「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第5部
火紅狐・末朝記 4
フォコの話、249話目。
末期に達した王朝。
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4.
紅白街道における大敗北を伝えられ、一豊王の顔は真っ青になった。
「全滅、……だと」
「……はい」
「まったく、歯が立たなかったと言うのか」
「兵士は誰一人帰還しておりません。どうやら一人残らず、殺されたようです」
実際には、兵士の8割以上が生き残っていたが、そのすべてが逃亡している。勅命に答えられず、軍に戻っても厳罰を受けると判断しての行動だろう。
だが、事実がどうであれ、清王朝全体を失望・絶望させたのは確かだった。一豊王は顔を覆い、地の底から上ってくるようなうめき声を上げた。
「う、ぐ、ぐぐぐ、ぐううう……ッ」
「陛下!」
その異状に、家臣たちが立ち上がる。
「何と……何と……無慈悲であるか! 我々には、なんの加護も、無いと、言う、……ゲホ、ゲホッ、……ぐ、ぐう、うっ」
突然、一豊王が胸を押さえ、倒れ込んだ。
「陛下!? 大丈夫ですか、陛下!?」
「……」
近寄り、脈を取った家臣が、小さく首を振る。
「……駄目だ。脈が、……無い」
「そ、そんな……!」
呆気ない事切れに、そこにいた者全員が呆然とする。
「……終わり、だ」
と、一人がそうつぶやく。
「中央政府の後ろ盾もなく、反乱が起こり、王が二代続けて頓死・暗殺されるなど、……凶事が続くにも程がある!
もう清王朝は、おしまいだ……!」
この言葉に、反論する者もいる。
「ま、まだだ! まだ双葉様と三守様もいるし……」
「まだ14歳と6歳、幼い盛りではないか……! 王に立てるなど、できるものか!」
「そうだ。仮に立てたとして、内外にどう申し訳をする?
中央政府は今度こそ、我々を排除しようとするだろう。焔軍にしてもそうだ。幼き王を立てれば、もうまともに相手なぞ、しようはずもない。
成人するまで我々が代わりに、……」
と、反論していた者が一瞬、言葉を途切れさせる。
「……代わりに、執政を代行すると言う手も無くは無いが」
その行間を読んだ者たちが、鋭く糾弾した。
「もしや、お主――王を僭称するつもりではなかろうな」
「……っ、な、何をいきなり」
「不可能でもない話だ。まだ幼いとはいえ、双葉様と婚姻を結べば、婿養子として王族の仲間入りができるからな。
それか、女官でも三守様と……」「おぞましい話はそこまでだ! そこまでにせい!」
と、一豊王の横にずっと座っていた家臣が大声を上げる。
「たった今、陛下が崩御されたばかりなのだぞ! それなのにお前たちは、やれ次代だ、やれ縁組だと、なんと忠義のないことか!
よいか、まず行うは陛下の葬儀だ! それと並行し、焔軍へ停戦交渉の旨を伝えに……」「あ、それは僕が」
そこへすかさず、サザリーが割って入る。
「前回のセッティングも僕がやりましたし、お任せください。あ、後……」
サザリーはピンと指を立て、全員を制した。
「さっき流れてた、フタバ様やミツモリ様をどうこうしようって話、あれはまだ協議をしないようにしませんか?」
「何?」
「だって、今無理矢理に体制を決めて、それでホムラ軍の人たちと向かい合うって言うのは、はっきり言って体裁が悪いと思います。
今、何かしらを決めたところで、相手はそれを反故にしてくるでしょうし、通る話も通らなくなっちゃうと思うんです」
「ふーむ……」
「それよりも、『我々に緊急事態が発生した。協力を願いたい』って話から進めて、彼らに次代の王様を保護してもらった方が、話が一番まとまるんじゃないでしょうか?」
「……なるほど。それなら焔軍の顔も立つし、清王朝も存続できよう」
「流石はエール氏だ」
「どうもどうも。じゃ僕は、用意をしてきます」
そう言ってサザリーは、そそくさと王の間を後にした。
その足で、サザリーは王宮の離れに向かう。
「こんにちは、フタバ様、ミツモリ様」
サザリーは離れの庭で遊んでいた一豊王の長女と二男、双葉と三守に声をかけた。
「あ、エールさん。どうしたんですか?」
「ちょっと……、慌てないで聞いてほしいんですがね」
「なんですか?」
「カズトミ陛下が、君たちを国外へ逃がすようにって」
サザリーの言葉に、双葉は持っていた鞠をぽと、と落とした。
「えっ……!?」
「もう今日、明日中に、ホムラ軍の奴らが攻めてくるそうです。でも、もう戦えるだけの力は清朝軍にはなくって、多分、王族は皆殺しにされるかも知れない。
だから陛下は、君たちを逃がすようにと仰られました」
「そんな……」
双葉は青ざめつつも、弟の手をそっと握りしめる。
「急いで支度をなさってください、フタバ様。事態は急を要しますので」
「は、……はい」
弟の手を引き、自室へ向かった双葉の後ろ姿を見て、サザリーはふう……、と深いため息をついた。
「完全決着だ。これで清王朝は潰れる。抱えた負債もだ。
僕の仕事は、終わった」
サザリーはそれまで大事に抱えていた、央南各地の取引先が書かれた手帳に、魔術でぽん、と火を点けた。
「エールさん、準備ができました。……それは?」
戻ってきた双葉が、サザリーの足元で燃える帳簿を指差す。
「ああ、何でもありません」
燃え尽き、灰になった帳簿をつま先で軽く蹴りながら、サザリーは手を差し出した。
「……さあ、急ぎましょう」
「はい」
こうしてサザリーは、交渉の場を用意することも無く、清王朝の崩壊に歯止めをかけることも無く、自分の故郷へ逃げ帰っていった。
清王朝の後継者である、双葉たちを連れて。
火紅狐・末朝記 終
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末期に達した王朝。
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4.
紅白街道における大敗北を伝えられ、一豊王の顔は真っ青になった。
「全滅、……だと」
「……はい」
「まったく、歯が立たなかったと言うのか」
「兵士は誰一人帰還しておりません。どうやら一人残らず、殺されたようです」
実際には、兵士の8割以上が生き残っていたが、そのすべてが逃亡している。勅命に答えられず、軍に戻っても厳罰を受けると判断しての行動だろう。
だが、事実がどうであれ、清王朝全体を失望・絶望させたのは確かだった。一豊王は顔を覆い、地の底から上ってくるようなうめき声を上げた。
「う、ぐ、ぐぐぐ、ぐううう……ッ」
「陛下!」
その異状に、家臣たちが立ち上がる。
「何と……何と……無慈悲であるか! 我々には、なんの加護も、無いと、言う、……ゲホ、ゲホッ、……ぐ、ぐう、うっ」
突然、一豊王が胸を押さえ、倒れ込んだ。
「陛下!? 大丈夫ですか、陛下!?」
「……」
近寄り、脈を取った家臣が、小さく首を振る。
「……駄目だ。脈が、……無い」
「そ、そんな……!」
呆気ない事切れに、そこにいた者全員が呆然とする。
「……終わり、だ」
と、一人がそうつぶやく。
「中央政府の後ろ盾もなく、反乱が起こり、王が二代続けて頓死・暗殺されるなど、……凶事が続くにも程がある!
もう清王朝は、おしまいだ……!」
この言葉に、反論する者もいる。
「ま、まだだ! まだ双葉様と三守様もいるし……」
「まだ14歳と6歳、幼い盛りではないか……! 王に立てるなど、できるものか!」
「そうだ。仮に立てたとして、内外にどう申し訳をする?
中央政府は今度こそ、我々を排除しようとするだろう。焔軍にしてもそうだ。幼き王を立てれば、もうまともに相手なぞ、しようはずもない。
成人するまで我々が代わりに、……」
と、反論していた者が一瞬、言葉を途切れさせる。
「……代わりに、執政を代行すると言う手も無くは無いが」
その行間を読んだ者たちが、鋭く糾弾した。
「もしや、お主――王を僭称するつもりではなかろうな」
「……っ、な、何をいきなり」
「不可能でもない話だ。まだ幼いとはいえ、双葉様と婚姻を結べば、婿養子として王族の仲間入りができるからな。
それか、女官でも三守様と……」「おぞましい話はそこまでだ! そこまでにせい!」
と、一豊王の横にずっと座っていた家臣が大声を上げる。
「たった今、陛下が崩御されたばかりなのだぞ! それなのにお前たちは、やれ次代だ、やれ縁組だと、なんと忠義のないことか!
よいか、まず行うは陛下の葬儀だ! それと並行し、焔軍へ停戦交渉の旨を伝えに……」「あ、それは僕が」
そこへすかさず、サザリーが割って入る。
「前回のセッティングも僕がやりましたし、お任せください。あ、後……」
サザリーはピンと指を立て、全員を制した。
「さっき流れてた、フタバ様やミツモリ様をどうこうしようって話、あれはまだ協議をしないようにしませんか?」
「何?」
「だって、今無理矢理に体制を決めて、それでホムラ軍の人たちと向かい合うって言うのは、はっきり言って体裁が悪いと思います。
今、何かしらを決めたところで、相手はそれを反故にしてくるでしょうし、通る話も通らなくなっちゃうと思うんです」
「ふーむ……」
「それよりも、『我々に緊急事態が発生した。協力を願いたい』って話から進めて、彼らに次代の王様を保護してもらった方が、話が一番まとまるんじゃないでしょうか?」
「……なるほど。それなら焔軍の顔も立つし、清王朝も存続できよう」
「流石はエール氏だ」
「どうもどうも。じゃ僕は、用意をしてきます」
そう言ってサザリーは、そそくさと王の間を後にした。
その足で、サザリーは王宮の離れに向かう。
「こんにちは、フタバ様、ミツモリ様」
サザリーは離れの庭で遊んでいた一豊王の長女と二男、双葉と三守に声をかけた。
「あ、エールさん。どうしたんですか?」
「ちょっと……、慌てないで聞いてほしいんですがね」
「なんですか?」
「カズトミ陛下が、君たちを国外へ逃がすようにって」
サザリーの言葉に、双葉は持っていた鞠をぽと、と落とした。
「えっ……!?」
「もう今日、明日中に、ホムラ軍の奴らが攻めてくるそうです。でも、もう戦えるだけの力は清朝軍にはなくって、多分、王族は皆殺しにされるかも知れない。
だから陛下は、君たちを逃がすようにと仰られました」
「そんな……」
双葉は青ざめつつも、弟の手をそっと握りしめる。
「急いで支度をなさってください、フタバ様。事態は急を要しますので」
「は、……はい」
弟の手を引き、自室へ向かった双葉の後ろ姿を見て、サザリーはふう……、と深いため息をついた。
「完全決着だ。これで清王朝は潰れる。抱えた負債もだ。
僕の仕事は、終わった」
サザリーはそれまで大事に抱えていた、央南各地の取引先が書かれた手帳に、魔術でぽん、と火を点けた。
「エールさん、準備ができました。……それは?」
戻ってきた双葉が、サザリーの足元で燃える帳簿を指差す。
「ああ、何でもありません」
燃え尽き、灰になった帳簿をつま先で軽く蹴りながら、サザリーは手を差し出した。
「……さあ、急ぎましょう」
「はい」
こうしてサザリーは、交渉の場を用意することも無く、清王朝の崩壊に歯止めをかけることも無く、自分の故郷へ逃げ帰っていった。
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