「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第4部
火紅狐・猫金記 3
フォコの話、189話目。
女王の温情。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
3.
拷問で受けた傷の手当てを受け、セノクは久々にまともなベッドに寝かされた。
「うう……うああ……」
だが、切り落とされた右耳の痕が、燃えるように痛い。二つまみ分削られた尻尾の先も、火が点いたかのように熱を持っている。
さらには、右目の視界も異様に暗い。どうやら火薬を顔に浴びせられた時に、失明してしまったようだ。
「うう……おお……うぐううう……」
セノクはうめくことしかできず、柔らかいベッドの感触など味わう余裕は無かった。
と――。
「失礼するぞ」
女の声と共に、誰かが寝室へと入ってきた。
「うう……はぁ……はぁ……」
息を整え、応対しようとするが、口を開けば勝手にうめきが漏れてくる。
それを察したらしく、相手はこう声をかけた。
「何も言わずとも良い。そこへなおれ」
「……」
女はベッドの傍らにあった蝋燭に火を灯し、セノクへ近付けた。
「はぁ……はぁ……お前は……」
女の正体は、アイシャだった。
「妾とて、あのような仕打ちを見せられれば、心も痛む。……仕打ちを与えた当の本人は、高いびきで眠ってしもうたが、の」
「な……何しに……」
「妾には、人に怒鳴りつける他は、これくらいしかできぬ」
そう言って、アイシャはセノクの傷跡に手をかざした。
「『キュア』」
燃えるような痛みが、ほんのりと和らいでくる。
「これでも王族の端くれ、教養として魔術は教わっておる。……こうして役立てることなぞ、無いと思っていたが」
「……」
アイシャは近くにあった椅子に座り、細々と語り出した。
「妾の旦那様――お主を痛めつけたあの男は、真に悪魔のようなお人じゃ。
他人なぞ道具か、そうでなくばゴミかと言うくらいにしか判別しておらぬ。世間の一般、平常で論ずるところの『情』なぞ、望むべくもない。
セノク卿、お主は今日、あの方の道具にされたのじゃ」
「……っ」
その宣告に、セノクは怒りと絶望感とを同時に味わった。
だが同時に、アイシャに対する敵意が、不思議なほどにすっと消えていくのを感じてもいた。
「これは……、誰にも言わんでおいてほしい。
妾は、あの方に不信感を抱いておる」
「……」
「既に、間に子供がいる仲だと言うのに、あの方は我が子であるはずの娘たちに、まったく興味を見せぬ。
子供が生まれたことも、妾直々に報告までしたと言うのに、……あの方は何と答えたと思う?」
「……何と言ったんだ?」
「『そうか』だけじゃ。それきり、話題にも上らぬ。口から出てくるのはいつも、利益と、損失と、己の欲望のことばかりじゃ。
今になって、はっきりと悟り、後悔しておる。あの男は、妾を道具としてしか扱っておらぬと。……そして今、お主も同じように扱おうとしておるのじゃ」
「……それを私に言って、……陛下はどうしたいと?」
そう尋ねられ、アイシャは顔を伏せて、ぼそぼそとした声でこう答えた。
「どうもせぬ。ただ、……言うておきたかった、……それだけじゃ。
知らぬまま道具にされる、……よりは、道具であることを、……自覚して、生きる方が、……ましであろうか、と、そう思うたのじゃ」
「……」
セノクは上半身を起こし、アイシャをじっと眺めた。
女王と称されているはずの彼女は、ひどく小さく、頼りないものに見えた。
(道具にされた者の末路、……か)
と、アイシャは顔を挙げ、悲しそうな笑顔を作る。
「もう戻らねば。
……いずれ、また痛むじゃろうが、……もし、また、時間ができれば、……和らげてやろう」
「ああ。……ありがとう」
アイシャが去った後、セノクはぼんやりと考えていた。
(道具、……か。私は島いくつかと端金で、あいつの道具にされたのだな)
そう考えたセノクの心に、怒りと敵愾心(てきがいしん)がふつふつと湧き上がってきた。
(ケネス、……と言ったな。
ケネス、私は決して、ずっとお前の道具でいるつもりなどないぞ。いつかその首、討ち取ってやる……!)
セノクの脳裏には、アイシャの悲しそうな姿が焼き付いて離れなかった。
(そして――アイシャ女王。彼女は、私がこの手で解放してやる。
例え何かを、犠牲にしてでもだ)
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女王の温情。
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3.
拷問で受けた傷の手当てを受け、セノクは久々にまともなベッドに寝かされた。
「うう……うああ……」
だが、切り落とされた右耳の痕が、燃えるように痛い。二つまみ分削られた尻尾の先も、火が点いたかのように熱を持っている。
さらには、右目の視界も異様に暗い。どうやら火薬を顔に浴びせられた時に、失明してしまったようだ。
「うう……おお……うぐううう……」
セノクはうめくことしかできず、柔らかいベッドの感触など味わう余裕は無かった。
と――。
「失礼するぞ」
女の声と共に、誰かが寝室へと入ってきた。
「うう……はぁ……はぁ……」
息を整え、応対しようとするが、口を開けば勝手にうめきが漏れてくる。
それを察したらしく、相手はこう声をかけた。
「何も言わずとも良い。そこへなおれ」
「……」
女はベッドの傍らにあった蝋燭に火を灯し、セノクへ近付けた。
「はぁ……はぁ……お前は……」
女の正体は、アイシャだった。
「妾とて、あのような仕打ちを見せられれば、心も痛む。……仕打ちを与えた当の本人は、高いびきで眠ってしもうたが、の」
「な……何しに……」
「妾には、人に怒鳴りつける他は、これくらいしかできぬ」
そう言って、アイシャはセノクの傷跡に手をかざした。
「『キュア』」
燃えるような痛みが、ほんのりと和らいでくる。
「これでも王族の端くれ、教養として魔術は教わっておる。……こうして役立てることなぞ、無いと思っていたが」
「……」
アイシャは近くにあった椅子に座り、細々と語り出した。
「妾の旦那様――お主を痛めつけたあの男は、真に悪魔のようなお人じゃ。
他人なぞ道具か、そうでなくばゴミかと言うくらいにしか判別しておらぬ。世間の一般、平常で論ずるところの『情』なぞ、望むべくもない。
セノク卿、お主は今日、あの方の道具にされたのじゃ」
「……っ」
その宣告に、セノクは怒りと絶望感とを同時に味わった。
だが同時に、アイシャに対する敵意が、不思議なほどにすっと消えていくのを感じてもいた。
「これは……、誰にも言わんでおいてほしい。
妾は、あの方に不信感を抱いておる」
「……」
「既に、間に子供がいる仲だと言うのに、あの方は我が子であるはずの娘たちに、まったく興味を見せぬ。
子供が生まれたことも、妾直々に報告までしたと言うのに、……あの方は何と答えたと思う?」
「……何と言ったんだ?」
「『そうか』だけじゃ。それきり、話題にも上らぬ。口から出てくるのはいつも、利益と、損失と、己の欲望のことばかりじゃ。
今になって、はっきりと悟り、後悔しておる。あの男は、妾を道具としてしか扱っておらぬと。……そして今、お主も同じように扱おうとしておるのじゃ」
「……それを私に言って、……陛下はどうしたいと?」
そう尋ねられ、アイシャは顔を伏せて、ぼそぼそとした声でこう答えた。
「どうもせぬ。ただ、……言うておきたかった、……それだけじゃ。
知らぬまま道具にされる、……よりは、道具であることを、……自覚して、生きる方が、……ましであろうか、と、そう思うたのじゃ」
「……」
セノクは上半身を起こし、アイシャをじっと眺めた。
女王と称されているはずの彼女は、ひどく小さく、頼りないものに見えた。
(道具にされた者の末路、……か)
と、アイシャは顔を挙げ、悲しそうな笑顔を作る。
「もう戻らねば。
……いずれ、また痛むじゃろうが、……もし、また、時間ができれば、……和らげてやろう」
「ああ。……ありがとう」
アイシャが去った後、セノクはぼんやりと考えていた。
(道具、……か。私は島いくつかと端金で、あいつの道具にされたのだな)
そう考えたセノクの心に、怒りと敵愾心(てきがいしん)がふつふつと湧き上がってきた。
(ケネス、……と言ったな。
ケネス、私は決して、ずっとお前の道具でいるつもりなどないぞ。いつかその首、討ち取ってやる……!)
セノクの脳裏には、アイシャの悲しそうな姿が焼き付いて離れなかった。
(そして――アイシャ女王。彼女は、私がこの手で解放してやる。
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