「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第5部
火紅狐・末朝記 1
フォコの話、246話目。
乱れ始めた足並み。
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1.
病と一善王の死によって判断力と自制心を失った一豊王は、ついに最大最後の決断を下した。
「ゴホッ、ゴホッ……、白州内の全兵力を結集して紅白街道を西進し、焔軍を討伐するのだ!
何としても、あの『黒い悪魔』を討たねば、わしは安心して死んでゆけぬ……ッ!」
病体と怒りとがない交ぜになり、一豊王の顔は土気色と赤色が、まだら状に浮かんでいる。
「陛下、どうかご自愛くださいませ!」
「そのお体で政など、無茶でございます!」
諌めようとする家臣に構わず、一豊王はわめき立てる。
「ええい、小言なぞいらぬわ! わしが、……ゲホッ、ゲホ、……わしが欲しているのは、『黒い悪魔』を討ち取らんとする猛将の名乗りじゃ!
誰かおらぬのか!? 誰か、わしの息子の、一善の仇を取ろうと言う義士は、おらぬのか……ッ!」
悲痛な叫びが、王の間にこだまする。
「……な、何だお前たち!?」
と、大臣の一人が、王の間から見えていた庭の異状に気付く。
そこには、真剣なまなざしで王の叫びに耳を傾ける兵士たちが、ずらりと並んでいた。
「……卒爾ながら、拙者が!」
兵士の一人が名乗りを上げる。
「いいや、私が!」
続いてもう一人、前に出る。
「いや、俺が!」「私も!」「某もだ!」
次々に名乗りを上げつつ、兵士たちがワラワラと、王の間へ押し入ってくる。
それを目の当たりにした一豊王は、ゴホゴホと水気のある咳を立てながら、嬉しそうに笑った。
「おお、おお……。これほどの者が、仇を討ってくれると申すか。
よかろう、すぐに出陣の準備を整えるのだ! 全軍一丸となって、焔軍を今度こそ、叩き潰そうぞッ!」
王の言葉に、兵士たちは義憤に満ちた、ときの声を挙げた。
一方、焔軍側は急に立った悪評の否定・訂正に、躍起になっていた。
「であるからして、その件は克の仕業にござらん!」
「しかしね……」
折角自分たちの側に付いてくれた各州・各方面の知事や将軍たちは、疑惑に満ちた目を玄蔵とランドに向けてくる。
「あの克と言う男、聞けば凄腕の魔術師であると言うじゃないか。それに私自身経験したが、一瞬で別の土地へ飛べる術も持っている。
やろうと思えば統領、あなたやファスタ卿の目を盗んで桧谷に赴き、暗殺を行うことも可能であるわけだ」
青州知事、三縞氏の意見に、玄蔵は「ぐ……」と、返答に詰まる。
それを受けて、ランドが弁解する。
「確かに技術云々で言えば可能でしょう。しかし、論理的かつ合理的に考えれば、ありえない話です。
玄州や青州併合の時にお話しした通り、我々焔軍は何が何でも武力行使を以って清朝軍を打倒しよう、などと考えていたわけではありません。話し合いで決着が付くのなら、いくらでも話し合いを重ねる。そう言う姿勢で、これまで活動してきました。
今回の件にしても向こうのトップ、最大の主権者が話し合いの場を立ててくれたのですし、それに我々は応じると明言しました。事実、あなた方全員とも、事前協議を何度も行ったはずです。それらをすべてパフォーマンス、『協議に臨むつもりです』と見せかけるためだけに行ったと?」
「敵をだますにはまず味方から、とも言う」
反論してきたのは、玄州知事の早田氏。
「事実、虫のいい話がポンポンと飛び交っていた。清王朝打倒の暁には玄州と青州の独立を認める? それではあなた方の利益が無いではないか。
そうやって私らをいい気分にさせておいて、裏では克氏が刀をシャリシャリ砥いでいて……、と言う筋書きではないのかね?」
「なっ、何を……」「そんな腹積もりは毛頭ありません」
憤り、怒鳴りかけた玄蔵を制し、ランドはなお弁解を続ける。
「そんなつもりであったなら、初手であなた方を刺しています。降伏、あるいは同意した瞬間に、あなた方の首を切り落とすことも可能でした。
それをしなかったのは、あなた方に敬意を払っていたからです。今後、独立した州の王になるであろうあなた方に」
「終わった後であれば、何とでも言える。失礼だが、今こうしてあなたたちの言い訳を聞いている間に、克氏が軍事基地を襲っている可能性をファスタ卿、あなたは否定できるのか? そしてそれを完全に、我々に納得させられるのか?」
「信じていただくしかないでしょう。これまでも、信用と信頼によって我々の同盟関係は構築されてきたはずです」
「これまではね。しかし、今後は明確な安全措置を、私たちは要求しているんだよ」
そこで言葉が途切れる。
玄蔵も、知事らも、将軍たちも――卓に着く皆が皆、にらみ合っていた。
緊迫した場の空気を崩すように、ランドは極力落ち着いた声で、こう告げた。
「……重ねて言いますが、取り交わした約束は信用していただくしかありません。それができないとあれば、……協力はもう、結構です。
この場で不可侵条約を結び、我々が白京に攻め入ることを黙認することだけを確約していただき、これきり手を切っていただいても結構です。
元通り、清王朝に収まっていただいて、それで結構です」
「……」
ランドのこの発言には、知事らも流石にばつが悪かったのか、喧嘩腰では応じなかった。
「……分かった。これ以上我々の信頼関係を損ねても無意味だ。
とりあえずは清王朝を倒すまで、君たちのことを信用しておこう」
「右に、同じだ」
「……では、話は以上です」
ランドはただ、深く頭を下げた。
そしてその裏で、ランドは青州・玄州への信頼回復が非常に困難であることを悟っていた。
(『とりあえずは』、……か。まったく、何でこんなことになったんだ)
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乱れ始めた足並み。
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病と一善王の死によって判断力と自制心を失った一豊王は、ついに最大最後の決断を下した。
「ゴホッ、ゴホッ……、白州内の全兵力を結集して紅白街道を西進し、焔軍を討伐するのだ!
何としても、あの『黒い悪魔』を討たねば、わしは安心して死んでゆけぬ……ッ!」
病体と怒りとがない交ぜになり、一豊王の顔は土気色と赤色が、まだら状に浮かんでいる。
「陛下、どうかご自愛くださいませ!」
「そのお体で政など、無茶でございます!」
諌めようとする家臣に構わず、一豊王はわめき立てる。
「ええい、小言なぞいらぬわ! わしが、……ゲホッ、ゲホ、……わしが欲しているのは、『黒い悪魔』を討ち取らんとする猛将の名乗りじゃ!
誰かおらぬのか!? 誰か、わしの息子の、一善の仇を取ろうと言う義士は、おらぬのか……ッ!」
悲痛な叫びが、王の間にこだまする。
「……な、何だお前たち!?」
と、大臣の一人が、王の間から見えていた庭の異状に気付く。
そこには、真剣なまなざしで王の叫びに耳を傾ける兵士たちが、ずらりと並んでいた。
「……卒爾ながら、拙者が!」
兵士の一人が名乗りを上げる。
「いいや、私が!」
続いてもう一人、前に出る。
「いや、俺が!」「私も!」「某もだ!」
次々に名乗りを上げつつ、兵士たちがワラワラと、王の間へ押し入ってくる。
それを目の当たりにした一豊王は、ゴホゴホと水気のある咳を立てながら、嬉しそうに笑った。
「おお、おお……。これほどの者が、仇を討ってくれると申すか。
よかろう、すぐに出陣の準備を整えるのだ! 全軍一丸となって、焔軍を今度こそ、叩き潰そうぞッ!」
王の言葉に、兵士たちは義憤に満ちた、ときの声を挙げた。
一方、焔軍側は急に立った悪評の否定・訂正に、躍起になっていた。
「であるからして、その件は克の仕業にござらん!」
「しかしね……」
折角自分たちの側に付いてくれた各州・各方面の知事や将軍たちは、疑惑に満ちた目を玄蔵とランドに向けてくる。
「あの克と言う男、聞けば凄腕の魔術師であると言うじゃないか。それに私自身経験したが、一瞬で別の土地へ飛べる術も持っている。
やろうと思えば統領、あなたやファスタ卿の目を盗んで桧谷に赴き、暗殺を行うことも可能であるわけだ」
青州知事、三縞氏の意見に、玄蔵は「ぐ……」と、返答に詰まる。
それを受けて、ランドが弁解する。
「確かに技術云々で言えば可能でしょう。しかし、論理的かつ合理的に考えれば、ありえない話です。
玄州や青州併合の時にお話しした通り、我々焔軍は何が何でも武力行使を以って清朝軍を打倒しよう、などと考えていたわけではありません。話し合いで決着が付くのなら、いくらでも話し合いを重ねる。そう言う姿勢で、これまで活動してきました。
今回の件にしても向こうのトップ、最大の主権者が話し合いの場を立ててくれたのですし、それに我々は応じると明言しました。事実、あなた方全員とも、事前協議を何度も行ったはずです。それらをすべてパフォーマンス、『協議に臨むつもりです』と見せかけるためだけに行ったと?」
「敵をだますにはまず味方から、とも言う」
反論してきたのは、玄州知事の早田氏。
「事実、虫のいい話がポンポンと飛び交っていた。清王朝打倒の暁には玄州と青州の独立を認める? それではあなた方の利益が無いではないか。
そうやって私らをいい気分にさせておいて、裏では克氏が刀をシャリシャリ砥いでいて……、と言う筋書きではないのかね?」
「なっ、何を……」「そんな腹積もりは毛頭ありません」
憤り、怒鳴りかけた玄蔵を制し、ランドはなお弁解を続ける。
「そんなつもりであったなら、初手であなた方を刺しています。降伏、あるいは同意した瞬間に、あなた方の首を切り落とすことも可能でした。
それをしなかったのは、あなた方に敬意を払っていたからです。今後、独立した州の王になるであろうあなた方に」
「終わった後であれば、何とでも言える。失礼だが、今こうしてあなたたちの言い訳を聞いている間に、克氏が軍事基地を襲っている可能性をファスタ卿、あなたは否定できるのか? そしてそれを完全に、我々に納得させられるのか?」
「信じていただくしかないでしょう。これまでも、信用と信頼によって我々の同盟関係は構築されてきたはずです」
「これまではね。しかし、今後は明確な安全措置を、私たちは要求しているんだよ」
そこで言葉が途切れる。
玄蔵も、知事らも、将軍たちも――卓に着く皆が皆、にらみ合っていた。
緊迫した場の空気を崩すように、ランドは極力落ち着いた声で、こう告げた。
「……重ねて言いますが、取り交わした約束は信用していただくしかありません。それができないとあれば、……協力はもう、結構です。
この場で不可侵条約を結び、我々が白京に攻め入ることを黙認することだけを確約していただき、これきり手を切っていただいても結構です。
元通り、清王朝に収まっていただいて、それで結構です」
「……」
ランドのこの発言には、知事らも流石にばつが悪かったのか、喧嘩腰では応じなかった。
「……分かった。これ以上我々の信頼関係を損ねても無意味だ。
とりあえずは清王朝を倒すまで、君たちのことを信用しておこう」
「右に、同じだ」
「……では、話は以上です」
ランドはただ、深く頭を下げた。
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