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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第3部

    蒼天剣・神算録 8

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    晴奈の話、第110話。
    怒りの空中コンボ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     あの黒い猫獣人に惑わされたと気付いたエルスは、天玄館にいた兵士を半数引き連れて東門へと急いだ。
    (何てことだ……! こんな罠に引っかかるなんて!)
     だが、時は既に遅かった。
    「これは……!」
     覆いのほとんどが割られ、地面に落ちた銃や、箱に収まったままの銃弾はずぶ濡れになっている。門も破られ、その向こうにいるはずの兵士、剣士、さらには教団員までもが、どこにもいない。
    「何が、どうなっているんだ?
     ……みんな、警戒してくれ! まだ敵がいるかも知れない!」
     エルスの指示に従い、兵士たちは武器を構えて周囲を見回す。
     と――。
    「あら、大将さん直々にいらっしゃったのね」
    「君は……!」
     エルスの前に、黒ずくめの猫獣人が現れる。頭巾の隙間からわずかに見えた目には、眼鏡がかけられている。
    「その声、……さっきの『猫』さんかな」
    「動かないで!」
     エルスが構えようとしたところで、「猫」が牽制する。
    「下手なことをすれば、彼女がどうなっても知らないわよ」
    「彼女……?」
    「猫」がパチンと指を鳴らすと、彼女同様黒装束に身を包んだ者が数名現れる。そしてそのうちの一人が、青い髪の少女を抱きかかえている。
    「リスト!」「動かないでって言ったでしょう!」
     エルスが叫ぶと同時に、エルスの足元に何かが突き立てられる。
    「わ、……っとと」
    「猫」は両手に長細い、短剣のようなものを何本か持っている。
    「苦無(くない)か。随分珍しい武器を使いますね、サクミさん」
    「え?」
    「猫」が驚いたような声をあげる。その様子を見たエルスの顔に、久々に笑顔が戻る。
    「当たり、ですか。紅蓮塞で、色々と調べ物をしたんですよ。
     その中で見つけた『竹田朔美』と言う猫獣人が、当時20歳そこそこ。多分、シノハラと一緒に出奔したでしょうし、こないだ出くわしたシノハラと同じような服装だ。さっき確認した素顔も30代半ばに見えたから、年齢的にも合う。
     だから多分、あなたがサクミさんなんだろうなと予想しました」
    「ご明察。随分頭が回るようね。でも今回ばかりは下手を売ったわね、大将さん」
     自分の素性を看破された「猫」、朔美は、エルスをあざけるような口調で応じる。
     エルスは普段通りの笑顔を浮かべ、自己紹介した。
    「エルスです。エルス・グラッドと言います、僕の名前」
    「そう。じゃあエルスさん、本題に入りましょうか」
     朔美はエルスにしゃなりとした歩調で近付きながら、話を切り出す。
    「単刀直入に言うわ。天玄と黄海を明け渡しなさい。それからあなたは、央南から出て行って。それともう一つ、黄晴奈、黄明奈姉妹を我々に引き渡して」
    「呑まなければ?」
    「ここで死んでもらうわ、みんな」
     朔美の言葉と黒装束たちの威圧感に、周りの兵士は皆、ぶるっと震える。
     だがエルスだけは、ニコニコと笑うだけで動じない。
    「そっか。うーん」
    「悩むような話じゃないでしょ? この子の命が惜しかったら、言う通りになさい」
    「うーん」
    「牛歩戦術のつもり? さっさと答えなさい」
    「うーん」
    「……わたしをバカにしてるの? いい加減にしないと、本当に殺すわよ」
    「うーん……、じゃあ、答えはこうだ」
     眼前まで迫り、苦無を振り上げた朔美に対し、エルスはウインクする。
     そして次の瞬間、エルスの姿は消えた。
    「……!?」
     朔美は目の前で消えた相手を探し、辺りを見回す。
    「いやー、呑めないもん」
     エルスの飄々とした声と共にドゴ、と言う音が響く。
    「僕、央南から出たら結構まずいんですよね。央中だと教団に狙われるし、央北はきな臭くて何に巻き込まれるか分かったもんじゃないし」
     今度は二連続で、ドゴ、ドゴと音が鳴る。朔美が黒装束たちの方へ振り返り、3人足りないことを確認する。
    「それにセイナもメイナも大事な友人です。友達を売るなんて僕にはできませんよ」
     ようやくエルスの姿が現れる。と同時に、リストを抱えている者の隣にいた黒装束が吹き飛び、近くの建物にドゴ、と音を立ててぶつかった。
    「テンゲンとコウカイを売るなんて言うのも、論外。僕を信じて兵隊を貸してくれた街を、僕の一存でホイホイ渡したりなんかできませんって。
     だから答えは、全面的ノー。でも死にたくも無いし、リストを死なせたくも無い。だからこうして、人払いをさせてもらいました。
     さあ、残るは君と、サクミさんだけ。今ならまだ、笑ってすましてもいいですけど。どうされます?」
     にっこりと笑いかけたエルスに、朔美は舌打ちする。
    「チッ……、予想外だったわ。まさかうちの子たちが、こんなあっさりやられるなんて。……でも、引き下がらないわよ、わたしも」
     朔美はくい、とあごをしゃくり、残った黒装束に逃げるよう指示する。黒装束は短くうなずき、エルスに背を向けて走り出した。
    「待て!」「こっちの台詞よ!」
     ヒュンと音を立て、エルスのすぐ横を苦無が飛んで行く。
    「足止めさせてもらうわよ、エルスさん」
    「……いい加減にした方がいい」
     エルスの笑みが、また消えた。

     エルスは顔をくい、と朔美に向ける。
    「僕はしばらく、怒ったことが無いんだ。だから、自分の怒った顔がどんなだったか、思い出せない」
    「何を言ってるの?」
    「サクミさんは、見たいの? 僕の怒った顔を」
     エルスは淡々と語りかける。
    「……!?」
     エルスを見た途端、朔美の体が震え出す。
     普段はヘラヘラと笑っている分細まり、滅多に見ることのできないその開かれた目に射抜かれただけで、朔美は言葉を失った。
    「僕にとってセイナやメイナは友達だけど、リストはもっともっと大事な子なんだ。彼女に手を出す奴は……」
     エルスの姿が、また消える。
     と同時に、朔美の体が通常ではありえないほどくの字に折れ曲がり、空中に浮き上がった。
    「げ……ッ!?」
     朔美は血を吐きながら、宙を舞う。
    「僕が許さない」
     宙を浮いていた朔美の体が、もう一段上に跳ね上がる。
    「ぐは……!?」
     初弾で朔美をはねたエルスが、空中でもう一度攻撃したのだ。
     二度も強烈な打撃を喰らい、血の雨を撒き散らしながら宙を舞う朔美は、全身の骨をギシギシと軋ませて、さらに空高く飛んで行く。
    「や、やめ、てぇ……」
     絞り出すような朔美の声が聞こえてきたが、憤怒に任せたエルスの攻撃は止まらない。
     雲の切れ間からうっすらと伸びた月の光に照らされたエルスと、今にもひっくり返りそうになっている朔美の目が合った。
     エルスの顔はまるで、鬼神のような形相をしていた。
    「い、いや……、嫌ーッ!」
     朔美の絶叫は、地面に叩き落されるまで続いた。



     雨に打たれる感覚が無くなる。
    (雨が、やんだのか……、いや……)
     後ろの方ではまだ、雨音が聞こえている。
    (誰だ……、私を、どこへ……)
     誰かが腕と足をつかみ、どこかに引きずっていく。晴奈は抵抗しようとするが、体に力が入らない。
    (何者だ……)
     自分を運んだ者たちは何も言わず、どこかに去っていく。
    (これは……、何が……、……背中、と、腕に、何か、当たっている……)
     ひどく重たいまぶたをこじ開け、辺りを伺う。
    (……人? 私の、周りに、人が……)
     背中の感覚と、ひどく狭まった視界で、横になった人間が数名いることを把握する。
    (ここは……、馬車か? 運ばれる……? 一体、どこへ……)
     そこでまた、晴奈の意識が遠くなった。

     先程まで戦場だった門前から、黒い幌を付けた何台もの荷馬車が、静かに動き出す。
     後には誰も、いなくなった。

    蒼天剣・神算録 終

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2008.10.10 転載
    2016.03.20 修正
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    ~ Comment ~

     

    エルスは「蒼天剣」中で大分気に入っているキャラです。
    他のキャラよりちょっと高性能なのはそのせいw

    昔から戦略論や兵法が好きだったせいか、
    話中に良く出てきます、そういう要素。
    つくづく、文章には書いた人間の性格や性質が出るもんだなと思います。

     

    3部~~という出典になれば、間違いなくエルスは登場ということになりますね。そういう視点で見ると非常に面白いですよね。戦略家なので、その辺はあまりグッゲンハイムにはないキャラクターなので。
    ……まあ、戦略を吹き飛ばすようなキャラクターばっかりですからね。エルスがすごい活躍する章!!って感じでしたね。
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