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    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第3部

    蒼天剣・魔剣録 3

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    晴奈の話、第96話。
    秘剣伝承。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     これまで晴奈は、焔重蔵が武器を持った姿を二度見たことがある。
     一度目は、晴奈が入門した時。そして二度目は、良太が入門して間も無い時。そのどちらも、重蔵は並々ならぬ気迫と技量を持って、晴奈たちにその力を見せた。
     しかし、長年焔流家元として、多くの剣士たちの鑑とされた重蔵も、寄る年波には勝てないらしい。三度目に見た、その刀を持った姿は――。
    (……老いた、か)
     背筋こそしゃんと伸びてはいるものの、まくられた袖から見える腕は筋肉が落ち、大分しわがより、皮膚が垂れ下がっている。
     その老いさばらえた姿に、晴奈は少なからず落胆していた。
    「ふぃー。すー……、はー……」
     修行場の中央に立った重蔵は腕を大きく振り、深呼吸を始める。非常にゆっくり、一呼吸に10秒近く時間をかけている。
    (随分、深い呼吸だ。気合いを入れているのだろうな)
    「すぅー……、はぁー……」
     重蔵の呼吸が、依然ゆっくりとしながらも荒くなっていく。そこで晴奈は重蔵の変化を、視覚的に確認した。
    (む……? 家元の、体が……?)
     重蔵の体が一呼吸ごとに、大きく見える。
     よくよく見てみれば、体の大きさは元のままだ。だが、体を取り巻く「空気」――剣気とでも称せばいいのか――が、じわじわと重蔵の体から広がっていくようにも見えた。
    「はあぁー……。
     晴さん。目を見開き、耳をそばだて、肌をあわ立てて、良く感じなされ。今のわしには一度しか、できん技じゃからのう」
     重蔵は晴奈に背を向け、刀を構えた。

     空気が弾ける音が聞こえた。
     ぼむ、と硬い鞠のはじけるような、空気の震える音。
     そして立て続けに、地面が爆ぜる音。
     凝らした晴奈の眼には、重蔵の姿が飛び飛びに映る。
     恐るべき速度で、剣舞を舞っているのだ。
     空気の弾ける音は、刀を振るう音。
     地面の爆ぜる音は、地面を蹴る音。
     そして重蔵が立ち止まった瞬間、晴奈は空気が燃え立ち、弾け、切り裂かれたのを、その眼で確かに見た。

    「……!」
    「こ、これが、『炎剣舞』、じゃ。ハァハァ……。
     基本は、焔流剣技『火刃』、『火閃』、そして、『火射』の組み合わせ、じゃが……、ゼェゼェ、太刀筋ごとの、絶妙の、機を見切り、連携させる、ことで……、このように、空気は、瞬時に、煮える。
     その猛烈な熱を、刀に込め、敵に浴びせれば、……ゴホ、ゴホッ」
     重蔵が咳き込み、地面に膝を着く。晴奈は慌ててその身を抱きしめ、介抱した。
    「い、家元!」
    「す、すまんが晴さん、ちと、疲れた。部屋まで、負ぶっていってくれんかの」



    「おじい様、もう歳なんですから無茶しないでくださいよ~」
     部屋に運ばれるなり横になった重蔵を心配し、良太が駆けつけた。二人きりになったところで、重蔵は横になったまま恥ずかしそうに笑う。
    「はは……、面目無いわい。予想以上に、力が落ちておった。
     まあ、しかし。晴さんに我が奥義を余すところなく見せられただけ、重畳と言うものじゃ。もう悔いは無いのう」
    「大げさですよ、もう……」
     良太は苦笑しつつ重蔵のそばを離れ、部屋に戻ろうとした。
    「……良太」
     と、重蔵が呼び止める。
    「何でしょう?」
    「もしわしが……、近いうちに亡くなったら」
    「ちょ、縁起でもないですよ、おじい様」
     目を丸くした良太をにらみつけ、重蔵が続ける。
    「聞け。……わしが亡くなったら、雪さんを当面、家元代理にしておいてくれ。お前たちの子が成人し、免許皆伝を得るまでは」
    「雪乃さんを……?」
    「雪さんはしっかりした人間じゃし、腕も立つ。彼女なら、紅蓮塞を支えられるじゃろう」
     良太は困った顔をしつつも、重蔵を見返す。
    「……おじい様、気落ちしすぎですよ。根が頑丈なんですから、まだまだ長生きしますよ」
     そのまま、良太と重蔵は見つめ合い――やがて重蔵が根負けした。
    「……はは、ま、そうじゃな。くだらんことを言うてしもうたのう」

     晴奈は重蔵を運んだ後、また修行場へと戻っていた。
    (『炎剣舞』……)
     刀を構え、重蔵の動きを頭の中で繰り返す。
    (太刀筋の連携と、呼吸、動作の緩急から生まれる、絶大な威力の集約、集合)
     まずは、覚えている限りで刀を振るい、その動作を真似る。刀に火を灯し、一振りごとに焔流剣技を繰り出す。
    (まずは『火刃』。最も基礎、基本の『燃える剣閃』)
     刀を振るうと、わずかに炎がたなびき、その紅い筋を刀の後ろに一瞬、残す。
    (続いて『火閃』。瞬時に熱をばら撒き、空気を焼く『爆ぜる剣閃』)
     一振りすると、一拍遅れて、空気の爆ぜる音が響く。
    (そして『火射』。地面を伝い、炎を敵にぶつける『飛ぶ剣閃』)
     振り下ろした瞬間地面に炎が伝わり、そのまま黒く焦げた軌跡を残して火柱が走る。
    (この三種の連携、……と言うが)
     汗だくになるまで何十回と振るってみたが、重蔵のように辺り一面煮え立つと言うようなことは、一向に起こらない。
    (……難しいな、まったく)
     結局、その日一日中、晴奈はずっと「炎剣舞」の習得に励んだが、残念ながら一度も、晴奈の満足が行くような出来には至らなかった。
     多少の不安を残したまま、この日の修行は終わった。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2008.10.10 転載
    2016.03.13 修正
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    ~ Comment ~

     

    この辺りの話は、いかにもな「古風なアクション物、時代劇物」を目指して書いてました。
    剣術一派の離反騒ぎとか、必殺技の伝授とか、王道的な展開の連続です。

     

    流派が色々あるのは面白いですよね。
    刀の道もいろいろありますよね。そういうのを表現できるのはやはりすごいですね。晴奈が必殺技の特訓をしている感じでいいですね。どうもLnadMでした。
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