「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第4部
火紅狐・戦宣記 5
フォコの話、169話目。
安穏と静寂。
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5.
311年、夏が終わろうかと言う頃。
「はい、アガリ。天刻子に槓子で5倍付け、ほんで4本場やから30倍掛けやね」
「ひぎゃー」
戦局はほぼベール側に軍配が上がり、ロクシルム―ベール陣営の中には、安堵の空気が流れていた。
ゲーム好きのフォコもその空気にならい、ランニャやアミルたちを交えて、休憩室でカードゲームに興じていた。
「ホコウ、お前……、ドン引きするくらい強いな」
「いやいや、そんな」
「一人勝ちじゃんか。謙遜したってただのイヤミだしー」
頬を膨らませるランニャを見て、卓を囲んでいた者はクスクスと笑いだす。
「なんだよ、もぉ」
「……ま、ま。そろそろこの辺にしとこか」
フォコはカードをまとめ、席を立つ。
「ちぇー。……フォコくん、明日もやろ」
「はい、はい。なんぼでも。……ほんなら、お休みさん」
フォコは手をぱたぱたと振りつつ、休憩室を後にした。
残ったランニャたちは、フォコを肴に雑談を始める。
「しっかし、あいつはつくづく分からん」
「分からんって?」
「妙な言葉遣いも、ぼんやりした感じなのに異様に頭が切れるってのも、平和に対する、どこまでも真剣な考え方も。
俺みたいな凡人とは、どこまでも違う世界の奴だよ。知り合ってからもう10年経つが――まあ、間に5年の空きはあるけど――あいつをどう捉えたもんか、今でも悩む」
アミルの言葉に、メフルも同意する。
「同感だ。最初は何をやっているのかまったくつかめず、イライラとさせられることもあるが、結局はこれ以上ないほど、的を得たことを行っている。
あの先見の明るさには、ただただ呆然とするしかない」
続いて、ランニャもうんうんとうなずく。
「あたしも。普段はヘタレくんなのに、ここぞって言う時にはみょんに鋭いしカッコいいし。本当、つかみどころのない、不思議な魅力のある奴だ。
……つくづくさ、うらやましくなるわけよ。あいつを射止めた、ティナって人が」
「ティナか……。あいつ、元気してるのかな」
元同僚の話になり、アミルは宙に目線を移しつつ想像する。
「俺たちがバラバラにならなけりゃ、あいつ、もしかしたら今頃、ホコウとの間に1人、2人くらい子供がいてもおかしくなかったんだよな……。
その幸せをブチ壊しにしたアバントの野郎、俺は今でも許せやしないぜ」
「だよな。あたしもムカつく」
と、ランニャのその言葉に、アミルは怪訝な顔をした。
「……なあ、ランニャちゃんよ」
「ん? なに?」
「君はホコウのこと、好きなんだよな?」
「そうだよ」
「じゃああいつ、口説いたりなんかしないのか? 何だかんだ言っても独り身なんだしさ」
「はっは」
アミルの質問に笑いで返しつつ、ランニャはこう答えた。
「そりゃさ、したいのは山々なんだけども。
でもあたしが今、『フォコくん大好きだよ、結婚して』って言ったところで、あいつはどう答えるよ?」
「……断るよな」
「だろ? 勝てない博打に挑むほど、あたしもバカじゃないもん、あはは……」
どこかさびしそうに笑いながらそう言ったランニャを見て、アミルも、メフルも、離れて読書をしていたマフスも、一様に彼女のことを、不憫に思ってしまった。
(こんなこと言ったらランニャちゃん、絶対怒るだろうけど。……可哀想だな、なんか)
休憩室を離れ、自分の寝室に戻ろうとする途中の廊下で、フォコもまた、ティナのことを思い返していた。
(こんなに静かな夜になると、……思い出す。
いっつも騒がしかった砂猫楼。そんなでも、夜中は静まり返っとった。来た初めの頃は、その静寂が怖かった。自分は一人なんや、一人になってしもたんや、……それをしつこく認識させられとるみたいで。
でも、……いつの間にか、ティナと一緒に寝るようになって、静寂が楽しくなった。何にも聞こえへんねん、ティナの寝息以外、な。一人やない、こんな近くにもう一人いてくれる。……そう思うようになれた。
あの時は、二人っきりの静寂が楽しくて、愛おしくてたまらへんかった)
立ち止まると、何の音もしなくなる。既に休憩室も遠く、人の話し声もしない。
(……また、静寂は僕の敵になってしもた。また、僕は一人やとささやいてくる)
フォコは気を紛らわせようと、窓の外に目をやろうとした。
が――何も見えない。
「……?」
いや、窓の外はおろか、うすぼんやりとだが見えていた暗い廊下も、見えなくなってしまっている。
「な、なんや……!?」
気が付けばフォコは、頭から黒い袋を被らせられていた。
「誰や、いきなり何をしよる……」
言いかけたフォコの背中に、鈍い痛みが走る。
「ぐ、へ、……っ」
どうやら棍棒か何かで殴られたらしく、フォコはこらえきれずにその場へ倒れ込んだ。
「ホコウ、と呼ばれていたか。一緒に来てもらうぞ」
「だ、誰や、あんたら……」
フォコは袋越しにそう尋ねたが、答える声は無かった。
火紅狐・宣戦記 終
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安穏と静寂。
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311年、夏が終わろうかと言う頃。
「はい、アガリ。天刻子に槓子で5倍付け、ほんで4本場やから30倍掛けやね」
「ひぎゃー」
戦局はほぼベール側に軍配が上がり、ロクシルム―ベール陣営の中には、安堵の空気が流れていた。
ゲーム好きのフォコもその空気にならい、ランニャやアミルたちを交えて、休憩室でカードゲームに興じていた。
「ホコウ、お前……、ドン引きするくらい強いな」
「いやいや、そんな」
「一人勝ちじゃんか。謙遜したってただのイヤミだしー」
頬を膨らませるランニャを見て、卓を囲んでいた者はクスクスと笑いだす。
「なんだよ、もぉ」
「……ま、ま。そろそろこの辺にしとこか」
フォコはカードをまとめ、席を立つ。
「ちぇー。……フォコくん、明日もやろ」
「はい、はい。なんぼでも。……ほんなら、お休みさん」
フォコは手をぱたぱたと振りつつ、休憩室を後にした。
残ったランニャたちは、フォコを肴に雑談を始める。
「しっかし、あいつはつくづく分からん」
「分からんって?」
「妙な言葉遣いも、ぼんやりした感じなのに異様に頭が切れるってのも、平和に対する、どこまでも真剣な考え方も。
俺みたいな凡人とは、どこまでも違う世界の奴だよ。知り合ってからもう10年経つが――まあ、間に5年の空きはあるけど――あいつをどう捉えたもんか、今でも悩む」
アミルの言葉に、メフルも同意する。
「同感だ。最初は何をやっているのかまったくつかめず、イライラとさせられることもあるが、結局はこれ以上ないほど、的を得たことを行っている。
あの先見の明るさには、ただただ呆然とするしかない」
続いて、ランニャもうんうんとうなずく。
「あたしも。普段はヘタレくんなのに、ここぞって言う時にはみょんに鋭いしカッコいいし。本当、つかみどころのない、不思議な魅力のある奴だ。
……つくづくさ、うらやましくなるわけよ。あいつを射止めた、ティナって人が」
「ティナか……。あいつ、元気してるのかな」
元同僚の話になり、アミルは宙に目線を移しつつ想像する。
「俺たちがバラバラにならなけりゃ、あいつ、もしかしたら今頃、ホコウとの間に1人、2人くらい子供がいてもおかしくなかったんだよな……。
その幸せをブチ壊しにしたアバントの野郎、俺は今でも許せやしないぜ」
「だよな。あたしもムカつく」
と、ランニャのその言葉に、アミルは怪訝な顔をした。
「……なあ、ランニャちゃんよ」
「ん? なに?」
「君はホコウのこと、好きなんだよな?」
「そうだよ」
「じゃああいつ、口説いたりなんかしないのか? 何だかんだ言っても独り身なんだしさ」
「はっは」
アミルの質問に笑いで返しつつ、ランニャはこう答えた。
「そりゃさ、したいのは山々なんだけども。
でもあたしが今、『フォコくん大好きだよ、結婚して』って言ったところで、あいつはどう答えるよ?」
「……断るよな」
「だろ? 勝てない博打に挑むほど、あたしもバカじゃないもん、あはは……」
どこかさびしそうに笑いながらそう言ったランニャを見て、アミルも、メフルも、離れて読書をしていたマフスも、一様に彼女のことを、不憫に思ってしまった。
(こんなこと言ったらランニャちゃん、絶対怒るだろうけど。……可哀想だな、なんか)
休憩室を離れ、自分の寝室に戻ろうとする途中の廊下で、フォコもまた、ティナのことを思い返していた。
(こんなに静かな夜になると、……思い出す。
いっつも騒がしかった砂猫楼。そんなでも、夜中は静まり返っとった。来た初めの頃は、その静寂が怖かった。自分は一人なんや、一人になってしもたんや、……それをしつこく認識させられとるみたいで。
でも、……いつの間にか、ティナと一緒に寝るようになって、静寂が楽しくなった。何にも聞こえへんねん、ティナの寝息以外、な。一人やない、こんな近くにもう一人いてくれる。……そう思うようになれた。
あの時は、二人っきりの静寂が楽しくて、愛おしくてたまらへんかった)
立ち止まると、何の音もしなくなる。既に休憩室も遠く、人の話し声もしない。
(……また、静寂は僕の敵になってしもた。また、僕は一人やとささやいてくる)
フォコは気を紛らわせようと、窓の外に目をやろうとした。
が――何も見えない。
「……?」
いや、窓の外はおろか、うすぼんやりとだが見えていた暗い廊下も、見えなくなってしまっている。
「な、なんや……!?」
気が付けばフォコは、頭から黒い袋を被らせられていた。
「誰や、いきなり何をしよる……」
言いかけたフォコの背中に、鈍い痛みが走る。
「ぐ、へ、……っ」
どうやら棍棒か何かで殴られたらしく、フォコはこらえきれずにその場へ倒れ込んだ。
「ホコウ、と呼ばれていたか。一緒に来てもらうぞ」
「だ、誰や、あんたら……」
フォコは袋越しにそう尋ねたが、答える声は無かった。
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