「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第6部
火紅狐・確執記 1
フォコの話、276話目。
エール家の、一つ目の受難。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
双月暦305年の初め。
「なんと……! 亡くなったか、セブスの奴」
報せを聞いたリオン翁は、興じていたチェスの卓から離れ、従者に命じた。
「すぐエール家の屋敷へ向かう。用意をしてくれ」
「かしこまりました」
と、共にゲームをしていた息子、カントがまだ卓に着いているのを見て、軽く叱咤する。
「何をボーっとしている! お前も来んか」
「あ、は、はいはい。じゃ、兄さんたちも呼べるだけ呼んできましょうか」
「うむ。……ああ、いや。ギュストは今、西方を離れている。他の皆も、少なくとも国内にはいるはずだが、呼んで来られるような場所にはいないはずだ。
随行するのは、お前だけでいい。私が行けば、礼を失することはあるまい」
「はいはい、杖替わりですね」
立ち上がったカントに、リオン翁はこう尋ねた。
「……厳しい局面とは思わんか?」
「え? さっきのチェスですか?」
「阿呆。西方のことだ」
やって来た従者から帽子を受け取りつつ、リオン翁はこう続ける。
「半遊び人のお前でも、昨年から央中で起こっているゴールドマン商会再編の話は聞いておろう」
「あー、はい。3年か4年くらい前に当主になった、裸耳の何とかって人が、一族の商売を自分のところに集めて、再配分し直したとか何とか」
「……まったく、お前ときたら。『何とか』ばかりだな。
まあいい、概ねその通りだ。さらにその前後、その当主は己に商会の権力を集中させ、中央政府や地方の国家、軍事勢力に加担し、各地で戦争を誘発させているのだとも聞いている」
「そりゃまた、物騒なことで」
呑気に返したカントを一瞥し、リオン翁はふう、と落胆したため息を漏らした。
「他人事ではない。既に南海と北方は大荒れだ。次に狙われるのは、中央大陸の南部か、あるいは……」
「この西方か、ってことですか。でも父さん、いくら権勢を極める商人と言っても、西方へ乗り込むのは難しいんじゃないですか」
「ほう。流石にお前でも、それは分かるか」
「そりゃボンクラですけど、30年ちょっとはあなたの息子やってますから。
外国から意気揚々と乗り込んできた商人を、ことごとく『大三角形』は追い出してきた。店舗は貸さない、工場も人員も貸さない、資金も名義も貸さない。徹頭徹尾、海外から来た商人は、港町から一歩も進出できないようにしてきた。
商品を売る場も無い、作る場も無い、作る材料や機会すら与えない、……じゃ、どんな凄腕だって手の打ちようなんかない。いくらその、何とかマン商会が強大な権力者といえど、西方の玄関口、ブリックロードやセラーパークに着いてから3日で、諦めて撤退するでしょ」
「……そうだな。『大三角形』は動脈であり、権威であり、そして壁でもある。
セブスがいなくとも、その息子のルシアンや、ミシェルはそれなりに優秀だ。多少危なっかしい感は否めないが、エール家を維持できる程度には実力があるし、不足する点は我々が助けてやれば、問題はないだろう。
依然として、何人たりとも『大三角形』を破ることはあるまい」
エール家での葬儀が済み、リオン翁はエール家の遺族たちと話す機会を得た。
「ご無沙汰しております、リオン翁」
「うむ。……重ね重ね、愁傷であった」
「ありがとうございます」
喪主を務めたルシアン・エールは、リオン翁の挨拶に深々と頭を下げた。
「我々三大老の中で最も年少だったあいつが、先に逝くとは思わなかった。私の方が先かと思っていたのにな」
「近年は、特にふさぎ込むことが多く、とても悩んでいた様子でした。それが、死期を早めてしまったのかも知れません」
「そうか……」
リオン翁は椅子に腰を下ろし、ぼそ、とつぶやいた。
「……プラチナのことかな」
「それもあるでしょうし、他にも悩みは多かったのでしょう。
最近では、南海から進出してきた、……と言うよりも、出戻ってきた、スパスと言う新興商人のこともありましたからね」
「スパスか……。いくら代表者が西方人とは言え、海外資本で身を固め、その上我々に、特に君たちエール商会に、真っ向から対立していたからな。到底、心許せる相手ではない。
もう少しあいつ……、いや、我々に若さがあれば、ばっさりと排除しただろうにな。老いとは恐ろしい。何かにつけ、行動が鈍くなる」
「……ご心配なく」
ルシアンはリオン翁の前に膝立ちになって、こう宣言した。
「僕が、何とかします。これでも次の、エール家当主と目されている身ですから」
「……頼んだぞ、ルシアン」
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エール家の、一つ目の受難。
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双月暦305年の初め。
「なんと……! 亡くなったか、セブスの奴」
報せを聞いたリオン翁は、興じていたチェスの卓から離れ、従者に命じた。
「すぐエール家の屋敷へ向かう。用意をしてくれ」
「かしこまりました」
と、共にゲームをしていた息子、カントがまだ卓に着いているのを見て、軽く叱咤する。
「何をボーっとしている! お前も来んか」
「あ、は、はいはい。じゃ、兄さんたちも呼べるだけ呼んできましょうか」
「うむ。……ああ、いや。ギュストは今、西方を離れている。他の皆も、少なくとも国内にはいるはずだが、呼んで来られるような場所にはいないはずだ。
随行するのは、お前だけでいい。私が行けば、礼を失することはあるまい」
「はいはい、杖替わりですね」
立ち上がったカントに、リオン翁はこう尋ねた。
「……厳しい局面とは思わんか?」
「え? さっきのチェスですか?」
「阿呆。西方のことだ」
やって来た従者から帽子を受け取りつつ、リオン翁はこう続ける。
「半遊び人のお前でも、昨年から央中で起こっているゴールドマン商会再編の話は聞いておろう」
「あー、はい。3年か4年くらい前に当主になった、裸耳の何とかって人が、一族の商売を自分のところに集めて、再配分し直したとか何とか」
「……まったく、お前ときたら。『何とか』ばかりだな。
まあいい、概ねその通りだ。さらにその前後、その当主は己に商会の権力を集中させ、中央政府や地方の国家、軍事勢力に加担し、各地で戦争を誘発させているのだとも聞いている」
「そりゃまた、物騒なことで」
呑気に返したカントを一瞥し、リオン翁はふう、と落胆したため息を漏らした。
「他人事ではない。既に南海と北方は大荒れだ。次に狙われるのは、中央大陸の南部か、あるいは……」
「この西方か、ってことですか。でも父さん、いくら権勢を極める商人と言っても、西方へ乗り込むのは難しいんじゃないですか」
「ほう。流石にお前でも、それは分かるか」
「そりゃボンクラですけど、30年ちょっとはあなたの息子やってますから。
外国から意気揚々と乗り込んできた商人を、ことごとく『大三角形』は追い出してきた。店舗は貸さない、工場も人員も貸さない、資金も名義も貸さない。徹頭徹尾、海外から来た商人は、港町から一歩も進出できないようにしてきた。
商品を売る場も無い、作る場も無い、作る材料や機会すら与えない、……じゃ、どんな凄腕だって手の打ちようなんかない。いくらその、何とかマン商会が強大な権力者といえど、西方の玄関口、ブリックロードやセラーパークに着いてから3日で、諦めて撤退するでしょ」
「……そうだな。『大三角形』は動脈であり、権威であり、そして壁でもある。
セブスがいなくとも、その息子のルシアンや、ミシェルはそれなりに優秀だ。多少危なっかしい感は否めないが、エール家を維持できる程度には実力があるし、不足する点は我々が助けてやれば、問題はないだろう。
依然として、何人たりとも『大三角形』を破ることはあるまい」
エール家での葬儀が済み、リオン翁はエール家の遺族たちと話す機会を得た。
「ご無沙汰しております、リオン翁」
「うむ。……重ね重ね、愁傷であった」
「ありがとうございます」
喪主を務めたルシアン・エールは、リオン翁の挨拶に深々と頭を下げた。
「我々三大老の中で最も年少だったあいつが、先に逝くとは思わなかった。私の方が先かと思っていたのにな」
「近年は、特にふさぎ込むことが多く、とても悩んでいた様子でした。それが、死期を早めてしまったのかも知れません」
「そうか……」
リオン翁は椅子に腰を下ろし、ぼそ、とつぶやいた。
「……プラチナのことかな」
「それもあるでしょうし、他にも悩みは多かったのでしょう。
最近では、南海から進出してきた、……と言うよりも、出戻ってきた、スパスと言う新興商人のこともありましたからね」
「スパスか……。いくら代表者が西方人とは言え、海外資本で身を固め、その上我々に、特に君たちエール商会に、真っ向から対立していたからな。到底、心許せる相手ではない。
もう少しあいつ……、いや、我々に若さがあれば、ばっさりと排除しただろうにな。老いとは恐ろしい。何かにつけ、行動が鈍くなる」
「……ご心配なく」
ルシアンはリオン翁の前に膝立ちになって、こう宣言した。
「僕が、何とかします。これでも次の、エール家当主と目されている身ですから」
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