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緑綺星 第3部


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    シュウの話、第78話。
    薄暗い街の片隅で。

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    1.
     時は双月暦506年。

     夜道を駆ける、三毛耳の猫獣人の少女がいた。
     名を、晴奈と言う。
     央南地方で名を馳せる大商家の令嬢であったが、先刻その身分を自ら捨ててきた。
     彼女には志ができたからだ――「あの人のように、強い剣士になりたい」と。

     元々、彼女は何不自由なく育てられていた、箱入り娘であった。ゆくゆくは婿を取らせて家を継がせようと、親が決めていたのだ。
     だが晴奈には、それが何よりの不満になっていた。彼女は物心ついた時から、「自分の人生は自分で決める」「親でも自分を縛れない」と考えるようになっていた。
     そして今日、晴奈はある者との出会いで、その思いをより明確で、具体的なものにしたのだ。
     その結果として今、晴奈は夜道をひた走っていた。「その人」に、もう一度会うため。そして新たに抱いた彼女の志を、全うするために。

     彼女こそ、後に「蒼天剣」の異名を取った女武芸者、セイナ・コウ(黄晴奈)である。
     これより、その物語を――彼女が志を抱き、央南に一大勢力を築く剣術一派、焔流に入門するところから――




    「おい、そのテレビ換えろ! チャンネル換えろ!」
    「え? あ、は、はい!」
     いかにも柄の悪そうな男に怒鳴られ、気の弱そうな店主が慌ててリモコンを操作する。
    「な、何にしますか?」
    「あ? んなもんお前が気ぃ効かせろや! なんでもかんでも聞いてくんじゃねえ!」
    「はっ、はい!」
     テレビの画面が大河ドラマから、いかにも頭の悪そうな芸人がひな壇に並ぶバラエティ番組に切り替わる。司会者がゲラゲラ笑いながら彼らを罵倒している様子を見て、男はようやく満足げな顔をした。
    「……ったく、とりあえずキレイなオンナ出しとけばいいやみてえなクソドラマなんか流してんじゃねえよ。ハラ立つんだよ、クソが」
    「す、すみません」
    「大体メシが出てくんのも遅えし、脂っこいだけでクソまずいし、流してるテレビ番組もセンス悪いしよ、やっぱお前畳めよ、この店よぉ?」
    「い、いやー、その……」
    「なっ? そうしろよ? そっちの方がいいって。この辺駐車場も無えし、みんな喜ぶぜ、な? どうせお前の店なんて誰も来やしねえんだからよ」
    「そ、その……あの……」
     困り果てた顔をする店主に料理が残っていた皿を投げつけ、男は立ち上がる。
    「あー、胸クソ悪い。もう帰るわ。明日には書類もまとめとけよ。じゃーな」
    「え、あの、お、お、お代……」
     店主が申し訳無さそうに尋ねた時には、既に男は店を後にしていた。

     男は我が物顔で薄暗い路地をのしのしと歩き、やがてぴた、と立ち止まる。
    「うー……トイレ、トイレ、……チッ、無さそうだな。いいや、あの電柱で」
     電柱の前でズボンのジッパーを下ろし、男は用を足そうとする。
    「トイレもねえし……駐車場もねえし……アレだ、アレ、……えーと、ナントカのアレ、……都市整備ってもんがよ……」
     と――背後からじゃり、じゃりと足音が聞こえ、男は猪首を回して背後を確認しようとする。
    「何だよ、見てんじゃ……」
     威嚇じみた声を上げかけたが――その時には既に、男の首は地面に転がっていた。
    「……もしもし」
     男の背後に立っていた何者かが、長い耳に手を当ててぼそぼそとしゃべる。
    「終わったよ。後片付け、頼んどいて」
     刀を振り、滴っていた血を払って、彼は襟口に刀をしまい込んだ。
    緑綺星・奇家譚 1
    »»  2023.01.24.
    シュウの話、第79話。
    少年と母親、暗殺者と代理人。

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    2.
     カチカチとコントローラの音が響く部屋に、虎耳の女性が入って来る。
    「振り込まれたわよ、報酬」
    「……」
     声をかけられ、モニタの前で黙々とゲームをプレイしていた長耳の少年は、イヤホンを外して虎耳の方に振り向く。
    「いくら?」
    「16万8千玄。ま、そんなもんって感じかしらね」
    「安いね」
     会話を交わしつつも、彼の手はせわしなくコントローラを操作し続けている。
    「一国の首脳ならともかく、町の嫌われ者程度じゃね。ソレでも今回のターゲットが死んだコトで、あの辺りの中小企業だとか個人経営店はホッとしてんじゃないかしら。かなりアコギな地上げを繰り返してたみたいだし……」「話はそれだけ?」
     虎耳に背を向け、彼はまたゲームに没頭しようとする。が――。
    「……あ」
     モニタには試合結果が映されており、どうやら彼の勝利を知らせているらしかった。
    「相変わらずの腕前ね。今の今まであたしと話してたのに」
    「ポイントを押さえれば楽勝だよ」
    「って言われても、あたしにはピンと来ないわ。そーゆーのってリアルタイムで状況が変化するもんじゃないの? オンライン対戦でしょ?」
    「誰にだって攻めるぞってタイミングがあるから、相手のそれをかわせば絶対にやられない。逆にそのタイミングを外したとこで襲えば、簡単に倒せる」
    「ゆうべの依頼みたいに?」
     そう問われ、少年は首を横に振った。
    「あれはもっと簡単。相手は完全に別のことに気を取られてたもん。あれじゃ『どうぞ襲って下さい』って言ってるようなもんだよ」
    「ソレで実際に襲えるのはアンタだけよ。……っと、ゴメンね」
     虎耳がポケットからスマホを取り出し、画面を確認したところで、少年はもう一度イヤホンを付けようとしたが、虎耳が「海斗」と彼の名前を呼んだ。
    「なに?」
    「次の仕事の準備しといて」
    「……立て続けだね」
     コントローラを置き、海斗は虎耳にもう一度向き直った。
    「アンタの仕事っぷりが気に入ったみたいよ」
    「そう」
     海斗はゲームの電源を落とし、壁に立てかけていた刀を手に取った。
    「昼間は素振りやめときなさいよ」
    「大丈夫だよ、七瀬さん」
     海斗はにぃ、と薄く笑って返す。
    「誰にも気付かせないことに関しては、僕は誰よりも上手いから」
     海斗が部屋を出たところで、七瀬はスマホをタップし、メールの文面を確認した。
    「……『詳細については直接会ってお話したく存じます』、か。海斗が戻って来るのが2時間くらい後だから、十分間に合うわね」



     七瀬が近所の喫茶店に到着したところ、取引相手の短耳が遠慮がちな仕草で手を挙げるのが確認できた。
    「あ、どうも……橘さん。ここです」
    「どーも」
     相手の対面に着き、七瀬はにこっと会釈しておく。
    「昨日の今日ですぐに次のご依頼ですか。よほど切羽詰まっているか、あるいは、よほどこちらの腕を買っているか、……と言ったところでしょうか」
    「どちらもです」
    「それはどーも」
     もう一度、にこっと会釈して、七瀬はかばんからファイルを取り出した。
    「その切羽詰まった事情と言うのは、もしかしてこちらの件でしょうか?」
    「……っ」
     ファイルにとじられていたとある工事計画の書類を見て、相手の顔がこわばる。
    「あの、それは」「高山さん」
     三度会釈してから、七瀬はこう続けた。
    「私どもの鉄則は『目鼻と頭を利かせろ』――どんな情報でも逃さず集め、それが何を意味するかを推測・推察する。でなければこの業界では生き残れませんから」
    「……このファイル、脅しの材料にするおつもりですか」
    「いいえ」
     ファイルを手元に寄せ、七瀬は首を横に振る。
    「その点はご心配なく。私どもの仕事はあくまでも『受注』であり、『自社生産』はしておりませんから」
    「は、はあ……」
    「それよりも私どもにとって重要なのは、あなた方と『篠雲会』にどんなつながりがあるのか。そしてあなた方が何故彼らを消そうとしているのか。それを把握しておかなければ、私どもも危険にさらされかねません。
     どうぞ、包み隠さずお話しください」
    「……はい」
     七瀬の圧力に屈したらしく、高山は小さくうなずいた。
    緑綺星・奇家譚 2
    »»  2023.01.25.
    シュウの話、第80話。
    鉄道計画裏事情。

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    3.
    「そこまでお調べしていると言うことは、その……、私の素性もご存知なんでしょうね」
     恐る恐ると言った口ぶりで尋ねる高山に、七瀬も小さくうなずいて返した。
    「黄グループ都市開発部門鉄道事業部の偉い方、と言うところまで。無論、本名も存じていますが、それをわざわざ今ここで言及する必要性はありませんから、今後も『高山さん』と呼ばせていただきます」
    「は、はい」
    「3週間前、私どもはあなたから一度目の依頼を受けました。非合法な土地ブローカーを排除してほしいとのご依頼でしたね。そして先週の二度目の依頼ですが、こちらは前述したブローカーの共同経営者。そして昨日のご依頼で排除した人物は、その両者に土地を転売していた業者の一人であったことが、私どもの調査により判明しております。
     そして今回以降の依頼ですが――最終的には恐らく、この人物が標的ではないかと推察しています」
     七瀬はファイルをめくり、いかにも裏社会に通じていそうな、趣味の悪いスーツの男が写った写真を示した。
    「日吉先太郎――表向きは央南中西部の不動産を手掛ける実業家ですが、裏の顔は篠雲会幹部の一人。これまでの三度の依頼で排除した人物たちに資金と情報を提供していた張本人でもあります。
     そして彼が現在密かに進めている不動産買収計画ですが、このほとんどが、あなた方が計画している新線敷設候補地と重複していることを考えると……」
    「ええ、お察しの通りです」
     高山は一際渋い顔をして、こくりとうなずく。
    「篠雲会はこれまでにも我々の――都市開発部門の事業計画に関わっており、事実として、弊社の成長に少なからず寄与してきました。彼らがいなければ、今日の弊社は無かったとも言えます」
    「でしょうね。前世紀の状況で央南全域にわたる鉄道網を敷設しようにも、当時の黄家や央南連合の力だけでは到底、実現は叶わなかったでしょうから」
    「ですが時代は変わりました。私の前任の代まで続いてきた関係を今後も維持することは、もはや弊社にとっても、そして社会にとっても害にしかなりません」
    「ですから『この私が正義を示す』、……などと仰るつもりですか?」
     薄く笑いながらそう尋ねた七瀬に、高山は首を横に振って返す。
    「そんな偽善を言っても、本意は十分ご存知でしょうからね……。ええ、理想論だけの話ではありません。先程あなたが言及した新線敷設計画、これにも篠雲会は介入しようとしており、彼らは既に我々が買収しようと考えていた土地を先んじて取得しています。遠からず、彼らはこの土地を――買値の何倍もの額で――売りつけるつもりでしょう。
     無論、社内では応じるべきではない、断固として関係を断つべきと言う意見も多数ありましたが、相手は反社会的組織、いわゆる暴力団です。うかつに手を切るような姿勢を見せれば、どんな報復に出るか分かりません」
    「と言って既に計画の変更も中止も困難な段階にあり、このままでは言うなりになるしかない。そこでいっそ強硬策を講じ、彼らを『物理的に』排除してしまおう、と」
    「ええ」
    「そう言ったお心積もりでしたら、進捗状況に大きな問題がありますね」
     そう返して、七瀬はファイルを閉じる。
    「これまでに排除した相手はいずれも小物です。この程度の相手を何人排除しても、相手の計画を阻止することは不可能でしょう」
    「で、ではあなたは、直に日吉を狙えと?」
    「できれば初手でそれを依頼していただければ、非常に助かりました。相手が警戒していない内に行動すれば、リスクも少なかったのですから。しかしこの3件で、相手は確実に警戒しています。警戒されればされるほど排除が困難になるのは、当然の理屈でしょう?」
    「ふ、ふむ、そう、ですね」
     やんわりと叱咤され苦い顔をする高山に、七瀬が畳み掛ける。
    「この期に及んで小物ばかり狙っていては、そう遠くない内、相手はあなた方が黒幕、依頼者であると断定するでしょう。そうなれば危険は現場担当だけではなく、あなた方にも及びます」
    「う……」
    「恐らくこれまでの3件はトライアル(性能試験)のつもりも含まれていたのでしょうが、もう結果は出ているはずですし、これ以上は不要かと。『本番』に進みましょう」
    「……そ、そうですね」
     高山は額に浮いた汗をぬぐい、小さくうなずいた。
    「では……排除を、日吉の排除を、お願いします。報酬はこれまでの3倍、いや、5倍の80万玄でいかがでしょう?」
    「8倍、130万玄を要求します。先程も申し上げた通り、状況は緊迫化していますから。『急場は割増』がこの業界の鉄則です。とは言え雑魚10名を排除するよりは安上がりでしょう?」
    「……承知しました。その条件で、よろしくお願いします」
    緑綺星・奇家譚 3
    »»  2023.01.26.
    シュウの話、第81話。
    橘家の食卓。

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    4.
     七瀬の予想に反して――彼女が「商談」している間に、海斗は家に戻って来ていた。
    「ただいま。……いないの、七瀬さん?」
     汗を拭きながら家の中をうろついていると――。
    「あたしはいるけどね。おかえり、海斗」
    「あ、美園。いたの」
     そっけなく返事した途端、居間から虎耳の娘がぴょこんと顔を出した。
    「ママじゃなくて不満? このマザコン」
    「そんなんじゃないって」
     海斗は肩をすくめながら、自分の部屋に刀を投げ込む。
    「七瀬さんはさっきまでいたし、美園はさっきまでいなかったじゃん」
    「さっき『商談してる』ってTtT来たよ。海斗のスマホには入ってないの?」
    「ん……」
     言われて海斗は、自分のスマホを取り出して「あ」と声を上げる。
    「見てなかった」
    「アンタ、スマホはアクセサリじゃないのよ? ……って何回も言われてるじゃん」
    「うるさいなぁ……」
    「ソレより海斗、お腹空いてない?」
     美園に尋ねられ、海斗は自分の腹に手を当てる。
    「うーん……空いてるかも」
    「じゃ、何か簡単なの作るわね。一人分だけって作んのダルいしさ」
    「ありがと」
     手をぺら、と振り、部屋に引っ込もうとしたところで、美園が「ちょっとアンタ」と声をかける。
    「手伝いなさいよ。人にご飯作らせといて、自分はゲームするワケ?」
    「……分かったよ。何すればいい?」
    「粉測ってふるい掛けて。300グラム」
    「ん」
     二人並んで台所に立ち、料理を始める。
    「また素振り?」
    「うん」
     取り留めのない会話を交わしつつ、小麦粉と水、卵を混ぜ、生地を作る。
    「キャベツ入れる?」
    「流石に粉と卵だけじゃ食べた気になんなくない?」
    「だよね」
    「あ、キャベツって言えばさ、今日学校でスミのヤツが持って来た弁当、中身全部キャベツだったんだよね。ご飯も無しでマジでキャベツだけしか入ってないの。ダイエットしてるって言ったけどさ、案の定5限終わってすぐ『おやつ無い?』って。結局食べてんじゃんって」
    「……ふふ」
     美園が生地を焼いている間に、海斗は皿とソースを取り出す。
    「楽しそうだね、相変わらず」
    「まーね。……ねえ、海斗」
     出来上がった粉焼きを皿に載せながら、美園が神妙な顔で尋ねる。
    「やっぱ学校行きたいんじゃないの?」
    「……いいよ、別に。行ってもあんまり楽しくなさそうだし」
    「楽しいって。……いや、ま、アンタがガチ陰キャであたしたち以外と話すの大嫌いだってのは知ってるけどさ、でも『仕事』以外はずーっと素振りするかゲームするかじゃん」
    「僕にはそれが楽しいんだよ」
    「……ん、まあ、うん。アンタがソレでいいなら、……まあ」
     冷蔵庫からペットボトルを取り出しながら、美園は話を続ける。
    「でも将来の不安とか無いの? 今どき学歴ナシってヤバいと思うんだけど」
    「ウラじゃあんまり関係ないもん」
    「オモテでだって生活があるじゃん」
    「適当にごまかすよ。みんな学歴書いたボードを首から提げなきゃいけないわけじゃないし、偉そうにしてたらみんな、『ふーん、そう言うタイプか』って勝手に勘違いしてくれるよ」
    「……んもー、あー言えばこー言う。んなトコわざわざ似なくていいのに」
    「ここで暮らしてたらそうなるよ」
     と――玄関から、「ただいまー」と声が飛んで来る。
    「おかえりー」
     二人揃って応じたところで、七瀬が「あれ?」と返してきた。
    「なんか焼いてる?」
    「小腹空いたから粉焼き作ってた」
    「いーなー」
    「多分そー言うだろーなーって思って、ママの分も生地作ってるよ。ね、海斗」
    「うん」
     買い物袋を提げて台所に入って来た七瀬は、嬉しそうに尻尾を揺らした。
    「やった! スーパーでコロッケおやつにしよーかどーしよっかって悩んでたけど、買わなくて正解だったわ。すぐしまうから一緒に食べよ」
    「手伝うよ、七瀬さん」
    「ありがと」
     二人で買い物袋の中身を冷蔵庫に入れている間に、美園が3枚目の粉焼きを焼き始める。
    「先に二人で食べてて」
    「ありがとね、美園」
    「じゃ、いただきます」
     海斗と七瀬は同時にテーブルに着き、揃って合掌した。
    緑綺星・奇家譚 4
    »»  2023.01.27.
    シュウの話、第82話。
    宿題と予習。

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    5.
     例に漏れず虎獣人の七瀬・美園母娘も大食な性質であり、皿いっぱいに盛られた粉焼きをぺろりと平らげた後、そのまま台所に立って夕食を作り始めた。
    「僕はいいよ」
     海斗はそう言ったものの、七瀬は「なに言ってんの」と返してくる。
    「アンタまだ14歳なんだから、いっぱい食べないと成長しないわよ」
    「そんなに食べらんないよ」
    「食べ切れなかったらまたあたし食べたげるって」
     そう言いつつ、自分の分の粉焼きを食べ終えた美園も台所に向かおうとする。
    「あ、いーわよ。宿題でもやってなさい」
    「ありがと、ママ。……んじゃ海斗も手伝ってよ」
    「僕まだ食べてるじゃん」
    「食べ終わってからでいーよ。んじゃ」
     ぺらぺらと手を振りながら美園が居間を出ようとしたところで、七瀬が背を向けたまま、海斗に話しかけてきた。
    「あ、そうそう。明日からあたしと海斗、玄州に行くわよ。予定は1週間ってトコかしら」
    「仕事?」
     ドアに手をかけていた美園が振り返ったところで、七瀬も振り向く。
    「ええ。明日は朝から高速で行くつもりしてるから、今日は早めに寝てよ、海斗」
    「分かった」
    「ご飯は買い置きしてる?」
    「そのつもりでスーパー行ったから、冷蔵庫ん中パンパンにしてるわよ。一応おカネも置いとくけど、無駄遣いしちゃダメよ」
    「ありがと。んじゃ、宿題やってくるねー」
     美園が自分の部屋に向かい、二人になったところで、海斗が「かばん見ていい?」と七瀬に声をかけた。
    「資料? いーわよ。茶色の方に入ってるわ」
    「うん」
     居間に放り出したままだった七瀬のかばんからファイルを取り出し、箸を片手にぺら、ぺらとめくりながら、淡々と質問する。
    「相手はこの日吉って人?」
    「ええ。連合広域指定暴力団、篠雲会系の下部組織、日吉組3代目組長。ぶっちゃけヤクザの親分ね」
    「この人の家、かなり大きいね。大物なの?」
    「篠雲会の中でもビッグ3って呼ばれるクラスの大物よ。日吉が経営してる不動産会社は篠雲会の主要資金源になってるし、その私邸では色んな裏取引やギャンブルが行われてて、裏の世界じゃ『闇の大富豪』って呼ばれてるくらいよ」
    「じゃあ、警備は厳重そうだね」
    「加えてここ数週間、手下が立て続けに殺されたせいで――あたしたちの請けた依頼ね――相手は確実に警戒してるわ。正面切って殴り込みなんて、まず不可能よ」
    「って、みんな思ってるだろうね」
     ようやく粉焼きをさらい終えた海斗が、台所に皿を持って来る。
    「七瀬さんの『鉄則』にもあるよね。『敵が最も意外と思うところを突け』って」
    「そりゃ言ったけど、常識的に考えたら死にに行くようなもんよ。勝算はあるの?」
    「相手の装備次第。調べてある?」
    「一応当たってみたわ。で、この数日、非正規ルートで武器弾薬が玄州の、日吉邸周辺に運ばれたって情報をキャッチしてる。ほとんどが拳銃とスタンガンだけど、PDWやショットガンなんかもあるわね」
    「刀剣類は?」
    「無かったわ。元々日吉邸か、組の方にストックしてあるのかも」
    「調べられる?」
    「流石にヤクザの武器在庫管理情報までつかめないわよ……。そっちは期待しないで」
    「まあ、知らなくても何とかなるかな。日吉邸の見取り図は……これ?」
    「2枚あるわ。片方は本邸で、もう片方は私邸につながってる私設カジノよ。でも流石に厳戒態勢の中、カジノは開いてないでしょうけどね。今晩中に調べとくわ」
    「ちゃんと寝てよ?」
    「分かってるわよ。現場到着前に事故なんて、面倒になるだけだし。9時には寝るわ」
    「じゃ、僕も七瀬さんが寝るまでに計画練っとく」
    「分かったわ。……じゃ、ご飯は早めに出しちゃった方がいいわね。6時半くらいに食べちゃって、ソレから会議しましょ」
    「分かった。……やっぱりあんまり食べられそうにないな。さっきので結構お腹いっぱいなんだよね」
    「そんじゃ軽めに盛ったげるわね」
    「うん」



     何気ない日常と、殺伐とした非日常が渾然と混ざったこの奇妙な一家――この時まだ、彼らは自分たちがとてつもなく巨大な運命に飲み込まれることなど、微塵も想像していなかった。

    緑綺星・奇家譚 終
    緑綺星・奇家譚 5
    »»  2023.01.28.
    シュウの話、第83話。
    征服の代償。

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    1.
     白猫党の内戦に端を発した「長い7世紀」は、央南にとっても長きにわたって暗い影を落とした、不遇の世紀であった。

     白猫党の介入と工作により東部3州が離反し、破綻をきたした央南連合は、ふたたび東部を編入し再統一を果たすべく画策したものの、東部側はその要求を頑として聞き入れなかった。それでもなお統一を目論む西部側は黄家をはじめとする西部の有力者たちを後ろ盾にして挙兵し、東部地域へと攻め込んだのである。
     資金力でも兵力でも、そして物量においても、あらゆる面で劣る東部にこれを撃退できる力は無く、緒戦はいいように蹴散らされることとなったが、追い詰められた彼らは諸刃の剣とも言える手段に打って出た。本拠地の内紛によりせっかく央南から引き上げた白猫党に、自分たちの方から接触したのである。
     白猫党はこの時点で既に南北両党の内戦の末、休戦状態に入っていたが、ふたたび戦闘を再開しようと目論んでいた北側の社会白猫党はこの時、戦費調達に躍起になっており、「自分たちの軍が十分な戦果を挙げられることを証明すれば調達も容易になる」と考え、この戦争に参戦した。

     この介入により戦争が東部有利で早期に終結すると予測した楽天家もいたが、結果としてこれは、かえって激化と東部の敗勢を招く一因となった。
     社会白猫党にとっては央南の平和など全く眼中になく、むしろこの戦場は、自身が有する兵器の威力を披露する「演習場」でしかない。当然、東部民が求めている以上の活躍を――言い換えれば必要以上の殺戮を西部地域で繰り広げた挙句、よりによって支援相手であるはずの東部でも戦闘を始めてしまったのである。
     さらには無責任なことに――とは言え央南にとっては不幸中の幸いと言うべきか――央南の地を散々荒らし回った社会白猫党は本土での戦争が再開された途端、何の補償も謝罪もせずに引き上げてしまい、後には荒廃した土地が残るばかりとなった。

     東西どちら側も荒れ果て、もはや戦争どころではなくなったこの状況でいち早く行動を起こしたのは、やはり黄家だった。
     彼らはまだ潤沢に残っていた資産を元手に巨大な鉄道網を西部全域に形成し、続いて東部への延伸計画を発表・打診した。当然、東部民にとっては侵略した相手が提示した事業計画であり、何より黄家によって交通・流通が統制されてしまう危険性から、簡単に受け入れようとはしなかったが、事実として鉄道計画の実施・開業後の経済成長は極めて大きなものであったために、荒廃と貧困からの脱却を願う東部は、この計画を認めるしかなかった。
     こうして7世紀の終わり頃、黄家は――そして完全に彼らに牛耳られることとなった央南連合は東部の支配に成功し、紅州を除く央南全域を再び領土に収めたのである。

     しかしこの栄華と引き換えに、黄家は新たな負債を抱えることとなった。鉄道網形成のために多くの土地を獲得するには、真正面からの交渉や買収だけでは不足であった。そこで黄家は在野の武力組織――いわゆる暴力団の類と接触し、彼らに土地買収の「仲介」を依頼したのである。
     その結果、黄家が当初予定していたよりもかなり早くに鉄道計画が進行し、前述の覇権を7世紀中に握ることができたのだが、一方で彼ら暴力団とのつながりは、次第に黄家の障害となっていった。この裏取引で味を占めた彼らが、今度は黄家にたかり始めたのである。もちろん黄家は表面上、体面上は央南連合に働きかけて摘発・鎮圧を行いはしたものの、暴力団側から「これまでの関係を明るみに出す」とおどされては、その矛をまともに向けることはできない。
     結局あらゆる試みが功を奏さないまま、双月暦717年の現在に至るまで、黄家は暴力団らを撲滅させることができず、彼らは事実上野放しになっていた。



     玄州、中宮市郊外――ここにその暴力団の一つ、篠雲会の幹部である日吉先太郎の私邸があった。
    「本日も異常ありませんでした」
    「そうか」
     仏頂面で部下の報告を聞き終えた日吉は、そこで葉巻をくわえた。
    「それで?」
    「え……?」
     目も合わさず、葉巻の先を眺めながら尋ねた日吉に、部下は表情をこわばらせつつも、何も答えることができない。日吉はぎりっと葉巻の端を噛みちぎり、火を点けて一吸いして、ようやく言葉を続けた。
    「『厳戒態勢に入って4日、今日も何も起こらず平和でした』、と。そりゃいい、何よりだ。で、明日の報告は『厳戒態勢に入って5日、何も起こらず平和でした』、ってか?」
     日吉は火の付いたままの葉巻を突然、部下の顔に投げつけた。
    「あづっ!?」
    「てめえはロボットかよ!? 昨日、一昨日と一言一句同じこと言いやがって! 毎日まったく同じルート巡回して同じ場所点検してハイ終わり異常なしって言ってんじゃねえだろうな、あ!?」
    「い、いや、それは」
    「昨日100点の成績出したんなら、今日は200点出すくれえの根性見せてみろや! 同じこと同じこと毎日ガキの使いみてえにやって、それで俺が満足するわけねえだろうが!」
    「す、すみませんでした!」
     頭を下げた部下の背に、日吉は怒声を浴びせた。
    「いいか、もっぺん言っとくぞ? もう3人殺られてんだ、4人目が俺になる可能性は0じゃねえ。もっと命かけて根堀り葉掘り真剣に探し回れ。でなきゃわざわざカネの成る木のカジノ閉めて、こんな厳戒態勢続けてる意味がねえだろうが!
     何がなんでもヒットマン見つけ出してブッ殺せ。分かったな!?」
    緑綺星・静侍譚 1
    »»  2023.01.30.
    シュウの話、第84話。
    仁義なき襲撃。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     手下たち3名が殺害されたことで、元々勘が鋭く奸智に長ける日吉は一連の襲撃が同一犯による犯行であること、そして目的が一貫していること――即ち自分の一派が狙われていることを悟り、早々に手を打っていた。他の篠雲会幹部たちとの接触を断ち、続いて自分の「城」である私邸、そして私邸に接続されたカジノのある別邸を閉鎖し、自分の私兵と共に、その中に閉じこもったのである。これは彼にとっては主要な収入源を止める苦肉の策ではあったが、「防衛」と言う面に関しては十分に効果が期待できる策でもあった。
     その甲斐もあって、籠城態勢に入ってからこの日まで、彼の前に不審者が現れるような事態は、一度も発生しなかった。

     異常が無いとなると、緊張が緩んでいくのが人間の性(さが)である。
    「ふあー……」「ふあ~ぁ……」
     別邸内を見回っていた日吉の手下2人が、揃って欠伸する。いつもならこれ以上無いくらいに騒がしい別邸も、今はしんと静まり返っており、眠気を助長している。
    「っべーな……立ったまま寝ちまうわ」
    「だな」
    「大体オヤジも人づかい荒いんだよ。自分は部屋ん中でじーっとしてるくせに、俺たち下っ端を昼も夜もこーやってウロウロさせてよ」
    「たまんねーよな」
    「何がヒットマンだよ。そりゃ確かに立て続けに3人殺されてるってのは聞いたけども、全部黄州とか白州とか、その辺の話だろ?」
    「らしいな」
    「玄州でどーのって話じゃねーし、ビビりすぎなんだよ。オヤジも歳だし、もうろくしちまったかな」
    「かもな。……っと、悪い」
     適当に相槌を打っていた相手が、ひょいと廊下の角を曲がる。
    「どうした?」
    「小便行ってくる」
    「早めにな。二人一組にいないと、オヤジもオジキもうるせーから」
    「分かってる」
     廊下の三叉路でぽつんと一人になり、彼は懐から煙草を出す。
    「……ふー」
     一息吸い込み、辺りを見回したところで、「ヘッ」と悪態をつく。
    「まったく心配性なんだから……監視カメラあっちこっち取り付けてんのに、さらに人に監視させてんだからよ。一服しねーとやってらんねーっての」
     肩をすくめつつ、もう一息吸い込もうとしたところで――自分の周りに漂っていた煙草の紫煙が、廊下の奥へ流れていることに気付く。
    「……お?」
     良く見れば、手に持っている煙草から立ち上る煙も、同じ方向に流れている。
    「窓全部閉めてるよな。エアコンも付けてな……」
     言いかけたその瞬間――彼はばたりと、その場に倒れた。
    「悪い悪い、ちっとコーヒー飲み過ぎた……」
     と、そこへ用を足しに向かった相方が戻って来る。
    「……おい!?」
     目を丸くし、倒れた相方に駆け寄ろうとしたところで、彼も同じように倒れ込んだ。

    《組長! 別邸で二人倒れてました!》
    「なにっ!?」
     手下からの電話を受け、日吉はスマホに向かって怒鳴った。
    「来やがったか! 二人はどうした!?」
    《死んではいませんが、目ぇ覚ましません。クスリか何かでやられたみたいです》
    「別邸っつったな! どこで見つけた!?」
    《2階のゲストルームとカードコーナーの間の廊下です!》
    「おうッ! おいお前ら、警報鳴らせ! 別邸を固めろ!」
     スマホを握りしめたまま、日吉は周囲の部下に命令し、包囲網を築かせる。
    「ヒットマンは別邸2階、ゲストルーム手前の廊下だ! 全部封鎖しろ! 知らん顔がいたらすぐに撃ち殺せ! いいなッ!」
     部下たちが慌ただしく彼の前から離れ、後には日吉と、黒ずくめのスーツに身を包み、重武装した護衛の4人だけとなった。
    「……ふー」
     屋敷中に響き渡る警報のけたたましい音に、日吉の重たげなため息が重なる。
    「これで仕留めてくれりゃ、もう安心だが……ま、こっちは100人だ。兵隊1小隊が来たってんならともかく、コソコソ忍び込んでくるような輩だ。10人も20人もいやしねえだろ。……おい、シン。酒持って来てくれ。ウイスキーだ。ロックもな」
    「あ、はい」
     部下の一人が短機関銃を下ろして肩にかけ、そそくさと隣の部屋へ向かう。それを聞いていた他の部下が、心配そうな声を漏らした。
    「オヤジ、酒はあんまり良くないって……」
    「いいんだよ」
     日吉は首を振り、椅子にもたれ込んだ。
    「医者の言うこと一々真に受けてちゃ、まともに生活なんかできねえよ。『お仕事は一日3時間程度に』だの、『毎日1時間は歩き回れ』だの、普通の社会人がんなこと律儀にやってられるかってんだ」
    「はあ……」
     それ以上は口を開かず、部下たちは元通りに短機関銃を構え直した。その様子を眺めていた日吉が眉をひそめ、また声を荒げる。
    「おい、シン? 酒持って来るだけでどんだけ時間かけてんだよ!? とっとと持って来いや!」
     隣室に向かって怒鳴るが、返事は返ってこない。
    「……シン? おい、何かあったのか?」
     日吉の声色が、けげんなものに変わる。そのまま黙り込んだが――代わりに彼は、無言で部下たちに、隣室に向かうよう手で指し示した。
    緑綺星・静侍譚 2
    »»  2023.01.31.
    シュウの話、第85話。
    謎と答え合わせ。

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    3.
     部下3人は恐る恐る隣室のドアの前に立ち、1人が壁に張り付きながら、そっとドアノブを回す。静かに空いたドアの隙間から、そっと中を探ろうとしたところで――。
    「……っ」
     覗き見たその部下がかくんと膝を付き、うつ伏せに倒れた。
    「……!?」
     残った部下2人はドアを蹴って開け、中に入る。その様子を見ていた日吉が「おい」と怒鳴って制止しようとしたが一瞬遅く、そのままドアの向こうへと行ってしまい――それきり、2人の声は聞こえなくなった。
    「……隣の、……おい、誰かいやがるのか?」
     日吉は机から拳銃を取り出し、撃鉄を起こして、自らドアのそばへと近付く。
    「いるなら……返事しやがれ」
     倒れたままの部下をまたいでドアの奥を覗き込んだが、部下たちが重なり合うようにして冷蔵庫の前で倒れているのが見えただけだった。
    「誰か分からんが、俺をビビらせようってハラか? だったら失敗だぞ。俺は50年、修羅場潜って生きてきたんだ。今更こんな揺さぶりかけられたところで、誰がビビるかってんだ。おい、ここまで来てしょうもない真似するんじゃねえ。とっとと俺の前に姿見せろや」
     とうとう自分から拳銃を構えて部屋の中に入り、冷蔵庫の中、戸棚、部下に使わせている仮眠用ソファの下と、用心深く確かめていく。
    「……いねえ……いや、そんなはずがねえ。こいつら4人、いきなり偶然同時に心臓発作起こしたってわけがねえんだ。誰かいて、何かやらなきゃ倒れるはずがねえんだよ」
     いるはずの誰かに向けて放っていた言葉が、いつしか一人言めいた、状況を整理・判断する口調に変わっていく。
     もし彼が臆病で、かつ、粗暴な性格であったなら、ここで拳銃を乱射するか、あるいは大声で助けを呼んだのだろうが――彼はそのどちらでもなく、肝の据わった、思慮深い人間である。そのため辺り構わず攻撃することよりも、目の前に現れた「謎」を解くことに、いつしか夢中になっていた。
    「なんかの……ガスとかだったら、俺も道連れになってるはずだ。そうじゃねえ。一人ずつやられてる。誰かが何かやったのは間違いねえんだ。だが……相手は、どこだ?」
     と、日吉の耳がサイレンの合間に、フクロウか何かの声を聞きつける。
    「……鳥か? バカな、窓は全部閉め切ってんだ。20ミリの防弾ガラスで、音が漏れるわけがねえ。誰か閉め忘れ、……いや」
     日吉の目が部屋の隅の、キッチンシンクの上に備え付けられたレンジフードに向けられる。
    「換気扇、……そうか!」
     日吉はレンジフードの奥を覗き込み、そこにあるはずのもの――空気を吸い出すためのファンが無いことに気付いた。
    「敵はここから忍び込みやがっ……」
     50年磨き上げてきた、自分の優秀な頭脳が導き出した答えを口に出しかけたその瞬間――代わりに別のものが、自分の口から飛び出した。
    「ごふ……っ!?」
     それが何であるのか――それを導き出すまでには、彼の命はあと1秒、2秒ほど足りなかった。

     日吉の背から刀を引き抜き、海斗はふう、とため息をつく。
    「50代くらいの短耳男性、身長180センチくらい、高そうなスーツ、角刈りにサングラス。顔も――血まみれになっちゃったけど――多分間違いないかな」
     海斗は耳に付けていたインカムで、七瀬へ連絡を取った。
    「もしもし、七瀬さん。終わったよ」
    《おつかれ。何分で戻れそう?》
    「ターゲットのとこに行くのに20分くらいかかったけど、帰りは普通に廊下通れるだろうから、10分くらいかな」
    《分かった。準備しとくわね》
    「うん」
     電話を切り、変装に使った護衛の黒いジャケットで刀の血を拭って、海斗はそのまま部屋から出て行った。



     七瀬・海斗親子は事前に日吉邸の見取り図から、多数の客を招くことを前提とした――人が中を通れるサイズの――業務用ダクトが邸内全体に張り巡らされていることを把握していた。
     海斗はまず、外につながるダクトから侵入し、別邸のトイレに現れた。そこで小規模な騒ぎを起こし、過敏になっている日吉を刺激。敵が別邸に潜んでいると錯覚させ、彼の部下たちを動かさせた。ほとんどの部下が別邸に移ったことをダクト内から確認した海斗は、そのまま本邸・日吉の部屋まで向かった。
     日吉の部屋の隣が部下の休憩室であることも当然把握しており、残った部下も休憩室に誘導して、一人ずつ片付けた。最後に残った日吉が自ら動かざるを得ない状況に持ち込むと同時に、海斗は最初に眠らせた部下から黒ジャケットを奪ってダクトに放り込み、彼に変装。部屋に横たわって日吉が休憩室に入って来るのを待ち――「謎」の解答を確認するため、レンジフードを覗き込んだ日吉を、悠然と背後から刺したのである。

     別邸の捜索が空振りに終わり、すっかりくたびれた顔で戻って来た部下たちが、変わり果てた日吉の姿を目にしたのは、海斗が脱出してから1時間以上も後のことだった。
    緑綺星・静侍譚 3
    »»  2023.02.01.
    シュウの話、第86話。
    朝焼けの中のドライブ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     海斗が七瀬の待つ車に乗り込む頃には、既に東の空がほんのりと明るくなり始めていた。
    「お腹空いたね」
     車が動き出し、日吉邸がバックミラーから消えた頃になって、海斗がぼそっとつぶやく。
    「夜中じゅう働き詰めみたいなもんだしね。おつかれ」
    「ありがとう、七瀬さん。……コンビニ寄る?」
    「ダメだっての」
     ハンドルを握りしめたまま、七瀬は肩をすくめて返す。
    「ついさっき『仕事』したばっかなんだから、この辺りのカメラやら速度違反センサーやら、引っかからないようにしなきゃなんないでしょ」
    「あ、そうだった」
    「『あ』、じゃないでしょ。アンタ張本人じゃんよ、まったく……。多分お腹空いてるだろうと思って、おにぎり作ってあるから。ソコのバッグの中。ソレ食べてて」
    「うん」
     バッグから包みを取り出し、海斗は嬉しそうに笑みを浮かべている。それを横目で見ながら、七瀬は苦笑した。
    「アンタ、ホントにあたしのおにぎり好きよね」
    「だって美味しいもん」
    「そりゃどーも。いっこ開けてくれる?」
    「うん」
    「ありがと」
     片手でハンドルを握りつつ、七瀬もおにぎりを手に取り、ぱくりとほおばる。同時に海斗も口に入れ、二人で笑顔を浮かべた。
    「んー……我ながら美味くできたわ」
    「うん。美味しい」
    「仕事終わりにこーやってクルマ乗りながら食べんのが、あたし大好きなのよね」
    「僕も」
     おにぎりを片手に取り留めのない話をする二人の姿は、到底血なまぐさい仕事を終えたばかりとは思えない、微笑ましい母子そのものだった。

     と――車が高速道路に入り、しばらくしたところで、七瀬が「ん?」とうなった。
    「後ろのクルマ……さっきからずーっと跡つけて来てない?」
    「え?」
    「日吉邸出た時にはいなかった、……はずだけど」
    「気のせい、……じゃないよね。ずっと同じ距離取ってるみたいだし」
     と、追越車線からトレーラーが猛然と飛び出し、二人の前に割り込んで来る。
    「何よコイツ、あっぶないわね!?」
    「七瀬さん! 後ろのクルマ! 寄って来てる!」
    「……!」
     尾行していた車も、段々と距離を詰めてくる。やがて前後を囲まれ、七瀬はブレーキを踏むことも、アクセルを抜くこともできなくなった。
    「な、何なのよ……!?」
     完全に動きを封じられたところで――トレーラー背面のコンテナが開き、七瀬たちの車の前にリフトが降りてくる。
    「乗れってコト?」
    「……だよね」
     促すように、トレーラーはじわじわと速度を落としてくる。七瀬は仕方なくアクセルを踏み込み、コンテナの中に乗り込む。
    「……っと、……停まったわね」
     コンテナの床にはローラーが敷かれていたらしく、乗り込んだところで車がぴたりと静止する。と同時にコンテナの中が明るくなり、奥に立っていた長耳のスーツ姿の若い男が、手を振って会釈した。
    「はじめまして、ナナセ・タチバナさん、そして……息子さんでいいでしょうか? それとも『サイレンス・サムライ』とお呼びした方がいいですか?」
    「誰よ、アンタ?」
     車の窓を開け、七瀬が問い返すが、相手はにこにこ笑うばかりで応じる素振りが無い。仕方なく、七瀬は相手の問いに答えた。
    「そうよ、あたしが橘七瀬で、横のが息子の海斗。その通り名はクッソダサくてめちゃくちゃハラ立つから、二度と言わないでちょうだい」
    「それは失礼しました」
     男はぺこっと頭を下げつつ、懐から一通の封筒を取り出した。
    「あなた方にご依頼したい件があり、こうして接触させていただきました。無論、あなた方お二人に危害を加えるつもりは一切ございません。もし我々の依頼を断られても、『お二人には』このまま無事にお帰りいただけるよう、しっかり手配させていただきます」
    「……っ」
     男の言葉から、七瀬は実の娘、美園が取引の材料にされていることを悟った。
    緑綺星・静侍譚 4
    »»  2023.02.02.
    シュウの話、第87話。
    不気味な依頼人。

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    5.
    「あたしたちのコト、いつからつけてたのかしら?」
     娘のことを口にしないまま――言えばそれを逆手に取られ、交渉が不利になる危険もあったため――七瀬は相手の素性を探る。
    「少なくとも昨夜まで取り掛かっておられた仕事を請ける前から、とだけ」
    「どうしてあたし、……いえ、海斗に依頼を?」
    「依頼内容に関わることですので、現段階ではまだ申し上げられません」
    「報酬は? 無事に帰してやるってだけ?」
    「無論、お支払いいたします。こちらの貨幣で600万玄。前払い、後払いで半分ずつです」
    「『こちら』の? 発音も微妙に違うし、アンタ央南人じゃないわね? アンタの所属もそうなのかしら?」
    「詳しくは申し上げられませんが、そうです。私は央北の人間です」
    「報酬がずいぶん破格だけど、相手はかなりの重要人物なのかしら?」
    「ええ、我々にとっては」
     答えはいずれも要領を得ないものばかりであり、七瀬は仕方なく、少しだけ歩み寄った。
    「報酬が出るって言うなら請けない理由はないわ。でも何の情報もナシに『いきなりコイツを殺れ』なんてのは無茶な話だって、アンタも勿論分かってるわよね?」
    「もちろんです」
     男はにこっと笑みを浮かべ、封筒から一枚の写真を取り出した。
    「標的はこの短耳男性、地質学者のタダシ・オーノ博士です。現在は焔紅王国の王立農林水産技術研究所に勤めています。
     彼が現在調査している件が世間に広く知れ渡ると、我々にとっては非常に不利益を被ることになります。しかし単に殺しては、我々の関与が疑われてしまう可能性もある。ですので彼が狙われたと言うこと自体、誰にもそう思わせない形で処理願いたいんです」
    「だからウチに依頼したってワケね」
     七瀬はチラ、と海斗の足元に置かれた刀に目をやる。
    「焔紅王国は今でも刀剣類を主体とした国防・警察組織が残ってる、クラシカルな国だもんね。刀で殺されたなら、疑われるのはそっち方面。嫌疑を徹底的にアンタたちから離しておきたいってコトね」
    「仰る通りです。かと言って王国内で依頼すれば、国外の人間が接触してきた線から、我々に行き着く可能性もある。そこで王国外のあなた方に依頼し、あなた方に入国してもらうと言うわけです」
    「なるほどね」
     七瀬は男から、コンテナ内に目線を移す。
    「その話だと、あたしたちをこのまま王国に送ってってくれるってワケじゃないわよね。ドコかで下ろしてもらえるのかしら?」
    「ええ。現在このトレーラーは黄州方面に移動しており、焔紅王国に入ったところであなた方を下ろします。お二人にはそのまま、現場へ」
    「このまま、すぐ? 困るんだけど」
     七瀬は男に目線を戻し、こう返す。
    「あたしたちの身辺調査してるんだったら、娘がいることも知ってるわよね?」
    「ええ」
    「今日には帰るつもりって伝えてたし、あんまりおカネ渡してないのよ。連絡と振込だけさせてもらえないかしら?」
    「重々承知しています。どちらも手配しておきました」
    「……っ」
     相手の言葉に、七瀬は一瞬言葉を詰まらせる。
    (この野郎……ッ! 美園の連絡先だの口座だのなんだの知らないってヤツのセリフじゃない! 全部把握、掌握してるヤツが言うセリフじゃん! つまり美園本人にもう接触し、そして……)
     どうにか平静を装い、七瀬はこわばりかけた口から言葉を絞り出す。
    「……そ、ありがと。じゃ、ついでに朝ごはんもうんとごちそうしてあげて。あの娘はあたし似でご飯いっぱい食べるから」
    「ええ、手配しておきます」
    「ソレからね」
     七瀬と、そして――黙ってはいたが、二人のやりとりで状況を察していたのだろう――海斗も、同時に男をにらみつけた。
    「もし美園に何かやりやがったら、アンタの命で落とし前付けてもらうわよ」
    「……ええ、承知しています」
     男は薄く笑みを浮かべつつ、深々と頭を下げた。
    「それではお二人が行動を開始してから一週間以内、つまり目を覚ましてから168時間以内に依頼を遂行していただくよう、よろしくお願いいたします」
     頭を上げたところで、男がいつの間にかガスマスクを被っていることに気付く。
    「……!」
     急いで窓を閉めようとしたが、それよりもっと早く、コンテナ内にガスが充満する。七瀬の意識は、そこでぷつりと途切れた。

    緑綺星・静侍譚 終
    緑綺星・静侍譚 5
    »»  2023.02.03.
    シュウの話、第88話。
    憂鬱な目覚め。

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    1.
    「……う……」
     フロントガラスからのこつん、こつんと言う音で、七瀬は目を覚ました。
    「……やめてよ」
     正面に視線を移し、フロントガラスを小鳥がくちばしでつついているのを見て、七瀬はクラクションをちょん、と押した。ビッ、と甲高い音が辺り一面に響き渡り、小鳥は慌てた様子で飛び去っていった。
    「……な……なせ……さん」
     助手席に座っていた海斗も目を覚まし、首をだらんと向けてくる。
    「……ここ……王国?」
    「多分ね。……よっしゃ、スマホもパソコンも無事みたいね」
     七瀬はかばんの中からノートパソコンを取り出し、起動させる。
    (今の時刻は……正午ちょい前。アイツらの態度からして、あたしたちをドコかから監視してるはず。ってコトは……)
     見透かしたように、七瀬のスマホが鳴る。
    (……ハラ立つわね)
     TtTの友達一覧に「クライアント」と言う名前が追加されているのを見て、七瀬は悪態をつく。
    「誰がアンタなんかと友達になるかっての」
    「中身は?」
    「『そろそろお目覚めでしょうか? 只今よりカウントを開始いたします。6時間毎に残り時間をお知らせいたします』、だって。何から何まで心底ウザいわね」
    「じゃ、今から行動開始?」
    「そーなるわね。……海斗、GPSでここの位置出せる?」
    「ん」
     頼む前に探ってくれていたらしく、海斗がスマホの画面を向けてくる。
    「……綾峰郡丹笹町。王国国境付近、ね。あのクソ野郎、マジで焔紅王国に『入ったところ』で下ろしやがったわね」
    「って言うか国境線の柵、クルマの真後ろ……だね」
    「フン、一々一々やるコトなすコト、ご丁寧な仕事ぶりだコト!」
     毒づきながらも車の様子を確かめ、七瀬はさらに毒を吐いた。
    「ガソリンもバッテリーも満タンにした上に、クルマん中も外もぜーんぶ掃除してあるし。見てよコレ、弁当箱までキレイに洗ってあるわよ」
    「そこまでするんなら、もっとちゃんとしたところに送ってほしいよね」
    「ホントよね」
     と、ダッシュボードに封筒が置かれていることに気付き、七瀬は中身を確認した。
    「で、コイツが今回の標的、大野侃志ね。41歳の農学博士で未婚、家族なし。土壌に関する研究、とりわけ土壌の成分分析や土壌改善に関する分野で活躍、……と。住所は紅農技研のある桜雪市にあるが、ほとんど帰っていない模様、……典型的な学問系オタクのおっさんって感じね」
    「じゃ、大野博士……だっけ。その人、研究所にいるのかな」
    「多分そーね。でも研究所内に忍び込んで殺したりなんかしたら、クライアントの意向には沿わないでしょうね」
     不満たらたらではあったものの、七瀬と海斗は気分を入れ替え、仕事の話を始めた。
    「うわ、直近1ヶ月間の移動ルートまで調べてあんの? ……って、ほぼ一本線じゃん」
    「こっちが研究所で、こっちが家? ほとんど寄り道してないね」
    「せいぜい週末にスーパー寄って、帰りに公園で一杯やるくらいね。で、風曜、天曜は一歩も外に出てない。マジで無趣味なのね」
    「出勤は8時半から9時の間、それは変わんないみたいだけど、帰宅時間はバラバラだね。6時台だったり、日付またいだり」
    「とは言え人目もあるし、出勤時間に狙うのは危ないわね」
    「分かってる。やるなら夜」
    「こっちも目立ちたくないし。……っと」
     またフロントガラスに鳥が寄って来たところで、七瀬は車のエンジンをかける。
    「いつまでもこんな道はずれに停まってたら、通報されかねないわね。とりあえずクルマ停められるホテルかどっか見付けましょ」
    「ん、探しとく」
     海斗がスマホに視線を落とすと同時に、七瀬は車を発進させた。
    緑綺星・闇討譚 1
    »»  2023.02.05.
    シュウの話、第89話。
    対岸の戦争がもたらしたもの。

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    2.
     激動の7世紀中、焔紅王国は幸運にも、それらの世界的騒乱には一切巻き込まれずに過ごすことができていた。

     6世紀中葉に独立した後、王国は初代女王が央南連合と裏取引を交わしたことで、事実上の属国となっていた。それが皮肉にも功を奏し、この時代には、連合からは再併合の動きが起こらなかった。
     後に焔桜雪が起こしたクーデターにより王位が彼女に移った後、この新たな女王は裏取引を完全撤廃すると共に、その詳細を世界に公表した。これが当時、「旧来からの政治腐敗を一掃する」と息巻いていた白猫党に侵略の口実を与えることとなり、連合は白猫党の猛攻に苦しめられることになった。当然、この戦争中に連合が王国に干渉できるような余裕はなく、白猫党が引き上げて以降も、連合にとっての最優先事項が東西再統一に変わったことで、7世紀に入ってからも王国への侵攻は、一度として実現に至らなかった。
     その内に時代が移り変わり、央南連合が黄家主導による東西再統一を果たした頃には、もはや焔紅王国が連合の一部であった歴史を実体験で知る者はほとんどいなくなっており、この期に及んで併合に固執し、大真面目に侵攻を唱えるような者もまた、連合の幹部陣内には残っていなかった。
     一方の王国は、一見古風で旧態依然とした絶対王政が続けられていたが、常に連合に対する危機意識があったこと、二代目女王以降は内政重視の政策が続けられていたことが結束力を強くし、結果として、長期に渡って安定した政治運営につながった。その連合からも前述の通り干渉されることは無く、内外どちらにおいても敵が発生しなかった王国は、その富・経済力のほとんどを、軍事・国防ではなく公共事業と教育に充てることができた。
     これにより王国は数十年に渡る超長期の経済成長を果たし、8世紀の現在では、一人当たりGDPが連合を大きく上回るほどの、世界有数の豊かな国に変貌していた。



     とは言え奇跡の経済成長も、数十年を過ぎれば流石に勢いが落ち、停滞・後退期を迎える。現在の王国は好況の喧騒もすっかり鳴りを潜め、不景気の波が押し寄せ始めていた。
    「あれっ」
     いつも買っていたビール6缶セットが1灯銭以上も値上がりしていたことに気付き、大野博士は冷蔵棚に延ばしかけていた手を引っ込めた。
    「……いい機会だし、お酒やめよっかな。惰性で飲んでるだけだし」
     そんなことをつぶやきつつも、結局彼は、買い物かごの中にビールを入れる。
    「次値上がりしたら、今度こそやめとこ……」
     ぶつぶつと一人言をつぶやきながら、彼は来週一週間分の買い物を済ませ、帰路につく。
    「……不景気、不景気かぁ。なんか良く分かんないけど給料も減るみたいだし、予算も減るみたいだし、……困っちゃうなぁ。今年中にもう一回くらい難民特区に行きたかったけど、おカネ出してもらえるかなぁ……うーん」
     大野博士はぽつぽつとまばらに電灯が立つ暗い道を、とぼとぼと歩く。
    「ふう、ふう……やっぱりお酒だよなぁ……飲んでるから太るわけで……太るから歩かなきゃいけないわけで……歩くと疲れるわけで……理屈じゃやめるのが正解なわけで……」
     そのうちに、視界の端に人気のない公園が入って来る。
    「……でも、なんでかやめらんないわけで」
     大野博士は公園に入り、座れそうな場所を探す。
    「あれ……ベンチ無いな? いつもならここら辺に……あ、あったあった」
     ベンチに腰掛けると同時にスーパーのビニール袋からビールを取り出し、ごくごくと喉を鳴らして飲み始めた。
    「んぐっ、んぐっ、ぐっ、……ぷはーっ! あーっ……たまんないなぁ、もぉ!」
     瞬く間にビール1本を飲み干し、大野博士はベンチにもたれかかり――かけたが、のけぞった顔にぽた、と水滴が落ち、「あっ」と声を上げて立ち上がった。
    「雨!? うわっ、早く帰んなきゃ……」
     慌てて振り返った、その瞬間――。
    「……えっ」
     一瞬前まで自分が座っていたベンチからギラリと光る刃が生えているのを目にして、大野博士はビール缶を放り投げた。
    緑綺星・闇討譚 2
    »»  2023.02.06.
    シュウの話、第90話。
    夜と雨にまぎれて。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「ひゃっ、ひゃああああっ!?」
     腰を抜かし、その場にへたり込んだ大野博士をベンチ越しに確認し、海斗は舌打ちした。
    (まさかあんなタイミングよく立ち上がるなんて……でも、もう逃げられないよ)
     海斗は刀をベンチから引き抜き、続いてそのベンチを乗り越え、大野博士に肉薄する。
    (1ヶ月の行動パターンから、あんたがこの公園のベンチで必ずビールを飲むことは分かってた。だからベンチの位置を公園の真ん中にずらして、あんたがどんなに悲鳴を上げても、誰も気付かない状況を作った。もちろん、スマホの電波も届かないようにしてある)
     顔を真っ青にし、ガタガタと震える大野博士に近寄り、海斗は刀を振り上げ、頭に狙いを定める。
    (美園のためだ――死んでもらうよッ!)
     そして一切の迷いなく振り下ろした――が、その刃が、途中で何かに止められた。
    「……っ!?」
    「やらせないぞ」
     一瞬の内に大野博士と自分の前に割って入ったらしい、その黒ずくめの狼獣人の女は、金属製のロッド越しに海斗をにらみつけた。
    「……っ!?」
     思いもよらない事態に海斗は動揺しかけたが、どうにか心を鎮め、瞬時に間合いを取る。
    (何だ……誰だこいつ? でも……邪魔するなら一緒に死んでもらうまでだ!)
     刀を脇に構え直し、海斗は一足飛びに距離を詰め、狼獣人に斬りかかる。
    「ふ……ッ!」
     暗殺者の習性故か、海斗は声をほとんど発さず、予備動作も全く見せずに、無拍子で狼獣人の頭に刀を振り下ろす。ところが――。
    「……!?」
     相手に何の情報も与えず打ち込んだはずの一閃を、狼獣人は事もなげにロッドで受け、さらりと受け流す。
    (あ……まずい)
     受けた体勢から体を横に半回転し、狼獣人は蹴りを海斗の頭に向かって放つ。海斗もどうにか体を捻ってクリーンヒットは避けたが、あごにかつん、と衝撃を感じる。
    「……うっ……ぐ……」
     途端に視界がぶれ、海斗はその場に膝を着きかける。
    (……っ……ダメだ……気を失うな……戻せっ……)
     無理矢理に足に力を入れ、同時に千切れんばかりの勢いで舌を噛む。
    「ぅううう……ッ」
     頭の中が焼け焦げるかと錯覚するほどの痛みが口の中を駆け巡るが、続いてどくん、と海斗の心臓が跳ね、意識がどうにか戻って来る。
    「やるな」
     と、相手が構えたまま、海斗に声をかけてくる。
    「強い刺激による脳内物質の分泌、それを条件反射で習慣付けているわけか。博士を狙った際の手際の良さと言い、暗殺者としてはなかなかの手練のようだな」
    「……」
     応じる代わりに、海斗は口に溜まった血をべっと吐き出し、刀を再度構え直す。
    「まだやる気か? あきらめて帰れば、深追いはしないぞ」
    「……」
     海斗は依然として一言も発さず――刀に炎を轟々と灯して、もう一度狼獣人に斬りかかった。
    「は……ッ!」
     降りしきる雨が一瞬乾くほどの熱気を噴き上げ、海斗の刀が狼獣人の頭に振り下ろされる。
    「お前の弱点は」
     が、狼獣人は刀が届こうかと言うその直前、持っていたロッドを海斗の左手首に向かって投げつけた。直後にぱきっと乾いた音が海斗の長い耳に届き、左手の握力が無くなる。
    「……!」
     大振りに下ろした刀が、海斗の手からすっぽ抜ける。完全に攻撃・防御の手段を失った海斗の眼前に、狼獣人が迫り――。
    「暗殺者であるが故に、攻撃が常に一撃必殺の急所狙いであることだ。攻撃が単調過ぎる」
     めきっ、と音を立て、海斗の右胸に狼獣人の肘がめり込む。今度の痛みには耐え切れず、海斗は完全に気を失った。

     海斗の状況をモニタリングしていた七瀬は、彼の様子を伝えるPC画面に「行動不能」と表示されたその瞬間、息を呑んだ。
    「……!? 故障、……よね? 海斗、今大丈夫? ……海斗? 海斗、返事してちょうだい。海斗! ねえ! 海斗!?」
     インカムで名前を呼ぶが、海斗からの反応は無い。と、ドアの窓をコンコンと申し訳無さそうに叩きながら、傘を差した猫獣人が声をかけてくる。
    「あのー……ちょっといいですか?」
     七瀬はインカムを外し、窓をわずかに開けて、怒鳴り気味に「今取り込み中!」と答える。
    「ごめんなさい、その取り込み中の用事で声掛けたんです」
    「は?」
    「僕の仲間がですね、今、あなたの仲間を拘束したんで、付いてきてほしいなーって」
    「……あんたら、何者?」
     尋ねた七瀬に、猫獣人は恥ずかしそうに答えた。
    「正義の味方みたいなもんです」
    緑綺星・闇討譚 3
    »»  2023.02.07.
    シュウの話、第91話。
    黒ずくめの正体。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     猫獣人に素直に従い、七瀬は自分の車を離れ、相手のものらしい黒いバンに乗り込む。猫獣人も乗り込んだところで、彼は既に乗り込んでいた仲間――黒ずくめの狼獣人に声をかけた。
    「だからエヴァさん、何度も言ったはずですけど、ちゃんと体拭いて乗り込んで下さいってば。掃除、大変なんですから」
    「防水性なんだからいいだろう? それに今は仕事中だ。細かいことは気にしてられん」
    「んもう、これだから兵隊崩れは……。っと、自己紹介が遅れました。僕はラモン・ミリアン。そっちの『狼』はエヴァンジェリン・アドラーさんです。お名前、聞いてもいいですか?」
    「……橘七瀬よ」
    「こっちの長耳は?」
     エヴァに尋ねられ、そこでようやく七瀬は、後部座席に寝かせられた海斗を見付けた。
    「橘海斗。……生きてんでしょうね?」
    「無論だ。姓が同じようだが、親子か?」
    「義理だけどね」
    「息子に人殺しをさせてるのか?」
     その言葉に、七瀬は鼻をフンと鳴らして返す。
    「色々あんのよ。家庭の事情に首突っ込まないでちょうだい」
    「……まあ、そうだな。そんな議論のために、わざわざ央南まで来たんじゃない。私の目的はあんただ、オーノ博士」
    「は、はい!?」
     海斗同様、エヴァに連れて来られたらしい大野博士が、びくっと体を震わせる。
    「誤解しないでほしいが、私たちにはあんたを殺すつもりもさらうつもりも無い。まず経緯を説明しておこう。私たちは……」
     説明しかけたエヴァに、ラモンが突っ込みを入れる。
    「僕を勘定に入れないで下さい。僕はあくまであなたに雇われた身です」
    「そうだったな、訂正する。私は1年前から裏社会に身を投じ、白猫党の壊滅のために活動していた。その過程で白猫党があんたの調査をしきりに行っていたこと、あんたの殺害とあんたの調査・研究記録の全抹消を、党の央南支部に指示していたことが分かった。
     発令されたのは2週間ほど前だ。すぐに私は央南に飛び、研究所にあったあんたのパソコンの全データを数日前、コピーさせてもらった。そこから今日までにどんな研究がどれくらい進んでいるのかは知らないが、ほぼバックアップは取れていると考えていいだろう。だが正直、我々がその内容を確認しても、何を意味しているのかはさっぱり分からなかった。となればあんたに直接話を聞くしかなかったが、私も白猫党に追われる身だからな。下手に接触して戦闘になるようなことは避けたかった。
     だから今日まであんたの周辺をそれとなく回りつつ、監視の目がないところで接触できるタイミングを図っていたんだが……」
     そこでまだ横たわったままの海斗に目をやり、エヴァは肩をすくめた。
    「暗殺者に狙われたとあっては、流石に守らないわけには行かない。結果的にこうして、多少乱暴な接触にはなってしまったが――ともかく会えたからには教えてほしい。
     オーノ博士、あんたは難民特区で何を見つけた? 白猫党があんたを狙う理由は何だ?」
    「……」
     一転、大野博士は神妙な顔になり、ぐしょぐしょになっていたジャージの襟を正した。
    「えっと……エヴァさん? でしたっけ、以前に、あの、難民特区でお会いしましたよね」
    「ああ」
    「あの時から薄々、『あれっ?』『もしかして?』って思ってたことだったんですけど、あの時はまだ確証が持てなくって、新聞社の方にもこの話は、お伝えしてないんです」
    「それは何だ?」
    「えーと、まあ、土壌の酸性値がですね、かなり低くて、あの、低いと酸性ってことなんですけども、あの土地がですね、異様に酸性値が低かったんです。どうも地中の埋蔵物が影響してるんじゃないかって。でですね」「博士」
     エヴァは明らかに苛立った様子で、大野博士に詰め寄った。
    「結論から言ってくれないか? ズバリ、あの土地には何があるんだ? 古代超文明の遺跡でもあるのか?」
    「いやいやいや、そんなんじゃないです。あのですね、その、石油なんじゃないかって」
    「石油? 油田があんな荒廃した土地のど真ん中にあるって言うのか?」
     面食らった様子を見せたエヴァに、やはりしどろもどろながらも博士は説明を続ける。
    「はい、現時点でかなり、可能性は高いものと見ています。直近の、あの、4ヶ月前くらいのボーリング調査でも、頁岩層の中に石油状物質を相当な割合で確認できてまして」
    「どのくらいの埋蔵量だ? 白猫党がわざわざ狙うほどの量があると?」
    「正確な量は分かりません。なにぶん、地中の話ですから。でも酸性値の異様な低さと、それが相当な広範囲に分布していることから考えて、少なくとも1億トン以上は……」
    「1億トン!?」
     この数字を聞いて、まだ気を失ったままの海斗を除く全員が仰天した。
    緑綺星・闇討譚 4
    »»  2023.02.08.
    シュウの話、第92話。
    狙われる難民特区。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「いちおく……1億トンって、……ええと……」
    「トラス王国の年間消費量が20万トンとか30万トンくらいですね。ネットの情報ですけど」
     ラモンがスマホを眺めながら、ある程度の目安を説明する。
    「だからざっくり計算すると、300年分以上に相当しますね」
    「さんびゃくねん!?」
     七瀬とエヴァの声がハモり、顔を見合わせる。
    「そりゃ白猫党が全力で狙いに来るわけだ」
    「そんな超巨大油田を軍事国家が確保したりなんかしたら、好き放題できるもんね」
    「となると我々の身も危ういかも知れない。下手すれば世界経済がほんの数日で引っくり返りかねない情報を握るオーノ博士に、監視の目が付いていないわけがないからな」
    「ソレは多分、無いと思うわ」
     七瀬の言葉に、エヴァが「なに?」と声を上げる。
    「監視されてるって言うなら、海斗が暗殺失敗した時点で何かしらの介入があるはずよ。例えばこのバンをロケット砲かなんかで撃っちゃえば――まあ、アレコレごまかす手間はいるだろうけど――まとめて片が付くワケだし。なのに未だに、コイツからの連絡すら無いもん。標的とそのボディガードと一緒に話し込んでるなんてこんなイレギュラーな事態、把握してたら連絡くらいするでしょ?」
     そう言ってTtTの友達一覧を見せながら、七瀬はこれまでの経緯をエヴァたちに説明した。
    「……そうか、娘を人質に取られていたのか」
    「話から察するに、そいつらも白猫党っぽいですね。こそこそーっと代理立ててけしかけるってのが、いかにもって感じですよ」
    「しかし……となると困ったな」
     エヴァはスモークガラス越しにバンの外を確認しつつ、バンの中を一瞥する。
    「いつまでも敵がこの状況に気付かないはずがない。気付けばそれこそ銃撃・砲撃されかねない」
    「場所を移動しますか?」
    「その場しのぎにしかならない。ナナセのスマホで位置は探知できる。相手がここに来れば、容易に状況を把握されてしまうだろう。と言って電源を切るのも得策じゃないだろう。唐突にそんなことをすれば、それこそ異状を察知して駆けつけるだろうしな」
    「……じゃ、どうするんです?」
     ラモンに渋い顔をされ、エヴァはしばらく考え込んでいたが――やがて、「ふむ」とうなった。
    「そもそもオーノ博士が今狙われているのは、白猫党が石油利権を独占するため、秘密裏に処理しようと目論んでいるからだ。であれば秘密にできない状況に持ち込んでしまえばいい」
    「と言うと?」
     ラモンに答える代わりに、エヴァは大野博士にスマホを向けた。
    「博士。今からあんたに、さっきの石油の件についてもう一度説明してもらい、それを撮影する。その動画を私のツテで、全世界に向けて配信してもらえば、もう周知の事実になる。白猫党の隠蔽工作は破綻すると言うわけだ」
    「は、はぁ」
    「と言うわけでもう一度――今度はなるべく簡潔に――話してくれ」
     そう念押ししたものの、やはり大野博士の話は回りくどく、冗長的になった。それでもどうにか録画し終え、エヴァは旧友――即ち今をときめくクラウダー、シュウ・メイスンに送信した。
    「これでよし。後はシュウが上手くやってくれる、……はずだ」
    「だといいんですが……はぁ」

     と――唐突に、車のサイドドアがノックされた。
    「……!?」
     訪ねてくる人間がいるはずもなく、車内に緊張が走る。
    「誰だ……?」
    「さ、さあ?」
     恐る恐る、ラモンが窓を開ける。そこに現れたのはエヴァに負けず劣らずの、黒ずくめの少女だった。
    「ココにエヴァンジェリン・アドラーがいるだろ?」
     尋ねた少女に、エヴァが答える。
    「私だ」
    「やっと会えたな」
     そう返し、少女はドアをもう一度叩く。
    「開けろ」
    「い……嫌っス」
     答えたラモンをにらみつけ、少女がもう一度同じことを命じる。
    「開けろよ」
    「閉めろ、ラモン。素性の分からん奴に応じるな」
     エヴァの答えに、少女は元々から吊り気味だった目をさらに尖らせる。
    「じゃ、実力行使させてもらうぜ。『テレポート』」
     次の瞬間、車全体が浮き上がる感覚を覚え――。
    「なっ……!?」
     気付けば車ごと、どこか別の場所に移動させられていた。

    緑綺星・闇討譚 終
    緑綺星・闇討譚 5
    »»  2023.02.09.
    シュウの話、第93話。
    逆襲の時。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「話は分かった」
     エヴァと七瀬の話を聞き終え、天狐は小さくうなずいて返した。
    「大野博士については、天狐ゼミで保護してやる。フェロー(特別研究員)とでも言っときゃいいだろ。紅農技研には『オレが来いっつって連れてきた』って言っときゃ、ソレで納得すんだろ。七瀬のスマホも今、一聖と鈴林が位置情報システムをごまかしてるトコだ。腕は確かだから、こっちも問題ないだろう。ついでに七瀬のクルマも持って来てやった。明日にはミッドランドで走れるよう、車輌登録しといてやる。
     その他、とりあえずの住む場所だとか何だかも、言ってくれりゃソレなりに手配する。オレと一聖が無理矢理連れてきたんだし、石油の件はマジで大事(おおごと)だからな。知らせてくれた分の礼はさせてもらう」
     そこで言葉を切り、天狐は七瀬と海斗に目を向けた。
    「で、問題はお前らの家族だな」
    「ええ。美園も保護しなきゃ」
    「だが、ソコが一番の問題でもある」
     と、スマホの細工を終えたらしく、一聖が会話に入ってくる。
    「お前さんから住所聞いて家に行ってみたが、誰もいなかった。近所やら学校やらをこっそり探ったが、どうやら1週間以上前、つまり七瀬たちが前の依頼に取り掛かってる間にさらわれたらしい。スマホも電源切られてるらしくて、位置情報が割り出せねえ」
    「そんな……」
     一聖の説明に、七瀬は頭を抱える。と、そこで一聖がニヤッと口元を歪めた。
    「だが相手はいっこ、とんでもないしくじりをやらかしてる」
    「え?」
    「七瀬のTtTに友達登録してるコトさ。しかも6時間に1回、ご丁寧に連絡して来てやがる。そのアカウントと送信記録を解析したところ、すべて同じ場所――央南東部、青州大月市内から発信されてるコトが判明した」
    「ってことは、つまり……!?」
     一転、七瀬の顔に朱が差す。一聖はうなずきつつ、こう続けた。
    「さらに調べたところ、発信源と思われる場所は表向き、郊外の採石場跡だったが、周辺のライブカメラやら監視カメラやら確認したところ、トラックやらトレーラーやらの出入りがやたら激しい。十中八九、偽装した軍用車輌だろう。さらにそんな大型車輌がドカドカ出入りしてる割に、衛星画像にはソレらが停まってる様子が一切写ってねえ。どうやら地下にかなり大規模な基地があるらしいな。
     ソコに美園がいるのは、ほぼ間違いない」
    「……!」
     七瀬と海斗は顔を見合わせ、喜びかけたが――すぐに表情が曇る。
    「でも……どうやって助けるの?」
    「それは、……その」
     七瀬の顔にあきらめの色が浮かび、やがてうつむいてしまった。
    「いるのは……いるのは分かっても……白猫党の基地のド真ん中じゃ……」
    「僕が、……僕が行く」
    「ダメよ。一人で軍隊と張り合えるワケ、ないじゃない」
    「行く」
    「ダメ」
    「行く。行かなきゃならないんだ」
    「ダメって言ってるでしょ!?」
     海斗の襟を握りしめ、七瀬が怒鳴る。
    「行ったらどうなるか、アンタ分かんないワケじゃないでしょ!? アンタがいくら剣の達人だからって、相手は重武装した兵隊よ!? 正面からノコノコ突っ込んでったら、3分ももたず蜂の巣にされるだけよ!」
    「それでも行くんだ!」
     七瀬の腕を弾き、海斗も怒鳴り返した。
    「僕は一人ででも行く! 美園を助けるためなら、死んだって構わないッ!」
    「一人じゃないさ」
     と、部屋の外から声が飛んでくる。
    「白猫党が相手やったら、俺も手ぇ貸したるで」
    「右に同じだ。私にも、因縁や恨みが色々とあるからな」
     揃って現れたジャンニとエヴァに、海斗は目を丸くした。
    「助けて……くれるの? どうして?」
    「『助ける』と言うのは少し違う。一緒に行くのは、利害が一致しているからだ。私も、君も、それからこの『狐』君も、揃って白猫党を敵に回しているし、何なら殲滅・壊滅させてやろうと目論んでいる。それならこれは、行動を開始するのには絶好の機会だ。少なくとも私はそう思っている」
    「俺も同感や。白猫党には市国引っ掻き回されたり、コケにされたり、ええ加減ハラ立ってきてんねん。ここらでええ加減、一発ブチ込んだらへんとな」
    「……ありがとう」
     深々と頭を下げる海斗に対し、七瀬は依然として表情を崩さない。
    「たった3人で何やろうって言うのよ? 多勢に無勢なのは変わりないじゃない」
    「たった3人だが、一騎当千の実力持ちの3人だ。サポートしてやりゃ、基地だろうと要塞だろうとブッ飛ばせるさ」
     天狐は椅子からひょいと立ち上がり、一聖と肩を組んだ。
    「そのサポートはオレとコイツがやる。任せときな」
    緑綺星・暗星譚 1
    »»  2023.02.11.
    シュウの話、第94話。
    潜み、眩まし、そして瞬く綺羅星たち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     一聖にミッドランドへ連れ込まれた時点で、七瀬・海斗親子が請けた大野博士暗殺依頼の期限までは、残り2日となっていた。その2日強の――依頼を放棄したことに白猫党が気付くまでの――間に、一聖と天狐はジャンニ、エヴァ、そして海斗の装備を整え、バックアップ体制を確立することにした。

     まず、ジャンニについて。
    「勿論やるコトはスーツのチューンナップだ」
    「ソレもバッキバキにだ、な」
     天狐たち二人でパワードスーツの設計段階から徹底的な見直しを行い、時間内に可能な限り改良に改良を重ねた結果、総合的な出力は元々ジャンニが使用していた時点から3.5倍以上に増加。それに加え、大幅な機能追加も行われた。
    「魔力バッテリーに『オリハルコンMS-216』を搭載したコトで、通常運用での稼働時間は1500倍になった。普通に飛ぶくらいなら、世界3周半は楽勝だぜ? 加えて、コレまで実現不可能だった超高出力攻撃も使えるようになった。その気になりゃ、ミサイルだってパンチで跳ね返せるぜ」
    「……ミサイルのこと根に持っとるやろ、カズちゃん」
    「そりゃそーだろ。二度とあんなふざけた真似できねーようにしてやる」

     続いて、エヴァについて。当初、ジャンニと同様のパワードスーツを提案したが――。
    「断る。あんな全身金属甲冑では、まともに動けない」
    「そーゆーなって、ボディスーツくらいにしといてやるからさ。むしろ話聞いてる限りだと、お前さんは格闘術とか肉弾戦、白兵戦向けっぽいから、そっちの方がいーだろーし」
    「……ふむ。最低限、防刃・防弾は可能なように頼む」
    「オレの作った防具がその程度でまとまるワケねーだろ。防弾どころか、ロケット弾だって凌げるさ」
     もちろんこれは一聖の大言壮語ではなく、実際に彼女は――ジャンニのスーツ改良の片手間に――作って見せ、エヴァを驚かせた。
    「なんだこのスーツ……!? 今まで着ていた戦闘服より軽いぞ。その上、布みたいに伸縮性があるし、でも硬質感も確かにあるし、……一体何でできてるんだ?」
    「試しに撃つか斬るかしてみろよ。ビクともしないぜ」
    「いや……着た感じで分かる。これはモノが全然違う」

     このボディスーツは、海斗にも同じものが支給された。
    「お前さんも白兵戦タイプだから、こっちの方が都合いいだろ。ついでに刀も打っといたぜ。神器化処理も施してあるから、お前さんの腕と気合次第で文字通り、岩でも鉄でも何でも斬れる」
    「……なんかのチームみたい」
     ぼそっとつぶやいた海斗に、ちょうど部屋にいたシュウが笑い出した。
    「わたしもそー思ってました。みんな黒地に金色ラインの全身スーツですもん。カズちゃんとテンコちゃんの趣味出し過ぎですよー」
    「いーじゃん、チーム一聖」
     一聖がそう返したところで、天狐が目をむく。
    「なに勝手にお前一人のチームにしてんだよ。オレも絡んでるだろーがよ」
    「最初にスチフォけなしたクセに、いけしゃあしゃあとチームに入って来てんじゃねーよ」
    「んなコトゆーなら『オリハルコン』抜くぞ。アレ錬成したのオレだぜ」
    「そもそも白猫党の基地突き止めたのがオレだろーがよ」
    「あ・ね・さ・ん・た・ち・ぃ?」
     睨み合った一聖と天狐の間に、鈴林が割って入った。
    「どっちのチームとか、みんなは姉さんたちの所有物じゃないでしょっ? チームにするんならみんなの意見も聞かなきゃでしょっ」
    「チーム……作るのか? 確かに目的は一緒ではあるが」
     苦い顔をしているエヴァの横で、ジャンニが自分のスーツを眺めながらぼそっとつぶやく。
    「これスチフォって略してんねやな、カズちゃん」
    「……まとまり無くない?」
     二人を一瞥した海斗に突っ込まれるが、天狐はフンと鼻を鳴らす。
    「克一門よりマシだ。親父なんか、何回弟子に殺されかけたか」
    「お前がソレ言うのかよ」
    「お前こそ言う権利あんのかよ」
    「もー、ケンカしないでってばっ。……じゃーさ、シュウ! あなたが決めてあげてよっ」
    「え? わたしがですか?」
     きょとんとするシュウに、鈴林が首を振りながら返す。
    「このままじゃ何にも話が進まないもんっ。それにシュウなら、ここにいる人の中で一番、気楽にひょいっと決めてくれそうな性格だしっ」
    「なーんか軽くけなされてるよーな気もしますけどー……まーいいです」
     シュウはジャンニ、エヴァ、そして海斗の前をうろうろと歩き回り、やがてぺちん、と両手を合わせた。
    「金色ラインがキラキラしてますから、星なんていいかもですね。そーですねー……綺羅星(ティンクルスター)……チーム・ティンクルなんてどーでしょ?」
    「おゆうぎ会みたいなネーミングやな」
     ジャンニに突っ込まれ、シュウは口をへの字に曲げる。
    「どーせお子ちゃまセンスですよーだ」
    「だが星ってモチーフは悪くないな」
     一聖がそう返し、腕を組んで思案にふける。
    「星……黒い星……見えない星(Hidden Star)……隠れた星(Secret Star)……ふむ。んじゃ、七等星(Seventh Mag)ってのはどうだ? ふつーの人間に見えるギリギリが六等星だが、お前さんたちはソレより下――色んな事情から、オモテで輝くコトをやめたヤツらだ。
     だがいなくなったワケじゃない。見えはしないが確かにソコにいる、隠れた星々――お前さんたちはセブンス・マグだ」
    緑綺星・暗星譚 2
    »»  2023.02.12.
    シュウの話、第95話。
    天狐と一聖のミーティング。

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    3.
    「一騎当千の3人なら基地でも要塞でも陥落させられる」と豪語したものの――一聖と天狐は互いの顔をにらみ合い、思案に暮れていた。
    「で、いい案思いついたかよ?」
    「思いついてたらお前の顔じーっと眺めてるもんか。お前もだろ?」
    「……だよなー」
     白猫党の秘密基地があると思われる採石場跡の衛星写真を二人で眺めていたが、その攻略方法を考えあぐねていたのである。
    「もっぺん最初から考えてみるか……。ま、正面突破ってのは愚策もいいトコだわな。エヴァから『あの話』は聞いてはいるけども」
    「MPS計画だろ? ソレがマジだとしても、敵の陣容が分からない状況で闇雲に敵陣へ突っ込んだら、命がいくつあっても足りゃしねーよ。地下施設だから忍び込むにもルートが限られるし、その限られたルートは全部厳重に守られてるだろーし」
    「のべつ幕無しに空対地攻撃なんてのもナンセンスだ。対策してねーワケがねーしな」
    「スチフォに搭載した装備なら攻撃自体はできないワケじゃねーが、CIWS(近接防空迎撃システム)かなんかをカマされたら、流石に防御性能を上回っちまう。『ミサイルも跳ね返せるぜ』とは言ったが、防空システム相手じゃ1発、2発どころじゃないからな」
    「辛うじて装甲が耐えられたとしても、中のジャンニがドロドロのビーフシチューになっちまうぜ」
    「ネットから基地内のシステムをハックして撹乱するってのも不可能だ。軍用の独立回線使ってるから、侵入すら不可能だ。現地に乗り込めばスチフォにリンクさせてハックできるかも知れねーけど」
    「結局ジャンニが人身御供になるプランしかねーじゃねーかよ」
    「ま、ドレも論外だな。うーん……」
     と、封筒を持った大野博士が、申し訳無さそうに部屋を訪ねてきた。
    「すみません、あの、お邪魔します。役所から『いくらテンコちゃんでもサインくらいちゃんと書いて提出して下さいって言っといて下さい』って言われまして……」
    「んあ? ……あれ、書いてなかったか? 悪いな」
     天狐が書類を確認している間、大野博士は所在なさげにパソコンのモニタを眺めている。と、「ふーん」とうなったのを見て、一聖が尋ねた。
    「なんだよ?」
    「やっぱりあるんだなって」
    「なにがだよ?」
    「えーと……これ、昨日言ってた白猫党の基地があるかもってところですよね。じゃあ、それが原因なのかなぁ……。えーとですね、採石場『跡』ですから、数年、あるいは十数年以上は放置されてるわけですよね。となると雑草や苔が生えてきてしまうわけなんですけども、まあ、地中に人間が生活可能な基地があると言うことであれば、恐らくその地上の大部分は植生に適した温度になるんじゃないかと思うんですけど、見事に建物の形に沿ってくっきり生えてますね」
    「なに?」
     言われて一聖は、モニタに視線を向ける。
    「……言われてみりゃ、確かに緑色のトコとそーじゃねートコの境がくっきりだな。ってコトは地表からそんなに離れてねーのか」
    「建材として一般的に使われるコンクリートは熱伝導率および熱容量が非常に高いですから、真下に熱源があればどんどん熱が交換・放出されますし、上に砂や石があれば保温性も確保できます」
    「ま、採石場跡ってコトにしてるなら、そりゃ上には石並べてるわな。つまり岩盤浴と同じよーな環境になってるってワケか」
    「あと、多分この辺りに排気口があるみたいですね」
     そう言って、大野博士はモニタのある部分を指さした。
    「植物ももちろん生き物ですから、極端な暑さ寒さには弱いんです。で、排気口って排熱の役割も果たしますよね。軍事用の地下施設ですから発電機なんかもあるでしょうし、大量の熱が放出されていると考えられます。ですから結果としてそこだけ多分、50度とか60度とか、すごく高温になってしまうんでしょうね、流石に植物の育成に適さない温度なので……」
    「あー、なるほどな。ココだけぽつんと生えてねーってコトは、……!」
     突然、一聖は天狐の肩を揺する。
    「天狐! 今ピンと来たんだが、こんなのはどーだ!?」
    「わっ、……いきなり肩つかむなよ!? サインしくじんじゃねーか!」
    「あ、悪り」
    「あっぶねーな、もう。……で、なんだよ」
    「今、大野のおっさんが言ったヤツだよ。排気をいじりゃ……」
    「あぁ? ……なるほど、緊急事態ってワケか」
     合点がいったらしい天狐に対し、大野博士はきょとんとするばかりだった。
    緑綺星・暗星譚 3
    »»  2023.02.13.
    シュウの話、第96話。
    破壊工作。

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    4.
     早朝、約束の期限の2時間前――潜遁術「インビジブル」で姿を消したエヴァが、件の採石場跡に忍び込んでいた。
    《センサーに反応なしや。周囲に見張りおらんで》
     エヴァと同様、付近に潜んでいるジャンニから通信が入り、天狐が応答する。
    《よし。エヴァ、そのまま直進しろ》
     術の展開中は大きな声を発せないため、エヴァは返事する代わりに、インカムに付けられたキーで符号を打って応答する。
    (リ・ョ・ウ・カ・イ、……と)
     言われた通りに直進し、やがて衛星写真で前もって確認していた、排気口があると思われる地点に到着した。
    (目標地点に到達 指示されたし)
    《よっしゃ、そんじゃ金属板突き刺せ。一ヶ所につき6枚ずつだぜ》
    (了解 工作を開始する)
     指定されていたポイントに魔法陣が彫り込まれた金属板を突き刺し、エヴァは一旦その場から離れる。
    「工作完了した」
    《おつかれさん。……よーし、そんじゃ一泡吹かせてやるとするかっ。頼んだぜ、鈴林!》
    《はいはーいっ! とっておきの秘術、発揮する時が来たみたいねっ! それじゃ行くよっ、『クレイダウン』っ!》
     術が発動された瞬間、金属板が刺された砂利がどろりと形を崩し、液状化する。
    (カズちゃんによれば――二人ともちゃん付けしないと何故か怒るんだよな――あの術で溶けた石が排気口を塞ぎ、排気システムが全てダウンする。予備の排気口も同時に塞いであるから、切替も不可能だ。
     空気の性質上、排気ができなければ吸気もできない。そうなれば……)

     その基地内では、うつろな目をした兵士たちがうろうろと歩き回っていた。
    「……」「……」
     何かを話すでもなく、そもそも明確な意思を持っているようにも見えず、彼らは淡々と巡回を続けている。基地内の大半の兵士はまるで人形のごとく、ただひたすらぐるぐると同じルートを回り続けていた。
    《注意です》
     と、基地内にアナウンスが響く。
    《基地内の酸素濃度が低下しています。E2087番。G3981番。排気システムの確認に向かいなさい》
     基地内をひたすら巡回し続けていた兵士のうち2人がぴたりと立ち止まり、揃って外に出て行った。

     兵士二人がトンネルに偽装された基地出入口から現れ、最寄りの排気口に向かう。その途中、彼らの背後にすっと海斗が降り立ち、昏倒術をかける。
    「『ショックビート』」
     途端に揃ってばったりと倒れた兵士たちをエヴァたちと手分けして担ぎ、その場から連れ去る。
     これを何度も繰り返す内、採石場跡近くの林は倒れた兵士で一杯になる。
    「ねえエヴァさん、こんなに引っ張り込んだら、流石に中の人たちにおかしいと思われるんじゃないの?」
     尋ねた海斗に、エヴァは「そうでもないだろう」と首を振って返した。
    「私が白猫党の内情を探っていた話はしたな? その際に『MPS計画』、マス・プロダクト・ソルジャーなるものを進めていたことを知ったんだが――そもそもは南側の計画で、不足していた人員を大量に確保するためのものだったそうだ。だが人間は機械部品や農作物なんかと違って、そう簡単に大量製造できるようなものではない。ましてや兵士として鍛え上げるとなると、本来なら相当な時間を必要とする。だが短期決戦で北側を制圧したかった南側は、その常識を打ち破ろうとした。
     難民特区でさらった人間の記憶を消し、そこにとある兵士の記憶を刷り込ませ、『自分は百戦錬磨の、伝説級の兵士だ』と思い込ませて銃を握らせる。それでインスタントに兵隊を『量産』しようとしたんだ」
    「それ……ゲームかなんかの話?」
     信じられないと言いたげな顔をした海斗に、エヴァは肩をすくめる。
    「ふざけた話だが現実に行われたことだ。だがこの計画には致命的な弱点があった。同じ兵士の記憶を元にしているせいで、作られた兵士全員が全員、同じ行動しか執らないことだ。『散開して殲滅せよ』と命令しても、全員が一斉に同じ標的に向かってしまう。と言ってバリエーションを増やそうにも、お手本にできるような凄腕が何人もいるわけじゃない。5~6パターン程度じゃ1分隊にもならないし、それじゃ作戦行動なんかまともにできるわけがない。となると残る使い道は単なる人数合わせ、ただのエキストラ以上の役割を果たせないと言うわけだ。
     しかし当然、こんな木偶の坊の集まりでは計画の本懐を果たせない。だから現在は……」
     エヴァは倒れた兵士の耳からインカムを取り外し、海斗の鼻先で振ってみせた。
    「記憶どころか人格すらも消去し、基地内のコンピュータにAI制御させているのさ。それなら司令官が『撃て』と言えばAIの計算上最適な配分で弾幕を展開し、『守れ』と言えば最適な陣形で防衛態勢を取れる。
     しかしAIも万能じゃない。あくまで司令官の命令に従うだけの装置だ。その司令官が――例えばわざわざ依頼者のスマホに自分のアカウントを登録するようなマヌケだったら――果たして今私たちが起こしているこの異常に、いち早く気付けるだろうか」
    「……案外気付かないかもね」
    緑綺星・暗星譚 4
    »»  2023.02.14.
    シュウの話、第97話。
    長耳男の素性と本性。

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    5.
     エヴァの予想していた通り、この秘密基地のトップであるあのスーツの長耳は、基地管理AIからの報告をまともに聞き入れていなかった。
    《注意です。A1419、C2062、C5077、D6092、E2087、F3383、G3981、H1187との通信が途絶しています。注意です。基地内の酸素濃度が低下しています。注意です……》
    「うるさいな……」
     スピーカーに背を向け、彼はモニタにかじりついている。
    「ねえ、ミソノちゃん? もうそこに立てこもって何日も経つけど、もう限界だろ? いや、約束するけれど変なことはしないよ。決して。本当に。君のお母さんと弟くんと約束してるからね。向こうがちゃんと約束を守ってくれている限り僕、……私も約束は守るから」
    《……》
     カメラに缶を投げつけられ、ピンクと青のモザイクだらけになった画面の向こう――倉庫の中でしゃがみ込んでいた美園が、カメラの方をじっとにらみつける。
    《アンタ、ウソツキじゃん。約束なんて口ばっかり。ママと海斗のコトも、利用するだけ利用して始末する気でしょ》
    「し、しないよ! しないとも!」
    《あたしのコトも指一本触れないって言ったけど、ソレもウソ。手ぇ出す気満々なの、会った瞬間分かったもん》
    「いやいや、そんなことないって……」
    《じゃああたしをココに連れ込んだ後、服脱げっつったのは何なのよッ!?》
     マイクの受信容量を超え、ノイズ混じりになった怒声をぶつけられ、スーツ男は口をつぐんだ。
    「そ、それは、制服姿のままじゃ僕が変な気を起こしそうで、……あ、いや……」
    《あたしは絶対ここから出ない! アンタに襲われるくらいならここで死んでやるから!》
    「あぁー……」
     美園に頑なに拒絶され、スーツ男が頭を抱えたところで――AIのアナウンスが一際大きな声で割り込んできた。
    《警告です》
    「ああもう、いいかげんにし、……け、警告? 警告って初めて聞く……かも?」
    《基地内の酸素濃度が安全基準を下回っています。生命維持に重大な影響を及ぼす危険があります。生存プロトコルを発動します。基地内の人間は全員、外へ退避しなさい》
    「え……ちょ、ちょっと待て! 今のは取り消し! 却下だ!」
    《生存プロトコルは基地内の安全が確保されるまで解除および中止できません。繰り返します。基地内の人間は全員、外へ退避しなさい》
    「なっ……」
     何が起こっているのか把握できないらしく、スーツ男の顔から血の気が引いていった。

     うつろな目をした兵士がぞろぞろとトンネルから出てくるのを確認し、エヴァが報告する。
    「兵士たちが外に出てきた。おそらく基地の中の酸素が無くなりかけてるんだろう」
    《どれくらいいる?」
    「じゃんじゃん出てくる。基地内の全員だろう」
    《出切ったら教えろ。スチフォ通して『ショックビート』で気絶させる》
    「了解。……ん?」
     と、うつろな兵士たちの中に、明らかに自分の意志が存在するらしい、焦った表情の者を何名か見つける。
    「カイト、あいつら……」
    「うん。雰囲気、違うね」
    「拘束するぞ」
    「分かった」
     瞬時に二人とも飛び出し、その兵士たちの背後に回り込む。
    「なっ!?」
     抵抗する暇も与えず、エヴァは相手の足を払い、倒れ込んだところで肘鉄を右胸に叩き込む。
    「ごは……っ」
     急所を突かれ、相手の目が引っくり返る。その一瞬でエヴァは相手の両手足をダクトテープでぐるぐる巻きにし、担いで連れ去った。

    「おい、起きろ」
     担いできた兵士2人を叩き起こし、エヴァは拳銃を向けながら尋問を始めた。
    「正直にすべて話せ。嘘を言えば尻尾が1センチずつ減るぞ」
    「ひっ……」
    「この基地にいる、『まともな』人間は何人だ? MPSじゃない奴だ」
    「ろ、6人。俺を入れて」
    「責任者は?」
    「ヘラルド・アルテア、長耳の男だ。3ヶ月前に配属された。元、北の一級党員の息子だとかなんだか」
    「北の? 色々聞きたいところだが……それどころじゃないな。ここに一般人が連れて来られたはずだ。虎獣人の少女で……」
    「ああ、いる。アルテアの命令で拉致してきた」
    「……ッ」
     横で話を聞いていた海斗が顔を真っ赤にし、憤怒の表情を見せる。
    「なんてことするんだ……お前ら」
    「う……」
     今にも刀を抜かんばかりの鬼気迫る表情に、兵士は顔を青ざめさせた。
    「お、俺は反対した! ちゃんと『一般人を巻き込んではいけない』と止めたんだ。だがあのボンクラ、『裏稼業やってる奴の家族が一般人ヅラしていいわけない』とか無茶な言い訳して……」
    「美園に何をしたんだ? 手を出したのか?」
     とうとう、くん、と鯉口を切り出した海斗にすっかり恐れをなしたらしく、兵士はぶんぶんと首を横に振った。
    「い、いや、それは無い! だってあの娘、アルテアにビンタかまして倉庫に閉じこもっちまったんだよ! 結局連れ去ってから今までずっと、そのまんまだったし」
    「じゃあ……美園はまだ、中にいるんだな?」
    「た、た、多分」
     それを聞くなり、海斗は立ち上がる。
    「おい、カイト! 中は酸素が減ってきてる! そのまま入れば危険だぞ!」
    「それは美園だって同じだ! 助けに行かなきゃ……!」
     海斗が声を荒らげかけた、その時――トンネルからLAV(軽装甲車)が、勢い良く飛び出していった。
    緑綺星・暗星譚 5
    »»  2023.02.15.
    シュウの話、第98話。
    追跡と侵入。

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    6.
    「あれは何だッ!?」
     依然として鬼神のような形相で怒鳴った海斗に、兵士がしどろもどろに答えた。
    「た、多分、アルテアかも……。基地内の装甲車とか戦闘用の車輌はアルテアの司令権限がないとエンジンがかからないようAIに管理されてるから、こんな時にすぐ乗れるのは、多分……」
    「逃げたか……! おいジャンニ、あれを追えるか!? あの中に基地司令がいる!」
     インカムで呼びかけ、すぐにジャンニが応答する。
    《おう、任しとけ! すぐ捕まえたる!》
    「頼んだ! ……っと、おい、カイト! 行くな!」
     エヴァが気付いた時には既に、海斗はトンネルに向かって駆け出しており、仕方なくエヴァも、海斗の後を追っていった。

    「ひぃ、ひぃ……」
     慌てて基地を飛び出したスーツ男――ヘラルドは闇雲にアクセルを踏み、山道をひた走っていた。
    「なんなんだよ……くそっ……『偉そうにふんぞり返って上からの指令をハイハイ聞いてりゃいいだけの簡単なお仕事』なんて言ってたのに……話が違うじゃないか、父さん……くそっ……なんで僕がこんな目に……」
     と、後方モニタに紫色の光が映っているのに気付き、ヘラルドは「ひっ」と声を上げる。
    「な、なんだよ……なんだよあれっ」
     つぶやいた問いに答えるように、声が飛んでくる。
    《そこの装甲車、逃げんな! 停まれッ!》
    「ひっ……」
     つられて、ヘラルドは急ブレーキをかける。砂利道の上でそんな乱暴な運転をされては、6輪車のLAVといえどもコントロールを失ってしまう。LAVは砂利道の上で右に90度曲がり、道端の木々が眼前に迫ってくる。
    「うわっ……!? と、止まれ、とまっ……」
     すっかりパニックになったヘラルドは、ハンドルを思いっ切り反対方向に切り返してしまう。当然LAVはぐるんと左に急転回するが、勢いがついた車体はそのまま進行方向に向かって横回転し始めた。
    「ぎゃあああ……っ!?」
     LAVはごろごろと転がり続け、道を外れ、森に突っ込み、木にぶつかったところでようやく停止した。



     基地内に侵入してすぐ、海斗は息苦しさを覚える。
    「う……」
     動揺と怒りで呼吸が荒くなっていたため、すぐに海斗は膝を着いてしまう。
    「粗忽者」
     と、顔をぐい、と上に向けられ、無理矢理マスクを付けさせられる。ほどなく呼吸が落ち着き、そこでようやく海斗は、同じくマスクをかぶったエヴァと目が合った。
    「無策で敵陣に潜入する奴があるか。君は本当にプロか?」
    「美園が危ないんだ。冷静になんてなれないよ」
    「ならなきゃただ野垂れ死んで終わりだぞ。姉を助けたいなら、自分が生きてこそだ」
    「……反省するよ」
     エヴァに手を貸してもらいつつ立ち上がり、海斗は改めて基地内を見渡した。
    「もう人はいなさそうだね。こっそり進まなくて良さそうだ」
    「そうだといいがな」
     思わせぶりな返事をしたエヴァに、海斗は「どう言う意味?」と尋ね返す。
    「基地はAIに管理されていると聞いている。正直、私だってAIなるものがどう言う理屈で動いていて、どのくらいの働きができるのかなんてことには詳しくないが、既に今現在、AI管理下にあるいくつかの施設は、それら施設の目的・役割を全うできる程度に機能している。……らしい」
    「らしい……って」
    「実際に見聞きしたわけじゃないし、情報源のほとんどは白猫党内部で交わされた文書や通信記録だ。内向けに誇張や粉飾がされていてもおかしくない。……が、事実としてこの基地にいたMPSはAIで制御されていた。となれば丸っきりウソや出任せとも言えないだろう。もしかしたら本当に、アニメやSF映画のような完全自律AIが存在するのかも知れん」
    「まさか」
     そう答えつつも、海斗も内心では、彼女の言葉をきっぱりと否定できずにいた。
    (……確かに、妙な感覚がある。エヴァさんと僕しかいないはずなのに――四方八方からじーっと見つめられてるような、気持ち悪い雰囲気が漂ってる)
    緑綺星・暗星譚 6
    »»  2023.02.16.
    シュウの話、第99話。
    AI迎撃システム;外。

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    7.
    (流石に軍用車なだけはあるなぁ。あんだけごろんごろん転がったのに、まだ原形留めとるわ)
     うっすら煙を上げるLAVの前に着地し、ジャンニは声をかけた。
    《生きとるかー? おーい》
     何度か呼びかけるが、返事は一向に返ってこない。
    (やってもーた? ……マジで?)
     ジャンニの背に冷たいものが走る。それを検知したらしく、一聖からの通信が入る。
    《どうした? 心拍数いきなり140超えたぞ?》
    《あ、いや、その、……ボスが乗っとったらしいクルマ追っかけたら、そいつ事故りよってん。声かけてんねんけど、返事がなくて》
    《死んだのか?》
    《し、死んでもーた? ほな、俺が殺したことになんのやろか》
    《落ち着け。外からスキャンできるだろ?》
    《あ、……せやった》
     言われてジャンニは、スーツのカメラを操作する。
    (えーと……赤外線? でええかな。……アカン、エンジン周りが真っ赤っかでよお分からんわ。ほな音声センサーは、……おっ)
     センサーに心拍らしき波が走っているのを確認し、ジャンニは安堵のため息を漏らした。
    《うわー……、生きとった。どないしよか思たわ》
    《安心してる場合じゃないだろ。放っといたらマジで死ぬかも知れねーだろーが》
    《あ、せやな》
     横倒しになったLAVの上に乗り、運転席のドアを開けようとする。
    《よっ……と、……カギかかっとるな。慌ててたやろうに律儀な奴やな》
    《エヴァの話じゃ設備はAI管理されてるって話だから、自動で閉まったんだろ。いいからブチ破っちまえ》
    《へいへーい》
     ジャンニは腕を振り上げ、ドアの窓ガラスを殴りつける。ところがひびこそ入ったものの、破ることができない。
    《ありゃ?》
    《そりゃ装甲車だからな。一発で割れたら話にならねーだろ。とは言えもう2、3発殴ったら流石に……》
     と、一聖をさえぎるように、LAVの方から機械的な声が聞こえてくる。
    「攻撃を確認しました。敵性対象と断定します。搭乗者を感知しました。搭乗者は至急反撃態勢を執って下さい。……搭乗者の反応がありません。自動防衛モードを起動します」
     ばしゅっ、と音が響き、その直後――ジャンニは爆発音と共に弾かれた。

     LAVから10メートル近く吹っ飛ばされ、ジャンニは近くの木に激突する。
    《なっ……なんや今の!?》
     もちろん――一聖がいつも豪語している通り――ダメージを受けることはなかったものの、ジャンニは面食らっていた。
    《誰もおらんかったやんか!? 一体どこから……何が!?》
    《落ち着け! 今解析してる。……さっきのはロケット弾だ。LAVから発射されてる。LAVからなんか聞こえてたな。どうやら基地のAIとリンクしてるか、もしくはLAVん中にAIが仕込まれてるらし……》
     一聖と話している間に、きいいい……、と風切り音が聞こえてくる。
    《ま、また来よった!》
    《落ち着けって。さっきも無事だったろーが。……だが面倒だな。基地からソコまで1キロくらい離れてるはずだろ?》
    《せやな》
     スーツに搭載されたカウンターフレアで飛んでくるロケット弾を迎撃しつつ、ジャンニは一聖と考察を重ねる。
    《なのにAI制御が生きてるとなると、衛星通信かなんかでリンクしてんのか、ソレとも車輌制御専用の別物か……。前者だとリンク解除は事実上不可能だ。周囲一帯に妨害電波出すって手もなくはないが、ソレをやるとお前さんまで影響受けるからな。後者ならLAVん中にAIの処理装置があるだろーから、ソレを破壊すりゃいい。……が、コレはあんま考えにくいな》
    《っちゅうと?》
    《さっきから攻撃が正確すぎる。離れたお前さんにポンポン撃ち込んでるが、カウンター当てなきゃ全弾命中してるだろう。横倒しになったLAVのカメラやセンサーでお前さんの位置を割り出すのはまず不可能だ。衛星か、あるいは基地のセンサーで位置を割り出してなきゃ、そんな芸当ができるワケねー。
     よって結論は前者の可能性しかねーってワケだ》
    《ほなどないするんや? 基地のAIを破壊したらええんか?》
    《ソレが一番シンプルだろう。LAVは一旦置いといて、基地へ戻れ》
    《了解!》
     ジャンニは空高く飛び、基地へと引き返した。
    緑綺星・暗星譚 7
    »»  2023.02.17.
    シュウの話、第100話。
    AI迎撃システム;内。

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    8.
     基地内を奥へと進んでいたエヴァと海斗は、ほどなく目的の場所である倉庫前に到着した。
    「ここ?」
    「兵士の話が本当ならな。とは言えあの状況でウソをついても仕方ない。間違いないだろう」
     エヴァは倉庫の扉をノックし、声をかける。
    「ミソノ、中にいるのか? 助けに来たぞ。弟も一緒だ」
    「美園! 僕だ!」
     海斗も声を張り上げて呼びかけたが、返事はない。
    「酸素がかなり減ってるし、気絶してるかも知れないな」
    「ど、どうするの? どうしたらいい?」
    「ふむ……」
     エヴァは倉庫の扉をもう一度叩き、サイドバッグを探る。
    「テンコちゃんからプラスチック爆薬をもらってきてる。これで扉を破壊しよう」
    「美園にケガさせないでよ」
    「安心しろ。この手の工作活動は慣れてる」
     エヴァは取り出した爆薬を扉の隙間に仕掛け、海斗の手を引く。
    「離れてろ。少量ではあるが、近くにいたら鼓膜が破れる。破片も危険だ」
    「う、うん」
     十分に距離を取ったところで、エヴァは爆薬を起爆させる。パン、と甲高い音を立て、鍵が木端微塵になった。
    「ほ、本当に大丈夫!? 美園に何かあったら本当に許さないよ!?」
    「大丈夫だと言ってるだろう。君は家族のこととなると本当に落ち着きがないな」
    「そりゃそうだよ」
     海斗は心配していたものの、確かにエヴァの言う通り、扉本体は原形を留めていたし、倉庫内に入っても、目立った影響は見られなかった。
    「……美園! 美園!?」
     が、倉庫内を探しても、美園の姿はどこにも無い。
    「あ、あれ? 倉庫って……倉庫って言ってたじゃん!?」
    「ふーむ……?」
     二人して首をかしげていると――二人の頭上から、機械的なアナウンスが聞こえてきた。
    《基地内で爆発を感知しました。未認証の人間を感知しました。侵入者による破壊工作と判断されました。近隣の兵員に排除を命令します。……基地内に兵員を確認できません。自動防衛モードを起動します》
     間を置いて、廊下の奥からがしゃん、がしゃんと、金属質な足音が響いてきた。

     目の前に現れた四足歩行のドローンに、海斗は表情を硬くする。
    「あれ……何?」
    「さっきのアナウンス通りだろう。基地の防衛ドローンだ」
     話している間に、ドローンの背中部分に装備されていた機銃が二人の方を向く。
    「来るぞ! 逃げろ!」
     機銃が火を吹くと同時に揃って身を翻し、二人は廊下を駆けた。
    「走れ! 走れ、カイト!」
    「走ってるよ!」
     が、全力疾走にもかかわらず、二人のすぐ背後からがしゃん、がしゃんと機械音が響く。
    「埒が明かない! カイト、耳を塞げ!」
    「えっ、う、うん」
     目を白黒させつつも、海斗は素直に自分の長い耳を塞ぐ。と同時に、エヴァはサイドバッグから手榴弾を取り出し、後方に投げ込む。廊下の角からドローンが現れたと同時に手榴弾が破裂し、ドローンは仰向けになって壁に叩き付けられた。
    「やれた?」
    「いや、背中の機銃は吹っ飛んだが、原形は留めている。まだ動きそうだ、……と言うか動いてるな。この程度じゃ無力化は無理か」
     とは言えドローンが立ち上がるまでにはいくぶん間があり、その隙に二人は廊下を抜け、分厚い扉で守られた区域に入った。
    「ここは……駐車場か。と言うことは、ぐるりと回って入口近くまで戻って来てしまったか」
    「ダメじゃん。まだ美園助けてないし」
    「と言って我々の装備であのドローンを何とかできる可能性は少ない。……いや」
     と、エヴァは近くにあった軍用車輌に目を留めた。
    「備え付けの重機関銃なら何とかできるか……?」
    「僕の刀もある」
     海斗はそう言って刀を抜き、刀身に火を灯す。それを横目で眺めつつ、エヴァは車の荷台に乗り込んだ。
    「私と戦った時にも、君は刀を燃やしていたな? それに何か意味があるのか?」
    「火の魔術剣だよ。刀の間合い以上の攻撃レンジがある」
    「魔術? いまどき魔術を電子システムに組み込んでじゃなく、直に攻撃手段として使うとは。幼い顔のわりにレトロな奴だな、君は」
    「でも威力は高い。僕の腕なら鉄を斬れる。この刀も相当な業物みたいだし」
    「……はっきり言うぞ。期待はしてない」
     エヴァは荷台に固定されていた機銃のロックを外し、入ってきた扉に狙いを定める。海斗も車輌の陰に潜み、迎撃体勢を取る。まもなく扉が開き、ドローンが駐車場に現れた。
    緑綺星・暗星譚 8
    »»  2023.02.18.
    シュウの話、第101話。
    拠点防衛用兵器・HD715D。

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    9.
     ドローンが姿を現すと同時に、エヴァは機銃の引金を絞る。工作機械じみたドゴ、ドゴと言う爆音が駐車場に響き渡り、ドローンを弾く。だが――。
    (硬いな、やはり)
     最初の数発はドローンの体勢を崩し、装甲をいくらかはがしはしたものの、すぐに体勢を立て直し、横へと跳んでかわされてしまう。
    (とは言え)
     エヴァも即応し、偏差射撃でドローンを追う。
    (機械なんぞにそうそう遅れを取るものか)
     ドローンが初弾をかわし着地したところで、機銃の弾丸を叩き込む。流石のドローンもこれはかわし切れず、壁際まで弾き飛ばされた。
    (手応えあり、……と言いたいところだが、そう簡単じゃないのは承知している)
     壁際の軍用バイクをがしゃん、がしゃんとなぎ倒し、オイルか何かをボタボタと撒き散らしながらも、ドローンは体勢を立て直し、ふたたびエヴァとの距離を詰める。
    (ここまでは概ね想定通りだ。基地防衛用ドローンが通常兵装レベルの機銃に負ける道理は無いだろう。車輌ごと鹵獲されて基地を襲撃される可能性は十分考えられることであるし、そのケースはMPS計画の性質上、起こりうる話だからな。
     で――この次の一手は若干の賭けにはなるが――相手が次世代ドローンだろうと神話に出て来るような怪物だろうと、相手を狩ろうと言うその一瞬だけは、攻撃が最優先になる。となれば、どうしたって防御は劣後する。……そこを『こいつ』で狙う!)
     ドローンが跳躍し、エヴァの頭上に迫ったその瞬間、エヴァは腰のホルスターに差していた大型リボルバーを抜き、ドローンの頭部に狙いを定めた。
    (散々お前らの作ったドローンを相手してきたんだ。お前らの強度は把握している。この鉄芯入り12.5ミリマグナム銃弾なら……)
     ずごん、ととんでもない爆音を立てて発射された弾丸は、ドローンの頭部を木端微塵にした。
    「……ふう。想定通りだ」
     反動を無理矢理抑え込んだせいでじんじんと痛む右手をさすりながら、エヴァはドローンに背を向ける。
    「カイト、もう出て来て大丈夫だぞ。ドローンは破壊し……」
     と、背後でうぃぃん、とモーター音が鳴る。
    「……な、に?」
     振り返ったエヴァの目に、頭部のなくなったドローンが立ち上がっているのが映る。
    (しまった……先入観……こいつらは生物じゃない……頭がなくても動けるのか!?)
     エヴァがリボルバーを構え直すより速く、首なしドローンはふたたびエヴァに飛びかかった。

     だが――突如ドローンが燃え上がり、左右真っ二つに割れる。
    「エヴァさん。僕に二つ言っとくことがあるよね」
     ドローンの背後に立っていた海斗が、どこかニヤニヤした目でエヴァを眺めていた。エヴァはしばらく無言でにらんでいたが、やむなく海斗の言葉に応じた。
    「……ああ。君の剣術は現代兵器にも十分通用するよ。魔術もな。それで二つでいいか?」
    「それだといっこだよ」
    「じゃあ後はなんて言ってほしいんだ?」
    「僕のことをプロ失格みたいに言ったけど、敵を倒したと思ってうっかり背を向けた人がそんなこと言う資格ある?」
    「……ああ。悪かったよ。私もまだまだ未熟者だった」
    「んふふふ」
     笑う海斗に、エヴァも相好を崩した。
    「はは……、まあ、とりあえず脅威は去ったな。ミソノ捜索を再開しよう」
    「うん」
     車輌の荷台から降り、リボルバーをしまったところで――駐車場に無機質なアナウンスが響いてきた。
    《HD715D-08の反応が消失しました。防衛レベルを引き上げます》
     途端に扉の向こうから、無数の機械音が響き始めた。
    「……まさか?」
    「今のやつ……まだ出てくるの!?」
     エヴァと海斗は、揃って戦慄した。

     ところがその直後――照明がすべて消え、機械音もやむ。
    「今度は何だ!?」
    「基地が自爆でもすんの……?」
     両者の問いに答えるように、二人のインカムにジャンニの声が飛んで来る。
    《今、基地のサーバーぶっこ抜いてカズちゃんのとこに送ったった。多分AIもそん中やから、基地のシステム全部ダウンしたはずやで》
    「と言うことは、防衛システムも止まったわけか。……やれやれ、MVPはジャンニに取られたらしい」
    「無事ならもう何でもいいよ……。あと、美園」
     二人揃ってその場にへたり込んだところで、基地の非常灯がぽつぽつと灯り始めた。
    緑綺星・暗星譚 9
    »»  2023.02.19.
    シュウの話、第102話。
    基地攻略の顛末。

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    10.
     ジャンニも交えて3人で基地内を捜索し、ほどなく基地内の廊下で倒れている美園を発見した。
    「気を失ってるな。ジャンニ、『テレポート』でテンコちゃんのところに送って、診てもらってくれ」
    「あいよ。……あ、代わりに頼みたいことあるねんけど」
     ジャンニから横転したLAVのことを伝えられたエヴァと海斗は、基地内に残っていた車で現場に向かった。
    「美園……大丈夫かな」
    「チアノーゼの症状も見られなかったし、単純に気を失っただけだろう。あのドローンの行進を見るか何かして、卒倒したんじゃないか?」
    「……確かにあんなSFみたいなの、普通の人が見たらパニックだよね」
     その言葉に、エヴァは違和感を覚えた。
    「普通? 君たちは暗殺者一家と認識していたが」
    「美園は関わってない。僕と七瀬さんがしてることも、詳しくは知らないはずだよ。せいぜい『危ない仕事やってる』くらいにしか」
    「そうなのか。……と言うか、そもそも私も君のことを全く知らないな。この2日バタバタしていたし、流れで君と一緒に仕事することになったが、よく考えれば自己紹介もろくにやってない。ジャンニからは、向こうから勝手にペラペラと話されはしたが」
    「……あんまり話すこともないけどね」
     そう前置きし、海斗は自分の家のことについて話し始めた。
    「元々、七瀬さんは実家の情報屋関係の仕事してたんだってさ。ウラ方面の。一時期仕事関係の人と結婚してて、その時に美園も生まれたらしいんだけど、結局ソリが合わなくなって離婚して。その後僕が拾われて、今は僕と七瀬さんと美園の三人ぐらし。七瀬さんはウラの世界に美園を関わらせる気ないし、僕もさせたくない。だから仕事の時は『二人で出張』って説明してた。……それくらいかな」
    「君は国語力が乏しいな」
     LAVの前に到着し、エヴァは車を停める。
    「私が聞いたのは君の家族構成じゃなく、君自身のことだ」
    「……それこそ何も話すことないよ」
    「色々ありそうだがな。……まあいい」
     車を降り、エヴァはLAVのドアを調べる。
    「……? 開いてるぞ」
    「開かないって言ってたのにね」
    「勘違い、……も状況的におかしいか。ともかく……」
     ドアを開け、中を調べたが――。
    「いないな。逃げられたか」
    「じゃ、この近くにまだいるかもね。車載カメラに手がかりあるかも」
    「見てみよう」
     車載カメラを起動し、二人は映像を確認する。
    「クルマの外、ジェットコースターみたいになってる」
    「横転時の映像だろう。……その直後、窓ガラスにひび、か。ジャンニが割ろうとしたんだろう」
    「ボンって言ったね。攻撃されたって言ってたやつかな」
    「おそらくそうだろう。……そこからは特に何も……うん?」
     ジャンニが離れてから20分ほど経過したところで、窓ガラスの向こうに人影が映る。
    「誰か乗り込んで、……うん!?」
     車内に乗り込んできた人物を見て、エヴァはぎょっとした。
    「トッドレール!?」
    「誰? このおじいさんのこと?」
    「あ、ああ。……なっ!?」
     カメラに映る「パスポーター」アルト・トッドレールは、運転席に突っ伏したままのヘラルドを車内から引きずり出し、そのまま画面外へと消えていった。
    「……何故だ? 何故トッドレールが!?」
     エヴァはインカムを通し、天狐に呼びかける。
    「テンコちゃん! そこにラモンはいるか!?」
    《んだよ、うっせーな! インカム付けて怒鳴んな! 何があった!?》
    「すまない。だが急いで呼んでほしい」
    《チッ、しゃーねーな。……おーい、ラモン! こっち来い! エヴァが呼んでんぞ》
     間を置いて、ラモンのとぼけた声が返ってくる。
    《……い、はい、なんです、エヴァさん?》
    「ラモン! 今すぐトッドレールに電話してくれ!」
    《なんでです?》
     露骨に嫌そうな声で応じられたものの、エヴァも折れない。
    「いいから! 早く!」
    《んなこと言ったって……》
     心底げんなりした声で、ラモンはこう答えた。
    《あの人、自分からは昼だろうが夜だろうがお構いなしにじゃんじゃん電話かけてきますけど、人からの電話はどんなにヒマしてても一切出ないって言う、自分勝手なクズ思考のクソジジイですからね。一応、今から電話しますけども、期待はしないで下さい。無駄です、多分。いえ、間違いなく》
     ラモンの言った通り――その後何度電話をかけても、アルトが応じることは一度もなかった。

    緑綺星・暗星譚 終
    緑綺星・暗星譚 10
    »»  2023.02.20.
    シュウの話、第103話。
    天狐屋敷の女子会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「おっ」
     ご自慢のハイスペックPCで央南の新聞を読んでいた天狐が、愉快そうな声を上げる。
    「『大月市郊外に大量の身元不明者現る 地元警察はパンク状態』だってよ。ま、そりゃそうなるわな。あそこの兵隊全員ほっぽって来たもんなー」
    「姐さんもなかなかヒドいよねっ」
     部屋の掃除をしていた鈴林に突っ込まれたが、天狐はフンと鼻で笑って返した。
    「ひでーのは白猫党のヤツらだろ? 基地いっこ潰されたってのに、何の対応もしねーんだから、な。いわゆる『当局は一切関知しない』ってアレだな」
    「まー、そーだけどさっ。……で、『あれ』、どーするのっ? いつまでも置いとけないでしょっ?」
     そう言って鈴林は窓の向こう――庭に転がっている基地のサーバーをはたきで指し示したが、天狐は目もくれず、ぶっきらぼうに答えた。
    「あー……もう捨てていーぜ。粗大ゴミかなんかで。欲しいデータは全部取ったし、何百時間、何千時間も使い込んだ中古のストレージなんて、使う気にもならねーしな」
    「もー……何でもかんでも人任せにするー……」

     そのサーバーから抜き取った大量のデータを解析したところ、あの秘密基地の詳細が明らかになった。
     元々は7世紀中、央南東部から支援要請を受けた際に社会白猫党が公式に構築したものだったが、央北本土での戦争が再開されたところで、表向きには廃棄されていた。しかし実際のところは砕いた石をまぶして採石場に偽装しただけであり、8世紀の現在に至るまで、基地としての機能は喪失していなかった。
    「その理由は?」
    「『もし万が一本当にどうにか南北統一できたりなんかしちゃったら、もっぺん世界再平定計画を始める足がかりにでもしよう』ってつもりだったみたいだよ。で、去年ホントに統一できちゃったから、ソレじゃ目的通りに基地を動かそうかなー、……って感じだったみたい」
     ティータイムの折にシュウから詳細を聞かされ、エヴァは肩をすくめた。
    「理想ばかり先行させて、漫然と1世紀かけて戦争やってた奴ららしい、粗雑極まりない運用だな。それじゃ、あのアルテアって男は? 元は北の人間だったらしいが」
    「南北統一って言っても、南が北を負かして吸収した形だもん。北の高官なんて腫れ物扱いだし、その家族も絶対、中枢に置いとけないし」
    「だから『秘密基地の司令官』とか何とか適当な役職を付け、都落ちさせたと言うわけか。だが偉そうな肩書だけ与えられて放置じゃ、アルテアも憤懣(ふんまん)やるかたなかっただろうな」
    「ソレで本部から指令が来たトコで成果上げようって張り切って、美園を誘拐してあたしたちをゆすったってワケね」
     話の輪に加わっていた七瀬が、苛立たしげな顔でクッキーをかじっている。
    「一発ブン殴ってやりたいトコだけど……結局、まだ行方不明なのよね?」
    「ああ。ラモンが言ってた通り、何度電話をかけても出ようとしない。ふざけたジジイだよ」
    「ソレ聞いててびっくりしたんだけど」
     と、シュウが手を挙げる。
    「エヴァって、アルトさんのコト知ってたんだね」
    「色々あってな。格闘術の手ほどきをしてもらったり、ウラの話を聞いたりと、何かと世話になった。『授業料』と言われて、多少高く吹っかけられたが。おかげで今は素寒貧だ。
     と言うか私にしてみればシュウ、君がトッドレールのことを知っている方が驚きなんだが」
     シュウは挙げた手を、すっとテーブルの下に下ろす。
    「ジャンニくんの特集してる時に、ちょっとね。……でさ、でさ」
     もう一度上げた手には、スマホが握られていた。
    「今回のコトもしっかりじっくり特集にしたいからさ、いーっぱいお話しよっ」
    「……あ、ああ。……変わってないな、シュウは」
    「エヴァもそんなに変わってないと思う。髪型がちょっとフェード多めになったって言うか、ドレッドだらけになったって言うか、かなーりワイルドめになっちゃったなーってくらいで」
    「おしゃれだよ。……ウラの世界の」
    「あたしもウラ稼業だけどソレはないわ。こじらせすぎ」
     七瀬は苦い顔をしながら、スコーンに手を伸ばしていた。
    緑綺星・震世譚 1
    »»  2023.02.22.
    シュウの話、第104話。
    パトロン天狐。

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    2.
     エヴァと七瀬だけでなく、大野博士やラモンにも根掘り葉掘り話を聞き、一通りの取材を終えたシュウは、早速天狐のPCを借りて動画編集を行っていた。
    「んー……やっぱ基地の話はオミットかなー。こっちの主張にあんまり関係ないし」
    「しれっと隠しやがったな。ジャーナリストが聞いて呆れるぜ」
     後ろでその作業を眺めていた天狐に突っ込まれるが、シュウは意に介していない。
    「ジャーナリストだからですよー。主張したいコトは声を大にしてめいっぱい主張しますし、そうじゃないコトはきっぱり言いません。余計な舌禍筆禍は避けるのが鉄則ですもん」
    「本当にコイツは図太てーんだよ」
     と、有名ドーナツ店の紙箱を手に提げつつ、一聖がやってくる。
    「自分の主張のためならマフィアにも喧嘩売るし、ウラの世界のやべーヤツらにも突撃取材かますヤツだから、な。オレとジャンニがケツモチしてなきゃ、そのうちマジで死んじまうぜ」
    「えへへー、頼りにしてます」
    「じゃなくてよ、もっと自衛と自制しろって言ってんだよ。二十歳超えたいい大人なんだからよ、自分のコトは自分で責任持てっての」
     つんけんとした口調でトゲを刺すも、天狐はゲラゲラ笑っている。
    「一聖、お前さぁ……いつからそんなに世話焼きキャラになったんだよ?」
    「ああん? お前もだろ? じゃなきゃ200年もゼミやらねーだろーが」
    「ホントにお二人とも、似た者同士ですねー」
     シュウも笑いつつ、動画編集を終える。
    「コレで完成。後はエンコード開始、っと。……うわっ、速い!」
    「オレが500万エル出してEMDと共同開発して組んだ完全オーダーメイドパソコンだぞ。パフォーマンス低かったらレジにクレーム入れてんぜ」
    「レジ? 買ったトコにってコトですか?」
     尋ねたシュウに、天狐は自慢げに答えた。
    「ちげーよ。レジーナ・サミットっつって、EMDのCEOやってるヤツだよ。ちなみにココの697年上半期卒業生。つまりオレの教え子さ」
    「へー。……って言うか自作パソコンのために500万出資って、テンコちゃんって結構お金持ちなんです?」
    「ま、ソレなりにはな」
     謙遜してみせた天狐に対し、一聖は明け透けな口ぶりでからかう。
    「そりゃ卒業生がみーんな大企業の重役だの技術責任者だのやってる上、ソイツらに絡んで共同研究して色んな特許技術に一枚も二枚も噛んでんだ。パテント料だけで年間数十億エルは稼いでるだろーぜ、コイツ」
    「うひゃー……いっぺんじっくり独占取材してみたいですねー。……っと、そーだ」
     ぺちん、と胸の前で両手を合わせ、シュウはこんな頼みを切り出した。
    「お願いがあるんですよー。エヴァたち、テンコちゃんが雇うって形にできません?」
    「は? ……あー、そーだな」
     一瞬けげんな顔をしかけた天狐だったが、すぐにシュウの意図を察してくれたらしい。
    「まず第一、ゼミ生でも共同研究者でもない素性不明のヤツがこんなトコに出入りしてたら怪しいもんな。まっとうな説明ができる形でオレんトコにいなきゃ、変なうわさが立つ。そーゆーコトだろ?」
    「そーゆーコトです」
    「んで第二、ジャンニのお坊ちゃんはともかく、その二人はカネに困る生き方してるもんな。出すトコから出して囲ってやらなきゃ、まーたウラに入り込みかねねー。そうなりゃオレたちが計画動かすって時に来られなくなる可能性があるし、なんなら敵対する可能性も出てきちまう。んなもん単純に不都合だから、な」
    「そーですそーです。……で、オーノ博士と共同研究するってコトにしてるんですし、ジャンニくんたちを博士の研究チームのメンバーってコトにしとけば、オモテ向きの紹介も簡単でしょ?」
    「ほんっとにズル賢いなー、お前さんは。ま、ソレが一番無難な説明だわな。いいぜ、ソレで雇用契約書作ってやる。少なくとも正義の味方やってる間はカネに困るなんてコト、絶対無いようにしてやんよ」
    「ありがとーございますー」

     この話はすぐ大野博士とジャンニたちに通され、ほぼ全員がその場で承諾した。
    緑綺星・震世譚 2
    »»  2023.02.23.
    シュウの話、第105話。
    サイレンス・サムライ;その未来のために。

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    3.
    「アンタの話する前に言っとくけどさ――ママとも色々相談したんだけど、やっぱ帰るわ、あたしたち」
    「そう」
     ただ一人、シュウの提案に答えていなかった海斗はその晩、七瀬と美園が帰郷する旨を伝えられた。
    「こっちにも学校あるけどさ、あたし央中語全然知らないもん。央中語勉強しながら他の勉強もってなると、あたし脳みそパンクしちゃうよ」
    「僕も今んとこ翻訳機使いながらだし、エヴァさんとかには央南語で話しかけてもらってるもん。難しいよね」
    「ま、アンタがこっちにいる間はテンコちゃんがお給料振り込んでくれるんだし、しっかり頑張んなよ」
     その言葉に、海斗は面食らった。
    「え? いや、僕も帰るよ、二人が帰るんなら」
    「アンタは帰っちゃダメ」
     ビシ、と鼻先に人差し指を突きつけ、美園はこう返した。
    「アンタはココにいて正義の味方やんなきゃ、絶対ダメだかんね」
    「正義の味方なんて……僕、そんなのやる気ないよ」
    「じゃ、帰って何するワケ? またコソコソ人殺しすんの?」
     美園にそう問われ、海斗は言葉に詰まる。
    「そっ、……え、なんで」
    「分かんないワケないじゃん。アンタはキレイに片付けて帰ってきてるつもりだろーけどさ、感じんのよ、『ニオイ』を」
    「消臭だってきちんとして……」「そう言う意味じゃない」
     美園は真剣な目で、海斗をキッとにらみつけた。
    「仕事帰りのアンタとママから漂ってんのよ、『人に言えないウラのお仕事してきちゃった』って、後悔してる感バリバリのニオイが。どんだけ体も服も道具もキレイにしてても、顔色ににじみ出てんのよ。
     その仕事で稼いだおカネで生活してるから、本当はあたしがそんなコト言ったらいけないかもだけど、ソコまで後悔するような仕事なんて、なんでやんなきゃいけないのよ? やるならもっと、世のため人のためになるよーな仕事すりゃいいじゃん」
    「僕には……そんなのできないよ」
    「ソレは今までそんな仕事しかしてこなかったから、ってコト?」
     美園は両手でぎゅっと、海斗の手を握りしめる。
    「じゃ、今が人生最大のチャンスってヤツじゃないの? 今ココでこの仕事受けなかったら、アンタ一生裏通りの片隅でドブ掃除みたいなコト、ずーっとしなきゃいけないかも知れないのよ?」
    「あたしもソレには同感よ」
     と、二人で話していたところに、七瀬が入ってきた。
    「ぶっちゃけて言うとあたし、人生しくじっちゃったって思ってるクチなのよ。若い頃から色んなチャンスを台無しにして、もうウラでセコい仕事やるしかなくなって。海斗拾ってちょっとは盛り返せるかなって思ってた時期もあった。アンタの剣術は――そんな技、ドコで身に付けたのってビックリするくらい――マジですごいし。おかげでどんな仕事もしくじらなくなったし、ウラの世界じゃもう有名人だもんね。
     でも最近、……ううん、もっと前から、このままじゃダメだって思ってた。このまま海斗と一緒に今まで通り、あたしの仕事に付き合わせてたら、きっと海斗もあたしみたいにしくじった人生送るコトになるって」
    「七瀬さん……」
    「コレは母親って言うより人生の先輩として言うコトだけど、チャンスはつかめるならつかみなさい。後になってやっぱお願いしますっつっても、もう間に合わないコトばっかりだから」
    「でも……」
     反論しかけた海斗の言葉をさえぎるように、七瀬はこう続けた。
    「で、コレは母親として言うコトだけど、やっぱ自分の子供は幸せになってほしいワケよ。しかも正義の味方やっておカネ稼げるなんて、最高じゃん。自慢できるわ」
    「自慢……って」
    「この3年間はあたしだけの自慢の息子だったけど、コレからは世界に誇れる自慢の息子よ。頑張んなさいよ、海斗」
    「……そこまで、言うなら、……うん」
     海斗は顔をうつむかせ、ぼそぼそと返事した。
    緑綺星・震世譚 3
    »»  2023.02.24.
    シュウの話、第106話。
    メイスンリポート#43;世界が震える巨大ニュース! 前編

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    4.
     こんにちは、シュウ・メイスンですー。

     今回は大増刊号! なんかもうホントに色々色々話さなくちゃならないコトがいっぱいできちゃいましたので、前後編二回にわたってお送りするコトにします! 名付けて「世界が震える巨大ニュース」です! いやーホント、わたしも聞いてビックリするコトばっかり、って言うか体験したりもしちゃったりなんかしちゃったりして、……そう、まずはソコからお話しなきゃいけませんね!
     皆さんは先週の、ゴールドコースト市国のミサイル事件をご存知でしょうか。表向きには、いえ、正確には金火狐財団のシラクゾ・A・ゴールドマン総帥自らの声明では、アレは「ネオクラウン」による報復と言われていましたが、事実は大きく異なります。
     このような状況となったため、正直にお話するコトにいたしますが、実はわたし、シュウ・メイスンは危険な状況に瀕していたため、この数ヶ月にわたり、あの「スチール・フォックス」氏の本拠地で保護されていました。しかしその本拠地も先週、ミサイルにより強襲され、消失してしまいました。そう、まさにあのミサイル事件は、「スチール・フォックス」を狙ってのものだったんです。
     しかしわたしは生きています。「スチール・フォックス」さんもまだ、生きています。……この動画を観ている、「ネオクラウン」と名乗る方々へ伝えます。もう一度言います。わたしたちはまだ、生きています。すべての真実をつかんだ上で、です。その上で、あなたたちはどうしますか? もう一度、ミサイルを撃ち込みますか? ソレともMPSでもけしかけますか? ソレらはドコへ送りつけるつもりですか? あなたたちはもう、わたしたちがドコにいるか把握できないでしょう。コレからわたしが伝えるお話を止める術もありません。可能だと言うのなら、すぐにでも動いた方がいいですよ。あなた方の今後の企みも、つまびらかにするつもり満々ですから。
     ……っと少々挑発してしまいましたが、ソレだけわたしも怒っています。命を狙われたんですから当然です。さて、少しお話がそれてしまいましたけども、ともかく巷でうわさされている「ネオクラウン」ですが、実はある情報筋から彼らの実態は存在せず、彼ら自体がとある武力組織のフロント組織、架空のマフィアであると伝えられています。
     ソレを踏まえて、視聴者の皆さんに改めて考えてみてほしいんですが、単なるマフィアがミサイルを所有・運用するコトが、本当に可能だと思いますか? ミサイル1発を作って撃つのに、どのくらいの費用が必要だと思いますか? コレはオープンな市場があるような話ではないので、平均価格であるとか希望小売価格であるとか、明確な価値基準は存在しないですけども、ソレでも例えばトラス王国陸軍所有のジェットヘリに標準装備として設定されている中距離空対空ミサイル「TKMーMM120」、コレは1発当たり4~5千万コノン(約2千万エル)と言われていますし、もっと巡航距離の長いものであれば1億、2億コノンは当たり前の世界です。
     マフィアが、言い換えればあくまで民間レベルの軍事組織が、そんな億単位のおカネをかけてまで保有・運用すると思いますか? 現実的に考えれば考えるほど、金火狐総帥による説明は荒唐無稽、めちゃくちゃな言い訳でしかないコトが、お分かりになると思います。では何故金火狐総帥が、そんな子供だましの説明をするのか? 答えは一つ、その金火狐総帥が、「ネオクラウン」を隠れ蓑にしている武力組織と関係を持っているから。「ネオクラウン」と戦うコトを言い訳にして、その武力組織に資金と物資を供給するコトを正当化しようと考えているからです。
     その武力組織とは、果たしてドコの誰なのか? ソレにつきましても、わたしは情報を入手しています。そしてその武力組織が今、何を企んでいるのかも、わたしはバッチリつかんでいます。そのすべては、この後すぐアップロードします後編にて、お伝えいたします。

     ではひとまず、ココで一区切りです。引き続き、ご視聴お願いします! チャンネル登録もよろしくですー。
    緑綺星・震世譚 4
    »»  2023.02.25.
    シュウの話、第107話。
    メイスンリポート#44;世界が震える巨大ニュース! 後編

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ハイこんにちは、シュウ・メイスンですー。

     激熱の前後編動画、いよいよ後編の始まりです! 前編でお話ししました謎の武力組織、コレが一体ドコの誰なのかについてですが、もう前編からずーっとずーっと引っ張ってきちゃってますので、いよいよ明かすコトにしましょう! ……と言いたいトコなんですけども、ココで一人特別ゲスト、いえ、「準レギュラー」のあの娘に登場していただきましょう!
    「エヴァンジェリン・アドラーだ。久しぶりだな」
     どーもどーもー、本っっっ当にお久しぶりです! ずーっと長いコト行方不明になっていましたが、先日ようやく、再会するコトができたんです!
    「長い間行方をくらませてしまったこと、本当にお詫びする。心配かけてすまなかった。私はこの1年裏の世界に身を投じ、ある組織の情報を集めていた。今、シュウが話そうとしていた組織のことだ」
     と言うワケで、今からエヴァにその組織の名前を公表してもらいましょう!
    「その組織とは、央北西部を本拠地とし、1世紀以上にわたって非常に迷惑極まる内輪もめを続けていた、あの白猫党だ。
     白猫党は我が祖国、リモード共和国に架空の軍事組織ARRDKを送り込んだ。その結果、名目上はクーデターによる軍事政権を樹立させたが、実態は白猫党による侵略・占領に他ならない。その事実を知る私は皆も知っての通り、ARRDKが掌握したリモード共和国によって指名手配され、追われる身となっている。
     他にも白猫党は陰に日向にあらゆる活動を行っており、決して皆が考えているような、『沈黙の巨大国家』ではない。その活動の最たるもの、今現在彼らが最優先目標としているものが何であるかも、私はつかんでいる」
     コレについてですが、エヴァ経由で詳細に解説された映像をいただいています。地質学博士であり、土壌研究の第一人者であるタダシ・オーノ博士からのメッセージです。



    「……え、はい、えーとですね、央北トラス王国西部の、いわゆる難民特区と呼ばれている地域にですね、おそらくは1億トンを超える埋蔵量があると目される巨大油田がですね、まあ、その、かなり高い可能性で存在するようなんです。実際、717年3月に行った地質調査では地下300メートル地点まで試掘を行ったんですけども、その時点で既にですね、石油状物質をかなりの頻度で確認することができました。おそらくもう数メートル掘り下げれば、豊富に石油をたたえた層に到達するのではないかと思われます」



     ……とのコトです。このオーノ博士は先日襲撃に遭い、あわや命を落とすかと言うところだったんですが、現在はとある場所で保護されているとのコトです。博士もこの事実をつかんだコトで、その巨大油田を独占しようと目論む白猫党に狙われたんです。
     白猫党が「沈黙の巨大国家」である理由はただ一つ。彼らが今、仕掛けようとしているコトを誰にも知られたくないからです。今の彼らは確かに戦争を終わらせはしましたが、ソレは結局――エヴァも言ってましたが――ただの内輪もめです。現在の彼らが平和の使者だなどと言い張るトンデモ論者をネット上にチラホラと見かけますが、この人たちにはちゃんと現実を見て論じて下さい、と声を大にして言いたいです。白猫党は100年以上ずっと世界に迷惑をかけてきた存在ですし、コレからやろうとしているコト、即ちトラス王国領内を侵犯・占拠し、その数500万と言われる難民を蹂躙する行為もまた、世界に多大な迷惑をかける行為に他なりません。
     考えてみて下さい。100年迷惑をかけてきたこの巨大軍事国家がとんでもない量の石油を手に入れたら、彼らは一体、何に使うでしょう? ペットボトルに加工するでしょうか? ソレともガソリン? はたまたアクリル毛糸に? いいえ、そのどれよりも、もっと彼らが必要としているモノがあります。液晶、ジェット燃料、防弾繊維、……そう、すべて軍事転用可能なモノです。そして続けて考えて下さい。危険な軍事国家が軍事物資を大量に手に入れたら、彼らは一体どんな行動に出るでしょう? ココまで話して、平和利用するだろうとお考えの方はもう、いらっしゃらないでしょう。きっと誰もが危険な使い方、平和には程遠い使い方を考えていらっしゃるはずです。
     このまま白猫党を看過し、見過ごしていては、その悪い予想は間違いなく現実のものとなります。大量の軍事物資を手に入れた白猫党は、そう遠くない未来、近くの国に、そしてもう少し先の未来では、遠くの国へも、侵略を開始するでしょう。
     そうならない、そうさせないためにも、行動を起こして下さい。難民特区問題は今なお、トラス王国が抱える最大の人的問題、国際問題ですが、今までのように見て見ぬふりをし続けるのならば、白猫党にとってはただただ都合がいいだけです。今こそ積極的にこの問題に取り組み、難民特区を名実ともにトラス王国の管理下に置き、難民の皆さんと、そして特区を保護・防衛するよう、王室政府に呼びかけて下さい。

     もう一度、心からお願いします。
     目を向けて下さい。王国が目をそらし続けてきた、この問題に。そして立ち向かって下さい。今まさに世界を脅かしつつある、この危機に。

     今回の動画はココまで。ご視聴、ありがとうございましたー!
    緑綺星・震世譚 5
    »»  2023.02.26.
    シュウの話、第108話。
    そして世界は、震えた。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     シュウが動画を公開した翌日――トラス王国の各メディアは口々に、王室政府内務省に質問をぶつけていた。
    「ネットに公開された情報、つまり『難民特区に石油がある』と言う話は事実なのでしょうか?」
    「情報が正しければ、いずれ難民特区が白猫党の侵略を受ける可能性が高いと見られていますが、王国はどう対応されるのでしょう?」
    「そもそも長年にわたって棚上げしてきた難民問題を、現在の王国、そして王室政府は解決するつもりがあるのでしょうか?」

     同様の紛糾は、ゴールドコースト市国でも起こっていた。
    「動画によればネオクラウン、いえ、ネオクラウンを隠れ蓑にした白猫党と総帥との間に何らかの接点があるとのことでしたが、本当でしょうか?」
    「総帥は先日の声明でネオクラウンへ積極的な対抗姿勢を示していましたが、動画の内容が真実であり、ネオクラウンが存在しないのならば、総帥は一体何と戦うと宣言したのでしょうか?」
    「そもそも動画にあった指摘の通り、マフィアがミサイル武装しているなどと言う話は荒唐無稽です。入出国管理局は発射されたミサイルの航路を把握していたはずですが、本当に市国内のマフィアが、市国内で発射したのでしょうか?」

     そしてそれらの質問に対し、当局側はこう答えるばかりだった。
    「現在調査中であり、また、対応を検討している最中でもありますので、現時点でお答えすることはできません」



    「……と言った具合で、大混乱です。トラス王国もゴールドコースト市国も、対応に追われてる様子ですね」
    「そう」
     大量のモニタが並んだ部屋で、高級そうなスーツに身を包んだ短耳の女性が、ひょろりと痩せた長耳の男性から報告を受けていた。
    「央南方面第4基地のことは?」
    「動画では何も。尺の都合か、あるいはその話に触れると、自分たちも見捨てたことを指摘されかねないからじゃないでしょうか。ま、こっちもヤブヘビなんで公表とか指摘なんかは絶対しませんがね。……あ、そう言えば閣下、その基地司令のヘラルド・アルテア氏はどうなったんです?」
    「行方不明。現在捜索中」
    「逃げたんです……よね?」
    「基地内から送られていたデータについてはあなたの方が詳しい」
    「ん……まあ、最後の記録では大慌てでLAVに乗り込んだところまでです。そこから判断するなら、やっぱり逃げたんじゃないかなーって」
     しどろもどろに答えたところで、無表情だった「閣下」の眉が、ぴく、と動いた。
    「『トイ・メーカー』」
    「あっはい」
    「あなたが世界最高の技術者であり、かつ、世界最高のハッカーでもあると認識しているからこそ、私はあなたを雇用している。そのあなたが彼の行先を把握できないのなら、できないとはっきり断言すること。私は無駄な行動をしたいとは考えていない。それとも把握する手段があると?」
    「……すみません。ないです。今のところ」
    「了承。可能と判断したらまた報告するように」
    「はい、ども……」
    「それから」
     と、「閣下」はモニタの一つに顔を向けた。
    《わたしたちはまだ、生きています。すべての真実をつかんだ上で、です。その上で、あなたたちはどうしますか?》
     モニタに映し出されたシュウを指差しながら、「閣下」はこれまでと同様に、淡々と命じた。
    「このシュウ・メイスンと言う女性を徹底的にマークすること。新しい動画が公開されたら、速やかに私へ報告すること。そして居場所を可及的速やかに突き止め、一日でも早く抹殺すること」
    「そ、それはもちろん」
    「油田掌握計画が漏れたことは、非常に大きな問題。もしトラス王国が積極策に打って出た場合、目的の達成は非常に困難となり、今後の計画全体にも極めて大きく波及する。今後もこの規模の障害が、シュウ・メイスンによって生み出されるリスクは非常に高いと判断している。
     彼女は明確に、我々の最大の敵であると断言する」

    緑綺星・震世譚 終
    緑綺星・震世譚 6
    »»  2023.02.27.

    シュウの話、第78話。
    薄暗い街の片隅で。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     時は双月暦506年。

     夜道を駆ける、三毛耳の猫獣人の少女がいた。
     名を、晴奈と言う。
     央南地方で名を馳せる大商家の令嬢であったが、先刻その身分を自ら捨ててきた。
     彼女には志ができたからだ――「あの人のように、強い剣士になりたい」と。

     元々、彼女は何不自由なく育てられていた、箱入り娘であった。ゆくゆくは婿を取らせて家を継がせようと、親が決めていたのだ。
     だが晴奈には、それが何よりの不満になっていた。彼女は物心ついた時から、「自分の人生は自分で決める」「親でも自分を縛れない」と考えるようになっていた。
     そして今日、晴奈はある者との出会いで、その思いをより明確で、具体的なものにしたのだ。
     その結果として今、晴奈は夜道をひた走っていた。「その人」に、もう一度会うため。そして新たに抱いた彼女の志を、全うするために。

     彼女こそ、後に「蒼天剣」の異名を取った女武芸者、セイナ・コウ(黄晴奈)である。
     これより、その物語を――彼女が志を抱き、央南に一大勢力を築く剣術一派、焔流に入門するところから――




    「おい、そのテレビ換えろ! チャンネル換えろ!」
    「え? あ、は、はい!」
     いかにも柄の悪そうな男に怒鳴られ、気の弱そうな店主が慌ててリモコンを操作する。
    「な、何にしますか?」
    「あ? んなもんお前が気ぃ効かせろや! なんでもかんでも聞いてくんじゃねえ!」
    「はっ、はい!」
     テレビの画面が大河ドラマから、いかにも頭の悪そうな芸人がひな壇に並ぶバラエティ番組に切り替わる。司会者がゲラゲラ笑いながら彼らを罵倒している様子を見て、男はようやく満足げな顔をした。
    「……ったく、とりあえずキレイなオンナ出しとけばいいやみてえなクソドラマなんか流してんじゃねえよ。ハラ立つんだよ、クソが」
    「す、すみません」
    「大体メシが出てくんのも遅えし、脂っこいだけでクソまずいし、流してるテレビ番組もセンス悪いしよ、やっぱお前畳めよ、この店よぉ?」
    「い、いやー、その……」
    「なっ? そうしろよ? そっちの方がいいって。この辺駐車場も無えし、みんな喜ぶぜ、な? どうせお前の店なんて誰も来やしねえんだからよ」
    「そ、その……あの……」
     困り果てた顔をする店主に料理が残っていた皿を投げつけ、男は立ち上がる。
    「あー、胸クソ悪い。もう帰るわ。明日には書類もまとめとけよ。じゃーな」
    「え、あの、お、お、お代……」
     店主が申し訳無さそうに尋ねた時には、既に男は店を後にしていた。

     男は我が物顔で薄暗い路地をのしのしと歩き、やがてぴた、と立ち止まる。
    「うー……トイレ、トイレ、……チッ、無さそうだな。いいや、あの電柱で」
     電柱の前でズボンのジッパーを下ろし、男は用を足そうとする。
    「トイレもねえし……駐車場もねえし……アレだ、アレ、……えーと、ナントカのアレ、……都市整備ってもんがよ……」
     と――背後からじゃり、じゃりと足音が聞こえ、男は猪首を回して背後を確認しようとする。
    「何だよ、見てんじゃ……」
     威嚇じみた声を上げかけたが――その時には既に、男の首は地面に転がっていた。
    「……もしもし」
     男の背後に立っていた何者かが、長い耳に手を当ててぼそぼそとしゃべる。
    「終わったよ。後片付け、頼んどいて」
     刀を振り、滴っていた血を払って、彼は襟口に刀をしまい込んだ。

    緑綺星・奇家譚 1

    2023.01.24.[Edit]
    シュウの話、第78話。薄暗い街の片隅で。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 時は双月暦506年。 夜道を駆ける、三毛耳の猫獣人の少女がいた。 名を、晴奈と言う。 央南地方で名を馳せる大商家の令嬢であったが、先刻その身分を自ら捨ててきた。 彼女には志ができたからだ――「あの人のように、強い剣士になりたい」と。 元々、彼女は何不自由なく育てられていた、箱入り娘であった。ゆくゆくは婿を取らせて家を...

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    シュウの話、第79話。
    少年と母親、暗殺者と代理人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     カチカチとコントローラの音が響く部屋に、虎耳の女性が入って来る。
    「振り込まれたわよ、報酬」
    「……」
     声をかけられ、モニタの前で黙々とゲームをプレイしていた長耳の少年は、イヤホンを外して虎耳の方に振り向く。
    「いくら?」
    「16万8千玄。ま、そんなもんって感じかしらね」
    「安いね」
     会話を交わしつつも、彼の手はせわしなくコントローラを操作し続けている。
    「一国の首脳ならともかく、町の嫌われ者程度じゃね。ソレでも今回のターゲットが死んだコトで、あの辺りの中小企業だとか個人経営店はホッとしてんじゃないかしら。かなりアコギな地上げを繰り返してたみたいだし……」「話はそれだけ?」
     虎耳に背を向け、彼はまたゲームに没頭しようとする。が――。
    「……あ」
     モニタには試合結果が映されており、どうやら彼の勝利を知らせているらしかった。
    「相変わらずの腕前ね。今の今まであたしと話してたのに」
    「ポイントを押さえれば楽勝だよ」
    「って言われても、あたしにはピンと来ないわ。そーゆーのってリアルタイムで状況が変化するもんじゃないの? オンライン対戦でしょ?」
    「誰にだって攻めるぞってタイミングがあるから、相手のそれをかわせば絶対にやられない。逆にそのタイミングを外したとこで襲えば、簡単に倒せる」
    「ゆうべの依頼みたいに?」
     そう問われ、少年は首を横に振った。
    「あれはもっと簡単。相手は完全に別のことに気を取られてたもん。あれじゃ『どうぞ襲って下さい』って言ってるようなもんだよ」
    「ソレで実際に襲えるのはアンタだけよ。……っと、ゴメンね」
     虎耳がポケットからスマホを取り出し、画面を確認したところで、少年はもう一度イヤホンを付けようとしたが、虎耳が「海斗」と彼の名前を呼んだ。
    「なに?」
    「次の仕事の準備しといて」
    「……立て続けだね」
     コントローラを置き、海斗は虎耳にもう一度向き直った。
    「アンタの仕事っぷりが気に入ったみたいよ」
    「そう」
     海斗はゲームの電源を落とし、壁に立てかけていた刀を手に取った。
    「昼間は素振りやめときなさいよ」
    「大丈夫だよ、七瀬さん」
     海斗はにぃ、と薄く笑って返す。
    「誰にも気付かせないことに関しては、僕は誰よりも上手いから」
     海斗が部屋を出たところで、七瀬はスマホをタップし、メールの文面を確認した。
    「……『詳細については直接会ってお話したく存じます』、か。海斗が戻って来るのが2時間くらい後だから、十分間に合うわね」



     七瀬が近所の喫茶店に到着したところ、取引相手の短耳が遠慮がちな仕草で手を挙げるのが確認できた。
    「あ、どうも……橘さん。ここです」
    「どーも」
     相手の対面に着き、七瀬はにこっと会釈しておく。
    「昨日の今日ですぐに次のご依頼ですか。よほど切羽詰まっているか、あるいは、よほどこちらの腕を買っているか、……と言ったところでしょうか」
    「どちらもです」
    「それはどーも」
     もう一度、にこっと会釈して、七瀬はかばんからファイルを取り出した。
    「その切羽詰まった事情と言うのは、もしかしてこちらの件でしょうか?」
    「……っ」
     ファイルにとじられていたとある工事計画の書類を見て、相手の顔がこわばる。
    「あの、それは」「高山さん」
     三度会釈してから、七瀬はこう続けた。
    「私どもの鉄則は『目鼻と頭を利かせろ』――どんな情報でも逃さず集め、それが何を意味するかを推測・推察する。でなければこの業界では生き残れませんから」
    「……このファイル、脅しの材料にするおつもりですか」
    「いいえ」
     ファイルを手元に寄せ、七瀬は首を横に振る。
    「その点はご心配なく。私どもの仕事はあくまでも『受注』であり、『自社生産』はしておりませんから」
    「は、はあ……」
    「それよりも私どもにとって重要なのは、あなた方と『篠雲会』にどんなつながりがあるのか。そしてあなた方が何故彼らを消そうとしているのか。それを把握しておかなければ、私どもも危険にさらされかねません。
     どうぞ、包み隠さずお話しください」
    「……はい」
     七瀬の圧力に屈したらしく、高山は小さくうなずいた。

    緑綺星・奇家譚 2

    2023.01.25.[Edit]
    シュウの話、第79話。少年と母親、暗殺者と代理人。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. カチカチとコントローラの音が響く部屋に、虎耳の女性が入って来る。「振り込まれたわよ、報酬」「……」 声をかけられ、モニタの前で黙々とゲームをプレイしていた長耳の少年は、イヤホンを外して虎耳の方に振り向く。「いくら?」「16万8千玄。ま、そんなもんって感じかしらね」「安いね」 会話を交わしつつも、彼の手はせわ...

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    シュウの話、第80話。
    鉄道計画裏事情。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「そこまでお調べしていると言うことは、その……、私の素性もご存知なんでしょうね」
     恐る恐ると言った口ぶりで尋ねる高山に、七瀬も小さくうなずいて返した。
    「黄グループ都市開発部門鉄道事業部の偉い方、と言うところまで。無論、本名も存じていますが、それをわざわざ今ここで言及する必要性はありませんから、今後も『高山さん』と呼ばせていただきます」
    「は、はい」
    「3週間前、私どもはあなたから一度目の依頼を受けました。非合法な土地ブローカーを排除してほしいとのご依頼でしたね。そして先週の二度目の依頼ですが、こちらは前述したブローカーの共同経営者。そして昨日のご依頼で排除した人物は、その両者に土地を転売していた業者の一人であったことが、私どもの調査により判明しております。
     そして今回以降の依頼ですが――最終的には恐らく、この人物が標的ではないかと推察しています」
     七瀬はファイルをめくり、いかにも裏社会に通じていそうな、趣味の悪いスーツの男が写った写真を示した。
    「日吉先太郎――表向きは央南中西部の不動産を手掛ける実業家ですが、裏の顔は篠雲会幹部の一人。これまでの三度の依頼で排除した人物たちに資金と情報を提供していた張本人でもあります。
     そして彼が現在密かに進めている不動産買収計画ですが、このほとんどが、あなた方が計画している新線敷設候補地と重複していることを考えると……」
    「ええ、お察しの通りです」
     高山は一際渋い顔をして、こくりとうなずく。
    「篠雲会はこれまでにも我々の――都市開発部門の事業計画に関わっており、事実として、弊社の成長に少なからず寄与してきました。彼らがいなければ、今日の弊社は無かったとも言えます」
    「でしょうね。前世紀の状況で央南全域にわたる鉄道網を敷設しようにも、当時の黄家や央南連合の力だけでは到底、実現は叶わなかったでしょうから」
    「ですが時代は変わりました。私の前任の代まで続いてきた関係を今後も維持することは、もはや弊社にとっても、そして社会にとっても害にしかなりません」
    「ですから『この私が正義を示す』、……などと仰るつもりですか?」
     薄く笑いながらそう尋ねた七瀬に、高山は首を横に振って返す。
    「そんな偽善を言っても、本意は十分ご存知でしょうからね……。ええ、理想論だけの話ではありません。先程あなたが言及した新線敷設計画、これにも篠雲会は介入しようとしており、彼らは既に我々が買収しようと考えていた土地を先んじて取得しています。遠からず、彼らはこの土地を――買値の何倍もの額で――売りつけるつもりでしょう。
     無論、社内では応じるべきではない、断固として関係を断つべきと言う意見も多数ありましたが、相手は反社会的組織、いわゆる暴力団です。うかつに手を切るような姿勢を見せれば、どんな報復に出るか分かりません」
    「と言って既に計画の変更も中止も困難な段階にあり、このままでは言うなりになるしかない。そこでいっそ強硬策を講じ、彼らを『物理的に』排除してしまおう、と」
    「ええ」
    「そう言ったお心積もりでしたら、進捗状況に大きな問題がありますね」
     そう返して、七瀬はファイルを閉じる。
    「これまでに排除した相手はいずれも小物です。この程度の相手を何人排除しても、相手の計画を阻止することは不可能でしょう」
    「で、ではあなたは、直に日吉を狙えと?」
    「できれば初手でそれを依頼していただければ、非常に助かりました。相手が警戒していない内に行動すれば、リスクも少なかったのですから。しかしこの3件で、相手は確実に警戒しています。警戒されればされるほど排除が困難になるのは、当然の理屈でしょう?」
    「ふ、ふむ、そう、ですね」
     やんわりと叱咤され苦い顔をする高山に、七瀬が畳み掛ける。
    「この期に及んで小物ばかり狙っていては、そう遠くない内、相手はあなた方が黒幕、依頼者であると断定するでしょう。そうなれば危険は現場担当だけではなく、あなた方にも及びます」
    「う……」
    「恐らくこれまでの3件はトライアル(性能試験)のつもりも含まれていたのでしょうが、もう結果は出ているはずですし、これ以上は不要かと。『本番』に進みましょう」
    「……そ、そうですね」
     高山は額に浮いた汗をぬぐい、小さくうなずいた。
    「では……排除を、日吉の排除を、お願いします。報酬はこれまでの3倍、いや、5倍の80万玄でいかがでしょう?」
    「8倍、130万玄を要求します。先程も申し上げた通り、状況は緊迫化していますから。『急場は割増』がこの業界の鉄則です。とは言え雑魚10名を排除するよりは安上がりでしょう?」
    「……承知しました。その条件で、よろしくお願いします」

    緑綺星・奇家譚 3

    2023.01.26.[Edit]
    シュウの話、第80話。鉄道計画裏事情。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「そこまでお調べしていると言うことは、その……、私の素性もご存知なんでしょうね」 恐る恐ると言った口ぶりで尋ねる高山に、七瀬も小さくうなずいて返した。「黄グループ都市開発部門鉄道事業部の偉い方、と言うところまで。無論、本名も存じていますが、それをわざわざ今ここで言及する必要性はありませんから、今後も『高山さん』と呼ばせて...

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    シュウの話、第81話。
    橘家の食卓。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     七瀬の予想に反して――彼女が「商談」している間に、海斗は家に戻って来ていた。
    「ただいま。……いないの、七瀬さん?」
     汗を拭きながら家の中をうろついていると――。
    「あたしはいるけどね。おかえり、海斗」
    「あ、美園。いたの」
     そっけなく返事した途端、居間から虎耳の娘がぴょこんと顔を出した。
    「ママじゃなくて不満? このマザコン」
    「そんなんじゃないって」
     海斗は肩をすくめながら、自分の部屋に刀を投げ込む。
    「七瀬さんはさっきまでいたし、美園はさっきまでいなかったじゃん」
    「さっき『商談してる』ってTtT来たよ。海斗のスマホには入ってないの?」
    「ん……」
     言われて海斗は、自分のスマホを取り出して「あ」と声を上げる。
    「見てなかった」
    「アンタ、スマホはアクセサリじゃないのよ? ……って何回も言われてるじゃん」
    「うるさいなぁ……」
    「ソレより海斗、お腹空いてない?」
     美園に尋ねられ、海斗は自分の腹に手を当てる。
    「うーん……空いてるかも」
    「じゃ、何か簡単なの作るわね。一人分だけって作んのダルいしさ」
    「ありがと」
     手をぺら、と振り、部屋に引っ込もうとしたところで、美園が「ちょっとアンタ」と声をかける。
    「手伝いなさいよ。人にご飯作らせといて、自分はゲームするワケ?」
    「……分かったよ。何すればいい?」
    「粉測ってふるい掛けて。300グラム」
    「ん」
     二人並んで台所に立ち、料理を始める。
    「また素振り?」
    「うん」
     取り留めのない会話を交わしつつ、小麦粉と水、卵を混ぜ、生地を作る。
    「キャベツ入れる?」
    「流石に粉と卵だけじゃ食べた気になんなくない?」
    「だよね」
    「あ、キャベツって言えばさ、今日学校でスミのヤツが持って来た弁当、中身全部キャベツだったんだよね。ご飯も無しでマジでキャベツだけしか入ってないの。ダイエットしてるって言ったけどさ、案の定5限終わってすぐ『おやつ無い?』って。結局食べてんじゃんって」
    「……ふふ」
     美園が生地を焼いている間に、海斗は皿とソースを取り出す。
    「楽しそうだね、相変わらず」
    「まーね。……ねえ、海斗」
     出来上がった粉焼きを皿に載せながら、美園が神妙な顔で尋ねる。
    「やっぱ学校行きたいんじゃないの?」
    「……いいよ、別に。行ってもあんまり楽しくなさそうだし」
    「楽しいって。……いや、ま、アンタがガチ陰キャであたしたち以外と話すの大嫌いだってのは知ってるけどさ、でも『仕事』以外はずーっと素振りするかゲームするかじゃん」
    「僕にはそれが楽しいんだよ」
    「……ん、まあ、うん。アンタがソレでいいなら、……まあ」
     冷蔵庫からペットボトルを取り出しながら、美園は話を続ける。
    「でも将来の不安とか無いの? 今どき学歴ナシってヤバいと思うんだけど」
    「ウラじゃあんまり関係ないもん」
    「オモテでだって生活があるじゃん」
    「適当にごまかすよ。みんな学歴書いたボードを首から提げなきゃいけないわけじゃないし、偉そうにしてたらみんな、『ふーん、そう言うタイプか』って勝手に勘違いしてくれるよ」
    「……んもー、あー言えばこー言う。んなトコわざわざ似なくていいのに」
    「ここで暮らしてたらそうなるよ」
     と――玄関から、「ただいまー」と声が飛んで来る。
    「おかえりー」
     二人揃って応じたところで、七瀬が「あれ?」と返してきた。
    「なんか焼いてる?」
    「小腹空いたから粉焼き作ってた」
    「いーなー」
    「多分そー言うだろーなーって思って、ママの分も生地作ってるよ。ね、海斗」
    「うん」
     買い物袋を提げて台所に入って来た七瀬は、嬉しそうに尻尾を揺らした。
    「やった! スーパーでコロッケおやつにしよーかどーしよっかって悩んでたけど、買わなくて正解だったわ。すぐしまうから一緒に食べよ」
    「手伝うよ、七瀬さん」
    「ありがと」
     二人で買い物袋の中身を冷蔵庫に入れている間に、美園が3枚目の粉焼きを焼き始める。
    「先に二人で食べてて」
    「ありがとね、美園」
    「じゃ、いただきます」
     海斗と七瀬は同時にテーブルに着き、揃って合掌した。

    緑綺星・奇家譚 4

    2023.01.27.[Edit]
    シュウの話、第81話。橘家の食卓。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 七瀬の予想に反して――彼女が「商談」している間に、海斗は家に戻って来ていた。「ただいま。……いないの、七瀬さん?」 汗を拭きながら家の中をうろついていると――。「あたしはいるけどね。おかえり、海斗」「あ、美園。いたの」 そっけなく返事した途端、居間から虎耳の娘がぴょこんと顔を出した。「ママじゃなくて不満? このマザコン」「そん...

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    シュウの話、第82話。
    宿題と予習。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     例に漏れず虎獣人の七瀬・美園母娘も大食な性質であり、皿いっぱいに盛られた粉焼きをぺろりと平らげた後、そのまま台所に立って夕食を作り始めた。
    「僕はいいよ」
     海斗はそう言ったものの、七瀬は「なに言ってんの」と返してくる。
    「アンタまだ14歳なんだから、いっぱい食べないと成長しないわよ」
    「そんなに食べらんないよ」
    「食べ切れなかったらまたあたし食べたげるって」
     そう言いつつ、自分の分の粉焼きを食べ終えた美園も台所に向かおうとする。
    「あ、いーわよ。宿題でもやってなさい」
    「ありがと、ママ。……んじゃ海斗も手伝ってよ」
    「僕まだ食べてるじゃん」
    「食べ終わってからでいーよ。んじゃ」
     ぺらぺらと手を振りながら美園が居間を出ようとしたところで、七瀬が背を向けたまま、海斗に話しかけてきた。
    「あ、そうそう。明日からあたしと海斗、玄州に行くわよ。予定は1週間ってトコかしら」
    「仕事?」
     ドアに手をかけていた美園が振り返ったところで、七瀬も振り向く。
    「ええ。明日は朝から高速で行くつもりしてるから、今日は早めに寝てよ、海斗」
    「分かった」
    「ご飯は買い置きしてる?」
    「そのつもりでスーパー行ったから、冷蔵庫ん中パンパンにしてるわよ。一応おカネも置いとくけど、無駄遣いしちゃダメよ」
    「ありがと。んじゃ、宿題やってくるねー」
     美園が自分の部屋に向かい、二人になったところで、海斗が「かばん見ていい?」と七瀬に声をかけた。
    「資料? いーわよ。茶色の方に入ってるわ」
    「うん」
     居間に放り出したままだった七瀬のかばんからファイルを取り出し、箸を片手にぺら、ぺらとめくりながら、淡々と質問する。
    「相手はこの日吉って人?」
    「ええ。連合広域指定暴力団、篠雲会系の下部組織、日吉組3代目組長。ぶっちゃけヤクザの親分ね」
    「この人の家、かなり大きいね。大物なの?」
    「篠雲会の中でもビッグ3って呼ばれるクラスの大物よ。日吉が経営してる不動産会社は篠雲会の主要資金源になってるし、その私邸では色んな裏取引やギャンブルが行われてて、裏の世界じゃ『闇の大富豪』って呼ばれてるくらいよ」
    「じゃあ、警備は厳重そうだね」
    「加えてここ数週間、手下が立て続けに殺されたせいで――あたしたちの請けた依頼ね――相手は確実に警戒してるわ。正面切って殴り込みなんて、まず不可能よ」
    「って、みんな思ってるだろうね」
     ようやく粉焼きをさらい終えた海斗が、台所に皿を持って来る。
    「七瀬さんの『鉄則』にもあるよね。『敵が最も意外と思うところを突け』って」
    「そりゃ言ったけど、常識的に考えたら死にに行くようなもんよ。勝算はあるの?」
    「相手の装備次第。調べてある?」
    「一応当たってみたわ。で、この数日、非正規ルートで武器弾薬が玄州の、日吉邸周辺に運ばれたって情報をキャッチしてる。ほとんどが拳銃とスタンガンだけど、PDWやショットガンなんかもあるわね」
    「刀剣類は?」
    「無かったわ。元々日吉邸か、組の方にストックしてあるのかも」
    「調べられる?」
    「流石にヤクザの武器在庫管理情報までつかめないわよ……。そっちは期待しないで」
    「まあ、知らなくても何とかなるかな。日吉邸の見取り図は……これ?」
    「2枚あるわ。片方は本邸で、もう片方は私邸につながってる私設カジノよ。でも流石に厳戒態勢の中、カジノは開いてないでしょうけどね。今晩中に調べとくわ」
    「ちゃんと寝てよ?」
    「分かってるわよ。現場到着前に事故なんて、面倒になるだけだし。9時には寝るわ」
    「じゃ、僕も七瀬さんが寝るまでに計画練っとく」
    「分かったわ。……じゃ、ご飯は早めに出しちゃった方がいいわね。6時半くらいに食べちゃって、ソレから会議しましょ」
    「分かった。……やっぱりあんまり食べられそうにないな。さっきので結構お腹いっぱいなんだよね」
    「そんじゃ軽めに盛ったげるわね」
    「うん」



     何気ない日常と、殺伐とした非日常が渾然と混ざったこの奇妙な一家――この時まだ、彼らは自分たちがとてつもなく巨大な運命に飲み込まれることなど、微塵も想像していなかった。

    緑綺星・奇家譚 終

    緑綺星・奇家譚 5

    2023.01.28.[Edit]
    シュウの話、第82話。宿題と予習。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 例に漏れず虎獣人の七瀬・美園母娘も大食な性質であり、皿いっぱいに盛られた粉焼きをぺろりと平らげた後、そのまま台所に立って夕食を作り始めた。「僕はいいよ」 海斗はそう言ったものの、七瀬は「なに言ってんの」と返してくる。「アンタまだ14歳なんだから、いっぱい食べないと成長しないわよ」「そんなに食べらんないよ」「食べ切れなかっ...

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    シュウの話、第83話。
    征服の代償。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     白猫党の内戦に端を発した「長い7世紀」は、央南にとっても長きにわたって暗い影を落とした、不遇の世紀であった。

     白猫党の介入と工作により東部3州が離反し、破綻をきたした央南連合は、ふたたび東部を編入し再統一を果たすべく画策したものの、東部側はその要求を頑として聞き入れなかった。それでもなお統一を目論む西部側は黄家をはじめとする西部の有力者たちを後ろ盾にして挙兵し、東部地域へと攻め込んだのである。
     資金力でも兵力でも、そして物量においても、あらゆる面で劣る東部にこれを撃退できる力は無く、緒戦はいいように蹴散らされることとなったが、追い詰められた彼らは諸刃の剣とも言える手段に打って出た。本拠地の内紛によりせっかく央南から引き上げた白猫党に、自分たちの方から接触したのである。
     白猫党はこの時点で既に南北両党の内戦の末、休戦状態に入っていたが、ふたたび戦闘を再開しようと目論んでいた北側の社会白猫党はこの時、戦費調達に躍起になっており、「自分たちの軍が十分な戦果を挙げられることを証明すれば調達も容易になる」と考え、この戦争に参戦した。

     この介入により戦争が東部有利で早期に終結すると予測した楽天家もいたが、結果としてこれは、かえって激化と東部の敗勢を招く一因となった。
     社会白猫党にとっては央南の平和など全く眼中になく、むしろこの戦場は、自身が有する兵器の威力を披露する「演習場」でしかない。当然、東部民が求めている以上の活躍を――言い換えれば必要以上の殺戮を西部地域で繰り広げた挙句、よりによって支援相手であるはずの東部でも戦闘を始めてしまったのである。
     さらには無責任なことに――とは言え央南にとっては不幸中の幸いと言うべきか――央南の地を散々荒らし回った社会白猫党は本土での戦争が再開された途端、何の補償も謝罪もせずに引き上げてしまい、後には荒廃した土地が残るばかりとなった。

     東西どちら側も荒れ果て、もはや戦争どころではなくなったこの状況でいち早く行動を起こしたのは、やはり黄家だった。
     彼らはまだ潤沢に残っていた資産を元手に巨大な鉄道網を西部全域に形成し、続いて東部への延伸計画を発表・打診した。当然、東部民にとっては侵略した相手が提示した事業計画であり、何より黄家によって交通・流通が統制されてしまう危険性から、簡単に受け入れようとはしなかったが、事実として鉄道計画の実施・開業後の経済成長は極めて大きなものであったために、荒廃と貧困からの脱却を願う東部は、この計画を認めるしかなかった。
     こうして7世紀の終わり頃、黄家は――そして完全に彼らに牛耳られることとなった央南連合は東部の支配に成功し、紅州を除く央南全域を再び領土に収めたのである。

     しかしこの栄華と引き換えに、黄家は新たな負債を抱えることとなった。鉄道網形成のために多くの土地を獲得するには、真正面からの交渉や買収だけでは不足であった。そこで黄家は在野の武力組織――いわゆる暴力団の類と接触し、彼らに土地買収の「仲介」を依頼したのである。
     その結果、黄家が当初予定していたよりもかなり早くに鉄道計画が進行し、前述の覇権を7世紀中に握ることができたのだが、一方で彼ら暴力団とのつながりは、次第に黄家の障害となっていった。この裏取引で味を占めた彼らが、今度は黄家にたかり始めたのである。もちろん黄家は表面上、体面上は央南連合に働きかけて摘発・鎮圧を行いはしたものの、暴力団側から「これまでの関係を明るみに出す」とおどされては、その矛をまともに向けることはできない。
     結局あらゆる試みが功を奏さないまま、双月暦717年の現在に至るまで、黄家は暴力団らを撲滅させることができず、彼らは事実上野放しになっていた。



     玄州、中宮市郊外――ここにその暴力団の一つ、篠雲会の幹部である日吉先太郎の私邸があった。
    「本日も異常ありませんでした」
    「そうか」
     仏頂面で部下の報告を聞き終えた日吉は、そこで葉巻をくわえた。
    「それで?」
    「え……?」
     目も合わさず、葉巻の先を眺めながら尋ねた日吉に、部下は表情をこわばらせつつも、何も答えることができない。日吉はぎりっと葉巻の端を噛みちぎり、火を点けて一吸いして、ようやく言葉を続けた。
    「『厳戒態勢に入って4日、今日も何も起こらず平和でした』、と。そりゃいい、何よりだ。で、明日の報告は『厳戒態勢に入って5日、何も起こらず平和でした』、ってか?」
     日吉は火の付いたままの葉巻を突然、部下の顔に投げつけた。
    「あづっ!?」
    「てめえはロボットかよ!? 昨日、一昨日と一言一句同じこと言いやがって! 毎日まったく同じルート巡回して同じ場所点検してハイ終わり異常なしって言ってんじゃねえだろうな、あ!?」
    「い、いや、それは」
    「昨日100点の成績出したんなら、今日は200点出すくれえの根性見せてみろや! 同じこと同じこと毎日ガキの使いみてえにやって、それで俺が満足するわけねえだろうが!」
    「す、すみませんでした!」
     頭を下げた部下の背に、日吉は怒声を浴びせた。
    「いいか、もっぺん言っとくぞ? もう3人殺られてんだ、4人目が俺になる可能性は0じゃねえ。もっと命かけて根堀り葉掘り真剣に探し回れ。でなきゃわざわざカネの成る木のカジノ閉めて、こんな厳戒態勢続けてる意味がねえだろうが!
     何がなんでもヒットマン見つけ出してブッ殺せ。分かったな!?」

    緑綺星・静侍譚 1

    2023.01.30.[Edit]
    シュウの話、第83話。征服の代償。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 白猫党の内戦に端を発した「長い7世紀」は、央南にとっても長きにわたって暗い影を落とした、不遇の世紀であった。 白猫党の介入と工作により東部3州が離反し、破綻をきたした央南連合は、ふたたび東部を編入し再統一を果たすべく画策したものの、東部側はその要求を頑として聞き入れなかった。それでもなお統一を目論む西部側は黄家をはじめと...

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    シュウの話、第84話。
    仁義なき襲撃。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     手下たち3名が殺害されたことで、元々勘が鋭く奸智に長ける日吉は一連の襲撃が同一犯による犯行であること、そして目的が一貫していること――即ち自分の一派が狙われていることを悟り、早々に手を打っていた。他の篠雲会幹部たちとの接触を断ち、続いて自分の「城」である私邸、そして私邸に接続されたカジノのある別邸を閉鎖し、自分の私兵と共に、その中に閉じこもったのである。これは彼にとっては主要な収入源を止める苦肉の策ではあったが、「防衛」と言う面に関しては十分に効果が期待できる策でもあった。
     その甲斐もあって、籠城態勢に入ってからこの日まで、彼の前に不審者が現れるような事態は、一度も発生しなかった。

     異常が無いとなると、緊張が緩んでいくのが人間の性(さが)である。
    「ふあー……」「ふあ~ぁ……」
     別邸内を見回っていた日吉の手下2人が、揃って欠伸する。いつもならこれ以上無いくらいに騒がしい別邸も、今はしんと静まり返っており、眠気を助長している。
    「っべーな……立ったまま寝ちまうわ」
    「だな」
    「大体オヤジも人づかい荒いんだよ。自分は部屋ん中でじーっとしてるくせに、俺たち下っ端を昼も夜もこーやってウロウロさせてよ」
    「たまんねーよな」
    「何がヒットマンだよ。そりゃ確かに立て続けに3人殺されてるってのは聞いたけども、全部黄州とか白州とか、その辺の話だろ?」
    「らしいな」
    「玄州でどーのって話じゃねーし、ビビりすぎなんだよ。オヤジも歳だし、もうろくしちまったかな」
    「かもな。……っと、悪い」
     適当に相槌を打っていた相手が、ひょいと廊下の角を曲がる。
    「どうした?」
    「小便行ってくる」
    「早めにな。二人一組にいないと、オヤジもオジキもうるせーから」
    「分かってる」
     廊下の三叉路でぽつんと一人になり、彼は懐から煙草を出す。
    「……ふー」
     一息吸い込み、辺りを見回したところで、「ヘッ」と悪態をつく。
    「まったく心配性なんだから……監視カメラあっちこっち取り付けてんのに、さらに人に監視させてんだからよ。一服しねーとやってらんねーっての」
     肩をすくめつつ、もう一息吸い込もうとしたところで――自分の周りに漂っていた煙草の紫煙が、廊下の奥へ流れていることに気付く。
    「……お?」
     良く見れば、手に持っている煙草から立ち上る煙も、同じ方向に流れている。
    「窓全部閉めてるよな。エアコンも付けてな……」
     言いかけたその瞬間――彼はばたりと、その場に倒れた。
    「悪い悪い、ちっとコーヒー飲み過ぎた……」
     と、そこへ用を足しに向かった相方が戻って来る。
    「……おい!?」
     目を丸くし、倒れた相方に駆け寄ろうとしたところで、彼も同じように倒れ込んだ。

    《組長! 別邸で二人倒れてました!》
    「なにっ!?」
     手下からの電話を受け、日吉はスマホに向かって怒鳴った。
    「来やがったか! 二人はどうした!?」
    《死んではいませんが、目ぇ覚ましません。クスリか何かでやられたみたいです》
    「別邸っつったな! どこで見つけた!?」
    《2階のゲストルームとカードコーナーの間の廊下です!》
    「おうッ! おいお前ら、警報鳴らせ! 別邸を固めろ!」
     スマホを握りしめたまま、日吉は周囲の部下に命令し、包囲網を築かせる。
    「ヒットマンは別邸2階、ゲストルーム手前の廊下だ! 全部封鎖しろ! 知らん顔がいたらすぐに撃ち殺せ! いいなッ!」
     部下たちが慌ただしく彼の前から離れ、後には日吉と、黒ずくめのスーツに身を包み、重武装した護衛の4人だけとなった。
    「……ふー」
     屋敷中に響き渡る警報のけたたましい音に、日吉の重たげなため息が重なる。
    「これで仕留めてくれりゃ、もう安心だが……ま、こっちは100人だ。兵隊1小隊が来たってんならともかく、コソコソ忍び込んでくるような輩だ。10人も20人もいやしねえだろ。……おい、シン。酒持って来てくれ。ウイスキーだ。ロックもな」
    「あ、はい」
     部下の一人が短機関銃を下ろして肩にかけ、そそくさと隣の部屋へ向かう。それを聞いていた他の部下が、心配そうな声を漏らした。
    「オヤジ、酒はあんまり良くないって……」
    「いいんだよ」
     日吉は首を振り、椅子にもたれ込んだ。
    「医者の言うこと一々真に受けてちゃ、まともに生活なんかできねえよ。『お仕事は一日3時間程度に』だの、『毎日1時間は歩き回れ』だの、普通の社会人がんなこと律儀にやってられるかってんだ」
    「はあ……」
     それ以上は口を開かず、部下たちは元通りに短機関銃を構え直した。その様子を眺めていた日吉が眉をひそめ、また声を荒げる。
    「おい、シン? 酒持って来るだけでどんだけ時間かけてんだよ!? とっとと持って来いや!」
     隣室に向かって怒鳴るが、返事は返ってこない。
    「……シン? おい、何かあったのか?」
     日吉の声色が、けげんなものに変わる。そのまま黙り込んだが――代わりに彼は、無言で部下たちに、隣室に向かうよう手で指し示した。

    緑綺星・静侍譚 2

    2023.01.31.[Edit]
    シュウの話、第84話。仁義なき襲撃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 手下たち3名が殺害されたことで、元々勘が鋭く奸智に長ける日吉は一連の襲撃が同一犯による犯行であること、そして目的が一貫していること――即ち自分の一派が狙われていることを悟り、早々に手を打っていた。他の篠雲会幹部たちとの接触を断ち、続いて自分の「城」である私邸、そして私邸に接続されたカジノのある別邸を閉鎖し、自分の私兵と共...

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    シュウの話、第85話。
    謎と答え合わせ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     部下3人は恐る恐る隣室のドアの前に立ち、1人が壁に張り付きながら、そっとドアノブを回す。静かに空いたドアの隙間から、そっと中を探ろうとしたところで――。
    「……っ」
     覗き見たその部下がかくんと膝を付き、うつ伏せに倒れた。
    「……!?」
     残った部下2人はドアを蹴って開け、中に入る。その様子を見ていた日吉が「おい」と怒鳴って制止しようとしたが一瞬遅く、そのままドアの向こうへと行ってしまい――それきり、2人の声は聞こえなくなった。
    「……隣の、……おい、誰かいやがるのか?」
     日吉は机から拳銃を取り出し、撃鉄を起こして、自らドアのそばへと近付く。
    「いるなら……返事しやがれ」
     倒れたままの部下をまたいでドアの奥を覗き込んだが、部下たちが重なり合うようにして冷蔵庫の前で倒れているのが見えただけだった。
    「誰か分からんが、俺をビビらせようってハラか? だったら失敗だぞ。俺は50年、修羅場潜って生きてきたんだ。今更こんな揺さぶりかけられたところで、誰がビビるかってんだ。おい、ここまで来てしょうもない真似するんじゃねえ。とっとと俺の前に姿見せろや」
     とうとう自分から拳銃を構えて部屋の中に入り、冷蔵庫の中、戸棚、部下に使わせている仮眠用ソファの下と、用心深く確かめていく。
    「……いねえ……いや、そんなはずがねえ。こいつら4人、いきなり偶然同時に心臓発作起こしたってわけがねえんだ。誰かいて、何かやらなきゃ倒れるはずがねえんだよ」
     いるはずの誰かに向けて放っていた言葉が、いつしか一人言めいた、状況を整理・判断する口調に変わっていく。
     もし彼が臆病で、かつ、粗暴な性格であったなら、ここで拳銃を乱射するか、あるいは大声で助けを呼んだのだろうが――彼はそのどちらでもなく、肝の据わった、思慮深い人間である。そのため辺り構わず攻撃することよりも、目の前に現れた「謎」を解くことに、いつしか夢中になっていた。
    「なんかの……ガスとかだったら、俺も道連れになってるはずだ。そうじゃねえ。一人ずつやられてる。誰かが何かやったのは間違いねえんだ。だが……相手は、どこだ?」
     と、日吉の耳がサイレンの合間に、フクロウか何かの声を聞きつける。
    「……鳥か? バカな、窓は全部閉め切ってんだ。20ミリの防弾ガラスで、音が漏れるわけがねえ。誰か閉め忘れ、……いや」
     日吉の目が部屋の隅の、キッチンシンクの上に備え付けられたレンジフードに向けられる。
    「換気扇、……そうか!」
     日吉はレンジフードの奥を覗き込み、そこにあるはずのもの――空気を吸い出すためのファンが無いことに気付いた。
    「敵はここから忍び込みやがっ……」
     50年磨き上げてきた、自分の優秀な頭脳が導き出した答えを口に出しかけたその瞬間――代わりに別のものが、自分の口から飛び出した。
    「ごふ……っ!?」
     それが何であるのか――それを導き出すまでには、彼の命はあと1秒、2秒ほど足りなかった。

     日吉の背から刀を引き抜き、海斗はふう、とため息をつく。
    「50代くらいの短耳男性、身長180センチくらい、高そうなスーツ、角刈りにサングラス。顔も――血まみれになっちゃったけど――多分間違いないかな」
     海斗は耳に付けていたインカムで、七瀬へ連絡を取った。
    「もしもし、七瀬さん。終わったよ」
    《おつかれ。何分で戻れそう?》
    「ターゲットのとこに行くのに20分くらいかかったけど、帰りは普通に廊下通れるだろうから、10分くらいかな」
    《分かった。準備しとくわね》
    「うん」
     電話を切り、変装に使った護衛の黒いジャケットで刀の血を拭って、海斗はそのまま部屋から出て行った。



     七瀬・海斗親子は事前に日吉邸の見取り図から、多数の客を招くことを前提とした――人が中を通れるサイズの――業務用ダクトが邸内全体に張り巡らされていることを把握していた。
     海斗はまず、外につながるダクトから侵入し、別邸のトイレに現れた。そこで小規模な騒ぎを起こし、過敏になっている日吉を刺激。敵が別邸に潜んでいると錯覚させ、彼の部下たちを動かさせた。ほとんどの部下が別邸に移ったことをダクト内から確認した海斗は、そのまま本邸・日吉の部屋まで向かった。
     日吉の部屋の隣が部下の休憩室であることも当然把握しており、残った部下も休憩室に誘導して、一人ずつ片付けた。最後に残った日吉が自ら動かざるを得ない状況に持ち込むと同時に、海斗は最初に眠らせた部下から黒ジャケットを奪ってダクトに放り込み、彼に変装。部屋に横たわって日吉が休憩室に入って来るのを待ち――「謎」の解答を確認するため、レンジフードを覗き込んだ日吉を、悠然と背後から刺したのである。

     別邸の捜索が空振りに終わり、すっかりくたびれた顔で戻って来た部下たちが、変わり果てた日吉の姿を目にしたのは、海斗が脱出してから1時間以上も後のことだった。

    緑綺星・静侍譚 3

    2023.02.01.[Edit]
    シュウの話、第85話。謎と答え合わせ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 部下3人は恐る恐る隣室のドアの前に立ち、1人が壁に張り付きながら、そっとドアノブを回す。静かに空いたドアの隙間から、そっと中を探ろうとしたところで――。「……っ」 覗き見たその部下がかくんと膝を付き、うつ伏せに倒れた。「……!?」 残った部下2人はドアを蹴って開け、中に入る。その様子を見ていた日吉が「おい」と怒鳴って制止し...

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    シュウの話、第86話。
    朝焼けの中のドライブ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     海斗が七瀬の待つ車に乗り込む頃には、既に東の空がほんのりと明るくなり始めていた。
    「お腹空いたね」
     車が動き出し、日吉邸がバックミラーから消えた頃になって、海斗がぼそっとつぶやく。
    「夜中じゅう働き詰めみたいなもんだしね。おつかれ」
    「ありがとう、七瀬さん。……コンビニ寄る?」
    「ダメだっての」
     ハンドルを握りしめたまま、七瀬は肩をすくめて返す。
    「ついさっき『仕事』したばっかなんだから、この辺りのカメラやら速度違反センサーやら、引っかからないようにしなきゃなんないでしょ」
    「あ、そうだった」
    「『あ』、じゃないでしょ。アンタ張本人じゃんよ、まったく……。多分お腹空いてるだろうと思って、おにぎり作ってあるから。ソコのバッグの中。ソレ食べてて」
    「うん」
     バッグから包みを取り出し、海斗は嬉しそうに笑みを浮かべている。それを横目で見ながら、七瀬は苦笑した。
    「アンタ、ホントにあたしのおにぎり好きよね」
    「だって美味しいもん」
    「そりゃどーも。いっこ開けてくれる?」
    「うん」
    「ありがと」
     片手でハンドルを握りつつ、七瀬もおにぎりを手に取り、ぱくりとほおばる。同時に海斗も口に入れ、二人で笑顔を浮かべた。
    「んー……我ながら美味くできたわ」
    「うん。美味しい」
    「仕事終わりにこーやってクルマ乗りながら食べんのが、あたし大好きなのよね」
    「僕も」
     おにぎりを片手に取り留めのない話をする二人の姿は、到底血なまぐさい仕事を終えたばかりとは思えない、微笑ましい母子そのものだった。

     と――車が高速道路に入り、しばらくしたところで、七瀬が「ん?」とうなった。
    「後ろのクルマ……さっきからずーっと跡つけて来てない?」
    「え?」
    「日吉邸出た時にはいなかった、……はずだけど」
    「気のせい、……じゃないよね。ずっと同じ距離取ってるみたいだし」
     と、追越車線からトレーラーが猛然と飛び出し、二人の前に割り込んで来る。
    「何よコイツ、あっぶないわね!?」
    「七瀬さん! 後ろのクルマ! 寄って来てる!」
    「……!」
     尾行していた車も、段々と距離を詰めてくる。やがて前後を囲まれ、七瀬はブレーキを踏むことも、アクセルを抜くこともできなくなった。
    「な、何なのよ……!?」
     完全に動きを封じられたところで――トレーラー背面のコンテナが開き、七瀬たちの車の前にリフトが降りてくる。
    「乗れってコト?」
    「……だよね」
     促すように、トレーラーはじわじわと速度を落としてくる。七瀬は仕方なくアクセルを踏み込み、コンテナの中に乗り込む。
    「……っと、……停まったわね」
     コンテナの床にはローラーが敷かれていたらしく、乗り込んだところで車がぴたりと静止する。と同時にコンテナの中が明るくなり、奥に立っていた長耳のスーツ姿の若い男が、手を振って会釈した。
    「はじめまして、ナナセ・タチバナさん、そして……息子さんでいいでしょうか? それとも『サイレンス・サムライ』とお呼びした方がいいですか?」
    「誰よ、アンタ?」
     車の窓を開け、七瀬が問い返すが、相手はにこにこ笑うばかりで応じる素振りが無い。仕方なく、七瀬は相手の問いに答えた。
    「そうよ、あたしが橘七瀬で、横のが息子の海斗。その通り名はクッソダサくてめちゃくちゃハラ立つから、二度と言わないでちょうだい」
    「それは失礼しました」
     男はぺこっと頭を下げつつ、懐から一通の封筒を取り出した。
    「あなた方にご依頼したい件があり、こうして接触させていただきました。無論、あなた方お二人に危害を加えるつもりは一切ございません。もし我々の依頼を断られても、『お二人には』このまま無事にお帰りいただけるよう、しっかり手配させていただきます」
    「……っ」
     男の言葉から、七瀬は実の娘、美園が取引の材料にされていることを悟った。

    緑綺星・静侍譚 4

    2023.02.02.[Edit]
    シュウの話、第86話。朝焼けの中のドライブ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 海斗が七瀬の待つ車に乗り込む頃には、既に東の空がほんのりと明るくなり始めていた。「お腹空いたね」 車が動き出し、日吉邸がバックミラーから消えた頃になって、海斗がぼそっとつぶやく。「夜中じゅう働き詰めみたいなもんだしね。おつかれ」「ありがとう、七瀬さん。……コンビニ寄る?」「ダメだっての」 ハンドルを握りしめたまま...

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    シュウの話、第87話。
    不気味な依頼人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「あたしたちのコト、いつからつけてたのかしら?」
     娘のことを口にしないまま――言えばそれを逆手に取られ、交渉が不利になる危険もあったため――七瀬は相手の素性を探る。
    「少なくとも昨夜まで取り掛かっておられた仕事を請ける前から、とだけ」
    「どうしてあたし、……いえ、海斗に依頼を?」
    「依頼内容に関わることですので、現段階ではまだ申し上げられません」
    「報酬は? 無事に帰してやるってだけ?」
    「無論、お支払いいたします。こちらの貨幣で600万玄。前払い、後払いで半分ずつです」
    「『こちら』の? 発音も微妙に違うし、アンタ央南人じゃないわね? アンタの所属もそうなのかしら?」
    「詳しくは申し上げられませんが、そうです。私は央北の人間です」
    「報酬がずいぶん破格だけど、相手はかなりの重要人物なのかしら?」
    「ええ、我々にとっては」
     答えはいずれも要領を得ないものばかりであり、七瀬は仕方なく、少しだけ歩み寄った。
    「報酬が出るって言うなら請けない理由はないわ。でも何の情報もナシに『いきなりコイツを殺れ』なんてのは無茶な話だって、アンタも勿論分かってるわよね?」
    「もちろんです」
     男はにこっと笑みを浮かべ、封筒から一枚の写真を取り出した。
    「標的はこの短耳男性、地質学者のタダシ・オーノ博士です。現在は焔紅王国の王立農林水産技術研究所に勤めています。
     彼が現在調査している件が世間に広く知れ渡ると、我々にとっては非常に不利益を被ることになります。しかし単に殺しては、我々の関与が疑われてしまう可能性もある。ですので彼が狙われたと言うこと自体、誰にもそう思わせない形で処理願いたいんです」
    「だからウチに依頼したってワケね」
     七瀬はチラ、と海斗の足元に置かれた刀に目をやる。
    「焔紅王国は今でも刀剣類を主体とした国防・警察組織が残ってる、クラシカルな国だもんね。刀で殺されたなら、疑われるのはそっち方面。嫌疑を徹底的にアンタたちから離しておきたいってコトね」
    「仰る通りです。かと言って王国内で依頼すれば、国外の人間が接触してきた線から、我々に行き着く可能性もある。そこで王国外のあなた方に依頼し、あなた方に入国してもらうと言うわけです」
    「なるほどね」
     七瀬は男から、コンテナ内に目線を移す。
    「その話だと、あたしたちをこのまま王国に送ってってくれるってワケじゃないわよね。ドコかで下ろしてもらえるのかしら?」
    「ええ。現在このトレーラーは黄州方面に移動しており、焔紅王国に入ったところであなた方を下ろします。お二人にはそのまま、現場へ」
    「このまま、すぐ? 困るんだけど」
     七瀬は男に目線を戻し、こう返す。
    「あたしたちの身辺調査してるんだったら、娘がいることも知ってるわよね?」
    「ええ」
    「今日には帰るつもりって伝えてたし、あんまりおカネ渡してないのよ。連絡と振込だけさせてもらえないかしら?」
    「重々承知しています。どちらも手配しておきました」
    「……っ」
     相手の言葉に、七瀬は一瞬言葉を詰まらせる。
    (この野郎……ッ! 美園の連絡先だの口座だのなんだの知らないってヤツのセリフじゃない! 全部把握、掌握してるヤツが言うセリフじゃん! つまり美園本人にもう接触し、そして……)
     どうにか平静を装い、七瀬はこわばりかけた口から言葉を絞り出す。
    「……そ、ありがと。じゃ、ついでに朝ごはんもうんとごちそうしてあげて。あの娘はあたし似でご飯いっぱい食べるから」
    「ええ、手配しておきます」
    「ソレからね」
     七瀬と、そして――黙ってはいたが、二人のやりとりで状況を察していたのだろう――海斗も、同時に男をにらみつけた。
    「もし美園に何かやりやがったら、アンタの命で落とし前付けてもらうわよ」
    「……ええ、承知しています」
     男は薄く笑みを浮かべつつ、深々と頭を下げた。
    「それではお二人が行動を開始してから一週間以内、つまり目を覚ましてから168時間以内に依頼を遂行していただくよう、よろしくお願いいたします」
     頭を上げたところで、男がいつの間にかガスマスクを被っていることに気付く。
    「……!」
     急いで窓を閉めようとしたが、それよりもっと早く、コンテナ内にガスが充満する。七瀬の意識は、そこでぷつりと途切れた。

    緑綺星・静侍譚 終

    緑綺星・静侍譚 5

    2023.02.03.[Edit]
    シュウの話、第87話。不気味な依頼人。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「あたしたちのコト、いつからつけてたのかしら?」 娘のことを口にしないまま――言えばそれを逆手に取られ、交渉が不利になる危険もあったため――七瀬は相手の素性を探る。「少なくとも昨夜まで取り掛かっておられた仕事を請ける前から、とだけ」「どうしてあたし、……いえ、海斗に依頼を?」「依頼内容に関わることですので、現段階ではまだ申し...

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    シュウの話、第88話。
    憂鬱な目覚め。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「……う……」
     フロントガラスからのこつん、こつんと言う音で、七瀬は目を覚ました。
    「……やめてよ」
     正面に視線を移し、フロントガラスを小鳥がくちばしでつついているのを見て、七瀬はクラクションをちょん、と押した。ビッ、と甲高い音が辺り一面に響き渡り、小鳥は慌てた様子で飛び去っていった。
    「……な……なせ……さん」
     助手席に座っていた海斗も目を覚まし、首をだらんと向けてくる。
    「……ここ……王国?」
    「多分ね。……よっしゃ、スマホもパソコンも無事みたいね」
     七瀬はかばんの中からノートパソコンを取り出し、起動させる。
    (今の時刻は……正午ちょい前。アイツらの態度からして、あたしたちをドコかから監視してるはず。ってコトは……)
     見透かしたように、七瀬のスマホが鳴る。
    (……ハラ立つわね)
     TtTの友達一覧に「クライアント」と言う名前が追加されているのを見て、七瀬は悪態をつく。
    「誰がアンタなんかと友達になるかっての」
    「中身は?」
    「『そろそろお目覚めでしょうか? 只今よりカウントを開始いたします。6時間毎に残り時間をお知らせいたします』、だって。何から何まで心底ウザいわね」
    「じゃ、今から行動開始?」
    「そーなるわね。……海斗、GPSでここの位置出せる?」
    「ん」
     頼む前に探ってくれていたらしく、海斗がスマホの画面を向けてくる。
    「……綾峰郡丹笹町。王国国境付近、ね。あのクソ野郎、マジで焔紅王国に『入ったところ』で下ろしやがったわね」
    「って言うか国境線の柵、クルマの真後ろ……だね」
    「フン、一々一々やるコトなすコト、ご丁寧な仕事ぶりだコト!」
     毒づきながらも車の様子を確かめ、七瀬はさらに毒を吐いた。
    「ガソリンもバッテリーも満タンにした上に、クルマん中も外もぜーんぶ掃除してあるし。見てよコレ、弁当箱までキレイに洗ってあるわよ」
    「そこまでするんなら、もっとちゃんとしたところに送ってほしいよね」
    「ホントよね」
     と、ダッシュボードに封筒が置かれていることに気付き、七瀬は中身を確認した。
    「で、コイツが今回の標的、大野侃志ね。41歳の農学博士で未婚、家族なし。土壌に関する研究、とりわけ土壌の成分分析や土壌改善に関する分野で活躍、……と。住所は紅農技研のある桜雪市にあるが、ほとんど帰っていない模様、……典型的な学問系オタクのおっさんって感じね」
    「じゃ、大野博士……だっけ。その人、研究所にいるのかな」
    「多分そーね。でも研究所内に忍び込んで殺したりなんかしたら、クライアントの意向には沿わないでしょうね」
     不満たらたらではあったものの、七瀬と海斗は気分を入れ替え、仕事の話を始めた。
    「うわ、直近1ヶ月間の移動ルートまで調べてあんの? ……って、ほぼ一本線じゃん」
    「こっちが研究所で、こっちが家? ほとんど寄り道してないね」
    「せいぜい週末にスーパー寄って、帰りに公園で一杯やるくらいね。で、風曜、天曜は一歩も外に出てない。マジで無趣味なのね」
    「出勤は8時半から9時の間、それは変わんないみたいだけど、帰宅時間はバラバラだね。6時台だったり、日付またいだり」
    「とは言え人目もあるし、出勤時間に狙うのは危ないわね」
    「分かってる。やるなら夜」
    「こっちも目立ちたくないし。……っと」
     またフロントガラスに鳥が寄って来たところで、七瀬は車のエンジンをかける。
    「いつまでもこんな道はずれに停まってたら、通報されかねないわね。とりあえずクルマ停められるホテルかどっか見付けましょ」
    「ん、探しとく」
     海斗がスマホに視線を落とすと同時に、七瀬は車を発進させた。

    緑綺星・闇討譚 1

    2023.02.05.[Edit]
    シュウの話、第88話。憂鬱な目覚め。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「……う……」 フロントガラスからのこつん、こつんと言う音で、七瀬は目を覚ました。「……やめてよ」 正面に視線を移し、フロントガラスを小鳥がくちばしでつついているのを見て、七瀬はクラクションをちょん、と押した。ビッ、と甲高い音が辺り一面に響き渡り、小鳥は慌てた様子で飛び去っていった。「……な……なせ……さん」 助手席に座っていた海斗...

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    シュウの話、第89話。
    対岸の戦争がもたらしたもの。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     激動の7世紀中、焔紅王国は幸運にも、それらの世界的騒乱には一切巻き込まれずに過ごすことができていた。

     6世紀中葉に独立した後、王国は初代女王が央南連合と裏取引を交わしたことで、事実上の属国となっていた。それが皮肉にも功を奏し、この時代には、連合からは再併合の動きが起こらなかった。
     後に焔桜雪が起こしたクーデターにより王位が彼女に移った後、この新たな女王は裏取引を完全撤廃すると共に、その詳細を世界に公表した。これが当時、「旧来からの政治腐敗を一掃する」と息巻いていた白猫党に侵略の口実を与えることとなり、連合は白猫党の猛攻に苦しめられることになった。当然、この戦争中に連合が王国に干渉できるような余裕はなく、白猫党が引き上げて以降も、連合にとっての最優先事項が東西再統一に変わったことで、7世紀に入ってからも王国への侵攻は、一度として実現に至らなかった。
     その内に時代が移り変わり、央南連合が黄家主導による東西再統一を果たした頃には、もはや焔紅王国が連合の一部であった歴史を実体験で知る者はほとんどいなくなっており、この期に及んで併合に固執し、大真面目に侵攻を唱えるような者もまた、連合の幹部陣内には残っていなかった。
     一方の王国は、一見古風で旧態依然とした絶対王政が続けられていたが、常に連合に対する危機意識があったこと、二代目女王以降は内政重視の政策が続けられていたことが結束力を強くし、結果として、長期に渡って安定した政治運営につながった。その連合からも前述の通り干渉されることは無く、内外どちらにおいても敵が発生しなかった王国は、その富・経済力のほとんどを、軍事・国防ではなく公共事業と教育に充てることができた。
     これにより王国は数十年に渡る超長期の経済成長を果たし、8世紀の現在では、一人当たりGDPが連合を大きく上回るほどの、世界有数の豊かな国に変貌していた。



     とは言え奇跡の経済成長も、数十年を過ぎれば流石に勢いが落ち、停滞・後退期を迎える。現在の王国は好況の喧騒もすっかり鳴りを潜め、不景気の波が押し寄せ始めていた。
    「あれっ」
     いつも買っていたビール6缶セットが1灯銭以上も値上がりしていたことに気付き、大野博士は冷蔵棚に延ばしかけていた手を引っ込めた。
    「……いい機会だし、お酒やめよっかな。惰性で飲んでるだけだし」
     そんなことをつぶやきつつも、結局彼は、買い物かごの中にビールを入れる。
    「次値上がりしたら、今度こそやめとこ……」
     ぶつぶつと一人言をつぶやきながら、彼は来週一週間分の買い物を済ませ、帰路につく。
    「……不景気、不景気かぁ。なんか良く分かんないけど給料も減るみたいだし、予算も減るみたいだし、……困っちゃうなぁ。今年中にもう一回くらい難民特区に行きたかったけど、おカネ出してもらえるかなぁ……うーん」
     大野博士はぽつぽつとまばらに電灯が立つ暗い道を、とぼとぼと歩く。
    「ふう、ふう……やっぱりお酒だよなぁ……飲んでるから太るわけで……太るから歩かなきゃいけないわけで……歩くと疲れるわけで……理屈じゃやめるのが正解なわけで……」
     そのうちに、視界の端に人気のない公園が入って来る。
    「……でも、なんでかやめらんないわけで」
     大野博士は公園に入り、座れそうな場所を探す。
    「あれ……ベンチ無いな? いつもならここら辺に……あ、あったあった」
     ベンチに腰掛けると同時にスーパーのビニール袋からビールを取り出し、ごくごくと喉を鳴らして飲み始めた。
    「んぐっ、んぐっ、ぐっ、……ぷはーっ! あーっ……たまんないなぁ、もぉ!」
     瞬く間にビール1本を飲み干し、大野博士はベンチにもたれかかり――かけたが、のけぞった顔にぽた、と水滴が落ち、「あっ」と声を上げて立ち上がった。
    「雨!? うわっ、早く帰んなきゃ……」
     慌てて振り返った、その瞬間――。
    「……えっ」
     一瞬前まで自分が座っていたベンチからギラリと光る刃が生えているのを目にして、大野博士はビール缶を放り投げた。

    緑綺星・闇討譚 2

    2023.02.06.[Edit]
    シュウの話、第89話。対岸の戦争がもたらしたもの。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 激動の7世紀中、焔紅王国は幸運にも、それらの世界的騒乱には一切巻き込まれずに過ごすことができていた。 6世紀中葉に独立した後、王国は初代女王が央南連合と裏取引を交わしたことで、事実上の属国となっていた。それが皮肉にも功を奏し、この時代には、連合からは再併合の動きが起こらなかった。 後に焔桜雪が起こしたクー...

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    シュウの話、第90話。
    夜と雨にまぎれて。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「ひゃっ、ひゃああああっ!?」
     腰を抜かし、その場にへたり込んだ大野博士をベンチ越しに確認し、海斗は舌打ちした。
    (まさかあんなタイミングよく立ち上がるなんて……でも、もう逃げられないよ)
     海斗は刀をベンチから引き抜き、続いてそのベンチを乗り越え、大野博士に肉薄する。
    (1ヶ月の行動パターンから、あんたがこの公園のベンチで必ずビールを飲むことは分かってた。だからベンチの位置を公園の真ん中にずらして、あんたがどんなに悲鳴を上げても、誰も気付かない状況を作った。もちろん、スマホの電波も届かないようにしてある)
     顔を真っ青にし、ガタガタと震える大野博士に近寄り、海斗は刀を振り上げ、頭に狙いを定める。
    (美園のためだ――死んでもらうよッ!)
     そして一切の迷いなく振り下ろした――が、その刃が、途中で何かに止められた。
    「……っ!?」
    「やらせないぞ」
     一瞬の内に大野博士と自分の前に割って入ったらしい、その黒ずくめの狼獣人の女は、金属製のロッド越しに海斗をにらみつけた。
    「……っ!?」
     思いもよらない事態に海斗は動揺しかけたが、どうにか心を鎮め、瞬時に間合いを取る。
    (何だ……誰だこいつ? でも……邪魔するなら一緒に死んでもらうまでだ!)
     刀を脇に構え直し、海斗は一足飛びに距離を詰め、狼獣人に斬りかかる。
    「ふ……ッ!」
     暗殺者の習性故か、海斗は声をほとんど発さず、予備動作も全く見せずに、無拍子で狼獣人の頭に刀を振り下ろす。ところが――。
    「……!?」
     相手に何の情報も与えず打ち込んだはずの一閃を、狼獣人は事もなげにロッドで受け、さらりと受け流す。
    (あ……まずい)
     受けた体勢から体を横に半回転し、狼獣人は蹴りを海斗の頭に向かって放つ。海斗もどうにか体を捻ってクリーンヒットは避けたが、あごにかつん、と衝撃を感じる。
    「……うっ……ぐ……」
     途端に視界がぶれ、海斗はその場に膝を着きかける。
    (……っ……ダメだ……気を失うな……戻せっ……)
     無理矢理に足に力を入れ、同時に千切れんばかりの勢いで舌を噛む。
    「ぅううう……ッ」
     頭の中が焼け焦げるかと錯覚するほどの痛みが口の中を駆け巡るが、続いてどくん、と海斗の心臓が跳ね、意識がどうにか戻って来る。
    「やるな」
     と、相手が構えたまま、海斗に声をかけてくる。
    「強い刺激による脳内物質の分泌、それを条件反射で習慣付けているわけか。博士を狙った際の手際の良さと言い、暗殺者としてはなかなかの手練のようだな」
    「……」
     応じる代わりに、海斗は口に溜まった血をべっと吐き出し、刀を再度構え直す。
    「まだやる気か? あきらめて帰れば、深追いはしないぞ」
    「……」
     海斗は依然として一言も発さず――刀に炎を轟々と灯して、もう一度狼獣人に斬りかかった。
    「は……ッ!」
     降りしきる雨が一瞬乾くほどの熱気を噴き上げ、海斗の刀が狼獣人の頭に振り下ろされる。
    「お前の弱点は」
     が、狼獣人は刀が届こうかと言うその直前、持っていたロッドを海斗の左手首に向かって投げつけた。直後にぱきっと乾いた音が海斗の長い耳に届き、左手の握力が無くなる。
    「……!」
     大振りに下ろした刀が、海斗の手からすっぽ抜ける。完全に攻撃・防御の手段を失った海斗の眼前に、狼獣人が迫り――。
    「暗殺者であるが故に、攻撃が常に一撃必殺の急所狙いであることだ。攻撃が単調過ぎる」
     めきっ、と音を立て、海斗の右胸に狼獣人の肘がめり込む。今度の痛みには耐え切れず、海斗は完全に気を失った。

     海斗の状況をモニタリングしていた七瀬は、彼の様子を伝えるPC画面に「行動不能」と表示されたその瞬間、息を呑んだ。
    「……!? 故障、……よね? 海斗、今大丈夫? ……海斗? 海斗、返事してちょうだい。海斗! ねえ! 海斗!?」
     インカムで名前を呼ぶが、海斗からの反応は無い。と、ドアの窓をコンコンと申し訳無さそうに叩きながら、傘を差した猫獣人が声をかけてくる。
    「あのー……ちょっといいですか?」
     七瀬はインカムを外し、窓をわずかに開けて、怒鳴り気味に「今取り込み中!」と答える。
    「ごめんなさい、その取り込み中の用事で声掛けたんです」
    「は?」
    「僕の仲間がですね、今、あなたの仲間を拘束したんで、付いてきてほしいなーって」
    「……あんたら、何者?」
     尋ねた七瀬に、猫獣人は恥ずかしそうに答えた。
    「正義の味方みたいなもんです」

    緑綺星・闇討譚 3

    2023.02.07.[Edit]
    シュウの話、第90話。夜と雨にまぎれて。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「ひゃっ、ひゃああああっ!?」 腰を抜かし、その場にへたり込んだ大野博士をベンチ越しに確認し、海斗は舌打ちした。(まさかあんなタイミングよく立ち上がるなんて……でも、もう逃げられないよ) 海斗は刀をベンチから引き抜き、続いてそのベンチを乗り越え、大野博士に肉薄する。(1ヶ月の行動パターンから、あんたがこの公園のベンチで...

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    シュウの話、第91話。
    黒ずくめの正体。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     猫獣人に素直に従い、七瀬は自分の車を離れ、相手のものらしい黒いバンに乗り込む。猫獣人も乗り込んだところで、彼は既に乗り込んでいた仲間――黒ずくめの狼獣人に声をかけた。
    「だからエヴァさん、何度も言ったはずですけど、ちゃんと体拭いて乗り込んで下さいってば。掃除、大変なんですから」
    「防水性なんだからいいだろう? それに今は仕事中だ。細かいことは気にしてられん」
    「んもう、これだから兵隊崩れは……。っと、自己紹介が遅れました。僕はラモン・ミリアン。そっちの『狼』はエヴァンジェリン・アドラーさんです。お名前、聞いてもいいですか?」
    「……橘七瀬よ」
    「こっちの長耳は?」
     エヴァに尋ねられ、そこでようやく七瀬は、後部座席に寝かせられた海斗を見付けた。
    「橘海斗。……生きてんでしょうね?」
    「無論だ。姓が同じようだが、親子か?」
    「義理だけどね」
    「息子に人殺しをさせてるのか?」
     その言葉に、七瀬は鼻をフンと鳴らして返す。
    「色々あんのよ。家庭の事情に首突っ込まないでちょうだい」
    「……まあ、そうだな。そんな議論のために、わざわざ央南まで来たんじゃない。私の目的はあんただ、オーノ博士」
    「は、はい!?」
     海斗同様、エヴァに連れて来られたらしい大野博士が、びくっと体を震わせる。
    「誤解しないでほしいが、私たちにはあんたを殺すつもりもさらうつもりも無い。まず経緯を説明しておこう。私たちは……」
     説明しかけたエヴァに、ラモンが突っ込みを入れる。
    「僕を勘定に入れないで下さい。僕はあくまであなたに雇われた身です」
    「そうだったな、訂正する。私は1年前から裏社会に身を投じ、白猫党の壊滅のために活動していた。その過程で白猫党があんたの調査をしきりに行っていたこと、あんたの殺害とあんたの調査・研究記録の全抹消を、党の央南支部に指示していたことが分かった。
     発令されたのは2週間ほど前だ。すぐに私は央南に飛び、研究所にあったあんたのパソコンの全データを数日前、コピーさせてもらった。そこから今日までにどんな研究がどれくらい進んでいるのかは知らないが、ほぼバックアップは取れていると考えていいだろう。だが正直、我々がその内容を確認しても、何を意味しているのかはさっぱり分からなかった。となればあんたに直接話を聞くしかなかったが、私も白猫党に追われる身だからな。下手に接触して戦闘になるようなことは避けたかった。
     だから今日まであんたの周辺をそれとなく回りつつ、監視の目がないところで接触できるタイミングを図っていたんだが……」
     そこでまだ横たわったままの海斗に目をやり、エヴァは肩をすくめた。
    「暗殺者に狙われたとあっては、流石に守らないわけには行かない。結果的にこうして、多少乱暴な接触にはなってしまったが――ともかく会えたからには教えてほしい。
     オーノ博士、あんたは難民特区で何を見つけた? 白猫党があんたを狙う理由は何だ?」
    「……」
     一転、大野博士は神妙な顔になり、ぐしょぐしょになっていたジャージの襟を正した。
    「えっと……エヴァさん? でしたっけ、以前に、あの、難民特区でお会いしましたよね」
    「ああ」
    「あの時から薄々、『あれっ?』『もしかして?』って思ってたことだったんですけど、あの時はまだ確証が持てなくって、新聞社の方にもこの話は、お伝えしてないんです」
    「それは何だ?」
    「えーと、まあ、土壌の酸性値がですね、かなり低くて、あの、低いと酸性ってことなんですけども、あの土地がですね、異様に酸性値が低かったんです。どうも地中の埋蔵物が影響してるんじゃないかって。でですね」「博士」
     エヴァは明らかに苛立った様子で、大野博士に詰め寄った。
    「結論から言ってくれないか? ズバリ、あの土地には何があるんだ? 古代超文明の遺跡でもあるのか?」
    「いやいやいや、そんなんじゃないです。あのですね、その、石油なんじゃないかって」
    「石油? 油田があんな荒廃した土地のど真ん中にあるって言うのか?」
     面食らった様子を見せたエヴァに、やはりしどろもどろながらも博士は説明を続ける。
    「はい、現時点でかなり、可能性は高いものと見ています。直近の、あの、4ヶ月前くらいのボーリング調査でも、頁岩層の中に石油状物質を相当な割合で確認できてまして」
    「どのくらいの埋蔵量だ? 白猫党がわざわざ狙うほどの量があると?」
    「正確な量は分かりません。なにぶん、地中の話ですから。でも酸性値の異様な低さと、それが相当な広範囲に分布していることから考えて、少なくとも1億トン以上は……」
    「1億トン!?」
     この数字を聞いて、まだ気を失ったままの海斗を除く全員が仰天した。

    緑綺星・闇討譚 4

    2023.02.08.[Edit]
    シュウの話、第91話。黒ずくめの正体。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 猫獣人に素直に従い、七瀬は自分の車を離れ、相手のものらしい黒いバンに乗り込む。猫獣人も乗り込んだところで、彼は既に乗り込んでいた仲間――黒ずくめの狼獣人に声をかけた。「だからエヴァさん、何度も言ったはずですけど、ちゃんと体拭いて乗り込んで下さいってば。掃除、大変なんですから」「防水性なんだからいいだろう? それに今は仕...

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    シュウの話、第92話。
    狙われる難民特区。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「いちおく……1億トンって、……ええと……」
    「トラス王国の年間消費量が20万トンとか30万トンくらいですね。ネットの情報ですけど」
     ラモンがスマホを眺めながら、ある程度の目安を説明する。
    「だからざっくり計算すると、300年分以上に相当しますね」
    「さんびゃくねん!?」
     七瀬とエヴァの声がハモり、顔を見合わせる。
    「そりゃ白猫党が全力で狙いに来るわけだ」
    「そんな超巨大油田を軍事国家が確保したりなんかしたら、好き放題できるもんね」
    「となると我々の身も危ういかも知れない。下手すれば世界経済がほんの数日で引っくり返りかねない情報を握るオーノ博士に、監視の目が付いていないわけがないからな」
    「ソレは多分、無いと思うわ」
     七瀬の言葉に、エヴァが「なに?」と声を上げる。
    「監視されてるって言うなら、海斗が暗殺失敗した時点で何かしらの介入があるはずよ。例えばこのバンをロケット砲かなんかで撃っちゃえば――まあ、アレコレごまかす手間はいるだろうけど――まとめて片が付くワケだし。なのに未だに、コイツからの連絡すら無いもん。標的とそのボディガードと一緒に話し込んでるなんてこんなイレギュラーな事態、把握してたら連絡くらいするでしょ?」
     そう言ってTtTの友達一覧を見せながら、七瀬はこれまでの経緯をエヴァたちに説明した。
    「……そうか、娘を人質に取られていたのか」
    「話から察するに、そいつらも白猫党っぽいですね。こそこそーっと代理立ててけしかけるってのが、いかにもって感じですよ」
    「しかし……となると困ったな」
     エヴァはスモークガラス越しにバンの外を確認しつつ、バンの中を一瞥する。
    「いつまでも敵がこの状況に気付かないはずがない。気付けばそれこそ銃撃・砲撃されかねない」
    「場所を移動しますか?」
    「その場しのぎにしかならない。ナナセのスマホで位置は探知できる。相手がここに来れば、容易に状況を把握されてしまうだろう。と言って電源を切るのも得策じゃないだろう。唐突にそんなことをすれば、それこそ異状を察知して駆けつけるだろうしな」
    「……じゃ、どうするんです?」
     ラモンに渋い顔をされ、エヴァはしばらく考え込んでいたが――やがて、「ふむ」とうなった。
    「そもそもオーノ博士が今狙われているのは、白猫党が石油利権を独占するため、秘密裏に処理しようと目論んでいるからだ。であれば秘密にできない状況に持ち込んでしまえばいい」
    「と言うと?」
     ラモンに答える代わりに、エヴァは大野博士にスマホを向けた。
    「博士。今からあんたに、さっきの石油の件についてもう一度説明してもらい、それを撮影する。その動画を私のツテで、全世界に向けて配信してもらえば、もう周知の事実になる。白猫党の隠蔽工作は破綻すると言うわけだ」
    「は、はぁ」
    「と言うわけでもう一度――今度はなるべく簡潔に――話してくれ」
     そう念押ししたものの、やはり大野博士の話は回りくどく、冗長的になった。それでもどうにか録画し終え、エヴァは旧友――即ち今をときめくクラウダー、シュウ・メイスンに送信した。
    「これでよし。後はシュウが上手くやってくれる、……はずだ」
    「だといいんですが……はぁ」

     と――唐突に、車のサイドドアがノックされた。
    「……!?」
     訪ねてくる人間がいるはずもなく、車内に緊張が走る。
    「誰だ……?」
    「さ、さあ?」
     恐る恐る、ラモンが窓を開ける。そこに現れたのはエヴァに負けず劣らずの、黒ずくめの少女だった。
    「ココにエヴァンジェリン・アドラーがいるだろ?」
     尋ねた少女に、エヴァが答える。
    「私だ」
    「やっと会えたな」
     そう返し、少女はドアをもう一度叩く。
    「開けろ」
    「い……嫌っス」
     答えたラモンをにらみつけ、少女がもう一度同じことを命じる。
    「開けろよ」
    「閉めろ、ラモン。素性の分からん奴に応じるな」
     エヴァの答えに、少女は元々から吊り気味だった目をさらに尖らせる。
    「じゃ、実力行使させてもらうぜ。『テレポート』」
     次の瞬間、車全体が浮き上がる感覚を覚え――。
    「なっ……!?」
     気付けば車ごと、どこか別の場所に移動させられていた。

    緑綺星・闇討譚 終

    緑綺星・闇討譚 5

    2023.02.09.[Edit]
    シュウの話、第92話。狙われる難民特区。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「いちおく……1億トンって、……ええと……」「トラス王国の年間消費量が20万トンとか30万トンくらいですね。ネットの情報ですけど」 ラモンがスマホを眺めながら、ある程度の目安を説明する。「だからざっくり計算すると、300年分以上に相当しますね」「さんびゃくねん!?」 七瀬とエヴァの声がハモり、顔を見合わせる。「そりゃ白猫党...

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    シュウの話、第93話。
    逆襲の時。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「話は分かった」
     エヴァと七瀬の話を聞き終え、天狐は小さくうなずいて返した。
    「大野博士については、天狐ゼミで保護してやる。フェロー(特別研究員)とでも言っときゃいいだろ。紅農技研には『オレが来いっつって連れてきた』って言っときゃ、ソレで納得すんだろ。七瀬のスマホも今、一聖と鈴林が位置情報システムをごまかしてるトコだ。腕は確かだから、こっちも問題ないだろう。ついでに七瀬のクルマも持って来てやった。明日にはミッドランドで走れるよう、車輌登録しといてやる。
     その他、とりあえずの住む場所だとか何だかも、言ってくれりゃソレなりに手配する。オレと一聖が無理矢理連れてきたんだし、石油の件はマジで大事(おおごと)だからな。知らせてくれた分の礼はさせてもらう」
     そこで言葉を切り、天狐は七瀬と海斗に目を向けた。
    「で、問題はお前らの家族だな」
    「ええ。美園も保護しなきゃ」
    「だが、ソコが一番の問題でもある」
     と、スマホの細工を終えたらしく、一聖が会話に入ってくる。
    「お前さんから住所聞いて家に行ってみたが、誰もいなかった。近所やら学校やらをこっそり探ったが、どうやら1週間以上前、つまり七瀬たちが前の依頼に取り掛かってる間にさらわれたらしい。スマホも電源切られてるらしくて、位置情報が割り出せねえ」
    「そんな……」
     一聖の説明に、七瀬は頭を抱える。と、そこで一聖がニヤッと口元を歪めた。
    「だが相手はいっこ、とんでもないしくじりをやらかしてる」
    「え?」
    「七瀬のTtTに友達登録してるコトさ。しかも6時間に1回、ご丁寧に連絡して来てやがる。そのアカウントと送信記録を解析したところ、すべて同じ場所――央南東部、青州大月市内から発信されてるコトが判明した」
    「ってことは、つまり……!?」
     一転、七瀬の顔に朱が差す。一聖はうなずきつつ、こう続けた。
    「さらに調べたところ、発信源と思われる場所は表向き、郊外の採石場跡だったが、周辺のライブカメラやら監視カメラやら確認したところ、トラックやらトレーラーやらの出入りがやたら激しい。十中八九、偽装した軍用車輌だろう。さらにそんな大型車輌がドカドカ出入りしてる割に、衛星画像にはソレらが停まってる様子が一切写ってねえ。どうやら地下にかなり大規模な基地があるらしいな。
     ソコに美園がいるのは、ほぼ間違いない」
    「……!」
     七瀬と海斗は顔を見合わせ、喜びかけたが――すぐに表情が曇る。
    「でも……どうやって助けるの?」
    「それは、……その」
     七瀬の顔にあきらめの色が浮かび、やがてうつむいてしまった。
    「いるのは……いるのは分かっても……白猫党の基地のド真ん中じゃ……」
    「僕が、……僕が行く」
    「ダメよ。一人で軍隊と張り合えるワケ、ないじゃない」
    「行く」
    「ダメ」
    「行く。行かなきゃならないんだ」
    「ダメって言ってるでしょ!?」
     海斗の襟を握りしめ、七瀬が怒鳴る。
    「行ったらどうなるか、アンタ分かんないワケじゃないでしょ!? アンタがいくら剣の達人だからって、相手は重武装した兵隊よ!? 正面からノコノコ突っ込んでったら、3分ももたず蜂の巣にされるだけよ!」
    「それでも行くんだ!」
     七瀬の腕を弾き、海斗も怒鳴り返した。
    「僕は一人ででも行く! 美園を助けるためなら、死んだって構わないッ!」
    「一人じゃないさ」
     と、部屋の外から声が飛んでくる。
    「白猫党が相手やったら、俺も手ぇ貸したるで」
    「右に同じだ。私にも、因縁や恨みが色々とあるからな」
     揃って現れたジャンニとエヴァに、海斗は目を丸くした。
    「助けて……くれるの? どうして?」
    「『助ける』と言うのは少し違う。一緒に行くのは、利害が一致しているからだ。私も、君も、それからこの『狐』君も、揃って白猫党を敵に回しているし、何なら殲滅・壊滅させてやろうと目論んでいる。それならこれは、行動を開始するのには絶好の機会だ。少なくとも私はそう思っている」
    「俺も同感や。白猫党には市国引っ掻き回されたり、コケにされたり、ええ加減ハラ立ってきてんねん。ここらでええ加減、一発ブチ込んだらへんとな」
    「……ありがとう」
     深々と頭を下げる海斗に対し、七瀬は依然として表情を崩さない。
    「たった3人で何やろうって言うのよ? 多勢に無勢なのは変わりないじゃない」
    「たった3人だが、一騎当千の実力持ちの3人だ。サポートしてやりゃ、基地だろうと要塞だろうとブッ飛ばせるさ」
     天狐は椅子からひょいと立ち上がり、一聖と肩を組んだ。
    「そのサポートはオレとコイツがやる。任せときな」

    緑綺星・暗星譚 1

    2023.02.11.[Edit]
    シュウの話、第93話。逆襲の時。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「話は分かった」 エヴァと七瀬の話を聞き終え、天狐は小さくうなずいて返した。「大野博士については、天狐ゼミで保護してやる。フェロー(特別研究員)とでも言っときゃいいだろ。紅農技研には『オレが来いっつって連れてきた』って言っときゃ、ソレで納得すんだろ。七瀬のスマホも今、一聖と鈴林が位置情報システムをごまかしてるトコだ。腕は確か...

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    シュウの話、第94話。
    潜み、眩まし、そして瞬く綺羅星たち。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     一聖にミッドランドへ連れ込まれた時点で、七瀬・海斗親子が請けた大野博士暗殺依頼の期限までは、残り2日となっていた。その2日強の――依頼を放棄したことに白猫党が気付くまでの――間に、一聖と天狐はジャンニ、エヴァ、そして海斗の装備を整え、バックアップ体制を確立することにした。

     まず、ジャンニについて。
    「勿論やるコトはスーツのチューンナップだ」
    「ソレもバッキバキにだ、な」
     天狐たち二人でパワードスーツの設計段階から徹底的な見直しを行い、時間内に可能な限り改良に改良を重ねた結果、総合的な出力は元々ジャンニが使用していた時点から3.5倍以上に増加。それに加え、大幅な機能追加も行われた。
    「魔力バッテリーに『オリハルコンMS-216』を搭載したコトで、通常運用での稼働時間は1500倍になった。普通に飛ぶくらいなら、世界3周半は楽勝だぜ? 加えて、コレまで実現不可能だった超高出力攻撃も使えるようになった。その気になりゃ、ミサイルだってパンチで跳ね返せるぜ」
    「……ミサイルのこと根に持っとるやろ、カズちゃん」
    「そりゃそーだろ。二度とあんなふざけた真似できねーようにしてやる」

     続いて、エヴァについて。当初、ジャンニと同様のパワードスーツを提案したが――。
    「断る。あんな全身金属甲冑では、まともに動けない」
    「そーゆーなって、ボディスーツくらいにしといてやるからさ。むしろ話聞いてる限りだと、お前さんは格闘術とか肉弾戦、白兵戦向けっぽいから、そっちの方がいーだろーし」
    「……ふむ。最低限、防刃・防弾は可能なように頼む」
    「オレの作った防具がその程度でまとまるワケねーだろ。防弾どころか、ロケット弾だって凌げるさ」
     もちろんこれは一聖の大言壮語ではなく、実際に彼女は――ジャンニのスーツ改良の片手間に――作って見せ、エヴァを驚かせた。
    「なんだこのスーツ……!? 今まで着ていた戦闘服より軽いぞ。その上、布みたいに伸縮性があるし、でも硬質感も確かにあるし、……一体何でできてるんだ?」
    「試しに撃つか斬るかしてみろよ。ビクともしないぜ」
    「いや……着た感じで分かる。これはモノが全然違う」

     このボディスーツは、海斗にも同じものが支給された。
    「お前さんも白兵戦タイプだから、こっちの方が都合いいだろ。ついでに刀も打っといたぜ。神器化処理も施してあるから、お前さんの腕と気合次第で文字通り、岩でも鉄でも何でも斬れる」
    「……なんかのチームみたい」
     ぼそっとつぶやいた海斗に、ちょうど部屋にいたシュウが笑い出した。
    「わたしもそー思ってました。みんな黒地に金色ラインの全身スーツですもん。カズちゃんとテンコちゃんの趣味出し過ぎですよー」
    「いーじゃん、チーム一聖」
     一聖がそう返したところで、天狐が目をむく。
    「なに勝手にお前一人のチームにしてんだよ。オレも絡んでるだろーがよ」
    「最初にスチフォけなしたクセに、いけしゃあしゃあとチームに入って来てんじゃねーよ」
    「んなコトゆーなら『オリハルコン』抜くぞ。アレ錬成したのオレだぜ」
    「そもそも白猫党の基地突き止めたのがオレだろーがよ」
    「あ・ね・さ・ん・た・ち・ぃ?」
     睨み合った一聖と天狐の間に、鈴林が割って入った。
    「どっちのチームとか、みんなは姉さんたちの所有物じゃないでしょっ? チームにするんならみんなの意見も聞かなきゃでしょっ」
    「チーム……作るのか? 確かに目的は一緒ではあるが」
     苦い顔をしているエヴァの横で、ジャンニが自分のスーツを眺めながらぼそっとつぶやく。
    「これスチフォって略してんねやな、カズちゃん」
    「……まとまり無くない?」
     二人を一瞥した海斗に突っ込まれるが、天狐はフンと鼻を鳴らす。
    「克一門よりマシだ。親父なんか、何回弟子に殺されかけたか」
    「お前がソレ言うのかよ」
    「お前こそ言う権利あんのかよ」
    「もー、ケンカしないでってばっ。……じゃーさ、シュウ! あなたが決めてあげてよっ」
    「え? わたしがですか?」
     きょとんとするシュウに、鈴林が首を振りながら返す。
    「このままじゃ何にも話が進まないもんっ。それにシュウなら、ここにいる人の中で一番、気楽にひょいっと決めてくれそうな性格だしっ」
    「なーんか軽くけなされてるよーな気もしますけどー……まーいいです」
     シュウはジャンニ、エヴァ、そして海斗の前をうろうろと歩き回り、やがてぺちん、と両手を合わせた。
    「金色ラインがキラキラしてますから、星なんていいかもですね。そーですねー……綺羅星(ティンクルスター)……チーム・ティンクルなんてどーでしょ?」
    「おゆうぎ会みたいなネーミングやな」
     ジャンニに突っ込まれ、シュウは口をへの字に曲げる。
    「どーせお子ちゃまセンスですよーだ」
    「だが星ってモチーフは悪くないな」
     一聖がそう返し、腕を組んで思案にふける。
    「星……黒い星……見えない星(Hidden Star)……隠れた星(Secret Star)……ふむ。んじゃ、七等星(Seventh Mag)ってのはどうだ? ふつーの人間に見えるギリギリが六等星だが、お前さんたちはソレより下――色んな事情から、オモテで輝くコトをやめたヤツらだ。
     だがいなくなったワケじゃない。見えはしないが確かにソコにいる、隠れた星々――お前さんたちはセブンス・マグだ」

    緑綺星・暗星譚 2

    2023.02.12.[Edit]
    シュウの話、第94話。潜み、眩まし、そして瞬く綺羅星たち。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 一聖にミッドランドへ連れ込まれた時点で、七瀬・海斗親子が請けた大野博士暗殺依頼の期限までは、残り2日となっていた。その2日強の――依頼を放棄したことに白猫党が気付くまでの――間に、一聖と天狐はジャンニ、エヴァ、そして海斗の装備を整え、バックアップ体制を確立することにした。 まず、ジャンニについて。「勿...

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    シュウの話、第95話。
    天狐と一聖のミーティング。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「一騎当千の3人なら基地でも要塞でも陥落させられる」と豪語したものの――一聖と天狐は互いの顔をにらみ合い、思案に暮れていた。
    「で、いい案思いついたかよ?」
    「思いついてたらお前の顔じーっと眺めてるもんか。お前もだろ?」
    「……だよなー」
     白猫党の秘密基地があると思われる採石場跡の衛星写真を二人で眺めていたが、その攻略方法を考えあぐねていたのである。
    「もっぺん最初から考えてみるか……。ま、正面突破ってのは愚策もいいトコだわな。エヴァから『あの話』は聞いてはいるけども」
    「MPS計画だろ? ソレがマジだとしても、敵の陣容が分からない状況で闇雲に敵陣へ突っ込んだら、命がいくつあっても足りゃしねーよ。地下施設だから忍び込むにもルートが限られるし、その限られたルートは全部厳重に守られてるだろーし」
    「のべつ幕無しに空対地攻撃なんてのもナンセンスだ。対策してねーワケがねーしな」
    「スチフォに搭載した装備なら攻撃自体はできないワケじゃねーが、CIWS(近接防空迎撃システム)かなんかをカマされたら、流石に防御性能を上回っちまう。『ミサイルも跳ね返せるぜ』とは言ったが、防空システム相手じゃ1発、2発どころじゃないからな」
    「辛うじて装甲が耐えられたとしても、中のジャンニがドロドロのビーフシチューになっちまうぜ」
    「ネットから基地内のシステムをハックして撹乱するってのも不可能だ。軍用の独立回線使ってるから、侵入すら不可能だ。現地に乗り込めばスチフォにリンクさせてハックできるかも知れねーけど」
    「結局ジャンニが人身御供になるプランしかねーじゃねーかよ」
    「ま、ドレも論外だな。うーん……」
     と、封筒を持った大野博士が、申し訳無さそうに部屋を訪ねてきた。
    「すみません、あの、お邪魔します。役所から『いくらテンコちゃんでもサインくらいちゃんと書いて提出して下さいって言っといて下さい』って言われまして……」
    「んあ? ……あれ、書いてなかったか? 悪いな」
     天狐が書類を確認している間、大野博士は所在なさげにパソコンのモニタを眺めている。と、「ふーん」とうなったのを見て、一聖が尋ねた。
    「なんだよ?」
    「やっぱりあるんだなって」
    「なにがだよ?」
    「えーと……これ、昨日言ってた白猫党の基地があるかもってところですよね。じゃあ、それが原因なのかなぁ……。えーとですね、採石場『跡』ですから、数年、あるいは十数年以上は放置されてるわけですよね。となると雑草や苔が生えてきてしまうわけなんですけども、まあ、地中に人間が生活可能な基地があると言うことであれば、恐らくその地上の大部分は植生に適した温度になるんじゃないかと思うんですけど、見事に建物の形に沿ってくっきり生えてますね」
    「なに?」
     言われて一聖は、モニタに視線を向ける。
    「……言われてみりゃ、確かに緑色のトコとそーじゃねートコの境がくっきりだな。ってコトは地表からそんなに離れてねーのか」
    「建材として一般的に使われるコンクリートは熱伝導率および熱容量が非常に高いですから、真下に熱源があればどんどん熱が交換・放出されますし、上に砂や石があれば保温性も確保できます」
    「ま、採石場跡ってコトにしてるなら、そりゃ上には石並べてるわな。つまり岩盤浴と同じよーな環境になってるってワケか」
    「あと、多分この辺りに排気口があるみたいですね」
     そう言って、大野博士はモニタのある部分を指さした。
    「植物ももちろん生き物ですから、極端な暑さ寒さには弱いんです。で、排気口って排熱の役割も果たしますよね。軍事用の地下施設ですから発電機なんかもあるでしょうし、大量の熱が放出されていると考えられます。ですから結果としてそこだけ多分、50度とか60度とか、すごく高温になってしまうんでしょうね、流石に植物の育成に適さない温度なので……」
    「あー、なるほどな。ココだけぽつんと生えてねーってコトは、……!」
     突然、一聖は天狐の肩を揺する。
    「天狐! 今ピンと来たんだが、こんなのはどーだ!?」
    「わっ、……いきなり肩つかむなよ!? サインしくじんじゃねーか!」
    「あ、悪り」
    「あっぶねーな、もう。……で、なんだよ」
    「今、大野のおっさんが言ったヤツだよ。排気をいじりゃ……」
    「あぁ? ……なるほど、緊急事態ってワケか」
     合点がいったらしい天狐に対し、大野博士はきょとんとするばかりだった。

    緑綺星・暗星譚 3

    2023.02.13.[Edit]
    シュウの話、第95話。天狐と一聖のミーティング。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「一騎当千の3人なら基地でも要塞でも陥落させられる」と豪語したものの――一聖と天狐は互いの顔をにらみ合い、思案に暮れていた。「で、いい案思いついたかよ?」「思いついてたらお前の顔じーっと眺めてるもんか。お前もだろ?」「……だよなー」 白猫党の秘密基地があると思われる採石場跡の衛星写真を二人で眺めていたが、その攻略...

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    シュウの話、第96話。
    破壊工作。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     早朝、約束の期限の2時間前――潜遁術「インビジブル」で姿を消したエヴァが、件の採石場跡に忍び込んでいた。
    《センサーに反応なしや。周囲に見張りおらんで》
     エヴァと同様、付近に潜んでいるジャンニから通信が入り、天狐が応答する。
    《よし。エヴァ、そのまま直進しろ》
     術の展開中は大きな声を発せないため、エヴァは返事する代わりに、インカムに付けられたキーで符号を打って応答する。
    (リ・ョ・ウ・カ・イ、……と)
     言われた通りに直進し、やがて衛星写真で前もって確認していた、排気口があると思われる地点に到着した。
    (目標地点に到達 指示されたし)
    《よっしゃ、そんじゃ金属板突き刺せ。一ヶ所につき6枚ずつだぜ》
    (了解 工作を開始する)
     指定されていたポイントに魔法陣が彫り込まれた金属板を突き刺し、エヴァは一旦その場から離れる。
    「工作完了した」
    《おつかれさん。……よーし、そんじゃ一泡吹かせてやるとするかっ。頼んだぜ、鈴林!》
    《はいはーいっ! とっておきの秘術、発揮する時が来たみたいねっ! それじゃ行くよっ、『クレイダウン』っ!》
     術が発動された瞬間、金属板が刺された砂利がどろりと形を崩し、液状化する。
    (カズちゃんによれば――二人ともちゃん付けしないと何故か怒るんだよな――あの術で溶けた石が排気口を塞ぎ、排気システムが全てダウンする。予備の排気口も同時に塞いであるから、切替も不可能だ。
     空気の性質上、排気ができなければ吸気もできない。そうなれば……)

     その基地内では、うつろな目をした兵士たちがうろうろと歩き回っていた。
    「……」「……」
     何かを話すでもなく、そもそも明確な意思を持っているようにも見えず、彼らは淡々と巡回を続けている。基地内の大半の兵士はまるで人形のごとく、ただひたすらぐるぐると同じルートを回り続けていた。
    《注意です》
     と、基地内にアナウンスが響く。
    《基地内の酸素濃度が低下しています。E2087番。G3981番。排気システムの確認に向かいなさい》
     基地内をひたすら巡回し続けていた兵士のうち2人がぴたりと立ち止まり、揃って外に出て行った。

     兵士二人がトンネルに偽装された基地出入口から現れ、最寄りの排気口に向かう。その途中、彼らの背後にすっと海斗が降り立ち、昏倒術をかける。
    「『ショックビート』」
     途端に揃ってばったりと倒れた兵士たちをエヴァたちと手分けして担ぎ、その場から連れ去る。
     これを何度も繰り返す内、採石場跡近くの林は倒れた兵士で一杯になる。
    「ねえエヴァさん、こんなに引っ張り込んだら、流石に中の人たちにおかしいと思われるんじゃないの?」
     尋ねた海斗に、エヴァは「そうでもないだろう」と首を振って返した。
    「私が白猫党の内情を探っていた話はしたな? その際に『MPS計画』、マス・プロダクト・ソルジャーなるものを進めていたことを知ったんだが――そもそもは南側の計画で、不足していた人員を大量に確保するためのものだったそうだ。だが人間は機械部品や農作物なんかと違って、そう簡単に大量製造できるようなものではない。ましてや兵士として鍛え上げるとなると、本来なら相当な時間を必要とする。だが短期決戦で北側を制圧したかった南側は、その常識を打ち破ろうとした。
     難民特区でさらった人間の記憶を消し、そこにとある兵士の記憶を刷り込ませ、『自分は百戦錬磨の、伝説級の兵士だ』と思い込ませて銃を握らせる。それでインスタントに兵隊を『量産』しようとしたんだ」
    「それ……ゲームかなんかの話?」
     信じられないと言いたげな顔をした海斗に、エヴァは肩をすくめる。
    「ふざけた話だが現実に行われたことだ。だがこの計画には致命的な弱点があった。同じ兵士の記憶を元にしているせいで、作られた兵士全員が全員、同じ行動しか執らないことだ。『散開して殲滅せよ』と命令しても、全員が一斉に同じ標的に向かってしまう。と言ってバリエーションを増やそうにも、お手本にできるような凄腕が何人もいるわけじゃない。5~6パターン程度じゃ1分隊にもならないし、それじゃ作戦行動なんかまともにできるわけがない。となると残る使い道は単なる人数合わせ、ただのエキストラ以上の役割を果たせないと言うわけだ。
     しかし当然、こんな木偶の坊の集まりでは計画の本懐を果たせない。だから現在は……」
     エヴァは倒れた兵士の耳からインカムを取り外し、海斗の鼻先で振ってみせた。
    「記憶どころか人格すらも消去し、基地内のコンピュータにAI制御させているのさ。それなら司令官が『撃て』と言えばAIの計算上最適な配分で弾幕を展開し、『守れ』と言えば最適な陣形で防衛態勢を取れる。
     しかしAIも万能じゃない。あくまで司令官の命令に従うだけの装置だ。その司令官が――例えばわざわざ依頼者のスマホに自分のアカウントを登録するようなマヌケだったら――果たして今私たちが起こしているこの異常に、いち早く気付けるだろうか」
    「……案外気付かないかもね」

    緑綺星・暗星譚 4

    2023.02.14.[Edit]
    シュウの話、第96話。破壊工作。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 早朝、約束の期限の2時間前――潜遁術「インビジブル」で姿を消したエヴァが、件の採石場跡に忍び込んでいた。《センサーに反応なしや。周囲に見張りおらんで》 エヴァと同様、付近に潜んでいるジャンニから通信が入り、天狐が応答する。《よし。エヴァ、そのまま直進しろ》 術の展開中は大きな声を発せないため、エヴァは返事する代わりに、インカ...

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    シュウの話、第97話。
    長耳男の素性と本性。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     エヴァの予想していた通り、この秘密基地のトップであるあのスーツの長耳は、基地管理AIからの報告をまともに聞き入れていなかった。
    《注意です。A1419、C2062、C5077、D6092、E2087、F3383、G3981、H1187との通信が途絶しています。注意です。基地内の酸素濃度が低下しています。注意です……》
    「うるさいな……」
     スピーカーに背を向け、彼はモニタにかじりついている。
    「ねえ、ミソノちゃん? もうそこに立てこもって何日も経つけど、もう限界だろ? いや、約束するけれど変なことはしないよ。決して。本当に。君のお母さんと弟くんと約束してるからね。向こうがちゃんと約束を守ってくれている限り僕、……私も約束は守るから」
    《……》
     カメラに缶を投げつけられ、ピンクと青のモザイクだらけになった画面の向こう――倉庫の中でしゃがみ込んでいた美園が、カメラの方をじっとにらみつける。
    《アンタ、ウソツキじゃん。約束なんて口ばっかり。ママと海斗のコトも、利用するだけ利用して始末する気でしょ》
    「し、しないよ! しないとも!」
    《あたしのコトも指一本触れないって言ったけど、ソレもウソ。手ぇ出す気満々なの、会った瞬間分かったもん》
    「いやいや、そんなことないって……」
    《じゃああたしをココに連れ込んだ後、服脱げっつったのは何なのよッ!?》
     マイクの受信容量を超え、ノイズ混じりになった怒声をぶつけられ、スーツ男は口をつぐんだ。
    「そ、それは、制服姿のままじゃ僕が変な気を起こしそうで、……あ、いや……」
    《あたしは絶対ここから出ない! アンタに襲われるくらいならここで死んでやるから!》
    「あぁー……」
     美園に頑なに拒絶され、スーツ男が頭を抱えたところで――AIのアナウンスが一際大きな声で割り込んできた。
    《警告です》
    「ああもう、いいかげんにし、……け、警告? 警告って初めて聞く……かも?」
    《基地内の酸素濃度が安全基準を下回っています。生命維持に重大な影響を及ぼす危険があります。生存プロトコルを発動します。基地内の人間は全員、外へ退避しなさい》
    「え……ちょ、ちょっと待て! 今のは取り消し! 却下だ!」
    《生存プロトコルは基地内の安全が確保されるまで解除および中止できません。繰り返します。基地内の人間は全員、外へ退避しなさい》
    「なっ……」
     何が起こっているのか把握できないらしく、スーツ男の顔から血の気が引いていった。

     うつろな目をした兵士がぞろぞろとトンネルから出てくるのを確認し、エヴァが報告する。
    「兵士たちが外に出てきた。おそらく基地の中の酸素が無くなりかけてるんだろう」
    《どれくらいいる?」
    「じゃんじゃん出てくる。基地内の全員だろう」
    《出切ったら教えろ。スチフォ通して『ショックビート』で気絶させる》
    「了解。……ん?」
     と、うつろな兵士たちの中に、明らかに自分の意志が存在するらしい、焦った表情の者を何名か見つける。
    「カイト、あいつら……」
    「うん。雰囲気、違うね」
    「拘束するぞ」
    「分かった」
     瞬時に二人とも飛び出し、その兵士たちの背後に回り込む。
    「なっ!?」
     抵抗する暇も与えず、エヴァは相手の足を払い、倒れ込んだところで肘鉄を右胸に叩き込む。
    「ごは……っ」
     急所を突かれ、相手の目が引っくり返る。その一瞬でエヴァは相手の両手足をダクトテープでぐるぐる巻きにし、担いで連れ去った。

    「おい、起きろ」
     担いできた兵士2人を叩き起こし、エヴァは拳銃を向けながら尋問を始めた。
    「正直にすべて話せ。嘘を言えば尻尾が1センチずつ減るぞ」
    「ひっ……」
    「この基地にいる、『まともな』人間は何人だ? MPSじゃない奴だ」
    「ろ、6人。俺を入れて」
    「責任者は?」
    「ヘラルド・アルテア、長耳の男だ。3ヶ月前に配属された。元、北の一級党員の息子だとかなんだか」
    「北の? 色々聞きたいところだが……それどころじゃないな。ここに一般人が連れて来られたはずだ。虎獣人の少女で……」
    「ああ、いる。アルテアの命令で拉致してきた」
    「……ッ」
     横で話を聞いていた海斗が顔を真っ赤にし、憤怒の表情を見せる。
    「なんてことするんだ……お前ら」
    「う……」
     今にも刀を抜かんばかりの鬼気迫る表情に、兵士は顔を青ざめさせた。
    「お、俺は反対した! ちゃんと『一般人を巻き込んではいけない』と止めたんだ。だがあのボンクラ、『裏稼業やってる奴の家族が一般人ヅラしていいわけない』とか無茶な言い訳して……」
    「美園に何をしたんだ? 手を出したのか?」
     とうとう、くん、と鯉口を切り出した海斗にすっかり恐れをなしたらしく、兵士はぶんぶんと首を横に振った。
    「い、いや、それは無い! だってあの娘、アルテアにビンタかまして倉庫に閉じこもっちまったんだよ! 結局連れ去ってから今までずっと、そのまんまだったし」
    「じゃあ……美園はまだ、中にいるんだな?」
    「た、た、多分」
     それを聞くなり、海斗は立ち上がる。
    「おい、カイト! 中は酸素が減ってきてる! そのまま入れば危険だぞ!」
    「それは美園だって同じだ! 助けに行かなきゃ……!」
     海斗が声を荒らげかけた、その時――トンネルからLAV(軽装甲車)が、勢い良く飛び出していった。

    緑綺星・暗星譚 5

    2023.02.15.[Edit]
    シュウの話、第97話。長耳男の素性と本性。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. エヴァの予想していた通り、この秘密基地のトップであるあのスーツの長耳は、基地管理AIからの報告をまともに聞き入れていなかった。《注意です。A1419、C2062、C5077、D6092、E2087、F3383、G3981、H1187との通信が途絶しています。注意です。基地内の酸素濃度が低下しています。注意です……》...

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    シュウの話、第98話。
    追跡と侵入。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「あれは何だッ!?」
     依然として鬼神のような形相で怒鳴った海斗に、兵士がしどろもどろに答えた。
    「た、多分、アルテアかも……。基地内の装甲車とか戦闘用の車輌はアルテアの司令権限がないとエンジンがかからないようAIに管理されてるから、こんな時にすぐ乗れるのは、多分……」
    「逃げたか……! おいジャンニ、あれを追えるか!? あの中に基地司令がいる!」
     インカムで呼びかけ、すぐにジャンニが応答する。
    《おう、任しとけ! すぐ捕まえたる!》
    「頼んだ! ……っと、おい、カイト! 行くな!」
     エヴァが気付いた時には既に、海斗はトンネルに向かって駆け出しており、仕方なくエヴァも、海斗の後を追っていった。

    「ひぃ、ひぃ……」
     慌てて基地を飛び出したスーツ男――ヘラルドは闇雲にアクセルを踏み、山道をひた走っていた。
    「なんなんだよ……くそっ……『偉そうにふんぞり返って上からの指令をハイハイ聞いてりゃいいだけの簡単なお仕事』なんて言ってたのに……話が違うじゃないか、父さん……くそっ……なんで僕がこんな目に……」
     と、後方モニタに紫色の光が映っているのに気付き、ヘラルドは「ひっ」と声を上げる。
    「な、なんだよ……なんだよあれっ」
     つぶやいた問いに答えるように、声が飛んでくる。
    《そこの装甲車、逃げんな! 停まれッ!》
    「ひっ……」
     つられて、ヘラルドは急ブレーキをかける。砂利道の上でそんな乱暴な運転をされては、6輪車のLAVといえどもコントロールを失ってしまう。LAVは砂利道の上で右に90度曲がり、道端の木々が眼前に迫ってくる。
    「うわっ……!? と、止まれ、とまっ……」
     すっかりパニックになったヘラルドは、ハンドルを思いっ切り反対方向に切り返してしまう。当然LAVはぐるんと左に急転回するが、勢いがついた車体はそのまま進行方向に向かって横回転し始めた。
    「ぎゃあああ……っ!?」
     LAVはごろごろと転がり続け、道を外れ、森に突っ込み、木にぶつかったところでようやく停止した。



     基地内に侵入してすぐ、海斗は息苦しさを覚える。
    「う……」
     動揺と怒りで呼吸が荒くなっていたため、すぐに海斗は膝を着いてしまう。
    「粗忽者」
     と、顔をぐい、と上に向けられ、無理矢理マスクを付けさせられる。ほどなく呼吸が落ち着き、そこでようやく海斗は、同じくマスクをかぶったエヴァと目が合った。
    「無策で敵陣に潜入する奴があるか。君は本当にプロか?」
    「美園が危ないんだ。冷静になんてなれないよ」
    「ならなきゃただ野垂れ死んで終わりだぞ。姉を助けたいなら、自分が生きてこそだ」
    「……反省するよ」
     エヴァに手を貸してもらいつつ立ち上がり、海斗は改めて基地内を見渡した。
    「もう人はいなさそうだね。こっそり進まなくて良さそうだ」
    「そうだといいがな」
     思わせぶりな返事をしたエヴァに、海斗は「どう言う意味?」と尋ね返す。
    「基地はAIに管理されていると聞いている。正直、私だってAIなるものがどう言う理屈で動いていて、どのくらいの働きができるのかなんてことには詳しくないが、既に今現在、AI管理下にあるいくつかの施設は、それら施設の目的・役割を全うできる程度に機能している。……らしい」
    「らしい……って」
    「実際に見聞きしたわけじゃないし、情報源のほとんどは白猫党内部で交わされた文書や通信記録だ。内向けに誇張や粉飾がされていてもおかしくない。……が、事実としてこの基地にいたMPSはAIで制御されていた。となれば丸っきりウソや出任せとも言えないだろう。もしかしたら本当に、アニメやSF映画のような完全自律AIが存在するのかも知れん」
    「まさか」
     そう答えつつも、海斗も内心では、彼女の言葉をきっぱりと否定できずにいた。
    (……確かに、妙な感覚がある。エヴァさんと僕しかいないはずなのに――四方八方からじーっと見つめられてるような、気持ち悪い雰囲気が漂ってる)

    緑綺星・暗星譚 6

    2023.02.16.[Edit]
    シュウの話、第98話。追跡と侵入。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「あれは何だッ!?」 依然として鬼神のような形相で怒鳴った海斗に、兵士がしどろもどろに答えた。「た、多分、アルテアかも……。基地内の装甲車とか戦闘用の車輌はアルテアの司令権限がないとエンジンがかからないようAIに管理されてるから、こんな時にすぐ乗れるのは、多分……」「逃げたか……! おいジャンニ、あれを追えるか!? あの中に基地...

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    シュウの話、第99話。
    AI迎撃システム;外。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
    (流石に軍用車なだけはあるなぁ。あんだけごろんごろん転がったのに、まだ原形留めとるわ)
     うっすら煙を上げるLAVの前に着地し、ジャンニは声をかけた。
    《生きとるかー? おーい》
     何度か呼びかけるが、返事は一向に返ってこない。
    (やってもーた? ……マジで?)
     ジャンニの背に冷たいものが走る。それを検知したらしく、一聖からの通信が入る。
    《どうした? 心拍数いきなり140超えたぞ?》
    《あ、いや、その、……ボスが乗っとったらしいクルマ追っかけたら、そいつ事故りよってん。声かけてんねんけど、返事がなくて》
    《死んだのか?》
    《し、死んでもーた? ほな、俺が殺したことになんのやろか》
    《落ち着け。外からスキャンできるだろ?》
    《あ、……せやった》
     言われてジャンニは、スーツのカメラを操作する。
    (えーと……赤外線? でええかな。……アカン、エンジン周りが真っ赤っかでよお分からんわ。ほな音声センサーは、……おっ)
     センサーに心拍らしき波が走っているのを確認し、ジャンニは安堵のため息を漏らした。
    《うわー……、生きとった。どないしよか思たわ》
    《安心してる場合じゃないだろ。放っといたらマジで死ぬかも知れねーだろーが》
    《あ、せやな》
     横倒しになったLAVの上に乗り、運転席のドアを開けようとする。
    《よっ……と、……カギかかっとるな。慌ててたやろうに律儀な奴やな》
    《エヴァの話じゃ設備はAI管理されてるって話だから、自動で閉まったんだろ。いいからブチ破っちまえ》
    《へいへーい》
     ジャンニは腕を振り上げ、ドアの窓ガラスを殴りつける。ところがひびこそ入ったものの、破ることができない。
    《ありゃ?》
    《そりゃ装甲車だからな。一発で割れたら話にならねーだろ。とは言えもう2、3発殴ったら流石に……》
     と、一聖をさえぎるように、LAVの方から機械的な声が聞こえてくる。
    「攻撃を確認しました。敵性対象と断定します。搭乗者を感知しました。搭乗者は至急反撃態勢を執って下さい。……搭乗者の反応がありません。自動防衛モードを起動します」
     ばしゅっ、と音が響き、その直後――ジャンニは爆発音と共に弾かれた。

     LAVから10メートル近く吹っ飛ばされ、ジャンニは近くの木に激突する。
    《なっ……なんや今の!?》
     もちろん――一聖がいつも豪語している通り――ダメージを受けることはなかったものの、ジャンニは面食らっていた。
    《誰もおらんかったやんか!? 一体どこから……何が!?》
    《落ち着け! 今解析してる。……さっきのはロケット弾だ。LAVから発射されてる。LAVからなんか聞こえてたな。どうやら基地のAIとリンクしてるか、もしくはLAVん中にAIが仕込まれてるらし……》
     一聖と話している間に、きいいい……、と風切り音が聞こえてくる。
    《ま、また来よった!》
    《落ち着けって。さっきも無事だったろーが。……だが面倒だな。基地からソコまで1キロくらい離れてるはずだろ?》
    《せやな》
     スーツに搭載されたカウンターフレアで飛んでくるロケット弾を迎撃しつつ、ジャンニは一聖と考察を重ねる。
    《なのにAI制御が生きてるとなると、衛星通信かなんかでリンクしてんのか、ソレとも車輌制御専用の別物か……。前者だとリンク解除は事実上不可能だ。周囲一帯に妨害電波出すって手もなくはないが、ソレをやるとお前さんまで影響受けるからな。後者ならLAVん中にAIの処理装置があるだろーから、ソレを破壊すりゃいい。……が、コレはあんま考えにくいな》
    《っちゅうと?》
    《さっきから攻撃が正確すぎる。離れたお前さんにポンポン撃ち込んでるが、カウンター当てなきゃ全弾命中してるだろう。横倒しになったLAVのカメラやセンサーでお前さんの位置を割り出すのはまず不可能だ。衛星か、あるいは基地のセンサーで位置を割り出してなきゃ、そんな芸当ができるワケねー。
     よって結論は前者の可能性しかねーってワケだ》
    《ほなどないするんや? 基地のAIを破壊したらええんか?》
    《ソレが一番シンプルだろう。LAVは一旦置いといて、基地へ戻れ》
    《了解!》
     ジャンニは空高く飛び、基地へと引き返した。

    緑綺星・暗星譚 7

    2023.02.17.[Edit]
    シュウの話、第99話。AI迎撃システム;外。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.(流石に軍用車なだけはあるなぁ。あんだけごろんごろん転がったのに、まだ原形留めとるわ) うっすら煙を上げるLAVの前に着地し、ジャンニは声をかけた。《生きとるかー? おーい》 何度か呼びかけるが、返事は一向に返ってこない。(やってもーた? ……マジで?) ジャンニの背に冷たいものが走る。それを検知したらしく、一聖から...

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    シュウの話、第100話。
    AI迎撃システム;内。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     基地内を奥へと進んでいたエヴァと海斗は、ほどなく目的の場所である倉庫前に到着した。
    「ここ?」
    「兵士の話が本当ならな。とは言えあの状況でウソをついても仕方ない。間違いないだろう」
     エヴァは倉庫の扉をノックし、声をかける。
    「ミソノ、中にいるのか? 助けに来たぞ。弟も一緒だ」
    「美園! 僕だ!」
     海斗も声を張り上げて呼びかけたが、返事はない。
    「酸素がかなり減ってるし、気絶してるかも知れないな」
    「ど、どうするの? どうしたらいい?」
    「ふむ……」
     エヴァは倉庫の扉をもう一度叩き、サイドバッグを探る。
    「テンコちゃんからプラスチック爆薬をもらってきてる。これで扉を破壊しよう」
    「美園にケガさせないでよ」
    「安心しろ。この手の工作活動は慣れてる」
     エヴァは取り出した爆薬を扉の隙間に仕掛け、海斗の手を引く。
    「離れてろ。少量ではあるが、近くにいたら鼓膜が破れる。破片も危険だ」
    「う、うん」
     十分に距離を取ったところで、エヴァは爆薬を起爆させる。パン、と甲高い音を立て、鍵が木端微塵になった。
    「ほ、本当に大丈夫!? 美園に何かあったら本当に許さないよ!?」
    「大丈夫だと言ってるだろう。君は家族のこととなると本当に落ち着きがないな」
    「そりゃそうだよ」
     海斗は心配していたものの、確かにエヴァの言う通り、扉本体は原形を留めていたし、倉庫内に入っても、目立った影響は見られなかった。
    「……美園! 美園!?」
     が、倉庫内を探しても、美園の姿はどこにも無い。
    「あ、あれ? 倉庫って……倉庫って言ってたじゃん!?」
    「ふーむ……?」
     二人して首をかしげていると――二人の頭上から、機械的なアナウンスが聞こえてきた。
    《基地内で爆発を感知しました。未認証の人間を感知しました。侵入者による破壊工作と判断されました。近隣の兵員に排除を命令します。……基地内に兵員を確認できません。自動防衛モードを起動します》
     間を置いて、廊下の奥からがしゃん、がしゃんと、金属質な足音が響いてきた。

     目の前に現れた四足歩行のドローンに、海斗は表情を硬くする。
    「あれ……何?」
    「さっきのアナウンス通りだろう。基地の防衛ドローンだ」
     話している間に、ドローンの背中部分に装備されていた機銃が二人の方を向く。
    「来るぞ! 逃げろ!」
     機銃が火を吹くと同時に揃って身を翻し、二人は廊下を駆けた。
    「走れ! 走れ、カイト!」
    「走ってるよ!」
     が、全力疾走にもかかわらず、二人のすぐ背後からがしゃん、がしゃんと機械音が響く。
    「埒が明かない! カイト、耳を塞げ!」
    「えっ、う、うん」
     目を白黒させつつも、海斗は素直に自分の長い耳を塞ぐ。と同時に、エヴァはサイドバッグから手榴弾を取り出し、後方に投げ込む。廊下の角からドローンが現れたと同時に手榴弾が破裂し、ドローンは仰向けになって壁に叩き付けられた。
    「やれた?」
    「いや、背中の機銃は吹っ飛んだが、原形は留めている。まだ動きそうだ、……と言うか動いてるな。この程度じゃ無力化は無理か」
     とは言えドローンが立ち上がるまでにはいくぶん間があり、その隙に二人は廊下を抜け、分厚い扉で守られた区域に入った。
    「ここは……駐車場か。と言うことは、ぐるりと回って入口近くまで戻って来てしまったか」
    「ダメじゃん。まだ美園助けてないし」
    「と言って我々の装備であのドローンを何とかできる可能性は少ない。……いや」
     と、エヴァは近くにあった軍用車輌に目を留めた。
    「備え付けの重機関銃なら何とかできるか……?」
    「僕の刀もある」
     海斗はそう言って刀を抜き、刀身に火を灯す。それを横目で眺めつつ、エヴァは車の荷台に乗り込んだ。
    「私と戦った時にも、君は刀を燃やしていたな? それに何か意味があるのか?」
    「火の魔術剣だよ。刀の間合い以上の攻撃レンジがある」
    「魔術? いまどき魔術を電子システムに組み込んでじゃなく、直に攻撃手段として使うとは。幼い顔のわりにレトロな奴だな、君は」
    「でも威力は高い。僕の腕なら鉄を斬れる。この刀も相当な業物みたいだし」
    「……はっきり言うぞ。期待はしてない」
     エヴァは荷台に固定されていた機銃のロックを外し、入ってきた扉に狙いを定める。海斗も車輌の陰に潜み、迎撃体勢を取る。まもなく扉が開き、ドローンが駐車場に現れた。

    緑綺星・暗星譚 8

    2023.02.18.[Edit]
    シュウの話、第100話。AI迎撃システム;内。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 基地内を奥へと進んでいたエヴァと海斗は、ほどなく目的の場所である倉庫前に到着した。「ここ?」「兵士の話が本当ならな。とは言えあの状況でウソをついても仕方ない。間違いないだろう」 エヴァは倉庫の扉をノックし、声をかける。「ミソノ、中にいるのか? 助けに来たぞ。弟も一緒だ」「美園! 僕だ!」 海斗も声を張り上げて呼び...

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    シュウの話、第101話。
    拠点防衛用兵器・HD715D。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
     ドローンが姿を現すと同時に、エヴァは機銃の引金を絞る。工作機械じみたドゴ、ドゴと言う爆音が駐車場に響き渡り、ドローンを弾く。だが――。
    (硬いな、やはり)
     最初の数発はドローンの体勢を崩し、装甲をいくらかはがしはしたものの、すぐに体勢を立て直し、横へと跳んでかわされてしまう。
    (とは言え)
     エヴァも即応し、偏差射撃でドローンを追う。
    (機械なんぞにそうそう遅れを取るものか)
     ドローンが初弾をかわし着地したところで、機銃の弾丸を叩き込む。流石のドローンもこれはかわし切れず、壁際まで弾き飛ばされた。
    (手応えあり、……と言いたいところだが、そう簡単じゃないのは承知している)
     壁際の軍用バイクをがしゃん、がしゃんとなぎ倒し、オイルか何かをボタボタと撒き散らしながらも、ドローンは体勢を立て直し、ふたたびエヴァとの距離を詰める。
    (ここまでは概ね想定通りだ。基地防衛用ドローンが通常兵装レベルの機銃に負ける道理は無いだろう。車輌ごと鹵獲されて基地を襲撃される可能性は十分考えられることであるし、そのケースはMPS計画の性質上、起こりうる話だからな。
     で――この次の一手は若干の賭けにはなるが――相手が次世代ドローンだろうと神話に出て来るような怪物だろうと、相手を狩ろうと言うその一瞬だけは、攻撃が最優先になる。となれば、どうしたって防御は劣後する。……そこを『こいつ』で狙う!)
     ドローンが跳躍し、エヴァの頭上に迫ったその瞬間、エヴァは腰のホルスターに差していた大型リボルバーを抜き、ドローンの頭部に狙いを定めた。
    (散々お前らの作ったドローンを相手してきたんだ。お前らの強度は把握している。この鉄芯入り12.5ミリマグナム銃弾なら……)
     ずごん、ととんでもない爆音を立てて発射された弾丸は、ドローンの頭部を木端微塵にした。
    「……ふう。想定通りだ」
     反動を無理矢理抑え込んだせいでじんじんと痛む右手をさすりながら、エヴァはドローンに背を向ける。
    「カイト、もう出て来て大丈夫だぞ。ドローンは破壊し……」
     と、背後でうぃぃん、とモーター音が鳴る。
    「……な、に?」
     振り返ったエヴァの目に、頭部のなくなったドローンが立ち上がっているのが映る。
    (しまった……先入観……こいつらは生物じゃない……頭がなくても動けるのか!?)
     エヴァがリボルバーを構え直すより速く、首なしドローンはふたたびエヴァに飛びかかった。

     だが――突如ドローンが燃え上がり、左右真っ二つに割れる。
    「エヴァさん。僕に二つ言っとくことがあるよね」
     ドローンの背後に立っていた海斗が、どこかニヤニヤした目でエヴァを眺めていた。エヴァはしばらく無言でにらんでいたが、やむなく海斗の言葉に応じた。
    「……ああ。君の剣術は現代兵器にも十分通用するよ。魔術もな。それで二つでいいか?」
    「それだといっこだよ」
    「じゃあ後はなんて言ってほしいんだ?」
    「僕のことをプロ失格みたいに言ったけど、敵を倒したと思ってうっかり背を向けた人がそんなこと言う資格ある?」
    「……ああ。悪かったよ。私もまだまだ未熟者だった」
    「んふふふ」
     笑う海斗に、エヴァも相好を崩した。
    「はは……、まあ、とりあえず脅威は去ったな。ミソノ捜索を再開しよう」
    「うん」
     車輌の荷台から降り、リボルバーをしまったところで――駐車場に無機質なアナウンスが響いてきた。
    《HD715D-08の反応が消失しました。防衛レベルを引き上げます》
     途端に扉の向こうから、無数の機械音が響き始めた。
    「……まさか?」
    「今のやつ……まだ出てくるの!?」
     エヴァと海斗は、揃って戦慄した。

     ところがその直後――照明がすべて消え、機械音もやむ。
    「今度は何だ!?」
    「基地が自爆でもすんの……?」
     両者の問いに答えるように、二人のインカムにジャンニの声が飛んで来る。
    《今、基地のサーバーぶっこ抜いてカズちゃんのとこに送ったった。多分AIもそん中やから、基地のシステム全部ダウンしたはずやで》
    「と言うことは、防衛システムも止まったわけか。……やれやれ、MVPはジャンニに取られたらしい」
    「無事ならもう何でもいいよ……。あと、美園」
     二人揃ってその場にへたり込んだところで、基地の非常灯がぽつぽつと灯り始めた。

    緑綺星・暗星譚 9

    2023.02.19.[Edit]
    シュウの話、第101話。拠点防衛用兵器・HD715D。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. ドローンが姿を現すと同時に、エヴァは機銃の引金を絞る。工作機械じみたドゴ、ドゴと言う爆音が駐車場に響き渡り、ドローンを弾く。だが――。(硬いな、やはり) 最初の数発はドローンの体勢を崩し、装甲をいくらかはがしはしたものの、すぐに体勢を立て直し、横へと跳んでかわされてしまう。(とは言え) エヴァも即応し、偏差射撃...

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    シュウの話、第102話。
    基地攻略の顛末。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    10.
     ジャンニも交えて3人で基地内を捜索し、ほどなく基地内の廊下で倒れている美園を発見した。
    「気を失ってるな。ジャンニ、『テレポート』でテンコちゃんのところに送って、診てもらってくれ」
    「あいよ。……あ、代わりに頼みたいことあるねんけど」
     ジャンニから横転したLAVのことを伝えられたエヴァと海斗は、基地内に残っていた車で現場に向かった。
    「美園……大丈夫かな」
    「チアノーゼの症状も見られなかったし、単純に気を失っただけだろう。あのドローンの行進を見るか何かして、卒倒したんじゃないか?」
    「……確かにあんなSFみたいなの、普通の人が見たらパニックだよね」
     その言葉に、エヴァは違和感を覚えた。
    「普通? 君たちは暗殺者一家と認識していたが」
    「美園は関わってない。僕と七瀬さんがしてることも、詳しくは知らないはずだよ。せいぜい『危ない仕事やってる』くらいにしか」
    「そうなのか。……と言うか、そもそも私も君のことを全く知らないな。この2日バタバタしていたし、流れで君と一緒に仕事することになったが、よく考えれば自己紹介もろくにやってない。ジャンニからは、向こうから勝手にペラペラと話されはしたが」
    「……あんまり話すこともないけどね」
     そう前置きし、海斗は自分の家のことについて話し始めた。
    「元々、七瀬さんは実家の情報屋関係の仕事してたんだってさ。ウラ方面の。一時期仕事関係の人と結婚してて、その時に美園も生まれたらしいんだけど、結局ソリが合わなくなって離婚して。その後僕が拾われて、今は僕と七瀬さんと美園の三人ぐらし。七瀬さんはウラの世界に美園を関わらせる気ないし、僕もさせたくない。だから仕事の時は『二人で出張』って説明してた。……それくらいかな」
    「君は国語力が乏しいな」
     LAVの前に到着し、エヴァは車を停める。
    「私が聞いたのは君の家族構成じゃなく、君自身のことだ」
    「……それこそ何も話すことないよ」
    「色々ありそうだがな。……まあいい」
     車を降り、エヴァはLAVのドアを調べる。
    「……? 開いてるぞ」
    「開かないって言ってたのにね」
    「勘違い、……も状況的におかしいか。ともかく……」
     ドアを開け、中を調べたが――。
    「いないな。逃げられたか」
    「じゃ、この近くにまだいるかもね。車載カメラに手がかりあるかも」
    「見てみよう」
     車載カメラを起動し、二人は映像を確認する。
    「クルマの外、ジェットコースターみたいになってる」
    「横転時の映像だろう。……その直後、窓ガラスにひび、か。ジャンニが割ろうとしたんだろう」
    「ボンって言ったね。攻撃されたって言ってたやつかな」
    「おそらくそうだろう。……そこからは特に何も……うん?」
     ジャンニが離れてから20分ほど経過したところで、窓ガラスの向こうに人影が映る。
    「誰か乗り込んで、……うん!?」
     車内に乗り込んできた人物を見て、エヴァはぎょっとした。
    「トッドレール!?」
    「誰? このおじいさんのこと?」
    「あ、ああ。……なっ!?」
     カメラに映る「パスポーター」アルト・トッドレールは、運転席に突っ伏したままのヘラルドを車内から引きずり出し、そのまま画面外へと消えていった。
    「……何故だ? 何故トッドレールが!?」
     エヴァはインカムを通し、天狐に呼びかける。
    「テンコちゃん! そこにラモンはいるか!?」
    《んだよ、うっせーな! インカム付けて怒鳴んな! 何があった!?》
    「すまない。だが急いで呼んでほしい」
    《チッ、しゃーねーな。……おーい、ラモン! こっち来い! エヴァが呼んでんぞ》
     間を置いて、ラモンのとぼけた声が返ってくる。
    《……い、はい、なんです、エヴァさん?》
    「ラモン! 今すぐトッドレールに電話してくれ!」
    《なんでです?》
     露骨に嫌そうな声で応じられたものの、エヴァも折れない。
    「いいから! 早く!」
    《んなこと言ったって……》
     心底げんなりした声で、ラモンはこう答えた。
    《あの人、自分からは昼だろうが夜だろうがお構いなしにじゃんじゃん電話かけてきますけど、人からの電話はどんなにヒマしてても一切出ないって言う、自分勝手なクズ思考のクソジジイですからね。一応、今から電話しますけども、期待はしないで下さい。無駄です、多分。いえ、間違いなく》
     ラモンの言った通り――その後何度電話をかけても、アルトが応じることは一度もなかった。

    緑綺星・暗星譚 終

    緑綺星・暗星譚 10

    2023.02.20.[Edit]
    シュウの話、第102話。基地攻略の顛末。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10. ジャンニも交えて3人で基地内を捜索し、ほどなく基地内の廊下で倒れている美園を発見した。「気を失ってるな。ジャンニ、『テレポート』でテンコちゃんのところに送って、診てもらってくれ」「あいよ。……あ、代わりに頼みたいことあるねんけど」 ジャンニから横転したLAVのことを伝えられたエヴァと海斗は、基地内に残っていた車で現場...

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    シュウの話、第103話。
    天狐屋敷の女子会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「おっ」
     ご自慢のハイスペックPCで央南の新聞を読んでいた天狐が、愉快そうな声を上げる。
    「『大月市郊外に大量の身元不明者現る 地元警察はパンク状態』だってよ。ま、そりゃそうなるわな。あそこの兵隊全員ほっぽって来たもんなー」
    「姐さんもなかなかヒドいよねっ」
     部屋の掃除をしていた鈴林に突っ込まれたが、天狐はフンと鼻で笑って返した。
    「ひでーのは白猫党のヤツらだろ? 基地いっこ潰されたってのに、何の対応もしねーんだから、な。いわゆる『当局は一切関知しない』ってアレだな」
    「まー、そーだけどさっ。……で、『あれ』、どーするのっ? いつまでも置いとけないでしょっ?」
     そう言って鈴林は窓の向こう――庭に転がっている基地のサーバーをはたきで指し示したが、天狐は目もくれず、ぶっきらぼうに答えた。
    「あー……もう捨てていーぜ。粗大ゴミかなんかで。欲しいデータは全部取ったし、何百時間、何千時間も使い込んだ中古のストレージなんて、使う気にもならねーしな」
    「もー……何でもかんでも人任せにするー……」

     そのサーバーから抜き取った大量のデータを解析したところ、あの秘密基地の詳細が明らかになった。
     元々は7世紀中、央南東部から支援要請を受けた際に社会白猫党が公式に構築したものだったが、央北本土での戦争が再開されたところで、表向きには廃棄されていた。しかし実際のところは砕いた石をまぶして採石場に偽装しただけであり、8世紀の現在に至るまで、基地としての機能は喪失していなかった。
    「その理由は?」
    「『もし万が一本当にどうにか南北統一できたりなんかしちゃったら、もっぺん世界再平定計画を始める足がかりにでもしよう』ってつもりだったみたいだよ。で、去年ホントに統一できちゃったから、ソレじゃ目的通りに基地を動かそうかなー、……って感じだったみたい」
     ティータイムの折にシュウから詳細を聞かされ、エヴァは肩をすくめた。
    「理想ばかり先行させて、漫然と1世紀かけて戦争やってた奴ららしい、粗雑極まりない運用だな。それじゃ、あのアルテアって男は? 元は北の人間だったらしいが」
    「南北統一って言っても、南が北を負かして吸収した形だもん。北の高官なんて腫れ物扱いだし、その家族も絶対、中枢に置いとけないし」
    「だから『秘密基地の司令官』とか何とか適当な役職を付け、都落ちさせたと言うわけか。だが偉そうな肩書だけ与えられて放置じゃ、アルテアも憤懣(ふんまん)やるかたなかっただろうな」
    「ソレで本部から指令が来たトコで成果上げようって張り切って、美園を誘拐してあたしたちをゆすったってワケね」
     話の輪に加わっていた七瀬が、苛立たしげな顔でクッキーをかじっている。
    「一発ブン殴ってやりたいトコだけど……結局、まだ行方不明なのよね?」
    「ああ。ラモンが言ってた通り、何度電話をかけても出ようとしない。ふざけたジジイだよ」
    「ソレ聞いててびっくりしたんだけど」
     と、シュウが手を挙げる。
    「エヴァって、アルトさんのコト知ってたんだね」
    「色々あってな。格闘術の手ほどきをしてもらったり、ウラの話を聞いたりと、何かと世話になった。『授業料』と言われて、多少高く吹っかけられたが。おかげで今は素寒貧だ。
     と言うか私にしてみればシュウ、君がトッドレールのことを知っている方が驚きなんだが」
     シュウは挙げた手を、すっとテーブルの下に下ろす。
    「ジャンニくんの特集してる時に、ちょっとね。……でさ、でさ」
     もう一度上げた手には、スマホが握られていた。
    「今回のコトもしっかりじっくり特集にしたいからさ、いーっぱいお話しよっ」
    「……あ、ああ。……変わってないな、シュウは」
    「エヴァもそんなに変わってないと思う。髪型がちょっとフェード多めになったって言うか、ドレッドだらけになったって言うか、かなーりワイルドめになっちゃったなーってくらいで」
    「おしゃれだよ。……ウラの世界の」
    「あたしもウラ稼業だけどソレはないわ。こじらせすぎ」
     七瀬は苦い顔をしながら、スコーンに手を伸ばしていた。

    緑綺星・震世譚 1

    2023.02.22.[Edit]
    シュウの話、第103話。天狐屋敷の女子会。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「おっ」 ご自慢のハイスペックPCで央南の新聞を読んでいた天狐が、愉快そうな声を上げる。「『大月市郊外に大量の身元不明者現る 地元警察はパンク状態』だってよ。ま、そりゃそうなるわな。あそこの兵隊全員ほっぽって来たもんなー」「姐さんもなかなかヒドいよねっ」 部屋の掃除をしていた鈴林に突っ込まれたが、天狐はフンと鼻で笑っ...

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    シュウの話、第104話。
    パトロン天狐。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     エヴァと七瀬だけでなく、大野博士やラモンにも根掘り葉掘り話を聞き、一通りの取材を終えたシュウは、早速天狐のPCを借りて動画編集を行っていた。
    「んー……やっぱ基地の話はオミットかなー。こっちの主張にあんまり関係ないし」
    「しれっと隠しやがったな。ジャーナリストが聞いて呆れるぜ」
     後ろでその作業を眺めていた天狐に突っ込まれるが、シュウは意に介していない。
    「ジャーナリストだからですよー。主張したいコトは声を大にしてめいっぱい主張しますし、そうじゃないコトはきっぱり言いません。余計な舌禍筆禍は避けるのが鉄則ですもん」
    「本当にコイツは図太てーんだよ」
     と、有名ドーナツ店の紙箱を手に提げつつ、一聖がやってくる。
    「自分の主張のためならマフィアにも喧嘩売るし、ウラの世界のやべーヤツらにも突撃取材かますヤツだから、な。オレとジャンニがケツモチしてなきゃ、そのうちマジで死んじまうぜ」
    「えへへー、頼りにしてます」
    「じゃなくてよ、もっと自衛と自制しろって言ってんだよ。二十歳超えたいい大人なんだからよ、自分のコトは自分で責任持てっての」
     つんけんとした口調でトゲを刺すも、天狐はゲラゲラ笑っている。
    「一聖、お前さぁ……いつからそんなに世話焼きキャラになったんだよ?」
    「ああん? お前もだろ? じゃなきゃ200年もゼミやらねーだろーが」
    「ホントにお二人とも、似た者同士ですねー」
     シュウも笑いつつ、動画編集を終える。
    「コレで完成。後はエンコード開始、っと。……うわっ、速い!」
    「オレが500万エル出してEMDと共同開発して組んだ完全オーダーメイドパソコンだぞ。パフォーマンス低かったらレジにクレーム入れてんぜ」
    「レジ? 買ったトコにってコトですか?」
     尋ねたシュウに、天狐は自慢げに答えた。
    「ちげーよ。レジーナ・サミットっつって、EMDのCEOやってるヤツだよ。ちなみにココの697年上半期卒業生。つまりオレの教え子さ」
    「へー。……って言うか自作パソコンのために500万出資って、テンコちゃんって結構お金持ちなんです?」
    「ま、ソレなりにはな」
     謙遜してみせた天狐に対し、一聖は明け透けな口ぶりでからかう。
    「そりゃ卒業生がみーんな大企業の重役だの技術責任者だのやってる上、ソイツらに絡んで共同研究して色んな特許技術に一枚も二枚も噛んでんだ。パテント料だけで年間数十億エルは稼いでるだろーぜ、コイツ」
    「うひゃー……いっぺんじっくり独占取材してみたいですねー。……っと、そーだ」
     ぺちん、と胸の前で両手を合わせ、シュウはこんな頼みを切り出した。
    「お願いがあるんですよー。エヴァたち、テンコちゃんが雇うって形にできません?」
    「は? ……あー、そーだな」
     一瞬けげんな顔をしかけた天狐だったが、すぐにシュウの意図を察してくれたらしい。
    「まず第一、ゼミ生でも共同研究者でもない素性不明のヤツがこんなトコに出入りしてたら怪しいもんな。まっとうな説明ができる形でオレんトコにいなきゃ、変なうわさが立つ。そーゆーコトだろ?」
    「そーゆーコトです」
    「んで第二、ジャンニのお坊ちゃんはともかく、その二人はカネに困る生き方してるもんな。出すトコから出して囲ってやらなきゃ、まーたウラに入り込みかねねー。そうなりゃオレたちが計画動かすって時に来られなくなる可能性があるし、なんなら敵対する可能性も出てきちまう。んなもん単純に不都合だから、な」
    「そーですそーです。……で、オーノ博士と共同研究するってコトにしてるんですし、ジャンニくんたちを博士の研究チームのメンバーってコトにしとけば、オモテ向きの紹介も簡単でしょ?」
    「ほんっとにズル賢いなー、お前さんは。ま、ソレが一番無難な説明だわな。いいぜ、ソレで雇用契約書作ってやる。少なくとも正義の味方やってる間はカネに困るなんてコト、絶対無いようにしてやんよ」
    「ありがとーございますー」

     この話はすぐ大野博士とジャンニたちに通され、ほぼ全員がその場で承諾した。

    緑綺星・震世譚 2

    2023.02.23.[Edit]
    シュウの話、第104話。パトロン天狐。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. エヴァと七瀬だけでなく、大野博士やラモンにも根掘り葉掘り話を聞き、一通りの取材を終えたシュウは、早速天狐のPCを借りて動画編集を行っていた。「んー……やっぱ基地の話はオミットかなー。こっちの主張にあんまり関係ないし」「しれっと隠しやがったな。ジャーナリストが聞いて呆れるぜ」 後ろでその作業を眺めていた天狐に突っ込まれるが...

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    シュウの話、第105話。
    サイレンス・サムライ;その未来のために。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「アンタの話する前に言っとくけどさ――ママとも色々相談したんだけど、やっぱ帰るわ、あたしたち」
    「そう」
     ただ一人、シュウの提案に答えていなかった海斗はその晩、七瀬と美園が帰郷する旨を伝えられた。
    「こっちにも学校あるけどさ、あたし央中語全然知らないもん。央中語勉強しながら他の勉強もってなると、あたし脳みそパンクしちゃうよ」
    「僕も今んとこ翻訳機使いながらだし、エヴァさんとかには央南語で話しかけてもらってるもん。難しいよね」
    「ま、アンタがこっちにいる間はテンコちゃんがお給料振り込んでくれるんだし、しっかり頑張んなよ」
     その言葉に、海斗は面食らった。
    「え? いや、僕も帰るよ、二人が帰るんなら」
    「アンタは帰っちゃダメ」
     ビシ、と鼻先に人差し指を突きつけ、美園はこう返した。
    「アンタはココにいて正義の味方やんなきゃ、絶対ダメだかんね」
    「正義の味方なんて……僕、そんなのやる気ないよ」
    「じゃ、帰って何するワケ? またコソコソ人殺しすんの?」
     美園にそう問われ、海斗は言葉に詰まる。
    「そっ、……え、なんで」
    「分かんないワケないじゃん。アンタはキレイに片付けて帰ってきてるつもりだろーけどさ、感じんのよ、『ニオイ』を」
    「消臭だってきちんとして……」「そう言う意味じゃない」
     美園は真剣な目で、海斗をキッとにらみつけた。
    「仕事帰りのアンタとママから漂ってんのよ、『人に言えないウラのお仕事してきちゃった』って、後悔してる感バリバリのニオイが。どんだけ体も服も道具もキレイにしてても、顔色ににじみ出てんのよ。
     その仕事で稼いだおカネで生活してるから、本当はあたしがそんなコト言ったらいけないかもだけど、ソコまで後悔するような仕事なんて、なんでやんなきゃいけないのよ? やるならもっと、世のため人のためになるよーな仕事すりゃいいじゃん」
    「僕には……そんなのできないよ」
    「ソレは今までそんな仕事しかしてこなかったから、ってコト?」
     美園は両手でぎゅっと、海斗の手を握りしめる。
    「じゃ、今が人生最大のチャンスってヤツじゃないの? 今ココでこの仕事受けなかったら、アンタ一生裏通りの片隅でドブ掃除みたいなコト、ずーっとしなきゃいけないかも知れないのよ?」
    「あたしもソレには同感よ」
     と、二人で話していたところに、七瀬が入ってきた。
    「ぶっちゃけて言うとあたし、人生しくじっちゃったって思ってるクチなのよ。若い頃から色んなチャンスを台無しにして、もうウラでセコい仕事やるしかなくなって。海斗拾ってちょっとは盛り返せるかなって思ってた時期もあった。アンタの剣術は――そんな技、ドコで身に付けたのってビックリするくらい――マジですごいし。おかげでどんな仕事もしくじらなくなったし、ウラの世界じゃもう有名人だもんね。
     でも最近、……ううん、もっと前から、このままじゃダメだって思ってた。このまま海斗と一緒に今まで通り、あたしの仕事に付き合わせてたら、きっと海斗もあたしみたいにしくじった人生送るコトになるって」
    「七瀬さん……」
    「コレは母親って言うより人生の先輩として言うコトだけど、チャンスはつかめるならつかみなさい。後になってやっぱお願いしますっつっても、もう間に合わないコトばっかりだから」
    「でも……」
     反論しかけた海斗の言葉をさえぎるように、七瀬はこう続けた。
    「で、コレは母親として言うコトだけど、やっぱ自分の子供は幸せになってほしいワケよ。しかも正義の味方やっておカネ稼げるなんて、最高じゃん。自慢できるわ」
    「自慢……って」
    「この3年間はあたしだけの自慢の息子だったけど、コレからは世界に誇れる自慢の息子よ。頑張んなさいよ、海斗」
    「……そこまで、言うなら、……うん」
     海斗は顔をうつむかせ、ぼそぼそと返事した。

    緑綺星・震世譚 3

    2023.02.24.[Edit]
    シュウの話、第105話。サイレンス・サムライ;その未来のために。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「アンタの話する前に言っとくけどさ――ママとも色々相談したんだけど、やっぱ帰るわ、あたしたち」「そう」 ただ一人、シュウの提案に答えていなかった海斗はその晩、七瀬と美園が帰郷する旨を伝えられた。「こっちにも学校あるけどさ、あたし央中語全然知らないもん。央中語勉強しながら他の勉強もってなると、あたし...

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    シュウの話、第106話。
    メイスンリポート#43;世界が震える巨大ニュース! 前編

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    4.
     こんにちは、シュウ・メイスンですー。

     今回は大増刊号! なんかもうホントに色々色々話さなくちゃならないコトがいっぱいできちゃいましたので、前後編二回にわたってお送りするコトにします! 名付けて「世界が震える巨大ニュース」です! いやーホント、わたしも聞いてビックリするコトばっかり、って言うか体験したりもしちゃったりなんかしちゃったりして、……そう、まずはソコからお話しなきゃいけませんね!
     皆さんは先週の、ゴールドコースト市国のミサイル事件をご存知でしょうか。表向きには、いえ、正確には金火狐財団のシラクゾ・A・ゴールドマン総帥自らの声明では、アレは「ネオクラウン」による報復と言われていましたが、事実は大きく異なります。
     このような状況となったため、正直にお話するコトにいたしますが、実はわたし、シュウ・メイスンは危険な状況に瀕していたため、この数ヶ月にわたり、あの「スチール・フォックス」氏の本拠地で保護されていました。しかしその本拠地も先週、ミサイルにより強襲され、消失してしまいました。そう、まさにあのミサイル事件は、「スチール・フォックス」を狙ってのものだったんです。
     しかしわたしは生きています。「スチール・フォックス」さんもまだ、生きています。……この動画を観ている、「ネオクラウン」と名乗る方々へ伝えます。もう一度言います。わたしたちはまだ、生きています。すべての真実をつかんだ上で、です。その上で、あなたたちはどうしますか? もう一度、ミサイルを撃ち込みますか? ソレともMPSでもけしかけますか? ソレらはドコへ送りつけるつもりですか? あなたたちはもう、わたしたちがドコにいるか把握できないでしょう。コレからわたしが伝えるお話を止める術もありません。可能だと言うのなら、すぐにでも動いた方がいいですよ。あなた方の今後の企みも、つまびらかにするつもり満々ですから。
     ……っと少々挑発してしまいましたが、ソレだけわたしも怒っています。命を狙われたんですから当然です。さて、少しお話がそれてしまいましたけども、ともかく巷でうわさされている「ネオクラウン」ですが、実はある情報筋から彼らの実態は存在せず、彼ら自体がとある武力組織のフロント組織、架空のマフィアであると伝えられています。
     ソレを踏まえて、視聴者の皆さんに改めて考えてみてほしいんですが、単なるマフィアがミサイルを所有・運用するコトが、本当に可能だと思いますか? ミサイル1発を作って撃つのに、どのくらいの費用が必要だと思いますか? コレはオープンな市場があるような話ではないので、平均価格であるとか希望小売価格であるとか、明確な価値基準は存在しないですけども、ソレでも例えばトラス王国陸軍所有のジェットヘリに標準装備として設定されている中距離空対空ミサイル「TKMーMM120」、コレは1発当たり4~5千万コノン(約2千万エル)と言われていますし、もっと巡航距離の長いものであれば1億、2億コノンは当たり前の世界です。
     マフィアが、言い換えればあくまで民間レベルの軍事組織が、そんな億単位のおカネをかけてまで保有・運用すると思いますか? 現実的に考えれば考えるほど、金火狐総帥による説明は荒唐無稽、めちゃくちゃな言い訳でしかないコトが、お分かりになると思います。では何故金火狐総帥が、そんな子供だましの説明をするのか? 答えは一つ、その金火狐総帥が、「ネオクラウン」を隠れ蓑にしている武力組織と関係を持っているから。「ネオクラウン」と戦うコトを言い訳にして、その武力組織に資金と物資を供給するコトを正当化しようと考えているからです。
     その武力組織とは、果たしてドコの誰なのか? ソレにつきましても、わたしは情報を入手しています。そしてその武力組織が今、何を企んでいるのかも、わたしはバッチリつかんでいます。そのすべては、この後すぐアップロードします後編にて、お伝えいたします。

     ではひとまず、ココで一区切りです。引き続き、ご視聴お願いします! チャンネル登録もよろしくですー。

    緑綺星・震世譚 4

    2023.02.25.[Edit]
    シュウの話、第106話。メイスンリポート#43;世界が震える巨大ニュース! 前編- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. こんにちは、シュウ・メイスンですー。 今回は大増刊号! なんかもうホントに色々色々話さなくちゃならないコトがいっぱいできちゃいましたので、前後編二回にわたってお送りするコトにします! 名付けて「世界が震える巨大ニュース」です! いやーホント、わたしも聞いてビックリするコトばっかり...

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    シュウの話、第107話。
    メイスンリポート#44;世界が震える巨大ニュース! 後編

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    5.
     ハイこんにちは、シュウ・メイスンですー。

     激熱の前後編動画、いよいよ後編の始まりです! 前編でお話ししました謎の武力組織、コレが一体ドコの誰なのかについてですが、もう前編からずーっとずーっと引っ張ってきちゃってますので、いよいよ明かすコトにしましょう! ……と言いたいトコなんですけども、ココで一人特別ゲスト、いえ、「準レギュラー」のあの娘に登場していただきましょう!
    「エヴァンジェリン・アドラーだ。久しぶりだな」
     どーもどーもー、本っっっ当にお久しぶりです! ずーっと長いコト行方不明になっていましたが、先日ようやく、再会するコトができたんです!
    「長い間行方をくらませてしまったこと、本当にお詫びする。心配かけてすまなかった。私はこの1年裏の世界に身を投じ、ある組織の情報を集めていた。今、シュウが話そうとしていた組織のことだ」
     と言うワケで、今からエヴァにその組織の名前を公表してもらいましょう!
    「その組織とは、央北西部を本拠地とし、1世紀以上にわたって非常に迷惑極まる内輪もめを続けていた、あの白猫党だ。
     白猫党は我が祖国、リモード共和国に架空の軍事組織ARRDKを送り込んだ。その結果、名目上はクーデターによる軍事政権を樹立させたが、実態は白猫党による侵略・占領に他ならない。その事実を知る私は皆も知っての通り、ARRDKが掌握したリモード共和国によって指名手配され、追われる身となっている。
     他にも白猫党は陰に日向にあらゆる活動を行っており、決して皆が考えているような、『沈黙の巨大国家』ではない。その活動の最たるもの、今現在彼らが最優先目標としているものが何であるかも、私はつかんでいる」
     コレについてですが、エヴァ経由で詳細に解説された映像をいただいています。地質学博士であり、土壌研究の第一人者であるタダシ・オーノ博士からのメッセージです。



    「……え、はい、えーとですね、央北トラス王国西部の、いわゆる難民特区と呼ばれている地域にですね、おそらくは1億トンを超える埋蔵量があると目される巨大油田がですね、まあ、その、かなり高い可能性で存在するようなんです。実際、717年3月に行った地質調査では地下300メートル地点まで試掘を行ったんですけども、その時点で既にですね、石油状物質をかなりの頻度で確認することができました。おそらくもう数メートル掘り下げれば、豊富に石油をたたえた層に到達するのではないかと思われます」



     ……とのコトです。このオーノ博士は先日襲撃に遭い、あわや命を落とすかと言うところだったんですが、現在はとある場所で保護されているとのコトです。博士もこの事実をつかんだコトで、その巨大油田を独占しようと目論む白猫党に狙われたんです。
     白猫党が「沈黙の巨大国家」である理由はただ一つ。彼らが今、仕掛けようとしているコトを誰にも知られたくないからです。今の彼らは確かに戦争を終わらせはしましたが、ソレは結局――エヴァも言ってましたが――ただの内輪もめです。現在の彼らが平和の使者だなどと言い張るトンデモ論者をネット上にチラホラと見かけますが、この人たちにはちゃんと現実を見て論じて下さい、と声を大にして言いたいです。白猫党は100年以上ずっと世界に迷惑をかけてきた存在ですし、コレからやろうとしているコト、即ちトラス王国領内を侵犯・占拠し、その数500万と言われる難民を蹂躙する行為もまた、世界に多大な迷惑をかける行為に他なりません。
     考えてみて下さい。100年迷惑をかけてきたこの巨大軍事国家がとんでもない量の石油を手に入れたら、彼らは一体、何に使うでしょう? ペットボトルに加工するでしょうか? ソレともガソリン? はたまたアクリル毛糸に? いいえ、そのどれよりも、もっと彼らが必要としているモノがあります。液晶、ジェット燃料、防弾繊維、……そう、すべて軍事転用可能なモノです。そして続けて考えて下さい。危険な軍事国家が軍事物資を大量に手に入れたら、彼らは一体どんな行動に出るでしょう? ココまで話して、平和利用するだろうとお考えの方はもう、いらっしゃらないでしょう。きっと誰もが危険な使い方、平和には程遠い使い方を考えていらっしゃるはずです。
     このまま白猫党を看過し、見過ごしていては、その悪い予想は間違いなく現実のものとなります。大量の軍事物資を手に入れた白猫党は、そう遠くない未来、近くの国に、そしてもう少し先の未来では、遠くの国へも、侵略を開始するでしょう。
     そうならない、そうさせないためにも、行動を起こして下さい。難民特区問題は今なお、トラス王国が抱える最大の人的問題、国際問題ですが、今までのように見て見ぬふりをし続けるのならば、白猫党にとってはただただ都合がいいだけです。今こそ積極的にこの問題に取り組み、難民特区を名実ともにトラス王国の管理下に置き、難民の皆さんと、そして特区を保護・防衛するよう、王室政府に呼びかけて下さい。

     もう一度、心からお願いします。
     目を向けて下さい。王国が目をそらし続けてきた、この問題に。そして立ち向かって下さい。今まさに世界を脅かしつつある、この危機に。

     今回の動画はココまで。ご視聴、ありがとうございましたー!

    緑綺星・震世譚 5

    2023.02.26.[Edit]
    シュウの話、第107話。メイスンリポート#44;世界が震える巨大ニュース! 後編- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ハイこんにちは、シュウ・メイスンですー。 激熱の前後編動画、いよいよ後編の始まりです! 前編でお話ししました謎の武力組織、コレが一体ドコの誰なのかについてですが、もう前編からずーっとずーっと引っ張ってきちゃってますので、いよいよ明かすコトにしましょう! ……と言いたいトコなんですけ...

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    シュウの話、第108話。
    そして世界は、震えた。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     シュウが動画を公開した翌日――トラス王国の各メディアは口々に、王室政府内務省に質問をぶつけていた。
    「ネットに公開された情報、つまり『難民特区に石油がある』と言う話は事実なのでしょうか?」
    「情報が正しければ、いずれ難民特区が白猫党の侵略を受ける可能性が高いと見られていますが、王国はどう対応されるのでしょう?」
    「そもそも長年にわたって棚上げしてきた難民問題を、現在の王国、そして王室政府は解決するつもりがあるのでしょうか?」

     同様の紛糾は、ゴールドコースト市国でも起こっていた。
    「動画によればネオクラウン、いえ、ネオクラウンを隠れ蓑にした白猫党と総帥との間に何らかの接点があるとのことでしたが、本当でしょうか?」
    「総帥は先日の声明でネオクラウンへ積極的な対抗姿勢を示していましたが、動画の内容が真実であり、ネオクラウンが存在しないのならば、総帥は一体何と戦うと宣言したのでしょうか?」
    「そもそも動画にあった指摘の通り、マフィアがミサイル武装しているなどと言う話は荒唐無稽です。入出国管理局は発射されたミサイルの航路を把握していたはずですが、本当に市国内のマフィアが、市国内で発射したのでしょうか?」

     そしてそれらの質問に対し、当局側はこう答えるばかりだった。
    「現在調査中であり、また、対応を検討している最中でもありますので、現時点でお答えすることはできません」



    「……と言った具合で、大混乱です。トラス王国もゴールドコースト市国も、対応に追われてる様子ですね」
    「そう」
     大量のモニタが並んだ部屋で、高級そうなスーツに身を包んだ短耳の女性が、ひょろりと痩せた長耳の男性から報告を受けていた。
    「央南方面第4基地のことは?」
    「動画では何も。尺の都合か、あるいはその話に触れると、自分たちも見捨てたことを指摘されかねないからじゃないでしょうか。ま、こっちもヤブヘビなんで公表とか指摘なんかは絶対しませんがね。……あ、そう言えば閣下、その基地司令のヘラルド・アルテア氏はどうなったんです?」
    「行方不明。現在捜索中」
    「逃げたんです……よね?」
    「基地内から送られていたデータについてはあなたの方が詳しい」
    「ん……まあ、最後の記録では大慌てでLAVに乗り込んだところまでです。そこから判断するなら、やっぱり逃げたんじゃないかなーって」
     しどろもどろに答えたところで、無表情だった「閣下」の眉が、ぴく、と動いた。
    「『トイ・メーカー』」
    「あっはい」
    「あなたが世界最高の技術者であり、かつ、世界最高のハッカーでもあると認識しているからこそ、私はあなたを雇用している。そのあなたが彼の行先を把握できないのなら、できないとはっきり断言すること。私は無駄な行動をしたいとは考えていない。それとも把握する手段があると?」
    「……すみません。ないです。今のところ」
    「了承。可能と判断したらまた報告するように」
    「はい、ども……」
    「それから」
     と、「閣下」はモニタの一つに顔を向けた。
    《わたしたちはまだ、生きています。すべての真実をつかんだ上で、です。その上で、あなたたちはどうしますか?》
     モニタに映し出されたシュウを指差しながら、「閣下」はこれまでと同様に、淡々と命じた。
    「このシュウ・メイスンと言う女性を徹底的にマークすること。新しい動画が公開されたら、速やかに私へ報告すること。そして居場所を可及的速やかに突き止め、一日でも早く抹殺すること」
    「そ、それはもちろん」
    「油田掌握計画が漏れたことは、非常に大きな問題。もしトラス王国が積極策に打って出た場合、目的の達成は非常に困難となり、今後の計画全体にも極めて大きく波及する。今後もこの規模の障害が、シュウ・メイスンによって生み出されるリスクは非常に高いと判断している。
     彼女は明確に、我々の最大の敵であると断言する」

    緑綺星・震世譚 終

    緑綺星・震世譚 6

    2023.02.27.[Edit]
    シュウの話、第108話。そして世界は、震えた。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. シュウが動画を公開した翌日――トラス王国の各メディアは口々に、王室政府内務省に質問をぶつけていた。「ネットに公開された情報、つまり『難民特区に石油がある』と言う話は事実なのでしょうか?」「情報が正しければ、いずれ難民特区が白猫党の侵略を受ける可能性が高いと見られていますが、王国はどう対応されるのでしょう?」「そも...

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