「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第5部
火紅狐・荷移記 6
フォコの話、216話目。
話をしたがる男と、話を聞かない女。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
6.
ランドと少佐の会議から、2日後。
「なあ、克」
「なんだ?」
かねてより約束していた「魔術剣」の教授を受けている合間に、少佐は大火にこんなことを尋ねた。
「どうも……、拙者、ファスタ卿のことを、好きになれぬ」
「そうか」
「何と言うか、まあ……、確かに、窮していた拙者らを助けてくれるその温情と仁は、感じてはいる。
だが、拙者の意見をことごとく無碍にしてくるのは、どうも癇に障ると言うか」
「ふむ」
不満を打ち明けてはみたが、大火は大して同情してくれたようには見えない。
「お主、ファスタ卿と親しいように見受けられるが、何とかその、もう少しばかり、柔らかく応対してくれるよう……」「無駄だな」
それどころか、こう返してきた。
「あいつは自分の知識と戦略論に絶対の自信を持っている。それに沿わぬ意見など、採用するはずが無い」
「いや、それは重々承知している。であるから、もう少し対応をだな……」
大火は肩をすくめ、今度はこう述べた。
「あいつの言い方、論議の進め方に不満があると言うのなら、あいつを追い出して耳を閉ざす他無いな。
例え言い方や接し方を変えたところで、その論議の中身がお前の意に沿わぬものであることに、何ら変わりはない」
「ぬう……」
渋い顔を向けた少佐に、大火は肩をすくめて見せた。
「説明を続けるぞ」
「……うむ」
一方、ランドはイールを伴い、湯嶺の市街地に来ていた。
「必要なものは、これで全部かな」
「そうね。武器の素材に魔術用のインクと石、サイドバッグとかバックパックとか、あとは食糧。……うん、全部揃ったわね」
「じゃ、帰ろうか」
そう言ったランドに、イールは口をとがらせた。
「えー……、もう帰るの?」
「そりゃ、準備は早く済ませるに越したことは無いし」
「まあ、そりゃそうだけど」
同意はしたものの、イールは不満げな顔を浮かべる。
「……まだ他に、何か準備は必要だったっけ?」
「ううん、無いわよ。無いけど、なーんかもったいないなーって」
「何が?」
「ほら、二人っきりで買い物なんて、ほら、ね、なんか、思わない?」
イールにそう問われ、ランドは「んー……」と短く唸った。
「……実は」
「うん、うんっ」
「あんまり好きじゃないんだ、買い物って」
「……ぅえ?」
「僕には妹がいるんだけどね。
ランニャって言うんだけど、その子が買い物に行く度に、僕をあっちこっちに連れ回すんだ。もうこれが大変で、街の端から端まで3周はしないと気が済まないって感じなんだ。で、僕が住んでた街は工業が盛んなところで、至る所から槌とか鋸とかふいごとかの音が、大音量で響き渡っててさ。
その思い出があるから、あんまり自分からは行きたくないんだ。こうして、どうしても必要な何かが無いと、行こうとは……」「……~っ」
ランドが話している間に、イールはプルプルと猫耳と尻尾を震わせ、顔を真っ赤にしていたのだが、ランドは見ていなかった。
そのため、イールが次の瞬間、ランドの頬に向かって平手を振り上げたことに、まったく気付いていなかった。
「あんたねえぇ……! あたしと一緒に居て楽しくないって、何なのよーッ!」
べちんと音を立て、ランドの頬が平手に弾かれた。
「……え? ちょ、っと? イール、なんで? 痛いじゃないか……」
「バカーっ!」
目を白黒させるランドに背を向け、イールはそのまま走り去ってしまった。
「……えぇー……?」
数分後。
「……イール」
慌てて戻ってきたイールを見て、ランドはため息をつく。
「なんでいきなり……」「ゴメンゴメン、ほんっとゴメン!」
詰問しようとしたところで、イールはぺこりと頭を下げた。
「キライって言ったの、買い物のコトよね! あたし、勘違いしちゃって……。オマケに荷物、全部あんたに持たしたままだし。もーホント、あたしそそっかしいわ! ゴメンね、ホントに」
「……何が何だか……」
詳しく質問しようと思ったが、ランドはもう一度ため息をつき、それをやめた。
「……まあ、いいや。何をどう思ったのか知らないけどさ、話はちゃんと聞いてほしいな」
「うんうん、……ゴメンね、ランド」
「いいよ。……じゃあ、……帰るよ」
「……はーい」
しゅんとするイールを連れ、ランドは憮然としたまま帰った。
火紅狐・荷移記 終
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話をしたがる男と、話を聞かない女。
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ランドと少佐の会議から、2日後。
「なあ、克」
「なんだ?」
かねてより約束していた「魔術剣」の教授を受けている合間に、少佐は大火にこんなことを尋ねた。
「どうも……、拙者、ファスタ卿のことを、好きになれぬ」
「そうか」
「何と言うか、まあ……、確かに、窮していた拙者らを助けてくれるその温情と仁は、感じてはいる。
だが、拙者の意見をことごとく無碍にしてくるのは、どうも癇に障ると言うか」
「ふむ」
不満を打ち明けてはみたが、大火は大して同情してくれたようには見えない。
「お主、ファスタ卿と親しいように見受けられるが、何とかその、もう少しばかり、柔らかく応対してくれるよう……」「無駄だな」
それどころか、こう返してきた。
「あいつは自分の知識と戦略論に絶対の自信を持っている。それに沿わぬ意見など、採用するはずが無い」
「いや、それは重々承知している。であるから、もう少し対応をだな……」
大火は肩をすくめ、今度はこう述べた。
「あいつの言い方、論議の進め方に不満があると言うのなら、あいつを追い出して耳を閉ざす他無いな。
例え言い方や接し方を変えたところで、その論議の中身がお前の意に沿わぬものであることに、何ら変わりはない」
「ぬう……」
渋い顔を向けた少佐に、大火は肩をすくめて見せた。
「説明を続けるぞ」
「……うむ」
一方、ランドはイールを伴い、湯嶺の市街地に来ていた。
「必要なものは、これで全部かな」
「そうね。武器の素材に魔術用のインクと石、サイドバッグとかバックパックとか、あとは食糧。……うん、全部揃ったわね」
「じゃ、帰ろうか」
そう言ったランドに、イールは口をとがらせた。
「えー……、もう帰るの?」
「そりゃ、準備は早く済ませるに越したことは無いし」
「まあ、そりゃそうだけど」
同意はしたものの、イールは不満げな顔を浮かべる。
「……まだ他に、何か準備は必要だったっけ?」
「ううん、無いわよ。無いけど、なーんかもったいないなーって」
「何が?」
「ほら、二人っきりで買い物なんて、ほら、ね、なんか、思わない?」
イールにそう問われ、ランドは「んー……」と短く唸った。
「……実は」
「うん、うんっ」
「あんまり好きじゃないんだ、買い物って」
「……ぅえ?」
「僕には妹がいるんだけどね。
ランニャって言うんだけど、その子が買い物に行く度に、僕をあっちこっちに連れ回すんだ。もうこれが大変で、街の端から端まで3周はしないと気が済まないって感じなんだ。で、僕が住んでた街は工業が盛んなところで、至る所から槌とか鋸とかふいごとかの音が、大音量で響き渡っててさ。
その思い出があるから、あんまり自分からは行きたくないんだ。こうして、どうしても必要な何かが無いと、行こうとは……」「……~っ」
ランドが話している間に、イールはプルプルと猫耳と尻尾を震わせ、顔を真っ赤にしていたのだが、ランドは見ていなかった。
そのため、イールが次の瞬間、ランドの頬に向かって平手を振り上げたことに、まったく気付いていなかった。
「あんたねえぇ……! あたしと一緒に居て楽しくないって、何なのよーッ!」
べちんと音を立て、ランドの頬が平手に弾かれた。
「……え? ちょ、っと? イール、なんで? 痛いじゃないか……」
「バカーっ!」
目を白黒させるランドに背を向け、イールはそのまま走り去ってしまった。
「……えぇー……?」
数分後。
「……イール」
慌てて戻ってきたイールを見て、ランドはため息をつく。
「なんでいきなり……」「ゴメンゴメン、ほんっとゴメン!」
詰問しようとしたところで、イールはぺこりと頭を下げた。
「キライって言ったの、買い物のコトよね! あたし、勘違いしちゃって……。オマケに荷物、全部あんたに持たしたままだし。もーホント、あたしそそっかしいわ! ゴメンね、ホントに」
「……何が何だか……」
詳しく質問しようと思ったが、ランドはもう一度ため息をつき、それをやめた。
「……まあ、いいや。何をどう思ったのか知らないけどさ、話はちゃんと聞いてほしいな」
「うんうん、……ゴメンね、ランド」
「いいよ。……じゃあ、……帰るよ」
「……はーい」
しゅんとするイールを連れ、ランドは憮然としたまま帰った。
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