「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第6部
火紅狐・弾劾記 5
フォコの話、289話目。
困窮を極めたフィクサー。
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5.
会議が終わり、ケネスはほうほうの体で寝室に戻った。
「……ぐ、っ」
誰もいない、一人きりの豪華な寝室を眺め、ケネスは苦々しくうめいた。
既にこの頃、ケネスは妻リンダと、ほぼ絶縁状態にあった。元々、非倫理的かつ暴力的な事業を展開していたケネスに嫌気がさしていた上に、南海のレヴィア女王との重婚が明らかになったことで、リンダは激怒。2年ほど前から子供たちを連れ、元いたカレイドマインへ別居してしまっていた。
その一事だけでも、婿養子としてゴールドマン家に入り込んだケネスにとっては、当主である正当性が揺らぐ。その上離縁されてしまえば、借金云々の話を抜きにしても、ケネスを当主の座から降ろすに足る、絶好の理由となる。
とは言え、まだバーミー卿と懇意にしていた頃であれば、離縁されたとしても、中央軍側から圧力をかけ、そのまま居座ることも不可能ではなかった。
「……何故だ」
しかし前述の通り、既に軍との関係は冷え切っている。私情だけでは、到底動いてはもらえない。
絶縁の危機、軍との関係悪化、そして800億の弁済――ケネスが必死になって、何度も、何十度も手を真っ赤に、また、真っ黒に染めて獲得した総帥の地位は今、非常に危うく、おぼろげなものとなっていた。
「何故私が、こんな目にいいぃ……ッ!」
ケネスはガリガリと頭や頬をかきむしり――しかし屋敷内の誰にも聞かれないような小声で――悲痛な叫びを漏らした。
ともかく、彼は今、何としてでも800億を用意し、現在の地位を維持しなければならなかった。
もしここで総帥の座を追われれば、彼には個人ではどうしようもない額の借金と、被害を負わされた軍からの怨恨とが、一挙に襲い掛かる。そうなれば彼は一週間と持たず、地上を歩くことはできなくなる。
良くて鉱山や漁船での、何十年にも渡る強制労働、悪くて政治犯として逮捕、即処刑――どう転んでも、人間としての生活は終わりを迎える。
「アバント……! とにかく奴に連絡し、投資金を全額、……いや、一部だけでも回収しなければ」
ケネスはおたおたとした仕草で「魔術頭巾」を取り、呪文を唱える。
「……と、とう、とらっ、……ぐっ」
うろたえている自分に気付き、ケネスは自分で自分の頬をぶった。
「ハァ、ハァ……。『トランスワード』:スパス産業! 応答しろ!」
《……》
呼びかけるが、何の反応もない。
「応答しろ! まだ夜の6時だぞ、……ああ、時差があるか、……そうだ、なら、まだ向こうは、朝の10時、……なら応答しろ! するんだッ!」
《……》
「応答しろ! しろーッ!」
その呼びかけは半ば絶叫に近く、寝室の外にも聞こえるほどだった。
と――。
「呼んでも出えへんやろな」
トントンと言うノックとともに、フォコの声が入ってくる。
「……貴様……!」
ケネスは怒りに任せ、「頭巾」を巻いたまま寝室の外、廊下に出る。
「でも変な話やね。まだこっちやと寝るには早い時間。向こうさんにしても、朝から頑張っとるし一息つこかなー、ってくらいの時間。普通やったら、つながるはずなんですけどもな。何でつながらへんのかなぁ?」
「とぼけるな! 知っているのだろう、何らかの事情を!?」
「まあ、知っとるっちゅうか、聞いたっちゅうか」
「言え! 話せッ!」
胸ぐらをつかみかかろうとするケネスをひょいと避け、フォコはニヤニヤと笑う。
「何で命令形やねんな? 僕、……っと、私は別に、あんたの傘下でも手下でもあらへんのやけどな」
「ふざけるな、何が『私』だ! どこぞの上流階級にでもなったつもりか!?」
「ま、これからゴールドマン商会の総帥になるっちゅうなら、ちょっとくらいはオシャレさんになっとかへんと、カッコ付かへんやろしな。
と……、つながらへん理由やったな。サービスや、教えたるわ」
フォコは肩をすくめ、笑いながら説明した。
「スパス産業、先週くらいに破綻してん」
「……馬鹿な! それを私が知らないわけがあるか!」
「まあ、西方の方でちょと、情報統制みたいなんしとったからな。中央には聞かせへんよう、『大三角形』筋を通してお願いしとったんよ」
「何だと……!? 何故、そんなことを!?」
「そうせな、あんたは手を打とうと動く。そうはさせへんかった。あんたには、目の前の問題でまごついててほしかったんや。
あの、カジノにしても」
「……カジノ?」
話が思わぬ方向へ飛び、ケネスは目を丸くした。
「カジノとは、あの、『ゴールドパレス』のことか」
「そう、それや。ヨセフ・トランプのじいさんがやっとったとこ」
「……お前は……一体……」
ケネスは――この十数年の間、彼を苦しめ続けてきたその男は――その場に崩れ落ちた。
「……一体……私の牙城に……何を……何をしたッ……!?」
火紅狐・弾劾記 終
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困窮を極めたフィクサー。
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会議が終わり、ケネスはほうほうの体で寝室に戻った。
「……ぐ、っ」
誰もいない、一人きりの豪華な寝室を眺め、ケネスは苦々しくうめいた。
既にこの頃、ケネスは妻リンダと、ほぼ絶縁状態にあった。元々、非倫理的かつ暴力的な事業を展開していたケネスに嫌気がさしていた上に、南海のレヴィア女王との重婚が明らかになったことで、リンダは激怒。2年ほど前から子供たちを連れ、元いたカレイドマインへ別居してしまっていた。
その一事だけでも、婿養子としてゴールドマン家に入り込んだケネスにとっては、当主である正当性が揺らぐ。その上離縁されてしまえば、借金云々の話を抜きにしても、ケネスを当主の座から降ろすに足る、絶好の理由となる。
とは言え、まだバーミー卿と懇意にしていた頃であれば、離縁されたとしても、中央軍側から圧力をかけ、そのまま居座ることも不可能ではなかった。
「……何故だ」
しかし前述の通り、既に軍との関係は冷え切っている。私情だけでは、到底動いてはもらえない。
絶縁の危機、軍との関係悪化、そして800億の弁済――ケネスが必死になって、何度も、何十度も手を真っ赤に、また、真っ黒に染めて獲得した総帥の地位は今、非常に危うく、おぼろげなものとなっていた。
「何故私が、こんな目にいいぃ……ッ!」
ケネスはガリガリと頭や頬をかきむしり――しかし屋敷内の誰にも聞かれないような小声で――悲痛な叫びを漏らした。
ともかく、彼は今、何としてでも800億を用意し、現在の地位を維持しなければならなかった。
もしここで総帥の座を追われれば、彼には個人ではどうしようもない額の借金と、被害を負わされた軍からの怨恨とが、一挙に襲い掛かる。そうなれば彼は一週間と持たず、地上を歩くことはできなくなる。
良くて鉱山や漁船での、何十年にも渡る強制労働、悪くて政治犯として逮捕、即処刑――どう転んでも、人間としての生活は終わりを迎える。
「アバント……! とにかく奴に連絡し、投資金を全額、……いや、一部だけでも回収しなければ」
ケネスはおたおたとした仕草で「魔術頭巾」を取り、呪文を唱える。
「……と、とう、とらっ、……ぐっ」
うろたえている自分に気付き、ケネスは自分で自分の頬をぶった。
「ハァ、ハァ……。『トランスワード』:スパス産業! 応答しろ!」
《……》
呼びかけるが、何の反応もない。
「応答しろ! まだ夜の6時だぞ、……ああ、時差があるか、……そうだ、なら、まだ向こうは、朝の10時、……なら応答しろ! するんだッ!」
《……》
「応答しろ! しろーッ!」
その呼びかけは半ば絶叫に近く、寝室の外にも聞こえるほどだった。
と――。
「呼んでも出えへんやろな」
トントンと言うノックとともに、フォコの声が入ってくる。
「……貴様……!」
ケネスは怒りに任せ、「頭巾」を巻いたまま寝室の外、廊下に出る。
「でも変な話やね。まだこっちやと寝るには早い時間。向こうさんにしても、朝から頑張っとるし一息つこかなー、ってくらいの時間。普通やったら、つながるはずなんですけどもな。何でつながらへんのかなぁ?」
「とぼけるな! 知っているのだろう、何らかの事情を!?」
「まあ、知っとるっちゅうか、聞いたっちゅうか」
「言え! 話せッ!」
胸ぐらをつかみかかろうとするケネスをひょいと避け、フォコはニヤニヤと笑う。
「何で命令形やねんな? 僕、……っと、私は別に、あんたの傘下でも手下でもあらへんのやけどな」
「ふざけるな、何が『私』だ! どこぞの上流階級にでもなったつもりか!?」
「ま、これからゴールドマン商会の総帥になるっちゅうなら、ちょっとくらいはオシャレさんになっとかへんと、カッコ付かへんやろしな。
と……、つながらへん理由やったな。サービスや、教えたるわ」
フォコは肩をすくめ、笑いながら説明した。
「スパス産業、先週くらいに破綻してん」
「……馬鹿な! それを私が知らないわけがあるか!」
「まあ、西方の方でちょと、情報統制みたいなんしとったからな。中央には聞かせへんよう、『大三角形』筋を通してお願いしとったんよ」
「何だと……!? 何故、そんなことを!?」
「そうせな、あんたは手を打とうと動く。そうはさせへんかった。あんたには、目の前の問題でまごついててほしかったんや。
あの、カジノにしても」
「……カジノ?」
話が思わぬ方向へ飛び、ケネスは目を丸くした。
「カジノとは、あの、『ゴールドパレス』のことか」
「そう、それや。ヨセフ・トランプのじいさんがやっとったとこ」
「……お前は……一体……」
ケネスは――この十数年の間、彼を苦しめ続けてきたその男は――その場に崩れ落ちた。
「……一体……私の牙城に……何を……何をしたッ……!?」
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2015.09.28 修正
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