「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第6部
火紅狐・回西記 6
フォコの話、269話目。
千年級の会話;賢者の体、悪魔の呪い。
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6.
白い満月と、赤い下弦の月が浮かぶ夜。
エール商店の屋根の上に、二つの人影があった。
「よう、克」
「……」
上がってきた大火に、モールはひょい、と手招きする。
「何の用だ?」
「いやさ、ちょいと聞いておきたいコトが、いくつかあったもんでね。君なら私の疑問に、何でも答えてくれそうだからね」
「さあな」
肩をすくめてみせた大火に、モールはニヤリと笑って返す。
「質問、いっこめ。
こいつ、知ってる?」
そう言って、モールは自分を指差した。
「……その質問に、どう答えたものか」
大火はクク、と鳥のような笑いをもらした。
「……やっぱりだ。やっぱり君は、私の思っていた通りの人間だね。私の質問の真意に、ちゃんと気付いてくれているね」
そう言ったモールに、大火はわずかに口の端をにじませながら、こう答えた。
「一つの問いに、答えは二つだ――お前のことは知らん。お前の『体』のことは、見当が付いている」
「ほう。じゃ、その見当を聞かせてくれないかね、この体についての」
「お前は既に解答を知っているのだろう? その体を使っているのだから」
むすっとした顔を返す大火に、モールはぺろっと舌を出した。
「実は私ゃ、この体が単に『魅力的』だったから奪っただけなんだよね。詳しい部分は、私にも分からないんだ。
だから、知りたいんだよね。知ってるコト、分かったコトがあれば、教えてほしいんだよ」
「ふむ」
大火はモールに近づき、その体や髪、長い耳、瞳などをつぶさに点検した。
「俺の見解だが、……そうだな、言うならば『人工物』だ」
「だろうね。不自然だもん」
モールはけらけらと笑い、自分の体を触る。
「通常の、普通の人間の魔力容量を100とするなら、『こいつ』は軽く6~7000を超えている。
もし『こいつ』が私に『喰われ』なければ、確実に『こいつ』は世界を丸っきり変えていただろうね」
「だろうな。どれほど体質的に恵まれていようと、ただの人間では1000が精一杯。
それ以上を無理矢理に超えれば、発狂するか血が腐るか、それとも全身不随になるか、さもなくば脳が溶け出すか、だ」
「そう、その通りだ。普通は肉体が持ちっこないから、杖や魔導書でカバーせざるを得ない。
その常識をこの体は、ブッちぎりで超越しちゃっている。そして私が出会った時、『こいつ』はまったくの健常者だった。どう考えても、自然のモノじゃないね」
「ではお前は、何者なのだ?」
そう尋ねた大火に、モールは真顔を作って答えた。
「私の名前は、モール・リッチ。死せる賢者、リッチ(Lych)さ。
私の、オリジナルの肉体は、とうに滅びている。そう……、『この世界』が始まる、ちょっと前の頃に」
「……なるほど……!」
大火の細い目が、見開かれた。
「お前も、『旧世界』の住人だったのか」
「君もか。……何だか嬉しいね。もう私一人だけなんだと、そう思っていたからねぇ」
「俺も同感だ。……いや、少し違うな。
俺と、もう三、四人だけだと、そう思っていた」
「何だって?」
今度は、モールが目を見開く。
「他にも生きてるっての?」
「ああ。俺の弟子が、三人。……まあ、そいつらは半ば死んでいるようなものだが。
だが、それとは別に、もう一人――俺が最も憎む女が、どうやら生きているらしい」
そう言って、大火は左手袋をはがす。
裸になり、白い月に晒されたその左手は、薬指が無くなっているのが確認できた。
「……呪いをかけたね、バカな呪いを」
「ああ、まったくだ。若い頃の自分を顧みるに、いつも忸怩(じくじ)たる思いをさせられる」
「その、君に大恥をかかせた相手が、まだのうのうと生きているってか」
「恐らくは、な」
それを聞いて、モールは思わず笑ってしまう。
「ふ、あはは、くっくく……」
「何がおかしい」
顔をしかめる大火に、モールは手をパタパタ振って見せる。
「いや、いやね、私、君のコトは、女に興味のない朴念仁だとばっかり思ってたもんでね。いや、ゴメンゴメン、ほんと、悪い悪い」
「……ふん」
と、モールはまた真顔を作り、もう一つ尋ねた。
「と、もいっこ質問があるんだ」
「何だ?」
モールはもう一度、自分の体を指差した。
「『こいつ』と同じようなヤツ、……私らの中にまだ、いるよね?」
その問いに、大火は静かにうなずいた。
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6.
白い満月と、赤い下弦の月が浮かぶ夜。
エール商店の屋根の上に、二つの人影があった。
「よう、克」
「……」
上がってきた大火に、モールはひょい、と手招きする。
「何の用だ?」
「いやさ、ちょいと聞いておきたいコトが、いくつかあったもんでね。君なら私の疑問に、何でも答えてくれそうだからね」
「さあな」
肩をすくめてみせた大火に、モールはニヤリと笑って返す。
「質問、いっこめ。
こいつ、知ってる?」
そう言って、モールは自分を指差した。
「……その質問に、どう答えたものか」
大火はクク、と鳥のような笑いをもらした。
「……やっぱりだ。やっぱり君は、私の思っていた通りの人間だね。私の質問の真意に、ちゃんと気付いてくれているね」
そう言ったモールに、大火はわずかに口の端をにじませながら、こう答えた。
「一つの問いに、答えは二つだ――お前のことは知らん。お前の『体』のことは、見当が付いている」
「ほう。じゃ、その見当を聞かせてくれないかね、この体についての」
「お前は既に解答を知っているのだろう? その体を使っているのだから」
むすっとした顔を返す大火に、モールはぺろっと舌を出した。
「実は私ゃ、この体が単に『魅力的』だったから奪っただけなんだよね。詳しい部分は、私にも分からないんだ。
だから、知りたいんだよね。知ってるコト、分かったコトがあれば、教えてほしいんだよ」
「ふむ」
大火はモールに近づき、その体や髪、長い耳、瞳などをつぶさに点検した。
「俺の見解だが、……そうだな、言うならば『人工物』だ」
「だろうね。不自然だもん」
モールはけらけらと笑い、自分の体を触る。
「通常の、普通の人間の魔力容量を100とするなら、『こいつ』は軽く6~7000を超えている。
もし『こいつ』が私に『喰われ』なければ、確実に『こいつ』は世界を丸っきり変えていただろうね」
「だろうな。どれほど体質的に恵まれていようと、ただの人間では1000が精一杯。
それ以上を無理矢理に超えれば、発狂するか血が腐るか、それとも全身不随になるか、さもなくば脳が溶け出すか、だ」
「そう、その通りだ。普通は肉体が持ちっこないから、杖や魔導書でカバーせざるを得ない。
その常識をこの体は、ブッちぎりで超越しちゃっている。そして私が出会った時、『こいつ』はまったくの健常者だった。どう考えても、自然のモノじゃないね」
「ではお前は、何者なのだ?」
そう尋ねた大火に、モールは真顔を作って答えた。
「私の名前は、モール・リッチ。死せる賢者、リッチ(Lych)さ。
私の、オリジナルの肉体は、とうに滅びている。そう……、『この世界』が始まる、ちょっと前の頃に」
「……なるほど……!」
大火の細い目が、見開かれた。
「お前も、『旧世界』の住人だったのか」
「君もか。……何だか嬉しいね。もう私一人だけなんだと、そう思っていたからねぇ」
「俺も同感だ。……いや、少し違うな。
俺と、もう三、四人だけだと、そう思っていた」
「何だって?」
今度は、モールが目を見開く。
「他にも生きてるっての?」
「ああ。俺の弟子が、三人。……まあ、そいつらは半ば死んでいるようなものだが。
だが、それとは別に、もう一人――俺が最も憎む女が、どうやら生きているらしい」
そう言って、大火は左手袋をはがす。
裸になり、白い月に晒されたその左手は、薬指が無くなっているのが確認できた。
「……呪いをかけたね、バカな呪いを」
「ああ、まったくだ。若い頃の自分を顧みるに、いつも忸怩(じくじ)たる思いをさせられる」
「その、君に大恥をかかせた相手が、まだのうのうと生きているってか」
「恐らくは、な」
それを聞いて、モールは思わず笑ってしまう。
「ふ、あはは、くっくく……」
「何がおかしい」
顔をしかめる大火に、モールは手をパタパタ振って見せる。
「いや、いやね、私、君のコトは、女に興味のない朴念仁だとばっかり思ってたもんでね。いや、ゴメンゴメン、ほんと、悪い悪い」
「……ふん」
と、モールはまた真顔を作り、もう一つ尋ねた。
「と、もいっこ質問があるんだ」
「何だ?」
モールはもう一度、自分の体を指差した。
「『こいつ』と同じようなヤツ、……私らの中にまだ、いるよね?」
その問いに、大火は静かにうなずいた。
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このお話には、表の話と裏の話があります。
これはその、裏の話。
悪魔はより人間を離れた悪魔に、賢者はより俗世を離れた賢者に。
このお話には、表の話と裏の話があります。
これはその、裏の話。
悪魔はより人間を離れた悪魔に、賢者はより俗世を離れた賢者に。



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