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黄輪雑貨本店 新館

琥珀暁 第6部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    神様たちの話、第326話。
    皇帝の素顔。

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    2.
     皇帝レン・ジーンは遠征隊の拘束から逃れてすぐ、首都フェルタイルに舞い戻っていた。しかし前述の通り、脱出直後に緊急警報が発令されており、街の者は全員、逃げ出してしまっている。
    「人っ子一人おらぬではないか。これでは……」
     遠征隊相手には薄ら笑いを浮かべ、皆を煙に巻いていたジーンも、こうしてアルと二人きりになったところで、ようやくその仮面がはがれた。
    「これでは、誰が余の手足となると言うのだ!? 誰が余の腹を満たすのだ!?」
    「……」
     実のところ、1ヶ月に渡って食事も満足に与えられず、鎖で宙吊りにされ続けると言う過酷な拘束は少なからずジーンの体を痛めつけており、この時点で既に、ジーンは疲労と飢餓の二重苦に苛(さいな)まれていた。当然、精神状態も極限に達しており、立っているのもやっとの状態である。
    「何とか申せ、アル! 貴様は余の第一の腹心、最大の参謀であろう!? 余が窮しておる今こそ、献策すべきであろうが!」
    「……」
     辛うじて声を絞り出し、怒鳴りつけたものの、アルは一言も発さない。
    「役立たずめが! ……もう良い、飯を食ろうてくるわ!」
     棒立ちのアルに背を向け、ジーンは近くの民家の戸を蹴り破った。
    「ぬ……!?」
     だが、家の中はがらんどうになっており、りんご一欠片すらも落ちていない。
    「なんと貧しい家だ。飯も無いとは」
     その家を後にし、隣の家も蹴破って押し入るが――。
    「……ここも、か?」
     その家も、さらに隣の家も――どの家に押し入っても、ジーンが口にできそうなものは、小指の先ほども見付けられなかった。
     そもそも、西山間部を豪族とミェーチ軍団に制圧されて以降、そちらから流通していた食糧をはじめとする物資の供給ルートは完全に絶たれており、東山間部は食糧難に陥っていたのである。加えてゼルカノゼロ南岸戦に備えて帝国軍が苛烈な徴発行動を採ったため、その時点で民間の蓄えは、ほとんど無くなってしまっていた。その徴発から1ヶ月経ってはいるものの、元より乏しかった食糧事情がその程度の期間で改善しているはずも無い。
     結局、ジーンはわずかな体力を使い果たし、手当り次第に家を回っても、まともな食べ物を手に入れることはできなかった。
    「あったのはこんな、……こんなカビたチーズが、半欠けだけとは。貧しいにも程がある。一体何をしておったのだ、我が国民共は!? もっと身を粉にして、余の腹を満たすべく働くべきではないのか!? 何たる怠け者共だ!」
     座り込み、自分勝手な言い分をわめき散らしても、誰一人いない広場からは自分の声がこだまして返って来るばかりである。
    「レン」
     と、そこへアルがやって来た。
    「遠征隊の人間が48名、こちらへ向かって来ているのが確認された。お前を再度拘束するつもりだろう」
    「何だと?」
     よろよろと立ち上がり、折角見付けた食糧を踏み潰しながら、ジーンはわなないた。
    「ようやく口を開いたかと思えば、賊軍だと!? 見て分からぬか? 余は疲れておるのだ! お前が相手をしろ!」
    「承知した」
     ジーンの命令に従い、アルは街の外へと向かって行った。
    「……くそっ」
     ジーンは靴の裏にこびりついたチーズの欠片をこそぎ落とし、口に運ぼうとして、慌てて首をぶるぶると振った。
    「……ぐっ……馬鹿な、食えるものか!」
     指の先に付いたチーズをはたき落とし、ふたたびその場にしゃがみ込む。
    「一体何故こんな目に遭わなければならぬと言うのだ? 余はこの世を統べる天の星であるぞ? その余がこんな屈辱を味わわねばならぬとは、……まったくもって忌々しい。あの女狐には、今度こそ罰を与えてやらねば!」
     顔を覆い、呪詛じみた言葉を漏らして息巻いていたところで――バタバタと軍靴を響かせる音が近付いて来ているのに気付いた。
    「うっ……!」
     ジーンは慌てて立ち上がり、アルが向かった方へと逃げ出した。

     結局、遠征隊200名余りが包囲する直前に、ジーンと、そして先に到着していた一小隊と交戦していたアルは、フェルタイルから逃げ出した。
     だがその後も別の部隊に何度も追撃され、その都度、二人は北方向への逃走を繰り返し――ついには生存不能圏とされる北方最北の高山地域、ゴラスメルチ山脈にまで入り込んだことが、ハンとエリザに報告された。
    琥珀暁・追討伝 2
    »»  2020.08.05.
    神様たちの話、第327話。
    成果と評価。

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    3.
    「ゴラスメルチ? と言うと、かつて豪族居留地があったところですか?」
     地図に視線を落としながら尋ねたハンに、エリザが「ちょっとちゃうな」と答えた。
    「ソレは山の西側の端っこら辺やね。皇帝さんらはどうも東側におるみたいやわ」
    「一応、地理的にはつながっていなくも無いようには思えますが、この東西の間の山が生存不能圏内となっている、と」
    「そう言うこっちゃ。こんなトコを皇帝さんみたいな薄着でウロウロしとったら、間違い無く凍死するな」
    「であれば、東側へ抜けて西山間部が襲撃される、と言うような事態にはまずならないでしょうね。それ以前に、そんなところまで追い込まれたのならば、最早追討する必要性は無いでしょう。とは言え……」
     ハンは地図を机に置き、ハンガーに掛けていた鞘付きのベルトと手袋、軍帽を次々手に取り、装備し始めた。
    「俺がこの手で決着を付けなければ、そしてこの目で最期を見届けなければ、少なくとも俺は納得しません。そして恐らくは、誰もそんな結末で安堵しはしないでしょう。
     マリアと合流し、そのまま一緒に山に向かうと伝えます」
    「アタシも行くで」
    「大丈夫ですか? 山は相当な難所と聞いていますし、そもそもエリザさん、寒がりでしょう?」
    「山道はちっちゃい頃から慣れっこや。ソレにコレで寒いのんも最後っちゅうんやったら、後一回くらいはガマンしたるわ」
    「分かりました。30分後、北門で落ち合いましょう」
    「よっしゃ」

     装備を整えたハンとエリザ、そして彼女の護衛にロウを伴い、3人は馬車を駆って北へ向かった。
    「いよいよ出陣だな、隊長さんよ」
    「そうだな」
     2年半もの間、少なからず交流の場があったものの、ハンとロウは結局、最後まで水と油のままだった。そのため並んで御者台に座ってはいたものの、最初に二言、三言交わしたきりで、それ以上どちらからも、相手に話しかけようとはしなかった。
     そのせいか――。
    「エリザさん、椅子どうっスか? 固くないっスか?」
    「大丈夫やで」
    「エリザさん。思ったより暑くなってきたようですが、コートはどうされますか? 預かれますが……」
    「ん、ひざに掛けとくわ」
    「エリザさん、のど乾いてないっスか?」
    「ありがとさん。ちょと欲しいかな」
    「エリザさん、マリアたちと合流するまでまだ間がありますから、軽食を取りましょうか」
    「せやね」
     エリザが両方から、しきりに声をかけられる羽目になった。
    「……ほんでな、ちょと、お二人な?」
     流石のエリザもうっとうしくなったらしく、両方に手のひらをかざして制止した。
    「なんでしょう?」
     二人同時に返事され、エリザは笑い出す。
    「ぷっ、……ハハ、アハハハ、……や、あんな、お二人ともな、アタシのコト好きなんは十分よお分かったから、ええ加減二人で話しよし」
    「え?」
    「いや、話すことは何も……」
     ハンは断りかけたが、ロウの方が話しかけてきた。
    「あー、えーと、アレだ、隊長さんよ」
    (聞くのかよ。エリザさんに言われたからって、律儀にやること無いだろう?)
     面倒には思ったが、わざわざ止めるほどのことでも無く、ハンは耳を貸す。
    「なんだ?」
    「この戦いが終わったらあんた、大出世間違い無しだろうな」
    「はあ?」
     話の脈絡がつかめず、ハンは首をかしげる。
    「どうしてそうなる?」
    「そりゃなるだろうがよ。悪いヤツ倒してお姫様救って凱旋ってなりゃ……」
    「だが『悪い』だの何だのは結局、この邦での話だ。ノースポートを占拠した以上に、本土に悪影響を及ぼしたわけじゃない。それを倒したからって、評価されるとは思えないな」
    「そらちゃうやろ」
     と、エリザも話の輪に加わる。
    「そもそも占拠の話かて、アンタがおらんかったらソレ以上の悪いコトが起こっとった可能性は十分ある。アンタが偶然あの場におらんかったら、本営が気付くのんももっと後やったやろし、その間に町の人ら、何人か死んでたかも分からん。そうならんかったんは間違い無くアンタのおかげや。ソレを評価せえへんかったら、ゼロさんもノースポートの人らも、よっぽどの恩知らずやで。ロウくんかて、あの場におったワケやしな」
    「っスねぇ。ま、その点だけはよ、俺、マジで感謝してっから。な、隊長さんよ」
    「……あ、……ああ」
     素直にロウから礼を言われ、ハンは面食らいつつもうなずいた。
    「その後のコトもな、やっぱりアンタがおったコトは大きいと思とるで」
     胸元から煙管を取り出しつつ、エリザは話を続ける。
    「他の誰が遠征隊の隊長になったとしても、ココまでうまいコト話は進まへんかったはずや。相当早い段階で気が急(せ)いて殴り合いになってまうか、さもなくばアタシの一言一句をヘンな方に受け止めたり曲解したりで、作戦を片っ端からワヤにしてまうか。
     今のゼロさんがどんな裁定下すか分からんけども、少なくともアタシは表彰もんやと思とる。アンタが隊長やったからこそ、こうやってええ感じの結末になったワケや。ありがとうな、ホンマに」
    「……何だか、気恥ずかしいですね。面と向かってそう言われると」
     ハンは――自分でも珍しいと思うくらいに――普段から血色の悪い顔が熱くなっているのを感じつつ、エリザに頭を下げた。
    琥珀暁・追討伝 3
    »»  2020.08.06.
    神様たちの話、第328話。
    インセンティブ。

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    4.
    「まあ、その。俺の話はそれくらいでいいでしょう」
     たまらず、ハンは話題を変える。
    「それでロウ、あんたはどうなんだよ? もう軍を抜けた身だし、表彰だの評定だのって話は、まず出ない。せいぜい、陛下か俺の親父から多少労われて終わりだろう。正直、いくら頑張ったって見返りなんか……」
    「ああ。そんなもん、ハナっからいりゃしねえよ。チヤホヤされたりカネもらったりしたって、大して嬉しくもねえや」
     笑いながらそう答えたロウに、ハンは首をかしげる。
    「じゃあなんでこんなところまで来たんだ? せいぜい、エリザさんから給金をもらう程度だろう?」
    「それがいいんだよ」
     ロウは胸を反らし、満足げに鼻を鳴らす。
    「俺はな、エリザさんの助けになれるってことが一番嬉しいんだよ」
    「ぶっ」
     煙管を吸っていたエリザが、煙を勢い良く吐き出す。
    「ケホ、ケホッ、……アンタなぁ。そう言うコトをよお、アタシの真ん前で言えるな?」
    「でへへ……すんません」
    「まあ、うん。この3年、色々助けてくれたしな。帰ったら、何かしらごほうびあげるわ」
    「どうもっス」
     と、ハンがまた首をひねる。
    「帰ったら、……って、あんたもうノースポートに戻るつもりは無いのか?」
    「あん?」
     ロウも首をかしげ返したが、「あ、そっか」と声を上げる。
    「だよな、遠征隊が解散したらもう、用心棒やんなくてもいいってことだもんな。そっか……」
     耳も尻尾も悲しげにだらんと垂らしたロウを見て、エリザが笑い出した。
    「アッハッハ……、なんやな、そんなにアタシの側がええのんか?」
    「そりゃもう!」
    「んふ、ふふ、ふっふ、……まあ、ソコまで言うねんやったら、帰ってからもアタシんトコにおったらええよ。何かしらお仕事もお願いするやろしな」
    「いいんスか!?」
     一転、ロウの耳と尻尾がぴょこんと立ち上がる。
    「えーよえーよ、好きなだけ居ときよし。なんやったらそのうち、奥さんも探したげるわ。いつまでも独り身は寂しいやろからな」
    「えっ、……あ、……はい、……よろしくっス……うス……」
     またも悲しそうな顔をしたロウを、ハンは複雑な気分で眺めていた。
    (エリザさんのことだ。こいつの気持ちは知ってるだろうし、……わざとそう言って、釘を刺してきたんだろうな。『アンタはダンナやないからな?』って。正直、こいつのことはそんなに好きでもないし、評価してもいないが、……流石に可哀想になってきたな)
     その後はマリアたちと合流するまでずっと、ロウはしょんぼりとした様子で手綱を握っていた。

     フェルタイルを出発して四半日もしない内に、馬車はゴラスメルチ山脈の東側ふもとに到着した。
    「お待ちしてました、尉官」
     マリアをはじめとする追討部隊200名に敬礼され、ハンも敬礼して返す。
    「状況は?」
    「とりあえずここで陣取ってる感じですね。みんなで一斉に入るには道が険しすぎますし、うかつに深入りすると遭難しかねないくらい、吹雪もひどいんです」
    「吹雪?」
     言われて、ハンは山の上方に目をやる。
    「確かに白いな。8月だってのに降ってるのか」
    「ちょっと行くと急に気温が下がってくるんです。空気も薄いみたいで、焦って追いかけた人たちもすぐ戻って来ました。『とても息が続かない』って」
    「ふむ……」
    「だもんで、もしかしたら皇帝たちが引き返して来るかもってことも期待してたんですが、それらしい様子も全然無いです」
    「しかしそんな状況では、踏破したとも考え辛いな。有り得る状況としては、遭難して死亡したか」
    「せやったら話が早いんやけどな」
     ハンの横で話を聞いていたエリザが、肩をすくめる。
    「どうあれ確認せなアカンやろ。『死んだはずや』言うてほっとって、もし奇跡的に生きて西側に降りて来たりしたら、まずいコトになるしな」
    「ええ、確かに。捜索は必須でしょう」
     ハンたちは半数を実際に登らせ、残り半分をふもとに残して支援に当たらせる策を採って、山狩りを開始した。
    琥珀暁・追討伝 4
    »»  2020.08.07.
    神様たちの話、第329話。
    皇帝追討、最終局面。

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    5.
     山狩りを始めてから丸1日が経過し――。
    「1日で捜索可能な範囲は一通り、クリアリングが済んだわけだが……」
    「確かに人が通った形跡はチラホラあったみたいですが、どの班も身柄の発見には至らなかった、……と」
    「そう言うことだ」
     ふもとに設営されたキャンプで夕食を取りつつ、ハンたちは各班から受けた報告を、マリアたちと共にまとめていた。
    「でも尉官、普通に考えたらそれって、皇帝はもう死んでるんってことじゃないですか?」
    「その可能性は非常に高いだろう。いくら超人的な身体能力を有していると言っても、酷寒と吹雪に加え、薄い空気の中だ。さらに言えば山に入るまでの2日、俺たちが散々追い回して来たんだ。休息も食事も、取れているはずが無い。これで生きていたら、それはもう人間じゃない。バケモノの類だ。
     だがそれでも、油断のならない相手だ。推測だけで死亡と決め付けるのは、あまりにも危険だろう」
    「でも、ずーっとここに陣取ってるわけにも行かないでしょ? いつまでとかって決めた方が良くないですか?」
    「ふむ……」
     マリアの意見を受け、ハンは横で煙管をくわえていたエリザに尋ねる。
    「どうでしょう、エリザさん? マリアの言う通り、長期間詰めていてもあまり成果は上がらないと思います。正直なところ、俺としても死んでいる可能性の方が高いと思っていますし、であればフェルタイルに戻り、残った帝国高官らと今後の交渉を行わなければなりません。それにクーのことも……」
    「せやな」
     エリザはふーっと紫煙を吐き、短くうなずいた。
    「せめて後6日、丸1週間は捜索を続けたいトコやな。ソレで見付からんようであれば、なんぼなんでも生きてるはずが無いやろし、その辺りで引き上げてええやろ」
    「分かりました。ところでエリザさん」
    「ん?」
    「先程気付いたんですが、妨害術を展開していないんですか? 普通に通信術を使っていた者がいましたが……」
    「ああ、ソレなー」
     エリザは煙管の灰を捨て、新しい煙草を詰めながら答える。
    「町やら村やらで妨害術を仕掛けてもろてたけど、そもそも山の方までは届かへんねんな、術の効果が。となるとかけとく意味があらへんし、使えるもんなら使た方が便利やしな」
    「ですが、皇帝が術を使って移動したら……」
     ハンの懸念に、エリザが「大丈夫やろ」と返す。
    「町では今まで通り使てもろてる。せやから山で使たとしても、町へ移動するのんは不可能や。そもそもご飯も食べてへん、お休みもしたはらへんっちゅう状態で魔術なんか使てみ? 鼻血ブーッて噴いて倒れてまうで」
    「ふむ……似たような話は、親父から何度か聞きましたね。陛下が戦いで根を詰めすぎられた際に、よくひげを真っ赤に染めておられたと」
    「せや。実を言うと、アタシも2回ほどやってしもたコトあるねんな。まだ先生から色々教えてもろてた時の話やけども。ま、ソレはともかくとして、限界ギリギリっちゅう時に魔術を使おうと思ても、体が付いてかへん。実際使えへんもんなんよ。
     ちゅうワケでな、明日からはアンタも気にせず使てええよ」
    「そうします。と言っても、通信くらいしかできませんが」

     その後3日、遠征隊は引き続き山狩りを行い、皇帝を探し回ったが、成果は一向に上がらなかった。兵士たちの中にも、皇帝はもう死んでしまっているだろうと予測する者が多くなり、ハンとエリザは一週間と予定していた捜索期間を切り上げることを検討し始めていたが――捜索5日目に入った朝、事態は動き出した。

    琥珀暁・追討伝 終
    琥珀暁・追討伝 5
    »»  2020.08.08.
    神様たちの話、第330話。
    朝の光。

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    1.
     基本的に、ハンはどこで寝泊まりしようとも、毎日決まった時刻にきっかり目を覚まし、朝の自主鍛錬と地図の清書を行ってから朝食を取っている。一方でエリザは、特に予定が無ければ昼近くまでぐっすり眠っている。
     なのでその日の朝、ハンの目の前にエリザが眠い目をこすりながら現れた時、彼はぎょっとした。
    「珍しいですね。まだ太陽も昇ってないですよ」
    「ふぁ……、おはようさん。なんかポンと目ぇ覚めてもうてな。……アンタ、寒ないんか? 一応夏やけども、雪山のすぐ近くやで?」
     この時、ハンは上半身裸になっており、肩から湯気がほんのり上がっていた。
    「体を動かしていると、どうしても暑くなりますから」
    「律儀やな。こんな時までやるんか。……ふあ~ぁ」
     エリザはあくびを繰り返しつつ、胸元に手を入れる。
    「……あー、と、煙管置いて来てたわ」
    「起きてすぐに喫煙ですか。相当体に悪そうですが」
    「吸うてへん方が体に悪いねん、アタシの場合は」
    「煙草呑みの言い訳ですね。俺には理解できそうにありません」
    「さよか」
     もう一つあくびをして、エリザはくるんと踵を返した。
    「一服して来るわー」
    「どうぞ、ご自由に」
     エリザの後ろ姿を見送りつつ、ハンも彼女に背を向け、鍛錬を再開しようとした。

     と――。
    「エリザさん」「ハンくん」
     二人が同時に互いを呼び、目線を合わせた。
    「気付きましたか」
    「そらまあ」
     二人は悟られないよう、自分の体で隠しつつ、山の方を指差す。
    「今の光の反射は……」
    「単眼鏡やな。山の中腹ら辺は、もうお日さんが差しとるらしいな」
    「丁度今、と言ったところでしょうね。それ故、油断していたんでしょう」
     それとなく両者とも距離を詰め、山に背を向けてひそひそと会話する。
    「皇帝でしょうか?」
    「可能性めちゃ高やな。そらまだ何班か、山ん中探してくれとるけども」
    「わざわざキャンプを単眼鏡で確認する人間が、こちら側にいるとは思えません」
    「『あー疲れた、キャンプどこやったっけ』、……っちゅうのんは考え辛いわな。迷わへんように道標立ててってもろてるし、見るとしたら離れたふもとの方やなく、間近の道標やろ」
    「今すぐ連絡しますか? それとも強襲すべきでしょうか」
    「夜通しあっちこっち回ってヘトヘトの子らに、皇帝さん捕まえろっちゅうんは酷やで。ソレに大勢でわっさわっさ登ったら、気取られて隠れてまう可能性もある。上におる子らには『この辺りにおるからソレとなく囲んでや』、くらいに命令しとき。ほんで、ココに偶然おったアンタとアタシとで、急いで登るんが上策やろ」
    「2名でですか?」
    「準備がてら、アタシはロウくんに声掛ける。さっき起きとったん見かけたし。アンタはマリアちゃんを呼んでき。まだ寝とるやろけど、このキャンプん中で一番頼りにでけるしな。
     この4人なら問題無いやろ。こっそり行くコトも考えたら、コレが丁度や」
    「了解です」
     ハンは脱ぎ捨てていたシャツをつかみ、エリザと共にキャンプの中へ戻った。

     そして15分後、ハンとエリザはマリアとロウを伴い、山へと向かった。
    「ふあ~……、マジなんですか?」
     まだ頭をゆらゆらとさせたまま尋ねたマリアに、エリザが答える。
    「マジや。朝ごはんは歩きながら食べてな。ゴメンやで」
    「ふぁ~い」
    「いよいよってワケだな、へっへへ……」
     武者震いしているロウに、ハンが釘を刺す。
    「こっそりと言っただろう? あんまり張り切るな」
    「んなコト言ったってよ、そりゃ無理ってもんだろ? ようやく決着だってのに」
    「その元気は、皇帝を殴る時に使ってくれ。今使い切られても困る」
    「大丈夫だって。心配すんなよ、隊長さんよ」
    「あんたが心配させてるんだっての……」
     4人は登山口に到着し、揃って山を見上げた。
    「コレが正真正銘、最後の戦いや。気ぃ引き締めて行くで」
    「了解です」
    「うっス」
    「りょうひゃいひぇふ、……ふぁ~」
    琥珀暁・終局伝 1
    »»  2020.08.10.
    神様たちの話、第331話。
    上長七訓。

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    2.
     山を登って30分もしない内に、一行の背に太陽の光が当たり始めた。
    「雪がやんでて良かったですね。これでふぶいてたら皇帝探すどころじゃないですよ、本当」
    「こう言う時のために、どんな時でも測量を敢行して来たんだ。今更雪が降ったくらいじゃ、何ともないだろ」
     そう返したハンに、エリザが苦い顔を向ける。
    「アンタ無茶苦茶なコト言うなぁ。『平気』と『耐えれる』は別モンやで」
    「同じでしょう」
    「『平気』は何にも感じてへんけど、『耐えれる』は辛いと認識しとるんやで。アンタが言うてるんは前の方で、マリアちゃんが言うてるんは後や。アンタの感覚と一緒にしたらアカン。そもそも短耳と『猫』は感覚差がデカいねんから」
    「そーですよ。あたしの知り合いなんか耳が良すぎて、ちょっと風が吹くだけで耳押さえて動けなくなっちゃうって子もいるんですから。みんなビンカンなんです」
    「そんなもんなのか。……改めて思い出しますね。自分の常識が世界の常識じゃないって、あなたの言葉を」
    「ああ、そんなん言うてたね」
     ここにまで持ち込んで来ていた煙管をくわえつつ、エリザはニヤニヤと笑っている。
    「アタシ自身、こっち来てから毎日のようにそう思てるわ。アタシもまだまだ経験が足らんと、痛感してばっかりやね」
    「エリザさんが?」
     3人同時に声を上げられ、エリザは紫煙を吹き出しながら笑う。
    「アハハ……、アタシでもや。せやからな、アンタらも自分がもう学ぶコトも修めるコトもいっこもあらへん、完全無欠の人間やなんて思ったりすなよ? そう言うヤツほど、大した学もウデも持ってへん、しょうもないヤツやったりするからな」
    「親父も同じようなことを言ってましたね」
     ハンがうなずきつつ、こう返す。
    「『自分がすごいヤツだなんて勘違いするな。素直になって周りを認めろ』って」
    「お? 『上長七訓』だな。さっすが隊長さんだ」
     と、ロウが感心したような声を上げて来たので、ハンはぎょっとする。
    「あんた、知ってるのか?」
    「俺が昔将軍の下にいたって、ずっと前に言ったろ? そん時に叩き込まれたんだよ。他のヤツと一緒に仕事する時、コレだけは忘れんなっつって。ま、ソラで言えって言われたら、1個か2個くらいしか思い出せんがね」
    「いや、素直に感心したよ。意外とやるな、あんた」
    「へっへへ」
    「じょーちょーななくんってなんですか?」
     マリアに尋ねられ、エリザが答える。
    「ゲートが長年の経験でコレ重要やなっちゅうのんをまとめたお話やね。ほら、アンタもハンくんから何個か聞いた覚えあるやろ? 『飯は食える内に食え』やら、『言いたくないコト言わすな』やら」
    「あー……。あれってそう言うのが元だったんですね。他にはどんなのが?」
    「第一条がさっき言ったヤツだ。第二条が飯の話で、第三条は『どれだけ安全だと思っても一割は警戒を残せ』」
    「そーそー、そんなヤツだよな。第四条は言いたくないならってヤツだよな?」
    「そうだ。で、第五条が『無理してまで成果を挙げようとするな。今自分ができることをしろ』だ」
    「んで第六条が『危なくなったら迷わず逃げろ。死んでからほめられても嬉しくない』だったよな」
    「ああ。なんだよ、あんた結構覚えてるじゃないか」
    「結構覚えてるもんだな。俺もびっくりしてる、へへ……」
     交互に答えるハンとロウの間で、マリアはふんふんと鼻を鳴らしている。
    「言われてみれば確かに、いっつも尉官が話してるヤツですね。なるほどー……」
    「ゲートも将軍務めて結構になるからな。そら含蓄もあるっちゅうもんや。……そう考えると、ホンマに皇帝はポンコツやな」
    「って言うと?」
     首をかしげたマリアに、ハンが答える。
    「他人を許容せず、兵隊に十分な飯や休息も与えずに戦闘を強い、しかも退却を許さない。そんな狭量で冷酷な人間が、他人の上に立てるわけが無いってことだ」
    「逃げ足だけはいっちょまえやけどな」
     エリザの一言に、一行は揃ってクスクスと笑い出した。
    「ホント、そうですよねー。……で、残りいっこは何ですか?」
    「ん? ……あー、と」
     ハンは一瞬エリザの方をチラ、と見て、複雑な思いを抱きつつ、質問に答えた。
    「『情にほだされて判断を曲げるな。大抵、後でやっちまったと後悔する』、……だ」
    琥珀暁・終局伝 2
    »»  2020.08.11.
    神様たちの話、第332話。
    猛吹雪とクレバスの中で。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     太陽が照らしたかと思ったのも束の間、空にはいつの間にか、薄暗い雲が漂っていた。
    「ふぶきますかね」
     不安げに尋ねたハンに、エリザも憂鬱そうな表情で答える。
    「ふぶくやろな。みんな、しっかりコート着ときや。風邪で済まへんで」
    「承知してます」
     そう返しつつ、ハンはフードをかぶる。ロウも同じようにフードに手をかけたところで、道の先に兵士たちを見付け、片手を挙げる。
    「あっ、みんないたっスよ、エリザさん。おーい!」
     大声を上げたロウの声に気付き――その兵士たちは顔をこわばらせる。と同時に、エリザがロウの口をがばっと抑え込んだ。
    「アホっ」
    「もがっ!?」
    「アンタ怖いコトするなぁ。ココ、雪山やで」
    「もが? ……もっ」
     合点が行ったような目をしたので、エリザはロウの口から手を離す。
    「気ぃ付けてや。ココでアタシらも皇帝も一緒くたに雪崩に巻き込まれて死んだりなんかしたら、悔しゅうてかなわんで」
    「す、すんませんっス」
     辺りに変化が無いことを確認してから、一行は兵士たちの側に寄る。
    「騒がせた。すまない」
    「いえ。……ご命令通り、目撃された地点の周囲を回る形で動いています。どこの班もまだ、接敵していないようです」
    「となると、この先にいるのは確実だな。仮に瞬間移動術で包囲の外に出られる気力と魔力が残っているなら、そもそも俺たちがキャンプを構える前に逃げてるはずだ」
    「相当参っとるんやろな。魔術はまず使いもんにならんやろ」
    「そんなら楽にボコれそうっスね」
     そうつぶやいたロウに、エリザが釘を刺す。
    「油断せんの。側近さんもまだ居てはるやろからな」
    「あー……、そう言やそうでしたけど、……でも実際、どうなんスかね?」
     尋ね返され、エリザは首をかしげた。
    「どうって?」
    「二人でメシも食わずに雪山ん中を1週間もウロウロって、相当ムチャだと思うんスけど。どっちか死んでてもおかしくないと思うんスよね」
    「ふむ……」
     話を聞いていたハンも、エリザに並ぶ形で首をかしげる。
    「確かに2人共生きているとは思えないが……」
    「もしもがあるかも分からんやんか。自分に都合ええ予想立ててもしゃあないやん」
    「ま、確かに。気を付けて行きましょう」
     兵士たちに待機するよう命じ、ハンたちは包囲の中へと向かった。

     入り込んでまもなく、重たくべったりとした雪が一行の頭上から――いや、ほぼ横から降り出した。
    「うわ……かなわんなぁ」
     顔に張り付く雪を何度もこすり落としながら、エリザがうめく。
    「息苦しくなってくるな」
    「凍傷よりましでしょう」
     そう返すハンも、既に軍帽とマフラーが真っ白になっている。
    「まだ辛うじて周りは見えますが、これ以上激しくなってくると討伐どころじゃなくなりそうですね」
    「せやな。早いトコ終わらせへんとアカンくなりそうやで」
    「あ、そうだ」
     と、マリアが声を上げる。
    「尉官、エリザさん、お二人とも山に入ってなかったでしたよね」
    「そうだ。何だかんだ言って、キャンプで指揮ばかりだったからな」
    「ですよね。なのでいっこ、注意しないとってことがあるんで、今言っときます」
    「なんだ?」
    「あっちこっち雪だらけなので分かりにくいかもですけど、ところどころクレバスがあります」
     言われて、ハンは辺りを見回す。
    「そう言えば報告にあったな。滑落した者も数名いると」
    「どーにか助け出しはしましたけど、落ちた人は大ケガしたり凍傷で動けなくなったりで、例外無く戦線離脱してる状態です。尉官もエリザさんも山は慣れてると思いますけど、ここのクレバスはかなり危険なので、十分気を付けて下さい」
    「ありがとさん。気ぃ付け……」
     エリザはマリアに振り返りかけ――直後、ぐるんと反対側を向いた。
    琥珀暁・終局伝 3
    »»  2020.08.12.
    神様たちの話、第333話。
    直感と猛襲。

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    4.
     ハンの目から見て、エリザ・ゴールドマンと言う女性には3つ、どんな相手でも敵わないほどの――ハンが最も尊敬するゼロ・タイムズでさえ及ばないかもと思えるほどの――優れた長所があった。
     1つは、その美貌と魅力である。中央の人間はおろか、彼女の評判をまったく知らない北方の人間でさえ、彼女が街の通りを歩けば老若男女の区別無く振り返るほど、彼女は美しい。それでいて、いつも優しげな笑顔で気さくに接してくることもあり、事実としてこれまで、彼女が人心掌握策に失敗したことは、一度も無い。ハン自身も――彼女の破天荒な内面を知っていてなお――彼女に対してはどんな悪感情よりも、信頼と安心が勝ってしまうのである。
     2つ目は、その知略である。ハンはこれまで幾度となく、ゼロをはじめとする智者・智将たちを彼女が易々と手玉に取るところを間近で見ており、北方の遠征においても彼女は人心の動き、欲求と願望、思惑と情勢を、まるで操っているかのように掌握・扇動し、そして制御してしまった。「彼女がその気になれば、全人民が操られてしまうだろう」と恐れたゼロの懸念も、あながち的はずれでは無いと言うことを、ハンは実感していた。
     そして3つ目はその勘、直感力である。時折、彼女は異様な鋭さを発揮することがあるのだが、これに関しては普段から理知的で、丁寧に理屈を説明できるはずの彼女自身でさえも、「なんでやろな」と言葉を濁しており、彼女自身も良く分かっていないようだった。
    「時々な、ピンと来んねん。『あ、今危ないな』っちゅうのんが。そう言う時やと大体、アタマん中でどうこう考えとったら遅い場合が多いから、カラダが勝手に動きよるんやろな」



     マリアの方に振り返りかけたエリザが、突然ぐるんと反対側を向くと同時に、魔杖を掲げる。
    「『マジックシールド』!」
    「え」
     状況の把握が追い付かず、ハンは硬直する。それでもエリザの挙動を目で追い、頭の中で整理して、彼女の行動の理由を理解した。
    「……側近!」
     エリザが展開した魔術の盾の向こうに側近、アルがへばりついている。
    「何故……私の攻撃ガ読めたノだ!?」
    「さあ? なんでやろな」
     ハンはそれが虚勢や計算上の行動ではなく、彼女の本心であると直感した。
    (いつものアレか)
     ハンは周囲を見渡し、皇帝の姿が無いことに気付く。
    「皇帝はどこだ?」
     尋ねたが、アルはハンの方を見向きもせず、エリザの魔術を力づくで破ろうとしているらしく、打撃を繰り返している。
    「元気一杯やな。ご飯食べてへんと思とったけど」
    「私にハ必要のナい要素だ。コの盾をドけろ」
    「寝言は寝て言うてんか。どけたら死ぬやんか」
     と、エリザが魔杖を構えたまま、尻尾をふわ、と揺らす。背後にいたロウはその意図に気付いたらしく、そっと彼女の背後から離れた。ハンも同様に距離を取り、こっそりアルの横へと回り込む。
    「……!」
     アルがエリザへの攻撃をやめ、忍び寄っていたロウに向き直る。
    「貴様ッ」
    「オラああッ!」
     アルが構えるより早く、ロウの戦鎚がアルの顔面を捉える。だが――。
    「……んなっ!?」
     戦鎚の柄がぼきんと折れ、さらに真っ二つになった鎚頭がアルの足元に落ちる。
    「こんなモのが私ニ効くか」
     ロウが呆気に取られた、その一瞬を突いて、アルがロウの腕を取る。
    「い……ぎっ」
     ミシミシと音を立て、ロウの右腕が握り潰されて行く。が、完全に千切られる直前、今度はハンが仕掛ける。
    「させるかッ!」
     ハンは短剣を抜き、フードの上からアルの首、後頸を突く。
    (前回やって、分かってることだ。こいつは全身甲冑で武装してる。ただ斬り付けた程度じゃ効くわけが無い。だから――その『隙間』だ!)
     ぎちっ、と気味の悪い音を立て、短剣がアルの首に突き刺さる。
    「ギャア……ッ……」
     その途端、輪をかけて気味の悪い悲鳴が、アルの口から漏れた。
    「hgft@790evo……ta8n17……252#bpg……エラー……致命……チメイテキ……アガ……ガ……ググクグ……」
     ガチャガチャとした、人の声とは思えないような音を立てて、アルの動きが乱れる。
    「……エラー……エラー……リブート……セーフモード……クリア……」
     動きががくん、がくんと、糸が一本、二本切れた操り人形のようになりつつも、アルは辛うじてハンの方を向いた。
    「コレシキノ……コトデ……コウドウフノウ……ニハ……ナラン……! ワタシニハ……ミコヲ……ミチビキタスケル……シメイガアタエラレテ……イルノダ……! ワタシノソンザイリユウヲ……ミコヲ……オビヤカスモノドモハ……ゼンリョクヲモッテ……ハイジョスル!」
     瞬間、アルはハンに飛び付く。あまりの速さに、流石のハンも対応し切れず、簡単に首をつかまれた。
    「が……はっ……ぐ……っ……」
     自分ののどがめりめりと音を立てるのを感じたのも一瞬、みるみる内にハンの意識が遠のいていった。
    琥珀暁・終局伝 4
    »»  2020.08.13.
    神様たちの話、第334話。
    悪魔との死闘。

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    5.
    「させるかあッ!」
     のどに感じていた途方も無い圧力が消え、ハンの意識が戻って来る。
    「げっほ……げほっ……はあっ、はあ……」
     咳き込みつつも、どうにか肺に新鮮な空気を送り、ハンは死の淵から逃れた。
    「はあ……はあ……ま、……マリアか、……今のは」
     ハンの推測通り、マリアがアルの前に立ちはだかり、槍を突き付けている。アルのフードは首から上がばっさり切り裂かれており、どうやら自分が首を絞められてすぐ、彼女が横薙ぎに斬り付けたらしかった。
    「あたしが相手だ! かかって来い、側近!」
    「キサマ……カ……」
     アルは後頭部に短剣が突き刺さったまま、マリアと対峙する。瞬間、ガキンと音を立て、アルがマリアとの間合いを詰める。先程襲い掛かられた時と同様、ハンはあまりの速さに目で追うことができなかったが、どうやらマリアは見切っているらしく、瞬時に槍をぐるんと半回転させ、石突を相手のみぞおちにねじ込ませた。
    「らあああッ!」
    「ウオオ……ッ!?」
     飛び込んだその勢いのまま、アルは真横へと転がって行く。
    「……ガピュ……ガ……ゼンカイヨリ……サラニ……ノウリョクガジョウショウ……シテイル……コノワタシノ……セイノウヲコエルホドニ……!?」
    「あんたに誰も殺させたりなんかさせるもんかッ! あたしがやっつけてやるッ!」
     吼えるように叫び、マリアは倒れ込んだままのアルに飛び掛かった。
    「うりゃああああッ!」
    「ガガ……ガ……ッ」
     アルが立ち上がると同時に、マリアの槍の穂先がばきん、と音を立ててアルの胴に食い込んだ。
    「グオオオオ……ッ!?」
    「……ふううううっ……!」
     動かなくなったアルの体に、マリアはなおも槍を押し込んで行く。棒立ちになった姿勢のまま、ずるずるとアルは後ろに下がり、崖の方へと圧されて行く。
    「キ……キサマ……ッ……ヤメロ……!」
    「うるさい! うるさい、うるさいッ! うるさあああああーいッ!」
     その間、マリアの勢いは一瞬も衰えることなく――やがてアルの体は、槍ごと崖下へと落ちて行った。
    「……っは、あ」
     落ちて行くと同時に、マリアはひざを着く。どうにか立ち直ったハンは彼女の元に駆け寄り、手を差し伸べた。
    「大丈夫か、マリア? ケガは?」
    「あたしは……だいじょーぶです。ちょっと……や、大分しんどいですけども」
    「そ、そうか」
     どうにか立ち上がったマリアに、ハンは肩を貸してやる。
    「あたしより、……尉官は、大丈夫なんですか? のど、絞められてましたけど」
    「一瞬だったからな。何とか無事だ。声も普通に出てるし」
    「ロウさんは?」
    「え? えーと……」
     ハンはマリアを抱えたまま、くる、と崖に背を向けた。
    「おい、ロウ。あんた、大丈夫なのか?」
    「いちち……結構ヤバいわ。腕折られちまった」
     ロウの言う通り、彼の右腕からは血が滴り、骨も見えている。
    「エリザさん、治せますか?」
     尋ねたハンに、エリザが肩をすくめて返す。
    「ちゃんと固定やら何やらせんとアカンわ。このまんま治療術かけたら、骨飛び出たまんまになってまうで」
    「うひぇ……」
    「とりあえずロウくん連れて、誰か戻らな……」
     言いかけたエリザが、顔をこわばらせる。
    「後ろ!」
    「え?」
     言われて、ハンは後ろを振り返った。

    「ガ……グギ……ギギギ……」
     崖下に落ちたはずのアルが、そこに立っていた。
    「な……ん……だって?」
     理解が追い付かず、ハンはマリアを抱えたまま、身動きできなくなる。
    「尉官!」
     マリアは即応し、ハンから離れて戦闘態勢を取ったものの、その手に武器は無い。素手のマリアに、アルががくん、がくんと体を震わせながら、にじり寄って来た。
    「シ……ヌ……ガ……ヨイ」
     アルが手を振り上げた、その瞬間――。
    「『ジャガーノート』!」
     一行のはるか後方から一人、ハンとマリアの前に飛び出して来た。その姿を目にし、ハンは声を上げる。
    「ビート!? 何故ここにいる!?」
     ビートは答えず、代わりに魔杖を振り上げる。瞬間、ばぢっと気味の悪い音が弾け、アルの全身が発光した。
    「ウグ……グ……グオ、……オオオオオッ!?」
     わずかに張り付いていたフードの残骸は一瞬で蒸発し、甲冑で覆われた全身が燃え始める。
    「コレハ、……ボゴッ!?」
     何かをしゃべりかけたアルの口から、青紫の炎が噴き上がる。
    「燃えろーッ!」
     叫んだビートの魔杖も燃え始めていたが、それでもビートは魔杖を放さず、魔術を使い続ける。やがてアルの甲冑がボロボロと剥がれ落ち、体勢を大きく崩したアルは、ふたたび崖下へと落ちて行った。
    「ウオオ……オオ……オオオオ……」
     ハンとマリアは、慌てて崖下を確認する。と同時に爆風が上がってくるのを確認し、二人とものけぞった。
    「おわあっ!」「ひゃあっ!」
     積もった雪をはるか上空まで巻き上げるほどの爆発にあおられ、二人は揃って仰向けに転がる。
    「……し、……死んだか?」
    「あれで生きてたら、……もーどーしようも無いです」
     起き上がり、もう一度崖下を確認して、巨大な穴がぽっかりと空いているのを目にしたところで、ハンもマリアも、ようやく安堵のため息を漏らした。
    「……どーなることかと思いましたよ、本当」
    「ああ、まったくだ。……っと」
     ハンは振り返り、黒焦げになった魔杖を掲げたままのビートをにらみつけた。
    琥珀暁・終局伝 5
    »»  2020.08.14.
    神様たちの話、第335話。
    すべてはもう、遅すぎて。

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    6.
    「ビート、何故お前がここにいる? 拘束していたはずだ」
    「あ、ソレな」
     ビートに代わり、エリザが答える。
    「アタシが出してあげてん。ついでに大技もいっこ教えたった」
    「何故です? 彼は……」
    「ウソツキやからか? ほんなら聞くけど、ビートくんがどんなウソ付いたって?」
    「側近を倒したと……」
     言いかけて、ハンはエリザの思惑を悟る。
    「……実際に倒せば嘘じゃない、と?」
    「せやろ?」
    「時系列の問題でしょう。あの時点では倒していません。であれば嘘じゃないですか」
    「実際あん時も倒したんやろ。で、蘇った。ほんでまた倒してみせた。ほんならウソに当たる要素なんか何も無いやん。そう言うコトやんか」
    「どう言うことですか。そもそも蘇るなんてこと、あるわけが……」
    「実際あの通りやん。倒したけど、あのまま放っとけば蘇るんやろ、28日経ったら。でも皇帝さん倒せば蘇らへん。ソレが現状で得とる情報のすべてや。何やったらこのまま28日、皇帝さん放っとくか? 実証でけるかも分からんで」
    「そんな無茶な理屈が通りますか! ……しかし、まあ、実際として」
     ハンは苦々しい思いを抑え込みつつ、ビートに目を向けた。
    「彼の行動によって、我々が窮地を逃れたことは事実です。その事実は評定に加味すべきでしょうね。脱走したことも考慮することになりますが」
    「でも『戦果』に比べたら微々たるもんやろ? 大目に見たりいや」
    「……はあ」
     ハンはため息をつき、マリアに命じた。
    「ロウが負傷したままだ。どうやらビートも火傷してるらしいし、お前は二人を連れて下山してくれ」
    「了解です。尉官は?」
    「28日放っておくなんてことは当然、できるわけが無い。いや、1日たりとも放置できない。このままエリザさんと、皇帝を捜索する」
    「分かりました。お気を付けて」
     三人が下山していくのを確認したところで、ハンはエリザに向き直った。
    「軍規違反、これが最後にしてもらえると本当に助かるんですがね」
    「律儀に守るよりええ結果になるんやったら、守る意味あらへんやんか。臨機応変っちゅうヤツや」
    「またそう言う屁理屈を……。もういいです」
    「さよか」
     それ以上ハンも、エリザの方からも口を開くことなく、二人はふたたび山道を登り始めた。

     山を降りながら、マリアはビートに質問する。
    「で、あんた今までどこにいたの?」
    「皆さんの後ろにいました」
    「コソコソ付いて来てたってわけ? よっぽど戦果上げたかったんだね。命令違反までして」
    「汚名を晴らす一番の手段ですから」
    「あっそ。セコいヤツだよね、本当」
     お互い目を合わせようとせず、会話は周囲の気温に負けないくらいに冷え切っている。いたたまれなくなったらしく、ロウが口を挟んで来た。
    「ちょっと、お二人さんよ。前みたいにさ、仲良くできねーのかよ」
    「できるわけないでしょ? こいつがウソ付いたせいで、皇帝逃したんだから」
    「そのウソだってよ、結局あん時倒したってはずの側近が生き返っちまったからウソになったって話で、そのまま生き返んなかったら何にも問題無かったんだろ? 普通、生き返るなんてコトあるワケねえんだから。だのに、そんな思いも寄らないって話が起こったからって誰かを槍玉に挙げて吊し上げなんて、ひでえ話じゃねえかよ」
    「あんたもそんなこと、本当にあるなんて思うの? 蘇るなんて、マジだと思ってんの? いくらエリザさんの話だからって、何でもかんでも信じるの、あんた?」
     とげとげしく応じるマリアにたじろぎつつも、ロウはビートの肩を持つ。
    「いやさ、そりゃま確かによ、俺だって丸っきり信じてるとは言えんが、でも実際の話、絶対死んだ、間違い無いってのが実は生きてたってことはあるワケだし、誤報告になったってのは、結果として仕方ねえだろって思うぜ、俺はよ。皇帝にしてもよ、もうじき捕まるか死ぬかするんだから、んな目くじら立てなくたっていいだろって話だよ」
    「……そりゃ理屈じゃそうかも知んないけどさ」
     マリアは顔を背けたままのビートをにらみつけ、こうなじった。
    「でもあたしが許せないのは、こいつが自分の失敗認めないで、こんなとこまでノコノコやって来て、セコい点数稼ぎなんかしてまで、その失敗ごまかそうとしたってことなのよ。自分のやったこと、ちゃんと反省してないってことじゃん!?」
    「それは違います!」
     ようやくマリアに顔を向け、ビートは弁解する。
    「僕は、みなさんにかけた迷惑を少しでも雪(そそ)ぎたくて……! 確かに僕は、つまらない欲から不義を働きました。それについては心の底から反省しています。それだけはどうか、信じて下さい」
    「どうだか。口じゃどうとでも言えるでしょ?」
    「ですから、こうして僕は、行動で示して……」
    「自分の誠実さを行動で証明したいんだったら、尉官の決定通りにじっとしてるべきじゃないの? それをさも『助けに来たぞ』って言いたげに、得意げにしゃしゃり出て来ちゃってさ。そんなのあたしには、いいかっこしようとして狡(こす)い真似してるようにしか見えない。
     ま、あんたが今更何をやったところであたしもう、あんたのことは絶対信用しないって決めてるし。あたしの中ではあんたはもう、クズ野郎としか思ってないよ」
     だが、マリアは冷たくあしらうばかりで、ビートの言葉を一切受け付けようとしない。
    「……そうですか……」
     ビートも弁明をあきらめたらしく、それ以上はもう、一言も口を開かなかった。



     そして治療を受けた直後、ビートはキャンプから行方をくらまし――二度とマリアの前に現れることは無かった。
    琥珀暁・終局伝 6
    »»  2020.08.15.
    神様たちの話、第336話。
    皇帝の最期。

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    7.
     マリアたちと別れて20分ほど後、ハンとエリザは皇帝の痕跡を発見していた。
    「雪を掘って、簡易的な休憩場所を設けたようですね」
    「せやな。あと、焚き火したらしい跡も残っとる。ココで暖を取ったらしいな」
    「あと、どうやら多少の食糧は得られたようですね」
     焚き火の周りには小動物らしい毛が散らばっており、骨も転がっている。
    「しかし……、この骨の量と大きさからして、成人男性が満足できる量では無さそうですね。それに焼いたとは言え、野山の動物をろくな処理もせず食べたとなると……」
    「体調崩しててもおかしないな。……っちゅうか、ホレ」
     エリザが魔杖で指し示した箇所に、茶色い黒ずみが点々と続いている。
    「吐くか下すかしたっぽいな」
    「間違い無く、極限状態に置かれていると考えていいでしょう」
    「多分やけど、朝くらいに皇帝さん、えらい体調悪くなったんやろな。で、側近さんが万が一でもキャンプがどっか行ってへんやろかと見下ろして、ソレがアタシらの見た単眼鏡の反射やったんやろ。せやけどソレは逆効果――どっか行くどころか、アタシらの注意を引いてしもた。皇帝さんは寝込んどるまま。となれば側近さんは打って出るしか無かった。……っちゅうところやないか?」
    「しかし側近がいつまでも戻って来ない、……いや、先程の爆発音を聞き、側近が仕留められたものと判断したんでしょう。慌てて起き上がり、辛うじて退避した。……となれば」
    「近いで、多分」
     二人は焚き火から離れ、それぞれ武器を取り出して、周囲の様子を探った。と――。
    「エリザさん」
    「おったか?」
    「ええ。右です」
     ハンが剣で指し示した先、20メートルほど先に、土気色のげっそりとした顔があった。

     ジーンを見付け、ハンは声をかける。
    「皇帝レン・ジーン! もうこれ以上逃げることは不可能だ。お前にも分かっているはずだ。大人しく投降しろ」
    「……」
     だが、ジーンは応じない。と言うよりも、ハンの言うことが理解できていないような、うつろな顔をしている。
    「レン・ジーン! こっちに来い! 今更逃げても……」「あははははははは」
     と、ジーンは突然、けたたましく笑い出した。
    「貴様、この天の星たる余に向かって命令するのか! あはあははは、無礼な奴め! 処刑だ! 処す! 処罰である! 余が直々に、成敗してやろうではないか、あは、あははははは」
    「どう見ます? 演技にしては気味が悪すぎますが」
     小声で尋ねたハンに、エリザは無言で、頭の横で指をくるくると回し、掌を開いて見せた。
    「……でしょうね。極限まで追い詰められたせいか、それとも何かの中毒症状で錯乱しているか」
    「どっちもちゃう? ……来よるで」
     ジーンはその辺りで拾ったらしい木の棒を振り上げ、ハンに襲い掛かって来た。
    「っと」
     が、あまりにも直線的で、しかも何度と無く足をふらつかせながらの詰めであったため、ハンは難無く剣で受け止め、がら空きになった胴を蹴飛ばす。
    「げぼぉ!?」
     ジーンは簡単に吹っ飛ばされ、胃の中にあったものをぶち撒ける。
    「はっ……はひ……はは……あはははは……」
     ふらふらと立ち上がり、また木の棒をつかんで、先程と全く同じように襲い掛かって来るが、これもハンは軽く止め、もう一度蹴り倒す。
    「はー……あはっ……はー……はー……」
     二度、三度と繰り返して、ようやくジーンは仰向けに倒れたまま、動かなくなった。
    「これではもう、何を聞いても無駄でしょうね」
    「何や、まだ尋問しようと思てたんか?」
    「いや、流石に無いですが、それでも何かしら……」
     と、もう一度ジーンが起き上がり、ぶつぶつと何かを唱え出す。
    「アホやな」
     それを眺めていたエリザが、哀れみと侮蔑の入り混じった声を漏らした。
    「魔術使う気ぃか? 使てみたらええやんか」
    「あは、はは、あはっ……」
     掲げた木の棒がばん、と爆ぜ、ジーンの右腕が血で染まる。
    「はあ、……あああ、……あはあー」
    「そんな棒っ切れで撃てる思たんか。しょうもな」
    「これ以上の応対は無意味でしょうね」
    「せやな」
     今度はエリザが呪文を唱え、魔杖をジーンに向ける。
    「ほな、コレで仕舞いや。往生せえよ、『ファイアランス』」
     ずばっ、と空気を裂く音を響かせ、炎の槍がジーンの胸を貫く。
    「あは……っ」
     ジーンはぶすぶすと胸から煙を噴きながら、後ろ向きによろめき――そのまま背中から、崖下へと落ちて行った。
    「あは……ははは……はは……は……」
     崖下からは乾き切った笑い声がわずかに聞こえてきたが、1分ほどで、声はやんだ。それでもまだ、ほんのわずかに人影が見えてはいたが、それももう1分ほど経つ頃には、吹雪ですっかり覆われた。



     こうして双月暦25年8月末、北方の皇帝レン・ジーンは討伐された。

    琥珀暁・終局伝 終
    琥珀暁・終局伝 7
    »»  2020.08.16.
    神様たちの話、第337話。
    帝国の後始末。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     皇帝の死亡がハンとエリザによって確認されたことにより、名実ともに帝国は崩壊した。
    「皇帝には血縁者もおらず、妃も子供もいない。確かだな?」
    「我々の知る限りでは、ですが。ただ、己の欲求に正直な皇帝のことですから、どこかで囲っていたとしても不思議ではないとは思いますが、我々は全く存じません」
     残っていた大臣や将軍らから皇帝の権威・権力を継ぐ存在がいないことを確認したところで、ハンは彼らに問うた。
    「あなた方の中で、帝位を継ぎたいと希望する者は?」
    「め、滅相もございません!」
    「とんでもない!」
    「大した遺産も無いと言うのに、奴の責だけを問われるなど……」
    「……分かった。では帝国および皇帝が所有している領土と兵員、金品、その他あらゆる資産、所有物に関しては、すべて我々が管理すると言うことで異論は無いな?」
    「どうぞどうぞ!」
    「ご自由に!」
    「ですから、その、……我々に罪を追及することだけはどうか、ご勘弁のほどを」
    「あなた方の希望に最大限沿えるよう、前向きに検討する姿勢が当方にあることは言及しておく。ともかく本日以降、詳しいことが決定するまでの間、あなた方には各自、自宅で待機するよう要請する。万が一無許可での外出を行うか、あるいは逃亡を図った場合には相応の対処を講じることを、予め伝えておく。話は以上だ」
     30分もしない内に和平交渉は終了し、帝国は当面の間遠征隊、ひいてはゼロが所有・統治することで、話がまとまった。

    「どいつもこいつも……!」
     ようやく食糧が行き渡るようになった街の酒場で、ハンは一人少なくなった班員たちを前に、愚痴を吐いていた。
    「やれ皇帝の遺産なんか欲しくない、やれ皇帝の遺した責任は追いたくないと! これまで少なからずそのおこぼれをもらっていたはずだろうに、なんと言う卑怯者だ!」
    「まーまー。仕方無いですって。尉官だって他の人間ならまだしも、皇帝の尻拭いなんてしたくないでしょ?」
    「まあ、……それはそうだ。その点については、同情の余地はある。気の毒と思う面も、無くはないからな」
     ハンは鶏もも肉にかぶりつき、その肉と共に溜飲を下げた。
    「陛下のことだし、納得行くような裁定をされるはずだ。むしろそれが無ければ、皇帝も陛下も変わらんと言う話になってしまう。清廉潔白を良しとする陛下が、道理を曲げた判断をすることはまず無いだろうな」
    「わたしもそう思います」
     そう返したメリーに、マリアも続く。
    「きちんとした評価はしてほしいですよね。何だかんだ、納得行かないことばっかり続きましたもん」
    「……そうだな。俺も、そう思う」
     ハンがふーっとため息を付いたきり、場には気まずい沈黙が流れた。

     と――。
    「ハンくーん」
     エリザがニコニコしながら、酒場に入って来た。
    「どうしました? 随分機嫌がいいみたいですが」
     重苦しい空気を振り払うように、ハンが立ち上がり、明るい声を出して応じる。
    「アンタも機嫌良おなる話や」
    「と言うと?」
    「見付かったで、クーちゃん」
    「……!」
     がた、がたんと椅子を2、3脚蹴倒し、ハンはエリザに詰め寄る。
    「本当ですか!?」
    「ウソ言うてどないすんねんや」
    「一体、今までどこに?」
    「分からん。お城の広場で倒れてるんが見付かったんや。まだ目ぇ覚ましてへんから、起きてから聞きよし」
    「今はどこに?」
    「お城の客室や。ま、客室言うたかて、自己中皇帝の建てたお城やからな。こぢんまりしたもんやけども」
    「すぐ行きます!」
     大慌てで酒場を飛び出したハンを見て、店主が声を上げる。
    「お客さん、お勘定……!?」
    「あー、アタシが払たる払たる。心配せんでええよ」
    「あ、ど、ども、女将さん」
     店主がぺこりと頭を下げるのを横目に見つつ、エリザはハンが座っていた席に着いた。
    「まだご飯食べてへんし、アタシもご相伴にあずかろかな。マリアちゃん、何が美味しかった?」
    「え? 尉官とご一緒しないんですか?」
     目を丸くしたマリアに、エリザはパチ、とウインクする。
    「二人きりにさせたり。ハンくんかて、今更強情張るようなアホせんやろ」
    「あっ、……そーですね。えっと、美味しいヤツですよね? お芋と鶏肉のスープなんかどうでしょ?」
    「ほな、ソレで。よろしゅー」
    琥珀暁・平東伝 1
    »»  2020.08.19.
    神様たちの話、第338話。
    ことばを重ねるよりも。

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    2.
     客室に飛び込んだところで、ハンは「おっと」と漏らした。
    (まだ寝てる……みたいだな)
     ベッドの上に横たわったままのクーを見て、ハンはきょろ、と辺りを見回した。
    (護衛はいないのか? エリザさんにしては無配慮と言うか、不用心と言うか)
     ともかく戸をしっかり閉め、鍵をかけて、ハンはクーの顔を確認する。
    (ただ寝てるだけ、……だな。ケガをしてる様子も無いし、他に、……何かされた感じでも無さそうだ。と言うか、……変だな?)
     クーの衣服に汚れやほつれなどは見当たらず、3ヶ月前、グリーンプールから姿を消した日からそのまま、ここに移されたかのようだった。
    (いや、比喩じゃなく本当に、あの日のままだ。まるであれから1日も、時が経っていないかのような……?)
     と――クーが「ううん……」とうめき、うっすら目を開けた。
    「むにゃ……え……っと……ハン?」
    「クー!」
     ハンはクーの手を取り、側に顔を寄せる。途端にクーは顔を真っ赤にし、ぷい、と背を向けてしまう。
    「あ、あなた、人が就寝しているところに……」
    「無事か? 何もされてないか?」
    「……え?」
     もう一度顔を向け、クーはいぶかしげに尋ねてくる。
    「無事、とは? ご覧の通り、わたくしは眠っていただけですけれど」
    「何も覚えてないのか?」
    「覚えて……?」
     むく、と上半身を起こし、クーは辺りを見回す。
    「ここは……? わたくし、自室で泣い、……ではなく、その、眠っていたはずですけれど」
    「君は誘拐されていたんだ」
     ハンの言葉に、クーはぎょっとした目を向ける。
    「誘拐? わたくしが? 一体、誰に?」
    「皇帝だ」
     ハンはこの3ヶ月間で起こっていた一連の事件を、クーに説明した。
    「……で、今日になって突然、君が城の中に現れたと、エリザさんから」
    「左様でしたか。けれどハン、繰り返しますがわたくし、そのような記憶は全くございませんわ。本当に、さっきまで眠っていたとしか認識しておりませんの」
    「そうなのか……。じゃあ、……何がどうなっているんだろう?」
    「見当が付きませんわね。……あの、それよりハン」
     クーは間近に座っていたハンから、距離を取ろうとする。
    「あなたにしては、はしたない振る舞いだと存じませんこと?」
    「何がだ?」
    「ですから、その、……近すぎると申しているのです!」
    「近い? ……あ、と、そうだな。悪い」
     ハンはベッドから離れ、近くにあった椅子に腰掛ける。
    「ともかくこの3ヶ月間、君はどこにもいなかったんだ。だがこうして皇帝が討たれた直後に現れたと言うことは、やはり皇帝が君をさらっていたのだろう」
    「いささか論理的とは申せませんが、恐らくはそうなのでしょう。……随分、わたくしのことを心配なさったご様子ですわね」
     クーに問われ、ハンは「いや」と否定しかけたが、途中でその言葉を飲み込んだ。
    「……素直に言う。君の言う通りだ。俺は君を心配していた。この3ヶ月間ずっと、気が気じゃなかったよ」
    「まあ」
     クーは目を丸くし、奇異な物を見るかのような顔をハンに向ける。
    「昨日までのあなたからは――いえ、あなたからすれば3ヶ月前でしたわね――想像もできないようなお言葉ですわね。もっと憎まれ口を叩かれるものと存じておりましたけれど」
    「その件も含めて、謝らせてほしい」
     ハンは椅子を下り、その場にうずくまって頭を床にこすりつけた。
    「本当に俺が悪かった。君の友情と誠実を疑い、ありもしない腹積もりまで邪推して、あんなくだらない騒ぎを引き起こしてしまった。すべては俺の責任だ」
    「あ、……あの、ハン」
     クーはベッドから離れ、土下座するハンの肩に手を置く。
    「そこまでなさらないで下さい。わたくしにも非がございます。わたくしもあなたとの話し合いを厭い、強情な手段に出てしまったのですから。わたくしがあんなはしたないことをいたさなければ、こうして皇帝にかどわかされるような事態には、決して至らなかったはずですもの」
    「それについても、謝りたいことがある」
     ハンは顔を挙げ、クーの手を取った。
    「君の言う通りだ。君と仲違いしなければ、俺はきっと、君を守るべく努めていたはずなんだ。それもこれもみんな、俺が変な見栄とプライドで自分の本意を粉飾して、まっすぐ進むべき道をうろうろと、回り込んでばっかりで、その、……ああ、まただ」
     ハンはもう一方の手もクーに当て、意を決して告げた。
    「素直に言う。俺は君のことが好きだ。たったその一つを、その大事な一点をずっとごまかしてきたせいで、君にも、周りの人にも迷惑をかけ続けた。だからもう、君に関することは何一つ、ごまかさない。
     クー、君が好きだ。俺と結婚してくれるか?」
    「あ、あにょ、っ、あのでしゅね、ひゃ、は、ハン」
     この10秒足らずの、ハンからの素直な告白で、クーは耳の先まで真っ赤に染まっていた。
    「い、いきなひ、……いきなり、そんにゃ、そん、そんなこと、おっしゃられても、わ、わたくし、そ、そう簡単に、お、お、お答え、いたせましぇん」
    「……そ、そうだよな」
     ハンはしゅんとなり、クーから手を放す。と、クーは空いた手ともう一方の手を使って、ハンの頭をぎゅっと抱きかかえた。
    「えっ……」
    「にゃぜにゃ、……何故なりゃ、わたくし、その、昂(たか)ぶりゅと、こ、言葉が、出にゃくて、……で、です、かりゃ、しょ、しょの、……こ、行動、で、示させて、下さひ」
    「……あ、ああ」
     ハンもクーの胴を抱き返し、二人はそのまま抱き合っていた。
    琥珀暁・平東伝 2
    »»  2020.08.20.
    神様たちの話、第339話。
    解体と再構築。

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    3.
     ハンとクーもよりを戻し、改めて彼女の無事が、彼女自身の口からゼロに伝えられた。
    「……ですので、わたくしは無事です。ご心配をおかけいたしました」
    《そうか……。無事で何よりだよ。本当に、この3ヶ月のことは何も覚えてないみたいだね。あと、……こんなことを何度も確認して、本当に済まないと思ってはいるけれど、……何もされていないんだね?》
    「ええ。皇帝には、何も」
     この言葉に、ハンが咳き込む。
    《どうしたの、ハン?》
    「い、いえ、何も。空気が乾いているせいでしょう。……ともかくこうして殿下が戻り、帝国の諸権利が陛下に譲渡されたことで、帝国に対する懸念は何も無くなったと考えてよろしいでしょう。そして帝国以外の北方諸国に対しては、そのすべてにおいて友好条約を締結し、平和的関係を築けたと考えてよろしいのではないかと」
    《うん、そうだね。概ね、所期の目的通りと言っていいだろう。ご苦労だったね、ハン。現時点を以て、君の遠征隊隊長としての任を解くと共に、遠征隊の解散を決定する。併せて同日付で、君には北方諸国との友好関係を維持すべく、大使の任を命ずる。……とは言えまた色々、細かい話をしないといけないから、一旦帰還するように》
    「了解いたしました」
    《……結婚式もしないといけないしね。準備しておくから、早急に帰って来るように》
     ゼロの言葉に、ハンはもう一度咳き込んだ。
    「お父様、お気付きでしたのね」
    《君は母さん似だよ、本当に》

     帰国が命じられ、ハンたちはすぐにグリーンプールへの帰途に着いた。
    「これから大忙しだな。俺が大使か……」
     峠道を下る馬車の中で、ハンが期待と不安の入り混じったため息を漏らす。そんな彼に、マリアが声をかける。
    「当然と言えば当然ですよね。一番の功労者で、軍の中で一番こっちの事情に詳しい人ですもん」
    「まあ、そうだな。……だがなー」
     ハンは肩を抱いていたクーに目をやり、いたずらっぽくつぶやく。
    「新婚生活がどうなるか。今一番の不安はそれだな」
    「……いきなり態度変えすぎじゃないですか、尉官ってば。や、もう尉官じゃないか」
    「ん、ああ……」
     大使任命に合わせる形で、ハンはこの日から昇格し、佐官に任ぜられた。
    「ってか、そーなってくるともう、シモン班も解散ってことになりますよね」
    「……そうなるな。班編成は基本的に、曹官か尉官がリーダーだからな。
     それにこう何度も班員が問題を起こして離隊したとなると、評判にキズが付いてるだろう。これ以上シモン班を継続させていては、お前たちの経歴にもキズが付くだろうからな。これまでの成績を考えれば、もっと良い待遇を与えられてしかるべきだ」
    「まー、……そーですね。ねー、メリー」
     マリアはメリーの手を取り、にこっと笑いかけた。
    「次の班でも一緒になれるといいね」
    「ええ、そうですね。わたしも希望します」
     メリーが微笑み返したところで、クーが口を開く。
    「マリア。あなたの功績を鑑みれば、今度はあなたが班長になるのではないかしら?」
    「え? あたしが? ……えー」
     一転、マリアは面倒臭そうな表情を浮かべる。
    「ガラじゃないなー」
    「わたしは大丈夫だと思いますよ、マリアさんなら」
    「えー、そっかなー、うーん」
     そんな、じゃれ合うような会話を続ける一同と距離を置く形で――エリザは黙々と、煙管をふかしていた。
    「……あれ? どうしたんですか、エリザさん? 気分悪いんですか?」
     マリアに声をかけられ、エリザはわずかに顔を上げ、「ん……」と返す。
    「何でもあらへんよ。ちょと考え事しとっただけや。気にせんで」
    「あ、はーい。……んでさ、メリー……」
     結局、峠道を下り終えるまで、ずっとエリザは黙り込んでいた。
    琥珀暁・平東伝 3
    »»  2020.08.21.
    神様たちの話、第340話。
    「狼」の嗅覚。

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    4.
     帰国の日が近付き、エリザは一際忙しそうに動き回っていた。
    「ほんでな、イワンくんにはノルド王国の方、任したしな。何かあったらまずイワンくんに連絡入れや。……で、オルトラ王国の方にな、ユーリくんを居とくコトにさしたから。あの辺の流通で何やあったら、ユーリくんにまず話通すんやで。ほんでからな……」
     今まで付き従っていた丁稚たちを各拠点のリーダーに据え、連絡網を固めているエリザの様子を眺め、ロウがつぶやく。
    「マジ大変そうっスね……。俺、ボーッとしてていいのかな」
    「ええねん、アンタはソレで」
     指示の合間に、エリザはロウにも声を掛ける。
    「アンタに商売、分からんやろ」
    「そりゃまあ」
    「アンタはアタシの用心棒や。そのお仕事してくれるだけで、アタシには十分ありがたいねん」
    「どもっス」
    「……あー、と、でもな、今、お茶淹れてくれたりなんかしたら、アタシはもっと嬉しいなーって」
    「あ、了解っス! すぐ持って来ます」
    「2人分な。アタシとアンタ」
    「うっス!」
     ロウはいそいそと、エリザの仕事部屋を後にした。

     ちなみに――この世界において一般的には、五感がおしなべて優れているのは猫獣人であるとされているが、他の種族と比較した場合、より優れている感覚を持つ者もいる。例えば味覚に関しては、虎獣人は猫獣人以上であると言われており、また――この時代ではまだ接触を果たしていないが――兎獣人は、聴覚では他の種族を凌駕している者も多い。
     そして狼獣人の中には、猫獣人以上の嗅覚を持つ者も少なからずいるのだ。

     かいがいしく茶を淹れ、仕事部屋に運んでいたところで、狼獣人のロウはその「匂い」に気付いた。
    (あれ? なーんか……、嗅いだ覚えあんな、コレ?)
     廊下に漂う木材と塗料、そして漆喰の臭いに加えて、今ロウの手元からは茶の香りが漂っている。それとは別に、何かの匂いがロウの記憶を刺激している。
    (最近……だよな、コレ嗅いだの。そう、えーと、アレだよアレ、……あー、のどまで出かかってんだけどなー、うーん)
     エリザに茶を差し入れることも忘れ、ロウは記憶の糸を懸命に手繰り寄せる。
    (そんなに昔じゃ無いんだよ。ついこないだなんだ。……ってなると、毎日顔合わせてるあの『猫』や短耳のねーちゃんじゃないよな。お姫様のでもないし。ってかコレ絶対、オトコの臭いだ。女の子がこんな汗臭くって油臭いって、そうそうねえし。ま、『猫』のねーちゃんはしょっちゅうだけども、……じゃなくって。
     オトコだよな、オトコって言ったら隊長さんか? いや、もっと若い感じだ。ソレに汗臭いつったって、隊長さんほどじゃねえ。コレはもっと運動してない系のアレだ。……んー? あ、何か思い出しそうだ。そう、ちょっと前まで付き合いあって、でも最近めっきりってなった、運動不足のオトコ、……ってーと、アイツだよな。
     そーそーそー、アレだよ! アイツに間違い無い。……間違い無いとしたら、ちょっとまずいんじゃねえか? だってアイツ、お尋ね者だろ?)
     ロウは茶の載ったトレイを傍らの窓に置き、臭いの元を探る。
    (そりゃまー、すげえ可哀想だなーとは思うけどもよ、だからってこうやって姿見せずにコソコソっと忍び込んで来るなんて、そりゃ怪しいってもんだろ? もしかしたら見境無くなってて、エリザさんに乱暴しに来たのかも分からんし。
     となりゃ、俺が止めなきゃならんだろうが)
     臭いは廊下の上、天井裏へと続いている。ロウはひょいと柱を登り、天井の板をはがして頭を入れる。
    「あ」
     そしてすぐに、臭いの元――ハンの下から姿を消したはずのビートが毛布にくるまって座り込んでいるのを見付けた途端、ロウは跳躍した。
    「てめえッ! 何しようとしてやがる!?」
    「わ、ちょ、ちょっと、違うんです! 誤解です!」
    「誤解も六回もあるかってんだ!」
     ビートにつかみかかり、馬乗りになったところで、その真下から声が聞こえてきた。
    「アンタら、何しとん!? ほこり落ちて来とるやんか、もおっ!」
    「……アンタ『ら』?」
     ロウはビートから手を放し、下にいるエリザに声をかける。
    「えっと、……エリザさん? コイツがココにいるって、知ってたんスか?」
    「アタシがかくまっとるんや。ええから降りてき。掃除の手間まで増やしよって、ホンマに……」
    琥珀暁・平東伝 4
    »»  2020.08.22.
    神様たちの話、第341話。
    女狐エリザ。

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    5.
     ビートと連れ立ってエリザの部屋に降り、二人で掃除をしながら、ロウはエリザに状況を尋ねた。
    「あの、エリザさん。なんでコイツがココにいるんスか?」
    「言うたやん。ハンくんらからかくまってんねん」
    「あ、はい。ソレは聞いたんスけど、でも何で?」
    「約束やからな。あ、ちなみに店にも知っとる子は何人かいとるけど、あんまり言うたらアカンで」
    「うス。……で、その約束って何スか?」
     いくらはぐらかしても根掘り葉掘り尋ねられ、エリザは観念したらしい。
    「しゃあないな。絶対秘密やで。絶対の絶対に絶対やからな?」
    「うっス」



     時刻は3ヶ月前、ジーンがグリーンプールを単騎で襲い、それをエリザたちが撃退した、その直後に戻る。
     クーの自室に彼女の姿が無いことを確認し、遠征隊が大慌てで行方を追っている、その最中――エリザは随行してくれていたロウと丁稚たちに、こう告げた。
    「ほな、アタシもちょっと、思い当たるところ回ってみるから」
    「そんじゃ、俺も一緒に……」
     付いて行きかけたロウに、エリザは掌を見せて制止する。
    「女の子のヒミツ覗きたいんか、アンタ?」
    「へ? ……あ、あーあー、そーゆー感じのトコっスか、すんませんっス」
    「アンタは他の子と一緒に港の方当たっとって。おらへんかったらいっぺん、ココに戻って来てな」
    「了解っス」
     ロウと丁稚たちが消え、人払いが済んだところで、エリザはくるんと振り向いた。
    「コレでええやろ。ええ加減、姿見せえや」
    「……何だよ、気付いてたか」
     そこに現れたのは、突如失踪したはずのお騒がせ者、エメリア・ソーンだった。いや――。
    「中身にも気が付いとるで」
    「へぇ? 私が誰だって言うんだね、君は?」
    「あのなぁ」
     エリザはエマにカツカツと靴音を立てて近寄り、その額を指先で小突いた。
    「いって」
    「そーゆーしょうもない話のタメ方なんかいらんねん。アンタ、先生やろ」
    「……へへぇ?」
     エマの姿をしたその女は、にやあっと笑って見せた。
    「やっぱり気付いてたか。一体、ドコでさ?」
    「アンタが脱走した後、部屋確かめさしてもろたんや。なんぼなんでも、アレで先生本人やと分からへんワケ無いやろ? 箱のサイズ、アタシの『ロータステイル』とぴったしやし、落ちてた魔術書も先生の使てた古代文字がずらーっと並んどったし」
    「ま、そうまで判断材料が揃ってりゃ、そりゃ気付くってもんだね」
     エマの姿をした「先生」――モールは、額を押さえながらくっくっと笑っている。
    「ま、そんなら話が早い。だから私が取った行動だけを、手短に話してやるね」
    「何て?」
    「あのワガママお姫様、私がさらった」
    「……ふーん」
     それに対し憤慨も、罵倒もしないエリザに、モールはまたニヤリと笑みを向ける。
    「どうやらその意味が分かってるみたいだね」
    「さっき一瞬、『今このタイミングでこんなコトでけたらめっちゃ都合ええやろな』と思い付いとったコトやからな。流石にアタシにはやられへん話やから――やったら間違い無くハンくんに殺されるやろし――無しにしたけどもな」
    「さっすがぁ。ま、君ならそうしてやった方がいいだろうってね」
    「先生はホンマ、えぐい方向で頼りになるヤツやわ」
     ろくに言葉も交わさぬまま、師弟は互いの思惑を悟り合っていた。

     こうしてエリザは密かにモールと通じ、彼、いや、彼女にクーをさらわせ、クーがグリーンプールから行方をくらませたように見せかけたのである。そしてエリザは言葉巧みにハンを、そして遠征隊の皆を誘導し、クーの消失があたかも皇帝の仕業であるかのように見せかけたのだ。
     その狙いは言うまでも無く、遠征隊を皇帝討伐に向かわせるためだった。いつまでも弱腰で直接的な行動に出ず、エリザに言わせれば「相手をナメきった」対応を続けるゼロに業を煮やしていたエリザは、この狂言誘拐で彼を焚き付け、彼自ら出撃を命じざるを得ない状況を作り上げたのである。
     ただ、そこまで追い込まれてもなお、意を決しようとしなかったゼロには呆れるしかなかったが――エリザがゼロより信頼を置く人間、ゲート将軍に指揮権が移り、彼が出撃を許可したことによって、結果として目的は達成されたのである。
    琥珀暁・平東伝 5
    »»  2020.08.25.
    神様たちの話、第342話。
    千年級の会話;"LYCH"。

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    6.
     クーの消失が皇帝の仕業であると断定され、討伐が決定されたその夜、エリザはふたたびモールと、密かに接触していた。
    「ほんならクーちゃんは無事なんやな?」
    「ああ。実質眠ってるようなもんだしね。解除するまでそのまんまさ」
    「今はドコにおるん?」
    「ソコはもう、チョイチョイってなもんでね」
    「またチョイチョイか」
    「またチョイチョイだね」
     手の内を明かさない師匠の態度を受け、エリザはそれ以上の詰問をあきらめ、話題を変える。
    「ほんで先生、アンタなんでメリーちゃんたちをあんなイジメてたんよ?」
    「あ? いやほら、ちょっとイライラしちゃってさ。言われたコトしかこなさないわ、嫌だ嫌だって思ってるクセしてニコニコしてるわ、見当違いのコトをドヤ顔でわめき散らすわで、コイツらなんかほんのちょっと腹立つなーってね」
    「ちょっとは加減したりいや。アンタのせいで、みんな病院送りやで」
    「そりゃ悪かったね。……ま、私の話なんかよりさ」
    「いや、もうちょいさせてもらうで」
     エリザはモールに詰め寄り、その胸をむにゅ、とわしづかんだ。
    「アンタいつの間に女の子になってんねや。しかも若返っとるし。アタシとおった時、明らかにアタシより20歳は年上やったはずやんな? なんでアタシより若くなっとんの?」
    「お、嫉妬?」
    「アホか」
     エリザはぺっちん、とモールの胸を叩き、にらみつける。
    「せやけども、単純に若返ったにしては『猫』から長耳、男から女て、そんなトコまで変わっとるんはおかしいやん。まるで赤の他人の体を奪ったみたいやんか」
    「……鋭いね、やっぱり君は鋭い」
     モールは叩かれた胸をさすりながら、こう答えた。
    「そうさ、私は他人の体を奪って生きるヤドカリさね。前使ってた体がボロボロになっちゃったもんで、どっかにいいのいないかなーって思ってたら、うまいコト見付かったってワケさ。でも勘違いしないでほしいんだけどね、この体は死んでたからもらったんだ」
    「工事で事故った時か」
    「そ、そ。偶然、この体持ってた娘が頭から血流して倒れててさ、意識確かめたり脈計ったりしたけども、そん時ゃもう完璧、死にたてホヤホヤの状態だったんだよね。念押しするけど、事故も偶然だからね」
    「どっちでもええ。ほなアンタ、他人に乗り移れるっちゅうコトか」
    「乗り移るって言うか、んー、言ってみると『上書き』みたいなもんだね。元あった記憶域に、私の情報をインプットしてるって感じで」
    「よお分からんな。ホンマ変わってへんわ、説明ド下手なトコ」
    「うっせ」
     モールは若い娘の姿で笑いながら、エリザにパチ、とウインクして見せる。
    「ともかく今はコレが、私の姿ってワケさね」
    「はいはいはい、そらよろしいな。で、なんでこっち来たんよ? アタシの成長ぶりでも確かめに来たんか?」
    「んなめんどいコト、誰がするかってんだね。そうじゃなくてさ、ほら、あん時もう、君らこっちの邦に渡ってただろ? 私も行ってみたいなーって思っててさ。そしたら丁度第二隊を募集してるって話だったから、私が手ぇ挙げたのさ。と言って、真面目に仕事すんのもガラじゃないしね」
    「ほんでこっち来たところで、いちゃもん付けて逃げ出したっちゅうワケか。……アホかアホか思てたコトは今までちょこちょこあったけども、確信したわ。
     アンタはアホや。マジもんのアホや。純度100%の、アホの塊やわ」
    「人をアホアホ呼ぶんじゃないね、まったく。このバカ弟子、一体誰に似たんだか」
    「鏡見せたろか? 犯人映るで」
    「ところがどっこい、映るのは可愛い女の子でーす」
    「シバくで、しまいには」
     両者にらみ合ったところで――途端にふっと、互いに相好を崩した。
    「……ま、もうええわ。ともかくアンタ、しばらくこっちにおるっちゅうコトやな」
    「ああ。20年、30年くらいかけて一通り回ったら、また誰かの体もらって戻るつもりしてるけどね」
    「ほんなら、ちょっとくらい手ぇ貸しいや。アンタみたいに誰にも存在を知られてへん上に、えげつないほど頼りになるっちゅう人間は、おったらかなり便利やからな。ソレに皇帝さんがのさばっとる今の状況やと、アンタも動くに動けへんのやろ?」
    「なんだよ、自分の師匠を手駒扱いすんの?」
    「さしてもらうで。アンタかて、素寒貧なんは嫌やろ?」
     エリザはちゃら、と銀貨の詰まった袋を投げて寄越し、モールはニヤニヤ笑いながら受け取る。
    「この大魔法使いサマをカネで買おうっての?」
    「カネで買うんやない。コネで買うんや」
    「……まったく、君は本当に図太いヤツだねぇ」
     モールは胸のボタンを開け、胸元にその袋をしまい込んだ。
    琥珀暁・平東伝 6
    »»  2020.08.26.
    神様たちの話、第343話。
    エリザのパーフェクトゲーム構築法。

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    7.
     密かにエリザの後方支援に付いたモールは、彼女の期待以上のはたらきをしてくれた。東山間部における情報収集は言うに及ばず、皇帝の力の正体と、その力を与えた「鉄の悪魔」アルに関することまで、モールは事細かに教えてくれたのである。
    「ほんなら皇帝さんが使てる魔術は……」
    《ああ。言語がちょいと違うってだけで、原理は一緒さ。池の水をひしゃくですくうかバケツ使うかって程度さね》
    「アンタの例えは良お分からんわ。ほんなら、こっちの妨害術が通用するっちゅうコトで間違い無いねんな?」
    《そう言うコトだね。ただ、やっちゃうと私と君の通信もできなくなっちゃうけど……》
    「ソコはアレやん。時間決めてそん時だけで」
    《だね。ソレで行こう》
    「で、……さっきちょろっと言うてたアレはホンマなん?」
    《どれさ?》
    「側近さんが人間やないっちゅうんは……」
    《ああ。アイツは言うなれば、人形さ。だからアイツを倒しても、多分すぐ復活するね》
     これを聞いて、エリザは「マジか」とうめく。
    「まあ、お人形さんっちゅうんやったらなんぼでも造れるんやろな。その造ってる人間は誰かっちゅうのんは分かってるんか?」
    《さっぱりだね。名前も分かんなきゃ、ドコにいるかも全然さ。だからソイツをとっちめるってのは不可能だね》
    「となるとやっぱり、皇帝さんをどうにかせんとアカンっちゅうコトやな」
    《ま、そうなるね。アルの、って言うかアルを操ってるヤツの目的は、自分が制御可能な王様と国を、自分の手で作るコトにある。逆に言や、手間ヒマかけて折角作った王様が死んじまえば、ソイツの目論見は破綻するってコトさ》
    「しかし、なんでまたそんな回りくどいコトしとるんよ、ソイツ?」
    《ソレは私も同感だね。ゼロみたく、自分で乗り出しゃいいものを。ともかく肝心なのは皇帝さ。ソイツが今回の戦いの、全ての元凶と言ってもいい。きっちり仕留めなきゃ、何も終わりゃしないね》
    「せやな。ま、アタシに任しとき。アタシがキッチリ、とどめ刺したるからな」
    《頼んだよ》

     モールによる情報収集と工作のおかげで、エリザはあのゼルカノゼロ南岸戦を、ほとんど自分の思い通りに動かすことができた。地理的要素、食糧事情、兵力とその士気の程度に至るまで、いざ戦闘が起こった場合に相手がどう動くか、そしてどう動かせるかを寸分無く判断するに足る、あらゆる要素をモールから伝えられたエリザが、負ける可能性のあるような戦略を採ることは、まず有り得なかった。
     こうしてゼルカノゼロ南岸戦は遠征隊側の完全勝利で幕を閉じ、その後の皇帝の運命は遅かれ早かれ死から逃れられぬものと、決定付けられたのである。



    「……ほんでもちょっと困ったコトあってな。ハンくんがいらん情け利かして、皇帝さんを生かしてしもたからな」
    「その間に側近が復活し、……で、僕がとばっちりを受けたってことですか」
     拘留された宿の中で、エリザからこの遠大な計画のすべてを聞かされたビートは、殊更苦い顔をした。
    「アレさえ無かったら、アンタも今頃、マリアちゃんと付き合うたりでけたかもなんやけどなぁ。ついでに言うたら、クーちゃんもさっさと先生んトコから帰してやれるっちゅうのに。ホンマあの子、いらんコトしいやわ」
    「挽回して見せます。僕が倒せばいいんでしょう?」
    「でけるかなぁ。先生も言うてたけど、アイツ、ホンマに強いらしいし」
    「でもその先生、つまりモール氏は実際に、僕の目の前で倒して見せました。手段があれば可能ってことでしょう?」
    「そら、理屈はそうなるけども。……しゃーないなぁ。めっちゃめちゃ強力な術、いっこ教えたるわ。せやけど正直、気ぃ進まへんねんな」
    「何故です?」
     尋ねたビートに、エリザは肩をすくめて見せる。
    「不安定すぎんねん。よっぽどデカい装置でも組まんと最悪、自爆する危険もあるヤツやからな。先生かて1回、杖燃やしてしもとるしな」
    「禁断の秘術、ですか」
    「そんなカッコええもんでもないけどもな。……ほんでももし、そうまでやっても全部ワヤになってしもた場合は」
     エリザは両手を胸の前で合わせ、頭を下げた。
    「アンタの面倒は、アタシが十分に見たる。ソレは保証するわ」
    「ええ、そうなっちゃった時は、是非」
    琥珀暁・平東伝 7
    »»  2020.08.27.
    神様たちの話、第344話。
    そして帰郷へ……。

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    8.
    「だからコイツがココにいる、と」
     事情を聞き終えたロウは、気の毒そうにビートを一瞥した。
    「そりゃあつくづく災難だったな、お前さん」
    「とは言え、悪い気はしてません。マリアさんに嫌われたのは本当に残念ですが、正直に言えば、軍での生活に嫌気が差してきてたところですから。先生のところでお世話になると言うのであれば、不満は全くありません」
    「そらまあ、雨でも雪でも測量、測量やとなぁ」
    「それもありますが、軍では結局、上意が優先ですからね。やりたいことがやれない、と言うのはうっぷんが溜まりますし」
    「ソレ言うたら、アタシもやいやい言う方やで? ええのんか?」
     尋ねたエリザに、ビートは首を横に振って返す。
    「同じ『上』でも、就くならエリザ先生がいいです。気も合いますし」
    「ソレは俺も同感だ」
     ロウはがしっとビートの肩を抱き、ニヤッと笑いかけた。
    「そんじゃ俺とお前さんは同僚ってワケだ。コレからよろしくやろうぜ、相棒」
    「あはは……、ええ、よろしくお願いします」
    「2人やないで」
     と、エリザが口を挟む。
    「3人やな。や、今んトコ3.5人やろけど」
    「『.5』?」
    「ほら、リディアちゃんっていたやろ? シェロくんの奥さん」
    「ああ、はい。彼女も先生のところに?」
    「せや。あの娘も子供生まれたら、一緒にアタシんトコに来てもらう予定しとるんよ。身寄りも帰るトコも無いっちゅう話やし」
    「いつ頃生まれるんですか?」
    「10月言うてたわ。アタシらがもうじき本土に帰るし、リディアちゃん親子を連れて帰るんはその後の、来年くらいになるかな」
     それを聞いて、ビートが手を挙げる。
    「それなら僕が、リディアさんに付いていましょうか? このまま軍艦に乗って帰るわけにも行きませんし、そんな時期に知り合いがいないのも心細いでしょうし」
    「あ、ソレええな。や、アンタのコトどうやって帰そうか悩んでたけど、ソレなら都合付けられるわ。うん、ソレはええ。やるやん、ビートくん」
    「お褒めに預かり光栄です」
     ビートははにかみつつ、エリザにぺこっと頭を下げた。



     その後――まず、エリザについて。彼女はこの北方遠征において、莫大な販路と取引相手の開拓に成功し、更にその富と権勢を増した。そしてこの折、己の部下に引き入れたロウ、ビート、そしてリディアの3人は、彼女の下で小さからぬ成果を挙げ、彼女の興隆に貢献した。
     なお、ビートとリディアは、元よりシェロと言う共通点があったことと、そして出産に立ち会うなど、密接な付き合いが続いたことから、エリザの下に来てから3年後に再婚し、新たな家族にも恵まれた。
     ロウも当初、エリザが伴侶の世話をしようと考えていたのだが――少なくともエリザにとっては――驚くべきことに彼女の娘リンダが彼を見初め、半ば強引に結婚してしまった。ロウ自身も当初は困惑していたものの、初恋の女に瓜二つの、可憐な少女である。程無く落ち着き、平和な家庭を築いた。

     ハンは前述の通りクーと結婚し、夫婦揃って北方大使に任命された。そのためふたたび北方に渡り、クラム王国で長い年月を過ごした。
     マリアは大方の予想通り、シモン班の業務を継ぐ形で新たな班長となった。副官にはメリーが任命され、そこから6年、特に問題も無く業務を全うした。



     そしてゼロは――この北方遠征以降、高潔であったはずのその人格は次第に濁り、歪み始めた。
     かつてゼロは新世界に対する純粋な好奇心と、過酷な境遇に対する不屈の闘志で世を照らしていた。だが北方に関する一連の出来事と、そして何よりエリザとの確執によって、その爽やかな琥珀色であったはずの光明は曇り、下卑た赤錆色を呈するようになっていった。

     そして彼は、後の世において虚栄心と傲慢の象徴とも称される、天帝教最大の蛮行――世界平定の、その端緒を開くこととなる。

    琥珀暁・平東伝 終
    琥珀暁・平東伝 8
    »»  2020.08.28.
    神様たちの話、第345話。
    南のうわさ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     北方における遠征は、二人の「神」に多大な利益と影響を及ぼした。

     前述の通り、エリザは北方における巨大な販路と顧客を獲得し、その富と名声を大いに高めた。そしてそれこそが、北方遠征後にゼロ側で起こった潮流の原因ともなった。それは一言で言うなら、「エリザへの嫉妬」に他ならないものだった。
     繰り返すが――ゼロ主導で計画され、ゼロの配下1000名以上を投じて行われたはずのこの遠征は、便乗した形のエリザに多くの利益をもたらした。言い換えれば、ゼロの苦労の結果がほとんど丸ごと、エリザに持って行かれた形になるのである。無論、ゼロ側にも少なからず見返りはあったものの、エリザのそれと比べれば、微々たるものであった。

     そして双月暦31年、ゼロの下にある「うわさ」が飛び込んで来たことから、二人の確執は――いや、ゼロ一人の一方的な偏執は、より深いものとなっていったのである。



    「ゲート、君はエリザと親しかったね」
     突然呼び出されるなりゼロからそう切り出され、ゲートはうろたえた。
    「え!? あ、ああ、そうだな、それなりには」
     己の不貞が発覚したかと内心ヒヤヒヤしたが、続く言葉から、どうやらそうではないと分かった。
    「彼女が今、どんな事業計画を立てているかも、君の耳に入っているのかな」
    「へ? えー……と、……いや、悪いがそこまでは、あんまり。羽振りがいいって話くらいしか聞かない。後は……、孫ができたとか?」
    「そう」
     ぷい、とゲートから顔を背け、ゼロはうつむきがちに話を切り出した。
    「南へ進出しようと考えているらしい。彼女が本拠地にしている山の南地域から、さらに南方面へだ」
    「エリちゃんが?」
    「そうだ。そして南西にかなり広大な山脈地帯があることを発見した、とも」
    「あー、それは聞いたかも知れん。相当な難所で、登るのは無理なんじゃないかみたいなことを言ってたかも、知れ、……な、い」
     ゲートは途中で口をつぐむ。ゼロが恨みがましい目で、にらみつけてきていたからである。
    「やっぱり聞いてるんじゃないか!?」
    「何がだよ? んなもん、『事業計画』なんて御大層なもんでもないだろ。ただの世間話じゃねえか」
    「……まあ、君からしたらその程度にしか感じないのかもね」
     その言い方にカチンと来るものはあったが、ともかくゲートは話の続きを促した。
    「んで、何だよ? それが何か問題あるのか?」
    「あるだろう? 彼女は私から奪った利益で、その事業を進めているようなものだ。であれば、その事業は本来、私が行うべきものだったはずだ」
    「『はず』って、……お前、そりゃ変だろ」
     咎めたゲートに、ゼロはギロリと苛立たしげな目を向けてきた。
    「どこが変だ? 木を植えたのは私だ。その木から勝手に果実を取ったのは彼女だ。その果実から取った種を植え、そこから芽が出たら、その芽は誰のものだ?」
    「その例えも変っちゃ変だろ? その『木』ってそもそも、お前一人で植えたって話じゃないだろ? エリちゃんも手伝っただろうが。そのごほうびで一個くらい取ったって構やしないだろ」
    「だけど果実は根こそぎ持って行かれた。私の元には、何が残った? 娘夫婦が海を渡った。それだけだろう?」
    「それ以外にも色々あるだろ……。で、結局何が言いたいんだよ、お前は?」
     尋ねられ、ゼロは吠えるように答えた。
    「彼女にこれ以上奪われるのは我慢ならない! 彼女が南を目指していると言うなら、私たちが先んじてそこへ進むべきだ!」
    「おい、おい、落ち着けよ、ゼロ。そんな怒鳴ることないだろ?」
    「……ああ、熱くなりすぎたかも知れない。うるさいと感じたなら謝るよ」
     謝意をろくに見せないまま、ゼロはこう続けた。
    「その南西の山岳地帯の、さらに先への遠征隊を結成する。彼女が山を攻略するより先に我々がそこへ到達し、そこにおける利権を独占するんだ」
    琥珀暁・平南伝 1
    »»  2020.09.01.
    神様たちの話、第346話。
    荒唐無稽な勅令。

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    2.
     ゼロの言葉に、ゲートは首をかしげた。
    「なんだそれ? その言い方だとお前、山の先に何かあるって確信してるのか?」
    「あ……、いや、あるだろう、と」
    「無かったらどうすんだよ? 10年前みたいに千人規模でわーっと向かわせて、その結果海しか見付かりませんでしたじゃ、バカみたいじゃねえか。10年前のアレは向こうから人が来たからあるって分かってたことだが、今回は何にも手がかりが無いわけだし」
    「しかし彼女は山を越えようとしていると言うじゃないか。確実に何かあると考えているはずだ」
    「単純に山の向こうに興味があるってだけじゃないのか? 俺たちだって30年前、『壁の山』の向こうに何かあるんじゃないかってうわさしてたんだし、似たようなもんだろ」
    「それとこれとは、……いや、……そうだね、確証は無い。現時点での事実は、彼女が山を越えようと考えている、と言うことだけだ。しかし、……しかしだ、彼女がわざわざ無意味な行動を取るはずが無いのは、君も良く分かっていることじゃないか?」
     問われて、ゲートは「まあ……」と濁し気味に答える。
    「だろう? 彼女にしても、山の向こうに何かがある可能性は高いと考えているだろうと、私はにらんでいる。しかし彼女の報告を待っていては、完全に手遅れだろう。その報告を受けた時には既に、彼女が莫大な利益を独占した後だろうからね。
     となれば我々が先んじて向かい、彼女の出る幕を無くしてしまえばいいんだ」
    「それもどうかと思うぜ、俺は」
     ゼロの利己的な物言いに、ゲートは突っかかる。
    「エリちゃんの話を聞いて、お前は向かおうって決めたんだろ? じゃあエリちゃんにも多少、見返りがあって当然じゃないのか?」
    「いや」
     が、ゼロは突っぱねる。
    「仮に彼女の話を聞かなかったにせよ、いずれは進出していたはずだ。今回はたまたま、彼女がきっかけになったに過ぎない。であれば、彼女に配慮する理由は無い」
    「進出していた『はず』って何だよ?」
     ゲートも折れない。
    「一体何の必要があって進出することになるって言うんだ? 別に住む土地や畑が足りないわけじゃなし、鉱山だって港だって、あっちこっちに十分ある。だのになんで、エリちゃんのいるところからさらに南なんて、途方も無いくらい遠いところに人を送ろうとするんだ?
     どうしたんだよ、ゼロ? さっきから言ってることが無茶苦茶だぞ、お前? いつものお前ならもっと理屈立てて、ちゃんと納得行くような説明をするはずだろ」
    「それは……その……」
     口ごもるゼロに、ゲートが畳み掛ける。
    「俺は反対するぞ。現時点で遠征する必要性がこれっぽっちも感じられんからだ。
     それに北方ん時だって、何やかんやトラブル続きだったんだ。お前にこんなこと言ったら嫌な顔するだろうけどな、北方遠征はエリちゃんがいたから、結果として何とか無事に終わったようなもんなんだぜ? それをお前、エリちゃん抜きで話進めようとしたら、今度と言う今度はとんでもない大失敗をやらかしかねない。死人だって大勢出るだろう。人を動かす立場の人間が、その可能性を無視しようとするなよ。
     それともお前は、自分の個人的な欲求と感情のためなら何百人犠牲になったって構わないって言うのか?」
    「そ、そんなわけ無いだろう!?」
    「だよな? 冷静沈着で思慮深いお前なら、まさかそんな無茶苦茶言いやしないよな?」
    「そう……だね。ああ、そうとも」
    「じゃあ、話はここでおしまいだ。重ねて言うが、将軍として、お前の友人として、俺は南方遠征には断固反対するからな」
    「う……ぐ」
     ゲートの頑なな態度に、ゼロも苦い顔でうなるに留まり、その場はどうにか収まった。



     だが3週間後――ゼロはゲートに知られぬよう他の閣僚らを集めて説得し、電撃的かつ強行的に南方遠征を決定してしまった。
     このことを知ったゲートは激怒したが、大多数が賛成してしまった後である。この時点でどう反論しようとも覆すことは出来ず、ゲートは決定を黙認することしかできなかった。
    琥珀暁・平南伝 2
    »»  2020.09.02.
    神様たちの話、第347話。
    銀婚旅行のお誘い。

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    3.
     ゼロの暴挙に憤慨したゲートは、「頭巾」でエリザに経緯を伝えたが――。
    《あら、そうかー》
     彼女はあっけらかんとした様子で応じてきた。
    《アタシは別に構わへんで》
    「えっ!?」
     そんな答えが返って来ることを予想しておらず、ゲートは面食らった。
    「でもエリちゃん、君が先に……」
    《アタシがやろうとしとるんは今んトコ、カーテンロック――あー、こないだ見付けた山をそう呼ぶコトにしたんやけどね――の調査までやね。山の先に何かあるんかまではまだ、見当も何にも付けてへんもん。その先をゼロさんが調査したい言うてるんやったら、調査さしたったらええやんか》
    「マジかよぉ……」
     ゲートは頭を抱え、後悔した。
    「君がそう言うつもりだったんなら、ゼロとケンカしなきゃ良かったな」
    《ま、そのうちほとぼりも冷めるやろ。そん時に一緒にご飯でも食べて、仲直りしたらええやんか》
    「そうすっかぁ。……ま、どっちにしても遠征すること自体は反対のままだけどな。さっきも言った通り、何があるのか、いや、あるかどうかすら分からんところに何百人も人を送るなんて、正気の沙汰じゃないからな」
    《アタシも同感やね。島も何にも無かったら、漂流しておしまいやもんな》
    「だから今回、俺は全面的にタッチしない。何言われたって、こっちも無視するつもりだ」
    《そうしとき。アンタはもう十分お偉いさんなんやから、この遠征でどんだけ成功してもあんまり旨味も見返りも無い上、失敗したら責任だけ取らされるなんて、アホみたいやもんな》
    「まったくだ」
     深々とうなずいたところで、エリザが話題を変えてきた。
    《ほんならしばらく、ヒマでける感じか?》
    「まあ、そうだな。少なくとも遠征隊が組織され、出発するまでは、俺を交えて閣議なんかしようとしないだろう。通常の業務だってちょっとサインする程度だし」
    《たまにはこっち来てみいひんか? メノーさんたち連れて》
     エリザの提案に、ゲートはくわえていた煙草をぷっと吹き出してしまった。
    「げほっ、げほっ……、いや、流石にそりゃまずいだろ? この時期に君と会ったってなると、ゼロにどんな難癖付けられるか、分かったもんじゃない」
    《付けさせとけばええやん。ソレで縁遠くなったらアタシが嬉しいし。家族水入らずになるやんか》
    「ちょっ……」
     慌てるゲートの耳に、エリザのころころとした笑いが届く。
    《アッハッハ……、冗談や。真面目な話、アンタを遠ざけたらもう、アタシと接触でける術(すべ)が無くなるやん。ゼロさんもソレは分かってはるやろ》
    「はは……、確かにな」
     ゲートは苦笑しつつ、床に落ちた煙草を拾って揉み消す。
    「もしマジでエリちゃんと縁切ったりなんかしたら、遠征先で何かあった時に援軍が頼めないわけだしな。金塊もらったりとか助言受けたりとか、今までの付き合いだって丸ごとブチ壊しにしちまったら、あいつが困るわけだし」
    《自分らだけで何とかしたいと思とるんやったら、ソレはソレで構へんけど。……っちゅうワケでどないや?》
    「……んじゃ、ちょっとだけ行っちゃうかなぁ。フレンとかにも、久々に会いたいし」
    《ゼラナちゃんにも会ったげてな》
    「ゼラナ……? あー、そっか、そうだったな。リンダの娘かー……。
     俺、もうおじいちゃんなんだよな。ハンのとこも2人目できたとか聞いたけど、海の向こうの話だし、一度も顔見てないからなぁ。実感湧いてないんだよな、実際」
    《アタシもやねんなー……。未だにリンダがもう子持ちやっちゅうのんが、ほぼ毎日ゼラナちゃん見とるのにピンと来おへんねん》
    「お互い、気持ちだけは若いまんまってことかな」
    《アハハ、……アタシはまだ若いで? トシなん、アンタだけや》
    「ちぇ」
    琥珀暁・平南伝 3
    »»  2020.09.03.
    神様たちの話、第348話。
    アロイの鶴声。

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    4.
     ゲートが一家で旅行に出かけたことを幸いに、ゼロは大急ぎで遠征隊隊長の選抜を行っていた。
    「私の考えでは、やはりハンニバル・シモン佐官が隊長に適任だと考えている。皆の考えはどうだろうか」
     ゼロに問われ、集まった閣僚と将軍たちは揃ってうなずいた。
    「問題無いでしょう」
    「彼以外にはありえますまい」
    「右に同じく」
     が、会議に同席していたゼロの長子、アロイ皇太子が手を挙げ、反論した。
    「僕は反対します」
    「何故かな? 彼の実績を考えれば、彼以上の適任は我が軍にいないと思うけど……?」
     どことなくひんやりとした態度で――まるで「口出しするな」「あの女を頼るつもりか」と言っているかのように――尋ねてきた父に、アロイはたじろぎもせず、きっぱりと答えた。
    「第一に、その義弟は今現在海の向こう、北方の地にいると言うこと。第二に、妹夫婦の子供たちがまだ幼いことです。
     僕も一度、北方へ表敬訪問を行ったことがありますが、その時のハンはとても忙しそうにしていましたよ。1ヶ月間の滞在で、きちんと話ができたのは4回だけでした。そしてそのいずれも、30分以上の余裕が無いほどに。
     そんな彼にさらなる激務を与えると言うのですか? 仮に北方大使の任を今すぐ解いて直行させたとして、ハンの後任は誰にするおつもりですか?」
    「あ……そうか」
    「ふむ、確かに。すぐには見付からんでしょう」
    「彼以上に北方の事情に詳しい人間はいないからな」
     アロイの意見に、閣僚たちは顔を見合わせる。
    「そしてもしハンを単身、南方遠征のために引き抜けば、子供たちはとても悲しむはずです。それは即ち父上、あなたの孫を悲しませることになるのです。
     父上、僕は真実であると信じていますよ。30年前、凍死の危険を冒してまで、まだ幼かった僕の妻とその妹を極寒の中から助け出してくれたと言う、父上の美談を」
    「う、……うん、……なるほど、そうだね。確かにイオニスもマティラも幼いものね」
    「引き離すのを厭って家族で向かわせたとしても、遠征には内外に危険が付きまといます。実際に妹はさらわれた経験があるのですし、義弟も反乱の憂き目に、二度も遭っています。それ以上の災禍に子供たちがさらされないと言う保証が、あるのですか?」
    「う、うーん……そうだね、確かにそうだ」
     強硬を貫いていたゼロが、ここでようやく態度を軟化させた。
    「分かった。考えてみれば確かに、ハンを起用するのは難しい。ではアロイ、君は代替案を持っているのかな?」
    「私見ですが、一応は」
     そう前置きし、アロイはその人物の名を挙げようとした。
    「北方遠征当時、ハンの補佐として付いていた……」「なんだって?」
     が、途中でゼロがさえぎる。
    「まさかアロイ、君はあのめぎつ……」「父上!」
     まくし立てかけたゼロを、反対にアロイがさえぎった。
    「人の話は声を荒げて止めるべきものでしたか?」
    「う……」
    「どうか最後までお聞き下さい。……改めて述べますが、僕はハン、いや、当時のシモン班の補佐、即ちマリア・ロッソ尉官を、隊長に推薦します」
    「ロッソ尉官を? ……ふむ」
    「なるほど、確かに彼女なら遠征経験がある」
    「それにシモン佐官と共に仕事していたわけだからな」
     先程と同様、閣僚たちはこくこくとうなずいて同意する。そしてそれは、ゼロも同様だった。
    「それはいい案かも知れない。なるほど、適任だ。……君を疑って悪かった、アロイ」
    「お気遣いなく、父上」

     予定されていた測量調査を完遂し、丁度クロスセントラルに戻って来ていたマリア班に早速、この案が打診された。
    「それで……あたしにですか?」
    「引き受けてもらえるかな、マリア」
     謁見の間でゼロ自ら説明を受け、彼女は補佐のメリーや他の班員たちと顔を見合わせた。
    「どうしよっか?」
    「どう……と言われても」
    「わたしは受けるしか無いのでは、と思います」
    「同じくです」
    「だよねー。断る理由無いもんね」
     マリアはゼロに向き直り、敬礼して見せた。
    「了解しました。遠征隊隊長の任、謹んでお受けします」
     こうして隊長はマリアに決まり、双月暦31年6月上旬、彼女の率いる遠征隊は南の海に向けて出発した。



     だが6年後――マリアはこの時の申し出を受けたことを、深く後悔した。
    琥珀暁・平南伝 4
    »»  2020.09.04.
    神様たちの話、第349話。
    幻の「絶対敵」。

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    5.
     カーテンロック山脈の北岸に沿って海路で渡るまでは、マリアたちの遠征はそれなりに順調だった。その先に何があるかも分からない、不安要素しか無いような航海だったが、いざ船を走らせてみると、程無く風と海流をつかまえることに成功し、出港から2ヶ月半後の31年8月下旬、彼女たちは山脈の東端地点に到達し、そこから東へ延々と、未開の地が広がっていることを確認した。
     順調でないのは、ここからだった。

     まず、「未開の地」と述べたが、それは彼女たちの見識上のことである。その地には既に人と文明があり、独自に生活圏を拡げていた。とは言えこのことはある程度予想できたことであり、彼女たちは北方と接触した時と同様、魔術を用いて意思疎通を図り、この地の事情を知ることができた。
     この地に住む人々が言うには、「南にある、とある国からの侵略を受けており、その攻防に頭を悩ませている」とのことだった。血気盛んで正義感の強い彼女は、その国がかつて北方で猛威を奮った帝国と同様の存在であるものと認識し、遠征隊にその勢力を排除させた。
     そしてそのことが――この後6年に渡る地獄と泥沼のはじまりとなった。



     北方における帝国とは、言うなれば「絶対敵」であった。帝国、そして皇帝ジーンは誰に対しても、どのような状況や場合であっても、常に敵であり続けたのだ。であるからこそ遠征隊が、そして遠征隊に与(くみ)する者たちが帝国に攻撃を加えても、感謝されこそすれ、誰かからの恨みを買うようなことは、まず有り得ないことだった。だがこの時、マリアたちが襲った相手は「相対敵」――事情や立場で利害関係の一致、不一致が変動する、「今は敵だが、場合によっては味方にも、友人にもなり得る相手」だったのだ。
     マリアたちが最初に接触した勢力とその「敵」とは、実は単に利権争いで対立していたに過ぎず、この状況に遭遇したのがもしエリザであったならば、お得意の人心掌握策を駆使して双方和解させ、味方に引き込むことも可能な相手だったが、マリアたちはそれを攻撃し、壊滅させた。それにより「敵」は友好的態度とは真逆の深い恨みを抱き、自分たちと協力関係を結ぶ同盟国らと結託して、大規模な報復攻勢に出たのである。
     この状況においてさらにもう一つ、不幸な要因があったとすれば、それはかつて北方の遠征において情報収集や斥候、偵察などの間諜業務を丸っきりエリザ任せにしていた人間ばかりが、この遠征に集まってしまったことだった。今戦っている敵が本当に自分たちの「絶対敵」、決して分かり合えない悪役であるのか確認してみようなどと提案する者は一人もおらず、マリアたちは自分たちが手にしてきた、この一方的で欺瞞に満ちた情報が疑いようの無い唯一の真実であると、盲信してしまったのである。
     そしてこの戦いが地方の小競り合いから南全域を巻き込む戦争に発展したところで、マリアたちはようやく自分たちを取り囲む状況を把握し――南の人間にとっての「絶対敵」が、遠征隊そのものとなってしまったことに気付いた。

     それでもマリアには、戦う以外の選択肢は残されていなかった。
     ここで遠征を中止し北へ帰ったところで、エリザの影に怯えるゼロがそんな結果を承知するわけが無い。ましてや悪化の一途をたどる状況を打開するためにエリザの知恵を借りるなど、ゼロが容認するはずも無い。かと言って、今更手を差し出して友好関係を築くことなど、到底不可能である。
     結果、マリアは――己の信念と正義を盲信したがために――南の人間にとって、悪逆非道の魔女と化した。



     双月暦37年、遠征隊に抗う勢力が軒並み壊滅し、遠征隊に寄る実効支配が完了したところで、マリアはゼロからねぎらいと、称賛の言葉を受けた。
    「『君たちの活躍によって、南の地は平定された。長い間、本当にご苦労だった。ついてはマリア・ロッソを本日付で佐官に昇格させ、併せて南方大使の任を命ずる。それに加えて、君には『大卿』の称号を贈ることとする。これは本来、将軍にしか与えていないものであり、故に君には将来的に、将軍職を用意するつもりだ。
     私のために尽力してくれて、本当にありがとう。深く感謝している』、……とのことです」
     憔悴しきったメリーから「頭巾」越しの伝言を受け、マリアは切れ切れとした叫びを上げた。
    「……そんなの、……そんな風に……あたしを認めないでよ……! あたしが、……あたしがここで、どんな風にさげすまれたか……!
     あたしがどんな思いをしたか、これっぽっちも分かってないくせに、……~ッ」
     マリアは泣いていた。そして長く昏い戦いで傷付き尽くした彼女に付き従ってきた、班員3名も。

     ゼロからの辞令を受けた翌日、マリアたち4名は遠征隊の本営から姿を消した。以降の消息は、不明である。

    琥珀暁・平南伝 終
    琥珀暁・平南伝 5
    »»  2020.09.05.
    神様たちの話、第350話。
    許されざる嘘。

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    1.
     南方遠征隊指揮官、即ちマリア・ロッソの突然の失踪を受け、閣僚は戸惑っていた。
    「一体どうしてロッソ尉官、いや、ロッソ佐官は姿をくらませたんだ?」
    「大卿の称号まで得て、将来が約束された身だと言うのに」
    「どう思われますか、陛下?」
     閣僚らの顔を見渡し、ゼロは口を開いた。
    「事情については、はっきりとでは無いが分かっているつもりだ。南の地での活動が、結果として侵略行為となってしまったことを悔いての逐電だろう。彼女の辛苦を理解できなかった、私に責任の一端がある。
     それを踏まえて、今回の件はこう公表するつもりだ。『南の地にかつて北方で非道を働いていた帝国と同様の勢力が存在し、遠征隊はその勢力と徹底抗戦に臨んだ。結果として隊長マリア・ロッソ及び彼女の側近3名の計4名は殉死したが、勢力の殲滅には成功し、現在は遠征隊による暫定的な統治が行われている』、……と。
     彼女はあくまで名誉の戦死を遂げたこととし、『大卿』の称号は殉職による特別昇進の措置として贈ったものとする」
     これを聞いて、閣僚たちはざわついた。
    「へ、陛下?」
    「それはあの、事実とまるで違うと言いますか……」
    「い、いや、はっきり言えば虚偽報告でしょう!?」
    「陛下御自らが嘘をお付きになるなど、あってはならないことです!」
    「ではどうする? 真実をありのまま、皆に伝えるのか?」
     異口同音に反対の意を伝える閣僚たちに、ゼロは苛立たしげな目を向ける。
    「それで誰が得をすると言うんだ? 大義無き戦争に大勢の兵士を投入したことを民衆が知れば、ただただ嘆き悲しませるだけだ。それより今回の件を美化して伝え、『悪を討ち滅ぼす』と言う大義のために戦ったことにしておいた方が、皆も納得し、称賛するだろう」
    「へ……陛下! お、おそれながら申し上げます!」
     ゼロの言葉を聞いてもなお、何人かは反発する。
    「仮に今、そのように吹聴したとしても、兵士たちが戻って来れば事実は明らかになります!」
    「嘘が発覚すれば、陛下のご威信は失墜しかねませんぞ!?」
    「はなはだ遺憾ではございましょうが、どうか思い留まり、真実をお伝えになって下さい!」
    「ばれなければ問題は無い。そ、そう、……ゴホン、そうだろう?」
     公明正大であった人間とは思えないこの卑怯極まりない言葉に、閣僚たちは絶句する。
    「なっ……」
    「そんな……」
    「へ、陛下は、何をなさるおつもりなのですか?」
     辛うじて尋ねた閣僚に、ゼロは目を合わさずに答える。
    「遠征隊の人間は全員、南の地を統治するための人員として、当面、いや、無期的に駐留させるよう命ずることとする。誰も戻って来なければ、吹聴されるおそれは無い。仮に『頭巾』で伝える者がいたとしても、私が事実と認めなければ、相手の方が嘘付きと見なされるだろう」
    「へ、兵士たち全員を!?」
    「そんな無茶な!」
    「しかも兵士に罪を被せるなど……!?」
     嘆く閣僚たちを、ゼロはにらみつけた。
    「これ以上の討議は不要と判断する。話は以上だ。各自、私が命じた通りに行動するように」
     唖然とする閣僚たちを尻目に、ゼロは会議の場を去った。

     あまりにも常識はずれで、不誠実で、かつ、卑劣極まりない命令であったが、それでも皆が陛下と崇める男の下した「勅令」である。容易に逆らうわけにも行かず、閣僚たちはわだかまりつつも、渋々従った。
     そして遠征隊の兵士1000名は帰還命令を下されること無く、怨嗟(えんさ)渦巻くこの南の地で、さらにもう1年を過ごす羽目になった。



     そして――その状況をいぶかしんだゲートとアロイが真相究明のために動いたことにより、この後に起こる最大最後の政変が幕を開けた。
    琥珀暁・天帝伝 1
    »»  2020.09.07.
    神様たちの話、第351話。
    真実の究明。

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    2.
     南方への遠征計画が始まって以降、ゲートはゼロの側から遠ざけられていた。それまでの、高潔で公明正大だったはずのゼロからは到底考えられないような対応であり、ゲートの方からも「正当性が無い」と何度と無く抗議していた。
     だが、それに対してゼロは、まったく応じないばかりか――やはりゲートが懸念していた通り――エリザと親しくしていることを理由に、本営におけるあらゆる要職から退けさせてしまった。事実上失脚したゲートだったが、それでも思い直してくれることを願いつつ、7年間をいち農夫としてのんびり過ごしていた。
     しかし人づてに、遠征計画が終了したにもかかわらず1000名もの兵士が一人も帰って来ないことを聞き付け、ゲートは自分と同様、義憤に燃えつつも冷遇され始めていたアロイと共に、調査を開始した。

     しかし事情を知っているはずのゼロや、遠征計画に関わった将軍や大臣たちに直接尋ねて回っていたが、その誰からもまともな回答が得られず、業を煮やしていた。そればかりか、ゲートたちを拘束しようとしていると言う動きまで出始め、窮した二人はエリザと「頭巾」で連絡を取った。
    「……ってわけで、手ぇ貸してくれるか?」
    《ええよ》
    「まずは船を貸して欲しい。今、南で何が起こってるのか、調べなきゃならんからな」
    《ヒトとカネもいるやろ? こっちで50人くらい都合したるで。おカネはクラムやと向こうで使えへんかも分からんから、現物の金塊もなんぼか渡すわ》
    「痛み入ります」
    《……気ぃ付けてな》
    「ああ。エリちゃんも」



     エリザの協力を得たゲートとアロイは双月暦38年3月、南の地に到着した。
    「マリアが行方不明!? 死んだって聞いたぞ、俺は?」
     そして現地に駐留したままの遠征隊から事の次第を聞き、ゲートとアロイは愕然とした。
    「あの、帝国がどうの、と言う話は……?」
    「そのような報告は一切行っておりません。存在したと言うような事実からして、全くございません」
    「マジかよ」
     ゲートとアロイは顔を見合わせ、状況を整理する。
    「マリアたちは皇帝と戦って刺し違えたって話だったよな?」
    「ええ」
    「現地の人間は帝国に虐げられてて、……って話だったけど、今にして思えば、北方の出来事を丸ごと写したような話だよな」
    「その帝国そのものが存在しない、となると、……一体あなた方は誰と、いや、何と戦っていたのですか?」
     アロイに尋ねられ、士官は表情を曇らせた。
    「開戦から、いえ、上陸から7年が経った今でも、何を敵と認めるべきであったのか、良く分からないのです。気付けば我々は、現地の者たちから『悪魔』と罵られ、四方八方から攻められていました」
    「そんな……」
    「途中でやめようとは思わなかったのか? ゼロに報告してたんなら、撤収命令を下してるはずだよな?」
     問いただしたゲートに、士官は泣きそうな顔で答えた。
    「陛下は徹底継戦を命じられました。『最後までやるしかない。エリザに介入させないためには、最後まで自分たちの手で戦いを進めるしか無いんだ』と」
    「なっ……!?」
     二人はもう一度顔を見合わせ、どちらからともなくつぶやく。
    「じゃあ、ゼロは……」
    「……父上は、知っていながら」
     そして同時に、怒りに満ちたうめきを発した。
    「なんてひどいことを……!」
     と、様子を見ていた士官から、悲痛な問いが投げかけられた。
    「将軍、皇太子、その――我々はいつ、戻れるのでしょうか?」
    「……」
     ゲートとアロイは三度、顔を見合わせ、そしてゲートが答えた。
    「……善処する。いや、可能な限り、早く戻れるように配慮する」



     現地で真実を知ったゲートたちは、すぐに帰国の途に着いた。その途中、エリザに連絡を取っていたが――。
    《ちょとまずいみたいやで。クロスセントラルにおる子らから聞いたけど、アンタら二人を反逆罪にかけようと動いとるみたいやで》
    「マジかよ」
    《一旦、アタシの街に来た方がええな。そのまんまノースポートとかに入港したら間違い無く捕まるで》
    「分かった。そこからどうする?」
    《あんまりなー……、こう言うハナシには持って行きたくなかったんやけども》
     そこでエリザの言葉が途切れるが、ゲートは彼女が言わんとすることを察していた。
    「……戦争になるだろうな」
    琥珀暁・天帝伝 2
    »»  2020.09.08.
    神様たちの話、第352話。
    まさかの結末。

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    3.
     エリザの協力で人を集めた上で、ゲートとアロイはクロスセントラルに戻って来た。
    「ゲート・シモン将軍、それにアロイ皇太子、……ようこそお戻り下さいました」
     武装した士官から挨拶され、ゲートは腰に佩いた剣に手を掛けながら尋ねる。
    「状況について教えて欲しい。マジでゼロは、俺たちを捕まえようとしてるのか?」
    「それは、……本当です。実際に勅令を発しました。ですが」
     士官は首を横に振り、こう続けた。
    「流石に軍の上層部から反発があったようで、こうしてお二人が戻って来た今でも、即時拘束すべきか、勅令を撤回するよう要求すべきか、紛糾している模様です。忌憚無く申し上げれば、すぐにでも離れられた方がよろしいのではないかと存じます」
    「……ま、そうも行かんさ。俺とアロイがハナシ付けて来る」
    「はっ……」
     士官と、その後ろに並ぶ兵士たち一個分隊に敬礼され、ゲートとアロイは城へと向かった。
     城に入ったところで、ゲートたちはまた武装した兵士たちと、それを率いる同僚の将軍に出くわす。
    「げ、ゲート、……その」
     声を掛けられ、ゲートは苦笑いする。
    「何だよ、マット。シケたツラして」
    「分かってんだろ? お前今、捕まえろって言われてんだぜ」
    「ゼロにだろ? で、その本人はどこにいんだよ」
    「俺たちは、って言うか反対派は、どうにか説得しようとしてんだよ。でも話がこじれてゼロがブチギレてさ、『頭を冷やしてくる。一人にしてくれ』っつって、謁見の間に籠もっちまった」
    「そっか。んじゃちょっと、話して来るわ」
    「お、おい!」
     その場を去ろうとしたところで、肩をつかまれる。
    「悪いことは言わねえ、逃げた方がいいって」
    「ははっ」
     ゲートはその手をやんわりどかし、ニッと笑って返した。
    「ちょっと話して、一緒にメシ食ってくるくらいだって。大げさにすんな。いいからお前は帰って書類にサインでもしてろ」
    「ゲート……」
     心配そうにする友人に背を向け、ゲートとアロイは謁見の間へと進んだ。

    「ゼロ、いるかー?」
     トントンとドアをノックし、二人はそのまま中へと入った。
    「お前何かヘンな勘違いしてるみたいだからよ、いっぺんちょっと肚を割って、……!?」
     やんわりと声をかけながら玉座に目を向けたところで、ゲートは絶句した。
    「あー……と」
     玉座の前に、くしゃくしゃになった三角帽とローブに身を包んだ猫獣人が立っている。そしてその玉座には――すっかり血の気が引いた顔をしたゼロが、目をつぶって座っていた。
     いや――。
    「……お前が殺したのか?」
    「そう思うだろうけどさ、そうじゃないね」
     猫獣人は肩をすくめ、こう返した。
    「私と話してる最中に、ポックリ逝っちゃったのさ。相当カッカ来てたみたいでね、私に怒鳴り散らしたかと思うと、いきなり胸押さえながらガクッと座り込んで、そのまんま、……ね」
    「それを信じろと言うのですか?」
     アロイに剣を向けながら尋ねられ、相手はもう一度肩をすくめる。
    「信じなきゃ信じないでもいいんだけど、信じといた方が何かといい話だと思うよ、私はね」
    「あなたは? 城の者は、あなたが来ていることを存じないようですが。存じていれば、我々に伝えたでしょうし」
    「私? 私は……」「あんた、モールさんだろ」
     相手が答えるより先に、ゲートが見抜く。
    「前に見た時と姿が違うが、あんた、姿を変えられるんだってな。エリちゃんから聞いてる」
    「まあ、そんなようなもんだね」
    「詳しく聞かせてくれないか? ゼロと最期、どんな話してたんだ?」
    「って言ってもねー」
     モールは帽子の中に手を入れながら、困った顔をした。
    「なーんか『僕の世界は誰にも渡さないぞ』『誰だろうと僕をこの玉座から引きずり下ろせるもんか』みたいなコト、ウダウダ抜かしてたくらいなんだよね。聞きたきゃ詳しく話すけどもさ、そんなの聞いたって、いい感じの遺言にゃならないと思うね、私ゃ」
    「……だな」
     ゲートは剣の柄から手を放し、アロイにも剣を下げさせるよう示した。
    「モールさん、でしたか」
     素直に剣を納めながら、アロイが尋ねる。
    「先程あなたが仰っていた、『いい話』とは?」
    「ん? ああ」
     モールはゼロの遺体に一瞬目をやり、二人に振り返った。
    「この時点までで起こってる問題事をさ、解決できる手があるって話さね」
    琥珀暁・天帝伝 3
    »»  2020.09.09.
    神様たちの話、第353話。
    ゲートとアロイの「バケモノ退治」。

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    4.
    「解決? どうやって?」
     尋ねたゲートに、モールは玉座の背後に回り込みながら答えた。
    「例えばさ、ヒトに姿を変えられるバケモノがいたとして、ソイツが7年前から、ゼロにすり替わっていたとしたらどうよ?」
    「……なるほど」
     ゲートは苦笑いし、その提案を吟味する。
    「そうなりゃ南への無茶な遠征も、遠征隊へ下したひでえ命令も全部、そのバケモノがやったって話にできるってわけか。で、その事実に気付いた俺とゲートが、ゼロの姿をしたバケモノを討った、と。確かにいい話に変わるな。ちょっとした英雄譚だ。
     だがちょっと、強引過ぎやしないか? 大体、バケモノなんて話したって、絶滅しちまった今となっちゃ、嘘にしか聞こえんし」
    「証拠がありゃいい。実際バケモノがいるってんなら、みんな信じるね」
     そう言って、モールは肩に掛けていたかばんから、紫色に光る金属板を取り出した。
    「コイツを刺せば、バケモノに変わる。変わったところで、討ち取りゃいいね」
    「用意がいいな、あんた。まるで最初からこうしようと思ってたみたいだな」
     ゲートの言葉に、モールはニヤリと口角を上げた。
    「コイツが自分で勝手に死んだってコト以外は、大体計画通りさ。ソレ以外に、コイツの暴走を止める手は無かったね。例えば君、コイツと真正面からぶつかって、まともに話ができると思ってたね?」
    「いや、……正直どうしようかなーとは思ってたところだった」
    「えっ!?」
     アロイが目を丸くし、ゲートの顔を見る。
    「で、ではゲートさん、あなた、何も考えずにここまで来たのですか!?」
    「そうなる。いやー、まいったぜマジで」
     そう言ってゲラゲラ笑うゲートに、モールも噴き出す。
    「ふっふ……、エリザの言った通りのヤツだねぇ、君は。度胸一発、出たトコ勝負の熱血漢。ま、そんだけ潔いバカなら私ゃ、むしろ嫌いじゃないね」
    「なーるほど、エリちゃんも最初から一枚噛んでたのか。道理で覚悟決めたツラ作って俺に手ぇ貸してたワケだ。普通はあんな顔しないからな、あの娘は」
    「さっすがぁ。……っと、話し込みたいのは山々だけど、手早く済まさなきゃ、いい加減みんなが様子見に来ちゃうだろうしね」
     モールはゼロの背中に、金属板を差し込んだ。途端にゼロの姿が変形し始め、着ていた服がびりびりと破け始める。
     と、そこでゲートが剣を抜き、モールに向けた。
    「何だよ? 早いトコ始末しなって」
    「いっこだけ聞きたいことがある。あんた、そうやって簡単に人をバケモノに変えたが――まさかあんたは30年前にも、同じことをやってたんじゃないだろうな?」
    「はっは」
     モールはゼロだったものから離れ、ゲートの横に立った。
    「コレは『リバースエンジニアリング』ってヤツさね。既にはびこってたバケモノたちを研究する過程で出来ちゃった、副産物みたいなもんさ。犯人だと思ってんなら人違いだね」
    「……嘘じゃないんだろうな、その口ぶりだと」
    「私がやるんならもっと要領良くやるさ。あんなクッソ回りくどいプロトコルなんか組んだりせずにね。……さ、来るよ」

     10分後、ゲートとアロイは謁見の間に皆を集め、事の次第を「説明」した。
    「……ってわけで、バケモノは俺とアロイが何とかやっつけた。死体はまだ、中にある」
    「な、なんと……!?」
     閣僚たちが恐る恐る中を確かめ、口々に悲鳴を上げる。
    「ひえっ……」
    「た、確かにあれは、……どうもバケモノらしい」
    「しかしよもや、陛下がバケモノに成り変わられていたとは……」
    「道理でなぁ……。確かに最近のあいつは、何かヤバいと思ってたけど」
    「……では、本物の陛下は今、どちらに?」
     問われて――これもモールに用意してもらった通りに――ゲートが答える。
    「恐らくはあのバケモノに食われたんだろう。でなきゃいない理由が付かない。そうだろう?」
    「むう……何と言うことだ」
     騒然としている閣僚たちから距離を取り、ゲートとアロイは目配せし合った。
    (ってことで、後は……)
    (ええ。合わせます)
    琥珀暁・天帝伝 4
    »»  2020.09.10.
    神様たちの話、第354話。
    天帝教のはじまり。

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    5.
    「ゼロがバケモノにすり替わっていた」と言うショッキングな事件は、瞬く間にゼロの支配圏全域に拡がった。と同時に、そのバケモノをゲート将軍とアロイ皇太子が討ったことも併せて伝えられ、二人は反逆者から一転、英雄として持てはやされた。

    「それでは緊急閣議を始めます」
     その成果もあって、アロイはゼロの後継者として、暫定的に認められることとなった。そしてこの閣議によって――。
    「まず第一に、先日崩御されていたことが発覚したゼロ・タイムズについて、その後継者を誰にするかを考えなければなりませんが……」
    「言うまでもないでしょう。アロイ皇太子、あなたしかございません」
    「タイムズ様のご長子であり、見事にお父様の仇を討たれたのです。あなた以外の誰が、その座に着くと言うのですか」
    「右に同じです」
     正式に後継者となることを満場一致で推挙され、アロイは深々と頭を下げた。
    「承知いたしました。では若輩者ながらこの私、アロイ・タイムズが、先王の、……いや、先帝の座を継承いたします」
    「先『帝』?」
     尋ねられ、アロイはこう答えた。
    「父が生前成した偉業はいずれも並々ならぬものであり、到底、人の為せる業ではありません。その彼を他の者と同列に置くようなことは、民は誰一人として納得しないでしょう。この私自身も、父はただの人では無い、もっと神に、天に近しき者であったと、堅く信じています。であればただの人として扱い、葬ることは不敬であるはず。
     そこで私は父に『帝』の号を諡(おく)り、以後永年に渡って我らが主神として祀ることを提案します」
    「帝(みかど)……!」
     その言葉に、閣僚たちは感嘆の声を上げた。
    「そうですな、確かに祀り上げてしかるべきお方です」
    「異論は無し。是非、そうすべきだ」
    「いっこいいか?」
     と、閣議に復帰することができたゲートが手を挙げる。
    「単に帝ってだけじゃ、北にいたって言う皇帝と被らないか?」
    「ふむ、確かに」
    「いいや、陛下はもっと格上の存在だ!」
    「そうだ。そんなものと一緒にされるのは敵わんな」
    「だろう? だから俺はもういっこ、その諡号に付け加えたい。例えばさ、『天帝』ってのはどうだ? 今アロイが『天に近しい』って言ってたんで思い付いたんだが」
     ゲートの案を聞いて、アロイは嬉しそうな顔で立ち上がり、拍手した。
    「ええ、それは非常に良い響きです。是非そうしましょう。
     では皆さん、これよりゼロ・タイムズは『天帝』と呼び、神として祀ることとします」
    「賛成であります」
    「承知いたしました」



     こうして双月暦38年、ゼロ・タイムズを主神とする宗教、「天帝教」が誕生した。
     アロイは「第二代天帝教教皇」を名乗り、10年近い歳月をかけて、父の遺した言葉や教訓、そしてゲートをはじめとする友人たちからの伝聞をまとめ、数冊の本にした。これが天帝教における聖書となり、以降数百年に渡って、中央大陸の人々の拠り所となったのである。

     こうして生まれた宗教的結束はそのまま政治的結束へと置き換わり、中央大陸を統治する政府――「中央政府」が成立。以後、双月暦314年にファスタ卿らによって滅ぼされるまでの約2世紀半もの間、中央政府と、そしてその中核に鎮座するタイムズ一族は、双月世界の頂点に君臨し続けたのである。



    「その方の名は、あらゆるものの始まりである。
     その方の名は、あらゆるものの原点である。
     その方の名は、無から有を生じさせるものである。

     その方の名は、ゼロである。

    (『降臨記』 第1章 第1節 第4項と第5項を抜粋)」

    琥珀暁・天帝伝 終
    琥珀暁・天帝伝 5
    »»  2020.09.11.
    神様たちの話、第355話。
    女将さんの晩年。

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    1.
     アロイ・タイムズ帝による統治が始まり、中央政府が成立して以降も、タイムズ家とエリザとの関係は続いていた。先帝ゼロが晩年には忌み嫌っていた相手であったものの、エリザは有能で、かつ、身内と味方に対しては非常に優しい人物であったために、アロイも少なからず彼女を慕い、頼ったのである。

     そのこともあって、彼女の仕事は年を経るごとに増える一方だった。元より未曾有の大天才、並ぶ者のいない女傑である。彼女の仕事を丸ごとそっくり継げるだけの人材がいなかったこともあり、あの特徴的な金と赤の毛並みにも白いものが大分混じり、老境に達したはずの彼女は、相変わらず多忙に過ごし、第一線で働いていた。
    「よっこいしょー、……っと」
     杖を突きながら船の甲板に現れた彼女を見て、虎耳の青年が声を上げる。
    「あっ、女将さん! もう大丈夫なんスか!?」
    「大丈夫やって、もう。シェリコくんは心配性やね、ホンマに」
    「心配にもなりますって。昨日まで寝込んでたやないっスか」
    「ちょと船酔いしただけや。ほれ、もうこんな元気やで、……げっほ、げほっ」
     魔杖を振り上げ、両腕を上げようとした途端、エリザは咳き込んだ。
    「……今のナシな」
    「ナシにできませんって。今ココで死なれたりなんかしたら、俺、母ちゃんにめっちゃめちゃ怒られるっスわ」
    「大丈夫やって。リディアちゃんにはちゃんと、アンタがよおやってくれたって自分で言うたるから。……あー、と」
     エリザは羽織っていたケープの懐を探り、苦笑する。
    「……煙草持ってへん? 煙管置いてきてしもた」
    「俺、吸わないっス。エルモかゼラナたちなら持ってるかもですけど。ってか悪いっスよ、体に」
    「吸うた方が体にええねん、アタシの場合は」
    「マジですか、もう……。じゃあ俺、エルモに聞いて来ますわ。さっき見かけたんで」
    「ん、よろしゅ」
     と、シェリコが踵を返しかけたところで、エリザが「あ、ちょい」と呼び止めた。
    「何スか?」
    「ゴメン、あったわ。服ん中に落ちとった」
    「何スか、ソレ……。まあ、いいっスけど。火、いります?」
     そう言って、シェリコは魔術で指先に火を灯す。
    「お、ありがとさん」
     エリザは煙管をくわえ、シェリコから火を借りて一息吸う。
    「ふー……。ん、頭シャッキリして来たわ。今、どの辺や?」
    「6個目の島まで後30キロかなってトコっス。1時間弱で着くと思いますわ」
    「さよか。ほなソレまで、船ん中ぐるーっと見て回ろかな。一回りしとったら丁度ええくらいやろ」
    「お供します」
    「ありがとな」
     シェリコに手を引かれ、エリザはふたたび船の中に戻る。
    「おーぉ、目がクラクラ来よるわ」
    「俺もっス」
    「ホンマ、この辺りは日差しがえげつないなぁ。央中も結構や思てたけども、こっちはもっとやで」
    「そっスねぇ。俺も全然、汗が引かないっスよ」
     世間話に興じつつ、二人は船内を回る。
    「ほんで、どないや?」
    「どないって、何がっスか?」
     きょとんとするシェリコに、エリザはニヤニヤと笑みを向ける。
    「プリムちゃんとや」
     言われた途端、シェリコの尻尾がぶわっと毛羽立つ。
    「な、何のコトっスか」「とぼけんでええ」
     エリザは煙管をくわえたまま、シェリコに耳打ちする。
    「一昨日やったかもいっこ前やったか、アンタ、プリムちゃんの部屋から出て来たやろ。しかも出る前にちゅっちゅしとったし」
    「いやいやいや、チューまではしてねえっスよ俺たち!?」「お、やっぱりか」
     そう返され、シェリコは「あっ」と声を上げる。
    「か、カマかけたんスか?」
    「アンタ、ちょろいなぁ。そう言うトコ、お父さんとそっくりやで」
    「どっちのっスか」
    「どっちともや」
    「あーっ……、もう!」
     シェリコは虎耳の内側まで顔を真っ赤にしながら、ぼそっとつぶやいた。
    「本当、女将さんには敵いませんわ」
    「まだまだ若い子には負けへんで、アッハッハ……」
    琥珀暁・女神伝 1
    »»  2020.09.14.
    神様たちの話、第356話。
    血の濃さ。

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    2.
     エリザは事業拡大の一環として、中央大陸の東に横たわる大海洋をひたすら東へと突き進み、新たな島や大地が無いか、複数の船団を派遣して探検・探査を繰り返していた。その過程で、エリザは大海洋の果てに無数の島が連なっている地域を発見し、その近辺の集中的な探索を始めていた。
     その内にエリザ自身も、若い頃の血がたぎり出してしまい――孫や側近の子供たちを伴って、自らこの海にこぎ出してしまったのである。



    「ホンマにじっとせえへん人やで、ばーちゃん」
    「ホンマなー」
     孫のゼラナとプリムに両側から挟まれる形で、エリザはケラケラ笑っていた。
    「若さの秘訣や。アンタらも老け込みたくなかったら、キビキビ動きよし」
    「ソレなー。ビートのおっちゃんなんかもう、ばーちゃんより老けた顔してはるもんなぁ」
    「なー」
     三人揃って煙草をふかしているところに、シェリコがやって来た。
    「女将さん、とりあえずぐるーっと回って来ました。無人島っスね、ココ。人っ子一人見当たりませんわ」
    「さよか。食べれそうなんは何かあったか?」
    「ヤシの実的なんがチョコチョコと。後は浜辺でカニみたいなんも見かけました」
    「安全そうやね。ほなアタシらも見て回ろか」
    「はーい」
     ゼラノとプリムが揃って手を挙げたところで、エリザがニヤ、と笑う。
    「プリムちゃんはシェリコくんと一緒にご飯作っといて」
    「ぅえ? な、何で?」
     戸惑うプリムの狐耳に、シェリコがぼそ、と耳打ちする。
    「女将さんにバレた」
    「マジで?」
    「マジや」
     それを聞いていたエリザは、ぺら、と手を振る。
    「ほな1時間くらい散策して来るわ。美味しいもん期待しとるで」
    「は、は~い」
     エリザはゼラナを連れて、その場から離れて行った。

     島はヤシやシュロが生い茂り、まさに南国そのものと言った様相を呈していた。
    「あっづー……」
     尻尾の先からぽたぽたと汗を垂らしているゼラナを見て、エリザはクスクス笑う。
    「お父ちゃん似やな、そう言うトコは。央中来はったばっかりの頃、よおそう言う顔してはったで」
    「えぇー、何か嫌やぁ」
    「嫌やあるかいな。ええヤツやないの、ロウくんは。嫌なヤツに似たら最悪やで」
    「え、ソレってお母ちゃんのコト?」
    「や、そうやないけども。例えや、例え。
     しかしアンタ見てると、いっつも不思議に思うわ。お父ちゃん真っ黒な人やし、アンタもちょこっとくらい、黒いのん入りそうなもんやけどなぁ」
     エリザはゼラナの狼耳をハンカチで拭きながら、言葉通り不思議そうにつぶやく。
    「ゴールドマンの血がめっちゃめちゃ強いんやないのん? プリムも金と赤やし、レオンくんもお母ちゃんが茶色やのに、全然毛に出てへんし」
    「血かー」
     ゼラノの汗を拭き終え、エリザは自分の尻尾に目をやる。
    「血と言えばな、アンタのお母ちゃんと伯父さんのお父さん――ま、おじーちゃんやね――めっちゃ顔色悪い系の人やってんけど、ソレ出たんは伯父さんだけやねんな。リンダはドコから出てんのっちゅうくらい元気やし、アンタらもええ顔色やし」
    「じーちゃんってアレやろ、……ヒミツの」
    「せや、ヒミツのアレや」
     二人してクスクス笑いつつ、昔話に花を咲かせる。
    「ま、もうバラしても構わへんかもなんやけど、やっぱり『向こう』で青い顔しはるやろからな」
    「ヒミツにしとくわ、うふふ……」
    「頼むわ、アハハ……」
    「ってか、伯父さん言うたらや」
     と、ゼラナが小声になる。
    「いつ結婚しはんの? もう40超えとるやんな?」
    「40どころか、50も来よるかくらいやで」
    「ヤバない?」
    「ヤバいな。結婚してももう子供でけへんのとちゃうやろか」
    「そらヤバいわ。あたしとプリムが頑張らなな」
    「頑張ってや。言うてもプリムちゃん、じきやと思うけどな」
     それを聞いて、ゼラナが笑い転げる。
    「アレやろ、さっきのん? 尻尾ぶわーってなっとったで、あの子」
    「なっとったなー。傑作やわ」
    「帰る頃にはデキとんのちゃう?」
    「色んな意味でな」
    「アッハッハッハ……、上手いわー、ばあちゃん」
     と、祖母と孫とで、いささか下品な笑い話をしていたところで――。
    「……ん?」
     エリザの狐耳が、ぴくんと跳ねた。
    「どないしたん、ばーちゃん?」
     尋ねたゼラナに、エリザが首をかしげて返す。
    「今……、何や聞こえへんかったか?」
    「へ? ……んーん、何も」
    「さよか。や、何か人の声みたいなんが聞こえたかなーと思たんやけど」
    「ちょっ」
     ゼラナは両腕を組んで、尻尾を震わせる。
    「怖いコト言わんといてーや」
    「ゴメンゴメン、気のせいや。……多分」
    琥珀暁・女神伝 2
    »»  2020.09.15.
    神様たちの話、第357話。
    老境のまどろみ。

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    3.
     その晩は島の浜辺にテントを張り、エリザたちは数日ぶりに地面の上で眠ることができた。
    「すう、すう……」
    「すぴー……ふがっ……すぴー……」
     エリザのテントにはゼラナとプリムが共におり、エリザは二人の寝息を耳にしつつ、夢と現の境を、うとうととさまよっていた。
    (……参るわぁ……最近また……よぉ寝られんくなってきとるなー……)
     昼間は元気一杯に振る舞っているものの、こうして夜になると、己の「老い」をひしひしと感じてしまう。
    (……そろそろ寝えへんと……またシェリコくん……困った顔しよる……)
     時折、夢の中にどぷんと浸かりそうな感覚を覚えるが、それを知覚すると、途端に現実へ引き戻されてしまう。この晩もエリザは、どうにか夢の世界に飛び込めないかと四苦八苦していた。
    (……あー……眠いよーな……でも眠れへん……んー……)
     それでも何度か行き来を繰り返すうち、ようやくエリザは完全に、眠りに落ちた。



     気が付くと、エリザは浜辺に立っていた。
    「ほぇ?」
     上を見上げると、さんさんと太陽が照っている。
    「え……嫌やわ、アタシそんなボケて来たんか?」
     不安を覚えたものの、老いてなお明晰な頭脳を持つ彼女は、そこが今日、到達した島ではないことに気付いた。
    (いやいやいや……。なんぼなんでも、太陽が2つもあってたまるかっちゅうねん。オマケに森ん中から変な建物がにょきっと生えとるし)
     さらに、自分の手や尻尾を良く見れば、若い頃のものである。はっきり夢の中であると察し、エリザはフン、と鼻を鳴らした。
    「……ま、寝られたんやったらええわ」
     エリザは夢の中で背伸びし、その場に座り込んだ。
    「せやけど変な感じやな。こんなはっきり自分で『コレは夢やー』て分かるコト、今まであったかなー……?」
     自分のひざに頬杖を突き、エリザは水平線の向こうに目をやる。と――。
    「……お? お、おおおっ!?」
     自分の斜め上にあった方の太陽が、ゆっくり降りて来たのである。
    「な、何やな何やな?」
    《突然の失礼、おわび申し上げる》
     と、その太陽がエリザに向かってしゃべり出した。
    《私は克饕餮(トウテツ)。はるか昔、この地で死んだ者である。狐のご婦人、どうか私の話を聞いてはくれまいか?》
    「な、何て? とう、とー、……トウテツ?」
    《左様。死んで1000年、ようやく私の声が聞こえる者が現れて、私は非常に嬉しい》
     太陽は次第に光を潜め、そこに身長2メートルを優に超える、巨漢の短耳が現れた。
    《狐のご婦人、……と何度も呼ぶのは面倒なので、良ければ名前を教えてほしい》
    「あ、はあ……。エリザ・ゴールドマンです。よろしゅう」
    《よろしく》
     トウテツと名乗った男は、エリザに向かって手を差し出して来る。つられてエリザも手を出し、握手を交わした。
    《なかなか豪胆な方と心得る。それに、心もお若い》
    「そらどーも」
     最初は戸惑ったものの、相手が言った通り、肝の図太い彼女である。ものの1分もしない内に慣れてしまい、エリザは饕餮に尋ねた。
    「ほんでトウテツさん、まさか『声聞こえるわー、わーいお話しよかー』で終わりやないでしょ?」
    《うむ》
     饕餮は苦笑いを浮かべつつ、こう切り出した。
    《ご婦人、あ、いや、エリザさん。頼みがあるのだ》
    「そらあるでしょう。無かったら『話聞いて』なんて言いませんやろ」
    《あ、う、うむ。失敬》
     話している内に、エリザは相手の性格も見抜く。
    (アレやな、昔会うた……あの、アレやアレ、シェリコくんのおじーちゃんと同じタイプの人やな、どうも。話す度に一々、ドンドン話が遠回りしよる系の人やな)
    《頼みと言うのは、他でも無い。私の『頭』を探してほしいのだ》
    「は?」
     相手の性格は読めたものの、その頼みの内容までは流石に察することができず、エリザは目を丸くした。
    琥珀暁・女神伝 3
    »»  2020.09.16.
    神様たちの話、第358話。
    饕餮の後悔。

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    4.
    「頭? ……や、そうか、アンタ1000年とか言うてはりましたもんな。幽霊さんなんですな?」
    《そう言うことになるな。この姿は生前の、と言うか、私がまだ正気を保っていた頃のものだ》
    「ふーん……?」
     饕餮はエリザに手招きし、島の奥へ付いてくるよう促す。
    《私はとある一派に属していた。その名も克一門、克大火と神道理(しんとう・まこと)を双璧と仰ぐ、地下組織の一員であった。と言っても非道や不善を働いていたわけではない。ある巨大な組織に、義憤と正義感、そして因縁によって対抗しようと試みる、ゲリラ集団だったのだ。
     色々とあって、まあ、その組織の壊滅には成功したわけであるが、結局のところ、世界の崩壊を食い止めることまではできず、一門は崩壊に伴ってちりぢりになってしまった。師匠の行方も分からず、門弟も生き残っているのか死んでしまったか》
    「ソレについてなんですけど」
     と、エリザが手を挙げる。
    「アンタ、ホウオウって知ってはります?」
    《ほ、鳳凰!? と言うと、お父上に良く似たお顔とお母上と同じ茶髪で、いつも浮世離れしていた、あの鳳凰か! おお、存じているとも!》
    「顔のコトは知りませんけども、茶髪は茶髪でしたな。いっぺん、そのホウオウさんから同じよーな話を聞いたコトあるんですわ。チラっとだけですけども」
    《え……? 本人から?》
     意外そうな顔をした饕餮に、エリザはニヤ、と笑って返す。
    「克一門は不屈揃いやて言うてはりましたわ。『殺しても死なないよーなのが一杯いる』と」
    《はははは……、うむ、左様である。師を筆頭に、そんな者ばかりだった。……が、実際はこの通りだ。まあ、自業自得ではあるのだが》
    「っちゅうと?」
    《それをこれから説明する。見てもらわないと、私の頼みについて具体的には、理解してはもらえんだろうからな》
     話している間に、二人は島の中央に到着する。そこには饕餮と、真っ黒な服を着た男が対峙しており、会話を交わしていた。
    《あれは1000年前の――まだこの姿を保っていた頃の私と、我が師である克大火だ》

     そこにいた饕餮は、土気色の顔でうずくまっていた。
    「はあ……はあっ……」
     対する大火は、どこか呆れたような様子で彼を見下ろしていた。
    「お前には過分に知恵が足りんと思ってはいたが、まさかこんな暴挙に出るほどに愚かだったとは、な」
    「はあ……はあ……すみません……師匠……」
    「とは言え、あいつら相手にたった一人では、致し方無いことか」
     大火は建物の外に目をやる。
    「……?」
     エリザのいた側からは何も見えなかったが、案内してくれた方の饕餮に手招きされ、大火と同じ視点に移動したところで、その禍々しいモノの大群を、建物の窓越しに確認することができた。
    「うわっ……アレは」
    《師が『難訓』と呼んでいた女は――師匠の、かつての一番弟子だったが――はっきり言って狂っていた。一体どう言うつもりであったのか、崩壊した後の世界に、あんな名状しがたきモノ共を、嬉々としてバラ撒いていたのだ》
    「バケモノやんか……。そうか、そのナンクンとかっちゅうのんの仕業やったんか、ほんなら」
     エリザがまだ少女の頃に目にしたバケモノと同じような、異質な造形物たちは、今にも建物に迫ろうとしていた。いや、実際に迫ったものもいたらしく、建物の入口辺りに血だまりができている。
    「アレ、アンタがやらはったんです?」
    《左様。だが師匠が助太刀に来てくれるまでに、相当の間があった。待っていては到底、持ちこたえられないほどに。そこで私は、妹弟子の麒麟が編み出していた術を使い、一掃を試みたのだが……》
     話している間に、回想の方の饕餮の背中が裂け始め、そこから紫色のまばゆい光が走る。
    「あ、アレ、……アレ何ですのん!?」
    《術には重大な欠陥があった。一言で言うなら、暴走したのだ》
    琥珀暁・女神伝 4
    »»  2020.09.17.
    神様たちの話、第359話。
    克大火の弟子;全てを飲み込む者。

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    5.
    《麒麟が私に――『コレは緊急の緊急、もうコレやるしかない最終段階って時にだけ、どっちかいっこだけ使うように』と警告した上で――教えた術は2つあった。一つは魔獣の術。己の体を一時、獣同様に換えるもので、私が使えば獰猛な熊のように変身できた。
     そしてもう一つは、魔力を爆発的に増加させる強化術だ。MPPと言って、エリザさんはお分かりだろうか》
    「分かりまへんなぁ」
    《あー……と、となると説明が難しいな。どう言ったものか、……ともかく、魔力を一時的に、通常の数十倍、いや、数百倍に高めることができるのだ》
    「ほんでアンタは、アカン言われてたにもかかわらず、両方いっぺんに使てしもた、と」
    《左様。私の腕では同時に2つ展開して、制御することはできなかったのだ。そしてその結果が……》
     話している間に、回想の中の饕餮の体は真っ二つに避け、その中から熊のようなバケモノが姿を現した。だがその姿もまもなく膨れ上がって原型を留めなくなり、そこから先は虎のような、象のような、しかしやはり、どこかに熊の要素も残っているような――数多の猛獣を混ぜ固めたような、形容しようの無いバケモノへと変貌した。
    「……愚か者め……」
     大火は顔をしかめさせ、その場から姿を消した。

     その後の映像は、数多の修羅場をくぐった経験豊富なエリザでも、絶句するようなものばかりだった。
     完全な怪物と化した饕餮は、確かに所期の目的通り、迫っていたバケモノを、一瞬の内に消し飛ばした。だが攻撃の余波はバケモノたちだけではなく、島自体をも吹き飛ばした。その時点で饕餮の自我は消え去ってしまったらしく、彼はそのまま、空高く飛び上がった。
    「……なっ……なんだ……お前は……!?」
     と、彼の視界に真っ白なローブを着た女――克難訓が映る。それを目にした途端、饕餮は彼女めがけて一直線に飛び込んで行った。
    「く……来るな……来るなーッ! 『バールマルム』! 『ネメシスバルド』! 『アポカリプス』!」
     どうやら難訓は魔術を立て続けに放ったようだが、饕餮の体中に現れた目が3つ、4つ潰れた程度で、ほとんどダメージらしいダメージは受けていない。
    「ひ……ひいいいいいいいっ!」
     あっと言う間に難訓は饕餮の中に飲み込まれ、数秒後、細切れになって背中から排出された。
    「……っ……あ……ぅ……」
     顔面半分と胸から上だけになった彼女も、瞬間移動術で姿を消す。だがそれに気付いた様子は、饕餮には無かった。何故ならその時、彼は別のものに目を向けていたからである。
     饕餮は目に映ったもの――一際大きな陸地に向かって、またも一直線に飛んで行った。

     饕餮はその大地を、破壊し尽くした。たった一日で、北方大陸と同じくらいの大きさであったその大陸は、いくつかの島々を残して海に沈んでいった。



    《……そして私は、次の標的を探すべくさまよっている間に、完全武装した師匠と相見えた。いやまったく、師匠は流石の人であった。私が不完全な形で発動した魔力強化術を短時間で改良し、実用に耐え得るものに調整したのだ。その強化術を用いた師匠は、まさに一騎当千、いや、当万、当十万とも……》「ほんでトウテツさん」
     冗長的になり始めた話をさえぎり、エリザは先を促した。
    「結局そのお強いお師匠さんが、トウテツさんを討ったワケですな?」
    《左様。師匠は私の体を可能な限り細切れにし、数百キロ四方にバラ撒いた。当然、その中にあった私の『元の』頭も、どこかに飛んで行ってしまった》
    「1000年も前やったら、とっくに土に還ってしもてるんとちゃいます?」
     そう返すエリザに、饕餮はかぶりを振る。
    《私には分かる。まだこの南の海のどこかの島に、私の頭骨が残っていると。
     無論、今更見付けたところでどうなるものでもないし、もう1000年、2000年も放っておけば、流石に消えて無くなるかも知れん。だがあると感じる以上、せめてきちんと葬ってほしいと、そう思うのは自然ではないだろうか》
    「まあ、分からんではないですな」
     エリザはいつの間にか手にしていた煙管を口にくわえ、ふーっと一息吐き出す。
    「お話、よお分かりました。どっちにせよ、この辺りは探索しようと思とったところですし、ついでで良ければ探しますで」
    《おおっ、ありがたい!》
    「ですけども」
     顔をほころばせた饕餮に、エリザは煙管の先を向ける。
    「タダで人を使おうっちゅうワケやありませんよね? こっちも酷暑と潮風の中、汗かき汗かき髪と尻尾をゴワッゴワにして捜索するんですから、何かしら見返りはもらわへんと、割に合いませんわ」
    《承知している。エリザさんは魔術に相当お詳しいようだから、それに因んだ品を用意しよう》
    「『用意』て言われても、ソレを幽霊のアンタから、どう受け取ればええんです?」
    《無論、配慮はする。信じてほしい》
    「ま、ええですわ。ソレで手ぇ打ちましょ」
    《よろしく頼む。頭骨を見付けたらどうか丁寧に埋葬し、その上に墓を建ててほしい》
    「はいはい」
    琥珀暁・女神伝 5
    »»  2020.09.18.
    神様たちの話、第360話。
    1000年越しの弔い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     夢の中で受けた饕餮からの依頼は、エリザが予想していたよりずっと早く、達成することができた。夢を見てから2ヶ月後、ひょんなことから発見できたからである。
    「お、女将さぁ~ん!」
     ぞっとした顔を並べるシェリコとエルモに呼ばれ、エリザは面食らう。
    「何やのん? 二人して、えらい顔しよって」
    「し、島の奥で、えらいもん見付けてしまいまして」
    「そ、そ、そうなんスよ」
     それを聞いて、エリザはピンと来る。
    「何や? 頭蓋骨でも見付けたんか?」
    「そ、そう、ソレなんスよ! 多分人のヤツっス」
    「でも、普通やないんですよ。辺り一面、何て言うたらええか、その……」
    「ちょと見に行こか。案内頼むで」
    「あ、案内……スか」
    「わ、分かりました……」
     揃って肩を落とす兄弟の後ろに付き、エリザはその、骨がある場所へと向かった。
    「おーぉ」
     現場を見て、エリザもうめく。
    「こら怖いな、確かに」
     島の中心と思われる場所に、その頭蓋骨は半分ほど埋まっていた。だが地面は大きくえぐれており、その周囲6~7メートルは、およそ砂や土とは思えない、真っ青な色に染まっている。
    「触って平気、……とはちょと思えへんなぁ、コレ」
     エリザは途中通った森の中に戻り、枝を拾って来る。
    「よっこいしょー、っと。……うわぁ」
     枝を青い地面に刺した途端、枝はぶすぶすと煙を上げ、ぼろぼろに崩れてしまった。
    「結構な強酸やな。ほんなら、中和したら何とかなるかも分からんな」
    「どうすんスか?」
    「ソコら辺の木と海藻集めて燃やし。ほんででけた灰と真水混ぜて撒いてみよか」
     エリザに命じられた通り、シェリコ兄弟とゼラナ姉妹は周囲の木を伐り、浜辺に打ち上げられていた海藻を採って、一緒に燃やして灰を得た。
    「コレでええのん、ばーちゃん?」
    「ん、ありがとさん」
     エリザは灰を含んだ水を撒き、もう一度枝を刺して土の様子を探る。
    「さっきよりは反応薄くなったけども、……まだ煙、うっすら噴いとるな。こら全部中和するのんに二、三日かかりそうやな」
    「女将さん、なんでそんなにあの骨にこだわるんスか?」
     シェリコに尋ねられ、エリザは肩をすくめて返した。
    「野ざらしは可哀想やろ? どんだけ経っとるか分からんけども」
     結局、土が無害な程度に中和されるまでに、4日を要したが――それでもどうにかやり遂げ、エリザは饕餮のものらしい頭蓋骨を拾うことができた。
    「なるほどなぁ。あんな土ん中やったら鳥も獣も寄って来られへんわな。そら1000年放置されるワケやで」
    「1000年?」
     横にいたエルモに尋ねられたが、エリザは笑ってごまかす。
    「そんくらいやろなって。……さ、ほな丁寧にお墓作ったろか。もうひと頑張り頼むで」
    「へーい」

     その日の晩の内に、エリザの夢に饕餮が現れた。
    《頼みを聞き届けていただき、誠に感謝の極みである。ありがとう、エリザさん》
    「そらどーも。……で、報酬はどうやってもろたらええんでしょ」
     尋ねたエリザに、饕餮は懐から一枚の、金と紫に光る板を取り出す。
    《この『目録』をあなたにお譲りする。あなたの心の中に置いておく》
    「はあ……? まあ、もろたっちゅうコトでええんですな」
    《これで私もようやく、心残りが無くなった。もう現世には未練無しだ。……いや、……最期に、一つだけ。と言っても、これはエリザさんに何かしてもらうような必要は、無いかとは思うが》
    「何ですのん? 今更遠慮せんでもええでしょ」
    《うむ……まあ……そうだな》
     饕餮は困った顔をしつつも、口を開いた。
    《師匠はまだ生きている、……と思う。恐らくは私を討った直後、力尽きてどこかの島に漂着したと思われるが、私が自分自身の頭骨の存在を感じていたように、この世界においてもまだ、師匠がどこかで生き残っていることを感じている。だがもし見付けたとしても、彼のことは放っておいてもらいたい。その内、目覚めるだろうから。師匠はそう言うお人だ。
     ただ、それが明日のことか、あるいは50年後、100年後、それとももっと後のことになるかは、私にも見当が付かないが》
    「分かりました。ほな探索は切り上げときましょ。誰も来おへんかったら見付かるコトも無いでしょうし」
    《よろしく頼む。……ではさらばだ、エリザさん》
    琥珀暁・女神伝 6
    »»  2020.09.19.
    神様たちの話、最終話。
    陽は墜ち――そして、また。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     饕餮の埋葬が済んだ翌日、エリザは突然、帰郷を提案した。予定よりも随分早かったが、孫たちをはじめとして、船団の皆も故郷を恋しく思い始めていた頃であり、満場一致で帰ることが決定された。
    「ほんでも、何で急に?」
     尋ねたシェリコに、エリザはいつもと同じように、肩をすくめて返した。
    「色々な、思い付いたコトがあんねん。もしかしたらもうアタシ、あんまり時間が無いかもやから、少しでも形にしたくてな」
    「ちょっ……、縁起でも無いコト言わないで下さいよ、女将さん」
    「冗談で言うたんやあらへん」
     エリザは海の向こうを眺めながら、煙管をくわえた。
    「アタシもう、すっかりおばあちゃんやで? やりたいコトがいきなり仰山でけても、もう間に合わへんかも分からんからな」

     その言葉が――極めて残酷ながら――真実であったことは、帰郷後まもなく証明されてしまった。エリザは故郷に戻って数日後、突然息を引き取ってしまったのである。あまりに早過ぎる大女将の死に、息子は勿論、弟夫婦も娘夫婦も、そして親しくしていた側近とその子供たちも、さらには彼女の家に仕えていた使用人たちも――果てには街にいたその全員が、深く涙した。
     エリザは万人から深く惜しまれ、そして悼まれて、豪勢に弔われた。葬儀はまるでお祭りの如く、七日七晩に渡って続けられたと言う。



    《……ってワケでなー、トウテツさんからもらったもん実践してみよか思てた矢先に、ぽっくりやで? そら死んでも死に切れへんっちゅうヤツやん?
     せやからココに居座って、研究続けるコトにしたんよ》
    《あなた、息子さんに助言するのが目的だって言ってなかった?》
     夢の世界、エリザの家。
     彼女に拾われた悲劇の大天才、葵・ハーミットは、エリザ自身から彼女の半生記を聞かされ、いささか疲れた表情を浮かべながらも――やはり当事者本人からの、生の英雄譚であったためか――どこか興奮した様子を見せていた。
    《や、ソレも勿論あるねんで? でもソレだけやとヒマするやんか》
    《死んだ人が忙しいって言うのも変じゃない?》
    《かも分からんけども。……ともかくや、その『目録』、実はココにあんねん》
     そう言って、エリザは自分の胸元に手を入れ、煙管――ではなく、金と紫に光る板を取り出した。
    《コレが克一門の秘蔵の品、『黄金の目録』や。コレ、ホンマにすごいで。コレ自体が桁違いの魔力持っとるおかげで、死んだ後でもアタシ、こーやって夢の世界で好き放題でけるようになったからな。ソレに強化術やら金の錬成法やら、今でも実現困難、実現不可能なハナシまで、実践でける方法が事細かに書かれとるんよ。
     や、そんなんはまだ序の口やな。ホンマのホンマにものすごいんはな……》
     説明しつつ、エリザは「目録」の表面をなぞり、葵にその「ものすごい」内容を見せる。
    《……え? えっ!? う、嘘でしょ!?》
     葵ほどの英才でさえも仰天する様子を見て、エリザはニヤニヤと笑みを浮かべている。
    《ホンマや。コレはもう、魔術の域やない。魔法やねん》
    《あたし、克一門をなめてかかってたよ。……本当に、本当にすごかったんだね》
    《残念ながらトウテツさんは、内容はよお分かってへんかったみたいやけどな。分かっとったらバケモノになるようなヘマ打ってへんわ。そもそもそんな術使う必要無かったんやから》
    《そう、だね》
     葵は「目録」を手に取り、熱心に見入っている。と、エリザは葵から「目録」をひょいと取り上げ、胸元にしまう。
    《あっ》
    《研究はおいおいやって行こか。まずはアンタの部屋作るんが先決や》
    《あ、……うん》
     椅子から立ち上がり、葵が部屋を出る。



     エリザも続いて部屋を後にしようとし――くるんと振り向いた。
    《アタシらまだまだ、コレからやでぇ? アハハハハハハ》

    琥珀暁・女神伝 終

    双月千年世界「琥珀暁」 終
    琥珀暁・女神伝 7
    »»  2020.09.20.

    神様たちの話、第326話。
    皇帝の素顔。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     皇帝レン・ジーンは遠征隊の拘束から逃れてすぐ、首都フェルタイルに舞い戻っていた。しかし前述の通り、脱出直後に緊急警報が発令されており、街の者は全員、逃げ出してしまっている。
    「人っ子一人おらぬではないか。これでは……」
     遠征隊相手には薄ら笑いを浮かべ、皆を煙に巻いていたジーンも、こうしてアルと二人きりになったところで、ようやくその仮面がはがれた。
    「これでは、誰が余の手足となると言うのだ!? 誰が余の腹を満たすのだ!?」
    「……」
     実のところ、1ヶ月に渡って食事も満足に与えられず、鎖で宙吊りにされ続けると言う過酷な拘束は少なからずジーンの体を痛めつけており、この時点で既に、ジーンは疲労と飢餓の二重苦に苛(さいな)まれていた。当然、精神状態も極限に達しており、立っているのもやっとの状態である。
    「何とか申せ、アル! 貴様は余の第一の腹心、最大の参謀であろう!? 余が窮しておる今こそ、献策すべきであろうが!」
    「……」
     辛うじて声を絞り出し、怒鳴りつけたものの、アルは一言も発さない。
    「役立たずめが! ……もう良い、飯を食ろうてくるわ!」
     棒立ちのアルに背を向け、ジーンは近くの民家の戸を蹴り破った。
    「ぬ……!?」
     だが、家の中はがらんどうになっており、りんご一欠片すらも落ちていない。
    「なんと貧しい家だ。飯も無いとは」
     その家を後にし、隣の家も蹴破って押し入るが――。
    「……ここも、か?」
     その家も、さらに隣の家も――どの家に押し入っても、ジーンが口にできそうなものは、小指の先ほども見付けられなかった。
     そもそも、西山間部を豪族とミェーチ軍団に制圧されて以降、そちらから流通していた食糧をはじめとする物資の供給ルートは完全に絶たれており、東山間部は食糧難に陥っていたのである。加えてゼルカノゼロ南岸戦に備えて帝国軍が苛烈な徴発行動を採ったため、その時点で民間の蓄えは、ほとんど無くなってしまっていた。その徴発から1ヶ月経ってはいるものの、元より乏しかった食糧事情がその程度の期間で改善しているはずも無い。
     結局、ジーンはわずかな体力を使い果たし、手当り次第に家を回っても、まともな食べ物を手に入れることはできなかった。
    「あったのはこんな、……こんなカビたチーズが、半欠けだけとは。貧しいにも程がある。一体何をしておったのだ、我が国民共は!? もっと身を粉にして、余の腹を満たすべく働くべきではないのか!? 何たる怠け者共だ!」
     座り込み、自分勝手な言い分をわめき散らしても、誰一人いない広場からは自分の声がこだまして返って来るばかりである。
    「レン」
     と、そこへアルがやって来た。
    「遠征隊の人間が48名、こちらへ向かって来ているのが確認された。お前を再度拘束するつもりだろう」
    「何だと?」
     よろよろと立ち上がり、折角見付けた食糧を踏み潰しながら、ジーンはわなないた。
    「ようやく口を開いたかと思えば、賊軍だと!? 見て分からぬか? 余は疲れておるのだ! お前が相手をしろ!」
    「承知した」
     ジーンの命令に従い、アルは街の外へと向かって行った。
    「……くそっ」
     ジーンは靴の裏にこびりついたチーズの欠片をこそぎ落とし、口に運ぼうとして、慌てて首をぶるぶると振った。
    「……ぐっ……馬鹿な、食えるものか!」
     指の先に付いたチーズをはたき落とし、ふたたびその場にしゃがみ込む。
    「一体何故こんな目に遭わなければならぬと言うのだ? 余はこの世を統べる天の星であるぞ? その余がこんな屈辱を味わわねばならぬとは、……まったくもって忌々しい。あの女狐には、今度こそ罰を与えてやらねば!」
     顔を覆い、呪詛じみた言葉を漏らして息巻いていたところで――バタバタと軍靴を響かせる音が近付いて来ているのに気付いた。
    「うっ……!」
     ジーンは慌てて立ち上がり、アルが向かった方へと逃げ出した。

     結局、遠征隊200名余りが包囲する直前に、ジーンと、そして先に到着していた一小隊と交戦していたアルは、フェルタイルから逃げ出した。
     だがその後も別の部隊に何度も追撃され、その都度、二人は北方向への逃走を繰り返し――ついには生存不能圏とされる北方最北の高山地域、ゴラスメルチ山脈にまで入り込んだことが、ハンとエリザに報告された。

    琥珀暁・追討伝 2

    2020.08.05.[Edit]
    神様たちの話、第326話。皇帝の素顔。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 皇帝レン・ジーンは遠征隊の拘束から逃れてすぐ、首都フェルタイルに舞い戻っていた。しかし前述の通り、脱出直後に緊急警報が発令されており、街の者は全員、逃げ出してしまっている。「人っ子一人おらぬではないか。これでは……」 遠征隊相手には薄ら笑いを浮かべ、皆を煙に巻いていたジーンも、こうしてアルと二人きりになったところで、よう...

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    神様たちの話、第327話。
    成果と評価。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「ゴラスメルチ? と言うと、かつて豪族居留地があったところですか?」
     地図に視線を落としながら尋ねたハンに、エリザが「ちょっとちゃうな」と答えた。
    「ソレは山の西側の端っこら辺やね。皇帝さんらはどうも東側におるみたいやわ」
    「一応、地理的にはつながっていなくも無いようには思えますが、この東西の間の山が生存不能圏内となっている、と」
    「そう言うこっちゃ。こんなトコを皇帝さんみたいな薄着でウロウロしとったら、間違い無く凍死するな」
    「であれば、東側へ抜けて西山間部が襲撃される、と言うような事態にはまずならないでしょうね。それ以前に、そんなところまで追い込まれたのならば、最早追討する必要性は無いでしょう。とは言え……」
     ハンは地図を机に置き、ハンガーに掛けていた鞘付きのベルトと手袋、軍帽を次々手に取り、装備し始めた。
    「俺がこの手で決着を付けなければ、そしてこの目で最期を見届けなければ、少なくとも俺は納得しません。そして恐らくは、誰もそんな結末で安堵しはしないでしょう。
     マリアと合流し、そのまま一緒に山に向かうと伝えます」
    「アタシも行くで」
    「大丈夫ですか? 山は相当な難所と聞いていますし、そもそもエリザさん、寒がりでしょう?」
    「山道はちっちゃい頃から慣れっこや。ソレにコレで寒いのんも最後っちゅうんやったら、後一回くらいはガマンしたるわ」
    「分かりました。30分後、北門で落ち合いましょう」
    「よっしゃ」

     装備を整えたハンとエリザ、そして彼女の護衛にロウを伴い、3人は馬車を駆って北へ向かった。
    「いよいよ出陣だな、隊長さんよ」
    「そうだな」
     2年半もの間、少なからず交流の場があったものの、ハンとロウは結局、最後まで水と油のままだった。そのため並んで御者台に座ってはいたものの、最初に二言、三言交わしたきりで、それ以上どちらからも、相手に話しかけようとはしなかった。
     そのせいか――。
    「エリザさん、椅子どうっスか? 固くないっスか?」
    「大丈夫やで」
    「エリザさん。思ったより暑くなってきたようですが、コートはどうされますか? 預かれますが……」
    「ん、ひざに掛けとくわ」
    「エリザさん、のど乾いてないっスか?」
    「ありがとさん。ちょと欲しいかな」
    「エリザさん、マリアたちと合流するまでまだ間がありますから、軽食を取りましょうか」
    「せやね」
     エリザが両方から、しきりに声をかけられる羽目になった。
    「……ほんでな、ちょと、お二人な?」
     流石のエリザもうっとうしくなったらしく、両方に手のひらをかざして制止した。
    「なんでしょう?」
     二人同時に返事され、エリザは笑い出す。
    「ぷっ、……ハハ、アハハハ、……や、あんな、お二人ともな、アタシのコト好きなんは十分よお分かったから、ええ加減二人で話しよし」
    「え?」
    「いや、話すことは何も……」
     ハンは断りかけたが、ロウの方が話しかけてきた。
    「あー、えーと、アレだ、隊長さんよ」
    (聞くのかよ。エリザさんに言われたからって、律儀にやること無いだろう?)
     面倒には思ったが、わざわざ止めるほどのことでも無く、ハンは耳を貸す。
    「なんだ?」
    「この戦いが終わったらあんた、大出世間違い無しだろうな」
    「はあ?」
     話の脈絡がつかめず、ハンは首をかしげる。
    「どうしてそうなる?」
    「そりゃなるだろうがよ。悪いヤツ倒してお姫様救って凱旋ってなりゃ……」
    「だが『悪い』だの何だのは結局、この邦での話だ。ノースポートを占拠した以上に、本土に悪影響を及ぼしたわけじゃない。それを倒したからって、評価されるとは思えないな」
    「そらちゃうやろ」
     と、エリザも話の輪に加わる。
    「そもそも占拠の話かて、アンタがおらんかったらソレ以上の悪いコトが起こっとった可能性は十分ある。アンタが偶然あの場におらんかったら、本営が気付くのんももっと後やったやろし、その間に町の人ら、何人か死んでたかも分からん。そうならんかったんは間違い無くアンタのおかげや。ソレを評価せえへんかったら、ゼロさんもノースポートの人らも、よっぽどの恩知らずやで。ロウくんかて、あの場におったワケやしな」
    「っスねぇ。ま、その点だけはよ、俺、マジで感謝してっから。な、隊長さんよ」
    「……あ、……ああ」
     素直にロウから礼を言われ、ハンは面食らいつつもうなずいた。
    「その後のコトもな、やっぱりアンタがおったコトは大きいと思とるで」
     胸元から煙管を取り出しつつ、エリザは話を続ける。
    「他の誰が遠征隊の隊長になったとしても、ココまでうまいコト話は進まへんかったはずや。相当早い段階で気が急(せ)いて殴り合いになってまうか、さもなくばアタシの一言一句をヘンな方に受け止めたり曲解したりで、作戦を片っ端からワヤにしてまうか。
     今のゼロさんがどんな裁定下すか分からんけども、少なくともアタシは表彰もんやと思とる。アンタが隊長やったからこそ、こうやってええ感じの結末になったワケや。ありがとうな、ホンマに」
    「……何だか、気恥ずかしいですね。面と向かってそう言われると」
     ハンは――自分でも珍しいと思うくらいに――普段から血色の悪い顔が熱くなっているのを感じつつ、エリザに頭を下げた。

    琥珀暁・追討伝 3

    2020.08.06.[Edit]
    神様たちの話、第327話。成果と評価。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「ゴラスメルチ? と言うと、かつて豪族居留地があったところですか?」 地図に視線を落としながら尋ねたハンに、エリザが「ちょっとちゃうな」と答えた。「ソレは山の西側の端っこら辺やね。皇帝さんらはどうも東側におるみたいやわ」「一応、地理的にはつながっていなくも無いようには思えますが、この東西の間の山が生存不能圏内となっている...

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    神様たちの話、第328話。
    インセンティブ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「まあ、その。俺の話はそれくらいでいいでしょう」
     たまらず、ハンは話題を変える。
    「それでロウ、あんたはどうなんだよ? もう軍を抜けた身だし、表彰だの評定だのって話は、まず出ない。せいぜい、陛下か俺の親父から多少労われて終わりだろう。正直、いくら頑張ったって見返りなんか……」
    「ああ。そんなもん、ハナっからいりゃしねえよ。チヤホヤされたりカネもらったりしたって、大して嬉しくもねえや」
     笑いながらそう答えたロウに、ハンは首をかしげる。
    「じゃあなんでこんなところまで来たんだ? せいぜい、エリザさんから給金をもらう程度だろう?」
    「それがいいんだよ」
     ロウは胸を反らし、満足げに鼻を鳴らす。
    「俺はな、エリザさんの助けになれるってことが一番嬉しいんだよ」
    「ぶっ」
     煙管を吸っていたエリザが、煙を勢い良く吐き出す。
    「ケホ、ケホッ、……アンタなぁ。そう言うコトをよお、アタシの真ん前で言えるな?」
    「でへへ……すんません」
    「まあ、うん。この3年、色々助けてくれたしな。帰ったら、何かしらごほうびあげるわ」
    「どうもっス」
     と、ハンがまた首をひねる。
    「帰ったら、……って、あんたもうノースポートに戻るつもりは無いのか?」
    「あん?」
     ロウも首をかしげ返したが、「あ、そっか」と声を上げる。
    「だよな、遠征隊が解散したらもう、用心棒やんなくてもいいってことだもんな。そっか……」
     耳も尻尾も悲しげにだらんと垂らしたロウを見て、エリザが笑い出した。
    「アッハッハ……、なんやな、そんなにアタシの側がええのんか?」
    「そりゃもう!」
    「んふ、ふふ、ふっふ、……まあ、ソコまで言うねんやったら、帰ってからもアタシんトコにおったらええよ。何かしらお仕事もお願いするやろしな」
    「いいんスか!?」
     一転、ロウの耳と尻尾がぴょこんと立ち上がる。
    「えーよえーよ、好きなだけ居ときよし。なんやったらそのうち、奥さんも探したげるわ。いつまでも独り身は寂しいやろからな」
    「えっ、……あ、……はい、……よろしくっス……うス……」
     またも悲しそうな顔をしたロウを、ハンは複雑な気分で眺めていた。
    (エリザさんのことだ。こいつの気持ちは知ってるだろうし、……わざとそう言って、釘を刺してきたんだろうな。『アンタはダンナやないからな?』って。正直、こいつのことはそんなに好きでもないし、評価してもいないが、……流石に可哀想になってきたな)
     その後はマリアたちと合流するまでずっと、ロウはしょんぼりとした様子で手綱を握っていた。

     フェルタイルを出発して四半日もしない内に、馬車はゴラスメルチ山脈の東側ふもとに到着した。
    「お待ちしてました、尉官」
     マリアをはじめとする追討部隊200名に敬礼され、ハンも敬礼して返す。
    「状況は?」
    「とりあえずここで陣取ってる感じですね。みんなで一斉に入るには道が険しすぎますし、うかつに深入りすると遭難しかねないくらい、吹雪もひどいんです」
    「吹雪?」
     言われて、ハンは山の上方に目をやる。
    「確かに白いな。8月だってのに降ってるのか」
    「ちょっと行くと急に気温が下がってくるんです。空気も薄いみたいで、焦って追いかけた人たちもすぐ戻って来ました。『とても息が続かない』って」
    「ふむ……」
    「だもんで、もしかしたら皇帝たちが引き返して来るかもってことも期待してたんですが、それらしい様子も全然無いです」
    「しかしそんな状況では、踏破したとも考え辛いな。有り得る状況としては、遭難して死亡したか」
    「せやったら話が早いんやけどな」
     ハンの横で話を聞いていたエリザが、肩をすくめる。
    「どうあれ確認せなアカンやろ。『死んだはずや』言うてほっとって、もし奇跡的に生きて西側に降りて来たりしたら、まずいコトになるしな」
    「ええ、確かに。捜索は必須でしょう」
     ハンたちは半数を実際に登らせ、残り半分をふもとに残して支援に当たらせる策を採って、山狩りを開始した。

    琥珀暁・追討伝 4

    2020.08.07.[Edit]
    神様たちの話、第328話。インセンティブ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「まあ、その。俺の話はそれくらいでいいでしょう」 たまらず、ハンは話題を変える。「それでロウ、あんたはどうなんだよ? もう軍を抜けた身だし、表彰だの評定だのって話は、まず出ない。せいぜい、陛下か俺の親父から多少労われて終わりだろう。正直、いくら頑張ったって見返りなんか……」「ああ。そんなもん、ハナっからいりゃしねえよ。...

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    神様たちの話、第329話。
    皇帝追討、最終局面。

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    5.
     山狩りを始めてから丸1日が経過し――。
    「1日で捜索可能な範囲は一通り、クリアリングが済んだわけだが……」
    「確かに人が通った形跡はチラホラあったみたいですが、どの班も身柄の発見には至らなかった、……と」
    「そう言うことだ」
     ふもとに設営されたキャンプで夕食を取りつつ、ハンたちは各班から受けた報告を、マリアたちと共にまとめていた。
    「でも尉官、普通に考えたらそれって、皇帝はもう死んでるんってことじゃないですか?」
    「その可能性は非常に高いだろう。いくら超人的な身体能力を有していると言っても、酷寒と吹雪に加え、薄い空気の中だ。さらに言えば山に入るまでの2日、俺たちが散々追い回して来たんだ。休息も食事も、取れているはずが無い。これで生きていたら、それはもう人間じゃない。バケモノの類だ。
     だがそれでも、油断のならない相手だ。推測だけで死亡と決め付けるのは、あまりにも危険だろう」
    「でも、ずーっとここに陣取ってるわけにも行かないでしょ? いつまでとかって決めた方が良くないですか?」
    「ふむ……」
     マリアの意見を受け、ハンは横で煙管をくわえていたエリザに尋ねる。
    「どうでしょう、エリザさん? マリアの言う通り、長期間詰めていてもあまり成果は上がらないと思います。正直なところ、俺としても死んでいる可能性の方が高いと思っていますし、であればフェルタイルに戻り、残った帝国高官らと今後の交渉を行わなければなりません。それにクーのことも……」
    「せやな」
     エリザはふーっと紫煙を吐き、短くうなずいた。
    「せめて後6日、丸1週間は捜索を続けたいトコやな。ソレで見付からんようであれば、なんぼなんでも生きてるはずが無いやろし、その辺りで引き上げてええやろ」
    「分かりました。ところでエリザさん」
    「ん?」
    「先程気付いたんですが、妨害術を展開していないんですか? 普通に通信術を使っていた者がいましたが……」
    「ああ、ソレなー」
     エリザは煙管の灰を捨て、新しい煙草を詰めながら答える。
    「町やら村やらで妨害術を仕掛けてもろてたけど、そもそも山の方までは届かへんねんな、術の効果が。となるとかけとく意味があらへんし、使えるもんなら使た方が便利やしな」
    「ですが、皇帝が術を使って移動したら……」
     ハンの懸念に、エリザが「大丈夫やろ」と返す。
    「町では今まで通り使てもろてる。せやから山で使たとしても、町へ移動するのんは不可能や。そもそもご飯も食べてへん、お休みもしたはらへんっちゅう状態で魔術なんか使てみ? 鼻血ブーッて噴いて倒れてまうで」
    「ふむ……似たような話は、親父から何度か聞きましたね。陛下が戦いで根を詰めすぎられた際に、よくひげを真っ赤に染めておられたと」
    「せや。実を言うと、アタシも2回ほどやってしもたコトあるねんな。まだ先生から色々教えてもろてた時の話やけども。ま、ソレはともかくとして、限界ギリギリっちゅう時に魔術を使おうと思ても、体が付いてかへん。実際使えへんもんなんよ。
     ちゅうワケでな、明日からはアンタも気にせず使てええよ」
    「そうします。と言っても、通信くらいしかできませんが」

     その後3日、遠征隊は引き続き山狩りを行い、皇帝を探し回ったが、成果は一向に上がらなかった。兵士たちの中にも、皇帝はもう死んでしまっているだろうと予測する者が多くなり、ハンとエリザは一週間と予定していた捜索期間を切り上げることを検討し始めていたが――捜索5日目に入った朝、事態は動き出した。

    琥珀暁・追討伝 終

    琥珀暁・追討伝 5

    2020.08.08.[Edit]
    神様たちの話、第329話。皇帝追討、最終局面。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 山狩りを始めてから丸1日が経過し――。「1日で捜索可能な範囲は一通り、クリアリングが済んだわけだが……」「確かに人が通った形跡はチラホラあったみたいですが、どの班も身柄の発見には至らなかった、……と」「そう言うことだ」 ふもとに設営されたキャンプで夕食を取りつつ、ハンたちは各班から受けた報告を、マリアたちと共にまとめ...

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    神様たちの話、第330話。
    朝の光。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     基本的に、ハンはどこで寝泊まりしようとも、毎日決まった時刻にきっかり目を覚まし、朝の自主鍛錬と地図の清書を行ってから朝食を取っている。一方でエリザは、特に予定が無ければ昼近くまでぐっすり眠っている。
     なのでその日の朝、ハンの目の前にエリザが眠い目をこすりながら現れた時、彼はぎょっとした。
    「珍しいですね。まだ太陽も昇ってないですよ」
    「ふぁ……、おはようさん。なんかポンと目ぇ覚めてもうてな。……アンタ、寒ないんか? 一応夏やけども、雪山のすぐ近くやで?」
     この時、ハンは上半身裸になっており、肩から湯気がほんのり上がっていた。
    「体を動かしていると、どうしても暑くなりますから」
    「律儀やな。こんな時までやるんか。……ふあ~ぁ」
     エリザはあくびを繰り返しつつ、胸元に手を入れる。
    「……あー、と、煙管置いて来てたわ」
    「起きてすぐに喫煙ですか。相当体に悪そうですが」
    「吸うてへん方が体に悪いねん、アタシの場合は」
    「煙草呑みの言い訳ですね。俺には理解できそうにありません」
    「さよか」
     もう一つあくびをして、エリザはくるんと踵を返した。
    「一服して来るわー」
    「どうぞ、ご自由に」
     エリザの後ろ姿を見送りつつ、ハンも彼女に背を向け、鍛錬を再開しようとした。

     と――。
    「エリザさん」「ハンくん」
     二人が同時に互いを呼び、目線を合わせた。
    「気付きましたか」
    「そらまあ」
     二人は悟られないよう、自分の体で隠しつつ、山の方を指差す。
    「今の光の反射は……」
    「単眼鏡やな。山の中腹ら辺は、もうお日さんが差しとるらしいな」
    「丁度今、と言ったところでしょうね。それ故、油断していたんでしょう」
     それとなく両者とも距離を詰め、山に背を向けてひそひそと会話する。
    「皇帝でしょうか?」
    「可能性めちゃ高やな。そらまだ何班か、山ん中探してくれとるけども」
    「わざわざキャンプを単眼鏡で確認する人間が、こちら側にいるとは思えません」
    「『あー疲れた、キャンプどこやったっけ』、……っちゅうのんは考え辛いわな。迷わへんように道標立ててってもろてるし、見るとしたら離れたふもとの方やなく、間近の道標やろ」
    「今すぐ連絡しますか? それとも強襲すべきでしょうか」
    「夜通しあっちこっち回ってヘトヘトの子らに、皇帝さん捕まえろっちゅうんは酷やで。ソレに大勢でわっさわっさ登ったら、気取られて隠れてまう可能性もある。上におる子らには『この辺りにおるからソレとなく囲んでや』、くらいに命令しとき。ほんで、ココに偶然おったアンタとアタシとで、急いで登るんが上策やろ」
    「2名でですか?」
    「準備がてら、アタシはロウくんに声掛ける。さっき起きとったん見かけたし。アンタはマリアちゃんを呼んでき。まだ寝とるやろけど、このキャンプん中で一番頼りにでけるしな。
     この4人なら問題無いやろ。こっそり行くコトも考えたら、コレが丁度や」
    「了解です」
     ハンは脱ぎ捨てていたシャツをつかみ、エリザと共にキャンプの中へ戻った。

     そして15分後、ハンとエリザはマリアとロウを伴い、山へと向かった。
    「ふあ~……、マジなんですか?」
     まだ頭をゆらゆらとさせたまま尋ねたマリアに、エリザが答える。
    「マジや。朝ごはんは歩きながら食べてな。ゴメンやで」
    「ふぁ~い」
    「いよいよってワケだな、へっへへ……」
     武者震いしているロウに、ハンが釘を刺す。
    「こっそりと言っただろう? あんまり張り切るな」
    「んなコト言ったってよ、そりゃ無理ってもんだろ? ようやく決着だってのに」
    「その元気は、皇帝を殴る時に使ってくれ。今使い切られても困る」
    「大丈夫だって。心配すんなよ、隊長さんよ」
    「あんたが心配させてるんだっての……」
     4人は登山口に到着し、揃って山を見上げた。
    「コレが正真正銘、最後の戦いや。気ぃ引き締めて行くで」
    「了解です」
    「うっス」
    「りょうひゃいひぇふ、……ふぁ~」

    琥珀暁・終局伝 1

    2020.08.10.[Edit]
    神様たちの話、第330話。朝の光。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 基本的に、ハンはどこで寝泊まりしようとも、毎日決まった時刻にきっかり目を覚まし、朝の自主鍛錬と地図の清書を行ってから朝食を取っている。一方でエリザは、特に予定が無ければ昼近くまでぐっすり眠っている。 なのでその日の朝、ハンの目の前にエリザが眠い目をこすりながら現れた時、彼はぎょっとした。「珍しいですね。まだ太陽も昇ってない...

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    神様たちの話、第331話。
    上長七訓。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     山を登って30分もしない内に、一行の背に太陽の光が当たり始めた。
    「雪がやんでて良かったですね。これでふぶいてたら皇帝探すどころじゃないですよ、本当」
    「こう言う時のために、どんな時でも測量を敢行して来たんだ。今更雪が降ったくらいじゃ、何ともないだろ」
     そう返したハンに、エリザが苦い顔を向ける。
    「アンタ無茶苦茶なコト言うなぁ。『平気』と『耐えれる』は別モンやで」
    「同じでしょう」
    「『平気』は何にも感じてへんけど、『耐えれる』は辛いと認識しとるんやで。アンタが言うてるんは前の方で、マリアちゃんが言うてるんは後や。アンタの感覚と一緒にしたらアカン。そもそも短耳と『猫』は感覚差がデカいねんから」
    「そーですよ。あたしの知り合いなんか耳が良すぎて、ちょっと風が吹くだけで耳押さえて動けなくなっちゃうって子もいるんですから。みんなビンカンなんです」
    「そんなもんなのか。……改めて思い出しますね。自分の常識が世界の常識じゃないって、あなたの言葉を」
    「ああ、そんなん言うてたね」
     ここにまで持ち込んで来ていた煙管をくわえつつ、エリザはニヤニヤと笑っている。
    「アタシ自身、こっち来てから毎日のようにそう思てるわ。アタシもまだまだ経験が足らんと、痛感してばっかりやね」
    「エリザさんが?」
     3人同時に声を上げられ、エリザは紫煙を吹き出しながら笑う。
    「アハハ……、アタシでもや。せやからな、アンタらも自分がもう学ぶコトも修めるコトもいっこもあらへん、完全無欠の人間やなんて思ったりすなよ? そう言うヤツほど、大した学もウデも持ってへん、しょうもないヤツやったりするからな」
    「親父も同じようなことを言ってましたね」
     ハンがうなずきつつ、こう返す。
    「『自分がすごいヤツだなんて勘違いするな。素直になって周りを認めろ』って」
    「お? 『上長七訓』だな。さっすが隊長さんだ」
     と、ロウが感心したような声を上げて来たので、ハンはぎょっとする。
    「あんた、知ってるのか?」
    「俺が昔将軍の下にいたって、ずっと前に言ったろ? そん時に叩き込まれたんだよ。他のヤツと一緒に仕事する時、コレだけは忘れんなっつって。ま、ソラで言えって言われたら、1個か2個くらいしか思い出せんがね」
    「いや、素直に感心したよ。意外とやるな、あんた」
    「へっへへ」
    「じょーちょーななくんってなんですか?」
     マリアに尋ねられ、エリザが答える。
    「ゲートが長年の経験でコレ重要やなっちゅうのんをまとめたお話やね。ほら、アンタもハンくんから何個か聞いた覚えあるやろ? 『飯は食える内に食え』やら、『言いたくないコト言わすな』やら」
    「あー……。あれってそう言うのが元だったんですね。他にはどんなのが?」
    「第一条がさっき言ったヤツだ。第二条が飯の話で、第三条は『どれだけ安全だと思っても一割は警戒を残せ』」
    「そーそー、そんなヤツだよな。第四条は言いたくないならってヤツだよな?」
    「そうだ。で、第五条が『無理してまで成果を挙げようとするな。今自分ができることをしろ』だ」
    「んで第六条が『危なくなったら迷わず逃げろ。死んでからほめられても嬉しくない』だったよな」
    「ああ。なんだよ、あんた結構覚えてるじゃないか」
    「結構覚えてるもんだな。俺もびっくりしてる、へへ……」
     交互に答えるハンとロウの間で、マリアはふんふんと鼻を鳴らしている。
    「言われてみれば確かに、いっつも尉官が話してるヤツですね。なるほどー……」
    「ゲートも将軍務めて結構になるからな。そら含蓄もあるっちゅうもんや。……そう考えると、ホンマに皇帝はポンコツやな」
    「って言うと?」
     首をかしげたマリアに、ハンが答える。
    「他人を許容せず、兵隊に十分な飯や休息も与えずに戦闘を強い、しかも退却を許さない。そんな狭量で冷酷な人間が、他人の上に立てるわけが無いってことだ」
    「逃げ足だけはいっちょまえやけどな」
     エリザの一言に、一行は揃ってクスクスと笑い出した。
    「ホント、そうですよねー。……で、残りいっこは何ですか?」
    「ん? ……あー、と」
     ハンは一瞬エリザの方をチラ、と見て、複雑な思いを抱きつつ、質問に答えた。
    「『情にほだされて判断を曲げるな。大抵、後でやっちまったと後悔する』、……だ」

    琥珀暁・終局伝 2

    2020.08.11.[Edit]
    神様たちの話、第331話。上長七訓。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 山を登って30分もしない内に、一行の背に太陽の光が当たり始めた。「雪がやんでて良かったですね。これでふぶいてたら皇帝探すどころじゃないですよ、本当」「こう言う時のために、どんな時でも測量を敢行して来たんだ。今更雪が降ったくらいじゃ、何ともないだろ」 そう返したハンに、エリザが苦い顔を向ける。「アンタ無茶苦茶なコト言うなぁ...

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    神様たちの話、第332話。
    猛吹雪とクレバスの中で。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     太陽が照らしたかと思ったのも束の間、空にはいつの間にか、薄暗い雲が漂っていた。
    「ふぶきますかね」
     不安げに尋ねたハンに、エリザも憂鬱そうな表情で答える。
    「ふぶくやろな。みんな、しっかりコート着ときや。風邪で済まへんで」
    「承知してます」
     そう返しつつ、ハンはフードをかぶる。ロウも同じようにフードに手をかけたところで、道の先に兵士たちを見付け、片手を挙げる。
    「あっ、みんないたっスよ、エリザさん。おーい!」
     大声を上げたロウの声に気付き――その兵士たちは顔をこわばらせる。と同時に、エリザがロウの口をがばっと抑え込んだ。
    「アホっ」
    「もがっ!?」
    「アンタ怖いコトするなぁ。ココ、雪山やで」
    「もが? ……もっ」
     合点が行ったような目をしたので、エリザはロウの口から手を離す。
    「気ぃ付けてや。ココでアタシらも皇帝も一緒くたに雪崩に巻き込まれて死んだりなんかしたら、悔しゅうてかなわんで」
    「す、すんませんっス」
     辺りに変化が無いことを確認してから、一行は兵士たちの側に寄る。
    「騒がせた。すまない」
    「いえ。……ご命令通り、目撃された地点の周囲を回る形で動いています。どこの班もまだ、接敵していないようです」
    「となると、この先にいるのは確実だな。仮に瞬間移動術で包囲の外に出られる気力と魔力が残っているなら、そもそも俺たちがキャンプを構える前に逃げてるはずだ」
    「相当参っとるんやろな。魔術はまず使いもんにならんやろ」
    「そんなら楽にボコれそうっスね」
     そうつぶやいたロウに、エリザが釘を刺す。
    「油断せんの。側近さんもまだ居てはるやろからな」
    「あー……、そう言やそうでしたけど、……でも実際、どうなんスかね?」
     尋ね返され、エリザは首をかしげた。
    「どうって?」
    「二人でメシも食わずに雪山ん中を1週間もウロウロって、相当ムチャだと思うんスけど。どっちか死んでてもおかしくないと思うんスよね」
    「ふむ……」
     話を聞いていたハンも、エリザに並ぶ形で首をかしげる。
    「確かに2人共生きているとは思えないが……」
    「もしもがあるかも分からんやんか。自分に都合ええ予想立ててもしゃあないやん」
    「ま、確かに。気を付けて行きましょう」
     兵士たちに待機するよう命じ、ハンたちは包囲の中へと向かった。

     入り込んでまもなく、重たくべったりとした雪が一行の頭上から――いや、ほぼ横から降り出した。
    「うわ……かなわんなぁ」
     顔に張り付く雪を何度もこすり落としながら、エリザがうめく。
    「息苦しくなってくるな」
    「凍傷よりましでしょう」
     そう返すハンも、既に軍帽とマフラーが真っ白になっている。
    「まだ辛うじて周りは見えますが、これ以上激しくなってくると討伐どころじゃなくなりそうですね」
    「せやな。早いトコ終わらせへんとアカンくなりそうやで」
    「あ、そうだ」
     と、マリアが声を上げる。
    「尉官、エリザさん、お二人とも山に入ってなかったでしたよね」
    「そうだ。何だかんだ言って、キャンプで指揮ばかりだったからな」
    「ですよね。なのでいっこ、注意しないとってことがあるんで、今言っときます」
    「なんだ?」
    「あっちこっち雪だらけなので分かりにくいかもですけど、ところどころクレバスがあります」
     言われて、ハンは辺りを見回す。
    「そう言えば報告にあったな。滑落した者も数名いると」
    「どーにか助け出しはしましたけど、落ちた人は大ケガしたり凍傷で動けなくなったりで、例外無く戦線離脱してる状態です。尉官もエリザさんも山は慣れてると思いますけど、ここのクレバスはかなり危険なので、十分気を付けて下さい」
    「ありがとさん。気ぃ付け……」
     エリザはマリアに振り返りかけ――直後、ぐるんと反対側を向いた。

    琥珀暁・終局伝 3

    2020.08.12.[Edit]
    神様たちの話、第332話。猛吹雪とクレバスの中で。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 太陽が照らしたかと思ったのも束の間、空にはいつの間にか、薄暗い雲が漂っていた。「ふぶきますかね」 不安げに尋ねたハンに、エリザも憂鬱そうな表情で答える。「ふぶくやろな。みんな、しっかりコート着ときや。風邪で済まへんで」「承知してます」 そう返しつつ、ハンはフードをかぶる。ロウも同じようにフードに手をかけたと...

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    神様たちの話、第333話。
    直感と猛襲。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ハンの目から見て、エリザ・ゴールドマンと言う女性には3つ、どんな相手でも敵わないほどの――ハンが最も尊敬するゼロ・タイムズでさえ及ばないかもと思えるほどの――優れた長所があった。
     1つは、その美貌と魅力である。中央の人間はおろか、彼女の評判をまったく知らない北方の人間でさえ、彼女が街の通りを歩けば老若男女の区別無く振り返るほど、彼女は美しい。それでいて、いつも優しげな笑顔で気さくに接してくることもあり、事実としてこれまで、彼女が人心掌握策に失敗したことは、一度も無い。ハン自身も――彼女の破天荒な内面を知っていてなお――彼女に対してはどんな悪感情よりも、信頼と安心が勝ってしまうのである。
     2つ目は、その知略である。ハンはこれまで幾度となく、ゼロをはじめとする智者・智将たちを彼女が易々と手玉に取るところを間近で見ており、北方の遠征においても彼女は人心の動き、欲求と願望、思惑と情勢を、まるで操っているかのように掌握・扇動し、そして制御してしまった。「彼女がその気になれば、全人民が操られてしまうだろう」と恐れたゼロの懸念も、あながち的はずれでは無いと言うことを、ハンは実感していた。
     そして3つ目はその勘、直感力である。時折、彼女は異様な鋭さを発揮することがあるのだが、これに関しては普段から理知的で、丁寧に理屈を説明できるはずの彼女自身でさえも、「なんでやろな」と言葉を濁しており、彼女自身も良く分かっていないようだった。
    「時々な、ピンと来んねん。『あ、今危ないな』っちゅうのんが。そう言う時やと大体、アタマん中でどうこう考えとったら遅い場合が多いから、カラダが勝手に動きよるんやろな」



     マリアの方に振り返りかけたエリザが、突然ぐるんと反対側を向くと同時に、魔杖を掲げる。
    「『マジックシールド』!」
    「え」
     状況の把握が追い付かず、ハンは硬直する。それでもエリザの挙動を目で追い、頭の中で整理して、彼女の行動の理由を理解した。
    「……側近!」
     エリザが展開した魔術の盾の向こうに側近、アルがへばりついている。
    「何故……私の攻撃ガ読めたノだ!?」
    「さあ? なんでやろな」
     ハンはそれが虚勢や計算上の行動ではなく、彼女の本心であると直感した。
    (いつものアレか)
     ハンは周囲を見渡し、皇帝の姿が無いことに気付く。
    「皇帝はどこだ?」
     尋ねたが、アルはハンの方を見向きもせず、エリザの魔術を力づくで破ろうとしているらしく、打撃を繰り返している。
    「元気一杯やな。ご飯食べてへんと思とったけど」
    「私にハ必要のナい要素だ。コの盾をドけろ」
    「寝言は寝て言うてんか。どけたら死ぬやんか」
     と、エリザが魔杖を構えたまま、尻尾をふわ、と揺らす。背後にいたロウはその意図に気付いたらしく、そっと彼女の背後から離れた。ハンも同様に距離を取り、こっそりアルの横へと回り込む。
    「……!」
     アルがエリザへの攻撃をやめ、忍び寄っていたロウに向き直る。
    「貴様ッ」
    「オラああッ!」
     アルが構えるより早く、ロウの戦鎚がアルの顔面を捉える。だが――。
    「……んなっ!?」
     戦鎚の柄がぼきんと折れ、さらに真っ二つになった鎚頭がアルの足元に落ちる。
    「こんなモのが私ニ効くか」
     ロウが呆気に取られた、その一瞬を突いて、アルがロウの腕を取る。
    「い……ぎっ」
     ミシミシと音を立て、ロウの右腕が握り潰されて行く。が、完全に千切られる直前、今度はハンが仕掛ける。
    「させるかッ!」
     ハンは短剣を抜き、フードの上からアルの首、後頸を突く。
    (前回やって、分かってることだ。こいつは全身甲冑で武装してる。ただ斬り付けた程度じゃ効くわけが無い。だから――その『隙間』だ!)
     ぎちっ、と気味の悪い音を立て、短剣がアルの首に突き刺さる。
    「ギャア……ッ……」
     その途端、輪をかけて気味の悪い悲鳴が、アルの口から漏れた。
    「hgft@790evo……ta8n17……252#bpg……エラー……致命……チメイテキ……アガ……ガ……ググクグ……」
     ガチャガチャとした、人の声とは思えないような音を立てて、アルの動きが乱れる。
    「……エラー……エラー……リブート……セーフモード……クリア……」
     動きががくん、がくんと、糸が一本、二本切れた操り人形のようになりつつも、アルは辛うじてハンの方を向いた。
    「コレシキノ……コトデ……コウドウフノウ……ニハ……ナラン……! ワタシニハ……ミコヲ……ミチビキタスケル……シメイガアタエラレテ……イルノダ……! ワタシノソンザイリユウヲ……ミコヲ……オビヤカスモノドモハ……ゼンリョクヲモッテ……ハイジョスル!」
     瞬間、アルはハンに飛び付く。あまりの速さに、流石のハンも対応し切れず、簡単に首をつかまれた。
    「が……はっ……ぐ……っ……」
     自分ののどがめりめりと音を立てるのを感じたのも一瞬、みるみる内にハンの意識が遠のいていった。

    琥珀暁・終局伝 4

    2020.08.13.[Edit]
    神様たちの話、第333話。直感と猛襲。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ハンの目から見て、エリザ・ゴールドマンと言う女性には3つ、どんな相手でも敵わないほどの――ハンが最も尊敬するゼロ・タイムズでさえ及ばないかもと思えるほどの――優れた長所があった。 1つは、その美貌と魅力である。中央の人間はおろか、彼女の評判をまったく知らない北方の人間でさえ、彼女が街の通りを歩けば老若男女の区別無く振り返る...

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    神様たちの話、第334話。
    悪魔との死闘。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「させるかあッ!」
     のどに感じていた途方も無い圧力が消え、ハンの意識が戻って来る。
    「げっほ……げほっ……はあっ、はあ……」
     咳き込みつつも、どうにか肺に新鮮な空気を送り、ハンは死の淵から逃れた。
    「はあ……はあ……ま、……マリアか、……今のは」
     ハンの推測通り、マリアがアルの前に立ちはだかり、槍を突き付けている。アルのフードは首から上がばっさり切り裂かれており、どうやら自分が首を絞められてすぐ、彼女が横薙ぎに斬り付けたらしかった。
    「あたしが相手だ! かかって来い、側近!」
    「キサマ……カ……」
     アルは後頭部に短剣が突き刺さったまま、マリアと対峙する。瞬間、ガキンと音を立て、アルがマリアとの間合いを詰める。先程襲い掛かられた時と同様、ハンはあまりの速さに目で追うことができなかったが、どうやらマリアは見切っているらしく、瞬時に槍をぐるんと半回転させ、石突を相手のみぞおちにねじ込ませた。
    「らあああッ!」
    「ウオオ……ッ!?」
     飛び込んだその勢いのまま、アルは真横へと転がって行く。
    「……ガピュ……ガ……ゼンカイヨリ……サラニ……ノウリョクガジョウショウ……シテイル……コノワタシノ……セイノウヲコエルホドニ……!?」
    「あんたに誰も殺させたりなんかさせるもんかッ! あたしがやっつけてやるッ!」
     吼えるように叫び、マリアは倒れ込んだままのアルに飛び掛かった。
    「うりゃああああッ!」
    「ガガ……ガ……ッ」
     アルが立ち上がると同時に、マリアの槍の穂先がばきん、と音を立ててアルの胴に食い込んだ。
    「グオオオオ……ッ!?」
    「……ふううううっ……!」
     動かなくなったアルの体に、マリアはなおも槍を押し込んで行く。棒立ちになった姿勢のまま、ずるずるとアルは後ろに下がり、崖の方へと圧されて行く。
    「キ……キサマ……ッ……ヤメロ……!」
    「うるさい! うるさい、うるさいッ! うるさあああああーいッ!」
     その間、マリアの勢いは一瞬も衰えることなく――やがてアルの体は、槍ごと崖下へと落ちて行った。
    「……っは、あ」
     落ちて行くと同時に、マリアはひざを着く。どうにか立ち直ったハンは彼女の元に駆け寄り、手を差し伸べた。
    「大丈夫か、マリア? ケガは?」
    「あたしは……だいじょーぶです。ちょっと……や、大分しんどいですけども」
    「そ、そうか」
     どうにか立ち上がったマリアに、ハンは肩を貸してやる。
    「あたしより、……尉官は、大丈夫なんですか? のど、絞められてましたけど」
    「一瞬だったからな。何とか無事だ。声も普通に出てるし」
    「ロウさんは?」
    「え? えーと……」
     ハンはマリアを抱えたまま、くる、と崖に背を向けた。
    「おい、ロウ。あんた、大丈夫なのか?」
    「いちち……結構ヤバいわ。腕折られちまった」
     ロウの言う通り、彼の右腕からは血が滴り、骨も見えている。
    「エリザさん、治せますか?」
     尋ねたハンに、エリザが肩をすくめて返す。
    「ちゃんと固定やら何やらせんとアカンわ。このまんま治療術かけたら、骨飛び出たまんまになってまうで」
    「うひぇ……」
    「とりあえずロウくん連れて、誰か戻らな……」
     言いかけたエリザが、顔をこわばらせる。
    「後ろ!」
    「え?」
     言われて、ハンは後ろを振り返った。

    「ガ……グギ……ギギギ……」
     崖下に落ちたはずのアルが、そこに立っていた。
    「な……ん……だって?」
     理解が追い付かず、ハンはマリアを抱えたまま、身動きできなくなる。
    「尉官!」
     マリアは即応し、ハンから離れて戦闘態勢を取ったものの、その手に武器は無い。素手のマリアに、アルががくん、がくんと体を震わせながら、にじり寄って来た。
    「シ……ヌ……ガ……ヨイ」
     アルが手を振り上げた、その瞬間――。
    「『ジャガーノート』!」
     一行のはるか後方から一人、ハンとマリアの前に飛び出して来た。その姿を目にし、ハンは声を上げる。
    「ビート!? 何故ここにいる!?」
     ビートは答えず、代わりに魔杖を振り上げる。瞬間、ばぢっと気味の悪い音が弾け、アルの全身が発光した。
    「ウグ……グ……グオ、……オオオオオッ!?」
     わずかに張り付いていたフードの残骸は一瞬で蒸発し、甲冑で覆われた全身が燃え始める。
    「コレハ、……ボゴッ!?」
     何かをしゃべりかけたアルの口から、青紫の炎が噴き上がる。
    「燃えろーッ!」
     叫んだビートの魔杖も燃え始めていたが、それでもビートは魔杖を放さず、魔術を使い続ける。やがてアルの甲冑がボロボロと剥がれ落ち、体勢を大きく崩したアルは、ふたたび崖下へと落ちて行った。
    「ウオオ……オオ……オオオオ……」
     ハンとマリアは、慌てて崖下を確認する。と同時に爆風が上がってくるのを確認し、二人とものけぞった。
    「おわあっ!」「ひゃあっ!」
     積もった雪をはるか上空まで巻き上げるほどの爆発にあおられ、二人は揃って仰向けに転がる。
    「……し、……死んだか?」
    「あれで生きてたら、……もーどーしようも無いです」
     起き上がり、もう一度崖下を確認して、巨大な穴がぽっかりと空いているのを目にしたところで、ハンもマリアも、ようやく安堵のため息を漏らした。
    「……どーなることかと思いましたよ、本当」
    「ああ、まったくだ。……っと」
     ハンは振り返り、黒焦げになった魔杖を掲げたままのビートをにらみつけた。

    琥珀暁・終局伝 5

    2020.08.14.[Edit]
    神様たちの話、第334話。悪魔との死闘。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「させるかあッ!」 のどに感じていた途方も無い圧力が消え、ハンの意識が戻って来る。「げっほ……げほっ……はあっ、はあ……」 咳き込みつつも、どうにか肺に新鮮な空気を送り、ハンは死の淵から逃れた。「はあ……はあ……ま、……マリアか、……今のは」 ハンの推測通り、マリアがアルの前に立ちはだかり、槍を突き付けている。アルのフードは首から上...

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    神様たちの話、第335話。
    すべてはもう、遅すぎて。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「ビート、何故お前がここにいる? 拘束していたはずだ」
    「あ、ソレな」
     ビートに代わり、エリザが答える。
    「アタシが出してあげてん。ついでに大技もいっこ教えたった」
    「何故です? 彼は……」
    「ウソツキやからか? ほんなら聞くけど、ビートくんがどんなウソ付いたって?」
    「側近を倒したと……」
     言いかけて、ハンはエリザの思惑を悟る。
    「……実際に倒せば嘘じゃない、と?」
    「せやろ?」
    「時系列の問題でしょう。あの時点では倒していません。であれば嘘じゃないですか」
    「実際あん時も倒したんやろ。で、蘇った。ほんでまた倒してみせた。ほんならウソに当たる要素なんか何も無いやん。そう言うコトやんか」
    「どう言うことですか。そもそも蘇るなんてこと、あるわけが……」
    「実際あの通りやん。倒したけど、あのまま放っとけば蘇るんやろ、28日経ったら。でも皇帝さん倒せば蘇らへん。ソレが現状で得とる情報のすべてや。何やったらこのまま28日、皇帝さん放っとくか? 実証でけるかも分からんで」
    「そんな無茶な理屈が通りますか! ……しかし、まあ、実際として」
     ハンは苦々しい思いを抑え込みつつ、ビートに目を向けた。
    「彼の行動によって、我々が窮地を逃れたことは事実です。その事実は評定に加味すべきでしょうね。脱走したことも考慮することになりますが」
    「でも『戦果』に比べたら微々たるもんやろ? 大目に見たりいや」
    「……はあ」
     ハンはため息をつき、マリアに命じた。
    「ロウが負傷したままだ。どうやらビートも火傷してるらしいし、お前は二人を連れて下山してくれ」
    「了解です。尉官は?」
    「28日放っておくなんてことは当然、できるわけが無い。いや、1日たりとも放置できない。このままエリザさんと、皇帝を捜索する」
    「分かりました。お気を付けて」
     三人が下山していくのを確認したところで、ハンはエリザに向き直った。
    「軍規違反、これが最後にしてもらえると本当に助かるんですがね」
    「律儀に守るよりええ結果になるんやったら、守る意味あらへんやんか。臨機応変っちゅうヤツや」
    「またそう言う屁理屈を……。もういいです」
    「さよか」
     それ以上ハンも、エリザの方からも口を開くことなく、二人はふたたび山道を登り始めた。

     山を降りながら、マリアはビートに質問する。
    「で、あんた今までどこにいたの?」
    「皆さんの後ろにいました」
    「コソコソ付いて来てたってわけ? よっぽど戦果上げたかったんだね。命令違反までして」
    「汚名を晴らす一番の手段ですから」
    「あっそ。セコいヤツだよね、本当」
     お互い目を合わせようとせず、会話は周囲の気温に負けないくらいに冷え切っている。いたたまれなくなったらしく、ロウが口を挟んで来た。
    「ちょっと、お二人さんよ。前みたいにさ、仲良くできねーのかよ」
    「できるわけないでしょ? こいつがウソ付いたせいで、皇帝逃したんだから」
    「そのウソだってよ、結局あん時倒したってはずの側近が生き返っちまったからウソになったって話で、そのまま生き返んなかったら何にも問題無かったんだろ? 普通、生き返るなんてコトあるワケねえんだから。だのに、そんな思いも寄らないって話が起こったからって誰かを槍玉に挙げて吊し上げなんて、ひでえ話じゃねえかよ」
    「あんたもそんなこと、本当にあるなんて思うの? 蘇るなんて、マジだと思ってんの? いくらエリザさんの話だからって、何でもかんでも信じるの、あんた?」
     とげとげしく応じるマリアにたじろぎつつも、ロウはビートの肩を持つ。
    「いやさ、そりゃま確かによ、俺だって丸っきり信じてるとは言えんが、でも実際の話、絶対死んだ、間違い無いってのが実は生きてたってことはあるワケだし、誤報告になったってのは、結果として仕方ねえだろって思うぜ、俺はよ。皇帝にしてもよ、もうじき捕まるか死ぬかするんだから、んな目くじら立てなくたっていいだろって話だよ」
    「……そりゃ理屈じゃそうかも知んないけどさ」
     マリアは顔を背けたままのビートをにらみつけ、こうなじった。
    「でもあたしが許せないのは、こいつが自分の失敗認めないで、こんなとこまでノコノコやって来て、セコい点数稼ぎなんかしてまで、その失敗ごまかそうとしたってことなのよ。自分のやったこと、ちゃんと反省してないってことじゃん!?」
    「それは違います!」
     ようやくマリアに顔を向け、ビートは弁解する。
    「僕は、みなさんにかけた迷惑を少しでも雪(そそ)ぎたくて……! 確かに僕は、つまらない欲から不義を働きました。それについては心の底から反省しています。それだけはどうか、信じて下さい」
    「どうだか。口じゃどうとでも言えるでしょ?」
    「ですから、こうして僕は、行動で示して……」
    「自分の誠実さを行動で証明したいんだったら、尉官の決定通りにじっとしてるべきじゃないの? それをさも『助けに来たぞ』って言いたげに、得意げにしゃしゃり出て来ちゃってさ。そんなのあたしには、いいかっこしようとして狡(こす)い真似してるようにしか見えない。
     ま、あんたが今更何をやったところであたしもう、あんたのことは絶対信用しないって決めてるし。あたしの中ではあんたはもう、クズ野郎としか思ってないよ」
     だが、マリアは冷たくあしらうばかりで、ビートの言葉を一切受け付けようとしない。
    「……そうですか……」
     ビートも弁明をあきらめたらしく、それ以上はもう、一言も口を開かなかった。



     そして治療を受けた直後、ビートはキャンプから行方をくらまし――二度とマリアの前に現れることは無かった。

    琥珀暁・終局伝 6

    2020.08.15.[Edit]
    神様たちの話、第335話。すべてはもう、遅すぎて。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「ビート、何故お前がここにいる? 拘束していたはずだ」「あ、ソレな」 ビートに代わり、エリザが答える。「アタシが出してあげてん。ついでに大技もいっこ教えたった」「何故です? 彼は……」「ウソツキやからか? ほんなら聞くけど、ビートくんがどんなウソ付いたって?」「側近を倒したと……」 言いかけて、ハンはエリザの思惑...

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    神様たちの話、第336話。
    皇帝の最期。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     マリアたちと別れて20分ほど後、ハンとエリザは皇帝の痕跡を発見していた。
    「雪を掘って、簡易的な休憩場所を設けたようですね」
    「せやな。あと、焚き火したらしい跡も残っとる。ココで暖を取ったらしいな」
    「あと、どうやら多少の食糧は得られたようですね」
     焚き火の周りには小動物らしい毛が散らばっており、骨も転がっている。
    「しかし……、この骨の量と大きさからして、成人男性が満足できる量では無さそうですね。それに焼いたとは言え、野山の動物をろくな処理もせず食べたとなると……」
    「体調崩しててもおかしないな。……っちゅうか、ホレ」
     エリザが魔杖で指し示した箇所に、茶色い黒ずみが点々と続いている。
    「吐くか下すかしたっぽいな」
    「間違い無く、極限状態に置かれていると考えていいでしょう」
    「多分やけど、朝くらいに皇帝さん、えらい体調悪くなったんやろな。で、側近さんが万が一でもキャンプがどっか行ってへんやろかと見下ろして、ソレがアタシらの見た単眼鏡の反射やったんやろ。せやけどソレは逆効果――どっか行くどころか、アタシらの注意を引いてしもた。皇帝さんは寝込んどるまま。となれば側近さんは打って出るしか無かった。……っちゅうところやないか?」
    「しかし側近がいつまでも戻って来ない、……いや、先程の爆発音を聞き、側近が仕留められたものと判断したんでしょう。慌てて起き上がり、辛うじて退避した。……となれば」
    「近いで、多分」
     二人は焚き火から離れ、それぞれ武器を取り出して、周囲の様子を探った。と――。
    「エリザさん」
    「おったか?」
    「ええ。右です」
     ハンが剣で指し示した先、20メートルほど先に、土気色のげっそりとした顔があった。

     ジーンを見付け、ハンは声をかける。
    「皇帝レン・ジーン! もうこれ以上逃げることは不可能だ。お前にも分かっているはずだ。大人しく投降しろ」
    「……」
     だが、ジーンは応じない。と言うよりも、ハンの言うことが理解できていないような、うつろな顔をしている。
    「レン・ジーン! こっちに来い! 今更逃げても……」「あははははははは」
     と、ジーンは突然、けたたましく笑い出した。
    「貴様、この天の星たる余に向かって命令するのか! あはあははは、無礼な奴め! 処刑だ! 処す! 処罰である! 余が直々に、成敗してやろうではないか、あは、あははははは」
    「どう見ます? 演技にしては気味が悪すぎますが」
     小声で尋ねたハンに、エリザは無言で、頭の横で指をくるくると回し、掌を開いて見せた。
    「……でしょうね。極限まで追い詰められたせいか、それとも何かの中毒症状で錯乱しているか」
    「どっちもちゃう? ……来よるで」
     ジーンはその辺りで拾ったらしい木の棒を振り上げ、ハンに襲い掛かって来た。
    「っと」
     が、あまりにも直線的で、しかも何度と無く足をふらつかせながらの詰めであったため、ハンは難無く剣で受け止め、がら空きになった胴を蹴飛ばす。
    「げぼぉ!?」
     ジーンは簡単に吹っ飛ばされ、胃の中にあったものをぶち撒ける。
    「はっ……はひ……はは……あはははは……」
     ふらふらと立ち上がり、また木の棒をつかんで、先程と全く同じように襲い掛かって来るが、これもハンは軽く止め、もう一度蹴り倒す。
    「はー……あはっ……はー……はー……」
     二度、三度と繰り返して、ようやくジーンは仰向けに倒れたまま、動かなくなった。
    「これではもう、何を聞いても無駄でしょうね」
    「何や、まだ尋問しようと思てたんか?」
    「いや、流石に無いですが、それでも何かしら……」
     と、もう一度ジーンが起き上がり、ぶつぶつと何かを唱え出す。
    「アホやな」
     それを眺めていたエリザが、哀れみと侮蔑の入り混じった声を漏らした。
    「魔術使う気ぃか? 使てみたらええやんか」
    「あは、はは、あはっ……」
     掲げた木の棒がばん、と爆ぜ、ジーンの右腕が血で染まる。
    「はあ、……あああ、……あはあー」
    「そんな棒っ切れで撃てる思たんか。しょうもな」
    「これ以上の応対は無意味でしょうね」
    「せやな」
     今度はエリザが呪文を唱え、魔杖をジーンに向ける。
    「ほな、コレで仕舞いや。往生せえよ、『ファイアランス』」
     ずばっ、と空気を裂く音を響かせ、炎の槍がジーンの胸を貫く。
    「あは……っ」
     ジーンはぶすぶすと胸から煙を噴きながら、後ろ向きによろめき――そのまま背中から、崖下へと落ちて行った。
    「あは……ははは……はは……は……」
     崖下からは乾き切った笑い声がわずかに聞こえてきたが、1分ほどで、声はやんだ。それでもまだ、ほんのわずかに人影が見えてはいたが、それももう1分ほど経つ頃には、吹雪ですっかり覆われた。



     こうして双月暦25年8月末、北方の皇帝レン・ジーンは討伐された。

    琥珀暁・終局伝 終

    琥珀暁・終局伝 7

    2020.08.16.[Edit]
    神様たちの話、第336話。皇帝の最期。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. マリアたちと別れて20分ほど後、ハンとエリザは皇帝の痕跡を発見していた。「雪を掘って、簡易的な休憩場所を設けたようですね」「せやな。あと、焚き火したらしい跡も残っとる。ココで暖を取ったらしいな」「あと、どうやら多少の食糧は得られたようですね」 焚き火の周りには小動物らしい毛が散らばっており、骨も転がっている。「しかし……...

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    神様たちの話、第337話。
    帝国の後始末。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     皇帝の死亡がハンとエリザによって確認されたことにより、名実ともに帝国は崩壊した。
    「皇帝には血縁者もおらず、妃も子供もいない。確かだな?」
    「我々の知る限りでは、ですが。ただ、己の欲求に正直な皇帝のことですから、どこかで囲っていたとしても不思議ではないとは思いますが、我々は全く存じません」
     残っていた大臣や将軍らから皇帝の権威・権力を継ぐ存在がいないことを確認したところで、ハンは彼らに問うた。
    「あなた方の中で、帝位を継ぎたいと希望する者は?」
    「め、滅相もございません!」
    「とんでもない!」
    「大した遺産も無いと言うのに、奴の責だけを問われるなど……」
    「……分かった。では帝国および皇帝が所有している領土と兵員、金品、その他あらゆる資産、所有物に関しては、すべて我々が管理すると言うことで異論は無いな?」
    「どうぞどうぞ!」
    「ご自由に!」
    「ですから、その、……我々に罪を追及することだけはどうか、ご勘弁のほどを」
    「あなた方の希望に最大限沿えるよう、前向きに検討する姿勢が当方にあることは言及しておく。ともかく本日以降、詳しいことが決定するまでの間、あなた方には各自、自宅で待機するよう要請する。万が一無許可での外出を行うか、あるいは逃亡を図った場合には相応の対処を講じることを、予め伝えておく。話は以上だ」
     30分もしない内に和平交渉は終了し、帝国は当面の間遠征隊、ひいてはゼロが所有・統治することで、話がまとまった。

    「どいつもこいつも……!」
     ようやく食糧が行き渡るようになった街の酒場で、ハンは一人少なくなった班員たちを前に、愚痴を吐いていた。
    「やれ皇帝の遺産なんか欲しくない、やれ皇帝の遺した責任は追いたくないと! これまで少なからずそのおこぼれをもらっていたはずだろうに、なんと言う卑怯者だ!」
    「まーまー。仕方無いですって。尉官だって他の人間ならまだしも、皇帝の尻拭いなんてしたくないでしょ?」
    「まあ、……それはそうだ。その点については、同情の余地はある。気の毒と思う面も、無くはないからな」
     ハンは鶏もも肉にかぶりつき、その肉と共に溜飲を下げた。
    「陛下のことだし、納得行くような裁定をされるはずだ。むしろそれが無ければ、皇帝も陛下も変わらんと言う話になってしまう。清廉潔白を良しとする陛下が、道理を曲げた判断をすることはまず無いだろうな」
    「わたしもそう思います」
     そう返したメリーに、マリアも続く。
    「きちんとした評価はしてほしいですよね。何だかんだ、納得行かないことばっかり続きましたもん」
    「……そうだな。俺も、そう思う」
     ハンがふーっとため息を付いたきり、場には気まずい沈黙が流れた。

     と――。
    「ハンくーん」
     エリザがニコニコしながら、酒場に入って来た。
    「どうしました? 随分機嫌がいいみたいですが」
     重苦しい空気を振り払うように、ハンが立ち上がり、明るい声を出して応じる。
    「アンタも機嫌良おなる話や」
    「と言うと?」
    「見付かったで、クーちゃん」
    「……!」
     がた、がたんと椅子を2、3脚蹴倒し、ハンはエリザに詰め寄る。
    「本当ですか!?」
    「ウソ言うてどないすんねんや」
    「一体、今までどこに?」
    「分からん。お城の広場で倒れてるんが見付かったんや。まだ目ぇ覚ましてへんから、起きてから聞きよし」
    「今はどこに?」
    「お城の客室や。ま、客室言うたかて、自己中皇帝の建てたお城やからな。こぢんまりしたもんやけども」
    「すぐ行きます!」
     大慌てで酒場を飛び出したハンを見て、店主が声を上げる。
    「お客さん、お勘定……!?」
    「あー、アタシが払たる払たる。心配せんでええよ」
    「あ、ど、ども、女将さん」
     店主がぺこりと頭を下げるのを横目に見つつ、エリザはハンが座っていた席に着いた。
    「まだご飯食べてへんし、アタシもご相伴にあずかろかな。マリアちゃん、何が美味しかった?」
    「え? 尉官とご一緒しないんですか?」
     目を丸くしたマリアに、エリザはパチ、とウインクする。
    「二人きりにさせたり。ハンくんかて、今更強情張るようなアホせんやろ」
    「あっ、……そーですね。えっと、美味しいヤツですよね? お芋と鶏肉のスープなんかどうでしょ?」
    「ほな、ソレで。よろしゅー」

    琥珀暁・平東伝 1

    2020.08.19.[Edit]
    神様たちの話、第337話。帝国の後始末。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 皇帝の死亡がハンとエリザによって確認されたことにより、名実ともに帝国は崩壊した。「皇帝には血縁者もおらず、妃も子供もいない。確かだな?」「我々の知る限りでは、ですが。ただ、己の欲求に正直な皇帝のことですから、どこかで囲っていたとしても不思議ではないとは思いますが、我々は全く存じません」 残っていた大臣や将軍らから皇帝...

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    神様たちの話、第338話。
    ことばを重ねるよりも。

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    2.
     客室に飛び込んだところで、ハンは「おっと」と漏らした。
    (まだ寝てる……みたいだな)
     ベッドの上に横たわったままのクーを見て、ハンはきょろ、と辺りを見回した。
    (護衛はいないのか? エリザさんにしては無配慮と言うか、不用心と言うか)
     ともかく戸をしっかり閉め、鍵をかけて、ハンはクーの顔を確認する。
    (ただ寝てるだけ、……だな。ケガをしてる様子も無いし、他に、……何かされた感じでも無さそうだ。と言うか、……変だな?)
     クーの衣服に汚れやほつれなどは見当たらず、3ヶ月前、グリーンプールから姿を消した日からそのまま、ここに移されたかのようだった。
    (いや、比喩じゃなく本当に、あの日のままだ。まるであれから1日も、時が経っていないかのような……?)
     と――クーが「ううん……」とうめき、うっすら目を開けた。
    「むにゃ……え……っと……ハン?」
    「クー!」
     ハンはクーの手を取り、側に顔を寄せる。途端にクーは顔を真っ赤にし、ぷい、と背を向けてしまう。
    「あ、あなた、人が就寝しているところに……」
    「無事か? 何もされてないか?」
    「……え?」
     もう一度顔を向け、クーはいぶかしげに尋ねてくる。
    「無事、とは? ご覧の通り、わたくしは眠っていただけですけれど」
    「何も覚えてないのか?」
    「覚えて……?」
     むく、と上半身を起こし、クーは辺りを見回す。
    「ここは……? わたくし、自室で泣い、……ではなく、その、眠っていたはずですけれど」
    「君は誘拐されていたんだ」
     ハンの言葉に、クーはぎょっとした目を向ける。
    「誘拐? わたくしが? 一体、誰に?」
    「皇帝だ」
     ハンはこの3ヶ月間で起こっていた一連の事件を、クーに説明した。
    「……で、今日になって突然、君が城の中に現れたと、エリザさんから」
    「左様でしたか。けれどハン、繰り返しますがわたくし、そのような記憶は全くございませんわ。本当に、さっきまで眠っていたとしか認識しておりませんの」
    「そうなのか……。じゃあ、……何がどうなっているんだろう?」
    「見当が付きませんわね。……あの、それよりハン」
     クーは間近に座っていたハンから、距離を取ろうとする。
    「あなたにしては、はしたない振る舞いだと存じませんこと?」
    「何がだ?」
    「ですから、その、……近すぎると申しているのです!」
    「近い? ……あ、と、そうだな。悪い」
     ハンはベッドから離れ、近くにあった椅子に腰掛ける。
    「ともかくこの3ヶ月間、君はどこにもいなかったんだ。だがこうして皇帝が討たれた直後に現れたと言うことは、やはり皇帝が君をさらっていたのだろう」
    「いささか論理的とは申せませんが、恐らくはそうなのでしょう。……随分、わたくしのことを心配なさったご様子ですわね」
     クーに問われ、ハンは「いや」と否定しかけたが、途中でその言葉を飲み込んだ。
    「……素直に言う。君の言う通りだ。俺は君を心配していた。この3ヶ月間ずっと、気が気じゃなかったよ」
    「まあ」
     クーは目を丸くし、奇異な物を見るかのような顔をハンに向ける。
    「昨日までのあなたからは――いえ、あなたからすれば3ヶ月前でしたわね――想像もできないようなお言葉ですわね。もっと憎まれ口を叩かれるものと存じておりましたけれど」
    「その件も含めて、謝らせてほしい」
     ハンは椅子を下り、その場にうずくまって頭を床にこすりつけた。
    「本当に俺が悪かった。君の友情と誠実を疑い、ありもしない腹積もりまで邪推して、あんなくだらない騒ぎを引き起こしてしまった。すべては俺の責任だ」
    「あ、……あの、ハン」
     クーはベッドから離れ、土下座するハンの肩に手を置く。
    「そこまでなさらないで下さい。わたくしにも非がございます。わたくしもあなたとの話し合いを厭い、強情な手段に出てしまったのですから。わたくしがあんなはしたないことをいたさなければ、こうして皇帝にかどわかされるような事態には、決して至らなかったはずですもの」
    「それについても、謝りたいことがある」
     ハンは顔を挙げ、クーの手を取った。
    「君の言う通りだ。君と仲違いしなければ、俺はきっと、君を守るべく努めていたはずなんだ。それもこれもみんな、俺が変な見栄とプライドで自分の本意を粉飾して、まっすぐ進むべき道をうろうろと、回り込んでばっかりで、その、……ああ、まただ」
     ハンはもう一方の手もクーに当て、意を決して告げた。
    「素直に言う。俺は君のことが好きだ。たったその一つを、その大事な一点をずっとごまかしてきたせいで、君にも、周りの人にも迷惑をかけ続けた。だからもう、君に関することは何一つ、ごまかさない。
     クー、君が好きだ。俺と結婚してくれるか?」
    「あ、あにょ、っ、あのでしゅね、ひゃ、は、ハン」
     この10秒足らずの、ハンからの素直な告白で、クーは耳の先まで真っ赤に染まっていた。
    「い、いきなひ、……いきなり、そんにゃ、そん、そんなこと、おっしゃられても、わ、わたくし、そ、そう簡単に、お、お、お答え、いたせましぇん」
    「……そ、そうだよな」
     ハンはしゅんとなり、クーから手を放す。と、クーは空いた手ともう一方の手を使って、ハンの頭をぎゅっと抱きかかえた。
    「えっ……」
    「にゃぜにゃ、……何故なりゃ、わたくし、その、昂(たか)ぶりゅと、こ、言葉が、出にゃくて、……で、です、かりゃ、しょ、しょの、……こ、行動、で、示させて、下さひ」
    「……あ、ああ」
     ハンもクーの胴を抱き返し、二人はそのまま抱き合っていた。

    琥珀暁・平東伝 2

    2020.08.20.[Edit]
    神様たちの話、第338話。ことばを重ねるよりも。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 客室に飛び込んだところで、ハンは「おっと」と漏らした。(まだ寝てる……みたいだな) ベッドの上に横たわったままのクーを見て、ハンはきょろ、と辺りを見回した。(護衛はいないのか? エリザさんにしては無配慮と言うか、不用心と言うか) ともかく戸をしっかり閉め、鍵をかけて、ハンはクーの顔を確認する。(ただ寝てるだけ、...

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    神様たちの話、第339話。
    解体と再構築。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ハンとクーもよりを戻し、改めて彼女の無事が、彼女自身の口からゼロに伝えられた。
    「……ですので、わたくしは無事です。ご心配をおかけいたしました」
    《そうか……。無事で何よりだよ。本当に、この3ヶ月のことは何も覚えてないみたいだね。あと、……こんなことを何度も確認して、本当に済まないと思ってはいるけれど、……何もされていないんだね?》
    「ええ。皇帝には、何も」
     この言葉に、ハンが咳き込む。
    《どうしたの、ハン?》
    「い、いえ、何も。空気が乾いているせいでしょう。……ともかくこうして殿下が戻り、帝国の諸権利が陛下に譲渡されたことで、帝国に対する懸念は何も無くなったと考えてよろしいでしょう。そして帝国以外の北方諸国に対しては、そのすべてにおいて友好条約を締結し、平和的関係を築けたと考えてよろしいのではないかと」
    《うん、そうだね。概ね、所期の目的通りと言っていいだろう。ご苦労だったね、ハン。現時点を以て、君の遠征隊隊長としての任を解くと共に、遠征隊の解散を決定する。併せて同日付で、君には北方諸国との友好関係を維持すべく、大使の任を命ずる。……とは言えまた色々、細かい話をしないといけないから、一旦帰還するように》
    「了解いたしました」
    《……結婚式もしないといけないしね。準備しておくから、早急に帰って来るように》
     ゼロの言葉に、ハンはもう一度咳き込んだ。
    「お父様、お気付きでしたのね」
    《君は母さん似だよ、本当に》

     帰国が命じられ、ハンたちはすぐにグリーンプールへの帰途に着いた。
    「これから大忙しだな。俺が大使か……」
     峠道を下る馬車の中で、ハンが期待と不安の入り混じったため息を漏らす。そんな彼に、マリアが声をかける。
    「当然と言えば当然ですよね。一番の功労者で、軍の中で一番こっちの事情に詳しい人ですもん」
    「まあ、そうだな。……だがなー」
     ハンは肩を抱いていたクーに目をやり、いたずらっぽくつぶやく。
    「新婚生活がどうなるか。今一番の不安はそれだな」
    「……いきなり態度変えすぎじゃないですか、尉官ってば。や、もう尉官じゃないか」
    「ん、ああ……」
     大使任命に合わせる形で、ハンはこの日から昇格し、佐官に任ぜられた。
    「ってか、そーなってくるともう、シモン班も解散ってことになりますよね」
    「……そうなるな。班編成は基本的に、曹官か尉官がリーダーだからな。
     それにこう何度も班員が問題を起こして離隊したとなると、評判にキズが付いてるだろう。これ以上シモン班を継続させていては、お前たちの経歴にもキズが付くだろうからな。これまでの成績を考えれば、もっと良い待遇を与えられてしかるべきだ」
    「まー、……そーですね。ねー、メリー」
     マリアはメリーの手を取り、にこっと笑いかけた。
    「次の班でも一緒になれるといいね」
    「ええ、そうですね。わたしも希望します」
     メリーが微笑み返したところで、クーが口を開く。
    「マリア。あなたの功績を鑑みれば、今度はあなたが班長になるのではないかしら?」
    「え? あたしが? ……えー」
     一転、マリアは面倒臭そうな表情を浮かべる。
    「ガラじゃないなー」
    「わたしは大丈夫だと思いますよ、マリアさんなら」
    「えー、そっかなー、うーん」
     そんな、じゃれ合うような会話を続ける一同と距離を置く形で――エリザは黙々と、煙管をふかしていた。
    「……あれ? どうしたんですか、エリザさん? 気分悪いんですか?」
     マリアに声をかけられ、エリザはわずかに顔を上げ、「ん……」と返す。
    「何でもあらへんよ。ちょと考え事しとっただけや。気にせんで」
    「あ、はーい。……んでさ、メリー……」
     結局、峠道を下り終えるまで、ずっとエリザは黙り込んでいた。

    琥珀暁・平東伝 3

    2020.08.21.[Edit]
    神様たちの話、第339話。解体と再構築。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ハンとクーもよりを戻し、改めて彼女の無事が、彼女自身の口からゼロに伝えられた。「……ですので、わたくしは無事です。ご心配をおかけいたしました」《そうか……。無事で何よりだよ。本当に、この3ヶ月のことは何も覚えてないみたいだね。あと、……こんなことを何度も確認して、本当に済まないと思ってはいるけれど、……何もされていないんだね...

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    神様たちの話、第340話。
    「狼」の嗅覚。

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    4.
     帰国の日が近付き、エリザは一際忙しそうに動き回っていた。
    「ほんでな、イワンくんにはノルド王国の方、任したしな。何かあったらまずイワンくんに連絡入れや。……で、オルトラ王国の方にな、ユーリくんを居とくコトにさしたから。あの辺の流通で何やあったら、ユーリくんにまず話通すんやで。ほんでからな……」
     今まで付き従っていた丁稚たちを各拠点のリーダーに据え、連絡網を固めているエリザの様子を眺め、ロウがつぶやく。
    「マジ大変そうっスね……。俺、ボーッとしてていいのかな」
    「ええねん、アンタはソレで」
     指示の合間に、エリザはロウにも声を掛ける。
    「アンタに商売、分からんやろ」
    「そりゃまあ」
    「アンタはアタシの用心棒や。そのお仕事してくれるだけで、アタシには十分ありがたいねん」
    「どもっス」
    「……あー、と、でもな、今、お茶淹れてくれたりなんかしたら、アタシはもっと嬉しいなーって」
    「あ、了解っス! すぐ持って来ます」
    「2人分な。アタシとアンタ」
    「うっス!」
     ロウはいそいそと、エリザの仕事部屋を後にした。

     ちなみに――この世界において一般的には、五感がおしなべて優れているのは猫獣人であるとされているが、他の種族と比較した場合、より優れている感覚を持つ者もいる。例えば味覚に関しては、虎獣人は猫獣人以上であると言われており、また――この時代ではまだ接触を果たしていないが――兎獣人は、聴覚では他の種族を凌駕している者も多い。
     そして狼獣人の中には、猫獣人以上の嗅覚を持つ者も少なからずいるのだ。

     かいがいしく茶を淹れ、仕事部屋に運んでいたところで、狼獣人のロウはその「匂い」に気付いた。
    (あれ? なーんか……、嗅いだ覚えあんな、コレ?)
     廊下に漂う木材と塗料、そして漆喰の臭いに加えて、今ロウの手元からは茶の香りが漂っている。それとは別に、何かの匂いがロウの記憶を刺激している。
    (最近……だよな、コレ嗅いだの。そう、えーと、アレだよアレ、……あー、のどまで出かかってんだけどなー、うーん)
     エリザに茶を差し入れることも忘れ、ロウは記憶の糸を懸命に手繰り寄せる。
    (そんなに昔じゃ無いんだよ。ついこないだなんだ。……ってなると、毎日顔合わせてるあの『猫』や短耳のねーちゃんじゃないよな。お姫様のでもないし。ってかコレ絶対、オトコの臭いだ。女の子がこんな汗臭くって油臭いって、そうそうねえし。ま、『猫』のねーちゃんはしょっちゅうだけども、……じゃなくって。
     オトコだよな、オトコって言ったら隊長さんか? いや、もっと若い感じだ。ソレに汗臭いつったって、隊長さんほどじゃねえ。コレはもっと運動してない系のアレだ。……んー? あ、何か思い出しそうだ。そう、ちょっと前まで付き合いあって、でも最近めっきりってなった、運動不足のオトコ、……ってーと、アイツだよな。
     そーそーそー、アレだよ! アイツに間違い無い。……間違い無いとしたら、ちょっとまずいんじゃねえか? だってアイツ、お尋ね者だろ?)
     ロウは茶の載ったトレイを傍らの窓に置き、臭いの元を探る。
    (そりゃまー、すげえ可哀想だなーとは思うけどもよ、だからってこうやって姿見せずにコソコソっと忍び込んで来るなんて、そりゃ怪しいってもんだろ? もしかしたら見境無くなってて、エリザさんに乱暴しに来たのかも分からんし。
     となりゃ、俺が止めなきゃならんだろうが)
     臭いは廊下の上、天井裏へと続いている。ロウはひょいと柱を登り、天井の板をはがして頭を入れる。
    「あ」
     そしてすぐに、臭いの元――ハンの下から姿を消したはずのビートが毛布にくるまって座り込んでいるのを見付けた途端、ロウは跳躍した。
    「てめえッ! 何しようとしてやがる!?」
    「わ、ちょ、ちょっと、違うんです! 誤解です!」
    「誤解も六回もあるかってんだ!」
     ビートにつかみかかり、馬乗りになったところで、その真下から声が聞こえてきた。
    「アンタら、何しとん!? ほこり落ちて来とるやんか、もおっ!」
    「……アンタ『ら』?」
     ロウはビートから手を放し、下にいるエリザに声をかける。
    「えっと、……エリザさん? コイツがココにいるって、知ってたんスか?」
    「アタシがかくまっとるんや。ええから降りてき。掃除の手間まで増やしよって、ホンマに……」

    琥珀暁・平東伝 4

    2020.08.22.[Edit]
    神様たちの話、第340話。「狼」の嗅覚。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 帰国の日が近付き、エリザは一際忙しそうに動き回っていた。「ほんでな、イワンくんにはノルド王国の方、任したしな。何かあったらまずイワンくんに連絡入れや。……で、オルトラ王国の方にな、ユーリくんを居とくコトにさしたから。あの辺の流通で何やあったら、ユーリくんにまず話通すんやで。ほんでからな……」 今まで付き従っていた丁稚たち...

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    神様たちの話、第341話。
    女狐エリザ。

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    5.
     ビートと連れ立ってエリザの部屋に降り、二人で掃除をしながら、ロウはエリザに状況を尋ねた。
    「あの、エリザさん。なんでコイツがココにいるんスか?」
    「言うたやん。ハンくんらからかくまってんねん」
    「あ、はい。ソレは聞いたんスけど、でも何で?」
    「約束やからな。あ、ちなみに店にも知っとる子は何人かいとるけど、あんまり言うたらアカンで」
    「うス。……で、その約束って何スか?」
     いくらはぐらかしても根掘り葉掘り尋ねられ、エリザは観念したらしい。
    「しゃあないな。絶対秘密やで。絶対の絶対に絶対やからな?」
    「うっス」



     時刻は3ヶ月前、ジーンがグリーンプールを単騎で襲い、それをエリザたちが撃退した、その直後に戻る。
     クーの自室に彼女の姿が無いことを確認し、遠征隊が大慌てで行方を追っている、その最中――エリザは随行してくれていたロウと丁稚たちに、こう告げた。
    「ほな、アタシもちょっと、思い当たるところ回ってみるから」
    「そんじゃ、俺も一緒に……」
     付いて行きかけたロウに、エリザは掌を見せて制止する。
    「女の子のヒミツ覗きたいんか、アンタ?」
    「へ? ……あ、あーあー、そーゆー感じのトコっスか、すんませんっス」
    「アンタは他の子と一緒に港の方当たっとって。おらへんかったらいっぺん、ココに戻って来てな」
    「了解っス」
     ロウと丁稚たちが消え、人払いが済んだところで、エリザはくるんと振り向いた。
    「コレでええやろ。ええ加減、姿見せえや」
    「……何だよ、気付いてたか」
     そこに現れたのは、突如失踪したはずのお騒がせ者、エメリア・ソーンだった。いや――。
    「中身にも気が付いとるで」
    「へぇ? 私が誰だって言うんだね、君は?」
    「あのなぁ」
     エリザはエマにカツカツと靴音を立てて近寄り、その額を指先で小突いた。
    「いって」
    「そーゆーしょうもない話のタメ方なんかいらんねん。アンタ、先生やろ」
    「……へへぇ?」
     エマの姿をしたその女は、にやあっと笑って見せた。
    「やっぱり気付いてたか。一体、ドコでさ?」
    「アンタが脱走した後、部屋確かめさしてもろたんや。なんぼなんでも、アレで先生本人やと分からへんワケ無いやろ? 箱のサイズ、アタシの『ロータステイル』とぴったしやし、落ちてた魔術書も先生の使てた古代文字がずらーっと並んどったし」
    「ま、そうまで判断材料が揃ってりゃ、そりゃ気付くってもんだね」
     エマの姿をした「先生」――モールは、額を押さえながらくっくっと笑っている。
    「ま、そんなら話が早い。だから私が取った行動だけを、手短に話してやるね」
    「何て?」
    「あのワガママお姫様、私がさらった」
    「……ふーん」
     それに対し憤慨も、罵倒もしないエリザに、モールはまたニヤリと笑みを向ける。
    「どうやらその意味が分かってるみたいだね」
    「さっき一瞬、『今このタイミングでこんなコトでけたらめっちゃ都合ええやろな』と思い付いとったコトやからな。流石にアタシにはやられへん話やから――やったら間違い無くハンくんに殺されるやろし――無しにしたけどもな」
    「さっすがぁ。ま、君ならそうしてやった方がいいだろうってね」
    「先生はホンマ、えぐい方向で頼りになるヤツやわ」
     ろくに言葉も交わさぬまま、師弟は互いの思惑を悟り合っていた。

     こうしてエリザは密かにモールと通じ、彼、いや、彼女にクーをさらわせ、クーがグリーンプールから行方をくらませたように見せかけたのである。そしてエリザは言葉巧みにハンを、そして遠征隊の皆を誘導し、クーの消失があたかも皇帝の仕業であるかのように見せかけたのだ。
     その狙いは言うまでも無く、遠征隊を皇帝討伐に向かわせるためだった。いつまでも弱腰で直接的な行動に出ず、エリザに言わせれば「相手をナメきった」対応を続けるゼロに業を煮やしていたエリザは、この狂言誘拐で彼を焚き付け、彼自ら出撃を命じざるを得ない状況を作り上げたのである。
     ただ、そこまで追い込まれてもなお、意を決しようとしなかったゼロには呆れるしかなかったが――エリザがゼロより信頼を置く人間、ゲート将軍に指揮権が移り、彼が出撃を許可したことによって、結果として目的は達成されたのである。

    琥珀暁・平東伝 5

    2020.08.25.[Edit]
    神様たちの話、第341話。女狐エリザ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ビートと連れ立ってエリザの部屋に降り、二人で掃除をしながら、ロウはエリザに状況を尋ねた。「あの、エリザさん。なんでコイツがココにいるんスか?」「言うたやん。ハンくんらからかくまってんねん」「あ、はい。ソレは聞いたんスけど、でも何で?」「約束やからな。あ、ちなみに店にも知っとる子は何人かいとるけど、あんまり言うたらアカン...

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    神様たちの話、第342話。
    千年級の会話;"LYCH"。

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    6.
     クーの消失が皇帝の仕業であると断定され、討伐が決定されたその夜、エリザはふたたびモールと、密かに接触していた。
    「ほんならクーちゃんは無事なんやな?」
    「ああ。実質眠ってるようなもんだしね。解除するまでそのまんまさ」
    「今はドコにおるん?」
    「ソコはもう、チョイチョイってなもんでね」
    「またチョイチョイか」
    「またチョイチョイだね」
     手の内を明かさない師匠の態度を受け、エリザはそれ以上の詰問をあきらめ、話題を変える。
    「ほんで先生、アンタなんでメリーちゃんたちをあんなイジメてたんよ?」
    「あ? いやほら、ちょっとイライラしちゃってさ。言われたコトしかこなさないわ、嫌だ嫌だって思ってるクセしてニコニコしてるわ、見当違いのコトをドヤ顔でわめき散らすわで、コイツらなんかほんのちょっと腹立つなーってね」
    「ちょっとは加減したりいや。アンタのせいで、みんな病院送りやで」
    「そりゃ悪かったね。……ま、私の話なんかよりさ」
    「いや、もうちょいさせてもらうで」
     エリザはモールに詰め寄り、その胸をむにゅ、とわしづかんだ。
    「アンタいつの間に女の子になってんねや。しかも若返っとるし。アタシとおった時、明らかにアタシより20歳は年上やったはずやんな? なんでアタシより若くなっとんの?」
    「お、嫉妬?」
    「アホか」
     エリザはぺっちん、とモールの胸を叩き、にらみつける。
    「せやけども、単純に若返ったにしては『猫』から長耳、男から女て、そんなトコまで変わっとるんはおかしいやん。まるで赤の他人の体を奪ったみたいやんか」
    「……鋭いね、やっぱり君は鋭い」
     モールは叩かれた胸をさすりながら、こう答えた。
    「そうさ、私は他人の体を奪って生きるヤドカリさね。前使ってた体がボロボロになっちゃったもんで、どっかにいいのいないかなーって思ってたら、うまいコト見付かったってワケさ。でも勘違いしないでほしいんだけどね、この体は死んでたからもらったんだ」
    「工事で事故った時か」
    「そ、そ。偶然、この体持ってた娘が頭から血流して倒れててさ、意識確かめたり脈計ったりしたけども、そん時ゃもう完璧、死にたてホヤホヤの状態だったんだよね。念押しするけど、事故も偶然だからね」
    「どっちでもええ。ほなアンタ、他人に乗り移れるっちゅうコトか」
    「乗り移るって言うか、んー、言ってみると『上書き』みたいなもんだね。元あった記憶域に、私の情報をインプットしてるって感じで」
    「よお分からんな。ホンマ変わってへんわ、説明ド下手なトコ」
    「うっせ」
     モールは若い娘の姿で笑いながら、エリザにパチ、とウインクして見せる。
    「ともかく今はコレが、私の姿ってワケさね」
    「はいはいはい、そらよろしいな。で、なんでこっち来たんよ? アタシの成長ぶりでも確かめに来たんか?」
    「んなめんどいコト、誰がするかってんだね。そうじゃなくてさ、ほら、あん時もう、君らこっちの邦に渡ってただろ? 私も行ってみたいなーって思っててさ。そしたら丁度第二隊を募集してるって話だったから、私が手ぇ挙げたのさ。と言って、真面目に仕事すんのもガラじゃないしね」
    「ほんでこっち来たところで、いちゃもん付けて逃げ出したっちゅうワケか。……アホかアホか思てたコトは今までちょこちょこあったけども、確信したわ。
     アンタはアホや。マジもんのアホや。純度100%の、アホの塊やわ」
    「人をアホアホ呼ぶんじゃないね、まったく。このバカ弟子、一体誰に似たんだか」
    「鏡見せたろか? 犯人映るで」
    「ところがどっこい、映るのは可愛い女の子でーす」
    「シバくで、しまいには」
     両者にらみ合ったところで――途端にふっと、互いに相好を崩した。
    「……ま、もうええわ。ともかくアンタ、しばらくこっちにおるっちゅうコトやな」
    「ああ。20年、30年くらいかけて一通り回ったら、また誰かの体もらって戻るつもりしてるけどね」
    「ほんなら、ちょっとくらい手ぇ貸しいや。アンタみたいに誰にも存在を知られてへん上に、えげつないほど頼りになるっちゅう人間は、おったらかなり便利やからな。ソレに皇帝さんがのさばっとる今の状況やと、アンタも動くに動けへんのやろ?」
    「なんだよ、自分の師匠を手駒扱いすんの?」
    「さしてもらうで。アンタかて、素寒貧なんは嫌やろ?」
     エリザはちゃら、と銀貨の詰まった袋を投げて寄越し、モールはニヤニヤ笑いながら受け取る。
    「この大魔法使いサマをカネで買おうっての?」
    「カネで買うんやない。コネで買うんや」
    「……まったく、君は本当に図太いヤツだねぇ」
     モールは胸のボタンを開け、胸元にその袋をしまい込んだ。

    琥珀暁・平東伝 6

    2020.08.26.[Edit]
    神様たちの話、第342話。千年級の会話;"LYCH"。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. クーの消失が皇帝の仕業であると断定され、討伐が決定されたその夜、エリザはふたたびモールと、密かに接触していた。「ほんならクーちゃんは無事なんやな?」「ああ。実質眠ってるようなもんだしね。解除するまでそのまんまさ」「今はドコにおるん?」「ソコはもう、チョイチョイってなもんでね」「またチョイチョイか」「またチョイ...

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    神様たちの話、第343話。
    エリザのパーフェクトゲーム構築法。

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    7.
     密かにエリザの後方支援に付いたモールは、彼女の期待以上のはたらきをしてくれた。東山間部における情報収集は言うに及ばず、皇帝の力の正体と、その力を与えた「鉄の悪魔」アルに関することまで、モールは事細かに教えてくれたのである。
    「ほんなら皇帝さんが使てる魔術は……」
    《ああ。言語がちょいと違うってだけで、原理は一緒さ。池の水をひしゃくですくうかバケツ使うかって程度さね》
    「アンタの例えは良お分からんわ。ほんなら、こっちの妨害術が通用するっちゅうコトで間違い無いねんな?」
    《そう言うコトだね。ただ、やっちゃうと私と君の通信もできなくなっちゃうけど……》
    「ソコはアレやん。時間決めてそん時だけで」
    《だね。ソレで行こう》
    「で、……さっきちょろっと言うてたアレはホンマなん?」
    《どれさ?》
    「側近さんが人間やないっちゅうんは……」
    《ああ。アイツは言うなれば、人形さ。だからアイツを倒しても、多分すぐ復活するね》
     これを聞いて、エリザは「マジか」とうめく。
    「まあ、お人形さんっちゅうんやったらなんぼでも造れるんやろな。その造ってる人間は誰かっちゅうのんは分かってるんか?」
    《さっぱりだね。名前も分かんなきゃ、ドコにいるかも全然さ。だからソイツをとっちめるってのは不可能だね》
    「となるとやっぱり、皇帝さんをどうにかせんとアカンっちゅうコトやな」
    《ま、そうなるね。アルの、って言うかアルを操ってるヤツの目的は、自分が制御可能な王様と国を、自分の手で作るコトにある。逆に言や、手間ヒマかけて折角作った王様が死んじまえば、ソイツの目論見は破綻するってコトさ》
    「しかし、なんでまたそんな回りくどいコトしとるんよ、ソイツ?」
    《ソレは私も同感だね。ゼロみたく、自分で乗り出しゃいいものを。ともかく肝心なのは皇帝さ。ソイツが今回の戦いの、全ての元凶と言ってもいい。きっちり仕留めなきゃ、何も終わりゃしないね》
    「せやな。ま、アタシに任しとき。アタシがキッチリ、とどめ刺したるからな」
    《頼んだよ》

     モールによる情報収集と工作のおかげで、エリザはあのゼルカノゼロ南岸戦を、ほとんど自分の思い通りに動かすことができた。地理的要素、食糧事情、兵力とその士気の程度に至るまで、いざ戦闘が起こった場合に相手がどう動くか、そしてどう動かせるかを寸分無く判断するに足る、あらゆる要素をモールから伝えられたエリザが、負ける可能性のあるような戦略を採ることは、まず有り得なかった。
     こうしてゼルカノゼロ南岸戦は遠征隊側の完全勝利で幕を閉じ、その後の皇帝の運命は遅かれ早かれ死から逃れられぬものと、決定付けられたのである。



    「……ほんでもちょっと困ったコトあってな。ハンくんがいらん情け利かして、皇帝さんを生かしてしもたからな」
    「その間に側近が復活し、……で、僕がとばっちりを受けたってことですか」
     拘留された宿の中で、エリザからこの遠大な計画のすべてを聞かされたビートは、殊更苦い顔をした。
    「アレさえ無かったら、アンタも今頃、マリアちゃんと付き合うたりでけたかもなんやけどなぁ。ついでに言うたら、クーちゃんもさっさと先生んトコから帰してやれるっちゅうのに。ホンマあの子、いらんコトしいやわ」
    「挽回して見せます。僕が倒せばいいんでしょう?」
    「でけるかなぁ。先生も言うてたけど、アイツ、ホンマに強いらしいし」
    「でもその先生、つまりモール氏は実際に、僕の目の前で倒して見せました。手段があれば可能ってことでしょう?」
    「そら、理屈はそうなるけども。……しゃーないなぁ。めっちゃめちゃ強力な術、いっこ教えたるわ。せやけど正直、気ぃ進まへんねんな」
    「何故です?」
     尋ねたビートに、エリザは肩をすくめて見せる。
    「不安定すぎんねん。よっぽどデカい装置でも組まんと最悪、自爆する危険もあるヤツやからな。先生かて1回、杖燃やしてしもとるしな」
    「禁断の秘術、ですか」
    「そんなカッコええもんでもないけどもな。……ほんでももし、そうまでやっても全部ワヤになってしもた場合は」
     エリザは両手を胸の前で合わせ、頭を下げた。
    「アンタの面倒は、アタシが十分に見たる。ソレは保証するわ」
    「ええ、そうなっちゃった時は、是非」

    琥珀暁・平東伝 7

    2020.08.27.[Edit]
    神様たちの話、第343話。エリザのパーフェクトゲーム構築法。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 密かにエリザの後方支援に付いたモールは、彼女の期待以上のはたらきをしてくれた。東山間部における情報収集は言うに及ばず、皇帝の力の正体と、その力を与えた「鉄の悪魔」アルに関することまで、モールは事細かに教えてくれたのである。「ほんなら皇帝さんが使てる魔術は……」《ああ。言語がちょいと違うってだけで、原...

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    神様たちの話、第344話。
    そして帰郷へ……。

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    8.
    「だからコイツがココにいる、と」
     事情を聞き終えたロウは、気の毒そうにビートを一瞥した。
    「そりゃあつくづく災難だったな、お前さん」
    「とは言え、悪い気はしてません。マリアさんに嫌われたのは本当に残念ですが、正直に言えば、軍での生活に嫌気が差してきてたところですから。先生のところでお世話になると言うのであれば、不満は全くありません」
    「そらまあ、雨でも雪でも測量、測量やとなぁ」
    「それもありますが、軍では結局、上意が優先ですからね。やりたいことがやれない、と言うのはうっぷんが溜まりますし」
    「ソレ言うたら、アタシもやいやい言う方やで? ええのんか?」
     尋ねたエリザに、ビートは首を横に振って返す。
    「同じ『上』でも、就くならエリザ先生がいいです。気も合いますし」
    「ソレは俺も同感だ」
     ロウはがしっとビートの肩を抱き、ニヤッと笑いかけた。
    「そんじゃ俺とお前さんは同僚ってワケだ。コレからよろしくやろうぜ、相棒」
    「あはは……、ええ、よろしくお願いします」
    「2人やないで」
     と、エリザが口を挟む。
    「3人やな。や、今んトコ3.5人やろけど」
    「『.5』?」
    「ほら、リディアちゃんっていたやろ? シェロくんの奥さん」
    「ああ、はい。彼女も先生のところに?」
    「せや。あの娘も子供生まれたら、一緒にアタシんトコに来てもらう予定しとるんよ。身寄りも帰るトコも無いっちゅう話やし」
    「いつ頃生まれるんですか?」
    「10月言うてたわ。アタシらがもうじき本土に帰るし、リディアちゃん親子を連れて帰るんはその後の、来年くらいになるかな」
     それを聞いて、ビートが手を挙げる。
    「それなら僕が、リディアさんに付いていましょうか? このまま軍艦に乗って帰るわけにも行きませんし、そんな時期に知り合いがいないのも心細いでしょうし」
    「あ、ソレええな。や、アンタのコトどうやって帰そうか悩んでたけど、ソレなら都合付けられるわ。うん、ソレはええ。やるやん、ビートくん」
    「お褒めに預かり光栄です」
     ビートははにかみつつ、エリザにぺこっと頭を下げた。



     その後――まず、エリザについて。彼女はこの北方遠征において、莫大な販路と取引相手の開拓に成功し、更にその富と権勢を増した。そしてこの折、己の部下に引き入れたロウ、ビート、そしてリディアの3人は、彼女の下で小さからぬ成果を挙げ、彼女の興隆に貢献した。
     なお、ビートとリディアは、元よりシェロと言う共通点があったことと、そして出産に立ち会うなど、密接な付き合いが続いたことから、エリザの下に来てから3年後に再婚し、新たな家族にも恵まれた。
     ロウも当初、エリザが伴侶の世話をしようと考えていたのだが――少なくともエリザにとっては――驚くべきことに彼女の娘リンダが彼を見初め、半ば強引に結婚してしまった。ロウ自身も当初は困惑していたものの、初恋の女に瓜二つの、可憐な少女である。程無く落ち着き、平和な家庭を築いた。

     ハンは前述の通りクーと結婚し、夫婦揃って北方大使に任命された。そのためふたたび北方に渡り、クラム王国で長い年月を過ごした。
     マリアは大方の予想通り、シモン班の業務を継ぐ形で新たな班長となった。副官にはメリーが任命され、そこから6年、特に問題も無く業務を全うした。



     そしてゼロは――この北方遠征以降、高潔であったはずのその人格は次第に濁り、歪み始めた。
     かつてゼロは新世界に対する純粋な好奇心と、過酷な境遇に対する不屈の闘志で世を照らしていた。だが北方に関する一連の出来事と、そして何よりエリザとの確執によって、その爽やかな琥珀色であったはずの光明は曇り、下卑た赤錆色を呈するようになっていった。

     そして彼は、後の世において虚栄心と傲慢の象徴とも称される、天帝教最大の蛮行――世界平定の、その端緒を開くこととなる。

    琥珀暁・平東伝 終

    琥珀暁・平東伝 8

    2020.08.28.[Edit]
    神様たちの話、第344話。そして帰郷へ……。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8.「だからコイツがココにいる、と」 事情を聞き終えたロウは、気の毒そうにビートを一瞥した。「そりゃあつくづく災難だったな、お前さん」「とは言え、悪い気はしてません。マリアさんに嫌われたのは本当に残念ですが、正直に言えば、軍での生活に嫌気が差してきてたところですから。先生のところでお世話になると言うのであれば、不満は全く...

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    神様たちの話、第345話。
    南のうわさ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     北方における遠征は、二人の「神」に多大な利益と影響を及ぼした。

     前述の通り、エリザは北方における巨大な販路と顧客を獲得し、その富と名声を大いに高めた。そしてそれこそが、北方遠征後にゼロ側で起こった潮流の原因ともなった。それは一言で言うなら、「エリザへの嫉妬」に他ならないものだった。
     繰り返すが――ゼロ主導で計画され、ゼロの配下1000名以上を投じて行われたはずのこの遠征は、便乗した形のエリザに多くの利益をもたらした。言い換えれば、ゼロの苦労の結果がほとんど丸ごと、エリザに持って行かれた形になるのである。無論、ゼロ側にも少なからず見返りはあったものの、エリザのそれと比べれば、微々たるものであった。

     そして双月暦31年、ゼロの下にある「うわさ」が飛び込んで来たことから、二人の確執は――いや、ゼロ一人の一方的な偏執は、より深いものとなっていったのである。



    「ゲート、君はエリザと親しかったね」
     突然呼び出されるなりゼロからそう切り出され、ゲートはうろたえた。
    「え!? あ、ああ、そうだな、それなりには」
     己の不貞が発覚したかと内心ヒヤヒヤしたが、続く言葉から、どうやらそうではないと分かった。
    「彼女が今、どんな事業計画を立てているかも、君の耳に入っているのかな」
    「へ? えー……と、……いや、悪いがそこまでは、あんまり。羽振りがいいって話くらいしか聞かない。後は……、孫ができたとか?」
    「そう」
     ぷい、とゲートから顔を背け、ゼロはうつむきがちに話を切り出した。
    「南へ進出しようと考えているらしい。彼女が本拠地にしている山の南地域から、さらに南方面へだ」
    「エリちゃんが?」
    「そうだ。そして南西にかなり広大な山脈地帯があることを発見した、とも」
    「あー、それは聞いたかも知れん。相当な難所で、登るのは無理なんじゃないかみたいなことを言ってたかも、知れ、……な、い」
     ゲートは途中で口をつぐむ。ゼロが恨みがましい目で、にらみつけてきていたからである。
    「やっぱり聞いてるんじゃないか!?」
    「何がだよ? んなもん、『事業計画』なんて御大層なもんでもないだろ。ただの世間話じゃねえか」
    「……まあ、君からしたらその程度にしか感じないのかもね」
     その言い方にカチンと来るものはあったが、ともかくゲートは話の続きを促した。
    「んで、何だよ? それが何か問題あるのか?」
    「あるだろう? 彼女は私から奪った利益で、その事業を進めているようなものだ。であれば、その事業は本来、私が行うべきものだったはずだ」
    「『はず』って、……お前、そりゃ変だろ」
     咎めたゲートに、ゼロはギロリと苛立たしげな目を向けてきた。
    「どこが変だ? 木を植えたのは私だ。その木から勝手に果実を取ったのは彼女だ。その果実から取った種を植え、そこから芽が出たら、その芽は誰のものだ?」
    「その例えも変っちゃ変だろ? その『木』ってそもそも、お前一人で植えたって話じゃないだろ? エリちゃんも手伝っただろうが。そのごほうびで一個くらい取ったって構やしないだろ」
    「だけど果実は根こそぎ持って行かれた。私の元には、何が残った? 娘夫婦が海を渡った。それだけだろう?」
    「それ以外にも色々あるだろ……。で、結局何が言いたいんだよ、お前は?」
     尋ねられ、ゼロは吠えるように答えた。
    「彼女にこれ以上奪われるのは我慢ならない! 彼女が南を目指していると言うなら、私たちが先んじてそこへ進むべきだ!」
    「おい、おい、落ち着けよ、ゼロ。そんな怒鳴ることないだろ?」
    「……ああ、熱くなりすぎたかも知れない。うるさいと感じたなら謝るよ」
     謝意をろくに見せないまま、ゼロはこう続けた。
    「その南西の山岳地帯の、さらに先への遠征隊を結成する。彼女が山を攻略するより先に我々がそこへ到達し、そこにおける利権を独占するんだ」

    琥珀暁・平南伝 1

    2020.09.01.[Edit]
    神様たちの話、第345話。南のうわさ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 北方における遠征は、二人の「神」に多大な利益と影響を及ぼした。 前述の通り、エリザは北方における巨大な販路と顧客を獲得し、その富と名声を大いに高めた。そしてそれこそが、北方遠征後にゼロ側で起こった潮流の原因ともなった。それは一言で言うなら、「エリザへの嫉妬」に他ならないものだった。 繰り返すが――ゼロ主導で計画され、ゼロ...

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    神様たちの話、第346話。
    荒唐無稽な勅令。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ゼロの言葉に、ゲートは首をかしげた。
    「なんだそれ? その言い方だとお前、山の先に何かあるって確信してるのか?」
    「あ……、いや、あるだろう、と」
    「無かったらどうすんだよ? 10年前みたいに千人規模でわーっと向かわせて、その結果海しか見付かりませんでしたじゃ、バカみたいじゃねえか。10年前のアレは向こうから人が来たからあるって分かってたことだが、今回は何にも手がかりが無いわけだし」
    「しかし彼女は山を越えようとしていると言うじゃないか。確実に何かあると考えているはずだ」
    「単純に山の向こうに興味があるってだけじゃないのか? 俺たちだって30年前、『壁の山』の向こうに何かあるんじゃないかってうわさしてたんだし、似たようなもんだろ」
    「それとこれとは、……いや、……そうだね、確証は無い。現時点での事実は、彼女が山を越えようと考えている、と言うことだけだ。しかし、……しかしだ、彼女がわざわざ無意味な行動を取るはずが無いのは、君も良く分かっていることじゃないか?」
     問われて、ゲートは「まあ……」と濁し気味に答える。
    「だろう? 彼女にしても、山の向こうに何かがある可能性は高いと考えているだろうと、私はにらんでいる。しかし彼女の報告を待っていては、完全に手遅れだろう。その報告を受けた時には既に、彼女が莫大な利益を独占した後だろうからね。
     となれば我々が先んじて向かい、彼女の出る幕を無くしてしまえばいいんだ」
    「それもどうかと思うぜ、俺は」
     ゼロの利己的な物言いに、ゲートは突っかかる。
    「エリちゃんの話を聞いて、お前は向かおうって決めたんだろ? じゃあエリちゃんにも多少、見返りがあって当然じゃないのか?」
    「いや」
     が、ゼロは突っぱねる。
    「仮に彼女の話を聞かなかったにせよ、いずれは進出していたはずだ。今回はたまたま、彼女がきっかけになったに過ぎない。であれば、彼女に配慮する理由は無い」
    「進出していた『はず』って何だよ?」
     ゲートも折れない。
    「一体何の必要があって進出することになるって言うんだ? 別に住む土地や畑が足りないわけじゃなし、鉱山だって港だって、あっちこっちに十分ある。だのになんで、エリちゃんのいるところからさらに南なんて、途方も無いくらい遠いところに人を送ろうとするんだ?
     どうしたんだよ、ゼロ? さっきから言ってることが無茶苦茶だぞ、お前? いつものお前ならもっと理屈立てて、ちゃんと納得行くような説明をするはずだろ」
    「それは……その……」
     口ごもるゼロに、ゲートが畳み掛ける。
    「俺は反対するぞ。現時点で遠征する必要性がこれっぽっちも感じられんからだ。
     それに北方ん時だって、何やかんやトラブル続きだったんだ。お前にこんなこと言ったら嫌な顔するだろうけどな、北方遠征はエリちゃんがいたから、結果として何とか無事に終わったようなもんなんだぜ? それをお前、エリちゃん抜きで話進めようとしたら、今度と言う今度はとんでもない大失敗をやらかしかねない。死人だって大勢出るだろう。人を動かす立場の人間が、その可能性を無視しようとするなよ。
     それともお前は、自分の個人的な欲求と感情のためなら何百人犠牲になったって構わないって言うのか?」
    「そ、そんなわけ無いだろう!?」
    「だよな? 冷静沈着で思慮深いお前なら、まさかそんな無茶苦茶言いやしないよな?」
    「そう……だね。ああ、そうとも」
    「じゃあ、話はここでおしまいだ。重ねて言うが、将軍として、お前の友人として、俺は南方遠征には断固反対するからな」
    「う……ぐ」
     ゲートの頑なな態度に、ゼロも苦い顔でうなるに留まり、その場はどうにか収まった。



     だが3週間後――ゼロはゲートに知られぬよう他の閣僚らを集めて説得し、電撃的かつ強行的に南方遠征を決定してしまった。
     このことを知ったゲートは激怒したが、大多数が賛成してしまった後である。この時点でどう反論しようとも覆すことは出来ず、ゲートは決定を黙認することしかできなかった。

    琥珀暁・平南伝 2

    2020.09.02.[Edit]
    神様たちの話、第346話。荒唐無稽な勅令。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ゼロの言葉に、ゲートは首をかしげた。「なんだそれ? その言い方だとお前、山の先に何かあるって確信してるのか?」「あ……、いや、あるだろう、と」「無かったらどうすんだよ? 10年前みたいに千人規模でわーっと向かわせて、その結果海しか見付かりませんでしたじゃ、バカみたいじゃねえか。10年前のアレは向こうから人が来たからあ...

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    神様たちの話、第347話。
    銀婚旅行のお誘い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ゼロの暴挙に憤慨したゲートは、「頭巾」でエリザに経緯を伝えたが――。
    《あら、そうかー》
     彼女はあっけらかんとした様子で応じてきた。
    《アタシは別に構わへんで》
    「えっ!?」
     そんな答えが返って来ることを予想しておらず、ゲートは面食らった。
    「でもエリちゃん、君が先に……」
    《アタシがやろうとしとるんは今んトコ、カーテンロック――あー、こないだ見付けた山をそう呼ぶコトにしたんやけどね――の調査までやね。山の先に何かあるんかまではまだ、見当も何にも付けてへんもん。その先をゼロさんが調査したい言うてるんやったら、調査さしたったらええやんか》
    「マジかよぉ……」
     ゲートは頭を抱え、後悔した。
    「君がそう言うつもりだったんなら、ゼロとケンカしなきゃ良かったな」
    《ま、そのうちほとぼりも冷めるやろ。そん時に一緒にご飯でも食べて、仲直りしたらええやんか》
    「そうすっかぁ。……ま、どっちにしても遠征すること自体は反対のままだけどな。さっきも言った通り、何があるのか、いや、あるかどうかすら分からんところに何百人も人を送るなんて、正気の沙汰じゃないからな」
    《アタシも同感やね。島も何にも無かったら、漂流しておしまいやもんな》
    「だから今回、俺は全面的にタッチしない。何言われたって、こっちも無視するつもりだ」
    《そうしとき。アンタはもう十分お偉いさんなんやから、この遠征でどんだけ成功してもあんまり旨味も見返りも無い上、失敗したら責任だけ取らされるなんて、アホみたいやもんな》
    「まったくだ」
     深々とうなずいたところで、エリザが話題を変えてきた。
    《ほんならしばらく、ヒマでける感じか?》
    「まあ、そうだな。少なくとも遠征隊が組織され、出発するまでは、俺を交えて閣議なんかしようとしないだろう。通常の業務だってちょっとサインする程度だし」
    《たまにはこっち来てみいひんか? メノーさんたち連れて》
     エリザの提案に、ゲートはくわえていた煙草をぷっと吹き出してしまった。
    「げほっ、げほっ……、いや、流石にそりゃまずいだろ? この時期に君と会ったってなると、ゼロにどんな難癖付けられるか、分かったもんじゃない」
    《付けさせとけばええやん。ソレで縁遠くなったらアタシが嬉しいし。家族水入らずになるやんか》
    「ちょっ……」
     慌てるゲートの耳に、エリザのころころとした笑いが届く。
    《アッハッハ……、冗談や。真面目な話、アンタを遠ざけたらもう、アタシと接触でける術(すべ)が無くなるやん。ゼロさんもソレは分かってはるやろ》
    「はは……、確かにな」
     ゲートは苦笑しつつ、床に落ちた煙草を拾って揉み消す。
    「もしマジでエリちゃんと縁切ったりなんかしたら、遠征先で何かあった時に援軍が頼めないわけだしな。金塊もらったりとか助言受けたりとか、今までの付き合いだって丸ごとブチ壊しにしちまったら、あいつが困るわけだし」
    《自分らだけで何とかしたいと思とるんやったら、ソレはソレで構へんけど。……っちゅうワケでどないや?》
    「……んじゃ、ちょっとだけ行っちゃうかなぁ。フレンとかにも、久々に会いたいし」
    《ゼラナちゃんにも会ったげてな》
    「ゼラナ……? あー、そっか、そうだったな。リンダの娘かー……。
     俺、もうおじいちゃんなんだよな。ハンのとこも2人目できたとか聞いたけど、海の向こうの話だし、一度も顔見てないからなぁ。実感湧いてないんだよな、実際」
    《アタシもやねんなー……。未だにリンダがもう子持ちやっちゅうのんが、ほぼ毎日ゼラナちゃん見とるのにピンと来おへんねん》
    「お互い、気持ちだけは若いまんまってことかな」
    《アハハ、……アタシはまだ若いで? トシなん、アンタだけや》
    「ちぇ」

    琥珀暁・平南伝 3

    2020.09.03.[Edit]
    神様たちの話、第347話。銀婚旅行のお誘い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ゼロの暴挙に憤慨したゲートは、「頭巾」でエリザに経緯を伝えたが――。《あら、そうかー》 彼女はあっけらかんとした様子で応じてきた。《アタシは別に構わへんで》「えっ!?」 そんな答えが返って来ることを予想しておらず、ゲートは面食らった。「でもエリちゃん、君が先に……」《アタシがやろうとしとるんは今んトコ、カーテンロック...

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    神様たちの話、第348話。
    アロイの鶴声。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ゲートが一家で旅行に出かけたことを幸いに、ゼロは大急ぎで遠征隊隊長の選抜を行っていた。
    「私の考えでは、やはりハンニバル・シモン佐官が隊長に適任だと考えている。皆の考えはどうだろうか」
     ゼロに問われ、集まった閣僚と将軍たちは揃ってうなずいた。
    「問題無いでしょう」
    「彼以外にはありえますまい」
    「右に同じく」
     が、会議に同席していたゼロの長子、アロイ皇太子が手を挙げ、反論した。
    「僕は反対します」
    「何故かな? 彼の実績を考えれば、彼以上の適任は我が軍にいないと思うけど……?」
     どことなくひんやりとした態度で――まるで「口出しするな」「あの女を頼るつもりか」と言っているかのように――尋ねてきた父に、アロイはたじろぎもせず、きっぱりと答えた。
    「第一に、その義弟は今現在海の向こう、北方の地にいると言うこと。第二に、妹夫婦の子供たちがまだ幼いことです。
     僕も一度、北方へ表敬訪問を行ったことがありますが、その時のハンはとても忙しそうにしていましたよ。1ヶ月間の滞在で、きちんと話ができたのは4回だけでした。そしてそのいずれも、30分以上の余裕が無いほどに。
     そんな彼にさらなる激務を与えると言うのですか? 仮に北方大使の任を今すぐ解いて直行させたとして、ハンの後任は誰にするおつもりですか?」
    「あ……そうか」
    「ふむ、確かに。すぐには見付からんでしょう」
    「彼以上に北方の事情に詳しい人間はいないからな」
     アロイの意見に、閣僚たちは顔を見合わせる。
    「そしてもしハンを単身、南方遠征のために引き抜けば、子供たちはとても悲しむはずです。それは即ち父上、あなたの孫を悲しませることになるのです。
     父上、僕は真実であると信じていますよ。30年前、凍死の危険を冒してまで、まだ幼かった僕の妻とその妹を極寒の中から助け出してくれたと言う、父上の美談を」
    「う、……うん、……なるほど、そうだね。確かにイオニスもマティラも幼いものね」
    「引き離すのを厭って家族で向かわせたとしても、遠征には内外に危険が付きまといます。実際に妹はさらわれた経験があるのですし、義弟も反乱の憂き目に、二度も遭っています。それ以上の災禍に子供たちがさらされないと言う保証が、あるのですか?」
    「う、うーん……そうだね、確かにそうだ」
     強硬を貫いていたゼロが、ここでようやく態度を軟化させた。
    「分かった。考えてみれば確かに、ハンを起用するのは難しい。ではアロイ、君は代替案を持っているのかな?」
    「私見ですが、一応は」
     そう前置きし、アロイはその人物の名を挙げようとした。
    「北方遠征当時、ハンの補佐として付いていた……」「なんだって?」
     が、途中でゼロがさえぎる。
    「まさかアロイ、君はあのめぎつ……」「父上!」
     まくし立てかけたゼロを、反対にアロイがさえぎった。
    「人の話は声を荒げて止めるべきものでしたか?」
    「う……」
    「どうか最後までお聞き下さい。……改めて述べますが、僕はハン、いや、当時のシモン班の補佐、即ちマリア・ロッソ尉官を、隊長に推薦します」
    「ロッソ尉官を? ……ふむ」
    「なるほど、確かに彼女なら遠征経験がある」
    「それにシモン佐官と共に仕事していたわけだからな」
     先程と同様、閣僚たちはこくこくとうなずいて同意する。そしてそれは、ゼロも同様だった。
    「それはいい案かも知れない。なるほど、適任だ。……君を疑って悪かった、アロイ」
    「お気遣いなく、父上」

     予定されていた測量調査を完遂し、丁度クロスセントラルに戻って来ていたマリア班に早速、この案が打診された。
    「それで……あたしにですか?」
    「引き受けてもらえるかな、マリア」
     謁見の間でゼロ自ら説明を受け、彼女は補佐のメリーや他の班員たちと顔を見合わせた。
    「どうしよっか?」
    「どう……と言われても」
    「わたしは受けるしか無いのでは、と思います」
    「同じくです」
    「だよねー。断る理由無いもんね」
     マリアはゼロに向き直り、敬礼して見せた。
    「了解しました。遠征隊隊長の任、謹んでお受けします」
     こうして隊長はマリアに決まり、双月暦31年6月上旬、彼女の率いる遠征隊は南の海に向けて出発した。



     だが6年後――マリアはこの時の申し出を受けたことを、深く後悔した。

    琥珀暁・平南伝 4

    2020.09.04.[Edit]
    神様たちの話、第348話。アロイの鶴声。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ゲートが一家で旅行に出かけたことを幸いに、ゼロは大急ぎで遠征隊隊長の選抜を行っていた。「私の考えでは、やはりハンニバル・シモン佐官が隊長に適任だと考えている。皆の考えはどうだろうか」 ゼロに問われ、集まった閣僚と将軍たちは揃ってうなずいた。「問題無いでしょう」「彼以外にはありえますまい」「右に同じく」 が、会議に同席...

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    神様たちの話、第349話。
    幻の「絶対敵」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     カーテンロック山脈の北岸に沿って海路で渡るまでは、マリアたちの遠征はそれなりに順調だった。その先に何があるかも分からない、不安要素しか無いような航海だったが、いざ船を走らせてみると、程無く風と海流をつかまえることに成功し、出港から2ヶ月半後の31年8月下旬、彼女たちは山脈の東端地点に到達し、そこから東へ延々と、未開の地が広がっていることを確認した。
     順調でないのは、ここからだった。

     まず、「未開の地」と述べたが、それは彼女たちの見識上のことである。その地には既に人と文明があり、独自に生活圏を拡げていた。とは言えこのことはある程度予想できたことであり、彼女たちは北方と接触した時と同様、魔術を用いて意思疎通を図り、この地の事情を知ることができた。
     この地に住む人々が言うには、「南にある、とある国からの侵略を受けており、その攻防に頭を悩ませている」とのことだった。血気盛んで正義感の強い彼女は、その国がかつて北方で猛威を奮った帝国と同様の存在であるものと認識し、遠征隊にその勢力を排除させた。
     そしてそのことが――この後6年に渡る地獄と泥沼のはじまりとなった。



     北方における帝国とは、言うなれば「絶対敵」であった。帝国、そして皇帝ジーンは誰に対しても、どのような状況や場合であっても、常に敵であり続けたのだ。であるからこそ遠征隊が、そして遠征隊に与(くみ)する者たちが帝国に攻撃を加えても、感謝されこそすれ、誰かからの恨みを買うようなことは、まず有り得ないことだった。だがこの時、マリアたちが襲った相手は「相対敵」――事情や立場で利害関係の一致、不一致が変動する、「今は敵だが、場合によっては味方にも、友人にもなり得る相手」だったのだ。
     マリアたちが最初に接触した勢力とその「敵」とは、実は単に利権争いで対立していたに過ぎず、この状況に遭遇したのがもしエリザであったならば、お得意の人心掌握策を駆使して双方和解させ、味方に引き込むことも可能な相手だったが、マリアたちはそれを攻撃し、壊滅させた。それにより「敵」は友好的態度とは真逆の深い恨みを抱き、自分たちと協力関係を結ぶ同盟国らと結託して、大規模な報復攻勢に出たのである。
     この状況においてさらにもう一つ、不幸な要因があったとすれば、それはかつて北方の遠征において情報収集や斥候、偵察などの間諜業務を丸っきりエリザ任せにしていた人間ばかりが、この遠征に集まってしまったことだった。今戦っている敵が本当に自分たちの「絶対敵」、決して分かり合えない悪役であるのか確認してみようなどと提案する者は一人もおらず、マリアたちは自分たちが手にしてきた、この一方的で欺瞞に満ちた情報が疑いようの無い唯一の真実であると、盲信してしまったのである。
     そしてこの戦いが地方の小競り合いから南全域を巻き込む戦争に発展したところで、マリアたちはようやく自分たちを取り囲む状況を把握し――南の人間にとっての「絶対敵」が、遠征隊そのものとなってしまったことに気付いた。

     それでもマリアには、戦う以外の選択肢は残されていなかった。
     ここで遠征を中止し北へ帰ったところで、エリザの影に怯えるゼロがそんな結果を承知するわけが無い。ましてや悪化の一途をたどる状況を打開するためにエリザの知恵を借りるなど、ゼロが容認するはずも無い。かと言って、今更手を差し出して友好関係を築くことなど、到底不可能である。
     結果、マリアは――己の信念と正義を盲信したがために――南の人間にとって、悪逆非道の魔女と化した。



     双月暦37年、遠征隊に抗う勢力が軒並み壊滅し、遠征隊に寄る実効支配が完了したところで、マリアはゼロからねぎらいと、称賛の言葉を受けた。
    「『君たちの活躍によって、南の地は平定された。長い間、本当にご苦労だった。ついてはマリア・ロッソを本日付で佐官に昇格させ、併せて南方大使の任を命ずる。それに加えて、君には『大卿』の称号を贈ることとする。これは本来、将軍にしか与えていないものであり、故に君には将来的に、将軍職を用意するつもりだ。
     私のために尽力してくれて、本当にありがとう。深く感謝している』、……とのことです」
     憔悴しきったメリーから「頭巾」越しの伝言を受け、マリアは切れ切れとした叫びを上げた。
    「……そんなの、……そんな風に……あたしを認めないでよ……! あたしが、……あたしがここで、どんな風にさげすまれたか……!
     あたしがどんな思いをしたか、これっぽっちも分かってないくせに、……~ッ」
     マリアは泣いていた。そして長く昏い戦いで傷付き尽くした彼女に付き従ってきた、班員3名も。

     ゼロからの辞令を受けた翌日、マリアたち4名は遠征隊の本営から姿を消した。以降の消息は、不明である。

    琥珀暁・平南伝 終

    琥珀暁・平南伝 5

    2020.09.05.[Edit]
    神様たちの話、第349話。幻の「絶対敵」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. カーテンロック山脈の北岸に沿って海路で渡るまでは、マリアたちの遠征はそれなりに順調だった。その先に何があるかも分からない、不安要素しか無いような航海だったが、いざ船を走らせてみると、程無く風と海流をつかまえることに成功し、出港から2ヶ月半後の31年8月下旬、彼女たちは山脈の東端地点に到達し、そこから東へ延々と、未開...

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    神様たちの話、第350話。
    許されざる嘘。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     南方遠征隊指揮官、即ちマリア・ロッソの突然の失踪を受け、閣僚は戸惑っていた。
    「一体どうしてロッソ尉官、いや、ロッソ佐官は姿をくらませたんだ?」
    「大卿の称号まで得て、将来が約束された身だと言うのに」
    「どう思われますか、陛下?」
     閣僚らの顔を見渡し、ゼロは口を開いた。
    「事情については、はっきりとでは無いが分かっているつもりだ。南の地での活動が、結果として侵略行為となってしまったことを悔いての逐電だろう。彼女の辛苦を理解できなかった、私に責任の一端がある。
     それを踏まえて、今回の件はこう公表するつもりだ。『南の地にかつて北方で非道を働いていた帝国と同様の勢力が存在し、遠征隊はその勢力と徹底抗戦に臨んだ。結果として隊長マリア・ロッソ及び彼女の側近3名の計4名は殉死したが、勢力の殲滅には成功し、現在は遠征隊による暫定的な統治が行われている』、……と。
     彼女はあくまで名誉の戦死を遂げたこととし、『大卿』の称号は殉職による特別昇進の措置として贈ったものとする」
     これを聞いて、閣僚たちはざわついた。
    「へ、陛下?」
    「それはあの、事実とまるで違うと言いますか……」
    「い、いや、はっきり言えば虚偽報告でしょう!?」
    「陛下御自らが嘘をお付きになるなど、あってはならないことです!」
    「ではどうする? 真実をありのまま、皆に伝えるのか?」
     異口同音に反対の意を伝える閣僚たちに、ゼロは苛立たしげな目を向ける。
    「それで誰が得をすると言うんだ? 大義無き戦争に大勢の兵士を投入したことを民衆が知れば、ただただ嘆き悲しませるだけだ。それより今回の件を美化して伝え、『悪を討ち滅ぼす』と言う大義のために戦ったことにしておいた方が、皆も納得し、称賛するだろう」
    「へ……陛下! お、おそれながら申し上げます!」
     ゼロの言葉を聞いてもなお、何人かは反発する。
    「仮に今、そのように吹聴したとしても、兵士たちが戻って来れば事実は明らかになります!」
    「嘘が発覚すれば、陛下のご威信は失墜しかねませんぞ!?」
    「はなはだ遺憾ではございましょうが、どうか思い留まり、真実をお伝えになって下さい!」
    「ばれなければ問題は無い。そ、そう、……ゴホン、そうだろう?」
     公明正大であった人間とは思えないこの卑怯極まりない言葉に、閣僚たちは絶句する。
    「なっ……」
    「そんな……」
    「へ、陛下は、何をなさるおつもりなのですか?」
     辛うじて尋ねた閣僚に、ゼロは目を合わさずに答える。
    「遠征隊の人間は全員、南の地を統治するための人員として、当面、いや、無期的に駐留させるよう命ずることとする。誰も戻って来なければ、吹聴されるおそれは無い。仮に『頭巾』で伝える者がいたとしても、私が事実と認めなければ、相手の方が嘘付きと見なされるだろう」
    「へ、兵士たち全員を!?」
    「そんな無茶な!」
    「しかも兵士に罪を被せるなど……!?」
     嘆く閣僚たちを、ゼロはにらみつけた。
    「これ以上の討議は不要と判断する。話は以上だ。各自、私が命じた通りに行動するように」
     唖然とする閣僚たちを尻目に、ゼロは会議の場を去った。

     あまりにも常識はずれで、不誠実で、かつ、卑劣極まりない命令であったが、それでも皆が陛下と崇める男の下した「勅令」である。容易に逆らうわけにも行かず、閣僚たちはわだかまりつつも、渋々従った。
     そして遠征隊の兵士1000名は帰還命令を下されること無く、怨嗟(えんさ)渦巻くこの南の地で、さらにもう1年を過ごす羽目になった。



     そして――その状況をいぶかしんだゲートとアロイが真相究明のために動いたことにより、この後に起こる最大最後の政変が幕を開けた。

    琥珀暁・天帝伝 1

    2020.09.07.[Edit]
    神様たちの話、第350話。許されざる嘘。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 南方遠征隊指揮官、即ちマリア・ロッソの突然の失踪を受け、閣僚は戸惑っていた。「一体どうしてロッソ尉官、いや、ロッソ佐官は姿をくらませたんだ?」「大卿の称号まで得て、将来が約束された身だと言うのに」「どう思われますか、陛下?」 閣僚らの顔を見渡し、ゼロは口を開いた。「事情については、はっきりとでは無いが分かっているつも...

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    神様たちの話、第351話。
    真実の究明。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     南方への遠征計画が始まって以降、ゲートはゼロの側から遠ざけられていた。それまでの、高潔で公明正大だったはずのゼロからは到底考えられないような対応であり、ゲートの方からも「正当性が無い」と何度と無く抗議していた。
     だが、それに対してゼロは、まったく応じないばかりか――やはりゲートが懸念していた通り――エリザと親しくしていることを理由に、本営におけるあらゆる要職から退けさせてしまった。事実上失脚したゲートだったが、それでも思い直してくれることを願いつつ、7年間をいち農夫としてのんびり過ごしていた。
     しかし人づてに、遠征計画が終了したにもかかわらず1000名もの兵士が一人も帰って来ないことを聞き付け、ゲートは自分と同様、義憤に燃えつつも冷遇され始めていたアロイと共に、調査を開始した。

     しかし事情を知っているはずのゼロや、遠征計画に関わった将軍や大臣たちに直接尋ねて回っていたが、その誰からもまともな回答が得られず、業を煮やしていた。そればかりか、ゲートたちを拘束しようとしていると言う動きまで出始め、窮した二人はエリザと「頭巾」で連絡を取った。
    「……ってわけで、手ぇ貸してくれるか?」
    《ええよ》
    「まずは船を貸して欲しい。今、南で何が起こってるのか、調べなきゃならんからな」
    《ヒトとカネもいるやろ? こっちで50人くらい都合したるで。おカネはクラムやと向こうで使えへんかも分からんから、現物の金塊もなんぼか渡すわ》
    「痛み入ります」
    《……気ぃ付けてな》
    「ああ。エリちゃんも」



     エリザの協力を得たゲートとアロイは双月暦38年3月、南の地に到着した。
    「マリアが行方不明!? 死んだって聞いたぞ、俺は?」
     そして現地に駐留したままの遠征隊から事の次第を聞き、ゲートとアロイは愕然とした。
    「あの、帝国がどうの、と言う話は……?」
    「そのような報告は一切行っておりません。存在したと言うような事実からして、全くございません」
    「マジかよ」
     ゲートとアロイは顔を見合わせ、状況を整理する。
    「マリアたちは皇帝と戦って刺し違えたって話だったよな?」
    「ええ」
    「現地の人間は帝国に虐げられてて、……って話だったけど、今にして思えば、北方の出来事を丸ごと写したような話だよな」
    「その帝国そのものが存在しない、となると、……一体あなた方は誰と、いや、何と戦っていたのですか?」
     アロイに尋ねられ、士官は表情を曇らせた。
    「開戦から、いえ、上陸から7年が経った今でも、何を敵と認めるべきであったのか、良く分からないのです。気付けば我々は、現地の者たちから『悪魔』と罵られ、四方八方から攻められていました」
    「そんな……」
    「途中でやめようとは思わなかったのか? ゼロに報告してたんなら、撤収命令を下してるはずだよな?」
     問いただしたゲートに、士官は泣きそうな顔で答えた。
    「陛下は徹底継戦を命じられました。『最後までやるしかない。エリザに介入させないためには、最後まで自分たちの手で戦いを進めるしか無いんだ』と」
    「なっ……!?」
     二人はもう一度顔を見合わせ、どちらからともなくつぶやく。
    「じゃあ、ゼロは……」
    「……父上は、知っていながら」
     そして同時に、怒りに満ちたうめきを発した。
    「なんてひどいことを……!」
     と、様子を見ていた士官から、悲痛な問いが投げかけられた。
    「将軍、皇太子、その――我々はいつ、戻れるのでしょうか?」
    「……」
     ゲートとアロイは三度、顔を見合わせ、そしてゲートが答えた。
    「……善処する。いや、可能な限り、早く戻れるように配慮する」



     現地で真実を知ったゲートたちは、すぐに帰国の途に着いた。その途中、エリザに連絡を取っていたが――。
    《ちょとまずいみたいやで。クロスセントラルにおる子らから聞いたけど、アンタら二人を反逆罪にかけようと動いとるみたいやで》
    「マジかよ」
    《一旦、アタシの街に来た方がええな。そのまんまノースポートとかに入港したら間違い無く捕まるで》
    「分かった。そこからどうする?」
    《あんまりなー……、こう言うハナシには持って行きたくなかったんやけども》
     そこでエリザの言葉が途切れるが、ゲートは彼女が言わんとすることを察していた。
    「……戦争になるだろうな」

    琥珀暁・天帝伝 2

    2020.09.08.[Edit]
    神様たちの話、第351話。真実の究明。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 南方への遠征計画が始まって以降、ゲートはゼロの側から遠ざけられていた。それまでの、高潔で公明正大だったはずのゼロからは到底考えられないような対応であり、ゲートの方からも「正当性が無い」と何度と無く抗議していた。 だが、それに対してゼロは、まったく応じないばかりか――やはりゲートが懸念していた通り――エリザと親しくしているこ...

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    神様たちの話、第352話。
    まさかの結末。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エリザの協力で人を集めた上で、ゲートとアロイはクロスセントラルに戻って来た。
    「ゲート・シモン将軍、それにアロイ皇太子、……ようこそお戻り下さいました」
     武装した士官から挨拶され、ゲートは腰に佩いた剣に手を掛けながら尋ねる。
    「状況について教えて欲しい。マジでゼロは、俺たちを捕まえようとしてるのか?」
    「それは、……本当です。実際に勅令を発しました。ですが」
     士官は首を横に振り、こう続けた。
    「流石に軍の上層部から反発があったようで、こうしてお二人が戻って来た今でも、即時拘束すべきか、勅令を撤回するよう要求すべきか、紛糾している模様です。忌憚無く申し上げれば、すぐにでも離れられた方がよろしいのではないかと存じます」
    「……ま、そうも行かんさ。俺とアロイがハナシ付けて来る」
    「はっ……」
     士官と、その後ろに並ぶ兵士たち一個分隊に敬礼され、ゲートとアロイは城へと向かった。
     城に入ったところで、ゲートたちはまた武装した兵士たちと、それを率いる同僚の将軍に出くわす。
    「げ、ゲート、……その」
     声を掛けられ、ゲートは苦笑いする。
    「何だよ、マット。シケたツラして」
    「分かってんだろ? お前今、捕まえろって言われてんだぜ」
    「ゼロにだろ? で、その本人はどこにいんだよ」
    「俺たちは、って言うか反対派は、どうにか説得しようとしてんだよ。でも話がこじれてゼロがブチギレてさ、『頭を冷やしてくる。一人にしてくれ』っつって、謁見の間に籠もっちまった」
    「そっか。んじゃちょっと、話して来るわ」
    「お、おい!」
     その場を去ろうとしたところで、肩をつかまれる。
    「悪いことは言わねえ、逃げた方がいいって」
    「ははっ」
     ゲートはその手をやんわりどかし、ニッと笑って返した。
    「ちょっと話して、一緒にメシ食ってくるくらいだって。大げさにすんな。いいからお前は帰って書類にサインでもしてろ」
    「ゲート……」
     心配そうにする友人に背を向け、ゲートとアロイは謁見の間へと進んだ。

    「ゼロ、いるかー?」
     トントンとドアをノックし、二人はそのまま中へと入った。
    「お前何かヘンな勘違いしてるみたいだからよ、いっぺんちょっと肚を割って、……!?」
     やんわりと声をかけながら玉座に目を向けたところで、ゲートは絶句した。
    「あー……と」
     玉座の前に、くしゃくしゃになった三角帽とローブに身を包んだ猫獣人が立っている。そしてその玉座には――すっかり血の気が引いた顔をしたゼロが、目をつぶって座っていた。
     いや――。
    「……お前が殺したのか?」
    「そう思うだろうけどさ、そうじゃないね」
     猫獣人は肩をすくめ、こう返した。
    「私と話してる最中に、ポックリ逝っちゃったのさ。相当カッカ来てたみたいでね、私に怒鳴り散らしたかと思うと、いきなり胸押さえながらガクッと座り込んで、そのまんま、……ね」
    「それを信じろと言うのですか?」
     アロイに剣を向けながら尋ねられ、相手はもう一度肩をすくめる。
    「信じなきゃ信じないでもいいんだけど、信じといた方が何かといい話だと思うよ、私はね」
    「あなたは? 城の者は、あなたが来ていることを存じないようですが。存じていれば、我々に伝えたでしょうし」
    「私? 私は……」「あんた、モールさんだろ」
     相手が答えるより先に、ゲートが見抜く。
    「前に見た時と姿が違うが、あんた、姿を変えられるんだってな。エリちゃんから聞いてる」
    「まあ、そんなようなもんだね」
    「詳しく聞かせてくれないか? ゼロと最期、どんな話してたんだ?」
    「って言ってもねー」
     モールは帽子の中に手を入れながら、困った顔をした。
    「なーんか『僕の世界は誰にも渡さないぞ』『誰だろうと僕をこの玉座から引きずり下ろせるもんか』みたいなコト、ウダウダ抜かしてたくらいなんだよね。聞きたきゃ詳しく話すけどもさ、そんなの聞いたって、いい感じの遺言にゃならないと思うね、私ゃ」
    「……だな」
     ゲートは剣の柄から手を放し、アロイにも剣を下げさせるよう示した。
    「モールさん、でしたか」
     素直に剣を納めながら、アロイが尋ねる。
    「先程あなたが仰っていた、『いい話』とは?」
    「ん? ああ」
     モールはゼロの遺体に一瞬目をやり、二人に振り返った。
    「この時点までで起こってる問題事をさ、解決できる手があるって話さね」

    琥珀暁・天帝伝 3

    2020.09.09.[Edit]
    神様たちの話、第352話。まさかの結末。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. エリザの協力で人を集めた上で、ゲートとアロイはクロスセントラルに戻って来た。「ゲート・シモン将軍、それにアロイ皇太子、……ようこそお戻り下さいました」 武装した士官から挨拶され、ゲートは腰に佩いた剣に手を掛けながら尋ねる。「状況について教えて欲しい。マジでゼロは、俺たちを捕まえようとしてるのか?」「それは、……本当です。...

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    神様たちの話、第353話。
    ゲートとアロイの「バケモノ退治」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「解決? どうやって?」
     尋ねたゲートに、モールは玉座の背後に回り込みながら答えた。
    「例えばさ、ヒトに姿を変えられるバケモノがいたとして、ソイツが7年前から、ゼロにすり替わっていたとしたらどうよ?」
    「……なるほど」
     ゲートは苦笑いし、その提案を吟味する。
    「そうなりゃ南への無茶な遠征も、遠征隊へ下したひでえ命令も全部、そのバケモノがやったって話にできるってわけか。で、その事実に気付いた俺とゲートが、ゼロの姿をしたバケモノを討った、と。確かにいい話に変わるな。ちょっとした英雄譚だ。
     だがちょっと、強引過ぎやしないか? 大体、バケモノなんて話したって、絶滅しちまった今となっちゃ、嘘にしか聞こえんし」
    「証拠がありゃいい。実際バケモノがいるってんなら、みんな信じるね」
     そう言って、モールは肩に掛けていたかばんから、紫色に光る金属板を取り出した。
    「コイツを刺せば、バケモノに変わる。変わったところで、討ち取りゃいいね」
    「用意がいいな、あんた。まるで最初からこうしようと思ってたみたいだな」
     ゲートの言葉に、モールはニヤリと口角を上げた。
    「コイツが自分で勝手に死んだってコト以外は、大体計画通りさ。ソレ以外に、コイツの暴走を止める手は無かったね。例えば君、コイツと真正面からぶつかって、まともに話ができると思ってたね?」
    「いや、……正直どうしようかなーとは思ってたところだった」
    「えっ!?」
     アロイが目を丸くし、ゲートの顔を見る。
    「で、ではゲートさん、あなた、何も考えずにここまで来たのですか!?」
    「そうなる。いやー、まいったぜマジで」
     そう言ってゲラゲラ笑うゲートに、モールも噴き出す。
    「ふっふ……、エリザの言った通りのヤツだねぇ、君は。度胸一発、出たトコ勝負の熱血漢。ま、そんだけ潔いバカなら私ゃ、むしろ嫌いじゃないね」
    「なーるほど、エリちゃんも最初から一枚噛んでたのか。道理で覚悟決めたツラ作って俺に手ぇ貸してたワケだ。普通はあんな顔しないからな、あの娘は」
    「さっすがぁ。……っと、話し込みたいのは山々だけど、手早く済まさなきゃ、いい加減みんなが様子見に来ちゃうだろうしね」
     モールはゼロの背中に、金属板を差し込んだ。途端にゼロの姿が変形し始め、着ていた服がびりびりと破け始める。
     と、そこでゲートが剣を抜き、モールに向けた。
    「何だよ? 早いトコ始末しなって」
    「いっこだけ聞きたいことがある。あんた、そうやって簡単に人をバケモノに変えたが――まさかあんたは30年前にも、同じことをやってたんじゃないだろうな?」
    「はっは」
     モールはゼロだったものから離れ、ゲートの横に立った。
    「コレは『リバースエンジニアリング』ってヤツさね。既にはびこってたバケモノたちを研究する過程で出来ちゃった、副産物みたいなもんさ。犯人だと思ってんなら人違いだね」
    「……嘘じゃないんだろうな、その口ぶりだと」
    「私がやるんならもっと要領良くやるさ。あんなクッソ回りくどいプロトコルなんか組んだりせずにね。……さ、来るよ」

     10分後、ゲートとアロイは謁見の間に皆を集め、事の次第を「説明」した。
    「……ってわけで、バケモノは俺とアロイが何とかやっつけた。死体はまだ、中にある」
    「な、なんと……!?」
     閣僚たちが恐る恐る中を確かめ、口々に悲鳴を上げる。
    「ひえっ……」
    「た、確かにあれは、……どうもバケモノらしい」
    「しかしよもや、陛下がバケモノに成り変わられていたとは……」
    「道理でなぁ……。確かに最近のあいつは、何かヤバいと思ってたけど」
    「……では、本物の陛下は今、どちらに?」
     問われて――これもモールに用意してもらった通りに――ゲートが答える。
    「恐らくはあのバケモノに食われたんだろう。でなきゃいない理由が付かない。そうだろう?」
    「むう……何と言うことだ」
     騒然としている閣僚たちから距離を取り、ゲートとアロイは目配せし合った。
    (ってことで、後は……)
    (ええ。合わせます)

    琥珀暁・天帝伝 4

    2020.09.10.[Edit]
    神様たちの話、第353話。ゲートとアロイの「バケモノ退治」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「解決? どうやって?」 尋ねたゲートに、モールは玉座の背後に回り込みながら答えた。「例えばさ、ヒトに姿を変えられるバケモノがいたとして、ソイツが7年前から、ゼロにすり替わっていたとしたらどうよ?」「……なるほど」 ゲートは苦笑いし、その提案を吟味する。「そうなりゃ南への無茶な遠征も、遠征隊へ下したひ...

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    神様たちの話、第354話。
    天帝教のはじまり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「ゼロがバケモノにすり替わっていた」と言うショッキングな事件は、瞬く間にゼロの支配圏全域に拡がった。と同時に、そのバケモノをゲート将軍とアロイ皇太子が討ったことも併せて伝えられ、二人は反逆者から一転、英雄として持てはやされた。

    「それでは緊急閣議を始めます」
     その成果もあって、アロイはゼロの後継者として、暫定的に認められることとなった。そしてこの閣議によって――。
    「まず第一に、先日崩御されていたことが発覚したゼロ・タイムズについて、その後継者を誰にするかを考えなければなりませんが……」
    「言うまでもないでしょう。アロイ皇太子、あなたしかございません」
    「タイムズ様のご長子であり、見事にお父様の仇を討たれたのです。あなた以外の誰が、その座に着くと言うのですか」
    「右に同じです」
     正式に後継者となることを満場一致で推挙され、アロイは深々と頭を下げた。
    「承知いたしました。では若輩者ながらこの私、アロイ・タイムズが、先王の、……いや、先帝の座を継承いたします」
    「先『帝』?」
     尋ねられ、アロイはこう答えた。
    「父が生前成した偉業はいずれも並々ならぬものであり、到底、人の為せる業ではありません。その彼を他の者と同列に置くようなことは、民は誰一人として納得しないでしょう。この私自身も、父はただの人では無い、もっと神に、天に近しき者であったと、堅く信じています。であればただの人として扱い、葬ることは不敬であるはず。
     そこで私は父に『帝』の号を諡(おく)り、以後永年に渡って我らが主神として祀ることを提案します」
    「帝(みかど)……!」
     その言葉に、閣僚たちは感嘆の声を上げた。
    「そうですな、確かに祀り上げてしかるべきお方です」
    「異論は無し。是非、そうすべきだ」
    「いっこいいか?」
     と、閣議に復帰することができたゲートが手を挙げる。
    「単に帝ってだけじゃ、北にいたって言う皇帝と被らないか?」
    「ふむ、確かに」
    「いいや、陛下はもっと格上の存在だ!」
    「そうだ。そんなものと一緒にされるのは敵わんな」
    「だろう? だから俺はもういっこ、その諡号に付け加えたい。例えばさ、『天帝』ってのはどうだ? 今アロイが『天に近しい』って言ってたんで思い付いたんだが」
     ゲートの案を聞いて、アロイは嬉しそうな顔で立ち上がり、拍手した。
    「ええ、それは非常に良い響きです。是非そうしましょう。
     では皆さん、これよりゼロ・タイムズは『天帝』と呼び、神として祀ることとします」
    「賛成であります」
    「承知いたしました」



     こうして双月暦38年、ゼロ・タイムズを主神とする宗教、「天帝教」が誕生した。
     アロイは「第二代天帝教教皇」を名乗り、10年近い歳月をかけて、父の遺した言葉や教訓、そしてゲートをはじめとする友人たちからの伝聞をまとめ、数冊の本にした。これが天帝教における聖書となり、以降数百年に渡って、中央大陸の人々の拠り所となったのである。

     こうして生まれた宗教的結束はそのまま政治的結束へと置き換わり、中央大陸を統治する政府――「中央政府」が成立。以後、双月暦314年にファスタ卿らによって滅ぼされるまでの約2世紀半もの間、中央政府と、そしてその中核に鎮座するタイムズ一族は、双月世界の頂点に君臨し続けたのである。



    「その方の名は、あらゆるものの始まりである。
     その方の名は、あらゆるものの原点である。
     その方の名は、無から有を生じさせるものである。

     その方の名は、ゼロである。

    (『降臨記』 第1章 第1節 第4項と第5項を抜粋)」

    琥珀暁・天帝伝 終

    琥珀暁・天帝伝 5

    2020.09.11.[Edit]
    神様たちの話、第354話。天帝教のはじまり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「ゼロがバケモノにすり替わっていた」と言うショッキングな事件は、瞬く間にゼロの支配圏全域に拡がった。と同時に、そのバケモノをゲート将軍とアロイ皇太子が討ったことも併せて伝えられ、二人は反逆者から一転、英雄として持てはやされた。「それでは緊急閣議を始めます」 その成果もあって、アロイはゼロの後継者として、暫定的に認め...

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    神様たちの話、第355話。
    女将さんの晩年。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     アロイ・タイムズ帝による統治が始まり、中央政府が成立して以降も、タイムズ家とエリザとの関係は続いていた。先帝ゼロが晩年には忌み嫌っていた相手であったものの、エリザは有能で、かつ、身内と味方に対しては非常に優しい人物であったために、アロイも少なからず彼女を慕い、頼ったのである。

     そのこともあって、彼女の仕事は年を経るごとに増える一方だった。元より未曾有の大天才、並ぶ者のいない女傑である。彼女の仕事を丸ごとそっくり継げるだけの人材がいなかったこともあり、あの特徴的な金と赤の毛並みにも白いものが大分混じり、老境に達したはずの彼女は、相変わらず多忙に過ごし、第一線で働いていた。
    「よっこいしょー、……っと」
     杖を突きながら船の甲板に現れた彼女を見て、虎耳の青年が声を上げる。
    「あっ、女将さん! もう大丈夫なんスか!?」
    「大丈夫やって、もう。シェリコくんは心配性やね、ホンマに」
    「心配にもなりますって。昨日まで寝込んでたやないっスか」
    「ちょと船酔いしただけや。ほれ、もうこんな元気やで、……げっほ、げほっ」
     魔杖を振り上げ、両腕を上げようとした途端、エリザは咳き込んだ。
    「……今のナシな」
    「ナシにできませんって。今ココで死なれたりなんかしたら、俺、母ちゃんにめっちゃめちゃ怒られるっスわ」
    「大丈夫やって。リディアちゃんにはちゃんと、アンタがよおやってくれたって自分で言うたるから。……あー、と」
     エリザは羽織っていたケープの懐を探り、苦笑する。
    「……煙草持ってへん? 煙管置いてきてしもた」
    「俺、吸わないっス。エルモかゼラナたちなら持ってるかもですけど。ってか悪いっスよ、体に」
    「吸うた方が体にええねん、アタシの場合は」
    「マジですか、もう……。じゃあ俺、エルモに聞いて来ますわ。さっき見かけたんで」
    「ん、よろしゅ」
     と、シェリコが踵を返しかけたところで、エリザが「あ、ちょい」と呼び止めた。
    「何スか?」
    「ゴメン、あったわ。服ん中に落ちとった」
    「何スか、ソレ……。まあ、いいっスけど。火、いります?」
     そう言って、シェリコは魔術で指先に火を灯す。
    「お、ありがとさん」
     エリザは煙管をくわえ、シェリコから火を借りて一息吸う。
    「ふー……。ん、頭シャッキリして来たわ。今、どの辺や?」
    「6個目の島まで後30キロかなってトコっス。1時間弱で着くと思いますわ」
    「さよか。ほなソレまで、船ん中ぐるーっと見て回ろかな。一回りしとったら丁度ええくらいやろ」
    「お供します」
    「ありがとな」
     シェリコに手を引かれ、エリザはふたたび船の中に戻る。
    「おーぉ、目がクラクラ来よるわ」
    「俺もっス」
    「ホンマ、この辺りは日差しがえげつないなぁ。央中も結構や思てたけども、こっちはもっとやで」
    「そっスねぇ。俺も全然、汗が引かないっスよ」
     世間話に興じつつ、二人は船内を回る。
    「ほんで、どないや?」
    「どないって、何がっスか?」
     きょとんとするシェリコに、エリザはニヤニヤと笑みを向ける。
    「プリムちゃんとや」
     言われた途端、シェリコの尻尾がぶわっと毛羽立つ。
    「な、何のコトっスか」「とぼけんでええ」
     エリザは煙管をくわえたまま、シェリコに耳打ちする。
    「一昨日やったかもいっこ前やったか、アンタ、プリムちゃんの部屋から出て来たやろ。しかも出る前にちゅっちゅしとったし」
    「いやいやいや、チューまではしてねえっスよ俺たち!?」「お、やっぱりか」
     そう返され、シェリコは「あっ」と声を上げる。
    「か、カマかけたんスか?」
    「アンタ、ちょろいなぁ。そう言うトコ、お父さんとそっくりやで」
    「どっちのっスか」
    「どっちともや」
    「あーっ……、もう!」
     シェリコは虎耳の内側まで顔を真っ赤にしながら、ぼそっとつぶやいた。
    「本当、女将さんには敵いませんわ」
    「まだまだ若い子には負けへんで、アッハッハ……」

    琥珀暁・女神伝 1

    2020.09.14.[Edit]
    神様たちの話、第355話。女将さんの晩年。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. アロイ・タイムズ帝による統治が始まり、中央政府が成立して以降も、タイムズ家とエリザとの関係は続いていた。先帝ゼロが晩年には忌み嫌っていた相手であったものの、エリザは有能で、かつ、身内と味方に対しては非常に優しい人物であったために、アロイも少なからず彼女を慕い、頼ったのである。 そのこともあって、彼女の仕事は年を経る...

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    神様たちの話、第356話。
    血の濃さ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     エリザは事業拡大の一環として、中央大陸の東に横たわる大海洋をひたすら東へと突き進み、新たな島や大地が無いか、複数の船団を派遣して探検・探査を繰り返していた。その過程で、エリザは大海洋の果てに無数の島が連なっている地域を発見し、その近辺の集中的な探索を始めていた。
     その内にエリザ自身も、若い頃の血がたぎり出してしまい――孫や側近の子供たちを伴って、自らこの海にこぎ出してしまったのである。



    「ホンマにじっとせえへん人やで、ばーちゃん」
    「ホンマなー」
     孫のゼラナとプリムに両側から挟まれる形で、エリザはケラケラ笑っていた。
    「若さの秘訣や。アンタらも老け込みたくなかったら、キビキビ動きよし」
    「ソレなー。ビートのおっちゃんなんかもう、ばーちゃんより老けた顔してはるもんなぁ」
    「なー」
     三人揃って煙草をふかしているところに、シェリコがやって来た。
    「女将さん、とりあえずぐるーっと回って来ました。無人島っスね、ココ。人っ子一人見当たりませんわ」
    「さよか。食べれそうなんは何かあったか?」
    「ヤシの実的なんがチョコチョコと。後は浜辺でカニみたいなんも見かけました」
    「安全そうやね。ほなアタシらも見て回ろか」
    「はーい」
     ゼラノとプリムが揃って手を挙げたところで、エリザがニヤ、と笑う。
    「プリムちゃんはシェリコくんと一緒にご飯作っといて」
    「ぅえ? な、何で?」
     戸惑うプリムの狐耳に、シェリコがぼそ、と耳打ちする。
    「女将さんにバレた」
    「マジで?」
    「マジや」
     それを聞いていたエリザは、ぺら、と手を振る。
    「ほな1時間くらい散策して来るわ。美味しいもん期待しとるで」
    「は、は~い」
     エリザはゼラナを連れて、その場から離れて行った。

     島はヤシやシュロが生い茂り、まさに南国そのものと言った様相を呈していた。
    「あっづー……」
     尻尾の先からぽたぽたと汗を垂らしているゼラナを見て、エリザはクスクス笑う。
    「お父ちゃん似やな、そう言うトコは。央中来はったばっかりの頃、よおそう言う顔してはったで」
    「えぇー、何か嫌やぁ」
    「嫌やあるかいな。ええヤツやないの、ロウくんは。嫌なヤツに似たら最悪やで」
    「え、ソレってお母ちゃんのコト?」
    「や、そうやないけども。例えや、例え。
     しかしアンタ見てると、いっつも不思議に思うわ。お父ちゃん真っ黒な人やし、アンタもちょこっとくらい、黒いのん入りそうなもんやけどなぁ」
     エリザはゼラナの狼耳をハンカチで拭きながら、言葉通り不思議そうにつぶやく。
    「ゴールドマンの血がめっちゃめちゃ強いんやないのん? プリムも金と赤やし、レオンくんもお母ちゃんが茶色やのに、全然毛に出てへんし」
    「血かー」
     ゼラノの汗を拭き終え、エリザは自分の尻尾に目をやる。
    「血と言えばな、アンタのお母ちゃんと伯父さんのお父さん――ま、おじーちゃんやね――めっちゃ顔色悪い系の人やってんけど、ソレ出たんは伯父さんだけやねんな。リンダはドコから出てんのっちゅうくらい元気やし、アンタらもええ顔色やし」
    「じーちゃんってアレやろ、……ヒミツの」
    「せや、ヒミツのアレや」
     二人してクスクス笑いつつ、昔話に花を咲かせる。
    「ま、もうバラしても構わへんかもなんやけど、やっぱり『向こう』で青い顔しはるやろからな」
    「ヒミツにしとくわ、うふふ……」
    「頼むわ、アハハ……」
    「ってか、伯父さん言うたらや」
     と、ゼラナが小声になる。
    「いつ結婚しはんの? もう40超えとるやんな?」
    「40どころか、50も来よるかくらいやで」
    「ヤバない?」
    「ヤバいな。結婚してももう子供でけへんのとちゃうやろか」
    「そらヤバいわ。あたしとプリムが頑張らなな」
    「頑張ってや。言うてもプリムちゃん、じきやと思うけどな」
     それを聞いて、ゼラナが笑い転げる。
    「アレやろ、さっきのん? 尻尾ぶわーってなっとったで、あの子」
    「なっとったなー。傑作やわ」
    「帰る頃にはデキとんのちゃう?」
    「色んな意味でな」
    「アッハッハッハ……、上手いわー、ばあちゃん」
     と、祖母と孫とで、いささか下品な笑い話をしていたところで――。
    「……ん?」
     エリザの狐耳が、ぴくんと跳ねた。
    「どないしたん、ばーちゃん?」
     尋ねたゼラナに、エリザが首をかしげて返す。
    「今……、何や聞こえへんかったか?」
    「へ? ……んーん、何も」
    「さよか。や、何か人の声みたいなんが聞こえたかなーと思たんやけど」
    「ちょっ」
     ゼラナは両腕を組んで、尻尾を震わせる。
    「怖いコト言わんといてーや」
    「ゴメンゴメン、気のせいや。……多分」

    琥珀暁・女神伝 2

    2020.09.15.[Edit]
    神様たちの話、第356話。血の濃さ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. エリザは事業拡大の一環として、中央大陸の東に横たわる大海洋をひたすら東へと突き進み、新たな島や大地が無いか、複数の船団を派遣して探検・探査を繰り返していた。その過程で、エリザは大海洋の果てに無数の島が連なっている地域を発見し、その近辺の集中的な探索を始めていた。 その内にエリザ自身も、若い頃の血がたぎり出してしまい――孫や...

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    神様たちの話、第357話。
    老境のまどろみ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     その晩は島の浜辺にテントを張り、エリザたちは数日ぶりに地面の上で眠ることができた。
    「すう、すう……」
    「すぴー……ふがっ……すぴー……」
     エリザのテントにはゼラナとプリムが共におり、エリザは二人の寝息を耳にしつつ、夢と現の境を、うとうととさまよっていた。
    (……参るわぁ……最近また……よぉ寝られんくなってきとるなー……)
     昼間は元気一杯に振る舞っているものの、こうして夜になると、己の「老い」をひしひしと感じてしまう。
    (……そろそろ寝えへんと……またシェリコくん……困った顔しよる……)
     時折、夢の中にどぷんと浸かりそうな感覚を覚えるが、それを知覚すると、途端に現実へ引き戻されてしまう。この晩もエリザは、どうにか夢の世界に飛び込めないかと四苦八苦していた。
    (……あー……眠いよーな……でも眠れへん……んー……)
     それでも何度か行き来を繰り返すうち、ようやくエリザは完全に、眠りに落ちた。



     気が付くと、エリザは浜辺に立っていた。
    「ほぇ?」
     上を見上げると、さんさんと太陽が照っている。
    「え……嫌やわ、アタシそんなボケて来たんか?」
     不安を覚えたものの、老いてなお明晰な頭脳を持つ彼女は、そこが今日、到達した島ではないことに気付いた。
    (いやいやいや……。なんぼなんでも、太陽が2つもあってたまるかっちゅうねん。オマケに森ん中から変な建物がにょきっと生えとるし)
     さらに、自分の手や尻尾を良く見れば、若い頃のものである。はっきり夢の中であると察し、エリザはフン、と鼻を鳴らした。
    「……ま、寝られたんやったらええわ」
     エリザは夢の中で背伸びし、その場に座り込んだ。
    「せやけど変な感じやな。こんなはっきり自分で『コレは夢やー』て分かるコト、今まであったかなー……?」
     自分のひざに頬杖を突き、エリザは水平線の向こうに目をやる。と――。
    「……お? お、おおおっ!?」
     自分の斜め上にあった方の太陽が、ゆっくり降りて来たのである。
    「な、何やな何やな?」
    《突然の失礼、おわび申し上げる》
     と、その太陽がエリザに向かってしゃべり出した。
    《私は克饕餮(トウテツ)。はるか昔、この地で死んだ者である。狐のご婦人、どうか私の話を聞いてはくれまいか?》
    「な、何て? とう、とー、……トウテツ?」
    《左様。死んで1000年、ようやく私の声が聞こえる者が現れて、私は非常に嬉しい》
     太陽は次第に光を潜め、そこに身長2メートルを優に超える、巨漢の短耳が現れた。
    《狐のご婦人、……と何度も呼ぶのは面倒なので、良ければ名前を教えてほしい》
    「あ、はあ……。エリザ・ゴールドマンです。よろしゅう」
    《よろしく》
     トウテツと名乗った男は、エリザに向かって手を差し出して来る。つられてエリザも手を出し、握手を交わした。
    《なかなか豪胆な方と心得る。それに、心もお若い》
    「そらどーも」
     最初は戸惑ったものの、相手が言った通り、肝の図太い彼女である。ものの1分もしない内に慣れてしまい、エリザは饕餮に尋ねた。
    「ほんでトウテツさん、まさか『声聞こえるわー、わーいお話しよかー』で終わりやないでしょ?」
    《うむ》
     饕餮は苦笑いを浮かべつつ、こう切り出した。
    《ご婦人、あ、いや、エリザさん。頼みがあるのだ》
    「そらあるでしょう。無かったら『話聞いて』なんて言いませんやろ」
    《あ、う、うむ。失敬》
     話している内に、エリザは相手の性格も見抜く。
    (アレやな、昔会うた……あの、アレやアレ、シェリコくんのおじーちゃんと同じタイプの人やな、どうも。話す度に一々、ドンドン話が遠回りしよる系の人やな)
    《頼みと言うのは、他でも無い。私の『頭』を探してほしいのだ》
    「は?」
     相手の性格は読めたものの、その頼みの内容までは流石に察することができず、エリザは目を丸くした。

    琥珀暁・女神伝 3

    2020.09.16.[Edit]
    神様たちの話、第357話。老境のまどろみ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. その晩は島の浜辺にテントを張り、エリザたちは数日ぶりに地面の上で眠ることができた。「すう、すう……」「すぴー……ふがっ……すぴー……」 エリザのテントにはゼラナとプリムが共におり、エリザは二人の寝息を耳にしつつ、夢と現の境を、うとうととさまよっていた。(……参るわぁ……最近また……よぉ寝られんくなってきとるなー……) 昼間は元気一...

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    神様たちの話、第358話。
    饕餮の後悔。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「頭? ……や、そうか、アンタ1000年とか言うてはりましたもんな。幽霊さんなんですな?」
    《そう言うことになるな。この姿は生前の、と言うか、私がまだ正気を保っていた頃のものだ》
    「ふーん……?」
     饕餮はエリザに手招きし、島の奥へ付いてくるよう促す。
    《私はとある一派に属していた。その名も克一門、克大火と神道理(しんとう・まこと)を双璧と仰ぐ、地下組織の一員であった。と言っても非道や不善を働いていたわけではない。ある巨大な組織に、義憤と正義感、そして因縁によって対抗しようと試みる、ゲリラ集団だったのだ。
     色々とあって、まあ、その組織の壊滅には成功したわけであるが、結局のところ、世界の崩壊を食い止めることまではできず、一門は崩壊に伴ってちりぢりになってしまった。師匠の行方も分からず、門弟も生き残っているのか死んでしまったか》
    「ソレについてなんですけど」
     と、エリザが手を挙げる。
    「アンタ、ホウオウって知ってはります?」
    《ほ、鳳凰!? と言うと、お父上に良く似たお顔とお母上と同じ茶髪で、いつも浮世離れしていた、あの鳳凰か! おお、存じているとも!》
    「顔のコトは知りませんけども、茶髪は茶髪でしたな。いっぺん、そのホウオウさんから同じよーな話を聞いたコトあるんですわ。チラっとだけですけども」
    《え……? 本人から?》
     意外そうな顔をした饕餮に、エリザはニヤ、と笑って返す。
    「克一門は不屈揃いやて言うてはりましたわ。『殺しても死なないよーなのが一杯いる』と」
    《はははは……、うむ、左様である。師を筆頭に、そんな者ばかりだった。……が、実際はこの通りだ。まあ、自業自得ではあるのだが》
    「っちゅうと?」
    《それをこれから説明する。見てもらわないと、私の頼みについて具体的には、理解してはもらえんだろうからな》
     話している間に、二人は島の中央に到着する。そこには饕餮と、真っ黒な服を着た男が対峙しており、会話を交わしていた。
    《あれは1000年前の――まだこの姿を保っていた頃の私と、我が師である克大火だ》

     そこにいた饕餮は、土気色の顔でうずくまっていた。
    「はあ……はあっ……」
     対する大火は、どこか呆れたような様子で彼を見下ろしていた。
    「お前には過分に知恵が足りんと思ってはいたが、まさかこんな暴挙に出るほどに愚かだったとは、な」
    「はあ……はあ……すみません……師匠……」
    「とは言え、あいつら相手にたった一人では、致し方無いことか」
     大火は建物の外に目をやる。
    「……?」
     エリザのいた側からは何も見えなかったが、案内してくれた方の饕餮に手招きされ、大火と同じ視点に移動したところで、その禍々しいモノの大群を、建物の窓越しに確認することができた。
    「うわっ……アレは」
    《師が『難訓』と呼んでいた女は――師匠の、かつての一番弟子だったが――はっきり言って狂っていた。一体どう言うつもりであったのか、崩壊した後の世界に、あんな名状しがたきモノ共を、嬉々としてバラ撒いていたのだ》
    「バケモノやんか……。そうか、そのナンクンとかっちゅうのんの仕業やったんか、ほんなら」
     エリザがまだ少女の頃に目にしたバケモノと同じような、異質な造形物たちは、今にも建物に迫ろうとしていた。いや、実際に迫ったものもいたらしく、建物の入口辺りに血だまりができている。
    「アレ、アンタがやらはったんです?」
    《左様。だが師匠が助太刀に来てくれるまでに、相当の間があった。待っていては到底、持ちこたえられないほどに。そこで私は、妹弟子の麒麟が編み出していた術を使い、一掃を試みたのだが……》
     話している間に、回想の方の饕餮の背中が裂け始め、そこから紫色のまばゆい光が走る。
    「あ、アレ、……アレ何ですのん!?」
    《術には重大な欠陥があった。一言で言うなら、暴走したのだ》

    琥珀暁・女神伝 4

    2020.09.17.[Edit]
    神様たちの話、第358話。饕餮の後悔。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「頭? ……や、そうか、アンタ1000年とか言うてはりましたもんな。幽霊さんなんですな?」《そう言うことになるな。この姿は生前の、と言うか、私がまだ正気を保っていた頃のものだ》「ふーん……?」 饕餮はエリザに手招きし、島の奥へ付いてくるよう促す。《私はとある一派に属していた。その名も克一門、克大火と神道理(しんとう・まこと)...

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    神様たちの話、第359話。
    克大火の弟子;全てを飲み込む者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    《麒麟が私に――『コレは緊急の緊急、もうコレやるしかない最終段階って時にだけ、どっちかいっこだけ使うように』と警告した上で――教えた術は2つあった。一つは魔獣の術。己の体を一時、獣同様に換えるもので、私が使えば獰猛な熊のように変身できた。
     そしてもう一つは、魔力を爆発的に増加させる強化術だ。MPPと言って、エリザさんはお分かりだろうか》
    「分かりまへんなぁ」
    《あー……と、となると説明が難しいな。どう言ったものか、……ともかく、魔力を一時的に、通常の数十倍、いや、数百倍に高めることができるのだ》
    「ほんでアンタは、アカン言われてたにもかかわらず、両方いっぺんに使てしもた、と」
    《左様。私の腕では同時に2つ展開して、制御することはできなかったのだ。そしてその結果が……》
     話している間に、回想の中の饕餮の体は真っ二つに避け、その中から熊のようなバケモノが姿を現した。だがその姿もまもなく膨れ上がって原型を留めなくなり、そこから先は虎のような、象のような、しかしやはり、どこかに熊の要素も残っているような――数多の猛獣を混ぜ固めたような、形容しようの無いバケモノへと変貌した。
    「……愚か者め……」
     大火は顔をしかめさせ、その場から姿を消した。

     その後の映像は、数多の修羅場をくぐった経験豊富なエリザでも、絶句するようなものばかりだった。
     完全な怪物と化した饕餮は、確かに所期の目的通り、迫っていたバケモノを、一瞬の内に消し飛ばした。だが攻撃の余波はバケモノたちだけではなく、島自体をも吹き飛ばした。その時点で饕餮の自我は消え去ってしまったらしく、彼はそのまま、空高く飛び上がった。
    「……なっ……なんだ……お前は……!?」
     と、彼の視界に真っ白なローブを着た女――克難訓が映る。それを目にした途端、饕餮は彼女めがけて一直線に飛び込んで行った。
    「く……来るな……来るなーッ! 『バールマルム』! 『ネメシスバルド』! 『アポカリプス』!」
     どうやら難訓は魔術を立て続けに放ったようだが、饕餮の体中に現れた目が3つ、4つ潰れた程度で、ほとんどダメージらしいダメージは受けていない。
    「ひ……ひいいいいいいいっ!」
     あっと言う間に難訓は饕餮の中に飲み込まれ、数秒後、細切れになって背中から排出された。
    「……っ……あ……ぅ……」
     顔面半分と胸から上だけになった彼女も、瞬間移動術で姿を消す。だがそれに気付いた様子は、饕餮には無かった。何故ならその時、彼は別のものに目を向けていたからである。
     饕餮は目に映ったもの――一際大きな陸地に向かって、またも一直線に飛んで行った。

     饕餮はその大地を、破壊し尽くした。たった一日で、北方大陸と同じくらいの大きさであったその大陸は、いくつかの島々を残して海に沈んでいった。



    《……そして私は、次の標的を探すべくさまよっている間に、完全武装した師匠と相見えた。いやまったく、師匠は流石の人であった。私が不完全な形で発動した魔力強化術を短時間で改良し、実用に耐え得るものに調整したのだ。その強化術を用いた師匠は、まさに一騎当千、いや、当万、当十万とも……》「ほんでトウテツさん」
     冗長的になり始めた話をさえぎり、エリザは先を促した。
    「結局そのお強いお師匠さんが、トウテツさんを討ったワケですな?」
    《左様。師匠は私の体を可能な限り細切れにし、数百キロ四方にバラ撒いた。当然、その中にあった私の『元の』頭も、どこかに飛んで行ってしまった》
    「1000年も前やったら、とっくに土に還ってしもてるんとちゃいます?」
     そう返すエリザに、饕餮はかぶりを振る。
    《私には分かる。まだこの南の海のどこかの島に、私の頭骨が残っていると。
     無論、今更見付けたところでどうなるものでもないし、もう1000年、2000年も放っておけば、流石に消えて無くなるかも知れん。だがあると感じる以上、せめてきちんと葬ってほしいと、そう思うのは自然ではないだろうか》
    「まあ、分からんではないですな」
     エリザはいつの間にか手にしていた煙管を口にくわえ、ふーっと一息吐き出す。
    「お話、よお分かりました。どっちにせよ、この辺りは探索しようと思とったところですし、ついでで良ければ探しますで」
    《おおっ、ありがたい!》
    「ですけども」
     顔をほころばせた饕餮に、エリザは煙管の先を向ける。
    「タダで人を使おうっちゅうワケやありませんよね? こっちも酷暑と潮風の中、汗かき汗かき髪と尻尾をゴワッゴワにして捜索するんですから、何かしら見返りはもらわへんと、割に合いませんわ」
    《承知している。エリザさんは魔術に相当お詳しいようだから、それに因んだ品を用意しよう》
    「『用意』て言われても、ソレを幽霊のアンタから、どう受け取ればええんです?」
    《無論、配慮はする。信じてほしい》
    「ま、ええですわ。ソレで手ぇ打ちましょ」
    《よろしく頼む。頭骨を見付けたらどうか丁寧に埋葬し、その上に墓を建ててほしい》
    「はいはい」

    琥珀暁・女神伝 5

    2020.09.18.[Edit]
    神様たちの話、第359話。克大火の弟子;全てを飲み込む者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.《麒麟が私に――『コレは緊急の緊急、もうコレやるしかない最終段階って時にだけ、どっちかいっこだけ使うように』と警告した上で――教えた術は2つあった。一つは魔獣の術。己の体を一時、獣同様に換えるもので、私が使えば獰猛な熊のように変身できた。 そしてもう一つは、魔力を爆発的に増加させる強化術だ。MPPと言って...

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    神様たちの話、第360話。
    1000年越しの弔い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     夢の中で受けた饕餮からの依頼は、エリザが予想していたよりずっと早く、達成することができた。夢を見てから2ヶ月後、ひょんなことから発見できたからである。
    「お、女将さぁ~ん!」
     ぞっとした顔を並べるシェリコとエルモに呼ばれ、エリザは面食らう。
    「何やのん? 二人して、えらい顔しよって」
    「し、島の奥で、えらいもん見付けてしまいまして」
    「そ、そ、そうなんスよ」
     それを聞いて、エリザはピンと来る。
    「何や? 頭蓋骨でも見付けたんか?」
    「そ、そう、ソレなんスよ! 多分人のヤツっス」
    「でも、普通やないんですよ。辺り一面、何て言うたらええか、その……」
    「ちょと見に行こか。案内頼むで」
    「あ、案内……スか」
    「わ、分かりました……」
     揃って肩を落とす兄弟の後ろに付き、エリザはその、骨がある場所へと向かった。
    「おーぉ」
     現場を見て、エリザもうめく。
    「こら怖いな、確かに」
     島の中心と思われる場所に、その頭蓋骨は半分ほど埋まっていた。だが地面は大きくえぐれており、その周囲6~7メートルは、およそ砂や土とは思えない、真っ青な色に染まっている。
    「触って平気、……とはちょと思えへんなぁ、コレ」
     エリザは途中通った森の中に戻り、枝を拾って来る。
    「よっこいしょー、っと。……うわぁ」
     枝を青い地面に刺した途端、枝はぶすぶすと煙を上げ、ぼろぼろに崩れてしまった。
    「結構な強酸やな。ほんなら、中和したら何とかなるかも分からんな」
    「どうすんスか?」
    「ソコら辺の木と海藻集めて燃やし。ほんででけた灰と真水混ぜて撒いてみよか」
     エリザに命じられた通り、シェリコ兄弟とゼラナ姉妹は周囲の木を伐り、浜辺に打ち上げられていた海藻を採って、一緒に燃やして灰を得た。
    「コレでええのん、ばーちゃん?」
    「ん、ありがとさん」
     エリザは灰を含んだ水を撒き、もう一度枝を刺して土の様子を探る。
    「さっきよりは反応薄くなったけども、……まだ煙、うっすら噴いとるな。こら全部中和するのんに二、三日かかりそうやな」
    「女将さん、なんでそんなにあの骨にこだわるんスか?」
     シェリコに尋ねられ、エリザは肩をすくめて返した。
    「野ざらしは可哀想やろ? どんだけ経っとるか分からんけども」
     結局、土が無害な程度に中和されるまでに、4日を要したが――それでもどうにかやり遂げ、エリザは饕餮のものらしい頭蓋骨を拾うことができた。
    「なるほどなぁ。あんな土ん中やったら鳥も獣も寄って来られへんわな。そら1000年放置されるワケやで」
    「1000年?」
     横にいたエルモに尋ねられたが、エリザは笑ってごまかす。
    「そんくらいやろなって。……さ、ほな丁寧にお墓作ったろか。もうひと頑張り頼むで」
    「へーい」

     その日の晩の内に、エリザの夢に饕餮が現れた。
    《頼みを聞き届けていただき、誠に感謝の極みである。ありがとう、エリザさん》
    「そらどーも。……で、報酬はどうやってもろたらええんでしょ」
     尋ねたエリザに、饕餮は懐から一枚の、金と紫に光る板を取り出す。
    《この『目録』をあなたにお譲りする。あなたの心の中に置いておく》
    「はあ……? まあ、もろたっちゅうコトでええんですな」
    《これで私もようやく、心残りが無くなった。もう現世には未練無しだ。……いや、……最期に、一つだけ。と言っても、これはエリザさんに何かしてもらうような必要は、無いかとは思うが》
    「何ですのん? 今更遠慮せんでもええでしょ」
    《うむ……まあ……そうだな》
     饕餮は困った顔をしつつも、口を開いた。
    《師匠はまだ生きている、……と思う。恐らくは私を討った直後、力尽きてどこかの島に漂着したと思われるが、私が自分自身の頭骨の存在を感じていたように、この世界においてもまだ、師匠がどこかで生き残っていることを感じている。だがもし見付けたとしても、彼のことは放っておいてもらいたい。その内、目覚めるだろうから。師匠はそう言うお人だ。
     ただ、それが明日のことか、あるいは50年後、100年後、それとももっと後のことになるかは、私にも見当が付かないが》
    「分かりました。ほな探索は切り上げときましょ。誰も来おへんかったら見付かるコトも無いでしょうし」
    《よろしく頼む。……ではさらばだ、エリザさん》

    琥珀暁・女神伝 6

    2020.09.19.[Edit]
    神様たちの話、第360話。1000年越しの弔い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 夢の中で受けた饕餮からの依頼は、エリザが予想していたよりずっと早く、達成することができた。夢を見てから2ヶ月後、ひょんなことから発見できたからである。「お、女将さぁ~ん!」 ぞっとした顔を並べるシェリコとエルモに呼ばれ、エリザは面食らう。「何やのん? 二人して、えらい顔しよって」「し、島の奥で、えらいもん見付けて...

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    神様たちの話、最終話。
    陽は墜ち――そして、また。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     饕餮の埋葬が済んだ翌日、エリザは突然、帰郷を提案した。予定よりも随分早かったが、孫たちをはじめとして、船団の皆も故郷を恋しく思い始めていた頃であり、満場一致で帰ることが決定された。
    「ほんでも、何で急に?」
     尋ねたシェリコに、エリザはいつもと同じように、肩をすくめて返した。
    「色々な、思い付いたコトがあんねん。もしかしたらもうアタシ、あんまり時間が無いかもやから、少しでも形にしたくてな」
    「ちょっ……、縁起でも無いコト言わないで下さいよ、女将さん」
    「冗談で言うたんやあらへん」
     エリザは海の向こうを眺めながら、煙管をくわえた。
    「アタシもう、すっかりおばあちゃんやで? やりたいコトがいきなり仰山でけても、もう間に合わへんかも分からんからな」

     その言葉が――極めて残酷ながら――真実であったことは、帰郷後まもなく証明されてしまった。エリザは故郷に戻って数日後、突然息を引き取ってしまったのである。あまりに早過ぎる大女将の死に、息子は勿論、弟夫婦も娘夫婦も、そして親しくしていた側近とその子供たちも、さらには彼女の家に仕えていた使用人たちも――果てには街にいたその全員が、深く涙した。
     エリザは万人から深く惜しまれ、そして悼まれて、豪勢に弔われた。葬儀はまるでお祭りの如く、七日七晩に渡って続けられたと言う。



    《……ってワケでなー、トウテツさんからもらったもん実践してみよか思てた矢先に、ぽっくりやで? そら死んでも死に切れへんっちゅうヤツやん?
     せやからココに居座って、研究続けるコトにしたんよ》
    《あなた、息子さんに助言するのが目的だって言ってなかった?》
     夢の世界、エリザの家。
     彼女に拾われた悲劇の大天才、葵・ハーミットは、エリザ自身から彼女の半生記を聞かされ、いささか疲れた表情を浮かべながらも――やはり当事者本人からの、生の英雄譚であったためか――どこか興奮した様子を見せていた。
    《や、ソレも勿論あるねんで? でもソレだけやとヒマするやんか》
    《死んだ人が忙しいって言うのも変じゃない?》
    《かも分からんけども。……ともかくや、その『目録』、実はココにあんねん》
     そう言って、エリザは自分の胸元に手を入れ、煙管――ではなく、金と紫に光る板を取り出した。
    《コレが克一門の秘蔵の品、『黄金の目録』や。コレ、ホンマにすごいで。コレ自体が桁違いの魔力持っとるおかげで、死んだ後でもアタシ、こーやって夢の世界で好き放題でけるようになったからな。ソレに強化術やら金の錬成法やら、今でも実現困難、実現不可能なハナシまで、実践でける方法が事細かに書かれとるんよ。
     や、そんなんはまだ序の口やな。ホンマのホンマにものすごいんはな……》
     説明しつつ、エリザは「目録」の表面をなぞり、葵にその「ものすごい」内容を見せる。
    《……え? えっ!? う、嘘でしょ!?》
     葵ほどの英才でさえも仰天する様子を見て、エリザはニヤニヤと笑みを浮かべている。
    《ホンマや。コレはもう、魔術の域やない。魔法やねん》
    《あたし、克一門をなめてかかってたよ。……本当に、本当にすごかったんだね》
    《残念ながらトウテツさんは、内容はよお分かってへんかったみたいやけどな。分かっとったらバケモノになるようなヘマ打ってへんわ。そもそもそんな術使う必要無かったんやから》
    《そう、だね》
     葵は「目録」を手に取り、熱心に見入っている。と、エリザは葵から「目録」をひょいと取り上げ、胸元にしまう。
    《あっ》
    《研究はおいおいやって行こか。まずはアンタの部屋作るんが先決や》
    《あ、……うん》
     椅子から立ち上がり、葵が部屋を出る。



     エリザも続いて部屋を後にしようとし――くるんと振り向いた。
    《アタシらまだまだ、コレからやでぇ? アハハハハハハ》

    琥珀暁・女神伝 終

    双月千年世界「琥珀暁」 終

    琥珀暁・女神伝 7

    2020.09.20.[Edit]
    神様たちの話、最終話。陽は墜ち――そして、また。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 饕餮の埋葬が済んだ翌日、エリザは突然、帰郷を提案した。予定よりも随分早かったが、孫たちをはじめとして、船団の皆も故郷を恋しく思い始めていた頃であり、満場一致で帰ることが決定された。「ほんでも、何で急に?」 尋ねたシェリコに、エリザはいつもと同じように、肩をすくめて返した。「色々な、思い付いたコトがあんねん。...

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