「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第6部
火紅狐・落兎記 5
フォコの話、258話目。
西方大三角形。
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5.
手がかりを失ったフォコたちは、今後の作戦を検討し直すことにした。
「ホンマにこのままでは、雲をつかむような話になってきますで」
「確かに。西方もそう狭い土地ではありませんし、もしもこの国を出られたら、どうしようもなくなります」
「と言うと?」
ファンは机上に西方大陸の地図を置き、ペンで国境線を強調する。
「今私たちがいるのがこの西方東部、マチェレ王国なんですが、この西方大陸は南海地域のように、多数の国家がひしめき合っており、その上仲も良くない。好戦的な気風があるんですな。
ですので国境を越えるには、いくつもの審査や制限がかかります。もし国境を越えられた場合、我々がサザリー氏を追うことは、非常に困難になるでしょうな」
「しかし逆を返せば、彼も国境を越えることは難しいわけでしょう? その線はあまり考えなくても大丈夫なのでは?」
マフスの意見に、ファンは苦い顔で首を振る。
「今ご説明したのは、あくまで一般人の場合です。実を申せば、国境を簡単に越えられる、2つの特殊な抜け道があるんです。
一つは、いわゆる『お坊さん』ですな。宗教関係者はどの国でも、全体的に優遇措置を設けており、比較的審査が簡潔なものになっています」
「それは何故?」
ランドに尋ねられ、ファンは細かく説明してくれた。
「軍事力で西方各国が拮抗し合っている今、他の国よりアドバンテージを高めるには、経済力か、もしくは宗教力の獲得が重要視されているからです。
例えばマチェレ王国は中央政府の影響力が少なくない場所ですから、天帝教の教会も多い。自然、巷には天帝教信者が数多く集まり、他国へ布教に向かう者も多くなるわけです。
布教がうまく行き国境の向こう側が天帝教に染まれば、実質その国を征服したも同然なわけですから、王国はむしろ、他国巡礼を奨励しているわけです。
逆を返せば、国境の向こうで広まっている、西方土着の諸宗教にも同じことが言えるわけですし、向こうも同様の対応・処遇をしていますから、その結果、宗教関係者の通行は容易になっているわけです」
「なるほど。守りに入るのではなく、むしろ攻撃的な理由からなんですね。
後、話の途中で、軍事力に抱き合わせる力として、宗教力の他に経済力を挙げていましたが、つまり国境を容易に越えられる、二つ目の抜け道と言うのは……」
ファンは深々とうなずき、言葉を継ぐ。
「ええ、お察しの通り、大きな商家であることですね。
何度かお聞きでしょうが、西方には『大三角形』と呼ばれる三大商家があります。一つが既にご存じの、海運業と造船業を営むエール家。一つが、鉄鋼業と加工業のリオン家。そしてもう一つが、鉱業と農林業のトット家。
あ、余談ですけども私、昔はトット系列の商店に10年ほど籍を置いておりました。……まあ、それは置いておいて。
トット家から資源が生産され、リオン家がそれを加工し、エール家が世界に供給する。この『大三角形』は西方経済にとってまさに大動脈、西方中にお金を送り込む心臓と言ってもいい働きをしていました。
……が、それも数年前までの話」
その先を、ルシアンが継ぐ。
「『大三角形』は、崩壊した。うち……、エール家の凋落によって。
鉄鋼品の莫大な消費先を失い、リオン家は在庫まみれ。それを受けてトット家も、鉱山の操業を停止せざるを得ない状況に陥りかけた。
で、その大損害を出したエール家の信用は失われ、代わりに台頭してきたのがスパス産業。南海開発に力を入れてたおかげで、他二家の在庫を、一時は解消してくれたのはいいんだけど、……その後が段々おかしくなってきちゃってね。
どうも、あの悪名高きゴールドマン商会がバックに付いてたみたいで、彼らに大量の武器を供給しようとしたんだ。まあ、いいか悪いかは別として、それで儲かるなら、みんな黙認もするだろうけど……」
フォコが苦笑しつつ、話の先を読む。
「武器供給先に予定されとった北方の軍閥が、みんな揃って借金返して手を切ってしもたんと、旧ロクシルムの活躍で南海から追い払われたんとで、武器やら何やらの在庫が、全部スパス産業に戻ってきてしもたんですな」
「そうらしいね、どうも。それで出資元のゴールドマン商会と大揉めして、また西方の経済は停滞しかかってたんだ。
そこに、央中での恐慌騒ぎさ。向こうでの需要・供給がこっちに来たみたいで、また景気が回復してきてる。
……あ、と。話が逸れちゃったね」
「ともかく、その『大三角形』と、南海から撤退したとはいえ、依然勢力を維持しているスパス産業系列に関しては、ほぼノーチェックと言ううわさです。
そして話の筋をつなげていけば……」
ランドが顔をしかめつつ、結論を口にする。
「サザリー氏はスパス氏の手引きで、悠々と国境を越えることができるってわけか」
「恐らく、そうでしょう。もう今頃は、我々の手の届かない場所にいる可能性は、非常に濃い。
ただの金持ちや遠い土地の評判だけでは、国境の門は開かないでしょうし……」
難しい問題が浮かび上がり、会議の空気は重くなる。
と――フォコが「んー」と、あごに手を当てながらうなる。
「……ほんなら逆に、金と西方での名声があれば何とかなる、ちゅうことですな」
「え?」
フォコは立ち上がり、ニヤリと笑った。
「ええアイデアがありますで」
火紅狐・落兎記 終
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西方大三角形。
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5.
手がかりを失ったフォコたちは、今後の作戦を検討し直すことにした。
「ホンマにこのままでは、雲をつかむような話になってきますで」
「確かに。西方もそう狭い土地ではありませんし、もしもこの国を出られたら、どうしようもなくなります」
「と言うと?」
ファンは机上に西方大陸の地図を置き、ペンで国境線を強調する。
「今私たちがいるのがこの西方東部、マチェレ王国なんですが、この西方大陸は南海地域のように、多数の国家がひしめき合っており、その上仲も良くない。好戦的な気風があるんですな。
ですので国境を越えるには、いくつもの審査や制限がかかります。もし国境を越えられた場合、我々がサザリー氏を追うことは、非常に困難になるでしょうな」
「しかし逆を返せば、彼も国境を越えることは難しいわけでしょう? その線はあまり考えなくても大丈夫なのでは?」
マフスの意見に、ファンは苦い顔で首を振る。
「今ご説明したのは、あくまで一般人の場合です。実を申せば、国境を簡単に越えられる、2つの特殊な抜け道があるんです。
一つは、いわゆる『お坊さん』ですな。宗教関係者はどの国でも、全体的に優遇措置を設けており、比較的審査が簡潔なものになっています」
「それは何故?」
ランドに尋ねられ、ファンは細かく説明してくれた。
「軍事力で西方各国が拮抗し合っている今、他の国よりアドバンテージを高めるには、経済力か、もしくは宗教力の獲得が重要視されているからです。
例えばマチェレ王国は中央政府の影響力が少なくない場所ですから、天帝教の教会も多い。自然、巷には天帝教信者が数多く集まり、他国へ布教に向かう者も多くなるわけです。
布教がうまく行き国境の向こう側が天帝教に染まれば、実質その国を征服したも同然なわけですから、王国はむしろ、他国巡礼を奨励しているわけです。
逆を返せば、国境の向こうで広まっている、西方土着の諸宗教にも同じことが言えるわけですし、向こうも同様の対応・処遇をしていますから、その結果、宗教関係者の通行は容易になっているわけです」
「なるほど。守りに入るのではなく、むしろ攻撃的な理由からなんですね。
後、話の途中で、軍事力に抱き合わせる力として、宗教力の他に経済力を挙げていましたが、つまり国境を容易に越えられる、二つ目の抜け道と言うのは……」
ファンは深々とうなずき、言葉を継ぐ。
「ええ、お察しの通り、大きな商家であることですね。
何度かお聞きでしょうが、西方には『大三角形』と呼ばれる三大商家があります。一つが既にご存じの、海運業と造船業を営むエール家。一つが、鉄鋼業と加工業のリオン家。そしてもう一つが、鉱業と農林業のトット家。
あ、余談ですけども私、昔はトット系列の商店に10年ほど籍を置いておりました。……まあ、それは置いておいて。
トット家から資源が生産され、リオン家がそれを加工し、エール家が世界に供給する。この『大三角形』は西方経済にとってまさに大動脈、西方中にお金を送り込む心臓と言ってもいい働きをしていました。
……が、それも数年前までの話」
その先を、ルシアンが継ぐ。
「『大三角形』は、崩壊した。うち……、エール家の凋落によって。
鉄鋼品の莫大な消費先を失い、リオン家は在庫まみれ。それを受けてトット家も、鉱山の操業を停止せざるを得ない状況に陥りかけた。
で、その大損害を出したエール家の信用は失われ、代わりに台頭してきたのがスパス産業。南海開発に力を入れてたおかげで、他二家の在庫を、一時は解消してくれたのはいいんだけど、……その後が段々おかしくなってきちゃってね。
どうも、あの悪名高きゴールドマン商会がバックに付いてたみたいで、彼らに大量の武器を供給しようとしたんだ。まあ、いいか悪いかは別として、それで儲かるなら、みんな黙認もするだろうけど……」
フォコが苦笑しつつ、話の先を読む。
「武器供給先に予定されとった北方の軍閥が、みんな揃って借金返して手を切ってしもたんと、旧ロクシルムの活躍で南海から追い払われたんとで、武器やら何やらの在庫が、全部スパス産業に戻ってきてしもたんですな」
「そうらしいね、どうも。それで出資元のゴールドマン商会と大揉めして、また西方の経済は停滞しかかってたんだ。
そこに、央中での恐慌騒ぎさ。向こうでの需要・供給がこっちに来たみたいで、また景気が回復してきてる。
……あ、と。話が逸れちゃったね」
「ともかく、その『大三角形』と、南海から撤退したとはいえ、依然勢力を維持しているスパス産業系列に関しては、ほぼノーチェックと言ううわさです。
そして話の筋をつなげていけば……」
ランドが顔をしかめつつ、結論を口にする。
「サザリー氏はスパス氏の手引きで、悠々と国境を越えることができるってわけか」
「恐らく、そうでしょう。もう今頃は、我々の手の届かない場所にいる可能性は、非常に濃い。
ただの金持ちや遠い土地の評判だけでは、国境の門は開かないでしょうし……」
難しい問題が浮かび上がり、会議の空気は重くなる。
と――フォコが「んー」と、あごに手を当てながらうなる。
「……ほんなら逆に、金と西方での名声があれば何とかなる、ちゅうことですな」
「え?」
フォコは立ち上がり、ニヤリと笑った。
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