「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第5部
火紅狐・末朝記 2
フォコの話、247話目。
悪魔役を命じる。
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2.
どうにか内紛をまとめ終えた焔軍は、いよいよ敵の本陣、白京へ攻め込むため、湯嶺のある紅州と、白京のある白州とを結ぶ幹線、紅白街道を東に進み始めた。
一方で清朝軍の士気は、これまでにないほど高まっていた。ようやく戦乱が収まるかと言う希望の鍵となっていた一善王の暗殺を受け、焔軍に対する怒りを燃え上がらせていたからである。
これまでの戦いは、いわば「一豊王の野心と、そのごまかし」から始まったものである。王一人の、極めて利己的な事情に端を発する戦いであり、それに血道を上げる者など、いようはずもない。
だが今度の戦いは、「雪辱戦」である。一善王の仇を討つために皆が集まり、進軍しているのだ。よほどのことが無い限り、彼らが瓦解、撤退することは無い。
これまでのような、どこかぬるく、投げやりな面のあった敵ではなくなったため、各方面で焔軍の苦戦が予想されていた。
そして焔軍の苦戦を匂わせる要素がもう一つ、まだ根強く残っていた。
「……おい、あれ」
「もしかして……」
「ああ、多分……」
大火は軍営のあちこちで、ボソボソとささやかれるうわさ話にうんざりしていた。
「あいつだろ、あの黒い……」
「背ぇ、高いなぁ。目つきも悪いし」
「本当になんか、悪魔みたいな」
「あいつなら本当にやりかねない気がする」
「勘弁してほしいぜ、マジ」
「そうそう、俺の故郷の青江じゃもう、うわさが広まってて」
「ああ、『黒い悪魔』が夜な夜な要人を狙ってるとか」
「味方だと思ってたのになぁ」
大火は憮然としつつも、こそこそと輪を作って話す兵士らに声をかけた。
「お前ら」
「あ、は、はい」
「俺を何だと思っている?」
「え、いや、その」
「何なら本当に……」
大火は冗談交じりのつもりで、ほんのわずかだけ鞘から「夜桜」の刃を見せる。
ところが――。
「ひ、ひーっ!」
兵士たちはガタガタと震え、その場で失神してしまった。
「……チッ」
大火はその反応を受け、不機嫌になった。
このままでは焔軍の士気が上がり切らず、まさかの敗北を喫することもありうると、ランドは大火を呼び出した。
「なんだ」
「タイカ。率直に言うけど、君、邪魔になってる」
「……」
面と向かってそう言われても、大火は顔をしかめるしかない。
「では、どうしてほしい?」「そこで」
ランドは既に、打開策を考えてはいた。だがそれは、大火が自身の耳を疑うような内容だった。
「本当に君、暗殺者とか、悪魔になってもらおうかなって」
「何だと?」
「みんなが何を怖がってるって、『タイカの刃が自分たちに向けられるのでは』って言う、明日は我が身的なものなんだ。
じゃあ、その使い道をはっきりさせちゃえば、とりあえずは安心するさ。清朝軍との戦いが始まる前に、君一人、単騎で敵陣に入り込んで、引っ掻き回せばいい。
それでみんなも、『タイカは怖いけど自分たちの味方なんだ』って、心の整理は付けられるだろう」
「……俺の潔白は? 汚名をむざむざ被れと言うのか」
そう尋ねる大火に、ランドは済まなさそうに頭をかく。
「まあ、そうだね。それはしないと、今後の信用に関わってくるけど、……でもさ。
君は別に、央南に執着してないだろ?」
「うん?」
「僕も特に、央南に思い入れも無い。清王朝の打倒が実現したら、速やかに央南から離れて、北方に戻ればいいんだ。
事後処理とか意見調整とか、色々問題は残るけど、それは流石に僕に任せっきりにされても困るし。そこはホムラ統領に頑張ってもらうよ。
で、話を戻すけど。問題の種になっている君がさっさと北方へ引き上げれば、これ以上君の扱いに困ることは無い。……だから弁解なんか、する必要ないんだ」
「……」
大火はランドをにらみつけてくる。それに辟易しつつも、ランドは説得を続ける。
「いや、まあ、確かにさ、プライドの高い君のことだし、わだかまってるのも分かっているつもりさ。
だけどどうやって、弁解するって言うのさ? 殺されちゃった王様に、証言を撤回してもらうわけにも行かない。別の人がやったって言う、明確な証拠もない。
方法として無理なことを、提案されても困るよ」
「……」
大火はそのまま、ランドをにらみ続ける。
が、不意に踵を返し、大火はこう答えた。
「……いいだろう。では、今から向かうとしよう」
「あ、うん。頼んだ、……よ」
大火の後ろ姿を眺めながら、ランドは小さく頭を下げた。
「……ごめん、本当に。僕には、これが精一杯の策なんだ」
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悪魔役を命じる。
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どうにか内紛をまとめ終えた焔軍は、いよいよ敵の本陣、白京へ攻め込むため、湯嶺のある紅州と、白京のある白州とを結ぶ幹線、紅白街道を東に進み始めた。
一方で清朝軍の士気は、これまでにないほど高まっていた。ようやく戦乱が収まるかと言う希望の鍵となっていた一善王の暗殺を受け、焔軍に対する怒りを燃え上がらせていたからである。
これまでの戦いは、いわば「一豊王の野心と、そのごまかし」から始まったものである。王一人の、極めて利己的な事情に端を発する戦いであり、それに血道を上げる者など、いようはずもない。
だが今度の戦いは、「雪辱戦」である。一善王の仇を討つために皆が集まり、進軍しているのだ。よほどのことが無い限り、彼らが瓦解、撤退することは無い。
これまでのような、どこかぬるく、投げやりな面のあった敵ではなくなったため、各方面で焔軍の苦戦が予想されていた。
そして焔軍の苦戦を匂わせる要素がもう一つ、まだ根強く残っていた。
「……おい、あれ」
「もしかして……」
「ああ、多分……」
大火は軍営のあちこちで、ボソボソとささやかれるうわさ話にうんざりしていた。
「あいつだろ、あの黒い……」
「背ぇ、高いなぁ。目つきも悪いし」
「本当になんか、悪魔みたいな」
「あいつなら本当にやりかねない気がする」
「勘弁してほしいぜ、マジ」
「そうそう、俺の故郷の青江じゃもう、うわさが広まってて」
「ああ、『黒い悪魔』が夜な夜な要人を狙ってるとか」
「味方だと思ってたのになぁ」
大火は憮然としつつも、こそこそと輪を作って話す兵士らに声をかけた。
「お前ら」
「あ、は、はい」
「俺を何だと思っている?」
「え、いや、その」
「何なら本当に……」
大火は冗談交じりのつもりで、ほんのわずかだけ鞘から「夜桜」の刃を見せる。
ところが――。
「ひ、ひーっ!」
兵士たちはガタガタと震え、その場で失神してしまった。
「……チッ」
大火はその反応を受け、不機嫌になった。
このままでは焔軍の士気が上がり切らず、まさかの敗北を喫することもありうると、ランドは大火を呼び出した。
「なんだ」
「タイカ。率直に言うけど、君、邪魔になってる」
「……」
面と向かってそう言われても、大火は顔をしかめるしかない。
「では、どうしてほしい?」「そこで」
ランドは既に、打開策を考えてはいた。だがそれは、大火が自身の耳を疑うような内容だった。
「本当に君、暗殺者とか、悪魔になってもらおうかなって」
「何だと?」
「みんなが何を怖がってるって、『タイカの刃が自分たちに向けられるのでは』って言う、明日は我が身的なものなんだ。
じゃあ、その使い道をはっきりさせちゃえば、とりあえずは安心するさ。清朝軍との戦いが始まる前に、君一人、単騎で敵陣に入り込んで、引っ掻き回せばいい。
それでみんなも、『タイカは怖いけど自分たちの味方なんだ』って、心の整理は付けられるだろう」
「……俺の潔白は? 汚名をむざむざ被れと言うのか」
そう尋ねる大火に、ランドは済まなさそうに頭をかく。
「まあ、そうだね。それはしないと、今後の信用に関わってくるけど、……でもさ。
君は別に、央南に執着してないだろ?」
「うん?」
「僕も特に、央南に思い入れも無い。清王朝の打倒が実現したら、速やかに央南から離れて、北方に戻ればいいんだ。
事後処理とか意見調整とか、色々問題は残るけど、それは流石に僕に任せっきりにされても困るし。そこはホムラ統領に頑張ってもらうよ。
で、話を戻すけど。問題の種になっている君がさっさと北方へ引き上げれば、これ以上君の扱いに困ることは無い。……だから弁解なんか、する必要ないんだ」
「……」
大火はランドをにらみつけてくる。それに辟易しつつも、ランドは説得を続ける。
「いや、まあ、確かにさ、プライドの高い君のことだし、わだかまってるのも分かっているつもりさ。
だけどどうやって、弁解するって言うのさ? 殺されちゃった王様に、証言を撤回してもらうわけにも行かない。別の人がやったって言う、明確な証拠もない。
方法として無理なことを、提案されても困るよ」
「……」
大火はそのまま、ランドをにらみ続ける。
が、不意に踵を返し、大火はこう答えた。
「……いいだろう。では、今から向かうとしよう」
「あ、うん。頼んだ、……よ」
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「……ごめん、本当に。僕には、これが精一杯の策なんだ」
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