「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第6部
火紅狐・確執記 2
フォコの話、277話目。
当主争いと、妹との再会。
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2.
ルシアン・エールは、「それなりに」当主向きの人材と言えた。
大局観があり、世相にも詳しく、そして何に対しても公平、かつ公正で、温情ある判断が下せる男だったからだ。
反面、優柔不断で冷徹な思考のできない、今一つ詰めの甘い面もあったが、彼がトップを務めているいくつかの商会は、どこも平穏な経営・運営が成されており、どの方面からも信用が厚かった。
そしてもう一人、次期当主と目される人物がいた。彼のすぐ下の弟、ミシェル・エールである。
こちらはルシアンとは逆に、判断を明確に、はっきりと付ける性格であり、どこよりも迅速に、かつ大胆に動くことを得意としていた。
そのため、彼が独り立ちしてからの10年近くで、何度も大きな事業を成功させた一方で、彼に不満や恨みを持つ者も、少なくない。彼に出し抜かれて被害を被り、敵となった相手も多かったのだ。
一方で、まったく当主争いから外れていたのが、三男のサザリー・エールである。
彼は万人に黒を白と納得させてしまえるだけの弁舌を持っていたが、いかんせん親しみやカリスマとは全く無縁の、まるで死神のように不気味な風貌の醜男だったし、何より商売のセンスに欠けていたからだ。
ルシアンのように組織全体の和と利益を重んじるわけでもなく、ミシェルのように投機に敏いわけでもない。口の他には商人としての才能と良識が乏しく、彼自身も当主など狙ってはいなかった。
エール家の当主争いは、当初はルシアン派が優勢であった。
西方商業界のみならず、商売においては「信用」が物を言う。「この人は自分に損をさせない」と言う信頼関係があるからこそ、取引が成り立つからだ。
その点において、博愛主義のルシアンは西方の各国、各都市から支持されており、セブス・エール翁が擁していた人間の多くも、ルシアンが当主になることを強く望んでいた。
反面、機に敏く、常に大きな利益を創出してきたミシェルの外馬に乗ろうと言う者も、少なくない。ルシアンに一歩及ばないものの、こちらも支持者は数多く存在した。
このまま自然に流れを任せれば、恐らくはルシアンが次の当主となり、ミシェルはその補佐に回るだろうと言うのが、「大三角形」筋をはじめとする、西方商人たちのおおよその予想だった。
それが狂い始めたのは、長らく行方知れずだった末娘、プラチナ・エール――クリオと共に南海へ渡っていたルーテシアが三人の娘を連れ、ルシアンの元を訪ねた辺りからだった。
「君は……」
自分の目の前に立つ、子連れの女性に、ルシアンはどう話をしようかと、軽く困惑していた。
「お久しぶりです、兄さん」
「……だよね。うん、見覚えがある。えーと、後、そのー、後ろにいるのは、……君の子供、でいいのかな」
「はい。青いチョーカーの子が、リモナ。白が、プルーネ。そして赤が、ペルシェ。
ほら、三人とも伯父さんにご挨拶なさい」
ルーに促され、三人娘は揃ってぺこりと頭を下げた。
「はじめまして」「おじちゃん」「よろしくね」
「あ、うん。よろしく。……えーと、プラチナ。いくつか、説明してほしいんだけど、いいかな?
まず、君がこのエール家からいなくなって、もう15年になる。その間、一体君は、どこにいたの? それと、その子供たちの父親は誰なの? 後、どうして今戻ってきたのかも聞きたいんだけど、……いいかな?」
「ええ。一つ目と二つ目の質問だけど、一度に答えさせてもらうわね。
わたしは15年前、クリオ・ジョーヌと結婚したの」
これを聞いて、ルシアンの兎耳がぴょんと跳ね上がった。
「く、……クリオ・ジョーヌ!? あの、『怒鳴り込み屋』ジョーヌのところにいたの!?」
「ええ。で、この子たちはクリオとの子供。15年前、彼と一緒に南海へ渡って、それから、……去年まで、一緒に」
「じゃあ今、彼と、ジョーヌ海運は? 聞いた話では、突然経営が止まって破綻したと聞いているけど……」
その言葉に、ルーはぽろぽろと涙を流した。
「……殺されたらしいの」
「なん……だって」
「でも、誰が殺したか……。若頭のアバントは丁稚のホコウくんと、ジャールがやったと言っていたけれど、一方で同じ丁稚のアミルは、アバントが真犯人に決まってるって言うし」
その返答に、ルシアンは腕を組んでうなった。
「もしかしてアバントって、アバント・スパスのこと?」
「ええ」
「……僕も、根拠が無いのに失礼とは思うけど、そのアミルって人に同意かな。
ジョーヌ海運が経営破綻した、ってさっき言ったけど、その破綻した商会を買い叩いて成り上がったのは、他ならぬアバント氏だもの。
今の話を聞いた上では、ジョーヌ氏を殺してその商会を奪い取ったとしか思えないよ」
「……わたしも、……そう思ってる」
ルーはその場に崩れ落ち、顔を覆って泣き出した。
「わたし、グス、もうっ、頼れる人が、グスッ、いないのよ……」
「……プラチナ。事情は、分かったよ」
ルシアンはルーの側に立ち、ハンカチを差し出した。
「僕が、何とかしてあげるよ」
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当主争いと、妹との再会。
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ルシアン・エールは、「それなりに」当主向きの人材と言えた。
大局観があり、世相にも詳しく、そして何に対しても公平、かつ公正で、温情ある判断が下せる男だったからだ。
反面、優柔不断で冷徹な思考のできない、今一つ詰めの甘い面もあったが、彼がトップを務めているいくつかの商会は、どこも平穏な経営・運営が成されており、どの方面からも信用が厚かった。
そしてもう一人、次期当主と目される人物がいた。彼のすぐ下の弟、ミシェル・エールである。
こちらはルシアンとは逆に、判断を明確に、はっきりと付ける性格であり、どこよりも迅速に、かつ大胆に動くことを得意としていた。
そのため、彼が独り立ちしてからの10年近くで、何度も大きな事業を成功させた一方で、彼に不満や恨みを持つ者も、少なくない。彼に出し抜かれて被害を被り、敵となった相手も多かったのだ。
一方で、まったく当主争いから外れていたのが、三男のサザリー・エールである。
彼は万人に黒を白と納得させてしまえるだけの弁舌を持っていたが、いかんせん親しみやカリスマとは全く無縁の、まるで死神のように不気味な風貌の醜男だったし、何より商売のセンスに欠けていたからだ。
ルシアンのように組織全体の和と利益を重んじるわけでもなく、ミシェルのように投機に敏いわけでもない。口の他には商人としての才能と良識が乏しく、彼自身も当主など狙ってはいなかった。
エール家の当主争いは、当初はルシアン派が優勢であった。
西方商業界のみならず、商売においては「信用」が物を言う。「この人は自分に損をさせない」と言う信頼関係があるからこそ、取引が成り立つからだ。
その点において、博愛主義のルシアンは西方の各国、各都市から支持されており、セブス・エール翁が擁していた人間の多くも、ルシアンが当主になることを強く望んでいた。
反面、機に敏く、常に大きな利益を創出してきたミシェルの外馬に乗ろうと言う者も、少なくない。ルシアンに一歩及ばないものの、こちらも支持者は数多く存在した。
このまま自然に流れを任せれば、恐らくはルシアンが次の当主となり、ミシェルはその補佐に回るだろうと言うのが、「大三角形」筋をはじめとする、西方商人たちのおおよその予想だった。
それが狂い始めたのは、長らく行方知れずだった末娘、プラチナ・エール――クリオと共に南海へ渡っていたルーテシアが三人の娘を連れ、ルシアンの元を訪ねた辺りからだった。
「君は……」
自分の目の前に立つ、子連れの女性に、ルシアンはどう話をしようかと、軽く困惑していた。
「お久しぶりです、兄さん」
「……だよね。うん、見覚えがある。えーと、後、そのー、後ろにいるのは、……君の子供、でいいのかな」
「はい。青いチョーカーの子が、リモナ。白が、プルーネ。そして赤が、ペルシェ。
ほら、三人とも伯父さんにご挨拶なさい」
ルーに促され、三人娘は揃ってぺこりと頭を下げた。
「はじめまして」「おじちゃん」「よろしくね」
「あ、うん。よろしく。……えーと、プラチナ。いくつか、説明してほしいんだけど、いいかな?
まず、君がこのエール家からいなくなって、もう15年になる。その間、一体君は、どこにいたの? それと、その子供たちの父親は誰なの? 後、どうして今戻ってきたのかも聞きたいんだけど、……いいかな?」
「ええ。一つ目と二つ目の質問だけど、一度に答えさせてもらうわね。
わたしは15年前、クリオ・ジョーヌと結婚したの」
これを聞いて、ルシアンの兎耳がぴょんと跳ね上がった。
「く、……クリオ・ジョーヌ!? あの、『怒鳴り込み屋』ジョーヌのところにいたの!?」
「ええ。で、この子たちはクリオとの子供。15年前、彼と一緒に南海へ渡って、それから、……去年まで、一緒に」
「じゃあ今、彼と、ジョーヌ海運は? 聞いた話では、突然経営が止まって破綻したと聞いているけど……」
その言葉に、ルーはぽろぽろと涙を流した。
「……殺されたらしいの」
「なん……だって」
「でも、誰が殺したか……。若頭のアバントは丁稚のホコウくんと、ジャールがやったと言っていたけれど、一方で同じ丁稚のアミルは、アバントが真犯人に決まってるって言うし」
その返答に、ルシアンは腕を組んでうなった。
「もしかしてアバントって、アバント・スパスのこと?」
「ええ」
「……僕も、根拠が無いのに失礼とは思うけど、そのアミルって人に同意かな。
ジョーヌ海運が経営破綻した、ってさっき言ったけど、その破綻した商会を買い叩いて成り上がったのは、他ならぬアバント氏だもの。
今の話を聞いた上では、ジョーヌ氏を殺してその商会を奪い取ったとしか思えないよ」
「……わたしも、……そう思ってる」
ルーはその場に崩れ落ち、顔を覆って泣き出した。
「わたし、グス、もうっ、頼れる人が、グスッ、いないのよ……」
「……プラチナ。事情は、分かったよ」
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