなくても、山の南から来るヤツはみんな、ゼロよりエリちゃんの方を持て囃してるし。
     長いことこっちで王様だ、神様だって持ち上げられたせいか、ゼロもなんだかんだ言って、その気になってる節があるからな。その『カミサマ』が、もうひとりの『カミサマ』に人気を奪われたくないってことさ。
     で、印刷の件も、相談したらエリちゃんの手柄にされるかも知れないって思って、君に知られないよう密かに人を集めて、こっそり作ってたって話らしいんだよ》
     これを聞いて、エリザは首を傾げる。
    「ソレ、いつくらいからやっとったん? 少なくとも今年、去年の話やないやんな。だってアタシ、ココにいとるし。おらへんアタシを警戒するのも変な話やん?」
    《ああ。3年前からだってさ》
    「3年? なんでそんなかかるん? アタシ、アレ作るのんに1週間もかかってへんで?」
    《君ほど腕のいい職人はそうそういないし、ゼロだって毎度口出しできるほどヒマじゃない。そもそも機密って話だから、大掛かりにもできない話だろうし、合間合間でコソコソやってたんだろう。だからこその3年だろうな。とは言え、後もうちょっとで完成するところだったみたいだが》
    「あー……、そらまあ、確かに悔しいやろなぁ」
    《エリちゃん》
     と、ゲートが、どこか恥ずかしそうな声色で続ける。
    《すごいヤツとは勿論認めてるが、俺はハンみたいにゼロのことをカミサマ扱いしてないし、周りが何を言おうと、君も俺の中では、か、可愛い……その……ヨメさん……だ。だ、だからなっ、何が言いたいかって言うとだ、ゼロの肩を必要以上に持ったりしないし、君のことも等身大に応援する。いや、君が何かしたいって言って、それをゼロが止めに入ろうとしたとしても、だ。俺はその時、絶対、君の味方をする。
     そっ、それだけは、はっきり、言っとくからな》
    「……えへへ」
     エリザは自分の顔がにやけているのを感じながら、うんうんとうなずく。
    「うん、うん、ありがとな、ゲート。アンタにそう言ってもろたら、アタシ、めっちゃめちゃ嬉しいわ。……ホンマ、ありがと」
    《おっ、おう》
    「……ほなな。また連絡してや」
    《する、する。じゃ、じゃあな》



     この一件はどうにか収束したものの――これを契機に、ゼロとエリザの間には少しずつ、だが確実に、確執が深まっていった。

    琥珀暁・雄執伝 終
    琥珀暁・雄執伝 8
    »»  2019.09.23.
    神様たちの話、第239話。
    新任尉官、来る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦24年5月、遠征隊の交代要員が北の邦に到着することとなった。
    「昨年、わたくしたちが訪れた頃より幾分早いご到着ですわね」
    「今年は暖冬だったらしい。南の方では」
     ハンとクーは談笑しつつ、沖の端にうっすらと見える船の到着を待ちわびていた。
    「だから出発は俺たちの時より1ヶ月以上早かったらしいんだ。とは言えこっち側の海に差し掛かったところで、寒気に阻まれたとか。……と言うようなことを、ここ数週間で聞いた」
    「どなたから? 父上からはここしばらく、通信を受けていないようにお見受けしておりましたけれど」
     尋ねたクーに、ハンは沖の船を指差す。
    「あの船の責任者からだ。……そうだ、クー。船が着く前に、いくつか注意しておくことがある」
    「注意ですって? あなた、また何かお小言を?」
    「いや、そうじゃない」
     ハンはぱた、と手を振り、話を続ける。
    「俺が言いたいのは、『相手に対して注意してくれ』ってことだ」
    「相手に? その、責任者の方にと言うことかしら」
    「そうだ。何と言うか……」
     ハンは首をひねりつつ、説明する。
    「かなり感情的と言うか気分屋と言うか、へんくつと言うか。話をしていて、やたら一方的にしゃべり倒したかと思うと、いきなり『じゃーね』って通信を切ってきたりする。正直言って、俺は相手したくないタイプだ」
    「あら……」
    「エリザさんだったら案外、気が合うかも分からんが」
     どことなく、げんなりした様子を見せるハンに、クーは恐る恐る尋ねてみた。
    「相手の方のお名前ですとか、階級や経歴はご存知ですの?」
    「ああ、名前はエメリア・ソーン。年齢と階級は俺と同じで、22歳の尉官。これまでクロスセントラル周辺の街道工事を手がけてたって話だ」
    「工事を?」
    「ああ。陛下からの紹介では、『沿岸部が君たちの影響により統治下に置かれたことだし、多少なりとも生活基盤を充足させる責任は、既に遠征隊が有してしかるべきことだと思う。だからこっちでそう言う仕事に長けてる人を新たに派遣するよ』と」
    「さようですか。でも、ハン」
     クーはハンの袖を引き、船を指差す。
    「それだけにしては、不釣り合いと存じられませんこと?」
    「と言うと?」
    「船の大きさです。わたくしたちが乗ってきたものとほとんど同じ、いえ、もしかしたらもっと大きいように見受けられますけれど、そんなに人員が必要でしょうか?」
    「うん? ……ふむ」
     クーの意見を受け、ハンも船の大きさを目測と指の長さとで測り、首を傾げた。
    「確かに大きいな。一回りか、二回りは。
     相当な人数を寄越してくれるのはいいが、確かに交代や工事なら、せいぜい200人程度のはずだ。だがあの大きさなら、こっちにいる600人と同数乗っていても、確かにおかしくない」
    「ねえ、ハン?」
     クーがもう一度、不安そうな顔をしつつ袖を引く。
    「わたくし、何か嫌な予感を覚えるのですが、本当にあれは、ただの交代要員と工事人員なのかしら」
    「それ以外、何があるって言うんだ?」
     いぶかしむハンに、クーは表情を崩さないまま、こう続ける。
    「お父様は、まさか、北の邦での戦線を拡大しようなどとお考えではないでしょうね?」
    「そんなはずは無い。有り得ない」
     ハンはきっぱりと、クーの不安を否定した。
    「元々遠征隊は、この邦と平和的な関係を築くために派遣されたものだ。その目的を歪めるようなことを、陛下がお考えになるはずが無い。
     それに、もし本当に、戦争を断行すると方針転換されたとしても、周囲が諌めないわけが無い。俺の親父だって、全力で止めに入るはずだ。何より陛下のお心が、そんな乱暴な手段を好まれるはずが無い。そうだろう?」
    「……であればよろしいのですけれど、本当に」
     ハンの意見を受けてもなお、クーが不安げな表情を崩すことは無かった。
    琥珀暁・新尉伝 1
    »»  2019.09.25.
    神様たちの話、第240話。
    剣呑エメリア。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     昨年ハンたちがそうしたように、やってきた船はまず沖に停泊し、そこから小舟が一艘、港へとやって来た。
    「どーも」
     小舟に乗っていた、ハンと同じ階級章を胸に付けた長耳の女性が、ぺら、と手を振って挨拶した。
    「君がシモン尉官でいいね?」
    「ああ、そうだ。ハンニバル・シモンだ」
    「私はエメリア・ソーン。エマでいいね。よろしくどうぞ。船はドコに留めたらいいね?」
    「港に誘導員を待たせてある。そっちの指示に従ってくれ」
    「どーも。……んで、そちらがクラム殿下でいらっしゃいますかね?」
     くるん、と顔を向けてきたエマに、クーは内心、ぞわりと嫌な感触を覚えた。
    (あ。直感いたしましたけれど、わたくしもこの人、苦手かも)
     一瞬言葉を詰まらせてしまったものの、どうにかクーは笑顔を作って応じる。
    「え、ええ。はじめまして、ソーン尉官。シモン尉官より貴官のお話は伺っておりますわ」
    「あ、そ」
     うやうやしいあいさつを2語で返され、クーは面食らう。
    「あの、ソーン尉官、それは」
     礼儀にうるさいハンが咎めようと口を開きかけたが、エマが先制する。
    「お堅いアレコレは結構。そう言うのめんどいんでね。私のコトもそちらのシモン尉官といつもやり取りしてる感じで話してくれればいいからね」
    「いや、しかし」
     再度ハンが反論しかけるが、これもエマはまくし立てて抑え込む。
    「君にしても、普段から彼女に対して『本日も御尊顔を拝しまして恐悦至極にございます』なーんて平身低頭してるワケじゃないだろ? 君とこの娘の距離感見てりゃ分かるね」
    「う……い、いや」
    「正直に態度晒すのといりもしない見栄張ってウソ付くのと、どっちが紳士的さ? 真面目な尉官殿ならどう答えるつもりかねぇ?」
     会ってから1分足らずの間に散々やり込められ、クーはただただ圧倒されていた。
    (かも、ではございませんわね。はっきり苦手な方です。なんだかエリザさんにも似ているような……)
     一方、ハンも初手から面目を潰されたせいか、素直にエマへ応じていた。
    「……そうだ。確かに君の言う通り、クラム殿下、いや、クーとは友人として親しくしている」
    「だろうね。そんなワケだから、私ともそーゆー感じでよろしく」
    「分かった。それじゃそろそろ、船を入渠させるぞ。問題無いな、エマ?」
    「ああ。じゃ、そーゆーワケだから、伝えといてね。よろしゅー」
     エマは乗っていた小舟に振り返り、部下に指示して、そのまま船へと戻らせる。
    「さてと」
     そこでもう一度くるんとハンに向き直り、エマは声を潜めつつ、ふたたび話し始めた。
    「皆が来る前に一度、コレだけは言っといた方がいいかなと思ってね」
    「うん?」
    「君らも何となく感じてるだろうけど、あの船、結構な人数が乗ってるんだよね」
    「ああ。陛下や軍本営からは、結局何名寄越すのか通達が無かった」
    「だろうね。そうしないと向こうの都合が悪いからね」
    「どう言うことだ?」
    「単刀直入に言おう。ゼロは、……ああ、いや、タイムズ陛下は、戦争する気になっちゃってるね」
     エマからとんでもないことを聞かされ、ハンは声を荒げた。
    「ば、……馬鹿な! そんなこと、あるわけが無いだろう!?」
    「声が大きい。みんなビックリするだろ? 黙って聞きな」
    「……ああ」
    「詳しいコトは後で説明するけども、ともかくこっちに寄越された600人はそーゆーつもりのヤツも大勢いるってコトを言っておきたかったんだ」
    「600人だと?」
    「無論、君が思ってるように、陛下は厭戦(えんせん:戦いを嫌うこと)派だった。いや、今も表面上は厭戦主義を採ってる。ソレは確かだ。……だからこそ今、君は戦うように仕向けられている。
     ソレが向こうの思惑だってコトは、まず第一に伝えておかなきゃと思ってね」
    「わ……わけが分からない」
     困惑した様子のハンに背を向け、エマはニヤッとクーに笑みを浮かべて見せる。
    「とりあえず疲れたしお腹も減ったし、でね。何かご飯とか無い、クーちゃん?」
    「く、クーちゃん? ですって?」
    「ソレとも殿下って呼ばれたい方?」
    「……クーちゃんで結構ですわ」
     憮然としつつも、クーはうなずいて返した。
    琥珀暁・新尉伝 2
    »»  2019.09.26.

    神様たちの話、第211話。
    流れ者たちの苦悩。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     沿岸部における一連の事件が終息した後、ミェーチ軍団は北へと進み、山を登った。この邦では「西山間部」と呼ばれている地域である。
     沿岸部がユーグ王国とノルド王国とで分割統治されていたように、この地域もまた、皇帝レン・ジーンの支配下に置かれた5つの国によって統治されている。ノルド王の庇護(ひご)を失い、野に下ることとなったミェーチは、新たな安堵の地を求めるべく、それらの国を訪ねることにした。
     ところが――。

    「レイス王国からは一言だけ、『接見を堅く拒否する』と。ハカラ王国以外の3ヶ国もほぼ同様の返事が来ました」
    「むむむ……」
     野に下ったとは言え、かつて沿岸部で功を成し名を遂げた名将ミェーチが、相当な兵力を擁する軍団を率いて遡上してきたのである。いずれの国も、彼らを「帝国に対する脅威」と見なしたらしく、軒並み門前払いしてきたのだ。
    「では、ハカラ王国からは? そちらには確か、シェロが向かっておったな?」
    「はい。間も無く戻られるかと」
    「うむっ」
     流浪の日々を共に過ごすうちに、ミェーチはすっかりシェロのことを気に入っており、それにならう形で、軍団内の者たちもシェロのことを重要人物、ミェーチに次ぐ重鎮として扱っていた。
    「彼奴であれば、他より多少なりとも良い返事を持って来るはずであろう」
    「我らも期待しております」
     と、そこへ丁度、話に上ったシェロが戻って来る。
    「ただいま戻りました」
    「おお、シェロ! ご苦労であった。して、相手の返事は?」
    「それがですね……」
     シェロは苦い顔をしつつ、その内容を伝えた。
    「まず、『当方の要請を受諾・完遂すれば、安堵を約束できるよう取り次ぐ準備がある』と」
    「おお! でかしたぞ、シェロ! やはりお主はやり手であるな」
    「あ、と。条件があるんです、条件が」
    「む、そうであるか」
     ミェーチの称賛をさえぎり、シェロは話を続ける。
    「その条件と言うのが、『ハカラ王国北部に居座る豪族たちを討伐せよ』と。その成果が確認でき次第、国王との謁見を取り次げるよう手配することを検討すると言っていました」
    「……ふむ」
     途端に、ミェーチも表情を堅くした。
    「それはまた、難題であるな」
    「あの」
     シェロが手を挙げ、質問する。
    「『豪族』と言うのは?」
    「ふむ、異邦人のお主が知らぬのも当然であるな。豪族と言うのは、一言で言えば帝国にとって『存在してはならぬ者たち』のことだ。
     帝国が全土を統一したと宣言したのが20年ほど昔のことであるが、そう宣言したからには敵対勢力なる者は一人たりとも、この邦にいてはならぬわけである。ところが帝国に与せず、己の領土を主張する者たちが数年前より山間部各地に現れ、実力行使により町や村を占拠しておる。彼らを放置することは事実上、皇帝の言葉や威光、ひいては権威をないがしろにすることになる。帝国民にとってそれは反逆罪にも等しい、極めて許されざる行為だ。
     であるからして、帝国と、そしてその属国の者は、挙って豪族討伐を推し進めているのだが……」
    「だが?」
    「これもまた一言で言えば、手強いのだ。我輩もうわさで聞いた程度でしかないが、彼奴らは帝国本軍とやり合い、返り討ちにしたことも何度かあるのだとか。負けたにしても、単純に逃亡・撤退するばかりで、殲滅にはほとんど至らんらしい。真正面からの攻勢は、現状でほとんど成果を挙げておらんようだ。かと言ってカネや地位などで懐柔し、軍門に加えようと画策しても、耳を貸さぬと言う。
     まったく帝国にとっては、腹立たしいことこの上無き奴らと言うわけだ」
    「なるほど」
     話を聞き、シェロはうなずく。
    「であれば、彼らを本当に潰すことができれば、こちらでの信用を得られると言うわけですね」
    「しかしシェロ」
     だが、ミェーチは乗り気では無いらしい。
    「我々は元々、帝国と敵対するつもりで軍団を興したわけであるし、事実、帝国軍と戦闘も行い、撃破もしている。その我らが同じ反帝国の豪族たちを討つことに、安堵以上の意義があるのか?」
    「う……それは」
     言葉に詰まるシェロに、ミェーチが畳み掛ける。
    「我々の本懐を忘れ、目先を追うことだけはしてくれるな、シェロ。他ならぬお主自身が、それで相当に痛い目を見たはずであろう?」
    「は、はい」
     返す言葉も無く、シェロはうなずくしかなかった。

     と――そこへ、リディアが飛び込んで来た。
    「あの、よろしいですか?」
    「うん?」
    「シェロ、あなたにまたお客さんです。また」
    「また? ……って、……まさかまた?」
    「ええ。また、あの人が」
    「……なんで今更?」

    琥珀暁・接豪伝 1

    2019.08.24.[Edit]
    神様たちの話、第211話。流れ者たちの苦悩。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 沿岸部における一連の事件が終息した後、ミェーチ軍団は北へと進み、山を登った。この邦では「西山間部」と呼ばれている地域である。 沿岸部がユーグ王国とノルド王国とで分割統治されていたように、この地域もまた、皇帝レン・ジーンの支配下に置かれた5つの国によって統治されている。ノルド王の庇護(ひご)を失い、野に下ることとな...

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    神様たちの話、第212話。
    策士の再会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     前回と違い、現在ミェーチ軍団が駐留しているのは街外れの小屋である。応接間などと言う気の利いた部屋を設ける余裕は無く、兵士たちが見守る中で、彼女との会話が行われることとなった。
    「あー、まあ、お久しぶりやね、シェロくん」
     流石の女丈夫エリザも、どことなく居心地悪そうにしているのを感じ、シェロは率直に尋ねてみた。
    「今更何の用スか?」
    「ま、ま、気ぃ悪うしとるんは分かっとるけども、ちょと聞いて欲しいコトあるんよ」
    「聞いて欲しいコト?」
    「こっちで色々やっとって、連絡遅れてしもてゴメンやけどもな、アンタの処分についてゼロさんからいっこ、物言い入ってな。『不名誉除隊は厳しすぎや。依願除隊にせえ』ちゅうてな。王様の一声やからハンくんも嫌や言われへんかって、ほんでまあ、そのようにしたっちゅうワケやねん」
    「依願除隊に? ってコトは……」
    「せや、この前は『二度と顔見せんな』とかきついコト言うてしもたけども、アレ、無し」
    「は?」
     ころっと掌を返してきたエリザの態度に、シェロは苛立ちを覚えた。
    「何のつもりっスか、ソレ」
    「ちゅうと?」
    「そりゃ俺のやったコトはソレなりにひどいですから、何されたって文句言いやしませんけどね、ソレでも『アンタに温情見せてあげた』って態度が見え見えなんスよ。どうせ何か、別の話があって来たんでしょう?」
    「お、察しがええな」
     悪びれもせずそう返し、エリザはにこにこと笑う。
    「アンタらがやろうとしとるコトに、アタシらも一枚噛ませて欲しいんよ」
    「俺たちが? 何のコトです?」
     とぼけて見せたが、エリザは事も無げに看破してくる。
    「ハカラ王国の人らから近場の豪族倒してんかーっちゅうて頼まれたやろ?」
    「え」
     エリザの言葉を受け、シェロは面食らう。
    「なんでソレを?」
    「そらもうチョイチョイってなもんやね。アタシ個人の商売の関係で情報も集めとるから、アンタらがこっちでやっとるコトも粗方把握しとるんよ。
     で、アンタはホンマにやる気か? いや、やられへんやろなぁ。ミェーチさんがそんなん絶対許すワケあらへんしな」
    「ぐぬ……」
     つい先程交わした会話までずばりと言い当てられ、シェロは言葉を失う。
    「せやけど、ソレならこの後どないするん? このままミェーチさんと一緒にうーんうーん呪いの人形みたいにうなって悩んでてもしゃあないやろ?」
    「大きなお世話ですよ」
     辛うじて虚勢を張り、シェロは突っかかる。
    「俺たちは俺たちで何とかしますから、あなたたちはあなたたちで勝手に石ころでも何でも売りつけてぼったくったらどうです?」
    「分かってへんなぁ」
     一方のエリザも、まったく態度を変えない。
    「アタシがちょっと手ぇ貸したら、その話上手く行くやろなっちゅう目算があるんよ。せやなかったらわざわざ来るかいな」
    「何ですって?」
    「悪い話やないやろ? 今、アンタら大変やん。こんな狭い小屋に何十人も詰め込まれて、他にもまだ百人、二百人が野ざらし同然の生活や。この軍団のナンバー2、副団長の役に就いとるアンタが世話せなアカンもんな。早いトコ、落ち着けるトコ作らなアカンやろ?」
    「だから、大きなお世話だっつってるでしょう?」
     苛立ちが募り、シェロは声を荒らせる。
    「こっちでやりますから、余計なコトしないで下さい。どうせあなたたちに手を借りたら、ソレをダシにして俺たちのコト、いいように操って利用するつもりなんでしょう?」
    「せやな」
     はっきりと肯定され、シェロはふたたび面食らった。
    「なっ……」
    「何や? アタシがソコを隠したりごまかしたりして、キレイゴト立て並べて話進めると思とったんか?」
    「普通そう言うもんでしょう?」
    「そう言うみみっちくてしょうもない真似は、自分がアタマええと思っとるアホのやるコトや。アタシがそんな、脳みその代わりにゴミが詰まっとるような三流のアホ参謀やと思とるんか?
     アタシははっきり言うで。アンタを使うつもり満々やっちゅうコトも、アンタだけやなくてアタシにも利のある話やっちゅうコトもな」

    琥珀暁・接豪伝 2

    2019.08.25.[Edit]
    神様たちの話、第212話。策士の再会。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 前回と違い、現在ミェーチ軍団が駐留しているのは街外れの小屋である。応接間などと言う気の利いた部屋を設ける余裕は無く、兵士たちが見守る中で、彼女との会話が行われることとなった。「あー、まあ、お久しぶりやね、シェロくん」 流石の女丈夫エリザも、どことなく居心地悪そうにしているのを感じ、シェロは率直に尋ねてみた。「今更何の用...

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    神様たちの話、第213話。
    はっきりと。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ずけずけと物を言いつつも、エリザは依然として、笑みを崩さない。その不敵な態度に怯みそうになり、シェロはなおも強情を張ろうとする。
    「やっぱり裏があるんじゃないっスか! そんな話、俺が聞くと思うんスか?」
    「聞くはずや。アンタやったら分かるはずやで、現状でアタシと話するのんが一番ええ策やっちゅうコトをな」
    「そうは思いませんね」
    「ほんならアンタの一番の策は何や? 正面切って豪族さんらと戦うて大勢犠牲を出して、ソイツらの焼け野原になった領土を乗っ取った上で、ボロボロの体のまま帝国さんらと連戦するコトか? 引き返して山を下って、恥も外聞も無く『やっぱアカンわ』『どうにもなりまへん』ちゅうてノルド王国に泣きつくコトか?
     ソレともこのまんま困り果てて弱り切って軍団がグズグズになったところを、ハカラ王国の人らに討ち取られるコトか?」
    「え、……え?」
     想定しない状況に言及され、シェロは戸惑う。
    「ハカラ王国が、俺たちを?」
    「おかしな話とちゃうやろ? アンタらは武力集団や。ソレも、ドコの国にも属してへん上に、帝国軍と正面切って戦ったヤツらや。帝国に従属しとるこっちの偉いさんにとったら、豪族と何ら変わらへん輩やん? せやからドコもかしこも門前払いしてきはったし、豪族と戦わせようとしとるんや。
     向こうの人にしてみたら、『同士討ちさせて共倒れしてくれたら儲けもんや』っちゅうトコやろな。よしんばどっちか生き残ったとしても、戦った後で弱っとるワケやし、倒すのんにさして苦労せんやろな」
    「ぐっ……!」
     エリザの言葉に、シェロは顔をしかめさせる。
    「……結局、こっちの人間をアテにしようなんてのが、そもそもの間違いってコトっスね」
    「そうなるな。西山間部の人らは帝国寄りやからな、帝国派やない人間は死のうが殺し合おうが、知ったこっちゃあらへんっちゅうコトや。
     もし仮に、アンタらがまったくの無傷で豪族討伐を成功させたとしても、向こうは『ほんなら話聞こか』とはならんやろな。その時はまた何やかや言い訳こねるか、別の用事押し付けるか、どっちにしても結局は追い払うつもりやろ」
    「くそ……ッ」
     シェロの攻勢が止んだところで、エリザが畳み掛ける。
    「言うとくけど、この状況で逃げるんも下の下の策やで。
     そら上手いコト行かへんかったらちゃっちゃと見切り付けて次行こか、っちゅう考えもあるし、普通は悪い手やない。でも既にアンタら、ハカラ王国でええようにあしらわれた身やろ? となれば他の国かて、同じコトするやろな。『他の国で門前払いされたヤツになんで俺らが温情見せなアカン?』ちゅうてな。そもそも『余所者』やし、そんな輩をうっかり引き入れて、帝国に目ぇ付けられたらアホみたいやろ。間違い無く、誰もまともに相手せえへんわ。西山間部中あっちこっち行く先々でそんな扱いされて追い払われとったら、いずれはドコかで全員野垂れ死にするんは目に見えとるわ。
     勿論言うまでも無いコトやろうけども、面倒見切れへんし一人で逃げてまお、っちゅうのんも無しやで」
    「にっ、……逃げるワケ無いじゃないっスか」
    「ほんならええんやけどな。後ろ見てみ」
     言われて、シェロは素直に後ろを向く。
    「……っ」
     前述の通り、この小屋には応接間など無く、仕切りらしい壁や衝立も無い。そのため今までの会話はすべて、小屋にいた兵士たちに筒抜けになっており――。
    (見てる。……すげー心配そうな目で)
    「皆な、アンタがどうやって今のこの状況を打破してくれるか、期待しとんねん。アンタが突撃っちゅうたらしよるし、塩湖越えてもっと東に行こかっちゅうたら付いてくわ。地位も職も放り出してアンタに付いて来た身やさかい、ソレ以外に何もでけへんからや。皆、アンタの決定と、命令を待っとるんよ。もっぺん、はっきり言うとくで。今逃げるんは最悪の策や。今必要なんは、前に出る策やで。
     そんなワケでや、シェロくん」
     エリザはここで、笑みを顔から消した。
    「どないする? アタシと手ぇ組むか? ソレともまだ自分一人で悩んで、どうにかでけんか考えるか?」
    「……」
     シェロはしばらく黙っていたが――やがて、「話、聞かせて下さい」と答えた。

    琥珀暁・接豪伝 3

    2019.08.26.[Edit]
    神様たちの話、第213話。はっきりと。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ずけずけと物を言いつつも、エリザは依然として、笑みを崩さない。その不敵な態度に怯みそうになり、シェロはなおも強情を張ろうとする。「やっぱり裏があるんじゃないっスか! そんな話、俺が聞くと思うんスか?」「聞くはずや。アンタやったら分かるはずやで、現状でアタシと話するのんが一番ええ策やっちゅうコトをな」「そうは思いませんね...

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    神様たちの話、第214話。
    北の町での試食会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     シェロとエリザが話し合ってから、一週間後――ハカラ王国領の北にある町、セベルゴルナ。
    「さーさー海の幸の試食会だよ、どうぞ見てらっしゃい寄ってらっしゃい! 我らが『狐の女将さん』、エリザ・ゴールドマン先生直々にお越しいただいての大盤振る舞い! 美味しい料理が盛り沢山だよー!」
     すっかりエリザの丁稚となった沿岸部の商人たちが、広場で大きな鍋を背にして横一列に並び、声を張り上げている。
     その列の中心に立つエリザも、いつものようにニコニコと笑みをたたえながら、街行く者たちに声をかけていた。
    「いらっしゃいませー、いらっしゃいませ! 本日はこちらへ卸しに来た沿岸部の各種食材の試食販売を行っております! エビ、イカ、カニにウニにカキ! 勿論お魚も一揃い、ぞろぞろぞろっと持って来とります! 本日はその試食も兼ねまして、大変美味しい料理を町の皆様へご提供いたします!」
     この邦ではまず見られない、狐獣人エリザの見目麗しい容姿に加え、並べられた料理はどれもエリザの故郷風に作られており、瞬く間に町の者の注目を集める。
    「なにこれ?」
    「え、ウニって食えたの? あんなトゲトゲが?」
    「うぇー……、なんかキモいよ? 本当にイカって食えんの?」
    「……でも、なんか」
    「おいしそー!」
    「わかる」
     あっと言う間に広場は人で埋まり、次々に料理が彼らに手渡されていく。
    「……うっわぁ、なにこれ!?」
    「え、これ、マジ美味いんだけど」
    「沿岸部ってこんな美味いのあんのかよ!?」
    「わたし、魚くらいしか無いって思ってた」
    「うんうん」
     一様に顔をほころばせ、料理に群がる人々を眺めて、エリザはさらに声を上げる。
    「本日の試食会、どうぞ楽しんでって下さい! 料理が気に入った方には調理法もお教えしますよって、どうぞお気軽にお申し付け下さーい!」
    「あ、知りたい知りたい!」
    「教えて、女将さーん!」
     試食会が始まって5分もしない内に、町中の人間が広場へと集まっていった。

     と――この騒ぎを、遠巻きに眺める者たちがいた。
    「あれは何をやってるんだ?」
    「聞いたところによると、沿岸部に来た異邦人が料理を振る舞ってるそうです」
    「異邦人?」
     町の者たちと明らかに出で立ちの違う、野趣溢れる身なりをした彼らも、恐る恐る広場に近付いて行く。
    「……っ!」
     が、広場にいた町民たちが彼らに気付いた途端、それまでの喧騒が嘘のように静まる。
    「ご……豪族、豪族だーッ!」
    「豪族が出たぞ!」
    「うわっ、わっ……」
     一瞬で場が冷え切り、エリザもそこで、宣伝の声を潜めた。
    「さーいらっしゃいませ、いらっしゃ……、っとと。
     あらあら、どないしはったんですか皆さん? なんやバケモノでも見たような顔、ずらーっと並べはって」
    「お、女将さん! ご、豪族ですよ、豪族!」
     町の者にそう返されるが、エリザはきょとんとした表情を作り、とぼけて見せる。
    「ごーぞく? はて、何でっしゃろ。まあともかく、そちらの方もお腹空いてはるみたいやし、どうぞこっち来て、アタシのご飯食べてって下さい」
    「ちょっ、エリザさん、まずいんじゃないっスか」
    「えーからえーから」
     護衛のロウをひょいと避け、エリザは料理の乗った皿と酒の入ったコップを両手に持ち、豪族たちへと近付く。
    「はい、どうぞ」
    「い……いや……」
     相手もこんな対応をされるとは思っていなかったらしく、明らかに戸惑っている。
    「……う、受け取れるか!」
     と、一人が声を荒げ、エリザに剣を向けた。
    「我々はどこにも与せぬ立場にある! 飯を恵んでもらうなど、あってなるものか!」
    「そないカタくならんと」
     対するエリザは、ニコニコと笑みを浮かべて近付く。
    「ほーら見て下さーい、むっちゃ美味しいですよー……?」
     優しい声色で招きつつ、エリザはぎゅっと、両腕を狭めさせた。途端に剣を向けていた男の視線が、エリザの顔から、ざっくりと空いたドレスの胸元へと落ちる。
    「あっ……その……おっ……ぱああぁ……」
    「立場とか誇りとか、そんな堅苦しいお話、こんな往来でせんでもええですやないの。ちょとご飯とお酒、お呼ばれするだけですやん?」
    「……あー……その……まあ、ど、どど、どうしても、と、言うのなら、その、食わんで、やらんことは、な、無いと言うか、う、うん、まあ、うん」
     強情も10秒ともたず、男はエリザの豊かな胸を凝視したまま剣を収め、カチコチとした仕草で皿とコップを受け取った。

    琥珀暁・接豪伝 4

    2019.08.27.[Edit]
    神様たちの話、第214話。北の町での試食会。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. シェロとエリザが話し合ってから、一週間後――ハカラ王国領の北にある町、セベルゴルナ。「さーさー海の幸の試食会だよ、どうぞ見てらっしゃい寄ってらっしゃい! 我らが『狐の女将さん』、エリザ・ゴールドマン先生直々にお越しいただいての大盤振る舞い! 美味しい料理が盛り沢山だよー!」 すっかりエリザの丁稚となった沿岸部の商人...

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    神様たちの話、第215話。
    食は万里を超える。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     エリザが豪族たちを試食会へと招き入れたことで、最初は戦々恐々とした表情を並べていた町民だったが――。
    「そーれっ、一気! 一気!」
    「うぉっしゃあ! んぐ、ぐっ、ぐっ……、ぷはーっ!」
    「いよっ、いい飲みっぷり!」
     料理と酒をいくらか胃に流し込まれたところで、豪族たちの険もどこかへ吹き飛んでしまい、両者はすっかり意気投合していた。
    「いやぁ、女将さんのぉ、言う通りですねぇ~! 最初は怖い人たちと思ってましたけどぉ、こうして話してみたらぁ、楽しい人たちじゃないですかぁ~!」
    「ヒック、いや、何と言うか、……ヒック、我々も警戒しすぎたし、ヒック、警戒させすぎたかも、ヒック、すまなかった、……ヒック」
     肩を組み合い、赤ら顔を並べている町民らと豪族たちの前に、エリザがニコニコ笑いながら近寄って来る。
    「あらあら、すっかり出来上がってはりますな。どないです、もう一杯?」
    「うー、いや、もう結構れす」
    「我々も、これ以上呑んでは、ヒック、あの、実は、……ヒック、我々は、近隣の町村の、ヒック、偵察に、その、差し障る、ヒック、内緒、うー……」
     豪族が漏らしたその一言に、エリザの口元がわずかに歪む。
    「あら、お仕事中でした? そらえらい不調法してしまいましたな。起きれます?」
    「……うー……んぐ……んがっ……んごご……」
    「あららら、寝てしまいましたな」
     エリザはくる、と振り返り、ロウと丁稚たちに声を掛ける。
    「ロウくん、イワンくん、ユーリくん、ちょとこっち来てー。この人、アタシらの宿に運んで寝かしたり」
    「うっス」

     すっかり酔い潰れてしまった豪族三人が目を覚ましたのは、夜も遅くになってからだった。
    「……ん……ん?」
    「ふがっ……?」
    「……ここは?」
     真っ暗な部屋の中でまごついているところに、戸の向こうからすっと灯りの光が差し込む。
    「目ぇ覚めはりました?」
    「んっ? ……あっ、えーと、女将さん?」
    「はいどーも」
     灯りを手にしつつ、部屋の中に入ってきたエリザに、豪族たちは揃って頭を下げる。
    「すっかり世話になってしまったようだ。かたじけない」
    「いえいえ、お構いなく。ところでお腹空いてはります?」
     そう問われた途端、三人の腹が同時にぐう、と鳴る。
    「む……恥ずかしながら」
    「そう思いましてな、晩ご飯も用意しとります。こちらにどうぞー」
     エリザに導かれるまま、三人は部屋を出て、食堂に向かう。
     と、そこには中年の虎獣人と若い短耳が2人、並んで座っていた。
    「……む?」
     豪族たちがいぶかしんでいると、その二人は立ち上がり、揃って会釈した。
    「突然の訪問、失礼仕る。吾輩はエリコ・ミェーチ、ミェーチ軍団団長である。こちらは副団長のシェロ・ナイトマンだ」
    「よろしく」
    「は……はあ」
     きょとんとしている豪族たちに、エリザがやんわりと声を掛ける。
    「すぐご飯持って来ますよって、さ、お席にどうぞ」
    「う、うむ」
     促されるまま席に着き、豪族たちはシェロたちの対面に座る。と、すぐさまミェーチが立ち上がり、話を切り出そうとした。
    「単刀直入に申し上げる! 是非我々と……」「こーらっ」
     が、厨房に向かおうとしていたエリザが引き返し、ミェーチをたしなめた。
    「今からご飯やお酒やっちゅうトコで、何を堅い話しようとしてはるんですか。そんなんは終わってからのんびりしはりなさい」
    「おっ、おう? う、うむ、失敬した」
     出鼻をくじかれ、ミェーチはそのまま、すとんと椅子に腰を下ろした。
    「あー、と、まあ、女将殿にそう言われてしまっては仕方あるまい。話を変えよう。今宵の席では吾輩の娘も厨房に立っておるでな、是非ご賞味くだされ」
    「はあ」
     両者とも、何の毒気もアクも帯びなくなったところで、丁稚たちが料理を運んできた。

    琥珀暁・接豪伝 5

    2019.08.28.[Edit]
    神様たちの話、第215話。食は万里を超える。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. エリザが豪族たちを試食会へと招き入れたことで、最初は戦々恐々とした表情を並べていた町民だったが――。「そーれっ、一気! 一気!」「うぉっしゃあ! んぐ、ぐっ、ぐっ……、ぷはーっ!」「いよっ、いい飲みっぷり!」 料理と酒をいくらか胃に流し込まれたところで、豪族たちの険もどこかへ吹き飛んでしまい、両者はすっかり意気投合し...

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    神様たちの話、第216話。
    提携提案。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     食事が始まってから30分ほどが経ち、豪族たちは――食事の合間に、彼らは「ダリノワ家家臣団」と名乗っていることが分かった――昼間と同様、顔をほころばせていた。
    「うーむ、こんなに美味いものを食べたのは今日が初めてだ。沿岸部は痩せた土地と聞いていたが、これほど食材に恵まれているとは」
    「色々試行錯誤してみましてな、仰山お魚やら何やら穫れるようになったんですわ。アタシがこっち来たばかりの頃に比べたら、まあ沿岸部の皆さん、ええ顔色してはりますわ」
    「それはうらやましい」
     一人がそうつぶやいたところで、別の者がそれをたしなめる。
    「そんなことを口に出すな」
    「そうは言うが、村でこんな豪勢な食事が出たことがあるか?」
    「我々は質実剛健を誇りとするのだ。贅沢など……」
    「カキのバター焼き片手にそんなん言うてても、カッコ付きませんで」
    「うぐっ」
     エリザに突っ込まれ、彼は顔を真っ赤にする。それを笑って眺めながら、エリザが続ける。
    「ところで皆さん、普段はどんなもん食べてはるんです? 今後の参考にでけたらと思いまして」
    「帝国下の人間は畑を持ったり牛馬を飼ったりしているようだが、我々は狩猟が主だ。たまに交換・交易はしているが、食物はほとんど野のものだな」
    「交易っちゅうと、おカネ使て買うたりしてはるんですか?」
    「我々の村にはそのような習慣が無い。基本は物々交換だ。カネが絡む取引はほとんど無いが、相手が所望する場合もあるから、多少は持ち合わせている」
    「おカネ無いと、取引し辛くありません?」
    「うむ。相手が取り合わん場合もある」
    「ふむふむ」
     そこでエリザが、こんなことを提案した。
    「せやったら、アタシらとちょと取引してみません?」
    「取引?」
    「聞いた感じやと皆さん、帝国下の人らとあんまり仲良うできひんで困っとるように聞こえますからな。や、確かに帝国そのものとは絶対仲良うでけんっちゅうのんは分かってるんです。アタシが言いたいんは、その帝国の属国になっとるトコと、っちゅうコトなんですわ」
    「む、む……?」
    「いえね、沿岸部でのお話なんですけども、アタシらが来て間も無く、巷に反帝国の風潮が起こったんですわ。元々からそう言う意識はあったみたいなんですけども、やっぱり帝国さんらはえげつないくらい強いっちゅう話ですやんか、せやからソレまで反乱も蹶起もでけん状況やったんですな。
     で、アタシらが来たコトで、『もしかしたら帝国を倒せるんちゃうか』っちゅうような空気がでけたんでしょうな、ソレから半年足らずで沿岸部におった帝国軍は壊滅したんですわ」
    「なに……!?」
     エリザの話に、彼らは揃って目を丸くする。
    「最終的に攻撃したんはアタシらの軍勢ですけども、沿岸部の人らの協力あってこその結果ですわ。ほんで、こっちでの話ですけどもな。西山間部でもアタシらが『やるぞー』言うたら付いて来る人らが、結構な数おるんちゃうやろかと思とるんですよ」
    「ふむ……」
    「ソコで、皆さんにお願いがあるんです。皆さんの戦いを支援させていただく代わりに、アタシらと手ぇ組んでもらえへんやろか、と」
    「ふむ……」
    「いや、しかし」
     豪族たちは困った顔をし、エリザに答える。
    「俺たちは単なる斥候、一家来であるし、俺たちだけでそんな話はできない。我らが主君に通さなければ、そんな決定は……」
    「ええ、ええ。十分承知しとります。せやからね」
     エリザはにこっと笑みを浮かべ、こう続けた。
    「皆さんの方からお話、通しといて欲しいんです。お土産も仰山持たせますさかい、どうぞよしなにお伝え下さい」
    「うむ、そう言うことであれば承ろう」
    「女将殿の頼みとあらば、嫌とは言えません」
     すっかり懐柔された彼らは、いとも易々(やすやす)と、エリザの頼みを引き受けた。

    琥珀暁・接豪伝 6

    2019.08.29.[Edit]
    神様たちの話、第216話。提携提案。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 食事が始まってから30分ほどが経ち、豪族たちは――食事の合間に、彼らは「ダリノワ家家臣団」と名乗っていることが分かった――昼間と同様、顔をほころばせていた。「うーむ、こんなに美味いものを食べたのは今日が初めてだ。沿岸部は痩せた土地と聞いていたが、これほど食材に恵まれているとは」「色々試行錯誤してみましてな、仰山お魚やら何やら...

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    神様たちの話、第217話。
    お話する? ソレとも「オハナシ」する?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     エリザに懐柔された豪族たちは、本拠に戻ってすぐ、彼らの主君であるダリノワ王に話を伝えた。
    「……と言うことで、いずれ話をしたいと」
     だが――。
    「ならん」
     ダリノワ王はにべもなく、提案を一蹴した。
    「詳しい話は分からんが、胡散臭い。聞く価値も無かろう。以上だ」
    「し、しかし彼らと協力すれば……」
     説得しかけた斥候たちに、ダリノワ王は槍を向けた。
    「聞かぬと言っておるだろう! いい加減にせんか!」
    「うっ……」
    「この話はこれで終いだ! 分かったらとっとと……」
     ダリノワ王が声を荒げ、斥候たちを退かせようとしたところで――。
    「邪魔すんでー」
     突然、屋敷の中に女の声が飛んで来た。
    「……お、女将さん!?」
     面食らう斥候たちを気に留める様子も見せず、エリザはぺらぺらと手を振りながら、ダリノワ王の前へと歩み寄る。
    「アタシが今、皆さんがお話してた『女将さん』こと、エリザ・ゴールドマンです。よろしゅう」
    「帰れ」
     追い払おうとするダリノワ王に、エリザはにこっと笑顔を見せる。
    「ま、ま。多分そーやって邪険にしはるやろなと思いまして、こっちから来させてもろたんですわ。
     とりあえず、お話やら何やらする前にですな」
     そう言いつつ、エリザはぱん、ぱんと手を叩き、丁稚を呼ぶ。
    「お近付きの印と思いまして、ご飯ものをいくらか持って来てますんよ」
    「いらんわ!」
     ダリノワ王は怒りに満ちた顔で立ち上がり、槍を振り上げてエリザの前に立ちはだかる。
    「いい加減にしておけ、女狐。ここはわしの土地であるぞ。勝手な振る舞いをするのならば即刻、その細い首をへし折ってくれるぞ」
    「へーぇ、やれるもんやったらやってみはったらどないです?」
     が、エリザも笑顔をたたえたまま、一歩も引く姿勢を見せない。
    「言ったなッ!」
     挑発に乗る形で、ダリノワ王は槍をエリザの頭目がけて振り下ろす。ところが――。
    「ほい、『マジックシールド』」
     エリザは魔術を使い、自分の頭上に盾を作る。ダリノワ王の振り下ろした槍はその盾に弾かれ、先端が折れて天井に突き刺さった。
    「ぬッ……!?」
    「まだやる気です? やるんやったらなんぼでも付き合ったりますけどな?」
    「ぬ、……抜かせッ!」
     ダリノワ王は柄だけになった槍を投げ捨て、素手でエリザに襲い掛かる。しかしその手がエリザの腕をつかむより早く、エリザが魔術を発動させる。
    「『ショックビート』」
     次の瞬間、ダリノワ王はぐるんと白目を剥き、鼻から血を噴き出して、ばたんとうつ伏せに倒れてしまった。
    「……え……?」
    「女将さん……一体?」
    「な……何を!?」
     突然の事態に、成り行きを見守っていた斥候や丁稚らが顔を真っ青にする。しかしエリザはいつものように平然とした様子で、ニコニコと笑っていた。
    「ちょっと気絶さしただけや。安心し」

     2時間後――。
    「……う、うぬ?」
     ダリノワ王が目を覚まし、すぐに傍らに座っていたエリザと目が合う。
    「おはようさん。気分はどないです?」
    「……っ」
    「あら、そんな怖い顔せんといて下さい。アタシは最初から、平和的にお話したいなーと思て来とりますねん。ただですな」
     一瞬、エリザは目を細め、すうっとダリノワ王をにらみつける。
    「穏やかにお話でけへん人には、痛い目見てもらうコトにしとりますねん」
    「う……ぐ」
     と、すぐにいつも通りの笑顔に戻り、やんわりとした口調で続ける。
    「ソレ以外は基本的に、アタシは優しぃくするようにしとりますねん。……ソレでですな、お話、聞いてもらえますやろか?」
    「……わ……分かった。聞く。聞かせてもらおう」
     ダリノワ王はかくんかくんと首を縦に振り、エリザに従った。



     そして話をしてすぐ、ダリノワ王はエリザの申し出を受けることを受諾。エリザから金品を受け取る代わりにエリザと懇意にしているミェーチ軍団に居留地を提供することを取り決め、また、有事及び作戦行動時には三者とも、互いに協力することを約束した。
     これにより遠征隊、いや、エリザは西山間部での足掛かりを得ることに成功し、さらに途絶していたミェーチ軍団とも、関係を回復することができた。

    琥珀暁・接豪伝 終

    琥珀暁・接豪伝 7

    2019.08.30.[Edit]
    神様たちの話、第217話。お話する? ソレとも「オハナシ」する?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. エリザに懐柔された豪族たちは、本拠に戻ってすぐ、彼らの主君であるダリノワ王に話を伝えた。「……と言うことで、いずれ話をしたいと」 だが――。「ならん」 ダリノワ王はにべもなく、提案を一蹴した。「詳しい話は分からんが、胡散臭い。聞く価値も無かろう。以上だ」「し、しかし彼らと協力すれば……」 説得しかけ...

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    神様たちの話、第218話。
    三者同盟。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     西山間部にて豪族及びミェーチ軍団と接触し、協力関係を築くことに成功した遠征隊だったが、「協力」の詳しい内容を協議する場において、エリザはまず、こう切り出した。
    「この関係は当面、秘密にするっちゅうコトで行きましょ。お互いに、知らぬ存ぜぬ誰やソレっちゅうコトで」
    「何故だ?」
     強面のミェーチとダリノワ王に挟まれるように尋ねられるが、エリザはニコニコと笑みをたたえながら答える。
    「相手に『敵』は3つやと思わせとくんですわ。
     コレが1つ、全部同じ勢力やっちゅうんなら、ドコをどう突いても1つなんやから、相手への打撃を与えたと考えはります。せやけどもコレが3つやと思とったら? 1つを攻撃しても、残り2つがその隙に攻めてきよるかも分からん。相手にとったら軽々に動けへんような状況になるワケですわ。
     反面、こっちは3つの勢力をお互いに都合のええように動かせる。身動きのでけん相手を引っ掻き回せるワケですな」
    「覚えがあるな」
     苦々しい表情を浮かべつつ、ミェーチがうなる。
    「女史はその手で沿岸方面軍をたばかり、我々に襲いかかる彼奴らを容易く撃破したと、シェロから聞き及んでおるぞ」
    「ええ。その効果は十分ご存知いただけとるコトやと思います」
     ミェーチの皮肉めいた非難をさらりといなし、エリザは話を続ける。
    「ちゅうワケで、この関係は秘密です。通じとるコト自体もできればココにおるアタシらと、家臣や幹部陣までで。下の者には内緒にしとって下さい。アタシの方――遠征隊陣営にも、アタシの他にはタイムズ殿下とシモン隊長の二人しか知らんように計ってますし。今回の話し合い自体も、来たんはアタシと商売関係の護衛さん何人かくらいですし」
    「わしを慕う民をあざむけと言うのか?」
     不満そうにするダリノワ王に、エリザはぺちん、と両手を胸の前で合わせて頼む。
    「コレは必須です。いくら箝口令(かんこうれい:特定の情報を外部に漏らさないよう命令すること)を敷こうとも、秘密を知ってしもたら、知らん子に言いたくなってまうんが人間ですしな。
     仮にこの『密約』が漏れ、帝国側にアタシらの連携が漏れたら、向こうさんは間違い無く、この3つの中で最も攻めやすく、最も弱小な軍勢を潰しにかかります。ソレがドレやっちゅうコトは、言わんでも分かりますな?」
    「む……」「ぬぬ……」
     エリザの言葉に、ミェーチとダリノワ王は互いに顔を見合わせる。
    「はっきり言いはしまいが、確かにどちらかになるであろう」
    「然り。遠征隊は沿岸部におり、数も力量も我々とは比較にならぬ。……と考えれば、少しばかり女史らに都合の良い約定ではないのか、これは?」
     ミェーチに再度にらまれるが、エリザは依然として笑みを崩さない。
    「その点は認めるところです。はっきり言うたら、仮に帝国さんが全力出してお二人の軍勢を壊滅させたとて、アタシらには西山間部の拠点を失う以上の被害はありまへんからな。
     ソレを十分に踏まえて、お二方への取引はかなり盛らせてもらおうと思てます。まず糧食に関しては」
    「糧食?」
     食べ物と聞き、ミェーチが虎耳をぴくんと震わせる。
    「抱えとる人間1人につき、主食としてお芋さんを大袋で2つ、ソレから何かしらのおかず1袋分を月に一度送ります。味は保証しますで」
    「うむっ」
     一点、顔をほころばせるミェーチに対し、ダリノワ王はしかめっ面を浮かべている。
    「わしは『虎』ではないからな。飯の味などどうでも良い。他には?」
    「美味しいもん食べへんと力出ませんで。ま、ええですわ。2番目は教育、技術指導です」
    「なんだと?」
     ダリノワ王は顔を真っ赤にし、立ち上がる。
    「貴様らがわしらに教えを垂れると? 馬鹿にしておるのか?」
    「教えるっちゅうても読み書き計算とか、そんなコドモ相手の話やありまへん。や、ウチらの文字や言葉くらいは教えな意思伝達がめんどくさいですから、ソコはある程度はしますけどもな、ソレよりもっと重要な知識がありますやろ?」
     そう返して、エリザは自分の左掌の上に、ぽん、と火を浮かべる。
    「ぬっ!? それは……」
    「そう、魔術ですわ。今までにも、帝国軍が魔術を使たっちゅう話はドコからも聞いてまへんし――そらまあ、魔術はウチら独自の知識、専売特許みたいなもんですからな――コレがあるのと無いのとでは、兵力が桁違いになりますやろな。
     ソレともこんなワケ分からんもんはいらへん、我々はあくまで素手で戦って勝つことが理想や、ソレが誇りなんやと言うんであれば、この条件は無しでも構いませんけども」
    「うぬぬぬ……」
     ダリノワ王はくる、と背を向け、すぐにもう一度、くる、と振り向き、座り直した。
    「誇りは確かにあるが、……しかし、現状でわしらが不利であることは十分に承知しておるつもりであるし、その不利を覆さぬ限り、綺麗事をべらべらと立て並べたとて、滑稽なだけだ。わしは実利を取る。是非教えを請いたい」
    「吾輩も右に同じである。誇りだ、理想だなどと言うものは、勝ってから定めれば良いのだ。それよりもまず我々が求めているのは、帝国に勝利できる力なのだ」
    「ご同意いただけて何よりですわ」
     その後も資金の提供や軍団の居留地、そして今後の戦略展開など数点を話し合い、三者同盟は正式に成立された。

    琥珀暁・密議伝 1

    2019.09.01.[Edit]
    神様たちの話、第218話。三者同盟。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 西山間部にて豪族及びミェーチ軍団と接触し、協力関係を築くことに成功した遠征隊だったが、「協力」の詳しい内容を協議する場において、エリザはまず、こう切り出した。「この関係は当面、秘密にするっちゅうコトで行きましょ。お互いに、知らぬ存ぜぬ誰やソレっちゅうコトで」「何故だ?」 強面のミェーチとダリノワ王に挟まれるように尋ねられ...

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    神様たちの話、第219話。
    救いの手か、操る糸か。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「不満です」
     協議の内容を聞かされたハンは、エリザに不機嫌そうな目を向けた。
    「ナニが気に入らんねんな? アンタいっつも眉間にぎゅーってシワ寄せて。そんなツラしとったら、早よ老けるで」
     そう返しつつ、エリザはハンの眉間にちょんと指を置く。それをやんわりとながらも払い除け、ハンは口を開く。
    「余計なお世話です。ともかくこの協議内容に関して、俺は異議を申し立てます」
    「言うてみ」
    「あからさまに不平等でしょう? この取り決めには糧食や資金、技術提供の条項はあっても、戦力および兵員の提供・貸与に関する条項が無いじゃないですか」
    「せやな。そもそもが密約、対外的には秘密にするっちゅう話やからな。こっちがゾロゾロ登ってきて大々的に駐留しとったら帝国さんにバレてまうし。せやから人員の、正確に言うたら兵士さんの派遣はナシや」
    「ええ、その理由については納得しています。しかし実質的に、これは向こうで何人犠牲になろうが、我々は一切手を貸さないと言うことでしょう? その代わりとなる、資金や物資の提供と言う約定は確かにありますが、これらは沿岸部で手に入れたカネやモノを渡しているだけで、我々の資産や身を切り詰めるようなものでは無いはずです。
     結局この同盟は、我々のみが得をし、相手にのみ苦痛や労苦を課すようなものに思えてなりません。到底、公平な取引ではないでしょう」
    「せやからある程度の補償が付くんやん。ご飯代もお勉強代もタダな上に、おカネまであげるんやで?」
    「その条件だって、こちら側から押し付けたようなものでしょう? 何から何まで一方的なやり口じゃないですか。俺は納得できません」
     頑なな態度を崩さないハンに、エリザも斜に構えたまま、やり返す。
    「ほんなら納得行くよう、アンタが交渉に行くか? どないなるか、目に見えてるけど」
    「うっ」
    「四角四面で融通の利かん、強情っぱりのアンタが同じような性格のミェーチさんやダリノワさんとやいやい話したら、最後は3人取っ組み合いの大ゲンカになって終いやろな。協力どころか敵が増えるだけやな。そらぁ平和でよろしいわ」
    「……反論できないのが情けないです」
     憮然とした顔をし、ようやく口を閉じたハンに、エリザはニコニコと笑みを向ける。
    「心配せんでも、悪いようにはせんて。アタシかて、向こうにただただ辛い思いばっかりさせるんはええ気分とちゃうからな。とりあえず今考えてるんは、向こうさんが安堵した後で落ち着いて生活始めたところで、きちんとした『取引』がでけるよう、手ぇ貸したろうかって感じやね」
    「と言うと?」
    「例えば沿岸部でもお野菜作ったり家畜さん育てたりしとるけど、西山間部はこっちの何倍も規模が大きいんよ。向こうの方が寒いし、育ちにくいんちゃうかと思っとったけど、どうも土の質やら何やら、色々あるみたいでな。ほんで向こうさんにその辺手掛けてもろて、でけたもん買い取ったら、ええ商売になりそうやなって」
    「それじゃ結局、不利益を被らせるのも利益を与えられるのも、エリザさんの都合ってことでしょう? 向こうに自由行動の機会を与えないのは、隷属と一緒じゃないですか」
     どうにか非難するも、これもまた、エリザには事も無げに返されてしまう。
    「『例えば』っちゅうてるやんか。今のは一つの案や。向こうから『これしたい』て言い出さはったら、ソレはソレでアタシはきちんとお話するで。勿論、お話した上で、商売になるかどうかも相談させてもらうけどな」
    「どうあってもエリザさんが絡んでくるんでしょう? ですからそれは結局、誘導して相手を縛り付けることだと言っているんです」
    「ほんなら何や? ちょっとも絡まんと、勝手に相手に利益出させえっちゅうんか? そんなんでけるんやったら、ハナから同盟や援助やって話にならんやんか。『困ったコトあんねん』て悩んだはって、『おー大変やなーほな頑張りやー』って突き放したら、話が勝手に解決するんか? ソレで解決せえへんから手ぇ貸そか、貸してもらおか、相談しよかっちゅう話になるんやないんか?」
    「いや、それは……」
    「相談する以上、互いに相手の言うコト聞かんかったら、ソレこそ話にならんやろ? ほんなら話聞いたら、結局は多かれ少なかれ、影響されるっちゅうコトやんか。ソレが道理やろ? ソレともアンタは一言も言葉を交わさず、解決策を提示でけるっちゅうんか? どないやな?」
    「それは……その……」
    「自分の感情に任せて、理屈の通らん無茶を言うたらアカン。アンタもええ歳した大人やねんから、考えてモノ言いよし」
    「うぐぐ……」
     散々に言葉尻で小突き回され、ハンはそれ以上の抗議を諦めた。

    琥珀暁・密議伝 2

    2019.09.02.[Edit]
    神様たちの話、第219話。救いの手か、操る糸か。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「不満です」 協議の内容を聞かされたハンは、エリザに不機嫌そうな目を向けた。「ナニが気に入らんねんな? アンタいっつも眉間にぎゅーってシワ寄せて。そんなツラしとったら、早よ老けるで」 そう返しつつ、エリザはハンの眉間にちょんと指を置く。それをやんわりとながらも払い除け、ハンは口を開く。「余計なお世話です。ともか...

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    神様たちの話、第220話。
    愚痴吐く相伴。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エリザにあしらわれたその晩、ハンはクーとともに夕食を取りながら、愚痴をこぼしていた。
    「本当にあの人と来たら」
    「まあまあ」
     クーがなだめつつ、酒の入ったコップをハンに差し出すが、ハンは受け取らずに愚痴を続ける。
    「結局、あの人は自分勝手なんだよ。自分の利益しか考えてないような人なんだ」
    「わたくしは、そのようには存じません」
     クーがかばうが、ハンは聞き入れようとしない。
    「どこがだよ? いつも俺が苦労させられてるじゃないか」
    「ではあなたは、シェロが風説を流布したあの事件について、エリザさんが何の苦労も苦心もされていないと? あなたの悪評を撤回・返上して下さったのは、一体どこのどなたなのかしら?」
     指摘され、ハンは一転、ばつが悪そうな顔をする。
    「……ん、ん。まあ、うん、それは確かにそうなんだが」
    「でしょう? あなたがお考えになっている以上に、エリザさんはあなたのことを、いいえ、わたくしたちや他の皆さんのことを気にかけていらっしゃいます。
     シェロのこともそうです。今回、エリザさんがわざわざ足を運び、シェロの元を訪ねましたけれど、この際に彼の名誉回復についてまでご説明差し上げたそうでしょう?」
    「ああ、そう聞いてる」
    「これが優しさでなくて、何だと仰るのです?
     はっきり申せば、シェロ本人にその話をする必要性は、わたくしたちにはございません。既に隊を離れた彼がどのような艱難や辛苦に苛まれようと、最早関係が無いのですから。しかしエリザさんは、それを本人に伝えたのですよ? もし彼女が本当に利己的で、自分の利益と都合しか考えず、ただ周りに迷惑をかけるだけの存在であったならば、そんなことをなさるはずがございません。
     そもそもエリザさんの優しさについては、あなたのお父様からもお伺いになっていたでしょう? これは決して、わたくし個人の勝手な思い込みなどではございませんわ」
    「ああ、まあ、確かにそうだが、……うん?」
     ハンはけげんな顔をし、クーに尋ねる。
    「何故その話を知ってる? それは俺と親父が二人だけの時にした話のはずだが」
    「あっ」
    「……まさかとは思うが」
    「い、いえ、そ、その」
    「君はまさか、あの時……?」
    「え、えーと……」
     目をそらすクーの横に回り込み、ハンは詰問する。
    「聞いてたんだな? そうか、『インビジブル』だな? 姿を消して、堂々と俺たちの前で盗み聞きしてたってわけか」
    「あ、いえ、さようなつもりでは」
    「何がさような、だよ? 自分に聞かされる予定の無い話を隠れて傍聴する行為が盗み聞きじゃなけりゃ、一体それは何だって言うんだ?」
    「……も、申し訳ございません」
     答えに窮し、クーは素直に頭を下げて謝った。
    「はぁ……。いいよ、別に。聞かれて困るような話はしてないし、そもそも、するつもりも無かったからな。
     だけどクー」
     ハンはクーの肩に手をやり、きつい口調でたしなめた。
    「次やったら、いくら君が相手でも、俺は本気で怒るぞ。君は俺のことを好き勝手にできる相手と見ているようだが、君がこんなはしたないことを繰り返すような子なら、俺は陛下のお膝元を離れてでも、君に二度と会わないようにするからな」
    「はい……。本当に、反省しております。ごめんなさい、ハン」
     もう一度ぺこっと頭を下げるとともに、クーは再度、コップを差し出した。
    「お詫びの意味も込めて、一杯お飲みになって下さいまし。お注ぎいたしますから」
    「ああ」
     ハンはコップを受け取り、クーに酒を注いでもらう。
    「さ、さ、どうぞ一献」
    「まだ君は俺のことを侮っているみたいだが」
     ハンは一杯になったコップを口元に持って行きつつ、こう続けた。
    「俺が酒の1杯や2杯で前後不覚になって、これで説教を切り上げるだなんて思うなよ」
    「ええ、重々承知しておりますわ」
    「まったく……」
     ハンは憮然とした顔で、ぐい、と酒をあおり――すとんと椅子に座り、そのまま仰向けになって眠ってしまった。
     その寝顔を恐る恐る眺め、完全に寝入ったことを確認して、クーはぼそっとつぶやいた。
    「……危ないところでしたわね。ハンのことですから、本当に負けん気を出して去りかねませんものね。今後は気を付けてお話しすることにいたしましょう」

    琥珀暁・密議伝 3

    2019.09.03.[Edit]
    神様たちの話、第220話。愚痴吐く相伴。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. エリザにあしらわれたその晩、ハンはクーとともに夕食を取りながら、愚痴をこぼしていた。「本当にあの人と来たら」「まあまあ」 クーがなだめつつ、酒の入ったコップをハンに差し出すが、ハンは受け取らずに愚痴を続ける。「結局、あの人は自分勝手なんだよ。自分の利益しか考えてないような人なんだ」「わたくしは、そのようには存じません...

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    神様たちの話、第221話。
    クーとおはなし。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「尉官、本っ当にお酒弱いんですから、そんなことしたらダメですよ」
    「ええ、承知しております」
     クーがハンを酔い潰した翌日、街に新しく作られた喫茶店にて、クーから事の顛末を聞いたマリアが、彼女をたしなめていた。
    「中身が叱責とは言え、お慕いしている方とのお話が止まってしまうのは残念ですもの」
    「や、そっちもクーちゃんには大事だと思うんですけども」
     マリアは困った顔をしつつ、クーにこう伝えた。
    「尉官、お酒呑むと翌日、ものっすごく体調崩しちゃうんですよ。顔色もいつもの三割増で青くなっちゃいますし。なのに無理矢理仕事出て来るから、周りの気が気じゃないんですよねー」
     これを聞いて、クーは「あら」と声を上げた。
    「では、今日も……?」
    「間違いなく真っ青です。あと、いつもコップ1杯でぐったりしちゃいますからあんまり無いですけど、うっかり2杯も呑んじゃうと、胃腸ぎゅるぎゅるになっちゃうみたいです。今よりもっとガリガリになっちゃったら尉官、お仕事できなくなっちゃいますよ?」
    「十分に留意いたしますわ。ありがとうございます、マリア」
     クーがにこっと笑みを返したところで、マリアが「あ、そー言えば」と声を上げる。
    「尉官とクーちゃんのお二人だけで話してたんですよねー、それって」
    「ええ、さようですわ」
    「何のお話してたんですかー? や、下世話なこと考えてるわけじゃないんですけどー、最近なんか、エリザさんも尉官も、こそこそっと話してることが多いんですよね。で、クーちゃんもちょくちょく同じよーにお話ししてるから、何か知らないかなーって」
    「え? ええと、それは……」
     クーはそれが「密約」に関する話だろうと察したが――。
    (エリザさんからも『秘密やで』と念押しされておりますし、いくらマリアが相手でも、漏らすことはいたせませんわよね)
     元来、嘘や隠し事が苦手なクーではあったが、ともかくその場は隠そうと努めた。
    「……そうですわね、軍事上・政治上の機密も含んでおりますから、あまり軽々にはお話しできる内容ではございません。申し訳ございませんけれど、この件に関してはあまりお尋ねいただかない方がよろしいかと」
    「あ、やっぱり何かやってるんですねー? また何か進行中ってことですね」
    「えっ!?」
     が、あっさり見抜かれてしまい、クーは口を両手で抑え、黙り込む。
    「もごもご……」
     そんなクーの様子を見て、マリアはケラケラ笑う。
    「や、だいじょぶですって。秘密なら秘密であたし、それ以上は聞きませんから。いつものアレです」
    「そうしていただけるとたいへんたすかります……」
    「あとですね、クーちゃん。聞かれたくないって話があること自体悟られたくないなー、気取られたくないなーって時はですね、例えば『わたくしは存じ上げませんわね』とかって、自分もまったく知らないですよーって感じでごまかした方が、勘繰られずに済みますよー。あたしの場合はなんか、クーちゃんがあんまりにも正直者すぎて聞くのためらっちゃいますけど、性格悪い人だったら、しゃべるまでとことん根問いされちゃいますよ、きっと」
    「ごしてきまことにいたみいります……」
     かくんかくんと首を振りつつ、クーは口に当てていた手を、顔全体に滑らせた。

     と、そこへ――。
    「あ、マリアさん。それから殿下も」
    「あれ、ビート? ……とトロコフさん」
     ビートとイサコが店内に入るなりマリアたちに気付き、近寄って来る。
    「珍しいね。仲良かったっけ?」
    「いや、ハーベイ君に話を聞こうとしていたのだが、彼から『立ち話もなんですから』と、こちらに連れて来られた次第である。
     しかし丁度良かった。タイムズ殿下にもお尋ねしたいと考えていたので」
    「わたくしに?」
     そう返し、クーは一瞬、チラ、とマリアに目をやる。
    (『知らない素振り』、でしたわね?)
    (そ、そ)
     マリアと目線を交わし、クーはイサコに向き直る。
    「いかがされまして?」
    「そちらの……、遠征隊の運営に関わることと思うのだが、シモン尉官本人に聞くのも面倒と言うか、あまり色良い答えが返って来そうに無いと言うか」
    「はあ」
    「いや、前置きは不要であるな。率直にお聞きいたそう」
     イサコは顔を強張らせ、恐る恐ると言った口調で尋ねてきた。
    「シモン尉官の側近と言うか、班編成はナイトマン放逐以降、ハーベイ君とロッソ君の2人のままだが、今後も現状を維持するのだろうか? 補充などは考えておらんのだろうか?」
    「えっ? そんなことですの?」
    「そ、そんなこと?」
     肩透かしを食い、ずれた返答をしたクーに、イサコは目を丸くする。
    「いやいや、放置すれば指揮系統に乱れが起こり得る、重要な案件だと思うのだが」
    「あ、あっ、さようですわね、失礼いたしました」
     クーは取り繕いつつ、もう一度マリアに目を向けたが――。
    (……んもう!)
     マリアは顔を背け、背中をぷるぷると震わせていた。

    琥珀暁・密議伝 4

    2019.09.04.[Edit]
    神様たちの話、第221話。クーとおはなし。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「尉官、本っ当にお酒弱いんですから、そんなことしたらダメですよ」「ええ、承知しております」 クーがハンを酔い潰した翌日、街に新しく作られた喫茶店にて、クーから事の顛末を聞いたマリアが、彼女をたしなめていた。「中身が叱責とは言え、お慕いしている方とのお話が止まってしまうのは残念ですもの」「や、そっちもクーちゃんには大事...

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    神様たちの話、第222話。
    欠員。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ビートたちを座らせ、クーとマリアは改めて、イサコの相談に乗ることにした。
    「でも確かに、班編成って4人が基本ですもんね。もうかれこれ2ヶ月は1名抜けたままですし、尉官にしてはきっちりしてませんね」
    「同意見である。……それに、何と言うか、なんだ」
     イサコは遠慮がちに、こう続けた。
    「呼称は『班』であるとはいえど、事実上は隊長および副隊長の側近であり、遠征隊全隊を統括・指揮する中枢だ。そこに籍を置くことができれば、軍における地位も相当なものと見なされよう」
    「そーですかねぇ?」
     首を傾げるマリアに対し、ビートはイサコに同意する。
    「有り得る話です。事実、僕たちは陛下やシモン将軍、エリザ先生と言った実力者に会え、気さくに話ができる立場にありますし。それは即ち、彼ら権力者に対して直接意見を申し立てることができると言うことでもあります。
     もしトロコフ尉官がこの班に入るとなったら、事実上、遠征隊の中で隊長や副隊長に次ぐ地位を獲得することになるでしょうね」
    「い、いや、私はそこまでのことは……」
    「ハンやエリザさんご本人に仰らず、こうして迂遠な尋ね方をされているのですから、その目論見を多少なりともお持ちなのでしょう?」
     クーに看破され、イサコは顔を真っ赤にする。
    「う、……そ、その、正直に言えば、ちらりと頭をよぎった。あわよくば、……と」
    「実際、どーなんでしょうね? トロコフ尉官がこっちに来るってことになりますもんね、班に入るってなったら」
    「さようですわね。そのようになれば、国際的な問題が発生いたしますわね」
    「ふむ……」
     クーの返答を聞いて、なんとなく浮かれていたように見えたイサコは一転、明らかに消沈した様子を見せる。
    「確かに――事実上、その支配から逃れたとは言え――帝国の人間を配下とすれば、帝国からの印象は一層悪くなるだろう。タイムズ陛下やシモン尉官は友好的に関係を取ろうと考えているのだし、その線は無いか」
    「トロコフ尉官には残念かと存じますが、恐らくは。そもそもハンのお心積もりとしても、あなた方を自分の部下として扱おうとはなさらないのではないでしょうか。対等な関係をとお考えのようですもの」
    「なるほど。確かに班に入れば、それは下に付くと言うことでもあるな。……今更彼を上司と仰ぐ形になったとしても、それは私も、恐らくは彼も、居心地が悪いだろう」
     イサコは気まずそうな顔で、クーたちに深々と頭を下げた。
    「済まないが、今の話は聞かなかったと言うことにしてくれないか? これがシモン尉官やエリザ先生に知れれば、恥ずかしくて城にいたたまれない」
    「ええ、承知しておりますわ。わたくしたちはただ、お茶をご一緒しただけです」
    「恩に着る」
     もう一度ぺこりと頭を下げ、イサコは恥ずかしそうに笑った。
     と、ここでマリアが誰ともなしに尋ねる。
    「でも――トロコフ尉官の話を蒸し返すつもりじゃないですけど――実際のところ、欠員補充ってするんですかね? ずっと空きっぱなしって言うのも、なんか不安ですし」
    「補充されるおつもりでしょう。『規律上』、4名編成と定められておりますもの」
     クーの言葉で、一同の顔に笑みが浮かぶ。
    「違いない。彼は守る男だからな」
    「ですよねー」
    「守らないはず無いですね、絶対」
     クー自身もクスクスと笑いながら、私見を述べた。
    「恐らくは今、選定なさっている最中と存じますわ。トロコフ尉官が仰った通り、遠征隊の中でも重要な位置にございますもの。軽々な判断を避け、じっくり吟味されていらっしゃるのでしょう」
    「うむ」
    「あ、それなら聞いてみたらどーでしょ?」
     と、マリアが手を挙げる。
    「素直に聞いてみるのが一番早いかもですよ。トロコフ尉官も気にしないですよね、もう」
    「ああ」
    「じゃ、お茶終わったらみんなで聞きに行きましょー」
     マリアの提案に、全員が賛成した。

    琥珀暁・密議伝 5

    2019.09.05.[Edit]
    神様たちの話、第222話。欠員。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ビートたちを座らせ、クーとマリアは改めて、イサコの相談に乗ることにした。「でも確かに、班編成って4人が基本ですもんね。もうかれこれ2ヶ月は1名抜けたままですし、尉官にしてはきっちりしてませんね」「同意見である。……それに、何と言うか、なんだ」 イサコは遠慮がちに、こう続けた。「呼称は『班』であるとはいえど、事実上は隊長および副...

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    神様たちの話、第223話。
    雲上の不穏。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「その件は検討中だ。詳細が確定し次第、周知する」
     マリアの予想通り、ハンはいつにも増して真っ青な顔をしながらも、質問に答えた。が、クーは納得しない。
    「単に人員を補充するだけであるならともかく、この件はマリアとビートの職務に、密接に関わるものでしょう? 本人たちにも直前まで、全く何も知らせないと仰るのかしら」
    「む……」
     クーに詰め寄られ、ハンは黙り込む。その様子を見て、ビートが尋ねてくる。
    「何か話せない事情がある、と言うことでしょうか?」
    「端的に言えばそうだ。いや、正確に言うならば、話そうにもまとまった情報が無いんだ」
    「情報が無い、と言うのは?」
    「まず、現地における人事権は俺とエリザさんにあるが、班員補充の件は俺より上の人間が管轄している。そのため俺もエリザさんも、この件に関しては現状でまだ、何の情報も通達されていない」
    「上層部から、班員補充はこの邦にいる人間から行わない、と通達があったと?」
     尋ねたビートに、ハンは小さくうなずいて返す。
    「そうだ。俺もエリザさんも、当初はその線で話を進めようとしていたんだが、陛下からこの件に関して、『こちらで人員を用意し、遠征隊の交代要員とともに派遣するつもりだ』と連絡があったんだ」
    「お父様から?」
     そう返したクーに、ハンが釘を刺す。
    「一応言っておくが、クー。この件について陛下に質問しないでくれ」
    「何故ですの?」
    「陛下ご自身から、『この件は詳細がまとまるまで内密に進める』と仰られたからだ。君がこの件について聞けば、もう内密の話じゃなくなる。陛下の機嫌をわざわざ損ねさせるようなことはしてもらいたくないし、君だってしたくないだろう?」
    「ええ、さようですわね。でも、普段のお父様らしからぬご様子ですわ」
     納得する様子を見せず、クーが聞き返す。
    「シェロの一件が関係しているのかしら?」
    「その可能性は大いにある。シェロにされたように、次の班員も裏切ったり無許可離隊したりなんかしたら、陛下はより深く御心を傷められるだろうし、何より軍の規律に大きなヒビが入る」
    「お父様やシモン将軍が直々にご指名なさった方が立て続けにそんな不調法をいたせば、面目が立ちませんものね」
    「そうだ。それに、もしも裏切るだとかそんな行為を絶対に起こさないような人間だとしても、どうあれその人間は、『陛下直々のご指名』を受けるんだからな。人選は細心の注意を払ってしかるべきだろう」
    「もし本当にさような思惑をお持ちなら、いっそハンにこちらで選出・指名させればよろしいのに」
     クーの意見に、ハンは青い顔をしかめさせる。
    「それもそれで角が立つだろう。ただでさえ、現地でなし崩し的に交戦したり独断専行があったりと、陛下の思惑や意向にそぐわない出来事が度々起こってるんだ。その最中に俺が、遠征隊やこっちの誰かの中から、新たに班員を補充したと報告すれば……」
    「ますます独断専行が強まった、と疑われても仕方ございませんわね。となれば、この人事に関して異議申し立てなど、到底いたせませんわね」
    「そう言うことだ。俺としても、この件に関してはこのまま待つしか手立ては無い」
    「尉官は本当に、何にも知らされてないんですか?」
     尋ねたマリアに、ハンは首を横に振る。
    「全く、だ。選抜しているであろう人間の人数すら聞かされてない。恐らく俺のところには、結論だけ伝えられるんだろう。『この人物を班員にせよ』と」
    「何と言うか……、強引な話ですね」
     ビートのつぶやきに、クーが大きくうなずく。
    「さようですわね。まったく、お父様らしくございませんわ。一体どうなさったのかしら」
    「実は陛下からその通達があった後に、親父から極秘ってことで連絡が入ったんだが」
     そう返しつつ、ハンは困った表情を浮かべた。
    「どうやら陛下は、疑心暗鬼の傾向が強まってきているらしい。
     1年半前、陛下がエリザさんのことを酷評されたことがあったが、あれもまだ、内々での話だったし、公然と非難されたわけじゃない。だが最近では――流石に名指しではないとのことだが――公の場でエリザさんや遠征隊、そして俺のことに関しても、それとなくながら非難するような発言が目立ち始めた、と」
    「まあ!」
     これを聞いて、クーが嘆く。
    「ではお父様は、遠征隊の活動に反対していらっしゃるの?」
    「現状ではまだそこまで言及されてはいないそうだが、多少なりともその思いはあるかも知れない。となれば、もしかしたらそう遠くない内に、遠征の中止が命じられる可能性もある。
     これは再度、エリザさんにも厳重注意しようと思っていることだが――どうか皆、今後はより一層、勝手な行動を控えるように注意してほしい。これ以上陛下のご機嫌を損ね、本格的に反対されるようなことがあれば、俺たちの任務はそこで終わってしまう。折角築いたこの邦との関係も、そこで断ち切れてしまうだろう」
     真剣な顔で周知するハンに、一同は黙ってうなずくしか無かった。

    琥珀暁・密議伝 終

    琥珀暁・密議伝 6

    2019.09.06.[Edit]
    神様たちの話、第223話。雲上の不穏。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「その件は検討中だ。詳細が確定し次第、周知する」 マリアの予想通り、ハンはいつにも増して真っ青な顔をしながらも、質問に答えた。が、クーは納得しない。「単に人員を補充するだけであるならともかく、この件はマリアとビートの職務に、密接に関わるものでしょう? 本人たちにも直前まで、全く何も知らせないと仰るのかしら」「む……」 クー...

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    神様たちの話、第224話。
    クーのかんしゃく。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     沿岸部が平定された直後、ゼロからの命令に伴い、遠征隊の半数が本土へ帰還することが許可された。そして同時に、交代および補充要員として、本土から兵士が送られることも決定されていた。
     だが、決定してすぐに人員が送られてくる、とは行かなかった。何故なら――。
    「わーぉ。カッチコチですねぇ」
    「さようですわね」
     北の邦唯一の不凍港と言われるグリーンプールでさえも凍りついてしまう厳寒期が到来し、港が使用不可能となっていたためである。
     すっかり凍りつき、雪がこんもり乗った海を見下ろし、マリアがため息をつく。
    「これじゃ、しばらく船動かせそうにないですねー」
    「そのようですわね。港にあった船は全て、船渠(せんきょ)に収められたと伺っております。わたくしたちが乗ってきた船も、あちらに収まっているそうです」
     そう言って、クーは港の端にある大きな建物を指し示す。
    「でっかいですね」
    「元は帝国沿岸方面軍が使用していた臨海基地だったそうですが、現在は王国が管理しているそうです。設備も王国のものより随分よろしいそうですよ」
    「へぇ~」
     それを聞いて、マリアは興味深そうな目を船渠へ向ける。
    「覗いてみません?」
    「ええ、よろしくてよ」
     クーも二つ返事でうなずき、二人は船渠を訪ねることにした。

     中に入ったところで、二人の目に巨大な影が映る。
    「あ、陸に揚げてるんですねー」
     遠征隊の船が陸揚げされ、船底の板が張り替えられているのを見て、マリアがうなる。
    「うーん、海に浮かんでる時はそんなに思ってなかったですけど、こうして全体見てみると、やっぱでっかいんですねぇ」
    「600人が一度に乗船していたのですもの。一つの村と同規模と考えれば……」
    「あー、確かにそーですねぇ」
     他愛もないことを話しながら近付こうとした二人を、作業員が止める。
    「おい、危ないぞ!」
    「あら、失礼いたしました」
    「お前ら部外者だろ? 勝手に入って来るなよ」
     つっけんどんに追い払おうとする作業員に、クーはつい、言い返してしまう。
    「わたくし、視察に参りましたの。訪ねずにお邪魔したことは謝罪いたします。今からでも許可をいただけるかしら?」
    「ああん? 何様だよ、お前? ちんちくりんが偉そうにしやがって」
    「ち、ちんっ?」
     作業員の暴言に、クーは顔を真っ赤にして怒り出す。
    「あなた、わたくしをご存知無いのかしら?」
    「知るか。とっとと出てけ、クソガキ」
    「まあ!」
     思わず、クーは魔杖を手にしかけたが――。
    「ダメですって」
     柄を握った右手を、マリアが押し止める。
    「ごめんなさーい。すぐ出て行きますから。お邪魔しましたー」
     マリアはクーの手を引いたまま、ぺこっと頭を下げ、くるりと踵を返して、そのまま立ち去った。

    「何故ですの、マリア!?」
     船渠を出たところで、クーは声を荒げてマリアに突っかかった。
    「あんな無礼をされて、何故わたくしが謝って引き下がらなければならないのです!?」
    「や、あたしたちの方が悪いじゃないですか、今のは」
    「一体何が問題だと仰るのです!?」
    「勝手に入って、勝手に危ないトコ近付いたら、いい人なら誰だって止めますよ?」
    「あんな態度を執る人間のどこがいい人なのです!?」
    「あのですね、クーちゃん」
     マリアはぺちん、とクーの額に平手を置く。
    「うにゃっ!? な、何をなさいますの!?」
    「あっちっちですねぇ。アタマ冷やしましょ?」
    「冷静ですわ!」
    「ワガママ言いっぱなしの人を冷静沈着って言いませんよ。今日はもう帰りましょ?」
    「こ、この無礼者……ッ」
     頭の中が怒りで沸き立ち、クーは右手を挙げた。
    「クーちゃん」
     が、マリアはいつもどおりの様子で、その右手を両手で抑える。
    「今日はもう、大人しく、お城に帰りましょう。これ以上騒いだら、尉官にもエリザさんにも迷惑かけますから」
    「はっ、放しなさ……っ」
     言いかけて、クーは言葉を詰まらせた。マリアがいつになく、真剣な目で自分を見つめていたからである。
    「もう一度言いますよ。帰りましょう」
    「……はい」
     視線に射抜かれ、クーの怒りは一瞬で萎える。
     素直に従い、クーとマリアはそのまま、無言で城へと戻った。

    琥珀暁・姫惑伝 1

    2019.09.08.[Edit]
    神様たちの話、第224話。クーのかんしゃく。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 沿岸部が平定された直後、ゼロからの命令に伴い、遠征隊の半数が本土へ帰還することが許可された。そして同時に、交代および補充要員として、本土から兵士が送られることも決定されていた。 だが、決定してすぐに人員が送られてくる、とは行かなかった。何故なら――。「わーぉ。カッチコチですねぇ」「さようですわね」 北の邦唯一の不凍...

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    神様たちの話、第225話。
    クーのやぶへび。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「それで、どうあっても聞き入れていただけないようでしたので、仕方無く、その場は鉾を収めることにいたしましたの。でも、今でもまだわたくし、憤懣やるかたない気持ちで一杯ですの。
     ですからハン、あなたから何かしらの制裁を加えていただけないかしら?」
    「そうか」
     クーから船渠でのやり取りを聞かされ、ハンははあ、とため息をついた。
    「まず第一に言うことがある。俺は数日前、『勝手なことをするな』と通達したよな?」
    「ええ」
    「その場には君もいたはずだな?」
    「さようですわね」
    「それじゃ確認するが」
     ハンはキッとクーをにらみ、刺々しい口ぶりで尋ねる。
    「君は俺やエリザさんの許可も無く、遠征隊ではなく王国軍が管理している場所へずかずかと立ち入り、作業員の邪魔をし、挙げ句に騒ぎを起こしかけたんだな?」
    「あっ」
     声を上げたクーを依然にらみつけたまま、ハンはこう続ける。
    「それで腹を立てたから、俺に制裁しろって? 俺に君のワガママを聞き入れ、まっとうな対応をしたであろう作業員に不当な罰を与えろって言うのか? とんだ暴君だな。陛下が事の顛末を聞いたら、一体どんな顔をされるだろうな?」
     話がまずい方向へ向かっていることを察し、クーは席を立とうとする。
    「あ、あのっ、今のは無しで」
    「無しにできるか!」
     が、ハンがすかさず立ち上がり、クーの手を引きつつ叱咤する。
    「いいか、今の状況をよくわきまえろ! そんな話が今の、不安を抱いている陛下の耳に入ったら、君は間違い無く強制送還だ! それだけじゃない。俺も班の皆も、監督不行き届きで帰還命令を出されるだろう。最悪の場合、遠征隊全員が引き揚げさせられることにもなりかねない。
     そんなことも考慮せず、君の屈辱と鬱憤を晴らすためだけに罰を与えろって言うのか!?」
    「あの、その、も、もう結構です。わたくし、その、は、反省いたしましたから」
    「そんなことを口先で軽々しく言ったところで、本当に君が反省したと、俺が見なすと思ってるのか!?」
    「あぅ……」
     言葉に窮し、うつむくクーに、ハンが畳み掛ける。
    「前々から思っていたが、君は本当に傲慢で自分勝手でワガママだ! その性分を直さなきゃ、いつか必ず大きなトラブルを起こすだろう。一度どこかで痛い目を見なきゃ、それがさっぱり分からないようだな!?」
    「い……いえ、その」
    「『その』!? なんだ!?」
    「……なんでもございません」
     クーが黙り込んだところで、ハンは咳払いし、声色を落ち着いたものに変える。
    「ともかく、軽率にこんな振る舞いをするようじゃ、君をこのまま放置しておくわけには行かない」
    「えっ?」
     クーが顔を挙げたところで、ハンは彼女の鼻先に、びしっと指を向けた。
    「君に罰を与える」
    「わ、わたくしに?」
    「君をこのまま放置していたら、また何をしでかすか分からん。一度きっちり、心の底から反省してもらわなくてはな」
    「あっ、あなたに、そんな権限……」
     クーは慌てて撤回させようとしたが――。
    「まだ何か文句があるのか?」
    「……いえ」
     ハンににらまれ、クーはふたたび黙り込んだ。

     2時間後、クーはいつもの瀟洒(しょうしゃ)なドレスではなく、簡素なエプロンと三角巾を着けてエリザの店に立っていた。
    「ほな、まずは廊下の掃除からよろしゅう。終わったらアタシんトコ戻って来てや」
    「うぐぐぐ……」
     クーは涙目でエリザに訴えたが、彼女は肩をすくめて返す。
    「そんな目ぇしてもアカンもんはアカン。アタシもアンタの味方してあげたいんは山々やけど、今回ばっかりはハンくんの言う方が正しいからな。諦めて丁稚さんになってもらうで。
     はい、モップとバケツ。水は大事に使いや」
    「……はぁい……」



     その後3日間、クーはエリザの店の丁稚として、朝から晩まで働かされることとなった。

    琥珀暁・姫惑伝 2

    2019.09.09.[Edit]
    神様たちの話、第225話。クーのやぶへび。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「それで、どうあっても聞き入れていただけないようでしたので、仕方無く、その場は鉾を収めることにいたしましたの。でも、今でもまだわたくし、憤懣やるかたない気持ちで一杯ですの。 ですからハン、あなたから何かしらの制裁を加えていただけないかしら?」「そうか」 クーから船渠でのやり取りを聞かされ、ハンははあ、とため息をついた...

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    神様たちの話、第226話。
    クーのときめき。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     丁稚奉公を終え、3日ぶりに玉座に就いたところで、クーは頭を抱えて深いため息をついた。
    「はあぁ……。わたくしがどうして、このような目に遭わなければならないのかしら」
    「そりゃまあ、仕方無いですって」
     と、その前にひょい、とマリアが姿を現す。
    「あっ、マリア!」
    「お久しぶりです。大変でしたねー」
     そんなことを言ってきたマリアを、クーは恨みがましくにらみつける。
    「あなた、この3日間、どちらにいらしたの? わたくしが汚れ仕事を強制される羽目になったのは、あなたにも責任の一端がございますのよ?」
    「どこって、お仕事してましたよ。尉官とビートと一緒に、東の方の測量に。尉官が『ようやく測りに行ける』って、珍しくご機嫌でしたから」
    「ぐぬぬ」
     公用と聞いては、自分の怒りをぶつけることもできない。歯噛みするしかなく、クーは黙り込んでしまった。
    「で、で、聞いたんですが」
     と、そんなクーに、マリアがあれこれ話しかけてくる。
    「クーちゃん、エリザさんのトコで罰受けてたんですってね」
    「……」
    「見てみたかったですねー、クーちゃんのエプロン姿」
    「……」
    「あら、お手手かっさかさになっちゃってますね。水仕事大変だったみたいですね」
    「……~っ」
     苛立ちが募り、クーはキッとマリアをにらみ、怒鳴りかける。
    「あなたっ……」「あ、そーそー」
     が、そんなクーを気にかける様子も見せず、マリアは話題を変える。
    「その測量でですねー、あたしたち変なの見付けたんですよね。何て言うか、遺跡? みたいな、そんな感じのトコなんですけどね」
    「それが一体、……遺跡? ですって?」
     マリアの話を聞いた途端、クーの怒りはどこかへ飛んで行ってしまった。
    「それは、どのような? 帝国軍が使っていた基地などでは無く?」
    「そんなのよりもっと古そうな感じでしたよ。あ、遺跡って言いましたけど、ビートは『これは正確には遺構(いこう:地中に埋もれる形で遺った住居跡)って言うんじゃ』みたいなこと言ってましたね。で、文字みたいなのもあったんですけど、全然分かりませんでした。これ、もしかしたらすっごくすごい感じのやつなのかなーって尉官と話してたんですけど、また来週くらいに調査へ出かけようかーって言ってるところなんですよね。クーちゃん、一緒に来ます?」
    「えっ?」
     思いもよらない提案に、クーは面食らう。
    「何故わたくしを? 調査目的であれば、公務でしょう? ハンが許すはずがございませんわ」
    「いや、むしろクーちゃんがいた方がいいですよねーってあたし、尉官に提案したんですよね。色々調べ物しなきゃいけないですし、そーゆー調査するんだったら、クーちゃんの力を頼った方がいいんじゃって」
    「さ、さよう、ですか。……コホン、な、納得いたしましたわ」
     自分では努めて冷静に応じたつもりだったが、声が上ずっているのを自分でも感じ、クーは咳払いでごまかす。
     その様子を眺めていたマリアは歯がチラチラと見えるくらい笑い転げながら、話を切り上げた。
    「あは、ははっ、うふふ……。あー、うんうん、乗り気で良かったです。じゃ、尉官にそー伝えときます。後でまた」
    「えっ、ええ。よっ、よしなに」
     ぎこちない返事をしたクーに背を向けて、マリアはその場を後にした。

     クーのいる王の間から廊下に進み、角を一つ曲がったところで、マリアはその陰に立っていたハンに笑いかけつつ、こそこそと声をかけた。
    「ってことなので、後で尉官からも言ってあげて下さいね」
    「ああ」
    「あ、でもあたしと一緒の方がいいですかね? 尉官とクーちゃんの二人きりじゃ、また尉官がドカーンってなって、こじれちゃうかもですし」
    「そんな心配はしなくていい。公務の一環だからな。淡々と伝えるだけだ」
    「本当に公務って思ってたら、そんなこと言わないですよね?」
    「む……」
     気まずそうな顔をするハンに、マリアはいたずらっぽい口調で突っ込む。
    「本当に尉官、色々不器用ですよねー。女の子の扱いとか、公私の分け方とか」
    「……」
     黙り込むハンをよそに、マリアはニコニコと笑みを向ける。
    「でも嫌いじゃないですよ、そーゆーとこ。だからちゃんとフォローしますよ。そもそもあたし、尉官の補佐ですしね」
    「……すまん」
     頭を下げたハンにぺらぺらと手を振って返し、マリアは立ち去った。

    琥珀暁・姫惑伝 3

    2019.09.10.[Edit]
    神様たちの話、第226話。クーのときめき。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 丁稚奉公を終え、3日ぶりに玉座に就いたところで、クーは頭を抱えて深いため息をついた。「はあぁ……。わたくしがどうして、このような目に遭わなければならないのかしら」「そりゃまあ、仕方無いですって」 と、その前にひょい、とマリアが姿を現す。「あっ、マリア!」「お久しぶりです。大変でしたねー」 そんなことを言ってきたマリア...

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    神様たちの話、第227話。
    クーのかんさつ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「ねえ、マリア。わたくし、以前からもしかして、と存じていたことがございますの」
    「なんでしょー?」
    「ハンは無趣味かつ無嗜好の人間だと以前より拝察していたのですけれど、もしかしてハンは、測量がご趣味でいらして?」
     そう問われ、マリアはあごに指をやりつつ、「んー」とうなる。
    「そーかもですね。尉官、いーっつもしかめっ面してるのに、測量する時はなーんか、楽しそうですもん」
    「やっぱり」
     二人はうなずき合い、前を歩くハンの後ろ姿に目をやる。
    「楽しそうですねぇ」
    「さようですわね」
     そのハンは、隣のビートと話している。
    「情勢が落ち着いて、沿岸部の測量もようやくできるようになったが、正直人手が足りないんだよな。人員を増やそうかと思ってるんだが……」
    「でも計算とか集計とか、色々手間ですよね」
    「そこなんだよな。それを教えるところから始めないとならない」
     クーとマリアがささやき合っていたように、普段の堅い仏頂面とは打って変わって、ハンは比較的饒舌になっている。
    「ここに上陸してから半年経って、ようやくこないだが1回目ですもんね。なんだかんだありましたし」
    「さようですわね。以前にハンが、地元の方が作成された沿岸部の地図をご覧になった際、『何なんだ、この滅茶苦茶な地図は? もっとマシなものは無いのか!』とお嘆きになっておりましたし、相当焦れていらっしゃったようですもの」
    「尉官はキッチリしたのが大好きですからねぇ。ま、それに測量に行くってなれば、数日はエリザさんの顔を見ずに済むってのもありますから」
    「あら」
     クーはハンの横顔をチラ、と見、マリアに視線を戻す。
    「やはりお嫌いなのかしら?」
    「嫌いって言ったら、言い過ぎかもですけどね。何だかんだ言って、信頼し合ってるってトコは感じますもん。でもやっぱり、しょっちゅう顔を突き合わせたい相手じゃ無いって思ってる節はありますね。
     お城の中歩いてる時でも、いきなり廊下曲がって早足になって、『尉官、どうしたんだろ?』て思ってたら、後ろから『ハンくーん』って」
    「クスクス……」
     と、二人の話を聞いていたらしく、ハンが苦い顔をしている。
    「あまり大声でそう言う話はしないでくれ。エリザさんの耳に入ったら、あの人は絶対俺にまとわりついて来るんだから」
    「あー、エリザさんならやりそうですね」
    「ええ、まったく」

     測量と遺構調査のため、ハンたち一行はクーを伴い、雪の中をひた進んでいた。それでも防寒対策はしっかり施されており、一行の顔に辛さは見られない。
     とは言え――。
    「マリア。疑問がございますけれど、お聞きしてもよろしいかしら?」
    「なんでしょ?」
    「このような雪中で測量をいたせば精度の不安がございますけれど、どのように対策なさっているのかしら?」
    「確かにそーなんですけどねー」
     そう返しつつ、マリアはハンの背中にチラ、と目をやる。
    「尉官、雨が降ろうが雪が積もってようが、構わず測るんですよね。クーちゃんの言う通り、そんな日に測ってたら絶対おかしな結果になるはずなんですけど、そう言う日は『回数を増やせば精度が上がるはずだ』って、いつもの2倍も3倍も計測するんです。だから一応、計測に関しては問題なしって言えるんですけども。
     計測結果が気に入らないって時なんか、30回くらい往復させられたこともありますよ」
    「……あの、マリア」
     クーは額に手を当てつつ、呆れた声を上げた。
    「シェロが離反した理由は彼自身の功名心や自尊心からだ、……とハンたちは論じておりましたけれど、やはりハンの言動に大きな問題があるように存じますわ」
    「そりゃ、十分あるでしょーね。まともに付き合ってたら、そりゃ『やってらんねえよ』ってなっちゃうと思います」
    「本当にもう、あの方は」
     クーとマリアは顔を見合わせ、揃ってため息を漏らした。

    琥珀暁・姫惑伝 4

    2019.09.11.[Edit]
    神様たちの話、第227話。クーのかんさつ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「ねえ、マリア。わたくし、以前からもしかして、と存じていたことがございますの」「なんでしょー?」「ハンは無趣味かつ無嗜好の人間だと以前より拝察していたのですけれど、もしかしてハンは、測量がご趣味でいらして?」 そう問われ、マリアはあごに指をやりつつ、「んー」とうなる。「そーかもですね。尉官、いーっつもしかめっ面してる...

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    神様たちの話、第228話。
    クーとハン。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     喜び勇んで測量と遺構調査に出向いたものの、街を発ってから数時間もしないうちに、一行はそれが実行不可能であることを痛感した。
    「前が見えん……」
     当初予想されていた以上に降雪がひどく、測量するどころか、現場に着くことも難しかったからである。
    「風もなんかひどくなって来てますよー。もう1時間、2時間したら日が暮れちゃいますし、諦めて戻った方がいいですね」
     マリアの意見に、ハンが――残念そうな目を向けつつも――渋々うなずく。
    「そうだな。強行して死人でも出たら、独断専行どころの話じゃない。仕方無いが、引き返そう。……しかし」
     軍帽に積もった雪を払い落としながら、ハンが愚痴をこぼす。
    「前回も、腰まで雪が積もる中を無理矢理だったからな。厳寒期なら時間も空くし、どうにかして測量を進められればと思っていたんだが、これじゃどうしようも無い」
    「自然が相手じゃ、仕方無いですよ。雪が溶けるまで待つしか無いんじゃないですか?」
     ビートにそう言われ、ハンはもう一度、残念そうにうなずいた。
    「溶ける頃には本土からの人員補充も終わり、別の仕事が増えるだろう。どっちにしても、測量に割ける時間は無い。
     やれやれ……。道中でも言ってたが、測量はやはり、別の人間に任すしか無いか」
     その言い方がとても残念そうに聞こえ、クーは思わず、クスっと笑みを漏らしてしまった。
    「……なんだ? 何がおかしい?」
     耳ざとくハンに聞かれ、クーは慌ててごまかす。
    「あっ、いえ、……あの、ハン。雪が先程より一層厳しくなっているように見受けられますけれど、このまま戻るのは危険ではないかしら」
    「うん? ……ふむ」
     ほんの1分にも満たない時間で、既にまた、ハンの頭に雪が積もってきている。それをもう一度払い除けながら、ハンは周囲を見回しつつ、背負っていた荷物を広げ始めた。
    「クーの言う通りだ。視界も悪いし、このまま戻ろうとすれば、その途中で遭難しかねん。ここに設営して、状況が変わるまで休止しよう」
    「さーんせーいでーす」
     猫耳をプルプル震えさせながら、マリアも荷物をどさっと下ろした。

     防寒用の魔法陣を描き、テントを張り、早めの夕食を作ったところで、ハンたちはようやく一息ついた。
    「はぁー……、スープあったかおいし~い……」
     芋のスープが入ったカップを握りしめつつ、間延びしたため息を漏らすマリアに、ハンたち三人が吹き出す。
    「クスっ、……ええ、身に沁みるような温かさですわね。実を申せばわたくし、あまり体温が高い方ではございませんので、こうして両手で包んでいると、ほっとした心地がいたします」
    「そうなのか?」
     これを聞いて、ハンがばつの悪そうな顔をクーに向ける。
    「だったら、誘わない方が良かったかな」
    「そんなことはございません」
     クーは首を振り、こう続けた。
    「かねてよりわたくしは、この地に住まう方の文化について学びたく存じておりましたから、古代の村跡や遺構が現存していると伺った時、とても嬉しく感じましたの。調査いたせるのであれば、多少の寒さは我慢いたします」
    「……まったく、君は」
     ハンは肩をすくめ、呆れたようなため息を漏らした。
    「どこまでも自分の欲求に素直な人間だな」
    「あら、いけませんかしら」
    「ほどほどにしてくれ。度が過ぎると周りに迷惑をかける」
    「あなたが仰るようなことかしら?」
    「どう言う意味だよ」
    「ご自分でお考えあそばせ」
    「なんなんだ……」
     と、二人のやりとりを見ていたマリアとビートが、揃って笑い出した。
    「ふふっ」
    「あはは……」
    「何だよ?」
     ハンに軽くにらまれ、マリアがぱたぱたと手を振って返す。
    「なんだかんだ言って、お二人仲いいですよねーって」
    「うん? ……まあ、そりゃな。ノースポートで会ってから2年も経つし、ある程度気心は知れてるってところもある」
    「やっぱりお二人って」
     そこでマリアがにやあっと笑い、こんなことを尋ねてきた。
    「この北方遠征が終わったら、結婚されるんですか? それともこっちにいる間に既成事実作っちゃう感じです?」
    「はぁ!?」「ちょ、ちょっと、マリア?」
     ハンとクーは揃って立ち上がり、異口同音にマリアの質問を否定しようとする。
    「なんでそこまで話が飛躍するんだ!?」
    「わ、わたくしがそんなはしたないことをいたすはずが、ごっ、ございませんでしょう!?」
    「クーとはまだそんな関係じゃない!」
    「それにまだ、正式にお付き合いしている間柄でもございません!」
     が、慌てふためく二人に生暖かい視線を向けつつ、マリアはうんうんとうなずいている。
    「あー、はいはい、『まだ』ですね、『まだ』ですよねー、はいはーい」
    「うっ、……い、いや、それは単純に、ただ言葉の綾であってだな、俺は、その、正直な意見としてはだな……」
     ハンはまだ抗弁しようとしているらしく、しどろもどろに言葉を立て並べている。しかし――。
    「はぅぅ……」
     どう言い繕ってもごまかせそうにないと諦め、クーは顔を両手で抑え、黙り込んでしまった。

    琥珀暁・姫惑伝 5

    2019.09.12.[Edit]
    神様たちの話、第228話。クーとハン。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 喜び勇んで測量と遺構調査に出向いたものの、街を発ってから数時間もしないうちに、一行はそれが実行不可能であることを痛感した。「前が見えん……」 当初予想されていた以上に降雪がひどく、測量するどころか、現場に着くことも難しかったからである。「風もなんかひどくなって来てますよー。もう1時間、2時間したら日が暮れちゃいますし、諦...

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    神様たちの話、第229話。
    ハンのいもうと。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     夕食が終わったところで、マリアがテントの外に顔を出し、様子を確かめる。
    「わー、真っ白」
    「え? 魔法陣、動いてない感じですか?」
     尋ねたビートに、マリアが顔をテント内に戻しつつ、「ううん」と答える。
    「動いてるのは動いてるっぽいよ。結界の外はこんもり積もってるけど、内側はうっすらって感じだから」
    「じゃあ、積雪量が魔法陣の効果を上回ってるってことですね。ちょっと描き足してきます。これ以上降り積もって全員凍死なんて、冗談じゃ済みませんからね」
    「ではわたくしもお手伝いいたしますわね」
     ビートとクーが外に出、テントの中にはハンとマリアだけになる。その途端、マリアがまたニヤニヤと笑みを浮かべながら、ハンに近付いて来た。
    「で、で、さっきの話なんですけど」
    「なんだよ」
    「正直なとこ、クーちゃんのことはどう思ってるんです?」
    「どうって……、どうも思ってない」
    「またまたぁ。ごまかさなくっていいんですよー?」
     ハンの回答を鼻で笑い、マリアは質問を重ねる。
    「今はあたしと尉官しかいませんし、ビートもクーちゃんも忙しいでしょうから、素直に何でも話してもらって大丈夫ですよ。言いにくいなー、説明し辛いなーってことでも、あたしじっくり聞きますし。勿論エリザさんみたく、話のあちこちでいちいち茶々入れたりもしませんよ」
    「……なら、言うが」
     ハンはチラ、とテントの出入口に目をやり、ぽつりぽつりとした口調で話し始めた。
    「確かに俺は、クーのことを嫌ってなんかいないし、どっちだって言えば好印象を持ってはいる。だが、正直に言えば、恋人だとか結婚相手だとか、そう言う相手としてはまだ、どうにもそうは思えないんだ」
    「やっぱり妹的な感じですか」
    「そうなるな。現状、手のかかる妹としか感じてない。……それが今後、そう言う相手として見ていくようになるのか、やっぱり妹だとしか思えないままなのかは、俺だって分からん。分かるもんか」
    「でしょうね」
    「だがどう言うわけか、俺の周りの人間は皆、クーと俺をくっつけたがってるんだ。エリザさんもだし、親父もお袋も、妹たちも。お前たちもだよな」
    「まあ、その方が現状、面白いですもん」
     マリアはいたずらっぽく笑いつつ、切り返して来る。
    「でもみんながくっつけようとするのって結局、尉官が独り身だからですよね。いいトシして恋人も奥さんになりそうな人も近くにいないし、そこにクーちゃんが名乗りを挙げて迫って来ちゃったんですから、誰だって『じゃあこの二人くっつけちゃえ』ってなりますよ」
    「むう……」
    「だから、どーしても、どぉーしてもクーちゃんを奥さんにできないって言うなら、誰か他にいい人見付けないと。じゃなきゃみんな絶対納得しませんし、何なら本気で外堀埋めにかかりますよ、あたしたち。
     何だかんだ言って、あたしたちは尉官がこのまま寂しく独りでおじさん、おじいちゃんになってくのは心配ですしね」
    「余計なお世話だ。……しかしなぁ」
     ハンは両手を頭の後ろで組み、うめくような口ぶりで続ける。
    「他に誰かって言ったって、お前の言う通り、確かにいないんだよな。それらしい出会いも無いし。……あ、いや、お前はいるけど」
    「なんかそれ、あたしを女の子として認識してないぞってセリフですよね。まあ、あたしも尉官はお付き合いするような相手としては見てないですけど」
    「じゃあどう見てるんだ?」
    「手のかかるお兄ちゃん、ですね」
    「……だろうと思ったよ」
     話しているうちに、ハンは無意識に、くっくっと笑みを漏らしていた。
    「まあ、なんだ。この話はもう、この辺でいいだろ? これ以上、今ここでああだこうだと言ったところで、俺がいきなりクーに惚れるなんてことも無いし」
    「そーですね。解決できないことをいくら悩んでも、お腹が減るだけです。今日はもう、ちゃっちゃと寝ちゃいましょう」
    「だな」
     そこでビートとクーが戻り、一行はそのまま就寝した。

    琥珀暁・姫惑伝 6

    2019.09.13.[Edit]
    神様たちの話、第229話。ハンのいもうと。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 夕食が終わったところで、マリアがテントの外に顔を出し、様子を確かめる。「わー、真っ白」「え? 魔法陣、動いてない感じですか?」 尋ねたビートに、マリアが顔をテント内に戻しつつ、「ううん」と答える。「動いてるのは動いてるっぽいよ。結界の外はこんもり積もってるけど、内側はうっすらって感じだから」「じゃあ、積雪量が魔法陣...

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    神様たちの話、第230話。
    クーのこうげき。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     雪中で一晩を過ごし、朝早くになって――と言っても、この地ではまだ、日も差さないくらいの時刻であるが――ハンが状況を確かめに、テントの外に出た。
    (雪はやんだか。……とは言え、結界の外は1メートル以上積もってる。太陽が出れば多少溶けてくれるかも知れんが、それでも遺構まで行くのは無理だろう。引き返すのが賢明だな。……やれやれ、2日無駄にしたってだけだな)
     と、テントの中からひょこ、とクーが顔を覗かせる。
    「やみましたの?」
    「ああ。だが大分積もってる」
    「あら」
     そこでクーの全身がテントの外から現れ、結界の中をぐるっと一回りして、落胆した声を漏らした。
    「これでは無理でしょうね」
    「だろうな。帰る用意をした方がいい」
    「ええ、そういたしましょう」
     クーはテントの方に踵を返しかけるが、そこでもう一度、ハンに向き直る。
    「では次回は、雪が溶けた頃にでも」
    「いや、だからその頃には、本土からの……」
     言いかけたハンの手を取りつつ、クーはにっこりと笑みを浮かべて、こう返した。
    「お休みを取ればよろしいのでは? 今回の件、半分はわたくしへの忖度ですし、そちらについては非常にありがたく存じておりますけれど、はっきり申せばもう半分は、あなたのご趣味でしょう?」
    「これは仕事だ。混同するな」
    「そのお言葉、そっくりお返しいたしますわ」
    「俺が公私混同してるって言うのか?」
    「さようでしょう? まさか違うなどと、臆面も無く仰るおつもりかしら」
    「なっ」
     はっきりと言い切られ、ハンは面食らう。その様子を見てなお、クーはにこりと微笑んだまま、口撃を止めようとしない。
    「常識的に考えて、ご予定が立て込んでいるわけでも状況が差し迫っているわけでもございませんのに、わざわざ雪深い中へと分け入って行くのは、過分に個人的嗜好が内在しているものと見受けられますけれど?」
    「いや、だから、今じゃなきゃ、今後の予定が」
    「予定、予定と仰いますけれど、本当に仕事上のご予定であれば最初からはっきり、人員をお割きになればよろしい話でしょう? 遠征隊はあなたたち3人しかいらっしゃらないわけではございませんし。それを何故、わざわざ、遠征隊隊長ともあろう方が、ご自身で向かわれるのかしら? 隊長自ら向かわなければならない、合理的かつ強制的な理由がおありになるとでも?」
    「い、いや……、その……、人員の教育と言うか、適当なのが……」
    「冬期、特に厳寒期には港が凍ってしまうくらいですから、陸では相当量の積雪が見込まれること、ひいては通常あなたが行っている通りの方法と既存の人員では、この時期における調査が困難になるであろうことは、容易に想定いたせるはずでしょう? まさかそれを想定していないはずがございませんわよね? であれば厳寒期に入る前に人員を選抜する、厳寒期に入ったら教育を施しつつ装備を開発するなど、入念な対策がいたせたのではないのかしら? 遠征隊隊長ともあろう方がそうした事態もろくに想定されず、対策も施さないまま、ご自身でこうして向かわれることに何か、わたくしが心より納得いたせるようなもっともらしい理由がございまして?」
    「う……いや……それは……」
    「もし合理的説明がいたせないのであれば」
     クーはハンの手をぎゅっとつねり、話を一方的に切り上げた。
    「次回はきちんとお休みを取って、あなたの道楽に付き合っても良いと仰ってくださる有志を募った上で、ごゆるりとお行き遊ばせ」
    「うぐ……」
     そのままテントの中に入っていくクーの後ろ姿を、ハンはつねられた手をさすりながら眺めていることしかできなかった。

     クーがテントの中に戻ったところで、ニヤニヤ笑っているマリアと目が合った。
    「ズバリ言っちゃいましたねー、クーちゃん」
    「ええ、きっちり申し上げました。いつもあの方から、ずけずけと申されておりますので」
    「意趣返しってやつですか」
     ビートもテントの出入口をうかがいながら、話の輪に加わる。
    「でも確かに、今回も、……いや、前回からも、ちょっとキツいなとは思ってたので、正直言ってありがたいです」
    「そう仰っていただけて、嬉しく存じますわ。わたくしにしても、酷寒の中で何の成果も無くただ一晩過ごすだけと言うような経験は、可能であれば一度だけにしておきたく存じますから」
    「同感です」
     ビートと共にクスクスと笑い合ったところで、ようやくハンが――まだ複雑な表情を浮かべながらも――テントの中に入って来た。
    「その……なんだ。もう2時間、3時間すれば日が昇るだろう。今日は早く帰るぞ」
    「了解でーす。朝ご飯作りますね。クーちゃんも手伝ってくださーい」
    「ええ、承知いたしました」



     この日以降、ハンは天候不順の日にまで測量調査を強行しようとしなくなり、マリアたちの日常は少しだけ、穏やかになった。

    琥珀暁・姫惑伝 終

    琥珀暁・姫惑伝 7

    2019.09.14.[Edit]
    神様たちの話、第230話。クーのこうげき。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 雪中で一晩を過ごし、朝早くになって――と言っても、この地ではまだ、日も差さないくらいの時刻であるが――ハンが状況を確かめに、テントの外に出た。(雪はやんだか。……とは言え、結界の外は1メートル以上積もってる。太陽が出れば多少溶けてくれるかも知れんが、それでも遺構まで行くのは無理だろう。引き返すのが賢明だな。……やれやれ、2...

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    神様たちの話、第231話。
    余暇の潰し方。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     遠征隊と――そしてとりわけ、エリザの――尽力により、沿岸部に住まう人々の暮らしは、隊がこの地を訪れる以前に比べ、格段に良くなっていた。
     そして暮らしが充実してくれば、それまでひたすら働くか、さもなくば眠ることだけが生活の全てであった者たちが、他のことにも目を向け始めるようになるのは、自然の成り行きと言え――。
    「つまり市民が暇を持て余している、と?」
    「そう言うこっちゃ」
     エリザから街の状況を聞き、ハンは首を傾げた。
    「それが何か?」
    「何か、や無いやん」
     気の無い返事に、エリザは肩をすくめて返す。
    「遠征隊がこの国を統治しとるんやから、街の人らが困っとるコトがあるっちゅうんやったら、そら何とかしたらなアカンやろ、っちゅうてるんやん」
    「はあ」
     ハンはふたたび気の無さそうな返事をし、続いてこんなことを言ってのけた。
    「では遠征隊の仕事を手伝ってもらいますか? 人手は十分ではありますが、探せば何かしらの用事を頼むことはできるでしょうし」
    「アホちゃうかアンタ」
     これを聞いて、エリザがため息をつく。
    「『仕事せんでええ時間が作れてきたから何やおもろいコトあらへんか』、っちゅうてはんねんや。なんで仕事の合間に仕事せなアカンねん。気持ち悪いコト言いなや」
    「き、……気持ち悪い? ですって? そこまで言われるようなことじゃないでしょう」
     明らかに不機嫌そうな顔を向けてきたハンに、横で話を聞いていたクーが、残念なものを見るような目をハンに向ける。
    「わたくしもエリザさんの仰る通りと存じます。せっかくお仕事以外のお時間を作れそう、皆様の人生を豊かに、彩りあるものにする機会が設けられそうだと言うのに、それを新たな仕事で埋めようだなんて。あまりに品性の無いご発言です。
     世の中の人間が皆、あなたのように仕事だけが生きがいだと申すような変人ばかりではございませんのよ」
    「変人? 俺が?」
    「変人っちゅうか、変態や。極めつけのド変態やで」
     エリザとクーがうんうんとうなずき合う中、ハンは苦虫を噛み潰したような顔を二人に向ける。
    「俺自身はそうは思いませんがね。まったく常識的な人間と……」「はいはいはい、変態はみんなそー言うもんや」
     ハンの抗弁をさえぎり、エリザはクーに顔を向ける。
    「ってワケでや、アタシらから何かしら娯楽を提供でけへんかっちゅうコトなんやけどもな、クーちゃん何かええ案無いか?」
    「またお祭りでも催されてはいかがでしょう?」
    「んー」
     クーの出した案をメモに書き留めつつも、エリザはどこか、納得が行かなさそうな表情を浮かべている。
    「悪くないと思うで。悪くないとは思うんやけども」
    「けども?」
    「こないだノルド王国さんらと友好条約締結した時も、沿岸部平定したでー言うてちょっと騒いだやん」
    「ええ、記憶に新しいですわ」
    「せやろ。ソレからそないに時間経ってへんのに、またお祭りやーってやっても、みんな『またか?』てなるやん」
    「さようですわね。あまりお喜びにならないかも」
    「そもそもおカネもソレなりにかかるし、短期間に二度も三度もやっとったら、流石に赤字出てまうわ。市政でも国政でもアタシが関わる以上、赤字出すようなマネは絶対無しや。
     あと、お祭りやといっぺんワーッとやって、そんで終いやん?」
    「と仰ると?」
    「普段の生活ででけた余暇を毎日お祭りに充てるんは無理があるで。もっと毎日の生活に組み込めるようなもんにせんと」
    「仰る通りですわね」
    「ちゅうワケで、もっと小規模な娯楽は何か無いやろか、と。どないやろ」
    「うーん……」
     二人で悩んでいるところで、ハンが憮然とした顔のまま、席を立つ。
    「そう言う話なら、俺の出番は無いでしょう。失礼します」
    「せやろな。用事でけたら呼ぶわ」
    「分かりました。では」
     そのままハンは、部屋を後にする。残ったエリザとクーは顔を見合わせ、互いに呆れた目を向けていた。
    「……何とかならんかな、あの子」
    「何とかいたさなくてはなりませんわね」

    琥珀暁・雄執伝 1

    2019.09.16.[Edit]
    神様たちの話、第231話。余暇の潰し方。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 遠征隊と――そしてとりわけ、エリザの――尽力により、沿岸部に住まう人々の暮らしは、隊がこの地を訪れる以前に比べ、格段に良くなっていた。 そして暮らしが充実してくれば、それまでひたすら働くか、さもなくば眠ることだけが生活の全てであった者たちが、他のことにも目を向け始めるようになるのは、自然の成り行きと言え――。「つまり市民が...

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    神様たちの話、第232話。
    学習意欲の需要と供給。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     とりあえず市井の要望をまとめるため、エリザは店の人脈を使い、街の人間を調査した。
    「ふーん……?」
     その調査結果を集計していたところで、エリザは首を傾げていた。
    「どしたんスか?」
     いつものように彼女を手伝っていたロウが顔を上げて尋ねたところで、エリザはぺらぺらとメモ用紙を振って見せる。
    「みんな思ったよりマジメさんやなー思て」
    「って言うと?」
    「いやほら、『ヒマ潰すのんに何したいですか』っちゅうて、みんながお買い物するついでに聞いて回ったやん? そしたらな、大半の人がアタシらの言葉を覚えたいとか、アタシらが持って来た本読んでみたいとか返って来てんな」
    「え……つまりベンキョーっすかぁ?」
     げんなりした顔をするロウに、エリザはクスクス笑って返す。
    「いや、まあ、分からへんコトは無いんやけどもな。今まで分からんかったコトがピンと来たっちゅうのんは楽しいからな。アタシらが母国語でしゃべっとるコトとか、紙の束の中に何が込められてるか分かったら、そら楽しいやろなーとは思うで。
     アンタかて新しい釣具の使い方教えてもろたら、『面白そうやなー』『ちょっと使てみたいなー』て思うやろ?」
    「そりゃまあ」
    「ソレと一緒や。目新しいもんはやっぱり触ってみたくなるねん。ソレに――前からちょこっと思てたんやけど――この街の人ら、大半が熊獣人の人らやん?」
    「そっスね」
    「どうも『熊』の人ら、根がえらいクソ真面目みたいやねんな」
     そう言われて、ロウはポン、と手を叩く。
    「あー、確かに。戦闘でもアイツが『全速前進』っつったら、真面目に全力疾走してますしね」
    「そう言うトコはハンくんと相性ええやろな、ホンマ。ま、ソレは置いといて。真面目やから勉強も積極的やし、向上心も大きいねんな。そもそも今まで虐げられとった人らやから、自分をもっと高めたい、バカにされへんようになりたいっちゅう意識は多かれ少なかれ持ってはるんやろ」
    「そんなもんスかねぇ。やっぱり俺にはピンと来ないっスわ」
     腑に落ちなさそうなロウを尻目に、エリザはニコニコ笑っていた。
    「ま、みんなが欲しい言うてるんであれば、『ほなあげよか』って話やな」

     街の要望を受け、エリザは街に塾を開き、遠征隊の人間を使って講習を始めた。ところが程無くして、エリザはとある問題にぶつかってしまった。
    「足らんの?」
    「はあ……」
     講習を開いたところ、想定していたよりも多くの人間が参加したため、教科書や筆、紙などの教材が早々に尽きてしまったのである。
    「どんくらい?」
    「用意したのは50人分だったんですが、200人以上来まして」
    「あちゃ、4倍かぁー……」
     エリザは机にしまっていたメモをがさがさとかき分け、その中の1つを手に取る。
    「ココもどないかせんとアカンなぁ。……えーと、……うーん」
    「どうにかできそうっスか?」
     横にいたロウに尋ねられ、エリザは肩をすくめて返す。
    「そら採算度外視でめちゃめちゃ頑張ったらでけるやろけど、赤字はアカン。ヒトにモノ教える系は利益回収するのんにえらい時間かかるし。どないかして本やら何やら安う作らんと、商売にならへんな」
    「どうすんスか?」
    「方法は2つやな。教材作る費用抑えるか、講習料上げるか、や。せやけど後者は無いな。まだまだみんな貧乏やし、高うしたら誰も受けられへんなってまうわ」
    「となると費用を抑えるってコトっスね。じゃ、ケチるしかないと」
    「ソレも嫌やろ」
     エリザはぺらぺらと手を振り、ロウの意見に反対する。
    「費用っちゅうたら、材料費と手間賃やん? 本とか筆の材料っちゅうたら基本、木材や。森関係の資材はノルド王国さんトコから買うてるけど、ソレを『安うしてー』言い出したら、向こうさん『勘弁してえな』って困らはるわ。手間賃にしても、抑えるっちゅうコトは『タダ働きしてー』って言うてるようなもんやん? どっちも嫌やろ」
    「そりゃまあ、そうでしょうけど。でも皆の要望に答える形でやってんスから、ちょっとくらい我慢すりゃ……」「アホか」
     ロウの反論を、エリザはぴしゃりとさえぎる。
    「今までが我慢に我慢の連続やった人らに、まだ我慢せえっちゅうんか? エグいコト言いなや」
    「た、確かに。すんません」
     ロウはたじたじとなりながらも、続けて尋ねる。
    「でも、じゃあ、どうすんスか? もう手が無いじゃないっスか」
    「ソコを考えるのんがアタシの仕事や。まあ、任しとき」
     そう返してエリザは席を立ち、ロウに手招きする。
    「アイデア出すのんに現場見るし、アンタついてき」
    「あ、はい」

    琥珀暁・雄執伝 2

    2019.09.17.[Edit]
    神様たちの話、第232話。学習意欲の需要と供給。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. とりあえず市井の要望をまとめるため、エリザは店の人脈を使い、街の人間を調査した。「ふーん……?」 その調査結果を集計していたところで、エリザは首を傾げていた。「どしたんスか?」 いつものように彼女を手伝っていたロウが顔を上げて尋ねたところで、エリザはぺらぺらとメモ用紙を振って見せる。「みんな思ったよりマジメさん...

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    神様たちの話、第233話。
    現場視察とアイデア。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ロウと丁稚数人を伴い、エリザは製本作業を行っている工房を訪ねた。
    「邪魔すんでー、……っと、ホンマに邪魔になってまうな」
     作業場の扉を開けるなり、糊と墨で汚れた職人たちの憔悴(しょうすい)しきった視線が集まり、エリザは「ゴメンな、気にせんとって」と頭を下げ、そのまま外に出た。
    「チラっと見でやけど、えらい作業押してはるみたいやな。みんな顔が必死やったで」
     そうつぶやくエリザに、丁稚の一人が答える。
    「うちからかなりの数を発注してますし、遠征隊からも注文がありますからね……」
    「しわ寄せが来とる形やな」
     エリザはもう一度、今度は扉の隙間から作業場の様子をうかがい、問題点を探る。
    「作業場の大きさ的に、単純にヒト増やしたところでどないもならへんやろな、コレは。そもそも雇い賃もバカにならんし。と言うて作業場大きくしたとて、こんだけ切羽詰まっとるなら焼け石に水やろし。
     となると一番ええんは、今の体制で生産でける量を増やすコトやな」
     極力邪魔にならないよう、隙間から覗きつつ、メモを取ることを繰り返していたが、やはり目立っていたらしく――。
    「あの、女将さん」
     中にいた職人が声を掛け、エリザを手招きした。
    「いっそ中で見てくれませんか? 気になるので」
    「あ、ゴメンな」
     エリザは照れつつも、素直に作業場に入って中を見回し、声をかけてきた職人に尋ねた。
    「作業、どないや? しんどいやんな」
    「ええ。ずっと文字を写しっぱなしで手は痛いし、糊と墨の臭いでクラクラするしで」
    「そらかなわんなぁ」
     エリザは壁の窓に目をやり、メモに書き留める。
    「手の疲れについては今すぐどうこうっちゅうワケに行かんけど、臭いについては近い内、何とかするわ。あ、アタシは気にせんと作業しといてや」
    「はあ」
     その後、作業場を一通り周り、メモを書き終えたところで、エリザは「しんどいやろけど、でける限り何とかしたるから」と皆に言い残して、作業場を後にした。

     店に戻ったエリザは書き留めたメモを机に並べて、ロウと意見を交わしていた。
    「窓については、風系の魔法陣描いたったら多少は換気でけると思うんよ」
    「そっスね」
    「ただ、根本的な解決にはならんからなぁ。やっぱり同じ人数でもっと多く作れるようにせな、どないもならんやろな」
    「つっても、アレ一枚きれいに書き写すのに、どうやったって1時間、2時間はかかるでしょ? 早く終わらそうと思ったら、文字はグチャグチャになるでしょうし」
    「ソレやねぇ。読める字書かんと、本にならんしなぁ。……ん?」
     と、エリザはメモを見て首を傾げる。
    「なんやコレ?」
    「なんスか?」
    「や、メモの端っこ。全部黒い点付いとる」
    「あ、本当だ」
     ロウはメモを取り、それぞれに付いた点を見比べ、「あ」と声を上げた。
    「エリザさん、右手見せて下さい。右手の親指」
    「ん?」
     右手を開き、その親指を見て、エリザも原因に気付く。
    「いつの間にか墨付いとったわ。コレかー」
    「ソレっスね」
     どうにもおかしくなり、エリザもロウも、クスクスと笑みを漏らす。
    「ずーとメモ握りっぱやったから、全然気付かへんかったわ、アハハハ……」
    「ふふ、ふふ……」
     ひとしきり笑ったところで――一転、エリザはメモの、その黒い点をじっと見つめた。
    「……ん? どしたんスか?」
    「や、今ちょっとな、おっ、と思てな」
    「お?」
     きょとんとするロウに、エリザはこんなことを命じた。
    「ちょと木の欠片持って来て。棒状で四角くて、親指くらいの大きさのん、5、6個くらい」
    「はあ」
     命じられた通りに、ロウは木片を調達し、エリザに渡す。
    「何するんスか?」
    「ちょっとな」
     短く返し、エリザは机に仕舞っていた彫金道具でガリガリと、木片を削り始めた。
    「木像でも作るんスか? 息抜きかなんかで」
    「ちゃうちゃう。1時間くらいかかるから、ちょっと待っとき」
     そう答え、エリザは作業に没頭し始めた。

    琥珀暁・雄執伝 3

    2019.09.18.[Edit]
    神様たちの話、第233話。現場視察とアイデア。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ロウと丁稚数人を伴い、エリザは製本作業を行っている工房を訪ねた。「邪魔すんでー、……っと、ホンマに邪魔になってまうな」 作業場の扉を開けるなり、糊と墨で汚れた職人たちの憔悴(しょうすい)しきった視線が集まり、エリザは「ゴメンな、気にせんとって」と頭を下げ、そのまま外に出た。「チラっと見でやけど、えらい作業押しては...

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    神様たちの話、第234話。
    職人エリザの本領発揮。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     木片を削り始めてから1時間が経った頃、ようやくエリザは顔を上げた。
    「……ふー。でけたわ」
    「おつかれっス」
    「んあ?」
     そこでロウと目が合い、エリザは驚いた声を上げる。
    「なんや、ずっとおったんか?」
    「ええ」
    「時間かかる言うてたんやから、ドコかでお茶しとったら良かったやんか」
    「いやぁ、見てて飽きなかったもんで」
    「変わっとるなぁ、アンタ。ま、ええわ。コレ見てみ」
     そう言って、エリザは削った木片をトントンと揃える。
    「……なんスか、コレ?」
     削られた木片をじっと見つめ、首を傾げるロウを見て、エリザはニヤッと笑う。
    「コレにな、墨ちょいと付けて、ほんでこう……」
     説明しつつ、エリザは木片の先に墨を塗り、メモに押し付ける。
    「ほれ」
    「……はぁ」
     メモに付いた墨を見て、ロウはもう一度首を傾げる。
    「文字に見えますね。E……LI……SA……エリザさんスか」
    「せや」
    「つまりコレで文字を書くってコトっスか?」
    「こう言うのんを一杯作ってな」
    「手間じゃないっスか、そっちの方が?」
    「一文字彫ったらソレで金型作れば、いくらでも増やせるやん?」
    「まあ、そっスね」
    「で、1ページ分作ったらソレ固めて、もっかい金型作ったったら、同じページがなんぼでも……」
    「あっ、……なるほどっス」
     ロウは目を丸くし、拍手する。
    「流石っスね」
    「んふ、ふふ……」

     元々、貴金属を扱う宝飾職人として、並々ならぬ腕を持つエリザである。1週間のうちに、自分たちのことばで使う文字をすべて彫り終え、それを基に金型を作り上げ、教本約60ページ分を作業場で「書いて」見せた。
    「す……すごい」
    「これ一冊書くのに、丸一日かかるのに」
    「20分もかかってない……ですよね」
     驚きの声を上げ、感嘆する職人たちを前に、エリザも墨まみれになりながら、クスクス笑っていた。
    「金型も今増やしとるから、明日、明後日には一杯作れるで。コレ使たら、もう手ぇ痛くならんで済むやろ?」
    「はっ、はい」
     職人たちはエリザを囲み、次々に感謝と尊敬の言葉を述べた。
    「ありがとうございます、女将さん」
    「なんて言うか、なんか、すごいなって」
    「本当、それ……」
     口々に称賛され、エリザも流石に顔を赤くした。
    「まあ、何や、うん、喜んでもらえたら嬉しいわ、アハハハ……」



     こうしてエリザが考案し、実用化させた技術――活版印刷は、飛躍的に本や書類の生産量を向上させた。
    「いや、マジですげーっスわ」
    「そんなにホメてもなんも出えへんで」
     印刷された本を手に取り、しげしげと眺めているロウを見て、エリザはニコニコ笑っている。
    「アイツもすげーって言ってたらしいっスね」
    「アイツ? ああ、ハンくんか? せやねぇ、……せやねんけども、あの子また『これで生産効率が上がれば、さらに多くの仕事がこなせますね』みたいなコト言うててなぁ。なーんでそんなに仕事したがるんか。仕事の合間に仕事するとか、もう病気の域やでホンマ」
    「ぞっとしないっスね。……でも、確かにすげーはすげーっスよね」
     ロウは本を机に置き、こんな提案をしてきた。
    「本土にも知らせといた方がいいんじゃないっスか? こんだけ便利な技術なら、向こうも大喜びでしょうし」
    「お、そらええな。ソレ考えてへんかったわ。ありがとな、ロウくん」
    「いや、そんな、へへへ……」
     顔を真っ赤にして照れるロウをよそに、エリザは机の引き出しから「魔術頭巾」を取り出し、頭に巻く。
    「『トランスワード:ロイド』、……いとるかー?」
     自分の実の息子へと連絡を試み、まもなく応答が返ってくる。
    《あ、うん、母さん。な、何か用?》
    「用が無かったらお話したらアカンか? や、用はあるねんけどな」
    《ご、ごめん》
    「えーからえーから。いやな、こっちでアタシ、ちょっとええコト思い付いてな……」
     こうしてエリザはロイドに活版印刷の技術を伝え、彼もロウと同様に、称賛の声を返してきた。
    《す、すごいと思うよ、うん、ホンマ。あ、せやったら、あの、僕もちょっと作ってみて、ゼロさんに報告しとこか? ちょうど今、僕、リンダと一緒に、その、父さんのトコいてるから。あ、それか、母さんから言うた方がええんかな?》
    「ん? んー……」
     ロイドに問われ、エリザは思案する。
    「んー……、や、アンタから言うといて。最近ちょこっとな、色々アレやし。アタシから言うより、アンタが言うた方が角も立たんやろ」
    《あ、アレって?》
    「色々や、色々。ま、ほなよろしゅう」
    《う、うん。母さんも、あの、えっと、気ぃ付けて》
    「ありがとさん。ほなな」



     こうしてエリザは、本土に活版印刷の技術を伝えたが――これが後に、一つの騒動を起こすこととなった。

    琥珀暁・雄執伝 4

    2019.09.19.[Edit]
    神様たちの話、第234話。職人エリザの本領発揮。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 木片を削り始めてから1時間が経った頃、ようやくエリザは顔を上げた。「……ふー。でけたわ」「おつかれっス」「んあ?」 そこでロウと目が合い、エリザは驚いた声を上げる。「なんや、ずっとおったんか?」「ええ」「時間かかる言うてたんやから、ドコかでお茶しとったら良かったやんか」「いやぁ、見てて飽きなかったもんで」「変わ...

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    神様たちの話、第235話。
    活版印刷を巡る騒動。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     エリザがロイドに活版印刷を伝えて、3日後の夜――。
    「……んあ?」
     既に就寝していたエリザの狐耳のピアスに、ぴり、ぴりとした感触が伝わる。
    「なんやな? ……『リプライ』」
    「頭巾」を巻き、応答するなり、娘、リンダの泣きじゃくった声が耳に響いてきた。
    《があやあああん、うえええええん》
    「お、お、ちょ、ちょっ、待ちいや、なんや?」
     流石のエリザも娘の泣き声にうろたえ、跳ね起きる。
    《にいやんがああああ、びいいいいいい》
    「お、落ち着き、な、ちょ、アンタ、落ち着きって、なあ」
    《エリちゃん!》
     と、もう一人、通信に入って来る。
    「ん? ゲートか?」
    《ああ、俺だ。リンダが泣きじゃくってるから、俺が代わりに》
    「あ、ああ。どないしたんよ、こんな夜中に」
    《いや、俺もいきなりのことでさ、動転してるんだ。何をどう言ったらいいか》
    「アンタのコトはどないでもええねん! 何があったか早よ言わんかいッ!」
     苛立ち、声を荒げたエリザに、ゲートの怯んだ声が恐る恐る返ってくる。
    《す、すまん。えーと、……そうだ、結論から言おう。ロイドが捕まった》
    「ん?」
    《ロイドが、ゼロに捕まったんだ》
     突拍子も無いことを伝えされ、エリザは聞き返す。
    「……ちょとゴメンな、『ロイドがゼロに捕まった』っちゅうところがちょっと聞き取りにくいんやけど」
    《そう言ったんだ》
    「寝ぼけとんの? ソレともコレ、アタシの夢か何かか?」
    《こんな状況で寝られるわけないだろ。君もしっかり起きてるはずだと思う》
    「もっかい聞くで? ロイドがどうなったって?」
    《捕まった。ゼロに》
     何度も聞き返し、何の聞き違いも取り違いも無いと把握はできたが、聡いエリザでもこの状況はまったく、把握できなかった。
    「……どう言うコトか、一から説明してもろてええか?」
    《ああ》



     エリザから活版印刷の技術を伝えられたロイドは、すぐさま自分でも文字型を彫り、ゲートの紹介を経てゼロに謁見した。
    「やあ、えーと……」
    「ろ、ロイド・ゴールドマンです。ご、ご面前に、は、拝しまして、あ、あの、きょん、いえ、恐悦……」
    「いや、いや、かしこまった挨拶は結構だよ。こんにちは、ロイド」
     ゼロは――この数年、エリザに対していい印象を持っていないと言うことだったが――エリザの息子であるロイドに、この時点まではにこやかに接してくれた。
    「それで、今日はどんな用事かな? ゲートから、『すぐに見せたいものがあるんだ』と聞いてるけど」
    「あ、は、はい。こ、これになります」
     ぺこぺこと頭を下げ、ロイドは持っていたかばんから、自分が彫ってきた文字型を取り出し、ゼロに見せた。
    「……それは?」
     その瞬間、ゼロの穏やかだった顔に、何故か険が差す。
    「あ、あの、これ使て、あの、本、あの、できると……」
    「ちょっと、詳しく聞かせてもらおうか」
     おもむろにゼロが立ち上がり、ロイドの手をつかむ。
    「はひぇ?」
    「こっちに来てくれ」
    「は、ははは、はひ、わかりましっ、ましゅ、ました」
     目を白黒させ、恐縮し切っているロイドにチラリとも目を合わせず、ゼロは引っ張るようにして、謁見の間から去ろうとする。
    「お、おい? ゼロ? どうしたんだよ?」
    「……」
     ロイドを連れてきたゲートも無視し、そのままゼロは、ロイドと共にその場を後にしてしまった。



    《……で、どうしようも無いから一旦家に帰ったんだが、ついさっき、城のヤツから『ロイドの投獄と処刑が決定した』と》
    「待てやおい」
     エリザは喉の奥から声を絞り出し、ゲートに尋ねる。
    「ほんなら何か、文字型見せただけでゼロさんがキレて、ロイドを処刑しようって言い出したっちゅうコトか?」
    《そうなる》
    「ふざけとんのか?」
    《ふ、ふざけてない! マジなんだ! でも俺も、本当、何がなんだかさっぱりで》
    「アンタこのまま放っとくつもりやないやろな!? まさかなあ!? そんなワケ無いわなぁ!?」
     怒鳴るエリザに、ゲートもたじろぎつつも、しどろもどろにどうにか応じる。
    《なっ、なわけ、無いだろ? お、俺も今から城に行って、ゼロに確認しに行くし、処刑を止めるよう説得する。このままロイドが殺されるなんて、あってたまるかよ》
    「頼んだで。ほんで、城行くんやったら『頭巾』も持って行き。アタシも今から連絡入れる。3人で『お話』や」
    《分かった。……頼む》

    琥珀暁・雄執伝 5

    2019.09.20.[Edit]
    神様たちの話、第235話。活版印刷を巡る騒動。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. エリザがロイドに活版印刷を伝えて、3日後の夜――。「……んあ?」 既に就寝していたエリザの狐耳のピアスに、ぴり、ぴりとした感触が伝わる。「なんやな? ……『リプライ』」「頭巾」を巻き、応答するなり、娘、リンダの泣きじゃくった声が耳に響いてきた。《があやあああん、うえええええん》「お、お、ちょ、ちょっ、待ちいや、なんや...

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    神様たちの話、第236話。
    エリザとゼロの争議。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     エリザはすぐさまゼロに通信を送り、極力穏やかな声色を作って尋ねた。
    「今ですな、ゲートさんから聞いたんですけども、なんですか、ウチのロイドが捕まったとか? いや、なんかゲートさんの勘違いちゃうかーと思って、ちょっと今、確認取らさせていただいておりますんやけどもな?」
     が、ゼロはにべもなく、通信を切ろうとする。
    《話すことは無い。夜分遅くに非常識じゃないかな》
    「あのですなー」
     苛立ちを抑え、エリザはなおもやんわりと尋ねる。
    「ウチの息子が捕まったって聞いたら、確認したなるんが普通とちゃいますのん? ゼロさんかてアロイくんとかクーちゃんとか捕まったって聞いたら、こうして確認入れはりますよね? そん時に常識や何や、言うてる場合やと思わはります?」
    《まあ、そうだね。うん。でも私から言うことは何も無い》
    「ありますやんな? ゼロさん自ら連行したて聞いてますねん、アタシ」
    《形としてはそうなる。しかし投獄を決定したのは……》
    「ゼ・ロ・さ・ん・で・す・や・ん・なぁ?」
    《最終決定と言う意味で言えば、私にある》
    「で・す・や・ん・なぁ?」
     威圧感をにじませたエリザの声に、ようやくゼロも、まともな答えを返してきた。
    《……投獄の理由が聞きたいと?》
    「勿論ソレもありますし、ソレが納得行かへんもんやったら、アタシは即刻釈放を要求しますで。説明も何も無しでいきなり処刑なんて、公明正大で通っとるゼロさんがやるはずありまへんやろからなぁ?」
    《分かった。……ちょうど今、ゲートも来たらしいから、みんなで話そう》

     ゲートが会話に加わったところで、改めてゼロから、今回の件についての説明が成された。
    《罪状は『重要機密の窃取、および漏洩』だ。ロイドは現在私が中心となって研究していた技術を盗み出し、公に広めようとしていた。だからそうなる前に私が警吏に命じ、投獄させたのだ》
    「重要機密?」
    《それについては知らせられない》
    《言わなきゃ何がなんだか分からん。俺にも話せないことなのか?》
     ゲートに突っ込まれ、ゼロは渋々と言いたげな口ぶりで説明する。
    《書類や書物の大量製造を可能にするための技術開発だ》
    「ん? ソレって……」
    《そうだ。君の息子が持ち出したのは明白だ。あまつさえ、それをわざわざ私に見せに来た。大方、罪の意識を感じて申し出たのだろう》
    「ちゃいます」
     エリザは声を荒げ、それを否定した。
    「ソレはアタシから、ロイドに伝えたもんです。ゼロさんがしとったコトは、あの子は何も知りませんし、アタシも知る術はありまへん」
    《じゃあ何故、あの子は文字型を持っていたんだ?》
    「アタシが作り方教えたからです」
    《君が重要機密を知っていた理由は?》
    「そんなもん、知りません。アタシがこっちで、自ら考えて作ったんです」
    《信じられない。有り得ないことだ》
    「何がですねんな? 文字型作るのくらい、こっちで木材と鉛があれば簡単にでけますやろ? ソレともアタシのアタマでこんなアイデア、思い付くはずが無いとでも言わはるんですか?」
    《……それは、……いや、……君なら、確かに、……君の経験と技術があれば、……有り得ないことでは、無いと、思う》
    「はっきり言うときますで。この技術はアタシがこっちで一から考えて、作り出したもんです。ゼロさんトコが何してたか、アタシもロイドも全く知りまへん。ゼロさんが思とるようなコトは、全くありまへんからな。事実無根です。
     ちゅうワケで即刻、無罪放免したって下さい」
     畳み掛けるようにまくし立てたエリザに、ゼロは何も答えず、ただただ無言の時が流れる。
    《おい、ゼロ。何か言えって》
     たまりかねたらしく、ゲートが促すが、ゼロは歯切れ悪く応じるばかりである。
    《要求は良く分かった。至極当然の要求だ。それは良く分かっている。
     しかし、……その、……彼を釈放すれば、彼が印刷技術を広めることは、自明だろう。だが、その……、私の方でも、……研究を進めていたこともあるし、携わった人間が納得してくれるか……》
    《あん? 単にエリちゃんの方が、思い付くのも実用化するのも早かったってだけじゃないか。それが何だって言うんだ?》
    《だけど僕が先に、……い、いや、私が、……いや……》
    《お前、もしかして先に実用化されたのが悔しいのか?》
    《そ、そんな、ことは……》
    《仕方無いだろ、そんなの。別に競争してたわけじゃないんだし、さっさと釈放してやれよ》
    《……いや……しかし……》
     なかなか同意しようとしないゼロに、エリザはしびれを切らし、ついに怒鳴り出した。
    「あのですな、ゼロさん? いつまでもロイドを捕まえとく、何がなんでも処刑するっちゅうんやったら、アタシもやるコトやりますで!?」

    琥珀暁・雄執伝 6

    2019.09.21.[Edit]
    神様たちの話、第236話。エリザとゼロの争議。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. エリザはすぐさまゼロに通信を送り、極力穏やかな声色を作って尋ねた。「今ですな、ゲートさんから聞いたんですけども、なんですか、ウチのロイドが捕まったとか? いや、なんかゲートさんの勘違いちゃうかーと思って、ちょっと今、確認取らさせていただいておりますんやけどもな?」 が、ゼロはにべもなく、通信を切ろうとする。《話...

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    神様たちの話、第237話。
    暴慮には暴策を。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     エリザの明確な脅しの言葉に、ゼロの声が揺らぐ。
    「や、やること? だって? な、何をするって言うんだ?」
    《自分の息子がいつまでもいつまでも無実の罪で捕まっとって、アタシがこっちで素直にゼロさんの命令に従っとるワケ無いですやろ? アタシにとってはそんなんより息子の命の方が、1000000倍大事ですわ。
     もしゼロさんが今、『うん』て言わへんのやったら、アタシは即刻帰って、兵隊集めてけしかけるくらいのコトはさせてもらいますで!?》
    「そ、それは……」
     このやり取りを聞いていたゲートは、内心肝を潰す。
    (そりゃマジでまずいだろって、エリちゃん? お前がマジでそんなことしたら、遠征隊はめちゃめちゃになっちまう。シェロの一件からして、ハン一人で600人を統率するのはまず無理だ。ってかエリちゃんがマジで帰るっつったら、絶対100人か200人はそれに付いてくだろうし。そうなりゃ遠征隊が瓦解しちまう。
     それに、マジでエリちゃんが帰ってきて挙兵なんかしてみろよ? 賛同するヤツはかなり出て来るだろう。それこそ、軍に匹敵するくらいの数が揃うことは目に見えてる。そんなのと戦う羽目になったら……! 負ければそのままエリちゃんの天下だし、勝ったとしても、ゼロは英雄から一転、『自国民を虐殺したゲス野郎』になっちまう――その戦い、勝っても負けても、ゼロの評判は地に墜ちちまうぞ!?
     この脅しもあんまりにもあんまりな話だが、でもゼロ、お前だってこんなことに、いつまでも意地になってたって仕方無いだろ?)
     ゲートの懸念を、ゼロも抱いていたのだろう――ようやく、ゼロはエリザの要求に応じた。
    「……分かった。今回の件は、君の言うことを信じることとする。今から連絡して、ロイドは保釈させるよ。……だけど、その代わり」
    《なんですのん》
    「印刷技術に関して、山の北側で広めることはしないでもらえるとありがたい。いや、極力しないでもらいたい。私たちが進めていた研究が無駄になると、困る人間もいるんだ」
    「そんなのお前だけじゃ、……いや、何でも無い。保釈されるってんならそれくらいいいよな、エリちゃん?」
    《ええ、その条件で。ほんなら、よろしくお願いしますで》
    「ああ」
     ようやく話がまとまり、通信はそこで途切れた。
    「ゼロ」
     と、ゲートが声をかける。
    「お前らしくないな。何だよ、今回の話は?」
    「……何が?」
     疲れ切った目を向けられるも、ゲートは追及をやめない。
    「横で聞いてた俺でも、お前の言ってることもやってることも、かなり無茶苦茶だってことは分かったぞ? そもそも極秘の研究だって言うなら、それをどうしてロイドが盗み出せると思うんだ? あいつにそんな技術も度胸も無いぜ?」
    「念には念を入れただけだよ。君だって機密が漏れたと分かったら、相応の対処を講じるだろう?」
    「それにしたって子供一人に因縁付けて投獄するなんて、明らかにやりすぎだ。処刑なんてもっととんでもないぜ。どうしたんだよ、まったく?」
    「……君の言う通り、確かにちょっと、僕は過敏になっていたかも知れない。彼女から何か言われなかったとしても、恐らく、処刑は取りやめただろう。数日取り調べれば疑いも晴れただろうし、いずれ保釈もされただろう。
     冷静に考えれば、確かに行き過ぎた処置だったよ。ああ、冷静さ、今の僕は」
    「お前、昔っから嘘が下手だよなぁ」
     ゲートはため息混じりに、こう言い返す。
    「冷静に見えないぜ、今のお前は。……いや、もうアレコレ言うのはやめとく。ロイドは俺が連れて帰るぞ。紹介したのは俺だし。いいよな、ゼロ?」
    「ああ。連絡しておくよ」
    「……じゃ、おやすみ。夜分遅くに悪かったな」
    「おやすみ、ゲート」
     それ以上は互いに会話も交わさず、目線を合わせることもせず、ゲートはその場を後にした。

    琥珀暁・雄執伝 7

    2019.09.22.[Edit]
    神様たちの話、第237話。暴慮には暴策を。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. エリザの明確な脅しの言葉に、ゼロの声が揺らぐ。「や、やること? だって? な、何をするって言うんだ?」《自分の息子がいつまでもいつまでも無実の罪で捕まっとって、アタシがこっちで素直にゼロさんの命令に従っとるワケ無いですやろ? アタシにとってはそんなんより息子の命の方が、1000000倍大事ですわ。 もしゼロさんが今...

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    神様たちの話、第238話。
    両雄の確執。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     話し合いから1時間後、ロイドから涙混じりの連絡があり、エリザはようやく安堵した。
    「ホンマにもう……」
    《ごめん、母さん、僕、こんなんなるなんて思わへんくって……》
     グスグスと涙声で謝るロイドに、エリザは優しい声をかけてやる。
    「アンタは何も悪ない。ゼロさんがアホみたいな勘違いしただけや。もう気にせんとき。……ああ、せや。ゼロさんからな、印刷技術に関しては山の北で広めんといてってお願いされたから、そっちでは誰にも言わんときや」
    《う、うん。分かった》
    「ま、南でどうのっちゅう話は無かったから、そっちは好きにしたらええやろけど。……でも、変やんなぁ」
    《って言うと?》
     尋ねたゲートに、エリザは疑問を述べた。
    「実際、アタシが印刷技術作ったワケやし、最初からゼロさん、アタシに相談するなり何なりしてくれたら、話は早かったんちゃうやろかと思うんやけども」
    《ふーむ……、確かにな。大体、『重要機密』って扱いも変だろ。そりゃすげえ技術だと思うけど、でもたかが製本技術だろ? 秘密にしとくような話じゃないと思うんだが》
    「せやねぇ……?」



     この疑問もゲートの調査により、1週間後に詳細が判明した。
    《どうやらな、ゼロは最近のエリちゃんの活躍っぷりが相当、悔しかったみたいなんだ》
    「アタシの?」
    《ほら、遠征隊の躍進も、ハンのって言うより、エリちゃんの手柄みたいに言われることがあるしさ。そうでなくても、山の南から来るヤツはみんな、ゼロよりエリちゃんの方を持て囃してるし。
     長いことこっちで王様だ、神様だって持ち上げられたせいか、ゼロもなんだかんだ言って、その気になってる節があるからな。その『カミサマ』が、もうひとりの『カミサマ』に人気を奪われたくないってことさ。
     で、印刷の件も、相談したらエリちゃんの手柄にされるかも知れないって思って、君に知られないよう密かに人を集めて、こっそり作ってたって話らしいんだよ》
     これを聞いて、エリザは首を傾げる。
    「ソレ、いつくらいからやっとったん? 少なくとも今年、去年の話やないやんな。だってアタシ、ココにいとるし。おらへんアタシを警戒するのも変な話やん?」
    《ああ。3年前からだってさ》
    「3年? なんでそんなかかるん? アタシ、アレ作るのんに1週間もかかってへんで?」
    《君ほど腕のいい職人はそうそういないし、ゼロだって毎度口出しできるほどヒマじゃない。そもそも機密って話だから、大掛かりにもできない話だろうし、合間合間でコソコソやってたんだろう。だからこその3年だろうな。とは言え、後もうちょっとで完成するところだったみたいだが》
    「あー……、そらまあ、確かに悔しいやろなぁ」
    《エリちゃん》
     と、ゲートが、どこか恥ずかしそうな声色で続ける。
    《すごいヤツとは勿論認めてるが、俺はハンみたいにゼロのことをカミサマ扱いしてないし、周りが何を言おうと、君も俺の中では、か、可愛い……その……ヨメさん……だ。だ、だからなっ、何が言いたいかって言うとだ、ゼロの肩を必要以上に持ったりしないし、君のことも等身大に応援する。いや、君が何かしたいって言って、それをゼロが止めに入ろうとしたとしても、だ。俺はその時、絶対、君の味方をする。
     そっ、それだけは、はっきり、言っとくからな》
    「……えへへ」
     エリザは自分の顔がにやけているのを感じながら、うんうんとうなずく。
    「うん、うん、ありがとな、ゲート。アンタにそう言ってもろたら、アタシ、めっちゃめちゃ嬉しいわ。……ホンマ、ありがと」
    《おっ、おう》
    「……ほなな。また連絡してや」
    《する、する。じゃ、じゃあな》



     この一件はどうにか収束したものの――これを契機に、ゼロとエリザの間には少しずつ、だが確実に、確執が深まっていった。

    琥珀暁・雄執伝 終

    琥珀暁・雄執伝 8

    2019.09.23.[Edit]
    神様たちの話、第238話。両雄の確執。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 話し合いから1時間後、ロイドから涙混じりの連絡があり、エリザはようやく安堵した。「ホンマにもう……」《ごめん、母さん、僕、こんなんなるなんて思わへんくって……》 グスグスと涙声で謝るロイドに、エリザは優しい声をかけてやる。「アンタは何も悪ない。ゼロさんがアホみたいな勘違いしただけや。もう気にせんとき。……ああ、せや。ゼロさん...

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    神様たちの話、第239話。
    新任尉官、来る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦24年5月、遠征隊の交代要員が北の邦に到着することとなった。
    「昨年、わたくしたちが訪れた頃より幾分早いご到着ですわね」
    「今年は暖冬だったらしい。南の方では」
     ハンとクーは談笑しつつ、沖の端にうっすらと見える船の到着を待ちわびていた。
    「だから出発は俺たちの時より1ヶ月以上早かったらしいんだ。とは言えこっち側の海に差し掛かったところで、寒気に阻まれたとか。……と言うようなことを、ここ数週間で聞いた」
    「どなたから? 父上からはここしばらく、通信を受けていないようにお見受けしておりましたけれど」
     尋ねたクーに、ハンは沖の船を指差す。
    「あの船の責任者からだ。……そうだ、クー。船が着く前に、いくつか注意しておくことがある」
    「注意ですって? あなた、また何かお小言を?」
    「いや、そうじゃない」
     ハンはぱた、と手を振り、話を続ける。
    「俺が言いたいのは、『相手に対して注意してくれ』ってことだ」
    「相手に? その、責任者の方にと言うことかしら」
    「そうだ。何と言うか……」
     ハンは首をひねりつつ、説明する。
    「かなり感情的と言うか気分屋と言うか、へんくつと言うか。話をしていて、やたら一方的にしゃべり倒したかと思うと、いきなり『じゃーね』って通信を切ってきたりする。正直言って、俺は相手したくないタイプだ」
    「あら……」
    「エリザさんだったら案外、気が合うかも分からんが」
     どことなく、げんなりした様子を見せるハンに、クーは恐る恐る尋ねてみた。
    「相手の方のお名前ですとか、階級や経歴はご存知ですの?」
    「ああ、名前はエメリア・ソーン。年齢と階級は俺と同じで、22歳の尉官。これまでクロスセントラル周辺の街道工事を手がけてたって話だ」
    「工事を?」
    「ああ。陛下からの紹介では、『沿岸部が君たちの影響により統治下に置かれたことだし、多少なりとも生活基盤を充足させる責任は、既に遠征隊が有してしかるべきことだと思う。だからこっちでそう言う仕事に長けてる人を新たに派遣するよ』と」
    「さようですか。でも、ハン」
     クーはハンの袖を引き、船を指差す。
    「それだけにしては、不釣り合いと存じられませんこと?」
    「と言うと?」
    「船の大きさです。わたくしたちが乗ってきたものとほとんど同じ、いえ、もしかしたらもっと大きいように見受けられますけれど、そんなに人員が必要でしょうか?」
    「うん? ……ふむ」
     クーの意見を受け、ハンも船の大きさを目測と指の長さとで測り、首を傾げた。
    「確かに大きいな。一回りか、二回りは。
     相当な人数を寄越してくれるのはいいが、確かに交代や工事なら、せいぜい200人程度のはずだ。だがあの大きさなら、こっちにいる600人と同数乗っていても、確かにおかしくない」
    「ねえ、ハン?」
     クーがもう一度、不安そうな顔をしつつ袖を引く。
    「わたくし、何か嫌な予感を覚えるのですが、本当にあれは、ただの交代要員と工事人員なのかしら」
    「それ以外、何があるって言うんだ?」
     いぶかしむハンに、クーは表情を崩さないまま、こう続ける。
    「お父様は、まさか、北の邦での戦線を拡大しようなどとお考えではないでしょうね?」
    「そんなはずは無い。有り得ない」
     ハンはきっぱりと、クーの不安を否定した。
    「元々遠征隊は、この邦と平和的な関係を築くために派遣されたものだ。その目的を歪めるようなことを、陛下がお考えになるはずが無い。
     それに、もし本当に、戦争を断行すると方針転換されたとしても、周囲が諌めないわけが無い。俺の親父だって、全力で止めに入るはずだ。何より陛下のお心が、そんな乱暴な手段を好まれるはずが無い。そうだろう?」
    「……であればよろしいのですけれど、本当に」
     ハンの意見を受けてもなお、クーが不安げな表情を崩すことは無かった。

    琥珀暁・新尉伝 1

    2019.09.25.[Edit]
    神様たちの話、第239話。新任尉官、来る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦24年5月、遠征隊の交代要員が北の邦に到着することとなった。「昨年、わたくしたちが訪れた頃より幾分早いご到着ですわね」「今年は暖冬だったらしい。南の方では」 ハンとクーは談笑しつつ、沖の端にうっすらと見える船の到着を待ちわびていた。「だから出発は俺たちの時より1ヶ月以上早かったらしいんだ。とは言えこっち側の海...

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    神様たちの話、第240話。
    剣呑エメリア。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     昨年ハンたちがそうしたように、やってきた船はまず沖に停泊し、そこから小舟が一艘、港へとやって来た。
    「どーも」
     小舟に乗っていた、ハンと同じ階級章を胸に付けた長耳の女性が、ぺら、と手を振って挨拶した。
    「君がシモン尉官でいいね?」
    「ああ、そうだ。ハンニバル・シモンだ」
    「私はエメリア・ソーン。エマでいいね。よろしくどうぞ。船はドコに留めたらいいね?」
    「港に誘導員を待たせてある。そっちの指示に従ってくれ」
    「どーも。……んで、そちらがクラム殿下でいらっしゃいますかね?」
     くるん、と顔を向けてきたエマに、クーは内心、ぞわりと嫌な感触を覚えた。
    (あ。直感いたしましたけれど、わたくしもこの人、苦手かも)
     一瞬言葉を詰まらせてしまったものの、どうにかクーは笑顔を作って応じる。
    「え、ええ。はじめまして、ソーン尉官。シモン尉官より貴官のお話は伺っておりますわ」
    「あ、そ」
     うやうやしいあいさつを2語で返され、クーは面食らう。
    「あの、ソーン尉官、それは」
     礼儀にうるさいハンが咎めようと口を開きかけたが、エマが先制する。
    「お堅いアレコレは結構。そう言うのめんどいんでね。私のコトもそちらのシモン尉官といつもやり取りしてる感じで話してくれればいいからね」
    「いや、しかし」
     再度ハンが反論しかけるが、これもエマはまくし立てて抑え込む。
    「君にしても、普段から彼女に対して『本日も御尊顔を拝しまして恐悦至極にございます』なーんて平身低頭してるワケじゃないだろ? 君とこの娘の距離感見てりゃ分かるね」
    「う……い、いや」
    「正直に態度晒すのといりもしない見栄張ってウソ付くのと、どっちが紳士的さ? 真面目な尉官殿ならどう答えるつもりかねぇ?」
     会ってから1分足らずの間に散々やり込められ、クーはただただ圧倒されていた。
    (かも、ではございませんわね。はっきり苦手な方です。なんだかエリザさんにも似ているような……)
     一方、ハンも初手から面目を潰されたせいか、素直にエマへ応じていた。
    「……そうだ。確かに君の言う通り、クラム殿下、いや、クーとは友人として親しくしている」
    「だろうね。そんなワケだから、私ともそーゆー感じでよろしく」
    「分かった。それじゃそろそろ、船を入渠させるぞ。問題無いな、エマ?」
    「ああ。じゃ、そーゆーワケだから、伝えといてね。よろしゅー」
     エマは乗っていた小舟に振り返り、部下に指示して、そのまま船へと戻らせる。
    「さてと」
     そこでもう一度くるんとハンに向き直り、エマは声を潜めつつ、ふたたび話し始めた。
    「皆が来る前に一度、コレだけは言っといた方がいいかなと思ってね」
    「うん?」
    「君らも何となく感じてるだろうけど、あの船、結構な人数が乗ってるんだよね」
    「ああ。陛下や軍本営からは、結局何名寄越すのか通達が無かった」
    「だろうね。そうしないと向こうの都合が悪いからね」
    「どう言うことだ?」
    「単刀直入に言おう。ゼロは、……ああ、いや、タイムズ陛下は、戦争する気になっちゃってるね」
     エマからとんでもないことを聞かされ、ハンは声を荒げた。
    「ば、……馬鹿な! そんなこと、あるわけが無いだろう!?」
    「声が大きい。みんなビックリするだろ? 黙って聞きな」
    「……ああ」
    「詳しいコトは後で説明するけども、ともかくこっちに寄越された600人はそーゆーつもりのヤツも大勢いるってコトを言っておきたかったんだ」
    「600人だと?」
    「無論、君が思ってるように、陛下は厭戦(えんせん:戦いを嫌うこと)派だった。いや、今も表面上は厭戦主義を採ってる。ソレは確かだ。……だからこそ今、君は戦うように仕向けられている。
     ソレが向こうの思惑だってコトは、まず第一に伝えておかなきゃと思ってね」
    「わ……わけが分からない」
     困惑した様子のハンに背を向け、エマはニヤッとクーに笑みを浮かべて見せる。
    「とりあえず疲れたしお腹も減ったし、でね。何かご飯とか無い、クーちゃん?」
    「く、クーちゃん? ですって?」
    「ソレとも殿下って呼ばれたい方?」
    「……クーちゃんで結構ですわ」
     憮然としつつも、クーはうなずいて返した。

    琥珀暁・新尉伝 2

    2019.09.26.[Edit]
    神様たちの話、第240話。剣呑エメリア。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 昨年ハンたちがそうしたように、やってきた船はまず沖に停泊し、そこから小舟が一艘、港へとやって来た。「どーも」 小舟に乗っていた、ハンと同じ階級章を胸に付けた長耳の女性が、ぺら、と手を振って挨拶した。「君がシモン尉官でいいね?」「ああ、そうだ。ハンニバル・シモンだ」「私はエメリア・ソーン。エマでいいね。よろしくどうぞ。...

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