「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第3部
蒼天剣・権謀録 6
晴奈の話、第93話。
風雲急を告げる。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
6.
某所。
「ふー」
央中風の大きな椅子にもたれた天原はため息をつき、天井に向かって声をかけた。
「篠原くんは、戻りましたか?」
《いえ、まだ戻っておりません》
「そうですか。意外に、てこずっているのかな。
はー……、猫女に追い掛け回されてのどが渇きました。飲み物を持ってきてください」
少し間を置き、部屋の戸を開けて黒ずくめの少女が現れる。
「失礼します、殿」
「ありがとう、藤川くん」
「いえ……」
飲み物を用意した黒ずくめ、藤川は小さく頭を下げ、部屋を出ようとした。
「あ、ついでに」
「はい、何でしょうか」
「天玄館の執務室に行き、棚の後ろにある魔法陣を消してきてもらえますか? 台下が万一あちらに現れたら、大変なことになるでしょうから」
「かしこまりました」
藤川はもう一度頭を下げ、部屋を出た。
「あ、お頭……」
「今、戻った」
扉の向こうで、藤川と篠原の話し声がする。すぐに篠原が戸口から顔を出す。
「殿、ただいま戻りました」
「ご苦労様でした、篠原くん。あの猫女は、片付けてくれましたか?」
篠原は首を振り、窪んだ目をさらに落ち窪ませる。
「恐れながら……。邪魔が入り、退却いたした次第です」
「ほーぉ」
篠原の報告を聞いた途端、天原の顔が不満げに歪む。
「じゃあ何ですか、篠原くんともあろう者が何もできず、戻ってきたと?」
「面目ございません」
天原はしばらく篠原を睨みつけていたが、もう一度ため息をつき、眼鏡を外して横を向いた。
「……まあ、いいです。後は、つけられてないでしょうね?」
「はい」
「なら、そっちは問題無しですね。
多分、黄大人が央南連合に介入して私の素性も知れるでしょうから、天玄に入ることはできなくなるでしょう。一応、天原家の財産の一部はここに蓄えてありますけれど、まだ大部分が天玄に残ってますからねぇ。それを失うのも嫌ですし、ウィルソン台下からのご勅命を無碍にもできませんし。
近いうち天玄に攻め込んで、連合代表の地位復権に臨まないといけませんねぇ」
天原は眼鏡を拭きながらチラ、と篠原を見る。
篠原は彼と視線を一瞬だけ合わせ、背を向けつつ答えた。
「……我ら篠原派焔流一同、殿のご命令とあらば、いかような任務にも就く所存です」
「ええ、頼りにしていますよ」
翌日、天玄は大騒ぎになった。
連合の代表が、実は敵対している黒炎教団と通じていたことが公になり、天玄館に激震が走った。と同時に、これまで天原が手がけていた業務のほとんどに不正――連合への業務妨害が行われていたことも発覚し、連合は大慌てで事態の収拾に当たった。
その際にエルスが知恵を貸したことと、黄商会が多額の資金援助を行ったこともあって、次の主席には紫明が就任することとなった。
これにより紫明は連合軍を自由に動かせるようになり、所期の目的であった黄海への援軍も達成された。
しかしこの騒動により、晴奈の胸中にはある不安が沸いていた。
(一体、天原はどこに雲隠れしたのだ? あの卑怯そうな男のことだ、恐らく天玄に舞い戻ろうと画策するだろう。恐らく、実力行使によって。
そしてあの男、篠原龍明。焔流剣士と名乗り、確かに焔流の技も持っていた。何より気になるのが、あの『地面を叩き斬った』技。もしや、あの時イチイ殿を屠ったのは、篠原に縁ある者では無いのか?)
考えれば考えるほど、天原と篠原の周りに不気味な影が見え隠れする図が浮かんでくる。
(探らねばなるまい。今一度、紅蓮塞に戻るとしよう)
と、晴奈の不安を感じ取ったらしく、エルスが声をかけてきた。
「セイナ、あの男の調査をするんだろ? 焔流って言ってたから、晴奈の修行場に行くつもりだよね?」
晴奈は腕を組み、エルスの笑い顔をけげんな表情で見つめる。
「いつもながら、どうしてお主は私の心を読めるのか。……その通りだ」
「なら、僕も付いていくよ」
思いもよらない提案に、晴奈は目を丸くする。
「何?」
「これは、僕の勘なんだけど」
珍しく、エルスの顔から笑みが薄れた。
「何かすごく、危険な匂いがするんだ。あのアマハラ御大と、シノハラと言う侍から。
彼らを放っておいたらきっと、戦争どころじゃなくなる。そんな気が、するから」
エルスの言葉に、晴奈も無言でうなずいた。
晴奈もまた、エルスと同じ危機感を、うっすらとではあるが抱いていたからだ。
蒼天剣・権謀録 終
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某所。
「ふー」
央中風の大きな椅子にもたれた天原はため息をつき、天井に向かって声をかけた。
「篠原くんは、戻りましたか?」
《いえ、まだ戻っておりません》
「そうですか。意外に、てこずっているのかな。
はー……、猫女に追い掛け回されてのどが渇きました。飲み物を持ってきてください」
少し間を置き、部屋の戸を開けて黒ずくめの少女が現れる。
「失礼します、殿」
「ありがとう、藤川くん」
「いえ……」
飲み物を用意した黒ずくめ、藤川は小さく頭を下げ、部屋を出ようとした。
「あ、ついでに」
「はい、何でしょうか」
「天玄館の執務室に行き、棚の後ろにある魔法陣を消してきてもらえますか? 台下が万一あちらに現れたら、大変なことになるでしょうから」
「かしこまりました」
藤川はもう一度頭を下げ、部屋を出た。
「あ、お頭……」
「今、戻った」
扉の向こうで、藤川と篠原の話し声がする。すぐに篠原が戸口から顔を出す。
「殿、ただいま戻りました」
「ご苦労様でした、篠原くん。あの猫女は、片付けてくれましたか?」
篠原は首を振り、窪んだ目をさらに落ち窪ませる。
「恐れながら……。邪魔が入り、退却いたした次第です」
「ほーぉ」
篠原の報告を聞いた途端、天原の顔が不満げに歪む。
「じゃあ何ですか、篠原くんともあろう者が何もできず、戻ってきたと?」
「面目ございません」
天原はしばらく篠原を睨みつけていたが、もう一度ため息をつき、眼鏡を外して横を向いた。
「……まあ、いいです。後は、つけられてないでしょうね?」
「はい」
「なら、そっちは問題無しですね。
多分、黄大人が央南連合に介入して私の素性も知れるでしょうから、天玄に入ることはできなくなるでしょう。一応、天原家の財産の一部はここに蓄えてありますけれど、まだ大部分が天玄に残ってますからねぇ。それを失うのも嫌ですし、ウィルソン台下からのご勅命を無碍にもできませんし。
近いうち天玄に攻め込んで、連合代表の地位復権に臨まないといけませんねぇ」
天原は眼鏡を拭きながらチラ、と篠原を見る。
篠原は彼と視線を一瞬だけ合わせ、背を向けつつ答えた。
「……我ら篠原派焔流一同、殿のご命令とあらば、いかような任務にも就く所存です」
「ええ、頼りにしていますよ」
翌日、天玄は大騒ぎになった。
連合の代表が、実は敵対している黒炎教団と通じていたことが公になり、天玄館に激震が走った。と同時に、これまで天原が手がけていた業務のほとんどに不正――連合への業務妨害が行われていたことも発覚し、連合は大慌てで事態の収拾に当たった。
その際にエルスが知恵を貸したことと、黄商会が多額の資金援助を行ったこともあって、次の主席には紫明が就任することとなった。
これにより紫明は連合軍を自由に動かせるようになり、所期の目的であった黄海への援軍も達成された。
しかしこの騒動により、晴奈の胸中にはある不安が沸いていた。
(一体、天原はどこに雲隠れしたのだ? あの卑怯そうな男のことだ、恐らく天玄に舞い戻ろうと画策するだろう。恐らく、実力行使によって。
そしてあの男、篠原龍明。焔流剣士と名乗り、確かに焔流の技も持っていた。何より気になるのが、あの『地面を叩き斬った』技。もしや、あの時イチイ殿を屠ったのは、篠原に縁ある者では無いのか?)
考えれば考えるほど、天原と篠原の周りに不気味な影が見え隠れする図が浮かんでくる。
(探らねばなるまい。今一度、紅蓮塞に戻るとしよう)
と、晴奈の不安を感じ取ったらしく、エルスが声をかけてきた。
「セイナ、あの男の調査をするんだろ? 焔流って言ってたから、晴奈の修行場に行くつもりだよね?」
晴奈は腕を組み、エルスの笑い顔をけげんな表情で見つめる。
「いつもながら、どうしてお主は私の心を読めるのか。……その通りだ」
「なら、僕も付いていくよ」
思いもよらない提案に、晴奈は目を丸くする。
「何?」
「これは、僕の勘なんだけど」
珍しく、エルスの顔から笑みが薄れた。
「何かすごく、危険な匂いがするんだ。あのアマハラ御大と、シノハラと言う侍から。
彼らを放っておいたらきっと、戦争どころじゃなくなる。そんな気が、するから」
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今日の旅岡さん

~ Comment ~
権謀録読ませていただきました~~。
ウィルバークンも修行時期に突入ですね。ウィリアムの親馬鹿も面白いですね。一方、晴奈は相変わらず戦いが多いですね。確かに本家の新家の流派の剣術が出てきても不思議ではないですよね。だいたいの剣術などの流派はそういうものですからね。
ウィルバークンも修行時期に突入ですね。ウィリアムの親馬鹿も面白いですね。一方、晴奈は相変わらず戦いが多いですね。確かに本家の新家の流派の剣術が出てきても不思議ではないですよね。だいたいの剣術などの流派はそういうものですからね。
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優しすぎて、厳しくなれない感じ。
そこがウィルバーの悪いところにつながっちゃってますね。
今回の戦い、晴奈にとっては忘れられない一戦になります。
後々の展開でも、良く引き合いに出しています。