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黄輪雑貨本店 新館

双月千年世界 5;緑綺星

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    新連載。
    メイスンリポート#39;きんきゅーじたいです!

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    1.

     お父さん、お母さん、お元気ですか?
     わたしは今まさに死にそうです。

     だって思わないじゃないですか! 泊まったホテルがいきなり襲われるなんて! 一流って紹介だったんですよ!? しかもネットの評価で星4.7くらいのヤツですよ!?
     しかもテロに巻き込まれたとかならともかく――や、ソレも嫌ですけども――標的がわたしですよ!? わたしなんですよー!? どーにか段ボールに隠れてやり過ごして何とかしたはしたんですけども、その時にテロリストさんたちが「絶対にメイスンを逃がすな」って言ってたんですよ! メイスンですよ!? わたしじゃないですかー! もー!



     ……なんてコトを、震えながらTtTに打ち込んでたんですが。
    「おい」
     隠れてた段ボールをひょいと持ち上げられて、あっさり見つかってしまいました。どうして分かったんでしょうか、この完璧な偽装作戦が。
    「スマホの光が穴から漏れてたぞ」
    「あっ」
     わたしのおバカぁ。
    「お前がメイスンか?」
    「ひ、……ひとちがいです」
    「じゃあなんでそんなとこに隠れてんだ?」
    「く、くらいとこがすきなんです」
    「ゴチャゴチャ言い訳してんじゃねえぞ」
     そう言ってテロリストさんたちがマシンガン向けてきました。や、正確には金火狐の「ガードマンV4」ですね。いわゆるPDW(個人防衛火器)ってヤツです。……なんて冷静に分析してる場合じゃないですよ、もー!
    「てめえがシュウ・メイスンじゃないってんならブッ殺すだけだからな。で、どうなんだ?」
    「……わ、わたしですー」
     仕方無しに、わたしはパスポートを見せて証明します。
    「……えーと、……お前分かる? 央北語」
    「あんまり」
     どうもこのテロリストさんたち、頭はあんまりみたいですね。
    「お前ら、そこで何してる!?」
     あ、別の人が来た。
    「あ、兄貴ぃー!」
    「それらしい『猫』見つけたんスけど、パスポートが良く分かんなくて」
    「アホか」
     兄貴って呼ばれた人が、わたしのパスポートを奪って目を細めました。
    「SHIU MASON、双月暦696年生まれの猫獣人。どうやらお前みたいだな」
    「あっハイ」
     こっちの人はまだ頭良さそうですね。ちゃんとパスポート返してくれましたし。ポイって投げ捨てられましたけど。
    「付いて来てもらうぞ。てめえには色々聞かなきゃならんからな」
    「……えーと、あの」
     ダメ元で確認します。ハッキリさせとかないと後でヤバいかもですし。
    「わたしの身の安全は……?」
    「なんだそれ」
     兄貴さんが鼻でフン、とわたしの言葉を笑い飛ばしちゃいました。
    「てめえは俺たちの顔に泥塗ったんだ。生かして返すわけねーだろうが」
    「あぅ……」
     ですよねー。

     ああー……。わたしの人生はどうやら、今日でおしまいみたいです。散々ワガママ言ってこっちまで来ちゃったのに、本当にごめんなさい、お父さん、お母さん。



     なんてコトを考えていたんですが――自分でこんなコト言っちゃうのもアレですけど――わたし、運だけはものっすごくいいみたいですね。
     現れたんです。目の前に。スーパーヒーローみたいなのが。
    緑綺星・猫報譚 1
    »»  2021.08.02.
    シュウの話、第2話。
    舞い降りたヒーロー。

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    2.
     シュウの頭上から、全身が金属装甲に包まれた何者かがずしん、と音を立てて「着陸」した。
    「な、なんだぁ!?」
    「い、いや待て! コイツまさか……!」
     テロリストたちは一斉に顔を青ざめさせ、PDWを相手に向ける。
    (いやー、ソレ効かないと思いますよー? だって映画とかであんなパワードスーツ着た人に銃が効くって展開、あんまり無いじゃないですかー)
     シュウの予想通り、その金と黒に彩られた装甲は銃弾をやすやすと跳ね返しており、まったくダメージを受けた様子は無い。
    「くそッ、効かねえ!」
    「これならどーだぁッ!」
     業を煮やしたテロリストの一人が手榴弾を手に取り、レバーを起こす。
    (ちょっ、……そんなの投げられたらヤバいじゃないですかー! この全身装甲さんならそりゃ無事でしょうけど、でもわたし! わたし真後ろ! 爆風で死んじゃうじゃないですか! やだー!)
     が、シュウはそれが杞憂であったことを、ほんの2、3秒後に悟る。何故なら装甲の男は手首辺りからぱしゅっ、と何かを撃ち出し、相手が投げた手榴弾を彼らの後方に弾き飛ばしたからである。
    「え? ……あっ」
     そしてレバーを起こされ点火していた手榴弾は当然炸裂し、テロリストたちは左右に吹っ飛んだ。
    「うう……うぐ……」
    「耳が……あう……」
     爆風をまともに受けたテロリストたちは、周囲に溜まったゴミに揃って叩き付けられたものの、どうやら死には至らなかったらしい。
    《忠告はしとくぞ》
     と、装甲の男がスピーカー越しの声で、彼らに話しかける。
    《今すぐ逃げるなら見逃してやる。まだやる気か?》
    「う……うっ」「ひぃ、ひぃ……」「うぐ、ぐぐ……」
     テロリストたちはゴミの中からよろよろと這い出し、ほうほうの体で逃げていった。
    《これで一段落ってとこか。……っと、あんた大丈夫か?》
     装甲の男に声をかけられ、シュウはかくかくと首を縦に振る。
    「だ、だいじょぶです」
    《災難だったな。連れはいるのか? 一人ってことは無いよな?》
    「あ、いえ、一人です」
    《マジでか? この街がヤバいって話、知らないのか?》
    「知ってます。けど、ホテルも一流って紹介だったし旅ナビでも4.7って……」
    《あんなのウソに決まってるだろ? ネットの情報なんかアテにするな》
    「……痛感しました」
     装甲の男に肩をすくめられ、シュウは素直に頭を下げる。
    《今夜すぐは無理だろうけど、朝になったらすぐ邦に帰った方がいいぞ。この街はマジでヤバいからな。ほら、パスポート》
     まだ地面に落ちたままだったパスポートを手に取ったところで、装甲の男が《ん?》と声を上げた。
    《メイスン? シュウ・メイスンって、……え?》
    「あ、わたしですー」
    《シュウ・メイスンって、『クラウダー』の? あの『メイスンリポート』の人? え、ホンマに?》
    「ほん……? えーと、はい、わたしがそのシュウ・メイスンです。本人ですー」
     装甲の男はパスポートとシュウの顔を見比べ、驚いた様子を見せた。
    《マジでか。……ちょっとゴメンな》
     そのままシュウに背を向け、何かつぶやき出した。
    《カズちゃん、俺やけど。……いや、まだ仕事中やねんけどな》
    (電話か何かかなぁ)
     シュウの予想通り、どうやら装甲の男は、誰かと通信を行っているらしい。
    《今すぐ知らせときたい話あってな? あんな、アレあるやんか、『ビデオクラウド』。アレのな、『メイスンリポートチャンネル』の人な、今、俺が助けてん。……うん、マジで。ほんでなカズちゃん、いっぺん話聞いときたいみたいなこと、前に言うてたやんか? どないする? ……分かった、ちょっと聞いてみるわ》
     装甲の男が振り返り、シュウに尋ねる。
    《えーと、メイスンさん、でいいのかな。ちょっと、俺と来て欲しいんだけど、いいか?》
    「ドコにですか?」
    《俺のラボって言うか、アジトみたいなとこ。あんたと話したいって奴がいるんだ》
    「はあ」
    《ただ、その、俺はちょっと、名前とか顔とかバレるのがまずい立場にいるんだ。だから……》
    「あ、だいじょぶです。そーゆー人いっぱいいますもんねー」
    《ん? あー……》
     装甲の男は首をかしげつつ、上を指差す。だが、シュウにはそれが何を意味するのか分からない。
    「なんですかー? 月が綺麗ですね、……とか?」
    《いや、俺が言いたいのは、まあ、徒歩とかバスとかじゃアカンっちゅうことで、そのー……》
     口ごもりつつ、装甲の男はシュウの手をつかむ。
    《メイスンさんは、高いとこ平気な人?》
    「え? まあ、ジェットコースターとか好きな方ですけど」
    《ほんならええか……。じゃ、……あー、えーと、俺につかまってもらっていい?》
    「つかまる?」
    《えっと、何て言うかさ、その、嫌じゃなければ、あの、……あの、俺に、あの、抱きつくって言うか、いや、変な意味やなくて、あー》
    「抱きつく? こうですか?」
     言われた通りシュウが抱きついた途端、装甲から慌てた声が漏れる。
    《おわっ!? ちょ、め、メイスンさん、え、ええのん?》
    「や、あなたが抱きつけって言ったんじゃないですかー」
    《せ、せやけども、……ま、まあ、あー、え、ええか。ほんなら、しっかり捕まっててな》
    「はあ? ……きゃあっ!?」
     次の瞬間――装甲はシュウを抱きかかえ、空へと舞い上がった。
    緑綺星・猫報譚 2
    »»  2021.08.03.
    シュウの話、第3話。
    秘密基地。

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    3.
     空を10分ほど飛んだ後、シュウは裏通りの、くたびれた家のテラスに着陸した。
    《ゴメンな。怖かっただろ?》
    「あ、いえ。ちょっとびっくりはしましたけど、面白かったですよ。ジェットコースターみたいでしたし」
     シュウにそう返され、装甲は《えっ》と声を上げる。
    《あんた、神経めっちゃめちゃ太いんやな。……っと》
     そこでようやく、装甲がヘルメットを脱ぐ。そこに現れたのはまだ幼さの残る、金と赤の毛並みをした青年だった。
    「自己紹介が遅れてゴメン。俺の名前はジャンニ。……これも内緒な」
    「あ、はい。全然だいじょぶです」
    「ここは俺んち」
    「ソレも内緒ですね。あっちの彼女さんも?」
     シュウが尋ねると同時に、部屋の奥でパソコンをいじっていた黒髪に濃い地黒の、ジャージ姿の短耳少女がくるっと振り向く。
    「ちげーよ。ただの居候だよ」
    「っちゅうことや。あっちはカズちゃん。見た通りの性格しとるけどええヤツやから。内緒は内緒やで」
    「はい、だいじょぶです。で、そのカズちゃんが、わたしに聞きたいコトがあるって話でしたよね?」
    「そーそー」
     カズと呼ばれた少女が椅子からのそのそと立ち上がり、シュウのそばに寄ってまじまじと眺める。
    「お前、いくつ?」
    「21です」
    「マジかよ? すげーチビじゃん。オレより背ぇ低いなんて、中房かオレの妹くらいだぜ」
    「良く言われます。どーせ童顔ですし幼児体型ですしね」
    「あ、悪りいな。まあ、ソレは置いといて、だ。アンタがあのシュウ・メイスンか? あの『めりぽ』の」
     そう尋ねつつ、カズはパソコンの画面を指差す。
    《つまりですねー、このフランチェスコ不動産も、ネオクラウン系の人たちなんですよ。みなさん、ココは注意ですよー。絶対ココで家買ったりアパート借りたりしちゃダメですよー》
     動画に出ている自分の顔を見て、シュウはこくんとうなずいた。
    「はい、わたしですー」
    「お前、バカだろ?」
     シュウをチラ、と横目で見て、カズはため息をつく。
    「よりによってマフィアのペーパー会社を名指しで暴いてネットで晒すとか、何考えてんだ? そりゃカチ込まれるっつの」
    「しっつれーなコですねー」
     そんなことを話している間に、ジャンニが装甲を脱いで部屋に戻って来た。
    「……へー」
     その姿を見て、シュウは意外に感じた。
    「ふつーの男のコって感じですねー。もっとなんかこう、おヒゲのイケメンおじさんみたいなのを想像してました」
    「そりゃふつーさ。中身はただの、19歳の青二才だ」
     カズは肩をすくめつつ、ジャンニを紹介する。
    「無鉄砲で向こう見ず、勇気と蛮勇の違いも分かってねー甘ちゃんだよ」
    「わぁ毒舌」
     シュウは口をへの字に曲げ、カズに尋ねる。
    「そんなコト言って、カズちゃんはおいくつなんですかー?」
    「さーな」
     カズは乱雑にまとめた長い髪を、くしゃくしゃと手ですきながら答える。
    「1000歳だか2000歳だか。正確なトコは分からん」
    「あ、そーゆー設定ですかー。いかにも中学生ですねー」
    「ちげーよ。……ま、いいや。お前さんに聞きたいコトがあんだよ」
    「そー言ってましたね。なんでしょ?」
    「『めりぽ』のいっちゃん初期の頃のエヴァ・アドラー特集ってあんだろ?」
    「ありましたねー」
    「今でも連絡取れんのか? エヴァ……、エヴァンジェリン・アドラーと」
     そう尋ねられるが、シュウはもう一度への字口を返す。
    「動画でお伝えしてた通りですねー。今はドコにいるのかも、さっぱり」
    「そっか。……いや、疑ってたワケじゃねーんだ。お前さんかエヴァのどっちかに公にできねー事情があって、『めりぽ』じゃ言わなかったって可能性もあるかと思ったんだ。……けど、こーやってお前さんと直に会って分かったが、お前さん、そんなタイプじゃねーな?」
    「まー、そーですね。基本、隠し事ナシでお話してます。他に聞きたいコト、ありますか?」
    「いや、もう無いぜ。いきなり呼びつけて悪かったな。んじゃ気ぃ付けて……」「あ、ちょっと、ちょっと」
     と、話を切り上げようとしたカズを、シュウがさえぎった。
    「わたしからも色々質問させて下さいよー。折角あの『スチール・フォックス』と会えたんですからー」
    緑綺星・猫報譚 3
    »»  2021.08.04.
    シュウの話、第4話。
    取材交渉。

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    4.
     シュウがその名前を出した途端、ジャンニとカズが顔を見合わせる。
    「あー……と。どうする?」「しらばっくれとく?」
     二人はヒソヒソと小声で話すが、そもそも五感の鋭い猫獣人相手では、あまり意味を成さない。
    「聞こえてますよー? しらばっくれないで下さいよー」
    「う、うーん」
     二人は困った顔をして固まっていたが、やがてジャンニが意を決した様子で手を挙げた。
    「あんな、メイスンさん。取材とか何とかする気なんやろけど」
    「はい」
    「俺な、あんまり『それ』がバレるとまずい立場におんねん。さっきも言うたけど、このことは秘密にしといてほしいねんな」
    「分かりました。その点は十分留意して取材させてもらいますねー」
    「すんなっつってんだ」
     呆れた眼差しをシュウに向けつつ、カズが口を挟む。
    「オレもコイツもお前さんに話すコトは一言だって無え。素直にこの家から出てって国に帰れ。二度と市国に来んな。以上だ。帰れ」
    「お断りしますー」
     シュウも折れない。
    「折角のチャンスなんですし、どうあっても取材させてもらいます。伊達に記者経験あるワケじゃないですしね」
    「あ~の~な~……!」
    「もしコレでおしまいってコトなら、わたし帰ってお二人のコトを『めりぽ』で紹介させてもらいますよー? タイトルはどうしましょうかねー? 『あの市国の有名人のかわいい素顔』とかでしょうかねー」
    「……あんた、実は性格めっちゃ悪いんやな」
     ジャンニが苦い顔で、シュウをにらむ。
    「何したら取材止めてくれるんや?」
    「取材自体は止める気がありません」
     シュウはきっぱり要求をはねつけつつも、こう続けた。
    「でもですね、ちゃんとお話してくれるんでしたら、ココはダメ、コレはいいよってポイントは相談させてもらいますし、ちゃんと対応します。アレもダメコレもダメ全部アウトって言われたらわたし、『じゃあ全部いいってコトですね』って受け取ります」
    「……はーっ……!」
     カズはシュウに背を向け、足元にあった段ボール箱を蹴り飛ばした。
    「いい加減にしやがらねえと……」「まーまー、カズちゃん」
     と、ジャンニがカズの頭をポンポンと撫でる。
    「俺が話すわ。ダメな話はちゃんとカットしてくれるっちゅうコトやしな」
    「いいのかよ?」
     カズはシュウをにらみつけ、あからさまに不快な様子を見せていたが、ジャンニは鷹揚に構えている。
    「流石に分かってくれるやろ。ちゃんとしたオトナやねんから」
    「分かってます分かってます。わたしこー見えて、ちゃんとしたオトナですよー」
    「本当かよ……。なーんか信用できねーんだよな」
     憮然とした様子のカズには目もくれず、シュウはスマホを取り出した。
    「じゃ、早速撮影と録音させてもらいますねー。あ、撮影の方はちゃんと顔は隠しますし、音声使う時も本名にピー音入れときますから、安心してくださいー」
    「頼むで、ホンマに」



     双月暦716年、第22代金火狐一族総帥が死去した。これにより次代総帥を選出する選挙が財団最高幹部らの間で、速やかに行われたのだが――ここで当選したのがまさかのアキュラ家出身、シラクゾ・A・ゴールドマンだったのである。

     そもそも4世紀にゴールドマン家がトーナ、ベント、そしてアキュラの御三家に分化して以降、アキュラ家は常に外様の日陰者扱いであった。
     最も総帥を輩出してきたトーナ家、そして対抗馬となってきたベント家に比べ、アキュラ家は外戚の者も多く、5世紀以降常に「金火狐の名を冠しただけの似非者」「決して第一線に立てない三流」、あるいはもっと悪しざまに「ばったもん」などと罵られ続けてきた。当然それだけ支持率も低く、選挙制度が開始されて以来、一度も総帥に就任した者はいない。そのため6世紀後半頃から、アキュラ家全体を金火狐一族から除籍すべきではないかとの意見も表出し始めていたのである。
     そんな中で行われる総帥選挙であり、アキュラ家にとっては総帥の地位を獲得できる、最後のチャンスと言えた。むしろここで総帥を出さなければ、アキュラ家不要論は決定的なものとなってしまう。是が非でも、シラクゾは総帥にならなければならなかったのである。

     追い詰められていた彼は、不義を働いた。巷で勢力を拡大しつつあったマフィア組織、「ネオクラウン」を頼ったのである。
    緑綺星・猫報譚 4
    »»  2021.08.05.
    シュウの話、第5話。
    錆びた黄金。

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    5.
     シラクゾは総帥候補として選ばれる程度には優秀ではあったが、元より排斥されかかっていた家柄の生まれである。何もせず座したままでいては、自分の未来が閉ざされてしまうのは明らか――若い頃からそう危惧していたシラクゾはネオクラウンと通じ、十重二十重の工作を仕掛けたのである。

     そもそも次期金火狐総帥を選出する選挙の方法だが、これはゴールドコースト市民全員に意を問うような形式ではなく、財団の最高幹部――現総帥とその伴侶、金火狐商会長、市政局局長、公安局局長、入出国管理局局長、そして監査局局長の7名によって投票が行われる。逆に言えば、この7人を何らかの方法で掌握し、己に票を投じるよう操作できてしまえば、総帥の座は確実なものとなるのである。
     そう考えたシラクゾは、まずは総帥の妻を誘惑した。と言っても恋愛じみたものではなく、「解放されたくはないか」と説いたのである。22代目総帥はどちらかと言えば強引かつ偏狭な性質の人間であり、ハラスメントじみた暴力を振るう様子が幾度となく、公の場で確認されていた。当然、その害を最も受けているのが妻であることは想像に難くないことであったし、事実、彼女が顔や腕にあざを作っている姿が、市国のタブロイド紙に何度も取り上げられていた。
     そんな理不尽の渦中にあった彼女を、シラクゾはある取引によって口説いたのである。「ある筋に頼んで総帥を暗殺させよう。その代わり、その後行われる選挙で、自分に票を入れるように」と。
     彼の工作はこれだけに留まらなかった。妻同様、総帥の圧力に苦しめられていた金火狐商会長および市政局長をも、同様の取引で丸め込んだのである。これにより、選挙時点での最高幹部は1名減り、残る6名のうち3名を確保することに成功した。
     そして残る3名のうち1名にも、シラクゾはネオクラウンを通じて魔手を伸ばした。総帥に選ばれたとしても、これら裏工作が行われた事実が明らかになった場合、監査局が弾劾動議を提案することは明白である。仮にこの動議が否決されたとしても、黒いうわさをまとった総帥など、諸外国がまともに相手をするはずは無い。ましてや可決されれば即解任、即逮捕となってしまう。
     万が一にもネオクラウンとの関係が明るみに出るような事態に至らぬよう、監査局局長を始末し、その後釜に自分の息がかかった者を据えるこれらの工作は、シラクゾにとって必須の措置だったのである。



    「……で、監査局長やった親父はネオクラウンに殺されてもーたんや」
     ここまで経緯を説明したところで、ジャンニははーっとため息をついた。
    「じゃ、今の監査局って……」
     尋ねたシュウに、カズが答える。
    「総帥のご機嫌取りだよ。シラクゾが総帥になって1年以上経つし、市国のあっちこっちで『今の総帥はクソ』だって言われ倒してんのに、なーんにも動こうとしねーんだよ。『そのような事実は確認できない』の一点張りで、な」
    「ちゅうワケで今の金火狐は、事実上ネオクラウンの傘下や。商売事の融通から法・条例の整備、果ては道路通行許可に至るまで、何でもかんでもネオクラウンの好き放題になっとる。あいつらの顔色伺わへんと、道も通られへんっちゅうワケや。
     勿論こんな状況がまかり通るほど、市国の人間はのんきしとらへん。抗議行動はあっちこっちでしょっちゅうやっとるし、もっと過激なことしよるヤツもおる」
    「あ、聞いたコトありますね。自称『自警団』さんですよね?」
     口を挟んだシュウに、ジャンニはうなずいて返す。
    「それや。名前はカッコ良さげやけども、やっとることはクルマに火炎瓶投げ付けたり、建物にコンクリぶつけたり、あっちこっちの工場から資材かっぱらって武器密造したり……」
    「ぶっちゃけネオクラウンとどっこいどっこいのならず者、半グレ集団さ」
     いつの間にかジャンニのそばに戻って来ていたカズも、口を挟んでくる。
    「マフィアとチンピラが見境無く、周りの迷惑も考えず、ひたすら自分たちの利益と主義主張のためだけに抗争したら、どうなる?」
    「……まー、メチャクチャになっちゃいますよね」
     答えたシュウに、カズはうんうんとうなずく。
    「そう、メチャクチャだ。今やゴールドコースト市国は、世界最大の黄金都市なんかじゃねー。世界最低の暗黒街さ」
    緑綺星・猫報譚 5
    »»  2021.08.06.
    シュウの話、第6話。
    密着取材開始!

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    6.
     カズが話している間に、ジャンニは3人分の飲み物をトレーに載せて戻って来た。
    「ま、そんなわけで俺も――親父が殺された仇を討ちたいってのもあったし――まずは自警団に参加してん。身分を偽って」
    「ソレはなんでですか?」
    「当たりめーだろが」
     ジャンニからチョコミルクを受け取りつつ、カズは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
    「自警団はチンピラ同然っつったろ? 言ってるコトは『打倒ネオクラウン』だの『市国に正義を取り戻す』だのキレイゴトばっかだが、実態はめったやたらに暴れ回るだけの愚連隊だ。そんな自己中ヤローどもに、バカ正直に『ワイお金持ちですねん』なーんて言ってみろよ、3日後には身ぐるみ剥がされて港の漂着物になってるっつの」
    「なるほどですねー」
     シュウはスマホを右手に構えつつ、左手でメモを取る。と、それを見てジャンニが意外そうな声を漏らす。
    「あれ? あんたも左利きなん?」
    「えっへっへ、実は元々右利きなんですけど、頑張って両方使えるようにしたんですよー。そっちの方が便利でしょ?」
    「いや、そりゃ便利は便利だろーけど、だからってやろうとは思わねーよ」
     呆れた目を向けるカズに対し、ジャンニは素直に感心したような声を上げる。
    「あんた面白い奴やなぁ。……っちゅうか、そう言えばあんたのこと、何も聞いてへんよな」
    「わたしですかー?」
     シュウはスマホをちょん、と触り、撮影を一時停止させる。
    「わたしはシュウ・メイスン。央北トラス王国の、イーストフィールドってトコに住んでます。背はちっちゃいですけど、さっき言った通り21歳ですから、ちゃんと成人してます。今年の3月に大学出たばっかりの新社会人です。……こんなトコですねー。ともかく、今はジャンニさんへのインタビュー中ですから、詳しいお話はまた後でですねー」
    「あ、うん」
     もう一度ちょん、と触り、撮影を再開する。
    「えーと……、ココまでのお話を整理すると――現在の第23代金火狐総帥S・A・ゴールドマンはネオクラウンとの裏取引により現在の地位に就き、その見返りとしてネオクラウンは、市国内の法整備と商取引において事実上の優遇・優先権が与えられている、と。この事実に反感を抱く市民からは非難の声が絶えず、中には過激な行動に出る者もおり、特に『自警団』と称する者たちはネオクラウンとの衝突を繰り返し、抗争に発展している、……って感じですかねー。
     で、ジャンニさんは自警団に入ったって話でしたけど、どうして抜けちゃったんですかー?」
    「入って2ヶ月か、3ヶ月かしたくらいやったかな……。死人もちょくちょく出とったから、まだヒヨッコの新人のはずの俺も、すぐ戦闘に駆り出されるようになっててな。その頃にはもう、マシンガン持ってネオクラウンとやり合っとった。
     で、一線交えて何人かやられて、俺も――まあ、急所に当たりはせんかったけども――結構ダメージあってな、弾も無くなったから、物陰に潜んで状況が収まるのんを待っとったんや。そしたらな……」
     ジャンニはそこで、ふーっと憂鬱そうなため息をついた。
    「話し声が聞こえてきてんな。片方は俺たちを現場に連れて来た奴やってことは、声で分かった。もう片方は知らん声やった。自警団から応援が来たんやろかと思ってたんやけど、話を聞いとるとなんかおかしいなって」
    「どんなお話を?」
    「カネのやり取りしとった。『ここに自警団の若い奴連れて来て皆殺しにしてもろた礼や』って話やった。……分かるやろ、どう言う筋書きやったか」
    「ええ、なんとなく」
    「つまり自警団のヤツらの中に、ネオクラウンとつながってるヤツがいるって話だよ」
    「そう言うこっちゃ。腹立つ話やろ? こっちは正義のためやと思って頑張っとったのに、『そいつ』は仲間の死体を売って小銭もろてたわけやからな。……俺はそいつらがいなくなってから、その場を離れた。そん時にはもう、自警団に戻る気はこれっぽっちも無くなっとったわ」
    「そりゃそうですよねー」
     シュウはスマホを操作し、撮影を停止した。
    「今日はこの辺でおしまいにしましょ。続きはまた明日で」
    「おう。……明日?」
     きょとんとするジャンニに、シュウはにこっと笑みを向けた。
    「密着取材ですもん。しっかりがっつりインタビューさせてもらいますよー? あ、わたしの寝るトコは適当にソファでも貸してもらえればだいじょぶですから。あとカズちゃん、パソコン貸してもらっていいですかー? 編集とアップロードしたいので。情報提供料と出演料についてはおいおい相談と言うコトでお願いしますー」
    「……ま、待って? え、メイスンさん、まさかここに泊まるつもりしとる?」
     顔を真っ赤にしてうろたえたジャンニに、シュウはあっけらかんと答えた。
    「そですよー。ソレとも正義の味方さんは、テロがあったその晩に、襲われたホテルに戻れっておっしゃるおつもりですかー?」
    「いや、だからお姉ちゃんよ、お前さっさと故郷に……」
     ふたたび険悪な顔色を浮かべたカズにも、シュウはニコニコと微笑む。
    「わたしのコトはふつーにシュウって呼んでください。よろしくです。ソレじゃお借りします」
    「え、ちょ、おい、おいって、……おい!」
     くるんと背を向け、パソコンに向かうシュウに、カズが慌てて取りすがる。
    「使っていいって言ってねーだろ!? 待てって、勝手に触んなって……」
     そのやり取りを眺めていたジャンニは、ずっと苦い表情を浮かべていたが――。
    「……なんか押し切られそうな気ぃするなー……」
     あきらめに満ちた声色で、そうつぶやいた。

    緑綺星・猫報譚 終
    緑綺星・猫報譚 6
    »»  2021.08.07.
    シュウの話、第7話。
    「狐」軍奮闘。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「おはようございまーす」
     Tシャツにハーフパンツ姿の、明らかに寝起きと分かる格好でぼんやり突っ立っていたジャンニに、シュウが声をかけた。途端に彼は、ビクッと狐耳を震わせて姿勢を正す。
    「お……おっ、ほ、おはっ、……げっほ、げほっ、……おはようございます」
    「そんなにかしこまらないでいいですよー」
     シュウはニコニコと笑みを向けたが、ジャンニは顔を真っ赤にして、逃げ去るようにその場から離れる。
    「かっ、顔洗ろてきます、すんませんっ」
    「あ、はーい」
     入れ替わりに、カズが部屋の中に入ってくる。
    「なんだアイツ、朝からなに、……ん?」
     シュウと目が合い、カズは元から細い目を更に細める。
    「ああ、泊まってったんだったっけか。……だからか」
    「なんか逃げられちゃいましたけど、そんなにヘンな格好してないですよね、わたし?」
    「人の感性なんぞ千差万別だが、ま、オレから見てもふつーだろーと思うぜ。ソレであんなに泡食うアイツの方がよっぽど変わってると思うがな。……つってもまだ19歳だから、ウチにオレ以外の女がいるってコトにビビってんだろーぜ」
    「そんなもんですかねー?」
     シュウは自分の体を見下ろし、肩をすくめる。
    「わたし、見た目でアピールできるポイント無いですけどね」
    「まーな」
    「あ、ひどーい」
    「自分で言ったんじゃねーか、ケケ……」
     昨晩までことさら邪険にしていたカズも――一晩経って頭が冷えたのか、それとも相手のあっけらかんとした性格に毒気を抜かれたのか――ようやくシュウに笑いかけてくれた。

    「ってコトで取材の続きですー」
     朝食を済ませた後、早速シュウはスマホとメモ帳を手に、ジャンニに詰め寄る。
    「ホンマにあんた、グイグイ来るよなぁ……」
     まだ食後のコーヒーを片手にしていたジャンニは苦い顔を返しつつも、よれよれのシャツの襟をただし、彼女に応じた。
    「えーと……ゆうべはどこまで話したっけ」
    「自警団で衝撃の事実を知って抜け出した、ってトコまでですねー」
    「あー、うん、せやったな。……ほんでな、自警団ももうアテにならへんって分かって、俺は一人でネオクラウンと戦おうと思って、色々揃えてんな。拳銃とか戦闘服とか色々」
    「おカネはドコから? マフィアと一人で戦おうってなったら、相当使うんじゃ?」
    「金火狐の教えの一つにな、『どんだけ調子良くても一割は備えを残しとけ』ってのんがあってな。親父もその教えに従って、自分の商売で稼いだカネの一部を、隠し口座に残しててん。なんかあった時のためにって。で、実際に『なんか』あったからな、俺がこっそり受け取ったっちゅうわけや」
    「お母さんとか、ご兄弟はいないんですか?」
    「お袋は俺が小さい時に死んでもーてな。親父も再婚せーへんかったし、一人っ子やねん」
    「あら、失礼しました……。えーと、もいっこ失礼ですけど、ソレはおいくらくらい?」
    「せやなぁ、大体……」「おい」
     と、食後のココアをちびちび飲んでいたカズが口を挟む。
    「その質問、取材に関係あんのか?」
    「んー……そーですね、よく考えたら無関係でした。わたしの個人的興味でしたね。今のナシで。っと、じゃあカズちゃんが使ってるパソコンもその隠し資産で?」
    「ああ。この家自体も含めて、ここにあるのんは全部そのカネで買うとる」
    「ちょっと調べさせてもらいましたけど、アレ、何気にハイスペックですよね。ふつーにお店で買ったら5万エル以上はすると思いますけど」
    「カズちゃんが自作と魔改造しまくったからな、実際はその倍かけとる」
    「オレの話はいーだろ、別に」
     カズがシュウのスマホをトン、と叩いて録画を止め、ジャンニを親指で指す。
    「今やんのはコイツの話。だろ?」
    「えへへ、失礼しました」
     シュウがもう一度スマホを操作し、取材を再開する。
    「じゃ、その遺産で活動を始めたってコトですね。あのスーツもソコから?」
    「せやな。……あれもあれでものすごい魔改造しとるから、遺産半分消えたわ」
    「半分?」
    「カズちゃんは凝り性やからな。いっぺん手ぇ出し始めたら、やり切るまで全然止まらへん。典型的な芸術家タイプってやつやな」
    緑綺星・鋼狐譚 1
    »»  2021.08.09.
    シュウの話、第8話。
    二人の出会い。

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    2.
     自警団を抜け、単独でネオクラウンと戦う決意を固めたジャンニは、街の裏通りに家を買い、そこを拠点に活動を始めた。だが自警団で学んだのはせいぜい破壊工作や武器のメンテナンス程度であり、組織に立ち向かう術など、何一つ分からなかった。
     そんな彼ができることと言えば、うわさで聞いたネオクラウンのアジトや幽霊会社に乗り込み、拳銃を乱射することくらいだった。

     そんな乱暴で杜撰な行動を繰り返した末、当然のごとくジャンニは、ネオクラウンに追われる羽目に陥った。
    「はぁ……はぁ……うぐ……」
     持っていた武器はすべてどこかに落とし、体中に傷を負っている。辺りには敵の気配だらけ――どうあがいてもここで命を落とすことは、不可避であるように思えた。
    (情けないわ……!)
     血と砂利でまみれた両手で額を抑え、ジャンニは絶望していた。
    (俺は結局半端者や……! 仇の一つも討てへんかったか)
     しかし、彼はまだ諦めてはいなかった。
    (……いいや、まだや! まだ行ける!)
     路地裏に転がっていた棒切れをつかみ、彼は立ち上がろうとした。と――。
    「お前、何するつもりだよ?」
     傍らに転がっていた黒いゴミ袋が、突然しゃべりだした。
    「……!?」
     よく見ればそれはゴミ袋ではなく、ゴミでまみれたパーカーだった。その隙間からもぞっと、肌の黒い少女の顔が覗く。
    「うっせーんだよ。コッチは寝てるトコだっつの」
    「おっ、……お、お前に関係無いやろ」
    「あるね。ココはオレの寝床だ。断りもなく家ん中にズカズカ入って来たヤツがいたら追い出すだろ?」
    「『家』て、……路地裏やでここ」
    「住んでる以上、家だよ。……ってかお前さん」
     毛布代わりにしていたらしいパーカーを払い、少女がジャンニの顔をまじまじと見つめてきた。
    「見たトコ20歳にもならねーお坊ちゃんって感じだが、こんなトコで死にそうな顔しながら、一体何してんだよ? まだ真っ昼間だぜ? 学校行けよ、学校」
    「学校なんか行ってられるか。俺は復讐の真っ最中やねんぞ」
    「フクシュウだぁ? ケケケ、笑わせるぜ」
     少女はジャンニの鼻をぐにっとつかみ、ケタケタと笑う。
    「この一瞬であっけなく顔に一撃食らうよーな甘ちゃんが、どーやってそんな荒事やってのけようってんだよ」
    「あが……」
     と――二人の話し声を聞き付けたらしい男たちが、拳銃や散弾銃を手にして路地裏に入って来た。
    「いたぞ! あのガキだ! 別のガキとしけこんでやがる!」
    「ああん?」
     少女の額にぴき、と青筋が浮かぶ。
    「誰がガキだって? 言ってみろよ、おっさん」
    「鏡見てみろや、ちんちくりん!」
    「……あ?」

     10秒後――10人近くいたマフィアのチンピラたちは、一人残らず壁や地面に叩き付けられ、ピクリとも動かなくなっていた。
    「な……え……」
    「相手見てケンカ売れや、能無し共め」
     返り血一滴も浴びることなくその全員を叩きのめした少女はフン、と鼻を鳴らし、呆然としていたジャンニに声をかける。
    「お前さんもとっとと帰んな。そんで真面目に働くなり学校戻るなりして、ふつーの生活に戻るんだな」
    「……あ、……あのっ」
     ジャンニはその場に座り込み、深々と頭を下げて頼み込んだ。
    「助けてくれ!」
    「あ?」
    「俺は……俺は何にもでけへん半端者や。でも、……でも! 俺は親の仇を討ちたいんや! おかしなっとるこの街を助けたいんや! 俺に力を貸してくれ!」
    「……」
     少女はしばらく、ひんやりした目でジャンニの背中と尻尾を眺めていたが、やがてふーっとため息をつき、傍らに丸めていたパーカーを肩に掛けた。
    「話くらいは聞いてやんよ。お前さん、名前は?」
    「……ジャンニ」
    「オレは一聖(かずせ)だ。カズちゃんって呼べ」
     カズは未だ突っ伏したままのジャンニの背中を引っ張り、立つよう促した。
    「お前んち、ドコ? とりあえずそっち行こーぜ。屋根もなんもねー路上でダラダラ話すよーなコトでもないだろーしよ」
    「あ、うん」
     この時、ジャンニは――自警団相手には最大限警戒していたにもかかわらず――この真っ黒な少女には何故か、素直に己を晒していた。

    「話は大体分かった」
     ジャンニのアジトに招かれ、彼から事の顛末を聞き終えたカズは、出されたコーヒーを苦い顔で一気にあおった。
    「今度ココアとチョコミルク買って来いよ。オレ、にげーの嫌いなんだよ。あと、『ランクス&アレックス』のショコラツイストドーナツも。アレ大好きなんだよ」
    「居着くつもりかいな」
     ジャンニのツッコミに、カズがツッコミ返す。
    「そりゃそーだろ。ソレとも何か、お前さんは屋根のあるトコでぬくぬくしてるってのに、オレは路上に戻れって言うつもりじゃねーだろーな?」
    「いや、まあ。そう言う言い方されたらそら、帰れとは言われへんけども」
    「心配しなくてもちゃんと手伝ってやんよ。お前さんの復讐とやらは、な」
     それを聞いて、ジャンニの狐耳がピン、と立つ。
    「ホンマに?」
    「他にやるコトもねーしな。……ま、ソレに」
     カズはジャンニの頭の方に目線を上げ、ニヤッと笑う。
    「お前さんが『狐』だからな。そうじゃなかったら断ってた」
    「なんで?」
    「オレの妹も『狐』だからだよ、ケケ……」
    緑綺星・鋼狐譚 2
    »»  2021.08.10.
    シュウの話、第9話。
    スチール・フォックスの完成。

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    3.
     若く人生経験の浅いジャンニでも、カズが優秀かつ多彩な技能の持ち主であることは、すぐに理解できた。手始めに連れて行かれた複数の店のどこでも、店員も舌を巻くほどの広汎な知識を発揮したからである。
    「……えっぐいなぁ」
     そうして作り上げたモノは――総額12万9千エルと言う、いち家庭では車の購入検討時にしか出てこないような、とんでもない額が注ぎ込まれた――とてつもないスペックのパソコンだった。
    「こんなんいるんか、ホンマに?」
    「半分は趣味でやっちまったが、半分はマジだ。今から考えてるヤツは、結構マシンパワー使うんだよ。あ、あと3Dプリンタとレーザー加工機と旋盤も買うぞ。……あとは、……んー、……とりあえず工具一式ざっとかな」
    「……ヘンなもん作らんといてや?」

     カズの金遣いの荒さと傍若無人な振る舞いに辟易したジャンニではあったが、結果としてカズの製作物は、ジャンニの予想と期待を大きく上回る代物となった。
    「なんやこれ」
    「パワードスーツってヤツだよ」
     そうしてできあがった金属彫刻じみた鎧を前にして、ジャンニは呆然とするしかなかった。
    「……なんで?」
    「まず第一。お前さん、素性がバレたら嫌だっつってたろ? コレなら顔も体型も、耳や尻尾まですっぽり隠せる。そして第二。お前さんはハッキリ言ってへなちょこだ。戦闘技術ってもんがまるでなっちゃいねー。今のままじゃ、街の酔っ払いにすら負ける。例え拳銃持ってても、だ。自分で分かんだろ、ソコら辺は?」
    「そ、それは……まあ」
    「そんな貧弱くんがマフィアと正面切って戦おうってなったら、相当気合い入ったアシスト付けなきゃならねー。ソレが、コレだ。
     ミスリル化シリコンゴムにミスリル化チタン鋼、ミスリル化カーボン、その他超々強度の素材で作って、各パーツごとに神器化処理を施してある。現状でも銃弾どころか100ミリ戦車砲弾をゼロ距離で食らってもノーダメージ、中のお前さんは無傷だ」
    「いや、それは無いやろ。タマ自体は止めても、衝撃ってもんが……」
    「ソコも織り込み済みってヤツさ。ほれ、試しに着てみな」
    「ええー……」
     ジャンニは難色を示したものの、結局カズの押しに負けた。
    「どうやって着るん? って言うか、どうやってこれ開けるん?」
    「オーラ認証方式。お前さんがやるぞって思ったら、スーツの方からかぱっと開いて包み込んでくれっから。もういいぜって思ったら勝手に脱げるし」
    「はあ」
     言われた通り、ジャンニは心の中で着るぞと考えた。途端にカズの言う通り、スーツがかぱっと開き、ジャンニに覆いかぶさった。
    「うわっ、お、……お、おお?》
     明らかに重たげな鉄の塊がのしかかってきたものの、ジャンニ本人には何の衝撃も無い。
    「装着者本人を守るコトを最優先で命令してっからな。スーツがお前さん自身を傷付けるコトは、絶対に無い」
    《はあ……なるほど》
     ジャンニがスピーカー越しに返事したところで、カズが机に転がっていたジャンニの拳銃を手に取る。
    「ってワケで」
    《え、ちょ》
     戸惑うジャンニに構わず、カズはジャンニに向かって発砲した。
    《うわっ、やめっ、……あれ?》
     パン、パンとけたたましい音が部屋にこだまするが、それ以外には何も感じない。戸惑っている内に、カズが空になった拳銃の弾倉を抜き取り、ジャンニの鼻先に突きつけた。
    「この通りだ。9ミリ拳銃弾15発一気にブチ込んでみたが、何か感じたか?」
    《……全然。音しか感じひんかった》
    「人体に害があるレベルの衝撃を感知した場合、『マジックシールド』が発動するようになってる。しかも3層だ。そのシールドだけでもお前さんがダメージ食らうようなコトには、まずならねーだろう。仮にその装甲まで達するクラスの兵器となりゃ――流石にミサイルくらいの戦術兵器が直撃したらヤバいが――そこいらのゴロツキがそう簡単に手に入れられるような代物じゃねー。勿論、装甲本体の防御力も高い。仮に対魔術対策を仕掛けられたとしても、そう簡単にその装甲は破れねー。お前さんの身は、絶対に安全ってワケだ」
     そこまで説明されたところで、ジャンニも余裕と興味が出てきた。
    《……ちなみにやで、カズちゃん。ちなみにで聞くんやけども、笑わんといてや?》
    「なんだよ?」
    《これ、もしかして飛べたりするん?》
    「ヘッ」
     その質問を鼻で笑い飛ばして、カズは得意満面に答えた。
    「飛べるに決まってんだろ」
    緑綺星・鋼狐譚 3
    »»  2021.08.11.
    シュウの話、第10話。
    広報活動の重要性。

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    4.
    「……そんなわけで、俺はこのパワードスーツ使てネオクラウンの奴らと戦ってんねん。自分で言うのんも恥ずかしいけども、ま、正義の味方っちゅうやつやな」
    「ふむふむ」
     シュウはそこでスマホを操作し、録画を止める。
    「ちょっとお聞きしたいんですけど、広報に関しては何かされてます?」
    「こーほー?」
    「自分たちの活動について、ブログとか動画とか、そーゆーので説明されてますかってコトです」
     シュウの質問に、ジャンニはぽかんとした顔を見せる。代わりに、既にパソコンにかじりついていたカズが、背を向けたまま答えた。
    「やってるワケねーじゃん」
    「では何を根拠に、正義の味方って言い張ってるんですかー?」
    「へ」
     ぽかんとした顔のまま、ジャンニが間の抜けた声を漏らす。
    「いやほら、悪と戦うやつっちゅうたら正義の味方になるやんか」
    「ソレはジャンニくんの感想、って言うか願望ですよねー?」
     ぴしゃりと言い切り、シュウはカズに尋ねる。
    「カズちゃん、『スチール・フォックス』で検索したコトあります?」
    「……おう」
    「その検索結果、ジャンニくんに知らせてますー?」
    「あー……いや……ほら、アレだよ、コイツ、パソコン音痴だし」
    「口頭で教えるならパソコン関係無いですよね?」
    「う……」
     渋い顔で振り返り、カズは歯切れ悪く答えた。
    「お前さんが言いたいコトは、まあ、うん、何となく分かった。つまりアレだ、コイツが自分で自分のコトどう思ってるかと、世間のヤツらがどううわさしてるかが、まあ、その、一致してるとは言い難いって言うよーなコトを言いたいってコトだよな」
    「え」
     遠回しな言い方ながらも、シュウとカズの言わんとすることを、ジャンニも悟ったらしい。
    「まさか俺、正義の味方と思われてへんのん?」
    「思われてないって言うか、真逆ですよ」
     シュウは自分のスマホをいじり、その「評判」を見せる。
    「『お騒がせキツネ また器物損壊』、『スチール・フォックス 今度は爆発騒ぎか』、……この文面で正義の味方だって思う人はいないと思いますけどねー」
    「マジで?」
    「わたしの個人的意見も含みますけど、いきなり空から落ちてきて人を殴り倒して暴れ回って、一言も言わずにその場を去るって、ただただ迷惑な人なだけですよー?」
    「い、いやでも、俺はネオクラウンの奴らしか狙てへんし」
    「構成員の人たちなんて大体、表じゃただのブラック企業勤めの人たちですよ? そりゃホテル襲撃の時は拳銃とかPDWとか持ってましたけども、曲がりなりにも『ただの勤め人』を有無を言わさず殴り飛ばす人がいたら、どっちがヤバい人だって思います?」
    「えー……ウソやん……俺、そう思われてんのー……?」
     頭を抱えたジャンニを見て、シュウはため息をついた。
    「ジャンニくんの悪いトコは自分の理想に走りすぎなトコですよ。現実とマッチした行動取らなきゃ、そのうちホントに逮捕されちゃいますよー」
    「マジか……」
    「今からでも遅くないでしょうし、是非広報した方がいいですよ。何ならわたし、手伝いますから」
    「ええのん?」
     ジャンニが顔を挙げたところで、カズが口を挟む。
    「お前さんは本当、女に弱いな」
    「そ、そんなことあらへん」
    「あるから言ってんだよ。なにいきなりこんな口軽女の手ぇ借りようとしてんだよ」
    「いや、でもシュウさんの言う通りやんか。このまんま今まで通り活動しても、公安に目ぇ付けられるだけやし」
    「捕まえられるかってんだ。どーやって拘束すんだよ」
    「捕まると思いますよ? 令状持ってココに来たらアウトですよね。間一髪スーツ着て逃げたとしても、この家の登記調べたら素性が割れちゃうでしょうし」
    「アジトが見つかるってのか?」
     シュウはスマホの画面をカズに向け、動画を見せる。
    「ほら、『徹底考察! スチール・フォックスの潜伏先は!?』ですって。ジャンニくんの飛行ルートを解析して、どの辺にアジトがあるのか推理してますよ」
    「……そんな動画上がってんのか」
    「幸いと言うか――ゆうべジャンニくんと一緒に空飛んだ時に確認しましたけど――考察動画の人たちの予想は今のところ、外れてます。でもこのままほっといたらそのうちこの人たちも公安の人たちも、ココを突き止めると思いますよ」
    「まずいな」
    「なのでまずは宣伝です。『スチール・フォックス』が正義の味方だってコト、ちゃんと伝えましょ」
     シュウはカズの隣にしゃがみ込み、にこっと笑みを向けた。
    「と言うわけでパソコンお借りしますねー」
    「……分かったよ。よろしく頼むわ」
     カズは苦い顔をしつつも、シュウに席を譲った。
    緑綺星・鋼狐譚 4
    »»  2021.08.12.
    シュウの話、第11話。
    メイスンリポート#40;うわさのあの人にインタビューしちゃいました!

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    5.
     こんにちは、シュウ・メイスンですー。

     前回の動画からちょっと日が空いちゃいましたね。ご無沙汰しちゃいまして、申し訳ありませんでしたー。でもその代わり、今回は特別編です! 実は今わたし、ゴールドコースト市国にいるんですけども、綿密な独自調査の結果、あの超有名人とコンタクトを取るコトに成功いたしましたー! 
     さて、その人物とは……!? と言うワケで、お名前をお願いしまーす!
    《えっと、えー、……す、スチール・フォックスだ》
     あら、ちょーっとアガり気味ですかね?
    (カンペ:リラックスですよ!)そう、ただいま市国でうわさの「狐」さんが、今回のゲストです!
    《よ、……よろしく》
     はーいよろしくお願いしますー。まずはご職業についてお伺いしてもよろしいですかー?
    (カンペ:落ち着いて読み上げてって下さい! でも不自然にならないよーにです!)
    《せ、……正義の味方、を、自称している》
     わ~ぉ、悪と戦うヒーローなんですね!
    (カンペ:もうちょっとカッコつけて!)でもスチール・フォックスさん、……えーと、ちょっと長いのでSFさんと略させていただきますけども、SFさんが戦おうとしている「悪」と言うのは、ズバリ誰なんでしょうか?
    《私は、市国の安全を脅かす輩を決して許さざるべき悪と見なし、すべからく憎んでいる。それは市民に危害を成そうとする悪漢に対してもそうであるし、近くのパン屋やコンビニを襲う強盗に対してもそうだ。
     無論、市国全体を暗黒の淵に陥れようと企む巨悪に対しても敢然と戦い、この手で討ち滅ぼさんと決意している。そう、今まさにこの街を手中に収めんとするあの悪名高きマフィア、ネオクラウンが、紛れもなく私の、最大の敵なのだ》
     なーるほどー!
    (カンペ:バッチリ!)確かにわたしの方でも市国に関する調査を行っているんですが、市国で取り沙汰されている、規模の大きな悪事に類する出来事のほとんどに、ネオクラウンたちの影響・関与が見られます。例えば第36回から前々回までネオクラウンの抱えるフロント企業についてのお話を続けてましたけども、コレだけでも20件以上、30社近くをピックアップしていますし、そのすべてが非合法・非倫理的活動を行っているコトが、わたしの取材と調査により明らかになっています。ソレだけでも市国の健全な経済活動、社会の安全を阻害していると言っても、全く過言ではありません。
     しかし今現在、ネオクラウンたちはそれらフロント企業を隠れみのにしており、仮にこの企業がすべて警察当局の捜査を受けて営業停止したとしても、まんまと逃げおおせられるような体制を築いてしまっています。
     そんな法律で裁けぬ巨悪に立ち向かうヒーロー、ソレがスチール・フォックスなんですね!
    《その通りだ。私は市国に真の安全、いや、真の平和が訪れるその日まで、正義のために戦うと宣言する》
     でもSFさん、わたしの調査によればあなたのことを「お騒がせ者」だ、「ネオクラウンと自警団に次ぐ犯罪者だ」と評する意見もあるようですが、ソレについてはどうお考えでしょうか?
    (カンペ:ココは最初落ち込み気味に、でも後半は自信たっぷりで)
    《誤解があることは私も感じている。確かに今現在、諸事情により世を忍ぶように活動をしているために、そうした誤解を完全には払拭できないでいる。私の存在こそが悪であると見なす人間がいることは、極めて遺憾に思っている。
     だが、……だが! これだけは信じてほしい。私は決して私利私欲などのために動いたりはしない! 決して弱者を見捨てはしない! そして決して! 決して、悪に屈したりすることは無い、と!
     私は常に、市民の最も良き隣人であり、そして最も頼れる隣人である。それをここに約束する》
     わたしはあくまで中立的、客観的立場でお話しさせていただくよう努めていますので、あまりこうした肩入れは、自分でもちょこっとまずいかなとは思いますが――市国の皆さん、スチール・フォックスは本当に信用に値する方だと、わたしは思います。こうして直にお会いして、ソレをひしひしと感じています。
     SFさん、本日はありがとうございました。
    《ありがとう、メイスンさん》

     と言うワケで、今回の動画はココまで。ご視聴、ありがとうございましたー!
    緑綺星・鋼狐譚 5
    »»  2021.08.13.
    シュウの話、第12話。
    次なる演出は?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ジャンニ、即ち市国に現れた謎の人物「スチール・フォックス」への取材動画をネット上にアップロードしたところ――。
    「おかげさまで100万再生突破ですー」
    「マジか」
     半月ほどの間に動画再生数は伸びに伸び、彼に対する評価もプラス方向に大きく傾いた。
    「って言っても全評価6万件ちょいの中、高評価52%ってトコなんですけどね」
    「ギリ半分じゃねーか」
    「そりゃまあ、口で『ぼくわるいやつじゃないよ!』なんて言って信用する人なんて、ソコまでいないですよー」
    「そらそうやな」
    「ソコでですよ」
     シュウは人差し指をピン、と立て、こんな提案をした。
    「もうちょっとヒーローっぽい活動してみたらどうでしょうか?」
    「っちゅうと?」
    「お二人はヒーローもののアクション映画観る方です?」
     シュウに尋ねられ、二人は揃って頭を縦に振る。
    「わりと」
    「ま、好きな方だな」
    「じゃ、こー考えてください。ふつーのコがなんやかんやあってスーパーな能力身に付けちゃいました! はじめはそのスーパーパワーで好き放題やってたけど、正義のココロみたいなのが芽生えて、悪と戦う決意を固めました! ハイこの後の展開と言えば!?」
    「すげー悪くて強いヤツが出て来て大ピンチ、……とか?」
     カズの回答に、シュウは「ぴんぽぉん!」と返す。
    「お二人に確認していただいたから十分ご存知でしょうけども、わたしが『メイスンリポート』で上げたあの取材動画、いかにもなヒーローアクション映画の序盤をイメージして編集してあります。今言った、『すごいパワー身に付けた』から『正義のヒーローになるぞ!』までのくだりですね。となるとみんな期待するのは、巨悪と戦うシーンになるワケですけども――ジャンニくん、あなたが戦いたい巨悪って言えば?」
    「そらネオクラウンや」
    「ハイその通り大正解! 動画の方でもソコについてすっごく強調してますから、きっとみんな期待してます。でもですよ、実際のところ……」
    「現実にあのパワードスーツ着ててもピンチに陥らせるよーなヴィラン(悪役)なんか、そうそういやしねーだろ」
     口を挟んだカズに、シュウはうんうんとうなずく。
    「勿論です。いたら困ります。なので『戦う』の意味をちょこっと変えてみるのはどうでしょうか?」
    「っちゅうと?」
    「カズちゃんが言ったコトの繰り返しになりますが、現実のハナシにヒーローとヴィランの取っ組み合いを求めるのは無理ですし、色んな意味で危険です。でもそのスーパーパワーを使ってすごいシーンを見せるコトは可能です。
     でですね、ちょっと話は変わるんですけども、ネオクラウンの人たちの収入源って何だと思います?」
    「財団にせびってんじゃねーのか?」
     カズの回答に、今度はジャンニが不正解を告げる。
    「そら無理があるわ。なんぼ財団総帥と仲良しや言うたって、総帥が独断で財団のカネを変なトコにじゃんじゃんつぎ込んだら、流石に言い訳効かへん。マフィアとつながっとるっちゅううわさを自分で認めるようなもんや。
     かと言って総帥が独断で動かせるカネなんか、せいぜい自分の個人資産か、アキュラ家名義の資産程度や。長年外様のアキュラ家の人間が一人で何十億、何百億エルも持ってるわけがあらへんし、言うたら悪いけど、家全体の資産も高が知れとる。マフィアを甘やかすほどの額はあらへんで、多分」
    「じゃあ、ドコからカネ取ってんだ?」
    「うーん……どこやろな?」
     顔を突き合わせたカズとジャンニに、今度はシュウが割って入った。
    「こーゆー場合のありがちな資金源は、ズバリ利権関係ですね。商業上、行政上の優遇措置が色々与えられてるって話でしたから、末端で言えば幽霊会社に対する援助金ですとか、非合法な商売をやってもお咎めなしにしちゃうとか、税金を免除しちゃうとか、色々考えられますね。
     あと、財団名義の企業が持ってる資産や設備を名目上借りる、実質的には私物化するって手法もあります」
    「どう言うこった?」
    「例えば昼間、ふつーに操業してる工場を、夜間の本来稼働してない時間帯に、勝手に動かしちゃうとかですね。水道光熱費は工場持ち、利益はネオクラウンにって感じになります」
    「そらあかんやろ。いや、そもそも夜間操業は市国労働法違反やないか。工場は原則19時で閉めなあかんねんから」
    「だから非合法なんですよ」
     シュウはかばんを手に取り、メモ帳と書類束を取り出した。
    緑綺星・鋼狐譚 6
    »»  2021.08.14.
    シュウの話、第13話。
    製薬会社の闇。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「元々ですね、わたし、この件を調べようと思って市国に来たんですよねー」
     そう前置きし、シュウは書類をカズに渡す。
    「『クレメント製薬 716年度決算報告』……なんだコレ?」
    「市国の製薬会社さんですね。金火狐商会の孫請けさんくらいのトコですけども、昨年度の決算がおかしいって、その筋でうわさのトコなんです」
    「おかしい?」
     尋ねたジャンニに、シュウがメモを見ながら説明する。
    「収益に対して費用が妙にかかりすぎてるんですよ。他の同規模の製薬会社さんの倍以上のコストかけてお薬作ってるコトになってて、筆頭株主である金火狐商会以外の株主さんたちからは詳しい説明を求められてるんですが、社長さんは『新薬の研究に難航しているため』の一点張りで、ちょっと紛糾してるんですよねー」
    「製薬会社ってんなら確かにそんな理由もあるだろーが、お前さんのさっきの話からすると……」
     カズの指摘に、シュウはにっこり笑って返す。
    「ええ、ニオいますよね。しかも筆頭株主である金火狐商会ですが、確かジャンニくんの話だと、商会長さんは総帥さんの言いなりなんですよね?」
    「おう。総帥から『文句言わず黙っとけ』言われたらそうするやろな」
    「他の株主さんが文句言ってるのに、何故か筆頭株主さんだけだんまりなんて、ソレだけでもヘンですよね? で、ソコら辺の話を合わせてみると、内情はこんな感じかなって――クレメント製薬の工場をネオクラウン系の人たちが違法に操業してて、社長さんも商会長さんも総帥から口止めされてる、と」
    「ありそうな話だな。だが、製薬会社の工場でマフィアが勝手に何か作ってるって、まさかソレって……?」
     眉をひそめたカズに、シュウも苦い顔を見せる。
    「麻薬か何かでしょうねー」
    「マジか」
     話を聞くにつれ、ジャンニの顔に朱が差していく。
    「人の工場で麻薬作ってカネ稼ぎやと? ふざけんな!」
    「ええ、ホントにふざけた話ですよ。……でも、逆に言えば」
     シュウはメモと書類をしまい、ジャンニに真剣な目を向けた。
    「麻薬は相当大きな収入源のはずです。この企みを潰し、白日の元にさらせば、ネオクラウンには大ダメージを与えられるでしょう」
    「せやな。……クレメント製薬やったっけ」
    「ええ。でも」
     シュウはジャンニの手を取り、珍しく語気を強める。
    「『ほないっちょブッ潰してくるわ』なんて、絶対やっちゃダメですからね?」
    「なんでやねんな」
    「なんでやねんな、じゃねーよ。アホかお前」
     カズも声を荒げ、ジャンニを止める。
    「工場に殴り込みかけて更地にでもしてみろよ、翌日の新聞の見出しが『スチール・フォックス ついに大量破壊犯に』ってなるぜ? 表向きはふつーの製薬会社なんだからよ」
    「カズちゃんの言う通りです。しかもソレじゃ、ネオクラウンは逃げて終わりですよ。そもそもこの話自体、わたしの推理半分です。確かな証拠も無いのにいきなり殴り込んだら、ホントにただの荒くれ者ですからね?」
    「う……」
    「まず証拠がいります。ホントに麻薬作ってるってコト、ホントにネオクラウンが関わってるってコトを明らかにしてからじゃなきゃ、動いちゃダメです。……と言うワケでカズちゃん」
    「ぉん?」
     急に話を振られ、カズは目を白黒させる。
    「カズちゃんならクレメント製薬のサーバにこっそり入って監視カメラの記録手に入れたり、麻薬の原料や完成品を運んでるルートを特定したりできますよね?」
    「ハッキングしろってのか?」
     カズは一瞬苦い顔をし、思案に暮れる様子を見せたが、やがて渋々と言った様子でうなずいた。
    「やったコトねーけど……ま、何とかやってみる」
    「あ、できなきゃ仕方無いです。コレまで通り地道に探しますし」
    「オレに『できない』はケンカ売ってるよーなもんだぜ。やってやるさ」
     カズは席を離れ、パソコンに向かい始めた。
    「……できるんですかね? できそーな気はしますけど」
    「カズちゃんは天才やからな」「天才じゃねーよ」
     ジャンニの言葉に、カズが背を向けたままで突っかかる。
    「『天才』ってのは『天』に『才』能をもらっただけの、怠け者のコトだ。オレは自分で自分のチカラを獲得してきたんだ。自分の努力と鍛錬で、だ。だからオレのコトは天才なんて呼ぶんじゃねー」
    「あ、うん」
     ジャンニがたじろいでいる一方で、シュウは感心していた。
    「思ってたより結構ストイックなコですねー……。ちょっとカッコいいかも」
    「そうかぁ?」
     と――カズがくるんと振り向き、ニヤニヤと得意げな笑みを浮かべた。
    「コレでいいか?」
    「え?」
    「クレメント製薬の内部サーバに侵入して、監視カメラの映像抜いたぜ」
    「マジで?」
     目を丸くしているジャンニに構わず、シュウはカズのそばにすり寄る。
    「すごいですねー、カズちゃん」
    「へっへへ……」
     シュウにほめられ、カズは見た目相応の、可愛らしい笑顔を見せた。

    緑綺星・鋼狐譚 終
    緑綺星・鋼狐譚 7
    »»  2021.08.15.
    シュウの話、第14話。
    シュウとカズの共通点?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「つってもさー、やっぱ底んトコに苦い感じ残んじゃん」
    「わたしはソレが好きなんですけどねー。だからドコの喫茶店行っても、カフェラテばっかり頼んじゃって」
     二人とも片手にカップを持ちながら、それぞれ別のモニタを眺めつつ、取り留めもない話に興じている。
    「オレは苦いの嫌いなんだよなー」
    「でもチョコってビター感ありません?」
    「なるべく無いヤツにしてる。ほら、コレもミルクチョコだし」
    「あー」
     どちらのモニタにも、数日前にクレメント製薬のサーバをハッキングして抜き取った、監視カメラの映像が映っている。
    「こっちは甘めのチョコ多いですよね。わたしの住んでたトコ、ビターめなヤツばっかりで」
    「そうなのか?」
    「と言うか、わたしの実家が売ってるのがビター系メインなんですよね」
    「お前の?」
     ここ数日、揃ってモニタにかじりついている間に、二人はすっかり仲良くなっていた。
    「なんてトコ?」
    「メイスンフード&ビバレッジって言ってー、……あー、多分MFBって言ったら分かるかなって」
    「MFB? あー、うんうんうんうん、分かった分かった。あの白黒猫マークのアレか」
    「ソレですソレです。アレ、父の家系の毛並みなんですよー。ほら、わたしも白黒でしょ?」
    「だな。しかし……そっか、MFBのご令嬢ちゃんだったのか」
    「意外でした?」
     にこっと笑うシュウに、カズは肩をすくめて返す。
    「意外っちゃ意外だな。娘一人、お気楽旅にポンと出させるくらいのカネがあるとは、な」
    「え?」
    「オレの中のイメージじゃ、ちっせえ町工場くらいにしか……」
     それを聞いて、シュウは首をかしげた。
    「自分で言っちゃうのもなんですけど、結構おっきな会社ですよー? こっちのスーパーにも商品ありましたし」
    「そうだな、うん、もう何十年経ってんだって話だよな。……まあいいや、なんか見つかったか?」
     そう言ってモニタを指差したカズに、今度はシュウが肩をすくめる。
    「まだですねー。確実に何かあるはず! ……って思ってたんですけど」
    「つってもまだ4日分しか確認してねーしな。いくらなんでも毎晩操業してるってコトは無いだろーし、1週間くらい流し見してりゃ、どっかで引っかかるだろーぜ」
    「だといいんですけど」
     と、二人の背後から声がかけられる。
    「ご飯でけたでー」
    「おう」
     カズが動画を止め、席を立とうとしたところで――。
    「あのー、カズちゃん?」
     シュウがカズの袖を引き、呼び止める。
    「ん?」
    「さっきの話ぶりだと、もしかして昔、トラス王国にいたコトあるんですか?」
    「……ちょっとだけ、な」
    「いつの話です?」
    「だいぶ前」
    「具体的には?」
    「聞いてどーすんだよ。大した話じゃねーぜ? ……ほら、ジャンニがメシ作ってくれてんだから、お前さんもとっとと台所行こーぜ」
    「あっハイ」
     話をにごされてしまい、結局この時は、カズから詳細を聞き出すことができなかった。

    「ご飯を作った」とは言うものの、殺伐とした生活環境でひっそり暮らすジャンニとカズの制作物である。
    「またジャガイモとキャベツとベーコンですかー?」
    「文句あるなら食わなくていいぜ?」
     カズにたしなめられたが、シュウは「そうじゃなくてー」と返す。
    「レパートリーがなんか、全部その3つだなって。昨日のおひるとおゆはんもソレ炒めたのと煮込んだのとでしたし」
    「朝はちゃんと別なのがあんだろーが」
    「山盛りシリアルですね。そっちはそっちで毎朝おんなじのばっかりですよね」
    「なんなんだよ? やっぱ文句じゃねーか」
    「じゃなくて」
     シュウはぱたぱたと手を振り、二人の顔を見比べる。
    「栄養偏りません? おやつはチョコかドーナツですし、飲み物はコーラかコーヒーかチョコミルクですし。肌荒れしちゃいますよー」
    「そんなん言うてもなぁ……」
    「ハラ膨れりゃ十分だしなぁ」
     そんなことを言って顔を見合わせる二人に、シュウは呆れた声を漏らした。
    「しょーがありませんねー。せめて住まわせてもらってる間は、わたしがご飯作りますよ」
    「お前さんがぁ?」
     カズが不安そうな目を向けてきたが、シュウはにっこり笑って返した。
    「だいじょぶです。少なくともお二人よりはレパートリーありますから」
    「……お前ってホント、失礼なヤツだな」
     むくれるカズに対し、ジャンニは苦い表情を浮かべた。
    「反論はでけへんな。言われた通りやもん」
    緑綺星・密薬譚 1
    »»  2021.08.17.
    シュウの話、第15話。
    ジャーナリストの武器。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     シュウに調理してもらっている間に、今度はジャンニが映像を確認することになった。
    「ほな、火曜から雷曜までは確認してんな」
    「おう。今オレが見てんのが土曜の午前だから、お前午後な」
    「へーい」
     動画を再生し、じっと眺めていたが、2分もしない内にジャンニがつぶやく。
    「……どれを見てええんかよお分からん。9分割やし」
    「全部だよ。だから時間かけて何度も見てんだよ」
    「あ、うん」
     もう一度モニタに顔を向け、またすぐに音を上げる。
    「目ぇチカチカする」
    「……もうこっちはいいからシュウ手伝ってこい」
    「お、おう」
     カズに追い払われてしまい、ジャンニはキッチンに向かう。
    「どうしましたー? まだできてませんけど、お腹空いちゃいました? パン、ちょこっとなら食べてもいいですよー」
     挽肉を炒めていたシュウが顔を上げ、ジャンニに笑いかける。
    「いや、動画見ててんけどカズちゃんがこっち手伝えって」
    「あら、ありがとうございますー。ソレじゃたまご混ぜてもらっていいですか? 6個お願いします」
    「へーい」
     と、ジャンニがたまごを冷蔵庫から取り出し、食器棚の方を向いたところで、シュウがくるんと振り向く。
    「ボウル使いましょ。そっちの方が手間じゃないですよー」
    「はぇ?」
    「ジャンニくん、お皿出してソコにたまご落とそうとしたでしょ」
    「な、なんで分かったん?」
    「わたしの弟と同じタイプなので、めんどくさがりさんの思考は何となく分かります。『どうせ後でご飯食べる時に使うし』って思ってるなーって」
    「へ、へへへ……」
     照れ笑いを浮かべつつ、シュウに言われた通りボウルを取り出す。と、そこでもう一度シュウが突っ込んだ。
    「ボウルに傷入っちゃいますからフォークで混ぜないで下さいねー」
    「お……う」
     素直に泡立て器を手に取りつつ、ジャンニはシュウの様子を眺める。その目線に気付き、シュウが顔を向けた。
    「なんでしょ?」
    「人んちのキッチン、よお使えるなぁって」
    「遠慮ないなって意味ですか?」
    「あ、ちゃうくて、使い勝手の話で」
    「元々住んでた人もお料理好きだったみたいですし、わりと使いやすいですよー」
    「そんなん分かるん?」
     驚くジャンニに、シュウはにこっと笑って返した。
    「同じ趣味の人って、やっぱりピンと来ちゃうんですよね。『あ、この人なら多分ココにしまってるな』って言うのが」
    「……全然なんも思てへんかった。この家買った時、『色々揃てるわりに安いなー』とは思てたけど」
    「じゃ多分、この家で亡くなられたんですね。瑕疵物件扱いだったでしょ?」
    「かし……ぶ……あー、うん、そんな感じやったわ、確か、うん」
    「身長はわたしより頭ひとつ半上の170センチ台前半くらいで、短耳の男の人ですね。あんまり人付き合いの無い、一人暮らしの方だったんでしょうね」
     そう続けたシュウに、ジャンニは目を丸くする。
    「へ? ……いやいやいや、そんなん分からへんやろ?」
    「キッチンの高さ、わたしの腰よりちょっと高めなんですよね。踏み台使った形跡も無いですし、通路が狭めなので、尻尾のコト考えないでいい体型の人だったんでしょう。そもそも家の間取りからして建売物件じゃないっぽいですし、5年、10年も使い込んだ感じが無いので、結構歳を取ってから退職金かなんかでこの家建てて余生を過ごして、そのうちに亡くなられたんじゃないでしょうか。使い込み具合から考えると、平均寿命の長い長耳さんじゃなさそうだなって」
    「こんなん言うたらアレやけど、殺された可能性もあるんとちゃうのん?」
    「強盗殺人が起こりそうな物件だったら、もっとセキュリティ甘いです。ドアも窓もしっかりしてますし、それぞれ鍵2個付きですしね。壁の薄いぺらっぺらの家だったらそもそもジャンニさん、買わないでしょ? アジトにするために買ったんですから」
    「そらまあ」
    「で、アジトって要素でもう一点なんですけど、この家って裏通りの中でもかなり奥の方ですよね」
    「せやな。あんまり近所の奴にウロウロされるんもかなわんし、……あー、それで『人付き合いが無い』、か。ほな、男やっちゅうのんは?」
     そう尋ねられ、シュウはトイレのある方を指差す。
    「トイレットペーパーですよ。あんまり使わないコト前提の置き場所だなって。あと、頑張って消臭した雰囲気はあるんですが――多分ソレやってくれたのってカズちゃんだと思うんですけど――やっぱりふわーっとアンモニア臭がしますね。いつも座ってトイレ入るタイプの人の家だとそんなにしないんですよ、そーゆー臭い」
    「はぇー……」
     ジャンニはキッチンをきょろきょろと見回し、素直に感心した。
    「住んで半年くらいになるけど、そんなん全然気付かへんかった。すごいなぁ、シュウさん」
    「観察力と洞察力はジャーナリストの武器ですから。えっへん」
     と、マッシャーを片手にシュウが鼻を鳴らしたところで――。
    「ジャンニ! シュウ! 見つけたぞ!」
     カズが転がるように、キッチンに飛び込んで来た。
    緑綺星・密薬譚 2
    »»  2021.08.18.
    シュウの話、第16話。
    証拠能力不十分。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「折角の揚げたてコロッケですから、食べながらお話しましょ」
    「さんせーい」
    「衣はなるべく落とすんじゃねーぞ」
     三人ともできたてのコロッケを片手にしつつ、モニタに視線を落とす。
    「先週の土曜、午前1時半だ。ゾロゾロ入って来てる」
     カズの言う通り、モニタに映された映像の中では、非常口から十数名の人間が現れる様子が確認できた。
    「最初に入って来たんは、いかにもなチンピラやな」
    「ガラの悪りいスーツに品性のかけらもねー顔つきってなりゃ、な」
    「その後に入って来たのは、……なんかアルバイトさん? みたいな感じですね」
    「こっちも見てすぐ分かるってくらい、貧乏そーなヤツらだな。時給125エルってトコか? ケケケ……」
     と、その貧しそうな若者たちの後に入って来た人物を見て、三人は同時に首をかしげた。
    「なんやコイツ?」
    「コレまたいかにも研究者って感じの根暗野郎だな」
    「多分、この人が薬物製造の責任者でしょうねー」
     監視カメラの粗い映像のため、顔までは分からなかったが、それでも耳や尻尾などで、ある程度の判別は付けられた。
    「猫獣人の人っぽいですね。身長は……」
    「ドア上枠と頭の距離からして、170センチってトコか」
    「男やろか?」
    「っぽくは見えなくもないですけど、『猫』の人ってユニセックスな感じの人がわりといますからねー」
    「お前さんみたいにか?」
    「わたしちゃんと女の子ですもんっ。……あ、着替え始めましたね」
     アルバイト風の若者が一斉に防護服を着込み、段ボール箱を抱えて工場のあちこちに移動する。チンピラ風の男が手にメガホンを構え、全員に何かを伝えたところで、工場の生産ラインが稼働し始めた。
    「この段ボール、中身分かったりします?」
    「少なくとも工場内にあった原料じゃなさそうだ。この日と前後2日分の管理記録には、ソレらしい記載は無かった」
    「ってことは外から搬入したんやな」
    「この時間帯、外のカメラにはバンタイプのでけークルマが裏口の真ん前に駐車してるのが映ってた。だがクルマのフロント方向しか映ってなかったし、何を運び込んだかはさっぱりだ。……ちょっと飛ばすぞ」
     一足先にコロッケを食べ終えたカズが、映像を早送りする。
    「作業は1時45分から4時45分まで続いた。ソコから清掃して、防護服を全員から回収して、で、5時ちょっと前に出て行った。相当手慣れてる感じだったし、作業は毎回、この時間帯にやってると考えていいだろう」
    「動かぬ証拠ってやつやな!」
     コロッケを握りつぶさんばかりの勢いで息巻くジャンニに、シュウが首を横に振って返す。
    「コレだけじゃ不十分ですし、この映像は証拠にできません」
    「なんでやな? どう見てもヤバそうな薬品作ってるやないか」
    「『薬品』なんて大抵ヤバいブツだっつーの。ソコらのドラッグストアで50エル足らずで買えるような消毒用アルコールだって、目に入ったらオオゴトだろ? どんな製品であれ、製造時に気ぃ付けるのは当たり前だろうが。この程度の内容じゃ、『追加発注分を急いで作りました』とか何とか言い訳されたらソレまでだ」
    「そもそも不正な手段で手に入れた映像ですから、証拠としての提出も不可能です。『どうやって手に入れたんだ』って説明求められたら、答えようが無いでしょ? 正義の味方がハッキングして盗み取りましたなんて、絶対印象悪いですし」
    「う……」
     一転、しょんぼりするジャンニに、シュウがこう続けた。
    「でもカズちゃんの言う通り、作る時間帯はほぼほぼ特定できたと言ってもいいです。となれば次に作る日を予想して、網を仕掛けちゃいましょう」
    「網……?」
     シュウの言葉に、ジャンニもカズも、けげんな表情を浮かべていた。
    緑綺星・密薬譚 3
    »»  2021.08.19.
    シュウの話、第17話。
    公安局の朝。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     カズに「暗黒街」と称された現在のゴールドコースト市国ではあるが、それでも公安局――いわゆる警察機構が機能していないわけではない。彼らは彼らなりに、市国に巣食う巨悪を一掃しようとあがいていたが――。
    「なんだと? また自警団のアホ共の仕業か!」
     この日の捜査部も、朝から本部長の怒鳴り声が響き渡っていた。
    「何が正義の味方だ! 何が市民の味方だ! その味方とやらが一体、何の役に立ってると言うんだ!? 大体だな……」
     そんな愚痴じみた罵倒をひとしきり吐ききったところで、ようやく朝の会議が始められたものの――。
    「……で、かねてより計画していたマニヴァン金属他、関連企業への一斉捜査の件だが、腹立たしいことに、申請は却下となった! 理由はいつも通り、あのクソ自警団が今現在、大規模かつ極めて悪質な暴動を起こしているため、その対処に人員を割かなければならんからとのことだそうだ! よって計画は白紙だ! 以上! 解散! とっとと散れッ!」
     こんな風に、半ば投げやりな形で会議は打ち切られ、捜査員たちはバタバタと会議室から去って行った。
    「また捜査中止なんて、やってられませんよね」
     と、そのうちの一人、まだ新人らしい、若い短耳の捜査員が、中年の狼獣人に声をかける。
    「ま、腐んな。そのうちチャンスは来るさ」
     そう返し、「狼」は肩をすくめた。
    「でもマドック警部……」
     なお愚痴を続けようとした後輩に、マドック警部と呼ばれた「狼」はぽい、と小銭入れを投げる。
    「朝からあんなガミガミ言われて、気持ち良く仕事なんかできるかってんだ。気分転換になんかジュースでも買ってきてくれや、クルト。俺はカフェオレな。砂糖不使用のやつ。お前さんは好きなもん買いな」
    「あ、はい、あざっス」
     後輩、クルトをあしらったところで、マドック警部は自分のオフィスに向かう。
    「あ、マドックさん! 丁度良かった」
     と、そこで局内の郵便配達人とすれ違う。
    「はい新聞」
    「おう、いつも悪いね」
    「いやー、仕事があるだけマシです。最近じゃ新聞頼む人も手紙出す人も少なくなっちゃって。ネット化の波ってやつですね」
    「それにろくなこと書いてないからな、どっちにしても」
    「違いないですね、ははは……」
     そのまま離れようとしたところで、郵便配達人が「おっと」と声を上げた。
    「あ、ちょっと聞いてもらっていいですか? えーと、手紙なんですけど」
    「ん? 俺宛てかい?」
    「いやー、それがですね、なんて言えばいいのかなー」
     答えを濁され、警部は差出人の名前を確認する。
    「S・F? 誰だろうな? ……宛先も俺じゃないな。ま、俺でもいいけど。受け取っとくよ」
    「助かります」

    「それがこれですか?」
     ジュースを2本持って戻ってきたクルトに、警部は手紙を見せた。
    「そう。『真に正義を愛する方へ』宛てだ。そんなら俺も当てはまるなってことでよ」
    「イタズラでしょうか?」
    「そう決めつけんのは早いさ。ま、確認してみようや」
    「えーと……『明日の早朝5時 クレメント製薬第一工場駐車場 怪しい人物が現れる 聴取されたし』。なんだこれ」
    「密告ってヤツだろうな。朝5時ってなると、早いめに寝といた方が良さそうだな。お前も来るだろ?」
     そう尋ねた警部に、クルトは苦い顔をする。
    「信じるんですか?」
    「イタズラならもっとスマートにやるだろうさ。今時、こんな風にお手紙で送りつける奴がいるか? 大抵メールか、ネットの書き込みだろ? 内容にしたって犯行予告送りつけた方がよっぽど目立つ。『正義を愛する方』宛てに手紙なんざ、前時代もいいとこのクサくてダサいやり方だ。それだけにかえって、信憑性がある」
    「そんなもんですかね」
     納得していない様子のクルトに、警部はウインクして見せた。
    「後は俺の勘だな。こいつは信用していいって、ピンと来たんだ」
    緑綺星・密薬譚 4
    »»  2021.08.20.
    シュウの話、第18話。
    メイスンリポート#37;あやしぃ企業リストのご紹介第2弾です!

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    5.
     マドック警部とクルトは手紙の内容を信じ、クレメント製薬の工場に向かっていた。
    「ふあ、ああ……眠み」
    「さっきコーヒー飲んだじゃねえか。ま、俺もさっきから欠伸噛み殺してるがよ」
    「これで何もなしのイタズラだったら、やってられないっスね」
    「そうならないことを祈るしかないな」
     車を走らせ、二人は朝4時45分に工場裏の路地に到着した。
    「確かに誰かいるみたいっスね。黒いバンがありますよ」
    「裏口にベタ付けか。車種は……あれなんだ?」
    「ミナト自動車の『ワークエース』ですね。央南のメーカーのやつです。商用車カテゴリーの、かなり安いやつですよ」
    「ふーん……。っと、横に何か書いてあるな」
     二人して目をこらし、車体側面のロゴを読む。
    「リンドンスタッフサービス……人材派遣会社っぽいな」
    「昼間なら特別発注に間に合わすための臨時アルバイトって気もしますが、こんな朝早くにって言うのが気になりますね。ソレに確か……」
     クルトはスマホを取り出し、アプリを立ち上げる。
    「メイスンってクラウダーが前に、ネオクラウンのフロント企業一覧みたいなのを紹介してたんですが……」
    「くら……なんだって?」
    「クラウダーですよ。『ビデオクラウド』って言う動画配信サイトがあって、ソコで人気の動画配信者のコトを、『クラウダー』って言うんです。で、メイスンって人が……あ、これっス」
     クルトは動画を再生し、マドック警部に見せる。
    《こんにちは、シュウ・メイスンですー。今回も社会のヤバーい真実を、明らかにしていっちゃいたいと思いますー》
    「バカそうな話し方のねーちゃんだな」
    「一応大卒らしいですけどね」
    《コレからご紹介するのはゴールドコースト市国に本拠を置く企業さんたちですが、わたし独自の取材と分析により、とんでもないコトが判明しました。すべてガチのブラック組織、ブッちぎりのアウトロー経営、ぶっちゃけてしまうと暴力団系のフロント企業さんたちなんですー》
     これを聞いて警部の狼耳がぴん、と毛羽立つ。
    「バカそうっつったが、こいつ、マジのバカなのか? 話の真偽はともかく、マフィアの舎弟企業をネットで晒すなんざ、襲って下さいって言ってるようなもんじゃねえか」
    「うわさじゃ襲われたらしいですよ、マジで。ほら、こないだのシティファーストホテルの襲撃事件、あれってそのホテルに泊まってたメイスンを狙ったものらしいですから。最近また新しい動画アップしてたんで、生きてはいるみたいですけどね」
    「ってコトはこの動画の内容がマジだったってことか。ウデだけは確からしいな、このねーちゃん」
     と、その画面の中のシュウが、まさに今、二人が目にしたロゴを読み上げる。
    《そしてこのリンドンスタッフサービスさんですが、高収入とか要望に合ったお仕事探しとか宣伝してますけど、全部ウソです。どんな希望を伝えても、結局連れてかれるのは時給120エル(約250コノン)の、違法スレスレのグレーな工場勤務か風俗業です。市国でアルバイト探したいなーって人は、絶対この業者さんからの募集に乗っちゃダメですよー》
    「……このねーちゃんの情報が確かなら、あのバンは真っ黒ってことだな。車体が既に真っ黒だが」
     と、裏口からぞろぞろと人が現れ、二人は顔をこわばらせた。
    「出てきましたね」
    「大半がいかにもアルバイトって感じのやつらだが、一番後に出て来たあの3人は、雰囲気が違うな。間違いなく裏稼業の人間だろう」
    「職質しますか?」
    「いや、分が悪い。あのアルバイト連中を除いても、相手は3人だ。2対3じゃ、強硬手段に出られたら返り討ちされる危険がある。ここは尾行だな」
    「うっス」
     荷物と人を積み込み終え、2台のバンは工場を後にする。警部たちも車を発進させ、後を追った。
    緑綺星・密薬譚 5
    »»  2021.08.21.
    シュウの話、第19話。
    都市高速包囲線。

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    6.
     都市高速の手前で、バンが二手に分かれる。一方のバンは、そのまま高速に乗ったが――。
    「もう一台は下道行くみたいですね。どっちを追います?」
    「高速に乗る方だ。もう一台は大方、人材派遣の営業所に戻るとこだろうからな」
     マドック警部の指示に従い、クルトは高速方面にハンドルを切る。
    「じゃ、あっちは?」
    「工場から出て来たんだ。十中八九、作ったブツを運んでるんだろう。そしてそれは、違法なブツである可能性が高い。あれだけコソコソ作ってるってなりゃな」
    「もう一台のバンを運転してたヤツを引いて、残りは2人ですよね。ドコかで停めて職質しますか?」
    「焦んな。それは応援を呼んでからだ。現状、2対2にはなったが、こっちの得物はショットガンと拳銃が2丁ずつだけだからな。あっちは『本職』だ、どんな武器を持ってるか分からん。銃撃戦にでもなったら確実に不利だ。応援が来るまでは、このまま尾行を続けるんだ」
    「了解っス」
     用心深く、距離を取って尾行を続けている間に、警部は公安局に連絡を取る。
    「カイロ・マドック警部だ。至急交通機動隊に応援を要請してくれ。……そう、今すぐにだ。場所は都市高速6号線、工業区南ジャンクションから南11番街出口に向かう形で頼む。対象はミナト自動車製の、……あー、と、黒いバンだ。ナンバーは1GC31‐F4739。……ああ、それくらいでいい。よろしく頼む」
     電話を切ってすぐ、着信が入る。
    《交機第17隊のヒックス巡査部長です。お久しぶりです、警部》
    「おう、マウロ。来てくれるのか?」
    《はい、丁度ウチの隊で付近を警邏(けいら)中でした。すぐ向かいます》
    「頼んだ」
     電話を切り、警部はクルトに指示を出す。
    「交機が来てくれる。このままの車間距離を保て。俺たちと交機で挟み撃ちにするぞ」
    「了解っス!」
     ほどなくして二人の前方、バンを挟んで向こう側から、交通機動隊のパトランプが瞬いているのが確認できた。当然、バンの運転手も確認したらしく、快調に飛ばしていた車の挙動が乱れる。
    「今だ! 横に流せ!」
    「えっ、あ、……はい!」
     クルトはサイドブレーキを引き、車体を90度右に曲げて、バンの真後ろに付けた。
    「いいウデしてるな、クルト。幅20センチってとこか」
    「い、いきなり言わないで下さいよ、警部~」
    「はは、悪いな。……拳銃出しとけよ。いや、ショットガンの方がいいな。足下のを使え。俺は後ろのヤツを使う」
    「……うっス」
     散弾銃を装備し、二人は車を飛び出す。同時に交通機動隊も盾を構え、バンとの距離を詰める。
    「我々は市国公安局だ! 速やかに車から降り、口を開いて両手を頭の後ろに回せ!」
     呼びかけるが、黒いバンから人が出てくる様子は無い。
    「繰り返す! 速やかに車から降りろ! あと10秒以内に出なければ、車ごと局まで引っ張るぞ!」
     再度呼びかけたところで、ようやく助手席側のドアが開く。だが人間の代わりに何かの液体が飛び出し、機動隊の盾に浴びせかけられた。
    「うわ……!?」
     厚さ20ミリのポリカーボネート製の盾が、ぶすぶすと黒い煙を上げて溶ける。
    「さ、下がれ、下がれ! 酸だ!」
     ぐにゃぐにゃに溶けた盾を放り出した隊員の言葉に、周囲がざわつく。
    「酸!?」
    「ひえっ……」
    「あ、待て!」
     機動隊がたじろいだその一瞬の隙を突き、バンはドアを開けたまま、急発進した。
    「しまっ……!」
     警部が舌打ちしかけた、その瞬間――上空はるか彼方から鉄の塊がバンの真正面に降り立ち、フロントに蹴りを入れて無理やり停車させた。

    「な……なんっ……?」
    「え……映画、これ?」
    「あ、あれって、……あの、あれ?」
    「スチール・フォックス……!?」
     ざわめく機動隊に、スチール・フォックスことジャンニは、《下がってろ》と声をかけた。二度も不意を突かれたためか、機動隊は素直に彼の言葉に従う。
    「おいおい……」
     成り行きを見守っていた警部は呆れつつも、そっとクルトの脇腹を小突く。
    「クルト、そのケータイ撮影できんだろ? こそっと撮っててくれ」
    「あっはい」
     その間に、ジャンニはぼっこり穴が空いたバンのフロントに手を突っ込み、バキバキと音を立てて、何かの部品を引き抜いた。
    《ちょっと予定外はあったけど、流石にこれでもう運転できひん、……できないだろ? とっとと降りてこいよ。手品もドッキリも、もう無しだぜ》
     と、バンのフロントガラス越しに、中の二人と目が合う。いや、運転席にいたチンピラの方はすっかり気圧されてしまっているらしく、真っ青な顔をしたまま固まっており、ジャンニが見据えていたのは助手席側の、研究者風の猫獣人だけだった。
    「……」
     その青い毛並みの「猫」は、明らかに敵意に満ちた目つきでジャンニをにらみつけていた。
    緑綺星・密薬譚 6
    »»  2021.08.22.
    シュウの話、第20話。
    ヒーローV.S.怪人。

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    7.
     にらみつけてくる青毛の「猫」をにらみ返し――と言っても相手には、ジャンニの顔は見えていないが――ジャンニはフロントガラスをコンコンと叩く。
    《聞こえてるだろ? 出て来いよ。それとも力ずくで引きずり出してほしいのか?》
    「……っ」
     猫獣人からわずかに舌打ちの音が聞こえたかと思うと、次の瞬間、猫獣人は懐からスプレー缶を取り出し、フロントガラスに向かって噴射する。途端にフロントガラスが真っ白に曇り、粉々に砕け散った。
    「んん!?」
     スーツの中で驚いた声を漏らしたジャンニに、スーツを通じてモニタリングしていたカズから無線が入る。
    《ただの冷却液だ。白くなったり砕け散ったりしたのは、急激な冷却のせいだよ》
    「おっ、おう」
    《んなもん浴びせられるどころか、冷凍窒素のプールに飛び込んだって、そのスーツは凍りゃしねーよ。ビビってねーで、さっさと仕事を片付けろ》
    「わ、分かっとる」
     ジャンニはまだフロントに残っていたガラスを叩き割ろうと、手を挙げかける。だが、その瞬間――。
    「うかつですね、君」
     車の中から手が伸び、ジャンニの左腕をつかむ。
    「チタンですかね? それともモリブデン? タングステンかな? ま、なんでもいいです。どうせ溶かすだけですし」
    「な……っ」
     猫獣人の腕にくくり付けられていた試験管から、何かの薬品が噴き出す。が――。
    「……あれ?」
     薬品はジャンニの左腕装甲をしたたり落ち、バンのフロントに垂れていった。じゅうじゅうと音を立て、バンのエンジンルームから何かが溶けるような音が聞こえてくるが、ジャンニはもちろん、スーツにも影響は無い。
    「お、おかしいな? まさか黄金製? いやしかしあの強度で黄金のわけが……?」
    《ご、……ゴチャゴチャ言ってんじゃねえっ! さっさと出て来い!》
     つかまれたままの腕を引き、ジャンニは相手を引きずり出そうとする。が、相手はそれより一瞬早く手を放し、助手席から飛び出した。
    「よっぽど強固な防錆剤でも塗ってあるのかな……? まあいいです。それなら別の方法で壊せばいいだけですし」
    《やってみろよ!》
     ジャンニが相手に向かって構えたところで、「猫」も袖をまくり、戦闘態勢に入った。
    「その言葉、後悔しますよ?」

     ろくに戦闘経験も無い、まったくの素人であるジャンニを――いくらパワードスーツで武装させたとは言え――放っておくような性格のカズではなく、3ヶ月程度の居候生活の間に、彼女はジャンニに多少の武術・体術を教えていた。そのためこの時のジャンニは自然に右脚を引き、両腕を胸と腰の前に据えて、「猫」と対峙していた。
    「少しは心得があるみたいですけど、いかんせん素人臭さが目立ちますね。どうにか基本の型だけは覚えましたって感じがします」
    《しゃべってないで来いよ、……あー、と》
    「うん? 僕の名前ですか? 君なんかに教えたくありませんが、まあいいでしょう。僕のことは『ドクター・オッド』と呼びなさい」
     そう返し、ドクター・オッドと名乗った「猫」は腕を振り上げて試験管を放ち、また何かの薬品を撒いた。
    「なんやこれ?」
     スーツの中で、小声で尋ねたジャンニに、カズが答える。
    《青酸ガスだ。普通に吸えばほぼ一瞬で死ぬ》
    「アカンやん!?」
    《吸えば、な。スーツを密閉したから大丈夫だ、……あ》
    「あ、ってなんや!?」
     カズが答えるより先に、ドクターの方が答えを提示した。
    「多分青酸ガスを撒いたことは分かってるでしょうね。その上で防御するのなら……」
     ドクターは別の試験管を2つ、ジャンニに叩き付ける。
    《1個めは消石灰、2個めのは水だ。化合すると……》
    「……あ、あっつ、あづっ!?」
    《強烈な熱が発生する》
     カズの言葉と同時に、ジャンニは猛烈な熱に包まれる。
    「うわ……っ」
     加熱により、スーツ内部に密閉された空気が膨張する。ギシギシと機体が軋む音が響くが、カズは冷静な声で指示を送って来る。
    《落ち着け。ソレ以上は温度は上がんねーようにできてる。今、中和と冷却すっから。ソレよりちょっと我慢して、やられたフリしてろ。相手は油断する》
    「……お、……お、う」
     火傷しそうな暑さに耐えながら、ジャンニは膝を着いて見せる。カズの言う通り、ドクターは顔をほころばせ、先程の冷却スプレーを取り出した。
    「熱そうですね。今、冷ましてあげますよ。ところで知ってます? 金属って急加熱と急冷却を繰り返したら、ボロボロに……」
    《今だ》
     カズの合図と同時に、スーツのあちこちから風が噴き出し、火を消し飛ばす。即座にジャンニは立ち上がり、まだヘラヘラと笑みを浮かべたままのドクターの顔に、熱々の左フックを叩き込んだ。
    緑綺星・密薬譚 7
    »»  2021.08.24.
    シュウの話、第21話。
    クレメント事件の顛末。

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    8.
    「オラあッ!」
    「うげぇ!?」
     ドクターは身をよじり、2周ほどグルグル横回転して、アスファルトに倒れ込んだ。
    「う……っく……」
    《いい加減観念しろ、ドクター・オッドさんよ?》
     倒れたままのドクターを見下ろし、ジャンニはもう一度構える。
    「……ゆ、……ゆだ、んしま、した。まさか、これ、も、効いてな、い、とは」
     ドクターは顔を抑え、よろよろと立ち上がる。その一瞬ジャンニには、彼の顔が確認できた。
    「うっ……!?」
     その筆舌に尽くしがたい「壊れ方」を目にし、ジャンニは硬直する。
    「こ……これい、じょうは、……たたか、え、ない。しつ、れいし、……ます」
     次の瞬間、ドクターは空高く跳躍し、生身で高速を飛び降りた。
    《なっ……、に、逃がすかッ!》
     ジャンニも慌てて、その場から飛び去る。
    「……」「……」「……」
     後に残された機動隊員とマドック警部たちは、ただただ呆然とするしか無かった。
    「……あ」
     いち早く警部が我に返り、バンの中を確かめる。
    「よし、生きてるな」
    「あ……あわわ……」
     警部はまだ目を白黒させているチンピラに手招きし、出てくるよう促した。
    「お前さん、そこ暑いだろ? あっちの車はエアコン効いてるぜ。乗せてやるよ。オリ付きだけどな」

     拘束したチンピラは公安局の取調室で徹底的に絞り上げられ、彼は朝のニュースバラエティ番組が始まる前に、全てを自供した。
     まず大方の予想通り、彼はネオクラウン系マフィア傘下の、中小暴力団の構成員だった。「ドクター・オッド」と呼ばれる男はネオクラウン幹部からの――と言っても自供した彼は顔も名前も知らないそうだが――命令により彼のいる組に出向しており、薬品密造を取り仕切っていたとのことだった。そしてその薬品も予想通り、麻薬の類であることが明らかになった。
    「俺は何も知らねえんだ……。上からドクターの手伝いしろって言われただけで、ウチの舎弟企業で抱えてるアルバイト使って、クスリ作らせてただけなんだよ。あのクスリは港に持ってって倉庫にしまった後、組織の別の奴らがどっかの業者と取引して、カネに換えるって話だった。俺はクスリ作らせて、港に持ってくだけの役目なんだ。業者が誰なんてのも知らないし、ドクターが今、どこにいるのかも全然知らねえ。連絡だっていっつも、ドクターからの非通知だし」
     彼本人からは大した情報を得られなかったものの、それでもクレメント製薬の工場で麻薬が製造され、持ち出された事実はしっかりマドック警部が握っており、その日のうちにクレメント製薬への強制捜査が決定、実施された。その結果、クレメント製薬のサーバ内から麻薬製造の様子が映った動画が多数発見されたため、社長以下、幹部陣の半数が逮捕されることとなった。



    「……やってさ」
     その日の夕刊で経緯を知ったジャンニたち三人は、いずれも満面の笑みを浮かべていた。
    「予定してた展開と色々違っちゃいましたが、ともかく結果的には大成功ですねー。ほら、朝撮ってた動画をさっき上げたんですが、ものっすごい再生数になってます。もうじき100万行っちゃいますよ」
    「マジかよ」
    「流石のわたしでも、1日で100万再生って今まで一回も無いですから、すっごいドキドキしてます。しかも高評価67%、かなりの支持率になっちゃってますよー」
    「うっわぁ……ホンマかぁ」
     画面を見て、ジャンニはその場にうずくまる。
    「よーやく正義の味方やって思ってもらえるんやなぁ、俺」
    「そう考えて間違いないと思いますよー。コメントもかなり付いてます。ほぼほぼ好意的なものばっかりです」
    「つっても『すげー』とか『やべー』とか、『マジ映画じゃん』とかそんなのばっかだけど、ま、ホントにお前さんのコトをヒーローだって言ってるヤツも、チラホラあるな」
    「うへぇ……」
     狐耳の先まで真っ赤にして照れるジャンニを見て、シュウが笑い出す。
    「あはは……。まー、大変なのはコレからですけども、今日はとりあえずお祝いですね」
    「だな。何作ってくれるんだ、シュウ?」
     カズに尋ねられ、シュウは腕を組む。
    「そーですねー、ジャンニくんの好物にしましょーか。何食べたいですかー?」
    「ん? んー、せやなぁ……」
     と、そんな風に盛り上がっていたところで――玄関のチャイムが鳴った。
    「……!?」
     隠れ家にしているこの家を訪ねる者などいるはずもなく、三人は揃って目を丸くする。
    「だ、誰かロータスキッチンで買い物した?」
    「するワケねーだろ」
    「わたしもしてません。……出ますかー? ピンポンピンポンめちゃくちゃ鳴らされてますけど」
    「お、俺が出るわ」
     ジャンニが意を決した表情で、玄関に向かう。
    「い、今出ますー……ちょっと待っててやー……」
     恐る恐る、ドアを開ける。そこにいたのは――。;
    「よお、お兄ちゃん方。今夜は記念パーティかい?」
     あの警部、マドックだった。

    緑綺星・密薬譚 終
    緑綺星・密薬譚 8
    »»  2021.08.25.
    シュウの話、第22話。
    思わぬ訪問者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     出くわすはずのない人物に自宅の玄関で遭遇し、ジャンニたち三人は硬直していた。と、マドック警部は相好を崩し、手に提げていたフライドチキンの袋を掲げて見せた。
    「良かったら俺もパーティに参加させてくれるかい? いや何、あんたらのことは今んとこ、何もしやしないさ。今んとこはな」
    「……」
     ジャンニは背後を振り返り、成り行きを見守っているシュウとカズに顔を向けた。
    「ど、……どないしよか?」
    「どうって……その……」
    「お話するのが一番だと思いますよ」
     カズがたじろいでいる一方で、シュウは冷静に答えた。
    「刑事さんもそのつもりですよね?」
    「案外アタマいいねーちゃんだな、やっぱり。入れてくれるかい?」
    「ええ、どうぞー」
    「そんじゃ、お邪魔するぜ」
     棒立ちのままのジャンニの横をすり抜け、警部は家の中に入る。シュウはにこ、と笑みを向け、彼を案内した。
    「おつかれでしょ? 朝お会いしてから夕方まで忙しかったでしょうし、仮眠も取ってないんじゃないですか?」
    「まあな。だが早いうちに話をしといた方が、お互いのためにもいいと思ってな。どうにか時間作って、訪ねさせてもらったってわけだ」
    「お互いの?」
     首をかしげつつも、シュウはフライドチキンを受け取る。
    「ま、話はメシ食いながらにしようや。分かるだろ? フライドチキンってやつは匂いがすげーからな。持って歩いてると、ハラ減ってくんだよ」
    「すごく分かります。ソレじゃ早く食べちゃいましょー」
     残されたカズとジャンニは顔を見合わせ、揃ってつぶやいた。
    「……シュウってこーゆー時すげーよな」

     ともかくマドック警部を交えた4人は、夕食の卓に着いた。
    「まずは自己紹介させてもらうとするか。俺はカイロ・マドック。今年で44歳。結婚して子供もいたが、今は離婚して一人だ。公安局は勤続25年になる。階級は警部だ」
    「ご紹介ありがとうございますー。わたしのコトはご存知みたいですね」
    「なんでそう思う?」
    「玄関でわたしの顔見た時、『やっぱり』って言ってましたよね? 初対面の人に言う言葉じゃないですよー」
    「流石だな。で、俺の横のお兄ちゃんと斜向かいのお嬢ちゃん、どっちがスチール・フォックスなんだ?」
     尋ねた警部に、ジャンニが手を挙げる。
    「俺です」
    「派手な髪の毛してるな。金火狐か?」
    「ええ、まあ」
    「名前は?」
    「ジャンニ・ゴールドマンです」
     と、警部はくっくっと笑い、手をぺらぺらと振る。
    「別に職質ってわけじゃないから、もっとラクにしてくれ。大体ここは、お前さん家だろ?」
    「あ、は、はい」
    「聞きたいコトがある」
     今度はカズが手を挙げて尋ねる。
    「アンタ、どうやってココを突き止めたんだ? やっぱ考察動画か?」
    「それは知らん。新しいもんはさっぱりでな。俺がやったのは、もっとアナログで古典的な方法だよ。
     あの大仰な出で立ちのスチール・フォックスの鎧を、そこいらの民家で造れるわけがないしな。どこかの工場か工房だかであの鎧を作ってたはずだとにらんで、その辺りを尋ねて回ってたんだが、その過程で変なうわさを聞きつけた。どう見ても中学生くらいの、黒髪地黒の全身真っ黒なお嬢ちゃんが、やたら工具やら工作機械やら、レアメタルやらを買い集めてた、ってな」
    「……オレかぁ」
     頭を抱えたカズに、警部はニヤニヤと笑みを向ける。
    「そう言うこった。で、そのお嬢ちゃんがどこに出没してるかを突き止めて、ここを訪ねたってわけだ。
     だがさっきも言った通り、俺は今のところ、単なるお騒がせ者でしかないスチール・フォックスを逮捕しようなんてつもりはさらさら無い。他にやらなきゃならんことはいくらでもあるからな。もっともお前さんが罪もない一般市民にケガさせたとかって話にでもなってたら、即刻令状持って押しかける予定ではあったがね」
    「えっと……じゃあ、警部さんはなんでここに?」
     恐る恐る尋ねたジャンニに、警部はニッと笑って返す。
    「言ったろ? パーティに混ぜてくれって話さ。
     今日のことで、公安でもお前さんのことをヒーローだ、正義の味方だって思ってる奴が現れ始めてる。なんたって、いきなり機動隊に酸だの薬品だの投げ付けてくる異常者を撃退してくれたんだ。ちなみに機動隊の隊長が俺の元部下なんだが、『おかげで誰も死なずに済んだ』って感謝してたよ。俺からも礼を言わせてもらう。ありがとよ」
     そう言って警部は、右手を差し出す。
    「あ、……ど、ども」
     ジャンニはあたふたしつつも、握手を交わした。
    緑綺星・騙義譚 1
    »»  2021.08.27.
    シュウの話、第23話。
    非正規依頼。

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    2.
     警部が持って来てくれたフライドチキンとシュウが作ったピザ、そして近所のコンビニで買って来たコーラをテーブルに並べ、一同は豪勢な夕食を楽しんだ。
    「そんでジャンニ……、だったっけ、お前さん、あのドクターなんとかを追ってったが、結局捕まえられたのか?」
    「いや、あっちこっち追いかけてんけど、見失ってしもてん」
    「そうか。ま、仕方ないわな。あの場から追い払ってくれただけでも、十分ありがたい」
    「ソレでマドック警部さん」
     と、シュウがメモとスマホを持って、警部の隣に椅子を移す。
    「なんだかお願いしたいコトがあるみたいですけども、そろそろお話いただいてもよろしいでしょうか?」
    「おっ? ……んぐ」
     口に運んでいたピザを一息に飲み込み、警部はシュウに向き直る。
    「なんでそう思う?」
    「パーティしようって言うのは半分本当でしょうけど、放っておいてもいいよーなお騒がせ者くんを、騒ぎがあったその日の晩にわざわざ訪ねてくるなんて、何かの意図があるってコトですよねー?」
    「その質問に答える前に、俺からも聞いていいかい? あんたの動画ってやつを見たが、あんたのあの話し方と今の話し方も、そりゃ演技なのか?」
    「楽しむために皆さん動画見て下さるんですから、楽しく振る舞わなきゃ楽しくならないでしょ?」
    「……はっはは、なるほどな」
     警部は口をナプキンで拭き、シュウの質問に答えた。
    「依頼の話をする前に、まず、こっちの状況について説明しとく。あのバンを乗ってたチンピラごと押収して徹底的に調査し、クレメント製薬で行われてた悪事、即ちネオクラウン傘下の犯罪組織による工場の違法操業および違法薬物の製造が行われていた事実は、ほぼ明らかになった」
    「案外動きが早ええな。もっとモタつくもんかと思ってたが、……げふ」
     コーラを飲みながら茶々を入れて来たカズに、警部は肩をすくめる。
    「いや、お嬢ちゃんの言う通りだな。今日一日頑張って挙げられた成果は、せいぜい社長と幹部陣何名かの逮捕だけだ。本当の悪者、即ちネオクラウン系の奴らの検挙には、まだ至ってない。
     それでも奴らがのさばり出してから約2年、ようやく尻尾をつかめるって状況になってきたことは確かだ。だもんで俺たちは大急ぎでクレメント製薬、そして実際にクスリを造ってたリンドン社の徹底捜査を行うべく、大急ぎであっちこっちに手続きを取ってる最中だ」
    「その真っ最中にアンタ、こんなトコに来ていいのかよ?」
     もう一度カズに茶々を入れられ、警部は苦笑して返す。
    「手続きは他の連中がやってくれてる。何しろ俺は夕べから寝てないからな、気を利かしてくれたんだ。ま、実際はここにいるわけだが。
     ……前置きが長くなっちまったな。あんた方に依頼したい件は一つだ。自警団をブッ潰してくれ」
     これを聞いて、ジャンニとカズは目を丸くする。
    「なんだって!?」
     一方、シュウは平然とした様子で、フライドチキンと一緒に入っていたサラダをつついている。
    「……やっぱりメイスンは驚いてないか。予想済みってわけだな」
     警部がのその言葉に、シュウは顔を上げてにこっと笑う。
    「でしょうねーって感じですねー。非正規手段を頼む相手としては、一番都合いいですもん」
    「まあ、そう言うこった。実際問題、これまでの2年間、俺たちがなんでネオクラウンに大したダメージを与えられずにいたか? 何も怠けてたわけじゃないし、奴らから賄賂をもらってたわけでもない。……多分な。
     じゃあ何故、成果を挙げられないでいたのか? 答えは自警団と名乗る愚連隊共のせいさ。なーんでか毎度毎度、俺たちがネオクラウン系の一斉捜査に出張ろうとする直前になって、奴らが暴れ出すのさ。ものすごく間の悪いことにな。実際暴れられたら、強制捜査よりそいつらの取り締まりの方が優先される。悪いかどうかまだ未確定の奴より、はっきり悪事を働いてる奴の方をどうにかしなきゃならんってわけだ」
    「公安は大人数の組織だろ? ソイツら構いつつ、強制捜査に向かうくらいの人員もねーのかよ?」
     カズがそう突っ込んだが、警部は首を横に振る。
    「あいつら、ゲリラみたいなもんだからな。あっちで爆発、こっちで乱射って多方面で暴れられちゃ、こっちも人海戦術で総動員かけなきゃ抑えられねえ。結局自警団が騒ぎを起こす度に、俺たちゃ全員体制で市国中を走り回らなきゃならんってわけだ。
     そんなわけでこの2年、ネオクラウンに対しては捜査らしい捜査が、一向にできずにいた。つい2日前にも、十数回目の一斉捜査がおじゃんになったところだ。そして今回のクレメント製薬とリンドン社への一斉捜査も、間違いなく自警団が邪魔しに来るだろう。
     こんな調子じゃ、いつまで経ってもあいつらを止めることなんざできやしねえ。だから自警団潰しを、お前らに依頼するってわけだ」
    緑綺星・騙義譚 2
    »»  2021.08.28.
    シュウの話、第24話。
    メイスンリポート#42;正義を騙るあの団体の真実とは!?

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    3.
    「ま、それにだ」
     警部はフライドチキンの箱から手羽を取り、かぶりつく。
    「もぐ……、タチの悪いことに、自警団を正義の味方だと吹聴してるアホ共も少なからずいやがるからな。それを公安局が自ら動いて取り潰したとなりゃ……」
    「抗議するでしょうねー。ネットでも新聞でも何でも、ありとあらゆる通信手段を使いに使って、公安局が悪者だって言いふらすでしょうね。そしたら当然、財団の監査局も動くでしょうね」
     シュウの回答に、警部はフライドチキンを飲み込みながらうなずく。
    「そう言うこった。となりゃ局員は半分以上リストラされるだろう。そしたら誰が代わりに、そこに入ってくると思う?」
    「……ネオクラウンか」
     苦々しい顔をしたカズにもうなずいて返しつつ、警部はフライドチキンの骨でジャンニを指す。
    「そこで俺としちゃ、是非ともここでスチール・フォックスくんに、大活躍してほしいわけだ。公安みたく市国当局の所属じゃないし、市国の世論に左右されることはない。それどころか――ま、これは相当都合いい話ではあるが――正義の味方として評価されてるヒーローが、自警団を悪だと断言して潰してくれりゃ、賛同する奴は大勢いるだろう。
     俺たち公安は邪魔者がいなくなって大仕事に取り掛かれるし、あんたらは正義の味方として、さらに箔が付く。どっちにとっても悪い話じゃない。それにお三方全員、自警団のことは正義の味方だなんて思ってないみたいだしな」
    「どうしてそう思う?」
     尋ねたカズに、警部はくっくっと含み笑いで返す。
    「誰も『やめとけよ』って顔をしてないからさ。大方、自警団がネオクラウンとつながってるだろうってことを勘付いてたか、それとも知ってたか。どっちだ?」
    「知ってた」
     そう答えたジャンニに、警部はガタガタと椅子を引きずって近寄る。
    「何を知ってる?」
    「指揮官役がネオクラウンからカネをもらってた現場を見ました。……それだけですけど」
    「十分だ。そうだろ、メイスンさん?」
     水を向けられ、シュウはにこっと微笑んだ。
    「火種があれば火は点けられますもんね」



     こんにちは、シュウ・メイスンですー。

     今回わたしは、ある男性から衝撃の情報を入手してしまいました! 実は市国で独自に正義の味方を自称している方々、そう、あの自警団のとんでもない正体を知っている、とおっしゃるんです! それでは早速、お名前をうかがってもよろしいでしょうか?
    「……明かせません(プライバシー保護のため、音声を一部編集しています)」
     分かりました、ソレでは仮にAさんとしましょう。それでAさん、あなたは何を目撃したんでしょうか?
    「俺は昔、自警団にいました。銃を渡され、何度も戦闘に駆り出されました。それが紛れもなく、市国の平和と安全につながることだと教えられて。でもある時、……そう、いつかは言えないけど、ある時、俺は指揮官役だった奴が、ネオクラウンからカネを受け取ってた現場を見たんです。多分本名じゃないだろうけど、名前も知ってます。イリアーノと呼ばれてました。俺はショックでした」
     皆さん、お聞きになりましたか? なんと自警団が、あの正義の味方を自ら名乗る団体が、あのマフィア組織と関わりを持っていたと言うんです!
     そしてわたしの独自調査により、さらに重大な証拠を入手してしまいました! ソレがこちらの映像です!
    《……そう、一番いい酒……カネ? あるある……大丈夫……持ってる……》
     ご覧いただいた映像、元々はとあるバーでの様子を撮影したものなんですけども、専門家による音声解析を行った結果、この右側奥にいる虎獣人の男性の方の会話を復元することに成功しました。そしてこの人物こそが、件のイリアーノ氏である可能性が非常に高いのです!
    《……そう……悪いおカネ……へっへ……内緒だぜ、ナイショ》
     皆さん、こんなコトが本当に許されていいコトでしょうか!? 正義の味方だと公言してはばからない団体が、マフィアの手先となっているなんてコトが!
     コレはジャーナリストとして逸脱した発言になるかも知れません。いえ、ジャーナリストだからこそ、正義を愛する人間であるからこそ、声を大にして申し上げます。今現在、自警団に加入している皆様。どうか今一度、自分たちが行っているその行為が、行おうとしているその行為が、本当に正義のためなのか、本当に市民の平和と安全につながることなのか、よくよくお考え下さい。でなければいつか、心の底から後悔する日が来るかも知れないのですから。

     と言うワケで、今回の動画はココまでです。ご視聴、ありがとうございました。




    「この映像、どこで手に入れたん?」
     動画を確認し終えたジャンニに、シュウはにこっと笑みを向けた。
    「加工ですよー。適当にバーの映像と、ジャンニくんが言ってた指揮官の人に近い見た目の人が映ってる映像拾って、ソレっぽく合成して、カズちゃんに声を作ってもらって乗っけましたー」
    「は? ……え、ほなこれ、ニセモンなん!?」
    「いやですねー、ウソなんか一つも付いてないですよー? 専門家ことカズちゃんに作った音声を解析してもらってるワケですし、『可能性が非常に高い』とは言いましたけど、『間違いなく本物です』とは言ってませんしねー」
    「……ずっる! シュウさん、めっちゃめちゃずるいなぁ、もお!」
     ジャンニにけなされたものの、シュウはあっけらかんとしていた。
    「報道番組なんて半分ショーみたいなもんです。ショーなら『多少の』演出はいるでしょ?」
    緑綺星・騙義譚 3
    »»  2021.08.29.
    シュウの話、第25話。
    揺れる自警団。

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    4.
     自警団の告発動画をアップロードした翌日、シュウのメールアドレスには、何通ものメールが送られて来ていた。
    「自警団の構成員らしき人たちからですね」
    「中身は?」
    「自警団の本拠地の現在位置です。よっぽどショックだったんでしょうね、自分たちの中に裏切り者がいたってコトが」
    「全部一緒なのか?」
     横からメール内容を覗くカズに、シュウはうなずいて返す。
    「差出人は違いますが、内容は異口同音ってヤツです。信憑性は十分でしょう。コレによると、自警団の本拠地は現在、第3、第4工業区と第5工業区の中間の裏通りにあるそうです」
    「……ほんでシュウさん、俺がココに行ってブッ潰せばええんやな?」
    「そうですよ。まさか古巣を攻撃するのはヤだ、とか?」
     尋ねたシュウに、ジャンニは首を振る。
    「ちゃうちゃう、それはめっちゃやる気やねん。俺が言いたいんはクレメント製薬ん時、同じようにブッ潰したろうって飛び出しかけて、シュウさんがダメって言うたことあったやん? 今回はどないなんやろって」
    「特に無いです。と言うより、すぐ行った方がいいです。明日には公安局の一斉捜査が始まる予定ですし、自警団もソレを察知してるでしょう。間違いなく、公安より先に動こうとするはずです。壊滅させるなら今夜がベストと考えていいでしょう」
    「ってワケで、さっさと行って来い。どーせ敵らしい敵なんかいやしねーよ。あんなドクター・オッドみたいなのが2人も3人もいてたまるかってんだ。気楽に飛び込んでって、火薬庫みたいなの爆発させて、自警団を一人残らず震え上がらせりゃいいんだ」
    「うーん、……ほな、まあ、行って来るわ」
    「いってらっしゃーい」
     シュウとカズの見送りを受けて、ジャンニはアジトのバルコニーから飛び出して行った。

     一方、自警団アジト内では、これまでにない混乱が起こっていた。
    「我々の中に裏切り者がいる、との情報が流されている! 出所不明の根も葉もないうわさでしかないが、もし万が一、本当に裏切り者がいるとなれば、これは由々しき事態である!」
     シュウが流した怪情報をめぐり、自警団幹部陣で議論が繰り返されていたのである。
    「のんきに演説している場合か!? 即刻裏切り者をあぶり出し、排除すべきだ!」
    「しかし第117次破壊工作作戦が明朝に迫っている今、そんなことをしている暇は……」
    「そんなこと!? 裏切り者がいるとなれば、いつ何時その作戦が妨害されるか分からんのだぞ!? 今排除しなくてどうする!?」
    「裏切り者の一匹や二匹、放っておけばいい。そんなことで揺らぐ自警団ではない」
    「ほんのわずかなほころびが、致命的事態を招くことだってある。どんな小さな問題も、決してないがしろにすべきではないはずだ」
    「だがここで裏切り者探しなどすれば、確実に明日の計画は延期せざるを得なくなってしまう。それは結局のところ、憎きネオクラウンをのさばらせることにつながる」
    「然り。そもそもさっきも言及されていたが、そのうわさ自体確実なものではない」
    「ふむ……実を言えば私もあの動画を見たが、あの頭の軽そうな猫女が真実を語っているとは、私には到底思えない」
    「それはあるかも知れんな。第一、うちの小隊長や中隊長にイリアーノ某などと言う人物がいたか? 俺には聞き覚えがないのだが」
    「それにあの動画はスチール・フォックスを持ち上げていた節がある。我々を貶めて相対的に信用を稼ごうとする企みにも思える」
    「なるほど……?」
     本来計画されていた会議時間を倍以上使い、ようやく意見が一致する。
    「では現状で裏切り者なる存在はいない可能性が高い、と判断すると言うことでいいな?」
    「異議なし」
    「これ以上論じても無意味でしょう」
    「それでは――大分予定がずれ込んだが――皆、ただちに工作活動の準備に取り掛かってくれ。以上だ」
     会議が終わり、幹部陣は会議の場から離れる。と――。
    「お話は終わりましたかい、団長さんよ?」
     ひょこひょことした足取りで、どこからか兎獣人の老人が現れた。
    「ああ、どうも」
     深々と頭を下げた自警団団長に対し、老人はくっくっと笑って返す。
    「こんなジジイを待たせちゃいけやせんぜ。眠くなっちまいまさあ」
    「大変すみませんです、はい」
    「それで団長さん、俺を今夜呼びつけたのは何のためで?」
    「それは……」
     団長は外を一度確かめた後、老人の兎耳に耳打ちする。
    「裏切り者の始末です」
    「なるほどなるほど」
    「我々の活動を妨害する輩が団内にいては、何かと面倒ですから」
    「しかしそれが誰なのかはまだ分からん、何人いるかもさっぱり。そこから調べてくれ、と?」
    「は、はい」
     その回答を受けた老人は、また馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
    「こんなジジイに何でもかんでも押し付けすぎじゃねえですかい? そこからやるとなりゃ、ちっとばかし値は張りますぜ?」
    「カネのことなら……まあ……何とでも」
    「そうですかい、そうですかい。そんなら今から、仕事に……」
     老人が手を揉みながらニヤついていた、その時――ドゴン、と何かが天井を突き破る音が、アジトに響き渡った。
    緑綺星・騙義譚 4
    »»  2021.08.30.
    シュウの話、第26話。
    現れたヴィラン。

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    5.
    「な、なんだ!?」
     慌てふためく団長に対し、老人は兎耳に降り掛かったほこりをぴっぴっと払いながら、辺りの気配をうかがっている。
    「団長さんよ、そう言や正義の味方を名乗ってるのが、あんた方以外にもいやしたね?」
    「え? ……ま、まさか!?」
    「間違いないでしょうな。やたらアクション映画みたいな音が、遠くで聞こえてますぜ。ひどく暴れ回ってるようですが、大方ここの壊滅を企んでるんでしょうな」
    「な、何故? いや、それよりも、どうしてここが!?」
    「なんでもかんでも人に聞きなさんな。ちっとは自分のおつむで考えたらどうです? まあ、ジジイの親切で答えてやりますがね、あんたがさっき言った裏切り者って奴の仕業でしょうな。『自警団が信じられなくなったので天罰を』だの何だのとお願いされたんでしょうぜ。で、どうします?」
     そう尋ねられ、団長はきょとんとする。
    「な、何がです?」
    「察しの悪いお人ですな。ご依頼のお話ですよ。裏切り者探しを優先しましょうか、それともコスプレ野郎をブッ飛ばしてやりましょうか、って言ってんですよ」
    「で、できるんですか?」
     尋ね返され、老人はチッと舌打ちしたが、すぐに笑顔を作る。
    「俺を誰だとお思いで?」
    「う、……裏切り者の話は一旦後回しにして下さい。それよりもスチール・フォックスを! 今あんなのに介入されては……!」
    「いくらお支払いいただけるんで? 普通なら人一人消すのに50万エルってところですが、緊急事態ですからなあ? 急ぎは割増ってのが世の常ですぜ」
    「カネならいくらでも出してくれます。51万、いや、53万でどうです?」
    「いくらでもって割にゃ、ケチ臭い値切り方をなさるお方ですな。……まあいいでしょう、54万だ。そんじゃま、ちょっと行ってひねり潰してやりまさあ」
     そう答えた次の瞬間――老人はその場から、すっと姿を消した。

     カズとシュウの無線支援を受けつつ、ジャンニは自警団のアジトを引っかき回していた。
    《次は駐車場に行って下さい。みんなが逃げ出そうとしてる方向にあるはずですー》
    《後部座席やらトランクに銃火器積んでるだろうからな、クルマ攻撃すんなら後ろだぞ》
    「了解!」
     二人の指示を受け、ジャンニはパワードスーツに仕込まれた火器を駆使して破壊工作を進める。
    「クルマ全部吹っ飛ばしたったで! 自警団の奴ら、もうほとんど棒立ちや」
    《戦意喪失したっぽいですね。っとカズちゃん、コレで電源・通信設備と武器庫と駐車場と、一通り周りましたね》
    《ああ》
    《もう軍事拠点としての機能は喪失したと見ていいでしょ。少なくとも明日のゲリラ活動は不可能なはずです》
    《だな。そんじゃボチボチ帰投だ》
    「へーい」
     無論、ジャンニたちの目的はあくまで「自警団の壊滅」であるし、これまでチンピラにケガを負わせたことはあっても、殺害までしたことは無い。今回もこの時点まで誰一人殺さずに済んだため、ジャンニはほっと安堵しつつ、上空へと飛び出しかけたが――。
    「おいおいお兄ちゃんよ、人んちめっちゃめちゃにしといてハイサヨナラはないだろ?」
     上空で何者かに飛びつかれ、ジャンニは面食らった。
    「なっ……」
    「落とし前付けてけや、なあ?」
     次の瞬間、ジャンニの視界が大きくぶれる。
    「うわ……っ!?」
     地面に落っこちるが、ジャンニの体に衝撃らしい衝撃はない。それでもまったく相手の挙動が捉えきれなかったこと、そして簡単に攻撃を食らったことに、ジャンニも、そしてカズも、驚きを隠せないでいた。
    《な、なんだソイツは!? おい、ジャンニ! 警戒しろ! ソイツはなんかやべえぞ!》
    「わ、分かっとる」
     ジャンニはばっと身を翻し、立ち上がる。直後、一瞬前まで自分が転がっていた場所からどすん、と重い音が響く。
    「おっ、案外素早いじゃねえか。折角そのヘルメットかち割って、中身拝んでやろうと思ったのによお?」
     そこに着地した老人を見て、ジャンニはまたも当惑する。
    《じ、……じいさん? え、さっきのやつもあんたが?》
    「おうよ。ビビったかい?」
    《わりと……な。……えっと、……俺を倒そうって言うのか?》
    「ん? ……おいおいおいおい、何だよお前さん」
     次の瞬間――。
    「まさか自分が無敵のヒーローだなんて思ってんじゃあねえだろうな、ええ、おい?」
     ジャンニは5メートルほど後方に弾き飛ばされ、ついさっき自分が破壊した車輌に叩き付けられていた。
    緑綺星・騙義譚 5
    »»  2021.08.31.
    シュウの話、第27話。
    覚悟の違い。

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    6.
     カズから「ダメージは絶対に受けない」と言われていたにもかかわらず、この時ジャンニは、胃か肺が破裂したかと思うほどの痛みを感じていた。
    「げほ……げほっ」
    《だ……ガガ……か!?》
     カズからの無線が聞こえて来たものの、ノイズ混じりで聞き取れない。
    「なん……や……こいつ……!?」
     どうにか立ち上がろうとするが、どうやら腕のパワーアシストが切れてしまっているらしく、持ち上がらない。四苦八苦している間に、老人がにじり寄って来る。
    「来ないのかい、お兄ちゃん? ぼんやり突っ立ってるだけってんなら、もうちょっと殴らせてもらうぜ?」
    「う……ぐ……」
     歯を食いしばり、無理矢理に腕を上げて、何とか構えを取るが、それ以上何もできない。
    「お? やる気か? いいぜ、来いよ。……来ねえのかい? まさかブルっちまったかい? そんなら仕方ねえやな」
     とん、と一足飛びに距離を詰め、老人が殴り掛かって来た。
    「恨むんならてめえ自身のバカさ加減を恨みな」
     が、その瞬間――。
    《ガガ……再起動したぜ!》
     急に腕が軽くなる。ジャンニは反射神経を精一杯働かせ、老人のパンチを横にいなした。
    「おん?」
    《悪いな、ジャンニ》
     カズが焦った声で、ジャンニに連絡する。
    《想定外の攻撃で、スーツのシステムが一部ダウンしてた。再起動したし、間に合わせだがチューニングもしたから、多少は耐えられるはずだ。で、分かったと思うが、そのジジイはただもんじゃねえ。いや、人間と思うな。
     覚悟決めて、本気で戦え》
    「わ、分かった」
     答えたところで、老人ががば、とヘルメットに手を伸ばす。
    「さっきからコソコソ、何をしゃべってんだ? 誰かとお話の最中か?」
    《……なめんな、クソジジイ!》
     カズの助言通り、ジャンニは左ストレートを老人の顔めがけて放つ。しかし老人はヘルメットに伸ばしていた手を90度外に回し、先ほどのジャンニと同様に打撃をいなす。
    「急に強気になりやがったな。まあいいさ、そんならそれで、やりがいも出るってもんだ」
     老人は右腕を垂直に上げたまま、左脚を振り上げる。ジャンニがそれを止めると同時に、老人がもう一方の脚を、ジャンニの胸に叩き付ける。
    「うぐ……っ」
     また弾き飛ばされるが、今度はスーツの飛行機能と姿勢制御が働き、空中で止まる。
    《肉弾戦じゃ勝ち目は無い。どう見てもソコら辺のゴロツキや用心棒なんかとモノが違う。間違いなく達人の域だ。下手したらオレでも手ぇ焼くかも知れねーってくらい強ええぞ、そのジジイ》
     カズの分析が聞こえてくるが、打開できるような要素はその中に含まれていない。
    「ほな、どうしたらええんや!?」
     尋ねたジャンニに、今度はシュウが、きっぱりと答えた。
    《逃げて下さい。客観的に見て、ジャンニくんは100%勝てません》
    「な、……なんでやな!? このスーツは……」
    《ジャンニくんは今、スーツの機能を十分に使えてるんですか? さっき武器庫や車輌を破壊したみたいに、その人に『銃火器を使って』対抗できるんですか? ソレができない以上、ジャンニくんが勝てる要素はゼロです。そもそもジャンニくんは人殺しなんかしたくないと考えてるってわたしは信じてますけど、相手は完全にジャンニくんを殺す気です。殺意アリとナシじゃ、どうやっても勝負になんかなりません。逃げて下さい。……早く!》
    「……分かった!」
     ジャンニは老人と距離を取り、離れようと試みる。だがきびすを返しかけた瞬間、正面に回り込まれてしまう。
    「なんなんだ、お前さん? やる気になったり逃げ腰になったりよお? もうちっとハラ据えたらどうだ?」
     がつっ、と硬い音を立て、老人の拳がスーツの胸を叩く。
    「うぐっ!?」
     胸部装甲がべっこり凹み、カズが戸惑った声を上げた。
    《な、何でだ!? シールドが働いてねえ!? ……いや、動いてるのは動いてるのか。じゃあこのジジイ、ソレを全部叩き割ってやがるってのか! まずいぜジャンニ、スーツがシールド展開する度にジジイが壊してっから、エネルギーがガンガン減ってってる。コレ以上食らったら、身動きできなくなるぜ》
    「もうなっとるわ!」
     ふらふらと立ち上がりながら怒鳴るジャンニに、カズが怒鳴り返す。
    《落ち着けって! ……コレはイチかバチかの最終手段になるから言ってなかった機能だが、もう出し惜しみしてらんねえ。一度しか使えないヤツだから、よく聞いとけよ》
    「な、なんや?」
    《オレが合図したら、残りのエネルギーを全部使い切って、スーツにブーストがかかる。その間はシールドも強化されるから、流石にダメージは通らないだろうし、計算上は飛行速度もいつもの3倍くらい出るはずだ。ソレで逃げ切れ》
    「どんくらいもつんや?」
    《残りエネルギーからすると、2分弱ってところだ。いいか、今だっつったらすぐブーストモードだ。ソコからの2分でソイツから逃げて、家まで戻って来い》
    「分かっ……」
     返事しかけた、その瞬間――。
    「俺と戦ってる最中だってのにいつまでもいつまでもぺっちゃくちゃぺっちゃくちゃおしゃべりしてんじゃあねえよ! いい加減にしやがれッ!」
     眼前まで迫って来ていた老人がジャンニのヘルメットをつかみ、地面に叩き付けた。
    緑綺星・騙義譚 6
    »»  2021.09.01.
    シュウの話、第28話。
    限界空中戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「うわっ!」
    「すっげえ、あのじーさん!」
     一旦はスチール・フォックスに一暴れされ、呆然としていた自警団員たちだったが、途中で乱入してきた兎の老人が彼を真正面から止め、返り討ちにする様を眺めている間に、折れた心が持ち直し始めていた。
    「やれ! いけーッ!」
    「スチール・フォックスをスクラップにしてやれーッ!」
    「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
     その声援で気を良くしたのか、老人は余裕を見せ始める。
    「ひっひひ、まるで映画の大スターになった気分だぜ。……ま、映画と現実は違うってことがよ、これで身にしみてよーく分かったろ? ボチボチ終わらせてやるぜ。せいぜい、あの世でじっくり後悔しやがれや」
     老人は右手をぎゅっと握りしめ、腕の筋肉をビキビキとみなぎらせて、頭上にゆっくり振り上げる。
    「これで終わりだ」
     そしてその腕を、勢い良く振り下ろした。だが、振り下ろされるその一瞬前、スチール・フォックスの全身あちこちから、紫色の光が放たれる。
    「んん……!?」
     発光に気付き、老人の拳が止まったその瞬間――スチール・フォックスはドン、と爆発じみた音を立て、その場から消えた。

    《ブーストモードON! 残り時間1分50秒だ!》
    「了解!」
     老人の前から消えて3秒後、ジャンニは50メートルほど南東に飛翔していた。
    《……チッ、まだ追ってきてやがる!》
    「マジか!?」
     ジャンニもヘルメット内のセンサーで、自分の後方から迫って来ることを確認する。
    「逃がさねえぜッ!」
     一体何をどうやっているのか――全速力で逃げるジャンニの前方に、老人が飛び上がって来た。
    「……ッ」
     その人間離れした挙動と、そしてどこまでも執拗に迫ってくる執念に恐怖と嫌悪を感じ、ジャンニの心の枷が緩んだ。
    「く……来んなーッ!」
     無意識に左手を伸ばし、掌に仕込まれていた魔法陣を起動させる。
    「あっ……」
     放たれた炎の槍が、老人に直撃した。
    (や……やってしもた……!?)
     ジャンニの背筋にぞわりと悪寒が走ったが、次の瞬間、それでもまだ、自分の認識が甘いことを悟った。
    「ぅおらああッ!」
     なんと老人は炎の槍を素手で弾き、四散させてしまったのである。とは言えジャンニのように実際に空を飛んでいるわけではなく、単に跳躍しただけであった老人の挙動を崩すには、十分な一手であったらしい。
    「……やるじゃねえか……!」
     結果として老人はジャンニを攻撃できず、そのまま地上の、がれきのど真ん中に落下した。
    「……はーっ……はーっ」
     怪物じみた老人を撃退できたことと、曲がりなりにも殺人を犯さずに済んだことによる安堵で呆然としていたジャンニの耳に、シュウの叱咤が響く。
    《あと1分ちょいです! 急いで! ボーッとしちゃダメです!》
    「あ……お、おう! 戻るわ!」
     ジャンニは空中できびすを返し、アジトに向かって飛んで行った。

     老人がスチール・フォックスを叩きのめし、沸き立ちかけていた自警団員たちだったが、二人が空中戦を始めた辺りで、何がどうなっているのか、ついて行けなくなっていた。
    「な……え……?」
    「あれって……どう……?」
    「さあ……?」
     揃って立ち尽くし、空をぽかんと眺めていることしかできなかったが、老人が地上のどこかに墜落したことだけは、誰の目にも明らかに理解できた。そしてそれが、自警団員たちの心を完全に折る決定打となった。
    「あっ……!」
    「お……落ちたぞ、あのじいさん!」
    「……負けた!?」
     向けていた視線を空から、周囲で同様にぼんやりしている同志に移し、やがてお互いの顔が真っ青になっていくのを確認する。
    「に、逃げるぞ! あんなの相手にできねえよ!」
    「あ、ああ! どうせ裏切り者がいるって話なんだしな」
    「いても裏切られるんなら、今のうちに逃げた方がマシだよな、うん」
     3分もしないうち、自警団の本拠地にはほとんど人がいなくなった。ただ一人残された団長は――。
    「……こ、殺されるっ」
     一目散に、公安局へと逃げ込んだ。



     エネルギーをほとんど使い果たしたものの、どうにかジャンニは、アジトに戻ることができた。
    「おわっ、……うぐっ、がっ」
     しかし着陸寸前で完全にエネルギーが無くなってしまい、彼はアジトのテラスから部屋の中へ、ごろごろと転がり込む羽目になった。
    「大丈夫ですか、ジャンニくん!?」
     バタバタと足音を立て、シュウが部屋に入って来る。
    「だ、だいじょぶ、だいじょぶ」
    「ソレがか?」
     と、シュウの後に部屋に入って来たカズが、呆れた声を挙げた。
    「テラスも部屋ん中もグッチャグチャ。スーツも胸部装甲大破、頭部装甲破損、あと多分、シールド機能も全損してる。さらにブースト機能により各所に灼け付きが発生。
     オマケにお前さんは右腕骨折、と」
    「骨折? ……あ」
     ジャンニはそこでようやく、自分の右腕が普段見慣れない方向に曲がっていることに気付いた。
    緑綺星・騙義譚 7
    »»  2021.09.02.
    シュウの話、第29話。
    自警団の正体。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     スチール・フォックスが自警団を襲撃した翌日、市国の朝刊各紙は、その前日のクレメント事件を超える賑わいを見せていた。
    「自警団団長 公安局に投降」
    「自警団 ネオクラウンとの関与認める」
    「司法取引要求か 公安局長『検討の余地あり』」

    「……ってわけで、今も取り調べの最中だが、それでも結構な事実が明らかになった」
     その2日後、ふたたびマドック警部がジャンニたちのアジトを訪ね、その後の経緯を明かしてくれた。
    「俺たちの読み通り、やっぱり自警団はネオクラウンとつながっていた。それも単にカネをもらってたってだけじゃない。そもそも団長からして、奴らの手下だったのさ」
    「つまりネオクラウンから指令を受けて、適当な理由を作って暴動や破壊工作を行ってたってコトですねー」
    「そう言うこった」
     手土産に持って来たドーナツをほおばりながら、警部は呆れた表情を浮かべる。
    「だがお前さんたちの破壊工作で自警団が壊滅しちまったから、ネオクラウンからの指令に応えられなくなっちまった。そのまんまじゃ奴らから報復を受け、殺されちまう。そんなら公安と司法取引した方がまだ、命の保証だけはされるだろう。そう考えて、団長はウチに逃げ込んで来たってわけさ」
    「ケッ、自分勝手な野郎だな」
     ショコラツイストを飲み込み、カズが悪態をつく。
    「散々自警団の邪魔しといて、いざ自分の身に危険が迫ったらみっともなく泣きつくのかよ? オレならぜってー助けねえよ、そんなクズ」
    「まったく同感だな。公安上層部のお偉方も同意見だろう。無論、司法取引に応じたとなれば、ある程度の減刑は認めざるを得んだろうが、それでも無罪放免ってわけにゃ行かんだろうよ。せいぜい懲役100年の求刑が、50年に減免されるって程度だろう」
    「どっちにしても事実上の終身刑ですねー。でも、そもそも減免されるだけの価値がある情報を持ってるんですかね?」
    「何を知ってるかは知らんが、取引を持ちかけてくるくらいだ。相当、公安にとってありがたい情報を持ってるんだろうよ。
     ……で、ジャンニ。お前さん、大丈夫なのか?」
     警部に尋ねられ、ジャンニは苦笑いする。
    「医者に診てもろたんで、まあ、何とか。『部屋ん中で転んだ』って言うたら、大笑いされました」
    「そんなマヌケな理由で骨折ったなんて言われちゃな。じゃ、お前さんがスチール・フォックスだってことは、まだバレてないってことか」
    「多分大丈夫です。ただ、しばらくは出撃できそうにないです」
    「そんなにひどいのか?」
     警部はジャンニの腕を見たが、カズが手を振る。
    「骨折も打撲も魔術治療してもらったから、そっちは1週間もありゃ治る。
     ソレよりもスーツの方が問題だ。装甲はボッコボコにされてるし、シールドをはじめとする防御システムも軒並みブッ壊れてっから、オーバーホール中だ。ったくあのジジイ、ただもんじゃねえな」
    「ふーん……? 相当厄介そうだな。映像みたいなのは残ってるか?」
    「ああ、撮ってる」
     カズはパソコンを操作し、ジャンニと老人が戦った際の動画を見せる。
    「見た感じ……60代か70代かって感じだな。身長は150あるかないかくらいか。兎獣人ってのはここいらじゃなかなか珍しいから、探せば見つかるかも知れんな。……しかししょっぴくのはちょっと無理そうだ」
    「スチール・フォックスを素手でボッコボコにした相手ですもんね。無理に拘束しようとしたら、犠牲者が出るかも知れません」
    「だな。と言って、放っておくわけにもいかんからな。重要参考人として指名手配はしておく。画像もらえるか?」
    「おう、データ送るわ」
    「あー、と。紙でもらえるかい? 俺の携帯はスマホじゃなくってな」
    「換えろよ……」



     後日、警部からこの老人についての情報が届いた。裏社会では有名な「なんでも屋」で、「パスポーター」の名で知られていること、元々から国際的に指名手配されていることが明らかになった。そして、今回の事件の重要参考人として公安当局からも指名手配されたことも、併せて伝えられた。

     そしてこの間にも市国に巣食う闇への追及は、着々と続けられていた。
    緑綺星・騙義譚 8
    »»  2021.09.03.
    シュウの話、第30話。
    夜明けは近い、……か?

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    9.
     自警団が壊滅したことは、ネオクラウンにとっては結果的に、致命的な痛手となった。
     これまで自身への追及が行われる直前に、彼らにゲリラ活動を行わせることにより、公安の行動を制止・制限させることができていた。これにより自警団員が公安に逮捕・拘束されたとしても、末端の人間は自警団とネオクラウンがつながっている事実すら知らないため、ネオクラウン側には何の影響も出ない。自警団がネオクラウンにとって都合のいい「壁」となることにより、彼らは追及を逃れ、好き放題に暴れ回ることができたのである。

     この疎ましかった壁が崩れたことにより、公安はその優秀な捜査・機動能力を、ネオクラウンの系列企業・組織らに、存分に行使できるようになった。その結果、自警団壊滅から半月ほどで末端組織は軒並み摘発・壊滅し、さらにその一週間後には中核組織の一つを抑え、組長以下幹部全員の逮捕に至った。
     2年以上に渡り市国の裏社会を牛耳っていたネオクラウンの牙城は、ついに崩れ始めたのである。



     この頃にはジャンニのケガもすっかり癒え、外出も不自由なくできるようになっていた。
    「ジャンニくん、ジャンニくん。『金火狐総帥 公安局に特別予算追加を指示』ですって」
    「ホンマかいな」
     この日、ジャンニはシュウと連れ立って食料品の買い出しに向かいがてら、彼女と世間話に興じていた。
    「つまりシラクゾはネオクラウンと手ぇ切るつもり満々っちゅうことか」
    「でしょうねー。このまま付き合い続けても、自分が逮捕されるリスクを背負うだけですもんね。ソレより正義の味方ヅラした方が、体面も保てるって腹積もりなんでしょうねー」
     シュウは新聞をたたみ、自分のかばんにしまい込む。
    「今日はフライにしましょ。油切りに丁度いい紙も手に入りましたし」
    「ジャーナリストが言うてええ言葉か、それ……」
    「非金火狐系の一流紙にしてはテーマの扱い方がコビ売りすぎですし、そもそも文章が下手っぴです。二度は読む気しませんねー」
    「辛辣やな」
    「フリーのジャーナリストは辛口なんですよ? うふふ……」
     ニコニコ笑いながらも、シュウのやんわりとした毒舌は止まらない。
    「でも総帥さんもなかなか、ツラの皮が厚い人みたいですねー。ネオクラウンの力借りて総帥になったのに、今更無関係を装おうとするなんて」
    「そんなん許してたまるかっちゅうねん。……ちゅうても監査局もシラクゾの言いなりやもんなぁ」
    「その蜜月関係も、時間の問題かもですよ? 監査局長の交代は前局長の殺害があって行われたコトですし、今後の捜査で、その事実はいずれ明らかになるはずです。
     あるいはネオクラウンのトップが捕まったら、きっと司法取引を持ちかけて、総帥からの依頼内容をリークするでしょう。ましてや、こうして事実上手を切ったコトが大々的に報道された今、ネオクラウン側も総帥をかばうような行動は執らないでしょうし。
     総帥による殺人依頼が発覚すれば、監査局長も市政局長も道連れです。ソレなら先手を打って自白した方が罪は軽くなる、と考えるでしょうね。どっちもそう遠くないうち、公安局に駆け込むでしょうね」
    「裏切るヤツは裏切られる、っちゅうわけか」
     ジャンニは往来で立ち止まり、街の中心――金火狐財団総帥の住まう、フォコ屋敷に目をやる。
    「ほな、また代替わりやな。いや、下手したら幹部陣の半分すげ替えになるかも知れへんな」
    「ジャンニくんは立候補したりしないんですか?」
     尋ねたシュウに、ジャンニは苦笑いを返す。
    「有資格者は21歳から40歳までやから、対象外や。もう2年後やったら良かったかも分からんけどな。そうでなくても大学中退の、何の取り柄もないアホがやります言うて通るわけないしな」
    「かもですね。でもジャンニくん、学校はもう復学してもいいんじゃないですか?」
    「ん? うーん……」
    「迷う要素はないでしょ? もうネオクラウンは壊滅まで秒読みの段階ですし、他にこの街を揺るがす脅威もなさそうです。もうヒーロー、やめちゃっていいんじゃないですか?」
    「いや、でも……ほら、ドクターとか、あの兎とかおるやん?」
     ジャンニが言葉をにごし、適当な言い訳を返した、その時だった。

    「兎ってのは、俺のことかい」
    「……!」
     いつの間にかジャンニの背中に、ごり……、と拳が当てられていた。

    緑綺星・騙義譚 終
    緑綺星・騙義譚 9
    »»  2021.09.04.
    シュウの話、第31話。
    老いた「パスポーター」。

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    1.
    「ジャンニくん……!?」
     シュウもジャンニの背後に誰かが佇んでいることに気付いたらしく、血相を変える。だが、その人物――数日前スチール・フォックスを素手で叩きのめしたあの老兎「パスポーター」は、ニヤッと笑って拳を離した。
    「最初に言っとくが、お前さんを今ここでどうこうしようってつもりはねえよ。俺にお前さんの始末を依頼した奴は公安局の檻の中だし、代わりにカネ出してくれる奴もいない。となりゃ今更お前さんを殺したところで、1エルの得にもならねえ。カネにならねえ殺しは損するだけだからな」
    「……プロってヤツですね」
     そんなことを言ったシュウに、「パスポーター」は鼻で笑って返す。
    「知ったかぶりの事情通気取りさんよ、あんたはちっと黙ってな。俺はこいつと話があるんだ」
    「一度殺そうとした人相手に、わざわざ話をしに来たんですか? 一体どんなお話を?」
     あしらわれたが、シュウはやんわり食い下がる。「パスポーター」の方も、彼女がどう邪険に振る舞おうと離れない性格の人間だと悟ったらしく、口をへの字に曲げた。
    「少なくとも、いい大人が3人往来で突っ立ってするような話じゃねえよ。そうさな、口が滑るようなもんをおごってくれりゃ、あんたに聞かせてやっても構わねえが……」
    「ソレなら近くにお昼からやってる、央南系の定食屋さんがありますよ。お酒も種類豊富みたいですし」
    「分かってるじゃねえか。いいだろう」
    「パスポーター」はニヤッと笑い、案内するよう促した。

     シュウが言った通り、そこは央南風の小料理屋をイメージしたような店構えだった。
    「いらっしゃーい」
     出迎えた虎獣人の店主に、シュウがぴょこ、と指を立てる。
    「『猫桜』一本。あとは適当にご飯お願いしますー」
     その注文を受けて、店主が目を丸くする。
    「めちゃめちゃ高いよ?」
    「知ってますー」
    「……そんなら、まあ」
     店主が奥に向かう間に、シュウたちはテーブル席に座る。
    「お姉ちゃんよ、よく央南の酒なんか分かるな? 俺もそう詳しい方じゃねえけどよ、『猫桜』って言や、『チャット・ル・エジテ』や『デア・フォルティッサ』とタメ張る高級酒じゃねえか」
    「家の物置にそのラベル付いた瓶が、ゴロゴロ置いてあったんですよ。わたしの5代か6代くらい前のご先祖様が央南の人で、よく央南からお酒取り寄せてたらしいんです。『故郷の味が忘れられなかった』ってヤツでしょうねー」
    「ふーん……?」
     話している間に、店主が酒瓶とコップを2つ持って来る。
    「お姉さんとおじいさんの分ね。そっちのお兄ちゃんは飲めそうな顔してないから持って来てないよ。水かお茶なら持ってきたげるけど、どうする?」
    「あっ、はい。ほな、お茶で」
    「はいよ」
     やり取りを眺めていた「パスポーター」が、くっくっと笑う。
    「見る目は確かだな、あの姐御さんも。……っと、あんた方そろそろ自己紹介してもらっていいかい? いつまでも『お姉ちゃん』『お兄ちゃん』じゃ話しにくいからよ」
    「あ、はい。私はシュウ・メイスンですー」
    「ジャンニ・ゴールドマンや」
    「ありがとよ。俺はアルト・トッドレールだ」
    「よろしくですー、アルトさん」
     シュウに酌をしてもらった酒を、アルトは一息に飲み干す。
    「……かーっ、なかなかガツンと来るねえ。いい酒だ。よしよし、そんじゃ酔っ払っちまう前に、順を追って話をしてやるよ。シュウさんよ、録音の準備はいいかい?」
    「バッチリですー」
     シュウがスマホをテーブルの上に載せ、アプリを起動させたところで、アルトは話し始めた。
    「最初に言っとくが、俺はあの戦い、負けたとは思ってねえ。お前さんもそうだろ?」
    「まあ……うん。『ファイアランス』も弾かれたし、勝ったとは思ってへん」
    「もっかいやったら絶対勝つ。……とは確信しちゃいるが、それで負けたら赤っ恥もいいとこだ。だから正体やら弱点やら探ろうと、情報集めてたのさ。そしたらやけにスチール・フォックスを持ち上げてる動画を見付けてな」
    「あ、わたしのですか?」
    「そうだ。で、スチール・フォックスに極秘取材したって動画をよーく聴いてみたら、その動画の声とあの晩聞いた声は、確かに同じっぽかった。で、ここ何日かその動画を頼りに通りを回って、今日ようやく見付けた、いや、声を聞き付けたってわけだ。俺はこの見た目通り、耳がいいからよ」
    「身バレしないよう十分対策してたつもりでしたが、……まだまだですね」
     シュウは肩をすくめ、酒をぐい、とあおった。
    緑綺星・白闇譚 1
    »»  2021.09.09.
    シュウの話、第32話。
    「ネオクラウン」とは。

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    2.
     シュウに2杯目を注いでもらいながら、アルトは話を続ける。
    「そんで、お二人さんよ。スチール・フォックスの宣伝動画でこう言ってたな? 『ネオクラウンが自分の最大の敵だ』『ネオクラウンを倒すことが最大の目的だ』って」
    「まあ、うん」
    「そう言う趣旨の内容ですねー」
     そう答えた二人の顔を、アルトはニヤニヤ笑いながら眺めている。
    「なんでしょうか?」
    「おめでたい奴らだなと思ってな。この騒動の顛末が、ネオクラウンの親玉とっ捕まえてハイおしまい、で済むと思ってるってツラしてやがるからよ」
    「どう言う意味や?」
    「結論から言うとだな――そんなもん、どこにもいやしねえんだよ」
     アルトの言葉の意味が理解できず、ジャンニはシュウの顔を見る。彼女もアルトの真意を図りかねているらしく、けげんな表情を浮かべていた。
    「何がなんだかってツラしてんな。まあ、いきなりポンとこんなこと言われたって、そりゃワケ分かんねえだろうさ。
     ま、仮に、だ。公安の捜査がサクサク首尾良く進んで、ネオクラウンの中核企業が軒並み摘発されたとしようや。公安の強面共はしょっぴいてきた社長ご一同に、こう怒鳴るだろう。『お前がネオクラウンのボスか!?』ってな。だがそこにいる誰もが、首を振るだろう。『自分はただの幹部に過ぎない』ってな。
     しかしそれはウソじゃねえ。例え一人ひとり別個に取り調べて、『他の奴は洗いざらい吐いたぞ。今更ウソなんか付くんじゃねえぞ』なんて騙すの脅すのとやったところで、言うことは変わらねえ。『自分は幹部の一人だ』、『他の連中の中にボスがいるはずだ』って、みんな同じことを言うだけさ。
     そこで捜査は迷宮入りだ。仮にその社長共を死ぬまで拷問したって、それ以上の真実は、何一つとしてそいつらからは出て来やしねえんだよ」
    「わ……分からへん。あんたの言うてることが、よく……?」
     戸惑うジャンニに、アルトは依然としてニヤついた顔のまま、こう続ける。
    「すべてはウソなのさ。ネオクラウンなんて組織は、始めっから存在しねえんだ。『誰か』がとある計画のためにそれっぽい名前の、架空のマフィア組織をでっち上げ、地元企業と半グレ組織を手当り次第に舎弟にして、それっぽく『組織みたいなもん』を演出したってだけなんだよ。
     だから公安の捜査は、いずれ行き詰まる。お前らの目標は、いつまで経っても達成されない。この大騒動が一段落したところでまた、『ネオ・ネオクラウン』が登場するだけさ」
    「ちょ、ちょっと待って下さい」
     流石のシュウも、そんな話になるとは予想していなかったらしく、珍しくあわてた顔をしていた。
    「どうしてアルトさんが、そんなコトをご存知なんですか? 根拠は?」
    「裏社会ってやつは狭い。だが、とんでもなく深いんだ。俺はその中でもかなり奥底の方で、長いこと暮らしてるからよ。『裏事情』ってやつには、誰よりも敏感なんだ。
     動画を見てたらお前さん方、ドクター・オッドと戦ったって言うじゃねえか。確かにあいつは、俺が知ってるドクターだ」
    「お知り合いなんですか?」
     立て続けに面食らった様子ながらも、シュウは質問を重ねている。
    「ちっと顔を二、三度合わせたってだけさ。裏社会でな。ところでこいつは、ある組織の仕事を良く請け負ってる奴なんだ。専属契約でもしてるみてえにな」
    「ある組織?」
    「ちょいと話は戻るがシュウさんよ、ネオクラウンが活動を始めたのは大体3年前、714年くらいからだが、この2年後、世界にデカいニュースが流れた。それが何か、言ってみな」
    「つまり去年ですよね? パッと思いつくのはー……、『長い7世紀戦争』の終結宣言くらいでしょうか」
    「それさ。100年以上も長々と決着の付かない戦いをしてたってのに、なんで急に終戦したんだろうな?」
     話している間に、シュウの目が――これも珍しいことに――真剣な眼差しになる。
    「つまりアルトさん、あなたは市国で不正・非正規的に製造されていた品が、軍事物資として供給されていた、と?」
    「戦争ってやつは物量がモノを言うからな。ましてや100年戦争してるんだ、どっちもほとんどカネも物資も残ってなかったはずだ。そこに大量の物資が流れ込んできたとなりゃ、よっぽど下手打たない限りは決着するってもんさ」
    「わたしが調べたところでは、ネオクラウン系のフロント企業は各種製造業と、製造のための用地・施設管理業および人材派遣業、そして輸送業で構成されていました。ソレを連携させることで、市国に大規模な製造ラインを築く。それが『彼ら』の狙いだった、と?」
    「な、つながってきただろ?」
     シュウとアルトは互いに言わんとすることを察しているようだったが、ジャンニにはまったく見当が付かない。
    「えーと……あの……なにがなにでなんなん?」
    「さっぱり分かんねえよってツラしてやがるな」
    「端折りすぎちゃったかもですねー」
     二人は肩をすくめ、揃って苦笑した。
    「えーとですね、ジャンニくん。白猫党ってご存知です?」
    「しろ……ねこ……? え、『白い猫ってかわいいよね』『わかるー』ってアレ?」「ちがいます」
     シュウは呆れた目を向けながら、丁寧に説明してくれた。
    緑綺星・白闇譚 2
    »»  2021.09.10.
    シュウの話、第33話。
    白くて深い闇の向こうから。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「6世紀後半にですねー、白猫党って言う政治結社が侵略と戦争を繰り返して、央北の西半分を手に入れたんです。ソレだけに留まらず、央中とか央南とかにも攻め込んだりして、一時期は世界の3分の1を手中に収めるくらいに勢力を拡大したんです。だけどなんか途中から内輪もめしちゃって、党は南北に分裂したんですよ。
     で、再統一しようとはしたみたいなんですけど、その話し合いも決裂しちゃって、結局、南北の白猫党で戦争始めちゃったんです。ただ、お互いほとんど同規模の勢力ですし、装備も同レベルとなると、決定打が無いワケで。決着が付かなくなって休戦して、勢力回復してまた戦争して、休戦して、……を何度も繰り返して、ソレが6世紀終わりから8世紀始めまでずーっと続いてたんです。で、今はこの戦争のコトを、『長い7世紀戦争』と呼んでるワケなんですけども、ソレが去年終わったんですよ。南側の白猫党が北側の本拠地を陥落させて、南側の党首が勝利演説したんです」
    「その白猫党がドクター・オッドの依頼人で、つまりネオクラウンの黒幕やっちゅうこと?」
    「アルトさんの説によれば、ですけどね。でもなんでそんなコトを、わたしたちに?」
    「おいおい、勘違いすんなよシュウさんよ。そもそも最初から、俺はジャンニに話すつもりだったんだよ。……もっとも話したところで、ぽかんとされるのがオチだったろうが。
     まあ、話を戻すとだな、俺がなんでこんな話をお前さんたちに言ったかだが――お前さんたちの本当の敵は、裏社会のとんでもなく深くて暗いところに潜んでる、最凶にヤバい奴らだってことを、ちゃんと理解させたかったからだ。お前さんたちはケンカを売っちゃならねえ相手にケンカを売ってんだよ。近い内にお前さんたちは報復されるぜ。いや、下手すりゃ今日かも知れねえな。放っときゃ皆殺しにされかねねえし、ジャンニ、お前さんは――いつか依頼されりゃ――俺がブッ殺すって決めてんだよ。こんなところで他の奴に横取りされてたまるかってんだ。だからこうして、懇切丁寧に教えてやったんだ。
     で、一つ聞くがよ」
     アルトは3杯目の酒を飲み干し、二人をにらんだ。
    「あのパワードスーツは今、どこにあるんだ? まさかそこいらのコインロッカーの中ってわけじゃねえよな? それにスーツを管理・保守してる奴がいるはずだ。あんな精密機器の塊、しょっちゅうメンテナンスしなきゃ運用できるはずがないからな。
     まさかスーツも管理者も、今、一緒のとこにいたりしないよな?」
    「……!」
     シュウは血相を変え、スマホの録音を止めて電話をかけた。



     シュウたちがアルトから話を聞く、その10分前――。
    「こんなもんか、な」
     パワードスーツのメンテナンスを数日がかりで終え、カズはごろん、と床に寝転んだ。
    「うへぇー……、疲れた。ったく、下手すりゃあと一歩でスクラップだったぜ、マジで。……もう昼か。シュウのヤツ、作り置きしてくれてっかなー」
     上半身を起こしかけ、またごろんと横になる。
    「……食い気より眠気が勝ちそうだぜ。いいや、寝ちまおうっと」
     そのまま腕を枕にしてうたたねしたところで、カズのスマホが――正確にはジャンニ名義だが――鳴った。
    (……チッ、……うっせえなぁ。……つって9割シュウからだろーなー……1割はクソみたいな勧誘かなんかだし……1割に賭けるか……いや多分シュウだよなー……出るかー……)
     仕方なく、カズはキーボードの横に置いていたスマホを手に取り、応答する。
    「うぃーす」
    《あなたは誰?》
     聞こえてきた声は、カズの知る人間のものではなかった。反射的に切ろうとしたが、相手がこう続けてきた。
    《誰でもいい。あなたがスチール・フォックスであることは把握している》
    「……誰だ」
     尋ねたカズには応じず、声は淡々と話し続ける。
    《あなたの横にスチール・フォックスのスーツがあることも把握している》
    「あぁん?」
    《あなたは私の敵であると断定する》
    「誰だって聞いてんだけど、答える気ねーのかよ?」
     話しながら、カズはパソコンを操作し、スマホの逆探知を試みる。だが3秒もしないうちに画面には、エラーの文字が表示された。
    「んっ……!?」
    《あなたはもう何もできない。何の対抗手段も無い。命もまもなく無くす。さようなら》
     そこで電話が切れ――家の外から、きいいい……、と何かが風を切る音が聞こえてきた。
    緑綺星・白闇譚 3
    »»  2021.09.11.
    シュウの話、第34話。
    報復。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「おっ?」
     店主が店に備え付けていたテレビを見上げ、驚いた声を上げる。
    「爆発騒ぎだってさ。ガスか何かかな」
    「……!」
     シュウとジャンニは同時に振り返り、テレビ画面を確認した。
    「……シュウさん」
    「みたい、ですよ」
     画面にはジャンニのアジトが――いや、正確にはアジト「だった」ものが映されていた。
    「燃えとる……」
    「……出ないです、カズちゃん」
     スマホは発信中の画面のまま、変わることは無かった。

     いつの間にかアルトは姿を消していたが、二人はそれに構っているどころではなく、大急ぎでアジトへ引き返した。
    「……ひでえ」
     アジトがあった場所は、まるで隕石か何かが落ちたかのように深くえぐれており、周囲の家も含め、何も残っていなかった。その惨状を目にし、ジャンニは叫ぶ。
    「一体、……一体これ、何があったんや!?」
    「ミサイルの可能性が高いですね」
     淡々と答えるシュウも、腕が震えている。
    「でも、いくら騒動の渦中とは言え、市国の入出国管理局が迎撃できなかったなんて、おかしいです。となれば恐らく、市国内で放たれたモノか、あるいは、相当軍事技術の発達したところから発射されたモノでしょう。だから……調べれば……何か……」
     やがてシュウは言葉に詰まり、その場に座り込む。
    「シュウさん!」
     ジャンニはどうしていいか分からず、立ち尽くすばかりだった。

     と――。
    《悪い》
     二人の背後から、声がかけられる。
    「!?」
     振り向くと、そこにはスチール・フォックスがいた。いや――。
    《防ごうとしたんだが、ものすごい量のミサイル撃ち込んできやがってな。結局、パソコンとスマホ、燃えちまった。……あと、家もだな》
    「カズちゃん!?」
     ヘルメットが外れ、カズの顔がのぞく。
    「スーツとバックアップデータ持ち出すので精一杯だった。……じきに公安やら何やらが来る。逃げるぞ」
    「無理ですよ」
     シュウが立ち上がり、いつも通りの口調で答える。
    「ミサイルの運用には人工衛星が不可欠です。つまりわたしたちは今、衛星に監視されてるはずです。衛星の監視をすり抜けて逃亡するのは不可能ですよ」
    「関係ねーな」
     そう言って、カズは呪文をつぶやいた。
    「『テレポート』」
     次の瞬間、ジャンニたちはどこかの丘の上に立っていた。
    「……な……え、何これ?」
     ジャンニはきょろきょろと辺りを見回すが、自分がまったく知らない場所であることが分かっただけだった。
    「カズちゃん」
     と、シュウが神妙な面持ちでカズを見つめる。
    「あなた、何者なんですか? ミサイルから逃げるなんて人間業じゃないですし、『テレポート』の運用は大規模施設が必要なはずです。そもそもそのパワードスーツだって、ふつーの人が一人で造れるものじゃ、絶対ありません」
    「その質問は後で答えてやんよ。ソレより今は状況の整理だ」
     スーツを脱ぎ、カズはその場に座り込む。
    「自分で着てみたのはコレが初だが、色々改良の余地があるな。一番の問題は緊急時に持ち出しにくいってトコだ、な」
    「言うてる場合かいな。……カズちゃん、実はな」
     ジャンニとシュウは、アルトの話をカズに伝えた。
    「白猫党だと?」
    「確証はありませんが、でも、状況証拠はコレでもう一つ増えましたね。ミサイルは1発1~2億エルもする、とっても高価な兵器です。ソレを何十発も発射するなんてコト、いち犯罪組織がやるコトじゃないです」
    「そんなカネ使うんやったらビルか豪邸建てるやろしな」
    「物理的にもおかしいですしね。ミサイル数十発分を格納する施設も必要ですが、そんなスペースを確保するのは軍事組織以外にありえないです」
     と、カズが手を挙げる。
    「話は一旦、ソコまでだ。迎えが来る」
    「迎え?」
     もう一度、ジャンニは辺りを見回す。すると丘のふもと側から、赤い髪のエルフがとぼとぼ歩いてきているのが見えた。
    「あなたたちなのっ? いきなり『テレポート』でここに押しかけて来たのってっ? ここは永世中立国だってこと、知っててやってるのっ?」
    「よお、鈴林。久しぶりだな」
     カズが立ち上がり、エルフに手を振るが、エルフはきょとんとしている。
    「……誰っ?」
    「ご挨拶だな。『姐さん』の顔を忘れたのかよ?」
    「姐さんっ? ……あれっ? もしかして天狐ちゃんじゃない方の姐さんっ?」
    「『じゃない方』って言うな。こっちが大本なんだからよ。アイツ元気か?」
    「元気してるよっ。でも姐さん、すっごく久しぶりだねっ? もう80年くらい姿を見てなかったけどっ」
    「80年!?」
     やり取りを聞いていたジャンニとシュウは、顔を見合わせる。
    「え、カズちゃんホンマに何歳なん?」
    「言っただろ。オレも分かんねーって。……あ、紹介するわ。そっちの赤金髪がジャンニ。ピンク髪がシュウ。とりあえずメシ頼むわ、鈴林」
    「いきなりやって来てせびらないでよ、もおっ! ホントに変わってないねっ」
     鈴林と呼ばれたエルフは、ぷくっとほおをふくらませた。
    緑綺星・白闇譚 4
    »»  2021.09.12.
    シュウの話、第35話。
    双子よりもっとちかしい姉妹。

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    5.
    「よお、天狐。元気してたか?」
    「あぁん?」
     対面するなり、その金毛九尾の狐獣人は口をへの字に曲げた。
    「誰かと思ったら一聖かよ。この80年音沙汰ナシかと思ったら、いきなりだな」
    「ま、色々あってな」
    「単刀直入に聞くけどよ」
     天狐はタブレット状の金属板を、一聖に向ける。
    「ココ最近、お前『目録』に色々書き込んでただろ? なんだよ、スチール・フォックスMk4って」
    「Mk4!? え、カズちゃん、あれ一機だけやないのん?」
     口を挟んだジャンニを、天狐がにらみつける。
    「うるせえ黙ってろ。……待て」
     天狐は椅子からぴょんと降り、ジャンニに詰め寄った。
    「『アレ一機だけ』ってなんだ? まさかマジであんのか? この妄想てんこ盛りのびっくりおバカ兵器が」
    「あれ……やけど」
     そう返し、ジャンニは鈴林が背負ってくれていたパワードスーツを指差す。それを見た瞬間、天狐は苦々しい表情を浮かべた。
    「一聖よお……。お前ホントな、そーゆートコ、な?」
    「むしろなんでお前がソコ似てねーのか不思議だけどな、オレは」
    「こっちは現実主義なんだよ。じゃなきゃ200年もゼミ続けられるかっての」
    「妄想は大事だぜ? 創造につながるから、な」
    「言ってろ。……で? 80年ぶりにオレの前に姿見せたのは、友達とトンデモメカの紹介しに来たってだけじゃねーんだろ?」
    「おう」
     一聖は天狐が持っていたタブレットを奪い、市国の地図を表示させる。
    「10分前、オレは市国でミサイル攻撃を受けた。市国のミサイル防衛措置(カウンターメジャー)が働いてたってんなら、そんな目に遭うはずがねー。となりゃ考えられる可能性は3つだ。1つ、市国内で発射されたモノか、2つ、防衛措置が捉えられないくらい最新鋭のモノか、あるいは3つ、『テレポート』でオレの頭上に直に送られてきたモノか、だ」
    「ソレを調べろって?」
     天狐は傍らに置いてあったキーボードを叩く。すると机の天板からにゅっとモニタが3枚現れ、パソコンが起動する。その様子を見ていた一聖は、先ほどの天狐と同様、口をへの字に曲げた。
    「やーっぱお前もそーゆーギミック作ってんじゃねーか!」
    「そりゃ作るだろーがよ! ロマンだろーが!」
    「じゃなんでスーツにはケチ付けんだよ!?」
    「言っただろーが、実用主義なんだよオレは! そんなチンケなSF映画に出てきそうなもん、誰が造るかってんだ!」
    「チンケだあ!? そーゆーコトはな、実際に運用してるトコ見てから……」
    「姐さんたちっ! お客さんがビックリしてるでしょっ!? ケンカはあとでっ!」
     鈴林が割って入り、二人を止める。
    「そんなにイライラしてるってことは、二人ともお腹ペコペコなんでしょっ!?」
    「ああ」「減ってる」
    「何食べたいのっ?」
    「ショコラマフィン」「ショコラツイスト」
    「おやつじゃないのっ! ごーはーんっ!」
    「なんでもいいよ」「なんか適当に……」
    「なんでもとかてきとーなんてごはんはあーりーまーせんっ! じゃあお客さんっ、何かご注文はあるっ?」
     くるん、と鈴林に振り向かれ、ジャンニは戸惑う。
    「え、えー、あーと」
     一方のシュウは、いつも通りのマイペースさを見せた。
    「ソレじゃお魚系食べたいですー。あと、あればキノコも」
    「いいよっ。じゃ、スーツここに置くからねっ。できたら呼ぶからっ」
     鈴林が退室したところで、一聖が机に座る。
    「使うぜ」
    「ああ。だがどうやって調べるんだ?」
    「市国の入出国管理局にハッキングする」
    「お前、そんなのできたのか? そーゆーのは虹龍の兄さんの十八番だろ」
    「こないだ覚えたんだ。……作動はしてたみてーだな。ミサイル着弾のちょっと前に検知してる。もちろん、迎撃もしたらしい。だが完全には防ぎ切れなかったみてーだな」
    「ドコから撃たれたものなんでしょ?」
     シュウの質問に、一聖はモニタをとん、とんと叩く。
    「検知したのは市国南の沖合い、680キロ地点だそうだ。どうやら潜水艦から発射されたものらしい。管理局は大慌てで沖へ向かって捜索と呼びかけを行ってる最中だが、まあ、空振りに終わるだろうな。何の宣言もナシにいきなりミサイル撃ち込んでくるヤツらが、律儀に応答してくれるとは思えねーし」
    「もしドコの国か分かったら、国際問題ですもんね」
    「つっても恐らく、撃ったのは白猫党のヤツらだろう。そのアルトだかテノールだかってじいさんの話がマジなら、な」
    緑綺星・白闇譚 5
    »»  2021.09.13.
    シュウの話、第36話。
    これまでか、これからか。

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    6.
     鈴林が作ってくれた鱒とキノコのリゾットを食べている間に、テレビでは市国のニュースが報じられていた。
    《……本日午後2時半頃、市国にミサイルと思われる飛翔体が多数飛来・着弾し、市街地では大規模な被害が発生した模様です。市国入出国管理局からは『市国の安全が大きく脅かされたこと、そして数多くの人命が失われたことに、遺憾の意を表する。今後さらなる攻撃に備え、防衛体制を強化する』との声明が出されています。次のニュースです……》
    「死傷者28名、か」
    「ひどいですね、本当に」
     ジャンニとシュウが心を痛めていた一方で、一聖と天狐は意見交換していた。
    「しかし報復っつったって、なんでミサイルなんだ? 居場所を特定できてたんなら、もっと範囲を狭めて攻撃すりゃ良かっただろうに。大惨事じゃねーか」
    「見せしめと警告って意味もあるんじゃねーか? 今回の騒動、金火狐総帥も一枚噛んでるって話だろ? 『ウチのミサイルはお前らの防衛力じゃ防げない。手を切ろうとしたら、今度は屋敷に撃ち込むぞ』って脅しなんじゃねーかな」
    「なるほど、確かに最近は手を切ろうって動きを見せてたから、な。軍事物資の製造拠点を引っかき回したスチール・フォックスへの制裁と、金火狐への牽制か。ありうるな」
    「となりゃ明日か明後日か、総帥から何かしらの声明があるだろう。その出方次第で、市国と央中の今後が決まるとも言えるだろう、な」
    「もー、姐さんたちっ! ご飯食べながら議論しないでよっ。ご飯くずぽろぽろ落ちてるしっ。床、汚れるじゃないのっ」
     鈴林に怒られ、二人は揃って肩をすくめる。
    「へーへー」「分かった分かった」
    「そー言えばお二人って」
     シュウがテレビから一聖たちに向き直り、質問する。
    「もしかしてご姉妹なんですかー? 種族は違うみたいですけど、お顔も話し方もそっくりですし」
    「ああ、まあ、そんな感じだな」
    「オレが妹。一聖が姉ってコトになってる」
     答えた二人に、シュウはさらに質問を重ねる。
    「テンコちゃんってもしかして、『天狐ゼミ』のテンコ・カツミちゃんですか?」
    「ああ」
    「と言うコトはカズちゃんのお父さんも……?」
    「そうだよ。あの克大火だ」
    「わ~お」
     シュウは目を輝かせながら、一聖の側ににじり寄る。
    「なんで教えてくれなかったんですかー?」
    「教えたらお前さんみたいなのがわんさか湧くからだよ」
     一聖はシュウをにらみつけ、フンと鼻を鳴らす。
    「次は何を聞くつもりだ? 最新技術がガラクタになる秘術か? 誰も知らない世界の真実か? ソレとも親父の居場所か? オレの正体知ったヤツは、何でそんな話ばっかり聞くんだ!? ケッ、誰がそんな話してやるかってんだ!」
    「ええ、わたしもそんな話、友達から聞く気は全くありませんねー」
     シュウも一聖に顔を近付け、にっこり笑う。
    「ココでも市国や白猫党のお話するってコトは、まだあの件から手を引くつもりが無いってコトですよね? ソレにスチール・フォックスMk4でしたっけ? そんなの考えてるってコトは、もっとすごいスーツ造る計画が絶賛進行中ってコトですよね?
     わたしはカズちゃんが『コレまで』何をしてたかなんてお話には興味無いです。『コレから』何をするかを、是非お聞きしたいんです」
    「じゃあさっきのは何だよ? お前さんは何故、『なんで教えてくれなかった』って言ったんだ?」
    「お友達の話なら、色々聞いてみたいじゃないですか。何が好きなのとか、兄弟はいるのかとか、趣味は何なのとか。お父さんが誰とかは実際、どうでもいいですけどね」
    「……」
     そのまま二人はじっと見つめ合っていたが――やがて一聖の方が目をそらした。
    「……お前、恥ずいよ。面と向かって友達だの何だのって言うなよ」
    「じゃ、お友達じゃないんですか?」
    「うっせ」
     一聖は顔を真っ赤にしつつ、冷めかけたリゾットを口に運んだ。
    緑綺星・白闇譚 6
    »»  2021.09.14.
    シュウの話、第37話。
    スチール・フォックス;その正義のために。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「で、これからどないしよ?」
     早めの夕食を終えたところで、ジャンニがそんな質問を投げかけた。
    「オレの意見は一つだ」
     一聖が答える。
    「オレにケンカ売ったヤツは、ただじゃ済まさねー。今回の件の裏にいるヤツが白猫党であれ、他の誰であれ、ソイツにはきっちり仕返ししてやらねえと気が済まねー」
    「お前ソレで昔、痛い目見ただろ?」
     その回答に対し、天狐が呆れた目を向けた。
    「80年前のコト、忘れたってんじゃねーだろーな?」
    「覚えてるさ。反省もしてる。だからひっそり暮らしてた。下手なコトして迷惑かけねーよーに、な。だが向こうからケンカ売ってきたってんなら話は別だ。やられたらやり返す。ソレが克一門の流儀だろ?」
    「……しゃーねーなぁ」
     天狐はフン、と鼻を鳴らし、一聖の頭をぽんぽんと撫でた。
    「お前はオレだ。じゃあお前に売られたケンカは、オレに売られたも同然ってワケだ。一緒にやり返してやんよ」
    「ありがとな」
    「カズちゃんがそう言うてくれて、ほっとしとる。俺もこのまま市国に戻ることは、考えてへんかったしな」
     そう言って手を握ろうとしたジャンニの腕を振り払い、一聖は彼をにらみつけた。
    「何かしようってのか? 戻れよ、市国に」
    「戻らへん」
    「戻れって。お前さんの役目は、市国の正義の味方だろーが」
    「でもアルトじいさんの話やと、白猫党が黒幕なんやろ? このまま市国におっても、同じことの繰り返しになるだけやんか。ほんならもっと直に叩かへんかったら、何も変わらへんやん」
    「分かってねーな」
     一聖はジャンニの手を握り、強い口調でたしなめようとする。
    「ココから先はもっとヤバくて危険だ。市国のチンピラ相手なんかとはワケが違うんだぜ? お前さんが進むべき道じゃねえんだよ」
    「ほな他に誰が、あのスーツ着るんや?」
     ジャンニの指差した先にあるパワードスーツをチラ、と見て、一聖は苦い顔をする。
    「オレが着りゃいいだろ」
    「サポート役がいないと運用できないですよね、アレ」
     シュウに突っ込まれ、一聖は天狐の方を見る。
    「じゃあ天狐」
    「絶対ヤだね」
    「……鈴林」
    「超やだっ」
    「しゅ、……いや、無理か」
    「つまり消去法で俺しかおらへんやん。それともカズちゃんが、自分で白猫党んとこまで行くか?」
    「ソレも絶対ダメだ」
     天狐が首を横に振り、ジャンニの味方に付く。
    「コイツは昔、自分勝手に行動したせいで戦争引き起こして、国を真っ二つにした前科がある。コイツを白猫党本部なんかに行かせたら、世界崩壊の危機だぜ」
    「ソコまで言うかよ……」
    「ソコまでのコトだろーが。言っとくがオレと鈴林も現地に出張ったりなんかしねーぜ。ゼミのコトもあるし、オレみたいな大物が出張っちまったら、話が世界大戦レベルまでデカくなっちまうだろう。被害が大きくなるだけで、確実にろくなコトにゃならねーよ。
     ってワケで、その話に関しての結論は出たな。ジャンニだっけ、しばらくオレたちと一緒に行動してもらうコトになるぜ。下手すりゃ年単位でだが」
    「構わへん。どうせ親兄弟もおらん、独り身やしな」
    「決まりだな。じゃ、まず何をするか、だ」
     ふてくされる一聖を尻目に、天狐が話を進める。
    「今現在、白猫党には市国での事件関与の嫌いがある程度で、実際何をしてたのか、何をするつもりなのかは、さっぱり不明だ。ヤツらの意図を探るトコから始めなきゃならねー」
     これを受けて、シュウが答える。
    「白猫党は昨年、戦争終結の宣言を出して以降、対外的には主だった活動をしていません。近隣国への友好・不可侵条約さえ結んでいない状態です。そのせいで近隣国は、いつ侵略されるかもってヒヤヒヤしてるのが現状ですね」
    「内部事情は?」
    「不明ですね。終戦以降、報道・通信・交通、国外からの支援、その他あらゆるものをシャットアウトしてしまってます。鎖国状態です」
    「じゃあ何一つ分からない、……か」
    「ただ、そう言う機密保持行動を執ってるってコトは、対外的に知られたくない行動を準備中であるとも取れます。単純に考えればソレは多分……」
    「侵略準備、ってコトか」
    「そうかも知れません。もしかしたらそう遠くない内、近隣国に、……あ、そうだ」
     と、シュウがポン、と両手を合わせる。
    「対外行動を執ってないって言っちゃいましたが、厳密には1つだけあります。終戦直後、白猫党党首が隣国の、リモード共和国の大統領と会談を行ってます」
    「リモード共和国?」
     と、ここまでずっとふてくされたままだった一聖が顔を挙げた。
    「終戦直後っつったな? ソレってあのクーデターの直後でもあるってコトだよな。んじゃ、エヴァ・アドラーの失踪とも何か関係あんのか?」
    「……!」
     問われたシュウは、目を丸くする。
    「ないとは思いますが、……あるかもですね」
    「前に聞いた時、お前さんは隠す内容は無かったっつってたが、本当か?」
    「……うーん」
     シュウは困った顔をしたが、やがて意を決したらしく、一聖に向き直った。
    「バックアップデータ、無事って言ってましたよね? あの中に、当時の取材資料も入ってます」
    「あのパスワードかかってたヤツか、……あ、いや」
    「見ようとしたんですか? って言うかわたしの個人フォルダ見たんですね?」
     むくれるシュウに、一聖は首をぶんぶんと振る。
    「いや、見てねー見てねー。流石に悪いし。……見ようとしただけ、だぜ」
    「もー……。じゃ、きちんとお話したげます。隠しといた方がいいかなーって理由も含めて」

    緑綺星・深闇譚 終
    緑綺星・白闇譚 7
    »»  2021.09.15.
    シュウの話、第38話。
    はじめてのおしごと。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     え? わたしのお話ですか? いやー、えーと、ソレはちょっと。取材中ですし……あ、そうですね、止めればいいんですよね。……コレで止まったかな。コホン、わたしの名前はシュウ・メイスンで、……ってコレ、最初に言ってましたね。ごめんなさい、まだ慣れてなくって、……ああそうそう、続きですね。今は大学生なんですけど、夏休みにインターン活動として、こうして取材のお手伝いしてるんです。……もー、茶化さないで下さいって、先輩。……いやー、あはは、まあ、そうなんです。インターンやると単位が2つもらえちゃうんですよね、ウチの大学。今年の冬季休暇と、あと来年と再来年もやるつもりなので、12稼げちゃうんですよ。ソレでうまいコトやって3年で大学卒業するって人が結構、……あ、話がそれちゃいましたね。あとはー、わたし4人兄弟で、上に兄が1人、下に弟と妹が1人ずつ……



    「オイオイオイ待て待て待て待て」
     一時停止アイコンを押し、一聖が音声ファイルの再生を止める。
    「お前、質問より自分の話の方がなげーじゃねーか。しかも録音、切ったつもりで切ってねーしよ」
    「仕方無いじゃないですかぁ。コレ、いっちばん最初の取材なんですもん。アガっちゃってたんです。で、見かねたエヴァと先輩が自分の話してみろって言うからー……」
     シュウからリモード共和国についての情報を聞くため、まずは彼女が3年前、その国で取材した記録を再生してみたが――。
    「相手がしゃべってるトコにかぶせんなよ。あと、早口で聞き取れねートコがちょくちょくあるし」
    「最初の最初なんですからそんなのばっかりなんですってばー。……あーもー、だから聞かせたくなかったんですよぉー。正直言って、このファイルも最初の動画も個人的には削除しちゃいたいくらいなんですよ? でもコレ初めての取材のヤツですし、動画も色々事情があるしで……」
    「分かった、分かった。じゃあまあ、コレにケチ付けんのはナシで」
    「お願いしますよー」



     ……ってところですかねー。……あ、録音しっぱなしでした! うわー、ごめんなさーい! ……あ、はい、じゃあこのまま、はい。
     ソレでアドラーさんは、来年からミューズ近衛騎士団に入団される、とのコトでしたね。
    「ええ。ただ、騎士団とは申しましても、実際はお二人のご想像されているものとは、大きく異なることと存じます。建国当初こそ共和国最大の防衛戦力として扱われておりましたけれど、時代が下るにつれて儀礼的側面が強まりまして。現在は共和国軍の士官養成学校と申した方が適切でしょうね」
     と言うコトはアドラーさんもいずれは共和国軍の指揮官や、政府直属の武官になるご予定なんですか?
    「さあ……どうでしょうか。それは軍上層部や共和国政府の方々が、わたくしを重用して下さるかどうかによりますから」
     しかしコレまで、アドラー家の方々はいずれも共和国軍本営や軍部大臣など、軍関係の要職に就いていらっしゃいますから、可能性は高いのでは?
    「おっしゃる通り、わたくしたちアドラー家は建国当初より国防の要、護国の一族として共和国に仕えている身ですので、他の方よりもそうした要職へ登用される機会には恵まれていることと存じますわ。
     ただ、だからと申しましてその境遇に甘んじ、努力と精進を怠るようなことは、決してございません。軍に籍を置く他の皆様が日々努力をおこたらず、切磋琢磨されていらっしゃることは、十分に存じております。そんな中、ただ一人わたくしだけが怠けていれば、その方たちが重用されるのは道理。それは我がアドラー家の恥となってしまいますし、何よりそんな怠惰な者がアドラー家にいるとなれば、家祖である『黒騎士(ダークナイト)』ミューズの怒りを買ってしまいますもの。
     ですからわたくしも、いついかなる時であっても己を磨き、不断の努力を続けております。ただし、それは軍人として生きるためにだけではなく、世界に誇れる一人の人間であるために、ですわ」
     ……なんか……すごい……感動しちゃいました。……すごいです、アドラーさん。……わたしと1コしか違わないのに、すごい……大人って言うか……あ……ごめんなさい、取材になってませんよね、すみません、ホント、すみません……。



    「……もう止めて下さい。わたしの羞恥心が爆発しないうちに。マジでお願いします」
     シュウは耳まで真っ赤にし、床にうずくまってしまった。
    緑綺星・狼嬢譚 1
    »»  2022.04.01.
    シュウの話、第39話。
    不思議の国。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「ソレじゃ、あの、コレで取材終わりで、はい」
     初めてのインタビューを終えたシュウは、カチコチとした仕草でスマホをしまった。と、彼女を取材に連れてきた出版社の先輩、カニートがシュウの腕を小突く。
    「シュウちゃん、言ったろ? はじまりとおわりに必要なことは?」
    「……あっ、挨拶! ごめんなさい! ありがとうございました!」
     慌ててシュウは、勢い良くがばっと頭を下げ――ゴン、と痛々しげな音を立てて、テーブルに頭突きしてしまった。
    「いったあ……」
    「すんませんねー、こいつ粗相してばっかりで」
    「うふふ……いえ、お構いなく。ねえ、メイスンさん」
     インタビューの相手である、リモード共和国の名家アドラー家の令嬢、狼獣人のエヴァンジェリン・アドラーは、赤くなったシュウの額をさすってやりながら、こうささやいた。
    「よろしければ今夜、二人でお話いたしませんこと?」
    「え? わ、わたしとですか?」
    「ええ。わたくし、あなたに興味がございますの。それにわたくし、他の国の方でお歳の近い方との交流があまりなくて。ご都合はよろしいかしら?」
     尋ねられ、シュウはカニートと自分の手帳を交互に見る。
    「えっ、えーと、今夜って何かありましたっけ?」
    「今夜はこのインタビューの文字起こしする予定だったが、1時間や2時間遅らせたって問題ない。明日の予定は昼からになってるからな。むしろ話が面白ければ、お前の独占取材って形でワク取ってやってもいいぞ。ま、アドラーさんが許可してくれればだが」
    「ええ、込み入った内容でなければ構いませんわ。でも」
     エヴァは、今度はシュウの手を握り、にっこり微笑んだ。
    「あまり大した内容にはならないかと。あくまで年頃の娘二人のお話ですから」

     と、徹頭徹尾に渡って「立派なご令嬢」の姿を見せつけられ、シュウはすっかり気後れしてしまっていた。
    「あーもー……わたしホントどうしましょう? お話って一体何すればいいんでしょーか。ホンモノのお嬢様になんて、一度も会ったコトないのに」
     シュウとカニートは一旦、取材中の拠点であるホテルに戻り、午後の写真撮影の準備を進めつつ、エヴァとの約束について話していた。
    「そんなに心配しなくてもいいだろ。これが国家元首との会食とかだったら俺だってそりゃ怖ええしどうすりゃいいんだってなるけど、アドラー嬢の言った通り、歳の近い娘二人がただご飯食べておしゃべりして親交深めるってだけだろうし。服もそのまんまでいいと思うぜ」
    「で、でもぉ~……」
    「それより午後の話だ。分かってると思うが、観光気分で回ったりするなよ。俺たちの仕事は旅行案内ジャーナル作りじゃなく、文化誌の製作なんだからな」
    「は、はーい、分かってまーす」
     答えたものの、シュウは準備が手に付かない。それを見かねたか、カニートが彼女の猫耳をぐにっとつかんだ。
    「ひぅ!?」
    「アドラー嬢はああ言ってたが、お前にとって取材のチャンスってのは間違いないんだからな。お前の場合、『遊び』より『仕事』って思った方が、むしろやりやすいんだろ?」
    「……見抜かれてますねぇ」
    「観察力と洞察力はジャーナリストの武器だぜ、シュウちゃん」

     二人はカメラを手に共和国首都、ニューペルシェ市街地へ繰り出した。
    「トラス王国と負けず劣らずの発展具合、って感じですよね」
    「そうだな。経済規模こそ央北じゃ中の下くらいだし、戦争真っ最中の西側圏のすぐ隣にある国だ。本来なら旧西トラスみたいに難民が押し寄せ、経済破綻してもおかしくないはずなんだが、どう言うわけか激動の6世紀と7世紀を、うまい具合に渡って来た。『央北の奇跡』なんて呼ぶ政治家もいるくらいだ。
     不思議の国、リモード共和国。だもんでいつ取り扱っても手堅く読者が付く、俺たちみたいなのにとっては美味しい仕事場だ」
     大通りからターミナル駅、議事堂と、中心街のランドマークを一通り周り、二人は大通りの端、アドラー邸に差し掛かる。
    「さっきも来たから、何か不思議な感じですね」
    「かもな。……ところでシュウちゃん、知ってるか? どうして通りの端に、共和国の名門アドラー家の邸宅があるのか」
    「言われてみれば……? 名家なんだから、もっといい立地でもいいですよね」
    「アドラー家は代々軍人の一家だ。そこに秘密がある。……ま、答えを言うとだ、元々アドラー家の開祖、ミューズが騎士団を結成したわけだが、このミューズ率いる騎士団が実は、いわゆる『隠密部隊』でもあったんだ。正規戦闘だけじゃなく、裏で諜報やら破壊工作やらを行う、共和国にとっての闇のヒーローってわけだ。その隠密部隊の司令官が本営すぐそばに陣取ってちゃ意味ないだろ、ってことでここに構えてるってわけだ」
    「えぇ!? ほ、本当ですか!?」
    「……くっく」
     カニートは肩を震わせ、噴き出した。
    「ま、ありがちなうわさだよ。嘘か真か、ってやつさ」
    緑綺星・狼嬢譚 2
    »»  2022.04.02.
    シュウの話、第40話。
    おともだち。

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    3.
     夕方になり、シュウは持って来た服と市街地で買ったアクセサリでできる限りのおめかしをして、エヴァとの夕食に臨んだ。
    (ちょっと早く来ちゃったかな。……コレでいいよね? うん、かわいいし、多分ドレスコードも満たしてるはず)
     レストランの入口のガラスで、失礼のない服装であるかを何度も確認する。と――。
    「すまない。待たせたな、シュウ」
     エヴァの声がしたので、シュウはガラスに映っている自分の背後を見る。だが、朝に見た貴族令嬢の姿はなく、長い髪をざっくりとポニーテールでまとめた、スポーティな格好の女の子が映っていた。
    「えっ!?」
    「どうした?」
    「あの、あなた、えっと、……もしかして、エヴァさん?」
    「そうだ。私がエヴァだ」
     振り返って確認しても、そこにいたのはやはり、どちらかと言えば運動部が似合いそうな雰囲気の娘だった。

    「済まなかった。もっと楽な格好でいいと言っておけば良かったな」
    「い、いえ」
     朝に会った瀟洒で優雅な淑女と同一人物だとは全く思えず、シュウは同じことをもう一度聞いてしまう。
    「あの、確認なんですけど、あなた、エヴァンジェリン・アドラーさん18歳でお間違いないですか?」
    「ああ。朝のあれは、正直に言えば広報用と言うか、公式向けの顔と言うか。公にはああして構えているのだが、こうして歳の近い娘と二人で会うのだから、私本来の格好の方が望ましいだろうと思ってな。失望させてしまったか?」
    「いえ、……何て言うか、逆にほっとしました。そっちの方が身構えなくて済みます」
    「それなら良かった」
     ともかく席に付き、二人は食事を頼む。
    「わたしはミートパイとポタージュで」
    「私は白身魚とポテトのフライを頼む。……さてと」
     エヴァは狼耳を揺らし、嬉しそうな笑顔をシュウに向ける。
    「聞かせてくれないか? どうして私の取材を?」
    「え? あの、お伝えしたかと思いますが……」
    「ああ。『来年度より騎士団に入団することが決定したアドラー家の令嬢に、その心境を伺いに来た』だったかな? しかし素人意見で恐縮だが、こんな時代に片田舎のいち名家令嬢の進学如きを取り上げたところで、読者数はそう稼げまい?」
    「そうでもないらしいですよ。『エヴァ嬢は下手なアイドルより可愛いから、表紙を飾るだけで売れ行きが変わる』って先輩が言ってましたから」
    「褒め言葉と取っておくが、正直、嬉しくは感じないな」
     エヴァはふう、と憂鬱そうなため息を漏らした。
    「この格好を見て多少は理解してくれたと思うが、私はどちらかと言うと無骨な性質なんだ。一応『お嬢様』だから外向けには着飾って対応するが、あれはあまり好きではないんだ」
    「だからわたしにはこっそり……、ってコトですか?」
     尋ねたシュウに、エヴァは苦笑いする。
    「誰かには伝えておきたくてね。家や学校の外でこの振る舞いをすると、家の人間から『品格を損なう』だの何だのと小言を言われてしまうんだ。だから運動する時以外はいつもあのフリフリを着させられる」
    「エヴァさんもなんですねー」
     そう返したシュウに、エヴァは首をかしげる。
    「『も』? 君も似たような経験が?」
    「自慢じゃないですが、わたしの家もそこそこおっきな家なんです。だからマナーとか言葉遣いとか、色々細かく言われるんですよね」
    「そうなのか。……へぇ」
     エヴァはまた、嬉しそうな笑顔になる。
    「思っていたより君とは仲良くなれそうな気がする。似ているんだな」
    「えへへ、そうですねー」

     実際、共通点を見出してからは、親密になるのは早く――。
    「お前、またアドラー嬢のとこ行くのか?」
     1週間の取材旅行の後半はほとんど、シュウはエヴァと共に過ごしていた。
    「仕事はちゃんとやってくれてるから文句は無いけどな、入れ込みすぎじゃないのか?」
    「そうですか? わたしはただ、友達と一緒に過ごしてるだけと思ってるんですが……」
     そう答えたシュウに、カニートが苦い顔を向けた。
    「2つ言っとくことがある。1つ――これは俺がとある鉄道会社の社長にインタビューした時に聞いた話なんだが――友情とビジネスはごっちゃにするな、だ。友情ってのは自分と相手の、2人の話だが、ビジネスはそうじゃない。多くの人間が関わることだし、時には社会全体に影響することもある。
     だから『友達の話』を新聞とか、雑誌とか、いわゆる『社会の公器』に載せたりするんじゃないぞ。もしそんなことをしたら、その友達が2人だけの話にしておきたかったことまで世間が知ることになるし、知ろうとしたがるだろう。そうなれば友達は間違いなく、お前から離れることになる。
     そしてお前には、二度と友達ができなくなるだろう。どんな人間からも、『あいつは友情をカネに換える奴だ』と思われるからだ」
    「……そうですね。肝に命じます。ソレで2つ目は?」
     尋ねたシュウに、カニートは肩をすくめて返した。
    「のんびりしてるみたいだが、明日帰りだぞ? 朝9時にチェックアウトだからな」
    「……あっ」
    緑綺星・狼嬢譚 3
    »»  2022.04.03.
    シュウの話、第41話。
    微笑ましさの裏に。

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    4.
     リモード共和国での取材を終え、故郷に帰ってからも、シュウとエヴァの友情は続いていた。

    シュウ「今度の夏季インターンは 別の国に取材に行く予定だよ」
    エヴァ「また来てくれると思ったけど 残念だな」
    シュウ「行きたいんだけどね」
    シュウ「あ でもインターン終わって秋期始まるまでちょっとあるから」
    シュウ「2日か3日くらいなら行けるかも」
    エヴァ「本当? 是非来て 色々話したい」
    シュウ「行く行く 計画しっかり立てとくね」
    エヴァ「日にち決まったらすぐ教えて」
    シュウ「りょ」


     こまめにTtT――チャットアプリ「テイル・トゥ・テイル」――でエヴァとやり取りしていたシュウの背後から、声がかけられる。
    「ぺこんぺこん音立ててるから、ToDoリストの確認とかじゃないよな」
    「あっ」
     慌ててスマホを机に置き、シュウは振り返って頭を下げる。
    「ごめんなさい、うるさかったですか?」
    「いや、音は気にしてない。気になったのは、時刻だな」
    「時刻?」
     カニートに言われて、シュウはもう一度スマホを手に取り、時刻を確かめる。
    「16時ちょい前くらいですね」
    「夕べもその時間にポチポチやってたなって」
    「あれ、そうでしたっけ? ……そうでした」
     TtTの履歴を確かめ、カニートに言われた通りであることに気付く。
    「よく覚えてますね、そんなコト」
    「細かいことにこそ、重大なネタの尻尾が付いてるもんさ。……ふむ」
     カニートは席を立ち、あごに手を当て思案する様子を見せる。
    「どしたんですか?」
    「相手はいつもの『お嬢さま』か? 昨日のも、今日のも」
    「ええ、まあ、はい」
    「リモード共和国との時差はマイナス1時間だから……、向こうは3時前か。もう騎士団に入ったんだよな、アドラー嬢」
    「そうらしいですね」
    「ちょっと妙だよな」
     そう言われ、シュウはきょとんとする。
    「何がですか?」
    「ウチの部署はゆるい方だし、なんならTtTどころかゲームやってるアホもいる。流石に引き出しの中にスマホ隠して、こっそりやってるみたいだがな」
     どこかでガタッと、引き出しに手をぶつけたような音がしたが、カニートは構わず話を続ける。
    「だが騎士団ってのは、お嬢曰く士官養成学校なんだろう? そう聞くと俺には厳格なイメージが浮かぶんだが、昼の休憩が3時まであるのか? それとも何かの訓練か授業かの合間に、こっそりスマホをいじってられる程度には規則が緩いのか? いや、そもそもお嬢の説明が、実態と大きく異なるのか? ……なんてことを考えてみたくなる」
    「……言われてみれば気になりますね。なるほど、『細かいコトにこそ』ですね。勉強になりますー」
     そう言うなりメモに取り始めたシュウを見て、カニートは苦笑いした。
    「お前は案外、大物になるかもな」
    「えへへ、よく言われます」
     と、話している間にぺこん、とTtTの着信音が鳴る。
    「そう言やお嬢とは、何の話してたんだ?」
    「あ、このインターン終わったら遊びに行くよって」
    「そっか。じゃあその辺り、試しに突っ込んでみたらどうだ? 何かいいネタがつかめるかも知れないぞ」
     その言葉に、シュウは口を尖らせる。
    「ちょっとー……。友情と仕事は一緒にしたらダメだって言ったの、先輩じゃないですかー」
    「そりゃま、友情を壊さない範囲でな」



     スマホを懐にしまい込んだエヴァは、ふっとため息をついた。
    「どうした、V?」
    「なんでもない」
     そう返したが、すぐ訂正する。
    「……いや、……そうだな、言うなれば自嘲だな。明日にはまた血なまぐさい『任務』だと言うのに、私は呑気に友人をだましているのだから」
    「騙してるって?」
     作業していた隣の青年に尋ねられ、エヴァは肩をすくめて返す。
    「彼女は今でも私が、世間知らずのお嬢様だと思っているのだろう。今の私のことは、何も知らせていない。騙しているようなものだ」
    「人間関係なんて、そんなのばかりだろ」
     と、書類を眺めていた男が口を挟む。
    「こうして任務に就く俺たちのプライベートを、皆が皆、知ってるわけじゃない。こうして共に死地をくぐり抜けてきた戦友であっても、だ。ましてやうわべの付き合いをしてる相手の『本当の姿』なんて、知ってる方が気味悪いってもんだ。
     俺たちみたいに、無理やり探ろうとでもしない限りはな」
    「……そうだな。……そんなものか」
     エヴァはもう一度ため息をつき――武器の手入れを再開した。

    緑綺星・狼嬢譚 終
    緑綺星・狼嬢譚 4
    »»  2022.04.04.
    シュウの話、第42話。
    最終入団試験。

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    1.
     双月暦715年2月、エヴァはアドラー騎士団に入団するべく、試験に臨んでいた。
     軍人一家で代々士官・将軍を輩出する名家といえど、それだけでやすやすと通されるほど試験は甘くなく、彼女も規定通りに一次試験から参加していた。とは言え元より英才、文武両道のご令嬢として、外国の雑誌にも取り上げられるほどの実力の持ち主である。一次試験の筆記、二次試験の体力測定ともに最高成績で通過し、最終試験の面接でも最も高い評価を受けて、総合一位で試験に合格した。



     そして最終試験を突破した者たちは、講堂に集められた。
    「おめでとう。諸君らは優秀な成績で入団試験を突破した、選ばれた者たちだ」
     祝辞らしきものを述べてはいたが、講堂の壇上に立った騎士団長、エヴァの祖父でもあるジョゼ・アドラーは、冷徹な眼差しでエヴァたちを見下ろしていた。
    「だが諸君らが真に、我が騎士団にふさわしい者であるか、そしてこの国の未来を担うにふさわしい者であるか、最後にもう一度試させてもらう」
     講堂にしゅう……、とガスが流れ込んで来る。
    「これが本当の最終試験だ」
    「ほん……とうの……?」
     まもなく、エヴァは意識を失う。いつの間にか現れたアクリル板の向こうにいたジョゼは、最後まで冷徹な表情を崩さなかった。

     目を覚ますと、エヴァは真っ暗な部屋の中にいた。
    「……!?」
     がばっと飛び起き、構えるが、辺りの様子はまったくつかめない。
    (何故? 確認しよう……ここはどこ……何のために……何をすればいい?)
     それでもどうにか自分が今できること、できそうなことを考え、部屋の中を歩き回る。
    (部屋は縦5メートル、横3メートルくらい。ドアも窓も無い。机や椅子、家具の類も無い。壁と床は多分コンクリート。……叩いても響かない。相当分厚いらしい)
     部屋の中を調べてみたが、脱出できそうな要素は無い。
    (でも私が息をしているのなら、どこかから空気が入り込んでいると言うことだ。後、調べていないのは……)
     エヴァは壁のわずかな突起を手探りでつかみ、壁をよじ登る。ほどなく天井に手が届き、そこだけ材質が違うことに気付いた。
    (木製みたいだ。べこべこした音だ……これなら破れる)
     彼女は一旦床に降り、壁から離れる。
    (天井までおよそ2メートル半。壁を蹴れば届く)
     そして助走をつけ、部屋の隅めがけて跳び上がる。
    「りゃあッ!」
     バン、バンと隣接する壁を三角跳びで駆け上がり、天井を殴りつける。予想通り天井は脆く、簡単に拳が突き抜けた。
    「よし!」
     もう一度壁を登り、エヴァは天井裏に入る。
    (わずかだが……灯りがある。どこかの通路……?)
     と――比較的強い灯りがぽつ、ぽつと2つ灯り、驚いた顔の、短耳の男と目が合った。
    「運び込まれてたったの37分でここに登って来たのは、君が始めてだ。普通なら目を覚ますだけでも2時間かかると言うのに。ましてや目覚めてすぐ、壁を登ろうと言う発想に至るとは。驚くほかない」
    「え?」
    「流石はアドラー家のご令嬢、……いや、君自身が素晴らしいのだろう。お兄さんとは比べるべくもないからな。ではエヴァンジェリン・アドラー。こちらへ」
     男に促されたが、エヴァはその場から微動だにしない。しばらく見つめ合っていたが、やがて男がやれやれと言いたげな表情を浮かべ、懐からリモコンを取り出した。
    「警戒心も一流だな」
     リモコンのボタンを押し、男の方から歩み寄ったところでようやく、エヴァは相手に近付いた。
    「この後は?」
    「しばらく待機だ。あと23時間22分以内に全員が突破すれば、そこで入団試験は終了だ」
    「それを超えた方はどうなるのかしら?」
    「もちろん失格だ。この真最終試験は何ら一切の情報が無い状態から、己の身一つで状況を打開できるかを測るものだからな。それができない人間は、騎士団には必要ない」

     そして24時間後、エヴァを含む受験者8名のうち、6名が入団試験に合格した。
    緑綺星・闇騎譚 1
    »»  2022.04.05.
    シュウの話、第43話。
    Make a KNIGHT。

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    2.
     入団してまもなく、エヴァは寮での生活を義務付けられ、外界との接触を一切禁止された。それに加え、エヴァが物心付いた時から伸ばしていた黒髪はばっさり落とされ、すっかり丸刈りにされた。
    「まるで監獄ですわね」
     寮長を務める先輩団員に――彼は先日の真最終試験で、エヴァに合格を言い渡した青年である――皮肉交じりの感想を述べたところ、彼はこう返した。
    「1年過ごせば外に出られるし、スマホも許可される。髪型も自由だし、プライベートなら好きな服を着られる。1年持てばの話だがな」
    「そんなに厳しいのですか?」
    「軍隊だからな。……そうだ、アドラー。3つ言っておくことがある」
    「なんでしょうか?」
     男も皮肉げに微笑みつつ、エヴァの肩を叩いた。
    「その1、ここは『外の話』が通用しない世界だ。だから一般的常識や人間関係を持ち込むことは認められていないし、わざわざ持ち込む必要もない。例えそれが名家の人間に対してであってもだ」
     そう言われて、エヴァはニッと笑い返した。
    「ではお嬢様言葉で応対し、作り笑いを浮かべる必要はないと言うことか?」
    「そう言うことだ。その点においては気楽だぞ。そしてその2、名前は呼ばないこと」
    「名前を呼ばない?」
    「そのうち分かるが、隠密行動についての指導も受けるし、実地での訓練もある。それに備えて、今のうちからコードネームが付けられる。お前にも与えられるだろう。そしてその3だが」
     男はこう続け、部屋を後にした。
    「俺のコードネームはR32だ。呼ぶ時はRと呼べ。他にRがいたら番号付きで」

     Rの言う通り、エヴァには入寮したその日のうちにコードネーム、「V68」が与えられた。訓練はまず、ごく一般的な兵士としての基礎を身に付けるところから始まり、3ヶ月の間、彼女は他の入団者と共に銃やナイフ、格闘術など、あらゆる戦闘技術を仕込まれた。
     そして次の3ヶ月では、座学授業も加わった。だが単に教科書通りの知識を詰め込むだけではなく、中央大陸で一般的に話されている言語すべてを、現地人並みに流暢に話せるようになることを求められたり、その辺りのスーパーやコンビニで販売されている商品から毒物を抽出・生成する技術を学ばされたりと、確かに敵陣へ入り込み現地調達で任務を達成する諜報員に必要らしき、実践的かつ高度なものを、その3ヶ月で昼夜の区別なく叩き込まれた。



     そして半年間の訓練を経たエヴァを含む入団者6名は、Rに招集された。
    「騎士団執行部から任務が下った」
     Rからそう告げられ、全員が息を呑むが、Rはいつものように淡々とした態度で、話を続ける。
    「入団した以上、いつかはやって来る話だ。覚悟はできていただろう?」
    「ああ」
     エヴァは平静を装い、うなずいて見せた。
    「では任務内容を伝える。敵性勢力が明日未明辺り、自国西側国境から侵入する可能性が高いことが判明した。諸君らは先んじて国境を越え、この敵性勢力を排除すること。敵性勢力の詳細だが、ツキノワ社マイクロバス、白の688年製『ランドトレインミニ』で接近すると見られている。諸君らは彼らが国境に接近する前に、これを破壊せよ。出発はまもなくだ。装備は出発直前に支給するものとする。質問はあるか?」
    「敵性勢力と仰いましたが、我が国にそんなものが?」
     尋ねた相手に、Rは目線を合わせず、淡々と答える。
    「全員理解していることと思うが、我が国は小国だ。それも、今まさに戦争が行われている地域に隣接する、政治的に不安定な地帯に属している。である以上、いつ何時、その政情不安に乗じて好戦的な国家が侵攻してきてもおかしくない。となれば我が国に事前連絡なく接近する者は、原則として敵性勢力であると見なさねばならない」
    「どうやってその、敵性勢力の捕捉が行われたんですか?」
     別の者にも質問され、これにも淡々と答える。
    「騎士団内の諜報班からの報告によるものだ。現在も我が騎士団は、近隣地域に対して諜報活動を続けている。繰り返すようだが我が国は、常に侵略の危険にさらされている。その兆候・予兆を見抜くことは、我が国の存亡に関わる重要任務だ。故にこの情報は信頼性が非常に高いものであると判断していい」
    「もし敵性勢力でないと我々が判断したら?」
     エヴァが尋ねたところで、ようやくRは顔を向けた。
    「諸君らが仮にそう判断したとしても、その判断に従う権限は、諸君らには与えられていない。執行部命令には厳格に従うように。背けば厳罰だ」
    緑綺星・闇騎譚 2
    »»  2022.04.06.
    シュウの話、第44話。
    静寂の戦場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エヴァたち新入団員は2チーム、3名ずつに分けられ、それぞれにリーダーとして先輩団員が付けられた。ちなみにエヴァたちのリーダーは、やはりと言うべきか――。
    「R、まさか君は私を狙っているわけではないよな?」
     尋ねたエヴァに、Rは軍用トラックのハンドルを握りつつ、いつものように肩をすくめて返した。
    「チームメンバーの選出はくじ引きだった。君を引いたのは偶然だ。……とは言えこうしてあっちこっちで顔を合わせてると、流石の俺も運命と言うものを感じざるを得ないがね」
    「私は感じない。タイプじゃないし」
    「そりゃ良かった。気が合うね」
     軽口を一通り叩き合ったところで、Rがチーム全員に声をかけた。
    「じきに国境だ。この野戦服を着ている時点で既に察しているだろうが、我々の身分は国境を越えた時点で騎士団員ではなく、偽りのものとなる。C、我々は何だ? 言ってみろ」
    「白猫共和党軍です」
    「不正解だ」
     Rは淡々と、その回答を訂正する。
    「正式名称は白猫共和党東部陸軍前線方面部隊第16中隊だ。万が一『本物』と出くわした時にそう答えていなければ、お前は不審者と見なされ、即刻拿捕されるだろう。そしてそうなった場合、騎士団は絶対にお前を助けない。騎士団はお前の身柄を名簿から抹消し、何ら関係の無いものとして扱う。以後、一切関知することは無い。
     ではそれを踏まえて、H。我々の任務は何だ?」
    「敵性勢力のせんめ、……いえ、哨戒ですか?」
    「相手に尋ね返すような口調は、状況的に正解ではない。任務を与えられた兵士であるなら、断定形ではっきりと言い切れ。しかし内容は正解だ。そう、『我が部隊』の任務は、白猫共和党の陣地辺縁部の哨戒だ。
     故に不審な車輌を発見した場合、我々が執るべき行動は? 答えてくれ、V」
     尋ねられ、エヴァははっきりと言い切った。
    「判断の必要は無し。即攻撃、即殲滅すべし」
    「正解だ」
     Rが答えたところで、エヴァたちが乗っていたトラックは国境に到着する。隣国が戦時中と言うこともあり、連綿と続く高さ2メートル半もの鉄条網が行く手をさえぎっているように見えたが――。
    「騎士団の任務だ」
    「了解」
     国境手前に立っていた歩哨らしき2人にRが声をかけ、その2人が手早く鉄条網の一部を取り外す。幅4メートル半程度のすきまができたところで、トラックはそのまま国境を越え、鉄条網は元通りに張り直された。

     時刻は夜明け直前となっていたが、空はどんよりとした雲に覆われており、肉眼では地形が判別できない。しかしRは赤外線ゴーグルを装着しており、特に支障も無さげな様子で周囲を探っていた。
    「周囲に対象車輌無し。このまま北北東への進路を取る」
    「了解」
     時折班員たちと言葉を一言、二言、淡々と交わしつつ、Rは闇の中へトラックを進めて行った。
    (静かだ……)
     エヴァは狼耳をぴんと立て、トラックの車内から外の気配をうかがっていた。
    (白猫党は南北戦争の最中だったはずだが――トラックのエンジン音と、タイヤが砂利を踏む音以外、何の音も聞こえてこない。本当にここは、戦場なのだろうか)
     と、何かを踏み越えたらしく、がたん、とトラックが揺れる。
    「今のは!?」
     声を上げたCを、Rが淡々といさめる。
    「騒ぐな。大した問題は無い」
    「は、はい」
     そのまま全員口を閉ざし、トラックの中には再び静寂が訪れたが、エヴァは自分の心臓が、ばくばくと脈打つのを感じていた。
    (聞こえた。今、確かに……うめき声が……トラックの、下、から)
     エヴァはいつもと同様に平静を装い、今のは獣か何かだったのだ、いや、そもそも声自体が自分の空耳だったのだと、懸命に自分の記憶をごまかそうとしたが――どんな仮説や想像を以てしても、彼女の自慢の大きな耳にこびりついた声をかき消すことはできなかった。
    緑綺星・闇騎譚 3
    »»  2022.04.07.
    シュウの話、第45話。
    エヴァの初陣。

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    4.
     国境を越えて20分ほどしたところで、Rがやはり淡々とした声色で全員に声をかけた。
    「10時方向、不審車輌を発見。大きさからしてマイクロバスだ。ツキノワ社のエンブレムを確認」
    「……!」
     それを聞いて、エヴァたち3人の顔色が変わる。
    「そう……」
     Cが何かを言いかけたが、すぐにコホンと咳払いし、言い換える。
    「……そう、ですか」
     様子をうかがいながら、エヴァはまだ動揺したままの心を落ち着かせるため、二人のやり取りを頭の中で咀嚼(そしゃく)する。
    (Cはきっと、『捜索対象』と言いかけたのだろう。だが今、我々は白猫共和党軍として、哨戒任務に就いている。そう、哨戒だ。共和党軍は自軍陣地内で捜索などしない。自分たちの陣地を荒らす者を排除しているのだ。
     ……そう、冷静に分析できる。分析できてる。私は冷静だ。大丈夫。問題無い。問題無く、任務に当たれる。問題無く、任務を遂行できる)
     何度も今組み立てた思考をなぞり、エヴァは懐に抱えていた自動小銃のグリップを握りしめ、立ち上がる。
    「R、どのように『排除』する?」
    「車輪を撃て。できれば後輪だ。上のルーフを使え」
     珍しく、どこか嬉しそうな口ぶりで命じたRに従い、エヴァはトラックの屋根に付けられた窓を開ける。
    (……あれだな)
     エヴァも赤外線ゴーグルを装備し、ぼんやり緑色に照らされた視界の左から、古ぼけたバスがこちらに向かってくるのを確認する。
    (対象までの距離、約200メートル……射程圏内だ。バースト1回で十分)
     小銃の安全装置を解除し、エヴァは引き金を絞った。ぱぱぱ、と火薬の弾ける音が3回響き渡った次の瞬間、バスはがくんと左に傾き、そのまま横倒しになった。
    「動きを止めた。次は?」
    「Cは左、Hは右からそれぞれフルオート掃射。Vはグレネードを撃ち込め」
    「了解!」
     意気揚々と、CとHはトラックを飛び出す。ほどなくして、ぱぱぱぱ……、と立て続けに銃声が響き渡り、バスがみるみる穴だらけになっていく。
    (これで……とどめだッ!)
     エヴァは小銃の下部に取り付けていたグレネード砲を発射する。砲口からポンと音が鳴って、一瞬後――バスは爆発、炎上した。
    「やった!」
    「うおおおっ!」
     弾倉2本ずつを撃ち込み終え、すっかり高揚していたらしいCとHが、歓喜の声を上げる。が、やはりRは終始淡々としており、二人にインカムで指示を送った。
    「撤収だ。速やかに戻れ」
    「は、はい!」
     二人が慌ててきびすを返し、大股で戻って来る間に、Rが窓越しに声をかける。
    「初陣の味はどうだ?」
    「……悪くない」
     素直な感想を述べて、エヴァもトラックの中に戻った。

     任務を終え、騎士団本営に戻って来た4人を、エヴァの祖父、ジョゼ騎士団長が出迎えた。
    「初の任務を成功し、無事に戻って来たことを祝そう。よくやった」
     この半年にわたる訓練の間、決してほめもせず、笑顔を見せることも無かった彼から直に評価を受け、エヴァを含む新団員3人は顔をほころばせた。
    「半年の訓練に耐え、与えられた任務を見事に全うして見せた。これで諸君らは、正式に騎士団員となったのだ。改めて歓迎しよう。ようこそ、闇の騎士団(ダークナイツ)へ」
     そう続け、ジョゼは一人ずつ、がっしりとその身を抱きしめた。もちろんエヴァも例外ではなく、物心付いて以来初めて、祖父の腕の中に収まった。
     その時――。
    「V68。いや、エヴァンジェリン。お前が我がアドラー家の、黒き宿命を背負うのだ」
    「えっ……?」
     自分の狼耳にささやかれたその言葉の本意を問う前に祖父はエヴァから離れ、もう自分たちから背を向けてしまっていた。
    「次の任務は追って知らせる。それまでは待機を命ずる。以上だ」



     これ以降、その年の終わりまでに、エヴァは10回出撃したが――そのすべてで文句の無い結果を出し、彼女は騎士団有数の精鋭となっていった。
    緑綺星・闇騎譚 4
    »»  2022.04.08.
    シュウの話、第46話。
    電話と疑念。

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    5.
     入団から1年が、そして初陣から半年が経過し、エヴァはこの頃既に、寮と騎士団本営からの外出を許可されていたが、彼女はほとんど外出せず、寮の中で黙々と装備の手入れと鍛錬を続けていた。
    (もう外界に興味なんか無い)
     ナイフを研ぎ、小銃を分解整備し、戦闘服のほつれを直しながら、彼女はひたすら心の中で、同じ言葉を繰り返していた。
    (私はダークナイトだ――騎士団から与えられた任務をこなし、国のために働く)
     手入れを一通り終え、部屋の中で腕立て伏せやスクワット、プランク、懸垂と、筋トレを繰り返す。
    (それが私の誇りであり、存在意義だ。それ以外のことに、価値など無い)
     そうして体を動かしつつ内省しているうちに、入団を認められたその日に祖父から与えられた言葉が、頭をよぎる。
    (『アドラー家の黒い宿命を背負え』、……未だにその言葉の真意が分からない。あれ以来祖父と話をしていないし、二、三度家に帰ったが、会えずじまいだった。家の者に聞いても、家にはほとんど帰って来ていないと言うし、他に家族と言えば、……あの情けない『元』兄一人しかいないが、行方不明だしな。家に帰っても謎は解けないだろう)
     全身汗だくになり、床に水たまりができたところで、エヴァはふう、と大きくため息をつき、クローゼットからタオルを取り出そうとした。
    (シャワーを浴びてくるか。……いや、先に掃除しておくか)
     クローゼットに向かいかけた足を止め、部屋の隅のバケツに向け直した、その時――机の中から、クラシック音楽が聞こえてきた。
    (え? ……あ、そうか)
     その曲を聴いたのが1年半ぶりだったため、エヴァはそれをスマホの着信音に設定していたことを、すっかり忘れていた。
    (着信? 誰から?)
     引き出しを開け、奥からスマホを取り出す。ほとんど放置していたが、どうやら電池はまだ残っていたらしく、画面には「メイスン」と表示されていた。
    (メイスン……って誰だったっけ? 高校か……中学……うーん? いたっけ、そんな人)
     放っておいても着信音が騒がしいし、かと言って番号登録してある人間からの着信を、有無を言わさず拒否するような不躾な振る舞いをするエヴァではない。ためらいはしたものの、エヴァはその電話に出た。
    「もしもし?」
    《あー! やっとつながったー! ごめーん、今大丈夫ー?》
     妙に間延びさせたようなお気楽な声が耳に入り、そこでようやくエヴァは、相手が2年前、自分を取材したシュウ・メイスンであることを理解した。
    「えっと……」
     尋ねかけたエヴァをさえぎるように、シュウがまくし立てる。
    《や、全然大した用事は無いんだけどね、アレから元気してるかなーって気になってたから、何回か電話したんだよ? でもいっつも呼び出しばっかりで、あれー出ないなーおかしいなーってちょっと不安になってたんだけどさ、あ、でも元気そうだよね、声。騎士団生活はどう? 元気してる? あ、してるんだよね、ごめん。順調にやってる感じ?》
    「あ……ああ、うん、そうだな、元気してる、うん」
     面食らいつつも、エヴァはどうにか答える。
    《そっかー、良かったー。ね、ね、今どんなコトしてるのー?》
    「え?」
     そう質問されて、エヴァは言葉に詰まる。
    (まさか『毎晩のように敵を撃ち殺している』なんて言えるわけがない。そもそも軍事機密だからな)
    《どしたの?》
    「いや、何でもない」
     落ち着いた声色で返しつつも、エヴァは当たり障りのない答えを慌てて考える。
    「そう、まあ、一言で言うなら訓練だ」
    《くんれん?》
    「ああ。……?」
     とっさに出た自分のその言葉に――何故かエヴァは、違和感を覚えていた。
    《そっかー、やっぱ士官養成学校って言ってたもんねー。毎日大変?》
    「そうだな、うん……」
     相槌を打ちつつ、エヴァはその違和感を探る。
    (どうして私は『訓練』と答えたんだ? 無論、軍事機密を漏らしてはいけないからだが――だが、他にいくらでも言葉はある。メイスンさん、いや、シュウが言った通り、表向きは学校の体なんだから、勉強とか何とか、もっと当たり障りの無い言葉でいいはずだ。
     どうして私は自分のやっていることを『訓練』と称したんだ……?)
    《エヴァちゃん?》
    「んっ?」
    《なーんかボーッとしてない? さっきから『うん』しか言ってないけどー》
    「あ、ああ、ごめん。疲れてるのかも」
    《あ、ごめんね! いきなり電話しちゃって、ってか、時間大丈夫って聞いてなかったよね、突然ごめんね。また電話するね! あ、TtTの方がいいかな? アカウント教えてくれる? メールで後で送ってね! じゃ、またね!》
    「あっ、……切れた」
     あっと言う間に会話が終わり、エヴァは唖然としていたが、やがて頭の中にまた、さっきの疑問が戻って来る。
    (『訓練』……私は今、自分がしていることを、自分が誇るべき重要な任務を訓練だと――本当は任務ではないと、心のどこかでそう思っていたのだろうか)
    緑綺星・闇騎譚 5
    »»  2022.04.09.
    シュウの話、第47話。
    「任務」とは。

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    6.
     ひとたび現れた疑念はエヴァの心の中で、日を増すごとに大きくなっていった。
    「どうしたんだ? いつもに増して仏頂面してるが」
     11度目の出撃に向かう車内で、いつものようにトラックのハンドルを握っていたRから声をかけられて、エヴァはその心中を吐露した。
    「疑問があるんだ。私たちが今就いているこの任務は、本当に任務なんだろうかと」
    「そりゃ禅問答か何かか? 悪いが俺は哲学には詳しくない」
    「そうじゃない。……言い方が悪かったな。どう説明したものか、私自身、何がどうおかしいと思っているのか、分かっていないから」
    「言葉通りに答えるなら、俺たちが今就いてるこれは、間違い無く任務だよ」
     Rは正面に顔を向けたまま、いつものように淡々と答える。
    「騎士団執行部から下された、正式な任務だ。答えはそれで十分か?」
    「そう。騎士団からの命令。それは間違い無い。でも」
     エヴァはRに顔を向け、こう尋ねた。
    「やっていることが、本当に、騎士としてこなすべき任務なのだろうかと」
    「騎士として?」
    「これまでの10回の出撃は、どれも自国領外に出ての積極的迎撃だった。敵が接近してくるから、それを自国に侵入される前に撃破すべし、と。だがこれは戦闘なのだろうか?」
    「ふむ」
    「我々はその10回すべてにおいて、相手が行動を起こす前に仕留めている。これは戦闘ではなく、一方的な攻撃じゃないのか、と」
    「なるほどな」
     Rは一瞬、エヴァに顔を向け、すぐに正面に向き直る。
    「敵とドンパチやってないから、これは戦闘じゃない。そう言いたいのか?」
    「そうじゃない。そもそも相手が敵なのかどうかも……」「V」
     Rは強い口調で、エヴァの主張をさえぎった。
    「騎士団の掟は何だ? 己の判断に従って行動することか?」
    「それは……」
    「そう、不正解だ。我々団員は騎士団の判断と命令によってのみ、行動しなければならない。独断専行は、決して許されていない。どんな疑問が心の中にあったとしてもだ」
    「……そうだな」
    「騎士団の命令に従って行動する。それはまさしく、騎士団に所属するもの、即ち騎士としてこなすべき任務だ。哲学的じゃないが、論理学的には正しい答えだ」
    「……分かった。納得しておく」
    「そうしてくれ」
     その後、11度目の出撃も難なく――いつものごとく一方的な攻撃によって――完遂したものの、エヴァの心は一向に晴れなかった。

     任務を終え、戻って来たエヴァたちのところに、騎士団執行部の人間が現れた。
    「諸君、任務遂行ご苦労だった」
    「珍しいですね。執行部の方が直接、俺たちのところに来るなんて」
     応じたRに、相手は封筒を4通差し出す。
    「辞令を申し渡す。C88、そしてH70。両名はR32指揮下を離れ、明日よりT28指揮下に入ること」
    「えっ」
     目を丸くしたCとHに、Rが説明する。
    「半年経ったからな。再編成ってやつだ」
    「その通り。V68は従来通りR32指揮下だ。追加の要員は新規団員の2名の予定だ」
    「それで、残り1通は? 俺宛ですかね」
     Rが手を差し出し、執行部員は封筒を渡す。
    「R32、貴君は昇進だ。本日付で一等団員となる」
    「そりゃどうも」
    「以上だ。要員選出については後ほど通達する」
     執行部員が去ったところで、CとHが囃(はや)す。
    「一等って、つまり一番偉いクラスですよね!」
    「おめでとうございます!」
    「団員としては、だがな。役職の付いてない団員なんか、一等も三等も一緒だよ。ちょっと給料が違うって程度だ」
     いつものごとく淡々と受け答えしたが、そこでRはコホン、と咳払いした。
    「そんなわけで、お前たちとは今日で最後だ。今までありがとうな」
    「そんな、俺たちも感謝してます!」
    「ありがとうございました!」
    「ああ。……じゃあ、まあ、なんだ。名残惜しいが、Vと話があるから、この辺で、……な?」
    「あ、はい」
    「ありがとうございました!」
     CとHが敬礼してそそくさと去り、その場にはRとエヴァだけになる。
    「話って? 私にもおめでとうと言ってほしいのか?」
    「それは話の後に言ってほしいな。できれば他の人間から」
    「どう言う意味だ?」
     尋ねたエヴァに、Rは珍しく苦い顔を向けた。
    「まあ、さっきも言ったが、一等団員は給料がちょっと上がる。具体的には三等の倍額だ」
    「そんなに違うのか」
    「で、まあ、お嬢様相手にこんな話したって、まあ、アレなんだが、君がその気になれば、寮も実家も離れて、俺と一緒に暮らせるくらいのことはできる」
    「は?」
     言わんとすることを察し、エヴァは語気を荒くしたが――。
    「つまりだ。俺と結婚しないかって話だ」
    「……」
     エヴァはしばらく沈黙を続け、それから、ため息交じりに答えた。
    「そんな選択肢は私の中に無い」
    「そうか。……ま、そうだよな」
     Rはいつものように肩をすくめ、ぼそ、とつぶやいた。
    「この先のことを、君に体験させたくなかったが」
    「何だって?」
    「……いや、何でもない。この話は忘れてくれ。明日からはいつも通り、隊長と部下だ」
    「了解。それじゃ」
     エヴァはRに背を向け、すたすたと歩き去った。

    緑綺星・闇騎譚 終
    緑綺星・闇騎譚 6
    »»  2022.04.10.
    シュウの話、第48話。
    激動の裏で。

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    1.
     双月暦716年を迎えた途端に、世界情勢は目まぐるしく動き始めた。双月節が終わってまもなく金火狐第22代総帥が死去したとの訃報が流れたその半月後には、南の白猫党が大規模攻勢を仕掛け、北部前線を壊滅させたとの情報が央北を席巻。さらにその半年後には南側が北側首都を陥落させたと喧伝され、1世紀以上続いた白猫党の南北戦争に終結の兆しが見え始めていた。
     そしてこれらのニュースは、ダークナイトたちの中にも波乱を巻き起こしていた。
    「また出撃だって? 2日前に出たばかりじゃないか」
    「このご時世だからな」
     隣国、白猫党領内が混乱するにつれ、リモード共和国の国境に接近する不審者が激増したのである。
    「SチームもTチームもほとんど連日出撃しているらしいが……」
    「それだけ情勢が緊迫しているってことでもある。南白猫党の大攻勢で、北白猫党は壊滅寸前の状態って話だからな」
    「そうだな。……うん?」
     エヴァはうなずきかけたが、そこでRに尋ねる。
    「北白猫党が後退していると言うなら、北方面の国に影響があるんじゃないのか? 共和国じゃ逆方向だろう?」
    「押されてそのまま動くなんて、単純な話じゃない。南の侵攻で希薄になった地帯を狙う勢力だってある。現に俺たちが立て続けに出張ってるんだ」
    「そう言うものか……まあ、そうなんだろうな」

     依然として、エヴァの中には納得の行かない点がいくつも残ってはいたが、それでも騎士団の一員として、忠実に任務をこなし続けていた。その甲斐あってか、この時既にエヴァは二等団員に昇格しており、また、Rも執行部入りが内定していた。
    「とは言え年内には無理だろうけどな。こんなに大忙しじゃ、実行部隊を減らすわけには行かない」
    「残念だろう?」
     いたずらっぽく尋ねてきたエヴァに、Rは肩をすくめる。
    「ああ、実に残念だ。執行部員になれば、血なまぐさい現場とはお別れだからな。人をアゴでこき使えるし」
    「君らしい態度だ」
    「そりゃどうも」
     この任務においてもエヴァたちは、いつものように軍用トラックで闇の中を突っ切り、索敵していた。
    「ところでV、考えてくれたか?」
     そう尋ねてきたRに、エヴァはつっけんどんに返す。
    「答えは前回と変わらない。そんな提案に興味は無い」
    「だろうな。執行部員にでもなれば、と思っていたんだが」
    「そこは問題じゃない。私はここで戦うことが誇りだし、生きがいなんだ」
    「生きがい、……か」
     Rは掛けていた暗視ゴーグルを上げ、エヴァに裸眼を向けた。
    「俺がこんなことを言えた義理じゃないのは百も承知だが、それでいいのか?」
    「何がいけない? 国のために働いている。平和のために働いている。それを生きがいとして、何が悪いんだ?」
    「……そうだな。平和のためだからな」
     Rはため息をつき、暗視ゴーグルを掛け直した。と――。
    「12時方向、不審車輌あり。トラスゼネラル製のマイクロバンだ」
    「……敵か!」
     いつものようにエヴァは自動小銃の安全装置を解除し、ルーフから上半身を出した。そしていつものように暗視ゴーグル越しに車の後輪に狙いを定め、引き金を絞ろうとしたが――いつも通りでなかったのは、エヴァが引き金に指をかけるより一瞬前、その車から何かが飛び出してきたことだった。
    「え……」
     それが何であるかを認識する前に、エヴァの意識は飛んだ。

    「……!」
     元々からエヴァは最終試験でいち早く目覚め、絞め技を掛けられて意識を落とされてもすぐに立ち直れるほどに、失神・気絶には相当の耐性がある。
     この時も地面に投げ出されてまもなく、エヴァは立ち上がった。
    (今のは……何だ!?)
     ぼたぼたと垂れる鼻血に構わず、エヴァは落とした小銃に飛びつく。
    「敵襲! 敵襲だッ!」
     叫んだが、すぐにそれが無意味であることを悟る。何故なら自分たちが乗ってきた軍用トラックは既に横転しており、全員にその事実が知れ渡っていたことは明白だったからだ。
    「ああん?」
     と、しわがれた老人の声が、トラックの上から聞こえてくる。
    「さっきのお姉ちゃんか? 驚いたぜ、頭スッ飛ばすつもりで蹴ったってのに、死んでるどころかもう起き上がってやがんのか」
    「貴様は誰だッ!」
     小銃を構えたエヴァに、兎耳の老人が答える。
    「何でも屋ってやつさぁ。ちっとご依頼があったもんでよ、ここいらで運び屋やらしてもらってんのよ」
    「ふざけるな! 所属と階級を答えろ!」
    「ふざけちゃいねえよ。俺はカネで何でも請け負う『パスポーター』さ」
     老人はひょいとトラックから下り、次の瞬間、エヴァに肉薄した。
    緑綺星・嘘義譚 1
    »»  2022.04.12.
    シュウの話、第49話。
    暗中のCQC。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「なっ……」
     エヴァの目測ではトラックとの距離は10メートル近く離れていたはずだったが、老人はその10メートルを、瞬き程度の一瞬で詰めてきた。それでもエヴァは懸命に指を動かし、小銃を撃つ。だが――。
    「遅え、遅え。眠っちまうくらい遅いぜ」
     老人は事も無げに小銃のバースト連射をかわし、エヴァの小銃をつかむ。
    「うっ!?」
     反射的にエヴァは小銃を引き寄せたが、同時にその行動は、騎士団の訓練で「絶対にやってはならない反応だ」と指導されていたことを思い出した。
    (しまった……!)
     訓練で注意されていた通りに、老人は小銃をエヴァの方に押し込んでくる。小銃の銃床が簡単に肋間にめり込み、彼女を二度目の気絶に追い込んだ。
    (あ……っう……)
     意識が再び遠のき、エヴァはその場に倒れる。そして先程と同様、10秒足らずで目を覚ましたものの――。
    「……馬鹿なっ」
     その時には既に、Rを含むチームメンバー全員が叩きのめされ、地面に倒れ伏した後だった。
    「なんだ、まーた目ぇ覚ましたのかよ? 随分眠りが浅えお姉ちゃんだな。そんなんじゃ三十路前にシワと白髪だらけになっちまうぞ」
    「余計なっ……おせ……っ……」
     声を荒げかけるも、どうやら先程の一撃が相当肺を痛めつけたらしく、息が詰まる。
    「無理しねえで寝てろや、お姉ちゃんよ。これ以上俺の仕事邪魔されても困るんでな」
    「うっ……ぐ……」
     どうにか拳銃の一発だけでも当てようと踏ん張りかけたが、それも無為に終わることを悟り、エヴァはその場にぺたんと座り込んだ。
    「くそ……初めての会敵で……こんな兵(つわもの)に……出くわすなんて……」
    「初めて? お姉ちゃん、初陣か? それにしちゃ、動きがなかなか手慣れてるように見えたがな」
     老人が無防備然にひょこひょこと近寄り、エヴァを見下ろす。一瞬、反撃の好機かとも思いかけたが――。
    (……無理だ。今の状態では、この老人に指一本触れられない。組み伏せられて三度目の気絶がオチだ)
     息を整える時間を稼ぐつもりで、エヴァは老人の話に答える。
    「初陣じゃない……今まで先制攻撃して……倒してたんだ」
    「ヘッ、見下げたもんだな」
     老人は吐き捨てるようにそう返し、エヴァをにらんだ。
    「抵抗も何もできねー難民を一方的に撃ち殺して、『やったー嬲り殺しにしてやったぜー』ってか? つくづくクソだな、お前ら」
     臆面もなくなじられ、エヴァは激昂しかけたが――気になる言葉が耳に入り、一転、頭から血が下がった。
    「難民……だと? 何を言っている?」
    「あ?」
     老人は依然として侮蔑の表情を向けながら、自分が来た方角を指差した。
    「まさかお前さん、あれが装甲車にでも見えてるってのかい? どう見たって前世紀のオンボロバスじゃねえか」
    「敵性勢力が我々を欺く……偽装だと……」
     反論しながらも、この時エヴァには、ずっと抱いていた疑問の答えが見え始めていた。
    「へっへっへ……笑わせんじゃねえよ、お姉ちゃんよお? ありゃどう見たってただのバスだ。偽装だってんなら窓外して、重機関銃の一挺や二挺は積んでるわな。見てみるかい?」
    「……見せてくれるのか?」
    「見たいってんならいくらでも見せてやる。だが変な動きしやがったら、もっかいおねんねしてもらうぜ。今度は目覚めらんねえくらいにな」
    「分かった。抵抗はしない」
     差し出された老人の手を素直につかみ、エヴァは立ち上がった。
    「それじゃお嬢さん、とくとご覧あれ。ほい、『ライトボール』」
     老人はぼそ、と呪文をつぶやき、魔術で周囲に光を灯す。途端にエヴァの正面に、赤錆びたマイクロバスが姿を表した。
    「見ての通りだ。あのバスにゃ重機関銃どころか、爆竹一巻きだって積んでりゃしねえんだよ。そんなカネあったら食い物に使うからな」
    「……」
     エヴァがその目でまじまじと確認しても、そのバスにはやはり、兵装の類が一切搭載されていないのは明らかだった。と、バスの中にキラ、と光るものを見つけ、エヴァは息を詰まらせた。
    (人の……目だ)
     光って見えたのは、痩せこけた猫獣人の瞳だった。
    (まだ若い……いや……若いなんてもんじゃない……どう見たって子供じゃないか)
     バスの中には――運転手を除き――子供しかいなかった。
    「……あ……」
     それを確認した途端、エヴァの頭の中にずっと渦巻いていた疑問は霧散し――残酷な現実が姿を現した。
    (……いや……違う……私はきっと……目を背けていたんだ)
     ぼた、と足元で水音が鳴る。
    (国のため、平和のためと思い込んで……思い込まされて……思い込もうとして……私が薄々感じていた事実から、目を背け続けていたんだ)
     ぼた、ぼたと立て続けに水音を立てていたエヴァを横目で見ながら、老人がフン、と鼻を鳴らした。
    「何だ、泣いてやがんのか? どこまでもおめでたいお嬢ちゃんだな」
    緑綺星・嘘義譚 2
    »»  2022.04.13.

    新連載。
    メイスンリポート#39;きんきゅーじたいです!

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.

     お父さん、お母さん、お元気ですか?
     わたしは今まさに死にそうです。

     だって思わないじゃないですか! 泊まったホテルがいきなり襲われるなんて! 一流って紹介だったんですよ!? しかもネットの評価で星4.7くらいのヤツですよ!?
     しかもテロに巻き込まれたとかならともかく――や、ソレも嫌ですけども――標的がわたしですよ!? わたしなんですよー!? どーにか段ボールに隠れてやり過ごして何とかしたはしたんですけども、その時にテロリストさんたちが「絶対にメイスンを逃がすな」って言ってたんですよ! メイスンですよ!? わたしじゃないですかー! もー!



     ……なんてコトを、震えながらTtTに打ち込んでたんですが。
    「おい」
     隠れてた段ボールをひょいと持ち上げられて、あっさり見つかってしまいました。どうして分かったんでしょうか、この完璧な偽装作戦が。
    「スマホの光が穴から漏れてたぞ」
    「あっ」
     わたしのおバカぁ。
    「お前がメイスンか?」
    「ひ、……ひとちがいです」
    「じゃあなんでそんなとこに隠れてんだ?」
    「く、くらいとこがすきなんです」
    「ゴチャゴチャ言い訳してんじゃねえぞ」
     そう言ってテロリストさんたちがマシンガン向けてきました。や、正確には金火狐の「ガードマンV4」ですね。いわゆるPDW(個人防衛火器)ってヤツです。……なんて冷静に分析してる場合じゃないですよ、もー!
    「てめえがシュウ・メイスンじゃないってんならブッ殺すだけだからな。で、どうなんだ?」
    「……わ、わたしですー」
     仕方無しに、わたしはパスポートを見せて証明します。
    「……えーと、……お前分かる? 央北語」
    「あんまり」
     どうもこのテロリストさんたち、頭はあんまりみたいですね。
    「お前ら、そこで何してる!?」
     あ、別の人が来た。
    「あ、兄貴ぃー!」
    「それらしい『猫』見つけたんスけど、パスポートが良く分かんなくて」
    「アホか」
     兄貴って呼ばれた人が、わたしのパスポートを奪って目を細めました。
    「SHIU MASON、双月暦696年生まれの猫獣人。どうやらお前みたいだな」
    「あっハイ」
     こっちの人はまだ頭良さそうですね。ちゃんとパスポート返してくれましたし。ポイって投げ捨てられましたけど。
    「付いて来てもらうぞ。てめえには色々聞かなきゃならんからな」
    「……えーと、あの」
     ダメ元で確認します。ハッキリさせとかないと後でヤバいかもですし。
    「わたしの身の安全は……?」
    「なんだそれ」
     兄貴さんが鼻でフン、とわたしの言葉を笑い飛ばしちゃいました。
    「てめえは俺たちの顔に泥塗ったんだ。生かして返すわけねーだろうが」
    「あぅ……」
     ですよねー。

     ああー……。わたしの人生はどうやら、今日でおしまいみたいです。散々ワガママ言ってこっちまで来ちゃったのに、本当にごめんなさい、お父さん、お母さん。



     なんてコトを考えていたんですが――自分でこんなコト言っちゃうのもアレですけど――わたし、運だけはものっすごくいいみたいですね。
     現れたんです。目の前に。スーパーヒーローみたいなのが。

    緑綺星・猫報譚 1

    2021.08.02.[Edit]
    新連載。メイスンリポート#39;きんきゅーじたいです!- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. お父さん、お母さん、お元気ですか? わたしは今まさに死にそうです。 だって思わないじゃないですか! 泊まったホテルがいきなり襲われるなんて! 一流って紹介だったんですよ!? しかもネットの評価で星4.7くらいのヤツですよ!? しかもテロに巻き込まれたとかならともかく――や、ソレも嫌ですけども――標的がわたし...

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    シュウの話、第2話。
    舞い降りたヒーロー。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     シュウの頭上から、全身が金属装甲に包まれた何者かがずしん、と音を立てて「着陸」した。
    「な、なんだぁ!?」
    「い、いや待て! コイツまさか……!」
     テロリストたちは一斉に顔を青ざめさせ、PDWを相手に向ける。
    (いやー、ソレ効かないと思いますよー? だって映画とかであんなパワードスーツ着た人に銃が効くって展開、あんまり無いじゃないですかー)
     シュウの予想通り、その金と黒に彩られた装甲は銃弾をやすやすと跳ね返しており、まったくダメージを受けた様子は無い。
    「くそッ、効かねえ!」
    「これならどーだぁッ!」
     業を煮やしたテロリストの一人が手榴弾を手に取り、レバーを起こす。
    (ちょっ、……そんなの投げられたらヤバいじゃないですかー! この全身装甲さんならそりゃ無事でしょうけど、でもわたし! わたし真後ろ! 爆風で死んじゃうじゃないですか! やだー!)
     が、シュウはそれが杞憂であったことを、ほんの2、3秒後に悟る。何故なら装甲の男は手首辺りからぱしゅっ、と何かを撃ち出し、相手が投げた手榴弾を彼らの後方に弾き飛ばしたからである。
    「え? ……あっ」
     そしてレバーを起こされ点火していた手榴弾は当然炸裂し、テロリストたちは左右に吹っ飛んだ。
    「うう……うぐ……」
    「耳が……あう……」
     爆風をまともに受けたテロリストたちは、周囲に溜まったゴミに揃って叩き付けられたものの、どうやら死には至らなかったらしい。
    《忠告はしとくぞ》
     と、装甲の男がスピーカー越しの声で、彼らに話しかける。
    《今すぐ逃げるなら見逃してやる。まだやる気か?》
    「う……うっ」「ひぃ、ひぃ……」「うぐ、ぐぐ……」
     テロリストたちはゴミの中からよろよろと這い出し、ほうほうの体で逃げていった。
    《これで一段落ってとこか。……っと、あんた大丈夫か?》
     装甲の男に声をかけられ、シュウはかくかくと首を縦に振る。
    「だ、だいじょぶです」
    《災難だったな。連れはいるのか? 一人ってことは無いよな?》
    「あ、いえ、一人です」
    《マジでか? この街がヤバいって話、知らないのか?》
    「知ってます。けど、ホテルも一流って紹介だったし旅ナビでも4.7って……」
    《あんなのウソに決まってるだろ? ネットの情報なんかアテにするな》
    「……痛感しました」
     装甲の男に肩をすくめられ、シュウは素直に頭を下げる。
    《今夜すぐは無理だろうけど、朝になったらすぐ邦に帰った方がいいぞ。この街はマジでヤバいからな。ほら、パスポート》
     まだ地面に落ちたままだったパスポートを手に取ったところで、装甲の男が《ん?》と声を上げた。
    《メイスン? シュウ・メイスンって、……え?》
    「あ、わたしですー」
    《シュウ・メイスンって、『クラウダー』の? あの『メイスンリポート』の人? え、ホンマに?》
    「ほん……? えーと、はい、わたしがそのシュウ・メイスンです。本人ですー」
     装甲の男はパスポートとシュウの顔を見比べ、驚いた様子を見せた。
    《マジでか。……ちょっとゴメンな》
     そのままシュウに背を向け、何かつぶやき出した。
    《カズちゃん、俺やけど。……いや、まだ仕事中やねんけどな》
    (電話か何かかなぁ)
     シュウの予想通り、どうやら装甲の男は、誰かと通信を行っているらしい。
    《今すぐ知らせときたい話あってな? あんな、アレあるやんか、『ビデオクラウド』。アレのな、『メイスンリポートチャンネル』の人な、今、俺が助けてん。……うん、マジで。ほんでなカズちゃん、いっぺん話聞いときたいみたいなこと、前に言うてたやんか? どないする? ……分かった、ちょっと聞いてみるわ》
     装甲の男が振り返り、シュウに尋ねる。
    《えーと、メイスンさん、でいいのかな。ちょっと、俺と来て欲しいんだけど、いいか?》
    「ドコにですか?」
    《俺のラボって言うか、アジトみたいなとこ。あんたと話したいって奴がいるんだ》
    「はあ」
    《ただ、その、俺はちょっと、名前とか顔とかバレるのがまずい立場にいるんだ。だから……》
    「あ、だいじょぶです。そーゆー人いっぱいいますもんねー」
    《ん? あー……》
     装甲の男は首をかしげつつ、上を指差す。だが、シュウにはそれが何を意味するのか分からない。
    「なんですかー? 月が綺麗ですね、……とか?」
    《いや、俺が言いたいのは、まあ、徒歩とかバスとかじゃアカンっちゅうことで、そのー……》
     口ごもりつつ、装甲の男はシュウの手をつかむ。
    《メイスンさんは、高いとこ平気な人?》
    「え? まあ、ジェットコースターとか好きな方ですけど」
    《ほんならええか……。じゃ、……あー、えーと、俺につかまってもらっていい?》
    「つかまる?」
    《えっと、何て言うかさ、その、嫌じゃなければ、あの、……あの、俺に、あの、抱きつくって言うか、いや、変な意味やなくて、あー》
    「抱きつく? こうですか?」
     言われた通りシュウが抱きついた途端、装甲から慌てた声が漏れる。
    《おわっ!? ちょ、め、メイスンさん、え、ええのん?》
    「や、あなたが抱きつけって言ったんじゃないですかー」
    《せ、せやけども、……ま、まあ、あー、え、ええか。ほんなら、しっかり捕まっててな》
    「はあ? ……きゃあっ!?」
     次の瞬間――装甲はシュウを抱きかかえ、空へと舞い上がった。

    緑綺星・猫報譚 2

    2021.08.03.[Edit]
    シュウの話、第2話。舞い降りたヒーロー。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. シュウの頭上から、全身が金属装甲に包まれた何者かがずしん、と音を立てて「着陸」した。「な、なんだぁ!?」「い、いや待て! コイツまさか……!」 テロリストたちは一斉に顔を青ざめさせ、PDWを相手に向ける。(いやー、ソレ効かないと思いますよー? だって映画とかであんなパワードスーツ着た人に銃が効くって展開、あんまり無い...

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    シュウの話、第3話。
    秘密基地。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     空を10分ほど飛んだ後、シュウは裏通りの、くたびれた家のテラスに着陸した。
    《ゴメンな。怖かっただろ?》
    「あ、いえ。ちょっとびっくりはしましたけど、面白かったですよ。ジェットコースターみたいでしたし」
     シュウにそう返され、装甲は《えっ》と声を上げる。
    《あんた、神経めっちゃめちゃ太いんやな。……っと》
     そこでようやく、装甲がヘルメットを脱ぐ。そこに現れたのはまだ幼さの残る、金と赤の毛並みをした青年だった。
    「自己紹介が遅れてゴメン。俺の名前はジャンニ。……これも内緒な」
    「あ、はい。全然だいじょぶです」
    「ここは俺んち」
    「ソレも内緒ですね。あっちの彼女さんも?」
     シュウが尋ねると同時に、部屋の奥でパソコンをいじっていた黒髪に濃い地黒の、ジャージ姿の短耳少女がくるっと振り向く。
    「ちげーよ。ただの居候だよ」
    「っちゅうことや。あっちはカズちゃん。見た通りの性格しとるけどええヤツやから。内緒は内緒やで」
    「はい、だいじょぶです。で、そのカズちゃんが、わたしに聞きたいコトがあるって話でしたよね?」
    「そーそー」
     カズと呼ばれた少女が椅子からのそのそと立ち上がり、シュウのそばに寄ってまじまじと眺める。
    「お前、いくつ?」
    「21です」
    「マジかよ? すげーチビじゃん。オレより背ぇ低いなんて、中房かオレの妹くらいだぜ」
    「良く言われます。どーせ童顔ですし幼児体型ですしね」
    「あ、悪りいな。まあ、ソレは置いといて、だ。アンタがあのシュウ・メイスンか? あの『めりぽ』の」
     そう尋ねつつ、カズはパソコンの画面を指差す。
    《つまりですねー、このフランチェスコ不動産も、ネオクラウン系の人たちなんですよ。みなさん、ココは注意ですよー。絶対ココで家買ったりアパート借りたりしちゃダメですよー》
     動画に出ている自分の顔を見て、シュウはこくんとうなずいた。
    「はい、わたしですー」
    「お前、バカだろ?」
     シュウをチラ、と横目で見て、カズはため息をつく。
    「よりによってマフィアのペーパー会社を名指しで暴いてネットで晒すとか、何考えてんだ? そりゃカチ込まれるっつの」
    「しっつれーなコですねー」
     そんなことを話している間に、ジャンニが装甲を脱いで部屋に戻って来た。
    「……へー」
     その姿を見て、シュウは意外に感じた。
    「ふつーの男のコって感じですねー。もっとなんかこう、おヒゲのイケメンおじさんみたいなのを想像してました」
    「そりゃふつーさ。中身はただの、19歳の青二才だ」
     カズは肩をすくめつつ、ジャンニを紹介する。
    「無鉄砲で向こう見ず、勇気と蛮勇の違いも分かってねー甘ちゃんだよ」
    「わぁ毒舌」
     シュウは口をへの字に曲げ、カズに尋ねる。
    「そんなコト言って、カズちゃんはおいくつなんですかー?」
    「さーな」
     カズは乱雑にまとめた長い髪を、くしゃくしゃと手ですきながら答える。
    「1000歳だか2000歳だか。正確なトコは分からん」
    「あ、そーゆー設定ですかー。いかにも中学生ですねー」
    「ちげーよ。……ま、いいや。お前さんに聞きたいコトがあんだよ」
    「そー言ってましたね。なんでしょ?」
    「『めりぽ』のいっちゃん初期の頃のエヴァ・アドラー特集ってあんだろ?」
    「ありましたねー」
    「今でも連絡取れんのか? エヴァ……、エヴァンジェリン・アドラーと」
     そう尋ねられるが、シュウはもう一度への字口を返す。
    「動画でお伝えしてた通りですねー。今はドコにいるのかも、さっぱり」
    「そっか。……いや、疑ってたワケじゃねーんだ。お前さんかエヴァのどっちかに公にできねー事情があって、『めりぽ』じゃ言わなかったって可能性もあるかと思ったんだ。……けど、こーやってお前さんと直に会って分かったが、お前さん、そんなタイプじゃねーな?」
    「まー、そーですね。基本、隠し事ナシでお話してます。他に聞きたいコト、ありますか?」
    「いや、もう無いぜ。いきなり呼びつけて悪かったな。んじゃ気ぃ付けて……」「あ、ちょっと、ちょっと」
     と、話を切り上げようとしたカズを、シュウがさえぎった。
    「わたしからも色々質問させて下さいよー。折角あの『スチール・フォックス』と会えたんですからー」

    緑綺星・猫報譚 3

    2021.08.04.[Edit]
    シュウの話、第3話。秘密基地。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 空を10分ほど飛んだ後、シュウは裏通りの、くたびれた家のテラスに着陸した。《ゴメンな。怖かっただろ?》「あ、いえ。ちょっとびっくりはしましたけど、面白かったですよ。ジェットコースターみたいでしたし」 シュウにそう返され、装甲は《えっ》と声を上げる。《あんた、神経めっちゃめちゃ太いんやな。……っと》 そこでようやく、装甲がヘルメ...

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    シュウの話、第4話。
    取材交渉。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     シュウがその名前を出した途端、ジャンニとカズが顔を見合わせる。
    「あー……と。どうする?」「しらばっくれとく?」
     二人はヒソヒソと小声で話すが、そもそも五感の鋭い猫獣人相手では、あまり意味を成さない。
    「聞こえてますよー? しらばっくれないで下さいよー」
    「う、うーん」
     二人は困った顔をして固まっていたが、やがてジャンニが意を決した様子で手を挙げた。
    「あんな、メイスンさん。取材とか何とかする気なんやろけど」
    「はい」
    「俺な、あんまり『それ』がバレるとまずい立場におんねん。さっきも言うたけど、このことは秘密にしといてほしいねんな」
    「分かりました。その点は十分留意して取材させてもらいますねー」
    「すんなっつってんだ」
     呆れた眼差しをシュウに向けつつ、カズが口を挟む。
    「オレもコイツもお前さんに話すコトは一言だって無え。素直にこの家から出てって国に帰れ。二度と市国に来んな。以上だ。帰れ」
    「お断りしますー」
     シュウも折れない。
    「折角のチャンスなんですし、どうあっても取材させてもらいます。伊達に記者経験あるワケじゃないですしね」
    「あ~の~な~……!」
    「もしコレでおしまいってコトなら、わたし帰ってお二人のコトを『めりぽ』で紹介させてもらいますよー? タイトルはどうしましょうかねー? 『あの市国の有名人のかわいい素顔』とかでしょうかねー」
    「……あんた、実は性格めっちゃ悪いんやな」
     ジャンニが苦い顔で、シュウをにらむ。
    「何したら取材止めてくれるんや?」
    「取材自体は止める気がありません」
     シュウはきっぱり要求をはねつけつつも、こう続けた。
    「でもですね、ちゃんとお話してくれるんでしたら、ココはダメ、コレはいいよってポイントは相談させてもらいますし、ちゃんと対応します。アレもダメコレもダメ全部アウトって言われたらわたし、『じゃあ全部いいってコトですね』って受け取ります」
    「……はーっ……!」
     カズはシュウに背を向け、足元にあった段ボール箱を蹴り飛ばした。
    「いい加減にしやがらねえと……」「まーまー、カズちゃん」
     と、ジャンニがカズの頭をポンポンと撫でる。
    「俺が話すわ。ダメな話はちゃんとカットしてくれるっちゅうコトやしな」
    「いいのかよ?」
     カズはシュウをにらみつけ、あからさまに不快な様子を見せていたが、ジャンニは鷹揚に構えている。
    「流石に分かってくれるやろ。ちゃんとしたオトナやねんから」
    「分かってます分かってます。わたしこー見えて、ちゃんとしたオトナですよー」
    「本当かよ……。なーんか信用できねーんだよな」
     憮然とした様子のカズには目もくれず、シュウはスマホを取り出した。
    「じゃ、早速撮影と録音させてもらいますねー。あ、撮影の方はちゃんと顔は隠しますし、音声使う時も本名にピー音入れときますから、安心してくださいー」
    「頼むで、ホンマに」



     双月暦716年、第22代金火狐一族総帥が死去した。これにより次代総帥を選出する選挙が財団最高幹部らの間で、速やかに行われたのだが――ここで当選したのがまさかのアキュラ家出身、シラクゾ・A・ゴールドマンだったのである。

     そもそも4世紀にゴールドマン家がトーナ、ベント、そしてアキュラの御三家に分化して以降、アキュラ家は常に外様の日陰者扱いであった。
     最も総帥を輩出してきたトーナ家、そして対抗馬となってきたベント家に比べ、アキュラ家は外戚の者も多く、5世紀以降常に「金火狐の名を冠しただけの似非者」「決して第一線に立てない三流」、あるいはもっと悪しざまに「ばったもん」などと罵られ続けてきた。当然それだけ支持率も低く、選挙制度が開始されて以来、一度も総帥に就任した者はいない。そのため6世紀後半頃から、アキュラ家全体を金火狐一族から除籍すべきではないかとの意見も表出し始めていたのである。
     そんな中で行われる総帥選挙であり、アキュラ家にとっては総帥の地位を獲得できる、最後のチャンスと言えた。むしろここで総帥を出さなければ、アキュラ家不要論は決定的なものとなってしまう。是が非でも、シラクゾは総帥にならなければならなかったのである。

     追い詰められていた彼は、不義を働いた。巷で勢力を拡大しつつあったマフィア組織、「ネオクラウン」を頼ったのである。

    緑綺星・猫報譚 4

    2021.08.05.[Edit]
    シュウの話、第4話。取材交渉。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. シュウがその名前を出した途端、ジャンニとカズが顔を見合わせる。「あー……と。どうする?」「しらばっくれとく?」 二人はヒソヒソと小声で話すが、そもそも五感の鋭い猫獣人相手では、あまり意味を成さない。「聞こえてますよー? しらばっくれないで下さいよー」「う、うーん」 二人は困った顔をして固まっていたが、やがてジャンニが意を決した...

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    シュウの話、第5話。
    錆びた黄金。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     シラクゾは総帥候補として選ばれる程度には優秀ではあったが、元より排斥されかかっていた家柄の生まれである。何もせず座したままでいては、自分の未来が閉ざされてしまうのは明らか――若い頃からそう危惧していたシラクゾはネオクラウンと通じ、十重二十重の工作を仕掛けたのである。

     そもそも次期金火狐総帥を選出する選挙の方法だが、これはゴールドコースト市民全員に意を問うような形式ではなく、財団の最高幹部――現総帥とその伴侶、金火狐商会長、市政局局長、公安局局長、入出国管理局局長、そして監査局局長の7名によって投票が行われる。逆に言えば、この7人を何らかの方法で掌握し、己に票を投じるよう操作できてしまえば、総帥の座は確実なものとなるのである。
     そう考えたシラクゾは、まずは総帥の妻を誘惑した。と言っても恋愛じみたものではなく、「解放されたくはないか」と説いたのである。22代目総帥はどちらかと言えば強引かつ偏狭な性質の人間であり、ハラスメントじみた暴力を振るう様子が幾度となく、公の場で確認されていた。当然、その害を最も受けているのが妻であることは想像に難くないことであったし、事実、彼女が顔や腕にあざを作っている姿が、市国のタブロイド紙に何度も取り上げられていた。
     そんな理不尽の渦中にあった彼女を、シラクゾはある取引によって口説いたのである。「ある筋に頼んで総帥を暗殺させよう。その代わり、その後行われる選挙で、自分に票を入れるように」と。
     彼の工作はこれだけに留まらなかった。妻同様、総帥の圧力に苦しめられていた金火狐商会長および市政局長をも、同様の取引で丸め込んだのである。これにより、選挙時点での最高幹部は1名減り、残る6名のうち3名を確保することに成功した。
     そして残る3名のうち1名にも、シラクゾはネオクラウンを通じて魔手を伸ばした。総帥に選ばれたとしても、これら裏工作が行われた事実が明らかになった場合、監査局が弾劾動議を提案することは明白である。仮にこの動議が否決されたとしても、黒いうわさをまとった総帥など、諸外国がまともに相手をするはずは無い。ましてや可決されれば即解任、即逮捕となってしまう。
     万が一にもネオクラウンとの関係が明るみに出るような事態に至らぬよう、監査局局長を始末し、その後釜に自分の息がかかった者を据えるこれらの工作は、シラクゾにとって必須の措置だったのである。



    「……で、監査局長やった親父はネオクラウンに殺されてもーたんや」
     ここまで経緯を説明したところで、ジャンニははーっとため息をついた。
    「じゃ、今の監査局って……」
     尋ねたシュウに、カズが答える。
    「総帥のご機嫌取りだよ。シラクゾが総帥になって1年以上経つし、市国のあっちこっちで『今の総帥はクソ』だって言われ倒してんのに、なーんにも動こうとしねーんだよ。『そのような事実は確認できない』の一点張りで、な」
    「ちゅうワケで今の金火狐は、事実上ネオクラウンの傘下や。商売事の融通から法・条例の整備、果ては道路通行許可に至るまで、何でもかんでもネオクラウンの好き放題になっとる。あいつらの顔色伺わへんと、道も通られへんっちゅうワケや。
     勿論こんな状況がまかり通るほど、市国の人間はのんきしとらへん。抗議行動はあっちこっちでしょっちゅうやっとるし、もっと過激なことしよるヤツもおる」
    「あ、聞いたコトありますね。自称『自警団』さんですよね?」
     口を挟んだシュウに、ジャンニはうなずいて返す。
    「それや。名前はカッコ良さげやけども、やっとることはクルマに火炎瓶投げ付けたり、建物にコンクリぶつけたり、あっちこっちの工場から資材かっぱらって武器密造したり……」
    「ぶっちゃけネオクラウンとどっこいどっこいのならず者、半グレ集団さ」
     いつの間にかジャンニのそばに戻って来ていたカズも、口を挟んでくる。
    「マフィアとチンピラが見境無く、周りの迷惑も考えず、ひたすら自分たちの利益と主義主張のためだけに抗争したら、どうなる?」
    「……まー、メチャクチャになっちゃいますよね」
     答えたシュウに、カズはうんうんとうなずく。
    「そう、メチャクチャだ。今やゴールドコースト市国は、世界最大の黄金都市なんかじゃねー。世界最低の暗黒街さ」

    緑綺星・猫報譚 5

    2021.08.06.[Edit]
    シュウの話、第5話。錆びた黄金。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. シラクゾは総帥候補として選ばれる程度には優秀ではあったが、元より排斥されかかっていた家柄の生まれである。何もせず座したままでいては、自分の未来が閉ざされてしまうのは明らか――若い頃からそう危惧していたシラクゾはネオクラウンと通じ、十重二十重の工作を仕掛けたのである。 そもそも次期金火狐総帥を選出する選挙の方法だが、これはゴー...

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    シュウの話、第6話。
    密着取材開始!

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     カズが話している間に、ジャンニは3人分の飲み物をトレーに載せて戻って来た。
    「ま、そんなわけで俺も――親父が殺された仇を討ちたいってのもあったし――まずは自警団に参加してん。身分を偽って」
    「ソレはなんでですか?」
    「当たりめーだろが」
     ジャンニからチョコミルクを受け取りつつ、カズは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
    「自警団はチンピラ同然っつったろ? 言ってるコトは『打倒ネオクラウン』だの『市国に正義を取り戻す』だのキレイゴトばっかだが、実態はめったやたらに暴れ回るだけの愚連隊だ。そんな自己中ヤローどもに、バカ正直に『ワイお金持ちですねん』なーんて言ってみろよ、3日後には身ぐるみ剥がされて港の漂着物になってるっつの」
    「なるほどですねー」
     シュウはスマホを右手に構えつつ、左手でメモを取る。と、それを見てジャンニが意外そうな声を漏らす。
    「あれ? あんたも左利きなん?」
    「えっへっへ、実は元々右利きなんですけど、頑張って両方使えるようにしたんですよー。そっちの方が便利でしょ?」
    「いや、そりゃ便利は便利だろーけど、だからってやろうとは思わねーよ」
     呆れた目を向けるカズに対し、ジャンニは素直に感心したような声を上げる。
    「あんた面白い奴やなぁ。……っちゅうか、そう言えばあんたのこと、何も聞いてへんよな」
    「わたしですかー?」
     シュウはスマホをちょん、と触り、撮影を一時停止させる。
    「わたしはシュウ・メイスン。央北トラス王国の、イーストフィールドってトコに住んでます。背はちっちゃいですけど、さっき言った通り21歳ですから、ちゃんと成人してます。今年の3月に大学出たばっかりの新社会人です。……こんなトコですねー。ともかく、今はジャンニさんへのインタビュー中ですから、詳しいお話はまた後でですねー」
    「あ、うん」
     もう一度ちょん、と触り、撮影を再開する。
    「えーと……、ココまでのお話を整理すると――現在の第23代金火狐総帥S・A・ゴールドマンはネオクラウンとの裏取引により現在の地位に就き、その見返りとしてネオクラウンは、市国内の法整備と商取引において事実上の優遇・優先権が与えられている、と。この事実に反感を抱く市民からは非難の声が絶えず、中には過激な行動に出る者もおり、特に『自警団』と称する者たちはネオクラウンとの衝突を繰り返し、抗争に発展している、……って感じですかねー。
     で、ジャンニさんは自警団に入ったって話でしたけど、どうして抜けちゃったんですかー?」
    「入って2ヶ月か、3ヶ月かしたくらいやったかな……。死人もちょくちょく出とったから、まだヒヨッコの新人のはずの俺も、すぐ戦闘に駆り出されるようになっててな。その頃にはもう、マシンガン持ってネオクラウンとやり合っとった。
     で、一線交えて何人かやられて、俺も――まあ、急所に当たりはせんかったけども――結構ダメージあってな、弾も無くなったから、物陰に潜んで状況が収まるのんを待っとったんや。そしたらな……」
     ジャンニはそこで、ふーっと憂鬱そうなため息をついた。
    「話し声が聞こえてきてんな。片方は俺たちを現場に連れて来た奴やってことは、声で分かった。もう片方は知らん声やった。自警団から応援が来たんやろかと思ってたんやけど、話を聞いとるとなんかおかしいなって」
    「どんなお話を?」
    「カネのやり取りしとった。『ここに自警団の若い奴連れて来て皆殺しにしてもろた礼や』って話やった。……分かるやろ、どう言う筋書きやったか」
    「ええ、なんとなく」
    「つまり自警団のヤツらの中に、ネオクラウンとつながってるヤツがいるって話だよ」
    「そう言うこっちゃ。腹立つ話やろ? こっちは正義のためやと思って頑張っとったのに、『そいつ』は仲間の死体を売って小銭もろてたわけやからな。……俺はそいつらがいなくなってから、その場を離れた。そん時にはもう、自警団に戻る気はこれっぽっちも無くなっとったわ」
    「そりゃそうですよねー」
     シュウはスマホを操作し、撮影を停止した。
    「今日はこの辺でおしまいにしましょ。続きはまた明日で」
    「おう。……明日?」
     きょとんとするジャンニに、シュウはにこっと笑みを向けた。
    「密着取材ですもん。しっかりがっつりインタビューさせてもらいますよー? あ、わたしの寝るトコは適当にソファでも貸してもらえればだいじょぶですから。あとカズちゃん、パソコン貸してもらっていいですかー? 編集とアップロードしたいので。情報提供料と出演料についてはおいおい相談と言うコトでお願いしますー」
    「……ま、待って? え、メイスンさん、まさかここに泊まるつもりしとる?」
     顔を真っ赤にしてうろたえたジャンニに、シュウはあっけらかんと答えた。
    「そですよー。ソレとも正義の味方さんは、テロがあったその晩に、襲われたホテルに戻れっておっしゃるおつもりですかー?」
    「いや、だからお姉ちゃんよ、お前さっさと故郷に……」
     ふたたび険悪な顔色を浮かべたカズにも、シュウはニコニコと微笑む。
    「わたしのコトはふつーにシュウって呼んでください。よろしくです。ソレじゃお借りします」
    「え、ちょ、おい、おいって、……おい!」
     くるんと背を向け、パソコンに向かうシュウに、カズが慌てて取りすがる。
    「使っていいって言ってねーだろ!? 待てって、勝手に触んなって……」
     そのやり取りを眺めていたジャンニは、ずっと苦い表情を浮かべていたが――。
    「……なんか押し切られそうな気ぃするなー……」
     あきらめに満ちた声色で、そうつぶやいた。

    緑綺星・猫報譚 終

    緑綺星・猫報譚 6

    2021.08.07.[Edit]
    シュウの話、第6話。密着取材開始!- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. カズが話している間に、ジャンニは3人分の飲み物をトレーに載せて戻って来た。「ま、そんなわけで俺も――親父が殺された仇を討ちたいってのもあったし――まずは自警団に参加してん。身分を偽って」「ソレはなんでですか?」「当たりめーだろが」 ジャンニからチョコミルクを受け取りつつ、カズは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。「自警団はチンピラ同...

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    シュウの話、第7話。
    「狐」軍奮闘。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「おはようございまーす」
     Tシャツにハーフパンツ姿の、明らかに寝起きと分かる格好でぼんやり突っ立っていたジャンニに、シュウが声をかけた。途端に彼は、ビクッと狐耳を震わせて姿勢を正す。
    「お……おっ、ほ、おはっ、……げっほ、げほっ、……おはようございます」
    「そんなにかしこまらないでいいですよー」
     シュウはニコニコと笑みを向けたが、ジャンニは顔を真っ赤にして、逃げ去るようにその場から離れる。
    「かっ、顔洗ろてきます、すんませんっ」
    「あ、はーい」
     入れ替わりに、カズが部屋の中に入ってくる。
    「なんだアイツ、朝からなに、……ん?」
     シュウと目が合い、カズは元から細い目を更に細める。
    「ああ、泊まってったんだったっけか。……だからか」
    「なんか逃げられちゃいましたけど、そんなにヘンな格好してないですよね、わたし?」
    「人の感性なんぞ千差万別だが、ま、オレから見てもふつーだろーと思うぜ。ソレであんなに泡食うアイツの方がよっぽど変わってると思うがな。……つってもまだ19歳だから、ウチにオレ以外の女がいるってコトにビビってんだろーぜ」
    「そんなもんですかねー?」
     シュウは自分の体を見下ろし、肩をすくめる。
    「わたし、見た目でアピールできるポイント無いですけどね」
    「まーな」
    「あ、ひどーい」
    「自分で言ったんじゃねーか、ケケ……」
     昨晩までことさら邪険にしていたカズも――一晩経って頭が冷えたのか、それとも相手のあっけらかんとした性格に毒気を抜かれたのか――ようやくシュウに笑いかけてくれた。

    「ってコトで取材の続きですー」
     朝食を済ませた後、早速シュウはスマホとメモ帳を手に、ジャンニに詰め寄る。
    「ホンマにあんた、グイグイ来るよなぁ……」
     まだ食後のコーヒーを片手にしていたジャンニは苦い顔を返しつつも、よれよれのシャツの襟をただし、彼女に応じた。
    「えーと……ゆうべはどこまで話したっけ」
    「自警団で衝撃の事実を知って抜け出した、ってトコまでですねー」
    「あー、うん、せやったな。……ほんでな、自警団ももうアテにならへんって分かって、俺は一人でネオクラウンと戦おうと思って、色々揃えてんな。拳銃とか戦闘服とか色々」
    「おカネはドコから? マフィアと一人で戦おうってなったら、相当使うんじゃ?」
    「金火狐の教えの一つにな、『どんだけ調子良くても一割は備えを残しとけ』ってのんがあってな。親父もその教えに従って、自分の商売で稼いだカネの一部を、隠し口座に残しててん。なんかあった時のためにって。で、実際に『なんか』あったからな、俺がこっそり受け取ったっちゅうわけや」
    「お母さんとか、ご兄弟はいないんですか?」
    「お袋は俺が小さい時に死んでもーてな。親父も再婚せーへんかったし、一人っ子やねん」
    「あら、失礼しました……。えーと、もいっこ失礼ですけど、ソレはおいくらくらい?」
    「せやなぁ、大体……」「おい」
     と、食後のココアをちびちび飲んでいたカズが口を挟む。
    「その質問、取材に関係あんのか?」
    「んー……そーですね、よく考えたら無関係でした。わたしの個人的興味でしたね。今のナシで。っと、じゃあカズちゃんが使ってるパソコンもその隠し資産で?」
    「ああ。この家自体も含めて、ここにあるのんは全部そのカネで買うとる」
    「ちょっと調べさせてもらいましたけど、アレ、何気にハイスペックですよね。ふつーにお店で買ったら5万エル以上はすると思いますけど」
    「カズちゃんが自作と魔改造しまくったからな、実際はその倍かけとる」
    「オレの話はいーだろ、別に」
     カズがシュウのスマホをトン、と叩いて録画を止め、ジャンニを親指で指す。
    「今やんのはコイツの話。だろ?」
    「えへへ、失礼しました」
     シュウがもう一度スマホを操作し、取材を再開する。
    「じゃ、その遺産で活動を始めたってコトですね。あのスーツもソコから?」
    「せやな。……あれもあれでものすごい魔改造しとるから、遺産半分消えたわ」
    「半分?」
    「カズちゃんは凝り性やからな。いっぺん手ぇ出し始めたら、やり切るまで全然止まらへん。典型的な芸術家タイプってやつやな」

    緑綺星・鋼狐譚 1

    2021.08.09.[Edit]
    シュウの話、第7話。「狐」軍奮闘。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「おはようございまーす」 Tシャツにハーフパンツ姿の、明らかに寝起きと分かる格好でぼんやり突っ立っていたジャンニに、シュウが声をかけた。途端に彼は、ビクッと狐耳を震わせて姿勢を正す。「お……おっ、ほ、おはっ、……げっほ、げほっ、……おはようございます」「そんなにかしこまらないでいいですよー」 シュウはニコニコと笑みを向けたが、ジ...

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    シュウの話、第8話。
    二人の出会い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     自警団を抜け、単独でネオクラウンと戦う決意を固めたジャンニは、街の裏通りに家を買い、そこを拠点に活動を始めた。だが自警団で学んだのはせいぜい破壊工作や武器のメンテナンス程度であり、組織に立ち向かう術など、何一つ分からなかった。
     そんな彼ができることと言えば、うわさで聞いたネオクラウンのアジトや幽霊会社に乗り込み、拳銃を乱射することくらいだった。

     そんな乱暴で杜撰な行動を繰り返した末、当然のごとくジャンニは、ネオクラウンに追われる羽目に陥った。
    「はぁ……はぁ……うぐ……」
     持っていた武器はすべてどこかに落とし、体中に傷を負っている。辺りには敵の気配だらけ――どうあがいてもここで命を落とすことは、不可避であるように思えた。
    (情けないわ……!)
     血と砂利でまみれた両手で額を抑え、ジャンニは絶望していた。
    (俺は結局半端者や……! 仇の一つも討てへんかったか)
     しかし、彼はまだ諦めてはいなかった。
    (……いいや、まだや! まだ行ける!)
     路地裏に転がっていた棒切れをつかみ、彼は立ち上がろうとした。と――。
    「お前、何するつもりだよ?」
     傍らに転がっていた黒いゴミ袋が、突然しゃべりだした。
    「……!?」
     よく見ればそれはゴミ袋ではなく、ゴミでまみれたパーカーだった。その隙間からもぞっと、肌の黒い少女の顔が覗く。
    「うっせーんだよ。コッチは寝てるトコだっつの」
    「おっ、……お、お前に関係無いやろ」
    「あるね。ココはオレの寝床だ。断りもなく家ん中にズカズカ入って来たヤツがいたら追い出すだろ?」
    「『家』て、……路地裏やでここ」
    「住んでる以上、家だよ。……ってかお前さん」
     毛布代わりにしていたらしいパーカーを払い、少女がジャンニの顔をまじまじと見つめてきた。
    「見たトコ20歳にもならねーお坊ちゃんって感じだが、こんなトコで死にそうな顔しながら、一体何してんだよ? まだ真っ昼間だぜ? 学校行けよ、学校」
    「学校なんか行ってられるか。俺は復讐の真っ最中やねんぞ」
    「フクシュウだぁ? ケケケ、笑わせるぜ」
     少女はジャンニの鼻をぐにっとつかみ、ケタケタと笑う。
    「この一瞬であっけなく顔に一撃食らうよーな甘ちゃんが、どーやってそんな荒事やってのけようってんだよ」
    「あが……」
     と――二人の話し声を聞き付けたらしい男たちが、拳銃や散弾銃を手にして路地裏に入って来た。
    「いたぞ! あのガキだ! 別のガキとしけこんでやがる!」
    「ああん?」
     少女の額にぴき、と青筋が浮かぶ。
    「誰がガキだって? 言ってみろよ、おっさん」
    「鏡見てみろや、ちんちくりん!」
    「……あ?」

     10秒後――10人近くいたマフィアのチンピラたちは、一人残らず壁や地面に叩き付けられ、ピクリとも動かなくなっていた。
    「な……え……」
    「相手見てケンカ売れや、能無し共め」
     返り血一滴も浴びることなくその全員を叩きのめした少女はフン、と鼻を鳴らし、呆然としていたジャンニに声をかける。
    「お前さんもとっとと帰んな。そんで真面目に働くなり学校戻るなりして、ふつーの生活に戻るんだな」
    「……あ、……あのっ」
     ジャンニはその場に座り込み、深々と頭を下げて頼み込んだ。
    「助けてくれ!」
    「あ?」
    「俺は……俺は何にもでけへん半端者や。でも、……でも! 俺は親の仇を討ちたいんや! おかしなっとるこの街を助けたいんや! 俺に力を貸してくれ!」
    「……」
     少女はしばらく、ひんやりした目でジャンニの背中と尻尾を眺めていたが、やがてふーっとため息をつき、傍らに丸めていたパーカーを肩に掛けた。
    「話くらいは聞いてやんよ。お前さん、名前は?」
    「……ジャンニ」
    「オレは一聖(かずせ)だ。カズちゃんって呼べ」
     カズは未だ突っ伏したままのジャンニの背中を引っ張り、立つよう促した。
    「お前んち、ドコ? とりあえずそっち行こーぜ。屋根もなんもねー路上でダラダラ話すよーなコトでもないだろーしよ」
    「あ、うん」
     この時、ジャンニは――自警団相手には最大限警戒していたにもかかわらず――この真っ黒な少女には何故か、素直に己を晒していた。

    「話は大体分かった」
     ジャンニのアジトに招かれ、彼から事の顛末を聞き終えたカズは、出されたコーヒーを苦い顔で一気にあおった。
    「今度ココアとチョコミルク買って来いよ。オレ、にげーの嫌いなんだよ。あと、『ランクス&アレックス』のショコラツイストドーナツも。アレ大好きなんだよ」
    「居着くつもりかいな」
     ジャンニのツッコミに、カズがツッコミ返す。
    「そりゃそーだろ。ソレとも何か、お前さんは屋根のあるトコでぬくぬくしてるってのに、オレは路上に戻れって言うつもりじゃねーだろーな?」
    「いや、まあ。そう言う言い方されたらそら、帰れとは言われへんけども」
    「心配しなくてもちゃんと手伝ってやんよ。お前さんの復讐とやらは、な」
     それを聞いて、ジャンニの狐耳がピン、と立つ。
    「ホンマに?」
    「他にやるコトもねーしな。……ま、ソレに」
     カズはジャンニの頭の方に目線を上げ、ニヤッと笑う。
    「お前さんが『狐』だからな。そうじゃなかったら断ってた」
    「なんで?」
    「オレの妹も『狐』だからだよ、ケケ……」

    緑綺星・鋼狐譚 2

    2021.08.10.[Edit]
    シュウの話、第8話。二人の出会い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 自警団を抜け、単独でネオクラウンと戦う決意を固めたジャンニは、街の裏通りに家を買い、そこを拠点に活動を始めた。だが自警団で学んだのはせいぜい破壊工作や武器のメンテナンス程度であり、組織に立ち向かう術など、何一つ分からなかった。 そんな彼ができることと言えば、うわさで聞いたネオクラウンのアジトや幽霊会社に乗り込み、拳銃を乱...

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    シュウの話、第9話。
    スチール・フォックスの完成。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     若く人生経験の浅いジャンニでも、カズが優秀かつ多彩な技能の持ち主であることは、すぐに理解できた。手始めに連れて行かれた複数の店のどこでも、店員も舌を巻くほどの広汎な知識を発揮したからである。
    「……えっぐいなぁ」
     そうして作り上げたモノは――総額12万9千エルと言う、いち家庭では車の購入検討時にしか出てこないような、とんでもない額が注ぎ込まれた――とてつもないスペックのパソコンだった。
    「こんなんいるんか、ホンマに?」
    「半分は趣味でやっちまったが、半分はマジだ。今から考えてるヤツは、結構マシンパワー使うんだよ。あ、あと3Dプリンタとレーザー加工機と旋盤も買うぞ。……あとは、……んー、……とりあえず工具一式ざっとかな」
    「……ヘンなもん作らんといてや?」

     カズの金遣いの荒さと傍若無人な振る舞いに辟易したジャンニではあったが、結果としてカズの製作物は、ジャンニの予想と期待を大きく上回る代物となった。
    「なんやこれ」
    「パワードスーツってヤツだよ」
     そうしてできあがった金属彫刻じみた鎧を前にして、ジャンニは呆然とするしかなかった。
    「……なんで?」
    「まず第一。お前さん、素性がバレたら嫌だっつってたろ? コレなら顔も体型も、耳や尻尾まですっぽり隠せる。そして第二。お前さんはハッキリ言ってへなちょこだ。戦闘技術ってもんがまるでなっちゃいねー。今のままじゃ、街の酔っ払いにすら負ける。例え拳銃持ってても、だ。自分で分かんだろ、ソコら辺は?」
    「そ、それは……まあ」
    「そんな貧弱くんがマフィアと正面切って戦おうってなったら、相当気合い入ったアシスト付けなきゃならねー。ソレが、コレだ。
     ミスリル化シリコンゴムにミスリル化チタン鋼、ミスリル化カーボン、その他超々強度の素材で作って、各パーツごとに神器化処理を施してある。現状でも銃弾どころか100ミリ戦車砲弾をゼロ距離で食らってもノーダメージ、中のお前さんは無傷だ」
    「いや、それは無いやろ。タマ自体は止めても、衝撃ってもんが……」
    「ソコも織り込み済みってヤツさ。ほれ、試しに着てみな」
    「ええー……」
     ジャンニは難色を示したものの、結局カズの押しに負けた。
    「どうやって着るん? って言うか、どうやってこれ開けるん?」
    「オーラ認証方式。お前さんがやるぞって思ったら、スーツの方からかぱっと開いて包み込んでくれっから。もういいぜって思ったら勝手に脱げるし」
    「はあ」
     言われた通り、ジャンニは心の中で着るぞと考えた。途端にカズの言う通り、スーツがかぱっと開き、ジャンニに覆いかぶさった。
    「うわっ、お、……お、おお?》
     明らかに重たげな鉄の塊がのしかかってきたものの、ジャンニ本人には何の衝撃も無い。
    「装着者本人を守るコトを最優先で命令してっからな。スーツがお前さん自身を傷付けるコトは、絶対に無い」
    《はあ……なるほど》
     ジャンニがスピーカー越しに返事したところで、カズが机に転がっていたジャンニの拳銃を手に取る。
    「ってワケで」
    《え、ちょ》
     戸惑うジャンニに構わず、カズはジャンニに向かって発砲した。
    《うわっ、やめっ、……あれ?》
     パン、パンとけたたましい音が部屋にこだまするが、それ以外には何も感じない。戸惑っている内に、カズが空になった拳銃の弾倉を抜き取り、ジャンニの鼻先に突きつけた。
    「この通りだ。9ミリ拳銃弾15発一気にブチ込んでみたが、何か感じたか?」
    《……全然。音しか感じひんかった》
    「人体に害があるレベルの衝撃を感知した場合、『マジックシールド』が発動するようになってる。しかも3層だ。そのシールドだけでもお前さんがダメージ食らうようなコトには、まずならねーだろう。仮にその装甲まで達するクラスの兵器となりゃ――流石にミサイルくらいの戦術兵器が直撃したらヤバいが――そこいらのゴロツキがそう簡単に手に入れられるような代物じゃねー。勿論、装甲本体の防御力も高い。仮に対魔術対策を仕掛けられたとしても、そう簡単にその装甲は破れねー。お前さんの身は、絶対に安全ってワケだ」
     そこまで説明されたところで、ジャンニも余裕と興味が出てきた。
    《……ちなみにやで、カズちゃん。ちなみにで聞くんやけども、笑わんといてや?》
    「なんだよ?」
    《これ、もしかして飛べたりするん?》
    「ヘッ」
     その質問を鼻で笑い飛ばして、カズは得意満面に答えた。
    「飛べるに決まってんだろ」

    緑綺星・鋼狐譚 3

    2021.08.11.[Edit]
    シュウの話、第9話。スチール・フォックスの完成。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 若く人生経験の浅いジャンニでも、カズが優秀かつ多彩な技能の持ち主であることは、すぐに理解できた。手始めに連れて行かれた複数の店のどこでも、店員も舌を巻くほどの広汎な知識を発揮したからである。「……えっぐいなぁ」 そうして作り上げたモノは――総額12万9千エルと言う、いち家庭では車の購入検討時にしか出てこないよう...

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    シュウの話、第10話。
    広報活動の重要性。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「……そんなわけで、俺はこのパワードスーツ使てネオクラウンの奴らと戦ってんねん。自分で言うのんも恥ずかしいけども、ま、正義の味方っちゅうやつやな」
    「ふむふむ」
     シュウはそこでスマホを操作し、録画を止める。
    「ちょっとお聞きしたいんですけど、広報に関しては何かされてます?」
    「こーほー?」
    「自分たちの活動について、ブログとか動画とか、そーゆーので説明されてますかってコトです」
     シュウの質問に、ジャンニはぽかんとした顔を見せる。代わりに、既にパソコンにかじりついていたカズが、背を向けたまま答えた。
    「やってるワケねーじゃん」
    「では何を根拠に、正義の味方って言い張ってるんですかー?」
    「へ」
     ぽかんとした顔のまま、ジャンニが間の抜けた声を漏らす。
    「いやほら、悪と戦うやつっちゅうたら正義の味方になるやんか」
    「ソレはジャンニくんの感想、って言うか願望ですよねー?」
     ぴしゃりと言い切り、シュウはカズに尋ねる。
    「カズちゃん、『スチール・フォックス』で検索したコトあります?」
    「……おう」
    「その検索結果、ジャンニくんに知らせてますー?」
    「あー……いや……ほら、アレだよ、コイツ、パソコン音痴だし」
    「口頭で教えるならパソコン関係無いですよね?」
    「う……」
     渋い顔で振り返り、カズは歯切れ悪く答えた。
    「お前さんが言いたいコトは、まあ、うん、何となく分かった。つまりアレだ、コイツが自分で自分のコトどう思ってるかと、世間のヤツらがどううわさしてるかが、まあ、その、一致してるとは言い難いって言うよーなコトを言いたいってコトだよな」
    「え」
     遠回しな言い方ながらも、シュウとカズの言わんとすることを、ジャンニも悟ったらしい。
    「まさか俺、正義の味方と思われてへんのん?」
    「思われてないって言うか、真逆ですよ」
     シュウは自分のスマホをいじり、その「評判」を見せる。
    「『お騒がせキツネ また器物損壊』、『スチール・フォックス 今度は爆発騒ぎか』、……この文面で正義の味方だって思う人はいないと思いますけどねー」
    「マジで?」
    「わたしの個人的意見も含みますけど、いきなり空から落ちてきて人を殴り倒して暴れ回って、一言も言わずにその場を去るって、ただただ迷惑な人なだけですよー?」
    「い、いやでも、俺はネオクラウンの奴らしか狙てへんし」
    「構成員の人たちなんて大体、表じゃただのブラック企業勤めの人たちですよ? そりゃホテル襲撃の時は拳銃とかPDWとか持ってましたけども、曲がりなりにも『ただの勤め人』を有無を言わさず殴り飛ばす人がいたら、どっちがヤバい人だって思います?」
    「えー……ウソやん……俺、そう思われてんのー……?」
     頭を抱えたジャンニを見て、シュウはため息をついた。
    「ジャンニくんの悪いトコは自分の理想に走りすぎなトコですよ。現実とマッチした行動取らなきゃ、そのうちホントに逮捕されちゃいますよー」
    「マジか……」
    「今からでも遅くないでしょうし、是非広報した方がいいですよ。何ならわたし、手伝いますから」
    「ええのん?」
     ジャンニが顔を挙げたところで、カズが口を挟む。
    「お前さんは本当、女に弱いな」
    「そ、そんなことあらへん」
    「あるから言ってんだよ。なにいきなりこんな口軽女の手ぇ借りようとしてんだよ」
    「いや、でもシュウさんの言う通りやんか。このまんま今まで通り活動しても、公安に目ぇ付けられるだけやし」
    「捕まえられるかってんだ。どーやって拘束すんだよ」
    「捕まると思いますよ? 令状持ってココに来たらアウトですよね。間一髪スーツ着て逃げたとしても、この家の登記調べたら素性が割れちゃうでしょうし」
    「アジトが見つかるってのか?」
     シュウはスマホの画面をカズに向け、動画を見せる。
    「ほら、『徹底考察! スチール・フォックスの潜伏先は!?』ですって。ジャンニくんの飛行ルートを解析して、どの辺にアジトがあるのか推理してますよ」
    「……そんな動画上がってんのか」
    「幸いと言うか――ゆうべジャンニくんと一緒に空飛んだ時に確認しましたけど――考察動画の人たちの予想は今のところ、外れてます。でもこのままほっといたらそのうちこの人たちも公安の人たちも、ココを突き止めると思いますよ」
    「まずいな」
    「なのでまずは宣伝です。『スチール・フォックス』が正義の味方だってコト、ちゃんと伝えましょ」
     シュウはカズの隣にしゃがみ込み、にこっと笑みを向けた。
    「と言うわけでパソコンお借りしますねー」
    「……分かったよ。よろしく頼むわ」
     カズは苦い顔をしつつも、シュウに席を譲った。

    緑綺星・鋼狐譚 4

    2021.08.12.[Edit]
    シュウの話、第10話。広報活動の重要性。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「……そんなわけで、俺はこのパワードスーツ使てネオクラウンの奴らと戦ってんねん。自分で言うのんも恥ずかしいけども、ま、正義の味方っちゅうやつやな」「ふむふむ」 シュウはそこでスマホを操作し、録画を止める。「ちょっとお聞きしたいんですけど、広報に関しては何かされてます?」「こーほー?」「自分たちの活動について、ブログとか...

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    シュウの話、第11話。
    メイスンリポート#40;うわさのあの人にインタビューしちゃいました!

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     こんにちは、シュウ・メイスンですー。

     前回の動画からちょっと日が空いちゃいましたね。ご無沙汰しちゃいまして、申し訳ありませんでしたー。でもその代わり、今回は特別編です! 実は今わたし、ゴールドコースト市国にいるんですけども、綿密な独自調査の結果、あの超有名人とコンタクトを取るコトに成功いたしましたー! 
     さて、その人物とは……!? と言うワケで、お名前をお願いしまーす!
    《えっと、えー、……す、スチール・フォックスだ》
     あら、ちょーっとアガり気味ですかね?
    (カンペ:リラックスですよ!)そう、ただいま市国でうわさの「狐」さんが、今回のゲストです!
    《よ、……よろしく》
     はーいよろしくお願いしますー。まずはご職業についてお伺いしてもよろしいですかー?
    (カンペ:落ち着いて読み上げてって下さい! でも不自然にならないよーにです!)
    《せ、……正義の味方、を、自称している》
     わ~ぉ、悪と戦うヒーローなんですね!
    (カンペ:もうちょっとカッコつけて!)でもスチール・フォックスさん、……えーと、ちょっと長いのでSFさんと略させていただきますけども、SFさんが戦おうとしている「悪」と言うのは、ズバリ誰なんでしょうか?
    《私は、市国の安全を脅かす輩を決して許さざるべき悪と見なし、すべからく憎んでいる。それは市民に危害を成そうとする悪漢に対してもそうであるし、近くのパン屋やコンビニを襲う強盗に対してもそうだ。
     無論、市国全体を暗黒の淵に陥れようと企む巨悪に対しても敢然と戦い、この手で討ち滅ぼさんと決意している。そう、今まさにこの街を手中に収めんとするあの悪名高きマフィア、ネオクラウンが、紛れもなく私の、最大の敵なのだ》
     なーるほどー!
    (カンペ:バッチリ!)確かにわたしの方でも市国に関する調査を行っているんですが、市国で取り沙汰されている、規模の大きな悪事に類する出来事のほとんどに、ネオクラウンたちの影響・関与が見られます。例えば第36回から前々回までネオクラウンの抱えるフロント企業についてのお話を続けてましたけども、コレだけでも20件以上、30社近くをピックアップしていますし、そのすべてが非合法・非倫理的活動を行っているコトが、わたしの取材と調査により明らかになっています。ソレだけでも市国の健全な経済活動、社会の安全を阻害していると言っても、全く過言ではありません。
     しかし今現在、ネオクラウンたちはそれらフロント企業を隠れみのにしており、仮にこの企業がすべて警察当局の捜査を受けて営業停止したとしても、まんまと逃げおおせられるような体制を築いてしまっています。
     そんな法律で裁けぬ巨悪に立ち向かうヒーロー、ソレがスチール・フォックスなんですね!
    《その通りだ。私は市国に真の安全、いや、真の平和が訪れるその日まで、正義のために戦うと宣言する》
     でもSFさん、わたしの調査によればあなたのことを「お騒がせ者」だ、「ネオクラウンと自警団に次ぐ犯罪者だ」と評する意見もあるようですが、ソレについてはどうお考えでしょうか?
    (カンペ:ココは最初落ち込み気味に、でも後半は自信たっぷりで)
    《誤解があることは私も感じている。確かに今現在、諸事情により世を忍ぶように活動をしているために、そうした誤解を完全には払拭できないでいる。私の存在こそが悪であると見なす人間がいることは、極めて遺憾に思っている。
     だが、……だが! これだけは信じてほしい。私は決して私利私欲などのために動いたりはしない! 決して弱者を見捨てはしない! そして決して! 決して、悪に屈したりすることは無い、と!
     私は常に、市民の最も良き隣人であり、そして最も頼れる隣人である。それをここに約束する》
     わたしはあくまで中立的、客観的立場でお話しさせていただくよう努めていますので、あまりこうした肩入れは、自分でもちょこっとまずいかなとは思いますが――市国の皆さん、スチール・フォックスは本当に信用に値する方だと、わたしは思います。こうして直にお会いして、ソレをひしひしと感じています。
     SFさん、本日はありがとうございました。
    《ありがとう、メイスンさん》

     と言うワケで、今回の動画はココまで。ご視聴、ありがとうございましたー!

    緑綺星・鋼狐譚 5

    2021.08.13.[Edit]
    シュウの話、第11話。メイスンリポート#40;うわさのあの人にインタビューしちゃいました!- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. こんにちは、シュウ・メイスンですー。 前回の動画からちょっと日が空いちゃいましたね。ご無沙汰しちゃいまして、申し訳ありませんでしたー。でもその代わり、今回は特別編です! 実は今わたし、ゴールドコースト市国にいるんですけども、綿密な独自調査の結果、あの超有名人とコンタクト...

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    シュウの話、第12話。
    次なる演出は?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ジャンニ、即ち市国に現れた謎の人物「スチール・フォックス」への取材動画をネット上にアップロードしたところ――。
    「おかげさまで100万再生突破ですー」
    「マジか」
     半月ほどの間に動画再生数は伸びに伸び、彼に対する評価もプラス方向に大きく傾いた。
    「って言っても全評価6万件ちょいの中、高評価52%ってトコなんですけどね」
    「ギリ半分じゃねーか」
    「そりゃまあ、口で『ぼくわるいやつじゃないよ!』なんて言って信用する人なんて、ソコまでいないですよー」
    「そらそうやな」
    「ソコでですよ」
     シュウは人差し指をピン、と立て、こんな提案をした。
    「もうちょっとヒーローっぽい活動してみたらどうでしょうか?」
    「っちゅうと?」
    「お二人はヒーローもののアクション映画観る方です?」
     シュウに尋ねられ、二人は揃って頭を縦に振る。
    「わりと」
    「ま、好きな方だな」
    「じゃ、こー考えてください。ふつーのコがなんやかんやあってスーパーな能力身に付けちゃいました! はじめはそのスーパーパワーで好き放題やってたけど、正義のココロみたいなのが芽生えて、悪と戦う決意を固めました! ハイこの後の展開と言えば!?」
    「すげー悪くて強いヤツが出て来て大ピンチ、……とか?」
     カズの回答に、シュウは「ぴんぽぉん!」と返す。
    「お二人に確認していただいたから十分ご存知でしょうけども、わたしが『メイスンリポート』で上げたあの取材動画、いかにもなヒーローアクション映画の序盤をイメージして編集してあります。今言った、『すごいパワー身に付けた』から『正義のヒーローになるぞ!』までのくだりですね。となるとみんな期待するのは、巨悪と戦うシーンになるワケですけども――ジャンニくん、あなたが戦いたい巨悪って言えば?」
    「そらネオクラウンや」
    「ハイその通り大正解! 動画の方でもソコについてすっごく強調してますから、きっとみんな期待してます。でもですよ、実際のところ……」
    「現実にあのパワードスーツ着ててもピンチに陥らせるよーなヴィラン(悪役)なんか、そうそういやしねーだろ」
     口を挟んだカズに、シュウはうんうんとうなずく。
    「勿論です。いたら困ります。なので『戦う』の意味をちょこっと変えてみるのはどうでしょうか?」
    「っちゅうと?」
    「カズちゃんが言ったコトの繰り返しになりますが、現実のハナシにヒーローとヴィランの取っ組み合いを求めるのは無理ですし、色んな意味で危険です。でもそのスーパーパワーを使ってすごいシーンを見せるコトは可能です。
     でですね、ちょっと話は変わるんですけども、ネオクラウンの人たちの収入源って何だと思います?」
    「財団にせびってんじゃねーのか?」
     カズの回答に、今度はジャンニが不正解を告げる。
    「そら無理があるわ。なんぼ財団総帥と仲良しや言うたって、総帥が独断で財団のカネを変なトコにじゃんじゃんつぎ込んだら、流石に言い訳効かへん。マフィアとつながっとるっちゅううわさを自分で認めるようなもんや。
     かと言って総帥が独断で動かせるカネなんか、せいぜい自分の個人資産か、アキュラ家名義の資産程度や。長年外様のアキュラ家の人間が一人で何十億、何百億エルも持ってるわけがあらへんし、言うたら悪いけど、家全体の資産も高が知れとる。マフィアを甘やかすほどの額はあらへんで、多分」
    「じゃあ、ドコからカネ取ってんだ?」
    「うーん……どこやろな?」
     顔を突き合わせたカズとジャンニに、今度はシュウが割って入った。
    「こーゆー場合のありがちな資金源は、ズバリ利権関係ですね。商業上、行政上の優遇措置が色々与えられてるって話でしたから、末端で言えば幽霊会社に対する援助金ですとか、非合法な商売をやってもお咎めなしにしちゃうとか、税金を免除しちゃうとか、色々考えられますね。
     あと、財団名義の企業が持ってる資産や設備を名目上借りる、実質的には私物化するって手法もあります」
    「どう言うこった?」
    「例えば昼間、ふつーに操業してる工場を、夜間の本来稼働してない時間帯に、勝手に動かしちゃうとかですね。水道光熱費は工場持ち、利益はネオクラウンにって感じになります」
    「そらあかんやろ。いや、そもそも夜間操業は市国労働法違反やないか。工場は原則19時で閉めなあかんねんから」
    「だから非合法なんですよ」
     シュウはかばんを手に取り、メモ帳と書類束を取り出した。

    緑綺星・鋼狐譚 6

    2021.08.14.[Edit]
    シュウの話、第12話。次なる演出は?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ジャンニ、即ち市国に現れた謎の人物「スチール・フォックス」への取材動画をネット上にアップロードしたところ――。「おかげさまで100万再生突破ですー」「マジか」 半月ほどの間に動画再生数は伸びに伸び、彼に対する評価もプラス方向に大きく傾いた。「って言っても全評価6万件ちょいの中、高評価52%ってトコなんですけどね」「ギリ半...

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    シュウの話、第13話。
    製薬会社の闇。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「元々ですね、わたし、この件を調べようと思って市国に来たんですよねー」
     そう前置きし、シュウは書類をカズに渡す。
    「『クレメント製薬 716年度決算報告』……なんだコレ?」
    「市国の製薬会社さんですね。金火狐商会の孫請けさんくらいのトコですけども、昨年度の決算がおかしいって、その筋でうわさのトコなんです」
    「おかしい?」
     尋ねたジャンニに、シュウがメモを見ながら説明する。
    「収益に対して費用が妙にかかりすぎてるんですよ。他の同規模の製薬会社さんの倍以上のコストかけてお薬作ってるコトになってて、筆頭株主である金火狐商会以外の株主さんたちからは詳しい説明を求められてるんですが、社長さんは『新薬の研究に難航しているため』の一点張りで、ちょっと紛糾してるんですよねー」
    「製薬会社ってんなら確かにそんな理由もあるだろーが、お前さんのさっきの話からすると……」
     カズの指摘に、シュウはにっこり笑って返す。
    「ええ、ニオいますよね。しかも筆頭株主である金火狐商会ですが、確かジャンニくんの話だと、商会長さんは総帥さんの言いなりなんですよね?」
    「おう。総帥から『文句言わず黙っとけ』言われたらそうするやろな」
    「他の株主さんが文句言ってるのに、何故か筆頭株主さんだけだんまりなんて、ソレだけでもヘンですよね? で、ソコら辺の話を合わせてみると、内情はこんな感じかなって――クレメント製薬の工場をネオクラウン系の人たちが違法に操業してて、社長さんも商会長さんも総帥から口止めされてる、と」
    「ありそうな話だな。だが、製薬会社の工場でマフィアが勝手に何か作ってるって、まさかソレって……?」
     眉をひそめたカズに、シュウも苦い顔を見せる。
    「麻薬か何かでしょうねー」
    「マジか」
     話を聞くにつれ、ジャンニの顔に朱が差していく。
    「人の工場で麻薬作ってカネ稼ぎやと? ふざけんな!」
    「ええ、ホントにふざけた話ですよ。……でも、逆に言えば」
     シュウはメモと書類をしまい、ジャンニに真剣な目を向けた。
    「麻薬は相当大きな収入源のはずです。この企みを潰し、白日の元にさらせば、ネオクラウンには大ダメージを与えられるでしょう」
    「せやな。……クレメント製薬やったっけ」
    「ええ。でも」
     シュウはジャンニの手を取り、珍しく語気を強める。
    「『ほないっちょブッ潰してくるわ』なんて、絶対やっちゃダメですからね?」
    「なんでやねんな」
    「なんでやねんな、じゃねーよ。アホかお前」
     カズも声を荒げ、ジャンニを止める。
    「工場に殴り込みかけて更地にでもしてみろよ、翌日の新聞の見出しが『スチール・フォックス ついに大量破壊犯に』ってなるぜ? 表向きはふつーの製薬会社なんだからよ」
    「カズちゃんの言う通りです。しかもソレじゃ、ネオクラウンは逃げて終わりですよ。そもそもこの話自体、わたしの推理半分です。確かな証拠も無いのにいきなり殴り込んだら、ホントにただの荒くれ者ですからね?」
    「う……」
    「まず証拠がいります。ホントに麻薬作ってるってコト、ホントにネオクラウンが関わってるってコトを明らかにしてからじゃなきゃ、動いちゃダメです。……と言うワケでカズちゃん」
    「ぉん?」
     急に話を振られ、カズは目を白黒させる。
    「カズちゃんならクレメント製薬のサーバにこっそり入って監視カメラの記録手に入れたり、麻薬の原料や完成品を運んでるルートを特定したりできますよね?」
    「ハッキングしろってのか?」
     カズは一瞬苦い顔をし、思案に暮れる様子を見せたが、やがて渋々と言った様子でうなずいた。
    「やったコトねーけど……ま、何とかやってみる」
    「あ、できなきゃ仕方無いです。コレまで通り地道に探しますし」
    「オレに『できない』はケンカ売ってるよーなもんだぜ。やってやるさ」
     カズは席を離れ、パソコンに向かい始めた。
    「……できるんですかね? できそーな気はしますけど」
    「カズちゃんは天才やからな」「天才じゃねーよ」
     ジャンニの言葉に、カズが背を向けたままで突っかかる。
    「『天才』ってのは『天』に『才』能をもらっただけの、怠け者のコトだ。オレは自分で自分のチカラを獲得してきたんだ。自分の努力と鍛錬で、だ。だからオレのコトは天才なんて呼ぶんじゃねー」
    「あ、うん」
     ジャンニがたじろいでいる一方で、シュウは感心していた。
    「思ってたより結構ストイックなコですねー……。ちょっとカッコいいかも」
    「そうかぁ?」
     と――カズがくるんと振り向き、ニヤニヤと得意げな笑みを浮かべた。
    「コレでいいか?」
    「え?」
    「クレメント製薬の内部サーバに侵入して、監視カメラの映像抜いたぜ」
    「マジで?」
     目を丸くしているジャンニに構わず、シュウはカズのそばにすり寄る。
    「すごいですねー、カズちゃん」
    「へっへへ……」
     シュウにほめられ、カズは見た目相応の、可愛らしい笑顔を見せた。

    緑綺星・鋼狐譚 終

    緑綺星・鋼狐譚 7

    2021.08.15.[Edit]
    シュウの話、第13話。製薬会社の闇。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「元々ですね、わたし、この件を調べようと思って市国に来たんですよねー」 そう前置きし、シュウは書類をカズに渡す。「『クレメント製薬 716年度決算報告』……なんだコレ?」「市国の製薬会社さんですね。金火狐商会の孫請けさんくらいのトコですけども、昨年度の決算がおかしいって、その筋でうわさのトコなんです」「おかしい?」 尋ねた...

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    シュウの話、第14話。
    シュウとカズの共通点?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「つってもさー、やっぱ底んトコに苦い感じ残んじゃん」
    「わたしはソレが好きなんですけどねー。だからドコの喫茶店行っても、カフェラテばっかり頼んじゃって」
     二人とも片手にカップを持ちながら、それぞれ別のモニタを眺めつつ、取り留めもない話に興じている。
    「オレは苦いの嫌いなんだよなー」
    「でもチョコってビター感ありません?」
    「なるべく無いヤツにしてる。ほら、コレもミルクチョコだし」
    「あー」
     どちらのモニタにも、数日前にクレメント製薬のサーバをハッキングして抜き取った、監視カメラの映像が映っている。
    「こっちは甘めのチョコ多いですよね。わたしの住んでたトコ、ビターめなヤツばっかりで」
    「そうなのか?」
    「と言うか、わたしの実家が売ってるのがビター系メインなんですよね」
    「お前の?」
     ここ数日、揃ってモニタにかじりついている間に、二人はすっかり仲良くなっていた。
    「なんてトコ?」
    「メイスンフード&ビバレッジって言ってー、……あー、多分MFBって言ったら分かるかなって」
    「MFB? あー、うんうんうんうん、分かった分かった。あの白黒猫マークのアレか」
    「ソレですソレです。アレ、父の家系の毛並みなんですよー。ほら、わたしも白黒でしょ?」
    「だな。しかし……そっか、MFBのご令嬢ちゃんだったのか」
    「意外でした?」
     にこっと笑うシュウに、カズは肩をすくめて返す。
    「意外っちゃ意外だな。娘一人、お気楽旅にポンと出させるくらいのカネがあるとは、な」
    「え?」
    「オレの中のイメージじゃ、ちっせえ町工場くらいにしか……」
     それを聞いて、シュウは首をかしげた。
    「自分で言っちゃうのもなんですけど、結構おっきな会社ですよー? こっちのスーパーにも商品ありましたし」
    「そうだな、うん、もう何十年経ってんだって話だよな。……まあいいや、なんか見つかったか?」
     そう言ってモニタを指差したカズに、今度はシュウが肩をすくめる。
    「まだですねー。確実に何かあるはず! ……って思ってたんですけど」
    「つってもまだ4日分しか確認してねーしな。いくらなんでも毎晩操業してるってコトは無いだろーし、1週間くらい流し見してりゃ、どっかで引っかかるだろーぜ」
    「だといいんですけど」
     と、二人の背後から声がかけられる。
    「ご飯でけたでー」
    「おう」
     カズが動画を止め、席を立とうとしたところで――。
    「あのー、カズちゃん?」
     シュウがカズの袖を引き、呼び止める。
    「ん?」
    「さっきの話ぶりだと、もしかして昔、トラス王国にいたコトあるんですか?」
    「……ちょっとだけ、な」
    「いつの話です?」
    「だいぶ前」
    「具体的には?」
    「聞いてどーすんだよ。大した話じゃねーぜ? ……ほら、ジャンニがメシ作ってくれてんだから、お前さんもとっとと台所行こーぜ」
    「あっハイ」
     話をにごされてしまい、結局この時は、カズから詳細を聞き出すことができなかった。

    「ご飯を作った」とは言うものの、殺伐とした生活環境でひっそり暮らすジャンニとカズの制作物である。
    「またジャガイモとキャベツとベーコンですかー?」
    「文句あるなら食わなくていいぜ?」
     カズにたしなめられたが、シュウは「そうじゃなくてー」と返す。
    「レパートリーがなんか、全部その3つだなって。昨日のおひるとおゆはんもソレ炒めたのと煮込んだのとでしたし」
    「朝はちゃんと別なのがあんだろーが」
    「山盛りシリアルですね。そっちはそっちで毎朝おんなじのばっかりですよね」
    「なんなんだよ? やっぱ文句じゃねーか」
    「じゃなくて」
     シュウはぱたぱたと手を振り、二人の顔を見比べる。
    「栄養偏りません? おやつはチョコかドーナツですし、飲み物はコーラかコーヒーかチョコミルクですし。肌荒れしちゃいますよー」
    「そんなん言うてもなぁ……」
    「ハラ膨れりゃ十分だしなぁ」
     そんなことを言って顔を見合わせる二人に、シュウは呆れた声を漏らした。
    「しょーがありませんねー。せめて住まわせてもらってる間は、わたしがご飯作りますよ」
    「お前さんがぁ?」
     カズが不安そうな目を向けてきたが、シュウはにっこり笑って返した。
    「だいじょぶです。少なくともお二人よりはレパートリーありますから」
    「……お前ってホント、失礼なヤツだな」
     むくれるカズに対し、ジャンニは苦い表情を浮かべた。
    「反論はでけへんな。言われた通りやもん」

    緑綺星・密薬譚 1

    2021.08.17.[Edit]
    シュウの話、第14話。シュウとカズの共通点?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「つってもさー、やっぱ底んトコに苦い感じ残んじゃん」「わたしはソレが好きなんですけどねー。だからドコの喫茶店行っても、カフェラテばっかり頼んじゃって」 二人とも片手にカップを持ちながら、それぞれ別のモニタを眺めつつ、取り留めもない話に興じている。「オレは苦いの嫌いなんだよなー」「でもチョコってビター感ありません?...

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    シュウの話、第15話。
    ジャーナリストの武器。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     シュウに調理してもらっている間に、今度はジャンニが映像を確認することになった。
    「ほな、火曜から雷曜までは確認してんな」
    「おう。今オレが見てんのが土曜の午前だから、お前午後な」
    「へーい」
     動画を再生し、じっと眺めていたが、2分もしない内にジャンニがつぶやく。
    「……どれを見てええんかよお分からん。9分割やし」
    「全部だよ。だから時間かけて何度も見てんだよ」
    「あ、うん」
     もう一度モニタに顔を向け、またすぐに音を上げる。
    「目ぇチカチカする」
    「……もうこっちはいいからシュウ手伝ってこい」
    「お、おう」
     カズに追い払われてしまい、ジャンニはキッチンに向かう。
    「どうしましたー? まだできてませんけど、お腹空いちゃいました? パン、ちょこっとなら食べてもいいですよー」
     挽肉を炒めていたシュウが顔を上げ、ジャンニに笑いかける。
    「いや、動画見ててんけどカズちゃんがこっち手伝えって」
    「あら、ありがとうございますー。ソレじゃたまご混ぜてもらっていいですか? 6個お願いします」
    「へーい」
     と、ジャンニがたまごを冷蔵庫から取り出し、食器棚の方を向いたところで、シュウがくるんと振り向く。
    「ボウル使いましょ。そっちの方が手間じゃないですよー」
    「はぇ?」
    「ジャンニくん、お皿出してソコにたまご落とそうとしたでしょ」
    「な、なんで分かったん?」
    「わたしの弟と同じタイプなので、めんどくさがりさんの思考は何となく分かります。『どうせ後でご飯食べる時に使うし』って思ってるなーって」
    「へ、へへへ……」
     照れ笑いを浮かべつつ、シュウに言われた通りボウルを取り出す。と、そこでもう一度シュウが突っ込んだ。
    「ボウルに傷入っちゃいますからフォークで混ぜないで下さいねー」
    「お……う」
     素直に泡立て器を手に取りつつ、ジャンニはシュウの様子を眺める。その目線に気付き、シュウが顔を向けた。
    「なんでしょ?」
    「人んちのキッチン、よお使えるなぁって」
    「遠慮ないなって意味ですか?」
    「あ、ちゃうくて、使い勝手の話で」
    「元々住んでた人もお料理好きだったみたいですし、わりと使いやすいですよー」
    「そんなん分かるん?」
     驚くジャンニに、シュウはにこっと笑って返した。
    「同じ趣味の人って、やっぱりピンと来ちゃうんですよね。『あ、この人なら多分ココにしまってるな』って言うのが」
    「……全然なんも思てへんかった。この家買った時、『色々揃てるわりに安いなー』とは思てたけど」
    「じゃ多分、この家で亡くなられたんですね。瑕疵物件扱いだったでしょ?」
    「かし……ぶ……あー、うん、そんな感じやったわ、確か、うん」
    「身長はわたしより頭ひとつ半上の170センチ台前半くらいで、短耳の男の人ですね。あんまり人付き合いの無い、一人暮らしの方だったんでしょうね」
     そう続けたシュウに、ジャンニは目を丸くする。
    「へ? ……いやいやいや、そんなん分からへんやろ?」
    「キッチンの高さ、わたしの腰よりちょっと高めなんですよね。踏み台使った形跡も無いですし、通路が狭めなので、尻尾のコト考えないでいい体型の人だったんでしょう。そもそも家の間取りからして建売物件じゃないっぽいですし、5年、10年も使い込んだ感じが無いので、結構歳を取ってから退職金かなんかでこの家建てて余生を過ごして、そのうちに亡くなられたんじゃないでしょうか。使い込み具合から考えると、平均寿命の長い長耳さんじゃなさそうだなって」
    「こんなん言うたらアレやけど、殺された可能性もあるんとちゃうのん?」
    「強盗殺人が起こりそうな物件だったら、もっとセキュリティ甘いです。ドアも窓もしっかりしてますし、それぞれ鍵2個付きですしね。壁の薄いぺらっぺらの家だったらそもそもジャンニさん、買わないでしょ? アジトにするために買ったんですから」
    「そらまあ」
    「で、アジトって要素でもう一点なんですけど、この家って裏通りの中でもかなり奥の方ですよね」
    「せやな。あんまり近所の奴にウロウロされるんもかなわんし、……あー、それで『人付き合いが無い』、か。ほな、男やっちゅうのんは?」
     そう尋ねられ、シュウはトイレのある方を指差す。
    「トイレットペーパーですよ。あんまり使わないコト前提の置き場所だなって。あと、頑張って消臭した雰囲気はあるんですが――多分ソレやってくれたのってカズちゃんだと思うんですけど――やっぱりふわーっとアンモニア臭がしますね。いつも座ってトイレ入るタイプの人の家だとそんなにしないんですよ、そーゆー臭い」
    「はぇー……」
     ジャンニはキッチンをきょろきょろと見回し、素直に感心した。
    「住んで半年くらいになるけど、そんなん全然気付かへんかった。すごいなぁ、シュウさん」
    「観察力と洞察力はジャーナリストの武器ですから。えっへん」
     と、マッシャーを片手にシュウが鼻を鳴らしたところで――。
    「ジャンニ! シュウ! 見つけたぞ!」
     カズが転がるように、キッチンに飛び込んで来た。

    緑綺星・密薬譚 2

    2021.08.18.[Edit]
    シュウの話、第15話。ジャーナリストの武器。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. シュウに調理してもらっている間に、今度はジャンニが映像を確認することになった。「ほな、火曜から雷曜までは確認してんな」「おう。今オレが見てんのが土曜の午前だから、お前午後な」「へーい」 動画を再生し、じっと眺めていたが、2分もしない内にジャンニがつぶやく。「……どれを見てええんかよお分からん。9分割やし」「全部だ...

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    シュウの話、第16話。
    証拠能力不十分。

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    3.
    「折角の揚げたてコロッケですから、食べながらお話しましょ」
    「さんせーい」
    「衣はなるべく落とすんじゃねーぞ」
     三人ともできたてのコロッケを片手にしつつ、モニタに視線を落とす。
    「先週の土曜、午前1時半だ。ゾロゾロ入って来てる」
     カズの言う通り、モニタに映された映像の中では、非常口から十数名の人間が現れる様子が確認できた。
    「最初に入って来たんは、いかにもなチンピラやな」
    「ガラの悪りいスーツに品性のかけらもねー顔つきってなりゃ、な」
    「その後に入って来たのは、……なんかアルバイトさん? みたいな感じですね」
    「こっちも見てすぐ分かるってくらい、貧乏そーなヤツらだな。時給125エルってトコか? ケケケ……」
     と、その貧しそうな若者たちの後に入って来た人物を見て、三人は同時に首をかしげた。
    「なんやコイツ?」
    「コレまたいかにも研究者って感じの根暗野郎だな」
    「多分、この人が薬物製造の責任者でしょうねー」
     監視カメラの粗い映像のため、顔までは分からなかったが、それでも耳や尻尾などで、ある程度の判別は付けられた。
    「猫獣人の人っぽいですね。身長は……」
    「ドア上枠と頭の距離からして、170センチってトコか」
    「男やろか?」
    「っぽくは見えなくもないですけど、『猫』の人ってユニセックスな感じの人がわりといますからねー」
    「お前さんみたいにか?」
    「わたしちゃんと女の子ですもんっ。……あ、着替え始めましたね」
     アルバイト風の若者が一斉に防護服を着込み、段ボール箱を抱えて工場のあちこちに移動する。チンピラ風の男が手にメガホンを構え、全員に何かを伝えたところで、工場の生産ラインが稼働し始めた。
    「この段ボール、中身分かったりします?」
    「少なくとも工場内にあった原料じゃなさそうだ。この日と前後2日分の管理記録には、ソレらしい記載は無かった」
    「ってことは外から搬入したんやな」
    「この時間帯、外のカメラにはバンタイプのでけークルマが裏口の真ん前に駐車してるのが映ってた。だがクルマのフロント方向しか映ってなかったし、何を運び込んだかはさっぱりだ。……ちょっと飛ばすぞ」
     一足先にコロッケを食べ終えたカズが、映像を早送りする。
    「作業は1時45分から4時45分まで続いた。ソコから清掃して、防護服を全員から回収して、で、5時ちょっと前に出て行った。相当手慣れてる感じだったし、作業は毎回、この時間帯にやってると考えていいだろう」
    「動かぬ証拠ってやつやな!」
     コロッケを握りつぶさんばかりの勢いで息巻くジャンニに、シュウが首を横に振って返す。
    「コレだけじゃ不十分ですし、この映像は証拠にできません」
    「なんでやな? どう見てもヤバそうな薬品作ってるやないか」
    「『薬品』なんて大抵ヤバいブツだっつーの。ソコらのドラッグストアで50エル足らずで買えるような消毒用アルコールだって、目に入ったらオオゴトだろ? どんな製品であれ、製造時に気ぃ付けるのは当たり前だろうが。この程度の内容じゃ、『追加発注分を急いで作りました』とか何とか言い訳されたらソレまでだ」
    「そもそも不正な手段で手に入れた映像ですから、証拠としての提出も不可能です。『どうやって手に入れたんだ』って説明求められたら、答えようが無いでしょ? 正義の味方がハッキングして盗み取りましたなんて、絶対印象悪いですし」
    「う……」
     一転、しょんぼりするジャンニに、シュウがこう続けた。
    「でもカズちゃんの言う通り、作る時間帯はほぼほぼ特定できたと言ってもいいです。となれば次に作る日を予想して、網を仕掛けちゃいましょう」
    「網……?」
     シュウの言葉に、ジャンニもカズも、けげんな表情を浮かべていた。

    緑綺星・密薬譚 3

    2021.08.19.[Edit]
    シュウの話、第16話。証拠能力不十分。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「折角の揚げたてコロッケですから、食べながらお話しましょ」「さんせーい」「衣はなるべく落とすんじゃねーぞ」 三人ともできたてのコロッケを片手にしつつ、モニタに視線を落とす。「先週の土曜、午前1時半だ。ゾロゾロ入って来てる」 カズの言う通り、モニタに映された映像の中では、非常口から十数名の人間が現れる様子が確認できた。「...

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    シュウの話、第17話。
    公安局の朝。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     カズに「暗黒街」と称された現在のゴールドコースト市国ではあるが、それでも公安局――いわゆる警察機構が機能していないわけではない。彼らは彼らなりに、市国に巣食う巨悪を一掃しようとあがいていたが――。
    「なんだと? また自警団のアホ共の仕業か!」
     この日の捜査部も、朝から本部長の怒鳴り声が響き渡っていた。
    「何が正義の味方だ! 何が市民の味方だ! その味方とやらが一体、何の役に立ってると言うんだ!? 大体だな……」
     そんな愚痴じみた罵倒をひとしきり吐ききったところで、ようやく朝の会議が始められたものの――。
    「……で、かねてより計画していたマニヴァン金属他、関連企業への一斉捜査の件だが、腹立たしいことに、申請は却下となった! 理由はいつも通り、あのクソ自警団が今現在、大規模かつ極めて悪質な暴動を起こしているため、その対処に人員を割かなければならんからとのことだそうだ! よって計画は白紙だ! 以上! 解散! とっとと散れッ!」
     こんな風に、半ば投げやりな形で会議は打ち切られ、捜査員たちはバタバタと会議室から去って行った。
    「また捜査中止なんて、やってられませんよね」
     と、そのうちの一人、まだ新人らしい、若い短耳の捜査員が、中年の狼獣人に声をかける。
    「ま、腐んな。そのうちチャンスは来るさ」
     そう返し、「狼」は肩をすくめた。
    「でもマドック警部……」
     なお愚痴を続けようとした後輩に、マドック警部と呼ばれた「狼」はぽい、と小銭入れを投げる。
    「朝からあんなガミガミ言われて、気持ち良く仕事なんかできるかってんだ。気分転換になんかジュースでも買ってきてくれや、クルト。俺はカフェオレな。砂糖不使用のやつ。お前さんは好きなもん買いな」
    「あ、はい、あざっス」
     後輩、クルトをあしらったところで、マドック警部は自分のオフィスに向かう。
    「あ、マドックさん! 丁度良かった」
     と、そこで局内の郵便配達人とすれ違う。
    「はい新聞」
    「おう、いつも悪いね」
    「いやー、仕事があるだけマシです。最近じゃ新聞頼む人も手紙出す人も少なくなっちゃって。ネット化の波ってやつですね」
    「それにろくなこと書いてないからな、どっちにしても」
    「違いないですね、ははは……」
     そのまま離れようとしたところで、郵便配達人が「おっと」と声を上げた。
    「あ、ちょっと聞いてもらっていいですか? えーと、手紙なんですけど」
    「ん? 俺宛てかい?」
    「いやー、それがですね、なんて言えばいいのかなー」
     答えを濁され、警部は差出人の名前を確認する。
    「S・F? 誰だろうな? ……宛先も俺じゃないな。ま、俺でもいいけど。受け取っとくよ」
    「助かります」

    「それがこれですか?」
     ジュースを2本持って戻ってきたクルトに、警部は手紙を見せた。
    「そう。『真に正義を愛する方へ』宛てだ。そんなら俺も当てはまるなってことでよ」
    「イタズラでしょうか?」
    「そう決めつけんのは早いさ。ま、確認してみようや」
    「えーと……『明日の早朝5時 クレメント製薬第一工場駐車場 怪しい人物が現れる 聴取されたし』。なんだこれ」
    「密告ってヤツだろうな。朝5時ってなると、早いめに寝といた方が良さそうだな。お前も来るだろ?」
     そう尋ねた警部に、クルトは苦い顔をする。
    「信じるんですか?」
    「イタズラならもっとスマートにやるだろうさ。今時、こんな風にお手紙で送りつける奴がいるか? 大抵メールか、ネットの書き込みだろ? 内容にしたって犯行予告送りつけた方がよっぽど目立つ。『正義を愛する方』宛てに手紙なんざ、前時代もいいとこのクサくてダサいやり方だ。それだけにかえって、信憑性がある」
    「そんなもんですかね」
     納得していない様子のクルトに、警部はウインクして見せた。
    「後は俺の勘だな。こいつは信用していいって、ピンと来たんだ」

    緑綺星・密薬譚 4

    2021.08.20.[Edit]
    シュウの話、第17話。公安局の朝。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. カズに「暗黒街」と称された現在のゴールドコースト市国ではあるが、それでも公安局――いわゆる警察機構が機能していないわけではない。彼らは彼らなりに、市国に巣食う巨悪を一掃しようとあがいていたが――。「なんだと? また自警団のアホ共の仕業か!」 この日の捜査部も、朝から本部長の怒鳴り声が響き渡っていた。「何が正義の味方だ! 何が...

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    シュウの話、第18話。
    メイスンリポート#37;あやしぃ企業リストのご紹介第2弾です!

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     マドック警部とクルトは手紙の内容を信じ、クレメント製薬の工場に向かっていた。
    「ふあ、ああ……眠み」
    「さっきコーヒー飲んだじゃねえか。ま、俺もさっきから欠伸噛み殺してるがよ」
    「これで何もなしのイタズラだったら、やってられないっスね」
    「そうならないことを祈るしかないな」
     車を走らせ、二人は朝4時45分に工場裏の路地に到着した。
    「確かに誰かいるみたいっスね。黒いバンがありますよ」
    「裏口にベタ付けか。車種は……あれなんだ?」
    「ミナト自動車の『ワークエース』ですね。央南のメーカーのやつです。商用車カテゴリーの、かなり安いやつですよ」
    「ふーん……。っと、横に何か書いてあるな」
     二人して目をこらし、車体側面のロゴを読む。
    「リンドンスタッフサービス……人材派遣会社っぽいな」
    「昼間なら特別発注に間に合わすための臨時アルバイトって気もしますが、こんな朝早くにって言うのが気になりますね。ソレに確か……」
     クルトはスマホを取り出し、アプリを立ち上げる。
    「メイスンってクラウダーが前に、ネオクラウンのフロント企業一覧みたいなのを紹介してたんですが……」
    「くら……なんだって?」
    「クラウダーですよ。『ビデオクラウド』って言う動画配信サイトがあって、ソコで人気の動画配信者のコトを、『クラウダー』って言うんです。で、メイスンって人が……あ、これっス」
     クルトは動画を再生し、マドック警部に見せる。
    《こんにちは、シュウ・メイスンですー。今回も社会のヤバーい真実を、明らかにしていっちゃいたいと思いますー》
    「バカそうな話し方のねーちゃんだな」
    「一応大卒らしいですけどね」
    《コレからご紹介するのはゴールドコースト市国に本拠を置く企業さんたちですが、わたし独自の取材と分析により、とんでもないコトが判明しました。すべてガチのブラック組織、ブッちぎりのアウトロー経営、ぶっちゃけてしまうと暴力団系のフロント企業さんたちなんですー》
     これを聞いて警部の狼耳がぴん、と毛羽立つ。
    「バカそうっつったが、こいつ、マジのバカなのか? 話の真偽はともかく、マフィアの舎弟企業をネットで晒すなんざ、襲って下さいって言ってるようなもんじゃねえか」
    「うわさじゃ襲われたらしいですよ、マジで。ほら、こないだのシティファーストホテルの襲撃事件、あれってそのホテルに泊まってたメイスンを狙ったものらしいですから。最近また新しい動画アップしてたんで、生きてはいるみたいですけどね」
    「ってコトはこの動画の内容がマジだったってことか。ウデだけは確からしいな、このねーちゃん」
     と、その画面の中のシュウが、まさに今、二人が目にしたロゴを読み上げる。
    《そしてこのリンドンスタッフサービスさんですが、高収入とか要望に合ったお仕事探しとか宣伝してますけど、全部ウソです。どんな希望を伝えても、結局連れてかれるのは時給120エル(約250コノン)の、違法スレスレのグレーな工場勤務か風俗業です。市国でアルバイト探したいなーって人は、絶対この業者さんからの募集に乗っちゃダメですよー》
    「……このねーちゃんの情報が確かなら、あのバンは真っ黒ってことだな。車体が既に真っ黒だが」
     と、裏口からぞろぞろと人が現れ、二人は顔をこわばらせた。
    「出てきましたね」
    「大半がいかにもアルバイトって感じのやつらだが、一番後に出て来たあの3人は、雰囲気が違うな。間違いなく裏稼業の人間だろう」
    「職質しますか?」
    「いや、分が悪い。あのアルバイト連中を除いても、相手は3人だ。2対3じゃ、強硬手段に出られたら返り討ちされる危険がある。ここは尾行だな」
    「うっス」
     荷物と人を積み込み終え、2台のバンは工場を後にする。警部たちも車を発進させ、後を追った。

    緑綺星・密薬譚 5

    2021.08.21.[Edit]
    シュウの話、第18話。メイスンリポート#37;あやしぃ企業リストのご紹介第2弾です!- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. マドック警部とクルトは手紙の内容を信じ、クレメント製薬の工場に向かっていた。「ふあ、ああ……眠み」「さっきコーヒー飲んだじゃねえか。ま、俺もさっきから欠伸噛み殺してるがよ」「これで何もなしのイタズラだったら、やってられないっスね」「そうならないことを祈るしかないな」 車を走らせ...

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    シュウの話、第19話。
    都市高速包囲線。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     都市高速の手前で、バンが二手に分かれる。一方のバンは、そのまま高速に乗ったが――。
    「もう一台は下道行くみたいですね。どっちを追います?」
    「高速に乗る方だ。もう一台は大方、人材派遣の営業所に戻るとこだろうからな」
     マドック警部の指示に従い、クルトは高速方面にハンドルを切る。
    「じゃ、あっちは?」
    「工場から出て来たんだ。十中八九、作ったブツを運んでるんだろう。そしてそれは、違法なブツである可能性が高い。あれだけコソコソ作ってるってなりゃな」
    「もう一台のバンを運転してたヤツを引いて、残りは2人ですよね。ドコかで停めて職質しますか?」
    「焦んな。それは応援を呼んでからだ。現状、2対2にはなったが、こっちの得物はショットガンと拳銃が2丁ずつだけだからな。あっちは『本職』だ、どんな武器を持ってるか分からん。銃撃戦にでもなったら確実に不利だ。応援が来るまでは、このまま尾行を続けるんだ」
    「了解っス」
     用心深く、距離を取って尾行を続けている間に、警部は公安局に連絡を取る。
    「カイロ・マドック警部だ。至急交通機動隊に応援を要請してくれ。……そう、今すぐにだ。場所は都市高速6号線、工業区南ジャンクションから南11番街出口に向かう形で頼む。対象はミナト自動車製の、……あー、と、黒いバンだ。ナンバーは1GC31‐F4739。……ああ、それくらいでいい。よろしく頼む」
     電話を切ってすぐ、着信が入る。
    《交機第17隊のヒックス巡査部長です。お久しぶりです、警部》
    「おう、マウロ。来てくれるのか?」
    《はい、丁度ウチの隊で付近を警邏(けいら)中でした。すぐ向かいます》
    「頼んだ」
     電話を切り、警部はクルトに指示を出す。
    「交機が来てくれる。このままの車間距離を保て。俺たちと交機で挟み撃ちにするぞ」
    「了解っス!」
     ほどなくして二人の前方、バンを挟んで向こう側から、交通機動隊のパトランプが瞬いているのが確認できた。当然、バンの運転手も確認したらしく、快調に飛ばしていた車の挙動が乱れる。
    「今だ! 横に流せ!」
    「えっ、あ、……はい!」
     クルトはサイドブレーキを引き、車体を90度右に曲げて、バンの真後ろに付けた。
    「いいウデしてるな、クルト。幅20センチってとこか」
    「い、いきなり言わないで下さいよ、警部~」
    「はは、悪いな。……拳銃出しとけよ。いや、ショットガンの方がいいな。足下のを使え。俺は後ろのヤツを使う」
    「……うっス」
     散弾銃を装備し、二人は車を飛び出す。同時に交通機動隊も盾を構え、バンとの距離を詰める。
    「我々は市国公安局だ! 速やかに車から降り、口を開いて両手を頭の後ろに回せ!」
     呼びかけるが、黒いバンから人が出てくる様子は無い。
    「繰り返す! 速やかに車から降りろ! あと10秒以内に出なければ、車ごと局まで引っ張るぞ!」
     再度呼びかけたところで、ようやく助手席側のドアが開く。だが人間の代わりに何かの液体が飛び出し、機動隊の盾に浴びせかけられた。
    「うわ……!?」
     厚さ20ミリのポリカーボネート製の盾が、ぶすぶすと黒い煙を上げて溶ける。
    「さ、下がれ、下がれ! 酸だ!」
     ぐにゃぐにゃに溶けた盾を放り出した隊員の言葉に、周囲がざわつく。
    「酸!?」
    「ひえっ……」
    「あ、待て!」
     機動隊がたじろいだその一瞬の隙を突き、バンはドアを開けたまま、急発進した。
    「しまっ……!」
     警部が舌打ちしかけた、その瞬間――上空はるか彼方から鉄の塊がバンの真正面に降り立ち、フロントに蹴りを入れて無理やり停車させた。

    「な……なんっ……?」
    「え……映画、これ?」
    「あ、あれって、……あの、あれ?」
    「スチール・フォックス……!?」
     ざわめく機動隊に、スチール・フォックスことジャンニは、《下がってろ》と声をかけた。二度も不意を突かれたためか、機動隊は素直に彼の言葉に従う。
    「おいおい……」
     成り行きを見守っていた警部は呆れつつも、そっとクルトの脇腹を小突く。
    「クルト、そのケータイ撮影できんだろ? こそっと撮っててくれ」
    「あっはい」
     その間に、ジャンニはぼっこり穴が空いたバンのフロントに手を突っ込み、バキバキと音を立てて、何かの部品を引き抜いた。
    《ちょっと予定外はあったけど、流石にこれでもう運転できひん、……できないだろ? とっとと降りてこいよ。手品もドッキリも、もう無しだぜ》
     と、バンのフロントガラス越しに、中の二人と目が合う。いや、運転席にいたチンピラの方はすっかり気圧されてしまっているらしく、真っ青な顔をしたまま固まっており、ジャンニが見据えていたのは助手席側の、研究者風の猫獣人だけだった。
    「……」
     その青い毛並みの「猫」は、明らかに敵意に満ちた目つきでジャンニをにらみつけていた。

    緑綺星・密薬譚 6

    2021.08.22.[Edit]
    シュウの話、第19話。都市高速包囲線。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 都市高速の手前で、バンが二手に分かれる。一方のバンは、そのまま高速に乗ったが――。「もう一台は下道行くみたいですね。どっちを追います?」「高速に乗る方だ。もう一台は大方、人材派遣の営業所に戻るとこだろうからな」 マドック警部の指示に従い、クルトは高速方面にハンドルを切る。「じゃ、あっちは?」「工場から出て来たんだ。十中...

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    シュウの話、第20話。
    ヒーローV.S.怪人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     にらみつけてくる青毛の「猫」をにらみ返し――と言っても相手には、ジャンニの顔は見えていないが――ジャンニはフロントガラスをコンコンと叩く。
    《聞こえてるだろ? 出て来いよ。それとも力ずくで引きずり出してほしいのか?》
    「……っ」
     猫獣人からわずかに舌打ちの音が聞こえたかと思うと、次の瞬間、猫獣人は懐からスプレー缶を取り出し、フロントガラスに向かって噴射する。途端にフロントガラスが真っ白に曇り、粉々に砕け散った。
    「んん!?」
     スーツの中で驚いた声を漏らしたジャンニに、スーツを通じてモニタリングしていたカズから無線が入る。
    《ただの冷却液だ。白くなったり砕け散ったりしたのは、急激な冷却のせいだよ》
    「おっ、おう」
    《んなもん浴びせられるどころか、冷凍窒素のプールに飛び込んだって、そのスーツは凍りゃしねーよ。ビビってねーで、さっさと仕事を片付けろ》
    「わ、分かっとる」
     ジャンニはまだフロントに残っていたガラスを叩き割ろうと、手を挙げかける。だが、その瞬間――。
    「うかつですね、君」
     車の中から手が伸び、ジャンニの左腕をつかむ。
    「チタンですかね? それともモリブデン? タングステンかな? ま、なんでもいいです。どうせ溶かすだけですし」
    「な……っ」
     猫獣人の腕にくくり付けられていた試験管から、何かの薬品が噴き出す。が――。
    「……あれ?」
     薬品はジャンニの左腕装甲をしたたり落ち、バンのフロントに垂れていった。じゅうじゅうと音を立て、バンのエンジンルームから何かが溶けるような音が聞こえてくるが、ジャンニはもちろん、スーツにも影響は無い。
    「お、おかしいな? まさか黄金製? いやしかしあの強度で黄金のわけが……?」
    《ご、……ゴチャゴチャ言ってんじゃねえっ! さっさと出て来い!》
     つかまれたままの腕を引き、ジャンニは相手を引きずり出そうとする。が、相手はそれより一瞬早く手を放し、助手席から飛び出した。
    「よっぽど強固な防錆剤でも塗ってあるのかな……? まあいいです。それなら別の方法で壊せばいいだけですし」
    《やってみろよ!》
     ジャンニが相手に向かって構えたところで、「猫」も袖をまくり、戦闘態勢に入った。
    「その言葉、後悔しますよ?」

     ろくに戦闘経験も無い、まったくの素人であるジャンニを――いくらパワードスーツで武装させたとは言え――放っておくような性格のカズではなく、3ヶ月程度の居候生活の間に、彼女はジャンニに多少の武術・体術を教えていた。そのためこの時のジャンニは自然に右脚を引き、両腕を胸と腰の前に据えて、「猫」と対峙していた。
    「少しは心得があるみたいですけど、いかんせん素人臭さが目立ちますね。どうにか基本の型だけは覚えましたって感じがします」
    《しゃべってないで来いよ、……あー、と》
    「うん? 僕の名前ですか? 君なんかに教えたくありませんが、まあいいでしょう。僕のことは『ドクター・オッド』と呼びなさい」
     そう返し、ドクター・オッドと名乗った「猫」は腕を振り上げて試験管を放ち、また何かの薬品を撒いた。
    「なんやこれ?」
     スーツの中で、小声で尋ねたジャンニに、カズが答える。
    《青酸ガスだ。普通に吸えばほぼ一瞬で死ぬ》
    「アカンやん!?」
    《吸えば、な。スーツを密閉したから大丈夫だ、……あ》
    「あ、ってなんや!?」
     カズが答えるより先に、ドクターの方が答えを提示した。
    「多分青酸ガスを撒いたことは分かってるでしょうね。その上で防御するのなら……」
     ドクターは別の試験管を2つ、ジャンニに叩き付ける。
    《1個めは消石灰、2個めのは水だ。化合すると……》
    「……あ、あっつ、あづっ!?」
    《強烈な熱が発生する》
     カズの言葉と同時に、ジャンニは猛烈な熱に包まれる。
    「うわ……っ」
     加熱により、スーツ内部に密閉された空気が膨張する。ギシギシと機体が軋む音が響くが、カズは冷静な声で指示を送って来る。
    《落ち着け。ソレ以上は温度は上がんねーようにできてる。今、中和と冷却すっから。ソレよりちょっと我慢して、やられたフリしてろ。相手は油断する》
    「……お、……お、う」
     火傷しそうな暑さに耐えながら、ジャンニは膝を着いて見せる。カズの言う通り、ドクターは顔をほころばせ、先程の冷却スプレーを取り出した。
    「熱そうですね。今、冷ましてあげますよ。ところで知ってます? 金属って急加熱と急冷却を繰り返したら、ボロボロに……」
    《今だ》
     カズの合図と同時に、スーツのあちこちから風が噴き出し、火を消し飛ばす。即座にジャンニは立ち上がり、まだヘラヘラと笑みを浮かべたままのドクターの顔に、熱々の左フックを叩き込んだ。

    緑綺星・密薬譚 7

    2021.08.24.[Edit]
    シュウの話、第20話。ヒーローV.S.怪人。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. にらみつけてくる青毛の「猫」をにらみ返し――と言っても相手には、ジャンニの顔は見えていないが――ジャンニはフロントガラスをコンコンと叩く。《聞こえてるだろ? 出て来いよ。それとも力ずくで引きずり出してほしいのか?》「……っ」 猫獣人からわずかに舌打ちの音が聞こえたかと思うと、次の瞬間、猫獣人は懐からスプレー缶を取り出し、...

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    シュウの話、第21話。
    クレメント事件の顛末。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
    「オラあッ!」
    「うげぇ!?」
     ドクターは身をよじり、2周ほどグルグル横回転して、アスファルトに倒れ込んだ。
    「う……っく……」
    《いい加減観念しろ、ドクター・オッドさんよ?》
     倒れたままのドクターを見下ろし、ジャンニはもう一度構える。
    「……ゆ、……ゆだ、んしま、した。まさか、これ、も、効いてな、い、とは」
     ドクターは顔を抑え、よろよろと立ち上がる。その一瞬ジャンニには、彼の顔が確認できた。
    「うっ……!?」
     その筆舌に尽くしがたい「壊れ方」を目にし、ジャンニは硬直する。
    「こ……これい、じょうは、……たたか、え、ない。しつ、れいし、……ます」
     次の瞬間、ドクターは空高く跳躍し、生身で高速を飛び降りた。
    《なっ……、に、逃がすかッ!》
     ジャンニも慌てて、その場から飛び去る。
    「……」「……」「……」
     後に残された機動隊員とマドック警部たちは、ただただ呆然とするしか無かった。
    「……あ」
     いち早く警部が我に返り、バンの中を確かめる。
    「よし、生きてるな」
    「あ……あわわ……」
     警部はまだ目を白黒させているチンピラに手招きし、出てくるよう促した。
    「お前さん、そこ暑いだろ? あっちの車はエアコン効いてるぜ。乗せてやるよ。オリ付きだけどな」

     拘束したチンピラは公安局の取調室で徹底的に絞り上げられ、彼は朝のニュースバラエティ番組が始まる前に、全てを自供した。
     まず大方の予想通り、彼はネオクラウン系マフィア傘下の、中小暴力団の構成員だった。「ドクター・オッド」と呼ばれる男はネオクラウン幹部からの――と言っても自供した彼は顔も名前も知らないそうだが――命令により彼のいる組に出向しており、薬品密造を取り仕切っていたとのことだった。そしてその薬品も予想通り、麻薬の類であることが明らかになった。
    「俺は何も知らねえんだ……。上からドクターの手伝いしろって言われただけで、ウチの舎弟企業で抱えてるアルバイト使って、クスリ作らせてただけなんだよ。あのクスリは港に持ってって倉庫にしまった後、組織の別の奴らがどっかの業者と取引して、カネに換えるって話だった。俺はクスリ作らせて、港に持ってくだけの役目なんだ。業者が誰なんてのも知らないし、ドクターが今、どこにいるのかも全然知らねえ。連絡だっていっつも、ドクターからの非通知だし」
     彼本人からは大した情報を得られなかったものの、それでもクレメント製薬の工場で麻薬が製造され、持ち出された事実はしっかりマドック警部が握っており、その日のうちにクレメント製薬への強制捜査が決定、実施された。その結果、クレメント製薬のサーバ内から麻薬製造の様子が映った動画が多数発見されたため、社長以下、幹部陣の半数が逮捕されることとなった。



    「……やってさ」
     その日の夕刊で経緯を知ったジャンニたち三人は、いずれも満面の笑みを浮かべていた。
    「予定してた展開と色々違っちゃいましたが、ともかく結果的には大成功ですねー。ほら、朝撮ってた動画をさっき上げたんですが、ものっすごい再生数になってます。もうじき100万行っちゃいますよ」
    「マジかよ」
    「流石のわたしでも、1日で100万再生って今まで一回も無いですから、すっごいドキドキしてます。しかも高評価67%、かなりの支持率になっちゃってますよー」
    「うっわぁ……ホンマかぁ」
     画面を見て、ジャンニはその場にうずくまる。
    「よーやく正義の味方やって思ってもらえるんやなぁ、俺」
    「そう考えて間違いないと思いますよー。コメントもかなり付いてます。ほぼほぼ好意的なものばっかりです」
    「つっても『すげー』とか『やべー』とか、『マジ映画じゃん』とかそんなのばっかだけど、ま、ホントにお前さんのコトをヒーローだって言ってるヤツも、チラホラあるな」
    「うへぇ……」
     狐耳の先まで真っ赤にして照れるジャンニを見て、シュウが笑い出す。
    「あはは……。まー、大変なのはコレからですけども、今日はとりあえずお祝いですね」
    「だな。何作ってくれるんだ、シュウ?」
     カズに尋ねられ、シュウは腕を組む。
    「そーですねー、ジャンニくんの好物にしましょーか。何食べたいですかー?」
    「ん? んー、せやなぁ……」
     と、そんな風に盛り上がっていたところで――玄関のチャイムが鳴った。
    「……!?」
     隠れ家にしているこの家を訪ねる者などいるはずもなく、三人は揃って目を丸くする。
    「だ、誰かロータスキッチンで買い物した?」
    「するワケねーだろ」
    「わたしもしてません。……出ますかー? ピンポンピンポンめちゃくちゃ鳴らされてますけど」
    「お、俺が出るわ」
     ジャンニが意を決した表情で、玄関に向かう。
    「い、今出ますー……ちょっと待っててやー……」
     恐る恐る、ドアを開ける。そこにいたのは――。;
    「よお、お兄ちゃん方。今夜は記念パーティかい?」
     あの警部、マドックだった。

    緑綺星・密薬譚 終

    緑綺星・密薬譚 8

    2021.08.25.[Edit]
    シュウの話、第21話。クレメント事件の顛末。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8.「オラあッ!」「うげぇ!?」 ドクターは身をよじり、2周ほどグルグル横回転して、アスファルトに倒れ込んだ。「う……っく……」《いい加減観念しろ、ドクター・オッドさんよ?》 倒れたままのドクターを見下ろし、ジャンニはもう一度構える。「……ゆ、……ゆだ、んしま、した。まさか、これ、も、効いてな、い、とは」 ドクターは顔を抑え...

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    シュウの話、第22話。
    思わぬ訪問者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     出くわすはずのない人物に自宅の玄関で遭遇し、ジャンニたち三人は硬直していた。と、マドック警部は相好を崩し、手に提げていたフライドチキンの袋を掲げて見せた。
    「良かったら俺もパーティに参加させてくれるかい? いや何、あんたらのことは今んとこ、何もしやしないさ。今んとこはな」
    「……」
     ジャンニは背後を振り返り、成り行きを見守っているシュウとカズに顔を向けた。
    「ど、……どないしよか?」
    「どうって……その……」
    「お話するのが一番だと思いますよ」
     カズがたじろいでいる一方で、シュウは冷静に答えた。
    「刑事さんもそのつもりですよね?」
    「案外アタマいいねーちゃんだな、やっぱり。入れてくれるかい?」
    「ええ、どうぞー」
    「そんじゃ、お邪魔するぜ」
     棒立ちのままのジャンニの横をすり抜け、警部は家の中に入る。シュウはにこ、と笑みを向け、彼を案内した。
    「おつかれでしょ? 朝お会いしてから夕方まで忙しかったでしょうし、仮眠も取ってないんじゃないですか?」
    「まあな。だが早いうちに話をしといた方が、お互いのためにもいいと思ってな。どうにか時間作って、訪ねさせてもらったってわけだ」
    「お互いの?」
     首をかしげつつも、シュウはフライドチキンを受け取る。
    「ま、話はメシ食いながらにしようや。分かるだろ? フライドチキンってやつは匂いがすげーからな。持って歩いてると、ハラ減ってくんだよ」
    「すごく分かります。ソレじゃ早く食べちゃいましょー」
     残されたカズとジャンニは顔を見合わせ、揃ってつぶやいた。
    「……シュウってこーゆー時すげーよな」

     ともかくマドック警部を交えた4人は、夕食の卓に着いた。
    「まずは自己紹介させてもらうとするか。俺はカイロ・マドック。今年で44歳。結婚して子供もいたが、今は離婚して一人だ。公安局は勤続25年になる。階級は警部だ」
    「ご紹介ありがとうございますー。わたしのコトはご存知みたいですね」
    「なんでそう思う?」
    「玄関でわたしの顔見た時、『やっぱり』って言ってましたよね? 初対面の人に言う言葉じゃないですよー」
    「流石だな。で、俺の横のお兄ちゃんと斜向かいのお嬢ちゃん、どっちがスチール・フォックスなんだ?」
     尋ねた警部に、ジャンニが手を挙げる。
    「俺です」
    「派手な髪の毛してるな。金火狐か?」
    「ええ、まあ」
    「名前は?」
    「ジャンニ・ゴールドマンです」
     と、警部はくっくっと笑い、手をぺらぺらと振る。
    「別に職質ってわけじゃないから、もっとラクにしてくれ。大体ここは、お前さん家だろ?」
    「あ、は、はい」
    「聞きたいコトがある」
     今度はカズが手を挙げて尋ねる。
    「アンタ、どうやってココを突き止めたんだ? やっぱ考察動画か?」
    「それは知らん。新しいもんはさっぱりでな。俺がやったのは、もっとアナログで古典的な方法だよ。
     あの大仰な出で立ちのスチール・フォックスの鎧を、そこいらの民家で造れるわけがないしな。どこかの工場か工房だかであの鎧を作ってたはずだとにらんで、その辺りを尋ねて回ってたんだが、その過程で変なうわさを聞きつけた。どう見ても中学生くらいの、黒髪地黒の全身真っ黒なお嬢ちゃんが、やたら工具やら工作機械やら、レアメタルやらを買い集めてた、ってな」
    「……オレかぁ」
     頭を抱えたカズに、警部はニヤニヤと笑みを向ける。
    「そう言うこった。で、そのお嬢ちゃんがどこに出没してるかを突き止めて、ここを訪ねたってわけだ。
     だがさっきも言った通り、俺は今のところ、単なるお騒がせ者でしかないスチール・フォックスを逮捕しようなんてつもりはさらさら無い。他にやらなきゃならんことはいくらでもあるからな。もっともお前さんが罪もない一般市民にケガさせたとかって話にでもなってたら、即刻令状持って押しかける予定ではあったがね」
    「えっと……じゃあ、警部さんはなんでここに?」
     恐る恐る尋ねたジャンニに、警部はニッと笑って返す。
    「言ったろ? パーティに混ぜてくれって話さ。
     今日のことで、公安でもお前さんのことをヒーローだ、正義の味方だって思ってる奴が現れ始めてる。なんたって、いきなり機動隊に酸だの薬品だの投げ付けてくる異常者を撃退してくれたんだ。ちなみに機動隊の隊長が俺の元部下なんだが、『おかげで誰も死なずに済んだ』って感謝してたよ。俺からも礼を言わせてもらう。ありがとよ」
     そう言って警部は、右手を差し出す。
    「あ、……ど、ども」
     ジャンニはあたふたしつつも、握手を交わした。

    緑綺星・騙義譚 1

    2021.08.27.[Edit]
    シュウの話、第22話。思わぬ訪問者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 出くわすはずのない人物に自宅の玄関で遭遇し、ジャンニたち三人は硬直していた。と、マドック警部は相好を崩し、手に提げていたフライドチキンの袋を掲げて見せた。「良かったら俺もパーティに参加させてくれるかい? いや何、あんたらのことは今んとこ、何もしやしないさ。今んとこはな」「……」 ジャンニは背後を振り返り、成り行きを見守っ...

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    シュウの話、第23話。
    非正規依頼。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     警部が持って来てくれたフライドチキンとシュウが作ったピザ、そして近所のコンビニで買って来たコーラをテーブルに並べ、一同は豪勢な夕食を楽しんだ。
    「そんでジャンニ……、だったっけ、お前さん、あのドクターなんとかを追ってったが、結局捕まえられたのか?」
    「いや、あっちこっち追いかけてんけど、見失ってしもてん」
    「そうか。ま、仕方ないわな。あの場から追い払ってくれただけでも、十分ありがたい」
    「ソレでマドック警部さん」
     と、シュウがメモとスマホを持って、警部の隣に椅子を移す。
    「なんだかお願いしたいコトがあるみたいですけども、そろそろお話いただいてもよろしいでしょうか?」
    「おっ? ……んぐ」
     口に運んでいたピザを一息に飲み込み、警部はシュウに向き直る。
    「なんでそう思う?」
    「パーティしようって言うのは半分本当でしょうけど、放っておいてもいいよーなお騒がせ者くんを、騒ぎがあったその日の晩にわざわざ訪ねてくるなんて、何かの意図があるってコトですよねー?」
    「その質問に答える前に、俺からも聞いていいかい? あんたの動画ってやつを見たが、あんたのあの話し方と今の話し方も、そりゃ演技なのか?」
    「楽しむために皆さん動画見て下さるんですから、楽しく振る舞わなきゃ楽しくならないでしょ?」
    「……はっはは、なるほどな」
     警部は口をナプキンで拭き、シュウの質問に答えた。
    「依頼の話をする前に、まず、こっちの状況について説明しとく。あのバンを乗ってたチンピラごと押収して徹底的に調査し、クレメント製薬で行われてた悪事、即ちネオクラウン傘下の犯罪組織による工場の違法操業および違法薬物の製造が行われていた事実は、ほぼ明らかになった」
    「案外動きが早ええな。もっとモタつくもんかと思ってたが、……げふ」
     コーラを飲みながら茶々を入れて来たカズに、警部は肩をすくめる。
    「いや、お嬢ちゃんの言う通りだな。今日一日頑張って挙げられた成果は、せいぜい社長と幹部陣何名かの逮捕だけだ。本当の悪者、即ちネオクラウン系の奴らの検挙には、まだ至ってない。
     それでも奴らがのさばり出してから約2年、ようやく尻尾をつかめるって状況になってきたことは確かだ。だもんで俺たちは大急ぎでクレメント製薬、そして実際にクスリを造ってたリンドン社の徹底捜査を行うべく、大急ぎであっちこっちに手続きを取ってる最中だ」
    「その真っ最中にアンタ、こんなトコに来ていいのかよ?」
     もう一度カズに茶々を入れられ、警部は苦笑して返す。
    「手続きは他の連中がやってくれてる。何しろ俺は夕べから寝てないからな、気を利かしてくれたんだ。ま、実際はここにいるわけだが。
     ……前置きが長くなっちまったな。あんた方に依頼したい件は一つだ。自警団をブッ潰してくれ」
     これを聞いて、ジャンニとカズは目を丸くする。
    「なんだって!?」
     一方、シュウは平然とした様子で、フライドチキンと一緒に入っていたサラダをつついている。
    「……やっぱりメイスンは驚いてないか。予想済みってわけだな」
     警部がのその言葉に、シュウは顔を上げてにこっと笑う。
    「でしょうねーって感じですねー。非正規手段を頼む相手としては、一番都合いいですもん」
    「まあ、そう言うこった。実際問題、これまでの2年間、俺たちがなんでネオクラウンに大したダメージを与えられずにいたか? 何も怠けてたわけじゃないし、奴らから賄賂をもらってたわけでもない。……多分な。
     じゃあ何故、成果を挙げられないでいたのか? 答えは自警団と名乗る愚連隊共のせいさ。なーんでか毎度毎度、俺たちがネオクラウン系の一斉捜査に出張ろうとする直前になって、奴らが暴れ出すのさ。ものすごく間の悪いことにな。実際暴れられたら、強制捜査よりそいつらの取り締まりの方が優先される。悪いかどうかまだ未確定の奴より、はっきり悪事を働いてる奴の方をどうにかしなきゃならんってわけだ」
    「公安は大人数の組織だろ? ソイツら構いつつ、強制捜査に向かうくらいの人員もねーのかよ?」
     カズがそう突っ込んだが、警部は首を横に振る。
    「あいつら、ゲリラみたいなもんだからな。あっちで爆発、こっちで乱射って多方面で暴れられちゃ、こっちも人海戦術で総動員かけなきゃ抑えられねえ。結局自警団が騒ぎを起こす度に、俺たちゃ全員体制で市国中を走り回らなきゃならんってわけだ。
     そんなわけでこの2年、ネオクラウンに対しては捜査らしい捜査が、一向にできずにいた。つい2日前にも、十数回目の一斉捜査がおじゃんになったところだ。そして今回のクレメント製薬とリンドン社への一斉捜査も、間違いなく自警団が邪魔しに来るだろう。
     こんな調子じゃ、いつまで経ってもあいつらを止めることなんざできやしねえ。だから自警団潰しを、お前らに依頼するってわけだ」

    緑綺星・騙義譚 2

    2021.08.28.[Edit]
    シュウの話、第23話。非正規依頼。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 警部が持って来てくれたフライドチキンとシュウが作ったピザ、そして近所のコンビニで買って来たコーラをテーブルに並べ、一同は豪勢な夕食を楽しんだ。「そんでジャンニ……、だったっけ、お前さん、あのドクターなんとかを追ってったが、結局捕まえられたのか?」「いや、あっちこっち追いかけてんけど、見失ってしもてん」「そうか。ま、仕方ない...

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    シュウの話、第24話。
    メイスンリポート#42;正義を騙るあの団体の真実とは!?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「ま、それにだ」
     警部はフライドチキンの箱から手羽を取り、かぶりつく。
    「もぐ……、タチの悪いことに、自警団を正義の味方だと吹聴してるアホ共も少なからずいやがるからな。それを公安局が自ら動いて取り潰したとなりゃ……」
    「抗議するでしょうねー。ネットでも新聞でも何でも、ありとあらゆる通信手段を使いに使って、公安局が悪者だって言いふらすでしょうね。そしたら当然、財団の監査局も動くでしょうね」
     シュウの回答に、警部はフライドチキンを飲み込みながらうなずく。
    「そう言うこった。となりゃ局員は半分以上リストラされるだろう。そしたら誰が代わりに、そこに入ってくると思う?」
    「……ネオクラウンか」
     苦々しい顔をしたカズにもうなずいて返しつつ、警部はフライドチキンの骨でジャンニを指す。
    「そこで俺としちゃ、是非ともここでスチール・フォックスくんに、大活躍してほしいわけだ。公安みたく市国当局の所属じゃないし、市国の世論に左右されることはない。それどころか――ま、これは相当都合いい話ではあるが――正義の味方として評価されてるヒーローが、自警団を悪だと断言して潰してくれりゃ、賛同する奴は大勢いるだろう。
     俺たち公安は邪魔者がいなくなって大仕事に取り掛かれるし、あんたらは正義の味方として、さらに箔が付く。どっちにとっても悪い話じゃない。それにお三方全員、自警団のことは正義の味方だなんて思ってないみたいだしな」
    「どうしてそう思う?」
     尋ねたカズに、警部はくっくっと含み笑いで返す。
    「誰も『やめとけよ』って顔をしてないからさ。大方、自警団がネオクラウンとつながってるだろうってことを勘付いてたか、それとも知ってたか。どっちだ?」
    「知ってた」
     そう答えたジャンニに、警部はガタガタと椅子を引きずって近寄る。
    「何を知ってる?」
    「指揮官役がネオクラウンからカネをもらってた現場を見ました。……それだけですけど」
    「十分だ。そうだろ、メイスンさん?」
     水を向けられ、シュウはにこっと微笑んだ。
    「火種があれば火は点けられますもんね」



     こんにちは、シュウ・メイスンですー。

     今回わたしは、ある男性から衝撃の情報を入手してしまいました! 実は市国で独自に正義の味方を自称している方々、そう、あの自警団のとんでもない正体を知っている、とおっしゃるんです! それでは早速、お名前をうかがってもよろしいでしょうか?
    「……明かせません(プライバシー保護のため、音声を一部編集しています)」
     分かりました、ソレでは仮にAさんとしましょう。それでAさん、あなたは何を目撃したんでしょうか?
    「俺は昔、自警団にいました。銃を渡され、何度も戦闘に駆り出されました。それが紛れもなく、市国の平和と安全につながることだと教えられて。でもある時、……そう、いつかは言えないけど、ある時、俺は指揮官役だった奴が、ネオクラウンからカネを受け取ってた現場を見たんです。多分本名じゃないだろうけど、名前も知ってます。イリアーノと呼ばれてました。俺はショックでした」
     皆さん、お聞きになりましたか? なんと自警団が、あの正義の味方を自ら名乗る団体が、あのマフィア組織と関わりを持っていたと言うんです!
     そしてわたしの独自調査により、さらに重大な証拠を入手してしまいました! ソレがこちらの映像です!
    《……そう、一番いい酒……カネ? あるある……大丈夫……持ってる……》
     ご覧いただいた映像、元々はとあるバーでの様子を撮影したものなんですけども、専門家による音声解析を行った結果、この右側奥にいる虎獣人の男性の方の会話を復元することに成功しました。そしてこの人物こそが、件のイリアーノ氏である可能性が非常に高いのです!
    《……そう……悪いおカネ……へっへ……内緒だぜ、ナイショ》
     皆さん、こんなコトが本当に許されていいコトでしょうか!? 正義の味方だと公言してはばからない団体が、マフィアの手先となっているなんてコトが!
     コレはジャーナリストとして逸脱した発言になるかも知れません。いえ、ジャーナリストだからこそ、正義を愛する人間であるからこそ、声を大にして申し上げます。今現在、自警団に加入している皆様。どうか今一度、自分たちが行っているその行為が、行おうとしているその行為が、本当に正義のためなのか、本当に市民の平和と安全につながることなのか、よくよくお考え下さい。でなければいつか、心の底から後悔する日が来るかも知れないのですから。

     と言うワケで、今回の動画はココまでです。ご視聴、ありがとうございました。




    「この映像、どこで手に入れたん?」
     動画を確認し終えたジャンニに、シュウはにこっと笑みを向けた。
    「加工ですよー。適当にバーの映像と、ジャンニくんが言ってた指揮官の人に近い見た目の人が映ってる映像拾って、ソレっぽく合成して、カズちゃんに声を作ってもらって乗っけましたー」
    「は? ……え、ほなこれ、ニセモンなん!?」
    「いやですねー、ウソなんか一つも付いてないですよー? 専門家ことカズちゃんに作った音声を解析してもらってるワケですし、『可能性が非常に高い』とは言いましたけど、『間違いなく本物です』とは言ってませんしねー」
    「……ずっる! シュウさん、めっちゃめちゃずるいなぁ、もお!」
     ジャンニにけなされたものの、シュウはあっけらかんとしていた。
    「報道番組なんて半分ショーみたいなもんです。ショーなら『多少の』演出はいるでしょ?」

    緑綺星・騙義譚 3

    2021.08.29.[Edit]
    シュウの話、第24話。メイスンリポート#42;正義を騙るあの団体の真実とは!?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「ま、それにだ」 警部はフライドチキンの箱から手羽を取り、かぶりつく。「もぐ……、タチの悪いことに、自警団を正義の味方だと吹聴してるアホ共も少なからずいやがるからな。それを公安局が自ら動いて取り潰したとなりゃ……」「抗議するでしょうねー。ネットでも新聞でも何でも、ありとあらゆる通信手段を...

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    シュウの話、第25話。
    揺れる自警団。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     自警団の告発動画をアップロードした翌日、シュウのメールアドレスには、何通ものメールが送られて来ていた。
    「自警団の構成員らしき人たちからですね」
    「中身は?」
    「自警団の本拠地の現在位置です。よっぽどショックだったんでしょうね、自分たちの中に裏切り者がいたってコトが」
    「全部一緒なのか?」
     横からメール内容を覗くカズに、シュウはうなずいて返す。
    「差出人は違いますが、内容は異口同音ってヤツです。信憑性は十分でしょう。コレによると、自警団の本拠地は現在、第3、第4工業区と第5工業区の中間の裏通りにあるそうです」
    「……ほんでシュウさん、俺がココに行ってブッ潰せばええんやな?」
    「そうですよ。まさか古巣を攻撃するのはヤだ、とか?」
     尋ねたシュウに、ジャンニは首を振る。
    「ちゃうちゃう、それはめっちゃやる気やねん。俺が言いたいんはクレメント製薬ん時、同じようにブッ潰したろうって飛び出しかけて、シュウさんがダメって言うたことあったやん? 今回はどないなんやろって」
    「特に無いです。と言うより、すぐ行った方がいいです。明日には公安局の一斉捜査が始まる予定ですし、自警団もソレを察知してるでしょう。間違いなく、公安より先に動こうとするはずです。壊滅させるなら今夜がベストと考えていいでしょう」
    「ってワケで、さっさと行って来い。どーせ敵らしい敵なんかいやしねーよ。あんなドクター・オッドみたいなのが2人も3人もいてたまるかってんだ。気楽に飛び込んでって、火薬庫みたいなの爆発させて、自警団を一人残らず震え上がらせりゃいいんだ」
    「うーん、……ほな、まあ、行って来るわ」
    「いってらっしゃーい」
     シュウとカズの見送りを受けて、ジャンニはアジトのバルコニーから飛び出して行った。

     一方、自警団アジト内では、これまでにない混乱が起こっていた。
    「我々の中に裏切り者がいる、との情報が流されている! 出所不明の根も葉もないうわさでしかないが、もし万が一、本当に裏切り者がいるとなれば、これは由々しき事態である!」
     シュウが流した怪情報をめぐり、自警団幹部陣で議論が繰り返されていたのである。
    「のんきに演説している場合か!? 即刻裏切り者をあぶり出し、排除すべきだ!」
    「しかし第117次破壊工作作戦が明朝に迫っている今、そんなことをしている暇は……」
    「そんなこと!? 裏切り者がいるとなれば、いつ何時その作戦が妨害されるか分からんのだぞ!? 今排除しなくてどうする!?」
    「裏切り者の一匹や二匹、放っておけばいい。そんなことで揺らぐ自警団ではない」
    「ほんのわずかなほころびが、致命的事態を招くことだってある。どんな小さな問題も、決してないがしろにすべきではないはずだ」
    「だがここで裏切り者探しなどすれば、確実に明日の計画は延期せざるを得なくなってしまう。それは結局のところ、憎きネオクラウンをのさばらせることにつながる」
    「然り。そもそもさっきも言及されていたが、そのうわさ自体確実なものではない」
    「ふむ……実を言えば私もあの動画を見たが、あの頭の軽そうな猫女が真実を語っているとは、私には到底思えない」
    「それはあるかも知れんな。第一、うちの小隊長や中隊長にイリアーノ某などと言う人物がいたか? 俺には聞き覚えがないのだが」
    「それにあの動画はスチール・フォックスを持ち上げていた節がある。我々を貶めて相対的に信用を稼ごうとする企みにも思える」
    「なるほど……?」
     本来計画されていた会議時間を倍以上使い、ようやく意見が一致する。
    「では現状で裏切り者なる存在はいない可能性が高い、と判断すると言うことでいいな?」
    「異議なし」
    「これ以上論じても無意味でしょう」
    「それでは――大分予定がずれ込んだが――皆、ただちに工作活動の準備に取り掛かってくれ。以上だ」
     会議が終わり、幹部陣は会議の場から離れる。と――。
    「お話は終わりましたかい、団長さんよ?」
     ひょこひょことした足取りで、どこからか兎獣人の老人が現れた。
    「ああ、どうも」
     深々と頭を下げた自警団団長に対し、老人はくっくっと笑って返す。
    「こんなジジイを待たせちゃいけやせんぜ。眠くなっちまいまさあ」
    「大変すみませんです、はい」
    「それで団長さん、俺を今夜呼びつけたのは何のためで?」
    「それは……」
     団長は外を一度確かめた後、老人の兎耳に耳打ちする。
    「裏切り者の始末です」
    「なるほどなるほど」
    「我々の活動を妨害する輩が団内にいては、何かと面倒ですから」
    「しかしそれが誰なのかはまだ分からん、何人いるかもさっぱり。そこから調べてくれ、と?」
    「は、はい」
     その回答を受けた老人は、また馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
    「こんなジジイに何でもかんでも押し付けすぎじゃねえですかい? そこからやるとなりゃ、ちっとばかし値は張りますぜ?」
    「カネのことなら……まあ……何とでも」
    「そうですかい、そうですかい。そんなら今から、仕事に……」
     老人が手を揉みながらニヤついていた、その時――ドゴン、と何かが天井を突き破る音が、アジトに響き渡った。

    緑綺星・騙義譚 4

    2021.08.30.[Edit]
    シュウの話、第25話。揺れる自警団。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 自警団の告発動画をアップロードした翌日、シュウのメールアドレスには、何通ものメールが送られて来ていた。「自警団の構成員らしき人たちからですね」「中身は?」「自警団の本拠地の現在位置です。よっぽどショックだったんでしょうね、自分たちの中に裏切り者がいたってコトが」「全部一緒なのか?」 横からメール内容を覗くカズに、シュウ...

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    シュウの話、第26話。
    現れたヴィラン。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「な、なんだ!?」
     慌てふためく団長に対し、老人は兎耳に降り掛かったほこりをぴっぴっと払いながら、辺りの気配をうかがっている。
    「団長さんよ、そう言や正義の味方を名乗ってるのが、あんた方以外にもいやしたね?」
    「え? ……ま、まさか!?」
    「間違いないでしょうな。やたらアクション映画みたいな音が、遠くで聞こえてますぜ。ひどく暴れ回ってるようですが、大方ここの壊滅を企んでるんでしょうな」
    「な、何故? いや、それよりも、どうしてここが!?」
    「なんでもかんでも人に聞きなさんな。ちっとは自分のおつむで考えたらどうです? まあ、ジジイの親切で答えてやりますがね、あんたがさっき言った裏切り者って奴の仕業でしょうな。『自警団が信じられなくなったので天罰を』だの何だのとお願いされたんでしょうぜ。で、どうします?」
     そう尋ねられ、団長はきょとんとする。
    「な、何がです?」
    「察しの悪いお人ですな。ご依頼のお話ですよ。裏切り者探しを優先しましょうか、それともコスプレ野郎をブッ飛ばしてやりましょうか、って言ってんですよ」
    「で、できるんですか?」
     尋ね返され、老人はチッと舌打ちしたが、すぐに笑顔を作る。
    「俺を誰だとお思いで?」
    「う、……裏切り者の話は一旦後回しにして下さい。それよりもスチール・フォックスを! 今あんなのに介入されては……!」
    「いくらお支払いいただけるんで? 普通なら人一人消すのに50万エルってところですが、緊急事態ですからなあ? 急ぎは割増ってのが世の常ですぜ」
    「カネならいくらでも出してくれます。51万、いや、53万でどうです?」
    「いくらでもって割にゃ、ケチ臭い値切り方をなさるお方ですな。……まあいいでしょう、54万だ。そんじゃま、ちょっと行ってひねり潰してやりまさあ」
     そう答えた次の瞬間――老人はその場から、すっと姿を消した。

     カズとシュウの無線支援を受けつつ、ジャンニは自警団のアジトを引っかき回していた。
    《次は駐車場に行って下さい。みんなが逃げ出そうとしてる方向にあるはずですー》
    《後部座席やらトランクに銃火器積んでるだろうからな、クルマ攻撃すんなら後ろだぞ》
    「了解!」
     二人の指示を受け、ジャンニはパワードスーツに仕込まれた火器を駆使して破壊工作を進める。
    「クルマ全部吹っ飛ばしたったで! 自警団の奴ら、もうほとんど棒立ちや」
    《戦意喪失したっぽいですね。っとカズちゃん、コレで電源・通信設備と武器庫と駐車場と、一通り周りましたね》
    《ああ》
    《もう軍事拠点としての機能は喪失したと見ていいでしょ。少なくとも明日のゲリラ活動は不可能なはずです》
    《だな。そんじゃボチボチ帰投だ》
    「へーい」
     無論、ジャンニたちの目的はあくまで「自警団の壊滅」であるし、これまでチンピラにケガを負わせたことはあっても、殺害までしたことは無い。今回もこの時点まで誰一人殺さずに済んだため、ジャンニはほっと安堵しつつ、上空へと飛び出しかけたが――。
    「おいおいお兄ちゃんよ、人んちめっちゃめちゃにしといてハイサヨナラはないだろ?」
     上空で何者かに飛びつかれ、ジャンニは面食らった。
    「なっ……」
    「落とし前付けてけや、なあ?」
     次の瞬間、ジャンニの視界が大きくぶれる。
    「うわ……っ!?」
     地面に落っこちるが、ジャンニの体に衝撃らしい衝撃はない。それでもまったく相手の挙動が捉えきれなかったこと、そして簡単に攻撃を食らったことに、ジャンニも、そしてカズも、驚きを隠せないでいた。
    《な、なんだソイツは!? おい、ジャンニ! 警戒しろ! ソイツはなんかやべえぞ!》
    「わ、分かっとる」
     ジャンニはばっと身を翻し、立ち上がる。直後、一瞬前まで自分が転がっていた場所からどすん、と重い音が響く。
    「おっ、案外素早いじゃねえか。折角そのヘルメットかち割って、中身拝んでやろうと思ったのによお?」
     そこに着地した老人を見て、ジャンニはまたも当惑する。
    《じ、……じいさん? え、さっきのやつもあんたが?》
    「おうよ。ビビったかい?」
    《わりと……な。……えっと、……俺を倒そうって言うのか?》
    「ん? ……おいおいおいおい、何だよお前さん」
     次の瞬間――。
    「まさか自分が無敵のヒーローだなんて思ってんじゃあねえだろうな、ええ、おい?」
     ジャンニは5メートルほど後方に弾き飛ばされ、ついさっき自分が破壊した車輌に叩き付けられていた。

    緑綺星・騙義譚 5

    2021.08.31.[Edit]
    シュウの話、第26話。現れたヴィラン。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「な、なんだ!?」 慌てふためく団長に対し、老人は兎耳に降り掛かったほこりをぴっぴっと払いながら、辺りの気配をうかがっている。「団長さんよ、そう言や正義の味方を名乗ってるのが、あんた方以外にもいやしたね?」「え? ……ま、まさか!?」「間違いないでしょうな。やたらアクション映画みたいな音が、遠くで聞こえてますぜ。ひどく暴...

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    シュウの話、第27話。
    覚悟の違い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     カズから「ダメージは絶対に受けない」と言われていたにもかかわらず、この時ジャンニは、胃か肺が破裂したかと思うほどの痛みを感じていた。
    「げほ……げほっ」
    《だ……ガガ……か!?》
     カズからの無線が聞こえて来たものの、ノイズ混じりで聞き取れない。
    「なん……や……こいつ……!?」
     どうにか立ち上がろうとするが、どうやら腕のパワーアシストが切れてしまっているらしく、持ち上がらない。四苦八苦している間に、老人がにじり寄って来る。
    「来ないのかい、お兄ちゃん? ぼんやり突っ立ってるだけってんなら、もうちょっと殴らせてもらうぜ?」
    「う……ぐ……」
     歯を食いしばり、無理矢理に腕を上げて、何とか構えを取るが、それ以上何もできない。
    「お? やる気か? いいぜ、来いよ。……来ねえのかい? まさかブルっちまったかい? そんなら仕方ねえやな」
     とん、と一足飛びに距離を詰め、老人が殴り掛かって来た。
    「恨むんならてめえ自身のバカさ加減を恨みな」
     が、その瞬間――。
    《ガガ……再起動したぜ!》
     急に腕が軽くなる。ジャンニは反射神経を精一杯働かせ、老人のパンチを横にいなした。
    「おん?」
    《悪いな、ジャンニ》
     カズが焦った声で、ジャンニに連絡する。
    《想定外の攻撃で、スーツのシステムが一部ダウンしてた。再起動したし、間に合わせだがチューニングもしたから、多少は耐えられるはずだ。で、分かったと思うが、そのジジイはただもんじゃねえ。いや、人間と思うな。
     覚悟決めて、本気で戦え》
    「わ、分かった」
     答えたところで、老人ががば、とヘルメットに手を伸ばす。
    「さっきからコソコソ、何をしゃべってんだ? 誰かとお話の最中か?」
    《……なめんな、クソジジイ!》
     カズの助言通り、ジャンニは左ストレートを老人の顔めがけて放つ。しかし老人はヘルメットに伸ばしていた手を90度外に回し、先ほどのジャンニと同様に打撃をいなす。
    「急に強気になりやがったな。まあいいさ、そんならそれで、やりがいも出るってもんだ」
     老人は右腕を垂直に上げたまま、左脚を振り上げる。ジャンニがそれを止めると同時に、老人がもう一方の脚を、ジャンニの胸に叩き付ける。
    「うぐ……っ」
     また弾き飛ばされるが、今度はスーツの飛行機能と姿勢制御が働き、空中で止まる。
    《肉弾戦じゃ勝ち目は無い。どう見てもソコら辺のゴロツキや用心棒なんかとモノが違う。間違いなく達人の域だ。下手したらオレでも手ぇ焼くかも知れねーってくらい強ええぞ、そのジジイ》
     カズの分析が聞こえてくるが、打開できるような要素はその中に含まれていない。
    「ほな、どうしたらええんや!?」
     尋ねたジャンニに、今度はシュウが、きっぱりと答えた。
    《逃げて下さい。客観的に見て、ジャンニくんは100%勝てません》
    「な、……なんでやな!? このスーツは……」
    《ジャンニくんは今、スーツの機能を十分に使えてるんですか? さっき武器庫や車輌を破壊したみたいに、その人に『銃火器を使って』対抗できるんですか? ソレができない以上、ジャンニくんが勝てる要素はゼロです。そもそもジャンニくんは人殺しなんかしたくないと考えてるってわたしは信じてますけど、相手は完全にジャンニくんを殺す気です。殺意アリとナシじゃ、どうやっても勝負になんかなりません。逃げて下さい。……早く!》
    「……分かった!」
     ジャンニは老人と距離を取り、離れようと試みる。だがきびすを返しかけた瞬間、正面に回り込まれてしまう。
    「なんなんだ、お前さん? やる気になったり逃げ腰になったりよお? もうちっとハラ据えたらどうだ?」
     がつっ、と硬い音を立て、老人の拳がスーツの胸を叩く。
    「うぐっ!?」
     胸部装甲がべっこり凹み、カズが戸惑った声を上げた。
    《な、何でだ!? シールドが働いてねえ!? ……いや、動いてるのは動いてるのか。じゃあこのジジイ、ソレを全部叩き割ってやがるってのか! まずいぜジャンニ、スーツがシールド展開する度にジジイが壊してっから、エネルギーがガンガン減ってってる。コレ以上食らったら、身動きできなくなるぜ》
    「もうなっとるわ!」
     ふらふらと立ち上がりながら怒鳴るジャンニに、カズが怒鳴り返す。
    《落ち着けって! ……コレはイチかバチかの最終手段になるから言ってなかった機能だが、もう出し惜しみしてらんねえ。一度しか使えないヤツだから、よく聞いとけよ》
    「な、なんや?」
    《オレが合図したら、残りのエネルギーを全部使い切って、スーツにブーストがかかる。その間はシールドも強化されるから、流石にダメージは通らないだろうし、計算上は飛行速度もいつもの3倍くらい出るはずだ。ソレで逃げ切れ》
    「どんくらいもつんや?」
    《残りエネルギーからすると、2分弱ってところだ。いいか、今だっつったらすぐブーストモードだ。ソコからの2分でソイツから逃げて、家まで戻って来い》
    「分かっ……」
     返事しかけた、その瞬間――。
    「俺と戦ってる最中だってのにいつまでもいつまでもぺっちゃくちゃぺっちゃくちゃおしゃべりしてんじゃあねえよ! いい加減にしやがれッ!」
     眼前まで迫って来ていた老人がジャンニのヘルメットをつかみ、地面に叩き付けた。

    緑綺星・騙義譚 6

    2021.09.01.[Edit]
    シュウの話、第27話。覚悟の違い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. カズから「ダメージは絶対に受けない」と言われていたにもかかわらず、この時ジャンニは、胃か肺が破裂したかと思うほどの痛みを感じていた。「げほ……げほっ」《だ……ガガ……か!?》 カズからの無線が聞こえて来たものの、ノイズ混じりで聞き取れない。「なん……や……こいつ……!?」 どうにか立ち上がろうとするが、どうやら腕のパワーアシストが切...

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    シュウの話、第28話。
    限界空中戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「うわっ!」
    「すっげえ、あのじーさん!」
     一旦はスチール・フォックスに一暴れされ、呆然としていた自警団員たちだったが、途中で乱入してきた兎の老人が彼を真正面から止め、返り討ちにする様を眺めている間に、折れた心が持ち直し始めていた。
    「やれ! いけーッ!」
    「スチール・フォックスをスクラップにしてやれーッ!」
    「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
     その声援で気を良くしたのか、老人は余裕を見せ始める。
    「ひっひひ、まるで映画の大スターになった気分だぜ。……ま、映画と現実は違うってことがよ、これで身にしみてよーく分かったろ? ボチボチ終わらせてやるぜ。せいぜい、あの世でじっくり後悔しやがれや」
     老人は右手をぎゅっと握りしめ、腕の筋肉をビキビキとみなぎらせて、頭上にゆっくり振り上げる。
    「これで終わりだ」
     そしてその腕を、勢い良く振り下ろした。だが、振り下ろされるその一瞬前、スチール・フォックスの全身あちこちから、紫色の光が放たれる。
    「んん……!?」
     発光に気付き、老人の拳が止まったその瞬間――スチール・フォックスはドン、と爆発じみた音を立て、その場から消えた。

    《ブーストモードON! 残り時間1分50秒だ!》
    「了解!」
     老人の前から消えて3秒後、ジャンニは50メートルほど南東に飛翔していた。
    《……チッ、まだ追ってきてやがる!》
    「マジか!?」
     ジャンニもヘルメット内のセンサーで、自分の後方から迫って来ることを確認する。
    「逃がさねえぜッ!」
     一体何をどうやっているのか――全速力で逃げるジャンニの前方に、老人が飛び上がって来た。
    「……ッ」
     その人間離れした挙動と、そしてどこまでも執拗に迫ってくる執念に恐怖と嫌悪を感じ、ジャンニの心の枷が緩んだ。
    「く……来んなーッ!」
     無意識に左手を伸ばし、掌に仕込まれていた魔法陣を起動させる。
    「あっ……」
     放たれた炎の槍が、老人に直撃した。
    (や……やってしもた……!?)
     ジャンニの背筋にぞわりと悪寒が走ったが、次の瞬間、それでもまだ、自分の認識が甘いことを悟った。
    「ぅおらああッ!」
     なんと老人は炎の槍を素手で弾き、四散させてしまったのである。とは言えジャンニのように実際に空を飛んでいるわけではなく、単に跳躍しただけであった老人の挙動を崩すには、十分な一手であったらしい。
    「……やるじゃねえか……!」
     結果として老人はジャンニを攻撃できず、そのまま地上の、がれきのど真ん中に落下した。
    「……はーっ……はーっ」
     怪物じみた老人を撃退できたことと、曲がりなりにも殺人を犯さずに済んだことによる安堵で呆然としていたジャンニの耳に、シュウの叱咤が響く。
    《あと1分ちょいです! 急いで! ボーッとしちゃダメです!》
    「あ……お、おう! 戻るわ!」
     ジャンニは空中できびすを返し、アジトに向かって飛んで行った。

     老人がスチール・フォックスを叩きのめし、沸き立ちかけていた自警団員たちだったが、二人が空中戦を始めた辺りで、何がどうなっているのか、ついて行けなくなっていた。
    「な……え……?」
    「あれって……どう……?」
    「さあ……?」
     揃って立ち尽くし、空をぽかんと眺めていることしかできなかったが、老人が地上のどこかに墜落したことだけは、誰の目にも明らかに理解できた。そしてそれが、自警団員たちの心を完全に折る決定打となった。
    「あっ……!」
    「お……落ちたぞ、あのじいさん!」
    「……負けた!?」
     向けていた視線を空から、周囲で同様にぼんやりしている同志に移し、やがてお互いの顔が真っ青になっていくのを確認する。
    「に、逃げるぞ! あんなの相手にできねえよ!」
    「あ、ああ! どうせ裏切り者がいるって話なんだしな」
    「いても裏切られるんなら、今のうちに逃げた方がマシだよな、うん」
     3分もしないうち、自警団の本拠地にはほとんど人がいなくなった。ただ一人残された団長は――。
    「……こ、殺されるっ」
     一目散に、公安局へと逃げ込んだ。



     エネルギーをほとんど使い果たしたものの、どうにかジャンニは、アジトに戻ることができた。
    「おわっ、……うぐっ、がっ」
     しかし着陸寸前で完全にエネルギーが無くなってしまい、彼はアジトのテラスから部屋の中へ、ごろごろと転がり込む羽目になった。
    「大丈夫ですか、ジャンニくん!?」
     バタバタと足音を立て、シュウが部屋に入って来る。
    「だ、だいじょぶ、だいじょぶ」
    「ソレがか?」
     と、シュウの後に部屋に入って来たカズが、呆れた声を挙げた。
    「テラスも部屋ん中もグッチャグチャ。スーツも胸部装甲大破、頭部装甲破損、あと多分、シールド機能も全損してる。さらにブースト機能により各所に灼け付きが発生。
     オマケにお前さんは右腕骨折、と」
    「骨折? ……あ」
     ジャンニはそこでようやく、自分の右腕が普段見慣れない方向に曲がっていることに気付いた。

    緑綺星・騙義譚 7

    2021.09.02.[Edit]
    シュウの話、第28話。限界空中戦。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「うわっ!」「すっげえ、あのじーさん!」 一旦はスチール・フォックスに一暴れされ、呆然としていた自警団員たちだったが、途中で乱入してきた兎の老人が彼を真正面から止め、返り討ちにする様を眺めている間に、折れた心が持ち直し始めていた。「やれ! いけーッ!」「スチール・フォックスをスクラップにしてやれーッ!」「殺せ! 殺せ! 殺...

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    シュウの話、第29話。
    自警団の正体。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     スチール・フォックスが自警団を襲撃した翌日、市国の朝刊各紙は、その前日のクレメント事件を超える賑わいを見せていた。
    「自警団団長 公安局に投降」
    「自警団 ネオクラウンとの関与認める」
    「司法取引要求か 公安局長『検討の余地あり』」

    「……ってわけで、今も取り調べの最中だが、それでも結構な事実が明らかになった」
     その2日後、ふたたびマドック警部がジャンニたちのアジトを訪ね、その後の経緯を明かしてくれた。
    「俺たちの読み通り、やっぱり自警団はネオクラウンとつながっていた。それも単にカネをもらってたってだけじゃない。そもそも団長からして、奴らの手下だったのさ」
    「つまりネオクラウンから指令を受けて、適当な理由を作って暴動や破壊工作を行ってたってコトですねー」
    「そう言うこった」
     手土産に持って来たドーナツをほおばりながら、警部は呆れた表情を浮かべる。
    「だがお前さんたちの破壊工作で自警団が壊滅しちまったから、ネオクラウンからの指令に応えられなくなっちまった。そのまんまじゃ奴らから報復を受け、殺されちまう。そんなら公安と司法取引した方がまだ、命の保証だけはされるだろう。そう考えて、団長はウチに逃げ込んで来たってわけさ」
    「ケッ、自分勝手な野郎だな」
     ショコラツイストを飲み込み、カズが悪態をつく。
    「散々自警団の邪魔しといて、いざ自分の身に危険が迫ったらみっともなく泣きつくのかよ? オレならぜってー助けねえよ、そんなクズ」
    「まったく同感だな。公安上層部のお偉方も同意見だろう。無論、司法取引に応じたとなれば、ある程度の減刑は認めざるを得んだろうが、それでも無罪放免ってわけにゃ行かんだろうよ。せいぜい懲役100年の求刑が、50年に減免されるって程度だろう」
    「どっちにしても事実上の終身刑ですねー。でも、そもそも減免されるだけの価値がある情報を持ってるんですかね?」
    「何を知ってるかは知らんが、取引を持ちかけてくるくらいだ。相当、公安にとってありがたい情報を持ってるんだろうよ。
     ……で、ジャンニ。お前さん、大丈夫なのか?」
     警部に尋ねられ、ジャンニは苦笑いする。
    「医者に診てもろたんで、まあ、何とか。『部屋ん中で転んだ』って言うたら、大笑いされました」
    「そんなマヌケな理由で骨折ったなんて言われちゃな。じゃ、お前さんがスチール・フォックスだってことは、まだバレてないってことか」
    「多分大丈夫です。ただ、しばらくは出撃できそうにないです」
    「そんなにひどいのか?」
     警部はジャンニの腕を見たが、カズが手を振る。
    「骨折も打撲も魔術治療してもらったから、そっちは1週間もありゃ治る。
     ソレよりもスーツの方が問題だ。装甲はボッコボコにされてるし、シールドをはじめとする防御システムも軒並みブッ壊れてっから、オーバーホール中だ。ったくあのジジイ、ただもんじゃねえな」
    「ふーん……? 相当厄介そうだな。映像みたいなのは残ってるか?」
    「ああ、撮ってる」
     カズはパソコンを操作し、ジャンニと老人が戦った際の動画を見せる。
    「見た感じ……60代か70代かって感じだな。身長は150あるかないかくらいか。兎獣人ってのはここいらじゃなかなか珍しいから、探せば見つかるかも知れんな。……しかししょっぴくのはちょっと無理そうだ」
    「スチール・フォックスを素手でボッコボコにした相手ですもんね。無理に拘束しようとしたら、犠牲者が出るかも知れません」
    「だな。と言って、放っておくわけにもいかんからな。重要参考人として指名手配はしておく。画像もらえるか?」
    「おう、データ送るわ」
    「あー、と。紙でもらえるかい? 俺の携帯はスマホじゃなくってな」
    「換えろよ……」



     後日、警部からこの老人についての情報が届いた。裏社会では有名な「なんでも屋」で、「パスポーター」の名で知られていること、元々から国際的に指名手配されていることが明らかになった。そして、今回の事件の重要参考人として公安当局からも指名手配されたことも、併せて伝えられた。

     そしてこの間にも市国に巣食う闇への追及は、着々と続けられていた。

    緑綺星・騙義譚 8

    2021.09.03.[Edit]
    シュウの話、第29話。自警団の正体。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. スチール・フォックスが自警団を襲撃した翌日、市国の朝刊各紙は、その前日のクレメント事件を超える賑わいを見せていた。「自警団団長 公安局に投降」「自警団 ネオクラウンとの関与認める」「司法取引要求か 公安局長『検討の余地あり』」「……ってわけで、今も取り調べの最中だが、それでも結構な事実が明らかになった」 その2日後、ふた...

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    シュウの話、第30話。
    夜明けは近い、……か?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
     自警団が壊滅したことは、ネオクラウンにとっては結果的に、致命的な痛手となった。
     これまで自身への追及が行われる直前に、彼らにゲリラ活動を行わせることにより、公安の行動を制止・制限させることができていた。これにより自警団員が公安に逮捕・拘束されたとしても、末端の人間は自警団とネオクラウンがつながっている事実すら知らないため、ネオクラウン側には何の影響も出ない。自警団がネオクラウンにとって都合のいい「壁」となることにより、彼らは追及を逃れ、好き放題に暴れ回ることができたのである。

     この疎ましかった壁が崩れたことにより、公安はその優秀な捜査・機動能力を、ネオクラウンの系列企業・組織らに、存分に行使できるようになった。その結果、自警団壊滅から半月ほどで末端組織は軒並み摘発・壊滅し、さらにその一週間後には中核組織の一つを抑え、組長以下幹部全員の逮捕に至った。
     2年以上に渡り市国の裏社会を牛耳っていたネオクラウンの牙城は、ついに崩れ始めたのである。



     この頃にはジャンニのケガもすっかり癒え、外出も不自由なくできるようになっていた。
    「ジャンニくん、ジャンニくん。『金火狐総帥 公安局に特別予算追加を指示』ですって」
    「ホンマかいな」
     この日、ジャンニはシュウと連れ立って食料品の買い出しに向かいがてら、彼女と世間話に興じていた。
    「つまりシラクゾはネオクラウンと手ぇ切るつもり満々っちゅうことか」
    「でしょうねー。このまま付き合い続けても、自分が逮捕されるリスクを背負うだけですもんね。ソレより正義の味方ヅラした方が、体面も保てるって腹積もりなんでしょうねー」
     シュウは新聞をたたみ、自分のかばんにしまい込む。
    「今日はフライにしましょ。油切りに丁度いい紙も手に入りましたし」
    「ジャーナリストが言うてええ言葉か、それ……」
    「非金火狐系の一流紙にしてはテーマの扱い方がコビ売りすぎですし、そもそも文章が下手っぴです。二度は読む気しませんねー」
    「辛辣やな」
    「フリーのジャーナリストは辛口なんですよ? うふふ……」
     ニコニコ笑いながらも、シュウのやんわりとした毒舌は止まらない。
    「でも総帥さんもなかなか、ツラの皮が厚い人みたいですねー。ネオクラウンの力借りて総帥になったのに、今更無関係を装おうとするなんて」
    「そんなん許してたまるかっちゅうねん。……ちゅうても監査局もシラクゾの言いなりやもんなぁ」
    「その蜜月関係も、時間の問題かもですよ? 監査局長の交代は前局長の殺害があって行われたコトですし、今後の捜査で、その事実はいずれ明らかになるはずです。
     あるいはネオクラウンのトップが捕まったら、きっと司法取引を持ちかけて、総帥からの依頼内容をリークするでしょう。ましてや、こうして事実上手を切ったコトが大々的に報道された今、ネオクラウン側も総帥をかばうような行動は執らないでしょうし。
     総帥による殺人依頼が発覚すれば、監査局長も市政局長も道連れです。ソレなら先手を打って自白した方が罪は軽くなる、と考えるでしょうね。どっちもそう遠くないうち、公安局に駆け込むでしょうね」
    「裏切るヤツは裏切られる、っちゅうわけか」
     ジャンニは往来で立ち止まり、街の中心――金火狐財団総帥の住まう、フォコ屋敷に目をやる。
    「ほな、また代替わりやな。いや、下手したら幹部陣の半分すげ替えになるかも知れへんな」
    「ジャンニくんは立候補したりしないんですか?」
     尋ねたシュウに、ジャンニは苦笑いを返す。
    「有資格者は21歳から40歳までやから、対象外や。もう2年後やったら良かったかも分からんけどな。そうでなくても大学中退の、何の取り柄もないアホがやります言うて通るわけないしな」
    「かもですね。でもジャンニくん、学校はもう復学してもいいんじゃないですか?」
    「ん? うーん……」
    「迷う要素はないでしょ? もうネオクラウンは壊滅まで秒読みの段階ですし、他にこの街を揺るがす脅威もなさそうです。もうヒーロー、やめちゃっていいんじゃないですか?」
    「いや、でも……ほら、ドクターとか、あの兎とかおるやん?」
     ジャンニが言葉をにごし、適当な言い訳を返した、その時だった。

    「兎ってのは、俺のことかい」
    「……!」
     いつの間にかジャンニの背中に、ごり……、と拳が当てられていた。

    緑綺星・騙義譚 終

    緑綺星・騙義譚 9

    2021.09.04.[Edit]
    シュウの話、第30話。夜明けは近い、……か?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. 自警団が壊滅したことは、ネオクラウンにとっては結果的に、致命的な痛手となった。 これまで自身への追及が行われる直前に、彼らにゲリラ活動を行わせることにより、公安の行動を制止・制限させることができていた。これにより自警団員が公安に逮捕・拘束されたとしても、末端の人間は自警団とネオクラウンがつながっている事実すら知ら...

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    シュウの話、第31話。
    老いた「パスポーター」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「ジャンニくん……!?」
     シュウもジャンニの背後に誰かが佇んでいることに気付いたらしく、血相を変える。だが、その人物――数日前スチール・フォックスを素手で叩きのめしたあの老兎「パスポーター」は、ニヤッと笑って拳を離した。
    「最初に言っとくが、お前さんを今ここでどうこうしようってつもりはねえよ。俺にお前さんの始末を依頼した奴は公安局の檻の中だし、代わりにカネ出してくれる奴もいない。となりゃ今更お前さんを殺したところで、1エルの得にもならねえ。カネにならねえ殺しは損するだけだからな」
    「……プロってヤツですね」
     そんなことを言ったシュウに、「パスポーター」は鼻で笑って返す。
    「知ったかぶりの事情通気取りさんよ、あんたはちっと黙ってな。俺はこいつと話があるんだ」
    「一度殺そうとした人相手に、わざわざ話をしに来たんですか? 一体どんなお話を?」
     あしらわれたが、シュウはやんわり食い下がる。「パスポーター」の方も、彼女がどう邪険に振る舞おうと離れない性格の人間だと悟ったらしく、口をへの字に曲げた。
    「少なくとも、いい大人が3人往来で突っ立ってするような話じゃねえよ。そうさな、口が滑るようなもんをおごってくれりゃ、あんたに聞かせてやっても構わねえが……」
    「ソレなら近くにお昼からやってる、央南系の定食屋さんがありますよ。お酒も種類豊富みたいですし」
    「分かってるじゃねえか。いいだろう」
    「パスポーター」はニヤッと笑い、案内するよう促した。

     シュウが言った通り、そこは央南風の小料理屋をイメージしたような店構えだった。
    「いらっしゃーい」
     出迎えた虎獣人の店主に、シュウがぴょこ、と指を立てる。
    「『猫桜』一本。あとは適当にご飯お願いしますー」
     その注文を受けて、店主が目を丸くする。
    「めちゃめちゃ高いよ?」
    「知ってますー」
    「……そんなら、まあ」
     店主が奥に向かう間に、シュウたちはテーブル席に座る。
    「お姉ちゃんよ、よく央南の酒なんか分かるな? 俺もそう詳しい方じゃねえけどよ、『猫桜』って言や、『チャット・ル・エジテ』や『デア・フォルティッサ』とタメ張る高級酒じゃねえか」
    「家の物置にそのラベル付いた瓶が、ゴロゴロ置いてあったんですよ。わたしの5代か6代くらい前のご先祖様が央南の人で、よく央南からお酒取り寄せてたらしいんです。『故郷の味が忘れられなかった』ってヤツでしょうねー」
    「ふーん……?」
     話している間に、店主が酒瓶とコップを2つ持って来る。
    「お姉さんとおじいさんの分ね。そっちのお兄ちゃんは飲めそうな顔してないから持って来てないよ。水かお茶なら持ってきたげるけど、どうする?」
    「あっ、はい。ほな、お茶で」
    「はいよ」
     やり取りを眺めていた「パスポーター」が、くっくっと笑う。
    「見る目は確かだな、あの姐御さんも。……っと、あんた方そろそろ自己紹介してもらっていいかい? いつまでも『お姉ちゃん』『お兄ちゃん』じゃ話しにくいからよ」
    「あ、はい。私はシュウ・メイスンですー」
    「ジャンニ・ゴールドマンや」
    「ありがとよ。俺はアルト・トッドレールだ」
    「よろしくですー、アルトさん」
     シュウに酌をしてもらった酒を、アルトは一息に飲み干す。
    「……かーっ、なかなかガツンと来るねえ。いい酒だ。よしよし、そんじゃ酔っ払っちまう前に、順を追って話をしてやるよ。シュウさんよ、録音の準備はいいかい?」
    「バッチリですー」
     シュウがスマホをテーブルの上に載せ、アプリを起動させたところで、アルトは話し始めた。
    「最初に言っとくが、俺はあの戦い、負けたとは思ってねえ。お前さんもそうだろ?」
    「まあ……うん。『ファイアランス』も弾かれたし、勝ったとは思ってへん」
    「もっかいやったら絶対勝つ。……とは確信しちゃいるが、それで負けたら赤っ恥もいいとこだ。だから正体やら弱点やら探ろうと、情報集めてたのさ。そしたらやけにスチール・フォックスを持ち上げてる動画を見付けてな」
    「あ、わたしのですか?」
    「そうだ。で、スチール・フォックスに極秘取材したって動画をよーく聴いてみたら、その動画の声とあの晩聞いた声は、確かに同じっぽかった。で、ここ何日かその動画を頼りに通りを回って、今日ようやく見付けた、いや、声を聞き付けたってわけだ。俺はこの見た目通り、耳がいいからよ」
    「身バレしないよう十分対策してたつもりでしたが、……まだまだですね」
     シュウは肩をすくめ、酒をぐい、とあおった。

    緑綺星・白闇譚 1

    2021.09.09.[Edit]
    シュウの話、第31話。老いた「パスポーター」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「ジャンニくん……!?」 シュウもジャンニの背後に誰かが佇んでいることに気付いたらしく、血相を変える。だが、その人物――数日前スチール・フォックスを素手で叩きのめしたあの老兎「パスポーター」は、ニヤッと笑って拳を離した。「最初に言っとくが、お前さんを今ここでどうこうしようってつもりはねえよ。俺にお前さんの始末を依頼...

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    シュウの話、第32話。
    「ネオクラウン」とは。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     シュウに2杯目を注いでもらいながら、アルトは話を続ける。
    「そんで、お二人さんよ。スチール・フォックスの宣伝動画でこう言ってたな? 『ネオクラウンが自分の最大の敵だ』『ネオクラウンを倒すことが最大の目的だ』って」
    「まあ、うん」
    「そう言う趣旨の内容ですねー」
     そう答えた二人の顔を、アルトはニヤニヤ笑いながら眺めている。
    「なんでしょうか?」
    「おめでたい奴らだなと思ってな。この騒動の顛末が、ネオクラウンの親玉とっ捕まえてハイおしまい、で済むと思ってるってツラしてやがるからよ」
    「どう言う意味や?」
    「結論から言うとだな――そんなもん、どこにもいやしねえんだよ」
     アルトの言葉の意味が理解できず、ジャンニはシュウの顔を見る。彼女もアルトの真意を図りかねているらしく、けげんな表情を浮かべていた。
    「何がなんだかってツラしてんな。まあ、いきなりポンとこんなこと言われたって、そりゃワケ分かんねえだろうさ。
     ま、仮に、だ。公安の捜査がサクサク首尾良く進んで、ネオクラウンの中核企業が軒並み摘発されたとしようや。公安の強面共はしょっぴいてきた社長ご一同に、こう怒鳴るだろう。『お前がネオクラウンのボスか!?』ってな。だがそこにいる誰もが、首を振るだろう。『自分はただの幹部に過ぎない』ってな。
     しかしそれはウソじゃねえ。例え一人ひとり別個に取り調べて、『他の奴は洗いざらい吐いたぞ。今更ウソなんか付くんじゃねえぞ』なんて騙すの脅すのとやったところで、言うことは変わらねえ。『自分は幹部の一人だ』、『他の連中の中にボスがいるはずだ』って、みんな同じことを言うだけさ。
     そこで捜査は迷宮入りだ。仮にその社長共を死ぬまで拷問したって、それ以上の真実は、何一つとしてそいつらからは出て来やしねえんだよ」
    「わ……分からへん。あんたの言うてることが、よく……?」
     戸惑うジャンニに、アルトは依然としてニヤついた顔のまま、こう続ける。
    「すべてはウソなのさ。ネオクラウンなんて組織は、始めっから存在しねえんだ。『誰か』がとある計画のためにそれっぽい名前の、架空のマフィア組織をでっち上げ、地元企業と半グレ組織を手当り次第に舎弟にして、それっぽく『組織みたいなもん』を演出したってだけなんだよ。
     だから公安の捜査は、いずれ行き詰まる。お前らの目標は、いつまで経っても達成されない。この大騒動が一段落したところでまた、『ネオ・ネオクラウン』が登場するだけさ」
    「ちょ、ちょっと待って下さい」
     流石のシュウも、そんな話になるとは予想していなかったらしく、珍しくあわてた顔をしていた。
    「どうしてアルトさんが、そんなコトをご存知なんですか? 根拠は?」
    「裏社会ってやつは狭い。だが、とんでもなく深いんだ。俺はその中でもかなり奥底の方で、長いこと暮らしてるからよ。『裏事情』ってやつには、誰よりも敏感なんだ。
     動画を見てたらお前さん方、ドクター・オッドと戦ったって言うじゃねえか。確かにあいつは、俺が知ってるドクターだ」
    「お知り合いなんですか?」
     立て続けに面食らった様子ながらも、シュウは質問を重ねている。
    「ちっと顔を二、三度合わせたってだけさ。裏社会でな。ところでこいつは、ある組織の仕事を良く請け負ってる奴なんだ。専属契約でもしてるみてえにな」
    「ある組織?」
    「ちょいと話は戻るがシュウさんよ、ネオクラウンが活動を始めたのは大体3年前、714年くらいからだが、この2年後、世界にデカいニュースが流れた。それが何か、言ってみな」
    「つまり去年ですよね? パッと思いつくのはー……、『長い7世紀戦争』の終結宣言くらいでしょうか」
    「それさ。100年以上も長々と決着の付かない戦いをしてたってのに、なんで急に終戦したんだろうな?」
     話している間に、シュウの目が――これも珍しいことに――真剣な眼差しになる。
    「つまりアルトさん、あなたは市国で不正・非正規的に製造されていた品が、軍事物資として供給されていた、と?」
    「戦争ってやつは物量がモノを言うからな。ましてや100年戦争してるんだ、どっちもほとんどカネも物資も残ってなかったはずだ。そこに大量の物資が流れ込んできたとなりゃ、よっぽど下手打たない限りは決着するってもんさ」
    「わたしが調べたところでは、ネオクラウン系のフロント企業は各種製造業と、製造のための用地・施設管理業および人材派遣業、そして輸送業で構成されていました。ソレを連携させることで、市国に大規模な製造ラインを築く。それが『彼ら』の狙いだった、と?」
    「な、つながってきただろ?」
     シュウとアルトは互いに言わんとすることを察しているようだったが、ジャンニにはまったく見当が付かない。
    「えーと……あの……なにがなにでなんなん?」
    「さっぱり分かんねえよってツラしてやがるな」
    「端折りすぎちゃったかもですねー」
     二人は肩をすくめ、揃って苦笑した。
    「えーとですね、ジャンニくん。白猫党ってご存知です?」
    「しろ……ねこ……? え、『白い猫ってかわいいよね』『わかるー』ってアレ?」「ちがいます」
     シュウは呆れた目を向けながら、丁寧に説明してくれた。

    緑綺星・白闇譚 2

    2021.09.10.[Edit]
    シュウの話、第32話。「ネオクラウン」とは。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. シュウに2杯目を注いでもらいながら、アルトは話を続ける。「そんで、お二人さんよ。スチール・フォックスの宣伝動画でこう言ってたな? 『ネオクラウンが自分の最大の敵だ』『ネオクラウンを倒すことが最大の目的だ』って」「まあ、うん」「そう言う趣旨の内容ですねー」 そう答えた二人の顔を、アルトはニヤニヤ笑いながら眺めてい...

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    シュウの話、第33話。
    白くて深い闇の向こうから。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「6世紀後半にですねー、白猫党って言う政治結社が侵略と戦争を繰り返して、央北の西半分を手に入れたんです。ソレだけに留まらず、央中とか央南とかにも攻め込んだりして、一時期は世界の3分の1を手中に収めるくらいに勢力を拡大したんです。だけどなんか途中から内輪もめしちゃって、党は南北に分裂したんですよ。
     で、再統一しようとはしたみたいなんですけど、その話し合いも決裂しちゃって、結局、南北の白猫党で戦争始めちゃったんです。ただ、お互いほとんど同規模の勢力ですし、装備も同レベルとなると、決定打が無いワケで。決着が付かなくなって休戦して、勢力回復してまた戦争して、休戦して、……を何度も繰り返して、ソレが6世紀終わりから8世紀始めまでずーっと続いてたんです。で、今はこの戦争のコトを、『長い7世紀戦争』と呼んでるワケなんですけども、ソレが去年終わったんですよ。南側の白猫党が北側の本拠地を陥落させて、南側の党首が勝利演説したんです」
    「その白猫党がドクター・オッドの依頼人で、つまりネオクラウンの黒幕やっちゅうこと?」
    「アルトさんの説によれば、ですけどね。でもなんでそんなコトを、わたしたちに?」
    「おいおい、勘違いすんなよシュウさんよ。そもそも最初から、俺はジャンニに話すつもりだったんだよ。……もっとも話したところで、ぽかんとされるのがオチだったろうが。
     まあ、話を戻すとだな、俺がなんでこんな話をお前さんたちに言ったかだが――お前さんたちの本当の敵は、裏社会のとんでもなく深くて暗いところに潜んでる、最凶にヤバい奴らだってことを、ちゃんと理解させたかったからだ。お前さんたちはケンカを売っちゃならねえ相手にケンカを売ってんだよ。近い内にお前さんたちは報復されるぜ。いや、下手すりゃ今日かも知れねえな。放っときゃ皆殺しにされかねねえし、ジャンニ、お前さんは――いつか依頼されりゃ――俺がブッ殺すって決めてんだよ。こんなところで他の奴に横取りされてたまるかってんだ。だからこうして、懇切丁寧に教えてやったんだ。
     で、一つ聞くがよ」
     アルトは3杯目の酒を飲み干し、二人をにらんだ。
    「あのパワードスーツは今、どこにあるんだ? まさかそこいらのコインロッカーの中ってわけじゃねえよな? それにスーツを管理・保守してる奴がいるはずだ。あんな精密機器の塊、しょっちゅうメンテナンスしなきゃ運用できるはずがないからな。
     まさかスーツも管理者も、今、一緒のとこにいたりしないよな?」
    「……!」
     シュウは血相を変え、スマホの録音を止めて電話をかけた。



     シュウたちがアルトから話を聞く、その10分前――。
    「こんなもんか、な」
     パワードスーツのメンテナンスを数日がかりで終え、カズはごろん、と床に寝転んだ。
    「うへぇー……、疲れた。ったく、下手すりゃあと一歩でスクラップだったぜ、マジで。……もう昼か。シュウのヤツ、作り置きしてくれてっかなー」
     上半身を起こしかけ、またごろんと横になる。
    「……食い気より眠気が勝ちそうだぜ。いいや、寝ちまおうっと」
     そのまま腕を枕にしてうたたねしたところで、カズのスマホが――正確にはジャンニ名義だが――鳴った。
    (……チッ、……うっせえなぁ。……つって9割シュウからだろーなー……1割はクソみたいな勧誘かなんかだし……1割に賭けるか……いや多分シュウだよなー……出るかー……)
     仕方なく、カズはキーボードの横に置いていたスマホを手に取り、応答する。
    「うぃーす」
    《あなたは誰?》
     聞こえてきた声は、カズの知る人間のものではなかった。反射的に切ろうとしたが、相手がこう続けてきた。
    《誰でもいい。あなたがスチール・フォックスであることは把握している》
    「……誰だ」
     尋ねたカズには応じず、声は淡々と話し続ける。
    《あなたの横にスチール・フォックスのスーツがあることも把握している》
    「あぁん?」
    《あなたは私の敵であると断定する》
    「誰だって聞いてんだけど、答える気ねーのかよ?」
     話しながら、カズはパソコンを操作し、スマホの逆探知を試みる。だが3秒もしないうちに画面には、エラーの文字が表示された。
    「んっ……!?」
    《あなたはもう何もできない。何の対抗手段も無い。命もまもなく無くす。さようなら》
     そこで電話が切れ――家の外から、きいいい……、と何かが風を切る音が聞こえてきた。

    緑綺星・白闇譚 3

    2021.09.11.[Edit]
    シュウの話、第33話。白くて深い闇の向こうから。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「6世紀後半にですねー、白猫党って言う政治結社が侵略と戦争を繰り返して、央北の西半分を手に入れたんです。ソレだけに留まらず、央中とか央南とかにも攻め込んだりして、一時期は世界の3分の1を手中に収めるくらいに勢力を拡大したんです。だけどなんか途中から内輪もめしちゃって、党は南北に分裂したんですよ。 で、再統一し...

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    シュウの話、第34話。
    報復。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「おっ?」
     店主が店に備え付けていたテレビを見上げ、驚いた声を上げる。
    「爆発騒ぎだってさ。ガスか何かかな」
    「……!」
     シュウとジャンニは同時に振り返り、テレビ画面を確認した。
    「……シュウさん」
    「みたい、ですよ」
     画面にはジャンニのアジトが――いや、正確にはアジト「だった」ものが映されていた。
    「燃えとる……」
    「……出ないです、カズちゃん」
     スマホは発信中の画面のまま、変わることは無かった。

     いつの間にかアルトは姿を消していたが、二人はそれに構っているどころではなく、大急ぎでアジトへ引き返した。
    「……ひでえ」
     アジトがあった場所は、まるで隕石か何かが落ちたかのように深くえぐれており、周囲の家も含め、何も残っていなかった。その惨状を目にし、ジャンニは叫ぶ。
    「一体、……一体これ、何があったんや!?」
    「ミサイルの可能性が高いですね」
     淡々と答えるシュウも、腕が震えている。
    「でも、いくら騒動の渦中とは言え、市国の入出国管理局が迎撃できなかったなんて、おかしいです。となれば恐らく、市国内で放たれたモノか、あるいは、相当軍事技術の発達したところから発射されたモノでしょう。だから……調べれば……何か……」
     やがてシュウは言葉に詰まり、その場に座り込む。
    「シュウさん!」
     ジャンニはどうしていいか分からず、立ち尽くすばかりだった。

     と――。
    《悪い》
     二人の背後から、声がかけられる。
    「!?」
     振り向くと、そこにはスチール・フォックスがいた。いや――。
    《防ごうとしたんだが、ものすごい量のミサイル撃ち込んできやがってな。結局、パソコンとスマホ、燃えちまった。……あと、家もだな》
    「カズちゃん!?」
     ヘルメットが外れ、カズの顔がのぞく。
    「スーツとバックアップデータ持ち出すので精一杯だった。……じきに公安やら何やらが来る。逃げるぞ」
    「無理ですよ」
     シュウが立ち上がり、いつも通りの口調で答える。
    「ミサイルの運用には人工衛星が不可欠です。つまりわたしたちは今、衛星に監視されてるはずです。衛星の監視をすり抜けて逃亡するのは不可能ですよ」
    「関係ねーな」
     そう言って、カズは呪文をつぶやいた。
    「『テレポート』」
     次の瞬間、ジャンニたちはどこかの丘の上に立っていた。
    「……な……え、何これ?」
     ジャンニはきょろきょろと辺りを見回すが、自分がまったく知らない場所であることが分かっただけだった。
    「カズちゃん」
     と、シュウが神妙な面持ちでカズを見つめる。
    「あなた、何者なんですか? ミサイルから逃げるなんて人間業じゃないですし、『テレポート』の運用は大規模施設が必要なはずです。そもそもそのパワードスーツだって、ふつーの人が一人で造れるものじゃ、絶対ありません」
    「その質問は後で答えてやんよ。ソレより今は状況の整理だ」
     スーツを脱ぎ、カズはその場に座り込む。
    「自分で着てみたのはコレが初だが、色々改良の余地があるな。一番の問題は緊急時に持ち出しにくいってトコだ、な」
    「言うてる場合かいな。……カズちゃん、実はな」
     ジャンニとシュウは、アルトの話をカズに伝えた。
    「白猫党だと?」
    「確証はありませんが、でも、状況証拠はコレでもう一つ増えましたね。ミサイルは1発1~2億エルもする、とっても高価な兵器です。ソレを何十発も発射するなんてコト、いち犯罪組織がやるコトじゃないです」
    「そんなカネ使うんやったらビルか豪邸建てるやろしな」
    「物理的にもおかしいですしね。ミサイル数十発分を格納する施設も必要ですが、そんなスペースを確保するのは軍事組織以外にありえないです」
     と、カズが手を挙げる。
    「話は一旦、ソコまでだ。迎えが来る」
    「迎え?」
     もう一度、ジャンニは辺りを見回す。すると丘のふもと側から、赤い髪のエルフがとぼとぼ歩いてきているのが見えた。
    「あなたたちなのっ? いきなり『テレポート』でここに押しかけて来たのってっ? ここは永世中立国だってこと、知っててやってるのっ?」
    「よお、鈴林。久しぶりだな」
     カズが立ち上がり、エルフに手を振るが、エルフはきょとんとしている。
    「……誰っ?」
    「ご挨拶だな。『姐さん』の顔を忘れたのかよ?」
    「姐さんっ? ……あれっ? もしかして天狐ちゃんじゃない方の姐さんっ?」
    「『じゃない方』って言うな。こっちが大本なんだからよ。アイツ元気か?」
    「元気してるよっ。でも姐さん、すっごく久しぶりだねっ? もう80年くらい姿を見てなかったけどっ」
    「80年!?」
     やり取りを聞いていたジャンニとシュウは、顔を見合わせる。
    「え、カズちゃんホンマに何歳なん?」
    「言っただろ。オレも分かんねーって。……あ、紹介するわ。そっちの赤金髪がジャンニ。ピンク髪がシュウ。とりあえずメシ頼むわ、鈴林」
    「いきなりやって来てせびらないでよ、もおっ! ホントに変わってないねっ」
     鈴林と呼ばれたエルフは、ぷくっとほおをふくらませた。

    緑綺星・白闇譚 4

    2021.09.12.[Edit]
    シュウの話、第34話。報復。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「おっ?」 店主が店に備え付けていたテレビを見上げ、驚いた声を上げる。「爆発騒ぎだってさ。ガスか何かかな」「……!」 シュウとジャンニは同時に振り返り、テレビ画面を確認した。「……シュウさん」「みたい、ですよ」 画面にはジャンニのアジトが――いや、正確にはアジト「だった」ものが映されていた。「燃えとる……」「……出ないです、カズちゃん」 ...

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    シュウの話、第35話。
    双子よりもっとちかしい姉妹。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「よお、天狐。元気してたか?」
    「あぁん?」
     対面するなり、その金毛九尾の狐獣人は口をへの字に曲げた。
    「誰かと思ったら一聖かよ。この80年音沙汰ナシかと思ったら、いきなりだな」
    「ま、色々あってな」
    「単刀直入に聞くけどよ」
     天狐はタブレット状の金属板を、一聖に向ける。
    「ココ最近、お前『目録』に色々書き込んでただろ? なんだよ、スチール・フォックスMk4って」
    「Mk4!? え、カズちゃん、あれ一機だけやないのん?」
     口を挟んだジャンニを、天狐がにらみつける。
    「うるせえ黙ってろ。……待て」
     天狐は椅子からぴょんと降り、ジャンニに詰め寄った。
    「『アレ一機だけ』ってなんだ? まさかマジであんのか? この妄想てんこ盛りのびっくりおバカ兵器が」
    「あれ……やけど」
     そう返し、ジャンニは鈴林が背負ってくれていたパワードスーツを指差す。それを見た瞬間、天狐は苦々しい表情を浮かべた。
    「一聖よお……。お前ホントな、そーゆートコ、な?」
    「むしろなんでお前がソコ似てねーのか不思議だけどな、オレは」
    「こっちは現実主義なんだよ。じゃなきゃ200年もゼミ続けられるかっての」
    「妄想は大事だぜ? 創造につながるから、な」
    「言ってろ。……で? 80年ぶりにオレの前に姿見せたのは、友達とトンデモメカの紹介しに来たってだけじゃねーんだろ?」
    「おう」
     一聖は天狐が持っていたタブレットを奪い、市国の地図を表示させる。
    「10分前、オレは市国でミサイル攻撃を受けた。市国のミサイル防衛措置(カウンターメジャー)が働いてたってんなら、そんな目に遭うはずがねー。となりゃ考えられる可能性は3つだ。1つ、市国内で発射されたモノか、2つ、防衛措置が捉えられないくらい最新鋭のモノか、あるいは3つ、『テレポート』でオレの頭上に直に送られてきたモノか、だ」
    「ソレを調べろって?」
     天狐は傍らに置いてあったキーボードを叩く。すると机の天板からにゅっとモニタが3枚現れ、パソコンが起動する。その様子を見ていた一聖は、先ほどの天狐と同様、口をへの字に曲げた。
    「やーっぱお前もそーゆーギミック作ってんじゃねーか!」
    「そりゃ作るだろーがよ! ロマンだろーが!」
    「じゃなんでスーツにはケチ付けんだよ!?」
    「言っただろーが、実用主義なんだよオレは! そんなチンケなSF映画に出てきそうなもん、誰が造るかってんだ!」
    「チンケだあ!? そーゆーコトはな、実際に運用してるトコ見てから……」
    「姐さんたちっ! お客さんがビックリしてるでしょっ!? ケンカはあとでっ!」
     鈴林が割って入り、二人を止める。
    「そんなにイライラしてるってことは、二人ともお腹ペコペコなんでしょっ!?」
    「ああ」「減ってる」
    「何食べたいのっ?」
    「ショコラマフィン」「ショコラツイスト」
    「おやつじゃないのっ! ごーはーんっ!」
    「なんでもいいよ」「なんか適当に……」
    「なんでもとかてきとーなんてごはんはあーりーまーせんっ! じゃあお客さんっ、何かご注文はあるっ?」
     くるん、と鈴林に振り向かれ、ジャンニは戸惑う。
    「え、えー、あーと」
     一方のシュウは、いつも通りのマイペースさを見せた。
    「ソレじゃお魚系食べたいですー。あと、あればキノコも」
    「いいよっ。じゃ、スーツここに置くからねっ。できたら呼ぶからっ」
     鈴林が退室したところで、一聖が机に座る。
    「使うぜ」
    「ああ。だがどうやって調べるんだ?」
    「市国の入出国管理局にハッキングする」
    「お前、そんなのできたのか? そーゆーのは虹龍の兄さんの十八番だろ」
    「こないだ覚えたんだ。……作動はしてたみてーだな。ミサイル着弾のちょっと前に検知してる。もちろん、迎撃もしたらしい。だが完全には防ぎ切れなかったみてーだな」
    「ドコから撃たれたものなんでしょ?」
     シュウの質問に、一聖はモニタをとん、とんと叩く。
    「検知したのは市国南の沖合い、680キロ地点だそうだ。どうやら潜水艦から発射されたものらしい。管理局は大慌てで沖へ向かって捜索と呼びかけを行ってる最中だが、まあ、空振りに終わるだろうな。何の宣言もナシにいきなりミサイル撃ち込んでくるヤツらが、律儀に応答してくれるとは思えねーし」
    「もしドコの国か分かったら、国際問題ですもんね」
    「つっても恐らく、撃ったのは白猫党のヤツらだろう。そのアルトだかテノールだかってじいさんの話がマジなら、な」

    緑綺星・白闇譚 5

    2021.09.13.[Edit]
    シュウの話、第35話。双子よりもっとちかしい姉妹。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「よお、天狐。元気してたか?」「あぁん?」 対面するなり、その金毛九尾の狐獣人は口をへの字に曲げた。「誰かと思ったら一聖かよ。この80年音沙汰ナシかと思ったら、いきなりだな」「ま、色々あってな」「単刀直入に聞くけどよ」 天狐はタブレット状の金属板を、一聖に向ける。「ココ最近、お前『目録』に色々書き込んでただ...

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    シュウの話、第36話。
    これまでか、これからか。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     鈴林が作ってくれた鱒とキノコのリゾットを食べている間に、テレビでは市国のニュースが報じられていた。
    《……本日午後2時半頃、市国にミサイルと思われる飛翔体が多数飛来・着弾し、市街地では大規模な被害が発生した模様です。市国入出国管理局からは『市国の安全が大きく脅かされたこと、そして数多くの人命が失われたことに、遺憾の意を表する。今後さらなる攻撃に備え、防衛体制を強化する』との声明が出されています。次のニュースです……》
    「死傷者28名、か」
    「ひどいですね、本当に」
     ジャンニとシュウが心を痛めていた一方で、一聖と天狐は意見交換していた。
    「しかし報復っつったって、なんでミサイルなんだ? 居場所を特定できてたんなら、もっと範囲を狭めて攻撃すりゃ良かっただろうに。大惨事じゃねーか」
    「見せしめと警告って意味もあるんじゃねーか? 今回の騒動、金火狐総帥も一枚噛んでるって話だろ? 『ウチのミサイルはお前らの防衛力じゃ防げない。手を切ろうとしたら、今度は屋敷に撃ち込むぞ』って脅しなんじゃねーかな」
    「なるほど、確かに最近は手を切ろうって動きを見せてたから、な。軍事物資の製造拠点を引っかき回したスチール・フォックスへの制裁と、金火狐への牽制か。ありうるな」
    「となりゃ明日か明後日か、総帥から何かしらの声明があるだろう。その出方次第で、市国と央中の今後が決まるとも言えるだろう、な」
    「もー、姐さんたちっ! ご飯食べながら議論しないでよっ。ご飯くずぽろぽろ落ちてるしっ。床、汚れるじゃないのっ」
     鈴林に怒られ、二人は揃って肩をすくめる。
    「へーへー」「分かった分かった」
    「そー言えばお二人って」
     シュウがテレビから一聖たちに向き直り、質問する。
    「もしかしてご姉妹なんですかー? 種族は違うみたいですけど、お顔も話し方もそっくりですし」
    「ああ、まあ、そんな感じだな」
    「オレが妹。一聖が姉ってコトになってる」
     答えた二人に、シュウはさらに質問を重ねる。
    「テンコちゃんってもしかして、『天狐ゼミ』のテンコ・カツミちゃんですか?」
    「ああ」
    「と言うコトはカズちゃんのお父さんも……?」
    「そうだよ。あの克大火だ」
    「わ~お」
     シュウは目を輝かせながら、一聖の側ににじり寄る。
    「なんで教えてくれなかったんですかー?」
    「教えたらお前さんみたいなのがわんさか湧くからだよ」
     一聖はシュウをにらみつけ、フンと鼻を鳴らす。
    「次は何を聞くつもりだ? 最新技術がガラクタになる秘術か? 誰も知らない世界の真実か? ソレとも親父の居場所か? オレの正体知ったヤツは、何でそんな話ばっかり聞くんだ!? ケッ、誰がそんな話してやるかってんだ!」
    「ええ、わたしもそんな話、友達から聞く気は全くありませんねー」
     シュウも一聖に顔を近付け、にっこり笑う。
    「ココでも市国や白猫党のお話するってコトは、まだあの件から手を引くつもりが無いってコトですよね? ソレにスチール・フォックスMk4でしたっけ? そんなの考えてるってコトは、もっとすごいスーツ造る計画が絶賛進行中ってコトですよね?
     わたしはカズちゃんが『コレまで』何をしてたかなんてお話には興味無いです。『コレから』何をするかを、是非お聞きしたいんです」
    「じゃあさっきのは何だよ? お前さんは何故、『なんで教えてくれなかった』って言ったんだ?」
    「お友達の話なら、色々聞いてみたいじゃないですか。何が好きなのとか、兄弟はいるのかとか、趣味は何なのとか。お父さんが誰とかは実際、どうでもいいですけどね」
    「……」
     そのまま二人はじっと見つめ合っていたが――やがて一聖の方が目をそらした。
    「……お前、恥ずいよ。面と向かって友達だの何だのって言うなよ」
    「じゃ、お友達じゃないんですか?」
    「うっせ」
     一聖は顔を真っ赤にしつつ、冷めかけたリゾットを口に運んだ。

    緑綺星・白闇譚 6

    2021.09.14.[Edit]
    シュウの話、第36話。これまでか、これからか。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 鈴林が作ってくれた鱒とキノコのリゾットを食べている間に、テレビでは市国のニュースが報じられていた。《……本日午後2時半頃、市国にミサイルと思われる飛翔体が多数飛来・着弾し、市街地では大規模な被害が発生した模様です。市国入出国管理局からは『市国の安全が大きく脅かされたこと、そして数多くの人命が失われたことに、遺憾...

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    シュウの話、第37話。
    スチール・フォックス;その正義のために。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「で、これからどないしよ?」
     早めの夕食を終えたところで、ジャンニがそんな質問を投げかけた。
    「オレの意見は一つだ」
     一聖が答える。
    「オレにケンカ売ったヤツは、ただじゃ済まさねー。今回の件の裏にいるヤツが白猫党であれ、他の誰であれ、ソイツにはきっちり仕返ししてやらねえと気が済まねー」
    「お前ソレで昔、痛い目見ただろ?」
     その回答に対し、天狐が呆れた目を向けた。
    「80年前のコト、忘れたってんじゃねーだろーな?」
    「覚えてるさ。反省もしてる。だからひっそり暮らしてた。下手なコトして迷惑かけねーよーに、な。だが向こうからケンカ売ってきたってんなら話は別だ。やられたらやり返す。ソレが克一門の流儀だろ?」
    「……しゃーねーなぁ」
     天狐はフン、と鼻を鳴らし、一聖の頭をぽんぽんと撫でた。
    「お前はオレだ。じゃあお前に売られたケンカは、オレに売られたも同然ってワケだ。一緒にやり返してやんよ」
    「ありがとな」
    「カズちゃんがそう言うてくれて、ほっとしとる。俺もこのまま市国に戻ることは、考えてへんかったしな」
     そう言って手を握ろうとしたジャンニの腕を振り払い、一聖は彼をにらみつけた。
    「何かしようってのか? 戻れよ、市国に」
    「戻らへん」
    「戻れって。お前さんの役目は、市国の正義の味方だろーが」
    「でもアルトじいさんの話やと、白猫党が黒幕なんやろ? このまま市国におっても、同じことの繰り返しになるだけやんか。ほんならもっと直に叩かへんかったら、何も変わらへんやん」
    「分かってねーな」
     一聖はジャンニの手を握り、強い口調でたしなめようとする。
    「ココから先はもっとヤバくて危険だ。市国のチンピラ相手なんかとはワケが違うんだぜ? お前さんが進むべき道じゃねえんだよ」
    「ほな他に誰が、あのスーツ着るんや?」
     ジャンニの指差した先にあるパワードスーツをチラ、と見て、一聖は苦い顔をする。
    「オレが着りゃいいだろ」
    「サポート役がいないと運用できないですよね、アレ」
     シュウに突っ込まれ、一聖は天狐の方を見る。
    「じゃあ天狐」
    「絶対ヤだね」
    「……鈴林」
    「超やだっ」
    「しゅ、……いや、無理か」
    「つまり消去法で俺しかおらへんやん。それともカズちゃんが、自分で白猫党んとこまで行くか?」
    「ソレも絶対ダメだ」
     天狐が首を横に振り、ジャンニの味方に付く。
    「コイツは昔、自分勝手に行動したせいで戦争引き起こして、国を真っ二つにした前科がある。コイツを白猫党本部なんかに行かせたら、世界崩壊の危機だぜ」
    「ソコまで言うかよ……」
    「ソコまでのコトだろーが。言っとくがオレと鈴林も現地に出張ったりなんかしねーぜ。ゼミのコトもあるし、オレみたいな大物が出張っちまったら、話が世界大戦レベルまでデカくなっちまうだろう。被害が大きくなるだけで、確実にろくなコトにゃならねーよ。
     ってワケで、その話に関しての結論は出たな。ジャンニだっけ、しばらくオレたちと一緒に行動してもらうコトになるぜ。下手すりゃ年単位でだが」
    「構わへん。どうせ親兄弟もおらん、独り身やしな」
    「決まりだな。じゃ、まず何をするか、だ」
     ふてくされる一聖を尻目に、天狐が話を進める。
    「今現在、白猫党には市国での事件関与の嫌いがある程度で、実際何をしてたのか、何をするつもりなのかは、さっぱり不明だ。ヤツらの意図を探るトコから始めなきゃならねー」
     これを受けて、シュウが答える。
    「白猫党は昨年、戦争終結の宣言を出して以降、対外的には主だった活動をしていません。近隣国への友好・不可侵条約さえ結んでいない状態です。そのせいで近隣国は、いつ侵略されるかもってヒヤヒヤしてるのが現状ですね」
    「内部事情は?」
    「不明ですね。終戦以降、報道・通信・交通、国外からの支援、その他あらゆるものをシャットアウトしてしまってます。鎖国状態です」
    「じゃあ何一つ分からない、……か」
    「ただ、そう言う機密保持行動を執ってるってコトは、対外的に知られたくない行動を準備中であるとも取れます。単純に考えればソレは多分……」
    「侵略準備、ってコトか」
    「そうかも知れません。もしかしたらそう遠くない内、近隣国に、……あ、そうだ」
     と、シュウがポン、と両手を合わせる。
    「対外行動を執ってないって言っちゃいましたが、厳密には1つだけあります。終戦直後、白猫党党首が隣国の、リモード共和国の大統領と会談を行ってます」
    「リモード共和国?」
     と、ここまでずっとふてくされたままだった一聖が顔を挙げた。
    「終戦直後っつったな? ソレってあのクーデターの直後でもあるってコトだよな。んじゃ、エヴァ・アドラーの失踪とも何か関係あんのか?」
    「……!」
     問われたシュウは、目を丸くする。
    「ないとは思いますが、……あるかもですね」
    「前に聞いた時、お前さんは隠す内容は無かったっつってたが、本当か?」
    「……うーん」
     シュウは困った顔をしたが、やがて意を決したらしく、一聖に向き直った。
    「バックアップデータ、無事って言ってましたよね? あの中に、当時の取材資料も入ってます」
    「あのパスワードかかってたヤツか、……あ、いや」
    「見ようとしたんですか? って言うかわたしの個人フォルダ見たんですね?」
     むくれるシュウに、一聖は首をぶんぶんと振る。
    「いや、見てねー見てねー。流石に悪いし。……見ようとしただけ、だぜ」
    「もー……。じゃ、きちんとお話したげます。隠しといた方がいいかなーって理由も含めて」

    緑綺星・深闇譚 終

    緑綺星・白闇譚 7

    2021.09.15.[Edit]
    シュウの話、第37話。スチール・フォックス;その正義のために。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「で、これからどないしよ?」 早めの夕食を終えたところで、ジャンニがそんな質問を投げかけた。「オレの意見は一つだ」 一聖が答える。「オレにケンカ売ったヤツは、ただじゃ済まさねー。今回の件の裏にいるヤツが白猫党であれ、他の誰であれ、ソイツにはきっちり仕返ししてやらねえと気が済まねー」「お前ソレで昔...

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    キャラ紹介;第1部

    2021.09.19.[Edit]
    「緑綺星」第1部が終了したので、キャラ紹介。今作の傍観者系主人公シュウと、「スチール・フォックス」ことジャンニくん。名前シュウ・メイスン / Shiu Mason性別・種族・生年身体的特徴女性 / 猫獣人 / 696年髪:桃、瞳:金、耳・尻尾:黒地、先端に白小柄、貧乳職業フリーライター / インフルエンサーわたしがわたしのコトお話するのって、結構困っちゃいますよねー。だってわたし、そんなに特徴とか特技とかないですし。あ、で...

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    シュウの話、第38話。
    はじめてのおしごと。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     え? わたしのお話ですか? いやー、えーと、ソレはちょっと。取材中ですし……あ、そうですね、止めればいいんですよね。……コレで止まったかな。コホン、わたしの名前はシュウ・メイスンで、……ってコレ、最初に言ってましたね。ごめんなさい、まだ慣れてなくって、……ああそうそう、続きですね。今は大学生なんですけど、夏休みにインターン活動として、こうして取材のお手伝いしてるんです。……もー、茶化さないで下さいって、先輩。……いやー、あはは、まあ、そうなんです。インターンやると単位が2つもらえちゃうんですよね、ウチの大学。今年の冬季休暇と、あと来年と再来年もやるつもりなので、12稼げちゃうんですよ。ソレでうまいコトやって3年で大学卒業するって人が結構、……あ、話がそれちゃいましたね。あとはー、わたし4人兄弟で、上に兄が1人、下に弟と妹が1人ずつ……



    「オイオイオイ待て待て待て待て」
     一時停止アイコンを押し、一聖が音声ファイルの再生を止める。
    「お前、質問より自分の話の方がなげーじゃねーか。しかも録音、切ったつもりで切ってねーしよ」
    「仕方無いじゃないですかぁ。コレ、いっちばん最初の取材なんですもん。アガっちゃってたんです。で、見かねたエヴァと先輩が自分の話してみろって言うからー……」
     シュウからリモード共和国についての情報を聞くため、まずは彼女が3年前、その国で取材した記録を再生してみたが――。
    「相手がしゃべってるトコにかぶせんなよ。あと、早口で聞き取れねートコがちょくちょくあるし」
    「最初の最初なんですからそんなのばっかりなんですってばー。……あーもー、だから聞かせたくなかったんですよぉー。正直言って、このファイルも最初の動画も個人的には削除しちゃいたいくらいなんですよ? でもコレ初めての取材のヤツですし、動画も色々事情があるしで……」
    「分かった、分かった。じゃあまあ、コレにケチ付けんのはナシで」
    「お願いしますよー」



     ……ってところですかねー。……あ、録音しっぱなしでした! うわー、ごめんなさーい! ……あ、はい、じゃあこのまま、はい。
     ソレでアドラーさんは、来年からミューズ近衛騎士団に入団される、とのコトでしたね。
    「ええ。ただ、騎士団とは申しましても、実際はお二人のご想像されているものとは、大きく異なることと存じます。建国当初こそ共和国最大の防衛戦力として扱われておりましたけれど、時代が下るにつれて儀礼的側面が強まりまして。現在は共和国軍の士官養成学校と申した方が適切でしょうね」
     と言うコトはアドラーさんもいずれは共和国軍の指揮官や、政府直属の武官になるご予定なんですか?
    「さあ……どうでしょうか。それは軍上層部や共和国政府の方々が、わたくしを重用して下さるかどうかによりますから」
     しかしコレまで、アドラー家の方々はいずれも共和国軍本営や軍部大臣など、軍関係の要職に就いていらっしゃいますから、可能性は高いのでは?
    「おっしゃる通り、わたくしたちアドラー家は建国当初より国防の要、護国の一族として共和国に仕えている身ですので、他の方よりもそうした要職へ登用される機会には恵まれていることと存じますわ。
     ただ、だからと申しましてその境遇に甘んじ、努力と精進を怠るようなことは、決してございません。軍に籍を置く他の皆様が日々努力をおこたらず、切磋琢磨されていらっしゃることは、十分に存じております。そんな中、ただ一人わたくしだけが怠けていれば、その方たちが重用されるのは道理。それは我がアドラー家の恥となってしまいますし、何よりそんな怠惰な者がアドラー家にいるとなれば、家祖である『黒騎士(ダークナイト)』ミューズの怒りを買ってしまいますもの。
     ですからわたくしも、いついかなる時であっても己を磨き、不断の努力を続けております。ただし、それは軍人として生きるためにだけではなく、世界に誇れる一人の人間であるために、ですわ」
     ……なんか……すごい……感動しちゃいました。……すごいです、アドラーさん。……わたしと1コしか違わないのに、すごい……大人って言うか……あ……ごめんなさい、取材になってませんよね、すみません、ホント、すみません……。



    「……もう止めて下さい。わたしの羞恥心が爆発しないうちに。マジでお願いします」
     シュウは耳まで真っ赤にし、床にうずくまってしまった。

    緑綺星・狼嬢譚 1

    2022.04.01.[Edit]
    シュウの話、第38話。はじめてのおしごと。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. え? わたしのお話ですか? いやー、えーと、ソレはちょっと。取材中ですし……あ、そうですね、止めればいいんですよね。……コレで止まったかな。コホン、わたしの名前はシュウ・メイスンで、……ってコレ、最初に言ってましたね。ごめんなさい、まだ慣れてなくって、……ああそうそう、続きですね。今は大学生なんですけど、夏休みにインター...

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    シュウの話、第39話。
    不思議の国。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「ソレじゃ、あの、コレで取材終わりで、はい」
     初めてのインタビューを終えたシュウは、カチコチとした仕草でスマホをしまった。と、彼女を取材に連れてきた出版社の先輩、カニートがシュウの腕を小突く。
    「シュウちゃん、言ったろ? はじまりとおわりに必要なことは?」
    「……あっ、挨拶! ごめんなさい! ありがとうございました!」
     慌ててシュウは、勢い良くがばっと頭を下げ――ゴン、と痛々しげな音を立てて、テーブルに頭突きしてしまった。
    「いったあ……」
    「すんませんねー、こいつ粗相してばっかりで」
    「うふふ……いえ、お構いなく。ねえ、メイスンさん」
     インタビューの相手である、リモード共和国の名家アドラー家の令嬢、狼獣人のエヴァンジェリン・アドラーは、赤くなったシュウの額をさすってやりながら、こうささやいた。
    「よろしければ今夜、二人でお話いたしませんこと?」
    「え? わ、わたしとですか?」
    「ええ。わたくし、あなたに興味がございますの。それにわたくし、他の国の方でお歳の近い方との交流があまりなくて。ご都合はよろしいかしら?」
     尋ねられ、シュウはカニートと自分の手帳を交互に見る。
    「えっ、えーと、今夜って何かありましたっけ?」
    「今夜はこのインタビューの文字起こしする予定だったが、1時間や2時間遅らせたって問題ない。明日の予定は昼からになってるからな。むしろ話が面白ければ、お前の独占取材って形でワク取ってやってもいいぞ。ま、アドラーさんが許可してくれればだが」
    「ええ、込み入った内容でなければ構いませんわ。でも」
     エヴァは、今度はシュウの手を握り、にっこり微笑んだ。
    「あまり大した内容にはならないかと。あくまで年頃の娘二人のお話ですから」

     と、徹頭徹尾に渡って「立派なご令嬢」の姿を見せつけられ、シュウはすっかり気後れしてしまっていた。
    「あーもー……わたしホントどうしましょう? お話って一体何すればいいんでしょーか。ホンモノのお嬢様になんて、一度も会ったコトないのに」
     シュウとカニートは一旦、取材中の拠点であるホテルに戻り、午後の写真撮影の準備を進めつつ、エヴァとの約束について話していた。
    「そんなに心配しなくてもいいだろ。これが国家元首との会食とかだったら俺だってそりゃ怖ええしどうすりゃいいんだってなるけど、アドラー嬢の言った通り、歳の近い娘二人がただご飯食べておしゃべりして親交深めるってだけだろうし。服もそのまんまでいいと思うぜ」
    「で、でもぉ~……」
    「それより午後の話だ。分かってると思うが、観光気分で回ったりするなよ。俺たちの仕事は旅行案内ジャーナル作りじゃなく、文化誌の製作なんだからな」
    「は、はーい、分かってまーす」
     答えたものの、シュウは準備が手に付かない。それを見かねたか、カニートが彼女の猫耳をぐにっとつかんだ。
    「ひぅ!?」
    「アドラー嬢はああ言ってたが、お前にとって取材のチャンスってのは間違いないんだからな。お前の場合、『遊び』より『仕事』って思った方が、むしろやりやすいんだろ?」
    「……見抜かれてますねぇ」
    「観察力と洞察力はジャーナリストの武器だぜ、シュウちゃん」

     二人はカメラを手に共和国首都、ニューペルシェ市街地へ繰り出した。
    「トラス王国と負けず劣らずの発展具合、って感じですよね」
    「そうだな。経済規模こそ央北じゃ中の下くらいだし、戦争真っ最中の西側圏のすぐ隣にある国だ。本来なら旧西トラスみたいに難民が押し寄せ、経済破綻してもおかしくないはずなんだが、どう言うわけか激動の6世紀と7世紀を、うまい具合に渡って来た。『央北の奇跡』なんて呼ぶ政治家もいるくらいだ。
     不思議の国、リモード共和国。だもんでいつ取り扱っても手堅く読者が付く、俺たちみたいなのにとっては美味しい仕事場だ」
     大通りからターミナル駅、議事堂と、中心街のランドマークを一通り周り、二人は大通りの端、アドラー邸に差し掛かる。
    「さっきも来たから、何か不思議な感じですね」
    「かもな。……ところでシュウちゃん、知ってるか? どうして通りの端に、共和国の名門アドラー家の邸宅があるのか」
    「言われてみれば……? 名家なんだから、もっといい立地でもいいですよね」
    「アドラー家は代々軍人の一家だ。そこに秘密がある。……ま、答えを言うとだ、元々アドラー家の開祖、ミューズが騎士団を結成したわけだが、このミューズ率いる騎士団が実は、いわゆる『隠密部隊』でもあったんだ。正規戦闘だけじゃなく、裏で諜報やら破壊工作やらを行う、共和国にとっての闇のヒーローってわけだ。その隠密部隊の司令官が本営すぐそばに陣取ってちゃ意味ないだろ、ってことでここに構えてるってわけだ」
    「えぇ!? ほ、本当ですか!?」
    「……くっく」
     カニートは肩を震わせ、噴き出した。
    「ま、ありがちなうわさだよ。嘘か真か、ってやつさ」

    緑綺星・狼嬢譚 2

    2022.04.02.[Edit]
    シュウの話、第39話。不思議の国。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「ソレじゃ、あの、コレで取材終わりで、はい」 初めてのインタビューを終えたシュウは、カチコチとした仕草でスマホをしまった。と、彼女を取材に連れてきた出版社の先輩、カニートがシュウの腕を小突く。「シュウちゃん、言ったろ? はじまりとおわりに必要なことは?」「……あっ、挨拶! ごめんなさい! ありがとうございました!」 慌ててシ...

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    シュウの話、第40話。
    おともだち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     夕方になり、シュウは持って来た服と市街地で買ったアクセサリでできる限りのおめかしをして、エヴァとの夕食に臨んだ。
    (ちょっと早く来ちゃったかな。……コレでいいよね? うん、かわいいし、多分ドレスコードも満たしてるはず)
     レストランの入口のガラスで、失礼のない服装であるかを何度も確認する。と――。
    「すまない。待たせたな、シュウ」
     エヴァの声がしたので、シュウはガラスに映っている自分の背後を見る。だが、朝に見た貴族令嬢の姿はなく、長い髪をざっくりとポニーテールでまとめた、スポーティな格好の女の子が映っていた。
    「えっ!?」
    「どうした?」
    「あの、あなた、えっと、……もしかして、エヴァさん?」
    「そうだ。私がエヴァだ」
     振り返って確認しても、そこにいたのはやはり、どちらかと言えば運動部が似合いそうな雰囲気の娘だった。

    「済まなかった。もっと楽な格好でいいと言っておけば良かったな」
    「い、いえ」
     朝に会った瀟洒で優雅な淑女と同一人物だとは全く思えず、シュウは同じことをもう一度聞いてしまう。
    「あの、確認なんですけど、あなた、エヴァンジェリン・アドラーさん18歳でお間違いないですか?」
    「ああ。朝のあれは、正直に言えば広報用と言うか、公式向けの顔と言うか。公にはああして構えているのだが、こうして歳の近い娘と二人で会うのだから、私本来の格好の方が望ましいだろうと思ってな。失望させてしまったか?」
    「いえ、……何て言うか、逆にほっとしました。そっちの方が身構えなくて済みます」
    「それなら良かった」
     ともかく席に付き、二人は食事を頼む。
    「わたしはミートパイとポタージュで」
    「私は白身魚とポテトのフライを頼む。……さてと」
     エヴァは狼耳を揺らし、嬉しそうな笑顔をシュウに向ける。
    「聞かせてくれないか? どうして私の取材を?」
    「え? あの、お伝えしたかと思いますが……」
    「ああ。『来年度より騎士団に入団することが決定したアドラー家の令嬢に、その心境を伺いに来た』だったかな? しかし素人意見で恐縮だが、こんな時代に片田舎のいち名家令嬢の進学如きを取り上げたところで、読者数はそう稼げまい?」
    「そうでもないらしいですよ。『エヴァ嬢は下手なアイドルより可愛いから、表紙を飾るだけで売れ行きが変わる』って先輩が言ってましたから」
    「褒め言葉と取っておくが、正直、嬉しくは感じないな」
     エヴァはふう、と憂鬱そうなため息を漏らした。
    「この格好を見て多少は理解してくれたと思うが、私はどちらかと言うと無骨な性質なんだ。一応『お嬢様』だから外向けには着飾って対応するが、あれはあまり好きではないんだ」
    「だからわたしにはこっそり……、ってコトですか?」
     尋ねたシュウに、エヴァは苦笑いする。
    「誰かには伝えておきたくてね。家や学校の外でこの振る舞いをすると、家の人間から『品格を損なう』だの何だのと小言を言われてしまうんだ。だから運動する時以外はいつもあのフリフリを着させられる」
    「エヴァさんもなんですねー」
     そう返したシュウに、エヴァは首をかしげる。
    「『も』? 君も似たような経験が?」
    「自慢じゃないですが、わたしの家もそこそこおっきな家なんです。だからマナーとか言葉遣いとか、色々細かく言われるんですよね」
    「そうなのか。……へぇ」
     エヴァはまた、嬉しそうな笑顔になる。
    「思っていたより君とは仲良くなれそうな気がする。似ているんだな」
    「えへへ、そうですねー」

     実際、共通点を見出してからは、親密になるのは早く――。
    「お前、またアドラー嬢のとこ行くのか?」
     1週間の取材旅行の後半はほとんど、シュウはエヴァと共に過ごしていた。
    「仕事はちゃんとやってくれてるから文句は無いけどな、入れ込みすぎじゃないのか?」
    「そうですか? わたしはただ、友達と一緒に過ごしてるだけと思ってるんですが……」
     そう答えたシュウに、カニートが苦い顔を向けた。
    「2つ言っとくことがある。1つ――これは俺がとある鉄道会社の社長にインタビューした時に聞いた話なんだが――友情とビジネスはごっちゃにするな、だ。友情ってのは自分と相手の、2人の話だが、ビジネスはそうじゃない。多くの人間が関わることだし、時には社会全体に影響することもある。
     だから『友達の話』を新聞とか、雑誌とか、いわゆる『社会の公器』に載せたりするんじゃないぞ。もしそんなことをしたら、その友達が2人だけの話にしておきたかったことまで世間が知ることになるし、知ろうとしたがるだろう。そうなれば友達は間違いなく、お前から離れることになる。
     そしてお前には、二度と友達ができなくなるだろう。どんな人間からも、『あいつは友情をカネに換える奴だ』と思われるからだ」
    「……そうですね。肝に命じます。ソレで2つ目は?」
     尋ねたシュウに、カニートは肩をすくめて返した。
    「のんびりしてるみたいだが、明日帰りだぞ? 朝9時にチェックアウトだからな」
    「……あっ」

    緑綺星・狼嬢譚 3

    2022.04.03.[Edit]
    シュウの話、第40話。おともだち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 夕方になり、シュウは持って来た服と市街地で買ったアクセサリでできる限りのおめかしをして、エヴァとの夕食に臨んだ。(ちょっと早く来ちゃったかな。……コレでいいよね? うん、かわいいし、多分ドレスコードも満たしてるはず) レストランの入口のガラスで、失礼のない服装であるかを何度も確認する。と――。「すまない。待たせたな、シュウ」...

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    シュウの話、第41話。
    微笑ましさの裏に。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     リモード共和国での取材を終え、故郷に帰ってからも、シュウとエヴァの友情は続いていた。

    シュウ「今度の夏季インターンは 別の国に取材に行く予定だよ」
    エヴァ「また来てくれると思ったけど 残念だな」
    シュウ「行きたいんだけどね」
    シュウ「あ でもインターン終わって秋期始まるまでちょっとあるから」
    シュウ「2日か3日くらいなら行けるかも」
    エヴァ「本当? 是非来て 色々話したい」
    シュウ「行く行く 計画しっかり立てとくね」
    エヴァ「日にち決まったらすぐ教えて」
    シュウ「りょ」


     こまめにTtT――チャットアプリ「テイル・トゥ・テイル」――でエヴァとやり取りしていたシュウの背後から、声がかけられる。
    「ぺこんぺこん音立ててるから、ToDoリストの確認とかじゃないよな」
    「あっ」
     慌ててスマホを机に置き、シュウは振り返って頭を下げる。
    「ごめんなさい、うるさかったですか?」
    「いや、音は気にしてない。気になったのは、時刻だな」
    「時刻?」
     カニートに言われて、シュウはもう一度スマホを手に取り、時刻を確かめる。
    「16時ちょい前くらいですね」
    「夕べもその時間にポチポチやってたなって」
    「あれ、そうでしたっけ? ……そうでした」
     TtTの履歴を確かめ、カニートに言われた通りであることに気付く。
    「よく覚えてますね、そんなコト」
    「細かいことにこそ、重大なネタの尻尾が付いてるもんさ。……ふむ」
     カニートは席を立ち、あごに手を当て思案する様子を見せる。
    「どしたんですか?」
    「相手はいつもの『お嬢さま』か? 昨日のも、今日のも」
    「ええ、まあ、はい」
    「リモード共和国との時差はマイナス1時間だから……、向こうは3時前か。もう騎士団に入ったんだよな、アドラー嬢」
    「そうらしいですね」
    「ちょっと妙だよな」
     そう言われ、シュウはきょとんとする。
    「何がですか?」
    「ウチの部署はゆるい方だし、なんならTtTどころかゲームやってるアホもいる。流石に引き出しの中にスマホ隠して、こっそりやってるみたいだがな」
     どこかでガタッと、引き出しに手をぶつけたような音がしたが、カニートは構わず話を続ける。
    「だが騎士団ってのは、お嬢曰く士官養成学校なんだろう? そう聞くと俺には厳格なイメージが浮かぶんだが、昼の休憩が3時まであるのか? それとも何かの訓練か授業かの合間に、こっそりスマホをいじってられる程度には規則が緩いのか? いや、そもそもお嬢の説明が、実態と大きく異なるのか? ……なんてことを考えてみたくなる」
    「……言われてみれば気になりますね。なるほど、『細かいコトにこそ』ですね。勉強になりますー」
     そう言うなりメモに取り始めたシュウを見て、カニートは苦笑いした。
    「お前は案外、大物になるかもな」
    「えへへ、よく言われます」
     と、話している間にぺこん、とTtTの着信音が鳴る。
    「そう言やお嬢とは、何の話してたんだ?」
    「あ、このインターン終わったら遊びに行くよって」
    「そっか。じゃあその辺り、試しに突っ込んでみたらどうだ? 何かいいネタがつかめるかも知れないぞ」
     その言葉に、シュウは口を尖らせる。
    「ちょっとー……。友情と仕事は一緒にしたらダメだって言ったの、先輩じゃないですかー」
    「そりゃま、友情を壊さない範囲でな」



     スマホを懐にしまい込んだエヴァは、ふっとため息をついた。
    「どうした、V?」
    「なんでもない」
     そう返したが、すぐ訂正する。
    「……いや、……そうだな、言うなれば自嘲だな。明日にはまた血なまぐさい『任務』だと言うのに、私は呑気に友人をだましているのだから」
    「騙してるって?」
     作業していた隣の青年に尋ねられ、エヴァは肩をすくめて返す。
    「彼女は今でも私が、世間知らずのお嬢様だと思っているのだろう。今の私のことは、何も知らせていない。騙しているようなものだ」
    「人間関係なんて、そんなのばかりだろ」
     と、書類を眺めていた男が口を挟む。
    「こうして任務に就く俺たちのプライベートを、皆が皆、知ってるわけじゃない。こうして共に死地をくぐり抜けてきた戦友であっても、だ。ましてやうわべの付き合いをしてる相手の『本当の姿』なんて、知ってる方が気味悪いってもんだ。
     俺たちみたいに、無理やり探ろうとでもしない限りはな」
    「……そうだな。……そんなものか」
     エヴァはもう一度ため息をつき――武器の手入れを再開した。

    緑綺星・狼嬢譚 終

    緑綺星・狼嬢譚 4

    2022.04.04.[Edit]
    シュウの話、第41話。微笑ましさの裏に。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. リモード共和国での取材を終え、故郷に帰ってからも、シュウとエヴァの友情は続いていた。シュウ「今度の夏季インターンは 別の国に取材に行く予定だよ」エヴァ「また来てくれると思ったけど 残念だな」シュウ「行きたいんだけどね」シュウ「あ でもインターン終わって秋期始まるまでちょっとあるから」シュウ「2日か3日くらいなら行け...

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    シュウの話、第42話。
    最終入団試験。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦715年2月、エヴァはアドラー騎士団に入団するべく、試験に臨んでいた。
     軍人一家で代々士官・将軍を輩出する名家といえど、それだけでやすやすと通されるほど試験は甘くなく、彼女も規定通りに一次試験から参加していた。とは言え元より英才、文武両道のご令嬢として、外国の雑誌にも取り上げられるほどの実力の持ち主である。一次試験の筆記、二次試験の体力測定ともに最高成績で通過し、最終試験の面接でも最も高い評価を受けて、総合一位で試験に合格した。



     そして最終試験を突破した者たちは、講堂に集められた。
    「おめでとう。諸君らは優秀な成績で入団試験を突破した、選ばれた者たちだ」
     祝辞らしきものを述べてはいたが、講堂の壇上に立った騎士団長、エヴァの祖父でもあるジョゼ・アドラーは、冷徹な眼差しでエヴァたちを見下ろしていた。
    「だが諸君らが真に、我が騎士団にふさわしい者であるか、そしてこの国の未来を担うにふさわしい者であるか、最後にもう一度試させてもらう」
     講堂にしゅう……、とガスが流れ込んで来る。
    「これが本当の最終試験だ」
    「ほん……とうの……?」
     まもなく、エヴァは意識を失う。いつの間にか現れたアクリル板の向こうにいたジョゼは、最後まで冷徹な表情を崩さなかった。

     目を覚ますと、エヴァは真っ暗な部屋の中にいた。
    「……!?」
     がばっと飛び起き、構えるが、辺りの様子はまったくつかめない。
    (何故? 確認しよう……ここはどこ……何のために……何をすればいい?)
     それでもどうにか自分が今できること、できそうなことを考え、部屋の中を歩き回る。
    (部屋は縦5メートル、横3メートルくらい。ドアも窓も無い。机や椅子、家具の類も無い。壁と床は多分コンクリート。……叩いても響かない。相当分厚いらしい)
     部屋の中を調べてみたが、脱出できそうな要素は無い。
    (でも私が息をしているのなら、どこかから空気が入り込んでいると言うことだ。後、調べていないのは……)
     エヴァは壁のわずかな突起を手探りでつかみ、壁をよじ登る。ほどなく天井に手が届き、そこだけ材質が違うことに気付いた。
    (木製みたいだ。べこべこした音だ……これなら破れる)
     彼女は一旦床に降り、壁から離れる。
    (天井までおよそ2メートル半。壁を蹴れば届く)
     そして助走をつけ、部屋の隅めがけて跳び上がる。
    「りゃあッ!」
     バン、バンと隣接する壁を三角跳びで駆け上がり、天井を殴りつける。予想通り天井は脆く、簡単に拳が突き抜けた。
    「よし!」
     もう一度壁を登り、エヴァは天井裏に入る。
    (わずかだが……灯りがある。どこかの通路……?)
     と――比較的強い灯りがぽつ、ぽつと2つ灯り、驚いた顔の、短耳の男と目が合った。
    「運び込まれてたったの37分でここに登って来たのは、君が始めてだ。普通なら目を覚ますだけでも2時間かかると言うのに。ましてや目覚めてすぐ、壁を登ろうと言う発想に至るとは。驚くほかない」
    「え?」
    「流石はアドラー家のご令嬢、……いや、君自身が素晴らしいのだろう。お兄さんとは比べるべくもないからな。ではエヴァンジェリン・アドラー。こちらへ」
     男に促されたが、エヴァはその場から微動だにしない。しばらく見つめ合っていたが、やがて男がやれやれと言いたげな表情を浮かべ、懐からリモコンを取り出した。
    「警戒心も一流だな」
     リモコンのボタンを押し、男の方から歩み寄ったところでようやく、エヴァは相手に近付いた。
    「この後は?」
    「しばらく待機だ。あと23時間22分以内に全員が突破すれば、そこで入団試験は終了だ」
    「それを超えた方はどうなるのかしら?」
    「もちろん失格だ。この真最終試験は何ら一切の情報が無い状態から、己の身一つで状況を打開できるかを測るものだからな。それができない人間は、騎士団には必要ない」

     そして24時間後、エヴァを含む受験者8名のうち、6名が入団試験に合格した。

    緑綺星・闇騎譚 1

    2022.04.05.[Edit]
    シュウの話、第42話。最終入団試験。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦715年2月、エヴァはアドラー騎士団に入団するべく、試験に臨んでいた。 軍人一家で代々士官・将軍を輩出する名家といえど、それだけでやすやすと通されるほど試験は甘くなく、彼女も規定通りに一次試験から参加していた。とは言え元より英才、文武両道のご令嬢として、外国の雑誌にも取り上げられるほどの実力の持ち主である。一次試...

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    シュウの話、第43話。
    Make a KNIGHT。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     入団してまもなく、エヴァは寮での生活を義務付けられ、外界との接触を一切禁止された。それに加え、エヴァが物心付いた時から伸ばしていた黒髪はばっさり落とされ、すっかり丸刈りにされた。
    「まるで監獄ですわね」
     寮長を務める先輩団員に――彼は先日の真最終試験で、エヴァに合格を言い渡した青年である――皮肉交じりの感想を述べたところ、彼はこう返した。
    「1年過ごせば外に出られるし、スマホも許可される。髪型も自由だし、プライベートなら好きな服を着られる。1年持てばの話だがな」
    「そんなに厳しいのですか?」
    「軍隊だからな。……そうだ、アドラー。3つ言っておくことがある」
    「なんでしょうか?」
     男も皮肉げに微笑みつつ、エヴァの肩を叩いた。
    「その1、ここは『外の話』が通用しない世界だ。だから一般的常識や人間関係を持ち込むことは認められていないし、わざわざ持ち込む必要もない。例えそれが名家の人間に対してであってもだ」
     そう言われて、エヴァはニッと笑い返した。
    「ではお嬢様言葉で応対し、作り笑いを浮かべる必要はないと言うことか?」
    「そう言うことだ。その点においては気楽だぞ。そしてその2、名前は呼ばないこと」
    「名前を呼ばない?」
    「そのうち分かるが、隠密行動についての指導も受けるし、実地での訓練もある。それに備えて、今のうちからコードネームが付けられる。お前にも与えられるだろう。そしてその3だが」
     男はこう続け、部屋を後にした。
    「俺のコードネームはR32だ。呼ぶ時はRと呼べ。他にRがいたら番号付きで」

     Rの言う通り、エヴァには入寮したその日のうちにコードネーム、「V68」が与えられた。訓練はまず、ごく一般的な兵士としての基礎を身に付けるところから始まり、3ヶ月の間、彼女は他の入団者と共に銃やナイフ、格闘術など、あらゆる戦闘技術を仕込まれた。
     そして次の3ヶ月では、座学授業も加わった。だが単に教科書通りの知識を詰め込むだけではなく、中央大陸で一般的に話されている言語すべてを、現地人並みに流暢に話せるようになることを求められたり、その辺りのスーパーやコンビニで販売されている商品から毒物を抽出・生成する技術を学ばされたりと、確かに敵陣へ入り込み現地調達で任務を達成する諜報員に必要らしき、実践的かつ高度なものを、その3ヶ月で昼夜の区別なく叩き込まれた。



     そして半年間の訓練を経たエヴァを含む入団者6名は、Rに招集された。
    「騎士団執行部から任務が下った」
     Rからそう告げられ、全員が息を呑むが、Rはいつものように淡々とした態度で、話を続ける。
    「入団した以上、いつかはやって来る話だ。覚悟はできていただろう?」
    「ああ」
     エヴァは平静を装い、うなずいて見せた。
    「では任務内容を伝える。敵性勢力が明日未明辺り、自国西側国境から侵入する可能性が高いことが判明した。諸君らは先んじて国境を越え、この敵性勢力を排除すること。敵性勢力の詳細だが、ツキノワ社マイクロバス、白の688年製『ランドトレインミニ』で接近すると見られている。諸君らは彼らが国境に接近する前に、これを破壊せよ。出発はまもなくだ。装備は出発直前に支給するものとする。質問はあるか?」
    「敵性勢力と仰いましたが、我が国にそんなものが?」
     尋ねた相手に、Rは目線を合わせず、淡々と答える。
    「全員理解していることと思うが、我が国は小国だ。それも、今まさに戦争が行われている地域に隣接する、政治的に不安定な地帯に属している。である以上、いつ何時、その政情不安に乗じて好戦的な国家が侵攻してきてもおかしくない。となれば我が国に事前連絡なく接近する者は、原則として敵性勢力であると見なさねばならない」
    「どうやってその、敵性勢力の捕捉が行われたんですか?」
     別の者にも質問され、これにも淡々と答える。
    「騎士団内の諜報班からの報告によるものだ。現在も我が騎士団は、近隣地域に対して諜報活動を続けている。繰り返すようだが我が国は、常に侵略の危険にさらされている。その兆候・予兆を見抜くことは、我が国の存亡に関わる重要任務だ。故にこの情報は信頼性が非常に高いものであると判断していい」
    「もし敵性勢力でないと我々が判断したら?」
     エヴァが尋ねたところで、ようやくRは顔を向けた。
    「諸君らが仮にそう判断したとしても、その判断に従う権限は、諸君らには与えられていない。執行部命令には厳格に従うように。背けば厳罰だ」

    緑綺星・闇騎譚 2

    2022.04.06.[Edit]
    シュウの話、第43話。Make a KNIGHT。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 入団してまもなく、エヴァは寮での生活を義務付けられ、外界との接触を一切禁止された。それに加え、エヴァが物心付いた時から伸ばしていた黒髪はばっさり落とされ、すっかり丸刈りにされた。「まるで監獄ですわね」 寮長を務める先輩団員に――彼は先日の真最終試験で、エヴァに合格を言い渡した青年である――皮肉交じりの感想を述べたところ、彼...

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    シュウの話、第44話。
    静寂の戦場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エヴァたち新入団員は2チーム、3名ずつに分けられ、それぞれにリーダーとして先輩団員が付けられた。ちなみにエヴァたちのリーダーは、やはりと言うべきか――。
    「R、まさか君は私を狙っているわけではないよな?」
     尋ねたエヴァに、Rは軍用トラックのハンドルを握りつつ、いつものように肩をすくめて返した。
    「チームメンバーの選出はくじ引きだった。君を引いたのは偶然だ。……とは言えこうしてあっちこっちで顔を合わせてると、流石の俺も運命と言うものを感じざるを得ないがね」
    「私は感じない。タイプじゃないし」
    「そりゃ良かった。気が合うね」
     軽口を一通り叩き合ったところで、Rがチーム全員に声をかけた。
    「じきに国境だ。この野戦服を着ている時点で既に察しているだろうが、我々の身分は国境を越えた時点で騎士団員ではなく、偽りのものとなる。C、我々は何だ? 言ってみろ」
    「白猫共和党軍です」
    「不正解だ」
     Rは淡々と、その回答を訂正する。
    「正式名称は白猫共和党東部陸軍前線方面部隊第16中隊だ。万が一『本物』と出くわした時にそう答えていなければ、お前は不審者と見なされ、即刻拿捕されるだろう。そしてそうなった場合、騎士団は絶対にお前を助けない。騎士団はお前の身柄を名簿から抹消し、何ら関係の無いものとして扱う。以後、一切関知することは無い。
     ではそれを踏まえて、H。我々の任務は何だ?」
    「敵性勢力のせんめ、……いえ、哨戒ですか?」
    「相手に尋ね返すような口調は、状況的に正解ではない。任務を与えられた兵士であるなら、断定形ではっきりと言い切れ。しかし内容は正解だ。そう、『我が部隊』の任務は、白猫共和党の陣地辺縁部の哨戒だ。
     故に不審な車輌を発見した場合、我々が執るべき行動は? 答えてくれ、V」
     尋ねられ、エヴァははっきりと言い切った。
    「判断の必要は無し。即攻撃、即殲滅すべし」
    「正解だ」
     Rが答えたところで、エヴァたちが乗っていたトラックは国境に到着する。隣国が戦時中と言うこともあり、連綿と続く高さ2メートル半もの鉄条網が行く手をさえぎっているように見えたが――。
    「騎士団の任務だ」
    「了解」
     国境手前に立っていた歩哨らしき2人にRが声をかけ、その2人が手早く鉄条網の一部を取り外す。幅4メートル半程度のすきまができたところで、トラックはそのまま国境を越え、鉄条網は元通りに張り直された。

     時刻は夜明け直前となっていたが、空はどんよりとした雲に覆われており、肉眼では地形が判別できない。しかしRは赤外線ゴーグルを装着しており、特に支障も無さげな様子で周囲を探っていた。
    「周囲に対象車輌無し。このまま北北東への進路を取る」
    「了解」
     時折班員たちと言葉を一言、二言、淡々と交わしつつ、Rは闇の中へトラックを進めて行った。
    (静かだ……)
     エヴァは狼耳をぴんと立て、トラックの車内から外の気配をうかがっていた。
    (白猫党は南北戦争の最中だったはずだが――トラックのエンジン音と、タイヤが砂利を踏む音以外、何の音も聞こえてこない。本当にここは、戦場なのだろうか)
     と、何かを踏み越えたらしく、がたん、とトラックが揺れる。
    「今のは!?」
     声を上げたCを、Rが淡々といさめる。
    「騒ぐな。大した問題は無い」
    「は、はい」
     そのまま全員口を閉ざし、トラックの中には再び静寂が訪れたが、エヴァは自分の心臓が、ばくばくと脈打つのを感じていた。
    (聞こえた。今、確かに……うめき声が……トラックの、下、から)
     エヴァはいつもと同様に平静を装い、今のは獣か何かだったのだ、いや、そもそも声自体が自分の空耳だったのだと、懸命に自分の記憶をごまかそうとしたが――どんな仮説や想像を以てしても、彼女の自慢の大きな耳にこびりついた声をかき消すことはできなかった。

    緑綺星・闇騎譚 3

    2022.04.07.[Edit]
    シュウの話、第44話。静寂の戦場。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. エヴァたち新入団員は2チーム、3名ずつに分けられ、それぞれにリーダーとして先輩団員が付けられた。ちなみにエヴァたちのリーダーは、やはりと言うべきか――。「R、まさか君は私を狙っているわけではないよな?」 尋ねたエヴァに、Rは軍用トラックのハンドルを握りつつ、いつものように肩をすくめて返した。「チームメンバーの選出はくじ引き...

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    シュウの話、第45話。
    エヴァの初陣。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     国境を越えて20分ほどしたところで、Rがやはり淡々とした声色で全員に声をかけた。
    「10時方向、不審車輌を発見。大きさからしてマイクロバスだ。ツキノワ社のエンブレムを確認」
    「……!」
     それを聞いて、エヴァたち3人の顔色が変わる。
    「そう……」
     Cが何かを言いかけたが、すぐにコホンと咳払いし、言い換える。
    「……そう、ですか」
     様子をうかがいながら、エヴァはまだ動揺したままの心を落ち着かせるため、二人のやり取りを頭の中で咀嚼(そしゃく)する。
    (Cはきっと、『捜索対象』と言いかけたのだろう。だが今、我々は白猫共和党軍として、哨戒任務に就いている。そう、哨戒だ。共和党軍は自軍陣地内で捜索などしない。自分たちの陣地を荒らす者を排除しているのだ。
     ……そう、冷静に分析できる。分析できてる。私は冷静だ。大丈夫。問題無い。問題無く、任務に当たれる。問題無く、任務を遂行できる)
     何度も今組み立てた思考をなぞり、エヴァは懐に抱えていた自動小銃のグリップを握りしめ、立ち上がる。
    「R、どのように『排除』する?」
    「車輪を撃て。できれば後輪だ。上のルーフを使え」
     珍しく、どこか嬉しそうな口ぶりで命じたRに従い、エヴァはトラックの屋根に付けられた窓を開ける。
    (……あれだな)
     エヴァも赤外線ゴーグルを装備し、ぼんやり緑色に照らされた視界の左から、古ぼけたバスがこちらに向かってくるのを確認する。
    (対象までの距離、約200メートル……射程圏内だ。バースト1回で十分)
     小銃の安全装置を解除し、エヴァは引き金を絞った。ぱぱぱ、と火薬の弾ける音が3回響き渡った次の瞬間、バスはがくんと左に傾き、そのまま横倒しになった。
    「動きを止めた。次は?」
    「Cは左、Hは右からそれぞれフルオート掃射。Vはグレネードを撃ち込め」
    「了解!」
     意気揚々と、CとHはトラックを飛び出す。ほどなくして、ぱぱぱぱ……、と立て続けに銃声が響き渡り、バスがみるみる穴だらけになっていく。
    (これで……とどめだッ!)
     エヴァは小銃の下部に取り付けていたグレネード砲を発射する。砲口からポンと音が鳴って、一瞬後――バスは爆発、炎上した。
    「やった!」
    「うおおおっ!」
     弾倉2本ずつを撃ち込み終え、すっかり高揚していたらしいCとHが、歓喜の声を上げる。が、やはりRは終始淡々としており、二人にインカムで指示を送った。
    「撤収だ。速やかに戻れ」
    「は、はい!」
     二人が慌ててきびすを返し、大股で戻って来る間に、Rが窓越しに声をかける。
    「初陣の味はどうだ?」
    「……悪くない」
     素直な感想を述べて、エヴァもトラックの中に戻った。

     任務を終え、騎士団本営に戻って来た4人を、エヴァの祖父、ジョゼ騎士団長が出迎えた。
    「初の任務を成功し、無事に戻って来たことを祝そう。よくやった」
     この半年にわたる訓練の間、決してほめもせず、笑顔を見せることも無かった彼から直に評価を受け、エヴァを含む新団員3人は顔をほころばせた。
    「半年の訓練に耐え、与えられた任務を見事に全うして見せた。これで諸君らは、正式に騎士団員となったのだ。改めて歓迎しよう。ようこそ、闇の騎士団(ダークナイツ)へ」
     そう続け、ジョゼは一人ずつ、がっしりとその身を抱きしめた。もちろんエヴァも例外ではなく、物心付いて以来初めて、祖父の腕の中に収まった。
     その時――。
    「V68。いや、エヴァンジェリン。お前が我がアドラー家の、黒き宿命を背負うのだ」
    「えっ……?」
     自分の狼耳にささやかれたその言葉の本意を問う前に祖父はエヴァから離れ、もう自分たちから背を向けてしまっていた。
    「次の任務は追って知らせる。それまでは待機を命ずる。以上だ」



     これ以降、その年の終わりまでに、エヴァは10回出撃したが――そのすべてで文句の無い結果を出し、彼女は騎士団有数の精鋭となっていった。

    緑綺星・闇騎譚 4

    2022.04.08.[Edit]
    シュウの話、第45話。エヴァの初陣。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 国境を越えて20分ほどしたところで、Rがやはり淡々とした声色で全員に声をかけた。「10時方向、不審車輌を発見。大きさからしてマイクロバスだ。ツキノワ社のエンブレムを確認」「……!」 それを聞いて、エヴァたち3人の顔色が変わる。「そう……」 Cが何かを言いかけたが、すぐにコホンと咳払いし、言い換える。「……そう、ですか」 様子...

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    シュウの話、第46話。
    電話と疑念。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     入団から1年が、そして初陣から半年が経過し、エヴァはこの頃既に、寮と騎士団本営からの外出を許可されていたが、彼女はほとんど外出せず、寮の中で黙々と装備の手入れと鍛錬を続けていた。
    (もう外界に興味なんか無い)
     ナイフを研ぎ、小銃を分解整備し、戦闘服のほつれを直しながら、彼女はひたすら心の中で、同じ言葉を繰り返していた。
    (私はダークナイトだ――騎士団から与えられた任務をこなし、国のために働く)
     手入れを一通り終え、部屋の中で腕立て伏せやスクワット、プランク、懸垂と、筋トレを繰り返す。
    (それが私の誇りであり、存在意義だ。それ以外のことに、価値など無い)
     そうして体を動かしつつ内省しているうちに、入団を認められたその日に祖父から与えられた言葉が、頭をよぎる。
    (『アドラー家の黒い宿命を背負え』、……未だにその言葉の真意が分からない。あれ以来祖父と話をしていないし、二、三度家に帰ったが、会えずじまいだった。家の者に聞いても、家にはほとんど帰って来ていないと言うし、他に家族と言えば、……あの情けない『元』兄一人しかいないが、行方不明だしな。家に帰っても謎は解けないだろう)
     全身汗だくになり、床に水たまりができたところで、エヴァはふう、と大きくため息をつき、クローゼットからタオルを取り出そうとした。
    (シャワーを浴びてくるか。……いや、先に掃除しておくか)
     クローゼットに向かいかけた足を止め、部屋の隅のバケツに向け直した、その時――机の中から、クラシック音楽が聞こえてきた。
    (え? ……あ、そうか)
     その曲を聴いたのが1年半ぶりだったため、エヴァはそれをスマホの着信音に設定していたことを、すっかり忘れていた。
    (着信? 誰から?)
     引き出しを開け、奥からスマホを取り出す。ほとんど放置していたが、どうやら電池はまだ残っていたらしく、画面には「メイスン」と表示されていた。
    (メイスン……って誰だったっけ? 高校か……中学……うーん? いたっけ、そんな人)
     放っておいても着信音が騒がしいし、かと言って番号登録してある人間からの着信を、有無を言わさず拒否するような不躾な振る舞いをするエヴァではない。ためらいはしたものの、エヴァはその電話に出た。
    「もしもし?」
    《あー! やっとつながったー! ごめーん、今大丈夫ー?》
     妙に間延びさせたようなお気楽な声が耳に入り、そこでようやくエヴァは、相手が2年前、自分を取材したシュウ・メイスンであることを理解した。
    「えっと……」
     尋ねかけたエヴァをさえぎるように、シュウがまくし立てる。
    《や、全然大した用事は無いんだけどね、アレから元気してるかなーって気になってたから、何回か電話したんだよ? でもいっつも呼び出しばっかりで、あれー出ないなーおかしいなーってちょっと不安になってたんだけどさ、あ、でも元気そうだよね、声。騎士団生活はどう? 元気してる? あ、してるんだよね、ごめん。順調にやってる感じ?》
    「あ……ああ、うん、そうだな、元気してる、うん」
     面食らいつつも、エヴァはどうにか答える。
    《そっかー、良かったー。ね、ね、今どんなコトしてるのー?》
    「え?」
     そう質問されて、エヴァは言葉に詰まる。
    (まさか『毎晩のように敵を撃ち殺している』なんて言えるわけがない。そもそも軍事機密だからな)
    《どしたの?》
    「いや、何でもない」
     落ち着いた声色で返しつつも、エヴァは当たり障りのない答えを慌てて考える。
    「そう、まあ、一言で言うなら訓練だ」
    《くんれん?》
    「ああ。……?」
     とっさに出た自分のその言葉に――何故かエヴァは、違和感を覚えていた。
    《そっかー、やっぱ士官養成学校って言ってたもんねー。毎日大変?》
    「そうだな、うん……」
     相槌を打ちつつ、エヴァはその違和感を探る。
    (どうして私は『訓練』と答えたんだ? 無論、軍事機密を漏らしてはいけないからだが――だが、他にいくらでも言葉はある。メイスンさん、いや、シュウが言った通り、表向きは学校の体なんだから、勉強とか何とか、もっと当たり障りの無い言葉でいいはずだ。
     どうして私は自分のやっていることを『訓練』と称したんだ……?)
    《エヴァちゃん?》
    「んっ?」
    《なーんかボーッとしてない? さっきから『うん』しか言ってないけどー》
    「あ、ああ、ごめん。疲れてるのかも」
    《あ、ごめんね! いきなり電話しちゃって、ってか、時間大丈夫って聞いてなかったよね、突然ごめんね。また電話するね! あ、TtTの方がいいかな? アカウント教えてくれる? メールで後で送ってね! じゃ、またね!》
    「あっ、……切れた」
     あっと言う間に会話が終わり、エヴァは唖然としていたが、やがて頭の中にまた、さっきの疑問が戻って来る。
    (『訓練』……私は今、自分がしていることを、自分が誇るべき重要な任務を訓練だと――本当は任務ではないと、心のどこかでそう思っていたのだろうか)

    緑綺星・闇騎譚 5

    2022.04.09.[Edit]
    シュウの話、第46話。電話と疑念。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 入団から1年が、そして初陣から半年が経過し、エヴァはこの頃既に、寮と騎士団本営からの外出を許可されていたが、彼女はほとんど外出せず、寮の中で黙々と装備の手入れと鍛錬を続けていた。(もう外界に興味なんか無い) ナイフを研ぎ、小銃を分解整備し、戦闘服のほつれを直しながら、彼女はひたすら心の中で、同じ言葉を繰り返していた。(私...

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    シュウの話、第47話。
    「任務」とは。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ひとたび現れた疑念はエヴァの心の中で、日を増すごとに大きくなっていった。
    「どうしたんだ? いつもに増して仏頂面してるが」
     11度目の出撃に向かう車内で、いつものようにトラックのハンドルを握っていたRから声をかけられて、エヴァはその心中を吐露した。
    「疑問があるんだ。私たちが今就いているこの任務は、本当に任務なんだろうかと」
    「そりゃ禅問答か何かか? 悪いが俺は哲学には詳しくない」
    「そうじゃない。……言い方が悪かったな。どう説明したものか、私自身、何がどうおかしいと思っているのか、分かっていないから」
    「言葉通りに答えるなら、俺たちが今就いてるこれは、間違い無く任務だよ」
     Rは正面に顔を向けたまま、いつものように淡々と答える。
    「騎士団執行部から下された、正式な任務だ。答えはそれで十分か?」
    「そう。騎士団からの命令。それは間違い無い。でも」
     エヴァはRに顔を向け、こう尋ねた。
    「やっていることが、本当に、騎士としてこなすべき任務なのだろうかと」
    「騎士として?」
    「これまでの10回の出撃は、どれも自国領外に出ての積極的迎撃だった。敵が接近してくるから、それを自国に侵入される前に撃破すべし、と。だがこれは戦闘なのだろうか?」
    「ふむ」
    「我々はその10回すべてにおいて、相手が行動を起こす前に仕留めている。これは戦闘ではなく、一方的な攻撃じゃないのか、と」
    「なるほどな」
     Rは一瞬、エヴァに顔を向け、すぐに正面に向き直る。
    「敵とドンパチやってないから、これは戦闘じゃない。そう言いたいのか?」
    「そうじゃない。そもそも相手が敵なのかどうかも……」「V」
     Rは強い口調で、エヴァの主張をさえぎった。
    「騎士団の掟は何だ? 己の判断に従って行動することか?」
    「それは……」
    「そう、不正解だ。我々団員は騎士団の判断と命令によってのみ、行動しなければならない。独断専行は、決して許されていない。どんな疑問が心の中にあったとしてもだ」
    「……そうだな」
    「騎士団の命令に従って行動する。それはまさしく、騎士団に所属するもの、即ち騎士としてこなすべき任務だ。哲学的じゃないが、論理学的には正しい答えだ」
    「……分かった。納得しておく」
    「そうしてくれ」
     その後、11度目の出撃も難なく――いつものごとく一方的な攻撃によって――完遂したものの、エヴァの心は一向に晴れなかった。

     任務を終え、戻って来たエヴァたちのところに、騎士団執行部の人間が現れた。
    「諸君、任務遂行ご苦労だった」
    「珍しいですね。執行部の方が直接、俺たちのところに来るなんて」
     応じたRに、相手は封筒を4通差し出す。
    「辞令を申し渡す。C88、そしてH70。両名はR32指揮下を離れ、明日よりT28指揮下に入ること」
    「えっ」
     目を丸くしたCとHに、Rが説明する。
    「半年経ったからな。再編成ってやつだ」
    「その通り。V68は従来通りR32指揮下だ。追加の要員は新規団員の2名の予定だ」
    「それで、残り1通は? 俺宛ですかね」
     Rが手を差し出し、執行部員は封筒を渡す。
    「R32、貴君は昇進だ。本日付で一等団員となる」
    「そりゃどうも」
    「以上だ。要員選出については後ほど通達する」
     執行部員が去ったところで、CとHが囃(はや)す。
    「一等って、つまり一番偉いクラスですよね!」
    「おめでとうございます!」
    「団員としては、だがな。役職の付いてない団員なんか、一等も三等も一緒だよ。ちょっと給料が違うって程度だ」
     いつものごとく淡々と受け答えしたが、そこでRはコホン、と咳払いした。
    「そんなわけで、お前たちとは今日で最後だ。今までありがとうな」
    「そんな、俺たちも感謝してます!」
    「ありがとうございました!」
    「ああ。……じゃあ、まあ、なんだ。名残惜しいが、Vと話があるから、この辺で、……な?」
    「あ、はい」
    「ありがとうございました!」
     CとHが敬礼してそそくさと去り、その場にはRとエヴァだけになる。
    「話って? 私にもおめでとうと言ってほしいのか?」
    「それは話の後に言ってほしいな。できれば他の人間から」
    「どう言う意味だ?」
     尋ねたエヴァに、Rは珍しく苦い顔を向けた。
    「まあ、さっきも言ったが、一等団員は給料がちょっと上がる。具体的には三等の倍額だ」
    「そんなに違うのか」
    「で、まあ、お嬢様相手にこんな話したって、まあ、アレなんだが、君がその気になれば、寮も実家も離れて、俺と一緒に暮らせるくらいのことはできる」
    「は?」
     言わんとすることを察し、エヴァは語気を荒くしたが――。
    「つまりだ。俺と結婚しないかって話だ」
    「……」
     エヴァはしばらく沈黙を続け、それから、ため息交じりに答えた。
    「そんな選択肢は私の中に無い」
    「そうか。……ま、そうだよな」
     Rはいつものように肩をすくめ、ぼそ、とつぶやいた。
    「この先のことを、君に体験させたくなかったが」
    「何だって?」
    「……いや、何でもない。この話は忘れてくれ。明日からはいつも通り、隊長と部下だ」
    「了解。それじゃ」
     エヴァはRに背を向け、すたすたと歩き去った。

    緑綺星・闇騎譚 終

    緑綺星・闇騎譚 6

    2022.04.10.[Edit]
    シュウの話、第47話。「任務」とは。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ひとたび現れた疑念はエヴァの心の中で、日を増すごとに大きくなっていった。「どうしたんだ? いつもに増して仏頂面してるが」 11度目の出撃に向かう車内で、いつものようにトラックのハンドルを握っていたRから声をかけられて、エヴァはその心中を吐露した。「疑問があるんだ。私たちが今就いているこの任務は、本当に任務なんだろうかと...

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    シュウの話、第48話。
    激動の裏で。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦716年を迎えた途端に、世界情勢は目まぐるしく動き始めた。双月節が終わってまもなく金火狐第22代総帥が死去したとの訃報が流れたその半月後には、南の白猫党が大規模攻勢を仕掛け、北部前線を壊滅させたとの情報が央北を席巻。さらにその半年後には南側が北側首都を陥落させたと喧伝され、1世紀以上続いた白猫党の南北戦争に終結の兆しが見え始めていた。
     そしてこれらのニュースは、ダークナイトたちの中にも波乱を巻き起こしていた。
    「また出撃だって? 2日前に出たばかりじゃないか」
    「このご時世だからな」
     隣国、白猫党領内が混乱するにつれ、リモード共和国の国境に接近する不審者が激増したのである。
    「SチームもTチームもほとんど連日出撃しているらしいが……」
    「それだけ情勢が緊迫しているってことでもある。南白猫党の大攻勢で、北白猫党は壊滅寸前の状態って話だからな」
    「そうだな。……うん?」
     エヴァはうなずきかけたが、そこでRに尋ねる。
    「北白猫党が後退していると言うなら、北方面の国に影響があるんじゃないのか? 共和国じゃ逆方向だろう?」
    「押されてそのまま動くなんて、単純な話じゃない。南の侵攻で希薄になった地帯を狙う勢力だってある。現に俺たちが立て続けに出張ってるんだ」
    「そう言うものか……まあ、そうなんだろうな」

     依然として、エヴァの中には納得の行かない点がいくつも残ってはいたが、それでも騎士団の一員として、忠実に任務をこなし続けていた。その甲斐あってか、この時既にエヴァは二等団員に昇格しており、また、Rも執行部入りが内定していた。
    「とは言え年内には無理だろうけどな。こんなに大忙しじゃ、実行部隊を減らすわけには行かない」
    「残念だろう?」
     いたずらっぽく尋ねてきたエヴァに、Rは肩をすくめる。
    「ああ、実に残念だ。執行部員になれば、血なまぐさい現場とはお別れだからな。人をアゴでこき使えるし」
    「君らしい態度だ」
    「そりゃどうも」
     この任務においてもエヴァたちは、いつものように軍用トラックで闇の中を突っ切り、索敵していた。
    「ところでV、考えてくれたか?」
     そう尋ねてきたRに、エヴァはつっけんどんに返す。
    「答えは前回と変わらない。そんな提案に興味は無い」
    「だろうな。執行部員にでもなれば、と思っていたんだが」
    「そこは問題じゃない。私はここで戦うことが誇りだし、生きがいなんだ」
    「生きがい、……か」
     Rは掛けていた暗視ゴーグルを上げ、エヴァに裸眼を向けた。
    「俺がこんなことを言えた義理じゃないのは百も承知だが、それでいいのか?」
    「何がいけない? 国のために働いている。平和のために働いている。それを生きがいとして、何が悪いんだ?」
    「……そうだな。平和のためだからな」
     Rはため息をつき、暗視ゴーグルを掛け直した。と――。
    「12時方向、不審車輌あり。トラスゼネラル製のマイクロバンだ」
    「……敵か!」
     いつものようにエヴァは自動小銃の安全装置を解除し、ルーフから上半身を出した。そしていつものように暗視ゴーグル越しに車の後輪に狙いを定め、引き金を絞ろうとしたが――いつも通りでなかったのは、エヴァが引き金に指をかけるより一瞬前、その車から何かが飛び出してきたことだった。
    「え……」
     それが何であるかを認識する前に、エヴァの意識は飛んだ。

    「……!」
     元々からエヴァは最終試験でいち早く目覚め、絞め技を掛けられて意識を落とされてもすぐに立ち直れるほどに、失神・気絶には相当の耐性がある。
     この時も地面に投げ出されてまもなく、エヴァは立ち上がった。
    (今のは……何だ!?)
     ぼたぼたと垂れる鼻血に構わず、エヴァは落とした小銃に飛びつく。
    「敵襲! 敵襲だッ!」
     叫んだが、すぐにそれが無意味であることを悟る。何故なら自分たちが乗ってきた軍用トラックは既に横転しており、全員にその事実が知れ渡っていたことは明白だったからだ。
    「ああん?」
     と、しわがれた老人の声が、トラックの上から聞こえてくる。
    「さっきのお姉ちゃんか? 驚いたぜ、頭スッ飛ばすつもりで蹴ったってのに、死んでるどころかもう起き上がってやがんのか」
    「貴様は誰だッ!」
     小銃を構えたエヴァに、兎耳の老人が答える。
    「何でも屋ってやつさぁ。ちっとご依頼があったもんでよ、ここいらで運び屋やらしてもらってんのよ」
    「ふざけるな! 所属と階級を答えろ!」
    「ふざけちゃいねえよ。俺はカネで何でも請け負う『パスポーター』さ」
     老人はひょいとトラックから下り、次の瞬間、エヴァに肉薄した。

    緑綺星・嘘義譚 1

    2022.04.12.[Edit]
    シュウの話、第48話。激動の裏で。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦716年を迎えた途端に、世界情勢は目まぐるしく動き始めた。双月節が終わってまもなく金火狐第22代総帥が死去したとの訃報が流れたその半月後には、南の白猫党が大規模攻勢を仕掛け、北部前線を壊滅させたとの情報が央北を席巻。さらにその半年後には南側が北側首都を陥落させたと喧伝され、1世紀以上続いた白猫党の南北戦争に終結の兆...

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    シュウの話、第49話。
    暗中のCQC。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「なっ……」
     エヴァの目測ではトラックとの距離は10メートル近く離れていたはずだったが、老人はその10メートルを、瞬き程度の一瞬で詰めてきた。それでもエヴァは懸命に指を動かし、小銃を撃つ。だが――。
    「遅え、遅え。眠っちまうくらい遅いぜ」
     老人は事も無げに小銃のバースト連射をかわし、エヴァの小銃をつかむ。
    「うっ!?」
     反射的にエヴァは小銃を引き寄せたが、同時にその行動は、騎士団の訓練で「絶対にやってはならない反応だ」と指導されていたことを思い出した。
    (しまった……!)
     訓練で注意されていた通りに、老人は小銃をエヴァの方に押し込んでくる。小銃の銃床が簡単に肋間にめり込み、彼女を二度目の気絶に追い込んだ。
    (あ……っう……)
     意識が再び遠のき、エヴァはその場に倒れる。そして先程と同様、10秒足らずで目を覚ましたものの――。
    「……馬鹿なっ」
     その時には既に、Rを含むチームメンバー全員が叩きのめされ、地面に倒れ伏した後だった。
    「なんだ、まーた目ぇ覚ましたのかよ? 随分眠りが浅えお姉ちゃんだな。そんなんじゃ三十路前にシワと白髪だらけになっちまうぞ」
    「余計なっ……おせ……っ……」
     声を荒げかけるも、どうやら先程の一撃が相当肺を痛めつけたらしく、息が詰まる。
    「無理しねえで寝てろや、お姉ちゃんよ。これ以上俺の仕事邪魔されても困るんでな」
    「うっ……ぐ……」
     どうにか拳銃の一発だけでも当てようと踏ん張りかけたが、それも無為に終わることを悟り、エヴァはその場にぺたんと座り込んだ。
    「くそ……初めての会敵で……こんな兵(つわもの)に……出くわすなんて……」
    「初めて? お姉ちゃん、初陣か? それにしちゃ、動きがなかなか手慣れてるように見えたがな」
     老人が無防備然にひょこひょこと近寄り、エヴァを見下ろす。一瞬、反撃の好機かとも思いかけたが――。
    (……無理だ。今の状態では、この老人に指一本触れられない。組み伏せられて三度目の気絶がオチだ)
     息を整える時間を稼ぐつもりで、エヴァは老人の話に答える。
    「初陣じゃない……今まで先制攻撃して……倒してたんだ」
    「ヘッ、見下げたもんだな」
     老人は吐き捨てるようにそう返し、エヴァをにらんだ。
    「抵抗も何もできねー難民を一方的に撃ち殺して、『やったー嬲り殺しにしてやったぜー』ってか? つくづくクソだな、お前ら」
     臆面もなくなじられ、エヴァは激昂しかけたが――気になる言葉が耳に入り、一転、頭から血が下がった。
    「難民……だと? 何を言っている?」
    「あ?」
     老人は依然として侮蔑の表情を向けながら、自分が来た方角を指差した。
    「まさかお前さん、あれが装甲車にでも見えてるってのかい? どう見たって前世紀のオンボロバスじゃねえか」
    「敵性勢力が我々を欺く……偽装だと……」
     反論しながらも、この時エヴァには、ずっと抱いていた疑問の答えが見え始めていた。
    「へっへっへ……笑わせんじゃねえよ、お姉ちゃんよお? ありゃどう見たってただのバスだ。偽装だってんなら窓外して、重機関銃の一挺や二挺は積んでるわな。見てみるかい?」
    「……見せてくれるのか?」
    「見たいってんならいくらでも見せてやる。だが変な動きしやがったら、もっかいおねんねしてもらうぜ。今度は目覚めらんねえくらいにな」
    「分かった。抵抗はしない」
     差し出された老人の手を素直につかみ、エヴァは立ち上がった。
    「それじゃお嬢さん、とくとご覧あれ。ほい、『ライトボール』」
     老人はぼそ、と呪文をつぶやき、魔術で周囲に光を灯す。途端にエヴァの正面に、赤錆びたマイクロバスが姿を表した。
    「見ての通りだ。あのバスにゃ重機関銃どころか、爆竹一巻きだって積んでりゃしねえんだよ。そんなカネあったら食い物に使うからな」
    「……」
     エヴァがその目でまじまじと確認しても、そのバスにはやはり、兵装の類が一切搭載されていないのは明らかだった。と、バスの中にキラ、と光るものを見つけ、エヴァは息を詰まらせた。
    (人の……目だ)
     光って見えたのは、痩せこけた猫獣人の瞳だった。
    (まだ若い……いや……若いなんてもんじゃない……どう見たって子供じゃないか)
     バスの中には――運転手を除き――子供しかいなかった。
    「……あ……」
     それを確認した途端、エヴァの頭の中にずっと渦巻いていた疑問は霧散し――残酷な現実が姿を現した。
    (……いや……違う……私はきっと……目を背けていたんだ)
     ぼた、と足元で水音が鳴る。
    (国のため、平和のためと思い込んで……思い込まされて……思い込もうとして……私が薄々感じていた事実から、目を背け続けていたんだ)
     ぼた、ぼたと立て続けに水音を立てていたエヴァを横目で見ながら、老人がフン、と鼻を鳴らした。
    「何だ、泣いてやがんのか? どこまでもおめでたいお嬢ちゃんだな」

    緑綺星・嘘義譚 2

    2022.04.13.[Edit]
    シュウの話、第49話。暗中のCQC。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「なっ……」 エヴァの目測ではトラックとの距離は10メートル近く離れていたはずだったが、老人はその10メートルを、瞬き程度の一瞬で詰めてきた。それでもエヴァは懸命に指を動かし、小銃を撃つ。だが――。「遅え、遅え。眠っちまうくらい遅いぜ」 老人は事も無げに小銃のバースト連射をかわし、エヴァの小銃をつかむ。「うっ!?」 反射的にエヴ...

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