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緑綺星 第2部


    Index ~作品もくじ~

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    シュウの話、第38話。
    はじめてのおしごと。

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    1.
     え? わたしのお話ですか? いやー、えーと、ソレはちょっと。取材中ですし……あ、そうですね、止めればいいんですよね。……コレで止まったかな。コホン、わたしの名前はシュウ・メイスンで、……ってコレ、最初に言ってましたね。ごめんなさい、まだ慣れてなくって、……ああそうそう、続きですね。今は大学生なんですけど、夏休みにインターン活動として、こうして取材のお手伝いしてるんです。……もー、茶化さないで下さいって、先輩。……いやー、あはは、まあ、そうなんです。インターンやると単位が2つもらえちゃうんですよね、ウチの大学。今年の冬季休暇と、あと来年と再来年もやるつもりなので、12稼げちゃうんですよ。ソレでうまいコトやって3年で大学卒業するって人が結構、……あ、話がそれちゃいましたね。あとはー、わたし4人兄弟で、上に兄が1人、下に弟と妹が1人ずつ……



    「オイオイオイ待て待て待て待て」
     一時停止アイコンを押し、一聖が音声ファイルの再生を止める。
    「お前、質問より自分の話の方がなげーじゃねーか。しかも録音、切ったつもりで切ってねーしよ」
    「仕方無いじゃないですかぁ。コレ、いっちばん最初の取材なんですもん。アガっちゃってたんです。で、見かねたエヴァと先輩が自分の話してみろって言うからー……」
     シュウからリモード共和国についての情報を聞くため、まずは彼女が3年前、その国で取材した記録を再生してみたが――。
    「相手がしゃべってるトコにかぶせんなよ。あと、早口で聞き取れねートコがちょくちょくあるし」
    「最初の最初なんですからそんなのばっかりなんですってばー。……あーもー、だから聞かせたくなかったんですよぉー。正直言って、このファイルも最初の動画も個人的には削除しちゃいたいくらいなんですよ? でもコレ初めての取材のヤツですし、動画も色々事情があるしで……」
    「分かった、分かった。じゃあまあ、コレにケチ付けんのはナシで」
    「お願いしますよー」



     ……ってところですかねー。……あ、録音しっぱなしでした! うわー、ごめんなさーい! ……あ、はい、じゃあこのまま、はい。
     ソレでアドラーさんは、来年からミューズ近衛騎士団に入団される、とのコトでしたね。
    「ええ。ただ、騎士団とは申しましても、実際はお二人のご想像されているものとは、大きく異なることと存じます。建国当初こそ共和国最大の防衛戦力として扱われておりましたけれど、時代が下るにつれて儀礼的側面が強まりまして。現在は共和国軍の士官養成学校と申した方が適切でしょうね」
     と言うコトはアドラーさんもいずれは共和国軍の指揮官や、政府直属の武官になるご予定なんですか?
    「さあ……どうでしょうか。それは軍上層部や共和国政府の方々が、わたくしを重用して下さるかどうかによりますから」
     しかしコレまで、アドラー家の方々はいずれも共和国軍本営や軍部大臣など、軍関係の要職に就いていらっしゃいますから、可能性は高いのでは?
    「おっしゃる通り、わたくしたちアドラー家は建国当初より国防の要、護国の一族として共和国に仕えている身ですので、他の方よりもそうした要職へ登用される機会には恵まれていることと存じますわ。
     ただ、だからと申しましてその境遇に甘んじ、努力と精進を怠るようなことは、決してございません。軍に籍を置く他の皆様が日々努力をおこたらず、切磋琢磨されていらっしゃることは、十分に存じております。そんな中、ただ一人わたくしだけが怠けていれば、その方たちが重用されるのは道理。それは我がアドラー家の恥となってしまいますし、何よりそんな怠惰な者がアドラー家にいるとなれば、家祖である『黒騎士(ダークナイト)』ミューズの怒りを買ってしまいますもの。
     ですからわたくしも、いついかなる時であっても己を磨き、不断の努力を続けております。ただし、それは軍人として生きるためにだけではなく、世界に誇れる一人の人間であるために、ですわ」
     ……なんか……すごい……感動しちゃいました。……すごいです、アドラーさん。……わたしと1コしか違わないのに、すごい……大人って言うか……あ……ごめんなさい、取材になってませんよね、すみません、ホント、すみません……。



    「……もう止めて下さい。わたしの羞恥心が爆発しないうちに。マジでお願いします」
     シュウは耳まで真っ赤にし、床にうずくまってしまった。
    緑綺星・狼嬢譚 1
    »»  2022.04.01.
    シュウの話、第39話。
    不思議の国。

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    2.
    「ソレじゃ、あの、コレで取材終わりで、はい」
     初めてのインタビューを終えたシュウは、カチコチとした仕草でスマホをしまった。と、彼女を取材に連れてきた出版社の先輩、カニートがシュウの腕を小突く。
    「シュウちゃん、言ったろ? はじまりとおわりに必要なことは?」
    「……あっ、挨拶! ごめんなさい! ありがとうございました!」
     慌ててシュウは、勢い良くがばっと頭を下げ――ゴン、と痛々しげな音を立てて、テーブルに頭突きしてしまった。
    「いったあ……」
    「すんませんねー、こいつ粗相してばっかりで」
    「うふふ……いえ、お構いなく。ねえ、メイスンさん」
     インタビューの相手である、リモード共和国の名家アドラー家の令嬢、狼獣人のエヴァンジェリン・アドラーは、赤くなったシュウの額をさすってやりながら、こうささやいた。
    「よろしければ今夜、二人でお話いたしませんこと?」
    「え? わ、わたしとですか?」
    「ええ。わたくし、あなたに興味がございますの。それにわたくし、他の国の方でお歳の近い方との交流があまりなくて。ご都合はよろしいかしら?」
     尋ねられ、シュウはカニートと自分の手帳を交互に見る。
    「えっ、えーと、今夜って何かありましたっけ?」
    「今夜はこのインタビューの文字起こしする予定だったが、1時間や2時間遅らせたって問題ない。明日の予定は昼からになってるからな。むしろ話が面白ければ、お前の独占取材って形でワク取ってやってもいいぞ。ま、アドラーさんが許可してくれればだが」
    「ええ、込み入った内容でなければ構いませんわ。でも」
     エヴァは、今度はシュウの手を握り、にっこり微笑んだ。
    「あまり大した内容にはならないかと。あくまで年頃の娘二人のお話ですから」

     と、徹頭徹尾に渡って「立派なご令嬢」の姿を見せつけられ、シュウはすっかり気後れしてしまっていた。
    「あーもー……わたしホントどうしましょう? お話って一体何すればいいんでしょーか。ホンモノのお嬢様になんて、一度も会ったコトないのに」
     シュウとカニートは一旦、取材中の拠点であるホテルに戻り、午後の写真撮影の準備を進めつつ、エヴァとの約束について話していた。
    「そんなに心配しなくてもいいだろ。これが国家元首との会食とかだったら俺だってそりゃ怖ええしどうすりゃいいんだってなるけど、アドラー嬢の言った通り、歳の近い娘二人がただご飯食べておしゃべりして親交深めるってだけだろうし。服もそのまんまでいいと思うぜ」
    「で、でもぉ~……」
    「それより午後の話だ。分かってると思うが、観光気分で回ったりするなよ。俺たちの仕事は旅行案内ジャーナル作りじゃなく、文化誌の製作なんだからな」
    「は、はーい、分かってまーす」
     答えたものの、シュウは準備が手に付かない。それを見かねたか、カニートが彼女の猫耳をぐにっとつかんだ。
    「ひぅ!?」
    「アドラー嬢はああ言ってたが、お前にとって取材のチャンスってのは間違いないんだからな。お前の場合、『遊び』より『仕事』って思った方が、むしろやりやすいんだろ?」
    「……見抜かれてますねぇ」
    「観察力と洞察力はジャーナリストの武器だぜ、シュウちゃん」

     二人はカメラを手に共和国首都、ニューペルシェ市街地へ繰り出した。
    「トラス王国と負けず劣らずの発展具合、って感じですよね」
    「そうだな。経済規模こそ央北じゃ中の下くらいだし、戦争真っ最中の西側圏のすぐ隣にある国だ。本来なら旧西トラスみたいに難民が押し寄せ、経済破綻してもおかしくないはずなんだが、どう言うわけか激動の6世紀と7世紀を、うまい具合に渡って来た。『央北の奇跡』なんて呼ぶ政治家もいるくらいだ。
     不思議の国、リモード共和国。だもんでいつ取り扱っても手堅く読者が付く、俺たちみたいなのにとっては美味しい仕事場だ」
     大通りからターミナル駅、議事堂と、中心街のランドマークを一通り周り、二人は大通りの端、アドラー邸に差し掛かる。
    「さっきも来たから、何か不思議な感じですね」
    「かもな。……ところでシュウちゃん、知ってるか? どうして通りの端に、共和国の名門アドラー家の邸宅があるのか」
    「言われてみれば……? 名家なんだから、もっといい立地でもいいですよね」
    「アドラー家は代々軍人の一家だ。そこに秘密がある。……ま、答えを言うとだ、元々アドラー家の開祖、ミューズが騎士団を結成したわけだが、このミューズ率いる騎士団が実は、いわゆる『隠密部隊』でもあったんだ。正規戦闘だけじゃなく、裏で諜報やら破壊工作やらを行う、共和国にとっての闇のヒーローってわけだ。その隠密部隊の司令官が本営すぐそばに陣取ってちゃ意味ないだろ、ってことでここに構えてるってわけだ」
    「えぇ!? ほ、本当ですか!?」
    「……くっく」
     カニートは肩を震わせ、噴き出した。
    「ま、ありがちなうわさだよ。嘘か真か、ってやつさ」
    緑綺星・狼嬢譚 2
    »»  2022.04.02.
    シュウの話、第40話。
    おともだち。

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    3.
     夕方になり、シュウは持って来た服と市街地で買ったアクセサリでできる限りのおめかしをして、エヴァとの夕食に臨んだ。
    (ちょっと早く来ちゃったかな。……コレでいいよね? うん、かわいいし、多分ドレスコードも満たしてるはず)
     レストランの入口のガラスで、失礼のない服装であるかを何度も確認する。と――。
    「すまない。待たせたな、シュウ」
     エヴァの声がしたので、シュウはガラスに映っている自分の背後を見る。だが、朝に見た貴族令嬢の姿はなく、長い髪をざっくりとポニーテールでまとめた、スポーティな格好の女の子が映っていた。
    「えっ!?」
    「どうした?」
    「あの、あなた、えっと、……もしかして、エヴァさん?」
    「そうだ。私がエヴァだ」
     振り返って確認しても、そこにいたのはやはり、どちらかと言えば運動部が似合いそうな雰囲気の娘だった。

    「済まなかった。もっと楽な格好でいいと言っておけば良かったな」
    「い、いえ」
     朝に会った瀟洒で優雅な淑女と同一人物だとは全く思えず、シュウは同じことをもう一度聞いてしまう。
    「あの、確認なんですけど、あなた、エヴァンジェリン・アドラーさん18歳でお間違いないですか?」
    「ああ。朝のあれは、正直に言えば広報用と言うか、公式向けの顔と言うか。公にはああして構えているのだが、こうして歳の近い娘と二人で会うのだから、私本来の格好の方が望ましいだろうと思ってな。失望させてしまったか?」
    「いえ、……何て言うか、逆にほっとしました。そっちの方が身構えなくて済みます」
    「それなら良かった」
     ともかく席に付き、二人は食事を頼む。
    「わたしはミートパイとポタージュで」
    「私は白身魚とポテトのフライを頼む。……さてと」
     エヴァは狼耳を揺らし、嬉しそうな笑顔をシュウに向ける。
    「聞かせてくれないか? どうして私の取材を?」
    「え? あの、お伝えしたかと思いますが……」
    「ああ。『来年度より騎士団に入団することが決定したアドラー家の令嬢に、その心境を伺いに来た』だったかな? しかし素人意見で恐縮だが、こんな時代に片田舎のいち名家令嬢の進学如きを取り上げたところで、読者数はそう稼げまい?」
    「そうでもないらしいですよ。『エヴァ嬢は下手なアイドルより可愛いから、表紙を飾るだけで売れ行きが変わる』って先輩が言ってましたから」
    「褒め言葉と取っておくが、正直、嬉しくは感じないな」
     エヴァはふう、と憂鬱そうなため息を漏らした。
    「この格好を見て多少は理解してくれたと思うが、私はどちらかと言うと無骨な性質なんだ。一応『お嬢様』だから外向けには着飾って対応するが、あれはあまり好きではないんだ」
    「だからわたしにはこっそり……、ってコトですか?」
     尋ねたシュウに、エヴァは苦笑いする。
    「誰かには伝えておきたくてね。家や学校の外でこの振る舞いをすると、家の人間から『品格を損なう』だの何だのと小言を言われてしまうんだ。だから運動する時以外はいつもあのフリフリを着させられる」
    「エヴァさんもなんですねー」
     そう返したシュウに、エヴァは首をかしげる。
    「『も』? 君も似たような経験が?」
    「自慢じゃないですが、わたしの家もそこそこおっきな家なんです。だからマナーとか言葉遣いとか、色々細かく言われるんですよね」
    「そうなのか。……へぇ」
     エヴァはまた、嬉しそうな笑顔になる。
    「思っていたより君とは仲良くなれそうな気がする。似ているんだな」
    「えへへ、そうですねー」

     実際、共通点を見出してからは、親密になるのは早く――。
    「お前、またアドラー嬢のとこ行くのか?」
     1週間の取材旅行の後半はほとんど、シュウはエヴァと共に過ごしていた。
    「仕事はちゃんとやってくれてるから文句は無いけどな、入れ込みすぎじゃないのか?」
    「そうですか? わたしはただ、友達と一緒に過ごしてるだけと思ってるんですが……」
     そう答えたシュウに、カニートが苦い顔を向けた。
    「2つ言っとくことがある。1つ――これは俺がとある鉄道会社の社長にインタビューした時に聞いた話なんだが――友情とビジネスはごっちゃにするな、だ。友情ってのは自分と相手の、2人の話だが、ビジネスはそうじゃない。多くの人間が関わることだし、時には社会全体に影響することもある。
     だから『友達の話』を新聞とか、雑誌とか、いわゆる『社会の公器』に載せたりするんじゃないぞ。もしそんなことをしたら、その友達が2人だけの話にしておきたかったことまで世間が知ることになるし、知ろうとしたがるだろう。そうなれば友達は間違いなく、お前から離れることになる。
     そしてお前には、二度と友達ができなくなるだろう。どんな人間からも、『あいつは友情をカネに換える奴だ』と思われるからだ」
    「……そうですね。肝に命じます。ソレで2つ目は?」
     尋ねたシュウに、カニートは肩をすくめて返した。
    「のんびりしてるみたいだが、明日帰りだぞ? 朝9時にチェックアウトだからな」
    「……あっ」
    緑綺星・狼嬢譚 3
    »»  2022.04.03.
    シュウの話、第41話。
    微笑ましさの裏に。

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    4.
     リモード共和国での取材を終え、故郷に帰ってからも、シュウとエヴァの友情は続いていた。

    シュウ「今度の夏季インターンは 別の国に取材に行く予定だよ」
    エヴァ「また来てくれると思ったけど 残念だな」
    シュウ「行きたいんだけどね」
    シュウ「あ でもインターン終わって秋期始まるまでちょっとあるから」
    シュウ「2日か3日くらいなら行けるかも」
    エヴァ「本当? 是非来て 色々話したい」
    シュウ「行く行く 計画しっかり立てとくね」
    エヴァ「日にち決まったらすぐ教えて」
    シュウ「りょ」


     こまめにTtT――チャットアプリ「テイル・トゥ・テイル」――でエヴァとやり取りしていたシュウの背後から、声がかけられる。
    「ぺこんぺこん音立ててるから、ToDoリストの確認とかじゃないよな」
    「あっ」
     慌ててスマホを机に置き、シュウは振り返って頭を下げる。
    「ごめんなさい、うるさかったですか?」
    「いや、音は気にしてない。気になったのは、時刻だな」
    「時刻?」
     カニートに言われて、シュウはもう一度スマホを手に取り、時刻を確かめる。
    「16時ちょい前くらいですね」
    「夕べもその時間にポチポチやってたなって」
    「あれ、そうでしたっけ? ……そうでした」
     TtTの履歴を確かめ、カニートに言われた通りであることに気付く。
    「よく覚えてますね、そんなコト」
    「細かいことにこそ、重大なネタの尻尾が付いてるもんさ。……ふむ」
     カニートは席を立ち、あごに手を当て思案する様子を見せる。
    「どしたんですか?」
    「相手はいつもの『お嬢さま』か? 昨日のも、今日のも」
    「ええ、まあ、はい」
    「リモード共和国との時差はマイナス1時間だから……、向こうは3時前か。もう騎士団に入ったんだよな、アドラー嬢」
    「そうらしいですね」
    「ちょっと妙だよな」
     そう言われ、シュウはきょとんとする。
    「何がですか?」
    「ウチの部署はゆるい方だし、なんならTtTどころかゲームやってるアホもいる。流石に引き出しの中にスマホ隠して、こっそりやってるみたいだがな」
     どこかでガタッと、引き出しに手をぶつけたような音がしたが、カニートは構わず話を続ける。
    「だが騎士団ってのは、お嬢曰く士官養成学校なんだろう? そう聞くと俺には厳格なイメージが浮かぶんだが、昼の休憩が3時まであるのか? それとも何かの訓練か授業かの合間に、こっそりスマホをいじってられる程度には規則が緩いのか? いや、そもそもお嬢の説明が、実態と大きく異なるのか? ……なんてことを考えてみたくなる」
    「……言われてみれば気になりますね。なるほど、『細かいコトにこそ』ですね。勉強になりますー」
     そう言うなりメモに取り始めたシュウを見て、カニートは苦笑いした。
    「お前は案外、大物になるかもな」
    「えへへ、よく言われます」
     と、話している間にぺこん、とTtTの着信音が鳴る。
    「そう言やお嬢とは、何の話してたんだ?」
    「あ、このインターン終わったら遊びに行くよって」
    「そっか。じゃあその辺り、試しに突っ込んでみたらどうだ? 何かいいネタがつかめるかも知れないぞ」
     その言葉に、シュウは口を尖らせる。
    「ちょっとー……。友情と仕事は一緒にしたらダメだって言ったの、先輩じゃないですかー」
    「そりゃま、友情を壊さない範囲でな」



     スマホを懐にしまい込んだエヴァは、ふっとため息をついた。
    「どうした、V?」
    「なんでもない」
     そう返したが、すぐ訂正する。
    「……いや、……そうだな、言うなれば自嘲だな。明日にはまた血なまぐさい『任務』だと言うのに、私は呑気に友人をだましているのだから」
    「騙してるって?」
     作業していた隣の青年に尋ねられ、エヴァは肩をすくめて返す。
    「彼女は今でも私が、世間知らずのお嬢様だと思っているのだろう。今の私のことは、何も知らせていない。騙しているようなものだ」
    「人間関係なんて、そんなのばかりだろ」
     と、書類を眺めていた男が口を挟む。
    「こうして任務に就く俺たちのプライベートを、皆が皆、知ってるわけじゃない。こうして共に死地をくぐり抜けてきた戦友であっても、だ。ましてやうわべの付き合いをしてる相手の『本当の姿』なんて、知ってる方が気味悪いってもんだ。
     俺たちみたいに、無理やり探ろうとでもしない限りはな」
    「……そうだな。……そんなものか」
     エヴァはもう一度ため息をつき――武器の手入れを再開した。

    緑綺星・狼嬢譚 終
    緑綺星・狼嬢譚 4
    »»  2022.04.04.
    シュウの話、第42話。
    最終入団試験。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦715年2月、エヴァはアドラー騎士団に入団するべく、試験に臨んでいた。
     軍人一家で代々士官・将軍を輩出する名家といえど、それだけでやすやすと通されるほど試験は甘くなく、彼女も規定通りに一次試験から参加していた。とは言え元より英才、文武両道のご令嬢として、外国の雑誌にも取り上げられるほどの実力の持ち主である。一次試験の筆記、二次試験の体力測定ともに最高成績で通過し、最終試験の面接でも最も高い評価を受けて、総合一位で試験に合格した。



     そして最終試験を突破した者たちは、講堂に集められた。
    「おめでとう。諸君らは優秀な成績で入団試験を突破した、選ばれた者たちだ」
     祝辞らしきものを述べてはいたが、講堂の壇上に立った騎士団長、エヴァの祖父でもあるジョゼ・アドラーは、冷徹な眼差しでエヴァたちを見下ろしていた。
    「だが諸君らが真に、我が騎士団にふさわしい者であるか、そしてこの国の未来を担うにふさわしい者であるか、最後にもう一度試させてもらう」
     講堂にしゅう……、とガスが流れ込んで来る。
    「これが本当の最終試験だ」
    「ほん……とうの……?」
     まもなく、エヴァは意識を失う。いつの間にか現れたアクリル板の向こうにいたジョゼは、最後まで冷徹な表情を崩さなかった。

     目を覚ますと、エヴァは真っ暗な部屋の中にいた。
    「……!?」
     がばっと飛び起き、構えるが、辺りの様子はまったくつかめない。
    (何故? 確認しよう……ここはどこ……何のために……何をすればいい?)
     それでもどうにか自分が今できること、できそうなことを考え、部屋の中を歩き回る。
    (部屋は縦5メートル、横3メートルくらい。ドアも窓も無い。机や椅子、家具の類も無い。壁と床は多分コンクリート。……叩いても響かない。相当分厚いらしい)
     部屋の中を調べてみたが、脱出できそうな要素は無い。
    (でも私が息をしているのなら、どこかから空気が入り込んでいると言うことだ。後、調べていないのは……)
     エヴァは壁のわずかな突起を手探りでつかみ、壁をよじ登る。ほどなく天井に手が届き、そこだけ材質が違うことに気付いた。
    (木製みたいだ。べこべこした音だ……これなら破れる)
     彼女は一旦床に降り、壁から離れる。
    (天井までおよそ2メートル半。壁を蹴れば届く)
     そして助走をつけ、部屋の隅めがけて跳び上がる。
    「りゃあッ!」
     バン、バンと隣接する壁を三角跳びで駆け上がり、天井を殴りつける。予想通り天井は脆く、簡単に拳が突き抜けた。
    「よし!」
     もう一度壁を登り、エヴァは天井裏に入る。
    (わずかだが……灯りがある。どこかの通路……?)
     と――比較的強い灯りがぽつ、ぽつと2つ灯り、驚いた顔の、短耳の男と目が合った。
    「運び込まれてたったの37分でここに登って来たのは、君が始めてだ。普通なら目を覚ますだけでも2時間かかると言うのに。ましてや目覚めてすぐ、壁を登ろうと言う発想に至るとは。驚くほかない」
    「え?」
    「流石はアドラー家のご令嬢、……いや、君自身が素晴らしいのだろう。お兄さんとは比べるべくもないからな。ではエヴァンジェリン・アドラー。こちらへ」
     男に促されたが、エヴァはその場から微動だにしない。しばらく見つめ合っていたが、やがて男がやれやれと言いたげな表情を浮かべ、懐からリモコンを取り出した。
    「警戒心も一流だな」
     リモコンのボタンを押し、男の方から歩み寄ったところでようやく、エヴァは相手に近付いた。
    「この後は?」
    「しばらく待機だ。あと23時間22分以内に全員が突破すれば、そこで入団試験は終了だ」
    「それを超えた方はどうなるのかしら?」
    「もちろん失格だ。この真最終試験は何ら一切の情報が無い状態から、己の身一つで状況を打開できるかを測るものだからな。それができない人間は、騎士団には必要ない」

     そして24時間後、エヴァを含む受験者8名のうち、6名が入団試験に合格した。
    緑綺星・闇騎譚 1
    »»  2022.04.05.
    シュウの話、第43話。
    Make a KNIGHT。

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    2.
     入団してまもなく、エヴァは寮での生活を義務付けられ、外界との接触を一切禁止された。それに加え、エヴァが物心付いた時から伸ばしていた黒髪はばっさり落とされ、すっかり丸刈りにされた。
    「まるで監獄ですわね」
     寮長を務める先輩団員に――彼は先日の真最終試験で、エヴァに合格を言い渡した青年である――皮肉交じりの感想を述べたところ、彼はこう返した。
    「1年過ごせば外に出られるし、スマホも許可される。髪型も自由だし、プライベートなら好きな服を着られる。1年持てばの話だがな」
    「そんなに厳しいのですか?」
    「軍隊だからな。……そうだ、アドラー。3つ言っておくことがある」
    「なんでしょうか?」
     男も皮肉げに微笑みつつ、エヴァの肩を叩いた。
    「その1、ここは『外の話』が通用しない世界だ。だから一般的常識や人間関係を持ち込むことは認められていないし、わざわざ持ち込む必要もない。例えそれが名家の人間に対してであってもだ」
     そう言われて、エヴァはニッと笑い返した。
    「ではお嬢様言葉で応対し、作り笑いを浮かべる必要はないと言うことか?」
    「そう言うことだ。その点においては気楽だぞ。そしてその2、名前は呼ばないこと」
    「名前を呼ばない?」
    「そのうち分かるが、隠密行動についての指導も受けるし、実地での訓練もある。それに備えて、今のうちからコードネームが付けられる。お前にも与えられるだろう。そしてその3だが」
     男はこう続け、部屋を後にした。
    「俺のコードネームはR32だ。呼ぶ時はRと呼べ。他にRがいたら番号付きで」

     Rの言う通り、エヴァには入寮したその日のうちにコードネーム、「V68」が与えられた。訓練はまず、ごく一般的な兵士としての基礎を身に付けるところから始まり、3ヶ月の間、彼女は他の入団者と共に銃やナイフ、格闘術など、あらゆる戦闘技術を仕込まれた。
     そして次の3ヶ月では、座学授業も加わった。だが単に教科書通りの知識を詰め込むだけではなく、中央大陸で一般的に話されている言語すべてを、現地人並みに流暢に話せるようになることを求められたり、その辺りのスーパーやコンビニで販売されている商品から毒物を抽出・生成する技術を学ばされたりと、確かに敵陣へ入り込み現地調達で任務を達成する諜報員に必要らしき、実践的かつ高度なものを、その3ヶ月で昼夜の区別なく叩き込まれた。



     そして半年間の訓練を経たエヴァを含む入団者6名は、Rに招集された。
    「騎士団執行部から任務が下った」
     Rからそう告げられ、全員が息を呑むが、Rはいつものように淡々とした態度で、話を続ける。
    「入団した以上、いつかはやって来る話だ。覚悟はできていただろう?」
    「ああ」
     エヴァは平静を装い、うなずいて見せた。
    「では任務内容を伝える。敵性勢力が明日未明辺り、自国西側国境から侵入する可能性が高いことが判明した。諸君らは先んじて国境を越え、この敵性勢力を排除すること。敵性勢力の詳細だが、ツキノワ社マイクロバス、白の688年製『ランドトレインミニ』で接近すると見られている。諸君らは彼らが国境に接近する前に、これを破壊せよ。出発はまもなくだ。装備は出発直前に支給するものとする。質問はあるか?」
    「敵性勢力と仰いましたが、我が国にそんなものが?」
     尋ねた相手に、Rは目線を合わせず、淡々と答える。
    「全員理解していることと思うが、我が国は小国だ。それも、今まさに戦争が行われている地域に隣接する、政治的に不安定な地帯に属している。である以上、いつ何時、その政情不安に乗じて好戦的な国家が侵攻してきてもおかしくない。となれば我が国に事前連絡なく接近する者は、原則として敵性勢力であると見なさねばならない」
    「どうやってその、敵性勢力の捕捉が行われたんですか?」
     別の者にも質問され、これにも淡々と答える。
    「騎士団内の諜報班からの報告によるものだ。現在も我が騎士団は、近隣地域に対して諜報活動を続けている。繰り返すようだが我が国は、常に侵略の危険にさらされている。その兆候・予兆を見抜くことは、我が国の存亡に関わる重要任務だ。故にこの情報は信頼性が非常に高いものであると判断していい」
    「もし敵性勢力でないと我々が判断したら?」
     エヴァが尋ねたところで、ようやくRは顔を向けた。
    「諸君らが仮にそう判断したとしても、その判断に従う権限は、諸君らには与えられていない。執行部命令には厳格に従うように。背けば厳罰だ」
    緑綺星・闇騎譚 2
    »»  2022.04.06.
    シュウの話、第44話。
    静寂の戦場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エヴァたち新入団員は2チーム、3名ずつに分けられ、それぞれにリーダーとして先輩団員が付けられた。ちなみにエヴァたちのリーダーは、やはりと言うべきか――。
    「R、まさか君は私を狙っているわけではないよな?」
     尋ねたエヴァに、Rは軍用トラックのハンドルを握りつつ、いつものように肩をすくめて返した。
    「チームメンバーの選出はくじ引きだった。君を引いたのは偶然だ。……とは言えこうしてあっちこっちで顔を合わせてると、流石の俺も運命と言うものを感じざるを得ないがね」
    「私は感じない。タイプじゃないし」
    「そりゃ良かった。気が合うね」
     軽口を一通り叩き合ったところで、Rがチーム全員に声をかけた。
    「じきに国境だ。この野戦服を着ている時点で既に察しているだろうが、我々の身分は国境を越えた時点で騎士団員ではなく、偽りのものとなる。C、我々は何だ? 言ってみろ」
    「白猫共和党軍です」
    「不正解だ」
     Rは淡々と、その回答を訂正する。
    「正式名称は白猫共和党東部陸軍前線方面部隊第16中隊だ。万が一『本物』と出くわした時にそう答えていなければ、お前は不審者と見なされ、即刻拿捕されるだろう。そしてそうなった場合、騎士団は絶対にお前を助けない。騎士団はお前の身柄を名簿から抹消し、何ら関係の無いものとして扱う。以後、一切関知することは無い。
     ではそれを踏まえて、H。我々の任務は何だ?」
    「敵性勢力のせんめ、……いえ、哨戒ですか?」
    「相手に尋ね返すような口調は、状況的に正解ではない。任務を与えられた兵士であるなら、断定形ではっきりと言い切れ。しかし内容は正解だ。そう、『我が部隊』の任務は、白猫共和党の陣地辺縁部の哨戒だ。
     故に不審な車輌を発見した場合、我々が執るべき行動は? 答えてくれ、V」
     尋ねられ、エヴァははっきりと言い切った。
    「判断の必要は無し。即攻撃、即殲滅すべし」
    「正解だ」
     Rが答えたところで、エヴァたちが乗っていたトラックは国境に到着する。隣国が戦時中と言うこともあり、連綿と続く高さ2メートル半もの鉄条網が行く手をさえぎっているように見えたが――。
    「騎士団の任務だ」
    「了解」
     国境手前に立っていた歩哨らしき2人にRが声をかけ、その2人が手早く鉄条網の一部を取り外す。幅4メートル半程度のすきまができたところで、トラックはそのまま国境を越え、鉄条網は元通りに張り直された。

     時刻は夜明け直前となっていたが、空はどんよりとした雲に覆われており、肉眼では地形が判別できない。しかしRは赤外線ゴーグルを装着しており、特に支障も無さげな様子で周囲を探っていた。
    「周囲に対象車輌無し。このまま北北東への進路を取る」
    「了解」
     時折班員たちと言葉を一言、二言、淡々と交わしつつ、Rは闇の中へトラックを進めて行った。
    (静かだ……)
     エヴァは狼耳をぴんと立て、トラックの車内から外の気配をうかがっていた。
    (白猫党は南北戦争の最中だったはずだが――トラックのエンジン音と、タイヤが砂利を踏む音以外、何の音も聞こえてこない。本当にここは、戦場なのだろうか)
     と、何かを踏み越えたらしく、がたん、とトラックが揺れる。
    「今のは!?」
     声を上げたCを、Rが淡々といさめる。
    「騒ぐな。大した問題は無い」
    「は、はい」
     そのまま全員口を閉ざし、トラックの中には再び静寂が訪れたが、エヴァは自分の心臓が、ばくばくと脈打つのを感じていた。
    (聞こえた。今、確かに……うめき声が……トラックの、下、から)
     エヴァはいつもと同様に平静を装い、今のは獣か何かだったのだ、いや、そもそも声自体が自分の空耳だったのだと、懸命に自分の記憶をごまかそうとしたが――どんな仮説や想像を以てしても、彼女の自慢の大きな耳にこびりついた声をかき消すことはできなかった。
    緑綺星・闇騎譚 3
    »»  2022.04.07.
    シュウの話、第45話。
    エヴァの初陣。

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    4.
     国境を越えて20分ほどしたところで、Rがやはり淡々とした声色で全員に声をかけた。
    「10時方向、不審車輌を発見。大きさからしてマイクロバスだ。ツキノワ社のエンブレムを確認」
    「……!」
     それを聞いて、エヴァたち3人の顔色が変わる。
    「そう……」
     Cが何かを言いかけたが、すぐにコホンと咳払いし、言い換える。
    「……そう、ですか」
     様子をうかがいながら、エヴァはまだ動揺したままの心を落ち着かせるため、二人のやり取りを頭の中で咀嚼(そしゃく)する。
    (Cはきっと、『捜索対象』と言いかけたのだろう。だが今、我々は白猫共和党軍として、哨戒任務に就いている。そう、哨戒だ。共和党軍は自軍陣地内で捜索などしない。自分たちの陣地を荒らす者を排除しているのだ。
     ……そう、冷静に分析できる。分析できてる。私は冷静だ。大丈夫。問題無い。問題無く、任務に当たれる。問題無く、任務を遂行できる)
     何度も今組み立てた思考をなぞり、エヴァは懐に抱えていた自動小銃のグリップを握りしめ、立ち上がる。
    「R、どのように『排除』する?」
    「車輪を撃て。できれば後輪だ。上のルーフを使え」
     珍しく、どこか嬉しそうな口ぶりで命じたRに従い、エヴァはトラックの屋根に付けられた窓を開ける。
    (……あれだな)
     エヴァも赤外線ゴーグルを装備し、ぼんやり緑色に照らされた視界の左から、古ぼけたバスがこちらに向かってくるのを確認する。
    (対象までの距離、約200メートル……射程圏内だ。バースト1回で十分)
     小銃の安全装置を解除し、エヴァは引き金を絞った。ぱぱぱ、と火薬の弾ける音が3回響き渡った次の瞬間、バスはがくんと左に傾き、そのまま横倒しになった。
    「動きを止めた。次は?」
    「Cは左、Hは右からそれぞれフルオート掃射。Vはグレネードを撃ち込め」
    「了解!」
     意気揚々と、CとHはトラックを飛び出す。ほどなくして、ぱぱぱぱ……、と立て続けに銃声が響き渡り、バスがみるみる穴だらけになっていく。
    (これで……とどめだッ!)
     エヴァは小銃の下部に取り付けていたグレネード砲を発射する。砲口からポンと音が鳴って、一瞬後――バスは爆発、炎上した。
    「やった!」
    「うおおおっ!」
     弾倉2本ずつを撃ち込み終え、すっかり高揚していたらしいCとHが、歓喜の声を上げる。が、やはりRは終始淡々としており、二人にインカムで指示を送った。
    「撤収だ。速やかに戻れ」
    「は、はい!」
     二人が慌ててきびすを返し、大股で戻って来る間に、Rが窓越しに声をかける。
    「初陣の味はどうだ?」
    「……悪くない」
     素直な感想を述べて、エヴァもトラックの中に戻った。

     任務を終え、騎士団本営に戻って来た4人を、エヴァの祖父、ジョゼ騎士団長が出迎えた。
    「初の任務を成功し、無事に戻って来たことを祝そう。よくやった」
     この半年にわたる訓練の間、決してほめもせず、笑顔を見せることも無かった彼から直に評価を受け、エヴァを含む新団員3人は顔をほころばせた。
    「半年の訓練に耐え、与えられた任務を見事に全うして見せた。これで諸君らは、正式に騎士団員となったのだ。改めて歓迎しよう。ようこそ、闇の騎士団(ダークナイツ)へ」
     そう続け、ジョゼは一人ずつ、がっしりとその身を抱きしめた。もちろんエヴァも例外ではなく、物心付いて以来初めて、祖父の腕の中に収まった。
     その時――。
    「V68。いや、エヴァンジェリン。お前が我がアドラー家の、黒き宿命を背負うのだ」
    「えっ……?」
     自分の狼耳にささやかれたその言葉の本意を問う前に祖父はエヴァから離れ、もう自分たちから背を向けてしまっていた。
    「次の任務は追って知らせる。それまでは待機を命ずる。以上だ」



     これ以降、その年の終わりまでに、エヴァは10回出撃したが――そのすべてで文句の無い結果を出し、彼女は騎士団有数の精鋭となっていった。
    緑綺星・闇騎譚 4
    »»  2022.04.08.
    シュウの話、第46話。
    電話と疑念。

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    5.
     入団から1年が、そして初陣から半年が経過し、エヴァはこの頃既に、寮と騎士団本営からの外出を許可されていたが、彼女はほとんど外出せず、寮の中で黙々と装備の手入れと鍛錬を続けていた。
    (もう外界に興味なんか無い)
     ナイフを研ぎ、小銃を分解整備し、戦闘服のほつれを直しながら、彼女はひたすら心の中で、同じ言葉を繰り返していた。
    (私はダークナイトだ――騎士団から与えられた任務をこなし、国のために働く)
     手入れを一通り終え、部屋の中で腕立て伏せやスクワット、プランク、懸垂と、筋トレを繰り返す。
    (それが私の誇りであり、存在意義だ。それ以外のことに、価値など無い)
     そうして体を動かしつつ内省しているうちに、入団を認められたその日に祖父から与えられた言葉が、頭をよぎる。
    (『アドラー家の黒い宿命を背負え』、……未だにその言葉の真意が分からない。あれ以来祖父と話をしていないし、二、三度家に帰ったが、会えずじまいだった。家の者に聞いても、家にはほとんど帰って来ていないと言うし、他に家族と言えば、……あの情けない『元』兄一人しかいないが、行方不明だしな。家に帰っても謎は解けないだろう)
     全身汗だくになり、床に水たまりができたところで、エヴァはふう、と大きくため息をつき、クローゼットからタオルを取り出そうとした。
    (シャワーを浴びてくるか。……いや、先に掃除しておくか)
     クローゼットに向かいかけた足を止め、部屋の隅のバケツに向け直した、その時――机の中から、クラシック音楽が聞こえてきた。
    (え? ……あ、そうか)
     その曲を聴いたのが1年半ぶりだったため、エヴァはそれをスマホの着信音に設定していたことを、すっかり忘れていた。
    (着信? 誰から?)
     引き出しを開け、奥からスマホを取り出す。ほとんど放置していたが、どうやら電池はまだ残っていたらしく、画面には「メイスン」と表示されていた。
    (メイスン……って誰だったっけ? 高校か……中学……うーん? いたっけ、そんな人)
     放っておいても着信音が騒がしいし、かと言って番号登録してある人間からの着信を、有無を言わさず拒否するような不躾な振る舞いをするエヴァではない。ためらいはしたものの、エヴァはその電話に出た。
    「もしもし?」
    《あー! やっとつながったー! ごめーん、今大丈夫ー?》
     妙に間延びさせたようなお気楽な声が耳に入り、そこでようやくエヴァは、相手が2年前、自分を取材したシュウ・メイスンであることを理解した。
    「えっと……」
     尋ねかけたエヴァをさえぎるように、シュウがまくし立てる。
    《や、全然大した用事は無いんだけどね、アレから元気してるかなーって気になってたから、何回か電話したんだよ? でもいっつも呼び出しばっかりで、あれー出ないなーおかしいなーってちょっと不安になってたんだけどさ、あ、でも元気そうだよね、声。騎士団生活はどう? 元気してる? あ、してるんだよね、ごめん。順調にやってる感じ?》
    「あ……ああ、うん、そうだな、元気してる、うん」
     面食らいつつも、エヴァはどうにか答える。
    《そっかー、良かったー。ね、ね、今どんなコトしてるのー?》
    「え?」
     そう質問されて、エヴァは言葉に詰まる。
    (まさか『毎晩のように敵を撃ち殺している』なんて言えるわけがない。そもそも軍事機密だからな)
    《どしたの?》
    「いや、何でもない」
     落ち着いた声色で返しつつも、エヴァは当たり障りのない答えを慌てて考える。
    「そう、まあ、一言で言うなら訓練だ」
    《くんれん?》
    「ああ。……?」
     とっさに出た自分のその言葉に――何故かエヴァは、違和感を覚えていた。
    《そっかー、やっぱ士官養成学校って言ってたもんねー。毎日大変?》
    「そうだな、うん……」
     相槌を打ちつつ、エヴァはその違和感を探る。
    (どうして私は『訓練』と答えたんだ? 無論、軍事機密を漏らしてはいけないからだが――だが、他にいくらでも言葉はある。メイスンさん、いや、シュウが言った通り、表向きは学校の体なんだから、勉強とか何とか、もっと当たり障りの無い言葉でいいはずだ。
     どうして私は自分のやっていることを『訓練』と称したんだ……?)
    《エヴァちゃん?》
    「んっ?」
    《なーんかボーッとしてない? さっきから『うん』しか言ってないけどー》
    「あ、ああ、ごめん。疲れてるのかも」
    《あ、ごめんね! いきなり電話しちゃって、ってか、時間大丈夫って聞いてなかったよね、突然ごめんね。また電話するね! あ、TtTの方がいいかな? アカウント教えてくれる? メールで後で送ってね! じゃ、またね!》
    「あっ、……切れた」
     あっと言う間に会話が終わり、エヴァは唖然としていたが、やがて頭の中にまた、さっきの疑問が戻って来る。
    (『訓練』……私は今、自分がしていることを、自分が誇るべき重要な任務を訓練だと――本当は任務ではないと、心のどこかでそう思っていたのだろうか)
    緑綺星・闇騎譚 5
    »»  2022.04.09.
    シュウの話、第47話。
    「任務」とは。

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    6.
     ひとたび現れた疑念はエヴァの心の中で、日を増すごとに大きくなっていった。
    「どうしたんだ? いつもに増して仏頂面してるが」
     11度目の出撃に向かう車内で、いつものようにトラックのハンドルを握っていたRから声をかけられて、エヴァはその心中を吐露した。
    「疑問があるんだ。私たちが今就いているこの任務は、本当に任務なんだろうかと」
    「そりゃ禅問答か何かか? 悪いが俺は哲学には詳しくない」
    「そうじゃない。……言い方が悪かったな。どう説明したものか、私自身、何がどうおかしいと思っているのか、分かっていないから」
    「言葉通りに答えるなら、俺たちが今就いてるこれは、間違い無く任務だよ」
     Rは正面に顔を向けたまま、いつものように淡々と答える。
    「騎士団執行部から下された、正式な任務だ。答えはそれで十分か?」
    「そう。騎士団からの命令。それは間違い無い。でも」
     エヴァはRに顔を向け、こう尋ねた。
    「やっていることが、本当に、騎士としてこなすべき任務なのだろうかと」
    「騎士として?」
    「これまでの10回の出撃は、どれも自国領外に出ての積極的迎撃だった。敵が接近してくるから、それを自国に侵入される前に撃破すべし、と。だがこれは戦闘なのだろうか?」
    「ふむ」
    「我々はその10回すべてにおいて、相手が行動を起こす前に仕留めている。これは戦闘ではなく、一方的な攻撃じゃないのか、と」
    「なるほどな」
     Rは一瞬、エヴァに顔を向け、すぐに正面に向き直る。
    「敵とドンパチやってないから、これは戦闘じゃない。そう言いたいのか?」
    「そうじゃない。そもそも相手が敵なのかどうかも……」「V」
     Rは強い口調で、エヴァの主張をさえぎった。
    「騎士団の掟は何だ? 己の判断に従って行動することか?」
    「それは……」
    「そう、不正解だ。我々団員は騎士団の判断と命令によってのみ、行動しなければならない。独断専行は、決して許されていない。どんな疑問が心の中にあったとしてもだ」
    「……そうだな」
    「騎士団の命令に従って行動する。それはまさしく、騎士団に所属するもの、即ち騎士としてこなすべき任務だ。哲学的じゃないが、論理学的には正しい答えだ」
    「……分かった。納得しておく」
    「そうしてくれ」
     その後、11度目の出撃も難なく――いつものごとく一方的な攻撃によって――完遂したものの、エヴァの心は一向に晴れなかった。

     任務を終え、戻って来たエヴァたちのところに、騎士団執行部の人間が現れた。
    「諸君、任務遂行ご苦労だった」
    「珍しいですね。執行部の方が直接、俺たちのところに来るなんて」
     応じたRに、相手は封筒を4通差し出す。
    「辞令を申し渡す。C88、そしてH70。両名はR32指揮下を離れ、明日よりT28指揮下に入ること」
    「えっ」
     目を丸くしたCとHに、Rが説明する。
    「半年経ったからな。再編成ってやつだ」
    「その通り。V68は従来通りR32指揮下だ。追加の要員は新規団員の2名の予定だ」
    「それで、残り1通は? 俺宛ですかね」
     Rが手を差し出し、執行部員は封筒を渡す。
    「R32、貴君は昇進だ。本日付で一等団員となる」
    「そりゃどうも」
    「以上だ。要員選出については後ほど通達する」
     執行部員が去ったところで、CとHが囃(はや)す。
    「一等って、つまり一番偉いクラスですよね!」
    「おめでとうございます!」
    「団員としては、だがな。役職の付いてない団員なんか、一等も三等も一緒だよ。ちょっと給料が違うって程度だ」
     いつものごとく淡々と受け答えしたが、そこでRはコホン、と咳払いした。
    「そんなわけで、お前たちとは今日で最後だ。今までありがとうな」
    「そんな、俺たちも感謝してます!」
    「ありがとうございました!」
    「ああ。……じゃあ、まあ、なんだ。名残惜しいが、Vと話があるから、この辺で、……な?」
    「あ、はい」
    「ありがとうございました!」
     CとHが敬礼してそそくさと去り、その場にはRとエヴァだけになる。
    「話って? 私にもおめでとうと言ってほしいのか?」
    「それは話の後に言ってほしいな。できれば他の人間から」
    「どう言う意味だ?」
     尋ねたエヴァに、Rは珍しく苦い顔を向けた。
    「まあ、さっきも言ったが、一等団員は給料がちょっと上がる。具体的には三等の倍額だ」
    「そんなに違うのか」
    「で、まあ、お嬢様相手にこんな話したって、まあ、アレなんだが、君がその気になれば、寮も実家も離れて、俺と一緒に暮らせるくらいのことはできる」
    「は?」
     言わんとすることを察し、エヴァは語気を荒くしたが――。
    「つまりだ。俺と結婚しないかって話だ」
    「……」
     エヴァはしばらく沈黙を続け、それから、ため息交じりに答えた。
    「そんな選択肢は私の中に無い」
    「そうか。……ま、そうだよな」
     Rはいつものように肩をすくめ、ぼそ、とつぶやいた。
    「この先のことを、君に体験させたくなかったが」
    「何だって?」
    「……いや、何でもない。この話は忘れてくれ。明日からはいつも通り、隊長と部下だ」
    「了解。それじゃ」
     エヴァはRに背を向け、すたすたと歩き去った。

    緑綺星・闇騎譚 終
    緑綺星・闇騎譚 6
    »»  2022.04.10.
    シュウの話、第48話。
    激動の裏で。

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    1.
     双月暦716年を迎えた途端に、世界情勢は目まぐるしく動き始めた。双月節が終わってまもなく金火狐第22代総帥が死去したとの訃報が流れたその半月後には、南の白猫党が大規模攻勢を仕掛け、北部前線を壊滅させたとの情報が央北を席巻。さらにその半年後には南側が北側首都を陥落させたと喧伝され、1世紀以上続いた白猫党の南北戦争に終結の兆しが見え始めていた。
     そしてこれらのニュースは、ダークナイトたちの中にも波乱を巻き起こしていた。
    「また出撃だって? 2日前に出たばかりじゃないか」
    「このご時世だからな」
     隣国、白猫党領内が混乱するにつれ、リモード共和国の国境に接近する不審者が激増したのである。
    「SチームもTチームもほとんど連日出撃しているらしいが……」
    「それだけ情勢が緊迫しているってことでもある。南白猫党の大攻勢で、北白猫党は壊滅寸前の状態って話だからな」
    「そうだな。……うん?」
     エヴァはうなずきかけたが、そこでRに尋ねる。
    「北白猫党が後退していると言うなら、北方面の国に影響があるんじゃないのか? 共和国じゃ逆方向だろう?」
    「押されてそのまま動くなんて、単純な話じゃない。南の侵攻で希薄になった地帯を狙う勢力だってある。現に俺たちが立て続けに出張ってるんだ」
    「そう言うものか……まあ、そうなんだろうな」

     依然として、エヴァの中には納得の行かない点がいくつも残ってはいたが、それでも騎士団の一員として、忠実に任務をこなし続けていた。その甲斐あってか、この時既にエヴァは二等団員に昇格しており、また、Rも執行部入りが内定していた。
    「とは言え年内には無理だろうけどな。こんなに大忙しじゃ、実行部隊を減らすわけには行かない」
    「残念だろう?」
     いたずらっぽく尋ねてきたエヴァに、Rは肩をすくめる。
    「ああ、実に残念だ。執行部員になれば、血なまぐさい現場とはお別れだからな。人をアゴでこき使えるし」
    「君らしい態度だ」
    「そりゃどうも」
     この任務においてもエヴァたちは、いつものように軍用トラックで闇の中を突っ切り、索敵していた。
    「ところでV、考えてくれたか?」
     そう尋ねてきたRに、エヴァはつっけんどんに返す。
    「答えは前回と変わらない。そんな提案に興味は無い」
    「だろうな。執行部員にでもなれば、と思っていたんだが」
    「そこは問題じゃない。私はここで戦うことが誇りだし、生きがいなんだ」
    「生きがい、……か」
     Rは掛けていた暗視ゴーグルを上げ、エヴァに裸眼を向けた。
    「俺がこんなことを言えた義理じゃないのは百も承知だが、それでいいのか?」
    「何がいけない? 国のために働いている。平和のために働いている。それを生きがいとして、何が悪いんだ?」
    「……そうだな。平和のためだからな」
     Rはため息をつき、暗視ゴーグルを掛け直した。と――。
    「12時方向、不審車輌あり。トラスゼネラル製のマイクロバンだ」
    「……敵か!」
     いつものようにエヴァは自動小銃の安全装置を解除し、ルーフから上半身を出した。そしていつものように暗視ゴーグル越しに車の後輪に狙いを定め、引き金を絞ろうとしたが――いつも通りでなかったのは、エヴァが引き金に指をかけるより一瞬前、その車から何かが飛び出してきたことだった。
    「え……」
     それが何であるかを認識する前に、エヴァの意識は飛んだ。

    「……!」
     元々からエヴァは最終試験でいち早く目覚め、絞め技を掛けられて意識を落とされてもすぐに立ち直れるほどに、失神・気絶には相当の耐性がある。
     この時も地面に投げ出されてまもなく、エヴァは立ち上がった。
    (今のは……何だ!?)
     ぼたぼたと垂れる鼻血に構わず、エヴァは落とした小銃に飛びつく。
    「敵襲! 敵襲だッ!」
     叫んだが、すぐにそれが無意味であることを悟る。何故なら自分たちが乗ってきた軍用トラックは既に横転しており、全員にその事実が知れ渡っていたことは明白だったからだ。
    「ああん?」
     と、しわがれた老人の声が、トラックの上から聞こえてくる。
    「さっきのお姉ちゃんか? 驚いたぜ、頭スッ飛ばすつもりで蹴ったってのに、死んでるどころかもう起き上がってやがんのか」
    「貴様は誰だッ!」
     小銃を構えたエヴァに、兎耳の老人が答える。
    「何でも屋ってやつさぁ。ちっとご依頼があったもんでよ、ここいらで運び屋やらしてもらってんのよ」
    「ふざけるな! 所属と階級を答えろ!」
    「ふざけちゃいねえよ。俺はカネで何でも請け負う『パスポーター』さ」
     老人はひょいとトラックから下り、次の瞬間、エヴァに肉薄した。
    緑綺星・嘘義譚 1
    »»  2022.04.12.
    シュウの話、第49話。
    暗中のCQC。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「なっ……」
     エヴァの目測ではトラックとの距離は10メートル近く離れていたはずだったが、老人はその10メートルを、瞬き程度の一瞬で詰めてきた。それでもエヴァは懸命に指を動かし、小銃を撃つ。だが――。
    「遅え、遅え。眠っちまうくらい遅いぜ」
     老人は事も無げに小銃のバースト連射をかわし、エヴァの小銃をつかむ。
    「うっ!?」
     反射的にエヴァは小銃を引き寄せたが、同時にその行動は、騎士団の訓練で「絶対にやってはならない反応だ」と指導されていたことを思い出した。
    (しまった……!)
     訓練で注意されていた通りに、老人は小銃をエヴァの方に押し込んでくる。小銃の銃床が簡単に肋間にめり込み、彼女を二度目の気絶に追い込んだ。
    (あ……っう……)
     意識が再び遠のき、エヴァはその場に倒れる。そして先程と同様、10秒足らずで目を覚ましたものの――。
    「……馬鹿なっ」
     その時には既に、Rを含むチームメンバー全員が叩きのめされ、地面に倒れ伏した後だった。
    「なんだ、まーた目ぇ覚ましたのかよ? 随分眠りが浅えお姉ちゃんだな。そんなんじゃ三十路前にシワと白髪だらけになっちまうぞ」
    「余計なっ……おせ……っ……」
     声を荒げかけるも、どうやら先程の一撃が相当肺を痛めつけたらしく、息が詰まる。
    「無理しねえで寝てろや、お姉ちゃんよ。これ以上俺の仕事邪魔されても困るんでな」
    「うっ……ぐ……」
     どうにか拳銃の一発だけでも当てようと踏ん張りかけたが、それも無為に終わることを悟り、エヴァはその場にぺたんと座り込んだ。
    「くそ……初めての会敵で……こんな兵(つわもの)に……出くわすなんて……」
    「初めて? お姉ちゃん、初陣か? それにしちゃ、動きがなかなか手慣れてるように見えたがな」
     老人が無防備然にひょこひょこと近寄り、エヴァを見下ろす。一瞬、反撃の好機かとも思いかけたが――。
    (……無理だ。今の状態では、この老人に指一本触れられない。組み伏せられて三度目の気絶がオチだ)
     息を整える時間を稼ぐつもりで、エヴァは老人の話に答える。
    「初陣じゃない……今まで先制攻撃して……倒してたんだ」
    「ヘッ、見下げたもんだな」
     老人は吐き捨てるようにそう返し、エヴァをにらんだ。
    「抵抗も何もできねー難民を一方的に撃ち殺して、『やったー嬲り殺しにしてやったぜー』ってか? つくづくクソだな、お前ら」
     臆面もなくなじられ、エヴァは激昂しかけたが――気になる言葉が耳に入り、一転、頭から血が下がった。
    「難民……だと? 何を言っている?」
    「あ?」
     老人は依然として侮蔑の表情を向けながら、自分が来た方角を指差した。
    「まさかお前さん、あれが装甲車にでも見えてるってのかい? どう見たって前世紀のオンボロバスじゃねえか」
    「敵性勢力が我々を欺く……偽装だと……」
     反論しながらも、この時エヴァには、ずっと抱いていた疑問の答えが見え始めていた。
    「へっへっへ……笑わせんじゃねえよ、お姉ちゃんよお? ありゃどう見たってただのバスだ。偽装だってんなら窓外して、重機関銃の一挺や二挺は積んでるわな。見てみるかい?」
    「……見せてくれるのか?」
    「見たいってんならいくらでも見せてやる。だが変な動きしやがったら、もっかいおねんねしてもらうぜ。今度は目覚めらんねえくらいにな」
    「分かった。抵抗はしない」
     差し出された老人の手を素直につかみ、エヴァは立ち上がった。
    「それじゃお嬢さん、とくとご覧あれ。ほい、『ライトボール』」
     老人はぼそ、と呪文をつぶやき、魔術で周囲に光を灯す。途端にエヴァの正面に、赤錆びたマイクロバスが姿を表した。
    「見ての通りだ。あのバスにゃ重機関銃どころか、爆竹一巻きだって積んでりゃしねえんだよ。そんなカネあったら食い物に使うからな」
    「……」
     エヴァがその目でまじまじと確認しても、そのバスにはやはり、兵装の類が一切搭載されていないのは明らかだった。と、バスの中にキラ、と光るものを見つけ、エヴァは息を詰まらせた。
    (人の……目だ)
     光って見えたのは、痩せこけた猫獣人の瞳だった。
    (まだ若い……いや……若いなんてもんじゃない……どう見たって子供じゃないか)
     バスの中には――運転手を除き――子供しかいなかった。
    「……あ……」
     それを確認した途端、エヴァの頭の中にずっと渦巻いていた疑問は霧散し――残酷な現実が姿を現した。
    (……いや……違う……私はきっと……目を背けていたんだ)
     ぼた、と足元で水音が鳴る。
    (国のため、平和のためと思い込んで……思い込まされて……思い込もうとして……私が薄々感じていた事実から、目を背け続けていたんだ)
     ぼた、ぼたと立て続けに水音を立てていたエヴァを横目で見ながら、老人がフン、と鼻を鳴らした。
    「何だ、泣いてやがんのか? どこまでもおめでたいお嬢ちゃんだな」
    緑綺星・嘘義譚 2
    »»  2022.04.13.
    シュウの話、第50話。
    騎士団の真実。

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    3.
    「おめでたい? おめでたいだとッ!?」
     涙声で怒鳴ったエヴァに、老人は嘲った笑みを向ける。
    「そうだろうがよ。今の今まで、自分がやってきたことが分かんなかったってんだからよ」
    「知らされていなかったんだ。私たちはあれが敵だと言われて……」
    「そりゃあウソだな」
     老人はヒッヒッと薄気味悪く笑い、エヴァたちが乗ってきたトラックをあごで指し示した。
    「少なくとも1人は、自分たちが襲ってたのは実は難民だったって話を把握してる奴がいるはずだぜ?」
    「なに……!?」
    「考えてもみろよ。そもそもチーム4人が4人とも全員、何一つ知りませんでやんす、上からのおつかいでやんすって無責任のバカ揃いだったとしたら、すんなりバスを見つけられたと思うか? どこそこを通ってるこれくらいの大きさだとか、細かく指示を受けてなきゃ、あのオンボロバスを敵性車輌だなんて認識なんかしやしねえだろうが」
    「……それは……そんな奴がいるはず……」
     と、老人はニヤニヤと笑いながら、エヴァの顔を覗き込む。
    「会って5分か10分くらいだが、俺にゃお前さんの思考がどんなカタチしてるか、バッチリお見通しだ。きっとお前さんは今、そいつの顔が思い浮かんでたはずだ。だがそれを認めたくない。だもんで無意識に、そらとぼけようとした。だろう?」
    「……」
     言われてエヴァは、もう一度自分の心に問いかけた。
    (そうだ……言われてみれば……いつもトラックを運転していたのも……いつも指令を受けていたのも)
     エヴァはバスに背を向け、トラックの横に倒れたままの仲間たちの元に駆け寄った。
    「起きろ! 起きろッ、R!」
     Rの肩を何度か蹴り、無理やり起こす。
    「知ってるんだろ!? お前、私たちが何をやってきたのか、全部知っているんだろう!? どうなんだ、R!?」
    「う……うう……」
     うめくRの胸ぐらをつかみ、エヴァはまくし立てる。
    「教えろ、R! お前、全部知っていたのか!?」
    「知って……何を……だ?」
    「とぼけるなッ! 私たちが今まで襲ってきたのは敵なんかじゃない! そうだろッ!?」
    「……それ……か」
     Rは暗視ゴーグルを外し、エヴァに裸眼を向けた。
    「知っていた。そうだ、騎士団からの本当の指令は、『難民を一人たりとも国内に入れるべからず』だった」
    「何故だました!?」
    「いずれ君には話すつもりだった。いや、時が来れば参加した全員に知らされる予定だった。誰だっていきなり『罪もない難民を殺せ』なんて指令を下されて、受けたがるはずがないからな」
    「騎士団が命じたって言うのか!」
    「そうだよ」
     Rはエヴァの腕を払って、ふらふらと立ち上がる。
    「西トラス王国の話を聞いたことはあるか?」
    「30年ほど前に東トラス王国と統一された国だろう? それが何だ!?」
    「まあ、聞けよ。これは国家運営上、非常に大事な話なんだ。西トラス王国は事実上、滅亡している。その理由は知ってるか?」
    「……いや」
     代わりに、いつの間にかトラックにもたれかかって煙草をふかしていた老人が答える。
    「白猫党領からの難民がどーっと押し寄せたんだよ。西トラス国民の半分以上に相当する数がな。
     考えてもみろよ。国民じゃない、つまり国のために働いて稼いでくれないタダ飯食らいがそんなに大勢押しかけたら、国家経済ってやつは破綻待ったなしだ。西トラスもそれでパンクしたのさ。
     ここ最近、南北戦争は激化の一途をたどってる。南側が元気いっぱいに進撃してやがるからな。北側にとっちゃ、かつてない危機ってわけだ。当然そこに住んでた、非戦闘員にとってもな。このままこの国に留まってたら、いつ何時戦闘に巻き込まれて死ぬか分かんねえ。そんじゃ一か八か、別の国に逃げ込もうって話になるわな。例えば白猫党領のすぐ隣、……とかな」
    「それが……我が国の安定の理由だったのか」
     老人は吸口ギリギリまで燃えた煙草をぷっと吐き捨てつつ、話を続ける。
    「騎士団とか言ってたな。じゃ、お前ら『ダークナイト』ってやつか。俺が知る限り、お前らんとこは他にも色々えげつないことやってるぜ。周辺国に忍び込んで情報かき集めてインサイダー取引仕掛けたり、各国要人を陰で脅して共和国有利の条約結ばせたり、やりたい放題さ。そんだけアコギにやってりゃ、そりゃ『央北の奇跡』にもなるわな。……とは言え俺に言わせりゃ、そんだけ裏で汚えことやってなきゃ、平和な国なんて作れやしねえのさ。『平和には犠牲が付き物』ってやつよ。
     何度も言うがよ、お前さんはとことんおめでたいお嬢様なんだよ。なんで自分が平和な国で暮らせてたのか、その理屈が分からねえでいやがる。いや――分かってたはずなのに、分からねえフリしてやがるのさ」
    「……~ッ」
     エヴァは老人をにらみつけたが、何の反論もできなかった。
    緑綺星・嘘義譚 3
    »»  2022.04.14.
    シュウの話、第51話。
    軽蔑と訣別。

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    4.
     エヴァは顔をぐしぐしとこすって涙をこそぎ取り、Rに怒鳴る。
    「もう御免だ。これ以上、国の悪事に加担するわけには行かない! 私は抜けさせてもらうぞ、R!」
    「抜けてどうする?」
     Rはまだ顔を青くしてはいたが、どうやら回復してきたらしく、声には張りが戻ってきていた。
    「君は国家機密を知ってしまった身だ。その上で離隊したとなれば、騎士団は君を抹殺しに来るだろう」
    「国に帰るつもりは無い」
    「どこへ逃げたって一緒だ! 騎士団は決して、君を逃さないぞ」
    「じゃあ今すぐ私を殺すか? あの世までは追えまい」
     そうすごんで、エヴァは拳銃をRに向けた。
    「……やめてくれ」
     Rはかぶりを振って、エヴァに懇願する。
    「正義のために働いてきたと考えていた君が、この真実を知ったその時、きっと反発するだろうとは薄々思っていた。だからこの真実に気付く前に現場から、いや、騎士団そのものから離れ、俺たちの作った平和の中で過ごしていてほしかったんだ。だから、何度も求婚したんだ。……いや、それだけが理由じゃない。何より、君のことを大事に思っていたからだ。この真実を知った今、君は憤る以上に、大きく傷ついたはずだ。そんな思いを、君にはしてほしくなかったんだ。だから……頼む……これ以上、俺に君を傷つけさせないでくれ」
    「どこまで上から目線なんだ、お前は」
     パン、と発砲音が轟き、Rの足元が爆ぜる。
    「私はお前の人形でも、ペットでもない。一人の人間だ。一人の人間として傷つくし、一人の人間として不正・不実・不義に憤り、抗い、そして戦う意思を持っている。私はもう、お前の命令も騎士団の指令も受けない。今日限りだ」
    「おいおい待てよ、お嬢ちゃん」
     2本目の煙草に火を点けながら、老人がまた口を挟む。
    「その次はもしかして、俺たちに『同行してやろう』なんて言うんじゃねえだろうな?」
    「え?」
     薄々考えていた案を見透かされ、エヴァの声が上ずった。
    「言っとくが、お断りだぜ? こいつらが欲しいのはあわれみじゃねえ。生きる場所なんだよ。ましてやお前さんが今がなったみてえに、誰かの道具にされるなんてのもまっぴらだ。『可哀想だから』だの『丁度いい足が見つかった』だのって考えでついてこられたって、ただただ迷惑なんだよ。
     人にやるなっつったことをよ、その舌の根も乾かねえ内からやろうとしてんじゃねえよ」
    「うぐ……それじゃ」「『じゃあ雇え。それなら公平だろう』ってか? 目ぇ付いてんのか、お前さん」
     老人は煙草の先で、バスを指し示す。
    「俺たちを雇うので精一杯の奴に、もっとカネを出せって言うつもりじゃねえよな? もちろん、折半なんて話もお断りだ。俺の取り分を減らすつもりは1コノンたりともねえぜ」
    「ぐっ……」
     提案しようとしたことをことごとく言い当てられた上に却下され、エヴァは一言も発せなくなる。黙り込むしかなくなったエヴァに、老人はニヤニヤと笑みを向けてきた。
    「もっと素直になれや、お嬢ちゃん。『施してやろう』だの『交換条件を提示する』だの、上下関係作ろうとして変な勘定回してんじゃねえよ。こう言う時はな、素直に一言『助けてくれ』って言やあいいんだよ。そんならこのジジイだって、ちっとばかしは親身になってやろうって気にもならあな」
    「……そ、そう……だな」
     エヴァは老人に深々と頭を下げ、「助けてくれ」と願い出た。
    「いいとも。お代についてはおいおい相談と行こうや」
     そう返し、老人が手を差し出す。エヴァはそのまま握ろうとしたが――。
    「待て、V! 考え直せ!」
     いつの間にか小銃を構えていたRが、銃口をエヴァに向けている。
    「……頼む……考え直してくれ……俺に撃たせるな……V」
     エヴァは首を横に振り、老人の手を握った。
    「よろしく」
    「おうよ。そんじゃ乗りな」
     エヴァは老人に手を引かれ、その場を後にする。
    「……V……」
     結局最後まで、Rは引き金を引こうとはしなかった。
    緑綺星・嘘義譚 4
    »»  2022.04.15.
    シュウの話、第52話。
    夢も希望も無いお話。

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    5.
     エヴァを乗せて動き出したバスは、東へ向かっていた。
    「どこに向かうんだ?」
    「きょうび、白猫党領の難民が陸路で向かうとこっつったら、2つしかねえよ。西の天帝教直轄領マーソルか、東の『特区』ニューフィールドだ」
    「リモード共和国じゃないんだな」
    「当たり前だろ。近付いただけで撃たれるようなとこへなんざ、行っても無意味だぜ」
    「……そうだな」
    「ろくすっぽ調べもしねえ内に飛び出すような無鉄砲はその場しのぎで右往左往した末、騎士団に始末されるか、哨戒中の白猫軍に捕まって連れ戻される。俺はオモテの事情にもウラの事情にも詳しいからな、一番確実で安全なルートを取って進んでる」
    「私たちに会敵したのにか?」
    「結果はどうだった? お前らは敵になったか?」
    「うぐ……」
     皮肉交じりに返され、エヴァは口をつぐむ。ニヤニヤとその顔を眺めていた老人が、そこで「おっと」と声を上げた。
    「そう言やお前さんの名前を聞いてなかったな。少なくともニューフィールドまでの付き合いになるんだ、いつまでも『お嬢ちゃん』だの『お前さん』だのと続けんのはちっと面倒だろ? と言ってあの兄ちゃんみてえに『V』って呼ぶのもアホくせえしな」
    「エヴァンジェリン、……エヴァだ。あんたは?」
    「俺はアルト・トッドレールだ。……おい、ラモン。お前さんもあいさつしたらどうだ? それとも俺が紹介してやろうか?」
    「やめて下さいよ、トッドさん。こないだそれでフラれたんですから」
     憮然とした顔を前方に向けたまま、運転していた猫獣人が答える。
    「僕はラモン・ミリアン。トッドさんの仕事仲間です。と言ってもいつも一緒ってわけじゃなくて、たまに声かけられるくらいの仲ですけどね」
    「俺が知ってる中じゃ、一番の腕利きドライバーだ。ウラの世界にいなきゃ、一流ラリーストにもなれる」
    「へえ……?」
     その評価を聞いて、エヴァはハンドルを握りしめるラモンの顔をまじまじと眺めていたが、アルトが釘を刺す。
    「言っとくが詮索なんかすんなよ」
    「え?」
    「根掘り葉掘りめんどくせえこと聞くなって言ってんのさ。昔の偉い将軍さんだって言ってんだろ、『言いたくない話は無理にさせるな』ってな。
     ジジイの親切で教えてやるが、ウラの世界でメシ食ってるヤツってのはどいつもこいつも、スネに傷を持ってる奴らばっかりだ。どんだけ親しくなっても、そう簡単に教えられねえ事情ってのがあるんだよ。それがウラの世界の常識、言うまでもない当然って話だ。だからウラの世界は『聞くな』『見るな』『しゃべるな』が鉄則だ。仕事に必要なこと以外は無視しろ。組む奴の趣味や過去なんかどうでもいい。それをわざわざ聞く奴なんざ、うっとうしいだけだ。何より仕事の邪魔になる。……なんて話は、お前さんなら分かってて当然だよな?」
     とうとうと語るアルトの顔は笑ってはいたが、目はひんやりとした光を放っている。エヴァは彼が本当に言わんとしていることを察して、深くうなずいた。
    「十分承知している。決してあなた方の仕事の妨げになるようなことはしない。少なくともこの旅程の間は、その鉄則を忘れるようなことはしない」
    「そう言うつもりなら、俺からこれ以上説教垂れるようなことは何もねえよ。ゆっくり座っててくれ、お嬢さん」
    「ありがとう、トッドレールさん」
     言われた通り、エヴァは近くの座席に座る。と、そこでようやく、車内の様子に気がついた。
    (難民を乗せたバス、……と言うから、てっきり人がぎっしり乗っているものと思ったが)
     バスの座席はちらほらと空きが見えており、満員とは言いがたかった。そして乗っているのも――アルトとラモン、そしてエヴァ自身を除けば――子供ばかりだった。
    「詮索すんなとは言ったが、これくらいは教えといてやるよ」
     と、エヴァの様子を眺めていたらしく、運転席横に立ったままのアルトが説明する。
    「今回の依頼人はそいつらの親だ。『せめて子供たちだけでも』ってやつだな。傍から聞けばいかにも美談、お涙頂戴の人情噺に聞こえるだろうが、もちろん当事者にとっちゃ苦渋の選択だ。誰だって自分も助かるなら助かりたいってもんだからよ。だが残念ながらカネはどこの家にもろくにねえ。散々かき集めても一人分がせいぜい。世間体としちゃ、自分の身を選ぶわけにゃ行かねえからな。結果、ここにはガキしかいねえ」
    「こう聞いても恐らく皮肉な答えしか返って来ないだろうが――値引きできなかったのか?」
    「お前さんのご期待通りに答えるなら、そうは行かねえよって話さ。特例は一回認めちまったら、次から標準になっちまう。そうなりゃ『もっと負けろ』『もっと色つけろ』の繰り返しで、いずれはなし崩し的に、タダ同然にしなきゃならねえ。そしたらバスの燃費も、人件費および危険手当も出ない。
     俺たちが損してもいい、死んでもいいから請けてくれ、なんてふざけた依頼はお断りだぜ」
    「……だろうな」
     乾いた声で答えたエヴァに、アルトはひっひっと薄気味悪い笑いをぶつけてきた。
    「ここは地獄の一丁目だぜ? 夢も希望もねえんだよ」
    「……」
     応じる気力も削がれ、エヴァは目をつぶって黙り込んだ。
    緑綺星・嘘義譚 5
    »»  2022.04.16.
    シュウの話、第53話。
    難民特区。

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    6.
     アルトの言った通り、バスは危険に瀕することも、立ち往生することもなく、無事に白猫党領とトラス王国間の国境に到着した。
    「国境警備はどうなってる?」
     尋ねたエヴァに、アルトは肩をすくめて返す。
    「白猫軍の現在の主戦場はもっと北だ。トラス側は事実上、『特区』に関しては放置してる。どっちも国境にゃ構ってらんねえのさ」
    「じゃあ、無防備なのか? 機に乗じて攻め込まれる危険があるだろう?」
    「機? 何の機だよ? どさくさに紛れて領土に攻め込んで、実効支配してやろうってか? 白猫党両軍にそんな余裕はねえし、繰り返すがトラス王国は特区の状況に無関心だ。最悪、攻め込まれたっていいやって思ってやがるくらいさ。なんせ難民しかいねえ、事実上の隔離地域だからな。近隣国にしたって、わざわざ戦場に割り込んだり隔離地域を奪ったりする理由はねえ。儲けにならんばかりか、いりもしない国際問題を抱えるだけだからな」
    「そうなのか……」
     騎士団で教えられた情報とまるで異なる実情に、エヴァは呆然とするしかない。
    「その様子じゃ特区の話もろくに知らなさそうだな。ジジイの講釈で良けりゃ、ちっとくらいは教えてやって構わんぜ? どうせヒマだしな」
    「助かる」
     素直に教えを請うたエヴァに、アルトはニヤッと笑みを向けた。
    「691年に東トラス王国は西トラス王国を併合し、半世紀ぶりの統一を果たしたが、同時に西トラスの負の遺産も引き継がなきゃならなくなった。そのうちの一つが、白猫党領から大量に流れ込んできて西トラス滅亡の原因となった難民だ。その数400万人とも、500万人を超えるとも言われてるが、実情は分からん。末期の西トラスにゃ、統計を取れる余裕すら無かったらしいからな。
     ともかく西トラスの国庫を食い尽くしたイナゴ同然の奴らだ。普通に人間扱いして、自国民と同様の権利を与えるとなると、今度は東トラスも潰れかねない。だが一度受け入れちまった奴らを追い出そうとすりゃ、国際社会ってやつから批判が来るのは確実だ。先進国を自負する東トラスとしちゃ、そんな文句なんざまっぴらだ。そんなこんなで最終的に採った手段が、難民たちを一ヶ所に押し込めた上に自治権を押しつけて、『じゃ、後は勝手にやってくれ』って見て見ぬ振りを決め込むことにしたのさ。それが『ニューフィールド自由自治特区』、通称『難民特区』だ」
     話している間に、どうやらバスは国境を越えてしまったらしい。視線を前方からバックミラーに移した時、既にフェンスは後方にあることが確認できたからだ。
    「どうやって国境を越えたんだ? 停まっていた様子は無かったが……」
    「カモフラージュさ。一見ちゃんとした鋼線製のフェンスがびっちり張り巡らされてるが、何ヶ所か紐に色つけてごまかしてやがるところがあんのさ。どっちの国にしたって、こんな端っこに手間かけるくらいなら、自分らの敵やら今日のメシ代やらを気にしなきゃならん立場だからな。そのうちの一つを突っ切ったってわけよ。ただの紐なら、バスで50キロも出しゃ簡単にプチンと行くわな」
    「ずさんな管理だな」
    「おかげでこっちは楽ができる。あとはニューフィールドまで一本道だ。邪魔する奴はもう誰もいない」
     アルトの言う通り、そこから先はここまでの道程のような物々しさは消え、のどかなあぜ道がはるか遠くまで続くばかりだった。その景色を眺めながら、エヴァもまた、安堵した心地になっていた。
    (ここまで来れば追手も現れまい。トッドレールさん自身のことは――無論、まだ完全に信用したわけではないが――それでも彼からの話は、Rが立て並べた情報よりは辻褄の合う点が多い。話に関しては、信用していいだろう。
     その彼の情報からすれば、特区はどの大国からも見放された、極めて貧しい場所であるらしい。であればヒュミント(人的諜報)網が張り巡らされ、各国の監視下にあるものとは考え辛い。私の所在をつかむことは、騎士団にはできないだろう。未練たらたらのRが密告するとも考え辛いし、そもそも経緯を馬鹿正直に報告などすれば、奴が監督責任を負う羽目になる。奴から漏れるようなこともあるまい。
     であればもう誰も私を追えないし、追うことも無いだろう。ニューフィールドでなら、私の新しい人生が……)
     と、そこまで考えて、エヴァははっと気付いた。
    (……貧しい場所、と言っていたよな? そんなところで、本当に新たな生活ができるものだろうか……?)
    緑綺星・嘘義譚 6
    »»  2022.04.17.
    シュウの話、第54話。
    夜は明けても、なお薄暗く。

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    7.
     バスは国境を越えて2時間ほど後、テントや土塊を積み上げた小屋が連なる集落の手前で停車した。
    「ほれ、着いたぜ。これでバスの旅はおしまいだ。おっと、慌てなさんなよおチビさん方。慌てず騒がず一人ずつ、ゆっくりだ。ゆーっくり降りるんだぜ」
     アルトに促され、奥から子供たちがぞろぞろとバスを降りていく。
    「なあ、ミリアンさん」
     その間に、エヴァはラモンに質問をぶつけた。
    「この後はどうするんだ?」
    「僕たちですか? ……うーん、これ言っていいのかなぁ。……アルトさんに聞かれても僕が言ったって言わないで下さいよ。今日、明日はここでバスのメンテナンスして、その翌日から仕事探しするつもりです。見つかり次第、すぐ発つ予定ですよ」
    「仕事があるのか?」
    「そりゃ500万人都市なんですから、無いわけないでしょ。……あ、でも多分、エヴァンジェリンさんが来るって言っても、アルトさんは多分、突っぱねるんじゃないですかね。あの調子だし」
    「私の方で請けるさ」
    「だから突っぱねんじゃねえか。分かってねえな」
     子供たちを送り終えたらしく、アルトがバスの中に戻って来る。
    「基本的に、俺は一人で仕事するタイプなんだよ。次の仕事が送迎や荷運びじゃなきゃ、ラモンともここでお別れさ。ましてや四半日前に会ったばかりのお前さんと組むわきゃねえだろ? 俺が請ける仕事をお前さんに取られるってのも勘弁だ。邪魔すんなよ。協力もナシだ」
    「じゃあせめて、……いや、……いいか」
     仕事の紹介元を紹介してくれ、と言おうと思ったが、それも恐らくアルトには断られるであろうことは容易に想像できたため、エヴァはその質問を飲み込んだ。
    「ああ……と、そうだ、トッドレールさん。気になっていたんだが」
    「何だよ?」
    「あの子供たちはどこに行ったんだ? まさか特区に送るだけ送って、後は自由に行動しろなんて話じゃないだろう?」
    「ああ、……まあな」
     ここまで明け透けに語ってきたアルトが、珍しく言葉を濁す。その態度でエヴァは、子供たちがこれからたどるであろう運命を察してしまった。
    「……一体どこに預けた?」
    「お前さんのご想像の通りさ」
    「なんてことを……! じゃああんたたちは何のために、子供たちを白猫党領からここまで逃したんだ!?」
    「生きるためさ。これ以上の最適解はねえよ。この特区じゃまったくの善意で子供の面倒見てくれるようなとこなんて、どこにもねえからな。子供だけで暮らすなんてことも無理な話さ。それくらい、考えりゃ分かんだろ?」
    「……~ッ」
     エヴァは座席から立ち上がり、アルトと、そしてラモンをにらみつけて、そのまま出口まで進む。
    「やっぱりあんたたちとは……仲良くはできないな」
    「ようやく分かったかい、お嬢ちゃん。俺たちゃ正義の味方じゃねえってことをよ」
    「ああ、良く、分かった」
     それだけ返し、そのまま降りようとしたところで――。
    「待ちな、お嬢ちゃん」
    「なんだ?」
    「なんだじゃねえよ。運賃払ってねえだろ」
     ぷしゅ、と音を立て、バスのドアが閉まる。
    「……そうだったな。いくらだ?」
    「そうさな、150万コノンってところか」
    「150万!?」
     エヴァが面食らったのも無理はない。彼女が今乗っているバスが新車で買えてしまうような、無法な額だったからだ。
    「子供にもそんな額を払わせたのか!?」
    「なわけねえだろ、ひっひひ……。予約席で団体割引込みの子供料金だ。オマケにここで受け取れるカネもあるからな。だがお前さんは途中乗車で一人で乗ってきた大人だ。それくらいは払ってもらって当然だろ? とは言え任務中だったお前さんが、そんなカネ持ってるわけねえよな。ツケにしとくぜ」
     アルトがラモンに目配せし、ドアを再度開けさせる。
    「今度会ったら、何が何でも払ってもらうからな。忘れんなよ、エヴァンジェリン」
    「……承知した。……もしも次に会うことがあれば、必ず払う」
     エヴァはバスを降り、そのまま二人と別れた。

    緑綺星・嘘義譚 終
    緑綺星・嘘義譚 7
    »»  2022.04.18.
    シュウの話、第55話。
    「人」のいない街。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     アルトたちと別れた後、エヴァはずっと廃ビルの中に潜んでいた。街へ繰り出せばアルトに鉢合わせする危険があったし――彼の性格と口ぶりからすれば、何ら状況の変化が無いままここで再会したとしても、約束通りに「金を払え」と要求してくることは明らかである――何より、長年自分を縛っていた環境から解放された反動が、自分で思っていたよりも何倍も大きく、立ち上がる気力も沸かないくらいに疲弊していたからだ。
    「……ふー……」
     無論、人通りがほとんど無いとは言え、ここは難民特区の中である。事実上の無法地帯であり、人がここにいると分かれば、数多の危険にさらされるのは明白である。だがエヴァは元々秘密部隊で活躍すべく、厳しい訓練を受けた戦士である。元々そのビルに出入りしていた人間でさえそんな空間があると気付かないような構造上の隙間に潜り込み、その中で携帯糧食をちびちびとかじりつつ、ひたすら眠りに就いていた。
    (あれから……離隊してから……時間にして50~60時間くらいか。トッドレールの手際の良さを考えればもう仕事を見つけ、街を離れているかも知れないが、……もう一日くらい潜んでいた方がいいかも知れないな、用心のために。……いや、そうじゃないな)
     アルトに「気付いていながら見て見ぬ振りをする性分がある」と指摘されて以降、エヴァは自分の思考を繰り返し内省するように努めていた。
    (疲れてしまっているんだ。何もかもに。何もしたくない、太陽すら見たくないと思うくらい、ぐったりしている。……だから気の済むまで、ここにじっとしていればいい。私には今、すべきこともしたいことも無いのだから)
     結局、エヴァがその廃ビルから出る気になるまでには、時間にして98時間、ほぼ4日を要した。

     4日も闇の中で過ごして流石に糧食が尽きたため、渋々と言った具合でエヴァは外に繰り出し、食事を探そうとした。
    (難民とは言え、500万都市か。活気は、……無くはないな)
     街の通りはテントと中身の良く分からない段ボール箱で埋め尽くされており、市場らしきものを形成していた。
    「らっしゃいらっしゃい、王国直送の缶詰だよ! 安全間違いなし! すぐ食えるよ!」
    「横流し品のジャケットあるよー、一着140コノンからあるよー」
    「クルマ売るよ、一台6万コノンぽっきり! カーナビもエアコンも付いてるよー!」
     宣伝文句を耳にし、それとなく目を向けてみるが――。
    (とんだ粗悪品だ。いや、そもそも品物として扱っていいものじゃないだろう、それは)
     缶詰はどれも消費期限切れのものばかりだったし、元は軍の支給品であったらしい衣服も、散々使われ、補修された跡があちこちに残っている。車輌に至っては窓もボンネットも、さらにはドアすらも無いようなものばかりだった。エンジンルームを見ても――騎士団で多方面の知識を修めたエヴァでも、流石にこちらに関しては素人の域を出ないが――あるべき装備が何点か見受けられず、まともに走れない代物であるのは明白だった。
    (いや……もしかしたらあれは走行目的じゃなく、住処として使うのか? テントよりはましかも知れないが……)
     その後、1時間ほどかけて市場を見て周ったが、そこにあった品はどれもこれも、まともな環境で過ごしてきたエヴァにとっては触れることすら厭(いと)うような、度し難いガラクタばかりだった。

     特に成果も無いまま、エヴァは廃ビルに戻って来た。
    (新しい生活、新しい人生を、……なんて思っていたが、……私には、ここでの暮らしはきっと無理だ)
     その思いが胸に浮かんだ理由は、エヴァの潔癖な性格からだけではない。そこに住んでいた人々の顔が、エヴァには「人」とは――エヴァが少女の頃までそう過ごしていたような、衣食住に事欠くことの無い、明日と希望が保証された人間だとは、思えなかったからだ。
    (もしここでの暮らしに慣れてしまったら、私はきっと、トッドレールと同じような生き方しかできなくなる。他人を『商品』や『道具』としか見ないような、見下げ果てた人間になってしまうだろう。どうにか手段を見つけて、ここから離れなければ)
     と、エヴァの懐がわずかに震える。そこでようやく、エヴァは自分がスマホを携帯していたことを思い出した。
    (着信? 電波届くんだな、ここ。……いや、それより、……誰だ?)
     懐からスマホを取り出し、画面を確認する。そこには「メイスン」と表示されていた。
    緑綺星・友逅譚 1
    »»  2022.04.19.
    シュウの話、第56話。
    友との再会。

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    2.
     ほとんど無意識に、エヴァはスマホに上ずった声をぶつけていた。
    《もしもーし? エヴァ、今だいじょ……》「シュウ! 君か!?」《ほぇ? う、うん、わたしがシュウだけど?》
     シュウの戸惑った声に構わず、エヴァはまくし立てる。
    「そのっ、あのさっ、今、私はその、……ああそうだ、君、確かトラス王国に住んでたんだよな? 無理かも、いや、きっと無理だろうけど、でも、頼みたいことがあって」
    《ちょっ、ちょ、待って待って待って! ど、どしたの?》
    「私は今、難民特区にいるんだ。どうにかして、来られないか? 助けてほしいんだ」
    《えっ!? エヴァが?》
    「そう、私がだ。だけど外に出る足がなくて、いや、そもそもこっちにツテもなくて、どうしようかって思ってて」
    《……えーと、あのね、エヴァ》
     シュウは困った声で、こう返した。
    《いきなりでちょっと、ううん、かなりビックリしてるし、そのね、そんなお願いされるなんて思ってなくて、えーと、そもそもね、特区って入るのに申請とか審査とか色々やんないといけなくって、ソレにね、出る時もかなーり検査されなきゃいけなくってね》
    「……分かった。無理を言ってすまない。迷惑を掛けるから、もう電話はしないでくれ。さよなら」
     そう言って通話を切ろうとしたところで、シュウから《ちがうの!》と焦った声が返って来た。
    《わたしが言いたいコト、そうじゃなくて、あの、あのねっ、そもそも電話、つながったのが変だなって話がしたくて! ね、今、電波届いてないでしょ!?》
    「え?」
     言われて、エヴァはスマホの画面を確認する。
    「確かに立ってないな、アンテナ」
    《でしょ? でさ、あの、今のスマホとか通信機器全般がね、通信障害とか地震とかの緊急事態で通信網がダウンした場合の対策で、LMLってシステムが入ってるの》
    「なんだそれ?」
    《ローカルマルチリンクって言って、簡単に言うとアンテナが無いトコ限定で、スマホ同士でお話できる機能。通信会社のアンテナ使わずに。でさ、あの、特区って今の通信に使えるアンテナって立ってないし、電話は普通、通じないはずなの。だから電話が通じるってコトはね、近くにいるのかなって》
    「……え?」
     それを聞いた途端、エヴァは廃ビルを飛び出していた。すると――。
    「あっ」
     分厚いベストを着込んだシュウと、彼女の先輩であるカニートに鉢合わせした。
    「エヴァ? ……だよね?」
    「……ああ」
     たまらず、エヴァはシュウを抱きしめていた。
    「ひぇ!? ちょ、ちょっと、エヴァ?」
    「ごめん……でも……どうしても」
    「あー、と。感動の再会を邪魔すんのは悪いけども」
     と、カニートが声をかける。
    「ここじゃ落ち着いて話ができない。一旦セーフエリアに戻ろう」
    「セーフエリア? ……ああ、なるほど」
     尋ねかけたが、特区の状況を良く知っているエヴァは、シュウたちがここでどう過ごしているのかを察した。
    「そこなら襲われない、と」
    「そう言うことだ。残念ながらここには、倫理観の欠けた人間が東部より幾分多いのが、厳然たる事実ってやつだからな。……が、その前にアドラーさん。いくつか質問させてもらって構わないか?」
    「なんだ? ……あ、……えーと、なんでしょう?」
     体裁を繕おうとするエヴァに、カニートはくっくっと笑って返した。
    「無理に装わなくていいさ。2年間の軍隊生活でそうなったのか、元々の素地がそうなのかは知らないが、シュウに話してたのと同じ感じで構わないよ」
    「助かる。それで、質問とは?」
    「LML通信のおかげでシュウと出会えたみたいだが、そのスマホは自分で買ったのか?」
    「そうだ」
    「明らかに脱走兵って感じの格好してるが、そのスマホは本営……いや、君で言うところの騎士団か、そこに何らかの紐付けはしてるのか?」
    「している。……もしかしてセーフエリアには通信アンテナがあるのか?」
    「記者団の拠点だからな、無きゃ困るさ。だからもし、騎士団が君の行方を追っているとしたら、そのスマホが検知されるおそれがある。シギント(電子諜報)全盛の今じゃ、通信機器を持っていれば全世界どこでも、居場所が割れてしまうからな。電源を切っておいた方がいい」
    「いや」
     エヴァは首を振り、目一杯の力を込めて、スマホを廃ビルの壁に向かって投げ付けた。
    「これでいいだろう」
     当然、スマホは粉々に砕け、見守っていたシュウは目を丸くする。
    「良かったの? 友達の連絡先とか入ってたんじゃ……」
     とぼけた質問をしたシュウの手を、エヴァはぎゅっと握りしめた。
    「君がいるさ」
    「はぇ!? あっ、う、うん」
    「さて……憂いも断ったことだし、早く行こう」
     顔を真っ赤にするシュウの手を依然握ったまま、エヴァは二人に促した。
    緑綺星・友逅譚 2
    »»  2022.04.20.
    シュウの話、第57話。
    央北政治の闇。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     頑丈な装甲車で20分ほど運ばれた後、エヴァはシュウたちが拠点にしているセーフエリアに到着した。
    (高さ3メートルを超えるコンクリート製防壁がエリア全体を囲み、出入口のゲートも、厚さ30ミリはあるだろう鋼鉄製。その前後に、アサルトライフルで武装した王国軍の兵士が数名。流石にここは守りが堅いか。もし突破でもされれば、王国の威信に関わるからだろうな)
     そのまま入ろうと試みれば当然止められ、拘束されるのは明白だったが――。
    「エクスプローラ社のサムソン・カニートだ。記者特権で彼女の保護を求めたい」
     兵士詰所を訪ねるなり、そう言って腕章を指し示したカニートに、兵士たちは敬礼で返した。
    「本営に許可を求めます。ここでお待ち下さい」
     拒否する様子も見せず、あっさり詰所の奥へ下がる兵士を眺めながら、エヴァはカニートに耳打ちした。
    「一体どうして……? いち記者がそんな権力を持っているはず無いだろう? あんた、まさか実はトラス王族だとか言うんじゃないだろうな」
    「まさか! 逆だよ、逆。そんな権力を行使できる会社が寄越した記者だから、言うこと聞くのさ。そもそも難民特区に取材へ行ける権利のある出版社ってのが、トラス王国には3社しか無い。ビクトリア社とプローブ社、そして我がエクスプローラ社だけなんだ。と言うのも――こんなことを自分で言ってしまうのもなんだが――いずれもトラス王国のみならず、大陸全域でもトップ10に入る巨大メディアグループなんだ。当然、政治経済に及ぼす影響もかなりデカい。王室政府も俺たちに対しては、『柔軟に』対応しなきゃマズいってわけさ」
     その後もエヴァに対する措置は上着を脱ぐ程度の簡単な身体検査だけで終わり、身元確認もされることなく、あっさり保護が認められた。
    「正直驚いている。心から、二人に会えて良かったと思ってるよ」
    「そりゃどうも。……で、エヴァンジェリン・アドラーさん」
     シュウたちが使っている部屋に通されたところで、カニートがスマホを向けてくる。
    「君が騎士団に入団していた2年間、どんな生活を送ってきたか。じっくり聞かせてもらいたい。無論、プライバシーに関わる部分は極力聞かないよう努めるし、君が不利益を被るようなことも聞かないつもりだ。可能な範囲で構わないから……」「すべて話す」
     やんわりとした口調で推し量ろうとしていたカニートに対し、エヴァははっきりと答えた。
    「私が騎士団に入って、何をしてきたのか。騎士団は何をしていたのか。私が知っていることはすべて話すと約束する」

     3時間かけてエヴァから騎士団の実情と悪行を聞き終え、シュウとカニートは顔を見合わせていた。
    「つまりコレって、言うなれば難民の積極的排除、……って感じの話になりますよね」
    「そうなるな。相当悪質な行為だ。いや、悪質なんて言葉じゃ不足だろう。はっきり言って、これは戦争犯罪も同然、難民保護国際条約の違反になる。この条約を結んでる国は、難民が来た場合には原則として受け入れなきゃならない決まりだからな。それを拒絶するどころか、白猫党領に無断で潜入してまで排除・殺害に向かうなんて、条約に批准してる先進国のやることじゃないぞ。
     これが露見すれば、リモード共和国が国際的批判にさらされるのは確実だ。共和国は内陸国で貿易ルートに乏しく、領土も狭いから国全体の生産力も低い。この件で周辺国・友好国から非難され、経済制裁でも受ければ、共和国にとっては経済危機レベルの、相当な痛手を被るだろうな。相当デカいネタになるし、何としても裏を取りたいところだが……」
    「まさか白猫党領に行くワケにも行きませんよねー」
    「その通りだ。向こうは戦争中だし、情勢は不安定極まりない。国外からの報道関係者も、全く受け付けてない。真正面から頼み込んでも、確実に無視されるだろう。かと言って無断で忍び込んだりしたら、それこそ国際問題だ。発覚すればどこぞのスパイ映画みたく、会社や国からは『一切関知しない』って縁を切られて、そのまま白猫党領で処刑されちまうだろう。
     と言うかそもそも、俺たちは文化系の雑誌記者であって政治社会誌担当じゃない。難民特区を取材しに来たのだって、政治批判が目的じゃないからな。このネタを扱うのは、荷が重すぎる。本腰入れて扱おうとしたら、会社内でかなりの離れ業を決めなきゃならん。現状でできることは、アドラーさんを王国に連れ帰るくらいだ」
    「まあ……そうですよねぇ」
     あまり期待した回答は得られなかったものの、それでも自身の身の安全が保証され、エヴァは内心ほっとしていた。
    「トラス王国なら、防衛も対応もしっかりしているだろう。街中で騎士団の刺客に襲撃されるようなことはあるまい」
    「あったとしたら確実に、共和国を非難する材料にするだろうさ。今、王国の立場はかなり難しいことになってるからな」
    「難しい……?」
     おうむ返しに尋ねたエヴァに、シュウが答える。
    「難民の扱いとか経済摩擦とか、国際問題いっぱい抱えてるからねー。国内外から批判が上がってて、話題逸らすのに必死みたい」
    「……どいつもこいつも、だな」
    緑綺星・友逅譚 3
    »»  2022.04.21.
    シュウの話、第58話。
    シュウの成長。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     と、部屋のドアがノックされ、全身泥だらけの、眼鏡の短耳が中に入って来た。
    「ごめんなさい、すっかり遅くなっちゃ、……って?」
     エヴァと目が合い、短耳は目を丸くする。
    「あの、その人は? 警護の人……じゃないですよね」
    「ええ。あ、紹介しますねー」
     シュウが立ち上がり、まずはエヴァの方を示す。
    「こちらはエヴァンジェリン・アドラーさん。わたしの友達ですー」
    「どうも」
     会釈しつつ、エヴァは短耳を観察する。
    (随分泥だらけだが……軍人でもアスリートでもない。明らかに中年太りしてるし、筋肉の無い体だ。となるとフィールドワークしてきた学者と言ったところか)
     続くシュウの紹介で、エヴァは自分の予想が当たっていたことを確認した。
    「こちらは地質学者のタダシ・オーノ博士さんですー。あ、わたしたちの本来の取材目的なんですけどね、特区で農業できないかって考えてるNPOさんがいらっしゃいまして、で、何度か試してみたものの、なんかうまく行かないみたいでー」
    「それで学者を呼んで、農業に適した土地かどうかを調査しに来たと言うわけか」
    「はいー。わたしたちは今回その調査に同行して、実際にどんな活動をされてるのかを記事にする予定なんですー」
    「なるほど……」
    「ソレでオーノさん、今日の成果はどーでした?」
     しれっとスマホを起動したシュウに対し、オーノ博士は頭をかきながら答える。
    「まだ途中ですので断言はできないですが、……ってこれは昨日も同じことを言いましたね、はは……。えーとですね、まあ、つまりそのままですね、昨日と同じ答えです。かなり酸性の強い土壌で、現状でほぼ農業の振興は期待できそうにない、としか。あ、そう言えばちょっと気になることも……」
    「気になるコト?」
    「あ、えーと、前置きしておきますが、これはまだ可能性の段階で、そうだと断定はできません。もしかしたら別の要因もあるかも知れないので……生活排水とか不法投棄とか、色々。それでですね、今日のボーリングで成分調査した結果、全般的に硫黄・窒素が多く検出されたんです」
    「全般的と言いますと?」
     尋ねたシュウに、オーノ博士は首をかしげつつ答える。
    「今日の調査では地下30~50メートルほどを採取したんですが、その採取した土のどこを調べても、自然硫黄とかアンモニア塩とかがゴロゴロと見つかるような状態でして……。どうも基本的、根本的に、この一帯の土壌は深さ数十メートル、あるいは百メートル以上にわたって、強い酸性を帯びてるんじゃないかな、と」
    「では、現状で特区における農業振興は難しいと言うコトでしょうか?」
    「繰り返しますが、まだ調査途中ですので断言はできかねます。とは言え現時点での判断としては、かなり厳しいであろう可能性は非常に高いものだと考えられます。無論、有機石灰などの土壌改善剤で中和させることは可能ではあるんですが、農業として成立させるには相当な量を必要としますし、初期費用を考えると、商業的に成功させ、一つの事業として軌道に乗せると言うようなことは、極めて困難と言えます、はい」
    「へえ……」
     やり取りを眺めていたエヴァは、素直に感心していた。
    (2年前に会った時はあんなにオドオドしてたのに、すっかり記者って感じの顔になったな、シュウ)
     と、オーノ博士が戸惑った様子でこちらを眺めているのに気付く。
    「あの、アドラーさんでしたっけ。何か……?」
    「あ、いえ」
     エヴァはこほんと咳払いし、言い繕った。
    「何と言うか、……陳腐な言い方になりますが、テレビのインタビューみたいだと思ってしまって」
    「似たようなもんだよね、ふふ……」
     エヴァの言葉を聞いて、シュウはいかにも仕事向けであった堅い表情を崩した。
    「えーっと、ともかくお疲れさまです、博士。わたしたちコレからご飯食べに行きますが、どーしますか? 先にシャワー浴びますよね?」
    「ええ、そうします。この格好じゃ、食堂に入れてもらえないでしょうから」
     そう言って、オーノ博士はかばんから着替えとタオルを出し、そそくさと部屋を後にした。
    緑綺星・友逅譚 4
    »»  2022.04.22.
    シュウの話、第59話。
    トラス王国産官学事情。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     オーノ博士が部屋を出たところで、エヴァは二人に尋ねてみた。
    「今の……オーノ博士、だったか。こっちの人間じゃないよな?」
    「そーですね。央南の方です」
    「どうしてわざわざ央南から人を呼んだんだ? 地質学者ならこっちにだって一杯いるだろう?」
     エヴァがそう尋ねたところで、カニートの方が答えた。
    「央南の焔紅王国ってところに『王立農林水産技術研究所』、通称紅農技研ってのがあるんだ。農学研究に関しては世界最高峰のところだ。それが理由の1つ目だな」
    「1つ目? 他にもあるのか」
    「君が言ったように、確かにトラス王国にも優秀な研究機関は存在する。その中でも中核とされているのが総合研究機関『フェニックス』だが、ここはトラス王室とのパイプが太い。言い換えれば王室の意向に左右される組織だ。そして王室政府は難民支援に消極的だ。となれば……分かるだろう?」
    「つまりトラス王室から、難民特区に関わる要請には応じるなと指示を受けているわけか」
    「無論、公式な発表は無いが、巷じゃ有名なうわささ。そして王国最大の研究機関がやらないって言ってることに、他のところがわざわざ首を突っ込むわけが無い。と言うわけで、国内で特区の調査依頼を受けてくれるような機関は、どこも無かったってわけさ」
    「つくづく腐ってるな。負の遺産には一切目を向けたくないと言うわけか」
     毒づくエヴァに、カニートは肩をすくめて返した。
    「ま、王国側の考えも分からないではないんだ。仮に本腰入れて難民支援しようって王室政府で閣議決定したとしたら、その予算はどこから出すかって話になってくるからな。
     結論から言えば、そんな予算が税金から出せるはずがない。500万と言われる難民全員を支援するとなると、食費だけで年間2000億コノンを優に超えるだろう。その上教育だの就労支援だのと加えたら、1兆、2兆と天井知らずに膨れ上がってしまう。かと言って一部だけを支援なんてしようとしたら、差別だ選民だって叩かれるだろう。
     どう手を出したとしても、王国にとっては痛し痒しの結果が見えてる。となれば、ハナっから手を付けない方がいい。これまで通り『広大な土地を特区として貸与してやってる』って理由を楯に、見て見ぬ振りをし続けてた方が楽だ、……となるわけさ」
    「『上』から考えればそうだろうが……」
    「庶民感情からはかけ離れてますよねー。……っと、もういい加減わたしたちもご飯食べに行きましょ。先輩は先に行ってて下さい」
    「ん? 何か野暮用か?」
     尋ねたカニートに、シュウはエヴァの肩をぽんぽんと叩いて見せた。
    「エヴァを着替えさせないと。このまんまじゃ、さっきのオーノ博士と同レベルですもん」
    「なるほどな。じゃ、先行ってるわ」
    「はーい」
     カニートも部屋を出たところで、エヴァは自分の体を見下ろした。
    「言われてみれば確かに、って感じか。泥だらけの上にほこりだらけだもんな」
    「あと、率直に言うと臭うよ」
    「本当か? ……まあ、そうだよな」
    「わたしの着替え貸すねー。あ、あとコレ、ウエットシートも。後でシャワー浴びると思うけど、一応拭いといた方がいいかも。わたし先に行ってるから、着替えたら来てね。食堂はココ出て廊下を右に行ってそのまま進んだトコだから。洗濯物は食堂の左横の部屋にランドリーあるから、ご飯前にソコに突っ込んどいたら、ご飯食べたくらいで終わると思う。その後なら、シャワー入れるはず。オーノ博士、お風呂大好きって聞いてるけど、流石にそんなに長いコト浴びないと思うし」
    「ああ、ありがとう」
     シュウからTシャツとジャージを受け取り、エヴァは着ていた戦闘服を脱いだ。
    (こいつを着る機会はもう無いだろうな。服を調達できたら、捨ててしまおう)
     そう思いつつも――元々の育ちの良さ故か――戦闘服と下着を丁寧にたたみ、シュウに言われた通りに食堂横の洗濯室へと持って行き、まとめて洗濯した。
    緑綺星・友逅譚 5
    »»  2022.04.23.
    シュウの話、第60話。
    煩悶と悪夢。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     食事と入浴を済ませたところで、エヴァは強烈な眠気に襲われていた。
    (まさか……食事に何か盛られた? ……なわけないか)
    「どしたの?」
     様子を眺めていたシュウに尋ねられ、エヴァは素直に答えた。
    「疲れて眠い。そろそろ休みたい」
    「もう? だってまだ9時前、……ってそっか、ついさっきまでハードな生活してたんだもんね。ベッドどうしよっかなー……」
     ちなみにシュウたちには2部屋割り当てられており、男性2人(カニートとオーノ博士)と女性1人(シュウ)で分けて使っている。部屋の大きさはどちらも同じであるため、ベッドを持ち込めばエヴァも普通に休めるのだが――。
    「備品はココの管理課に言わないと出してくれないんだよね。でも5時で窓口閉まっちゃうからなー……」
    「私は床でも構わないが」
     そう提案したエヴァに、シュウは目を丸くする。
    「いやいやいや、わたしが困るってば。友達を床に寝かせて一人だけベッド寝とか、ひどいヤツじゃん」
    「そうか? まあ、君が気にするのなら、他の手を考えよう。……ふむ」
     部屋の中をざっと見回し、寝床にできそうなものを見繕ってはみたものの、ベッドの他にはスチール製のパイプ椅子くらいしか無い。
    「じゃあ、私はこの椅子で……」「じゃ、一緒に寝ちゃおっか?」
     エヴァの提案をさえぎり、シュウが腕を引いてきた。
    「なに?」
    「ちょっと狭いかもだけど、わたし小柄だから多分大丈夫」
    「いや、しかし」
    「遠慮しないでいーよー。あ、もしかしてわたしとじゃ嫌だったり……?」
    「い、いやいやいや! そんなことは! ……じゃあ、うん、……よろしく」
     流される形で、エヴァは同衾することになった。

     どうやらシュウも疲れていたのか、それとも元々寝つきがいいのか――横になってそう経たないうちに、シュウの寝息が聞こえてきた。
    (よく寝られるな……警戒心とか無いのか?)
     背を向けて眠っているシュウの猫耳を眺めながら、エヴァは悶々としていた。
    (いやこれは……悶々とかそう言うのじゃなくて……何と言うか……うう……)
     さっさと眠ってしまおうと目をつぶっても、聴覚と嗅覚から、すぐ隣にいるシュウの存在を感じてしまい、疲労しきっていたはずの頭がどんどん冴えてきてしまう。
    (お、落ち着け、私。これじゃまるで私がシュウのこと……いや……だって友達だし女同士だし……そんなわけ……)
     自分の心に浮かび上がった感情をどう処理していいか分からず、エヴァはベッドの中で四苦八苦していた。



     それでもどうにかまどろみだし、ぼんやりと夢を見始める。
    「遅え、遅え。眠っちまうくらい遅いぜ」
     夢の中に現れたのは、あのアルト老人だった。
    「うっ!?」
     手にしていた小銃をつかまれ、夢の中のエヴァは狼狽しかける。
    (……馬鹿者! 慌てるな!)
     現実で犯してしまった失敗を取り返すべく、エヴァは小銃を引き寄せることはせず、ぱっと手を離した。
    「おん?」
     アルトは小銃を持ったまま、棒立ちの体勢になる。
    「もらったッ!」
     空手になったエヴァは腰をひねり、左肘をアルトに当てようとする。
    「ほらよ」
     だがアルトは持っていた小銃で、その打撃を受け止める。
    「痛……っ」
     硬いプラスチック製のグリップに肘が当たり、エヴァは短くうめく。その一瞬の隙に、アルトは銃床をエヴァの頭に振り下ろしていた。
    (しまった……!)
     銃床が頭に叩きつけられ、エヴァは自分の意識が遠のいていく感覚に襲われた。

     夢の中で目を覚まし、エヴァは立ち上がる。と同時にまた小銃を構え、アルトに向けてバースト連射を放っていた。
    「遅え、遅え。眠っちまうくらい遅いぜ」
     アルトは事も無げにバースト連射をかわし、エヴァの小銃をつかむ。
    「うっ!?」
     狼狽しかけたものの、先程と同様に小銃を離し、今度は腰に収めていた拳銃を抜こうとする。
    「マヌケかよ」
     だが拳銃を抜くべく一歩引いた瞬間、アルトも一歩詰め寄り、銃床をエヴァの肩にめり込ませた。
    (しまった……!)
     再び意識が遠のいていく。

     また目を覚ます。
    「遅え、遅え。眠っちまうくらい遅いぜ」
    「うっ!?」
     またも小銃をつかまれ、それに対応すれば即座にカウンターを放って、エヴァの意識を飛ばしてくる。
    (しまった……!)
     そして遠のいて数瞬後、気づけばエヴァは小銃を構え、そしてまた――。
    「遅え、遅え。眠っちまうくらい遅いぜ」

     結局――エヴァは夢の中で何度もアルトに挑み続けたが、その全てで無様に負け続けた。

    緑綺星・友逅譚 終
    緑綺星・友逅譚 6
    »»  2022.04.24.
    シュウの話、第61話。
    真夜中の襲撃。

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    1.
     眠っていたはずなのにすっかりくたびれ切ってしまい、エヴァはもそもそとベッドから這い出した。
    (なんて悪夢だ……)
     ブラインドが下りた窓に目をやるが、一筋の光も差していない。
    (9時前に寝てしまったが、……どれくらい寝られただろう? 3時か、4時か……)
     そう思って部屋の中にあったデジタル時計を見ると、3時どころか、まだ日をまたいでさえいない。
    (たった2時間だと言うのに、この疲労感か。……いや、睡眠時間として考えたら、たった2時間で疲れが取れるものか)
    「う~ん……?」
     と、シュウも上半身を起こし、あくび混じりに尋ねてくる。
    「ふあぁ……どしたの~……?」
    「あ、ごめん。いや、変な夢を見てしまって」
    「そっか~……大変だったんだもんね~……でも……うにゅ~……寝ないと辛いよ~……?」
    「うん、そうだな。……ごめん、起こしちゃって」
    「……むにゅ……むにゃ……」
     話している間に、シュウはまた眠ってしまったらしい。
    (本当に寝つきがいいな。私もいい加減、しっかり寝よう。今度はトッドレールが出ても、相手なんか絶対しないぞ。……と言うかどうせ見るならシュウの夢の方が百倍いい)
     ふう、とため息を一つつき、エヴァはもう一度ベッドに入り直そうとした。

     と――エヴァの狼耳が、ばばばば……、と風切り音が遠くから迫ってきているのを聞きつける。
    (ヘリ……? 特区の上を飛んでるのか)
     そのまま聞き流しかけたが、違和感が襲ってくる。
    (……こんな夜中に? 撮影目的じゃないだろう。特区の上じゃ、灯りもほとんど見えないし。医療用や災害救助用でもないだろう。特区を見放してる王国が、こんなところまで飛ばすはずが無い。もしこのセーフエリア内で急病人が出て、その搬送が目的だと言うなら、外で兵士やスタッフが待機しているはずだが、それらしい気配は無い。……だとすると、あれは一体?)
     考えを巡らせている間に、ヘリの音は段々と近付き、真上で止まる。
    (上にいる……。じゃあやはり病人の搬送か?)
     が、そうでないらしいことはこの直後に判明した。カン、カンと硬いものがコンクリートに当たる音が、立て続けに天井から聞こえてきたからだ。
    (なんだ? ……まさか!?)
     察知した瞬間、エヴァは反射的に狼耳を押さえ、がばっとしゃがみ込む。と同時に窓の外からけたたましい爆発音と、おびただしい量の光が差し込んで来る。
    「うわあああ……っ!?」
    「ぐ、ぐれっ、グレネード! グレネード!」
    「き、緊急っ……!」
     外から兵士のものらしい声が聞こえてくるが、先程大量に降り注いだスタングレネード(閃光手榴弾)のためか、いずれも朦朧(もうろう)とした様子である。
    (……敵襲!?)
     一方エヴァは、屋内にいたこともあり、加えて襲撃直前に防御姿勢を取っていたこともあって、まったくダメージを受けずに済む。
    (一体何者だ!? 何の目的で!? ……いや、もう答えは出ているようなものだ)
     まだ悲鳴が続く外の様子を伺いながら、エヴァは――結局洗濯した後、きちっと畳んで机の上に置いていた――戦闘服を着込む。
    (私がここに来たその日の晩に襲撃してきたんだ。私以外が標的であるわけが無い。となれば敵は明白。騎士団の追手に違いない)
     部屋を見回し、武器になりそうなものを探すが、やはりパイプ椅子くらいしか無い。
    (流石に取り回しがしづらい。素手の方がマシだ。……ん?)
     と、机にシュウのカメラが置いてあるのを見付ける。
    (……これは使えそうだな。ちょっと借りるぞ、シュウ)

     そっとドアを開け、廊下の様子を伺う。
    (まだ屋内には侵入されてないようだ。……いや)
     耳をすませば、遠くの方で人が倒れる音がしている。
    (だが銃声は無い。堂々と攻め込んで来る奴らがサプレッサー(減音器)付きの銃を使う理由も無いし、恐らくスタンガンかテーザー銃辺りで気絶させているらしい)
     相手の出方を予想しつつ、廊下を進む。と、曲がり角から人が近付いて来るのを察知し、エヴァは手にしていたカメラを構える。
    (間に合わせの閃光弾だ)
     自分の方からさっと角を曲がり、鉢合わせた相手にカメラのフラッシュを浴びせる。
    「ぎゃあっ!?」
     暗視ゴーグルを付けていた敵は武器を落とし、顔を抑えてのたうち回る。
    (暗視ゴーグル付きでフラッシュなんか浴びたら、そりゃそうなるな)
     エヴァはすかさず落ちた武器を拾い、ためらいなく相手に向けて撃つ。
    「あぎぎぎぎ……」
     バチバチと電撃音がし、相手はあっさり気絶してしまった。
    (やっぱりテーザー銃だったか)
     片付けた相手を調べるが、携行している武器はいずれも非致死性のものばかりだった。
    (殺しに来たわけじゃ無さそうだ。拘束用らしい結束バンドも持って来てるし。……当然と言うか、身分が分かるものは無いな。とりあえず放っておこう)
     一応相手の手を縛っておき、エヴァはその場から立ち去った。
    緑綺星・奇襲譚 1
    »»  2022.04.27.
    シュウの話、第62話。
    偶然の撮影記録。

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    2.
     セーフエリア内を周り、他の敵を探している間に、どうやらトラス側の態勢も整ってきたらしく、廊下の電気が一斉に点く。
    「止まれ!」
     兵士たちが4人一組で現れ、エヴァに声をかける。
    「怪しい者じゃない。本日、ここに護送されたエヴァンジェリン・アドラーだ」
     素直にテーザー銃を床に捨て、両手と尻尾を挙げたエヴァに、兵士たちはほっとした様子を見せる。
    「そう……だな。確かに夕方くらいに見た顔だ」
    「ここで何をしてるんだ? その武器は?」
    「強襲されている気配を察知し、安全を確保すべく付近を探っていた。その際に接敵し、相手を無力化した。このテーザー銃はその際に相手から鹵獲(ろかく:敵の武器・物資を奪うこと)したものだ」
    「勝手に動かれては困る」
     そう前置きしつつも、班のリーダーらしき猫獣人が敬礼する。
    「しかし緊急事態に手助けしてくれるのは多少なりとも助かる。で、その倒した相手は? 死んでるのか?」
    「いや、気絶に留めた。こっちだ」
     来た道を引き返し、敵が倒れていた場所まで戻るが――。
    「どこだ?」
    「いない。……逃げられたらしい」
    「気絶させたのにか?」
    「させたはずだったんだが……仲間に助けられたか」
    「本当に敵だったのか? 我々を誤認して攻撃した可能性は無いのか?」
     猫獣人に尋ねられ、エヴァは首にかけていたカメラを起動した。
    「閃光弾のつもりでフラッシュを浴びせたが、その際に撮っていたはずだ。確認してくれ」
    「ふむ」
     カメラの映像を確認し、猫獣人は小さくうなずいた。
    「確かに我々の仲間じゃなさそうだ。装備が違うし、そもそも警戒態勢時は4人で行動するのが原則だ。1人でうろうろするようなことはしないよう、徹底している」
    「殺傷能力のある武器は装備していなかったが、一方でテーザー銃と結束バンドを所持していた。ただ騒ぎを起こすだけなら侵入までする理由は無いし、装備の内容からしても、ここにいる誰かを連れ去るのが目的だろう」
    「今判断するのは性急な気もするが、……まあ、そんなところだろう」
     猫獣人はエヴァに顔を向け、続いて尋ねる。
    「現在このセーフエリアにいるのは――我々トラス王国軍の兵士を除けば――取材目的の民間人2名。そして地質調査に来た央南人。それから君だ。この中で狙われる可能性が最も高いのは……」
    「恐らく私だろう」
     そう答えたところで、猫獣人はふう、とため息をついた。
    「それが分かっているなら、うかつな行動は控えてほしいものだが」
    「部屋の中じゃ逃げ場が無いだろう? それより打って出た方が打開の可能性がある」
    「道理と言うべきか、屁理屈と言うべきか。まあいい。ここからは我々と同行して……」
     と――頭上でずっと聞こえていたヘリの音が動き出すのを感じ、エヴァも兵士たちも、上を見上げた。
    「遠ざかっていく……」
    「……逃げた?」
     その後セーフエリア内がくまなく捜査され、人的・物的被害が0であったことはすぐに判明したものの、襲ってきた者たちの正体も、そしてその目的も、究明することはできなかった。

    「その時撮った相手がこいつか」
     安全が確保された後、まだ寝ぼけ眼のシュウと、そしてまだ起きていたカニートを交え、エヴァが撮った写真を確認することになったが――。
    「はっきり撮れちゃいるが、顔は暗視ゴーグルで覆われてるからさっぱり分からん。前からの写真だから尻尾は写ってないが、穴の無い帽子被ってるから多分裸耳系だろう。徽章やワッペンみたいなのも無いし、戦闘服の感じ……なんて言っても、俺は軍事ジャーナリストでもミリオタでもないから、どこの誰だなんてことも分からん。装備に関しても同様だ。つまり結論としては、この写真からは何も分からないってことだ」
    「……ですねー」
     渋い顔で固まっている二人に、エヴァは自分の考えを話す。
    「私がここに来たその日の晩に強襲してきたことを考えると、恐らく私を拘束し、連れ戻そうとしているんだろう。だがもちろん、私は戻るつもりは無い」
    「明日、明後日には護送されるとは思うが……」
    「また強襲される危険もある。いや、そもそも王国内に入った後でも、襲われるかも知れない。もっと積極的な対策を講じたい」
    緑綺星・奇襲譚 2
    »»  2022.04.28.
    シュウの話、第63話。
    メイスンリポート#1;エヴァンジェリン・アドラー嬢の告発!

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    3.
    「積極的な? ……どーゆーコト?」
     きょとんとするシュウに、エヴァはこう返した。
    「襲う理由は一つしか無い。私に共和国の内情を語られてはまずいからだ。なら、先んじて公表してしまえばいい。その後で襲ってきたところで、もう手遅れだからな」
    「つまり今すぐ報道しろってことか。確かに効果はあるかもな」
     カニートはそう返しつつも、依然として渋い表情を崩さない。
    「だが何度も言うが、俺たちは政治面担当でもなければ、三流ゴシップ誌の記者でもない。確定できてない、裏も取れてない不確かな情報を、エクスプローラ社の名前で安易に広めるわけには行かないんだ。そもそも強襲の件にしたって、本当に君を狙ってのことかは定かじゃない。君が目的だと言うのは君の先入観、主観上での話でしかない。そんなあやふやな根拠で報じようったって、社の上層部は絶対に許可しないだろう」
    「明らかだろう!? それともただの偶然だと言うのか!?」
    「落ち着いてくれ」
     猛るエヴァに、カニートは堅い態度を示す。
    「現段階で確定している情報は、ここが正体不明の人間に襲われたと言う事実だけだ。それに関する君の意見も、そして君の持って来た情報も、結局は君一人の主張でしかない。客観的に確かな情報であると断定できない限り、俺たちはそれを世に広めることはできない。それがまともな会社、社会の公器ってやつだ。この回答で納得できないなら、他の出版社に掛け合ってみてくれ」
    「ぐっ……」
     整然としたことばではっきりと却下されてしまい、エヴァはうめくしかなかった。

     それ以上何もできず、エヴァとシュウはすごすごと部屋に戻った。
    「くそっ……! このまま座して襲われるのを待てって言うのか!?」
     エヴァががつん、と苛立たしげにテーブルを叩き、猛っている一方で、シュウは一旦ドアを開け、廊下の様子を確かめて、しっかり施錠して戻って来た。
    「ねえ、エヴァ」
    「何だ!?」
    「落ち着いて落ち着いて。あのね、先輩はああ言ってたけど、わたし、やっぱりエヴァに賛成だなって」
    「え?」
    「だからさ、『今すぐ』みんなに伝えてみたらどうかなって」
     シュウの言っていることが分からず、エヴァは首をかしげる。
    「今……すぐ?」
    「うん。今すぐ、コレで」
     そう返し、シュウはスマホをエヴァに向けた。



     こんばんは。えっと、初投稿です。ので。あの、聞きづらいトコがあるかも知れませんが、あの、よろしくお願いします。えーとですね、わたし、えーと、わたしの友達のエヴァンジェリン・アドラーさんが、今すぐに、全世界にお伝えしたいコトがあるってコトなので、いま、大急ぎで撮ってます。……じゃあ、エヴァ、えーと、……どうぞっ!
    《私はエヴァンジェリン・アドラー。4日前まで央北リモード共和国のアドラー近衛騎士団、『ダークナイト』の一員だった。これまでシュウの取材を……》ちょっ、あの、名前! コレ生配信! わたしの名前出しちゃ……《ん? ……あっ》……いいか、もう。はい、今この動画を撮ってるわたしがシュウです。じゃあ、はい、続きどうぞ。《あ、ああ。すまない。……コホン。これまで彼女の取材を受け、一般には私が単なるお嬢様でしかないと認識されていると思う。そして実家のアドラー家も、なんてことのない地方の名家であるとも。
     しかし実態はそうではない。アドラー家も、そしてダークナイトも、およそまともな、良識ある国家としてやってはならない悪事に手を染めているのだ。アドラー家はダークナイトを諜報機関として指揮しており、近隣諸国の裏事情を探り、闇取引を繰り返している。のみならず、ダークナイトを使って白猫党領からの難民を排除している。具体的に言えば、無断で白猫党領へ侵犯し、自国に渡ろうとしている難民を射殺しているのだ。そして私も、それに加担させられていた。事実を知らされないままに、だ。
     無論、今更私に罪はないなどとごまかすつもりは無い。私が犯してしまった罪は消えない。私はこの手で多くの人々を、……殺してしまったのだ。それが事実だ。その罪滅ぼしなどと言ってはおこがましいことだが、それでも、この非道を見て見ぬ振りなどできはしない!
     この放送を観ているすべての人へ、私ははっきりと伝える。リモード共和国は奇跡の国なんかじゃない。薄汚い悪事に手を染める、ならず者国家だ!》
     ……えーと、とのコトです。彼女は本日、トラス王国に身柄を保護されましたが、同じ日に、何者かからの襲撃を受けました。幸い彼女の身に危害が及ぶコトはありませんでしたが、コレは彼女の話が真実であるコトを示す、何よりの証拠です。
     どうか彼女がさらなる危険にさらされるコトが無いよう、いえ、さらなる悪事に加担させられるコトが無いよう、真実を広めて下さい。わたしからは、以上です。ありがとうございました。
    緑綺星・奇襲譚 3
    »»  2022.04.29.
    シュウの話、第64話。
    臨時ニュース。

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    4.
     セーフエリア強襲と、そしてエヴァの訴えが配信されたその翌日、午前8時少し前――。
    「ふあ~ぁ……全然伸びてないね、再生数。37回だって」
    「……そうか」
     意を決して執った行動が功を奏しておらず、エヴァはがっかりしていた。
    「だが一応の牽制にはなっただろう。この動画が世に出回った今、奴らが襲ってきたら、わたしの主張を認めたも同然に……」「あ、8時になったよ。食堂開くから、一緒にご飯食べに行こ」「……ああ」
     あまり頓着していない様子で、スマホを手にベッドから立ち上がるシュウを見て、エヴァは憤りかけたが――。
    (……落ち着け、エヴァンジェリン。そんなの、ただの八つ当たりだろう? シュウはやれることをやってくれたんだ)
     自分に何度も言い聞かせ、エヴァも部屋を後にする。そのままシュウに付いて行く形で廊下を進んでいたが、一向に自分の心の整理は付かない。
    「あれから眠れたのか?」
    「うん、ぐっすり」
     黙って歩くのも変に思い、会話らしいものを試みてはみるが、何を話しても自分の感情の上を滑っていく。
    「エヴァは眠れなかったみたいだね。なんかぼんやりしてる」
    「ああ……まあ、いつものことだ」
     そうこうする内に食堂に着き、シュウがコーヒーメーカーを指差す。
    「ブラックにする? ミルク入れる? 砂糖いくつ?」
    「……カフェイン、苦手なんだ。コーヒー以外が飲みたい」
    「あ、そうなんだー」
     のんきそうに応じるシュウに、エヴァの苛立ちが再燃する。
    「前に言ったと思うんだけどな」
    「そうだっけ? ごめんごめん、ソレで飲み物……」「それで!?」
     苛立ちを抑えきれず、エヴァは思わず声を荒げる。シュウと、そして周囲の視線が自分に集中し、エヴァの頭がようやく冷めるが、シュウは猫耳を毛羽立たせたまま、固まっている。
    「え、っと……、ごめん。そんなに怒るなんて思ってなかったの、ホントにごめん」
    「い、いや、済まない。あんまり眠れてないから、……あの、ほら、寝ぼけたんだ、ちょっと」
    「……うん。そっか、うん」
     深々と頭を下げ、謝罪したものの、シュウの声には明らかに、怯えた色が混じっていた。

     その時だった。
    《臨時ニュースが入りました》
     一瞬前まで海水浴場の様子を映していたテレビが、緊張した面持ちのニュースキャスターのバストアップに切り替わる。
    《本日早朝、央北リモード共和国にて大規模な軍事衝突が発生した模様です。繰り返します。本日早朝、央北リモード共和国にて……》
    「……!?」
     さっきまでの気まずい空気が吹き飛び、シュウとエヴァは顔を見合わせた。
    「今、リモード共和国って……?」
    「あ、ああ。確かにそう言った」
     テレビにはかなり遠くから街の様子を撮影したらしい映像が映っており、もうもうと黒煙が上がっているのが確認できた。
    《外務省によりますと、現在、リモード共和国大統領府からの返答は得られておらず、現段階で詳細は不明との、……え? ……今? 今来たの?》
     と、右下のワイプに映されていたキャスターが戸惑った表情を浮かべ、そしてまた、テレビ全面に彼の顔が映し出された。
    《えー……、たった今、たった今です、たった今現在、リモード共和国を侵攻していると、えー、侵攻していると自称して、えー、発表している人物からの、えー、声明がですね、当局にメールにて送られてきたとのことです。……映像出せる? ……よし、……えー、これから、その映像をですね、再生いたします。えー、……お願いします》
     しどろもどろながらもキャスターが指示し、映像が切り替わった。



    《私は反リモード共和国、及び反アドラー近衛騎士団組織、通称『ARRDK』の総長、リベロ・アドラーだ。
     我々はリモード共和国が密かに行ってきた蛮行・悪行の数々を明らかにし、そして正義の名の元にこれを糺(ただ)すべく活動を行っていた。そして昨晩、私の妹エヴァンジェリン・アドラーが先んじてネット上に動画を公開し、王国の、そして騎士団の非道を詳(つまび)らかにしてくれた。この動画で訴えられていたことはすべて真実である。この妹の勇気に報いるべく、そして妹をこれ以上の危険にさらさざるべく、我々は只今を以て蹶起(けっき)することとした。
     我が妹のため、リモード共和国人民のため、そして平和のために、これより一両日以内に騎士団を壊滅させ、そして騎士団を操り長年に渡って不正に富と権力を築いてきたリモード共和国を制圧する。以上だ》




     テレビ画面がまた、先程のキャスターを映していたが、エヴァもシュウももう、そちらを見てはいなかった。
    「い……今のって? あの人、誰?」
    「……あ、兄、……だ」
     何が起こっていたのかまるで理解できず、エヴァは呆然としていた。と――シュウのスマホから、ぺこん、ぺこんと立て続けに通知音が鳴る。
    「ひぇっ……」
     シュウが怯えた声を上げ、スマホを机に投げる。その画面は、昨夜の動画の再生回数が一定数を超えたことを示す通知と、その動画に寄せられたコメントの転送通知でいっぱいになっていた。そしてこの後も通知音は鳴り続け――朝8時前までの時点でたった37回だった再生回数は、正午を迎えるまでに100万回を突破してしまった。
    緑綺星・奇襲譚 4
    »»  2022.04.30.
    シュウの話、第65話。
    罪と報復。

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    5.
    「エクスプローラ社の役員から直々に、お前にお達しがあった」
     正午少し前、シュウは苦い顔をしたカニートに呼び出され、二人きりで話していた。
    「『弊社のインターン生がビデオクラウドにて政治的主張を主旨とする動画を配信していたとの情報をつかみ、我々役員会で当該動画を視聴した結果、前述のインターン生、シュウ・メイスンと思しき名前が公表されていることを確認した。弊社はあくまでも公平かつ公正を期すべき社会の公器であり、弊社、もしくは弊社に関係する人間が特定の政権、政党、政治結社、およびその他の政治団体に類する組織へ加担する行為は、決して容認してはならない。ついては該当のインターン生に事実確認を行うこととし、もし前述の内容に相違が無いものであれば、相応の処置を講ずる』とのことだ」
    「そ、『相応の措置』って……」
    「まず間違いなくクビ、……いや、インターンだから語弊があるな。まあ、服務規程上の違約があるとして、大学への損害賠償が行われるだろう。良くて単位取り消し、悪くて退学だろうな」
    「そ、そんなぁ~……」
     顔を真っ青にするシュウに、カニートが畳み掛ける。
    「そんなじゃないだろ。こうなることは容易に予想できたはずだ」
    「でも、だって、わたしが自分の名前出したワケじゃ……」
    「例えあの動画で名前が出なかったとしても、世間は調べる。そして投稿者がお前だってことに、いずれは行き着いただろう。結果は一緒だ。ともかく、お前がやったことはお前の予想以上に責任が重かった。もう他人に責任なすりつけてる場合じゃない。素直に自分の罪を認めるしかないな」
    「『罪』って……何が罪なんですか?」
     シュウはべそをかきながら、そう尋ねた。
    「わたしは友達のためにやったんですよ。このままじゃ友達が危険にさらされるから、その対抗措置として。正当防衛でしょ、ソレなら?」
    「俺に言い訳したって仕方ない。……この件はもう、俺にどうこうできる状況じゃない。むしろ俺も、お前に対する監督責任を問われるだろう」
     カニートはシュウに背を向け、こう言い捨てた。
    「お前には心底がっかりした。もっと慎重な奴だと思ってたんだがな。正直、もう顔も見たくない」
    「……っ」
     それ以上何も言えず、シュウはぐすぐすと泣きながら部屋を後にし、自分の部屋に戻った。
    「エヴァ、ひっく、ごめん、わたし……」
     が――部屋の中には、誰もいなかった。

     クーデターの声明動画を観た直後、エヴァはたまらず、セーフエリアの外に飛び出していた。
    (なにが『我が妹のために』だ、あのクズめッ!)
     心の中には羞恥心と――そして何故か――義憤が湧き上がっていた。
    (あいつに利用されたことが悔しくてたまらない。その上、それを口実に共和国を襲うだなど、許されることじゃない。……国を捨てたつもりだったが、実際に襲われたとあっては、立ち上がらないわけにはいかない。ましてやあんなふざけた理屈で攻め込んでいいわけがない。
     どうにかして国に戻り、リベロの蛮行を止めなければ!)
     移動手段を確保するため、あの蚤の市に足を運んだものの――。
    (……やはりまともなものは無いか)
     中古車を一通り見て回ったが、どれも走行能力がありそうには見えず、エヴァは頭を抱えた。
    (となると徒歩で? いや、不可能だ。直線距離でも、共和国まで300キロ近くあるんだぞ? 仮に踏破したとしても、リベロの侵攻を止めるには絶対に間に合わない。何としても車を入手しなければ……)
     と――背後から唐突に、声が掛けられた。
    「あれ? エヴァさん?」
    「……!?」
     振り向くと、そこにはあの「猫」のドライバー、ラモンの姿があった。
    緑綺星・奇襲譚 5
    »»  2022.05.01.
    シュウの話、第66話。
    無法地帯の儲け話。

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    6.
    「どうしたんですか、こんなところで? ……あ、そんなに警戒しないでいいです」
     ラモンはそう続け、腰のテーザー銃――結局あの晩に鹵獲した後、ずっと携行していた――に手を伸ばしたエヴァに落ち着くよう促す。
    「アルトさんならもうこの街にいません」
    「そうなのか?」
    「なんか結構大きい仕事頼まれたらしいです。書き置きだけ残ってました」
    「……随分あっさりしたものだな」
    「僕とアルトさんの関係なんてそんなもんですよ。仕事で僕の手を借りたいって時だけ、連絡が来るくらいの。……それに分かるでしょ? あの人、結構めんどくさい人なんですよ」
    「それは分かるな」
    「あの人と一緒にいられるのなんて、1週間か2週間がギリギリ限界です。それ以上は僕も無理です。……って、そんなことよりエヴァさん、こんなところで何してるんですか? クルマ買おうとしてるんですか、もしかして」
    「そのつもりだったが……」
     エヴァの返事を聞いて、ラモンはぱたぱたと手を振る。
    「こんなところで買うもんじゃないですよ。ここで売ってるのはクルマとは名ばかりの、ただの鉄クズですもん。と言うか、この街でまともなものは市場には出回ってないです」
    「やはりそうだろうな……うん?」
     ラモンの言葉に引っかかるものを感じ、エヴァは突っ込んでみる。
    「市場には、と言うのは?」
    「軍の非正規部隊とか犯罪組織とかのアジトが、この難民特区のあっちこっちにゴロゴロあるんですよ。その辺りなら多少はまともなものが揃ってます」
    「そうなのか? てっきりどこの国からも見放された土地、と思っていたが……」
    「『人』を手に入れるにはめちゃくちゃ都合のいい場所ですからね。ある日突然10人、20人消えたって誰も何とも思わないですし、通報とか逮捕とかもありませんからね」
    「ゾッとする話だな」
    「……あ、そうか」
     と、ラモンがニヤッとズル賢そうな笑みを浮かべる。
    「エヴァさんって元特殊部隊の人ですよね?」
    「うん? ああ、まあな」
    「モノは相談なんですけどね」
     そう前置きし、ラモンは付いてくるようエヴァに促した。

     市場を離れ、荒れた往来を歩きながら、ラモンは話を切り出した。
    「さっき言った非正規部隊の拠点がこの近くにあるんです。あの白猫党のとこですね。南側の方です」
    「白猫党だと?」
    「ま、そんな看板があったり本人たちがそう言ってたりってことは無いんですけども、僕もあっちこっち危険なとこを行き来してる身ですから、兵装を見ればピンと来るんですよ」
    「ほう……」
    「で、で、その白猫党の非正規部隊っぽいのが拠点を構えてて、で、色々備蓄してるんですよ。クルマもきっとあります」
    「まさか……それを襲えと言うのか?」
     尋ねたエヴァに、ラモンはにっこり笑って親指を立てる。
    「正解、その通りです! いやー、実はここまで乗ってきたあのバス、いよいよ使い物にならなくなってきちゃいまして。修理用に部品取りできるクルマが無いかって市場を見て回ってたとこだったんですが、もしエヴァさんがクルマを調達してくれたら、いっそそっちの方が手っ取り早いなーって。あ、用事があるなら一回くらいは僕が送迎しますし」
    「いや、しかし、縁もゆかりもない相手を襲うわけには……」
     渋るエヴァに、ラモンはこう返す。
    「ここじゃ日常茶飯事ですって。それに今まで散々縁もゆかりもない人たち襲ってきたんでしょ? もう一回くらいやった、って……あー……」
     エヴァにテーザー銃を突き付けられ、ラモンはようやく黙る。
    「それ以上ふざけたことを言うなら、話はここまでだ」
    「すいません」
     両手を挙げ、謝罪するが、それでもなおラモンは食い下がる。
    「でも実際問題、他に手段無いじゃないですか。それとも他にクルマ手に入れるアテがあったりするんです? って言うかそもそもクルマ買えるおカネ、エヴァさん持ってるんですか?」
    「それは……」
    「綺麗事言って我慢できるような余裕、無いでしょ? 汚いことでも今はやらなきゃ、どうしようもないんですってば」
    「むぐぐぐ……」
     エヴァはテーザー銃を構えたまま逡巡していたが、やがて折れた。
    「……仮にだ。仮に私たちがその拠点を通りがかって、何かしら犯罪の証拠、あるいは犯罪準備の証拠を見つけたとしたら、その時はだ、その時は、人道上、道義上でだな、適切な対応をしてもよい、はず、だ」
    「つまり『因縁付けられそうなとこがあったら襲っちゃっても問題無いよね』って言いたいんですね?」
    「は、はっきり言うな!」
    「言い訳はその辺でいいですから――つまりやってくれるんですね?」
    「……やるしかあるまい。……ただ、……本当に何もやましいところが無い連中だったら、流石に襲わないぞ」
    「本当にやましいところが一欠片も無かったとしたら、それでいいですよ。じゃ決まりですね」
    緑綺星・奇襲譚 6
    »»  2022.05.02.
    シュウの話、第67話。
    拠点制圧。

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    7.
     ラモンに案内され、エヴァは工場跡らしき建物の裏手に到着した。
    「連中はこの中で生活してます。半月に1回くらいでトラックも来るんで、結構忙しくしてるみたいですよ」
    「忙しく、か」
     建物の窓から中をうかがおうとしたが、廃屋に似合わない真新しい軍用コンテナに視界が阻まれる。
    「確かに何かの拠点らしいな」
    「たまーに盗みに入ろうとする奴がいるみたいですけど、成功したって自慢してる奴は一人も出てこないんで、ほぼほぼ返り討ちに遭ってるんでしょうね。でも元特殊部隊のエヴァさんなら……」「何度も言うな。気絶させるぞ」
     エヴァは建物を見上げ、壁の硬さを確かめて、侵入ルートを検討する。
    (鉄筋製のせいか、案外しっかりしている。2階の窓は板が打ち付けられている。あそこから侵入はできそうにないな。とは言え……)
     エヴァは数歩下がり、視界にいたラモンに指示する。
    「10分経って私から合図が無ければ、失敗したと思っていい。その時はそのままここから離れろ」
    「了解です」
     ラモンが数歩引いたところで、エヴァは2階部分まで壁を駆け上がり、窓に打ち付けられた板の、わずかな段差をつかんで自分の体を引き上げ、屋上までよじ登っていく。その様子を眺めていたラモンは、ぼそっとこうつぶやいていた。
    「アルトさんもバケモノじみてるけど……エヴァさんも相当バケモノだよなぁ」

     屋上に上がったところでまず、エヴァは敷地内の様子を探る。
    (表側は元々駐車場と、貨物の積み下ろし場所になっていたらしいな。……あのヘリで人を運んでいるんだろうか)
     駐車場跡には大量の軍用コンテナが置かれ、武装ヘリが停まっていた。
    (流石にここから地上に降りるわけにはいかないな。目立ちすぎるし、そもそも危険だ)
     と、屋上の端が大きく崩れているのを見つけ、エヴァは首を突っ込んでみる。
    (ここからなら侵入できそうだ)
     罠が無いか探るが、それらしいものは見当たらない。
    (そもそもこんなところから侵入しようと言う奴が、難民特区にいるとは思えない。相手もそう考えているんだろう)
     危険が無いことを確認して侵入し、そのまま部屋の外に出る。
    「……で……に……」
    「……いつ……」
     元々が工場だったせいか、部屋の外の廊下は吹き抜けとつながっており、1階の様子が見下ろせる。その中央に集まっている者たちが、机に武器と近隣の地図とを置いて何か話し込んでおり、階上のエヴァに気付いている様子は見られない。
    (全部で6人――お決まりのハーミット式班編成、ドライバー2名と実働班4名。偉そうに地図を叩いてるあいつがリーダーだろう。その右横でうんうんうなずいてるのがドライバー、その反対にいるのがコドラ(副運転手)と言うところか。向かい側にいるのが残りの実働班3名だな)
     一旦部屋に戻り、エヴァは思案を巡らせる。
    (どうやって全員倒す? こっちの手持ちは拳銃とテーザー銃が1挺ずつだ。廊下からじゃテーザー銃は届かないし、拳銃弾も威力が落ちる。廊下から飛び降りて肉弾戦と言うのもナシだ。1対6は流石に厳しいからな。さて、他に方法は……?)
     と、こちらの部屋にも小さい軍用コンテナがいくつか置かれているのに気付く。
    (中身は糧食と日用品か。こっちは……?)
     コンテナをいくつか開け、その中に拘束・鎮圧用の武器が入っているのを見付けて、エヴァはため息をつく。
    (なるほど、確かにあいつらは人さらいらしい。……それなら多少手荒にやっても、良心はさほど傷まないな)
     エヴァはコンテナの中から投網射出器を取り出し、迷いなく階下に向けて発射した。
    「それでは、……うわっ!?」
    「な、なんだ!?」
     机上の地図に気を取られていた6人は、あっさり網に絡め取られる。すかさずエヴァは1階に降り、テーザー銃を撃ち込む。
    「はがががが……」
    「あぎぎぎぎ……」
     侵入から5分もしないうちに、相手はあっさり無力化された。
    緑綺星・奇襲譚 7
    »»  2022.05.03.
    シュウの話、第68話。
    奇妙な符合。

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    8.
     合流したラモンに、エヴァは駐車場のヘリを指し示す。
    「あれは操縦できるか?」
    「は?」
     目を丸くするも、ラモンはこくりとうなずいた。
    「まあ、できなくはないですが」
    「あれならリモード共和国まで1時間くらいで行ける。いますぐ調達できる移動手段としては、あれ以上は無いだろう」
    エヴァの言葉に、ラモンの猫耳がびくんと跳ねる。
    「リモード共和国ですって!? あんたこないだそこから逃げて来たとこじゃないですか! しかも今朝方クーデターもあって……」「だから行くんだ」
     そう返しつつ、エヴァはラモンの肩を叩く。
    「それにあれはジェットヘリだ。1機3千万コノンはする代物だ。売るところで売れば、高級車が新車で3台は買えるくらいにはなる」
    「さっ、3千万!」
     カネの話をした途端、ラモンの目の色が変わった。
    「私をリモード共和国まで送ってくれれば、あのヘリは好きにしていい。売るなりバラすなり、君の勝手にしていいぞ」
    「う、うーん……でも危険なのは嫌ですよ。クーデターの真っ最中のとこに飛び込むのはちょっと……」
    「攻撃されているのは首都市街地だ。郊外に降ろしてくれれば安全だ。後は自力で行く。一回送り届けるだけで3千万なんだ。これ以上無いボロ儲けだろう?」
    「うーん……」
     ラモンは渋い顔をしていたが、やがて決心した顔でうなずいた。
    「……分かりました、やりましょう! 3千万のためならラモン・ミリアン、陸へ海へ空へですよ!」
    「ありがとう。よろしく頼む」
    「了解です。じゃ、給油だとか機器点検とかしないといけないので、30分待ってもらっていいですか?」
    「分かった。こちらもその間に戦闘準備をしておこう」

     気絶したままの兵士たちとコンテナから武器・弾薬をかき集め、エヴァは完全武装を整える。その間にラモンの準備も終わったらしく、駐車場からヘリのローター音が聞こえてきた。
    《準備完了です。いつでも行けますよ》
     ヘリに積んであった通信機も鹵獲しており、エヴァの狼耳にラモンの声が届く。
    「了解。まもなく向かう。……いや」
     と、コンテナに収められていた武器の中からテーザー銃を見つけたところで、エヴァは手を止めた。
    「ラモン、昨晩のセーフエリアでの騒ぎを聞いてるか?」
    《セーフエリアの? なんかヘリが襲ってきたとか何とかって……》
    「君が乗っているそのヘリのローター音、わたしには聞き覚えがあるんだ」
     エヴァは昨晩から奪ったままのテーザー銃と、コンテナ内に収められていたものとを見比べ、それが紛れもなく同型機であることを確認する。
    「私は昨晩、セーフエリアにいた。襲撃にも居合わせている。その時のヘリと、今君が乗っているヘリは、どうやら同一の機体らしい」
    《へ? ……ってことは、白猫党の奴らがセーフエリアを襲ったってことですか?》
    「そうなる」
     まだ横たわっている兵士たちの体をもう一度調べ、そのうちの一人に樹状の傷が2ヶ所走っていることを確認する。
    「兵士たちの中に、電紋(でんもん:電気が体を通ったことで生じる傷跡)が2つ付いてる奴がいる。だがさっき無力化した時には、1人に対してそれぞれ1回ずつしか使ってないんだ。それなのに2ヶ所あるってことは、今より前にもう一回――それもごく最近――電撃を食らってたってことになる。そして昨晩、わたしはセーフエリアを襲った兵士を一人、テーザー銃で気絶させているんだ」
    《つまりそいつらがゆうべ襲ってきた奴だ、……ってことになりますね。でも何で……?》
    「……それは分からない。ともかく時間が無い。すぐ行こう」
    《了解です》
     エヴァは弾薬を詰め込んだバッグを抱え、ヘリに乗り込んだ。

    緑綺星・奇襲譚 終
    緑綺星・奇襲譚 8
    »»  2022.05.04.
    シュウの話、第69話。
    自分自身へのミッション。

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    1.
     3年前、エヴァの兄リベロ・アドラーも家の期待を背負い、騎士団試験に臨んでいた。しかし――周囲にとっても、そして恐らくはリベロ本人にとっても――極めて残念なことに、リベロはその期待に応えられるだけの資質・能力を持ち合わせていなかった。結果としてリベロは試験に落第し、その翌日から屋敷の地下に軟禁された。「一族の面汚しを外に出すわけにはいかない」とする、家長ジョゼの命令である。
     だが軟禁されて数日後、リベロは家を抜け出した。以降の足取りは、ようとして知れなかったのだが――。



    「再びその顔を見たのが、今朝の臨時ニュースだったと言うわけさ」
     エヴァは武装ヘリの中で、今朝に至るまでの経緯をラモンに話していた。
    「アドラー家って言うのを聞いたことないんですが、でも聞く限りだと、すごいハードな家庭環境なんですね」
    「そこそこの家柄と思っていたんだが……まあ、そんなものか」
    「あ、いや、僕は元々こっちの人間じゃないんで。央中の方なんです」
    「それでか。……まあ、君の言う通り、かなり変わった家庭環境であったことは否めない。物心付いた時には両親がいなかったし、かと言って祖父が世話してくれたと言う記憶も無い。騎士団に入るまで、私と兄は屋敷の人間に育てられていた」
    「それは……うーん……何と言うか、寂しいですね」
    「そうなのかな……? 学校の友人や屋敷を訪ねてきた人間からも何度か同じようなことを言われたが、正直ピンと来ない。私にとってはそれが普通の環境、基準の環境だったからな」
     いつの間にかヘリは難民特区を離れ、眼下には1世紀に渡る戦争ですっかり荒廃した、白猫党領とトラス王国の国境の景色が広がっている。
    「そう言えば一度、祖父にこんなことを言われたな。『アドラー家の黒き宿命を背負え』と」
    「黒き宿命?」
    「何を意味するのかは分からない。だがその時の祖父は、どこか寂しそうな、あきらめたような顔をしていた。今にして思えば、こうした事態に見舞われる可能性を示唆していたのかも知れないな。……っと、気を付けろ。白猫党領に近付きすぎると、対空砲で撃ち落とされる可能性がある」
    「承知してます。ただ、もしされたとしても、このヘリには回転連射砲とミサイルが積んでありますからね。返り討ちにできます」
    「やめてくれ」
     エヴァは肩をすくめて返し、進行方向を指差した。
    「一刻も早く共和国に行きたいんだ。余計な戦闘は避けたい。それにそもそも武装ヘリ用ミサイル1発辺り、数十万エルの値段が付くんだぞ」
    「それも承知してます。流石に庶民が使うにはもったいないです。温存しますよ」
     こんな風にとりとめのない会話をとぎれとぎれに続けている間に、二人はリモード共和国に到着した。

     ヘリは共和国首都ニューペルシェの郊外で、地表ギリギリまで高度を下げる。
    「私が降りたら、すぐここを離れろ。迎えは考えなくていい」
    「ありがたいです。それじゃ、……お気を付けて」
    「ああ」
     エヴァは装備を担ぎ、地面に降り立つ。直後、ヘリはエヴァが指示した通りに上昇し、あっと言う間に彼女の視界から消えた。
    (さて、と。私の人生で最も困難なミッションになりそうだな。……いや、これは『ミッション(指令)』なんかじゃ――誰かに指示されてやらされるようなことじゃない。私が自分で決断し、実行するんだ)
     エヴァは小銃を構え、ニューペルシェ市街に向かって歩き出した。
    (まずどこへ向かう? 単純に考えるのであれば大統領官邸だ。この国を奪取せんとする奴らなら、そこを襲う。当然、リベロもそこにいるだろう)
     エヴァは大統領官邸へではなく、自分の生まれ育った屋敷へと向かう。
    (そもそもこの非常事態に軍と祖父が動いていないはずが無い。確実に今、動いているはずだ。それなら私が向かうべきは大統領官邸か軍本司令部、あるいは騎士団本部のいずれかになる。……アドラー家の事情を知らぬ者ならそう考えるだろう。だが私はアドラー家の一員だ。祖父の行動も理解できている)
     街のあちこちで、ARRDKの一員らしき兵士たちが軍用トラックで巡回していたが、エヴァは彼らに気付かれることなく、自分の生家であった屋敷に到着した。
    (確信するが――祖父はきっと、ここにいる)
    緑綺星・宿命譚 1
    »»  2022.05.05.
    シュウの話、第70話。
    祖父の後悔。

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    2.
     アドラー屋敷も相当攻撃を受けたらしく、既に半壊していた。
    (流れ弾が当たったと言う感じじゃない。間違いなく攻撃目標にされた感じだ。……いや、相手のトップがリベロなんだ。ここを襲わないわけが無い)
     崩れ落ちた箇所から中へ入り、用心深く廊下を進む。
    (騎士団本部を最初に襲い、そして陥落させたとして、祖父が簡単に投降するとは思えない。隙を見て脱出し第二の拠点、即ちこの屋敷に逃げ込んで態勢の立て直しを図る。アドラー家の一員たる私ならそう考えるし、リベロも同じ考えに至ったのだろう。そして追撃し……その結果がこれだ)
     既にARRDKは引き上げたらしく、屋敷の中に人の気配は無い。エヴァは地下への階段を下り、金属製の扉の前で立ち止まる。
    (有事の際に使われるアドラー家専用シェルター……やはりここは無事か。……いや)
     扉の認証装置を操作し、ロックを解除する。
    (リベロなら開けられるだろう。と言うよりもあいつは一時、ここの住人だったんだからな)
     だが扉を開け、中の様子を確認したところで、エヴァは首をかしげた。
    (……? 大勢で押し入ったような様子が無いな。硝煙の臭いもしない。破らなかったのか?)
     警戒しつつ奥へと進み、ほどなくエヴァは、変わり果てた姿の祖父と再会した。
    「……死んでいるな」
     ジョゼの服は血で染まっており、手には弾を撃ち尽くした拳銃が握られている。
    (ARRDKの包囲から抜け出し、最後の意地でここまでたどり着きはしたが、……と言うところか。……うん?)
     と、遺体が寄りかかっていた木箱の上に手帳が置かれているのに気付く。
    (状況からして、祖父が遺したものだろう)
     エヴァは小銃を傍らに置き、手帳を手に取った。
    (当たり前だが、昨日時点までは整然と文字が並んでいる。……トッドレールの言っていたことの裏が取れてしまったな)
     手帳には騎士団の活動のすべてが、事細かに記されていた。
    (近隣諸国へのスパイ活動……国境辺縁での難民排除計画……『すべて順調。問題なし』だと? 何が問題なしだ、この人でなし!)
     ページをめくる手に次第に力がこもり、やがてエヴァは手帳を木箱に叩きつけた。
    「この……この、このっ、この……!」
     罵倒の言葉は頭の中にいくつも浮かんできてはいたが――それを肉親へ浴びせるのは流石に良心がとがめたため――どうしても口に出せず、代わりに木箱を蹴って苛立ちを抑えようとしたが――。
    (……?)
     木箱に叩きつけられた手帳の、最後のページに、何かが書かれていることに気付き、エヴァの足が止まる。もう一度手帳を手に取り、そのページを確かめた。



    「リベロの反乱 そして エヴァのMIA どちらも私が 軍人や政治家としてではなく アドラー家として成すべきことを成さず 私欲 いや、国家の欲 強欲のために 騎士団の歪みを糺さず 見て見ぬふりをしたがために 起こるべくして起こったこと
     真にアドラー家の一族 誇り高きダークナイトであるならば 正義のために動くべきだったのだ いつの頃からアドラー家は堕したのだろう 私の代で変えることはできなかったのか 変えることができなかった
     結局は 私もまた 誤った歴史を築き 悪と強欲に加担してしまったのだ

     私は 己の弱さを恥じる」




     手帳を読む手が――今度は怒りのためではなく、激しい動揺のために――震えていた。
    (これは……どう言うことだ? 祖父は……悔いていたと言うのか?)
     手帳を閉じ、もう一度祖父の亡骸を見る。
    (……分からないでも、ない。アドラー家は先祖代々の軍人の家系、大きな期待と羨望を寄せられてきたのだ。その期待に応えるためには、国家に並々ならぬ貢献をせねばならなかった。……その過程で少しずつ、正義の道を外れていったのだろう。それがいつの頃からなのか、それは分からないが、少なくとも剛毅な祖父が容易に変えられぬほど、長く続いていたのだろう。
     その苦悩がどれほどか、……私には到底計り知れないが、それでも、祖父の正義に寄り添いたかったその気持ち、その無念だけは、理解できる。……それなのに今、リベロが悪事を働こうとしている。曲がりなりにも平和であったこの国をめちゃくちゃな理屈で脅かし、破壊しようとしているのだ。何としても止めなければならない)
     エヴァは手帳を懐にしまい、小銃を背負って、屋敷を後にした。
    (私が止めてみせる。私こそが――最後のダークナイトなのだから)
    緑綺星・宿命譚 2
    »»  2022.05.06.
    シュウの話、第71話。
    嘘と偽装と。

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    3.
     エヴァが大統領官邸に到着した時点で、既に太陽は西へ傾き、夕暮れが迫りつつあった。
    (今朝方、電撃的に襲撃したのだから、相手はおしなべて疲労しているだろう。注意力も落ち込んでいるはずだ。薄暮時の今なら私の行動を捕捉し、即応することは難しいだろう)
     物陰から敵の様子を確認したところ、エヴァの予想通り、誰も彼も憔悴した表情でぼんやり座り込んだり、突っ立ったままでいたりしている。
    (リベロ一人倒せば全てが終わるわけじゃないだろう。少しずつでも無力化しておいて損は無い)
     2、3人で固まっていた相手が、一人、また一人と、場を離れていく。
    (用を足しに行ったか、食料の調達か……。まあいい、好都合だ)
     たった一人残ったところで、エヴァはそっとその一人の背後に忍び寄り、首に腕を回す。
    「がっ!?」
     10秒も絶たない内に気絶した相手を素早く縛り、近くのロッカーに放り込む。
    「ん?」
     と、その様子を別の人間に目撃されたが――。
    「あばばばばば……」
     すかさずテーザー銃を撃ち込み、気絶させる。
    「なんかバチバチって聞こえなかったか?」
    「こっちからだよな。……ん!?」
     さらに敵が現れたが、これもすぐに飛びかかり、瞬く間に昏倒させる。1分も経たない内に4人、5人と倒し、エヴァはあっさり周辺を制圧してしまった。が――そのことに、エヴァは疑問を抱いていた。
    (妙だな……? いくらなんでも柔(やわ)すぎる。
     私は自分の実力を正しく知っている。並の人間が相手なら十把一絡げに叩きのめしてしまえるくらいの実力はある、……と、過不足無く把握している。だが相手は一国を陥落せしめんとするテロリストたちだぞ? そこいらの一般市民と変わらん腕前であるはずが無い。まともな兵士とまともに戦えば、私だって普通に苦戦する。騎士団が相手であったら流石に五分以下。私が勝てる保証は無い。
     同じ軍人、兵士であれば――それが非正規の軍隊であろうと――相応に苦戦してしかるべきだ。だがこいつらは、あまりにも歯ごたえが無さすぎる。正直、一般人が小銃を持たされているのと、大して変わらない。しかし、こいつらが首都を陥落させた連中であることは明らかだ。
     一体こいつらは何者なんだ……?)
     ともかく気絶させた敵を片っ端から縛り上げ、相応の安全を確保した上で、エヴァは官邸の中心である大統領執務室に向かった。

     エヴァは執務室のドアに狼耳を当て、中の様子を探る。
    (……? 足音も息遣いも無い? 物音らしい物音は、何一つ聞こえてこない。誰もいないのか?)
     人気が無いことを確認したが、それでも警戒を緩めず、恐る恐るドアを開ける。
    (罠も仕掛けられていない。……まあ、執務室などと言ってみてもただの部屋だからな。他に拠点を構えている可能性もあるか)
     中へ入り、部屋の中を見回し、やはり誰もいないことを確認する。
    (……ハズレだな。とするとリベロは一体どこに?)
     その時だった。
    《やあ。君は誰かな?》
     どこかから突然声が飛び、エヴァは小銃を構えて振り返る。そこにはいつの間にか、狼耳の男が立っていた。いや――。
    「リベロ!? ……じゃない!」
    《へえ?》
     リベロを模したらしきその人形は、無表情でおどけた動作を見せる。
    《君の顔は見た覚えがある。ちょうど昨日の夜中くらいに。そう、あの動画に出てた娘だ。君がエヴァンジェリンかい?》
    「そうだ。お前は誰だ?」
     銃口を向けるが、人形に動じた様子は無い。
    《僕かい? ここでは『リベロ・アドラー』役で出演している。……とは言え君は『こいつ』を、リベロとは呼びたくないだろうね》
     そう言って自分自身を指差した人形に、エヴァは小さくうなずく。
    「当たり前だ。本物のリベロは今どこにいる?」
    《うーん……そうだね……どう言ったらショックを受けないでもらえそうかな。いや、やっぱり率直に言った方がいいか。
     リベロ・アドラーはもうこの世にいない。3年前に死んでるよ》
    緑綺星・宿命譚 3
    »»  2022.05.07.
    シュウの話、第72話。
    クーデターの真実。

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    4.
     人形から唐突な真実を告げられ、エヴァは面食らっていた。
    「死んでいる!? 3年前にだと!?」
    《ああ。アドラー家から逃げ出した後、彼は我々のところに身を寄せて……いや、これも率直に言おう。我々が身柄を拘束したんだ》
    「白猫党か?」
     エヴァのこの質問に、人形はようやく驚いた様子を見せた。
    《へえ? 偽装したつもりだったけど、よく見破ったね》
    「別の場所でお前たちの非正規部隊に遭遇した。そいつらが持っていた装備はそのまま、ここをうろついていたARRDKのものと同じものだった。ならばイコールで考えるのが道理だろう」
    《ま、そりゃバレるよね。とは言えここで君一人にバレたところで、って感じかな。そうだ、バレてもいいやついで、自慢ついでに、もうちょっと話をしてあげるよ。リベロは逃げに逃げて白猫党領内にたどり着き、そして当然の結果として、我々白猫党に捕まった。そこで我々は彼を利用するべく、今回の計画を企てたのさ。
     計画の全容はこうだ。白猫党領の領土拡大のため、そして将来的に新央北圏内へ侵攻することを見据えて、その両方に隣接する中立国であるリモード共和国を占領したい。しかし立案当初は我々もまだ、北側との戦闘が完全に収束する見込みが立ってなかったし、必要以上の戦闘も避けたい。何より軍事国家だからって自分の都合だけで無闇やたらに攻め込んだりなんかしたら、国際社会は絶対に容認してくれないし、四方八方から制裁を受けてしまう。だからその、国際社会を納得させられるだけの理由――『大義名分』が必要だった。
     そこに現れたのがリベロだ。彼にはリモード共和国を恨んで復讐を企てるだけの理由がある。しかしその一方で、一人でどうにかできるだけの実力も才能も、行動力も無い。我々の傀儡(かいらい)に仕立てるには、これ以上無く絶好の存在だった。我々はリモード共和国に異を唱える体のテロ組織を作った。そう、ARRDKだ。そしてリベロをそのリーダーに据え、時期を待って襲撃する機会を伺う、……と言うのが当初の計画だった》
    「『時期』だと? ……っ!」
     人形の言葉に、エヴァは息を呑んだ。
    《どうやらピンと来たみたいだね。そう、君が昨夜流したあの動画さ。しかも流したのが他ならぬアドラー家令嬢なんだから、都合がいいことこの上無い。いや、これも率直に言ってしまおうか。我々が、君にあの動画を流させるよう仕向けたんだ》
    「じゃあ、昨夜の襲撃もやはり……!」
    《その通り。難民特区に駐留させてた部隊を動かして、君に危険を感じさせたんだ。あのセーフエリアから大手の新聞社にすぐ連絡できるから、大方そっちの筋で広めてくれるだろうと思ってたけど、君自身が動画を流した。ま、その点はちょっと意外だったし、おかげで予定をかなり早めなきゃならなかったけど、結果的には問題無しさ》
    「なぜ私が特区にいると?」
    《白猫党領内で戦っていただろ? 無論、領内の監視は行き届いてるし、騎士団が難民狩りをしてたことも把握してる。とは言え我々にとっては領民が逃げ出すのを防止するのに一役買ってたから、いつもなら放っておくところだけど、あの晩は妙なことが起こった。騎士団のトラックが横転して、兎耳の男一人に全滅させられてた。しかもその内の一人が、兎耳の方に付いて行った。そこで残った3人を捕まえて尋問したところ、君の正体と、離隊した理由が分かった。
     となればいずれ、君も行動を起こす。我々はそう予測して、君をずっと泳がせていたってわけさ》
    「Rは……拘束した3人は生きてるのか?」
    《生きてるよ。解放する気は今のところ無いけどね。
     それよりリベロの話に戻ろう。我々の計画が気に入らなかったのか、あるいは我々の操り人形であることが嫌だったのか――リベロは自殺した。とは言えあんまり我々の計画には関係無かった。我々にとって必要なのは彼本人じゃなく、彼の名前だけだからね。
     彼が死んだその事実を握るのは我々だけだし、だから生きてるってことにして、偽者を用意してごまかした。そうそう、ARRDKの人員も――もしかしたら気付いてるかも知れないけど――特区でさらって来た人間を洗脳して偽の記憶を植え付けた、ただの一般人だ。この計画は北との戦闘ほど重要じゃないし、あまりコストをかけたくなかったからね。
     そして――こっちの方がもっと重要だけど――『こいつ』の実地試験もやっておきたかった》
     その言葉と同時に、人形からにょきにょきと、金属むき出しの腕が何本も伸びる。
    《次世代型戦闘用ドローン『スケープドール714』、通称SD714だ。首都を陥落させたのも、正規軍と騎士団を壊滅させたのも、こいつの戦果さ。
     ところでエヴァンジェリン、君は映画を観る方かい? それならこうして得意になって色んな秘密をしゃべった後、そいつがどう言う行動を取るかも分かるよね?》
     腕にそれぞれ重火器が搭載されていることを確認した瞬間、エヴァは危険を察知し、その場から飛び退いた。
    緑綺星・宿命譚 4
    »»  2022.05.08.
    シュウの話、第73話。
    次世代型戦闘兵器・SD714。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     一瞬前までエヴァが立っていた場所に無数の弾痕が刻まれ、その背後にあった執務机は木っ端微塵に破壊される。
    (回転連射砲にグレネード砲2門――一瞬でも気を抜けば、私もあの机同様に細切れにされる!)
     エヴァはSD714の集中砲火から逃げるため、側面に回り込もうとする。だがSD714は頭部をぐるんと動かし、エヴァを追尾する。
    《無駄だよ。人間の性能でこいつを上回ることは不可能だ》
     腕が一斉にエヴァを向き、起動音を立てる。
    (まずい!)
     反射的に小銃を向け、頭部――ではなく、その後ろの腕を狙って引き金を絞る。放たれた弾はグレネード砲内の、今まさに放たれようとしていたグレネードの弾頭に当たり、暴発させた。
    《うわっ!? ……あ、……あれ? 参ったな、背部攻撃システムが全部ダウンしちゃった。やるなぁ、エヴァンジェリン・アドラー。……でもまだだ。こいつの力はまだ、こんなもんじゃないよ》
     SD714の折れた腕ががちゃ、がちゃんと落とされ、別のところから腕が伸びる。その一瞬の間を突いて、エヴァは執務室から飛び出した。
    (今のは運が良かったが、あんな芸当が二度も三度もできるわけがない。正面から戦うのは愚策だ。何か方法を考えなければ……!)
     廊下を見渡し、他に敵がいないことを確認しつつ、エヴァはSD714から距離を取るべく走り出す。
    《どこまで逃げても無駄だよ》
     豪快な音を立て、執務室のドアが吹き飛ぶ。そこからSD714が飛び出し、猛然とエヴァの後を追って来る。
    「くっ……!」
     エヴァも近くの部屋のドアを蹴破り、中へと転がり込む。
    《君の動きは各種センサーとハックした官邸内の監視カメラで、ばっちり捕捉できてる。どう逃げようと、君の運命はもう決まってるんだよ》
     エヴァは背負っていたバッグから急いで予備の武器を取り出しながら、対策を練る。
    (手持ちの武器であれを破壊するのは不可能だろう。それでどうにかなるなら、共和国の兵士や騎士団員が倒せているはずだからな。
     しかし……どうやって倒す? 倒さなければ、私が生きてここを出ることも、祖父の無念を晴らすことも叶わない。当然、白猫党がここを襲ったことを公表し、奴らの不義非道を明るみに出すこともできない。何としてでも生き延びなければ……!)
     と、機械音が次第に近付いて来る。
    《やあ、エヴァンジェリン。かくれんぼはおしまいにしようよ》
     急いでバッグをひっくり返し、中から手榴弾を一つ残らず取り出す。
    (下手すれば巻き添えだが……この策しか無い!)
     SD714が壁ごとドアを壊し、部屋の中に入って来ると同時に、エヴァは手榴弾を部屋中に撒き、窓へ向かって駆け出した。
    《おいおい、まだ遊ぶのかい? 僕はもう飽き飽きだ……》
     窓から飛び出すと同時に手榴弾が一斉に爆発し――大統領官邸の一角が、SD714ごと崩れ落ちた。

    「……ふー……」
     エヴァは小銃を構え、自分が飛び出した部屋があった方角をにらみつけていたが、粉塵が収まった辺りで、ようやく構えを解いた。
    (どうにか危機は回避できたらしい。……一国も早く、共和国から脱出しなければな。できれば奴らが侵攻した証拠を集めたいところだが……)
     辺りを見回し、エヴァはため息をつく。
    (あのドローンの中の奴の話じゃ、やって来た兵士はみんな難民を洗脳しただけの木偶の坊。捕まえて尋問したところで、何の情報も持っていないだろう。周りのコンテナに入ってる武器もどうせ、刻印も製造番号も無いゴースト品だろう。……私が持って来た武器もそうだったからな。
     仕方無い。証拠集めは諦めて、脱出の方法を考えるとするか。どの道、相手もリベロだと言い張ってた人形が、ああしてスクラップになったんじゃ……)
     そこまで考えて――エヴァの背筋がぞくりと凍った。
    (……リベロの……『人形』? と言うことは……まさか)
    《ひどいことをしてくれたね、エヴァンジェリン》
     大型コンテナの扉が開き、中から声が聞こえてくる。
    《あれ一機作るのにいくらかかるか知ってるのかい? 半端な戦車より高く付く代物なんだよ? とは言え量産体制はもう整えてるから、今はもうちょっと安く済むんだけどね》
     がしゃん、がしゃんといくつもの足音を立てて、コンテナの中からぞろぞろとSD714の集団が現れる。
    「うっ……!」
    《ちなみに今回リモード共和国に持って来てるSD714は、全部で60機だ。いや、君に1機壊されちゃったから、正確には59機か。どうする、エヴァンジェリン? まだ遊ぶかい?》
     大統領官邸の正門の向こうからも、機械の足音が聞こえて来る。
    《それとももうやめにする? それならリセットボタンは自分で押してくれよ。こっちも弾がもったいないからね。
     さあ……どうする、エヴァンジェリン?》
    「くっ……」
     迫って来るSD714との距離を保ちつつも、エヴァにはもう、打開策が浮かばなかった。
    緑綺星・宿命譚 5
    »»  2022.05.09.
    シュウの話、第74話。
    ミッション・インコンプリート。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     その時だった。
    《……さん! エヴァさん! 聞こえ……すか!?》
     まだ耳に付けたままだった通信機から、とぎれとぎれにラモンの声が聞こえてきた。
    《急い……陰に隠……て! 航……支援し……す!》
    「……!」
     エヴァは小銃を捨て、ばっと身を翻す。
    《おいおい、まだやる気なの?》
     一方、エヴァとラモンのやり取りに気付いていないらしいSD714は、続々と大統領官邸に進入してくる。
    (59機……コンテナから10ずつ……4つ……40……裏手……確かコンテナが1つ……多分あれで全部……今だ!)
     エヴァは官邸の生垣を突っ切り、大通りへ転がりながら、通信機に怒鳴った。
    「ラモン! 撃て! 官邸の庭だ!」
    《了解!》
     次の瞬間、どこかから風切り音が鳴る。そしてSD714が今まさに包囲しようとしていた前庭にミサイルが着弾し――SD714たちはあっけなく吹き飛ばされた。
    「うわ……っ」
     きれいに整えられていた生垣も爆炎とがれきで消し飛び、地面に倒れ伏していたエヴァに大量の粉塵と焼けた枝葉が降りかかる。
    「げほ、げほっ……、くそ……体中が……痛いな……耳もだ……」
     がらん、とエヴァの前に、リベロを模したSD714の頭が転がってくる。
    「……チッ」
     白猫党に対する忌々しい気持ちも、兄と祖父に対する憐憫の情も――そして自分の過去の過ちに対する忸怩たる思いも込めて、エヴァはその頭部を蹴っ飛ばした。
    「ラモン、今どこにいる? 急な計画変更ですまないが、来れたら迎えに来てほしい」
    《そう言うと思って、今そっちに向かってます。って言うか、でなきゃヘリで航空支援なんかできないでしょ?》
    「悪いな、助かる。ランディングゾーン(ヘリの着陸指定地点)は君が今、ミサイルを撃ち込んだ官邸前庭だ」
    《大丈夫です? 敵が集まって来るんじゃ……》
    「その点は心配いらない。敵自ら得意げにあのガラクタどもの総数を教えてくれた上、その全機が前庭に集まって来ていたのを確認している。歩兵戦力についても全員ただのエキストラ役者でしかないと、ご丁寧に教えてもらったよ。であれば地対空攻撃なんか用意しているわけが無い。仮に用意していたとしても、偽者兵士じゃ使い方も分からんだろう」
    《了解です。30秒で向かいます》
    「頼んだ」
     まもなく北東から、ヘリのローター音が聞こえてくる。到着までのわずかな時間、エヴァはあちこちで黒煙が上がる、自分が生まれ育った街の大通りを見回し、ため息をついた。
    (ARRDKは撃破したが、白猫党が背後にいるとなればバックアップ策も講じているだろう。私一人じゃ、共和国の奪還は不可能だ。
     だが、私の誇りにかけて誓おう。この国はきっといつか、必ず――私が救ってみせると)
    《まもなく到着です》
     ラモンの声とともに、ヘリが降りてくる。エヴァは焦土と化した前庭に戻り、ヘリに乗り込んだ。



     ヘリはリモード共和国を離れ、南へと向かう。
    「どこへ向かっている?」
    「……考えてないです」
     ラモンは肩をすくめ、困った顔を向けた。
    「特区に戻ると確実に白猫党に追い回されるでしょうから、反対方向に向かってるだけなんです」
    「所属不明機でトラス王国や他の先進国に乗り込めば、問答無用で撃ち落とされるだろうからな。なおさら東方面には向かえない」
    「そもそもヘリを売りさばくルートなんて知らないですし、どこに持って行けばいいやらですよ」
    「さて、どうするか……」
     やがてウォールロック山脈が眼前に現れ、二人はぼんやりとその稜線を眺めていた。と――。
    「……何か鳴ってないか?」
    「え? ……あ、僕のスマホです」
     ラモンは操縦桿を握りながらポケットを探り、スマホを取り出す。
    「げ」
     画面に視線を落とした途端に顔をしかめたラモンを見て、エヴァはその相手が誰であるかを察した。
    緑綺星・宿命譚 6
    »»  2022.05.10.
    シュウの話、第75話。
    ラスト・ダークナイト;その宿命のために。

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    7.
    「トッドレールか?」
    「です。……もしもーし」
     電話に出た途端、あのキンキンとしたアルトの声がコクピット内に響き渡った。
    《もしもーしじゃねえよ、お前さんよぉ? なんだって白猫党のヘリなんざ奪ってやがんだ? 特区じゃ大騒ぎだぜ、『キジトラ猫獣人と真っ黒な狼獣人の二人がアジト襲った』っつって、血眼で探し回ってんぞ。俺らの寝床も引っかき回されてるしよぉ》
    「あ、えーと、そのー……」「トッドレール」
     エヴァはラモンのスマホを奪い、会話に割り込む。
    「あんた、ヘリの横流しはできるか? ヘリの売却代金は私とラモンとあんたで三等分だ。その上で150万コノンを、私の取り分から払う」
    《ああん? その声……もしかしてエヴァンジェリンか? まさかお前さんがラモンそそのかしたんじゃねえだろうな?》
    「答えろ。できるのか? できないのか?」
    《ソレが人にモノ頼む態度かよ? まあいい、ツテはある。だが特区にゃ持って来れねえやな。今ドコ飛んでんだ?》
    「えーと……ウォールロック山脈近くです。リモード共和国から南に100キロくらい」
    《じゃ、そのまま山越えろ。南側東沿いのふもとにロータスポンドって町がある。今から向こうの知り合いに電話してやっから、ソコで落ち合おうぜ》
    「助かる」
    《また後で連絡する。じゃあな》
     電話が切れ、コクピットに静寂が戻る。
    「なんか勝手に三等分されましたけど……まあ、元からタダでもらったようなもんですし、いいです、それでも」
    「悪いな」
    「じゃ、南に向かいます。ナビ頼みます」
    「ああ。ロータスポンドだったな。スマホこのまま借りるぞ」
    「どうぞ」
     スマホで付近の地図を確認しつつ、エヴァはぼそ、とつぶやいた。
    「これでとりあえず、活動資金は作れそうだな」
    「活動資金? 何のです?」
    「白猫党と戦うためのだ」
    「は?」
     ラモンの動揺が操縦桿に伝わり、ヘリがわずかに傾く。慌てた様子で戻しながら、ラモンがおうむ返しに尋ねた。
    「白猫党と戦うですって? 何言ってんですか?」
    「白猫党は私の故郷を襲い、兄と祖父を殺した相手だ。復讐するのは道理だろう? 何よりああまで卑怯千万な方法で侵略するような奴らを、許しておくわけには行かない。放っておけばさらなる非道を繰り返し、いずれ世界に害をなすだろうからな」
    「別にエヴァさんがやる必要無いじゃないですか」
     奇異なものを見るような目で、ラモンが顔を覗き込む。
    「この世界には悪い奴や嫌な奴なんて、そこら中にゴロゴロいるんですよ? どうしようもないクズだって、掃いて捨てるほどいます。そんなのを一々、たった一人で相手してたら、体が持ちませんよ。
     それに復讐だとか正義のためだとか、そんなことのために人生、使うもんじゃないです。誰もほめちゃくれないし、もちろんおカネにだってならないですし。正義の味方なんて、わざわざ現実でやる必要は無いですよ」
    「君はそうかも知れない。でも私には、それしか無い、それにしか、生きる意味が見出だせないんだ」
    「ほんっとにエヴァさんは、僕たちと違う世界を生きてる人なんですね」
     しばらく沈黙が流れ――そしてラモンもぽつぽつとした口調で、こうつぶやいた。
    「でも……まあ……カッコいいですよ。眩しい……生き方です」
    「ほめてくれてるのか?」
    「そのつもりです」
    「……ありがとう」
     そのままヘリは南へと進み――エヴァンジェリン・アドラーは央北を離れた。



     ほぼ同時刻、某所――。
    「ウソだろ……」
     真っ青になった画面を前にした彼の顔もまた、青ざめていた。冷汗を拭いながらキーボードを叩くが、何の反応も返って来ない。
    「SD714が……最新の戦闘ドローンが1機残らず全滅なんて……まさか……そんなバカな……」
     男はガタガタと椅子を鳴らし、立ち上がる。
    「これ……まずいよな。こんなのが上に知れたら、減給どころの話じゃないよ。下手したら処刑モノだ」
     男は机に置いていた財布やスマホをかき集め、その場から離れようとする。と――。
    「腕時計はいいの?」
    「へ? ……~っ!」
     振り返ったところで、机に置いていたはずの腕時計を鼻先に差し出され、男は硬直する。
    「か……かかか……閣下!?」
    「全て見ていた」
    「そ……そう……です……か」
    「被害額は90億クラムと言ったところ?」
    「う……」
     男はその場に座り込み、頭を床にこすりつけて謝った。
    「申し訳ありません! とんでもないことになってしまい、本当に、あの……」「構わない」「……え?」
     顔を上げたところで、閣下と呼ばれたその短耳はくる、と背を向ける。
    「SD計画とMPS計画のデータは十分取れたと言っていい。費用対効果は十分。リモード共和国も手中に収めた。今、新たなリベロ役を手配している。損害も補填の目処が立っている。今作戦は万事において問題無しと判断。あなたはまだ有用。処刑の必要無し。席に戻って。以上」
    「……はい、閣下」
     男が腕時計を受け取り、そろそろと席に戻ったところで、「閣下」は淡々とした口ぶりでこう続けた。
    「エヴァンジェリン・アドラー。彼女は我々の脅威足りうる。彼女を探し出し、抹殺しなければならない。情報があれば速やかに知らせること。以上」
    緑綺星・宿命譚 7
    »»  2022.05.11.
    シュウの話、第76話。
    シュウ・メイスンのターニングポイント。

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    8.
    「まあ、その、なんだ。またお達しがあったわけだが」
    「奇遇ですねー。わたしにもありましたよー」
     セーフエリアにて、シュウとカニートがまた、二人きりで話し合っていた。
    「わたしの方から先にお話した方がいいですかー?」
    「……だろうな」
    「じゃ、まずコレを」
     そう前置きし、シュウは自分のスマホに送られてきた文面を見せた。
    「トラス王立大学からの正式な返答文です。『エクスプローラ社よりシュウ・メイスン君および当校に対して損害賠償請求があったことを受け事実調査を行ったところ、インターン契約に関し、エクスプローラ社による重大な違反が判明した。この件は裁判所を通じて異議申し立てを行い、公正かつ厳正な判断がなされた後、しかるべき対応を執ることとする』、……ですって」
    「お粗末な話だよな。偉そうに賠償求めておいて、実は自分たちの側が約束破ってたって言うんだから」
     シュウが伝えた通り、王立大学の調査によりエクスプローラ社は、インターン契約に関する違反を犯していたことが判明した。契約上、インターン生はトラス王国首都、イーストフィールド市内でのみ作業補助を行うことが定められていたのだが――。
    「わたし市内どころか、今まさに特区にいますもんね。その上、リモード共和国とかにも行っちゃってますし」
    「だよな……」
    「あと、『適切な報酬を支払うコト』って契約に含まれてたんですが、コレもちゃんと支払われてなかったみたいですね。わたしだけじゃなく、他のインターン生にも」
    「ああ」
    「ソレどころか『逆らうと大学にマイナス評価を送るぞ』っておどして、結構ひどいコトしてたって……」「もういい。分かった。こないだのことは悪かった。謝る。俺の負けだよ」
     額を押さえたカニートに、シュウは肩をすくめて返した。
    「厳密にはエクスプローラ社の負けですね。でも昨日の今日で、よく大学側もこんなに早く調査できましたよね」
    「機を伺ってたって感じがするな。いずれ大々的に責め立てるつもりだったんだろう。エクスプローラ社はしてやられたってところだろうな。
     この件はかなり大事になるだろう。王国におけるメジャー三大紙のスキャンダルだからな。もしかしたら俺の今後にも響くかも知れん」
    「ソレでいっそ辞めちゃおうって考えてたり?」
     シュウの指摘に、カニートは苦笑いで返した。
    「まだそこまでは考えてないさ。……とは言え、いつかフリーになって世界中を取材して回りたいって夢はあるからな。今後の会社の展開次第じゃ、その予定を早めるかも」
    「わたしもやってみたいですねー、フリージャーナリスト」
    「お前はちょっと方向性が違うかもな」
     そう言われて、シュウは面食らう。
    「わたし、向いてないですか?」
    「もっといい道があるってことだ。お前は文章だけで食ってくには、キャラが立ちすぎてるよ。お前はもっと自由に、やりたいことを存分にやりまくれ。それが一番、お前向きだよ」



    「……ってアドバイスされたんで、今はこうしてチャンネル作ってクラウダーでやりたい放題やってるってワケですねー。バッチリ収益化もしてるんでそこそこ稼げてるんですよね、今」
    「ソレはどーでもいーぜ」
     話を聴き終えた一聖が突っ込む。
    「んで? なんでエヴァの話題、取り扱わなくなったんだ?」
    「リモード共和国の新政府が、エヴァを指名手配しちゃったからです。『リベロ・アドラー暫定大統領の命を狙ったテロリスト』だって。完全フリーのわたしでも、流石に軍事政権の指名手配犯を擁護するのはコワいので」
    「友達だっつってたのにか?」
    「その友達も、いきなり何も言わずにわたしの前から姿消しちゃいましたからね。ソレなのにわたしばっかり頑張って持ち上げるって言うのも、なーんかハラ立って来ちゃって」
    「ま、気持ちは分かる」
     と、そこへ天狐が慌てた様子で現れた。
    「お前ら、こっち来い! ニュースで速報出てるぞ!」
    「速報?」
    「金火狐総帥が会見する! 今日の件でだ!」
    「え……!?」
     シュウと一聖は顔を見合わせ、揃ってリビングへ駆け出した。
    緑綺星・宿命譚 8
    »»  2022.05.12.
    シュウの話、第77話。
    広がる闇。

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    9.
     シュウたちがリビングに入ると同時に、一行テロップが表示されていたテレビ画面は、金火狐総帥シラクゾ・ゴールドマンのバストアップに切り替わった。
    《本日報告された飛翔体によるテロ攻撃に関し、公安局に犯行声明が送られました。現在公安局にて大々的な捜査が進められている犯罪組織『ネオクラウン』からのものと思われます》
    「なんやて!?」
     先にテレビにかじりついていたジャンニが、憤った声を上げる。
    《声明によれば、今回のテロ攻撃は前述した公安局の捜査に対する抗議・報復行動によるものであるとのことです。これに対し我々金火狐財団は市民の安全、市国の公益を第一に考え、かつ、市国における不当な暴力を一切許容しないとする従来よりの姿勢を崩すことなく、断固として戦うことをここに宣言します》
    「何言うてんねん、こいつ。今までずっと逃げ回っとったクセして」
    「クソ、やられたな」
     ジャンニが呆れた表情を浮かべる一方で、天狐はあごに手を当ててうめいている。
    「恐らく白猫党からコイツに、内々で打診があったんだ。筋書きはこうだろう。『仮想敵を作ってやるから話を合わせとけ』とか何とかな」
    「仮想敵ってつまり、ネオクラウンか」
     一聖も同様に顔をしかめつつ、天狐と検討を重ねる。
    「そうだ。この流れになれば、『市国で起こってる問題は全部ネオクラウンのせい』ってスキームができる」
    「なるほどな。そして金火狐総帥自ら『ネオクラウンと戦う』と公言したコトで、コイツは疑惑の人物一歩手前の立場から一転、市国のヒーローに大変身だ」
    「自分への嫌疑を回避できるどころか、公安局も監査局ももうコレで、公にはシラクゾの捜査ができなくなる。してると分かりゃ、逆にシラクゾとその取り巻きから批難されちまうだろう。『あのヒーローを疑うのか』ってな」
    「公安と監査さえ黙らせりゃ、後は好き放題だ。カネもモノも『ネオクラウンと戦うため』の一言で用意できちまうってコトだ。実態がどうあろうとな」
     二人の話を聞いていたジャンニの顔に、次第に朱が指していく。
    「んなアホな! ほんなら何やな、白猫党に横流ししても『ネオクラウンと戦うためやねん』で済ましてしまえるっちゅうんか!?」
     怒りをあらわにするジャンニに、天狐と一聖は揃ってうなずいた。
    「そうなる。何だかんだソレらしい言い訳付けてな」
    「恐らくは元々から、そう言うシナリオを作ってたんだろう。いずれシラクゾにこう宣言させて、ココまでコソコソやってきた白猫党への支援を本格化、かつ、正当化させるつもりだったんだろう」
    「つまりお前さんのヒーロー活動――スチール・フォックスの存在があろうと無かろうと、何一つ想定外は無かったってコトだろう、な」
    「ウソやろ……!?」
     ジャンニは怒りに満ちた表情で、その場に立ち尽くしていた。
    「ほな何やねん……俺……何のために……今まで……」
     そのやるせない言葉に答えられる者はおらず、リビングにはテレビの声だけが流れ続けていた。

     と――そこでぺこん、とシュウのスマホが鳴る。
    「あ、ごめんなさい」
     何故か謝ってから、シュウがスマホを見る。
    「……え?」
     見るなり目を丸くし、シュウは一聖の肩をぺちぺち叩いた。
    「カズちゃんカズちゃんカズちゃん、大変です!」
    「痛ぇよ! 何がだよ?」
    「えっとですね、あの、エヴァから、メッセージが」
     しどろもどろに説明しつつ、シュウはスマホを一聖に見せた。
    「ん?」
     シュウのスマホには、こう表示されていた。



    「差出人 エヴァ
     件名 突然ごめん

     急いで伝えてほしいことがある。この動画を見たらすぐ、君のチャンネルで流してくれ。これをすぐ世間に伝えないと、世界は白猫党に支配されてしまうかも知れない。
     白猫党は難民特区を狙っている」


    緑綺星・宿命譚 終
    緑綺星・宿命譚 9
    »»  2022.05.13.

    シュウの話、第38話。
    はじめてのおしごと。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     え? わたしのお話ですか? いやー、えーと、ソレはちょっと。取材中ですし……あ、そうですね、止めればいいんですよね。……コレで止まったかな。コホン、わたしの名前はシュウ・メイスンで、……ってコレ、最初に言ってましたね。ごめんなさい、まだ慣れてなくって、……ああそうそう、続きですね。今は大学生なんですけど、夏休みにインターン活動として、こうして取材のお手伝いしてるんです。……もー、茶化さないで下さいって、先輩。……いやー、あはは、まあ、そうなんです。インターンやると単位が2つもらえちゃうんですよね、ウチの大学。今年の冬季休暇と、あと来年と再来年もやるつもりなので、12稼げちゃうんですよ。ソレでうまいコトやって3年で大学卒業するって人が結構、……あ、話がそれちゃいましたね。あとはー、わたし4人兄弟で、上に兄が1人、下に弟と妹が1人ずつ……



    「オイオイオイ待て待て待て待て」
     一時停止アイコンを押し、一聖が音声ファイルの再生を止める。
    「お前、質問より自分の話の方がなげーじゃねーか。しかも録音、切ったつもりで切ってねーしよ」
    「仕方無いじゃないですかぁ。コレ、いっちばん最初の取材なんですもん。アガっちゃってたんです。で、見かねたエヴァと先輩が自分の話してみろって言うからー……」
     シュウからリモード共和国についての情報を聞くため、まずは彼女が3年前、その国で取材した記録を再生してみたが――。
    「相手がしゃべってるトコにかぶせんなよ。あと、早口で聞き取れねートコがちょくちょくあるし」
    「最初の最初なんですからそんなのばっかりなんですってばー。……あーもー、だから聞かせたくなかったんですよぉー。正直言って、このファイルも最初の動画も個人的には削除しちゃいたいくらいなんですよ? でもコレ初めての取材のヤツですし、動画も色々事情があるしで……」
    「分かった、分かった。じゃあまあ、コレにケチ付けんのはナシで」
    「お願いしますよー」



     ……ってところですかねー。……あ、録音しっぱなしでした! うわー、ごめんなさーい! ……あ、はい、じゃあこのまま、はい。
     ソレでアドラーさんは、来年からミューズ近衛騎士団に入団される、とのコトでしたね。
    「ええ。ただ、騎士団とは申しましても、実際はお二人のご想像されているものとは、大きく異なることと存じます。建国当初こそ共和国最大の防衛戦力として扱われておりましたけれど、時代が下るにつれて儀礼的側面が強まりまして。現在は共和国軍の士官養成学校と申した方が適切でしょうね」
     と言うコトはアドラーさんもいずれは共和国軍の指揮官や、政府直属の武官になるご予定なんですか?
    「さあ……どうでしょうか。それは軍上層部や共和国政府の方々が、わたくしを重用して下さるかどうかによりますから」
     しかしコレまで、アドラー家の方々はいずれも共和国軍本営や軍部大臣など、軍関係の要職に就いていらっしゃいますから、可能性は高いのでは?
    「おっしゃる通り、わたくしたちアドラー家は建国当初より国防の要、護国の一族として共和国に仕えている身ですので、他の方よりもそうした要職へ登用される機会には恵まれていることと存じますわ。
     ただ、だからと申しましてその境遇に甘んじ、努力と精進を怠るようなことは、決してございません。軍に籍を置く他の皆様が日々努力をおこたらず、切磋琢磨されていらっしゃることは、十分に存じております。そんな中、ただ一人わたくしだけが怠けていれば、その方たちが重用されるのは道理。それは我がアドラー家の恥となってしまいますし、何よりそんな怠惰な者がアドラー家にいるとなれば、家祖である『黒騎士(ダークナイト)』ミューズの怒りを買ってしまいますもの。
     ですからわたくしも、いついかなる時であっても己を磨き、不断の努力を続けております。ただし、それは軍人として生きるためにだけではなく、世界に誇れる一人の人間であるために、ですわ」
     ……なんか……すごい……感動しちゃいました。……すごいです、アドラーさん。……わたしと1コしか違わないのに、すごい……大人って言うか……あ……ごめんなさい、取材になってませんよね、すみません、ホント、すみません……。



    「……もう止めて下さい。わたしの羞恥心が爆発しないうちに。マジでお願いします」
     シュウは耳まで真っ赤にし、床にうずくまってしまった。

    緑綺星・狼嬢譚 1

    2022.04.01.[Edit]
    シュウの話、第38話。はじめてのおしごと。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. え? わたしのお話ですか? いやー、えーと、ソレはちょっと。取材中ですし……あ、そうですね、止めればいいんですよね。……コレで止まったかな。コホン、わたしの名前はシュウ・メイスンで、……ってコレ、最初に言ってましたね。ごめんなさい、まだ慣れてなくって、……ああそうそう、続きですね。今は大学生なんですけど、夏休みにインター...

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    シュウの話、第39話。
    不思議の国。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「ソレじゃ、あの、コレで取材終わりで、はい」
     初めてのインタビューを終えたシュウは、カチコチとした仕草でスマホをしまった。と、彼女を取材に連れてきた出版社の先輩、カニートがシュウの腕を小突く。
    「シュウちゃん、言ったろ? はじまりとおわりに必要なことは?」
    「……あっ、挨拶! ごめんなさい! ありがとうございました!」
     慌ててシュウは、勢い良くがばっと頭を下げ――ゴン、と痛々しげな音を立てて、テーブルに頭突きしてしまった。
    「いったあ……」
    「すんませんねー、こいつ粗相してばっかりで」
    「うふふ……いえ、お構いなく。ねえ、メイスンさん」
     インタビューの相手である、リモード共和国の名家アドラー家の令嬢、狼獣人のエヴァンジェリン・アドラーは、赤くなったシュウの額をさすってやりながら、こうささやいた。
    「よろしければ今夜、二人でお話いたしませんこと?」
    「え? わ、わたしとですか?」
    「ええ。わたくし、あなたに興味がございますの。それにわたくし、他の国の方でお歳の近い方との交流があまりなくて。ご都合はよろしいかしら?」
     尋ねられ、シュウはカニートと自分の手帳を交互に見る。
    「えっ、えーと、今夜って何かありましたっけ?」
    「今夜はこのインタビューの文字起こしする予定だったが、1時間や2時間遅らせたって問題ない。明日の予定は昼からになってるからな。むしろ話が面白ければ、お前の独占取材って形でワク取ってやってもいいぞ。ま、アドラーさんが許可してくれればだが」
    「ええ、込み入った内容でなければ構いませんわ。でも」
     エヴァは、今度はシュウの手を握り、にっこり微笑んだ。
    「あまり大した内容にはならないかと。あくまで年頃の娘二人のお話ですから」

     と、徹頭徹尾に渡って「立派なご令嬢」の姿を見せつけられ、シュウはすっかり気後れしてしまっていた。
    「あーもー……わたしホントどうしましょう? お話って一体何すればいいんでしょーか。ホンモノのお嬢様になんて、一度も会ったコトないのに」
     シュウとカニートは一旦、取材中の拠点であるホテルに戻り、午後の写真撮影の準備を進めつつ、エヴァとの約束について話していた。
    「そんなに心配しなくてもいいだろ。これが国家元首との会食とかだったら俺だってそりゃ怖ええしどうすりゃいいんだってなるけど、アドラー嬢の言った通り、歳の近い娘二人がただご飯食べておしゃべりして親交深めるってだけだろうし。服もそのまんまでいいと思うぜ」
    「で、でもぉ~……」
    「それより午後の話だ。分かってると思うが、観光気分で回ったりするなよ。俺たちの仕事は旅行案内ジャーナル作りじゃなく、文化誌の製作なんだからな」
    「は、はーい、分かってまーす」
     答えたものの、シュウは準備が手に付かない。それを見かねたか、カニートが彼女の猫耳をぐにっとつかんだ。
    「ひぅ!?」
    「アドラー嬢はああ言ってたが、お前にとって取材のチャンスってのは間違いないんだからな。お前の場合、『遊び』より『仕事』って思った方が、むしろやりやすいんだろ?」
    「……見抜かれてますねぇ」
    「観察力と洞察力はジャーナリストの武器だぜ、シュウちゃん」

     二人はカメラを手に共和国首都、ニューペルシェ市街地へ繰り出した。
    「トラス王国と負けず劣らずの発展具合、って感じですよね」
    「そうだな。経済規模こそ央北じゃ中の下くらいだし、戦争真っ最中の西側圏のすぐ隣にある国だ。本来なら旧西トラスみたいに難民が押し寄せ、経済破綻してもおかしくないはずなんだが、どう言うわけか激動の6世紀と7世紀を、うまい具合に渡って来た。『央北の奇跡』なんて呼ぶ政治家もいるくらいだ。
     不思議の国、リモード共和国。だもんでいつ取り扱っても手堅く読者が付く、俺たちみたいなのにとっては美味しい仕事場だ」
     大通りからターミナル駅、議事堂と、中心街のランドマークを一通り周り、二人は大通りの端、アドラー邸に差し掛かる。
    「さっきも来たから、何か不思議な感じですね」
    「かもな。……ところでシュウちゃん、知ってるか? どうして通りの端に、共和国の名門アドラー家の邸宅があるのか」
    「言われてみれば……? 名家なんだから、もっといい立地でもいいですよね」
    「アドラー家は代々軍人の一家だ。そこに秘密がある。……ま、答えを言うとだ、元々アドラー家の開祖、ミューズが騎士団を結成したわけだが、このミューズ率いる騎士団が実は、いわゆる『隠密部隊』でもあったんだ。正規戦闘だけじゃなく、裏で諜報やら破壊工作やらを行う、共和国にとっての闇のヒーローってわけだ。その隠密部隊の司令官が本営すぐそばに陣取ってちゃ意味ないだろ、ってことでここに構えてるってわけだ」
    「えぇ!? ほ、本当ですか!?」
    「……くっく」
     カニートは肩を震わせ、噴き出した。
    「ま、ありがちなうわさだよ。嘘か真か、ってやつさ」

    緑綺星・狼嬢譚 2

    2022.04.02.[Edit]
    シュウの話、第39話。不思議の国。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「ソレじゃ、あの、コレで取材終わりで、はい」 初めてのインタビューを終えたシュウは、カチコチとした仕草でスマホをしまった。と、彼女を取材に連れてきた出版社の先輩、カニートがシュウの腕を小突く。「シュウちゃん、言ったろ? はじまりとおわりに必要なことは?」「……あっ、挨拶! ごめんなさい! ありがとうございました!」 慌ててシ...

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    シュウの話、第40話。
    おともだち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     夕方になり、シュウは持って来た服と市街地で買ったアクセサリでできる限りのおめかしをして、エヴァとの夕食に臨んだ。
    (ちょっと早く来ちゃったかな。……コレでいいよね? うん、かわいいし、多分ドレスコードも満たしてるはず)
     レストランの入口のガラスで、失礼のない服装であるかを何度も確認する。と――。
    「すまない。待たせたな、シュウ」
     エヴァの声がしたので、シュウはガラスに映っている自分の背後を見る。だが、朝に見た貴族令嬢の姿はなく、長い髪をざっくりとポニーテールでまとめた、スポーティな格好の女の子が映っていた。
    「えっ!?」
    「どうした?」
    「あの、あなた、えっと、……もしかして、エヴァさん?」
    「そうだ。私がエヴァだ」
     振り返って確認しても、そこにいたのはやはり、どちらかと言えば運動部が似合いそうな雰囲気の娘だった。

    「済まなかった。もっと楽な格好でいいと言っておけば良かったな」
    「い、いえ」
     朝に会った瀟洒で優雅な淑女と同一人物だとは全く思えず、シュウは同じことをもう一度聞いてしまう。
    「あの、確認なんですけど、あなた、エヴァンジェリン・アドラーさん18歳でお間違いないですか?」
    「ああ。朝のあれは、正直に言えば広報用と言うか、公式向けの顔と言うか。公にはああして構えているのだが、こうして歳の近い娘と二人で会うのだから、私本来の格好の方が望ましいだろうと思ってな。失望させてしまったか?」
    「いえ、……何て言うか、逆にほっとしました。そっちの方が身構えなくて済みます」
    「それなら良かった」
     ともかく席に付き、二人は食事を頼む。
    「わたしはミートパイとポタージュで」
    「私は白身魚とポテトのフライを頼む。……さてと」
     エヴァは狼耳を揺らし、嬉しそうな笑顔をシュウに向ける。
    「聞かせてくれないか? どうして私の取材を?」
    「え? あの、お伝えしたかと思いますが……」
    「ああ。『来年度より騎士団に入団することが決定したアドラー家の令嬢に、その心境を伺いに来た』だったかな? しかし素人意見で恐縮だが、こんな時代に片田舎のいち名家令嬢の進学如きを取り上げたところで、読者数はそう稼げまい?」
    「そうでもないらしいですよ。『エヴァ嬢は下手なアイドルより可愛いから、表紙を飾るだけで売れ行きが変わる』って先輩が言ってましたから」
    「褒め言葉と取っておくが、正直、嬉しくは感じないな」
     エヴァはふう、と憂鬱そうなため息を漏らした。
    「この格好を見て多少は理解してくれたと思うが、私はどちらかと言うと無骨な性質なんだ。一応『お嬢様』だから外向けには着飾って対応するが、あれはあまり好きではないんだ」
    「だからわたしにはこっそり……、ってコトですか?」
     尋ねたシュウに、エヴァは苦笑いする。
    「誰かには伝えておきたくてね。家や学校の外でこの振る舞いをすると、家の人間から『品格を損なう』だの何だのと小言を言われてしまうんだ。だから運動する時以外はいつもあのフリフリを着させられる」
    「エヴァさんもなんですねー」
     そう返したシュウに、エヴァは首をかしげる。
    「『も』? 君も似たような経験が?」
    「自慢じゃないですが、わたしの家もそこそこおっきな家なんです。だからマナーとか言葉遣いとか、色々細かく言われるんですよね」
    「そうなのか。……へぇ」
     エヴァはまた、嬉しそうな笑顔になる。
    「思っていたより君とは仲良くなれそうな気がする。似ているんだな」
    「えへへ、そうですねー」

     実際、共通点を見出してからは、親密になるのは早く――。
    「お前、またアドラー嬢のとこ行くのか?」
     1週間の取材旅行の後半はほとんど、シュウはエヴァと共に過ごしていた。
    「仕事はちゃんとやってくれてるから文句は無いけどな、入れ込みすぎじゃないのか?」
    「そうですか? わたしはただ、友達と一緒に過ごしてるだけと思ってるんですが……」
     そう答えたシュウに、カニートが苦い顔を向けた。
    「2つ言っとくことがある。1つ――これは俺がとある鉄道会社の社長にインタビューした時に聞いた話なんだが――友情とビジネスはごっちゃにするな、だ。友情ってのは自分と相手の、2人の話だが、ビジネスはそうじゃない。多くの人間が関わることだし、時には社会全体に影響することもある。
     だから『友達の話』を新聞とか、雑誌とか、いわゆる『社会の公器』に載せたりするんじゃないぞ。もしそんなことをしたら、その友達が2人だけの話にしておきたかったことまで世間が知ることになるし、知ろうとしたがるだろう。そうなれば友達は間違いなく、お前から離れることになる。
     そしてお前には、二度と友達ができなくなるだろう。どんな人間からも、『あいつは友情をカネに換える奴だ』と思われるからだ」
    「……そうですね。肝に命じます。ソレで2つ目は?」
     尋ねたシュウに、カニートは肩をすくめて返した。
    「のんびりしてるみたいだが、明日帰りだぞ? 朝9時にチェックアウトだからな」
    「……あっ」

    緑綺星・狼嬢譚 3

    2022.04.03.[Edit]
    シュウの話、第40話。おともだち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 夕方になり、シュウは持って来た服と市街地で買ったアクセサリでできる限りのおめかしをして、エヴァとの夕食に臨んだ。(ちょっと早く来ちゃったかな。……コレでいいよね? うん、かわいいし、多分ドレスコードも満たしてるはず) レストランの入口のガラスで、失礼のない服装であるかを何度も確認する。と――。「すまない。待たせたな、シュウ」...

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    シュウの話、第41話。
    微笑ましさの裏に。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     リモード共和国での取材を終え、故郷に帰ってからも、シュウとエヴァの友情は続いていた。

    シュウ「今度の夏季インターンは 別の国に取材に行く予定だよ」
    エヴァ「また来てくれると思ったけど 残念だな」
    シュウ「行きたいんだけどね」
    シュウ「あ でもインターン終わって秋期始まるまでちょっとあるから」
    シュウ「2日か3日くらいなら行けるかも」
    エヴァ「本当? 是非来て 色々話したい」
    シュウ「行く行く 計画しっかり立てとくね」
    エヴァ「日にち決まったらすぐ教えて」
    シュウ「りょ」


     こまめにTtT――チャットアプリ「テイル・トゥ・テイル」――でエヴァとやり取りしていたシュウの背後から、声がかけられる。
    「ぺこんぺこん音立ててるから、ToDoリストの確認とかじゃないよな」
    「あっ」
     慌ててスマホを机に置き、シュウは振り返って頭を下げる。
    「ごめんなさい、うるさかったですか?」
    「いや、音は気にしてない。気になったのは、時刻だな」
    「時刻?」
     カニートに言われて、シュウはもう一度スマホを手に取り、時刻を確かめる。
    「16時ちょい前くらいですね」
    「夕べもその時間にポチポチやってたなって」
    「あれ、そうでしたっけ? ……そうでした」
     TtTの履歴を確かめ、カニートに言われた通りであることに気付く。
    「よく覚えてますね、そんなコト」
    「細かいことにこそ、重大なネタの尻尾が付いてるもんさ。……ふむ」
     カニートは席を立ち、あごに手を当て思案する様子を見せる。
    「どしたんですか?」
    「相手はいつもの『お嬢さま』か? 昨日のも、今日のも」
    「ええ、まあ、はい」
    「リモード共和国との時差はマイナス1時間だから……、向こうは3時前か。もう騎士団に入ったんだよな、アドラー嬢」
    「そうらしいですね」
    「ちょっと妙だよな」
     そう言われ、シュウはきょとんとする。
    「何がですか?」
    「ウチの部署はゆるい方だし、なんならTtTどころかゲームやってるアホもいる。流石に引き出しの中にスマホ隠して、こっそりやってるみたいだがな」
     どこかでガタッと、引き出しに手をぶつけたような音がしたが、カニートは構わず話を続ける。
    「だが騎士団ってのは、お嬢曰く士官養成学校なんだろう? そう聞くと俺には厳格なイメージが浮かぶんだが、昼の休憩が3時まであるのか? それとも何かの訓練か授業かの合間に、こっそりスマホをいじってられる程度には規則が緩いのか? いや、そもそもお嬢の説明が、実態と大きく異なるのか? ……なんてことを考えてみたくなる」
    「……言われてみれば気になりますね。なるほど、『細かいコトにこそ』ですね。勉強になりますー」
     そう言うなりメモに取り始めたシュウを見て、カニートは苦笑いした。
    「お前は案外、大物になるかもな」
    「えへへ、よく言われます」
     と、話している間にぺこん、とTtTの着信音が鳴る。
    「そう言やお嬢とは、何の話してたんだ?」
    「あ、このインターン終わったら遊びに行くよって」
    「そっか。じゃあその辺り、試しに突っ込んでみたらどうだ? 何かいいネタがつかめるかも知れないぞ」
     その言葉に、シュウは口を尖らせる。
    「ちょっとー……。友情と仕事は一緒にしたらダメだって言ったの、先輩じゃないですかー」
    「そりゃま、友情を壊さない範囲でな」



     スマホを懐にしまい込んだエヴァは、ふっとため息をついた。
    「どうした、V?」
    「なんでもない」
     そう返したが、すぐ訂正する。
    「……いや、……そうだな、言うなれば自嘲だな。明日にはまた血なまぐさい『任務』だと言うのに、私は呑気に友人をだましているのだから」
    「騙してるって?」
     作業していた隣の青年に尋ねられ、エヴァは肩をすくめて返す。
    「彼女は今でも私が、世間知らずのお嬢様だと思っているのだろう。今の私のことは、何も知らせていない。騙しているようなものだ」
    「人間関係なんて、そんなのばかりだろ」
     と、書類を眺めていた男が口を挟む。
    「こうして任務に就く俺たちのプライベートを、皆が皆、知ってるわけじゃない。こうして共に死地をくぐり抜けてきた戦友であっても、だ。ましてやうわべの付き合いをしてる相手の『本当の姿』なんて、知ってる方が気味悪いってもんだ。
     俺たちみたいに、無理やり探ろうとでもしない限りはな」
    「……そうだな。……そんなものか」
     エヴァはもう一度ため息をつき――武器の手入れを再開した。

    緑綺星・狼嬢譚 終

    緑綺星・狼嬢譚 4

    2022.04.04.[Edit]
    シュウの話、第41話。微笑ましさの裏に。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. リモード共和国での取材を終え、故郷に帰ってからも、シュウとエヴァの友情は続いていた。シュウ「今度の夏季インターンは 別の国に取材に行く予定だよ」エヴァ「また来てくれると思ったけど 残念だな」シュウ「行きたいんだけどね」シュウ「あ でもインターン終わって秋期始まるまでちょっとあるから」シュウ「2日か3日くらいなら行け...

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    シュウの話、第42話。
    最終入団試験。

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    1.
     双月暦715年2月、エヴァはアドラー騎士団に入団するべく、試験に臨んでいた。
     軍人一家で代々士官・将軍を輩出する名家といえど、それだけでやすやすと通されるほど試験は甘くなく、彼女も規定通りに一次試験から参加していた。とは言え元より英才、文武両道のご令嬢として、外国の雑誌にも取り上げられるほどの実力の持ち主である。一次試験の筆記、二次試験の体力測定ともに最高成績で通過し、最終試験の面接でも最も高い評価を受けて、総合一位で試験に合格した。



     そして最終試験を突破した者たちは、講堂に集められた。
    「おめでとう。諸君らは優秀な成績で入団試験を突破した、選ばれた者たちだ」
     祝辞らしきものを述べてはいたが、講堂の壇上に立った騎士団長、エヴァの祖父でもあるジョゼ・アドラーは、冷徹な眼差しでエヴァたちを見下ろしていた。
    「だが諸君らが真に、我が騎士団にふさわしい者であるか、そしてこの国の未来を担うにふさわしい者であるか、最後にもう一度試させてもらう」
     講堂にしゅう……、とガスが流れ込んで来る。
    「これが本当の最終試験だ」
    「ほん……とうの……?」
     まもなく、エヴァは意識を失う。いつの間にか現れたアクリル板の向こうにいたジョゼは、最後まで冷徹な表情を崩さなかった。

     目を覚ますと、エヴァは真っ暗な部屋の中にいた。
    「……!?」
     がばっと飛び起き、構えるが、辺りの様子はまったくつかめない。
    (何故? 確認しよう……ここはどこ……何のために……何をすればいい?)
     それでもどうにか自分が今できること、できそうなことを考え、部屋の中を歩き回る。
    (部屋は縦5メートル、横3メートルくらい。ドアも窓も無い。机や椅子、家具の類も無い。壁と床は多分コンクリート。……叩いても響かない。相当分厚いらしい)
     部屋の中を調べてみたが、脱出できそうな要素は無い。
    (でも私が息をしているのなら、どこかから空気が入り込んでいると言うことだ。後、調べていないのは……)
     エヴァは壁のわずかな突起を手探りでつかみ、壁をよじ登る。ほどなく天井に手が届き、そこだけ材質が違うことに気付いた。
    (木製みたいだ。べこべこした音だ……これなら破れる)
     彼女は一旦床に降り、壁から離れる。
    (天井までおよそ2メートル半。壁を蹴れば届く)
     そして助走をつけ、部屋の隅めがけて跳び上がる。
    「りゃあッ!」
     バン、バンと隣接する壁を三角跳びで駆け上がり、天井を殴りつける。予想通り天井は脆く、簡単に拳が突き抜けた。
    「よし!」
     もう一度壁を登り、エヴァは天井裏に入る。
    (わずかだが……灯りがある。どこかの通路……?)
     と――比較的強い灯りがぽつ、ぽつと2つ灯り、驚いた顔の、短耳の男と目が合った。
    「運び込まれてたったの37分でここに登って来たのは、君が始めてだ。普通なら目を覚ますだけでも2時間かかると言うのに。ましてや目覚めてすぐ、壁を登ろうと言う発想に至るとは。驚くほかない」
    「え?」
    「流石はアドラー家のご令嬢、……いや、君自身が素晴らしいのだろう。お兄さんとは比べるべくもないからな。ではエヴァンジェリン・アドラー。こちらへ」
     男に促されたが、エヴァはその場から微動だにしない。しばらく見つめ合っていたが、やがて男がやれやれと言いたげな表情を浮かべ、懐からリモコンを取り出した。
    「警戒心も一流だな」
     リモコンのボタンを押し、男の方から歩み寄ったところでようやく、エヴァは相手に近付いた。
    「この後は?」
    「しばらく待機だ。あと23時間22分以内に全員が突破すれば、そこで入団試験は終了だ」
    「それを超えた方はどうなるのかしら?」
    「もちろん失格だ。この真最終試験は何ら一切の情報が無い状態から、己の身一つで状況を打開できるかを測るものだからな。それができない人間は、騎士団には必要ない」

     そして24時間後、エヴァを含む受験者8名のうち、6名が入団試験に合格した。

    緑綺星・闇騎譚 1

    2022.04.05.[Edit]
    シュウの話、第42話。最終入団試験。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦715年2月、エヴァはアドラー騎士団に入団するべく、試験に臨んでいた。 軍人一家で代々士官・将軍を輩出する名家といえど、それだけでやすやすと通されるほど試験は甘くなく、彼女も規定通りに一次試験から参加していた。とは言え元より英才、文武両道のご令嬢として、外国の雑誌にも取り上げられるほどの実力の持ち主である。一次試...

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    シュウの話、第43話。
    Make a KNIGHT。

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    2.
     入団してまもなく、エヴァは寮での生活を義務付けられ、外界との接触を一切禁止された。それに加え、エヴァが物心付いた時から伸ばしていた黒髪はばっさり落とされ、すっかり丸刈りにされた。
    「まるで監獄ですわね」
     寮長を務める先輩団員に――彼は先日の真最終試験で、エヴァに合格を言い渡した青年である――皮肉交じりの感想を述べたところ、彼はこう返した。
    「1年過ごせば外に出られるし、スマホも許可される。髪型も自由だし、プライベートなら好きな服を着られる。1年持てばの話だがな」
    「そんなに厳しいのですか?」
    「軍隊だからな。……そうだ、アドラー。3つ言っておくことがある」
    「なんでしょうか?」
     男も皮肉げに微笑みつつ、エヴァの肩を叩いた。
    「その1、ここは『外の話』が通用しない世界だ。だから一般的常識や人間関係を持ち込むことは認められていないし、わざわざ持ち込む必要もない。例えそれが名家の人間に対してであってもだ」
     そう言われて、エヴァはニッと笑い返した。
    「ではお嬢様言葉で応対し、作り笑いを浮かべる必要はないと言うことか?」
    「そう言うことだ。その点においては気楽だぞ。そしてその2、名前は呼ばないこと」
    「名前を呼ばない?」
    「そのうち分かるが、隠密行動についての指導も受けるし、実地での訓練もある。それに備えて、今のうちからコードネームが付けられる。お前にも与えられるだろう。そしてその3だが」
     男はこう続け、部屋を後にした。
    「俺のコードネームはR32だ。呼ぶ時はRと呼べ。他にRがいたら番号付きで」

     Rの言う通り、エヴァには入寮したその日のうちにコードネーム、「V68」が与えられた。訓練はまず、ごく一般的な兵士としての基礎を身に付けるところから始まり、3ヶ月の間、彼女は他の入団者と共に銃やナイフ、格闘術など、あらゆる戦闘技術を仕込まれた。
     そして次の3ヶ月では、座学授業も加わった。だが単に教科書通りの知識を詰め込むだけではなく、中央大陸で一般的に話されている言語すべてを、現地人並みに流暢に話せるようになることを求められたり、その辺りのスーパーやコンビニで販売されている商品から毒物を抽出・生成する技術を学ばされたりと、確かに敵陣へ入り込み現地調達で任務を達成する諜報員に必要らしき、実践的かつ高度なものを、その3ヶ月で昼夜の区別なく叩き込まれた。



     そして半年間の訓練を経たエヴァを含む入団者6名は、Rに招集された。
    「騎士団執行部から任務が下った」
     Rからそう告げられ、全員が息を呑むが、Rはいつものように淡々とした態度で、話を続ける。
    「入団した以上、いつかはやって来る話だ。覚悟はできていただろう?」
    「ああ」
     エヴァは平静を装い、うなずいて見せた。
    「では任務内容を伝える。敵性勢力が明日未明辺り、自国西側国境から侵入する可能性が高いことが判明した。諸君らは先んじて国境を越え、この敵性勢力を排除すること。敵性勢力の詳細だが、ツキノワ社マイクロバス、白の688年製『ランドトレインミニ』で接近すると見られている。諸君らは彼らが国境に接近する前に、これを破壊せよ。出発はまもなくだ。装備は出発直前に支給するものとする。質問はあるか?」
    「敵性勢力と仰いましたが、我が国にそんなものが?」
     尋ねた相手に、Rは目線を合わせず、淡々と答える。
    「全員理解していることと思うが、我が国は小国だ。それも、今まさに戦争が行われている地域に隣接する、政治的に不安定な地帯に属している。である以上、いつ何時、その政情不安に乗じて好戦的な国家が侵攻してきてもおかしくない。となれば我が国に事前連絡なく接近する者は、原則として敵性勢力であると見なさねばならない」
    「どうやってその、敵性勢力の捕捉が行われたんですか?」
     別の者にも質問され、これにも淡々と答える。
    「騎士団内の諜報班からの報告によるものだ。現在も我が騎士団は、近隣地域に対して諜報活動を続けている。繰り返すようだが我が国は、常に侵略の危険にさらされている。その兆候・予兆を見抜くことは、我が国の存亡に関わる重要任務だ。故にこの情報は信頼性が非常に高いものであると判断していい」
    「もし敵性勢力でないと我々が判断したら?」
     エヴァが尋ねたところで、ようやくRは顔を向けた。
    「諸君らが仮にそう判断したとしても、その判断に従う権限は、諸君らには与えられていない。執行部命令には厳格に従うように。背けば厳罰だ」

    緑綺星・闇騎譚 2

    2022.04.06.[Edit]
    シュウの話、第43話。Make a KNIGHT。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 入団してまもなく、エヴァは寮での生活を義務付けられ、外界との接触を一切禁止された。それに加え、エヴァが物心付いた時から伸ばしていた黒髪はばっさり落とされ、すっかり丸刈りにされた。「まるで監獄ですわね」 寮長を務める先輩団員に――彼は先日の真最終試験で、エヴァに合格を言い渡した青年である――皮肉交じりの感想を述べたところ、彼...

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    シュウの話、第44話。
    静寂の戦場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エヴァたち新入団員は2チーム、3名ずつに分けられ、それぞれにリーダーとして先輩団員が付けられた。ちなみにエヴァたちのリーダーは、やはりと言うべきか――。
    「R、まさか君は私を狙っているわけではないよな?」
     尋ねたエヴァに、Rは軍用トラックのハンドルを握りつつ、いつものように肩をすくめて返した。
    「チームメンバーの選出はくじ引きだった。君を引いたのは偶然だ。……とは言えこうしてあっちこっちで顔を合わせてると、流石の俺も運命と言うものを感じざるを得ないがね」
    「私は感じない。タイプじゃないし」
    「そりゃ良かった。気が合うね」
     軽口を一通り叩き合ったところで、Rがチーム全員に声をかけた。
    「じきに国境だ。この野戦服を着ている時点で既に察しているだろうが、我々の身分は国境を越えた時点で騎士団員ではなく、偽りのものとなる。C、我々は何だ? 言ってみろ」
    「白猫共和党軍です」
    「不正解だ」
     Rは淡々と、その回答を訂正する。
    「正式名称は白猫共和党東部陸軍前線方面部隊第16中隊だ。万が一『本物』と出くわした時にそう答えていなければ、お前は不審者と見なされ、即刻拿捕されるだろう。そしてそうなった場合、騎士団は絶対にお前を助けない。騎士団はお前の身柄を名簿から抹消し、何ら関係の無いものとして扱う。以後、一切関知することは無い。
     ではそれを踏まえて、H。我々の任務は何だ?」
    「敵性勢力のせんめ、……いえ、哨戒ですか?」
    「相手に尋ね返すような口調は、状況的に正解ではない。任務を与えられた兵士であるなら、断定形ではっきりと言い切れ。しかし内容は正解だ。そう、『我が部隊』の任務は、白猫共和党の陣地辺縁部の哨戒だ。
     故に不審な車輌を発見した場合、我々が執るべき行動は? 答えてくれ、V」
     尋ねられ、エヴァははっきりと言い切った。
    「判断の必要は無し。即攻撃、即殲滅すべし」
    「正解だ」
     Rが答えたところで、エヴァたちが乗っていたトラックは国境に到着する。隣国が戦時中と言うこともあり、連綿と続く高さ2メートル半もの鉄条網が行く手をさえぎっているように見えたが――。
    「騎士団の任務だ」
    「了解」
     国境手前に立っていた歩哨らしき2人にRが声をかけ、その2人が手早く鉄条網の一部を取り外す。幅4メートル半程度のすきまができたところで、トラックはそのまま国境を越え、鉄条網は元通りに張り直された。

     時刻は夜明け直前となっていたが、空はどんよりとした雲に覆われており、肉眼では地形が判別できない。しかしRは赤外線ゴーグルを装着しており、特に支障も無さげな様子で周囲を探っていた。
    「周囲に対象車輌無し。このまま北北東への進路を取る」
    「了解」
     時折班員たちと言葉を一言、二言、淡々と交わしつつ、Rは闇の中へトラックを進めて行った。
    (静かだ……)
     エヴァは狼耳をぴんと立て、トラックの車内から外の気配をうかがっていた。
    (白猫党は南北戦争の最中だったはずだが――トラックのエンジン音と、タイヤが砂利を踏む音以外、何の音も聞こえてこない。本当にここは、戦場なのだろうか)
     と、何かを踏み越えたらしく、がたん、とトラックが揺れる。
    「今のは!?」
     声を上げたCを、Rが淡々といさめる。
    「騒ぐな。大した問題は無い」
    「は、はい」
     そのまま全員口を閉ざし、トラックの中には再び静寂が訪れたが、エヴァは自分の心臓が、ばくばくと脈打つのを感じていた。
    (聞こえた。今、確かに……うめき声が……トラックの、下、から)
     エヴァはいつもと同様に平静を装い、今のは獣か何かだったのだ、いや、そもそも声自体が自分の空耳だったのだと、懸命に自分の記憶をごまかそうとしたが――どんな仮説や想像を以てしても、彼女の自慢の大きな耳にこびりついた声をかき消すことはできなかった。

    緑綺星・闇騎譚 3

    2022.04.07.[Edit]
    シュウの話、第44話。静寂の戦場。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. エヴァたち新入団員は2チーム、3名ずつに分けられ、それぞれにリーダーとして先輩団員が付けられた。ちなみにエヴァたちのリーダーは、やはりと言うべきか――。「R、まさか君は私を狙っているわけではないよな?」 尋ねたエヴァに、Rは軍用トラックのハンドルを握りつつ、いつものように肩をすくめて返した。「チームメンバーの選出はくじ引き...

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    シュウの話、第45話。
    エヴァの初陣。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     国境を越えて20分ほどしたところで、Rがやはり淡々とした声色で全員に声をかけた。
    「10時方向、不審車輌を発見。大きさからしてマイクロバスだ。ツキノワ社のエンブレムを確認」
    「……!」
     それを聞いて、エヴァたち3人の顔色が変わる。
    「そう……」
     Cが何かを言いかけたが、すぐにコホンと咳払いし、言い換える。
    「……そう、ですか」
     様子をうかがいながら、エヴァはまだ動揺したままの心を落ち着かせるため、二人のやり取りを頭の中で咀嚼(そしゃく)する。
    (Cはきっと、『捜索対象』と言いかけたのだろう。だが今、我々は白猫共和党軍として、哨戒任務に就いている。そう、哨戒だ。共和党軍は自軍陣地内で捜索などしない。自分たちの陣地を荒らす者を排除しているのだ。
     ……そう、冷静に分析できる。分析できてる。私は冷静だ。大丈夫。問題無い。問題無く、任務に当たれる。問題無く、任務を遂行できる)
     何度も今組み立てた思考をなぞり、エヴァは懐に抱えていた自動小銃のグリップを握りしめ、立ち上がる。
    「R、どのように『排除』する?」
    「車輪を撃て。できれば後輪だ。上のルーフを使え」
     珍しく、どこか嬉しそうな口ぶりで命じたRに従い、エヴァはトラックの屋根に付けられた窓を開ける。
    (……あれだな)
     エヴァも赤外線ゴーグルを装備し、ぼんやり緑色に照らされた視界の左から、古ぼけたバスがこちらに向かってくるのを確認する。
    (対象までの距離、約200メートル……射程圏内だ。バースト1回で十分)
     小銃の安全装置を解除し、エヴァは引き金を絞った。ぱぱぱ、と火薬の弾ける音が3回響き渡った次の瞬間、バスはがくんと左に傾き、そのまま横倒しになった。
    「動きを止めた。次は?」
    「Cは左、Hは右からそれぞれフルオート掃射。Vはグレネードを撃ち込め」
    「了解!」
     意気揚々と、CとHはトラックを飛び出す。ほどなくして、ぱぱぱぱ……、と立て続けに銃声が響き渡り、バスがみるみる穴だらけになっていく。
    (これで……とどめだッ!)
     エヴァは小銃の下部に取り付けていたグレネード砲を発射する。砲口からポンと音が鳴って、一瞬後――バスは爆発、炎上した。
    「やった!」
    「うおおおっ!」
     弾倉2本ずつを撃ち込み終え、すっかり高揚していたらしいCとHが、歓喜の声を上げる。が、やはりRは終始淡々としており、二人にインカムで指示を送った。
    「撤収だ。速やかに戻れ」
    「は、はい!」
     二人が慌ててきびすを返し、大股で戻って来る間に、Rが窓越しに声をかける。
    「初陣の味はどうだ?」
    「……悪くない」
     素直な感想を述べて、エヴァもトラックの中に戻った。

     任務を終え、騎士団本営に戻って来た4人を、エヴァの祖父、ジョゼ騎士団長が出迎えた。
    「初の任務を成功し、無事に戻って来たことを祝そう。よくやった」
     この半年にわたる訓練の間、決してほめもせず、笑顔を見せることも無かった彼から直に評価を受け、エヴァを含む新団員3人は顔をほころばせた。
    「半年の訓練に耐え、与えられた任務を見事に全うして見せた。これで諸君らは、正式に騎士団員となったのだ。改めて歓迎しよう。ようこそ、闇の騎士団(ダークナイツ)へ」
     そう続け、ジョゼは一人ずつ、がっしりとその身を抱きしめた。もちろんエヴァも例外ではなく、物心付いて以来初めて、祖父の腕の中に収まった。
     その時――。
    「V68。いや、エヴァンジェリン。お前が我がアドラー家の、黒き宿命を背負うのだ」
    「えっ……?」
     自分の狼耳にささやかれたその言葉の本意を問う前に祖父はエヴァから離れ、もう自分たちから背を向けてしまっていた。
    「次の任務は追って知らせる。それまでは待機を命ずる。以上だ」



     これ以降、その年の終わりまでに、エヴァは10回出撃したが――そのすべてで文句の無い結果を出し、彼女は騎士団有数の精鋭となっていった。

    緑綺星・闇騎譚 4

    2022.04.08.[Edit]
    シュウの話、第45話。エヴァの初陣。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 国境を越えて20分ほどしたところで、Rがやはり淡々とした声色で全員に声をかけた。「10時方向、不審車輌を発見。大きさからしてマイクロバスだ。ツキノワ社のエンブレムを確認」「……!」 それを聞いて、エヴァたち3人の顔色が変わる。「そう……」 Cが何かを言いかけたが、すぐにコホンと咳払いし、言い換える。「……そう、ですか」 様子...

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    シュウの話、第46話。
    電話と疑念。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     入団から1年が、そして初陣から半年が経過し、エヴァはこの頃既に、寮と騎士団本営からの外出を許可されていたが、彼女はほとんど外出せず、寮の中で黙々と装備の手入れと鍛錬を続けていた。
    (もう外界に興味なんか無い)
     ナイフを研ぎ、小銃を分解整備し、戦闘服のほつれを直しながら、彼女はひたすら心の中で、同じ言葉を繰り返していた。
    (私はダークナイトだ――騎士団から与えられた任務をこなし、国のために働く)
     手入れを一通り終え、部屋の中で腕立て伏せやスクワット、プランク、懸垂と、筋トレを繰り返す。
    (それが私の誇りであり、存在意義だ。それ以外のことに、価値など無い)
     そうして体を動かしつつ内省しているうちに、入団を認められたその日に祖父から与えられた言葉が、頭をよぎる。
    (『アドラー家の黒い宿命を背負え』、……未だにその言葉の真意が分からない。あれ以来祖父と話をしていないし、二、三度家に帰ったが、会えずじまいだった。家の者に聞いても、家にはほとんど帰って来ていないと言うし、他に家族と言えば、……あの情けない『元』兄一人しかいないが、行方不明だしな。家に帰っても謎は解けないだろう)
     全身汗だくになり、床に水たまりができたところで、エヴァはふう、と大きくため息をつき、クローゼットからタオルを取り出そうとした。
    (シャワーを浴びてくるか。……いや、先に掃除しておくか)
     クローゼットに向かいかけた足を止め、部屋の隅のバケツに向け直した、その時――机の中から、クラシック音楽が聞こえてきた。
    (え? ……あ、そうか)
     その曲を聴いたのが1年半ぶりだったため、エヴァはそれをスマホの着信音に設定していたことを、すっかり忘れていた。
    (着信? 誰から?)
     引き出しを開け、奥からスマホを取り出す。ほとんど放置していたが、どうやら電池はまだ残っていたらしく、画面には「メイスン」と表示されていた。
    (メイスン……って誰だったっけ? 高校か……中学……うーん? いたっけ、そんな人)
     放っておいても着信音が騒がしいし、かと言って番号登録してある人間からの着信を、有無を言わさず拒否するような不躾な振る舞いをするエヴァではない。ためらいはしたものの、エヴァはその電話に出た。
    「もしもし?」
    《あー! やっとつながったー! ごめーん、今大丈夫ー?》
     妙に間延びさせたようなお気楽な声が耳に入り、そこでようやくエヴァは、相手が2年前、自分を取材したシュウ・メイスンであることを理解した。
    「えっと……」
     尋ねかけたエヴァをさえぎるように、シュウがまくし立てる。
    《や、全然大した用事は無いんだけどね、アレから元気してるかなーって気になってたから、何回か電話したんだよ? でもいっつも呼び出しばっかりで、あれー出ないなーおかしいなーってちょっと不安になってたんだけどさ、あ、でも元気そうだよね、声。騎士団生活はどう? 元気してる? あ、してるんだよね、ごめん。順調にやってる感じ?》
    「あ……ああ、うん、そうだな、元気してる、うん」
     面食らいつつも、エヴァはどうにか答える。
    《そっかー、良かったー。ね、ね、今どんなコトしてるのー?》
    「え?」
     そう質問されて、エヴァは言葉に詰まる。
    (まさか『毎晩のように敵を撃ち殺している』なんて言えるわけがない。そもそも軍事機密だからな)
    《どしたの?》
    「いや、何でもない」
     落ち着いた声色で返しつつも、エヴァは当たり障りのない答えを慌てて考える。
    「そう、まあ、一言で言うなら訓練だ」
    《くんれん?》
    「ああ。……?」
     とっさに出た自分のその言葉に――何故かエヴァは、違和感を覚えていた。
    《そっかー、やっぱ士官養成学校って言ってたもんねー。毎日大変?》
    「そうだな、うん……」
     相槌を打ちつつ、エヴァはその違和感を探る。
    (どうして私は『訓練』と答えたんだ? 無論、軍事機密を漏らしてはいけないからだが――だが、他にいくらでも言葉はある。メイスンさん、いや、シュウが言った通り、表向きは学校の体なんだから、勉強とか何とか、もっと当たり障りの無い言葉でいいはずだ。
     どうして私は自分のやっていることを『訓練』と称したんだ……?)
    《エヴァちゃん?》
    「んっ?」
    《なーんかボーッとしてない? さっきから『うん』しか言ってないけどー》
    「あ、ああ、ごめん。疲れてるのかも」
    《あ、ごめんね! いきなり電話しちゃって、ってか、時間大丈夫って聞いてなかったよね、突然ごめんね。また電話するね! あ、TtTの方がいいかな? アカウント教えてくれる? メールで後で送ってね! じゃ、またね!》
    「あっ、……切れた」
     あっと言う間に会話が終わり、エヴァは唖然としていたが、やがて頭の中にまた、さっきの疑問が戻って来る。
    (『訓練』……私は今、自分がしていることを、自分が誇るべき重要な任務を訓練だと――本当は任務ではないと、心のどこかでそう思っていたのだろうか)

    緑綺星・闇騎譚 5

    2022.04.09.[Edit]
    シュウの話、第46話。電話と疑念。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 入団から1年が、そして初陣から半年が経過し、エヴァはこの頃既に、寮と騎士団本営からの外出を許可されていたが、彼女はほとんど外出せず、寮の中で黙々と装備の手入れと鍛錬を続けていた。(もう外界に興味なんか無い) ナイフを研ぎ、小銃を分解整備し、戦闘服のほつれを直しながら、彼女はひたすら心の中で、同じ言葉を繰り返していた。(私...

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    シュウの話、第47話。
    「任務」とは。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ひとたび現れた疑念はエヴァの心の中で、日を増すごとに大きくなっていった。
    「どうしたんだ? いつもに増して仏頂面してるが」
     11度目の出撃に向かう車内で、いつものようにトラックのハンドルを握っていたRから声をかけられて、エヴァはその心中を吐露した。
    「疑問があるんだ。私たちが今就いているこの任務は、本当に任務なんだろうかと」
    「そりゃ禅問答か何かか? 悪いが俺は哲学には詳しくない」
    「そうじゃない。……言い方が悪かったな。どう説明したものか、私自身、何がどうおかしいと思っているのか、分かっていないから」
    「言葉通りに答えるなら、俺たちが今就いてるこれは、間違い無く任務だよ」
     Rは正面に顔を向けたまま、いつものように淡々と答える。
    「騎士団執行部から下された、正式な任務だ。答えはそれで十分か?」
    「そう。騎士団からの命令。それは間違い無い。でも」
     エヴァはRに顔を向け、こう尋ねた。
    「やっていることが、本当に、騎士としてこなすべき任務なのだろうかと」
    「騎士として?」
    「これまでの10回の出撃は、どれも自国領外に出ての積極的迎撃だった。敵が接近してくるから、それを自国に侵入される前に撃破すべし、と。だがこれは戦闘なのだろうか?」
    「ふむ」
    「我々はその10回すべてにおいて、相手が行動を起こす前に仕留めている。これは戦闘ではなく、一方的な攻撃じゃないのか、と」
    「なるほどな」
     Rは一瞬、エヴァに顔を向け、すぐに正面に向き直る。
    「敵とドンパチやってないから、これは戦闘じゃない。そう言いたいのか?」
    「そうじゃない。そもそも相手が敵なのかどうかも……」「V」
     Rは強い口調で、エヴァの主張をさえぎった。
    「騎士団の掟は何だ? 己の判断に従って行動することか?」
    「それは……」
    「そう、不正解だ。我々団員は騎士団の判断と命令によってのみ、行動しなければならない。独断専行は、決して許されていない。どんな疑問が心の中にあったとしてもだ」
    「……そうだな」
    「騎士団の命令に従って行動する。それはまさしく、騎士団に所属するもの、即ち騎士としてこなすべき任務だ。哲学的じゃないが、論理学的には正しい答えだ」
    「……分かった。納得しておく」
    「そうしてくれ」
     その後、11度目の出撃も難なく――いつものごとく一方的な攻撃によって――完遂したものの、エヴァの心は一向に晴れなかった。

     任務を終え、戻って来たエヴァたちのところに、騎士団執行部の人間が現れた。
    「諸君、任務遂行ご苦労だった」
    「珍しいですね。執行部の方が直接、俺たちのところに来るなんて」
     応じたRに、相手は封筒を4通差し出す。
    「辞令を申し渡す。C88、そしてH70。両名はR32指揮下を離れ、明日よりT28指揮下に入ること」
    「えっ」
     目を丸くしたCとHに、Rが説明する。
    「半年経ったからな。再編成ってやつだ」
    「その通り。V68は従来通りR32指揮下だ。追加の要員は新規団員の2名の予定だ」
    「それで、残り1通は? 俺宛ですかね」
     Rが手を差し出し、執行部員は封筒を渡す。
    「R32、貴君は昇進だ。本日付で一等団員となる」
    「そりゃどうも」
    「以上だ。要員選出については後ほど通達する」
     執行部員が去ったところで、CとHが囃(はや)す。
    「一等って、つまり一番偉いクラスですよね!」
    「おめでとうございます!」
    「団員としては、だがな。役職の付いてない団員なんか、一等も三等も一緒だよ。ちょっと給料が違うって程度だ」
     いつものごとく淡々と受け答えしたが、そこでRはコホン、と咳払いした。
    「そんなわけで、お前たちとは今日で最後だ。今までありがとうな」
    「そんな、俺たちも感謝してます!」
    「ありがとうございました!」
    「ああ。……じゃあ、まあ、なんだ。名残惜しいが、Vと話があるから、この辺で、……な?」
    「あ、はい」
    「ありがとうございました!」
     CとHが敬礼してそそくさと去り、その場にはRとエヴァだけになる。
    「話って? 私にもおめでとうと言ってほしいのか?」
    「それは話の後に言ってほしいな。できれば他の人間から」
    「どう言う意味だ?」
     尋ねたエヴァに、Rは珍しく苦い顔を向けた。
    「まあ、さっきも言ったが、一等団員は給料がちょっと上がる。具体的には三等の倍額だ」
    「そんなに違うのか」
    「で、まあ、お嬢様相手にこんな話したって、まあ、アレなんだが、君がその気になれば、寮も実家も離れて、俺と一緒に暮らせるくらいのことはできる」
    「は?」
     言わんとすることを察し、エヴァは語気を荒くしたが――。
    「つまりだ。俺と結婚しないかって話だ」
    「……」
     エヴァはしばらく沈黙を続け、それから、ため息交じりに答えた。
    「そんな選択肢は私の中に無い」
    「そうか。……ま、そうだよな」
     Rはいつものように肩をすくめ、ぼそ、とつぶやいた。
    「この先のことを、君に体験させたくなかったが」
    「何だって?」
    「……いや、何でもない。この話は忘れてくれ。明日からはいつも通り、隊長と部下だ」
    「了解。それじゃ」
     エヴァはRに背を向け、すたすたと歩き去った。

    緑綺星・闇騎譚 終

    緑綺星・闇騎譚 6

    2022.04.10.[Edit]
    シュウの話、第47話。「任務」とは。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ひとたび現れた疑念はエヴァの心の中で、日を増すごとに大きくなっていった。「どうしたんだ? いつもに増して仏頂面してるが」 11度目の出撃に向かう車内で、いつものようにトラックのハンドルを握っていたRから声をかけられて、エヴァはその心中を吐露した。「疑問があるんだ。私たちが今就いているこの任務は、本当に任務なんだろうかと...

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    シュウの話、第48話。
    激動の裏で。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦716年を迎えた途端に、世界情勢は目まぐるしく動き始めた。双月節が終わってまもなく金火狐第22代総帥が死去したとの訃報が流れたその半月後には、南の白猫党が大規模攻勢を仕掛け、北部前線を壊滅させたとの情報が央北を席巻。さらにその半年後には南側が北側首都を陥落させたと喧伝され、1世紀以上続いた白猫党の南北戦争に終結の兆しが見え始めていた。
     そしてこれらのニュースは、ダークナイトたちの中にも波乱を巻き起こしていた。
    「また出撃だって? 2日前に出たばかりじゃないか」
    「このご時世だからな」
     隣国、白猫党領内が混乱するにつれ、リモード共和国の国境に接近する不審者が激増したのである。
    「SチームもTチームもほとんど連日出撃しているらしいが……」
    「それだけ情勢が緊迫しているってことでもある。南白猫党の大攻勢で、北白猫党は壊滅寸前の状態って話だからな」
    「そうだな。……うん?」
     エヴァはうなずきかけたが、そこでRに尋ねる。
    「北白猫党が後退していると言うなら、北方面の国に影響があるんじゃないのか? 共和国じゃ逆方向だろう?」
    「押されてそのまま動くなんて、単純な話じゃない。南の侵攻で希薄になった地帯を狙う勢力だってある。現に俺たちが立て続けに出張ってるんだ」
    「そう言うものか……まあ、そうなんだろうな」

     依然として、エヴァの中には納得の行かない点がいくつも残ってはいたが、それでも騎士団の一員として、忠実に任務をこなし続けていた。その甲斐あってか、この時既にエヴァは二等団員に昇格しており、また、Rも執行部入りが内定していた。
    「とは言え年内には無理だろうけどな。こんなに大忙しじゃ、実行部隊を減らすわけには行かない」
    「残念だろう?」
     いたずらっぽく尋ねてきたエヴァに、Rは肩をすくめる。
    「ああ、実に残念だ。執行部員になれば、血なまぐさい現場とはお別れだからな。人をアゴでこき使えるし」
    「君らしい態度だ」
    「そりゃどうも」
     この任務においてもエヴァたちは、いつものように軍用トラックで闇の中を突っ切り、索敵していた。
    「ところでV、考えてくれたか?」
     そう尋ねてきたRに、エヴァはつっけんどんに返す。
    「答えは前回と変わらない。そんな提案に興味は無い」
    「だろうな。執行部員にでもなれば、と思っていたんだが」
    「そこは問題じゃない。私はここで戦うことが誇りだし、生きがいなんだ」
    「生きがい、……か」
     Rは掛けていた暗視ゴーグルを上げ、エヴァに裸眼を向けた。
    「俺がこんなことを言えた義理じゃないのは百も承知だが、それでいいのか?」
    「何がいけない? 国のために働いている。平和のために働いている。それを生きがいとして、何が悪いんだ?」
    「……そうだな。平和のためだからな」
     Rはため息をつき、暗視ゴーグルを掛け直した。と――。
    「12時方向、不審車輌あり。トラスゼネラル製のマイクロバンだ」
    「……敵か!」
     いつものようにエヴァは自動小銃の安全装置を解除し、ルーフから上半身を出した。そしていつものように暗視ゴーグル越しに車の後輪に狙いを定め、引き金を絞ろうとしたが――いつも通りでなかったのは、エヴァが引き金に指をかけるより一瞬前、その車から何かが飛び出してきたことだった。
    「え……」
     それが何であるかを認識する前に、エヴァの意識は飛んだ。

    「……!」
     元々からエヴァは最終試験でいち早く目覚め、絞め技を掛けられて意識を落とされてもすぐに立ち直れるほどに、失神・気絶には相当の耐性がある。
     この時も地面に投げ出されてまもなく、エヴァは立ち上がった。
    (今のは……何だ!?)
     ぼたぼたと垂れる鼻血に構わず、エヴァは落とした小銃に飛びつく。
    「敵襲! 敵襲だッ!」
     叫んだが、すぐにそれが無意味であることを悟る。何故なら自分たちが乗ってきた軍用トラックは既に横転しており、全員にその事実が知れ渡っていたことは明白だったからだ。
    「ああん?」
     と、しわがれた老人の声が、トラックの上から聞こえてくる。
    「さっきのお姉ちゃんか? 驚いたぜ、頭スッ飛ばすつもりで蹴ったってのに、死んでるどころかもう起き上がってやがんのか」
    「貴様は誰だッ!」
     小銃を構えたエヴァに、兎耳の老人が答える。
    「何でも屋ってやつさぁ。ちっとご依頼があったもんでよ、ここいらで運び屋やらしてもらってんのよ」
    「ふざけるな! 所属と階級を答えろ!」
    「ふざけちゃいねえよ。俺はカネで何でも請け負う『パスポーター』さ」
     老人はひょいとトラックから下り、次の瞬間、エヴァに肉薄した。

    緑綺星・嘘義譚 1

    2022.04.12.[Edit]
    シュウの話、第48話。激動の裏で。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦716年を迎えた途端に、世界情勢は目まぐるしく動き始めた。双月節が終わってまもなく金火狐第22代総帥が死去したとの訃報が流れたその半月後には、南の白猫党が大規模攻勢を仕掛け、北部前線を壊滅させたとの情報が央北を席巻。さらにその半年後には南側が北側首都を陥落させたと喧伝され、1世紀以上続いた白猫党の南北戦争に終結の兆...

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    シュウの話、第49話。
    暗中のCQC。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「なっ……」
     エヴァの目測ではトラックとの距離は10メートル近く離れていたはずだったが、老人はその10メートルを、瞬き程度の一瞬で詰めてきた。それでもエヴァは懸命に指を動かし、小銃を撃つ。だが――。
    「遅え、遅え。眠っちまうくらい遅いぜ」
     老人は事も無げに小銃のバースト連射をかわし、エヴァの小銃をつかむ。
    「うっ!?」
     反射的にエヴァは小銃を引き寄せたが、同時にその行動は、騎士団の訓練で「絶対にやってはならない反応だ」と指導されていたことを思い出した。
    (しまった……!)
     訓練で注意されていた通りに、老人は小銃をエヴァの方に押し込んでくる。小銃の銃床が簡単に肋間にめり込み、彼女を二度目の気絶に追い込んだ。
    (あ……っう……)
     意識が再び遠のき、エヴァはその場に倒れる。そして先程と同様、10秒足らずで目を覚ましたものの――。
    「……馬鹿なっ」
     その時には既に、Rを含むチームメンバー全員が叩きのめされ、地面に倒れ伏した後だった。
    「なんだ、まーた目ぇ覚ましたのかよ? 随分眠りが浅えお姉ちゃんだな。そんなんじゃ三十路前にシワと白髪だらけになっちまうぞ」
    「余計なっ……おせ……っ……」
     声を荒げかけるも、どうやら先程の一撃が相当肺を痛めつけたらしく、息が詰まる。
    「無理しねえで寝てろや、お姉ちゃんよ。これ以上俺の仕事邪魔されても困るんでな」
    「うっ……ぐ……」
     どうにか拳銃の一発だけでも当てようと踏ん張りかけたが、それも無為に終わることを悟り、エヴァはその場にぺたんと座り込んだ。
    「くそ……初めての会敵で……こんな兵(つわもの)に……出くわすなんて……」
    「初めて? お姉ちゃん、初陣か? それにしちゃ、動きがなかなか手慣れてるように見えたがな」
     老人が無防備然にひょこひょこと近寄り、エヴァを見下ろす。一瞬、反撃の好機かとも思いかけたが――。
    (……無理だ。今の状態では、この老人に指一本触れられない。組み伏せられて三度目の気絶がオチだ)
     息を整える時間を稼ぐつもりで、エヴァは老人の話に答える。
    「初陣じゃない……今まで先制攻撃して……倒してたんだ」
    「ヘッ、見下げたもんだな」
     老人は吐き捨てるようにそう返し、エヴァをにらんだ。
    「抵抗も何もできねー難民を一方的に撃ち殺して、『やったー嬲り殺しにしてやったぜー』ってか? つくづくクソだな、お前ら」
     臆面もなくなじられ、エヴァは激昂しかけたが――気になる言葉が耳に入り、一転、頭から血が下がった。
    「難民……だと? 何を言っている?」
    「あ?」
     老人は依然として侮蔑の表情を向けながら、自分が来た方角を指差した。
    「まさかお前さん、あれが装甲車にでも見えてるってのかい? どう見たって前世紀のオンボロバスじゃねえか」
    「敵性勢力が我々を欺く……偽装だと……」
     反論しながらも、この時エヴァには、ずっと抱いていた疑問の答えが見え始めていた。
    「へっへっへ……笑わせんじゃねえよ、お姉ちゃんよお? ありゃどう見たってただのバスだ。偽装だってんなら窓外して、重機関銃の一挺や二挺は積んでるわな。見てみるかい?」
    「……見せてくれるのか?」
    「見たいってんならいくらでも見せてやる。だが変な動きしやがったら、もっかいおねんねしてもらうぜ。今度は目覚めらんねえくらいにな」
    「分かった。抵抗はしない」
     差し出された老人の手を素直につかみ、エヴァは立ち上がった。
    「それじゃお嬢さん、とくとご覧あれ。ほい、『ライトボール』」
     老人はぼそ、と呪文をつぶやき、魔術で周囲に光を灯す。途端にエヴァの正面に、赤錆びたマイクロバスが姿を表した。
    「見ての通りだ。あのバスにゃ重機関銃どころか、爆竹一巻きだって積んでりゃしねえんだよ。そんなカネあったら食い物に使うからな」
    「……」
     エヴァがその目でまじまじと確認しても、そのバスにはやはり、兵装の類が一切搭載されていないのは明らかだった。と、バスの中にキラ、と光るものを見つけ、エヴァは息を詰まらせた。
    (人の……目だ)
     光って見えたのは、痩せこけた猫獣人の瞳だった。
    (まだ若い……いや……若いなんてもんじゃない……どう見たって子供じゃないか)
     バスの中には――運転手を除き――子供しかいなかった。
    「……あ……」
     それを確認した途端、エヴァの頭の中にずっと渦巻いていた疑問は霧散し――残酷な現実が姿を現した。
    (……いや……違う……私はきっと……目を背けていたんだ)
     ぼた、と足元で水音が鳴る。
    (国のため、平和のためと思い込んで……思い込まされて……思い込もうとして……私が薄々感じていた事実から、目を背け続けていたんだ)
     ぼた、ぼたと立て続けに水音を立てていたエヴァを横目で見ながら、老人がフン、と鼻を鳴らした。
    「何だ、泣いてやがんのか? どこまでもおめでたいお嬢ちゃんだな」

    緑綺星・嘘義譚 2

    2022.04.13.[Edit]
    シュウの話、第49話。暗中のCQC。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「なっ……」 エヴァの目測ではトラックとの距離は10メートル近く離れていたはずだったが、老人はその10メートルを、瞬き程度の一瞬で詰めてきた。それでもエヴァは懸命に指を動かし、小銃を撃つ。だが――。「遅え、遅え。眠っちまうくらい遅いぜ」 老人は事も無げに小銃のバースト連射をかわし、エヴァの小銃をつかむ。「うっ!?」 反射的にエヴ...

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    シュウの話、第50話。
    騎士団の真実。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「おめでたい? おめでたいだとッ!?」
     涙声で怒鳴ったエヴァに、老人は嘲った笑みを向ける。
    「そうだろうがよ。今の今まで、自分がやってきたことが分かんなかったってんだからよ」
    「知らされていなかったんだ。私たちはあれが敵だと言われて……」
    「そりゃあウソだな」
     老人はヒッヒッと薄気味悪く笑い、エヴァたちが乗ってきたトラックをあごで指し示した。
    「少なくとも1人は、自分たちが襲ってたのは実は難民だったって話を把握してる奴がいるはずだぜ?」
    「なに……!?」
    「考えてもみろよ。そもそもチーム4人が4人とも全員、何一つ知りませんでやんす、上からのおつかいでやんすって無責任のバカ揃いだったとしたら、すんなりバスを見つけられたと思うか? どこそこを通ってるこれくらいの大きさだとか、細かく指示を受けてなきゃ、あのオンボロバスを敵性車輌だなんて認識なんかしやしねえだろうが」
    「……それは……そんな奴がいるはず……」
     と、老人はニヤニヤと笑いながら、エヴァの顔を覗き込む。
    「会って5分か10分くらいだが、俺にゃお前さんの思考がどんなカタチしてるか、バッチリお見通しだ。きっとお前さんは今、そいつの顔が思い浮かんでたはずだ。だがそれを認めたくない。だもんで無意識に、そらとぼけようとした。だろう?」
    「……」
     言われてエヴァは、もう一度自分の心に問いかけた。
    (そうだ……言われてみれば……いつもトラックを運転していたのも……いつも指令を受けていたのも)
     エヴァはバスに背を向け、トラックの横に倒れたままの仲間たちの元に駆け寄った。
    「起きろ! 起きろッ、R!」
     Rの肩を何度か蹴り、無理やり起こす。
    「知ってるんだろ!? お前、私たちが何をやってきたのか、全部知っているんだろう!? どうなんだ、R!?」
    「う……うう……」
     うめくRの胸ぐらをつかみ、エヴァはまくし立てる。
    「教えろ、R! お前、全部知っていたのか!?」
    「知って……何を……だ?」
    「とぼけるなッ! 私たちが今まで襲ってきたのは敵なんかじゃない! そうだろッ!?」
    「……それ……か」
     Rは暗視ゴーグルを外し、エヴァに裸眼を向けた。
    「知っていた。そうだ、騎士団からの本当の指令は、『難民を一人たりとも国内に入れるべからず』だった」
    「何故だました!?」
    「いずれ君には話すつもりだった。いや、時が来れば参加した全員に知らされる予定だった。誰だっていきなり『罪もない難民を殺せ』なんて指令を下されて、受けたがるはずがないからな」
    「騎士団が命じたって言うのか!」
    「そうだよ」
     Rはエヴァの腕を払って、ふらふらと立ち上がる。
    「西トラス王国の話を聞いたことはあるか?」
    「30年ほど前に東トラス王国と統一された国だろう? それが何だ!?」
    「まあ、聞けよ。これは国家運営上、非常に大事な話なんだ。西トラス王国は事実上、滅亡している。その理由は知ってるか?」
    「……いや」
     代わりに、いつの間にかトラックにもたれかかって煙草をふかしていた老人が答える。
    「白猫党領からの難民がどーっと押し寄せたんだよ。西トラス国民の半分以上に相当する数がな。
     考えてもみろよ。国民じゃない、つまり国のために働いて稼いでくれないタダ飯食らいがそんなに大勢押しかけたら、国家経済ってやつは破綻待ったなしだ。西トラスもそれでパンクしたのさ。
     ここ最近、南北戦争は激化の一途をたどってる。南側が元気いっぱいに進撃してやがるからな。北側にとっちゃ、かつてない危機ってわけだ。当然そこに住んでた、非戦闘員にとってもな。このままこの国に留まってたら、いつ何時戦闘に巻き込まれて死ぬか分かんねえ。そんじゃ一か八か、別の国に逃げ込もうって話になるわな。例えば白猫党領のすぐ隣、……とかな」
    「それが……我が国の安定の理由だったのか」
     老人は吸口ギリギリまで燃えた煙草をぷっと吐き捨てつつ、話を続ける。
    「騎士団とか言ってたな。じゃ、お前ら『ダークナイト』ってやつか。俺が知る限り、お前らんとこは他にも色々えげつないことやってるぜ。周辺国に忍び込んで情報かき集めてインサイダー取引仕掛けたり、各国要人を陰で脅して共和国有利の条約結ばせたり、やりたい放題さ。そんだけアコギにやってりゃ、そりゃ『央北の奇跡』にもなるわな。……とは言え俺に言わせりゃ、そんだけ裏で汚えことやってなきゃ、平和な国なんて作れやしねえのさ。『平和には犠牲が付き物』ってやつよ。
     何度も言うがよ、お前さんはとことんおめでたいお嬢様なんだよ。なんで自分が平和な国で暮らせてたのか、その理屈が分からねえでいやがる。いや――分かってたはずなのに、分からねえフリしてやがるのさ」
    「……~ッ」
     エヴァは老人をにらみつけたが、何の反論もできなかった。

    緑綺星・嘘義譚 3

    2022.04.14.[Edit]
    シュウの話、第50話。騎士団の真実。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「おめでたい? おめでたいだとッ!?」 涙声で怒鳴ったエヴァに、老人は嘲った笑みを向ける。「そうだろうがよ。今の今まで、自分がやってきたことが分かんなかったってんだからよ」「知らされていなかったんだ。私たちはあれが敵だと言われて……」「そりゃあウソだな」 老人はヒッヒッと薄気味悪く笑い、エヴァたちが乗ってきたトラックをあご...

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    シュウの話、第51話。
    軽蔑と訣別。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     エヴァは顔をぐしぐしとこすって涙をこそぎ取り、Rに怒鳴る。
    「もう御免だ。これ以上、国の悪事に加担するわけには行かない! 私は抜けさせてもらうぞ、R!」
    「抜けてどうする?」
     Rはまだ顔を青くしてはいたが、どうやら回復してきたらしく、声には張りが戻ってきていた。
    「君は国家機密を知ってしまった身だ。その上で離隊したとなれば、騎士団は君を抹殺しに来るだろう」
    「国に帰るつもりは無い」
    「どこへ逃げたって一緒だ! 騎士団は決して、君を逃さないぞ」
    「じゃあ今すぐ私を殺すか? あの世までは追えまい」
     そうすごんで、エヴァは拳銃をRに向けた。
    「……やめてくれ」
     Rはかぶりを振って、エヴァに懇願する。
    「正義のために働いてきたと考えていた君が、この真実を知ったその時、きっと反発するだろうとは薄々思っていた。だからこの真実に気付く前に現場から、いや、騎士団そのものから離れ、俺たちの作った平和の中で過ごしていてほしかったんだ。だから、何度も求婚したんだ。……いや、それだけが理由じゃない。何より、君のことを大事に思っていたからだ。この真実を知った今、君は憤る以上に、大きく傷ついたはずだ。そんな思いを、君にはしてほしくなかったんだ。だから……頼む……これ以上、俺に君を傷つけさせないでくれ」
    「どこまで上から目線なんだ、お前は」
     パン、と発砲音が轟き、Rの足元が爆ぜる。
    「私はお前の人形でも、ペットでもない。一人の人間だ。一人の人間として傷つくし、一人の人間として不正・不実・不義に憤り、抗い、そして戦う意思を持っている。私はもう、お前の命令も騎士団の指令も受けない。今日限りだ」
    「おいおい待てよ、お嬢ちゃん」
     2本目の煙草に火を点けながら、老人がまた口を挟む。
    「その次はもしかして、俺たちに『同行してやろう』なんて言うんじゃねえだろうな?」
    「え?」
     薄々考えていた案を見透かされ、エヴァの声が上ずった。
    「言っとくが、お断りだぜ? こいつらが欲しいのはあわれみじゃねえ。生きる場所なんだよ。ましてやお前さんが今がなったみてえに、誰かの道具にされるなんてのもまっぴらだ。『可哀想だから』だの『丁度いい足が見つかった』だのって考えでついてこられたって、ただただ迷惑なんだよ。
     人にやるなっつったことをよ、その舌の根も乾かねえ内からやろうとしてんじゃねえよ」
    「うぐ……それじゃ」「『じゃあ雇え。それなら公平だろう』ってか? 目ぇ付いてんのか、お前さん」
     老人は煙草の先で、バスを指し示す。
    「俺たちを雇うので精一杯の奴に、もっとカネを出せって言うつもりじゃねえよな? もちろん、折半なんて話もお断りだ。俺の取り分を減らすつもりは1コノンたりともねえぜ」
    「ぐっ……」
     提案しようとしたことをことごとく言い当てられた上に却下され、エヴァは一言も発せなくなる。黙り込むしかなくなったエヴァに、老人はニヤニヤと笑みを向けてきた。
    「もっと素直になれや、お嬢ちゃん。『施してやろう』だの『交換条件を提示する』だの、上下関係作ろうとして変な勘定回してんじゃねえよ。こう言う時はな、素直に一言『助けてくれ』って言やあいいんだよ。そんならこのジジイだって、ちっとばかしは親身になってやろうって気にもならあな」
    「……そ、そう……だな」
     エヴァは老人に深々と頭を下げ、「助けてくれ」と願い出た。
    「いいとも。お代についてはおいおい相談と行こうや」
     そう返し、老人が手を差し出す。エヴァはそのまま握ろうとしたが――。
    「待て、V! 考え直せ!」
     いつの間にか小銃を構えていたRが、銃口をエヴァに向けている。
    「……頼む……考え直してくれ……俺に撃たせるな……V」
     エヴァは首を横に振り、老人の手を握った。
    「よろしく」
    「おうよ。そんじゃ乗りな」
     エヴァは老人に手を引かれ、その場を後にする。
    「……V……」
     結局最後まで、Rは引き金を引こうとはしなかった。

    緑綺星・嘘義譚 4

    2022.04.15.[Edit]
    シュウの話、第51話。軽蔑と訣別。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. エヴァは顔をぐしぐしとこすって涙をこそぎ取り、Rに怒鳴る。「もう御免だ。これ以上、国の悪事に加担するわけには行かない! 私は抜けさせてもらうぞ、R!」「抜けてどうする?」 Rはまだ顔を青くしてはいたが、どうやら回復してきたらしく、声には張りが戻ってきていた。「君は国家機密を知ってしまった身だ。その上で離隊したとなれば、騎...

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    シュウの話、第52話。
    夢も希望も無いお話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     エヴァを乗せて動き出したバスは、東へ向かっていた。
    「どこに向かうんだ?」
    「きょうび、白猫党領の難民が陸路で向かうとこっつったら、2つしかねえよ。西の天帝教直轄領マーソルか、東の『特区』ニューフィールドだ」
    「リモード共和国じゃないんだな」
    「当たり前だろ。近付いただけで撃たれるようなとこへなんざ、行っても無意味だぜ」
    「……そうだな」
    「ろくすっぽ調べもしねえ内に飛び出すような無鉄砲はその場しのぎで右往左往した末、騎士団に始末されるか、哨戒中の白猫軍に捕まって連れ戻される。俺はオモテの事情にもウラの事情にも詳しいからな、一番確実で安全なルートを取って進んでる」
    「私たちに会敵したのにか?」
    「結果はどうだった? お前らは敵になったか?」
    「うぐ……」
     皮肉交じりに返され、エヴァは口をつぐむ。ニヤニヤとその顔を眺めていた老人が、そこで「おっと」と声を上げた。
    「そう言やお前さんの名前を聞いてなかったな。少なくともニューフィールドまでの付き合いになるんだ、いつまでも『お嬢ちゃん』だの『お前さん』だのと続けんのはちっと面倒だろ? と言ってあの兄ちゃんみてえに『V』って呼ぶのもアホくせえしな」
    「エヴァンジェリン、……エヴァだ。あんたは?」
    「俺はアルト・トッドレールだ。……おい、ラモン。お前さんもあいさつしたらどうだ? それとも俺が紹介してやろうか?」
    「やめて下さいよ、トッドさん。こないだそれでフラれたんですから」
     憮然とした顔を前方に向けたまま、運転していた猫獣人が答える。
    「僕はラモン・ミリアン。トッドさんの仕事仲間です。と言ってもいつも一緒ってわけじゃなくて、たまに声かけられるくらいの仲ですけどね」
    「俺が知ってる中じゃ、一番の腕利きドライバーだ。ウラの世界にいなきゃ、一流ラリーストにもなれる」
    「へえ……?」
     その評価を聞いて、エヴァはハンドルを握りしめるラモンの顔をまじまじと眺めていたが、アルトが釘を刺す。
    「言っとくが詮索なんかすんなよ」
    「え?」
    「根掘り葉掘りめんどくせえこと聞くなって言ってんのさ。昔の偉い将軍さんだって言ってんだろ、『言いたくない話は無理にさせるな』ってな。
     ジジイの親切で教えてやるが、ウラの世界でメシ食ってるヤツってのはどいつもこいつも、スネに傷を持ってる奴らばっかりだ。どんだけ親しくなっても、そう簡単に教えられねえ事情ってのがあるんだよ。それがウラの世界の常識、言うまでもない当然って話だ。だからウラの世界は『聞くな』『見るな』『しゃべるな』が鉄則だ。仕事に必要なこと以外は無視しろ。組む奴の趣味や過去なんかどうでもいい。それをわざわざ聞く奴なんざ、うっとうしいだけだ。何より仕事の邪魔になる。……なんて話は、お前さんなら分かってて当然だよな?」
     とうとうと語るアルトの顔は笑ってはいたが、目はひんやりとした光を放っている。エヴァは彼が本当に言わんとしていることを察して、深くうなずいた。
    「十分承知している。決してあなた方の仕事の妨げになるようなことはしない。少なくともこの旅程の間は、その鉄則を忘れるようなことはしない」
    「そう言うつもりなら、俺からこれ以上説教垂れるようなことは何もねえよ。ゆっくり座っててくれ、お嬢さん」
    「ありがとう、トッドレールさん」
     言われた通り、エヴァは近くの座席に座る。と、そこでようやく、車内の様子に気がついた。
    (難民を乗せたバス、……と言うから、てっきり人がぎっしり乗っているものと思ったが)
     バスの座席はちらほらと空きが見えており、満員とは言いがたかった。そして乗っているのも――アルトとラモン、そしてエヴァ自身を除けば――子供ばかりだった。
    「詮索すんなとは言ったが、これくらいは教えといてやるよ」
     と、エヴァの様子を眺めていたらしく、運転席横に立ったままのアルトが説明する。
    「今回の依頼人はそいつらの親だ。『せめて子供たちだけでも』ってやつだな。傍から聞けばいかにも美談、お涙頂戴の人情噺に聞こえるだろうが、もちろん当事者にとっちゃ苦渋の選択だ。誰だって自分も助かるなら助かりたいってもんだからよ。だが残念ながらカネはどこの家にもろくにねえ。散々かき集めても一人分がせいぜい。世間体としちゃ、自分の身を選ぶわけにゃ行かねえからな。結果、ここにはガキしかいねえ」
    「こう聞いても恐らく皮肉な答えしか返って来ないだろうが――値引きできなかったのか?」
    「お前さんのご期待通りに答えるなら、そうは行かねえよって話さ。特例は一回認めちまったら、次から標準になっちまう。そうなりゃ『もっと負けろ』『もっと色つけろ』の繰り返しで、いずれはなし崩し的に、タダ同然にしなきゃならねえ。そしたらバスの燃費も、人件費および危険手当も出ない。
     俺たちが損してもいい、死んでもいいから請けてくれ、なんてふざけた依頼はお断りだぜ」
    「……だろうな」
     乾いた声で答えたエヴァに、アルトはひっひっと薄気味悪い笑いをぶつけてきた。
    「ここは地獄の一丁目だぜ? 夢も希望もねえんだよ」
    「……」
     応じる気力も削がれ、エヴァは目をつぶって黙り込んだ。

    緑綺星・嘘義譚 5

    2022.04.16.[Edit]
    シュウの話、第52話。夢も希望も無いお話。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. エヴァを乗せて動き出したバスは、東へ向かっていた。「どこに向かうんだ?」「きょうび、白猫党領の難民が陸路で向かうとこっつったら、2つしかねえよ。西の天帝教直轄領マーソルか、東の『特区』ニューフィールドだ」「リモード共和国じゃないんだな」「当たり前だろ。近付いただけで撃たれるようなとこへなんざ、行っても無意味だぜ」...

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    シュウの話、第53話。
    難民特区。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     アルトの言った通り、バスは危険に瀕することも、立ち往生することもなく、無事に白猫党領とトラス王国間の国境に到着した。
    「国境警備はどうなってる?」
     尋ねたエヴァに、アルトは肩をすくめて返す。
    「白猫軍の現在の主戦場はもっと北だ。トラス側は事実上、『特区』に関しては放置してる。どっちも国境にゃ構ってらんねえのさ」
    「じゃあ、無防備なのか? 機に乗じて攻め込まれる危険があるだろう?」
    「機? 何の機だよ? どさくさに紛れて領土に攻め込んで、実効支配してやろうってか? 白猫党両軍にそんな余裕はねえし、繰り返すがトラス王国は特区の状況に無関心だ。最悪、攻め込まれたっていいやって思ってやがるくらいさ。なんせ難民しかいねえ、事実上の隔離地域だからな。近隣国にしたって、わざわざ戦場に割り込んだり隔離地域を奪ったりする理由はねえ。儲けにならんばかりか、いりもしない国際問題を抱えるだけだからな」
    「そうなのか……」
     騎士団で教えられた情報とまるで異なる実情に、エヴァは呆然とするしかない。
    「その様子じゃ特区の話もろくに知らなさそうだな。ジジイの講釈で良けりゃ、ちっとくらいは教えてやって構わんぜ? どうせヒマだしな」
    「助かる」
     素直に教えを請うたエヴァに、アルトはニヤッと笑みを向けた。
    「691年に東トラス王国は西トラス王国を併合し、半世紀ぶりの統一を果たしたが、同時に西トラスの負の遺産も引き継がなきゃならなくなった。そのうちの一つが、白猫党領から大量に流れ込んできて西トラス滅亡の原因となった難民だ。その数400万人とも、500万人を超えるとも言われてるが、実情は分からん。末期の西トラスにゃ、統計を取れる余裕すら無かったらしいからな。
     ともかく西トラスの国庫を食い尽くしたイナゴ同然の奴らだ。普通に人間扱いして、自国民と同様の権利を与えるとなると、今度は東トラスも潰れかねない。だが一度受け入れちまった奴らを追い出そうとすりゃ、国際社会ってやつから批判が来るのは確実だ。先進国を自負する東トラスとしちゃ、そんな文句なんざまっぴらだ。そんなこんなで最終的に採った手段が、難民たちを一ヶ所に押し込めた上に自治権を押しつけて、『じゃ、後は勝手にやってくれ』って見て見ぬ振りを決め込むことにしたのさ。それが『ニューフィールド自由自治特区』、通称『難民特区』だ」
     話している間に、どうやらバスは国境を越えてしまったらしい。視線を前方からバックミラーに移した時、既にフェンスは後方にあることが確認できたからだ。
    「どうやって国境を越えたんだ? 停まっていた様子は無かったが……」
    「カモフラージュさ。一見ちゃんとした鋼線製のフェンスがびっちり張り巡らされてるが、何ヶ所か紐に色つけてごまかしてやがるところがあんのさ。どっちの国にしたって、こんな端っこに手間かけるくらいなら、自分らの敵やら今日のメシ代やらを気にしなきゃならん立場だからな。そのうちの一つを突っ切ったってわけよ。ただの紐なら、バスで50キロも出しゃ簡単にプチンと行くわな」
    「ずさんな管理だな」
    「おかげでこっちは楽ができる。あとはニューフィールドまで一本道だ。邪魔する奴はもう誰もいない」
     アルトの言う通り、そこから先はここまでの道程のような物々しさは消え、のどかなあぜ道がはるか遠くまで続くばかりだった。その景色を眺めながら、エヴァもまた、安堵した心地になっていた。
    (ここまで来れば追手も現れまい。トッドレールさん自身のことは――無論、まだ完全に信用したわけではないが――それでも彼からの話は、Rが立て並べた情報よりは辻褄の合う点が多い。話に関しては、信用していいだろう。
     その彼の情報からすれば、特区はどの大国からも見放された、極めて貧しい場所であるらしい。であればヒュミント(人的諜報)網が張り巡らされ、各国の監視下にあるものとは考え辛い。私の所在をつかむことは、騎士団にはできないだろう。未練たらたらのRが密告するとも考え辛いし、そもそも経緯を馬鹿正直に報告などすれば、奴が監督責任を負う羽目になる。奴から漏れるようなこともあるまい。
     であればもう誰も私を追えないし、追うことも無いだろう。ニューフィールドでなら、私の新しい人生が……)
     と、そこまで考えて、エヴァははっと気付いた。
    (……貧しい場所、と言っていたよな? そんなところで、本当に新たな生活ができるものだろうか……?)

    緑綺星・嘘義譚 6

    2022.04.17.[Edit]
    シュウの話、第53話。難民特区。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. アルトの言った通り、バスは危険に瀕することも、立ち往生することもなく、無事に白猫党領とトラス王国間の国境に到着した。「国境警備はどうなってる?」 尋ねたエヴァに、アルトは肩をすくめて返す。「白猫軍の現在の主戦場はもっと北だ。トラス側は事実上、『特区』に関しては放置してる。どっちも国境にゃ構ってらんねえのさ」「じゃあ、無防備...

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    シュウの話、第54話。
    夜は明けても、なお薄暗く。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     バスは国境を越えて2時間ほど後、テントや土塊を積み上げた小屋が連なる集落の手前で停車した。
    「ほれ、着いたぜ。これでバスの旅はおしまいだ。おっと、慌てなさんなよおチビさん方。慌てず騒がず一人ずつ、ゆっくりだ。ゆーっくり降りるんだぜ」
     アルトに促され、奥から子供たちがぞろぞろとバスを降りていく。
    「なあ、ミリアンさん」
     その間に、エヴァはラモンに質問をぶつけた。
    「この後はどうするんだ?」
    「僕たちですか? ……うーん、これ言っていいのかなぁ。……アルトさんに聞かれても僕が言ったって言わないで下さいよ。今日、明日はここでバスのメンテナンスして、その翌日から仕事探しするつもりです。見つかり次第、すぐ発つ予定ですよ」
    「仕事があるのか?」
    「そりゃ500万人都市なんですから、無いわけないでしょ。……あ、でも多分、エヴァンジェリンさんが来るって言っても、アルトさんは多分、突っぱねるんじゃないですかね。あの調子だし」
    「私の方で請けるさ」
    「だから突っぱねんじゃねえか。分かってねえな」
     子供たちを送り終えたらしく、アルトがバスの中に戻って来る。
    「基本的に、俺は一人で仕事するタイプなんだよ。次の仕事が送迎や荷運びじゃなきゃ、ラモンともここでお別れさ。ましてや四半日前に会ったばかりのお前さんと組むわきゃねえだろ? 俺が請ける仕事をお前さんに取られるってのも勘弁だ。邪魔すんなよ。協力もナシだ」
    「じゃあせめて、……いや、……いいか」
     仕事の紹介元を紹介してくれ、と言おうと思ったが、それも恐らくアルトには断られるであろうことは容易に想像できたため、エヴァはその質問を飲み込んだ。
    「ああ……と、そうだ、トッドレールさん。気になっていたんだが」
    「何だよ?」
    「あの子供たちはどこに行ったんだ? まさか特区に送るだけ送って、後は自由に行動しろなんて話じゃないだろう?」
    「ああ、……まあな」
     ここまで明け透けに語ってきたアルトが、珍しく言葉を濁す。その態度でエヴァは、子供たちがこれからたどるであろう運命を察してしまった。
    「……一体どこに預けた?」
    「お前さんのご想像の通りさ」
    「なんてことを……! じゃああんたたちは何のために、子供たちを白猫党領からここまで逃したんだ!?」
    「生きるためさ。これ以上の最適解はねえよ。この特区じゃまったくの善意で子供の面倒見てくれるようなとこなんて、どこにもねえからな。子供だけで暮らすなんてことも無理な話さ。それくらい、考えりゃ分かんだろ?」
    「……~ッ」
     エヴァは座席から立ち上がり、アルトと、そしてラモンをにらみつけて、そのまま出口まで進む。
    「やっぱりあんたたちとは……仲良くはできないな」
    「ようやく分かったかい、お嬢ちゃん。俺たちゃ正義の味方じゃねえってことをよ」
    「ああ、良く、分かった」
     それだけ返し、そのまま降りようとしたところで――。
    「待ちな、お嬢ちゃん」
    「なんだ?」
    「なんだじゃねえよ。運賃払ってねえだろ」
     ぷしゅ、と音を立て、バスのドアが閉まる。
    「……そうだったな。いくらだ?」
    「そうさな、150万コノンってところか」
    「150万!?」
     エヴァが面食らったのも無理はない。彼女が今乗っているバスが新車で買えてしまうような、無法な額だったからだ。
    「子供にもそんな額を払わせたのか!?」
    「なわけねえだろ、ひっひひ……。予約席で団体割引込みの子供料金だ。オマケにここで受け取れるカネもあるからな。だがお前さんは途中乗車で一人で乗ってきた大人だ。それくらいは払ってもらって当然だろ? とは言え任務中だったお前さんが、そんなカネ持ってるわけねえよな。ツケにしとくぜ」
     アルトがラモンに目配せし、ドアを再度開けさせる。
    「今度会ったら、何が何でも払ってもらうからな。忘れんなよ、エヴァンジェリン」
    「……承知した。……もしも次に会うことがあれば、必ず払う」
     エヴァはバスを降り、そのまま二人と別れた。

    緑綺星・嘘義譚 終

    緑綺星・嘘義譚 7

    2022.04.18.[Edit]
    シュウの話、第54話。夜は明けても、なお薄暗く。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. バスは国境を越えて2時間ほど後、テントや土塊を積み上げた小屋が連なる集落の手前で停車した。「ほれ、着いたぜ。これでバスの旅はおしまいだ。おっと、慌てなさんなよおチビさん方。慌てず騒がず一人ずつ、ゆっくりだ。ゆーっくり降りるんだぜ」 アルトに促され、奥から子供たちがぞろぞろとバスを降りていく。「なあ、ミリアン...

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    シュウの話、第55話。
    「人」のいない街。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     アルトたちと別れた後、エヴァはずっと廃ビルの中に潜んでいた。街へ繰り出せばアルトに鉢合わせする危険があったし――彼の性格と口ぶりからすれば、何ら状況の変化が無いままここで再会したとしても、約束通りに「金を払え」と要求してくることは明らかである――何より、長年自分を縛っていた環境から解放された反動が、自分で思っていたよりも何倍も大きく、立ち上がる気力も沸かないくらいに疲弊していたからだ。
    「……ふー……」
     無論、人通りがほとんど無いとは言え、ここは難民特区の中である。事実上の無法地帯であり、人がここにいると分かれば、数多の危険にさらされるのは明白である。だがエヴァは元々秘密部隊で活躍すべく、厳しい訓練を受けた戦士である。元々そのビルに出入りしていた人間でさえそんな空間があると気付かないような構造上の隙間に潜り込み、その中で携帯糧食をちびちびとかじりつつ、ひたすら眠りに就いていた。
    (あれから……離隊してから……時間にして50~60時間くらいか。トッドレールの手際の良さを考えればもう仕事を見つけ、街を離れているかも知れないが、……もう一日くらい潜んでいた方がいいかも知れないな、用心のために。……いや、そうじゃないな)
     アルトに「気付いていながら見て見ぬ振りをする性分がある」と指摘されて以降、エヴァは自分の思考を繰り返し内省するように努めていた。
    (疲れてしまっているんだ。何もかもに。何もしたくない、太陽すら見たくないと思うくらい、ぐったりしている。……だから気の済むまで、ここにじっとしていればいい。私には今、すべきこともしたいことも無いのだから)
     結局、エヴァがその廃ビルから出る気になるまでには、時間にして98時間、ほぼ4日を要した。

     4日も闇の中で過ごして流石に糧食が尽きたため、渋々と言った具合でエヴァは外に繰り出し、食事を探そうとした。
    (難民とは言え、500万都市か。活気は、……無くはないな)
     街の通りはテントと中身の良く分からない段ボール箱で埋め尽くされており、市場らしきものを形成していた。
    「らっしゃいらっしゃい、王国直送の缶詰だよ! 安全間違いなし! すぐ食えるよ!」
    「横流し品のジャケットあるよー、一着140コノンからあるよー」
    「クルマ売るよ、一台6万コノンぽっきり! カーナビもエアコンも付いてるよー!」
     宣伝文句を耳にし、それとなく目を向けてみるが――。
    (とんだ粗悪品だ。いや、そもそも品物として扱っていいものじゃないだろう、それは)
     缶詰はどれも消費期限切れのものばかりだったし、元は軍の支給品であったらしい衣服も、散々使われ、補修された跡があちこちに残っている。車輌に至っては窓もボンネットも、さらにはドアすらも無いようなものばかりだった。エンジンルームを見ても――騎士団で多方面の知識を修めたエヴァでも、流石にこちらに関しては素人の域を出ないが――あるべき装備が何点か見受けられず、まともに走れない代物であるのは明白だった。
    (いや……もしかしたらあれは走行目的じゃなく、住処として使うのか? テントよりはましかも知れないが……)
     その後、1時間ほどかけて市場を見て周ったが、そこにあった品はどれもこれも、まともな環境で過ごしてきたエヴァにとっては触れることすら厭(いと)うような、度し難いガラクタばかりだった。

     特に成果も無いまま、エヴァは廃ビルに戻って来た。
    (新しい生活、新しい人生を、……なんて思っていたが、……私には、ここでの暮らしはきっと無理だ)
     その思いが胸に浮かんだ理由は、エヴァの潔癖な性格からだけではない。そこに住んでいた人々の顔が、エヴァには「人」とは――エヴァが少女の頃までそう過ごしていたような、衣食住に事欠くことの無い、明日と希望が保証された人間だとは、思えなかったからだ。
    (もしここでの暮らしに慣れてしまったら、私はきっと、トッドレールと同じような生き方しかできなくなる。他人を『商品』や『道具』としか見ないような、見下げ果てた人間になってしまうだろう。どうにか手段を見つけて、ここから離れなければ)
     と、エヴァの懐がわずかに震える。そこでようやく、エヴァは自分がスマホを携帯していたことを思い出した。
    (着信? 電波届くんだな、ここ。……いや、それより、……誰だ?)
     懐からスマホを取り出し、画面を確認する。そこには「メイスン」と表示されていた。

    緑綺星・友逅譚 1

    2022.04.19.[Edit]
    シュウの話、第55話。「人」のいない街。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. アルトたちと別れた後、エヴァはずっと廃ビルの中に潜んでいた。街へ繰り出せばアルトに鉢合わせする危険があったし――彼の性格と口ぶりからすれば、何ら状況の変化が無いままここで再会したとしても、約束通りに「金を払え」と要求してくることは明らかである――何より、長年自分を縛っていた環境から解放された反動が、自分で思っていたより...

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    シュウの話、第56話。
    友との再会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ほとんど無意識に、エヴァはスマホに上ずった声をぶつけていた。
    《もしもーし? エヴァ、今だいじょ……》「シュウ! 君か!?」《ほぇ? う、うん、わたしがシュウだけど?》
     シュウの戸惑った声に構わず、エヴァはまくし立てる。
    「そのっ、あのさっ、今、私はその、……ああそうだ、君、確かトラス王国に住んでたんだよな? 無理かも、いや、きっと無理だろうけど、でも、頼みたいことがあって」
    《ちょっ、ちょ、待って待って待って! ど、どしたの?》
    「私は今、難民特区にいるんだ。どうにかして、来られないか? 助けてほしいんだ」
    《えっ!? エヴァが?》
    「そう、私がだ。だけど外に出る足がなくて、いや、そもそもこっちにツテもなくて、どうしようかって思ってて」
    《……えーと、あのね、エヴァ》
     シュウは困った声で、こう返した。
    《いきなりでちょっと、ううん、かなりビックリしてるし、そのね、そんなお願いされるなんて思ってなくて、えーと、そもそもね、特区って入るのに申請とか審査とか色々やんないといけなくって、ソレにね、出る時もかなーり検査されなきゃいけなくってね》
    「……分かった。無理を言ってすまない。迷惑を掛けるから、もう電話はしないでくれ。さよなら」
     そう言って通話を切ろうとしたところで、シュウから《ちがうの!》と焦った声が返って来た。
    《わたしが言いたいコト、そうじゃなくて、あの、あのねっ、そもそも電話、つながったのが変だなって話がしたくて! ね、今、電波届いてないでしょ!?》
    「え?」
     言われて、エヴァはスマホの画面を確認する。
    「確かに立ってないな、アンテナ」
    《でしょ? でさ、あの、今のスマホとか通信機器全般がね、通信障害とか地震とかの緊急事態で通信網がダウンした場合の対策で、LMLってシステムが入ってるの》
    「なんだそれ?」
    《ローカルマルチリンクって言って、簡単に言うとアンテナが無いトコ限定で、スマホ同士でお話できる機能。通信会社のアンテナ使わずに。でさ、あの、特区って今の通信に使えるアンテナって立ってないし、電話は普通、通じないはずなの。だから電話が通じるってコトはね、近くにいるのかなって》
    「……え?」
     それを聞いた途端、エヴァは廃ビルを飛び出していた。すると――。
    「あっ」
     分厚いベストを着込んだシュウと、彼女の先輩であるカニートに鉢合わせした。
    「エヴァ? ……だよね?」
    「……ああ」
     たまらず、エヴァはシュウを抱きしめていた。
    「ひぇ!? ちょ、ちょっと、エヴァ?」
    「ごめん……でも……どうしても」
    「あー、と。感動の再会を邪魔すんのは悪いけども」
     と、カニートが声をかける。
    「ここじゃ落ち着いて話ができない。一旦セーフエリアに戻ろう」
    「セーフエリア? ……ああ、なるほど」
     尋ねかけたが、特区の状況を良く知っているエヴァは、シュウたちがここでどう過ごしているのかを察した。
    「そこなら襲われない、と」
    「そう言うことだ。残念ながらここには、倫理観の欠けた人間が東部より幾分多いのが、厳然たる事実ってやつだからな。……が、その前にアドラーさん。いくつか質問させてもらって構わないか?」
    「なんだ? ……あ、……えーと、なんでしょう?」
     体裁を繕おうとするエヴァに、カニートはくっくっと笑って返した。
    「無理に装わなくていいさ。2年間の軍隊生活でそうなったのか、元々の素地がそうなのかは知らないが、シュウに話してたのと同じ感じで構わないよ」
    「助かる。それで、質問とは?」
    「LML通信のおかげでシュウと出会えたみたいだが、そのスマホは自分で買ったのか?」
    「そうだ」
    「明らかに脱走兵って感じの格好してるが、そのスマホは本営……いや、君で言うところの騎士団か、そこに何らかの紐付けはしてるのか?」
    「している。……もしかしてセーフエリアには通信アンテナがあるのか?」
    「記者団の拠点だからな、無きゃ困るさ。だからもし、騎士団が君の行方を追っているとしたら、そのスマホが検知されるおそれがある。シギント(電子諜報)全盛の今じゃ、通信機器を持っていれば全世界どこでも、居場所が割れてしまうからな。電源を切っておいた方がいい」
    「いや」
     エヴァは首を振り、目一杯の力を込めて、スマホを廃ビルの壁に向かって投げ付けた。
    「これでいいだろう」
     当然、スマホは粉々に砕け、見守っていたシュウは目を丸くする。
    「良かったの? 友達の連絡先とか入ってたんじゃ……」
     とぼけた質問をしたシュウの手を、エヴァはぎゅっと握りしめた。
    「君がいるさ」
    「はぇ!? あっ、う、うん」
    「さて……憂いも断ったことだし、早く行こう」
     顔を真っ赤にするシュウの手を依然握ったまま、エヴァは二人に促した。

    緑綺星・友逅譚 2

    2022.04.20.[Edit]
    シュウの話、第56話。友との再会。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ほとんど無意識に、エヴァはスマホに上ずった声をぶつけていた。《もしもーし? エヴァ、今だいじょ……》「シュウ! 君か!?」《ほぇ? う、うん、わたしがシュウだけど?》 シュウの戸惑った声に構わず、エヴァはまくし立てる。「そのっ、あのさっ、今、私はその、……ああそうだ、君、確かトラス王国に住んでたんだよな? 無理かも、いや、き...

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    シュウの話、第57話。
    央北政治の闇。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     頑丈な装甲車で20分ほど運ばれた後、エヴァはシュウたちが拠点にしているセーフエリアに到着した。
    (高さ3メートルを超えるコンクリート製防壁がエリア全体を囲み、出入口のゲートも、厚さ30ミリはあるだろう鋼鉄製。その前後に、アサルトライフルで武装した王国軍の兵士が数名。流石にここは守りが堅いか。もし突破でもされれば、王国の威信に関わるからだろうな)
     そのまま入ろうと試みれば当然止められ、拘束されるのは明白だったが――。
    「エクスプローラ社のサムソン・カニートだ。記者特権で彼女の保護を求めたい」
     兵士詰所を訪ねるなり、そう言って腕章を指し示したカニートに、兵士たちは敬礼で返した。
    「本営に許可を求めます。ここでお待ち下さい」
     拒否する様子も見せず、あっさり詰所の奥へ下がる兵士を眺めながら、エヴァはカニートに耳打ちした。
    「一体どうして……? いち記者がそんな権力を持っているはず無いだろう? あんた、まさか実はトラス王族だとか言うんじゃないだろうな」
    「まさか! 逆だよ、逆。そんな権力を行使できる会社が寄越した記者だから、言うこと聞くのさ。そもそも難民特区に取材へ行ける権利のある出版社ってのが、トラス王国には3社しか無い。ビクトリア社とプローブ社、そして我がエクスプローラ社だけなんだ。と言うのも――こんなことを自分で言ってしまうのもなんだが――いずれもトラス王国のみならず、大陸全域でもトップ10に入る巨大メディアグループなんだ。当然、政治経済に及ぼす影響もかなりデカい。王室政府も俺たちに対しては、『柔軟に』対応しなきゃマズいってわけさ」
     その後もエヴァに対する措置は上着を脱ぐ程度の簡単な身体検査だけで終わり、身元確認もされることなく、あっさり保護が認められた。
    「正直驚いている。心から、二人に会えて良かったと思ってるよ」
    「そりゃどうも。……で、エヴァンジェリン・アドラーさん」
     シュウたちが使っている部屋に通されたところで、カニートがスマホを向けてくる。
    「君が騎士団に入団していた2年間、どんな生活を送ってきたか。じっくり聞かせてもらいたい。無論、プライバシーに関わる部分は極力聞かないよう努めるし、君が不利益を被るようなことも聞かないつもりだ。可能な範囲で構わないから……」「すべて話す」
     やんわりとした口調で推し量ろうとしていたカニートに対し、エヴァははっきりと答えた。
    「私が騎士団に入って、何をしてきたのか。騎士団は何をしていたのか。私が知っていることはすべて話すと約束する」

     3時間かけてエヴァから騎士団の実情と悪行を聞き終え、シュウとカニートは顔を見合わせていた。
    「つまりコレって、言うなれば難民の積極的排除、……って感じの話になりますよね」
    「そうなるな。相当悪質な行為だ。いや、悪質なんて言葉じゃ不足だろう。はっきり言って、これは戦争犯罪も同然、難民保護国際条約の違反になる。この条約を結んでる国は、難民が来た場合には原則として受け入れなきゃならない決まりだからな。それを拒絶するどころか、白猫党領に無断で潜入してまで排除・殺害に向かうなんて、条約に批准してる先進国のやることじゃないぞ。
     これが露見すれば、リモード共和国が国際的批判にさらされるのは確実だ。共和国は内陸国で貿易ルートに乏しく、領土も狭いから国全体の生産力も低い。この件で周辺国・友好国から非難され、経済制裁でも受ければ、共和国にとっては経済危機レベルの、相当な痛手を被るだろうな。相当デカいネタになるし、何としても裏を取りたいところだが……」
    「まさか白猫党領に行くワケにも行きませんよねー」
    「その通りだ。向こうは戦争中だし、情勢は不安定極まりない。国外からの報道関係者も、全く受け付けてない。真正面から頼み込んでも、確実に無視されるだろう。かと言って無断で忍び込んだりしたら、それこそ国際問題だ。発覚すればどこぞのスパイ映画みたく、会社や国からは『一切関知しない』って縁を切られて、そのまま白猫党領で処刑されちまうだろう。
     と言うかそもそも、俺たちは文化系の雑誌記者であって政治社会誌担当じゃない。難民特区を取材しに来たのだって、政治批判が目的じゃないからな。このネタを扱うのは、荷が重すぎる。本腰入れて扱おうとしたら、会社内でかなりの離れ業を決めなきゃならん。現状でできることは、アドラーさんを王国に連れ帰るくらいだ」
    「まあ……そうですよねぇ」
     あまり期待した回答は得られなかったものの、それでも自身の身の安全が保証され、エヴァは内心ほっとしていた。
    「トラス王国なら、防衛も対応もしっかりしているだろう。街中で騎士団の刺客に襲撃されるようなことはあるまい」
    「あったとしたら確実に、共和国を非難する材料にするだろうさ。今、王国の立場はかなり難しいことになってるからな」
    「難しい……?」
     おうむ返しに尋ねたエヴァに、シュウが答える。
    「難民の扱いとか経済摩擦とか、国際問題いっぱい抱えてるからねー。国内外から批判が上がってて、話題逸らすのに必死みたい」
    「……どいつもこいつも、だな」

    緑綺星・友逅譚 3

    2022.04.21.[Edit]
    シュウの話、第57話。央北政治の闇。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 頑丈な装甲車で20分ほど運ばれた後、エヴァはシュウたちが拠点にしているセーフエリアに到着した。(高さ3メートルを超えるコンクリート製防壁がエリア全体を囲み、出入口のゲートも、厚さ30ミリはあるだろう鋼鉄製。その前後に、アサルトライフルで武装した王国軍の兵士が数名。流石にここは守りが堅いか。もし突破でもされれば、王国の威...

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    シュウの話、第58話。
    シュウの成長。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     と、部屋のドアがノックされ、全身泥だらけの、眼鏡の短耳が中に入って来た。
    「ごめんなさい、すっかり遅くなっちゃ、……って?」
     エヴァと目が合い、短耳は目を丸くする。
    「あの、その人は? 警護の人……じゃないですよね」
    「ええ。あ、紹介しますねー」
     シュウが立ち上がり、まずはエヴァの方を示す。
    「こちらはエヴァンジェリン・アドラーさん。わたしの友達ですー」
    「どうも」
     会釈しつつ、エヴァは短耳を観察する。
    (随分泥だらけだが……軍人でもアスリートでもない。明らかに中年太りしてるし、筋肉の無い体だ。となるとフィールドワークしてきた学者と言ったところか)
     続くシュウの紹介で、エヴァは自分の予想が当たっていたことを確認した。
    「こちらは地質学者のタダシ・オーノ博士さんですー。あ、わたしたちの本来の取材目的なんですけどね、特区で農業できないかって考えてるNPOさんがいらっしゃいまして、で、何度か試してみたものの、なんかうまく行かないみたいでー」
    「それで学者を呼んで、農業に適した土地かどうかを調査しに来たと言うわけか」
    「はいー。わたしたちは今回その調査に同行して、実際にどんな活動をされてるのかを記事にする予定なんですー」
    「なるほど……」
    「ソレでオーノさん、今日の成果はどーでした?」
     しれっとスマホを起動したシュウに対し、オーノ博士は頭をかきながら答える。
    「まだ途中ですので断言はできないですが、……ってこれは昨日も同じことを言いましたね、はは……。えーとですね、まあ、つまりそのままですね、昨日と同じ答えです。かなり酸性の強い土壌で、現状でほぼ農業の振興は期待できそうにない、としか。あ、そう言えばちょっと気になることも……」
    「気になるコト?」
    「あ、えーと、前置きしておきますが、これはまだ可能性の段階で、そうだと断定はできません。もしかしたら別の要因もあるかも知れないので……生活排水とか不法投棄とか、色々。それでですね、今日のボーリングで成分調査した結果、全般的に硫黄・窒素が多く検出されたんです」
    「全般的と言いますと?」
     尋ねたシュウに、オーノ博士は首をかしげつつ答える。
    「今日の調査では地下30~50メートルほどを採取したんですが、その採取した土のどこを調べても、自然硫黄とかアンモニア塩とかがゴロゴロと見つかるような状態でして……。どうも基本的、根本的に、この一帯の土壌は深さ数十メートル、あるいは百メートル以上にわたって、強い酸性を帯びてるんじゃないかな、と」
    「では、現状で特区における農業振興は難しいと言うコトでしょうか?」
    「繰り返しますが、まだ調査途中ですので断言はできかねます。とは言え現時点での判断としては、かなり厳しいであろう可能性は非常に高いものだと考えられます。無論、有機石灰などの土壌改善剤で中和させることは可能ではあるんですが、農業として成立させるには相当な量を必要としますし、初期費用を考えると、商業的に成功させ、一つの事業として軌道に乗せると言うようなことは、極めて困難と言えます、はい」
    「へえ……」
     やり取りを眺めていたエヴァは、素直に感心していた。
    (2年前に会った時はあんなにオドオドしてたのに、すっかり記者って感じの顔になったな、シュウ)
     と、オーノ博士が戸惑った様子でこちらを眺めているのに気付く。
    「あの、アドラーさんでしたっけ。何か……?」
    「あ、いえ」
     エヴァはこほんと咳払いし、言い繕った。
    「何と言うか、……陳腐な言い方になりますが、テレビのインタビューみたいだと思ってしまって」
    「似たようなもんだよね、ふふ……」
     エヴァの言葉を聞いて、シュウはいかにも仕事向けであった堅い表情を崩した。
    「えーっと、ともかくお疲れさまです、博士。わたしたちコレからご飯食べに行きますが、どーしますか? 先にシャワー浴びますよね?」
    「ええ、そうします。この格好じゃ、食堂に入れてもらえないでしょうから」
     そう言って、オーノ博士はかばんから着替えとタオルを出し、そそくさと部屋を後にした。

    緑綺星・友逅譚 4

    2022.04.22.[Edit]
    シュウの話、第58話。シュウの成長。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. と、部屋のドアがノックされ、全身泥だらけの、眼鏡の短耳が中に入って来た。「ごめんなさい、すっかり遅くなっちゃ、……って?」 エヴァと目が合い、短耳は目を丸くする。「あの、その人は? 警護の人……じゃないですよね」「ええ。あ、紹介しますねー」 シュウが立ち上がり、まずはエヴァの方を示す。「こちらはエヴァンジェリン・アドラーさ...

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    シュウの話、第59話。
    トラス王国産官学事情。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     オーノ博士が部屋を出たところで、エヴァは二人に尋ねてみた。
    「今の……オーノ博士、だったか。こっちの人間じゃないよな?」
    「そーですね。央南の方です」
    「どうしてわざわざ央南から人を呼んだんだ? 地質学者ならこっちにだって一杯いるだろう?」
     エヴァがそう尋ねたところで、カニートの方が答えた。
    「央南の焔紅王国ってところに『王立農林水産技術研究所』、通称紅農技研ってのがあるんだ。農学研究に関しては世界最高峰のところだ。それが理由の1つ目だな」
    「1つ目? 他にもあるのか」
    「君が言ったように、確かにトラス王国にも優秀な研究機関は存在する。その中でも中核とされているのが総合研究機関『フェニックス』だが、ここはトラス王室とのパイプが太い。言い換えれば王室の意向に左右される組織だ。そして王室政府は難民支援に消極的だ。となれば……分かるだろう?」
    「つまりトラス王室から、難民特区に関わる要請には応じるなと指示を受けているわけか」
    「無論、公式な発表は無いが、巷じゃ有名なうわささ。そして王国最大の研究機関がやらないって言ってることに、他のところがわざわざ首を突っ込むわけが無い。と言うわけで、国内で特区の調査依頼を受けてくれるような機関は、どこも無かったってわけさ」
    「つくづく腐ってるな。負の遺産には一切目を向けたくないと言うわけか」
     毒づくエヴァに、カニートは肩をすくめて返した。
    「ま、王国側の考えも分からないではないんだ。仮に本腰入れて難民支援しようって王室政府で閣議決定したとしたら、その予算はどこから出すかって話になってくるからな。
     結論から言えば、そんな予算が税金から出せるはずがない。500万と言われる難民全員を支援するとなると、食費だけで年間2000億コノンを優に超えるだろう。その上教育だの就労支援だのと加えたら、1兆、2兆と天井知らずに膨れ上がってしまう。かと言って一部だけを支援なんてしようとしたら、差別だ選民だって叩かれるだろう。
     どう手を出したとしても、王国にとっては痛し痒しの結果が見えてる。となれば、ハナっから手を付けない方がいい。これまで通り『広大な土地を特区として貸与してやってる』って理由を楯に、見て見ぬ振りをし続けてた方が楽だ、……となるわけさ」
    「『上』から考えればそうだろうが……」
    「庶民感情からはかけ離れてますよねー。……っと、もういい加減わたしたちもご飯食べに行きましょ。先輩は先に行ってて下さい」
    「ん? 何か野暮用か?」
     尋ねたカニートに、シュウはエヴァの肩をぽんぽんと叩いて見せた。
    「エヴァを着替えさせないと。このまんまじゃ、さっきのオーノ博士と同レベルですもん」
    「なるほどな。じゃ、先行ってるわ」
    「はーい」
     カニートも部屋を出たところで、エヴァは自分の体を見下ろした。
    「言われてみれば確かに、って感じか。泥だらけの上にほこりだらけだもんな」
    「あと、率直に言うと臭うよ」
    「本当か? ……まあ、そうだよな」
    「わたしの着替え貸すねー。あ、あとコレ、ウエットシートも。後でシャワー浴びると思うけど、一応拭いといた方がいいかも。わたし先に行ってるから、着替えたら来てね。食堂はココ出て廊下を右に行ってそのまま進んだトコだから。洗濯物は食堂の左横の部屋にランドリーあるから、ご飯前にソコに突っ込んどいたら、ご飯食べたくらいで終わると思う。その後なら、シャワー入れるはず。オーノ博士、お風呂大好きって聞いてるけど、流石にそんなに長いコト浴びないと思うし」
    「ああ、ありがとう」
     シュウからTシャツとジャージを受け取り、エヴァは着ていた戦闘服を脱いだ。
    (こいつを着る機会はもう無いだろうな。服を調達できたら、捨ててしまおう)
     そう思いつつも――元々の育ちの良さ故か――戦闘服と下着を丁寧にたたみ、シュウに言われた通りに食堂横の洗濯室へと持って行き、まとめて洗濯した。

    緑綺星・友逅譚 5

    2022.04.23.[Edit]
    シュウの話、第59話。トラス王国産官学事情。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. オーノ博士が部屋を出たところで、エヴァは二人に尋ねてみた。「今の……オーノ博士、だったか。こっちの人間じゃないよな?」「そーですね。央南の方です」「どうしてわざわざ央南から人を呼んだんだ? 地質学者ならこっちにだって一杯いるだろう?」 エヴァがそう尋ねたところで、カニートの方が答えた。「央南の焔紅王国ってところに...

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    シュウの話、第60話。
    煩悶と悪夢。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     食事と入浴を済ませたところで、エヴァは強烈な眠気に襲われていた。
    (まさか……食事に何か盛られた? ……なわけないか)
    「どしたの?」
     様子を眺めていたシュウに尋ねられ、エヴァは素直に答えた。
    「疲れて眠い。そろそろ休みたい」
    「もう? だってまだ9時前、……ってそっか、ついさっきまでハードな生活してたんだもんね。ベッドどうしよっかなー……」
     ちなみにシュウたちには2部屋割り当てられており、男性2人(カニートとオーノ博士)と女性1人(シュウ)で分けて使っている。部屋の大きさはどちらも同じであるため、ベッドを持ち込めばエヴァも普通に休めるのだが――。
    「備品はココの管理課に言わないと出してくれないんだよね。でも5時で窓口閉まっちゃうからなー……」
    「私は床でも構わないが」
     そう提案したエヴァに、シュウは目を丸くする。
    「いやいやいや、わたしが困るってば。友達を床に寝かせて一人だけベッド寝とか、ひどいヤツじゃん」
    「そうか? まあ、君が気にするのなら、他の手を考えよう。……ふむ」
     部屋の中をざっと見回し、寝床にできそうなものを見繕ってはみたものの、ベッドの他にはスチール製のパイプ椅子くらいしか無い。
    「じゃあ、私はこの椅子で……」「じゃ、一緒に寝ちゃおっか?」
     エヴァの提案をさえぎり、シュウが腕を引いてきた。
    「なに?」
    「ちょっと狭いかもだけど、わたし小柄だから多分大丈夫」
    「いや、しかし」
    「遠慮しないでいーよー。あ、もしかしてわたしとじゃ嫌だったり……?」
    「い、いやいやいや! そんなことは! ……じゃあ、うん、……よろしく」
     流される形で、エヴァは同衾することになった。

     どうやらシュウも疲れていたのか、それとも元々寝つきがいいのか――横になってそう経たないうちに、シュウの寝息が聞こえてきた。
    (よく寝られるな……警戒心とか無いのか?)
     背を向けて眠っているシュウの猫耳を眺めながら、エヴァは悶々としていた。
    (いやこれは……悶々とかそう言うのじゃなくて……何と言うか……うう……)
     さっさと眠ってしまおうと目をつぶっても、聴覚と嗅覚から、すぐ隣にいるシュウの存在を感じてしまい、疲労しきっていたはずの頭がどんどん冴えてきてしまう。
    (お、落ち着け、私。これじゃまるで私がシュウのこと……いや……だって友達だし女同士だし……そんなわけ……)
     自分の心に浮かび上がった感情をどう処理していいか分からず、エヴァはベッドの中で四苦八苦していた。



     それでもどうにかまどろみだし、ぼんやりと夢を見始める。
    「遅え、遅え。眠っちまうくらい遅いぜ」
     夢の中に現れたのは、あのアルト老人だった。
    「うっ!?」
     手にしていた小銃をつかまれ、夢の中のエヴァは狼狽しかける。
    (……馬鹿者! 慌てるな!)
     現実で犯してしまった失敗を取り返すべく、エヴァは小銃を引き寄せることはせず、ぱっと手を離した。
    「おん?」
     アルトは小銃を持ったまま、棒立ちの体勢になる。
    「もらったッ!」
     空手になったエヴァは腰をひねり、左肘をアルトに当てようとする。
    「ほらよ」
     だがアルトは持っていた小銃で、その打撃を受け止める。
    「痛……っ」
     硬いプラスチック製のグリップに肘が当たり、エヴァは短くうめく。その一瞬の隙に、アルトは銃床をエヴァの頭に振り下ろしていた。
    (しまった……!)
     銃床が頭に叩きつけられ、エヴァは自分の意識が遠のいていく感覚に襲われた。

     夢の中で目を覚まし、エヴァは立ち上がる。と同時にまた小銃を構え、アルトに向けてバースト連射を放っていた。
    「遅え、遅え。眠っちまうくらい遅いぜ」
     アルトは事も無げにバースト連射をかわし、エヴァの小銃をつかむ。
    「うっ!?」
     狼狽しかけたものの、先程と同様に小銃を離し、今度は腰に収めていた拳銃を抜こうとする。
    「マヌケかよ」
     だが拳銃を抜くべく一歩引いた瞬間、アルトも一歩詰め寄り、銃床をエヴァの肩にめり込ませた。
    (しまった……!)
     再び意識が遠のいていく。

     また目を覚ます。
    「遅え、遅え。眠っちまうくらい遅いぜ」
    「うっ!?」
     またも小銃をつかまれ、それに対応すれば即座にカウンターを放って、エヴァの意識を飛ばしてくる。
    (しまった……!)
     そして遠のいて数瞬後、気づけばエヴァは小銃を構え、そしてまた――。
    「遅え、遅え。眠っちまうくらい遅いぜ」

     結局――エヴァは夢の中で何度もアルトに挑み続けたが、その全てで無様に負け続けた。

    緑綺星・友逅譚 終

    緑綺星・友逅譚 6

    2022.04.24.[Edit]
    シュウの話、第60話。煩悶と悪夢。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 食事と入浴を済ませたところで、エヴァは強烈な眠気に襲われていた。(まさか……食事に何か盛られた? ……なわけないか)「どしたの?」 様子を眺めていたシュウに尋ねられ、エヴァは素直に答えた。「疲れて眠い。そろそろ休みたい」「もう? だってまだ9時前、……ってそっか、ついさっきまでハードな生活してたんだもんね。ベッドどうしよっかな...

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    シュウの話、第61話。
    真夜中の襲撃。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     眠っていたはずなのにすっかりくたびれ切ってしまい、エヴァはもそもそとベッドから這い出した。
    (なんて悪夢だ……)
     ブラインドが下りた窓に目をやるが、一筋の光も差していない。
    (9時前に寝てしまったが、……どれくらい寝られただろう? 3時か、4時か……)
     そう思って部屋の中にあったデジタル時計を見ると、3時どころか、まだ日をまたいでさえいない。
    (たった2時間だと言うのに、この疲労感か。……いや、睡眠時間として考えたら、たった2時間で疲れが取れるものか)
    「う~ん……?」
     と、シュウも上半身を起こし、あくび混じりに尋ねてくる。
    「ふあぁ……どしたの~……?」
    「あ、ごめん。いや、変な夢を見てしまって」
    「そっか~……大変だったんだもんね~……でも……うにゅ~……寝ないと辛いよ~……?」
    「うん、そうだな。……ごめん、起こしちゃって」
    「……むにゅ……むにゃ……」
     話している間に、シュウはまた眠ってしまったらしい。
    (本当に寝つきがいいな。私もいい加減、しっかり寝よう。今度はトッドレールが出ても、相手なんか絶対しないぞ。……と言うかどうせ見るならシュウの夢の方が百倍いい)
     ふう、とため息を一つつき、エヴァはもう一度ベッドに入り直そうとした。

     と――エヴァの狼耳が、ばばばば……、と風切り音が遠くから迫ってきているのを聞きつける。
    (ヘリ……? 特区の上を飛んでるのか)
     そのまま聞き流しかけたが、違和感が襲ってくる。
    (……こんな夜中に? 撮影目的じゃないだろう。特区の上じゃ、灯りもほとんど見えないし。医療用や災害救助用でもないだろう。特区を見放してる王国が、こんなところまで飛ばすはずが無い。もしこのセーフエリア内で急病人が出て、その搬送が目的だと言うなら、外で兵士やスタッフが待機しているはずだが、それらしい気配は無い。……だとすると、あれは一体?)
     考えを巡らせている間に、ヘリの音は段々と近付き、真上で止まる。
    (上にいる……。じゃあやはり病人の搬送か?)
     が、そうでないらしいことはこの直後に判明した。カン、カンと硬いものがコンクリートに当たる音が、立て続けに天井から聞こえてきたからだ。
    (なんだ? ……まさか!?)
     察知した瞬間、エヴァは反射的に狼耳を押さえ、がばっとしゃがみ込む。と同時に窓の外からけたたましい爆発音と、おびただしい量の光が差し込んで来る。
    「うわあああ……っ!?」
    「ぐ、ぐれっ、グレネード! グレネード!」
    「き、緊急っ……!」
     外から兵士のものらしい声が聞こえてくるが、先程大量に降り注いだスタングレネード(閃光手榴弾)のためか、いずれも朦朧(もうろう)とした様子である。
    (……敵襲!?)
     一方エヴァは、屋内にいたこともあり、加えて襲撃直前に防御姿勢を取っていたこともあって、まったくダメージを受けずに済む。
    (一体何者だ!? 何の目的で!? ……いや、もう答えは出ているようなものだ)
     まだ悲鳴が続く外の様子を伺いながら、エヴァは――結局洗濯した後、きちっと畳んで机の上に置いていた――戦闘服を着込む。
    (私がここに来たその日の晩に襲撃してきたんだ。私以外が標的であるわけが無い。となれば敵は明白。騎士団の追手に違いない)
     部屋を見回し、武器になりそうなものを探すが、やはりパイプ椅子くらいしか無い。
    (流石に取り回しがしづらい。素手の方がマシだ。……ん?)
     と、机にシュウのカメラが置いてあるのを見付ける。
    (……これは使えそうだな。ちょっと借りるぞ、シュウ)

     そっとドアを開け、廊下の様子を伺う。
    (まだ屋内には侵入されてないようだ。……いや)
     耳をすませば、遠くの方で人が倒れる音がしている。
    (だが銃声は無い。堂々と攻め込んで来る奴らがサプレッサー(減音器)付きの銃を使う理由も無いし、恐らくスタンガンかテーザー銃辺りで気絶させているらしい)
     相手の出方を予想しつつ、廊下を進む。と、曲がり角から人が近付いて来るのを察知し、エヴァは手にしていたカメラを構える。
    (間に合わせの閃光弾だ)
     自分の方からさっと角を曲がり、鉢合わせた相手にカメラのフラッシュを浴びせる。
    「ぎゃあっ!?」
     暗視ゴーグルを付けていた敵は武器を落とし、顔を抑えてのたうち回る。
    (暗視ゴーグル付きでフラッシュなんか浴びたら、そりゃそうなるな)
     エヴァはすかさず落ちた武器を拾い、ためらいなく相手に向けて撃つ。
    「あぎぎぎぎ……」
     バチバチと電撃音がし、相手はあっさり気絶してしまった。
    (やっぱりテーザー銃だったか)
     片付けた相手を調べるが、携行している武器はいずれも非致死性のものばかりだった。
    (殺しに来たわけじゃ無さそうだ。拘束用らしい結束バンドも持って来てるし。……当然と言うか、身分が分かるものは無いな。とりあえず放っておこう)
     一応相手の手を縛っておき、エヴァはその場から立ち去った。

    緑綺星・奇襲譚 1

    2022.04.27.[Edit]
    シュウの話、第61話。真夜中の襲撃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 眠っていたはずなのにすっかりくたびれ切ってしまい、エヴァはもそもそとベッドから這い出した。(なんて悪夢だ……) ブラインドが下りた窓に目をやるが、一筋の光も差していない。(9時前に寝てしまったが、……どれくらい寝られただろう? 3時か、4時か……) そう思って部屋の中にあったデジタル時計を見ると、3時どころか、まだ日をまたい...

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    シュウの話、第62話。
    偶然の撮影記録。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     セーフエリア内を周り、他の敵を探している間に、どうやらトラス側の態勢も整ってきたらしく、廊下の電気が一斉に点く。
    「止まれ!」
     兵士たちが4人一組で現れ、エヴァに声をかける。
    「怪しい者じゃない。本日、ここに護送されたエヴァンジェリン・アドラーだ」
     素直にテーザー銃を床に捨て、両手と尻尾を挙げたエヴァに、兵士たちはほっとした様子を見せる。
    「そう……だな。確かに夕方くらいに見た顔だ」
    「ここで何をしてるんだ? その武器は?」
    「強襲されている気配を察知し、安全を確保すべく付近を探っていた。その際に接敵し、相手を無力化した。このテーザー銃はその際に相手から鹵獲(ろかく:敵の武器・物資を奪うこと)したものだ」
    「勝手に動かれては困る」
     そう前置きしつつも、班のリーダーらしき猫獣人が敬礼する。
    「しかし緊急事態に手助けしてくれるのは多少なりとも助かる。で、その倒した相手は? 死んでるのか?」
    「いや、気絶に留めた。こっちだ」
     来た道を引き返し、敵が倒れていた場所まで戻るが――。
    「どこだ?」
    「いない。……逃げられたらしい」
    「気絶させたのにか?」
    「させたはずだったんだが……仲間に助けられたか」
    「本当に敵だったのか? 我々を誤認して攻撃した可能性は無いのか?」
     猫獣人に尋ねられ、エヴァは首にかけていたカメラを起動した。
    「閃光弾のつもりでフラッシュを浴びせたが、その際に撮っていたはずだ。確認してくれ」
    「ふむ」
     カメラの映像を確認し、猫獣人は小さくうなずいた。
    「確かに我々の仲間じゃなさそうだ。装備が違うし、そもそも警戒態勢時は4人で行動するのが原則だ。1人でうろうろするようなことはしないよう、徹底している」
    「殺傷能力のある武器は装備していなかったが、一方でテーザー銃と結束バンドを所持していた。ただ騒ぎを起こすだけなら侵入までする理由は無いし、装備の内容からしても、ここにいる誰かを連れ去るのが目的だろう」
    「今判断するのは性急な気もするが、……まあ、そんなところだろう」
     猫獣人はエヴァに顔を向け、続いて尋ねる。
    「現在このセーフエリアにいるのは――我々トラス王国軍の兵士を除けば――取材目的の民間人2名。そして地質調査に来た央南人。それから君だ。この中で狙われる可能性が最も高いのは……」
    「恐らく私だろう」
     そう答えたところで、猫獣人はふう、とため息をついた。
    「それが分かっているなら、うかつな行動は控えてほしいものだが」
    「部屋の中じゃ逃げ場が無いだろう? それより打って出た方が打開の可能性がある」
    「道理と言うべきか、屁理屈と言うべきか。まあいい。ここからは我々と同行して……」
     と――頭上でずっと聞こえていたヘリの音が動き出すのを感じ、エヴァも兵士たちも、上を見上げた。
    「遠ざかっていく……」
    「……逃げた?」
     その後セーフエリア内がくまなく捜査され、人的・物的被害が0であったことはすぐに判明したものの、襲ってきた者たちの正体も、そしてその目的も、究明することはできなかった。

    「その時撮った相手がこいつか」
     安全が確保された後、まだ寝ぼけ眼のシュウと、そしてまだ起きていたカニートを交え、エヴァが撮った写真を確認することになったが――。
    「はっきり撮れちゃいるが、顔は暗視ゴーグルで覆われてるからさっぱり分からん。前からの写真だから尻尾は写ってないが、穴の無い帽子被ってるから多分裸耳系だろう。徽章やワッペンみたいなのも無いし、戦闘服の感じ……なんて言っても、俺は軍事ジャーナリストでもミリオタでもないから、どこの誰だなんてことも分からん。装備に関しても同様だ。つまり結論としては、この写真からは何も分からないってことだ」
    「……ですねー」
     渋い顔で固まっている二人に、エヴァは自分の考えを話す。
    「私がここに来たその日の晩に強襲してきたことを考えると、恐らく私を拘束し、連れ戻そうとしているんだろう。だがもちろん、私は戻るつもりは無い」
    「明日、明後日には護送されるとは思うが……」
    「また強襲される危険もある。いや、そもそも王国内に入った後でも、襲われるかも知れない。もっと積極的な対策を講じたい」

    緑綺星・奇襲譚 2

    2022.04.28.[Edit]
    シュウの話、第62話。偶然の撮影記録。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. セーフエリア内を周り、他の敵を探している間に、どうやらトラス側の態勢も整ってきたらしく、廊下の電気が一斉に点く。「止まれ!」 兵士たちが4人一組で現れ、エヴァに声をかける。「怪しい者じゃない。本日、ここに護送されたエヴァンジェリン・アドラーだ」 素直にテーザー銃を床に捨て、両手と尻尾を挙げたエヴァに、兵士たちはほっと...

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    シュウの話、第63話。
    メイスンリポート#1;エヴァンジェリン・アドラー嬢の告発!

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    3.
    「積極的な? ……どーゆーコト?」
     きょとんとするシュウに、エヴァはこう返した。
    「襲う理由は一つしか無い。私に共和国の内情を語られてはまずいからだ。なら、先んじて公表してしまえばいい。その後で襲ってきたところで、もう手遅れだからな」
    「つまり今すぐ報道しろってことか。確かに効果はあるかもな」
     カニートはそう返しつつも、依然として渋い表情を崩さない。
    「だが何度も言うが、俺たちは政治面担当でもなければ、三流ゴシップ誌の記者でもない。確定できてない、裏も取れてない不確かな情報を、エクスプローラ社の名前で安易に広めるわけには行かないんだ。そもそも強襲の件にしたって、本当に君を狙ってのことかは定かじゃない。君が目的だと言うのは君の先入観、主観上での話でしかない。そんなあやふやな根拠で報じようったって、社の上層部は絶対に許可しないだろう」
    「明らかだろう!? それともただの偶然だと言うのか!?」
    「落ち着いてくれ」
     猛るエヴァに、カニートは堅い態度を示す。
    「現段階で確定している情報は、ここが正体不明の人間に襲われたと言う事実だけだ。それに関する君の意見も、そして君の持って来た情報も、結局は君一人の主張でしかない。客観的に確かな情報であると断定できない限り、俺たちはそれを世に広めることはできない。それがまともな会社、社会の公器ってやつだ。この回答で納得できないなら、他の出版社に掛け合ってみてくれ」
    「ぐっ……」
     整然としたことばではっきりと却下されてしまい、エヴァはうめくしかなかった。

     それ以上何もできず、エヴァとシュウはすごすごと部屋に戻った。
    「くそっ……! このまま座して襲われるのを待てって言うのか!?」
     エヴァががつん、と苛立たしげにテーブルを叩き、猛っている一方で、シュウは一旦ドアを開け、廊下の様子を確かめて、しっかり施錠して戻って来た。
    「ねえ、エヴァ」
    「何だ!?」
    「落ち着いて落ち着いて。あのね、先輩はああ言ってたけど、わたし、やっぱりエヴァに賛成だなって」
    「え?」
    「だからさ、『今すぐ』みんなに伝えてみたらどうかなって」
     シュウの言っていることが分からず、エヴァは首をかしげる。
    「今……すぐ?」
    「うん。今すぐ、コレで」
     そう返し、シュウはスマホをエヴァに向けた。



     こんばんは。えっと、初投稿です。ので。あの、聞きづらいトコがあるかも知れませんが、あの、よろしくお願いします。えーとですね、わたし、えーと、わたしの友達のエヴァンジェリン・アドラーさんが、今すぐに、全世界にお伝えしたいコトがあるってコトなので、いま、大急ぎで撮ってます。……じゃあ、エヴァ、えーと、……どうぞっ!
    《私はエヴァンジェリン・アドラー。4日前まで央北リモード共和国のアドラー近衛騎士団、『ダークナイト』の一員だった。これまでシュウの取材を……》ちょっ、あの、名前! コレ生配信! わたしの名前出しちゃ……《ん? ……あっ》……いいか、もう。はい、今この動画を撮ってるわたしがシュウです。じゃあ、はい、続きどうぞ。《あ、ああ。すまない。……コホン。これまで彼女の取材を受け、一般には私が単なるお嬢様でしかないと認識されていると思う。そして実家のアドラー家も、なんてことのない地方の名家であるとも。
     しかし実態はそうではない。アドラー家も、そしてダークナイトも、およそまともな、良識ある国家としてやってはならない悪事に手を染めているのだ。アドラー家はダークナイトを諜報機関として指揮しており、近隣諸国の裏事情を探り、闇取引を繰り返している。のみならず、ダークナイトを使って白猫党領からの難民を排除している。具体的に言えば、無断で白猫党領へ侵犯し、自国に渡ろうとしている難民を射殺しているのだ。そして私も、それに加担させられていた。事実を知らされないままに、だ。
     無論、今更私に罪はないなどとごまかすつもりは無い。私が犯してしまった罪は消えない。私はこの手で多くの人々を、……殺してしまったのだ。それが事実だ。その罪滅ぼしなどと言ってはおこがましいことだが、それでも、この非道を見て見ぬ振りなどできはしない!
     この放送を観ているすべての人へ、私ははっきりと伝える。リモード共和国は奇跡の国なんかじゃない。薄汚い悪事に手を染める、ならず者国家だ!》
     ……えーと、とのコトです。彼女は本日、トラス王国に身柄を保護されましたが、同じ日に、何者かからの襲撃を受けました。幸い彼女の身に危害が及ぶコトはありませんでしたが、コレは彼女の話が真実であるコトを示す、何よりの証拠です。
     どうか彼女がさらなる危険にさらされるコトが無いよう、いえ、さらなる悪事に加担させられるコトが無いよう、真実を広めて下さい。わたしからは、以上です。ありがとうございました。

    緑綺星・奇襲譚 3

    2022.04.29.[Edit]
    シュウの話、第63話。メイスンリポート#1;エヴァンジェリン・アドラー嬢の告発!- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「積極的な? ……どーゆーコト?」 きょとんとするシュウに、エヴァはこう返した。「襲う理由は一つしか無い。私に共和国の内情を語られてはまずいからだ。なら、先んじて公表してしまえばいい。その後で襲ってきたところで、もう手遅れだからな」「つまり今すぐ報道しろってことか。確かに効果はある...

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    シュウの話、第64話。
    臨時ニュース。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     セーフエリア強襲と、そしてエヴァの訴えが配信されたその翌日、午前8時少し前――。
    「ふあ~ぁ……全然伸びてないね、再生数。37回だって」
    「……そうか」
     意を決して執った行動が功を奏しておらず、エヴァはがっかりしていた。
    「だが一応の牽制にはなっただろう。この動画が世に出回った今、奴らが襲ってきたら、わたしの主張を認めたも同然に……」「あ、8時になったよ。食堂開くから、一緒にご飯食べに行こ」「……ああ」
     あまり頓着していない様子で、スマホを手にベッドから立ち上がるシュウを見て、エヴァは憤りかけたが――。
    (……落ち着け、エヴァンジェリン。そんなの、ただの八つ当たりだろう? シュウはやれることをやってくれたんだ)
     自分に何度も言い聞かせ、エヴァも部屋を後にする。そのままシュウに付いて行く形で廊下を進んでいたが、一向に自分の心の整理は付かない。
    「あれから眠れたのか?」
    「うん、ぐっすり」
     黙って歩くのも変に思い、会話らしいものを試みてはみるが、何を話しても自分の感情の上を滑っていく。
    「エヴァは眠れなかったみたいだね。なんかぼんやりしてる」
    「ああ……まあ、いつものことだ」
     そうこうする内に食堂に着き、シュウがコーヒーメーカーを指差す。
    「ブラックにする? ミルク入れる? 砂糖いくつ?」
    「……カフェイン、苦手なんだ。コーヒー以外が飲みたい」
    「あ、そうなんだー」
     のんきそうに応じるシュウに、エヴァの苛立ちが再燃する。
    「前に言ったと思うんだけどな」
    「そうだっけ? ごめんごめん、ソレで飲み物……」「それで!?」
     苛立ちを抑えきれず、エヴァは思わず声を荒げる。シュウと、そして周囲の視線が自分に集中し、エヴァの頭がようやく冷めるが、シュウは猫耳を毛羽立たせたまま、固まっている。
    「え、っと……、ごめん。そんなに怒るなんて思ってなかったの、ホントにごめん」
    「い、いや、済まない。あんまり眠れてないから、……あの、ほら、寝ぼけたんだ、ちょっと」
    「……うん。そっか、うん」
     深々と頭を下げ、謝罪したものの、シュウの声には明らかに、怯えた色が混じっていた。

     その時だった。
    《臨時ニュースが入りました》
     一瞬前まで海水浴場の様子を映していたテレビが、緊張した面持ちのニュースキャスターのバストアップに切り替わる。
    《本日早朝、央北リモード共和国にて大規模な軍事衝突が発生した模様です。繰り返します。本日早朝、央北リモード共和国にて……》
    「……!?」
     さっきまでの気まずい空気が吹き飛び、シュウとエヴァは顔を見合わせた。
    「今、リモード共和国って……?」
    「あ、ああ。確かにそう言った」
     テレビにはかなり遠くから街の様子を撮影したらしい映像が映っており、もうもうと黒煙が上がっているのが確認できた。
    《外務省によりますと、現在、リモード共和国大統領府からの返答は得られておらず、現段階で詳細は不明との、……え? ……今? 今来たの?》
     と、右下のワイプに映されていたキャスターが戸惑った表情を浮かべ、そしてまた、テレビ全面に彼の顔が映し出された。
    《えー……、たった今、たった今です、たった今現在、リモード共和国を侵攻していると、えー、侵攻していると自称して、えー、発表している人物からの、えー、声明がですね、当局にメールにて送られてきたとのことです。……映像出せる? ……よし、……えー、これから、その映像をですね、再生いたします。えー、……お願いします》
     しどろもどろながらもキャスターが指示し、映像が切り替わった。



    《私は反リモード共和国、及び反アドラー近衛騎士団組織、通称『ARRDK』の総長、リベロ・アドラーだ。
     我々はリモード共和国が密かに行ってきた蛮行・悪行の数々を明らかにし、そして正義の名の元にこれを糺(ただ)すべく活動を行っていた。そして昨晩、私の妹エヴァンジェリン・アドラーが先んじてネット上に動画を公開し、王国の、そして騎士団の非道を詳(つまび)らかにしてくれた。この動画で訴えられていたことはすべて真実である。この妹の勇気に報いるべく、そして妹をこれ以上の危険にさらさざるべく、我々は只今を以て蹶起(けっき)することとした。
     我が妹のため、リモード共和国人民のため、そして平和のために、これより一両日以内に騎士団を壊滅させ、そして騎士団を操り長年に渡って不正に富と権力を築いてきたリモード共和国を制圧する。以上だ》




     テレビ画面がまた、先程のキャスターを映していたが、エヴァもシュウももう、そちらを見てはいなかった。
    「い……今のって? あの人、誰?」
    「……あ、兄、……だ」
     何が起こっていたのかまるで理解できず、エヴァは呆然としていた。と――シュウのスマホから、ぺこん、ぺこんと立て続けに通知音が鳴る。
    「ひぇっ……」
     シュウが怯えた声を上げ、スマホを机に投げる。その画面は、昨夜の動画の再生回数が一定数を超えたことを示す通知と、その動画に寄せられたコメントの転送通知でいっぱいになっていた。そしてこの後も通知音は鳴り続け――朝8時前までの時点でたった37回だった再生回数は、正午を迎えるまでに100万回を突破してしまった。

    緑綺星・奇襲譚 4

    2022.04.30.[Edit]
    シュウの話、第64話。臨時ニュース。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. セーフエリア強襲と、そしてエヴァの訴えが配信されたその翌日、午前8時少し前――。「ふあ~ぁ……全然伸びてないね、再生数。37回だって」「……そうか」 意を決して執った行動が功を奏しておらず、エヴァはがっかりしていた。「だが一応の牽制にはなっただろう。この動画が世に出回った今、奴らが襲ってきたら、わたしの主張を認めたも同然に……...

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    シュウの話、第65話。
    罪と報復。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「エクスプローラ社の役員から直々に、お前にお達しがあった」
     正午少し前、シュウは苦い顔をしたカニートに呼び出され、二人きりで話していた。
    「『弊社のインターン生がビデオクラウドにて政治的主張を主旨とする動画を配信していたとの情報をつかみ、我々役員会で当該動画を視聴した結果、前述のインターン生、シュウ・メイスンと思しき名前が公表されていることを確認した。弊社はあくまでも公平かつ公正を期すべき社会の公器であり、弊社、もしくは弊社に関係する人間が特定の政権、政党、政治結社、およびその他の政治団体に類する組織へ加担する行為は、決して容認してはならない。ついては該当のインターン生に事実確認を行うこととし、もし前述の内容に相違が無いものであれば、相応の処置を講ずる』とのことだ」
    「そ、『相応の措置』って……」
    「まず間違いなくクビ、……いや、インターンだから語弊があるな。まあ、服務規程上の違約があるとして、大学への損害賠償が行われるだろう。良くて単位取り消し、悪くて退学だろうな」
    「そ、そんなぁ~……」
     顔を真っ青にするシュウに、カニートが畳み掛ける。
    「そんなじゃないだろ。こうなることは容易に予想できたはずだ」
    「でも、だって、わたしが自分の名前出したワケじゃ……」
    「例えあの動画で名前が出なかったとしても、世間は調べる。そして投稿者がお前だってことに、いずれは行き着いただろう。結果は一緒だ。ともかく、お前がやったことはお前の予想以上に責任が重かった。もう他人に責任なすりつけてる場合じゃない。素直に自分の罪を認めるしかないな」
    「『罪』って……何が罪なんですか?」
     シュウはべそをかきながら、そう尋ねた。
    「わたしは友達のためにやったんですよ。このままじゃ友達が危険にさらされるから、その対抗措置として。正当防衛でしょ、ソレなら?」
    「俺に言い訳したって仕方ない。……この件はもう、俺にどうこうできる状況じゃない。むしろ俺も、お前に対する監督責任を問われるだろう」
     カニートはシュウに背を向け、こう言い捨てた。
    「お前には心底がっかりした。もっと慎重な奴だと思ってたんだがな。正直、もう顔も見たくない」
    「……っ」
     それ以上何も言えず、シュウはぐすぐすと泣きながら部屋を後にし、自分の部屋に戻った。
    「エヴァ、ひっく、ごめん、わたし……」
     が――部屋の中には、誰もいなかった。

     クーデターの声明動画を観た直後、エヴァはたまらず、セーフエリアの外に飛び出していた。
    (なにが『我が妹のために』だ、あのクズめッ!)
     心の中には羞恥心と――そして何故か――義憤が湧き上がっていた。
    (あいつに利用されたことが悔しくてたまらない。その上、それを口実に共和国を襲うだなど、許されることじゃない。……国を捨てたつもりだったが、実際に襲われたとあっては、立ち上がらないわけにはいかない。ましてやあんなふざけた理屈で攻め込んでいいわけがない。
     どうにかして国に戻り、リベロの蛮行を止めなければ!)
     移動手段を確保するため、あの蚤の市に足を運んだものの――。
    (……やはりまともなものは無いか)
     中古車を一通り見て回ったが、どれも走行能力がありそうには見えず、エヴァは頭を抱えた。
    (となると徒歩で? いや、不可能だ。直線距離でも、共和国まで300キロ近くあるんだぞ? 仮に踏破したとしても、リベロの侵攻を止めるには絶対に間に合わない。何としても車を入手しなければ……)
     と――背後から唐突に、声が掛けられた。
    「あれ? エヴァさん?」
    「……!?」
     振り向くと、そこにはあの「猫」のドライバー、ラモンの姿があった。

    緑綺星・奇襲譚 5

    2022.05.01.[Edit]
    シュウの話、第65話。罪と報復。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「エクスプローラ社の役員から直々に、お前にお達しがあった」 正午少し前、シュウは苦い顔をしたカニートに呼び出され、二人きりで話していた。「『弊社のインターン生がビデオクラウドにて政治的主張を主旨とする動画を配信していたとの情報をつかみ、我々役員会で当該動画を視聴した結果、前述のインターン生、シュウ・メイスンと思しき名前が公表...

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    シュウの話、第66話。
    無法地帯の儲け話。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「どうしたんですか、こんなところで? ……あ、そんなに警戒しないでいいです」
     ラモンはそう続け、腰のテーザー銃――結局あの晩に鹵獲した後、ずっと携行していた――に手を伸ばしたエヴァに落ち着くよう促す。
    「アルトさんならもうこの街にいません」
    「そうなのか?」
    「なんか結構大きい仕事頼まれたらしいです。書き置きだけ残ってました」
    「……随分あっさりしたものだな」
    「僕とアルトさんの関係なんてそんなもんですよ。仕事で僕の手を借りたいって時だけ、連絡が来るくらいの。……それに分かるでしょ? あの人、結構めんどくさい人なんですよ」
    「それは分かるな」
    「あの人と一緒にいられるのなんて、1週間か2週間がギリギリ限界です。それ以上は僕も無理です。……って、そんなことよりエヴァさん、こんなところで何してるんですか? クルマ買おうとしてるんですか、もしかして」
    「そのつもりだったが……」
     エヴァの返事を聞いて、ラモンはぱたぱたと手を振る。
    「こんなところで買うもんじゃないですよ。ここで売ってるのはクルマとは名ばかりの、ただの鉄クズですもん。と言うか、この街でまともなものは市場には出回ってないです」
    「やはりそうだろうな……うん?」
     ラモンの言葉に引っかかるものを感じ、エヴァは突っ込んでみる。
    「市場には、と言うのは?」
    「軍の非正規部隊とか犯罪組織とかのアジトが、この難民特区のあっちこっちにゴロゴロあるんですよ。その辺りなら多少はまともなものが揃ってます」
    「そうなのか? てっきりどこの国からも見放された土地、と思っていたが……」
    「『人』を手に入れるにはめちゃくちゃ都合のいい場所ですからね。ある日突然10人、20人消えたって誰も何とも思わないですし、通報とか逮捕とかもありませんからね」
    「ゾッとする話だな」
    「……あ、そうか」
     と、ラモンがニヤッとズル賢そうな笑みを浮かべる。
    「エヴァさんって元特殊部隊の人ですよね?」
    「うん? ああ、まあな」
    「モノは相談なんですけどね」
     そう前置きし、ラモンは付いてくるようエヴァに促した。

     市場を離れ、荒れた往来を歩きながら、ラモンは話を切り出した。
    「さっき言った非正規部隊の拠点がこの近くにあるんです。あの白猫党のとこですね。南側の方です」
    「白猫党だと?」
    「ま、そんな看板があったり本人たちがそう言ってたりってことは無いんですけども、僕もあっちこっち危険なとこを行き来してる身ですから、兵装を見ればピンと来るんですよ」
    「ほう……」
    「で、で、その白猫党の非正規部隊っぽいのが拠点を構えてて、で、色々備蓄してるんですよ。クルマもきっとあります」
    「まさか……それを襲えと言うのか?」
     尋ねたエヴァに、ラモンはにっこり笑って親指を立てる。
    「正解、その通りです! いやー、実はここまで乗ってきたあのバス、いよいよ使い物にならなくなってきちゃいまして。修理用に部品取りできるクルマが無いかって市場を見て回ってたとこだったんですが、もしエヴァさんがクルマを調達してくれたら、いっそそっちの方が手っ取り早いなーって。あ、用事があるなら一回くらいは僕が送迎しますし」
    「いや、しかし、縁もゆかりもない相手を襲うわけには……」
     渋るエヴァに、ラモンはこう返す。
    「ここじゃ日常茶飯事ですって。それに今まで散々縁もゆかりもない人たち襲ってきたんでしょ? もう一回くらいやった、って……あー……」
     エヴァにテーザー銃を突き付けられ、ラモンはようやく黙る。
    「それ以上ふざけたことを言うなら、話はここまでだ」
    「すいません」
     両手を挙げ、謝罪するが、それでもなおラモンは食い下がる。
    「でも実際問題、他に手段無いじゃないですか。それとも他にクルマ手に入れるアテがあったりするんです? って言うかそもそもクルマ買えるおカネ、エヴァさん持ってるんですか?」
    「それは……」
    「綺麗事言って我慢できるような余裕、無いでしょ? 汚いことでも今はやらなきゃ、どうしようもないんですってば」
    「むぐぐぐ……」
     エヴァはテーザー銃を構えたまま逡巡していたが、やがて折れた。
    「……仮にだ。仮に私たちがその拠点を通りがかって、何かしら犯罪の証拠、あるいは犯罪準備の証拠を見つけたとしたら、その時はだ、その時は、人道上、道義上でだな、適切な対応をしてもよい、はず、だ」
    「つまり『因縁付けられそうなとこがあったら襲っちゃっても問題無いよね』って言いたいんですね?」
    「は、はっきり言うな!」
    「言い訳はその辺でいいですから――つまりやってくれるんですね?」
    「……やるしかあるまい。……ただ、……本当に何もやましいところが無い連中だったら、流石に襲わないぞ」
    「本当にやましいところが一欠片も無かったとしたら、それでいいですよ。じゃ決まりですね」

    緑綺星・奇襲譚 6

    2022.05.02.[Edit]
    シュウの話、第66話。無法地帯の儲け話。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「どうしたんですか、こんなところで? ……あ、そんなに警戒しないでいいです」 ラモンはそう続け、腰のテーザー銃――結局あの晩に鹵獲した後、ずっと携行していた――に手を伸ばしたエヴァに落ち着くよう促す。「アルトさんならもうこの街にいません」「そうなのか?」「なんか結構大きい仕事頼まれたらしいです。書き置きだけ残ってました」「…...

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    シュウの話、第67話。
    拠点制圧。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     ラモンに案内され、エヴァは工場跡らしき建物の裏手に到着した。
    「連中はこの中で生活してます。半月に1回くらいでトラックも来るんで、結構忙しくしてるみたいですよ」
    「忙しく、か」
     建物の窓から中をうかがおうとしたが、廃屋に似合わない真新しい軍用コンテナに視界が阻まれる。
    「確かに何かの拠点らしいな」
    「たまーに盗みに入ろうとする奴がいるみたいですけど、成功したって自慢してる奴は一人も出てこないんで、ほぼほぼ返り討ちに遭ってるんでしょうね。でも元特殊部隊のエヴァさんなら……」「何度も言うな。気絶させるぞ」
     エヴァは建物を見上げ、壁の硬さを確かめて、侵入ルートを検討する。
    (鉄筋製のせいか、案外しっかりしている。2階の窓は板が打ち付けられている。あそこから侵入はできそうにないな。とは言え……)
     エヴァは数歩下がり、視界にいたラモンに指示する。
    「10分経って私から合図が無ければ、失敗したと思っていい。その時はそのままここから離れろ」
    「了解です」
     ラモンが数歩引いたところで、エヴァは2階部分まで壁を駆け上がり、窓に打ち付けられた板の、わずかな段差をつかんで自分の体を引き上げ、屋上までよじ登っていく。その様子を眺めていたラモンは、ぼそっとこうつぶやいていた。
    「アルトさんもバケモノじみてるけど……エヴァさんも相当バケモノだよなぁ」

     屋上に上がったところでまず、エヴァは敷地内の様子を探る。
    (表側は元々駐車場と、貨物の積み下ろし場所になっていたらしいな。……あのヘリで人を運んでいるんだろうか)
     駐車場跡には大量の軍用コンテナが置かれ、武装ヘリが停まっていた。
    (流石にここから地上に降りるわけにはいかないな。目立ちすぎるし、そもそも危険だ)
     と、屋上の端が大きく崩れているのを見つけ、エヴァは首を突っ込んでみる。
    (ここからなら侵入できそうだ)
     罠が無いか探るが、それらしいものは見当たらない。
    (そもそもこんなところから侵入しようと言う奴が、難民特区にいるとは思えない。相手もそう考えているんだろう)
     危険が無いことを確認して侵入し、そのまま部屋の外に出る。
    「……で……に……」
    「……いつ……」
     元々が工場だったせいか、部屋の外の廊下は吹き抜けとつながっており、1階の様子が見下ろせる。その中央に集まっている者たちが、机に武器と近隣の地図とを置いて何か話し込んでおり、階上のエヴァに気付いている様子は見られない。
    (全部で6人――お決まりのハーミット式班編成、ドライバー2名と実働班4名。偉そうに地図を叩いてるあいつがリーダーだろう。その右横でうんうんうなずいてるのがドライバー、その反対にいるのがコドラ(副運転手)と言うところか。向かい側にいるのが残りの実働班3名だな)
     一旦部屋に戻り、エヴァは思案を巡らせる。
    (どうやって全員倒す? こっちの手持ちは拳銃とテーザー銃が1挺ずつだ。廊下からじゃテーザー銃は届かないし、拳銃弾も威力が落ちる。廊下から飛び降りて肉弾戦と言うのもナシだ。1対6は流石に厳しいからな。さて、他に方法は……?)
     と、こちらの部屋にも小さい軍用コンテナがいくつか置かれているのに気付く。
    (中身は糧食と日用品か。こっちは……?)
     コンテナをいくつか開け、その中に拘束・鎮圧用の武器が入っているのを見付けて、エヴァはため息をつく。
    (なるほど、確かにあいつらは人さらいらしい。……それなら多少手荒にやっても、良心はさほど傷まないな)
     エヴァはコンテナの中から投網射出器を取り出し、迷いなく階下に向けて発射した。
    「それでは、……うわっ!?」
    「な、なんだ!?」
     机上の地図に気を取られていた6人は、あっさり網に絡め取られる。すかさずエヴァは1階に降り、テーザー銃を撃ち込む。
    「はがががが……」
    「あぎぎぎぎ……」
     侵入から5分もしないうちに、相手はあっさり無力化された。

    緑綺星・奇襲譚 7

    2022.05.03.[Edit]
    シュウの話、第67話。拠点制圧。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. ラモンに案内され、エヴァは工場跡らしき建物の裏手に到着した。「連中はこの中で生活してます。半月に1回くらいでトラックも来るんで、結構忙しくしてるみたいですよ」「忙しく、か」 建物の窓から中をうかがおうとしたが、廃屋に似合わない真新しい軍用コンテナに視界が阻まれる。「確かに何かの拠点らしいな」「たまーに盗みに入ろうとする奴が...

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    シュウの話、第68話。
    奇妙な符合。

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    8.
     合流したラモンに、エヴァは駐車場のヘリを指し示す。
    「あれは操縦できるか?」
    「は?」
     目を丸くするも、ラモンはこくりとうなずいた。
    「まあ、できなくはないですが」
    「あれならリモード共和国まで1時間くらいで行ける。いますぐ調達できる移動手段としては、あれ以上は無いだろう」
    エヴァの言葉に、ラモンの猫耳がびくんと跳ねる。
    「リモード共和国ですって!? あんたこないだそこから逃げて来たとこじゃないですか! しかも今朝方クーデターもあって……」「だから行くんだ」
     そう返しつつ、エヴァはラモンの肩を叩く。
    「それにあれはジェットヘリだ。1機3千万コノンはする代物だ。売るところで売れば、高級車が新車で3台は買えるくらいにはなる」
    「さっ、3千万!」
     カネの話をした途端、ラモンの目の色が変わった。
    「私をリモード共和国まで送ってくれれば、あのヘリは好きにしていい。売るなりバラすなり、君の勝手にしていいぞ」
    「う、うーん……でも危険なのは嫌ですよ。クーデターの真っ最中のとこに飛び込むのはちょっと……」
    「攻撃されているのは首都市街地だ。郊外に降ろしてくれれば安全だ。後は自力で行く。一回送り届けるだけで3千万なんだ。これ以上無いボロ儲けだろう?」
    「うーん……」
     ラモンは渋い顔をしていたが、やがて決心した顔でうなずいた。
    「……分かりました、やりましょう! 3千万のためならラモン・ミリアン、陸へ海へ空へですよ!」
    「ありがとう。よろしく頼む」
    「了解です。じゃ、給油だとか機器点検とかしないといけないので、30分待ってもらっていいですか?」
    「分かった。こちらもその間に戦闘準備をしておこう」

     気絶したままの兵士たちとコンテナから武器・弾薬をかき集め、エヴァは完全武装を整える。その間にラモンの準備も終わったらしく、駐車場からヘリのローター音が聞こえてきた。
    《準備完了です。いつでも行けますよ》
     ヘリに積んであった通信機も鹵獲しており、エヴァの狼耳にラモンの声が届く。
    「了解。まもなく向かう。……いや」
     と、コンテナに収められていた武器の中からテーザー銃を見つけたところで、エヴァは手を止めた。
    「ラモン、昨晩のセーフエリアでの騒ぎを聞いてるか?」
    《セーフエリアの? なんかヘリが襲ってきたとか何とかって……》
    「君が乗っているそのヘリのローター音、わたしには聞き覚えがあるんだ」
     エヴァは昨晩から奪ったままのテーザー銃と、コンテナ内に収められていたものとを見比べ、それが紛れもなく同型機であることを確認する。
    「私は昨晩、セーフエリアにいた。襲撃にも居合わせている。その時のヘリと、今君が乗っているヘリは、どうやら同一の機体らしい」
    《へ? ……ってことは、白猫党の奴らがセーフエリアを襲ったってことですか?》
    「そうなる」
     まだ横たわっている兵士たちの体をもう一度調べ、そのうちの一人に樹状の傷が2ヶ所走っていることを確認する。
    「兵士たちの中に、電紋(でんもん:電気が体を通ったことで生じる傷跡)が2つ付いてる奴がいる。だがさっき無力化した時には、1人に対してそれぞれ1回ずつしか使ってないんだ。それなのに2ヶ所あるってことは、今より前にもう一回――それもごく最近――電撃を食らってたってことになる。そして昨晩、わたしはセーフエリアを襲った兵士を一人、テーザー銃で気絶させているんだ」
    《つまりそいつらがゆうべ襲ってきた奴だ、……ってことになりますね。でも何で……?》
    「……それは分からない。ともかく時間が無い。すぐ行こう」
    《了解です》
     エヴァは弾薬を詰め込んだバッグを抱え、ヘリに乗り込んだ。

    緑綺星・奇襲譚 終

    緑綺星・奇襲譚 8

    2022.05.04.[Edit]
    シュウの話、第68話。奇妙な符合。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 合流したラモンに、エヴァは駐車場のヘリを指し示す。「あれは操縦できるか?」「は?」 目を丸くするも、ラモンはこくりとうなずいた。「まあ、できなくはないですが」「あれならリモード共和国まで1時間くらいで行ける。いますぐ調達できる移動手段としては、あれ以上は無いだろう」エヴァの言葉に、ラモンの猫耳がびくんと跳ねる。「リモード...

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    シュウの話、第69話。
    自分自身へのミッション。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     3年前、エヴァの兄リベロ・アドラーも家の期待を背負い、騎士団試験に臨んでいた。しかし――周囲にとっても、そして恐らくはリベロ本人にとっても――極めて残念なことに、リベロはその期待に応えられるだけの資質・能力を持ち合わせていなかった。結果としてリベロは試験に落第し、その翌日から屋敷の地下に軟禁された。「一族の面汚しを外に出すわけにはいかない」とする、家長ジョゼの命令である。
     だが軟禁されて数日後、リベロは家を抜け出した。以降の足取りは、ようとして知れなかったのだが――。



    「再びその顔を見たのが、今朝の臨時ニュースだったと言うわけさ」
     エヴァは武装ヘリの中で、今朝に至るまでの経緯をラモンに話していた。
    「アドラー家って言うのを聞いたことないんですが、でも聞く限りだと、すごいハードな家庭環境なんですね」
    「そこそこの家柄と思っていたんだが……まあ、そんなものか」
    「あ、いや、僕は元々こっちの人間じゃないんで。央中の方なんです」
    「それでか。……まあ、君の言う通り、かなり変わった家庭環境であったことは否めない。物心付いた時には両親がいなかったし、かと言って祖父が世話してくれたと言う記憶も無い。騎士団に入るまで、私と兄は屋敷の人間に育てられていた」
    「それは……うーん……何と言うか、寂しいですね」
    「そうなのかな……? 学校の友人や屋敷を訪ねてきた人間からも何度か同じようなことを言われたが、正直ピンと来ない。私にとってはそれが普通の環境、基準の環境だったからな」
     いつの間にかヘリは難民特区を離れ、眼下には1世紀に渡る戦争ですっかり荒廃した、白猫党領とトラス王国の国境の景色が広がっている。
    「そう言えば一度、祖父にこんなことを言われたな。『アドラー家の黒き宿命を背負え』と」
    「黒き宿命?」
    「何を意味するのかは分からない。だがその時の祖父は、どこか寂しそうな、あきらめたような顔をしていた。今にして思えば、こうした事態に見舞われる可能性を示唆していたのかも知れないな。……っと、気を付けろ。白猫党領に近付きすぎると、対空砲で撃ち落とされる可能性がある」
    「承知してます。ただ、もしされたとしても、このヘリには回転連射砲とミサイルが積んでありますからね。返り討ちにできます」
    「やめてくれ」
     エヴァは肩をすくめて返し、進行方向を指差した。
    「一刻も早く共和国に行きたいんだ。余計な戦闘は避けたい。それにそもそも武装ヘリ用ミサイル1発辺り、数十万エルの値段が付くんだぞ」
    「それも承知してます。流石に庶民が使うにはもったいないです。温存しますよ」
     こんな風にとりとめのない会話をとぎれとぎれに続けている間に、二人はリモード共和国に到着した。

     ヘリは共和国首都ニューペルシェの郊外で、地表ギリギリまで高度を下げる。
    「私が降りたら、すぐここを離れろ。迎えは考えなくていい」
    「ありがたいです。それじゃ、……お気を付けて」
    「ああ」
     エヴァは装備を担ぎ、地面に降り立つ。直後、ヘリはエヴァが指示した通りに上昇し、あっと言う間に彼女の視界から消えた。
    (さて、と。私の人生で最も困難なミッションになりそうだな。……いや、これは『ミッション(指令)』なんかじゃ――誰かに指示されてやらされるようなことじゃない。私が自分で決断し、実行するんだ)
     エヴァは小銃を構え、ニューペルシェ市街に向かって歩き出した。
    (まずどこへ向かう? 単純に考えるのであれば大統領官邸だ。この国を奪取せんとする奴らなら、そこを襲う。当然、リベロもそこにいるだろう)
     エヴァは大統領官邸へではなく、自分の生まれ育った屋敷へと向かう。
    (そもそもこの非常事態に軍と祖父が動いていないはずが無い。確実に今、動いているはずだ。それなら私が向かうべきは大統領官邸か軍本司令部、あるいは騎士団本部のいずれかになる。……アドラー家の事情を知らぬ者ならそう考えるだろう。だが私はアドラー家の一員だ。祖父の行動も理解できている)
     街のあちこちで、ARRDKの一員らしき兵士たちが軍用トラックで巡回していたが、エヴァは彼らに気付かれることなく、自分の生家であった屋敷に到着した。
    (確信するが――祖父はきっと、ここにいる)

    緑綺星・宿命譚 1

    2022.05.05.[Edit]
    シュウの話、第69話。自分自身へのミッション。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 3年前、エヴァの兄リベロ・アドラーも家の期待を背負い、騎士団試験に臨んでいた。しかし――周囲にとっても、そして恐らくはリベロ本人にとっても――極めて残念なことに、リベロはその期待に応えられるだけの資質・能力を持ち合わせていなかった。結果としてリベロは試験に落第し、その翌日から屋敷の地下に軟禁された。「一族の面汚し...

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    シュウの話、第70話。
    祖父の後悔。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     アドラー屋敷も相当攻撃を受けたらしく、既に半壊していた。
    (流れ弾が当たったと言う感じじゃない。間違いなく攻撃目標にされた感じだ。……いや、相手のトップがリベロなんだ。ここを襲わないわけが無い)
     崩れ落ちた箇所から中へ入り、用心深く廊下を進む。
    (騎士団本部を最初に襲い、そして陥落させたとして、祖父が簡単に投降するとは思えない。隙を見て脱出し第二の拠点、即ちこの屋敷に逃げ込んで態勢の立て直しを図る。アドラー家の一員たる私ならそう考えるし、リベロも同じ考えに至ったのだろう。そして追撃し……その結果がこれだ)
     既にARRDKは引き上げたらしく、屋敷の中に人の気配は無い。エヴァは地下への階段を下り、金属製の扉の前で立ち止まる。
    (有事の際に使われるアドラー家専用シェルター……やはりここは無事か。……いや)
     扉の認証装置を操作し、ロックを解除する。
    (リベロなら開けられるだろう。と言うよりもあいつは一時、ここの住人だったんだからな)
     だが扉を開け、中の様子を確認したところで、エヴァは首をかしげた。
    (……? 大勢で押し入ったような様子が無いな。硝煙の臭いもしない。破らなかったのか?)
     警戒しつつ奥へと進み、ほどなくエヴァは、変わり果てた姿の祖父と再会した。
    「……死んでいるな」
     ジョゼの服は血で染まっており、手には弾を撃ち尽くした拳銃が握られている。
    (ARRDKの包囲から抜け出し、最後の意地でここまでたどり着きはしたが、……と言うところか。……うん?)
     と、遺体が寄りかかっていた木箱の上に手帳が置かれているのに気付く。
    (状況からして、祖父が遺したものだろう)
     エヴァは小銃を傍らに置き、手帳を手に取った。
    (当たり前だが、昨日時点までは整然と文字が並んでいる。……トッドレールの言っていたことの裏が取れてしまったな)
     手帳には騎士団の活動のすべてが、事細かに記されていた。
    (近隣諸国へのスパイ活動……国境辺縁での難民排除計画……『すべて順調。問題なし』だと? 何が問題なしだ、この人でなし!)
     ページをめくる手に次第に力がこもり、やがてエヴァは手帳を木箱に叩きつけた。
    「この……この、このっ、この……!」
     罵倒の言葉は頭の中にいくつも浮かんできてはいたが――それを肉親へ浴びせるのは流石に良心がとがめたため――どうしても口に出せず、代わりに木箱を蹴って苛立ちを抑えようとしたが――。
    (……?)
     木箱に叩きつけられた手帳の、最後のページに、何かが書かれていることに気付き、エヴァの足が止まる。もう一度手帳を手に取り、そのページを確かめた。



    「リベロの反乱 そして エヴァのMIA どちらも私が 軍人や政治家としてではなく アドラー家として成すべきことを成さず 私欲 いや、国家の欲 強欲のために 騎士団の歪みを糺さず 見て見ぬふりをしたがために 起こるべくして起こったこと
     真にアドラー家の一族 誇り高きダークナイトであるならば 正義のために動くべきだったのだ いつの頃からアドラー家は堕したのだろう 私の代で変えることはできなかったのか 変えることができなかった
     結局は 私もまた 誤った歴史を築き 悪と強欲に加担してしまったのだ

     私は 己の弱さを恥じる」




     手帳を読む手が――今度は怒りのためではなく、激しい動揺のために――震えていた。
    (これは……どう言うことだ? 祖父は……悔いていたと言うのか?)
     手帳を閉じ、もう一度祖父の亡骸を見る。
    (……分からないでも、ない。アドラー家は先祖代々の軍人の家系、大きな期待と羨望を寄せられてきたのだ。その期待に応えるためには、国家に並々ならぬ貢献をせねばならなかった。……その過程で少しずつ、正義の道を外れていったのだろう。それがいつの頃からなのか、それは分からないが、少なくとも剛毅な祖父が容易に変えられぬほど、長く続いていたのだろう。
     その苦悩がどれほどか、……私には到底計り知れないが、それでも、祖父の正義に寄り添いたかったその気持ち、その無念だけは、理解できる。……それなのに今、リベロが悪事を働こうとしている。曲がりなりにも平和であったこの国をめちゃくちゃな理屈で脅かし、破壊しようとしているのだ。何としても止めなければならない)
     エヴァは手帳を懐にしまい、小銃を背負って、屋敷を後にした。
    (私が止めてみせる。私こそが――最後のダークナイトなのだから)

    緑綺星・宿命譚 2

    2022.05.06.[Edit]
    シュウの話、第70話。祖父の後悔。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. アドラー屋敷も相当攻撃を受けたらしく、既に半壊していた。(流れ弾が当たったと言う感じじゃない。間違いなく攻撃目標にされた感じだ。……いや、相手のトップがリベロなんだ。ここを襲わないわけが無い) 崩れ落ちた箇所から中へ入り、用心深く廊下を進む。(騎士団本部を最初に襲い、そして陥落させたとして、祖父が簡単に投降するとは思えない...

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    シュウの話、第71話。
    嘘と偽装と。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エヴァが大統領官邸に到着した時点で、既に太陽は西へ傾き、夕暮れが迫りつつあった。
    (今朝方、電撃的に襲撃したのだから、相手はおしなべて疲労しているだろう。注意力も落ち込んでいるはずだ。薄暮時の今なら私の行動を捕捉し、即応することは難しいだろう)
     物陰から敵の様子を確認したところ、エヴァの予想通り、誰も彼も憔悴した表情でぼんやり座り込んだり、突っ立ったままでいたりしている。
    (リベロ一人倒せば全てが終わるわけじゃないだろう。少しずつでも無力化しておいて損は無い)
     2、3人で固まっていた相手が、一人、また一人と、場を離れていく。
    (用を足しに行ったか、食料の調達か……。まあいい、好都合だ)
     たった一人残ったところで、エヴァはそっとその一人の背後に忍び寄り、首に腕を回す。
    「がっ!?」
     10秒も絶たない内に気絶した相手を素早く縛り、近くのロッカーに放り込む。
    「ん?」
     と、その様子を別の人間に目撃されたが――。
    「あばばばばば……」
     すかさずテーザー銃を撃ち込み、気絶させる。
    「なんかバチバチって聞こえなかったか?」
    「こっちからだよな。……ん!?」
     さらに敵が現れたが、これもすぐに飛びかかり、瞬く間に昏倒させる。1分も経たない内に4人、5人と倒し、エヴァはあっさり周辺を制圧してしまった。が――そのことに、エヴァは疑問を抱いていた。
    (妙だな……? いくらなんでも柔(やわ)すぎる。
     私は自分の実力を正しく知っている。並の人間が相手なら十把一絡げに叩きのめしてしまえるくらいの実力はある、……と、過不足無く把握している。だが相手は一国を陥落せしめんとするテロリストたちだぞ? そこいらの一般市民と変わらん腕前であるはずが無い。まともな兵士とまともに戦えば、私だって普通に苦戦する。騎士団が相手であったら流石に五分以下。私が勝てる保証は無い。
     同じ軍人、兵士であれば――それが非正規の軍隊であろうと――相応に苦戦してしかるべきだ。だがこいつらは、あまりにも歯ごたえが無さすぎる。正直、一般人が小銃を持たされているのと、大して変わらない。しかし、こいつらが首都を陥落させた連中であることは明らかだ。
     一体こいつらは何者なんだ……?)
     ともかく気絶させた敵を片っ端から縛り上げ、相応の安全を確保した上で、エヴァは官邸の中心である大統領執務室に向かった。

     エヴァは執務室のドアに狼耳を当て、中の様子を探る。
    (……? 足音も息遣いも無い? 物音らしい物音は、何一つ聞こえてこない。誰もいないのか?)
     人気が無いことを確認したが、それでも警戒を緩めず、恐る恐るドアを開ける。
    (罠も仕掛けられていない。……まあ、執務室などと言ってみてもただの部屋だからな。他に拠点を構えている可能性もあるか)
     中へ入り、部屋の中を見回し、やはり誰もいないことを確認する。
    (……ハズレだな。とするとリベロは一体どこに?)
     その時だった。
    《やあ。君は誰かな?》
     どこかから突然声が飛び、エヴァは小銃を構えて振り返る。そこにはいつの間にか、狼耳の男が立っていた。いや――。
    「リベロ!? ……じゃない!」
    《へえ?》
     リベロを模したらしきその人形は、無表情でおどけた動作を見せる。
    《君の顔は見た覚えがある。ちょうど昨日の夜中くらいに。そう、あの動画に出てた娘だ。君がエヴァンジェリンかい?》
    「そうだ。お前は誰だ?」
     銃口を向けるが、人形に動じた様子は無い。
    《僕かい? ここでは『リベロ・アドラー』役で出演している。……とは言え君は『こいつ』を、リベロとは呼びたくないだろうね》
     そう言って自分自身を指差した人形に、エヴァは小さくうなずく。
    「当たり前だ。本物のリベロは今どこにいる?」
    《うーん……そうだね……どう言ったらショックを受けないでもらえそうかな。いや、やっぱり率直に言った方がいいか。
     リベロ・アドラーはもうこの世にいない。3年前に死んでるよ》

    緑綺星・宿命譚 3

    2022.05.07.[Edit]
    シュウの話、第71話。嘘と偽装と。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. エヴァが大統領官邸に到着した時点で、既に太陽は西へ傾き、夕暮れが迫りつつあった。(今朝方、電撃的に襲撃したのだから、相手はおしなべて疲労しているだろう。注意力も落ち込んでいるはずだ。薄暮時の今なら私の行動を捕捉し、即応することは難しいだろう) 物陰から敵の様子を確認したところ、エヴァの予想通り、誰も彼も憔悴した表情でぼん...

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    シュウの話、第72話。
    クーデターの真実。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     人形から唐突な真実を告げられ、エヴァは面食らっていた。
    「死んでいる!? 3年前にだと!?」
    《ああ。アドラー家から逃げ出した後、彼は我々のところに身を寄せて……いや、これも率直に言おう。我々が身柄を拘束したんだ》
    「白猫党か?」
     エヴァのこの質問に、人形はようやく驚いた様子を見せた。
    《へえ? 偽装したつもりだったけど、よく見破ったね》
    「別の場所でお前たちの非正規部隊に遭遇した。そいつらが持っていた装備はそのまま、ここをうろついていたARRDKのものと同じものだった。ならばイコールで考えるのが道理だろう」
    《ま、そりゃバレるよね。とは言えここで君一人にバレたところで、って感じかな。そうだ、バレてもいいやついで、自慢ついでに、もうちょっと話をしてあげるよ。リベロは逃げに逃げて白猫党領内にたどり着き、そして当然の結果として、我々白猫党に捕まった。そこで我々は彼を利用するべく、今回の計画を企てたのさ。
     計画の全容はこうだ。白猫党領の領土拡大のため、そして将来的に新央北圏内へ侵攻することを見据えて、その両方に隣接する中立国であるリモード共和国を占領したい。しかし立案当初は我々もまだ、北側との戦闘が完全に収束する見込みが立ってなかったし、必要以上の戦闘も避けたい。何より軍事国家だからって自分の都合だけで無闇やたらに攻め込んだりなんかしたら、国際社会は絶対に容認してくれないし、四方八方から制裁を受けてしまう。だからその、国際社会を納得させられるだけの理由――『大義名分』が必要だった。
     そこに現れたのがリベロだ。彼にはリモード共和国を恨んで復讐を企てるだけの理由がある。しかしその一方で、一人でどうにかできるだけの実力も才能も、行動力も無い。我々の傀儡(かいらい)に仕立てるには、これ以上無く絶好の存在だった。我々はリモード共和国に異を唱える体のテロ組織を作った。そう、ARRDKだ。そしてリベロをそのリーダーに据え、時期を待って襲撃する機会を伺う、……と言うのが当初の計画だった》
    「『時期』だと? ……っ!」
     人形の言葉に、エヴァは息を呑んだ。
    《どうやらピンと来たみたいだね。そう、君が昨夜流したあの動画さ。しかも流したのが他ならぬアドラー家令嬢なんだから、都合がいいことこの上無い。いや、これも率直に言ってしまおうか。我々が、君にあの動画を流させるよう仕向けたんだ》
    「じゃあ、昨夜の襲撃もやはり……!」
    《その通り。難民特区に駐留させてた部隊を動かして、君に危険を感じさせたんだ。あのセーフエリアから大手の新聞社にすぐ連絡できるから、大方そっちの筋で広めてくれるだろうと思ってたけど、君自身が動画を流した。ま、その点はちょっと意外だったし、おかげで予定をかなり早めなきゃならなかったけど、結果的には問題無しさ》
    「なぜ私が特区にいると?」
    《白猫党領内で戦っていただろ? 無論、領内の監視は行き届いてるし、騎士団が難民狩りをしてたことも把握してる。とは言え我々にとっては領民が逃げ出すのを防止するのに一役買ってたから、いつもなら放っておくところだけど、あの晩は妙なことが起こった。騎士団のトラックが横転して、兎耳の男一人に全滅させられてた。しかもその内の一人が、兎耳の方に付いて行った。そこで残った3人を捕まえて尋問したところ、君の正体と、離隊した理由が分かった。
     となればいずれ、君も行動を起こす。我々はそう予測して、君をずっと泳がせていたってわけさ》
    「Rは……拘束した3人は生きてるのか?」
    《生きてるよ。解放する気は今のところ無いけどね。
     それよりリベロの話に戻ろう。我々の計画が気に入らなかったのか、あるいは我々の操り人形であることが嫌だったのか――リベロは自殺した。とは言えあんまり我々の計画には関係無かった。我々にとって必要なのは彼本人じゃなく、彼の名前だけだからね。
     彼が死んだその事実を握るのは我々だけだし、だから生きてるってことにして、偽者を用意してごまかした。そうそう、ARRDKの人員も――もしかしたら気付いてるかも知れないけど――特区でさらって来た人間を洗脳して偽の記憶を植え付けた、ただの一般人だ。この計画は北との戦闘ほど重要じゃないし、あまりコストをかけたくなかったからね。
     そして――こっちの方がもっと重要だけど――『こいつ』の実地試験もやっておきたかった》
     その言葉と同時に、人形からにょきにょきと、金属むき出しの腕が何本も伸びる。
    《次世代型戦闘用ドローン『スケープドール714』、通称SD714だ。首都を陥落させたのも、正規軍と騎士団を壊滅させたのも、こいつの戦果さ。
     ところでエヴァンジェリン、君は映画を観る方かい? それならこうして得意になって色んな秘密をしゃべった後、そいつがどう言う行動を取るかも分かるよね?》
     腕にそれぞれ重火器が搭載されていることを確認した瞬間、エヴァは危険を察知し、その場から飛び退いた。

    緑綺星・宿命譚 4

    2022.05.08.[Edit]
    シュウの話、第72話。クーデターの真実。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 人形から唐突な真実を告げられ、エヴァは面食らっていた。「死んでいる!? 3年前にだと!?」《ああ。アドラー家から逃げ出した後、彼は我々のところに身を寄せて……いや、これも率直に言おう。我々が身柄を拘束したんだ》「白猫党か?」 エヴァのこの質問に、人形はようやく驚いた様子を見せた。《へえ? 偽装したつもりだったけど、よ...

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    シュウの話、第73話。
    次世代型戦闘兵器・SD714。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     一瞬前までエヴァが立っていた場所に無数の弾痕が刻まれ、その背後にあった執務机は木っ端微塵に破壊される。
    (回転連射砲にグレネード砲2門――一瞬でも気を抜けば、私もあの机同様に細切れにされる!)
     エヴァはSD714の集中砲火から逃げるため、側面に回り込もうとする。だがSD714は頭部をぐるんと動かし、エヴァを追尾する。
    《無駄だよ。人間の性能でこいつを上回ることは不可能だ》
     腕が一斉にエヴァを向き、起動音を立てる。
    (まずい!)
     反射的に小銃を向け、頭部――ではなく、その後ろの腕を狙って引き金を絞る。放たれた弾はグレネード砲内の、今まさに放たれようとしていたグレネードの弾頭に当たり、暴発させた。
    《うわっ!? ……あ、……あれ? 参ったな、背部攻撃システムが全部ダウンしちゃった。やるなぁ、エヴァンジェリン・アドラー。……でもまだだ。こいつの力はまだ、こんなもんじゃないよ》
     SD714の折れた腕ががちゃ、がちゃんと落とされ、別のところから腕が伸びる。その一瞬の間を突いて、エヴァは執務室から飛び出した。
    (今のは運が良かったが、あんな芸当が二度も三度もできるわけがない。正面から戦うのは愚策だ。何か方法を考えなければ……!)
     廊下を見渡し、他に敵がいないことを確認しつつ、エヴァはSD714から距離を取るべく走り出す。
    《どこまで逃げても無駄だよ》
     豪快な音を立て、執務室のドアが吹き飛ぶ。そこからSD714が飛び出し、猛然とエヴァの後を追って来る。
    「くっ……!」
     エヴァも近くの部屋のドアを蹴破り、中へと転がり込む。
    《君の動きは各種センサーとハックした官邸内の監視カメラで、ばっちり捕捉できてる。どう逃げようと、君の運命はもう決まってるんだよ》
     エヴァは背負っていたバッグから急いで予備の武器を取り出しながら、対策を練る。
    (手持ちの武器であれを破壊するのは不可能だろう。それでどうにかなるなら、共和国の兵士や騎士団員が倒せているはずだからな。
     しかし……どうやって倒す? 倒さなければ、私が生きてここを出ることも、祖父の無念を晴らすことも叶わない。当然、白猫党がここを襲ったことを公表し、奴らの不義非道を明るみに出すこともできない。何としてでも生き延びなければ……!)
     と、機械音が次第に近付いて来る。
    《やあ、エヴァンジェリン。かくれんぼはおしまいにしようよ》
     急いでバッグをひっくり返し、中から手榴弾を一つ残らず取り出す。
    (下手すれば巻き添えだが……この策しか無い!)
     SD714が壁ごとドアを壊し、部屋の中に入って来ると同時に、エヴァは手榴弾を部屋中に撒き、窓へ向かって駆け出した。
    《おいおい、まだ遊ぶのかい? 僕はもう飽き飽きだ……》
     窓から飛び出すと同時に手榴弾が一斉に爆発し――大統領官邸の一角が、SD714ごと崩れ落ちた。

    「……ふー……」
     エヴァは小銃を構え、自分が飛び出した部屋があった方角をにらみつけていたが、粉塵が収まった辺りで、ようやく構えを解いた。
    (どうにか危機は回避できたらしい。……一国も早く、共和国から脱出しなければな。できれば奴らが侵攻した証拠を集めたいところだが……)
     辺りを見回し、エヴァはため息をつく。
    (あのドローンの中の奴の話じゃ、やって来た兵士はみんな難民を洗脳しただけの木偶の坊。捕まえて尋問したところで、何の情報も持っていないだろう。周りのコンテナに入ってる武器もどうせ、刻印も製造番号も無いゴースト品だろう。……私が持って来た武器もそうだったからな。
     仕方無い。証拠集めは諦めて、脱出の方法を考えるとするか。どの道、相手もリベロだと言い張ってた人形が、ああしてスクラップになったんじゃ……)
     そこまで考えて――エヴァの背筋がぞくりと凍った。
    (……リベロの……『人形』? と言うことは……まさか)
    《ひどいことをしてくれたね、エヴァンジェリン》
     大型コンテナの扉が開き、中から声が聞こえてくる。
    《あれ一機作るのにいくらかかるか知ってるのかい? 半端な戦車より高く付く代物なんだよ? とは言え量産体制はもう整えてるから、今はもうちょっと安く済むんだけどね》
     がしゃん、がしゃんといくつもの足音を立てて、コンテナの中からぞろぞろとSD714の集団が現れる。
    「うっ……!」
    《ちなみに今回リモード共和国に持って来てるSD714は、全部で60機だ。いや、君に1機壊されちゃったから、正確には59機か。どうする、エヴァンジェリン? まだ遊ぶかい?》
     大統領官邸の正門の向こうからも、機械の足音が聞こえて来る。
    《それとももうやめにする? それならリセットボタンは自分で押してくれよ。こっちも弾がもったいないからね。
     さあ……どうする、エヴァンジェリン?》
    「くっ……」
     迫って来るSD714との距離を保ちつつも、エヴァにはもう、打開策が浮かばなかった。

    緑綺星・宿命譚 5

    2022.05.09.[Edit]
    シュウの話、第73話。次世代型戦闘兵器・SD714。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 一瞬前までエヴァが立っていた場所に無数の弾痕が刻まれ、その背後にあった執務机は木っ端微塵に破壊される。(回転連射砲にグレネード砲2門――一瞬でも気を抜けば、私もあの机同様に細切れにされる!) エヴァはSD714の集中砲火から逃げるため、側面に回り込もうとする。だがSD714は頭部をぐるんと動かし、エヴァを追尾す...

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    シュウの話、第74話。
    ミッション・インコンプリート。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     その時だった。
    《……さん! エヴァさん! 聞こえ……すか!?》
     まだ耳に付けたままだった通信機から、とぎれとぎれにラモンの声が聞こえてきた。
    《急い……陰に隠……て! 航……支援し……す!》
    「……!」
     エヴァは小銃を捨て、ばっと身を翻す。
    《おいおい、まだやる気なの?》
     一方、エヴァとラモンのやり取りに気付いていないらしいSD714は、続々と大統領官邸に進入してくる。
    (59機……コンテナから10ずつ……4つ……40……裏手……確かコンテナが1つ……多分あれで全部……今だ!)
     エヴァは官邸の生垣を突っ切り、大通りへ転がりながら、通信機に怒鳴った。
    「ラモン! 撃て! 官邸の庭だ!」
    《了解!》
     次の瞬間、どこかから風切り音が鳴る。そしてSD714が今まさに包囲しようとしていた前庭にミサイルが着弾し――SD714たちはあっけなく吹き飛ばされた。
    「うわ……っ」
     きれいに整えられていた生垣も爆炎とがれきで消し飛び、地面に倒れ伏していたエヴァに大量の粉塵と焼けた枝葉が降りかかる。
    「げほ、げほっ……、くそ……体中が……痛いな……耳もだ……」
     がらん、とエヴァの前に、リベロを模したSD714の頭が転がってくる。
    「……チッ」
     白猫党に対する忌々しい気持ちも、兄と祖父に対する憐憫の情も――そして自分の過去の過ちに対する忸怩たる思いも込めて、エヴァはその頭部を蹴っ飛ばした。
    「ラモン、今どこにいる? 急な計画変更ですまないが、来れたら迎えに来てほしい」
    《そう言うと思って、今そっちに向かってます。って言うか、でなきゃヘリで航空支援なんかできないでしょ?》
    「悪いな、助かる。ランディングゾーン(ヘリの着陸指定地点)は君が今、ミサイルを撃ち込んだ官邸前庭だ」
    《大丈夫です? 敵が集まって来るんじゃ……》
    「その点は心配いらない。敵自ら得意げにあのガラクタどもの総数を教えてくれた上、その全機が前庭に集まって来ていたのを確認している。歩兵戦力についても全員ただのエキストラ役者でしかないと、ご丁寧に教えてもらったよ。であれば地対空攻撃なんか用意しているわけが無い。仮に用意していたとしても、偽者兵士じゃ使い方も分からんだろう」
    《了解です。30秒で向かいます》
    「頼んだ」
     まもなく北東から、ヘリのローター音が聞こえてくる。到着までのわずかな時間、エヴァはあちこちで黒煙が上がる、自分が生まれ育った街の大通りを見回し、ため息をついた。
    (ARRDKは撃破したが、白猫党が背後にいるとなればバックアップ策も講じているだろう。私一人じゃ、共和国の奪還は不可能だ。
     だが、私の誇りにかけて誓おう。この国はきっといつか、必ず――私が救ってみせると)
    《まもなく到着です》
     ラモンの声とともに、ヘリが降りてくる。エヴァは焦土と化した前庭に戻り、ヘリに乗り込んだ。



     ヘリはリモード共和国を離れ、南へと向かう。
    「どこへ向かっている?」
    「……考えてないです」
     ラモンは肩をすくめ、困った顔を向けた。
    「特区に戻ると確実に白猫党に追い回されるでしょうから、反対方向に向かってるだけなんです」
    「所属不明機でトラス王国や他の先進国に乗り込めば、問答無用で撃ち落とされるだろうからな。なおさら東方面には向かえない」
    「そもそもヘリを売りさばくルートなんて知らないですし、どこに持って行けばいいやらですよ」
    「さて、どうするか……」
     やがてウォールロック山脈が眼前に現れ、二人はぼんやりとその稜線を眺めていた。と――。
    「……何か鳴ってないか?」
    「え? ……あ、僕のスマホです」
     ラモンは操縦桿を握りながらポケットを探り、スマホを取り出す。
    「げ」
     画面に視線を落とした途端に顔をしかめたラモンを見て、エヴァはその相手が誰であるかを察した。

    緑綺星・宿命譚 6

    2022.05.10.[Edit]
    シュウの話、第74話。ミッション・インコンプリート。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. その時だった。《……さん! エヴァさん! 聞こえ……すか!?》 まだ耳に付けたままだった通信機から、とぎれとぎれにラモンの声が聞こえてきた。《急い……陰に隠……て! 航……支援し……す!》「……!」 エヴァは小銃を捨て、ばっと身を翻す。《おいおい、まだやる気なの?》 一方、エヴァとラモンのやり取りに気付いていないらし...

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    シュウの話、第75話。
    ラスト・ダークナイト;その宿命のために。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    「トッドレールか?」
    「です。……もしもーし」
     電話に出た途端、あのキンキンとしたアルトの声がコクピット内に響き渡った。
    《もしもーしじゃねえよ、お前さんよぉ? なんだって白猫党のヘリなんざ奪ってやがんだ? 特区じゃ大騒ぎだぜ、『キジトラ猫獣人と真っ黒な狼獣人の二人がアジト襲った』っつって、血眼で探し回ってんぞ。俺らの寝床も引っかき回されてるしよぉ》
    「あ、えーと、そのー……」「トッドレール」
     エヴァはラモンのスマホを奪い、会話に割り込む。
    「あんた、ヘリの横流しはできるか? ヘリの売却代金は私とラモンとあんたで三等分だ。その上で150万コノンを、私の取り分から払う」
    《ああん? その声……もしかしてエヴァンジェリンか? まさかお前さんがラモンそそのかしたんじゃねえだろうな?》
    「答えろ。できるのか? できないのか?」
    《ソレが人にモノ頼む態度かよ? まあいい、ツテはある。だが特区にゃ持って来れねえやな。今ドコ飛んでんだ?》
    「えーと……ウォールロック山脈近くです。リモード共和国から南に100キロくらい」
    《じゃ、そのまま山越えろ。南側東沿いのふもとにロータスポンドって町がある。今から向こうの知り合いに電話してやっから、ソコで落ち合おうぜ》
    「助かる」
    《また後で連絡する。じゃあな》
     電話が切れ、コクピットに静寂が戻る。
    「なんか勝手に三等分されましたけど……まあ、元からタダでもらったようなもんですし、いいです、それでも」
    「悪いな」
    「じゃ、南に向かいます。ナビ頼みます」
    「ああ。ロータスポンドだったな。スマホこのまま借りるぞ」
    「どうぞ」
     スマホで付近の地図を確認しつつ、エヴァはぼそ、とつぶやいた。
    「これでとりあえず、活動資金は作れそうだな」
    「活動資金? 何のです?」
    「白猫党と戦うためのだ」
    「は?」
     ラモンの動揺が操縦桿に伝わり、ヘリがわずかに傾く。慌てた様子で戻しながら、ラモンがおうむ返しに尋ねた。
    「白猫党と戦うですって? 何言ってんですか?」
    「白猫党は私の故郷を襲い、兄と祖父を殺した相手だ。復讐するのは道理だろう? 何よりああまで卑怯千万な方法で侵略するような奴らを、許しておくわけには行かない。放っておけばさらなる非道を繰り返し、いずれ世界に害をなすだろうからな」
    「別にエヴァさんがやる必要無いじゃないですか」
     奇異なものを見るような目で、ラモンが顔を覗き込む。
    「この世界には悪い奴や嫌な奴なんて、そこら中にゴロゴロいるんですよ? どうしようもないクズだって、掃いて捨てるほどいます。そんなのを一々、たった一人で相手してたら、体が持ちませんよ。
     それに復讐だとか正義のためだとか、そんなことのために人生、使うもんじゃないです。誰もほめちゃくれないし、もちろんおカネにだってならないですし。正義の味方なんて、わざわざ現実でやる必要は無いですよ」
    「君はそうかも知れない。でも私には、それしか無い、それにしか、生きる意味が見出だせないんだ」
    「ほんっとにエヴァさんは、僕たちと違う世界を生きてる人なんですね」
     しばらく沈黙が流れ――そしてラモンもぽつぽつとした口調で、こうつぶやいた。
    「でも……まあ……カッコいいですよ。眩しい……生き方です」
    「ほめてくれてるのか?」
    「そのつもりです」
    「……ありがとう」
     そのままヘリは南へと進み――エヴァンジェリン・アドラーは央北を離れた。



     ほぼ同時刻、某所――。
    「ウソだろ……」
     真っ青になった画面を前にした彼の顔もまた、青ざめていた。冷汗を拭いながらキーボードを叩くが、何の反応も返って来ない。
    「SD714が……最新の戦闘ドローンが1機残らず全滅なんて……まさか……そんなバカな……」
     男はガタガタと椅子を鳴らし、立ち上がる。
    「これ……まずいよな。こんなのが上に知れたら、減給どころの話じゃないよ。下手したら処刑モノだ」
     男は机に置いていた財布やスマホをかき集め、その場から離れようとする。と――。
    「腕時計はいいの?」
    「へ? ……~っ!」
     振り返ったところで、机に置いていたはずの腕時計を鼻先に差し出され、男は硬直する。
    「か……かかか……閣下!?」
    「全て見ていた」
    「そ……そう……です……か」
    「被害額は90億クラムと言ったところ?」
    「う……」
     男はその場に座り込み、頭を床にこすりつけて謝った。
    「申し訳ありません! とんでもないことになってしまい、本当に、あの……」「構わない」「……え?」
     顔を上げたところで、閣下と呼ばれたその短耳はくる、と背を向ける。
    「SD計画とMPS計画のデータは十分取れたと言っていい。費用対効果は十分。リモード共和国も手中に収めた。今、新たなリベロ役を手配している。損害も補填の目処が立っている。今作戦は万事において問題無しと判断。あなたはまだ有用。処刑の必要無し。席に戻って。以上」
    「……はい、閣下」
     男が腕時計を受け取り、そろそろと席に戻ったところで、「閣下」は淡々とした口ぶりでこう続けた。
    「エヴァンジェリン・アドラー。彼女は我々の脅威足りうる。彼女を探し出し、抹殺しなければならない。情報があれば速やかに知らせること。以上」

    緑綺星・宿命譚 7

    2022.05.11.[Edit]
    シュウの話、第75話。ラスト・ダークナイト;その宿命のために。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「トッドレールか?」「です。……もしもーし」 電話に出た途端、あのキンキンとしたアルトの声がコクピット内に響き渡った。《もしもーしじゃねえよ、お前さんよぉ? なんだって白猫党のヘリなんざ奪ってやがんだ? 特区じゃ大騒ぎだぜ、『キジトラ猫獣人と真っ黒な狼獣人の二人がアジト襲った』っつって、血眼で探し...

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    シュウの話、第76話。
    シュウ・メイスンのターニングポイント。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
    「まあ、その、なんだ。またお達しがあったわけだが」
    「奇遇ですねー。わたしにもありましたよー」
     セーフエリアにて、シュウとカニートがまた、二人きりで話し合っていた。
    「わたしの方から先にお話した方がいいですかー?」
    「……だろうな」
    「じゃ、まずコレを」
     そう前置きし、シュウは自分のスマホに送られてきた文面を見せた。
    「トラス王立大学からの正式な返答文です。『エクスプローラ社よりシュウ・メイスン君および当校に対して損害賠償請求があったことを受け事実調査を行ったところ、インターン契約に関し、エクスプローラ社による重大な違反が判明した。この件は裁判所を通じて異議申し立てを行い、公正かつ厳正な判断がなされた後、しかるべき対応を執ることとする』、……ですって」
    「お粗末な話だよな。偉そうに賠償求めておいて、実は自分たちの側が約束破ってたって言うんだから」
     シュウが伝えた通り、王立大学の調査によりエクスプローラ社は、インターン契約に関する違反を犯していたことが判明した。契約上、インターン生はトラス王国首都、イーストフィールド市内でのみ作業補助を行うことが定められていたのだが――。
    「わたし市内どころか、今まさに特区にいますもんね。その上、リモード共和国とかにも行っちゃってますし」
    「だよな……」
    「あと、『適切な報酬を支払うコト』って契約に含まれてたんですが、コレもちゃんと支払われてなかったみたいですね。わたしだけじゃなく、他のインターン生にも」
    「ああ」
    「ソレどころか『逆らうと大学にマイナス評価を送るぞ』っておどして、結構ひどいコトしてたって……」「もういい。分かった。こないだのことは悪かった。謝る。俺の負けだよ」
     額を押さえたカニートに、シュウは肩をすくめて返した。
    「厳密にはエクスプローラ社の負けですね。でも昨日の今日で、よく大学側もこんなに早く調査できましたよね」
    「機を伺ってたって感じがするな。いずれ大々的に責め立てるつもりだったんだろう。エクスプローラ社はしてやられたってところだろうな。
     この件はかなり大事になるだろう。王国におけるメジャー三大紙のスキャンダルだからな。もしかしたら俺の今後にも響くかも知れん」
    「ソレでいっそ辞めちゃおうって考えてたり?」
     シュウの指摘に、カニートは苦笑いで返した。
    「まだそこまでは考えてないさ。……とは言え、いつかフリーになって世界中を取材して回りたいって夢はあるからな。今後の会社の展開次第じゃ、その予定を早めるかも」
    「わたしもやってみたいですねー、フリージャーナリスト」
    「お前はちょっと方向性が違うかもな」
     そう言われて、シュウは面食らう。
    「わたし、向いてないですか?」
    「もっといい道があるってことだ。お前は文章だけで食ってくには、キャラが立ちすぎてるよ。お前はもっと自由に、やりたいことを存分にやりまくれ。それが一番、お前向きだよ」



    「……ってアドバイスされたんで、今はこうしてチャンネル作ってクラウダーでやりたい放題やってるってワケですねー。バッチリ収益化もしてるんでそこそこ稼げてるんですよね、今」
    「ソレはどーでもいーぜ」
     話を聴き終えた一聖が突っ込む。
    「んで? なんでエヴァの話題、取り扱わなくなったんだ?」
    「リモード共和国の新政府が、エヴァを指名手配しちゃったからです。『リベロ・アドラー暫定大統領の命を狙ったテロリスト』だって。完全フリーのわたしでも、流石に軍事政権の指名手配犯を擁護するのはコワいので」
    「友達だっつってたのにか?」
    「その友達も、いきなり何も言わずにわたしの前から姿消しちゃいましたからね。ソレなのにわたしばっかり頑張って持ち上げるって言うのも、なーんかハラ立って来ちゃって」
    「ま、気持ちは分かる」
     と、そこへ天狐が慌てた様子で現れた。
    「お前ら、こっち来い! ニュースで速報出てるぞ!」
    「速報?」
    「金火狐総帥が会見する! 今日の件でだ!」
    「え……!?」
     シュウと一聖は顔を見合わせ、揃ってリビングへ駆け出した。

    緑綺星・宿命譚 8

    2022.05.12.[Edit]
    シュウの話、第76話。シュウ・メイスンのターニングポイント。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8.「まあ、その、なんだ。またお達しがあったわけだが」「奇遇ですねー。わたしにもありましたよー」 セーフエリアにて、シュウとカニートがまた、二人きりで話し合っていた。「わたしの方から先にお話した方がいいですかー?」「……だろうな」「じゃ、まずコレを」 そう前置きし、シュウは自分のスマホに送られてきた文面...

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    シュウの話、第77話。
    広がる闇。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
     シュウたちがリビングに入ると同時に、一行テロップが表示されていたテレビ画面は、金火狐総帥シラクゾ・ゴールドマンのバストアップに切り替わった。
    《本日報告された飛翔体によるテロ攻撃に関し、公安局に犯行声明が送られました。現在公安局にて大々的な捜査が進められている犯罪組織『ネオクラウン』からのものと思われます》
    「なんやて!?」
     先にテレビにかじりついていたジャンニが、憤った声を上げる。
    《声明によれば、今回のテロ攻撃は前述した公安局の捜査に対する抗議・報復行動によるものであるとのことです。これに対し我々金火狐財団は市民の安全、市国の公益を第一に考え、かつ、市国における不当な暴力を一切許容しないとする従来よりの姿勢を崩すことなく、断固として戦うことをここに宣言します》
    「何言うてんねん、こいつ。今までずっと逃げ回っとったクセして」
    「クソ、やられたな」
     ジャンニが呆れた表情を浮かべる一方で、天狐はあごに手を当ててうめいている。
    「恐らく白猫党からコイツに、内々で打診があったんだ。筋書きはこうだろう。『仮想敵を作ってやるから話を合わせとけ』とか何とかな」
    「仮想敵ってつまり、ネオクラウンか」
     一聖も同様に顔をしかめつつ、天狐と検討を重ねる。
    「そうだ。この流れになれば、『市国で起こってる問題は全部ネオクラウンのせい』ってスキームができる」
    「なるほどな。そして金火狐総帥自ら『ネオクラウンと戦う』と公言したコトで、コイツは疑惑の人物一歩手前の立場から一転、市国のヒーローに大変身だ」
    「自分への嫌疑を回避できるどころか、公安局も監査局ももうコレで、公にはシラクゾの捜査ができなくなる。してると分かりゃ、逆にシラクゾとその取り巻きから批難されちまうだろう。『あのヒーローを疑うのか』ってな」
    「公安と監査さえ黙らせりゃ、後は好き放題だ。カネもモノも『ネオクラウンと戦うため』の一言で用意できちまうってコトだ。実態がどうあろうとな」
     二人の話を聞いていたジャンニの顔に、次第に朱が指していく。
    「んなアホな! ほんなら何やな、白猫党に横流ししても『ネオクラウンと戦うためやねん』で済ましてしまえるっちゅうんか!?」
     怒りをあらわにするジャンニに、天狐と一聖は揃ってうなずいた。
    「そうなる。何だかんだソレらしい言い訳付けてな」
    「恐らくは元々から、そう言うシナリオを作ってたんだろう。いずれシラクゾにこう宣言させて、ココまでコソコソやってきた白猫党への支援を本格化、かつ、正当化させるつもりだったんだろう」
    「つまりお前さんのヒーロー活動――スチール・フォックスの存在があろうと無かろうと、何一つ想定外は無かったってコトだろう、な」
    「ウソやろ……!?」
     ジャンニは怒りに満ちた表情で、その場に立ち尽くしていた。
    「ほな何やねん……俺……何のために……今まで……」
     そのやるせない言葉に答えられる者はおらず、リビングにはテレビの声だけが流れ続けていた。

     と――そこでぺこん、とシュウのスマホが鳴る。
    「あ、ごめんなさい」
     何故か謝ってから、シュウがスマホを見る。
    「……え?」
     見るなり目を丸くし、シュウは一聖の肩をぺちぺち叩いた。
    「カズちゃんカズちゃんカズちゃん、大変です!」
    「痛ぇよ! 何がだよ?」
    「えっとですね、あの、エヴァから、メッセージが」
     しどろもどろに説明しつつ、シュウはスマホを一聖に見せた。
    「ん?」
     シュウのスマホには、こう表示されていた。



    「差出人 エヴァ
     件名 突然ごめん

     急いで伝えてほしいことがある。この動画を見たらすぐ、君のチャンネルで流してくれ。これをすぐ世間に伝えないと、世界は白猫党に支配されてしまうかも知れない。
     白猫党は難民特区を狙っている」


    緑綺星・宿命譚 終

    緑綺星・宿命譚 9

    2022.05.13.[Edit]
    シュウの話、第77話。広がる闇。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. シュウたちがリビングに入ると同時に、一行テロップが表示されていたテレビ画面は、金火狐総帥シラクゾ・ゴールドマンのバストアップに切り替わった。《本日報告された飛翔体によるテロ攻撃に関し、公安局に犯行声明が送られました。現在公安局にて大々的な捜査が進められている犯罪組織『ネオクラウン』からのものと思われます》「なんやて!?」 ...

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