「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第5部
火紅狐・破渉記 5
フォコの話、245話目。
ミスリード。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
5.
その夜。
「うわっ、うわあああ!?」
宿に、一善王の悲鳴が響き渡った。
「どうしました!?」
「何かあったのですか!?」
宿に泊まっていた大臣や護衛がバタバタと、一善王の部屋に集まってくる。
「……うわっ……」
「これは……ひどい」
一善王を護衛していた兵士たちは、既に首を掻き切られ、大量の血を流して絶命している。
その血だまりの中に、ぶるぶると震える一善王がいた。だが彼も、血をボタボタと流してうずくまっている。
「陛下! 大丈夫ですか!?」
「誰か、誰かっ! 陛下が襲われた! 手当てを……!」
そうこうするうちに、一善王は血を吐き、ぐったりと倒れ込む。
「陛下!?」
「お……襲われた……」
「誰にですか!?」
後からやって来たサザリーの問いに、一善王は途切れ途切れに答える。
「き……君の……言っていた……、黒い……あの……、く、黒い……かつ……み……、で、あろう……お、……男に……」
そこで、一善王は事切れてしまった。
突然の惨劇に騒然とする宿の中をすい、と抜け、サザリーは宿の裏手に出た。
「お疲れ様でした」
「ええ」
そこには、顔の塗料を拭い終えた暗殺者が立っていた。
「流石の仕事っぷりでしたよ。叫び声を上げさせてから僕たちが来るまで、きっちり3分間だけ生かす。
あの3分の間に、カズヨシ王が言えたのは、『黒い男がやってきて襲ってきた』だけ。あれで間違いなく、みんなはカツミ氏を暗殺犯だと思い込むでしょう。
お見事でしたね」
「それはどうも。……ほめられてもあまり、嬉しくないですがね」
暗殺者はそこで黙り込み、手を出してきた。
「……」
「……なんでしょう?」
「報酬をお願いします」
「あ、はい」
サザリーは慌てて、金袋を出そうとする。
と、そこで暗殺者が静かにささやいた。
「あまり私が言えた義理ではありませんが」
「え?」
「人を殺す、と。そう言ったことは、実際にやるのも、依頼するのも、お勧めできませんね」
「本当に、あなたが言えた義理じゃないですね」
「ええ。特に、血なまぐさいことに、これまで関わりのなかった人は、できるならこれからも、一生関わらずにいた方がいい。
でなければ」
突然、暗殺者はサザリーの腕をつかんだ。
「……っ」
「このように、いつまでも体の震えが止まらなくなりますよ」
「や、やめてください」
「……まあ、今さら遅い忠告ではありますが。
こちらが報酬ですね。いただいていきます」
震えるサザリーの腕を動かしてポケットから引き抜かせ、暗殺者はその手に握りしめられた袋を受け取って、その場から立ち去った。
一善王が暗殺者に襲われ崩御したと言う報せは、焔軍にも届いた。
そしてその実行犯であろう者の名も、同時に聞かされた。
「は? タイカが、暗殺犯?」
「馬鹿な」
聞いた本人も、その横にいたランドも、同時に首を横に振る。
「ありえない。彼はここ数日、僕やホムラ統領と一緒にいましたし」
「ああ。大体、穏便に話が運ぼうと言うこの局面で何故、わざわざ俺が暗殺などと言う、面倒で下らん真似をする必要がある? 話の筋が通らんぞ」
二人の答えを聞いても、使者は納得しない。恨みの籠った目を、大火に向けてくる。
「……お話は以上です。即刻、お帰り下さいませ」
「いや、しかし本当に」「お帰り下さいませッ!」
使者はボタボタと涙を流しながら、そう叫んだ。
「陛下はあなた方を信用して、こうして会合の席を設けたと言うのに……! あなた方はその信用に報いるどころか、こんな卑怯な、非道な仕打ちをなさるとは……!
我々清王朝の臣下全員、あなた方を深く、深く――お恨み申しますぞ……ッ」
「……」
それ以上弁解の余地はなく、焔軍側の首脳陣は桧谷を立ち去るしかなかった。
この事件により、停戦交渉は完全に破談となってしまった。
そして同時に、清王朝が徹底抗戦に臨む姿勢を固める契機にもなった。
「許さん……、許さんぞ、賊軍どもめがッ!」
病床にあった前王、一豊は息子の悲報を聞き、すぐに復位。最期まで焔軍と戦い抜くことを宣言した。
「このまま穏便に和睦などと、絶対に済ませてなるものか! 例えこの身が滅びようとも、わしは仇を討つ……ッ!」
時に、感情が合理性を曇らせ、最適な道を隠してしまうことがある。
清王朝もこの時、サザリーの仕掛けた罠により、最悪の選択を取らされることとなった。
火紅狐・破渉記 終
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その夜。
「うわっ、うわあああ!?」
宿に、一善王の悲鳴が響き渡った。
「どうしました!?」
「何かあったのですか!?」
宿に泊まっていた大臣や護衛がバタバタと、一善王の部屋に集まってくる。
「……うわっ……」
「これは……ひどい」
一善王を護衛していた兵士たちは、既に首を掻き切られ、大量の血を流して絶命している。
その血だまりの中に、ぶるぶると震える一善王がいた。だが彼も、血をボタボタと流してうずくまっている。
「陛下! 大丈夫ですか!?」
「誰か、誰かっ! 陛下が襲われた! 手当てを……!」
そうこうするうちに、一善王は血を吐き、ぐったりと倒れ込む。
「陛下!?」
「お……襲われた……」
「誰にですか!?」
後からやって来たサザリーの問いに、一善王は途切れ途切れに答える。
「き……君の……言っていた……、黒い……あの……、く、黒い……かつ……み……、で、あろう……お、……男に……」
そこで、一善王は事切れてしまった。
突然の惨劇に騒然とする宿の中をすい、と抜け、サザリーは宿の裏手に出た。
「お疲れ様でした」
「ええ」
そこには、顔の塗料を拭い終えた暗殺者が立っていた。
「流石の仕事っぷりでしたよ。叫び声を上げさせてから僕たちが来るまで、きっちり3分間だけ生かす。
あの3分の間に、カズヨシ王が言えたのは、『黒い男がやってきて襲ってきた』だけ。あれで間違いなく、みんなはカツミ氏を暗殺犯だと思い込むでしょう。
お見事でしたね」
「それはどうも。……ほめられてもあまり、嬉しくないですがね」
暗殺者はそこで黙り込み、手を出してきた。
「……」
「……なんでしょう?」
「報酬をお願いします」
「あ、はい」
サザリーは慌てて、金袋を出そうとする。
と、そこで暗殺者が静かにささやいた。
「あまり私が言えた義理ではありませんが」
「え?」
「人を殺す、と。そう言ったことは、実際にやるのも、依頼するのも、お勧めできませんね」
「本当に、あなたが言えた義理じゃないですね」
「ええ。特に、血なまぐさいことに、これまで関わりのなかった人は、できるならこれからも、一生関わらずにいた方がいい。
でなければ」
突然、暗殺者はサザリーの腕をつかんだ。
「……っ」
「このように、いつまでも体の震えが止まらなくなりますよ」
「や、やめてください」
「……まあ、今さら遅い忠告ではありますが。
こちらが報酬ですね。いただいていきます」
震えるサザリーの腕を動かしてポケットから引き抜かせ、暗殺者はその手に握りしめられた袋を受け取って、その場から立ち去った。
一善王が暗殺者に襲われ崩御したと言う報せは、焔軍にも届いた。
そしてその実行犯であろう者の名も、同時に聞かされた。
「は? タイカが、暗殺犯?」
「馬鹿な」
聞いた本人も、その横にいたランドも、同時に首を横に振る。
「ありえない。彼はここ数日、僕やホムラ統領と一緒にいましたし」
「ああ。大体、穏便に話が運ぼうと言うこの局面で何故、わざわざ俺が暗殺などと言う、面倒で下らん真似をする必要がある? 話の筋が通らんぞ」
二人の答えを聞いても、使者は納得しない。恨みの籠った目を、大火に向けてくる。
「……お話は以上です。即刻、お帰り下さいませ」
「いや、しかし本当に」「お帰り下さいませッ!」
使者はボタボタと涙を流しながら、そう叫んだ。
「陛下はあなた方を信用して、こうして会合の席を設けたと言うのに……! あなた方はその信用に報いるどころか、こんな卑怯な、非道な仕打ちをなさるとは……!
我々清王朝の臣下全員、あなた方を深く、深く――お恨み申しますぞ……ッ」
「……」
それ以上弁解の余地はなく、焔軍側の首脳陣は桧谷を立ち去るしかなかった。
この事件により、停戦交渉は完全に破談となってしまった。
そして同時に、清王朝が徹底抗戦に臨む姿勢を固める契機にもなった。
「許さん……、許さんぞ、賊軍どもめがッ!」
病床にあった前王、一豊は息子の悲報を聞き、すぐに復位。最期まで焔軍と戦い抜くことを宣言した。
「このまま穏便に和睦などと、絶対に済ませてなるものか! 例えこの身が滅びようとも、わしは仇を討つ……ッ!」
時に、感情が合理性を曇らせ、最適な道を隠してしまうことがある。
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