「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
双月千年世界 短編・掌編
雪鈴遭妖 7
蒼天剣スピンオフ、第7話。
鈴原事件。
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7.
雪乃たちは昨夜のように、鏡子と野宿することを避けた。
「じゃあ、ここからは一人で行けるわね?」
「はい! ご迷惑をおかけいたしました!」
「それじゃね。気を付けて」
日の暮れる前にそそくさと鏡子から別れた二人は、そこで一旦山道から外れて回り込み、彼女を遠くから観察することにした。
「……今のところ、ふつーに歩いてるわね」
「そうね。……気味が悪いわね」
雪乃は鏡子の歩く姿を背後から見て、身震いした。
「昨日はあなたと同じ魔術師風だったし、歩き方も子供っぽくて、頼りなさげだったわ。
でも今日のあの子は、……どこからどう見ても、一端の剣士にしか思えない、しっかりした足取り。
たった一日で、人があんなに変わってしまうなんて……?」
「……思い出したコト、知ってる限りで話すわね」
と、小鈴は今朝の騒ぎが起きる前に言いかけていたことを話し始めた。
「鈴原教授は魔術学、その中でも生命解析学の権威だったのよ」
「生命、解析学?」
「平たく言うと、錬金術の延長線ね。究極の目標は生命創造だけど、一般的な研究者はその副産物である治療術や医学、薬学の要素を研究してる。
でも、鈴原教授はその学問の王道、究極の目標そのものに向かって突っ走った、変人だったらしいのよ。マジで生命を、一から創ろうとしてたらしいわ」
「成功したの?」
「してたら騒ぎになってるわよ。……結局、成功したのかしてないのか、分からないままらしいけどね」
「って言うと?」
「殺されたらしいのよ。上半身の無いバラバラ死体になって、大学の実験棟で発見されたらしいわ」
「……!」
「ソコなのよ、あたしがさっきの仮説を思い付いたのは。
鈴原教授は造ったのよ、自分の娘を実験台にして。で、新しい生命体らしきものはできたんだろーけど、ソイツに喰い殺されたんじゃないかしら」
「それが、彼女だと?」
「多分ね。だからこそ、あんだけ半端ない魔術知識も持ってたんでしょうね。自分の父親の知識を、自分の『血肉』にして」
「……」
怖気の走る話に、雪乃は黙り込む。
「……もっとゾッとするコト、言ってみよっか?」
「な、なによ?」
「鈴原教授の死んだ年。いつのコトか、当ててみて」
「あの子の様子から、……じゃ分からないわね。……10年前くらい?」
「……446年よ。あたしの記憶が確かなら、だけど」
その答えに、雪乃は確かにゾッとさせられた。
「半世紀以上も前……!?」
「ソコから察するに、あの子の本当の年齢は恐らく、70歳以上のはずよ」
「じゃあ、半世紀もずっと、あの子は昨夜みたいに人を襲って、その記憶を……?」
「ええ、多分ね。もしかしたらあの子の頭の中には、あの『黒い悪魔』や『旅の賢者』に並ぶレベルの、何十人分もの知識と経験が、詰まっているのかも知れないわね」
それを踏まえ、鏡子の後姿を見てみると、雪乃は改めて恐ろしいものを感じずにはいられなかった。
やがて夜になり、鏡子は木の根元に座り込んで、野宿の準備をし始めた。
「見てて不思議に思っていたんだけど」
「ん?」
「服とか、あの毛布とか。どこから持ってきたのかしら?」
「アレも多分、アンタから写し取った『記憶』なんじゃないかしら。今あの子が用意してる鍋とかもホラ、あたしたちが使ってたのと似てるじゃん?」
「そう言われてみれば、……確かに」
眺めているうちに鏡子はうとうとし始め、鍋を火にかけることもなく、ぱたりと横になって寝てしまった。
「小鈴、あなたより寝つきがいいわね」
「いや、アレは良過ぎでしょ……。今のところ、変化は見られないわね」
「そうね。普通の女の子って感じ」
「コレも仮説だけど」
小鈴は鏡子の方を向いたまま、昨夜起こったことについて推敲した。
「あの子はきっと、怪物だった時のコトを覚えてないのよ。それから、怪物になった前後の記憶とかも。
ううん、もしかしたら記憶の大半は、出来の悪いツギハギみたいな状態になってるんじゃないかしら」
「って言うと?」
「ホラ、昨日と今日とで、話の内容が結構ずれてたじゃん? 昨日は習合派に属してたって言ってたのに、今日は焔流剣士。
多分、他人の記憶を集めても、それを整理・整頓してない、って言うかできないんでしょうね」
「そうなの?」
「じゃなきゃ、昨日と今日の話が違う説明が付かないじゃん。
もしかき集めた記憶に論理的整合性を持たせ、きちんと整理できるのなら、今日の自己紹介は『大学卒業後に習合派に入り、その後焔流に』って感じに、無理なくまとめているはず。そうしなかったのは、整理ができないからなのよ、きっと。
多分、あまりにも矛盾・対立する記憶は、頭の奥深くに押し込んであるんでしょうね」
「……何だか、可哀想に思えてきたわね。もしかしたらあの子の頭の中は、いつでも破裂寸前なのかも知れないのね」
雪乃は憐憫の情を以て、鏡子に目を向けた。
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鈴原事件。
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雪乃たちは昨夜のように、鏡子と野宿することを避けた。
「じゃあ、ここからは一人で行けるわね?」
「はい! ご迷惑をおかけいたしました!」
「それじゃね。気を付けて」
日の暮れる前にそそくさと鏡子から別れた二人は、そこで一旦山道から外れて回り込み、彼女を遠くから観察することにした。
「……今のところ、ふつーに歩いてるわね」
「そうね。……気味が悪いわね」
雪乃は鏡子の歩く姿を背後から見て、身震いした。
「昨日はあなたと同じ魔術師風だったし、歩き方も子供っぽくて、頼りなさげだったわ。
でも今日のあの子は、……どこからどう見ても、一端の剣士にしか思えない、しっかりした足取り。
たった一日で、人があんなに変わってしまうなんて……?」
「……思い出したコト、知ってる限りで話すわね」
と、小鈴は今朝の騒ぎが起きる前に言いかけていたことを話し始めた。
「鈴原教授は魔術学、その中でも生命解析学の権威だったのよ」
「生命、解析学?」
「平たく言うと、錬金術の延長線ね。究極の目標は生命創造だけど、一般的な研究者はその副産物である治療術や医学、薬学の要素を研究してる。
でも、鈴原教授はその学問の王道、究極の目標そのものに向かって突っ走った、変人だったらしいのよ。マジで生命を、一から創ろうとしてたらしいわ」
「成功したの?」
「してたら騒ぎになってるわよ。……結局、成功したのかしてないのか、分からないままらしいけどね」
「って言うと?」
「殺されたらしいのよ。上半身の無いバラバラ死体になって、大学の実験棟で発見されたらしいわ」
「……!」
「ソコなのよ、あたしがさっきの仮説を思い付いたのは。
鈴原教授は造ったのよ、自分の娘を実験台にして。で、新しい生命体らしきものはできたんだろーけど、ソイツに喰い殺されたんじゃないかしら」
「それが、彼女だと?」
「多分ね。だからこそ、あんだけ半端ない魔術知識も持ってたんでしょうね。自分の父親の知識を、自分の『血肉』にして」
「……」
怖気の走る話に、雪乃は黙り込む。
「……もっとゾッとするコト、言ってみよっか?」
「な、なによ?」
「鈴原教授の死んだ年。いつのコトか、当ててみて」
「あの子の様子から、……じゃ分からないわね。……10年前くらい?」
「……446年よ。あたしの記憶が確かなら、だけど」
その答えに、雪乃は確かにゾッとさせられた。
「半世紀以上も前……!?」
「ソコから察するに、あの子の本当の年齢は恐らく、70歳以上のはずよ」
「じゃあ、半世紀もずっと、あの子は昨夜みたいに人を襲って、その記憶を……?」
「ええ、多分ね。もしかしたらあの子の頭の中には、あの『黒い悪魔』や『旅の賢者』に並ぶレベルの、何十人分もの知識と経験が、詰まっているのかも知れないわね」
それを踏まえ、鏡子の後姿を見てみると、雪乃は改めて恐ろしいものを感じずにはいられなかった。
やがて夜になり、鏡子は木の根元に座り込んで、野宿の準備をし始めた。
「見てて不思議に思っていたんだけど」
「ん?」
「服とか、あの毛布とか。どこから持ってきたのかしら?」
「アレも多分、アンタから写し取った『記憶』なんじゃないかしら。今あの子が用意してる鍋とかもホラ、あたしたちが使ってたのと似てるじゃん?」
「そう言われてみれば、……確かに」
眺めているうちに鏡子はうとうとし始め、鍋を火にかけることもなく、ぱたりと横になって寝てしまった。
「小鈴、あなたより寝つきがいいわね」
「いや、アレは良過ぎでしょ……。今のところ、変化は見られないわね」
「そうね。普通の女の子って感じ」
「コレも仮説だけど」
小鈴は鏡子の方を向いたまま、昨夜起こったことについて推敲した。
「あの子はきっと、怪物だった時のコトを覚えてないのよ。それから、怪物になった前後の記憶とかも。
ううん、もしかしたら記憶の大半は、出来の悪いツギハギみたいな状態になってるんじゃないかしら」
「って言うと?」
「ホラ、昨日と今日とで、話の内容が結構ずれてたじゃん? 昨日は習合派に属してたって言ってたのに、今日は焔流剣士。
多分、他人の記憶を集めても、それを整理・整頓してない、って言うかできないんでしょうね」
「そうなの?」
「じゃなきゃ、昨日と今日の話が違う説明が付かないじゃん。
もしかき集めた記憶に論理的整合性を持たせ、きちんと整理できるのなら、今日の自己紹介は『大学卒業後に習合派に入り、その後焔流に』って感じに、無理なくまとめているはず。そうしなかったのは、整理ができないからなのよ、きっと。
多分、あまりにも矛盾・対立する記憶は、頭の奥深くに押し込んであるんでしょうね」
「……何だか、可哀想に思えてきたわね。もしかしたらあの子の頭の中は、いつでも破裂寸前なのかも知れないのね」
雪乃は憐憫の情を以て、鏡子に目を向けた。



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