「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第5部
火紅狐・破渉記 4
フォコの話、244話目。
黒いうわさ。
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4.
双月暦311年8月、清王朝と焔軍が停戦交渉を行うため、碧州の桧谷(ひたに)に双方の首脳陣が集められようとしていた。
碧州はまだ戦火に晒されておらず、また、既に焔軍の傘下となった青州・玄州との州境にある街のため、会合を行うには最適の場所だった。
サザリーの計画にとっても。
一足早く桧谷を訪れた一善王は、静かな街並みを眺め、ほっとため息を漏らす。
「ふむ……。ここなら、穏やかな話し合いもできよう。エール殿もなかなかどうして、風流な審美眼があるようだ」
「交渉がまとまりましたら、ここで一泊くらい養生するのも、いいかも知れませんな」
「それはいいな、はは……」
大臣たちと和やかに会話を交わしながら、一善王は交渉が行われる宿へ到着した。
「おお、エール殿」
「あ、ども」
宿の玄関に入ったところで、一善王はぼんやりと新聞を読んでいたサザリーを見つけた。
「この度は大儀であった。よく、ここまで根回しをしてくれたものだ」
「いえいえ、陛下の頼みとあらば、これくらいはお安いご用です。
あ、お泊りはお二階の奥です。これ、鍵です」
「ありがとう」
サザリーから鍵を受け取ったところで、一善王はサザリーに尋ねる。
「向こうの布陣は? 穂村氏だけではないだろうが……」
「ええ。何でも接収・併合した州の知事たちも、一緒に来るそうですよ。あと、ホムラ氏の顧問をしてる人も会合に出るみたいです」
「そうか、……しまったな、こちらも同格の人間を出しておかねば、顔ぶれの体裁が悪いだろう。今からでも碧州の知事を呼べるだろうか?」
一善王に尋ねられ、側にいた大臣が小さくうなずく。
「州都の玉川(ぎょくせん)までは、往復2日もかかりません。今から呼び出せば、十分間に合うでしょう」
「では、手配してくれ」
「かしこまりました」
と、一善王が大臣に命じたところで、サザリーが思い出したように「あ」とつぶやいた。
「どうした?」
「もう一名、会議に参加するだろうって人がいましたね。あ、でも参加すると言うより、顧問の護衛と言うか、そんな感じの人が」
「護衛?」
「ええ。何でもカツミとか何とか。聞いた感じだと、真っ黒い央南人らしいです」
「真っ黒い……?」
「はい。頭の先から靴の先まで、全部黒。そんな感じの人です。
ただ、この人物は非常に危険だとか。うわさでは、央北で何人も殺してる凶悪犯じゃないかって」
「何故そんな人物が……?」
いぶかしがる一善王に、サザリーは声を潜めてこう続けた。
「何でもその顧問も、央北の政治犯なんですって。北方での革命に一枚かんでいて、頭だけはいいらしいんですけどね。
さっき言ったカツミも含めて、大きな不安要素なんですよね、この人も」
「ふむ……」
「まあ、凶悪犯が堂々と公の場に出られるわけもなし。多分ガセです。気にしないで結構ですよ。
それじゃ僕は、ちょっと休ませてもらいます。ここのセッティングで、少々疲れちゃいましたもんで」
「そうか。ゆっくり休んでくれ」
サザリーが宿の階段を上がっていったところで、一善王は短く唸った。
「ううむ……、政治犯が顧問に、か。捨て置けぬ話ではあるが……、どうしようもあるまい。気にしない方がいいか」
「まあ……、そうですね」
横にいた大臣も、うなずくしかなかった。
部屋に入ったサザリーは、扉の鍵を後ろ手で閉め、ぼそ、とつぶやいた。
「カズヨシ王が来ましたよ」
「そうですか」
と、部屋の奥からのそ、と影が動いた。
いや、影ではない。それは黒い髪に黒い羽織をまとった、肌の黒い男だった。
「完璧ですね。全身真っ黒」
「そう言う注文でしたからね。
央南系の人間で、全身真っ黒な男をと。まあ、肌は塗料でごまかすしかなかったですが」
「十分です。夜中や暗い室内でなら、まったく気付かれないでしょう」
サザリーのその一言に、男はふう、とため息をついた。
「また、こんな依頼があるとは。……まったく、嫌な仕事ばかりです」
「へえ、前にも同じような依頼を?」
尋ねられ、男は顔をしかめた。
「職務規定があるので、詳しくは説明できませんが。
以前にも、ある大商人の屋敷に忍び込んで、その商人夫妻を殺したことがありました。それ以来、私の仕事は暗殺ばかりです。
……夜まで、休ませてもらいますよ」
そう言ったきり、その暗殺者は椅子に深く座り、黙り込んでしまった。
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黒いうわさ。
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双月暦311年8月、清王朝と焔軍が停戦交渉を行うため、碧州の桧谷(ひたに)に双方の首脳陣が集められようとしていた。
碧州はまだ戦火に晒されておらず、また、既に焔軍の傘下となった青州・玄州との州境にある街のため、会合を行うには最適の場所だった。
サザリーの計画にとっても。
一足早く桧谷を訪れた一善王は、静かな街並みを眺め、ほっとため息を漏らす。
「ふむ……。ここなら、穏やかな話し合いもできよう。エール殿もなかなかどうして、風流な審美眼があるようだ」
「交渉がまとまりましたら、ここで一泊くらい養生するのも、いいかも知れませんな」
「それはいいな、はは……」
大臣たちと和やかに会話を交わしながら、一善王は交渉が行われる宿へ到着した。
「おお、エール殿」
「あ、ども」
宿の玄関に入ったところで、一善王はぼんやりと新聞を読んでいたサザリーを見つけた。
「この度は大儀であった。よく、ここまで根回しをしてくれたものだ」
「いえいえ、陛下の頼みとあらば、これくらいはお安いご用です。
あ、お泊りはお二階の奥です。これ、鍵です」
「ありがとう」
サザリーから鍵を受け取ったところで、一善王はサザリーに尋ねる。
「向こうの布陣は? 穂村氏だけではないだろうが……」
「ええ。何でも接収・併合した州の知事たちも、一緒に来るそうですよ。あと、ホムラ氏の顧問をしてる人も会合に出るみたいです」
「そうか、……しまったな、こちらも同格の人間を出しておかねば、顔ぶれの体裁が悪いだろう。今からでも碧州の知事を呼べるだろうか?」
一善王に尋ねられ、側にいた大臣が小さくうなずく。
「州都の玉川(ぎょくせん)までは、往復2日もかかりません。今から呼び出せば、十分間に合うでしょう」
「では、手配してくれ」
「かしこまりました」
と、一善王が大臣に命じたところで、サザリーが思い出したように「あ」とつぶやいた。
「どうした?」
「もう一名、会議に参加するだろうって人がいましたね。あ、でも参加すると言うより、顧問の護衛と言うか、そんな感じの人が」
「護衛?」
「ええ。何でもカツミとか何とか。聞いた感じだと、真っ黒い央南人らしいです」
「真っ黒い……?」
「はい。頭の先から靴の先まで、全部黒。そんな感じの人です。
ただ、この人物は非常に危険だとか。うわさでは、央北で何人も殺してる凶悪犯じゃないかって」
「何故そんな人物が……?」
いぶかしがる一善王に、サザリーは声を潜めてこう続けた。
「何でもその顧問も、央北の政治犯なんですって。北方での革命に一枚かんでいて、頭だけはいいらしいんですけどね。
さっき言ったカツミも含めて、大きな不安要素なんですよね、この人も」
「ふむ……」
「まあ、凶悪犯が堂々と公の場に出られるわけもなし。多分ガセです。気にしないで結構ですよ。
それじゃ僕は、ちょっと休ませてもらいます。ここのセッティングで、少々疲れちゃいましたもんで」
「そうか。ゆっくり休んでくれ」
サザリーが宿の階段を上がっていったところで、一善王は短く唸った。
「ううむ……、政治犯が顧問に、か。捨て置けぬ話ではあるが……、どうしようもあるまい。気にしない方がいいか」
「まあ……、そうですね」
横にいた大臣も、うなずくしかなかった。
部屋に入ったサザリーは、扉の鍵を後ろ手で閉め、ぼそ、とつぶやいた。
「カズヨシ王が来ましたよ」
「そうですか」
と、部屋の奥からのそ、と影が動いた。
いや、影ではない。それは黒い髪に黒い羽織をまとった、肌の黒い男だった。
「完璧ですね。全身真っ黒」
「そう言う注文でしたからね。
央南系の人間で、全身真っ黒な男をと。まあ、肌は塗料でごまかすしかなかったですが」
「十分です。夜中や暗い室内でなら、まったく気付かれないでしょう」
サザリーのその一言に、男はふう、とため息をついた。
「また、こんな依頼があるとは。……まったく、嫌な仕事ばかりです」
「へえ、前にも同じような依頼を?」
尋ねられ、男は顔をしかめた。
「職務規定があるので、詳しくは説明できませんが。
以前にも、ある大商人の屋敷に忍び込んで、その商人夫妻を殺したことがありました。それ以来、私の仕事は暗殺ばかりです。
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