「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第3部
蒼天剣・魔剣録 2
晴奈の話、第95話。
焔流の内紛。
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2.
詳しい話をするため、晴奈とエルス、そして重蔵の三人は人払いをし、重蔵の私室に移った。
「15年以上昔、この紅蓮塞に『三傑』と呼ばれた、才気あふれる剣士たちがおったんじゃ。
一、『剛剣』こと楢崎瞬二。一、『霊剣』こと藤川英心。そして最後の一人が『魔剣』こと、篠原龍明。
彼ら三人は同年代の剣士たちの中でも非常に抜きん出ており、いずれはこの紅蓮塞を背負って立つ人間になるだろうと評されておった。
わしもその三人を非常に気に入っておったし、喧嘩別れさえしておらなんだら、三人のいずれかを晶良――娘の婿にしたいとまで思っておった。
事件が起きたのは確か、双月暦が新世紀を迎えて間も無い頃か……。突然、篠原が謀反を起こしたのじゃ。門下生十数名をたぶらかし、『新生焔流』を名乗って、わしの命を狙いに来た。わしも今よりはまだ若かったし、楢崎と藤川の助けもあったから、結果的には撃退することができた。
その後、当然篠原は塞を離れ、以後の行方は杳として知れん」
重蔵はそこで言葉を切り、晴奈を見る。
「しかし晴さん、どこでその名を?」
「数日前、天玄でそう名乗る者と対峙しました。こちらにいるエルスの助けを借り、何とか撃退できたのですが……」
「なるほど、そうか……」
重蔵は一瞬、エルスを見る。
「忌憚無くわしの見当を言えば、晴さん。
エルスさんがいなければ、十中八九、晴さんは死んでおったな」
「な……」
面食らう晴奈を差し置いて、エルスも遠慮無く、重蔵の意見にうなずく。
「まあ、そうでしょうね。単純に1対3の死闘で仕留められない相手を、1対2の状態で退かせられたのは、奇跡に近いと言えますね」
「そう言うことじゃ。それに付け加えるならば、楢崎も藤川も、今の晴さん以上に強かった。その二人にわしの力を加えた、三人の剣豪を跳ね返す篠原の底力にはさしものわしも、恐れ入ったものじゃ。
無論、楢崎も藤川も、かなりの痛手を負った。楢崎は半年近く寝込み、免許皆伝を得る機を一時、逃してしまった。藤川も片腕を潰され、『五体満足を必須とする』と言う免許皆伝の資格を失い、塞を去ってしまったのじゃ。
無傷だったのはわしだけ――弟子を護ることができず、今でも忸怩たる思いをしておる」
重蔵は腕を組み、それきり黙った。
一方、雪乃と良太の部屋で、明奈は雪乃たちの娘、小雪を見せてもらっていた。。
「可愛いですね、小雪ちゃん」
「うふふ……」「えへへ……」
子供をほめられ、雪乃と良太の二人は揃って、気恥ずかしそうに微笑む。その様子を見ていた明奈は、ため息混じりにこうつぶやいた。
「はぁ……、何だかうらやましいです、お二人が」
「ん?」
「幸せそうだな、と」
良太はきょとんとし、不思議そうに尋ねる。
「明奈さんは、幸せじゃないんですか?」
「……いえ、そう言うわけでは」
明奈はそうにごしたが、雪乃が続いてこう尋ねてきた。
「晴奈から、確か黒炎教団に7年囚われていたと聞いたけれど……?」
「あ、はい」
「何とか戻ってこられた今でも、まだ身柄を狙われているとも聞いたわ。となれば幸せだって言い切るのは、ちょっとためらってしまうわよね」
「いえ、やっぱり幸せですよ」
明奈は首を振り、静かに応える。
「今はお姉さまが守ってくださいますから。時々、一人でどこかに飛んで行ってしまわれますけれど、本当に危険が迫ったら、きっと来てくださいますもの」
「あー、まあ、確かに姉さん……、晴奈さんは突っ走る人ですねぇ。いつだったか、一人で黒鳥宮へ行こうとしたことがある、とか言っていましたし」
「え?」
良太の一言に、明奈と雪乃が驚いた声をあげた。
「初耳ね、それ。いつのこと?」
「あ……、しまった。内緒にしてくれ、って言われてたのに」
良太は頭をかきつつ、晴奈が黒荘へ行っていた話を二人に打ち明けた。
「へぇ……。あの時、そんなことしてたのね」
話を聞いた雪乃は、納得した顔でうなずいた。
「まあ、晴奈らしいと言えば、らしいわね。……明奈さん、どうしたの?」
と、明奈は指折り、何かを数えている。
「えっと、今が516年で、3年前の出来事ってことは、513年で……、へぇ」
「ん?」
「あのですね、一度本当にわたし、危なかった時があるんですよ」
明奈は小雪の頭を撫でながら、その思い出を語る。
「ウィリアム猊下のご子息に、ウィルバーと言う方がいらっしゃるんですが、この方が本当に好色で。教団の尼僧に、良く声をかけておられるんです。
それで、わたしも声をかけられまして、危うく部屋に閉じ込められそうになったんです」
「あのウィル坊やがねぇ……」
「それは、災難でしたね」
雪乃と良太は眉をひそめ、明奈の話を聞いている。
「でも、猊下にそのことがばれて。温厚な猊下も、その時は流石に怒っていらっしゃいました。その後折檻されたりして、ウィルバー様はしばらく手を出さないようになりました。
それで……、その事件が、513年の初めに起こったんですよ」
「……つまり、晴奈姉さんの勘が働いて、あの時助けに行った、と?」
良太はけげんな顔をして、雪乃の顔を見る。雪乃は腕を組み、首をかしげていた。
「そこまでは何とも言えないけれど」
雪乃は明奈に、にっこりと微笑みかけた。
「もしそうなら、いいお姉さんね。本当に、大事に思っている証拠よ」
「……うーむ」
しばらく黙り込んでいた重蔵が、不意に立ち上がった。
「家元?」
「わし自身体にガタも来ておるし、うまく教えられるか分からん。それにうまく決まればまさに必殺じゃが、成功させるのは極めて難しいし、実戦で使えるか分からん以上、教える価値は無いかも知れん。
半ば失敗作と言ってもいいし、この技は墓まで持って行こうかと思っておったが……」
重蔵は床の間に飾ってあった刀を取り、晴奈に声をかけた。
「晴さん。一つ、わしの編み出した技を教えておこう。
その時運良く決まり、篠原を追い払った技――『炎剣舞』を」
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焔流の内紛。
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詳しい話をするため、晴奈とエルス、そして重蔵の三人は人払いをし、重蔵の私室に移った。
「15年以上昔、この紅蓮塞に『三傑』と呼ばれた、才気あふれる剣士たちがおったんじゃ。
一、『剛剣』こと楢崎瞬二。一、『霊剣』こと藤川英心。そして最後の一人が『魔剣』こと、篠原龍明。
彼ら三人は同年代の剣士たちの中でも非常に抜きん出ており、いずれはこの紅蓮塞を背負って立つ人間になるだろうと評されておった。
わしもその三人を非常に気に入っておったし、喧嘩別れさえしておらなんだら、三人のいずれかを晶良――娘の婿にしたいとまで思っておった。
事件が起きたのは確か、双月暦が新世紀を迎えて間も無い頃か……。突然、篠原が謀反を起こしたのじゃ。門下生十数名をたぶらかし、『新生焔流』を名乗って、わしの命を狙いに来た。わしも今よりはまだ若かったし、楢崎と藤川の助けもあったから、結果的には撃退することができた。
その後、当然篠原は塞を離れ、以後の行方は杳として知れん」
重蔵はそこで言葉を切り、晴奈を見る。
「しかし晴さん、どこでその名を?」
「数日前、天玄でそう名乗る者と対峙しました。こちらにいるエルスの助けを借り、何とか撃退できたのですが……」
「なるほど、そうか……」
重蔵は一瞬、エルスを見る。
「忌憚無くわしの見当を言えば、晴さん。
エルスさんがいなければ、十中八九、晴さんは死んでおったな」
「な……」
面食らう晴奈を差し置いて、エルスも遠慮無く、重蔵の意見にうなずく。
「まあ、そうでしょうね。単純に1対3の死闘で仕留められない相手を、1対2の状態で退かせられたのは、奇跡に近いと言えますね」
「そう言うことじゃ。それに付け加えるならば、楢崎も藤川も、今の晴さん以上に強かった。その二人にわしの力を加えた、三人の剣豪を跳ね返す篠原の底力にはさしものわしも、恐れ入ったものじゃ。
無論、楢崎も藤川も、かなりの痛手を負った。楢崎は半年近く寝込み、免許皆伝を得る機を一時、逃してしまった。藤川も片腕を潰され、『五体満足を必須とする』と言う免許皆伝の資格を失い、塞を去ってしまったのじゃ。
無傷だったのはわしだけ――弟子を護ることができず、今でも忸怩たる思いをしておる」
重蔵は腕を組み、それきり黙った。
一方、雪乃と良太の部屋で、明奈は雪乃たちの娘、小雪を見せてもらっていた。。
「可愛いですね、小雪ちゃん」
「うふふ……」「えへへ……」
子供をほめられ、雪乃と良太の二人は揃って、気恥ずかしそうに微笑む。その様子を見ていた明奈は、ため息混じりにこうつぶやいた。
「はぁ……、何だかうらやましいです、お二人が」
「ん?」
「幸せそうだな、と」
良太はきょとんとし、不思議そうに尋ねる。
「明奈さんは、幸せじゃないんですか?」
「……いえ、そう言うわけでは」
明奈はそうにごしたが、雪乃が続いてこう尋ねてきた。
「晴奈から、確か黒炎教団に7年囚われていたと聞いたけれど……?」
「あ、はい」
「何とか戻ってこられた今でも、まだ身柄を狙われているとも聞いたわ。となれば幸せだって言い切るのは、ちょっとためらってしまうわよね」
「いえ、やっぱり幸せですよ」
明奈は首を振り、静かに応える。
「今はお姉さまが守ってくださいますから。時々、一人でどこかに飛んで行ってしまわれますけれど、本当に危険が迫ったら、きっと来てくださいますもの」
「あー、まあ、確かに姉さん……、晴奈さんは突っ走る人ですねぇ。いつだったか、一人で黒鳥宮へ行こうとしたことがある、とか言っていましたし」
「え?」
良太の一言に、明奈と雪乃が驚いた声をあげた。
「初耳ね、それ。いつのこと?」
「あ……、しまった。内緒にしてくれ、って言われてたのに」
良太は頭をかきつつ、晴奈が黒荘へ行っていた話を二人に打ち明けた。
「へぇ……。あの時、そんなことしてたのね」
話を聞いた雪乃は、納得した顔でうなずいた。
「まあ、晴奈らしいと言えば、らしいわね。……明奈さん、どうしたの?」
と、明奈は指折り、何かを数えている。
「えっと、今が516年で、3年前の出来事ってことは、513年で……、へぇ」
「ん?」
「あのですね、一度本当にわたし、危なかった時があるんですよ」
明奈は小雪の頭を撫でながら、その思い出を語る。
「ウィリアム猊下のご子息に、ウィルバーと言う方がいらっしゃるんですが、この方が本当に好色で。教団の尼僧に、良く声をかけておられるんです。
それで、わたしも声をかけられまして、危うく部屋に閉じ込められそうになったんです」
「あのウィル坊やがねぇ……」
「それは、災難でしたね」
雪乃と良太は眉をひそめ、明奈の話を聞いている。
「でも、猊下にそのことがばれて。温厚な猊下も、その時は流石に怒っていらっしゃいました。その後折檻されたりして、ウィルバー様はしばらく手を出さないようになりました。
それで……、その事件が、513年の初めに起こったんですよ」
「……つまり、晴奈姉さんの勘が働いて、あの時助けに行った、と?」
良太はけげんな顔をして、雪乃の顔を見る。雪乃は腕を組み、首をかしげていた。
「そこまでは何とも言えないけれど」
雪乃は明奈に、にっこりと微笑みかけた。
「もしそうなら、いいお姉さんね。本当に、大事に思っている証拠よ」
「……うーむ」
しばらく黙り込んでいた重蔵が、不意に立ち上がった。
「家元?」
「わし自身体にガタも来ておるし、うまく教えられるか分からん。それにうまく決まればまさに必殺じゃが、成功させるのは極めて難しいし、実戦で使えるか分からん以上、教える価値は無いかも知れん。
半ば失敗作と言ってもいいし、この技は墓まで持って行こうかと思っておったが……」
重蔵は床の間に飾ってあった刀を取り、晴奈に声をかけた。
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