「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第6部
火紅狐・確執記 4
フォコの話、279話目。
三重の大三角形。
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4.
リオン翁はルシアンをにらみ、杖で指し示しながら尋ねる。
「ルシアン、君はあのスパス氏が我々、この巨大な三つの商家と、等しい敵となると言うのかね?」
「え、あ、いえ」
「ならば『最大の敵』と言う、その定義はなんだ?」
「そ、の……」
「……軽はずみな発言は、くれぐれも控えてもらおう。
いいかね、私がこの30余年何度も言ってきたことであるし、ここにいる若い諸君には既に、聞き飽きた言葉ではあろうが」
リオン翁は立ち上がり、威厳のある声を以て、全員にこう演説した。
「エール家、トット家、そして我がリオン家が成す『大三角形』は、西方の経済を動かす動脈であり、外界からの侵入・侵略を一切許さぬ壁であり、そして西方すべての商人の頂点に立つ、権威そのものなのだ。
その我々が、小物の一人や二人にこうして雁首を揃え、戦々恐々としているだけでも、皆の不安をあおろうかと言うのに、敵とみなして徹底抗戦せよ、徹底的に叩き出せ、……と、広く伝えると言うのか?
短期的には確かに、スパスを追い出すことには成功するだろう。我々の力を以てすればな。だが小物相手に全力を出したその後、影響はどう出てくるか? こんな小事で出さずともよい全力を出し、それが我々の権威、メンツを揺るがせるようなことには決してつながらないと、誰が断言できる?」
「……」
「私は、大いに反対だ。まずは現状の維持、スパス産業とは必要以上に取引をせず、監視する。それ以上のことは、すべきではないと考えている。
もし今後、仮に、ルシアンの言う通り、スパス産業が『大三角形』を脅かす危険があると、明確に判断ができた場合、そこで然るべき行動を起こせば良いのだ。
何か、他に意見のある者は?」
そう問われても、最年長者であり、「大三角形」の要であるリオン翁に対し、反対意見を述べられるような者など、いるはずもない。
「……では、会議はこれまでだ。また何かあれば、私やエルの方から召集をかけよう」
始終、リオン翁に誘導される形で、会議は幕を閉じた。
会議の後――。
「サーシャ。一つ、調べてほしいことがある」
リオン翁は娘のサーシャを、己の執務室に呼び出した。
「何をでしょうか、お父様」
「ルシアン・エールのことだ。お前も今日の会議に参加していて、気にはならなかったか?」
「……そうですね。ルシアンは、あまり強い主張をするタイプではありません。それなのに、今日はどこか、態度が硬かった」
「そう、そこが気にかかる。何より、スパス産業を『最大の敵になるかも知れない』と論じたことも、引っかかる。
一体彼は、アバント・スパス氏に何を感じたのか……?」
「彼とスパス氏の接点を探れ、と言うわけですね」
「そう言うことだ。……それから、彼はこうも言っていた。『近しい知人から、スパス氏についての悪いうわさを聞いている』と。
その知人が誰であるかも、探ってみてくれ」
「分かりました」
一方、エール家の次男、ミシェルは、密かにとある商人と会談していた。
「……率直に言わせてもらおう。こんな計画は、馬鹿馬鹿しいにも程がある」
言うまでもなく、その商人とはケネスのことである。
「そうですかな、ミシェル卿? ……ああ、いやいや。そう思う方が大多数であるからこその話ですからな、これは」
「父上名義の債権を返済すると言うから、こうしてわざわざ出向いてみたが、こんな荒唐無稽な話を聞かされるとは、思いもよらなかった。
一体どうやって、央中商人を軒並み破滅・破綻させると言うのだ? 確かに君の言う通り、世界の主流は中央大陸であり、経済界もまた然り、だ。あらゆるシェアは中央、特に央北と央中とが、その大部分を握っている。
このシェアの半分を握る央中商業界が停止、あるいは壊滅すれば、それは確かに君の言う通り、我々西方商人が乗り出し、取って代わる絶好の機会になるだろう。
だが、現実的に考えてみれば、そんなことは起こりえないことだろう? 我々西方商業界がそうであるように、央中の商業界も厳然たるルールと、相互利益の精神で動いている。誰か一人が常軌を逸して儲けることは不文律的に許されていないし、軒並み大損することを防ぐように、各種商会やギルドが連携を密にしている。
君の言うような未来――世界経済全体が破綻を迎え、寡数の商人が好き勝手に商売をして、ほぼ無限に稼げるようなシステムが構築される、などと言うような壊滅的、大破局的な状況は、誰も望んでいないし、君一人の思惑で進められるものではないはずだ」
「ええ、確かに。私一人では、ただの夢、幻ですな。ですが、これを実行するのは私一人ではない。
既に下準備は、着々と整えているのですよ。央中最大の商会であり、強力な資金力と商業網を持つゴールドマン商会を手中に収め、世界の政治・軍事バランスに強い影響力を持つ中央政府も、私の思うままに操れる。その上で、南海の戦乱と北方の経済破綻により、数年のうちにこの二地域は私と、私の腹心・同志のものになる。
いや、もう半ばなっていると言っていい。事実、南海では、私の管理下にあるレヴィア王国はつい最近、最大勢力のベール王国を下し、北方においても十を超える軍閥が、私への莫大な借金で言いなりになっている。
で、残るは央南とこの西方だけ、と言うところなのですが……」
「誇大妄想も甚だしい!」
ケネスの、あまりにもスケールの大きすぎる話に、ミシェルは胡散臭さしか感じられなかった。
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三重の大三角形。
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リオン翁はルシアンをにらみ、杖で指し示しながら尋ねる。
「ルシアン、君はあのスパス氏が我々、この巨大な三つの商家と、等しい敵となると言うのかね?」
「え、あ、いえ」
「ならば『最大の敵』と言う、その定義はなんだ?」
「そ、の……」
「……軽はずみな発言は、くれぐれも控えてもらおう。
いいかね、私がこの30余年何度も言ってきたことであるし、ここにいる若い諸君には既に、聞き飽きた言葉ではあろうが」
リオン翁は立ち上がり、威厳のある声を以て、全員にこう演説した。
「エール家、トット家、そして我がリオン家が成す『大三角形』は、西方の経済を動かす動脈であり、外界からの侵入・侵略を一切許さぬ壁であり、そして西方すべての商人の頂点に立つ、権威そのものなのだ。
その我々が、小物の一人や二人にこうして雁首を揃え、戦々恐々としているだけでも、皆の不安をあおろうかと言うのに、敵とみなして徹底抗戦せよ、徹底的に叩き出せ、……と、広く伝えると言うのか?
短期的には確かに、スパスを追い出すことには成功するだろう。我々の力を以てすればな。だが小物相手に全力を出したその後、影響はどう出てくるか? こんな小事で出さずともよい全力を出し、それが我々の権威、メンツを揺るがせるようなことには決してつながらないと、誰が断言できる?」
「……」
「私は、大いに反対だ。まずは現状の維持、スパス産業とは必要以上に取引をせず、監視する。それ以上のことは、すべきではないと考えている。
もし今後、仮に、ルシアンの言う通り、スパス産業が『大三角形』を脅かす危険があると、明確に判断ができた場合、そこで然るべき行動を起こせば良いのだ。
何か、他に意見のある者は?」
そう問われても、最年長者であり、「大三角形」の要であるリオン翁に対し、反対意見を述べられるような者など、いるはずもない。
「……では、会議はこれまでだ。また何かあれば、私やエルの方から召集をかけよう」
始終、リオン翁に誘導される形で、会議は幕を閉じた。
会議の後――。
「サーシャ。一つ、調べてほしいことがある」
リオン翁は娘のサーシャを、己の執務室に呼び出した。
「何をでしょうか、お父様」
「ルシアン・エールのことだ。お前も今日の会議に参加していて、気にはならなかったか?」
「……そうですね。ルシアンは、あまり強い主張をするタイプではありません。それなのに、今日はどこか、態度が硬かった」
「そう、そこが気にかかる。何より、スパス産業を『最大の敵になるかも知れない』と論じたことも、引っかかる。
一体彼は、アバント・スパス氏に何を感じたのか……?」
「彼とスパス氏の接点を探れ、と言うわけですね」
「そう言うことだ。……それから、彼はこうも言っていた。『近しい知人から、スパス氏についての悪いうわさを聞いている』と。
その知人が誰であるかも、探ってみてくれ」
「分かりました」
一方、エール家の次男、ミシェルは、密かにとある商人と会談していた。
「……率直に言わせてもらおう。こんな計画は、馬鹿馬鹿しいにも程がある」
言うまでもなく、その商人とはケネスのことである。
「そうですかな、ミシェル卿? ……ああ、いやいや。そう思う方が大多数であるからこその話ですからな、これは」
「父上名義の債権を返済すると言うから、こうしてわざわざ出向いてみたが、こんな荒唐無稽な話を聞かされるとは、思いもよらなかった。
一体どうやって、央中商人を軒並み破滅・破綻させると言うのだ? 確かに君の言う通り、世界の主流は中央大陸であり、経済界もまた然り、だ。あらゆるシェアは中央、特に央北と央中とが、その大部分を握っている。
このシェアの半分を握る央中商業界が停止、あるいは壊滅すれば、それは確かに君の言う通り、我々西方商人が乗り出し、取って代わる絶好の機会になるだろう。
だが、現実的に考えてみれば、そんなことは起こりえないことだろう? 我々西方商業界がそうであるように、央中の商業界も厳然たるルールと、相互利益の精神で動いている。誰か一人が常軌を逸して儲けることは不文律的に許されていないし、軒並み大損することを防ぐように、各種商会やギルドが連携を密にしている。
君の言うような未来――世界経済全体が破綻を迎え、寡数の商人が好き勝手に商売をして、ほぼ無限に稼げるようなシステムが構築される、などと言うような壊滅的、大破局的な状況は、誰も望んでいないし、君一人の思惑で進められるものではないはずだ」
「ええ、確かに。私一人では、ただの夢、幻ですな。ですが、これを実行するのは私一人ではない。
既に下準備は、着々と整えているのですよ。央中最大の商会であり、強力な資金力と商業網を持つゴールドマン商会を手中に収め、世界の政治・軍事バランスに強い影響力を持つ中央政府も、私の思うままに操れる。その上で、南海の戦乱と北方の経済破綻により、数年のうちにこの二地域は私と、私の腹心・同志のものになる。
いや、もう半ばなっていると言っていい。事実、南海では、私の管理下にあるレヴィア王国はつい最近、最大勢力のベール王国を下し、北方においても十を超える軍閥が、私への莫大な借金で言いなりになっている。
で、残るは央南とこの西方だけ、と言うところなのですが……」
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