「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第3部
蒼天剣・神算録 5
晴奈の話、第107話。
落とし穴を避けた先に、また落とし穴。
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5.
晴奈とエルスは二人で連れ立ち、給湯室へと向かう。
「リスト……、はいないんだった。今、準備してもらってるから」
「おいおい、大丈夫か?」
ぼんやりとした顔で笑っているエルスを見て、晴奈は不安げに尋ねる。
エルスの方も取り繕うようなことをせず、素直に応じた。
「流石に疲れてるね、はは。
こう言う時、リストにお茶を淹れてもらうとシャキッとするんだけどねぇ」
「確かにリストの茶はうまいな。私も好きだ」
そんなことをしゃべっているうちに、二人は給湯室に到着した。
「……おっと。今、使ってますか? お茶を入れたいんですが、お邪魔しても?」
給湯室の中では、三角巾に割烹着姿の、眼鏡をかけた黒髪の猫獣人が湯を沸かしていた。
「あ、大丈夫ですよ。皆さんにお配りしようと思っておりましたから。
よろしければ一杯、いかがでしょうか?」
「あ、それじゃいただきます」
「では、私もお言葉に甘えて」
猫獣人は慣れた手つきで、二人に茶を差し出す。
「……お?」
「これは……」
茶を飲んだ晴奈とエルスは、同時に声をあげる。
「うまい!」
「ええ、お茶の淹れ方には自信がありますのよ」
「うん、これはリストにも勝るとも劣らない味だ。なんかビックリしちゃったよ、はは……」
エルスは憔悴した、力ない笑顔から一転、満面の笑みを浮かべる。「猫」も嬉しそうに、エルスにお辞儀をした。
「そう言っていただけるととても嬉しいです、大将さん」
「はは、どうも」
と、「猫」は首をかしげ、こう尋ねてきた。
「そう言えば大将さんと黄先生は、ここ何日かお姿を拝見いたしませんでしたが……」
「ええ、少し調べ物をしておりまして」
晴奈が答えると、「猫」はさらに質問をぶつけてくる。
「もしかして、黄先生の妹さんも調査に向かわれてました?」
「ええ、そうです」
「あ、やっぱり。妹さんのお姿も見えなかったものですから。
ところで妹さん、確か黒炎教団にいらっしゃったのですよね?」
あまり尋ねられたくない話なので、晴奈は不機嫌な態度を取って答える。
「……ええ、おりました。それが、何か?」
「いえね、黒炎教団と言えば、『黒い悪魔』の伝説がありますでしょう?」
晴奈の気持ちを汲んだらしく、エルスが代わりに答える。
「ええ、色々あるようですね」
「わたしもあんまり、教団にはいい印象を持ってはいないのですけれど、『黒い悪魔』の伝説は何だかおとぎ話のようで好きなんですよ。ほら、アレとか」
「アレ、……って?」
「ほら、アレですよ。えっと、……そうそう! 一瞬で世界を回ったって言う」
「ああ、テレ……」
言いかけたエルスの口がこわばる。
「……しまった! それか、狙いは!」
エルスはぐい、と茶を一息に飲み、晴奈の手を引っ張った。
「セイナ! 相手の狙いが分かった! 奴らは東に本隊を置いている! 挟撃と見せかけて、本当の狙いは西側に警戒して薄くなった、東側の警備を破ることにあったんだ!」
「な、何だと? 落ち着いて話せ、エルス」
「奴らの狙いはこうだ。
奴らは元から、東からの攻略を狙っていたんだ。西側からの本隊とか、そんなものは初めから無かったんだ。恐らく最初の攻撃は、僕を混乱させるためにやったんだろう」
「しかし、東からは……」
「そこなんだよ。『東からはありえない』、そう思わせたかったんだよ。普通に東から攻めれば、兵の数がどうしても少なくなってしまう。だから、本命は西から――それが常道なんだ、普通の敵であればね。
でも、相手は黒炎教団。タイカ・カツミの魔術を使える集団だ。その本領を発揮すれば、こんな撹乱作戦はたやすい」
「意味が分からない。結論を言ってくれ、エルス」
痺れを切らした晴奈が尋ねると、エルスは自信たっぷりにこう答えた。
「『移動法陣』だよ。あれを使って、大量に兵を送れるんだ」
これを聞いて、晴奈も合点が行く。
「そうか、なるほど! 確かにあれを使えば、東から攻めても兵が尽きることは無いな」
「こうしちゃいられない。早く準備を整えよう、セイナ」
「ああ、急ごう」
晴奈も茶を飲み干し、黒い猫獣人に茶器を返す。
「馳走になった、ご婦人」
「ごちそうさまでしたっ」
晴奈とエルスは礼を言い、その場から走り去った。
「おそまつさまでした、と。……うふふっ」
給湯室に残った猫獣人は、二人の姿が見えなくなったところでニヤリと笑った。
「狙い通りね。ここまで簡単に引っかかってくれるなんて」
猫獣人は三角巾を取り、割烹着を脱ぐ。そして棚に隠しておいた黒装束と黒頭巾を取り出しながら、独り言をつぶやく。
「これでわたしの作戦は完了。後はよろしくね、霙子、龍さん」
黒装束をまとい、黒頭巾を被ったこの「猫」こそ――15年前篠原を篭絡し、以後彼の片腕として、また妻として過ごしてきた女性、竹田朔美であった。
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落とし穴を避けた先に、また落とし穴。
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晴奈とエルスは二人で連れ立ち、給湯室へと向かう。
「リスト……、はいないんだった。今、準備してもらってるから」
「おいおい、大丈夫か?」
ぼんやりとした顔で笑っているエルスを見て、晴奈は不安げに尋ねる。
エルスの方も取り繕うようなことをせず、素直に応じた。
「流石に疲れてるね、はは。
こう言う時、リストにお茶を淹れてもらうとシャキッとするんだけどねぇ」
「確かにリストの茶はうまいな。私も好きだ」
そんなことをしゃべっているうちに、二人は給湯室に到着した。
「……おっと。今、使ってますか? お茶を入れたいんですが、お邪魔しても?」
給湯室の中では、三角巾に割烹着姿の、眼鏡をかけた黒髪の猫獣人が湯を沸かしていた。
「あ、大丈夫ですよ。皆さんにお配りしようと思っておりましたから。
よろしければ一杯、いかがでしょうか?」
「あ、それじゃいただきます」
「では、私もお言葉に甘えて」
猫獣人は慣れた手つきで、二人に茶を差し出す。
「……お?」
「これは……」
茶を飲んだ晴奈とエルスは、同時に声をあげる。
「うまい!」
「ええ、お茶の淹れ方には自信がありますのよ」
「うん、これはリストにも勝るとも劣らない味だ。なんかビックリしちゃったよ、はは……」
エルスは憔悴した、力ない笑顔から一転、満面の笑みを浮かべる。「猫」も嬉しそうに、エルスにお辞儀をした。
「そう言っていただけるととても嬉しいです、大将さん」
「はは、どうも」
と、「猫」は首をかしげ、こう尋ねてきた。
「そう言えば大将さんと黄先生は、ここ何日かお姿を拝見いたしませんでしたが……」
「ええ、少し調べ物をしておりまして」
晴奈が答えると、「猫」はさらに質問をぶつけてくる。
「もしかして、黄先生の妹さんも調査に向かわれてました?」
「ええ、そうです」
「あ、やっぱり。妹さんのお姿も見えなかったものですから。
ところで妹さん、確か黒炎教団にいらっしゃったのですよね?」
あまり尋ねられたくない話なので、晴奈は不機嫌な態度を取って答える。
「……ええ、おりました。それが、何か?」
「いえね、黒炎教団と言えば、『黒い悪魔』の伝説がありますでしょう?」
晴奈の気持ちを汲んだらしく、エルスが代わりに答える。
「ええ、色々あるようですね」
「わたしもあんまり、教団にはいい印象を持ってはいないのですけれど、『黒い悪魔』の伝説は何だかおとぎ話のようで好きなんですよ。ほら、アレとか」
「アレ、……って?」
「ほら、アレですよ。えっと、……そうそう! 一瞬で世界を回ったって言う」
「ああ、テレ……」
言いかけたエルスの口がこわばる。
「……しまった! それか、狙いは!」
エルスはぐい、と茶を一息に飲み、晴奈の手を引っ張った。
「セイナ! 相手の狙いが分かった! 奴らは東に本隊を置いている! 挟撃と見せかけて、本当の狙いは西側に警戒して薄くなった、東側の警備を破ることにあったんだ!」
「な、何だと? 落ち着いて話せ、エルス」
「奴らの狙いはこうだ。
奴らは元から、東からの攻略を狙っていたんだ。西側からの本隊とか、そんなものは初めから無かったんだ。恐らく最初の攻撃は、僕を混乱させるためにやったんだろう」
「しかし、東からは……」
「そこなんだよ。『東からはありえない』、そう思わせたかったんだよ。普通に東から攻めれば、兵の数がどうしても少なくなってしまう。だから、本命は西から――それが常道なんだ、普通の敵であればね。
でも、相手は黒炎教団。タイカ・カツミの魔術を使える集団だ。その本領を発揮すれば、こんな撹乱作戦はたやすい」
「意味が分からない。結論を言ってくれ、エルス」
痺れを切らした晴奈が尋ねると、エルスは自信たっぷりにこう答えた。
「『移動法陣』だよ。あれを使って、大量に兵を送れるんだ」
これを聞いて、晴奈も合点が行く。
「そうか、なるほど! 確かにあれを使えば、東から攻めても兵が尽きることは無いな」
「こうしちゃいられない。早く準備を整えよう、セイナ」
「ああ、急ごう」
晴奈も茶を飲み干し、黒い猫獣人に茶器を返す。
「馳走になった、ご婦人」
「ごちそうさまでしたっ」
晴奈とエルスは礼を言い、その場から走り去った。
「おそまつさまでした、と。……うふふっ」
給湯室に残った猫獣人は、二人の姿が見えなくなったところでニヤリと笑った。
「狙い通りね。ここまで簡単に引っかかってくれるなんて」
猫獣人は三角巾を取り、割烹着を脱ぐ。そして棚に隠しておいた黒装束と黒頭巾を取り出しながら、独り言をつぶやく。
「これでわたしの作戦は完了。後はよろしくね、霙子、龍さん」
黒装束をまとい、黒頭巾を被ったこの「猫」こそ――15年前篠原を篭絡し、以後彼の片腕として、また妻として過ごしてきた女性、竹田朔美であった。



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